僕と72柱の悪魔 (雄大宮雄大)
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プロローグ上
そこは一見すれば街中の小さな目立たない雑居ビルのようで、その実1つの秘密があった。
オレンジ色に薄ぼんやりと輝く部屋。
その輝きに20人程の人影が照らされるが部屋にはまだ余裕が感じられた。
場所は地下。これが秘密。
地下室は横の建物の下まで広がっているが、誰も気付かない。
誰も助けには来ない。
話を戻そう。
この部屋を照らす灯りの正体は地面に並べられた蝋燭達。
天井を見上げても蛍光灯は見えず、蝋燭の光りも届かず薄暗い。
もしかしたら電気が届いていないのかも知れない。
この時代に蝋燭で部屋を照らすというのは何とも奇妙な話だが、さらに奇妙な出来事があった。
部屋の中央。
そこには地面に描かれた奇妙な模様を囲むように立つ50人程の人間と、椅子に縛り付けられた少年がいた。
少年もまた自身の置かれた状況を省みて奇妙だと感じていた。
(俺は一体全体どうしてこんな事になっているのだろうか?)
少年の胸の内には今、多大な困惑と焦りが広がっていた。
キョロキョロと首を振り一人一人の顔色を伺ってみても、誰一人として解放してくれるとは思えず、むしろ誰もが絶対に逃がすまいと言わんばかりに、期待のこもった目で少年を見つめていた。
どうにか逃げられないものかなと少年が少し体を動かそうかと藻掻くが叶わない。
両手両足だけでなく腰までガッツリと拘束具をはめられたためだ。
そうこうしているうちに何処からかウィーンと機械音が聞こえ始めた。椅子は可動式だった様だ。
少年は動くこともままならぬままに手術を待つ患者の様に仰向けとなる。
そして少年は頭上を見上げて初めて気付いた。光の届かぬ天井にあったもの。
無人島に遭難後、猛獣に出くわしたかのような追い打ち。
頭上には人一人潰すのは訳ないと、厚く丸い鉄板が鎖で吊るされていた。
鉄板はシャンデリアのように固定されているのではなく、鎖の続く先の固定具を外せば降ってくる仕組みらしく、残念な事に数分後には少年を無慈悲に潰す。
少年は目を瞑る。現実逃避か、はたまた走馬灯か少年は何を思うのだろうか。
(『死』それは生きとし生ける物の定め。だが俺は悪魔信奉者。悪魔に一目会うまでは死なんと思え)
少年は鼻を鳴らす。
残念な事に彼は軽く患っていた。
そして焦ってはいたが常識的に考えて、まさか自分が死ぬ事になるとはこれっぽっちも考えていなかった。
「いいかよく聞け、俺の名は祐輝。神をも恐れぬ悪魔信奉者。
嫌いな言葉は神様助けて
好きな言葉は悪魔に魂売ってでも
宣言する。俺は悪魔に魂売ってでもここを脱出する」
少年は縛られたまま言い放つ。周囲の人々は冷ややかに笑った。
少年は14年という短い人生の中で沢山の事を学んだ。
その一つが無我夢中で頑張ればなんとかなることも多少はあるという事。
つまり、神に祈るだけでは何も始まらないという事だ。
ここから脱出するヒントもまた考えなければ浮かばない。
3度目になるが俺は悪魔信奉者である。
俺が悪魔という存在に出会ったのは小学3年生の時だ。
出会ったと言っても実際に見たわけではなく、1冊の本を見つけただけにすぎない。
だが全てはそこから始まった。
その時の事は今でも鮮明に思い出せる。
僕は運動が得意ではなかった。
だから皆が休み時間の度に外で遊ぶ中、僕は図書館へと通い続け一人、本を読んでいた。
そこで運命を変える本に出会った。
ある日の僕は簡単な児童文学を読み尽くし、次の本を探すため、あえて人気の無い本のコーナーへと足を運んだ。
