捻くれぼっちと拗れボッチ (よこちょ)
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青春とは・・・

成し遂げんとした志をただ一回の敗北によって捨ててはいけない。
――シェイクスピア


学校生活を振り返って。

 

一年F組 城ヶ崎景虎(じょうがさき かげとら)

 

青春とは毒であり、薬でもある。

青春を謳歌しようと画策してきた者どもは男女を問わず、その他のどんなものをも犠牲にしてでも時間を捻出しようとするからだ。

例えば自分の時間。何かをしようと予定していた時間を友人と称される存在の連絡一本で変更し、どこかへと遊びに行ったりする。

例えば成績。削られた自分の時間によって勉学に当てる時間が減り、人によっては成績ないし単位を落とす愚か者もいるだろう。

例を挙げれば枚挙に暇がない程に、青春は人生の毒となり得るのだ。

だが、決してそれは悪ではないとも思う。

毒が時に薬となるように、青春という毒でしか手に入れられない結果も存在するからだ。

時間をどう使おうがその人の勝手であるし、そういう人生の過ごし方だって選択の一つであると思えるほどそれに魅力を感じないわけではない。

クラスメイトのSNSにはそれはもう楽しそうな笑顔がでかでかと映し出された写真が跋扈しているのは確かなことであるし、その笑顔に嘘偽りなどないのだろう。少なくともその瞬間には。

故に人は太陽のごとき笑顔に憧れ、他人と時間を共有すべく群れるのだろう。

俺にはその行動原理を否定するだけの根拠もなければ、そんな人生を送ってきたわけでもない。

つまるところ何が言いたいかというと、だ。

青春を謳歌しようと毒の果実を貪りし者どもよ。

そのまま腹でも壊しておくがいい。

 

 

 

学校の課題に出された「学校生活を振り返って」という作文。さして印象に残った出来事もなく、印象に残られた覚えもない俺は結局深夜まで作文の作成に困窮。あげく深夜テンションでこんなものを書き上げてしまった。

当然こんなふざけた文書を学校側に提出してしまえば呼び出しからの説教、校長室に召喚からの再説教という格ゲーもビックリの即死ハメコンを食らうこと間違いなしである。嘘ちょっと後半は盛った。

ともかく、睡眠時間を削ってまで書いたこの怪文書は没にせざるを得ない。普通に説教は食らうだろうし。どうせ説教されるなら出さずに普通に怒られる方がマシだ。

 

 

「とはいえ何を書こうか・・・」

 

 

自慢じゃないが一般的な学生とはかけ離れた灰色の学校生活を送ってきた俺には原稿用紙を埋めるほどの思い出などない。そしてこういうときに助けてくれる友達もいなければ教師を頼るメンタルもない。

これはいわゆるチェックメイトなのでは?これがゲームなら空白でも勝てませんね・・・。ってかあの二人もボッチか。

昼食の購買製惣菜パンをかじりながら、ぼやっと思考の海を漂う。

しかし、そんな緩い思考は穏やかな風によって流された。

何を隠そう、俺が飯を食ってるのは教室ではなく外。

総武高校の立地の関係上、この時期は昼食時にちょうどよく気持ちよく風が吹く神仕様となっているので、それ目当てに外で食べている。

・・・これは決して俺の居場所が教室にないわけではない。

関係ないけど昼休み始まった瞬間リア充どもが俺の席に歩いてくるのって怖いよね。関係ないけど(関係ある)。絶対俺居ないものとして扱われてるやん・・・

そういえば中学時代もこんなことあったな。昼休み終わって教室戻ってきたら椅子がなくって、結局クラスのリア充どもが自分の机の横に勝手に持ってってただけだったっけ。あの時返してもらうために話しかけたら「誰だっけ?」みたいな顔されたの未だに根に持ってる。許さんぞS君め。

・・・ああもう。暗い話思い出したせいで俺の嫌な過去まで思い出してしまった。

ムシャクシャした胸の感情をぶつけるように作文用紙をぐしゃぐしゃに丸め、放り投げる。

だが紙を投げたくらいで感情の昂ぶりが収まるはずがなく、パンの残りも腹にかっ込んでようやくムシャクシャが収まった。代わりに胃もたれと虚無感が襲ってきたがな。

そんなこんなしていると、時計がそろそろ午後の授業開始時間を指しそうになっている。そろそろ教室に戻らなくては。

 

 

「作文用紙・・・は、まあいいか。どうせどっか飛んでくだけだし。」

 

 

今の俺には、環境に配慮とか誰かに見られたらとか、そういった考慮をする頭が残っていなかった。

俺は重い足を引きずるように教室へと向かうのだった。

 

_____________________________________

 

 

景虎が昼食を食べている壁から死角になる外。

テニスコートがよく見えるそこにはもう一人、昼食を食べている男がいた。

その男-比企谷八幡はアホ毛を風に泳がせながらちょうどパンを食べ終わり、教室へと向かっている途中にくしゃくしゃになった紙を拾う。その紙は正しく景虎が放り投げた怪文書だった。

 

 

「おいおい。千葉の路上にゴミ捨てていいと思ってんのか?誰だよこんなもの捨てたやつ・・・ぶっ飛ばすぞ。」

 

 

千葉愛に溢れる独り言をつぶやく八幡はわざわざゴミを拾い、中身を確認する。

どうせガムか何かだろう。そう思いながらも紙を開いてしまったのは何の因果か。

初めは文字が書かれた紙が捨てられていたことに驚いていたが、読み進めるにつれ、表情に変化が生まれていった。

口の端を釣り上げ、ニヤリとした読み終わった彼が発した言葉はたった一つだった。

 

 

「うっわなんだこいつ。めんどくさっ。」

 

 

声が少し高くなった彼の手にもまた、「高校生活を振り返って」と書かれた作文用紙が風にはためいていた。

始まりにはこうある。「青春とは嘘であり、悪である。」と。




似ているかもしれない二人。
彼らはふとしたきっかけで接点を持ち、交流を持つようになる。
果たしてこの出会いはどう影響するのか。
比企谷八幡と城ヶ崎景虎。
彼らの行く先はどう変わるのか、それは誰にもわからない。


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似たもの同士?

名誉を失っても、もともとなかったと思えば生きていける。財産を失ってもまたつくればよい。しかし勇気を失ったら、生きている値打ちがない。
――――ゲーテ


 黒歴史、というものをご存じだろうか。

 

 発祥こそ某機動なロボットアニメであるが、今では一般的に、なかったことにしたい――恥ずかしかったり、死ぬほど後悔している過去の記憶のことを指すようになった言葉のことである。

 我ながら恥の多い人生を送ってきた自覚があるので申告しておくが、俺にも当然黒歴史と呼べる記憶は存在する。通学中に猫を助けようと川に飛び込んだが猫かと思ったらただのビニール袋であったという小さなことから、勘違いで告白してしまったことだったり、陰口を偶然きいてしまった後の対応だったりと、未だに心に大ダメージを残している大きなものまであり、その種類は覚えているだけでも多岐にわたる。思い出したくもないが、これも過去の俺の失態であるし仕方のない部分ではある。人間は過去が積み重なって今に至る生き物なのだから。

 そしてなにより。黒歴史を忘れたいと思うということは、「そのことを覚えている」という意味の裏返しでもある。

 しかし、人間の脳は辛いことや都合の悪いことを忘却してしまうと言うなんとも素敵な機能が備え付けられている。故に、時には完全に失念していた、あるいは無自覚のうちにやってしまった結果生まれる黒歴史も存在するのだ。

 過去はバラバラにしてやってもミミズのように這い出てくるとはよく言ったもので、たとえそれが自分の記憶から抹消されていようとも必ず誰かが覚えている。逃げるは恥だし、クソの役にも立ちはしないのだ。

 そしてそれはふとした瞬間に現在の自分に牙を剥く。しかも、思いもよらぬ方向で。

 そんなことを思い直させてくれたのは、たった一枚の紙切れ。つい先日、黒歴史を思い出した癇癪から放り投げたあの忌々しい作文用紙だった。

あの時ほど、自分の軽率な行動と千葉への愛国心の希薄さを呪ったことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が怪文書を書き上げてから数日。俺は職員室に呼び出された後に、いつもの昼食時の定位置へと足を急がせていた。

 なにせ教師と少し無駄話をしたせいで時間も残り少ない。ちなみにその教師――-確か、平塚先生だったかは俺に対し、「君の目は腐ってはいないがずいぶんと濁っているな」というありがたい言葉を残した後に、豪快にラーメンを啜っていた。麺を啜っている顔にしてはえらく美人であり、どこか絵にすらなっていたが、そういう点が男受けせずにアラサーに残留しているのだろう。そしてニンニクはマシマシではなかったがことは付け加えておこう。生徒の前でラーメン食ってる時点で大分アレな気はしたが。

そんなことを考えたからか、季節の割に高めな気温が急激に下がった気がする。あの先生のことだ。不遜な態度を取った生徒を鉄拳制裁していてもおかしくはない。こっわ。 考えんようにしとこ・・・(戦慄)

気温とは別の意味で汗をかいてしまったので、足が余計に速まる。外の方が暖かいので、寒気から逃げるためであるのはお察しの通りだ。

 

 さて突然だが、俺が外に出るために利用する扉はテニスコートに面した風当たりのいい好条件の場所に存在する。俺にとっては最初そこで昼食を摂ろうとしたが、テニス部の邪魔になるかと考え直して断念した場所でもある。俺が飯を食うスポットから離れているこの扉を利用するのも、この好条件の立地に未だ未練が残っているからだろう。知らんけど。

 そして、俺は普段かなり早い時間にここを通り、少し遅い時間に別の扉から教室に戻っていたので、そこに人の姿を見ることがなかった。いや、正確に言えばあるにはある。

だがそれは、テニスコートに向かう人だったりと何かしらの部活に所属している人ばかりであり、普通の生徒――要は、「俺、今青春してます!」というオーラが漂う陽キャ共以外に会うことは一度たりともなかったのだ。

 

 しかしそこで俺は初めて、「その男」に出会った。

 若干の着崩しのある制服。この時間特有の風に揺れて存在感を放つアホ毛。自信なさげに丸まった猫背。そして、「腐っている」としか形容できない程に不思議な目。

 後ろ姿を見るだけでわかるほど陰の者であるオーラを漂わせたその生徒――――後に、「比企谷八幡」と名乗るその男は開いたドアの音に驚いた様子で振り返った後、同じく驚いて固まっている俺に向かいこう言い放った。

 

 

「・・・どちゅ、どちら様で?」

 

 

 

 

 

 

 

 噛んでしまった台詞に対する笑いをどうにかこうにかして飲み込んだ後。

 たちっぱなしもなんだから、ということで離れた位置に座った俺は昼食を摂り、彼こと比企谷先輩と親睦(?)を深めていた。

 

 

「比企谷先輩も平塚先生に呼び出されたことあったんですね。」

 

「ああ。作文の内容を犯行声明だのなんだのって言われてな。」

 

 

 どうやら比企谷先輩は俺と似たような内容を書き、あろうことかそれをそのまま先生に提出したのだとか。結果生徒指導を兼任している例の平塚先生へとたらい回しにされて説教されたらしい。そしてそのまま罰則として「奉仕部」なる正体不明な部活へと強制入部させられたというのだから、自分は提出しなくてよかったとホッとしたものだ。・・・まぁその直後に一年の間でも有名な雪ノ下先輩が同じ部活だと聞いたときは自分も作文をあのまま出しときゃよかったと後悔したが。

 

しかし、この比企谷先輩。話してみて思ったが、どうにも俺と似たような匂いを感じてならない。後ろ姿だけでもそれっぽいと思っていた俺は、どこか親近感を覚え始めていた。

具体的にどこがといわれれば返答に困るくらいにふわっとした感覚だが、なんとなくそんな気がするのだ。スタンド使いはスタンド使いと惹かれ合う的なあれだ。

そしてどうやら先輩も似たようなことを考えていたらしい。ズボンのポケットから一枚の紙を取り出しながらこう言ってきたのだ。

 

 

「なぁ、間違ってたらすまない。これ、お前のじゃないか?」

 

 

 その紙はシワこそ寄っているものの、原稿用紙であることは見て取れる。いささか以上に見覚えのある原稿用紙は声高らかに最初の文章を俺の網膜へと刻みつけてきた。

青春とは毒であり、薬でもある・・・・・・と。

 はいこれ完全に俺のですわ間違いない。

 

 えっ、てことは俺が書いたこのこっぱずかしい黒歴史怪文書この人に読まれたってこと?ウッソだろお前・・・なんてこった。

 ふぅ・・・・・・っとクソデカため息を吐き出し、蚊の鳴くよりも小さい声で「そうっす」と答える。

それに対する比企谷先輩の対応は意外なもので、「そうか。」とたった一言告げ、その紙をすっと渡してきただけだった。

 どこか嬉しそうにする横顔から見える口には千葉の名物(違う)であるマックスコーヒーの缶がつけられており、体に悪そうな液体を摂取しているだけであり、続く言葉は出てこない。てっきり罵倒とか脅迫とかのなにかしらの言葉が出てくると思っていただけに、正直驚いた。

 

 

「・・・笑わないんですね。」

 

「別に笑わねえよ。なんだ、笑ってほしかったのか?」

 

「いえ、別に・・・」

 

 

 口下手な俺はそれっきり黙ってしまう。

 先輩もあまり口数が多い方ではないのか、そのあと「千葉にゴミをポイ捨てるんじゃねえ」とめっさ怖い声で言ったっきり黙りこくっている。

 静寂に包まれた空間には、俺らの間を吹く温い風以外に音が聞こえることもない。テニス部の声も聞こえないあたり、そろそろ教室に戻らなくてはいけない時間なのだろう。時計を確認すると、始業15分前を示している。少し早いが、ここらでお暇させてもらうとしよう。

 そう思ってゴミを袋へまとめて袋をキッチリと結び、無理矢理ポケットへねじ込む。

 そして立ち上がろうとした瞬間だった。

 

 

「俺も、似たようなモンだしな。城ヶ崎と。」

 

 

 口を開いた比企谷先輩はさっとゴミをまとめ、マックスコーヒーの缶を片手で遊ばせながら立ち上がる。

 あっけにとられる俺に一瞬顔を向けて「じゃあな。」と一言だけ残し、さっさと教室内へと戻っていってしまった。

 遠ざかっていく猫背を、何をするでもなく見送る。

 脳裏には一瞬向いた顔に浮かんだ表情がこびり付いたっきり、しばらく離れそうもなかった。

 そのまましばらく呆然としっぱなしで、授業に遅れそうになったことは内緒だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

side八幡

 

 

 放課後。それはついこの前までは家に帰った後にプリキュアを鑑賞していた時間のことであり、俺にとっては日々の疲れを癒やすために非常に重要だった時間のことでもあった。

だがそれも、今となっては昔の話だ。今は「奉仕部」なる謎の部活動に強制入部させられたせいでその時間は奪われている。それなのにその部活は活動することもほとんどなく、ただただ読書をしたり部員の雪ノ下や由比ヶ浜と会話をするだけという不思議な状態である。どこぞの団長がやってるSOS団の方が活動してるんじゃないですかね・・・

 そんな益体もないことを考えながらもこうして足繁く部室へと通ってしまうのは、平塚先生のファーストブリットが恐ろしいことだけが理由ではない。なんだかんだといいつつも、あの場所が気に入ってるから・・・だと思う。

 

 

「うーっす」

 

「あ、ヒッキー!やっはろー!」

 

「こんにちは。比企谷君。」

 

 

 かけられる挨拶を顎を引いた無言の動作で返し、もはや定位置となった机の端で文庫本を開く。

確か勇者が魔王退治をするだのなんだのというところまでは読んでいたはずだ。続きを読もうと印字された文字列を目で追う。だが、肝心の内容はあまり入ってこなかった。

 

 脳裏にちらつくのは、昼食時に出会った後輩の存在。

 人生で初めて出会った人種だったからであろう。最初にあったときのぽかんとした間抜けな顔と、俺と似たような波動を感じる目はよく覚えている。

 そして話していて分かったが、あいつはぼっちだった。

 他人に嫌われることを何よりも恐れ、他人に近づかず距離を置く。標的にされぬよう陰を隠し、クラスから姿を消す。典型的な「一人」だった。

 加えて、あの作文。

 俺はそんな姿を見て親近感を感じると同時に・・・どこかむずがゆく感じていた。

 だが、理由が思い至らない。彼――――城ヶ崎景虎の、どこにそんな感情が湧くのか。

 それがどうしても分からなかったのだ。

 

 ふと視線を上げると、そこには雪ノ下の姿が映る。

 彼女もぼっちである。だが、彼女の一人の性質は俺と違い、優秀さ故に来るものだ。それは、「孤高」とも呼べるもの。

 だからこそ、俺はそれに憧れこそすれど、むずがゆく感じることは恐らくない。

 

 

「・・・あまりジロジロと人の顔を見るものじゃないわよ。破廉恥企谷君。」

 

「そんなにジロジロ見てねえだろ。あとなんだ破廉恥企谷って。」

 

「うわヒッキーゆきのんのことガン見してたの!?ヒッキーマジキモい!」

 

「いやガン見してねえし」

 

 

 由比ヶ浜は・・・うん。こいつそもそもボッチじゃねえや。参考にならん。

 しかし困った。俺の友人ネットワークを駆使しても答えが出ないなんて。そもそも友人が無人だから使いようがないんですがね初見さん。一人くらいうるさいデブがいた気がするが気のせいだろう。剣豪将軍なんて知らん。

 まあ、考えて答えが出ないなら仕方がない。俺の座右の銘は、「押してだめなら諦めろ」だ。今回はそれに従って諦めるとしよう。

 

 

「見ていたか見ていなかったかは被害者と第三者が決めることよ。貴方の意見は反映されないと思うのだけれども」

 

「世知辛ぇ・・・。いつからここは雪ノ下帝国になったんだよ。」

 

「ならさしずめ貴方はレジスタンスってとこかしら。とてもそうは見えないけれど。」

 

「悪かったな。反逆しなさそうな小物で。」

 

「れじす・・・タンス?」

 

「由比ヶ浜、アホがばれるからあんましゃべんない方がいいぞ。」

 

「酷い!?わーん、ゆきの~ん」

 

 

 いつものように雪ノ下が放つ罵倒を受け流し、由比ヶ浜のアホ疑惑(ほぼ確定)が露呈し、雪ノ下に泣きつく。極希にくる依頼がないときの奉仕部は、いつもこんな感じだ。

 だが、こんな日常を送っていても、小骨のようなむず痒さは消えることはなかった。




(BLじゃ)ないです
八幡の口調と地の文は再現ムズすぎるので許して・・・


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知人の温度

一方からあまりに大きな重みをかけると、友情は破壊される。
―――アドルフ・クニッゲ


*今回でヒロインを明かします


「どうも。また会いましたね。」

 

「ああ。偶然だな。」

 

 

笑う俺へと、先輩がニヤリとした笑みを返す。

こういった感じで、比企谷先輩と昼食をともにした後も交流は続いた。

今期のアニメについて語ったり、時事的なニュースについて軽い議論を交わしたりと、自分にとっては非常に有意義な時間を過ごせたといっていいと思う。まぁこういったことをするのは昼食をともに食べる時くらいのものであるので、たまに会えた時しかできなかったが。先輩は連絡先教えてくれないし、俺も別に教えてないし。だからこんな一昔前のラブコメみたいな偶然を探る逢瀬のようになっているのだが、考えないでおこう。その方が精神衛生上よろしい。

 

しかしそんな会合も俺にとっては嬉しいことこの上なく、できるだけ一緒に食べたいと思えるほどには比企谷先輩のことを好ましく思っていた。

少なくとも大して仲のよくないクラスメイトの居る教室で、ちらちらと目線を向けられながら無言で食べる昼食時間よりは断然好きである。

そして、交流が続くうちに比企谷先輩はこう言っていた。「あまり俺と関わらない方がいい」と。

曰く、「俺は好きでぼっちやってるんだ。ぼっちが好きじゃないなら、関わらない方がいい」らしい。

ろくなことにならんぞ、とは本人の談だが、最初言われたときは何を言っているのか理解できなかったし、ただの冗談かと思っていた。だから「じゃあ、たまに会います」と言っておいたのだが、それに嬉しそうな苦笑いで返されたのはいい思い出だ。

 

それに、前に一度上級生の中でもトップカーストに位置する葉山先輩と三浦先輩と一緒にテニスをしているところを見たことがあったので、本当にただの冗談だと思っていた。由比ヶ浜先輩とも仲が良さそうだったし。

 

しかし。それが冗談などではなく本当のことだと知ったのは、不幸にもクラスメイトから興味の目線を向けられたときだった。

先輩との昼食を終え、その後の5限が終わった休み時間。

思えば、そのときが俺の青春を変化させた大きな分岐点の一つだったのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ。ちょっといい?」

 

 

興味とは恐ろしいものである。

「好奇心は猫を殺す」という言葉があるように、過剰な興味を持ったが故に身を滅ぼすことだってある。

そして、興味を持った方だけでなくもたれた方だって身を滅ぼされてしまう。

猫の例に習おう。飼い猫に興味を持たれてしまったネズミがいたとする。

そのネズミは必死に逃げようとするが、猫はネズミを捕まえ、殺してしまうのだ。しかも、時には半死半生の状態で弄ばれることだってある。

 

 

「城ヶ崎君ってさ、『あの比企谷先輩』と友達って本当?」

 

 

今の俺の状況は正しくそれだった。

話しかけてきたのは、クラスメイトの女子の集団。そのなかでもその集団を纏める、いわゆるボス猿的な存在だった。

その女子の目に宿っていたのは、完全なる「好奇心」。そして、その目はまるで新しい話題の種になりそうなものを見つけたハンターのそれだった。

そしてハンターの狙いは俺。

クラス内で最弱の地位を欲しいままにする俺はさしずめ弱った鼠であり、到底逆らえそうもない状況だったのは間違いなかった。

 

 

「・・・友人、と言うほどでもないけど交流はあるよ。それで、比企谷先輩がどうかしたの?」

 

 

俺は読んでいた本を置く。そして感情を抑え、顔をあげて答えた。

こういうとき、本来は選択肢を誤ってはいけない。

こいつらは、自分たちを盛り上げる話題さえあればいいだけ。つまり、今の俺がすべき最善手は比企谷先輩の悪口を言うこと。端的に言うと、知人を売るってことだ。

 

 

「だってさぁ~。比企谷先輩って、「あの」比企谷先輩だよ?話聞きたいなって。」

 

「・・・・・・」

 

 

無言でいると、続きを促されたと思ったのか詳細を実に楽しそうにしゃべり立てる。

聞けば、俺が前に目撃したテニス。それをしていた原因が葉山先輩のグループと比企谷先輩が所属する奉仕部なる部活の間にちょっとしたいざこざがあったことらしい。そのいざこざがテニス部が関連したものであったため、テニスで勝負することになったのだとか。勝負の結果は奉仕部の勝利。

だが、結局は葉山先輩の株が上がっただけに終わったらしい。なんじゃそりゃ。

俺が見たテニスにそんな裏話があったとは全く知らなかったのだが、それはいい。

 

 

「で、実際どうなの?」

 

 

・・・問題はそこからだ。

 

それが終わってから少しの間は、葉山先輩を持ち上げる話題でいっぱいだった女子間ネットワーク。だがその熱が冷めるにつれ、話題の転換があったらしい。

転換先は奉仕部。特に、葉山先輩と直接対決をして葉山先輩から一本取った比企谷先輩だった。

葉山先輩といえば学園のアイドル的存在であり、言わずもがなトップカーストの人間だ。

逆に、奉仕部のメンバーは全員がトップ、ないしそれに準ずる何かを持った集団ではなかったのだ。

由比ヶ浜先輩という人は葉山先輩のグループに所属居ているから矛先は向きにくい。

雪ノ下先輩はぼっちだが、それを撥ね除けててなお追撃できるくらいに余裕もあるし、実力もある。

 

だが、比企谷先輩だけは違った。

 

比企谷先輩は自他共に認めるぼっちであるのは雪ノ下先輩と同じだ。だが、カースト的に見たら下層に位置する。つまるところ、女子から見れば格好の餌なのだ。

加えて、彼女らには「葉山先輩に仇なすもの」をさらし上げるという免罪符がある。女の嫉妬とは恐ろしいものと再認識させられたよ全く。

ちなみにこの情報をを聞いてもないのにべらべらと得意げにしゃべる女子の声は弾んでおり、まるで楽しい会話をしている時ような無邪気ささえ感じられる。・・・確かに、こいつらにとってはそれが楽しい会話なのかもしれない。弾む声の裏にに「馬鹿にしてやろう」、「ネタにしよう」、「嘲笑ってやろう」という悪意がにじみ出ている、クソみたいな会話が。

 

 

「すまないが、俺はこういったことは得意じゃなくてね。」

 

 

努めて冷静に、震えを押さえて抑揚を押さえた声で切り出す。

俺はこういったことはハッキリ言って嫌いだ。見知らぬ他人をダシにし、下に見ることで相対的に自分の心理的優位性を保とうとするこの手の話なんて反吐が出る。

人の悪意なんて大っ嫌いだ。

 

 

「大っ嫌いなんだよ。そういうの。」

 

 

ふっと、中学時代の記憶が頭を掠める。

向けられる悪意。為す術もなく失ったもの。そして――――――逃げ出した俺。

上がろうとする右口角を意識して釣り上げ、湧いて出てきた悪感情と共に吐き捨てた。

ヒクつきながらもつり上がった口元で、自分の感情を隠して見せないように。

俺はこういった話題は嫌いだが――それ以上に、最善手として先輩を売る手段を少しでも考えてしまった自分が、もっと嫌いだ。

 

仕方のないことだ、と言われるかもしれない。綺麗事だと笑われるかもしれない。これが人間の本能であり、押さえることはできないとわかっているから。

だが、俺には耐えられないのだ。

自分の優位性、劣等感の免罪符、弱みにつけ込む外道な心情。

青春という毒に犯された人間の集大成のような醜さ。

ましてその矛先に自分の唯一と言っていいほどの話し相手だ。

とうてい、耐えきれなかった。

 

 

「・・・は?なによ、それ。」

 

 

シンッ、と教室が静まり返る。

眼前の女の怒りのボルテージがあがるのを肌で感じられ、水を打ったように静かになった教室からはささやき声さえ聞こえない。

やってしまった、とは思わなかった。やってやった、とも思わなかった。

ただ、少しだけの先輩への申し訳なさ。それと自分に対する最大級の嫌悪感だけが胸に張り付いている。

 

 

「・・・それだけだ。」

 

 

捨て台詞のような嫌悪感を置き去りにし、俺は教室から逃げた。

かすかに聞こえる鳴き声混じりの罵倒は、聞かなかったとこにした。

・・・・・・俺はまた、逃げたのだ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

sideいろは

 

 

丁度教室に戻ってきたときだった。

私とは違う派閥を作っている女子と、クラスメイトの・・・なんとか君が話しているのを見たのは。

その女子は同じクラスに在籍する自分よりカーストの低そうな人を狙っては自分を持ち上げさせているような人だったから、「また標的ができたのか」くらいにしか思っていなかった。勿論今まで逆らってる人なんて見たことがなかったから、「後で慰めてあげよう」と意識の隅にとどめる位の出来事になるって思ってた。それが私の日常だったし、外れることのないことだったから。

でも、その予想は大きく外れた。

 

 

「大っ嫌いなんだよ。そういうの。」

 

 

彼はまるで、真っ直ぐににナイフを投げるように言い放ったのだ。

その言葉は、全然関係のない私の胸にも届いていた。

 

自慢じゃないが、私は可愛い。だから、寄ってくる男子なんて掃いて捨てるほどいた。一緒に遊びに行った休日は両手どころか両足まで使っても数え切れないし、告白された経験だって何度もある。

 

でも、そのときかけられたどんな愛の言葉よりも。裏に悪意が潜んだ、どんな言葉よりも。

 

こんなに心に届いた言葉は、一度もなかった。

 

真っ直ぐに、感情に裏打ちされた言葉。そんな言葉を、私は初めて聞いた。

 

顔を見ようとすると、私の位置が悪いのか左側しか見えない。

でも、ヒクついている筋肉が何かを押しとどめようとしているのは、なんとなく分かった。

 

 

「・・・それだけだ。」

 

 

そう言って扉に素早く歩いてくる彼。

慌てて扉からどこうとしたときには遅く、危うくぶつかってしまいそうになってしまった。

 

 

「悪い。」

 

 

たった一言言い残して去って行った彼は、枯れ木のように見える背中を見せる。

彼は誰なんだろう。

廊下に一粒だけ残していった透明で綺麗に見える滴は、光の加減のせいで赤くも見えた。

私は興味があっても、その濡れた背中を追うことができなかった。




城ヶ崎景虎は、弱い人間である。
他人を傷つけてしまう汚い自分を容認できない。
城ヶ崎景虎は、強い人間である。
他人を思う優しさがある。
だが・・・城ヶ崎景虎は、なにもかもが下手な人間だった。


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つまるところ、平塚女史は知っている

失敗も挫折も成長の源
—ーー殺せんせー


 ドアのところで誰かとぶつかりそうになりながらも、華麗(嘘)なエスケープを決めた俺。情けなさから込み上がってくる涙をばれぬよう拭いつつ、屋上へと続く階段で腰を下ろしていた・・・はずだったのだが。

 なぜか俺を探しに来た平塚先生に階段から引きずり下ろされ、あれよあれよと言う間に職員室へとドナドナされてしまったのだ。

 ちなみに、なんで先生が来たのかを聞いたところ、「生活指導係だから」だそうだ。あと、若手だかららしい。ほんとぉ?(懐疑)

 

 

 

 

 

 

「さて、久しぶりだな。城ヶ崎。」

 

「そうでもないですよ。平塚先生。」

 

 

 職員室内にある、パーテーションで仕切られてできた一角。そこに通された俺は、机越しに対面していた。タバコの匂いが少し染み込んだパーテーションはしっかりと外の視界を遮っており、一応ではあるがプライバシーは保たれているようだ。前先生と話したときはデスクで済ませたので、ここに通されるのはなんだか新鮮な気分だ。

 …さて。呼ばれた理由には心当たりしかないが、一応聞いておいたほうがいいだろうか。

 

 

「なんで俺は呼ばれたんですかね?」

 

「それが分からん君ではないだろう。クラスメイトを泣かせたそうだな?」

 

「・・・・・・それは、まあ。」

 

 

 どうやら俺の想像通り、クラスで俺がキレ散らかした話で合ってたらしい。

 先生曰く、俺がキレた相手である名称不明の女子が泣きながらファンネルのごとく取り巻きを連れて職員室に突撃してきて、事情を盛大(当社比)に盛って話したらしい。

 女子曰く、「普通に話をしようとしたのに、いきなりキレられた!被害者は私だ!」とだとか。それで話を聞こうと俺を探しに平塚先生が派遣された・・・ということらしい。

つまり俺は(比企谷先輩曰く)文字通りの鉄拳制裁を加えてくる平塚先生から説教をされるわけか。・・・気が重いなぁ。痛そうだし。

 

 

「やっぱり分かってるじゃないか。さて、話してみたまえ。」

 

「・・・何をですか?」

 

「決まっているだろう。君がクラスでしでかしたことさ。」

 

 

 ・・・怒らないんだろうか?

 てっきりこのまま説教に突入するか、ファーストブリットが飛んできて壁まで吹き飛ばされるかの二択だと思っていたから、かなり驚かされた。なんなら撃滅のセカンドブリッドまで追撃が来ることを覚悟していたまである。

 

 

「既に女子から話は聞いてるんでしょう。それがすべてだと思わないんですか?」

 

「無論だとも。私は君が急に怒り出す人間だなんて思ってないし、根は優しい子だと信じてるからね。」

 

「・・・買いかぶりすぎです。」

 

「そうかね?私はそうは思わんよ。」

 

 

 改めて先生と目を合わせ、様子を伺う。

 先生の綺麗な黒い瞳には、真っ直ぐに俺が映している。

 その揺れない瞳はじっとこちらを覗いており、とてもなじゃいが嘘やハッタリを言ってる人間のものには見えない。・・・本気で言ってるんだろうか。この俺が、そんな人間だなんて。

 

 

「・・・なんで。なんでそんなに言うんですか。」

 

 

 分らない。本気で分らなかった。

 

 黒歴史が積み上がり、誰にも見向きされなくなったこの俺を。

 見られるときは決まって悪意に満ちた視線だった、この俺を。

 

 どうしてそこまで買ってくれるのか。

 そんな気持ちが伝わったのか。平塚先生はふっと優しく微笑み、こう言った。

 

 

「君の目さ。」

 

 

 俺は人生史上、最も間抜けな顔をしていた自信がある。

 俺の目はお世辞にも綺麗とは言いがたい。それどころか、濁っていて汚い、とても見れたものじゃないものだという自信がある。夜道を歩いている途中にすれ違った子供に防犯ブザーを鳴らされたことだってある。この目だけで痴漢冤罪をかけられたことだってある。

 この悲しみを背負った目に、一体何を見出したというのか。

 

 

「君の目は確かに酷いもんだ。腐ってる、とまでは言わないが濁っている。だがね私は知ってるんだよ。」

 

 

そして平塚先生は花のようにニカッと笑い、朗らかに言った。

 

 

「どんなに目が腐っていても、どんなに嫌われていても。優しい男をね。」

 

 

 多分、先生の目にも同じ男が映っていたと思う。

 そう思えるほどその特徴は比企谷先輩を捉えており、他の誰かを想像しているなんて、とても思えなかった。

 

 

「だから聞かせて欲しい。君の気持ちを。」

 

 

 女神のように見える平塚先生を前に、俺は陥落。

さながら懺悔室で神に罪を吐き出すがごとく、流れ出すように胸中をぶちまけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらいの時間がたっただろうか。気づけばとっくに六限は終わっており、その休み時間も半分ほどなくなっていた。

 その間俺は、休み時間に起きた出来事を自分の視点で自分なりに先生に話していた。

 女子からの見えない同調圧力。答えの決まった会話。悪意のある話題。そして…比企谷先輩のこと。

 促されるままに感情を言葉にし、平塚先生に伝えた俺は、肩で息をしている。慣れない感情の開放はかなり体力を消耗したらしく、肺が少し痛む。

 そして、すべてを吐き出し終えた俺に対し平塚先生は笑いながらこう言った。「なんだ。やっぱり君は優しい人間じゃないか」、と。

 

 

「全く。比企谷もそうだが、君も少し上手くやる事を覚えたまえ。君のその優しさは美徳だが、それだけでは上手くやって行けんぞ。」

 

 

 癖なのか、いつの間にかタバコを吸っていた先生の笑顔はタバコ特有の匂いも運んでくる。俺はタバコが嫌いな人間だが、何故か気にならなかった。それだけ必死に感情を出していたということだろうか。

 というかまさか俺の肺の痛みってタバコのせいじゃないよね?違うよね?

 それはともかく、中々耳の痛い事を言う。俺の人生においてう「上手くやる」なんて言葉を言われる日が来るとは思ってなかった。なにせ、そもそも人と関わらない。話す相手は家族限定で、その割合も大半を姉が占めている。気心の知れた相手としか会話をしてないのだから、うまくやるもクソもなかったのだ。親しき中にも礼儀あり、とはいうがそれにだって限界がある。家族と知人以下のクラスメイトとでは勝手が違うのだ。

 それに、だ。

 

 

「・・・いや、俺のこれは優しさなんてものじゃないですよ。もっと別のものです。」

 

「ほう。では何だというのかね。」

 

 

 答えに詰まる。

 自分でも分かってるのだ。

 これは優しいなんて綺麗な言葉で固められるものじゃない。

 気持ちが悪くても、それが自分の嫌いなところでも、間違ったものでも。それでも捨てられなかった自分の心の芯の部分。ドロドロとして掴みどころがなく、そのくせ離せない。

 自分を形成する最悪のパーツだ。

 だが、今の俺はこれを表現する言葉を持たない。故に平塚先生に問われたときに、俺は答えることができなかった。

 自分の感情の概形だけがうすぼんやりと分かりかけていて、それを形容する言葉が分からない。それがたまらなくもどかしく、思わず頭を掻いた。

 

 

「・・・分かりません。」

 

 

 結局、唯一ぼそりと絞り出せた言葉は、かっすかすにかすれた敗北宣言。

 どうあがいたって表現できず、気持ちの正体だって中途半端にしか分らない。

 そんな情けない俺の姿を見た先生は、優しく微笑んだ。

 

 

「なら、答えを探してみたまえ。」

 

 

 思わず背筋が伸びるような言葉をかける。

 そして俺にとって最善であり、今後の生き方に関わるような至言をくれた。

 

 

「分からないなら、分かるまで考えてみるがいい。どんな方法でも、必死にね。そして、聞かせてくれればいい。君の答えを。」

 

 

 分からないなら、分かるまで考える、か。

 さっ、と心を一陣の風が吹き抜けたような思いがする。

 思えば、今までの人生でそんなことを思ったことがない。

 俺の人生は失敗ばかりだったが、その理由を考えることをしていなかった。多分、無意識に避けていたからだともう。醜い自分と向き合い、それを直視することを。つまるところ、俺はここでも逃げていたのだ。

 逃げ癖ばかりついてしまった自分に自嘲の苦笑いをこぼす。

 

 

「難しいですね。答えを出すのは。」

 

「当たり前だ。だが問題を起こした罰だと思って、甘んじて受け入れたまえ。」

 

「了解です。」

 

 

 これはとんでもない課題を背負ってしまったな。

 そう考えはしたが、気持ちは軽い。今まで溜まっていた余計な感情が流れ出したおかげだろうか。

 ともかく、これは罰だ。これを期に、自分で考え続けてみようと思う。

 

 

「これが罰、なんですから。」

 

「そうだ。」

 

 

 俺がふっと笑うと、先生もニカッと笑い返してくれた。なんだか可笑しくなって、思わず笑ってしまったが、心に余裕ができた証だと思って受け入れるとしよう。気分もいいし。

 そして、軽くなった心を示すかのようなノックが響き、職員室のドアが開かれた。

 

 

「失礼します。一年の一色いろはですけど、城ケ崎君はいますか?」

 

「城ケ崎ならここだ。入りたまえ。」

 

 

 表れたのは、クラスメイト(多分)の、一色いろはさん。

 元気な先生の声に導かれ、亜麻色の髪をゆるりと流しながら職員室へと通された彼女。真っすぐにパーテーション室へと歩いてきた姿はまるで一枚の絵画のように様になっていた。率直に言うと、可愛かったのである。

 しかし俺は知っている。「一色いろはという女子は危険人物である」、と。

 彼女は適当な男子を侍らせるジャグラーのような存在であるため、敵しかいないボッチ男子高校生にとっては天敵のような存在なのだ。まあ天敵もいるけどそれ以上に敵が多いんですがね。孤軍奮闘すらできないこの戦力差。再確認して悲しくなるけど是非もないよネ!

 ともかく、俺の灰色の脳みそによる計算だと、彼女がここに表れたのは自分の株を上げるためだと推測される。

 突然出て行った男子を連れ戻すことで自分の優しさをアピールし、あわよくば自分の引き立て役といて徴兵してやろうという算段だろう。騙されぬ…俺は騙されぬぞ……!

 

 

「おお、一色は確か城ケ崎のクラスメイトだったな。だったら丁度いい。こいつをクラスまで連れて行ってやってくれ。」

 

「元からそのつもりで来たので全然オッケーです!任せといてください!」

 

 

 そういってふんすと胸を張る一色さん。この裏で腹黒い算段を立てているかと思うと背筋が寒いが、背に腹は代えられない。ここで断ってしまうと俺はクラスに帰る機会を失うどころか、学年トップレベルの顔面偏差値を誇る女子の誘いを断った屑野郎というレッテルを張られてしまうだろう。そうなってしまえばもう一巻の終わりである。

 

 

「じゃあ行こっか。城ケ崎君。」

 

「……うっす。」

 

 

 ゆらりと立ち上がり、せめてもの抵抗としてゆっくりと歩く。だだその目論見も、平塚先生の蹴りによって台無しにされてしまった。ちくせう。

 仕方なしに一色に連れられ、職員室をでる。…あぁ。次の七限が人生で一番嫌な七限だ。それに、これほど憂鬱な職員室帰りも中々ない。そもそも職員室から帰ることも中々ないものなんだが。

 去り際に先生が放った殺気は、幻覚だと信じたい。流石に連れ立って歩くくらいに嫉妬はせんでしょ…?先生の背後に浮かび上がったように見えた首切りのハンドサインも、見えなかった。いいね?




前書きに書く名言が思いつかなくなって二次元に逃げた筆者がいるらしい。
次回は城ケ崎と一色が話す予定です。
一色が同学年の人としゃべってる様子が全然わからないのでオリジナルになっちゃうのは許してください。


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背負いし者は鎌を持つ。

人生はリセットできないが、人間関係はリセットできる。
――――比企谷八幡


 可愛い、という形容詞が存在する。

 

 可愛いは正義、なんて言葉があるように、ルックスは人の意見を曲げてしまいうる力を持っているのだ。まあイケメンだってそれを武器にして戦国無双よろしくこの世を渡り歩いているのだから、世の中所詮顔が優先されるのだ。顔面だけで人生の大海を割っていけるのだから、その姿はさながらモーセ。多分モーセもイケメンだったんだろう。知らんけど。もしくは絶世の美女。

 

 だがしかし。この言葉は一見すると誉め言葉であるが、その実中身を伴っていないことが多い。…あくまで、個人的意見ではあるが。

 

 女の口から出た「可愛い」という形容詞は相槌の意味合いのほうが多く、褒める用途で使われることはかなり稀なケースだ。相づちに「なにそれカワイイ~」なんて言ってるしね。それに、世間でオッサンやら車やらが可愛い、なんて持て囃されているのはいい例だ。「キモ可愛い」や「ブサ可愛い」なんて言葉があるくらいだし。

 

 一方男の口から出てくる「可愛い」という言葉が中身を伴っているかと言われれば、ばっちり伴っている。なんせ大体可愛いと言う言葉を吐いた奴らが裏に抱いてる感情は「ふーん、エッチじゃん」だからな。中身を伴ってるけど大したものは詰まっていない。味のないガムみたいなものだ。どちらも肝心なことが入っていない。

 

 つまり何が言いたいかというと、だ。世の中にはそうそう、真の意味で可愛いものなんてないってことだ。

 …しかし、物事には必ず例外というものが存在する。

 少なくとも俺は、本当に可愛いという言葉が当てはまる人物と対面しているのだから。

 

 

「どうかしたの?」

 

 

 ちらりと視線を向ければ、こてんっ、と可愛い擬音でもついてきそうな動作で首を傾げ、にこりと笑いかけてくる女子。その名は、一色いろは。

 俺と同じクラスに在籍する女子であり、俺とは住む世界の違う所謂トップカーストに類する人間である。

 いっそ、「あざとい」ともいえるほどの愛嬌を振りまくその姿は、正しくアイドルと言うにふさわしいかもしれない。そのおかげで特に男子からの人気は凄まじいものがあり、いつも傍らに男子が飛んでいるのや、休日に一緒に買い物をしている姿をよく目撃している。ちなみに男子は基本荷物持ちである。男子はファンネルかなにかか?

 その一方で女子からの評判は良くないらしく、少なくともクラス内であまり女子としゃべっている印象はない。まあ俺はいつもすべてのグループの外にいるから確証はないどころか大分怪しいものではあるのだが。

 

 だが、外にいるからこそ見えるものもある。

 

 恐らくだが、一色さんは努力家だ。

 普通、あの量の異性を虜にするには並大抵の努力ではできない。そして虜にするだけでなく、誰それとくっついたりすることもなく居続けるし、それを周りが望む。まるでアイドルの様な扱いを自分から進んでやっているのだ。これで努力家でなければ世界中に一体どれほど努力家と呼べる人物がいるのだろうか。

 

 

「…いや、何でもない。」

 

 

 目線を前に戻し、ひたすらに足を進める。

 

 …この際だから言っておこう。俺は、女性が苦手だ。

 

 これは別に男性が好きだからとか、恋愛に興味がないからというわけではない。むしろ恋愛はしてみたいと思うし、女子に興味がないと言ったら嘘になる。というか普通に興味がある。こんなを言うとまるで変態みたいだが、そこは置いておこう。いや、本当はダメだけど。

 

 俺が女性が苦手な理由。それはいたってシンプルな理由で、「怖い」のだ。

 裏で何考えてるかわかんないところとか、何かを隠しているところをおくびにも出さないところとか、表面を取り繕うのが上手いところとか。

 勿論好ましい点だって上げればいくらでもあるのだが、俺が認識している負の側面が恐ろしくてたまらないのだ。ソースは中学時代の俺。

 

 故にこうしてせっかく美少女と話せる機会があるというのに、話題を膨らませることも提供することもできない。…まあこれは経験のなさとか共通の話題のなさとかその辺も関係してくることだけど。

 

 

「……悪いな。俺なんかのためにわざわざ苦労かけて。」

 

 

 結果、なんとか出せた話題は謝罪。我ながら情けない話だが、これくらいしか話せそうなことが見つからなかったのだ。…というか謝罪って話題に含まれなくない?

