隷属者はハグレ王国の夢を見るか (ベリーナイスメル/靴下香)
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王冠の色は何色か

 白黒(モノクロ)の世界があなたにとって全てだった。

 

 比喩でもなく、夢でもなく。

 あなたの目を通して彩られる世界に色彩はなく、ただただ白と黒のみが存在していた。

 

 今にも崩れ落ちそうな天井の隙間から見える空は白く、臀部で感じる床の冷たさは黒を通して伝わっていた。

 

 移ろいゆく季節を感じることはなく、人形のように流れゆく様を眺めるだけだった。

 

 あなたは隷属者だ。

 

 この世界へと召喚されるより以前から、あなたという存在が生まれ落ちてよりずっと誰かに使役され続ける隷属者。

 そのことに疑問を覚えたことは無かった。そもそも疑問という単語の意味すらわからなかった。

 常に与え続けられる命令に生きたあなたは疑問を覚える必要がなかったのだ。

 

 ――お前の在り方を定義する。

 

 そういった主は既に見当たらない。いつからそうだったかすら覚えていない。

 あなたに命令を行う人間がいなくなり、生きろという命令も与えられておらず。

 だから彼方より此方まで、床に座ってただ朽ちゆく自分を過ごした家に重ねるだけしかしなかった。

 

 しかしながらそれももう限界。

 

 身体がエネルギーを求めなくなって。

 緩やかに死の足音が近づいて、死神の鎌が優しく首筋を撫でている。

 

 最初から、最後まで。

 あなたは自分の意思というものを理解することのないまま息絶える。

 

 それで良かった。

 生きろとも死ねとも言われなかったから。

 自然がそう命令を下したのなら従うのみだった。

 

 故に、あなたは目を閉じる。

 瞼の裏からでさえ感じる、白と黒の圧力を感じながら。

 

「うわっ! ボロボロでちね!」

 

「気をつけろよデーリッチ。床が抜けてしまうかも知れない」

 

 感じる圧とは違うもの。

 久しく聞かなかった声という音。

 少しだけ首筋から刃が離れる感触。

 

 どうやらまだあなたにはほんの少しかも知れないが時間が与えられたらしい。

 それでも背後に死の感触は残っているし、不可視の刃はそこにある。

 

 近づいてくる足音は二人分。

 

 一つは落ち着いた一定の歩幅で、もう一つはちょこちょこと不規則なリズムを刻む。

 あなたが理解できていることは間違いなく主の帰還では無いということだけ。

 

 そう広い家でもないこの場所。

 だからその音達があなたへたどり着くまで時間は要さなかった。

 

「うわっ! し、死んでるでち!?」

 

「……いや」

 

 目を瞑ったまま頬に感じる体温。

 どうやら頬を撫でられたらしい、そしてそのままその手はあなたの首筋に添えられる。

 

「微かだけど脈がある。私達と同じ身体の構造だって前提で言うなら生きているよ」

 

「ほ、ほんとでちか……? むしろ生きてる方が驚きなんでちが……」

 

 それほどまでに自分の身体はひどい有様なのだろうかと思うあなただが、入浴したのは、着替えたのは、いつだっただろうか。

 少なくともあなたの記憶上それは霞んでしまうほど前の事だったし、そんな状態だったから当然身だしなみを整えるなんてことは随分としていない。

 そう思い出した時、不意に腐臭とも言える香りが鼻についた。

 それは紛れもなくあなたが発するものだったし、よくこんな状態の自分へと触れたものだと感心してしまう。

 

「……おーい、生きてるでちかー?」

 

「だから辛うじてだけど生きてるって」

 

 人の声を間近で聞いたからだろうか。

 あなたの身体には僅かに活力が灯った。

 今ならこんな場所へとわざわざ足を運んだ奇特な存在を目に収める事ができる。

 

 だから。

 

「わわっ! 目をあけたでちよローズマリー!?」

 

「その驚きはどうなのさ。……えっと、大丈夫ですか?」

 

 開けた目に映ったのは相変わらず変わらない白黒の世界に……不釣り合いと言わざるを得ないほど輝きを放つ黄金色。

 

 あなたは自分を覗き込む二人、それも小さい女の子の頭に鎮座する王冠へと目が釘付けになった。

 それは紛れもなく初めて目に入れた色というモノで、あなたにとっては極彩色と言ってもいい。

 王冠以外に映るのは相変わらず白と黒。

 少し大人びてに見える女性は紛れもなくその二色で構成されていたし、持ち主であろう小さな少女も同じく。

 

「え、えぇと? こんにちは?」

 

 大きなトンガリ帽子を被った女性があなたの身体を心配しながらも挨拶を交わそうと試みる。

 思わず笑ってしまいそうになった理由はわからないが、どうやら今の状況をあなたは愉快に感じているらしい。

 笑えと命令されたわけでもないのに、笑ってしまいそうになる自分を不思議に思いながらも、灯った僅かな活力では笑顔を浮かべることは許してくれなかった。

 

 もどかしい。

 そう、もどかしさをあなたは感じている。

 それをそうだと言葉付けられないが。

 

 名前のつけられない感情に導かれるままあなたは口を開こうとする。

 

「え? なんでち? 聞こえないでち」

 

 あなたのもどかしさは募る。

 久しぶりに口を動かしたと思えば、今度は声の出し方を忘れてしまっていたようだ。

 口から出るのは音を宿さずただ掠れた息を吐き出すだけで。

 

 だがそれすらも愉快に思えた。

 この二人が目の前に現れてから、今まで感じたことのない感情があなたの胸に過り宿る。

 

「……とにかく、一回治療すべきか」

 

「そうでちね、流石にほっておけないでち。じゃあ――」

 

 手を伸ばされた。

 あなたに手を伸ばしてきた少女の目には心配という二文字が浮かんでいたし、隣にいる女性も同じ様な瞳をしている。

 自身の身を案じているのは確かだろう。

 面識は当然無い、助けられる義理も、義務もないだろう彼女たち。

 だから向けられたモノは確かな優しさであることに疑いはないし、疑えない。

 

 しかしあなたは致命的なまでに隷属者だ。

 

 差し伸べられた手を取れない。

 簡単な話だ。あなたをここから連れ出したいのなら、立てと命じればいいだけなのだ。しかしそれを初対面の彼女達が理解しているはずもない。

 だがそうすればあなたはその命令を全力で遂行するだろう、身に宿った僅かな活力を振り絞って立ち上がる。

 そして彼女たちの手を握るまでもなく後ろを歩き追従する。

 

 差し伸べられた手は言っている。

 助かりたいのならこの手を取れと。

 あなたの意思を試している。

 

 彼女たちにそんな意は無いのかも知れない。

 だがあなたはそうだと感じるのだ、今まで命令をされて従い遂行したことは何度もある。

 それでも初めてなのだ意思を問われたのは、そしてそれを尊重されたのは。

 

 理由はわからない。

 二人は決してあなたの身体を抱きかかえるようなことはしなかった。

 ただあなたが伸ばした手を取るのを待っていた。

 少女の目にはこの手さえ取ってくれたらと描かれていたし、女性の目はただただ穏やかにこの光景を眺め待っていた。

 

 だからあなたは動けない。

 宿る活力は手を握る程度には十分だったが、そうしろと言われなかったから動けない。

 

 心も、思考も。

 

 全てがあなたを待っていた。

 

 伸ばされた手から、再びあなたは小さな王冠へと目を移す。

 

 あなたの目を穿つ極彩色。

 初めて目に映した色彩はあまりにも強烈で。

 それが色だと理解できないほどに輝き誇る。

 

 白黒の世界で唯一輝くそれ。

 

 何故色を持っているのか。

 何故これだけが輝いて見えるのか。

 

 そうしてようやくあなたは初めて疑問と興味というものを覚えた。

 

「良かった」

 

 瞬間、無意識に手を取ったその時。大きな風をあなたは感じた。

 感じた風は世界の白と黒をこそぎ取り、ボサボサの髪をかきわけ朽臭を吹き飛ばし、あなたの目に色を届けた。

 

 思わずあなたは目を細める、届けられた情報量が多すぎたのだ。

 空の色と少女の髪が同じ色だと理解した、隙間から見えた大地に根付く草は女性の象徴色だと理解した。

 圧倒的過ぎる情報過多。

 

 同時に感じていた死神の冷たい刃も、死の感触も何処かへ消えた。

 

「デーリッチ」

 

「わかってるでち! ゲートオープン!」

 

 

 

