サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ (ヤットキ 夕一)
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第1話 帝都、夢の華撃団
─1─


「い、イヤだ……僕にはできない!!」

 首を横に振ったすぐ後、彼女は自らそこへと飛び込んできた。
 自分が構えた刀の切っ先へ、彼女の胸が刺さるように。

「──ッ!!」

 声にならない悲鳴をあげたのは、刺された側ではなく、刺した側だった。
 自分の手の中で命が散っていく感覚。それがハッキリわかった。
 明らかに生気を失っていく彼女。
 その無理に笑みを浮かべているのが痛々しく、見ている彼の心を抉る。

「違う。僕は……僕はこんなこと、望んじゃいなかった」
「ふふっ……やっぱりウメくんは、『僕』の方が似合うよ……『俺』なんかよりも、ずっと、しっくり……くる、ね」
鴬歌(おうか)! しゃべったら駄目だ!!」

 幼なじみの笑みから力が失われていくのは明らかだった。

「医者に行く。まだ……まだ間に合う。間に合うはずだから」

 そんな言葉に彼女は首を横に振った。それにあわせてポニーテールにまとめられた髪がゆっくり揺れる。

「ううん、もう……ダメなのは、わかってる……から」
「そんなことない!」

 力なく振られた彼女の首に対し自分が強く首を横に振り、彼女の言葉を否定する。

「ウメ…くんだって……わかってる、でしょ?」

 弱々しく上がった彼女の手はゆっくりと目の前にある顔に延び、そしてその目から流れる涙にそっと触れる。

「だから、泣いてくれて……いるん、だよね。あたしの、ために……」
「……諦められるわけないだろ! 鴬歌が、鴬歌が死にかけているのに!!」

 泣いているのを自覚し、感情が爆発する。

「イヤだ!! 死ぬな、鴬歌!! 死ぬんじゃない!! 言ったじゃないか、ずっと一緒だって。梅に(ウグイス)は付き物なんだろ!!」

 その言葉に彼女は場違いに、力ない笑みを浮かべで答える。
「フフ……ウメくん、梅の木にくるのは…鶯じゃなくて、メジロなんだって……でもね、あたしは、ずっと……これから先……見守っててあげるよ、ウメくんのこと……」

 そして最期の力を振り絞り、精一杯の笑顔を浮かべる。


「最期に、アレ……食べたかったな。また……作って、ね……」


 腕から失われる力。
 そして最後に笑みを残して消える表情。
 閉じられた目が開くことは、もうなかった。
 それが、その言葉が彼女が最期に発した言葉となった。



 

「──ッ!」

 

 目を覚まし、自分の体を定期的に揺さぶる振動で武相(むそう) 梅里(うめさと) は自分が汽車に乗っているのを思い出した。

 抱き抱えるように持っていた荷物にも異常はない様子で、彼は顔を上げ車窓から外を見る。

 汽車は大きな川を渡っている様子だった。

 故郷の水戸を出てもうどれほど経っただろうか。眠ってしまった関係で時間的にも地理的にわからなくなっていた。

 

「……大丈夫かい? お兄さん」

 

 そんな梅里の様子をて、対面から声がかかった。

 見れば中年の女性が心配そうな顔で見ている。

 

「うなされていたみたいだったけど……」

 

 それで合点がいった。そして見ていた夢もハッキリと思い出す。

 いい夢とは全く言えない。言ってしまえば悪夢の類だ。

 でも、梅里はそれを単純に悪夢と断じることはできなかった。実際に起こったことであり、決して忘れてはいけないことだから。

 

「……大丈夫ですよ。心配していただいたようで、ありがとうございます」

 

 笑みを浮かべて頭を下げると、彼女は心底ホッとした顔で笑みを浮かべた。

 そんな相手の反応を一度は不思議に思ったが、抱えた荷物の中にある細長い包みを見つけてなるほどと納得する。

 その包みを見る者が見れば、中に刀を収めるものだとわかるだろう。実際に入っているのだが、それを知らずとも目の前で刀を抱えた男が夢でうなされていたらさぞ落ち着かなかったことだろう。

 

(これだけ見れば完全に不審者だよなぁ……)

 

 突然に乱心して刀を出して暴れる、ということは心が病んだ人ならばあり得る話だろう。声をかけたのも意外と一大決心だったのかもしれない。

 梅里の笑みでその不安が解消されたからこそのホッとした様子だったのだ。笑みが自然と苦笑へと変わる。

 それをきっかけに、また、さらに安心させるために梅里はその女性と世間話をした。

 

「さっきのは何て川ですか?」

「利根川だよ。それを知らないってことは、お兄さんはこっちの方の人じゃないんだね?」

 

 意外な河川名に梅里は驚いた。

 

「え? じゃあここは……」

「ええ。茨城を出てもう千葉に入ってるよ」

 

 群馬県から栃木県と埼玉県、さらには茨城県、千葉県との県境を流れる川であり、『板東太郎』の異名を持つ利根川は関東地方を代表する大河だ。遠く離れた茨城県の中央にある水戸で生まれ育った梅里でも名前だけは知っている。

 

「今のが……」

 

 故郷の近くを流れ、よく目にしていた那珂川との光景の違いを比べつつ、同時に今自分がいるのが茨城ではないことが、目的地に近づいたことを意識させられた。

 聞けば女性は千葉と茨城の県境付近に住んでおり、野菜の行商をしているらしい。確かに彼女の目の前には大きな荷物があり、そこには多くの野菜が見えた。

 

「立派な野菜ですね」

 

 見えた野菜を評すると、彼女は少し驚いた様子だった。

 

「わかるのかい?」

「ええまぁ……実家が料理屋を営んでるもので」

 

 思わず苦笑する。その経験からつい出てしまった言葉に、梅里自身も少し困惑していた。

 

「そうかいそうかい。で、兄さんの目的地は?」

「帝都です。そこで働き始めるので」

「ということは料理屋さんで修行?」

「いえ、そうではないんですが……」

 

 それ以上詳しくは言うわけにはいかず、梅里は苦笑を浮かべたまま人差し指で頬をかいた。

 

「なるほどねぇ……でも帝都も近頃物騒だって聞くからねぇ。気をつけるんだよ」

「そうなんですか?」

「ええ、ええ。なんでも怪蒸気が出て暴れただの、奇怪な化け物を見ただの、お客さんやら同業者からそんな話をチラホラ聞くからねぇ」

 

 不安そうにする女性の姿に梅里は思わず刀が入った袋を握っていた。

 そう、彼は──その怪蒸気や魔を討つために帝都へと向かっているのだから。

 




【よもやま話】

─はじめに─

 初めまして。ヤットキ 夕一と申します。
 まずは本作品を目にとめていただいたことに篤きお礼を申し上げます。

 この『サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごくなり~』は2000年ころに書いたサクラ大戦の外伝SS『サクラ大戦外伝~其は夢のごとし~』をリメイクしたものです。

 元になった『サクラ大戦外伝~其は夢のごとし~』はサクラ大戦の舞台である帝国華撃団の一部隊である(当時は存在くらいしか明らかになっていなかった)霊能部隊・夢組をメインにして、オリジナルの隊長、隊員達、組織図を構築して、ゲーム版サクラ大戦と話数の時間をほぼ合わせたものでした。
 当時は夢組の設定がほとんど明らかにされておらず、役目が除霊、お祓い、御札・御守りの発行、予知や過去認知による戦術サポート、その他霊力による各隊の支援、くらいしか明らかになっていませんでした。
 その後、書き始めてまもなくTVアニメ版のサクラ大戦が始まり、巫女服型の戦闘服を身にまとった名も無き隊員たちが登場したくらいでした。
 そんな中で書いたので、本作オリジナルの部分がかなりあります。
 また私自身、サクラ大戦を1~5(含む熱血)と新サクラ大戦、花組大戦コラムス系、小説版、くらいまでは追いかけましたが、ゲームボーイで発売されたものや、「ミステリアス巴里」、それに夢組隊員も出ていたらしい「百花繚乱夢物語」や、DSで出た「君あるがため」はやっておりません。
 それと、漫画の方も追いかけておらず、特に奏組というのは最近調べて知ったレベルです。
 調べて設定だけ見たら、やってることが被ってるわ、楽団に所属して楽器演奏で戦ってたりと吹きました。(笑)
 ──という次第でして、リメイクにあたってその設定まで入れて改訂するのはもはや不可能なレベルですので……特に百花繚乱夢物語に出てきた夢組隊員達や奏組等の設定とは矛盾いたしますので、その点ご了承ください。
 ちなみに夢組戦闘服は、女性用として作中に出てくるのは百花繚乱~のものではなく、TVアニメ版の夢組隊員が着ていたものをイメージしてます。男用のは神職が着るような狩衣をイメージしたオリジナルのものにしてます。

 本作をリメイクとして出した経緯ですが──旧作は無事に全10話で完結した後、続編『サクラ大戦2外伝~其は夢のごとし2~』(こちらは未完)やそのオリジナルヒロインの妹をヒロインとした『サクラ大戦3外伝~ルーアンの魔女~』(こちらは完結)と書かせていただき、『サクラ大戦4外伝』まで構想はあったのですが、私自身の就職やら忙しくなった関係で、先述のように『2』の途中で未完となっていたのです。
 その後、昨年末の「新サクラ大戦」をきっかけに熱が再燃し、今までのリメイク案を素に、そこから設定を煮詰めてできたのが今回の『~ゆめまぼろしのごとくなり~』となります。
 当初の予定では「『夢組』隊長だからって夢相はないわ~。正直、文章が「夢」って文字ばかりで鬱陶しいし」と主人公の名字を「夢相」から「武相」に変えるくらいの構想だったのに、その後も書かずに設定ばかり長年煮詰めた結果は、登場人物の名前がほぼ全員変更、むしろ一番変わってないのが主人公という事態になりました。

 旧作ではまったく構想に無かった「2」以降の設定を盛り込みつつ、再スタートを切ることになった本シリーズ『サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~』をどうぞよろしくお願いします。

─冒頭─
 旧作では水戸駅からの出発ですが、今回は夢という形での回想シーンからの開始。
 内容はといえば、旧作では『2』からの設定である幼なじみとの悲劇。梅里の名字と『1』の段階からこの設定を入れたかったのがリメイクの動機でもあります。
 冒頭のセリフは「Gガンダム」のドモンの台詞のオマージュ。キョウジに自分を討てと言われて一度だけ「僕」に戻るあのシーンは大好きです。
 ちなみに第2話のラストを受けて鶯歌の台詞を追加しました。


─1─
 このシーンを書くにあたり、当時、蒸気機関車で水戸~上野間がどれくらいかかったか調べましたが、結局わかりませんでした。ですので水戸の出発時間と車内での時間は誤魔化すために書いてません。
 とりあえず時速換算で計算してみたらと5時間くらいででるのでそれ以上だと思うのですが……行商のおばちゃんが乗っている時間って上りは普通なら朝のはず。整合性とれなくなるので深く考えないことにしました。
 場合によっては土浦あたりで一泊していたかもしれません。茨城最南の取手で一泊だと利根川わたるまで居眠りする暇もありませんし。でもそうすると、時間的に水戸を出たのが前日の午後ということに。そんな遅い時間に出て一泊するくらいなら早く出るべき。
 ──うん、やっぱり考えるのやめよう。


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─2─

 上野駅は北の玄関口と言われている。

 東北本線をはじめとして、水戸を通る常磐線がたどり着くのもこの駅である。

 その上野駅で汽車を降りた梅里は近くの上野公園へと来ていた。ここが迎えに来る者との待ち合わせ場所だからだ。

 桜の名所として名高い公園だが、このときはまだ早く、残念ながら桜の花を見ることができなかった。

 

「まぁ、まだ梅の時期だったし……」

 

 自分がやってきた水戸の光景を思い出す。

 水戸で花と言えば梅であり、梅の名所といえば偕楽園である。

 徳川幕府の時代の末期に整備された公園であり、その人気は近年では水戸にとどまらずに広がり、「梅の時期に臨時の駅舎を」という声が高まりつつあるほどだ。(実際、数年後にその要望通りに臨時駅舎ができることになる)

 その偕楽園の梅が満開で梅里を送り出してくれたのだから、それよりも時期が遅い桜の花がまだ早いのは当たり前のことだった。

 とはいえ、憩いの場である上野公園には、それこそ今が一年で最も多くなっている偕楽園ほどではなくとも多くの人がおり、そのあたりはさすが帝都といったところだろう。

 

「梅の、木か……」

 

 梅里は顔を上げて視界に入った桜の枝の向こうに見える青空を見上げ、同じ青空の下にある水戸の梅の木を想う。

 そして思い出す。ほぼ一年前、水戸の梅の木の下で、日が昇っている今の時間とは逆の闇夜にあったあのことを。

 

(あんなこと、許されるべきじゃない……)

 

 だから自分はここにきた。この帝都で──

 

 

「もし……お尋ねいたしますが、武相 梅里様でございますか?」

「──え?」

 

 

 背後から名を呼ばれて梅里は思わず振り返った。

 そこにいたのは梅里と同年代──いや、わずかに上だろうか──の女性だった。

 長い髪はいかにも和風美人といった出で立ちで、目は細長いというよりも閉じているのだろうかと思うほどに細い。

 その服装は和服だった。今流行の和洋折衷の服装や女学生によく見かける着物に袴を合わせた服装とは異なるが、纏う大和撫子感から驚くほど彼女に似合っている。

 ちなみに今の梅里の服装こそ和洋折衷で、洋服である淡い黄色いシャツの上に濃い紅色の羽織を着込み、下は濃紺色をした洋服のズボンである。

 

「武相、梅里様でいらっしゃいますか?」

 

 もう一度その女性が尋ねてきたので、梅里は戸惑いながらもうなずいて答える。

 

「そうですけど、あなたは?」

「失礼いたしました。わたくし、塙詰(はなつめ)しのぶと申します。米田中将の指示でお迎えにあがった次第です」

「はぁ……え?」

 

 一礼して笑みを浮かべる相手に対し、梅里はさらに驚く。

 

「ということは、あなたも華撃団の……」

「……はい、関係者です」

 

 声を潜めた梅里と同じように、小さな声で応じる女性。

 

(この人が、軍の関係者?)

 

 と梅里は思わず思った。軍服を着ていないのもあるが、やはりまとっている雰囲気からそれっぽさがないというのが大きい。

 

「案内いたしますので、どうぞついてきてください」

 

 そう言ってこちらを気にしながら歩き出したしのぶと名乗った女性のあとに、梅里はついて行くしかなかった。

 それから歩いたり路面電車を乗り継いだりとして、梅里としのぶという女性は帝都の中心である銀座までやってきた。

 水戸から出てきた梅里にとって、帝都の景色はまるで別世界で、驚きの連続であり、目の前にある大きな建物もまた異質なものだった。

 

「ここは?」

「大帝国劇場です。昨年できたばかりのまだ新しい劇場でして、帝都の新名所、といったところでございましょうか」

 

 そう言って笑みを浮かべるとしのぶは劇場の出入口へと歩いていく。

 

「え? あの、ここって劇場ですよね」

「そうですが……なにか問題でも?」

 

 さも平然と、そして不思議そうに答えるしのぶ。

 一方、梅里は困惑しっぱなしである。

 

(ここが目的地、なわけないよなぁ……)

 

 そう思いつつ梅里は帝都にきた目的を思い出していた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

「……特殊部隊、ですか?」

 

 梅里の問いに祖父は神妙な面持ちで頷いた。

 帝都に経つ数ヶ月前、年が明けてまもなくの頃のことだった。

 梅里は祖父に呼び出されてその部屋にやってきたが、そこで祖父と共に待っていたのは軍服姿の女性だった。

 祖父が、やってきた梅里をその女性に紹介すると、彼女は「藤枝あやめ」と名乗り、梅里に一礼する。

 その後の話で飛び出したのが祖父の「特殊部隊」の言葉である。

 

「以前、話はしていたと思うが……」

 

 その祖父の言葉が梅里の心の傷をチクリと刺激する。が梅里はそれを表情に出すことをどうにか防ぐ。

 

「ええ、聞いてはいましたが……」

 

 梅里が最初にそれを聞いたのは一年以上前のことだった。

 祖父の古い友人である米田一基が組織する特殊部隊に加わるよう、梅里は言われていた。

 そうして去年は春から軍人となる梅里に対し、入隊前にということで婚礼話があったのもそのころだ。幼なじみとの話が進んでいたのだが──その話がまとまることはなかった。永久になくなった。

 むしろそれ以降は今の今まで軍属の話さえも無くなり、武相家の次男である梅里は兄が継ぐであろう実家に残り続けていたのだが……

 

「あの話、まだ生きていたのですか。しかし僕、いえ私は軍属になる機会を逃しましたが……」

「そんなことはわかっておる。あやつが組織している部隊は文字通り特殊でな」

 

 そう言って祖父は縁側から外を見た。一月のよく冷えた澄んだ空気と低めの日差しが目に入る。だがその景色は、祖父の遠くを見るような目には入っていないように思えた。

 

「……降魔戦争。お前もこの家の、武相の者なら知っているな?」

「はい……」

 

 降魔戦争とは今から十年近く前に起こった帝都での知られざる戦いである。人類の敵である降魔と、それから帝都を守るべく対降魔部隊である四人の者が中心となって戦い、最後には巨大降魔を討滅して勝利した。四人のうちの一人、真宮寺一馬の命という貴い犠牲を払って。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──さて、梅里の実家である武相家について説明する。

 

 武相家は江戸時代の初期に水戸徳川家に召しかかえられた外様の家来だったが、水戸徳川家では他の外様の家来集とは別格の扱いを受けた家でもあった。

 そもそも水戸という土地は江戸の鬼門である北東の地にある。

 江戸幕府の開祖である徳川家康は江戸の鬼門の上野に寛永寺を建てさせる等、江戸の霊的な守りも重視していた。

 そのさらに北東の水戸に自身の末子を藩祖にして水戸徳川家を配置したのは、東北諸大名への睨みというだけではなく、霊的な守護の意味合いがあったのは間違いなかった。

 

 その水戸徳川家に他でもなく家康自らが紹介して仕えさせたのが、当時はどこにも仕えずに魑魅魍魎の討滅を生業としていた武相家の初代である。

 もちろん徳川の家臣でさえなかった者だったが、以降、水戸の北東に居を構えて霊的な守りを担当した武相家は「家康公から与えられた」家来として軽んじられることはなく、かといって水戸に行ってからの家臣である外様の立場から藩政の中心に携わるわけでもなく代を重ねることとなった。

 

 徳川の御代の間は水戸城内の食事を任された『御食事人』を表の役目に、魑魅魍魎──特に人に仇なす降魔の討滅をする裏の役目をも帯び、そのまま断絶することなく維新を迎えたのである。

 維新後は代々務めた御食事人の技術を生かして料理屋を開業した。

 武相家は「重要な役目は任命されないが大事にされる」という、ともすれば他の家来衆から妬まれかねない立場にあったので、その中で生き抜く間に培われた家風に「謙虚さ」があった。

 それがあったがために、いわゆる「武家の商い」のような傲慢な商売に陥ることもなく、この太正の世には水戸にもともとあった屋敷に料亭を構えるほどに成功していた。

 

 そして、徳川の世で担っていた「水戸の霊的な守り」についても新政府からの依頼で続けており、その縁で梅里の祖父である武相 梅雪(ばいせつ)は、『二剣二刀』の一振りの継承者である米田一基と知り合うことになり、それをきっかけにして同じく別の『二剣二刀』の継承者の真宮寺一馬とも交友を持つこととなった。

 それが縁で、幼い頃に梅里も真宮寺一馬と会ったことがあり、そのときは剣の稽古をつけてもらったこともあったのだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 降魔戦争は水戸に戦火こそ及ばなかったものの、そんな一馬の命を奪ったものであり、梅里にとっては悲しい記憶を想起させるものになっていたのである。

 

「……その降魔戦争での経験を基に、米田が組織しているのが帝国華撃団なの」

 

 凛とした声が祖父の言葉を継ぎ、梅里は思わず彼女の顔を見た。

 

「対降魔部隊は組織としてあまりに小さすぎた。あのときの降魔のような巨大な霊障に対抗するため、最新の兵器である霊子甲冑を武器に戦う部隊と、それを様々な方面から支援する隊をまとめた組織を作り上げた。それが帝国華撃団なのよ」

 

 そう言って女性──藤枝あやめは持ってきていた資料を梅里に手渡す。

 

「帝国、華撃団……」

 

 渡されたものには梅里の写真と氏名や生年月日等の個人情報に加え、なにやら見慣れない項目とよくわからない数値が書かれていた。ただ一つ印象に残ったのは『霊子甲冑=不適』というものだった。

 

「あなたの霊力を調べさせてもらったのだけど、梅里クンは霊力の「質」の関係で霊子甲冑で戦う隊には所属できないわ。でもあなたには霊子甲冑には適しなかったものの強い霊力とそれを扱う高い技術があることは御爺様から聞き及んでいるわ。そしてあなたの実績からも明らかよ」

 

 あやめは心から梅里を迎えたいと思う、強い勧誘の気持ちでそう言った。が、梅里は最後の言葉に思わず肩をビクッと震わせていた。

 思わず俯き、その顔を上げぬまま、梅里はあやめに問う。

 

「……昨年あったことも、その実績に入ってますか?」

 

 その反応にあやめは「しまった」と思った。だが嘘をつくわけにもいかず頷いて答える。

 

「その一件に関しては私も、米田も知っています。あんなことがあった直後に、あなたを戦いに巻き込むわけにはいかないと思ったから、一度は諦めました」

 

 だから軍に入る話が無くなったのか、と梅里は納得した。

 するとあやめがズイっと身を乗り出して梅里の膝の上にあった手をつかむ。

 

「でも、今年に入って大きな霊障の気配はますます強くなっている。それをこれから防ぐためにも、あなたの力がどうしても必要なのよ。真宮寺一馬さんのように、戦いの矢面に立つ人が命落とさないよう守るためにも。そしてなによりも、あなたの幼なじみの鴬歌さんのように霊障に巻き込まれて不幸になる人を出さないためにも」

 

 その名前を出されて梅里は身を固くする。

 

「そういう命を、梅里クン、あなたには守る力があるのだから。その力を、どうか私たちに、華撃団に貸して下さい……」

「僕の、力を……?」

 

 梅里が顔を上げる。

 そして自分の手を見つめる。その手には、あのときの感触が未だにこびりつくように残っていた。

 

「僕の力で……僕の命で、鴬歌を……いや、鴬歌のようなことを防げるんですか?」

 

 それから梅里はあやめの方を見た。

 その目に見つめられ、あやめは少しゾクッとした。彼はあやめを見ているようで、なぜか見ていないように感じられる。

 そんな違和感を抱きつつ、あやめは戸惑いながらも頷く。

 

「ええ。あなたならできるわ、梅里クン」

 

 あやめに言われ、梅里は頷く。

 

「……わかりました。武相梅里、一命を賭して、一人でも多くの命を守りたいと思います。帝国華撃団、ぜひに参加させてください」

 

 梅里の力強い宣言に祖父はホッと一息をつき、あやめも笑顔で歓迎する。

 だがその一方で、あやめは小さくない不安を感じていたのだった。

 




【よもやま話】
 塙詰しのぶの初登場シーンなのですが、正直、上野公園まで出迎えにくるのを白繍せりにしようという案もありました。
 しかしそれだと確実にヒロインがせり一人になってしまうので、あえてしのぶのままにしました。それくらい私の中ではせりのヒロイン度は高いのです。
 ちなみに常磐線の臨時駅である偕楽園駅の部分は、実際に年号的にはこの数年後から始まったそうです。調べたら偶然そうだったので入れてみました。


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─3─

 

「……僕が来たのは、特殊部隊への入隊のはずだったよな」

 

 塙詰しのぶに案内されて大帝国劇場に入った梅里はそうつぶやいていた。

 入ってすぐ横を見れば、舞台役者のブロマイド等が並んだ売店があり、快活そうな娘

が売り子をしている。

 今は客足がちょうど途切れたようで、彼女は入ってきた梅里達を見たようだが、しのぶが軽く頭を下げると売り子の娘もまた会釈を返していた。

 

(よく来るお得意さん的な扱い? それとも……この人も劇場関係者ってこと?)

 

 続いて売り子が梅里を見たので目があった。そばかすが印象的な茶色いセミロングの髪の娘だった。

 

「いらっしゃいませ?」

 

 戸惑ったように言う彼女に対し、しのぶは手を横に振って「違う」と言わんばかりにジェスチャーを送ると、売り子の娘はさらに困惑したかのような顔を浮かべた後、それを苦笑に変えて梅里を見送り、梅里も思わず軽く会釈を返しながらしのぶとともに先へと進んだ。

 そこからエントランスと抜けると、そこにあったのは食堂だった。

 多くの白いテーブルが並んでおり、それに合わせてイスが設置されている。

 さらには上が吹き抜けになっており天井が高い上、奥は大きな窓ガラスになっており、今までよりも圧倒的に明るい上に開放感を感じさせられた。

 その食堂の脇を抜けるように通路を通過している最中、声をかけられた。

 

「あ、しのぶんさん。ちょうどよかった」

 

 そう言いながら近づいてきたのは、肩付近までの長さの髪の毛を後頭部で左右二つにまとめた髪型をした女性だった。

 年の頃は梅里と同じくらいだろうか。エプロンのようなものを付けた彼女は食堂の給仕のように梅里の目には映った。

 

「あら、せりさん。どうかなさいましたか?」

「支配人からの伝言なんですけど、急用ができたからこっちじゃなくて支部の方に連れてきてくれって」

「ということは浅草、でしょうか」

「そういうことらしいわ。ごめんなさいね。こっちまで無駄足かけちゃって……」

「いえいえ。せりさんは伝言頼まれただけでしょう? 謝る必要なんてありませんよ」

 

 そういうしのぶに対し、せりは申し訳なさそうに苦笑を浮かべ、それからは不満を爆発させた。

 

「そうよ、一番悪いのは支配人なのよね。支配人ったらしのぶさんが出かけた直後に来るんだもの。もう少し早ければ……」

「まぁまぁ、今から行けばいいんですから」

「……私としては、しのぶさんに早く戻ってきて欲しいところなんですけど」

 

 少し意地悪い笑みを浮かべる給仕に対し、しのぶは苦笑を浮かべる。

 すると今度は梅里をチラッと見てその給仕はしのぶに声を潜めて尋ねた。

 

「で、そちらが例の?」

 

 潜めたところで梅里もすぐ近くにいるのであまり意味はなく、聞こえてしまっている。

 それに気づいているのか、しのぶは困惑した様子で答えた。

 

「ええ、まぁ……案内を頼まれている方で間違いありません。武相 梅里様です」

 

 それからしのぶは梅里を振り返る。

 

「武相様、こちらの方は大帝国劇場食堂に勤務してる白繍(しらぬい)せりさんです」

「どうも、初めまして」

 

 紹介され、梅里は頭を下げる。が、ふと「なんで紹介されたんだろう」と疑問が浮かぶ。梅里は特殊部隊に入るはずで、その案内を受けているはず。劇場の食堂の給仕を紹介されるような場面ではないような気がするのだが。

 

「こちらこそ初めまして、武相 梅里さん。ふーん……」

 

 一方、その給仕は梅里のことを値踏みするように見てから、

 

「やっぱりティーラの言ってた服装で当たってたのね。それなら支配人の予定変更まで見てくれればよかったのに……」

 

 と、ポツリとつぶやいた。

 

(当たっていた? 服装が?)

 

 なにか引っかかる言い方だった。

 

(合っていたではなく、当たっていた? まるで予想みたいな……)

 

 そうこうしているうちに、しのぶはせりという給仕に別れを告げて、食堂から再び売店のあるエントランスへと戻ろうとしていた。

 

(そういえば、今まで全く気にしなかったけど……)

 

 梅里はあることに気がつき、しのぶに声をかけた。

 

「塙詰さん、一つお聞きしたいんですが……」

「なんでしょう?」

 

 歩きつつこちらをわずかに振り返ったしのぶに問う。

 

「なんで、僕が武相 梅里だってわかったんですか?」

 

 梅里が華撃団の関係者で会ったことがあるのは藤枝あやめと米田一基のみだ。

 それ以外に面識はないし、知り合いが入隊しているという話も聞かない。

 

「あの辺りにいた他の人にも同じように聞いて回ったわけでもなさそうですし──」

 

 華撃団が特殊部隊であるならそんな目立つことはできないだろう。

 

「──初対面だったのに、よく分かったなぁと思いまして」

 

 資料にあった写真を見たから、とも思ったがしのぶが声をかけてきたのは背後からだ。近くで顔を確認したわけではないだろうし、もちろん背後からの写真までは資料にないだろう。

 言わば手がかりがまったく無かったはずなのに、しのぶは迷うことなく一回で正解を捜し当てている。梅里が待っていた上野公園にはそれなりに人がいたのだから、偶然だというのならあまりに幸運をあてにしすぎた行動と言えるだろう。

 はっきり言って不自然だった。

 だが、それに対するしのぶの答えは余計に梅里を混乱させるものだった。

 

「そのことでしたらティーラさんから武相様の今日の服装を聞き及んでいましたので」

「今日の服装?」

 

 それこそあり得ない。

 今日、汽車に乗る際にも上野に着いてからも連絡を入れていないのだから、もちろん服装を伝えられるわけがない。

 

「ええ。洋装のシャツとズボンに和装の羽織姿とその色まで。赤色──濃紅梅(こきこうばい)の羽織は珍しいですからすぐわかりました。ティーラさんの予知、百発百中なんですよ」

 

 しのぶはそう言ってにっこりと笑った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 再び場を変えて、今度は浅草へと移動した梅里としのぶ。そしてまた二人は場違いな場所にやってきていた。

 帝都の浅草という土地柄、広大な面積はとれなかったものの、限られた敷地内にアトラクションがひしめくここは「花やしき」という遊園地だった。

 さすがに一度、大帝国劇場にいっていたのと、その劇場で浅草に行くような話をしていたので最初のような驚きはなかったが、やはり「特殊部隊への入隊」という当初の目的からはかけ離れているようにしか見えず、戸惑いは増すばかりだった。

 

(しかしそれにしても、さっきは予知って言ってたよね)

 

 梅里の服装を予知して知っていた人がいたらしい。

 仮に霊力を使ったものであれば、それはかなり珍しい才能を持ったものがいるのだと梅里は思った。自分も家の役目で霊力を使う者として培った経験がそう教えてくれる。

 しかもそれを漠然としたものではなく、『濃紅梅(こきこうばい)』という服の色まで見通すのはもはや異常だった。

 

「あれ? しのぶさんじゃないですか。どうしたんですか?」

 

 梅里がそんなことを考えながら歩いていると、敷地に入ってまもなくの場所でまたもしのぶが声をかけられた。

 今度は梅里よりも年下な雰囲気の女の子だった。髪を後ろでまとめ一本の三つ編みにしている。その服装は緑の袴を履いた女学生といった出で立ちだった。

 人懐っこそうな笑みを浮かべてしのぶの方へやってきた彼女は、すぐそばにいた梅里を見て、軽く会釈する。

 

「えっと……しのぶさんの、彼氏さん?」

「「違います」」

 

 奇しくも梅里としのぶの否定の声が重なった。

 

「わッ、息ピッタリ……」

「支配人のところへ案内している最中なんです。かずらちゃんこそ、どうしたんですか?」

「私は、正式に乙女組から昇格が決まったので。それで支配人から辞令を受けまして」

「あら、それはおめでとうございますね、かずらちゃん。そしてこれからよろしくお願い致しします。やはり今まで通りウチへでしょうか?」

「ええ、そうなんですよ。ご指導ご鞭撻よろしくお願いします。それと、どうやら本部勤務みたいなので」

「あらあら。ということは食堂ですか?」

「いえ、私は特例で楽団所属みたいなんです。演奏は私の唯一の取り柄みたいなものですから助かりました。給仕って言われていたら困っていたところですよ」

 

 そう言って苦笑を浮かべるかずらという娘。

 

「そんなことありませんよ。かずらちゃんならあの服、きっと似合っていたと思いますよ」

「いえ……服はちょっと着てみたかったとは思ってますけど……私、おっちょこちょいですし……」

 

 梅里を置いて話を続ける二人。だが、緑の女学生は梅里が気になるようでチラチラと見ている。

 

「あの、しのぶさん。それで、こちらの方は?」

「武相 梅里様です。今日付けで華撃団に配属になった方なんですよ。武相様、こちらは伊吹かずらちゃんです」

「「どうも、はじめまして」」

 

 今度は梅里と女学生の声が重なる。その状況に当の本人である梅里とかずらは思わず笑ってしまった。

 

「わ、私も、今日から華撃団の隊員に正式になったんです。よろしくお願いします」

「そうなんだ? 奇遇だね」

 

 梅里が笑顔で応えると、かずらという名の女学生は慣れていないのかちょっと顔を赤くしてさっと距離をとるとペコペコと頭を下げた。

 

「こ、これからよろしくお願いします」

 

 挨拶を交わすと、かずらと別れ、彼女がやってきた方へと向かう。

 関係者以外立ち入り禁止の事務所の中に入り、さらにはその奥へと進む。

 その間、誰にとがめられることもなく進み、やがて下り階段を下りて地下へと向かう。

 その施設の奥の扉の前でしのぶはようやく足を止め、扉をノックした。

 

「支配人、しのぶですが……武相梅里様をお連れしました」

「おう、やっとかい。入んな」

 

 応対したぶっきらぼうな声に従ったしのぶに促されて、梅里は扉の中へと入る。

 その部屋にいたのは、梅里も会ったことがある米田一基その人だった。




【よもやま話】
 せり&かずらの登場シーン。初期好感度にけっこう差が出ていて現時点ではかずらの方が好感度が高い。
 ちなみに、梅里の服装がここで初めて説明されていますが、濃紅梅の羽織は幼なじみの鶯歌のチョイスという設定。赤系統の上着の下に黄系統のシャツ、青系統(濃紺)のズボンをはいているのは勇者シリーズ主人公のオマージュです。
 それとサクラ大戦外伝ですので、ちょっとだけ椿を出してみました。帝劇に入ったら真っ先に出迎えるのが彼女ですからね。
 濃紅梅の色がイメージできない方はネットで調べていただけると助かります。正直、色の表現は文字では難しい。


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─4─

 部屋に入り、正面の席に座っていたのが米田一基中将。そしてその横には軍服を身にまとった女性が立っている。梅里が実家で会った藤枝あやめだった。

 そして部屋の中にはもう一人、二人とは少し離れた場所に、褐色の肌に青みがかった黒髪の異国人の女性が立っていた。服装もゆったりとした異国風のもので、彼女は落ち着いた様子で目を伏せてジッとしていた。

 梅里は、そんな彼女からすぐに視線を正面の米田に戻して一礼する。

 

「お久しぶりです、米田中将。武相梅里、参りました」

「久しぶりだな、ウメ坊……って坊はマズいな」

 

 砕けた様子で話し始めた直後に苦笑を浮かべる米田。

 

「アイツは元気か?」

「祖父なら変わりありません。あ……」

 

 今頃になって気づいたように、梅里はあわてて敬礼する。

 

「し、失礼しました」

「気にするな。慣れてないのがバレバレで逆にみっともねぇぞ」

「……努力します」

「いや、それに関してはお前は努力しなくていい」

「え?」

 

 これから軍の部隊に入ろうという梅里に、生粋の軍人である米田がそう言うのはかなり違和感があり、梅里は戸惑う。

 梅里の視線を避けるように、米田は視線を逸らす。

 

「お前は軍属にはならず、民間登用という立場になる」

「……軍隊に入るのに、ですか?」

「ああ。ウチの部隊はそういう奴らが多いから、ま、その辺りはあまり気にするな」

 

 米田は雑に説明した後、隣のあやめに視線を向けて話すように促した。

 

「梅里クン、お久しぶりね。あなたの帝国華撃団の入隊を歓迎するわ」

 

 あやめはそう言って見事な敬礼をする。

 

「さて梅里クン、以前も説明したけど、あなたは強い霊力を持っているけどその霊力の質が霊子甲冑の中枢である霊子水晶との相性が悪いせいで動かすことができません。単体相手とはいえ、降魔を単独で相手にして討滅できるのに勿体ないとは思うけど……」

「──え?」

 

 そう言ってしのぶが初めて驚いた様子を見せる。

 梅里が会ってから今まで、その極端に細い目のおかげで見えなかった彼女の瞳がわずかに見えたほどだ。それほど衝撃だったのだろう。

 

「……事実よ、しのぶ」

 

 あやめがそっと言う。面をくらっていたしのぶもそれですぐに落ち着いたようで普段の様子に戻った。

 コホンと咳払いをしてあやめは話を戻す。

 

「だから戦闘部隊である花組ではなく、霊力と技術でその花組を霊力でサポートする部隊に入ってもらうわ」

「花……組?」

「帝国華撃団には五つの部隊がある」

 

 梅里のつぶやきに応えたのは米田だった。

 

「霊子甲冑に乗り込み霊障と戦う降魔迎撃部隊・花組。

生身で潜入や偵察等の情報収集を行う隠密行動部隊・月組。

他の隊の人員や装備、兵站等の輸送や管理を行う輸送空挺部隊・風組。

悪天候や厳しい条件下における他隊の活動をサポートする局地戦闘部隊・雪組──」

 

 一つ一つ挙げつつ指を曲げる米田。

 

「──そして、予知や過去認知といった霊視から除霊のような小規模霊障への対応、封印や結界による他の隊を支援する役目を帯びた霊能部隊、それがウメ、お前が配属される部隊だ」

 

 梅里のつたない軍事知識では全く聞いたことがない名前だった。ただ、特殊部隊とは聞いていたので、そういうのもあるのだろうと、知識がないことが逆にそれを受け入れていた。世界的にも珍しい部隊なのだが、そういう認識は梅里にはもちろんない。

 

「その名を夢組という。帝国華撃団夢組だ」

 

「霊能部隊……夢組、ですか」

 

 米田に言われ、やっと軍に入るという実感がわいてきた。

 今まで帝都に来てから劇場と遊園地という軍隊とはかけ離れた施設だったので全く実感はなく、むしろ観光に来たような気さえしかけていたのだから。

 

「そうよ。そして梅里クンを迎えにいった塙詰しのぶ──」

 

 あやめに言われてしのぶは深々と一礼する。

 

「──それにこちらのティーラ、アンティーラ=ナァムも夢組で、二人ともその副隊長よ」

 そう紹介されたのは先ほどから米田やあやめと一緒に梅里たちが入ってくる前から部屋にいたもう一人の女性だった。彼女もあやめ同様に頭を下げて一礼する。

 

「ティーラ? さっき塙詰さんが言っていた、予知の……」

「おぉ、もう知っていたのか。その通り、ティーラの特技は未来予知でな。普段はこの花やしきの占いの館で占い師をやっている。そうそうウメ、お前は普段は大帝国劇場の食堂で働いてもらうからな。実家で慣れてるだろ?」

「初耳ですよ、それは……って食堂? それも劇場の!?」

「帝国華撃団は秘密部隊なの。その存在を隠すため本部は大帝国劇場、支部はここ花やしきで、有事以外は花やしきか大帝国劇場で働いてもらうことになるから、そのつもりでお願いね。それと……」

 

 あやめがそっと米田を見る。米田は目を閉じたままジッとしていたが、一度大きく頷いた。

 

「梅里クン、あなたには帝国華撃団夢組の隊長をやってもらうわ」

「…………え?」

 

 いろいろ驚かされた日である今日の、一番の驚きだった。

 

「僕が、隊長ですか?」

 

 梅里は思わず自分を指さして問うと、米田は目を閉じて重々しく──

 

「ああ、その通りだ」

 

 ──と言い、それを聞きつつあやめもまた梅里を見つめながら頷いて肯定した。




【よもやま話】

 やっと米田の下に到着。そしてオリジナルではティーラが初登場。
 旧作ではティーラにあたるキャラはもっと後の登場でしたが、色々事情があってここで登場となりました。


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─5─

 

 ──話は再び一月に遡る。

 

 

 

「で、ウメ坊は入隊を了承したってことかい」

 

 あやめから報告を受けた米田はホッとしていた。

 降魔戦争が終わって間もなく、そのころから親交のあった武相 梅雪から様々な犠牲を払っての勝利に「次は武相からも人を出す」という申し出があった。

 今となってはだいぶ昔の約束ではあるが、その約束をどうにか果たすことができそうだ、と思ったからだ。

 もっとも本来なら一年前にはまとまっていた話であり、スムーズに進む予定だった。

 米田が組織した、対降魔部隊の後釜ともいうべき帝国華撃団に武相家が出仕させるのは梅雪の孫で本家の次男坊の梅里。

 米田も会ったことがあり、明るく真面目な子供だったと記憶している。そのまま素直に育ったとも聞いていて、何も問題がない──はずだった。

 

 が、入隊を前にした一年前に事件が起きた。

 

 水戸藩で霊障を対応する役目を帯びた一族である武相家は水戸藩がなくなった後も政府や自治体の依頼を受けて解決していた。

 それは危険を伴うためにだいたいの場合は嫡子を避けており、次男坊である梅里が当時はその役目を引き継ぎいでいた。

 だからこそ梅里なら即戦力になるだろうという華撃団側の目論見もあった。そして軍へと出仕するならその前に結婚させようと梅里の祖父や親は考えていたらしい。

 そんな梅里の幼なじみである婚約者が霊障に巻き込まれて命を落としたのだ。それも梅里が担当していた霊障に巻き込んだ形で、だ。

 ゆえに華撃団入団は白紙にしてほしい、そう梅雪に言われては米田は了承するしか無かった。

 

 その時、米田は嘆いた。

 それは“優秀な優秀な隊員候補を逃した”というよりは幼い頃から自分が知る「ウメ坊」を襲った余りに過酷な運命にだった。

 だからその後も気にしていて、事件直後は無気力な状態にまで落ち込んでいたものの、時をかけてどうにか持ち直した様子ということを把握していたのだ。

 そこで米田は梅里を思って「水戸で霊障対応をしていてもまた思い出してしまうかもしれない。それなら水戸から離れた場所で環境を変えてみよう」と考え、一度は消えた華撃団入隊の話を復活させ、それを武相家から了承されたのである。

 そんな事情で、あやめを水戸へ向かわせて最終的な確認を行ったのが、先の水戸での話である。

 花組候補のことごとくをスカウトしてきているあやめの人を見る目の正確さには米田は全幅の信頼を置いており、そのあやめから梅里について「大丈夫」というお墨付きが今まさに出たのはとても喜ばしいことだ。

 米田にとって知己であり、懸案事項だったのでその報告はまるで自分の子供や孫のことのように純粋に嬉しく思う。

 

「ただ……」

「……ん? なんだ、あやめ。気になることでもあるのか?」

 

 ホッとしたのもつかの間、あやめがなにやら難しい顔をしていたのだ。

 

「はい。つきましては人事で一つお願いがありまして……例の彼、武相 梅里クンについて、ですが」

「ウメ坊……いや梅里のヤツに関してか。なんだ?」

 

 今までのクセでついウメ坊と呼んでしまったが、正式な隊員となれば他に示しがつかなくなるから気を付けないとな、と米田が内心で思っていると──

 

「梅里クンを、夢組の隊長にしたいと思うのですが」

「はぁッ!?」

 

 米田の口から思わず素っ頓狂な声が出た。

 

「オイオイオイオイ、そいつは無理ってもんだぞ、あやめ。それがどれくらい無茶なことか、お前にも分かるだろうが」

 

 帝国華撃団の目玉となる部隊はもちろん量子甲冑で戦闘を行う花組だが、それに次ぐのが霊能部隊という珍しい存在である夢組だ。

 その夢組は前例がなく参考にできるものがないために様々なやっかいごとを抱え込むような事態になっている。その一つが花組よりも人数が必要ということで生じた問題だ。

 例えば梅里のような、代々、鎮魂や除霊を行ってきたような家(仏門や神社に多い)を探すこともしたし、スカウト活動もして人材を集めもしたのだが、それでも予定の人数には足りなかった。

 そのため華撃団は平安の御代から続く日本最大の魔術結社とも言うべき組織の協力を仰がなくてはならなくなったのである。その組織とは京都にある陰陽寮だ。

 陰陽師の組織である陰陽寮の助力を得て、どうにか結成した霊能部隊だったが、しかしそのせいで陰陽寮の口を出す隙を与えることになってしまった。

 具体的に言えば、人事に口を出してきたのである。優秀な陰陽師である塙詰しのぶを送り込んでくると、彼女を隊長にすべしと声高に要求してきたのだ。

 しかし帝国華撃団はあくまで軍の特殊部隊。主導権を掌握されるわけにはいかず、海軍出身の若い軍人を夢組隊長心得として暫定的におき、部隊を組織することで先手を打ったのだ。

 

(たつみ)のヤツが隊長を前提として隊長心得(たいちょうこころえ)になっているんだ。陰陽寮への牽制も含めてだから覆せねえぞ」

「その巽クンのためでもあるのですが……」

 

 とあやめに言われて米田は思わずため息をつきかけ、どうにかこらえる。

 隊長心得を指名するまではよかった。しかし今度は別の問題が起きたのである。

 

「……アイツに罪はねえんだがなぁ」

 

 米田は苦々しい顔でため息をついた。

 軍人である隊長心得の(たつみ) 宗次(そうじ)少尉は着任するとさっそく動いた。人数の多い夢組を、軍の一部隊として組織して活動ができるように、である。

 しかし、それが反発を招いた。

 軍の部隊なのだから、霊子甲冑を動かせないまでも霊力のある軍属の者を探して配属してはいたが、それはやはりごく少数。だからこそ陰陽寮に頼ることになったわけであり、それ以外の大半も民間人登用者が占めている。そして陰陽寮もまた規律だった組織ではあるが軍隊ではない。

 そんな軍の教育を受けてない者らに対し「軍のやり方で動け」と言ってもできるわけが無かった。

 そして霊力による特殊能力は本人の精神状態に左右されやすい。

 あれこれと指図され、軍のやり方を強要された民間登用組はすっかりやる気をなくしてしまい、世界的に珍しいという霊能部隊は早くも瓦解しかけていた。

 

「かといって巽を外せば、今度はアイツらを止められん」

 

 軍の力が弱くなれば間違いなく陰陽寮が主導権を奪いに来る。そこで争いが起こってしまえばもはや取り返しがつかない。

 

「ですから、巽クンでもなく塙詰さんでもなく、司令の身近な人を隊長に据えればよろしいのではないですか。幸い梅里クンは軍属でもなければ陰陽寮の息もかかっていない。その上、中将とも顔見知りの仲ですから両勢力から守ることもできます。これ以上に良い条件が重なる人は考えられません。それに──」

「それに?」

 

 米田の問いに、一度ためらったもののあやめは続ける。

 

「──梅里クンは今のままでは危ういと思われます」

「危うい? どういうことだ? さっきは大丈夫って話だったじゃねぇか」

「はい。能力的には申し分ありませんし、事件のことが尾を引いて戦えないということもないでしょう。けれど……」

 

 一度言葉を切り、キッパリと言う。

 

「彼は死に場所を探しているような様子があります」

「なんだって? おい、あやめ。そんな状況なら入隊させるわけにはいかねぇぞ」

 

 米田は驚く。聞き捨てならない話だ。

 戦いの中で決死の思いが必要なときがあるのは間違いない。だが、決死の覚悟と死を望むのは全く別だ。死を覚悟した者は恐れを抱かなくなるが、同時に生きようと精一杯のあがきを見せる。それが強さにつながるのだ。

 しかし死を望むものにはそのあがきがない。そして一人の死が戦線の崩壊を生じさせることもよくある。

 死線をくぐり抜けてきた米田には幾度も見てきた光景であり、その危さは誰よりも知っていた。

 しかしあやめとて軍人である。そんな人を入隊させるのが危険なことは百も承知だった。だがそれ以上に梅里のことを一人の人として放っておけないと思っていたのである。

 

「梅里クンは自暴自棄になって自ら死を望んでいるわけではないように見えます。でも大切な人を急に失ったことで、生に対する執着が極端に弱くなっているように見えるんです」

 

 直接会った梅里からは積極的に死のうとするわけではないが、死ぬなら死んでも構わない。そんな気持ちが見え隠れしていた。

 

「…………私にも、そういう時期がありましたから」

「悪ぃな」

 

 同じ対降魔部隊だった山崎真之介が降魔戦争の最後で姿を消している。恋仲だったあやめがショックを受けていたのはその部隊の生き残りの一人として米田も知っていたし、その古傷をえぐるような話だったと気づいている。

 

「いえ……だからこそ、梅里クンを隊長に、と推薦したいんです」

「隊長になれば指揮を執らなきゃいけねぇからな。危険な場所にいく可能性は低くなるか。しかしそれだけの理由でやらせるわけには──」

「隊長ともなれば多くの隊員たちと接します。そういう立場になれば気がつくはずです。絆というものの存在と、その尊さに。それが明日を生きる力になることにも」

「……なるほど、な」

 

 米田は頷く。理解したのだ。あやめの言う可能性を。

 しかしそれ以上に、あやめが梅里のことを真剣に心配していることを。

 

(公私混同になっちまうが、ありがとうよ)

 

 それは米田にとっては、友の孫を思いやってくれたことにうれしさを感じていた。

 

「わかったぜ。アイツを隊長にしてやろうじゃねぇか。オレの全責任で、よ」

「ありがとうございます、米田司令」

「気にすんな。今言ったろ。オレがオレの責任でやることなんだからよ。まぁ、巽には悪いことになっちまうが……民間登用の隊長なら先例があるし、どうにか押し通せそうだな」

 

 そう言って米田はニヤリと笑った。

 

「はい。それと巽クンを外す以上、海軍には見返りが必要になるかもしれませんが……それが例の彼を呼ぶ口実になりませんか? 花組の隊長として」

「オイオイ、そこまで考えてたのか? 恐れ入るねぇ、まったく」

 

 米田は少しあきれ気味に、微笑を浮かべるあやめを見た。

 




【よもやま話】

 回想シーン。時期的にはあやめが梅里に会いに行ったのが年明けくらいで、その直後と思ってください。
 『2』の途中から梅里を「現役では唯一の民間人登用された隊長」として設定した(マリアという前例があるので許されてないわけではない、という解釈)のですが、途中から出した設定だったので、リメイクで最初から出すことにしました。もちろんその理由も付けて。おかげで宗次に泥をかぶってもらうことになりましたが。
 その宗次を夢組隊長から外す代わりに海軍から引っ張ろうとしているのは、もちろん花組の隊長になるあの人です。


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─6─

 米田とあやめの間で、そんなやりとりが数ヶ月前にあったとは露知らず、何も知らされずに普通にヒラ隊員として入隊すると思っていた梅里はさすがに驚いた。

 

「えっと、いや、おかしいですよ。だって……ほら、さっき米田のおじ、米田中将は僕に民間人の身分のまま入隊しろって言ったじゃないですか」

「ああ、言った。でもその時に言っただろ。気にすんなって。同じような民間登用が多いし、それに今もウチじゃあ軍人じゃねえ民間登用者が隊長をやってる隊がある」

 

 米田の言うことは事実だった。少なくとも夢組以外の隊で現時点では民間人が隊長をしている隊が一つだけある。

 

「けれど、魑魅魍魎との戦いなら経験はありますが、あくまで一対一です。集団戦闘の指揮を執るなんてやったことが……」

「無いなら経験できるいい機会だろ。早く慣れろ。お前自身の戦闘経験やそれを基にした霊的な勘が必ず役に立つ」

「そうは言われても……」

 

 葛藤する梅里。しかしその姿にこそあやめは好ましく思っていた。

 梅里が隊長という職責がどういうものか理解していると分かったし、その上で安易に引き受けないことが無責任ではないと語っていた。周囲が見えないほどに心に壁を作って「死に急いでいる」わけでもないことが実際に目にできたからだ。

 だから自分が推薦したことに自信が持てた。

 

「梅里クン、難しく考えないで。最初から完璧に全部こなす必要なんてないわ。軍人でないあなたにそれを求めるのが酷なことくらい私も司令も分かっています。だからこそ、副隊長をはじめに他の隊員たちがいるのだから遠慮なく頼りなさい」

 

 梅里を諭しつつ、あやめが視線をしのぶとティーラに向ける。

 しのぶは元から細い目で微笑みながら丁寧に、ティーラは内心を悟らせないような目を伏せた状態で軽く頭を下げる。

 

「その通りだ、ウメ。わからねぇことがあれば他の奴らを頼れば──」

 

 ──と、米田が言い掛けたときだった。

 梅里の背後、入ってきた扉がノックされる。それもかなり強い調子だった。

 

「……おう、誰だ?」

「巽です、中将に至急お伺いしたい用件がありまして参りました」

 

 実直そうなハキハキとした声に、米田は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「……入んな」

「失礼します」

 

 声とともに扉が開かれ、入るなり一礼した男がさらに進み出てくる。

 一目見て軍人と分かった。米田やあやめの緑に対し、色こそ白と違うが軍服を身にまとっていたからだ。入室して進む動きにもメリハリがあっていかにも軍人らしい。

 梅里は、その男が入ってきて米田のすぐ前に至る最中に、その鋭い目で自分を一度見ていたのを感じ取っていた。

 まるで値踏みするようなその視線。

 だが、梅里にとってはあまり人から向けられたことがない視線でもあり、戸惑いもあって思わず苦笑していた。

 それを受けて、巽と名乗った軍人がわずかに驚き、直後、厳しい目を向けてきた。

 

(怒っている?)

 

 巽は梅里から視線をきり、梅里の横に並ぶと敬礼をする。その動作もさまになっており、非の打ち所がないものだった。

 

「……用件は?」

「おそれながら、帝国華撃団夢組の隊長について、私ではなく他の者が任命される、と聞き及びましたのでその確認に参りました」

「え?」

 

 梅里は思わず巽を見て、それから米田を見る。

 米田は表情を崩さずに話をジッと聞いていた。

 

「こちらに配属になった際、自分は夢組隊長心得としてやってきました。隊が本格的に活動する際には隊長となるのは自分と思っておりましたが……」

「事情が変わった。お前は副隊長として隊長を支えてくれ」

「……おそれながら、その隊長とはどのような者ですか?」

 

 一瞬、梅里に視線を向けて巽が尋ねる。その行動がわかっていてあえて訊いていることを物語っていた。

 米田は内心おもしろくは思わなかったが答える。

 

「お前の隣にいるヤツだ。名前は武相梅里。おいウメ、コイツは巽 宗次と言って──」

「武相……失礼、私服で分かりませんでしたのでお尋ねしますが、階級は?」

 

 米田の言葉を遮りながら振り向いた巽が尋ねてくる。それに対し、梅里は驚きながら応えた。

 

「えっと、僕は軍属ではないのでそういうのは……無い、かな」

「ほう、それは失礼しました、武相殿」

 

 再び米田の方へ向く巽。

 その表情は一気に厳しいものへと変わっていた。

 

「司令、まったく納得がいきません。軍属でない民間人に軍の一部隊の隊長をやらせるおつもりですか!?」

「つもりもなにも、現に花組のマリアがそうだろうが」

 

 さっき米田が言っていた民間登用の隊長とは、他でもなく戦闘部隊である花組の隊長マリア=タチバナのことであった。

 彼女はロシアで戦争での経験はあっても、今の身分は軍人ではなくあくまで民間人である。

 

「それは適任者が軍にいないから、と聞いてます」

「ああ、その通りだ」

「ならば、夢組は違うではありませんか!!」

 

 くってかかる巽の姿に、梅里の方こそ驚き、そして戸惑っていた。

 そんな彼とは対照的に室内にいる他の人は平然としていた。彼と同じ軍人である米田やあやめはもちろん、しのぶはどこか冷めた目で見ているし、ティーラもまた泰然としている。

 いや。平然としてはいない人が一人いた。その巽の前──それは梅里の前でもある──にいた米田だった。

 先ほどの一言をきっかけに、米田は剣呑な空気をまとい始めている。

 

「夢組が、違うだと? 今の夢組の状況を見たらそんなことは言えねえと思うんだがよ」

 

 米田の指摘に巽は悔しさをかみ殺しながら反論を始める。

 

「それは今はまだやり方が浸透していないだけで、続けていればいずれ結果が出てくると──」

「そうか? オレには隊員のやる気が駄々下がりで、これから上がるようには見えねえし、その実力の半分も出せない現状で今のやり方が正解とは思えねえんだよ。

だがこれはお前の責任じゃねえ。もっと根本的な問題で、軍の方式では噛み合わねえってだけだ。やり方を改善すれば上手く回るようになる」

 

「ならば、それを自分にやらせていただければいい話ではないですか!」

 

 反論を重ねる巽に、米田は小さく舌打ちする。

 

「……お前じゃ、無理なんだよ」

 

 軍人の巽では軍の方式から離れることはできないし、隊員達も巽への反発が強い。それらが解決できるとしても長い時間が必要になるだろう。

 だが、状況はそれを待ってくれない。そんな事情も米田の苛立ちを刺激する。

 

「自分にはできず、そこの男にはできる、ということですか?」

 

 少なからず米田も頭にきていたので、その言葉はすんなり出た。

 

「ああ。その通りだ」

「オレが……自分がその男の。民間人の下で働けということですか……」

 

 巽の手が握りしめられ、ワナワナと震えていた。

 その姿を見ながら梅里はさらに困惑を強くする。

 

(そんなにやりたいなら、この人が隊長でいいんじゃないかな)

 

 と思っていた矢先のことだった。

 

「ならば!!」

 

 巽はさっと横を向き、梅里と相対するや──

 

「武相梅里! オレと立ち合いをしてもらおう」

 

 ──と、ビシッと指を突きつけた。

 

「は? え?」

「劣ったヤツの下で働くなどまっぴらだ。貴様の実力、測らせていただく」

 

 巽が鋭い目で梅里を睨む。その後ろでは米田が呆れたような顔をしているのが視界に入った。

 

「それはあまりに無礼ではないでしょうか?」

 

 そう言ったのはしのぶだった。彼女はスッと一歩進み出て梅里と巽の間に入ろうとしている。

 そのまとった空気は今まで上野駅から一緒にいて感じていたのんびりした彼女のそれとは明らかに変わっていた。

 

「塙詰、オレはお前には話をしていない」

「武相様には受ける理由がございません。米田中将も認めたわけではありません。あなたの勝手でそのようなことを……」

「いいのでは、ないでしょうか?」

 

 意外にもそう言ったのは、梅里がこの部屋に来て初めて聞く声だった。

 今までじっと目を伏せて待機していたアンティーラ=ナァムという女性。褐色の肌が特徴的な彼女が初めて梅里の前で口を開いたのだ。

 

「それで納得されるのであれば、良いかと思いますけど」

「でも、それでは……」

 

 反論しようとしたしのぶ。だが歩いてきたティーラが彼女の耳元で何事かつぶやくと、しのぶは引き下がった。

 

「いいでしょう。では、立会人はわたくしが務めさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「構わん。が、依怙贔屓だけはしてくれるなよ。どうやら陰陽寮の姫様は武相殿のことを気に入っておられる様子だからな」

「そんなこと、我が家名にかけていたしません」

 

 巽に反論してからしのぶが米田の方を見ると、「好きにしろ」と言わんばかりに呆れた様子で手を振った。

 

「……話は、まとまったようですね。鍛錬場で行いましょう」

 

 ティーラがその場を纏めると一礼し、部屋から出ていくのに続き、巽としのぶも続く。

 

「あの……僕は一言も受けるとは言ってないんだけど……」

 

 と、その場の空気にのまれていた梅里は大きな声で言えるはずもなく、小さくつぶやくので精一杯であった。

 




【よもやま話】

 宗次初登場のシーン。
 彼は彼なりに軍で学んだことを一生懸命頑張ったのですが、配属された部隊が悪かったとしか言いようがありません。大神や加山に引けを取らない優秀な人という設定です。
 仕事で空回りして、追いつめられて、さらに空回りしていく、という負の連鎖になってしまったのは自分が社会人になった体験からで旧作書いてたときには想像できなかったし、できなかった発想だと思ってます。宗次は本当に気の毒だと思いつつ。
 旧作の宗次に当たるキャラではそういう設定はなく、よくわからんけど副隊長でいきなり梅里にからんでいたので、梅里に挑む自然な流れができたと思ってます。
 なお、2話以降では重圧から解き放たれて人が変わったように活躍する予定。


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─7─

 巽 宗次はイラついていた。

 

 帝国海軍に所属した彼は、帝国の英雄である米田一基が新設する部隊の一隊長になれると聞いて心躍っていた時期もあった。

 あくまで隊長心得であったが、実質的には部隊が設立されれば隊長になるポジションである。高揚し、張り切って職務にあたった。

 

 ──だが、それが歯車の狂いだしであった。

 

 民間人ばかりで軍人がほぼいない部隊では、今まで宗次が学んできた軍隊式の運用がまるで役に立たない。その通りに人は動かない。

 ならば、と軍隊式の教育を最初から仕込もうとしたが、今度は隊員達から「話が違う。やってられない」と反発された。

 その多くは女性であり、宗次がどんなに理路整然と効率のいい部隊運用について理屈を並べても、まったく聞き入れてもらえなかった。

 

 そうしているうちに、宗次と一般の隊員達の間には徐々に壁が出来始めていた。それを取り払おうと頑張れば頑張るほど逆に距離が離れていく。

 そして彼らは口々に塙詰しのぶを隊長に、と言い始めたのだ。最初は陰陽寮出身の彼女の周辺者くらいだったのだが、しばらくする内に女性陣がことごとくそちらについていた。

 夢組内は女しかいない花組を除いて他の隊に比べて女性の割合が高い。これは部隊が霊力を行使する関係で、一般的に女性の方が霊力が強いというせいもあるのだが、その女性の割合が高い隊の中で女性を敵に回してしたのは間違いなく悪手であった。

 夢組幹部の一人で、実直さが抜きんでている山野辺(やまのべ) 和人(かずと)だけは「あまり気にしすぎるのもよくありませんぞ」と忠告されたが、それ以外の幹部は好意的でさえなかった。

 別の男性幹部である松林(まつばやし) 釿哉(きんや)は「そのノリにはついていけんわ」とあからさまに距離を取られている。

 外国人の隊員でありながら幹部に名を連ねているコーネル=ロイドからは「ソレでは心ヲ掴めまセン」と言われたので藁にもすがる思いで話を聞いたが、宣教師である彼が宗次に改宗を勧め始めた時点で話を打ち切った。

 

 どこで間違えたのか、宗次にはわからなかった。ただ自分は、できる限り最善のことをしてきたという自負だけはある。

 だからこそ、少なくとも同じ軍人である米田とあやめだけはそれを理解してくれていると思っていた。

 しかし現実に米田から突きつけられたのは「別の者を隊長にする」という判断だった。しかも軍人でさえない民間人を、だ。

 宗次にとって、自分が正しいことをしてきたかさえも分からなくなった中で、すがりつけるのは、自分の能力に対するプライドだけだった。

 隊長候補としての仕事は失敗したかもしれないが、それでも自分は高い能力を持っている。少なくとも米田が指名したどこの馬の骨か分からないヤツよりも。

 それを証明するための立ち合いだったのだが──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

(強い!)

 

 それが純粋な感想だった。

 帝国華撃団花やしき支部の地下にある鍛錬場で、宗次は武相梅里という男と相対していた。

 互いの得物はそれぞれもっとも得意としているもので宗次が槍、梅里が刀を選び、それぞれ訓練用のものを手にしている。宗次は棍の先に布を巻いたもので、梅里は木刀だ。

 当初、宗次は「負けるはずがない」と思っていた。

 海軍士官学校では首席や次席のヤツと互角以上だったという自負がある。そういう意味で自分の実力に自信があった。

 加えて言うなら隊長に指名された男はお世辞にも強そうには見えなかった。少なくとも強者が持つ覇気のようなものが無かった。

 得物を手に互いに構えたとき、相手はセオリーの正眼の構えをとらなかったのも侮った原因の一つだ。突き出すように構えた刀の刃にあたる部分を上に、刀身の中央付近の峰の下に添えるように左手を構えたのは、素人が演劇でも見て真似たのだろうと失笑しかけたほどだ。

 が、立会人のしのぶが発した開始の声と共にその認識が間違えたものだと痛感する。

 

(隙がない、だと!?)

 

 宗次に仕掛けるのを躊躇わせるには十分だった。

 それでも迷いを振り切って宗次から仕掛ける。受けに回って懐に入られたら槍の方が不利だ。

 そうして突きや払いを仕掛ける度に、目の前の構えが実に精錬され鍛え上げられた結果によるものだと教えられる。

 相手は的確に反応し、こちらの攻撃はことごとく受け流され、反撃に対してどうにか受け、かろうじて距離をとるしかなかった。

 そこに戸惑いと焦りが生まれ、それが宗次の冷静な判断を奪う。

 

(大技で、片を付ける)

 

 一際大きく距離を取ると、武器を構えたまま己の霊力を高めていく。

 それから再び距離を詰める。

 連続攻撃を仕掛ける。が、梅里はそれにことごとく対応し、受け流された。

 だが、それは想定済み。

 フェイントを織り交ぜ──距離を取る。

 

「受けてみろ……奥義、『青龍一穿(せいりゅういっせん)』!!」

 

 離れた間合いから放たれた突きは、込められた霊力が水となって具現化し、それが青き龍となって梅里に襲いかかった。

 それを一瞬、梅里は避けようとした。しかし何かに気づいて避けるのをやめる。

 構えから宗次と同じように霊力を高め、それを爆発させた。

 

「──満月陣・月食返し」

「なに?」

 

 梅里がなにか言うのが聞こえ、彼を中心に生まれた銀色の球状の光に包まれる。

 次の瞬間、梅里もまた突きを繰り出した。それは得物こそ違えど宗次と寸分違わぬ動きで繰り出した突きだった。

 その突きからは同じように水の龍が繰り出され、お互いに正面からぶつかり合い、そして収まる。互いの龍は相手のそれによって完全に相殺されていた。

 

「同じ技だと!? バカな!!」

 

 相殺された悔しさがわき起こる。こうも容易く自分の努力の末に会得した奥義を繰り出されては、自分の鍛錬を全否定されたようなものだ。

 その感情のままに、突きの姿勢のまま固まっている相手に素早く近づくと、攻撃を繰り出そうとし──

 

「お待ちください」

 

 目の前に白い壁ができて、宗次の突きを阻んだ。

 見れば巨大な扇であった。しのぶが手にした扇に霊力を通して作り出した写し身を硬質・巨大化したもので彼女の武器でもある。

 

「何だ! 立会人が邪魔をするなど……」

「勝負はついております」

 

 静かに、しかしはっきりと、しのぶが言う。

 その内容に当然納得できない宗次。

 

「ふざけるな! まだ決まっていないだろうが!」

 

 くってかかるとしのぶは冷静なまま、扇を元に戻し、閉じた扇で梅里を指す。

 いや、彼女が示したのは梅里ではなくその背後だった。

 そこに宗次を負けとする要因があった。

 

「なんだと……」

 

 宗次から見て梅里の真後ろには人影があった。

 ゆったりとした服に身を包んだ褐色の肌の女性、ティーラである。

 宗次はティーラがそこにいたことに全く気づいていなかった。絶対に勝たなければならないという強迫観念と、それと反して追いつめられていた焦燥感で視野が狭くなっていたのだ。

 

「……だからあの時、避けなかったのか」

 

 宗次が仕掛けたとき、梅里は妙な動きをしていた。

 避けようとしたが思いとどまった。宗次はそれが避けられないと判断したものだと勘違いしたが、今にしてみれば避けられたのに避ければ背後にいるティーラを巻き込むと思ったのは間違いなかった。

 そうさせないために梅里はわざわざその場にとどまり、相殺したのだ。

 

「まだ、続けますか?」

「いや、完敗だ。オレの」

 

 崩れ落ちるように膝を付く宗次。ここまで実力の差を見せつけられては負けを認める以外になかった。

 そんな宗次の豹変に、梅里は戸惑った様子で構えをとく。それから後ろのティーラに「大丈夫でした?」と声をかけているのが見えた。

 ティーラが頷いたのを見て笑顔を浮かべた梅里は、振り返るとそのまま宗次の方へと歩いてきた。

 そして手を差し出す。

 

「強いですね。機会があれば、またやりましょう」

「……強い? オレが? 今の勝負は完敗だぞ!!」

「でも巽さんが焦ってなければ、もっと落ち着いていれば、そんなことは無かったと思うけど」

「なッ……」

 

 そこまで見抜かれていた。そして完全な自滅だったことを指摘され、思わず宗次の口から「フッ」と声が漏れていた。そしてそれは笑い声へと変わる。

 

「ハハハ……オレは、なんて思い違いをしていたんだ!」

 

 相手が、この武相梅里という男が自分よりも劣っている? そんなわけがなかった。

 自分の実力を過信し、その誤解した実力で虚勢を張り、相手の力も見抜けずに、オレはいったい何をしていたのか、そう思って宗次は自分を恥ずかしくさえ思う。

 同時に梅里という人を不思議な男だと思っていた。

 おそらく自分よりも若い。だが自分よりも遙かに強く、そして器が大きい。

 

(これならば認められる。階級──いや、軍人だとか民間人だとか関係なく、な)

 

 宗次は、彼の様子を見て戸惑っている、梅里の差し出したままの手を掴んだ。

 そしてしっかりと握る。

 

「武相梅里、いや武相梅里隊長。オレをあなたの下で働かせて下さい」

「え? は? えっと……いやいやいや、そんな敬語とかやめて下さい。巽さんの方が年上ですよね?」

「そうであっても『さん』なんて敬称は不要です。武相殿の方が上官ですから」

「殿って……いや、そんなこと言われても困りますって。敬語で話されるのもちょっと……」

「慣れて下さい。隊員に対して敬称を抜くことも、隊員から敬語で話されることも」

 

 宗次が態度を豹変させたことに梅里が戸惑いながらも、二人はそろって歩き出し、再び米田とあやめのいる部屋へと向かった。

 武相梅里こそ夢組隊長にふさわしい。

 そう手のひらを返した宗次の態度に米田とあやめの二人が驚くのはそれからまもなくのことであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そして二人が出て行った後の鍛錬場では──

 

「ティーラさん。あの時わざとあの位置に立ってましたよね?」

 

 宗次と梅里が鍛錬場から出て行った後、その場から去ろうとしたティーラは声をかけられて足を止めた。

 ティーラが振り返ると、ジッと見つめるしのぶの目と合った。

 

「あの場所に攻撃が来ることが『未来視』で分かったいたのではありませんか?」

 

 しのぶの目の鋭さが増す。開いた扇で口元を隠しつつ、嘘は許さないとばかりに普段は見えない瞳がティーラを捉えているのがはっきりと見えた。

 

「……私は占い師です。自分を占うことができないように、予知も私自身を見ることは、できません」

「ええ、それは聞き及んでおりますよ。でも、例えば二人の戦いの流れを予知して攻撃が放たれる場所が分かっていれば……そこに立つことは可能ですよね?」

 

 しのぶは引き下がらない。

 それを見てティーラはため息をついてから正直に話し始めた。

 

「……賭け、でした」

「賭け?」

 

 剣呑だった雰囲気が和らぐ。しのぶはパチンと扇を閉じて首を傾げている。

 

「確かに、しのぶの言うとおりです。しかし私自身がどうなるかは見えません。あの人が庇うかハッキリわかりませんでした。それでも必要、でしたから……」

「何にですか?」

 

 しのぶの詰問に、ティーラはこのとき初めて顔を上げた。そしてしのぶを正面から見据える。

 

「夢組に…そして華撃団にです」

「華撃団に?」

「ハイ。今の夢組ではこの先危険でした。そして夢組の崩壊は帝都の未来の消失でもあります。帝国華撃団の各隊がそろい、十全に力を発揮して、それでやっとこれから起こる危機に立ち向かえる。だから私は模索していました。夢組が変わるきっかけを」

「あなた自身にとって都合のいいように操ったわけではない、そう言いたいのでしょうか?」

 

 少しだけ剣呑な空気を出すしのぶの問いに、ティーラはうなずいた。

 

「私は夢組に必要なことをしただけです。夢組のため、華撃団のため、帝都のため。私はあやめさんが私にくれた居場所を守るためなら、持てる力をすべて使い、打てる手は打っていきます」

 

 ティーラは思い出す。母国で気味悪がられ、迫害されていた彼女に手をさしのべてくれたのは、華撃団の隊員をスカウトして世界中を回っていたあやめだった。

 その恩は大きく、少しずつでも返していかなくてはいけないのだ。

 

「なるほど、わかりました。疑って申し訳ありませんでした」

「いいえ……でも、私も一つ質問していいですか?」

 

 ティーラの問いにしのぶは少し身構える。

 

「なんでしょうか?」

「しのぶこそ、なぜ新しい隊長の肩をもったのです? あなた自身が隊長になれたかもしれないのに」

 

 これはティーラの意趣返しだった。

 それに気づいたしのぶの雰囲気もまた先ほどの鋭いものに戻った。瞼の間からわずかに見える瞳がティーラを捉える。

 

「勘違い、されていらっしゃるようですね」

「勘違い?」

 

 ティーラの問いに、再び開いた扇で口元を隠しつつ答えるしのぶ。

 

「陰陽寮は華撃団の足を引っ張りに来たわけではありません。降魔の危険性を理解し、華撃団の理念に共感したからこそ協力しております」

 

 陰陽寮からきた派閥のトップは間違いなくこの塙詰しのぶだった。平安から続く旧貴族階級で現在でも華族の地位である彼女の実家は陰陽寮を取り仕切っている家の一つ。

 その有力な家からの唯一の出向者であるからこそ、周囲が擁立しようとしていたのである。

 そしてそれほどの立場の彼女が華撃団に所属する意味は大きい。

 

「だからこそ昨今の夢組の状態を憂い、夢組を制御できない巽様を隊長から外そうと動いていただけです。わたくし自身が隊長になろうと画策していたわけではありません」

「なるほど。納得しました。お互いの利害は一致している、という認識でかまいませんか?」

「ええ……」

 

 細い目で微笑し、うなずくしのぶ。

 ティーラにはその相づちの後に無言ながらも「今のところは」というのが聞こえた気がした。

 そして──ティーラはふと思いついた。

 

「さらにもう一つ、確認してもいいですか?」

「……どうぞ」

 

 しのぶの雰囲気に警戒の色が見えた。が、ティーラは気にせず、あえてそれを無視して尋ねた。

 

「華撃団の命令と陰陽寮の指示、それが反するものであった場合、どちらに従いますか?」

 

 ティーラのさらに突っ込んだ質問。

 しのぶは扇で口元を隠しながら「ふふふ……」と笑い、そして扇を閉じる。

 

「……さて、どういたしましょうね」

 

 そう言いながら意味深な目でティーラを見て、笑みを浮かべてハッキリと答えるのを避けるのであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──このとき、珍しくしのぶは感情的になっていた。

 その感情を押さえ込むために、強引に笑みを浮かべて押さえ込んだ。

 それゆえに失念し、それゆえに気が付かなかったのだ。

 

 ティーラが予知能力者であること。

 そしてなぜなぜそんなことを聞いたのか、その理由が彼女が見た未来ものだということ。

 

 それらに対して彼女が考えが至ることはなかったのであった。

 




【よもやま話】

 梅里VS宗次。
 戦いのシーンを長引かせても仕方がないので思い切って短く。
 さらっと二人とも奥義を使ってます。梅里の方は旧作を知っている人にはご存じの満月陣ですが、月食返しはその派生技の一つです。
 それと、最後のしのぶのシーンですが、このシーンが自然な流れ浮かんだことに驚きと興奮してます。なぜなら彼女が旧作の『春歌』ではなく『しのぶ』になったと思えた瞬間でしたので。
 旧作では一番最初に生まれたヒロインでしたが、旧作のせりやかずらに該当するキャラに比べてどうにもつかみ所が無く苦労したキャラだったので、塙詰しのぶとして生まれ変わってくれたことがうれしく思います。これで彼女について多少書きやすくなったかな、と。


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─8─

 

 ──梅里が華撃団に入団して半月ほどが経った。

 

 その日、梅里は上野公園へとやってきた。

 傍らには緑色の袴を履いて髪を三つ編みにした娘、伊吹かずらがおり、共に歩いている。

 

「綺麗に咲いたなぁ」

「本当ですね」

 

 この頃になると、梅里が来たときとはまるで異なっており公園内は桜の花が咲いていた。

 

「そろそろ花見って話はないのかな?」

「う~ん、どうでしょうか。米田司令はお酒いつも飲んでますし……」

「かずらちゃん、支配人だよ。間違えないようにね」

「あ……ごめんなさい」

 

 梅里に指摘され、あわてて口を押さえるかずら。

 梅里とかずらは同じ日に華撃団に入隊したがまだ半月。まだまだ不慣れなかずらはつい間違えてしまったのだ。

 

「大丈夫。僕もまだ慣れなくてたまに失敗するから、お互い気をつけていこう。この前もそのせいで宗次に怒られてね……」

 

 その宗次とは最近は顔を会わせる機会が減った。隊長となった梅里への引継ぎや隊長としての初期教育が終わったからだ。

 

「隊長が副隊長に怒られるんです? それってなにか変じゃありませんか?」

 

 そんな話にくすくすと笑うかずら。

 梅里が隊長になったことで体制の変化があり、隊長心得だった巽 宗次が夢組の支部長を兼任する副隊長となった。

 これは夢組がとある事情で大帝国劇場の本部を少数精鋭で配置し、支部にはその他の多くの隊員達が配属されている関係によるもので、軍属の宗次が一般隊員の指揮を実質的に執るためだった。

 状況が異動前と変わっていないように見えるのに反発がほとんどなくなったのは不思議だったが、宗次よりも上の存在ができたことやそれが軍人でないことが原因なのだろうと思っている。

 ちなみに宗次が任命されたせいで副隊長から外れたのがアンティーラ=ナァムであり、その宗次を補佐する夢組副支部長に就いていた。

 そのため宗次は通常は花やしき支部におり、普段は隊長として大帝国劇場の本部にいる梅里とは週に一、二回の会合以外はほとんど会わなくなった。

 

「でも、よかったんですかね。私たち、本部から出てきても?」

「いいんだよ。米田支配人から新人を迎えに行ってきてくれって言われたんだから」

「そうですけど。でも、言われたのは最初は私だけだったような……」

 

 後半はかずらのつぶやきで、梅里は聞こえたのか聞こえていないのか触れずに話を進める。

 

「僕らの後輩になるわけだからね。まぁ、隊は違うけど」

 

 米田直々の依頼で、今日来る別の隊の新人隊員を上野駅まで迎えに行くように言われたのである。

 

「でもさすがに私はともかく、隊長がこの時間に離れるのはやっぱり……」

 

 そんな感じでかずらが気まずそうに言い、頑なに心配するのはもちろん理由があった。

 とある人から怒られたくないからだ。

 

「離れるって帝劇を?」

「そうですよ。さらに言えばその食堂から、です」

 

 梅里の肩書きは夢組隊長だけではなかった。大帝国劇場の食堂主任という肩書きも付いてきたのである。

 米田とあやめから食堂で働く話は聞いていたが、そこでも主任になるとは予想外だった。梅里は実家で料理を学んでいたが、兄が実家の店を継ぐのが確定しているので、周辺の店で洋食をはじめとして色々な飲食店に修行しに行っていた。どんな店でもできるように、だ。

 その経験のおかげで洋食中心である帝劇の食堂に対応できていたし、様々な出身地からなる帝国華撃団隊員達のまかないの要望にも対応できていた。

 そんな大帝国劇場は、秘密部隊である帝国華撃団の本部であり、舞台に立つ女優達は華撃団の花形である花組の面々。そしてそれ以外の事務員からから売店の売り子に至るまで全員が華撃団関係者であり、大帝国劇場の食堂は、本部常駐の夢組幹部達が勤めているのであった。

 

「副主任のせりさん、絶対に怒りますよ。まだ忙しかったはずですし」

 

 かずらに言われて思い出す。帝都に来た日に食堂で会った白繍せりもまた夢組の隊員である。

 食堂副主任である彼女は華撃団での活動もそうだが、食堂においては梅里以上に無くてはならない存在なのだ。

 そしてそのせりは夢組内でもしっかり者で通っている。副主任になったのは調理も接客もこなせる数少ない人材であるとともに、その管理能力をかわれてのことだ。

 

「大丈夫。この半月であやめさんや宗次からいろいろ教わったけど、その中に適材適所という言葉があってね。仕事はできる人にドンドン任せた方がいいんだってさ」

 

 梅里の言葉にかずらは「さすがにそれは違うんじゃ……」と思い、間違いなく戻ったらこの主任は副主任から怒られるだろうな、と確信していた。自分が巻き込まれないように祈るしかない。

 そんなことをかずらが考えているその傍らで、梅里の表情が突然に変わった。

 

「かずらちゃん、気をつけて……」

 

 普段、笑顔でいることが多く温厚そうな梅里がめったにしない鋭い目をしていた。

 

「隊長?」

 

 戸惑うかずらを余所に、梅里は鋭い目で周囲を見渡し、持ってきていた細長い包みの口をほどこうとしていた。

 その先からは刀の柄が覗いている。

 

「どうしたんで──」

 

 かずらが尋ね終わるその直前に、少し離れた場所で大きな悲鳴が上がった。

 思わず振り返る梅里。かずらもまた同じようにそちらを向いていたのは、彼女が乙女組という教育機関を経て夢組に配属された者であり、その訓練の賜物だった。

 

「行くよ」

「はい」

 

 口数少ないやりとりの直後に駆け出す二人。

 しかし、正面からはなにかあったその騒動から逃げようとする人混みと対向することになり、思うように進めなくなっていた。

 だが──

 

「せいッ!!」

 

 気合いの声が響きわたり、その直後に人の動きが止まる。

 

「いったい、何が……」

 

 その変化に戸惑いつつ、その場に残ったままの人混みをかき分けて進む梅里。

 やがて人が遠巻きにしている、騒動の中心地へと至ると──

 

「なッ!? 脇侍──」

「──の残骸、みたいですね」

 

 そこにあったのは最近、巷を騒がす怪蒸気こと魔繰機兵・脇侍──だった、弱々しく蒸気を吹き出す金属塊である。

 そして、その傍らには桜色の着物と赤い袴で身を包み、ポニーテールの髪に大きなリボンを付けた、そして日本刀を手にした娘が立っていた。

 

「あの人が……」

「例の、新人さん……でしょうか?」

 

 歩み寄った二人は声をかけてそれを確認する。

 はるばる仙台からやってきた彼女は、真宮寺さくらと名乗った。

 

 

 ──桜の花が舞う帝都に、不穏な影が動き始めていた。

 

 


 

<次回予告>

ティーラ:

 始まりました『サクラ大戦外伝 ~ゆめまぼろしのごとくなり~』。

 以前と異なり、次回予告はこの私、『見通す魔女』アンティーラ=ナァムが専属で担当します。お見知り置きを。

 そして突然ですがクイズです。現在、帝劇食堂でもっとも不人気なメニューはなんでしょうか? 答えは予告の最後にて。

 

 さて、夢組隊長となった武相隊長は、周囲のサポートもあってその仕事は順風満帆。

 また体制が変わったことで以前とは違って順調な夢組。

 そんな夢組に下された命令は、敵幹部が残した魔繰機兵の残骸の調査。

 難航する事前調査に危険さを訴える隊長でしたが、訴えは上層部には届きません。

 調査中、とあるきっかけで暴走する魔繰機兵。

 施設に取り残された隊員達を助けるために単身乗り込む隊長。

 その捨て身の行動の理由とは──

 

 次回、サクラ大戦外伝 ~ゆめまぼろしのごとくなり~ 第二話、

 

「今、そこにある危機」

 

 太正桜に浪漫の嵐。

 次回のラッキーアイテムは「オムライス」ですよ、隊長。




【よもやま話】
 締め。今後も梅里はかずらの面倒をみるシーンが出てくると思いますが、梅里は設定上は妹がいるので年下には特に優しいのです。同日の入隊にしたのはかずらと梅里の接点をより強くしたかったから。そしてヒロインであるかずらが梅里を意識してほしかったから。
 そして、やっぱりサクラ大戦の外伝ですので真宮寺さくらを出したかったのでこうした形になりました。

─次回予告─
 旧作では色々なキャラが代わる代わる担当してましたが、考えるの結構大変でした。
 そのため予知能力があるティーラに統一して担当してもらうことで負担を軽減。
 予知能力で次回の内容を知っているのだと思ってくださいな。


【第1話・あとがき】
「~はじめに~」で書かせていただきましたが、2000年前後に書いていた『サクラ大戦夢組外伝SSシリーズ』再スタートすることとなりました。最後までおつきあいいただければ幸いです。
 私としても「~4」のラストまで構想だけはあったので、そこまでどうにか書きたいと思っておりますので。
 再スタートにあたって20年の月日が経ち、私の年齢も倍近くになりました。就職もしていろいろ変わりましたが、一番変わったのは、「水戸への思い」ですかね。
 ──正直、なんで主人公の出身地を水戸にして「水戸上げ」したんだろう、と思うくらいに水戸を嫌うような20年でした。(笑)
 まぁ、今更変えるのも当時お付き合いいただいた方々には失礼な話になってしまうのでそこはいじりませんでしたし、梅里の実家の設定とか幼なじみとの因縁とか、いろいろ変えられない事情もあってそのままになってます。
 20年前にやり残したこのシリーズの完結、どうにか成し遂げたいと思い、精一杯努める所存ですので、これ以降の第二話、第三話とお付き合いいただけると非常にありがたく思います。


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第2話 今、そこにある危機
─1─


 

 帝都で桜が咲き始めたころのこと──そう、梅里とかずらが上野公園の騒動に遭遇した日のことだった。

 その日、昼時のピークを乗り越えた大帝国劇場の食堂には食堂主任の姿がなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そろそろ昼食でも、と食堂にひょっこり現れた支配人の米田だったが、その行動を今では後悔していた。入ったとたんに食堂の女性用給仕服を着た娘につかまったからである。

 肩辺りまで伸びた髪を後頭部で二つに分けて結んでいる髪型の彼女の名前は白繍(しらぬい) せり。この大帝国劇場食堂の副主任、つまり食堂においてははナンバー2の立場にある。

 彼女は米田を捕まえるや、すごい剣幕で詰め寄ってきたからだ。

 

「ど・う・し・て、主任を行かせたんですか!!」

 

 それに圧されつつ、確かに主任である武相梅里を昼時に外出させたのは失敗であり、せりに悪いことをしたと思いつつも、一応は状況を説明する。

 

「いや、オレも本当は新人の迎えにかずらだけ行かせるつもりだったんだぜ」

 

 話に出た伊吹かずらはせりも梅里も所属する帝国華撃団夢組の隊員だが食堂ではなく、唯一楽団に所属している。その見事なバイオリンの腕をかわれてのことだ。

 

「それなら、どうして主任がいないんですか!」

「ウメのヤツが「かずらちゃん一人で行かせるのは危ない」とか言い出してなぁ。まぁ、確かに若い娘二人だけになっちまうよりは、変なのに引っかからないように一人男が付いていった方がいいかと思ってな」

 

 かずらは温厚だから強引に迫られると断りきれないだろうし、どんな性格かはまだ詳しくは知らないが、帝都に上京したばかりの不慣れな新人とでは確かに不安ではある。

 しかしそのせいで食事時に食堂主任がいなくなるという事態を見過ごしたのは完全な米田のミスだ。

 

「なにも忙しい食堂から人を出さずに、暇な人を行かせればいいじゃないですか」

「そんな急に、暇なヤツなんて見つからんだろ……」

「……支配人」

 

 ジト目で食堂副主任に見られる劇場の最高責任者。

 

「は? なんでオレを見るんだ」

「支配人、暇そうじゃないですか」

「なッ!? せり、お前なぁ……」

「支配人室でもいつもお酒飲んでばかりですし。これを機にお酒を控えたらいかがですか? 特に勤務中のお酒はくれぐれも──」

「あの、せり……落ち着いた方が、いいと思うわよ」

 

 その横では居合わせたあやめが苦笑気味にせりを諫めている。

 これ以上はさすがに言い過ぎると思ったあやめが間に入り、どうにかなだめる。

 一方、渋々と引き下がり、言いくるめられた形になったせりは不満を抱えたまま、一仕事終えて食堂の一画に集まっていた仲間達の方へと戻った。

 そこにいるのは5人の男女。男はコックコート、女は給仕服を着ていた。

 男は松林(まつばやし) 釿哉(きんや)山野辺(やまのべ) 和人(かずと)、コーネル=ロイドの3人。女の方が塙詰しのぶ、秋嶋(あきしま) 紅葉(もみじ)の2人。

 この面々に主任の梅里と副主任のせりを入れたのが大帝国劇場食堂のスタッフであり、さらにそれにかずらを入れたのが、帝国華撃団夢組の本部付メンバーということになる。

 もっとも、食堂が忙しいときには支部の夢組メンバーから応援が来るときもあるが。

 

「お? 気は済んだのかい? 副主任」

「……そう見える?」

「いや、全然」

 

 食堂に戻ってきたせりに声をかけつつ苦笑しているのは釿哉。後ろの髪だけ長めで、それを後頭部で縛り、短い尻尾のようにしていた。

 前髪は自分で整えられるし、後ろ髪はまとめて切るから一人で手入れできる、とは釿哉本人の談。誰かに切ってもらうのが面倒だから、という理由でそんな髪型になっているらしい。

 基本的に軽い口調なところと髪の長さはその横に座っている和人とは対照的だ。彼の口調は固く、その髪は短く整えられている。

 

「まぁ……とりあえずは無事に乗り切れたことを、喜ぼうではありませんか」

「その通り。さぁ、ご一緒に。主よ、感謝いたしマス……」

 

 そう言って胸の前で十字を切った後で両手を組んで祈りを捧げたのは、明るい茶色の髪と青い目をしたコーネルだ。宣教師という面を持つ、明るいイギリス人である。

 

「自分、山伏なのですが……」

 

 思わず苦笑する和人。

 山伏である彼は祈る神や方法こそ違っても、それにつきあうほどに心が広く、そしてそれを表すかのように大柄な体をしている。

 

「はいはい。じゃあ、気分を変えて夜の部に備えましょう」

 

 副主任であるせりが二度手をたたいて気分を変える。が──

 

「ところでせり、隊長はどこにいったのですか?」

 

 ──と紅葉が空気を読まずに蒸し返した。

 さすがに黙り込み、こめかみをひくつかせるせり。そして顔をひきつらせる男性陣。

 濃い茶色をした短めの髪を振り回すように首を振って左右を見渡す紅葉。その言動に悪意はなく、純粋に梅里を探しているのだった。

 

「オイオイ、紅葉! オマエは今までいったい何を聞いていたのかなーッ!!」

 

 そんな紅葉の頭をがっしりと両手でつかみ、その動きを止める釿哉。

 

「なッ!? 松林、何をするのですか。ひょっとして隊長がどこに行ったか知ってるのですか」

「うるせぇ、いいから黙ってろ」

「むぐッ」

 

 ついでに手で口を塞がれた紅葉が目で抗議するが、釿哉はそれを完全に無視した。

 紅葉が梅里にこだわるのは、副隊長の巽 宗次が梅里に決闘で負けたという噂を聞くやすっ飛んでいって梅里に勝負を持ちかけ、それに負けたからである。

 この紅葉という娘、食堂内では調理が壊滅的な腕前で火を使わせれば食材は何でも炭になるので給仕専属にこそなっている。しかし御覧のとおりに空気が読めず、接客上手とはお世辞にも言えない。

 それでも食堂勤務をしているのは理由があった。

 食堂ではポンコツでも夢組では随一の戦闘技術を誇り、夢組内で主に小規模霊障に対応している除霊班のトップである除霊班頭に就いている程だった。梅里に挑む前の時点で、勝負を断っていた宗次以外の全員よりも間違いなく強かった。

 そして夢組幹部、特に班頭は一人を除いて本部勤務になっていた。

 おかげで紅葉はやむなく普段は食堂に勤務している。(そして副主任の頭痛の種になっている)

 勝利至上主義の紅葉は梅里に見事に負けて以来、紅葉はすっかり彼を尊敬し、「第一の家来」と言ってはばからない。

 

(……家来と言うよりも、犬だよな)

 

 というのが押さえ込んでいる釿哉の認識──というよりも夢組全員の共通認識だった。

 ちなみに、他の食堂メンバーもやはり同じように幹部であり、食堂ナンバー2のせりはダウジングをはじめとした霊的調査を行う調査班、釿哉が御守りや装備等の開発や制作を行う錬金術班、和人が結界によるサポート等を担当する封印・結界班のそれぞれ頭を務めており、残る予知・過去認知班の頭はもっとも優れた予知能力を持つ夢組副支部長のアンティーラ=ナァムが担当している。

 そしてコーネルが紅葉の下の除霊班副頭で、残る一人が本部付副隊長の──

 

「でも、結果的には梅里様が向かって良かったようですよ」

 

 そう言って微笑んでいる塙詰しのぶである。

 普段から閉じたような細い目をした彼女。普段は流している長い髪を、給仕ということでまとめてアップにしていた。

 

「どういうこと?」

 

 眉をひそめるせりにしのぶが説明する。

 

「上野公園で騒動があったようです。どうやら魔操機兵の姿もあったらしく──」

「「なんだって!?」」

 

 話を持ってきたしのぶ以外の全員の表情が強ばる。

 

「なるほど。上野公園ですね……ぐぇ」

 

 話を聞くや飛び出そうとした紅葉だったが、普段のんびりした様子でも意外と瞬間的な動きは速いしのぶが首根っこを捕まえていた。

 

「話は最後まで聞いてくださいな。騒ぎはすでに収まっているそうですから向かう必要はございませんよ」

「りょ、了解……」

 

 紅葉が大人しくなったのでしのぶも首根っこを解放する。

 

「そういう意味で、伊吹さん一人では危険でしたでしょうね」

 

 伊吹かずらはその演奏──普段は得意とするバイオリンによる──に霊力を込めることで調査や支援を行う能力を持つが、夢組の中でも戦闘力は低い。緊急事態に巻き込まれたら単独での対応はほぼ不可能だろう。

 

「現れた脇侍は一体で、すでに一刀両断にされたそうです」

「オゥ、さすが隊長デスネ~」

 

 ヒュウと口笛を吹くコーネル。だが、しのぶは首を横に振る。

 

「いいえ、倒したのは武相様ではなく、迎えられるはずの新人さんだそうです」

「本当ですか!?」

 

 話を目を輝かせたのは紅葉だった。戦いに参加できずにしょぼんとしていた彼女はその新人が早くも気になったらしい。

 魔繰機兵・脇侍を斬り伏せた猛者なのは間違いない、と勝手に思いワクワクし始めている。

 

「……でも、それなら主任が行った意味って無いんじゃないの?」

「あ……」

 

 せりの冷めた言葉に紅葉以外の全員が気まずそうな顔をした。

 

 

 ──その後、食堂に戻ってきた梅里がせりにこっぴどく怒られたのは、仕方がないことだろう。

 




【よもやま話】
 私が一番気に入っていた旧作ヒロインの流れを汲んだの白繍せりのヒロイン回の始まりです。
 せりはほっといても喋ってくれるし動いてくれるからすごく楽。私にとっては優等生なんです。早速、米田支配人にさえ絡んでるし。
 そしてこのシーンで、夢組本部メンバー勢ぞろいとなります。紅葉はアホな子キャラになってしまったなぁ、と旧作ヒロインを思い出しながら感じ入るのでした。
 ちなみにコーネルは元になったキャラがあやめ(2ではかえで)LOVE勢だったのですが、正直あまり生かす自身がないのでその属性は切りました。その結果、布教キャラになり、接客を担当しないのは宗教勧誘をするからという裏設定があります。


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─2─

 ──上野公園での騒動、つまりは真宮寺さくらが帝国華撃団に入隊してから数日が経った。

 

 未だに上野公園の桜は咲いており、帝都市民達も「今年の桜は長持ちするな」と噂をしたり、その恩恵で長い花見期間を堪能する等していた。

 そんな中で、大帝国劇場は公演に向けて準備を進めつつ、食堂に関しては公演とは関係なく毎日の営業を行っていた。

 昼のピークが過ぎて客席がまばらになった頃を見計らって、男が一人やってきた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──以上が調査結果だ」

「なるほどね……」

 

 やってきた男から資料を手渡されたコックコートに濃紅梅(こきこうばい)の羽織を上に着た男はまとめられた資料を矢継ぎ早にめくりつつ、中身をざっと見ている。

 やってきたのは短髪で鋭い目をした男で、コックコートの男はそれとは対照的に永くも短くもない髪に大人しそうな端が下がり気味の大きな目をしている。

 梅里と宗次だった。

 梅里は資料を見終えると宗次へと返す。資料の中身は真宮寺さくらが上野公園で脇侍を真っ二つにした件の調査報告書だった。

 

「そう言えば、あの場に居たんだろう?」

「偶然に、ね」

 

 梅里と宗次の関係はまた少し変化していた。隊長研修期間ともいうべき時期を経て、宗次が花やしき支部へと戻るころにお互いにタメ口で話すようになっていた。

 それは宗次が「上司には敬語を使う」と、梅里は「年上な上に前任者のような人には敬語を使う」とお互いに主張した結果、妥協点としてどちらも敬語を使わない、というところで落ち着いたのだ。

 

「あの時、気が付いたことはなかったのか?」

 

 宗次の問いに梅里は首を横に振る。

 

「そう言われても、到着したときにはすでに倒されていたから……」

「ふむ。小耳に挟んだんだが、あの時は伊吹隊員が米田支配人から迎えを頼まれていたのを強引に付いていったらしいな。こうなるのを知っていたのか?」

 

 予知・過去認知班で予知したという報告は宗次にはないが、緊急案件で梅里に直接連絡をしたのかもしれないと思ったのだ。

 その判断は正しいと思うが、事後報告で副隊長である自分に報告がないのは困る。

 だが、梅里はそれにも首を横に振った。

 

「まさか。さすがに違うよ。ただ、なんとなく嫌な予感がしたから」

「嫌な予感? それだけで動いたのか?」

 

 さすがに眉をひそめる宗次。

 責められているようで、梅里は苦笑しつつ人差し指で自分の頬をかく。

 

「まぁ、そうなるね。とはいえ危険が迫ればアレが教えてくれるから、それも多少はあったのかもしれない」

「アレ?」

「そう、僕の刀。聖刃(せいじん)薫紫(くんし)

 

 『聖刃・薫紫』は梅里の実家である武相家に伝わる魔を祓う刀の一振りである。

 また特殊な能力として身近に危険が迫ると霊気が立ちのぼってそれを教える力を持つ。かずらと上野公園に居たときにいち早く気が付いたのはそのおかげだ。

 しかしその能力も万能なものではない。あくまで身近なものに限定されるし、どんな危険かもわからない。

 あくまで危機察知であり予知ではないのだ。

 とはいえ、少なくともこの前の件で言えば出発前に察知するなどということはあり得ない部類に入るし、それを他でもない梅里自身がよくわかっていた。

 それを説明すると宗次はなんとも言えない複雑そうな表情を浮かべた。

 梅里もこじつけくさくなったという自覚はある。

 

「確証無し、か。霊能部隊だから直感を信じるというのはわかるが、やはり部隊を動かす判断材料とするには、今の軍では難しいな」

「そうかな? 魑魅魍魎と戦う時なんて最終的には直感に頼ってたところも多かったと思うけど」

 

 実家でのことを思い出しながら梅里が答えるが、宗次はやはり厳しい顔をしている。

 

「個人ではそうでも組織を動かすとなればそうもいかないものだ。現に帰ってきてから白繍にこっぴどく怒られたそうじゃないか」

 

 そう言うと一転してニヤリと笑う宗次。それに対して梅里は如実に参ったと言わんばかりにゲンナリした顔になる。

 

「米田支配人からの依頼で迎えにいったんだけど、話を聞いてくれなくてさ」

「逆に言えば、あれに遭遇しなかったらさらに怒られていたんじゃないのか?」

 

 そう言われて苦笑する梅里。確かにそうなっていた可能性は高いと思えた。

 

「ともかく、今のところ敵の目的は不明。単独で行動をしていたところから偵察の可能性が高い、といったところか?」

「う~ん……なんか、気になるんだよねぇ。偵察にしても何を探してたのか。それが気になる」

 

 宗次が話をまとめようとすると、梅里が難色を示したので困惑した。

 

「また、勘というヤツか?」

 

 苦笑気味の宗次に梅里は素直にうなずく。

 

「うん。自己満足みたいなものだけど、再調査をしてもいいかな?」

「その決定権はお前にあるぞ、夢組隊長」

 

 宗次が答えると、「あ、そうか」と梅里も苦笑を浮かべた。

 

「メンバーはどうする?」

「調査の腕に定評のある調査班員と僕、それに他数名かな。誰かいる?」

「調査の腕がもっとも良いといえば、白繍(しらぬい)だな」

 

 宗次が挙げたのは食堂副主任の名前だった。

 

「え? そうなの?」

「なんだ、意外か?」

「正直に言えばそうだね。他にその方面に適した特殊な能力を持ってる隊員はいるでしょ?」

「広範囲の探査なら霊力と楽器を使った反響を調べる伊吹。長距離のピンポイントな観察なら『千里眼』の遠見。対人の捜査なら心を読める『サトリ』の調査班の支部付副頭。それぞれの得意分野なら白繍は勝てないだろうな」

「そうだよね。やっぱり」

 

 うんうんと頷く梅里。そんな彼の様子に宗次は苦笑を浮かべる。

 

「だがな、梅里。白繍はそんな連中を差し置いて調査班の頭になっているんだぞ。能力が低いわけないだろ」

「あ、そうか。言われてみれば……」

 

 とはいえ、梅里が隊長になったときにはすでにせりは調査班頭になっていたのだ。

 そのせいで梅里はなぜせりが調査班頭なのかを深く考えたことなどなかったのだ。元からそういうものだと思い込んでいた感が強い。

 メンバーを見直して改革しようという意識がなかったのは、すでに適材適所の配置がされているという信頼からだ。

 それを新参者で他のメンバーのことをよく知らない自分が配置をいじるのは悪手であるという判断である。

 

「人並み外れて鋭敏な霊感と霊視力はもちろん、声ならぬ声を感じ取る霊的な霊媒能力もずば抜けている。その他の霊的な感受性を見れば、白繍の総合的な能力は他を軽く凌駕する。他と比べてオンリーワンな特殊な能力こそ無いが、実力で(かしら)の地位にいるんだよ、アイツは」

 

 そう評価した宗次だったが、一転してため息をついてさらに続ける。

 

「もっとも、感情を表に出し過ぎてあまりそうは見えないというのが難点だがな。オレもアイツにはだいぶ噛みつかれて苦労した記憶しかない」

 

 それは梅里も実感のあるところなので苦笑する。

 せりは気になったことはズバズバと言ってくる傾向がある。ただ、それも霊感が鋭敏なせいで「気になること」が他の人よりも敏感になっている可能性がある。

 とはいえ梅里も宗次も嫌われているように見えるのは間違いのないところなのだが。

 

「そうか。う~ん……」

 

 改めて人選を考える。せりへの評価を改めたが、それでも梅里はついこの前こっぴどく叱られたばかり。多人数での行動ならともかく、少人数での調査で行動を共にするのはなんとも気まずいというのが正直な感想だ。

 そして今回の調査対象を考慮する。脇侍が単体で出現した理由となるものの探索・発見である。確かに鋭い霊感は欲しいところだが、具体的に「これ」というものを探すわけではない。その上、脇侍が現れた付近を含めた広大な範囲が対象となる。

 それならば──

 

「──うん。かずらちゃんだな」

 

 伊吹かずらの広範囲な音響探査。これが一番効率がいいと梅里は判断した。他の者でもギヤマンのベルでも広範囲な探査はできなくもないが、その精度はかずらの演奏と耳に比べたら格段に劣る。

 

「わかった。伊吹にはそっちから伝えてもらって構わないか? 春公演に向けた楽団の練習で帝劇に来ていると思うが」

「了解。じゃ、よろしく」

 

 話を終えて席を宗次が立とうとするとすると、梅里がなにかを思い出した様子で付け加えた。

 

「そうそう、今日また新人が来るらしいんだけど……」

「最近多いな。それで?」

「花組の隊長になる人らしいんだけど、司令が様子見で華撃団のことは隠すからバレないようにしろってさ。宗次もだけど隊員達に本部に来るときには気をつけるように伝えてくれないかな」

「……あの人は、たまによくわからないことをする」

 

 沈痛そうにこめかみを押さえる宗次。

 

「わかった。調査の当日は主任が抜けるから食堂に応援をよこす必要もあるし、キチンと全員に伝えよう」

「誰が来る予定?」

「白繍とつめる必要があるが……おそらく大関になるだろう」

「ホウライ先生か。彼女とは一度、食堂で一緒に仕事したいんだけどな」

「アイツの料理の腕は確かだからな。そのうちすることになるだろうさ」

 

 話を終えて改めて宗次は席を立つ。

 食堂から帝劇の外まで歩きつつ宗次は、梅里の考えるそんな心配よりも調査班頭の自分をはずした上で梅里が調査に行けば白繍せりの機嫌が悪くなるのは明らかで、それをどう説明するか心配した方がいいのではないか、と思いつつ歩いていた。

 

「──ん?」

 

 そして外に出たとき、通りの向こうからやってくる人の内の一人が目に付いた。

 梅里に出した資料にあった花組の新人、真宮寺さくらと共に歩いている男である。

 その男は余りに目立つ格好──真っ白な海軍の軍服──をしていた。

 

「あれは……大神か!?」

 

 大神 一郎。彼のことを同じ海軍出身の宗次は知っていた。

 

「花組隊長と言っていたが、アイツが来たのか……」

 

 大神は宗次の同期であり、顔見知りだった。

 隠すからバレるなという梅里の言葉を思い出した宗次は、大神に声をかけることなくその場を去った。

 




【よもやま話】
 梅里と宗次の相談シーン。
 宗次、いいヤツになったなぁ。と思う。前回とはまるで別人。次の─3─も含めて。
 大神と同期なのはその方がやりやすそうだから。そして加山も含めて同期なのにかたや花組や月組隊長に対して夢組副隊長なのは、大神・加山の優秀さを示して一歩退いて敬意を示してます。オフィシャルに対して、私が。


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─3─

 武相 梅里の仮の姿が大帝国劇場の食堂主任であるように、巽 宗次にも仮の姿はある。

 彼は今、その仮の姿である作業着に帽子を被った姿になって、浅草にある帝国華撃団の支部の地上部分、遊園地の花やしきを歩いていた。

 手には箒とチリトリ。目に付くゴミをサッと掃いて回収し、近くのゴミ箱に捨てる。

 

「あ、すみませ~ん」

 

 と客に声をかけられ、園内の案内をすることもよくあること。

 それが、宗次の世を忍ぶ仮の仕事だった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……お疲れ様だな、『浅草の母』」

 

 作業着姿の宗次が歩いていると、占いの館から出てきたアンティーラ=ナァムを見かけたので声をかけた。

 その声にティーラは足を止め──

 

「その呼び方、やめてください」

 ──と、実に不快そうにしながら振り返った。

 そんな彼女の反応に、宗次は思わず苦笑する。

 

「それはすまないな。しかし、そう呼ばれているそうじゃないか」

 

 からかうような言い方に、もともと感情表現が乏しいティーラは眉をひそめた。

 

「自称したわけではありません。勝手に呼ばれているだけです。そもそも私は結婚の経験も出産の経験もありません。それなのに母だなんて……」

 

 珍しく感情を露わにするティーラを見てよほど嫌なのだろうと思い、宗次はそれ以上触れないことにした。

 そして話題を変える。

 

「ところで一つ、聞きたいことがある。予知のことなんだが……」

「わかる範囲でならお答えできますが?」

 

 宗次が切り出すと、ティーラはすぐに真面目な顔になった。自身にとって得意分野なのでそういう反応になったのだろう。

 

「俺にはそういう能力がないから予知というものがよくわからない。この前の上野での一件で隊長が『嫌な予感がした』からとかずらに同行してあの場に居合わせた。これも予知なのか?」

「そうだと思います」

「ならば、隊長は予知能力者ということでいいのか?」

「……それは少し違いますね」

 

 歩きながら二人は話す。

 

「私の場合になりますが、意図せずに急に予知が来るときもありますが、例えばここでしている占いのように、意図して未来を見ようと試み、断片的ですがある程度は見ることができます」

「……何? 見えるのか?」

 

 思わず引く宗次。だが、顔色を変えてすぐに謝った。

 

「あ、いや。スマン。未来がわかるという感覚が理解できなくてな。不快な思いをさせた。申し訳ない」

 

 自分の反応でティーラが顔色を変え、すぐに寂しそうに苦笑したのがわかったからだ。それで宗次は、このティーラという女性は未来が見えることで良いことよりも悪いことの方が多かったのかもしれないと思い至った。

 

 一方、律儀に頭を下げる宗次に対してティーラはきょとんとしていた。

 彼の推測通り、ティーラの予知能力は彼女に幸せだけを与えたものではなく、むしろ不幸や悲しみの方が多かった。

 その力を知った者は恐れて排除するか、近づく者は都合良く利用しようとする者ばかり。いずれもがティーラ自身ではなく予知能力のことしか見ていなかった。

 今までの数少ない例外が、ティーラをスカウトしたあやめであり、能力よりも彼女の心を案じてくれた初めての人だった。

 目の前の男が、それと同じような反応をしたのは、ティーラにとっては意外だった。

 少なくとも一ヶ月くらい前、彼が隊長心得時代のときはそうではなかったとティーラは感じている。

 不確定で根拠や証明が困難なのが霊能力であり、それを駆使する部隊が夢組であるはずなのに、軍のやり方を第一としたため活動の根拠を求めたのだ。

 成果を示しやすい除霊班や錬金術班、見た目がわかりやすい封印・結界班はまだよかったが、念写のような物が残るのを除いた調査では根拠を示しづらい調査班に風当たりが強く、またティーラ達の予知・過去認知班は根拠も示せなければ断片的な情報になってしまいがちで「信用性が皆無」とほぼ無視されていたに近い。

 その頃、宗次に女性隊員からの風当たりが強かったのは、調査班と予知・過去認知班の頭がともに女性だったので仲間意識から攻撃的になったせいもあるだろう。

 

「……変わりましたね」

「ん? なにか言ったか?」

 

 下げていた頭を戻して宗次が問うてきたが、ティーラは首を横に振って誤魔化した。

 

「いえ、気にしないでください。話を戻しますが、能動的な予知はあくまで断片的にでしかありませんし、より多くの情報を得るには水晶玉のような特殊な器具の補助やより多くの霊力を必要としますし、そもそも見えないことも多々ありますから、実際には難しいものです」

「普段は占いをしているそうだが、その見えない場合はどうしているんだ?」

「あくまで『占いの館』ですから。見えずともタロットで占うくらいはできますよ」

 

 ティーラが微笑んで答えると、宗次は「なるほど」としきりに感心していた。

 

「隊長の場合はおそらく意識して能動的に使っているものではないので、自分でも根拠や理由がわかってないのだと思います。それで『嫌な予感』という表現にしているのではないでしょうか」

「説明できないから勘か……」

 

 確かにそう言ってしまえば理由を説明する必要はないし、自分で深く考える必要もない。

 

「参考になった。ありがとう」

 

 宗次が礼を言って去ろうとしたとき、ティーラがふと何かに気が付いた様子で止める。

 

「副隊長、上野の再調査の件ですが……」

「あれなら隊長と伊吹副頭、それに遠見を向かわせようと思っていた」

「それに、千波(ちなみ)を入れられませんか?」

八束(やつか)を? それは別に構わないが……」

 

 戸惑う宗次が根拠を求めていることを、ティーラにはわかった。

 

「『勘』です」

「まったく……意地悪な副支部長だな。了解した」

 

 微笑を浮かべて言ったティーラの言葉に宗次は苦笑いしかできなかった。

 




【よもやま話】
 宗次&ティーラのシーン。
 旧作だとこの二人が話しているところの印象があまりなかったりします。夢組の支部長と副支部長なのに。
 こんなシーンを増やしていきたい二人です。


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─4─

 

 上野公園で梅里達が再調査を行う日が来た。

 

 

 その前のことになるが、宗次の予見したとおり梅里が調査のことを話すや、やはりせりにさんざんお小言を言われた。

 「なぜ、隊長がいく必要があるんですか」を皮切りに小一時間問いつめられたのだが、営業が忙しくなる時間を迎えたためにどうにか時間切れで解放されている。

 そもそもの再調査理由が梅里の「なにかひっかかる」という非常に曖昧な物であったにも関わらず認められたのは、梅里の勘を信じられたというよりも、隠密行動部隊・月組による情報収集の(たまもの)である。

 

 昨今、脇侍などの魔操機兵で騒ぎを起こしている『黒之巣会』を名乗る組織の活動が活発になり、近々大きな動きがありそうな気配を捉えていていた。そのため今回の梅里起案の再調査も、些細な動きも見逃さないためにということで米田やあやめにも承認されたという経緯があった。

 ただ、再調査なためにその規模はあまり大きくはない。梅里とかずら、それに特別班も含めた支部所属の隊員数名という少数精鋭で行うことになったのは当初の予定通り。 

 そして調査を開始して数刻、事態は急転直下の展開を迎えていた。

 まさにその場所に多数の脇侍が現れたのだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 上野公園にバイオリンの音が響きわたる。

 優雅な調べは咲き誇り舞い散る桜の光景には似合うものであったが、その中を蹂躙する蒸気噴く鉄の塊の姿には不釣り合いだった。

 それを奏でているのは巫女服のような衣装に身を包んだ少女。

 両肩の下付近に接続用の丸い端子のような物が付いたその服は帝国華撃団夢組の女性用戦闘服。幹部メンバーはそれぞれ袴の色が違い、その娘のは少しくすんだような黄緑──萌木(もえぎ)色だった。

 

「止まって!」

 

 幼い兄弟の前に庇うように立った彼女は、その演奏と自身の霊力で起こした衝撃波を、向かいくる魔繰機兵・脇侍にぶつけて足を止めた。

 怯えて動けなくなっていた兄弟だったが、脇侍の動きが極端に鈍ったのと間に立った一心不乱にバイオリンを奏でる可憐な娘の姿に勇気づけられて、どうにか逃げていく。

 

「お姉ちゃん、ありがとう」

 

 演奏に合わせて舞うように揺れる三つ編みにした髪。幼い少年の去り際のお礼の言葉に応えられるほどの余裕は、彼女にはなかった。

 彼女が出し続ける衝撃波を受けつつ、脇侍はぎこちない動きで手にした刀をどうにか振り上げ、それを一気に振り下ろして己を縛る力を絶つ。

 

「──ッ!!」

 

 悲鳴をあげなかったのは乙女組での訓練の賜物だろう。悪に立ち向かうべき帝国華撃団の一員が無様に悲鳴をあげるわけにはいかなかった。

 そこにあるのは迫り来る動きを取り戻した脇侍という絶体絶命の危機。

 しかし、次の瞬間──

 

「はッ!!」

 

 気合い一閃。煌めく白刃が走り、脇侍は胴の部分で上半身と下半身に分かたれた。

 地面に落ちて重い音を響かせながら一瞬でガラクタと化していた。

 

「大丈夫? かずらちゃん」

 

 そう声をかけてきたのは男性。

 肩の下付近の接続用端子こそ共通だが、女性用の巫女服と対になるように神職の服である狩衣風のデザインである男用の夢組戦闘服をその身にまとい、それは隊長を示す白に染められ黄色の装飾が施されている。

 手には霊刀『聖刃・薫紫』を握るその人は帝国華撃団夢組隊長の武相 梅里、その人である。

 彼は刀を納めつつ、長くフワフワした髪を三つ編みにした、萌木色の袴をはいた夢組隊員へと歩み寄った。

 

「隊長、ありがとうございます」

 

 梅里に助けられたのは伊吹かずらだった。梅里同様に正式に入隊して一ヶ月にも満たないが、夢組調査班の副頭に抜擢されるほどの霊力と才能の持ち主だ。

 そんな彼女でさえ、脇侍に対しては霊力のこもった衝撃波と振動で動きを止めたりダメージを与えるのが精一杯で一撃で倒すことなんて不可能だった。それほどに脇侍は強い。

 

「一太刀で脇侍を両断するなんて、すごいです!」

「そんなことないよ。刀だからできるだけさ。それに花組の新人隊員にできたことを夢組の隊長ができなかったら笑われちゃうからね」

 

 危機一髪を助けられたこともあって興奮気味にかずらの言葉に、梅里は冗談めかしつつ答える。

 実際、脇侍は強い。

 梅里も倒せているがそれは一対一の状況が作れているからにすぎない。たとえ味方が複数いようとも、敵が複数の状況で相手にしたときはここまで容易にはいかないだろう。

 それは脇侍の攻撃に対して生身では防御力が皆無だからだ。敵の攻撃一つ一つが常に命の危機であり、避けられなければそれまでとなる。

 そういう意味で、真に魔操機兵と互角に戦える帝国華撃団の戦力は花組の持つ霊子甲冑しかない。

 

「かずらちゃん、本部には連絡した?」

 

 梅里の問いにかずらは首を横に振る。

 

「それが、駄目なんです。何度やっても通信機が反応しなくて。それに本部もですが、そもそも友軍や一緒に来てる人達にも連絡が付きません」

「やっぱりそっちもか。僕のも通じなくて壊れたのかと思ったけど、こうなると通信妨害の可能性が高い。分散していたのが仇になったな」

 

 今回の調査は少数精鋭。そのためほぼ単独か二人組で広範囲に広がっている。梅里とかずらが近かったのは偶然だった。

 

「ともかく……あれはッ!」

 

 梅里の視線が急に鋭くなるや刀を抜きつつ振り返った。

 その方向では新たに現れたもう一体、脇侍が手にした鉄砲でこちらに狙いをを付けようとしている。

 

「──武相流奥義之壱・三日月斬!!!」

 

 刀の間合いから遙かに離れているその場で刀を振りかざす梅里。

 すると銀色に輝く梅里の霊力を受けて光を放つ刀が迅り、その名の通り三日月型の斬撃となった霊力塊が放たれる。

 脇侍が発砲するその前に直撃し、鉄砲が破壊されて脇侍が怯む。

 その隙をついて素早く距離をつめた梅里が、再度一太刀で決着をつけた。

 梅里が使う武相流の剣術は、魑魅魍魎と戦い続ける中で、様々な間合いに対処できる複数の奥義があった。獣の姿のものや空を飛ぶもの、人の身を遥かに超える大きさのものと対し、討滅する必要があったからだ。

 その剣術は武相家の祖が学んだ柳生新陰流の流れをくむ剣術をベースに、霊力で魔を討つことに特化している。「光にて闇を祓う」を信条にしているその力は、闇夜を照らす月光の属性を帯びる。

 

(すごいすごい。噂には聞いてたけど、隊長ってこんなに強いんだ)

 

 そんな梅里の姿、そして強さにかずらは心の底から感激していた。

 自分の力では動きを止めるのが精一杯の脇侍を破壊するその姿は、彼女の目にはとってまさにヒーローのように映った。

 

「──危ない!!」

 

 そのヒーローが警告の声を出す。

 

「え?」

 

 その梅里と目が合うかずら。

 

(ということは、つまり危ないのは──私!?)