 だが、一色さんは一瞬変なものを見たようにキョトンとし、次に面白いものを見たように笑った。

 

 

「ううん、気にしないで。」

 

 

 まるで可愛いを演出するために計算されたかのような仕草は、ウブな俺にクリティカルダメージを叩き出す。あわや轟沈寸前まで持ってかれたがどうにか立て直し、なんとか平静を装う。どうでもいいけど平成を装うって書くと平成を舗装してるみたいじゃない?お前たちの平成って、醜くないか?(醜く)ないです。(鋼の意思)

 

 

「それに、話してみたかったんだ。城ヶ崎君と。」

 

「話してみたかった?・・・俺と?」

 

「うん。城ヶ崎君と。」

 

 

 話してみたい、とな。大して面白い話題を提供できるわけでもなく、イケメンでもなく、生産性のなさでは右に出る者が居ないと自負しているこの俺と?この女・・・正気か?

 

 

「何故俺なんだ?普段一色さんが話してる男たちの方がよっぽど楽しくて適正だと思うけど。」

 

 

 よりによってこの俺に声をかける理由が分らない。あれか?珍獣的を見てみたいとか、そういう感じの好奇心か?自慢じゃないがクラス内珍獣ランキングではなかなかの上位を維持できてると自負している俺だ。そう思われてるのかもしれない。ちなみに俺的珍獣ランキング堂々の一位はチンパンジーこと陽キャである。あいつら凶暴だしなんかウェイウェイ叫んでるからな。実際怖い。

 

 

「さっき、クラスで女子と揉めてたでしょ?あんな風にしてる人初めて見たからさ。」

 

 

 それで気になったんだ~、と、そんな俺の疑問を受け取った一色さんは答えていた。

 ふわっと答えたその答えは、多くの男にとっては嬉しい言葉だろう。美少女に興味を持たれた男が、嬉しくないはずがない。

 

 

「・・・そうか。」

 

 

 ガチリと、心にかけておいた鎖が軋む。

 そして、あの時全くしていなかった後悔が少しだけ持ち上がった。

 

 一色いろはといえば、いわずもがな人気者である。それは前述したとおりだ。そして取り巻きは大体男子であるのも述べたとおりである。その男子が属するスクールカーストはかなり上位層。サッカー部やバスケ部のような、所謂トップの部類の人が多いのだ。なにせ一色さんはサッカー部のマネージャーだし。そして対する俺は先の一件で株価大暴落の超不良物件。

 つまり何が言いたいかというと、一色さんが俺に興味を持ってはいけない人だということだ。トップ層が最下層へ興味を向けると言うことは、両者にとって非常によろしくない。下層の俺は興味を持たれたことが免罪符となって敵意を向けられる可能性があるし、一色さんは周りからよく思われず敵意を向けられる可能性がある。

 

 

「俺は面白い人間じゃないぞ。ただのボッチで、女子を泣かせた最低野郎だ。俺と関わっても、いいことなんか一つもない。分ったなら、これ以上興味を持たない方がいい。」

 

 

 自分ができる精一杯の睨みをきかせ、できるだけの低い声で言う。

 そう言ってから、心の中で吐き気を噛み殺した。

 

 ・・・なにが興味を持たない方がいい、だ。自意識過剰にも程がある。そもそも放っておけば、次第に興味を失ったって可笑しくないのだ。むしろそれが自然だともいえる。それをわざわざ口に出し、線を引き、勝手に振る舞う。全くもって気持ちが悪い。

 だが・・・それでも。俺はこれを口にしなければならなかった。

 過去に一度、過ちを犯した人間として。やってはならないことをした代償として。人の好意を自分の手で完膚なきまでに破壊し尽くした、屑野郎として。

 同じ過ちを、繰り返してはならないのだ。

 

 

 俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 隣を歩く一色さんからは、反応がない。多分、相当気持ち悪い存在として映っただろうから。

 だが、それでいい。俺はもう、一人に慣れてきたんだ。

 

 

「そっか。でも、私は城ヶ崎君が最低野郎かどうかは分んないよ。」

 

 

 そう言ってくれた一色さんは、それっきり、何も話すことはなかった。

 俺も同じく、何を言うこともなかった。

 靴の音だけが響く廊下はいつの間にか終わり、ざわつく教室の前に着く。開いていないドアは、誰が開けることもなく閉ざされている。そっと俺が手を伸ばしかけたとき。

 

 

「だから、知ってみたいなって思ったんだ。」

 

 

 そんな声が、聞こえた気がした。

 そんな都合のいい耳を閉じ、俺は一人で教室へと足を踏み入れた。

 春はもう、過ぎたのだ。




前書きに原作の台詞を丸々持ってくる駄作者の図。
城ヶ崎の過去を仄めかしながら、次回から夏休みに突入します。
夏休み・・・八幡・・・何も起こらないはずもなく・・・
というわけで、次回から千葉村編です。お楽しみに。


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千葉じゃないのに千葉村っておかしくね?by比企谷

名言が思いつかない。訴訟
――――作者

というわけで前書きの名言は思いついたときだけやります。


 夏休み。読んで字のごとく「夏の休み」であるこの期間は、学生に与えられた癒やしの時間である。

 杜王町の殺人鬼ですらも浮き足立つサマーシーズンの到来に合わせ、めんどくさい登下校も強制されず、宿題さえ終わってしまえばあとは何をしたっていい。クラスメイトと顔を合わせる必要もなく、様々なしがらみからも解放される。誰に何を言われる必要もなく、気ままに一日を過ごす権利が学校から与えられているのだ。結論:ビバ!夏休み!ということである。ちなみに俺は宿題をさっさと終わらせてしまう派の人間だ。やな宿題を全部ゴミ箱に捨てて許されるのは小学生で魔法少女だけだからね。仕方ないね。

 それに、もし万が一終わらないなんてことがあったら先生に目をつけられてしまうし、ただでさえ諸般の事情で内申点に響きやすい境遇な俺としては絶対にそれを避けたいのである。成績はそこそこ上なだけに、内申で志望校を狙えないなんてオチは最悪だからな。

 

 さて、「夏休みとは休む期間だ」と言ったが、勿論例外はある。それは、「偶発的に発生する予定」だ。本来ならば、友人知人その他諸々が存在しない俺に予定など発生するはずがない。せいぜいあったとしても姉の買い物に駆り出されるか新刊を買いに行くくらいのもので、他人と行動を共にすることは希なことだ。

 

 だが、それは去年までの話だ。

 今年から高校生という肩書きにジョブチェンジをした俺は、二年後に受験が控えている。さっきも言ったが、諸事情により内申に響きやすい俺は少しでも内申点を上げておく必要があるのだ。そして夏休みには、課外活動が存在する。例に漏れず、我らが総武高校にも存在していた。それを担当している平塚先生曰く、「簡単なお手伝い」とのことだったので、迷わず参加を決意した次第である。泊まりがけになるらしいので色々と準備は必要だが、まあ心配はないだろう。・・・しかし、千葉県内で泊まりがけで手伝いができそうな場所なんてあったかな・・・?

 

 そんな思考は隅に置き、とりあえず準備を進めよう。必要なのは寝間着や替えの下着、筆記用具に日中活動用の動きやすい私服。大体普通のお泊まり会と似たようなモンだろう。参加したことねえから知らんけど。

 

 

「ん?トラ、なにやってんの?」

 

 

 準備をしていると、突然話しかけられた。

 話しかけてきたのは、前からちょこちょこ話題に出ていた俺の姉「城ヶ崎沙耶」。俺より3個上の大学生で、県内の文系大学に通っている。ちなみに成績優秀スポーツ万能でスタイル抜群と三種の神器を携えながらも、ひいき目を除いても可愛い抜群のルックスを持つ最強超人である。そんな姉が話しかけてくるのだから、いつの間にか部屋に入られて、俺のベットが占領されているくらいは些細な問題である。いつものことだし是非もないよネ!

 一方の俺は成績普通スポーツ平凡スタイル凡人という標準装備しかしてないので、その差は歴然である。大体試合開始と9回裏ツーアウトツーストライクくらい違う。ほぼ負け確なんだよなぁ・・・。

 俺が勝ってる点を上げるとするなら、こんなハイスペックな姉を持つことくらいだ。まあ逆説的に姉の欠点が俺ってことになるんですけどね。不出来な弟でごめんよワイのアッネ・・・

 ちなみにトラってのは俺のことで、姉は俺のことをこう呼ぶのだ。ちっちゃい頃からそう呼んでたし、それがそのまま続いてる。

 

 

「なにって・・・泊まりの準備。」

 

「トラが泊まり・・・?なに。ついにソロキャンにでも目覚めたの?」

 

「違うって。学校の課外活動に参加すんの。内申のためにね。」

 

「な~んだ。てっきり、ついにボッチを極めすぎたのかと思って心配して損したよ。」

 

「へいへい。すんませんね。」

 

 

 適当に荷物を纏め、パパッと鞄へ放り込む。これであらかた準備は終了だ。

 

 

「それにしても千葉で泊まりかぁ・・・。そんなとこあったっけ?」

 

 

 どうやら姉も同じ思考に至ったようだ。

 当然千葉にもキャンプ場は存在するが、それが課外活動になるとは到底思えない。どこか関連しそうな場所も調べてみたが、めぼしい所は千葉にはなかったのだ。

 

 

「・・・これ、『千葉かと思った?残念千葉村でした~』みたいなことじゃないよね?」

 

「・・・さあな。」

 

 

 千葉村とは、某ディステニーランドのごとく、「千葉にないのに千葉の名を冠するモノ」である。村って言ってるけど、実際はただのキャンプサイトみたいなもんだ。比企谷先輩曰く、「千葉じゃねえのに千葉名乗るのはおかしい」らしいが、そこは同感である。

 しかし、よりによって千葉村かぁ・・・。想像したくはないが、平塚先生ならやりかねない。あの人中身オッサン混じってるんじゃないかってくらいネタが寒い&古いときがあるからなぁ・・・

 

 

「大丈夫なの?もし千葉村でも。」

 

 

 姉が心配そうに尋ねてくる。・・・無理もない、か。

 なにせ、俺の()()()()()()()()()()()()()は、その千葉村で発生したからな。思い出したくもないし、できれば二度と千葉村には行きたくなかった。

 

 

「・・・大丈夫、だと思う。もう、昔の話だし。」

 

 

 笑いかけ、姉の顔を覗く。いつも元気でもぎたてフレッシュな笑顔は影を潜め、本当に心配した表情を覗かせている。どうやら、かなり心配させてしまったらしい。

 もう一度より一層笑って、努めて明るい声を出す。

 

 

「あの時の奴らがいるわけじゃないし、大丈夫だって。」

 

「・・・まあ、トラがそう言うなら大丈夫か。でも!絶対に無理はしないこと!」

 

 

 いいね!?とめっちゃ念を押し、部屋を出る姉。

 ・・・ちゃんと、心配は解けただろうか。

 

 

(・・・まあ、大丈夫だと信じたい。)

 

 

 姉の表情を確認しそびれた俺は、行く末を不安に思いながら駅前集合の日付を待つことにした。

 その先に、過去と向き合う未来が待っていないことを願いながら。・・・って、これも逃げだよなぁ。

 

 

「はぁ・・・。憂鬱だ。」

 

 

 結果俺は思考を放棄することを選ぶ。

 執行の日は近い。




平塚「悪い子は出荷よー」
城ヶ崎「そんなー(´・ω・`)」

って感じで次回、「奉仕部+ワンボッチ」。
今回短いけど閑話だし許してください。


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奉仕部+ワンボッチ

三日連続投稿できたので初投稿です。
今回は移動だけなので会話メインです。よしなに。


 ときは飛び、夏休み某日。場所不明活動内容不明のボランティア活動当日である。

 俺は平塚先生から指定された時間よりも少し早い時間帯に、駅前の道路に面した通りへと足を運んでいた。なんでも、わざわざ先生が迎えに来てくれるらしい。そのことをやけに長文なメールで知らされた俺は自分で行くからいいと断ったのだが、「いいから駅前に集合してください。異論反論口答えは一切認めません」というなんとも横暴な言論統制によって強行される運びとなった。・・・ていうか先生も着いてくるんですね。それすらも事前に知らされていなかった俺は一帯どういう扱いなんだよ・・・。ちなみに付け加えると、今回のボランティア活動の同行者すら知らない。先生曰く、「行くまでに分る」らしいが。行くまでに分るなら事前に知らせてくれてもいいんじゃないですかねぇ・・・こっちにもそれなりの心の準備が居るんですが。まあ準備したところで離せない未来がみえるみえる。オラワクワクすっぞ(白目)

 

 20分程待った頃だろうか。

 いの一番にやってきたのは、平塚先生だった。大きなワンボックスカーを豪快に操りながら華麗な駐車を決める姿はさながらイニシャルがDなやつ。サングラスを掛けたご尊顔も相まって、まるで車のCMかなにかと勘違いしそうなほどにかっこ良かった。

 

 

「やあ、城ヶ崎。まさか一番乗りとは驚いたよ。」

 

「どうもです。むしろ早すぎて暇なくらいでしたので、先生が早めに来てくれてありがたいです。」

 

「そうか。なら丁度いい。車のシートを動かすのを手伝ってくれないか?どうも一人でやるのは手間でな。」

 

「勿論ですとも。」

 

 

 そんなやりとりをした後、言われたとおりシートを動かす。車内は外から見た以上に広々としており、助手席を除いても6,7人は軽く乗れそうだった。

 

 

「こんな広い車用意するってことは、結構大所帯でボランティアするんですね。一体誰が来るんです?」

 

「ん、言ってなかったか?まあ、君がよく知る人物も来る。安心したまえ。」

 

 

 俺がよく知る人物・・・って、もしかして比企谷先輩か?

 ってことはまさか・・・

 

 

「あ、平塚先生~!やっはろ~!」

 

「こんにちは、平塚先生。」

 

 

 予想的中。車に近づいてきた人物は、「雪ノ下雪乃」先輩と、「由比ヶ浜結衣」先輩だった。これに比企谷先輩が合わさるとなると答えは明白。彼女らが運営する部活動、「奉仕部」が参加するのだろう。

・・・ってことはバリバリ初対面ですね対戦ありがとうございました。俺は比企谷先輩から名前や特徴を少しだけ聞いているので多少は知っているが、相手からすれば完全に初対面。誰だか知らんやつが部活動に緊急参戦するような物である。一気に帰りたくなってきた。

 

 

「・・・先生、恨みますよ?せめて言ってくれればなにがなんでも現地集合にしたのに。」

 

「そう言うのが分ってたから言わなかったのさ。なに、うまくやる練習だと思って諦めたまえ。」

 

「えぇ・・・。」

 

 

 先生からの宣告にガックリと肩を落としていると、ついに雪ノ下先輩に気がつかれた。

 

 

「先生、そちらの人は?」

 

「ああ、彼は城ヶ崎景虎。一年生で、今回のボランティアに自分から名乗り出てきた男だ。目的地が同じなんだ、乗せていっても構わんだろう?」

 

「それは勿論ですが・・・。せめて事前に連絡をいれてくださらないと。」

 

「ちょっとしたサプライズだ。あまり気にしないでくれ。」

 

 

 ・・・どうやら、露骨に邪険にされることは無さそうだ。そこだけでも危機一髪で最悪の展開は回避できただろう。

 あとは頑張って印象を良くしながら、ボランティアが終わった後にスーッと消えれば問題はない。

 

 

「どうも、挨拶が遅れてすみません。ご紹介に預かりました、一年の城ヶ崎景虎です。短い間ですが、よろしくお願いします。雪ノ下先輩、由比ヶ浜先輩。お噂は、比企谷先輩から聞いております。」

 

 

 ・・・オーケー。これで第一印象は悪くないはずだ。

 

 

「へ?ヒッキーと友達なの?っていうかヒッキーに友達って居るの?」

 

「いえ、友人と言うほど深い関係ではありませんよ。ただの飯食い仲間みたいな物です。」

 

「・・・驚いたわね。まさかあの比企谷君にこんな知り合いがいたなんて。」

 

 

 天変地異の前触れかしらね、なんてそこそこ失礼なことを言う雪ノ下先輩。だがそれは、罵倒の意味合いではなく一種のコミュニケーションのようなものらしい。前に比企谷先輩が言ってた。

 

 

「へぇ~。ヒッキーにもご飯一緒に食べる人居たんだね。あれ、でもヒッキーはいっつも外で食べてるし・・・。あれ?」

 

「・・・ご明察です。僕も周囲に馴染めぬあぶれ物ってわけです。」

 

「ああ。だから比企谷君と似た目をしているのね。一瞬兄弟なのかと疑ってしまうくらいだわ。」

 

「それ、平塚先生にも言われましたよ。『腐ってはないけど濁ってる』って。」

 

「確かに!似たもの同士なのかもね。ヒッキーと城ヶ崎君って。」

 

「ははは・・・。嬉しいのか複雑ですね。」

 

 

 そんなこんなで会話していると、ようやく比企谷先輩が現れた。しかし、なにやら傍らに美少女を連れている。あれはまさか・・・誘拐?いやさすがに違うか・・・?

 

 

「比企谷先輩。誘拐は犯罪って知ってましたか?」

 

「え、いきなり何の話?」

 

 

 ・・・その後、隣にいた少女が比企谷先輩の妹さんであると知って恥ずかしい思いをしたのは内緒の話だ。まあ、大笑いされたが、一見冷静そうな雪ノ下先輩も肩をふるわせていた所を見れたので、よしとしよう。よくねえけど。

 結局、比企谷先輩と小町さんの後に来た戸塚先輩というテニス部の先輩を加えた合計六人で目的地へと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 車内。それは隣に座る人との距離がかなり狭くなり、危機的状況を生む魔境である。男子同士、女子同士の組み合わせであれば問題はない。なにせ、相手は同性。肌が触れたところで動じる必要はなく、別段気にすることでもない。

 しかし、異性が相手となると話は114514度くらい変わってくる。肌どころか服の端でも触れようモンなら処刑執行対象に入る。相手が不快と思ったら即合うと。これは満員電車に限った話ではないのだ。ソースは俺。両手を挙げていても痴漢冤罪を掛けられた俺が言うんだから間違いない。

 

 ところで唐突だが、車内の座席について説明しよう。

 運転席には当然、平塚先生が座っている。残るは助手席一席と、3人座れる座席が二つだ。最初俺は何が何でも比企谷先輩の隣を死守しようと動こうとした。だが、それは外道教師ヒラツカによって阻止された。「べ、別に比企谷に隣に座って欲しいわけじゃないんだからね!ただ、助手席が一番死亡率が高いだけなんだからね!」と、ツンデレなんだか死刑宣告なんだかわからんような理由で助手席へ吸い込まれていった。おのれ平塚。

 さて、困ったのは残された俺達だ。

 多少の話し合いの結果、前列の席に雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩が。後列に俺・戸塚先輩・小町さんの順番に座ることになった。つまり、俺の隣は戸塚先輩なのだ。・・・それが判明した瞬間、まるで呪い殺さんとばかりににらみつけてきた比企谷先輩のことはいったん忘れよう。悪夢で出てきそうだ。

 そして戸塚先輩は見た目はともかく、男だ。歴とした。

 俺は今までの人生、男は男、女は女と割り切って考えてきた。故に、今日は衝撃だった。

 

 

「あの・・・君の話、聞かせてくれない・・・かな?」

 

「是非(即答)。答えられる範囲で何でも答えましょう。」

 

 

 まさか、この世に男でも女でもない「天使」が存在するとは。ちなみに、後にこのことを比企谷先輩に伝えると、「・・・歓迎する。同士よ」と、握手を求められた。大天使トツカエルを教祖とする何かの宗教が始まった感じだが、真相は謎である。謎なんだってば。

 

 

 

 

 

 

「へぇ、じゃあ兄とはそんな風に知り合ったんですね~。」

 

 

 時は少し進むが、未だ車内。

 一旦の休憩を挟んだ後に走り出した車内では、少し座席が変わっていた。具体的に言うと、俺が戸塚先輩と小町さんに挟まれる陣形へと変わった。・・・それが判明した瞬間の比企谷先輩はまた怖かった。ていうかさっきより怖かった。

 

 

「ああ。最初は驚いたよ。まさかあんなとこで飯食ってる人が居るなんて思わなかったし。」

 

 

 ちなみに小町さんはこの中で唯一タメ口で話している。明確に学年が下なのは彼女だけだからね。

 

 

「ちょっと?俺の恥ずかしい話ばらさないで欲しいんだけど。ってかそんな言ったらお前だって同じだろうが。」

 

「でもお兄ちゃんが外で一人で食べてたのは変わりなくない?それ小町的にポイント低いんですけど・・・」

 

「ふっ、お兄ちゃんを舐めるなよ?偶に城ヶ崎と食ってるから大丈夫だ。」

 

「先輩、それ偶にしかできてないし、なんなら根本的にアウトじゃないです?」

 

「バッカお前、例え一人+一人でもその場に二人居るのは変わりねえんだよ。むしろお得だろ。ポケットなモンスターでも二人の方が戦略増えるだろ?それと一緒だ。」

 

「うわぁ、まーた訳わかんないこと言ってるよこのゴミぃちゃんは・・・」

 

 

 ・・・どうやら、比企谷兄妹は相当仲がいいらしい。家も仲はいい方だと思うが、こっちは相当だ。というか途中で出てきたポイントってなに、兄妹間にポイント制度あるの?

 

 

「・・・城ヶ崎さん、こんなゴミ、いや粗大ゴミぃちゃんですが今後ともよろしくお願いしますね。」

 

「ちょっと小町ちゃん?ゴミから粗大ゴミにランクアップしちゃってるんだけど?捨てるのに手間もお金もかかっちゃうよ?」

 

「むしろそのくらいして然るべきでしょう。貴方、普通に捨てられるとでも?」

 

「ねえ俺の周り敵しかいないんだけど。いつの間にか四面楚歌なんだけど?」

 

「小町はお兄ちゃんの味方で~っす。あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「むしろお前が筆頭なんだよなぁ・・・」

 

 

 ・・・今後ともよろしく、か。

 比企谷先輩が弄られ、受け答え、ときに反撃する。で、また撃墜される。そんな風景を見て、俺はふっと笑みが零れる。

 俺と関わってもロクなことがない、とは比企谷先輩の談だったか。しかし、俺は今ここにこうしていることを楽しいと思っている。なんならこのままあってくれーなんて思ってしまったくらいだ。

 だが、できない。

 俺に許されているのはこの期間だけだ。

 だが、ここで嘘をつくくらいは許されるだろう。

 

 

「・・・・・・ええ、是非とも。今後ともよろしくお願いしますね。」

 

 

 振り返った比企谷先輩の目が、やけに印象に残った。

 

 

 俺達を乗せた車は、高速を進む。

 行き先は・・・千葉村だった。

 

 

「いつから千葉だと錯覚していた・・・?残念千葉村でした!」

 

 

 多分、ただのギャグにここまで青筋が立ったのは人生初だろう。




キリがいいのでここまで。ちょこちょこ改変してるのは許して亭許して。感想とかくれてもいいのよ?(フリ)
いろはすヒロイン宣言しといてなんですが、彼女と本格的に絡めていくのは恐らく文化祭あたりだと思います。それまでお待ちください。
次回から千葉村へと入村し、葉山ご一行とも合流します。
城ヶ崎景虎が加わったことで、どう物語が変化するのか。
今世間は大変ですが、ほんの一時の息抜きにでもご助力できると幸いです。


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ぼっちウォッチ

 千葉を抜け、高速で走り抜けること数時間。俺達はようやく、目的地である千葉村に到着した。その間にも色々とあったのだが割愛させてもらおう。大体由比ヶ浜先輩を中心にみんながお菓子食べながら雑談してたりしてるだけだったしね。あとは俺と比企谷先輩の間に新興宗教が誕生したくらいだ。特に問題はない。その後、由比ヶ浜先輩が雪ノ下先輩の肩により掛かって爆睡してたことだけは付け加えておこう。・・・ごちそうさまでした。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・。移動だけでもそこそこ体力使うもんだな。」

 

 

 車を降りてまず目に入ったのは、広大な森林。駐車場から見える範囲はこんなに生い茂ってるのだが、中に入れば実はそうでもない。子供達が遊んだりしても大丈夫なくらいのちょっとした林みたいな物だ。一部深めのとこもあるが、そこは肝試しなんかに使われていたりする。昼でも薄暗い場所なので、あまり近づきたくはないものだ。

 

 

「さて諸君、ここからは歩いて移動になる。荷物を下ろしてきたまえ。」

 

 

 スパッと紫煙を吐き出しながら、新緑の香りとタバコの味を同時に味わっている平塚先生から指示を受け、各々が自分の荷物を回収する。ってか先生それでいいんか・・・せっかくの自然なのに。あれか。タバコも葉っぱだし、似たようなカウントなのか?

 そして全員が荷物を回収し終わった頃。なかなか出発の音頭を取らない先生に疑問を感じ始めていた頃だった。このキャンプ場に、もう一台キャンピングカーが滑り込んできた。こちらもかなり大型だが、家族連れのキャンパーだろうか?

 だが、車は人を降ろして去って行く。どうやらただの送迎車だったらしい。送迎車があれとか豪華すぎませんかねぇ。

 降りてきたのは、いかにも「俺達青春してます」っていう風にウェイウェイしてそうな男女四人組。金髪が居る時点で間違いない(偏見)。なにやら騒がしく降りてきたのが一名に、それをたしなめながらも盛り下げない一名。あとは女性陣二人組。そんな感じの組み合わせだった。

 

 

「うむ。どうやら全員揃ったようだな。」

 

 

 は、ワッツ?あれが連れ?先生ジョーク上手いですね、なんて軽口式現実逃避を謀ろうとしたとき。

 

 

「や、ヒキタニ君。」

 

「・・・・・葉山か?」

 

 

 相手の超絶イケメンリア充で二年生トップカーストに君臨する男、葉山隼人先輩から比企谷先輩が話しかけられたことで俺の現実逃避はご破算となった。いやなんで葉山先輩みたいな人が内申点稼ぎのボランティアに参加してるのか、コレガワカラナイ。ってかヒキタニ君って誰だよ。

 ・・・しかし、改めて近くで見るとやっぱりイケメンだな葉山先輩。なんだか住む世界が違う感じがする。

 そんな不躾&ジェラっている視線を送っていたのがバレたのだろうか。葉山先輩がこちらへとやってきた。

 

 

「やあ、初めまして。俺は葉山隼人って言うんだ。よろしく。」

 

「・・・どうも、初めまして。一年の城ヶ崎景虎です。こちらこそよろしくお願いします。」

 

「うん。短い間かもしれないけど、よろしく頼むよ。」

 

 

 わざわざやってきたのは、どうやら見慣れぬ俺を見てのことだったのか。自己紹介を手短に済ませた後、雪ノ下先輩と少し話してからそのまま自分のグループへと合流していった。それだけのためにわざわざ来てくれるとかリア充の鑑かな?やっぱイケメンは行動もイケメンってはっきりわかんだね。

 

 

「さて、ではそろそろ行こうか。」

 

 

 それを見計らってか掛けられた出発の音頭。俺達は先生に引きつられて、ついに千葉村へと入場した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入場から約30分後。ボランティアの内容を「ここに来ている小学生の手伝い」ということと知らされた俺達は、早速行動を開始していた。今俺達に課されているミッションは一つ。「小学生よりも先にゴール地点へと到着し、昼食の準備をしておく」ことだ。内容的には二つだが、気にしてはいけない。小学生達は今、チェックポイントを回り、クイズに答えていく形式のレクリエーションをしているらしく、既に出発している。

 というわけで一塊になって行動している俺達は、出発した小学生達が通った道を後ろから歩く形となっているのだが・・・まあしかし、さすが小学生。この夏のうだるような暑さと日差しの下でも元気いっぱいだ。こちとら慣れない汗をかきながら歩いているというのに、ペースを落とさないどころかむしろどんどん進んでいくくらいの気概でぐんぐん進んでいる。流石に体格の問題もあって俺達が追いつき追い越してはいるが、小学生の元気さを実感するには十分だった。

 

 

「・・・ほんと元気だよな。小学生って。」

 

 

 俺の横を歩く比企谷先輩も同じことを思っているらしく、こちらはぐちぐちと文句を垂れ流しながら歩いている。やれ俺は悪くない地球が悪いだの言いながら、今にもふらつきそうな足取りはさながらゾンビ。目の腐り具合と相まって、本当に墓から蘇って来たかのようだった。ノーメイクノーチェンジでここまでやれるとかまじで前世ゾンビだったんじゃないか?将来の夢はノージョブに等しい専業主夫らしいし、三つもノーが揃ってるとは恐れ入った。スロットなら大当たりである。・・・いかんな。暑さのせいか変な思考にしかならない。これもすべて太陽が悪いのだ。

 

 

「ん?」

 

 

 途中で会う小学生達に挨拶をしたり発破を掛けたり(葉山先輩達が)しながら進んでいたとき。女子五人で構成された集団と出くわした。最近の小学生はどうにも進んでいるらしく、みな一様にオシャレに気を遣っており、しゃべる内容も女子らしい。顔面偏差値もそれなりに高く、まるでトップカーストの卵みたいな連中だった。従って、コミュ力も高く、アグレッシブだった。

 彼女らは年上の美男美女集団である葉山グループへと積極的に話しかけていた。

 そしてそのコミュ力の高い会話の流れで、いつの間にか一緒にレクリエーションのチェックポイントを探すことになっていた。後ろをついて行くだけだった俺達は完全に蚊帳の外である。

 

 

「じゃあ、ここのだけ手伝うよ。でも、他のみんなには内緒な?」

 

 

 葉山先輩の言ったその言葉に元気よく反応し、俺達と連れだって歩く。秘密の共有はイケメン式ジャグリングの常套手段だってのははっきりわかんだね。そして当然、俺達はその後ろを歩くわけだが・・・

 

 

「・・・比企谷先輩。」

 

「・・・ん。なんだ、お前も気づいてたか。」

 

 

 五人グループであれば、大体の場合2,3で固まるなどして一つにまとまっている。だが、このグループは違った。取っている陣形は1,4。あからさまに離れているわけではないが、それでも確実に2,3歩分距離がある。

 離れている一人は、長い黒髪に垢抜けた服装。可愛いというよりは、年不相応に大人びている。そんな印象を抱く子であり、その容姿も相まって良くも悪くも目立ちそうな少女だった。うつむく少女に向けられているのは、含みのあるクスクス笑い。嘲っているようなその様子からは、孤立させているという実感の見て取れる。簡単に言うと、その少女はハブられているのだ。

 

 

「・・・」

 

 

 黙りこくっているが、雪ノ下先輩も気づいている様子だった。

 だが、俺達はなにかアクションを起こすわけではない。俺としてはなにかをしてあげたいとも思うのだが・・・どうやっても悪手にしかならないのは目に見えている。

 声を掛けても、話し相手になっても、集団に合流させようとしても。すべてはその場しのぎにもならないのだ。悪意ある孤立は、何をやったとしても無駄だ。すべてが水泡と帰す。

 だが、そうは思わない人もいるらしい。

 

 

「チェックポイント、見つかった?」

 

 

 悪手であっても、行動を起こす人が居る。この場において、それは葉山先輩だった。

 

 

「・・・いいえ。」

 

 

 どこか困り顔で答える少女。そんな表情に気づいているのかいないのかは分らないが、葉山先輩は会話を続けていた。

 

 

「そっか、じゃあみんなで探そっか。名前は?」

 

「・・・鶴見留美。」

 

 

 ナチュラルに名前を聞き出すイケメンムーブをかましながら、少女――鶴見さんを集団へと連れて行く。

 

 

「おいお前ら見たか今の。さりげなく名前聞きながら誘ってるぞ。」

 

「イケメンは行動もイケメンでしたね。」

 

「ええ、見てたわよ。比企谷君には逆立ちしてもできないような行動だったわね。」

 

 

 こっちもナチュラルに比企谷先輩にディスりを入れながら会話をしている。しかし、楽しげな会話から一変。二人は難しい顔つきに変わっている。かくいう俺も眉にシワを寄っているのが自分でも分かった。

 

 

「でもあれ、完全に悪手ですよね。」

 

「ええ。あまりいいやり方とは言えないわ。」

 

 

 目線の先には、結果がありありと見て取れる。誘導された鶴見さんと元々の集団は合流し、一見一つのグループになっている。だが、その集団の中からは、笑顔は消えている。外部の力によって強制的に介入された異物は、一瞬だけなじんだように見えるが、やがて分離し、また二つになってしまうのだ。

 

 

「小学生でもあるんだな。ああいうの。」

 

 

 比企谷先輩が、ぼそりと零す。向かう視線の先には、再び二つに分かれた集団がある。元あった4人グループに戻った女子達はまた、楽しそうにお喋りをしている。弾かれた、鶴見さんを除いて。

 

 

「どこも変わんないんじゃないですかね。小学校だろうが中学校だろうが。」

 

「ええ。だって、等しく人間なのだから。」

 

 

 変わらないわ、と小さく付け加える雪ノ下先輩。間違って口から出してしまった俺の失言は気にされることもなく、流される。

  

 その後は特に何か起きるわけでもなく薄汚れた立て看板を見つけ、小学生達と別れた。最後まで、グループの笑顔が変わることはなかったし、鶴見さんの顔に笑みが浮かぶこともなく。揺れる黒髪が木立に吸い込まれていく様を、俺はただ、ぼうっと眺めていた。

 

 

 

「なんだお前、ロリコンか?」

 

「シスコンの先輩に言われたくないです。」




次回はカレー作ったり修羅場ったりすることです。
カレーは辛い方が良い、異論は認める。
と言うことで次回、「カレーで修羅場、インド人もびっくり」。おたのしみに。


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カレーで修羅場、インド人もビックリ

今回ちょっと長めです。インド人もびっくりってタイトルでも言ってるし許して。


 あれから小学生の昼食を準備し、時は進んで夕方。

 俺達は、小学生達の夕食の支度の手伝いをしていた。

 今日作る料理は、キャンプの定番であるカレー。だいたいのスープっぽい物にカレールーさえぶち込んでしまえば完成する手軽さとネームバリューによって愛されているあのカレーである。

 さて、そんな小学生達にも大人気なカレーを作るわけだが、それには火が要る。お手本として実演して見せた平塚先生は、豪快にサラダ油をぶっかけるという大胆な作戦を実行したがそれはさておき。男女に分かれて食材の運搬と火起こしをすることになった。男子は火起こし、女子は食材運搬となった・・・はずだったのだが。

 

 

「なんで俺がこっちに割り振られてるんですかね、先生。」

 

 

 俺の手にあるのは、ジャガイモとニンジンの入ったボウル。自他ともにどころか戸籍からもばっちり男性認定されている俺は、なぜか食材の運搬をさせられていた。

 

 

「仕方なかろう。それとも君は、中学生と教師のか弱い女子二人にあの人数分の食材を運ばせるつもりだったのか?」

 

「いやか弱いかはともかく先生ならあれくらい一人で・・・グホァッ!」

 

 

 俺の異論反論は、次は殺すと言わんばかりの目線と共に飛んできた鉄拳制裁によって黙らされた。言論統制が酷すぎる・・・

 しかし、俺の醜態を見たか弱い女子こと小町さんはケラケラと笑っている。お腹を押さえ、なんならちょっと涙まで出している。ちょっと、笑いすぎじゃない?

 

 

「いやーすみませんすみません。兄と似ていたのでつい。」

 

 

 そういいながらも笑いが収まらない様子の小町さん。そんなに笑うことだったのか・・・?

 

 

「うむ、それは同感だ。君は本当に比企谷の弟とかではないんだよな?」

 

「違いますって。」

 

 

 そんな感じで雑談をしながら野菜を運搬する。さながら気分は某狩りゲーのハンターである。運搬クエストの途中に出てきて突進してくるあのクソ四足歩行は絶対に許さない。

 

 

「ところで城ヶ崎。」

 

「なんです?」

 

「君は比企谷をどう見る。」

 

 

 話題の中心だったのは、比企谷先輩のことだった。大体は小町さんの惚気話みたいだったが、どうやら俺にそのお鉢が回ってきたらしい。

 

 

「君の目に、あの捻くれ者はどう映っているのかね。」

 

 

 職員室の時と同じ、まっすぐな視線で俺を見て話す。

 その視線を受けながら、俺はまた綺麗な瞳だなーなんて思う。

 

 

「面白い人、だとは思いました。」

 

 

 いつの間にか、言葉は出ていた。

 

 

「ぶっきらぼうだけど、どこか優しさのある。そんな面白い人だと思いますよ。」

 

 

 俺の言葉に、嘘偽りはない。他者と交流をしてこなかった俺だが、これだけはハッキリ言えた。比企谷先輩は、面白い人だ、と。

 俺みたいな人に話しかけてくれたし、共通の話題だってあった。いままで会ったことのないタイプの人間だった。あんな人と友達になれたら、どんなに楽しいだろうか。人生で初めて、そう思わせてくれた人だったのだ。

 

 

「・・・俺なんかには、もったいないくらいの人です。」

 

 

 それを聞いた先生は、満足げな笑みを浮かべている。そして、ニヤリとした笑顔を浮かべ直した。

 

 

「そうか。それを聞けて良かったよ。」

 

 

 どこか安堵したような声色は、本当にいい先生なんだなぁとしみじみ思わせてくれるような、慈愛に満ちたものだった。

 ちなみにその横で小町さんは泣きかけていた。なんでや。そして俺が泣かせたと勘違いした比企谷先輩が俺にメンチを切ってきたのは、別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、なんやかんやで野菜の運搬も終わり、調理開始。

 俺は肉を食べやすい大きさに切りそろえるという仕事を任されている。ちなみに奉仕部三人が野菜を担当してくれている。しかし雪ノ下先輩はともかく、比企谷先輩が包丁使いが上手いのは意外であった。昼食時に器用に梨の皮を剥いていたので、驚いたのをよく覚えている。本人曰く専業主夫の必須スキルであるらしいが、果たしてそれをさせてくれる妻が見つかるのだろうか?

 そして処理が終わった具材をぽいぽいっと鍋に水と共に入れ、煮込む。ルウも入れたので、あとはコトコト完成を待つのみである。

 料理経験がある中高生の俺らは終わったが、周りを見れば小学生達は苦戦している人も多い。初めての野外炊飯で勝手の分からない人がいるのも原因の一つだろうか。

 

 

「暇なら見回りにでも行ってくるかね?」

 

 

 というわけで、言外に「行きたくねぇ」という意味を込めた台詞で小学生との交流が決まった。

 ちなみにそもそも所属するグループのない俺は単独行動である。え、比企谷先輩達?端っこで待機してますがなにか。俺もそこに居たかったぜチクショウ。

 しかし、仰せつかってしまった物は仕方がない。対外モードに切り替え、爽やかな青年を演じるとしよう。

 

 

「おーい少年少女達。おっ、いい匂いがしてるじゃないか。上手にできたか?」

 

 

 屈んで目線を合わせ、にっこりと笑いかける。

 すると小学生達は一様に目を輝かせ、自分たちが頑張ったところや工夫した所なんかを身振り手振りを交えながら説明してくれた。夕方になっても元気なものである。一体そのエネルギーはどこから来ているのであろうか。よもや光子力研究所からではあるまいな?ゲッタービームとか食らったりしないかしらん。

 

 とりあえずがんばれよ~と声を掛け、元いた自分のかまどの近くへ戻る。これでミッションコンプリートだ。

 

 

「・・・お前、陽キャのふり上手すぎだろ。一瞬誰かと思ったわ。」

 

「正直驚いたわ。あんな風に振る舞えるなんて。」

 

「あんなのただの演技ですよ。誰にでもできますって。」

 

 

 できないんだよなぁ・・・とガックリする比企谷先輩。こころなしかアホ毛もしなっとして見える。まあたしかに二人ともあまり外向きの表情とかしなさそうだもんなぁ。雪ノ下先輩なら多分冷静そうな表情を崩さないだろうし、比企谷先輩なら多分そもそも話す相手居なさそうだし。

 

 

「貴方も行ってきたらどう?余興くらいにはなるんじゃないかしら。」

 

「それはもしかしなくても俺に言ってるんですかね。行かねえし、俺が行ったって仕方ねえだろ。ほれ。」

 

 

 顎で示す先にいるのは、葉山先輩。相変わらずのフットワークの軽さで、あっという間に小学生達の話題の中心になっていた。取り囲まれた葉山先輩にこちらでも小学生達が自分たちのカレーをアピールしているので、やはりみんなテンションが上がってるんだろう。もしくはイケメンと話したいかのどちらかだ。

 だが、話を聞いていた葉山先輩は突如その輪から離脱。その輪から離れ、独りで存在感を薄くしていた少女――鶴見留美へと話しかける。

 

 

「カレー、好き?」

 

 小さくため息をを吐く音が聞こえた。発生源は雪ノ下先輩。比企谷先輩も、苦々しい顔をしている。

 先ほど同様、完全に悪手である。

 それが証拠に、盛り上がっていた小学生、特に女子を中心にしてその熱が少し冷めている。女子達の心境を察するなら、「なんであいつが」と言ったところだろう。

 この状況で、ぼっちが一番ありがたいのは「注目されないこと」だ。高校生がいるというイレギュラーな状況であるからこそ、それは変わりない真実だ。注目にならないことで、面倒を避けられる。

 だが、話しかけられることで鶴見留美の状況は悪化した。この場において「独りでいる」ことの特異性が目立ち、注目の的となってしまったからだ。ここからでは、どう振る舞っても鶴見へヘイトが向く。完全にチェックメイトだ。

 

 

「・・・別に。カレーに興味ないし。」

 

 

 戦略的撤退というこの場における最善手を打ち、離脱する鶴見。逃げる先に選んだのは、我ら総武高校ボッチ軍団の所だった。・・・まあ、妥当な判断だろう。となれば、人数はできるだけ少ない方がいい。人が少ないところを選んで来てるわけだからな。

 

 

「先輩方、俺は火を見てきます。平塚先生だけじゃアレなんで。」

 

「おう、行ってこい。あと、可燃性の物が先生の近くにあったら遠ざけといてくれ。何しでかすかわからん。」

 

「よろしく頼むわ。」

 

「了解っす。」

 

 

 二人は俺の言わんとしたことが伝わったのか、特に何もとがめずに送ってくれた。ありがたい限りである。

 その後、俺と入れ替わるようにその場へ移動してきた鶴見はしばらく居た後、諦めるような表情をして自分のグループへと戻っていった。眼前にある釜からは、ちょっと焦げた匂いがしていたのをよく覚えている。こうして、食事の準備は整った。

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、食事も無事終わり、すっかり太陽は地平線の彼方へ落ちた頃。給食談義や千葉県知識自慢大会のようなものも終わり、静かな空気が流れている。小町さんが淹れてくれた紅茶をじっくり味わって飲みながら、草むらから響く鈴虫の声に耳を傾ける。食事時には騒がしかった小学生達が撤退したこともあり、響くその和風な音色は心を穏やかにする。なんと風流なことだろうか。飲んでんのは洋風だけど。

 今頃小学生達は、修学旅行のような好きな人談義的な話でもして盛り上がっているのだろうか。ふと俺が小学校の頃を振り返っても、そんな話をしていた記憶がある。薄ぼんやりとした記憶しか残っていないのは、俺の記憶力のなさか、はたまたそこでも嫌なことでもあったのか。

 

 

「今頃、修学旅行の夜っぽい会話、してるのかもなぁ。」

 

 

 最早断片とすら呼べぬ記憶を思い出そうと首を捻っていると、葉山先輩がぽつりと言う。昔を懐かしむような声音だった。横を見てみると、目はどこか遠くを見ているようだ。目の前の三浦先輩は視界に入っていない。やはりイケメンだからこその懐かしい記憶とかもあるのだろうか。俺はフツメンだから知らんけど。

 

 

「大丈夫、かな・・・」

 

 

 由比ヶ浜先輩が心配そうに比企谷先輩へと話しかけている。多分、俺達の頭には同じ人物が浮かんでいることだろう。

 

 

「ふむ、なにか心配事かね。」

 

 

 風情もへったくれもない様子でタバコを吹かす平塚先生は、どうやらこの事態を知らないようだ。

 

 

「まぁ、ちょっと孤立しちゃってる生徒がいたもので・・・」

 

「ねー。可哀想だよね。」

 

 

 説明する葉山先輩に、それに「可哀想だ」と哀れむ三浦先輩。

 ・・・多分、彼女らは知らないのだろう。自分が孤立したことがなく、大勢で居ることが当たり前であるから。

 

 

「・・・違うぞ。葉山。お前は問題の本質を理解していない。孤立することは悪いことじゃないんだ。問題は、悪意によって孤立させられていることだ。」

 

「は?それ、なんか違うわけ?」

 

 

 噛みつく三浦先輩に説明する比企谷先輩曰く、「独りでいたくている人間だっている。だが、独りに『させられている』ことが問題だ」と言うことだ。いつぞや俺に言っていた、「ただのボッチでいたいなら俺と関わらない方がいい」ことと繋がる。それには全面的に賛成だ。ここでの問題は悪意ある孤立。それを強いている周りの環境だ。

 

 

「それで、君たちはどうしたい?」

 

 

 紫煙を上空へとやりながら、平塚先生は問う。だが、ここにいる全員が黙り込んでしまった。かくいう俺も、黙っている。単に話し相手がいないのもあるが、正直に言ってしまえば「できることがない」のだ。人間関係というものは複雑で、たった一回の干渉や安易な善意で変わってしまうほど簡単な話ではない。縦の糸があなたでもないし、横の糸が私というわけにはいかないのだ。だが、ここで見てしまった問題をスルーできるほど悪人ではない。もしかしたら、そう思い込みたいだけなのかもしれないが。

 

 

「俺は・・・」

 

 

 重苦しい沈黙を破り、発言したのは葉山先輩だった。

 

 

「俺は、できれば、可能な範囲でなんとかしてあげたいと思います。」

 

 

 出てきた言葉は、綺麗な願望だった。できれば、可能な限りで、思います。できる限り保険をかけ、中途半端に手を出すだけ出す。結果自己満足で終わってしまっても、保険はある。だから、行動したい。

 そんな風に、俺には聞こえた。思わず手に力が入り、喉元まで言葉が出かかる。

 

 

「ちょ、お前、コップ!」

 

 

 つぶれてひしゃげた紙コップは、中に入った紅茶を外へ放出する。比企谷先輩の慌てた声で気づかされた熱を持った液体は俺の体に熱を移し、喉で突っかかっていた言葉をうっかり滑らせてしまった。

 

 

「・・・葉山先輩は、そうやって生きてきたんですか?」

 

 

 それを聞いた葉山先輩は、一瞬表情を歪める。一瞬過ぎた上に隣の俺を見ていたので、多分誰も気がついていないと思う。だがそれでも、確実に歪めていた。そして、少しだけ憎々しいような声色で、俺に向かってこう言った。

 

 

「ああ。それが俺のやり方だ。」

 

 

 元の爽やかさに戻った葉山先輩と反対に、今度は俺の顔が歪む。

 

 

 

――――ごめんね、私のせいで

 

 

 

 ・・・ああ、過去からの声が聞こえる。そして、中途半端な手出しはするな、と()()()()()()()()()()。俺の頭に響くこの声が、何よりの証拠だ。

 

 

「・・・葉山隼人。中途半端に手出しをするんだったら、引っ込んでろ。」

 

 

 ギリリ、と奥歯を鳴らしながら低い声で呻る。

 熱を持った身体は止まらない。口に出した言葉は戻ってこない。滑り出てきた言葉は、もう一度葉山隼人の顔を歪ませる。その目に宿る感情で、俺を通してどこを見ているのだろうか。

 

 

「・・・すみません。気分が悪いので先に部屋に行っときます。」

 

 

 言いたいことを言ってしまった俺は、湧き上がる感情を沈めながら撤退を選択する。

 今更ながら、手にひりついた痛みを感じる。多分、火傷してるんだろう。

 ひりつく痛みに耐え、俺は一人泊まる予定のロッジを目指す。後ろ目に見えた、半立ち状態の比企谷先輩の配慮が、今はなによりありがたい。

 

 

「そうね。あなたには無理よ。だって、そうだったでしょ?」

 

 

 去り際に聞こえた雪ノ下先輩の声の続きも、その後の集団のことも、俺には分からない。




 言い忘れてましたが、城ヶ崎が関わってない部分はほとんど原作通りに話が進んでいます。今回で言うと、城ヶ崎が去ってからは原作通り葉山が雪ノ下に糾弾されてますし、三浦は雪ノ下と険悪になってます。
 次回、「似たもの同士は雪と陰」。まだまだ世間は色々ゴタゴタしてますが、少しでも息抜きになれば幸いです。


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似たもの同士は雪と陰

今回ちょっと難産で遅れたので初投稿です。


――ごめん、待った?