 キーオブパンドラという魔道具(アイテム)。あるいは古代遺物というべきか。

 それによって生まれたゲートでやってきたのは規模こそ違えど、今まであなたが居た場所と同じ……廃墟と言ってもいいような場所だった。

 中は広く、寺院か城と言っていい程の大きさはあるが人が生活できる程度に整えられたのは僅か。

 そんな中の一室であなたはベッドの上で身体を横たえている。

 

「どうだい? 身体の調子は」

 

 ある程度自分の身体がどの程度回復しているのかわかってるのだろう、顔を覗き込んできた女性はローズマリーと言う名らしい、既に心配しているといった表情は伺えない。

 言葉通りここに来てから彼女のされるがままに過ごしてきたあなたの体調は万全とまでは言えないものの随分と良くなった。

 

「しっかし……変わるもんでちねぇ」

 

 ひょっこりとローズマリーの後ろから顔を出した王冠の少女はデーリッチ。

 デーリッチが言うのはあなたの容姿のこと。

 あなたにとってはかつて見慣れた自分の姿ではあったが、ここに来て久しぶりの入浴を終えてボサボサの髪を整えられて。

 ローズマリーにされるがままだったあなたの変わりぶりを見たデーリッチは驚きのあまり、誰でちか!? なんて叫んだ程だ。

 

「あはは、そうだね。綺麗にしたら美人だろうなとは思っていたけどここまでとは思わなかった」

 

 自分がそういう域にいる生物学上の女であるとは理解していたし好都合だと利用したこともあるが、比べる対象が居たわけでもないしかつての主にそうだと言われたわけでもなかったあなたは首を傾げることしか出来ない。

 少なくとも一緒に入浴をしたローズマリーの事を綺麗だと思ったし、デーリッチのことも可愛らしいと思っているあたり美醜感に狂いはないが、比べる対象を得たという意味から自身を鑑みて二人のほうが魅力的だと思っている。

 

「いや、まぁ、うん。そう真顔で言わないで欲しいな」

 

「でっちっち。嬉しいけど何だか照れるでちね!」

 

 照れさせたいわけではなくただ事実を言っただけのものの、二人の顔は赤い。

 だがローズマリーの言葉が引っかかる。

 

「あぁ、違う。言わないで欲しいというのは命令じゃない。気恥ずかしさから口に出てしまっただけで、気にしないで欲しい」

 

 そう言われてあなたは身体の強張りを解く。

 主以外の他者と関わったことはあれど、交流自体を持った経験がないあなたには些細ですらない一般的な言葉の匙加減が理解できなかった。

 あなたとしてはこうして命を救われた身であり、今は主を失った身。

 それ故、命をつないだ、つながれた以上新たな主になって欲しいと願う心があるのは否定できないところで。

 

「ナイスフォローでちローズマリー。デーリッチ、もうこないだみたいなのは嫌でち……」

 

 実のところ自身の価値を示し、勧誘を促す機会はあった。

 デーリッチがやや顔を強張らせて思い浮かべたのは少し前、身体を動かせる程度には回復したあなたはデーリッチ達が行っているこの拠点の掃除を手伝おうと申し出たのだ。

 心配そうな顔を浮かべていた二人ではあったが、リハビリとしても少しは身体を動かしたほうがいいかと簡単な清掃をあなたに頼んだ二人はすぐに後悔した。

 

「そうだね、私も誰かに休めと命令したのは初めてだったよ」

 

 まず手伝いを申し出たという言葉は普通に聞こえるかも知れないがあなたはやはり骨の髄まで隷属者。

 お願いでは動けないから命令してくれと頼み込むという奇妙な光景から始まり、戸惑った二人だったが最終的に拠点の清掃をあなたに命じたのだ。

 

「綺麗になったのは嬉しいでち。でも……」

 

「簡単な掃除を頼んだはずがまさか一時間で三日かけて整理したところ全てが綺麗になるとはね。その結果がキミのあの姿というなら……うん、私としても軽々とは喜べないな」

 

 あなたは持てる力の全てを駆使して既に確保されていたスペース全てを磨き上げた。

 生まれ変わったかのようにという言葉がまさに当てはまるレベルで綺麗になった生活スペース、そのど真ん中でやりきった瞬間あなたは再び倒れた。

 そう、あなたは常人、あるいは一般的なハグレがおよそ丸一日かけても不可能な作業を二人が生活用品の買い出しに出かけていた一時間でやり遂げたのだ。

 

 そういった経緯もあってあなたへと新たに下された命令は身体が完全に回復するまで休めというもの。

 

「改めて言うけど、キミはとても難儀な性格をしているね」

 

 困ったようなローズマリーの視線があなたの目に注がれる。

 そうと言われてもあなたにはどうしようもない。ずっと受けた命令を遵守し、途中で一旦切り上げるということをしたことがなかったし、その発想すら無かったのだから。

 今更簡単に生き方を変えられないし、どうすればいいのかすらわからない。

 もっと柔軟に生きろと命令でもされれば別の話なのだろうが、それはあなたにとって今までで一番達成困難な命令になるだろう。

 

 そう話すあなたにやっぱりローズマリーは困ったような視線を止めなかったし、デーリッチも同じく。

 

 なまじっかあなたの遂行力が高すぎるせいでもある。

 二人と出会うまでに仕えた主の命令は経緯や過程を問わず結果のみを見れば常に最良と言える結末で遂行した。

 その片鱗を垣間見たからこそ二人は余計に頭を抱えたのだ。

 しかしながらあなたからすればそれで何を困る必要があるのかと疑問でもある。

 

 二人はこの世界に召喚されて行き場のないハグレと呼ばれる存在のための王国を作りたいと言っていた。

 

 ハグレとはかつてこの世界に際限なく別世界から召喚された存在のことをそう指し、あなたも主に召喚された身であることからハグレという括りの中にいる存在だと二人から教えられた。

 今でこそ召喚には大きな制約が設けられているが、そうやって召喚されすぎたハグレの多くが居場所を失い、召喚した側勝手にも関わらずハグレ達が軽んじられているということも。

 

 ローズマリーがデーリッチを旗、王にすると言っている以上あなたがハグレ王国に身を置くことになれば仕える相手はデーリッチだ。ローズマリーは参謀を務めるという話だから、正確に言うのであればデーリッチに仕え、ローズマリーの命令を受ける立場となるだろうか。

 ならば誰憚ることなく胸を張って自分を使えば良いのだとあなたは思っているし何度も伝えているが、その都度二人は微妙な顔をする。

 

「キミが私とデーリッチに続いて初めての王国一員になってくれるというのなら諸手を挙げて喜ぶべきことなんだけどね。ただ私達は臣下を求めているわけじゃないんだよ」

 

「そうでち。言うならば仲間、そう、仲間が欲しいんでちよ」

 

 仲間と繰り返して言うデーリッチの言葉にあなたは首を傾げる。

 そもそもとして仲間というものがどういったものか理解が及ばないのだが、それでも二人が指す存在がどのようなものか想像すらつかなかった。

 

 多様な色彩に目を眩ませて。

 初めて他者と交流を深めようとして。

 

 どれもが不思議で、理解の出来ないものばかり。

 それはあなたが生来持ちあわあせていなかったものを疼かせた。

 それが好奇心、興味をもつということであるとハッキリ自覚はしていなかったが少なくとも悪いものではないと感じてはいる。

 

 出来ることなら自分を受け入れて、王国の一員と認めて欲しいものではあるが。

 やはり認めて貰うためには命令を受けて、それを完璧、あるいはそれ以上に遂行することで自身の価値を示し、勧誘に足る人物であると促す方法しか浮かばないあなただった。

 

「とは言えデーリッチ」

 

「あ、うん。そうでちね」

 

 ローズマリーが何やらデーリッチを促し、それを受けて妙な咳払いをする。

 終えたデーリッチは姿勢を正してあなたの目を真っ直ぐ見て言うのだ。

 

「キミを王国に迎え入れたいでち」

 

 真摯に、かつてのように手を差し伸ばして。

 先程言っていた仲間というものがどういったものなのかはやはりわからない。

 しかし、それでも迎え入れたいと言ってくる少女の顔は見た目不相応に大人びて見えた。

 

 こんなときこそ、一員となれと命令して欲しいと思う心があると認めている。

 

 多分それはあなたの目の前にいる二人も理解していることだろう。

 わかっていてなお、命令ではなく望んでいるのだ。あなたの意思を。

 

 果たして自分の意思がそうしたいと思っているのか。

 思っているのだろうしかしそれがそうだと信じるにはあなたはあまりにも無知だった。

 

 ただ、それでも。

 

「――ようこそ、ハグレの王国へ」

 