 

 嫌な気配に顔を上げると、脇侍が放ったロケット弾が放物線を描いて飛んでくるところだった。

 回避は──着弾して付近を焼くその範囲から、逃げることは不可能。

 思わず目をつぶるかずら。

 

「奥義之参、満月陣!!」

 

 そんな声が聞こえた瞬間、急に体がふわっと浮く感覚に襲われる。

 覚悟していた痛みがいつまでもこないことを不思議に思い、恐る恐る目を開く。周囲は銀色の光に包まれていた。

 

「……なに、これ?」

 

 そして自分の体勢に気が付く。肩を抱かれ、膝を抱えられ、いわゆるお姫様抱っこというモノだ。

 

「ええーッ!?」

 

 梅里を中心に球状に囲む銀色の光のフィールドの中に、抱きかかえらえたかずらも入っており、その梅里の顔は思いのほかかずらのすぐ近くにあった。

 抱えたまま滑るように着地した梅里があまり見せない鋭い目を向ける。その先には砲撃を加えた脇侍がいた。

 即座に反撃に移ることができないのは、現在両手が塞がっているからだ。

 その梅里が睨みつける砲撃型脇侍が、急に体勢を崩す。

 脇侍に脈絡もなく飛来した、先端に分銅がついた長い鎖が絡まったのだ。

 その直後──

 

「隊ッちょおおおおおうッッ!!」

 

 鎖に引かれ、彼女はものすごい勢いで飛び込んできた。

 その真横からの衝撃にさしもの脇侍も思わずよろける。

 そしてその勢いのままに、手にした赤熱している大鎌の切っ先を脇侍に叩き込み、そこから切り裂く。

 同時に跳躍して離脱。脇侍の爆発を背後に梅里の前に着地した。

 緋色袴の夢組女性用戦闘服を身にまとい、その手には大きな鎖鎌を持った彼女。短いながらも燃えるような赤い髪をなびかせた得意げな顔で、かずらを抱えたままの梅里を見た。

 

「帝国華撃団夢組除霊班頭・秋嶋紅葉、ただいま参上じゃ!!」

 

 そう言うや高めていた霊力を抑えたのか、赤く色を変えた上に逆立っていた髪の毛が元に戻って落ち着く。

 そしてじっと梅里を見つめる目は、さながら誉められるのを待っている飼い犬のようだった。

 だが梅里から出たのはお褒めの言葉ではなかった。

 

「紅葉? どうしてここに……ってそうか、八束か!」

 

 疑問。そして自己解決。

 そんな梅里の前では紅葉が──

 

「あの、隊長。参上、したんじゃが……」

 

 ──と、少し寂しそうに見ていたが、当の梅里本人は気づいていなかった。

 

(……隊長、大丈夫ですか?)

 

 ちょうど梅里の頭にまさに今名前を出した隊員からの念話が伝わってきたからである。

 八束(やつか) 千波(ちなみ)

 彼女は夢組内、いや華撃団の中でもきわめて希有な能力を有しており、その能力は念話。いわゆるテレパシー能力である。

 精神感応系の能力を持っているのは彼女の他にも数名いるが、彼女は念話能力を持つ上に、彼女一人で複数人をつなぐ念話のネットワークを構成できるほどで、他とは比べ物にならないほど強力なのだ。

 

(連絡が遅くなって申し訳ありません。なかなか隊長につながらなかったので本部への連絡を優先していました)

(戦闘中だったからかな。悪かった)

(いえ。でも、そういうわけで本部への脇侍出現の報告は完了しています)

(知ってる。応援で来た除霊班頭と合流したからね)

(なるほど。さすがの早さです)

 

 千波の紅葉に対する評価には若干の呆れが入っているような気がしたが梅里は突っ込まなかった。

 

(それと遠見隊員が『千里眼』で確認しましたが、隊長の近くにいる脇侍はそれで終わりです。中心は寛永寺の方ですが、そちらはまもなく花組が到着して対応予定になっています)

(了解。花組には夢組の紅葉以外の本部にいたメンバーが付いてるのかな?)

(その通りです)

(じゃあ、塙詰副隊長と和人で封印・結界班の指揮を執ってもらって。現場の隔離と戦場の確保をお願いしてくれるかな)

(了解。伝えます)

 

 戦場の拡大防止と余計な民間人の進入防止、それに秘密部隊である帝国華撃団花組の情報防衛のために、霊力で強力な障壁を作り出して封鎖するのも夢組の任務である。

 梅里の指示を受けた千波によって指示が伝えられ、そのように夢組は動き出したはずだ。

 自分も向かう必要があるだろうが、そこまで急行する必要性はない。

 

「あ、あの……隊長?」

「ん? ああ、どうかした? かずらちゃん」

 

 千波と念話で話していた梅里は、近くで聞こえた声に意識を元に戻す。

 

「い、いえ、そろそろ下ろしてくれないかな~って……わ、私的にはまだこうしていてもいいんですけど……あ、いえ、紅葉さんの前でずっとこの姿勢はさすがに……」

「あ、ゴメン」

 

 顔を赤くしてオロオロしながら言ったかずらの言葉で、梅里はお姫様抱っこしたままなのを思い出した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 この後、脇侍よりも強力な魔操機兵まで出現した騒動は、初出撃した隊長である大神 一郎の指揮を受けた花組の活躍によって程なく鎮圧されたのであった。

 




【よもやま話】
 時間軸的には、ゲームの『サクラ大戦』第1話の戦闘の直前くらいです。そう、実はまだ旧作の第1話の部分すら終わってないんです。
 最初は梅里にバッサバッサと脇侍を斬らせたものの、「これだと霊子甲冑いらなくね?」となったので脇侍の数を減らして説明を入れました。
 脇侍と生身で戦うのって結構ヒヤヒヤなんです、実は。それでも果敢に倒す梅里と紅葉ですが、紅葉が恐れないのは戦闘バカだからで、梅里が恐れない理由は後で明らかになります。


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─5─

 

 ──上野公園での騒動から2ヶ月ほど時間が過ぎた。

 

 

 この間に起こったのは、黒之巣会がついに表立って動き始めたということが真っ先にあげられる。

 上野公園での騒ぎの翌月、芝公園で通信網の破壊を狙った帝都タワー襲撃では敵の首魁である天海がその姿を見せた。

 花組の活躍でそれを退けた華撃団だったが、次の大規模な襲撃では黒之巣死天王の一人、「蒼き刹那」の操る魔操機兵・蒼角の攻撃によって花組隊長の大神一郎が負傷してしまう。

 幸い命に別状はなく無事に復帰したものの、その後には敵の挑発に乗せられた副隊長のマリアが単独で飛び出し、危機に陥いった。

 しかしそれを挽回しながらの築地での戦いに於いて、大神とマリアの活躍によってついに蒼角を撃破し、敵幹部である蒼き刹那を討ち果たしたのだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そしてその結果の報告の席で、米田は窮地に立たされていた。

 

「そいつはできません! 危険すぎる!」

 

 軍服を身にまとった米田の反論に、会議に居合わせた者達は皆一様に苦笑を浮かべた。

 この会議は軍の上層部と官僚のものであり、ここでは中将である米田であっても発言力はそれほど高くはない。周囲が高すぎるのだ。

 実際、この席にいる者のほとんどが米田を下に見ているだろう。

 そんな敵地のような中でも、華撃団が挙げた大きな成果は光を放つ──はずであった。

 

「素晴らしい戦果ではないか、米田くん」

「敵幹部……黒之巣死天王、だったか。それを討ち取ったそうではないか」

 

 会議が始まるや、そう手放しで誉めた軍上層部や政治家連中に米田も我が子を誉められるような気分でまんざらではなかった。しかし──

 

「その幹部が使っていた魔操機兵とやらを回収したというのは本当かね?」

 

 ──という軍部の発言あたりから雲行きが怪しくなってきた。

 

「ええ、あくまで残骸ですが……」

 

 そう答えながら面倒くさいことになったと米田は思った。その次に言い出すことに予想が付いたからだ。

 

「それをどうにか有効活用できないものかね?」

「聞けばそれ一体で帝国華撃団の霊子甲冑を複数相手にして互角に戦ったそうじゃないか」

「それをこちらで使えれば、大幅な戦力アップが期待できるな」

 

 そら見ろ、と米田は心の中で毒付く。

 だが言われるがままではいけない。これの危険性を一番よく知っているのが華撃団だ。

 

「こいつの動力は妖力。我々華撃団の隊員達が使う霊力とは似て非なるものです。確かに強力ではありますが、禍々しい力が強すぎてとても制御できるようなものじゃありません。華撃団では浄化した上で跡形もなくスクラップにしちまおうと考えています」

「あまりにもったいないな、それは」

 

 米田の言葉に即座に反論がでる。声の方を見れば大物政治家の発言だったとわかる。これを覆すのは相当に困難だ。

 ふと視線を感じてそちらを見れば軍の関係者──米田とは対立している派閥の軍人がほくそ笑みつつこちらを見ているのが見えた。

 

(あの野郎……チクショウ! 出来レースかよ)

 

 米田が気が付いたときには手遅れだった。

 ここは華撃団の華々しい成果を報告するための場などではなく、最初から追い込むための狩り場だったのだ。もし魔操機兵を有効に活用できれば、次に来るのは霊子甲冑不要論だろうし、有効に活用できなければその責を押しつけてくるに違いない。

 

「我々も趣味や道楽でキミの華撃団とやらを後押ししているわけではないのだよ、米田君」

「蒸気技術で後れをとっている欧米に対抗するために、その霊子甲冑をさらに強力なものへと進化させるべきではないのか?」

「その可能性のある技術が目の前にあるというのに、調べもせずに見過ごし、無駄にしようというのなら我々も看過はできんな」

 

 その浴びせられる集中砲火に、米田は降参する以外に手はなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「それはできません! 危険すぎますよ!」

 

 数日後、奇しくも自分が会議でいったのと同じ言葉を、米田は聞くことになった。

 場所は大帝国劇場の支配人室。周囲に米田を追いつめた敵達の姿はなく、傍らに立つのは帝国華撃団副司令の藤枝あやめであり、目の前で米田に先ほどの言葉を言ったのは、帝国華撃団夢組隊長の武相 梅里である。

 

「脇侍の調査でさえ、体調不良や場合によっては失神者まで出しているんですよ?」

「その報告は受けているし、百も承知だ」

「だったらなぜ!? 僕も見ましたがあの禍々しさ、尋常じゃありません。下手に刺激して藪蛇(やぶへび)になったらどんな損害がでるか、わかったもんじゃないですよ」

 

(オレもアイツらにそう言ってやりたかったよ)

 

 目を閉じて梅里の抗議を聞きながらそう思いつつも、軍で上からの命令は絶対なのは他ならぬ米田が一番よく知っている。

 そして今回の命令は華撃団のさらに上から下りてきたもので覆すわけにはいかないのだ。

 

「とにかく、できません!」

 

 それを覆そうとあがくのが民間登用した隊長とはなんとも皮肉なものだ。

 

「命令だ。やれ。いいな?」

「梅里クン、申し訳ないけどこれは決定事項なのよ。華撃団ではなく軍上層部からの──」

「あやめ、余計なことは言わんでいい」

 

 とりなそうとしたあやめの言葉を、目を閉じながら遮る米田。

 その姿勢に、梅里は余計に感情を高ぶらせる。

 

「人が死んでもいいんですか!?」

 

(良いわけねぇだろうがッ!!)

 

 喉まで出掛かった言葉を、米田は真一文字に結んだ口の中で歯を食いしばり、どうにか飲み込んだ。

 その様子を見た梅里は悔しげに、そして最大級の不満げな態度を隠そうともせずに──

 

「武相 梅里ッ! 失礼いたしますッ!!」

 

 投げやりな態度で一礼すると、憤然とした態度で支配人室から出て行った。

 

「──オレが、これを素直に受けてきたとでも思ってやがるのか?」

 

 退室の礼さえせずに出て行ったその背中が消え、今度は米田が不満をぶちまける。

 

「支配人……」

「わかっているさ。アイツが、ウメのヤツがぶつける不満こそオレの本音だよ。アイツがオレの気持ちを代弁してくれている。だから心のどこかでスカッとしてやがる。もっとも、その直後にそれが言えない自分に気がついて、余計に鬱屈がたまるがな」

 

 米田の独白に、あやめはなんとも言えない困った顔をするしかない。

 

「コイツが他の隊長だったらどうなる? 「了解」の一言で済ましちまう。楽さ、ああ楽だとも。なぁ、加山」

「……ま、そう言うでしょうねぇ。我々は」

 

 いつの間にか米田の傍らには一人の男が立っていた。

 髪をオールバックにしたその男の名前は加山雄一。帝国華撃団が誇る偵察部隊、月組の隊長を務めている者だ。

 

「風組も雪組も。まぁ、大神は違うかもしれませんが、それでもここまで感情を露わに不満をぶつけたりはしない」

 

 まるで子供のわがままだ、とまではさすがに言わなかった。

 

「しかし、だからこそ司令が夢組の隊長を巽ではなく彼にした理由がわかった気がしました」

「ほう?」

 

 米田に促され、加山は説明を続ける。

 

「夢組はその活動を霊力に頼るところが大きく、逆に言えば感情に成果が流されやすい。敵と戦う花組であれば悪を許さないという心があれば誤魔化せるでしょうが不満をため込むのは悪い結果を生むでしょう」

「たしかにデリケートな霊力操作を必要とする夢組では、軍隊式の統率方法ではまとめられなかったわ。その盲点に私たちが気づけなかったせいで巽クンには悪いことをしてしまった」

 

 すまなさそうな表情を浮かべるあやめに対し、加山はそれを笑い飛ばすような笑顔になった。

 

「いやぁ副司令、そんなことはありませんよ。立場こそ副隊長だがアイツも階級的にはオレや大神と同じですから。それに話題の夢組隊長、武相 梅里と出会ったことでこの数ヶ月でだいぶ成長したように見えますよ、同期の目から見ても。結果オーライってヤツでしょう」

 

 実際、巽 宗次は上に不慣れな隊長ができたせいで、それを支えることで水を得た魚のように活躍している。

 その姿は隠密活動をしている加山もよく目にしているし、耳にも「巽副隊長、最近なんか良いよね」という声が多く聞こえてきている。

 

「まったく、オレの出世の邪魔をしないでいただきたいものですね、副司令」

「そんなことを言って、本当は嬉しいのでしょう? 加山クン」

 

 あやめに返され「かなわないなぁ」と言いつつ、加山は一礼して部屋からその姿を消した。

 

「ま、巽のヤツがフォローしてくれるか」

「私もそう思います、司令」

 

 そう言いながらもあやめは様子を見つつ、自分もフォローしなければと思った。

 




【よもやま話】
 はい。旧作の2話と3話ぶっ飛ばしました。というのも、2話はリストラされたヒロインの登場回で、3話は紅葉の元になったキャラがヒロインの話でしたので、バッサリ切りました。ヒロイン削減の結果ですね。
 旧作第4話がせりの元キャラのヒロイン回だったので、ようやくここで追いついたことになります。しかしすでに─5─なんですが、書ききれるのでしょうか。


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─6─

 昼の営業時間を終えた帝劇食堂ではそこで働く者達の食事の場となるわけだが、最近はそこのヌシとも言うべき大物が姿を現すようになり、通常の営業で疲れた厨房の面々を恐怖に陥れていた。

 その姿に厨房担当の松林(まつばやし) 釿哉(きんや)は恐れおののく。底なしの胃袋を持つ「赤い悪魔がきた」と。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「はい、カンナさん。注文の品ですよ」

 

 食堂副主任である白繍 せりは器用に持った料理をテーブルにすべて並べ、その席にいる大きな大きな赤髪の女性に頭を下げた。

 

「お、ありがとな。せり」

「いえいえ、いつもありがとうございます」

 

 給仕服に身を包んだせりが一礼すると、その女性──大帝国劇場のスタァの一人であり、帝国華撃団花組隊員として随一の強さを誇る桐島カンナは気持ちのいい笑みを浮かべた。

 

美味(うま)くなったな、食堂も。それにこのカツレツにカレーをかけるとか考えたヤツ、天才じゃないのか?」

 

 そう言いながら次から次へと料理を平らげていくカンナ。その姿にせりは「どうせカツレツ定食もカレーライスも食べるでしょうから、結果的に一緒じゃないのかしら?」と内心思った。

 

 さらに「ウマいウマい」というカンナの声とともに消えていく料理。

 しかし、そのカンナの手が急に止まった。

 

「──ん? コイツは……」

 

 カンナが不思議そうな目で皿を見つめる。手にはスプーン。そして皿に乗っていた料理は──

 

「オムライス? いや、なんでこれだけ……」

「……どうかしましたか?」

 

 そう言ったせりだったが内心は分かっていた。この料理だけは味の質が落ちるのだ。

 

「いや、マズいわけじゃないんだぜ? ただなんというかその……これだけレベルが違うって言うか」

 

 カンナはつい箸を止めてしまったことを後悔しつつ、なんとか誤魔化そうと考えたが、他の料理との差が歴然としすぎていてできなかった。

 

「……わかってますよ、カンナさん。その料理がイマイチだって」

「え? そうなの? でもなんでさ。他の料理はメチャクチャ美味いのに」

 

 理由を話すことを一度ためらったせりだったが、カンナが気持ちよく料理を食べてくれることや、その体の大きさからくる包容力の塊のような雰囲気から、ついそれを話し始める。

 

「作ってる人が違うので」

「え? 厨房にいる人達じゃないのかい? てっきりあの主任さんとかが作っているのかと思ってたけどさ」

「厨房のメンバーが作ってはいますよ。うちの食堂では主に煮込み料理を松林、揚げ物をコーネルが担当してますけど……」

 

 それぞれが得意な分野があって、特にその二人はそれが顕著なのでそこをほぼ専門で担当している。

 休みや任務で欠けているときは他のメンバーが入ることもあるが。

 

「ってことは、あのカツカレーってのはその二人の力があってこそってことかい?」

「ええ。でも一番大きいのはその指揮を執っている主任の力量です」

 

 カレーのスパイス調合や作成するのは釿哉でも、それをカツに合う味として意見を言って調整しているのは主任の梅里だし、カツを揚げるタイミングや肉の下味もやはりカレーに合うように時間や方法を決めて指示しているのも梅里なのである。

 それは他の料理にも言えることだった。梅里が来る前と来た後で味が変わったのはせりも認めるしかなかった。

 本人に「和食専門じゃないの?」と尋ねたことがあったが、「そんなに長くはなかったけど洋食屋で修行したこともあるから」と簡単に言っていた。

 とはいえその短時間で身についているのは、料理屋の家庭で育ち舌が肥えていたり、きちんとした料理を習っていたりと基礎ができていたからこそ、ではないだろうか。

 そんな梅里によって劇的に変わった帝劇食堂だったが、たった一つだけ変わらないものがあった。それがオムライスである。

 オムライスの注文が入ると、梅里は絶対に自分で作らない。必ず誰かに「ゴメン、お願い」と指示を出す。ところが依頼された人が作っている間、彼はオムライスについて指示を出さない。最終的な味見さえ自分でせずに他の人任せだ。

 そうやってお客様のところに出されることになる。つまり、他の料理と違って梅里はまったく手出ししない。そのためにオムライスだけは以前のままとなり、結果的に完成度は全く違ってしまうのだ。

 

「は? なんで? あの主任さん、オムライスに恨みでもあるのかい?」

 

 説明を聞いたカンナが驚いた様子で言った。

 ちなみに今日それを作ったのは和人で、接客も調理もこなせる縁の下の力持ちだが、悪く言えば器用貧乏。及第点の仕事しかできない。

 給仕方のトップであり調理もこなせるせりとは比べものにならないし、たまに応援で手伝いに来て調理を担当する大関ヨモギという隊員にさえも和人は勝てない。

 とはいえ、例えせりが調理していたとしても、カンナの手は止まっていただろう。いや、釿哉だろうがコーネルだろうが結果は一緒だったはずだ。それくらい根本的に他と完成度が違う。

 

「私も、言ったことがあるの。さすがにお客様に出すのにこれはよくないって」

「まぁ、そりゃあそうだろうな。アタイらで言えば見てくれる人達に手を抜いた演技を見せるようなものだもんな」

 

 カンナの例えにせりは大きくうなずく。

 そして、そのときのことを思い出すと、彼女の肩がワナワナと震えだした。怒っているのだ。

 

「そうしたら、なんて言ったと思います? あの主任……」

「え? いや、なんというか……よ、予想できない、かな? なんて言ったのかなー?」

 

 その怒りの大きさに引いた様子のカンナに気がつかないまま、せりは感情を爆発させた。

 

「じゃあ今度から僕の代わりにキミが作ってよ、副主任。って言ったんですよ?」

 

 ちょっと小バカにした感じで梅里のモノマネをしつつ言うせりの剣幕に、カンナはついていけずに曖昧に相づちを打つだけだ。

 

「へ、へぇ……」

「私は給仕方の責任者でもあるんです。それを、注文が入るたびに、オムライスのためだけに、自分の仕事を放り出して作れって言うんですか?」

「い、言ったのアタイじゃないから、わからないけど……」

「そんなだから、あんな無茶なことを言い出すのよ!」

「あんなこと?」

 

 少し冷静になったのか、せりは一度大きく息を吐いて答えた。

 

「先月、敵幹部の魔操機兵をカンナさん達が倒したじゃないですか?」

「ああ。まぁ、トドメ刺したのは隊長とマリアだったけどな」

 

 カンナが思い出しながら言う。

 厳しい戦いだったが、全員そろった花組の力を結集した結果の大勝利だった。

 

「あの魔操機兵の残骸を調査しろって言うんですよ、あの隊長が」

「なんだって? あんなものの破片を回収していたのか?」

 

 さすがに顔色を変えるカンナ。直接戦い、相対したからこそわかる。あれは容易に手を出していいようなシロモノではない。

 思わず厳しい目になってしまったが、せりも気持ちは同じだったようでそれを恐れたり怯んだ様子はなく、カンナに説明する。

 

「ええ、あくまで浄化するためにですけど。それにあのままでは妖力が高すぎて、とても放置するわけにもいきません。夢組の封印・結界班がサポートしてどうにか回収したんです」

「ああ。ほったらかしたらどんな悪影響を及ぼすかわかりゃしないもんな」

 

 禍々しい妖気を放つ魔操機兵の破片の回収に嫌悪感を抱いたカンナだったが、それが帝都市民を守るためだと気がついて態度を軟化させた。

 

「そう信じていたのに……浄化のためって思っていたら、いきなり態度を変えて調査しろ、ですよ?」

 

 そのメンバーに調査班頭であるせりはもちろん入っていた。

 一方で、梅里はメンバーに入っていなかった。

 浅草近郊にある保管場所で行うことになった調査の現場の責任者は、支部に近く支部隊員が数多く参加することもあって支部付副隊長の巽 宗次になっている。

 指示したくせに放り投げているようで、せりにはそれが無責任に思えて仕方がなかった。

 

「なぁ、せり。ちょっといいかい? アタイはそんなにアンタのところの隊長さんと接点があるわけじゃないからハッキリしたことは言えないけど、事情があるんじゃないのかい?」

「事情、ですか?」

 

 食事の手を完全に止めたカンナの表情からは笑みは消え、真面目な表情になっていた。

 

「ああ。その調査、危なそうなのはアタイにだってわかる。だから夢組の隊長さんだって絶対わかってるはずさ。その上で調査しろって言うんだから、他には言えない事情があるんじゃないのかい?」

「上に指示された無茶を下に背負わせているだけかもしれないじゃないですか」

 

 せりの口からその言葉が出たのは、宗次が隊長心得でいたころのやり方を彼女自身が体験してきた感想でもある。

 当時の宗次による頭ごなしの命令は、その指示に従っていればいいと言わんばかりで、そのやり方は多くの民間登用された夢組隊員達のやる気を削いだ。

 それに最も反発したのが調査班頭であるせりであり、宗次とは何度も衝突しいている。そのたびに仲裁に入っていたティーラがいなければせりは辞めていたかもしれない。

 そういう夢組の時期と事情について、別の部隊とはいえ古株の隊員であるカンナも知っていたし、だからこそ今の夢組の変化も何となくだがわかっている。

 

「今の夢組からはそんな感じがしないよ。何より巽副隊長だったっけか? この前ちらっと見たけど、憑き物が落ちたかのようにいい顔になっていたじゃないか。その憑き物を落としたのがあの食堂主任さんなんだろ?」

「それは、そうですけど……」

 

 戸惑うせり。カンナの言うことには一理あるようにも思える。

 

「ま、アタイが言えるのは──」

 

 そう言ってしばらく止まっていた食事をとる手を再び動かし始め

 

「──こんなに美味い飯が作れる人に悪いヤツはいないってことさ」

 

 美味しい料理を作ろうと努力することは、相手を喜ばせようと思わなければできないことだ。つまり美味しい料理を作れるのは心優しい人だとカンナは思っている。

 その結論に拍子抜けして、せりは思わず苦笑を浮かべた。

 そんな空気もつかの間、カンナの席へとやってきた人がぶちこわしたのはそのときだった。

 

「──あら、誰が料理を食い散らかしているのかと思ったら、どこかで怪しい木の実でも拾い食いして、ゴリ人間になったカンナさんじゃありませんこと」

「だ・れ・が、ゴリ人間だ!!」

 

 怒るカンナを「おほほほほ」と笑ってからかうのはカンナと同じく花組の神崎すみれである。

 

「今日という今日は許さねえからな、すみれ!」

「それはこっちの台詞ですわよ!」

 

 いきなり始まる大喧嘩。

 

「ちょっと、二人ともストップ! 落ち着いてください。ケンカは駄目ですって。ケンカは……余所でやりなさぁぁぁぁいッッ!!」

 

 暴れ始めた二人にキレたせりのカミナリが食堂に響くのであった。




【よもやま話】
 とりあえず定期的には出したいサクラ大戦オフィシャルのキャラと本作オリジナルキャラが絡むシーン。
 というわけで出てきたのは、やっぱり食堂といえばカンナ、というわけでご登場願いしました。花組の中では書きやすくて助かります。逆に一番書きにくいのは紅蘭。私が関西弁が分からないのと、分かったとしてもどこまでなまらせていいのかさじ加減が難しいからです。知らんけど。
 次回予告で出したオムライスがやっと登場。出した理由は新サクラ大戦でとあるキャラが絶賛していたために入れたネタ。……そんな軽い気持ちで入れたコレですが、後々あんなことになるとは、思ってもみなかったのです。
 ところでこれをアップした日にアニメ版「新サクラ大戦」第2話が放送されたわけですが、こんなオムライス下げの話を出してしまうだなんて、オムライス仮面……じゃなかった白マントに成敗されてしまう。
 ──さて、食堂の役割分担が出てきましたが、釿哉が煮物担当なのは欧州の錬金術師に弟子入りしていた子供時代に師匠の面倒見ていて料理ができるようになったという設定なので、その辺にあった釜で煮たりしているうちに(日持ちもするし)煮物料理が一番の得意になったという背景があります。
 え? コーネルが揚げ物担当の理由? 名前からですよ。姓をサンダースにするのを自重しただけマシですって。


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─7─

 

「まったく、あの二人ときたら。今度やったら出禁にしようかしら」

 

 すみれとカンナをどうにか追い払ったせりはその後かたづけを終えて一息ついていた。

 カンナは量こそ多いがとにかく「うめぇ!」と気持ちよく食べてくれるし、すみれも「まだまだね、精進なさい」と言いながらも残さず食べてくれる不器用な良客なのだが、その二人がそろうと途端に破壊の嵐を巻き起こす。

 思い出すと感謝よりも余計な仕事を増やしてくれたことへの立腹の方がどうしても勝ってしまうのであった。

 しかも、せりのカミナリという名の必死の呼びかけにはガン無視で喧嘩していたのに、後からやってきた梅里の仲裁で止まったというのがまた余計にイライラさせる。

 

「ま、こうしていても仕方がない、か……」

 

 小休憩のために食堂から出ようとしたせりだったが、その入り口付近に中の様子をのぞき込んでいる人影を見つけた。

 今は営業時間中ではないし、その様子からどうにもお客さんではなく帝劇の関係者のようにも見える。

 とにかく営業時間外なのでそれを伝えようと近づくと、向こうもせりに気が付いた。

 

「あ、白繍さん。こちらにいたんですか」

「私? 私になにか用ですか?」

 

 その人はホッとした様子で食堂内に入り、せりの方へと歩いてくる。

 

「相談に乗ってほしいんです」

「相談って……」

 

 せりは戸惑っていた。相談と言われても顔を見てすぐに名前が浮かばないのだから夢組の隊員ではない。もちろん自分の部下でもある夢組調査班のメンバーでもない。この人に相談を持ちかけられるような覚えはない。

 

「ええ。私の相談というわけではなく、伊吹さんの相談に乗って挙げてほしいんですよ」

「かずらちゃんの?」

 

 そう言われて思い出す。よく見てみればそれは大帝国劇場の楽団に所属している演奏者の一人だ。たまに食堂で食事もしているので見覚えもあるし、たしかにかずらと一緒に食べに来ているのを見たことがあったような気がする。

 その彼女の次の言葉を聞いて、なんで今日は厄介ごとばかり舞い込むのだろうと素直に思った。

 

「伊吹さん、どうやらスランプみたいなんです……」

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

(演奏者のスランプの治し方なんて、私にわかるわけがないじゃないの)

 

 そう突っぱねることもできたのに、それをせりがしないのは生来の性格のせいだろう。

 かずらは夢組内では、支部付で対人捜査のエキスパートであるもう一人と共に、調査班を支える本部付の副頭で、調査班頭であるせりの直接の部下だ。

 またこの春まで帝国華撃団の養成組織である乙女組に所属していたかずらと、現在その乙女組に所属しているせりの妹とはとても仲のいい友人だと聞いている。そんな妹のためにも相談に乗ってあげたいという思いはあった。

 だが、それを抜きにしても5人姉弟の一番上であるせりは幼い頃から弟や妹の世話をしていたので面倒見がいいのである。

 

「それでかずら、なにかあったの?」

 

 そんなせりが話を聞くと、かずらは不安げな顔で彼女に詰め寄った。

 

「せりさん、あの……私、武相隊長に嫌われてないでしょうか?」

「はい?」

 

 呆気にとられるせり。さっきのカンナに爆発させた不満を思いだして、つい「知るかい!」と投げ出しそうになるのをどうにかこらえる。

 かずらが困っているのだから、と自分に言い聞かせて。

 

「……どうしてそう思うのかしら?」

「だって私、4月の上野公園以来、隊長がちっとも一緒に仕事してくれないんですよ? きっと嫌われたんです。そうでなければ避けられてるんです」

 

 そう言ってずーんと落ち込むかずら。

 

(いやいや、夢組は規模はそれほど大きくはないと言ってもそれなりに人数いるし、隊長と仕事したことある人って意外と少ないんじゃないかしら? そもそもあのときは緊急出動だったから……あ、いや、上野の時のかずらちゃんと隊長は再調査で出撃中だったんだっけ)

 

 などと考えを巡らせるせり。

 

「それなら心当たりはないの?」

「いえ。でも……芝公園も、築地も、どちらも呼ばれませんでした」

 

 かずらがしゃがんで首を横に振ると、三つ編みにされたフワフワの髪がそれにあわせて揺れた。

 

「言われてみれば、確かに呼ばれてなかったわね」

 

 特に緊急出動だった築地でのマリアの捜索で呼ばないの不自然に思えた。

 刹那に連れ去られたマリアの捜索には、霊力を使ったり『千里眼』の遠見隊員のような特殊能力での探査やそのサポートのために夢組のほとんどが参加していたはずだ。

 役目の違う除霊班さえも付近で脇侍が発見されていたので、他の班の護衛として出動していた。

 もちろんせりも出動したのだが、なぜかかずらだけは出動の対象から外されていたのだ。

 

(妙な話ね)

 

 かずらは本部勤務なだけでなく、楽団という立場で舞台に関わっているためにマリアをよく知っていた。その演奏に霊力を込めてソナーのように探知できる彼女の能力を考えれば、早く居場所が見つかったかもしれない。

 おまけに探索範囲は広範囲に及んでいる。同じように探索系の特殊能力である遠見の『千里眼』は「特定の対象を遠くから見る」ことに特化しているのだから、かずらの能力の方があのときは有効だったのは間違いない。

 

(むしろこれ以上の適任者がいなかったくらいじゃない。現場に呼ばないのは明らかにおかしいわ)

 

 とは思ったのだが、それを口に出すと「じゃあ、なんでですか?」とかずらを余計に落ち込ませるのは明らかだった。

 それに、最近のかずらが夢組の仕事を振られていないわけではない。それ以外の調査任務にもちろん当たっている。だから梅里がかずらの能力を疑っているわけではないのだろう。

 

「そんなこと無いわよ。隊長だってきっと忙しいんだし。それにあなただって公演の曲の練習とか忙しかったでしょ? それで気を使ってくれたのよ、きっと」

「……本当ですか?」

 

 顔を上げたかずらはうっすら涙ぐんでさえいた。

 

「私のこと、信用できないかしら?」

「そんなこと、ありませんけど……でも、違うかもしれないし……」

 

 かずらにしてみれば梅里とせりがあまり仲良くないことは知っているので、本当にそれが合っているのかわからなかったのだ。

 たしかに現状で二人の仲はお世辞にも良いとは言えない。食堂での方針を基本的にせりに投げている梅里に対し、せりは責任者としてもっとしっかりしてほしいと思っているし、夢組の活動についても不満がある。

 だから衝突──というよりは一方的にせりが不満をぶつけているのだ。

 

「じゃあ、今度私が聞いてみるわ。そして、理由があるならかずらちゃんに説明するようにも言う。それでどう?」

 

 せりの言葉に、かずらは熟考した上でためらいがちながらもうなずくのであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──と安請け合いをしたものの、どうしたものかしら」

 

 夢組戦闘服に身を包んだせりがつぶやく。

 彼女の戦闘服の袴はくすんだような水色、いわゆるシアンという色に染められたものだ。

 かずらの相談を受けてからすでに数日経っている。しかしまだ解決どころか梅里と話さえできていなかった。

 もちろんそれには理由がある。

 今、せりがいるのはいつもの帝劇食堂ではなく、浅草にほど近い軍の秘密施設のそのまた地下にある施設だった。

 この場所には魔操機兵・蒼角の残骸が運び込まれており、せりが不満だったその調査を行うのが今日なのである。

 調査を指示した梅里と衝突したのはかずらから相談を受ける少し前。

 その後も梅里は頑なで調査を撤回する様子もなかった。せりもせりでその不満を隠すつもりもなく──結果としてお互いほとんど話すことができなかったのだ。

 

 とはいえ、せりがどんなに乗り気でなくともすでに準備は進んでおり、錬金術班が機材を設置していたり、残骸を囲むようにして障壁を発生させる予定の封印・結界班が配置されていたりとしている。

 

「あ、頭。今日はよろしくお願いしますッス」

 

 そう言って頭を下げてきたのは一般隊員の遠見(とおみ) 遙佳(はるか)だった。パッチリした目が印象的な彼女は、『千里眼』という魔眼を持ち、主に遠視による偵察や調査を担当することが多い。

 が、今回はそれを応用して注視することで他人よりもより細かく見るための参加である。

 以前は調査班に所属してせりの直接の部下だったのだが、4月の組織改編で新設された隊長直属の特別班に所属を異動している。

 

「よろしく遙佳。あなたの目、期待してるからね」

「そこまで期待するなら、今度目にいいなにかを差し入れて欲しいっスね」

「あら、それなら松林特製のメガ・ヨクナールでも持ってくればよかったかしら?」

 

 ニヤリと笑った遙佳に対して、せりが錬金術班頭お手製の目薬の名前を出すと、とたんに彼女は目を泳がせた。

 

「あー、あの目薬は効きすぎるというか、間に合ってるっスわー」

「冗談よ。今度、ニンジンケーキでも持って行くわ。人参、目にいいんでしょ?」

「マジっスか? 主任──というか隊長、料理の腕がメチャクチャすごいって支部でも評判っスよ。そんな人なら出来栄えは間違いないし、嬉しいっスわー」

「……主任?」

 

 せりが戸惑うと、遥佳は不思議そうに首を傾げた。

 

「え? アレ? 隊長に作ってもらうんじゃないんっスか?」

「私が作ろうかと思ったんだけど……ガッカリしちゃうかな?」

 

 せりが寂しそうに苦笑いすると遥佳はあわてて首を横に何度も振る。

 

「いやいやいやいや、副主任自ら作ってくれるってことっスよね。メチャクチャありがたいっスよ。光栄です! せりさんも料理、ものすごく上手いっスから」

 

 今日は特にがんばりますよ、と言い残し、なんとも気まずそうにしながら遥佳はそこから去っていった。

 

「……はぁ」

 

 思わずため息が出た。

 

「自分よりも梅里の方が期待されていて、不満か?」

「──ッ!?」

 

 背後からの声に思わずビクッと肩をふるわせる。

 振り返ると、せりのものよりずっと濃い青である紺色に染められた、狩衣型の男用夢組戦闘服を着た男が立っていた。

 

「突然、後ろから声をかけるなんて趣味が悪くないですか? 副隊長」

「すまない。まさかここまで驚かれるとは、俺も思わなかったからな」

 

 今回の調査の現場責任者である帝国華撃団夢組副隊長の巽 宗次だった。

 宗次にしてみれば、せりの高い霊感を評価しているので、自分がいることに気づいているだろうと思っていての行動だったから、逆に少し驚いている。

 

「なにか溜め込んだままだと任務に支障をきたすぞ」

「溜め込んでいるように見えます?」

「ああ。不満なんだろ? この調査が」

「そんなこと──」

「実のところ、俺も不満だ」

 

 宗次の言葉が意外だったのでせりは思わず宗次を見た。

 その驚いた視線を受けて、宗次は返す。

 

「ん? 白繍は不満じゃないのか?」

「私も不満ですよ。でも副隊長のことだから「命令だからキチンとやれ」と言うと思ってました。まさか不満って言うだなんて……」

「上官の言うとおりにしろ、か?」

「ええ。その方が副隊長らしいです」

 

 宗次が変わったという噂はせりも知っているし、本部と支部で職場は違えども仕事上の接点はあるのでその雰囲気も感じ取っている。

 しかしそうはいっても前は何度か衝突しているのでわだかまりが無くなったわけではないし、つい皮肉っぽい言い方になってしまう。

 

「まぁ、実際に今回はそうするしかなかったわけだが」

「そうですね、隊長の言うとおりに」

「何?」

 

 せりの言葉に宗次が眉をひそめた。

 

「今、隊長……梅里の言うとおりって言ったか?」

「言いましたけど。隊長、私を指名してこの調査に副隊長とあたれって」

「お前のことだ、当然、不満はぶつけたんだろ?」

 

 宗次が言うとせりは露骨に眉をひそめた。

 

「その言い方に思うところがないわけではないけど、その通りです。できませんって。そうしたら僕の一存だとか、隊長命令とか言って聞く耳持たずです。まるでどこかの誰かのようでした」

「耳が痛いな。だが、梅里のヤツがこの調査に乗り気だと思っているのなら間違いだぞ」

「え?」

 

 せりは思わず宗次の顔を見る。

 

「同期が教えてくれたんだが、アイツは支配人で大騒ぎしたそうだ。こんな危険な調査はできない、と。司令に、人が死んでもいいんですか? とまで言ったそうだ」

「そんなこと、一言も……それならこれは司令の命令なんですか?」

「ああ。しかし実のところを言えば米田司令も反対している」

 

 そんな宗次の話を聞いて、せりは少し呆れていた。それなら帝国華撃団で賛成しているものなんて誰もいないではないか。それなのになぜこんなことをしなければならないのか。

 

「ますます不満になったか? だが覆せない事情が司令にはある」

「事情? いったいどんな……」

「上からの命令は絶対。俺が徹底しようとして失敗したことだが、それは軍の中では覆せない真理だ。その上からの指示ってことだ。米田司令……いや、華撃団の上と言っていい」

 

 同期の事情通からの話で米田の政治的発言力の弱さが今回の原因と分かっていたが、それはあえて言わなかった。上司、それも部隊のトップの弱点を隊員に広めて貶める必要もない。

 

「もっとも、それを梅里のヤツに説明するのは骨が折れたがな」

 

 やれやれと肩をすくめる。

 民間人の梅里に軍のやり方を説明するのは副隊長で軍人サイドにいる宗次の役目だ。

 部隊の混乱を避けるために、上司の言うことを盲信するというやり方は、梅里には気に入らなかったらしい。

 

「そのかいがあって、アイツはどうしようもないということだけは理解してもらえたよ。重要なのはその後だ」

 

 一度言葉を切ってせりを見る。

 これがお前と梅里の違いだぞ、と突きつけるために。

 

「理解したアイツは、この調査に関してかなり綿密に詰めた。俺も意見を求められたし手伝った。ティーラも指示でいろいろ未来視したみたいだったしな」

 

 予知が不調に終わったことも宗次は知っていた。ティーラが言うには残骸がまとう妖力が強すぎるために、未来視にまで影響を与えて見通すことができないそうだ。

 この行動力が、ただ不満をぶつけて拒否しか頭になかったせりとの違いである。

 

「危険さを考えたら結界は強ければ強い方がいい。それでも封印・結界班頭の山野辺ではなく白繍、お前を選んだのは、その調査能力に期待しているってことだ」

「そ、それなら両方呼べばいいことじゃない」

 

 自分が気付けなかった梅里の行動力に圧倒されつつも、せりは反論してみせた。

 

「それは確かにそうだ。ここだけを見るなら、な」

 

 ちょうどそのとき、誰かが走って近づいてくる足音が聞こえた。

 会話を止め、宗次とせりがそちらを見ると戦闘服を着た一般隊員が走ってくるのが見えた。

 

「副隊長!! あ、調査班頭もいましたか。ちょうどよかった」

「どうした?」

「非常事態です!! 浅草に花組が出撃してます!」

 

 そこまで言ってから走ってきた隊員は呼吸を整える。その間に宗次が厳しい目でせりの方を見た。

 

「白繍。さっき言い掛けた理由、梅里がお前と山野辺の両方を向かわせなかったのはこの危険があったからだ。万が一の戦闘サポートを疎かにはできないからな」

 

 せりが「あ……」と絶句する。もしも今、和人まで来ていた場合には、封印・結界班の多くが参加しているために、結界による現場封鎖と戦闘場所の確保という花組への支援が疎かになっていただろう。

「まったく、アイツの勘はティーラの予知を越えるんじゃないのか」

 そう言って苦笑する宗次につられ、せりも微妙な表情で乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 それから宗次は思案顔になって起こった事態への対処を考える。

 

「ここから近いな。ふむ……」

 

 帝都を俯瞰的に見れば近い。しかし局地的に見れば近いわけではない。

 巻き込まれるような事態はさすがに無いだろうが、影響があるかどうかでいえば微妙なところだ。

 

「中止しましょう。どんな影響があるか分からないもの」

「いや、それは難しいな」

 

 せりの提案を宗次は却下する。

 今日は調査とはいえ少なくない人数が動いている。この規模の人数を集めるとなると調整期間が必要になる。機材にしても霊力や地脈、その他さまざまな力を利用したものがあり、中にはデリケートで扱いが難しいものもある。

 

「この状況で強行は危険なだけです。ありえませんよ」

「今日のために機材調整した錬金術班と喧嘩したいのならな。それに占星術を利用したものもある。月齢の関係で最悪の場合には使用可能が約3週間後になるが、そこまで時間をかけることはできない」

 

 厳しい目をする宗次。だがフッと表情を緩めた。

 

「だが強行もするつもりもない。状況次第ではもちろん中止もやむを得ないと考えているさ。今は準備を進めつつ、調査開始のタイミングにつては追って指示を──」

 

 

「──いえ、調査はやってもらいます」

「「「え?」」」

 

 

 突然の声に宗次とせり、それに一般隊員がその声の方を見る。

 深緑の軍服軍帽に身を包んだ一目で軍人と分かる者が立っていた。眼鏡の奥にあるその針のように細いつり上がった目でジッと宗次を見る。

 

「……軍の査察官か」

「ええ、その通りです。よろしくお願いしますよ。巽 宗次……少尉、殿」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、せりがこの軍上層部から来た者にかみつかないように注意しなければならないことまで考えると、胃が痛くなってきそうだった。

 




【よもやま話】
 悩むかずらのシーン。
 作中ではオリジナルの2、3話分をカットして1話内でやっているので違和感がでているかもしれませんが、2ヶ月間ほったらかしになってますので。
 その時間経過を感じさせられない点ではちょっと失敗したかな、と。でもこのシーンは次の第3話に向けてのシーンでもあります。次はかずらのヒロイン回ですから。
 また、旧作で出てこなかった軍の査察官を出しました。当初は考えてなかったキャラだったのですが、よく考えると近くで戦闘起きてるんだからどう考えても調査の強行はしないよな、という考えに至り、戦闘終了を待たない理由をつくるために出しました。それが後々に響くことになりますが。


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─8─

 結果的に、調査は予定時刻に実施されることとなった。

 案の定、せりが付近での戦闘を理由に査察官にくってかかった。

 しかし「離れているじゃありませんか。巻き込まれやしませんよ」と却下されている。

 彼女がしつこく食い下がらなかったのは、先ほど強固に反対していた梅里が割り切って万全の準備をしたという話を聞いたのと、査察官のまとう軍人の気配に圧倒されたせいだった。

 華撃団、それもせりが勤務する本部の帝劇に普段いる軍人といえば昼行灯の米田、誰にでも優しいあやめ、それにモギリの大神──いずれも軍人が持つ冷酷さのようなものを見せることはない。

 軍人という点ではせりと接点の多かった宗次もそうだが、衝突はしたが感情的な場面が多く、今にして思えば宗次の『有無をいわさぬ態度』という威圧感はこの査察官よりも無かった。

 

 妥協した形になった夢組だったが、査察官はそれでおさまらなかった。

「ここまで準備したのですから、これもついでに調査しておくべきじゃないですか? もったいないですよ」

 

 保管してあった脇侍を見つけると、そう言ってさらに介入したのである。

 比較的状態のいい、まるで動かない人形のような脇侍を足でコンコンと小突きながら──

 

「こんなものの調査でさえ、手間取っているそうじゃないですか。失神者を出したりして」

 

 ──と、悪意たっぷりで見下す。

 悔しさをこらえる宗次を見てせりも同じく感じるのと同時に、宗次がこういうことを言われるのを避けるために、隊長心得時代にあそこまで頑なに命令に忠実になろうとしていたのだと思い知らされもした。

 さすがに蒼角の残骸とは別の部屋に保管した上で、蒼角終了後に調査を行うこととして準備万端整ったのだが──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「「イリス・エクスプローゼ!!」」

 

 そのころ浅草では、黄色い霊子甲冑と白い霊子甲冑──アイリスと大神の合体攻撃が黒之巣死天王の一人、モヒカン頭の大男である白銀の羅刹が乗り込んだ魔操機兵・銀角をとらえていた。

 アイリスがいなくなるというトラブルの中での出撃だったが、花組はアイリスの救助に成功。そして様々な困難を乗り越えて羅刹との直接対決まで持ち込んでいたのである。

 もちろん、その捜索や戦場形成に夢組の目立たぬサポートがあったのは忘れてはならない。

 そして今、まさにとどめの一撃が放たれ、それが決まったのだ。

 耐久以上の攻撃を受け、ついに崩壊していく銀角。

 

「ク、クソォ!!」

 

 銀角の操縦席に羅刹の無念の叫びが響きわたる。

 自分は敗れ去っていくのか。

 このままではあの世で兄──蒼き刹那に顔向けができない。

 兄の仇すらとれない自分の身がもどかしく、悔しかった。

 

 

「あ、兄者アァァァッ!!」

 

 

 脳筋を絵に描いたようなその見た目とは裏腹に、敵を自らの元に強制召還できるほど強い妖力を持った羅刹の、魂の叫びがこだました。

 その怨念は、浅草近郊へと大きな波紋のように拡散していった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──浅草の戦闘が終わったとき、まさに調査は始まろうとしていた。

 封印・結界班が蒼角の残骸を取り囲み、正座している。

 せりもその輪の中に入り、もっとも中心的な役割を担うことになっていた。

 その中で結界の展開をしつつ、自身の霊力を走らせて調査まで行うという二足の草鞋のような状況だが、今いるメンバーではどちらも自分と同程度にこなせそうな人もいないので担当するしかなかった。

 

「調査作業を開始する。総員、準備!!」

 

 宗次の声が建物内に響きわたる。

 それを合図に他の隊員たちと共に結界を展開させようと神経を集中させたときのことであった。

 急に頭に声が響く感じがあった。

 

(なに? 誰?)

 

 その野太い声はきわめて不快なもの。その不快さは声色と言うよりも、そこに込められた思い、いや怨念がせりに嫌悪感を抱かせるのだった。

 そんな中でも気を取り直して精神を集中させる。自分がそんな影響を受けているのだから他もそうなっている可能性がある。中心的な役割を担う自分がしっかりしなければ瓦解してしまうという判断からだ。

 しかし異変はすでに起こっていた。目の前の蒼角が細かく振動しているのに気づいた。

 あきらかに様子がおかしい。

 展開した結界には早くも蒼角側から圧力がかかり始めている。

 

「いかん! 今すぐに中止だ!!」

 

 せりが指摘する前に宗次が大きな声をあげたことにホッとする。この異変が外でも把握していると分かったからだ。

 その隣にいた査察官がなにやら騒いでいたが、状況が分からずに続行しろとか言っているだけだろう。

 ──その瞬間、せりの背中を冷たいものが走り抜けた。

 

「ッ!! みんな!!防いでッ!!」

 

 悪寒を感じたせりが瞬間的に反応してあげた声に、封印・結界班の隊員達はすぐ呼応した。

 取り囲んでいた各員が両手を前に突き出し、結界を強化する。

 結界が出力をあげて蒼角の残骸を押し包む。この状態ならば人を乗せない搭乗型の魔操機兵ならば十二分に止められるはず。せりはその確信が持てていた。

 だが、敵は別の場所からやってきた。

 せり達のいる部屋の壁を突き破ってきた影がいた。別の部屋に保管し、後で調査するはずだった脇侍である。

 

「なんだとッ!!」

「う、動きを止めていたではないか! 壊れているのではなかったのか!!」

 

 宗次と査察官が驚いて声をあげている。

 結界を維持しつつ、せりもどうにかそちらを見れば、脇侍の損傷はほぼ完全に復元していた。

 

(いったい、どういう状況よ!!)

 

 何が起こっているのか、せりには分からない。

 せりでさえそうなのだ。他の隊員にももちろん動揺が走っている。動揺が霊力の乱れを呼び、結界のほころびを生もうとしていた。

 

「副隊長ッ!!」

 

 せりが危険と限界を感じて声をあげる。

 それに応じるように、宗次も声をあげた。

 

「総員退避!! 夢組、逃げろ!!」

 

 宗次の必死に叫びを背景に、脇侍は夢組隊員に目もくれず蒼角の元へと行く。

 指示に従い、他の隊員たちと逃げる最中、せりは脇侍の様子を油断無く見ていた。

 

「──えぇッ!?」

 

 その目が驚愕に染まる。

 蒼角の残骸まで脇侍が到達すると、それを中心にして一瞬で球状の闇が発生し、その姿を包む。

 それが晴れたときには蒼角の残骸を身にまとった脇侍がその場にたたずんでいた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 その情報は即座に銀座の帝国華撃団の本部がある大帝国劇場へともたらされ、アイリスの無事な保護と二人目の死天王撃破にわくムードに冷水をかけることとなった。

 それは浅草の花やしき近くにいた梅里達夢組も同様で、すでに一報が入っていた。

 だが、その情報は近くの施設で行っていた調査作業中に謎の爆発事故、としか入っておらず。詳細は全く分からない。事故直後からその施設とは通信が遮断されているからだ。

 他の隊員たちに待機を指示した梅里は、現地本部である天幕まで戻ると、通信で直ちに転進する旨を米田に具申した。

 しかし返ってきたのは待機命令だった。

 

「──なぜですか!」

 

 梅里が通信機に怒鳴る。現地本部となった天幕には周囲に人はおらず、梅里はその感情の高ぶりを人目を気にする必要もなくぶつけていた。

 

「今、華撃団は一戦交えた直後で消耗している。加えて状況がさっぱり分からん。この状況で強行突入は危険だと判断した」

 

 米田の言うとおり、特に花組は死天王・羅刹との戦いでの消耗は激しい。この浅草からも一足早く帰還し、本部の地下ドックで霊子甲冑の整備を受けている頃だろう。

 

「仲間が! 取り残された隊員たちがいるんですよ! それもほとんど夢組の者ばかり。せめて僕らだけでも──」

「ならん! 消耗が激しいのはお前達も一緒だ」

 

 米田の厳しい声が通信機から響く。

 今回の出撃での夢組はいつも通りに戦場の形成などを普段通りに行っていたが、封印・結界班の精鋭を別任務である調査に向かわせていたため、その負担はいつも以上だった。封印・結界班頭の和人がいたおかげでどうにか維持できたが、その分、消耗が激しい。

 花やしきでの戦闘な上に夢組支部長が不在のため、普段は戦場に出てこない副支部長のティーラが滅多に見せない紫色の袴の女性用夢組戦闘服を着て指揮を執っていたほどだ。

 それほどまでに夢組もギリギリである。

 

「……人が、死ぬかもしれないんですよ」

「そんなことは分かってる! 今、月組が件の施設に偵察をかけているからもう少し待て。状況が判明次第、花組の再出撃も含めて指示を出す。待機だ。いいな! 絶対に動くなよ!!」

 

 それで米田からの通信は切れた。

 

「……ッ」

 

 ため息をつく梅里。

 ゆっくりと顔をあげる。

 そして狩衣風の夢組戦闘服に損傷が無いのを確認する。

 その内側に仕込んでいるシルスウス鋼製の籠手や臑当てを確認、普段は重いので嫌っていた帷子を着込み、その上から改めて夢組戦闘服を着た。

 最後に得物である聖刃・薫紫を確認し、それを改めて腰に帯びた。

 明らかな、普段とは比べものにならない重装備。これから向かうところ、やることを考えれば備えるに越したことはない。

 そうして、天幕から外に出る。仲間たちが待機しているのは少し離れた場所だが、そちらへとは逆方向に踏み出した。

 

「……待機、ではないのでしょうか?」

 

 そう声をかけられて、梅里は足を止めた。いつの間にか背後に人影がいる。

 帝国華撃団夢組の巫女服風の女性用戦闘服。その袴を明るく鮮やかな赤紫──紅紫色やマゼンダとも言われるその色に染めた彼女は帝国華撃団夢組副隊長の塙詰しのぶだった。

 

「うん、そうだよ。みんなは待機していて。そして以後の指揮は塙詰さんに任せる」

「承りましたが……武相様は?」

「ちょっと、行ってくるよ」

 

 扇で口元を隠したしのぶに対し、振り向いて笑みを浮かべる梅里。しのぶの細い目が彼をジッと見つめる。

 

「命令違反ではありませんか?」

「かもね。でも、僕は耐えられないんだよ。僕以外の誰かが傷つくことが、いや僕の知ってる誰かが僕の前で死ぬことがね」

 

 変わらず笑顔でそう話す梅里の姿に、しのぶは彼が持っている闇を垣間見た気がした。

 

「米田司令は救出作戦を考えておられるはずですが、それまで待てないのですか?」

 

 しのぶの問いに梅里は躊躇うことなくうなずいた。

 

「その間に手遅れになるかもしれない」

 

 梅里の笑顔が乾いたものになる。

 

「塙詰さん。僕はね、もう知らない間に間に合わなくなってました、なんて後悔は二度としたくないんだ」

 

 後はよろしく頼むね、と言い残し、梅里はしのぶの前を立ち去っていく。

 そんな彼の後ろ姿を見てしのぶは──

 

「……それは、詭弁でございましょう? あなたの本当の目的は違うはず」

 

 その目がわずかに開かれる。

 梅里に対し、面と向かって言えなかったその言葉を、誰にでも言うでもなくつぶやいた。

 




【よもやま話】
 これから向かうせりとのイベントに向けたシーン。
 それと、実は花組の戦闘シーンがほぼ旧作のままだったりします。
 後半は、ゆくゆくは現時点では漠然と頭に描いているしのぶ回への伏線になってくれたらなぁ、という気持ち。
 第2話もやっとクライマックスへ……という雰囲気です。


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─9─

 

 ──そこはさながら野戦病院だった。

 

 意外と大きかったその施設内で起こった大きな爆発。

 それによる破壊から避けられた地下施設のその場所に、巽 宗次をはじめとした調査に参加した者達は封印・結界班が施した障壁を生み出して安全地帯を作り出していた。

 そこでは負傷者の手当てや結界の維持、繋がらない外への連絡への試み等、狭い空間で多くの人が動き回っている。

 蒼角の残骸をまとった脇侍は最初の爆発でこちらを見失ったらしく、あれ以降の接触はしていないのが不幸中の幸いだった。

 

「怪我人の程度は?」

「幸いなことに、ほぼ軽傷者ばかりです。ただ一人だけ……」

 

 宗次の確認に一般の隊員が答え、気まずそうにその負傷者を見る。

 血に染まった軍服。割れなかったもののヒビが入った眼鏡。査察官が苦しげに床に横になっていた。

 

「まったく、誰のせいでこんなことになったと思ってるのよ」

 

 そう言って感情を顕わにするのはせりだ。

 彼女も性根は優しく普段なら怪我人をいたわる人ではあったが、今回ばかりはさすがに横たわった監察官を睨んでいる。

 その周囲にもそれに賛同するような声が起きかけたとき──

 

 

「──やれやれ。“黙ってください”」

 

 

 その言葉に、周囲は口を封じられ、その場がしんとなる。

 

「少し、静かにしていてください。治療の邪魔ですよ」

 

 査察官の傍らでその容態を見ながら、感情少なくそう言ったのは、袴の色は濃緑の夢組戦闘服の上に、帝都が江戸と呼ばれていた頃から町医者達が着ていた黒い『十徳』という広袖の上着を羽織った女性隊員だった。

 

 

 町医者であることにこだわる彼女は群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、

 名医と言われた町医者の家で代々培われ継承した豊富な知識と、叩き上げられたスキルが医師としての彼女の武器。

 夢組錬金術班副頭、大関ヨモギ。人は彼女を「ホウライ先生」と呼ぶ。

 

 

 初代の大関(おおぜき)蓬莱(ほうらい)以来、江戸の町民を癒し続け、歴代の後継者が「大関蓬莱」を名乗ったために、今代にして初の女医である彼女もまたホウライ先生と呼ばれているのだ。

 髪をボブカットにしているヨモギは、普段は半眼な目を診断のために大きく見開き、また査察官の腕などをさわりながら反応を見ていた。

 

「助かりそうか?」

「意識はありませんが、すぐに止血すれば危険はありません。もっとも止血しなかったり止められなかった場合には、輸血用血液もありませんし、ポックリ逝ってしまうかもしれませんね」

 

 近づいての宗次の問いにヨモギは診断を続けたまま、やはり感情少ない口調で答えた。

 

「あまり好意を抱けるような人間ではなかったが、一応は軍のお偉いさんだからな。大丈夫か?」

 

 宗次の問いにヨモギは顔を上げて答える。

 

 

「──大丈夫ですよ。“失敗しません”から」

 

 

 あとはその彼女の宣言通りだった。

 持ってきていた鞄から取り出した器具で、査察官の傷を難なく縫合し、傷口を消毒、その処置を終える。もちろん査察官は一命を取り留めていた。

 その治療を後目に、宗次は調査に参加していた遠見 遥佳を呼び出していた。

 

「状況はどうだ?」

 

 魔眼を使った千里眼、それも遠視だけでなく透視まで使った彼女は少し疲れた様子で答えた。

 

「付近周辺は閉鎖されているようっスが、花組の姿はないっス。それに夢組も。いるのは月組で、出入口は爆発でことごとくつぶれたので進入口を探しているよう感じっスね」

「蒼角は?」

「あたしらと月組の間の地点をウロウロしてるっスね」

「……このままだと月組が危険だな」

 

 思案顔になる宗次。

 こちらも危険な状況だが、月組しか来ていないということは本部がこちらの状況をほとんど把握できていないと推測できた。

 もし脇侍が蒼角の破片を吸収して暴れ回っている状況が分かっていれば、少なくとも脇侍と戦える隊員を含めた夢組か、蒼角の力を警戒して花組が出張ってくるか、少なくとも情報があれば付近で待機しているはずだ。

 危険度の認識がないままでの接敵は危険だが、今はその上に敵の危険度が高く看過できないほどだ。

 

「御苦労だった。まだその力が必要になるから休んでいてくれ」

「了解っス」

 

 下がる遥佳と入れ替わるように、せりが近寄る。

 ちょうどよかったとばかりに宗次はせりに声をかけた。

 

「一人、外に報告役を出すぞ」

「え? 救援が来ているんじゃないんですか?」

 

 遥佳の報告が聞こえていなかったせりに宗次は頷いた。

 さらに、こちらの状況を全く把握できていないだろうという推論と、このままでは進入を試みている月組が非常に危険であるという危惧を話した。

 

「それは確かに、そうですね」

 

 月組達は身軽さを売りにしているが、蒼角もまた非常に素早い。まるで花組の霊子甲冑が一回動く間に二回動いているかのように感じるほどの早さと身軽さだった。そして今の蒼角モドキはそれに準ずるくらいの動きをしている。月組隊員たちとの相性は悪い。

 

「とりあえず、この場は大関に任せてオレと白繍で外に向かう。十中八九、例のアレと遭遇するだろうから、その場合にはオレが全力でお前を逃がす。白繍は絶対に外にたどり着け」

「いいえ、外に行くのは私じゃなくて副隊長が適任だと思います」

 

 せりの反論に宗次は思わず眉をひそめた。

 

「オレが? 蒼角モドキを相手にお前では戦えないだろ?」

「私もそう思います。だからそうなったら副隊長を送り出して私は逃げに徹する。戦闘能力が高い方が単独での突破や予想外のことが起きても対処できると思うから」

 

 せりの得物は弓矢。その分、接近しての戦いは不得手である。距離をとって戦えなくなったときには非常に厳しい。

 非常に素早く動き、距離を詰めてきやすい蒼角モドキは相性がよくないのだ。

 万が一にも1対1で戦って突破しなければならなくなった場合には非常に困難になるものの、逆に牽制や逃げに徹することができる状況であればまだマシだった。

 宗次は握った拳を口元に当てて思案する。

 

「一理あるな。ただ問題は、見た目は一般隊員を放り出して現場責任者が真っ先に逃げ出したという形になってしまうことだ」

「それは……確かに」

 

 苦笑を浮かべるせり。

 

「事情説明のため、オレの名誉を守るためにも絶対に死ぬんじゃないぞ、白繍」

 

 そう冗談めかして宗次がニヤリと笑った。

 




【よもやま話】
 ここまで書いて、やっと終わりが見えてきた感じでホッとする。
 名前だけは出ていた錬金術班副頭・大関ヨモギがついに登場。どういうシチュエーションで出すか迷っていたのですが、ポっと出の査察官のおかげで登場が決まりました。
 ええ、やっぱり女医といえばあの台詞ですよ、ドクターX。それがやりたくて旧作の町医者をリメイクしましたから。
 と言いたいところですが、実は彼女の能力でもありまして、言葉による「暗示」がそれです。登場シーンで黙らせたのもその力を使ってます。「失敗しない」と言うのは自分に暗示をかけている、という設定です。
 もっぱら衛生兵なので戦闘シーンは今後もおそらくありません。「~2」まで書いたらその最終決戦くらいで戦う構想がありますが……遠いなぁ。


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─10─

 内部からの突破作戦は早々に実行された。

 というのもこの件が起こる直前に花組が戦闘をしていたという情報を掴んでいた状況からである。

 宗次達には戦闘の結果までは分かってなかったが、仮に戦闘に決着が付いていて勝っていたとしても、連戦になりかねない花組の投入に慎重になるのは予想が付く。そしてまだ戦闘中や敗北していた場合には現時点での応援はあてにできない。

 いずれにしても封印・結界班のメンバーの霊力が尽きる前に応援を呼ぶなり、状況改善の糸口を掴めなければ、無防備になったところを蒼角モドキに襲撃されて終わりだった。

 状況は早期解決にかけるしかないのだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 轟音と共に走る雷撃。

 梓弓──『神弓(しんきゅう)光帯(こうたい)』という銘──を構えたせりが切羽詰まった様子で叫んだ。

 

「副隊長! 行って!!」

「心得た! 白繍、お前も早く撤退を」

「了解しました!!」

 

 地下からあがってきた場所で、宗次とせりは蒼角モドキと遭遇して交戦となったのはある程度想定していたことだった。

 そのため当初の予定通りに宗次を先に向かわせるのは、せりの霊力である雷の属性を帯びた矢による一矢、“天鏑矢(あまのかぶらや)”で隙を作ることで無事に成功した。

 

(よしっ!)

 

 ねらい通りの成果にせりは思わず歓喜したが、それを露わにできる余裕はない。

 その後、蒼角モドキはせりを追いかけ回してきたが、大柄な機体が邪魔になるような地形を選んで逃走に徹し、たまに宗次を追いかけないように挑発するように矢を放ち、とにかく逃げる。

 どうにか時間を稼いだ今は一時的にその気配が遠ざかり、せりは久しぶりに大きく息を吐いた。

 

「……とりあえず第一段階はクリア、ってところかしら」

 

 肩で息をしながら、矢筒の矢の残量と自分の弓『神弓・光帯』を確認する。実家の神社に伝わる弓で、霊力を通すことで光を帯びることがその名の由来らしい。

 

「あとは副隊長が外に出るか、侵入を試みてる月組に接触できれば事態は好転するはず」

 

 そのためには、宗次の逃走を手助けしなければならず、蒼角モドキを追わせないように気をつけなければならないし、かといって近接戦闘能力が劣るせりは相手に近づかれてもいけない。

 今まではどうにか匙加減が上手く行っている。

 

「うん。そろそろもう一回引きつけて、そうすれば十分かな」

 

 もう一度交戦し、後は退こう。

 そう決意したせりは耳をすませて魔操機兵の出す音や、探査のために霊力で周囲を探る。

 

「──え?」

 

 が、反応がない。

 ひょっとして副隊長を追いかけられたか、とせりが焦ったときのことだ。

 

「ッ!!」

 

 轟音と、多くの瓦礫と共に蒼角モドキが上から落ちてきたのだ。

 とっさに飛んで瓦礫や魔操機兵の下敷きになることは避けたが、飛んだ破片が足に当たり、その感覚を麻痺させる。

 そして横っ飛びに飛んだせいで姿勢は完全に崩れていた。

 せりは即座に魔操機兵へと向く。足が痛むがそんなことを気にしている暇はない。

 蒼角モドキはせりの方へと向き直り、その高い機動性で一瞬で距離を詰め──

 

(ダメッ!!)

 

 と思って固く目を閉じたせりだが、衝撃はこなかった。

 代わりに何かが付近を通り抜けることで起こった猛烈な風と、さらには巨大なものと強い力がぶつかり合う衝撃、そして遠くで吹っ飛ばされたものがぶつかるような金属音が聞こえた。

 

「──大丈夫!?」

「え……?」

 

 聞こえるはずのない人の声にせりは呆気にとられ、きつく閉じていた目を開ける。

 そこにいたのは──

 

「た、隊長!?」

 

 白い狩衣型の男用夢組戦闘服を身にまとい、刀を手にした武相 梅里だった。

 

「なんで、こんなところに!?」

「説明は後。走れる?」

「あ……」

 

 梅里が差し出した手を取ると、意外に強い力でひょいと立たされる。しかし……

 

「──ッ!」

 

 思わず顔をしかめた。先ほどの破片で痛めた足が思いの外に悪く、とても走れる状態ではない。

 せりの表情でそれを察した梅里は刀を納めつつ、せりの肩を掴むと抱き寄せるように体を近づけた。

 

「え?」

「ほいっと」

 

 戸惑うせりの両足を払って宙に浮かせると、そのまま反対側の手で足を抱える。

 

「ちょ、ちょっと隊長!!」

「抗議も後! 走るよ!!」

 

 遠くで吹っ飛ばした蒼角が動きを再開させる前に、その場を逃げ出した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──ここまでくれば、大丈夫かな」

 

 梅里がそう言って、抱えていたせりを降ろす。

 

「~~ッ」

 

 抱えられていたせりは降ろされてもしばらくの間、顔を赤くしながらうつむいていた。冷静に考えたらとても恥ずかしくて、梅里をまともに見ることができなかったのだ。

 

「白繍さん、これはどういう状況?」

「え? 隊長、状況わかってるんじゃないんですか? てっきり巽副隊長と合流したのかと……」

「宗次とは会ってないけど。そういう話ってことは外への連絡役の決死隊ってところかな?」

「ま、まぁ、概ね合ってます」

「わかった。とりあえずお互いの情報交換といこう」

 

 梅里とせりはそこでお互いに外と中の状況を説明し合った。ついでに痛めたせりの足の応急手当ても行う。

 中では脇侍が魔操機兵・蒼角の破片を取り込んで暴走し、それが暴れたせいで爆発が起こったこと。とりあえず死者や危篤者はおらず、多くの隊員達が地下施設に潜んで封印・結界班の結界でこらえている。

 状況を打破するために、宗次とせりが外への連絡役として脱出を試み、せりの支援によって宗次が外へと向かったこと、といったところだ。

 逆に梅里の説明は、外では花組が戦闘に勝利して白銀の刹那を討ち取ったものの、消耗が激しく連戦を避けて撤退していること。夢組も同じく消耗が激しいので待機を命じられていること。そして現在、状況把握のために月組が施設内への侵入を試みている、といったことだった。

 

「……ん? なにか、おかしいような……」

「なにが?」

 

 梅里の説明を聞いたせりが眉をひそめる。そして聞いた内容を反芻する。

 現在、月組が侵入を試み、花組は待機。夢組も待機……

 

「って、待機!?」

 

 せりがバッと顔を上げて梅里を見る。

 一方、梅里は「あ、バレちゃったかー」と言わんばかりに苦笑していた。

 

「夢組は待機じゃないんですか!?」

「うん。そういう指示だね」

「で、月組が侵入を試みてる中で、なんであなたがここにいるのよ!!」

 

 ついに梅里相手にせりの敬語がなくなった。

 

「いや、待ってるのは性に合わないと言うか」

「性に合う合わないの問題じゃなくて、命令でしょ! なんで守らないのよ!!」

「……この前、命令だって言っても散々、反抗したのは誰だっけ?」

 

 ボソッと梅里が言うと、せりは顔を真っ赤にする。羞恥と、そして怒りで。

 

「~~ッ!! それとこれとでは状況が違うでしょ!!」

「状況ね……確かに違う、よな」

 

 そこで急に梅里の表情が変わった。その変化を感じ、せりは驚く。

 梅里は立ち上がり、自分の腰の得物を確かめるように触れ、せりの方は見ようともせずに言った。

 

「白繍調査班頭、キミに指示を出す」

「……なによ」

 

 あまりの豹変に、そう強がるのが精一杯だった。

 

「今から他の隊員達が立てこもっている場所に戻り、皆を連れて脱出するように」

 

 そういって梅里は自分がやってきた方向を指示した。

 

「この先には人が徒歩なら通れるルートがある。そこを通れば外まで行ける」

「それって、隊長がきた道ってこと?」

 

 せりの問いに梅里はうなずいた。

 

「月組が侵入を試みてるって言ってたのに、どうしてそれよりも早く来れたのよ」

「上は音信不通になってからかなりの時間が経ってるのに、未だに音沙汰がないのを深刻に受け止めてる。おかげで事態は花組の霊子甲冑での突入が前提になっているんだよ。蒼角の破片が暴走していることは予想できたからね」

 

 取り残された者を助けるにしても、助けに入る者がまともに戦えなければ、無駄に犠牲者を出すことになりかねない。ゆえに月組も無理な侵入と検索はせずに、ルート構築に仕事を変更していた。

 加えて施設に取り残されている側については、夢組の封印・結界班が多数参加している状況から籠城可能であり、よほどの長時間にならなければ救援を待つことは可能と判断している。

 

「だから月組は霊子甲冑が通れるという前提のルートの検索を行っている。それを気にしないで来た僕が先に来られたってわけ。納得した?」

「ここにいる理由については、ね。指示についてはまったくしてないんだけど」

 

 せりの言葉に少し怒気が混じったことに気が付いたのは、この数ヶ月間の食堂での付き合いのおかげだろう。

 

「みんなで通る? 脱出口が分かっていても、その道中の安全が全く確保されていなかったら無理じゃないの。怪我人だっているのよ?」

「それは、大丈夫」

 

 振り向いた梅里は笑みを浮かべていた。

 

「僕が、あの蒼角の相手をするから」

 

 その言葉に、いや狂気さえ感じられるその笑顔にせりはしばらく反応できなかった。

 

「……正気?」

 

 やっと出たのは、そんな言葉。

 

「もちろん。僕が押さえ込んでる間にみんなが通過すれば安全に通れるだろ。おまけにルート検索中の月組が不意に遭遇することもない」

「そんなこと問題じゃないのよ。問題なのはあの蒼角モドキの速さよ。分かってる?」

「元のは先月の戦闘で見た。それにさっきも少しばかり戦って体験してる。ほぼオリジナルと同じくらいの速さだね。満月陣の身体能力強化を前提にすれば、対応できないわけじゃない」

 

 梅里は夢組隊長として、花組と蒼き刹那との戦いに戦術サポートとして参加し、その性能を見て知っていたのだ

 

「脇侍とは訳が違うのよ? あの攻撃を食らったら」

「もちろん、満月陣を使っていてもひとたまりもないだろうね」

 

 そう言って梅里は──よりいっそう笑ったのだ。

 

「──ッ!!」

 

 それを見てせりの背筋に悪寒が走る。

 ここにきて、ここまで話して、ようやくせりは梅里の本質に思い至った。

 かずらから相談を受けたとき、彼女は梅里を勇敢だと言った。

 だが、違う。

 違うということに、せりはたった今、気が付いた。

 

 

「あなた……死ぬ気でしょ」

 

 

 せりの問い。それに梅里はすぐには答えなかった。

 ただ笑みを浮かべて、答えるのに少し躊躇ったのか苦笑気味に眉が歪み、そしてまた戻る。

 

「……そうだけど。それがどうかしたかな?」

「なッ!?」

 

 覚悟はしていたが、さも当然とばかりに答えた梅里に絶句するしかなかった。

 この男は、恐怖心を乗り越えているのではない。死をむしろ望んでいるのだ。

 

「なんで……そんなこと、許されるわけ無いでしょ!」

「白繍さんってキリシタン? ……なわけないか、神道系だもんね」

「……バカにしてるの?」

「いや、キリシタンは自死を禁じているのを思い出して。コーネルだったら真剣に喧嘩だったなぁ」

「私だって、そんなの許すわけ無いでしょ!」

「なんで?」

 

 梅里は不思議そうな顔でせりを見た。

 

「僕の命一つで、大勢の人が助かるんだからいいじゃないか。単純な計算だと思うけど。僕なら、あの蒼角モドキを差し違えてでもくい止められるからね」

「違う……全然違う。そんなの、許されるわけがない!」

 

 せりは自分の言葉が震えているのに気づいた。

 恐怖を感じているわけではない。確かに今の梅里はおかしく、狂気さえ感じる。

 だが違う。せりが感じているのは悲しみだ。

 その狂気の裏に見え隠れする梅里の深い深い哀しみがせりには感じられたからだ。

 だがそれは、梅里の心に踏み込むことに他なら無かった。

 

「許されない?」

 

 梅里の顔から、絶えなかった笑顔がついに消えた。

 

「……いったい誰が許さないって言うんだよ」

 

 しかし怒りを顕わにしているわけでもない。ただ単純に無感情。だがその狂気をはらんだ空気は、怒りよりも恐ろしく、そして危うい。

 そんなところに踏み込むのには勇気が必要だった。

 だが、せりはその勇気を持っていた。この人を放って置いたらいけないと、持ち前の世話好きな気質がそれを許さなかったのだ。

 そして思い浮かんだのは、梅里の戦う姿に心惹かれた少女と、彼に認められたくてその背中を追う仲間の顔だ。

 

「あなたが悪に立ち向かう姿を見て、あなたにあこがれてる人がいる。あなたを尊敬し、付いていこうとしている人がいる。それでも、それを見て何も思わないの?」

「勝手な物言いだよ、それは」

 

 そんな梅里の、まったく意に介さない言い様は冷酷にさえ思えた。

 

「僕は最初から考えを変えてない。誰かの命を、僕のこの命を賭して助けに来た。僕は、死に場所を求めてこの帝都に来たんだからね」

 

 梅里は、ついにこれまで誰にも言わなかった本音を話した。

 あやめに初めて会い、華撃団への再度の誘いを受けたあの日に思いついた、その考えを。

 

「ふざけないで! あなたは夢組隊長、いえ帝国華撃団員として失格よ!」

 

 だがせりは拒絶するように手を振りかざす。

 その勢いで思わず涙があふれ出た。華撃団の誇りを侮辱されたように思えたからだ。

 

「悪を蹴散らし正義を示す、それが帝国華撃団よ!! 華撃団は帝都を守る希望なの。その華撃団の一隊長が、希望どころか絶望に支配されていて、許されるわけ無いじゃない!」

 

 せりが怒りとともに言い放つ。

 

「隊員が希望を持たないで、どうやって人々に希望をもたらせられるのよ! 華撃団は死にたがりがいていい場所じゃない! それに──」

 

 ここが分水嶺だと分かっていた。

 これ以上踏み込めば、後戻りはできない。逆に言えばここまでならまだ引き返せる。これ以上深く関わりたくなければ、踏み込まなければいいだけだ。

 しかし── 

 

 

「──あなたが失った人は、あなたが命を粗末にすることを望んでなんて無いッ!!」

 

 

 そこへせりは踏み込んだ。それはもう彼女の、悲しむ人を放っておけないという世話焼きな性分によるもの、としか言えない行動だった。

 そしてそんなせりの目の前にいる男──今は一見すれば冷徹に見えるその男──はどうにも危なっかしく、そして心の底では助けを求めているように見えたのだ。

 だから彼女は踏み込んだ。

 しかしそこは梅里にとっての犯すことを許さない聖域であり、せりの行動はそこを土足で踏み抜いたことを意味する。

 

「今、なんて言った?」

 

 無表情ながら圧倒的な怒気が梅里から発せられた。

 いや、無表情ではない。すでに彼の目は今までに見たことがないほど鋭いそれへと変わり、せりを睨んでいる。

 もはや殺気に近いその生の感情は、ぶつけられた人を容易く震え上がらせられるほどに強く激しい怒りだった。

 だが、せりは負けない。負けられない。その覚悟は、できている。

 ──彼の近くに佇む、あの姿が目に入ってしまったから。

 

「お前に、なにが分かる!! (オレ)と鶯歌のなにが分かるって言うんだよ!!」

「分かるわよ!!」

 

 初めて聞く梅里の“俺”という一人称に乗せられた怒りに圧倒され賭けながらも、せりは絶対に退かなかった。

 

「分かるわけ無いだろうがッ!! 鶯歌のことも知らないくせに!!」

「知らないわよッ! その人が「おうか」って名前だってことも分からない。でも──」

 

 せりの目が、梅里からほんのわずか、横にずれる。

 それは本当に微妙で分かりづらい変化だったが、その視線はちょうど一人分ずれていた。

 

 

「──なんで、あなたの傍らにいるその()は、どうしてそんなに悲しげな目であなたを見ているのよ!」

 

 

「え……?」

 

 梅里が発していた怒気が急に霧散した。

 

 

「いま、なんて……言った?」

 

 

 奇しくも先ほどと同じ言葉だったが、その迫力はまるで違う。

 

「あなたの傍らに、悲しい目であなたを見ている人が、霊がいるのよ」

 

 霊感は最も優れていると評されたせりの霊視は、梅里の隣にいる、髪をポニーテールにまとめた娘の霊をハッキリととらえていた。

 それはいつ現れたのかはわからない。気が付けば、梅里とせりが言い合いになっている間にそこに漂っていた。

 だが、その悲しげな目はすべてを物語っていた。この梅里のおかしな態度の原因に彼女が絡んでいるということを。

 梅里の視線が、せりの視線を追うように自らの傍らへと動く。

 

「……見えて、いるのか?」

 

 せりは大きくうなずく。

 梅里の目には何も見えない。

 しかし、彼女の霊感は人並み外れている、と言った宗次の言葉を思い出していた。

 

「そこに、いるの?」

 

 再度、せりは大きくうなずく。

 たとえ彼には見えなくとも、せりの目にはハッキリ見えていた。梅里のそばに、彼と同年代くらいの優しい雰囲気を持ちながら、彼を悲しい目で心配そうに見つめる娘の姿が。

 

「お、うか……?」

 

 憑き物が落ちたように、梅里に表情が戻り、そして目からは涙があふれ出す。

 崩れるように膝立ちになり、両手は何かをも止めるように虚空に向かって開かれる。

 

「いるのかい? そこに……」

 

 梅里の目には、やはり彼女の姿は見えていなかった。

 せりにもそれは何となくわかった。こればかりは理由が分からない。しかしせりの霊視の力がある目には、彼女の姿がハッキリと見えていたのだ。

 

「鶯歌! 鶯歌ぁぁ……!!」

 

 梅里が何度呼びかけようとも、その声に応えはなかった。

 それでも梅里が、まるで存在を認識してるかのようにそこを凝視しているのは、何かを感じてのことかもしれない。

 開かれた梅里の腕はしっかりと彼女を抱き、彼女もまた梅里の顔をその体で受け止め覆うように──まるで抱きしめているように、せりの目には映っていたのだから。

 




 このシーンが書きたかった、というシーンです。
 梅里がやむなく幼なじみを手にかけた、というのは旧作では「1」のころはなかった設定で、「2」からのものでした。それをあえて「1」の時代からやったのは、このシーンの終盤を書きたかったからなんです。


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─11─

「……鶯歌は、幼なじみだったんだ」

「うん」

 

 感情を落ち着かせた梅里はポツリポツリと話し始め、せりはそれに頷いて応える。

 膝を抱えて座る梅里は、まるで自分よりも年下になったかのようにか弱く見え、せりは弟の護行(もりゆき)のことを思い出した。

 梅里の独白は続く。

 

「子供のころから一緒で、大きくなりながらもそれが途切れることもなく、僕が料理の修行をし始めても、働く場所は違っても、一緒に笑ってた。そんな関係だった……僕が、この手にかけるまでは」

「──ッ!?」

 

 その内容に思わず声が出そうになった。手にかけた、とは尋常ではない。

 だが、それをこらえて黙って聞き続ける。彼がそうするのには相当の理由があったのは間違いないとせりは確信できた。そうでなければあの霊が梅里を心配しているなんてことはありえない。

 

「あれは、本来なら僕が一年前に華撃団に入るのが決まってたころで、軍に入るならその前にせめて婚約はしておけって言われてた。そのころ、水戸に降魔が出たんだ」

「降魔が?」

 

 梅里の実家が茨城県の水戸だとはせりも聞いていた。

 

「それを討つ役目を負っていた僕は戦った。追いつめた。ヤツの腕を切り落とし、それからトドメを刺して討滅した。そう思ったけど……それが、失敗だった」

 

 膝を抱える腕に力が入る。

 

「降魔を追っていた僕が夜中に出歩いているのを、不審に思った鶯歌が隠れて様子を見ていたんだ。斬り飛ばした腕が彼女の隠れている方へ飛び、その手に生えた鉤爪が、彼女の腕を傷つけ……そして、種を植え付けられた」

「降魔の、種?」

「ある程度の力を持った降魔は、まれに人を降魔へと墜とす種を植え付けることがあるんだ」

「そんなことが……」

 

 せりは背筋が凍る思いだった。

 降魔はもちろん知っている。魔を祓う神社の長女として、また巫女としてそれは口伝として教えられていた。しかしこの華撃団に入るまではお話の中のことと思っていたし、まして梅里の実体験による話は口伝とはまるで違うリアリティをもっていた。

 

「一ヶ月くらいして、また人が傷つけられるような事件が発生した。傷口からまた降魔だと思ったんだけど……犯人は、鶯歌だった。消滅を逃れるために種となって鶯歌に取り付き、その体を乗っ取りかけていた、倒したはずの降魔だったんだよ」

「……」

 

 なにも言えなかった。その後の話は予想がついたから。

 

「傷ついた腕だけ降魔化させられて、まだ意識が残る鶯歌は僕に自分を斬るように言った。でも、僕には……できなかった」

 

 膝を抱える腕にさらに力が入り、顔を膝に埋めるようにして梅里の懺悔は続く。

 

「ためらう僕が持った刀の切っ先に、彼女は自ら飛び込んだんだ。僕は、鶯歌を助けることも、介錯することも、できなかった」

 

 不意に、梅里が顔を上げる。

 今までに見たことがないほど、弱々しく、悲愴な梅里の顔だった。

 

「大事だったから、大切だったから、僕は、彼女を……失いたくなかったんだ」

 

 泣き崩れる梅里。

 そんな彼を、先ほど見えた霊のようにせりは優しく抱きしめるのだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──ゴメン。情けないところ、見せた」

 

 悲しみの感情を爆発させた梅里だったが、それが落ち着けば揺り返しが待っていた。

 帝国華撃団という軍の一部隊の隊長ともあろうものが、さすがに醜態をさらしすぎた。

 梅里とせりは同年代とはいえ、いや、同年代だからこそ恥ずかしかった。

 

「今のことは忘れて」

「ん~、どうしようっかな」

 

 今まで黙って聞いていたせりが意地悪そうにそう言ったので、梅里は思わず彼女の方を見た。

 からかうような笑みを浮かべていたせりは、一転して厳しい顔で人差し指をピッと立てる。

 

「誰にも言わないから、あなたも約束して。命を大事にするってことを。今後は今回みたいに自分の命を投げ出すようなことはしないって」

「う……」

 

 梅里は躊躇った。さっき言った死に場所を求めて帝都にやってきたというのは本心からだ。その気持ちを綺麗さっぱりなくすことには抵抗がある。

 

「鶯歌さん、悲しそうにしてたわよ。あなたが自暴自棄になってたら、責任感じると思うけど」

「……確認するけど、本当に見えたんだよね?」

 

 梅里には見えなかったし未だに見えないので、半信半疑なのだ。

 とはいえ、聞いた特徴は概ね合致してるし、鶯歌の姿をせりがあらかじめ知ることなんて不可能だ。

 せりが頷くと、梅里は大きくため息をつき

 

「わかった、約束するよ。命を粗末になんかしない」

「じゃ、指出して」

 

 せりがそう言って「指?」と戸惑う梅里の手を掴むと、その小指に自分の小指を絡めた。

 

「ちょ、ちょっと……」

「指切りよ。絶対の約束、だからね」

 

 そう言って手を振り、指切りをする。

 その手が離れ、手を見ていた梅里とせりの視線が交錯する。

 

「「──ッ!!」」

 

 お互いに気恥ずかしくなって視線を逸らし合った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんな気恥ずかしい空気もつかの間だった。

 梅里は不意にまとっていた空気を変えて立ち上がり、腰の刀にそれを伸ばす。

 

「一応、断っておくけど、いきなり約束破る気はないからね」

 

 梅里がそう言って刀を抜く。

 愛刀の『薫紫』がオーラを放ち、危機を告げていた。

 見れば離れた場所にはこちらを警戒するように蒼角モドキが立っている。

 それを確認して息をのむせり。

 

「でも、どうするの? そろそろ月組のルート確保も終わるでしょうし、追い払えば……」

「いや、倒そう」

 

 と、梅里がアッサリ言ったので、さすがにせりは面を食らった。

 

「──え? ちょっと。簡単に言うけど、できるの?」

 

 さっき、自力で時間を稼いだからわかる。こちらの攻撃はほとんど通じてないように思えた。

 倒すなんてできるわけがない。せりにはそう思えた。

 

「今の僕とキミなら、できると思うけど」

 

 梅里がせりの方を見て、目と目があった。

 そのとき、なぜかせりにもそれが共感できた。この人と力を合わせれば倒せる。そんな確信が胸にわいてくる。

 そしてその感覚が、とても心地よいものなことに気づき、そして初めての感覚に戸惑っていた。

 梅里が刀を構える。

 正眼ではない、体の前で構えた刀の刀身の、その峰に左手を添えるような独特な構えだ。

 

「──奥義之参、満月陣」

 

 銀色の光となった霊力が、彼自身を中心に球状の光となって包み込む。

 そして、そこでせりが手にした梓弓──『神弓・光帯』に自身の霊力を通す。

 その名の通りに光、それも青白く光る雷光を帯びさせると、その弓を手に奉納の神楽舞のように、静かに舞う。

 やがて捧げられた雷光を受けて、銀の光球は青白く色を変え、梅里のまとった光はその雷光を帯びていく。

 言葉が自然と頭に浮かんだ。

 

神鳴(かみな)りよ、紫電となりて、我が君を照らせ……」

「満月陣・紫月(しげつ)ッ!!」

 

 せりが詠うように声を出し、梅里が満月陣を変化させる。

 梅里の剣術は月の属性だが、その本質は「鏡」である。相手の力を受けてその性質を変えることができる。「月は己のみにて光にあらず」というのが梅里の流派の口伝でもある。

 今の満月陣は陰陽道でいうところの強い木気──雷の霊力を帯びていた。

 

「雷鳴!」

 

 せりの言葉に応え、天が轟く。

 

「雷光!」

 

 吠えた梅里に呼応するように、落雷が掲げた刀へと集まる。

 爆発的に強烈な光を放つや、梅里の姿がまるでかき消えるようにその場から消える。 直後、一瞬で蒼角モドキの目の前へと至り──

 

「「ざああぁぁぁぁんッ!!」」

 

 すれ違いざまに、雷光を帯びた刀が迅り、そして梅里自身は敵の後ろへと駆け抜ける。

 後を追うように迅り、弾ける紫電の残滓。

 さらにその後で、蒼角モドキには剣筋がいくつも走るや細切れになってその破片をまき散らした。

 梅里が刀を振り、帯びた電が吹き散らされ、梅里は刀を鞘に収めた。

 

 

 ──こうして、蒼角の破片が巻き起こした騒動は、決着となった。

 

 




【よもやま話】
 梅里の悪夢の真相です。
 旧作では原因になったものを、当時読んでいた『鬼斬丸』という漫画の影響を受けて「鬼」としていたのですが、降魔の「種」を思い出したのでそれを絡めて降魔に変更しました。
 うん、悪いことはなんでも「降魔の仕業」にして、よく説明できないことは霊力やら妖力のせいにすればあとはきっとなんとかなる。たぶん。
 梅里とせりの合体必殺攻撃は「満月陣・紫月 雷鳴雷光斬」です。
 「雷鳴雷光」という名前の部分は『最強ロボ ダイオージャ』の主役ロボット・ダイオージャの必殺技「雷鳴剣 雷光雷鳴崩し」から。モーションは全く関係ないです。
 『科学戦隊ダイナマン』のダイナロボの「科学剣 稲妻重力落とし」から取るのと迷ったのですが、雷or稲妻アピールが強い方にしました。
 雷光と雷鳴の順を逆にしたのは演出の順番の都合です。


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─12─

 蒼角の残骸をめぐる騒動は終わった。

 

 今回の件は、刹那の断末魔の際に叫びとともに発せられた妖力に、蒼角の残骸に残っていた羅刹の妖力が、兄弟という繋がりで呼応・励起され、このような事態を起こしたのだろう。

 しかし、今回の件の元々のきっかけである調査任務としては、失敗だった。

 調査以前に暴走し始めたので何のデータも取れていないし、おまけに残骸は細切れのガラクタと化している。帯びていた妖気も、梅里とせりの霊力で祓われてしまい、本当にただの金属片になってしまっていた。

 そのため──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「夢組。調査任務、失敗してしまいました」

「笑顔で報告するな!」

 

 とは梅里の報告を受けた米田の言葉である。

 失敗を朗らかに笑って報告する梅里に思わず怒鳴ったのも無理はないだろう。

 

「まぁ、失敗しちまったものは仕方ねえ。残骸もバラバラの屑になっちまったんじゃ、これ以上どうしようもないな」

「おまけに、浄化されましたから」

 

 梅里が付け加えると、米田はオホンと咳払いを一つした。

 

「それで査察官は納得したのか?」

「ええ。もうどうしようもないということで」

「ほう……よく引き下がりやがったな」

 

 不思議そうにする米田に、梅里は付け加えた。

 

「それ以上に現場で傷跡残さず縫合したホウライ先生の腕前にすごく感謝しているようでしたので」

「なるほどな。そいつはよかった。なんなら手みやげ持っていった上で治療費の請求書でも置いてきてやってもいいくらいだな」

 

 と上機嫌な米田。

 梅里もニコニコと笑みを浮かべていたのだが──

 

「ところでウメよ。今回は、結果オーライだったが……オメエ、オレに謝ることはねえか?」

 

 笑みこそ浮かべたままだったが、米田の態度が変わって梅里も表情を引き締めた。

 

「……待機命令違反をいたしました。申し訳ありませんでした」

 

 うむ、と頷く米田。

 蒼角モドキを倒したとはいえ、あのとき夢組は待機命令が出ており、梅里もそれに従わなくてはいけなかった。

 多くの隊員達を助けた功績は功績だが、罪は罪であり、別物である。

 

「で、その罰なんだが……」

 

 米田がニヤリと笑い、梅里は顔をひきつらせる。

 そして判決が下った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──ってわけで、なんとかなりそうだな、あやめよ」

「梅里クンのことですか?」

 

 罰の内容を伝え、梅里がトボトボと支配人室から立ち去るのを見届けてから、米田はあやめに話しかけた。

 

「おうよ。命令違反はいただけねえが、おまえが危惧していたことはいい方向に転がったみてえだぞ」

「まだ様子見ですが、なにかふっきれた感じはしますね。危なっかしさも消えましたし……それに、せりさんも」

「白繍がどうかしたのか?」

「巽クン時代のアレルギーが残っていたらしく態度が固かったというか、少し非協力的な面がありましたから、彼女。それが解消されたのでこれからの夢組の調査力がグンとあがると思いますわ」

「そいつは助かる。こっちのお膝元とは知らなかったんだろうが、敵のヤツらもずいぶん大きなおみやげを置いていってくれたからな」

 

 そう言って米田は一枚の写真を出す。

 月組隊員が撮影した一枚であり、そこには大きな機械が写っていた。大きさこそまるで違うが、密教の祭具である三鈷杵のような形をしている。

 先の浅草での戦いの直前に、白銀の羅刹が作動させていたのを、偵察中の月組隊員が発見したものである。

 

「こいつは大きな手がかりになる。それで奴らの目論見がわかれば、先手が打てるってもんだ」

「夢組にはこれの調査を進めさせましょう」

 

 そう言って一礼するあやめに、米田は「頼む」と応えた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──そのとき、その場にいた夢組メンバーに戦慄が走った。

 

「チーフ、オムライスだそうです」

 

 その脳天気な紅葉の声に、他全員の手が一瞬止まる。

 

(バカがバカやりやがった……)

 

 釿哉は真っ先にそう思った。よりにもよって梅里に言うとは、と。

 ついに隊長と主任を呼び分けるのはコイツには無理だろうと諦められ、コーネルの「リーダーとかチーフならドッチの意味にもなる」という提案が採用されて練習させられたアホの子を、かわいそうな目で見ることしかできなかった。

 ちなみにチーフが選ばれたのはリーダーだとオーダーと混同するかららしい。

 ともあれ厨房内の凍り付いたような空気の中、釿哉が、コーネルが、和人が、付近にいたしのぶが、チラチラと様子をうかがう。

 その誰もが梅里を一度見て、それからせりを見る。

 

(ハイハイ、私が作るんでしょ……)

 

 そして諦めた様子のせりが厨房内に入ろうと踏み出したのだが──

 

 

「うん、わかった」

 

 

「「「「「「ええーッ!!」」」」」

 

 全員が驚きの声をあげる。

 

「……なに?」

「なんですかね?」

 

 当の本人とアホの子がその様子を見て首を傾げた。

 気を取り直したように、梅里は調理台と対し、材料を用意すると手早く作っていく。

 もちろん皆、気になって仕方がなかった。おかげで釿哉もコーネルも調理時間を間違え、和人は滅多に割らない皿を一枚ぶつけて破損させるというミスを犯した。

 

「しのぶさん、提供……」

 

 とせりに促されるまで、しのぶは厨房の梅里を注視しすぎ、すでに釿哉とコーネルが完成させた料理を持って行くのを忘れるほどだった。

 そしてアホの子は、忠犬のように料理の完成を待っていた。その背後に「他のテーブルの注文も訊いてきなさいよ」と言いたくて仕方がない副主任にいることに気がつかないまま。

 そんな緊張感の中──

 

「ほい、できたよ。オムライス」

「ありがとうございます。ではさっそく……」

 

 提供のために受け取ろうとした紅葉──を押さえたせりが、「私が持って行くから」と受け取った。

 

 それに「うん、アイツならうっかり皿をひっくり返しかねなかった。ナイス、副主任」という思いで一同がホッと一息をつく。

 

「……あれ? みんな、ちょっと仕事が遅れてるよ」

 

 梅里の指示で全員が気を引き締めとしたそのとき、それは起こった。

 

 

「美味いぞおおぉぉぉォォッッ!!」

 

 

 そんな絶叫が食堂内に響きわたり、客も含めてその場にいた全員が唖然とする。

 つい今し方、そのテーブルに料理を届けたせりも、背後で起こった突然の奇行を、呆然と見ることしかできなかった。

 その客は最初のそれ以降は叫ぶことこそなかったが、盛んに「美味い!」を繰り返し言いながら、一心不乱にオムライスを食べていた。

 

「……な、なんなの、いったい」

 

 どうにも注意するような空気でもなく、せりは困り果てた様子で客を見て、客の食べるオムライスを見て、それから調理した梅里を見た。

 梅里の様子だけは普段と全く変わらなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そして翌日の朝──

 米田から梅里に与えられた罰とは、一週間、開場前に帝劇前で掃き掃除をする、というものだった。

 コックコートの上に、すでに梅里のトレードマークのようになっている濃紅梅の羽織をひっかけ、梅里は箒を手にしてやる気なく掃いていた。

 

「調理場の衛生があるんだから、こういう外での掃き掃除はよくないと思うんだけどな」

「──そう思うのなら、さっさと済ませて埃を払ってくればいいでしょ」

 

 愚痴に応えがあったので驚き、梅里はそちらの方を見る。

 帝劇の入り口から梅里の方に向かって、食堂の給仕服を着た娘が歩いてきていた。

 せりである。

 

「……お目付役?」

「そ。支配人に言われたから」

 

 ゲンナリした様子の梅里に対し、勝ち気な笑顔を浮かべるせり。

 

「支配人から、サボるとは思ってないけど真面目に掃除するかわからないから見てくれ、って言われてね。ちゃんとやりなさいよ、梅里」

「……こんな時間に来てるなら、せりも手伝ってくれればいいじゃないか」

「私は罰を受ける謂われはないもの」

 

 そう、梅里は命令違反をしているが、元から中にいたせりは当然に対象外であり、お咎めを受けているのは梅里だけなのである。

 ちなみに、あのとき施設外へと走った宗次は無事に外にたどり着いており、月組に内部の様子を報告している。大きな怪我もなく、夢組の支部長として、また花やしきの清掃員として今日もがんばっているだろう。

 梅里をジッと監視するせり。

 会話がないことに居心地が悪くなったのか、ふと梅里の方が口を開いた。

 

「オムライス、さ。悪かったね。今まで……」

「あー、アレ? 昨日の……」

 

 せりの確認に梅里が頷く。

 

「……アイツの、大好物だったんだ。実家は兄が継ぐから色んなところで修行してこいって言われて、僕が最初にいった洋食屋で修行してたころに、その成果を見せるからアイツに何か食べさせることになってさ……」

 

 梅里は懐かしむように空を見上げた。

 

「そうしたら、笑顔で「オムライス」って言ってきた。正直、拍子抜けした。そのころにはその店のだいたいの料理は覚えてたし、マスターから店に出しても大丈夫ってお墨付きももらってた。だからビーフシチューとか、ハンバーグとか、チキンソテーとか、そういうのを頭に思い描いていたのに、アイツときたら……」

 

 一つ一つ指折り挙げていく梅里の顔が苦笑になる。

 

「しかも作ってそれを食べさせたら、「すごいよ、ウメくん。私こんなに美味しいもの、食べたことなかったよ」って大喜びしてさ。次からもうオムライスしか頼まなくなったんだよ……笑えるだろ」

 

 完全な苦笑。その目の端にうっすらと涙がにじむ。

 

「それで僕もオムライスは他の料理よりも研究した。練習もした。アイツの期待に応えたかったし、ガッカリさせたくなかったから」

 

 そのときのことをあらためて思い出す。

 まるで大切にしまっていた宝箱から取り出すように、丁寧に。

 ──そうやって脳裏に浮かんできたのは彼女の顔だった。

 

「そして、いつでも笑顔で食べてくれた。「ごちそうさま、今日も最高だったよ」アイツのその一言のために研鑽してたって言っても、過言じゃない」

 

 言って、梅里は視線を戻し改めてせりを見た。

 

 

「……オムライスは僕の、一番の得意料理さ。今でもね」

 

 

 そう寂しげに微笑んで言う梅里。

 その言葉に、せりはため息をつく。

 

「もう。だから昨日はあんなことになったのね」

 

 提供するとき、せりはそのオムライスを見た。見た目は本当に普通のオムライスと変わらなかったから、正直、あんなことになるとは思っていなかった。

 だが、納得できる。あの一皿には梅里の想いが詰まっていたのだから。いつからか──おそらく彼女を失ったその日から──溜まりに溜まっていた想いが込められていたのだから。

 

「それで、今度から作れるの?」

「ああ。アイツが、鶯歌が見てるなら──」

 

 鶯歌の最期の言葉が頭に浮かぶ。

 

「──楽しみにしているなら、作り続けないといけないと思ったんだ。いつか水戸に帰った時、アイツの墓前に最高のものを供えられるように」

 

 その梅里の目には、もう翳りは見えなかった。

 

「……そう。わかったわ。でも、昨日みたいな事態はやめてよね。他のお客さん、ビックリしてたんだから」

「そんなこと言われても……不味く作れってこと?」

 

 困惑した表情を浮かべつつ、梅里は人差し指で頬をかく。

 

「多少、手加減なさいってことよ。それに、あのままだと単価が高くついてお店で出せないのよ。だからそこは工夫して。私も考えるから」

 

 梅里をはじめ、厨房の調理担当の男どもはあまり利益率等は考えないで作っている傾向にある。そういう手綱を握るのは、副主任であるせりの仕事でもあった。

 

「それにどうしても全力で作りたいのなら──」

 

 せりはそこで一度言葉を切り、「うん」と一度頷いて覚悟を決めた。

 

 

「──私が、味見してあげるわよ」 

 

 

 そのせりの一言に、梅里は一瞬呆気にとられ、それから立ち直ると笑顔を浮かべて「わかった。頼むね」と言った。

 それからせりは、我に返る。

 

(あれ? 私、今なんか、すごく恥ずかしいこと言わなかった? 思い切ったこと言い過ぎなかった?)

 

 そんな考えが頭の中をグルグル回って混乱させ、気恥ずかしさで顔が少し赤くなっていた。

 頬の熱さがそれを自覚させ、なんとか誤魔化すために──

 

「ほらほら、手が止まってる! それじゃあ開業に間に合わないわよ」

「そんなこと言ったって……」

「もう、仕方ないわね」

 

 と言いつつ、せりも箒を手にして梅里の手伝いを始める。

 そうしてふと顔を上げたとき──

 

「……あれ?」

 

 この前見た梅里の幼なじみ、鶯歌の霊が少し高いところにいるのが再び見えていた。

 見えてなかった梅里はもちろんのことなのだが、あの後はせりにも彼女の姿は見えなくなっていた。

 しかし、再び見えた彼女は、この前の悲しげな顔とはうって変わって、安心したように満面の笑みを浮かべている。

 梅里の言っていたオムライスを食べたときの笑顔がこんな感じだったんだろうか。

 

(ひょっとして、守護霊なのかしら)

 

 そんなことを思っていると、彼女は悪戯っぽく笑みを浮かべて、自分の口元に手を当てると、せりに向かって何か言った。

 

「え……」

 

 せりが絶句している間にクスクスと声を出さんばかりに笑みを浮かべると、彼女は再び姿を消した。

 

「どういう、意味よ……」

「ん? なにが?」

 

 せりのつぶやきが聞こえたらしく、振り返った掃除中の梅里と目が合い、せりは思わず顔を赤くする。

 

「な、何でもないわよ! さっさと掃除終わらせないと、ホントに昼に間に合わなくなるからね!!」

 

 そう言い残してその場を去ろうとするせり。それを見た梅里があわてて声をかける。

 

「手伝ってくれるんじゃなかったの?」

「う・る・さ・い! よく考えたら罰なんだから私が手伝ったらダメじゃない!」

 

 顔の赤さを隠すように、うつむき加減でズンズンと帝劇の入り口へと戻っていくせり。

 帝劇に入るとすぐそこの売店で開業前の商品整理中だった椿と目が合う。

 

「あ、おはようございます、せりさん。あれ? 熱でもあるんですか?」

「ないわよ! ないない! 全然、なんでも、ないってば!!」

 

 心配そうにのぞき込む椿から、せりは逃げるようにその場を去った。

 

 

(──ウメくんのこと、よろしくお願いね。メジロさん)

 

 

「……って、メジロってなによ。どういう意味よ」

 

 鶯歌という霊が言ったことを思い出しながら、せりは食堂へと戻っていくのだった。

 


 

<次回予告>

ティーラ:

 すっかり隊長にほだされてしまったセリですが、肝心なこと忘れてませんか?

 ほら、そこでカズラが溶けかけたアイスみたいにぐだーっとしてますよ。

 お詫びをかねて同行させたその調査で、隊長たちは敵の幹部と遭遇します。

 懐刀である【双子】姉妹の切り札、瞬間転移で逃走を謀る隊長たち。それをさせじと迫る敵の魔の手。そこから逃げるために、隊長がとった行動とは──

 

 次回、サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~、第3話

「響け、乙女の抒情曲(ろぉまんす)

 

 太正桜に浪漫の嵐。

 次回のラッキーアイテムはヨク……ト、レィル? 何ですか、これ? はぁ、撮影機……ですか。

 




【よもやま話】
 締めです。
 査察官の部分は完全に悪ノリです。米田支配人がメロン持参で向かい、請求書にはきっとゼロがたくさん書いてあるのでしょう。
 鶯歌に認められ、せりは正式なヒロインになりました。書いた直後は「もうせりだけが正ヒロインでいいんじゃないかな」というレベルでやり遂げた感が。
 それとせりがさりげなく梅里を名前で呼んでますが、周囲に知り合いが誰もいないからです。基本、せりは恥ずかしがり屋なもので誰かいると主任もしくは隊長になってしまいます。今後もしもそのルールから逸脱しているシーンがあればそれは私の間違いなのでご容赦を。
 ちなみに、この締めのシーン。一回書き終えた後に読み返して加筆しました。
 ええ、「オムライス」という伏線を次回予告から張っていたのに、スカーンと完全に忘れてました。「ふぅ、書き終わった~」じゃねぇよ、前日のオレ。終わってねーよ。
 おかげで第一話の冒頭にも加筆しました。(アップ当時は最初からすでに加筆済みVer.です。)
 ちなみにオムライスの伏線を採用したのは「新サクラ大戦」でとあるキャラが帝劇の食堂で絶賛していたからです。それが伝統的なものなのか、それとも梅里自身が作っているからなのか、は「新サクラ大戦」まで外伝を書いたら明らかに──って、いつになるのさ?

【第2話あとがき】
 さて、第二話いかがだったでしょうか。

 やっぱり、せりがメインヒロインだよなぁ、と改めて思いました。なんか鶯歌関連の話を全部持って行った感あるし。
 第2話で一番悩んだのはタイトルですね。アップするにあたって第1話のタイトルさえ決まってなかったもので。
 結局、思いつかなかったので旧作から引っ張ることに。第1話を旧作の序章と同じにしたりもしたのですが、結局は第1話は旧作の第1話から、第2話は旧作でのせりの元キャラのヒロイン回からそのまま持ってくるという結果に。
 そして二話にして「長ッ!!」というのが書いてる側の感想。
 ちなみに、文章を一時的に入力しているものが、ついにというか─11─のラスト付近で1ファイルの文字数限界を迎え、2話目にして分割になりました。
 その辺りで大失敗に気が付いたのですが……なんで第2話に元の1話~4話詰め込んじゃったのか、と。
 だって、サクラ大戦って前半7話(サターンではディスク1)の後半3話(ディスク2)構成ですよ? その前半の半分以上がこの第2話になってるじゃん!! 長くて当然だよ。
 よく考えれば第1話が旧作の序章しか書いてなかったのが失敗の始まりだったかもしれない。

 ──言い訳すると、
 リメイク構想の本当の一番最初、梅里の名字変えるくらいだったころは全10話だったものを3人のヒロインで分けよう、と思ってたのです。
 で、ヒロインをせり(の元キャラ)、しのぶ(の元キャラ)、かずら(の元キャラ)の順にするつもりで、「あぁ、最初は4話がヒロイン回だっただからそこで話切れるし、次のキャラのヒロイン回は前半最後の話だったからいけるわ。もう一人は後半まかせればいいか」という割り振りでした。
 それをすっかり忘れてリメイクしたものだから、「せりのヒロイン回は旧作第4話まで」というのだけ残り、結果的にはものすごくバランスの悪い構成になりました。
 とはいえ、おかげでこの第2話に関しては納得いくものができたかな、とは思ってます。逆に、第2話でコレを出してしまってあとは蛇尾になるんじゃないかと危惧しかありません。
 1話での伏線、全部使い切った感がありますから。

 ──ぶっちゃけ、しのぶはともかく、かずらのヒロイン回の構想って第2話を書き終わった時点でほとんど無かったりしますし。
 というわけで次は苦労する予感しかないのですが、ともかくなんとかがんばりますの
で、どうぞおつきあいください。

 というか、次の3話が─5─くらいで終わったらどうしよう。



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第3話 響け、乙女の抒情曲(ろぉまんす)
─1─


「神社の祭礼の手伝い……ですか?」

 その日、支配人室に呼び出された白繍(しらぬい) せりは支配人にして帝国華撃団司令である米田(よねだ) 一基(いっき)に言われ、思わず問い返していた。

「そうだ。オレの知ってる下町のとある神社なんだがよ、そこの巫女さんから相談があってな」
「はあ……」

 ピンとこないせりが曖昧うなずく。

「子供が生まれて間もなく一年ってことなんだが、代理を頼んでた人が、この前の浅草での騒ぎのときに運悪くあの辺りにいたらしくてな。巻き込まれてねん挫しちまったらしい。神社の奥さんも子供に手がかかって奉納の神楽舞ってわけにはいかねえんだよ」
「それはそうだと思いますけど……でも、なんでそんな話を?」

 間接的には華撃団も関わっている、という事情も分からなくもないが……なぜそんな話がわざわざ華撃団に来るのだろうか、という疑問は残る。
 それを引き継いだのは、横にいたあやめだった。

「せり、実家が神社のあなたなら分かると思うけど、この時期はどの神社も祭りが多いの」
「ええ、わかってますけど……」
「ということは、頼む先がなかなか見つからないということでもあるのよ」
「あ……そういうことですか」

 ここにきてやっと事態が飲み込めた。
 この時期はお盆が近いのもあって夏祭りが多く、祭りそのもの準備から氏子を回ったりと神社は忙しい。それこそお囃子や神楽舞の稽古もある。
 それは大なり小なりどこも同じで、他を手伝えるような余裕はない。

「でも、どうして私なんですか?」
「そいつなんだが──」

 米田が説明を始める。
 神社は多くとも神社ごとに祀っている神様がそれぞれ違うのだ。しかも歴史があればあるほど少しづつ変化したりして奉納する神楽舞もその神社ごとに似ていても差異がある。
 そうなると自分のところの神社の舞を余所(よそ)の神社で舞うわけにはいかないので、基本は知っていても稽古が必要になるのは当たり前。
 かといって自分のところを疎かにできるはずもなく──自分の神社の祭りには参加せず、しかも基礎がきちんとできている巫女、ということでせりに白羽の矢が立った。
 夢組の活動をしているせりを見たらしく、心得があるのではないか、と問い合わせが来たのだ。

「夢組は華撃団としての活動が、他の部隊に比べて帝都市民と比較的距離が近いからな。その活動の一環だと思ってくれ」
「広報活動の一環、ということですか?」
「ま、それに近い。お前はとにかく神楽舞に集中してくれ。他にウメのヤツも行かせるから」
「──え?」

 戸惑うせり。

「ん? なんだ、付けねえ方がよかったか?」
「い、いえ……大丈夫です。問題ありません。白繍せり、その役目果たして参ります!」

 珍しく弾んだ声で言うせりの態度に、米田は内心首を傾げ、その横であやめは優しく微笑むのであった。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ──というわけで、さっそくやってきた下町の神社。

 小高いところに位置するその神社は、境内まで長く広い階段があり、その両脇には桜並木が植えられていた。

「……これは、キツそうだね」

 セミの声が響きわたる炎天下の中、見上げるような階段の一番下から上を見て武相(むそう) 梅里(うめさと)が苦笑を浮かべてゲンナリする。

「高台にある神社なんて多いんだから、こんなの普通よ」

 とはその横で同じように見上げるせり。
 二人は普段着で、梅里はいつも通り、薄手のシャツの上に、夏にあわせて薄手になっている濃紅梅の羽織を着ており、せりもまた涼しげな小袖を着ている。
 とりあえず神社に着かなければ話にならない、と登り始めた二人が境内にたどり着くと目に付いたのは大きな桜の木だった。

「階段の脇の並木もすごかったけど、この木はまた……」
「千年桜、って言われてるそうよ」
「へぇ……春はさぞ絶景になるだろうね」

 その大きな桜の木を眺めていると──

「春祭りもあるんですよ」

 少し離れた場所から声がかかる。
 それに梅里とせりが振り返ると、子供を抱いた女性が社から出てこようとしているのが見えた。
 それに気が付いたせりが、梅里を引っ張るようにしてそちらへ行く。

「こちらから行きますので、お気遣い無く」
「あら、ありがとうございますね」

 そう言っておとなしく待っている女性。
 そして二人が女性の前に来ると、彼女は笑みを浮かべて二人に頭を下げる。

「来ていただき、本当にありがとうございます。この度はを手伝っていただけるとのことで……」
「お気になさらず任せてください。こちらの白繍は神事に通じてますので、十分にお役に立てるかと思います」

 せりを紹介する梅里。「白繍」と呼んだところでせりの顔が少しムッとしたのだが、あいにく梅里は気が付いていない。

「あらあら、助かります。いつもなら私が神楽舞を務めているのですが、今年はこの子がいるからとても手が回らなくて……」

 そう言って抱いた子に視線を向ける。
 それを興味津々で見つめるせり。

「お名前は?」
初穂(はつほ)っていうのよ」
「いいお名前ですね。……初穂ちゃん、か」

 赤子を興味津々に見つめるせり。
 その視線に気が付いた女性が優しげな目でせりを見た。

「抱いてみる?」
「いいんですか?」

 せりが尋ねると、女性はにこやかに微笑んで頷いた。
 その言葉にあまえて彼女から赤ん坊を受け取る。

「初穂ちゃんの人生に、多くの幸せがありますように……」

 思わず祈りを捧げるせり。これはせりも無意識だったのだが、触れている手には優しげな霊力が込められており、それが赤ん坊の体へと伝わり、広がっていく。
 せりはこの小さな体にしっかりと命が宿っているのを感じて、とても神秘的に感じていた。
 そして、いつかは自分も……

「あれ? せりって確か下にまだ小さい弟妹(きょうだい)居なかったっけ?」

 なにやら目を輝かせているせりに気が付いて梅里がポツリとつぶやく。
 そういう家族構成なら赤ん坊も見ているだろうし世話をしているだろう、と思い、ならなぜこんなに気にしているのだろうか、と思ったのだ。

「──ッ!!」

 指摘され、そして直前に考えていたのが考えていたことだけに、せりはハッとして、それから顔を少し赤くする。

「な、なんでもないわよ!」

 赤ん坊と女性の前だというのを忘れて、梅里に強く言う。そんな急激な反応に戸惑う梅里。
 その二人の様子を見て、女性は思わずクスクスと笑ってしまう。
 それから、さっきのせりの声でぐずり始めた赤子を、せりから受け取りながら言う。

「お二人の予定はいつ頃なの?」
「「──えッ!?」」

 思わず女性を見る二人。

「か、勘違いしないでくださいよ。私達、まだ結婚してませんから! ただの同僚で……」

 慌てて両手を付きだして手を振って否定するせり。その顔は真っ赤になっていた。
 自分で“まだ”結婚してないと言ったことに気が付いてないくらい動揺している。

「あら、勘違いなの? とてもお似合いのお二人だと思ったから、てっきり……」
「え? お、お似合い……ですか?」

 せりの口の端が思わずにやけてしまう。
 そんな(うぶ)なせりの反応に、女性は内心でさらにクスクスと笑う。
 その後、奉納舞の指導を受けるせりの様子は真剣だったが、終始上機嫌であった。

 そのかいあって、この下町の神社──『東雲神社』の夏祭りは、奉納舞も含めて無事つつがなく終えることができたのであった。



 

 

 ──その日、白繍(しらぬい)せりの機嫌は最高によかった。

 

 

 鼻歌交じりにテーブルを拭き、いつもの二割り増しの笑顔で接客し──

 

「あら(たつみ)さん、お食事ですか? いつもありがとうございますね」

 

 うっかり食堂の休憩時間前に来てしまった副隊長の(たつみ) 宗次(そうじ)に対しても、周囲を気遣って副隊長と呼ばず、その上に素直な笑顔で応対をしている。

 あまりの愛想の良さに宗次が唖然としてその場に固まるほどだった。

 

(皮肉では、無いだと……ッ!?)

