英傑召喚師 (蒼天伍号)
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英傑召喚
牛若丸・一


ごめん、書きたかったんだ……。

許さなくていい、ただ、見てくれ!


20XX年。

科学の進歩により目覚ましい発展を遂げた人類文明は、昼夜を問わずして活動しその生活圏を地球全土にまで広げた。

人類のあらゆる苦は緩和、或いは克服され、彼らは『堕落』の時代に突入した。

その過程で古の昔には『神』や『悪魔』とされた現象は科学によって説明され、太古より崇められ、畏れられた神や悪魔の類は『迷信』としてその存在を否定された。

世界を統べてきた彼らの衰退により、地球の覇権を握った人類は増長しさらなる発展を求めて知識を蓄え、未踏を踏破し、生命の理にさえ手を出し始める。

 

そのような現代社会にあって、未だ『悪魔』と戯れる者たちがいた。

 

悪魔を使役し、悪魔と戦う者たち。

即ち『悪魔召喚師(デビルサマナー)』である。

 

人間社会の裏側に身を置きながら、『世界の裏側』にまで足を踏み入れる異端の人類。

神秘の薄れた現代において神々と触れ合う素質を有した彼らは、しかし科学全盛期の現代社会を脅かす『悪魔』たちとの戦いを続けている。

 

 

そんなデビルサマナーの中に一人の男がいる。

 

名を『奥山(おくやま) 秀雄(ひでお)』。

剣も銃も平均的腕前しか持たない中堅サマナーたる彼は本来なら奇天烈な物語を紡ぐほどの人間ではない。

『古代より国家を守護する者』でもなく『数奇な運命を乗り越え伝説のサマナーの役割を受け継ぐ力』もない。

『黙示録の結果を左右する運命』も『創世を決める力』もなし。

 

ゆえに『中立者』からは見出されず、『明星』にも『御使い』にも興味を示されない。

 

……だが、ほんの少し。『選択』という名の運命の分岐を重ねれば。

例えば『人にあって人にあらず』とされた者たちと運命的出会いを果たしたのならば。

或いは、彼であっても何か、『意義のある物語』を紡ぐことができるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Main case.『英傑召喚師』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都心から少し離れた、郊外に位置する『夕凪市』。

山に面した北部と、港町に通じる大通りを有した街区に分かれているごくごく平凡な街である。

 

古くは山岳信仰を持つ集落を中心に栄えたと伝わるが、今は周辺地域の開発・発展に遅れを取った田舎町に過ぎない。

とはいえ、市の半分にあたる街区には小中高が揃い、少し離れた隣町には大学キャンパスも備えるために生活面における満足度は意外なことに高く、都心に比べて落ち着いた景観を保ち、各種生活用品を揃えた店舗も充実したまさにベッドタウンと言うべき街である。

ただ、もう半分にあたる山間の北地区は陰鬱とした空気が常に漂い、そこから街区の手前に伸びるようにして時代遅れな家屋と、手入れのろくに行われていない畑が疎らに続き、これに引っ張られるようにして街の評価を落としているのは明白であった。

 

 

そのような街だが、いや、そのような街だからこそ俺のような中堅デビルサマナーにとっては住みやすい土地と言える。

 

山間部と街区のちょうど真ん中、畑を背に負うようにして華やかな街区へ玄関を向ける一軒家。

現代建築や、木造家屋から逸脱した外観。即ち『西洋館』と呼ばれる文明開化の時期に建築された洋風建築である我が家。

もとはとある異国人の商人が住んでいたとされるが、俺が見つけた時には無人となって久しく、管理もおざなりな幽霊屋敷と化していた。

 

それを買い取り居住するにあたりリフォームを施して修繕を重ねた結果、かつての資料写真に限りなく近い煉瓦屋根、寄棟造の紅い洋館として美しい外観を取り戻すに至ったのだが詳細は長くなるので割愛。

 

奥部屋にあたる自室にて俺は今、一枚の『札』と睨めっこしていた。

 

 

「『呼符』……重要なのは『よびふ』なのか『こふ』なのかだ」

 

冗談はさておき。

俺は金色の板を眺めながら、これを譲ってくれた友人との会話を思い出していた。

 

曰く、これは『英傑召喚を行うための呪具の類』であるらしい。これを『起点』として『悪魔召喚』を行うことで英傑に限定した召喚が実行可能なのだとか。

 

ちなみに英傑とは、人類の歴史・伝承の中で『英雄』と呼ばれたりする有名人たちを『モデル』とした『悪魔』のことである。

たとえば北欧のドラゴンスレイヤーとして知られる『シグルド』、歴史人物としては江戸時代における一揆を率いたとされる『天草四郎時貞』。有名どころでは『織田信長』とか。