 握った手。白黒の世界へ息を吹き込んだ温かい風。

 あなたは無意識に、それを手放したくはないとだけは思った。



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あなたの価値は如何程か

 鏡へ映った自分の姿を確認する。

 黒いタンクトップにホットパンツ、膝下まである大きい靴下。ホットパンツに通したベルト、腰側には使い慣れた短剣をまわして。

 やはり慣れた服装は良いものだとあなたは一つ頷く。

 

 二人がわざわざあなたが居た家から私物と思われるものを取ってきてくれたのだ。

 これもキーオブパンドラの試運転というか試用のついでだと言われたものの、自分を助けてくれたと思うべきだろうその事を含めて恩は積もるばかり。

 

 鏡を見ながら軽く身体を動かしてみたあなただが、やはり筋力の低下が一番顕著に感じられた。

 ここまで筋力が落ちてしまうほどにああしていた自分は本当に救えないなと自嘲もしてしまうが、取り戻せばいいだけだと意識を前向きに変換する。

 腰にまわした短剣を抜き放ち一度、二度。空気を切り裂く音はありがたくも以前と変わらない。そのままかつての自分をイメージして動いてみれば数段落ちるものの思う動きを取ることは可能だった。

 これならある程度戦闘はこなせるだろう、戦闘勘が衰えているのは間違いないだろうが。

 

 あなたは隷属者だ。

 

 当然というべきか与えられた命令に戦闘も含まれていた。

 何人……いや、幾つと言うべきだろう刈り取って来た命は多い。

 少なくとも日常と言えるほどには奪ってきたし、今も尚殺めるという行為への戸惑いはないと身体があなたへと伝えてくる。

 

 殺すという行為が好きというわけではないあなたではあるが、やれと言われて躊躇を挟まない位には得意でもある。

 暗殺者紛いのこともやったし、正面切っての戦いだって経験している。

 恐らく新たな主である二人よりもその経験値は高いだろう、二人の体躯や感じる強者のオーラとでもいうかそういったものはまだまだ弱々しいもので。

 それを補うことこそがまずはやるべきことなのかもしれない。

 

 なんて密かに息巻いていたあなたに留守番を頼み、二人は新たなハグレ王国の一員を探しに出かけている。

 

 これには隷属者のあなたをしてがっかりしてしまうものだった。

 護衛ならお任せ下さいと言いたい気持ちが大いにあったものの、まだ完全に体調が戻ったわけじゃないだろうと言われてしまえばぐぅの音も出ない。

 そう、万が一完全に回復していないという理由で役に立てなかった時の事を考えるとそれは自身の価値を喪失してしまうこと他ならないとあなたは考えたからだ。

 

 故にこうして鏡の前で自分の動きを確認する。

 言われたように確かな衰えはあるものの、確信したようにある程度は大丈夫。

 何、心配することはない。万が一、いざとなれば自身を賭して二人を生かせることが出来ればいいのだからと鏡のあなたは大きく頷いた。

 

「ただいまーっ!」

 

 入り口から大きな声が響く。

 デーリッチの声だと認識した瞬間あなたは残像を置き去りに走った。忠犬なんて言葉が連想されるだろう主の帰還を喜ぶあなたは尻尾があれば間違いなく砂埃でも巻き起こしている。

 そうして玄関まで辿り着いたあなたの目に飛び込んできたのは。

 

「わうっ!」

 

 首が三つ、顔が三つある紛うことなきお犬様であった。

 

「あぁ、ただいま。また無茶はしなかった? おとなしく休んでた? ……いや、うん。何してるの?」

 

 ローズマリーの言葉だと言うのにあなたの耳には届かない。

 それも仕方がないのだ、三つ首の犬と目があった瞬間走ったのは緊張。

 譲れない何かがあなたと犬の間に奔っている。

 

「へぇ……ぼろっちいけど結構綺麗に……って、何してるんスか」

 

 ローズマリーの後ろからハーピーの子供らしき女の子が呆れた目をあなたに投げかけているがそれどころではない。

 先程まで戦いならなんとかなると考えていたあなたに早速その機会がやってきたのだ。

 

 その戦いは聖戦。

 まさしく一匹と一人の後ろには虎と龍が顕現していたし、雷の効果音が鳴り響いている。

 

「な、何やってるでち? えぇと、この子はベルベロスでち。仲良くやってほしいでちよ?」

 

 慌てたような、困惑したようなデーリッチの声があなたとベルベロスと言う名らしい犬の間に奔った緊張を解す。

 デーリッチが言うなら矛を収めよう、一人(あなた)と一匹はそう警戒を解いた。

 解いた筈だったが。

 

「わわっ、何また緊張感高めてるの!? 仲間! 仲間だからっ!?」

 

 解いた瞬間確かにベルベロスはあなたを鼻で笑った。あなたはそう感じた。

 まるでここにアルファは成ったと言わんばかりに、マウントとったど! と言わんばかりに。

 

 ところで、今晩の夕食はあなたが作ることになっている。

 無論命令されたわけでは無かったが、以前の主は帰ってきた時に食事が用意されていないことへ不服を顔に書いていたが故にそうするべきと思ったからだ。

 あなたは魔物を食したことはあれど犬を食したことはない、だが所詮は肉。三つ首であろうと魔物であろうと肉だ。

 しっかり焼いて香辛料をまぶせば食べられないものにはならないだろう。

 

「や、やめるでちっ!? その今夜はステーキよみたいな目はやめるでちっ!」

 

「わふっ」

 

「あーもう! ベルベロスもやれるもんならやってみろみたいな顔をしないのっ! さっきまでの人懐っこいおまえは何処に行ったんでちか!」

 

 舌打ちを我慢した事を褒めて欲しいなんて思うあなたではあるが、やめろと言われた以上仕方がない。

 優先されるべきは自身の意思ではなく主の命、たとえ悔しさで手が震えようとも遵守すべきものがここにある。

 

「……ちなみに私はあんまり肉ないからね? 食べないでよ? 唐揚げとか以ての外だからね?」

 

 そんな目をしていたのだろうかと自問するが、していなかった自信はない。

 つい八つ当たりでじゅーじゅー美味しいハーピーの唐揚げをと思ったりしなかった自信もない。

 

「ボス。私、実家に帰らせて頂きます」

 

「ちょっとまって!? 大丈夫、大丈夫だから!?」

 

 主を困らせるのは本懐ではないあなたは、頭を下げる。

 確かに食いでを考えるなら太らせてからだと、浅慮だったと過ちを認めた。

 

「いーやー!? 見世物小屋のほうがマシー!?」

 

「こらっ! キミも何言ってるんだ!」

 

 アルファに失敗したばかりだったからだろうか、あなたの発言は周りから見れば少し悪戯が過ぎたようだ。

 しかしながら、ハーピーの子供。ハピコがあなたに対して向ける視線の中に恐怖が交じる様になった事を確認したあなたは安堵した。

 どうやらこっちは成功したようだ、これで聖戦勃発も防げるというものだ。

 

 

 

 さて、そんな楽しい自己紹介タイムを終えたあなた達。

 お疲れ様会、歓迎会を含めた食事の中で上がった話題はやはり拠点の拡張に関して。

 偶然ではあるのだろうが、今こうしてハグレ王国の人口が倍以上になった今でも拠点の通路を防ぐ瓦礫を撤去できるような人材は居なかった。

 ハグレはこの世界に生きる人間という種よりも一回り、あるいはそれ以上に筋力が優れてはいるもののそれをしても力が足りない。

 

 あなたが仮に全盛期程の力を発揮できてもそれは叶わないだろう。

 軽装で身を包んだ姿の通り、あなたは分類するのであればスピードアタッカーだ。純粋な力に自信があるとは言い切れない。

 もしもあなたが瓦礫の撤去を行うのであれば少なくとも相応の道具が欲しいところだ。

 

 柱や瓦礫を撤去するために力のある仲間が欲しい。

 

 そんなローズマリーの言葉に反応したのはハピコ。

 曰く力自慢のハグレが知り合いにいるらしく、その名をニワカマッスルと言うらしい。

 名は身体を表すとでも言うべきか、筋肉自慢の牛人間。

 まだヘンテ鉱山で岩を掘っていると有用な情報にローズマリーがお礼を言ったが、あなたはやや不満が募った。

 

 というのもハピコはどうやらローズマリーをボスと勘違いしているらしい。

 確かにローズマリーは王国参謀と言うに相応しい存在ではあるがこの王国の主ではない。

 主はデーリッチであり、王もまたそうだ。

 その事をしっかり教育せねばならないとあなたは心に決めた。

 

「あ、ちょっと良いかな?」

 