 

 宗次にとっては驚天動地の展開だった。

 花やしき支部を出る際に早めに出た彼は交通機関が思いの外にスイスイと進めてしまい、結果として予定より随分と早めに大帝国劇場に到着してしまったのだ。

 そのため食堂の現在の様子は、混雑するピークは過ぎているもののまだテーブルで食事している客が残っている、といった塩梅だ。つまりはまだ営業中。絶対に良い顔はされない、と宗次は思っていた。

 もちろんしないのは食堂副主任の白繍せりだ。同じ給仕でも塙詰(はなつめ) しのぶは食堂に関してそこまで厳しくはないし、秋嶋(あきしま) 紅葉(もみじ)に至っては何も考えてないだろう。

 そのせりにどうにか見つからないように、と思っていたのだが──食堂に入るなり遭遇してしまった。

 自分の不幸を呪ったが──やってきたのは先ほどの言葉と笑顔だった。

 

「……松林(まつばやし)

 

 その宗次が暇そうに立っていた松林(まつばやし) 釿哉(きんや)を見つけて声をかけた。

 コックコート姿の釿哉は、調理のピークを過ぎて暇になっていたらしい。手持ちぶさたに立っており、戸惑った様子の宗次の問いに応じる。

 

「ん? どうかしたか?」

「いや、オレではなく白繍こそどうかしたのか? アレは」

「あー、あれな。最近なんか機嫌いいんだわ。何があったのかまでは知らんが」

 

 そう釿哉が足取り軽く動き回っているせりをぼーっと見つつ答えた。

 そんな光景もよく考えればおかしい。

 暇になり始める時間とはいえ、誰かがサボっていたら必ずせりの厳しい目が光ったはずなのに、釿哉がそれを恐れている様子は微塵もない。

 明らかにおかしい。今までと違う。

 

「──お前、ショウキニナールみたいな名前の薬、無かったか?」

「副隊長、さりげなくオレをバカにしてるよな?」

 

 釿哉が宗次をジト目で睨む。

 そんな話をしているうちに、厨房にいた食堂主任にして帝国華撃団夢組隊長の武相(むそう) 梅里(うめさと)が宗次に気がついて厨房から出くる。

 

「悪いけど、頼むね」

「おうよ。あと少しだから任せときな」

 

 それと代わるように釿哉が厨房に戻っていく。

 

「すまない。思った以上に早く着いてしまって」

 

 やってきた梅里に宗次は謝ると、梅里は笑顔で応えた。

 

「まぁ、問題ないでしょ。テーブルにお客様が残ってるから談話室にでも──」

「──いいんじゃない?」

 

 突然割り込んできたのは、食堂副主任のせりだった。

 

「テーブルも空いてきてるし、この後も近くには案内しないから食堂で会議してもかまわないと思うけど」

「いや、さすがにそれは……」

 

 それを止めようとした宗次に、次の瞬間にはせりの冷たい目が飛んできた。

 

(コレだよ。いつものお前はこんな感じだろうが)

 

 やっぱり変わってなかった、と宗次は思った。

 

「うん、やっぱりよくないね。僕と宗次がテーブルで話していたら目立つだろ?」

「それは、そうだけど……」

 

 梅里の判断にまだ不満げなせりは、なぜか宗次を睨んでくる。

 

「なるべく、早く終わらせてくださいよ?」

「ああ。努力はする」

 

 幸いなことにあまり報告したり、話し合うような案件はない。

 せりの変化に戸惑いながら、宗次は梅里と食堂から出て行った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 梅里と宗次が出て行ったあとは、せりの様子は元に戻っていた。

 過剰な笑顔を含めた接客態度も通常に戻り、どこか浮ついていた様子も消えている。

 もっとも、昼の部はまもなく終了する時間を迎えようとしており、食堂自体が落ち着こうとしている雰囲気になっていた。

 そうして昼の部の営業が終わってからそこにやってきたのは──

 

「せりさん。こんにちは」

「あら、由里さん。お昼ですか? 今日は随分と遅いんですね」

 

 赤い帽子にバスガイド風の服を着た女性、榊原(さかきばら) 由里(ゆり)である。彼女は大帝国劇場の事務局に勤めるスタッフであり、実質的に食堂を取り仕切って在庫等の管理を引き受けているせりとは接点が多い部署にいる。

 

「それもあるんですけど……ちょっといろいろ聞きたいこともあって」

 

 笑みを浮かべる由里に、せりは少し警戒心を抱いた。

 明るく活発でミーハーな彼女は、噂好きで知られている。帝劇内の噂の発信源と言ってもいい。

 彼女から情報を聞くことはあっても、彼女の情報のネタにはなりたくはなかった。

 

「なんか最近、せりさんの機嫌がいいって噂があって……」

「え? そんなこと……いえ、誰から聞いたんです?」

 

 否定や肯定して情報を与えるよりも、その根っこを抑えるべきだとせりは判断した。

 

「それはまぁ……いいじゃないですか」

「松林? コーネル? しのぶさん? それともまさか、うめさ──コホン! 主任ですか!?」

 

 カマをかける意味で食堂メンバーの名前を挙げていったが、さすが由里、反応を一切見せなかった。そして、それにせりは逆に焦って思わず梅里の名前を言い掛けるという痛恨のミスを犯してしまう。

 ちなみにせりが普通に「これはない」とスルーして聞かなかった紅葉が正解である。他の部署でそれっぽい噂を耳にした由里が確認した相手だ。

 

(素直で嘘がつけないし、包み隠さず話してくれるから助かるんですよね)

 

 そんな風に内心で思う由里。

 彼女は、それにしても、と思いつつ、目の前にいるせりをじっと見つめた。

 

(ひょっとしてせりさん、主任さんのこと名前で呼びそうになった? これは……あやしい)

 

 新たな噂の種の発見に思わず顔がにやけそうになるが、それを見せてしまってはこの食堂副主任の警戒が最大になってしまう。

 それはなんとしても避けなければならない。

 

(とりあえずは、関係なさそうな噂話で様子を見るとしますか……上手くいけばカマかけにもなるし)

 

 そう思いつつ、由里は席に座って、そのまませりも同じ席に誘う。

 そしてそれに応じたせりに話を振った。

 

「ちょと小耳に挟んだんですけど、食堂に関する噂なんですよ」

「どんな話です?」

 

 せりは持ってきた水の入ったコップを由里と自分の前に置き、イスに腰掛けてそれを口に持って行く。

 

「絶叫オムライスって話──」

「ブウウウゥゥゥゥーーーーッ!!」

 

 水を拭きだし、盛大にむせるせり。突然の行動に思わず隣で由里が悲鳴をあげている。

 そのあまりのキャラに合わないリアクションに、目の前にいた由里はドン引きの上、真剣に心配する。

 

「だ、大丈夫? せりさん」

「ゴホッ……オホッ……フッ…………大、丈夫…です」

「どうしたんです、突然?」

 

 本気でむせているせりに、由里が心配そうに尋ねてくる。

 だがしかし、これは罠だ。とせりの人並み外れて鋭いと評された霊感が告げていた。

 絶叫とオムライスというキーワードが導き出すのは、先月に梅里が帝劇の食堂で初めてオムライスを自分で作り、それを客に出したときのことだ。

 ちなみにあの日は見ていた周囲の客があの姿に引いてしまったせいで、オムライスの注文が入らなかった。

 翌日の朝にせりが予算を理由にストップをかけ、それ以降は梅里が100パーセントの本気を出したオムライスは食堂で出していない。だから絶叫するほど美味しいものではなく、普通に美味しいレベルに仕様変更されている。

 そしてその叫ぶほど美味しいオムライスを、梅里が研究で作っているのを独占的に試食しているのがせりだった。

 あれを初めて食べたときの衝撃は忘れられなかった。

 正直、「いや、絶叫とかありえないでしょ、大げさな……」と思いながら食べたのだが──絶叫しかけた。

 半ば覚悟していたからこそどうにかこらえられて、それでも「なにコレ、美味(うま)ッ!!」と繰り返しながら、気がつけば皿が空になっていた。

 そのことは他の誰にも言ってないし、もちろん他の誰にも食べさせていない。

 

(これは、隠し通さないと……)

 

 味覚的にもだが、心理的にも譲れないところだった。

 彼にとってオムライスは特別なものであることをせりは聞いているし、その想いを理解しているからこそ、せりはそれを独り占めしたいと思っている。

 なぜならあれは梅里との絆であり、せりが努力して得たものなのだから。

 

「まぁ、約束したことだし……」

 

 こっそりつぶやく。

 その特別なオムライスを食べてあげるとせりは約束したし、梅里からも「頼む」と言われているのだ。

 

(そう、これは約束しただけ。その約束を守っているだけだもの)

 

 特別な好意があってやってるわけじゃない、と心の中で必死に弁解する。

 だが、その約束を他の人に話す気はないし、知られて邪魔されるのは絶対にイヤだ。

 そう思いながら目の前の由里を見ると、彼女は苦笑混じりで見ており、純粋にせりを心配しているようだった。──見た目は。

 

「せりさん、急に吹き出して……本当に大丈夫ですか?」

 

(あ、由里さんの目が笑ってない)

 

 由里は相変わらず情報収集モードだ。これはどうにか誤魔化さなければならない、とせりは判断した。

 さすがにコップの水を吹いたのは最悪だった。由里の興味を引くことになってしまったし、「なんでもない」はもちろん通じず、逆に興味をあおるだけだ。そうなれば、せりに隠れて情報を集めるだろう。

 今の由里はせりにとって敵だった。

 せりの楽園を荒らし、壊そうとする敵なのだ。

 その敵の目を誤魔化すには、せりが水を吹き出すほどにショックで隠したいことだと伝えなければ引き下がらないと思えた。

 

(う~ん、ちょっとリスクがあるけど……これしかない!)

 

 せりは覚悟を決めて、口を開く。

 

「……由里さん。その噂、どこで聞いてきたか知りませんけど、絶対に他で言わないでください」

「え? ……どういうこと?」

 

 せりが周囲に目を走らせつつ声を潜めて話すと、由里もそれに倣って声のトーンを抑えて食いついてきた。

 

「食堂でお客様が絶叫するなんて、いたらいけないものを見たときくらいですよね?」

「え? あ!? まさか……」

「しッ! 絶対に名前出したらダメですからね。うちでは御法度です」

 

 声を抑えつつ、人差し指を口の前で立てて由里を黙らせるせり。

 だが、由里は何かに気がついたようで、急に顔色を変えるとその顔から血の気が失せていく。

 

「ちょ、ちょっと待って、せりさん……ということは、この食堂で出ちゃったってこと?」」

 

(まぁ、そうなるわよね……)

 

 これがせりの危惧したことだった。この悪評は食堂にはよろしくない。

 しかもそれが由里の口によって帝劇中、いや華撃団内部に広められてしまうかもしれない。もしそうなったら一大事だ。

 このあとの火消しが重要なのである。

 

「……由里さん、誤解がないように言うと、もちろん入ってたワケじゃないですからね? たまたま食事中だった人が見た床を通りがかったのに驚いて、というだけです。これは天地神明にかけて、神社の娘である私が誓います。わかりました?」

 

 せりの説明を「うんうん」と半ば震えながらうなずく由里。

 

「そして、私たち食堂はアレとはもう日々戦い続けているようなものなんです。例えるなら魔操機兵の脇侍みたいなものですよ。突然わいて出てくるって意味では」

「え? 脇侍?」

 

 突然とんだ話に由里は戸惑うが、せりは自分のペースに巻き込んで離さない。冷静にさせてはいけないのだ。

 

「その脇侍を倒す花組のように、現れたものを次から次へと私たちは退治してます。ですから安心してください。華撃団を信じてください」

「う、うん。まあ、私も華撃団の隊員なんだけどね。一応……」

「あれは、あの遭遇は不幸な事故だったんです」

 

 煙に巻きつつ、実際にはありもしなかった事故をねつ造する。

 

「私も食堂の副主任として、今後このようなことがないように最大限努力します。約束します。ですから──」

 

 そう言って由里の手を握りしめる。

 

「どうにか、この噂を広めないで。もしそうなったら、もういないはずのアレのせいで、誰も食堂に来なくなってしまうかもしれません。もし食堂が維持できなくなったら──」

「わ、わかったわ。わかったけど……信じていいのよね?」

 

 最後の抵抗を見せる由里に、せりは精一杯の純粋な目で応えた。

 

「ええ、もちろんです」

「う、うん。わかりました……なんか余計なこと訊いて、ゴメンなさいね」

 

(よしッ!)

 

 せりは心の中でガッツポーズをした。

 ひょっとしたら、いや十中八九、由里はこの話を黙ってないだろう。だが、この噂の「絶叫」がアレのせいになることは間違いない。

 せりが内心で達成感を感じていると──

 

「あの、せりさん。ちょっとよろしいでしょうか」

 

 新たな別の人にせりは話しかけられた。正直、やり遂げた感を邪魔されて少しムッとがしたが、それを顔に出して由里にバレたら水の泡である。

 それを隠しながらそちらを見ると、今度は由里の同僚の藤井(ふじい) かすみがやってきていた。

 

「え……今度はかすみさん? なにかありましたか?」

 

 長く編んだ髪を体の前に垂らし、着ているのは和装っぽい服。落ち着いた雰囲気の「まさに大人の女性」といった出で立ちは、せりが密かに憧れている。もう少し歳を取ったらああいう大人になりたいと。──もっとも、本人の前では絶対に言えないことだが。

 そして同時に警戒している相手でもあった。梅里と同じ茨城県出身で、たまに二人でよくわからない地元話をしていることに、最近気がついたのである。

 

「ええ、椿に相談されたんですけど、せりさんにお話しした方がいいかと思いまして……」

「売店の? いったい、なんでしょうか?」

 

 椿といえば、売店に勤務しており、この場にいる由里とかすみと合わせた三人で“帝劇三人娘”と言われているのが高村(たかむら) 椿(つばき)のことだ。

 その椿はせりよりも年下ながら一人で売店を切り盛りしているしっかり者で、同じく食堂を切り盛りしているという立場のせりとはお互い親近感を感じており、プライベートから仕事のことまでよく話している。

 とはいえ「売店の相談を私にされても困るんだけど」と内心思うせりである。

 

「売店のことではなくてですね。椿が個人的に仲がいい、伊吹(いぶき) かずらさんのことで相談がありまして。どうやらスランプが酷くて悩んでしまっているようで……」

 

 

「……あ。ヤバ……忘れてた」

 

 

 かすみの「同じ夢組の仲間で悩みを聞いてあげてくれませんか?」という言葉は、すっかり忘れていたことを思いだした衝撃で聞こえてなかった。

 そう──せりはかずらから先月受けた相談について、完全に放置してしまっていたのだ。

 それくらい、せりは梅里への感情を持て余し、舞い上がってしまっていたのだった。

 




【よもやま話】
─冒頭─
 後からの追加シーンです。アニメ版『新サクラ大戦』の第4話を見て思いついたのですが、当初は幼い初穂にカップル扱いされてせりがひそかに喜ぶ予定でした。が、年表見たら初穂がまだ一歳にもなってなかったのでこうなりました。

─1─
 そして浮かれるせり。まだ前話のヒロイン回の余波が残ってる感じですが、ヒロイン回が終わって補正が無くなった途端、こんな扱いに。
 動きまわってくれるから相変わらず出しやすいんですよ、ホントに。
 そんな彼女に冷水をぶっかける役は、由里しかいないと思ってました。ええ、これでようやく帝劇三人娘が勢ぞろいです。
 ゲームやってる当時から、花組の誰よりも帝劇三人娘のファンでした。


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─2─

「かすみさんって茨城出身なんですよね?」

 

 事務局で机に向かっている藤井かすみにそう問いかけてきたのは、ふわふわした柔らかめの髪の毛を三つ編みで纏めた若い娘だった。

 かすみや共に事務局で仕事をしている榊原 由里と仲がよく、共に帝国華撃団風組の本部勤務である高村 椿が連れてきたその娘は、深緑の袴に和服を合わせた服装をした、伊吹かずらという名前の娘。

 椿と同い年だという彼女だったが、椿が下町育ちで年の割にしっかりしたように見えるのに対し、お嬢様然としたかずらはどこか世間慣れしておらず庇護欲を感じさせ、幼いようにも思えた。

 この春から楽団に正式に所属し、舞台を盛り上げている一人として、かすみはもちろん見知っていた。そんな若い年齢であるにもかかわらず、楽団に所属できるほどの才能があるのも事務員として把握しているし、なにより彼女が帝国華撃団の一員であり、その養成組織である乙女組出身で、夢組に配属になるや幹部クラスになっていることも、彼女がそちら方面でも優れた才能に恵まれているのは明らかだった。

 

「ええ。そうですよ」

「茨城のこと、いろいろ訊いても良いですかッ?」

 

 そんなかずらは、かすみの返事に目を輝かせ、身を乗り出すように食いついてきた。

 

「かまいませんけど、どうしてまた?」

「隊長──じゃなかった、食堂主任さんが茨城出身だって聞いたので、興味がありまして……」

 

 なるほど、と仕事の手を止めることなくかすみは思う。

 最近きたという食堂主任はたしか夢組の隊長なはずだ。そしてかずらもまた夢組に配属になったばかり。隊長に憧れる若い新隊員、という図式が頭に浮かんで納得したのだ。

 若い娘が少し年上の立場の人に憧れを抱くのはある意味、定番だ。

 そしてその食堂主任──たしか武相とかいったか──が茨城出身なのはかすみも知っている。同郷ということで茨城の話で盛り上がることもよくある。

(確か彼は水戸の出身でしたね……)

 その辺りを中心に話をしてあげれば喜ぶだろう、とかすみが考えているとさっそくかずらが訊いてきた。

 

 

「茨城ってクマが出るんですか?」

 

 

 ──ゴン!

 という良い音がした。脱力したかすみが思わず頭を机にぶつけた音だった。

 

「うわ、珍しい。こんなリアクションするかすみ、初めて見るわ」

 

 それはそうだろう、こんな反応をしたのは初めてなのだから。と由里に言われて思うかすみ。

 

「……いません」

「え? そうなんですか。茨城って北の方って聞いたから、てっきりいるのだと思ってました」

 

 無邪気に笑みを浮かべるかずらを見て、この娘は茨城は東北だとでも思っているのだろうか、とかすみはちょっとだけムッとするのだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──そんなことがあったのがつい数ヶ月前だというのがかすみには信じられなかった。

 今やその時の無邪気な姿が見る影もなくなった様子のかずらが、事務室のソファーでどんよりとした空気をまとって座っている。

 なんだか余裕が無く、瞳の瞳孔がないようにさえ見えた。

 

「……いったい、なにがあったの?」

 

 かすみが連れてきた食堂の給仕服を身につけた娘──食堂副主任のせりによる小声での問いに、その横にいた椿がやはり小声で答えた。

 

「かずら、この前あったコンクールで落選したらしいんですよ。私も楽団の人にきいたんですけど……」

「あ、それ、私もきいた。なんでもさんざんな結果だったって……」

「──由里」

 

 結構大きめな声になっていた由里をたしなめるかすみ。実際、由里の声を聞いてうつむいてたかずらの肩がビクッと跳ねた。

 それから、わッと顔を伏せて泣き出す。

 

「私、ダメダメなんです。バイオリンも全然ダメだし、夢組でもダメで隊長に見捨てられてますし」

 

 そんな様子に、以前よりも明らかに悪化している、とせりは思った。

 

「……どういうことですか?」

 

 今度は逆に、小声で椿がせりに尋ねる。

 

「あ~、かずらは隊長に避けられてると思ってるのよ。春の上野での戦闘以来、一緒に仕事してないから」

 

 それで落ち込んでいるのは先月聞いた話だ。

 だが、梅里の水戸での件──鶯歌という幼なじみとの顛末を知ったせりには、なんとなくだが事情がわかった。

 梅里はかずらを守りたいだけなのだろう。

 以前、梅里に批判的だったせりに対し、かずらはその良さを一生懸命主張したことがあった。そのときに上野での戦闘でかばってもらった話をしていた。

 その話から推測すれば、知っている人が命を落とすこと、ひょっとしたら傷つくことさえトラウマになっていたかもしれない梅里にとって、上野で助けたかずらは庇護すべき対象になってしまったのだろう。

 一方で、かずらは命の危機を梅里に救ってもらっている。

 それに感激し、より近くにいたい、恩返ししたいと思っているようなのだが、梅里としては「そもそも庇護する対象を危険な場所に連れて行かない」という最も単純かつ簡単な方法を採るという結論に至ったのだろう。

 

(ままならないものね)

 

 実際、夢組がほぼ総動員で対処した先月の浅草付近で起きた一連の事件について、蒼角の残骸調査計画にも、花組のアイリス救出作戦の支援にも、かずらは参加していなかった。

 だが、それは自分が役立たずで梅里に避けられている。さらに言えば嫌われた。と、その心に傷を付けるだけなのだ。

 

(まぁ、傷口を大きくしたのは私のせいでもあるんだけど……)

 

 先月の段階、相談されたときに対処していれば、浅草の一件の前だったので、状況は改善したかもしれない。

 あのとき、楽団の人はせりに対して密かにこうも言っていた。

 

「──伊吹の才能はまさに天才だよ。百年に一人クラスのね。しかし、いかんせん本人がどうにも引っ込み思案なところがあって、肝心なところで退いてしまう傾向がある。このままだと小さくまとまってしまいかねないが、なにか弾けるような切っ掛けがあればいいんだが──」

 

 そんな話を聞けば、生来の世話焼き好きであるせりとしては、放ってはおけない。

 先月に相談を受けた時にはせりも梅里と蒼角の残骸調査で対立していた時期で動けなかったが、今は違う。

 いや、それどころかちょうどいい調査任務が来ていたのを思い出した。

 

「かずら、あなた調査任務にいきなさい」

「……はい?」

 

 うなだれっぱなしのかずらが顔だけをあげる。

 涙でグチャグチャになった顔を、せりは取り出したハンカチでそっと拭ってあげる。

 

「深川付近で、なんだか脇侍の目撃情報があるんだけど曖昧なのよ。その調査任務がきているんだけど、それに隊長といってきなさい」

「……いいんですか? 私なんかが行っても?」

 

 卑屈になっているかずらに思わす苦笑するせり。

 

「もちろんよ。行ってきなさい」

 

 かずらの手を取って優しく伝える。

 それがせりにできる精一杯の罪滅ぼしだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 せりが事務室でそんな風にかずらを励ましているころ、食堂に塙詰しのぶが戻ってきた。

 

「──さすがに遅くなってしまいましたね」

 

 見渡せば食堂内には帝劇職員を含めてほとんど人が残っていない。

 食事を一番最後にとるであろう食堂メンバーの面々も、すでにいなくなっているように見える。

 

(少し、時間がかかってしまいましたか……)

 

 しのぶは少しばかり後悔した。

 彼女が食堂から出て行っていたのは定時連絡だ。

 それは帝国華撃団の活動の一環ではなく、その帝国華撃団の活動を自分の所属する陰陽寮へ報告するため、だ。

 彼女は陰陽寮から帝国華撃団に派遣されて参加しているが、同時にその様子を探る密偵でもあるのだ。

 もちろん電話や無線のような盗聴、傍受される恐れがあるものなど使わない。それこそ軍の得意分野であり陰陽寮にとっては専門外。相手の土俵にわざわざ上がる必要はない。

 かといって念話(テレパシー)も危険だ。この帝国華撃団──しかも夢組においてはその専門家(スペシャリスト)がいるし、たとえ彼女がこの大帝国劇場にいなくとも、ここには花組のアイリスがいた。彼女の強い霊力は読心もできるらしく、うっかり彼女に聞かれる危険性があった。

 しのぶが使ったのは、言霊を鳥に擬態させた式神にのせて飛ばすという手段だった。さながら伝書鳩のような手段ではあるが、式神は鳩とは比べものにならないほど目的地に到達する確実性があり、しかも鳥に擬態したせいでわかりづらい。例え捕まえたとしても、それが想定した相手でなければ、その言霊を開示することもない。

 このようにそのセキュリティは極めて強固なので、鳥以外にもネズミのような小動物を、あえて開けた結界の穴を通過させて連絡に使用している。

 ただ、今日のように鳥の場合は人目を避けて飛ばす必要があったので、それに手間取って遅くなったしのぶは、昼食をとることを半ばあきらめかけていた。

 

「あれ? 塙詰さん?」

 

 そこへ声をかけてきたのは、しのぶが勤務するこの食堂の主任である武相 梅里だった。帝国華撃団夢組の隊長でもある。

 そんな彼のこのタイミングでの登場に、しのぶは思わずドキッとした。

 だが平静を装う。

 人の良さそうな笑顔を浮かべるこの青年は、しのぶを疑っているような様子は微塵もなかった。

 

「武相様……どうかなさったのですか?」

「宗次が来てたんだけど、早々に呼び出しくらって支部に戻っちゃったもので。それで時間が空いたから試作の料理を、ね。塙詰さんはこんな時間にどうしたんです?」

「いえ、ちょっと外に出ていたもので……」

「そっか。それなら聞きたいんだけど、外にせりはいませんでした? 探しているんだけど見つからなくて……」

 

 梅里はお皿を手に、キョロキョロと食堂内を見渡している。

 

「外では見かけませんでしたけど、少し前になにやら事務局の藤井様、榊原様と出て行く姿は拝見しましたが……」

「そうか、困ったな。その二人と出て行ったってことは、う~ん……」

 

 梅里は困惑顔で自分が持っている皿を見る。

 釣られてみてみると、そこにはオムライスが乗っていた。

 なんとも美味しそうだ。

 すると──

 

 クー

 

 と、腹から音がしてしまった。

 

「──ッ!?」

 

 慌ててお腹を押さえるが、それで鳴らなくなるわけではないし、そもそもすでに鳴ってしまっているので意味がない。

 しかし無理はないだろう。しのぶはお昼を食べはぐっていたのだし、目の前のオムライスは非常に美味しそうだったのだから。

 だがしのぶにとってはあまりにはしたなく、恥ずかしさに顔を赤くしながら思わずうつむいた。

 

「あれ? 塙詰さんってまさか昼ご飯食べてないんですか?」

「ええ、恥ずかしながら……」

 

 細い目を伏せながら、しのぶは遠慮がちに言うと、梅里は困り顔を笑顔へと変えた。

 

「それならちょうどいい。これを食べてください」

「え? よろしいのでしょうか……」

「大丈夫。本当はせりに食べてもらうつもりだったんだけど、今はいないから」

 

 改めて周囲を見るが、やはりせりの姿はない。

 

「事務局の二人と一緒に出て行ったのなら外に食べに行った可能性が高いし、塙詰さんに食べてもらえたら無駄にならないので」

「わかりました。それではありがたくいただきますね」

 

 手近なテーブルへと向かうと、持っていた皿を席についたしのぶの前へ並べた。

 スプーンを取り、オムライスを口に運び──

 

 

「──え?」

 

 

 気がつけば目から涙が流れていた。

 それも止めどなく。

 それほどに衝撃だった。叫びたくなるような衝動と感じる人もいただろう。だが、しのぶを襲ったのは不意の涙。まさに魂揺さぶる感動によってもたらされた結晶が目から流れ落ちたのだ。

 

「なんという、なんちゅうものを、食べさせてくれるんどすか……」

 

 いつの間にか、涙を流しながらしのぶの手は夢中でオムライスを口に運び──気がつけば、皿は空になっていた。

 思わず夢中になって食べていたということに気づき、しのぶはまた恥ずかしげに顔を伏せた。

 その様子を見ていた梅里は恐る恐る尋ねた。

 

「……美味しくなかったですか?」

「いえ、そんなことありません!」

 

 涙を流した上に顔を伏せられて勘違いしたのだ。それにしのぶは慌てて顔を上げて否定し、そしてさらに笑顔で続ける。

 

「すごいです、武相様。わたくし、こんなに美味しいもの、食べたことがございません」

「え……?」

 

 それは偶然の一致だったのだろう。

 しかし梅里の脳裏では、あのときのことが思い出されていた。

 

(──すごいよ、ウメくん。私、こんなに美味しいもの、食べたことないよ)

 

 かつて幼なじみに言われた言葉と、目の前のしのぶの言葉が重なる。

 そして相手が浮かべた表情も重なる。常に微笑を浮かべているようなイメージのしのぶだが、その笑顔は今までで一番喜んでいるように見え、それがあの時の笑顔と重なったのだ。

 

「……鶯歌?」

 

 思わずつぶやいた梅里だったが、すぐに我に返る。

 しのぶは常に閉じているように見えるほど目が細いし、背の高さも、高貴な生まれの彼女がまとう空気も、凹凸があまりないスレンダーな体型も、幼なじみのそれとは違っている。

 

「どうか、なさいましたか?」

「あ、いや……なんでもない。残さず食べてもらえたようで、うれしいです」

 

 梅里は、誤魔化すように笑顔を浮かべて答えた。

 ぼーっとしていた梅里を心配していたしのぶだったが、彼の笑顔に釣られてしのぶもまた笑顔になった。

 

 

 ──せりが食堂に戻ってきたのはそのときだった。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 とりあえず事務室でかずらを納得させて少し前向きにさせることに成功したせりは、ようやく食堂に戻ってきた。

 

「あー、お腹すいた」

 

 かずらの一件もとりあえず自分の手を離れたようなものだ。先だって話の来ていた調査任務をかずらに任せ、梅里に一緒に行くよう話を付ければそれで完了である。

 そしてホッとしたら急にお腹が空いてきたのだ。

 そうして戻ってきた食堂で見たのは後ろ姿のコックコートの男。

 食堂主任である彼をせりが見間違えるはずが無い。

 

「あ、梅里。今朝言われた調査の件だけど──」

 

 そう言って、声をかけながら回り込もうとし──

 

「えッ?」

 

 そこまできて梅里の前には先客がいるのに気がついた。

 せりは「ヤバッ!」と思った。確かに今、梅里を名前で呼んでしまったはず。他の人の前で梅里を名前で呼ぶのはまだ恥ずかしい。どう誤魔化そうかと思案を巡らせ──

 それがしのぶであることに気づき、余計に失敗したと思い──

 梅里としのぶが笑顔で向かい合っているのに、どこかムッとし──

 そしてしのぶの目の前にある皿を見て愕然とした。

 すでに食べ終わっている皿だが、あれはオムライスだ。食堂副主任の目は誤魔化せない。

 そしてよく見れば、しのぶの目元には涙の跡がある。

 

(あのしのぶさんが、泣く? そんな理由……)

 

 常に目を閉じているように見えるしのぶの感情表現はあまり豊かではない。

 そしてそれ以上に彼女は精神的に強い。それは夢組の任務等でせりもよく知っており、喜怒哀楽のはっきりしているせりとは対照的だ。

 そんな彼女が涙を流していること、そして食べ終わっている皿……思い当たるのは、一つしかない。

 

「号泣…オムライス……?」

 

 思わず口からそのフレーズが出ていた。

 そして急速に冷めていく感情と、急速にわき上がる許せないという気持ち。

 

「……なんで?」

 

 誰に言う出もなく口をついて出たその一言が思った以上に響き、それに梅里が振り返る。

 

「あれ、せり? いた……んですか?」

 

 振り返った先で、せりの存在とその様子に気がついて驚く。そして慌てて丁寧語にしていた。

 同時に悟った。自分が失敗したことを。

 せりが、表情というものがすべて抜け落ちた顔で自分を見ていたからだ。

 

(怖ッ!!)

 

 浅草近郊の施設で、鶯歌のことで怒った際に自分がそういう表情をしていことをすっかり忘れ、梅里は背筋が冷たくなった。

 

 

 ──次の日の営業が終わるまで、せりは梅里と口をきかなかった。

 

 

 梅里が何度も何度も平謝りした上で、そのオムライスをさらに美味しいものにして食べさせることを確約し、さらには埋め合わせの食事──あくまで味の研究とライバル店の視察という名目──を約束したことで、ようやくせりは機嫌をなおした。

 食べ物の恨みは恐ろしい、と梅里は少しズレた感想を抱いていた。

 




【よもやま話】
 茨城ネタは、私も茨城が地元なんで怒らず勘弁してください。
 梅里って鈍感ですよね。というか、コイツ、鶯歌しか見えてないんじゃないかと思い始めました。そんな梅里が三人に牽かれて生き方を見つける話……のはず何だけどなぁ。ちょっとせりがかわいそう。
 そしてとりあえずしのぶのフラグをここで立てておきました。この辺から立てておかないと、フラグどころか垂れ幕付きのでかいアドバルーン飛ばして主張してるせりに対抗できませんから。
 早々にオムライスというアドバンテージを取り上げたのもその影響です。


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─3─

 数日後の夜。営業終了後に、食堂では夢組幹部が集まっていた。

 その日は公演日で夜の部もあり、非常に盛況だったので、応援でホウライ先生──大関ヨモギも帝劇に来ていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「さて、情報共有したいものがある」

 

 そう言ったのは、時間を合わせてわざわざ支部からやってきた宗次だった。

 全員に渡した資料に載っていたのは、金剛杵(こんごうしょ)と呼ばれる密教の祭具をそのまま巨大化して蒸気機関をくっつけたような機械だった。

 

「こいつは『(くさび)』と呼ばれるものだ。これが目撃されたのはこの前の戦闘で──」

 

 白銀の羅刹が駆る魔操機兵・銀角との浅草での戦闘はタイミング悪く夢組が分断された形になってしまい、苦戦を強いられた戦いで記憶にも新しい。

 

「その戦闘前に、黒之巣死天王の羅刹が手ずから操作して打ち込んでいたもの。その様子を月組隊員が目撃して撮影した、という状況だ」

 

 宗次の言葉に一同は再びそれを注視する。

 

「コイツの詳しい効果は現在調査中だ。だが浅草に埋まっているのは調査班が念写して確認している」

 

 皆の視線が調査班頭のせりに集まり、報告を受けていたせりはうなずいた。

 

「なかなか骨が折れた、とは聞いてるわ。ダウジングでおおよその場所を特定したけど妖気の妨害がひどくて。どうにか撮影できたのがコレよ」

 

 せりが言っているのは、月組隊員が撮影したのとは別の画像だった。しかしこちらの方はなかなかにひどい有様で、ピント調整が甘すぎてボヤっとしか写っていない。

 それでもなんとか判別できるのは、「楔」の特殊な形のおかげだろう。

 

「埋まってイルのであれバ、掘り出せバ、いいのではないですカ?」

「コーネルの言うとおり、それができれば越したことはない。だが、色々問題がある。まずコイツが何かわかっていないことだ」

「それこそ除去してから考えればいいのではないですか?」

 

 紅葉が手を挙げて発言するが、宗次は首を横に振った。

 

「なにかわからないということは、なにが起こるかわからないということでもある。堀りだそうとした瞬間に爆発して周辺一帯が吹っ飛ぶ、なんてこともあり得る話だ」

「……爆弾ということはないのでしょうか。花やしきが華撃団の支部と気がついて、それを付近に設置していったという可能性もあると考えられます」

 

 宗次の言った爆発という言葉からそれをイメージしたのはしのぶである。そしてそれに答えたのは釿哉だった。

 

「あ~、おそらくだがそれはない。オレたち練金班も真っ先にそれを疑ったからな」

 

 花やしき支部の直近に爆発物が埋設されたのだとしたら一大事である。

 もし敵が花やしき支部の存在に気がついているのなら最も高い可能性となるのはしのぶの着眼点からも明らかだ。

 

「完全に解析できないまでも見た結果、そういう機構は確認できていない。まぁ、見た感想になっちまうが、もし爆発させるだけだとしたらコイツは大きくて複雑すぎる」

 

 釿哉が腕を組んで難しい顔をしながら解説した。

 

「爆弾ではないというのは僕もそう思う。そもそも爆弾ならとっくに作動させてるだろうからね。黒之巣会が花やしき支部に気がついているなら、こんなでかいものを設置しておいて、御丁寧に今まで爆発させずに待っていてくれるわけがない」

 

 その説明を梅里がフォローする。華撃団の施設とわかっていれば即座に爆破しているだろうし、気がついていなかったにしてもここまで巨大な爆弾を花やしきに設置する理由が弱い。

 帝都には花やしき以上に人が集まるところや、政府要人が集っているようなテロの標的となるいくつもある。

 それに埋めてあるとはいえ長期間放置すれば、見つかる可能性は日増しに上がるのだから長期間爆発させない理由は見当たらない。

 

「解析は錬金術班には引き続き行ってもらうとして、本題はそこじゃない」

 

 宗次が最初の「楔」が写った資料を手にした。

 

「これを他の場所にも設置されていないか、確認することだ」

「他にも埋められていると?」

 

 和人の問いに宗次はうなずく。

 

「あくまで可能性の話だ。コイツの埋設は羅刹という敵幹部が直接行っていたのだから黒之巣会にとってはかなり重要な作戦だろう。浅草でしか行われなかったという可能性はあるが、他でも行われなかったかを確認するべきだとオレは思う」

 

 宗次はそう言って梅里を見た。

 それに対してうなずく梅里。

 

「爆弾ではないとすればなんなのか、って考えたんだけど、敵が何らかの儀式や呪法をしかけていたとしたら、その要になるものが設置されたという仮説も立つからね」

 

 様々な可能性を考えたが、おそらくそれが一番可能性が高いと思っている。

 

「もし敵の狙いがわかれば、今まで後手後手に回っていた華撃団が、先手を打つきっかけになるかもしれない」

「確かにワレワレは、敵が出たところヲ叩いてイルだけですからネ」

 

 コーネルの言葉に梅里はうなずいた。

 

「そのためにも、今まで黒之巣会が出現した場所を中心にコレか類似するようなものが埋まってないかを確認する」

「今までといいますと、主なものは上野、芝、築地……でしょうか?」

 

 指折り数えるしのぶにうなずく梅里。

 

「そう。浅草はもう確認してあるからね。ただ、どこにあるかはさっぱりわからないから大規模な調査になる。おまけにひょっとしたら無駄骨になるかもしれない。それでもやる価値はあると僕も思ってる。みんな、協力してくれないかな?」

 

 梅里が言うと、せりがくすくすと笑い出した。

 

「隊長、なんで問いかけるのよ。そこで命令しないと締まらないじゃないの」

「あ……そうか」

 

 梅里が決まり悪そうに宗次を見る。彼は大きくうなずいた。

 しのぶを見る。もう一人の副隊長も、力強くうなずく。

 見渡せば、誰もが一様にうなずいてくれた。

 

「ありがとう、みんな」

 

 梅里が頭を下げるのを見て、皆一様に「こっちの方がうちの隊長らしいな」と思っていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──さて、ここから先はオレが説明する」

 

 そう言って得意げに出てきたのは、錬金術班頭の松林 釿哉である。

 

「さっきの「楔」だが、調査の上で厄介なのは、コイツが地中にある、ということだ」

「さっき地中に埋められたと言っていたじゃないですか。なにを当たり前のことをいっているのですか?」

 

 不思議そうな目で言う紅葉に、なにかバカにされたような気がしてイラッとくる釿哉。

 

「あのなぁ、その当たり前に埋まっているものを、お前はどうやって発見し、それを証拠とするのかな?」

「それは地図にでも記して……」

「場所はそれでいいかもしれないが、それが間違いなく埋まっているという証明を、どうやってするつもりなのか、と訊いているのだよ、秋嶋クン」

 

 釿哉の責めに、困り果てる紅葉。

 

「う……掘り返す?」

「それができれば解決しとるわ! さっきの話、お前はなにを聞いていたんだ! 浅草と同じように、念写で撮影してそいつがあるのを確実に記録する必要がある。霊力反応だけでは囮を埋められている場合には騙されることになるからな」

「なるほど。その通りですな」

 

 釿哉の言葉にうなずく和人。

 

「で、そこで問題になるのが、さっきせりの報告にあった念写が大変だという話だ。そのときに必要なのが──コイツだ」

 

 そう言って取り出したのは、カメラのような機械だった。

 

「なにそれ?」

 

 せりの問いは他の全員の疑問を代弁するものだった。

 

「こいつは、妖気の妨害をも突破できる念写用のカメラ、『ヨクトレール』だ!!」

 

 バーン、と写植が入りそうなポーズで掲げた釿哉だったが、他の反応は薄かった。

 冷めた目で釿哉と機械を見ている。

 

「あれ? これのスゴさ、わかってない? 念写だとピントを合わせるのも勘任せで失敗しやすいし、おまけに人によっては念写するたびに高価なカメラを壊す人もいるらしいんだけど、そんな心配をしなくていいように念写専用のカメラを作ったわけで……」

「いや、それは助かるんだけど……やっぱり名前が、ね」

 

 梅里が人差し指で頬をかきかながら言った。

 それに梅里と釿哉を除いた全員が見事にうなずく。

 

「なにをッ! この斬新なネーミングに何の不満があるというのか!!」

「いつもと同じの3秒で考えたようなネーミングじゃないの!! 良く撮れる? ふざけ過ぎ」

 

 あきれた様子でそう言ったのは、せりだった。

 

「やれやれ、凡人はコレだから困る」

 

 肩をすくめる釿哉の行動と発言に、せりの表情がムッとしたものになった。

 

「毎回そんなことはないが、今回のは特に違うぞ! 狩りを意味する『ヤークト』と手がかりを意味する『トレイル』、つまりは痕跡を捕まえるという意味で組み合わせた結果生まれたのが、この『ヨクトレール』という名前だ!!」

 

 そう言って胸を張る釿哉に──

 

「ヤークトはドイツ語で、トレイルは英語ですガ?」

 

 ──コーネルの一言が突き刺さる

 釿哉はしばらく胸を張ったまま固まっていた。

 が、急に逆ギレして騒ぎ始めた。

 

「──ッ!! チクショー!! お前ら寄ってたかって言いやがって! なにか、お前らはアレか! 『撮影くん』とか『念写くん』とか『盗撮くん』の方が良かったって言うのか! ああん!?」

「『盗撮くん』はさすがによろしくないのではないでしょうか……」

 

 困ったように苦笑するしのぶ。

 するとそこへ──

 

「……なんか、ウチの発明品の悪口が言われてる気がするんやけど」

 

 ひょっこり、眼鏡をかけ、髪を二つの三つ編みに纏めたチャイナ服の娘が現れた。

 帝国華撃団花組の() 紅蘭(こうらん)である。彼女は発明家であり、得意の機械いじりで様々なものを作り出している。

 同じように錬金術班の頭としてざまざまな道具や資材、それに薬に至るまで開発に関わっている釿哉とは顔見知りだった。

 

「出たな! 紅蘭!!」

 

 自分のネーミングセンスを酷評されて攻撃的になっている釿哉が噛みついた。

 

「なんやなんや、誰かと思えば(きん)さんやないの! 人のネーミングにケチ付けて……そんなの、アンタが自分の作ったものに変な名前つけるからやないか」

 

 いきなり始まった口げんかに、見ている一同はあきれた感じで「どっちもどっちじゃないの」と思った。

 すると、ふと『ヨクトレール』を手にした紅蘭が目を輝かせる。

 

「ん? これは……ここがこうなって、ふむふむ……念写で……いや焦点が自動で合うやて? これ、すごいやないの」

「だろ? そうだろ? この自動ピント合わせ機能のすごさ、わかるか?」

「悔しいけど、さすが釿さんや。……そうや。これに透過と、望遠と、拡大、それに過去写、未来写まで機能を付けたら……」

「ダメだダメだ! 機能を盛りすぎだ! シンプルが一番だろ!」

 

 意気投合しかけたと思ったら、また喧嘩し始めた。

 

「まとめられるものはまとめて多機能にした方が、それ一つですむやないの!」

「それだと壊れたときにまとめて使えなくなって困るだろうが! シンプル・イズ・ベスト! 特化こそ美徳!!」

「現場に機材をぎょうさん持って行く方がナンセンスや!」

 

 機能を一つに絞るべきという信念の釿哉と、多機能こそ至高と言い張る紅蘭。

 その二人の終わりの見えない争いに、夢組の面々はどうしたものかと考え始めていた。

 




【よもやま話】
 ちょっとカオスになりすぎたと反省。
 前回ちらっと紅蘭が書きづらいと言ってしまったので、今回出してみました。ええ、気がつけばほとんどしゃべってないわ。知らんけど。


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─4─

 松林 釿哉の説明は、李 紅蘭の乱入と始まった技術論争で完全に中断していた。

 そのおかげですっかり会議という雰囲気ではなくなり、空気はだれ始めている。

 それは梅里も同様で──

 

「……隊長、ちょっといい?」

 

 そんな梅里に小声で話しかけてきたのは、いつの間にか近くにきていたせりだった。

 

「さっき言ってた「楔」の調査なんだけど、あれよりも優先して欲しいことがあるの」

「あれよりも優先って……よほどの事態かい?」

 

 梅里が驚いた様子でグッと迫ってきたので、せりは思わず目をそらす。

 

「あ、えっとそれは……まぁ、とにかく、この前言われた深川の調査、あれをかずらと行ってくれないかしら?」

 

 言われて思い出す。

 あれは深川で、最近になって怪蒸気の目撃が相次いでいるという話があり、そのための周辺調査だったはずだ。

 とはいえ付近に幽霊屋敷と呼ばれる家があり、それにまつわる怪談とゴチャゴチャになっていて、どうにも信憑性が低い。

 言ってしまえば見間違いのような話、という事前報告だったと梅里は記憶している。そういう意味では危険度は低いように思えた。

 梅里は視線を動かし、かずらを見る。彼女もまた夢組の調査班副頭という幹部なために今回の会議には参加していた。

 だが、明らかに元気がない様子だった。今まで居なかったのかと思うほどで発言もしなかったし、釿哉の説明にも興味のあるなしどころかただ話を聞き流しているようにさえ見えていた。

 

「まぁ、あの案件なら危険はないから大丈夫だろうけど……」

 

 その元気のない原因が自分にあるとは思っていない梅里は、いつも通りにかずらが危なくないように、と真っ先に考えていた。

 

「でもさ、せり。アレって僕がいく必要、ある?」

「……やっぱりあなた、かずらを意図的に危険な任務から外してたのね」

 

 せりの指摘に不思議そうな顔をする梅里。

 

「そうだけど?」

「それじゃあダメなのよ」

 

 ため息混じりに言うせりに、梅里は余計に疑問を深める。

 

「なにが?」

「かずら、あなたに嫌われてると思ってるわよ、梅里」

 

 言われて驚く梅里。

 

「は? え? なんで?」

 

 

「そうです。なんでですか? なぜ名前呼び捨て?」

 

 

 突然会話に割り込んできたその人に、せりは驚きの目を向ける。

 

「──はい?」

「いつからお二人は名前を呼び合う「すてでぃ」な関係になったんです?」

「「はぁッ!?」」

 

 驚く二人に声をかけてきたのは大関ヨモギだった。彼女がいつもの半目で梅里とせりを見比べる。

 

「ちょ、ちょっとヨモギ。私と、う…隊長はそんなんじゃないから……」

「あ、白繍嬢。別に動揺も否定しないでいいですよ。私は特段、隊長に興味あるわけではないですし」

 

 そう面と向かって言われるのも傷つくものだなぁ、と思う梅里。

 

「それに広めたりしませんから。(わたし)的にはぶっちゃけどうでもいいので。あ、でも由里さんあたりに買収される可能性もありますね。ですから、先行投資するのがオススメです。強要はしませんが」

「さらっと脅してるんじゃないわよ」

 

 そんな風にせりが抗議するとそれが聞こえたのか、釿哉がヨモギの方を見る

 

「こら、ヨモギ! お前、夢組なんだからオレの味方しろよ」

「はぁ、そうですね……がんばれー、釿さーん。きゃー、すてきー、かっこいー」

「応援が雑すぎる。お前なぁ」

 

 そう言って抗議する釿哉を、ヨモギは冷めた目で見る。

 

「いえ、これくらいで妥当でしょう。あなたの作るものは用途が限定されすぎているのは事実ですから」

「そうなのかい?」

 

 梅里の問いにヨモギがうなずく。

 

「はい。鼻の穴を洗うだけの機械とか、のどの奥のためだけの消毒薬とか、そこまで特化する意味が分かりません」

「そういうのが暮らしを豊かにしていくんだよ! それにほら、アレだ! 光武専用芳香剤。あれは好評だったぞ!」

 

 そんな釿哉の反論に、ヨモギは──

 

「確かにそうですね。神崎嬢には「いい発想ですわ!」と言われてましたし、マリア嬢も「これなら長時間の行動でも耐えられそうね」と言われ──」

「だろ?」

「実際、付けてみたら臭いが強すぎて桐島嬢には「くせー」と大好評……」

「え? そんなこと言われてたの?」

 

 ショックを受ける釿哉。

 

「気づいてなかったんですか? それと、あの花やしき支部の地下トイレに設置した珍妙な機械。あれも不評です」

「珍妙な機械?」

 

 せりが眉をひそめると、ヨモギはうなずいて説明した。

 

「お尻の穴に水を拭かけて洗うという、前代未聞、驚天動地の変態機械でした」

「──え?」

 

 想像したのか、顔を赤くして「うわー」とドン引きするせり。

 

「なッ!? オレの『シリウォッシュ』の快適さが、お前らにはわからんのか!」

 

 そんな彼の主張に、男も女も軒並みドン引きである。

 あのしのぶさえも眉をひそめ、普段見せない瞳が見え隠れするほど不快そうにしていた。

 ちなみに名前はフランスの菓子パン「ブリオッシュ」のように愛されるように──らしい。フランス出身のアイリスが聞いたらさぞや激怒して、いつぞやの大神のように電撃のような衝撃をくらうことになるだろう。

 

「これが普通の反応です。ほら、明日にでもすみやかに花やしき支部の女子トイレから撤去してくださいよ。おかげで一部屋誰も使わなくなっているの大迷惑です」

「マジか。ショックだわ」

「──釿さん、発明に失敗は付きものやで」

 

 ニヤニヤと慰める紅蘭に、釿哉は吠える。

 

「うるせぇ! オレのは失敗じゃねえ!」

 

 釿哉にしてみれば、完成直後は「すごく画期的なものを作ってしまった」と浮かれ、勢いに任せた親切心で男性用と女性用の一カ所ずつにつけたのだが……

 太正の時代は『シリウォッシュ』──水洗浄便座が受け入れられるにはまだ早すぎたようだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──そんなこんなで後半はすっかりグダグダになった会議ではあったが、その『ヨクトレール』という念写用撮影機は複数台作られて配備されているので、確実に使うようにと指示されたところで解散となり、人がバラバラと出て行った。

 そんな中で、かずらだけはその流れに乗ることなく、ぽつんと残っていた。

 

「……おや、会議は終わりですよ? 居眠りでもしているのですか?」

 

 そんなかずらに声をかけたのはヨモギだった。

 かずらがヨモギを見る。その顔色の悪さにヨモギは思わず彼女の額に手をあてた。

 

「ふむ……熱はないようですね。体のだるさはありますか?」

 

 首を横に振るかずら。それに合わせて三つ編みにしたふわふわの髪がわずかに揺れた。

 

「体に異常はないようですが……」

 

 問題は心の方か、とヨモギは判断した。

 だがそれは専門外──いや、ある意味専門ではある。

 彼女は霊力を使った特殊な能力がある。言霊を使った暗示だ。

 それで一時的に元気を出させることは可能かもしれないが、それは一時しのぎでしかないのだ。

 

(……正直、面倒ですね)

 

 心の中でため息をつきつつ、「地雷を踏んだ」とヨモギは思った。

 しかし具合が悪そうな人を放っておけないのもまた医者の(さが)なので仕方がない。

 さて、どうしたものかとヨモギが思ったとき、かずらが口を開いた。

 

「あの……どうしたら失敗しないんですか?」

「前向きになることですよ。今のあなたのような後ろ向きの姿勢では失敗を呼ぶだけです」

 

 即答するヨモギ。だがその返答はかずらにとって余りに鋭すぎた。

 うつむくかずら。それをヨモギは半眼で睨む。

 

「ふむ……私から聞きたくてそれを聞いたのに受け止めずに現実逃避ですか? それなら聞かないでほしいものですね。ええ、まったく時間の無駄です」

 

 ますます顔をうつむかせるかずら。

 

「もし、時間を無駄にするつもりがないのなら、“顔をあげなさい”」

 

 反射的に顔を上げるかずら。

 

(──え?)

 

 そんな自分に自分自身が一番驚いた。

 もちろん、上げさせられたということには気づいてない。

 

「なるほど、よろしい。では教えてあげましょう」

 

 いつもの調子でヨモギはうなずき、説明を始める。

 

「事前に準備を整える。これは基本です。その上で、自分に自信を持つこと」

「自分に自信を持つ……」

 

 今の自分には厳しいことだとかずらには思えた。

 その表情でヨモギはかずらの内心に気づく。

 

「今の自分に自信が持てないのですか?」

 

 それにうなずくかずら。

 

「例えばあなたが今日、大失敗して自信を失っていたとしましょう。それなら昨日の大失敗していない自分の自信を思い出しなさい。そして、明日の大失敗を乗り越えた自分の自信を思い描きなさい」

 

 情感を込めず、淡々と話すヨモギの言葉は不思議とかずらの弱った心に染み入った。

 

「人は今を生きるのであって、今だけを生きているわけじゃないんですから」

「ホウライ先生……」

「今までのあなたはそんなに情けない人ではないはず。認められたこと、誉められたこと、数々あるはずです。それを大切になさい。それらを思い描き、そして自分に言い聞かせるのです。失敗しない、と」

「失敗、しない……」

 

 かずらの言葉にヨモギはうなずく。

 

「これであなたも“前向きになれる”」

「はい!」

 

 かずらのいい返事にヨモギはもう一度うなずき、

 

「では調査、がんばってください」

「はい。任せてください」

 

 自信を取り戻したかずらは頭を一度下げてから部屋から出ていく。

 それを見送り、かずらの姿がなくなると、ヨモギはため息を付いた。

 『暗示』を使った反則のようなものだが、これで前向きになってくれればいい。骨折した骨がつながるまで支える、添え木のようなものなのだから。

 

「ま、気休めとはいえ、きっかけになればいいですね」

 

 やれやれ、と思いつつ彼女もその部屋を去った。

 




【よもやま話】
 ─2─で書いたように、そこでしのぶフラグ立てたのは急に思いつきでやったけど、元々の構想ではここでしのぶフラグ立てるつもりだったらしい、自分。このウォシュレット回でどうやってフラグ立てようと思ってたんですかね、私は?
 ちなみに当初は─3─と一緒のシーンになってましたが、結構長めになったので分けました。そうしたら逆にかなり薄い感じの話が二回続くことになったのは反省点です。


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─5─

 かくして梅里とかずらが参加して深川の調査任務を行うことになった。

 

 当日は早朝からの任務だった。

 しかし夏の日の出は早く、すでに明るくなっているような状況であった。

 まだ暑くなる前にやってきた場所は深川の外れ。

 その付近で目撃される脇侍の調査──のはずなのだが、どうにも信憑性に疑問が残るものだった。

 目撃証言は曖昧で、数も少ない。

 おまけに近くには幽霊屋敷と呼ばれている旧華族の放置された屋敷があり、怪談のネタにされているような有り様。

 こうなってくると夏という時期も相まって、怪談話から発展して「幽霊が出た」が時事ネタの「脇侍が出た」に変換されたのではないか、という疑いが強い。

 正直、眉唾ものではあるが、脇侍が出たという情報があれば万が一に備えて調査はしなければならないのだ。

 

「──そんなわけで目撃情報も曖昧だから、調査範囲もかなり広くしないといけない」

 

 と、説明する梅里。

 夢組の活動ということで、すでに戦闘服へと着替え、腰には愛刀を帯びている。

 

「なるほど……そうなんですねぇ……」

 

 そう言って相づちをうつ、かずらもまた袴の色が萌木色という特別な夢組戦闘服姿だった。

 そんなかずらの様子は、端から見てちょっとおかしかった。

 

「かずらちゃん、ちゃんと聞いてる?」

 

 思わず梅里が聞くほど、ボーッとしているように見受けられる。

 

「え? 大丈夫ですよ。ちゃんと聞いてますよ」

 

 キョトンとした顔でかずらはそれに答える。

 しかし、内心は久しぶりの梅里との任務に舞い上がっていた。

 

(やったああぁぁぁぁッ!! 久しぶりの隊長と一緒の任務!! うん、ここで頑張っていい所見せて、私を見直してもらわないとッ!)

 

 心の中でガッツポーズを決めるかずら。

 

(曖昧な目撃情報の調査ってことは、時間がかかるということですよね。その分、一緒にいられる時間も長くなるということで……)

 

 などと見事に乙女脳になってしまっている。

 どこまでも前向きな姿のかずらは、ここ最近見られていた落ち込んでいたような様子が無く、梅里は違和感を感じていたのだ。

 もちろんそれには理由がある。この前のヨモギが施した「暗示」が思いのほか効き過ぎてしまい、気持ちが──とくに梅里に対する気持ちが前向きになりすぎているからである。

 

「……それならいいけど。広範囲の調査だから、かずらちゃんの反響探査に期待してるからね」

 

 そんな梅里の言葉には──

 

(隊長が期待してるって……私の能力を評価してくれてうれしいです)

 

 ニコニコ顔になるが、すぐに──

 

(でも、あまりに早く終わってしまうのは、もったいないですよね……)

 

 そう考えて困り顔になる。しかし──

 

(かといって、あまり時間がかかってはの役に立たないと思われてしまいます。ガッカリされるのは絶対にイヤです!)

 

 そうして決意を新たにし──

 

(とにかく一生懸命がんばろう。そしてありがとう、せりさん)

 

 調査を計画してくれたせりに感謝していた。

 もうとにかく表情がころころ変わる。そんなかずらの様子に梅里も「変だよなぁ」とは思っていたがわざわざ指摘するのもどうかと思っていた。

 そしてかずらはせりに感謝していた。

 そう、感謝しているのだが──

 

 

「さぁ、今日はがんばりますよ! 妹よ!!」

「はい、姉様ッ……」

 

 

 かずらの横では、同じ顔をした二人の女性隊員が気合いを入れ合っていた。

 お互いにサイドテールの髪型で、それが右か左かというくらいしか違いがない。

 

「特別班四天王が一人! 近江谷(おおみや) 絲穂(しほ)!!」

「同じく絲乃(しの)……」

「「本日は、よろしくお願いいたします!!」」

 

 二人そろって、梅里に向かって元気よく敬礼していた。

 ……ちなみにサイドテールが右から出ているのが絲穂で、左から出ているのが絲乃である。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──さて、この前日のこと。

 

「明日の調査だが、このメンバーで間違いないのか?」

 

 花やしき支部の執務室で計画書を見ていた宗次は隣にいたティーラに確認した。

 

「どれですか? ……ええ、間違いないですね」

「ほう。あの調査を梅里が担当したのか?」

「まぁ、そのあたりはいろいろあるようです」

 

 宗次の言葉に、普段あまり感情を見せないティーラが珍しく苦笑する。

 

「むぅ、いろいろと言われてもな。事情を知っているのか?」

「ええ、まぁ。カズラのスランプが原因らしいのですが……」

 

 それで梅里とかずらがメンバーになっているのか、と宗次は納得した。

 しかし──

 

「この程度の任務に、この4人はさすがに過剰じゃないのか?」

 

 ついこの前、梅里が今まで黒之巣会が現れた場所の再調査を命じたばかりである。そんな矢先に、眉唾な噂の調査に、それも夢組隊長と幹部、隊長直属の特別班の4人編成とはあまりにやりすぎだ。

 宗次の突っ込みに、苦笑どころか笑い出したティーラ。

 不思議そうに見る宗次に、ティーラは答える。

 

「それを決めた人は、それほどの事態だと思ったのでしょう」

 

 相変わらずくすくすと笑うティーラにを訝しがりつつ、宗次は確認する。

 

「決めたのは誰だ? 梅里か?」

「いえ、調査班の案件ですから、調査班頭ですよ」

「白繍が? いったいなぜ……」

「さぁ? 乙女心、ですかね」

 

 そう言ってティーラは相変わらず笑っていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 ──舞台は再び再調査の場へと戻る。

 

(せりさん、なんでこの二人付けたんですかぁ)

 

 さっき感謝したせりに思わず手のひらを返すせり。

 特別班所属の近江谷 絲穂と絲乃の双子の姉妹が梅里とせりの他に派遣されていた。

 もちろんそれには理由がある。

 編成したせりの言い分では「調査担当にかずらと、その警護に戦える隊長。それに何かあっても対応できる汎用性の高い特別班の【双子】を付けました」とのことで、問い合わせてきた宗次にも押し通している。

 特別班は隊長直属なのだから、梅里に付けるのはある意味当然なのだが──

 

「さぁ、見ていてくださいよ、隊長! いきますよッ!」

「私も……がんばります」

 

 ギヤマンのベルによるダウジングが始める二人。

 しかも「はッ!」とか「やぁッ!」とか謎の掛け声を挙げている。ダウジングをするだけなのに。

 こんな感じでこの二人、とにかくうるさい。

 特に姉の絲穂の意気込みがすごく、無駄にテンションが高く、基本的にノリが熱血なのであった。

 妹の絲穂は少し恥ずかしそうにしながらも、それに付いていくあたりは同じ穴のムジナである。

 

 ──それこそが、編成を組んだ人の真なる狙いでもあった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「この二人を付ければ、間違ってもいい雰囲気になんてならない。絶対に間違いも起きない。うん、完璧」

 

 計画書を作りながら密かに拳を握るせり。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──そんな感じで、まさか裏切られていたとは知る由もないかずら。

 少しガッカリしながら、梅里を盗み見る。

 彼もまた、双子と同じように、ギヤマンのベルを取り出して調査しようとしていた。

 

「ん? かすらちゃん、どうかした?」

「い、いえ、別に……」

「時間をかけると暑くなる一方だから、さっさと始めちゃおう」

 

 そう梅里に笑顔で言われ、かずらは自分がバイオリンをケースから出してさえいないのに気が付く。

 

「あ、いけない。ごめんなさい」

 

 慌てて取り出して握りしめ、またこっそり梅里を見ると、その様子を見ていたらしく笑顔を浮かべられ、かずらも思わず照れ隠しの苦笑を返す。

 それからは調査一辺倒だった。

 近江谷姉妹はそれぞれ気合いを入れて周辺を調査して回り、危うく妹の絲乃が危うく日射病になりかけた。

 梅里も最初は姉妹同様にギヤマンのベルでダウジングをしていたのだが、絲乃がフラフラになったのを見て絲穂に看病を任せ、かずらを心配してすぐ近くにやってきた。

 かずらは自分の霊力を音にのせてその反響を聞いていたのだが、今のところ怪しい反応はない。場所を変える等していると、梅里が近づいてきた。

 

「無理しないようにね」

 

 と言って、日傘をさしてその影にかずらを入れた。

 

「え? 隊長、日傘持ってきたんですか?」

「ああ。といっても僕のじゃなくて、塙詰副隊長が昨日のうちに「暑くなるでしょうから持って行った方がいいですよ」って渡してくれたんだよ」

「しのぶさんが? さすがですね」

 

 日傘を見ながらかずらは感心していた。そういうところに気が回るのは、大人な女性という感じがして、かずらもそうなりたいと憧れる。

 

「……さて、それにしても反応がいまいちだなぁ」

 

 それがある程度、調査を進めての梅里の感想である。

 かずらの音響探査に反応はなく、他三人のダウジングもこれといった成果はない。

 そんな中、唯一の成果が──

 

「反応するのはこの屋敷くらいですね……」

 

 かずらが屋敷を見上げる。

 梅里たちは事前情報のあった幽霊屋敷のすぐ近くにいた。

 ちなみにそれ以外にはかずらの演奏にも梅里達のダウジングにも反応はなく、もちろん脇侍の姿もない。

 調査に一休みをいれているのが現状で、この幽霊屋敷を指で指し、「あの怪しい建物こそ諸悪の根元では!?」と騒いだ絲穂はいない。少し離れた場所の大きな木陰で、ダウンした絲乃の面倒を見させている。

 

「反応があるといっても、なんか違うんだよね」

「私もそう思います。魔操機兵が持つ禍々(まがまが)しさとは違うような……」

 

 困惑気味に眉根を寄せて、かずらがそう言ったときだった。

 突然、梅里がかずらの両肩を掴む。

 

「ひゃん!」

 

 驚いて梅里を見ると、彼はまじめな顔でかずらをジッと見つめていた。

 

「隊長。きゅ、急になにを……」

 

 両肩を掴んだ梅里は、そのまま草むらにかずらを押し倒す

 

「な……なにを。隊長!?」

「しッ!」

 

 梅里は人差し指を口の前に立てて、かずらに静かにするよう促す。

 

「え? え? でも……」

「静かに……ちょっとの間だけでいいから。たぶん、すぐ済む……」

 

 ジッと見つめられて梅里に言われ、かずらは思わず黙り込む。

 しかし、内心では──

 

(ええええぇぇぇぇぇ────ッッッ!!)

 

 心の中に大音量の大声を響かせ、顔を真っ赤にしていた。

 

(そんな隊長、強引すぎます。こ、こちらとしましても心の準備というものが……あぁ、お父様、お母様、お許しください。でもこの人ならきっと、お二人のお眼鏡にかなうんじゃないかと……)

 

 思わずギュッと目を閉じて、手を胸の前であわせて握る。

 体を強ばらせ、ジッとしていた──のだが、

 

(ないかと…………ないかと…………あれ?)

 

 いつまで経ってもなにも変わらず。不思議に思ったかずらが怖々と目を開けると、目の前にはかずらの方ではなく、かずらの頭の上の先をジッと見つめる梅里の顔があった。

 

「あの……隊長?」

「うん、もう少し静かに、ね」

 

 梅里はかずらごと草むらに隠れ、何か様子を伺っているようだった。

 それに気が付き、そして自分の勘違いに気が付き、かずらは顔から火がでるほど恥ずかしくなってくる。

 

(あぁー、もう! 私ってば何を考えてるの……)

 

 しかし、梅里も梅里だと思う。

 もう少し説明があってもいいだろうし、形的には押し倒しているのだから。

 そんな気恥ずかしさからどうにか立ち直ると、かずらは梅里が何を見ているのか気になった。

 そちらの様子を見ると──

 

「──え? 脇侍?」

 

 思わず声がでていた。音量を押さえられたのは上出来だろう。

 なにやら少し離れた屋敷の敷地内に脇侍が数体集まっている。

 そしてその中心には──

 

「あれって……」

「……黒之巣死天王の一人、紅のミロク」

 

 赤い着物の花魁風の出で立ちは、この場にはまったくそぐわないのもあってかなり目立っている。

 彼女の目の前には、蒸気を吹き上げる機械がなにやら稼働しているように見えた。

 

「オン キリキリ バサラ ウンバッタ オン キリキリ……ええい、まだ打ち込む事はできぬか……やはり、この屋敷をなんとかせねば……」

 

 悔しげにその機械と屋敷をにらむミロク。

 それを見たかずらが小声で訴えた。

 

「隊長、あれ……」

「ああ、わかってる。浅草に埋められていたヤツだ」

 

 これは収穫だ。やはり予想通りにあれは爆弾などではない。この屋敷を破壊するのにわざわざ埋設する必要なんて考えられない。

 となれば、魔術等の儀式に使うものだろう。ミロクが埋設を試みた時に真言を唱えていたのもその証拠だ。

 梅里は気づかれないようにゆっくりと立ち上がり、手を貸してかずらも立ち上がらせる。

 そしておもむろに取り出したカメラで撮影する。しかし距離は遠く、視界が通っていないので「楔」を撮影できるわけがない。

 それが、普通のカメラならば、だ。

 

「それ、この前の『ヨクトレール』……」

「そ。撮影完了したし、気づかれないうちに退くよ」

「は、はい……」

 

 声を抑えてうなずき、ゆっくりと足を進めて距離をとる。

 その速度はきわめて遅かったが、その甲斐あって、気が付かれることなく離れることができた。

 屋敷の敷地から出た梅里とかずらはとりあえずホッと一息をつく。

 

 ──それが、油断だったのかもしれない。

 

 

「おーいッ! 隊長ーッ!!」

 

 

「──なッ!?」

 

 その大声に梅里とかずらは絶句する。

 見れば、二人を見つけた近江谷 絲穂が大きく手を振っていた。

 

「何ッ!? 今の声は……脇侍ども、確認してきなさい」

 

 背後ではミロクのそんな声が聞こえている。

 

「マズい! かずらちゃん」

 

 梅里が抱えようとするが、かずらはそれを察知して距離をとり断った。

 さっきの勘違いを思い出して気恥ずかしかったのだ。

 

「大丈夫です。私も走れます!」

「わかった。急ぐよ!」

 

 梅里とかずらはあわてて絲穂の方へと走り始める。するとその後ろにもう一人、そっくりな人影があった。

 

「しめた! 絲乃も起きてる!!」

 

 梅里が呟く。

 

「隊長? いったい何事ですか!?」

 

 訝しがる絲穂とその後ろの絲乃に向かって、梅里は短く叫ぶ。 

 

「飛ぶぞ! 準備!!」

 

 それで意味が分かった二人は顔を見合わせると、2、3歩の距離をとって向かい合った。

 そして二人は霊力を高め、そして同調させ、さらに高めていく。

 

「あれは……」

 

 かずらも聞いたことがあった。近江谷姉妹は双子の二人の霊力を同調させることで増幅させ、常人ではできない特殊能力を使うことができると。

 例えば、全員が高い霊力をもつ花組の中でも、特に高いとされるアイリスにしかできない瞬間移動を、それも他人を巻き込んで行うことができる。

 今使おうとしているのはまさにそれだ。

 後ろで聞こえた蒸気が噴き出す音に、かずらがそちらを伺うと脇侍の姿が見えた。

 しかし梅里もかずらも、もうすぐ近江谷姉妹のところへたどり着くことができる距離だった。

 そして二人の霊力同調は、すでに最大へと高まっている

 間に合う──そう思った時だった

 

「──えっ!?」

 

 かずらの足がもつれた。

 振り返ったせいで体勢がわずかに崩れ、しかも後ろを見たせいで足下の注意がおろそかになっていたのだ。

 地面に叩きつけられる体。

 

「──ッ!!」

 

 その痛みをこらえて前を見ると、近江谷姉妹の間に、梅里はすでに入っている。

 姉妹の霊力はさらに高まり、まさに最高潮だ。

 

(──置いて行かれる!)

 

 かずらがそう思って思わず手を伸ばす。そして──。

 

「なッ!?」

「「隊ちょ──」」

 

 二人の間から梅里が離れ、かずらの手を取る。

 姉妹の瞬間移動が発動したのはそのときだった。中途半端な言葉を残してその姿が消えている。

 

「隊長、どうして……?」

「いいから! 走るよ!!」

 

 せりの手を引き、走り始める梅里。

 その二人に気づいた脇侍が追跡を始めると、さらにその後方から現れたのは── 

 

「なに!? 貴様らは!!」

 

 紅のミロクだった。

 彼女は梅里たちを見るや、その戦闘服から帝国華撃団と判断して指示を出す。

 

「追え! 絶対に逃がすでないぞ!」

 

 ──梅里とかずらの必死の逃走劇が始まった。

 




【よもやま話】
 特別班四天王の3人目、4人目が登場。
 もう少しうるさい感じのイメージでしたが、意外と出番がなかったのでそれほどでもありませんでした。
 姉は熱血バカ。妹はちょっと弱気だけど一生懸命それについて行く、というタイプです。


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─6─

 本部へと帰還した近江谷絲穂・絲乃の姉妹によって、梅里とかずらの危機はすぐに伝えられた。

 捜索班が組織され、また脇侍の出現も確認されたことから事態を重く見た米田は花組を召集する。

 しかしその直後、花組隊員が集まる前に待ったをかけたのは、花やしき支部から通信を使って連絡をしてきた夢組副隊長の巽 宗次だった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……いったいどういうことだ、巽」

 

 米田が真意を測りかね、帝劇本部の作戦司令室から花やしき支部の通信越しに尋ねる。宗次の傍らにはその直下の部下である夢組副支部長のティーラまでいる。

 

「花組の出撃は控えていただきたいと思いまして」

「そいつはすでに聞いてる。理由はなんだ?」

「前回、前々回と花組出動直後に重大な案件が発生しているというのもありますが……まだ花組の投入は早計かと思われます」

 

 まず最初に宗次はそう言った。そんな彼を見て米田は促す。

 

「……話してみろ」

「近江谷姉妹が戻ってきてからしばらく経ちますが、隊長と伊吹隊員は完全に行方不明です。通信はもちろん八束の念話にも出ません」

「それはこっちも聞いている。敵に捕まっちまったってことか?」

 

 もっとも考えたくない可能性である。

 

「それはないと思われます。遠見の千里眼では敵幹部が付近を探し回り、その後も脇侍が探し回っているのを確認してます。捕まっているのならそんなことはしないでしょう」

「それは分かる理屈ね。でも、それなら余計に急ぐべきじゃないかしら?」

 

 あやめも疑問を呈した。本来ならその意見を無視してでも出撃を強行するところだが、それを退けるほどの強い意志を、米田は宗次から感じていた。

 

「武相隊長が通信にも念話に応じないのは理由があってのことだと思われます。隊長たちを最後に確認した屋敷周辺を遠見が見ても発見できなかったのも、周辺に潜伏すれば味方に発見される確率が高いにも関わらずそこを離れているということです」

 

 追いつめられてその場を離れた可能性は否定できないが、それでも遥佳の千里眼を知っている梅里なら、その周辺にどうにか残って助けを待つはずだ。

 

「……梅里くんは、あえて逃げている、ということかしら?」

「その可能性が高いと思われます。隊長達の行動は、まるで見つけられるのを拒むような行動ばかりです」

 

 ふむ、と米田も話を聞いて考え込んだ。

 

「それに考慮すると、ウメの目的として考えられるのはミロクの目を屋敷から遠ざけようとしているってところか?」

「おそらくは。連絡が取れないのも狙いが傍受されるのを恐れてかと」

「なるほどな。しかし問題は、なぜそんなことをしているか、ということだが……」

 

 米田も腕を組んで悩む。

 

「……推論ですが、この幽霊屋敷になにかあるのでは、と思われます」

「まぁ、そう考えるのが一番自然だな。しかしいったい何があるってんだ?」

 

 米田の問いに「わかりかねます」と宗次が首を横に振る。

 

「なら、ここの調査をやるしかねえな。巽、お前は誰を向かわせるのがいいと思う?」

「神崎、桐島、それに大神隊長の3人がいいかと思います」

「なるほど、すみれにカンナに大神のヤツか──って、オイオイ! 夢組じゃねえだろうが!」

 

 米田の指摘に巽が頭を下げる。

 

「おまえが冗談を言うなんて珍しい──いや、お前は冗談なんて言うタイプじゃねぇな」

「無論、本気です」

「その意図は、なんだ?」

「夢組は戦闘服でこの屋敷以外を探るべきかと思います」

「……陽動か」

 

 うなずく巽。

 

「屋敷周辺を探れば、敵が隊長の追跡よりも屋敷を優先する恐れが出てきます。逆に隊長を捜しているそぶりを見せれば、何かを知っている隊長と我々が合流しようとするのを阻むことに注力し、屋敷が疎かになると思われます」

「なるほど。見事な作戦だ。しかし、屋敷の調査を花組を向かわせるのはなぜだ? 夢組で別働隊を出せば済む話だし、それが無理なら月組でも──」

「月組では霊的なものを見落とす可能性があります。それと……」

 

 巽は言いよどみ、躊躇する。

 

「……予知か? ティーラの」

 

 米田の確認に宗次が答えをためらっているうちに、ティーラが答えた。

 

「はい……花組のためには、その3人で向かうのが良い、と」

 

 米田は少し思案した様子だったが「わかった」と了承した。

 

「恐れ入ります」

「なに、花組の奴らを出動させるつもりで呼んじまったからな。ちょうどいい」

「ええ、そうですね」

 

 米田が冗談めかして言い、あやめもそれに苦笑する。

 

「なんとなくお前たちの狙いもわかってる。それが解決してくれると、『浅草の母』が保証してくれるのなら安心じゃねえか」

「米田司令……」

 

 そう言う米田に不満げな顔をするティーラ。しかしさすがに米田には抗議ができない。

 

「おそれながら司令、その二つ名はティーラが嫌がります。できればやめていただければ、と」

「──え?」

 

 ティーラは諦めていたのだが、抗議したのは宗次だった。それに驚いて思わず彼の方を見てしまう。

 

「お? そうなのか、ティーラ。そいつは悪いことをしちまったな」

 

 あっさりと受け入れて謝る米田。

 

「ま、それもそうか。若い未婚の娘さんに対して『母』はねえよな。悪ぃな、ティーラ」

「い、いえ……」

 

 逆に恐縮してしまう。そんなティーラがそっと宗次を盗み見るがその視線に気づくこともなく、宗次は生真面目に前を向いていた。

 

「あとはアイツらの霊感を生かすため、先入観持たせねえように最低限の情報だけ渡して調査させる、こんな感じでいいか?」

「……私はそれで。塙詰副隊長の異論がなければ」

「面倒くせえヤツだな。オイ、しのぶ。大丈夫か?」

 

 米田やあやめの近くに待機し、今まで聞いていた副隊長の塙詰しのぶに確認すると、彼女は「よろしいかと思います」と返事をした。

 しかし「ただ──」と付け加える。

 そして彼女は通信画像の先のティーラへと視線を向ける。

 

「──あなたの予知や能力で隊長の位置は見えないのでしょうか? ティーラ」

 

 その問いに、ティーラは困ったような顔をした。

 

「今のところ、見えません。少し前から思っていたのですが、私の未来視は隊長に及びづらいように思えるのです。隊長の属性の関係にも思えるのですが」

「──どういうことだ?」

 

 興味を持った米田が尋ねる。

「隊長の属性は闇夜で闇を払う月光と聞いていますが、その本質が「鏡」であるとお聞きしました。鏡そのものを「見る」というのは存外に難しいのです」

「ハァ? 鏡なんざ毎朝見てるだろうが……」

「それは「鏡に映った自分の姿」を見ているのです。私たちは鏡そのものを見ているのではなく、「鏡に映った像」を見て鏡があると認識しているのです」

 

 ティーラの説明で米田は小難しい顔をしながらガリガリと頭をかく。

 

「分かりにくいったらありゃしねえが、ウメを見ようとすると、「鏡」であるアイツに映るものが見えちまって本人のことは分かりにくいってことか?」

「その通りです」

 

 それにティーラが頷くと、米田は腕を組んだ。

 

「興味深い話ではあるが、そいつは任務が終わってからだ。夢組は梅里とかずらの捜索にあたれ!」

「了解いたしました」「了解しました」

 

 宗次としのぶが応え、ティーラが敬礼する。

 

「……ただし、屋敷の調査が終わるまで見つけるなよ」

 

 付け加えた米田はニヤリと笑った。




【よもやま話】
 宗次と米田の会話ですが、最初はティーラが直接米田に話しているという形で完成したシーンでした。でも宗次が出てきた方がスッキリする気がして、代わってもらったのですが、しのぶからティーラに質問させる必要があるのをすっかり忘れてて、あわててティーラをその場に居させたという経緯があります。
 あれ説明させないと後々で困るんですよね。


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─7─

「あ~、もう。なんでこうなるのよ!!」

 

 そう言って夢組調査班頭の白繍せりは頭を抱えた。その大きな動きに応じて、頭の後ろに左右二つある短めのお下げが揺れる。

 今は、行方不明の梅里とかずらのために出動した夢組の指揮を、副隊長の塙詰しのぶと錬金術班副頭の大関ヨモギと共に執り、深川で捜索中だった。

 完全に裏目に出た。というのがせりの感想だ。

 まず、あの任務を単純なガセ情報と甘く見てしまったこと。怪談話の現代アレンジと判断したのがそもそもの間違いだ。

 それに起因して、少人数で調査メンバーを組んでしまったことも失敗だった。脇侍が数体いるという情報があったので警戒するメンバーも含めて倍以上の人数でやるべきだった。

 

(そこはかずらに気を使いすぎた、という点もあるのよね……)

 

 ため息交じりで自分に弁解するせり。

 そして何よりも肝心な三つめ──梅里とかずらが行方不明になっていることだ。

 これまた少人数で向かったことが原因なのだが、これは対策を講じていた。

 

(あの二人を付けたのは、なにも邪魔しようっていうだけじゃないんだから)

 

 少人数でも何があっても対処できる──最悪の場合には緊急避難で離脱できるようにと特別班の【双子】、近江谷 絲穂と絲乃を付けた。にも関わらず、そうなってしまった。

 経緯は聞いたのでやむを得ない状況だったのはわかっているし、どうしても助けにいくと聞かない絲穂を、宗次が苦労して説得しているのを見ている。彼女の態度からもわざとじゃないというのは理解している。理解しているが──

 

(なんで、あの二人を、残して帰ってきちゃうのよ~!)

 

 こともあろうに、双子だけで帰ってきたのはさすがにマズい。

 梅里とかずらが二人きりということになるのだから。

 

 

(そう、マズいのよ。マズいわ。マズすぎる……かずらはなんだか梅里のことをやたらと慕ってたし、梅里は梅里でこの前はしのぶさん相手にデレデレしてたような見境無いヤツだし、なにかの拍子で押し倒したりしてるんじゃないでしょうね。それにピンチに二人でいると吊り橋効果? とかいうのもあるってこの前読んだ本に書いてあったし。なにより二人きりで逃避行なんてちょっとうらやましいシチュエーションはぜったいに──)

 

 

「──白繍嬢? 手が止まってますけど。やる気あるんですか?」

「は、はいぃッ!?」

 

 自分の世界に入り込んでいたせりは一緒にいた練釿班副頭のヨモギに声をかけられて素っ頓狂な声をあげた。

 そんな反応で出てしまった大きな声を聞いたしのぶは、感情が読みにくい細い目のまま、眉根をひそめて問いかける。

 

「あの……なにかありましたか?」

「い、いえいえ、なんでもありません。なんでもないわよ!? ほら、一刻も早くうめ──」

「うめ?」

「埋められているかもしれない隊長をさがさないとッ!」

 

 不思議そうに首を傾げるしのぶに対し、冷や汗を垂らしながらごまかすせり。

 そんな彼女をヨモギが半眼で見る。

 

「──それ、隊長死んでますね。おお、しんでしまうとはなさけない。なーむー」

「ちょっとヨモギ! 縁起でもないこと言わないッ!!」

「……言い出したの、白繍嬢なんですが」 

 

 問いつめたはずのヨモギにジッと見られ、せりは気恥ずかしくて思わず視線を逸らした。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そこからはせりの鬼気迫るような調査姿勢があったのだが、それでも二人は見つからなかった。

 そんな彼女を見て、他の隊員達は「行方不明の隊員(自分の部下のかずら)を一生懸命探す班頭」として「部下思いの良い人だな」「やっぱりせりさんって思いやりあるよね」「優しくて面倒見がいい」と高評価をしていた。

 そんながんばるせりの姿に、しのぶは苦笑しつつ声をかける。

 しのぶは作戦の意図を理解しているが、それを機密保持のために周知徹底はしていない。せりのがんばり過ぎには正直、困り果てていたのだ。

 

「あの、せりさん。少し休憩した方がよろしいのではないでしょうか?」

「いいえ、まだ……まだ大丈夫よ」

「そうはいっても霊力を高めて探査していらしたから顔色が……」

「ですね。これ以上は医者として止めるべきところではありますが。それとも(きん)さん特製の薬でも飲みますか? 飲んだら24時間戦えるかもしれません」

「ヨモギさん!」

 

 瓶入りの飲み薬をプラプラと弄びながら見せるヨモギを、さすがにしのぶが注意する。

 だが、顔色悪いせりはフラフラしながらも、それを受け取ろうと手を伸ばした。

 

「いけません!」

 

 あわててその手首をつかむしのぶ。

 

「なんで? 早く見つけないと、隊長もかずらも待っているんだし……」

「そのせいで、あなたが無理をしすぎるのはよくありません」

「でも……」

 

 そこまで一生懸命なせりに、しのぶは「なぜ?」という疑問が浮かんできていた。

 しのぶとしてはせりの与えられた仕事をがんばるという姿勢は理解できた。

 梅里という隊長は夢組の要だし、かずらもせりから見れば部下にあたる。それを助けようという気持ちは理解できる。

 だが無理をしてまで、ということが理解できない。無理をすることでかえって効率が悪くなる。それならば部下に命じて自分は休憩し、体調を整えてからまたやればいいことだ。

 わざわざ非効率的なことをやるのが理解できなかった。

 

「なぜ、そこまで……無理をしてまで探すのですか?」

「……決まってるじゃない。大切な……仲間だからよ。かずらも、隊長も」

「仲間……」

「そうよ。しのぶさんもそうでしょ? 私たちや、それに一緒に陰陽寮からきた人たちの為なら、がんばれるでしょ?」

「え……?」

 

 せりに言われて困惑する。

 しのぶは頷けなかった。

 彼女にとっては意外な質問だった。そんなことを思ったことなど無かったのだから。

 もちろんせりを仲間だとは思っている。食堂の幹部メンバーも、陰陽寮から来て自分を陰日向で支えてくれている者達や、もちろん行方不明中の梅里やかずらも。夢組は仲間であるという思いはある。

 だからお互いにフォローしあおうという気持ちもあるし、協力してことにあたるのは当然という仲間意識は持ち合わせている。

 だが、それ以上はない。

 例えば今にも崖から転落しそうな仲間がいたとしたら、せりなら急いで駆けつけ手を伸ばしてその手をつかむだろう。

 だが、しのぶは違う。自分が引き上げられそうな程の軽さなら手をつかむだろうが、そうでなければロープなどの資機材を持ってくるか、助けを請う。間違いなく。

 もし自分が手をつかんだところで共に落ちればより事態が悪化するだけだ。確実に助かる、または損失が少ない方を選ぶべきだろう、と考える。

 だから頷くことができなかったのだ。

 

「と、とにかく、やはり体調を壊したら元も子もありません」

「だからその回復剤で……」

 

 再びヨモギの方へと手を伸ばすせりを見て、しのぶは慌てて止めに入った。

 

「ええっと……それにほら、何が入っているかわかったようなものではありませんし……」

「あ、効能は保証します。飲んで大丈夫です。死にはしません」

「ヨモギさん!!」

 

 空気を読まないヨモギを再び注意する。

 だが、その隙をついてせりが瓶をつかんだ。

 

「あ!!」

 

 呆気にとられている間にせりが蓋を開けると一気に飲む。そして──

 

「あ、ら……わた、し……?」

 

 声を出して、もたれ掛かるようにせりがしのぶに向けて倒れた。あわてて受け止め、確認するとせりは目を閉じている。

 そして寝息を立てていた。

 

「死にはしませんが寝ます。というオチだったのですが、どうでしたか?」

 

 ホッとするしのぶ。そして、閉じたような目では分かりにくかったが、ヨモギを睨んだ。

 

「ヨモギさん、あまりこのようなことは感心いたしません」

「言ったじゃないですか。医者として止めるべきところだ、と」

 

 しのぶは呆気にとられた。あれを取り出したときから、ヨモギはすでにせりを強制的に休ませるつもりだったのだ。

 

(本当に食えない方ですね……)

 

 そっとため息をつき、彼女のことを見る。ヨモギは飄々とした様子で周囲を見渡していた。

 

「さて、今度は私たちががんばるとしますか? 塙詰嬢……」

「ええ、そうですね」

 

 疲労している隊員にせりを任せ、しのぶも捜索作業へと戻った。

 




【よもやま話】
 せりって、自称策士だけどだいたい失敗する、というキャラですよね。
 ちなみにしのぶは他の人にも策士と認められててちゃんと策が発動して決まるタイプ。
 かずらは策士と思わせることなく、他の人の策は見抜くし、ちゃっかり利用するタイプ。
 ヒロイン3人はこんな感じじゃないかと思ってます。
 せりも空回りするタイプだよな、と思わせるあたりはある意味、宗次と近かったのかもしれない。喧嘩してたのは似たもの同士だったからなのか。


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─8─

 ──さて、その頃。

 

 行方をくらませていた梅里とかずらは、少し離れた別の廃屋に隠れていた。

 ミロクと脇侍に追跡された梅里達だったが、上手く逃れたり、やり過ごしたり、時には見つかって追いかけられたりとしながら、あの幽霊屋敷からは距離をとっていた。

 

「あの、隊長……なんで、通信、しないんですか?」

 

 息を整えながらかずらが尋ねてくる。

 

「無線は妨害されているかもしれないし、傍受の危険が高い」

「でも、八束さんの念話なら……」

「それも紅のミロクの妖力を考えたら安全とは言えないんだよね」

 

 そう言って苦笑を浮かべる。

 

「妨害はされないかもしれない、いやむしろ繋がるようにしているだろうけど、それが罠で盗聴される危険が高い。それくらいアイツの力は強そうだ」

 

 今までの黒之巣死天王、梅里が上野では別方面にいて見なかった黒き叉丹はともかくとして、蒼き刹那や白銀の羅刹よりも妖術、魔術といった事に長けてそうな印象を受けている。

 

「とにかく、今は逃げるしかないかな」

「そう……ですよね」

 

 しょぼんと落ち込むかずら。

 こうなってしまったのも自分のせいだ。後ろを気にしたせいで転んでしまい、逃げられたはずの隊長まで巻き込んでしまった。

 手をつかんでくれたのは本当に嬉しかったが、それも一時のこと、こうして考えるような時間ができてしまうと、自分を責める考えばかり浮かんでしまう。

 この大失敗のせいで、ヨモギがかけた暗示はすっかり飛んでしまい、元のネガティブ思考に戻ってしまっていたのである。

 

(本当に私、ダメダメだ……)

 

 この絶体絶命のピンチ、しかもそれに梅里を巻き込んだことに涙が出そうになる。

 

「ゴメンね、かずらちゃん」

「え……?」

「いや、こんなことに巻き込んで」

「そんな……悪いのは私じゃないですか。私があのとき転ばなければ、こんなことにはならなかったのに」

 

(……そうじゃないんだけど、なぁ)

 

 と梅里はひそかに思う。

 梅里のねらいは宗次が予想したとおり、ミロクをあの幽霊屋敷から引き離すことだった。

 あの「楔」の邪魔をしているのは、あの幽霊屋敷がまとっていた霊力であることは間違いない。となれば次に黒之巣会──紅のミロクが考えるのは屋敷の霊力を封じるなり霧散させるなりすることだ。

 前の会議で出た黒之巣会の狙いについては、ヤツらがこの帝都に魔術的なものを仕掛けようとしていると、梅里は今回のことで確信できた。

 そうなれば、あの場所は間違いなく魔術的なポイントである。それを押さえられるのを防がなくてはいけない。

 あのときの梅里達ではあまりに戦力不足だった。まともに戦えるのは梅里くらいだろうし、たとえかずらの演奏によるサポートがあっても脇侍をどうにか全滅させるのがせいぜい。

 敵の援軍があればどうしようもないし、無くてもそれからミロクを討つことまでは現実的ではなかった。彼女自身が簡単に倒せるほど弱いとは思えなかったし、なにより今までのことを考えればミロクが専用の魔操機兵をもっていると考えるのが普通だろう。

 もし、ミロクが自分たちを全滅させたら、華撃団に感づかれる前にどうにかしようと作業を急ぐはずだ。それは、近江谷姉妹の瞬間移動で無事に逃げおおせても同じ。たとえ花組が出動しても、多数の脇侍が人目を気にせずあの屋敷の封印活動を行えばおそらく間に合わない。

 そこで梅里は、あえて自分が残り、幽霊屋敷の重要性にには気が付いて無いフリをしながらミロクを引きつけようと考えた。付近に梅里という帝国華撃団がウロチョロすれば近づけさせないようにするという考えは、実際のミロクの行動と合致したことからも間違っていなかったという証明になっている。

 

(その上で屋敷から引き離す……)

 

 梅里はそう考えた。

 現場責任者のミロクを引きつければ作業は遅れるし、バレてないと思いこめば多数の脇侍を使っての作業するような目立つような行動も避けるはずだ。

 正直、賭けだった。

 これで時間が稼げても事態が好転するかはわからない。だが、やらなければ間違いなく相手の目論見が完遂され、目的にまた一歩近づかれてしまう。その完成がまだ遠いのかすぐ近くなのか分からないし、そもそもこれが最後の一つなのかもしれない。そう思えばたとえ分が悪くても動くしかなっかった。

 誤算は、目撃現場から離れる前に、早々に敵に気づかれてしまったことだ。

 それを近江谷姉妹の瞬間移動で、かずらを含めた3人を離脱させるという軌道修正を行おうとしたが、さらにトラブルが起きてかずらを退避させることができなかった。

 これは痛恨の極みだった。か弱いかずらをこんな場所に連れてきてしまったことが悔やまれる。

 責任を感じて梅里は謝罪したのだが──どうやらかずらは勘違いしているようだった。

 

「……私、最近、何をやってもダメなんです。公演の演奏では足を引っ張るし、コンクールの結果は散々だし、夢組の活動だって……マリアさんの時も、アイリスの時も、せりさん達がピンチの時も、何も役に立てませんでした」

「それは……」

 

 楽団やコンクールのことはともかく、夢組の活動については梅里の責任でもある。

 

「隊長はスゴいです。なにをしても完璧で」

「僕が完璧? そんなことはないよ、全然……」

 

 梅里の胸がズキリと痛む。

 自分が完璧であれば、あんなことにはならなかった。

 ──先月の一件、そしてせりのおかげで過剰に自分を責める気持ちは無いが、その思いは今も残っている。

 

「だって、すごいじゃないですか。入隊したらいきなり隊長だし、ほかの隊長さん達はみんな軍人さんなのに隊長だけは違うし。それに……上野で私のこと、助けてくれたし」

 

 少し顔を赤くして、かずらは梅里を盗み見る。

 梅里は遠い目をしてなにかを思い出しているようだった。

 

「隊長になったのは米田司令のコネがあったからだよ。黒之巣会が動き出さず、時間があったら宗次がきちんと動かしていたはずさ」

 

 梅里はそう言うが、かずらはそうは思ってなかった。当時はまだ乙女組だったが夢組の手伝いをよくしていて、その空気の悪さは感じ取っていた。

 

「上野は、あれは当たり前のことをしただけだよ」

「それでも! それでも私にとっては、大きくて、すごく大事で、特別なことだったんです!」

 

 思わず詰め寄るように近づいていたことに気づいたかずらは、慌てて身を元の位置に戻す。

 

「……私、今はこんなにダメダメですけど、ちょっと前まですごかったんですよ? 親の薦めで始めたバイオリンは、みんなすごく誉めてくれて。賞も取って。天才だって言われて──」

 

 その手元には皮肉にもバイオリンがあった。

 普段、かずらが使っているものではなく、弾くための弓共々に錬金術班が補強した上、戦場でも調律が狂わない特別製のもの。弾き心地はなるべくかずらのものに合わせてくれている。

 

「乙女組でもそうだったんですよ? 潜在霊力が強くて、演奏に霊力を乗せられるのも珍しいっていわれて、それに込められる霊力の強さも、コントロールも天才的だって、本当にすごいって言われて……霊子甲冑は相性がダメで動かせなかったんですけど。それでも乙女組の頃から夢組を手伝ってて。乙女組では最優等だったんですよ」

 

 そんな自分の誇らしい成績をはなすかずらだったが、とても自慢しているようには見えなかった。

 うつむき、どこか寂しげに話す姿は本当に弱々しい。

 

「だから、勘違いしちゃってたんです。ごめんなさい、隊長。私、隊員失格ですよね」

「……なんのこと?」

 

 だから急に顔を上げてそう言われても、梅里は突然の変化についていけなかった。

 

「教えてください! 私が何をやって隊長にあきれられたのか!」

「僕が? かずらちゃんを? 呆れる? ……なんで?」

 

 梅里は驚きのあまりきょとんとした顔でかずらを見た。思わず質問に質問で返してしまった。

 

「その理由を聞いているんじゃないですか!」

「そういわれても、呆れてなんかないけど……」

「ウソです。だって上野公園での出撃のあと、一緒に仕事してくれなくなったじゃないですか!」

「そう、かな?」

「そうです! それだけじゃありません。芝公園の花組支援も! 築地も! 浅草も! みんな出撃するような大きな事件の時、私だけ待機じゃないですか!」

「あ~、それは……そうだね」

 

 確かにそうだ。それは梅里も記憶している。

 

「私が、上野公園で失敗したから、だから隊長は……」

「違うよ、失敗なんてしてない。ただ……あのときから怖くなったんだ」

 

 梅里は思い出す。上野公園での再調査で、逃げ遅れた人をかばうかずらに向かって脇侍が刀を振り下ろすところを。

 

「怖く、なった?」

「そう。あのとき、かずらちゃんは危なかった。場合によっては殺されていたかもしれない。それが芝の時も、築地の時もよぎっちゃってね」

「そんな、私は……」

 

 どう言っていいか分からず、かずらは梅里から視線を外し、うつむき加減に下を見る。

 

「ゴメンね。僕のせいなんだ。僕はもう目の前で誰かの……大事な、人の命が失われるのを見るのは耐えられなかったんだ」

「大事な人の、命?」

 

 かずらは思わず視線を上げて梅里を見る。

 思わず胸がドキッとした。梅里に、ひそかに思い焦がれる人から大事な人と言われて。

 

「そう。一度失ってしまったから。僕の大事だった人の命を、目の前で……」

「え? それってあの人の──」

 

 かずらがそう言いかけた時、梅里達が隠れていた廃屋が大きく揺れた。

 離れた場所の壁に穴があき、そこから脇侍が入ってくる。

 

「まずいッ! バレたか!!」

 

 梅里がかずらをかばうように前に立つと、脇侍の背後から声がする。

 

「……ようやく見つけたぞ。ネズミ共」

 

 女の声が響きわたる。

 そうして現れたのは紅のミロクだった。

 




【よもやま話】
 梅里とかずらのシーン。
 ここで重要なのが「大事な、人の命」という梅里の台詞。
 梅里的には「人の命が大事」という、言い換えれば「命は宝だ」とまるでエクスカイザーのようなことを言っているのですが、恋する乙女のかずらには「大事な人の、命」と伝わってます。(でも「鶯歌の命」のことを考えるとある意味合ってる。)
 日本語って難しいですね。


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─9─

 壁が穴があくように崩れ、そこから人影が飛び出す。

 梅里とかずらだ。

 それを追うようにして赤い脇侍が姿を現す。

 紅蜂隊。紅のミロク直属にして特別な脇侍であり、一般的な脇侍よりももちろん能力は高い。

 

「くッ!」

「隊長!!」

 

 かずらを庇うように立つ梅里は、あっという間に追いつめられ、振りかざしてきた刀を自らの刀でどうにか捌いた。

 

「ホッホホホホ!! 朝早くから今まで、本当に長い間ずいぶんと手こずらせてくれたけど、これでようやくおしまいのようだねぇ」

 

 ミロクは心底楽しそうに言う。

 梅里とせりがミロクに発見されたのがまだ朝だったが、とにかく逃げ回ったおかげですでに午後にまでなっている。

 諦めずに追いかけ続けたミロクも随分としつこいが、あの二人についてミロクが「もういいだろう」と思いかけたころに見つかるものだから(たち)が悪い。ついムキになって追いかけ続け、今やっとの思いで追い詰めた、というのが実際のところだ。

 ここまで苦労したのだから気分も高揚するのも無理はなかった。

 

「勝手に、終わらせるなよ!!」

 

 しかし、梅里はあきらめない。紅蜂隊の猛攻を、梅里はどうにか捌き続ける。

 

「おやおや、強がりだけは一人前だねぇ。後ろに人を庇ったその状態で、いったいいつまで保つかしら」

「隊長! 私のことはいいから、戦ってください!!」

 

 かずらが必死に叫ぶ。

 自分の目の前では梅里が傷ついていく。その光景はあまりに残酷だった。

 反応が致命的に遅れかけ、叩きつけるように庇った手の甲から、シルスウス鋼製の籠手がちぎれ飛んだ。

 掠めた切っ先が、戦闘服どころか中に着込んでいた鎖衣を裂いて、その下の体を傷つけて戦闘服を赤く染める。

 

「愉快愉快。おお、そういえば貴様の名前、聞いておらなかったな」

「帝国華撃団夢組隊長、武相 梅里……」

「おやおや、意外に大物じゃないか。そして素直に言うとは、死ぬ覚悟を決めた、ということかしら?」

「違うね。悪いが、簡単に命を投げ捨てないって最近、約束したもんだから、そう簡単にあきらめられないんだよ!」

 

 梅里が話している間も、紅蜂隊の猛攻は続く。それをことごとくを捌いていくのだが、それでも捌ききれなかったものが体を傷つけていく。

 

「隊長! 隊長ーッ!!」

 

 かずらは必死になって叫ぶ。自分を庇わなければ、その位置という縛りがなくなれば、この目の前の人は、きっと赤い脇侍なんてあっという間に倒せるのに。

 

「名前を名乗ったのは、おまえを倒す相手の名前くらい、あらかじめ知っておいた方がいいと思ってね!」

「オーッホッホッホ、それは親切にどうも。お礼に──」

 

 言葉を切ってミロクが手をかざす。

 するともう一体、赤い脇侍がミロクの前に生まれた魔法陣から這い出るように姿を現す。

 

「もう一体だなんて、そんな……」

 

 かずらの顔が青ざめる。

 勝てるわけがない。だが──

 

「──奥義之弐、半月(なぎ)ッ!!」

 

 前に横に並んだ2体を相手に、梅里は刀を瞬時に逆手に持ち替え、自らの前の地面を切っ先で半円を描くように刀を振る。

 それを追って地面に沿った半円型の光の障壁が生じるや、押し寄せたそれは2体の赤い脇侍を巻き込む。

 

「なにッ!?」

 

 そのうちの、先に梅里と戦っていたものの方が、くらったダメージが限界を超えて動きを止める。

 梅里はかずらから見れば防戦一方だったが、それでもきっちり反撃を加えていたのだ。

 

「おのれ、小癪な……やれ!!」

 

 残った一体が再び襲いかかる。

 今度は先ほどよりも攻撃の鋭さ、早さが上がった。

 

「ぐッ! はがッ! ──ぅッ!!」

 

 そして今度こそ防戦一方の梅里。

 さっきの技を放った消耗や、今まで蓄積したダメージもあって、捌ききれない攻撃が増えている。

 

「隊長! もういいです! 私なんかのために、隊長が傷つくだなんて!!」

「なんか、なんて言うもんじゃ、ない……」

 

 構えた刀で圧倒的に大きな敵の刀を受け、それを弾く。

 梅里はまだ抵抗の意気を見せた。

 

「隊長、あきらめてない……」

 

 その姿勢に驚かされる。

 守られているだけの自分が、先にあきらめていいのか。

 そんなはずがない。

 

(守られてるだけなんてイヤ! 私も、隊長と一緒に戦って……)

 

 そこで気が付く。そう、自分はあの上野での戦いで、本当にただ助けられただけだった。

 幼い子供を助けたことは間違いない。しかしかずらは梅里には助けられただけでなにもできなかった。サポートさえ満足にできなかった。

 梅里にとってはかずらは、かずらにとってのあの子供たちと一緒なのだ。

 並び立ち共に戦う者ではなく、庇護すべき対象。

 それならば戦場に連れて行ってもらえないのも無理はない。

 そして今も足を止めて必死に庇っている。まるで雛を外敵から守る親鳥のように。

 それを見て、心が震えた。

 自分は、そんな立場で我慢できない。

 あの人の横で、一緒に戦いたい。

 その力が、私にはあるはず。

 乙女組で皆に言われた。「かずらはすごい」「あなたの霊力は強い」「その力で帝都を守れる」と。

 だから──

 

「私は、私は、守られているだけじゃなぁぁいッッ!!」

 

 ──かずらは叫んだ。その喉に、声に、霊力を込めて。

 そしてかずらの大声に呼応して、彼女の霊力が一気に爆発し、強烈な衝撃派となって放たれた。

 

「なにィィッ!!」

 

 それに思わずミロクが声を上げる、

 梅里の前にいた紅蜂隊が吹き飛ばされ、廃屋の壁へと叩きつけられてその動きを止めたのだ。

 その紅蜂隊の後ろで戦いを、高みの見物をしていた当のミロクもまたその波をまともに喰らい、廃屋の壁へと叩きつけられている。

 

「おのれぇ、小娘がぁ!!」

 

 鬼の形相へと変わるミロク。

 だが──

 

「む、準備が整ったか」

 

 冷静さを取り戻したらしく表情が元に戻り、叩きつけられた壁からふわりと離れると、地面に降り立つ。

 

「自らトドメをさしてやりたいものだが、(わらわ)も忙しい身でな。あとの始末はこやつらに任せるとしよう……」

 

 打って変わって余裕の表情で、先ほど同様にミロクが手をかざす。

 新手の紅蜂隊が姿を表す。

 その数、今度は2体。

 そしてミロクは高笑いと共に、その姿がかき消すように居なくなった。

 

「マズい……」

 

 焦る梅里。おそらくミロクは幽霊屋敷に戻ったはずだ。

 あの屋敷自体が持ち、ミロク達を邪魔していた霊力をどうにかしたのだ。

 そうなれば、ヤツらの行動を止められる者はいない。

 

「くそッ!!」

 

 気持ちは焦るが、目の前には紅蜂隊が2体いる。

 先ほどは梅里自身で一体を倒したが、あれは傷つきながらも長い時間かけてようやく倒せたという話だ。状況的にはほぼ1対1の状況で。

 先ほど吹っ飛ばされたもう一体が動きを止めているのは不幸中の幸いだが、無傷の2体を相手に、今の梅里では倒すどころか、どれだけ戦えるかさえ分からない。

 

「……隊長」

 

 梅里の戦闘服の端をギュッと握られる。

 

「かずら、ちゃん?」

 

 そっと様子を伺えば、かずらが立っていた。

 先ほどまでとはうって変わった雰囲気をまとって。

 

「隊長、私も戦います。私、守られるだけの存在じゃありません。私だって、帝国華撃団なんです! 夢組の、一員なんです!!」

「そっか……いや、そうだよね」

 

 梅里がかずらを見る目が変わった。

 守るべき弱い者を見るそれから、共に戦う強き仲間を見る目へと。

 

「隊長、やりましょう!」

「ああ。今ならあんな奴ら、一気に倒せる」

 

 梅里は確信できた。

 そして刀を構え、かずらはバイオリンを構える。

 

「──武相流剣術、奥義之参・満月陣」

 

 梅里が霊力による銀色をした球状のフィールドに包まれた。

 

「我、奏でるは清めの調べ──私の想い……穏やかに、でも高らかに……響きわたって……」

 

 一心不乱に旋律を響かせるかずらが美しい声を出し──

 

「満月陣・響月(きょうげつ)……」

 

 それに呼応して、梅里が纏うフィールドが色をそのままに細かく振動する。

 かずらの霊力が込められた演奏と共鳴しているようであり、さながら音叉のようでもあった。

 

 

「「serenade(セレネイド)for(フォー)you(ユー)!!」」

 

 

 梅里とかずらの霊力が同調したとき、梅里の姿がゆらりと残像を残して消える。

 流れるように、2体の赤い脇侍──紅蜂隊に近づくと、その反撃を舞うようにかわしながら「キン!」と甲高い音が鳴り響かせつつ、通り抜け──戻りざまに再び同じ音を立てながら2体の間を抜け──かずらの元へと戻ってくる。

 バイオリンを奏でるかずらを背に、きちんと直立した梅里が刀をクルッと一回転させて腰の鞘に納める。

 すると、2体の紅蜂隊はそれぞれ二本の太刀筋によって十字に切り裂かれて瓦礫となり──機関が爆発した。

 梅里とかずらがお互い構えていたものを戻し、「ふぅーッ」と息を吐く。

 そうしてお互いに顔を見合わせ、笑顔を浮かべた。

 

 ──が、梅里の限界はそこまでだった。

 ガクッと力が抜けて、意識が飛ぶ。

 

「きゃあああ!! 隊長!? 隊長!!」

 

 倒れてきた体を慌てて支えるも、さすがに小柄なかずらではそれを支えられるはずもなく、一緒に倒れ込む。

 倒れ込んだ際に、梅里の顔がかずらの顔に近づき──

 

「キャッ!──ッ!?」

 

 その唇と唇が一瞬触れあう。

 バタンと倒れ、かずらの上に多い被さるようにして倒れた梅里。

 

「あ……うぅ……」

 

 かずらは突然のその事態に呆然としながら、自分の唇に指を這わせ──しばらくそのままで固まっていた。

 

 

 駆けつけて発見した夢組隊員達が、梅里がかずらを押し倒したように見えるその光景を、「ちょっと、なにしてんのよー!!」という大きな叫び声が響きわたるまで呆然と見続けていた。

 




【よもやま話】
 戦闘シーン。
 霊力の爆発は、サクラ大戦3の花火が覚醒してコルポーを吹っ飛ばすシーンを思い浮かべていた──はずが、大声で敵を吹っ飛ばすワギャンランドのスーパーワギャナイザーになってました。
 ちなみにかずらも霊力は強いですが、梅里同様に霊力の質の関係で霊子甲冑を動かせません。
 例によって合体必殺技は「満月陣・響月 serenade(セレネイド)for(フォー)you(ユー)
 「あなたのための小夜曲」もしくは「小夜曲をあなたに」という意味です。
 ちなみに「serenade」はセレナーデのこと。サクラ大戦3の敵、さっき挙げた花火覚醒のシーンで吹っ飛ばされたコルポーが乗っていた蒸気獣・セレナードの名前の元になった音楽です。


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─10─

 武相 梅里は、ベッドの上で療養していた。

 

 戦いのあと、梅里は花やしき支部の地下にある医療施設へと搬送され、幸いなことに命は取り留めた。

 さすがに紅蜂隊との戦いの傷は深く、出血も多かった。

 梅里もあとから聞かされた話だったが、本来なら危篤になってもおかしくないような状況だったらしい。かずらが呆然としている間に状況が悪化していたようで、捜索で出撃していたメンバーの中にいたホウライ先生こと大関ヨモギの初期措置がよかったおかげで助かっていた。

 

「……いやはや、『死因=乙女脳』と診断書に書かれる初めての人になり損ねましたね、隊長殿」

 

 とはヨモギが梅里に言った言葉である。

 同時に「この町医者、書く気だったのか」と戦慄する。いや、この医者ならやりかねないと思った。

 そしてもちろん、居合わせたせりにこっぴどく怒られた。「約束を破るつもり?」とすごい剣幕だった。

 そんな梅里だったが──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──はい、梅里さん」

 

 ニコニコ顔でかずらが切られたリンゴをフォークで差し出してくる。

 それを少し恥ずかしげにくわえる梅里。

 

「……ありがとう。でも、そこまでしなくて大丈夫だよ、かずらちゃん」

「いいえ、こうなってしまったのも私のせいですから、お世話するのは当たり前です」

 

 そんなかずらに困り顔の梅里。

 そこに──

 

「お似合いじゃないか、梅里」

 

 からかうような笑みを浮かべた宗次がやってくる。

 

「宗次、そっちからも言ってよ。大丈夫だって……」

「そんなことありません。梅里さんは大けがをされたんですから」

 

 そう力説するかずらをチラッと見て「これだもの」と言外に主張するが、宗次には笑って受け流された。

 

「せっかくの厚意だ。甘えておけ」

「そうですよ。はい──」

 

 再び差し出されたものをきちんと食べるあたり、梅里も律儀である。

 それを咀嚼して飲み込んでから梅里は宗次に話しかけた。

 

「よく、僕の考えを読んでくれたね。助かったよ」

「いや、すべてはコイツのおかげだ」

 

 そう言って宗次は取り出した物をベットの脇に設置されたたテーブルへと置く。

 カメラのようにも見えるそれに、かずらは見覚えがあった。

 

「ヨクトレール!?」

 

 宗次が頷き、一度梅里に視線を送る。

 

「こいつがオレやティーラの手元にたどり着いたからこそ、だ」

「どういうことですか?」

 

 かずらが不思議そうな顔をして梅里を見る。

 それで梅里は説明し始めた。あのときの状況から自分が囮になってミロクを引きつけようとしたこと。それが自分たちの存在を早く気づかれてしまったため難しくなったこと。そして──

 