時には『英霊』なんて呼ばれたりする彼らの名を冠する特殊な悪魔が英傑、或いは英雄とそのままの名称で語られるカテゴリである。

 

本来なら、悪魔召喚で英傑を呼び出すのは『困難』である。当然だ、人外を召喚する術式で『人の霊』たる『英霊・英傑』を呼ぼうなどと、お門違いも甚だしい。

それでもごく稀に『事故』によってイレギュラー的に英雄が召喚される場合がある。それが上述のカテゴリにあたる。

つまり、人為的に英雄を召喚しようすれば『悪魔召喚プログラム』ではなく古く伝統的な『召喚術』を用いて正しい手順の儀式を遂行した上で呼び出す英雄に由来した品を用意するなど面倒な手間をかける必要がある。

 

そうして呼び出した英雄であっても、“古き神”とされた上位の悪魔には敵わない。

 

結局、英傑・英雄を使役するサマナーはほぼ存在せず、居たとしてもそれは『特殊な環境下』にあるサマナーに限られる。

 

 

 

 

呼ぶのが面倒な英傑ではあるが確かな実力を有した英傑もいる。

 

友人曰く、呼符で召喚される英傑は完全にランダムらしい。

それでも英傑カテゴリの悪魔しか呼ばれず、他の悪魔は一切出てこない不思議なアイテムなのだという。

要は根幹の『システム』が異なるのだろう。それは今の段階では分からないので考えても仕方ない。

 

しかし、『触媒』と呼ばれる英雄に由来した『何か』を用意すれば呼符召喚であっても英傑の指定がある程度可能だとも聞いた。

 

「だが、生憎とそっち方面はノータッチだったからな……」

 

サマナー歴十余年、これまで英傑と出会った経験はなくその存在も情報でしか知らない、まさに未知のカテゴリ。

 

当然、興味が湧く。

幸いというか今は依頼と依頼の合間、『休暇』であり、先日京都に二泊三日で行ったくらいには時間がある。もし、これで英傑なる悪魔を召喚できたなら暇つぶしにその方面を調べてみてもいいかもしれない。

 

そう、これは単なる暇つぶしなのだ。

俺の『スタイル』の関係上これ以上の仲魔の追加は不要であり、そもそも加える気もなかった。

現在、COMPに登録されている仲魔は殆どが『支援魔法』を得意とした裏方担当だ。かくいう俺も『支援特化』である。

 

なので、どうせ来てくれるなら『前衛』を任せられる仲魔とかだと嬉しいが。そもそもの呼符なるアイテムが眉唾なのでイマイチ期待は出来なかった。

 

 

何はともあれ。

 

 

やってみないことには始まらない、と俺は早速召喚の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

友人がくれた『図』を見ながら、指定の魔法陣を床に描く。

それにしても見たことないデザインの魔法陣だ。

たぶんに、悪魔を呼ぶための魔法陣と人の霊たる英傑を呼び出す魔法陣は術式からしてまるっきり異なるということだろう。

友人によれば魔法陣の中心に呼符を設置してMAG(マグネタイト)を注げばそれで即召喚できるらしい。えらく簡単だ。

……と思ったが、魔法陣自体がかつてないくらいに複雑かつ大掛かりなのを見るに、おそらくは面倒な手順は全て魔法陣の中に書き込まれているのだろう。

この辺りは悪魔召喚プログラムに近いと思う。

 

 

「よし……あとはMAGを注ぐだけか」

 

額の汗を拭いながら完成した魔法陣を眺める。

大きな円形を中心に四方へと小型の円形・魔法陣を組み合わせた特殊かつ大掛かりな魔法陣である。

中央には呼符なる金札を設置済み。

 

「触媒、ねぇ」

 

触媒があれば英傑の指定ができるとはいうが。改めて思い返してみても相当する品は残念ながらない。

 

しょうがないので触媒無しのランダム召喚を実行することにする。

……ふと気付いたが、この召喚法。『プログラム型』か『古式』かどちらに含まれるのだろうか。

後者なら問題ないが仮に前者に類するなら……或いは『反逆』もあり得る。用心するに越したことはないので装備一式と仲魔を召喚しておく。

 

当然、仲魔召喚は『COMP』で行う。

俺が使用する機種は旧いツテで手に入れた『ガントレット型』の最新機種だ。……いや、最も新しい『媒体』としては『召喚プログラムをインストールしたスマホ』ではあるが。

ともかく、タッチパネル式の画面をポチポチして召喚を実行。

直後、俺の傍に二体の異形が出現した。

 

『呼ンダカ、サマナー?』

 