 場が解散となり、ハピコの後を追おうとしたあなたを呼び止めるのはローズマリー。

 ハピコにとってはファインプレイ、あなたにとってはロスタイム。

 とは言えローズマリーを無視するという選択肢がないあなたはローズマリーへと向きなおる。

 

「これからどんどん仲間を増やしていくつもりだけど……少し意見を聞きたくてね」

 

 意見という言葉にあなたは首を傾げる。

 そう言われても意見というものがないしそれを生むという思考がないあなた。

 むしろどんどん好きなようにやってくれればそれでいい、あなたはその姿を心から応援どころか実現するために力を尽くす所存なのだから。

 

「そう、それだよ。それがよろしくないんだ。いいかい? 私はこうやってキミに色々話をこれから投げかけるつもりだ。難しいかも知れないけれど、キミは少し自分の意見……いや、意思を意識したほうが良い」

 

 至極真面目にそう告げられたあなたの思考は混乱に陥る。

 自分は隷属者だ。

 その在り方はただ主の望みを叶えるための道具でしかない。

 道具は主の手によって振るわれその意のままに使われる。

 自分の意思とはそれを妨げるものでしかない、そもそもそれによって主の望みが叶わなくなってしまうなんて目も当てられないどころかあなたのアイデンティティーが崩壊する。

 

「何故キミがそうなったのかはわからない。いや、キミの言う通りキミを使えば確かに王国は繁栄するのかも知れない。だけどね、それは私もデーリッチも望んではいないんだよ」

 

 あなたにとってその言葉は難しいというか理解が及ばないものだった。

 以前言われた仲間という言葉。

 それを欲しているというのなら自分を使って仲間を増やせばいい。あなたはそう思っているし、そのための自分だとも思っている。

 

「それじゃあキミはハグレのままだ。ここに集った存在はハグレだけど、ハグレがハグレとして存在しなくていいためのここだ。それじゃあ駄目なんだよ、そしてそれをキミには考えて欲しい。それこそがキミをここに招いた理由の一つでもある」

 

 少し考えるあなただが、やはりその理由とやらはわからない。

 しかしながらそれを自分に求められているということだけはわかる。

 従ってあなたはローズマリーに頭を下げた、遂行できなくて申し訳ないと。

 

「……あぁ、先は長そうだ。うん、でも覚えておいてね? 考えるということを」

 

 そう言ってローズマリーはあなたの肩を叩いて部屋から出ていった。

 

 一人取り残されたあなたは考える。

 考えるということを考える。

 

 別に思考しないというわけではないのだ。

 与えられた命令はいつだって結果のみを求められた。

 その結果を結ぶための過程はいつだって手作りだった。

 だからこそあなたはこれ以上ないほどに命令を遂行することにかけては自信があったし、必ず何をしても結果を出せると疑わなかった。

 

 しかしそれでは駄目だと今言われたのだ。

 今のままではあなたを使わないと言われたに等しいのだ。

 

 どうすれば、あなたは使われることが出来るのか。

 

 ようやくと言っていい。

 あなたはようやく、自身の存在、その意思を初めて思考し始めた。

 

 

 

「随分閑散としているね、ほんとにそのニワカマッスルさんはいるのかな?」

 

「いると思いますよ。ここに首なしの幽霊が出るって噂を出したのはアイツだろうし」

 

 やってきたヘンテ鉱山に人の気配は感じない。

 しかしながら入り口から感じる微かな魔物の気配にあなたは目を細める。

 それほど強い魔物はいないだろう、あなたにとっては。

 しかし現在一緒にいる仲間達にとってそうであるかはわからないところだ。

 いざとなれば自分一人で魔物を殲滅し安全を確保すればいいかとあなたは軽い覚悟を決めた。

 

「あら? そんなに怖い顔をしていては福が逃げてしまいますよ?」

 

 険しい顔をしていたつもりはないが、笑顔の中に少し心配を含ませた表情で昨晩王国へとその身を寄せたらしい福の神様……通称福ちゃんがあなたへと声をかけてきた。

 何ということはない、先程も感じたがあなたにとっては取るに足らない相手であろうこの鉱山に潜む魔物たち。

 なんならあなた一人で先に鉱山へ突入し安全を確保せよと言われても容易く達成できると出来る限りの笑顔で返事をするあなただが。

 

「そういう、意味ではないんですけどね」

 

 心配という表情から困った表情へと変えた福ちゃん。

 その意味を察する事ができないあなたではあるが、困らせているのは福ちゃんであって主ではない。

 ならば然程気にすることでもないかと視線を再び入り口へと戻す。

 

 あなたでもわかっている事がある。

 今ここに集ったハグレ達は強くはない。かと言って強くなれないわけではない。

 そして強くなるには実戦経験が必要なのだ、あなたがこれまで積んできたように。

 ある意味このハグレ勧誘は修行でもある。

 こうして大なり小なり危険のある場所へと赴く必要が今後もあるのであれば力をつけることは必要不可欠。

 故に、あなたとしても自分ひとりですべての魔物を殲滅するなんて勿体ないことは可能な限りするべきではないと考えている。

 

 無論デーリッチやローズマリーへ危険が迫ればその限りではなく、迅速かつ火急にそのリスクを排除するため手段を選ばない所存だが。

 

「っと。やっぱり人は居なさそうだ。でも魔物の気配はするな……皆、気をつけて」

 

「わうっ!」

 

 鉱山へと足を踏み入れて見ればやはり閑散としているが、ローズマリーの言う通り魔物の気配が濃くなった。

 一鳴きしたベルベロスが気合いを入れたように尻尾を振り始め、同時にあなたも警戒を強める。

 丁度そんな時、魔物の一団がこちらに気づいたかのように向かってきた。

 

「よし! 迎え撃つよ!」

 

 ローズマリーの声を聞いてあなたは腰の短剣を抜き放つ。

 迎え撃つと言われた以上相手の出方を待とうとしたあなただが。

 

「先手必勝っ! ってね!」

 

「ばうわうっ!」

 

 ハピコとベルベロスが相手に先んじて攻撃を仕掛けた。

 待て待て命令違反だぞと慌てて同じく前衛に立っているローズマリーへと視線を向けるあなただが、さもそれが当然かのようにバックアップするためだろうか魔法の詠唱に集中している。

 となると命令違反は自分なのだろうか、迎撃の指示とは先制攻撃の指示だったかとあなたは少し混乱しながら慌てて魔物へと走った。

 

「おわっ!?」

 

「ばうっ!?」

 

 そんな状態だったからだろうあなたの攻撃行為は見事に味方の攻撃を邪魔してしまった。

 大ムカデに対して襲いかかろうとしていたハピコの動線に割り込み、ベルベロスのタックルを敵の代わりに貰い受ける。

 

 迂闊。

 痛み、ダメージもさることながらこれは目も当てられないとあなたは自嘲する。

 

「何やってるの!? くそっ! 一回退くよっ!」

 

 完全に態勢を崩してしまったことに危険を感じたローズマリーから撤退の指示が飛び、苦虫を噛み潰しながら従うあなた。

 撤退を支援するためだろう、ローズマリーの放った氷魔法は見事過ぎるほどに相手の足を止めて無理なく撤退が行えた。

 

 まさに顔真っ赤状態のあなた。

 何がこの程度の相手なら容易いか、もう羞恥心だとかなんだで胸焼けが酷い。

 

「はぁっ、はぁっ、このあたりまで退けば大丈夫かな?」

 

 途中見つけた簡易結界、魔法陣の場所まで戻ってきたあなた達は大きく息を吐いて呼吸を整える。

 その最中であっても向けられる、何やってんだコイツといった意味を多分に含んだ視線がとても痛く感じるあなた。

 

「大丈夫でちか? ヒール!」

 

 そんな中デーリッチが心配そうにあなたへと治癒魔法を使ってくれる。

 優しいデーリッチの心遣いではあるが、今のあなたにとってはその優しさでさえも鋭いナイフに切り裂かれたかのような痛みと変わる。

 思わず心配そうな瞳を向けてくれるデーリッチから目を逸したくなるが、そんな無礼を出来るはずもなく非常に居た堪れない。

 

「いや、びっくりした。もしかして戦闘経験無かったとかです?」

 

「わふわふ」

 

 それなら仕方ないと言外に含んだ調子でハピコとベルベロスより水を向けられるが、この様を見せてしまっては何を言っても言い訳にしかならないだろうあなたは曖昧に謝罪するしかできなかった。

 これはある意味互いの能力が最悪の形で噛み合った結果だ。

 もしも仮にあなたと同等の戦闘技術をハピコ、ベルベロスが持っていたのならそもそも戦闘行動、攻撃態勢に移った二人に割り込むことなんて出来ない。

 二人が攻撃態勢に入って尚それよりもあなたの行動の方が勝っていて、追いついてしまったというのがこの状況の真実だろう。

 