 

――いや。今来たところ。

 

――そっか。

 

 

 ・・・夢の中。どこからか、音が聞こえる。

 静かな森の中、鈴虫が鳴く声だけが聞こえていたはずだった時間。木の下で話す二人の男女。男はやたらと綺麗な字で書かれた手紙を手に持って、そこへ立っていた。

 俺に今聞こえるはずのない声は、だがしかしハッキリと聞こえている。

 聞いたことがある女の声は、俺にとある言葉を告げる。目の前の彼女の表情は、闇に飲まれていて思い出せない。そして・・・俺はそのとき、どんな表情をしていただろうか。俺は一体、なんと答えたんだろうか。思い出そうとすると、眼前の光景が掠れ、靄がかかる。ゆらりゆらりと見えなくなる景色の中でも、俺はたった一つだけハッキリと覚えている。

 彼女が涙を流しながら零した、愛の言葉を。

 

 

――私、貴方のことががずっと好きだったの。

 

 

 嗚咽を零し、まるで懺悔するように言った告白。これが、俺が人生で初めてされた告白だった。果たして俺はここでもなんと声を掛けたのだろうか。それすらもぼんやりとしている。だが、嬉しかったのは分かっている。

 霞む景色に耐えきれず、暗転する視界。そして靄が晴れ、俺の目はようやく焦点を結ぶ。

 

 

 真っ赤に咲き乱れる、血の花に。

 ぼんやりと開かれた目に、先ほどまで涙で濡れていた地面が映る。だが、そこには別の潤いが宿っている。原初の赤。誰しもが持っており、多量に失ってしまえばどうなるか容易に想像のつく暗い赤。それが辺り一面に、飛び散っていた。

 

 

「・・・あぁ。」

 

 

 ぐにゃりと、俺の首は力なく折れる。

 俺の耳に、雑音が入る。下から這い上がるように聞こえる雑音は、俺へと向けられている。

 許してくれと懇願する男は・・・誰だろうか。

 俺の足に、重さが加わる。下を向くに視界に映る醜い生き物は、俺へと手を伸ばしている。

 頭を地に着け、腕を押さえながら半狂乱ですがる男は、誰だろうか。

 そこまで思いを巡らせ、あぁ、と顔を上げる。

 

 

 こんなことになるなら・・・・・・俺は・・・

 

 

・・・こんな思いなんか、必要なかったのに

 

 

「ごめんね。私のせいで・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・ッ!!」

 

 

 意識が覚醒し、身体が跳ね上がる。全身から吹き出す嫌な汗を肌で感じ取り、思わず身震いを一つした。

 

 

「・・・あの時の夢、か。」

 

 

 俺の思い出したくもない、だが一生背負わねばならない過去。かつて千葉村で俺が起こしてしまった悲劇。その光景を、俺は夢に見ていた。目覚めとしては、人生史上最悪と言ってもいいだろう。

 恐らく、食事時の葉山先輩との諍いや千葉村にいるという事実が重なって思い出したんだろう。

 

 とりあえず水を飲み、暴走する心臓を落ち着けた。少しだけ収まった鼓動と連動して気分も少し楽になったのか、回りを確認する余裕が生まれた。

 俺が居るのは、昨日睡眠を取ったロッジ。俺が壁際を陣取ってしまったので、隣には空の毛布が一つ。その向こうに戸塚先輩が眠っているのが見える。他のメンツを見る限りでは、俺の隣の布団には比企谷先輩が寝ているはずなのだが・・・まあいいか。

 しかし、こう一回悪夢にうなされた後だと眠気は一切やってこない。授業中とかの余計な時にはやってくるのに、本当に空気の読めない三大欲求である。

 さてどうしようかと静かな空間で一人座っていると、何やら外から小さく音が聞こえる。サラサラと聞こえるこれは、恐らく水の音だ。はてなぜ水音が聞こえるのかと昨日の往き道を思い出してみれば、確かこのロッジの近くに川があった気がする。

 

 

「・・・行ってみるか。」

 

 

 どうせ寝れやしないのだ。それなら一度気分転換ついでに外へ出てせせらぎの音に耳を傾けるのも悪くないだろう。ついでに風呂に入ってしまうのも、悪くないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、というわけで外へと出てきた訳だが・・・存外に肌寒い。半袖短パンという寝間着そのままで出てきたせいもあるだろうが、多分それだけではない。眼前を流れる小さな川。ロッジに居たときよりも大きく音を立てるそれは、月光を映し出している。綺麗な水にしか住まない蛍が飛んでいるのも、幻想的な風景を作り出すことに一役買っている。

 

 

「ホントに綺麗だな・・・」

 

 

 そんなことを口に出しつつ、川に沿って歩く。水音は相変わらず俺に安らぎを与えてくれるし、ほのかな月光も心を落ち着かせてくれた。心が落ち着いたおかげで、瞼も少し重くなってきた。そろそろ戻って寝るかなー。なんてのんきなことを思ってたときだった。

 月明かりの元で、煌めく黒い長髪が揺れた。

 

 ほのかな光の中、すっと立っている雪ノ下先輩。後ろを向いていても分かる存在感は、なぜかこの風景にひどく馴染んで見えた。

 その隣で、光を吸っているんじゃないかと思うくらいに闇に馴染んでいる比企谷先輩。

 対照的に闇と同化している二人は、この幻想的な風景もあいまって、どこか違う世界に住んでいるのではないかと一瞬錯覚するくらいだった。光と影。光があるから影がある。俺にはそんな風に見えた。

 なにやら話している様子の二人を見た俺は、そっと後ずさりをする。なぜか、アレを邪魔してはいけないような気がしたから。なんかお似合いな感じだし・・・

 

 

「・・・どうかしたのかしら。城ヶ崎君。」

 

 

 だがしかし、現実は非情である。完全に後ろを向いていたはずの雪ノ下先輩に補足され、声を掛けられたのだ。・・・正直かなり気まずいが、出て行くほかに選択肢は存在しなかった。

 

 

「・・・すみません。邪魔しちゃって。」

 

「別に構わないわ。比企谷君の後をつける程悪趣味な訳でもなさそうだし。」

 

「何で俺が流れ弾食らってるんですかね・・・。」

 

「失礼ね。私は狙いを外すような腕をしてないわよ。」

 

「ということはそれ完全に俺にぶっぱなしてますねヤダー。」

 

 

 ・・・というかホント、なんで俺のこと分かったんだろうか。葉っぱとか踏まないようにしながら歩いたから音もしないはずだし、あの人後ろに第三の目でも付いてんのかしらん?比企谷先輩もあんま驚いてないし、もしかして奉仕部って超能力者の集会所だったりするの?でも由比ヶ浜先輩ついて無さそうだしな・・・。謎は深まるばかりだ。

 

 

「・・・んで、どしたん。お前。」

 

 

 そんな失礼ギリギリの思考になった俺に、声を掛けてくれている。・・・こういうとこなんだよなー。多分優しいって思えるとこ。普段全然態度に出ないからわかりにくいけど。妹が居ると自然とこうなるんだろうか。

 

 

「いや、途中で起きちゃって。それで目覚めが悪くて散歩に出たら遭遇しちゃって・・・ホントごめんなさい。」

 

「謝ることじゃねえっつうの。・・・まあ、目覚め悪いのも無理ねえか。」

 

「そうね。比企谷君と同じ部屋で寝てたんだもの。そうなるのも無理ないわ。」

 

「ねえさっきから俺撃たれすぎじゃない?ゾンビでも三、四発撃たれたら死ぬんだぞ。」

 

「あら、墓の下から何か聞こえるわね。」

 

「俺は蘇ってすらいない扱いですかそうですか・・・」

 

 

 日中も聞いたような応酬に、どこか心が安まるのを感じた。下手をすれば、この風景を見たときよりもずっと。・・・多分、気を遣ってくれたんだと思う。目が合った比企谷先輩が、すぐに目をそらしたから。そんな気遣いを受けて、俺は思わず笑いが零れる。誰かに励まされるなんて経験、家族以外から受けたことなんてなかったから、嬉しかったんだと思う。なんだか胸の中がすっきりした気持ちだ。

 

 

「ありがとうございます。気持ちよく寝れそうです。」

 

「ん、そうか。」

 

「それなら良かったわ。」

 

 

 微笑む雪ノ下先輩と、ニヤリと笑みを浮かべる比企谷先輩。多分比企谷先輩的には普通の笑顔なんだろうけど目のせいで邪悪さが・・・なんてね。その奥で揺れる優しさの籠もったまなざしはバッチリ確認できてる。俺の『神の目』は見逃さないのだ。うっ・・・いにしえの記憶がッ!

 

 

「んじゃ、戻って寝るか。」

 

「そうですね。」

 

「そうさせてもらうわ。おやすみ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪ノ下先輩と別れてからロッジへ歩く道。相変わらずサラサラと音を立てる川縁を二人で歩く。少し雲が出てきたが、多分明日には晴れてるだろう。明日もいいキャンプ日和になりそうだ。

 

 

「・・・」

 

 

 俺の口からは、なにか言いたげにしながら口を息を吸う音が聞こえる。だがそれは音にならず、ただただ大きめの呼吸にしかならなかった。

 隣を歩く比企谷先輩は、相変わらずの猫背でただただ歩いている。たまにちらりとこちらを一瞥するだけで、それ以上何も干渉しては来なかった。何か言いたげな俺の様子に感づいているのかは、その腐った目からは感じ取れない。

 俺は迷っていた。比企谷先輩に、「あの夢」のことを話すかどうかを。決して気持ちのいい話ではないし、むしろ寝る前の小話としては最悪な部類に入るだろう。夢見心地が悪くなること必須の、呪いのような話だ。

 ・・・それでも、俺は心のどこかで比企谷先輩には話していいんじゃないかと勝手に思ってしまっていた。それが親近感から来るものか、近しい人だからのものなのか、今の俺には分からない。だが、比企谷先輩は妙に安心感のある人なのは確かだった。少なくとも、俺は比企谷先輩のことを信頼はしているから。

 だが同時に、話さない方がいいと思っているのも確かだ。比企谷先輩の悪評を聞かれ、一瞬でも保身を考えてしまった俺がこれ以上の重さで関わる権利なんかあるのだろうかと思っているから。

 

 

「・・・先輩には、黒歴史ってあります?」

 

 

 結果、俺が出した答えはかなり曖昧な言葉だった。自分に何があったかは言わず、相手も具体的な内容は言わなくていい。ただ、両者の間で「過去に何かあった人」という共通認識ができるだけの、慰めにもならない確認。だが、律儀にも先輩は答えてくれた。

 

 

「は、あったりまえだろお前。なんなら俺から黒歴史抜いたらなにも残らないまであるぞ。」

 

「えぇ・・・(困惑)。どんだけ積んで生きて来たんすか。」

 

「いやまて、俺は悪く・・・ないこともないかもしれんが、社会も悪いんだ。というかむしろ世界が悪い。」

 

 

 やれこんな世界が悪いだの心構えがいけないだのと言いながらも、まるで誇るかのように自分の黒歴史をあっぴろげに語る先輩には、あまり気に病んだ様子はない。むしろ、そんな自分に誇りを持っているかのような具合だった。

 

 

「なんで先輩はそんなに自信満々何ですか?普通、そんな過去誇りにできませんよ。」

 

 

 不思議に思った俺は、聞いてみた。

 すると、もっと自信を持ったような不適な笑みを浮かべ、こう言った。

 

 

「当たり前だろ。なんせ、ぼっちだからな。」

 

 

 自信満々で答えてくれた。それを俺も見習えるかと言われれば微妙なラインだが・・・参考になった。多分、比企谷先輩は強い人なんだろうなーくらいの認識が、新たにできた。

 

 

「だからまぁ、なんだ。・・・お前もあんまし気張んなくていいんじゃねえの?」

 

 

 追加で、またぶっきらぼうな感じで言ってくれた言葉。

 それを聞いた俺は、ふとある人の言葉を思い出した。「前に進むには、今を受け入れるしかない」といったのは、はて一体どこの指輪の魔法使いだっただろうか。そして少なくとも俺は、過去の俺を少しだけ受け入れることができた。

 

 

「・・・善処しますよ。先輩がそう言ってますし。」

 

 

 なら俺も、少しなら前に進めるかもしれない。

 そう思えた、いい夜だった。




なんかオリ×八みたいになってますが違いますからね?ちゃんとオリ×色ですよ?
次回、「草葉の陰にいるのは幽霊とは限らない」。お楽しみに。


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草葉の陰にいるのは幽霊とは限らない

 水着とはなにか。俺が思うに、人類が生み出した最強の兵器だ。といっても銃や剣とは違う。あれは男の魂というか中二心を刺激するものだ。そして水着は・・・うん。男のエクスカリバーを真名解放寸前に至らしめるもんだ。

 布面積は下着のそれなのに、水が近くにありさえすればそれが法律に許される最強装備。別に下着でも怒られはしないのかもしれないが、気分的になんか違う。服と似たようなくくりでありながらも、合法的にそこはかとないエロスを感じさせるそれはまさに最強の名を持つに相応しい。つまりゴッド。おお、神よ。楽園はそこにあったのだ。

 

 

「先輩もそう思いません?」

 

「いや知らんがな。」

 

 

 朝食を食べたあとに、小学生達の自由行動時間に合わせた自由時間ができた俺達は、水着に着替えて川へ遊びに来ていた。・・・俺と比企谷先輩を除いて。俺も比企谷先輩も水着を持ってなかったからね。仕方ないね。・・・戸塚先輩と水遊びしたかったなぁ。水の掛け合いとかしたかった。次こう言う機会があったら水着を持ってこなければな。例え冬であっても。

 

 

「やっぱりそういう武器が世界を平和にするんですよ。エロは世界を平和にするってやつです。」

 

「そういうもんか。・・・お、鳥が居る。きれいだなー」

 

「うわー露骨に聞いてねぇやこの人。」

 

 

 とはいえ、あんま気にしてない。なにせこの木陰に居るのは俺とバードウォッチングらしきことをしてる比企谷先輩だけだ。どうせどんな話してようが独り言に近いし・・・って、あれ?

 

 

「何馬鹿なこと言ってんの。」

 

「鶴見さん・・・?」

 

 

 いつの間にか、俺の隣に鶴見さんが立っていた。・・・ということは俺の水着の持論を小学生に聞かれたってことですかそうですか。死にてぇなぁ・・・

 

 

「先輩縄とか持ってません?丈夫なやつ。」

 

「ナチュラルに自害しようとすんのやめてくんね?ランサーももうちょい頑張ってただろうが。・・・んで、鶴見。お前なんでここいんの?」

 

「今自由時間でしょ?朝ご飯たべて部屋に戻ったら誰も居なかった。」

 

 

 ・・・思った以上に酷い仕打ちだった。やっぱ小学生も人間なんだなぁ。しかも大人と違ってすっとやっちゃうのがまた恐ろしいところだ。ちなみに大人は堂々とやってくる上に証拠の隠蔽までしやがるからもっとたちが悪い。ブラック企業とか最たる例だ。まあ俺バイトしかしたことないから知らんけど。

 

 その後、由比ヶ浜先輩と雪ノ下先輩が来て比企谷先輩が「どうせ小学時代の友人なんか1%しかいないし誤差みたいなもんだ」って言って呆れられてたりした。哀れなり。まあ同意はするけど。

 

 そして、鶴見さん本人の口から気になる言葉が出てきた。

 

 

「私・・・見捨てちゃったし。もう仲良くできない。またいつこうなるか分かんないし。同じことになるなら、このままでいいかなって。惨めなのは、嫌だけど・・・」

 

 

 この発言でわかった。彼女は、もう諦めているのだ。自分がやったってどうしようもない。変わったところでどうせダメ。現状を一気に変えてくれる救世主なんていないし、周囲だって変わりやしない。そんな風に思ってるんだろう。

 

 だが、俺は知ってる。小さな行動ではなく大きな行動――しかも、誰も想像できなかったことをすれば、少なくとも今の状況からの変化は生まれると言うことを。別に、やらかしてしまった自分の過去を美化するわけではない。経験上そうなると知っているだけだ。俺は大きく行動しすぎて失敗してしまったが・・・それだって、動かないよりはいい結果になったと信じている。

 

 

「なあ、鶴見さん。」

 

「・・・なに。」

 

「無駄だと思ってても、思い切ってでっかい行動をすることも時には必要だ。ソースは俺。まあ失敗するかもしれんがな。少なくとも現状は無くなるぞ。」

 

「・・・ふぅん。覚えとく。」

 

 

 これで実際に行動してくれるかはわからない。だが、行動しやすい状況にはなりそうだ。

 だって。

 

 

「惨めなのは嫌か。」

 

 

 俺の横に居る男も、その前に立つ二人も。

 

 

「・・・肝試し、楽しいといいな。」

 

 

 奉仕の名を掲げる部活動のメンバーなのだから。

 

 

「で、どうするんです?」

 

「なに、簡単だ。お前なら世界は変わらないが自分は変えられるとき、どうする?」

 

「・・・勿論、俺が神になりますよ。」

 

 

 ニヤリと笑う俺も先輩も多分、結構悪い顔してたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、肝試しである。ルールは簡単。決められたルートを通って森を進み、お札を取って帰ってくるだけである。こういったイベントでよくある、なんかそれっぽい雰囲気だしとけば大丈夫なやつだ。・・・だからといって脅かし役の俺達の衣装が完全にコスプレなのは良くないと思う。雪女や化け猫は許せるにしても、なんで巫女服とかサキュバス的なやつがあるんだよ。運営が女子高生のコスプレを見たいだけな気がするのは気のせいだろうか。

 

 

「それでどうするんです?言っときますが流石にド直球に話し合いなんかできませんよ。」

 

 

 先手必勝。鶴見さんを取り巻く環境を変化させるための行動指針を決める話し合いを、俺が切り出した。何か言いたげにしていた葉山先輩だったが、俺が最初に否定したせいで結局口を開かなかった。・・・まあ、予想通りだ。葉山先輩が極力穏便に話を進めようとしているのは、昨日の一件で明らかだ。できもしない話し合いという手段をこの期に及んで言い出そうとするのは分かっていた。

 

 

「・・・なら、どうするんだ?そう言うってことは何か考えがあるんだろ。」

 

 

 にらみつけるかのように視線を寄越す葉山先輩。出鼻をくじかれた上に反論もできないんだ。せめてもの抵抗というやつだろうか。防御力下がったりはしないので安心して欲しい。

 

 

「それについては俺に考えがある。」

 

「却下よ。」

 

 

 可哀想なくらいに速攻で切り捨てられていた。哀れ。だがしかし、めげずに作戦の概要を話していた。

 

 端的に纏めると、「森の中で恐怖を与え、全員の本性を浮き彫りにする」と言う物だった。先輩の心霊スポット体験談の「行ってみたら不良に絡まれた」を元にしたそうだが、果たしてそれはあるあるなんだろうか。っていうかこの作戦大丈夫なの?下手すりゃ小学生にチクられて終わりになったりしないよね?

 

 

「みんながボッチになれば争いごとも揉め事も起こんねえだろ。」

 

 

 そうドヤ顔で決めていた。

 

 

「うわぁ・・・」

 

「ひ、ヒキタニ君は性格が悪いな・・・」

 

 

 四面楚歌であった。一堂全員からしらーっとした目で見られている。

 

 

「八幡はよくいろんなこと思いつくね」

 

 

 と思ったらそうでもなかったわ。なんなら戸塚先輩にそんな目で見られてないだけで勝者まであるかもしれない。大天使の力は偉大ってはっきりわかんだね。

 

 

「・・・他に案は無いかしら。なければこのまま行くしか無いけれど。」

 

「じゃあ一つ、いいですか?」

 

「勿論よ。比企谷君の案よりはマシな物が出てくるだろうし。」

 

「そこまで断言されると流石にへこむんですがあの・・・」

 

「いや、大筋は比企谷先輩と同じです。ただ、その後に少しフォローを入れようと思って。」

 

「・・・どういうことかしら。」

 

 

 許可を得てから、発言をする。

 

 

「このままこの作戦を決行すれば、小学生達にトラウマが残る可能性があります。それを少しでも減らしたいんです。」

 

 

 比企谷先輩の説明では、葉山先輩達が不良役で小学生を脅す役割になっている。このまま行けば、ただ小学生が怖い思いをするだけで終わってしまう。本性をさらけ出させるという点では申し分ないが、そのままだと葉山先輩達にヘイトが向きっぱなしになることになってしまう。それでは少し後味が悪い。

 

 

「いわゆるリスクヘッジってやつです。だから、葉山先輩達にはフォローの方に回って欲しいんです。そっちの方が適任でしょうし?」

 

 

 要は、不良に絡まれた後に美男美女+ウェーイが颯爽と登場し、俺を撃退してもらうっていうことだ。恐怖心を煽った後にイケメンに助けてもらえれば恐怖心なぞあっという間に吹き飛ぶ。だが、散々互いの醜い心を見た後だからその後仲良くなんかできないはずだ。これなら恐怖心だけを拭い、比企谷先輩の作戦を達成させつつこちらへ向くヘイトをある程度緩和できるはずだ。

 

 反応を見ようと目をやると、葉山先輩はなにやら複雑な顔をしている。だが反対意見を言ってないから反対ではないんだろう。そう思って話を進める。

 

 

「で、脅かす役なんですが・・・これ、俺にやらせてくれませんか?」

 

「・・・それだとお前が泥をかぶることになるぞ。なんなら俺がやってもいいんだが、それでもいいのか?」

 

 

 比企谷先輩は、少し驚いたような顔で俺を見て言った。どうやら、俺が名乗り出るとは思ってなかったらしい。

 まあ俺だって進んでリスクを背負いたい訳では無い。なんなら一生リスクも背負わずに平穏な生活を送りたいと思っているまである。

 だが、鶴見さんの意見を聞いてしまったし、この話し合いの口火を切った責任だってある。

 それに、俺は中途半端をしたくない。こうしてこの案に関わるのなら、俺は全力を持ってこれに取り組みたい。ただ、そう思ってるだけだ。

 

 

「構いません。俺はやるなら全力で取り組みたいんで。それに、『みんなの人気者』には荷が重そうですしね。」

 

 

 挑発するような言葉にも、葉山先輩は反応を返さない。三浦先輩や戸部先輩も、特に反応はしなかった。・・・どうやら、だんまりを決め込むらしい。まあ、それならそれで構わない。

 

 

「本人がそれでいいなら、それで行きましょうか。・・・葉山君も、それでいいのよね?」

 

「・・・いや、一つだけ聞かせて欲しい。城ヶ崎君。君は――――それが正しいと思ってるのか?」

 

 

 このまま黙り込むのかと思ったが、そうでもなかったらしい。どうせならもう少し早く反応を帰して欲しかったところである。

 

 しかし正しいと思ってるか、か。勿論、正しいなんて思っちゃいない。というか大前提として今回の件は正しい解決なんてあるわけがないのだ。比企谷先輩の出した案も俺が出したフォロー案も、限られた選択肢と時間の中でなんとか捻りだしたものに過ぎない。

 

 だが、最高の選択ができなくても比較的マシな選択はできる。人生だって最善の行動だけをしているわけではないし、今回だってそういうことだ。

 

 

「正しくはないですよ。ただ、これが比較的マシでしょう?葉山先輩にとっても、ね。」

 

 

 だから俺は、こう言ってやった。というかそれしか言えなかったし。

 

 

「・・・わかった。だが、俺はみんなが一致団結する可能性に賭けるよ。根はいい子達だと思うし。俺達の出番が無いことを願うよ。」

 

「・・・話は終わったようね。では、その案で行きましょう。」

 

 

 その後準備を進めていると、あっという間に夜が近づいていた。

 作戦決行の時は、すぐそこだ。




次回、「いつだってイケメンはイケメンである」。


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いつだってイケメンはイケメンである。

イケメンに生まれたい人生だった・・・と思ったので初投稿です。


 静かな森の中。たまに小学生達が上げる小さな悲鳴以外に何も音の無い空間で、俺は一人、作戦決行の時間を待っていた。鶴見さん達のグループは、進行役を買って出た小町さんの采配により一番最後に回されている。もう既に結構な数の団体が歩いてきているのを確認できているので、そろそろ作戦決行かもしれない。

 そんなことを考えていると、ポケットに入れておいたスマホから振動が聞こえる。取り出してみてみれば、ディスプレイに映っているのは「比企谷八幡」の文字。

 

 

「もしもし。作戦決行ですか?」

 

「おう、そうだ。あと5分くらいでそっちに鶴見達を誘導できる。」

 

 

 手短に、実行の時間が近いことを知らせてくれた。覚悟こそしているが、どうにも心臓がうるさい。やはり緊張しているんだろうか。

 

 

「・・・本当に大丈夫か?なんだったら今からでも俺が」

 

「いえ、大丈夫です。それに、『このコスプレ衣装』はもう俺が着ちゃってるんで。」

 

 

 俺が身にまとっているのは、いわゆる改造学生服というやつだ。気分は某奇妙な冒険の主人公。昔懐かしヤンキーの雰囲気を漂わせている、準備されていた衣装の中でも異彩を放っていたこいつを今着装している。厚手の衣装故クソ暑いが、背に腹は代えられない。実際、用意されていた衣装でこれしかそれっぽいやつがなかったのだし、仕方がない。

 

 

「まあ、うまくやって見せますよ。それより、葉山先輩達の準備は大丈夫ですか?」

 

「ああ。そっちは問題ない。手頃なタイミングでいつでも飛び出してくるはずだ。」

 

「了解です。」

 

「・・・じゃあな。健闘を祈る。」

 

「うっす。頑張ります。」

 

 

 電話を切り、グループの到着を待つ。しかし、月明かりしか無い森というのはどこか神秘的だが、普通に怖い。小学生達が到着する前に俺がびびって終わったりしないといいんだが・・・。

 なんて思っていたら、通路から声が聞こえてきた。わいわいとおしゃべりしながら道を歩いてきたのは、予定通りの鶴見さん御一行。全然怖くなかっただの高校生達やる気あるのかだとか散々に言われている。・・・まあ、否定はできないけど。由比ヶ浜先輩とか脅かし方下手すぎて笑われてたしな。お化けの方が恥をかく肝試しという斬新な光景ができあがってて思わず笑ってしまったし。・・・だが、そんなおしゃべりもここまでだ。

 

 

「あれ~?またお化け役の人だ~。」

 

「道の真ん中に立ってても全然怖くないんですけど~?」

 

「つまんな~い」

 

 

 そんな声と共に道を歩いてくる小学生達。ギャハハハ、なんて脳天気に笑う姿からは、緊張感なんていうものは微塵も感じられない。

 やはり子供――特に小学生は、大人を舐めている節がある。大人に守られ、「子供だから」なんて理由で大抵のことが許されてしまう年齢。対人関係の恐ろしさや人の悪意に多く触れること無く過ごしている純粋さ。それ故に発揮される残酷な悪意。だからそんな幻想を――ぶち壊す。

 

 

「あ?誰だよお前ら。」

 

「・・・えっ?」

 

 

 不良になりきり、荒々しい声を出す。背筋を少し曲げ、睨み付けるように上から目線で声を出し続けた。

 

 

「せっかく俺が張り切って脅かしてやってんのによォ~。なんだその態度は?あ?」

 

 

 舐めきっていた相手から威嚇され、既に涙目の小学生達。少し心は痛むが、自分で選んだ役目だし仕方ない。大義のための犠牲となれ・・・!

 

 

「というか誰だよつまんねぇとか言ったやつ。俺ァ真面目にやってんですけど?」

 

「・・・ごめんなさい。」

 

「ごめんじゃねえんだよゴラ!誰だって聞いてんだよ俺は!」

 

 

 冷え切った空間の中、仲間割れが始まった。誰々ちゃんが言ったとか、誰々の態度が悪かったからこうなったんだとか、とにかく責任を押しつけ合っている。互いの醜い部分を曝け出し、指摘し合い、いっそすがすがしいまでに互いの汚点を吊し上げる姿を見てしまえば、もう関係の修復は不可能だろう。

 

 ・・・さて、そろそろ頃合いだろうか。

 

 

「おい!何やってんだ!」

 

 

 ナイスタイミング。みんなのヒーロー役の葉山先輩が大声で割って入る。大声に一瞬ビクッとした小学生達だったが、その声の主が葉山先輩であったことを見て、一気に安堵の表情になった。後ろから駆け足で寄ってくる戸部先輩と三浦先輩も、俺を睨むように顔を向けている。

 

 

「ここまですること無いだろ!?」

 

「脅かせって指示だっただろうが。俺はそれを守っただけだ。」

 

 

 荒々しく怒りながらも、かばうように小学生達の前に立つ姿は正にナイト。俺が睨んだとおり、適役だったようだ。

 

 

「いいから来い!戸部、優美子、みんなを頼む。」

 

「おう、わかったっしょ!」

 

「あーしらに任しとき。ほら、行こ。」

 

 

 戸部先輩と三浦先輩が涙目の小学生達を連れて森の奥へと連れて進み、俺は葉山先輩に連れられて反対に入り口への方向へと連れられていった。すすり泣く小学生達の声が遠ざかり、再び俺の周りには静けさが戻ってくる。葉山先輩も何も言わず、ただただ俺を連れて歩いて行くだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・どうでしたかね。俺の演技。」

 

「・・・・・・ああ。完璧だったよ。まるで君が昔そうだったみたいだった。」

 

「冗談きついっすね。俺は今も昔も一般的な健全男子ですよ。」

 

「・・・どうだかな。」

 

 

 連れられて進む夜の林道。

 俺より先を行く葉山先輩は少し下を向き、どこか悔しそうな表情を浮かべている。なぜそんな表情をするのだろうか。今回は、それぞれに適切な役割が割り振られたはずだ。

 

 俺は人に好かれないタイプだったから、実行犯の汚れ役。

 葉山先輩達はそういったことが似合わない上、フォローの適正もあるから助ける役。

 比企谷先輩は、表だって動くことが好きでは無いので裏方。

 雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩、戸塚先輩、小町さん、海老名先輩はことが大きくならないように通常のレクリエーション運営。

 

 誰も彼もが適正に配備され、滞りなく進み、無事に終了した。ならばなぜこんな表情をするんだろうか。

 

 

「君は、本当に後悔していないのかい?」

 

「唐突ですね。それに、それ昼間にも聞きませんでした?」

 

「そうだな。・・・いや、そうじゃない。」

 

「・・・随分曖昧ですね。何が言いたいんです?」

 

 

 悔しそうな表情から一変。なにか含みがある表情へと変貌した。だが、出てくる言葉はかなり曖昧。何を指しているのかは分からない。

 

 

「・・・いや、やっぱり何でも無い。君が後悔してないならいいんだ。」

 

「ここまで言っといて何でもないはないでしょ。」

 

「でも、言う気はないんだろ?」

 

「・・・少なくとも、今日は後悔してないですよ。それ以上はノーコメントで。」

 

 

 分からないし、分かりたくも無い。俺が後悔してるかなんてのは、俺が決めることじゃない。

 俺はいつだって加害者に回っているし、それが俺の人生の根底に根付いている。きっとこれからの人生、ずっと俺はこうやって生きていくんだろう。これは変えようと思って変えられるものでもないし、今更変えられるとも思っていない。

 

 

「まあ、俺は後悔しないように生きるようにしてるんで。これからの人生はそうそう後悔しないですよ。」

 

「そうか。・・・君は、強いな。」

 

「強くないですよ。ただ俺がそういう生き物なだけです。」

 

「それでもだ。俺は君みたいには生きられないから・・・正直、ちょっと羨ましいくらいだ。」

 

「それ絶対幻覚か何かだと思うので一回病院行った方がいいですよ。」

 

 

 とんでもないことを口走る葉山先輩。なんやこの人・・・頭でも打ったんか?それか疲れてんのかな。疲れのあまりそのまま黒塗りの高級車にぶつかんなきゃいいけど。でもこの人サッカー部だしなぁ・・・。すべての責任を負ってそのまま免許証取られたりしたら笑ってしまうかもしれない。そういえば三浦先輩もいましたね・・・。なんだこのオンパレードはたまげたなぁ・・・。

 

 大分失礼な方向へと思考が吹っ飛んでいるが、なんだかんだで入り口は近い。あと2,3分もしないうちに出口に到着するだろう。少し疲れた俺は、足を止めることなく落ち葉を踏みしめて歩く。

 

 だが、横を追従していたはずの足音がいつの間にか途切れていた。

 後ろを向けば、そう遠くは無い位置に葉山先輩は立ち止まっている。

 

 

 

「なあ、君はどう思う。もし君が俺達と同級生で、同じクラスだったとして・・・俺と君は、仲良くできたと思うかい?」

 

 

 ピタッと、風がやんだ。

 

 

「急ですね。」

 

「ああ。」

 

 

 黙り込み、無言で続きを促される。冗談かとも思ったが、強い光が灯った目がそうではないことを主張している。この人は本気で、俺に質問してきたのだ。

 

 

「早く行かなきゃ、三浦先輩達に追いつかれますよ。」

 

「ああ、分かってるさ。だが、これだけ聞きたかったんだ。」

 

 

 しばし、無言が流れる。

 強い目の光に押され、俺は口を開く。

 

 

 

「・・・多分、それなりに仲良くはなれたんじゃないですかね。俺は葉山先輩のこと嫌いじゃないですし。」

 

 

 俺が言ったことは本心だ。葉山先輩は明るく社交的で、みんなに好かれる人気者だ。それは間違いない。気が強そうな三浦先輩や腐女子を隠しきれていない海老名先輩、ウェイウェイいってる戸部先輩といった個性がバラバラな人が仲間内で上手くやれているのがその証拠だ。

 

 

「でも、あくまでそれなりでしょうね。俺はそういうのは好きじゃ無いんで。」

 

 

 だが、俺は思う。友人が多いことは何の慰めにもならないのではないかと。友人が多ければ、抱える問題だって多くなる。削られる時間だって増えるだろう。何度でも言うが、そういった「青春」は一長一短で毒にも薬にもなるのだ。

 俺は毒の側面を、葉山先輩は薬の側面を主に見ている。だからこそ、俺と葉山先輩はそれなりの関係にしかなれないのだ。

 

 

「そうか。・・・君ならば、と思ったんだがな。」

 

 

 悲しげな顔を浮かべる葉山先輩。森の影も相まって、余計に暗く見える表情は幼く感じる。

 その幼さに隠された期待と落胆は、恐らく、彼の過去に深く関わっている。昨日雪ノ下先輩から言われていた、『貴方には無理』という発言。だとするならば、葉山先輩は一度失敗しているのでは無いか。彼なりのやり方は中途半端な関わり方になってしまい、結果として失敗に終わったのではないだろうか。だからこそ葉山先輩は俺の「しがらみにとらわれないやり方」を羨んだのでは無いだろうか。

 そのすべては、推測に過ぎない。だが、目の前の表情がそれの当否を物語っていた。

 

 

「その『君ならば』が雪ノ下先輩のことなら、俺では無理ですよ。」

 

 

 その言葉を受けるのは俺ではない。俺は今回実行犯ではあるが、立案者でないからだ。

 立案が無ければ俺がこうして動くことも無かっただろうし、そもそも思いつきすらしなかった。だから、俺だけでは問題の解決はできない。実際、昔の俺は自分だけで立案して実行し、失敗しているのだから。・・・あれを立案と呼ぶべきかは疑問が残るが。

 

 

「ほど遠い解決よりも最善の解消を選んだあの人なら、できたかもしれませんよ。」

 

 

 『俺が初めて憧れた先輩である、比企谷先輩ならできたのではないか。』

 そんな小学生みたいな憧れが、俺の答えだった。

 

 

「そうか。・・・君のことが少し、分かった気がするよ。悪かったな。変に時間を取らせて。」

 

 

 そう言うが早いか、きびきびした足取りで歩き始めた。俺を抜き去り、足早に進む歩幅に乱れは無い。どうやら言いたいことを言ったらすっきりしたらしい。

 遅ればせながら俺も歩行を再開し、早足で後を追う。森から見えていたキャンプファイヤーまでは、あと少しだ。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。小学生達のフォローを無事に終わらせ、すっかりなつかれた様子で森から戻ってきた戸部先輩と三浦先輩を見届けた後に、レクリエーションの終了を宣言。キャンプファイヤーを囲み、小学生達がフォークダンスを踊っている姿をぼぉっと眺めていた。

 わいわいと騒ぎながら楽しそうに踊る小学生達の中に、ぎこちなくはあるが自然な笑顔をしたのが数名。言わずもがな、鶴見さんのグループである。

 

 

「よう。お疲れさん。ほれ。」

 

「あぁ、比企谷先輩。どうもっす。」

 

 

 ただ黙って眺めていると、後ろから比企谷先輩が歩いてきて、マックスコーヒーの缶をくれた。キンキンに冷えたマッ缶のプルタブを上げてゴクッと一気に飲めば、あまーい液体が五臓六腑にしみわたる。今日の疲れが一気に吹き飛ぶような感覚だ。もう全人類マッ缶をエナドリの代わりにすればいいんじゃないかな。身体にもいい(多分)だろうし、カフェインも砂糖も入っててしかも安い。お得すぎてやばいですね!箱買いしなきゃ・・・(洗脳済み)

 

 

「比企谷君が人をねぎらうなんて珍しいこともあるものね。明日は槍でも降るのかしら。」

 

「ばっかお前、俺だって頑張ったら褒めることだってあるし甘やかすことだってあるっつうの。休日の俺とか見てみろ。ねぎらいすぎて一歩も外に出ないまであるぞ。」

 

「ヒッキー、それただのダメ人間なんじゃ・・・」

 

 

 どうやら奉仕部全員で俺をねぎらいに来てくれたらしい。やっぱりこの人たち優しいと思うんですけど(名推理)。今日一番やらかしてる俺をわざわざねぎらいに来てくれてるし間違いないですねぇ。

 

 

「今日はMVPだったな。」

 

「それは立案者の先輩でしょ。俺はただただ脅かし方変えただけなんで。職員の人にはちょっと怒られちゃいましたが。」

 

 

 思わず苦笑いが零れた。

 結局、何故か高校生達と一緒に出てきた小学生達を訝しんだ職員達に事情説明を求められたのだ。脅かしすぎたという旨を伝えたところ、軽く注意をされてしまったというオチだ。

 これだけ脅かしておいて注意一つで済んだのは、平塚先生の力あってこそだろう。先生がいなければ、俺は今頃パトカーの中でうなだれていたに違いない。そんな姿を見せずに済んでありがたい限りである。

 

 

「・・・鶴見のグループは確認したか。」

 

「ええ。一応はですが。」

 

「そうか。」

 

 

 視界の先で踊る影を捉え、背中が曲がる。

 結果から言えば・・・恐らく、成功はしている。

 鶴見さんが所属していたグループのメンバーは互いを避け、距離を開けていた。あの様子では、もう関係の修復は不可能に近いだろう。当初の目的自体は達成されたのだ。

 鶴見さんを取り巻く人間関係を完膚なきまでに破壊し、孤立させたまでは良かった。これで多分、現状を打開させることはできただろう。依頼は一応達成したと言っても過言では無い。

 

 だが、完全な誤算が生じた。

 

 確かに人間関係はバラバラになった。だが、そうなった原因である心の醜悪さを知っているのはあの場に居合わせた数名だけ。葉山先輩達や俺を除けば、脅かされた小学生達しか知らないことだ。

 

 そして、小学生の間にもカーストは存在する。鶴見さんのグループにいる女子の中には、ひときわクラス内でのカーストが強い人間が存在した。強い人間が孤立し、フリーとなった結果どうなったか。

 

 それは、「新たなグループの形成」である。

 

 まだ自分の醜い部分を晒してない人間で回りを固め、新しいグループを作ってしまったのだ。新たなグループリーダーの女子は、美男美女の葉山先輩グループに介抱されながら森から出てきた。そこで起こった事件や葉山先輩に近しくなった存在という自分を餌とし、一時とはいえ自分の地位を守り抜いたのである。自分を悲劇のヒロインよろしく脚色して。

 

 

「・・・すみません。俺が余計なことしたせいで中途半端な結果になって。」

 

 

 多分、比企谷先輩が出した案そのままで行けば、こうなることはなかっただろう。小学生達達は恐怖が心にこびり付いたままレクリエーションを終え、新たな手を打つ余裕も無く今日を終えていたはずだ。

 俺が余計な案を出してしまったせいで、中途半端に終わってしまった。

 「中途半端に関わるのは嫌だ」なんていいながら、結局足を引っ張って中途半端にしてしまった。これほど情けない話があるだろうか。

 

 

「これは全員で決めて実行したことよ。貴方だけの責任ではないわ。」

 

「そうだよ!城ヶ崎君頑張ってたし、全然大丈夫だって。」

 

「まあ、最初の立案は俺だしな。むしろリスクを減らせてよかったまであるぞ。」

 

 

 口々に掛けられる励ましの言葉。それを言われただけでなんだか救われた気がする俺の心の、なんと単純なことか。だが、なんとなく悪い気はしなかった。

 

 

「そうね。比企谷君が立案したのだし、ここは一度責任を負うべきでは無いかしら。」

 

「さっき自分で一人の責任じゃ無いって言ってなかった?なに、俺はノーカウントなの?」

 

「ノーカウントというよりノーヒューマンじゃないかしら。その目の腐り具合とか、人間を越えているもの。」

 

「俺は吸血鬼か何かですかね。石仮面とかかぶってないんだけど。」

 

「だ、大丈夫!ヒッキーはちゃんと人間だって。」

 

「そこフォローされると余計悲しいんだけど・・・」

 

 

 この夏の二日間だけで、何度も見た光景。

 比企谷先輩が弄られ、雪ノ下先輩が毒舌を言い、由比ヶ浜先輩がフォローしたりノッたりする、暖かい会話。普通に見ればただただ比企谷先輩が罵倒されているだけなのに、暖かさを含んだ空間は、どこか洗練されたような優しさに溢れていた。

 

 

(・・・羨ましい限りだぜ。)

 

 

 そんなものを持たぬ俺は、心の中で嫉妬する。

 例えそれがどんなものであっても、持たざるものは持つものを羨んでしまうのだ。もう二度と手に入らないものや、一度手放してしまったものならなおさら。

 

 

(なら、もしかして。)

 

 

 森の中で、葉山先輩が俺に言った言葉。「羨ましい」という言葉の意味を、実際に目の当たりにしたことでより理解できた気がした。あの人は多分、俺に「失ったもの」を見たのかもしれない。そう思った、静かな夜だった。




 よかれと思ってやったことが想定外どころか想像の範疇を超えて行くこと、ありますよね・・・
 さて、これで少しだけですがそれぞれの関係性を出せたのではないかなと思います。城ヶ崎は八幡に憧れ、葉山は城ヶ崎を羨ましく思っています。原作との心境の変化含め、楽しんで頂けたらなーと思っております。
 次回は帰宅するだけですので少し短めになるかと思われます。
 ということで次回、「魔王襲来」。


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魔王襲来

 「あ、城ヶ崎君~!こっちこっち~!」

 

 

 なんと素晴らしい光景だろうか。

 

 正に「天国」とも呼べる光景――水着姿の戸塚先輩が、川で遊んでいる光景が広がっていた。俺と水を掛け合い、水鉄砲で撃ち合い、川岸で休んだりする。ふわっと香るいい匂いが鼻腔をくすぐり、幸福が胸を支配する。

 

 

「いっくよ~!それっ!」

 

 

 戸塚先輩が飛ばした水の勢いに身を任せ、川へと倒れ込む。

 あぁ・・・なんて充実した時間なんだろうか。そう思い、上を見上げる。キラキラとした日光が降り注ぐ水面はゆらゆらと揺れ、まるでゆりかごのよう。水が身体を押す心地よい感覚に身を委ね、そのまま深く深くへと沈み込んでいき

 

 

 

・・・ゴンッ!