黒犬の頭部を持ちながら、白くニョロっとした身体を持ち宙空に浮遊する悪魔。イヌガミ。

 

『命令ヲ、サマナー』

 

似たようなニョロっとした形をしながら青い体毛で覆われた身体を持つ狐面の悪魔。クダ。

 

どちらもサマナーにとっては見慣れた悪魔であり愛好家も一定数存在するメジャーな悪魔である。

加えて両者ともに『人に使役される霊』としての伝承を残す犬神と管狐。サマナーとの相性は言わずもがなであった。

 

俺の契約する二体には支援魔法を覚えさせており、戦闘時は俺とこいつらで味方にバフをばら撒く役割を果たす。

……が、今回は俺しか『前衛役』がいないので俺に支援魔法を目一杯掛けてもらい、フル強化で戦う算段。

剣も銃も凡才な俺だが、バフがあればなんとか一線級に食らいつくことはできる。加えて『支援魔法を使った戦闘』には長がある俺だ。もし“関帝”並みの大物が出てきても生き残るくらいはできるだろう。

 

「有事に備えた護衛を頼む。もし荒事になったら俺に目一杯バフを掛けてくれ」

 

『承知した』

『御意』

 

悪魔の中では忠実な部類に入る二体は言葉少なに、しかしキチンと理解した様子で頷き傍に待機する。

俺もホルスターに銃を仕舞い、腰に刀を提げてからいざ魔法陣にMAGを注ぐ。

 

その瞬間、注いだ端から淡い光が徐々に魔法陣に広がっていき、応じて魔力の風が吹き始めた。

 

「さて、蛇が出るか……或いは」

 

しばらく輝き続けた魔法陣、その中央からゆっくりと光の粒子が立ち昇り。やがて陣に配置した呼符を『溶かして』人の形へと変わっていく。

 

無数の粒子が寄り集まった『人型の光』は、足元からより『人』に見える『色彩』を見せていく。

 

そうして魔法陣の上に現れたのはーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「召喚に応じ、『ウシワカマル』まかりこしました。

 

誠心誠意、尽くさせていただきます」

 

日本古来の甲冑を纏い、豪華な装いが施された日本刀を腰に差し、長く美しく、艶やかさを携えた黒髪を後ろで結いている。

しかしその『正面』は直視するには些か『勇気』がいるほどに『薄着』で。

そしてなによりその薄着ゆえに確認できる、()()()()()()()()()()()に疑問が湧く。

 

そんな俺を他所に『彼女』は膝をついた姿勢のままに面を上げ真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。

 

「? ……主殿、で間違いありませんよね?」

 

「……」

 

次に問いかけられた言葉、その問いも答えも脳裏に浮かぶがあまりの『衝撃』に言葉が出てこない。

厳密には、凄まじい格好と『日本で随一の知名度を持つ武将』が女の子として召喚された事実に青天の霹靂状態なのだ。

 

「主殿、私を召喚した“さまなー殿”、ですよね?」

 

「あ……ああ、如何にも。そうだが、そうなんだが……。

え、と、確認なんだがお前は『牛若丸』で間違い無いな?」

 

なんとか動揺を押し込んで冷静に問い返す。

すると牛若丸を名乗る彼女は、神妙な面持ちから一転して花開くような笑顔で元気に応えた。

 

「はい! その通りですとも、主殿!」

 

「……鎌倉幕府成立の立役者、源義経の幼名で、その背格好からするに『鞍馬の寺に預けられていた』頃の姿。ということかな?」

 

……にしてはデカいが。

 

「厳密には“山を降りた後”の姿ですが。 如何にも私は源義経が若かりし頃の『ウシワカマル』……その『影法師』たる存在」

 

影法師?

よく分からんが『本人では無い』と言いたいのだろう。まあ、サマナーが使役する仲魔だって大半が『分霊』ないしそれに準じた存在ばかりであるし今更な話。加えて『厳密にどうなのか』という点についてもサマナー間で共通する常識も持たないためぶっちゃけ『どうでもいい』。

 

ただ、この態度からするに少なくとも彼女に『反抗の意志』は無いものと判断できた。十年以上もサマナーを続けている経験からの判断である。

ならば、と俺は仲魔を『送還』する。

 

「ご苦労、イヌガミ、クダ。また用があれば呼ぶ」

 

『ムゥ……次ハ、戦場(いくさば)ニ呼ブガイイ、サマナー』

『……御意』

 

両者とも少し残念そうな様子だったが、たぶんに最近は休暇ゆえに呼び出す機会が減っていたからだと思われる。今度からはもっと頻繁に呼んでやろう、と思った。

 

ところで、と彼女、ウシワカマルへと目を向けて考える。

 

俺が執り行ったのは確かに英傑召喚だ。まあ人伝に聞いた方法ではあるが情報の出所を鑑みるに誤情報とは考え難い。

ならば、なぜ『ヨシツネ』ではなく『ウシワカマル』が呼ばれたのか。加えてなぜに『女の子』なのか。

俺が知る情報では、過去に『葛葉』の者が召喚したという英傑ヨシツネは確かに『男』であったという。

 

……こいつ、本当に『牛若丸』なのか?