「かずらちゃんが転んで、助けなきゃって思ったとき、僕は近江谷姉妹にこれを託した」

「──と言っても瞬間移動に巻き込ませたような程度、だったがな」

 

 そのカメラ──『ヨクトレール』には梅里が撮影した「楔」が写っていた。それもなにか障壁のような力場に阻まれている場面だ。

 わざわざ瞬間移動に巻き込まれてやってきたようなこれを見て、宗次は「なにかある」とピンときて現像し、画像を見て状況を悟った。

 

「よくわかりましたね」

「最近、梅里の考えが大体分かるようになってきてな。それがいいのか悪いのか」

 

 思わず苦笑する宗次。

 一方、梅里は憮然とした表情になっていた。

 

「写真を司令に見せなかったのも、見せれば緊急事態となって、それこそ花組の出番だ。お前の目論見が全部つぶれると思ったからだぞ」

「それは助かったけどさ……」

「──言わなくても分かるというのは、なんだか通じ合ってるみたいでうらやましいですね」

 

 かずらが言うと、宗次が「おや?」と言わんばかりに驚いた顔をした。

 それから梅里の顔を見て、ニヤリと意地悪に笑う。

 

「なるほど。ではオレはそろそろ戻るとするか」

「え? 今来たばかりじゃないか」

 

 立ち上がって(きびす)を返した宗次に梅里が言ったが、彼は振り返らずに答える。

 

「オレもまだ、馬に蹴られて死にたくはないんでな」

 

 そう言い残し、宗次は片手を振って部屋から出ていった。

 それを見送ったかずらは突然、梅里の方を振り向いた。

 

「隊長、せっかくですからこれで写真を撮りませんか?」

「は?」

 

 『ヨクトレール』を手に脈絡もなく言い出したかずらに、梅里は呆気にとられた。

 

「助けていただいたお礼に、今ならどんな姿でも撮らせてあげちゃいますよ。梅里さんが望むなら、その……」

「……かずらちゃん。そのカメラ、念写しかできないって知っててわざと言ってるよね?」

「あ、バレちゃってましたか?」

 

 梅里のジト目を受けて、悪びれもなくお茶目に笑うかずら。

 今回の一件から、急に明るく、そして積極的になったかずらに梅里はタジタジである。

 今も正直逃げ出したかったが、負傷がそれを許さない。健康に動けるようになるまでまだ時間が必要だった。

 

「……やれやれ。いつから医務室はこんないかがわしい場所になったのですか」

 

 ヨモギが梅里とかずらの二人を半眼で睨んでいた。

 ここは浅草の花やしきの地下にある帝国華撃団の支部であり、そこにある医療施設のベッドの一つに梅里は寝かされていた。

 本部には無い施設だが、華撃団の任務で大けがをした隊員が治療を受け、体を休める場所である。

 その(ぬし)はもちろん、名医のホウライ先生こと大関ヨモギである。

 

「ヨモギ。これは僕が言い出したんじゃなくて──」

「当たり前です。隊長が自ら率先して風紀を乱してどうするんですか?」

「う……」

「それに文句を言いたいのはこちらです。神聖な人の職場をこんな空気にして」

 

 断じて自分のせいではない、とは思っても言葉にできない梅里。

 そしてその原因であるかずらは気にする様子もなく、くすくすと笑いながら梅里の隣から離れようとはしない。

 

「……やっぱり暗示が効き過ぎ、ましたね」

 

 そんなかずらの様子を見ながらヨモギはぽつりと感想を漏らした。

 

「今、なんか言った?」

「いえいえ、なんでもありませんよ。隊長殿」

 

 そう言って二人を見比べ──

 

「ただ、このまま40分くらい席を外していれば、武相家も跡取りができて安泰になるかな、と言っただけです」

 

 感情少ない顔でヨモギが言ったことばに、梅里は真っ赤になる。

 

「なッ!? なにをバカなことを言いだすんだよ!」

「そうですよ!」

 

 顔色を変えた梅里に同調するかずら。

 

「梅里さんは次男さんなんですから、武相家ではなく伊吹家の跡取りです」

「って、かずらちゃん!? そういうことじゃなくて……そもそも、なんてことを言い出すのかな!?」

 

 驚いてかずらを見れば、片目を閉じて悪戯っぽく笑みを浮かべている。

 なんとも心臓に悪かった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんな病室内をさらに混沌化させる来客があった。梅里を見舞いにきたせりである。

 彼女はかずらの姿を見つけて唖然とし、そして梅里をチラッと見て睨む。

 そんな三人を、ヨモギはいつも通りの冷めた半眼で見つめつつ、完全に他人事の彼女はおもしろいことになってきたと内心ワクワクしていた。

 

「あれ? せりさん、どうしたんですか?」

 

 そうかずらに言われれば見舞いにやってきたせりは当然、おもしろくないわけで──

 

「見舞いよ。お見舞い。任務中のケガとはいえ、やっぱり主任が長い期間いないのは困るのよ。味が落ちたって言われかねないし」

「ゴメン。迷惑かけるね……」

 

 せりの言葉に頭を下げた梅里に、せりは慌てる。

 

「べ、別に責めてるわけじゃないのよ。みんな一生懸命やってあなたの穴を埋めようとがんばってるわ。ただ……紅葉が調理場に立とうとするのは、遠慮して欲しいけど」

 

 遠い目をするせり。

 梅里を慕う──というか忠義の方が正しいような気がする──紅葉は、その穴を埋めるべく奮闘しようと、いつも梅里が居る調理場に立とうとしたのだが、なにかする前に釿哉に叩き出された。

 彼は「梅里がいない間、オレが火元責任者になるんだからお前は入れられねえ。オレは責任とりたくないからな」と腕を組んでふんぞり返りながら言い、以降は近寄らせることさえしなかった。

 普段、梅里が居ない場合は調理要員が呼ばれるのでヨモギのことが多いのだが、そのヨモギが梅里の治療に当たっているのだから無理な話で、応援には、責任を感じて立候補した近江谷絲穂と絲乃の二人がきたので給仕を任せ、代わりにせりが厨房に立っている。

 そのため、今日も昼の営業が終わって見舞いに来る前に、せりは「臭ってないかしら?」と不安になって、わざわざ帝劇地下のシャワーを使用している。

 

「それに、かずら。毎日毎日いるのは主任に迷惑がかかるから、ダメだって言わなかったっけ?」

「言われましたけど……でも、私はこの前助けていただいた恩返しがしたくて、つい……ごめんなさい」

 

 そう言ってしゅんと顔を伏せ、申し訳なさそうな顔をされてはせりもそれ以上は何も言えなくなってしまう。

 ただ梅里は、つい先ほどまでの態度からすると、それもかずらの計算の内なんじゃないかと思えて仕方がなかった。

 実際、うつむいた顔の下ではチラッとベロを出すくらいに彼女は(したた)かになっていた。

 

「と・に・か・く、主任には早く退院して食堂に戻っておもらわないといけないんだから。今日は私がお世話をします」

 

 そう言ってせりはベッドの、かずらとは反対側の傍らに立った。

 

「修羅場……」

 

 それを見たヨモギの呟きが梅里には聞こえた。

 正直、そう思うのなら止めて欲しい。病室であるこの場は医師である彼女の管轄なのだから。

 せりはテーブルの上にある切られたリンゴを見た。切り方から見て何個か減っているのが分かる。傍らにはフォークまである。

 かずらを盗み見ればニコニコと笑っている。

 

(手ずから食べさせたってわけね)

 

 せりは確信した。自分もやろうとしていたのでよくわかる。

 だが、せりが持ってきたのはリンゴではない。

 

「隊長、梨たべない?」

「梨? それなら……」

 

 梅里の視線がリンゴへと向けられる。

 

「リンゴがあるから大丈夫ですよ? ねぇ、梅里さん」

 

 梅里の気持ちをくむようにかずらがすかさず反論する。しかしせりは負けない。

 

「暑いし喉も渇くでしょ? 梨の方が水分が多いし、それにりんごは秋から冬の食べ物。今が旬の梨の方が美味しいわよ」

 

 そう言って持ってきた梨を取り出す。

 

「でも、もったいないですよ。せっかくリンゴがあるんですから」

「そうね、この時期のリンゴは高いものね。せっかくだからかずらとヨモギで食べなさい。旬の梨の方が体にもいいでしょうから隊長はこっちを食べなさいね」

 

 ズイっと梨を梅里の前に突きつけて満面の笑顔を浮かべるせり。

 

「……梨の栄養価は意外と低い」

「ヨモギ、なにか言った?」

 

 視線を向けずに、低めの声と迫力だけでヨモギを黙らせるせり。

 梅里もその圧に押されて頷くことしかできなかった。

 

「そ、そういえば、せりさん、食堂は夜の部があるんじゃ……」

 

 てきぱきと梨の皮を剥き始めたせりに話しかけるかずら。見れば、その手際はさすが食堂副主任、あっという間に皮をむいて、皿に並べる。

 食堂は公演が無くても営業することは普通にある。もちろん夕食目当ての夜の部もあるのだ。

 

「今日は夜の部、休みだから」

 

 皿をテーブルに起きつつ勝ち誇ったような笑みを浮かべるせり。

 

「わ、せりさんってばズルいです」

「ズルくないわよ。前からそうだったんだから。それにかずら、最近こっちにばかり通い詰めてちゃんと練習してないみたいじゃない。ダメよ?」

 

 そう人差し指を立ててかずらを注意する姿はまるで姉のようだった。

 そこはそれ、5人きょうだいの最も上にあたる長女のせりにしてみれば、その手の注意は慣れたものであったが、逆に姉がいないかずらにはすごく新鮮だった。

 

「今回の公演の『西遊記』はともかく、次回公演の曲も来ているんでしょ? それに次のコンクールも近いって聞いたわよ」

 

 とはいえ、それも度をすぎれば煩わしいのは間違いない。かずらが口をとがらせて不満げに呟く。

 

「もう……せりさんってば、私の実家の家令(かれい)みたいですね」

「カレイ?」

 

 その呟きを聞き咎め、ヒラメと逆向きの魚を思い浮かべるせり。

 

「そうです。いわゆる執事さんですね。うちの家令は中年の女性の方なのですが、厳しい方なんですよ」

「ちゅ、中年……私、まだ二十歳(はたち)前なんだけど……」

 

 苦笑こそ浮かべているが、こめかみをヒクつかせているせりはだいぶ怒っている、と梅里は思った。

 しかしかずらは気にした様子もない。 

 

「そんなこと言って、練習しないと結果は残せないでしょ? あとで後悔しても知らないわよ」

「いいえ、大丈夫です」

 

 なぜか自信ありげに勝ち誇った笑みを浮かべるかずら。

 

「それくらい、実力がありますから」

 

 そう言って爛漫に笑みを浮かべるかずら。

 そんな彼女にせりはますますイライラを募らせ、梅里は苦笑してほほを掻く。

 すると、かずらが──

 

「そうだ」

 

 なにかを思いついた様子で梅里を振り返った。

 

「梅里さん。次のコンクールで優勝したら、願い事を一つかなえてほしいのですが……ダメでしょうか?」

 

 そう言って彼女は上目遣いでお願いしてくる。

 

「これから練習を一生懸命がんばるので、そのご褒美が欲しいんです」

「僕にできることなら別にかまわないけど、なにかな?」

 

 人のいい梅里が訊くや、答えが返ってきた、

 

「──伊吹家の跡取り」

「ヨモギうるさい」

 

 けんもほろろに梅里がバッサリ切り捨てる。

 彼女の発言を聞いてなぜかせりがそちらへ近づいていったようだが、それよりもかずらがなにをお願いしてくるかの方が気になった。

 

「私、絶叫オムライスが食べたいんです」

 

 かずらが興奮気味に言う。

 

「絶叫オムライス?」

 

 訝しがる梅里。もちろんそんな料理は食堂のメニューにもないし、まかないの裏メニューにもない。

 そもそも「絶叫」とはなんだろう? 聞いたところによれば、辛さにハマって信じられないくらい唐辛子等をいれた激辛料理を好んで食べる趣味があると聞いたことがあるが、その類だろうか。梅里はいろいろと考えたが正解らしきものさえ思い浮かべられない。

 だが、その場で顔色を変えた者がいた。ヨモギに背後から締め技をかけて落とそうとしていたせりである。

 

「そ、それは……」

「聞いたんですけど、叫ぶほどおいしかったっていうオムライスがあるそうじゃないですか。それを私も、ぜひ食べたいと思いまして」

「あ! あのときのあれか。うん、分か──」

 

 梅里が了承する直前に、せりが慌てて割り込む。

 

「ア、アレはそうじゃなくてね、かずら。アレは実は……」

「食堂の他の人たちから聞きましたよ?」

 

 焦りまくっているせりに、かずらは素知らぬ様子で笑顔を浮かべて言う。

 せりが固まった。由理に誤魔化すためにとっさについたウソで言いくるめようと思ったのだが、言われてみれば確かにあのときは食堂メンバー全員が見ていた。そっち方面の口止めはできない。

 

「それに……」

 

 そう言って、かずらは梅里のすぐ脇を指す。

 

 

「こちらのポニーテールのお姉さんからも」

「な──ッ」

 

 

 驚くせり。

 

「かずら! あなた、見えてるの!?」

 

 いつの間にやら楽しそうにせりとかずらの様子を見ている鶯歌の霊の姿があった。

 一方で、相変わらず梅里は見えておらず、かずらが指す先を不思議そうに見ており、落ち掛けていたヨモギもどうにか復活したが、やはり見えてない様子で不思議そうに見ている。

 

「ええ。見えてるもなにも、結構前からいらっしゃいますよね?」

「いつよ!」

「えっと……4月か5月くらい、でしょうか?」

「なによ、それ!」

 

 ガックリとうなだれるせり。

 実は密かに、自分だけに見えることが梅里との特別な絆という優越感を持っていたのだが、それは見事に打ち砕かれた。むしろ、かずらの方が早かったのだから。

 そんなせりにかずらが追い打ちをかける。

 うなだれているせりの元へと近づくと、こっそり耳元でつぶやく。

 

「それともこの真相、由理さんに話してもいいんですか?」

「え? なんで、それを……」

「由理さん、おっしゃってましたよ。椿といたら「かずらちゃんも食事するときは気をつけた方がいいわよ」って注意してくれました」

「由理さんめ……やっぱり約束守らなかったわね」

 

 ある意味予想通りだが、やはり約束を破られたのは、それはそれで頭にくる。

 

「……由理さんにはまだバレてませんけど、バレたら大変ですね」

 

 チラッと舌を出して悪戯っぽく笑みを浮かべると、かずらは──。

 

「では梅里さん。私、念のためちょっと練習してきますね」

 

 これまでそんな素振りをまったく見せなかったかずらは、そんなことを言い残して駆け出し、部屋を出ていった。

 

「なッ!?ちょっと、待ちなさい、かずら!!」

 

 慌てて追いかけるせり。

 

「こら、病室で走るな! そう言われなかったの、かずら!」

「せりさんだって走ってるじゃないですか」

「あなたを捕まえるためなんだからいいのよ!」

 

 二人の声が遠ざかっていく。

 梅里は「ふぅ」とため息をつき、起こしていた上半身を投げ出すように寝転がった。

 そうしてから傍らのテーブルに置かれた梨が見え、思わずフォークの刺さったそれに手を伸ばす。

 

「よ、色男。モテる男はつらいですね」

「ヨモギ……」

 

 相変わらず抑揚の無い声がかけられた。

 ヨモギは不思議そうな顔で梅里を見る。

 

「……彼女たちには、なにが見えていたのですか?」

「さぁね。僕にも見えないから」

 

 そう言って梅里が天井に向かって苦笑すると「そうですか」と興味をなくしたのか、ヨモギはその場から歩いて去っていた。

 そして梨を口に含もうとすると──

 

「梅里さん」

 

 名前を呼ばれて顔を上げる。

 見れば一度戻ってきた様子のかずらが、扉を開けてひょこっと顔をのぞかせていた。

 

「どうしたんだい? 忘れ物?」

「あはは……ある意味、そうですね」

 

 そう言って、部屋に入ってきたかずらは、梅里の手からひょいと梨を取り上げ、再びリンゴを刺したフォークを近づける。

 

「……リンゴの方が、栄養あるみたいですよ」

 

 そう言って浮かべたかずらの笑顔に負けて、梅里は口を開いてリンゴを受け入れた。

 それを見届けて嬉しそうに笑うと、「うん」と気合いを入れるようにして頷いき、かずらが言う。

 

「私のこと、見ていてくださいね。きっと優勝して見せますから」

 

 その梅里は優しげに笑みを浮かべて頷く。

 

「うん、わかった。でも大丈夫かい? 練習、間に合うの?」

 

 彼の質問に、あずらは──

 

 

「もちろんです。私、天才ですもん」

 

 

 チラッと舌を出して、小悪魔的な笑みを浮かべる。

 ずいぶん強くなったと思う梅里だった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──そして、一週間後のバイオリンコンクールでかずらは見事に優勝を納める。

 その功績が話題となって花組の舞台はさらに盛況を呼ぶことになった。

 

 それから数日後の昼過ぎ、帝劇の食堂で一人の少女の絶叫がこだましたとかしないとか……。

 


 

<次回予告>

ティーラ:

 黒之巣会の狙いが六破星降魔陣と判明し、最後のポイントを死守するために出撃する夢組。

 そこへ敵幹部の魔操機兵が現れ、花組の出動を要請しますが本部にも奇襲をかけられ混乱中の華撃団にはその余裕がありません。

 善戦むなしく解放される最後のポイント。発動する六破星降魔陣。

 帝都に甚大な破壊が訪れる中、華撃団を見限った陰陽寮が突如、撤退の指示を出します。

 今、隊員達に抜けられたら華撃団は──

 次回、サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ 第四話

「弱り目、祟り目、台風の目」

 太正桜に浪漫の嵐。

 次回のラッキーアイテムは「魔眼」……ってこれ、アイテムじゃないですよね? 隊長!?

 




【よもやま話】
 最初、かずらが差し出すのをリンゴと書いて、夏の頃の話なので「季節的におかしいよな」と思い、一度は梨にしました。で書き終わってから、かずらの実家はお金持ちだからリンゴでもよかったかな、と思い、せりが梨を持ってくるように改変。
 しかし「このシーンで一番おかしいのはかずらじゃないか」と書いていて思いました。ちょっと距離つめすぎじゃないか? と思ったのですがよく考えてみれば「大事な人」だと思われてるからセーフかな。

【第3話あとがき】
 第3話。どうなることかと思ったのですが、どうにか書き終えました。いかがだったでしょうか。

 この3話、なにが大変だったって純粋に話を考えること。2話が旧1~4話をまとめたので、入れる話も結構多かったのですが、今回は旧5話の部分をそのままでしたので。
 しかも、旧5話は梅里が連れ去られて操られるという話。その途中で死のうとするシーンがあったんですよね。前回のあの流れで死のうとするのは流石にダメだと、このネタは使えなくなりました。
 で、このような話となったわけですが、一番困ったのは旧作つくるときに考えた「幽霊屋敷の調査を花組の3人が調査した理由」です。
 梅里が行方不明でそれどころではなかった、というのが旧作での理由だったのですが、変えてしまったので使えなくなり、本当に困りました。で、なんとかした……できたと思うのですが、こじつけ臭くなってしまったかな、と反省。なんでも「予知」のせいにするのも考えものですし。
 それと全体的に短かったのも反省点。あとで大幅に加筆してボリューム増やしたいですね。


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第4話 弱り目、祟り目、台風の目
─1─


 ──話は少しばかりさかのぼる。

 深川で武相(むそう) 梅里(うめさと)が仲間を庇い、ミロクの誇る紅蜂隊を倒したところで力つき、花やしき支部へとかつぎ込まれたその夜のこと。
 深手を負っていた彼は花やしき支部にも設置されている治療ポッドに入れられることとなった。傷の深刻さから医師の大関(おおぜき) ヨモギが真っ先に指示を出したのである。

 ──で、医療ポッドは当然、服を着ずに全裸で入ることになるわけで……

白繍(しらぬい)嬢、隊長の裸体に興味津々なのはわかりますが──」
「──ッ!違うわよ! 私が気にしているのは隊長のケガの具合ッ!!」

 医療ポッドの前で、隣のヨモギの方を見て猛然と抗議しているのは白繍(しらぬい) せりである。彼女のトレードマークである髪を後ろでまとめている左右の短いお下げも抗議するかのようにあわせて揺れていた。
 出動からそのまま来たので、巫女服からデザインされた夢組戦闘服に身を包んだまま。幹部クラスを示す彼女専用に染められた袴の色はシアン色で、帝国華撃団夢組を構成する班の一つを任された、調査班頭(ちょうさはんがしら)が彼女の役職である。
 その彼女から抗議を、普段通りの半眼の目を全く変えようともせずに受けているヨモギの袴は、せりと同様に幹部を示す専用色。錬金術班副頭(ふくかしら)である彼女の袴は深緑色に染められていた。

「そうですか? そちらの伊吹(いぶき)嬢は興味津々で見つめており、探求心で負けてますけど大丈夫ですか?」
「はいぃッ!? な、なにをおっしゃってるのかよくわかりませんッ?」

 せりとは逆側の、ヨモギの隣に立っていた伊吹(いぶき) かずらがビクッと肩をふるわせた後、顔を真っ赤にしながらあたふたと答える。
 彼女の両手は恥ずかしさを体現するかのように両目を覆っていた。
 しかし好奇心に負けたその手のひらは指と指が離れていてスカスカで、顔が赤かったのはヨモギから指摘される前の「うわぁ……」と感嘆していたころからである。
 そんな彼女もやはり夢組調査班副頭であり、二人いる調査班副頭の本部(づき)の方である彼女の夢組戦闘服の袴は萌木色という黄緑だった。
 ただしかずらだけはその白い上位の所々に赤い飛沫が飛んでいる。目の前の梅里が彼女を紅蜂隊から庇ったときに傷を負った時のものだ。

「さすがは調査班の頭と副頭。いったいどこの調査をしているのやら……」
「「なッ!?」」

 二人が抗議の目を向けるが、ヨモギは素知らぬ顔で続ける。

「人が一生懸命治療してお二人の(いと)しい(いと)しい人を救っていたというのに、そのお二人は性的な知的好奇心を満足させているとは」
「ちょ、ちょっとヨモギさん。その言い方は……」
「かずらはともかく、ありもしない事実を捏造しないでもらいたいわね」
「せりさん!? それでは私が興味津々だったみたいじゃないですか」

 そんなかずらの二人への抗議は無視され、言い争うせりとヨモギ。

「ふむ。では愛しくないと?」
「違うわよッ!!」

 即答するせり。

「「──え?」」
「──え? あ!! 違う。今の無し!! ちょっとヨモギ!!」

 慌てて否定するせりである。
 ──と3人が騒いでいられるのも、傷は思った以上に深くとも命に別状はなく、医療ポッドの集中的な治療と、その後のベッドでの養生を行えば早々に復帰できるというヨモギの診断結果があればこそ、であった。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ──しかし、その夢組の「目」である調査班の、本部に常駐しているはずの頭と副頭の片方が花やしき支部にいて本部ががら空きになっている隙をつくように、東京銀座の大帝国劇場付近にある建物の上には不振な人影があった。
 その影へ近づく小さく獣のような──しかし、その姿に該当する動物は存在しない──ものが、体を伝って手元に至ると、その影はそれを握りつぶす。

「──見つけた」

 女の声がそうつぶやいた。
 赤い着崩したような着物と、その髪型は花魁を思い起こさせる。
 巷を騒がせる黒之巣会幹部である黒之巣死天王の一人、紅のミロクであった。
 先の深川での戦いの際、花組との戦いで敗北を悟ったミロクは撤退寸前に使い魔を花組の光武に潜ませていた。
 その成果が今、ミロクの元にもたらされたのであった。



 ──さて、話は進んで養生していた梅里が、その花やしき支部の医務室ベッドを離れて復帰した日のことである。

 

 その足で梅里は帝国華撃団の本部がある東京銀座の大帝国劇場にやってきた。

 薄黄色のシャツの上に相変わらず濃紅梅(こきこうばい)の色をした羽織をかけた彼は、自分の職場である食堂を素通りする。

 そのまま支配人室まで進むと、その扉をノックした。

 部屋の主から入るように促されると、梅里はそれに従って中に入り、大帝国劇場の支配人にして帝国華撃団司令である米田(よねだ) 一基(いっき)の前に立つ。

 

「ご迷惑をおかけしました」

「うむ。無事……とはあの時はいかなかったが、命あっての物種だ。こうして復帰できてなによりだな」

 

 米田が笑顔をする横で、副司令である藤枝あやめが複雑な表情を浮かべていた。

 

「梅里くん、かずらを庇っての負傷とは聞いてるけど、無茶をしては駄目よ? もちろんかずらもかけがえのない隊員だけど、それは梅里くんも同じよ」

「はい。せり……いえ、白繍からも散々言われました。それと今回は思い知らされました。自分の勘違いを」

 

 米田とあやめがそろって無言でその先を促す。

 

「かずらか弱いって勝手に思いこんでました。守らないといけない、と。でも彼女は……いえ、他の隊員もそれぞれが強く、悪に立ち向かえる力と勇気を持つ者たちだと改めて思い知らされました」

「ま、お前は水戸では一人で戦ってきたからな。仲間って感覚が分からなかったんだろうが……どうだ? いいもんだろ」

「はい」

 

 素直に頷く梅里に、米田とあやめは笑みを浮かべた。

 これでこそ、梅里を帝都に、帝国華撃団に呼んで良かったと思えた。

 それから梅里は真剣な面持ちへと変え、話を切り出す。

 

「──それで、すでに書面では提出している件ですが」

「六破星降魔陣、のことか?」

 

 米田の問いに梅里は頷く。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 梅里も養生中、ただ単に安静にしていたわけではない。

 先の深川での一件で、「楔」を使おうとした紅のミロクが真言を唱えているのを聞いた梅里は、この「楔」が(まじな)いに使うものだと確信できた。それは花組の大神、すみれ、カンナが敵幹部であるミロクから時間を稼ぎつつ聞いた話からも明らかだった。

 それから指示していた調査結果等、仲間の集めた情報を整理し、さらには月組からの情報を加えて、「楔」が上野の寛永寺に保管されていたものということを突き止めた。

 しかも、それが4月の黒之巣会の襲撃以降、無くなっていたことが分かった。寛永寺が黒之巣会首領の天海がかつて建立した寺であることを考えれば、「楔」の存在をあらかじめ知っていたのだろう。

 そしてその「楔」が設置されているのを芝、築地、九段下、浅草、深川の5カ所で確認し、同時に地脈の流れが歪められているのもわかった。

 京都の陰陽寮出身である夢組副隊長の塙詰(はなつめ) しのぶに地脈のゆがみについて確認したが、かなり深刻な状態になってしまっているという。

 陰陽寮から夢組に来ている隊員たちの力を持ってしても、それを元に戻すのは「楔」という原因をなんとかしないと不可能であり、さらには「楔」が一度設置されてしまえば破壊も除去も相当の時間と手間をかける必要があるとのことだった。

 その地脈のゆがみや打ち込まれた「楔」の場所を参考に、これまた部下の隊員たちによって集められた文献を梅里が読みあさった──養生中で時間が余っていたという幸運もあった──結果、行き着いたのがパトリアーカル十字型、またの名を『六破星降魔陣』と呼ばれる魔法陣である。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──おそらく当たりだろうな。いや、お前の報告書からそれを前提にこっちも動いてる。よくぞ見つけてくれたな。他の隊長たちも見直していたぞ」

 

 そう言って米田がニヤリと笑う。正直なところ梅里を隊長にしたのは、民間人出身者に囲まれて前任の隊長も梅里同様に軍出身ではなかった大神や、思考が柔らかい加山を除いて、風組や雪組の隊長からはあまりいい顔をされていなかったのだ。

 それが目に見えるハッキリとした成果を上げられたことで、面目躍如となっていた。

 

「でも、それを防がなくては意味がありません」

「そいつはもちろんそうだ。予想される残り一カ所のポイント……代々木だけは絶対に死守しないとな」

 

 米田の言葉に梅里とあやめが大きく頷く。そして梅里が口を開いた。

 

「代々木公園に結界を張るしかないと思います。大規模な作業で目立つことになりますが、最後の一手を防ぐには背に腹は代えられません」

「そうだな。だが直前まではできる限り目立たないように注意しろよ」

「わかりました。結界の規模や強さは深川で「楔」の邪魔をしていた幽霊屋敷の霊圧を参考にしようと思います」

「なるほど、妥当だな。で、すでに打ち込まれちまった「楔」の排除、こいつはどうなってる?」

 

 米田の確認に顔をしかめたのはあやめだった。

 

「難しいところですわ、司令。私たちの知識や技術ではほぼ不可能です。古来から地脈に通じていて、それに関する技術もある陰陽寮へ協力要請をしているのですが……」

 

 それを聞いて米田もまた悔しげに顔を歪めた。

 陰陽寮は夢組の設立時に世話になっているが、夢組の隊長に、陰陽寮を取り仕切る家の一つの出身である塙詰しのぶではなく、米田の知己である梅里を就けたことで関係は悪化していた。

 軍の部隊を言い訳に軍属の(たつみ) 宗次(そうじ)を隊長にする前提でいたのに、民間人の梅里を隊長に就けたことで、「それならば塙詰しのぶで問題なかったではないか」と反感をかったのだ。

 

「へそを曲げちまってる、と言ったところか? 帝都──いや、この日本の命運がかかっているというのに。暢気(のんき)な連中だぜ、まったく」

 

 陰陽寮からは協力中止や隊員の引き上げ等の表立った行為はないが、すでに所属している隊員はともかく、このように組織として非協力的な姿勢をたびたび見せている。それが米田には歯がゆくて仕方がない。

 

「今はそれを愚痴っていても仕方がねえな。ウメ、代々木の結界、頼んだぞ」

「了解しました」

 

 そう言って敬礼する梅里。

 3月からのこの期間で、梅里の敬礼もだいぶ板に付いてきたのであった。

 




【よもやま話】
 なにげにサクラ大戦の医療ポッドってセクハラマシーンだよな、と思う。全裸で入るのにガラス張りとかあまりにひどい。
 指摘されてムキになるせりもパッと浮かんだけど、手の隙間から見てるかずらもパッと浮かんでしまう。


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─2─

 その日、公演の千秋楽を迎えた大帝国劇場は混雑していた。

 

 興奮さめやらぬロビーでは大勢の人がごった返し、多くの迷子がでる始末。

 その親探しに出演者である桐島カンナとモギリの大神が奔走し、その間の面倒を大家族の長女で子供の面倒を見慣れている食堂副主任の白繍(しらぬい)せりが見ていた。

 だが、ロビーが混んでいるということは、食堂にも大勢の客が流れ込んで大盛況になっていた。

 食堂副主任という(かなめ)を他にとられて失いながらも混乱無くそのピークを越え、無事に営業時間の終了を迎えられたのも、これまでがんばってきた成果によるものだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「ぁ~、疲れた。オレ、今日はもう動かねえ。働かねえ。そう決めた」

「そうですか。ではこのマネキンを粗大ゴミとして出しましょう」

 

 コックコートのままでテーブルに突っ伏している松林(まつばやし) 釿哉(きんや)にツッコんだ大関ヨモギは、本来ならば華撃団の本部である帝劇の食堂勤務ではなく花やしき支部の勤務である。しかし千秋楽で忙しいのを見越して応援要請をしていたため、やってきていた。

 

「ゴメンなさい。私が席を外したせいで……」

 

 申し訳なさそうに給仕の制服を着たせりが謝った。

 

「いやいや、白繍殿が気に病む必要は、まったくありませんぞ」

 

 そう言った山野辺(やまのべ) 和人(かずと)を含めて他の者は分かっていた。最初のきっかけが、ロビーで親とはぐれた子供が食堂内に迷い込んできたことを。

 他の客にも迷惑になるのと、持ち前の面倒見の良さから声をかけたせりだったが、その母性と親しみやすさが逆に子供の親への思慕を刺激してしまい、大声で泣き始めるという事態を招く。

 おまけにせりを掴んで離さないので、せりが一緒にロビーへ親を探しに行き、そのままカンナと大神の手伝いをすることになったのだ。

 ヒーロー的な人気を誇るカンナとはまったく違う方向で、せりは子供たちから人気があった。

 

「でもまぁ、おかげで疲れたけどね」

 

 そう言いつつもあまり疲れた様子もなく、コックコートの上に濃紅梅の羽織を羽織ってすっかりのんびりモードになった、食堂主任の梅里をせりはジト目を向ける。

 

「……アンタはそれくらいで丁度いいのよ」

 

 そんなことを言いつつ背中をつねり、さらに続けた。

 

「そもそもこの前まで休んでいたんだし、普段もたまにふらっといなくなるんだから」

 

 休んでいたとはいえ、ケガの養療だったんだけど、と思って苦笑する梅里。

 

「ふらっといなくなると言えば、しのぶさんはどうしたのでしょう? 見あたらないようですが」

「先ほど、食堂カラ出て行くのヲ見ましたヨ」

 

 周囲を見渡す紅葉に、コーネルが答えた。

 

「塙詰って、たまによく営業終わるといなくなるよな」

「それは、たまになんですか? よくなんですか?」

 

 釿哉が言うとヨモギがすかさずツッコむ。

 

「いや、どうだろ……たまにだったような気もするけど、最近多いから「よく」って思ってるのかもしれないな」

 

 腕を組んで思いだそうとする釿哉。

 

「──あら? わたくしがどうかいたしましたか?」

 

 そんな話をしていると、ちょうどしのぶが帰ってきた。

 

「いや、席を外していたみたいだから。忙しかったし、最近暑かったし、体調でも崩したかなと心配してさ」

「え? いえ、そんなことは……」

 

 梅里の問いに言いよどむしのぶ。そして目を伏せながらためらいがちに言った。

 

「少し用を足していましたので……」

「あ、なるほど。トイ──ぐッ!」

「あなたはもう少し、デリカシーってものを覚えなさいね!」

 

 笑顔で言おうとする梅里を、せりがさっきよりも力を込めて、全力で背中をつねって黙らせた。

 それから公演を終えて楽団の輪から抜けてきたかずらが加わり、食堂で雑談をしていると、そこへ──

 

「武相主任、ちょっといいかい?」

 

 食堂に入ってきてそう声をかける者がいた。

 シャツの上にベスト姿で、短い髪の毛はツンツンと逆立っている。

 人の良さそうな笑顔を浮かべた彼は──

 

「大神さんじゃないですか。どうしたんですか?」

 

 慌てて立ち上がった梅里が言ったとおり、帝劇のモギリにして、帝国華撃団花組隊長・大神(おおがみ) 一郎(いちろう)であった。

 その横には長身でショートカットの金髪と切れ長の目が印象的な副隊長のマリア=タチバナもいる。

 

「じつは、花組が今から公演の打ち上げをやるという話になって、オレ達の夜の食事は大丈夫だと言いに来たんだ」

「それは楽しそうですね」

 

 梅里がいうと、大神は申し訳なさそうに付け加えた。

 

「それで、打ち上げの料理を作りたいんだけど、厨房を貸してもらえないかと思って……」

「構いませんよ。今日は夜の営業もないから遠慮なくどうぞ。あ……むしろ助かる、かな……」

 

 梅里が言うと、マリアが頭を下げた。

 

「ありがとうございます、主任。それで、これからボルシチを作ろうかと思うのですが、以前、主任から作り方を聞かれたのを思い出しまして……」

「あー、確かに。前に言ったね」

 

 梅里は思い出した。どうせ食堂で劇場内の従業員用の食事を出すなら、特に外国から来ている人には故郷の味となるようなものを食べさせたいと思い、ロシア料理をマリアに尋ねたことがあった。もちろんその作り方も。

 しかし、それは結構前なことだと記憶している。そのときのマリアは今よりももっと冷たい感じ──他人との距離に壁を作っていた感じがあり、素っ気なく断られていたのだ。

 

「よろしければ今からお教えしますが、いかがですか?」

「あ~、う~ん、勿体ないなぁ。う~、残念だけどこれから用事があって。ちょっと厳しいかな」

 

 マリアの申し出に驚きつつも、梅里は迷った。ロシア料理は馴染みがない。自分の料理の幅を広げるためにも各国の料理を知っておくのは是非やっておきたいし、それを申し出てくれたマリアの言葉はとてもありがたいものだった。

 しかし、梅里のこの後の用事というのはとても先送りにしたりできるようなものではない。葛藤しつつも辞退するしかなかったのだ。

 

「あ、でも、機会があれば是非教えてくださ──いッ!?」

「? はい、私もあなたが作るロシア料理、楽しみにしていますよ」

 

 梅里は食堂の料理の質を上げた功労者として認識されており、マリアもまた彼の料理の腕をかっているのである。

 急に梅里の笑顔がひきつったのは気になるが、嘘偽りのない本心からそう思っていたのだ。

 マリアが微笑んで答えた途端、梅里の顔がさらにひきつった。

 不思議に思いつつも自分がなにかやってしまったかと思ったが、梅里の横にせりがいるので大体理解した。彼女の笑顔も微妙にひきつって──どこか力んでいるように──見える。

 隣の背中をつねってでもいるのだろう。

 

(わかりやすい人ね。うちのさくらよりも……)

 

 マリアの微笑が苦笑へと変わる。

 

「ところで武相主任。さっき助かるって言ってたけど……」

「あ、その件ですか。実は逆にこっちから言おうと思っていたんですが──」

 

 大神の声で梅里の顔が元に戻った。

 

「──今日の夜は食堂は完全に閉鎖して夕飯を作れないものですから」

『え!?』

 

 大神とマリアどころか、その場にいた梅里以外の全員が驚いていた。

 

「そういうわけですので、ホントに助かります」

「こちらこそ毎日お世話になっている身だからね。そちらの助けになるならかえって良かったよ」

 

 大神がそう言って、マリアとともにその場を後にする。

 彼はそのまま食堂から出て行き、マリアはさっそく厨房の方へと歩いていった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 梅里がそんな二人をなんとなく見送っていると、グンと強い力で引っ張られる。

 

「ちょっと、どういうこと!? 夜の部が休みなのは知ってるけど花組みんなの夕飯を作れないって……私、聞いてないわよ!」

 

 食堂副主任のせりが梅里の顔を強引に振り向かせて詰め寄り、顔が近づく──それを見たかずらが「せりさん、ずるい」と頬を膨らませる。

 行動こそ強引だったが、その場にいた食堂勤務の者はおおむね同じ気持ちだった。誰一人としてその説明を受けていなかったのだから。

 

「まぁまぁ。夏公演も無事に終わって、オレ達もゆっくりしろっていう主任の心遣いだろ? それもサプライズでやるとは……やるな、梅里」

 

 好意的に解釈していい笑顔を浮かべる釿哉に対し、梅里は苦笑を浮かべて頬をかいた。

 

「本当ならそうしたいところなんだけどね。でも、違うんだ」

 

 梅里が表情を引き締めて皆を見渡す。

 

「かずらちゃんが来て、みんなそろってから話すつもりだったから遅くなったけど、これから……今日から明日にかけて最重要の作戦を行う」

 

 その言葉に、皆一様に姿勢を正した。

 

「六破星降魔陣についてはすでに説明したと思うけど……」

 

 梅里の言葉に皆一様に頷いた。

 完成すれば甚大な大規模破壊をもたらす呪術用魔法陣。療養中の梅里がたどり着いたその結論は米田への報告に前後して、夢組内でも情報共有していた。

 

「その最後のポイントが代々木公園……ここを結界で封じる」

 

 梅里の言葉に全員息をのむ。

 

「公園全部を封じるのか? それだとかなり大規模になりそうだが」

「地脈のポイントを押さえるからそこまで広範囲には封じない。妨害の参考にするのは深川の幽霊屋敷だ」

 

 釿哉の疑問に梅里が答えた。あれは梅里とかずらだけではなく、他の隊員たちもミロクと花組が付近で戦ったのでそのサポートにいったり、その後の「楔」の調査を行った関係で知っている。

「思い出して欲しいんだけど、あの屋敷一つのせいでミロクは事実上作業を止めて霊力の排除に動いていた。他にずらして「楔」を使うことさえしてない。推測にはなるけど、六破星降魔陣っていうのは、それくらい地脈と魔法陣のポイントを的確に捉えないと役に立たないものなんだと思う」

 

「そこに蓋をしちゃうということですね?」

 

 かずらの言葉に梅里は頷く。

 

「ただ、敵も残り一カ所。作業を始めれば妨害してくるのは間違いない。だから密かに作業の準備を進め、準備が完了した時点で花組が出撃して、護衛してもらいながら最後のツメを行い、結界を作動させる」

 

 花組の出動が遅いのは敵の目を欺くのと、他でなにか発生した場合への対処をするためである。

 

「ここが山場だから、気を引き締めていこう」

『了解!』

 

 皆一様に頷き、その声がきれいに一致した。

 




【よもやま話】
 今回のゲスト花組キャラは大神&マリアです。
 大神と梅里の隊長同士の会話は初。物語上出てないだけで実際には会話してるでしょうけど。
 大神さんは梅里が同じ隊長なのでフランクに話していますが、梅里は大神の方が年上なので敬語を使います。同じように梅里が加山と会話することがあれば、やっぱり年上相手なので敬語を使うことになります。
 なお、ボルシチを教えるというのはゲームではこの後のタイミングでマリアのボルシチを作るミニゲームが入るためです。


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─3─

 代々木公園で準備を始めた夢組だったが、それを最初に阻んだのは天気だった。

 突然暗くなった空からは雷を伴う大雨が降り出した。

 事情が事情だけに作業を強行しようと副隊長の巽 宗次から意見が出たが、それに対抗したのは錬金術班の松林 釿哉だった。金属製の大型機材は落雷の確率が高く、人も危険だし、最悪の場合には故障もあるとのことだった。

 夕立と判断した梅里は、作業の一時中断を決断する。その後、落雷が落ち着いてから作業を再開をし、いよいよ花組を呼ぶ、という段になって、異常が発生した。

 黒之巣会の襲撃である。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「本部への連絡はどうなってる!!」

「通じませんッ!!」

「ならば支部経由で花組の出動要請を──」

 

 夢組が敷いた現地本部の中で錯綜する情報。それを聞いた宗次が怒号をあげる。

「遅い!! 八束ッ!!」

 

(妨害が酷く、断片的ですが繋がりました。本部も奇襲を受けている模様)

 

「それが原因か!!」

 

 宗次が思わずその場にあったテーブルを叩く。「ダンッ!」と大きな音がして周囲の者が思わず肩をすくめた。

 

(二面作戦……状況は敵と同じでも戦力差がまるで違う!)

 

 魔操機兵・脇侍への対応は基本的に花組の霊子甲冑が行う。その花組が本部に釘付けにされている今、代々木公園の戦力で対抗するには余りに分が悪い。

 本部にいる花組を半々に分けて欲しいところだが、奇襲を受けている現状ではそれは不可能だろう。

 

(あまりに厳しい状況だ……)

 

 思わず拳を握りしめる。そこへ──

 

「申し上げます! 公園中央に敵幹部の魔操機兵出現!! 現在、隊長と除霊班頭が中心になり応戦中とのことです!!」

「そいつが本命だ!! 絶対にくい止めろ!!」

 

 宗次の叫ぶような指示が響きわたった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 代々木公園の地脈ポイントに結界を張る目的で来ていた夢組の封印・結界班が、念をこらし霊力を高める。

 

「オンッ!!」

 

 その頭である山野辺(やまのべ) 和人(かずと)の怒声を合図に、彼らの寝られた霊力が、向かい来る黒い魔操機兵を捕らえんと襲いかかる。

 ──だが、その動きは多少鈍っても動きを止めるには至らない。

 

「バカなッ! 我々の縛界(ばくかい)が通じないだとッ!?」

 

 悔しげに顔を歪める和人。

 今なお全力で念をこらしているが、やはり動きを止めらなかった。

 魔操機兵が刀を振り上げる。

 

「南無三ッ!!」

 

 それが振り下ろされようとしたとき、銀の光球が魔操機兵へとぶつかり、それを阻止する。

 

「隊長殿!!」

 

 和人が快哉の声をあげる。他の封印・結界班の面々もその救援に声援を送った。

 梅里が満月陣を発動させて、魔操機兵へと体当たりをしたのだ。

 

「──ッ! こいつは確か、上野で目撃された……」

 

 この黒い魔操機兵が神威と呼ばれていたものだということに気づく。梅里は離れた場所にいたせいで直接目撃はしていないが、上野公園での戦いで花組と戦ったという記録が残っている。

 それが振るう巨大な刀を避けて、避けて、避ける。

 魔操機兵と生身の人のサイズ差では受けることは死を意味する。

 

「生身の体でよくやるものだ! 誉めてやるぞ」

 

 搭乗者である黒之巣死天王の一人、黒き叉丹の嘲笑するような声が響く。

 

「だが、頼みの霊子甲冑もなしにどこまで戦えるかな」

「どこまでも抗って見せる。お前を倒すまで!!」

 

 避け続ける梅里だが、その動きも徐々に精細を欠いている。

 やがて神威の刀が梅里を捉えようとしたそのとき──刀を握る神威の腕に向かって分銅が飛来した。

 まさに火を噴いている分銅は、周囲の気流を操作して自在に飛び回り、その後ろに付いた鎖を神威の腕へと巻き付けて、動きを制限した。

 

「なにッ!?」

 

 突然襲ってきた乗機の腕を引っ張られる感覚に、叉丹は戸惑う。

 次の瞬間、鎖を構成する金属の輪が、それぞれの大きさをみるみる縮めた。結果、うねる程の長さを誇っていたそれが、瞬く間にピンと張りつめる。

 そして──

 

「らあああぁぁぁぁぁぁッッッ!!」

 

 雄叫びとともに、縮む鎖に導かれた赤い影が神威を襲撃する。

 

「くッ!!」

 

 振り下ろされる大鎌の一撃を辛うじて防ぐ神威だが、足に炎の翼をつけたその人影の勢いに押され、バランスを崩す。

 そこへ──

 

「ハアアアァァァァァァァッッッ!!」

 

 満月の光を纏った梅里がそれに続く。

 

「小癪な!!」

 

 攻勢に転じた梅里と、神威の刀がぶつかり合う。

 そのぶつかり合いを背景に──

 

「こら和人!! ちゃっちゃと縛界を解きんさい!! 戦いの邪魔じゃ!!」

 

 まるで炎のように髪が赤くなった紅葉が叫ぶ。戦闘服の緋色の袴とあわせて、まさに炎の化身のようであった。

 その剣幕に押され、和人達封印・結界班は慌てて神威に向けていた捕縛結界を解除する。神威にはさほど効いていない上に、その余波が梅里や紅葉の邪魔をしていたのだ。

 縛界を解かれ、神威が速さを増すが、梅里はそれ以上に速くなった。

 

「ウチも負けていらりゃぁせん! いくんじゃ!!」

 

 解いていた鎖を再び振り回し、分銅を飛ばす。

 火を噴出する分銅は蛇の頭のように動き、うねる鎖はその胴のように、神威を翻弄する。

 分銅が胴体の一部に巻き付くと、再び紅葉が鎖を縮めて距離をつめる。

 

「二度も三度も同じ手が通じるものか!!」

 

 動きを読み、それに合わせるように刀を振りかざす叉丹。

 だが──紅葉から爆発するように炎が噴出して軌道を変える。鎖を使って神威を中心にして弧を描くように接近し、また途中で炎を爆発させると一気に距離を詰め──

 

「ここじゃあああぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 まるでコマのように自身を回転させつつ、紅葉が赤熱した鎌の刃を神威の背中にある機関へと叩き込んだ。

 

「なにッ!?」

 

 叉丹が焦りの声を出す。

 そここそ霊子甲冑で言えば蒸気機関にあたる動力部分だ。停止させるほどのダメージではないが、そこに深手を与えたのは間違いない。

 もちろん強固に守られている部位だが、その中でも比較的弱い部分を的確に貫いたのは紅葉の戦いの勘によるものだった。

 ──だが、

 

「調子に乗るなよ、霊子甲冑も乗れぬ半端者共がッ!!」

 

 神威のまとう妖力が跳ね上がった。

 その余波だけで梅里と紅葉が吹っ飛ばされて距離をあけられる。

 着地したものの体勢が崩れている梅里に向かって神威が迫る。

 それを庇うように、割り込む人影──

 

「急々如律令!!」

 

 鮮やかな赤紫色をした袴の夢組戦闘服を身にまとった塙詰しのぶだった。

 彼女は手にした山水画が描かれた扇をかざす。それを核にして霊力で具現化した、写し身である巨大な扇が壁となって神威の攻撃を受ける。

 たった一撃で砕け散る扇。

 だが、それで十分時間は稼げた。

 

「大地に宿りし浄化の力よ──咲き誇れ!!」

 

 しのぶがもう片方の手に持った閉じた扇をかざし、開く──こちらは晴天から雷雨までの天候が描かれているのが見える──と、それに併せて神威の足下に、一気に白や薄紫色をした霊力でできた花が咲き乱れた。

 まるで芝桜のようなそれは──

 

 

「舞い上がれッ!! 花地吹雪ッ!!」

 

 

 しのぶの扇を振り上げる動作に応じるように、生じた猛烈な風が吹き散らすように花を舞い上げ、その浄化の霊力を宿した花びらが神威を包む。

「ぬぅッ!!」

 無数の花びらは神威に触れるや爆発的な衝撃となってダメージを与える。特に紅葉が傷つけた場所へ吸い込まれるように花びらが殺到した。

 そして、梅里や紅葉が与えていたダメージが重なり、ついには神威の背部にある機関が異音とともに煙が吹き出すと、その機体に火花が散り始める。

 

「やったか!?」

 

 梅里が、髪を真っ赤にした紅葉が、細い目を険しくしたしのぶがその様子を見つめる。

 

「クハハハ……思ったよりやるではないか」

「強がるな! お前を止めた以上、貴様達の野望は──」

「オレだけを止めて、それで終わりでいいのか?」

 

 叉丹の言葉は梅里に猛烈な不安をもたらした。気が付けば叉丹との戦闘で地脈のポイントからはだいぶ動いている。

 そのポイントの方へと振り返り──愕然とした。

 そこにいたのは──

 

 

「ふはははは……我が野望を止めようとは、百年、早いわぁぁぁッ!!」

 

 

 額に赤い瞳のような石が埋め込まれた老人──蘆名天海。

 勝ち誇るように笑った天海の傍らには「楔」が浮いている。

 

「させるかッ!!」

 

 梅里が満月陣を使い、三度光に包まれる。

 

「させんッ!!」

 

 紅葉が鎖鎌の分銅を飛ばす。

 

「やらせはいたしません!!」

 

 その横でしのぶが(おの)が眼に霊力を込め──

 

「──御嬢ッ!!」

 

 突然あがった、付近にいた封印結界班副頭の警告の声に、しのぶはハッと我に返る。

 彼女がまとっていた霊力が霧散している間に──梅里の刀が、紅葉の鎖鎌の分銅が届く前に──最後の「楔」が発動した。

 

 

 

 そして──帝都に破壊がもたらされた。

 

 

 




【よもやま話】
 おお、紅葉が活躍してる……というわけで今まであまりなかった戦闘シーンです。
 旧作だともう少しあったので紅葉は活躍できると思っていたのですが、戦闘シーン激減でヨモギの方が出番が多くなってしまっている現状。
 ちなみに戦い方は立体軌道装置と炎々ノ消防隊のシンラを合わせた感じです。まったく書き切れてませんけどね。
 広島弁はまったく自信がないどころかわからないので『ソーシャル達川君』のお世話になりました。
 ──そして、ついにしのぶも力を振るう。なにげに単独での必殺攻撃のシーンって梅里と宗次以外では初です。(せりは技の名前が出てますが、発動直後に話が始まったりで使うシーンが出てないのです)


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─4─

 六破星降魔陣の発動により、帝都には未曾有の破壊がもたらされた。

 各地で建物が崩壊し、交通網は遮断され、生活インフラも破壊された。

 都内のいたる所で脇侍が闊歩する中、希望の光は銀座の大帝国劇場にあった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 代々木公園に出撃していた夢組は華撃団の本部である大帝国劇場へと戻る。

 激戦の末、眼前で六破星降魔陣を完成させられたショックは大きく、撤退の最中は、誰もが疲労困憊という有様だった。戦い前の夕立で濡れ鼠になったのもあって、その姿は悲惨に映る。

 本部に戻った梅里たちには待機が言い渡された。司令と副司令は花組とブリーフィング中だという。隊員の一人、真宮寺さくらが突然、意識不明になってしまった影響もあるのだろう。

 とはいえ、今の夢組にできることはなく、梅里は【千里眼】の遠見(とおみ) 遙佳(はるか)のような遠くを把握できる数名の隊員に帝都全体の状況把握を、それ以外の隊員達には待機を指示した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「くそッ!!」

 

 地上の破壊が顕著な中、どうにか轟雷号で銀座の大帝国劇場地下にある本部まで戻ってきた梅里は、思わず壁に拳を叩きつけていた。

 完敗だった。

 本部への襲撃と、その間隙を付いた代々木公園での敵の最後の一手。六破星降魔陣の完成まで、常に後手をとらされた形だ。

 

(予知という力があっても、まったく生かせなければ意味がないじゃないか!)

 

 予知の力が不安定なのは、夢組隊長である梅里が一番よく知っている。それでもその役目を背負っているのだから、言い訳にはならない。

 しかし、それを声に出してしまえば予知・過去認知班を責めることになってしまう。彼女たちの努力や、未来を知ってしまうという能力への苦悩を垣間見ているだけに、それはできなかった。

 

「──珍しいな」

 

 そんな感想を梅里に言ったのは、支部付ながらも非常事態と言うことで共に帝劇に帰還した巽 宗次だった。

 

「……悪い。みっともないところを見せた」

「みっともない? そんなことをオレは思ってないが」

 

 梅里が謝ると、宗次は不敵に笑みを浮かべた。

 

「以前のお前だったら、そんな反応はしなかっただろうと思ってな。なんというか、もっと冷めていた感じだ」

「冷めてる?」

「そうだ。きっと普段通りに、いや、奇妙なほどに冷静になって、最も過酷な場所に自分を置こうとしたんじゃないのか?」

 

 梅里にその心当たりはもちろんある。

 

「……かもね」

「危うい傾向がなくなって、オレとしてはホッとしてるよ。まったく誰の影響だ?」

 

 隊長としての座を明け渡し、副隊長としてその補佐に付いた頃は、思いがけない梅里の強さに驚くと当時に敬いもしていたが、時間が経ってくるとその粗も見えるようになる。

 梅里が危険な場面にあえて自分を送り込んでいたのは、自分でなんとかする自身があるからと最初は思っていたが、途中からどうも違うようには宗次も感じていたところだった。

 だが、そういう無茶な傾向が突然なくなった変化は宗次もわかった。その境目が自身も大変な経験をした浅草近郊での蒼角の破片が暴走した事故だ。

 同時に、とある隊員と梅里の関係が劇的に変わったのは、生真面目で男女の関係に疎い宗次でも気が付いていた。

 ニヤリと意地悪く笑う宗次の言葉で梅里はせりの顔を思い出し、複雑な気持ちになる。

 それを誤魔化すように宗次に問いかけた。

 

「けど、感情的になるのは悪いことだと思うけど?」

「そうでもないさ。お前が感情的になれば、逆にオレが冷静になれる」

 

 そんな宗次の言葉に、梅里も少し冷静さを取り戻し、いろいろと考えを巡らせた。

 そして最も懸念するべきことを思い出す。

 

「……本部の『アレ』は無事だったの?」

「ああ。幸いなことにな」

 

 宗次の答えに梅里はホッと息を吐いた。

 

「そっか……」

「ヤツらはアレの存在にまったく気づいていなかったと思える。今回の襲撃は純粋に代々木公園に向かわせないための陽動だったとしか思えないな」

 

 もしくは、あえて見逃した──例えば、使う準備が整っていないから。

 宗次はそこまで考えてから、自分の考えすぎだ、と訂正する。絶望的な劣勢に立たされて思考が弱気になりすぎていると心の中で苦笑した。

 

「不幸中の幸い、だけど……」

 

 梅里は『アレ』を使うべき場面だろうか、とも思う。

 もっとも、その判断をするのは司令の米田 一基だ。他に打つ手がなければ使うしかなくなるだろう。

 

(その決断をしないということは、まだ手があるってことか)

 

 状況は最悪だが、そう考えると絶望するのはまだ早い。

 梅里は、大きく息を吐く。

 

「少しでも休め……」

 

 それを見た宗次が梅里に忠告する。彼は叉丹の乗る魔操機兵と直接戦闘を繰り広げたために疲労が著しく、それが(はた)から見ても明らかだった。

 

「いや、僕だけ休むわけには……」

 

 反論する梅里に、宗次が言う。

 

「あの魔操機兵との戦いを見て、お前が疲労していないなんて思ってる奴はいないから安心しろ」

「……紅葉には負けるけどね」

 

 ため息混じりに言う梅里。あの戦いでのMVPは間違いなく紅葉だ。人よりも遙かに大きな魔操機兵に対し、スピードとトリッキーな動きで完全に翻弄していた。まさに対巨体相手のお手本のような戦い方だった。

 

「アイツはあんなに戦ってもケロッとしてるから参考にならん。お前は疲労が顔に出ている」

 

 思わず顔を触る梅里だったが、もちろん確認しようがない。

 そんな彼に宗次は苦笑する。

 

「隊長が顔色悪くしているのは全体の士気に関わる。せめてシャワーでも浴びて綺麗にしておいてくれ」

「……了解」

 

 宗次の言うことにも一理あると思った梅里は、その勧めに従うことにした。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 一方そのころ、錬金術班副頭の大関ヨモギは帝劇の地下施設にある医療ポッドの前にいた。

 そこには花組の隊員である真宮寺さくらが眠るように眼を閉じている。

 

「……“失敗しない”はずなのに」

 

 そんな彼女を、ヨモギは憤りを感じて睨んでいた。

 怒っているのはさくらにではない。彼女を目覚めさせることさえできない自分自身に対してだ。

 

「……そんなにプライドが傷つけられたのか?」

 

 ヨモギの方へと歩いてきたのは、黄土色をした男用の夢組戦闘服を着た松林 釿哉だった。

 

「そんなことはありません」

「ムキになるなよ」

「いいえ。さくらさんはケガをされたわけでも、病気の発作でもなく、いたって健康体です。ですから意識が戻らないなどということはありえないんです」

 

 ヨモギも医者としていろいろな見地から診断したが、ケガでも病気でもないという結論しか出せなかった。

 しかし現実は意識を失っているさくらが目の前にいる。

 原因不明であり、ポッドに入っているのもほかに打つ手がないから、である。

 そんな現状が、ヨモギの診断を“失敗している”のではないか、と責めるのだ。

 

「なら、寝てんじゃねぇのか?」

 

 呑気に、そして無責任な調子で言う釿哉をヨモギは半眼で睨む。

 

「それこそありえません。寝てるのなら音や振動といった衝撃で目を覚ますのですから」

 

 自分の医学的な知識がまるで役に立たず、こんなトンチンカンなことを言う者が製造に関わった医療ポッドの方が役に立っているのもイラッとする。

 

「でも、生きてんだろ? 間違いなく、さ」

「それは……現在はその通りです。ですが、これでは意味がありません!」

 

 ヨモギが珍しく感情を爆発させた。

 

「これでは……私は医者として失格ではないですか!! 人を一人救うことさえできない。完全な“失敗”です。そうです、今回の任務だって、黒之巣会との戦いだってこんなことになって、“失敗”じゃないですか!」

 

 そんなヨモギを見て、釿哉はポツリと言った。

 

「いいや、十分だ。真宮寺は生きてるんだろ?」

「え……?」

「病気でもケガでもない。そして生きてる。それならお前はなにも失敗してないじゃねえか。医者として、な」

 

 命を守るのが医者のつとめなら、その最低限の仕事はできている、釿哉はそう思っていた。

 

「華撃団は……まぁ、ちょっとは失敗したかもしれない。帝都がこんな有様じゃ、さすがに言い訳できねえよなぁ」

 

 釿哉は肩をすくめて苦笑する。

 

「でも、まだ生きてる。オレ達は生きてるんだ。それならまだまだ挽回できる可能性があるってことじゃねえか。精一杯あがいて、八方手を尽くして、指一つ動かせなくなるまで頑張って、そこまで頑張ってダメならあきらめるしかねえ」

 

 そう言って、釿哉はヨモギを振り返る。

 

「──そこで初めて“失敗”ってことでいいんじゃねえか? 決めるにはまだ早すぎだろ」

 

 そんな釿哉の言い分に呆気にとられるヨモギ。

 そしてため息をつく。

 

「まったく、無茶苦茶な論理です」

「そうか?」

「しかしその理論、嫌いではありませんよ」

 

 そう言ったヨモギを少し驚きながら見る釿哉。

 

「さて、それではやろうじゃありませんか。帝都の平和を取り戻すのと、真宮寺嬢の意識を取り戻すのを」

「オイオイ、いきなり現金な奴だな。しかも一気に二つも欲張るとは……大丈夫か?」

「当然ですよ。私は──“失敗しません”からね」

 

 珍しく笑顔でそう答えるヨモギ。

 だが、その笑顔もすぐに消える。

 

「しかし、前から思ってたのですが……医療ポッドを設計したのは紅蘭ではなくあなたなんですよね?」

「そうだけど、なんだ? 欠陥でもあったか?」

「ええ、致命的な欠陥です」

 

 入っているさくらを見て、釿哉にジト目──いや、ゴミを見るような目を向けた。

 

 

「なんで全裸で入るのが前提なのに、前面をガラス張りにしたんですか?」

 

 

 ド正論を叩きつけられ、釿哉は開き直って笑顔になる。

 

「あ、それ? そうしておけば二度と入りたくないと思うだろ?」

「二度どころか一度も入りたくないですね」

「そう、それよ。そう思ったら大怪我しそうになる事態を避けようとする、と思ってな。どんな怪我をしても「医療ポッドがあるから大丈夫(でぇじょうぶ)だ」なんて思われたら体を大事に思わなくなっちまいかねない」

「……意外とまともな理由ですが、セクハラには変わりませんからね?」

「は? なんだそのセクハラって?」

「いずれ……そうですね、百年くらい後に流行する言葉です」

 

 そして急にジト目で睨みつける。

 

「そもそも、なぜ真宮寺嬢が入っているのを分かっていてやってきたんですか? このドスケベ野郎」

「あー、そういうこと言う? 機械の調子を見に来たって言うのに……上司をそういう風に言うのか」

 

 そんなことを言い合いながら、医者と錬金術師の二人はどうやったらさくらの意識を取り戻せるかの議論へと移行していくのであった。

 




【よもやま話】
 釿哉&ヨモギのシーンがシリアスで終わるわけがない。─1─での感想をそのまま取り入れてみました。
 アレのお世話になると晒し者にされるから、入らないためにケガをしないように努力するようになるから──という意図で釿哉が設計した、と無理に解釈。


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─5─

 宗次に身を綺麗にしてくるように勧められた梅里は、地下施設のシャワー室へとやってきた。

 ミロク襲撃の影響を受け、ここにも破壊の跡が残っていたがボイラーは問題ないとのことで、とりあえずシャワーくらいは浴びることができそうだ。

 もともとここを本拠地にして寝泊まりしている花組隊員達のためのような施設だが、彼女達はブリーフィング中だったはずだし、そもそもこの状況で入る人間などいないだろう。

 そう考えて梅里が入口に来たのだが──

 

「──気配がする」

 

 思わず手を止めた。

 どうにもこの扉の奥で何かが動く気配がしたのだ。

 先ほど考えたように、花組隊員はいないはず。となれば──

 

(ミロクが残した使い魔……いや、脇侍が残っていた!?)

 

 侵入した脇侍が生き残っていたのだとしたら一大事だ。

 梅里は腰の得物──『聖刃(せいじん)薫紫(くんし)』を探る。いつも通りにそこにそれはあった。

 

「──ッ! やっぱり……」

 

 そしてその薫紫もまた、危機を伝えていた。

 出動したままの格好でいたのが幸いし、シルスウス鋼製の籠手や脛当てもそのままだ。十分に戦える。

 

(反攻作戦のためにも、花組には負担かけられない)

 

 自分一人で片を付ける。

 そう決心し、左手で鞘を握りしめつつ──右手でその扉を開け放った。

 

 

「「──え?」」

 

 

 そこにいたのは脇侍──ではなく、せりだった。

 それも何も着ていない。

 そう、全裸だ。

 一糸まとわぬせりが、驚きのあまり無防備な顔で、こちらを見ていた。

 脱衣場なのだから、ある意味当たり前なのだが……

 

「ご、ごめ──」

 

 梅里が謝る前に、一瞬で距離を詰めた、涙目になったせりのグーパンチが飛んでくる。

 乾坤一擲の一撃は彼を黙らせた。

 目付近に着弾したその攻撃は、梅里の意識を揺さぶるには十分すぎた。

 

「な、な……ななな……なにしてんのよッ!!」

 

 肩を怒らせるせり。

 それに対して梅里は軽くふらつきながらも、慌てて手を前に出して誤解だと主張する。

 

「い、いや……シャワーを浴びようかと……」

「うるさい! こっち見るな!!」

 

 衝撃から立ち直りかけていた梅里の顔を思いっきりひねって反対側へと強制的に振り向かせた。

 

「出て行きなさい! 今すぐッ!!」

 

 怒鳴って追い出そうと試みた。

 すると梅里がビクッと体を震わせ──出て行くどころか逆に部屋の奥へと入り込んできた。

 そして、そのまま両手でせりの肩を掴む。

 

「ちょ……な、なにを……」

「誰か来た……」

「はぁッ!?」

 

 言われて耳を澄ませば足音がこちらへと向かってきている。

 顔に殴られた跡のある梅里をこのまま放り出せば、完全に覗きと誤解──いや、誤解ではなく事実、とせりは思った──とにかく、梅里が大変なことになってしまうのは間違いない。

 慌てて扉を閉める梅里をキッと睨むせりだったが、(すが)るような梅里の目を無碍にするわけにもいかず、困惑していた。

 すると──

 

「誰かいるのかい?」

 

 呼びかけるような大きな声が聞こえる。声は男性──おそらく感じからして花組隊長の大神 一郎だろう──のものだった。

 

「は、はい! すみません、大神さん! 夢組の白繍です!! 私が使ってます!!」

 

 大きな声で返すせり。

 

「すまない。一応、見回りをしていて……花組の誰かはこなかったかい?」

 

 せりがジト目で梅里を見る。当然、目が合った。

 相変わらず縋るような──まるで捨てられた子犬のような目でせりを見ている。

 ──うん、花組の誰かではない。

 

「来てません! 少なくとも私が来てからは──」

「そうかい、分かった。ありがとう」

 

 大神はお礼を言って去っていった。

 噂によると彼はこの付近にくると急に身体が勝手に動き出すという奇病の発作に悩んでいるようだが、今回はその奇病は発生しなかったようだ。

 足音が遠ざかっていく。やがてそれが聞こえなくなり、梅里とせりは同時に大きくため息を付いた。

 そして同時に顔を上げる。当然、目が合う。

 梅里の視線が少し下がる。

 釣られてせりもその視線を追って──

 

「──ッ!?」

 

 自分が裸なのを再認識し、即座に扉を開けて梅里を部屋から蹴り出した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「一応、言い訳を聞きましょうか? ……無いとは思うけど」

「……ございません」

 

 再び夢組戦闘服に身を包んだせりが腕を組んで立つ前で、梅里は正座の上、謝罪させられていた。

 

「まったく……なんでいきなり乱入してきたのよ?」

 

 顔を少し赤くしながらそのときのことを思い出すせり。

 

「なにかが動く気配がしたから、脇侍かなにかかと思って……」

「それなら『薫紫』が反応するでしょ?」

 

 せりが梅里の腰にある刀をチラッと見て言う。

 梅里の愛刀は危機察知能力を備えており、所有者に危機を教えることができる。

 しかしあの時、『薫紫』も危機を察知していた。だからこそ梅里が思いこんだという経緯もあった。

 なぜ危機を察知したのか──タネを明かせば、開ければせりに殴られるという危機を察知していただけなのだが。いかんせん危機を察知するだけでそれがどのような危機なのかまでは分からない。

 それを恐る恐る説明する梅里を、せりは黙ってじっと聞いていた。

 

「……事情は分かったわ」

 

 さてこれをどう処するべきか──せりは悩む。

 大きな貸しなのは間違いない。自分は裸を見られたのだから。かといって「責任とって一生面倒見ろ」と言う勇気までは持ち合わせてない。

 しかし「気にしないで」なんて安売りもしたくない。どうしたものか、と悩んでいると──

 

「……あの、せりさん。シャワー終わりましたか?」

 

 そう言いながら、ひょっこりとかずらが顔をのぞかせる。

 

「──って、ええぇぇ!? どういう状況ですか?」

 

 彼女はそのまま驚いた様子で二人を見た。なにしろ梅里が仁王立ちするせりの前で正座させられているのだから。

 

「これは、その……」

 

 せりは言葉を濁しながらそういえば、利用する直前に入口でかずらとかち合ってしまい、譲ってもらったことを思い出した。

 普段なら複数人で入ることも可能だが、ミロクの襲撃で一部が壊れてしまった関係で一人ずつ使うしかなかったのだ。

 

「梅里さん。なにか、しでかしたんですか?」

 

 かずらの問いに、梅里は正座したまま、何も言えなかった。

 どう考えても梅里がやらかしたとしか思えないシチュエーションだが、この場の上位者であるせりの許し無しに発言する勇気は彼にはなかった。

 自然、かずらの視線は再びせりへと戻る。

 じっと見つめられて、せりは話さないわけにもいかなかった。

 

「…………を…られたのよ」

「え?」

 

 顔を赤くしてボソッと言ったせりの言葉はあまりに小さく、耳のいいかずらをもってしても聞き取ることはできなかった。

 

「……裸を、見られたのよ!」

 

 さらに顔を真っ赤にしてせりが投げやりに言う。うつむいた梅里の顔も真っ赤になる。

 

「え……」

 

 それを聞いていたかずらは、その衝撃に硬直した。

 そして──それが解けると、自分の着ている夢組戦闘服を突然脱ぎだした。

 

「ちょ、なにしてるの、かずら!!」

「離してください! 私も負けていられませんから!!」

「いや、勝つとか負けるとか、そういうのじゃないでしょ!?」

「そういう問題なんです! とにかく、すでに見せたせりさんは黙っていてください!!」

「なんで私が見せたことになってるのよ! 見られたの!! 好きでしたわけじゃ──ちょっと梅里、止めなさい!」

 

 言い掛けたせりだったが、かずらすでにが半裸というくらいの状態なことに気がついて慌てて止めた。

 

「あ、ダメ! やっぱり、こっち見ちゃダメッ! 良いと言うまで顔を伏せてなさい! 絶対によ!」

「いいえ、梅里さん。こっちを見てください!!」

 

 半狂乱になったかずらが言う。

 必死に止めるせり。

 その二人が争っていると──

 

「……あの、お取り込み中のところ、よろしいでしょうか?」

 

 そんな混沌とした状況の中、妙に冷めた声と共に顔を出した人がいた。

 眼鏡の奥にある鋭い目が印象的な、凛とした雰囲気をまとった女性。その顔に梅里は見覚えがある。

 服が乱れたかずらと、それを押さえるせりを一瞥した彼女は、やや呆れたようにため息をついてから、鋭い目で二人を見る。

「隊長に至急具申したいことがあるのですが。お借りしてもよろしいですか?」

 

「「……どうぞ」」

 

 その目に気圧され、正気を取り戻したかずらと、冷静になって場の情けなさを痛感したせりが思わず言う。

 彼女は封印・結界班の二人いる支部付副頭の一人だった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 廊下へと出た梅里に、副頭は敬礼をした。

 彼女は元々陸軍所属の軍属だった。そして霊力の強さから帝国華撃団に配属になったが、霊子甲冑を動かせるほどの強さが無く夢組に所属となっている。

 とはいえ、その才能を見いだされて二人いる封印・結界班の副頭へと任命されている。

 そんな彼女の敬礼は、梅里のそれとは比べるのも失礼なほど、動静にメリハリのある、整ったものだった。

 

「先ほどの騒動はどういった趣旨のものでしょうか?」

「……気にしないで。それよりも至急の具申っていうのは?」

 

 敬礼の姿勢のまま眉をひそめながら訊いてきた質問を、梅里は誤魔化しつつ訊き返す

 

「ハッ。おそれながら……陰陽寮出身者達に不穏な動きがあります」

「不穏な動き?」

「撤退後ですが、私ではない方の封印・結界班副頭が陰陽寮出身者と連絡を密にし、秘密裏に参集しようとしている様子」

 

 その報告は、梅里にとっては衝撃的だった。

 まさか、このタイミングで動くか、と思わずにはいられない。

 

「なるほど……よく報告してくれたね」

「いえ、このような帝都の危機です。一丸となってことにあたらなければならないのですから」

 

 梅里としては頭が痛い問題だった。

 夢組は陰陽寮出身者と軍出身者、そしてどちらでもない隊員達に分けられる。その中でも陰陽寮出身者は元の組織の閉鎖性もあって特に仲間意識が高い。

 今まで様々な困難を共に乗り越えてきたことで他の派閥との連帯感も出てきたが、華撃団の敗北とも言える状況に、その綻びが再び顕在化してきたのだろう。

 元々、軍派閥と陰陽寮派閥は対立していた。かたや隊長に当初の予定であった隊長心得の巽 宗次をそのまま就かせようとし、かたや宗次は不適であり塙詰 しのぶこそふさわしいと隊長にするために画策していた。

 結果的にはどちらにも属さない梅里が隊長となり、両者が推薦していた二人がそれぞれ副隊長になったことで争いも沈静化していたが、軍派閥の彼女が陰陽寮派の動きを梅里に密告してくるあたりを見ると、まだ対立は根深いのだろう。

 

(けどこれを放置すれば、最悪の場合には陰陽寮派がごっそり離脱することだってあり得る……)

 

 副頭が再び敬礼をして去っていくのを見送りながら、梅里は手を打たなければならないな、と思い策を考えた。




【よもやま話】
 旧作でも、この場面でせりはシャワー中に乱入されていたので、またやらせていただきました。
 ちなみにこれがゲームで、時間が経過してから(女副頭の話を先に聞いた場合)にはかずらのシャワー中に乱入し、それを見つけたせりにグーパンチされることになります。せりに殴られるという歴史は覆らない。
 とはいえ、せりはせりであと少しで大神少尉から「体が勝手に……」イベントを起こされるのを回避しているのですが──そんなことを知る由もない。


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─6─

 封印・結界班の女副頭の報告を受けて、梅里は宗次の元へと戻った。

 その梅里の顔を見て、宗次はあきれ果てた顔で言った。

 

「……なんで、傷が増えて帰ってくるんだ?」

「それについては、訊かないで」

 

 そっと視線を逸らしつつ言う梅里。その目元のアザを見つつ宗次がため息混じりにさらに尋ねる。

 

「身綺麗にしてくるという話はどうなった?」

「……先客がいた」

「そうか」

 

 なんとなく察する宗次。そして誰にやられたかもだいたい察する。梅里にグーパンチを食らわせる女子に、心当たりはそうそうない。

 そんなことを考えていると梅里が尋ねた。

 

「……コヨミはこっちに来てるかな?」

 

 その問いに宗次はムッと表情を変える。

 

「どっちの、だ? 調査班副頭のか?」

「いや、違う方」

「わかった。呼んでくるから少し待ってろ」

 

 宗次はそう言って、その場から席を立つ。

 梅里はその場で待つこととした。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──隊長、お呼びですか?」

 

 その声は、急にかけられた。

 梅里が振り返れば、片膝をついてかしずくような姿勢で彼女は居た。

 うつむいたまま彼女は顔を上げない。

 それを見ても梅里も顔を上げるようには言わなかった。それが彼女──御殿場(ごてんば) 小詠(こよみ)──の特別班としての姿勢だからだ。

 

「報告、あるよね?」

「はい。先ほどから探していたのですが……」

 

 梅里は小詠が探しても見つからなかったであろう事情を思い出し、コホンと咳払いをする。

 

「ちなみに表向きはどんな理由で本部(こっち)に?」

「花組隊員、真宮寺さくらさんの覚醒のためです。千波(ちなみ)がホウライ先生と私をリンクさせ、その上でさくらさんの精神に潜行してホウライ先生の暗示で強制的に起こす作戦です」

 

 ホウライ先生こと大関ヨモギは、さくら意識不明の一方を受けて真っ先に本部へ急行してきていた。さまざまな医学的検査をしても原因が分からなかったため、彼女の能力である「暗示」での呼び覚ましはすでに試みられていた。

 だが、意識がないということは聞こえていないわけであり、聞こえていなければ言霊による暗示も届かず、意識が戻らないままになっていた。

 その暗示を直接精神に働きかけるために、小詠には深層心理まで潜行するサポートをさせるつもりなのだろう。

 

「しかしそれは最終手段で、今すぐ決行というわけではありません」

 

 小詠もまた特殊な能力を持っている。【読心(サトリ)】である。

 嘘を見抜くことはもちろん、より強く力を行使して意識の奥まで読めば、なにを考えているかまでも読むことができる。

 その抜群の対人捜査能力をかわれて、支部付の調査班副頭という地位を得ていた。

 そして、彼女にはもう一つ肩書きがある。

 

「特別班監察係・御殿場 小詠。報告いたします──」

 

 五人目の特別班。それが彼女のもう一つの顔。

 

「──陰陽寮出身者に離反の動き有り。それには副隊長、塙詰しのぶも含まれます」

「……やっぱりか」

 

 彼女の役目は夢組内の内部監査である。

 その役目は伏せられており、彼女が特別班に所属しているのを知っているのは梅里と、特別班を組織した宗次、それに支部のメンバーを宗次と共にまとめているティーラの三人と、あとは特別班の本人を含めた五人しかいない。

 わざわざ近江谷(おおみや) 絲穂(しほ)が、妹の絲乃(しの)を含めて「特別班四天王」を名乗っているのも、絲穂自身が考えた五人目の小詠を隠すための誤誘導(ミスリード)だ。

 その役目から機密性を重視されている。先ほど、宗次に聞いたのも彼女を呼び出すための符丁であり、「コヨミ」という隊員は現在、彼女以外にはいない。

 そのように特別班監察係としての彼女を呼び出すときは「違う方の」として呼び出している。

 その彼女は状況を梅里に報告した。

 

「おそらく帝都の危機を絶望的と考えて出奔し、陰陽寮のある京都に向かうものと思われます」

「……この状況で、帝都を抜け出せるの?」

 

 思わず苦笑する梅里。各地でさまざまな破壊が起きた上に、帝都各地に脇侍が大量に出現しているという報告もある。

 そんな帝都の中心から無事に抜け出して京都への帰途につけるというのなら、その気になれば脇侍を片づけて帝都に平和をもたらすことだってできるのではないか、とさえ思ってしまう。

 梅里が言ったそれが皮肉と分かっていたから、小詠は答えなかった。

 

「彼女達の罪は、それだけではありません。先ほどの帝劇への襲撃、敵に本拠地がバレたのも陰陽寮派に原因があります」

「敵に内通したのか!?」

 

 さすがにそれは看過できない。

 が、小詠は首を横に振った。

 

「いえ、彼女たちは京都の陰陽寮に定期連絡をとっていたようですが、その際に動物に模した式神を使っていました。そして小動物──鼠に模したものが通過できるようにと、大帝国劇場に夢組で張り巡らせた結界に細工して、小さな穴を開けていました」

「そこを、ミロクの使い魔が……」

「はい」

 

 その当時、梅里は負傷していたので知る由もないが、深川で花組とミロクが戦ったときに、ミロクは自身の使い魔をさくらの光武に忍び込ませていたのだ。

 光武と共に本部に入ってきた使い魔が侵入した際に、本来ならば夢組の調査班が気づくべきなのだが、梅里の負傷でせりもかずらも不在で見過ごされたという経緯もある。

 ともあれ、それでも本来であれば大帝国劇場内に夢組が張った結界によって抜け出すことができず、ミロクのもくろみは潰えるはずだった。

 だが、そこに陰陽寮派があけた穴があった。それをまんまと通り抜けた使い魔によってミロクに帝劇本部の場所が暴かれ、今回の陽動の襲撃につながったのだ。

 

「本部への襲撃がなければ、今のような事態にはなっていなかったかもしれません」

 

 結果、起こったのは帝都への大規模な破壊である。

 その元凶とも言える陰陽寮派が、帝都を逃げ出そうとしているのは許されることではないと、小詠は個人的に怒りも感じてさえいたのだ。

 

「──まぁ、それについては僕のせいでもある」

「は?」

 

 疑問に思った小詠だったが、梅里の怪我のせいで本部の察知能力が一時的に下がったという意味だと察し、それ以上は言うことなく押し黙った。

 

「でもそれはそれ、これはこれ。逃走を許すわけには、いかない」

「はい。私もそう思います」

「とにかく塙詰副隊長に会ってくる……まだいるよね?」

 

 梅里の確認に小詠はうなずき、そして答える。

 

「ティーラ副支部長からの伝言です。──待ち人に会うなら、開けられた穴の前が吉、とのことです」

 

 そう言い残し、まるでかき消えるように小詠の姿はいつの間にか消え去っていた。

 

「さて、少し動きますか」

 

 梅里はとりあえず次の一手のために宗次の下へと急いだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 静まりかえった大帝国劇場の中で、塙詰しのぶの姿は中庭にあった。

 立ち尽くす彼女の下に、一羽の鳥が舞い降りてきていた。

 以前の白鳩よりも小さくシャープな黒い姿の鳥──燕は、しのぶが掲げた手にとまっている。

 その鳥──式神に託された言霊をしのぶは先ほど受け取ったばかりだ。

 

「帝都を抜けて帰還せよ、ですか……」

 

 やがて鳥は紙きれと姿を変え、それさえも程なく燃えるように消えていく。

 後に残されたのは陰陽寮からもたらされた、実の兄からの指示のみだった。

 すでに帝都の危機を、陰陽寮は把握しているだろう。無数の脇侍が徘徊し、混乱の極致ともいうべきこの状態も。

 そんな中で、帝都を抜け出せという指示は──

 

「──しのぶ様、陰陽寮からの指示でございますか?」

 

 式神が消えてしばらく佇んでいたしのぶだったが、男が一人近づいて来ていたのは分かっていた。

 帝国華撃団夢組の戦闘服に身を包んだ彼は、二人いる封印・結界班の副頭を務める一人である。

 そしてしのぶ同様に陰陽寮から派遣されて入隊した者である。

 

「はい……」

「上はなんと?」

「帝都を捨てろ、と……」

「なッ!?」

 

 さすがに声をあげる副頭。陰陽寮が帝国華撃団を歯牙にもかけていない雰囲気を察知してはいたが、それでも帝都にはやんごとなき御方がお住まいになられている。

 

「天子様がおわすというのに、ですか?」

「それに関してはわかりません。ですが、おそらくすでに手は打っているのでしょう。我々には帰還の指示のみが出ています」

 

 そう言ってしのぶは空を見上げた。

 星一つ見えない闇夜。それは破壊と混乱が渦巻き、希望さえ見えない帝都を顕しているかのようにも感じられた。

 

「……よろしいのですか?」

 

 男が、ポツリと言った。

 

「なにが、でしょうか?」

 

 その問いにしのぶは怪訝そうに眉をひそめる。

 

「帝都を捨てること……いえ、帝国華撃団を裏切ることについて、です」

「陰陽寮からの指示とあればやむを得ないことでしょう」

「本当に、そうでしょうか?」

 

 男はジッとしのぶをみる。

 

「先ほどの戦いで、しのぶ様は禁を犯そうとした。違いますか?」

「それは……」

 

 否定しようとしたしのぶだったが、彼女を思いとどまらせたのは他でもない、彼の声だ。

 

「……その通りです」

「なぜ、とは申しません。しかしあの時、敵の首領を倒すためにアレを使おうとしたその気持ち、簡単に捨ててしまってもよろしいものですか?」

「──ッ! なにをおっしゃってるのか、わたくしにはわかりかねます」

 

 しのぶが不快そうに眉をゆがめたので、男はそれ以上は言わなかった。

 その代わりに、意外な問いかけをしてきた。

 

「もし──華撃団と運命を共にしよう、という者が我らにいた場合には?」

「この絶望的な状況で、ですか?」

 

 それはまさに死を意味するだろう、としのぶは思った。

 

「最後まで、悪を蹴散らし正義を示そう、という者もいることでしょう。帝都に残る無力な民草を守るのに尽力しようという者もおりましょう」

 

 男の言葉は若干芝居じみていたが、事実、そういう考えの者が陰陽寮派に出てきているのは間違いなかった。

 平安時代に組織された陰陽寮だが、それに属する誰もがしのぶのような高貴な家の出身者というわけではない。旧貴族出身者がほとんどだが、家格が低く庶民の感覚に近い者もおり、華撃団に派遣された者はそういった者の割合が多い。それは陰陽寮が華撃団を甘く見ている証拠でもある。

 彼らが夢組としての活動で、例えば除霊等の活動の中で一般市民を守ることに使命感を感じたり、霊障との戦いにおける結界の敷設や普段の護符作成・販売を通じて感謝されたりするのをきっかけに、華撃団の思想に感化されるのも無理も無いことだった。

 しのぶは口元に握った手を付けて熟考する。

 

「その判断は、各自の判断に任せます。しかし、わたくしとしては報告のためにも一度は皆の姿を見たく思います。格納庫の例の場所に集まるよう、指示を出してください」

「──承知いたしました。では私は、皆へその旨を伝えに向かいます」

 

 (うやうや)しく一礼した男が(きびす)を返し、劇場内へと戻っていく。

 それを見送りながら、しのぶは思う。

 

(……陰陽寮は、わたくし一人を帰すことしか、考えてないようですが)

 

 そうとは知らない陰陽寮の仲間達を考え、しのぶは密かに心を痛めていた。

 




【よもやま話】
 「5人そろって四天王」がやりたくて、特別班が5人いるのにわざわざ四天王を名乗らせてました。(能力的には4つ目なんで、合ってはいるんですけど)
 そんなわけで、あえて名乗って隠してる絲穂はアホの子ではありません。
 小詠の容姿について描写していないのはわざとです。特別班の監察として動く際には、彼女は自分の姿や印象について精神感応で干渉して印象を消していますので、そのせいで容姿の記憶が残りません。そのため、あえて描写しませんでした。
 ……考えるのが面倒だったわけじゃないですよ?


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─7─

 封印・結界班の男副頭と分かれてから、しのぶは劇場内をいろいろと回って地下格納庫へとやってきていた。

 この大帝国劇場から、ひいては帝都から離れるためである。

 外には脇侍が大量に徘徊している以上、地上を歩いていくという選択肢は愚かとしか言いようがないだろう。

 格納庫からは轟雷号の線路へとでることができる。そこを通れば帝都の地下鉄網へと出ることも可能だった。

 そこへ集まるよう陰陽寮派へ指示を出したはずだったが──そこに人は一人しかいなかった。

 その一人も、明らかに陰陽寮の者ではなかった。

 帝国華撃団夢組の男性用戦闘服──そしてその色は隊長を示す白色──を身にまとった彼は、しのぶを見て笑顔さえ浮かべて見せる。

 

「──遅かったですね」

「武相、様……」

 

 夢組隊長の武相 梅里が苦笑気味の笑顔でしのぶを迎える。

 

「最後に帝劇の光景でも目に焼き付けていたんですか?」

「──ッ!!」

 

 梅里の言った「最後」という言葉が、しのぶがここに来た理由を梅里は知っていると物語っていた。

 

「なぜここに来ると……」

「答えなくてもちょっと考えればわかると思います。夢組の隊長ですよ、僕は」

 

 苦笑する梅里。それで理解した。思わずため息がでる。

 

「予知、ですか」

「御名答です」

 

 そんなしのぶに、梅里はうなずくと──

 

「こんなところから出ていこうとするのは、この結界の穴に対する罪悪感からですか?」

 

 そう言って格納庫から外に通じる箇所の片隅を見た。

 そこは陰陽寮のメンバーが密かにあけた結界の穴。秘匿連絡の手段であり、同時にミロクの使い魔の脱出経路となったもの。今の帝都の事態を招いた元凶ともいえるものだった。

 それにはさすがに驚くしのぶ。

 

「気づいておられたのですか?」

「ええ。だいぶ前から」

 

 うなずく梅里に、しのぶはさらに困惑する。

 

「どうして……知っていたのなら、なぜそのままに……」

「陰陽寮は少なくとも敵ではない、と思っていたからです。むしろ大勢の隊員をよこしてくれている協力者ですからね。多少の情報くらいは構わないと判断してました」

 

 陰陽寮は平安時代からの流れをくむ組織。天子様が帝都にいる限りは、帝都防衛を任務としている帝国華撃団とは対立しないだろう、とも思っていた。

 むしろ出身者と陰陽寮のつながりを断ち切って陰陽寮に不信感を持たれるくらいなら、いっそ繋がっていてもらっていた方が敵対組織でない以上はやりやすいだろうという判断である。

 

「思って……いた?」

「ええ。ついさっきまで、ですけどね」

 

 梅里が苦笑する。

 確かに帝都が致命的な状況にまで追いつめられているのは確かだが、それでも守ろうという帝国華撃団から、その構成員を引き上げさせるのは明らかに害を及ぼす行為であり、敵対行為だろう。

 

「逃げ出したくなる状況だとはわかります。でも、それを組織的にやられては困りますよ」

「なるほど。それでわたくしを捕縛しにきたのですか?」

「いや。ちょっと違う、かな──」

 

 しのぶの問いに梅里は視線を上にあげ、困惑顔で頬を掻いた。

 そして、それから視線をしのぶに戻す。

 

「──引き留めに来たんですよ」

「引き留める? わたくしが陰陽寮よりも華撃団をとる、とでもおっしゃるのですか?」

「そうしてほしいから、ここで待っていたんです」

 

 警戒するしのぶに、梅里はスッと頭を下げた。

 

「お願いします、塙詰さん。残ってもらえませんか?」

「そんな……そんなこと、わたくしにはできません。残るわけには──」

 

 そう言うしのぶに、梅里は頭を上げて笑みを浮かべる。

 

「でも、迷っているから、帝劇の景色を見てきたんじゃないんですか?」

「ッ!」

 

 図星を指されて息をのむ。が、それをどうにか押さえ込む。

 こういうときばかりは、自身の細い目が表情を隠してくれることに感謝した。

 しかしその動揺を突くように、梅里がたたみかけてくる。

 

「今まで、一緒に戦ってきてくれたじゃないですか。さっきだって紅葉や僕と共に戦ってくれて……敵幹部の魔操機兵を行動不能にできたのは塙詰さんの力があったからです」

 

 叉丹の魔操機兵が行動不能になるトドメになったのはしのぶの技だった。

 そのときの光景がしのぶの脳裏に浮かぶ。

 共に力を合わせて戦った高揚感。一時とはいえ、ことを成し遂げた喜びを分かちあえたことは思いの外にうれしいものだった。直後に訪れた危機に、とっさに禁忌を破ろうとしてしまったのは、そこに仲間意識があったからだ。

 あのときは、一か八かというタイミングだった。確実にできないことはしない、という理念を覆したのは、以前に深川でせりから言われて思い浮かべた、共に行動するというだけの仲間ではなく、さらに一歩進んだ関係へと明らかに踏み込んでいた。

 

(これが、せりさんの言っていた……)

 

 そして先ほど、封印・結界班の副頭を務める男に言われたことが頭をよぎる。

 この気持ちを、大切にしなくていいのか──という問い。それが心に突き刺さる。

 

「わたくしは、わたくしは……」

 

 今まで思ってきた仲間とはまるで違う仲間達。

 陰陽寮では「塙詰」という家に敬意を持ってしのぶに接してきた者ばかりだ。しのぶという個人を見ていたわけではなく、「塙詰」という家を見ていたにすぎない。むしろしのぶには畏怖さえ覚え、できることなら関わりたくないとさえ思っていたはず。

 だが、今の仲間達は違う。特に本部にいる夢組幹部達は「塙詰」という家とは無縁で、しのぶという個人を見て接してくれている。

 

(もっとも、あれを知ってしまっては……今までのように接してはくれないでしょうけど)

 

 そんなしこりは心に残るが、それでも苦を共に乗り越え、そして楽を興じてきた。共に夢組の戦闘服を着て苦しい時に励まし合った、食堂等で笑い合った毎日が思い出される。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 今までの帝都の生活──特にこの春からの変化が劇的だった。

 

 そのきっかけになったのは──目の前の男、武相 梅里が華撃団に入ってからだ。

 それ以前は軍出身者との主導権争いだった。

 自分を擁立しようとする陰陽寮派の動きにしのぶも応じ、巽 宗次を降ろそうと画策した。

 しかし、しのぶは元々は争いを好まない性格だ。それに合わせるのは精神的に疲れるものだった。

 それがこの男が来たことで争いがなくなった。

 夢組という部隊の主導権を、元々はバランスを保つために幹部を占めていた民間出身の無派閥派が、その代表ともいえる梅里が隊長になることで一気に掌握してしまったのだから。

 そしてまた、軍派閥のトップだった宗次が人が変わったかのように──いや、水を得た魚のように、動き出したのだ。今までの態度が軟化することで、身構えていた陰陽寮派も肩すかしをくらい、徐々にその態度を軟化させたのは、そのトップであるしのぶにとってはありがたいことだった。

 梅里が与えた影響は、普段の食堂でも顕著だった。

 試行錯誤を繰り返していた以前と違い、「自分たちが提供している料理は美味しい」という自負が生まれ、それが心の余裕を生んだ。

 その心の余裕が、あの日常──せりのお小言にめげない男性調理陣たち、釿哉の冗談に時に眉をひそめながらも笑い合い、紅葉のしでかした失敗を皆でフォローし、美味しそうに料理を食べるかずらや他の食堂勤務員以外の人たちの笑顔に癒される──の楽しさを生んだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 それらを思いだし──

 

 

「……それでも、わたくしは残るわけにはいかないのです」

 

 

 しのぶはそれを受け入れるのをハッキリと拒絶した。

 




【よもやま話】
 梅里がやってた「見逃し」って、華撃団への背信行為でもあるのですが、このあたりは米田司令も黙認してたと思って下さい。
 梅里としのぶにはあとでなんかしらのペナルティが密かにあった、ということで。
 結界の綻びも「式神は通行可能」とやってたらミロクの式紙が抜けてしまった、という感じです。


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─8─

 その場に佇むしのぶの様子が変化したことに、梅里は気が付いた。

 つい今し方まで梅里の言葉に耳を傾けていたときとは明らかに違っている。

 

「……武相様、わたくしは──いえ、わたくしだけは、絶対に陰陽寮に戻らなければならないのです」

 

 使命感。今のしのぶを動かしているのはそう呼ばれるものの(たぐい)だ。それも、一つの目標達成のために努力、邁進しようというような純粋なものではなく、もっと呪いじみたものを梅里は感じていた。

 

「他のメンバーを残してでも?」

「はい。正直な話……わたくしどもの裏事情を話すようで心苦しくはありますが、京都の陰陽寮からの指示で、他を犠牲にしてでも戻ってこいと言われております」

「なるほど。でも、どうするんです? 多少の犠牲を払ったところで、とても一人で帰れるような状況じゃありませんよ」

 

 外は破壊の跡が顕著で、帝都の交通網が機能していない。おまけに危険な脇侍が闊歩しているような状況だ。

 この場から帝劇を去ろうと考えているのもそれを考慮してのことだろうが、地下鉄網の中に脇侍がなだれ込んでこないという保証はない。それに遭遇すれば逃げ道がない分、余計に危険だろう。

 陰陽寮派は少なくないが、それでも彼ら全員を捨て石にしようと焼け石に水といった規模だ。

 だが、しのぶは余裕のある──しかし、どこか寂しげな感じで笑みを浮かべる。

 

「陰陽寮がなんの手もなくわたくしに帰ってくるよう、指示するとお思いですか?」

 

 梅里は答えなかった。

 もちろんそんなことは考えてない。この状況を突破するための手段は与えられているとは思っている。

 例えば超遠距離瞬間移動術式。陰陽寮がこれを用意できるくらいの組織だとは思っている。

 アイリスや近江谷姉妹の使う瞬間移動を比較にならないほどの長距離──京都とはいかなくとも、危険な帝都から完全に離れた場所に出られるように実行すれば簡単だ。

 しかし、大がかりな準備が必要な上、地脈を流れる霊力を必要とするため、今の六破星降魔陣によって地脈がズタズタになっている帝都で使用すれば、どこに飛ばされるかどころかどうなるかさえも不明で危険を伴う。リスクが高いが、あり得ない話でもない。

 そうでなければ脇侍をものともしない戦力を与えらているか、だ。

 例えばきわめて強力な式神──陰陽寮の開祖とも言われているかの安倍晴明(あべのせいめい)が使役した前鬼・後鬼と呼ばれるものや、圧倒的な力と大きさを誇ると言われる式王子──や、それに限らずともそういった類のもの、この状況の帝都を突破できるほどの戦力、いわゆる切り札をしのぶが持っていれば頷ける指示でもある。

 また、他の隊員達を犠牲にしてまで彼女を手元に戻そうという姿勢も奇妙だ。

 ただの複数ある陰陽寮を取り仕切る複数の有力貴族の家の子女、というだけでは異常ともいえる判断だ。言い方は悪いが「換えがきく」以上は、しのぶに執着する理由としては、華撃団に出向してきている実力が高い者や将来を有望な者を多数犠牲にするにはあまりに弱い。

 そんな梅里の思考に対して答え合わせをするかのように、しのぶはフッと笑みを浮かべてから口を開く。

 

「わたくしには一人でここを突破できるだけの力があるから、ですよ」

 

 悲しげに微笑んだ彼女は、精神を集中させるように目を伏せる。

 すると爆発的に霊力が高まった。そして──

 

 

 その目が一気に開かれた。

 

 

「──ッ!?」

 

 常に閉じられているように細かったしのぶの目が、はっきりと開いていた。

 初めてハッキリと見た彼女の瞳はきわめて強い、霊力でも妖力でもない、もっと純粋な力──魔力を秘めているのが感じられた。

 

「魔眼……」

「その通りです」

 

 梅里をしっかりと見つめたまま、静かにうなずくしのぶ。

 その瞳の色は金色。あきらかに常人とは違うものであり、それで見つめられるだけで、梅里は身動きするにもそれが放つ力に抵抗しなければならないほどだ。

 

(しかもこれ、全然力を出してない。ただ眼を開いただけだ)

 

 彼女の金色の瞳が湛えている魔力はそれほどまでに強い。

 

「『覇王の魔眼』……と呼ぶそうですよ、この眼は」

 

 まるで他人事のように、自分の眼を紹介するしのぶ。

 

「覇王……」

「ええ。見るもの全てを魅了・支配し、服従させる魔眼です。過去に同じ魔眼を発動させた方が何人かおりまして、そのうちの一人、戦国の世を平らげる一歩手前まで到達した覇王からその名が付けられたそうな……」

 

 本格的に魔眼を発動させれば、心を掌握されるのだろう。その余波だけで梅里の動きを抑制するほどの力を持っており、その恐ろしいほどの力を実感していた。

 

「もっとも力を恐れた家臣に裏切られ、焼け落ちる寺と運命を共にした──と言われていますが」

「それって、まさか……」

「はい。おそらく武相様が考えている方だと思います。でも……その方とは別に、梅里様の出身地と縁深い方も持っていた、と聞いております。ご存じですか?」

 

 場違いとも言える微笑を浮かべるしのぶ。

 梅里は出身地と縁深い、と言われて考えを巡らせる。

 地元の歴史的な著名人と聞いて真っ先に浮かんだのは最後の将軍にして水戸出身の徳川慶喜。だが、彼にそんな力があればまだ徳川の代が続いているか、幕末に致命的な大戦争が起きているはずだ。

 次に浮かんだのはその父にして幕府末期の世の名君、徳川斉昭だ。しかし時代がそれほど経ってないのに、それも水戸徳川家の家臣筋──しかも超常現象担当の武相家でも知らないのは不自然であり、ありえない。

 さらに時代を遡れば名君と呼ばれる二代藩主の徳川光圀や、藩祖の徳川頼房を思い浮かべる。が、それも違うだろう。陰陽寮が把握するほどの力を振るっていたにしては余りに世が平和すぎる。

 

「結城秀康……佐竹義重……」

「違いますよ。もっともっと前の時代の方……先程わたくしが挙げた方と同じように、ともすれば天子様にまで反旗を翻そうとされた方です」

 

 そこまで説明されれば、梅里も心当たりが一つあった。

 かつて鎌倉で初めて武家による政権ができるよりも前に、茨城県──とはいえ水戸のある常陸(ひたち)の国ではなく、その南の下総(しもうさ)は岩井の地にて、当時の朝廷に反旗を翻して乱を起こした者がいた。

 それは──

 

「──将門(しょうもん)公」

 

 梅里の答えにしっかりと頷くしのぶ。

 

「その通り。(たいらの) 将門(まさかど)です。きっかけは定かではありませんが、この力に目覚めた彼は付近の武士をまとめ上げ、当時の公家たちを震え上がらせたそうです」

 

 そうして彼は「新皇(しんのう)」を名乗るほどの力を振るったという。それは梅里も知っていた。

 

「その後、乱は鎮静されましたが、彼が討ち取られたあともその魔眼の力は残り、当時は情報がなかったために陰陽寮では抑えきれなかったと伝わっています」

 

 それを示すように、京都で晒された首は東国を目指して飛び去ったという逸話や、その荒ぶる御霊を鎮めるために神田明神や国王神社等、複数の(やしろ)で祀っている。

 

「……公家の地位を脅かしたその二人が所持していたが故に、特に畏れられたこの力ですが、これをもってすれば脇侍が群れていようが関係ありません」

 

 支配の力が及ぶのは「者」だろうが「物」だろうが関係なかった。襲いかかる脇侍を支配し、次にくるそれを迎え撃てばいい。敵戦力がそのまま味方となるのだから。

 笑みさえ浮かべ、余裕を見せるしのぶ。

 

「その力で──陰陽寮派の人たちを支配して、連れて行くつもりだったんですか?」

「──ッ!!」

 

 しかし、梅里に言われてその余裕が霧散した。

 一時的に力の圧が強まり、梅里は歯を食いしばってそれに耐える。

 

(ここに皆がいなかったのは、そのせいですか)

 

 しのぶが考えたとおり、梅里が手を回したことだった。

 陰陽寮派が離反する動きを察知した梅里は、宗次と相談した上で、所属していないが陰陽寮派からも信頼の篤い和人を説得にあたらせた。

 しのぶに次ぐ陰陽寮派の中心である封印・結界班の男副頭も、直上である同班頭の和人とは接点も信頼もあったため、説得工作はしのぶを除いて成功していたのである。

 厳しい表情を見せたしのぶだったが、すぐに取り繕うように余裕のある表情を浮かべる。

 

「仕方ありませんね。夢組には失うにはあまりに惜しい方達もいらっしゃいますから、その方たちをお連れするとしましょうか。八束さんとか、遠見さんとか……」

 

 そして、梅里をジッと見つめた。

 

「武相様、これを知られたからにはあなたのことも、ここで放置するわけにはいきませんし、今後は裏切られても困りますから、あなたの心を支配させていただきますが……構いませんね?」

 

 それに梅里は思わず苦笑する。

 

「てっきり殺されるのかと思ったけど、塙詰さんは優しいですね」

「な──ッ」

 

 しのぶに動揺が走った。

 それをどうにか誤魔化すようにむりやりに笑みを浮かべる。

 

「……あら、死をご所望ですか? 最近のあなた様を見ていた限り、そうではないと思っておりましたが……」

「ああ、そうだね。アイツとの約束もあるし、見守ってくれている存在もあるし、こんな僕を追いかけてくれる()もいる。だから死ぬわけにはいかないよ。もちろん、僕の心を殺されるわけにも」

 

 梅里の「心を殺す」という表現に、しのぶは思わずドキッとする。

 その動揺を、梅里は見逃さなかった。

 

「やっぱり、塙詰さんは優しいじゃないですか。僕の心を支配することを今、躊躇った」

「そんなことはありません!」

「陰陽寮派のみんなを連れて行こうと思ったのも、彼らを盾にする気ではなく、ここに残して命を落とすのを不憫に思ったからだ」

 

 彼らを守りながら帝都を抜け出せる程の力を見せられた今となっては、梅里はそれを確信していた。

 

「違います。私は人の心を支配できる、意のままに操れる極悪非道な存在なのです」

「そんな支配される人にまで気を使う人が、悪い人な訳がない!!」

 

 梅里のその言葉は、しのぶの反発を余計強くするだけだった。

 

「──そのあなたの心を弄ぶことだってできるのですよ。あなたの身を案じて約束をした人のことも、あなたを見続け追いかける人のことも、あなたを見守る人のことも、すべて忘れてわたくししか見えないようにもできる……そんなわたくしが、優しいとでもいうのですか?」

「塙詰さんは、そんなことができる人じゃない」

「違います! わたくしは、悪人です。悪人でなければならないんです!!」

「それならなんで、そんなに動揺してるんですか! 躊躇っているんですか!」

「躊躇ったり、動揺なんてしていません。今すぐ、すぐにでもあなたの心を……奪ってみせます!!」

 

 頑ななしのぶに対し、梅里がついに怒ったように言い放つ。

 

「そこまで言うなら、やってみせろ! 今すぐに!!」

 

 追いつめられたような表情でしのぶが力を高まらせる。

 瞳が湛えていた金色が、より強くなってあふれ出すように、圧倒的な魔力がその場を支配した。

 その渦中にいるのは梅里。魔を祓う力を秘めているその夢組戦闘服も、魔を弾くといわれるシルスウス鋼製の防具も、伝説級の魔眼が誇る圧倒的な強さの魔力の前では砂上の楼閣にすぎない。

 

「後悔なさい! あなたの心を掴み、魅了し、支配させていただきます!!」

 

 今までやったことがない、本気の全力で力を解放する。

 魔眼が捉えた梅里へと、力が殺到して金色の光が爆発し──

 

 

「──え?」

 

 

 その初めての感覚に、しのぶは困惑した。

 開いた目からは、涙が溢れている。その目は梅里から離すことができないでいた。

 

「……失敗、したというのですか?」

 

 正直、何が起こったのかよくわからない。しかし、魔眼の魔力は梅里を捕まえなかったということだけは、自分が使った力の感覚として理解できていた。

 一方で梅里もまた自分に影響がなかったことを実感していた。せりもかずらも、そして鶯歌のこともハッキリと覚えている。

 

「……なんともないじゃないですか」

 

 内心安堵しながらも、それでも自分は間違えてなかったと自信が持てた。

 

「やっぱりそんな酷いことをできない、優しい人じゃないですか」

 

 梅里が朗らかに笑みを浮かべて、近寄ってくる。

 涙溢れる目であっても、その姿だけはなぜかハッキリと見えた。

 彼がすぐ前にくると、溢れる涙の量がさらに増す。そしてそれに呼応するように湛えた感情が一気にあふれ出した。

 冷静さを取り戻したしのぶは、自分が何をしようとしいたかを思いだし、そして後悔する。

 

「わたくしはなんということをしようと……本当に、本当に申し訳、ありませんでした!!」

 

 謝罪の言葉と共に、しのぶは梅里に近づく。

 それを受け入れた彼の胸に、思わず顔を埋める。

 

「わたくし、わたくしは悪人でなければならないのに──」

 

 悪人であろうとする、過去の大罪人と同じものを持つというだけで同じ業を押しつけられた娘の悲痛な思いが、地下の空間に響きわたっていた。

 




【よもやま話】
 え? 『魔眼』の伏線がなかった? そりゃそうですよ。3話書いてる途中(2話掲載中)に思いついたくらいですから。
 それまでただの糸目キャラだったのに「個性ないし、どうしようか」と考えてたときに、聖闘士星矢の「シャカの目が開いたー!!」を思いついたもので。(思いついたのがスレイヤーズの赤法師レゾじゃなくてよかった)
 正ヒロインらしい重い運命を背負わせられたかな、と……いや、なんか違うか、コレ。
 ここだからあえて書きますけど『覇者の魔眼』の持ち主は平 将門の他のもう一人は織田信長です。「サクラ大戦Ⅴ」のラスボスなのもあってここで登場させました。そこにつながるように魔眼は封印(もしくは持ち去られて秀吉へ)した上で、異国に封印したという設定です。
 ここで信長と正ヒロインのしのぶがつながり、タイトルの「~ゆめまぼろしのごとくなり~」につながるわけです。(完全に後付け)


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─9─

 前にも少し触れたが、塙詰 しのぶという娘は、元来、心優しい性格である。

 その性根とは不釣り合いな、日本の歴史に残るほどの忌まわしき魔眼を持ったことが彼女の不幸であった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 京都に生まれた彼女の家は華族であり、平安の御代より続く陰陽寮を取り仕切る旧貴族階級の家柄であった。

 一族は皆が陰陽師。一般人から見ればそんな極めて特異な家の中でなお、しのぶが持って生まれた特異──『覇者の魔眼』は異常であり、忌避された。

 魅了や畏怖といった能力の魔眼の最上位に位置するそれは、あまりの強さと、過去にその力を振るって朝廷を脅かした者が持っていたという事実が、元貴族系の華族である塙詰の家にとっては『悪魔の目』だったのだ。

 実の親にも怯えられる、そんな状況に、自分の眼の異常さに気づいた心優しいしのぶが「自分は悪者である」という考えにとりつかれて心を歪めたのは、防衛本能だったのかもしれない。

 その影響で、自分の眼を恐れたしのぶは、自然と伏し目がちになった。相手をハッキリ見るのも躊躇(ためら)い、そのうち目を開けるのも怖くなって常に薄目のようにしているのが普通になっていた。

 育つ過程の中で、相手を見ることはできるようにはなったが、ほとんど閉じたような目はクセになっていて、そればかりは直らなかった。

 必要以上に丁寧に話すのも、相手に敬意を払い、また時にはへりくだることで相手から警戒されない、相手を怖がらせないように、という彼女本来の優しさからくるものである。

 しかし、その心は「自分は悪人でなければならない」という強迫観念は、陰陽師として身も心も鍛えても変わるところは無かったのだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんな高い実力を持つ陰陽師に育ったしのぶ──いや、『覇王の魔眼』の持ち主を陰陽寮は切り札と考えた。その能力を秘匿しつつ、いざというときのみ使えば、裏から別の組織を操ることも、自滅させることも可能。しかも容易く無事に戻ってくるのだから工作員としてはうってつけだった。

 絶対に裏切らないような暗示や呪いをかけなかったのは、陰陽寮で有力な家である塙詰家の娘ということで遠慮したのもあるが、一番大きな要因は、過去の使用した大罪人が恨みによってその死後も悪影響を与え続けた歴史を考え、強制して恨みを残すことを恐れたからである。

 陰陽寮が初めて遭遇したその魔眼の所有者である平 将門はその対策が十分にとれず、何百年も経った今でさえどうにか封じているような有り様だ。

 戦国時代に現れた者は魔眼を完全に封じた上で、その亡骸を密かに異国の地に封じて悪影響を絶ったのは前者に比べればマシだろう。

 それらを考慮して、塙詰家の者が彼女の手綱を握ればいい、と判断したのだ。

 そんな彼女を、陰陽寮は帝国華撃団夢組への協力要請に応じて送り込んだ。組織がうまくいけばとりこんで操るため。邪魔になり、敵となるならば壊滅させるため。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「わたくしは、悪人でなければいけないのに……」

「まだそんなことを言うんですか?」

 

 間近で聞こえた梅里の言葉に、我に返ったしのぶが顔を上げる。

 至近距離で目が合う二人。

 そんな事態にしのぶは「ボンッ」と音がしそうなほど一気に顔を赤くする。

 もともと華族の子女であり、男性慣れしていないのもあるが、その魔眼のせいで人に近づくのが怖くてこんな距離まで詰めたことなどなかったのだ。

 おまけにいつもはクセで薄目のようにしているのを、今は(まぶた)をハッキリと開いているせいで、いつも以上に梅里の顔がよく見えている。

 

「あ、うぅ……」

 

 思わず目を伏せて視線を逸らすしのぶ。

 そして気が付く。男性慣れしてないとか、顔がいつも以上にハッキリ見えたからとか、そういう理由だけで顔が赤くなり、胸の鼓動が激しくなっているのではないことに。

 

(わたくし、まさか、この方を……)

 

 うつむきながら考え、その結論に至る。そして顔が急に熱くなってきた。

 

「そんな、いけません……わたくしのような者がそのような……」

 

 小声でつぶやいたしのぶだったが、梅里はすぐ目の前にいる。つぶやきは聞こえていた。

 

「どうしてそんなに自分を卑下するんですか?」

 

 声をかけられ、しのぶは思わず見上げる。

 目と目が合い、ドクンと心臓が一度大きく高鳴った。

 

「武相、梅里……さま」

 

 彼は少し悲しげな顔でしのぶを見つめている。

 

「わたくしは、こんな忌まわしい眼を持った、許されない人間なんです……」

「なんで? 魔眼を持っているだけで罪になんてならないじゃないですか」

 

 正面から言われ、しのぶは再び恥ずかしげに顔を伏せる。

 

「……武相……梅里、様。あなたはわたくしのことが怖くはないのですか? 人を思うとおりに操れる、そんな魔眼なのですよ。あなたの意志と関係なく、誰かと争わされたり、誰かを……その、愛するように強要されたり……とか」

 

 後半は自信なさげに、両手の人差し指を付き合わせつつ、梅里の顔を盗み見る。

 

「怖くは、ないですよ。だって塙詰さん、さっきから言ってるように優しい人じゃないですか。そんな風に悪用するようには見えません。それに……」

 

 そう言って梅里は、人差し指で頬を掻きながら苦笑し──

 

「魔眼、効かなかったみたいですし」

「──ッ」

 

 その笑顔に再びドキッとするしのぶ。

 あわててサッと顔を伏せる──が、その仕草が梅里の心配を呼んだ。

 

「どうしたんですか? あ……」

 

 梅里は少し考え込むと、何かを思いついたようにしのぶの顔をのぞき込んだ。

 

「塙詰さんは、自分のことを悪人だと思っているんですよね?」

「は、はい……」

「それなら、今から帝都を救いましょう」

「──え?」

 

 突然のその提案、それも突拍子もない内容に戸惑うしのぶ。

 

「今の悲しみの声で溢れた帝都に平和を取り戻すことができたら……それは悪人じゃない、立派な善人の行いじゃないですか」

「善…人?」

「ええ。間違いありません。だから、一緒に戦いましょう!」

 

 梅里から差し出された手。

 それをしのぶは──恐る恐るといった様子で──それに応じ、梅里の手を掴んだ。

 梅里がしっかりと握る。その力強さは、決して嫌いではなかった。

 だが、ふと思う。

 ここで戦うということは──それは陰陽寮の意志に逆らうということだ。

 

(あ……)

 

 そう考えると急に不安が押し寄せた。

 今まで、しのぶは陰陽寮に逆らったことなどない。この眼を畏れる陰陽寮に逆らうことは、それはしのぶ自身の命に直結するからだ。

 それほどまでに危険視されている存在だという自覚はあったし、ゆえに逆らおうという考えたことさえもなかった。

 しかし、今回の行動は間違いなく意に反する。

 陰陽寮での居場所がなくなる。いや、それどころか──

 

「あ、あぁ……」

「おっと──」

 

 足から力が抜けて崩れ落ち掛けたしのぶを、梅里がひょいと受け止める。

 

「すみません……梅里様」

「いえ……でも、どうしたんです?」

 

 見れば少ししのぶの顔色も悪い。

 

「不安、なんです。わたくし、陰陽寮に逆らったからには……もう戻れません。そう考えたら急に不安になりまして、足に力が……」

 

 無理に苦笑を浮かべようとするしのぶ。

 だが、その腕が小刻みに動いている──震えているのだ。

 その肩に梅里の手が置かれる。

 

「あ……」

 

 触れられた手の温もりが、しのぶの冷えた心に熱を与えてくれる。

 それはしのぶにとって心の拠り所のように感じられた。

 しかしその熱が、梅里が触れる片方の肩からしか伝わってこないのは、非常に心細く、そしてもどかしい。

 

「あの……はしたない願いとはわかっておりますが……その、梅里様……」

 

 顔を赤くしてしのぶは梅里を見つめる。

 

「……わたくしを、抱きしめていただけませんか?」

「え?」

 