 

 

「いっ、うごっ!?」

 

 

 あまりの痛みに頭が急上昇。固い物体に頭を強打した。若干涙が浮かぶ目で怨恨を込めて上を見れば、目に入ったのは車窓の上の出っ張り。窓から刺す日光が、起き抜けの目に厳しく刺さる。どうやら本当に頭をぶつけたらしい。思わず零れた苦悶の呻きとぶつけた時の鈍い音は、静かな車内にむなしく響いていた。それと同時に俺の桃源郷もフライアウェイしてしまった。どこの誰だ俺の世界を破壊したやつは・・・おのれディケイド。というか俺の夢の世界に戸塚先輩出てきちゃってたのか・・・。これはもうマジで本格的に戸塚先輩を神を崇める宗教を設立することを視野に入れなければならないかもしれない。勿論教祖兼布教者は俺と比企谷先輩だ。

 

 それはそうと・・・はて、ここはどこだったか。

 

 ああ、思い出した。ここは行きと同じく、平塚先生の車の中だ。昨日はあの後に花火をした後後片付けをして就寝。疲れていた俺は即刻爆睡し、そのまま千葉村でのボランティア活動は終わりを告げたのだった。そして今は、朝に千葉村を後にして千葉へとはるばる帰宅中、という訳である。

 

 

「おや、城ヶ崎。起こしてしまったかね。」

 

 

 運転席から声を掛けるのは、平塚先生。俺が目を覚ましたのに気がついてくれたようだ。かくいう先生もお疲れのようで、少し眠そうな顔をしており、時折くあとあくびをしている。それを見てしまっては、眠ってしまったことへの申し訳なさが生まれてしまう。

 

 

「ああいえ。すみません。いつの間にか寝てしまってたみたいで・・・」

 

「昨日は大活躍したそうだし、無理もない。疲れが取れてないなら寝ててもいいんだぞ?」

 

「活躍っていうほどなにもしてませんよ。目が冴えちゃったんで、大丈夫です。」

 

「そうか。なら私の話し相手になってくれないか。この通り、比企谷は助手席だというのに寝てしまってね。」

 

 

 顎で示す先の助手席には、ぐったりとした様子で眠っている比企谷先輩の姿が。・・・どちらかといえば、手刀か何かで殴打された結果気絶しているように見えるが気のせいだろう。首に見える赤い筋も気のせいだ。ついでに起きたときに聞こえた何かを殴打するような鈍い音も。きっと。めいびー。

 

 

「勿論です。俺でよければ、いくらでも話し相手になりますよ。」

 

 

 せめてもの罪滅ぼしにと、話し相手を買って出ることにした。

 

 

「ノリがいいじゃないか。そういう素直な態度は美徳だ。大事にするといい。」

 

「うっす。ありがとうございます。」

 

 

 やはり、平塚先生は大人の女性という感じがする。対応の仕方や物腰といい、どこか一歩余裕があるような感じがする。あと褒め上手なところとか。なんでこんないい人なのに結婚できないのかな・・・なんて思ってないですすみませんだから手刀をしまってください死んでしまいます。

 

 冷ややかな目線はそのままだが手刀だけでも引っ込めてくれたのを見て、ホッと胸を撫で下ろす。俺が二列目のシートに座っていることもお構いなしの殺気だったから寿命が縮んだかと思ったぜ。バックミラーに殺意を跳ね返す機能でも付いてるのかと本気で疑ったね。

 

 

「比企谷にも言ったが・・・今回、随分と危ない橋を渡ったそうだな。」

 

「・・・すみません。正直、あれ以上の方法もあったとは思うんですがそれしか思いつかなくって。」

 

 

 こう言われて改めて考えると、やってることはかなり悪どいからな。第三者がいきなり人間関係壊すだけ壊してちょこっとフォローするだけっていう手法だし。イケメン代表葉山先輩グループとの交流が上手く機能したからトラウマを軽減できたからよかったが、褒められたものでないのは確かだ。だが、あの時作戦があれしか思いつかなかったのも事実。実行しないよりはマシな結果が得られたと思うしかない。

 

 

「時間もなかったから、恐らくその中では最善とも呼べる方法だったと私は思っているよ。聞いたぞ。君がリスク軽減を提案したそうじゃないか。」

 

「・・・まあ、そうですね。大筋を考えたのは比企谷先輩なんで、手柄はほぼ比企谷先輩のものですけど。」

 

「だが君がいなければもっとリスクが多かっただろう。そこは君が誇るべきポイントだ。君にも1ポイント進呈しよう。」

 

「なんですかそのポイント。貯めたらなにかと交換できるとか?」

 

「交換はできないが命令ならできるぞ。このポイントを一番貯められた人がなんでも命令できる権利を得るんだ。」

 

「景品が豪華すぎません?それ。」

 

 

 小町さんも比企谷先輩にポイント付けてたけど、最近のレディーの間でポイント制度が流行っているのだろうか。しかもこっちは命令権とかいうとんでもないものが景品になってるし。俺今Tポイントしか持ってないけどこれも加算できたりするのかしら。

 

 

「まあこのポイント加算勝負への参加資格は『奉仕部の部員であること』なんだがな。」

 

「じゃあ俺その1ポイント無駄じゃないですかヤダー。」

 

 

 奉仕部員どころか人生において、あまり団体らしい団体に所属したことない俺には無縁の話だった。ちなみに俺が所属したことがあるのはゲームのギルドだけ。チャット機能とか使うのしんどすぎてすぐ抜けてたけど。そんな俺は人生もソロプレイヤー。黒の剣士もびっくりのソロっぷりである。

 

 

「無駄にはならないさ。君次第だがね。」

 

「・・・?どういうことですかね?」

 

 

 困惑する俺は、さぞかし間抜けな顔だっただろう。それをバックミラー越しに見た先生はクスリと笑い、俺に告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「部活動の勧誘だよ。君に、奉仕部に入らないかと言っているんだ。」

 

 

 俺は、間抜けな顔が更に間抜けになっていたことだろう。鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはこういうことだったのかもしれない。

 

 

「・・・俺に部活動ですか。正気ですか、ってか、本気ですか?」

 

「無論正気で本気だとも。君のそのリスク管理能力や他者を思いやった行動は、この二日間でよく見せてもらった。自主的にこのボランティア活動に参加したことも含め、私は君のことを信用しているんだよ。だからこうして、声を掛けさせてもらったんだ。」

 

 

 耳を疑う言葉がすらすらと出てきたことに困惑を隠せない。こうやって改めて自分がやった行動を褒められたのだから、無理はないと主張したいところだ。

 

 しかし、俺が奉仕部ねぇ。

 

 少し想像してみることにした。比企谷先輩が弄られ、雪ノ下先輩が巧みな毒舌で翻弄し、俺と由比ヶ浜先輩がそれに悪乗りをして場を引っかき回す。それはとても魅力的なものだった。距離感とか、そういったものに捕らわれない関係。俺はそういったものに憧れたんだろう。それはこの二日間で、嫌と言うほど感じた。

 

 

「素敵な提案ですし、俺にとっては願ってもない話ですね・・・・・・だが断る。」

 

 

 だが、それはただの俺の憧れにすぎない。憧れはただの俺の幻想。あの関係性に、俺は入っていける気がしない。あの空間は、多分。

 

 

「奉仕部の部員は、あの三人だけで十分ですよ。」

 

 

 俺が言えた立場じゃないんですがね、と付け加えて前を向く。バックミラー越しに映るのは、腐った目が瞼に遮られた顔。後ろを見れば、互いに寄り添うようにして眠る仲睦まじい二人組。なんだか急に申し訳ない気持ちになりながら、再び前を向いた。

 

 

「なので、俺は奉仕部には入りませんよ。俺は友人くらいで丁度いいです。」

 

 

 思いのほか、自分の口からすんなりと出てきた言葉に驚く。あれほど毒だと思っていた青春の欠片である『友人』という言葉が、自分の口から流れてきたからだ。

 

 この二日間で、俺は少し変わったのかもしれない。

 

 青春は今でも毒だと思っている。俺が人と関わってもろくなことが起きないなんてのも承知の上だ。だがそれでも、少しくらい友人かそれに類する存在がいたっていいんじゃないか。俺も友人という存在が欲しい。

 そう思えるほどには、俺の考え方は変わっていた。

 それを教えてくれたのは、間違いなく比企谷先輩を筆頭とした奉仕部の面々だろう。勿論、小町さんや戸塚先輩だってそのうちの一人だ。

 我ながら身勝手すぎるきらいはあるが、そこには目をつぶって欲しい。憧れを抱かせてくれた存在の前では、俺のちっぽけな考えなど無力なのだ。

 

 

「・・・そうか。残念だが、君がそう言うなら仕方がないか。」

 

 

 優しげな声音でそう言う先生。その声には、成長を喜ぶ親のような心地よさがあった。

 

 

「だが、君のポイントは保留にしておこう。折角獲得したんだ。私の中にとどめておいたってバチは当たらないだろう?」

 

 

 優しいか表情を浮かべていたかと思えば、その代わりにいたずらっ子のような雰囲気に変貌する。

 まるで手品のように一瞬で変わる表情は魅力的で、不覚にもドキッとしてしまった程だった。・・・ホント、なんで結婚できないんだろうなぁ。この人。いっそ俺がもらってしまおうか。そんな考えなんとかを振り払い前を向けば、道路上の看板に白く輝く千葉の文字が。どうやらそこそこ長い間話していたらしい。

 

 

「そろそろ到着だ。駅で解散だがそれでも構わんかね。」

 

「全然大丈夫ですよ。」

 

 

 ふと携帯を確認すれば、姉からのメッセージが。確認してみると、どうやら俺を迎えに来てくれるらしい。駅に行って待ってるとのことだったので、丁度いい。

 

 ゆるりと進むように感じる車の旅も、そろそろ終わり。また、クソ暑い夏が待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数十分。高速を走り抜けて駅へとたどり着いた。車から降りて伸びをすれば、行くときにも感じた日光が目に眩しい。ずっと木々に囲まれた場所にいたこともあり、なんだか久しぶりに感じる眩しさだった。

 

 

「さて、これで解散だが・・・家に帰るまでが合宿だ。各自、気をつけて帰るように。」

 

 

 平塚先生による、お決まりの決めゼリフの号令で解散が決定。これでめでたく、本当にボランティア活動が終了した。

 

 

「そういえば景虎さんは家どの辺なんですか?京葉線だったら一緒に帰りません?兄もいいっていってますし。」

 

「あーすまない。姉が迎えに来るって言ってるんだ。また次の機会に。」

 

「了解です!じゃあまた今度ってことで。」

 

 

 いつの間にやら俺の呼び方が『景虎さん』へと変わった小町さんからのありがたい申し出を断り、姉を待つことにした。

 ・・・ふと思ったんだけど、我が姉は車の免許もってなくね?ここまで迎えに来てくれるのはありがたいけどどうやって帰るんだろうか。しまったな先に聞いておけば良かった。

 

 

「京葉線ですし、雪乃さんも一緒に帰りません?」

 

「そうね・・・では、途中まで。」

 

「んじゃ、あたしとさいちゃんはバスかな。」

 

「うん、そうだね。じゃあ・・・」

 

 

 そういって、各々が一緒に帰るメンバーを見つけて帰路につこうとした時だった。

 音もなく、まるで滑るように黒塗りのハイヤーが俺達の目の前に横付けしてきたのだ。

 ピシッとした初老の男性が運転席から降りてきて、一礼。その礼儀正しさからは格式の高さがうかがえる。余程の金持ちか高貴な人が乗っていることは、容易に想像できた。

 

 

「金持ってそうなハイヤーだな。」

 

 

 車を眺める比企谷先輩も、ほえーっといった感じである。まさか千葉県内でこんな車を目にすることがあるなんて、正直俺も驚きだ。金ぴかのミニしゃちほこみたいなのも乗っかってるし。

 

 そう思っていると、運転手がピカピカに磨き抜かれたドアを開く。これもまた音もなく開いたドアから姿を表したのは、二人の女性だった。

 

 

「あ、トラ!やっほー!」

 

「ね、姉さん!?」

 

 

 片方は、よく見知った顔の我が姉こと城ヶ崎沙耶。いかにも夏真っ盛りと言ったような薄手の白いワンピースを着用している。

 

 

「えぇ!?あれが景虎さんのお姉さん!?」

 

「すっごい綺麗な人だ・・・」

 

 

 小町さんと由比ヶ浜先輩の反応も仕方がないだろう。なにせ俺と正反対な人が出てきたんだからな。由比ヶ浜先輩の目が心なしかキラキラして見えるのだが、こんな感じの人に憧れてたりするんだろうか?

 

 

「・・・っていうか姉さん、どうしてこんな高そうな車で来たんだ?」

 

「ん?ああ、友達に乗っけてもらったんだよ。ほら、この人。」

 

 

 指を指す方向に見えるのは、俺の知らない人だった。サマードレスというのだろうか、そんな感じの衣装に身を包んで快活な様子で車から降りる様子は、夏の暑さに負けないほどに勢いがいい。だがその一方で、まるで春のような暖かさを感じる女性だった。

 

 

「こちらが雪ノ下陽乃ちゃん。」

 

「はーい、紹介された陽乃でーす。君がトラ君こと景虎君だね?話は聞いてるよ~。」

 

「ど、どうも。城ヶ崎景虎です。」

 

「姉さん・・・」

 

 

 どうやら、雪ノ下先輩の姉らしい。

 

 

「え、ゆきのんの・・・お、お姉さん?」

 

「ほぁー、似てる・・・」

 

 

 確かに、似ているといわれれば似ている。「氷の女王」などと揶揄されている雪ノ下先輩に対し、さながら太陽のような雪ノ下先輩の姉。まるで鏡のようにのように正反対だが、どこか似た雰囲気を漂わせている様子は間違いなく姉妹だった。あと、どことは言わないが胸部装甲も正反対である。神はここでも残酷さを発揮しているらしい。

 

 

「あ、比企谷君だー!やっぱり一緒に遊んでたのか。青春してるね~このこの~!」

 

「またこのパターンですか・・・違うっっつったじゃないですか。」

 

 

 この中で唯一、比企谷先輩だけが雪ノ下さんのことを知っているらしい。一体どういった経緯で知り合ったのかを小一時間ほど問い詰めたいところだが、それはさておき。

 しかしまあ、本当に正反対な人だ。今の状況を見て改めて痛感する。ぐりぐりと比企谷先輩を肘で突っつく姿なんて雪ノ下先輩からじゃ想像できんぞ。俺も姉と正反対なだけに人のことはあまり言えないがな。

 

 だが、間違いなくこの場を支配しているのは雪ノ下さんだった。さっきまでの帰ろうムードを消し去り、一瞬で自分が支配するフィールドに変えてしまった。その点で言うなら本当にそっくりと言うべきだろう。雪ノ下先輩も場の雰囲気変えるの得意だったし。

 

 

「あ、あの!ヒッキー嫌がってますから!」

 

 

 ぐいっという効果音が聞こえそうなほどの勢いで比企谷先輩を引っ張ったのは、由比ヶ浜先輩だった。抗議するような目線を向ける由比ヶ浜先輩は、相当勇気が要ったに違いない。さながら魔王に挑む勇者そのものである。素直に感心していると、急に背筋が凍るような感覚が背筋を走った。

 悪寒の発生源を目で探れば、答えは明白だった。

 

 

「えーっと、新キャラだねー。あなたは・・・比企谷君の彼女?」

 

 

 原因は、やはりと言うべきか雪ノ下さんだった。一瞬だがまとった雰囲気が変わっていたのを、俺の勘は見逃していない。まるで品定めをするかのような冷たい目線は、たった刹那の出現で場を凍らせたのだ。

 

 

「ちち、違います!ぜ、全然そんなんじゃ!」

 

「なーんだよかったー。雪乃ちゃんの邪魔する人じゃなくてどうしようって思っちゃったよ。私は陽乃。よろしくね。」

 

「あ、ご丁寧にどうも・・・ゆきのんの友達の由比ヶ浜結衣です。」

 

「ふーん。友達、ねぇ・・・」

 

 

 どこか含みのある冷たい声音。いやに冷たい声は、柔らかい膜で覆われてはいるがその棘を隠しきれていない。表情にも、冷たさを押しとどめているような違和感がある。違和感を残しながらも、びっくり箱のキャッチボールみたいな会話が続いた。

 

 

「そっか。雪乃ちゃんにもちゃんと友達が居るんだね。よかった、安心したよ。あ、でも比企谷君に手を出しちゃだめだよ?それは雪乃ちゃんのだから。」

 

「違うわ。」

 

「違ぇっつうの。」

 

「ほらそっくり~」

 

 

 ケラケラと笑う表情。その表情に棘はない。さっきまでの違和感はどこへ行ったのやら。

 

 そこまで思って、俺は気がついた。雪ノ下さんの顔に張り付いた仮面に。

 比企谷先輩を突っついていた時とは違う、違和感のある表情。どこか借り物を貼っ付けたようないびつで完璧な仮面は、擬態するには十分なんだろう。だが、気づいてしまってからだと違和感が残る。本物に近いが故に、どこか嘘くさい。言葉に表しにくいが、そんな表情だった。

 

 

「陽乃。その辺にしておけ。」

 

「久しぶり、静ちゃん。」

 

「その呼び方はやめろ。」

 

 

 ふんとそっぽを向く平塚先生。どうやら二人は知り合いらしい。聞けば、かつての教え子だったとか。

 

 

「まぁ、積もる話はまた改めて、ね。じゃあ雪乃ちゃんも景虎君も乗った乗った!家まで送ってあげましょう~。」

 

 

 雪ノ下さんは俺の背後に回ったかと思いきや、ぐいぐいと背中を押してきた。その後ろをゴーゴー!なんて言いながら腕を上げる姉さんもいる。・・・どうやら逃げ道はないらしい。

 

 

「ちょ、自分で行けますって!す、すみません先生に先輩方に小町さん!また今度機会があれば!さよなら!」

 

 

 手短にせざるを得なかった挨拶を済ませて押されるがままハイヤーの前に立った俺は、初老の運転手に頭を下げる。都筑と名乗った男性は俺の荷物を軽々トランクに詰め込み、扉を開けた。恐る恐る乗り込む俺の後方に、うきうきとする姉さんが続く。緊張からか敏感になっている俺の聴覚は、雪ノ下さんの声をキャッチしてしまった。

 

 

「ほら、雪乃ちゃんも。お母さん、待ってるよ。」

 

 

 それだけが嫌にハッキリと聞こえた。

 

 窓を見れば、こちらに歩いてくる雪ノ下先輩の姿が。その後ろには、あっけにとられたような表情をした比企谷先輩達が見えた。

 その後すぐに、雪ノ下先輩が乗り込んできたのは言うまでもない。透明なガラスみたいな微笑を浮かべたままの雪ノ下先輩には、話しかけることははばかられた。そして最後に雪ノ下さんが助手席に乗り込み、車は音もなく走り出す。

 楽しげに鼻歌を歌う雪ノ下さんと儚い微笑をたたえっぱなしな雪ノ下先輩は、ここでも対照的だった。

 

 俺は何も言えず、窓の外を見る機械と化した。




 強化外骨格の仮面を被り、魔王と呼ばれている陽乃さんは実質我が魔王。
 そんなわけで次回、「慣れない車内で慣れないことはするもんじゃない」。


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慣れない車内で慣れないことはするもんじゃない

 ふんふ~んというご機嫌な鼻歌と、かすかに伝わるタイヤからの振動音。それ以外に、聞こえるものがない車内。一生に一度乗る機会があるかないかといった高級ハイヤーに詰め込まれた俺は、さながら出荷されている途中の家畜の気分で揺られていた。緊張のせいで背筋は異常なほどピンと張ってるし、背中はシートに付いてすらいない。卒業式ばりの姿勢の良さで座る俺は、横に座る姉を見る。

 

 

「あ~。やっぱハルちゃんの車は乗り心地いいねぇ~。」

 

 

 俺とは反対に、姉はめちゃくちゃリラックスしていた。ほにゃっと頬を緩めており、全身をシートに預けている。肝が据わっていると言うべきか、脳天気なだけと言うべきか。姉の言から察するに、何度かこの車に乗ったことがあるらしい。どちらにせよ、慣れというものは怖いものである。

 

 

「ふふん、でっしょ~?まあ私の車じゃないんだけどね。」

 

 

 さっきまでの刺々しい雰囲気はどこへやら。自慢げに話す雪ノ下さんも、姉さんの前ではどこか自然体だ。さしもの雪ノ下さんも、我が姉の魅力の前には陥落せざるを得なかったと言うわけだ。本当かは知らんけど。

 

 しかし、一体どうやってこの二人は仲良くなったのだろうか。方や、かの雪ノ下建設のご令嬢で、もう片方は普通の一般人。姉の交友関係を全く知らない俺では、彼女たちがどうやって知り合ったかすらも不明なのだ。まあ仮に知ってたとしても友達の作り方なんてすっかり忘れちゃったけどね。

 

 

「どうしたのかね~景虎君。お姉さんの方をジロジロ見つめちゃって。一目惚れでもしちゃったのかな?」

 

 

 色々考えていたら、どうやら雪ノ下さんのことを見ていたらしい。ニヤニヤと楽しそうな様子を崩さず、俺に話題を振ってきた。

 

 

「流石にそれはないですよ。ちょっと疑問が湧いただけです。」

 

 

 確かに綺麗な人だとは思うが、流石にそれだけで一目惚れするほど俺は単純ではない。・・・いやだから単純じゃないって言ってるでしょ我が姉。なんでそんなビックリしたみたいな顔してんの。まさか俺が恋することを阻もうとして・・・?

 

 

「・・・トラって、男が好きなの?」

 

「断じて違う。」

 

 

 SIT!ただ俺の性癖を心配してるだけだったわ!というか性癖云々に関しては姉に言われたくないんですがねぇ。通販サイトでBL同人誌買ってたの忘れてねえからな。しかも俺のアカウントで。

 

 ・・・というかこう言う場合ってどう答えれば正解なんだろうか。肯定すればもれなく変態戦隊ハンザイシャーの称号を授与されるのは想像だに難くないし、否定すればそれはそれで相手を傷つけてしまうのではないだろうか。

 そして話題を逸らすため、質問をしてみた。話題逸らしに使ったとは言え、気になっていたのは本当だ。

 

 

「ああ、そんなこと。沙耶とは同級生で大学が一緒なんだよね。それで仲良くなったんだよ。」

 

「最初は喧嘩ばっかりだったけどね。あの頃が懐かしいな~。」

 

「今思えばしょうもないことで喧嘩したりもしてたけどね。」

 

 

 成程。大学の友人か。大学は色々な場所や地域から人が集まると聞くし、分からないでもない。

 しかし、こんなハイスペックな姉と対等に喧嘩できるなんて、雪ノ下さんってマジで優秀なんだな・・・恐ろしい相手だ。

 

 

「それより、君はどうして雪乃ちゃんと知り合いになったの?沙耶から聞いてた話だと、あんまり人と関わるタイプじゃないらしいけど。」

 

「あぁ。雪ノ下先輩とはこのボランティア活動でたまたま一緒になっただけですよ。俺は内申点欲しくて来ただけですし。奉仕部が参加してるなんて、聞かされても居ませんでしたよ。」

 

「担当が静ちゃんなら知らなくても無理ないかもね~。あの人、ちょっとズボラなところあるし。」

 

「ははは、違いないです。」

 

 

 こんな感じで緩やかな会話が流れ、車内の空気は段々と弛緩したものになってきた。だが、それでも俺の背はピンと張ったままである。汗とかで染みが付けちゃったら嫌だし。まあ背筋が伸びっぱなしなのはそれだけが理由ではないが。

 そして会話は続いた。総武高校のイベントのことや、雪ノ下さんが在籍していた頃の生徒会の話など、いろんな有益なことを聞けた。一番面白かったのは、平塚先生のラーメン愛についてだったが。あの人バチクソかっこいいバイク乗り回してラーメン食べ歩いてるのかよ・・・イケメン過ぎない?俺が女だったら即オチレベルだわ。あの人も女の人だけど。

 

 

「意外だね。ハルちゃんがこんなに話してるの見たのは初めてかも。」

 

 

 俺が雪ノ下さんと話していると、姉がこんなことを言ってきた。

 

 

「そうなの?」

 

「うん。ハルちゃん、人と話さないことはないんだけどそんなに長く話さないんだよね。もしかしてハルちゃん、トラのこと気に入った?」

 

 

 なんてアホなこと言ってんだこの姉は。確かに雪ノ下さんとの会話は楽しいし、結構長くしゃべってる。それは事実だ。だが、雪ノ下さんのプレッシャーが半端ない。仮面を被るのが癖になっているのかは知らないが、俺と話しているときの笑顔も凝り固まった笑顔なのだ。おかげで俺の背筋もゾクゾク。まるで氷柱でも刺されたような気分だ。これが、俺が背筋を緩められない理由でもある。

 

 

「あっはっは、気づいちゃった?私、景虎君結構気に入ったよ。」

 

「・・・冗談もお上手なんですね、雪ノ下さん。」

 

「冗談じゃないよ?だって・・・可愛いんだもん。」

 

 

 ・・・どうやら本当に冗談が上手いらしい。俺が可愛い?そこそこの身長、濁った目、陰キャと三拍子揃ったこの俺を可愛いと形容するとは。これが冗談でなきゃ雪ノ下さんの目が節穴か何かだろう。もしくは異常性癖持ちかのどっちかだ。

 

 

「俺が可愛い訳ないでしょう。」

 

「ううん。可愛いよ。だって、そんなにおびえてる姿。小動物みたいで可愛いじゃない。」

 

 

 俺は一瞬、猫の目を幻視した。瀕死のネズミを転がして弄ぶ猫のような目が俺に向けられている。そんな気がしたのだ。

 俺は返す言葉が思いつかず、黙るしかなかった。

 俺は節穴か異常性癖かのどっちかといったな。訂正しよう。どうやらどっちでもなさそうだ。

 彼女は、「趣味が悪い」らしい。自分が絶対的に強いと分かっているが故の趣味といえるだろう。

 

 

「・・・姉さん。その辺にして。」

 

「あれ、雪乃ちゃん嫉妬しちゃった?大丈夫大丈夫!雪乃ちゃんだってすっごく可愛いから。」

 

 

 雪ノ下先輩が仲裁に入ってくれているが、全く意に介した様子もない。ケラケラと笑いながら、冷淡で暖かい笑みを浮かべている。雪ノ下先輩もおでこに手を当て、やれやれといった感じである。

 

 

「奇遇ですね。俺も雪ノ下さんのこと気に入りましたよ。」

 

「ふーん。ありがと。」

 

 

 まるで興味がないといったような返し。向けられる視線も冷えたものに変わり、もはや無視に等しい。どうやらこの返しは気にくわなかったらしい。もしかしたら、これが彼女の素の内の一つなのかも知れない。無関心は装えるものじゃないからな。

 

 

「えぇ。雪ノ下さんのその仮面。まるで拘束具みたいで、とっても可愛いですよ。」

 

 

 だが、窮鼠猫を噛む。たとえその噛み傷に一切のダメージがなかったとしても、噛んだという事実だけは残り続ける。だから俺は、できる限り思いっきり猫を噛むことにした。ただ可愛い、なんて言われっぱなしなのは男が廃る。

 

 

「・・・・・・へぇ。拘束具、ねぇ。」

 

 

 冷えた視線が絶対零度くらいの温度へと変化し、俺を貫いた。思わず全身が震え、汗が背筋をツーっと流れるのがハッキリと分かった。

 だが、その冷気も一瞬。そのあとにはまた、太陽のような笑顔が戻ってきていた。

 

 

「景虎君。君、趣味悪いね?」

 

「雪ノ下さんこそ。趣味悪いですよ。」

 

 

 目を合わせれば、虎の目が見える。猫で済んでいたはずの猛獣を噛んで起こしてしまった感は否めないが、こうなっては仕方がない。俺も頑張って口角を上げ、できるだけの悪そうな表情を作った。多分、かなり小物臭がしてたと思う。

 

 

「やっぱり面白いね。景虎君。」

 

 

 そういって満足げに前へと向き直った。車に乗ったときのように鼻歌を歌いながら、上機嫌そうにしている雪ノ下さん。指でリズムまで取り始めてるあたり、乗ったときより上機嫌・・・なのかな?

 そして二つ隣に座る雪ノ下先輩が「こいつマジ?」みたいな表情がをしていたのが、非常に印象的だった。

 ちなみにこの後特に何事もなく家まで送ってもらい、俺の夏のボランティア活動は終わりを告げたのであった。




 ちなみに景虎の身長は八幡より1,2cm小さいくらいっていう設定。外見は前髪長めの黒髪。中肉中背でちょっと猫背気味って感じです。アホ毛はない。
 次回はかの剣豪将軍との邂逅か、いろはすとの絡みを書く予定です。


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かくして、城ヶ崎と一色は偶然出合う

前後編に分かれるとは思ってなかったお祭り編、はーじまーるよ~。


 夏祭り。読んで字のごとく夏に開催される祭りのことである。薄味の屋台のやきそばや大して美味しくないリンゴ飴、原価ほぼ0のかき氷など、色々なもので満ちあふれていて賑やかな空間を提供するイベントでもあり、リア充御用達の夏の風物詩だ。・・・ここまで言えばたいていの人は察してくれるだろうが、俺は夏祭りというものが好きではない。

 元々外や人混みが好きじゃないというのも理由としてあるが、それよりも財布に優しくないのというのが正直な理由だ。祭りに行くお金があれば、サイゼでちょっと贅沢できるくらいはできる。そう考えてしまう俺は、根本的に祭りに合っていないのだろう。

 だがしかし。俺は年に一度だけ、絶対に夏祭りに行かなければならない理由があった。

 

 

「さぁトラ!今年も祭りに行くわよ!!」

 

 

 ドンッ!という効果音でも背負っていそうな程の熱気、背後に炎を幻視できるほどのハイテンション。浴衣に袖を通したその姿は正に夏真っ盛り。

 理由はご覧の通り。我が姉、沙耶の付き添いに連行されるからである。

 沙耶はこういったワイワイするイベント事が大好きであり、ことあるごとに俺も荷物持ち兼男避けとして駆り出されているのだ。

 

 

「分かってるって。それより、浴衣なんだからそんなに急ぐと転ぶぞ?」

 

「大丈夫大丈夫!私が何年浴衣着てると思ってるのよ。それに、家の中で転ぶほど間抜けじゃないって!」

 

 

 そう言いながら、今にも駆け出しそうな勢いでステップを踏んでいる。しかしまあ、毎年毎年同じ祭りに行くというのに、どうしてこうもテンションが高いんだろうか。よく飽きないものだと感心するね。

 

 

「ねえトラ。今年こそ・・・」

 

「断る。俺に浴衣を着る趣味はない。」

 

「え~。ケチ~。」

 

 

 沙耶の言いたいことを看破した俺は、即座に拒否した。沙耶は毎年、俺に浴衣を着ないかと提案してくるのだから、この拒否も慣れたものである。ていうかよく挫けないな。

 

 

「だって周りもみんな浴衣着てるんだよ?トラだけそんな格好だと浮かない?」

 

「そのみんなに俺は元々含まれてないからいいの。」

 

「え~。トラ細身だし、絶対似合うのに。」

 

 

 今の俺の格好は、Tシャツに短パン。完全に深夜にコンビニに行く格好である。人混みに行くのだから少しくらい涼しい格好を・・・というのは建前で、実際はただただ着物を着るのが面倒くさいだけだ。そのせいで折角の俺の甚平は、自室の隅っこで眠っている。この前勝手に洗濯されていたが、知らないふりだ。

 

 

「・・・仕方ない。今年は諦めるか・・・・・・」

 

「今年だけじゃなくて来年も諦めといてくれ。」

 

 

 できれば再来年も、その先もな。何度も言うが、俺に浴衣を着る趣味はないんだ。すまんな、沙耶。

 

 

「善処しとくよ。・・・さて、では!いざ祭り会場へ!GO!!」

 

 

 テンションMAXで足を踏み出した姉。忘れ物がないか鞄をあさっている俺を尻目に、るんるんと歩を進める沙耶。そして沙耶が玄関にたどり着いたとき。

 唐突に、事件が起こった。

 

ドンッ!!

 

 

「!?沙耶!!」

 

 

 耳に鈍い音が届いた瞬間。俺は鞄を放り出し、慌てて階下へと走った。階段を転げるように下り、玄関へ直行。スマホの画面に119を打ち込み、最悪の場合すぐに掛けられる状態を整えながらたどり着いた玄関。

 

 

「いてて・・・ごめん。転んじゃった。」

 

 

 そこで俺が見たのは、足をさすりながら玄関で座り込んでいる、沙耶の姿だった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 

「ただの捻挫だから大丈夫だって。冷やしておけばそのうち治るから。」

 

「・・・うん。」

 

 

 慌てて沙耶を抱えて室内へ運び込んだ俺は容態を確認し、氷嚢を患部の足首に当てることで一通りの処置を終えた。姉曰く、下駄を履こうとしたらバランスを崩して転んでしまったらしい。頭をぶつけなかったことは不幸中の幸いだった。でなければ、俺のスマホは人生で初めて通報をするハメになっていたからな。

 

 

「・・・でも、この捻挫じゃ今日は歩けないよね。」

 

「・・・まあ、そうなるね。」

 

 

 うつむく沙耶に掛ける言葉が思いつかず、ただ質問に答える。さっきまでのハイテンションは霧散してしまっていた。あれだけ楽しみにしていた祭りに行けなくなってしまったのだから、無理もない。しぼんだ風船のようにしゅんとしている様子は、見ているだけで悲しくなってしまう。

 

 

「・・・しょうがないよね。怪我しちゃったんだし。『今日は行かない方が良い』って神様が教えてくれたのかもね。」

 

「・・・・・・」

 

 

 無理に明るく振る舞っているのが丸わかりな態度だった。

 

 

「じゃあ、俺が行くよ。」

 

 

 そんな姉を見ていると、自然と言葉が漏れていた。

 

 

「・・・えっ?」

 

「俺が行って、写真撮ってくる。屋台の食べ物だって、好きなもの買ってくるよ。」

 

 

 今の俺にできる最大の慰めの言葉は、これくらいだった。祭りに行けるわけじゃない。でも、せめて雰囲気くらいは・・・という気持ちだった。さっきまで値段がどうの人混みがどうのという考えはどうでもよかった。これ以上、沙耶の悲しい顔が見たくなかったのだ。

 

 

「・・・じゃあ、お願いできる?」

 

「勿論。任せてくれ!」

 

 

 ニカッと笑い、ドンと胸を叩く。さてと・・・それじゃ、行きますか!!

 

 

「あ、折角なら浴衣も着て行ってよ!」

 

 

 ・・・雰囲気づくりのためだ。気は進まないが着て行こう。なんだか出鼻をくじかれた気分だが、それはそれ。行くと決めたからにはしっかり行って任務を遂行するのみだ!!

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 という訳でたどり着いたのは駅前の広場。ここから電車を使って祭り会場まで移動するわけだが・・・想像以上に人が多い。歩けない程ではないが、普段と比べれば倍くらいの人数がいる。ちなみに今の俺の服装は、甚平に扇子、足袋に下駄と、お祭りフルセット。慣れない夏の装いだし、人にぶつからないように歩かなきゃな・・・って、なんだあの空間。

 よく待ち合わせに使われる(姉談)モニュメントの下に、妙に空白ができているのが見える。何かのイベントかとも思ったが、それにしてはざわつきの感じが違うような気がする。普段ならこんな人混みはスルーして行くところだが、残念ながらそうはいかなさそうだ。この量の人だかりを整理する人がいないため、半ば無法地帯となってしまっている。そのせいで際限なく広がった人だかりが広場のスペースを圧迫し、この中を突っ切っていかなければ駅にたどり着けなさそうなのだ。

 

 

(誰だよこんな騒ぎ起こしたやつ・・・)

 

 

 騒ぎの中心人物達へと恨み言を考えつつも、ちょっと失礼とばかりに前へ進んで行く。人混みをかき分け前へ進んでいると、少しづつ声が聞こえるようになってきた。

 

 

「・・・・ら、・・・だって。」

 

「え~。・・・じゃないですか。」

 

 

 聞こえてきたのは、男女の声が一つづつ。何やら揉めているような声音にただならぬ気配を感じた俺は、戻ってどうにか迂回路を探そうとしたがとしたが、時既に遅し。後ろの人だかりはこちらへ流れており、後退はできなさそうだった。ならば仕方ないと開き直って前へ進むことにした。結果、最前列へ押し出される形ではあるが、なんとか人混みを抜けることができた。

 

 

(やっと一息付けたな・・・)

 

 

 なんだか一気に疲れた気分だ・・・目的がなかったらこのまま直帰したいと考えるくらいには。だが、今日は祭に行かなければいけない。気を取り直して前を向き、駅へと歩を進めようとした。だが前を向いたら、当然この騒ぎの中心人物達が嫌でも目に入る。最初に目に入ったのは、金髪の男の背中。そして、その少し奥に見える亜麻色の髪の女の子だった。

 

 

「だから、今日は待ち合わせ中なんですってば。」

 

「んなこと言わずにさぁ~。俺と来た方が絶ッ対楽しいって。な?」

 

 

 果たして目に入ってきた騒ぎの中心は、ちょっと珍しい光景だった。金髪にチャラチャラしたアクセサリーを付けた、いかにもという感じのチャラ男が、ナンパにいそしんでいたのだ。今時駅前でナンパをするやつがいたのも驚きだったが、それよりも驚いたことがあった。

 

 

「あれ・・・一色じゃないか?」

 

 

 ナンパをされていた亜麻色の髪の人が、まさかのクラスメイトである一色いろはだったのだ。

 

 

(おいおいまじかよ・・・)

 

 

 俺は心の中で空を仰いだ。ナンパする人を見ることすら俺の中では希なのに、されてるのが数少ない面識のあるクラスメイトってどんな確立してるんだよ・・・

 まぁでも、それだけ一色の可愛さがとてつもない威力を持っていることの表れでもあるんだろうな。わざわざ待ち合わせ場所で人を待ってる状態でナンパされてるんだから、客観的に見ても一色が魅力的であることを示唆しているだろう。

 

 

「だってその待ってる人来ねぇじゃん?もう帰ったんじゃねぇの?」

 

「そんなこと・・・」

 

 

 俺がそんなことを考えている時でも、ナンパは続いていた。チャラ男君との会話を聞くに、待ち合わせをしている人がなかなか来ないらしい。この人だかりと通行量じゃ、中々合流できないのも無理はないかも知れない。

 ダメ元でそれらしき人が居ないかと周りを少し探してみると・・・居た。発見したのは、こちらもクラスメイト。名前は確か、山・・・山田だっけ?うん、知らねぇや。俺友達いないし。だが、クラスの中心に居るような陽キャであり、サッカー部に所属していることは覚えている。思い出してみれば、夏休み前に山田が一色を夏祭りに誘えたって自慢していたような気がする。その山田(仮称)が、モニュメントを遠くからチラチラと見ているのを見つけたのだ。だが、その山田がいるのは一色の背後であり、距離もそこそこある。あれでは気づかないのも無理ないか。

 なんだ、待ち人もう来てるじゃん。なら心配いらないな!・・・っておい、助けろよ山田(仮称)。なに俺関係ねぇしみたいなスタンスで背後に潜んでるん?あれか、メリーさんリスペクトなのか?今貴方の後ろに居るのってやかましいわ。クソッ!これ俺が行った方が良いのか?でもまだ山田が動くかもしれないし・・・周りの野次馬も止めようとしないどころか、動画を撮ってる奴だっている。今ほど文明の発達を恨んだことはないだろう。

 だが、俺が迷っている間も時間は進む。その間もチャラ男は頑張って説得を試みていたが、一色は頑なに首を縦に振らなかった。それに気を悪くしているのか、チャラ男の口調は段々と荒々しいものに変わっていっていた。

 

 

「だから、俺と来いっつってんだろ!!」

 

 

 あっと思ったのも束の間。しびれを切らしたチャラ男が、とうとう一色の腕を掴もうと手を伸ばし始めたのだ。それでも、山田は動かなかった。

 だが、俺は見てしまった。手を伸ばされている一色の足が震えている様子を。

 

 

(・・・ええい何を迷ってる俺!)

 

 

 そうだ。もう迷う必要はない。そもそも、俺は一色に嫌われたって構わないのだから。一色にとっての最善はクラスの人気者がかっこよく助けることなんだろうが、この一瞬だけは我慢してくれ。

 そう思った俺は、躊躇わずに足を振った。今の俺が履いているのは下駄。そう、結構すぐ脱げる下駄である。それを、足をフルスイングすることで射出したのだ。

 

 

「ぐぇ!?」

 

 

 飛んでいった下駄は、チャラ男の後頭部にクリーンヒット。伸ばしていたてを後頭部へと誘導することに成功した。それを確認した俺は、そのままダッシュ。ついでに下駄を奪取し、一色の手を掴む。

 

 

「・・・走れるか?」

 

「え、あ、うん。」

 

 

 すぐさま脱出の了解を取り、素早く離脱。あまり早いペースで走るのもよくないので、早歩きくらいの速度でその場から離脱する。とりあえずは、駅に逃げ込むとしよう。




実は景虎も八幡と同じで、顔は整っているという設定。目は前髪長いせいで隠れ気味だけどネ!