 

よからぬ不安が脳裏を過ぎり、すぐさま『COMP』の『仲魔一覧』画面へと移動。その中にある彼女の名前を探した。

 

「……英傑ウシワカ」

 

確かに彼女は英傑で仲魔であった。名前もウシワカマルのウシワカ。別段不審な要素は見当たらなかった。

なら彼女は確かに牛若丸なのだろう。

ランダム召喚ゆえに思いもよらない『マイナー』を引き当てる可能性も考慮していたが、結果としてはかなり『当たり』なのではなかろうか。

 

あの判官贔屓の元ネタ源義経……の幼少期とはいえ、確かな『知名度』を持った英雄なのは間違いない。

幻魔クー・フーリンにとってのセタンタだと思えば理解が早い。

 

となれば、これは『成功』と見ていいだろう。

 

一先ずの不安を払拭した俺がふと彼女に目を向けると、些か『不満げ』な表情の英傑ウシワカがいた。

 

「……私、疑われるようなことをした覚えはないのですが」

 

咄嗟のことでまごついたとはいえ、俺も中堅サマナー。動揺と疑念は隠していたつもりだが。それを見抜くとは、素晴らしい観察眼と言えよう。さすがは英雄の御霊。

 

「失礼した。が、疑念はすでに取り払われている。

……最初に確認しておきたいが、『貴殿』は私の仲魔となることを承諾してくれている、そういうことだな?」

 

「無論、この身は貴方が召喚せしめた『英傑』なるもの。『英傑』は召喚者に尽くすもの、と認識しておりますが」

 

ふむ……? 最初から召喚者を主と認めているか。やはり『召喚プログラム』とは少し違う、いや悪魔召喚とは異なるシステム……これが『英傑召喚式』たる特殊召喚術式か。

『友人』から伝え聞いたところによれば『マキリ』なるダークサマナーが構築したシステムとのことだが……なかなかどうして便利な機能が付いているじゃないか。

惜しむらくはマキリ氏が()()()()という点か。

 

とにかく、無事に英傑召喚は成功した。

身構えていた反動で拍子抜けはあるが、スムーズに物事が進むのは良いことだ。

 

とりあえず、これから、いやすでに『仲魔』たる彼女に信頼を見せるべく俺は手を差し出した。

 

 

「ならば歓迎しよう、ウシワカ。貴女……いや、君は今から俺の『仲魔』だ。共に悪魔退治の職を全うしてくれることを期待している」

 

「なかま…………。

 

はい!! このウシワカ、全力で尽くさせていただきます!」

 

立ち上がりしっかりと握手を交わしたウシワカは、次いで満面の笑みを向けてきた。

 

……なぜか、『背筋に悪寒』が走ったが気のせいだと思う。

 

 

 

 

 




例によってストックがある分だけチェックして、投稿しますので続きは未定です。

時事ネタがズレてたとしても気にしないでください!


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牛若丸・二

英傑召喚、とは悪魔召喚及び『悪魔合体』時の『事故』によってその存在を世に広めた英傑、それ単体を目的とした特殊召喚術式である。

 

起源は定かではないが、上記の事故によって英傑の存在がサマナーの間に知られるにあたり。世界各地で英傑召喚式の開発は行われていたという。

が、開発者たちの『秘匿性』ゆえに詳細な情報は出回っておらず今以てしてサマナーの間で『英傑』カテゴリの仲魔が殆ど使役されていない現状を作り出している。

 

そんな中で俺はとあるツテから日本の地方都市で開発されたという英傑召喚式を知ることとなる。

 

開発者の名は『マキリ・ゾォルケン』。

和名を『間桐臓硯(まとう ぞうけん)』という。

彼は元々ロシア近辺の『サマナー』一族の出らしいが、何らかの理由で日本の地方都市『冬木市』へと根を下ろしそこで間桐の家を興した。

その後、『五百年』の歳月の中で英傑召喚術式を構築し、これを用いて『何らかの儀式』を執り行おうとしていたらしい。

 

だが、『何らかの理由』で儀式は失敗。その騒動の中でマキリ氏も鬼籍に入る羽目となったのだとか。

 