難しそうなタイトルとつまらそうな題名が並ぶ中、僕は一冊の本に目が止まった。
その本は他の本とは違う圧倒的オーラを放っているようで、僕の目を引き付けて離さなかった。
背表紙は金色の装飾が施され、表紙はまるで地獄の門かの様。
本の題名は『悪魔の歴史』。
僕は早速、本を手に取り読むことにした。
内容は悪魔とは何かに始まり、悪魔の成し遂げた事が綴られていた。
時には失敗もしていたが、僕は悪魔の知恵とその力に魅了され思った。
ぜひ会いたいと。
これが僕の初恋なのかもしれない。
悪魔に魅了された僕は、実際の悪魔召喚の本を手に入れる事にした。
小学生の少ないお小遣いでは何冊も本を買うことはできない、なら初めから本物が欲しい。
「悪魔の本場は海外。なら日本語の本は偽物である」
そう考えた僕はインターネットを利用し本物のグリモア―ルを手に入れる事に成功した。
当然、本の中身は英語。
小学校の自分では満足に読めない。
ここで神を信じるものなら思うだろう。
「読める様になったらいいのにな」
甘えた考えだ。だが悪魔崇拝者の僕は違う。僕は英語の勉強を始めた。
それから1年が経つと僕は難なくその本を読めるようになっていた。
お母さんにも褒められて、お小遣いも上がった。全て悪魔のおかげだ。
ここから遂に僕の悪魔召喚ライフが始まった。
使用する本の題名は『ゴエティア』。
グリモアールの1種。ソロモン72柱の召喚の仕方が載っている魔導書で僕の宝物。
初めての召喚はワクワクした。
暗い部屋の中、ロウソクを灯し部屋に中央に大きな魔法陣と魔法円を描き生贄を魔法陣の中心に置いたら円の外に座る。
生贄は鳥だ。
僕がさっきスーパーで買ってきたものだが、お小遣いギリギリの良い奴を買ったので、悪魔も喜んで出てくるだろう。
そして召喚が始まった。僕は呪文を唱え、悪魔に祈った。
「悪魔よ、出てこい」
悪魔は現れなかった。
おかしいな?そんなはずは無い。
本は本物だし、呪文も読める様になったし、魔法陣も3回見直した。
何故現れない?
しかし僕は悪魔崇拝者。1度の失敗では挫けないし、原因を考える。
繰り返す失敗と反復。これは非常に良い経験となった。
中学生になって勉強は難しくなったが、僕は学年1位を取り続けた。
これも全て悪魔のおかげだ。
さて、そんなこんなで僕は失敗の原因を見つけた。
『ゴエティア』とはレベルの高い悪魔召喚書だ。木っ端な雑魚を呼ぶのとは違い、悪魔の中の悪魔を呼び出す代物。
そんな悪魔達を召喚するためには自身の力量が大切だった。
レベルの高い悪魔を呼ぶには自身のレベルが大切。悪魔の契約とは平等に結ばれるのだ。
そうと分かれば話は簡単、僕は走り込みを始めた。
運動は確かに苦手だが、走るだけなら誰でも出来る。全ては体力を付けて悪魔を召喚するためだ。
また、それから暫く。
6年生の運動会では良い成績を残せた。
普段の走り込みのおかげかリレーではアンカーに選ばれ、最下位だったチームを2位まで引き上げた。1位になれなかったのは悔しいが悪魔召喚の為の体力には充分だろう。
さて悪魔召喚の時間だ。
前回と同様に準備は万端、体力も付けた。これなら悪魔も現れてくれるだろう。
僕は呪文を唱えて叫ぶ。
「悪魔よ、出てこい」
悪魔は現れなかった。
しかし僕は諦めない。3度目の正直と言う言葉がある。
すぐに原因を調べ分かった。
僕に足りない物、それは悪魔を呼び出す思いだ。
僕は悪魔に会いたいあまりに誰でも良いと考えていた。それがいけなかっんだ。
『ゴエティア』の悪魔は72柱。誰を呼ぶかも決まっていなければ出てくる悪魔も困るだろう。
僕は少し考えた。
どの悪魔にしようか?平和主義者のサレオスか?生贄大好きモラクスか?