 梅里の顔が戸惑ったものになった。「何を突然……」と頭によぎったが、しのぶの不安そうな顔を見て考えを改める。

 陰陽寮で生きてきた彼女がその場所を失う、いや捨てようというのだ。その不安は計り知れない。

 そしてその一歩を踏み出させたのは、間違いなく梅里だ。

 

「お願いです、抱きしめてください……」

 

 潤んだ金色の瞳が梅里を見上げる。

 その真摯な願いに身体が思わず動いていた。肩を掴んでいた手を離し、腕で包み込む。

 

「あぁ……もっと強く、強く抱いてくださいまし……」 

 

 自分を抱く腕、そしてなによりも押しつけられた胸板から感じられる温もりが、しのぶの心を温めていく。

 その心地よさは、しのぶの新たな居場所を明示しているようであり、不安を祓ってなお余りあるほどの安堵を彼女に与えるのだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 温もりを目一杯感じとり、不安で冷え切ったその心を十分に暖めたしのぶは、ゆっくりと目を開く。

 タイミングを同じくして、梅里もその腕を解く。

 しのぶは身を少し離して彼を見た。

 

「ありがとうございます、梅里様。わたくし、自分のいるべき場所を見つけられたようでございます」

 

 今の自分は帝国華撃団夢組副隊長。それ以外の肩書きなんてどうでもよかった。

 ただ、本部付の隊長補佐という地位は、今になって密かにうれしく思える。

 

「梅里様、末永くよろしくお願いいたします」

「ええ、こちらこそ。塙詰さん」

 

 返す梅里の言葉を聞いて、しのぶは激しい不満を感じた。

 思わずジッと見つめてしまう。

 そんなしのぶの態度を不審に思う梅里。見れば、心なしか頬が膨らんでいるようにさえ見える。明らかな不満顔だ。

 

「え? あれ? 塙詰さん、どうかしました?」

 

 梅里がいうとますますしのぶは不満顔になる。

 

「梅里様。なぜ、私だけ塙詰さん、なのでしょうか? せりさん、かずらちゃん、紅葉さん、他の皆さんは名前を呼んでいらっしゃってるのに」

「え? いや、意識したこと無かったけど……」

「他の食堂の方々も名前で呼んでらっしゃいますよね?」

 

 釿哉、コーネル、和人の男衆は名前で呼ぶし、紅葉も自称「一の家来」と言ってくるのでなんとなく呼び捨てにしていた。

 

「言われてみれば、確かに。でもほら、でも特別班とか、他の人は名字で呼んでたと思うけど……」

「それは支部の方々じゃありませんか。それにホウライ先生のことはヨモギと呼んでらっしゃいますよ?」

 

 しのぶの追求に言葉に詰まる梅里。ヨモギも紅葉同様に、なんとなく呼び捨てにしている感はある。あの傍若無人な態度からこっちが気を使うのもおかしいと思ってしまっていた。

 また、他の人に関しては比較的早い段階から名前で呼んでいたが、せりだけは違っていた。彼女も元々はしのぶと同じように名字で呼んでいた間柄だ。

 しかし、自分が見失っていた鶯歌(おうか)の本当の気持ちに気づかせてくれたせりを「白繍さん」と呼ぶのは、あまりに他人行儀な気がして、今では名前で呼んでいる。

 それにせりも「梅里」と呼ぶ──ときもある。たまに。ごくまれに。ほとんどの場合、華撃団として活動する時は「隊長」、それ以外は「主任」だけど。

 そのくせ自分は「せり」と呼ばれずに「副主任」やら「調査班頭」と呼ぶと不満げな表情をするのだ。冗談めかして「お(かしら)」と呼んだときは「私は山賊の首領ですか? 魚のお造りですか!?」と本気で怒られたほどだ。

 

「──梅里様。今、わたくし以外の女性のことを考えていらっしゃいましたよね?」

「なッ!? だ、だってそんな話を振られたら考えるでしょ、普通……」

 

 梅里が言い訳すると、しのぶは不満そうではあったが引き下がる。

 しのぶにしてみれば、最初は同じように「白繍さん」と呼ばれていたせりがそう呼ばれなくなり、自分だけ名字で呼ばれるのは違和感があった。しかも、自分以外は全員名前で呼ばれているとなれば、「おかしいと思うのは当然」と大義名分を思いつく。

 

「なぜ、わたくしだけ「塙詰さん」なのでしょうか? 白繍さんは「せり」ですし、伊吹さんのことは「かずらちゃん」って呼んでらっしゃいますよね?」

「えっと……雰囲気、かな? ほら、かずらちゃんは年下だし、せりは同い年だから」

「わたくしのことも「しのぶ」でよろしいですよ」

 

 伏し目がちに、少し恥ずかしがりながらしのぶが言う。

 それに同じように梅里も気恥ずかしさを感じながら、答えた。

 

「あ、うん。はい。わかりました。しのぶさん」

「あら? 「しのぶ」と呼び捨てで構いませんのに……」

 

 そう言って、やっぱり恥ずかしげに微笑むしのぶ。

 

「でもほら、さすがに年上には敬意を払うというか。たしか、塙詰さんの歳は──」

「──梅里様。女性に年齢の話をする際には、くれぐれもご注意なさりませ?」

 

 しのぶの表情は笑みのままだったが、金色(こんじき)の魔眼が帯びる魔力量が一気に増した。

 その威圧感に梅里は寒気さえ感じる。

 

「す、すみませんでした……しのぶ……さん」

 

 すっかり怯えた梅里は思わずさん付けで呼んでしまう。

 そんな彼の様子に気を取り直した様子のしのぶ。少し眉根を寄せて不満げではあったがそれ以上は突っ込んでこなかった。

 

「わかりました。それで許して差し上げます。でもいずれは、「さん」を抜いて呼んでくださいまし……」

 

そう言って、しのぶは微笑むのであった。

 




【よもやま話】
 急にしのぶが梅里に好意的になってますが、それは梅里が「鏡」だからです。
 魔眼を使って魅了しようとしたら、その呪いがそのまま跳ね返ってしのぶの方が梅里に惚れてしまいました、という状況です。
 第3話でティーラが梅里の属性のせいで未来視しづらいと言っていたのはこの伏線でした。


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─10─

 しのぶを説得した梅里が彼女と共に宗次のところへと戻ると、陰陽寮派の面々がいた。

 それに驚いたしのぶは思わず梅里の後ろへと身を隠しかけてしまう。

 かばう形になった梅里が、その代表である封印・結界班の男副頭から話を聞くと、全員、帝都に残って夢組として戦ってくれることを約束した。

 その様子にしのぶも安堵し、そんな彼女に男副頭以下一同は改めてひざまづいた。

 

「陰陽寮の意向に背いた以上、わたくしはもはやあなた方の代表ではありませんよ?」

 

 そんなしのぶの言葉に、男副頭は「それでも、私たちのリーダーはあなた様です」と退かず、困り果てたしのぶが梅里を見たので「元に戻っただけなんだし、いいんじゃない」と楽観的な意見で納得させた。

 ちなみに、この場に戻ってくる前に、もちろん魔眼は“力”を抜き、しのぶの目はいつもの開いているのか閉じているのかよくわからないような線のように細い目に戻っていた。

 こうして今までとは違って一枚岩となった夢組は、未だ意識の戻らぬさくらを欠いた花組の支援で共に出撃する。

 しかし出撃したものの圧倒的な数の脇侍の前に、苦戦する花組。

 そこに意識を取り戻したさくらが合流して告げた。「敵は日本橋にあり」と──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「さて武相隊長、お前はどう思う?」

 

 機動性を重視した忍び装束のような月組戦闘服を着込んだ月組隊長の加山 雄一に尋ねられ、同じように夢組戦闘服を着た梅里は腕を組んで答えた。

 

「霊子レーダーで見たけど、確かに六破星降魔陣の中心に強い魔力がある。そこに首領の天海がいると思う」

 

 その時のことを思い出しながら答えた梅里だったが、その霊子レーダーがとらえていたもう一つの強い魔力が気になってはいた。ただ、それは魔法陣の中心から外れている。だから陽動の可能性が高いという判断をしたのだが──

 

「場所は日本橋。真宮寺さんが聞いたお告げとも合致しますし」

「お告げって……あれを判断材料に入れるのか? まぁ、夢組はそういうオカルトを信じるのも当然か」

 

 思わず苦笑する加山。

 とはいえ、その情報を信じているのは花組も同様だし、司令も副司令も同じ意見のようだ。

 そしてその情報をもとに立てられた作戦が──

 

「日本橋への一点突破で、敵首領・蘆名天海を討って大逆転……あまりにギャンブル性が高いと思わないか?」

「でも、この物量差を考えたら、それくらいしか手がないと思います」

 

 梅里の返しに、加山も腕を組んで考えるが、これ以上の名案は浮かばなかった。

 

「それはたしかにそうだが……一つ穴があるな、この作戦は」

「ええ……夢組はそのフォローをしようと思っています」

「具体的には?」

「部隊を二つに分け、一つは花組に追従して戦術の補佐を行い、残りは殿(しんがり)を務め、侵入口に結界で(ふた)をしようかと」

 

 何の対策もせず、花組が天海のもとへたどり着く前にどこかで苦戦をした場合には完全に挟み撃ちになってしまう。それを防ぐためにも、結界で脇侍の侵攻を止めなければならない。

 

「わかった。お互い、死力を尽くそう」

「はい。帝都の未来のために」

 

 お互いに敬礼し、夢組と月組の隊長は分かれた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 それから数刻後、梅里は、日本橋にある黒之巣会の本拠地へとつながる洞窟の入口に、その姿があった。

 花組に追従するのを調査班と予知・過去認知班を中心とし、その指揮は支部付副隊長の巽 宗次に任せた。短時間で花組を天海の下へとたどり着かせるために霊視や未来視で危険をできるだけ回避させるためである。

 一方、梅里は封印・結界班や除霊班、錬金術班とともに、ほとんど無駄になった日比谷公園の結界用の資器材をできる限り流用して、洞窟の入口に結界を張って殿(しんがり)を務める側へと回った。外を徘徊している無数の脇侍がなだれ込むのを防ぐ側の指揮官だ。

 当然のようにせりとかずらがゴネたのだが、彼女たちという優秀な目や耳を花組から外すのは余りにもったいなく、逆に基本的に迎撃がメインになる殿組にとっては探査・調査といった役割は必要最低限で十分だ。

 そうして戦端は開かれたのだが──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 コーネルが構えた小さめの円盾(バックラー)が一瞬、目を眩ませるほどの輝きを放つ。

 目というものがあるのか不明だが、それに吸い寄せられるように脇侍が3体、彼へと狙いを変えて迫る。

 

「クッ!!」

 

 振り下ろされる得物に対し、コーネルはそれを盾で受けることなく、一つ目を避け、二つ目を円盾をあえてぶつけて軌道をそらし、三体目は攻撃の出始めをあえて盾とは逆の手に持った柄が長めの矛槌(メイス)を叩きつけてつぶす。

 そこへ──

 

「上出来じゃ、コーネル!!」

 

 飛来した分銅が、最初の脇侍へと巻き付いてその動きを封じるや、直後に飛来した赤い影が手にした大鎌を一閃し、真っ二つに切り裂いた。

 うねるように動く鎖はガラクタとなった脇侍を手放すと、次の獲物へと襲いかかる。

 鎖が敵を絡みとり、それが縮む勢いを乗せた影──帝国華撃団夢組除霊班頭、秋嶋 紅葉の次なる一撃で、さらに脇侍が倒される。

 立て続けに二体をやられ、動揺したような動きを見せた最後の脇侍は──

 

「ハアアァァァァァァッ!!」

 

 気合いの声を乗せたコーネルのメイスが頭部に直撃し、陥没させた。

 よろめくよろめく脇侍に、今度は矢や弾丸、投石といった飛び道具が集中してやがて動きを止める。

 

「フゥ……」

 

 大きく息を吐くコーネル。だが休んでいる暇はない。見ればまるで波のように脇侍たちが押し寄せてきている。

 除霊班副頭を務めるコーネルは、その除霊班と共に脇侍を片っ端から倒している。

 囮役と攻撃役を分担し、組織だった行動でどうにか倒しているのが現状で、その中を除霊班でも抜きん出た最強の実力を誇る紅葉が、自由に動き回って数を減らしていっている。

 それでも押し寄せる脇侍の数は減ることはなく、厳しい状態が続いていた。

 彼ら除霊班の背後には、黒之巣会の本拠地へと続く洞窟の入り口があり、封印・結界班が結界を張って侵入を防いでいる。

 当初の予定ではその結界を突破しようとする脇侍たちをそこで撃破する予定だったのだが、あまりに数が多くて事前に数を減らさなければ突破されてしまうということで、除霊班の精鋭部隊が結界の前方で戦っていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 塙詰しのぶは除霊班達が倒しきれなかった脇侍が、突破しようとする結界に張り付くのを倒していた。

 しのぶが持つ『深閑扇(しんかんせん)』という三本一組の霊扇のうちの一本、晴天から雷雨へと移り変わる天の様子が描かれた『~(ひかり)~』という名の扇を、閉じたまま右手に握りしめて霊力を通し、作った巨大な写し身を脇侍の頭上へと振り下ろす。

 その威力は鉄扇をも越える威力を示し、胴の半ばまで陥没して動きを止めた。

 だが、すぐに次の脇侍の攻撃がくる。

 

「くッ──『樹神(こだま)』!!」

 

 左手に持った『深閑扇~樹神~』を広げて霊力を込め、写し身を具現化する。開いた状態の巨大な扇は壁となり、脇侍の放った砲撃からしのぶを守っていた。

 写し身を解除して砲撃をした脇侍を見れば、別の誰かが加えた攻撃によってすでに動かなくなっており、しのぶはため息を付いた。

 

「かなり、厳しい状況ですね……」

 

 霊力の消費が激しく、すでに息が上がっている。

 とにかくキリがない。

 結界の維持のために念を振り絞っている者達以外は、誰もが忙しく動き回っていた。

 しのぶの視界の片隅で、梅里もまた愛刀を手に脇侍を倒している。

 

「でも、このままでは……」

 

 敵は、帝都に出現した千単位の脇侍が全てこの場に押し寄せているのではないか、という錯覚になるほどの規模。

 だがそれを全て倒さなければいけないと言うわけではない。花組が敵の首領である天海を討つまでの間、この場を死守するという期限付きの作戦だ。

 しかし、その時がいつやってくるのかまではわからない。次の瞬間にはそうなっているかもしれないし、逆に花組が倒されてしまう可能性もある。

 だが一つ言えるのは、長くは保たないということだ。

 

(除霊班の疲労がかなり激しいようですし、それに飛得物の矢弾の数も、だいぶ減っている様子……)

 

 今はコーネル等の実力の高いものが囮となり、その隙をついた離れた場所からの攻撃という作戦が効いているが、矢弾が尽きればそれも不可能となる。

 

(使うのは──ここしかありません)

 

 しのぶが決意を固め、付近で戦っていた近江谷(おおみや) 絲穂(しほ)絲乃(しの)の二人を見つけてその側へ近づく。

 

「絲穂さん、ちょっとよろしいですか?」

「はい! 副隊長どの、なんでしょうか?」

 

 疲れた素振りも見せずに絲穂が敬礼をしてみせる。

 しのぶは自分の要望を伝えたが、それに対して快活で気前のいい絲穂が珍しく難色を示した。

 

「……さすがにそれは……無謀ではありませんか?」

「いえ、問題はありません。それにあなた方姉妹はわたくしを送ったらすぐに戻ってくださいませ」

 

 しのぶに言われ、思わず姉妹で顔を見合わせる。

 二人とも、「それは余計にダメではないだろうか」という顔だ。

 

「あの……私たち特別班は隊長直属ですので、隊長の指示でなければ……」

 

 恐る恐るといった様子で絲乃が申し出る。

 そんな妹の機転に絲穂は心の中で絶賛した。

 

「隊長の、許可ですか?」

 

 それを聞いたしのぶは戸惑った。彼女の考える策は危険なものだ。梅里が許可を出すとは思えない。

 だからこそ彼を通さずに絲穂と絲乃のもとに来たのだが──

 

「──構わないよ。絲穂、絲乃、準備して」

 

 そんな背後からの割り込むような声に驚き、思わず振り返る。

 

「梅里様……」

「しのぶさんの覚悟、よくわかりました。作戦を許可しますが、一つだけ条件を付けさせてください」

「なんでしょうか?」

 

 恐る恐る尋ねるしのぶ。だが──

 

「「隊長、準備完了です!!」」

 

 近江谷姉妹の重なった声がそれを遮った。

 見れば二人は同調を完了しており、いつでも瞬間移動が可能なほどに霊力を高め終えている。

 

「よし、跳んで!!」

 

 しのぶが二人の間に入り、瞬間移動する。

 移動した先は、除霊班達が迎撃しているさらに先の、脇侍の群れのど真ん中。

 それを確認したしのぶが近江谷姉妹に声をかけようと振り返り──

 

「二人とも、すぐに戻るんだ」

「はい! 了解しました、隊長殿!!」「御武運を……」

 

 しのぶが言うよりも先に続けざまに声がして、絲穂と絲乃が瞬間移動で姿を消した。

 そして──そこには梅里がいた。

 

「……梅里様?」

 

 自分一人でここにくるつもりだったしのぶは想定外のことに驚いていた。

 

「ちょっと伝える順番が狂ったけど、これが条件。僕も一緒にいくことがね」

 

 そんなしのぶに対して、梅里は笑みを浮かべる。 

 

「使うつもりなんですよね? 魔眼を」

「そうですけど、どうして……」

 

 素直に頷いたしのぶだったがおずおずと尋ねる。なぜそれが梅里にわかったのか、が疑問だったのだ。

 

「わかりますよ、そりゃあ。だってそんなに思い詰めた顔してるんですから」

 

 苦笑する梅里とは対照的に、しのぶは呆気にとられた。

 基本的に目を閉じているように見えるしのぶは、感情が読みにくいと人によく言われた。自身の魔眼のせいで幼い頃にしみついた臆病で引っ込み思案な性格から、感情表現が苦手というのもある。

 表立って言われるのはまだ良い方で、裏で陰口として「何考えてるのかわからない」と言われた経験も少なくはない。

 そんなしのぶの表情を、梅里はあっさりと表情を読んだことに驚き、そして自分を理解してくれているという喜びが溢れる。

 

(この方のためなら、わたくしはどんな力でも振るってみせましょう!)

 

 もう迷いはなかった。

 そしてなぜ梅里がここに来てくれたのかもわかる。自分を守るために来てくれたのだ。

 それならば、自分はその梅里の気持ちに応えるのみ。

 数刻前に梅里の前でやったように、自分の目に意識を集中し、そして“力”を込める。

 いつも薄目にしている視界が一気に(ひら)け──しのぶの金色の目が解放された。

 




【よもやま話】
 あれ? 梅里が─9─であんなこと言っておきながら絲穂と絲乃を名前で呼んでる。……多分、特別班のことは全員無意識に名前で呼んでます。
 それと、ここまで書いてきてなんですが、初めて同じシーンで出てきたおかげで絲乃(しの)としのぶがいることに気が付く。
 漢字とひらがなな上、二人が同じシーンに出ることが無かったからスルーしてたけど……ま、いいか。今更しょうがない。
 しのぶの『深閑扇』は3話掲載始まったあたりで、ひそかに登場人物紹介の加えてました。


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─11─

 『覇者の魔眼』の力を完全に解放し、金色の眼を輝かせるしのぶ。

 その魔力によっておびただしい量を誇る脇侍は、たちまち同士討ちを始めた。

 だが、完全に片っ端から狂わせているというわけではない。

 これが人であれば魔眼で一度魅了──つまりは「心を掴んで」しまえば、あとは心酔して味方で居続けるが、脇侍にはそのような心はないので、支配し続けなければならないという手間がかかった。

 脇侍は怨念のような妖力によって動いている。人のような様々な感情や思考がないために支配することそのものは簡単だったので多数を掌握できた。

 しかしそれでも一度に操れる数には限りがある。

 そしてそれを管理するのはしのぶは一人。

 個々にそれぞれ操るのは不可能であり、ただ混乱させて暴れさせてなるべく多くの魔操機兵を同士討ちさせていた。

 その効果はすぐに現れた。

 後方が混乱状態となったために、結界に押し寄せる脇侍の圧は確実に下がった。それで除霊班や封印・結界班にもわずかばかりの余裕が生まれ、まだやれるという気持ちが広まり始めた。

 そこに現れたのは──

 

「どうにも脇侍の動きがおかしいと思えば──まだ諦めていなかったのかえ?」

 

 まるで脇侍の波が分かれるように彼女に道を譲り、梅里としのぶの前にそれは現れた。

 髪と赤い着物こそ乱れているが、妖艶ともいえる顔立ちと強い妖力は忘れもしない。

 

「紅の、ミロク……」

 

 梅里が呻くようにその名を呼び、睨みつける。

 紅のミロクに関しては六破星降魔陣が完成した際に地割れに飲み込まれて落下したという目撃情報があったのだが、生き延びていたらしい。

 しかし、そんなにらみ合いを邪魔するように、脇侍がミロクへと襲いかかった。しのぶの魔眼によって狂わされている個体だ。

 

「フン……」

 

 それをミロクが一瞥する。

 次の瞬間、その脇侍は足下から這い出るように現れた紅蜂隊によって、即座に排除される。

 

「く……ッ」

 

 しのぶが悔しげな表情になる。紅蜂隊のコントロールを奪おうとしたが、できなかったのだ。

 紅蜂隊はミロク直属の脇侍であり、その繋がりが強かったのだろう。

 だが、その干渉でミロクはしのぶの力に気が付いたようだ。

 

「おやおや、随分と珍しい力を持っておるな、小娘。その眼、くり抜いて有効に使ってやろう」

 

 さらに3体、ミロクの前の地面から赤い影が姿を現す。先程ミロクを守った紅蜂隊と同じ姿である。

 しのぶが扇を手に身構える。

 

(かくなる上は……)

 

 ミロクを魔眼で捕らえようと試みるが──

 

「おや、(わらわ)にばかり注力すると、他が疎かになるぞ?」

 

 ミロクの指摘通り、混乱させたはずの脇侍が元に戻り、足並みを揃えて押し寄せようとする。

 

「いけません!」

 

 あわてて力を脇侍の混乱へと戻す。だが、今のを見てミロクがニヤリと笑みを浮かべる。しのぶの力の限界を見られたのだ。

 

「ホッホホホホ!! この状況では手も足も出まい。やれ!!」

 

 ミロクの指示で紅蜂隊の一体がしのぶへと迫る。

 扇を握りしめたしのぶが霊力を込めて写し身を出そうとしたとき──

 

「ハッ!!」

 

 割り込んだ梅里が刀を一閃して、紅蜂隊の行く手を阻む。

 刀を数合打ち合わせ、突破できないと見るや、紅蜂隊は退いて元の位置へと戻った。

 

「梅里様……」

「それをさせないために、僕がいるんでね」

 

 しのぶの表情がパッと晴れ渡った。

 油断なく構える梅里を、ミロクが憎々しげに睨んだ。

 

「貴様、見覚えがあるぞ。確か……華撃団夢組の隊長とか抜かしていたな」

「そりゃどうも。でも、お前なんかに覚えられても全くうれしくないね」

「フン、連れてる女がこの前と違うようだが……いいのかえ?」

「……梅里様?」

 

 そんなミロクの言葉で、梅里を見つめるしのぶの目が一瞬でジト目になった。

 

「それは誤解だよ、しのぶさん! 深川でかずらちゃんと逃げたときの話ッ!!」

 

 焦って叫ぶ梅里。こちらの和を乱そうとは、なんと恐ろしい手を使ってくるのか。

 

「心得ておりますわ。でも、そんなに焦って言い訳されなくとも……」

 

 しのぶが気を取り直して再び扇を構える。

 手にしたのは四季を表す()緋鯉()紅葉()千両()を題材に花鳥画が描かれた『深閑扇~(のぞみ)~』。

 それを広げつつ、梅里にささやく。

 

「……梅里様。わたくしは脇侍の制御が手一杯で攻勢には回れません。ですので、よろしくお願いいたします」

 

 そう言って、最大限の支援を行う

 

「大地に宿りし育む力よ……咲き誇れ!!」

 

 梅里を中心に、芝桜のような霊力の花が地面に開花し──。

 

「──花地吹雪・(えん)ッ!!」

 

 振り上げた扇に呼応して舞い上がった花は梅里の力を引き上げる。

 今までの戦闘で感じていた疲労感がなくなり、さらなる力がわき上がる。同時にまだまだやれるという気力もわいてきた。

 

「──奥義之参、満月陣!! いくぞ、ミロク!!」

「小癪な! やれ、紅蜂隊!!」

 

 互いに突っ込む梅里と紅蜂隊。

 先頭の一体をすれ違いざまの一閃で片を付ける梅里。しのぶの支援を受けた満月陣は、紅蜂隊をも凌駕する力を見せつけた。

 返す刀でもう一体を倒し、次は刀を合わせること三合で、隙を見つけて一気に片づける。

 だが、最後の一体はやられた一体を影にして、梅里の死角から切り込んできた。

 

「──ッ!」

 

 これまで三体を相手にしていた梅里の反応はさすがに出遅れてしまう。

 迫りくる紅蜂隊の一撃をどう避けるか迷い、そこに生まれた隙を突かれた──が、飛来した分銅がその赤い体に巻き付いた。

 

「そうはさせん! 隊長の“第一の家来”……秋嶋 紅葉がおるかぎり!!」

 

 直後に鎖を縮小して一気に距離を詰めた紅葉が紅蜂隊へ大鎌の一閃をたたき込む。

 ガラクタとなり果てた紅蜂隊は、その一部がミロクの足下へと転がっていく。

 

「おのれ! おのれぇ!! 私の魔操機兵があれば、孔雀があればァァァッッッ!!」

 

 口惜しげに叫ぶミロク。

 ミロクは六破星降魔陣最後のポイントに「楔」を打ち込むための陽動で大帝国劇場を奇襲したとき、花組の活躍によって自分の魔操機兵を失っており、自分の乗機がない状態だった。

 そのミロクの表情が、突然豹変する。

 

「──ッ!? 天海様?」

 

 それと同時に、周囲の脇侍もまた様子がおかしくなった。突然動きを止めたり、力なく崩れ落ちたりし始めている。

 

「……まさか?」

 

(隊長、そのまさかです。花組、敵首領・蘆名天海を討ち取りました)

 

 頭に響いたのは特別班に所属する【念話(テレパシー)】の八束(やつか) 千波(ちなみ)からの連絡だった。

 その報告はいつも冷静な彼女にしては珍しく、興奮している。

 

「紅のミロク、天海は倒された。あなたも大人しく(ばく)につくんだ」

 

 梅里がミロクに呼びかける。だが、ミロクは呆然とした様子でそれに応じるような気配はなかった。

 

「……まだよ」

「え?」

「まだ、妾は負けておらぬ。まだ妾は負けておらぬ。一度は捨てた命、天海様の大望である徳川幕府の再興がならぬとあれば、この命尽きるまで破壊の限りを尽くしてくれよう!!」

 

 ミロクが叫ぶや突如、彼女を渦巻いて妖力が高まっていく。

 

「なんだ! なにが起こった!!」

「妖力です! 六破星降魔陣から溢れた妖力が、紅のミロクを中心に集まって……」

 

 その妖力が、紅蜂隊4体の残骸をミロクのもとへと集め、まるで解け合うかのように融合し、彼女が望む姿へと形を変えていく。

 

「あれは!?」

 

 魔操機兵・孔雀。ミロク専用の魔操機兵であり、帝劇の地下で失われたはずのものが復活していた。

 さらには、力を失っていたはずの脇侍が再び動き出している。

 

「死なば、諸共よォォォッッッ!!」

 

 ミロクが孔雀へと乗り込み、魔操機兵が起動する。動き出した脇侍もまた破壊活動を再開しようとしていた。

 

「花組は……いや、待っていたらそれだけ破壊が大きくなる」

 

 梅里は考え込む。

 その間に、結界維持が必要なくなった封印・結界班が念をこらしてそれを孔雀に向けるが──

 

「こざかしいわ!!」

「くッ! 縛界が効かないとはッ!!」

 

 その動きを封じることはかなわなかった。

 そんな中──

 

「梅里様」

 

 梅里の肩にそっと手が置かれる。振り返ると自信に溢れた表情のしのぶがいた。

 

「しのぶさん……」

「あの闇を祓いましょう。あなた様とわたくしが力を合わせればできるはずです。それに、おっしゃったではないですか──帝都を救い善人になろう、と」 

 

 そう言って微笑むしのぶ。

 それに梅里は──

 

「そうだね。確かに僕はそう言った。なら……約束は守らないとね」

 

 笑顔で応じる。

 今のしのぶと二人なら、怖いものはなかった。

 二人並んで、紅孔雀と対峙する。

 だがそこへ横から脇侍が──来たものの、鎖付きの分銅が巻き付いて阻む。

 

「紅葉?」

「ええ……ここは、脇侍はウチらに任せんさい。隊長としのぶは気にせずドーンとやってしまいんさい!」 

 

 紅葉の周りには、コーネルをはじめとした除霊班の面々がいた。彼らは次々と、襲い来る脇侍に対抗していく。

 

「しのぶさん、いくよ!!」

「はい。かしこまりました、梅里様。お任せくださいませ」

 

 梅里は刀を抜いて構える。

 

「──奥義之参、満月陣」

 

 奥義の発動によって銀色をした光球に包まれる梅里。

 その横では、扇を持った両手を、絡み合うように頭上に掲げたしのぶが霊力を高めていく。

 

「大地に眠りし数多(あまた)の力よ、月の光を浴び、悪を(ちょう)し封じる百花(ひゃっか)となりて……咲き乱れやッ!!」

 

 そしてしのぶが持っていた扇──深閑扇~希~と~暉~──を開くと、二人を中心に霊力で生まれた芝桜が地面を覆い尽くす。

 彼女が手を動かすと、渦巻く風が起き、それによって咲き乱れた花が巻き上げられるように舞い上げる。

 

「──満月陣、花月(かげつ)ッ!!」

 

 梅里が右手だけで持った刀をあげると、それを中心に収束するように風が巻き花びらが刀へと殺到する。

 そして両手で握り直し頭上にかかげ──刀身が鍔のほうから切っ先へと鮮やかな赤紫色の光を帯びていく。

 光が刀身を覆いつくすと、梅里はその切っ先を孔雀へと向けて構える。

 直後、強烈な風が吹き、梅里は構えた姿勢のまま風に舞い上げられ、地面を滑るように一直線に進んだ。

 敵の直前で刀を振りかぶり──

 

 

「「急々如律令! 花懲封月(かちょうふうげつ)ッ!!」」

 

 

 振り下ろしざまに、一気に切りつけ、駆け抜ける。

 その一撃は、強固な孔雀の守りを貫き、その機体を完膚無きまでに切り裂いていた。

 梅里が刀を振るうとまとった霊力はマゼンダ色の花びらとなって舞い散る。

 

「グハ……バカな……天海、さま……」

 

 孔雀にスパークが走り、その活動が止まる。

 そして、溢れた妖気が収束するように一カ所へと集まり──

 

「天海様ァァァァァァ────ッ!!」

 

 ミロクの絶叫とともに、孔雀は爆発四散する。

 そして、あまりに強大だったその妖力を祓う力は大きな力となって吹き荒れ、周囲の建物を瓦礫へと変え、崩落させる。

 

「なッ!? 隊長!! しのぶーッ!!」

 

 紅葉が気が付いたときには、二人の影は崩れ落ちる瓦礫が生んだ土煙へと消え去る。

 

 ──天海を討った花組と、それを支援していた各隊が戻ってきたのは、そのときだった。




【よもやま話】
 ゲームだとミロクってあくまで六破星降魔陣の発動で足下崩壊→生死不明なんですよね。そんなわけで生き残っていたということで再登場。
 というのも、この作中では叉丹は「神威壊れちゃって出撃できません。テヘペロ」をやっている最中なので、他に人がいませんでした。
 そんなわけで神威が─3─で壊れたのはわざとなのですが、紅葉の攻勢は完全に予想外で正直焦ってたみたいです。
 恒例の合体必殺技ですが、「満月陣・花月 花懲封月(かちょうふうげつ)」。
 名前の由来はもちろん「花鳥風月」からなのですけども……しのぶの属性が花と風なんで、梅里の月……「鳥」は無いかな、と探し、取り憑いてる鶯歌で「鳥」とも考えたのですが、さすがに霊体でも他の女を入れた合体必殺はいかんと、こうなりました。
 モーションのイメージは概ね、『太陽の勇者ファイバード』のフレイムソード・チャージアップから。剣の唾から火が吹き出る代わりに、刀の鍔からマゼンダ色に輝いてく感じで。その後の、構えたままのホバー移動が好きです。
 ──ミロクなんですが、あのショックで新サクラ大戦の時代に時間移動したら……なんてネタを考えたり。


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─12─

 ミロクの孔雀を倒した一連の流れを聞いて、花組追従部隊に入っていたせりとかずらはすぐさま行動を開始する。

 かずらは手にしたバイオリンで霊力を乗せた旋律を奏で、その反響に耳を澄ませる。

 せりもまた己の霊感を研ぎ澄ませて探索にあたる。

 その他、【千里眼】の遠見 遙佳がその能力をフル稼働させて探し回り、釿哉も念写用のカメラを持って走り回る。

 それは陰陽寮派の面々も同じで、彼らもまた様々な術式を駆使して、しのぶと梅里を探し回った。

 やがて──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「ここで、間違いないな」

 

 複数の結果が合致して示したのは、大きな瓦礫が積み重なったその下だった。

 それはあまりに生存が絶望的な光景であり──

 

「──ッ! 梅里さぁん……」

「かずら、泣くんじゃないの! 最後まで諦めちゃダメでしょ!!」

 

 絶望のあまり泣き始めたかずらを、せりが励ます。

 そして錬金術班頭の松林 釿哉もまた、瓦礫をみて途方に暮れていた。

 

「しかし、現実問題として、これをどうする? こう瓦礫が多いんじゃ……」

 

 発破を仕掛けたくなるほどだったが、それをやったらこの下にいるという梅里としのぶのトドメを刺すことになる。

 どうしたものかと悩んでいると──

 

「ホラホラ。邪魔だぜ、みんな。そこをあけてくれ!」

「事情は聞いていましてよ。その瓦礫の下に取り残された人がいると……」

「こんな時こそ、科学の出番やで」

「霊子甲冑なら、人力の何倍もの力が出せます」

「アイリス達にまかせておけば大丈夫だよ」

「夢組のみなさんには、いつもお世話になってますからね。あたしにも手伝わせて下さい」

 

 色とりどりの霊子甲冑が集まってきた。

 

「花組のみんな……」

 

 せりが呆然と見ている中で、白い霊子甲冑が、陣頭指揮をとって瓦礫の撤去を始める。

 

「全員無事に帰還してこそ作戦成功だ。花組、武相隊長を助けるぞ!!」

「「「「「「了解!!」」」」」」

 

 作業が始まるや、霊子甲冑の誇る馬力によって瓦礫は次々と撤去されていく。

 ある時は、紅蘭と釿哉が話し合い、計算された精密な発破作業によって瓦礫を破壊する。

 そして──

 

「こ、これは……」

 

 梅里としのぶは発見され、無事に救出された。

 

「う゛め゛さ゛と゛さ゛ぁぁぁぁん゛」

 

 真っ先に涙で目をはらしたかずらが飛び出し、梅里の胸に飛び込んだ。

 出遅れたせりは近づきながら不満げに、しかしどこか安堵した様子で梅里達を見る。

 

「まったく……心配させるんじゃないわよ」

 

 花組の霊子甲冑たちが、夢組隊員たちに気を使って道をあけるようにそこから退く。

 そんな中、駆け出したい思いを周りの目を気にして我慢しつつ梅里の元までやってきたせりは、ふと気が付いた。

 

「……かずら、あなた泣いてないじゃないの。離れなさい!」

「な、なにするんですか? せりさん!」

 

 泣き止んでいると気が付いたかずらを梅里から引きはがした。

 そして梅里を見る。戦闘服の前は、さっきまで本気で泣いていたかずらの涙やら乙女が残したものとしてはどうかと思う鼻から出たであろうその液体やらで汚れたそこへ、自分の顔を埋めようとは思えなかった。

 

(やってくれたわね……)

 

 かずらに呆れつつ、そして梅里の無事な姿を見てほっとしたのもあり、ため息が自然と出た。

 

「それにしても、どうやって助かったのよ」

 

 そんな疑問が浮かび、二人がいた場所をよく見てみた。

 瓦礫の中には、まるで古墳の石室のように、くり抜かれた空間が存在していた。

 

「これは……いったいどういうこと?」

 

 せりが眉をひそめる。

 そして、陰陽寮派のトップであるしのぶを心配し、近づいてきた封印・結界班の男副頭はそれを見て何が起こったのか、理解していた。

 

「御嬢、さすがや……」

 

 思わずそうつぶやいてしまう。

 瓦礫に埋もれそうになりながら、しのぶは『覇王の魔眼』を全力で使い、落ちてくる瓦礫さえ支配して、しのぶと梅里が安全な空間を確保していたのだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 瓦礫がどけられるやすっ飛んできたかずらがせりによって排除され、梅里は強い光にまぶし気に目を細めた。

 それから周囲を見渡す。

 目の前にはせり。なにか言いたいことやらいろいろ我慢しているようだが、とりあえず安心しているようだ。

 その横にはせりに首根っこを押さえられたかずら。それでも懲りずに笑みを浮かべている。

 そんな二人の後ろで居並ぶ霊子甲冑に気づいた梅里は、その力を使って瓦礫をどけて救助してくれたことに気づいて、光武から下りてきた大神に対してお礼を言った。同じく助けられたしのぶもまた梅里に付き従うように頭を下げる。

 

「本当に無事でよかった」

 

 それに対して大神は心底安心した様子で言ったのが印象的だった。

 それから次々に隊員たちが下りてくる。色とりどりの花組戦闘服が梅里たちの前を通り過ぎ、そして助かった梅里をねぎらう言葉をかけていく。

 最後に残った大神が──

 

殿(しんがり)を務めていただき、ありがとうございました。あなた達の奮闘がなければ、天海には勝てなかった」

 

 そう言って差し出された大神の手を──

 

「大神少尉にそう言っていただけるなんて光栄です。でも……やっぱり本当にすごかったのは、この逆境をひっくり返した花組、あなた方です」

 

 ──梅里はしっかりと握りしめた。

 それからお互いに互いの健闘を称えて敬礼をする。梅里がした敬礼に対して、大神が敬礼を返した。

 敬礼のまま、引き締めていた表情をお互いに笑みへと変え、そして別れた。大神は花組隊員たちの後を追って、司令や副指令たちが待つ場所へと駆けていく。

 梅里はその背中を見送り、それからしのぶを振り返り──

 

「あれ?」

「どうかなさいました、梅里様?」

 

 梅里がしのぶの顔を不思議そうにのぞき込んでいた。

 

「いや、しのぶさんの眼……また細くなってると思って」

「それはそうです。そう簡単に使っていいものではありませんよ、あの力は」

 

 苦笑するしのぶの眼は、やはり線のように細くなっていた。

 そこへ──

 

「う~め~さ~と~さ~まぁ~?」

「し~の~ぶ~さ~ん~?」

 

 せりとかずらがそれぞれジト目と恨みがましい涙目で梅里の下へとやってきた。

 

「どういうことよ!」

「そうです、どういうことですか? なんで、お互いに名字で読んでいたのが名前で呼ぶような間柄になっているんですか!!」

 

 二人に問いつめられる梅里。

 

「せりさんみたいなチョロい人ならともかく、大人なしのぶんさんにまで粉をかけるなんて、梅里さんはとんだジゴロです」

「……かずら? それどういう意味?」

「ジゴロの意味ですか?」

「違うわよ! 私がチョロいとかなんとか……」

「私、そんなこと言いましたっけ? せりさんの聞き間違いじゃ……」

「言ったわよ! 私、聞いたもの!」

「はぁ、せりさんってばもうお耳に弊害がくるようなお歳に……」

「私はまだ17歳ですッ!! 二十歳(はたち)前だって言ってるでしょ!」

 

 協力していたはずが勝手に言い合い始めるせりとかずら。

 そんな彼女らをどうしたものか、と思い──梅里はふと空を見上げる。

 闇が祓われ──そして秋を迎えて高く澄んだその空を。

 すると梅里に倣って、しのぶも空を見上げた。

 そしてポツリと言う。

 

「あんなにも闇に包まれた空をこんな空にできたのですから、もうわたくしは、善人ですよね?」

「ええ、もちろん」

 

 笑顔で確認するしのぶに笑顔で頷く梅里。

 

「それにしても……しのぶさんのおかげで助かったよ。まさか魔眼であんなことができるなんて」

 

 支配を無機物に及ばせるのは、よく考えれば脇侍を操って混乱させていたのでできるのだろう。しかししのぶが瓦礫を制御するまで思い至らなかった。

 

「いえ、わたくしの発想ではありませんよ」

「え? じゃあ、誰が……」

 

 あのとき、瓦礫に巻き込まれたときは梅里としのぶの二人しかいなかったはず。

 しのぶはスッと指を指す。

 梅里──の隣、人を一人分あけたその横の場所を

 

「まさか。しのぶんさんも、ポニーテールの幽霊が見えるとか……」

「ええ、よくご存じで……梅里様の守護霊でいらっしゃるようですが?」

 

 相変わらず、梅里には彼女が見えない。

 でも、ここまでくれば、間違いではないだろう。しのぶにもまた、鶯歌の姿が見えていることが。

 

「ハァ……」

 

 なぜ自分には見えないんだろうか、とこっそりため息を付く。

 そんな梅里にしのぶがそっと近づく。

 

「あの、梅里様……」

「ん? どうかしました?」

「わたくし、陰陽寮にも逆らってしまいましたし、実家に居場所がないでしょうから、これからどうしようかと思いまして……」

「しのぶさんの居場所なら、華撃団にあるじゃないですか。帝国華撃団副隊長という居場所が。そして普段は大帝国劇場の食堂に」

 

 梅里が銀座の方を見る。

 今回の黒之巣会が起こした六破星降魔陣の破壊の爪痕は、しばらく残るのは間違いない。

 それでも大帝国劇場は、公演を行い、歌い、踊り、舞台から夢を送り続けるだろう。その片隅にある食堂もまた、そこから夢を提供できればいいと思うし、それができるよう努力し続ける。帝劇の食堂とはそういう場所だ。

 

「ええ、そうですね。そうでしたね……それがわたくしにはうれしくて仕方がありません」

 

 そう言ってしのぶは改めて梅里を振り返る。

 

「でも梅里様、わたくしもいつかは霊力の限界がきて戦えなくなるでしょう。そうなれば華撃団には居続けられません」

「あ……」

 

 不覚にもなにもいえなくなる梅里。

 花組には死活問題でよく知られているが、年齢による霊力の弱体化で霊子甲冑が動かせなくなるのは避けられない運命らしい。

 それに比べれば、霊子甲冑という絶対的な試験紙がない夢組はハードルが低そうだが、それでも衰えれば引退は避けられないだろう。

 

「もしわたくしがそうなった時……わたくしの居場所になってくださいますか?」

「え?」

 

 思わず狼狽える梅里。

 その反応に、しのぶはショックを受けたように悲しげに目を伏せた。

 

「そんな、わたくしを騙したんですね。なんてひどいお方、わたくしをあんなに情熱的に誘ったのに……」

 

 しのぶが言うと、梅里の背後にゆらりと影が現れた。

 

「こぉら! あなたはしのぶさんに、いったいなにを言ったのよ?」

「あ、それ、私も気になります。梅里さん、ちゃんと話してくださいよ」

 

 梅里を取り囲むように三人の娘が騒いでいる。

 そんなことができるのは、帝都に平和が戻ったからだ。

 これから復興に追われることになるだろうが、それでも明るく笑いあえる世が戻ってきたのは間違いないことだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 半年前、死に場所を求めて帝都にきた青年は、黒之巣会との戦いを通じて様々なものを得て、いろんな人と心を通じさせた。

 一人は、他人の痛みがわかる、世話焼き好きな優しい娘。

 一人は、自分の弱さを知り、強くなりたいと憧れ、それに努力できる娘。

 一人は、重い自分の運命に自身を押しつぶしてまで耐えてきた、忍耐強い娘。

 そんな彼女達に囲まれた彼を見て、今まで人知れず彼を見守ってきたもう一人の彼女はうれしく思う。彼の良さを理解できる人がこんなに増えたのだから。

 そして不安に思う。

 黒之巣会とは戦った彼だが、まだ彼は帝都にきて一度も遭遇していないのだ。

 真なる敵である降魔と。

 そしてそれと戦うとき、彼の心はまた傷つくのだろうか、と。

 でも、今は──

 

 

「あの、梅里様。わたくし、以前いただいた特別なオムライスをまたいただきたいのですが……」

「だ、ダメよ。あれは……そ、そう、コスト。コストがかかりすぎるんだから人様にお出しできるようなものじゃありません! 梅里も作っちゃだめだからね!」

「なんでせりさんが決めるんですか……あ、でもそれなら余計にお金払えばいいってことですよね。はい! はい! 追加のお金も払うので私に是非食べさせて下さい、梅里さん!」

 

 

 ──勝ち取った優しい日常を満喫してね、ウメくん。

 


 

─次回予告─

ティーラ:

 黒之巣会を退け、帝都は平和な日常を取り戻します。

 そしてそんな激動の一年を締めくくろうという大晦日の夜、隊長は今年一番のピンチを迎えることになるのです。

 消えていく仲間達。

 カズラを連絡役(メッセンジャー)にして助けを呼ぶのですが……孤立無援の状況に追い込まれた崖っぷちの隊長に、果たして助けは間に合うのか。

 

 次回、サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ 第5話

 

「そして、危機になる」

 太正桜に浪漫の嵐。

 次回のラッキーアイテムは「魔神器」……え? これ出していいんですか? 予告内容とも関係ないような……




【よもやま話】
 前半最後なんで、花組全員に出てもらいました。一言ずつですが。
 しのぶ回なんだから、もう少ししのぶに寄った最後にしてもよかったのですが、前半最後の色を強くしたかったので、最後は公平に。
 もう少し良い終わり方ができたらよかったと思うので、後で加筆修正するかもしれません。

【第4話あとがき】
 第4話、いかがだったでしょうか。
 サクラ大戦は伝統的にメインヒロインのヒロイン回は最後の方に回ってくるので、一応メインヒロイン(ということになっている)しのぶもその例にならって、3人では最後になったのですが……もう前半最後の話ですね、これ。
 魔眼は──さすがにやりすぎたかな、という感想は持ってます。ただ、やはり核となるようなエピソードが欲しかったもので、やむなく出しました。正直、読んだ方々がどう思ってるか、今でも不安です。
 とりあえずヒロイン全員そろって、これからってところな感もあるわけですが、黒之巣会は壊滅してしまいました。
 この後はいよいよ後半です。ゲームでは3話のところを2話でやろうと思いますので、あと残り2話となりましたが、よろしければ最後までお付き合いください。


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第5話 そして、危機になる
─1─


 瞬くように時間は過ぎ、その年の暮れのこと──

 大晦日のその日、武相(むそう) 梅里(うめさと)は大帝国劇場の厨房から出てきてため息をついた。

「なんとか終わりそうだけど……それにしてもこんな量、作ったこと無いよ」
 と思わず愚痴がでるのも無理はない。
 それほど、梅里と食堂の面々は大量の食事を作っていた。
 そんな中で調理が一段落して食堂から出てきたのだが──

「あら、主任さん」
「あ、藤井さんじゃないですか」

 梅里と会ったのは、事務局の藤井かすみである。
 食堂と事務局という職場の違いがあってあまり接点のない二人だが、意外とよく話をする。それは──

「そういえば、藤井さんは実家に帰らないんですか?」
「できればそうしたいのですが、仕事が終わりませんので……主任さんは?」
「僕もちょっと無理かな……」

 顔を見合わせてため息をつく二人は共に茨城県出身だった。
 そのため感覚や価値観に共通点やそれで話題があるので、年齢こそ少し離れているが話しやすい。今回のように帰省するような話題も、似たような距離──とはいえ、茨城でも南北に距離はあるし、鉄道沿線か否かによってもだいぶ変わるのだが──なことでお互いの行動が参考にもなる。
 そして、お互いに正月休みにはまだ入っていなかった。
 帝劇の食堂としては数日前に営業を終えている。そして次の営業は三が日を過ぎてからで、そのあたりはこの時代のどこの店とも変わりないのだが、あいにく大帝国劇場には花組のスタア達が住み込んでいるので、彼女たちの食事を用意する必要があった。
 もっともそれは事務局も同じ。むしろ事務局こそもう少し早めに正月休みに入れるはずなのだが、昨年中の混乱と華撃団としての仕事に忙殺されて、この大晦日まで仕事をしなければならない事態になっていたのだ。
 どこも料理店が閉まっていても、食堂勤務員が花組のついでに食事を作ってくれるからこそ残って仕事ができる、というのもあるが。

「大変ですね」

 そんな事情を知っている梅里が苦笑すると、かすみもまた苦笑で返す。

「主任さん達こそ、正月中のみなさんの食事ですか?」

 かすみの言葉に頷く梅里。
 厨房で作っていたのは、花組の面々のために残していく予定のお節料理だった。
 いかに黒之巣会との戦いが終わってからこちら、花組が出撃するような事態が無いとはいえ有事に備えており、故郷に帰ろうという者はいなかった。
 ──もっとも、そのあたりの事情には夢組も絡んでいる。予知・過去認知班が「未ダ危機ハ去ラズ」との予知を出しているからだ。
 それに加えて、黒之巣死天王の生き残った一人、黒き叉丹の行方を月組と夢組調査班が合同で追っているが未だに足取りがつかめていないというのもある。黒之巣会残党やそれらの施設等を押さえてもなお、その影すら掴めない。

(それがものすごく気になるんだよね。喉の奥に刺さった魚の骨みたいに……)

 梅里は、なんともイヤな予感がしていた。だが、それがどうなるのかまでは、見えていない。漠然とした不安だけがあり、それもモヤモヤとさせる。
 とはいえ、梅里も今年は忙しく動き回った夢組隊員達に対して「三が日くらいは休ませてあげたい」と思って米田に具申した。すると意外にも許可が出たのだが──その条件として「三が日分のお節料理をつくっていくこと」を言い渡された。
 この時代を考えれば、花組の正月分の食事くらいなら、田舎の普通の農家のお節料理くらいの規模でいけそうだが──

「桐島さんがいますからねぇ……」

 梅里は苦笑を通り越して乾いた笑みを浮かべる。
 実際、桐島カンナのことを考えずに通常量で準備したら、3日くらいには花組が飢えているという事態になりかねない。

「……でも僕らの方はもう少しで終わりそうですけど、そっちはどうなんです?」
「わたし達もできればいい正月を迎えたいですから。スッキリと終わらせて帰りたいものです」

 はっきり終わらせると言えないほどの量が残っているのだな、と思い梅里はさすがに気の毒に思った。

「ああ。そういえば支配人から聞きましたけど、終わったら忘年会だそうですね」

 かすみが言ったので、余計申し訳ない気持ちになる。
 そんな梅里の雰囲気を察したのか、かすみはあわてた様子で──

「あ、いえ。別に責めているわけではないんですよ」
「本当にスミマセン。お騒がせするかも知れませんが……」

 とはいえ集まるのは夢組の幹部クラス。
 人数も少ないし羽目を外すような人もいなさそうだし、しかも最年少のかずらはもちろん梅里さえも未成年だから、大騒ぎのようなことにはならないだろう。


 ──と、梅里は思っていた。

 このときは、まだ……



『今年も、お世話になりました!!』

 

 夕方になり、大帝国劇場内にある食堂に複数の声が一致して響きわたり、こうして食堂の忘年会は始まった。

 さすがに大晦日なので早く終わるように、また未成年も複数いるので開始時間は早めになったのだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 声の主たちはこの大帝国劇場食堂で勤務する面々と、他数名。

 食堂の主任である武相 梅里と、副主任である白繍(しらぬい) せり、さらには厨房担当の男性陣、松林(まつばやし) 釿哉(きんや)、コーネル=ロイド、山野辺(やまのべ) 和人(かずと)の三人と、給仕係の二人、塙詰(はなつめ)しのぶ、秋嶋(あきしま) 紅葉(もみじ)の合計7人が食堂勤務のメンバーだ。

 そしてそれ以外は、いずれもこの全員が所属する帝国華撃団夢組に所属している者達で、普段は華撃団の本部でもある大帝国劇場の楽団に所属している才能あふれる若き演奏者・伊吹(いぶき)かずら、華撃団の支部である花やしきに常勤している(たつみ) 宗次(そうじ)とアンティーラ=ナァム、それに医者の「ホウライ先生」こと大関(おおぜき) ヨモギの4人がこの場所に集まっていた。

 

 正月は今日の昼間に作った日持ちするお節料理が大量にあるので三が日の間は休みになる。

 そのためにも花組には「絶対に食べ過ぎるな。3日いっぱいまで保たせるように」と厳命している。特にカンナに。

 そういう経緯から梅里たち厨房陣の男4人とそれを手伝ったせりは、仕事納めが給仕担当よりも数日遅ればせながらの今日になっている。──なお、本人が強く希望した紅葉の手伝いは丁重にお断りしていた。

 それを知った米田支配人が「なら夜に忘年会でもやれよ」と気を利かせてくれたため、厨房陣に加えて、実家に帰省しなかった宗次、ティーラ、しのぶと、実家から来たヨモギとかずらが参加した、という経緯があった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──そういえば、塙詰は実家に帰省しなかったのか?」

 

 料理を食べながら、釿哉が訊くとしのぶは「はい」と頷いた。

 

「あれ? 実家とは仲直りしたよね?」

「はい、梅里様のおかげで……」

 

 梅里の問いに、しのぶは彼をじっと見る。

 黒之巣会との戦いが終わり、少し落ち着いた晩秋に、しのぶは一度、京都へと戻った。今回の件の顛末の報告のためである。

 また華撃団から「協力の感謝」という皮肉の効いた名目で、代表で梅里が共に随行することとなったのだ。もちろん実質的には抗議であり、またしのぶを戻されないようにするため、でもある。

 苦々しい表情で送り出した米田の反応から、どうなることかと思ったが、陰陽寮の態度は意外にも好意的だった。

 もっとも、それは先行して京都入りしていた陰陽寮出身の封印・結界班の男性副頭のおかげだったのだが……。

 だいぶ皮肉も言われたが、それでもしのぶは今まで通り、華撃団に残ることが決まり、それは他の隊員たちも同様だった。陰陽寮からはさらなる協力体制の構築についてまで申し出があったのは意外だったが。

 それを申し出たしのぶの兄の目線には、梅里もすこし驚いている。

 何はともあれ、そんな京都出張はそれほどの苦労もなく、無事成功した。

 ──しかしそれは梅里達に限って言えば、の話。

 残された者達にとっては──

 

「待て……あのときのことは、思い出したくもない」

 

 当時のことを思い出して疲労感をあふれさせた釿哉の言葉だった。

 

「あれにはさすがに自分も……」

「オォ、神ヨ……」

 

 和人とコーネルまでそんなことを言い出す始末。

 そんな3人の姿に、梅里も人差し指で頬をかきながら困惑する。

 

「なんか、トラウマになっているみたいだけど……」

「そうだよ!トラウマだよ!! 塙詰とお前だけだとオレたちも思っていたさ。それが……」

 

 釿哉がビシッとせりを指さす。

 

「白繍までついて行くなんて、誰が思うよ!?」

「あ、あれは! あれは、その……非常事態というか、危機というか……」

 

 しどろもどろになるせり。

 釿哉の指摘したとおり、梅里としのぶの京都出張になぜかせりがついてきたのだ。

 おかげで食堂は大混乱である。主任と副主任が二人ともいないというのはあまりに大きかった。副主任のせりが普段からいろいろと仕切っているが、せりがいないだけなら、本来ならばやらなければならない梅里がやるか指示を出せばすむ話。しかしその梅里さえもいない。

 人的な応援だけは支部からヨモギと、八束(やつか) 千波(ちなみ)遠見(とおみ) 遙佳(はるか)近江谷(おおみや) 絲穂(しほ)絲乃(しの)の合計5人が来てくれた。

 しかし、それでも万全ではなかった。普段は夢組の連絡役を務める千波がそもそも口と耳を使った普通の会話が苦手だったり、絲穂がやたらとテンション高く失敗してくれたりとした上、しかもせりとしのぶというそれをフォローできる人員がおらず、かといって厨房組にも余裕はなく、本当に、本当に大変だったのだ。

 それこそトラウマになるほどに。

 

「えぇ!? せりさん、そんなひどいことしてたんですかー?」

「かずら、あなたねぇ……」

 

 ()()()ちょうどその時期に休みを取っていたかずらが大げさに驚いた様子でせりを見る。

 それから「あなたがそんなだから──」とか「なにをおっしゃているのかっぱりわかりません」というせりとかずらの口喧嘩が始まるのだが、他の皆は慣れっこになりつつあり「またいつものが始まった」と言わんばかりに食事や飲み物に口を付けるのだった。

 やがて話題は移り変わり──

 

「ああ、白繍。思い出したんだが……このまえ乙女組の指導に行って見かけたが、お前の妹、あれはかなりできるようだな」

「え? なずなのこと? あの子、弓矢は全然ダメなはずだけど?」

 

 ふと宗次が、かずらとの口喧嘩が一段落したせりに話を振ると彼女は眉をひそめた。

 

「なるほど、そっちはそうなのか。だが、長柄に関してはかなり才能がある。槍はどこまで延びるか分からないが……杖術や棒術には特に適正があるな。間違いなく」

「へぇ……あの子にそんな才能がねぇ」

 

 思い浮かべるのは自分の直下の妹、なずなのこと。なんでも自分の真似をすることが多かったので、弓矢を得意にしていたせりを真似て同じように挑戦していたのだが、いかんせんこの才能が欠如しているのは、姉から見ても明らかだった。

 

「来年から、オレや和人が機会があれば鍛えてやりたいんだが、構わないか?」

「それは構わないと思うけど……乙女組の先生次第じゃない?」

 

 半信半疑で答えるせり。さすがに乙女組のことなので勝手に判断できなかった。

 そして、なずなは武術の心得ではなく、姉以上の高い霊力があるのを見いだされて養成機関の乙女組に所属しているのを知っていたからだ。

 

「ぺんちゃん……じゃなくてなずなちゃん、将来的には霊子甲冑を動かせるくらいに霊力が延びるんじゃないか、って言われてますから、いいんじゃないでしょうか」

 同じように乙女組に所属していたかずらが言う。

 なずな=ぺんぺん草で「ぺんちゃん」という愛称が乙女組では付いていた。あまり良い印象がないペンペン草だが、本人も気に入っている様子なので定着している。しかし、さすがに実の姉の前でその愛称を言うのは躊躇いがあった。

 

「え? あの子、そんな状態になってるの?」

 

 あからさまに顔をしかめるせり。

 

「あまり嬉しそうじゃないですけど……」

 

 それに戸惑うかずら。それを受けて釿哉がフォローする。

 

「霊子甲冑に乗るってことは花組所属になるだろ。そうなれば最前線で体を張ることになるからなぁ……身内としては複雑だろ。なぁ、白繍」

「ええ、まぁね。それもあるんだけど……」

 

 そう言いながらせりは曖昧にうなずいた。

 もちろんその心配をしてはいる。しかもせりは花組の戦闘を間近で見ているのだから危険だということは余計にそう思っていた。

 とはいえ華撃団の隊員として体を張っているのは自分も同様なので、心配かといえばそうでもなかった。

 自分やなずなにもしものことがあっても、実家にはさらにもう一人、妹のはこべがいるし、跡取りになる予定の護行(もりゆき)もいるので代々神社を守っている白繍家的にも心配する必要はない。

 だが──

 

(花組に入るってことは、あの隊長の下で戦うってことでしょ?)

 

 ひそかに不安になり、この食堂の上の2階で休んでいるであろう花組の面々のことを思い浮かべた。

 そのことごとくが、花組隊長・大神一郎のことを慕っているという現状を考えれば、その表情も苦々しくもなる

 

(大神少尉が悪いってわけじゃないのよ、決して。でも、その戦いに参加する、それも後発で……というのはさすがに、ねぇ)

 

 そんな調子で勝手に妹の心配をするせり。

 苦戦必死の戦いに妹が参戦するような可能性は避けたいのが姉心というものだろう。

 もちろん、自分のことは完全に棚に上げているが。

 そんな心配をせりがしている横で、梅里は宗次が指導しに行ったことに少し驚いていた。

 

「宗次は乙女組の指導に行ったんだ?」

「ああ。たしか隊長クラスも一度呼びたいと言っていたが……まぁ、なかなか難しいのだろうな」

 

 梅里の問いに腕を組んで答える宗次。

 隊長クラスの話を聞かせて、まだまだ幼さの残る少女達に心構えを伝えたい、と教官達が言っていたのを思い出したのだ。

 とはいえ副隊長である宗次。そんな彼が直々に指導しに行っている上に、他隊(よそ)の隊長が忙しいのなら、自分が行ったらいいんじゃないか、とも梅里には思えた。

 

「へぇ、じゃあ僕でもいいのなら。今度、行ってみようかな」

「「「ダメ!」です!」」

 

 それを口に出すや、鋭い声が三つ飛んだ。

 

「乙女組の生活とかについて知りたいのなら私が説明しますよ?」

「梅里様。わたくし小耳に挟んだのですが、年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せと言われるほどに珍重されるらしく……ですから年下の女学生に手を出すのそれはさすがにどうかと──」

「あなたねぇ、今度はなずなにまで手を出すつもり?」

 

 かずら、しのぶが言い寄り、せりにいたっては今まで自分が考えていたのとごちゃごちゃになって妹にまで手を出すなと怒り出す始末。

 

「え? こんなに責められるようなこと言ったかな……」

 

 三人に言い寄られ、困惑する梅里だった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──さて、宴もたけなわとなり、数人がこの会場から姿を消していた。

 真っ先に席を立ったのは和人だった。なにやら「明日は正月。早いので申し訳ない」と言って去ると、それに続いてコーネルも「ワタシも、お祈りがアリますノデ」と言って席を立った。

 続いて、「私もそろそろ……」と言ったティーラを見て、「それなら送っていこう」と宗次が付きそう形になり、二人が去る。

 そうなると残っているのは、梅里、しのぶ、せり、かずらと釿哉、ヨモギといったメンバーだった。

 

「……思ったより、食事が残っちゃったなぁ」

 

 テーブルの上に残った料理を見て、梅里が少し困り顔で苦笑すると──

 

「なに、まだまだ食えるだろ? 飲み物もあるし……」

 

 釿哉がドンと新たな飲み物をテーブルに置く。

 その釿哉はもちろん、しのぶやせりがそれを飲んだりしていたが、梅里は作った者の責任として飲み物よりも食べ物を片づけるのを優先し、それには手を付けずにいたのだが──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……どうして、こうなった」

 

 釿哉が飲み物を追加して数十分後、梅里はその惨状に頭を抱えたくなった。

 気が付けば、釿哉とヨモギはいつの間にか「あとは若い者に任せた」と謎の書き置きを残して姿を消しており、残された者達といえば──

 

「あはははは~! 梅里、楽しいわね~!!」

 

 ──やたらテンションの高いせり。

 

「梅里様……わたくし、酔ってしまったようです……」

 

 ──梅里にしなだれかかるしのぶ。

 

「あの……お二人、どうなされてしまったんでしょうか」

 

 ──困惑しているかずら……は正気らしく、ひそかにホッとする。

 梅里が二人が飲んでいた飲み物を嗅いで、思わず顔をしかめた。

 

「……やっぱりだ」

 

 未成年の彼ではあるが、料理の調味料でもあるそれは匂いでを嗅げばすぐわかる。

 どうやら幸いなことに、かずらもそれを飲まなかったようだ。

 

「でもおかしい……これは出さないようにって話だったはずなのに」

 

 大元は米田の指示だ。未成年もいるこの席でそれを出すのはよろしくない、と。

 それを受けて指示を出したのは成人の責任者である宗次であり、彼が指示を出した以上、徹底されていたはずだ。

 実際、この二人以外に態度がおかしくなった人はいなかったわけで──

 

「……ッ!! 釿さんめぇッ!!」

 

 タイミング的にあの時に置いた飲み物以外にあり得ない。

 しかも、二人の様子を見て「これはヤバそうだ」と判断した瞬間に帰ってしまったのだ。それにちゃっかりついて帰るあたりはヨモギも要領がいい。

 

「な~に怒ってんの~ 梅里~? 飲みましょうよ~」

 

 滅多に見せない満面のニコニコ顔で、コップ片手に迫ってくるせり。

 その反対側では、梅里の腕にしっかりとしのぶがしがみついている。

 親戚の集まる会合やら、実家の料亭でこの手の酔いすぎてしまった人を見たことがある梅里だが、とてもではないが、かずらと梅里でこの二人の相手をするのは手に余る。

 そう判断した梅里はかずらをそっと呼び寄せた。

 

「かずらちゃん、とりあえず誰か……大神少尉あたりを呼んできてもらえないかな」

「は、はい……わかりました」

 

 かずらと話していると、梅里の顔が両手で捕まれて強引に振り向かされた。

 

「ちょっと~、な~にかずらとイチャイチャしてるのよ~」

「べ、べつにイチャイチャだなんて……」

「そ~お~? なら私とイチャイチャしましょ~」

 

 迫ってくるせり。それをなんとか手で止める。

 かずらに早く、と催促しようとしたが、なにやら彼女は不満そうに頬を膨らませて梅里とせりを見ている。

 すると逆に位置していたしのぶがスッと立ち上がり──

 

「梅里様。わたくし、なんだか暑くなってきてしまいましたわ……」

「え!? しのぶさん、なにするつもり!?」

「暑いので、服を脱ごうかと……」

 

 梅里の問いに微笑んで答えると着ていた和服に手をかける。

 

「って、ちょっとまった!!」

 

 必死に止める梅里。だが、それに同調してくれると思っていた声が裏切った。

 

「あれ~? しのぶさんが脱いだところで~、だ~れも喜びませんよ~?」

 

 笑みを浮かべながらせりが言うと、しのぶの手が止まった。

 目はいつも通りの瞳が見えない細い目。そのぶん感情が分かりづらいのだが、明らかに怒っているように見える。

 

「それはどないな、意味でっしゃろか?」

「いえいえ、そんな貧相な胸を見ても誰も喜びません~って。見せ損ですよ~?」

「って、なに言ってんの、せり!?」

 

 梅里はあわててせりを止めようとするが、彼女の煽りは止まらない。

 

「そもそも~、女の胸にはですね~、男の人の夢がぁ詰まってるんですよ~? だからぁ膨らむわけで~」

「……そうなんですか、梅里さん?」

 

 ジッと見てくるかずら。もう勘弁してほしい、と梅里は心の底から思った。

 

「で~も~、しのぶさんの胸には~」

 

 そういってこの場の3人の女性陣の中では一番立派な──それでも世間的には普通サイズなのだが──自分の胸に手を当てる。

 

「夢も──」

 

 そしてかずらの発展途上の胸を指さし──

 

「希望も──」

 

 さらにスレンダーなしのぶの胸をトンと触って煽り──

 

「ま~ったく無いんですから~、無理しない方がいいですってば~」

 

 そういってプーと吹き出してクスクスと笑う。

 一方、しのぶの肩はワナワナと震えていた。

 梅里は「あ、これはダメだ」と完全に自分の手に負えない事態になったと判断した。

 

「かずらちゃん、急いで誰か呼んできて!!」

「え? あ、はい」

 

 梅里の焦った様子に、かずらはあわてて食堂から飛び出す。

 

「もう! 許せまへん! わたくしの胸があるかあらへんか、梅里様に見ていただくしかあらしまへん!」

「なッ!?」

 

 いよいよ激高したしのぶが、勢いよく自分の服に手をかける。

 

「いいじゃな~い? 見せてみたら~? その残念なものを見て~、それで~梅里にため息つかれても、知りませんよ~?」

 

 そう言ってケラケラと笑うせり。

 

「はぁッ!? ちょ、ちょっとしのぶさん、やめて! せりも煽るなッ!!」

「梅里様がため息を付くのは、わたくしの美しさへの感嘆のせいどすッ!!」

 

 いよいよ本格的に服をはだけ始めたしのぶを、梅里が止めようとするが、それをなぜかせりが止め、さらには「脱~げ! 脱~げ!」と煽る。

 そのうちに、しのぶは本当に全部脱いでしまい、梅里はその目にそのスマートな裸体を焼き付け──

 

 

「なにをしているのッ!!」

 

 

 大きな声で怒鳴られて3人がそちらを向く。

 見れば本気で怒った様子のあやめと、それに彼女に付いてきたらしいかすみ、それに二人を連れてきたかずらが立っている。

 

「かすみ、早くしのぶに服を着させなさい。かずらはせりの面倒をお願い。それと梅里くんはすぐにこっちに来て、食堂から出なさい!!」

「……はい」

 

 かすみとかずらに二人を任せて、あやめの方へと向かう。

 内心、この状況から逃れられてホッとしている梅里だったが──

 

「……あとで支配人室まで来なさい」

 

 すれ違いざまにあやめにささやかれ、ガックリとうつむくのだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──とはいえ、この後の支配人室での事情聴取の結果、梅里にはさほど罪はなく、さらには梅里が未成年だったのもあり、「もっと早く誰かを呼びなさい」というあやめからの厳しい注意のみとなった。

 その咎めは完全に釿哉に行くことになるのだが──それは正月明けてからの話、となり、宴はお開きとなった。

 




【よもやま話】
 ゲームだと新年正月開始で「あけましておめでとうございます」からはじまるのであえて「今年もお世話になりました」から始めようと思っていたら、1シーン追加されて後回しになってしまいました。
 はい、前回の次回予告はこの─1─でのことでほぼ終了しています。(笑)
 とりあえず今までと違うのはヒロイン全員をヒロインとして動かせるのはかなり楽になりましたね。
 しのぶの京都弁も変換サイトを使ってますので、もし変でもご容赦を。


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─2─

 ──明けて1月1日。

 大帝国劇場では花組の面々と、米田やあやめが集まって新年の挨拶をしているころのこと……

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 武相 梅里が住んでいるのは帝都内にある宿舎である。

 それは帝国華撃団の隊員達が住むものであり、その中でも『夢組隊長』用として用意されたそれは、他の隊員たちよりも広いものだった。

 その入り口に向かって、二つの影が歩いていた。

 片方は、青系統に染められた振り袖を身につけて、手には包みを持ち、カランカランと足音を鳴らしつつ──

 もう片方は、赤系統に染められた振り袖を身につけて、手にはなにも持たずに、なれた様子で静々(しずしず)と進む──

 

 

「「あら?」」

 

 

 そんな二人がはち合わせたのは、ちょうど宿舎の前であった。

 

「これはせりさん、あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます、しのぶさん。ご丁寧にどうも」

 

 バッタリ出くわした二人は、お互いに頭を下げて挨拶する。

 それと同時に内心ではがっかりしていた。「どうせ新年の挨拶をするのなら、今年初めては“あの人”に」とお互いに同じことを考えていたからだ。

 そしてけん制し合うように、互いに相手をジッと見つめていた。

 どちらも目的地は同じ、というのは分かっている。

 

「昨日はお疲れさまでした。あの後はよく眠れましたか?」

「それが、ちょっと頭が痛くて……」

 

 頭に手をやりながらせりが言うと

 

「あら、風邪でしょうか? 御無理はなさらない方がいいですよ。新年から体調を崩して仕事始めにいらっしゃらないなんて残念ですから。どうぞ御自宅で御養生くださいな」

「そ、それはご親切にどうも。でも一晩休んだらおかげ様でよくなりましたので……」

 

 お互い笑顔で言い合う。

 ──ちなみに、昨晩のあのときの記憶は二人とも無い。

 宴会の途中までの記憶はあるが、それが途切れて気が付けば食堂で休んでおり、遅くなったのでかすみが運転する車で送ってもらった、というところまで同じだった。

 記憶にないのが不安と言えば不安なのだが、その場で介抱していたかすみやあやめには上手くごまかされてしまっている。

 

「それにしても、しのぶさん、どちらかにお出かけですか?」

「ええ、ちょっと……新年のご挨拶に」

「へぇ、でも何も持たずに挨拶に行くのは、さすがに無礼に当たるんじゃないかしら」

 

 軽くジャブを繰り出すせり。

 

「あら、わたくしと梅里様の関係は物で繋がっているような、そんなものではございませんので御心配なさらずに。それにしてもせりさん、それは食べ物でしょうか?」

 

 もちろんしのぶも言われっぱなしではなく、反撃の狼煙をあげる。

 

「そ、そうだけど……」

「料理人の梅里様に御料理を提供とは、せりさんはずいぶんと料理がお上手なんでしょうね。うらやましいです」

 

 そう言って扇──深閑扇~(ひかり)~──で口元を隠しながらクスクスと笑うしのぶ。

 そこまで言われてはせりとてカチーンと来た。

 

「ええ、ええ。梅里に御雑煮をつくってあげようと思って準備してきたんです。ま、どこかの白くて甘~い御雑煮では口に合わないかもしれないでしょうけど」

「な……御雑煮は白味噌に決まっているじゃありませんか。そもそも東北の、それも裏日本の食文化が、梅里様のお口にあうかの方を心配した方がいいんじゃありませんか?」

「う、裏日本……」

 

 しのぶの言葉でせりの額に青筋が浮かぶ。

 

「……しのぶさん、言って良いことと悪いことがありますよ。それに私の地元は海の幸も山の幸も最高のところですから!」

「あらあら、古来より日本の中心地だった京都こそ食文化の中心でございますよ。地元で最高をうたうのはよろしいですが、井の中の蛙でなければよろしいですね」

 

 再び扇子で口元を隠しつつクスクスと笑うしのぶ。

 

「う、梅里は関東出身ですからね。食文化は同じ東日本のこっちの方が近いと思いますが。しのぶさん、納豆とか食べられます?」

 

 納豆という言葉を聞いて、思わず顔をしかめるしのぶ。

 それを見てせりが鬼の首を取ったかのように喜ぶ。

 

「無理ですよね? 前に一目見て唖然として降参しているの知ってますよ。あ~あ、水戸では納豆は欠かせないくらいに食べるみたいですけど……食べられないんじゃあ、どうしようもないですね。あ、私は全然、まったく、普通に、納豆食べられますけどね。納豆汁とか美味しいんですよね~、もちろん作れますけど」

 

 相手の弱点を突き、マウントを取って勝ち誇るせり。

 それでも負けじと細い目で睨むしのぶ。

 そこへ──

 

「おやおや、正月も朝から修羅場ですか? お盛んですね」

 

 そう通りがかった女性に言われ、そのあまりにも失礼な言葉に二人が思わずそちらを見た。

 

「お二人とも、あけましておめでとうございます」

 

 挨拶をしたのはヨモギだった。なるほど彼女ならさもありなんと、さっきの毒のある言葉も、怒りよりも納得が先に来てしまう。

 

「あけましておめでとうございます、ホウライ先生」

「今年もよろしくね、ヨモギ」

 

 しのぶとせりもヨモギに新年の挨拶を返す。

 その姿を見て、せりが首を傾げた。

 

「あら? いつもの十徳は着てないのね?」

 

 十徳とは、ヨモギが普段はもちろん、夢組戦闘服の上からも羽織っている黒色の上着で、代々の大関蓬莱が受け継いでいるスタイルらしい。

 

「ええ。正月くらいは医者も休んでもバチは当たらないでしょう」

 

 とはいえ普段よりも妙におめかししているようにも見えた。誰かと会う約束でもあるのかしら、とせりは思う。

 ただ、彼女やその一家は町医者である。そういう付き合いであいさつ回りでもあるのだろうと思っていた。

 そんな風に三人が話し込んでいると──

 

 

「あ~れ~」

 

 

 などと場違いな……正月にはとても不似合いな声が聞こえる。

 三人とも、思わず声のした方を見る。

 すぐ隣の建物──梅里の住んでいる宿舎からだった。

 

「なに、今の?」

「なんでしょうか……女性の声のようでしたけど」

「私には見えませんが、あなた達には見えるという女性の霊の仕業ではないのですか?」

鶯歌(おうか)さんが? それはないかと思うけど……」

「あら、あの方は鶯歌さんとおっしゃるのですか」

「え? まさか……しのぶさんにも見えてるの!?」

 

 しのぶの言葉に驚くせり。

 

「はい、あの方のおかげで私も梅里様も命を落とさずに済みました」

 

 笑顔で答えるしのぶに、せりはガックリと肩を落とす。

 かずらに続いてしのぶまでも、鶯歌の姿が見えるなんて……とそれが見えることが梅里との無二の絆のように感じていたせりは、三人目の登場にやるせなさを感じていた。

 

「ふむ。ところで、今日はその「オウカさん」とやらが見えるもう一人はいないのですね」

「「──え?」」

 

 ヨモギの言葉が指すのは、言わずもがな伊吹 かずらのことである。

 そういえば、今まで結構長い間、宿舎の前にいるが彼女は姿を見せない。

 

「「あ!」」

 

 しのぶとせりは思わず顔を見合わせ──申し合わせたように玄関に向かって走り出した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……どうして、こうなった」

 

 昨日もそんなことを考えてたな、と思いつつ、梅里は絶望していた。

 昨晩のことは、支配人室であやめの聴取に応じて洗いざらい話したところ、こめかみを押さえたあやめに「事情はわかったけど、それなら早めに人を呼ばないとダメよ」と注意されて終わった。

 さすがに疲労感から帰るなりすぐに寝たため、比較的早い時間に目が覚めた梅里だったが、そこに来客があった。

 

「あけましておめでとうございます、梅里さん。今年もよろしくお願いします」

 

 梅里がドアを開けると、そう言って頭を下げ、ニコッと笑ったのは、緑系統の振り袖を来たかずらだった。

 梅里も挨拶を返した後は、さすがに1月で外は寒いだろうと家にあげ、世間話等を始めたのだが、思えばそこで梅里がかずらの振り袖を誉めたのが失敗だった。

 

「梅里さん、私、あれをやりたいんです!」

 

 妙に興奮して言ってきたのは、彼女が時代劇で見たという悪代官に、腰元の女性が帯を引っ張られてクルクルと回る、というシーンを再現してみたい、というものだった。

 

「あれ、面白そうですよね」

 

 ズイッと身を乗り出し、なぜか興奮気味のかずら。振袖を着て帯を締めたからには一度やってみたかった、なんて言い出したのだ。

 さすがに、「それは……」と梅里も渋ったのだが、いつぞやの深川以来妙に押しが強いかずらの勢いに押され、また昨日は人を呼んできて助けてもらったということから、お願いくらいは聞いてあげようと、ついそれにのってしまったのだ。

 そして、梅里が帯を引っ張り、「あ~れ~」とかずらが楽しそうに回り、当然のごとくかずらの着物はとても外を出歩けるような状態ではなくなったのだが──

 

 

「え? 私、着物の着付けできませんよ?」

 

 

 ──そんな言葉が待っていた。

 満足しただろうから「着物を直しなよ」と言った梅里にそう答え、彼女は舌をチラッと見せて小悪魔チックに笑みを浮かべたのだ。

 そして梅里は、頭を抱えることになった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「どうしろっていうんだよ……」

 

 なぜかずらの口車に乗ったのか、数分前の自分を制止したい、と本気で思った。なぜこんな未来すら予知できなかったのか、と恨みさえする。

 かずらの服はもちろん着てきた振り袖しかない。

 そして梅里ももちろん着付けなどできない。

 

「詰んだ。本気で詰んだよ、この状況……」

 

 着付けができそうな人──例えば、副司令のあやめを呼んだとしたら、間違いなく怒られる。それも昨日の今日だ。ものすごーく怒られる。正月からそれは避けたい

 次の候補としては、やはり昨日手伝ってくれた梅里と出身県が同じかすみ。昨日、和服を着ていたしのぶの面倒を見ていたし、普段から着物のような服を着ている彼女なら気付けができそうだが──かずらをチラッと見る。彼女は乱れた振り袖で体を隠しながら「えへへ……」と無邪気に笑っている。

 うん、ダメだ。と梅里は判断した。正月早々、これはダメだろう。こんな状況で呼んだら彼女の立場から怒りはしないだろうけど、まず間違いなく軽蔑される。地元が近い人に軽蔑されるのは、さすがに心にくるものがある。

 着付けができそうな人──世話をやく姿がパッと浮かんだせりと、和服を着ているしのぶが浮かんだが、即座に消す。火に油を注ぐだけでトラブルになるのは間違いない。

 

「あと、他には……」

 

 問題なく頼れそう、という意味ではティーラも候補に挙がるが、残念ながら彼女が着付けをできるとは思えない。

 特別班の面々も思い浮かべる──他人の着付けができそうなのもいるが、やはり元日からこんな理由で呼び出すのは、あまりにヒドい。

 あとは──売店の高村 椿。なんとなく着付けはできそうだし、おまけに地元は浅草なので自身ができなくともそのツテはありそう……しかし、かずらと仲のいい彼女を呼ぶのは危険だ。

 榊原 由里。うん、着付けができなさそうな上にあっという間にひどい噂が帝劇中に広まるだろう。一番無い選択肢だ。

 連絡が取りやすい帝劇本部には正月でも花組の面々が残っているのは知っていたが──さすがにこの要件では呼べない。普段から着物を着ているから着付けができそうだとはいえ、もし呼んで助けを求めれば、この惨状にさくらにはジト目で呆れられ、すみれは要件のくだらなさに烈火のごとく怒るだろう。

 

「あ~、もうどうすれば……」

 

 梅里が途方に暮れたときだった。

 

 

「梅里! いる!?」「梅里様! いらっしゃいますか!?」

 

 

 同時に二人の声がして、「ドンドン」と若干、乱暴に玄関の戸が叩かれる。

 梅里が返事をするまもなく、その戸が開き──

 

「あ、いた!」

「梅里様、いったいなにが……」

 

 そう言って入ってきたせりとしのぶの姿が見えた。

 その彼女たちは梅里を見てすぐに視線をずらし、別のもう一人──帯が解かれて着物がはだけたかずら──を見ていた。

 

「梅里!! どういうことよ!!」「梅里様、ちゃんと説明してくださいまし!!」

 

 二人の怒号が響きわたる。

 とりあえずどうにかなったとホッとしながら、それでもこの二人をなだめなければ、と気が重くなる。

 その説明の最中に「嘘おっしゃい! かずらは普段、着物に袴姿でしょ! 着付けできないわけないじゃない」とせりに言われ、初めてかずらの嘘に気が付くというようなこともあり──

 二人への新年の挨拶は、事情を説明された彼女たちが納得した後となった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 せりとしのぶの説教も終わり、かずらが着物を着ようとしたところ──

 

「あら? 着られないんでしょ? 大丈夫、私が着付けをやってあげるわよ」

 

 そう言ってせりがこめかみに青筋を張り付けた笑みを浮かべてかずらを捕まえた。

 

「あ、あの……せりさん? 大丈夫ですよ? 私、着物は一人で……あの、聞いてます? あの……」

 

 かずらの言葉に耳を貸さずに、その首根っこを掴んだせりは、そのまま彼女を引きずって隣の部屋に行き、引きこもってしまった。

 そうして、しばらくの間、梅里は宿舎から一時的に追い出されることとなった。

 さすがに隣の部屋から──

 

「痛ッ! ちょ、ちょっとせりさん、キツすぎです!」

「いいえ。アナタにはきついくらいがいいの!」

「そうですね。……この際ですから邪魔そうな“それ”も、つぶれてしまったほうがよろしいのではないでしょうか」

 

 そんな会話が聞こえてくれば、さすがに居づらい。

 梅里が宿舎から出てすぐのところで立って待つことに決めた。

 

 そこを通りがかったのは──

 

「おや、隊長殿。これはあけましておめでとうございます」

「お、和人。おめでとう。今年もよろしく」

 

 山野辺 和人である。

 彼は年始の挨拶をかわすと、「では、用事がありますので」と言い、そそくさと敷地の外へと出掛けていった。

 

「あれ? そういえば和人って昨日は、用事があるって早く帰ったような。それにしてはこんな時間に出掛けるなんて……」

「バカだなぁ、大将。アイツ、思いっきり気合い入れてめかし込んでたじゃないか」

「え? そうだった? 気が付かなか──」

 

 思わず問い返す梅里。そこにいたのは──

 

「って、釿さん!?」

「よ! あけましておめでとさん、大将」

 

 松林 釿哉が片手をあげて笑みを浮かべていた。

 そんな彼を梅里が見る目は一瞬にしてジト目になる。

 

「昨日は、やってくれたよね」

「はっはっは……大将もいい目見られたんだろ? で、あの二人とどこまでいった? ん? いや、三人か? ニクいね、この!」

「悪い目にしか遭ってないよ! あれはあんまりだろ、途中で逃げるとか……」

「いや~、まさかあそこまでヒドいとは思わなかったわ。二人の酒癖」

 

 そう言って豪快に笑ってごまかそうとする釿哉に梅里はぼそっとクギを刺した。

 

「……あやめさんが、正月明けに覚悟しておくように、だって」

「え? あれ? あやめ姐さんにバレたの? ヤバいな~……って、こうしてる場合じゃなかった。じゃあな、大将!」

 

 突然身を翻す釿哉に戸惑う梅里。

 

「え? 釿さん!?」

「ちょいとヤボ用でな……じゃ、またな!!」

 

 背を向けつつ大きく手を拭りながら去っていく釿哉。

 いったい何だったのだろう、と梅里が思っていると、今度は梅里の宿舎の戸が開いた。

 三人それぞれ赤、青、緑の振り袖を着たしのぶ、せり、かずらの三人が立っている。

 

「さ、それじゃいきましょうか」

「え? 行くってどこに?」

 

 せりの声に梅里が尋ねると、かずらが満面の笑みで答える。

 

「決まってますよ。初詣です」

 




【よもやま話】
 なんであんなところにヨモギがいたかと言えば、釿哉が出てくるのを待ちかまえていただけです。医療ポッド前での一件以来、良い仲になりかけているのですが、あの二人はどっちもあんなノリなので進展していないのです。
 ちなみに梅里が釿哉を「釿さん」、釿哉が梅里を「大将」と呼び始めたのは、黒之巣会との戦い以降に食堂で働くうちに、さらに親しくなって呼び始めました。


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─3─

 四人がやってきたのは明治神宮──ではなく、湯島神社だった。

 その理由は──

 

「さすがに、まだ咲いてないか」

 

 そう言ってせりが苦笑いして見上げたのは梅の木だった。

 湯島神社──後の世では湯島天神と呼ばれるようになるその神社は「天神」の名が示すように菅原道真であり、太宰府天満宮と同様に彼が愛したされる梅の花のために、境内には梅の木が数多く植えられているのだ。

 早い品種によっては正月過ぎから咲き始める梅の木ではあるが、ここに植えられた白梅は開花まではまだまだ先、といった様子である。

 三人の想い人の名前が入ってるその木で有名なこの神社を選んだのは、このメンバーでの初詣であれば当然とも言える。

 

「初詣、か……」

 

 しのぶ、せり、かずらの三人に連れられてやってきた梅里は、まだつぼみさえないその梅の木を見ながらふと思い出していた。

 自分の名前の一部であるその木を見ると、梅里はどうしても水戸を思い出す。

 昨年の初詣はほとんど記憶にない。たぶん妹に半ば強引に連れられて毎年恒例の地元の神社──水戸の東照宮にいったのだろう。

 しかしその前の年、一昨年のことはよく覚えていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

「ウメくん、初日の出を見に行こう」

「は? なにそれ?」

「元旦の朝の日の出を見るのは縁起がいいって、最近、流行ってるみたいよ。あたし達も行こう」

 

 彼女が突然の思い付きで行動をし始めるのはよくあることだった。

 それに慣れていた梅里は鶯歌に連れられて、年越しで水戸から太平洋に面した隣の大洗へと行ったのだ。

 夜明け前に無事到着し、寒い中で日が昇るのを待ち続け──

 

「「おぉ!!」」

 

 海辺の岩場にあった鳥居の向こう、明るくなった水平線から太陽が姿を現したとき、思わず声がでてしまった。

 鶯歌と二人、あわてて手を合わせて拝み──そのまま、大洗磯前神社へ初詣へ行き、そして水戸へと帰ってきた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「あれが一昨年……たった二年前か」

 

 そのたった二年前、鶯歌は確かに生きていた。

 それから間もなくして、降魔が騒動を起こし……約一ヶ月半後、鶯歌は偕楽園の梅の木の下で息を引きとった──梅里の腕の中で。

 こうして思い返せば早い二年だった。特に、去年の三月からは、本当に早かったと思う。

 しかし、そんな矢のように過ぎた季節の中で──

 

 

「「「梅里!」様!」さん!」

 

 

 赤、青、緑の振り袖を着た娘達が、ぼーっと立っていた梅里に気が付いて手を振る。

 あのとき、かけがえのないものを失った梅里だったが、今はその傍らに三人の娘がいた。

 彼女らの下へ、梅里は歩き出していく。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 一方、偶然出会った釿哉とヨモギもまた、湯島神社にいた。

 彼らがいた理由はなんてことはない──

 

「あれって、大将達じゃねえか?」

「む、本当ですね……」

 

 それを見て困り顔になるヨモギ。

 釿哉の言うとおり、梅里はしのぶ、せり、かずらの三人を連れて境内を歩いている。

 そのうち、せりがふと視線を向けてきて──

 

「──あ」

「これは気づかれましたね」

 

 ヨモギが言うや、逃げる暇もなく四人がそこへとやってくる。

 

「……これは隊長、あけましておめでとうございます」

「ヨモギ、おめでとう……」

 

 せりとしのぶには会ったヨモギだったが、年が明けて初めて出会った梅里に新年の挨拶をする。

 だが、ヨモギと釿哉に対してせりが噛みついた。

 

「おめでたくないわよ! 二人とも、どういうつもり?」

「どうもこうも……オレたちがいたところにおまえ達が来ただけだろうが」

「まさかあなた方を私達が尾行しているとでも? まったく自意識過剰でイヤになりますね」

 

 やれやれ、と肩をすくめるヨモギ。

 

「あなた達のドロドロ四角関係なんて、今さら新鮮味もありませんし、どうぞ好き勝手にやってください、というのが忌憚のない感想です」

「し、四角関係……」

「ドロドロ……」

 

 しのぶとかずらが複雑な表情を浮かべる。

 

「ま、ヨモギの言うとおりだ。オレたちが追っていたのは──アイツだ」

 

 そう言って釿哉がコッソリと指さした先にいたのは

 

「……和人?」

「と、誰ですか? あの人」

 

 梅里とかずらが訝しがりながら目を凝らす。

 そこにいた男女のうち、片方は間違いなく夢組隊員にして食堂勤務の山野辺 和人だ。もう一人は──

 

「あれ? あの人って、うちの常連さんじゃないの?」

 

 そう言ったのはさすが食堂副主任のせりである。

 弓の名手は目もいい。おかげでハッキリ見えて気づいたらしい。

 帝劇の食堂は観劇をせずとも入ることができる。最近は食事のみを目当てに大帝国劇場にくる客もいるそうで、その女性はそのうちの一人だ。

 

「お前らが京都に行って食堂が修羅場になっているころ、和人が接客に回ってた時期があったんだよ。そのときにあの客と知り合ったらしくてな」

 

 言われてみれば、あの客を目にするようになったのは、確かに最近になってからだ。

 

「あら、山野辺様も意外と隅におけないじゃないですか」

 

 少し楽しそうに言うしのぶ。

 そんな風に少し空気が弛緩したところで──

 

 

(──これは、こんなところで会うとはなんと奇遇ってヤツですねえ)

(──いやいや、彼奴らめとは、それほど縁深いわけではありませんよ。今はまだ)

(──ともあれ、我らは役目を速やかに果たすのみ)

 

 

 ゾクリと、悪寒が走り抜ける。

 しかもそれはこの場にいる夢組全員──少しでも霊感が強ければ、その氷を背中に突っ込まれたような感覚は不快という以上に、恐ろしさを感じさせた。

 

「な、に……今の?」

「恐ろしいまでの力……わたくしも、今までこのような感覚を味わったことはありません」

「気持ち悪い。すごく気持ち悪いです……」

 

 不安げに周囲を見渡すせり、しのぶ、かずらの三人。

 その近くで釿哉は、自分の(ふところ)に隠した短銃を探っていた。

 

「ヨモギ、お前さんは戦闘がからっきし駄目なんだから、矢面に立つんじゃねえぞ」

「言われなくても分かっています。少なくともこんな恐ろしい気配の前に、立とうなんて思いません」

 

 油断無く周囲を見渡す。

 それは和人も同じようで、離れた場所で突然の感覚に戸惑いつつも耐え、一緒にいた女性に不審に思われながら、彼女の機嫌をとりながら周囲にも気を配りつつ、そしていざというときは庇えるような姿勢になっている。

 

「……アイツ、意外と器用だな」

「バカなこと言ってないで集中してください」

 

 釿哉が強がるように軽口を叩いてヨモギに叱られる中──その中で、一人だけはこの感覚に覚えがあった。

 その体が小刻みに動く。

 

「梅里……? あなた、震えて……」

 

 せりがその様子に愕然とする。

 夢組でこと戦闘能力に関して、梅里は間違いなくトップである。条件を限定すれば紅葉に軍配が上がるときもあるかもしれないが、普通にやれば梅里の方が強い。

 その梅里が震えている、ということは、夢組の誰もが勝てないような相手ということになってしまう。

 だが──

 

「違うよ、せり。これは震えてるんじゃない……」

 

 梅里の落ち着き払った言い方は決して強がりではないと如実に語っていた。

 それを示すかのように梅里の言葉に怯えや恐怖は感じられない。

 実際、梅里がこの気配を感じて抱いた感情はそんなものではない。怒り──そして憎しみだ。

 

「──ッ」

 

 その感情を噛みしめ、歯がギリッと鳴る。

 そして──それは境内に姿を現した。

 二本の足で大地に立ち、その手には鋭い鉤爪があり、頭の半分以上が大きく裂けた口で目さえない。

 大きく延びた尻尾と、空を飛ぶための大きな翼が生えた異形の化け物。

 

「……」

 

 梅里が睨むと、姿を現した“それ”が気持ち悪い奇声をあげる。

 

 

(さて、帝国華撃団夢組とやら、実力を──)

 

 

 直後、猛烈な殺気が辺りを支配した。

 

『────ッッッ!!!』

 

 ヨモギやかずらといった本来戦闘に不向きな者たちは思わず首をすくめていた。

 その衝撃は、瞬間的にはさっきの悪寒を通り越していた。

 だが、殺気は夢組メンバーに向けられたものではない。

 

「──え? いつの間に」

 

 降魔の傍ら──その影を踏むように、人が一人立っていた。

 手にはいつの間に抜いたのか刀を手にし、深い踏み込みと共に繰り出された斬撃はそれに深い傷──致命傷を与える。

 そして──

 

「キシャアアァァァァァァッッ!!」

 

 次にあげた奇声が、その断末魔の声となった。

 

 

「はい?」

 

 

 あまりの呆気なさに、一同、唖然とする。

 それは、皆の頭の中に響いていた声も同じらしく、二の句を継げないでいた。

 

「また、僕の前に現れたのか……」

 

 ポツリとそう言って、梅里は消え去ったものがいた場所をにらみ続けていた。

 激しい怒りが、深い悲しみが梅里の体を揺さぶっていた。それが震えの原因だ。

 

「オイ、今の何だ? 何が起きた?」

「わかりません。しかしあれでは、まさに瞬間移動のような……」

 

 見ていた釿哉もヨモギも、その動きは理解を超えていた。

 

 

(凄まじい憎悪でござんすねえ、華撃団)

(しかし此度は、小生らの油断が過ぎました──それを認めるからこそ、此度は退きましょう)

(次の我らにそれはない。努々(ゆめゆめ)それを忘れるな……)

 

 

 頭にそんな声が響くと、すぐにこの付近を覆っていたプレッシャーが消えていた。

 空気が戻り、一同は大きく呼吸を一度する。

 それは梅里も同様で、大きく息を吐き、そして刀を鞘に収める。

 

「梅里さん、なんだか怖い……」

 

 そんな梅里を見たかずらの素直な言葉だった。それが偽りのない反応だろう。

 しかしその梅里の様子にしのぶは近づくと苦言を呈した。

 

「梅里様、今のはなんですか? あまりに危険な戦い方……無謀すぎます」

「え? 圧倒的だったじゃないですか。怒るようなことじゃないと思いますけど」

 

 かずらが怯えながらも言う。彼女の感じた通り、その戦いは一方的な瞬殺だった。

 せりがそんなかずらを安心させようと抱きしめながら言う、

 

「違うわ。あんな切羽詰まったような、余裕のない戦い方、今のあいつなら絶対にしない」

 

 せりが梅里を見つめる。それは問いつめるような視線だった。

 

「無謀な戦い方はしないって約束じゃなかった?」

「ゴメン……取り乱した」

 

 目を合わせずに、梅里が言う。そんな彼にせりはさらに問う。

 

「あれは、いったい何なの? あんな化け物……」

 

 思い出すだけでも身が震えそうになる。

 そんなせりの問いに、梅里は答える。

 

「二年前、僕が水戸で対し、殺しきれず……大事なものを失って倒したヤツだよ」

「ッ! それって……」

 

 せりの言葉に梅里は頷く。

 

 

「──あれが、降魔だ」

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 湯島神社に出現した降魔は幸いなことに一匹のみで、それを梅里が文字通り憎悪にまかせて瞬殺した。

 が、それ以外にも明治神宮に現れていた。そちらは黒之巣死天王の生き残りである黒き叉丹──葵 叉丹が引き連れ、集団で現れたそれを出動した花組の光武によって辛くも撃退することができたが──無理を重ねた戦いによって、光武は限界を迎え、ついには動かなくなってしまったのだった。

 




【よもやま話】
 梅里と鶯歌が初詣に行ったのは、劇場版のガルパンでも出てきた大洗磯前神社。とりあえず出したかったので出しました。ある意味、水戸よりも有名な気がすると思ってしまう。
 ──ちなみに、今回は当時どれくらいかかるのかは全く調べてません。どうにかして二人でいったのでしょう。
 また降魔との初戦闘ですが、梅里が恨みのあまり禁忌に足を踏み入れてます。これは「2」で出す予定の技でしたが、ちょっとだけ先行登場です。


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─4─

 正月早々の事態に、帝都は騒然となった。

 

 

「まったく、頭が痛えぜ……」

 

 とは大帝国劇場の支配人室で悩む米田(よねだ) 一基(いっき)の嘘偽りのない本心だった。

 降魔出現の報は瞬く間に帝都を席巻していた。

 というのも、それらが現れた明治神宮と湯島神社は初詣客が多数おり、それを見てしまった目撃者とそれがまき散らした恐怖に怯えた人が多数出たからだ。

 おかげで正月だというのに初詣の参拝客はほとんどない。

 このままでは帝都の経済はストップしてしまう、という事態にまで追い込まれている。

 

「光武が壊れるところまで見られちまったからな」

「はい……」

 

 あやめも沈痛そうな顔で頷く。

 黒之巣会との戦いで活躍した、帝都の希望とも言うべき光武が、新たな敵と相打ちになってしまったのをやはり多くの人が目にしている。

 それが帝都市民の心を絶望へと誘っている。

 

「降魔への対策……だが霊子甲冑は壊れちまった。造るにしても……」

 

 光武を再建造したところで、明治神宮での戦いでは押されていた以上は、早々に無理が来るのは分かっている。より強力な新型の霊子甲冑しかない。

 黒之巣会との戦いが終わってから開発は進めていたのだが、しかしまだ完成に至ってはない。それを完成させるためには資金と時間が必要だ。

 

「この不景気の中、ちょっとばかりキツいが資金はなんとか……」

 

 なんとかするしかない。

 実際、それは目途を付かせる目途が立っている、程度だが目算はある。

 それに従って花組達も一部は霊子甲冑が戦力として復帰するまでの間を利用し、自分を鍛え直すと再修行に旅立っている。

 だが、どうにもならないのが時間だ。

 降魔に対抗する手段を用意する時間を稼ぐのに、その間は降魔に対抗しなければならないという矛盾が発生する。

 光武があれば、それでどうにかしのぐ手段も講じることができるだろうが、その光武が壊れたからこそ新たな霊子甲冑が必要なわけで──

 

「クソ! 完全に手詰まり、だな」

「降魔が出た場合への対処が……」

 

 米田とあやめが目を伏せる。

 降魔への対策──二人とも心当たりが無いわけではない。

 

「……湯島神社の件がありますから。あまり考えたくはないですが……」

「ウメにやらせるのか?」

 

 米田は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「できれば戦わせたくはない、という司令の気持ちはわかります。私も気持ちは同じですから」

 

 梅里は降魔と戦えることを示してしまった。

 だが、梅里が冷静でなかったという報告は受けている。彼が降魔を前にして冷静でいられなかったのも分かる。

 だが、それでも──

 

「司令、よろしいでしょうか?」

 

 支配人室のドアがノックされ、その向こうから声がかけられた。

 声には聞き覚えがある。今まさに話題にあがっていた、という意味では奇遇と言うべきか。

 

「──入んな」

「失礼します」

 

 ドアを開けて一礼し、支配人室に入ってきたのは──

 

「巽くんとしのぶ? それに……」

「ウメ……」

 

 梅里と宗次、それにしのぶの三人だった。夢組の隊長と副隊長二人という責任者達である。

 梅里だというのは声で分かっていたが、他に二人いるのは想定外だった。

 三人は改めて一礼し、梅里が口を開いた。

 

「花組の状況は聞きました。その上で、具申したいことがあります」

「……状況、わかっているんだろうな?」

「次期霊子甲冑の開発、製造するまでの時間稼ぎが必要、なんですよね?」

 

 そう言いつつ、梅里は書類を差し出す。

 それを受け取ったあやめがざっと目を通し──

 

「これは……」

 

 ある作戦の計画書だった。

 あわてて顔を上げて梅里を、そして巽を、しのぶを、見る。

 三人とも、特に梅里としのぶは今まで見たことがないような思い詰めたような顔をしていた。

 

「……あやめ」

 

 その反応を見た米田が手を出したので、あやめはその書類を米田へと手渡した。

 それに米田が視線を走らせ──

 

「……正気か?」

「正気でなければ、持ってきません」

 

 そう答える梅里に米田は「そうか……」と書類を机に置き、立ち上がる。

 そして──激高して、机に拳をたたきつけた。

 

「こんなものッ! 認められる訳がねえだろ!! お前達は、夢組を潰す気か!!」

「……それしか、手がありません」

「だが、こんな無謀な計画は──」

「無謀などではありません!」

 

 梅里と米田の間に入ったのは宗次だった。

 

「この手がもっとも多くの時間を稼ぐことができ、かつ被害が最小に抑えられるものです」

「花組が不在で戦えない今、霊力を重視していない他の隊では降魔を抑えるのは不可能です。わたくし達が、いえ、わたくし達以外には矢面に立つことは、不可能です」

 

 宗次に続いたしのぶを、米田はジッと見る。

 

(しのぶまで来るとは正直意外だったな。陰陽寮のことだからてっきり見限ると思ったが……)

 

 ついでに地下に納めた『アレ』の引き渡しまで要求してくるのも考えた。

 今来た三人の中にしのぶが入っていた時点でそれが真っ先に浮かんだくらいだ。

 

「理屈は分かるが、それでどうにかなるような相手じゃねえだろ! 降魔だぞ」

「その降魔を相手に、司令と副司令たちは霊子甲冑無しで立ち向かったじゃないですか!」

「「──ッ!!」」

 

 梅里の言葉に、米田とあやめが絶句する。

 そして思い浮かべたのは降魔戦争のことだ。二人と真宮寺一馬、山崎真之介の四人で挑んだあの戦いを。

 

「我々は、司令や副司令方四人ほどの強さも霊力もないかもしれません。しかし四人では、ありません!」

「今の夢組ならば、それを組織力とその団結力で補えると、わたくしは信じております」

 

 宗次と、そしてしのぶの言葉に米田は胸を打たれた。

 そして再びしのぶをチラッと見る。

 

(この娘っこが、こうも真剣に帝都のことを、それに仲間のことを考えるとはな。そいつはウメ、お前の功績だぞ)

 

 そう思いつつ、視線を梅里へと向ける。

 決意を秘めた目は全く揺らいでいない。

 

「……新型の開発のために錬金術班、特に松林は使うからな」

「想定内です」

「……期間はわからんぞ。新型の開発にあとどれくらいかかるか、見当が付いてない」

「承知しています」

「命の保証は全くできん。現に──オレは降魔戦争で二人の隊員を失っちまっている」

「……覚悟の、上です」

 

 米田は書類を手に、一度振り返って梅里達に背を向ける。

 そして──

 

「わかった。お前達、夢組に指令する──」

 

 そう言って書類を片手に持って告げる。

 

「お前らの立てた『夢十夜作戦』を承認する。速やかに実行せよ」

「「「了解!!」」」

 

 梅里、宗次、しのぶの三人がそろって敬礼をした。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 その日も銀座は人通りがほとんどなかったが、付近が生活圏になっている者たちは首を傾げていた。

 舞台をやっているわけでもない大帝国劇場の人の出入りが、どうにも多いのだ。

 それも若い女性が中心になって入っていく。

 食堂も売店も営業しておらず、なにかあるのかと思って入ろうとした一般人は「今日は入れません」と事務員に拒否されてしまっている。

「いったいなにをやってるのでしょうかね」

 数少ない気になった人々が首を傾げるのだった。

 

 その帝劇へとやってきている女性たちもまた首を傾げていた。

 

「いったい、何の用事なのかしらね」

「こんな時期に本部に集合するなんて……」

 

 召集がかかっているのは帝国華撃団夢組。それも普段はこの大帝国劇場で勤務していない一般隊員達も含めた全員だ。

 劇場に入った彼女たちはそのまま客席へと案内され、なるべく前から詰めて座るように言われ、その指示に従った。

 

「普段の慰労で観劇……っていうのなら最高なんだけど。さすがにないわよね」

「そりゃそうでしょ。だって花組、逃げ出したって聞いたわよ」

「え? 本当なの?」

「あ~、なんか一部そういう人もいるみたいね」

「でも、あの降魔を見たら気持ち分かるかも……」

「あれと戦えって言われたら、逃げ出したくもなるわよね」

 

 そういった会話が小さな声でひそひそとされているのは、さすが若い女性達といったところだろうか。

 そして集合時間が過ぎ、全員が席に着いているのを確認すると、照明が落ちる。

 直後、ステージが明るくなった。

 そこには──

 

「あれって、隊長? それに副隊長の二人……あとは各班の頭?」

「わ、隊長久しぶりに見たわ。タッちゃんはよく見るけど」

「しッ! 聞こえるわよ」

 

 ちなみにタッちゃんは支部の女性隊員達がひそかに仲間内で呼んでいる巽 宗次の愛称である。もちろん本人は知らない。

 舞台に立っていたのは中心に梅里。そのすぐ後ろの左右に副隊長の宗次としのぶ。さらにその後ろに、幹部メンバーの本部勤務員と隊長直下の特別班の4人。それに支部勤務ながらティーラが立っている。

 その誰もが戦闘服。幹部各自の専用色に染められた袴や男性用戦闘服が目に付いた。

 

「総員ッ、傾聴ッ!!」

 

 という宗次の大声が舞台に響きわたり客席の一般隊員達が思わず背筋を伸ばす。

 ゆるんでいた空気が締まり、私語もピタリと収まった。

 そして宗次から、「今から作戦を前に隊長から訓示がある」との説明があり、いよいよ梅里がマイクを握った。

 

「……今回の作戦、『夢十夜作戦』は非常に危険なものだ。正直、命の危険がある」

 

 多くの隊員達が抱いている梅里への「笑顔の優しい隊長」というイメージとは違う、梅里の真面目な顔でのその独白に、隊員達は違和感を覚えていた。

 

「この作戦の目的は時間稼ぎだ! みんなも霊子甲冑が全機限界を迎えて壊れたという話は聞いていると思う。予備機が無いことも。中には、「花組隊員が逃げ出した」なんて噂を聞いたことがある者もいるかもしれない──」

 

 先ほど話をしていた数人がビクッと肩をふるわせる。

 

「彼女たちの名誉のために言っておくけど、それはガセだ。居なくなった花組隊員達は自分の腕を磨くために、修行にでているだけ。新たな霊子甲冑に自分の実力が見合うように──」

 

 梅里の話を聞いて数人が「え? 新しい霊子甲冑?」「どういうこと?」とざわつくが、宗次がその声の方を見て目で黙らせた。

 

「問題は、その霊子甲冑がくるまでの間の降魔への対処だ。本来なら降魔の相手は『対降魔迎撃部隊』である花組の仕事。だけど花組はいない」

 

 梅里は言葉を切る。花組が戦えないという事実を、一般隊員達にも受け止めてもらう必要があるからだ。

 

「ではどこが対応するのか。月組も風組も雪組も、彼らは優れた技術を持っているが、降魔には対抗できない。降魔を倒すには霊力が込められた攻撃でなければならないからだ」

 

 そこまで話が進めば、ある程度予想ができる。「え?」「まさか……」という声がちらほら聞こえるが、今度は宗次は黙らせなかった。

 

「霊力の専門家は、僕ら夢組だ! だから花組の代わりに僕らが戦う。いや、花組以外では僕らしか戦えない」

 

 誰もが黙り込んでいた。

 明治神宮の戦いで、急遽現場封鎖のために元日から呼び出された隊員達は直接目にしている。それ以外の隊員達も出動した隊員達から話を聞いたり、世間で流れる噂を耳にして、その恐ろしさを感じていた。

 

「もう一度言うけど、作戦の目的は時間稼ぎだ。期間は花組の霊子甲冑が完成するまで。その間、出現する降魔の相手を我々夢組が行い、討滅する」

「そんなの、隊長が強いからできるだけじゃないですか!!」

 

 それを聞いて勢いよく立ち上がり、言い放った女性隊員がいた。

 宗次が睨むが、彼女は引き下がらず、立ち上がったまま梅里を見つめる。

 

「そうだね。だから僕と、宗次、それに紅葉は原則一対一で当たる。それ以外の者が一対一で降魔と戦うことは絶対に禁止だ」

 

 立っていた隊員は「え……?」と戸惑い、勢いを失って着席をした。

 

「最初に言ったよね、命の危険があるかもしれないって。その危険をできうる限り下げるための作戦がコレさ。降魔は分断して対応し、複数を連携させないこと。みんなは降魔一体に対して5人以上であたること。そして3人までなら守勢に回ること。それ未満なら迷わず逃げること。また攻勢にでるときは絶対に無理をしない、これを大前提の基本で戦う」

 

 ざわざわと「5対1……」「できる?」「え、でも……」といった様々な声があがる。

 

「それと、僕ら三人が一対一で戦っているところに手を出すのも禁止だ。それで呼吸が乱れたり、思惑がはずれたり、予想外の動きをされるのが一番困るから」

 

 余計な手を出して、それで降魔に攻撃されるのを助けられるほど余裕を持っていられるのはいないだろう。それ程までに降魔との戦いはギリギリのものになると梅里は踏んでいる。

 この前の湯島神社では明らかに降魔がナメて油断しきっていた。あの油断はもう無いと見るのが普通だろう。

 

「さて、これが『夢十夜作戦』の対降魔戦闘での基本方針だ。正直、これでも十分危険だ。だから……それでも戦える、作戦に参加できるって人は、今から壇上に上がって欲しい」

『──え?』

 

 一瞬、客席がどよめいた。

 作戦である以上は参加を強制されるのだと思っていたからだ。

 多くの隊員達は「参加しなくていいの?」と周囲を気にしてそわそわし始める。

 そんな中ですぐにスッと立ち上がった者たちが数名いた。

 男と女が同数。彼らはまっすぐ壇上へと向かい、全員が梅里の前に並び、端に立った封印・結界班の女副頭に合わせて全員が整った敬礼をした。

 

「私達は無論、参加します」

 

 彼女に続いたのは軍人の中から選ばれた霊力をもった人たちだ。

 宗次とともに軍派閥と言われる面々だが、彼らが参加することは最初から分かっていたことだった。

 それに続いたのは、陰陽寮派の面々だ。封印・結界班の男副頭を筆頭に壇上に上がり、梅里とそしてしのぶに恭しく一礼する。

 そして──

 

「のう、隊長! 質問……というよりも意見じゃが、よろしいかのう?」

「はい。道師(どうし)、なんでしょうか?」

 

 梅里から「道師」と呼ばれたのは、老婆と言って差し支えない高齢女性だった。

 しかしその声は歳を感じさせないほどの張りがある。

 もちろん梅里も、その他の幹部も知っている夢組では最高齢メンバーであり、彼女は支部付の幹部──除霊班支部付副頭である

 

「さっきの、降魔と一対一で戦うメンバー、お前さんに巽副隊長、それに紅葉の嬢ちゃんだったが……それに非常時限定でわしも加えてくれんかのう?」

 

 そう言って笑みを浮かべる。

 除霊班の副頭を務めるだけあって、それだけの実力が彼女にはあるのだ。

 

「年老いたとはいえ、まだまだ戦えるぞ、わしは」

「道師……お強いのは分かるのですが、御歳を考えたら……許可できません」

「なぜじゃ? あの技を使えば隊長にだって負けやせんつもりじゃが?」

 

 それは梅里も分かっていたので苦笑いする。

 あの技とは彼女の霊力と気で全盛期の力を再現する技で、その間は肉体がその全盛期にまで若返る。そうなったときは間違いなく梅里よりも強いのだが、弱点があった。

 持続時間だ。

 

「あの技を使ったら体力が持ちませんよ。ひょっとして道師、ここが死に場所──なんて考えてませんか?」

 

 涼しい顔で聞き流した道師だったが、それは梅里の指摘が正鵠を得ていた。

 他の若い連中が命を落とすくらいなら、自分が命を懸ける方が順番というものだろう、と。

 

「可愛い御孫さんが生まれたそうじゃないですか。その子に武術を教えるんですよね?」

「む……」

 

 梅里が以前彼女から聞いた話を持ち出してきたので、道師は黙るしかなかった。

 そうして、梅里は他の全員に語りかける。

 

「みんなも聞いて欲しい。危険だとは確かに言ったが、誰かを犠牲にしようなんて考えてない。だから犠牲になろうという考えも絶対にしないで欲しい。いいね」

 

 それを聞いたステージ上のせりが「よく言うわね」と人知れず小声でつぶやく。

 そんなことも露知らず、道師がひょいと立ち上がると、歩みを進めてそのままステージへと上がった。

 壇上の人となった彼女は梅里の下へと近づく。

 

「まったく……この歳で、この場所に立つとは思わなかったわい」

 

 そう言って笑顔を浮かべる道師に、考えを見抜かれているな、と梅里は思った。

 この『夢十夜作戦』は、夢組が主役になる作戦だ。普段、この舞台を独占している花組の代わりに、戦いの主役となる彼女たちには、ここでスポットライトを浴びる資格がある。そう思ってこの演出をした。

 

「御孫さん、今度、僕にも見せてくださいよ、道師」

「ふむ。そうじゃのう……平和になったら、見せてやると約束しよう。しかし覚悟しておくんじゃぞ」

「なにがです?」

「可愛すぎてメロメロになってしまわぬようにな。嫁にくれといわれても早すぎるし、歳もちと離れすぎておるからのう……」

 

 そう言って道師は思わせぶりに、彼の後ろに並ぶ幹部メンバーのうち三人をて笑みを浮かべる。

 

「そうなっても、歳が近いところで我慢するんじゃぞ。なぁ、せり、しのぶ、かずら」

「「「なッ!?」」」

 

 場が場だけに三人はそれ以上反応しなかったが、それで場の空気が和らいだのは確かだった。

 その効果もあり、道師が壇上に上がったことで、それに続く者が一気に増えた。

 というのも、道師は花やしき支部で一般隊員達に戦闘訓練を行って鍛えている。その教えを受けていない者がいないほどだ。また人生経験豊富な彼女に相談したり、お世話になった人は多い。

 そういったメンバー達がこぞって道師が入ったのに自分が行かないわけにはいかないと志願する。

 

 やがて──

 

「よく、舞台に上がりきれたな」

 

 人であふれた舞台を見渡しながら宗次が皮肉っぽく言う。

 夢組全員、欠けることなく『夢十夜作戦』に参加することとなった。

 梅里としてはホッとしていた。最悪、幹部しか参加しないことまで覚悟していたが、一般隊員──特に軍派閥でも陰陽寮派でもない隊員たちまでも全員が参加してくれたのは、本当に頭が下がる思いだった。