……ぶっちゃけよく分からん話だ。

まあ、情報源が『友人』だけなのだから必然といえばそうだが。

“純度の高い”ガーネットを十個も払わされた対価としてはどうかとも思うが。

 

俺としては術式がきちんと機能して、こうして英傑という強力な仲魔が出来たという成果に満足しているために真相云々には興味がない。あるといえば英傑召喚式についての詳しい解明くらいだ。

当初から予定していた通り、後日改めて世界の英傑召喚式について調べてみるつもりだ。

未だ試験戦闘は行なっていないのでなんとも言えないが、結果次第では本腰を入れて召喚式の調査を敢行、英傑カテゴリの仲魔を揃えられるだけ揃えるつもりだ。そうなれば受けられる依頼の幅も広がるし戦力も増して俺の安全も確保される。良い事づくめじゃないか。

 

ただーー

 

 

 

 

「あー! 主殿、またこんなちらかして!!」

 

Tシャツ短パンにエプロン姿のウシワカが仁王立ちで部屋の入り口に現れた。

 

周囲に目をやると、なるほど確かに彼女の言う通り散らかっている。

『魔導書』や『呪具』、その他依頼で使う備品の類が乱雑に床に散らばっている有様だ。

 

「……すぐに片付ける」

 

「そう言って、昨日も片付けなかったではないですか!

結局、主殿が寝静まった頃に仕方なく私が片付けたのですよ!」

 

そうか、朝片付いていたのは彼女のおかげだったのか。

 

「ありがとう」

 

「いえ、主殿のお役に立てたなら……いやいや、そもそも主殿がきちんとしてくだされば良い話です!」

 

くそ、誤魔化せないか。妙なところ真面目なやつだ。

 

そう、昨夜、彼女を召喚してしばらく経ってから気付いたのだが。

彼女、とにかく小うるさい。お節介というか躾に厳しいというか、事あるごとに俺に説教してくるのだ。

 

「お前は俺の母親か」

 

「いいえ、『仲魔(なかま)』、ですとも!」

 

なぜか誇らしげに胸を張るウシワカ。面妖な。

 

一人暮らしが長かったせいか、私生活に影響しない限りは片付けという行為に無頓着になりつつあった俺にとって、他人から片付けを強要されるという体験は久しく懐かしい気分にさせる。

とはいえ、他者からの干渉が苦手な俺には同時に苦痛も与えてくれる。

 

……まあ、未だ呼んで日が浅い彼女との信頼関係に傷をつけるわけにはいかないのでここらで素直に従っておくことにする。

 

「おお、今日はちゃんと言うことを聞いてくれるのですね!

ウシワカは嬉しいです!」

 

俺が重い腰を上げて片付けを始めたことで、ウシワカは満面の笑みを浮かべた。……そういう素直なところは好ましいんだがな。

 

面倒なことはさっさと済ませよう、と俺は黙々と片付けを始める。

 

 

「あ……」

 

少しして、床に放置していた『羽団扇』を見つける。

鳥の羽根のような色彩と紅葉のような形状、ただし大きさは夏祭りで見かける団扇と同等のそれ。

伝承、物語の中で天狗が持っている羽団扇そのものであるソレは、俺が先日鞍馬山に一人旅行で訪れた際に偶然拾ったブツだ。

 

そして、何を隠そうコレが触媒の役割を果たして英傑ウシワカを召喚することになったのだ。

昨夜、彼女が部屋に飾っていたコレを見つけて判明したこの事実。彼女曰く、この羽団扇は牛若丸が山で修行していた際に、師である鬼一法眼こと鞍馬天狗からこっそり拝借してイタズラに使っていたモノなのだと言う。

要は『神話・伝承の遺物』である。ドイツの英雄ジークフリートに例えるなら、彼の背中に張り付いたとされる『菩提樹の葉』が相当する。

 

英傑召喚の触媒の役割を果たす遺物など、加工すれば上等なアイテムになることはまず間違いなく。そんなレアモノを偶然で拾った俺の幸運は相当なものなのだろうと思う。

 

結果、こうして英傑の一体を仲魔として……

 

 

「そういえばまだ詳しい話を聞いていなかったが」

 

「はい? なんでしょう?」

 

俺の声に反応してちょこちょこと近くに寄って屈むウシワカ。

俺は手にした羽団扇を見せながら語る。

 

「お前は『あの召喚式』についての知識を持っているような仕草を見せていたな。確か、召喚者はマスターである、とか」

 

「ああ……アレは『召喚時に付与される知識』です」

 

「? どういうことだ?」

 