決めた。
ここは真面目なガミジンにしよう。
僕は再び呪文を唱える。
「ガミジンよ、現れろ」
悪魔は現れなかった。
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プロローグ下
俺は中学2年生となった。
と言って変わった事は何もない。
走り込み、勉強し、悪魔を召喚する毎日だ。
結局、あれから1度も召喚が成功することは無かったが俺は諦めない。
悪魔は確かにいるはずなのだ。
いると信じているからこそ、自身の価値を上げるための努力を続けられる。
俺の今の召喚トレンドはモラクスだ。
モラクスは邪神モレクと同一視されており、動物や人の魂と引き換えに豊穣をもたらすと言われている。また召喚した場合、生贄は派手に苦しんで殺される。
俺の願いは『一目悪魔に会う事』それだけで俺の努力は報われる。その後でなら派手に死んでもいい。
あの日から俺は欠かさず悪魔を召喚し続けている。
1年前に俺は豚、鶏、牛、魚、生贄の品を変え部位を変え72の悪魔全てに生贄を捧げつくした。
しかし努力むなしく一度たりとも悪魔は現れてくれない。
どうでもいいが、この数年で俺の料理の腕は上がった。
悪魔が現れなかった後の食材を捨てるのは勿体ないので、俺が全て料理して食べていれば自然と上がり家事も任された。
これもまた悪魔のおかげと言う事か。
全てのパターンをやり尽くして思った。
何か間違えているんじゃないかと。
根本的な何かを。
俺は図形と語源についての勉強を始めた。間違っているとすれば、魔法陣か呪文だと思ったからだ。本にする際に間違いがあったのかも知れない。
そして今年、俺は魔導書に対応するラテン語を勉強し尽くし、フリーハンドで円を綺麗に書く円書き大会で優勝した。
個人で出来ることはやり尽くした。もう俺には何をしていいか分からない 。
だから俺は視野を広げるため、外部の集会へと参加する事を決めたのだ。
集会自体を見つける事は難しくなかった。インターネットで検索すれば、ファミレス集会から怪しげな宗教までがごまんと出てきた。
しかし俺は馴れ合いたいわけじゃない、求めるものは本物の悪魔に会うためのサバト。
そして、ネットの海を漂い遂に見つけた。
くだらない妄想を垂れ流す悪魔についての個人ブログ。
出来は最悪と言っていい。重要な部分をピンポイントで全て間違えていた。
ここまで来れば疑問すら湧いてくる。
そこで気づいた。ソースコードとかあれをこうして見れば謎のURL。
そして、URLを検索にかければ遂に見つけた。
開催は近日で場所は近く、半年に1度の大規模なサバトだと書いてあった。
日をまたぐ。
俺は心を踊らせる。その開催日が今日だからだ。
指ぬきグローブをはめ、黒のコートに身を包み、自分で改造した内ポケットに愛読書『ゴエティア』を入れ家を出る。
集会の場所は雑居ビルであった。入り口には人が立っており、俺に合言葉を求める。即座に合言葉に答えれば地下への扉が開かれた。
なるほどサバトは地下で行われるらしい、まさに秘密の集会というわけだ。
扉の先には大部屋と受付があり、参加の回数と年齢を書かされる。未成年だと弾かれるかと思いきや、そんな事はなくむしろ丁寧に案内してくれた。
遂にサバトは始まった。地下に集まった人数は50人あまり。半年に1度の定期開催と言うだけあってそこそこな人数が来るようだ。
中心には魔法陣の形に溝が彫られており、参加者は魔法円の外を囲む。
魔法円とは魔法陣から現れた悪魔と安全に交渉するための結界だ。
内側に立ち入ることは生贄と同義であり大変危険となっている。
俺も含めて全員が受付で配られた面を付けており、顔を伺うことはできないが見たところスーツの人と私服の人が半々くらいで、身長や体系的に女性は3割と言ったところか。
俺は周囲の人間の観察をそこそこに切り上げ、今日の本題に取りかかった。
このサバトの悪魔召喚と自分の悪魔召喚の対比。
まずは魔法陣。
・・・特には無い。
では、やはり呪文が違うのだろうか?
「よくぞ、集まられた」
声と共に部屋全体が暗くなり、声のする壇上だけにライトが照らされた。
そこにいたのは司祭の格好をした人。
「このサバトが始まって、これで20回目となる。10年だ。長き道のりであった。多くの失敗をした。だが今度は違う、遂に我々は今日悪魔を呼び出す事に成功する」
壇上で身振り手振りを交えて話す司祭の話が終われば、部屋中から喝采が起きた。
どうやら俺は運が良いらしい。
初回にして、俺の倍の時間研究をした人達の悪魔召喚を見られる運びとなった。
そして、司祭口ぶりからするに成功を確信している。
「では早速、始めようか」
司祭は壇上から下り数人のアシスタントと共に何かを引っ張り出した。
椅子だ。
何に使うのかは知らないが、これが重要という事か。
「今回もまた新たな参加者が来てくれた。年若くして我々の同士。悪魔崇拝者だと言うのだ。年齢は14。実に将来有望な事だ」
へぇー俺以外にも、そんな歳の参加者がいたのか。どんな奴だろうと周りを見渡すが、周囲の視線は俺を向いている。
・・・俺かぁ。
「さて今回は彼に少し手伝って貰おうと思う。さぁ前に出てきなさい」
俺は周囲の目線に見送られながら渋々と前に進む。
まあ考えようによっては、そんなに悪い話でもない。
目の前で悪魔召喚を見られると言うのだ。人目に晒される事に抵抗はあるが同時に技術を比べるチャンスでもある。
俺は案内されるままに、前に出た。
「さあ、かけたまえ」
俺はさっき出てきた謎の椅子に座らされる。
「さて準備は整った。儀式を始めよう。ソロモン72柱、序列第一位バエル様に捧ぐ儀式を」
おぉ、バエル様か。流石に成功すると自信を持つだけの事はある。
俺は近くで見たいと椅子から立って魔法円へと近づこうとした。
「あぁ。だめだめ、座っててくれ」
椅子を運んできたアシスタントの方に引き留められてしまった。
立ち上がってはダメなのか。そう言われては仕方がないので俺は椅子に座り直した。
「おい。運べ」
司祭は椅子を引っ張り出したアシスタントに命令した。
すれば、アシスタント達は俺が座る椅子を4人がかりで持ち上げ魔法陣の中へと運び入れる。
魔法陣の中?疑問を感じたが宙に浮かされた俺はなされるがままだ。
まあ、だが司祭も魔法陣の中に居るわけで呪文を唱える風でもない。
しかし座っているままでは何を手伝っていいかもわからず隣の司祭に尋ねてみることにした。
「俺は何をすれば?」
「あぁ、構わないよ。こちらでやるから」
司祭は正面を向いたまま話す。
なら、俺が椅子に座ることが重要なのだろうか?なんだか雲行きが怪しい。
・・・そういえば今回の生贄はなんだろうか?