 かと言ってそれを伝えるわけにもいかない。

 前言通り言い訳にしかならないし、何よりその程度でこの醜態を晒してしまった自分を認めたくないあなた。

 全盛期の自分ならそもそも割り込んで尚二人の攻撃を避けた上で対象の魔物を屠っていただろう。

 

 やはり力を取り戻すことは急務だと改めて実感するあなただった。

 

「ばうっ! ばうっ!」

 

「ん? ベルベロス? どうしたんでち?」

 

 一際強く感じる魔物の気配。

 ベルベロスが察知したように、この脇道の先にいるのはここら一帯に出没している魔物の中でも一つ頭を抜けた存在だろう。

 

「まぁ本筋じゃないだろうし……ん? どうしたんだい?」

 

 デーリッチに任せるよと続けようとしたローズマリーを遮ってあなたは言う。

 

「えっ!? い、いや無茶だ!? そんな一人でなんて!?」

 

 慌てるローズマリーへと首を振る。

 そうだ、これは汚名返上の機会だ。

 醜態を晒してしまった自分を改めてもらう機会なのだ。

 

 自分は役立つ、いや、役に立てる存在である。

 その証明をさせて欲しいと懇願するあなたへ向けられる視線は訝しさに満ちていたが。

 

「大丈夫なんでち?」

 

 デーリッチが静かにあなたへと尋ね、それに然と頷いた。

 

「ちょっ!? デーリッチ!?」

 

「わかったでち。でも絶対無事に戻ってくるでちよ?」

 

 そう言ってあなたを送り出してくれた。

 不思議とあなたの心は温かい。

 そしてやはり、この温もりを手放さないでいるためにもこの行為は必要だと思うあなた。

 

 信じて送り出してくれたと言うには過分に心配を瞳に含ませた可愛い主へと頭を一つ垂れ。

 あなたはかつての世界へと身を再び投じた。



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思考と行動すべきこと

「……何、この、何?」

 

「あぁうん、言いたいことはわかるかな。けど、言葉には出来ないね」

 

 そこで行われていたのは戦いと呼べるはずもない一方的な蹂躙だった。

 あなたの目に映る白と黒の世界で蠢く魔物は、あなたが短剣を一度振るうだけで絶命する。

 相手をしている魔物の視界にあなたの姿は映ることすらなく、魔物が自覚する前に死に絶えた。

 

 実のところあなたは少し自身の力を疑っていた。言わずともがな先程の醜態によってだ。

 故に肩慣らし。まずは思い出そうと取り巻きから相手にしたことが群れのボスとも言える植物型の魔物に絶望を与えた。

 ある意味、取り巻きの一匹は幸せだろう恐怖も痛みも感じることなく地面に身体を伏せることができたのだから。

 

 目に映らない脅威は確実に魔物へと死を運んでいて。

 それに抗うために精一杯の毒を撒き散らした。

 

 だがそれすら無意味。まるで意に介さずあなたは魔物の命を弄ぶ。

 自分の状態を確認するため、自身の力を示すため。

 ひいては自身の有用性を知らしめるために。

 

 あなたは十分だと満足した。

 なるほど今の力はこんなものかと確認もできた。

 だからこの蹂躙劇は何の知らせもないままに呆気なく終幕した。

 

「すっごいでち……」

 

 散々恐怖の念を魔物から受けたからだろうか、あなたへと向けられるデーリッチの輝いている視線がむず痒く感じる。同時にデーリッチの顔を見た瞬間世界へ色が戻ったことに安心した。

 だが果たして自分の価値は新しい小さな主の満足足り得るものだっただろうか。

 それだけが心配だった。

 

 ボスだったらしい植物型の魔物が絶命したのを確認し、腰にまわした鞘へと短剣をしまう。

 そしてあなたは一息吐いた後、デーリッチの前で片膝を付き、恭しくも頭を下げ口を開いた。

 

「いっ!? いやいやいや! そういうのデーリッチはよくわからんでち!?」

 

 慌てて両手を振るデーリッチにあなたの心配は募るところだが、その横で片手を顎に添えて一つ頷いたローズマリーが口を開く。

 

「正直私達の心配を返せって言うレベルなのかも知れないな。ううん、ごめん。キミがそこまで強かったとは思ってもみなかったよ」

 

 どうやら満足頂けたらしい事を察してあなたは胸を撫で下ろした。

 同時に先程まであなたへと向けられていたハピコの視線も変化していることに気づく。

 

「いや、流石にわかる。わからいでか。あんたはそう、強すぎるから私達と息を合わせられなかっただけなんだ」

 

 確かにそういった面があることは否定できない。

 だからあなたは苦笑いでハピコに対して返答したし、それも一つの要因かも知れないと口を開いた。

 

 とは言え真実は違う。

 結局の所やはりあなたは隷属者なのだ。

 主の前にいてしまえばどうしても命令を待機してしまうし、放たれる言葉へ従ってしまう。

 それはつまり逐一命令を受けなければその力を振るえない徹底的な操られ人形なのだ。

 

 無論こうして大勢と呼吸を合わせて戦闘を行うといった行為自体も初めてであるという要因もある。

 あなたは常に放たれた命令を一人で遂行してきたし、何かや誰かの助力を得ることも無かった。

 あなたが積んできた戦闘経験の中には欠片程も自身以外の存在が無かったのだ。

 

「ほんとにキミは……難儀な性格をしているね」

 

 つい最近聞いた言葉を再び言うのはローズマリー。

 あまり喜んでいいものではないのだろうが、あなたはローズマリーの苦笑いを自身への理解を深めて貰えたと受け取り喜んだ。

 

「大きな戦力を得たと喜ぶ気持ちはあるけど、これで皆で戦うっていうのは難しくなったのは確かだ。少しキミについては考えなければならない」

 

 何を考えることがあるのかとあなたは首を傾げるが自身が気にすることでもない。答えはいずれローズマリーが出すだろうし、それに従うだけだ。

 

 さて、ここであなたは自身の力と有用性を示したわけで、少なくともこの周辺にいる魔物はあなた一人であっても殲滅可能だとすら証明もしたはずだ。

 ならばニワカマッスルとの邂逅に備え周囲の魔物を駆逐しろと命令するのがベスト、もしくはベターな選択肢。

 ローズマリーとの交流はまだまだ浅いが、そういった選択肢に気づかないわけがないとあなたは確信している。

 

「ありがとう。そこまで買ってくれるのは嬉しい。そしてだからこそ難しいんだよ」

 

 なんとなく察しが付いたと顔に表したのはこれまでずっと黙っていた福ちゃん。

 要するにあなたを最大限に活かす方法は自身が言い、望む通り王国の隷属者として扱う方法なのだ。

 王国の目的を達成させる為に泥をかぶり続けさせるのが一番良い使い道(・・・)

 今この状況で言うのならば、ニワカマッスルと会う為に魔物をすべて駆逐させるどころか、ニワカマッスルを王国へ参加させることだってきっと達成するだろう。

 戦闘一つにしても、あなたを矢面に立たせてしまえば後方でお茶を飲む余裕すら生まれてしまうのかも知れない。

 

 それがローズマリーはわかった、理解した。

 理解したからこそそれ以外の方法であなたを王国の一員、仲間として共にいるためにどうすればいいかという難題に頭を抱えている。

 

「まぁゆっくり考えよう。そうだな、とりあえずキミは戦闘中アイテムで皆の回復と言ったフォローをお願いしていいかな?」

 

 ローズマリーがそう指示するなら否を持ち得ない。

 頷いたあなたへとやっぱり困った笑顔が複数向けられたがその中で一つ。

 

「わふん」

 

 まぁまぁ使えるな。

 なんてアルファ思想を定めきったベルベロスのドヤ顔がやけにあなたの鼻についた。

 

 

 

 さて、無事にニワカマッスルという筋肉モリモリ牛人間を王国へと迎え入れることができたあなた達。

 その見た目通りと言うべきだろう彼はあなた達が数人がかりで動かそうとしていた瓦礫をあなたの目の前で片付けている。

 近くで待機している理由は彼のフォローを行うためだ。撤去ということはつまりその場所からどかすだけでは駄目で、何処かへと処分しに行かなかればならない。

 彼が瓦礫をその場からどかし、運びやすいようにある程度の大きさへと砕いたものをあなたは押し車で外へと運搬している。

 

「あー……その、なんだ。そんなにじっと見つめられると恥ずかしいんだが?」

 