詳しい話を聞いてみると、なかなか興味深い情報が出てきた。

曰く、あの召喚式で呼ばれた英傑には『召喚者は主である』という認識が付与されるらしく、他諸々の要因はあれウシワカは忠誠度MAX状態で召喚されたということになる。

この特徴は、一部のサマナーが用いていた『造魔』なる存在と似ていると思い出した。

造魔は造魔素と悪魔を合体させることで誕生する特殊な悪魔であるが、噂で聞いたところでは『特定条件下で合体をすると英雄になる』らしい。

この話を聞いた時は眉唾と思ったが、こうしてウシワカという英傑を仲魔とした今は何らかの関係があるのではと推測できる。

 

また、先の認識はウシワカをして『理由はわからない』らしい。なのに、『召喚者(マスター)には逆らえないナニカがある』という認識だけが残っているのだとか。

……もしかしたら、先の召喚式は『不完全』だったのかもしれない。

人伝に聞いた定かならざる式ゆえに有り得ない話ではない。

 

だが、これ以上を知るには情報が足りないので今は保留とするべきだろう。

 

 

「ありがとう、参考になった」

 

「? お役に立てたならなによりですが……」

 

ウシワカは頭上にハテナマークを浮かべるように困惑した様子だったがわざわざ語る内容でもないのでスルー。

 

その後、素直に片付けを終えた俺は、早速『試験』用の依頼を用意するべく仕事用のPCへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「主殿、これは、なんですか?」

 

不思議そうな顔で俺のPCを指差すウシワカ。

おそらくはPCを初めて見るのだろう。ウシワカなどという英傑が召喚された記録は、少なくとも俺は知らないのでもしかしたら『初めて現界した』のかもしれない。なら自分の時代には影もカタチも無かった文明の利器には当然、興味が湧くのだろう。

……俺の顔のすぐ近くからひょっこりと顔を出すのはやめてもらいたいが。

 

「これはPC、これといった説明が難しいんだが……とりあえず、電気を利用して遠く離れた人とも交流できるモノと覚えておけば良い」

 

「電気……とは、まさか雷ですか?」

 

……まあ、同じようなものか。

 

「そんなところだ……さ、俺はこれから仕事に入る。さっさと部屋から出てーー」

 

そこまで言って、はた、と気づく。

 

「……お前、昨日からずっと召喚しっぱなしか?」

 

「? はい、主殿が床に入られてからもずっと」

 

なんてことないように答えた彼女に思わず頭を抱えた。

まあ、俺も疲れから寝落ちしてしまったのは悪かったが。

 

となると俺は今まで無駄にMAGを垂れ流していたことになる。

 

と、慌ててCOMPを確認したのだが。

 

「ん?」

 

思ったよりもMAGは減っていなかった。

たまにイヌガミやクダを放し飼いする時と比べても大した差はない数値しか減っていない。

英傑、なんていうからもっと膨大なMAGが搾り取られると考えていた俺はあまりの省エネ具合に拍子抜けした。

 

「まあ、このくらいなら心配するほどじゃない。寧ろ、俺の『MAG生成量』を下回る数値だしな」

 

原理等は気になるが、今は依頼探しに集中すべきだろう。

 

俺はPCを操作して『デビルサマナー用のサイト(DDS-NET)』へと入る。

手早く『パスコード』を入力してホーム画面に。

そこの右端のメニューバーにある『依頼』の項目をクリック。

 

ページが切り替わりずらりと並べられた依頼の数々へと目を通した。

 

 

 

『依頼名:ピアレイ退治 依頼主:白目おじさん

依頼内容:不忍ーー』

 

却下。

あそこは一体、何回悪魔に襲われれば許されるのか。

一年に一回はあの池関連の依頼を目にする気がする。

わざわざ藪蛇は御免なのでスルーである。

 

『依頼名:サマナートーナメント予選 依頼主:トーナメント運営委員会ーー』

 

却下。

数年前から俺宛にメールが送られてくるが、生憎と俺は『単体では役に立たない』。……味方の支援が俺の得手とするところだ。

 

『依頼名:大天使討伐 依頼主:ー

依頼内容:本依頼はサマナー協会に所属する全てのデビルサマナーに宛てた依頼である。

新宿御苑に集結しつつある天使・悪魔の情報は既に周知のところと思う。彼らの目的は当然、『御苑の制圧』。だが当然、そのような暴挙は認められない。かの地は我ら日ノ本の“國家”のモノである。

よって、双方の殲滅ないし撃退をーー』

 

却下だ。

『この情報』は既に耳にしているが、まさか俺のような中堅の手に負える内容ではない。こういうのは『葛葉』の管轄で、間違っても手を出すべき案件じゃない。

だって、大天使討伐とか明らかに厄ネタじゃないか。

 

 