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だがしかし、城ヶ崎は不慣れである

「自分が体験したことしか書けないらしいぞ」。この言葉は本当でしたねぇ・・・(遠い目)(こんな経験してない)(深刻な青春経験不足)


 ガタンガタンと、規則的な音が響く。揺れる車内は普段と比べて混雑しており、自分のスペースを確保するのに精一杯だった。だが、俺の目の前で座る少女は少し違うようだ。

 

 

「・・・なあ、一色。本当に良かったのか?」

 

「いいんです!」

 

 

 座席に座っているのは、先程俺がナンパから救助した一色いろは。何故俺が彼女と電車に乗っているのかとかなんで一色は敬語風なのかと色々突っ込みどころはあるだろうが、「何故俺が一緒に居るのか」と聞かれれば、俺は正直にこう答えるしかない。「誘われてしまったから」だと。

 

 一色の手を取って人混みを抜け、そのまま駅へと避難した俺はそのまま人気の少ないところまで誘導。そこで土下座を敢行したのだ。俺としては、特に親しくもない異性から手を引かれたのだから怒っていて当然と思っての行動だったのだが、どうやら一色はお気に召さなかったようで。「普通は土下座ってそう簡単にできるものじゃないと思うんですけど」とドン引きされたのは良い思い出である。そしてそのままなんやかんやで説得をされ、今こうして電車に揺られているわけだ。

 行き先は、当然のごとく祭り会場である。

 

 

「だって先約があったんだろ?あの・・・山田?ってやつと。」

 

「逆に聞きますけどあの状態で助けてくれない人と一緒に行きたいと思います?」

 

「・・・なるほど。」

 

 

 男避けとして機能しないどころか大事な局面で助けに入らない男など、行動を一緒にしたくないのは当然の感情だ。聞けば納得する理由が返ってきてしまったのだが、果たして本当にいいんだろうか。助けたとは言え、俺という男は今から祭りを一緒に楽しむ相手としてはいささか以上に力不足ではないだろうか。レディのエスコートどころか財布としても機能しないんじゃないだろうか。

 

 

「自己評価低すぎじゃないです?それ。」

 

「残念ながら自分に評価できるポイントがあるとも思えないしな。むしろ高いくらいじゃないか?」

 

「うわぁ・・・卑屈だ・・・。」

 

 

 率直な意見を言ったらまたドン引きされてしまった。自分としてはそこまで自己評価が低いとも思っていなかったのだが、端から見た意見は違うのかも知れない。今度姉にでも聞いてみるとしようか。

 そんな風に思いながら、電車に揺られること十数分。ついに祭り会場に到着することができた。

 

 

***

 

 

 祭り会場に着いた俺達を最初に待ち受けていたのは、圧倒的な人混みだった。むせかえるような人混みの熱気は、肌にじっとりとした汗をかかせる。だが、その熱気は微かにソースの香りや砂糖の甘い匂いまで運んできている。否応もなく上がるテンションは、やはり祭りの雰囲気のせいだろう。この雰囲気自体はとても楽しいものだ。

 

 

「毎年のことながら凄い人でしたね・・・」

 

「ホントだよ。毎年来る人はよく来ようと思うよな。」

 

 

 俺の姉とかな。まあ姉はこういうワッショイしたの好きだしな・・・毎年付き合わされる俺の身にもなって欲しい。

 

 

「まあ、私もお祭り好きですし。案外、この人混みが大切なのかも知れませんよ?」

 

「否定はできないな。がらんどうの祭りなんて行きたくないし。」

 

 

 人混みを抜け、露天を覗きながらの会話。テンションが比較的高いせいか、いつもより饒舌になってしまう。だが、一色はそれを気にもとめず、楽しげに俺と会話してくれていた。普段と違う環境だからか、その事実をすんなり受け入れてしまっている自分にも驚きだ。

 

 

「それにしても、屋台ってホントに色々種類があるんだな。」

 

「ですね~。あ、なにか食べたいものとかあります?お礼ってことで奢りますよ?」

 

「えぇ・・・。レディに奢らせるのって俺の流儀に反すると言うか・・・」

 

「あ、そういうのいいんで。むしろ奢らせてくれなきゃ私の気がすまないので。」

 

 

 一色は結構強引。俺は学んだ。生かされる場面があるかは知らんけどな。

 

 ともかく何か奢ってもらえることになったのだが・・・どうしようか。考えながら歩いていると、綿飴の屋台が目に入った。

 

 

「じゃあ、綿飴で。」

 

「了解で~す。どれにします?」

 

「じゃあこれで。」

 

 

 ノータイム選んだのは、某仮面の戦士がプリントされた袋。蛍光色の仮面が光る、バッタのやつである。他にもヒーリングッドでプリティでキュアキュアなやつとかキラメイているレンジャーとかもあったが、俺はニチアサで仮面が一番好きなのだ。次点でプリキュア。

 

 

「なんか意外ですね。てっきりもっとがっつりしたもの食べたがると思ってました。」

 

「まあ甘いもの好きだしな。祭りに来たら必ず買ってるぞ。」

 

 

 袋が目的の二割くらいを占めてるけど、とは言わない。ちなみに残り八割は、単純に味が好きだからだ。甘いものが好きという言に偽りはない。このフワフワの感覚と、さっと溶ける儚い甘みが大好きなのだ。基本祭りでしか食べないのもプライレスみがあって非常に好ましい。駄菓子として売ってる綿飴はどうも美味しさに欠けると思うのは俺だけじゃないはずだ。

 

 

「ホントに甘いもの好きなんですね。」

 

「まあな。」

 

 

 綿飴をパクパクと頬張る俺を見た一色は、まるで母親のような微笑み浮かべている。同級生から向けられる慈愛の微笑みは、容易に俺の顔を赤熱させた。気恥ずかしさからそっぽを向く俺は、一色にはどう映っただろうか。変な奴、くらいにとどまってくれてると良いが。

 

 

(・・・?)

 

 

 一色から見られること、つまり「視線」を意識したからだろうか。浮かれていた俺の心が、一瞬だが冷静さを取り戻した。そしてその一瞬で、俺は普段向けられることのない視線を感じた。

 

 

(なんか俺、見られてる・・・か?)

 

 

 言わずもがな、ぼっちは視線に敏感だ。敏感であるが故に他者から向けられる嘲笑の目線や悪意ある視線を非常に感じ取りやすいというデメリットスキルではあるが、役立つこともある。それは、「危機回避能力」だ。自分がそういった対象になっていることを感じ取れれば、そこから逃げることができる。これは、敵を作らない上で非常に大事な感覚だ。三十六計逃げるにしかず。逃げればとりあえずの危機回避はできるのだから。問題は逃げれるのか、と言う点だが。

 

 さて、そういうわけだが・・・今回は敵意や悪意のある視線ではない。どちらかと言えば、興味、驚きといった風な視線だ。いわゆる「好奇の視線に晒される」というやつだ。俺が美少女と歩いていることに対する嫉妬の視線ならば理解できるのだが、なぜこんな視線を向けられるんだろうか・・・。

 

 

「?どうかした?」

 

「いや、なんでもない。」

 

 

 一色が気づいてないなら、そんなに騒ぐほどのことじゃないのかも知れない。一色が普段からこんな目線を向けられているという可能性もある。それに、まだ俺の気のせいという線も捨てきれない。いくら視線に敏感と言っても、その精度は完全とは言えないからだ。そもそもそれが完全に理解できていれば最初からぼっちになどなっていないのだ。

 

 

「それより、そろそろ花火の時間だが。トイレ、行っとかなくて大丈夫か?」

 

「それ面と向かって言うのデリカシーなさ過ぎじゃないです?・・・まあ、行ってきますけど。」

 

 

 不服そうな顔をされたが、一応行ってくるようだ。手持ち無沙汰になった俺は、スマホを取り出して写真をパシャリ。俺の今日の課題をこなし、巾着へとしまい込んだ。

 

 

(・・・まだ視線がある。)

 

 

 これでハッキリした。視線の狙いは、俺だ。理由は今も分からない。だが、俺が見られていることだけは分かった。一通り理由を考えてはみたが、思い当たる節はない。完全に手詰まりである。

 まあ、考えていても仕方がない。とりあえず視線のことは無視して花火を楽しむとしよう。

 まだ暗い夜の空には、火薬の匂いが迫っていた。

 

 

***

 

 

ドーン、ドーン

 

 見上げれば、真っ暗な空に咲く大きな花。輝かしい花弁は数秒と保たず闇に呑まれるが、また別の花が闇を裂く。その光景は毎年恒例というには、あまりにも生き生きとしすぎていた。瞬々必生とはこういうことだろうか。瞬間瞬間を一番の綺麗さで輝き、そして消えていく。だが、俺達の心にその輝きは灯り続ける。

 

 

「綺麗ですね。」

 

「ああ。綺麗だ。」

 

 

 語彙が消失するが、この輝きの前には些細な問題だろう。俺達はレジャーシートへと腰を下ろし、空を見続けた。互いに言葉はなく、されど響く音だけは共有していた。無言の間に漂う火薬の香りは、毎年嗅いでいるはずなのに新鮮なものに感じられた。

 響く輝きは頻度を増し、一層夜を照らした。だが、それは終わりが近いことも意味していて。

 一際大きな光の膜ができたかと思えば、もう火薬の匂いがすることはなくなっていた。あたりから自然と拍手が響き、俺も自然とそれに習っていた。隣を見れば、一色もつられて手を叩いていた。

 

 

「今年はまた一段と凄かったですね。なんていうか、ドーンって感じで。」

 

「そうだな。本当にドーンって感じだった。」

 

 

 語彙が貧弱なわけではないが、これしか表現が思いつかなかった。迫力とか一瞬の美しさとか、そういうのが全部一緒に心にドーンと響いたのだ。最初の方は写真を撮ったりしてたのだが、後半は完全に光に呑まれてしまってそんなことは忘れてしまっていた。

 

 

「・・・帰りましょうか。人も少なくなってきましたし。」

 

「そうだな。駅一緒だろ?送ってくよ。」

 

「じゃあ、お言葉に甘えます。」

 

 

 二人でシートから立ち上がり、並んで歩き出した。歩く途中では、露天が店じまいをしている。その光景は、俺の中に夏の終わりと寂しさを去来させる。薄れていく火薬の匂いと、店じまい。これは、俺に見える形で終わりを連れてくるのだ。

 

 

「夏もそろそろ終わるな。」

 

「私からすればやっとかーって感じですけどね。」

 

「なんだ、夏は嫌いか?」

 

「別に嫌いって程じゃないですけど・・・まあ、苦手です。」

 

「ほーん。」

 

 

 まあ、夏は化粧とか大変そうだしな。我が姉もいつも愚痴ってるし。あと夏は薄着になるからそういう意味でも女性には大敵なのかもしれない。俺の憶測だが。

 

 

「城ヶ崎君は夏好きなの?」

 

「俺は好きだぞ。特にこの終わり際がな。」

 

 

 色々と理由はあるが、俺が夏の終わりが好きな理由はいまいち分かっていない。俺が文系ならばもっと的確な言葉がでてきたかもしれないが、あいにくと俺は理系だ。問題の証明のように、理由や理論に基づいて俺の心を証明したいのだ。だが、今まで一度もそれに成功したことはない。

 

 

「夏が終われば秋が来るだろ?涼しくて好きなんだよな~。秋。」

 

「それ秋が好きなだけだよね!?むしろ夏嫌いなんじゃ・・・」

 

「・・・さあ?」

 

 

 だから、ついこうやって適当なことを言ってごまかすのだ。好きな理由も嫌いな理由も、全部泥をかぶせて曖昧に。悪癖だが、そうそう治らないのは困りものだ。

 

 

「まあ、心の中の俺にでも聞いてくれ。俺も理由分からんし。」

 

「どうやって聞くんですかそれ・・・」

 

 

 いつか、心の中の俺は言葉を発してくれるんだろうか。そんなことを考えていれば、電車が滑り込んでくる。乗り込めば、窮屈な車内にまた十数分だ。まあ、緩みきった俺の心を締めるにはいい薬になるだろう。

 

 

***

 

 閑散とした住宅街。祭りの気配など一切ないそこに、からりからりと下駄を引く音だけが二人分。互いにつかず離れずの距離を保ち、並んで歩く。ぽつりぽつりと会話はあるが、言葉を交わさない時間の方が長い。だが、不思議と不快感はなく、むしろ心地良いくらいの静けさが支配していた。

 

 

「今日は色々とありがとうございました。」

 

「いや、こちらこそ悪かった。もっと早く助けに入れてればな・・・」

 

「いいですって。助けてくれただけでもとってもありがたかったですし。」

 

 

 そう言われれば俺としてもこれ以上は言えない。せめて、次こうやって助けが必要な状況になったときにもっと早く助けられるようにしよう、と心に誓った。まあ、そんな状況にならないのが一番なんだが。

 そうやって歩いていると、一色が「あ、ここです。」と言う。どうやら無事家まで送り届けられたらしい。

 

 

「・・・そういえば一つ気になってたんだが。」

 

「何ですか?」

 

「それだよ、それ。」

 

 

 唐突に言われて、何のことか分からずきょとん、とする一色。だが、俺は今日一日ずっと気になっていたことがあるのだ。タイミングが変かもしれないが、言うタイミングを逃してしまったのだ。許して欲しい。

 

 

「なんで敬語なの?俺一応同級生なんだけど・・・」

 

 

 そう。一色は今日ずっと、俺に敬語で話していたのだ。俺が老けて見えたとかおじさん臭いから・・・という理由で敬語ならばいい。全然笑って流せる。だがもし。『()()()()』がバレてしまっているのだとしたら・・・。そう考えると、俺はヒヤヒヤしていたのだ。

 気まずい沈黙が続いた。

 

 

「・・・じゃないですか。」

 

「・・・はい?なんだって?」

 

「もう、いいです!」

 

 

 顔を真っ赤にしてしまった一色。どうやら最後の最後に機嫌を損ねてしまったらしい。だが、俺はホッと胸を撫で下ろしていた。あの様子では、少なくとも俺のことを詳しく知っている訳では無さそうだ。

 だが、一色をそのまま帰すわけにはいかなかった。今日という日を、悪感情で終わらせてはいけない。その思いが、俺の口から言葉を出させていた。

 

 

「一色!言い忘れてたんだけどさ!」

 

「・・・なんですか?」

 

 

 大きく息を吸い込み、今日の思ったことを素直に伝えた。こちらも、機会を逃して言えてなかったことだ。

 

 

「浴衣、似合ってた。今日はありがとう。すっごい楽しかった!」

 

「・・・!?」

 

 

 俺の言葉に驚いた顔をした一色は、更に顔を真っ赤にして家に引っ込んでしまった。

 

 

(でも、怒っては無さそう・・・かな?)

 

 

 なんとなくそう感じた俺は、最後に玄関に向かって軽く手を振り、家に帰ることにした。間違いなく最高の一日だった。そう思いながら。

 なお、家に帰ってから姉に根掘り葉掘り聞かれたことについては、またの機会ということで。




沙耶「kwsk」

景虎「嫌じゃぁ!!」

 この後全部吐かされた。


 次回はようやく二学期へ。文化祭の開催に伴って決められる実行委員。だが、その前に教室では一悶着二悶着あり・・・?そして祭りで受けていた視線の正体も明らかに。
 次回、「新学期は今後の分岐点。古事記にもそう書かれている。」


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新学期は分岐点。古事記にもそう書かれている。

主がV沼に引きずり込まれたので初投稿です。


 9月。セミの大半がとうの昔に土の養分となり、熱さを残しながらも朝晩を半袖では過ごし辛くなるこの時期は、新たな生活の始まりの合図でもある。すなわち、新学期である。二年生は修学旅行、三年生は職場体験を控えるこの時期は非常に浮き足立つ時期だ。そしてそれは、一年生も例外ではない。高校生になってから初めての大型連休ということもあってか、誰も彼ものテンションがワンランクあがっている。そのせいで教室はうるさいことこの上なかった。

 

 やれ「彼女とデートしたわー」だの「めっちゃ日焼けしてさー」などの会話が飛び交い、教室内はお喋りという名のマウンティング合戦が開催されている。どいつもこいつもプロレス顔負けのマウンティングぷりである。先生がいないのをいいことに、スマホで写真を見せ合ったりと、それはもうお盛んなことだ。中学時代もこんな感じで新学期はざわついていたが、高校はひと味違う。これもスマホのせいなんだろうか。どうせインスタントなSNSとか某鳥とかで散々自慢しているはずなのに、よくもまあここまでできるもんだ関心すらしてしまう。俺はSNSやってないから知らんけど。あと今日はよく視線が刺さる。新学期もボッチな俺を見て笑ってるんだろうか。見世物じゃないんだけどネ。

 

 しかし、ここまではいつも通りのただ憂鬱なだけの新学期であったはずだったのだ。そんなブルーな俺の気持ちを吹き飛ばし、更にブルーに陥れた事件が発生した。

 

 それが起きてしまったのは、部活の朝練が終わる時間。新学期早々から運動に精を出す彼らがグラウンドから帰ってきたときだった。俺はその時、いつも通り読書にいそしんでいた。誰と会話するでもなく文字を追っていた俺は、このまま授業が始まるまで追い続けようと思っていたのだ。だがそれは、突如襲った肩への衝撃で強制的に中断させられた。誰かと思って後ろを振り返れば、そこに居たのはサッカー部の集団。俺の肩を叩いたのは、その中の一人のリーダー格だった。

 

 

「なあ城ヶ崎。お前、ナンパからいろはを助けたんだってな?」

 

 

 一瞬でシーンとなる教室。静寂の中でそれを聞いた瞬間、俺の全身の血液は凍り付いたといっても過言ではない。冷たい俺の心に、興味の視線が鋭く突き刺さる。さっきまでの視線を数段強くしたものを浴びる俺は、ギギギ、と言ってそうな首を回し、応答せざるを得なかった。

 

 

「・・・なぜ、それを?」

 

 

 フリーズする頭でどうにか答えたが、正直俺はパニックになっていた。全然話したことのない人から話しかけられたのも相まって、情緒が天元突破コレハヤバイである。むしろこの状況をドリルで突破できればどれほど良かっただろうか。

 しかしその反応は相手にとっては正しかったらしく、我が意を得たり、といったように会話が続行される。

 

 

「あ、やっぱあれお前だったんだな。ほら見ろよこれ。めっちゃバズってたぜ?」

 

 

 バズってる、という言葉を聞いた瞬間、俺は猛烈に嫌な予感がした。頭に浮かぶのは、集団から掲げられるスマホの群れ。そしてそいつが見せてきたスマホの画面を見た時。俺はすべてを察した。

 

 出された画面には、某有名な鳥のSNSのタイムライン。そこに映っていたのは、例のナンパ現場だった。チャラ男が一色の手を掴もうとした瞬間に下駄が突き刺さり、ぶっ倒れるシーン。その後俺が一色の手を掴んで走るところまでバッチリ映っていた。

 

 

「山田がいろは取られたーとか言ってた理由もこれで分かったんだよ。いやー、すげえよなこれ。」

 

 

 恐らく、あそこに居た誰かがSNSにあげたんだろう。投稿日を見るに、俺が突っ切った人混み。あの中の誰かがやりやがったと考えると、腸が煮えくりかえるようだ。

 そして、同時に合点がいった。祭り会場で向けられていた視線の理由。その一因がこの投稿だったんだろう。SNSの、いわゆる時の人が目の前に居れば見てしまうのも道理だ。全く、余計なことをした人もいたものだ。

 

 しかし、どうしたもんか。正直、俺ではどう頑張っても鎮火は不可能だ。一度ネットに広がってしまったものは回収不可能。デジタルタトゥーとして一生刻まれ続ける。

 

 

『連絡します。』

 

 

 一体どうしたものかと考えていたとき、俺に救いの声がかかった。もはや神の降臨とも言えたかもしれない。

 

 

『一年F組、城ヶ崎景虎君。至急、職員室までお越しください。』

 

「じゃ、じゃあ俺呼ばれてるから!」

 

 

 逃げるように教室を後にし、歩いて職員室へ向かうことにした。走って向かいたい気持ちは山々だが、ここで走ってしまうと余計な問題を生んでしまいかねない。あのまま教室にいれば質問攻め待ったなしだったので、本当にありがたかった。

 

 

***

 

 

「さて、久しぶりだな。城ヶ崎。」

 

 

 職員室へたどり着いた俺は、奥にある仕切られた空間へと案内されていた。微かに残るタバコの香りが鼻につくが、それ以外は至って普通の空間でしかない。まあ座りたまえ、とソファーに座らされた俺は、久しぶりに平塚先生と対面していた。

 

 

「お久しぶりです。奉仕活動以来ですね。」

 

「ああ。陽乃に拉致された後も元気そうで何よりだよ。」

 

「その件は忘れてください・・・」

 

 

 先生はげんなりとする俺にいい笑顔でくすりと笑った後、咳払いをして仕切り直すように真面目な顔で切り出した。 

 

 

「さて、なぜ呼ばれたかは大体分かっているな。」

 

「はい。SNSの件ですよね?」

 

「その通りだ。今朝の職員会議でも上がっていたよ。生徒がいざこざに巻き込まれている、とね。」

 

 

 わお。放送で呼び出された時点で覚悟はしていたが、先生一堂にまで話が伝わっているのか。今まで話題にすら上がらなかった俺からしてみれば、正直なんともいえない気持ちだ。

 

 

「まずは学校を代表して謝罪しよう。対応が遅れてしまって、本当に申し訳ないと思っている。」

 

「いや、あれは俺が勝手にやったことなので全然大丈夫ですから。」

 

 

 実際、俺は気にしてはいない。確かにしばらくは質問攻めに遭ったりするかもしれないが、どうせそのうち興味は尽きるだろう。人の噂も七十五日というやつだ。そこまで耐えれば、俺にとって実害はないに等しい。

 

 

「そうか。だが困ったことがあったらいつでも言いたまえ。その時は私が解決してやろう。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

 随分頼もしい味方ができたものだ。さっきとは違う意味のイイ笑顔でコキリコキリと指を鳴らす姿は、まるで世紀末だ。指先一つでダウンできそうな覇気は、その意思表示だけであってほしいが。そのままぶん殴りでもしようもんならとんでもない騒ぎになってしまう。

 

 

「あとは学校側としての対応も話しておこうか。」

 

「学校側が何か対応を取るんですか?」

 

「ああ。さしあたっては、学校周辺の見回りの強化や休み時間の教師の見回りといったところだろう。あとは警察に届け出を出してSNSからの映像消去くらいか。もっとも、最後のは徒労に終わりそうだがね。」

 

 

 まあ一度ネットに出てしまった映像は回収は不可能だしな。だが、一度大本を消してくれるのは素直にありがたい。それだけでもそれ以降の大本からの拡散は防げるからな。むしろ、先生が動いてくれるだけでも十分にありがたい。

 

 

「随分大げさな対応ですね。」

 

「まあ、学校としてはどうにかして火消しをしたいんだろう。ここの対応の遅さから悪評が広まってしまえば、大事になってしまうからな。」

 

「ああ、成程。」

 

 

 悪評が広まってしまえば、生徒数の減少に繋がってしまう。ここが県内有数の進学校といえど、ブランドイメージのダウンは避けたいといったところだろうか。これもある意味「大人な対応」というべきだろう。

 

 

「先生も色々大変ですね。」

 

「まあな。ほら、私若手だし?こういう仕事が回ってきやすいんだよな~。」

 

 

 必死に若手だから、と繰り返す先生の姿は、どこか哀愁を帯びていた。夏期休暇の間に合コンで失敗でもしたのだろろうか。もしや生徒の間でまことしやかに囁かれている、「平塚先生合コンクラッシャー説」は当たっているのだろうか。初めてそれを盗み聞きしたときはそんなまさか、と思ったが・・・うん。この話はやめておこう。そんなことを考えて思わず可哀想な者を見る目で見てしまうと、先生はううっとうなり声を上げ、ガクッとうなだれてしまった。

 

 

「はぁ・・・。結婚したい。」

 

 

 たっぷり時間を掛けて空気を吐き出し、もはや悲壮感すら漂う背中を見せながらぼそっと漏れている言葉のせいで余計に可哀想になってしまったな・・・。そのせいで、俺の朝の呼び出しは微妙に締まらない感じで終了してしまった。響くチャイムを背に受けながら職員室を後にした俺は、憂鬱な気分を拭えない。先生の辛気くさい雰囲気を引きずってきてしまったみたいだ。

 

 こうして最悪なスタートを切った新学期。だがしかしこれ以上に不幸の連鎖が続くとは、このときの俺は想像だにしていなかった。

 

 

***

 

sideいろは

 

 

「はぁ~。」

 

 

 新学期が始まる日。私は今日ほど学校に行きたくないと思った日はなかった。そう思うきっかけは、城ヶ崎君と一緒に行った祭りの日。あの日ナンパから助けてくれた彼の姿が、SNSで拡散されてしまったことにある。

 

 

(別に恨み言があるって訳じゃないんだけどね・・・)

 

 

 助けてくれたことには感謝しているし、今回の件について彼を責める気は全くない。むしろ、彼だって被害者だ。だが、それとこれとは別問題。私の心中は穏やかじゃないのだ。

 

 はぁ、っと、今日何度目か分からないため息が口から出てしまう。今が部活の朝練中だと言うことは分かってるけど、出てしまうものは止めようがなかった。今日が朝練の担当でなければ、と思っちゃうのは勘弁して欲しい。

 ぼんやりと練習風景を眺めていると、練習時間の残りを示すタイマーが終わりの時間を知らせてくれる。そろそろ朝練が終わる時間が差し迫っていた。

 

 

「そこまでで~す!」

 

 

 首から掛けたホイッスルを吹き、練習試合の終了を知らせる。それを合図に、試合形式の練習に疲れた様子の部員達がこちらへ歩いてくる。私はタオルが入った籠を持ち、それを迎えた。

 

 

「お疲れさまで~す。」

 

 

 普段ならここで、もっと愛嬌のある笑顔を振りまいていただろう。でも、今の私にはそんな心の余裕はなかった。むしろ、夏祭りのことを言われるんじゃないかと考えると会話すらしたくないような気分だった。でも、笑顔は絶やさない。にこぱーっとした笑顔をしておけば、大抵の男はデレて何も言わずにさがってくれることを知っているからだ。その証拠に、目の前の部員達はにやけるばかりで何か言うわけでもない。唯一葉山先輩だけが怪訝そうな目をしていたが、空気を読んで何も言わずにいてくれたようだ。

 

 

(葉山先輩と言えば・・・今日、どんな練習してたっけ?)

 

 

 葉山先輩を意識したせいで浮かんできた疑問は、自分が思っていた以上に余裕がないのだと自覚させられた。いつもなら意識しなくても葉山先輩のことを目で追っているのに、今日はそれすらできなかったのだから。

 

 

(ぐぬぬ・・・城ヶ崎君め・・・!)

 

 

 私がマネージャーをしている理由の10割を占める葉山先輩。そのかっこいい姿を見れなかったことに対する悔しい気持ちは、とりあえず架空の城ヶ崎君にぶつけておこう。私の意識を葉山先輩から切り離すとは、なんという大罪だろうか。少しくらい文句を言ってもバチはあたらないと思う。

 

 こうしてなんとか朝練を乗り切った私。でも、本当にめんどくさいことになるのがこの後だなんて、知るよしもなかったのです。




 いろはすがいいクソ女であることは確固たる事実だけど、それがどのくらいクソであるかは検討の余地があると思うんですよ。


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これだからリア充どもとは相容れない

 アニメ三期が終わりにさしかかってるのが悲しい・・・


 リア充とは恐ろしい存在だ。これは誰がなんと言おうが、疑いようのない事実である。

 

 俺がそう断じる理由の一つに、彼らの行動原理を挙げられる。思うに、彼らの行動指針はノリと勢いで決定する。つまり、その時の流行り廃りに流されやすいのだ。例を挙げよう。彼らはタピオカが流行れば我先にと店の前に長蛇の列を作るし、ぴえんという鳴き声が流行れば会話にそれをねじ込みたがる。

 無論これを悪いと批判しているわけではない。それで経済が回っているのは確かだし、そこから生まれるものだってあるだろう。インターネットの造語もそうやって増えていく。良くも悪くも、リア充を中心に世界が動いているという側面は否定できない。

 だが忘れないで欲しいのは、「それによって被害を受けた方はたまったものじゃない」ということだ。流行ったタピオカはゴミの問題が発生したし、それを掃除するのはそこに住む人や心優しき無関係の人だけである。このように、必ず被害者は発生してしまうのだ。

 

 

「そう思わないか?一色。」

 

「超同感です。」

 

 

 普段の数倍濁った目で長々と自分の思想を語る俺は、一色と共に現在校内にある部屋へ招集されていた。扉に「会議室」と書かれたプレートが貼ってあるここに、なぜ俺と一色がここへ呼び出されているのか。その理由は、今朝のリア充どもの行動にある。

 

 

 今朝俺は、例の件で平塚先生からの呼び出しを食らっていた。どうやらそれと同時に、一色も保健室への呼び出しがかかっていたらしい。呼び出された内容は俺と同じだったそうだ。なぜ俺が放送で呼び出されて一色は内密に呼び出されたのか扱いの差に抗議したいところだが、そこは一旦置いておこう。

 

 ともかく、俺も一色も先生からの呼び出しに応じていたため、教室に居なかったのだ。

 

 ところで、総武高校はこの時期に文化祭をやる。当然それに伴って文化祭の実行委員が発足されるわけだが、当たり前のことながら誰もやりたがらない。クラスの出し物もあるのに、その上余計な仕事まで抱え込みたがる人はそうそういないからだ。普段なら、ここでリア充どもがノリと勢いで立候補したり、集団から誰かが祭り上げられたりするだろう。今朝行われていた実行委員の選抜も、例年ならそうなるはずだったのだ。

 

 だが、今回はそうはいかなかった。

 

 クラスに今話題の人が二人もおり、しかもその二人が不在の状況。この格好の餌となる状況に、リア充どもの悪ノリが発動しない訳がなかったのだ。

 結果、俺と一色が不在の間に実行委員として動くことが既に決定されていた、という訳である。

 

 

「改めて考えなくても酷い話だよな、これ。どっか訴えれば勝てるんじゃねぇの?」

 

「生徒会にでも訴えてみます?多分相手にもされませんけど。」

 

 

 これを聞いた一色の機嫌も悪く、心なしか俺の発言への当たりが強いように思える。目にも光が灯っていないように見えるのは気のせいだと信じたい。まあ、この状況を作った理由の半分くらいは俺のせいだし是非もないよネ・・・。

 

 しかし、いつまでも扉の前で文句を言っていても仕方がない。諦めて中に入ると、大体予想通りの光景が広がっていた。いかにも「押しつけられました」といった顔で座っている人や、友人を見つけて談笑している人、やる気に満ちあふれている人といった感じだ。だが、俺は一人だけ予想外の人が座っているのを見つけてしまった。

 

 

「比企谷先輩!?なんでここに・・・?」

 

「その言い方酷くない?ていうかそれそっくりそのまま返すからな?」

 

 

 ボッチで友人なしの比企谷先輩が奉仕部関係なくここにいる・・・だと・・・?(ほぼブーメラン)

 予想外の人がいたことに面食らってしまったが、知ってる人がいたことは正直心強かった。確認を取って隣に座ると、ちょいちょいと袖を引かれる。

 

 

「誰です?この先輩。もしかして兄弟とか?」

 

「いや、全然違う。俺のほぼ唯一の知り合いの比企谷先輩だ。」

 

 

 小声で話す一色は驚き半分、疑惑半分といったところか。・・・というか比企谷先輩といると毎回聞かれる気がするが、そんなに似てるだろうか。すくなくとも目の腐り方はあちらが上だと思っているが、端から見たら違うんだろうか。俺はまだ濁ってるくらいで済んでると思うんだけど・・・

 

 

「で、先輩はなんでここに?少なくとも立候補じゃなさそうですけど。奉仕部関連ですか?」

 

「半分正解だ。俺は係決めの時寝てたら平塚先生に押しつけられただけだ。・・・奉仕部は関係ねぇよ。」

 

 

 遠くに雪ノ下先輩が座ってたせいでそう思ったが、どうやら部活は関係ないらしい。ちょっと苦々しい顔をしたのは気になるところだが、何かあったのだろうか。だが、それを聞けるような間柄でもないのでとりあえずスルー安定だな。

 それにしてもどうしようもない理由だったのはさすが先輩と言ったところか。常に予想の斜め下を地で行く男は伊達じゃない。

 

 

「思ってた二倍くらいしょうもない理由ですねそれ。」

 

「だろ?俺も予想外だった。ちなみにお前は?」

 

「朝不在の時にリア充の悪乗りで押しつけられました。こっちの一色も。」

 

「災難すぎないか?それ。俺のが可愛く見えてくるレベルなんですけど・・・」

 

 

 どこか自慢げな先輩の様子の先輩は、俺達の理由を聞いてドン引きしていた。ちなみに先輩は自慢げな様子を一色にドン引きされてた。俺の両サイドドン引きで固められてるんですけど・・・これ俺も何かにドン引きしたほうが良かったりするんだろうか。三人揃って3引きの子豚ってところだろうか。この発想が既にドン引きレベルでしたねこれは・・・狼に食われた方がいいんじゃね?(辛辣)

 

 

「は~い!それじゃあ人も集まったので、そろそろはじめま~す!!」

 

 

 俺がしょうもないことを考えていると、どうやら会議が始まるようだ。仕切っているのは、現生徒会長の城廻先輩。全身から溢れ出る癒やしの波動が、この会議室の空気を柔らかいものへと変えていた。あの人に会えただけで今回この仕事を押しつけられたこともどうでもよくなった気がしてきたのはあの人の人徳がなせる技だろうか。隣の比企谷先輩もまんざらでもないらしく、ちょっとそわそわし始めている。不審者度合いが高まってうっかり通報しそうなレベルである。

 

 それはともかくとして、会議はつつがなく進行していった。途中、雪ノ下先輩が城廻先輩にさりげなく実行委員長を打診されていたのをすげなく断っていたのは驚きだったが。まあ姉の雪ノ下さんの名前を出されたらやりたくないのも当然かもしれない。

 

 しかし、雲行きが怪しくなったのはここからだった。

 

 雪ノ下先輩が蹴った実行委員長のポストに座った人―――相模先輩が、どうもに怪しい人だったのだ。怪しいと言っても、素性とか素行といったところではない。単純に、力不足なんじゃないか・・・そう思わせてしまう人だったのだ。

 よく知りもしない人を悪く言うのはあまり褒められたことではないかもしれないが、今回ばかりは許して欲しい。なにせ、本当に怪しかったのだから。ちなみに最初に怪しいと思ったのは立候補したとき。どこかへらへらとした様子で立候補した彼女は、若干たどたどしい様子で成長がどうのと言っていたが、正直信用ならなかった。

 

 

(大丈夫なんですかねあの人。私早くもここに居ること後悔してるんですけど。)

 

(俺も同感。これ今年ちゃんと実行できるのかな・・・)

 

 

 隣の一色も同意見らしい。ちらりと反対隣の比企谷先輩を見てみれば、明らかに「うわぁ」って目をしてたので多分同意見だろう。早くも暗雲が立ちこめ始めたこの会議は、ここから更に雲を増していく。進行役を相模先輩にバトンタッチした会議は、明らかにスローペースになってしまっていた。それでもなんとか各担当部署の割り振りを決めるところまではこぎ着けた。

 

 

「あら。あなたたちもここの担当なの?」

 

「まあな。雑務なら任せておけ。」

 

 

 俺が選んだのは記録雑務。ちなみに一色も比企谷先輩も同じ所に収まっている。雪ノ下先輩はともかく、それ以外は絶対仕事少なそうだから選んだと思う(偏見)。だって俺もそうだからね!

 軽い自己紹介をして、部署事の部長を決めるじゃんけんへ。しかし、仕事の少なさを理由にここに居る人たちが部長などやりたがる訳もなく。負けた人がやるというわかりやすい様式で部長を決めた結果・・・

 

 

「えー・・・。記録雑務の部長を務めることになりました、一年F組の城ヶ崎景虎です。至らない点もあると思いますが、ご指導よろしくお願いいたします。」

 

 

 一年生の俺が部長を務めるという異常事態に。他部署は二年生か三年生が多いせいで、滅茶苦茶浮いているが割り切って受け入れよう。今更あがいたってこの仕事を誰かに押しつけられるわけじゃないし。まあ仕事も少ないだろうし、俺でも務まるだろう。比企谷先輩と一色の哀れむような目線は多分一生忘れないがな。

 

 

「じゃあ今日の所は解散で・・・。お疲れさまでした。」

 

 

 妙に元気のない相模委員長の号令で解散となった、一番初めの会議。「一年の計は元旦にあり」という言葉は「何事も最初が大事」、という意味だが・・・さて、この文化祭実行委員はどうだろうか。

 胸に若干の不安を残しながらも、俺は会議室を後にするのだった。

 

 ちなみに雪ノ下先輩が副実行委員長に就任したことを知るのは、次の会議があった日だったことは付け加えておこう。




 いろはすの本領発揮はもっと後だと思ってるのでしばらく影薄めです。ここから少しずつ本編との乖離が始まりますのでお楽しみに。


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やはり仕事はクソである。

 前にも言ったとおり、言及しない部分ではほぼ原作通りの流れで話が進んでいます。よって、ここからは原作の流れと平行して城ヶ崎景虎の物語が流れてると思ってくれると相違ないと思います。


「じゃあ部長さん。これ、新しくよろしく。」

 

「了解です。」

 

 

 新たに受け取った資料やらを小脇に抱え、廊下を小走りで駆ける。そのまま職員室、校長室、教室・・・と、様々な関係各署へと走る。扉を開ける度に資料は減り、新たな仕事だけが舞い込んできた。

 

 

「この世の地獄か?」

 

 

 俺がそう零してしまうくらいには、記録雑務の部長という仕事は過酷だった。仕事が少なそうと思っていた過去の自分を今すぐぶん殴りたいレベルだ。

 雑務、と名を冠しているだけあり、その仕事内容が多岐にわたっている。各部署へ足を運ぶという点から連絡を任されたり、ついでとばかりに仕事を回されたりと、一番損な役回りをしている気がする。

 

 そんなこんなで、みんなが仕事をしている会議室へ戻る頃にはへとへとなのだ。しかもそこから更に書類仕事をこなさねばならない。加えてクラスの出し物への参加もしなければならないので、正直しんどいを超えている。世の中の社畜の方々もこんな思いをしていると思うと頭が下がる思いだ。

 

 

「お疲れさまで~す。・・・ちゃんと生きてます?」

 

「なんとかギリギリ。死んだらゾンビになって仕事するしかねぇなこれ。」

 

「死んでも仕事するって社畜根性染みついてますね・・・。あ、これどうぞ。なんか置いてあったんでもらって来ちゃいました。」

 

 

 差し出されたのはあめ玉。多分、机の上に置いてあるお菓子の山から拝借してきたんだろう。誰かが持ってきた差し入れだろうか。飴は、口に入れた瞬間ソーダの爽快な味が突き抜けて中々美味だ。心なしか疲れも取れた気がする。だが、疲れを意識してしまったせいで手が動かない。一旦休憩してから仕事をするとしようか。

 

 

「こんなにやるなんて、もしかして働くの好きだったりします?」

 

「なわけないだろ。むしろ嫌いなまであるし。」

 

「えぇ・・・。じゃあなんでこんなにやるんです?ある程度適当でも、なんとかなると思うんですけど。」

 

「なんでって言われてもな・・・まあ、そうでもしなきゃ終わりそうもないしな。」

 

「それ理由になってます?まあ、今回はそうですけど・・・。」

 

 

 なんか引っかかる言い方をする一色を横目に一服し、お茶を啜りながら見渡す教室には仕事をする人々が。各々仕事をしており、談笑が生まれる様は見ていて余裕がありそうに見える。そう見ると一見順調そうに見えるが、既に所々で綻びが生じている。そのしわ寄せは、主に俺や雪ノ下先輩に来ている。

 

 俺や雪ノ下先輩は上に立つという立場上、普通やらなくていい仕事も引き受けざるを得ず、ねずみ算式に仕事が増えていく。おまけにこれを他の人に回すわけにも行かず、だいたい一人でこなしているのだ。見かねた比企谷先輩や一色も手伝ってはくれているが、残念なことに焼け石に水だ。そもそも手伝うとする人間はごく少数なのだから。

 

 

「根本的にやるべき人が仕事をしなけりゃ機能しないだろ。」

 

 

 比企谷先輩の一言に、この現状のすべてが詰まっている。

 仕方がない、といえばそうなのかもしれない。やろうと思って委員会に入った人はほとんどおらず、やりたくもない仕事を押しつけられているんだから。結論、根本的な解決方法がなければどうしようもないのだ。

 

 

「人間楽な方に逃げたがるもんだ。仕事を押しつけられるなら押しつけるだろ。まして、相手は下級生だ。立場の弱い相手に強く出るのはあいつらの得意技だろ。」

 

 

 はぁ、とため息が出てしまう。・・・正直、このままでもしばらくは回るだろう。だが、先は長くないのは目に見えている。

 たった少数の歯車に負荷をかけ続ければ、いずれその部品は摩耗して崩壊する。後に残った脆弱な部品でこれを回せるかと聞かれれば、答えは否である。そして、その機械の崩壊はほぼ目前だ。

 

 

「それに、司令塔が片方機能してないのも問題ですからね・・・」

 

 

 一色の言うように、それも理由として大きい。本来一番忙しくしていなければならない相模委員長が、ほぼ不在なのだ。これによって、「上がやってないんだし、まあいっか」という精神が生まれてしまう。

 

 

(どうしょうもねぇよな・・・これ。)

 

 

 今年の文化祭は厳しいかもしれない。そう思うには十分な状況が、既に作られていた。

 

 

***

 

 

 それから数日。俺はいつものように仕事をするため会議室に足を運んでいた。ちなみに一色は教室でクラスの出し物の方をやっている。なんでも、俺のクラスは喫茶店をやるんだとか。その衣装選考だとかでそっちに顔を出しているのだ。ちなみに俺は呼ばれてない。残当である。

 仕事したくねぇな~滅びないかな~とか思いながら扉を開ければ、珍しい人が。

 

 

「おや、城ヶ崎君じゃ~ん。久しぶり~。」

 

「げっ。・・・お久しぶりです。雪ノ下さん。」

 

「げっ、とは酷いなぁ。君と私の仲じゃないか~」

 

 

 そこに居たのは、雪ノ下先輩や城廻先輩、ついでに比企谷先輩に絡んでいる雪ノ下さんだった。ちなみに葉山先輩もいた。なんでも、雪ノ下先輩も葉山先輩も有志団体の申し込みに来たんだとか。雪ノ下先輩の方は在学中にバンドやって盛り上げたらしいが、マジでこの人何でもできるんだな。逆にできないことを探した方が早いんじゃないだろうか。

 

 

「ねぇ雪乃ちゃん、いいでしょ?」

 

「・・・好きにすればいいじゃない。それに、決定権は私にはないわ。」

 

「あら、そうなの?てっきり委員長やってると思ったのに。じゃあ誰が・・・まさか、比企谷君とか?大穴で城ヶ崎君がやってたり?」

 

 

 無言で否定する俺と比企谷先輩。雪ノ下さんも本気で言ったわけでもないらしく、まあ知ってたけど、と流された。

 

 

「じゃあ誰がやってるんだろ?」

 

 

 そう言ったとき、ガララっと扉が開かれた。

 

 

「すいませ~ん。クラスの方に顔出してたら遅れちゃって~。」

 

 

 そう。置物司令塔こと相模委員の登場である。終了時刻ギリギリに来たりする彼女にしては、今日は随分早めのご出勤である。重役出勤でももうちょい早く来るんじゃないだろうか。

 相模委員長は小走り気味に自分の定位置――ホワイトボードの前の机まで来たが、俺らがいることにようやく気づいたらしい。どういう状況か飲み込めない様子の彼女は、既に雪ノ下さんにロックオンされていたらしい。

 

 

「あ、はるさん。この子が委員長だよ。」

 

「へぇ。この子が。」

 

 

 城廻先輩の言葉で蛇のような視線が飛び、空気は一瞬で凍り付く。

 

 

「実行委員長が遅刻。それもクラスに顔を出していて、ねぇ・・・。」

 

 

 品定めするような恐ろしい視線は、そのまま相模委員長を絞め殺す・・・かと思いきや、そんなことはなく。

 

 

「やっぱり委員長はそうでなくちゃね!クラスも委員会も楽しんでこそ、委員長の素質があるってものよ!えぇっと・・・委員長ちゃん。」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 一転して笑顔になった雪ノ下さんに気を許したか、一気に緊張をほどいている様子だ。

 

 

「で、委員長ちゃん。私もOGとして有志団体で参加したいんだけど・・・いいかな?」

 

「大歓迎ですよ!むしろありがたいです~!」

 

「本当~?いや~よかったよ。雪乃ちゃんには渋られちゃってさ~。」

 

 

 よよよと泣き真似をする雪ノ下さん。茶番だろうか。

 そしてここからは雪ノ下さんの独壇場だった。言葉巧みに委員長を誘導し、他のOG達の参加を了承させたまではいい。だが、彼女の恐ろしさはここでは終わらない。

 

 

「ちょっと相模さん」

 

 

 慌てて止めに入ろうとする雪ノ下先輩に対し、相模委員長が発したのだ。

 

 

「イイじゃん別に。それに、お姉さんとなにがあったのか知らないけど、それとこれとは別じゃない?」

 

 

 そこまで聞いた俺は、後ろを向いて定位置に戻った。後ろから聞こえた葉山先輩の、「やっぱりこうなるか・・・」という言葉に、俺は少しだけ同意した。全く、最悪な気分である。

 自分の定位置に戻った俺は、無言でキーボードを叩く。焦るつもりはないが、できるだけ急がなければならない。恐らく、このままでは文化祭が失敗に終わる。俺がそう思ったからだ。

 

 雪ノ下陽乃の行動には、なにかしらの意味や理由があるんだろう。だが、俺にそれを理解できるとは思わない。俺は彼女のことをほとんど知らないし、知ることもないだろうからだ。

 だが、これだけは分かる。彼女は、この文化祭を失敗ないしそれに近い形で行わせるつもりだ。

 

 なら、俺にできることは一つだ。

 

 

(無事に実行させるために、俺が犠牲になる。)

 

 

 乗りかかった船を沈ませるわけには行かない。中途半端になってしまえば・・・俺は、自分を見失ってしまうだろうから。

 その脅迫感だけが、俺の指を動かし続けていた。




次回予告
 雪ノ下陽乃のせいでずれた文化祭を成功させるため、身を削る城ヶ崎。そんな彼を心配した一色は、一歩踏み込むことにした。

「・・・なんでそんなに頑張っちゃうんですか?」

 城ヶ崎「中途半端ではいけない」、「やるからには最後まで」の強迫観念はどこから来るのか。その一端を、一色に話すことができるのか。

次回、「欠けた心の濁流」


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欠けた心の濁流

sideいろは

 

 

 最近、城ヶ崎君の様子が可笑しくなった。・・・まあ、前から若干変な部分はあったけど。それを抜きにしても異常だ。

 まず、仕事の量が激増した。前もあっちこっちを駆け回って仕事を貰ってきていたが、今はそれを越える勢いで仕事を請け負っている。おかげで彼の机には常に書類が積まれており、その高さも数日間ほとんど変わっていない。多分、仕事をやった後にそれと同じくらいの仕事が与えられてるんだと思う。

 

 

「一色。すまんがこれ、雪ノ下先輩に回してくれ。」

 

「え、あ、うん。」

 

 

 数枚の書類を差し出す彼の目線は、パソコンの画面から動いていない。片手であってもキーボードや電卓を叩く彼の目には色濃く隈が浮き出ているし、心なしか目の濁り方が酷くなっている。だが、そのせわしなく動く指だけはずっと変わっていない。

 

 

「・・・ねぇ、そろそろ休憩入れたらどうです?今日ずっと作業してるじゃないですか。」

 

「ん、ああ。これ仕上げてこっちの書類を別部署に届けてからな。」

 

 

 私の提案も一応聞いてはくれるが、返事はどこか上の空といった様子。これでは本当に休憩しているのかすらも定かではなかった。

 そんな彼を気に掛けながらも、とりあえず言われたように雪ノ下先輩へと書類を届けることにした。ホワイトボードの前で仕事をする彼女もまた、同じくらいの仕事を抱えていた。

 

 

「あの、雪ノ下先輩。」

 

「ええと、一色さん、だったかしら。何か用?」

 

「これ、記録雑務からです。」

 

「ありがとう。」

 

 

 事務的なやりとりで書類を渡すと、彼女もすぐ仕事に戻ってしまった。ていうかこの人話したことないのに私の名前覚えてたの何気にびっくりなんですけど。もしかして全員の名前覚えてたりするんだろうか。

 

 そんなことを思いながら自分の席に戻ろうとしたとき、城ヶ崎君が立ち上がるのが見えた。さっき言ってた書類を届けるんだろうか。

 

 

(・・・あれ、なんか様子が。)

 

 

 だが、立ち上がった彼の足取りが不安定だった。前に向かって歩いてはいるが、肩がふらふらと揺れて危なっかしい。足取りもどこかおぼつかなく、今にも倒れてしまいそうだった。

 

 

「・・・雪ノ下先輩。私ちょっと出てきます!」

 

「え、ええ。」

 

 

 その様子に嫌な予感がした私は、思わず会議室から飛び出していた。だがその時には、既に手遅れだったのだ。

 

 

 ガシャン!!