 それから細かく指示が飛ぶ。

 

「錬金術班は基本的に新型霊子甲冑の開発に参加するように。特に頭は専従であたるように」

「了解っと。夢十夜ってことは、さしずめオレは悪を祓う仁王像を彫る運慶ってところか」

 

 梅里の指示に、松林 釿哉が軽口混じりに応える。

 

「釿さんのことですから、“百年待て”と言いかねませんよ」

 

 そう言って欣也を半眼で見るのはヨモギ。彼女もまた作戦の要だ。

 

「ホウライ先生は衛生班を、よろしく頼みます」

「ええ。大船に乗ったつもりでいてください。今度こそ“失敗しません”からね」

 

 錬金術班のみ、主に釿哉と一緒に霊子甲冑開発につく者と、ヨモギとともに衛生班となって出るであろう負傷者の医療にあたる者に別れ、他は各班を混ぜた新たな編成を組んで、夢組主導のは『夢十夜作戦』開始される。

 綿密な分担と作戦の徹底、そして夢組以外の各隊からの支援もあって、たまに現れる降魔を負傷者を出しながらも夢組は確実に討滅していった。

 




【よもやま話】
 夢十夜作戦の「夢十夜」は夏目漱石の小説から。釿哉の「運慶」の台詞もそこからです。(某アルター使いとは関係ありません)
 ……人の通りがなくなって経済が止まるというのが、ゲームのサクラ大戦の時には全く解っていなかったな、とこれを書いている新型コロナウイルス騒動の真っ最中に思い知らされました。
 道師は新サクラ大戦の上海華撃団員の祖母という設定。どっちにするか迷いましたけど。道師自身はたぶん新サクラのころには天寿を全うして故人となってます。
 それで気が付いたのですが、上海の二人よりもクラリスが年下ということには驚きました。当然にクラリスの方が上だと思ってました。


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─5─

 作戦が開始されて二週間が経った。

 

 その間、負傷者は医療ポッド(特に女性隊員達からあまりに不評なため、支部のものは前面に布製のカバーをかけることになった)で早期復帰をし、骨折等の重傷者は入院という状況で、夢組はかろうじて体制を維持していた。

 梅里達指示されている三人が一対一をすれば負傷者も出ないが、それ以外の場合にはどうしても負傷者は出てしまう。それほどまでに降魔は強かった。

 花組隊員で修行に出なかった三人のうち、開発に全力を尽くしている紅蘭はともかくとして、他の二人に夢組が負担しているのがバレ無いように気を使いつつ、出撃を繰り返していた。

 そして、そんな中でも──大帝国劇場の食堂は営業を再開していた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 降魔騒ぎで怯えた帝都市民達は外出を自粛してしまい、人通りが少なくなっていた。

 人通りが少なければお店も開けていても客が入ってこないのだから閉めた方がマシということになり、店が閉まっているから市民は出歩かない、と完全な負のスパイラルである。

 大帝国劇場も花組は修行に出ている者もいて、当然公演はやっていない。

 ただ売店と食堂だけは開いているのだが、いかんせん、食堂の客足は鈍く、お世辞にも繁盛しているとは言い難い状況だった。

 

「やっぱり、厳しいわね……」

 

 給仕をしのぶと紅葉に任せ、せりはロビーまで様子を見に来ていた。

 入ってくる客はほとんどいない。売店でやはり油を売っているような状況の椿と目が合うと、彼女は頭を下げてきた。

 せりは椿のところへと向かう。

 

「こんにちは、せりさん。そっちの状況、どうですか?」

「似たようなものよ。ほぼ開店休業状態」

 

 お手上げと言わんばかりに両手をあげるせり。

 その姿に椿は苦笑する。

 

「でも、夢組は大変なんじゃないですか? 失礼な言い方になっちゃいますけど、食堂をあけてる余裕なんてありますか?」

 

 椿の言葉にせりはため息をつきながら答えた。

 

「それは同感。まったく、椿ちゃんからもうちの主任に言って頂戴よ。私も無理にやることはないって盛んに言ってるんだけど、聞く耳持ってくれなくて」

 

 事実、再開して最初の数日は「なんだかんだで営業すれば人は来るだろう」くらいに思っていたせりだったが、世の中そんなに甘くないとその数日で思い知らされた。

 あまりの売り上げのなさにため息をつく毎日。

 経営を無視するような梅里の姿勢にはイライラが募り、シフトを組むにも『夢十夜作戦』に配意しなければならず、やはりいっそ営業を止めた方がスムーズじゃないかという考えに至った。

 それを梅里に進言したのだが、帰ってきたのは「現状維持」。そのくせ作戦の要の一人になっている梅里本人は出撃する機会が多いのだから始末が悪い。

 

「あいつ自身こそ、よっぽど無理してるのに……」

 

 梅里は降魔との戦闘経験が他よりも多いので積極的に出撃している。湯島神社のような一方的な展開では無くなっているし、大きな怪我こそしてないが、負傷や疲労は見ていて明らかだ。

 それに加えて食堂でも厨房を仕切っているのは彼であり、その二足の草鞋(わらじ)が負担にならないわけがない。

 

「あ、やっぱり心配ですか?」

 

 せりの表情を覗いた椿が冷やかすように笑みを浮かべる。

 それに気づいてせりは狼狽えた。

 

「と、当然でしょ? 食堂の主任なんだし、夢組の隊長なんだもの。倒れたりしたら困るわ」

「でも、そうなったら一日中看病できるチャンスですよ」

 

 完全な冷やかしモードの椿に言われ、困惑しながらも思わずそれを想像してしまうせり。

 横になっている梅里の世話を自分がして、弱った梅里にお粥を食べさせたりして──

 

「──あれ? すみれさんじゃないですか」

 

 ふと発した椿の声で、せりは我に返った。

 見れば、コソコソとした様子でロビーを抜けようとしたであろう花組の居残り組、神崎 すみれが椿に声をかけられ、焦ったような感じで立ち止まっている後ろ姿があった。

 意外なことに、椿とすみれは仲が良いらしい。その椿に声をかけられたすみれは咳払いを一つすると振り返り、すました様子で椿とせりがいる売店へとやってきた。

 

「あら、これは椿さんとせりさんではありませんか。お二方とも、どうなさいましたの?」

 

 そして余裕の態度で二人に話しかけてくる。

 

「せりさんと話していたんですけど、お客様の数が少なくて……開けている意味ないんじゃないかと思って……」

「そうなのよ。食堂は日持ちしない食材もあるし、それに……仕入れ価格も上がってるし。やっぱり閉めた方がいいのに、う──うちの主任ときたら……」

 

 せりはうっかり名前を言い掛けたのを誤魔化しつつ怒りを募らせる。経済が止まりかけているのは、すでに食材の調達にも影響が出ているのだ。

 

「あら、食堂主任──たしか武相さん、といったかしら。別の組とはいえさすがは隊長、慧眼をお持ちのようですわね」

「「──え?」」

 

 せりが梅里を批判する中、すみれが全く逆に誉めたので、せりと椿は驚いて彼女の顔を見た。

 

「慧眼だなんて買いかぶりすぎよ。赤字を垂れ流してるのよ?」

「確かに、そういう意味では食堂を任された身としては、問題のある行動でしょうね」

 

 自分の言ったことに賛同したすみれに、せりは大きくうなずき、椿もまた納得したと言わんばかりにうなずく。

 

「でも、店を閉めたままにするというのは大きな視点で見た場合には少々短絡的とも言えるのですわ。例えば、降魔が帝都のそこかしこでいつ現れるかわからないような事態であれば、出歩かないのは無理もないことですけど、実際には違っておりますわ」

 

 すみれが知ってか知らずか、指摘したとおり降魔が現れるのは数日に一回程度であり、それを夢組が対応している状況である。

 

「疫病のような目に見えない脅威と違って降魔は目に見えます。その遭遇する恐れの低い見える脅威に対して、ここまで人々が出歩かないというのはいささか過剰な反応……武相主任は、そんな中で出歩く人を迎えることで、応援しようとしていらっしゃるのでしょうね」

「あ……」

 

 数少ない出歩く人が店を訪れようとしても、その店がやっていなければますます人が出歩かなくなる。しかし逆に店がやっていたとすれば──その噂が流れれば出歩こうとする人が増えていくことになる。せりも椿も商売の心得があるだけにそれが理解できた。

 

「出歩く人が増えれば、経済も回り始めることでしょう。それを少しでも手助けしようという心意気。それが帝都を守る華撃団としての姿勢。そう考えれば評価するべきだとはわたくしは思いますわよ」

 

 さすがは財閥令嬢といったすみれの視点である。

 個人商店や規模の小さいところならば客がこないことは死活問題なのだから、営業しないというのは正解だ。

 だが、ある程度体力のあるところならば「損して得取れ」という方針が取れる。梅里がしているのはまさにそれだった。

 ──事実、数日後の新聞には「休マズニ営業スル名店」と新聞に掲載され、評価と売り上げを伸ばすことになるのだが、今のせりや椿には知る由もない。

 

「はぁ……武相主任、そこまで考えていらしたんですね」

「大きな視点で考えられるのは、さすがはすみれさんとは思うけど、アイツは本当にそこまで考えてるのかしら……」

 

 純粋に感心する椿と違い、せりは苦笑を浮かべる。

 身内で目が厳しいというのが半分、もう半分は自分が察することができなかったことをすみれが言い当てた悔し紛れといったところだ。

 

「まぁ、こればかりは御本人にお聞きするしかありませんけど……」

「あ、武相主任ならさっき出掛けていきましたよ」

 

 すみれの言葉に椿が言うや──

 

「──え?」

 

 それを聞いて唖然とするせり。

 てっきり厨房で仕事をしているのだと思いこんでいたのだ。

 そんな様子に逆に驚く椿。

 

「知らなかったんですか、せりさん?」

「知らないわよ。私に断りなんてなかったもの」

「そうだったんですか。着替えていたので、てっきり承知済みだと思ってました。それに……」

「それに?」

 

 なにかイヤな予感がして、せりは椿に続きを促す。

 

「それがその……かずらが一緒にいて、二人で腕を組んで出掛けていったので……」

 

 苦笑混じりに言った椿の説明を聞いたせりの機嫌が、傍にいたすみれさえも顔がひきつるほどに悪くなったのは、無理もない。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 一方、ガラガラの食堂に自分の仕事はないと判断して外出した梅里が向かっていたのは、帝都内の病院だった。

 帝劇内で偶然出会ったかずらが「お出かけなら私も行きます」と勝手についてきており、すっかり上機嫌の彼女は帝劇を出る前から梅里の腕にしっかりと自分の腕を絡めていた。

 人通りがあまりなく、どこか暗い雰囲気さえ漂う帝都市内では、そんな二人を気にするような人もなく、どこか淡々とした道行きになったのは、かずらとしても少し不満なところではあった。

 そんな二人が病院に行った目的は──

 

「た、隊長!? すみません、わざわざ……」

「私なんかのために……御足労をおかけして申し訳ありません」

「スミマセン。横になったままで……」

 

 いずれも怪我で入院している夢組隊員達の見舞いだった。

 さすがにかずらも病院内では腕を解き、梅里の背後に控えるように立っている。年齢こそ上だが、立場的には調査班副頭である彼女の部下にあたる隊員もいたのだ。

 だが、怪我をした彼女はかずらを責めるような目で見るどころか、まるで「がんばってね」と言わんばかりに笑みを浮かべて、梅里とかずらを見送ってくれた。

 梅里の外出に同行してちょっとしたデート気分だったかずらは、そんな光景に気まずくさえ感じているのだった。

 

「……皆さん、大変そうでしたね」

「そうだね」

 

 言葉少なに答える梅里は、かずらからするとどこか上の空のように思えた。

 そして梅里自身はといえば、彼女たちの負傷は、自分のせいだと考えていた。

 それしかなかったとはいえ、作戦を発案し、宗次と煮詰めた上で司令の許可を得て発動させたのは梅里自身だ。

 その無茶に、夢組全体が巻き込まれているとも言える。

 

「……誰も傷つかないような方法があればなぁ」

 

 自然と、口をついて考えたことが思わず口から出てしまう。

 降魔との戦闘経験がもっともある自分が、単独で降魔と戦い、すべて倒せればいいのだろうが、あまりに無茶で無謀過ぎて作戦ですらない。それに、そんな状況はせりとの約束に反する。

 

「梅里さん?」

 

 かずらがそんな弱音を吐いた梅里を心配するように下からのぞき込んでくる。その視線に気づいた梅里は無理に笑顔を浮かべた。

 

「そんなのが理想を越えた夢物語だっていうことはもちろん分かってるよ。でも、誰も傷ついて欲しくないよ。やっぱりね」

 

 この二週間で大なり小なり、皆傷ついている。多少の傷は薬で対処しているが、重傷者は入院や医療ポッドで対応している。今日見舞ったように骨折等で戦線離脱を余儀なくされた隊員たちも出始めている。

 この前、ヨモギから言われた言葉が頭をよぎる

 

「隊員たちは気持ちも前向きですが、強がりと言っていいでしょう。実際のところを医者としての立場から言えば身体的にはもはや限界寸前です」

 

 そう言ってヨモギは顔を伏せていた。

 降魔との戦闘は体力も霊力も激しく消耗する。矢面に立つことからも今までの花組の支援とは段違いになっている。

 

「そう、ですよね……」

 

 先ほど会った隊員たちの顔を思い浮かべたかずらが表情を曇らせる。

 そんな彼女の様子で梅里は、弱気になっていた自分に気がつき、そして恥じる。自分が始めたことなのだから、最後まで責任を持たなければならない。

 

「でも、花組の紅蘭もうちの錬金術班もがんばっている。そろそろいい知らせがくると思うよ」

「え?」

 

 梅里の言葉にかずらは思わず振り返る。

 

「新型霊子甲冑。それができるまでの辛抱だからね。それまでがんばろう」

「はい!」

 

 梅里が笑顔で言うと、かずらはそれに応えるように笑顔でうなずいた。

 

 

 ──その直後、梅里の下に緊急の連絡が入る。

 今までで最多の数での降魔の出現情報がもたらされたのだ。

 

 




【よもやま話】
 今回の花組ゲストはすみれさん。実は花組では年齢的に下から数えるとアイリスの上でありながら、しっかりしてるよなと思ってました。
 外出自粛を非難しているように見える文章かもしれませんが、これはあくまでサクラ大戦での状況下に於いて、ということで書いてますのでご注意を。現実の新型コロナ対策では外出自粛は賛成&推進派ですので。


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─6─

 出現報告は帝都の海側の外れに位置する羽田であった。

 幸いなことに住民もあまりいないそこでは、周囲の被害を気にすることなく戦えたのは利点である。

 だがその数は多く、梅里、宗次、紅葉の三人が全員出撃し、それぞれ降魔を一対一をしてもそれでもまだ複数の降魔が残っている。

 それぞれの降魔を封印・結界班の障壁で隔離してそれぞれ孤立させ、連携が取れないような状態にしているのだが──戦況は厳しい。

 副隊長のしのぶと、除霊班副頭のコーネルと道師の三人が指揮をとり、どうにか全滅させたときには、もはや夢組は満身創痍といった有り様だった。

 そして──悪い状況と言うものは重なるのだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 その気配を感じた梅里がスッと立ち上がる。

 同じように紅葉が立ち、梅里の前に立つ。

 

「どうしたんだ、梅里……」

 

 二人のただならない雰囲気に、寄った宗次が声をかけるが、それに答えは返ってこない。

 ただ、彼が浮かべる表情が、危険さを如実に表していた。

 

「──ッ! 総員、武器を構えろッ!!」

 

 宗次が怒鳴り、全員が慌てて跳ねるように立ち上がる。

 相変わらず、敵の姿は見えないが、それでも夢組の隊員たちはその嫌な気配を感じ取って周囲を探っていた。

 そして──

 

 

「さすがは霊能部隊、といったところでしょうか……」

「これでも気配は消したんですがね……」

「いやいや、これくらい気づいて当然だろう……」

 

 

 その“声”とともに、気配を隠すつもりが無くなったのか、圧倒的な重圧が、隊員たちをおそった。

「ぐッ!」「ううッ!」「なッ!?」「くはッ!!」

 それを受けた隊員たちが苦痛に歯を食いしばる。

 気がつけば、集まっていた夢組を囲むように、十の人影が等間隔に円状に並んで包囲していた。

 人影といっても、その体躯は非常に小柄で子供程度しかない。

 いずれも陣笠のような笠と、額に貼られた大きな札で顔は完全に隠れており、その表情を見ることはできなかった。

 さらには体を隠すかのように、すっぽりと体を覆うような外套を身にまとっていた。

 十人それぞれの違いを示すのは、顔を隠す札と体を隠している外套だった。

 青い札が三人、無地の赤い札が四人、文字が書かれた赤い札が三人。外套についてはそれぞれ別々の絵が描かれているが、花組が明治神宮で遭遇したという情報のある上級降魔「猪」「鹿」「蝶」が身につけていたものと同じような花札の柄が描かれたもの。

 

「……上級、降魔?」

「その通り、ですよ」

 

 梅里が発した言葉を、青い札で顔を隠し、菊が描かれた外套を身にまとった者が肯定した。

 

「湯島神社にいたのも、お前達だな?」

「ほう、小生らのことによくぞ気がついたものですね……いえ、油断があったとはいえ下級の降魔を容易く退けた貴方なら頷けるというものでしょうか」

 

 梅里は、目の前の上級降魔たちが放つ気配が、初詣で訪れた湯島神社で降魔と遭遇直前に感じた気配と同じと気づいた。

 

「随分と仲間を倒してくれたようですが……それもここまででござんす。あっしらが相手をする以上は」

 

 無地の赤い札に柳が描かれた外套の降魔が凄む。

 それに「なにを!」と紅葉が身構え、それを梅里は肩をつかんで制止した。

 今、動けば、いかに紅葉だろうと集中攻撃を受けることは必至であり、それが生死に関わると判断しての反応だった。

 他の者も身動きがとれず、武器を構えることしかできない。

 

「死にゆく貴様らに教えてやろう。貴様らを殺す我ら──上級降魔『十丹』の名を!!」

 

 梅里の正面に立つ個体──文字の書かれた赤い札に、「松」が描かれた外套が描かれた者──が名乗るや、他の個体が包囲を解いて、その周辺へと集まる。

 それが『十丹』のリーダーらしく、指示を出した。

 

「赤丹!! お前達だけで十分だろう。任せる」

「「「「はッ!!」」」」

 

 無地の赤札が貼られた四人が前に出る。同時に他の六人は姿を消した。

 数が減ったが油断はできない。例え小柄な体躯であろうと、油断できる相手ではないことをその威圧感が示している。

 身動きがとれない夢組の面々を見て、赤丹四人の、札の下に見える口がニヤリと歪んだ。

 

「見せてやりましょう。あっしらの力を……」

 

 四人は円陣を組み、互いの手をがっちりと握りあい──

 

 

「「「「融合!!」」」」

 

 

 妖力が爆発した。

 

「くッ!!」

 

 それが起こした風圧を腕をかざして防ぐ。その腕を退けた後には、成人と同じくらいにまでの背丈となり、顔には4枚の赤い札を貼った上級降魔が姿を現していた。

 

「……合体した、だと?」

 

 宗次が愕然としながらつぶやいた。

 一方、その横では特別班の近江谷(おおみや) 絲穂(しほ)がなぜか目を輝かせている。

 

「これは……かなりの力ですぞ」

 

 融合した降魔『赤丹』が放つ妖力に、和人が思わず顔をしかめた。

 

「だからって、逃げる訳にはいかないでしょ!」

 

 せりが矢筒から矢を取り出して、逆の手にある神弓(しんきゅう)光帯(こうたい)を握りしめた。

 そして矢をつがえ、放つ。

 

「ふん!!」

 

 『赤丹』が吠えると、周囲に風が巻き起こり、せりの放った矢をそらす。

 

「なッ!? まさか風を……」

「その通り。あっしらが妖力にて操るは風。その力、今こそ見せてやりましょう! 来なせえ! 魔操機兵・風巻(しまき)童子(どうじ)ッ!!」

 

 突如、『赤丹』の前の地面を中心につむじ風が巻き起こり、それが瞬く間に巨大なものとなって──それが収まると、一体の魔操機兵が鎮座していた。

 二腕二足だが、その突き出された日本の腕は、どちらも途中で地面に向かってL字に折れ曲がりその先端は手ではなく、丸みを帯びた金属に包まれている。

 現れた魔操機兵の上に『赤丹』は降り立ち──

 

「では……全て吹き飛ばせていただきます!!」

 

 叫ぶと同時にその姿がかき消えるようにいなくなり、魔操機兵の頭部に不気味な赤い光が灯った。

 背中の蒸気機関が蒸気を吹き出し、その出力をあげていく。

 

「ハアアアァァァァァァァッ!!」

 

 真っ先に動いたのは紅葉だった。

 爆発的に上げた霊力の影響で髪の毛が真っ赤に染まる。振り回した鎖をそのまま敵へと放つ──が

 

「そんな物などッ!!」

 

 風巻童子の腕の先端が開き、放たれた圧縮された空気が鎖の先端の分銅を弾き、そのまま紅葉へと殺到する。

 

「ぐッ!!」

「紅葉!!」

 

 派手に後方へ吹っ飛ばされる紅葉。反撃とばかりにせりが矢を射かけるが、風巻童子を中心に巻く風が、その矢を阻みあらぬ方向へと飛ばしてしまう。

 

「ああ、もう! あんなのズルいじゃないのよ!!」

「それなら、これを! ──大地に眠りし浄化の力よ、咲き誇れ! 花地吹雪ッ!!」

 

 しのぶの霊力によって赤紫色の花となって具現化した大地の浄化の力が、その花びらが渦巻く風によって舞い上がる──が、風巻童子を中心に舞うだけで、風の層に阻まれて機体に花びらが触れないまま、吹き散らされてしまう。

 

「そんな……」

 

 技を破られ、ショックを受けるしのぶ。直後に飛んできた圧縮された空気塊を、どうにか巨大に具現化した扇の写し身を盾に防ぐ。

 

『オンッ!!』

 

 封印・結界班の数名が集って念をこらすが──

 

「そんなものが効きますかい!!」

「馬鹿な! 縛界が……」

 

 中心になってしかけた和人が驚きの声をあげる。彼らの捕縛結界は風巻童子の動きを止めるどころかあっさり破られてしまった。

 その他、様々な攻撃が飛ぶが、風に守られた風巻童子は飛び道具のほとんどを無効化し、弾丸のような風の影響を受けないものも、その装甲を貫くことができない。

 梅里や宗次といった近接戦闘が得意とする者が仕掛けるが、風をまとっているせいでその見た目に反して身軽に動く上、突風で仕掛ける者の体勢を崩すなどして巧みに戦う。

 

「それなら、皆さんを……」

 

 かずらがバイオリンを構えて演奏を始める。霊力を乗せた調べが辺りに響きわたり、味方の霊力を引き上げる。

 

「邪魔ですねえ、小娘ッ!!」

 

 風巻大輪から三度、圧縮空気が打ち出され、演奏中の無防備なかずらへと飛ぶ。

 

「──え? あッ!」

 

 気がついたときには、それはかずらの目前に迫っており、思わず演奏を止めてきつく目を閉じる。

 

「グハッ!!」

 

 間一髪、間に入ったのは梅里だった。彼女を庇うような姿勢のまま、諸共に吹き飛ばされる。まとっていた満月陣は吹き散らされ、そのままかずらを抱いたまま地面を転がった。

 

「う、梅里さん!!」

「……無事?」

 

 抱き抱えられたような形のままで尋ねられ、その意外と近い顔に驚きながらかずらはうなずく。幸いなことに梅里がダメージを引き受けてくれてかずらは無事だった。演奏こそ止めてしまったが、バイオリンと弓もその手にある。

 

「はい、大丈夫です」

 

 かずらの返事にホッとする梅里。だが、状況はかなり厳しい。

 

(コイツ、本気で強いぞ……)

 

 こちらの攻撃は、飛び道具はほとんど届かない上、接近しても風が邪魔してくる。

 敵を寄せ付けない風巻童子は、足を止め──

 

「ハッ!! ……コイツに、耐えられますかい?」

 

 風巻童子が放つ妖力が上がり、それに伴うように蒸気機関もその回転を上げていく。そして、腕部の先端が完全に解放された。

 その先端についた装置から、猛烈な突風が吹き荒れ、風巻童子自身を中心にして、広範囲に猛烈な風が巻き始めていた。

 

「総員、伏せろ!!」

 

 宗次の指示に前後して、全員が吹き飛ばされまいと地面に身を伏せる。

 徐々に強くなる風は夢組全員を風の渦に巻き込もうとする。

 

「くッ!! かずらちゃん!!」

「は、はい……って、ええぇぇーッ!?」

 

 梅里はかずらを抱き抱えていたまま身を伏せ、姿勢を低くする。

 

「わひゃあッ!! あ、あの……梅里さん、この体勢はちょっと……」

 

 悲鳴を上げるのも無理はない。抱えたまま梅里が伏せたのだからかずらは自然と仰向け地面に寝転がることになり、梅里はその上に覆い被さっている。

 

「ちょ、動かないでください、梅里さん!!」

「でも、このままだと飛ばされ──」

 

 どうにか飛ばされまいとさらに身を低くしようと試みる梅里と、さすがに密着して焦るかずら。

 そんな二人を面白く思わないものがいた。

 

 

「くぉらぁー!! 梅里ぉぉぉ!! アンタ、なにしてんのよ!!」

「梅里様、破廉恥です!!」

 

 

 二人の厳しい声が上がるが、ますます強くなる風はその声すらも吹き飛ばす。

 巻き上げた砂埃は、周囲の視界さえも遮っていた。

 強くなる一方の風は、油断すれば一瞬で体を持って行きかねないレベルにまでなっている。

 これ以上強くなれば、この竜巻のような風に飛ばされる者も出かねない。なにより、他の者よりも姿勢が高くなっている梅里自身が危ないのだ。

 

「……このままじゃ、まずいな」

「はい……とてもマズいです。せりさんとしのぶさんに殺されます……」

「──え?」

 

 梅里はかずらの言葉で思わず彼女を見て、思いの外という以上に接近している現状にようやく気づき、随分とマズい姿勢になっていることに気がついた。

 

「あ、これは……違うんだ。わざとじゃなくて……って、さらに風が──」

 

 強くなった風に梅里は顔を伏せる。

 

「ちょ、ちょっと梅里さん、そこに、胸に顔は……そんな……」

 

 かずらが焦って声を上げる中──

 

(──隊長、お楽しみのところ失礼します)

 

 梅里に念話が届く。

 

(ヨモギみたいなことを言うな! とにかく、そっちから連絡をくれるとは助かったよ。近江谷姉妹をここに寄越して。共鳴させて、結界を展開させた上で、ね)

(わかりましたが……何をするつもりですか?)

 

 敵には飛び道具が通じず、かといって近接戦闘も分が悪い。

 

(奴らの弱点……とはいかなくとも、通じる攻撃の見当がついた)

(わかりました。とにかく近江谷姉妹をそちらに向かわせます)

 

 念話が途切れ、それからまもなくして間近で霊力が急速に高まり、結界を維持しつつこの猛烈な風の中に立つ近江谷姉妹が瞬間移動で姿を現していた。

 【双子】であるため、共鳴させて高めた霊力のコントロールを、瞬間移動を絲穂が担当し、結界の維持を絲乃が担当できるため、このようなことが可能だった。

 その結界内に入った梅里は暴風の圧力から解放され、うつ伏せから寝返りをうつように仰向けになり、大きく息を吐いた。、

 

「隊長! 近江谷絲穂並びに絲乃、お呼びとあって即参上いたしました!!」

 

 元気よく敬礼する絲穂。妹の絲乃の方は結界維持のため、精神集中しており、その余裕はなく、ジッと瞑想している。

 そんな二人を、かずらは人知れず恨みがましい目を向けていた。

 

「……もう少し時間かけてよかったのに……まったく邪魔ばかりして、この二人は」

 

 不満げに口を尖らせて、こっそり不満を言う。

 そんなことは露知らず、梅里は二人に礼を言った。

 

「ご苦労様。ありがとう、助かったよ」

「いえ。それで私たちは何をすれば……」

「そのまま、結界の維持で十分。あとは──」

 

 梅里は体を起こすと、かずらの肩をつかんで彼女も立たせる。

 

「彼女が、切り札だ!」

「え? あの……私、ですか?」

 

 戸惑うかずらに大きくうなずく梅里。彼に促され、かずらはバイオリンを構えると霊力を上げ始める。

 

「恐れながら隊長、この風では音は届かないのでは?」

「『音』、つまりは空気の振動はそうかもね。でも、かずらちゃんの演奏が奏でるのは『音』だけじゃない。霊力もだ」

「梅里さん……」

 

 かずらが梅里を見上げ、梅里もそれに目を合わせて優しく微笑む。二人の霊力が、まるで目の前の近江谷姉妹のように同調(シンクロ)し、お互いの霊力を高めていく。

 

「音のように広範囲に放射状に放たれる霊力、アイツにそれを防ぐ術はない、だからこそ、かずらちゃんが音楽を奏でたとき、その危険に気づいて真っ先に攻撃してきた」

 

 梅里は自然とかずらを背後から抱きしめていた。かずらの演奏の邪魔にならないように優しく、しかし強く。

 顔をその三つ編みに埋めるようにして精神を集中させる。すると銀色の光球が二人を包み込むように現れた。

 

「──満月陣・響月」

 

 それを中心に響きわたるバイオリンの音は吹き荒れる風に関係なく、周囲に伏せている夢組たちに聞こえていた。

 いや、バイオリンの音だけではない。それを補うその他の楽器の音色さえも、ハッキリと聞こえる。二人の霊力が『曲』として具現化して完成させていたのだ。

 

「なんです? 何の音ですかい!?」

 

 それは風巻童子の中にいる上位降魔、赤丹にも聞こえていた。

 

「音じゃない! 一つ一つが音であろうと、それが流れとなり重なりあえばそれは『旋律』となる!」

 

 かずらの奏でる旋律は、夢組や赤丹が聞こえたように霊力の振動となって周囲に響いていた。

 その霊力の振動が攻撃となって牙をむく。その獲物は──

 

「なッ! 腕がッ!?」

 

 風巻童子が持つ異形の腕の先にあった猛烈な風を発生させている装置、それが梅里とかずらのねらいだった。

 霊力の振動を受け、共鳴するように細かく振動し始めたその装置は、徐々にその動きを激しくし──ついに耐えきれなくなって瓦解する。

 

「ぬかった! クソォォォッ!!」

 

 それが破壊されたことで、風は急速に落ち着いていく。巻き上げた砂埃も吹き散らされ、一気に視界が晴れる。

 そこには多数の夢組隊員たちが地面に伏してる中で、腕部に深刻なダメージを受けてスパークを光らせている風巻童子と、銀光に包まれた梅里とかずらが対峙していた。

 そこへ、いち早く体勢を整えたせりが手にした神弓・光帯に矢筒から取り出した破魔矢をつがえた。

 

「この風巻大輪に弓矢など通じねえですぜ!!」

 

 降魔・赤丹の妖力を増幅して苛烈な風を発生させる装置こそ失われたが、それでも風巻童子は矢を避けるくらいの風をまとっている。

 それに絶対の自信を持つ赤丹が快哉の声を上げる。

 だが──せりが目を閉じて精神を集中させると、彼女の霊力を受けた矢が一筋の(いかずち)となった。

 

 

「神なる存在(もの)の怒号と裁き──受けてみなさい! 天鏑矢(あまのかぶらや)ッ!!」

 

 

 すでに霊視で狙いを付けていた彼女は、目を見開くと同時にその矢を放つ。

 轟音と共に一瞬で飛来した稲妻が、風巻童子を貫く。

 

「バカなッ!?」

「馬鹿はあなたでしょう? そんなミス、繰り返すと思ったの?」

 

 勝ち気な笑みを浮かべたせりが梅里とかずらを振り返る。

 

「トドメは譲るわ。きっちり刺しなさいよ!!」

 

 その声に呼応するように梅里とかずらが動く。

 

「我、奏でるは清めの調べ──私の想い……穏やかに、でも高らかに……響きわたって……」

 

 旋律を奏でつつかずらが美しい声で謳うように言い──それに梅里の声が合わさる。

 

 

「「serenade(セレネイド)for(フォー)you(ユー)」」

 

 

 梅里の姿がゆらりと残像を残して消える。

 流れるように、そして一気に距離を詰めた梅里は、ダメージで足を止めている風巻童子に刀を上段から斬りつけて「キン!」と甲高い音を響かせながら通り抜け──戻りざまに再び同じ音を立てて今度は横薙で一閃しつつ、かずらの元へと戻ってくる。

 そしてバイオリンを奏でるかずらと背を合わせるように直立した梅里が、刀をクルッと一回転させて腰の鞘に納める。

 それと同時に、風巻童子の正面に十字の筋が入り、切り裂かれて──

 

「馬鹿な!! 人ごときに、こんな力が……馬鹿なアァァッ!!」

 

 赤丹の叫びと共に機関が爆発する。

 かずらが楽器を下げて、梅里も納めたときのまま柄に置いていた手を戻す。二人はお互いに、ほぼ同時に大きく息を吐くと、顔を見合わせて笑顔を浮かべた。

 上級降魔・赤丹はこうして討滅された。

 

 

 どうにか羽田の危機を乗り越えた夢組ではあったが──この戦いでのダメージは大きかった。




【よもやま話】
 オリジナル上級降魔「十丹」がきちんと登場。湯島神社では声だけでしたので。正直出すのを迷ったのですが、他にエピソード思いつかなかったので出しました
 「赤丹」の4人融合のシーンは、少年サンデーに連載されていた「YAIBA」での、エメラルド、ダイヤモンド、ルビー、サファイアの4人がジュエルになるときのオマージュです。
 ちなみに風巻童子は、設計者の叉丹の考えでは本来は「猪」の火輪不動と組ませて竜巻で敵を足止めし、その上で火炎を撃ち込んで炎の竜巻を起こすはずだったのですが、その前に先走って出陣&撃破されました。
 敏捷性が売りで装甲は薄く、単独出撃なのに足を止めるとか自殺行為だったのに……。


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─7─

 無事に難局を乗り越えた夢組だったが、そのダメージはあまりに大きかった。

 死者こそ出さなかったものの、重傷者多数。入院患者は倍増。しかも緊急搬送されてそのまま医療ポッドに入れられた者までいる始末。

 まさに隊全体が満身創痍というありさまであった。

 

 しかし、そんな夢組に吉報がもたらされる。ついに新型霊子甲冑『神武』が完成し、花組に配備されたのだ。

 時を同じくして、修行から帰ってくる花組隊員たち。

 それを待っていたかのように、暁の三騎士・上級降魔「猪」が多数の降魔を引き連れて銀座に現れたのだ。出撃した花組は、光武の時、また夢組が赤丹と戦った時とは違って圧倒的な力を見せつけて降魔を次々と撃破して「猪」さえも倒し、それを帝都市民に見せつけたのである。

 それで安心した帝都市民たちが出歩くようになり、経済もまた急速に元に戻ることになるのだが──それはもう少しばかり時がかかることであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──とはいえ、あそこまで強いんなら、もう数日早く完成して欲しかったよね」

 

 少し恨みがましい様子で愚痴る梅里は、花やしき支部の医務室にいた。

 赤丹との戦闘でかずらを庇った際の負傷は思った以上に大きく、戦闘終了後に急に痛み出したのだ。

 それで医者のホウライ先生こと大関ヨモギに見せたところ──

 

「折れてますね。肋骨」

 

 骨折という診断の割にはサラッと軽い調子であっさり診断を下し──

 

「隊長の場合、時間かけるわけにもいきませんし医療ポッド使いましょう」

 

 そんな治療方針を言われた。

 だが、その医療ポッドも戦闘で危険なまでに負傷した隊員の治療を最優先にしたため支部のものまで塞がっており、戦いから数日たった今になってようやく使用可能になったのだ。

 その治療が終わり、梅里はあらためてヨモギの診断を受けている。

 

「──ま、それは運が悪かったとしか言いようがありませんね」

 

 梅里の胸部を触診しつつ、愚痴に応じるヨモギ。

 

「しかし、あのときに完成して花組が戦線復帰していなければ上級降魔『猪』の魔操機兵・火輪不動となんて、戦えなかったのでは明白です。そう考えれば逆に運が良かった方でしょう」

「まぁ、それは確かにそうだね」

 

 ヨモギの指摘はまさにその通りだった。満身創痍の夢組がアレに対抗することはできなかっただろうし、もし戦っていれば死者が出たであろうことは容易に想像できる。

 

「──きちんと治ってるようですね。これで大丈夫です」

「助かったよ。医療ポッドさまさまだね」

 

 梅里が言うと、ヨモギはその半眼の目に不快そうな色を宿した。

 

「その下準備を私がしたからこそ、医療ポッドで速く、正確に骨がくっついたのですよ。その功績を無視しないで欲しいものです」

 

 実際、医療ポッドに入るまでの間、梅里は胸をさらしでグルグル巻きにされていた。

 

「……助かったよ。さすが、ホウライ先生だ」

「当然です。私は、“失敗しません”から」

 

 言い直した梅里にフフンと自慢げに言うヨモギ。だが、すぐに眉をひそめた。

 

「とはいえ想定よりも少し治療に時間がかかりましたが、安静という指示が守れなかったのですか?」

 

 ヨモギが半眼のまま睨んできたので、梅里は思わず視線を逸らす。

 

「いや、せりとしのぶさんが、この前の戦闘中での件について問いつめてきて、ね……」

 

 せりが胸ぐらをつかんだり、しのぶが悲嘆して胸に顔を埋めようとしたりしたので、正直かなり痛かった。

 それを聞いたヨモギは露骨にため息をつく。

 

「……自業自得ですね。心配して損をしました。そんなことで私の治療が“失敗”扱いされてはたまったものではありません。リア充、肋骨が肺に刺されって感じです」

 

 やれやれと肩をすくめるヨモギ。

 それから再度、半眼で睨む。

 

「おまけに、今日はその元凶になった伊吹嬢を連れて花やしきデートとか、そのうち白繍嬢に刺されますよ、まったく。お大事に……」

「せりが? いやいや、無いでしょ、それ。というかせりに刺される前提で話を進めないでよ」

 

 ありえないありえない、と苦笑いする梅里。

 

「ふむ。塙詰嬢も執念深そうだからありそうな線でもありますね。やっぱりお大事に」

「いや、刺される前提をやめてくれという話なんだけど……」

「伊吹嬢と一緒に来るからじゃないですか」

「それは、まぁ、そうなんだけど……私のせいで怪我したんですから一緒に行きます、って強く言われると、さすがに断るわけにもいかなくて……」

「そういう甘さが、刺される原因になるんですよ」

 

 あくまで刺されるという前提で話すヨモギはそう言いながら、梅里の首筋あたりを指さす。

 

「この辺りにキスマークでも処方しておきましょうか?」

「頼むからやめて。お願いだから……」

 

 手を合わせる梅里を見て、もう一度ため息をつき、ヨモギはからかうのをやめる。

 

「……そういえば、副支部長が帰る前に絶対に寄って欲しいと言ってましたよ」

「ティーラが?」

「ええ。彼女が担当している占いの館で待ってるそうです。ちなみに絶対に一人で来てくださいって言ってましたけど……彼女にも手を広げたんですか?」

「事業拡大みたいに言わないでくれるかな。というか全く身に覚えがありません!」

 

 梅里はそう言って立ち上がると、最後にもう一度ヨモギに礼を言い、医務室を後にした。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そう言われていた梅里だったが、医務室を出るや待っていたかずらに捕まった。

 彼女はこの前の見舞いの時と同じように梅里の腕を掴んで腕を絡めてくる。

 この時点で、梅里は単独行動を完全にあきらめて、仕方なく二人で占いの館へと行った。

 運が良かったのか、それともヨモギから連絡を受けて人払いの術でも使ったのか、とにかくすぐに占いの館に入った梅里はティーラと会う。

 インドのサリーを思わせるゆったりとした服を着た彼女はチラッとかずらを見ると、かずらの言うままに相性占いをし、その相性を大げさに驚きつつほめたたえると「アドバイスがある」と梅里を館から閉め出してかずらを残した。

 さすがに「失敗したかな」と梅里が思いつつ待っていると、戻ってきたかずらが「梅里さんにもアドバイスがあるみたいですよ」と言ってきたので、館へと戻った。

 そしてようやくティーラとの密談へと入ることができた。

 

 

 暗い室内にあるわずかな光源に照らされ、彼女の浅黒い肌が神秘的に見える中、ティーラは開口一番で座ったまま頭を下げて謝った。

 

「カズラを連れているとは思いませんでしたので、御迷惑をおかけしました」

「こっちこそすみませんでした。しかも気を使ってもらって……」

 

 梅里が言うとティーラは謙遜する。

 

「いえ、確かに彼女なら隊長が「一人でいく」と言えばこっそり後をつけたり、盗み聞きしようとしたでしょう」

 

 梅里たちがやってくるなり、一目で状況を理解したティーラの洞察力の高さに感嘆していた。

 

「でも、盗み聞きなら今もするかもしれないんじゃないかな?」

「そこはそれ、先ほどのアドバイスでクギを刺しましたので」

 

 そう言って苦笑するティーラ。今からの彼へのアドバイスをこっそり聞けば恋は絶対に成就しないと言っておいたのだ。

 まさに用意周到な彼女に驚きつつも、梅里は真剣な面もちになって彼女に尋ねた。

 

「そうまでしてする内密の話ってことは、予知なんだろうけど……」

 

 梅里の問いにティーラは頷く。

 

「はい。それも扱いがきわめて難しいものでして……」

「扱いが難しい?」

 

 困惑する梅里だったが、その後のティーラの説明でそれを嫌と言うほど理解することになる。

 彼女は無言でタロットを出し、三枚のカードを梅里の前に並べる。

 

「これは?」

「『悪魔(デビル)』、『魔術師(マジシャン)』、『運命の輪(ホイール・オブ・フォーチュン)』……ただしそれぞれ、正位置、逆位置、逆位置になっています」

 

 彼女が順に指したカードは、確かに二枚目と三枚目は絵の下に書かれたアルファベットが逆さまになっており、上下が逆になっているのだとわかる。

 

「上下逆だと、なにか意味があるの?」

「端的に言えば、ほとんど逆の意味になってしまいます。『運命の輪』の場合は変化や幸運、チャンスを示すものですが、逆位置になると急激な悪化、アクシデント、別れ、とマイナスなイメージなものになります」

「確かにあまりいいイメージじゃないね」

 

 そう言って梅里は思わず苦笑を浮かべる。

 

「そして『悪魔』の正位置と、『魔術師』の逆位置が示す共通する意味は……『裏切り』」

 

 さすがに絶句する梅里。確かにきわめて扱いが難しい問題だと思った。

 

「予知で『華撃団ニテ裏切リ有リ』という天啓があって以来、何度占ってもこの結果が出ます」

 

 これは異常なことです。と付け加えるティーラ。彼女がそこまで言うのだから、「華撃団から裏切り者が出る」という予知は覆りそうにないほどに確実な運命なのだろう。

 

「対象者を特定したり、どんな裏切りなのかとか? 個人への未来視とかで特定できないかな」

 

 梅里の問いにティーラは首を横に振った。

 

「無理です。私を含め予知・過去認知班全員が試しましたが強い力が邪魔をするようで……ただ『赤い満月』というのを“視た”隊員はいました」

「う~ん、裏切る時に見えるってことかな。それだけじゃ何とも言えないけど……問題は、“誰が”ってところなんだよなぁ」

 

 腕を組んで悩む梅里。だが「待てよ」とふとひらめく。

 

「逆に言えば、ティーラや他のメンバーの未来視を邪魔するほどの力をもっているってことじゃないか?」

「あ……それは盲点でした」

 

 内容が内容だけに焦ってしまい、視野が狭くなっていたと実感するティーラ。

 

「そうなると警戒するべき相手も多少は絞れるはず。とはいえ、なぁ……」

 

 頭の後ろで手を組む梅里。以前の陰陽寮派の離脱騒動でも感じたことだが、こういう話は正直苦手だ。

 

「……この話、司令には?」

「いいえ、まだです。とりあえず隊長に報告しようと」

 

 ティーラが答えると、梅里は少し意地悪く笑みを浮かべる。

 

「僕が裏切るかもしれないのに? 満月と言えば思い浮かぶのは僕じゃないの?」

 

 『月』属性で、『満月陣』という技を使う梅里である。

 そう言うとティーラは笑みを浮かべた。

 

「ゼロではないと思っていますが、極めてゼロに近いと思いましたので」

「なんで?」

「以前、他の人には言ったことがあるのですが、隊長に未来視を試みても非常に見づらいのです」

「へぇ」

 

 梅里自身は初耳だったので興味を持つ。

 

「それから気にしていたのですが……隊長の家系は昔から魑魅魍魎と戦ってこられたのですよね?」

「そうだけど……」

「隊長の使う技の属性──『月』という天の『鏡』はどうやら呪いや魔力を跳ね返して守っていたようですね。さながらメドゥーサの石化を神の鏡盾(イージス)で防いだペルセウスのように。ですからまともに未来視しようとすると、鏡に返されて私の未来が見えてしまうんです」

 

 さすがに初耳で、梅里は驚きをもって聞いていた。

 ちなみに最初に梅里と宗次が戦った際もそのせいで自分の未来の姿が見えていた。あのときはできないはずの自分への未来視ができている理由が分からなかったのだが、今ならハッキリと分かる。

 

「これが天啓による予知ならば隊長を「狙って」いないので反射されません。ですから最初の段階ではもちろん隊長も候補でした」

 

 ハッキリ言われるとあまりいい感じがしない話ではある。梅里は苦笑を浮かべた。

 

「でも未来視して「裏切る未来が見えない」ということは、反射を考慮すると少なくとも隊長から見た私は「裏切らない」ということになり、未来の私と隊長は同じ方向を見ていることになります。そうなると“私と隊長は裏切らない”か“私も隊長も裏切る”しかなくなるわけです」

「なるほどね」

 

 その説明に腕を組んで考える梅里。たしかに理屈は通っているように思える。

 

「ですから司令ではなく、まずは隊長に話しました。少なくとも、隊長が味方であるのは間違いないので」

 

 苦笑混じりのティーラの言葉を、梅里は頭を悩ませながらなんとか理解する。

 

「とりあえず納得はしたけど……まさか武相流調伏術の月属性にある『鏡』の能力にそんな力があったなんて」

 

 しかしよく考えてみれば、梅里の先祖たちは魑魅魍魎の呪いや魔を避けるためにそうやって跳ね返してそれから身を守っていたのだとすれば、納得できる。

 

(ん? 魔? 呪い? ……なんか引っかかるような)

 

 ──妙に引っかかる。しかも今回の予知の件とは全く違うところで引っかかっているような気がするのだ。

 特に先ほどの、ペルセウスと例えたティーラの言葉がどうにも気になった。

 

(メドゥーサって確か石化する目を持った魔物で……って、目? 反射する?)

 

 そして思い至った。

 

 

「──って、ああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

「ど、どうしたんですか、隊長? なにか心当たりでも?」

「いや、違う。今回の話とは全く無関係。でも……これは、まずいことしちゃってるなぁ」

 

 思わず頭を抱える梅里。

 思い返せばその心当たりはあった。

 確かに気になることだが、今はそれを考えている場合ではない。

 梅里は顔を上げるとティーラに謝った。

 

「ゴメン、完全に思考が脱線してた。ともかく事情はわかったし、ことがことだけに司令には報告するよ。もし詳細が少しでもわかれば最優先で連絡して欲しい。すぐに来るから」

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 頭を下げるティーラ。

 そして彼女はにっこりと微笑んで付け加える。

 

「それと隊長、直近で女難の相が出てますよ。帰り道、くれぐれもお気をつけください」

「え? 僕のことは未来視し辛いんじゃなかったっけ?」

「見えてしまうときは見えてしまうものなんです」

 

 そう言って苦笑しながら手を振るティーラに別れを告げ、建物から外に出ようとする。

 すると、涙目になったかずらと鉢会わせた。

 彼女はズイっと近寄ると梅里を問いつめる。

 

「……ティーラさんと随分長くお話ししてましたけど、なんのご相談だったんですか?」

「え?」

 

 戸惑う梅里。実はさっきの大声に驚いたかずらが心配し、葛藤しながらもこっそり盗み聞きしていたのだ。

 

「しかも司令に報告って、まさかティーラさんとの仲人をお願いするとか? 詳細の連絡ってお式の準備とか日取りとか……そいういうんじゃないですよね!? あぁー、やっぱり聞いたら恋が成就しなくなるって、本当でしたー!! うわーん!!」

「ちょ、ちょっとかずらちゃん、落ち着いて。おーい、ティーラ。事情を説明……ってわけにもいかないか」

 

 慌てふためく梅里を後目(しりめ)に、かずらはますますヒートアップしていく。

 

「しのぶさんやせりさんでもなく、本命がティーラさんだったなんて! 梅里さんの鬼畜! 悪魔! もう信じられませ~ん!!」

「あ~、もう。かずらちゃん、とにかく落ち着いて話を聞いて!!」

 

 結局、かずらの錯乱を止められず、騒ぎになって他のお客さまの迷惑になるということで梅里とかずらは花やしきの事務所に連れて行かれることとなった。

 そして──

 

「お前ら、なぁ……」

 

 そこで会った作業着姿の宗次に、呆れ果てた様子でため息をつかれるのであった。

 




【よもやま話】
 誰かさんに刺されるなんてないない、と言ってる「○○○日後に射られる梅里」
 占い師をやっていると設定して予知能力者として出しているティーラが、初めて占い師っぽいネタをできたので満足。


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─8─

 怪我で数日間、厨房を離れていた梅里だったが、その治療が終わって復帰していた。

 新型霊子甲冑の配備で花組も通常に戻り、一方で客足も戻りつつある。

 大帝国劇場は以前の状態を取り戻しつつあった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「なるほど、な……」

 

 梅里から報告を受けた米田は深刻そうに思案していた。

 支配人室で、先のティーラから受けた予知を報告した梅里も、それ以上何も言えずに黙るしかなかった。

 

「……状況は分かった。月組にも話は通して内部への睨みを強めるが……何しろ証拠があって誰々が怪しいって話じゃねえし、『赤い満月』だけじゃなぁ……」

「そうなんですよね……」

 

 しかもことがことだけに確実に信頼できる者にしか通せない話だ。

 

「夢組でもこの話を知っているのは、予知・過去認知班のメンバーと僕、それに監察役くらいです」

「ん? 巽やしのぶに話してないのか?」

「ええ、まぁ。宗次には必要であればティーラから話すように言ってあります。でも、しのぶさんにさすがにこの話は……」

 

 きまり悪そうに苦笑する梅里。黒之巣会との戦いで集団離反という裏切りを計画した陰陽寮派の中には、陰陽寮を盲信し、その意図に反したしのぶ達に反目した本当の裏切り者がいてもおかしくない。そしてそれをきっかけに反華撃団となり、今では華撃団寄りになった陰陽寮からも孤立して、密かに敵と通じていたとしたら……

 そしてそれをしのぶが知れば、それを庇うか糾弾する動きをするだろう。そうなれば月組や監察役の小詠の邪魔になる恐れがある。

 かといって梅里が同じ副隊長の宗次には話し、しのぶには話していなかったという差を付けるのは、やはり軍派と陰陽寮派の諍いに火を付けることになりかねない。

 その辺りのさじ加減で、梅里も相談できる相手が限られている、というのが現状なのだ。

 

「そういう理由なら仕方がねえな。ただ、お前らは前科があるからな……」

 

 米田に睨まれて「うっ」と唸る梅里。

 夢組には未遂とはいえ陰陽寮派に離脱されかけるという事態を招いていたし、さらには梅里自身が陰陽寮のスパイ行為を黙認していた、ということがある。それらは立派な裏切り行為だ。

 本来なら梅里としのぶはその責任をとって降格や除隊もありうるような事態ではあったが、離反はあくまで計画のみで行動には至ってないこと、スパイ行為については陰陽寮が(表向きは)協力的組織であることを考慮し、梅里としのぶが黒之巣会との決戦において殿(しんがり)で多大な戦果をあげていたため、特別に許されている。

 

「対象となる相手の特長くらいも分からねえのか?」

 

 それに梅里は首を横に振った。

 

「予知・過去認知班も分からないそうです。どうにも強い力が邪魔になっているそうですが……」

「ティーラでもか? アイツの未来視を邪魔できると言ったら、華撃団でもそうはいないぞ」

 

 さすがに米田が驚く。それくらいにティーラの能力は高いのだ。

 とはいえその限られたメンバーは花組達だったり、夢組幹部だったりと重要なメンバーばかり。

 しかしだからこそ、そのいずれもが裏切るとは思えないような者ばかりだ。

 

「ふむ……あとは操られる、とかな。人を操れるほどの妖力の持ち主ともなれば、うなずける話でもある」

 

 敵の葵 叉丹ほどの力があれば、確かにそうなるだろう。

 そして上級降魔もまたティーラの力を上回りかねないだろう。

 

「降魔……か」

 

 そこまで考えが至り、ゾクリと嫌な感じが梅里の背筋を走った。

 考えたくはないこと──本当に考えもしたくないことだが、例えば鶯歌のように『種』を付けられたとしたら、それもまた裏切りとなるのだろうか。

 もしかしたら、前回の戦いで──

 

「ウメ、どうかしたのか? 顔色が急に悪くなったが」

「……降魔の『種』、の可能性もありますよね」

「『種』ってお前、水戸での……か?」

 

 事情を知っている米田がさすがに気まずそうな顔をする。

 だが、梅里は厳しくも強い口調で進言する。

 

「羽田の戦いや、今までの戦闘で夢組は傷を付けられているものが大勢います。すぐに全員検査するべきです」

「わかった。錬金術班に指示を出せ。必要なものはあやめに言ってこちらでそろえさせるからあとで詰めておけよ」

 

 米田は、そんな梅里の反応に少しホッとしながら答えた。故郷でのことを気にし過ぎるということはないようだ。

 

「……そういえば、あやめさんはどうしたんですか?」

 

 その姿が見えないことに、不思議そうに尋ねる梅里。

 

「あぁ、そのことなんだが……例の『アレ』──魔神器を大神に見せているところだ」

 

 魔神器とは、剣・鏡・珠の三つ一組の神器であり、霊力や魔力を極めて強力に増幅するものだ。

 同時に降魔の城といわれている「聖魔城」の鍵であるとも言われ、その危険さから帝国華撃団の本部の地下に厳重に封印されて保管してある。

 そして──前回の降魔との戦いで切り札となったものであり、その儀式が花組の真宮寺さくらの父親、真宮寺一馬が落命する原因となった、危険な祭器でもある。

 

「大神少尉にも話されたのですか」

 

 本来ならば国でもこの存在を知っている者は数少ない。そして梅里もその少ない一人に入っていた。

 それくらいに存在が非常に危険なもので、それが狙われることが帝都の、日本の危機となりかねないため、それを防ぐために華撃団は結界や封印を施している。もちろんそれを夢組が担当しているし、奪取の危機を察知し、予知でその気配を探っているのも夢組だ。とりわけ重要視されているのが危機に対する予知であり、そのように夢組は関わりが深かった。

 夢組の幹部達がこの大帝国劇場に勤務しているのは、実は魔神器を守るため、という裏の理由があるほどだ。とはいえ、それはその幹部たちにも知らされていないのだが。

 さらに言えば、ティーラが本部ではなく支部に常駐しているのは、自分への未来視が難しいため少しでも精度を上げるため魔神器から離しているほど、重要視している。

 

「ああ。花組は対降魔迎撃部隊だ。降魔が矢面に出てきた以上は話す必要があると判断した」

 

 元々は、帝国華撃団でも魔神器の存在を知っているのは、司令の米田と副司令のあやめ、それに先の理由で夢組の隊長と予知・過去認知班の頭くらいだ。つまりは現隊長の梅里と隊長心得だった宗次、それにティーラだが、そこに花組隊長の大神が入ることになったわけだ。

 

「以前、黒之巣会の襲撃では、奪取の素振りがなかった、と聞いてますが」

「来たのが叉丹じゃなかったからな。知らされていなかった可能性が高い。あとはおそらくだが、準備が整ってなかったんだろう」

 

 ひょっとしたら探りぐらいは入れていて、その存在くらいは掴んでいた可能性がある。だからこそ先日、花組が戦った降魔「猪」は銀座に現れたのだろう。

 

「こうして降魔を使役して準備が整った以上は、ヤツらは間違いなく奪いにくる。あやめと大神は警備の話をしているだろうから、お前も行ってこい」

 

 形式的には今まで魔神器を警備していたのは夢組となる。

 特に夢組の本部勤務者が帰ってしまう夜に関しては、花組に守ってもらうしかない。

 

「了解しました」

 

 梅里は敬礼し、支配人室を出て地下の施設へと向かった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「どうしましょう……」

 

 そう言って途方に暮れているのは塙詰 しのぶだった。

 彼女は人生で一番の危機を迎えていた。

 

「こんなこと、誰に相談──いえ、誰かに相談なんてできるはずがありません。絶対に……」

 

 などとブツブツ言いながら、廊下を歩いている。

 その悩んでいる内容から人目を避けようと無意識に動いていたらしく、気がつけば帝劇の地下施設にまで来ていた。

 

「──で、蒸気が吹き出すような罠を付けようと、あやめさんと話していたんだよ」

「なるほど。ちょうど蒸気の管もありますし、短時間でできそうですね」

 

 ふと、廊下の奥からそんな話が聞こえてきた。

 男の声が二人分。一人はしのぶもよく聞いている声である。

 見れば夢組隊長の梅里と、花組隊長の大神が、廊下の天井を見上げながらなにやら話していた。

 

「ん? キミは確か……」

 

 ちょうどこちらを向いていた大神がしのぶに気づく。

 それで気がついた梅里が振り返る。

 

「え? あ! し、しのぶさん!?」

 

 梅里の視線が、しのぶを見る。その目はひどく動揺しているように見えた。

 

「う……梅里、様……?」

 

 その動揺する様を見て伝染したかのように、しのぶも急に慌て、狼狽し始める。

 そのように明らかにしのぶの様子は平常とはかけ離れ、おかしかった。

 彼女には動揺する理由があるのだが──梅里は、その理由を間違えてとらえることになる。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 しのぶが現れたとき、梅里はちょうど大神と魔神器の警備について話していたところだった。会話を聞かれたか、とドキッとしたのが梅里が最初に動揺した理由だ。

 だが、よく考えれば魔神器についての言及はしていないし、以前に侵入されたこともある帝劇内の防衛についての話、とすれば自然な内容でしかない。

 だが、梅里の顔を見たしのぶは明らかに動揺していた。この場所で、梅里を見て動揺したこと、そしてタイミング悪く梅里が魔神器のことを考えていたために、ある疑念がわいてしまう。

 

(まさか、魔神器を狙って……)

 

 これはティーラから裏切り者が出るという予知を聞いて疑心暗鬼にかられていたせいでもある。

 そしてしのぶは離反しようとした前科があるのだから。

 

(いや、違う。絶対にありえない)

 

 だが、その考えを慌てて打ち消した。

 確かに今は、黒之巣会との戦い終結後に実家の京都へと戻って許されているが、それ以前の彼女は実家と縁を切り、華撃団に全てを捧げる──実際には梅里に捧げようとしのぶは思っているのだが、朴念仁の梅里は勘違いしている──つもりだったのだ。

 そんな彼女が裏切るはずもないし、そもそも陰陽寮も今これを手に入れたところで、意味があるとはとうてい思えないのだから、彼女が手を出す理由さえない。

 

(疑ってゴメン、しのぶさん。本当に申し訳ない)

 

 少しでも疑ってしまった自分を恥じる。

 それから思い出した。彼女に謝るべきことがもう一つあることを。

 

(あの時、彼女の心を縛ってしまったのはむしろ僕の方だったというのに……)

 

 梅里はじっとこちらを見てくるしのぶの視線に耐えられなくなり、思わず視線を逸らした。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──ッ!?」

 

 そんな梅里の反応に驚いたのがしのぶだった。

 

(やはり、梅里様はまだ気にしていらっしゃるのですね……)

 

 愕然とするしのぶ。

 彼女はさまよってここにくる直前、その姿は事務局にあった。

 用事があって事務局を訪れたしのぶだったが、そのとき偶然に榊原(さかきばら) 由里(ゆり)の姿が無く、藤井 かすみしかいないという状況だったので、彼女はかねてからの懸念事項を訊いたのである。

 そう、大晦日のしのぶが記憶が抜けている間のことだ。

 しかしかすみは微笑むだけでやはり答えてくれなかった。

 しのぶが必死に、「どうしても教えてくださいまし」と言ったが「知らない方が幸せなことってありますよ」とかすみも気まずそうに苦笑し、頑として口を割らなかったのだ。

 しかししのぶが折れずに「それでも、どうしても知りたいのです」とごり押しし、何度も頼み込んで、どうにか教えてもらったのだが──

 

「……全裸でした」

 

 目を伏せて沈痛そうに言ったかすみの一言でしのぶは愕然とすることになった。

 それだけで早くも聞いたことを後悔した。

 聞けば、かすみが来たときには、しのぶとせりがぐでんぐでんに酔っていて、せりはやたらと陽気になっており、しのぶはといえば一糸まとわぬ真っ裸で梅里の前に立っていたという。

 その場は一緒に来たあやめが収めてくれたようだが、かすみによれば「主任さんは素面(しらふ)だったと思います」とのことだった。つまりは間違いなく覚えていることだろう。

 

「これは……やってしまいまいした」

 

 穴があったらどころか、穴が無くともその辺に埋まりたかった。

 あまりにもはしたないその行動を考えると、今更ながら梅里の顔を見ることができそうにない。

 

「この胸も、見られてしまったのですね……」

 

 思わず自分の胸に手を当てる。

 しのぶは自分の胸がこと膨らみという点に関してはコンプレックスだった。同年代と比較して小さいどころか、夢組幹部最年少のかずらにさえサイズ的には負けている。

 

「この貧相で胸がない体では、女性的な魅力という点で完全に落第点……」

 

 今まではコンプレックスではあったがそこまでは気にしなかった。

 だが、梅里という意識する相手ができてからは気にしていたし、その上でかずらやせりというライバルがいることで明確な基準ができてしまい、自分を卑下させていた。

 

「こんな体を、見られてしまうだなんて……」

 

 だから体にコンプレックスのあるしのぶは、他の人に比べて見られたことが過剰なほどに恥ずかしくて仕方がなかったのである。

 そんな風に悩んでいる最中に、地下の廊下で当の梅里に会ったのだから戸惑わないわけがなかった。

 

(ああぁぁぁぁぁ、どういたしましょう……)

 

 それで頭がいっぱいになって混乱し、内心でオロオロするしのぶ。

 冷静に考えれば、あれからすでに一ヶ月経っており、その間、梅里が気まずそうにすることは無かったし、梅里にしてみれば正月から神武が完成するまであまりにも余裕もなく、あっという間に時間が経って、すっかり忘れてしまっているのだが──今のしのぶにはそれに気がつく余裕はなかった。

 しかも、梅里は梅里で思うところがあり、その気まずさに思わず目を逸らしてしまった。

 その行動が、しのぶには逸らしたのが、自分の裸を見て気まずかったようにしか見えなかったのだ。

 

(あぁ……嫌われてしまう。そんなの耐えられません……大晦日からやり直したい……いえ、あのときの梅里様の記憶を消してしまいたい……)

 

 そこまで考えて、ふと思いついた。

 

(記憶を……消す?)

 

 偶然思い浮かべたその考えだったが──そう、しのぶはそれができてしまう。それを可能とする魔眼があるではないか。

 混乱しているしのぶにはそれがとても良い考えのように思え、それ以外に手がないように思いこんでいた

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんな風にしのぶが思い詰め、梅里とは考えがすれ違っているのとは無関係に、なんとも付近にはいたたまれない空気が流れていた。

 そんな中でもっとも困っていたのは、訳も分からずこんな空気に巻き込まれた大神一郎である。

 

「あ、あの……武相主任?」

「なんですか、大神少尉」

 

 かろうじて声を出した大神の声は若干震えている。

 

「彼女と、なにかあったのかい? 例えば、なにか恨みをかうような……」

「そんなことは、無いと思いますけど」

「それなら、なんで──」

 

 大神がそっとしのぶの方を指さす。

 彼女を取り巻く空気が急変しており、まとう霊力が急激に高まっているのだ。

 

「──あんなに、怒ってるんだい!?」

「怒ってる?」

 

 その指摘を受けて、梅里は視線を逸らして以来見ていなかったしのぶを見る。

 そしてとんでもない事態になっていることに気が付いた。

 

「え? というかなんで? ちょ、ちょっとしのぶさん、それを使うのはヤバいって……」

 

 その霊力が彼女の頭部に集中し、彼女の瞼が少しずつ開き始めて金色の瞳が見え隠れし始めている。

 そこまでくれば梅里も、理由はともかく彼女がなにをしようとしているのかはわかった。

 

「梅里様が、いけないんです。わたくしの……を見てしまったのですから……」

「ほら! やっぱり原因は武相主任じゃないか!」

「えぇー!? だからしのぶさん、それはダメだって!!」

 

 巻き込まれている大神は完全に逃げ腰であり、一方、梅里はしのぶを必死に止める。大神はしのぶの魔眼のことは知らないし、彼を信用しないわけではないが、あまり大っぴらにできるような力でもない。

 大神に見せないためにも慌てて止めようとしているのだが、あいにく混乱状態のしのぶの目には大神は映っておらず、おまけに以前に梅里に魔眼を使おうとして失敗したことも考慮の外になってしまっている。

 彼女の目が開かれようとして──

 

 

「いったい何事!?」

 

 

 そこへ慌てた様子で駆けつけたのはあやめだった。

 そして状況を見るや、彼女は自分に背を向けているしのぶを後ろから抱きしめるように制止した。

 

「やめなさい、しのぶ。落ち着いて……そう、落ち着きなさい」

 

 あやめが後ろから抱きつくことで、しのぶは落ち着きを取り戻してその霊力を急速にしぼませていく。

 その様子に、それまで顔をひきつらせることしかできなかった隊長二人は、ホッとため息をついた。

 

「なにがあったの?」

 

 しのぶがだいぶ落ち着いてから、あやめは三人に問う。

 だが、大神はもちろん梅里にも彼女があそこまで興奮した理由はわからなかった。

 たしかに梅里はしのぶ一瞬とはいえを疑うということをしてしまったが、そんな露骨なものではなかった。

 そのため気が付かれたとは思えないし、大神にいたっては梅里と話をしていたら突然やってきたしのぶがいきなり霊力を高めて暴走し始めたという認識でしかない。

 あやめはピンときていない男二人からしのぶへと視線を向ける。

 

「どうしたの、しのぶ? なぜあんなことを……」

 

 心配そうに問うあやめの優しさに、しのぶは思わず感情を爆発させた。

 彼女は体をあやめの方へと向けると、その閉じたような目から涙を流し、泣き始めてしまったのだ。

 あやめは少し驚きつつもしのぶの頭をなでる。

 まるで子供のように感情を爆発させるしのぶのそんな姿に、大神と梅里は困ったように顔を見合わせていた。

 

「しのぶ、落ち着いたら少し話してくれないかしら。なんであんなことをしようとしたのか、なぜあなたが今泣いているのか」

「──ッ 梅里、様に……ッ 裸を、見られて──ッ わたくし、わたくしッ……」

 

 泣きながらのため、言葉が途切れ途切れになしのぶの言葉。その断片的な情報にあやめは視線をふと廊下の脇にある扉へと向ける。

 シャワー室につながる更衣室の扉だ。

 

「……梅里くん?」

「武相主任、気持ちは分からなくもないが……覗きはよくないと思うよ。うん」

 

 などと勝手に体が動く男が隣を見ながら気まずそうに言う。一体彼はどんな顔でそれを言うのだろうか。

 そんな大神の発言に慌てる梅里。

 

「いや、違いますよ!? だって今、僕と少尉は一緒にいたじゃないですか?」

 

 そんな彼の言い分を聞いて、あやめの目が今度は大神に向けられる。

 

「大神くん?」

「ち、違いますよ、今回は。さっきあやめさんと話した蒸気の罠について武相主任と話していただけで……それにさっき、武相主任の名前が出てたじゃないですか」

 

 妙に焦った様子で言う大神。

 そんな二人の反応に、しのぶが首を横に振る。

 

「違ッ…す。ッられ……は、大晦日で、それをッ 先ほどッいて……でもッ…ても恥ずか…くて、梅里様のッ憶をッ消す……ないと……」

「大晦日……あの時のことね」

 

 まるで子供のようにしゃくりあげ、ほとんど会話になっていないしのぶの断片的な話から情報を汲み上げ、あやめは沈痛そうに目を伏せて頭を振った。

 あの日はまったく覚えてなさそうだったのに、今になってそれを蒸し返しているということは、誰か──おそらくはあの場を手伝ってくれたかすみ──から話を聞いたのだろう。

 一ヶ月以上も前のことで取り乱したり、感情的を抑えきれず暴走したり、話もできないほどに泣き出したり、とまるで子供のようね、と思うあやめ。

 だが、しのぶは『覇者の魔眼』のせいで親から忌避されただけでなく、自分を押し殺して生きてきた分、いろいろとアンバランスなのだ。それが梅里によって取り払われ、突然、好きにしてよくなったせいで、こと異性関係──ほぼ梅里に関すること──となるとその未成熟な部分が爆発し、感情のコントロールができなくなるのだろう。

 

「落ち着きなさい、しのぶ。大丈夫よ、今年になってからも梅里くんの態度は変わってないでしょう?」

「はい。でも、さきほど……」

 

 そう言われれば、今度は心当たりがあるのは梅里だ。

 気まずくは思うが、しかし先ほどほんの少し心によぎった程度のこと。それを言って傷つけるのは逆に不本意だが、それ以上にしのぶに謝らなければいけないことがある。

 

「しのぶさん、あの、さ……」

「なんッでしょうか、梅里ッ様……」

「前の、魔眼で僕のことを魅了しようとしたときのことなんだけど……あの時、僕の『鏡』としての性質が、そのまま魔力を返していたみたいで……」

 

 なんとも言いづらく、梅里は頬を人差し指で掻きながら、言葉を続ける。

 

「つまり、なんというか、しのぶさんのことを僕が魅了しちゃった……みたいなんだよね」

「梅里様は……わたくしが梅里様をお慕いしているのは、魔眼で心を、操られているから……と仰るのですか?」

「うん。まぁ、そういうこと……本当にゴメン」

 

 梅里が頭を下げて謝る。

 だがしのぶはそれを不思議そうに見ていた。

 

「あの、なぜ謝られていらっしゃる、のでしょうか……?」

「え? いや、あの時しのぶさんを煽ったのは僕だし。その結果、しのぶさんの心を操ったみたいになってるわけだから……」

「それの、なにがいけないのでしょうか?」

「……は?」

 

 きょとんとしながら梅里を見るしのぶを、逆にきょとんとした目で見つめ返す梅里。

 

「今、わたくしが梅里様をお慕いしている、この気持ちこそ重要かと思いますが……」

「でも、そのきっかけが、心を操られたものだとしたら?」

 

 梅里の問いかけに、しのぶは首を横に振る。

 

「それでも今のわたくしが幸せなら、それでよろしいのではないでしょうか? そしてわたくしはこの気持ちを抱いていることが、とても幸せと思っております」

 

 しのぶは自分の胸に手を当ててその幸せを噛みしめるように目を伏せる。

 

「それに、元々はわたくしが梅里様の心を操ろうとしたのです。その罰と思えば、梅里様が心を痛める必要など、微塵もありません」

 

 そうしのぶに断言されては、梅里も困ったように人差し指で頬を掻くしかない。

 

「もちろんわたくしは、罰などとは微塵も思っておりませんが……」

 

 なんとも言えない雰囲気で見つめ合う二人だったが──

 

「コホン。しのぶ、とりあえず大丈夫かしら?」

「あ、はい……大変申し訳ありませんでした。取り乱しまして……」

 

 慌てて頭を下げるしのぶを見て、この様子ならまた暴走し始めることもないだろう、と判断する。

 

「仲がいいのはわかったけど、あまり他人に迷惑をかけちゃダメよ。ねぇ、大神くん」

 

 あやめに言われ、気恥ずかしげに視線を逸らしあう梅里としのぶ。

 その横で、大神は気まずそうに苦笑を浮かべていた。

 




【よもやま話】
 「違いますよ、今回は」と別件を自供してしまう大神。
 しのぶが泣きじゃくっているのは、修行や人付き合いの極端な経験のなさから、彼女は年齢の割に情緒が幼いためです。
 ひょっとしたら、物語当初から疑問に思っていた方もいたかもしれませんが、夢組の幹部達のみが本部勤務になっていた理由は『魔神器』を守るためでした。
 ちなみに、「1」でのこの後の展開の結果、「2」ではさらに体制が強化されて除霊班の副頭のもう一人も本部勤務になります。


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─9─

 ──と、そんなこともあったが、梅里はティーラから話をされてから、基本的には悩み続けていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 満月のその日、梅里は仕事が終わっても大帝国劇場に残っていた。

 すでに火を落とした厨房で、多くの包丁を並べてそれを順番に研いでいた。

 そのように調理器具の手入れをするから、と理由を付けて残り、ほかの面々はすでに帰している。

 体に染み着いた作業だったおかげで包丁は見事な切れ味に戻っていたが、梅里はどこか上の空だった。

 

「『赤い満月』……」

 

 それが心に引っかかる。だからこそ満月の日は梅里も気にかけており、わざわざ残っていた。

 米田に話したことで少しは楽になったが、それでも懸念事項なことは間違いなく、気が付けばこのこと──誰が裏切り者なのか、ということを考えてしまう。

 おかげで食堂の営業でもでもミスをしていた。

 完全な、気がそぞろだったためにやってしまった単純なミス。普段の自分ならやらないようなミスだっただけに、だからこそため息が出た。

 

「……こんな時間まで残業なんて、らしくないじゃない」

 

 背後から声がかかって振り返ると──

 

「せり……」

 

 ──そこには給仕服から普段の小袖に着替えた彼女が立っていた。

 

「普段なら、頼んだって残って仕事しないくせに、どういう風の吹き回し?」

 

 そう言って苦笑を浮かべるせりに、梅里はなにも答えられずにいる。

 すると、彼女は不満げな顔で梅里の方へと近づいてきた。

 

「……今日の昼は注文間違えて作るし、おかしいわよ?」

 

 うなだれて「ゴメン」と返すのが精一杯だった。

 そんな梅里の様子に、せりはますます心配し、顔をのぞき込む。

 

「どこか体の具合でも悪いの?」

「いや、そんなことはないけど……」

「それならいったいどうしたの。最近、様子が変よ?」

「そうかな?」

 

 苦笑して誤魔化そうとしたが、せりを誤魔化せるはずもなく、ますます心配させるだけだった

 

「悩みがあるなら私に相談してくれても……」

 

 梅里は自分の不調は自覚しているし、原因も分かっている。だが──言うわけにはいかなかった。

 内容が内容だけに、せりであろうと言うわけにはいかない。梅里はそう思っていた。

 

「……ゴメン」

 

 謝る梅里に、せりは乗り出していた身を戻しつつ、大きくため息をついた。

 それから歩いて少し距離をとる。

 

「ねぇ、梅里。あなた、しのぶさんを可哀想と思ってない? 陰陽寮と距離をおくことになったから自分についていくしかない。そんな風に思ってないかしら?」

 

 突然変わった会話に、梅里は戸惑う。

 だが、そこまで極端には思っていなくとも自分のせいで実家と仲違いさせたのだから、それに関しては悪いと思っている。

 だからこそ昨年の秋に彼女と共に陰陽寮に行ってきた。

 

「だとしたら、それはあまりにしのぶさんに失礼よ。あの人は、あの人の意志であなたについていくと決めたんだから。その決意を侮辱することになる」

 

 せりは梅里の方を見ずに言い、さらに続ける。

 

「それはかずらもそう。あの子は、あなたに憧れて、一生懸命ついていこうとがんばってる。まぁ、多少は自分を見てほしくて暴走しているところもあるけど……それもあなたに認めてもらいたいからよ。だから、あなたの行くところに無条件でついてくるはずよ」

 

 そう言って、せりは梅里を振り返る。

 梅里の目を見つめるせりの目はいつも以上にジッと見つめていた。まるで心の奥底まで見通そうとしているように。

 

「私は、しのぶさんやかずらみたいにあなたに黙ってついては行かないわ。あなたが間違っていると思えば言うし、間違えたところに進もうとするのなら止める」

 

 夫唱婦随──大和撫子の美徳とも言われるそれを真っ向からやらないと言い切る

せりは、女性の社会進出が受け入れられ始めているとはいえ、この時代の一般的な婦女子観では異端とも言える。

 だが、それこそが自分の役目だとも思っている。しのぶのような親愛と従順でもなく、かずらのような尊敬と恋慕とも違う、自分の──せりなりの梅里へのつくし方だ。

 

「でもね、たとえ私が止めても、あなたが地獄に落ちてもいいからどうしてもやるというのなら、私も一緒に地獄に落ちてあげるわよ。その覚悟はできてるし、信じてる。だから──」

 

 せりは必死に訴えた。

 

「私を信用して。そして話して。あなたが迷ってること、一緒に考えさせて」

 

 彼女の真剣な眼差しに、梅里は──目を逸らす。

 そして……口を開いた。

 

「予知・過去認知班から報告があった」

「え?」

 

 一度は目を逸らしていたために、せりは梅里が話すとは思わなかったので、思わず問い返していた。

 

「華撃団を裏切る者が現れる。ってね」

「裏切るってそんな……いったい誰なの?」

「わからない。いろんな人を疑ったさ。しのぶさんのことも……まったく自分がイヤになるね」

 

 自虐的に笑う梅里。

 

「わかっているのは、『赤い満月』っていう曖昧なヒントだけ」

「ひょっとして今日の月齢って……」

「そう。満月だよ」

 

 苦笑する梅里に、せりは合点がいったとばかりにため息を付いた。

 

「だから、今日は落ち着かなかったの?」

「そういうこと。でも、その赤い満月っていうのがよくわからないんだよ。本当に赤い満月が出るのか、それとも何かを比喩したものなのか」

 

 満月といえば銀色、もしくは黄色がかったように描かれることもある。少なくとも赤く描かれることは──

 

「花札の「ススキ」にある月くらいよね、赤くなってるのなんて」

 

 せりも考えを巡らせて肩をすくめる。

 そして、そのとき──帝劇内に警報音が響きわたった。

 

「え? なに?」

 

 突然の事態に戸惑うせりと梅里。

 

 ともかく慌てて向かった作戦司令室で、二人は聞かされる。暁の三騎士の一人である上級降魔「鹿」がその専用魔操機兵・氷刃不動で、ここ大帝国劇場を襲撃してきたのだと。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 上級降魔「鹿」が率いる降魔達の狙いは、大帝国劇場の地下に収められた魔神器であった。

 聖なる力も悪しき力も増幅する三つ一組の神器──なだけではなく、それは降魔にとっては重要な、「聖魔城」と呼ばれる城の鍵でもある。

 絶対に敵へ渡してはいけないそれを守るべく、花組は大帝国劇場の外で迎え撃っているのだが──

 

 大帝国劇場地下に侵入した降魔が廊下を進むと、突然に高圧高温の蒸気が噴き出して行く手を阻む。

 その蒸気を裂くように飛来した雷の矢、せりが放った『天鏑矢(あまのかぶらや)』が降魔に突き刺さり、おぞましい叫び声をあげさせる。

 その痛手を気にするあまり、降魔は蒸気が吹き出るのが止まることに気づくのが遅れ、代わりにやってきた人影の接近を許すことになる。

 その人影が白刃を一閃させると、負っていたダメージもあって降魔はトドメを刺されて断末魔の叫びと共に虚空に消えた。

 

「ふぅ……」

「梅里、大丈夫?」

 

 鞘に刀──『聖刃(せいじん)薫紫(くんし)』──を収め、息を吐いた梅里は、後ろで弓──『神弓(しんきゅう)光帯(こうたい)』──を握ったせりの呼びかけに手を挙げて応えた。

 梅里とせりは戦闘服に着替えるや、司令の米田中将から花組の援護ではなく、帝劇内に残っての防衛を命じられた。

 守る対象はもちろん魔神器である。

 降魔を単独で討滅できる梅里は最終防衛として適任と思える配置だったが、大きな問題があった。

 迎撃場所である地下施設の廊下は、降魔と戦うにはあまりにも狭かった。一撃一撃が致命傷となりうる降魔と戦うには広い場所で余裕を持って攻撃を避け続けることができなければ非常にきつい。

 今回は蒸気の罠とせりの援護のおかげで撃退できたが、それが何度も続くとは限らない。

 

「ああ。今のところ、侵入したのは今の一体のみだしね」

 

 梅里はそう言ってうなずき、せりの問いに答えた。

 すでに地上では花組が戦闘し、そのサポートのために夢組も出撃している。

 おかげで地上の状況が八束(やつか) 千波(ちなみ)から念話で定期的に、また先ほどのような侵入を許した際には緊急で、連絡が来る。

 

(これ以上、通さないでくださいよ。大神少尉)

 

 梅里は祈るような気持ちでそう思った。

 だが、その祈りはそれと違うところで、最悪の形で裏切られることになる。

 

「──武相隊長、聞こえてますか?」

 

 今度は念話ではなく、無線で梅里宛に通信が入る。

 その声には聞き覚えがあった。大帝国劇場の売店でいつも売り子をしている高村 椿の声だ。

 梅里がそれに応じると、彼女は困り果て、非常に申し訳なさそうに指示を伝えてくる。

 

「敵の別働隊です。轟雷号の軌道ルートから強力な魔操機兵が単体で接近中。花組は現在、帝劇前で上級降魔「鹿」の氷刃不動と交戦中で手が放せません。ほかの部隊も敵降魔の出現と共に降り出した雪で身動きがとれず、武相隊長達だけが頼りです。対応をお願いします」

 

 格納庫から通じるそのルートにもっとも近い──いや、そこへ対応できるのは梅里達しかいなかったのだ。

 

「そんな……無理に決まってるでしょ!! こっちは生身なのよ?」

 

 もちろん、その指示に対してせりが抗議した。

 魔操機兵ということは上級降魔か、敵の首領である葵 叉丹としか考えられず、そんな敵に生身で立ち向かえというのは、「死んでこい」と言っているのに等しい。

 

「……本当に、申し訳ありません」

 

 無論、それが無謀な指示であることは理解しているが、華撃団で他に頼れる者がなく──それを伝える以外の権限は、椿にはない。

 しょげた様子の彼女の声が通信機から流れてくる。それに梅里は──

 

「椿ちゃんが悪い訳じゃないよ。それに文句を言ったところで状況は改善されるわけでも、敵が撤退してくれるわけでもない。なら……やるしかない」

「武相、隊長……」

 

 椿が泣きそうな声を出す。

 それを聞きつつ、梅里はせりに手を伸ばす。

 

「で、せりはどこまでも付き合ってくれるんだよね?」

「……まったく、あなたって結構意地が悪いわよね」

 

 その差し出された手をせりは握る。

 

「言ったからには責任もって、どこまでもお付き合いしましょう。それこそ地獄までも、ね」

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 地下鉄網の一角。帝国華撃団の轟雷号が他のの地下鉄とつながり、すこし開けたポイントで、梅里とせりはそれを迎え撃った。

 現れたのは──人型にしてはやや(いびつ)。まるで帝劇前で花組と戦っている氷刃不動を、全体的に簡易廉価版にしたような機体であった。

 そしてその機体に、梅里もせりも見覚えのようなものを感じていた。

 

「あれって……」

「風巻童子?」

 

 色こそ違えど、その形はまさに羽田で戦った風巻童子によく似ていた。

 

「──そんな負け犬と一緒にしないでいただきたいものですね」

 

 動きを止めた魔操機兵の上に人影が現れていた。

 羽田で戦った上級降魔と同じように、今度は陣笠の下に青い札を3枚、額に張り付けた上位降魔がそこにいた。

 

小生(しょうせい)ら『青丹』と、この激流童子を!!」

 

 『青丹』と名乗った上位降魔が言うや、再び姿を消し、魔操機兵が動き始める。

 激流童子というその魔操機兵は、背部の蒸気機関の出力をあげる。

 吹き出す蒸気が戦闘の開幕を告げる狼煙となった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 梅里とせりの二人で、上級降魔が駆る魔操機兵を相手にするというのは無謀以外の何者でもない。それは梅里もせりも分かっていた。

 それでも二人は立ち向かった。彼ら以外に止められる者がいなかったから。

 しかし、梅里の斬撃も、せりの矢も激流童子には通じなかった。

 それを覆う、水の膜が衝撃を殺し、斬撃や矢の勢いを殺してしまい、装甲を貫くことができなかったのだ。

 それならば、とせりが放った雷の矢『天鏑矢』だったが、その電撃は水の膜を貫くことはなく、その表面を走るだけだった。

 お返しとばかりに、激流童子の腕部から放たれたのは、砲弾のような水の塊だった。

 せりに向かって放たれたそれは、彼女の感覚ではまるでスローモーションのように自分へ向かって飛んでくる。

 

(──って、これ走馬燈じゃないの!?)

 

 と思った瞬間──

 

「──せりッ!!」

 

 駆けつけた梅里がまるで抱きしめるかのようにせりを庇い、二人ともまとめて吹っ飛ばされる。

 地面に転がる二人。

 せりはどうにか立ち上がるが、梅里にはその余力がない。

 

「バカ! なんで私なんかをかばって……」

 

 慌てて梅里に駆け寄るせり。だが、激流童子に慈悲はない。その腕部を再びせりと梅里へと向け──トドメの二発目が放たれる。

 呆然とするせりへ、今度こそ水の塊が接近し──突然、目の前に現れた壁がそれを防ぐ。

 

「……なんとか、間に合いましたね」

 

 せりの前に割り込んだのは、明るい赤紫の袴の女性用夢組戦闘服を着た本部付副隊長だった。

 塙詰 しのぶが手にした扇──深閑扇(しんかんせん)樹神(こだま)~──の写し身を巨大化して開き、盾のようにして水の塊を弾いていた。

 

「しのぶさん? ……どうして」

「説明はあとです。かずらちゃん!!」

「はい!!」

 

 しのぶの声にかずらが応え、地下空間に旋律が響きわたる。

 それに乗せられた霊力が衝撃派となって激流童子へと襲いかかった。

「そんなものがこの激流童子に……ぬぅ!」

 

 そこが完全な外だったなら、青丹の言うとおり、激流童子に対してそれほどの威力を発揮はしなかっただろう。

 だが、ここは開けているとはいえ天井があり、壁のある閉鎖空間だ。そしてしのぶの霊力は『音』にのせられている。それが響きわたり、反射し、あらゆる方向から激流童子へと襲いかかったことにより、その動きを止めるほどの威力となったのだ。

 それを見てしのぶが写し身を解除し、手にした扇を~樹神~から~(のぞみ)~へと切り替える。

 

「……大地に宿りし癒しの力よ、咲き誇れ。 花地吹雪(はなじふぶき)()!」

 

 倒れた梅里の周囲に咲いた薄赤紫の花から花びらが舞い上がる。それを身に受けた梅里の目がうっすらと開かれた。

 

「梅里? 大丈夫?」

「……なんとかね。アイツと戦えるくらいには。で、しのぶさんとかずらちゃんがここにいるのは、なぜ?」

 

 梅里はせりが心配そうにのぞき込むに応えつつ、しのぶに状況を尋ねた。

 

「依然、帝劇前では戦闘中で巽副隊長の指揮で夢組の大部分が花組を支援しています。それと先ほど梅里様達がいた最終防衛線には紅葉さんとコーネルさん、道師様の除霊班頭・副頭がいます。ここにはティーラさんの指示で、わたくしとかずらちゃんだけが雪組に送っていただきました」

 

 外は降雪の悪天候。その状況下で戦闘を支援する極地戦闘部隊・雪組が動いており、二人を支援してくれたようだ。

 とはいえ二人。梅里の下に最低限の人数を回すことができない、というのが実状だ。

 

「ティーラの?」

 

 予知・過去認知班頭である彼女は『見通す魔女』の異名を持つ。

 その『見通す』力は、彼女が持つ予知能力の完全に受動的な『天啓』と能動的に行う『未来視』、高い的中率を誇る『占術』という霊力によるものだけではなく、極めて優秀な洞察力を持ち合わせていることということもある。それに基づいた行動や状況の予測を自分の霊力と合わせることで、高い精度の予知を成り立たせている。

 

「いくらなんでも厳しすぎるわ。とにかく時間を稼いで応援を待つしかない、けど……」

 

 せりが思案を巡らせる。

 しかし、それを梅里が否定した。

 

「いや、倒すよ」

「えぇッ!? そんなの無理に──」

 

 即座に反論してきたせりを梅里が制する。

 

「あのティーラがしのぶさんとかずらだけを寄越した……ということは彼女にはこの四人でアレを倒せるのが“視えている”ってことだ」

 

 梅里が言うとしのぶは頷いた。実際、遠見遙佳の『千里眼』でこちらの情報──上級降魔『青丹』と魔操機兵『激流童子』のことはほぼ正確にティーラは把握している。その上での判断だ。

 それから短い間で策を思案する。

 

(あの魔操機兵はこの前の風巻童子ほどの速さはない。今まで華撃団が戦ってきた搭乗型魔操機兵と比較して、速いわけでも固いわけでも攻撃力が高いわけでもない)

 

 厄介なのはあの纏った水の膜だ。あれが装甲以上のタフさを与えている。そのおかげか同等の頑強さを装甲で実現させたものよりも動きが良い。

 

(それを実現させる力──強いて言えば妖力の具現化に特化している。そしてその分、他を犠牲にしているとも言える。つまりはあの水の膜をどうにかすればいい……)

 

 あれのせいで梅里の斬撃は半減させられるし、せりの矢も雷も通らなかった。

 扇の写し身による打撃となるしのぶの攻撃も通じないだろう。『花地吹雪』も膜に守られて中の本体にまで影響は及ばないように思える。

 となれば──

 

「しのぶさん、魔眼は使える?」

「あなた様の御要望とあれば、いかなることであろうとも全力で応えさせていただきます」

 

 梅里の問いに、瞳は見えずとも熱のこもった視線を送ってくるしのぶ。何か言いたげなせりのジト目が痛い。

 

「魔眼であの水の膜をどうにかできないかな?」

「あれはあの魔操機兵、元をたどれば搭乗している上級降魔が強力な妖力で組成したものです。本体に魔眼の支配が及ぼせられなければどうしようもありません」

 

 そう言いながらしのぶが首を振って無理を告げてくる。

 

「それなら例えば、かずらちゃんが出している音を一点に集中させるようなことは?」

「それも難しいかと……あくまで魔眼ですので、目に見えるものでなければ支配は及びませんので」

 

 例えば、風に飛ばされるものを制御して思い通りに当てたり逆に防いだりはできるが、風そのものを支配することは無理だった。

 

「では、しのぶさんは魔眼を使って最大限の僕ら──特にかずらちゃんの強化と支援をお願いします」

「承知いたしました」

「かずらちゃんは、しのぶさんに助けてもらって音と霊力を精密にコントロールをして、合図で指定するポイントに集中……できるかな?」

 

 そう梅里が問うが、一心不乱に演奏して激流童子を抑えるかずらにはそれに答える余裕がない。しかし──

 

(承知したそうです。隊長)

 

 梅里の頭に念話が届いた。特別班の八束千波だった。

 

(ありがとう。いいいところで連絡してきてくれた。千波にも頼みたいことがある)

(なんでしょうか?)

(指示があったら僕らの視覚共有を頼む。どうしてもピンポイントな攻撃をする必要があるから)

(了解しました)

 

 千波に話をつけ、梅里は振り返った。

 そこにいる、作戦の要と目が合うと、彼女は少し戸惑ったように首をかしげた。

 

「……な、なに?」

「あの言葉、まだ有効だよね?」

「え? えぇ……!?」

 梅里から真剣な眼差しで言われ、せりの頭の中は「あの言葉ってなに?」とパニックになる。

 

(なに? 私、何か言ったの? なにを? え? 私まさか、きゅ、求婚とか告白とか、してないわよね? あれ? でも、あの時、ひょっとして、まさか……)

 

 混乱したせりが思い出すのは大晦日の夜だ。

 あの時、途中から彼女は記憶がないということは自覚している。やらかしたとしたらたぶんそのときだ。

 まさかそんな話をしていただなんて……と勘違いし、せりは思わず顔を赤くする。

 

「さっきの、どこまでも付いてくるって話だけど、アイツを倒すために、キミの力を貸して欲しい」

「──え?」

 

 呆気にとられるせり。同時に自分の勘違いに気が付いて、顔が真っ赤になった。

 

「も、もちろんよ。私の力、思う存分貸してあげるわ!」

 

 そう慌てたように言いつつ、半ばやけっぱちになりながらせりは立ち上がった。

 彼女が弓を手に梅里の傍らに立つと、彼も刀を抜いて構える。

 

「しのぶさん、お願いします!!」

「心得ました……参ります!」

 

 梅里の言葉に応じてしのぶが『覇者の魔眼』を開く。

 彼女の目が完全に開き、金色の光を湛えた瞳がその姿を現すと、周囲には同じ色の光があふれた。

 その魔眼の力によって、梅里とせり、それにかずらの力が限界にまで引き出される。特にかずらは今までにない不思議な感覚を味わっていた。

 演奏し、楽器と弓に触れる自分の手が、普段の何倍も繊細になったかのようだった。さらには普段はなんとなくコントロールしている霊力も、その動きや流れがハッキリと感じられるし、それをまるで指先を動かすかのように細やかにコントロールできていた。

 

(これなら……)

 

 反響する音に乗った霊力さえも完全にかずらの制御下にあった。

 それを、脳裏に浮かんだ──精神感応のネットワークによって共有された、梅里の望む場所へと集中させる。

 激流童子の動きを封じていた霊力が込められた音──振動がその焦点を変えて一点に集中される。

 激流童子の操縦席。その正面装甲を覆う水の膜へと。

 

「せり!!」

 

 梅里は満月陣を展開して、銀色の光に包まれながら、その名前を呼んだ。

 

「ええ、準備万端よ!」

 

 せりが体の前で両手を使い、印を切りながら霊力を高めていく。

 そして体の前に突き出した両手の前に円状の紋様が浮かび上がった。

 ほぼ同時に、梅里が満月陣を展開させたまま激流童子へと向かう。

 

「貴様の刀は通じぬぞ!!」

 

 青丹の声を無視し、さらに距離を積める。

 そして──それは起こった。

 激流童子の正面装甲を覆う水の膜が急に波立った。

 

「なにッ!?」

 

 連続して一カ所を中心にして激しく広がる波紋は、水の膜を細かく激しく揺らし、波立たせ、そして飛沫が飛ぶ。

 かずらの霊力が込められた音の振動は、激しく水面を叩き、気泡を生み出していた。

 そこへ──

 

神鳴(かみな)りよ、紫電となりて、我が君を照らせ……」

 

 せりが、その増幅された霊力を雷と変えて放ち、横殴りに迅る極太の雷光は、切っ先を後ろに向けて構えつつ、敵へ迫る梅里の刀へと直撃し──

 

「満月陣・紫月ッ!!」

 

 銀月の光が紫電の光へと変わる。

 梅里は雷光を帯びた刀を進行方向へと持ち替え──

 

 

「「雷鳴(らいめい)雷光(らいこう)穿(せん)ッ!!」」

 

 

 体当たりするようにぶつかりにいく梅里。

 その切っ先は、急激に泡立った水の膜をぶち抜き、正面装甲さえも突破する。

 細かい振動を与えられ、攪拌された水の膜は抵抗力を失ってしまい、障壁としての能力を大幅に減じていた。また打撃や斬撃は水中で大きく威力を減らされてしまうが、刺突はその影響をもっとも受けない。

 

「グハッ! だが、この程度では……」

 

 切っ先は操縦席の青丹にも届いていた。

 確かにそれが胸に刺さっているが、相手は上級降魔である。人ならば致命傷になろうとも生命力が強い降魔にはそうはなっていなかった。

 痛みに耐えながら上級降魔・青丹は快哉の声をあげる。

 

「この戦い、小生らの勝──」

 

 

「紫電よ!! (はし)れッ!!」

 

 

 激流童子の腕が振り回されるのとほぼ同時に梅里の叫びが響く。同時に纏っていた紫電が刀へと一気に注ぎ込まれた。

 

「なッ──」

 

 梅里の愛刀『聖刃(せいじん)薫紫(くんし)』を伝って、悪を裁く浄化の雷は操縦席内へとなだれ込むと暴れ回り、さらには刺さっている『青丹』を()いた。

 

「グギャアアアァァァァァァッ!!」

 

 断末魔の叫びが響きわたる。

 同時に惰性で振り回された腕部が梅里を吹っ飛ばし、放物線を描いて地面にたたきつけられた。

 

「梅里ッ!!」

 

 悲鳴のようなせりの声が響く。が、梅里はダメージは大きかったがよろよろと腕を上げることでその健在を主張した。

 

「もう、ヒヤヒヤさせないでよ……」

「ええ、まったくです」

 

 せりとしのぶがホッとため息をつき

 

「梅里さん!!」

 

 バイオリンを下げたかずらが梅里へと駆け出す。

 激流童子は内部を完全に灼かれており、それ以上動くことはなく、上級降魔『青丹』は雷光の中に消え去っていた。

 




【よもやま話】
 前回のあんなシーンから、一気にシリアスになってみた。
 激流童子も旧作から引き続き登場です。名前の由来は「元気爆発ガンバルガー」のゲキリュウガーからでした。 
 その激流童子もまた支援機だというのにノコノコと単独行動した挙げ句、撃破されました。回復とか防御向上支援とかできたのに、性能を生かすこともなく。
 そろそろお気づきかと思いますが……ええ、『十丹』ってあまり頭は良くないんです。
 せっかく魔操機兵こしらえたのに思惑をことごとく外され、勝手に撃破されていく現実に叉丹は涙目。

 ……あ、トドメですが、斬撃ではなく突き技になったので末尾が「穿」になってます。


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─10─

 上級降魔と魔操機兵を退けた梅里はせり、しのぶ、かずらとともに大帝国劇場の地下へと戻った。

 轟雷号の発着場から入り、格納庫を通り過ぎ、それから廊下に至ると、そこには除霊班のトップ3である、頭の紅葉と副頭のコーネルと道師がいた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「チーフ!!」

 

 紅葉が梅里の顔を見るなり、飼い主を見つけた犬のように一目散に駆け寄る。

 が、その途中でせり、しのぶ、かずらで阻止される。

 

「なにをするのですか、三人とも」

「梅里様は負傷してますので、激しい接触はいけません」

「紅葉は、これ以上近づいたらダメよ。あなたの力でしがみついたら傷が悪化するもの」

「ということですから、我慢してくださいね、紅葉さん」

 

 三人に言われて引き下がったものの、寂しそうな目で梅里の方を見る紅葉。

 それを見て、梅里は苦笑しながら状況を尋ねた。

 

「こっちの様子は?」

「はい。降魔が一匹来たのですが、三人で無事討伐いたしました!!」

 

 元気よくそう言って、何かを期待する目で見つめてくる紅葉。

 梅里はそれに「よくやった。ありがとう」と声をかけると、紅葉は誇らしげに笑みを浮かべる。

 

「……とはイエ、かなり厳しカッタのですガ……」

 

 コーネルが大きなため息とともに吐露する。

 

「紅葉の話しっぷりだとそうは感じないけど?」

「ダイブ、短縮シテますからネ。モミジは」

「紅葉の嬢ちゃんが言うほど、楽な戦いじゃあなかったねぇ」

 

 コーネルに続いて道師が言い、苦笑いする。

 その説明では侵入してきた降魔に対し、まずはコーネルが囮となって注意を引きつけ、道師が桃の木剣や自らの拳を武器に牽制し、紅葉が傷を与え、どうにか倒した、とのことだった。

 

「トニカク体力が高ク、こちらの攻撃を受けても弱る様子もなかったノデ苦労しまシタ。大神少尉が考えた蒸気のワナがなけレバ、倒せなかったデショウ」

「あんな狭い通路じゃあ、紅葉嬢ちゃんの長所が全く生かせないからね。ワシがあと10歳も若ければもう少し役に立てたんじゃが……」

「あれデ、ですカ? 十分すぎるホド……イエ、ドウシが居なけレバとても倒せなかったデスヨ」

 

 そんな老婆の言葉に真顔で答えるコーネルというやりとりに、しのぶもせりもかずらも苦笑いを浮かべるしかない。

 

「で、そっちの首尾はどうだったんだい、お嬢ちゃん方」

「はい。私と梅里さんの愛の力で倒しました」

 

 えへん、と胸を張ったかずらに、せりがジト目を向ける。

 

「……かずら。あなた、楽器弾いてただけでしょ」

「ひどいです、せりさん! 普段からそういう目で私を見てたんですか?」

「そんなことないわよ。でも、あなたが変なことを言うから」

「変なことなんかじゃありません。あの霊力を込めた演奏って結構負担が大きいんですよ。今回は、あの大きな魔操機兵の動きを止めてたんです。それに耐えられたのもひとえに梅里さんから私への想いに応えようという──」

「はいはい。ともかく、アレにトドメを刺したのは、私と梅里の合わせ技ですから。わ・た・し・の、(想い)を隊長が受け止めてくれて、その力で勝てたんだからね」

「なに勝手に変なルビ入れてるんですか! それだって私が精一杯の霊力(梅里さんへの愛)を込めた演奏があったからこそ、足止めできて、そのおかげで倒せただけじゃないですか」

「ちょっと人の真似しないでよ! そんな二番煎じを使っても──」

 

 喧嘩を始める二人に、しのぶは細い目のまま眉根を寄せた困り顔で仲裁に入る。

 

「お二人ともやめてくださいまし。道師様も困ってらっしゃいますよ」

 

 そう言われてせりとかずらは矛を収め、決まり悪そうにその老婆へと視線を向ける。

 彼女は楽しそうに笑みを浮かべ、「気にせんでええよ」とフォローした。人生の先達である彼女にとって、元気な娘達のやりとりがなんともほほえましかったのだ。

 

「──それに、梅里様の役に一番立ったのは、わたくしですし」

 

 しのぶがぼそっと付け加える。

 

「はあ!?」「えぇ!?」

 

 それを聞いてはせりもかずらも黙ってられない。

 

「しのぶさんは敵に何もできてなかったじゃないですか! 水の膜は支配できません、とかおっしゃって」

「しのぶさんの目は節穴どころか塞がっているみたいね。かずらの音もコントロールできないって言って、隊長の要望に全然応えられてなかったのに。よくもまぁ、いけしゃあしゃあと……」

 

 そう言われればさすがにしのぶもカチンとくる。

 

「お生憎ですが、あの時のわたくしは目をきちんと見開いておりましたので、あしからず。だからこそ、かずらちゃんは繊細な霊力コントロールができていたわけですし、せりさんも最高潮で霊力が使えたはずですけど。梅里様は気づいてらしたから後で丁寧にお礼を言われましたが、お二人はお気づきではなかったのですか……」

 

 そこまで言って大きくため息をつく。

 

「いえいえ、まったく……大和撫子として出しゃばらず目立たずに振る舞っていたのですが、気づいてもらえ無いというのは悲しいものですね……」

 

 そしてわざとらしく、出した扇で涙を隠すような素振りを見せた。

 

「それを言ってる時点で充分、出しゃばってるじゃないですか」

「目立とうともしてるわよね」

 

 そんなしのぶにジト目を向けるかずらとせり。そんな三人の様子を見ていた道師がついに声をあげて笑い出した。

 それで少し冷静になった三人が顔を見合わせ、神妙な顔をして道師の方を見る。

 

「あーはっはっは……いや、楽しませてもらったわい。お嬢ちゃん方も仲がよろしくて結構じゃ。で、誰が一番役に立ったかは、これは隊長に決めてもらうしか……むむ、隊長はどこにいったんじゃ?」

 

「「「──え?」」」

 

 眉をひそめた道師の言葉に、しのぶ、せり、かずらは思わず振り返る。

 が、いつの間にか梅里の姿が消えていた。コーネルも紅葉も三人のやりとりに注目してしまっていたため、梅里の動向までは把握していなかったのだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そのころ、梅里は負傷をおして走っていた。

 

 先ほどまで隊員達のやりとりを一歩引いて見守っていた梅里だったが、さすがに見過ごせない事態が起こり、人知れずその場を去っていた。

 しかしその事態は、そのときの梅里に詳細はわかっていない。今までに経験したことが無いほどに強く、『聖刃・薫紫』が危機を伝えてきたのだ。

 それが導くままに危機感の根元へと向かい、そして愕然とする。

 

「魔神器が……」

 

 地下倉庫の奥に保管されていたはずの魔神器がなくなっていたのだ。

 納められた棚は開け放たれたままだが、三つともに姿を消している。しかも──

 

「封印が、破られていない?」

 

 夢組が張ったはずの封印だが、それが強引に破られた形跡はなかった。それに疑問に思ったが、それを深く考察している時間も余裕もなかった。

 幸いなことに薫紫は次なる場所を示してくれている。危機がまだ去っていない、つまりはまだ持ち去られていないという可能性が高い。

 

(あれを持ち去られたら取り返しの付かないことになる!)

 

 体が痛むのも忘れて、梅里は全力で走った。

 帝劇内を地下施設から地上へと上がる。薫紫はそこから支配人室、さらには食堂へと示している。

 廊下を駆け、慣れた食堂の前を通り過ぎ、たどり着いたその先──ロビーで、ついに人影に追いついた。

 そして、梅里はその人の名を呼んだ

 

「あやめさんッ!?」

 

 緑の軍服を着て、髪をアップにまとめた女性。見間違えるはずもない、帝国華撃団副司令の藤枝あやめだ。

 そしてその手には抱えるように三つの物──魔神器があった。

 それで先ほど抱いた疑問である「封印が破られていないのになぜ持ち出されたのか」という疑問が解消した。副司令の彼女であれば、緊急時に司令が行動不能になってしまうのに備え、封印を正規に解除できた。

 

「あやめさんッ!!」

 

 もう一度その名を呼び、彼女へと駆け寄る。

 あと少し、というところであやめが振り返った。

 

「う、梅里くん……」

「あやめさん、どうしたんですか? それに、その手にした物は……」

 

 警戒のために思わず距離を置いて対峙する梅里。

 一方、あやめは梅里を認識すると急に苦しみだした。

 

「うぅ……」

「大丈夫ですか!?」

 

 慌てて駆け寄ろうとする梅里を、手で制するあやめ。

 そして、彼女は何かに耐えつつ手の内にある魔神器を見つめ「これが、狙いね……」とつぶやいた。

 そして視線を梅里へと上げると、精一杯の声で彼に訴えた。

 

 

「梅里くん、私を……殺しなさい!」

「──え?」

 

 

 ドクンと梅里の鼓動が大きく脈打つ。

 その言葉は、梅里の古傷を大きくえぐるものであった。

 

「なぜ、ですか……」

「今、私を殺さなければ、取り返しがつかないことになるわ」

「だから! なぜ、そんな……」

 

 

 ──梅里の脳裏にはあの日のことが思い浮かぶ。

 

 

「聞きなさい、梅里くん。司令から聞いたけど、夢組は……華撃団から裏切りが出ると、予知していたそうね」

「ええ。そうですけど──」

「おそらく、私よ。予知にあったのは。裏切るのは……」

 

 苦しみながら、吐き出すようにあやめが言う。

 

「そんな! でもあやめさんは今……」

「ええ、今の私は……今ならまだ私の意識が勝っているから、私の意志で話せる。でも……そう、長くはもたない、わ」

「それはどういう……?」

「私の中にいる別の私が、この魔神器を持ちだそうと、華撃団を裏切ろうとしているのよ!」

 

 

 ──あの日の彼女と、今のあやめの姿が、重なって見える。

 

 

「諦めないでくださいッ!!」

 

 梅里は必死に叫ぶ。彼女の意識をつなぎ止めるために。彼女のいう別のあやめを彼女から追い出すために。

 

「あなたは、強い人だ! 皆に希望を与えてくれた人じゃないですか! 僕は、あなたがいたからここにいる。あなたが誘ってくれたからここに来て、そしてあなたが集めた皆のおかげで、こうしていられる! なのに、そのあなたが諦めるなんて……」

「お願い、梅里くん。このままでは私が、華撃団を、帝都を……」

「あなたは、帝都を守った人でしょ!? 6年前、降魔戦争で米田司令と一緒に戦い、帝都に平和をもたらした人だ! そんな人が、負けるわけ無い!!」

 

 

 ──苦しげに見つめるあやめの顔は、やはりあの時の彼女と同じようであり……

 

 

「刀を抜きなさい! 梅里くん!! これは、命令です。私を……藤枝あやめを斬りなさい!!」

「ッ!」

 

 

 ──い、イヤだ……僕にはできない!!