その後も届いている依頼に目を通すもちょうどいい依頼がなかなか見当たらない。

別にいつも通りなら受領しても構わない内容が幾つかあったのだが。今回はウシワカの能力測定が主である。

なので危険過ぎても簡単過ぎてもいけない。

 

と、しばらくディスプレイと睨めっこしているとちょんちょんと肩を突かれる感覚があった。

 

「ん、ウシワカ。まだいたのか」

 

「主殿、何かウシワカに手伝えることはありませんか?」

 

ソワソワしながらそんなことを言う彼女。どうやらやる事がない、というのは落ち着かないらしい。

 

「んー、特にやってもらいたいこともないし。COMPにでも戻っててくれるとーー」

 

言いかけて、言葉に詰まる。

なぜならウシワカの顔がみるみるうちに『どんより』とし始めたからだ。

そんな落ち込むなよ、やり難いな。英傑というのはこうも面倒くさい性格なのか?

俺だって仲魔に対する信頼や愛着がないわけじゃないが、ウシワカは昨日会ったばかりだ。昨日の今日ですぐに信用も信頼もできない。

 

できないが……なんというか、彼女を見ていると妙に『構ってあげたくなる』。なんだろう、『犬』を相手にしている時のような心待ちになってしまう。

 

しょうがないので彼女には『家事』を任せることにした。

 

「……とはいえ、文明の利器(IH)を使うのは流石に心配だからな」

 

そう言って俺はCOMPを操作して仲魔を召喚した。

 

バシュン、と音を立てて現界したのはひょろりとした白い体躯のイヌガミ。

 

『頻繁ニ、呼ブジャナイカ、サマナー』

 

「悪いな、彼女に『家事』を教えてやってくれ」

 

「主殿! このウシワカ、家事くらいならお手の物です!」

 

「……だそうだ。とはいえ心配だから『家電』の扱いだけ見てやってくれないか?」

 

『オ安イ御用ダ、何年家事ヲヤラサレタト思ッテイル』

 

「うっ……こ、今度、『高級ドッグフード』買ってきてやるから」

 

『アオーン! 任セロ、全テ上手クヤル!!』

 

そう言って『行クゾ、小娘!』と意気揚々と部屋を後にする二人。いや、一人と一匹。

扉の外から「小娘などと呼ばないでいただきたい!」とかいう声が聞こえてくるが。

大丈夫だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、主殿! 存分に召し上がってください!」

 

「お、おぉ!!」

 

数時間後、俺の目の前には立派な昼食が並んでいた。

焼き魚と、山菜の和物。筑前煮、味噌汁と白米などなど。

いつも“イヌガミが”用意してくれるメニューと同等の代物だ。

 

ちなみに食材の買い出しは全てイヌガミによるもの。厳密には、『霊体化』させたイヌガミの助言に従って俺が買っている。が、基本的に食材とか料理に頓着しないので実質イヌガミが買っているも同然。

なので詳しい経緯は分からないが、どうやら無事に家電を使って料理することができたようだ。

 

「……よく見ると、リビングも綺麗になっている」

 

乱雑に散らばっていた荷物とか衣服は片付けられ、積もった埃や床の汚れなどはピカピカと光を反射するほどに綺麗になっている。

 

「まあ、天才ですから!」

 

ドヤっ、と腰に手を当てるウシワカ。まったくその通りなので素直に称賛の声を送った。

すると彼女は当然と言わんばかりの顔でうなずく。

……なんか、可愛いなコイツ。

 

『マ、コンナ所ダ』

 

傍らではイヌガミも短い手でウシワカのポーズを真似てドヤ顔を決めている。

 

「ああ、お前に任せてよかったよ。ありがとう」

 

『ト、当然ダ』

 

ちょっと照れながらもドヤ顔を続けるイヌガミ。こいつも可愛いな。

 

何はともあれ無事に家事ができることを確認できたことに安堵しながら、俺は手を合わせてから食事に手をつけた。

 

 

 

 

「ご馳走様」

 

「主殿。その、お味はいかがでしたか?」

 

少し緊張の色を見せながら問いかけてくるウシワカ。

 

「うん、文句なしだ。正直、ここまでできるとは思わなかったよ。ありがとう」

 

「っ! はい! このウシワカ、もっと主殿のため尽くして参ります!」

 

真っ直ぐな信頼が心に刺さる。……なんというか、段々と彼女の性格みたいなのが分かってきた気がする。

おそらく、彼女は本気で忠誠を捧げてくれている。それも『過ぎる』ほどに。

何がそこまでさせるのかは分からないが、ひとまず彼女に疑いを向けるのはやめようと思った。

 

 

 

食事も済ませて壁にかけられた時計を確認すると、針は午後十四時を示していた。

ふむ、頃合いか。

 

「ウシワカ、俺はこれから依頼の準備に向かう。……一緒に来るか?」

 

たぶん、留守番させても退屈だろうし、かと言ってCOMPに戻すと落ち込みそうなのでこのような誘いを出してみた。

……いや、別に『美少女と街に出かけてみたい』とかいう俗な思惑はこれっぽっちもない……ない。

 

「っ、はい!! ぜひ!」

 

飛び跳ねそうな勢いで食い気味に即答する彼女。

そ、そんな嬉しそうにしても何もあげないんだからね!