 何処と無く照れたように、というには少し鼻息が荒い様子のニワカマッスル。

 素晴らしい筋力だなとあなたは感心しながら彼の様子を見守り手伝っていたのだが、どうやらその観察に熱を入れすぎたらしい。

 実際ムキムキマッチョと言えば少しイメージが悪いのかも知れないが、あなたの目から見た彼の肉体は非常に理へ適ったものであった。

 こうして瓦礫を動かすほどの力に変えているようつけられた筋肉に無駄がないように、彼の身体は何処にも無駄が無かった。

 つい最近筋力低下を実感したばかりのあなたとしてはまさに生ける標本、参考にするには十分だったのだ。

 

「いや良いんだけど……よっ!?」

 

 だからこうして至近距離でニワカマッスルの筋肉を観察どころか触れてしまうのも仕方がないし、王国に参加した早々俺の時代が来たかと彼が色めき立ち興奮してしまうのも仕方がない。

 彫刻の様に固まってしまったニワカマッスルを良いことにあなたの手は遠慮なく彼の身体を這い回る。

 予め言うがあなたに筋肉を愛でる趣味も嗜好もない。また、ニワカマッスルへと異性の魅力を感じているわけでもないし、そもそも異性だからなんだという程度の性認識だ。

 あなたの手付きは非常に優しく時に刺激的で。

 ニワカマッスルは硬直しながらも時折くぐもった声を上げているがあなたの耳には届かない。

 今のあなたは興奮しているが、それは決して愛撫とも捉えかねない手付きに興奮しているニワカマッスルへと興奮しているわけではないのだ。

 

「止めなくていいんすか? 姐御」

 

「いやまぁ仲が良いのは良いことだよ。……あ、デーリッチは向こう向いててね?」

 

「な、なんででちか!?」

 

 デーリッチの目を優しく覆うのはローズマリー。

 近くを清掃しながらも白目するのはハピコ。

 福がやってきましたねと喜ぶのは福ちゃんだったし、熱心に掃除の手伝いをしてるのはベルベロス。

 

 十分にニワカマッスルを参考にし終えたあなたが硬直したままの彼をさておいて考えるのはこの拠点のこと。

 先程ローズマリーが言っていた様に、ここは寺院か何かだったのではないかという話。

 確かにそれなら魔物が寄り付かない理由にもなるのだろうし、そこまで手を入れずともある程度の形が保たれていたのも頷ける。

 あなた自身が我が身を賭して清掃しただけにここの広さだなんだといった事を踏まえて、国を興すには絶好の場所だというのも理解できる。

 しかしながら都合が良すぎる場所でもあるのだ。

 こうしてデーリッチやローズマリーが手を入れるまで手つかずだった理由は不明だが、ある程度の規模を持つ組織なら十分何にでも利用できるだろう。

 あるいは既に利用されていて、用が済んだからと破棄された場所なのかも知れない。

 もっと言えば、まだ利用されている、か。

 

「ん? そうだね……確かにその可能性はあるな」

 

 ローズマリーが額の汗を拭い一息吐いたところであなたは声をかけ自身の考えを述べた。

 拠点の整備はもちろん必要ではあるが、同時にこの施設の背景を調べることもまた必要で。

 もしもその必要があるのなら自分を使って欲しいとの念からではあったが、警戒する面を残しておくべきでもあるのだ。

 

「うん、頭に残しておくよ。ともあれまずは拠点を整備しよう、もしかしたらその途中でここの背景に繋がる何かが出てくるかも知れないし」

 

 さもありなん。心配して動けなくなるのは本末転倒。

 心配のしすぎでもある、実際にここから魔物の気配は感じないしまた悪意が放つ特有の匂いも感じない。

 

「だけどありがとう」

 

 気を引き締め直していたあなたに向かって唐突なお礼を言われたことにあなたは意気を抜かれ首を傾げる。

 はて、自分は何かお礼を言われるようなことをしただろうかと。

 命令を遂行したわけでもなし、最も命令を遂行するのは当然だからお礼を言われるまでもない。

 

「ふふ、自分で考えて意見を言ってくれただろう? それも私達を心配して、だよ。それが私は嬉しいんだよ」

 

 傾げた頭にクエスチョンマークが浮かぶあなた。

 そういう危険がある、しかし自分に任せてくれといった意図で話をしたはずだがと疑問が深まってしまう。

 

「いやいや、そんなに難しく考えないでくれ。こういう時はどういたしまして、だ」

 

 疑問は晴れないがローズマリーの言葉をオウム返しするあなただった。

 

 

 

 ローズマリーが目安にと言った二週間はあっという間に過ぎていった。

 デーリッチはあんよがしんどいと泣き顔を見せていたし、その都度あなたはデーリッチを助けようとして甘やかせるなとローズマリーに窘められて。

 どちらがより掃除の役に立てるかと謎の勝負をベルベロスに挑まれたはいいものの、勝っても負けてもよくやったと言った顔で迎えられ。

 何故かチラチラとあなたへと視線を飛ばすニワカマッスルに首を傾げて、微妙に怖がられているのかハピコには距離を置かれて。

 どうすればいいかと相談した福ちゃんにはニコニコと回答ではなく笑顔を向けられて。

 

 途中何度もすべて自分に任せてしまえばいいと進言もしたがその度に却下され、皆でやるんだと窘められ。

 そうして迎えた目安の期日にあなたは不思議な感触を得ていた。

 

 あなたが得た感触は充足感。

 

 その名前をそうだと決めることができないが、誰かと一緒に何かを成し遂げたという今に心地よい気分で浸っている。

 理解できていることは一つ。

 あなたの自身を使えという進言が受け入れられたとして、一人でこの状態を迎えても今の気分は味わえなかっただろうということだけ。

 

 まだこうして王国の一員として迎え入れられて過ごした時間は僅かに過ぎないが、確かな自分の変化を感じている。

 そしてそれを悪くないと思えてもいる。

 

 皆で整備した拠点を見て回って。

 拠点中央区に配置した今は無人の店を見て誰がここに立ってくれるのだろうかと夢想もした。

 その想像に弾む気持ちも確かに実感した。

 

 皆と何かを作ること。

 そうして得た感触は、きっと今までの自分であったなら味わうこと永遠に無かっただろうと確証なく確信している。

 

「じゃあやってみようか! それじゃ皆席についてー」

 

 と浸っていたあなたを現実に引き戻したのはそんな声。

 席にと言われて慌てて椅子へと腰掛けるあなたは今大きな会議室にいる。

 

「それじゃあまずは――」

 

「あ、その前にしつもーん! この王国の正式名称はなんですか?」

 

 ハピコの声が響く中耳に残っていたのは、ここでこれからの活動について会議するというもの。

 こうして全員が参加するという体はこれからも続けられるのだろうか。だとしたら持てる力を存分に使ってもらうべくあなたは会議に集中する。

 

「じゃあハグレ王国でいいんじゃねぇか? 暫定的にそれにしといて後々変えればいいだろう」

 

「ふふ、大体後で変えようっていうのはそのまま定着してしまうものなんですよね」

 

 ニワカマッスルの発言に福ちゃんが笑う。

 そういうものなのだろうか? あなたとしてはデーリッチが最初に呟いたデーリッチ王国でも一向にかまわないというか主の名前が入っていることを誇らしく思いもするのだが。

 ハグレ王国という名前で異存なさそうなためあなたは口を噤んだ。

 

「じゃあ次に王国の収支を言おう。収入はゼロ、支出は430ゴールド。しめて430ゴールドの赤字です」

 

「おおあかじでちーーー!?」

 

 紡いだ口から勢いよく息が飛び出た。

 デーリッチの叫びに隠れて気づかれなかったが、あなたも大概声を上げてしまうほどに驚いた。

 

 とはいえ当たり前の話でもある。

 誰も収入となる活動を行っていない中、人が生活をしているのだ相応にお金がかかるものだ。

 それくらいわからないあなたではなかったし、その程度の常識は持ち合わせている。

 だからこそかつての主はあなたを使って金銭を得ていたのだ。

 

「まぁこれについては後で別途に考える。まずは王国として今後どういった活動をしていくか……まずは王国に入ってくれるハグレを探さないといけない。だから探索場所を何処にするかってここで相談したい」

 

 そうローズマリーは続けるもののあなたとしては気が気ではない。

 何しろ仕えると決めてるのにも関わらず現状穀潰しもいいところなのだ、早急に、いや火急に金銭を得る手段を考えなければならない。

 かつて使われていた自分を思い出してみればわかりやすいのは魔物の討伐だろうか。

 魔物を討伐し、報告し主へと収入を入れる。

 それならば問題なく一人で行えるだろう、その力もある。

 