 

「キャー!!」

 

 

 何かがぶつかる大きな音と、女子生徒の悲鳴。響き渡った音は、異常事態の発生を嫌にでも感じさせた。

 そして音の発生源の階段へと走った私が見たのは・・・

 

 

「じ、城ヶ崎君!!」

 

 

 踊り場に仮置きされていたパイプ椅子や机の近くで倒れる、城ヶ崎君の姿だった。

 

 

***

 

 減らしても減らしても減らない紙って、なーんだ。答えは仕事です。

 そんな夢も希望もない具合で仕事を永遠と抱え続けていた俺。減り続ける人員とそれに反比例して増える仕事量は尋常でなく、ここ数日は最低限の睡眠と最大限のやる気で仕事をやり続けていたおかげでなんとか全体の仕事量をカバーできていた。だが、どうやらそれも限界だったらしい。自分が階段の中腹あたりで意識が遠のいて転げ落ちたことはよく覚えている。

 

 

「いって・・・」

 

 

 これが証拠だと言わんばかりに鈍く痛む頭は、視界に見覚えのあるカーテンのような仕切りを映す。どうやら俺は、保健室にいるらしい。

 カーテンをゆっくりと開けて時計を見れば、驚愕の光景が。

 

 

「7時40分・・・もう仕事終わった後じゃねぇか。」

 

 

 会議室を出るときに時計を確認していないから、俺がどれほど眠りこけていたのかは分からない。だが、俺がしなかったせいで遅れが生じてることは確かだ。急いで事情を説明して書類を纏めて持ち帰らなければいけない。

 急いで立ち上がろうと肘をつくが、思ったように身体が動かない。どうやら結構な勢いで頭をぶつけたせいで、まだ脳震盪の影響が残ってるらしい。

 

 

「あっ・・・!目、覚ましたんですね!」

 

 

 カーテンが動いたのを見たのか、一色がひょいと顔を覗かせてきた。ホッとした様子の彼女の手には氷嚢と濡れたタオルが握られており、彼女が看病をしてくれたのは間違いなさそうだ。当たりを見回しても先生がいないところからも、それが覗える。

 

 

「悪い。迷惑掛けた。」

 

「ホントですよ。様子がおかしいと思って追いかけたら、階段から落っこちてるんですから。もう超心配しました。」

 

「いや、まじですまん。」

 

 

 階段からの転落をクラスメイトに見られるというみっともない姿を見られた俺は、ただただ平謝りするしかない。というか追っかけてきてくれたのね。一色の優しさに思わず涙が出そうだ。

 だが、今はとりあえず状況を把握しなければならない。

 

 

「すまんついでに一つ聞きたいんだが・・・今、どんな状況だ?」

 

「起きて最初に聞くことがそれですか・・・。まあいいですけど。とりあえず、今日の所は作業が中止になりました。人が一人倒れてますからね。それで、城ヶ崎君が抱えてた仕事は一旦保留になってます。」

 

「そうか・・・。」

 

 

 聞いた状況は、予想より酷かった。なにより、今日の作業が中止になったのが痛すぎる。人員が少ないとは言え、それでも全体の仕事は減りはする。なのにそれすらできなかったとは・・・。自分のリスク管理の下手さには嫌になるばかりだ。

 

 

「ならこうしてられないか。悪い、俺そろそろ・・・」

 

「は、馬鹿なんですか?病み上がりどころか現在進行形で病人なんですからおとなしくしといてください。っていうかなんならもう一回寝てください!」

 

 

 ドンと肩を押され、再びマットレスへ吸い込まれる俺。起き上がろうとしてもタオルをびゅんびゅん回して威嚇してくるので起き上がれない。仕方なく諦めて寝転がることにした俺は、暇ので天井の染みを数えることにした。・・・というか、今の俺暇なんだな。俺はようやく、なにもすることがないことに気づいた。最近ずっと仕事ばかりだった俺は、「暇」というのが久々に感じられた。そして、こんなに静かな時間も。やだ・・・これが仕事するってことなのかしら・・・!

 

 そして、俺も一色も何を話すでもなくじっとしており、目立った音がしない空間。

 やがて時が過ぎ、時計の長針が30度ほど動いたとき。一色が意を決したように声を発したのだ。

 

 

「・・・なんでそんなに頑張っちゃうんですか?」

 

 

 予想外の質問に、俺は面食らってしまう。だが、固まった口をなんとか動かした。

 

 

「・・・やんなきゃ間に合わないしな。俺が無理して回せるならそうするさ。」

 

 

 つい先日も同じようなことを言った気がする。・・・どうにも歯切れが悪い。その理由は明白。俺が迷ってしまったからだ。俺がここまで意固地になって無理をする理由には、俺の一番知られて欲しくない部分が大きく関係している。これを話すべきか否か。それを迷ってしまったのだ。

 

 

「それ、本当の理由じゃないですよね?」

 

 

 だが、一色はなおも踏み込んできた。真っ直ぐに俺の目を見つめ、その眼力で心を見透かすようにして言葉を続ける。俺は視線を動かすことも忘れ、それを聞く。ごまかしの効かない雰囲気のせいで、気分は裁判所の被告人だ。

 

 

「だいたい、悪いのは仕事しない人じゃないですか。それを肩代わりするにしても限度があります。それに、こんなになるまで無理する理由がありません。」

 

「・・・それは、まぁ。」

 

 

 ・・・これは痛いところを突かれた。確かに、普通はそうだ。言い方は悪いが、たかが高校の文化祭。どんなに仕事をする人が減ったとしても、きっとそれなりのものには仕上がるはずだ。それを知っているからこそサボりは加速するし、相模委員長が「仕事のペースを落とす」なんて発言ができる。そして、俺一人が頑張ったところで文化祭のクオリティが劇的に上がることがないことも。影響が全くないとは言い切れないが、精々運営上の問題が一つ二つ消えるくらいじゃないだろうか。

 だがらこそ、一色は疑問に思ったんだろう。

 

 

「だから、何か理由があると思うんです。こんなに頑張っちゃう理由が。」

 

「そりゃ、まあ。」

 

 

 無理矢理に顔を逸らし、視線から逃げる。

 

 一色の推理は至極まっとうで、俺に反論の余地はない。本当に胸中を見透かしてるんじゃないかと思えてしまうほどに俺の弱点を突き当ててしまっている。「もう観念して白状してしまおうか」。そんな風に思ってしまえる程だ。

 だが俺は、その一歩を踏み出す決断をできないでいた。二年前から進んでいない俺の心は、こんなところでも足を引っ張っている。話してしまったら、怖がられるんじゃないか。こうやって話すこともなくなってしまうのではないか。その恐怖が、俺の口を凍らせる。

 だが、そんな俺を見た一色はクスリと一笑いをした。 

 

 

「・・・別に、無理に言わなくてもいいんです。無理して聞くような内容じゃ無さそうですし。」

 

 

 いやにあっさりと引き下がる。さっきまでの急所を突いてくる姿勢とはえらい違いだ。その違いに驚く俺を見て、さらに一笑。

 

 

「でも、一つだけ教えてください。頑張っちゃう理由、あるんですよね?」

 

 

 ずいっと顔を近づけ、放たれた問い。核心を突くようで、微妙にはぐらかしたようなそれ。意図的に逸らされた問答は、俺がどんなことを言っても優しさの膜でそれを包み隠してしまうだろう。そうやって気を遣われたことに気恥ずかしい感じがした俺は、剃らしていた顔を一色へと向けた。正面からじっと目を見つめ、自分の言葉で答える。

 

 

「ああ、ある。・・・でも多分、今の俺はそれを上手く言えないと思う。」

 

 

 自慢じゃないが、俺の対人経験は一般人を大きく下回る。弱さを見せぬように過ごしてきた日々は、俺から「伝える」という行為を薄れさせてしまっている。

 だからせめて、俺の気持ちが少しでも伝わるように。

 

 

「でも、もし。もし時間をくれるんだったら・・・ちゃんと伝えたいと思ってる。」

 

 

 例え気持ち悪くても、思いだけは伝わるように。俺は言葉を紡いだ。慣れない言葉を言ったせいで、顔が急速に熱を持つのが分かる。恥ずかしさが天元突破し、心臓が痛いくらいに動きまくった。

 だが、俺の思いは伝わってくれたらしい。

 

 

「なんですかそれ。もしかして告白ですか?この雰囲気ならいけるかなーなんて思ったんだったらその考えを正してきてから出直してきてくださいごめんなさい。」

 

 

 一瞬あっけにとられた後、ふふっと笑う一色。俺を弄るその顔は実に楽しそうで、まるで小悪魔であった。でびでびいろはすである。

 

 

「告白じゃねぇっつの。というかなんで告る気もないのにフラれにゃならんのだ・・・。」

 

「む、告る気がないとは聞き捨てなりませんね。だいたい前から思ってったんですけど城ヶ崎君は私に対する態度がおかしいんですよ!」

 

「なんだそれ・・・。でも女子に可愛いって言ったり特別扱いしたりしたらセクハラになるんだろ?なら俺は絶対にやらないね。」

 

「そういうのは好感度把握してない人がやるからそうなるんですよ。・・・・・・はっ、もしかしてそれは私を特別扱いしたいっていう感じのやつですか!?もしそうならもっと普段からそういった態度を取って好感度をもっと上げてから手順を踏んでからにしてくださいごめんなさい。」

 

「あーはいはい。絶対言わないから安心してくれ。」

 

 

 この部屋にある弛緩した空気は、夏のキャンプで感じた「あの部活」と似たようなものを感じた。ならば、俺は・・・

 

 浮かんだ淡い思考を断ち切り、横を見遣る。ベットのそばに腰掛ける彼女が、心なしかさっきよりも近く感じったのは――多分気のせいだ。きっと、窓から差す夕日が見せた幻覚に違いない。だが夕日が運んできた熱は心地よく、いつまででも触れていたいと思う程心地よい。願わくは、こんな空気をいつまでも・・・。このときほど、そう願ったことはなかったかもしれない。




 「行動に理由がある」。これを知れただけでも、彼らにとっては大きな前進なのだ。何も知らない状態から、一歩でも先に進めたのだから。
 では、もう一方の彼――比企谷八幡はどうだろうか。
 倒れた雪ノ下の見舞いに行った彼は、もう一歩踏み出せるのだろうか。「私たちを頼って欲しい」という由比ヶ浜の願いは、彼の心にどう映るのか。

次回、「歪んだ鏡は、違った心を映せるか」。


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歪んだ鏡は、違った心を映せるか

 今回の前半は原作6巻の受け売りですのでご了承ください。


 雪ノ下が倒れた。

 

 その報告を平塚先生から受けた俺と由比ヶ浜は、仕事を押しつけて雪ノ下の自宅まで来ていた。快く仕事を引き受けてくれた城ヶ崎には感謝しかない。サンキュー城ヶ崎。今度マッ缶でも奢ってやろう。ついでに葉山も。癪だが。

 

 そして慌ただしくやってきた高級マンション。雪ノ下が住むそこでインターホンを鳴らし、中に招き入れられた俺達は部屋に通され、ソファーに座らされていた。3LDKのリビングは非常に簡素で、まるで来客を想定していないようだった。それは、彼女が一人だったのだという事実を如実に表しているようで。どこか物寂しげな雰囲気があった。

 

 

「それで、話って何かしら。」

 

 

 壁にもたれている雪ノ下が切り出す。

 

 

「えっと・・・ゆきのんが今日休んだって言うから、大丈夫かなって。」

 

「ええ。体調は大分よくなったわ。一日休んだくらいで大げさよ。」

 

「でもまだ顔色悪いよ。疲れてるんじゃないの?」

 

 

 すっと顔を伏せる雪ノ下。だが、顔色が悪いのはもう見えてしまっている。それに、リビングにある机に置かれた資料とパソコン。彼女は、昨晩も仕事をこなしていたのだろう。それを見て得もしれぬ感情が湧いた俺は、黙って聞き役に徹する。

 

 

「多少の疲れはあったけど、大丈夫よ。問題ないわ。」

 

「・・・それが問題なんじゃないの?」

 

 

 こう言うときの由比ヶ浜は恐ろしい。的確に弱点を突いてくる。本当に順調なら雪ノ下が体調を崩すことなどないのだから。既にこうして実害として表面化してしまっている以上、問題は問題として発生してしまっているのだ。

 

 

「ゆきのんが一人で背負い込むことないじゃん。他の人だっていたわけだし。」

 

「わかってるわ。だから仕事だってきちんと割り振ったし、人一倍やってくれた人だっていたわ。」

 

 

 その頑張った筆頭は倒れたがな、とは言えず、由比ヶ浜の追及は続く。

 

 

「ちゃんとできてないのに?」

 

「・・・それは。」

 

 

 怒り任せに怒るのでなく、落ち着いて詰める由比ヶ浜の声には妙に切迫感がある。その切迫感に押された雪ノ下は初めて言葉を詰まらせ、黙ってしまった。

 

 

「私、ちょっと怒ってるからね。ゆきのんにも、ヒッキーにも。ヒッキー、何かあったら助けるって約束したのに。」

 

 

 思い当たる節しかない俺は、自然と肩が下がる。俺が役立たずだったのは事実なので、反論の余地もない。いや本当すみません。

 

 

「・・・彼は記録雑務としての仕事はやってくれてたわ。だから、それで充分よ。」

 

「でも、」

 

「大丈夫。家でもやっていたし、一部のメンバーのおかげもあって実質的な遅れはないの。だから、由比ヶ浜が心配するようなことはないわ。」

 

「でも一部、なんでしょ。そんなのっておかしいよ。」

 

「そう・・・かしら。」

 

 

 先程から顔を伏せっぱなしの雪ノ下。だがいつの間にか、フローリングに吸い込まれたはずの視線は、こちらへと向いていたようだ。

 

 

「・・・・・・どう思う?」

 

 

 その問いが俺に向けられたものだと気づくのには、少し時間がかかってしまった。上げられた顔も、薄暗い照明の下ではその表情を読み取ることもできない。もやつく思考を切り替え、問われた問題に向き合った。

 

 

「そうだな・・・」

 

 

 俺は、少しの間考えた。

 

 「お前のやり方は間違っている」。そう言ってやるのが正しい。

 俺が正しいやり方を実行できるわけではない。

 

 葉山のように、世間的な正しさを説くこともできない。そんなことを言えるほど正しく生きてきたつもりはない。

 

 そして――由比ヶ浜のように、優しいわけじゃない。俺はそんなものを持ち合わせていない。

 

 俺が持っているのは、現状から得られるヒント、そして俺自身の信念だけだ。

 その二つで、雪ノ下の問いに答えるしかない。

 

 

「誰かに頼ったり、助け合ったりするってのは、一般的には正しい。至極まっとうな意見だ。」

 

「そう・・・」

 

 

 興味がなさそうな返答。ただ組まれていた腕が離れ、だらんと力なく下がってしまった。

 

 

「だが、あくまでそれは理想でしかないだろ。」

 

 

 俺は大きく息を吸い、続きを話す。

 

 

「理想は理想だ。現実は違う。誰かが必ず損をするし、嫌なことを押しつける奴と押しつけられる奴がいる。世界はそういうもんだからな。現に今回だってそうだろ。お前が貧乏くじを引いてる。・・・だが、誰かを頼れとか協力しろとか言うつもりもない。というか言う権利もない。」

 

 

 そう。今回に限らずだ。千葉村の時だって、嫌な役を引き受けた葉山達がいたからこそ無事に終わった。

 だが。

 

 

「でも、お前のやり方は間違ってる。」

 

 

 俺はきっぱりと言い切った。

 

 

「・・・じゃあ、貴方は正しいやり方を知ってるの?」

 

「んなもん知らねえよ。でも、今回のやり方は違うだろ。今までのお前と違う。」

 

 

 飢えた人に魚を与えるか魚の捕り方を教えるかの違い、だったか。奉仕部の理念は解決してあげることではなく、解決できるよう促すことだったはずだ。だが、今回は何から何まで雪ノ下だけでやってしまっている。これまで一貫してた雪ノ下のやり方とは、根本から外れてしまっている。

 確かに、このままやっても成功してしまうだろう。だが、それは雪ノ下が掲げていた理想とは違うものになってしまう。

 

 初めて会ったときに彼女が漏らしていた理想。その理想とする世界は、真面目にやった奴や優秀な人間が損をする世界ではなかったはずだ。

 

 俺と雪ノ下は違う。

 ならば、彼女がこの方法を取ることは間違っているのではないか。

 

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 

 俺の答えに思うところでもあったのか、雪ノ下は答えない。由比ヶ浜も何も言わないので、そのまま痛いほど静かな空気が流れる。

 

 

「・・・ごめんなさい。お茶も淹れないで。」

 

「い、いや、いいよ。あたしやるし・・・」

 

「体調の方は心配しないで。一日休んでかなり楽になったから。」

 

 

 

 体調の方は、ねぇ。普段なら気にならない言い回しすら引っかかってしまう。紅茶を入れようと台所へ向かう背中は、いつもの堂々とした様子はさっぱりと消えてしまっていた。

 

 

「あのさ、ゆきのん。」

 

 

 その背中に、言いづらそうにしながらもゆっくりと語りかける由比ヶ浜。

 

 

「ちょっと考えてたんだけどさ。誰かじゃなくて、あたしとヒッキーを頼ってよ。なにかができるって訳じゃないかもしれないけど・・・きっと、ヒッキーなら!」

 

 

 雪ノ下は一瞬呆気にとられたような表情を取った。だがすぐにその表情を正し、言葉を出そうとしていた。だから俺は、声を被せた。

 

 

「まあ無料の労働力ってのは貴重だからな。使えるんなら使っとけ。なんせタダだからな。」

 

 

 まぜっかえすような俺の言い草に、クスリと笑う雪ノ下。若干弛緩する空気に、俺はようやく、会話らしい会話ができた気がした。

 

 

「貴方労働は嫌いなんじゃなかったかしら。それとも、本当にマゾヒストにでもなってしまったの?」

 

「ちげぇよ。ほらあれだ。俺は養われる気はあっても施しを受けるつもりはないからな。今回あいつに借り作っちまったから、その埋め合わせ的な?」

 

 

 そう。今回は仕方なくだ。城ヶ崎を初めとし、非常に癪だが葉山にも借りを作ってしまった。だから、俺が動かなきゃならんのである。

 

 

「呆れた。律儀なのか怠惰なのか分かりづらいわね。」

 

 

 そう言って雪ノ下は、ここ最近見せていなかった微笑を浮かべてみせる。由比ヶ浜も、心配事が解決したようでなんとなく安心した様子だ。

 

 胸の感情は、もう忘れていた。

 

 

***

 

 

 ゆらゆらと立ち上る湯気が広がるリビングには、少し前まで見れていた光景が広がっている。由比ヶ浜が話し、雪ノ下が答え、たまに俺に流れ弾が飛んでくる。・・・いや冷静に考えたらなんで俺に流れ弾飛んできてるんでしょうね。奉仕部は軍事演習場の近くにでもあるんでしょうか。

 

 そうして何度目かの流れ弾を華麗(当社比)に受け流していると、真っ白いカップの底が見えている。いつの間にか、紅茶はすっかり俺の腹に収まってしまっていたらしい。腹に移った暖かさを感じ停滞期もするが、それはそれ。

 

 

「じゃあ、俺は帰るから。」

 

 

 そう言って退散することにした。今日ここに来た目的は達成したし、特に長居する理由もない。

 特に止められることもなく玄関へ移動して靴を履いていると、背後から足音が二人分。どうやら見送りに来てくれたらしい。

 

 

「んじゃ、後は任せたわ。」

 

 

 そう言って玄関の扉に手を掛ける。スピードワゴンはクールに去るのだ。

 

 

「・・・あの。」

 

 

 だが、雪ノ下の声に止められてしまった。

 

 

「その・・・比企谷君も、由比ヶ浜さんも。・・・今すぐは難しいかもしれないけども、きっといつか。貴方たちを頼るわ。でも今は・・・もう少し考えたいから。」

 

 

 振り返っていない俺には、その表情を見ることはできない。由比ヶ浜なら、見ることができたんだろうか。だが、俺は振り返らなかった。

 

 

「おう。ま、そのうちな。」

 

「・・・ええ。そのうち。」

 

 

 それを聞いた俺は、今度こそ扉を開ける。暖かめにされていた部屋から出たせいで肌寒く感じる外には、確実に秋が迫ってきている。きっと、そのうち紅葉で綺麗になることだろう。

 俺は静かに、マンションを後にした。




 このときの八幡は、まだ理由がないと動けない状態です。私はこのとき八幡が少しでも歩み寄れていれば・・・と思ったのでこうしました。無論、これだけで劇的に関係性が変わるわけではありません。
 ですが、一歩ずつしか進めない彼らの青春では、大きな意味を持つと思います。


 次回は城ヶ崎と陽乃さんに視点を当てた話になります。いろはすメインの話はもうちょい先です。
 次回、「窮鼠VS猫」


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一色いろはは、やっぱりあざとい

 前回の最後に、陽乃さんに視点を当てると言ってました。
 ですが、書いているうちにいろはすの出番が思ったより増えてしまったので分割して投稿しようと思います。


「それでは会議を終了します。各自、作業に移ってください。」

 

 

 大人数が詰まった会議室は、雪ノ下先輩の声を合図に一斉に騒がしくなった。作業の進捗を確認する者、一心不乱にパソコンに文字を打ち込む者、各部署の連絡に走る者などなど。つい数日前では考えられなかった光景がそこには広がっていた。かくいう俺の担当部署の記録雑務もフル稼働しており、俺の前に積まれていた仕事がどんどん持ち去られていっていた。おかげで仕事は7割減。ぶっ倒れた時とは比べものにならない量だ。

 

 

「こんなに変わるものなんですね・・・。もっと早くして欲しかったですが。」

 

「同感。でもまあ、やらんでくれた時よりは遙かにマシだな。」

 

 

 俺の隣でパソコンを打つ一色も、この変わりようには驚きしかないようだ。かくいう俺も驚いている。

 

 

(流石は比企谷先輩、といったところか。)

 

 

 俺がちらりと見遣る方向には、一人で黙々と仕事をこなす比企谷先輩が。周りは協力しながら仕事をしているというのに、えらい温度差である。

 まあ無理もあるまい。この状況を作ったのは彼なのだから。

 

 

「ていうかあの先輩なんなんですか?急に変なこと言い出したかと思えば全部動かしちゃうし。超変な人じゃないです?」

 

「あれがあの人のやり方なだけだよ。・・・まあ、変な人ではあるけど。」

 

 

 そう。こうして憎まれ役を作り、時には自分を犠牲にしてでも事態の解消を図るのがあの人のやり方だ。

 今回はスローガンと参加していなかったメンバーを遠回しに批判することで自らを全体の的として設定し、「あいつには負けたくない」という意識を煽ることで全体を動かしている。この計画を思いつくことも、そしてそれを実行してしまうことも含め、相当な変わり者であることを再確認させられた。

 

 

「じゃあ仕事しますかねぇ。」

 

 とはいえ、俺の仕事が無くなったわけではない。これだけ働いたから休暇の一つでもくれてもいいと思うのだが、残念ながらここは会社ではなく小さな社会。休暇や有給なんてものは存在しない。仕事のおかわりはあるかもしれないが。

 とりあえず進捗を報告するために席を立ち、人の間をするすると抜けて前へと移動。報告ついでに追加の資料を持って席へ戻ろうとしていると、声を掛けられた。

 

 

「やあ、城ヶ崎。ちょっといいかな。」

 

「あぁ、葉山先輩ですか。なんです?」

 

「有志団体関連の書類で分からないところがあってね。聞きにきたんだ。」

 

 

 振り返ってみれば、声の主はまさかの葉山先輩。

 

 

「珍しいですね、俺の方に来るなんて。比企谷先輩とか雪ノ下先輩の方に行くもんだとばかり。」

 

「あぁ、最初はそうしようと思ったんだけどね。ほら。」

 

 

 促されて見てみれば、比企谷先輩は雪ノ下さんに絡まれており、雪ノ下先輩は城廻先輩と何やら話し込んでいる。

 

 

「成程。確かにあれじゃ無理ですね。」

 

「だろ?だから君の方に来たのさ。」

 

「了解です。席に戻って座りながらでも?」

 

「ああ。そうしてくれると助かる。」

 

 

 ならば仕方がないと気を取り直し、連れだって席へと戻ることにした。端から見ればかなり異質な組み合わせに見えただろう。

 

 

「あ、計算間違ってたんでここに・・・って葉山先輩!?」

 

 

 現に元々いた一色の反応がとても面白い物になってるし。鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはこういう表情を言うのかもしれない。

 

 

「やあ、いろは。頑張ってるみたいだね。」

 

「えぇ~、そんなことないですって。それよりもどうしたんですか?」

 

「ああ、城ヶ崎に書類のことで相談があってね。悪いけど、少しだけ席を借りるよ。」

 

「勿論です!少しと言わず心ゆくまでどうぞ!!」

 

 

 そう言ってちゃっかり自分の隣へと葉山先輩を誘導していた。なかなかどうして強かな女である。苦笑いながらもそこへと腰掛ける葉山先輩。やはりイケメンパワーは恐ろしいものだ。苦笑すらも絵になる。

 俺は若干の負のオーラを出しながらも書類のことを教えることになった。

 

 

「・・・って感じです。判子は委員長か関係部署の部長から貰ってください。」

 

「なるほど・・・よし。ありがとう。おかげで完成したよ。」

 

 

 葉山先輩は持ち前の頭の良さで高速で理解し、手際よく書類を書き上げて行っていた。一応不備がないかのチェックを済ませれば、立派な書類の完成である。

 

 

「流石葉山先輩ですね。一発で理解して書き上げるなんて。」

 

「君の教え方が良かったからさ。じゃあ、俺は出しに行くよ。城ヶ崎もいろはも、お互い頑張ろう。」

 

 

 そう言ってにっこりと笑い、颯爽と立ち去る葉山先輩。去り際の最後までイケメンであった。

 さて、俺は仕事に戻るか・・・と思ったのも束の間。俺はワイシャツの襟を摑まれて横方向にぐいっと引っ張られてしまった。ぐぇっと潰れたアヒルみたいな声にもお構いなしに、耳元でこしょこしょと騒がれる。

 

 

「ちょ、城ヶ崎君は葉山先輩と友達だったんですか!?ていうかそれならなんでもっと早く言ってくれなかったんですか!?」

 

「ちょ、一色、痛い痛いって。死ぬ、俺死んじゃうから!」

 

 

 なんとか拘束から抜け出して襟を整える。

 

 

「夏にボランティア活動で一緒になっただけだよ。友達とかそんなんじゃない。」

 

「その割には仲よさげだったじゃないですか。なんかあったんですか?」

 

 

 ない、と即答しようとしたが、森の中で交わした言葉が頭をよぎった。

 

もし君が俺達と同級生で、同じクラスだったとして・・・俺と君は、仲良くできたと思うかい?

 

 

「・・・いや、なんもなかったな。うん。一緒にカレー食べたくらいだ。」

 

「絶対嘘だぁ・・・。まあいいです。それで、連絡先とかは・・・?」

 

「俺がそれを聞けると?」

 

「ですよね・・・。ちょっとでも期待した私が馬鹿でした。」

 

「それはそれで俺に失礼じゃないかね?」

 

 

「というか一色、葉山先輩の連絡先知らないんだな。てっきり同じ部活だから知ってるもんだと思ってたわ。」

 

「いや、グループには入ってるんですよ?でも葉山先輩、知らない人からの友達申請全部却下してるらしくって・・・」

 

「ああ、成程。まああの人ほどになるとそうしてるのかもな・・・」

 

 

 学内トップのイケメン、サッカー部部長、品行方正の三拍子が揃う葉山先輩は、当然ながらモテる。それは学年内に収まらず、全学年。果ては他校にまでそのファンは存在する。サッカー部のマネージャーは、葉山先輩目当ての女子の間で苛烈な争奪戦が繰り広げられたと風の噂で聞いたことがある、といえばどれ程のものかは察しが付きやすいだろう。そして目の前の一色はその争奪戦を勝ち抜いた猛者でもあるのだ。恐ろあざといレディである。

 

 

「というか本人に直接聞けばいいのでは?」

 

「それで解決できるならこんなに困ってませんって。」

 

「それもそうか。」

 

 

 やはりモテる男はガードが堅いようだ。流石サッカー部部長。あの人キーパーじゃないけど。

 

 

「まあグループで連絡できるだけいいんですけどね。どっかの記録雑務の部長さんは仕事の連絡取れませんし。」

 

「殆ど言っちゃってるんだよなぁ・・・それ。もしかしなくても俺のことだろそれ。」

 

「そうですよ。」

 

 

 ジト目でこちらを睨んでくる。その睨みは全然怖くなく、むしろ可愛い。というかそれが芯まで染みついているんだろうか。

 だがしかし、俺も伊達にボッチな訳ではない。必殺奥義・目逸らしで抵抗することにした。抵抗できてませんねぇ・・・。

 

 

「悪かったって。友達居ないしそういう習慣なかったんだよ。」

 

「え、可哀想。」

 

 

 ドストレートかつ鋭利な罵倒。俺じゃなきゃ死んでたね(瀕死)。決して高校デビューで友達できるかなーと思って某緑のSNSのアカウントを作った過去を思い出した訳ではない。

 

 

「いいだろ別に。今まで困ったことなかったし。」

 

「でも今回困りますよね?」

 

「まあな・・・。」

 

 

 ぐうの音も出ない正論である。だが今のところ誰かと交換する予定もないんだけどなぁ・・・。

 

 

「・・・ほら、出してください。」

 

 

 ちょぎれた涙を引っ込めていると、スマホを出してふりふりしている一色が。どこぞのボケガエルのオープニングよろしく、電波の入りでも悪いんだろうか。

 

 

「・・・?なにしてんの?」

 

「え、もしかして友達の追加の仕方も知らない感じですか?流石に引くんですけど。」

 

「もう既にドン引きした後だろうが。だから今までやったことないから知らないんだって。」

 

「本気で言ってんですか・・・。ほら、ここですここ。」

 

 

 教えてもらいながらも四苦八苦すること数分。なんとか友達登録を完了させることができた。

 

 

「おぉ・・・これが連絡先ってやつか・・・。」

 

 

 友達と書かれた欄に表示される、「いろは」という文字。不覚にも感動してしまった。ちなみに他の友達は親と姉だけである。悲しいなぁ・・・。

 

 

「後はグループに誘って、っと。全く、友達追加するだけでこんなに大変なの初めてですよ。」

 

「いや、悪かったって。」

 

「じゃあ貸し一つ、ってことで。よろしくお願いしま~す。」

 

 

 にっこりと微笑む様子はまるで悪魔だ。さっき言った可愛いという言葉は訂正しよう。やっぱこいつはあざといわ。

 

 

「えぇ・・・代償重くない・・・?」

 

「女の子の連絡先はそれだけ重いんです~。あと城ヶ崎君。女子に重いって言ったらダメって知らないんですか?」

 

「そういう意味じゃないんだよなぁ・・・まあいいけど。」

 

 

 まあどうせ荷物持ちか何かだろう。腕っ節には自信があるし、それくらいチャラになるなら安いもんだ。

 

 

「さ、今度こそ仕事に戻るか。」

 

「ですね。資料回してください。」

 

「はいよ。」

 

 

 資料を回し、一度背伸びをする。さて、さっさと片付けちゃいますかね。




次回こそは陽乃さんに視点を当てます。そして多分荒れます。


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窮鼠VS猫 前

 今回こそ城ヶ崎と陽乃さんの話。・・・なのですが、長くなってしまったので前後編に分けます。
 *今回少し胸糞注意です。


 文化祭の準備は、つつがなく進行していった。

 

 全員参加となったおかげで無理なく仕事が割り振られ、俺を含めて誰かが無理をする必要もなくなった。そのおかげで全体としての負担も軽くなり、文化祭そのものへの熱量も加速していっている。各クラスの出し物の進行状況も良好だ。

 

 そう、上手くいっているのである。まるで、誰かさんの妨害などなかったかのように。

 

 無能な委員長のせいでバラバラになった文実が再結集し、優秀な指揮官である雪ノ下先輩主導の下で文化祭は大成功。・・・これが、あの雪ノ下さんが描いていたストーリーだったんだろうか。

 

 そんなことを考えていた六限も終わり、俺は一人席を立つ。クラスは出し物のラストスパートだといわんばかりに作業に取りかかっているが、俺には俺の仕事があるのだ。

 そんなわけで、今日も一人会議室へと歩いて行っていた。通る教室は熱気に溢れており、否応なしに文化祭が間近に迫ってきていることを肌で感じることができた。それにつられて上がる俺の気分。今日はなんだか仕事が捗りそうだ。

 そんなことを思っていたときだった。

 

 

「ひゃっはろー。城ヶ崎クン。」

 

「・・・どうも、雪ノ下さん。」

 

 

 俺の気分は、一気に最悪になったと言っても過言じゃないだろう。

 

***

 

「いやー久しぶりだね。こうやって話すのも。」

 

「俺からすれば久しぶりって程でもないですがね。・・・で、なんか用ですか。俺この後仕事があるんですけど。」

 

 

 雪ノ下さんに話がある、と言われて後を付いてきてはいるものの、俺には行き先などちっとも分からない。ひたすらに階段を上りながら話しかけられているだけなのだ。

 

 

「つれないな~。私と仕事、どっちが大事なの?」

 

「仕事ですね。期限近いんで。」

 

「可愛くないなぁ、もう。・・・あ、着いたよ。」

 

 

 連れられて来たのは、校舎の屋上に繋がる階段だった。段ボールやらが積まれているせいで通れそうな雰囲気ではないのだが、雪ノ下さんは俺をここに連れてきて何がしたいのだろうか。

 

 

「ここを登ったら屋上に出られるんだよ。知ってた?」

 

「いや、全然。ってか、鍵かかってるんじゃないんですか?」

 

「ここの鍵、実は壊れてるんだよね。女子の間じゃ常識だったよ。」

 

 

 なつかしいなーなんて言いながら積まれた荷物の間をするすると通っていった。ここで帰ろうかとも一瞬思ったが、俺は黙って後ろをついて行くことにした。後が怖いしね。

 なにやらガチャガチャと鍵を弄くり回したかと思えば、あっけなく外れる鍵。開け放たれた扉をくぐれば、そこには間違いなく屋上であった。打ちっぱなしのコンクリートとフェンスが広がるそこには、人の気配など微塵もない。隠れて話をするにはうってつけ、というわけだ。

 

 

「そういえば、今日はあの子は一緒じゃないんだね。ええっと・・・」

 

「・・・一色ですか。別にいつも一緒な訳じゃないですよ。今日はクラスの方に顔出してるんじゃないんですかね。」

 

「ふぅん。まあいいや。」

 

 

 自分から話を振っておいて、まるで興味のない口ぶり。比企谷先輩が「魔王」と呼んでいた気持ちがよく分かる。

 

 

「・・・で、何のようなんですか。これでも俺、忙しいんですけど。」

 

 

 自然と強くなってしまう口調。なにも言わずにこんなところまで連れてきて、あげく話も切り出さない。無理もないだろう。

 

 

「知ってるよ。随分と頑張ってたもんね。全然関係ないのに。」

 

「・・・煽っても無駄ですよ。俺が何か知ってるとお思いで?」

 

「ううん。ただ困っちゃうんだよね~。そういうのって。」

 

 

 ほう。困る、とな。かの雪ノ下さんの口からそんな言葉が出ると思ってなかった俺は、少し驚いてしまった。だが、顔を見たらそんな驚きは霧散した。ボランティア活動の帰りの車で彼女がしていた目。――捕食者のような目をしていたからだ。

 

 

「そういうの、とは。」

 

「分かってる癖に。君がやってた仕事の量だよ。随分と肩代わりしてたもんね。」

 

「そりゃそうでしょ。学校行事が成功して欲しいと思うのは当然だと思いますが。」

 

「ふぅん。でも尋常じゃなかったじゃない。あの量を一人で捌こうとするなんて、ハッキリ言って異常よ?」

 

「・・・・・・何が言いたいんですか。」

 

 

 そういうと、待ってましたといわんばかりに意地の悪い笑みをさらに邪悪に歪めた。それと同時に、俺は己の失敗を悟った。あの声を掛けられたときに、俺は無視して逃げ出しておくべきだったのだ、と。

 

 

「そんな異常さ・・・まるで、何かに縛られてるみたいじゃないの。」

 

 

 放たれた言葉で、俺は理解してしまった。『この目の前に居る女は、俺の過去を知っている。』と。

 青ざめる俺に意地の悪い笑みを浮かべたまま、まるで絵本を読むような楽しげな口調で続ける。

 

 

「君、千葉村で随分大事を起こしちゃったみたいじゃない。男子中学生三人が重軽傷を負って緊急搬送。犯人は同級生だったJ君。現場にいた女子中学生は無傷。・・・どう?」

 

 

 ぺらりと出された紙には、パソコンで打った文字の羅列が。そこには、「城ヶ崎景虎(17歳)の経歴」と、無機質な文字で書かれていた。

 

 

 

***

 

 

 人間というのは賢い生き物だ。他の動物にはない頭脳を持ち、道具を使い、社会を形成している。だが、それ故に「遊び」が生まれている。それはゲームしかりスポーツしかり、様々なところで表れている。

 だが、ここで挙げたのは善の側面だ。光あるところに影があるように、必ず悪の側面は存在する。それは遊びだってそうだ。「いじめ問題」というのはその最たる例だろう。やってる側の認識は、遊びの延長線でしかないのだ。そしてそれは学校や会社といった狭いコミュニティで発生しやすい。そしてそれは、突発的に始まるのだ。テンションやその場のノリといった、その場の空気によっても。

 

 

 当時俺が通っていた中学校は、三年生の時に宿泊学習という行事があった。

 二泊三日で千葉村に滞在し、豊かな自然の下で楽しい時間を過ごす、といったもので、心躍る行事であったはずだ。高校受験を控えた生徒達は、普段の閉塞感ある雰囲気から解放されることを心待ちにしていた。それは俺とて例外ではない。

 

 

「なぁ、城ヶ崎。お前、どうすんだよ。『あのこと』。」

 

 

 当時は友人だった男が聞いてきた。

 

 

「あのことって・・・。」

 

「決まってんだろ。お前が気になってるあの子のことだよ。」

 

 

 顎で指す方には、クラスで本を読んでいる少女が。儚げな雰囲気に、本と栞がよく似合う少女。そして――俺が当時、好きだった女子だ。多分、初恋だったのではないかと思う。図書室で見かけた彼女は、今までで一番魅力的に映ったのだから。

 俺は目線を戻し、赤くなった耳を隠すように髪を弄った。

 

 

「そりゃまあ、そういう関係になりたいとは思ってるけどさ・・・。今の時期じゃ無理だろ。受験期だし。」

 

「んだよ勿体ねぇな。俺の見立てじゃ、お前とあいつは99%両思いだと思うんだがなぁ・・・。」

 

「だといいんだけどな。っつか、お前の見立ては当てになんねぇだろ。今まで何回テストのヤマ外したと思ってんだ。」

 

「おいおい、そりゃ言いっこなしだぜ!?それに今回はちゃんと調べてあるんだっつうの。いい機会だし、お前から行ってこいよ。」

 

「ううん・・・。やっぱやめとくわ。この時期じゃ相手に悪いし。」

 

「ったく。へたれなのか優しいのか分かりゃしねぇや。」

 

「いいだろ別に。」

 

 

 そんな会話をしていた。このときまでは、きっと楽しい思い出になるんだろうな、と思っていた。

 

 

 

 その事件が起こったのは、二日目の夜だった。食事も終わり、束の間の自由時間が与えられた夜九時頃。綺麗な月明かりの下、俺は一通の手紙によって森の中の大きな木の下に呼び出されていた。

 

 

「――ごめん、待った?」

 

 

 俺は少し格好付けて、木の下で待つ人物に声を掛けた。ゆっくりとこちらを振り返るその少女は、クラスでも目立たない、大人しい子・・・そう、俺の好きな子だった。いつも教室の隅で本を読み、数人の友人と喋っていたことが印象的な文学少女。それが、俺が彼女に抱いていた想いだった。俺は彼女のそんな一面に惹かれ、もっと知りたいと願っていた。

 

 

「――いや。今来たとこ。」

 

「――そっか。」

 

 

 夜中の、それも人気のないところへの異性からの呼び出し。正直俺は、かなり舞い上がっていた。今までこういった経験などなかったから。・・・端から見たら、それはもう滑稽だったに違いない。

 しかし、当時の俺はそんなことは露程も考えずにその場にやってきていた。

 

 ・・・そして、その時が来てしまった。彼女が零した涙も、漏らした嗚咽も、濡れた愛の言葉も。そのすべてを、心に刻む瞬間が。

 

 

「――私、貴方のことがずっと好きだったの。」

 

「・・・」

 

 

 涙を流しながらそう言う彼女を前に、俺はどうすればいいか分からなかった。ずっと欲しかった言葉は、涙で流されてしまっている。異性との対人関係のなかった俺は、ただ立ち尽くすことしかできない。そうやって困惑している俺に、一生耳に残りそうな下品な笑い声が掛けられた。

 

 

「ギャッハッハ!ホントに来やがったよ!!それでホントに言いやがった!!アッハッハッハ!!!」

 

 

 木の裏から出てきたのは、三人組の男達。よく言えばお調子者、悪く言えば後先考えないことで有名な奴らだった。

 

 

「あー。おもしれぇよな、こういうのも。出来の悪いドラマみてぇだ。」

 

「お。言えてる言えてる。」

 

「俺らのキャスティング最高だな!冴えない男と冴えない女のラブストーリーってか!」

 

「それな!ちょ~っと脅しただけでコレができるんならコスパ最強じゃね?」

 

 

 彼らは、とても楽しそうに笑っていた。腹を抱え、今にも倒れそうと言わんばかりに大仰に身体を反らしている。まるで、自分達のいたずらが成功した少年のように無邪気な笑顔だった。否。実際、彼らはそういう認識だったんだろう。それが誰かの思いを踏みにじる行為であり、生涯残る思い出となることなど考えもせずにやったのだから。

 

 ぽかんとする俺に、泣きじゃくる彼女。そんな俺達を肴に更にひとしきり笑ったと、彼らは言い放った。

 

 

「ああ、お前らもう戻っていいぞ。」

 

 

 俺はそれを聞いた瞬間、ゆらりと身体が前へと進んでいた。

 巫山戯るな。

 そう思ったときには、俺の拳はもう、一人の顔面にめり込んでいた。

 ふざけるな。

 そう想ったときには、俺の足は既に一人の肋骨を割り砕いていた。

 フザケルナ。

 ・・・三度目にそう思ったときには、もうすべてが終わっていた。

 

 地面には、うずくまる三人組の男達。血でぬかるんだ土に這いつくばり、俺に許しを請うていた。

 

 

「悪かった・・・ほんの冗談だったんだよ・・・」

 

 

 足を縋るように掴み、頭をこれ以上ない程に下げている。さっきまでの威勢の良かった笑い声は血で濁り、かすれ始めている。

 冗談だった、か。

 笑わせるな。

 

 

「ふざけんな。」

 

 

 俺はそう言い、その腕を踏み砕いた。切れた俺の口は、鉄の味がしていた。俺の初恋は、本の匂いで始まり、鉄の味で終わらせたのだ。・・・最後まで、鳴き声がやむこともなかった。

 

 

***

 続く。




 一色にいつかは話せるようになろう。そう思っていたが、思わぬ場所から自分の過去が知られてしまった城ヶ崎。
 しかし、陽乃さんは詳細なことまでは知らないようで・・・?
 わざわざ呼び出した彼女の目的とは。

 後編に続く。


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窮鼠VS猫 後

 浅い呼吸で、前を睨む。思わず揺れる視界の先にいる女は、俺には大将首を取った兵士のように映っている。

 よもや誰にも言いたくなかった過去を、こんな形で突きつけられることになろうとは。

 

 

「その顔。やっぱり図星だったみたいだね。」

 

 

 俺の睨みも意に介さず、涼しい顔で笑う雪ノ下さん。だが、その笑いは絶対的に優位であるが故の、余裕の笑いだ。下衆であることには変わりないが、それでも笑顔の恐ろしさは群を抜いていた。

 

 

「・・・随分と妹さんにご執心のようで。俺なんかを調べ上げるなんて、苦労したでしょうに。」

 

 

 俺はぼろぼろになった不敵な笑みを張り付け、なんとか虚勢を絞り出す。それくらいしか、この窮地を脱する方法はなかった。これ以上弱みを見せてはいけない。少しでも判断を誤れば、いよいよもって俺はここから飛び降りるくらいしかすることがなくなるだろう。どうやって調べたかなんて見当も付かないが、目の前の女がそれを知ってることに違いはないのだから。

 

 

「勿論大変だったよ。なにせ全然情報がなかったんだもん。苦労しちゃった。結局事件の概要しか分かんなかったしね。」

 

「その大変さに折れてやめてくれれば良かったんですがね。」

 

「そういう訳にもいかなかったからね。お姉さん頑張っちゃった。」

 

 

 てへ、と言わんばかりに舌を出された。目さえしっかり笑っていれば雑誌の表紙にでも使えただろうに、残念ながらその目は俺への凍てつく波動で溢れている。こちとらにらみつけるしかしてないというのに、随分な対応である。是非ともそれを収めてほしいものだ。

 

 なんて内心でうそぶいてはみたが、俺にはどうすることもできなかった。

 

 

「・・・結局、貴女は何がしたいんだ。俺の過去を掘り返してばらまいたとしても、この文化祭に影響はないはずだ。」

 

 

 俺は聞くしかなかった。本当に分からなかったからだ。

 

 こうして俺の過去が白日の下に晒されたとしても、せいぜい俺が虐められるだけのはず。ここでこうして俺の過去を突きつけたところで、文化祭への影響などなかったはずだ。なのに、一体何故・・・

 

 すると、雪ノ下さんはきょとんとした様子でこちらを見ていた。

 

 

「あ、勘違いしないで欲しいんだけどさ。私はこのことをどこかにばらしたりする気はないよ?」

 

「・・・え?」

 

「だって沙耶の弟だしね。私だってそこまで鬼じゃないよ。」

 

「・・・だったら、なんで。」

 

「私がこうしている理由は二つ。一つは、君への忠告だよ。」

 

 

 意味が分からない。忠告?一体何の・・・?