 

 

 あの日、彼女に言った言葉が脳裏に浮かぶ。

 

「お願い、私がまだ……華撃団副司令として、藤枝あやめであるうちに……」

 

 必死な彼女の訴えを聞いて、梅里はいつの間にか全身が震えていた。

 震える手が、反射的に腰の愛刀へと延びている。

 迷いを示すように激しく震えるその手は──柄を握ることなく──

 

「──ッ!!」

 

 表情を一変させて襲いかかってきたあやめの両手が梅里の首を掴む。

 それを防ぐため、『聖刃・薫紫』の柄に伸びかけていた手は彼女の手を掴んだ。

 が、一瞬で呼吸を阻害された梅里には、すでにその手で彼女を邪魔できるほどの力はなく、意識が遠のいていく。

 

「あ、やめ……さん。ゴメ……ン、なさい……」

 

 梅里の意識は闇に落ちた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……めさと! 梅里ッ!!」

 

 体を揺さぶられ、梅里の意識は急速に回復した。

 まだ霞む視界には、泣きそうなほどに心配そうにした顔で白繍 せりがのぞき込んでおり、同じように伊吹 かずらと塙詰 しのぶも見つめている。

 

「梅里さん!? 良かった、意識が戻った……」

「梅里様、いったいなにがあったのですか?」

 

 段々と意識がハッキリとしてくる。

 しのぶに説明するため、考えをまとめようとし──梅里は慌てて身を起こす。

 

「ちょ、ちょっと、まだ無理しないで!!」

 

 せりが抗議するが、かまわず立ち上がろうとして、膝がガクンと落ちる。

 

「ほら見なさい。そんなすぐには──」

「……あやめさんは?」

「「「え?」」」

 

 梅里の問いに三人が首をかしげる。

 

「あやめさん、どこに行った?」

 

 なんとか自力で立ち上がろうとしている梅里を、しのぶが手を貸して立ち上がらせる。

 

「副司令ですか? わたくし達が来たときにはいらっしゃいませんでしたが」

「突然、あなたがいなくなるから、みんなで探してたのよ」

 

 そう言ったのはせりだが、他の二人は彼女の霊感をあてにして、行動を共にしただけである。

 しかし案の定、せりはほぼ迷うことなくロビーにたどり着いている。

 

「それで、ロビーで倒れている梅里さんを見つけたんですけど、意識を失ってたんです」

「──ってことは、外か!」

 

 彼女たち三人は食堂の方から来たことになる。梅里は体を無理矢理動かして、ロビーから外へ向かうため玄関へと一歩踏み出す。

 

「ダメです! まだ動いては……」

「いや、今すぐ、追いかけなくちゃいけないんだ!!」

 

 思うように動かない足をどうにか動かし、梅里は外へと向かう。

 梅里自身は知らないことだったが、あやめに首を絞められて意識が落ちてから、三人に介抱されて意識を取り戻すまでは、それほど時間が経っていなかった。

 そうして、やっとの思いで外に出た梅里に真っ先に飛び込んできたのは、真っ赤な満月。

 

 そして──

 

 

「あ、やめ……さん?」

 

 

 まさに先ほど自分の首を絞めてきた彼女と、その傍らには降魔を操る華撃団の敵、葵 叉丹。

 

 

 その二人が唇を合わせた直後、それは起きた。

 

 

 藤枝あやめという存在が消え──そこにはコウモリのごとき翼を持ち、解かれた長い髪が風に揺れ、そして彼女と同じ顔立ちをした上級降魔が現れていた。

「降魔・殺女(あやめ)……叉丹様の理想を実現するため、参りました」

 あやめと全く同じ声で、その降魔は名乗った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──梅里はあの日のことをハッキリと思い出していた。

 

 自分の幼なじみが命を落とした、その日のことを。

 あの時、ありえた最悪の結末が今、まさに現実となって目の前で起こっていた。

 そして思い知る。あの時、なぜ彼女が自ら切っ先へ飛び込んだのか。その優しさを二年経った今になってようやく気が付いた。

 そして痛感させられる。あの時、自分の弱さが彼女に防がせた最悪の結末を、今度は現実のものにしてしまったということを。

 そんな自分の弱さを突きつけられ──

 

 

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」

 

 

 梅里の慟哭が、赤い満月の夜を迎えた銀座に響きわたった。

 


 

─次回予告─

ティーラ:

 ついに姿を現す降魔の城、聖魔城。

 その最強兵器、霊子砲を止めようと華撃団が動き出す。

 そして、立ちはだかる巨大な敵の圧倒的な力を前に、隊長が決意した覚悟とは──

 

 次回、サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ 最終話

 

「この命、賭して」

 

 太正桜に浪漫の嵐。

 勝利の鍵は「絆」……それこそあやめさんが残してくれた、隊長──いえ、華撃団の最終最強の武器です。

 

 

 




【よもやま話】
 初めて、ラストで引きをやってみました。
 ちなみに、─7─でのタロット占いで出た「裏切り」ではなかった「運命の車輪(ホイール・オブ・フォーチュン)」の逆位置が意味する[急激な悪化」「アクシデント」「別れ」は全部ここに入ってました。
 さぁ、残すところあと1話。がんばろう。

【第5話あとがき】
 第5話、いかがだったでしょうか。

 最初の頃は「やっとヒロイン全員がヒロインとして活躍できるようになっだぜ~」とやりすぎた感はありましたが、最後は今までになくシリアスな引きで終わりました。……この落差よ。
 前回の次回予告は実質─1─だけの予告だったし。

 今回、後半をやるに至って悩みました。オリジナルの敵役だった『十丹』を出すか出さないか、についてです。
 ゲームのサクラ大戦をやっていて突然の「え? 花札!?」という違和感におそわれた感のある、暁の三騎士「猪」「鹿」「蝶」に合わせたオリジナルの敵だったわけですが、今回は外そうと考えてもいたのですが……正直、ネタがないのですよ。
 今までは黒之巣会という「組織」が相手で、それに「六破聖降魔陣の完成」という目的があったのでいろいろネタも思いついたのですが、敵が「葵 叉丹が支配している降魔」であり、目的も「魔神器の奪取」ときわめてシンプル。そのため戦場がブレないので「猪鹿蝶相手に別の場所で戦ってました」が使いづらく、また彼らも捨て駒のようにすぐ退場していくので再登場も違和感ありすぎる。
 ということで、どうしようもなく、旧作から引き続きで出演となり、彼らの乗機にしてオリジナル魔操機兵の童子シリーズも登場となりました。
 また、童子シリーズは猪鹿蝶が使った不動シリーズの廉価版という設定と、新たに支援機という役目も与え、支援機なのに前線に出てきちゃったという残念な性格を与えることで、生身の梅里達にも倒せたという裏設定もつけました。

 さて残すところあと1話ですが、最後までどうぞお付き合いください。


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最終話 この命、賭して
─1─


「ウメくんって強いから、きっと軍に入っても活躍間違いないよね」
「俺が?」

 初日の出を見に行き、そのまま初詣に参拝した大洗磯前神社の長い階段を下りながら四方(しほう) 鶯歌(おうか)は笑顔で言った。
 言われた武相(むそう) 梅里(うめさと)は戸惑い、首をかしげる。

「だって、剣術ならお兄さんにも負けないんでしょ?」
「兄さんは跡取りだから。料理ばかり鍛えられてるし、剣術はたしなむ程度でしかないよ」
「でも、あたしはウメくんより強い人、見たことないよ?」

 そこまで言われれば梅里も悪い気はしない。
 なぜ剣術を鍛えているのかまでは彼女に言えなかったが、それでも日頃の努力の成果を認められるのはうれしいことだった。
 それが、梅里も思いを寄せている幼なじみなら、尚更だ。

「……あ、でも、ウメくんの御爺様はもっと強かったわね」
「上げておいて落とさないでよ!!」

 突然の手のひら返しに梅里は抗議する。
 それを笑って誤魔化そうとする鶯歌。

「ゴメンゴメン。でも、強いと思ってるのは間違いないよ」
「そう言って、また落とすんだろ?」

 憮然とする梅里に、彼女は首を横に振った。

「そんなことないよ。ウメくんはあたしのことを守ってくれるって思ってる」

 そしてもう一度、笑みを浮かべる。

「そんなウメくんが軍に入ったら、もっとたくさんの人を守れるとも思ってるよ。だって……」

 鶯歌はじっと梅里を見つめる。

「ウメくんは、誰よりも強いから……」


 ──その言葉が、今の梅里には深く深く突き刺さるのだった。




「夢組、本部勤務員及び私を除き、花やしき支部へ帰投しました」

「……御苦労」

 

 定刻華撃団夢組副隊長、(たつみ) 宗次(そうじ)の報告に、同司令である米田(よねだ) 一基(いっき)はねぎらいの言葉をかけた。

 だが、それもどこかもの悲しい。普段なら彼の傍らに立つはずの人がそこにいないからだろうか。

 

「お前はこれからどうするんだ?」

「報告が終了次第、花やしき支部に向かい他の者と合流予定です」

「そうか……」

 

 米田が気落ちしているのは間違いない。宗次もそれは実感していた。この支配人室の重苦しい空気がなによりも如実にそれを語っていた。

 

「あやめがいねえと、どうにもしまらねえな」

 

 そう言って寂しく笑う米田。

 それに宗次は肯定するわけにもいかず、否定するのも白々しく、答えることができずにいた。

 だが、気落ちしているのは米田だけではない。帝国華撃団の主力である対降魔迎撃部隊である花組のメンバーはいなくなった藤枝あやめが集めたと言っても過言ではない。

 その彼女が、敵となった。

 それを眼前で見せつけられた彼女達にとってはあまりに厳しい現実だろう。早々に心の整理をつけろというのが酷というものだ。

 宗次自身も、夢組支部長という肩書きがあり、華撃団の支部長であるあやめには色々と世話になったし、相談したこともあった。

 思えば自分が夢組隊長心得だったときには部隊が上手く回らず、夢組内でも軋轢を生んでいたので、その解消のために大きな迷惑をかけていただろう。もっとも彼女のことだからそれを「迷惑」とは絶対に言わないだろうが。

 その夢組内での動揺ももちろん大きい。花組よりも大所帯で多くの隊員が支部にいる夢組にとって、彼女は支部長として皆の面倒を見ていたからだ。

 だがそれらはあくまで「動揺」レベルだ。もっと深刻な影響を受けている者が2名いる。

 一人は、華撃団内部での「裏切り」を予知していながら防げず、地元で迫害を受けていた自分に居場所を与えてくれた人としてあやめを慕っていたティーラ。

 もう一人は、やはりその勧誘に関わり、予知のことを知っており、そしてなによりも目の前で降魔にされるという心的外傷(トラウマ)を思いっきりえぐられた梅里である。

 思えば、降魔にされかけたという梅里の幼馴染同様に、あやめもまた「降魔の種」を植え付けられていたのかもしれない。

 それこそ6年前の「降魔戦争」のときに。

 

「ティーラとウメは、どうだ?」

「正直、現状では無理です。ティーラが能力を発揮できるとは思えませんし、梅里も戦いに出すわけにはいきません」

 

 なによりも、あの茫然自失とした梅里を一般隊員達に見せることさえ志気に関わる。

 本来ならば『魔神器』を奪われたことで警備する必要が無くなっている上、気落ちしている花組隊員達を気遣って全員花やしき支部に引き上げたかったのだが、梅里を他の夢組隊員に見せないためにあえて本部に残しているほどだ。

 

「……そうか。お前は支部に戻ってティーラのフォローを頼む」

「了解しました。が、梅里に関しては、どうしますか?」

「そいつはお前が心配しなくても、世話焼きが好きなヤツやそのライバルが放っておかねえだろ」

 

 米田は苦笑しつつ、コップを煽る。

 その中に入っている透明な液体から、独特の匂いがしたとしてもそれを責めることは宗次にはできなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そのころ、梅里は厨房にいた。

 置いてある椅子に腰掛け、呆然とうつむいている。

 出撃からそのままの格好である男用の白い夢組戦闘服のまま。それも激しい戦闘をしてきたので汚損もあったが、それもそのままだった。

 それを隠すかのように、その上に濃紅梅の羽織を着ている。この寒い厨房から動こうとしない梅里を気遣ったしのぶが持ってきて着せたもので、その様子はいつもとはかけ離れていた。

 そんな彼にピタリと寄り添っているのは、やはり同じように夢組戦闘服──こちらは巫女服のような女性用で、幹部に許されている個人を示す専用色である鮮やかな赤紫の袴を履いている──に身を包んだ塙詰(はなつめ) しのぶだ。

 

「梅里様……」

 

 彼女は梅里の頭をそっと優しく抱き抱える。

 彼の気持ちは推し量って余りあるほど、心に深い傷を負っているのをしのぶは理解していた。

 彼女自身、あやめがいなくなった──降魔となったことは心理的にダメージを受けている。

 しのぶの入隊は陰陽寮からの推薦なのであやめは関わっていない。だが入隊後は当初、夢組内の軍派と対立する構図になった陰陽寮派の中心として、また黒之巣会との戦いの最終局面で離脱しようとしたり、と多大な迷惑をかけてしまった。それでもしのぶが華撃団に残れるように尽力してくれたのは彼女だ。

 さらにその後は陰陽寮と接触して態度を軟化させることにまで尽力して、そのおかげでしのぶは実家を訪れて和解できている。その恩を忘れることはできない。

 さらには、生まれついての能力のために忌避されたり人を遠ざけたりしていたせいでコミュニケーション能力がポンコツである上、陰陽寮派のトップであり、年齢的にも上の方に分類されるという悪条件が重なったしのぶにとって貴重な相談相手であった。

 黒之巣会との戦いが終わって以降が中心ではあったが、特にこの目の前にいる相手についての相談は、恋愛経験がゼロに等しいしのぶにとっては本当に頼りにしていたのだ。

 

(ですから、だからこそわたくしも……あやめさんのようにとはいかないのは理解していますが、それでも、少しでも支えたいのです)

 

 自分がポンコツなのはわかっている。あやめとは比べるのも失礼だろう。

 そう考えるしのぶの優しさは、決してあやめに劣るものではなかった。

 まるで赤子を抱きしめるような、言葉を必要としない無償の抱擁は、梅里の心を少なからず癒しただろう。

 だが──彼の心の傷はそれでは立ち直れないほどに、あまりに深すぎた。

 




【よもやま話】
 短くてすみません。自分の感覚ではいつも通りくらいだったのですが、編集してみたら文字数の少なさに驚きました。


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─2─

 梅里としのぶがいるその厨房に、足音を立てて入ってきた者がいた。

 人影に気づいたしのぶが顔を上げ、その姿を見る。

 彼女と同じ夢組の女性用戦闘服──その人の袴も個人を示す特別色、シアン色に染められている──に身を包んだ白繍(しらぬい) せりである。

 その彼女を見て、しのぶは戸惑った。思わず梅里を抱く力が強くなるほどだった。

 なぜなら、せりをとても怖く感じたからだ。

 今の真っ暗な厨房には奥にある通路からわずかに明かりが見える程度だが、その逆光でわずかに見えた彼女の顔は、見えづらくとも明らかに怒っているように見えた。

 それは、普段よく彼女が抱いている嫉妬によるそれとは明らかに質が違っているように感じられる。

 事実、せりは怒っていた。今現在の梅里のふがいなさ、そしてそんな彼の支えとなれない自分に対して、だ。

 その彼女は、一度立ち止まっていたが、再び歩みを進めてしのぶの前までやってくると──

 

「しのぶさん、ちょっと離してもらっていいかしら?」

 そう笑顔で言ってきた。

 妙に迫力のあるその笑顔に圧され、しのぶは抱き抱えていた梅里を離す。

 

「ありがと」

 

 彼女はさらに笑顔でしのぶにお礼を言うと──全力を込めた右手で、彼の頬を平手打ちした。

 

「せりさんッ!?」

 

 その一撃の勢いで、梅里は倒れる。

 だが、無気力な彼は倒れたまま自分で起きあがろうともしなかった。

 倒れたまま動かない梅里を、仁王立ちになっていたせりがしゃがみ、胸ぐらを掴んで上半身を起こす。

 

「ちょっと、せりさん……」

 

 戸惑うしのぶを後ろに、せりは──再びの平手打ちを見舞った。しかも今度は一発では終わらない。返す手で逆の頬を叩く。

 さらにそれが二往復、三往復と続く。乾いた音が再び厨房内に何度も響いた。

 

「もう止めてください! 梅里様は、傷ついていらっしゃるのですよ!!」

 

 あわてて止めに入るが、それでもせりは止まらない。続けざまに何度も平手打ちをお見舞する。

 

「ええ、わかってるわ」

 

 無感情を装ったせりがやっと答える。

 その奥底にある激しい怒りを隠しているような、淡々とした口調だった。

 

「わかっていらっしゃるなら、なぜ!?」

「しのぶさんやかずらにはできないと思って。コイツに、厳しくすることがね」

 

 そう言ってさらに頬を張る。

 

「そうやって甘やかしてるだけじゃ、解決しないこともあるのよ!」

「だからといって、そんな……」

 

 せりの強硬な態度にしのぶはオロオロするばかり。

 その間にもせりは何度も、何度も手を振るう。

 そんな無感情だった彼女の目はいつの間にか涙を湛えていた。それでも彼女は手を止めない。

 

「なんで! 怒らないのよ! こんなに! 理不尽に! 叩かれてるのに!」

 

 叩いた拍子に、ついに涙があふれ出す。それでもせりは止まらない。

 

「怒りなさいよ、梅里! 怒って、感情を爆発させなさいよ! たとえ、私のこと……私のこと、嫌いになっても構わないから……」

 

 その手がついに止まり、梅里の胸ぐらを掴む手が両手になった。

 叩いていた右手が痛む。

 だが心はそれ以上に痛かった。

 それでもなお、せりはその痛みを越える強い思いがあった。

 

「そんなあなた……今のあなたの姿を、私はこれ以上、見たくない……あなたは、もっと強いはずでしょ」

「せりさん……」

 

 弱い、いや無気力な梅里をこれ以上見たくないという気持ちは、アプローチこそ真逆だが、しのぶもせりと同じだった。

 

「何度も強敵と戦ったじゃないの! 激流童子! 風巻童子! 叉丹の神威にも負けなかった! 紅のミロクも! それにあの蒼角モドキだって!!

 あのとき、あなた言ったわよね? あれを相手に一対一でも時間は稼いでみせるって、あの自信はどこにいったのよ!? 私と一緒に倒した強さはどこにいったのよ!?」

 

 せりは感情を露わに、涙を流しながら梅里の胸ぐらを掴んで詰め寄る。

 

「あんなに強いあなたなら、こんな悲しみぶっ飛ばせるでしょ!! 頑張りなさいよ!! あやめさんが居なくなっても……私たちがいるじゃないの!」

 

 せりの涙が、梅里の顔へと落ちる。

 だが、梅里の無表情は変わらない。しかし、ゆっくりと口が動き、言葉を紡ぎ出した。

 

「僕は、強くなんかないよ」

「え……?」

 

 やっと出てきた梅里の言葉を、せりは思わず問い返す。

 虚空を見ていた梅里の目が、ハッキリとせりを捉える。思わず喜びかけたが、梅里はやはり無表情のままだった。

 

「強くなんか、ないんだよ。だって、僕のせいで……あやめさんを降魔にしてしまった。僕があのとき、あやめさんの言うことを聞いて……本当の強さがあって、斬ることができていたら、こんなことにはならなかった。そうしないためにあやめさんが決意していたのに……それさえも踏みにじった」

 

 梅里は自分の両手を呆然と見つめる。

 

「あのときから全く変わってない。二年前、僕が決断できなかったために鶯歌に自ら命を捨てさせたあのとき……僕の弱さのせいで降魔を逃がし、鶯歌を殺すことになったあのときから」

「それは違うわ! あなたがあやめさんを、鶯歌さんを斬れなかったのは、あなたの優しさからでしょ? 情の深さが悪であるはずがない!」

「その通りです! 強さに優しさがなければ、それはただの暴力でしかありません! そこに正義は宿らないのです! 梅里様は間違ってなんておりません!!」

 

 せりとしのぶが声をかけるが、梅里はそのどちらにも振り返ることはなかった。

 

「もう……嫌なんだ。僕のせいで誰かを失うのは」

 

 ポツリ言った梅里の言葉。

 それは、せりがいつか聞いた梅里の嘆きだった。

 まるであのころに戻ったかのようだ。

 そしてあの時と違うのは自分の力に対する自信だろう。

 その自信に裏付けられた強さのせいで無鉄砲に戦いに行き死に場所を求めたのとは違い、今の梅里にあるのは完全な自己否定だけだった。

 

 

 ──だから、たとえ警報が鳴ろうとも、彼が立ち上がることはなかった。

 

 

「え? こんなときに……」

「ほら、梅里! 行くわよ!!」

 

 戸惑うしのぶの横で、せりが梅里の手を掴もうとする。

 だが、その手は叩かれて拒否された。

 

「ちょ、ちょっと! あなた、どういうつもり!?」

「僕はもう、目の前で何も失いたくない。失うのが、怖いんだ」

 

 膝を抱えるように地面に座る梅里は、その膝に顔を埋める。

 憤然と立ち上がったせりは、再び胸ぐらをつかみ──

 

「このッ──あっちゃけェッ!!」

 

 感情露わに最後の平手打ちを喰らわせる。

 そのまま倒れ伏す梅里に、せりは追い打ちのように言葉をたたきつける。

 

「わかったわ。あなたはそこで、一生いじけてなさい!! しのぶさん、行きましょう」

「え? あ、あの、その……」

「あなたが惹かれてるのは、こんないじけ虫の弱虫じゃないでしょ!? そんなヤツより帝都を守る方が大事! ほっときなさい、こんな意気地なし!」

 

 そう言ってせりはしのぶの手を掴んで走り出す。

 

「あ、あの……梅里様、わたくしはお待ちしております! あなた様が立ち上がれると信じています!!」

 

 引っ張られるように走り出したしのぶはそう言い残し、厨房から走り去っていった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 二人が去り、急に静かになった厨房。

 緊急出動──梅里が知る由もないが、聖魔城を浮上させる時間稼ぎのための暁の三騎士「蝶」の襲撃に対する迎撃──によって、帝劇内からも人は居なくなって静まりかえっており、遠くで襲撃の喧噪が聞こえるくらいだった。

 だが、梅里は目の前に人の気配を感じた。

 ピタリと手に触れる地肌の感覚にふと顔を上げると、薄い黄緑──萌木色をした袴の夢組戦闘服を着た、伊吹(いぶき)かずらが身を乗り出すようにその手を握っていた。

 朗らかにほほえむ彼女にあわせ、その柔らかそうな三つ編みに編まれた髪が揺れる。

 

「梅里さん、出撃しないんですか?」

 

 そう言われて、梅里は返事に窮した。

 迷い──だが、告げる。

 

「僕は、もう戦えない」

「どうしてですか?」

「失うのが……怖いから」

「そう、ですか」

 

 せりは相変わらず微笑んだまま、続ける。

 

「でも、それでいいんじゃないですか。前に私が梅里さんに頼りないって思われてたとき、そうでしたもんね」

 

 失うのが怖いから、そもそも危険なところに行かせなければいい。

 そう判断したのは梅里だった。だからかずらは危険な──戦闘が予見されるところから意図的に外された。

 

「でも、梅里さんが避けても……他のみなさんは戦いますよ、きっと。それでもいいんですか?」

 

 かずらが問いかけるが、それに答えはなかった。

 いいわけがない、と梅里は思っている。

 梅里がいなくとも、誰かが倒れる可能性はもちろんある。死ぬ可能性もある。

 そんなことはわかってる。だが、それを受け止められる自信は──今の梅里にはなかった。

 抱えた膝に顔を伏せるようにして、梅里は地面に座っていた。まるで現実から逃げるように。

 その耳に、衣擦れの音が聞こえる。

 帝劇内がシーンと静まりかえっているから、聞こえる音だった。しばらくするとその音さえも聞こえなくなる。

 

「……梅里さん」

 

 再びのかずらの声だったが、梅里は顔を上げなかった。

 両頬に触れる肌の感触。そして梅里の顔を持ち上げるように動いたその手によって、視線を上に向かせられた。

 見えたのは彼女の顔。その表情は緊張しているようにも、悲しげにも、恥ずかしそうにも、見えた。おそらくそんな感情が入り交じっているのだろう。

 そして──

 

「ッ!? かずらちゃん?」

 

 思わず息をのむ。

 かずらは、何も着ていなかった。

 その足下には先ほどまで着ていた夢組の戦闘服らしきものが置いてあるが、今のかずらは下着一つ身につけていない。

 

「……梅里さん。お願いがあります」

 

 驚きと、突然の状況に頭が追いつかないのと、元々の気力が下がっていたので、梅里は何も言うことができなかった。

 構わずかずらは言葉を続け、その場に立って全身を見せる。

 

「私を、梅里さんの好きにしてください。どんなことでもしてもらって構いません」

 

 裸でそう言うことがどんな意味なのか、かずらもわかっている。

 

「私の体で満足してもらえるかわかりませんけど、なんでもいうこと聞きますし、どんな要望でも受け止めますから」

 

 少し自虐的な笑みを浮かべつつ、さらに一歩、梅里へと近づく。

 

「だから……」

 

 かずらの声が震えた。

 彼女は手を梅里へと伸ばす。

 

「だから、お願いです。それが終わったら元の梅里さんに、戻ってください」

 

 そう言ったかずらの目から涙が落ちた。

 

「私には、どうしたらいいかわからないから。しのぶさんみたいに梅里さんを信じて待つほどの包容力も、せりさんみたいに叱咤激励できる強さもありません」

 

 先ほどのせりとしのぶがしていたことを、かずらは影で見ていた。

 逆に行えば、かずらは見ていることしかできなかった。梅里にどう接していいかわからなかったからだ。自分の強さを見失っている梅里に、いつも通りに彼に寄りかかることはできなかった。

 

「弱くて何もできない私にできるのは、梅里さんに体を捧げて元気を取り戻してもらうくらいしか……それくらいでしか役に立ちませんから。私には、みんなを守る力がありません」

 

 降魔を一人で倒せるのは夢組でもほんの数人。そのうちの一人が梅里であり、かずら一人ではまともに戦うことさえできない。

 かずらはさらにもう一歩近づこうとした。そこはもうお互いの距離は手を伸ばせば触れられる距離だ。

 体が自然と震える。いくら想いを寄せる相手とはいえ「好きにしていい」と言った以上は何をされるかはわからない。それはもちろん『拒絶』も意味するところだ。

 かずらの言葉はいつものいつでも「冗談」と引き返せるものではない、彼女の『本気』から出た言葉だが、逆に言えば『拒否』されれば、それは梅里から『本気』で拒否されたことになる。

 

(怖い……すごく、怖い……)

 

 ゆえに、かずらは踏み出せなかった。その一歩を踏み込めなかった。

 そんな勇気さえ、自分にないのかと悲しくなる。そしてあらためて思い知らされる。自分がそういう意味でも弱いということを

 涙がこぼれ落ちる。身を捧げるつもりでも、こんな程度でしかない、自分の体たらくに。

 

(もう、どうすれば……どう説得したら……)

 

 途方に暮れる彼女の目に、梅里の傍らに立つ女性の姿が見えた。

 セミロングくらいの長さの髪をポニーテールにした、朗らかで明るく、そしてかずらにも優しく笑みを浮かべている、そんな──梅里を見守り続ける彼女の姿が。

 そんな彼女の姿に、かずらの涙腺は限界を迎える。止めどなくあふれるそれは、かずらの感情を一気に爆発させた。

 

「鶯歌さん、後悔して無いじゃないですか……梅里さんのことを、恨んでなんて、いませんよ」

「え……」

 

 その名前を出したとき、梅里の目が一瞬だけ、元に戻った。少なくともかずらにはそう見えた。

 正直に言えば名前を聞いただけで正気を取り戻させる彼女には悔しいと思うし、嫉妬もする。でも今は本来の梅里を取り戻すのに見えたそのわずかな光にすがるしかない。

 

「なのに、どうして梅里さんは、そんなに後ろ向きで、変えられない過去ばかり見て、嘆いて、変えられそうな未来と向き合わないんですか?

 それを……あやめさんが、降魔なんかじゃない本当のあやめさんが、望んでるわけ、無いじゃないですか!

 本当のあやめさんなら、帝都を守ってというはずです。それなのに、今の梅里さんは……ッ!」

 

 かずらは一生懸命に言葉を紡いだ。感情が赴くまま、必死に訴えることしかできなかった。だから、その代償にそこまで言うのが精一杯で、それ以上は高ぶった感情で泣いてしまい、言葉が続かない。

 しゃくりあげて声が出ないかずら。目も涙で見えなくなって、手で拭うが次から次へとあふれ出してしまい止まらない。

 

(本当なら、まだ言わなければいけないのに。まだ梅里さんは立ち直ってないんだから……)

 

 必死に涙をこらえよう、止めようとするかずらの肩に、ふわりと何かが掛けられた。

 素肌に触れる布の感触。それに暖かさを感じ、それで自分が裸だったのを思い出す。

 

「──え?」

 

 もう一度強く涙を拭い、そして見上げると、正面にはかずらに自分が着ていた羽織をかけてくれた梅里の姿があった。

 

「梅里、さん……?」

「ゴメンね、かずらちゃん」

 

 梅里はそう言ってその手をかずらの頭の上に乗せ、そして優しく撫でた。

 

「キミのおかげで思い出せた。確かに、自分の弱さのせいで、鶯歌に酷な選択をさせた。でも……それは僕がこれから一生背負っていかなければいけないことだ。目を背けていいことじゃない」

 

 背けるのは甘えでしかない。たとえそれを繰り返してしまい、あやめの降魔化を防げなかったとしても、だからと言って逃げていい、逃げられるようなことではないのだ。

 それに立ち向かわなければ、それこそ鶯歌に失礼な話だ。なぜなら──3人の話を信じるのなら──彼女は、梅里を見守っているというのだから。

 掛けた濃紅梅(こきこうばい)の両肩に優しく手を乗せ、ジッと見つめる。

 こんな健気な()にここまで無理をさせ、追い込んでしまった自分の不甲斐なさを実感し、そういう意味でも自分は立ち上がらなければならない。そう思った。

 

「鶯歌は降魔に負けなかったんだ。だから僕も負けるわけにはいかない。それを思い出させてくれて──ありがとう」

「梅里、さん……」

 

 目の前で浮かべられた笑顔は、本当に優しく、そして強い、かずらが憧れた人のそれだった。

 

「──ッ」

 

 だからかずらは、思わず行動していた。

 踏み出せなかった一歩を踏み出し、そして自らの意志で──梅里の唇に自分の唇を重ねる。

 

「──ッ!? か、かずらちゃん?」

 

 すぐに離したので、困惑した梅里が思わず声をあげる。

 

「……梅里さんが悪いんですよ。女の子が勇気を振り絞ったのに、手を出さないで有耶無耶にしようとしたんですから」

「え……っと、それは……」

「でも、元に戻ってくださったので、今はそれで勘弁してあげます。せめてそれくらいは、受け取ってくださいよ?」

 

 そう言ってかずらはいたずらっぽく笑みを浮かべる。

 それから恥ずかしさを隠すために、彼の匂いが染み着いた羽織に顔を埋めた。

 




【よもやま話】
 せり暴走。最後のビンタとともに言った言葉はせりの出身地の方言で概ね「馬鹿」という意味です。せりの出身地については明言していません。前に一度ヒントを出しているのですが……どこか明確に書かないのも一興かな~、と思ってます。
 ちなみに彼女の台詞の「こんな悲しみぶっ飛ばせるでしょ!! 頑張りなさいよ!!」はあやめさんと声が同じキャラが主役を務める某ロボットアニメの主題歌のサビからのオマージュです。
 後半は……いや、かずらなりにがんばって考えた励まし方だと温かい目で見てあげてください。


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─3─

 帝国華撃団の本部がある大帝国劇場へと降魔を引き連れてやってきたのは上級降魔「蝶」であった。

 それを阻むべく出撃した花組を援護する夢組だったが、その動きにはどこかぎこちなさがあった。

 あるべきものが欠けている故に起こる違和感。

 そのあるべきものの名前は、この場にいる夢組の全員がわかっていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 周囲に結界を展開し、戦場の拡大防止に務める夢組は、それを阻もうとする降魔との戦いを行っていた。

 上級降魔「蝶」が駆る紫電不動は大帝国劇場を目指し、花組の神武と戦いを繰り広げているが、それが従えている降魔の別働隊がおり、そのような状況になっている。

 

「釿さん、そっちにいきました!」

「わかってる。任せとけ!!

 

 松林(まつばやし) 釿哉(きんや)が構えた長銃から赤い光弾が放たれ、空中にある降魔を貫く。

 おぞましい悲鳴をあげながら堕ちていく降魔。

 それを見届けて釿哉は「ふぅ」と息を吐く。

 

「オレの『金』属性の霊力を駆使して作り出した、“磁”力場を“利”用して飛ばした弾丸で“遠”くの敵を倒す……ふむ、()()(オン)とでも名付けようか……」

「バカなこと言ってないで、敵見ろ敵!」

 

 強い口調で宗次から突っ込みが入り、視線を戻す。

 狙撃された降魔が墜落しながらも釿哉の方へと襲いかかっていた。

 構えていた長銃をそのまま手にして振りかぶる。

 

「さすが降魔、しぶてえな!! 霊想錬金、秘陽鋳炉(ヒヒイロ)(カネ)!」

 

 彼の霊力がつくり出す仮想の炉が、仮初めながらも理想の金属を生み出し、具現化する。

 先ほどの弾丸と同じ赤く──緋色の金属光沢を持つそれは、今度は銃身の下で刃となった。

 その銃剣で墜落してくる降魔を切り裂き、釿哉はもう一度「ふぅ」と息を吐いた。

 

「さすがですね! 頭!」

 

 錬金術班の女性隊員から通信が入る。

 

「おうよ。ざっとこんなもんよ」

「で、さっきの狙撃の名前ですけど、赤い光弾(ルビーバレット)の方がいいんじゃないですかね?」

「あ~、それは幻想(ファンタシー)(スター)回線接続(オンライン)な感じだから、却下だ」

「頭……全然意味が分かりません」

 

 そんな会話を無線でやり取りをしていると

 

「余計な通信をするなッ!!」

 

 通信機から大音量で宗次の怒鳴り声が聞こえる。

 それに中断された釿哉は指で耳をほじりつつ──

 

「──なんか調子が出ねえな、アイツがいねえと」

 

 釿哉はため息をつくと再び長銃を構え、次の獲物を求めた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「ここは任せて下がって!!」

 

 せりの指示が飛ぶと、調査班の一般隊員たちが飛来した降魔から距離を取り、慌ててその場から去ろうと試みる。

 そうはさせじと迫る降魔。そこへ矢が飛び降魔に刺さり、それを妨害する。

 

「今のうちに!!」

 

 せりがさらに声を出す。

 軽く頭を下げて礼を示しつつ、彼女たちは降魔からさらに離れた。

 そのころには、降魔のねらいは一般隊員たちから、自分を傷つけた憎き相手──せりへと変わっている。

 

 ──そのとき、せりの心理状態はいつもとは違っていた。

 

 通常であれば、せりは弓兵であり、援護や狙撃こそ役目だと分かっていた。ましてや相手は降魔、それに真っ向から立ち向かうなど無謀でしかない。囮になるなど論外だ。

 だが、彼女の頭にあったのは──梅里の穴を埋めなければならない、という思い込みと焦りだった。

 

(本当なら、アイツを引きずってでも連れてこなきゃいけなかったのに……)

 

 それは本来正しくはない。戦う意志を失った梅里をこんな場所に連れてきたところで降魔に殺されてしまうのがオチだ。

 そんな簡単なことさえ気が付かないほど、彼女は思い詰めていた。

 それが正常な判断力を阻害し──普段なら、やらない無謀へ走らせていた。

 襲い来る降魔に対し。せりは矢筒から次の矢を取ろうとして──いつもとは感覚が異なっている右手が矢を掴み損ねて地面へと落とす。

 

「え──」

 

 その違和感は、あまりにも右手で何度も叩いたことによる手のしびれだった。

 先ほどのあれが、こんなことに響くなんて──せりに後悔と、焦りの気持ちが生まれる。

 そしてそのミスが、矢を拾うべきか、あきらめて次の矢を矢筒から出すかを迷わせ──迫った降魔の鉤爪は目の前にまで迫っていた。

 

「しまっ──」

 

 必死の間合いに詰められて、初めて冷静になった。

 なぜ降魔と一対一という夢十夜作戦のときには三人にしか許されなかった状況に、自分から踏み込んでいったのかと愕然となる。

 だが後悔してもすでに遅い。鉤爪はせりの命を刈ろうと──

 

 

 ──横から割り込んだ白刃に斬り飛ばされた。

 

 

 せりの顔の横をものすごい勢いで鉤爪が飛んでいき、思わず目を丸くする。

 降魔の腕を斬り飛ばした彼は、返す刀で降魔に深手を負わせ。三度目の太刀でほとんど口しかないその頭を跳ねつつ振り返り、血糊を飛ばして刀を納める。

 唖然としたままのせりの目の前に、今し方、降魔を倒したその人が立っていた。

 

「……なんで、いるのよ」

 

 帝国華撃団夢組の男性用戦闘服。狩衣のような形をしたその服、隊長を示す白色で、それに金色の装飾が入った特別なもので──

 その彼が、せりの顔に手を伸ばしてくると、ついさっき鉤爪が近くを通り抜けていった左頬を優しく撫でた。

 

「傷は……付かなかったみたいだね。よかった」

 

 そう言って笑みを浮かべる彼を見る視界が(にじ)む。

 

「──僕の頬を叩きすぎて手の感覚失うとか……せりって結構ドジだよね」

 

 そんな彼の言葉はいつもの調子に戻っていて──

 

「ズルいわよ、あなたは……もう、ホントに!」

 

 左頬にあてられた手を思わず掴み、両手で包む。

 涙を隠すように、その手の甲に自分の額をあててうつむく。

 

「言うこと、あるでしょ?」

「遅れて、ゴメン」

「遅くなったのが悪いんじゃないでしょ、まったく。どんな顔してここまで来たのよ」

「……ゴメン」

「許さない」

 

 頑ななせりの態度に、彼は戸惑い、残った手で頬を掻く。

 

「許して欲しかったら、もう二度と迷わないと誓いなさい。そして……付近の降魔をすべてやっつけてきないさよね、梅里!」

 

 そう言ってせりは顔を上げ、涙に塗れた勝ち気な笑みを彼に見せた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 欠けていたパーツが埋まった夢組は動きが格段によくなり、質の高いサポートで花組を支援、見事に上級降魔「蝶」の魔操機兵・紫電不動の撃破を補佐したのであった。

 その戦いが終わり──

 

「梅里様ッ!!」

 

 しのぶが梅里へと駆け寄る。

 すでに夜明け前となり、徐々に闇の色が薄くなりはじめている。そんな中、足下を気にしながらしのぶは梅里の側までやってきた。

 

「しのぶさん──って、ちょっと!?」

 

 目の前まできたしのぶは、そこで止まることなく、そのまま梅里へと抱きつく。

 戸惑う梅里の胸に顔を埋めるようにして、しのぶは思いを告げる。

 

「わたくしは、しのぶめは信じておりました。梅里様が立ち直ってくださると。また、刀をとって帝都の人々のために戦ってくださると……」

「心配、かけちゃいましたね。すみませんでした」

「心配なんて、そんな!」

 

 顔をあげるしのぶ。彼女の細い目がすぐ近くにあるが、その距離だからこそ彼女の睫毛(まつげ)や目元が濡れているのに気が付く。

 それで彼女が涙を流すほどに心配をかけていたと思い至り、梅里はよりいっそう申し訳なく思った。

 

「梅里様。わたくしが居るべき場所は陰陽寮でも、華撃団でもありません」

「え?」

 

 しのぶの言葉に驚く梅里。

 

「あなた様の傍らこそ、わたくしが心から願う居たいと思う場所なのです。梅里様のいらっしゃらない華撃団になんの価値がありましょうか。あなた様が迷われるなら、わたくしも共に迷いますし、あなた様が去るとおっしゃるのならわたくしもそれについて行く所存です」

「そ、それは……」

 

 彼女の立場は華撃団と陰陽寮のいわば架け橋であり、おいそれと華撃団を辞められるような立場ではないのでさすがに焦る梅里。

 

「ですから、もし次また悩まれるようなことがあれば、わたくしにも相談してくださいまし。慕う殿方が悩んでらっしゃるというのに、なにも力になれないということがこんなにもどかしく、悲しいものだとこの(たび)は思い知らされましたので」

 

 ジッと見つめてくるしのぶ。

 彼女に圧され、梅里はうなずくしかなかった。

 

「わかったよ、しのぶさん。でも盲目的に付いてくるなんて言わないで。後ろについてくるだけだと僕にはしのぶさんの姿は見えないし、しのぶさんも僕の背中しか見えないでしょ? どうせなら横に並んで、一緒に歩きましょう。きっとその方が、楽しいです」

「梅里様……」

 

 しのぶの顔がぱっと華やぐ。

 目は相変わらず閉じたように細いままだが、浮かべた笑みは先ほどよりも明るさを感じさせた。

 その目が、何かに気がついたように心配そうなそれへと変わる。

 

「あの……お顔、大丈夫でしょうか? 先ほど厨房で、せりさんに何度も叩かれていらっしゃったので……」

「あ、うん。それは、まぁ……」

 

 しのぶに言われて思い出す。思えばけっこう、何回も叩かれていたように感じる。

 苦笑しつつ頬を掻こうとして──触れた痛みで手が止まった。

 そんな梅里の頬に、しのぶは手を伸ばして触れる。

 その目は閉じたように細いままだが、眉根が寄せられひどく悲しんでいるように見える。

 

「痛かったでしょう?」

「それはやっぱりそうだけど……でも、せりも僕のことを思ってやったことだし──ッ!?」

 

 その途中で梅里は口を塞がれていた。

 突然、頬に触れていた手でそのまま顔を掴み、自分の唇を合わせてきたしのぶによって。

 しばらくして唇同士が離れる。

 

「な……どうしたんです? しのぶさん」

「ご、ごめんなさい。梅里様が、あまりにせりさんを庇うものですから、つい……」

 

 顔を真っ赤にしてうつむくしのぶ。

 彼女がチラッと視線をあげて梅里の表情を伺おうとしたとき、突然、寒気におそわれ、思わず両手で自分の体を抱いた。

 

「い、今の悪寒は──」

「しのぶさん、大丈夫?」

 

 異変に気づいた梅里が、しのぶの肩を掴んで心配そうに声をかける。

 

「しのぶさんも感じたの?」

「はい……ということは梅里様も?」

 

 その確認に梅里もうなずく。

 

「寒気が走るようなイヤな感覚。いったい今のは……」

 

 つぶやいたとき、ちょうど朝日があがってきた。

 明るくなってきたその光に照らされて、見えたその威容に梅里だけではなく、夢組、いや華撃団員たちがどよめいていた。

 

 

 遠くに見える──浮いた大地。

 

 

 まるで城のようなそれが、東京湾上にあった。

 




【よもやま話】
 この話も、編集最初のアップ段階の初期稿では文字数少なすぎて加筆しました。そういう時に便利なのが釿哉ですね。
 せりも、梅里の叩きすぎでうっかり死にかけるという……かずらが体張って立ち直らせてなかったら、このシーンで死んでましたな。
 結局、『暁の三騎士』は名前だけしか出しませんでした。いや、なんか扱い辛くて出し辛かったから……


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─4─

 暁の三騎士の最後の一人、上級降魔「蝶」の撃破にわいた帝国華撃団だったが、その空気は一気に吹き飛ばされた。

 夜明けと共にその姿を東京湾上空に現した、宙に浮いた巨大な大地に騒然となった。

 封印された降魔の城である『聖魔城』が存在する、失われた大地──それこそ降魔城の封印が解かれて姿を現した『大和』だった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「花組は、出撃準備に入っている」

 

 米田が夢組隊長の梅里と、月組隊長の加山、それに雪組隊長を前にして口を開いた。

 

「風組も、あの『大和』に翔鯨丸で届けるべく、準備をしている」

「それにしては少しばかり大掛かりすぎやしませんか、司令。この場に風組隊長がいないのは、不自然に思うんですがね」

 

 翔鯨丸一隻動かすのに、風組隊長が掛かりきりになるわけがない。

 そう思っていた加山が言うと、米田は苦笑を浮かべた。

 

「ああ、加山の言うとおりだ。花組の出撃後に、こっちも切り札を切る」

「切り札? しかし司令、魔神器は……」

 

 首を傾げたのは梅里だった。

 他の二人は預かる隊の性格の違いで、その存在自体を今まで知らされていなかった。

 

「そいつも切り札だった、というのが正しいがな。で、切り札が一つだけなわけねえだろ」

 

 苦笑する米田。

 

「魔神器は奪われたときのリスクが高いが、こいつは大掛かりで使う度に被害で出ちまう。それに、時間がかかる」

「花組は囮、ということですか?」

 

 加山の容赦ない言い方にさすがにまずいのでは、と梅里は困惑して思わず隣の加山を見てしまう。その向こうにいる雪組隊長は眉をピクッと動かしていた。忍耐強い人なので我慢したのだろう。

 実際、米田は顔をしかめていた。

 

「降魔の邪魔を受けるわけにはいかねえからな。月組にも同じことをやって貰うつもりだが……不満か?」

「いえ。全力を尽くします」

 

 無礼は百も承知でも、仲加山はがいい同期である大神のことを考えると、言わずには居られなかったのだろう。

 

「他の二人も聞いての通りだ。夢組は広範囲の結界の展開、雪組は他の支援を頼む」

「「了解」」

 

 二人が応えると、米田は夢組が張るべき結界展開範囲を地図で示し──

 

「司令……本当にこの範囲ですか?」

 

 (かたち)こそ長方形だが、その指定された範囲がとんでもなく広い。

 梅里はさすがになにかの手違いやミスではないか、と恐る恐る尋ねた。

 軍人ではない梅里には軍の常識に疎く、軍隊で上の命令に疑問を表に出す時点で礼を失するのだと思って迷ったのだが、さすがにこの範囲は無茶だと思ったのか、加山も雪組の隊長も眉をひそめることさえしなかった。

 

「ああ、間違ってねえ。ちょっと無茶な範囲だが……夢組総員であたれば可能だろ?」

「それは、もちろん」

「というわけで、夢組の連中は身動きがとれなくなる。この範囲に降魔が近づかないように月組が敵の誘導と攪乱。雪組が支援と護衛をやってもらう」

 

 米田が指示を出し、三人の隊長が敬礼をする。

 帝国華撃団にとって史上最大の作戦が始まろうとしていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 帝都内を華撃団員が走り回る。

 巫女服を模した夢組のものや、動き易さと目立たなさを重視した月組といった、三種の戦闘服を着た者たちが入り交じっている。

 夢組は広大な範囲を取り囲むように隊員たちが等間隔に配置されていく。

 

「発動のタイミングは、千波(ちなみ)の念話で一斉に送る。結界は壁として組成。屋根は作る必要はない。絶対に間違えないように」

 

 夢組総動員ということで、各幹部たちもその班員たちと共に配置され、結界の要所要所を担当する。梅里の周辺には特別班の者たちが固めていた。

 

「配置完了した者は精神集中に務めつつ待機。防御や警戒は必要ない。他の組を信じろ!」

 

 梅里の指示に「了解」の言葉が返ってくる中、梅里もまたその中に加わる。

 やがて──

 

「夢組、配置完了したッス」

 

 瞑想し、【千里眼】で俯瞰的に状況を見ていた。遠見(とおみ) 遙佳(はるか)が報告を入れる。

 それに「分かった」と簡潔に応えた梅里が通信機を手にする。

 

「……こちら夢組隊長。準備完了しました」

「了解しました。その状態で待機を願います」

 

 返してきたのは風組隊員にして大帝国劇場の売店の売り子、高村 椿だった。

 

「了解」

 

 梅里はチラッと側に控える八束(やつか) 千波(ちなみ)を見る。彼女は結界展開に参加しない数少ない例外だ。

 梅里自身もその配置内へ入り、念をこらして準備に入る。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「夢組の結界準備、完了です」

 

 と、高村 椿が報告し──

 

「甲板上の市民の避難、完了しました」

 

 さらに、榊原 由里の報告が続く──

 

「最終安全装置、解除……発進準備、完了!」

 

 そう言って、藤井かすみが後ろを振り返り──

 その先に座した帝国華撃団司令、米田一基がその報告を受け──

 

「よし、メインエンジン始動! 帝都全域に緊急警報発令……」

 

 米田が手をかざし、高らかに宣言する。

 

 

「空中戦艦ミカサ──発進!!」

 

 

 米田の命令で、帝都の中心部では地震のように地面が揺れていた。

 そんな中、梅里は念話と共にあえて声を出して指示を出す。

 

「超広範囲結界障壁、展開!!」

 

 その声に応じて、長い方は8キロ以上、短い方でも3キロを越える広大な長方形の範囲を包むように、障壁が取り囲む。

 不可視のその障壁の内部では、地面が割れ、それがスライドして格納される。

 その巨大な溝から、常識外れの巨体を誇る物体が、浮き上がってくる。

 

 全長8047メートル、全幅2907メートル、全高4121メートル。

 超弩級空中戦艦ミカサ。帝国華撃団の切り札がその姿を見せたのだ。

 

 発進後、間もなく、その鑑首に備えられた主砲の93サンチ砲が轟音とともに火を噴き、浮遊する失われた大地『大和』にある聖魔城へ繋がる門へと直撃、破壊したのであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 その様子を帝都地面から見守っていた梅里は、ほっとため息を吐いた。

 

「あとは……アイツらに任せるしかない、な」

 

 そんな梅里に声をかけてきたのは月組戦闘服をまとった隊長の加山 雄一だった。

 共に見上げた上空では、離れてもなお巨体と分かるミカサと、それに比べるとだいぶ小さく感じてしまう翔鯨丸が並んで飛行していた。

 

「その戦いを支援できないことに、もどかしさを感じますけどね」

「それについては同感だが……今さら追いつけないからなぁ」

 

 梅里の言葉に苦笑する加山。

 彼はポンと隣の梅里の肩を叩いた。

 

「夢組の障壁があったからこそ、ミカサは発進できた。発進の瞬間こそミカサに十全の準備が整っていない弱点だからな」

「そう言っていただけると、少しでも気が紛れます」

 

 梅里も笑顔を返し、再びミカサを──その向かう先にある『大和』を見つめる。

 そしてそこに居るであろう、上級降魔・殺女を思い浮かべる。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──オレは、あやめさんを元に戻す」

 

 翔鯨丸で出撃する前に、花組隊長の大神は梅里にそう話した。

 出撃前に声をかけ、話が上級降魔・殺女(あやめ)に及んだとき、彼はそう言ったのだ。

 あやめの思いを遂げるため、その不本意な破壊を止めるために、殺女を斬ることしか考えていなかった梅里にとっては意外な言葉だった。

 それが本当に可能なのか、それは梅里の知識にもなく、分からないことだったが……。

 

「わかりました。参考になるか分かりませんが……」

 

 そう言って梅里は自分が幼なじみを失った経験を大神に話した。

 驚いた様子でそれを聞いていた大神に、梅里は最後に付け加える。

 

「僕は……彼女を助けられませんでした。あやめさんを止めることも。ですから、あやめさんのことは大神さんに任せしますが……」

 

 梅里もあやめに世話になったが、実働部隊であり、大帝国劇場で寝起きしていた大神の方が関わりが深い。その思いは梅里以上に強いだろう。

 

「失敗ばかりの僕が、こんな偉そうに言うのは恥ずかしいのですが……後悔をするような結果にだけはしないでください」

 

 それは心からの言葉だった。

 そのとても大きな失敗を梅里は引きずり続け──

 

 

「「「梅里」様」さん!」

 

 

 梅里を見つけた三人が駆け寄ってくる。それぞれシアン、マゼンダ、萌木色をした袴の夢組戦闘服を身に着けて。

 

 ──そんな彼女たちに梅里は救われた。

 

 見れば大神のもとにも、やはり色とりどりの、こちらは花組専用服に身を包んだ6人が駆け寄っている。

 彼女たちがいれば梅里のようなことにはならないだろうが、それでも、願わずにはいられなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんな大神とのやりとりを思い浮かべていた梅里だったが──

 

「──隊長ッ!」

 不意に通信が入った。

 その女性の声はティーラのそれだった。口調は切羽詰まっているように思える。

 

「どうかした?」

「緊急案件です。予知で──」

 

 ティーラの連絡は予知を、未来を見たというものだった。

 聖魔城にあるという、その一撃で帝都を破壊できると試算されている霊子砲という兵器。

 ティーラはそれが帝都に向かって放たれる未来を予知したという。

 

「確かに緊急の案件だけど──」

 

 考え込む梅里。ティーラの予知、それも突然に頭に降ってくる『天啓』と言われるものはかなり高確率で現実のものとなる。

 それを避けるために行動をつくせば避けられることもあるが、それは実現まで時間がある場合だ。

 今回の霊子砲が放たれるという予知は──おそらくそうは時間がない。

 

「──どうすれば防げる?」

 

 腕を組み、考えにふける梅里。

 これを防げなければ、いくら聖魔城を落とし、元凶である葵 叉丹を倒したとしても勝利したとは言い難くなる。

 

「武相隊長。スマン、聞こえてしまったんだが……ちょっといいか?」

 

 傍らにいた加山月組隊長が軽く手を挙げる。

 

「確認だが、その予知っていうのはどれくらい信用できるんだ?」

「何も手を打たなければ間違いなく実現します。かといって絶対に防げないものでもありません。ただ……今回は時間がなさ過ぎます」

「ああ、確かに。その霊子砲とやらが準備でき次第、敵は撃ってくるだろうからな」

「おまけに、華撃団にはもう打つ手がありません」

 

 未来予知を覆す要素が今の華撃団にはない。

 すでにミカサという特大級の切り札を切ってしまっている。それでも防ぐことができないと突きつけられているのだ。

 少なくともミカサや魔神器級の切り札が残っているのを梅里は知らない。そして加山も把握していない。

 

「撃たれるのを防げないのなら……撃った砲撃を防げばいいんじゃないのか?」

「え?」

 

 加山の言葉に唖然とする梅里。

 

「いや、撃たれた砲撃を着弾するまでにどうにかできないのか、と思ってな。そっちの隊員の話では、『撃たれた』というところまでしか見てないんだろ?」

 

 それを聞いて、梅里はティーラに確認をとる。彼女の話では確かに『霊子砲が砲撃する』ところは“視た”が、それが着弾して甚大な破壊を受ける帝都の姿は見ていない、とのことだ。

 

「ということは……」

「防げる可能性は残っている……いや、それに賭ける以外に道はない」

 

 梅里の視線にうなずいて応える加山。

 遙佳に【千里眼】で聖魔城の霊子砲の向きを確認させ、その弾道を予測する。

 そして梅里はその最寄りの海岸への移動を指示する。

 そのサポートを、帝劇本部がミカサと共に『大和』へと去り、臨時の本部となった花やしき支部を通して依頼する。

 

「封印・結界班を最優先で移動!! いつ霊子砲が放たれるか分からない、一刻も早く現地に迎え!!」

 

 梅里が指示を出し、残された風組の支援を受けて夢組以下の華撃団は移動を開始した。

 




【よもやま話】
 ミカサ発進シーンは、台詞を完全にムービーに合わせました。(初代バージョンに)
 ただし、帝劇三人娘の中でなぜか一人だけ台詞がなかった椿にオリジナルで台詞付け加えました。


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─5─

 帝都の港湾部に、帝国華撃団は帝都に残っていた戦力のうち、花やしき支部の維持と防衛に必要な最低限の人員をのぞいて集めていた。

 【千里眼】の遠見 遙佳たちに霊子砲を霊視させてその出力を予想し、それに対抗できるだけの障壁をつくり出そうという作戦だった。

 すでに障壁を強化する資材を雪組が中心となって設置を始めている。

 月組は周辺の降魔の探索と排除を行い、梅里たち夢組は核となる障壁の準備をしていた。

 そして──そこに帝都に残った降魔の最大戦力がやってきた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「こざかしくあがこうというのか、華撃団」

 

 赤地に黒い文字が書かれた札を額に付け、頭には陣笠、それぞれ花札の「松」「梅」「桜」が描かれた外套をまとった人影が三つ、そこに現れていた。

 それと対峙する梅里が口を開く。

 

「暁の三騎士も全滅し、十丹も残るはお前たち三人だけだぞ!」

「そろいもそろって惰弱なヤツらだったということだ。だが……来るべき我ら降魔の世の(いしずえ)となったと思えば、お前たちの言うところの“浮かばれる”というヤツだろう」

 

 「松」が言うと、残りの「梅」と「桜」がスッと傍らによる。

 

(あらかじ)め忠告しておいてやろう。同じ赤丹、しかも我らの方が数が少ないからと侮らぬ方がいい」

 

 三人が構えをとり──

 

「「「融合!!」」」

 

 同時に声をあげると、そこを中心に妖力が一気に爆発した。

 その余波が突風となって一帯を駆け抜け──その後には、子供のようだった体躯が成人を越えるそれへと変化させ、顔に三枚の文字が書かれた赤い札を張り付けた、一体の上級降魔へと変貌していた。

 

「我ら赤丹・菅原に貴様らの攻撃が通じると思うなよ」

 

 自信をみなぎらせ、不敵にそう言い放つと、赤丹・菅原は地面に片手を付ける。

 

(いで)よ、我が魔操機兵、岩骨童子(がんこつどうじ)!!」

 

 ついた手を中心に、大地に魔法陣が浮かび上がると、そこが一気に隆起する。

 まるで卵から孵化するかのように、隆起した地面を吹き飛ばし、一体の魔操機兵が出現した。

 外見は今までの風巻、激流の両童子とほとんど同じ。

 その頭頂部に立つ赤丹・菅原が溶けるように姿を消し、頭部に不気味な暗く赤い光が灯る。

 

「ではゆくぞ、華撃団!!」

 

 背部の蒸気機関の回転が上がり、勢いよく蒸気を吹き上げる。

 帝都に残った華撃団と、同じく残っていた上級降魔の最後の戦いが幕を開けるのであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……口ほどにもないな」

 

 赤丹・菅原の声が周囲に響く。

 その尊大な態度が示すように、その強さは今までの風巻童子や激流童子の上をいっていた。

 動きこそ鈍重だが、とにかく固い。

 その装甲は梅里の斬撃はもちろん、宗次の槍も受け付けず、コーネルの矛槌(メイス)による殴打も、彼の手を痺れさせるだけで終わった。

 遠距離攻撃も、釿哉の長銃による狙撃を弾き、しのぶの霊力を込めた『花地吹雪』も涼風のように真っ向から受けとめ、そして受け付けなかった。

 装甲が金属ならば、と放ったせりの『天鏑矢(あまのかぶらや)』も効かず、一般隊員たちからの集中攻撃を受けてもビクともしない。

 紅葉も善戦したが、その頑強さを腕に宿した一撃で殴られて吹き飛ばされ、ヨモギ達衛生班が慌てて駆け寄り、治療している。

 そのように高い防御力だけでなく、岩骨童子は近づかれれば強力な一撃を、離れればその腕を解放して地面へと刺し、岩塊をつくり出して飛ばしてくる。

 その猛攻の前に、夢組は壊滅しかけていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「近づいても離れても死角が無く、斬、突、打も効果がない。弓矢も弾丸も、霊力による攻撃も効かない……」

 

 地面に倒れた梅里は愛刀の『聖刃・君子』を杖代わりにして立ち上がろうとしていた。

 立ち上がっても打つ手があるわけではない。

 しかしここで止めなければ、霊子砲の着弾阻止という目的を達成できず、帝都が灰燼に帰すことになってしまう。

 

「ほう、立ち上がるか人間。だが、立ち上がってどうする? この岩骨童子に通用するような攻撃手段が貴様らには無かろう」

「それでも、諦めるわけにはいかないんでね。お前ら降魔によって不幸にされる人を一人でも少なくするために……」

 

 梅里が立ち上がり、武器を構える。

 

「心意気はかうが、その心意気だけで我らを倒すことはできぬぞ。霊子甲冑とかいう貴様らの武器でもあれば多少はマシになったかもしれんが、な」

 

 岩骨童子が腕を地面に刺して次弾を準備する。

 

「お前を倒すのに……霊子甲冑なんて、必要ないさ。僕ら夢組は……そうやって戦ってきた」

「今まではそれで勝てたのだろうが……我らにはそうはいかなかったようだな」

 

 魔操機兵の中で、赤丹・菅原がニヤリと笑みを浮かべ、岩塊を梅里に向けて放つ。

 その速度は弾速は早く、傷ついた梅里は避けることができず──そこへ割って入る人影があった。

 両手に持った扇を写し身として霊力で具現化し、開いた扇で二枚の盾をつくり出す。さらに──見開いた金色の目で迫り来る岩塊をしっかりと見つめ、その速度を少しでも遅くする。

 その魔眼支配による減速と、地面に対して斜めにした二枚の扇に阻まれ岩塊はその軌道をそらされ、後方へと弾かれていった。

 

「梅里様には……手出しさせません」

 

 肩で呼吸をしながら、梅里の前にしのぶが立つ。

 だが、その呼吸で分かるように彼女もまた限界寸前だ。

 

「なるほど、大したものだ。今のを防がれるとは思わなかったが……次を防ぐ力が残っているかな?」

 

 岩骨童子が再び地面に腕を刺している。

 それにしのぶは怯むことなく、ヒビの入った写し身を一度解除して、再び写し身を具現化しようとしていた。

 そこへ──

 

「ん?」

 

 赤丹・菅原が何かに気がつく。

 搭乗している岩骨大輪に正面から、その男は駆けることもなく、しっかりとした足取りで向かってきていた。

 手にした棍を握りしめ、それに全力の念を込めつつ。

 

「雑魚が一人、か……」

 

 大勢の者が着ている戦闘服の中で数人だけ色が違っており、近づいてくるこの男もまた他と違う赤茶色という一人のみにしか与えられていない色だった。

 そういう意味で気にはなったが、赤丹・菅原の警戒はその男には向けなかった。

 それよりもこの対峙している部隊の中核である白い戦闘服の男だ。これを倒せば部隊の士気がガタガタに落ちるのは明らかだ。

 こうして赤丹・菅原は近づいてくる男──山野辺(やまのべ) 和人(かずと)を歯牙にもかけていなかったのだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 山野辺 和人という男は一言で言えば地味な男だった。

 自分のできること、やるべきことを愚直なまでに繰り返す男である。

 だからこれまでの戦いで黒之巣会の幹部が乗っていた魔操機兵だろうとも、暁の三騎士が乗っていたものであろうとも、大型魔操機兵相手に捕縛結界を仕掛けて動きを止めようとした。それが今までまったく通じていなくとも。

 なぜなら、それが封印・結界班の頭としてまずやるべき仕事だからだ。

 このときの和人もまた、自分に与えられた役割を果たすことしか考えていなかった。

 

 ──生物界には天敵というものが存在する。

 

 それは例えばカエルがヘビに勝てず、睨まれただけで動けなくなるように、そもそもの強さがまったくかなわない、というもの。

 そしてそれ以外に、その相手に対して特化した能力を持ち、それにしか通じないほどにまで研ぎ澄ませ、特定の相手にのみ無類の強さを発揮するというものだ。

 例えば特定の種類の蛾の雄のみという異常なまでに獲物特化したナゲナワグモという蜘蛛が自然界には存在する。

 その類の天敵が存在していることに、赤丹・菅原はまったく気がついていなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「また役にも立たぬ捕縛結界を、仕掛けるつもりか?」

 

 赤丹・菅原は彼を一瞥しただけで、警戒さえしない。

 たとえその手にした棍で何度も叩こうと、元々の固さに加えて自分の妖力によって強化された岩骨童子の装甲には凹み一つ付けられないだろう。

 そして、その絶対の自信があった。

 なにやら霊力を練って棍に込めているようだが、強化の度合いなら自分の妖力による装甲強化の方がけた違いに上回るはずだ。

 だから、その虫けらがどんなに噛みつこうとしていても、するに任せて完全に無視した。

 一方、和人は分かっていた。

 相手がこちらを歯牙にもかけておらず、注意をまったく払っていないことを。

 そして己の防御力の高さに絶対の自信を持ち、それが突破されることはないという油断を。

 何よりもこの敵に対して──自分が天敵であるということを。

 手にした棍の片側を長くして両手で握る。

 そして自分の目の前で絞るように握りしめ、それからそれを体の片側へと動かし、次の瞬間、反動を付けて全力で棍を振った。

 

 

逆顛(ぎゃくてん)! 山陥殴(さんかんおう)ッ!!」

 

 

 それは野球でいうことろの、打者のスイングとほぼ同じ動きであり、和人が念を振り絞ってありったけの霊力を込めたバットにあたる棍は、そのまま岩骨大輪の正面へと直撃した。

 

 

 そして──岩骨童子の正面装甲が砕けた。

 

 

「なッ!?」

 

 赤丹・菅原は呆気にとられた。

 絶対の自信を持った岩骨童子のもっとも固く、もっとも厚い正面装甲を、上級降魔集・十丹の最強である自分達、赤丹・菅原がその妖力で強化していたものだ。

 敵である帝国華撃団が誇る霊子甲冑の一撃にも耐える自信があった。

 それが生身の男、たったの一振りでそれがひっくり返された。

 そのことに愕然とさせられる。

 

「な、なにが……起きた!?」

 

 その一撃は正面装甲を砕いただけではなかった。

 魔操機兵内部には深刻なダメージが与えられており、操縦系統にも支障をきたしている。

 まるで波紋のように広がったその衝撃は、背部の蒸気機関にさえ深刻なダメージを与えている。

 和人はその一撃を加えても折れていない棍を手に、厳かに告げる。

 

「我が一撃は──顛末を(さか)しめ、山をも陥没せしめる殴打。(すなわ)ち打たれるものが堅固であればあるほど破壊力を増す一打となる」

 

 防御力が高いからダメージが少なくなる、という顛末を防御力が高いからダメージが多くなるという逆のものにする──まるで呪いのようなその一撃は、防御力を自慢とする岩骨童子にとってはまさに劇薬ともいうべき毒であり、それを操る和人はまさしく天敵だったのだ。

 

「おのれ、おのれぇ……我らの油断であった。なんという失態……」

 

 悔しげに和人を睨む赤丹・菅原。

 こんな落とし穴が仕掛けられてあったとは、完全に想定外だ。

 だが、今の一撃で装甲を破壊された岩骨童子には今までの防御力はない。防御力が高ければ高いほどダメージを与える今の一撃では、先ほどまでのダメージを与えることはできないはずだ。

 自分の妖力を防御力向上以外に向ければさらにそれは顕著になる。

 目の前のこざかしい敵に対して怒りを覚えていた赤丹・菅原はその妖力を攻撃へと注力する。

 

 が──

 

「──満月陣・花月!!」

 

「なにッ!?」

 

 注意を和人に向けていた赤丹・菅原はそれまで自分が注意を向けていた人物に対する警戒を完全に忘れていた。

 気がつけば、その男は刀を構えて光の球体を帯びており、その傍らには岩骨童子の砲撃をしのいだ女が立って、霊力を同調させていた。

 男がまとった光が淡紅色を帯びると、二人を中心にしてピンクや白の花となって霊力が具現化する。

 男が握った刀を掲げると風が巻き、花びらを舞いあげ、そして吸い寄せていく。

 刀へと宿った霊力が強い淡紅色の光を発し、刀身を染め上げていく。

 

「小癪な!!」

 

 岩骨童子は警戒をそちらへ向ける。

 そちらへ振り向き、妖力を再び防御に振ろうとしたところで──足下にいる男への警鐘が響いた。

 

 ──もしここで防御力をあげれば、再びあの攻撃がくるのではないか。

 

 その疑念がためらいを生む。

 その隙をつくように──花びら舞う風が渦となって岩骨童子へとたたきつけられる。

 

「くッ! 動かんだと!?」

 

 風の渦はまるで先の男──梅里から続く花びら舞う隧道のようであり、それを通り、風をまとったその男が飛来する。

 

 

「「急々如律令──花懲封月(かちょうふうげつ)ッ!!」」

 

 

 突き刺さる刀。

 岩骨童子の砕けた正面装甲にそれを防ぐだけの防御力は残されていなかった。

 梅里としのぶの二人の同調した霊力は、岩骨童子を×字に切り裂き──その後方に梅里が着地する。

 それと同時に──

 

 

「クッ……だが、我ら降魔が破れたわけではない!

 叉丹様、我らが大願をッ──」

 

 

 岩骨童子の蒸気機関が暴走し、爆発を起こす。

 そうして十丹──叉丹配下の上級降魔、最後の生き残りとなっていた赤丹・菅原はその爆発の中に消え去った。

 




【よもやま話】
 赤丹・菅原との決戦。岩骨童子の役割はデコイなので打たれ強いのが特徴なわけで、霊子甲冑なしで戦うと向こうの攻撃は痛いのに、こっちの攻撃は通じないという事態になりました。本来なら、タゲをとっている間に紫電不動が雷で攻撃する、というスタイルなんですけどね。
 そんな防御力高い敵への特効技を持って、和人が輝きました。
 逆顛(ぎゃくてん)山陥殴(さんかんおう)……ええ、由来は『ヤットデタマン』の後番組、タイムボカンシリーズの「逆転イッパツマン」の主役メカ、逆転王と三冠王から。ちなみにスイングのモデルは神主打法で、ロッテ→中日→巨人→日ハムと渡り歩いた三冠王、落合選手から。
 ──ちなみに、『花懲封月』もモーションが変わってます。
 今回のイメージは『熱血最強ゴウザウラー』から、花吹雪の隧道つくって動きを封じるまでは「ザウラーマグマフィニッシュ」。飛んでいってトドメを刺すところは「ザウラーキングフィニッシュ」。「マグマフィニッシュ」のプテラノドンのブレスで溶岩の隧道ができるのは最高だと思います。


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─6─

 激戦を終えた梅里はその場に崩れ落ちかけたが、どうにか踏みとどまった。

 そして振り向きざまに指示を出す。

 

「総員、急いで結界の準備を!!」

 

 その指示に「了解」という声が聞こえ、梅里はホッとした。

 同時に今度こそ、膝がガクリと落ちる。

 崩れ落ちた体を支えてくれたのは、戦いが終わり近くにまでやってきた副隊長の巽 宗次だった。

 

「梅里、少しでも休め。霊力も体力も保たないぞ」

「そうも言ってられない状況でしょ」

 

 かなり霊力を使って消耗しているが、霊子砲はいつ放たれるかまではわかっていない。

 一刻も早く準備を整える必要がある。

 

「巽の言うとおりだぞ。少しでも休め、武相隊長」

 

 同じく近くへやってきた月組隊長の加山がそれに同調し、さらに続ける。

 

「そんなに霊力を消耗した状態で、結界を張れるのか? なぁ、巽」

 

 加山の問いかけに宗次も深くうなずいた。

 

「でも、だけど……」

 

 反論しようとする梅里を加山がさらに強く言う。

 

「とにかく夢組はこれ以上消耗するな。配置だけ済ませてそれ以外の準備──増幅用の資機材はこっちと雪組で準備する」

「なら、その微調整を……」

 

 あくまで休もうとせずに申し出た梅里に、割って入る別の影。

 

「それはオレがやっておく。大将は休んでろ。悔しいが、さっきの戦いでオレはろくに役に立たなかったからな」

 

 今度は釿哉が申し出て、加山の前に立った。

 

「夢組錬金術班頭、松林 釿哉と言います。セッティングの指示と調整はお任せください」

「よろしく松林隊員。巽、お前はその働き者の隊長をどうにか休ませて次に備えさせてくれ」

「了解」

 

 宗次が答えると苦笑混じりに釿哉と共に去る加山。

 残された梅里と宗次の周囲はあわただしく人が動き回っているが、人が減りつつあった。

 夢組隊員達は配置場所へと移動を始め、他の組も資機材設置や人員の輸送に動き始めている。

 

「他の隊が動いているのに、夢組隊長の僕が休んでいたら他に示しがつかないでしょ」

 

 加山が去ったのをいいことに苦笑を浮かべた梅里は動こうとする。だが巽は強引な手段に出た。

 

「それはオレや塙詰でフォローする。オレ達が動いていれば他の隊に示しはつく……白繍!!」

「──はい?」

 

 近くにいたせりを呼び止めた宗次は、彼女が近づくやふらつく梅里を彼女に向かって文字通り押しつけた。

 

「ちょ……なんです? こんな……」

「お前は、ここで隊長の面倒見ているように」

「はぁ!?」

 

 驚きの声をあげるせり。

 

「私だっていろいろと忙しくて……」

「封印・結界班は今からメインで動く。錬金術班は機材調整で手が離せん。除霊班はさっきの戦闘のダメージが抜けきってないから治療と休憩のために配置場所で待機。調査班は除霊班ほどのダメージもないだろ?」

「……そ、それは……そうだけど」

 

 現在も聖魔城とその霊子砲の観測は続けているが、現状維持という意味では体制に変化はないのが調査班の現状だ。

 

「それに塙詰だと梅里の言うことを聞いてお目付役にならんし、伊吹ではそもそも梅里が休まらん。お前が面倒見てくれ」

「「な……」」

 

 戸惑う梅里とせりをよそに、「オレも忙しいからこれ以上かまってられないからな」と言ってその場を去る宗次。

 そのころには周囲の人影もほぼいなくなっており、皆、これからの霊子砲の砲撃阻止に向けて動き出していた。

 それを察して落ち着かないでいる梅里を──せりは半ば強引に横にさせた。

 その上で、正座した膝の上に梅里の頭を乗せる。

 

「ちょ、ちょっと、せり……」

 

 抗議する梅里に対し、せりはその目を両手でふさぐ。

 

「落ち着きなさい。みんながあなたを休ませるために頑張ってくれているんだから。あなたはその気持ちを大事にして、休みなさい」

「でも……」

「いい? 次こそ失敗できないの。もししくじれば帝都でどれだけの破壊が起こるのか、その破壊のせいでどれだけの人が亡くなるのか、想像できないほどの被害が出てしまうわ。みんな、それがわかってるから、夢組の中心であるあなたに万全の状態で挑んでほしいのよ」

 

 せりは厳しくも、優しく言って聞かせる。

 

「休むのが、今のあなたにできる最善の仕事よ」

「……わかった、よ」

 

 そこまで言われて、梅里は体の力を抜く。

 そして大きく息を吐いた。

 だが頭はなかなか休まらない。様々な心配事が浮かぶ。そんな中でも、霊子砲以外のことで一番気になるのは……

 

「あやめさん、どうなったかな?」

「……きっと大神隊長なら悪いようにはしていないと思うわ」

 

 正直、せりにも答えようがない。

 しかし、せりもまたあやめには普段から世話になっていのだ。彼女のことを思えばそう思わずにはいられなかった。

 ただ、目の前に自分がいるのに、まっさきに他の女の話を振ってきたことに多少、カチンとはきていた。

 

「……ずいぶんと、大神少尉の肩を、持つね?」

「え?」

 

 そんな言葉が梅里から出て、せりは思わず顔をのぞき込んだ。

 自分の手のひらで彼の目を覆っているので表情はよくわからなかった。

 ただ、梅里がそんなことを言うのは意外で、それと同時に心のどこかでうれしくもあり気恥ずかしくもあった。

 一度視線を逸らし──それから「そうかしら」「いや違うでしょ」を心の中で数回繰り返して、それから意を決して訊く。

 

「ひょっとして……やきもち?」

 

 余裕を装った台詞に聞こえなくもないが、それが返すまでに時間がかかってしまっていてはあまり意味がないのだが、それに気が付けるほどセリには余裕はなかった。

 しかし──しばらく待っても梅里から返事はなかった。

 それでも少し待ったが相変わらず反応はない。

 業を煮やしつつも、彼もまた恥ずかしがってるのかしら、と思ってせりが見てみると──

 

「……。……」

 

 ──規則正しい呼吸をしていた。

 せりがそっと手を外しても目は閉じたままで、何の反応もない。

 梅里は完全に寝入っていた。

 

「~~~ッ!!」

 

 さすがに再度カチンときて拳を握りしめるが──せりは大きくため息をつく。

 少しでも休んで欲しい、というのはせりも嘘偽りなく思っていた。

 

「さっきの戦いも、厳しかったものね……」

 

 見れば戦闘服も汚れや損傷が目立つ。

 先ほどの戦いを思いだし、岩骨童子の強さを再確認し、よく勝てたものだと思った。

 天敵ともいえる和人がいてくれたおかげではあるが、それでも矢面に立ち、トドメを刺した梅里の功績も大きい。

 しのぶと協力した技でのトドメを思い出し──

 

「……私とでも、よかったんだぞ?」

 

 せりは梅里の顔を起こさない程度に優しくつつく。

 そしてやきもちをやいているのは自分だと思い知らされる。

 

「思えばこんなことになるなんて、ね……もしあのとき、私が踏み込まなかったら、どうなってたのかしら……」

 

 思い出したのは蒼角モドキとの戦い。

 あの地下で、せりは心配そうに彼を見つめる鶯歌の霊を見て、自ら死地を求める彼を放っておけなくなった。

 それをきっかけに、せりは梅里に惹かれていった。

 

 ──もしあのきっかけがなければ、こうしてやきもちをやくこともなかっただろう。

 

 心の安らぎという点ではその方が好ましかったかもしれない。

 だがそれは寂しくも思えた。今みたいにやきもちをやいたりするのは気分がいいとはいえないが、それもまた楽しくさえ思う自分がいるのも間違いないのだ。

 それに、もしもそれがなければ梅里は無茶を繰り返していずれは命を落としていたかもしれない。

 

「そう考えると……あなたが生きてるのは私のおかげなのよ?」

 

 少し恩着せがましいかしら、と思いながら、せりはつぶやいた。

 

 ──梅里が命を落とす。

 

 それを考えるだけで不安が心を覆い、心が締め付けられるようになって、落ち着かなくなる。

 不安から梅里をじっと見つめる。目を閉じた彼は規則正しい呼吸を繰り返していた。

 その口を見つめ──

 

 

 せりは思わず彼の唇に自分のそれを押しつけていた。

 

 

 ほんの少し軽く触れる程度のそれだったが──思わず、自分の唇を指で触れて冷静になる。

 

「わ、私、なんてことを……」

 

 冷静さを取り戻したせりの心臓は破裂せんばかりに激しい鼓動を繰り返していた。

 不安から思わずやってしまった行動だったが、もはやそれどころではない。不安なんて感じる余裕はなくなっていた。

 自分にも聞こえるほどの心臓の鼓動。ひょっとして梅里にも聞こえてるんじゃないか、と思って盗み見るようにおそるおそる彼の表情を伺う。

 が、彼の表情に変化はなく、相変わらず寝入っているようだった。

 

「ほっ……」

 

 人知れずせりが胸をなで下ろしたそのとき──梅里の目がパチッと開いた。

 

「──ッ!?」

 

 思わず声をあげそうになったが、驚きすぎて声にならなかった。

 そんな風にせりが心底驚いていると、目を覚ました梅里がバッと身を起こす。

 

「せり!!」

「は、はイッ!?」

 

 思わず裏返る声。

 梅里はそれを気にした様子もなく、じっとせりを見つめる。

 

「な……なに?」

「──砲撃がくる。急いで準備を!!」

 

 梅里は立ち上がって、走り出す。

 その背中を見送って──せりは大きく息を吐いて脱力した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 梅里が目を覚ましたのは、妖力の高まりを感じてのことだった。

 その力が徐々に一カ所に集まっていくのを、ハッキリと感じていた。

 

「釿さん、資機材の準備、どうなってる?」

「百パーセントと言いたいところだが、九割方ってところだな。あと少し足りん!」

「構わない、急いで稼働させて! 和人、障壁の準備は?」

「配置完了。すでに我が班は精神統一を開始しておりますぞ」

「上出来。でも急がせて。まもなく、砲撃がくる……」

 

 梅里は無線を通じて指令を出していく。

 そんな中、梅里も自分の配置する場所で、聖刃・薫紫を構えて念を凝らす。

 夢組全員の霊力で障壁を生み出し、それで霊子砲の一撃をくい止める。それが今回の作戦だ。

 夢組の霊力が十分に高まったそのとき、聖魔城を取り巻く妖力が急に高まり、それが一カ所へと集中し始めた。

 

「来るぞ! 総員準備──」

「隊長、待ってください!!」

 

 通信に突然割り込む女性の声。せっぱ詰まったそれはティーラのものだ。

 梅里が驚いたその瞬間──

 

 

「させるかぁ!!」

 

 

 帝国華撃団司令、米田一基が叫びと共に、その乗艦である超弩級空中戦艦ミカサを急速前進させる。

 その行く先は──聖魔城の霊子砲。

 

「大将!! ミカサの鑑首に障壁を展開だ! こんなこともあろうかと、結界発生器は装備済みだ」

「了解!! 総員、精神集中!! 和人、障壁展開のコントロールは任せた!!」

「心得ましたッ!!」

 

 和人が眼前に手をかざして、印を切り念を凝らすと、ミカサ鑑首全面に不可視の障壁が展開された。

 

 ほぼ同時に──霊子砲から光が放たれる。

 

 梅里が──

 宗次が──

 しのぶが──

 せりが──

 かずらが──

 小詠が──

 紅葉が──

 コーネルが──

 道師が──

 釿哉が──

 ヨモギが──

 ティーラが──

 そして千波、遙佳、絲穂、絲乃の特別班が──

 

 調査班、除霊班、錬金術班、予知・過去認知班、そして──和人たち封印結界班が、全力で霊力を振り絞る。

 

 ミカサへとぶつかった霊子砲が放った一撃は、その障壁に阻まれ、ミカサを貫くことなく──逆にミカサがそれを吹き散らすかのように前進、いや突進していく。

 

「コイツで、終わりだぁ!!」

 

 そう叫んだのは米田だったが、それは夢組全員の気持ちだった。

 ミカサは障壁もろとも聖魔城へと突き刺さり、霊子砲を破壊した。

 そして失われた大地『大和』は東京湾へと叩きつけられ、墜落したのである。

 

 

 夢組の誰もが、全力で念を凝らした結果、その場を動けない中──月組と雪組、それに人員や資機材の輸送に奔走した風組隊員達が快哉の声をあげた。

 




【よもやま話】
 ミカサ特攻のムービー見てて思ったのですが「帝都を破壊できるほどの霊子砲の直撃受けて、なんでミカサ壊れないんだ?」という疑問。
 それを解消するために、密かに障壁結界張ってました、という私なりの擁護をしてみました。


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─7─

「やったな……」

 

 思わず尻餅をついて動けなくなっていた梅里のところへ、月組隊長の加山がやってきた。

 立ち上がる気力もない梅里は、差し出された手を座ったまま握りしめる。

 

「月組が付近の降魔を牽制してくれたおかげです。だからこそ、僕らは障壁展開に集中できた」

「照れるな照れるな、梅里~」

 

 加山が急に口調を変えて梅里を引っ張り上げると、肩を貸して立ち上がらせた。

 そんな急に砕けた口調になった加山に、梅里は戸惑う。

 

「え? 加山隊長?」

「こうして帝都を守れたんだ。大神が……今もあの場所で戦っている花組が帰ってくる場所を守った、その一番の功労者をオレにも称えさせてくれ」

「そんな! 一番の功労者は中心になった和人で……」

 

 梅里の言い分は、彼を揉みくちゃにする月組隊長と、それに加わったその他の華撃団員達によって遮られてしまう。

 まだ、花組が敵の首領である葵 叉丹を倒したという知らせは入っていないが、誰もがその勝利を疑ってなかった。

 

 

 ──そんな時だった。

 

 

 今までとは比べものにならないほどに特大の悪寒が、夢組達──いや、華撃団員全員に走った。

 強烈な悪寒こそその一瞬だったが、それ以降も収まらない“イヤな予感”に誰もが「なんだ?」と顔を見合わせる。

 そんな中、墜ちた『大和』の方から、強烈な思念が飛んできた。

 

 

「──我は、悪魔王サタン!!」

 

 

 その念は霊力の高くない他の組達にもハッキリと感じられたほどのものであり、夢組達にとってはさらに顕著な影響を与えていた。

 

「──ァァァッ!!」

 

 突然、声にならない悲鳴をあげて八束 千波が頭を押さえて倒れた。

 周囲にいた特別版所属の三人が慌てて駆け寄る。

 

「「「千波ッ!」」」

 

 念話のエキスパートである彼女にとって、あの強烈な念は余りに強すぎたのだ。

 

「絲穂! 絲乃! 二人で結界を組んであの念から千波を保護するんだ」

「「了解!!」」

 

 近江谷(おおみや) 絲穂と絲乃の姉妹が同調して強力な結界を張り、その中で震える千波を遙佳が落ち着かせている。

 そうしている間にも、不穏な空気は収まるどころか拡大していく。

 そして──

 

 

「来たれ!!」

 

 

 思念がそう叫び──そこにそれらは現れた。

 千波を心配して駆け寄っていた梅里が立ち上がる。

 他のもの達も敏感にその気配を察知して周囲を警戒している。

 

「──死んだはずのお前等がこうして現れるのも、あのサタンとかいうヤツの仕業か?」

「お前ごときが、あのお方を呼び捨てるなぞ、不遜だぞ」

 

 梅里が言うと、それに対して返事があった。

 海を──その向こうにある墜ちた“失われた大地”を──背中に立つ、十の影。

 それぞれ陣笠に顔を覆い隠す札、そして絵が描かれた外套。

 もちろん見間違うはずもない。

 

「十丹……」

『いかにも』

 

 きれいに声を一つにして答えると、全員が身構える。

 

「お前たちが復活しているということは、暁の三騎士もどこかで復活しているのか?」

「さぁ、知らんな……」

 

 十丹のリーダーである赤丹・菅原の「松」が興味なさげに答えた。

 

「そんなことは些末事よ。我らが使命は依然、変わらず。この世を降魔の世とすること。そのためには……貴様ら帝国華撃団の排除こそもっとも優先させるべきこと」

 

 そう言って「松」が──さらには他の9人も殺気をみなぎらせる。

 

「……本来であれば使う気のなかった手だが、一度倒された我らに油断はない!」

 

 上級降魔集・十丹は「松」が手を挙げると、その周辺に集う。

 一糸乱れぬその統率された動きの中心で、「松」はニヤリと笑う。

 

「これを使えば強さを代償に我らの意識は無くなる……が、霊子甲冑の無いお前たちではまともに対抗できまい」

 

 挙げた手で拳を握りしめ、「松」は叫ぶ。

 

「降魔の時代の礎となるのなら、その程度の代償、惜しくはない!! ──融合ッ!!」

 

 妖力が爆発し、暴風が吹き荒れる。

 それは今まで十丹が融合したときと同じだが、規模が違っていた。

 猛烈な風は付近にいた華撃団員たちを数メートル吹き飛ばし、膨れ上がった妖気は全員集まった総量を遙かに凌駕している。

 そしてその体躯は──彼らが操った魔操機兵の倍以上の大きさ。

 しかし、その姿は口しかない頭に、鋭い鉤爪が生えた腕。コウモリのような皮翼を持ち、長い尾が延びている。元の十丹の面影はなく、普通の降魔のそれと同じく、ただしそのサイズはけた外れに巨大なものになっていた。

 

「キシャアアアァァァァァァッ!!」

 

 そのサイズに見合う大きな奇声をあげて、巨大降魔が動き出した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 出現した巨大降魔との戦いは熾烈を極めた。

 巨体のせいで動きが鈍り、的が大きくなった分、攻撃は当てやすくなったのだが、その効果が出ているのかはまったく実感がなかった。

 

「陸軍から砲でもなんでも借りてこい!」

「翔鯨丸は戻せないのか!?」

「ミカサの副砲をこちらに向けて砲撃は? 無理か……」

 

 怒号のような無線が飛び交う中、夢組たちも銃や弓矢で遠距離攻撃を仕掛けているが、やはり効果は見えない。

 近接戦闘も、紅葉が仕掛けようとしたのだが、風組が中心になった砲撃が飛んでおり、その中で仕掛けるのは巻き込まれるリスクが高すぎて不可能だった。

 梅里もまた刀での近接戦闘をあきらめ、砲撃を見るしかなかった。

 

「データは出た?」

「ああ。見た目通りの……いや、それ以上の化け物だ」

 

 梅里に言われて、釿哉が錬金術班の測定器で出した数値を伝える。

 

「あんな強力な妖気に守られていたら、どんな攻撃も効くわけがねえ」

「だが、なんとかしなければいけない。そうでなければ帝都が、そしていずれはこの国が滅ぶぞ」

 

 槍を手にした宗次が、巨大降魔を警戒しながら言う。

 帝国華撃団こそ大規模霊障の切り札だ。それがどうしようもなければ、少なくともこの国には対抗できる力が無いことになってしまう。

 

「司令達が戦った降魔戦争の最終局面で出てきた巨大降魔の再来じゃねえか。せめて花組がいてくれれば……」

「連絡は付かない?」

 

 釿哉の嘆きに続いて確認した梅里に、宗次は首を横に振る。

 

「今は音信不通だ。葵 叉丹を倒したらしい、というところまではわかっているそうだが」

「花組が戻ってこないということは、彼女たちもまた、巨大な脅威と戦っているんだろう。ここは、僕らが守るしかない」

 

 梅里が決意を込めた目で敵を見る。

 

「彼女たちが帰ってくるこの場所を──」

 

 そしてその梅里の言葉に宗次がうなずく。

 だが、釿哉は困惑顔でガリガリと頭をかいた。

 

「しかし大将、意気込みや心意気だけじゃ勝てねえぜ? あの妖力値、見ただろ……」

「ああ。わかってる。僕に考えがあるんだけど、その前に……ティーラ!」

 

 梅里は付近にいたティーラを見つけると、宗次と釿哉をその場に残して、彼女に駆け寄った。

 

「隊長? なんでしょうか……」

「キミの洞察力と未来視を駆使して、今から話すことが実現可能かどうか、それだけを答えてくれないかな?」

「……それは、私のできる範囲でいいのであれば、構いませんが」

「じゃあ──」

 

 梅里は状況を設定し、ティーラに話した。

 情報として、巨大降魔の測定した妖力量を伝える。

 そして自分が使おうとしている技の特徴、そして効果。夢組の布陣等──

 

「この条件なら、霊力はあの降魔の妖力を越えることができるはず。違うかい?」

「それは──その通りです。しかしそれは!」

 

 ティーラが言い掛けた言葉を梅里は手で制する。

 

「言ったよね。実現可能かどうかだけ教えて欲しいって」

「はい……」

 

 うつむくティーラに梅里はさらに問う。

 

「米田司令達が戦った降魔戦争で出現したという巨大降魔。それを対降魔部隊は魔神器の力を持って封じたそうだ。その魔神器も当時無かった霊子甲冑もない今の状況で、さっきの僕が示した案以外にあの巨大降魔を倒す手段は──あるかい?」

 

 ティーラは必死に考えた。

 彼女のもつ洞察力を駆使して考え得る手段を模索、その結果を未来視まで駆使して探す。

 だが──

 

「──ありません。その手以外には」

「そっか。ありがとう」

 

 梅里はそう言って、宗次達のもとへ戻ろうとし──足を止める。

 そのまま振り返らず、ティーラに告げる。

 

「……さっきの、他言無用ね」

「え?」

 

 戸惑うティーラに梅里は説明する。

 

「僕が答えとして求めた、実現可能以外の部分」

「しかし隊長、それは──」

「他に……手がないんだ」

 

 その結論を出したのは他ならぬティーラ自身である。

 梅里の言葉に、ティーラはなにも返せず、その背中を見送ることしかできなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 宗次と釿哉の元へと戻った梅里は、自分の立てた作戦を二人に話した。

 

「夢組の、全霊力を集中させてあの巨大降魔へぶつけ、倒す。それしかない」

「あ? あ~、それは確かに……そうすれば計算的には実現可能なような気もするが……」

「ティーラに確認はとった。彼女の見立てでもあの巨大降魔の討滅が可能だってお墨付きをもらってる」

「ティーラが?」

 

 梅里の言葉を疑うわけではないが──宗次が少し離れた場所にいるティーラを見ると、彼女は頷いた。

 だが宗次は違和感を覚えた。彼女はハッキリと力強く頷いたわけではなかったのだ。目を伏せてさえいるように見える。

 

「だけどよ大将、全霊力を集中するったって、いったいどうするんだ? そんな機材はねえし……」

「満月陣の派生に、複数人の霊力を集める技がある。それを使う」

 

 梅里は頷きながら答え、さらに作戦を説明した。

 

「だから、全霊力を集めて攻撃するのは僕だ。というか、それ以外では務められない。他のみんなは霊力を集めつつ、陣で増幅する」

「陣? 六破聖降魔陣みたいなやつか?」

「まぁ、それだとイメージ悪いけど、だいたいそんな感じ。地脈エネルギーを破壊に変えたアレとは違って、個人の属性を使って霊力を増幅する……黒之巣会との戦い以来、考えてたものだよ」

「というと『陰陽五曜の陣』、か?」

 

 宗次の言葉に梅里はうなずく。

 

「幸い、全員欠けることなく揃ってる。それで霊力を増幅し、僕が受け取り、それで攻撃する。そうすれば間違いなく──あの降魔は倒せる」

「おお。なるほどな」

 

 快哉の声をあげる釿哉とは対照的に、宗次はどこか不安を感じていた。

 そう、“なにか引っかかる”というヤツだ。

 梅里が盛んに言っていたその言葉が浮かび、困惑する宗次。

 だが──

 

「風組の砲撃が押さえている今のうちに陣を整えるしかない。急ごう」

 

 梅里に促され、宗次はそれ以上深くは考えなかった──いや、考えている暇がなかった。

 




【よもやま話】
 いや~、この「悪魔王サタン」以降の展開は、正直原作でも評価分かれると思うんですよね。太正浪漫なのに「サタン」はないだろ、とか。そういうのをなるべく出さないように十丹に復活してもらって、巨大降魔に合体してもらいました。このあたりは旧版ままですし、そのころ放送してた「テレビ版サクラ大戦」の影響ですね。


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─8─

 梅里は、臨時の本部になっている花やしき支部を通じて、この場にいない花組をのぞいた華撃団の他の全ての組に、夢組がこれから大がかりな作戦で挑むことを連絡し、その助力を依頼した。

 風組には援護砲撃、月組と雪組には攪乱と足止めである。

 その上で、梅里は集まった夢組幹部達に今回の作戦の概要を説明した。

 時間が無く、本当に概要だけで、これを使えば巨大降魔が倒せるということだけは強調し、それに皆が賛同した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 夢組は全員で大きく円を描いて配置していた。

 その布陣のもっとも外側で座し、祈祷をしているのは一般隊員達だ。

 彼女たちの「ひ~ふ~み~よ~い~む~な~や~……」という声が周囲に響きわたっている。

 それに混じって聞こえてくるのはバイオリンの音色だ。不思議と彼女らが唱える祝詞(のりと)を邪魔せず、妙に合うその旋律を奏でているのは、もちろん伊吹 かずらであり、その演奏は、円陣内にいる夢組全員の霊力を底上げしている。

 

(まるで、コンサートです)

 

 バイオリンを奏でるかずらはそう思った。祝詞が自分の奏でる演奏に合わせるコーラスのように聞こえたからだ。

 しかし、この場の主役は自分ではない。祝詞をあげる一般隊員たちでもない。

 

(ううん、コンサートじゃない。そういう意味では、普段の公演と同じかもしれない)

 

 かずらが普段、大帝国劇場で所属している楽団。その演奏に合わせて舞台上のスタア達が歌い、踊る。

 その舞台こそ、この場で言えば陣の中心であり、そこにいるあの人こそ、主役なのだ。

 

(あれ? でもちょっと……変かな?)

 

 そういう意味では、舞台の雰囲気に慣れているかずらだからこそ、ちょっとした違和感を感じていた。

 奇妙な緊張感。それが舞台の中心にいる者から感じられる。

 

(なんだろう……でも、いくら梅里さんでも緊張くらいしますよね?)

 

 これが失敗すれば、今の華撃団には対抗する(すべ)がない。

 そう思えば、梅里が緊張するのは当然のように思えた。

 それに今の自分は、全員の霊力向上という重大な役目を負っている最中だ。雑念を抱いて演奏して、霊力不足で失敗なんてことになったら一大事だ。

 

(うん。梅里さんなら大丈夫……)

 

 そう自分に言い聞かせ、演奏に集中する。

 自分が感じた緊張感が、舞台で悲劇が上演されるときのクライマックスのような雰囲気に似ていると感じた、その感覚から目をそらすように。 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんなかずらの演奏によって高められた一般隊員たちの霊力が陣の中心に向かって流れ、それを受けているのは五人の幹部達だ。

 陰陽道での五属性を持った者達が円を描いて布陣している。

 金気を担当する松林 釿哉。

 火気を担当する秋嶋 紅葉。

 水気を担当する巽 宗次。

 土気を担当する山野辺 和人。

 そして陰陽道では木気に該当する「雷」の霊力属性を持つ白繍 せりが木気を担当している。

 

 そのように陣の中央付近に配置されたせりは戸惑っていた。

 

(あれはいったい……どういう意味?)

 

 それは、夢組が敷く陣の中でせりがいるべき場所へと向かう途中で起きた。

 彼女には陣の中央で中核を成すという彼女にしかできない重要な役目を与えられていた。

 だからこそせりは中央付近にいたのだが、その陣の要となり文字通り中心に陣取る予定の梅里が、せりを追い越しざまに「ゴメン」と小声でいったのだ。

 

「え?」

 

 思わずせりが梅里の背中を見るが、彼は何事もなかったかのように陣の中心へ走り去っていく。

 

「……確かに言ったわよね」

 

 せりは首をかしげる。どうにも心に引っかかった。

 同時に──妙な胸騒ぎがした。彼女の霊感が不安を告げている。

 確認しに行こうかとも考えたが、巨大降魔が迫っていることを考えれば、一刻も早く作戦を始めなければならず、そんな余裕はなかった。

 

(あ~、でも気になる!)

 

 なんでそう思わせぶりなことをするのだろうか、とせりは梅里を恨む。

 しかし、梅里に劣りはするもののせりもまた布陣の中核を担う位置だ。雑念を抱いて失敗できるようなポジションではない。

 あわてて心を落ち着かせ、精神を集中させる。

 

(いったいなんなのよ……もう)

 

 不安を振り払うようにせりが精神を集中させていく。

 そうして、作戦は開始された。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 陣の外周に配置された一般隊員たちの霊力が中央へと集まっていく。

 その途中である陣の中央付近に配置された5人が──長銃を、鎖鎌を、槍を、棍を、梓弓を──それぞれ構えて自身の霊力を高めていく。

 

 

「「「「「陰陽五曜の陣!!」」」」

 

 

 自分自身の霊力と陣の外周から受けた霊力を流すように、金から火、火から水、水から土、土から木へと劣性から優越属性へと流し、円を描いてさらに増幅させていく。

 夢組たちの霊力が増幅され、渦を巻いて高まってゆく。

 まるで発達する台風や竜巻のように──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 その高まりに高まって目に見える光となった霊力を、瞼をしっかりと見開いて金色の瞳を露わにした塙詰 しのぶが『覇者の魔眼』でコントロールする。

 夢組全員分──それをかずらの演奏や陰陽五曜の陣で高めた霊力の奔流は、膨大なものだった。

 ともすれば、暴れるほどにうねりたゆたうそれを、しっかりと制御し、陣の中心へと流し込むのがしのぶに与えられた役目だった

 だが戸惑いもあった。夢組全員という霊力の膨大さだ。

 こんなに多く強い霊力を一人が果たして受け止められるのだろうか。

 しのぶは不安を募らせる。

 

(先ほどの霊子砲を防いだものは、あくまで全員でつくりだした障壁を重ねたもの。しかもミカサにあらかじめ取り付けていた資器材を利用して)

 

 和人がやったのはあくまでコントロールのみだ。そういう意味では今のしのぶがやっていることに近い。

 

(今回は純粋な霊力を集めているのですから、それを受け止める器がなければ不可能です)

 

 普通に考えれば無理だろう。しのぶがやっているのも流れ込んでくるものを制御して、その先へと流しているだけにすぎないのだから。

 

(梅里様がおっしゃるには、複数人の霊力を受けて束ねる技があるそうな……)

 

 その流された先には──夢組隊長の姿があった。

 彼はすでに自身が使う奥義である満月陣を使い、球状の銀光に包まれている。

 確かに満月陣には他人の霊力を受けて変化している様子が今までにもあった。

 しのぶの霊力を受けた「満月陣・花月」。

 せりの霊力を受けて雷を帯びた「満月陣・紫月」。

 かずらの霊力を受けて霊力と音が融合した「満月陣・響月」。

 いずれもが二人の霊力を合わせてそれ以上の力を発揮させ、生身でありながら大型魔操機兵等に大きなダメージを与えている。

 

(それを考えれば、二人以上の霊力を合わせる技があってもおかしくはないのでしょうが……膨大な負担がかかってしまうと思うのですが、本当に大丈夫でしょうか?)

 

 夢組全員、それもそれを増幅したという膨大な霊力を受け止める器となるのが、陣の中央に配置されている梅里なのだ。

 そんなしのぶの不安が通じてしまったのか、ふと梅里がしのぶの方を見た。

 そして自信ある笑みを浮かべて頷いてきた。

 

(ああ、梅里様……でも、わたくしにできるのは、あなた様を信じて帝都の未来のために、皆の霊力をあなた様にお預けすることだけです。そしてその大願の成就をお祈り申し上げること……お願いいたします!)

 

 祈るような気持ちで、しのぶはその膨大な量の霊力を、陣の中心へと導く。

 そして──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

「武相流剣術、極意……満月陣・望月(もちづき)ッ!!」

 

 

 流れ込んでくる霊力を受けて銀の光が金色の光へと変わった。

 次々と流れ込む霊力を受けて、金色の光が徐々に強くなっていく。

 だが──

 

(これでも、まだ足りない)

 

 陣の中心で梅里はそう判断した。

 しのぶが不安になるほどの霊力の量だが、それでもあの巨大降魔を倒すには不足していた。

 予想以上に夢組が受けた、今までの戦いでの消耗が激しかったのが原因だろう。連戦で休む暇もなかったというのも大きい。

 現状では巨大降魔を倒すのに一か八かという感じである。

 そこへ──

 

 

(これが聞こえる帝国華撃団の全隊員へ! 協力を要請します! 帝都の明日──未来のために!!)

 

 

 ショックから立ち直った千波が念話で華撃団全員に救援要請を行ったのだ。

 それに真っ先に応じたのは──

 

「決して強くはないが、俺たちの霊力も使え、梅里!!」

 

 ──加山率いる月組だった。

 月組隊員達が、夢組のつくる円陣に向かって手をかざし、霊力を送り込む。

 

 さらに──

 

『うおおおぉぉぉぉぉッ!!』

 

 雪組達の、嵐を吹き飛ばし猛吹雪さえ溶かす、熱き魂の咆哮が響きわたり、その霊力が円陣へとそそぎ込まれる。

 遠く離れた『大和』と共に墜ちたミカサから──

 

「私たちの分も──」

「使ってください、武相隊長──」

「そして、帝都に平和を──」

 

 高村 椿、榊原 由里、藤井 かすみが手をかざして霊力を送る。それ以外の場所でも他の風組隊員たちも同様に手の平を向けていた。

 そして──

 

「全盛期にはほど遠い強さと量だが……こんな老いぼれのそれでもちっとは役に立つだろう、なぁ……ウメよ!!」

 

 緑の軍服をまとった米田が、左手で腰に帯びた二剣二刀の一振り『神刀・滅却』の柄を握りしめつつ、右手を帝都へと向ける。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 それらを受け、増幅され、そそぎ込まれた──強敵と未だ戦い続ける花組を除いた帝国華撃団の全霊力を受け、『望月』は希望の日輪へと変化する。

 そして、梅里は動いた。

 金色の烈光を放つ光球は一気に地を滑るように駆け、宙を迅り──巨大降魔の間近へ至る。

 振るわれた鉤爪をかいくぐった梅里は、空中で刀を振り下ろさんと構える。

 

 

「消えろ降魔! この世界を害するお前を、僕は絶対に許しはしない!!」

 

 

 あやめの顔がよぎる。

 そして、降魔が原因で命を犠牲にした幼なじみの──鶯歌の顔がよぎった。

 彼女たちの思いを、無念を叩きつけるように、梅里はその手にある、光の刃と化した『聖刃・薫紫』を振りかざした。

 

「────────ッッッ!!」

 

 声にならない悲鳴をあげて、浄化されていく巨大降魔。

 その金色の光の爆発は遠く離れたミカサからも見えていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

「巨大降魔……消滅です。反応ありません」

 

 通信に、花やしき支部詰の風組オペレーターからの声が全軍に送信される。

 それを受けて夢組だけでなく、月組や雪組、風組の歓声が上がった。

 

「やったぜ、大将!!」

 

 釿也が快哉の声をあげ、円陣を組んでいた夢組達は討伐の立役者、武相 梅里を祝福せんと彼の下へと集まり出す。

 地面に降り立ち、「満月陣・望月」でまとっていた金色の光が消え、梅里は駆け寄る皆に応えて振り返る──

 

 

 ──ことなく、その場に崩れ落ちるようにして倒れた。

 

 




【よもやま話】
 「陰陽五曜の陣」は旧版だと他の戦闘でも出してましたが、リメイクで決戦用に変更しました。
 それと梅里の技も『望月陣(ぼうげつじん)』だったのを『満月陣・望月(もちづき)』にしました。バリエーションの一つでしたので。


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─9─

「──梅里ッ!?」

 

 糸が切れたように倒れた梅里へ真っ先に駆け寄ったのはせりだった。

 続いてかずら、しのぶと続く。

 だが──いち早く彼の下へと辿り着いたはずのせりの顔は蒼白になっていた。

 その手は梅里の顔に触れており、その一方で彼の目は閉じられている。

 様子がおかしいせり。

 それを不審に思ったかずらが彼女に尋ねた。

 

「せりさん? どうしたんですか? 梅里さんは──」

 

 その問いにせりはかずらもしのぶも見ず、ただ虚空を見つめたまま首を横に振った。

 

 梅里の体に触れて気が付いた──彼は呼吸をしていなかったのだ。

 

 そしてさらに気が付く。全身から力が抜けており、生気が感じられないことに。

 首にあてた手からも……脈は感じられなかった。

 

「「──え?」」

 

 かずらは呆然と立ち尽くし、信じられない様子のしのぶは慌てて梅里の投げ出され、力を失っている手をとって脈を調べる。

 そしてそれが感じられず──しのぶもまた愕然とする。

 

「おい! 三人とも、いったいどうした? 梅里はどうしたって言うんだ!」

 

 らちがあかない三人に業を煮やした宗次が、怒鳴るように確認すると、せりが緩慢な動きで宗次の方を見た。

 

 

「梅里が……死んじゃった……梅里が…………」

 

 

 そこまで言うのが精一杯だった。

 せりは顔を梅里の胸へと埋め、人目もはばからず号泣していた。

 

「大関ッ!!」

 

 戸惑いながらも宗次が怒鳴る。

 同時に人混みをかき分けて髪をボブカットにした小柄な女性隊員が慌てて梅里へと駆け寄る。

 顔に手をあてて呼吸がないのを確認し、その顔がゆがむ。

 

「塙詰嬢、失礼します」

 

 そう言って、ヨモギはしのぶがとっていた彼の手を受け取り、その脈をあらためて調べた。

 

「……ッ!」

 

 ヨモギの目が、沈痛そうに細められた。

 そして吐き出すように──しかしキッパリと言った。

 

「呼吸、脈拍……共に、ありません。隊長は……亡くなっています」

「バカな!! 直前まで戦って、あの巨大降魔を倒したんだぞ!?」

 

 釿哉が信じられないとばかりに腕を振る。

 その横では、鎖鎌を手にした紅葉が、膝から崩れ落ちるようにして呆然としていた。

 あのトドメの一撃で、梅里は一方的に攻撃していたはずだ。事前の戦いでのダメージはあっても、それが致命傷になるような状況ではなかったはずだ。

 

「肉体に深刻な外傷は認められません。推論になりますが、先ほどの膨大な霊力に、隊長の霊体が耐えられなかったのだと思います」

 

 ヨモギの説明を聞いて、しのぶが自分の懸念が当たっていたことを知る。

 しのぶも知らないことだったが、満月陣が鏡であるなら満月陣・望月は凹面鏡なのである。

 霊力を受けてその通りに輝くのでなく、受けた霊力を一点に集中させて威力を増す。

 焦点の部分であれば日光で容易に火を起こすことができるその凹面鏡が収束させたエネルギーが大きすぎ、鏡である梅里自身の耐久を上回ってしまったのだ。

 

「……失敗するしない以前に、今の私では、治療に挑むことさえ、できないではありませんか!」

 

 悔しげに涙をにじませるヨモギ。その肩を釿哉が優しくポンと叩く。

 梅里の腕を握りしめたまま堰を切ったように普段は半眼のヨモギの目からも涙があふれ出していた。

 

「……あのとき、梅里は死を覚悟してたってことかよ」

 

 ヨモギを慰めながら、釿哉も呆然とつぶやく。

 その言葉で宗次はハッとし、その視線をティーラへと向ける。

 滅多に見ないその紫色の袴の夢組女性用戦闘服に身を包んだ彼女は、うつむいて顔を上げることができないでいた。

 

「ティーラ、お前知っていて……」

「はい。隊長に言われ、考察したときにその結果には至っていました……」

 

 ティーラの言葉を聞いて、せりがバッと顔を上げる。

 

「なんでよッ! なんで隊長を……梅里を止めなかったのよッ!!」

 

 強い口調で責めるせり。

 それにティーラは申し訳なさそうに顔を伏せたまま答える。

 

「あのとき、私も止めようとしました。でも……隊長が他に方法はない、とおっしゃって。実際、あの状況で巨大降魔を倒すには、あの手段しかありませんでした」

 

 そこまで言ったティーラをかばうように、宗次が割って入る。

 なにも言わなかったが、せりは視線を梅里へと戻し、呆然とつぶやく。

 

「そんな……じゃあ、あのとき……」

 

 陣を組む直前にせりが梅里に「ゴメン」と言われたのを思い出していた。

 なんでそんなことを言ったのか、あのときはわからなかったが──すでに死ぬ覚悟を決めていたのだとしたら、合点がいく。

 

「命を粗末にしない……その約束を破るから、私に謝って……」

 

 愕然とする。自分もまたヒントを与えられていたのに、それに気づかず梅里の命を散らすのを黙って見過ごしてしまったのだ。

 そのことを思い知り、激しい後悔にさいなまれる。

 

「ゴメン。ごめんなさい、梅里。私……気がつかなくて」

 

 再び梅里の亡骸に顔を埋めるせり。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 一方、その近くでかずらは衝撃が大きすぎて未だに受け止めきれずに呆然と皆の様子を眺めていることしかできなかった。

 あの時感じた梅里の緊張感。それは悲壮感に近いものだったのかもしれない。

 かずらは円陣の中心にいた梅里の姿を思い出し、ぼんやりとそんな風に考えていた。

 その肩に、ポンと手が置かれる。

 振り返ると、沈痛そうに目を伏せたコーネルが立っていた。

 

鎮魂曲(レクイエム)、演奏できますネ?」

「え? ──はい、できますけど……」

 

 頷くかずらにコーネルは優しく言う。

 

「隊長も、アナタに送ってモラいたいはずデス。お願い……できまセンカ?」

「隊長を……梅里さんを、送る?」

 

 ぽつりとつぶやく。

 それで彼が死んだという実感がやっとわいてきた。

 同時に、それを認めたくないという気持ちがわき上がり、一気に突き抜ける。

 反射的に歳相応の我が侭さが首をもたげて現れた。

 

「い──」

 

 イヤです、とかずらが言おうとしたときだった。

 鎮魂曲(レクイエム)という曲がある。その「魂を安らかに送る曲」というものがあるのなら、その逆に音楽には人の魂を引き留める力もあるのではないか、と思った。

 あまりに安易な発想だったが、梅里の死を受け入れたくないかずらにはそれが真実に思えた。

 

(梅里さんともう会えないだなんて、耐えられません! それに……許せません。こんな結末なんて──納得できるわけがありませんッ!!)

 

 意を決してバイオリンを構え、演奏を始める。

 見事な、すばらしい旋律が周囲に響きわたるが──

 

「What's? ミス伊吹? いったいなにを……」

 

 明らかに葬送曲とはかけ離れたその曲に戸惑うコーネル。

 

「送りなんてしません! 隊長と、梅里さんとお別れなんて絶対にイヤです! 鎮魂なんてさせずに、魂をつなぎ止めて……戻してみせます!!」

 

 かずらの悲痛な叫びは演奏と共に響く。

 それを聞いて、顔色を変えた者が三人いた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

(魂を……戻す?)

 

 その一人である塙詰しのぶはかずらの言葉に驚くと同時に、ある考えに至った。

 梅里が死んでしまったのは、外傷──つまりは肉体的な要因ではないとさきほどヨモギが断定していた。

 肉体ではなく、霊体が壊れ、そこに納められていた魂が抜けだしたからこそ死に至った。

 

(ならば、その霊体を治すことができれば──)

 

 しのぶはそう考えるに至り、その目に力を入れる。

 幼いころには忌まわしいとさえ思った『覇王の魔眼』。目にしたものを思うように操る絶対支配の魔眼。それを使えば、治療を施すことができない霊体といえども癒すことができるかもしれない。

 もしそれが今役に立つのだとしたら、この力は今使うために与えられたのだろう、と信じられる。

 そう思って使ったしのぶだったが──

 

(やはり……魔眼といえども肉体を見て霊体を追うことはできませんか……)

 

 強力な魔眼も目にして捉えていなければ、対象にさえできない。

 梅里を助けられないという現実を突きつけられ、悔しさに涙がにじむ。

 だが、そのとき──

 

(塙詰副隊長、私の感覚を受け入れてください)

 

 念話が頭に響いた。

 

(──え?)

 

 しのぶが戸惑っている間に、視界ががらりと変わった。人のいる位置は変わらないが、普段とはかけ離れたその感覚が表現しづらい。

 

(精神感応による知覚……霊体を意識した、私が感じている世界です)

(千波さん? けれど違和感がすごくて……)

(慣れろとは言いません。しかし、あなたがやるべきこことはただ一つなはずです。それだけに集中してください)

 

 千波の念話で理解した。

 自分がやるべきこと──それは梅里の霊体の修復。

 そしてそれは見つかった。せりの霊体が目印になり、その前に無惨にも砕けている器が感じられた。

 それこそが──しのぶが感じ取れた梅里の霊体の成れの果てだった。

 

(梅里様……こんな状態になるまで無理をなされて……)

 

 しのぶは集中する。

 その壊れてしまっている霊体を見つめ“元に戻れ”と念じる。

 幸いなことに梅里はその場でこと切れたために霊体の破片がその場にあるし、回復のための霊力も先ほど集めた膨大な霊力の残滓がしのぶの魔眼を補ってくれる。

 周囲に金色の霊力が満ち、しのぶの強力な魔眼が発する力を糧に、梅里の霊体が少しずつ元へと破損した部分が修復され、他の人と似た形に戻っていく。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

(──白繍調査班頭、お願いがあります)

 

 突然、頭の中に声が響き、せりは顔を上げた。

 

「え……?」

 

 戸惑うせりの頭の中にさらに声が聞こえる。

 

(八束です。今、伊吹さんと塙詰副隊長が隊長の蘇生を行っています)

(蘇生って、梅里は……)

(ええ。隊長の状態はきわめて危険──ほぼ絶望的な状況ですが、一縷の望みをお二方は信じています。白繍さんも協力を願います)

(それは……うん、なんでもやるわ。任せて)

 

 せりは袖で顔を拭うと大きくうなずいた。悲しみに染まっていた顔は、絶望に挑む勝ち気な顔へと変わっている。

 

(伊吹さんが魂をどうにかつなぎ止め、その間に塙詰副隊長が霊体の再生を行っています。白繍(かしら)は肉体の維持をお願いします)

(維持って……具体的にはなに?)

(人工呼吸と心臓マッサージですね)

 

「じ、人工呼吸ッ!?」

 

 素っ頓狂な声をあげたせりを、周囲の者が思わず見た。

 が、彼女はそれに気づかず梅里をじっと見つめている。

 

(そ、それって……あの人工呼吸よね?)

(当たり前です。他にはありません。それと急いでください。せっかく魂をつなぎ止めて霊体を再生しても、活動を完全に止めている肉体のダメージが致命的なものになっていまえば意味がありません。さぁ、早く!!)

 

 肉体と霊体という器、それに宿る魂の三つが揃って人は生きている。一つでも欠ければ人は生きていけず、梅里はその霊体が致命的に壊れた以外は、魂も肉体も生命維持に支障は無いが、肉体の維持ができない現状では、そこが致命的になってしまうおそれがある。

 

(え? ちょ、ちょっと待ってね。心の準備が……)

(は・や・く・し・て・く・だ・さ・い!!)