 だが引っかかるのはハグレの扱い。

 かつての主は正規の報酬を得ていたのだろうが、新しき主はハグレ。

 ニワカマッスルがあの鉱山で得た収入は人間の半分だと言うことを考えれば足元を見られる可能性は十分にある。

 最悪難癖つけられて全く貰えない可能性だってあるのだ、あなた一人で魔物狩りを行うには能力以外で不安が残った。

 

 ならば暗殺と閃くがそもそもそういった命令をデーリッチやローズマリーはしないだろう。

 かと言って世間に身を投じて仕事を得るにしてもハグレ王国の名前に傷がつくだろう事を考えるとやめたほうがいい。

 

 では自営業はどうか。

 当たり前に論外だ、あなたは何処までいっても隷属者。自分で判断して何かを生産するということに全く向いていない。

 

 そこまで考えてあなたは目の前が真っ暗になった。

 何ということだ、あなたは何も王国に対して出来ることがない。

 

「じゃあ探索候補地にサムサ村、モジャーク大森林を追加しておこう」

 

 はっと我に返った時、探索予定地が決められていた。

 二重の意味でしくじったとあなたはへそを噛むが仕方ない。

 

「最後になるけど、次元の塔というものを知ってるかい?」

 

 聞き慣れない言葉にあなたは耳をすませる。

 ローズマリーが言うには腕試し用のダンジョンで強力なアイテムやスキルが転がっているとのこと。

 

 これだ。

 

 あなたは目の前に一本の糸が垂らされたかのような気持ちになった。

 

「ただ、中は相当にきつい場所らしい。仲間が揃っていない場合は先に探索で探してから挑戦するべき――って、どうしたんだい?」

 

 相当にきつい? 仲間が揃っていないと難しい?

 それがなんだと笑ってあなたは勢いよく挙手をした。

 

「え、キミ一人で行くって? いやそんな馬鹿な……とも言えないなキミに関しては。うーん」

 

「デーリッチのキーオブパンドラが必要でち。一人でっていうのは難しいでちけど……デーリッチ達の腕試しに使うってことなら行った時に先行して中の調査くらいならいいんじゃないでちか?」

 

 デーリッチ最高とあなたは心で盛大に称賛した。

 あなたにしてもまだまだ他の仲間達と呼吸を合わせるのは難しいが、一朝一夕でそれをこなせるようになるものでもない。

 何より根本的な問題として仲間との実力差が開きすぎている、仮にあなたが合わせられるようになったとしてもそれは高次元から低次元に身を落とすという意味で戦力の向上にはつながらない。

 ならば、存分に腕試へと集中してもらっている間に自分が次元の塔内に落ちているアイテムやスキルを回収すればいいのだ。

 あなたが生み出す収益にはならないが、アイテム等は言ってしまえば資産だ。王国の資産作りに繋がる活動ではある。

 

「そうだね。私達もある意味修行に専念できる、か。じゃあお願いしていいかな?」

 

 もちろんだ任せてくれとあなたは胸を叩く。

 少しだけ揺れた胸へとニワカマッスルの視線が注がれた気がするが特に気にはならなかった。

 

「じゃあそういうことで。次に――」

 

 あなたの気分は爽快だ。

 これで役に立つことが出来るとスキップして小躍りしたいくらいに。

 だから。

 

「王国の収入を生み出すための企画、お店提案についてだけど」

 

 そう続いたローズマリーの言葉に身体がぴしりと音を立てて固まった。



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心の種

 頭を抱えながら拠点内であてもなくうろうろと徘徊するあなたの思考に埋め尽くされるはお店提案。

 なるほど確かに恒常的と言えば少し違うのかも知れないが次元の塔で得られる収入は一度きりだ。

 豊富にアイテムやスキルを手に入れようとも一度入手してしまえば次がないのは当たり前で、仮に当面の生活が保証される資産を手に入れようともいずれは尽きてしまう。

 

 生活というのは支出と収入バランスの上に成り立っている。

 まとまった収入を得たところでもうその活動を終えるということはない。一時的に休業する選択肢はあれどずっとというわけではないのだ。

 

 王国運営も同じだ、得られるかわからない収入をあてに資産運用計画は立てられない。

 あなた達が生活していくに必須な資金を超える収入を確保し、余剰で生活を豊かにして。豊かになっていけばそれを維持するため更に資金が必要になって。

 

 そのサイクルを保つためにはやはり常に安定して資産を生み出すお店や施設というのは理に適っているものだ。

 

 それが生活する、文化的な営みであるということをあなたは初めて身に知った。

 

 今までは命令を遂行することだけ考えていれば自身が活動出来るだけの生活が出来ていた。

 実際あなたがこれまで生きてこられたのは生活をしていたというより、主の手によって管理されていたとも言いかえられる。

 主の生活を支えていたと言えば少しは救われるのかも知れないが、意識してするしないの違いは大きい。

 

 要するに責任が生まれたのだ、あなたが仮に何かのお店を開けたとしてもそこで生まれた赤字はあなたが生んだものになる。

 ローズマリーは試行錯誤の末、あるいは軌道に乗せるまでの損失は気にしないでいいと言ってはいたが、あなたの隷属者としてのプライドがそれを許さない。

 

 すぐにでもと提案していたのはニワカマッスルとハピコの二人だ。

 特にハピコは、幸せ呼びまくり! 開運福ちゃんキーホルダーなどという福の神様こと福ちゃんを模したキーホルダーの生産、販売を手掛け、福ちゃんからもお墨付きを頂いている。

 

 悔しさのあまり鍋に油を引いてから揚げ粉を作りだしたのはご愛嬌だろう、まさか本当にその発想を食したところで得られるとは思っていない。

 

 ニワカマッスルの提案は栄養ドリンク販売らしく商品名をMドリンクというらしい。

 モーモードリンク、略してMドリ。

 

 難色を示していたデーリッチとローズマリーではあったが、ここでも福ちゃんの様子を見てはという一言で販売する流れになった。

 ここでもやはりあなたは悔しい思いの下鉄板を熱しようと体が動いたが残念ながら筋肉だらけで食いでが無いと我慢した。

 

 そういった中であなたはまだ提案が出来ていないのだ。

 ローズマリーには焦らないでいいと言われてはいるものの、主達の力になれない状況とはひどく落ち着かない。

 

 あなたは確かに戦闘で目覚ましい活躍を上げられる。だがそれは単独でならという言葉が頭につく。

 それ故に今デーリッチ達が向かっているサムサ村には同行せず、留守番をしながら提案を考えるという難敵へと立ち向かっているのだ。

 

 そうして考える資金の稼ぎ方。

 少し前に考えたようにあなたの特筆して挙げられる能力は戦闘技術だ。

 

 それを活かして魔物狩りを行うのが手っ取り早い稼ぎ方ではあるものの、自分一人を養うのならともかく多人数と考えた場合雀の涙程の収入になってしまう。

 

 塵も積もればなんとやらの精神でやるにしてもそれはほぼこの拠点から外出しっぱなしの状態になるし、恐らくデーリッチやローズマリーが言うところのお店には当てはまらないとも思っている。

 

 その時あなたに電流走る。

 

 ならばこの戦闘技術を教える道場の様なものを運営してはどうか。

 我ながらナイスアイディアだと手を叩くあなたの顔には笑顔が浮かぶ。

 そうすれば王国外から人も呼べるし、外の人は自衛能力向上まったなし。

 王国内のハグレ達も参加出来るようにすることで各員それぞれの能力向上だって狙える。

 つまり自分がパーティ内で力を振るう事も容易になるのだ。

 

 一石二鳥どころか三鳥。

 

 会心の発想だと自分を思わず褒め、だらしない笑顔を浮かべるあなたは早速と自分に出来ることをノートに書き上げ始める。

 

 さて、具体的にあなたが教えることが出来る技術とは何だろうか。

 あなたが思いつくままにノートへと記入していくそれは。

 

 牛にでもわかる簡単暗殺術。

 詐欺天使もどきの美味しい調理方法。

 生意気わんちゃんの躾け方。

 

 そこまで書いて一番下を消す。

 これは願望だし、ベルベロスは生意気ではない。

 あなたとしては驚くべきことにベルベロスはまさしく忠犬と言って良かった。

 

 少なくともデーリッチの言うことをよく聞くし、あなた以外の王国員との関係は良好だ。

 いまいち他者との関係を上手く築けていないと自覚しているあなたとしては見習わなければないらないとすら思う。

 

 よって躾けられるは自分であるべきだろう、躾けを行われる相手がベルベロスだとは認めたくないところではあるが。

 