ガシャン
おかしな音が腰周りから聞こえた気がした。
「あっ」
椅子には先程までなかったはずの固定具が椅子の後ろから生えていた。
そして、それは座った俺を離さない。
気付いてみれば俺は両手両足も固定され魔法陣のど真ん中にいた。
生贄は俺だったのだ。
「さぁて皆さん。お待たせしました。今回の生贄は人間の子供。本当は私の息子でもと思っていましたが丁度よかった。悪魔崇拝者の彼ならばバエル様の期待に見事応えてくれるでしょう。そして我々は永遠の命を手に入れる」
司祭が喋り終わると部屋は静まった。
...なるほど永遠の命。それは確かに魅力的だろう、だが人間一人の命では生贄として軽くないか?
すると部屋の空気が破裂したかのように震えた。人々の熱狂だ。
俺は失敗すれば帰れるかなと思っていた。
しかし、これでは無理そうだ。
あまりにも熱狂的。この儀式が成功するかどうかは分からない、だが人間を生贄にするのは恐らく初めてなのだろう。罪悪感をかき消すかのような熱狂と陶酔。
周囲の熱を受け逆に冷静となった俺は、仕方なく司祭の言う手順とやらを拝聴する。
「さて説明しましょう我々が発見した真実。悪魔召喚の重大なポイント。それは魔法陣を子供の血で描く事だったのです」
な、何ぃ〜!?
そんな事は今まで読んだ20数冊の本の何処にも書いていなかったぞ、どこ情報だ。
『血で円を描く』確かに試した事は無かったが、とんだ危険思想な奴だ。思いつきもしなかった。
司祭は続ける。
「 魔法陣の溝に血を流し、残った肉体を生贄にする事で儀式は完成する」
ウイーン。急に椅子がうなりを上げたかと思うとゆっくりと椅子が独りでに倒れる。 今の俺はマッドサイエンティストの手術を待つ被検体さながら。
今の今まで部屋が薄暗いため気づきもしなかったが、俺の頭上には厚い鉄板がぶら下がっていた。
そして今に至ったわけだ。
すっかり回想に耽ってしまったが、全くこの状況を打破するような解決策を思いつかなかった。
ふと気づけば隣にいた司祭がいない。
見つけたと思った時には遅かった。
「やれ!」
魔法円の外で司祭は命じる。
そして鎖の固定が離され動き出した。
(やばい、やばいやばいやばい)
死を間際にして今度こそ脳がフル回転する。
(魔法陣の中で体をひねる事すら許されない、脱出は不可能)
そこで俺は一つの事実に思い至った。
(魔法陣の中か・・・)
超過した時間間隔の中で何が俺をそうさせたのかはわからない。
ルーティン。繰り返し続けた動作に身を置いた俺の心は風一つない海の如く静かだった。
いつものように目を閉じ、悪魔召喚の呪文を唱える。
悪魔召喚の呪文とは悪魔との通話手段にすぎない。悪魔が現れるかどうかは自分の力量と悪魔が決める。
俺は最後に付け足した。
「ソロモン72柱、序列一位。東の王バエルよ、生贄は椅子に括りつけられた人間。全部もってけぇー!!」
耳元で何かが聞こえた気がした。
「その言葉、違いないな?」
死の間際の幻聴かと思ったその時、轟音を立て鉄板は地面と激突した。
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