 

 (すご)む千波。普段は感情表現も乏しく大人しい彼女だが、精神感応という自分の得意なフィールド内では非常に強気になれる。

 千波から彼女の専門である念話に強いプレッシャーまで加えられ、追いつめられたせりは横たわっている梅里の顔を上向かせて気道を確保すると、深呼吸し、「えいッ!」と気合いを入れて、開いている彼の口に自分の口を合わせて人工呼吸を始めた。

 

「おい、伊吹……お前、いったい何を……」

 

 戸惑う釿哉が声をかけるが、一生懸命──というよりも精神的な余裕がないせりはそれにさえ気づかず続ける。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 突然、演奏を始めたかずら。

 いきなり魔眼を開いたしのぶ。

 素っ頓狂な声をあげたかと思ったら人工呼吸を開始したせり。

 

 そんな三人達を驚いたように見つめる夢組達であったが、彼女らが何の目的でそれを始めたのか、薄々はわかっている。

 それが達成される──そんな奇跡を、祈らずにはいられなかった。

 




【よもやま話】
 前回からの流れで、夢組全員で足りないから華撃団全員になり、そのせいで梅里が耐えられなかった──と捉えられてしまいそうですが、夢組全員の時点でもう限界を超えます。あの時点で挑んでいたら、巨大降魔を倒せたか微妙な上に梅里は確実に死ぬという状況でしたので、できなかった状況でした。
 それと、復活のために密かに活躍している千波ですが、ゲームだったら2週目以降に攻略可能になる隠しヒロイン──的な感じです。
 どうにも自分で名前付けたわけじゃないので「よその子」感がして、ヒロインとしての描写ができないんですよね。ヒロインにするなら「ちなみ」と名前が変わっていたでしょう。


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─10─

 梅里の意識は、視界一面が真っ白な世界に立っていた。

 ただここがどういう所なのか、彼には何となくわかっていた。

 梅里の考えた対巨大降魔の要である「満月陣・望月」という技の性質上、夢組全員の霊力を集めれば自分の体が耐えられないのは分かっていたし、事前に話をしたときのティーラの反応からも明らかだ。

 

 ──だから、目の前に彼女が現れても、特に驚くことはなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「や。ウメくん」

 

 彼女の顔は忘れたことはない。

 朗らかな笑顔と、セミロングの髪をポニーテールにした髪型がよく似合う幼なじみ。

 二年前以来、二度と見れないと思い、この二年間、会いたくて会いたくて仕方なかった相手──四方(しほう) 鶯歌(おうか)

 

「やあ、鶯歌。……やっと、会えたね」

 

 だが、彼女を前にして梅里は違和感を感じていた。

 言葉とは裏腹に、あんなに会いたいと思った相手に、やっと会えたというのに、どこか喜びの感情が、最高潮には届かない。そんな寂しさがある。

 

「そうだね。ウメくん……背伸びた?」

「多少……かな。鶯歌は変わってないね」

「そりゃあ、まぁ……ね。あたし、死んじゃってるから」

 

 梅里の言葉に「あはは……」と苦笑する鶯歌。

 そう返されては梅里もどう返していいのか困る。

 

「それは……でも、まぁ、僕も同じになったから」

 

 苦笑し、頬を人差し指で掻く。

 そんな彼の癖に鶯歌は思わず微笑んでしまう。変わってない彼のその姿は、見守っていた彼女にしてみれば何度も目にしていたが──それが自分に向けられたことが、本当に懐かしく、胸が締め付けられるように痛んだ。

 それをこらえ、鶯歌は梅里をジト目で見る。

 

「笑い事じゃないんだけど。私は……こんなタイミングで会いたくなかったよ。ウメくんにはもっと生きて欲しかった。私の分まで……」

 不満げに見つめたが、梅里もそれに反論する。

「確かに、鶯歌が助けてくれた命だけど……それで帝都を助けられたんだから。この命を賭けなければ、助けられなかったんだから。仕方ないかな、って……」

 

 梅里はさっきの戦いを思い出していた。

 巨大降魔は討滅した。それは帝都を守れたということだ。

 

「やれることは精一杯やった。帝都を救ってたくさんの命を守った。鶯歌も見ていたんでしょ?」

「そりゃあ、見てたわよ。あなたの守護霊なんだから。だから、ウメくんがいろんな()とイチャイチャしてたのも、全部見てたからね」

「──なッ!?」

 

 ギクっとなる梅里に対して「フフン」と余裕の笑みを浮かべる鶯歌。

 

「でもね、別に私はそれをどうこう言うつもりはないの。私は、死んじゃってるんだから。ウメくんが生きてる以上、他の誰かと幸せになって欲しい、って思ってたし。だから──」

 

 戸惑う梅里に、鶯歌がズイッと近づく。

 

「──今の状況には、すごく不満なワケ」

「な、なにが?」

 

 鶯歌に詰め寄られてのけぞりながら、梅里は首を傾げる。

 

「ウメくんってば、肝心なことを忘れてる……彼女たち、アレでいいの?」

「──え?」

 

 鶯歌が、さっと手をかざすと、まるで画面のような四角い板が現れ、そこに画像が流れる。

 事切れた梅里の遺体の前で泣き崩れるせり。呆然とするしのぶとかずら。

 その姿に梅里は、自分が原因なこともあって、いたたまれない気持ちになる。

 

「ウメくんにあんな気持ちを抱かせちゃったあたしがいうのもなんだけど、彼女たちの心に一生治らない傷を負わせるつもりなの?」

 

 それは──避けたかった。

 梅里は立ち直るのに二年かかったのだ。それも彼女たちのおかげで立ち直れたのだ。彼女たちがいなければ未だに鶯歌を亡くした思いに捕らわれ、死に場所を求めていただろう。

 だからこそ思う。彼女たちにそうはなって欲しくない、と。

 しかし──

 

「そんなつもりはないよ。あんな思いをさせるのは嫌だ。でも、僕にはもう……どうしようもないことなんだ」

 

 すでに死んでしまったのだから……

 ポツリとつぶやく梅里。

 それで思う。だから鶯歌は自分のことを見続けていたのか、と。

 心に深い傷を与えた自責の念が彼女たちが救われる姿を見たいと思ったように、鶯歌も思ったのだろうか。

 梅里は鶯歌を見る。

 すると、彼女は笑みを浮かべていた。

 

「そうでもないんだなぁ、これが……」

「は?」

 

 呆気にとられる梅里を後目(しりめ)に、鶯歌は少し上へと視線を向ける。

 釣られて梅里が視線を上げると──背中に白い翼が生えた美しい女性が舞い降りてくる所だった。

 優しげな笑みを浮かべた彼女は鶯歌の横に降り立ち、彼女を見てから梅里の方を見る。

 その顔に、見覚えがあるような気がする梅里。だが──どうしても思い出せない。

 

「なんと、こちらの大天使さまが、ウメくんの命を助けてくださるそうです」

「……え?」

 

 なんとも軽いノリで隣の大天使を紹介する梅里の守護霊。

 もちろんそれに戸惑う梅里。

 

「いや、だって……僕は、死んでるでしょ?」

 

 それに答えたのは鶯歌ではなく大天使の方だった。

 

「あの三人の娘が、あなたの命を必死につなぎ止めています。私の力であればそれをもう一押しして、あなたをあの世界に戻すことができます」

 

 大天使が厳かに言う。

 

「戻れる…のですか?」

「ええ」

 

 梅里の確認に、大天使はハッキリと答えた。

 その横で朗らかに笑う鶯歌。

 梅里は──すぐに答えられなかった。

 

 ──戻ります。

 

 その声が出そうになった。

 だが……

 

 

 …………それはせっかく再会できた鶯歌との別れを意味する。

 

 

 かといって、あの三人の姿を見ては心残りがない、とは言えなかった。

 俯いて考える。

 

 考えに考えに考えに──考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考えに考え抜いて……

 

 ──その頭にポンと手が置かれた。

 

「ねぇ、ウメくん。あたしね。こうやって会えて……話ができて、とても嬉しかったよ。あの人たちとは会ったりお話もしたけど、ウメくんとはそれができなかったからね」

「鶯歌?」

 

 その手の感触は、まるで生きているかのように暖かく、そしてひどく懐かしかった。

 

「でもね、ウメくん。あなたは……まだこっちに来ちゃダメなのよ」

「……なんで? 鶯歌がいるのに……僕は鶯歌と一緒なら──」

「本当に……そう思ってる? なんの迷いもなくこっちに来られる?」

 

 それに梅里は、即答できなかった。

 あんな彼女たちの姿を見てしまったから。

 自分のせいであんなに悲しむ姿を見せつけられて、即答できるはずがない。

 

「……ズルいよ、鶯歌」

 

 それに鶯歌は何も答えず、ただ優しげに笑みを浮かべていた。

 

 

 しばらくの沈黙──

 

 

 その後に、鶯歌は言う。

 

「ねえ、ウメくん。帝都にきて、華撃団に入って……今のあなたはそこが居場所だよね。水戸にいたときとは、違うでしょ?」

「そう……だけど、でも……」

 

 俯いたまま反論しようとする梅里を、鶯歌は両手で顔を挟んで上げさせると、目を合わせる。

 そして寂しく笑った。

 

「できるなら、あたしも戻りたかったよ、水戸に。ウメくんと過ごしたあの日々に」

 

 鶯歌が遠い目をする。

 

「ウメくんが洋食屋さんに修業に行って、あたしがたまにオムライスを食べさせてもらって……

 それを見てたウメくんの妹ちゃんが「私も」って割り込んできて……

 いつか婚約して、結婚して……

 子供育てて、孫までできて……

 お婆ちゃんになったあたしとお爺ちゃんになったウメくんと一緒に、縁側で干し芋食べながらお茶を飲んでのんびり過ごす。

 そんな楽しい一生……憧れちゃうね」

 

 笑みを浮かべたまま、鶯歌の語るそんな人生。

 むろん、その間にいろいろあるだろう。喧嘩もするだろうし、苦労もするだろう。でも鶯歌は梅里と一緒ならそれ以上に楽しいことがたくさんあったと信じて疑わなかった。

 

 

 だが、その一生は──もう鶯歌にはありえない。

 

 

 それを思って、梅里の表情がこわばる。

 気づいた鶯歌が微笑を浮かべた。

 

「ウメくん、やっぱり優しいね。そう……あたしは戻れないんだよ。

 でも、ウメくんは今ならまだ戻れるんだ。あの、帝劇で過ごした楽しい日々に、ね」

 

 最初は死に場所を求めてきたはずのあの場所は、今の梅里にとってはかけがえのない場所になっていた。

 たとえそこに──鶯歌の姿がなくとも。

 

「……ゴメンな、鶯歌」

「謝ること、ないよ」

「それでも……ゴメン。ホントなら、鶯歌と別れたくないけど……やっぱり、彼女たちをあのままにしておけない」

 

 梅里は正面から鶯歌の顔を見てそう言った。

 彼女の顔は笑みを浮かべていた。

 

「そうね。ウメくん、優しいもんね。でもその優しさ、あんまり色んな人に安売りしすぎちゃダメだぞ」

 

 そういってイタズラっぽく浮かべた鶯歌の笑みが、少しだけ崩れる。

 

「それでこそ……それでこそウメくんだよ……あたしの、あたしが大好きな──」

 

 こらえきれなくなった鶯歌は、顔を隠すように梅里の胸に飛び込んだ。

 

「約束よ。女の子のことは、もう絶対に泣かせたらダメだからね」

「……今、鶯歌が泣いてる分は?」

「そういうことを言っちゃうデリカシーのなさは、女の子に嫌われるんだからね」

 

 半分涙声で文句を言い──

 

「こうしてあたしを泣かせるのが最後よ。で、命も簡単に投げ出さないこと」

 

 顔を埋めたままの鶯歌に、梅里は困惑した顔で、頬を掻く。

 

「そうは言ってもなぁ。僕は、帝国華撃団夢組の隊長だし──さっきみたいなことも、これからあるかもしれない」

「そうならないように、努力しなさい。もちろん、精一杯よ?」

「ああ──わかったよ、鶯歌」

 

 彼女の頭を優しくなでる梅里。

 二年ぶりに自分から触れた彼女の感触は、懐かしく──そしてとても暖かく感じられた。

 

「でも、どうしてもダメだったら……そのときは、あたしが助けて──守ってあげる」

 

 そう言って顔をあげ、笑みを浮かべた。

 

「これでもあたし、ウメ君の守護霊だからね」

「ああ。そのときは、お願いするよ」

 

 梅里も優しく笑みを浮かべ──彼の手を鶯歌がとって握りしめる。

 

 

「だから、ウメくんがこっちに来るのは……まだ許さないからね」

 

 

 そう言ってもう一度強く手を握り締めて──名残惜しそうに離した。

 そして彼女は再び大天使へと向き直り、そして大きく頷く。

 

「そう……それでいいのね」

 

 大天使がそう言って目を閉じてなにかを念じると、梅里の周りが光に包まれる。

 

「これは……」

「さぁ、お行きなさい。そしてあの三人を救いなさい。それがあなたの役目よ──梅里くん」

 

 そう言って笑みを浮かべる大天使。

 いたずらっぽい笑みを浮かべた彼女の顔は紛れもなく──

 

「──あやめさん?」

 

 彼女がうなずき、徐々に視界が光に染まっていく。

 その視線の先で──

 

「──バイバイ、ウメくん」

 

 鶯歌はいつもの朗らかな笑みを浮かべ──梅里の視界は光であふれ、何も見えなくなった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 大関ヨモギは、自分の無力さを嘆いていた。

 どうやっても、失われた命というものは戻ってこない。医者として「死」を見つめてきた彼女にとってそれは永久不変の絶対律なのだ。

 だから、何人かがなにかをしている気配は感じていたが、それに希望を持つとか、そいういうことはなかった。

 死はどうあがこうと死なのだ。

 頭ではそう受け止められても、心では、その親しい人の死を受け止めるのは容易ではなかったらしい。

 ヨモギは彼の遺体の横に座ったままだったのだから。

 最後に脈がないのを確認した腕も握ったままである。

 それに気がついて、握ったままの手を離そうとした──その瞬間だった。

 

「──ッ?」

 

 信じられないことが、起こった。

 無くなったはずの、脈が──復活したのだ。

 

(は? そんなの……絶対にありえません)

 

 ヨモギは半信半疑だった。梅里の上半身は相変わらずせりがなにやら人工呼吸を一生懸命やっているので、その動きが影響した錯覚かとも思った。

 だが──その指先に感じた脈は、規則正しく動いている。

 

「まったく──常識外れですね」

 

 これは認めざるを得ない。梅里は、今、現在生きている。

 だが、それは医者として納得できるものではない。そんなヨモギは一つ意地悪を思いつき、それを実行する。不作為というやつだ。

 なにしろヨモギの心をもてあそんだのだから、それくらいの意趣返しは許されるだろう。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

(お願い……戻ってきて!)

 

 せりは人工呼吸を繰り返していた。

 かずらの演奏はまだ続いているし、しのぶの魔眼もまだ開いたままだ。

 自分にできるのは、この人工呼吸を繰り返すだけ。

 すると──

 

「モゴッ!?」

 

 突然の反応に訳が分からず、目を白黒させるせり。

 そして──

 

「ん?んんーッ!? プハッ!!」

 

 慌てて口を離すせり。そして梅里。

 お互いに「ゼハー」「ゼハー」と荒い呼吸を繰り返している。

 突然、送り込んでいた空気が返ってきて、それで呼吸が詰まったのだ。

 

「──なにするんだよ」

「なにって、なによそれ!」

 

 

 文句を言う梅里に思わずいつもの調子で言い返すせり。

 さらに言い返そうと口を開きかけたところで、周囲の空気がおかしいのに気がつく。

 

 

「……オイ。あれ……」

 

 

 信じられないものを見ている様子で、釿哉が梅里を指さす。

 その指が震え、そして現実を受け止めきれず、首をゆっくり横に振る。

 そんな周囲の反応で、せりもようやく気がついた。

 

「え? う、そ……」

 

 そうなることを信じてやった行動だったが、だがそれが現実になってもにわかには信じられないことだった。

 なぜならそれは、まさに──奇跡と呼ぶにふさわしい出来事なのだから。

 そんな姿に、せりもとても信じられないという思いを、目の前の光景を見て否定し──涙が溢れそうになる。

 そして──梅里が戸惑いながらも袖で口を拭いたのが見えた。

 

「ちょ、ちょっと! なんで口を拭くのよ! どういう意味よ、それッ!!」

 

 それに思わず怒ったせりは、カチンときて梅里の胸ぐらをつかむ。

 

「え? いや、なんか口周りが……濡れてるというかなんとも変な感じだったから思わず……」

「~~ッ!!」

 

 素直に答える梅里に、せりは感情をこらえる。

 

「なんで、あなたはこういう場面でそういうことを……あなたのそういうところ……本当に、本当にキ……信じられないわよ……もう!」

 

 だが堪えきれなかった。涙を浮かべて抱きつくせり。

 そこに──

 

「せりさん、ズルいです! 私だって一生懸命頑張ったのに」

 

 抗議しながらかずらが抱きつき──

 

「梅里様、よかったです……本当に」

 

 それにしのぶも加わる。

 三人に抱きつかれた梅里。その背中では影の立役者である千波がそっと彼の戦闘服の端を握りしめている。

 

「……隊長が生き返ったぞ!!」

 

 誰があげたか快哉の声に、夢組全員が腕を上げ、そしてその場にいた華撃団員全員に波及していく。

 ふと見れば、翔鯨丸がこちらへ向けて飛んでくるところだった。

 見えた艦橋には色とりどりの戦闘服に身を包んだ花組たちと、ミカサに乗り込んだ風組隊員たち、そして米田司令の姿もある。

 

 それが意味することは──華撃団の勝利だ。

 

 こうして、華撃団はあやめという尊い犠牲のみで、降魔との戦いに勝利したのだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──そんな歓喜の輪の中で、松林 釿哉がふと気がついて、意地悪な笑みを浮かべてヨモギを見た。

 

「な、なんですか?」

「いや……誰かさん、いつも“失敗しない”とか言ってたわりには、さっき梅里を「亡くなってます」って断言してたと思って」

「な……そんなの……あんなのは反則ですよ!」

 

 不機嫌そうに怒り出すヨモギ。

 

「死んだらそれまでなのに……生き返るとか、ありえないんですよ、普通」

「いやまぁ、生き返らないっていうのは分かるが、そういうんじゃなくて……あれって誤診じゃないのか?」

 

「──え?」

 

 釿哉に言われてヨモギが固まる。

 

「だって、大将のこと死亡したって認定出したよな?」

「あ……ああ……確かに、私、亡くなっていると答えてますし……」

 

 しかも密かに時間まで確認してメモしていた。悲しい医者の(さが)である。

 それを見て意地悪そうに笑みを浮かべる釿哉。

 

「明らかな、“失敗”だよな? ホウライ先生」

 

 そしてポンと俯いているヨモギの肩を叩く。

 

「いやぁ、やっちゃいましたなぁ。ホウライ先生。まさかの誤診とは……“失敗しない”はずなのになぁ。失敗しちゃいましたなぁ?」

 

 ニヤニヤ笑みを浮かべて得意げになる釿哉。

 すると──ヨモギの目の色が変わり、いきなりメスを取り出した。

 

「ん? ちょっとホウライ先生? お前、何取り出しての?」

「今、彼が死ねば……誤診ではありませんよ」

「はい? お前、今なんて言った?」

 

 釿哉の顔が青ざめる。

 

「私の診断通り、隊長が死んでいれば──それは私の誤診ではありません。ええ、多少死亡時刻は変わっても、それは些末事……私は、“失敗しません”。『大関蓬莱』の名にかけてッ!!」

「待て、ゴメン! オレが悪かった!! もうからかわないから──大将、逃げてェーッ!!」

 

 釿哉の叫び声がその場に響きわたった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──さて梅里が去り、白い空間に鶯歌と大天使は残されたままであった。

 彼女は鶯歌の顔を見つめる。

 

「初めまして、あなたが鶯歌さんね」

 

 挨拶に対し、鶯歌もそれに応じる。

 

「初めまして。ウメくんが大変お世話になりました」

 

 笑顔で返す鶯歌を大天使は見つめ、慈愛に満ちた笑顔を浮かべて提案をしてきた。

 

「鶯歌さん、私の力であなたを天使として迎えることもできるけど……どうしますか?」

「そ、それは……」

 

 戸惑う鶯歌。

 そして少し考え──

 

「それって……そうなったらウメくん一人だけを見守るわけにはいきませんよね?」

「そうね。天使である以上は公平に、魂を導いてもらわなければいけないし」

「……今のままでいたいっていうのは、ダメなんですか?」

「ダメということはないわ。あなたの場合は土地に縛られているわけでもないし、執着しすぎて他人に害を与える存在でもない、守護霊なのですから」

 

 優しくほほえむ大天使。

 そんな彼女を、鶯歌はまっすぐに見つめ、答える。

 

「じゃあ、もったいないお誘いですけど……現状維持で大丈夫です。私は彼を見守り続けたいんで」

 

 そう言って、彼女は笑顔で断った。

 だが大天使もそれを見越していたようで、やはり優しげに微笑んだままだった。

 

「それに──」

「それに?」

 

 鶯歌が下界の様子が映っているものを見て、そこに映った4人へと視線を向ける。

 そんな鶯歌を不思議そうに見る大天使。

 鶯歌は勝ち気な笑みを浮かべて断言する。

 

「来世では譲るつもり、ありませんから。あたしは」

 

 それを見て、吹き出すように笑う大天使。

 

「そう。じゃあ、梅里くんのこと、よろしく頼むわね」

 

 表情を変えて優しげに彼女──大天使ミカエルは、もう一度あやめの顔で笑顔を浮かべる。

 ミカエルと鶯歌が見守る中で、4人はまた騒がしくも優しい毎日を始めるのだった。

 




【よもやま話】
 ここは、自分の力不足を痛感させられたシーン。
 本来なら、やっと会えたのに、梅里に生きて欲しくて送り出し、結果として二度と会えなくなる鶯歌の悲しさをもっと出したかったのですが……課題ですね、がんばります。


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─11─

「……ん?」

 

 梅里は気がつけば和服を着ていた。

 いつもの黄色いシャツに濃紅梅の羽織という和洋折衷スタイルでも、食堂でのコックコートでもなく、もちろん夢組として活動するときに着ている白い男性用の夢組戦闘服でもない。

 上に着ている黒い和服の袖を掴んで広げ──自分の服を確認し、

 

「これ……紋付羽織袴、だよな?」

 

 しげしげと見ながらそう思う。しかもその服には「月輪に梅花紋」の家紋が入っている。

 

(これは武相家の本家ではなく、その分家筋の家紋……)

 

 武相本家の家紋はこれではいし、そもそも本家は兄が継ぐもの。分家となる梅里がつけるべきなのはこの家紋である。

 そんなわけで合っているのだが──そんな正式な家紋がついた紋付き袴をなぜ自分が身につけているのか。皆目見当がつかない。

 そこへ──

 

「おぉ、準備はできているようだな、梅里」

 

 戸を開けて入ってくるなりそう言ったのは、梅里の祖父だった。

 

「……あ、えっと、御爺様。これはどういうこと……でしたっけ?」 

 

 梅里が尋ねると祖父は驚いた顔をした後、大きくため息をついた。

 

「おまえは、なにを言っているんだ? この大事な日に……」

「大事な日?」

「その通りじゃ。相手はすでに準備ができて隣で待っておるぞ」

「相手? 隣で待ってるって……」

 

 戸惑う梅里に業を煮やしたのか、祖父は梅里の腕を掴むと、そのまま隣の部屋へと引っ張っていく。

 そこには──

 

(つの)(かく)し……って」

 

 見事な色打掛を身にまとった女性が大人しく座っている。

 その文金高島田に結った髪の上を、幅広い帯状の布が覆っており、それこそ──角隠しと呼ばれるものだ。

 そして、それが意味するところは──

 

「け、結婚……式?」

「今更なにを言っておる、梅里」

 

 不思議そうに梅里を見た祖父は、梅里の肩をガッチリ掴み、花嫁姿の女性の前へとつれてくる。

 

「ほれ、花嫁と対面じゃ」

「……え?」

 

 戸惑い続ける梅里だが、正直、心当たりというものがない。

 だから結婚する相手が、誰なのか──もちろん分からなかった。

 梅里がおそるおそる彼女の顔を見ると、今まで俯いていた彼女も顔を上げ──

 

 

「梅里様。わたくし、とても嬉しゅうございます……」

 

 

 そう言って頬を染めた彼女は、細い目をさらに細めて笑顔を浮かべる。

 

「……しのぶさん?」

 

 結い上げられた彼女の髪は美しく、またその純和風の装いは彼女にとても合っていた。

 そんな彼女の美しさに、梅里は思わず見とれて言葉を失う。

 

「梅里、なにをしている。ちゃんと言うべきことを言わんか……」

 

 そんな梅里に顔を寄せて、祖父が注意してくる。

 梅里は慌てながらも彼女をしっかり見つめ──

 

「しのぶさん、似合ってます。綺麗ですよ」

「梅里様……」

 

 そう言うや、しのぶはパッとさらに顔をほころばせた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──さて、いよいよ式が始まったのだが、梅里は疑問に思っていた。

 

(えっと……いつから結婚式の話なんて進んでいたんだっけ?)

 

 流されるままに式に出ているが、いつの間に結婚するという話になったのだろうか。それさえも思い出せない

 結納をやった覚えもないし、よく考えれば求婚した記憶も──

 

「では、誓いのキスを……」

「──はい?」

 

 考え込む余りに式がどこまで進行しているのかすら分からなくなった梅里が、その言葉に顔を上げると……

 

「コーネル? なんでキミが……」

 

 目の前には神父の服を着たコーネル=ロイドが珍しく生真面目な顔で梅里と、その隣の女性を見ていた。

 

(は? え? なんでコーネル? というか──)

 

 西洋式では服装がおかしいだろ? と思いながら隣をちらっと見ると、白いヴェールを頭にかけ、白いウェディングドレスを着た女性がいる。

 

「──え?」

 

 その事態に梅里は戸惑った。

 さっきは確かに色打掛に文金高島田という装いだったはずだ。それがなんで──見れば自分の服装も紋付き袴ではなく、タキシードに変わっている。

 

「なんで? いつの間に?」

 

 自分の服装さえも変わっている事態に梅里は混乱していた。

 すると花嫁がスッと動いて、梅里の方へと体を向ける。

 

「……誓いのキスを」

 

 横から、コーネルが催促するかのように、もういちど声をかけてきた。

 

(ああ、もうどうなってるんだよ……)

 

 大混乱の最中、サッパリわけのわからない事態に対する文句を思いながらも、今は結婚式の最中なのをかろうじて思い出す。

 さすがにここで手順をめちゃくちゃにするわけにはいかない。

 梅里は戸惑いながら花嫁のヴェールを上げ──

 

 

「梅里さん。私、幸せです。素敵な家庭を作りましょうね」

「……かずらちゃん?」

 

 

 いつの間にやら花嫁が入れ替わっていた。

 さすがに唖然とした梅里だったが、かずらはお構いなしに目を閉じて顔を上げ、キス待ちの体勢になっていた。

 

「え? なにこれ? ちょっと事態が……」

「梅里さん、早く……早くしてください」

 

 戸惑う梅里に小声で催促してくるかずら。

 

「早くしないと、あの人が──」

 

 

「その結婚、ちょっと待ったァァァッ!!」

 

 

 バーンと後ろのドアが勢いよく開け放たれ、そこに立っていた人影が堂々と言い放った。

 彼女が着ていたのは白無垢。頭には綿帽子をかぶっている。

 その彼女はその服装でよくそんな速度出せるな、という速さで梅里とかずらのところへサッと近づくと、梅里の手を取る。

 そして、見上げた彼女の顔は──

 

「せり……なにやってんの?」

「なにやってんの、じゃないわよ! あなたこそなにやってんのよ!!」

「なにってそりゃあ……」

 

 梅里は周囲を見る。

 目の前には白無垢のせり。

 反対側にはウェディングドレス姿のかずら。

 

「梅里様、わたくしというものがありながら……なんてひどい仕打ちを」

 

 いつの間にか背後には先ほどの色打掛に角隠し姿のしのぶが、「よよよ……」と泣いている。

 

「……どういう状況? いや、本気で」

 

 戸惑うを通り越して呆れかけている梅里。

 そんな彼に──

 

「さぁ、ウメくん! 誰を選ぶの!?」

 

 そんな声がかけられ──見れば先ほど神父服姿のコーネルがいたはずの壇上には、いつの間にか彼は姿を消し、代わりに修道服を身にまとった女性が立っている。

 セミロングの髪をポニーテールにした、実に楽しそうに満面の笑みを浮かべた──鶯歌であった。

 

「鶯歌……いったいなんだよ、これ」

「ん~、花嫁バトルロイヤル?」

 

 ちょっと考えて適当なことを言った鶯歌に、梅里は思わずため息をつきかけるが……そんな梅里を、せりとは逆の腕を掴んだかずらがグイッと引っ張る。

 

「さぁ、梅里さん。誓いのキスをしちゃいましょう。そうすれば他の泥棒猫たちも文句は言えなくなるはず──」

「だ・れ・が、泥棒猫よッ!!」

 

 そう言って、掴んだままの腕を力いっぱい引っ張るせり。

 言い合う二人の隙を突くように、スッと近寄るしのぶ。

 

「あの、梅里様……わたくし、あなた様に裸体を見られた以上、あなた様のところ以外にはお嫁にいけません」

「なによ、その謎のしきたりは!」

「そうですよ。それを言うなら、私だって梅里さんに裸を見られてますし……」

「かずらの場合は見せたんでしょうが。それに私だって見られてます~」

 

 かずらの言い分に、せりが口をとがらせて反論する。

 

「酒に酔って服を脱いだ酒乱とか、自ら裸になって見せた痴女と違って、私の場合は覗かれたんですけど、ね!」

「あぁ、ということは事故ということですね。つまりは、せりさんにとって梅里さんは見せたくもない相手ということですもんね」

「あぁ、梅里様。おいたわしや……事故で見たくもないものを見せられるとは本当に……」

「あのねぇ。別にそうはいってないでしょ。そもそも、酔っぱらいに裸を見せられる方がよほど事故でしょうが」

 

 そう言って、せりは意地悪く失笑し──

 

「しかも、それが見るに耐えないようなものではなおさら……」

「見るに耐えないとは、どういう意味でございましょうか!?」

「あぁ、それは夢も希望もない、しのぶさんの胸のことじゃないですか?」

 

 コンプレックスを指摘されて激高するしのぶに、それをあおるかずら。

 

「~~ッ!!」

 

 しのぶはもはや我慢ならないとばかりにキッと顔を上げ、そして梅里に詰め寄った。

 

「梅里様! あなた様にとって女性の価値は胸だけではございませんよね? むしろ“すれんだぁ”な方が好みでございますよね?」

「あらあら、必死ですねぇ、しのぶさん。梅里に変な嗜好を求めないでくださいませんかぁ? やっぱり男の人が見るのは胸ですよ、胸」

「そういうせりさんも言うほどありませんよね……花組のカンナさんとかに比べたら、ぜんぜん普通じゃないですか。その点、私はまだまだ発展途上ですし、梅里さんの好きにしてもらって……」

 

 そう言ってズイッと詰め寄るかずら。

 負けじとせりも距離を詰め──

 

「梅里!」「梅里様!」「梅里さん!」

 

 

「「「──誰を選ぶんですか!?」」」

 

 

 綿帽子のせり、角隠しのしのぶ、ヴェール姿のかずらが見上げるように梅里に詰め寄った。

 そんな姿を修道服の鶯歌が楽しそうに傍観し──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「う~ん…う~ん……」

「あの……大丈夫ですか? 武相主任」

 

 中庭のベンチでうなされている梅里を、真宮寺さくらが体を揺さぶって起こそうとしていた。

 その隣には心配そうな大神もいる。

 

「──ハッ!? こ、ここは……」

 

 ビクッと体を震わせて、梅里が目を覚ますと、心配そうな顔をしたさくらと大神が梅里を覗き込んでいた。

 

「えっと……帝都、だよね?」

「は、はい。大帝国劇場ですけど……」

 

 梅里は恐る恐る自分の服装を確認する。

 濃紅梅の羽織に、黄色いシャツといういつもの服装。紋付き袴でもタキシードでもなかった。

 それを確認して、思わず大きく安堵のため息をつく。

 

「よかった……夢か」

「主任さん、大丈夫ですか? なにか、だいぶうなされていたみたいですけど……」

 

 そう言ったさくらの姿を見て、梅里は思わず後ずさった。

 悪夢の内容から生まれた女性への恐怖感から、思わず距離をとってしまったのだ。

 そんな梅里の反応を不思議そうに見るさくらに、梅里は思わず謝る。

 

「ご、ゴメンね、真宮寺さん。それと、心配してくれてありがとう。大神さんも……」

「いやいや、武相主任がそこまでうなされるなんて、いったいどんな夢だったんだい?」

 

 苦笑混じりに訊いてくる大神。

 そんな彼をじっと見つめる梅里。

 

「……大神さんも同じような悪夢、見そうだけどなぁ。対象人数は僕の倍もいるんだし」

「え?」

 

 思わず梅里が小声でつぶやくと、大神は戸惑った顔になる。

 そんなやりとりをしていると──なにやら騒がしい一団が中庭へと駆け込んできた。

 女性が三人。そのメンバーはといえば──

 

「せりさんに、しのぶさん、それにかずらちゃん……いったいどうしたんですか?」

 

 その鬼気迫る三人の様子を、さくらが驚いた様子で見ている。

 なにかを抱き抱えた様子のせりが視線を走らせ──

 

「──いた!!」

 

 そう叫ぶや、三人が揃って駆け寄ってくる。

 ベンチに腰掛けていた梅里の元に、給仕服姿のせりとしのぶ、それに緑の着物袴姿のかずらがやってくるや、一気に詰め寄った。

 

「主任!」「梅里様!」「梅里さん!」

「「「──これは、どういうことですか!?」」」

 

 三人がいいながら、せりが抱いていたものを梅里に突きつける。

 先ほどの悪夢を思い出した梅里が顔を引きつらせつつ、差し出されたものを恐る恐るみる。

 それは──

 

「赤ちゃん、ですか?」

 

 梅里の傍に残っていたさくらも興味深そうにその子を見ていた。まだ幼いその子は寝ており、三人がこれだけ騒いでも気にすることなく寝続けていることに驚いた。

 将来はさぞ心の強い子になるだろう。

 

「え……と、どういうことって──どういうこと?」

 

 梅里が苦笑しながら頬を掻く。するとせりが怒って赤ん坊をさらにつきだした。

 

「とぼけないでよ! さすがに今回は、私もあなたを許せないからね」

 

 そう言って梅里の手に赤ん坊を抱かせる。

 

「え? この子はいったい……」

 

 梅里が戸惑っていると、その子を包んでいる布の上に置いてあった手紙が地面に落ちた。

 それを大神が拾い上げ──読み上げる。

 

「えっと、なになに……約束の子をお連れいたしました。どうぞ自分の子供と思って大切に扱ってください……武相梅里様へ…………」

 

 最後まで読み切って、なんとも気まずそうに梅里を見る大神。

 そしてその横にいるさくらの梅里を目はあまりに冷たかった。

 

「主任さん、これはあまりにも……」

「さくらさん、大丈夫。ここは花組の手を煩わせるわけにはいかないわ。私たちで断罪するから」

 

 抗議しようとしたさくらをせりが遮る。

 

「え? いや、ちょっと待って……いったい、この子、どうしたの?」

 

 戸惑う梅里に対し──

 

「先ほど本部に来られた道師様が「劇場の入り口で渡された」とおっしゃいまして……」

「それで、食堂にいた私たちが調べたら、さっき大神さんが読んでくださった手紙が入ってて……」

「あなたの、隠し子ってことが判明したのよ」

 

 しのぶ、かずらの後を継いだせりがキッとにらみつける。

 それを聞いた梅里は慌てて否定した。

 

「はあッ!? 隠し子!? いやいやいやいや、ないってそれ!!」

「この期に及んでまだしらを切るつもり!?」

「梅里様、手紙があるのにそれは、あまりにも往生際が悪いかと……」

「いや、だって……身に覚えないから! 本当に知らないんだって。大神さん、さっきの手紙、最後にわざと僕の名前出してません? 本当は大神一郎様へって書いてあったんじゃないですか?」

「な、なにを言い出すんだ! 武相主任!!」

 

 巻き込まれた大神が焦る。その隣ではそれで疑念を向けたさくらが大神をジト目で見ている。

 

「……大神さん?」

「ご、誤解だ、さくらくん。むしろねつ造だよ! さっきの手紙を見ればわかる!!」

 

 大神が焦り、さくらがひったくるようにその手紙を奪うと、それを確認し──

 

「武相主任、往生際が悪いですよ。サイテーです」

 

 誤解が解けたさくらは、その元凶である梅里を、まるでゴミを見るかのような目を向ける。

 

「いや、違うんだって。これはなにかの勘違いで……」

 

 テンパったままの梅里は、まだその手にある赤ん坊をどうしようかとオロオロしていると、それをかずらが受け取った。

 

「パパは薄情でちゅね~。こんなにかわいい女の子なのに……は~い、私がママでちゅよ~」

「「はあッ!?」」

 

 今度はせりとしのぶが驚いてかずらを見る。

 

「か、かずら、あなた……まさか……」

「せりさん、落ち着いてくださいませ。かずらちゃん、今まで妊娠なんてしていなかったじゃありませんか」

「そ、そうよね……ど、どういうつもりよ、かずら」

「え? だって、この子のお母さんは分からないわけですし、でも梅里さんの子供なのは確定ですから、それなら私の子供でもあるわけで……」

「なんでそうなるのよ!!」

 

 抗議するせりに対しかずらは──

 

「私は、そんな梅里さんの甲斐性をも許容できますよ?」

 

 そう言って、菩薩のような笑みを浮かべる。

 そんなかずらに、せりは絶句していたが──

 

「……かずら。あなた、赤ん坊の抱き方がなってないわよ」

 

 せりが指摘すると、かずらは「え?」と戸惑い、その隙をついてせりが赤ん坊を奪う。

 そして──

 

「は~い、やっぱりお母さんに抱かれるのが一番安心するわよね~」

 

 手のひらを返したせりがあやし始める。それをジト目で見つめるかずら。

 

「誰がお母さんですか! さっきまでとはまるで態度を変えて! 卑怯ですよ、せりさん!」

「私も考えを改めたのよ。子供に罪はないってね。そもそも……あんなあやし方で、今まで幼い妹弟の世話を見てきた私に、かなうとでも思ってるのかしら?」

「あの……そろそろ赤ちゃんが可哀想かと……」

 

 せりとかずらがにらみ合う横で、苦笑を浮かべるしのぶ。

 そこへ──

 

 

「アーッハッハッハ!! 愉快愉快。楽しませてもらえたのう」

 

 

 大爆笑しながら、高齢の女性がやってきた。

 もちろん梅里達は見覚えがある。

 

「ど、道師……」

 

 戸惑う四人と、大神&さくら。

 やってきたのは夢組除霊班の支部付副頭にして武術師範であり、隊員達から『道師』と慕われる女性だった。

 

「いやいや、隊長殿。この子は隊長の子なんかじゃありゃせんぞ」

「──はい?」

 

 ポカンとする梅里。

 

「いや、前に言っとったじゃろ? ワシの孫を見たいと」

「あー、言ったような……気がする」

 

 一月の『夢十夜作戦』の説明をしたとき、たしかそんなことを言ったはずだ。

 

「……ということは、まさか」

「この子は、道師様の……」

「御孫さん、ってことですか?」

 

 せり、しのぶ、かずらが道師と赤ん坊を見比べるように視線をその間で動かしつつ、恐る恐る尋ねると、道師は豪快に笑いながら──

 

「その通りじゃ!」

 

 キッパリと肯定した。

 

「では、この手紙は?」

 

 訝し気に大神が尋ねると、道師はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「嘘は書いてないじゃろ?」

「え? ……それは、たしかに」

 

 戸惑いながらも再び手紙を見て、そして納得する大神。

 どこにも梅里の子供とは断定していないし、自分の子供のように大切に、とは丁寧に扱うようにととらえればその通りだろう。約束していたのも間違いない。

 ついでに言えば、帝劇の前で自分の子供から預かったので、三人に渡すときの話も嘘をついていない。

 

「なーに、こう書いておけばおもしろい展開になると期待しておったのじゃが……予想以上の成果じゃったのう」

 

 さらに声をあげて笑い、御満悦な様子。

 

「ただなぁ、このままだとこの子がせりやかずらの嬢ちゃんを親と間違えて覚えかねないからの。ワシも怒られてしまうし、こうして名乗り出たというわけじゃ」

 

 悪びれることなく、せりの手から赤ん坊をひょいと奪い去る道師。

 そんな彼女に対し──

 

 

「「「「道師ーッ!!」」」」

 

 

 四人があげた抗議の声に、道師は豪快に笑うのであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──天下太平こともなし。

 こうして梅里たち夢組や、大神たち花組が戦闘もなく日常を楽しめるのも、平和である何よりの証拠である。

 しかしそれは、彼ら帝国華撃団が勝ち得たものである。

 大きな戦いに勝利し──藤枝あやめという尊い犠牲をはらい、どうにか得たその平和が一刻も長く続いて欲しい。

 それはあの戦いを生き抜いた者達の切なる願いであった。

 




【よもやま話】
 実は、旧版のエンディングもこんな夢を見てました。
 思えばリメイクして、いきなり主人公が幼なじみの命を奪うというシリアスなシーンから始めたはずなのに……気がつけば刺されたそのキャラまで登場してのドタバタコメディで終わるという、最初と最後では落差のある作品になりました。
 それに悔いはありませんけど。


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【個別エンド集】

鶯歌:
 さぁ、ここまで話を読んでくれた皆さんに、特別プレゼントよ。
 全部読んでくれて構わないけど……どの()との未来から読むか、選ばせてあげましょう。
 さぁ、ウメくん。どの娘との未来を見るの?










 

~しのぶエンディング~

 

「──梅里様が?」

 

 釿哉からその話を聞くや──塙詰(はなつめ)しのぶは慌てて駆けだした。

 食堂を飛び出し、ロビーを駆け抜け、売店で驚く売り子の椿を後目(しりめ)に、大帝国劇場を飛び出す。

 そして目指すは──

 

「上野駅までお願いいたします! 急いでください」

 

 帝劇前に停まっていたタクシーに乗り込んでそう告げた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 取り残された釿哉はポカーンとしていた。

 そして、その様子を見ていたせりは、憤然とした様子でその下へとやってくる。

 

「いったいなにが起きたのか、説明してもらえるかしら?」

「いや、オレもなにがなんだかさっぱりで……」

 

 困惑顔で答える釿哉に、せりはため息をつきながら、今起きたことを順序立てて説明させた。

 

「……今日は、途中から大将がいなくなっただろ?」

「ええ、主任は用事があるから」

 

 腕を組んだせりがうなずく。

 今日は──というか今日から梅里はいなくなる予定だ。

 午前中だけ、出発まで時間があるからと顔を出していたのだが、それも先ほど姿を消している。

 

「で、その用事のことを塙詰に訊かれたから答えたんだが……」

「なんて?」

「梅里、水戸に帰るってよ、──って」

 

 それを聞いてせりは沈痛そうにこめかみを押さえた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 上野駅は北の玄関口であり、千葉県を抜けて茨城県へ至る常磐線の発着もまたこの上野駅となっている。

 武相 梅里は荷物を片手に、そのホームへとやっきた。

 ホームを歩きながら考える。思えば一年……というにはまだ少し早いが、そんな時期にやってきたのだと梅里は思い出していた。

 あれから約一年。思えば早かったようにも感じるし──しかし長かったようにも思える。

 ──本来なら、死に場所を求めてやってきたはずの自分が、いろいろな出会いを経て、様々なことがあり、何の因果か一度は死を覗いて──今は生きている。

 鶯歌の下へといくために死に場所を求めたのに、それを拒否してここにいるのだから、人生というのは本当になにが起こるのか、わからない。

 梅里はふと空を見上げた。

 

「……春は名のみの…風の寒さや……谷の(うぐいす)…歌は思えど……」

 

 歌を口ずさみながら、冬を示す高い空に目を細めた。

 今日、彼は旅立つ。

 去年とは違い、今回は上野から水戸へと──

 

 

「…めさ……まーッ!!」

 

 

「──ん?」

 

 なにか聞こえた気がして、梅里は足を止めた。

 周囲を見渡すが、変化はない。気のせいかと思って再び足を進めようとすると──

 

 

「梅里様ーッ!!」

 

 

 その声が、今度はハッキリ聞こえた。それも後ろからだ。

 思わず振り返り──その途中で気がついたのだが、周囲の人も何事かとそちらの方を見ている。

 そして──

 

「──しのぶさん!?」

 

 一心不乱に走る女性の姿があった。

 特徴的な細い目はもちろん見覚えがあるし、なによりもその服装が彼女であることを語っていた。

 というか場に合わなすぎて目立っている。なにしろ大帝国劇場食堂の給仕服そのままできたのだから、周囲の人は奇異の視線で見ていた。

 しかし彼女は気にしたそぶりもなく走り続ける。

 

「梅里様ッ!!」

 

 目的の人物を見つけたしのぶはそのまま駆け寄る。

 最後の力を振り絞った勢いでアップにしていた髪がほどけた。しのぶはそれを気にすることなく長い髪を広がせつつ、梅里へと抱きついた。

 

「……梅里様。間に合って……間に合ってよかった…………」

「しのぶさん、いったいどうして……」

 

 抱きつき、梅里を抱きしめたまま、呼吸を整えるようにその場から動かないしのぶ。

 しばらくそうしていたしのぶだったが、落ち着くと顔をあげて梅里をじっと見た。

 

「なぜ、わたくしに言ってくださらないのですか。水戸に旅立つと──」

「あ、それは、まぁ……」

 

 梅里は気まずそうに頬を掻く。

 

「言ったではありませんか。わたくしの居場所は陰陽寮にも華撃団にもなく、梅里様のお側こそ、そうですと……」

 

 そう言った彼女は、その目に涙さえ溜ている。

 

「それはもちろん覚えてるよ。でも──」

「ならばなぜ、わたくしを置いて帝都を、華撃団を離れて水戸に帰ってしまわれるだなんて──」

 

 

「──え?」

 

 

 梅里が固まった。

 その様子を見ていたしのぶが戸惑う。

 

「梅里様……?」

「華撃団を、離れるって……誰が?」

「もちろん梅里様が、ですが……」

 

 梅里は困ったように頬を掻く。

 

「僕は……辞めないけど? 今から水戸には戻るけど、数日で帰ってくる予定だし……」

「──はい?」

 

 今度はしのぶが固まる番だった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「だから、その言い方だと誤解するでしょうが!」

「そうは言っても、間違いじゃねえだろうが! 塙詰が勝手に勘違いしただけだろ。少なくともオレのせいじゃ……」

 

 鍋をふるいながら給仕服のせりに大声で返す釿哉。

 

「いいから、さっさと料理出しなさいよ! 主任もしのぶさんもいなくて……回ってないんだから! 口はいいから手を動かしなさい!!」

 

 ピークを迎えた食堂に、副主任の声が響く。

 本来なら梅里がいないのでせりが調理に回ろうと思っていたのだが、突然しのぶがいなくなったせいで給仕側を抜けられなくなったのだ。

 おまけにそのつもりだったから応援も呼んでいないので、現状のメンバーで回すしかない。

 おかげで梅里の穴を、そのまま全員が負担することになり、大忙しになっていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 唖然とするしのぶの視線を受け、気まずそうにする梅里。

 

「華撃団を辞めて水戸に帰るという話では、なかったのですか……」

「うん。ちょっとあっちでやらないといけないことがあるからね。それが終わったらすぐに帰ってくるつもりだったから」

 

 自分の勘違いに恥ずかしくなり、顔を赤くするしのぶ。

 だが、その恥ずかしさを誤魔化すように、梅里に詰め寄った。

 

「それならば、そう説明してくださればいいではありませんか。まして数日、留守にするのですし、何も説明されずにいなくなられるのは寂しゅうございます」

 

 そう言われ、ますます気まずそうな顔になる梅里。

 その表情を見たしのぶが顔色を変える。

 

「それともわたくしに言えないような用事で御実家に帰られるとか……まさか、お見合い!?」

「ち、違う違う! そんな話は無いよ!」

 

 行き着いた考えに慌てるしのぶに、梅里は即座に否定する。

 それから自分の頭を掻いて……観念してポツリと真相を言った。

 

「……アイツの三回忌には結局行けなかったから」

「アイツ……鶯歌さんの、でしょうか?」

 

 しのぶの言葉にうなずく梅里。

 一月以降は降魔との戦いが激しく、また葵 叉丹を倒した後もその事後処理でなかなか水戸に帰ることができず、結局は一昨年に亡くなった鶯歌の三回忌の法事に出席することはできなかった。

 

「最近まで忙しかったし、落ち着いたら時間を見つけて墓参りに行こうと思ってて……その時間ができたから水戸に帰ろうと思ったんだよ」

 

 あの夢か幻か分からない世界で鶯歌には会っているし、その彼女の言によれば梅里の現状も分かっているようだが──それでも梅里は彼女の墓前に、そして最期を看取った偕楽園の梅の木の前で、きちんと報告したかったのだ。

 

 ──新たにできた自分の大切なものについて、を。

 

「……あの、申し訳ございませんでした……わたくし、早合点をしてしまい……」

 

 気まずそうに視線を逸らすしのぶ。

 ことが鶯歌のことだったので、梅里はなんとなく言いづらくて言っていなかったのだが──しのぶはふと気がついた。

 今までの梅里なら、おそらく皆に「鶯歌の墓参りに行ってくる」ときちんと告げていただろう。

 しかし普段の仕事に影響があるので、食堂副主任という立場のせりはともかく、しのぶに告げなかったのは──負い目を感じたからではないだろうか。

 だとすれば……しのぶは、自分が梅里にとって鶯歌と対等か、それ以上の立場として扱われているように思えた。

 少なくとも、意識していない相手であれば、想いを寄せていた鶯歌についての用事を話すことに気まずいとは感じないはずである。

 その考えに至り──しのぶは再び顔をあげる。

 

「梅里様……」

 

 そんな彼女に、梅里は自分が着ていた濃紅梅の羽織をその肩に優しくかける。

 しのぶは給仕服のままで、その格好では時期的にはまだ寒い──だけでなく、なによりも目立つ。

 かけられた羽織をギュッと握りしめ、彼の優しさをかみしめ──顔をあげ、目を伏せる。

 

 

 ──二人の唇が重なるのを隠すように、汽車の蒸気機関は蒸気を吹き出すのであった。

 

 


 

 

~せりエンディング~

 

 その日の白繍(しらぬい)家──そしてその家が管理する神社はとても落ち着かない空気になっていた。

 神社の境内にはいつもならまばらにはいるはずの参拝客もそんな空気を感じとってか一人もおらず、その一方で、家の中では二人の男がせわしなくウロウロしている。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……あの、座ってらしたほうがいいんじゃないでしょうか?」

「いやいや、キミの方こそ座りたまえよ、梅里くん」

 

 ふと立ち止まり、お互いに譲り合うように勧める二人。片方はこの白繍家の主にして神社の神主を務めているせりの父親であり、もう片方はそんな白繍家にお邪魔している武相 梅里である。

 そんな男──それも大の大人が二人も落ち着かないでいれば、その雰囲気は他にも伝わるわけで、せりの弟でまだ10歳の護行(もりゆき)と、二番目の妹・はこべ(6歳)は不思議そうに──落ち着かない大人二人を見ている。

 

「や、やっぱり座って待っていた方が……」

「そ、そうかもしれないな。梅里くん、ちょっと待っていたまえ。座布団を持ってくるから──」

「あ、いえ、僕も手伝いますから──」

 

 あわてて梅里が言ったとき──赤ん坊の鳴き声が響きわたった。

 

「「──ッ!!」」

 

 その声を聞くや、せりの父親が真っ先に部屋を飛び出した。

 それに梅里が続き、なにかよく分かっていない様子の護行が二人が走り出したので慌ててそれについて行き、絶対に事情が分かっていないであろうはこべも無邪気にそれについて行く。

 そして──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「母子三人とも元気ですよ」

 

 その言葉に続き──

 

「元気な双子の女の子です」

 

 仕事をやり遂げて満足げな産婆の言葉と笑顔に、せりの父親は歓声を上げ、梅里は安堵のため息をつく。

 せりの父親の歓声は、いつの間にやら「バンザイ」へと変わっており、そんな父親の様子を護行とはこべは不思議そうに見ていた。

 そして産婆が布にくるまれた赤ん坊二人を抱いてきて──

 

「ほ~らお父さん、抱っこしてあげて」

 

 そう言って差し出してくる。

 それに梅里は思わず手を伸ばし──

 

 

「──コラ。だ・れ・が、お父さんよ」

 

 

「イタタタ……せり、痛いって」

 

 その耳を引っ張られて阻まれた。産婆からはせりの父親が受け取ってその子を抱く。

 梅里の耳を引っ張ったのは──産婆さんの手伝いをしていたせりだった。

 そんな娘の姿に、お産を終えたばかりのせりの母親も思わず苦笑する。

 母のそんな目をお構いなしに、せりは帝都の時と同じように梅里に詰め寄る。

 

「なんであなたが一番に抱こうとしてるのよ」

「いや、なんとなく……つい」

「つい、じゃないでしょ。あの子達は私の妹! あなたが呼ばれるワケ無いじゃないの。まったく……」

 

 不満げにそう言って怒るせり。

 その姿を見て産婆は思わず笑みを浮かべる。

 

「まぁまぁ、せりちゃん……こんなに待ちきれないみたいだし、アンタも早くこさえて母親(ががちゃ)になって、この人、父親(だだちゃ)にしてあげないと」

「んなッ!? そ、そんなんじゃないですって!」

 

 冷やかすような笑みを浮かべ、訛りの強い方言で話す産婆からそう言われるや、せりは真っ赤になりながら慌てて否定する。

 そんな姿にため息をつくせりの母親。

 

「せり、あなたねぇ。せっかくのお休みなのにこんなことに巻き込んで、護行やはこべの面倒見てもらったのに、そんな態度をとって……ゴメンなさいね、梅里さん。こんなガサツな子で……」

「いやぁ、そんなこと……」

 

 思わず恐縮する梅里。

 一方、せりは怒った調子で反論する。

 

「こんな風に育てたのはお母さんでしょ。それにお母さんこそ無理しないの。お産直後なんだから……ほら、お父さんも梅里も、安心したでしょ? 護行とはこべをつれて元の部屋に戻ってなさい」

 

 そう言って、赤ん坊を返した父親と梅里の背中を押してこの部屋から追い出そうとする。

 それを見たせりの母親はため息をつき──

 

「まったく乱暴で、誰に似たんだか……」

「ご近所では、母親似ってよく言われるわ」

 

 すかさず返すせり。だが──

 

「こんなんじゃ梅里さんを他の()に持っていかれやしないか、お母さん、不安だわ。私があなたくらいの時には、もうあなたを生んでいたのに……そこは似なかったのね」

 

 悲しい顔をしたせりの母親の一言にせりは苦虫を噛み潰したような渋面になった。

 そんなせりをほったらかしにして、その母親は梅里にすがるような視線を向けた。

 

「梅里さん、こんな娘で申し訳ないけど、もらってくれませんか?」

お母さん(ががちゃ)ッ!! 梅里も、早く出て行きなさい!」

 

 母親に抗議しつつ、梅里をその部屋から追い出す。

 そんなせりを弟の護行は冷やかすように笑みを浮かべ、はこべも無邪気に笑うのであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 一連の戦いの慰労として長期休暇をもらった梅里は、母親のお産のために帰郷するせりに「男手が必要になるかもしれないから」と半ば無理矢理つれてこられたのだ。

 そしてそのお産も無事に終了し、双子の女の子が生まれた。

 鈴菜(すずな)鈴代(すずしろ)と名付けられた双子姉妹は、二人仲良く眠っており、今はその様子をせりと梅里が見ている最中だった。

 

「赤ちゃんって、こんなに小さいんだなぁ」

 

 そう言う梅里を、せりは不思議そうに見る。

 

「この子達は特別に小さいわけじゃないわよ。標準くらいじゃないかしら」

「そうなんだ? あまり見たこと無いから……」

「赤ん坊なら去年見たじゃない。ほら、東雲神社の初穂ちゃん……」

 

 去年の夏に帝都の下町の神社に行ったときのことだ。

 あの時は、せりが稽古している間、その指導に掛かりっきりになる母親の代わりに梅里がその傍らで赤ん坊の様子を見ていたのだ。

 ちなみにそれを理由に、せりが稽古に行くときには面倒見る係として梅里が毎回連れていかれている。

 

「ああ。あの神社の子とか、あとは道師の御孫さんの──」

 

 そこまで言って言いよどむ梅里。指で頬を掻いている。

 

「まぁ、あのことは……あの子に罪はないけど」

 

 それに対して、せりも微妙な表情を浮かべる。

 咳払いをして気を取り直すと、梅里は説明した。

 

「あの二人は、生まれてから何か月か経っていたと思うけど、生まれたばかりの子はほとんど見たこと無いからね」

 

 神社の子はあの時点で1歳近く、道師の孫も半年とはいかなくとも、数ヶ月は経っていた。それに比べればこの子達は本当に小さい。

 

「まぁ、家族でもなければそういうものかしらね」

 

 せりはこの鈴菜と鈴代のすぐ上の弟である小平太(こへいた)も、その上のはこべの時も生後間もないころの姿を覚えているので、特に感慨はなかった。

 一方で、梅里にも妹がいるが、そこまで歳が離れているわけではない。そのため彼女が生まれたのは梅里もまだ小さかったころで、よく覚えていないという事情があった。

 

「手足もこんなにちっちゃいんだなぁ」

 

 顔を寄せて興味深そうに見る梅里。

 妹二人に興味津々な梅里を見て──せりはちょっとイラッとする。なんというか自分が目の前にいるのに全く興味を向かれないのは面白くない。

 というか、そもそもこんなに子煩悩というか、子供に興味を示すとは思わなかった。

 無論、生来の世話好きであるせりは子供への興味──母性は強い方だったので、少し嬉しくもあった。

 梅里が目を細めて見ている鈴菜とは反対に寝かされた、鈴代の方を見る。

 姉と同じように大人しく寝息をたてている姿は、本当に可愛らしく愛おしく感じられた。

 そんな鈴代に顔を寄せ──

 

 

「……あ~、こんなに可愛らし(めっこ)くて……羨ましい、私も欲しいな」

 

 

 思わず内心のつぶやきが口をついて出ていた。

 

「──ッ!?」

 

 言ってからそれに気がついて我に返り、思わず口を押さえる。

 妹の鈴代があまりに可愛くてつい言ってしまったが、子供を作るには当然相手が必要なわけで……思わず産婆さんや母に言われた言葉を思い出してしまう。

 すると──

 

「え? なにか言った? せり……」

 

 どうやら梅里が聞いていたらしく、尋ね返してきたので、せりは飛び上がらんばかりに驚いた。

 幸いなことに内容までは聞こえなかったようだが、顔を真っ赤にするせり。

 

「~~ッ!! なんでも、ないわよ!!」

 

 近づいてきた梅里の肩辺りを思わず手で叩く。

 何度か彼を叩いていると、その雰囲気を察した双子が、お互いにくずり始めた。

 

「い、いけない──ほ~ら、大丈夫よ~。お姉ちゃんですよ~。安心してね~」

「ちょ、ちょっとせり、いったいどうしたら……」

 

 せりが鈴代を抱き上げたので、梅里も思わず目の前にいた鈴菜を抱き上げたのだが、あやし方が分からず固まる。

 

「あ~、もう。いいから私の真似をして……」

 

 代わろうかとも思ったが、それでは今度は鈴代が泣き始めてしまうと判断し、自分があやす姿を梅里に真似をさせる。

 そのかいあって、ぐずり始めていた双子はお互いに落ち着き──再び安心したように寝息を立て始めた。

 

「──よかった」

「そうね……」

 

 お互いに抱いた寝息をたてる双子をそれぞれ近づけて、その様子を二人で確認する梅里とせり。

 ホッとしながら笑顔で見合った二人は、意外と近かったその距離に驚き──

 

 

 そして、どちらからともなく、二人で唇を合わせたのであった。

 

 


 

 

~かずらエンディング~

 

 その日、帝都のとある場所では、コンクールが行われていた。

 畏まった空気の中で、出場者である伊吹 かずらはその出番を待っていた。

 今日はバイオリンのコンクールであり、日本全国から選ばれた同年代の演奏者が一堂に会していた。

 一時はスランプに陥って落選し、ひどい結果をとってしまったこともあったかずらだったが、昨年の夏過ぎ頃から完全にスランプを克服し、今や優勝候補の一人になっており、下馬評は高い。

 以前とは違って堂々と演奏するようになり、演奏のレベルが変わった、とは有名な評論家の言らしい。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんなかずらの番がきて、コンクールということでドレスを(まと)った彼女は愛用のバイオリンを手にステージの中央へと向かう。

 その道すがら、かずらは観客席の一角──とある席へと向ける。

 そこはかずらがある人を招待した席……のはずだったが、そこは空席だった。

 

(……え?)

 

 思わず足を止めかけるが、今はコンクールの最中だ。止まるわけにもいかず足を進めるしかない。

 そこに彼──武相 梅里がいない理由を考えてしまう。

 食堂の仕事が長引いたのだろうか。

 それとも緊急で除霊等の華撃団の仕事──対降魔迎撃部隊である花組と違い、夢組は小規模霊障への対応や各地に封印された存在(もの)への対策等、華撃団としての仕事が無くなったわけではない──が入ったのだろうか。

 色々と考えてしまい、演奏に集中できない。

 

(どうしよう……こんなんじゃ……)

 

 そう迷いながら、バイオリンを構えようとしたとき──ホール観客席のドアの一つが空き、人影が入ってくるのが見えた。

 正直、あまりパッとしない見た目ではあった。特別に凛々しいわけでもないし、目鼻立ちが目立って整っているわけでもない。

 着てきたタキシードもここまで走ってきたのであろう、正直、ビシッと決まっているとは言い難い。

 それでも──かずらにとっては、どんなに素敵な王子様よりもはるかに格好良く、頼もしかった。彼が来たことは万の援軍を得たに等しい。

 彼──梅里に聞かせたい、それだけで彼女の演奏はどこまでも素晴らしいものにできるのだから。

 そんな彼が壇上のかずらに気がつくと、間もなく順番と気がついたらしく慌てた様子で席へと向かう。

 その様子にかずらが思わずクスっと笑みを浮かべていると、彼はそっと手を振ってきた。

 

(梅里さん、もう反則ですよ……それ)

 

 万の援軍が百万の援軍に変わる。

 もう誰にも負ける気がしないせりは、バイオリンを構えた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「梅里さん!」

 

 コンクールが終了し、その表彰式まで終えた会場で、かずらは梅里を見つけると一目散に駆け寄り、そしてそのままの勢いで抱きついた。

 

「──っと」

 

 驚きながらもそれを受け止め、その場で回転して勢いを逃がす梅里。

 

「危ないよ、かずらちゃん」

 

 たしなめると、かずらは一度いたずらっぽく笑みを浮かべ、それから急に不満そうに梅里をじっと見る。

 

「優勝、おめでとう。かずらちゃん」

「ありがとうございます。でも遅すぎですよ、梅里さん。間に合わないかと思いました」

「ああ、それは……ゴメン」

 

 理由を言い掛けた梅里だったが、思い直して素直に謝る。

 

「別に理由はいいですけど、心配するじゃないですか。それに……梅里さんがこなかったら、負けちゃってましたよ、私」

「また、そんな謙遜をして……」

 

 苦笑する梅里。

 途中から聞いた梅里だったが、彼女の演奏は圧巻だった。全くの素人である梅里だが、彼が来た以降のどの演奏者よりもかずらの演奏がよかったと分かるほどだ。

 準優勝者はといえば梅里が来てから演奏した者だったので、彼女の圧勝だったことことは予想がつく。

 

「本当ですよ。私は梅里さんがいないと何もできないくらい、か弱いんですから。去年、私をしばらく任務に就かせなかった梅里さんならご存じだと思いますけど」

 

 かずらの言葉に梅里は痛いところをつかれてさらに苦笑した。

 

「かずらちゃんって結構、根に持つよね」

「そんなことありません。記憶力がいいだけですよ」

 

 そう言って悪びれずに笑みを浮かべる。

 それから手を一生懸命伸ばして、梅里の背に回した。

 

「梅里さんがいたから優勝できたのは、本当です。あなたがいるから私は実力以上の力が発揮できるんです。ですから──次も来てくださいね」

「──ああ。わかったよ。必ず、駆けつける」

 

 それにうなずく梅里。

 だがそれを確認したかずらは再びイタズラっぽく笑みを浮かべる。

 

「必ずですよ? 次は──欧州ですけど」

「は?」

「今回のコンクールは全日本のですから。それに優勝したので、次は世界なんですよ? さぁ、梅里さん。一緒に欧州、いきましょうね」

 

 さも楽しそうに笑みを浮かべるかずら。

 梅里はあ然とした後、心底困った顔で頬を掻き──

 

「そこまで困るのなら……一つだけ私のわがまま聞いてくれる、ということで許してあげなくもないですけど……」

 

 小悪魔的な笑みを浮かべるかずら。

 

「どんな?」

 

 問う梅里に、かずらは黙って目をつぶり、顔をあげ──キスを待つ。

 

 

 梅里もそれに応じ──二人の唇が重なった。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

「で、私のわがままですけど……」

「はい!? 今のじゃなかったの?」

 

 二人が離れた途端に言い出したかずらに対し、驚くというよりはもはや呆気にとられた梅里。

 そんな彼の反応に小首を傾げるかずら。

 

「今のは、梅里さんからしてきたじゃないですか。そもそも何もお願いを言ってないんですから、私のわがままにはカウントされませんよ?」

 

 唇に指をあてつつ片目を閉じるかずら。

 この小悪魔がこのまま成長したら、悪魔──魔性の女になるんじゃないかと不安になる。

 そんな彼女は──上目遣いで梅里を見つめる。

 

「私もこの前、誕生日が来て16歳になりましたし、“かずら”と呼び捨てにしてもらえませんか? いつまでも“ちゃん”付けは、女として見てもらえないようで、悲しいです」

 

 そう言って少し不満げな様子を見せる。茶目っ気がないので、本気で感じているのだろう。

 それに梅里は──ため息をついてから、笑顔を浮かべる。

 

「わかったよ、かずら」

 

 そう答えると、もう一度自分の唇を彼女のそれに合わせ──かずらも喜んでそれに応じるのであった。

 

 

 

『サクラ大戦外伝 ~ゆめまぼろしのごとくなり~』 了

 




【よもやま話】
 しのぶ編は、一番難産でした。せりとかずらは「とりあえずこういう場面でいこう」というものがあったのですが、しのぶは一切浮かばず、掘れそうな設定とかネタとかを一生懸命探すことに。
 結局は最終話の─4─から繋げられるネタを見つけ、シーンも原作さくらEDでさくらが帝都を去ろうとするシーンから、「じゃあ、こっちは主人公が去るぜ」となってああなりました。
 せり編は、妹の鈴菜・鈴代が終了後に生まれるという年齢設定から、ああなりました。途中、はこべの年齢設定間違えて中学生くらいと勘違いして書きかけるというミスもありましたが。方言は──出身地の結構なヒントになってると思います。ちなみに今の人でそう呼ぶ人はほとんどいない古い方言だそうなので、逆にこの時代にマッチするかな、と。
 かずら編は、まぁ、かずらが一番、ヒロインの中でたくましく、したたかだな、と改めて思います。呼び方変えるのは梅里がいつまでも「かずらちゃん」と呼び続けるのに違和感を感じていたから。以降は梅里は少なくとも二人の時はちゃん付けしないことで統一予定。

【最終話あとがき】
 最終話、いかがだったでしょうか。
 これにて『~ゆめまぼろしのごとくなり~』は完結となります……が、とりあえず全体のあとがきは次話にて別に書きますので、ここはあくまで、最終話についてのあとがきとなります。

 さて最終話を書くにあたって苦労したのは……意外とゲームから引っ張ってこられるネタがない、ということです。
 前回、あんな引き方をしてしまったせいで梅里を立ち直らせるところから始まるわけですが、ゲーム本編はクライマックスに向けて風呂敷を畳み始めているので、どうしてもネタがない。
 ですから、基本的には旧版のネタの使い回しです。ほとんど。変えたのは岩骨童子(前は岩骨大輪でしたが)の登場するタイミング──前は銀座から海岸までの移動中──と倒し方くらいの細かいところをちょこちょこイジったくらいです。
 大きくイジるとしたら、聖魔城についていくぐらいでしょうけど、あの中で花組がまるで『覇王体系リューナイト』の終盤のように一人ずつリタイアしていく中では、夢組が活躍どころか生き残るのさえ難しい状況ですので、まぁ、やむを得なかったという感じです。
 あとは最終決戦で梅里が死ぬのも以前と変わらず。これは旧版を書いているときに、「ゲームでヒロイン達が死んでいってミカエルが復活させるのなら、こっちは主人公が死んで生き返らせてもらおう」という変な流れで生まれたものでしたが……完全にミカエル頼みで復活させるのもなんだかな、と思いリメイクであのような形になりました。
 最後の個別エンドも──当初はつけないつもりでしたが、やっぱりあった方が良いと思い直して付けました。
 ……正直、苦労しましたが。苦労しなかったのは家族構成がしっかりしてネタを作りやすかったせりくらいです。逆にしのぶは全く思いつかず、ものすごく苦しみました。

 さて──あとは全体でのあとがきで、振り返りたいと思います。


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~あとがき~

※本編ではなく「あとがき」ですので、作者の話とかウゼー、どうでもいいわー、という方はどうぞ遠慮なく飛ばしてください。



 リメイクとして始めたこの『~ゆめまぼろしのごとくなり~』ですが、おかげさまでこれにて無事完結となりました。

 まずは、「書き直したい」という心残りが一つ解消できて、ホッとしてます。

 ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。

 

 こうして書き終えてみるといろいろ思うところは出てくるわけで──

 

 まずは反省点ですが……正直、出だしが重すぎたかな、と。

 シリアス系でいこうと思っていたはずなのですが、なかなかそうはならず……シリアスとは違う「らしさ」が出てきたのは第3話以降ですかね。

 具体的には第2話で、せりがきちんとヒロインになったおかげで転調してくれたな、と思ってます。それより前は主人公は自暴自棄になってるし、ヒロインは誰も主人公を見ていない(かずらは見てたけど相手にされてない)というひどい状態でしたから。

 そういう意味では、3話以降の雰囲気を1話から出せていれば、もう少し読みやすい物語にできていたかな、と思ってますが──かといって1話からモテモテでもおかしかったと思いますし、自分的にはその流れでありながら、もっと興味を惹けるような話にできたらな、と反省しております。

 

 あとは戦闘ですね。

 前半は、けっこう戦闘シーンをバッサリと削ぎ落としていたのですが、中盤以降、結局は旧版通りに増えてしまったのは反省です。

 特に降魔編に入ってからはもっと削りたかったのですが、オリジナルの降魔を出したがために削れなくなり、以前と同じようになってしまいました。

 特に雑魚しか出てこないような戦いはもっとバッサリ削りたかった。

 「~2」以降の課題として、もっと原作キャラ(特に花組)との絡み、特に戦闘での共闘や協力、夢組としての支援を描写したいと思ってます。

 

 リメイクしてうまくいったと思うのは、やはりヒロインの削減です。

 後半でドタバタ劇を書くにしても3人くらいがちょうど良いように感じました。前の5人は明らかに多過ぎでしたね、やはり。

 しかし全体としてキャラは少し過多になってきたかな、と思ってます。出し過ぎてるんじゃないかというおそれを感じているところです。長いラノベとかだと「あれ、このキャラどんな人だったっけ?」とキャラが多くなりすぎて誰が誰だかわからない、ということは私自身、読んでいてよくあるので、それは避けたいところです。

 ただ、こればかりは自分ではわからない匙加減なのです。書いている側はもちろん誰が誰だかわかっているところなので。ですので意見が欲しいところでもあるのですよね。「キャラ出し過ぎて誰が誰だかわからない」と言われないと気づけないところだと思いますし。

 

 さてこれでようやく一つ目の「書き直したい」という願望が達成したわけですが、次はいよいよ、途中で終わってしまった「~2」の「完結させたい」に挑みたいと思いますので、よろしければ引き続き、お付き合いください。

 

 今まで本当にありがとうございました。

 そして、できれば次作になる予定の『~ゆめまぼろしのごとくなり2~』をよろしくお願いいたします。

 

2020年5月30日 ヤットキ(やつとき) 夕一 (ゆういち)



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その他
登場人物紹介等【後閲推奨】


※本編ではないので、作者の話とかウゼー、どうでもいいわー、という方は全編それですのでご注意ください。

※紹介分には本文の内容も含みますので、スルーor後回しにしていただいて構いません


 というか、↑の理由と長いので後読推奨です。



 ここでは、本作オリジナルの登場人物の紹介と、オリジナルの設定について紹介します。

 サクラ大戦オフィシャルの登場人物については紹介するまでもないことですので、ここでは省きます。

 なお、設定についてはオリジナル設定だけでは混乱を招きますので、あくまで本作の中(だけ)での設定と思ってください。特に夢組関係は夢組という組織がある程度で、それ以上の細部は本作オリジナルですので、ご注意を。

 

【目次】

▼主人公(武相梅里)

▽ヒロイン(塙詰しのぶ・白繍せり・伊吹かずら)

▼夢組幹部(巽宗次・アンティーラ=ナァム・山野辺和人・秋嶋紅葉・松林釿哉・コーネル=ロイド・大関ヨモギ・ホワン=タオ)

▽その他の隊員達(八束千波・遠見遥佳・近江谷絲穂&絲乃・御殿場小読)

▼組織図

◆敵(オリジナル上級降魔「十丹」・魔操機兵「童子シリーズ」)

 

<登場人物>

【主人公】

◆武相 梅里(むそう うめさと)

・1905年生。大神・加山よりも二つ年下で18歳。

・米田一基の推薦により民間登用での隊長となる。(大神就任前に花組隊長だったマリアに続く2例目)

・外見は、長くも短くもない黒髪に、少し下がり気味の大きめの目。年齢よりも下に見られることが多い。

・性格は基本的に穏やか。困ると頬をかくクセがある。

・普段着は、薄黄色のシャツ、鉄紺(黒っぽい紺色)のズボンもしくは袴に、濃紅梅(こきこうばい)(濃い暗い紅色)の羽織を着ている、和洋折衷スタイル。特に濃紅梅の羽織は彼のトレードマークで、休憩時間はコックコートの上に羽織ることも。

・得物は刀。武相家代々に伝わる霊刀の一振りで『聖刃・薫紫(せいじん・くんし)』。危険察知能力を備えており、危機が迫ると薄紫のオーラを出す。

・茨城県水戸市出身。

・使う剣術は柳生新陰流の流れをくむ家独自の流派。武相家の初代が水戸徳川家に召し抱えられた際には柳生新陰流を会得しており、自身の調伏術に合わせたためほぼ独自の傍流になった。それも含めて「武相流調伏術」というものがある。

・その霊力の属性は闇を祓う光である「月」の属性。

・しかしその本質は「鏡」であり、己一人では輝けない月のように近くにいる者の霊力の属性を帯びることもできる。

  ※武相流剣術奥義

  ・三日月斬:三日月型の斬撃波動を飛ばす。遠距離・対空攻撃。

  ・半月薙 :逆手で地面に半円を描き、壁のような半円形の波動を飛ばす。範囲攻撃。

  ・満月陣 :球状をした霊力の光に包まれ、身体能力を飛躍的に向上させる強化技。

・満月陣は「鏡」としての完成であり、これを会得することで免許皆伝となる。応用の幅が広く派生技も多い。

・なお、強すぎる魔を滅するために編み出された「禁忌」となる技も存在している。

 

   ◇四方 鶯歌(しほう おうか)

    ・梅里の幼なじみであり、同い年。婚約者同然だった。

    ・本編開始時にはすでに故人。

    ・明るい性格で、セミロング程の長さの髪をポニーテールにしていた。

 

~作者コメント~

・旧作との違いは、名字が「夢相」だったのを「武相」に変えたのと「2」で追加された「幼なじみを失った」という設定を組み込んだくらいです。性格もそれに併せて多少変えたくらいで、極端には変えてません。

・名前の由来は

   夢(組)→夢想→夢相→武相。

   「梅里」というのは水戸黄門こと光圀の歌号の一つを訓読みしたもの。

・梅里には特にイメージしてるキャラがおらず、そのせいで書いていて性格や台詞にブレが出ているように感じてます。口調が突然大人びたり、子供じみていたり、と。

・↑の名前の色がイメージカラーの紅梅の色(『梅重(うめがさね)』という色)になってますが、戦闘服の色は隊長色の白ですので。

・さすがにこの赤ピンク色をした羽織を着る主人公はどうなんだろう、と思って、羽織には違和感のないように『濃紅梅』を採用しました。

・普段着は「紅梅」で戦闘服は「白梅」となったかなと。ちなみに普段着のシャツが薄黄色なのは「蝋梅」からでもあります。

・鶯歌の名前の名前の由来は梅と相性がいいとされる鶯(ウグイス)の鳴き声=歌、から。

・その名字は茨城県南の象徴である筑波山の別名・紫峰(しほう)→四方と変換。

・『聖刃・薫紫』という銘は「聖人君子」から。危機察知能力は「君子、危うきに近寄らず」から。旧作では「君子」だったのですが「薫紫」と改めました。

・危機察知でオーラがでるのはOVA版ロードス島戦記でパーンの決戦武器になった剣がモデルです。

 ──ところで、あれってヴァンブレードでしたっけ? ロウフルソードでしたっけ? シナリオ的に魔剣サプレッサーでは無いのは間違いないですが。

 

【ヒロイン】

→三人ともサクラ大戦のメインヒロイン真宮寺さくらから幾分か要素を受けました。

・しのぶはその名前の元になったのが「シバザクラ」。

・せりは名前の植物とキャラのイメージと合わせたこと。

・かずらは語感。音と縁深い彼女とメインヒロインだったさくらの語感を合わせた。

 

◇塙詰 しのぶ(はなつめ しのぶ)

・1903年生まれ。20歳。大神、加山、巽と同い年で梅里より上。

・髪型はロング。食堂勤務の時はアップにする。

・目が普段閉じているかのように細い。

・が、驚いたりして感情が高ぶると多少瞳が見えることがある。

・スレンダーな体型。背は低くないがヒロイン3人の中で胸は一番無い。普段から和服なのであまり目立たないが。

・一見、のんびりとした性格でマイペース。物怖じしない。

・夢組の本部付の副隊長。隊長補佐が主な役目。

・軍出身の宗次と対するように陰陽寮から派遣された陰陽師。米田推薦の梅里、軍属の巽、陰陽寮からのしのぶ、と設立に関わった者達の主導権争いが見える。

・巫女服型である女性用夢組戦闘服の袴の色は紅紫色(マゼンダ)。

・いろいろとこなせる完璧な彼女だが実は料理が苦手。華族のお嬢様なので経験もないがセンスもない。バレないようにさりげなく厨房からも距離を置いている。

・武器は扇。霊力で写し身をつくり、その大きさを変えて攻防に使う。

・扇の銘は『深閑扇(しんかんせん)』。3本一組で~(のぞみ)~、~(ひかり)~、~樹神(こだま)~、の銘が付いている。

・それぞれ「支援」「攻撃」「防御」重視の性能で、見た目は描いてある絵が違う。~希~は花鳥画(四季が題材で、桜→緋鯉→紅葉→千両)、~暉~は天候を描いた絵(晴天→雷雨)、~樹神~は山水画。

・それぞれ本体があって肌身離さずもっているが、戦闘で使うのはを基本的に霊力で作ったその写し身。~樹神~は攻撃を受けきれずに壊れることもあるが何度も出てくるのはそのため。

 

~作者コメント~

・旧作の土御門 春歌をリメイクしたヒロインその1です。

・名前の由来はサクラ大戦である以上、メインヒロイン=桜であり、地に咲く桜ということでシバザクラを設定。その異名であるハナツメクサから名字、シバザクラが所属するハナシノブ属から名前をとりました。

・塙詰の字は「花詰草」なので「花」を検討するも梅里の名字を「夢」から変えたので「花」を除外。華撃団から「華」も除外。彼女の必殺技が「地面に眠る力を花開かせて引っ張り出す」というものであり、旧キャラの名字が『土御門』だったのもあって土編の「塙」に決定。

・イメージカラーもシバザクラの色からです。

・彼女の場合、名前もですが外見や性格も結構変わりました。元はもっと何も考えてないような天然系ヒロインだったので。

・外見イメージの線目、スレンダーは『FLOWER KNIGHT GIRL』のウメから(髪の毛の色違いますが)。性格的にも口調も違いますけど。

・旧作のキャラでは武器があやふやだったのですが扇としました。

・大きくなったり、攻防に使えるのは、サクラ大戦のシナリオ担当あかほりさとる氏の「源平伝NEO」という作品に出てくる(たいら)時忠(ときただ)が使う霊帯剣・守扇(もりおうぎ)がモデルです。悪役側でしたが扇をでかくして盾にしたのを見て気に入ってました。(マイナーなネタですみません)

・扇の銘『深閑扇(しんかんせん)』はもちろん「新幹線」から。

・名前をつけようと思ったときに、名前のある扇ということで「芭蕉扇」を思い出し、それのように「せん」で終わるのないかな、と考えていたら山手線、埼京線(最強扇)(強そう)、京浜東北線とロクなものが思い浮かばない。

・「なんで関東? しのぶは京都出身なんだから関西じゃないと──でもあっちの電車なんて知らないし……あ、新幹線があるじゃないか」というわけでこうなりました。

・そこからは悪ノリです。最初は「のぞみ」「ひかり」「こだま」の3本以外にも、シンカリオン熱がヒートアップして、「つばさ」とか「こまち」も入れよう。「はやぶさ」も……と思ったところで、「つばさ」あるのに「つばめ」とか「はやぶさ」も入れるの? と冷静になり、際限なくなるので京都に停まる3本に限り、誤魔化しも含めて~(のぞみ)~、~(ひかり)~、~樹神(こだま)~の字をあてました。

・回復用の黄色いのも入れた方がよかったかな?

 

 

◇白繍 せり(しらぬい せり)

・年齢は梅里と同い年。(梅里は早生まれなので17歳)

・夢組調査班頭。食堂ではナンバー2の副主任。

・髪の毛を後頭部で二つに分けてまとめている。

・給仕も調理も高いレベルでこなせる上、梅里には欠けている経済感覚も持つ。

・調理は元々センスもあったし、大家族の長女なので経験も豊富。

・ただ、料理の腕はちゃんとした修行をした梅里にはやっぱり及ばない。

・夢組としての能力は調査班頭として極めて優れた霊感を持ち、霊視能力も持つ。

・──が、他の副頭二人の能力(かたや霊力を演奏に乗せて反響を感じ取る。かたや対人捜査最強の読心・サトリ能力者)が強すぎて地味。

・霊視も他に千里眼(遙佳)や未来視(ティーラ)がいるのでやっぱり目立たない。

・戦闘服の袴の色はシアン。

・普段着は食堂の服──と思えるほど着ているが私服はもちろん違う。当時の一般的な庶民の服、小袖をよく着ている。

・地方の神社の家に生まれて巫女として育てられた。

・合計5人きょうだいの一番上。

   長女:せり

   次女:なずな

   長男:護行(もりゆき)

   三女:はこべ

   次男:小平太(こへいた)

で「1」の時点では存在しておらず、翌年に生まれることになる

   四女:鈴菜(双子・姉)

   五女:鈴代(双子・妹)

がおり、最終的には7人きょうだいの一番上になる。

・巫女と言っても神聖な感じではなく庶民的。しっかりもので世話を焼くのが好き。

・武器は弓矢(破魔矢)。「神弓・光帯(しんきゅう・こうたい)」という梓弓を使う。

 

~作者コメント~

・実質的なメインヒロインですよね、この人。

・旧作の風祭菜美をリメイクしたヒロインその2。彼女の場合、しのぶとは対照的に外見から性格までほぼ変わってません。「2」で明らかになった嫉妬深さを「1」の頃から付け加えているくらいで。

・名字の由来は、鴬歌が実は梅の木には来ないウグイスなのに対して、梅の木によく来るメジロの「白」と、その中国名の繍眼鳥から「繍」をとり、「しらぬい」という読み方を当てたもの。(「繍」の字は「ぬいとり」と読むので当て字です)

・メジロは一生添い遂げるほど夫婦愛が強く、上記の理由を含めてそんな特徴がせりのキャラにマッチしたために採用。

・名前の方の由来は「芹」。食用としてなじまれていたり、一方で毒芹というものがあったりと彼女のキャラ(庶民派キャラだが危険なほどに嫉妬深い)イメージに合うので。

・イメージカラーのシアンは「芹」からではなく、霊力属性の「雷」から。まぁ、先ほどの「毒芹」→毒→シアンというのもほんの少しありますが。

・外見や台詞・行動のイメージは幼なじみ系で世話焼き好きのヒロインから浮かべているので書きやすい。思い浮かべるのは主に髪型的にも『センチメンタルグラフティ』の安達妙子で、台詞とかで『鑑これ』の葛城とかですかね

・嫉妬深さは気がつけば規格外になってました。調べ物をしていたら、真宮寺さくらが大神の背中をつねるのを指して「嫉妬深い」と評しているのを見て「これで嫉妬深いのか」と自分の感覚がおかしくなっていたのに気づきました。そんなのが可愛いくらいに嫉妬深いのがせりです。

・武器の弓は巫女ということで神事に使う梓弓にしました。名前も付けて『神弓・光帯』としましたが「新旧交代」が語源です。

・芹が春の七草ということできょうだいは全員、春の七草から。護行(もりゆき)は音読みで「ゴギョウ」となりますし、小平太(こへいた)は「ホトケノザ」の異名の「タビラコ」→「太・平・小」→並び替えて「小平太」となってます。

・ちなみに妹のなずなは、旧シリーズをご存じの方はわかると思いますが、「3外伝」のヒロインになったキャラのそのままの名前だけリメイクです。姉に引っ張られました。

 

◇伊吹 かずら(いぶき かずら)

・夢組調査班副頭。

・髪は三つ編み。緑系の黒髪。

・「1」の時点では最年少幹部(15歳)。夢組以外の人ですが椿と同年齢で仲が良いという裏設定があります。

・性格は明るく努力家。ただし少し気弱で引っ込み思案な面も。

・髪は三つ編みにしているが、解くとゆるフワヘアーで広がる。それが演奏や夢組の活動では邪魔になるので三つ編みにしてまとめている。

・梅里が入隊した日に乙女組から昇格している。いわば同期。

・有能な音楽家の卵(バイオリニスト)であることから食堂勤務が基本の本部付メンバーでは例外として劇場の楽団に所属。

・乙女組在籍中に、梅里同様に霊力の質のせいで霊子甲冑への適正がないのがわかるが、その霊力を音に乗せることができる能力(ソナーの様に調査したり衝撃波にしたり)を見いだされて早々に夢組に配属。その将来を見込まれて副頭になる。

・せりの妹で、同じく乙女組に所属しているなずなとは友人。(なずなは姉と友人が好きな人が被るという大変な事態に)

・戦闘服の袴の色は萌木色(黄緑)。

・実は有力な豪商の娘で、実家はお金持ち。

・料理ができないが経験がないだけ。センスはあるので教えられれば上達する。

 

~作者コメント~

・旧作の神楽 伊吹をリメイクしたキャラ。彼女も外見や性格はあまり変わってません。

・名字は元になった旧キャラから。元々はイブキという木と楽器演奏の「吹く」から伊吹を採用してました。

・名前はバイオリン=弦楽器→弦→蔓植物=葛→かずら です。

・せりに対抗して秋の七草からとったというのもあります。(彼女の場合は7人きょうだいではありません)

・さすがにヒロインに「クズ」とか「カヅラ」とかは付けられなかったので「かずら」となりました。

・戦闘服の袴の色は葛のイメージとメジロの色から。メジロとウグイスの誤認の関係で、鶯色と誤解される色。(JR山手線とか)

・性格や描写、台詞等をイメージしてるキャラは特定ではいません。概ね年下ヒロイン全般って感じですかね。健気なイメージ。

・嫉妬深いものの意外と恥ずかしがりなせりや年上の余裕を見せようとするしのぶと違って素直。気がつけばちゃっかり梅里の隣にいる、そんな感じです。

 

【夢組幹部】

 

◆巽 宗次(たつみ そうじ)

・1903年生。海軍出身で大神、加山と同期。成績は主席・次席の二人と同じくらいには優秀だった。

・夢組副隊長。支部付副隊長であり、夢組の支部長である。

・設立準備時には隊長心得であり、夢組隊長と目されていた。

・しかし霊能部隊という極めて特殊な部隊は隊員のメンタルによる好不調が激しく、軍の部隊として運用しようというやり方に部隊の大部分である霊能力を持つ民間人(それも女性)の反発を招くことになり、半ば瓦解しかける。

・その状況をトップを民間人の隊長にし、副隊長が補佐する形でクッションを起くことで打開する。そのせいで副隊長になることとなったため最初は反発したが、梅里の能力の高さを認め、さらにはやりがいのある仕事なために本人は現状に満足している。

・一般隊員の多い支部の夢組内を引き締め、梅里が本部に常駐できる環境をつくっているのは彼の功績によるもの。

・プライドが高く、自分が認めない者に対しては反発するが、認めれば忠実な部下となる。

・武器は槍。「神槍・真理(しんそう・しんり)」という名槍を手に、霊力は洗い浄化する水の属性を帯びている。

・梅里に負けているが実際には強い。夢組では梅里、紅葉の次の実力がある。

・戦闘服は「青」。

・普段着もシャツにスラックス。ビシッと決めてる感じ。ただし花やしきでの平時の仕事中は野球帽に作業着。

 

~作者コメント~

・名前の由来は

   必殺技が水の龍なので辰巳→巽

   宗次→宗(槍を音読みして「そう」から)次(ナンバー2だから)

    ※「宗」は私の好きな特務鑑「宗谷」から

・武器の『神槍・真理』は「深層心理」から。旧作から変更なしですが、サクラ大戦で出てくる二剣二刀のネーミングセンスには近づけられたかなと一番、満足してました。他のはともかく。(聖刃・君子は君子がそのままだったので途中から不満でした。)

・私の場合、キャラクターの台詞や行動を考えるのに、まったく別作品のキャラクターをイメージすることが多々あるのですが、改心後(2話以降)の宗次の場合はそれができているので楽です。

 

 

◇アンティーラ=ナァム

・予知・過去認知班頭。同班は特殊な才能を必要として人数が少なく副頭がいない。

・インド出身で、あまりに正確な予知・予言で気味悪がられ半ば迫害されていたのを花組メンバーのスカウト中で全世界を回っていたあやめが連れてきた。

・ゆったりとした服を着ており、褐色の肌が特徴的。青っぽい黒髪。

・夢組の副支部長(支部長は副隊長の片方)で、梅里が隊長になる前の体制では、彼女が副隊長だった。支部にいる一般隊員からの信頼は篤い。

・その予知能力は主に2種類。能動的に行う未来視と、天啓的に見えてしまうものがあり、後者は迫っている危機であることが多い。

・基本的には支部に常駐している。普段は花やしき内で占いの館をしており、その的中率の高さで好評を受け、いつの間にやら「浅草の母」と呼ばれるほどに。

・彼女が本部付きでないのは、占い師であるため自分の占いができないから。本部に置くとその危機を占うことができなくなるため支部に置いている、という側面もある。

・しかし本当の目的は死が見えてしまうのが恐ろしいため。真っ向から敵と戦う戦闘部隊である花組の拠点である本部から離したのが支部常駐の本当のねらい。これは宗次の考えで、華撃団に危機があると予知すれば直ちに有線、無線、精神感応と問わずに連絡できる体制を整えて許可を得た。

・同じ理由で戦闘にはほとんど参加しないし、宗次がさせない。

・そんな彼女が着る機会が他と比べて極端に少ない、ある意味レアな戦闘服の色は紫。

・隊長時代の宗次とは対立していた(というか夢組ほとんどと宗次が対立していた)が、生真面目さからくる厳しさと理解したことや、梅里を支えるその姿勢等に惹かれ、良い仲になっていく。

・実は予知を元に夢組がうまく回るように動いている。意外と策士。

・ただし、自分のことは占えないので、自分が宗次に惹かれていく未来までは見ていない。

 

~作者コメント~

・旧作でいうところのカレラ。名前を変えたのはサクラ大戦なのでやっぱり植物由来の名前がよかったから。

・予知を使えるのはシナリオ的に結構使い勝手がいい。予知なので不完全が許され、「なんで対処してないんだ!」「スミマセン、予知が降りてませんでした」と言い訳もできるので。

・夢組が主人公のハーレムにならない為にも、彼女が宗次と良い仲になってくれたのは助かります。

・名前の由来はそのものずばりの「予知」が花言葉、「キンギョソウ」の英名から。

 

◆山野辺 和人(やまのべ かずと)

・夢組封印結界班頭。

・調理担当だが給仕もこなせる縁の下の力持ち。

・だけど誰も縁の下まで見に来ないのですごく地味。

・修験者で山形県出身。

・戦闘服の色は赤茶色。

 

~作者コメント~

・地味で目立たないけど、逆に「実はいた」として発言させたり、話さなくても影響なかったりと使い勝手がいいキャラ。

・名前は旧作から引き続きで、名字を変更。

・変更した山野辺は、山形県出身ということで、山形を代表し、私の好きな武将でもある最上義光、その三男の名字からとりました。(実はその人、史実でじゃ水戸徳川家の家臣になってたりします)

・霊力が大地属性でもあるので「山」とか「野」とかも合ってると思いましたので採用。

・山形で修験者といえば出羽三山ですが、出身地は庄内ではなく山形の方。

・名前の由来は、リメイク前からなのですが完全に失念しました。

・本来は彼を線目キャラにしようと思ってたのですが、しのぶがなったので細目くらいに緩和。

・↑の理由で「リューナイト」のイズミをイメージしていたのですが、目だけは「リューナイト」つながりで月心かなぁ。

・名前を変えなかったのは、考えるのが面倒くさか……旧作を大事にしたかったから、かな。やっぱり。

 

◇秋嶋 紅葉(あきしま もみじ)

・夢組除霊班頭。

・広島県出身。鎖鎌を武器に暴れ回る、きわめて優秀な戦闘要員。

・その実力は宗次と同レベルかその上。はぐれ降魔なら一人で討伐可能なレベル。

・霊力の属性は炎。分銅にも鎌にも状況によっては鎖にも炎をまとわせる。

・その派生で触れている物の「膨張と縮小」という特殊能力があり、それを使って鎌鎌を部分的に巨大化(最大10倍)させることができる。鎖の伸縮は基本的に大きさを変えることで行っている。

・また炎の熱による気流操作で動きを補助。

・それらを利用して敵に鎖を絡ませた上で一気に距離を詰める等、立体的な動きで敵を翻弄して戦っているが、天性の勘でやっているので他人に教えたりは無理。

・戦闘服の袴の色は赤(緋色)。

・なお、戦闘時には髪の毛が赤く染まり髪型が変わる。逆立つ感じ。

・「勝利」にこだわる性格で、それは生い立ちが原因。

・しのぶと並ぶ夢組料理できない女子の一人。火を使えば最大火力で焦がす。

・時々方言が混じることがあるが、本人は標準語をしゃべってるつもり。

・戦闘時(赤髪時)はその傾向が強くなる。

・宗次が負けたときいて梅里に決闘を申し込み、返り討ちにあう。以後、忠誠を誓い自称「一の家来」に。

・恋慕するよりも先に従順し、好意よりも忠誠が上回っている。忠犬。

 

~作者コメント~

・旧作ではヒロインだった江戸っ子キャラの吾妻 巴を元に原形を留めないほどリメイクしたキャラ。その過程で江戸→広島に変更。

・ヒロインからの降格のせいもあってだいぶ変わりました。リストラされた春日 つばさの要素も入ってます。(主に火属性)

・名前の由来は方言キャラ→広島弁→もみじ饅頭→紅葉

・名字の方は広島→安芸や紅葉の季節から秋、宮島や福島政則から島→嶋。

・正直、最初はただ梅里に忠実なキャラの予定だったのですが──いつの間にやら戦闘以外はポンコツ&アホの子キャラになってました。どうしてこうなった。

・それでも戦闘では強い。鎖の伸縮と熱による気流操作を利用した動きは立体軌道装置みたいなものをイメージしてもらえれば。

・赤髪モードの広島弁は、私はサッパリわからないので『ソーシャル達川くん』に丸投げして変換してます。

・ですのでたまに「これ、女性が言ってもおかしくないのか」と思う時もあります。

 

◆松林 釿哉(まつばやし きんや)

・夢組錬金班頭。

・髪型は長すぎない前髪と、後ろは短めに縛っている。

・前髪は適当に、後ろ髪はまとめてから短くきっている。自分で切るからそうなった。

・錬金術班の頭にふさわしく錬金術師。その技術のために欧州へと留学している。

・平時は厨房担当で、梅里に次ぐ調理技術の持ち主。留学時代に師の面倒をみるので覚えたらしい。

・特にスパイスやソースの調合は梅里をしのぐ。特にカレーが得意でカレー担当。

・師匠の下で修業中にその辺にあった釜で(日持ちもするし)煮たりしているうちに煮物料理が一番の得意になったため、鍋料理や煮込み料理を得意とする。

・戦闘服は黄土色。

 

~作者コメント~

・名字は錬金術の使い手で工業と薬学(科学)のスペシャリストということで松下電器の「松」と小林製薬の「林」。→小松だと重機メーカーになるのでボツ。

・おかげで製作物のネーミングセンスは小林製薬風。

・名前は「錬金術師」と旧キャラの属性「金」から「キン」という読み方と金偏をとり、「キン」とつく名前として浮かんだ「キンヤ」となった。

・意外と丁寧な口調が多い夢組男性陣の中で、砕けた感じで話せる貴重な存在だったりします。

・彼とコーネルはシナリオの潤滑油になることが多く、その上で釿哉はクセのないしゃべり方(むしろコーネルにクセがありすぎる)なので助かります。

・イメージカラーは属性から「金」だったのですが、さすがにその戦闘服はどうよ? お前は黄金聖闘士か? となって金属光沢をなくして黄土色となりました。黄色は後で使う予定があるので。

 

 

◆コーネル=ロイド

・帝国華撃団夢組除霊班副頭。

・英国出身でイギリス国教会の神父。宣教師でエクソシストでもある。

・飯マズ国出身だが、宣教師として各国を回っていたので料理の腕は高い。特に揚げ物の腕は厨房一。

・まだ巴里華撃団設立前で帝国華撃団と英国の関係が友好(うちの外伝シリーズでは、巴里を優先させた帝国華撃団と英国の関係は悪化する)だったので招聘された。

・その理由は、霊能部隊として色々な能力者を集めることが、アメリカ南北戦争で暗躍したブードゥー呪殺部隊を想起させ、キリスト教(カトリック)から異端指定を受けかねないため。その対策として神父を入れることにした。

・しかし、カトリックでは政治意識が高いせいでいろいろ介入する意欲が高く、すでに軍と陰陽寮との勢力争いが生まれていた夢組に、新たな主導権争いの参加者を入れることに難色があった。

・そのため日英同盟で友好だった英国から、イギリス国教会の神父を招くことで、キリスト教への対策をしつつ、カトリックの干渉を防いだ。これはとある英国貴族の提案でもある。

 

~作者コメント~

・旧ロバート。

・名前は

   コーネル→ミズキ(樹木)の英名……十字型の花を咲かせる。十字架から想起。

   ロイド→なんとなく。灰色が語原だそうなのでパーソナルカラーも灰色に。

・食堂では調理専門。接客に回すと布教を始めてしまうので。

・ちなみに調理は揚げ物担当。理由は「Cornel」という名前から。

・本当は、旧作でのロバートは扱いが難しい上に鬱陶しいし、書きづらいと三重苦だったのでリストラする気満々だったのですが、幹部の人数が足りなくなったり、あまりに食堂勤務員の数が少なかったので緊急採用しました。

・そのためクセがあるくせにほとんど役に立てられなかったあやめ(かえで)LOVEという属性を削除しました。

・説明にある「アメリカ南北戦争の~」の特殊部隊は、サクラ大戦の霊子甲冑の開発史に出てくる正式な設定です。「カトリックから異端~」は完全にオリジナルですが。

・ちなみに上記の「とある英国貴族」とは「2」で登場予定になってる追加ヒロインの実家です。

 

◇大関 ヨモギ(おおぜき よもぎ)

・錬金術班副頭で支部付。(錬金術班は人数の関係で副頭が一人のみ)

・ボブカットで切りそろえた髪に半眼の目が特徴。

・江戸時代から町医者の家系で、代々が「大関 蓬莱(ほうらい)」を名乗っており、その11代目大関蓬莱の名を次ぐ若き女医。「ホウライ先生」で親しまれている。

・本草学を中心だった江戸時代までの歴代の知識に、文明開化後の歴代は渡来した医学・薬学に研究を及ばせ、太正の世で西洋にも負けない医療技術を持つに至っている。

・普段着は代々の蓬莱が着ていた黒い「十徳」という広袖の上着(江戸時代の医者が身につけたもの)を羽織っている。それは夢組の戦闘服姿でも彼女だけは例外で羽織っている。(肩の端子を使うときのみ脱ぐ必要がある)

・「失敗しません」が口癖。そしてその通りに失敗しない。

・それは「言霊による暗示」であり、代々の大関蓬莱も利用してきた特殊能力。それこそが彼女が夢組に所属している要因でもある。

・支部付なのは本部よりも支部の方が大がかりな医療設備があり、普通の病院レベルに揃っているから。ちなみに本部は治療ポッドがある他は医務室と救急箱くらいだろう。

・また薬膳料理を得意とし、効果と味を両立させるその腕には梅里も評価すると同時に興味を持っている。梅里やせりは本部付扱いも考えているのだが、宗次やティーラの支部組から、やはり医療設備の関係と花やしきには一般隊員が多くいる(=病気やけが人が出やすい)ので反対され、本人の希望も支部勤務なのでそのようになっている。

・とはいえ、料理の腕前をかわれて食堂の応援によくかり出される。

・普段は花やしき支部の医務室にいる。

 

~作者コメント~

・旧作では「2」から登場した長谷川 一心齋という女医を変え、さらにはやっぱり「2」から出てきたもう一人の錬金術班頭(名前は完全に失念)がリストラされて足された感じです。(そういえば旧作の「2」だと錬金班副頭が二人いた)

・名前の由来はそのまんま「(ヨモギ)」。町医者というのが身近な薬草である蓬と合致したからです。薬膳料理が得意なのも「よもぎ餅」に代表される食材でもあるから。

・そもそもが「蓬莱」の方が先に浮かんでて「ホウライ先生」でいこう、となり設定詰めてるうちに、「じゃあ、名前は「莱」をとって音読みしてヨモギでいいか」となりました。

・名字は「私、失敗しないので」で有名な「ドクターX」から。大門の「門」を「関」にして訓読みにしたもの。

・しかしあの台詞以外はそちらをまったく意識してません。イメージしてるのは半眼キャラでこそないものの、髪型とか雰囲気とかは『城プロ』の長谷堂城ですかね。口が悪くて気難しいところを参考にさせてもらってます。

 

◇ホワン=タオ(黄 桃)

・除霊班支部付副頭。通称「道師」

・高齢の老婆でありながら、副頭につけるほどの実力の持ち主。戦闘服の袴の色は山吹色。

・中国出身の道士で、全盛期の強さは梅里を上回っていた。徒手空拳や魔を祓う桃の木剣や銭剣、符術等を使いこなす。

・支部で戦闘や調伏の師範を務め、育成に当たっている。師範役の道士なので「道師」と呼ばれている。

・また、占いのティーラとは違って、人生経験から相談を隊員達からよく受けている。

・皆から敬意を込めて「道師」、指導を受けた者達からは親愛をこめて「(もも)さん」、「モモちゃんさん」と呼ばれている。

・霊力と気を集中させて、短時間だが全盛期に若返ることが可能。

・天海との戦いが終了した後、孫が生まれている。

 

~作者コメント~

・旧版には原型さえなかったまったくの新キャラ。

・支部付になっているのは年齢から給仕服を着せるわけにはいかなかったから──ではなく、支部で戦闘術の指導にあたるのが主な役目だったから。

・高齢に設定したのは「2」ではいなくなる予定なので引退してもらうため。

・そのため、そこで使う予定だったパーソナルカラー黄色も使いました。

・黄色になったのはキョンシーで有名な映画「霊幻道士」の道士の服が黄色かったから。戦闘スタイルもその道士からです。

・新サクラ大戦のとあるキャラの祖母という設定。なお、公式設定で矛盾が出たら変更します。

・最初は男キャラで考えたけど、そもそも夢組って女性多いはずなのと若返る設定から女キャラに。

・名前の「桃」は仙人を象徴する木だから。

 

【その他の隊員達】

 

◇八束 千波(やつか ちなみ)

・梅里の隊長就任時に新設された、隊長直属である特別班に所属する『特別班四天王』の一人。

・極めて強い精神感応能力を持ち、強力な念話能力者(テレパシスト)

・電波状況に左右されない通信役を務め、強い精神感応能力は多少の霊波状態の乱れにも左右されずに繋ぐ。

・その力はかなり強く、複数の隊員達をつなげるネットワークを構成できるほど。

・そのおかげで他の者が見聞きしたものを他人に見せるなど情報共有することも可能だが、映像等に保存できるわけではないので、生中継しかできないし、証拠能力たり得ないという欠点を持つ。

・その電波に頼らない通信能力から、幹部でこそないものの間違いなく夢組の要の一人。

・性格的には落ち着いており冷静。

 

~作者コメント~

・作中で他に先駆けて登場する『特別班四天王』の一人目。一番目で出てきたので戦闘能力はたぶん最弱。(能力的に前線に立つタイプじゃないし)

・唯一の旧作からまったく名前を変えてないキャラ。

・というのも、このキャラだけは私以外の方(当時の読者の方)に記念で名前を付けていただいたので。そういう経緯からこのキャラだけは変えてませんし、そのつもりもありませんでした。

・名付けてくれた方からは「念話を束ねる」というイメージからという説明がありました。

 

 

◇遠見 遥佳(とおみ はるか)

・特別班所属の『特別班四天王』の一人。千里眼能力を持つ。

・夢組の目であり、その能力から重宝されている。

・霊視能力は「遠視」(「拡大視」)、「透視」、「暗視」と「目で視る」ことに関してはエキスパート。そのためどれだけ離れていようが建物があろうが、見ることができる。

・パッチリとした目と短めの髪がトレードマーク。

 

~作者コメント~

・『特別班四天王』の二人目。旧名は松ヶ枝チサト。名前の漢字は失念しました。

・「春歌」の名前がしのぶと変わったので、空いた「はるか」を引き継ぎ、区別のために漢字を変更。

・名前の由来は遠視なので遠見。遥か彼方まで見られるので遙佳。

・彼女の能力は「暗視」だったり「透視」だったりするように、実は「見て」いるのではなく「感じて」いるのを視覚に置き換えているのです。凝視するのは感覚をコントロールするイメージのためで、実際に能力的な分類は「視覚の感覚強化」ではなく、状態を把握する「精神感応系能力者」なのです。ただ、本人はそれを意識してません。

 

◇近江谷 絲穂・絲乃 (おおみや しほ・しの)

・特別班に所属する双子。もちろん『特別班四天王』である。

・そもそも『特別班四天王』を名乗り始めたのは絲穂。『黒之巣死天王』のフレーズが琴線に触れたそうな。

・そして「四天王」を自称するのもこの二人しかおらず、他は基本的に自分では名乗らない。

・双子二人が同調・共鳴することで霊力を増幅し、強い霊力を出すことができる。

・共鳴させた霊力はかなり強く、花組でもアイリスしかできない瞬間移動を、他の人を巻き込んで行える。

・そのときの霊力は花組メンバー並み(人によっては凌駕する)であり、理論上は同調状態ならば光武を動かせる。(しかし搭乗中は同調維持が必須で操縦が現実的ではない。そもそも光武が一人乗りなので動かせない)

・デフォルトの能力が【共鳴】の「精神感応能力」であり、それによる霊力増幅。

・二人の強力な繋がりは、千波の『念話』をよりも強い繋がりがあり、千波さえ妨害されるようなものでも連絡可能。むしろ繋がりだけは切れることがないレベル。

・ただし、二人そろっての運用が前提で同じ場所にいることがほとんどで、いかせる機会はほぼ無い。

・強気な絲穂と、少し弱気な絲乃。

・特に絲穂は熱血バカで思いこみが激しく、絲乃はそれになんとかついて行く。

 

~作者コメント~

・『特別班四天王』の三人目と四人目。この二人に関しては完全に旧版の名前は忘れました。

・というのも特別班の各員は「2」から名前が付いたのですが、リメイク計画のあった「1」はともかく「2」は本文が全く残ってません。遙佳のようにうろ覚えもなく、完全に失念。

・で、今の名前の由来は「双子」からフタゴヤシという異名の椰子の一種、オオミヤシから「近江谷(おおみや)+絲(し)○」と変換。

・ですので読みは「おうみや」ではなく「おおみや」です。

・「大宮」も考えたのですが「宮」の字がさくらと被る(真宮寺・天宮)ので避けました。

・「絲」の漢字は、同じ漢字二つ並んで(双子文字)いるのと結ぶイメージの「糸」。

・絲穂は共鳴(シンフォニー)から。絲乃は絲穂の語呂からなんとなく。

・「穂」の字は『新サクラ大戦』のヒロインの一人、初穂と被ると「宮」のように思ったのですが、そもそも名前に関しては「さくら」が被っているくらいだからいいだろ、ということで採用しました。

・使いたい漢字を使ったせいで、無理のある感じに(キラキラネームっぽく)なっているのはご愛敬。でも気に入ってます。

・絲穂の旧キャラはこの作品の元祖アホの子でした。

・『特別班四天王』のメンバーは【念話】【千里眼】【共鳴】【読心】──あれ?

 

◇御殿場 小詠 (ごてんば こよみ)

・調査班支部付副頭兼特別班監察係。『特別班四天王』の幻の五人目。

・その能力は対個人の強力な精神感応による【読心(サトリ)】。

・簡単なところで嘘と真の判断から、時間をかければ深層心理へ潜入して隠そうとしていることまで読むことができる。

・普段は、調査班副頭として主に対人の調査(捜査)を担当。嘘はともかく記憶調査を行えば本人がほとんど忘れていることまで調べることが可能。

・その分、物や人の発見や対物の調査に関しては一般隊員並になってしまう。

・しかしその強力な対人捜査能力に目を付けた宗次によって、夢組内で裏切りや隠蔽等の不正がないかを調べる監査役に任命され、それを一人でこなしている。

・その存在を知っているのは司令と副司令の他、夢組では特別班を計画して組織した宗次、現隊長の梅里、副支部長で予知・過去認知班の頭(隠しきれないと判断)であるティーラ、あとは他の特別班メンバーである八束、遠見、絲穂と絲乃の4人と小詠本人のあわせて8人のみ。

・もう一人の副隊長であるしのぶが知らないのは、そもそもの想定していた役目が陰陽寮派の監視だから。

・軍派トップの宗次が組織したのと、華撃団が軍に所属している以上は軍派が裏切るということがあり得ないのでそうなっていた。

・なお、特別班のときの彼女の姿は相手の深層意識に干渉して、自分のイメージを消している。ゆえに、小詠から捜査を受けたということさえ覚えてない。

 

~作者コメント~

・旧版のは完全に名前忘れた……というかそもそも名前付けてたっけ、この人?

・この人は元は「2」から登場してたキャラで、それも結構遅めに出たので本気で名前を覚えてません。

・名前の由来は「心を読む」→読む→詠む→小詠

・名字の方は……名前から。

  →コヨミといえばヤットデタマンのヒロイン。

  主題歌、「ヤットデタマンの歌」のサビ

   →♪コヨミとふたり~ 心~ あわせ~(中略)走れ 走れ~ 大天馬♪

   →「大天馬」→名字として変なので「大」を消して「テンバ」を残す→御殿場

   ということで御殿場になりました。

 ──ヤットデタマンといえば、もう一人のヒロインの「カレン姫」の名前がどこかのサイトで「可憐」から、となってましたが、個人的には暦→「カレンダー」からだと思うのですが。

・「五人そろって四天王」であり、隠された五人目、というのが琴線に触れますね。

・【読心】は言っていることの虚実はすぐにわかりますし、深く読めばさらに裏まで読めるのですが、本気でそう思いこんでいる場合には騙される可能性があります。

 

 

───オリジナル前提の組織設定───

 

帝国華撃団

・大日本帝国陸軍に所属する対降魔を主任務とする部隊。

・霊子甲冑による対降魔の主力部隊である「花組」を筆頭に、それを支援する部隊として隠密行動部隊である「月組」、空挺輸送部隊「風組」、霊能部隊「夢組」、局地戦闘部隊「雪組」がある。また下部組織として育成機関の乙女組も存在している。

 

◇夢組◇

・主力戦闘部隊「花組」をはじめ、他の部隊を霊的サポートによって支援するのを主目的として設立された部隊。

・「花組」同様に霊力を必要とする部隊であり、隊員の違いは霊子甲冑を動かせるかどうか。中には花組隊員と同等やそれ以上の霊力を持つが霊力の質が合わないために動かせないという者もいる。

・主な任務は

  ①霊視による戦術サポート

  ②結界による戦闘区域の封鎖

  ③予知・過去認知による事件の把握・捜査・対策。

  ④御札や護符、その他霊的又は魔術的な道具の製造。

  ⑤除霊や対小型降魔等の霊子甲冑を必要としない小規模霊障への対応

であり、それぞれの目的に応じて①調査班②封印・結界班③予知・過去認知班④錬金術班⑤除霊班に分かれている。

・人数の割合では最も多いのが封印・結界班。ついで調査班。除霊班、錬金術班ときて最も少ないのが予知・過去認知班で(1の時点では)副頭が唯一存在しない。少ない理由はその能力を持つものが希少なためである。

・基本的に各班は頭1人と副頭2人ないし1人。副頭が2人いる班は本部付きと支部付きが1人ずつで、副頭1人の班は頭と副頭のどちらかが本部でもう片方が支部に常駐する。ただし封印・結界班は戦闘時にいち早く急行して戦場形成しなければならない関係で副頭が2名とも急行手段が多い支部付になっている。

・例外は予知・過去認知班。頭であるティーラが支部に常駐しているため本部にメンバーがいない。

・なお、予知・過去認知班よりも少人数の「特別班」が存在する。隊長直属の班であり、特殊な能力を持つ数名が所属して特別な任務に当たっている。

・戦闘服は男は神主服、女は巫女服をモデルにし、肩付近に多目的な接続端子のようなものがついているもの。ちなみに花組の端子とも互換性があるため霊子甲冑に接続が可能である。(が、ほぼ全員が動かせないのでほとんど意味はなく、別のものに接続するためと思われる)

・ちなみに女性の方が割合は多い。霊的なセンスが女性の方が高いためである。しかし霊子甲冑ほど男を選ばないわけではないのでそれなりに男もいる。

 

◆組織図◆

華撃団司令:米田一基

  副司令:藤枝あやめ

 夢組隊長:武相 梅里

   特別班(隊長付)

    ・八束 千波

    ・遠見 遙佳

    ・近江谷 絲穂

    ・近江谷 絲乃

    ・御殿場 小詠(調査班副頭兼務)~監察役~

 

  副隊長(夢組支部長):巽 宗次

   〃  (隊長補佐) :塙詰 しのぶ

 

      調査班頭 :白繍 せり(本部付)

        同副頭:伊吹 かずら(本部付)

         〃 :御殿場 小詠(支部付)

   封印・結界班頭 :山野辺 和人(本部付)

        同副頭:?(支部付)

        同副頭:?(支部付)

      除霊班頭 :秋嶋 紅葉(本部付)

        同副頭:コーネル=ロイド(本部付)

         〃 :ホワン=タオ(支部付)

     錬金術班頭 :松林 釿哉 (本部付)

        同副頭:大関 ヨモギ(支部付)

 予知・過去認知班頭 :アンティーラ・ナァム(支部付)

        同副頭:無し

 


 

【敵】

■オリジナル上級降魔

□十丹

・上級降魔の「猪」「鹿」「蝶」の直下にあたる降魔。総勢10人。

・それぞれ上司の3人よりも一回り以上小柄。子供のような体躯である。

・一人一人は上級降魔としてそれほど強い力を持っていない(それでも十分強い)が、融合という特殊能力を持つ。

・融合するたびに力は強くなるが、一人一人の意識が混濁していく。ただし同じ札の者は相性がよくその影響が少ない。

・ちなみに融合後は分離も可能。

・全員、額に札、陣笠、マント姿、顔が見えない、というのは共通、

・札は青・赤・歌が書かれた赤の3種あり、そえれぞれ3人、4人、3人という人数。

・マントの絵柄はそれぞれの花札の柄。

 

▽赤丹

・無地の赤色をした札を貼った4人。「柳」「菖蒲」「萩」「藤」

・それぞれ風の妖力で、「柳」が敵への行動阻害、「藤」が味方への敏捷上昇、「萩」が高圧空気塊による攻撃、「菖蒲」が跳び道具に対する妨害、という能力を持つ。

・「柳」がリーダー

・融合し、赤無地の札4枚を額に張った姿となる。上記能力を全て使える。

・一人称は「あっしら」。バラバラのときは「あっし」。

 

▼青丹

・青色の札を額に貼った3人。「菊」「紅葉」「牡丹」

・「菊」がリーダー。

・水の妖力を持ち、「菊」が回復、「紅葉」が水の障壁による防御、「牡丹」が攻撃を担当。

・赤丹同様、融合して青い札3枚を額に張った姿に。知能も下がらない。

・慇懃な話し方をする。一人称は「小生(しょうせい)ら」。融合前は小生。

 

▽赤丹「菅原」

・赤地に句が書かれた札を額に貼る3人。「桜」「梅」「松」

・「真なる赤丹」を名乗り、実際に十丹のリーダー格。

・実際、もっとも能力が高く、3人でも4人融合の赤丹よりも能力は上。

・そのため尊大な話し方をする。一人称は「我」「我ら」

・3人のリーダーは「松」

・大地の妖力を有し、「松」が防御術式を担当、「梅」が攻撃術式、「桜」が被注目を担当。

 

▼合体降魔

・十丹が融合した姿。超巨大な一体の降魔となり果てる。

・意識が完全に混濁し、制御不能。通常の降魔レベルにまで思考・判断能力は低下する。

・分離は自我が消えているのでほぼ不可能。ひょっとしたらできたかもしれないが夢組総員と花組を除いた華撃団全員の霊力を結集させ、梅里が自分の命を犠牲にした「満月陣・望月(もちづき)」によって討伐、消滅させられたので不明。

・ちなみに、降魔戦争のときは最後にこれと同クラスの巨大降魔が出現し、真宮寺一馬がやはり命がけ(破邪の血統を使った術式)で討伐している。

 

 

~作者コメント~

・正直、出すか迷いました。

・出さずに猪鹿蝶と花組の戦いをサポートする、というようにするのが正解な気もしたのですが、そうすると「戦闘自体なくてよくね?」という感じになってしまいそうで。

・ここまで4話書いてきて、各ヒロイン回も終わっており、話の中心にするものが降魔との戦いにするしかなかったという背景もあります。

・旧版ではまったく意識していなかったのですが、とりあえず性格設定もしてみました。赤丹は「奔放」、青丹は「慇懃」、赤丹・菅原は「尊大」という感じです。

 

□魔操機兵「童子(どうじ)」シリーズ

・風属性の風巻童子、水属性の激流童子、大地属性の岩骨童子の三機。

・「童子」シリーズは叉丹が設計・製造したものであり「猪」「鹿」「蝶」が使った「不動」シリーズの廉価版。

・名前の「童子」は不動明王の配下である八大童子の「童子」から。

・それぞれベースは同じで「不動」同様に腕部に特殊な装備がついており、それで差別化が計られている。

・風巻童子は猛烈な風を起こす超強力扇風機(?)。激流童子は通常の放水から噴出口を絞ればウォーターカッターほどの貫通力まで持たせられる超高圧放水機。岩骨童子は岩を生成・合成・放出等ができる念動装置を装備。

・単独で出撃してしまっているが、叉丹(山崎真之介)が本来考えていた運用方法は、不動シリーズの支援機である。

・それぞれ機動力重視のバフ・デバフ要因、妖力呪術重視の防御回復要因、防御力重視の(タンク)で調整されている。

 

~作者コメント~

・十丹出したので、せっかくだからと出しました。元は「○○大輪」という名前で、やっぱり「不動」と関連した名前だったはずなのですが、失念した上、どれだけ調べてもわからない・思い出せなかったので、改名ということになりました。

・それで設定を煮詰めて、↑のように本来は支援機だったということにしました。

・それぞれゲーム的な役割で言えば、風巻童子は「バフ・デバフ担当」、激流童子は「防御回復担当」、岩骨童子は「(デコイ)のタンク」だったのですが……

・風巻童子は猪の火炎をで煽って広がらせたり、こちらの速度上昇と相手の機動力低下をさせたりする予定が、様子見で出撃したら、赤丹の奔放な性格でハイになって暴走し竜巻を起こす始末。結果、自慢の機動力も全く生かすことなく足を止めて攻撃することとなり、撃破される。

・激流童子は、帝劇本部襲撃に鹿と協力し、水を出しては凍結させて敵の動きを阻害したり、自分たちに放水・凍結して装甲を強化したり、また回復させる予定が、やらなくてもいい深読みをして単独行動(回復支援機なのに)した挙げ句。天敵(弱点属性)の強力な雷攻撃を受けて撃破される。

・岩骨童子は、持ち前の防御力で敵を引きつけ、その間に「蝶」の雷攻撃で敵を蹂躙させる予定が……赤丹・菅原は「まだ出番ではない」的な感じで俯瞰し、「蝶」は「蝶」で勝手に「叉丹様のために」と出撃。気がついたら不動シリーズは全滅してた。霊子砲を邪魔しようという輩がいたので単独出撃したら、防御力相乗攻撃という天敵(和人の『逆顛(ぎゃくてん)山陥殴(さんかんおう)』)で自慢の装甲を破壊されて撃破される。

・──と、叉丹の設計思想と作戦がまったく生かされることなく、十全な能力も発揮できず撃破されるという、残念な機体となったのでした。

・ちなみに名前の由来は、

   風巻童子は竜巻の異名、風巻(しまき)から

   激流童子は水属性と『元気爆発ガンバルガー』のゲキリュウガーから

   岩骨童子は固いイメージでなんとなく、から

と、それぞれ名前が付いてます。

・「大地」「風」「水」属性……つまり、魔法(マジック)騎士(ナイト)の魔神──ではなく、広井王子氏が携わった『魔動王グランゾート』の方で、光の三魔動王と属性が一緒です。

 



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