 では詐欺天使もどきハーピーこと、ハピコの調理方法はどうか。

 未だ一度も実践していない以上信憑性は薄く説得力に欠ける。ならばこれは一旦保留とするべきだと項目の最後に予定と付け加える。

 

 調理と言ってもあなたに出来る料理にお上品なものはなく、野営中如何に効率よく栄養摂取出来るかといったようなサバイバル……もといキャンプ料理だから名称はともかく概要的にはサバイバルスキルと言うべきか。

 

 これも上手く活用できるだろう、あなたとしては何の工夫もない塩たっぷりの干し肉でもいいのだが主にそんなものを食べさせてしまっては隷属者の沽券に関わる。

 自分がいない時であっても誰かに教えておくことで間接的に主の役に立てると大きくあなたは頷いた。

 

 そしてやはり暗殺術だろう。

 あなたの優れている戦闘技術とは身のこなし、軽やかさ、そして一瞬で対象を絶命に至らせる急所への正確な一撃。

 

 同時に魔物への見識というかそういった部分もあるか、少なくとも多くの魔物と戦ってきたあなたの知識には魔物の急所が詰め込まれている。

 

 魔法が使えないあなただからどういった属性の魔法に弱いとかといった属性の問題はわからないものの、特技というか物理攻撃を主体とする仲間は知っていて損にはならない。

 

 無論知っている魔物であればどういった魔法を使ってくるのかもわかるため相手の弱点属性に知見を得ているものが居ればより内容の良いものになるだろう。

 

 考えをまとめたあなたは再び大きく頷いた。

 いける、これはいけますよと満足げに。

 

 

 

 帰ってきた仲間たちを出迎えて。

 見ない顔が二人いることにあなたは誇らしい気持ちになる。

 その理由はいまいちわからないものの、純粋にこの大きくがまた一つ大きくなったから嬉しいのだろうという結論を出した。

 

「あなたもこの……えぇっと、ハグレ王国の人? 私はサイキッカーヤエ、このサイコ能力でサイコソルジャー達に明るい未来を約束する者よ」

 

 果たしてその気分は一瞬で霧散した。

 何いってんのこの人と目を点にしてしまうあなたはどう答えたらいいのかが全くわからない。

 自分で自分の事を相当な変わり者だとつい最近自認したばかりのあなたをしても目の前にいるサイキなんちゃらさんに遠く及ばないだろうことだけしかわからない。

 

「ま、まぁええと、悪い人じゃないんだよ、ほんとだよ? 空気読める人で常識もちゃんと持ってるんだよ?」

 

「そのフォローは些か心外ね……フォローされなきゃ常識も持ってないし空気も読めないみたいじゃない」

 

「そういうところだよ!? はぁ……えぇっと、そしてこっちが」

 

「あのあの! あなたは雪だるま合戦というスポーツをご存知ですか!?」

 

 あなたの混乱は頂きに至った。

 自分を変わり者だと自認したと同時に物知らずであるということも自認したばかりのあなたではあるが、開口一番雪だるま合戦を知っているかと聞かれたのはまさしく初めてだ。

 とりあえず自分が冷静になるためにと、名乗りそういったスポーツは知らないと謝罪と共に口にするあなた。

 

「そう、ですか……それじゃあやっぱり」

 

「大丈夫でち! さっきも言ったでちよ! 一緒に出来る人を増やすことは出来るでち!」

 

「う、うん。あ、すみません。私、雪乃といいます」

 

 ぺこっと可愛らしく雪乃が頭を下げて来たことによりあなたは落ち着いた。

 詳しい事情はわからないが、やはりこの子もそれなりの事情を持ってこの世界に生きているのだろう。

 そしてその事情を完全にではないのかも知れないが、デーリッチこと我らが主は解決したのだ。さすがである。

 

 ならばこの時この場で出来ることはデーリッチの言を助ける、叶えることであると思い至ったあなたは雪乃に向かって興味があるので何時でも誘って欲しいと口にする。

 

「え? あ、はいっ! 初心者さんですよね! なら五目雪だるま並べがおすすめなんですー!」

 

 ハツラツとした様子で雪だるま合戦とはなんぞやと説明してくる雪乃を相手にしながらあなたの耳に聞こえる声。

 

「あれ? い、意外と優しい?」

 

 ハピコが信じられないといった目をあなたへ向けてくる。

 なるほどわかったご期待に応えよう、先程書き上げた調理についての題名から保留を取る日は近いなとほくそ笑むあなたは雪乃へと質問をする。

 

「え? 唐揚げにレモンですか? えぇっと、私は塩胡椒の方が好きですぅ」

 

「あ、デーリッチはレモン好きでちよ! ねぇローズマリーもそうだったでちね?」

 

「そうだね、でも塩胡椒もレモンもどっちも好きだよ」

 

「やっぱり気のせいだっ!?」

 

 たじろぐハピコへと笑う仲間達。

 あなたとしては本気八割程度ではあるのだが、どうやら空気がよくなったようなので結果オーライと満足する。

 そんな中今の流れを見ていた電波少女は頷いた後言うのだ。

 

「いいとこね。これからよろしくね」

 

 照れくさそうにあなたへと片手を伸ばしながら言う彼女。

 その片手を受け取りながら、あなたは今日来た二人が所謂良い人で良かったと安堵するのだった。

 

 

 

 新たな仲間が増えたところであなたは思う。

 既に王国の一員となった数はデーリッチとローズマリー、あなたを含めれば九人。

 国というイメージからすれば僅かも良いところなのかも知れないが、急速な拡大と言っても良いだろう。

 

 ざくざくと増えていく仲間を喜ぶ気持ちは確かにあるが、あなたには一つ気がかりがあった。

 

「え? なんだか意外……っていうのも失礼か。だけど心配しなくても大丈夫だと思うよ」

 

 ローズマリーへとお店提案について相談するついでにと気がかりを具申してみればそんな返事。

 

 提案に関しては一口で言えばもう少し考える必要があると言ったところか。

 現状の王国規模から外の人間やハグレがそれを目当てにやってくるとは考えられない以上収入を得るのは難しい。

 今は王国の中から外へのアプローチが必要であるため、外から中へと呼び込む形の施設はいまいちだというのはローズマリー談。

 

 ただあなたの自発性を喜んだローズマリーは一旦保留で規模が大きくなってきたらもう一度と言ってくれもした。

 それまでは先の提言である次元の塔での蒐集作業で賄って欲しいとのこと。

 

 そして気がかり。

 

 この調子で仲間とやらを加入させていってしまえば危険因子すらも知らぬ間に抱え込むことになってしまうのではという点。

 一番の危険因子は紛れもなくあなたではあるが、その自覚はあなたにない。

 それでも今のあなたにはハグレだから(・・・・・・)この国で抱えるという印象が強くある。

 これもあなたを棚にあげることになるが、それこそ重犯罪者であってもその理由で王国員としてしまうのではないか、またそのせいで要らぬ危険を背負うことになるのではないかと気にしているのだ。

 

 無論というか、この国、ひいてはデーリッチを危険に晒す、あるいは及ぼそうとする者は即刻処断する腹積もりのあなたではあるが。

 

「いやいやいや、万が一そうなってもまずは私に言ってね? でもさっきも言ったけど心配要らないと思う」

 

 そういうローズマリーの頭に浮かんだ理由というのはデーリッチだろう。

 やけに自信ありげというべきか、こういう話の時、ローズマリーの瞳にはデーリッチの信頼で溢れている。

 あなたとしてもデーリッチのことは信頼も信用もしているが、恐らく次元が違う。

 

 あなたは主だからデーリッチを信頼しているのに対して、ローズマリーはデーリッチだから信頼しているのだ。

 

「あの子の人を見る目は確かだと私は信用しているもの。そりゃ突拍子もないことで慌てることはあるけど、ね」

 

 ただどうしてだろうかデーリッチのことを話すローズマリーを羨ましく思うあなた。

 その信頼の仕方は今のあなたに理解できないもの。

 

 あなたは常に理由が与えられていた。

 

 命令だから、あるいは主だからそうしなくてはならない。

 

「そんな顔しないでよ。私は……ううん、きっとデーリッチも皆も。いずれキミのことをそう思うようになれたらと思うし、キミも皆のことをそう思えるように願ってる」

 

 果たして自分はどういう顔をしていたのか。

 思わず両手で頬をペタペタと触ってしまうあなたへローズマリーは随分と綺麗に微笑んだ。

 

 そう思えるのだろうか、あなたは。

 思いたいと願う気持ちは未だ自身にそうなれと願われているからという理由に塗りつぶされ姿を捉えられない。

 しかし、この時より静かにあなたの心へ種は蒔かれた。

 

 今はただ、芽吹く時を静かに待っている。

 



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