 本気で困惑する俺が見えてるのか否か、雪ノ下さんは言葉を続けていく。

 

 

「君、夏祭りの時のことで時の人になってるでしょ。ならもっと気をつけなさい。どこから君の情報が伝わってくるか、分かったもんじゃないでしょ。例えば、『一個上の同級生』、とかね。」

 

 

 そこまで調べていたのか、と再び驚かされる。

 俺は傷害事件を起こしている。だが、相手も被害届などを出さなかったおかげで俺は今もこうして居られるわけだが、それが噂にならないわけがない。結果俺は一度受験を諦め、一年浪人したのだ。だから俺は、実は比企谷先輩達と同い年なのだ。それを知る人は、現状先生達しか居ないはず。一色が俺に敬語を使って焦ったのは、そのせいである。

 それと同時に、やはり敵わない相手だとも再確認させられた。

 相手の方が数枚上手だ。当事者の俺でさえ気づかなかったことに気づいている。

 

 

「それともう一つ。」

 

 

 歩み寄って俺の肩を掴み、ぐいっと引っ張る雪ノ下さん。耳元で囁かれた言葉は、俺の背筋を凍らせるのに十分な働きをしだった。

 

 

「あんまり私の邪魔。しないでね。」

 

 

 顔は見えなかったが、多分、相当”イイ笑顔”をしていたんだと思う。

 震える背筋をなんとか御し、引きつった笑顔を浮かべる俺。こわばる口を動かし、なんとか言葉を絞り出した。

 

 

「・・・ぜ、善処します。」

 

「うん、よろしい。」

 

 

 そう言って俺を解放し、ヒールの音を鳴らしながら出口へと向かう雪ノ下さん。遠のくヒールの音は、まるで死期が遠ざかっていくようで。

 俺はようやく緊張状態から解放された。

 

 

(・・・死ぬかと思った。)

 

 

 人生で初めて、そう思った。ふぅ・・・っと息を吐けば、全身の筋肉が弛緩する感覚が。思わず倒れそうになったが、なんとか持ちこたえることに成功した。

 

 

「あ、そうそう。」

 

 

 しかし、去り際に放たれた言葉は俺の心臓を再び鷲掴みにするには充分な威力を持っていた。

 

 

「流石に私も、誰がコレを知ってるかなんて調べられないから。」

 

 

 結局俺の心臓は死に、その場に倒れることになった。あの人は前世、アサシンでもやってたんだろうか。

 

 結局ヒールの音が聞こえなくなってから、たっぷり10分以上の時間を使ってようやく起き上がれた俺は、のろのろとした足取りで会議室へと向かうことになった。

 ・・・その頃には、すっかり忘れてしまっていた。

 「なぜ雪ノ下さんが文化祭を失敗させようとしていたか」を聞くことができなかったことなど。

 

***

 

 

「あ、遅い!」

 

 

 会議室に着いた俺に待っていたのは、一色のストレートな怒声だった。その怒声に一瞬会議室内も静まりかえりかけたが、すぐ元の喧噪に戻っていった。どうやら全員仕事がいいところらしい。唯一比企谷先輩だけが「ざまぁ」と言わんばかりの腐った目を向けてきていた。後で仕事回してやろうか(逆ギレ)

 

 しかしながら、腰に手を当てて若干マジギレ気味に俺を叱る様子は、とても年下とは思えない。むしろ俺の方が出来の悪いガキのような気さえしてきた。

 

 

「私よりもずっと前に教室出たはずなのになんで私より遅いんですか!?」

 

「いや、ほら。アレがアレだったんだよ。」

 

「どれがどれなんですかね~?説明してくれます?」

 

 

 にっこり笑っているが、目が笑ってない。さっきの雪ノ下さんとは違うベクトルで恐ろしい。一方俺は頬が引きつってまるで笑ってるように見えただろう。

 

 この状況を作ったんだから、せめて助け船を寄越せという視線を会議室に飛ばすが、当の本人は不在。どうやらもう帰ってしまったらしい。ガッデム。これじゃ四面楚歌だ。おっと元々味方はいませんでしたね。ならいつも通りか。

 

 っていうかなんでこの子は俺が真っ先に教室から出たことに気づいてるのかしら。誰にも見られないように細心の注意を払って出てきたはずなんだけど。

 

 

「俺が悪かった。遅れた分は仕事でカバーするから許してくれ。」

 

「ふぅん。仕事で、ですか。」

 

 

 何やら試すような視線を向けてきている一色。

 これはあれだろうか。もっと具体的なもので誠意を示せということだろうか。

 

 

「・・・分かった。荷物持ちでもなんでもやろうじゃないか。」

 

「・・・貸し二つ目ですからね。ほら、仕事する!!」

 

 

 してやったり、といわんばかりの笑みを浮かべたかと思えば、俺の背を押して定位置にぐいぐいと押しやってくる。どうやらしっかり俺の分の仕事は取っておいてくれたらしい。

 

 

「・・・やるか。」

 

 

 身体は少し疲れているが、気分は大分軽くなった。

 俺はパソコンを開き、今日の仕事に専念することにした。

 

 なんやかんやあった文化祭の開催期日は、もう目前だ。




 結局、城ヶ崎景虎は優しい人間だった。それ故に、初恋の少女を泣かせた男を許せなかったのである。

 城ヶ崎が元々住んでたのは、周辺の県のどこかです。千葉村には高速道路とかで移動したんだと思います。
 ようやく城ヶ崎の過去が明らかになりました。ですが現状、周囲でそれを知っているのは陽乃さんと姉の沙耶だけです。ひとまず安心ですね()。

 次回、「祭りは最高にフェスティばり、仕事も最高にぱーりない。」


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祭りは最高にフェスティばり、仕事も最高にぱーりない。

 お待たせしてすみません。


 暗幕が垂れ下げられ、隣人の顔さえ判別が付かないほどに真っ暗な体育館。夏もかくやという程の熱気とざわめきがひしめく理由はただ一つ。本日より、総武高校の文化祭が開催されるからだ。全二日の日程のうち、最初の一日は学内のみの開放となっている。よってこの体育館にいるのはすべて我が校の生徒なのだが・・・こんなに多かったのか。正直結構驚いている。ちなみに俺が今居るのは、体育館後方。先程まで生徒を体育館に誘導する係をやっていたので、そのせいである。

 

 

『こちら体育館入り口。誘導並びに扉のクローズ完了しました。』

 

『了解しました。別命あるまで待機を。間もなくオープンセレモニーを開始します。』

 

『了解です。』

 

 

 実行副委員長である雪ノ下先輩の指示で待機継続となった俺は、トランシーバーのスイッチを切って前を見遣る。垂れ幕によってステージの内部は見えないが、雪ノ下先輩の采配によって順調に準備が進んでいることだろう。慌ただしく舞台袖を行ったり来たりする生徒がいるのがその証拠だ。間もなく開始というのもそう遠くはあるまい。このままいけば、順調なスタートを切ることができるだろう。・・・一点の懸念事項を除いて。

 舞台袖にチラチラと見え隠れする赤毛の女子生徒を見た俺は、そう思わざるを得なかった。

 

 言わずもがな、相模委員長だ。

 

 彼女の性格は非常にわかりやすかった。それこそ、全く言葉を交わしたことのない俺が推して計れるくらいには。彼女の性格は一言で言えば、「尊大な小物」だ。実力はそこまでだが、肩書きを得るための立候補。実力のある他人にほぼ全権を委譲した結果の、肩身が狭くなった様相。悲しいくらいに分不相応な肩書きに潰された人。

 それが、俺が読み取った彼女の性格だ。

 

 果たして今まで何もせずにおどおどし続け、それでもなお縋り続けたかりそめの肩書きの重圧に、今更耐えることができるのだろうか。

 

 

『これより、総武高校文化祭オープンセレモニーを開始いたします。』

 

 

 俺はそんな不安を抱きながら、放送部のアナウンスを聞いていた。

 

 

***

 

 

 城廻先輩の元気な開始の音頭とともに始まった文化祭。一部を除きセレモニーが大成功したこともあって、開始数分しか経っていないのに学校全体はものすごい熱気に包まれていた。あちらこいらから客引きの声が上がり、それを楽しむ人たちの声も響く。なんともまあ文化祭らしい光景が、そこには広がっていた。

 

 そんな光景を前に俺が何をしているのかと聞かれれば、「仕事」である。

 記録雑務の部長である俺に割り振られた、というより、ボッチである俺が請け負わざるを得なかった仕事は、撮影だ。この文化祭らしい光景を切り取り、後日広報部や学校新聞などに提供するのが今の俺の使命だった。

 

 というわけで黄色に委員会と書かれた腕章を見につけ、校内をゆるりと観光しながら歩いているわけだ。勿論一人で。仕事の内容が個人向けだからとはいえ、こうも賑やかな中を一人で歩くのもどこかもの悲しくなってくるのは許して欲しい。比企谷先輩でも引っ張ってくるべきだっただろうか。

 

 そんなことを考えつつ歩いていれば、一際賑やかな集団を発見した。なんともカメラ映えしそうなその集団は、言わずもがな。葉山先輩率いるグループだ。三浦先輩や海老名先輩に戸部先輩の他に、クラスメイトらしき人も3人くらい見える。多分、彼らもいつも一緒にいるメンバーなのだろう。

 

 

「あーし甘いの食べたいんだよね。」

 

「それならハニトーとかいいんじゃないかな?丁度ここから近いし。」

 

「っべーハニトーとか超アガらね?んなら早速行くしかないっしょ!」

 

 

 夏ぶりに彼らの会話を聞いたが、変わらずパリピな会話だった。俺には眩しすぎてついて行けない世界である。多分前世太陽神とかだったのではないだろうか。

 

 アホな思考はさておき、彼らは間違いなく写真映えする。インスタなる魔界に足を踏み入れたことはないが、多分そこでも映える。そう考えて少し遠目からアップで撮ろうとしたときだった。

 

 

「やぁ、城ヶ崎君じゃないか。仕事かい?」

 

 

 あちらは俺に気がつき、わざわざこっちに来てまで声を掛けてきた。気づかれなければ写真だけ撮って退散しようかと思っていたのだが、そうもいかなくなってしまった。

 

 

「どうもです。見ての通り、記録雑務中ですよ。撮っても?」

 

 

 軽く挨拶を交わし、折角なので正面からの写真を希望してみる。

 

 

「勿論さ。みんなもいいかな?」

 

「別に良いけど・・・えちょ、デジカメ!?あーし普通の写真撮られるの苦手なんだけど・・・」

 

「まぁまぁ。記念撮影だと思って、ね?」

 

「っべー。こういうのめっちゃ青春っぽくね?まじアガるわ~」

 

 

 わちゃわちゃと言いながらも、それぞれポーズを撮ったりしてくれた。言うまでもないが葉山先輩が中心だったし、その隣は三浦先輩だった。もしかしなくても三浦先輩は葉山先輩が好きなんだろうか。

 そんなことを思いながらも、スタンバイ中の彼らをパシャリ。きちっと決めてるのもいいが、これはこれで味があるんじゃなかろうか。

 

 

「は~い。撮りますね~。はい、チーズ。」

 

 

 改めて撮った写真は、それはもう楽しそうな笑顔だった。「青春」って題名で写真展に飾られても可笑しくないその写真は、多分後日広報誌なんかに貼られるのだろう。それを見た彼らが楽しそうに談笑している姿が目に浮かぶようだ。

 

 

「オッケーです!ご協力ありがとうございました。」

 

 

 そう言うと、彼らは談笑をしながらこちらへ背を向けた。俺も別の場所に移動して写真を撮ろうと思ったとき。葉山先輩が三浦先輩に二、三言話したかと思えば、こちらへと歩を進めてきたのだ。

 

 

 

「ちょっと良いかな?」

 

「・・・一応仕事中なんですけど。」

 

「まあ、そう言わずに。忙しいなら歩きながらでも良いからさ。」

 

 

 そこまで言われては断りづらい。立ち話だと目立って嫌だったので、移動しながら話すことにした。歩いても相当目立つが、そっちの方がマシな気がした。話してる内容も聞かれにくいだろうしね。

 

 

***

 

「なんて言って抜けてきたんですか?」

 

「ああ。委員会のことで話があるから、って言って来たよ。別に嘘でもないしね。」

 

「後で文句言われても知らないですよ。」

 

「ははは。その時はその時さ。」

 

「さいですか・・・で、結局なんだったんです?そこまでして俺の方に来た用事って。」

 

 

 葉山先輩は直球だね、と言ってから一拍置き、言いづらそうに切り出した。

 

 

「君はこの文化祭、どう見てる?」

 

「・・・どうって。まあ、委員会の立場でこうやって仕事しながら見ますよ。友人もいないんでね。」

 

「まあ、それも良いかもね。でもそうやってはぐらかすの、よくないと思うぞ。」

 

 

 チッ。折角自虐を混ぜて追及を免れようと思ったのに。

 葉山先輩が言わんとしてることは分かっている。相模先輩のことだろう。

 

 

「・・・まあ、とりあえずは成功するんじゃないですかね。それが『誰にとって』のかは知りませんけど。」

 

「誰にとっての、か。君はそれが誰だと見てるんだい?」

 

「そりゃ勿論、『みんな』にとってですよ。」

 

 

 そう言って周囲を見渡す。

 話しながら歩くうちに、俺のクラス周辺まで来てしまっていたらしい。見慣れた風景には、笑顔ばかりが溢れていた。このまま行けば、明日の一般公開も無事に終わって大団円。そう思ってやまないからこそ、絶対に思い至ることのないもの。楽しそうなその笑顔には、運営側の問題なんて一切映っていない。当たり前だ。運営が苦労していることなんて、それこそ運営に関わる人しか知りようがないのだから。

 だからこそ、その『みんな』には含まれない人がいる。運営側の、更にその一部。

 

 

「知ってる人は不安で仕方ないんじゃないですかね。ね、先輩?」

 

 

 呼びかけて横を見る。そこには苦し紛れの笑顔を浮かべた葉山先輩が―と思ったのだが。

 

 

「まあね。君の言うとおりだ。」

 

 

 そこにあったのは、すんなりそれを肯定したすまし顔だった。

 それを見た俺は、正直かなり驚いた。

 てっきり笑顔を浮かび続けるか、そんなことないと否定してくると思っていたからだ。少なくとも『みんなのアイドル』である葉山隼人はそうすると考えていたから。

 

 

「・・・そ、そっすか。」

 

 

 それにやられた俺は、そんな返ししかできなかった。

 

 

「・・・・・先輩でもそんなこと言うんですね。」

 

「正直、自分でも驚いてるよ。まさかこうも本音が出てくるなんてね。」

 

 

 ならそんなことを言わないで欲しい。心臓に悪すぎる。誰かに聞かれてないか不安で一瞬周りを見てしまったじゃないか。

 

 

「・・・覚えてるかい。夏休みに君に言ったこと。」

 

「ああ、あの世迷い言ですか。何かの冗談だと今でも思ってますよ。」

 

 

 忘れようがないだろう。あの葉山先輩が俺に「羨ましい」なんて言ってきたのだから。

 

 

「あれは世迷い言なんかじゃないさ。俺の本音だし、今でもそう思ってる。」

 

 

 やはり一度病院で診て貰った方が良いのではないだろうか。あの一瞬だけなら気の迷いと思うこともできたが、ここまで来るとそうも言ってられない気がする。

 

 

「だから君の前では、せめて対等でありたい・・・のかもしれないな。」

 

 

 それに君はそんなの気にしないだろ、と言った先輩は、いたずらが成功した子供のような顔をしている。してやられた、と思ったがもう遅い。

 

 

「・・・やっぱ、病院行った方がいいですよ。」

 

「ははは。君ならそう言うと思ってたよ。」

 

 

 俺はそう言うことしかできなかった。どうやら相手の方が一枚上手だったらしい。ちょっと出し抜けたと思った瞬間の喜びを返して欲しいくらいだ。

 

 

「ってか、これ言うためにわざわざ俺の方来たんですか?」

 

「いや。俺の用事は前半だけさ。後半は偶々だよ。」

 

「さいですか・・・」

 

 

 ったく。まだ午前中だってのにとんでもない爆弾を投げられた気分だ。まだ仕事時間残ってるのに・・・災難だ。

 

 

「そうげんなりするなって。なんだったら今度リフレッシュに付き合おうか?」

 

「余計メンタル破壊されそうなんでお断りしておきます。・・・ってか、原因の張本人が何言ってるんですか。」

 

「それもそうか。まあ気が向いたら言ってくれ。そういうの抜きで遊びに行きたいんだよ。」

 

「その件は前向きに善処する方向で検討させて頂きますよ。」

 

「おっと、これは手厳しい。」

 

 

 なんとなくフランクな雰囲気な葉山先輩は、さっきまでとは違った笑顔を浮かべている。楽しそうというよりは・・・溌剌としてる?ともかくそんな感じだ。

 ともかく、先輩の用事も終わったことだしどこかで切り上げて仕事に戻らなくては・・・そう思い、いざ口を開こうとしていたときだった。

 

 

「あ、城ヶ崎君!こんなとこにいたんだ!!」

 

「・・・?一色?」

 

 

 どこか慌てた様子の一色が、こちらへ駆け寄ってきていたのだ。ふと見れば自教室の前に俺は立っている。だから一色がここにいることはなんら不思議ではないのだが・・・。

 

 

「もう。探したんだからね?さ、行こっか?」

 

 

 状況は飲み込めないが、一つだけ分かった。どうやら、まだもう少し厄介事は続きそうだ。若干悲鳴を上げる俺の胃も、胃痛を伴って賛成してくれている。



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つまるところ、一色いろははモテるのである

 お待たせいたしました


「探したんだからね。さ、行こっか?」

 

 

 教室の中から駆け寄ってきた女子生徒こと一色いろはは、俺に向かってそんなことを言い出した。ニコニコしてはいるが、目が全く笑っていない。どうやったらこんな表情ができるんだろうか。末恐ろしい人である。

 

 それにしても、俺は何か探されるようなことをしていただろうか。もしや葉山先輩と歩いていたことが気にくわなかったのだろうか。はたまた仕事をしていない様子に業を煮やしたのであろうか。・・・いや、言われなくとも分かっている。ただ目の前にあるであろう状況からの現実逃避である。

 

 さて、改めて状況を整理しよう。

 俺が呼び止められたのは自教室で、呼び主は一色。なにやら焦っているような一色の様子に、覚えのない「探した」という言葉。

 

 

(・・・成程。厄介事か。)

 

 

 俺は瞬時にそう判断できた。

 そう判断してから教室の中を見れば、何やらこちらに不満げな視線を寄越してくる男子生徒が一名見える。周りの数人の生徒もこっちを見ているが、どうやら彼が厄介事の種であるらしい。

 

 

「・・・実行委員のシロガサキか。お前が・・・!」

 

 

 そして何やら俺に対して大変ご立腹であるらしい。その割には名前を間違えて覚えられてはいるが。しかしこの男、どこかで見たような気が・・・・・・

 

 

「山田落ち着けって。な?」

 

 

 周りにいた生徒がなだめているが、彼の怒りは収まりそうもない。山田・・・山田?おお、思い出した。サッカー部の山田か。確か夏休みに一色を夏祭りに誘ってたのも彼だったはずだ。そして、ナンパから助けなかったのも彼であったと記憶している。

 

 

「どうも」

 

 

 相手がクラスメイトなので一応挨拶はしておくが・・・本当にどういう状況なの?ちらりと一色を見遣れば、滅茶苦茶申し訳なさそうな顔をしながら目線を逸らされてしまった。

 

 

「どうした?何かあったのか」

 

 

 ナイスタイミング。葉山先輩が割って入ってきてくれた。どうやら俺が呼ばれたのを見て、教室の前で待っていてくれていたらしい。彼が来てくれたおかげで、心なしか教室内も安堵したムードに包まれつつあった。流石は葉山先輩である。

 

 

「葉山先輩。・・・ッス」

 

 

 突然現われた同じ部活の先輩に驚いた山田は、こちらへの注意を逸らした。

 

 

「・・・とりあえず、()()は仕事があるので失礼します。一色」

 

「・・・・・・うん。じゃあね、山田君」

 

 

 なんとなく察した俺は、一色を連れてとりあえずこの場を離れることにした。一瞬目が合った葉山先輩は小さくうなずき、そのまま山田から話を聞くことにしたようだ。マジであざっす先輩。

 

 

***

 

 

「・・・本当にすみませんでした」

 

 

 教室を離れたっきり居心地の悪そうにしていた一色は、突然そう言った。

 場所は屋上へ続く階段の踊り場。放送機材が設置してある以外は何もなく、人の気配すらしない。「機材の点検があるから」、と言った俺の先導で来たのだ。勿論、本当のことである。喧噪から取り残されたようなこの場所で、一色はいきなり謝ったのだ。

 

 

「別に気にしてないからいいって。それより、あれどういう状況だったんだ?」

 

 

 機材のコードが正しく刺さっているかの点検を済ませながら、俺は先を促す。割とマジで状況がつかめずに困惑していたんだ。せめて説明くらいは欲しいところである。むしろあの状況で一色を引っ張り出せたのは奇跡と言えよう。後で葉山先輩にはありがとうと言っておかねば。

 

 

「・・・最初は、山田君に誘われたんですよ。『文化祭一緒に回らないか』って」

 

 

 ほう。どうやら山田は相当一色にご執心らしい。夏休みに醜態を晒しておいてまだ誘うというのだから。

 

 

「最初はそれとなーく断ったんですよね。・・・でも、他の人も一緒だからって言われちゃって」

 

「なるほどねぇ。そりゃ断りづらい訳だ」

 

 

 他の人も一緒だから、みんなやってるから。そう言われてしまえば、途端に退路は断ち切られてしまう。合わせないということは、それだけでマイナスの要素となってしまうからだ。しかも誘われたのはいわゆる「イツメン」のサッカー部で同じクラス。これで断るというのも無理な話だ。

 

 

「そうなんですよ。で、待ち合わせ場所を決めて渋々了承したんですが・・・来なかったんですよね。他の人が」

 

「ほう。」

 

 

 つまり、山田と一色が二人きりになる状況が作られたと言うわけだ。・・・話しが見えてきた気がするが、とりあえず聞こうか。

 

 

「どういうことなの、って聞いても『急に都合悪くなったみたい』って言うだけで。・・・それで、たまたま通りかかった城ヶ崎君を逃げる口実に使っちゃいました」

 

「なるほど。大体分かった」

 

 

 つまり山田の作ったシナリオはこうだ。

 イツメンとグルになり、一色に文化祭を回る約束を取り付ける。そして当日他の連中は来ないことで二人っきりの状況を作る。後は・・・まあ文化祭の最後に告白でもする予定だったんだろう。

 

 しかしバカな奴だ。そもそも脈があれば最初に誘った時点で喜び勇んで二人っきりの文化祭を了承したはずである。そこを断られた時点で自分に好意が向けられていないことを理解しておけば良かったものを・・・

 

 

「なんつーか。あれだな。お前も苦労してるな」

 

「・・・ありがとうございます。おかげで未然に防げました」

 

 

 ほっとした顔をしている、と思ったのは俺の錯覚ではないだろう。

 

 

「未然に、と言うと」

 

「まあ、今までも何回かアプローチはされてたんですよね。好きな人はいるか~とか、彼氏はいるのか~とか。」

 

「それってアプローチなのか?」

 

「ですよ。あと牽制の意味もあったりします。」

 

「うわぁめんどくせぇ・・・。」

 

「そうですよ。女子の友情なんて、そんなんばっかです。まあ楽しい部分は勿論ありますけど。」

 

 

 ここまで聞いた俺は、ふと思ってしまった。「告られてから振ればいいんじゃないか」と。

 そうすれば今後そういった煩わしいこともなくなるし、そっちの方が相手にとってもいいのではないか、と。

 しかし俺は、それを言う気にはなれなかった。なぜだかは分からない。なんとなく、言わない方がいい気がしたのだ。

 

 

「しかし告白ねぇ。イベント事で告白する奴らは何を考えているんだか。」

 

 

 モヤッとした気持ちを飲み込みながら、俺はそう思ってしまう。

 脈があるならまだしも、ワンチャンに掛けて告るようなやつらは相手のことなど考えていないんだろうと思ってしまう。相手からすれば、楽しかった思い出の日に好きでもない奴から告白される訳だ。あまり良い思い出にはならないんじゃないだろうか。

 

 

「そうなんですよね・・・こっちがそれとなく脈ない、って伝えてるのに告ってきたりする人いますし。」

 

 

 おいお前やめてやれよ。俺もそう思ったけどあえて言わなかったんだから。

 

 

「あと一番困るのって全然知らない人から、ってパターンなんですよね。先に脈なしを伝えることもできないから、ちゃんと振らなきゃいけないんですよ。」

 

 

 やめたげてよぉ!オーバーキル過ぎるだろ!

 

 

「やけに堂に入った言葉だな。実体験か?」

 

「ええ、まあ。そうですけど。」

 

「やっぱり昔からモテるんだな、お前。」

 

 

 勿論です、なんて帰ってくるかと思って言った言葉だったが、やけに反応が遅い。もしや期限を機嫌を損ねてしまっただろうか。なんて思っていたら。

 

 

「・・・もしかして今口説いてましたかごめんなさいちょっとドキッとしましたけどなんか罪悪感につけ込まれた気がしてなんとなく嫌なので無理です!!」

 

「お、おう。別に褒めただけだから気にすんな」

 

 

 相変わらず長文で振られてしまった。というかよくつっかえずにここまで長くしゃべれるもんだと感心してしまったぜ。

 

 

「・・・ま、とりあえず今日のことは気にしなくていい。俺は一色に借りがあったしな。これで一個チャラにしといてくれ。」

 

 

 ちょっとかっこつけてみたが、我ながら情けない話である。なにせまだ借りがもう一個残ってるのだから。

 それに、俺は元々好かれない立場だ。俺の悪評一個で一色の充実したスクールライフの障害が一個除かれたなら、安いもんである。

 

 

「・・・なんか釈然としないですけど分かりました。でも!ちゃんと今度買い物付き合ってくださいよ!」

 

「わーってるよ。ちゃんと筋トレしていくらでも荷物持つって。」

 

「いえそういうことじゃないんですけど・・・まあいいです。楽しみにしときます。」

 

「りょーかい。」

 

 

 ったく。俺と買い物行っても楽しくないと思うんだがな・・・まあいい。

 

 

「んじゃ、機材の点検も終わったし。とりあえず仕事しますか。」

 

「え゛!?いや、あの仕事は建前だったというか本当じゃなかったというか・・・」

 

「いや、普通にあるぞ。ローテ表見てなかったのか?」

 

 

 ポケットから出した紙を見せれば、しっかりと名前が書かれている。ちなみに俺と一色は同じ班であり、二年生の教室を担当することになっている。確か強制的に入れられたL●NEでも伝えたと思っていたが・・・

 

 

「日付勘違いしてました・・・・・・」

 

 

 どうやら日付と自分の名前だけを見て仕事がないと勘違いしていたらしい。正直いなくても回るとは思うが・・・まあ、折角仕事と言って抜けてきたのだ。少しくらいは仕事をして貰うとしよう。

 

 

「そいじゃ行きますかね。各クラスの出し物チェックに。」

 

「・・・了解でーす。」

 

 

 うげーっと超嫌そうな顔をしながらだが、俺の横について来た。

 とりあえず、もうあんな申し訳なさそうな顔をしてなくてよかった。そう思っておこう。



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女の子はきっと、軽いものが好き

 文化祭の日程はつつがなく進み、無事に二日目を迎えた。

 出し物の内容が少し違っていたり、列順で小競り合いが発生したりと小さい問題こそあれ、大きな問題が発生することもなく二日目を迎えられたのは、ひとえに実行委員の働きが大きいだろう。

 城廻先輩を中心とした生徒会主導の巡回グループは円滑に問題を解決し、その場に潤いをもたらした。城廻先輩のカリスマ性の面目躍如と言ったところか。無論、他の巡回の人もいざこざをしっかりと解決している。俺も微力ながら、その手伝いをさせて貰った。

 

 そんな風に仕事をしていれば時が経つのも早いもので、もう二日目も終盤を迎えようとしていた。

 

***

 

 裏方。読んで字のごとく「裏の方」にいる人を指す言葉であり、人の目に付かない裏の方で仕事をしている人のことを表している。俳優やパフォーマーのような表に出る人たちを影ながらサポートする仕事柄憧れる人が少ないかも知れないが、それは大きな間違いだ。

 撮った映像を編集する裏方がいるからこそ俳優は最大限輝くことができるし、輝く俳優がいるからこそ裏方には仕事が回ってくる。

 「光あるところに影あり」、という言葉が指すように、表と裏は表裏一体。どちらかが欠けた瞬間に破綻するのだ。

 

 つまるところ、だ。

 

「俺が裏方にいることは最大限文化祭を楽しんでるってことだ。うん。」

 

「いえ、そうはならないと思うんですけど?」

 

 

 舞台上から流れる軽やかなジャズをバックにした俺の演説は、一色によってばっさりと切り捨てられた。ジト目でこちらを睨む様は、目だけで「何言ってんだコイツ」と雄弁に語ってくる。真の英雄は目で殺すらしいが、もしかして英雄の家系だったりするのかしら。

 

 そんな馬鹿らしい思想を巡らせる俺達がいるのは、体育館にあるステージの横。今正に裏方として働いている真っ最中なのだ。

 

 

「俺の中ではなってるからいいんだよ。大体俺は裏方の方が好きなんだし。注目されるの嫌いだし」

 

 

 言い訳がましく聞こえるかも知れないが、これは事実だ。俺が今裏方にいるのは自分で希望したからだしな。決して他の人がやりたがらなかったからではないし、暇だったのが俺だけだったという訳でもない。内申点欲しいし!

 

 しかし弁解しても一色のジトッとした目線は変わらない。殺されることは無さそうだが、このままでは俺の身が持たん。

 

 

「ところであれだ。なんで一色まで来たんだ?お前確かこっち希望してなかったろ」

 

 

 というわけで、疑問に思っていたことを聞いて話題の転換を図る。

 

 そもそも一色は今日は裏方に仕事が入っていないはずだ。しかし俺が裏方に入ったときには、まるで当然かのようにここにいたのだ。遅いです!なんて言われたので、ついつい謝ってしまったくらいだ。思わず一瞬スルーしかけてしまったくらい自然な溶け込み、俺じゃなきゃ見逃してるね。

 

 

「ああー・・・それですか・・・」

 

 

 目を泳がせ、若干言いにくそうにしている。

 その様子から、大体察することができた。

 

 

「・・・また山田か」

 

「・・・そんな感じです。」

 

 

 まじかよ。

 そう思った俺の脳裏に、妄執、という単語がよぎった。

 

 恋は心の病だ、なんて言葉もあるが、ここまで来ると最早本当に病気なのではないかと疑ってしまう。ここまで一色に入れ込んでいるとは・・・流石に懲りてほしいものである。

 

 

「・・・・・・ごめんなさい。昨日巻き込んだのに、こんな感じで」

 

「いや、一色が謝ることじゃないだろ。あれは全面的にあいつが悪いんだからな」

 

 

 絶句していた俺は、慌ててその謝罪を否定した。どこにいるか分からぬ山田への、頼むからこれ以上に騒ぎを起こしてくれるな、という思いと共に。

 

 

「・・・とりあえず、葉山先輩にも話をしてみるよ。あいつ、確かサッカー部だっただろ?」

 

「う゛ぇ!?」

 

 

 やはりこういうのは、彼にとっての身近な人からの目線も大切だ。

 そう思っての言葉だったのだが・・・なんだ今の声。

 俺の見た物が正しければ、とても綺麗とは言えない音は目の前の少女から発せられたモノだった気がするのだが・・・

 

 

「い、いや~。その、葉山先輩には言いづらいっていうか?こんなことでっていうか?」

 

 

 ガクガクと、壊れたパントマイム人形のようなジェスチャーをしながら必死に弁解を始めた。小声でしどろもどろな言い訳をする様子は、正直面白い。舞台袖は暗くて表情までは詳しく分からないが、恐らく超焦った顔をしていることだろう。何それ超見てみたい。

 

 

「ていうか・・・そう、迷惑!多分葉山先輩はそういうの多いでしょうし、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないんですよ!!」

 

「いやまあ、そういう経験あるだろうから聞きにいこうと思ったんだけどね?」

 

「ええと・・・ほら、お忙しいでしょうし!」

 

「いうて同じ学生だろ。ちょっと話すだけだし、そこまで負担はないと思うが・・・」

 

「う~ん・・・ええっと・・・・それから・・・・・・」

 

 

 うんうん唸りながら必死に意見を捻りだろうとしている。あまりに必死なその様子は微笑ましいが、なにゆえそこまで必死に考えているのだろうか。

 そんな様子を見て、俺は一つの結論へたどり着いた。

 

 

(はは~ん。さては・・・恋だな?)

 

 

 我ながら非常に納得のいく答えが出てしまった。

 葉山先輩は我が校きってのイケメン。恐らく一色も葉山先輩のことが好きなのだろう。だからこそ、こんなことで悩んでいることを彼に見られたくないのではないか。

 

 うむ。絶対これだな。

 

 

「分かった。葉山先輩には言わないよ。」

 

「それからえっと・・・・・・。え、マジですか!?」

 

「お、おうマジだ。恋路を邪魔して馬に蹴られたくはないからな。言わないって。」

 

 

 こちらがドン引きするくらい食いついて来たが、なんとかこちらの意思を伝えることができた。

 

 

「え・・・・・・あ、そう、そうですそうです!」

 

 

 一瞬呆けたような表情をしたが、すぐに我が意を得たりと言った様子になった。

 

 

「やっぱりこういう話題って重くなりがちじゃないですか。そういうのはちょっと乙女的にNGっていうか?そんな感じなんですよ多分」

 

「ほーん。」

 

 

 多分て。まあ一色が納得したならなんでもいっか。

 

 

「というかそういうの気にするもんなんだな。重いとか軽いとか」

 

 

 やっぱり乙女的にはなんでも軽い方がいいのだろうか。女子の軽い物信仰は体重だけかと思っていたのだが。いやタピオカとか流行ってたし、あれも手軽って意味なら軽いんだろうか。となると次は麩菓子とか流行りそうですね。手軽だし。知らんけど。ていうかまだタピオカって流行ってんの?

 

 

「そりゃ当然気にしますよ。誰だって、好きな人には重いって思われたくないもんです」

 

「そういうもんか」

 

「そういうもんです!」

 

 

 女子がなんたるかを、まるで説教されている気分で聞いていると、何故こんなことになったのかと聞きたくなる。だがまあ、一色が元気ならいっか。

 

 

「・・・って、聞いてます?」

 

「ああうん、聞いてる聞いてる。んで、何の話だっけ。麩菓子?」

 

「こいつ絶対聞いてねぇ・・・」

 

 

 もういいです!とすねたようにぷいっとそっぽを向き、暗い中で進行表とにらめっこをし始める一色。若干怒ってはいるものの、その表情は真剣そのもの。今誰が何をしていて、あとどのくらい時間があるのか。そんなことを考えてそうな横顔だ。

 その横顔を見て俺は、ふと思ってしまった。「こういうの向いてそうだな~」と。

 

 

(いや、ないか。)

 

 

 その妄想を、頭を振って追い出す。忘れがちだが、彼女はリア充かつスクールカーストの最上位。とてもではないが、そういう裏方の仕事をやるような人種ではない。今こうしてここにいるのは、不運が重なっただけなのだ。俺なんかがこうして隣にいることなど、本来はありえないことだ。

 

 その事実に、一抹の寂しさを覚える。だが、それでいい。本来交わらない二人が、不運にも、少しだけ関係を持っただけ。決して、頼りにされている訳ではない・・・はずだ。やがて、着実に終わりを迎えていくのだから。

 

 

***

side一色

 

「・・・とりあえず、葉山先輩にも話をしてみるよ。あいつ、確かサッカー部だっただろ?」

 

 

 彼の口からその言葉が出たとき、私はとっさに断ろうとした。でも、私の口から出たのは変な音だけ。とても乙女から出る音ではなかったのは、内緒にしておきたい。

 

 

「い、いや~。その、葉山先輩には言いづらいっていうか?こんなことでっていうか?」

 

 

 なんとか口に出せたのは、あまりにつたない言い訳だった。焦ってるせいで全然説得力がないし、言葉尻だって尻切れトンボな感じだ。案の定、城ヶ崎君は葉山先輩に相談することのメリットを説明してくれている。それをなんとか論破しようと言葉を重ねるが、全く効果はない。当然だ。こんなに説得力のない説得はないと、我ながら思ってしまうくらいなんだから。

 

 そして必死に次の理由を探しているときに、彼はどこか納得したように言ったのだ。『恋路を邪魔して馬に蹴られたくはないからな。』と。

 

 それを聞いた私は、一瞬思考が止まってしまった。

 確かに、私は葉山先輩が好きだ。サッカー部のマネージャーになったのも、彼に少しでも近づきたいと思ったからだった。

 でも、城ヶ崎君にそれを話したことはない。なのになんでそれを・・・?

 

 

「・・・・・・あ、そう、そうですそうです!」

 

 

 とはいえ、折角見つけた丁度良い理由だ。これに乗らない手はなかった。

 

 

「やっぱりこういう話題って重くなりがちじゃないですか。そういうのはちょっと乙女的にNGっていうか?そんな感じなんですよ多分」

 

 

 自分で何を言ってるかは分からなかった。でも、その勢いに気圧されたのか彼は納得してくれたようだ。顔が赤くなっていることを自覚しながら、今日ほど体育館の薄暗さに感謝したことはないだろう。

 その後も、とりあえず思いついたことをずっと口に出し続けた。その甲斐あってか、段々と感情が落ち着いてきた。落ち着いて目の前を見れば、何故か正座をしながら私の話を聞いている城ヶ崎君がいる。なんでこの人は正座してるんだろうか。

 

 

「・・・って、聞いてます?」

 

「ああうん、聞いてる聞いてる。んで、何の話だっけ。麩菓子?」

 

「こいつ絶対聞いてねぇ・・・」

 

 

 なんで麩菓子・・・私そんなこと言ったっけ?

 悪態をついてはみたが、多分この人はなんだかんだ言ってちゃんと聞いてるんだろう。そんな様子を微塵も感じさせないのは、彼を知ってるからだろうか。

 

 口では面倒くさいなんて言いながら、いざとなれば誰よりも没頭して一生懸命になる。

 自分のことを省みず、誰かのために必死になる。

 そうなるのに理由があるけど、話しにくい理由だということ。そして、いつか話してくれると言ってくれたこと。

 

 ぱっと挙げただけでもこれだけ出てきた。誰とも関わろうとしない彼のことを知っていると思うと、少しだけ頬が緩む。

 ふと思ったんだけど、城ヶ崎君は重い女の人は嫌いなんだうか・・・って、なんで私がそんなこと考えなきゃいけないの。

 

 そんな気持ちに気づいた私は、そっぽを向くふりをしてプログラムに目を落とす。何も考えずにプログラムに目を走らせていると、やたらと強調された、私が好きなはずの葉山先輩の名前があった。昔の私なら、その名前を見ただけでもキャーッとなっていただろう。ペンでぐるっと囲ってあるのがその証拠だ。

 

 でも。囲ってたはずのその名前は、前よりも色あせて見えてしまった。

 でもそれはきっと、薄暗いせいだ。多分。




 心理描写難しい


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任された背中

 


「先輩!そっちはどうですか!?」

 

『いやダメだ。こっちにはいねぇ!』

 

 

 校内を全力疾走しながら画面の向こうへと言葉を投げる。両者息も絶え絶えではあるが、なんとか会話はできている。

 

 

『あーその、なんだ。・・・大丈夫か?』

 

 

 比企谷先輩の心配するような声が聞こえる。勿論全然万全ではない。だが、行くしかないのだ。

 

 

「俺は問題ないです。それより、早く行きましょう!」

 

 

 それを悟らせぬように、努めて大きな声を出した。

 

 

『・・・分かった。よし、三階行くぞ!』

 

「了解です!一通り探したらかけ直します!」

 

 

 一旦電話を切り、再び全力疾走を開始した。誰も居ない教室のドアを開け放ち、ぐるっと目を光らせては次の教室へ・・・延々とその作業を繰り返し、一人の生徒を探し続けた。

 

 

(ったく。なんでも想い人でもねぇのにこんなに走って探さにゃならんのだ・・・・・・!)

 

 

 どうせならもっとロマンチックなシチュエーションで女を捜したかったぜコンチクショウ。半分どころかほぼマジギレしながら足を動かすが、見つからぬ探し人。その名は相模南。我らが実行委員の委員長にして、文化祭クライマックスに職務放棄で姿をくらませた困ったちゃんである。

 

 彼女が失踪した、という情報が届いた時、俺達は舞台袖で仕事をしていた。すぐさま生徒会のメンバーが探しに出たり連絡を取ったりしたが、相手からの反応は一切なく。困り果てた俺達は、最終手段に出たのだ。

 それすなわち、「時間を稼いでその間に見つけ出す」という手段だ。見つかるかどうかも分からん相手を短い時間で探そうという、半分博打のような作戦である。これを遂行するために、葉山先輩達にもう一曲追加で演奏をお願いし、あの雪ノ下姉までもを動員したのだ。

 

 

(あの時の顔・・・くっそ・・・!)

 

 

 そう。俺が今こうして走っているのも、雪ノ下姉のせいという一面もあるのだ。

 思い出すのも腹立たしいが、それに突き動かされて足を動かしている。燃料追加の意味も込め、思い出してみるとしよう。

 

 

***

 

 雪ノ下先輩が雪ノ下さんを呼び出し、なんとか協力を取り付けた後。俺と比企谷先輩、そして一色は体育館を出ていた。

 

 

「んで、どうします?」

 

「どうするもなにも、走って探すしかねぇだろ。他に方法ねぇし」

 

「まあ、それしかないですよねぇ・・・」

 

 

 俺達に課せられたミッションはただ一つ。稼がれた短い時間で、相模委員長を探し出すこと。人が疎らになった校内を走り回り、なんとかして見つけなければならないのだ。

 

 

「はぁ・・・んじゃな一色」

 

 

 そう言って走り出そうとした俺。既に比企谷先輩は走り出す気満々で、足首を回して準備を済ませていた。両者前傾姿勢となって、そこから爆発的に加速して・・・とは、ならなかった。

 

 

「ちょ、ストップです城ヶ崎君!」

 

 

 グイっと俺の首が後ろに持って行かれ、俺だけスタートダッシュに失敗したのだ。そのせいで、死にかけのガチョウのような音が俺の口から漏れる。

 締まった首を庇うように手を当て、何すんねん、という意味を込めた視線を送りつけた。しかしそれを華麗にスルーし、一色は俺へと文句を垂れる。

 

 

「私だけ置いてくつもりですか!?」

 

「ケホッ・・・だってお前あんま走れないだろ?んな人連れて走れるほど時間ないし」

 

「だからって置いてくのはあんまりじゃないですか?私だって、何かしたいんですけど」

 

「て言ってもなぁ・・・」

 

 

 心配そうに俺を振り返る比企谷先輩に、先に行っててくれということを身振りで伝え、一色へと向き直る。

 さてどうやって説得したものか。

 

 

「いやほら、俺と一色じゃ走る速さが違うだろ?だからアレなんだよ」

 

「でも二人より三人で探した方が効率よくないです?」

 

 

 ぐっ、正論だ・・・

 しかし、それでもなぁ・・・

 

 

「私マネージャーやってるんで、普通の人よりは走れますし、きっと大丈夫です。だから早く一緒に行きましょうよ」

 

「いや、まあ、あの・・・」

 

 

 上手い言い訳を考えようと頭を巡らせる。そうだ、校内走ったら危ない。これで行こう。

 そう思って口を開こうと思った時。

 

 

 

「連れてってあげればいいじゃん」

 

 

 後ろから、聞きたくない言葉が。聞きたくない声で聞こえてしまった。

 

 

「せっかく女の子に『一緒に行きたい』なんて言われてるのに。一緒に行けばいいじゃないの」

 

 

 嫌々後ろを振り向く。どうか幻聴であってくれという思い虚しく、さっきまで空気を凍らせていた張本人。雪ノ下陽乃がそこには居た。

 

 

「・・・・・・いいんですか、こっちにいて。楽器の調整とか、色々あるんじゃないんですか」

 

「そんなのもうとっくに終わらせたよ。んで、楽しそうな感じがしたからこっちに来ちゃった」

 

 

 なんとも悪趣味な女である。というか暗幕下げてあったのに、どうやってこっちの様子知ったんだよこの人。もしかして気配察知スキルとか持ってるのかしら。

 

 

「それより、早く行かなくちゃいけないんじゃない?時間なくなっちゃうよ~」

 

 

 ニヤニヤと、本当に楽しそうな顔で促して来やがる。付き合いは短いが、それでも流石に分かる。夏の車の時と同じ。あの顔は、こちらの弱点を知ってる時。そして、相手をいたぶるときにする顔だ。

 

 

「そう思うんなら邪魔しないで欲しいんですけどね。俺は今すぐにでも走れるんですけど」

 

「ふーん。その一色さん、だっけ。彼女を置いて?」

 

 

 当然だ、と言おうとした喉が詰まる。そうするつもりなのだが、俺はまだ彼女の説得には成功していないのだ。

 

 

「・・・・・・そうするつもりですけど。それが何か」

 

 

 ああもう、本当に不愉快だ。こちらを見透かされているようなあの顔。その前では、こちらの屁理屈など通用しないことが分かっているが故に。

 

 

「そこまで必死にならなくてもいいんじゃない?別に、君がそこまでする理由なんてないんだしさ。何より・・・」

 

 

「彼女の気持ち、汲んであげなよ」

 

 

 氷柱で心臓を刺されたような気がした。

 目を背け続けたモノを無理矢理目の前に突きつけられた感覚に、思わず全身が締め付けられる。

 

 

「そんなに心配しなくても別に大丈夫でしょ。怪我したとしても、それは自分で選んだ責任よ。君がそこまで心配する必要はない」

 

 

 俺が言おうとしていた『危ないから』という理由は潰された。まるで詰め将棋のように、一つ一つ潰されていく。そうして逃げ道を無くしてがんじがらめにしてから、彼女は必殺の刃を突きつけるのだ。

 

 

「それとも、君がそうする理由が・・・あるのかな?」

 

 

 

 今この場において、雪ノ下陽乃だけが知っている俺の過去。俺の罪悪感。

 突きつけられた俺は・・・恐怖で何もできなくなる。

 

 そして俺は気づくのだ。

 

『一色との関係を壊したくない』

 

 そう思ってしまっている、俺の心情に。

 

 

「・・・・・・行こう。一色」

 

「え、あ・・・うん」

 

 

 俺はそう言い、逃げるようにその場を後にしたのだ。

 このとききっと、雪ノ下陽乃は笑っていたことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと、『過保護』なんだから」

 

 

 

 

***

 

 

(・・・ああもう、本当に嫌だ)

 

 

 血走るのではないかという程目を動かし、必死に探す俺と一色。

 一色の走れるという発言は本当だったようで、俺にしっかりと追従してきている。というかむしろ俺の方が息が上がってるかも知れない。これでは面目丸つぶれである。

 

 

(・・・情けない。こうやって流されて一緒に走ってる俺も)

 

 

 思い出したせいで、思考がそっちに流れる。

 扉を開け放ち、中を見る。やはり誰も居ない教室は、シーンと静まりかえっていた。

 

 

(自分から目を背けてた自分も)

 

 

 それでも、俺は走るしかなかった。

 後ろを走る一色も俺も、一言も話さずに走り続けた。扉を開けるときに立ち止まったときに話しかけようと口を開く姿は見えていたが、俺は無視するしかなかった。

 

 

(・・・本当に、大嫌いだよ。)

 

 

 俺は、それしかできないから。自分のトラウマに蓋をするには、それしか知らなかったから。

 怖かったのだ。一色から、何かを言われるのが。

 

 

「・・・先輩。こっちには居ませんでした。」

 

『そうか、三階もダメか・・・』

 

 

 スピーカー状態のスマホからは、苦しそうな比企谷先輩の声が聞こえる。正直俺ももう足が限界に近づいていた。

 

 

『なあ、お前が一人になりたい時どこに行く?』

 

 

 一人になりたいとき、か。最早それは今のことだが、今俺が行きたい場所は・・・

 

 

「いつも飯食ってる場所ですかね。あとは・・・屋上とか?」

 

『そうだな。あとは図書室とか、だな』

 

 

 言ってから思ったが、いつも飯を食ってる場所に相模委員長が居る訳がないじゃないか。よく考えずに答えてしまったせいで、話がややこしくなっても仕方がない。

 ・・・落ち着け俺。思考を逸らすな。集中するんだ。

 

 

「とりあえず、引き続き総当たりで探していきましょう。残りの場所も少ないですし」

 

『そうするしかねぇか。なんか手がかりとかあったらまた電話してくれ』

 

「了解です」

 

 

 電話を切ると、思わず深いため息が漏れた。

 タイムリミットまで、もうそこまで時間が残されていない。急いで探し出して、エンディングセレモニーに駆り出さなくては・・・

 

 

「先輩、なんて言ってました?」

 

「あ、ああ。とりあえず総当たりで探して、手がかりがあったら連絡するって。」

 

「そうですか。・・・えっと、じゃあ、行きましょうか」

 

「そうだな」

 

 

 事務的な会話にすら、どこかぎこちなさを感じでしまう。ちょっと前までなら、ここで軽口の一つでも叩けていたであろう空気感は霧散してしまっている。もしかしたら俺は、もう引き返せないところまで・・・・・・・・・

 

 足を動かす。

 

 悪い考えを振り切るかのように、俺は別のことを考える。

 

 相模南がなぜこのタイミングで姿をくらませたのか、と。

 

 この理由にはすぐ思い至った。

 相模南は、逃げたのだ。

 

 超有能な副委員長が隣にいる上でのしかかる、「無能な委員長」という肩書き。

 自分がお飾りのまま進行していき、盛り上がりを見せる文化祭。

 そして、オープンセレモニーでのスピーチの失敗。

 

 それらの重圧は、「リア充」として生きてきた彼女には絶えきれぬ物だったのだろう。だからすべての責任を放り投げ、クライマックスにして職務放棄をしてしまった・・・といったところか。

 

 正直、俺に彼女を責める権利はどこにもない。それどころか、同類と言える。同類を探しに行く様子は、雪ノ下陽乃にしてみれば相当滑稽に映っただろう。ミイラがミイラを探しに行くなんて、B級ホラー映画だって扱わないだろうしな。

 

 だが、俺は別の理由で彼女を探さねばならない。俺が俺のやり方を貫くために。「文化祭を成功させる」という決めたことを実現させ、俺が俺でいるために。

 

 頭をフル回転させ、彼女の心理に思いを巡らせる。

 失敗して、逃げた。しかし、彼女にはプライドがあるはずだ。比企谷先輩曰く、彼女は「成長のために」と言って、文実の補佐を奉仕部に依頼をしたらしい。

 

 彼女にとっての「成長」とは何か。

 

 

「・・・『仲間との絆』とか、か。」

 

 

 失敗した自分が姿を消し、それを友人達が探し出す。そして暖かく迎え入れられた私は、無事に成功者としてハッピーエンド。

 なるほど、安い青春ドラマなんかでありそうな展開である。というかこれ結構いい線行ってるのではないだろうか。

 そしてこう言うときの定番シチュは・・・屋上か?

 

 

「なあ一色・・・」

 

 

 考えがまとまり、一色に話そうとした時。俺の電話が鳴った。

 

 

「すまん・・・もしもし」

 

『城ヶ崎か?相模の居る位置の見当が付いた』

 

「奇遇ですね。俺も丁度その件で電話しようとしてたんですよ」

 

『そうか。それで?』

 

「屋上、ですよね?」

 

『ああそうだ。多分そこに居る』

 

 

 どうやら比企谷先輩も同じ考えに至っていたらしい。

 

 

「それで、どっちに行きます?」

 

『それぞれ近い方に行こう。俺は特別棟に行く』

 

「了解です。」

 

 

 電話を切ると、一色は既に準備を終えていた。スピーカーモードのおかげで、話は聞こえていたっぽいな。

 

 

「一色、聞こえてたと思うけど」

 

「屋上、ですよね?」

 

「ああ。」

 

 

 必要最低限の会話だけすませ、無言で屋上へと走る俺達。

 気まずい空気も置き去りにできればよかったのだが、残念ながらそうはいかないのだ。

 こうして沈黙の中、俺達は屋上への階段を駆け上がっていった。




 城ヶ崎は、優しい男だ。
 しかし、優しさは時に人を傷つける。彼は人と関わる機会が少なかったが故に、それを自覚することなく生きてきた。
 そんな男が、自分の優しさのせいで傷ついた人を見たとき。一体どうなるのだろうか。

「ほんと、『過保護』なんだから」

 雪ノ下陽乃の言葉が彼に届くとき。それは、もう少し後の話だ。


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二人が分かれる分岐点

実はここまでが前振りだった


 ガチャガチャと鳴る錆びた鍵の音。それは、屋上がしっかり施錠されていることを示している。

 喧噪から離れたこの場所には、その音だけが空虚に響いた。まるで、がらんどうの箱に響くように。

 

 

「・・・こっちじゃなかったみたいだな。相模委員長」

 

「え、ええ。」

 

 

 ぎこちない二人に生まれた会話は、酷く事務的な物だ。

 コツリコツリと階段を降りる音に混じって、ブーブーと機械的な音が響いた。発生源は、一色のスマホ。だが彼女はそれに目もくれることなく階段を降り続けている。城ヶ崎はそれを気にしていたようだが、それを言い出すことなく階段が終わった。

 階段が終われば、そこは廊下。左右に伸びるその先は、傾き掛けた陽が作る影で暗くなっている。何かを暗示するかのようなその光景を前に、城ヶ崎は切り出した。

 

 

「あー、えっと。一色はこっちにいなかったって、城廻先輩に報告してきてくれないか?」

 

 

 見え透いた嘘だった。

 報告なんて、もう片方と報告し合ってからでいいと言うのに。

 

 

「分かりました。」

 

 

 だが、一色いろははそれを了承した。

 

 

「・・・そっか。ごめんな」

 

 

 城ヶ崎景虎が何に謝ったのかは、誰にも分からない。

 

 

「いいんです」

 

 

 一色いろはが何を許したのかは、彼女にしか分からない。

 

 しかし、彼らの道がここで別たれたのは、紛れもない事実だった。

 

 

「それじゃ」

 

 

 そう言って、城ヶ崎は歩き始めた。

 一色に背を向け、罪人のように。

 

 

「・・・あの!」

 

 

 背中に掛けられる制止の言葉。

 一色は、城ヶ崎へ向けて、こう言った。

 

 

「私、思うんです。もっと、人を頼ってもいいって」

 

 

 それは、どういう意味だったのか。

 彼にとって、どういう意味を持っていたのか。

 

 彼は長い沈黙の末に、こう言い残した

 

 

「・・・・・・まあ、そのうち、な。」

 

 

 これを最後に、彼らは話すことはなかった。

 傾き始めた夕日が映す影は、重なることはない。

 

 

***

 

 

 

side 城ヶ崎

 

 文化祭が終わった帰り道。帰り始めるのが遅くなってしまった俺は、薄暗くなった道を一人で歩いていた。

 学校を出た俺はそのまま公園でぼんやりと時間を過ごしていた。そして気づくと周りが暗くなっていたのだ。しかしとても帰る気にはならなかった俺は、普段の倍以上の遅さでのろのろと帰り道を歩いている訳だ。

 

 

「・・・はぁ」

 

  

 思わず、ため息が漏れてしまった。

 日が傾いたとはいえ、まだじっとりと熱を帯びる空気に流れ出る俺の吐息。しかし、それが俺のぐちゃぐちゃの心を綺麗にしてくれることはなかった。

 

 理由は、あの時の屋上からの分かれ道。一色に言われた言葉だ。

 

 

「私、思うんです。もっと、人を頼ってもいいって」

 

 

 俺はその言葉に、なんて返しただろうか。情けないことに、それを覚えていない。もしかしたら、言葉が出せずに無視してしまったのかもしれない。だとしたらとても申し訳ないことをしてしまった。

 だが、これだけは思ったはずだ。

 

 

(・・・頼れるはず、ないだろ)

 

 

 「人という字は、人と人とが支え合って成り立っている」。これは広く知られる言葉だ。そして文化祭のスローガン決めの時に、比企谷先輩はこれを引用してこう言った。

「よく見たら片方が寄りかかっているだけだ」と。

 

 そこで彼は自分が寄りかかられている被害者だと訴えて総スカンを食らっていたわけだが、今はその話はいい。

 

 「人に頼る」ということは、「寄りかかる」ということだ。

 そして俺が寄りかかったとき。それは確実に大きな負担となる。

 俺は、未だに自分のトラウマに清算が付けられていない。そんな罪人が人に寄りかかってしまえば、下手をすれば相手が折れてしまうかもしれない。

 

 そう思うと、俺は絶対に人に頼れないのだ。

 

 軽い頼み事くらいならできる。だが、それ以上はできない。それが、俺なりの処世術だった。

 

 

(とはいえ、悪いことをしてしまったな)

 

 

 結局、一色の文化祭を後味の悪い形で終わらせてしまった。そこは本当に申し訳ないと思っている。

 

・・・しかし、ある意味これで良かったのかもしれない。

 

 すっきりとした終わり方ではなかったが、あるべき形に戻っただけだ。

 俺は日陰に。彼女は日向に。

 

 ちくりと痛む本心。―――この関係を壊したくない

 

 だがそれは、俺が手に入れてはいけない。

 

 願わくは、彼女が俺と出会ったことすら忘れ、平穏無事で楽しい学生生活を送ることを。 

 

 俺の夢は、ここで終わりだ。

 

 

 

***

 

side 一色

 

「ええ~。じゃあ一色さんは後夜祭来れないんだ」

 

「はい。すみません、折角誘って貰ったのに」

 

「ううん、いいの。それじゃあ、お疲れ様!」

 

「はい、お疲れ様でした!」

 

 

 城廻先輩はそう言って、立ち去っていった。そして私は一人、誰も居ない教室に残る。

 後夜祭に誘われたけど・・・今はとてもそんな気分にならなかった。 

 

 文化祭の喧噪が嘘のように静かな教室で、私は自分の席に座る。教室の一番後ろの廊下側が、今の私の席。そこで何をするでもなくぼんやりしていると、自然にさっき―――屋上でのことが頭に浮かんできた。

 

 あのぎこちない空気の中で交わした会話はそう多くなかった。

 でもあの時、私は思い切って彼に言うことができた。「もっと周りを頼るべきだ」と。

 

 ・・・だって、見てられなかったから。

 

 準備段階で倒れるまで仕事をして、本番だって自分の楽しみなんて二の次で仕事をこなしていた。

 誰に頼ることもなく、弱音も吐かず、ただ黙々と仕事に向き合うその姿は、まるで機械のようで少し怖かったのを覚えている。

 

 そんな彼に、私は何もしてあげることができなかった。

 それどころか、クラスで起こってしまった厄介事に彼を巻き込んでしまった。

 そんな私が、頼って欲しい、なんて口が裂けても言えなかった。だからせめて、誰か頼れる人に頼って欲しかったのだ。

 

 だけど。

 

「・・・・・・まあ、そのうち、な。」

 

 彼は長い沈黙の末、悲しげに聞こえる声でそう言い残した。

 

 私はそれを聞いて、直感で感じることができた。「これは、彼の過去に関係がある」と。

 そう感じた瞬間、私は胸が締め付けられるような思いでいっぱいになった。

 

 彼が囚われている過去は、彼自身が誰に頼ることもできなくなり、なんでも一人で抱え込んでしまうような物である。

 

 改めて行き着いたその結論が、あまりに残酷だったからだ。

 

 

「・・・やっぱり、このままじゃダメだよね」

 

 

 思い出されるのは、彼を一番最初に認識した時。真っ向から自分の意見をぶつけ、教室から飛び出していったあの時。思えば、彼の本音らしい言葉を聞いたのは、あれが最初で最後な気がする。

 その事実に胸をチクリと刺される。でも、それは今は忘れておこう。

 

 今私が座っている席は、その時に彼が座っていた場所と同じ。でも、私は彼とは全然違う。

 

 彼と違って、私は一人で全部することはできない。

 

 

 ・・・だからせめて、私のせいで彼に迷惑がかからないように。一人でできるようになるまでは。

 

 私は席に座ってスマホを取り出して、LINEを起動した。一番上には、不在着信と共にこんなメッセージが踊っていた。

 

『この後、時間ある?伝えたいことがあるんだけど』

 

 あの時、しつこく鳴っていたのはこれだ。

 その事実に若干腹立たしさを覚えながら、私は長押しすることなく既読を付け、こう打ち込んだ。

 

『ごめんなさい。無理です。』

 

 

 思い返してみても、こういった誘いの言葉に対してここまできっぱりと断ったのは人生で初めてだ。送信ボタンを押した後は、少しすっきりした気持ちだった。

 

 「きっとこれで、私だけでも問題が解決できたはずだ」

 

 このときの私は、そう考えていた。




 季節は巡り、秋がやってくる。
 あれから関わることのなかった彼らは、ある一件によって関わらざるを得なくなってしまった。
「生徒会選挙」
 奉仕部と城ヶ崎と一色。それぞれが問題を抱える中で進んでいく選挙活動は、終着点の見えぬレースのよう。

 比企谷八幡は紆余曲折を経て、「本物が欲しい」と告げる。
 では、城ヶ崎景虎は?

 次回以降、生徒会選挙編です。


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フィニッシャーは最後まで

夕日が照らす中、気まずいままに別れた二人。
お互いを少しだけ知ったまま、ゆるりと消滅したように見えた関係。
しかし。
終わらせるならば、きっちりとケリを付けておくべきだったのだ。
なあなあで打ち切った関係性は、遅効性の毒として日常を蝕む。


 季節というものは早いもので、もうすっかり秋になりつつあった。

 

 

「・・・寒いな」

 

 

 俺は亀のように首を引っ込めながら、小さく呟いた。

 

 登校中に感じる風も肌寒く感じるようになり、行き交う人々もどこかせわしなく見えるこの時期。足早な季節に、なんだか置いて行かれたような気がするのは気のせいだろうか。

 

 辺りを見渡せば、同じく登校中の人たちが姦しく喋っている。

 やれ「修学旅行どこ回る~?」だの、「俺、あの子誘ってみっかな~」だの、「希望どこに出した?」だの。それぞれ目前に迫る行事へのアプローチで手一杯のご様子だ。

 

 それもそのはず。二年生は修学旅行、三年生は職場体験とが待っているのだ。体育祭も終わり、残すはビックイベントを残すのみとなったこの時期は、多くの人にとっては忙しい時期だろう。

 しかし我ら一年生にとっては、それらは全く関係が無い。強いて挙げるならば、生徒会選挙があるくらいだろうか。まあそれも、見知った人に投票するだけのものなのだが。

 

 よって一年生全体に、どこか弛緩した空気が流れていた。まあ、高校生活初めての大きな行事をクラス一丸となって乗り越えた(※俺を除く)後の空白期間だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

 

 

 だから、俺の周囲に綺麗に空白地帯ができているのもそのせいなのだ。うん、きっと。

 最近・・・もとい文化祭以降、俺の周囲は早めの秋入りを果たしている。

 その心当たりがないではないのだが、まあそれは自意識過剰という物だろう。これは、入学当初の状況に戻っただけなのだから。

 

 余計に感じる肌寒さにぶるっと身を震わせ、俺は正門を潜った。・・・門がないのに潜る、というのも変な話だが。

 コツコツと耳に響く俺の靴音。それは、俺が緊張して行ってることを示している。それと同時に感じる憂鬱感。・・・また今日も、かな。

 

 俺は覚悟を決め、靴箱を開けた。

 果たしてそこには、覚悟していた光景が広がっていた。

 

 

「・・・はぁ」

 

 

 そこに靴の影は見えない。白くて四角い箱が、空虚な口を開けてたたずんでいた。

 

 

(・・・やっぱりな)

 

 

 俺はやれやれと首を振る。そして、いつものように靴箱の上へ手を伸ばした。どうやら最近俺の靴は出張が多いらしい。・・・なんておちゃらけてみても、俺に降りかかっている災難は変わりはしない。

 

 俺は、嫌がらせを受けているのだ。

 

 これが始まったのは、数週間前。

 最初は滅茶苦茶驚いた。なにせ昨日入れたはずの靴が忽然と姿を消しているのだから。俺が少し慌てて周りを探すと、靴箱の上にあった。当時の俺は疑問に思ったが、「落ちたのを誰かが拾って上に置いたんだろう」、くらいに捉えていた。しかし、それが一日二日と続き、挙げ句何週間も続いていれば流石に気づいた。「なるほど、俺は嫌がらせを受けているらしい」、と。

 

 イラッときた俺は教師に言って大事にしてやろうかとも思ったのだが、それはそれで面倒くさい。それに、今は靴の場所が移動しているだけだ。騒ぐには規模が小さい。かといって、毎日続くには鬱陶しい。少し悩んだ結果、俺はスルーして自然消滅を待つことにしているのだ。まあスルーした結果まだ続いているわけだが。

 

 

(しかしまあ、暇な奴も居るもんだ)

 

 

 毎日俺より早い時間に登校し、俺の靴箱から靴を取る。その律儀さには脱帽せざるを得ない。その努力をもっと有意義な方向に向けるべきだと思うのは俺だけじゃないはずだ。もっとも、元々早い時間に来る人ならあまり関係ないのかもしれないが。

 まあ何にせよ、早いとこ収まって欲しいものだ。

 俺は靴を履きながらそう願うばかりだった。

 

 

 

*****

 

 朝から憂鬱な気分であっても、時間は過ぎていく。

 面倒くさい午前の授業を終えると、唯一の癒やしである昼食時間になる。

 購買で買ったパンを片手にいつものポジションへと移動する俺は、ふと気づいてしまった。

 

 

「・・・教室に水筒忘れたな」

 

 

 いつもは持ってきている水筒を、教室に置き忘れてしまったのだ。

 幸いなことに財布はある。小遣いが減るのは痛いが、今更教室に戻るのも気が引ける。ならば出費もやむなし、という精神で自販機へと向かった。そこは俺の昼食場所と程よく近い屋外にあり、滅多に人が来ない場所でもある。

 

 しかし、俺はそれを後悔した。

 

 自販機の前に、一色を見つけてしまったからだ。

 俺は、縫い付けられたように足を止めてしまった。

 あの文化祭の日以降、俺と一色は一度も話していない。俺が意図的に目を逸らしていることもあり、教室は同じでも会話が成立することはなかったのだ。

 だが、ここは教室ではない。もう話すことはない。そう思っていても、出会ってしまってはスルーすることも難しい。見つからないうちに立ち去るべきだ。

 

 だが時既に遅し。買い物を済ませた一色は、既にこちらを振り向いていたのだ。

 

 

「あっ」

 

 

 あちらも俺に気づいてしまったようで、振り返ったままの姿勢で止まっている。お互い、壊れたロボットのように突っ立ったまま数秒が流れた。

 

 気まずい空気を払拭すべく、俺はすっと頭を下げて背を向ける。すなわち、退散したのである。ここを立ち去ってしまえば、会話は生まれないという考えからだった。

 

 そのまま進むこと数歩。俺は腰に大きな衝撃を感じた。

 

 

「うおっ!?」

 

 

 突然の衝撃に驚いた俺はバランスを崩し、前につんのめる。あわや転ぶ寸前だったが、なんとか体勢を整える。もしや一色がぶん殴ってきたんだろうか。正直二、三発殴られるくらい当然だとは思っていたが、急にされると流石に対応できな・・・うん?

 

 痛む腰をさすりながら後ろを向こうとすると、足下に一本のペットボトルが転がっていた。

 

 

「それ、あげます」

 

 

 そう言って、走って行ってしまった。

 

 

「・・・なんなんだ?」

 

 

 純粋な疑問が湧いた。だが、走り去った彼女の姿はどこにも見えない。一緒に走り回ったから分かってはいたが、やはり足が速い。

 

 その場に置いて行かれた俺は、ペットボトルを拾いながら立ち上がる。中身は減っておらず、まだ新品のようだ。ほんのり熱を持ったそれは、じんわりと俺の手を温める。

 

 

「紅茶、か。・・・あんま飲んだことないな」

 

 

 なにもかもに置いて行かれた俺は、一人寂しく零した。

 止まっているのは、俺だけかもしれない。

 

 

 

*******

 

side一色

 

 

「はぁ・・・」

 

 

 寒空の下、私は思わずため息をついてしまった。

 サッカー部のマネージャーをしている私は、たまに昼休みに仕事がある。それは放課後に使う道具を倉庫から出しとくことだったり、掃除をしとくことだったり。まあ、雑用が多い。

 今日もそんな感じの雑用が昼休みにあって、わざわざ部室に向かっていた。・・・でも今日に限って、水筒を家に忘れてきていたのだ。自分のうっかり加減に嫌になるが、ないものは仕方ない。部室に近い自販機で紅茶を買ったんだけど・・・なんとビックリ。

 振り向いたら、城ヶ崎君がいた。

 

 

「あっ」

 

 

 思わず、声が漏れてしまった。・・・別に、彼に会うのが嫌だったわけじゃない。ていうかむしろ、彼には言ってやりたいことがいっぱいあった。

 まだ借りも返してもらってないし、買い物に付き合って貰う約束も守ってもらってない。女の子を待たせた罪は大きいし、私はそんなに安い女じゃなかった。

 ・・・それになにより、彼のことを教えてもらえてなかった。

 

 いろんな感情がごちゃまぜになって、思考がフリーズしてしまった。でも、何か言わなくっちゃ。じゃないと、また行ってしまう。あの日の夕方みたいに、何もなく終わっちゃう。

 

 

「あのっ・・・!」

 

 

 意を決して口を開いた。でも、私の声は届いてないみたい。彼はもうこちらに背を向けて、少し先に行ってしまっていた。

 走って行けば、追いつけるかもしれない。そう考えたけど、足が動かなかった。

 

 走って行って、何を言うの?

 そもそも、追いかけて良いの?

 でも、チャンスは逃したくない。

 この次は、いつになるか分かんない

 前みたいに、袖を引っ張って止められない

 

 相変わらず、私の考えは滅茶苦茶だ。こんな短時間じゃ、全然まとまりそうにない。

 

 ・・・多分、考えすぎて頭がショートしたんだと思う。

 私は、唯一今手に持っているもの――紅茶のペットボトルを、彼の背中目掛けて思いっきり投げつけていた。

 

 

「やべっ」

 

 

 そう思ったときにはもう後の祭り。綺麗な直線を描いて飛んでいったペットボトルは、キャップの部分から城ヶ崎君の背中に突き刺さっていた。

 

 

「うおっ!?」

 

 

 予想してなかっただろう一撃は、相当効いたんだろう。彼は思いっきりつんのめって、転びかけてしまった。

 

 ・・・やっちゃった。どどどどうしよこれ!?

 

 

「そ、それ、あげます!」

 

 

 急なことにパニックになっちゃった私は、思わずその場から逃げてしまった。

 

 

(やばい・・・これ怒られても文句言えない・・・!)

 

 

 そんなことを思ってた。

 でも、いつまでも後ろから声がかかることはなかった。

 ・・・私は、逃げ切ってしまった。




勿論、これから奉仕部も修学旅行でゴタゴタします。


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匂いは記憶とうんたらかんたら

 時系列的には、修学旅行が原作通り終わって一色が奉仕部に相談を持ちかけた翌日です。


 side 八幡

 

 

 寒さが加速度的に増えていき、足早に冬が近づいてくる。俺が普段使っている校舎裏、通称ベストプレイスはそこそこ日が当たるのだが、風が吹くと流石に寒さを覚えるようになった。俺はこの秋という季節が嫌いじゃない。日に日に寒くなる気温が、万年冬である俺の周囲と徐々にマッチするような感覚。これが中々どうして悪くないのだ。

 

 だが、今年は妙に寒い。千葉が過ごしやすいことは言うまでも無いので、多分世界の全てが寒いんだろう。夏になると毎年近年稀に見る猛暑とか言ってるので、たまたまそれが冬に当てはまっただっただけだ。知らんけど。どうでもいいけどまじで毎年言ってるよね、あれ。毎年言いすぎて最早ただの定型文として使ってるんじゃないかと疑うレベル。定型文は会話デッキに必須レベルだし仕方ないのかもしれんが。つまり夏とはボジョレーヌーヴォーのことだった・・・?

 

 

「・・・なんかあったんですか?先輩」

 

「は?」

 

 

 そんなくだらないことに思考を飛ばしていると、ベストプレイスに足を踏み入れる奴が一人やってきた。そんな奴を、俺は一人しか知らない。

 

 城ヶ崎景虎。

 春に俺と出会って以降、かなりの頻度で一緒に飯を食っている変わり者だ。出会ったきっかけとなった提出用紙に書かれていた文言から、どこか似たような波動を感じたから・・・と言えば聞こえは良いが、実際はただの拗らせたボッチである。捻くれ者と揶揄される俺と、拗らせている城ヶ崎。あっちの交流関係を詳しく知っているわけではないが、俺にとっては貴重な同性の会話相手だ。

 

 

「別にいつも通りだろ。俺はなんも変わってねぇよ」

 

「いや、最近ここに来るのめっちゃ早いじゃないですか。前まで俺が先に来る時もあったのに」

 

「・・・いやまあ、寒いからな。うん」

 

 

 ・・・妙な所で勘の鋭い奴だ。人間観察が得意なのはボッチの固有スキルなのかもしれん。

 

 なにか言い返そうとしたが、上手い返しが喉から出てこない。なにせ、事実だからだ。今の俺は、あまり教室に居たくない。教室に居ると、視線が痛いのだ。由比ヶ浜がチラチラと送ってくる、気遣うような、腫れ物に触るような視線が。

 やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ。そう願っても、意味など無い。彼女はあまりに優しいから。

 

 

「普通は逆なんだよなぁ・・・おかげで俺が来たときにはもうここ秋っぽくないんですよ。先輩がケツで暖めてるせいで」

 

「俺は秀吉かっつの。大体、俺が暖めるのは草履じゃなくてベンチくらいだ。暖めすぎて最早夏になるまであるぞ」

 

「先輩補欠入れるんですか?」

 

「ふっ、馬鹿言え。俺は万年補欠要員だぞ。もはや補欠過ぎて誰からも覚えられてないまである」

 

「まあ俺ら日陰者ですしね。日が当たらないから自分らで暖めるしかないか」

 

「道理だな」

 

 

 下らない冗句の応酬に、ふと懐かしさと物足りなさを覚えた。こいつとは、昨日もこんな会話をしたはずだ。何が違う?何が足りない?俺は思考を巡らせるが、その答えはあっさりと見つかった。

 

 

「お前、紅茶なんて飲むやつだったか?」

 

 

 紅茶。そう、紅茶だ。俺の記憶の中では、こいつは微糖のコーヒーを飲んでいる。俺はマックスコーヒーを勧めているのに。とても紅茶なんて上品なものを嗜む奴ではなかったはずだ。だと言うのに、今日に限ってこいつは紅茶を持参していた。風に乗って俺の鼻を突く香りは、まるで俺を攻めているように感じる。とんでもない被害妄想だ。

 

 しかし俺がそれを聞けば、城ヶ崎は虚を突かれた様子で苦々しくぎこちない表情筋を動かした。

 その表情を、俺はよく知っている。小町と喧嘩した翌日の朝、鏡に映っていた俺の顔とそっくりだ。何かやまし・・・くはないが、きっと何か事情があるんだろう。

 

 

「あ、いや。別に好きって訳じゃないんですけどね。・・・偶々ですよ。」

 

 

 城ヶ崎が飲む紅茶。その匂いが、俺にあの場所を連想させていた。夕日が差す教室、そこに香る紅茶の香り。もう二度と嗅ぐことは無いと思っていた。もう二度と、戻れないと思っていた距離感。

 

 

「・・・似合わねえな、お前に紅茶は」

 

「デスヨネー」

 

 

 ・・・本当にこいつは侮れんやつだ。そう認識した結果、俺は一色の依頼を思い出していた。

 

 

***

 

 生徒会選挙に勝手に立候補させられていた、と語る一色は、俺達奉仕部に依頼をしてきた。「角が立たないように、私を選挙で落として欲しい」と。その際に、彼女はもう一つ条件を出してきた。

 

 

「・・・城ヶ崎には絶対知られたくない、か?」

 

「はい。できれば、というより絶対に」

 

 

 何故ここで城ヶ崎が出てくるのか、とあの時は疑問に思った。確かに城ヶ崎は正義感・・・というより、何かに全力を出しすぎる傾向があった。だが、この件に関しては全くの無関係だろう、と。

 

 

「理由を教えて欲しいのだけれど。彼も学年こそ一年だけれど、生徒会長になる素質は充分にあるわ。むしろ、それは貴方の方が理解してるのではないかしら」

 

 

 雪ノ下の言葉は最もだと思った。彼に立候補してもらえば、少なくとも信任投票で落ちるなんてことはしなくて済む可能性が増える。人気は一色の方が上だろうが、応援演説をやる人次第ではそれがひっくり返る可能性は高い。そんな安牌を捨てるなど、正気とは思えなかった。

 

 

「分かってます。・・・でも、城ヶ崎君にこれ以上迷惑をかけたくないんです」

 

「・・・何か事情があるようね」

 

「はい。彼がこれを知ったら、絶対なんとかしようとすると思うんです。『俺のせいだ』なんて言って。絶対そんなことないのに。だから、知られたくないんです」

 

 

 深くまでは話そうとしない一色。だが彼女の必死さからは、普段被っている「可愛い女子」というガワは脱ぎ捨てられている。多分、相当悩んだ末に相談して、平塚先生に連れてこられたんだろう。

 

 

「分かったわ。城ヶ崎君には知らせない方針で、何か策を考えましょう」

 

 

***

 

 

 今ならば分かる。こいつは、一色の状況を知ったら絶対行動する。「そんなことしないだろう」なんて思ってかかったら、痛い目を見るのはこちらだ。ついでに言うならば、こいつは『偶然』一色のことを知ってしまっている可能性すらあった。

 

 

「なあ、最近変わったこととかなかったか?」

 

 

 探りを入れるべく、俺はなんてことない風に会話を続ける。正直、ちょっとリスキーではある。だが、こいつが今どこまで知ってて、どう行動しているのかを知るメリットは大きい。万が一にも、知ってて行動してない、という可能性も考慮した上でだ。

 もし知ってて行動していない場合、俺の手札が増えることになるからな。立ってる者は親でも使え。持てる手段全てを駆使しなければ、雪ノ下には勝てないのだから。

 

 

「変わったことですか?うーん・・・犬のうんこ踏みかけたとか?」

 

「歩いて登校するやつの定めだな、それ。」

 

 

 思ったより何も無さそうである。やはり、一色のことを知らない可能性が高いか?

 

 

「・・・あ、そういや最近俺の靴が隠されるんですよね」

 

「いじめか?」

 

「んーそんな感じですかね?まあ実害少ないし放っておいてるんですけど」

 

「いやちゃんと対処しろよ・・・。ぼっちは実害出ても誰も気づかんぞ。早めに対処しとけ」

 

「まあそのうちなんとかしますよ。って言っても、諸事情により厳しそうなんですけどね」

 

 

 前言撤回。こっちはこっちで大問題を抱えていた。規模は小さいようだが、苦労しているようである。

 

 

「何か心当たりとかないのか?」

 

「うーん・・・あるにはあるんですけど、確証ないですし。まあ、そのうち飽きるんじゃないですかね?」

 

「心当たりあるのかよ・・・」

 

 

 一体何をやらかしたんですかねぇ・・・。まあどうせなんかに巻き込まれたか割って入ったかのどっちかだろ、多分。こいつそういうのでやらかしてそうだし。ていうか今更だけど、こんな正義感あるやつがなんでぼっちやってんだよ。お前絶対陽の側だろうが。

 

 

「あ、俺の靴なくなったくらいの時期からクラス内の雰囲気が変わりましたね。なんていうか、派閥が変わった?って感じです」

 

「派閥が変わった、ねぇ」

 

 

 思わぬ所から結構重要な証言を得られた。

 十中八九、雰囲気が変わった原因は一色の件が絡んでいるだろう。陥れた犯人がまだ分かっていない以上断言はできないが、城ヶ崎の件も同一犯とみて良さそうだ。

 派閥が変わった理由は、中心人物がそれらをやったからだ。主導となってそれをやった以上、反感を覚える奴は当然出てくる。しかもそれがいじめや度が過ぎた嫌がらせともなれば尚更だ。

 状況証拠は充分揃ったと言えよう。犯人の割り出しは先生達がやってくれるからいいとして・・・

 

 

「まあ、そのうち収まるんじゃねえの?」

 

「そうですね」

 

 

 状況は変わってない。だが、吉兆の目は見えてきた。

 

 恐らく、一色の件さえ解決してしまえばこいつのいじめもなくなる。ただでさえ株を落とした犯人が失敗したとなると、その求心力は大きく落ちるからな。

 

 

「ま、なんかあったら言えよ。聞くくらいはしてやる」

 

「なんだかんだ面倒見いいですよね、先輩」

 

「当然ろ。俺はお兄ちゃんだからな。年下の面倒見るのは慣れてる」

 

 

 とは言ったが、こいつが素直に相談してくるとは思えない。だが、こちらに誘導できる餌を撒いておくことで、情報が得られるかもしれない、という打算込みである。純粋に心配なのが8割だが。ぼっちはぼっちに優しいのである。

 

 

「ありがとうございます。・・・じゃ、時間もそこそこなんで、これで」

 

「おう。背後には気をつけろよ」

 

「夜道じゃないんで大丈夫で~す」

 

 

 そう言って立ち上がる城ヶ崎。唸りながら背を伸ばし、こちらに背を向けて立ち去っていった。

 

 

「あ、先輩」

 

「なんだ?」

 

 

 しかし、去り際にこんなことを言って行きやがった。

 

 

「・・・何があったか知りませんけど、そっちこそなんかあったら相談してくださいよ?俺で良ければ協力するんで」

 

 

 ・・・俺はそこまでわかりやすいのだろうか。小町が一瞬で見抜いて来たのは仕方ないにしても、まさかこいつにまで見抜かれているのか?

 

 

「・・・お前、やっぱ変な奴だな」

 

「先輩こそ。隠してるのが儲け話とかだったら、俺も一枚噛ませてくださいよ?」

 

「安心しろ。万が一にも儲かることはないからな」

 

「えぇー。じゃあいいかな・・・」

 

「どっちだよお前・・・」

 

 

 仮に俺に友人がいるとしたら、こんな感じなんだろうか。

 ふと、そんなことを考えてしまった。




 しかしこれが大きな分かれ道になることを、彼らは知らない。
 城ヶ崎が一色のことを知ったとき。それが、大きな乖離点となるのだ。


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