 

『汝、ソンナ気持チ悪イ顔ダッタカ?』

 

「はぁ!? き、気持ち悪くねぇし!?」

 

唐突に辛辣な言葉を投げかけてくるイヌガミに驚愕しつつも慌てて手近の鏡を眺める。

……うん、ちょっと頬が緩み過ぎていたな。

 

気を取り直して、表情もキリッとさせた俺は改めてウシワカに声をかけ、連れ立って家を後にする。

留守番はイヌガミに任せる……まあ、自宅には『奇門遁甲』を主体とした『結界』を張ってあるのでそう易々と襲撃を許すことはない。

 

 

 

 

 

夕凪市街区は以前語った通り、港町へ続く大通り『国道』を主として様々な店が立ち並びそこそこの賑わいを見せている。

とはいえこの時間は学生もおらずサラリーマンたちは勤務中。外を出歩くのは主婦や老人たちだけだ。

 

「ほぅ、現代の街並みはこのようになっているのですね」

 

興味深そうにキョロキョロするウシワカ。その服装はやはりぶかぶかのTシャツと短パンである。

Tシャツは俺の服で、短パンは『友人』のモノである。……以前、うちに勝手に居座った挙句に忘れていった代物なので、俺が勝手に使っても問題ないのだ。

 

だが、こうして改めてウシワカを見てみると。なんというか『破廉恥』な格好にも見える。いや、彼女が召喚時に纏っていた甲冑の方が断然破廉恥なんだけどね、そもそもアレを甲冑と呼んでいいのか。

 

「……ウシワカ、服とか、興味あるか?」

 

「え?

うーん、私はこれでも『武士』ですので。戦闘時の装いならともかく平時の服装にはあまり頓着しません」

 

おおっと、女の子なら興味があると予想していたが。

忘れていたがこれでも彼女はあのヨシツネの幼体。この回答も想定しておくべきだった。

 

さて、そうなるとこれからも『友人』の置いてった私服を拝借させてもらうことになるが。

 

「……まあ、置いてったアイツが悪い」

 

結論はそこに行き着く。

なので服装に関してはこれくらいにして、俺たちが今向かっている店、そこでの用向きについて考えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕凪市街区を南下すると、賑やかな街区に比べて落ち着いた雰囲気の街並みが広がる。そこにあるのは出張などで周辺地域に滞在しているサラリーマン向けのビジネスホテル。ほとんどがカプセルホテルだが、中には民宿のような変わった外観の店もちらほら混ざる。

その中の一つに、『業魔殿・夕凪支店』との看板が掲げられたビルがある。一見して六階建の白亜のビルに他ならないが、霊感の強い者にとっては『地下から禍々しい気配』を漂わせる不気味な心霊ホテル。

 

「ここの『主』は長い付き合いの友人でもある。粗相のないようにな」

 

「ご心配なく。礼儀については生前にみっちり仕込まれましたから」

 

それは兄嫁のことか、と思ったが興味はないのでそのままホテルの入り口を抜けた。

 

 

フロントは一般的なホテルと同じくモダンな雰囲気が漂う造りとなっている。

受付には一人の女性が立っていた。

短い黒髪、青白いとさえ言える白肌。そして『紅い瞳』。

表情筋が死んでいるかの如く無表情な顔つきの女性は、入ってきた俺たちを見るなりゆっくりと、丁寧にお辞儀した。

 

「ようこそ、業魔殿へ」

 

 

 



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牛若丸・三

合体部屋は真シリーズを参考にしてますので元の業魔殿とは違ったデザインという設定。
なんでかって?

めんどくさいからさ!


「お久しぶりです、ヒデオ様」

 

顔を上げた彼女は、無表情だった先ほどと異なり、僅かだが穏やかな笑みを浮かべてそう述べた。

 

「こちらこそ、ミス・メアリ」

 

軽く会釈と共に応える。

応じて彼女、メアリ氏も柔らかな口調で語り出す。

 

「私がこちらに店を構えて間もない頃、以来です」

 

「そうなりますか……ただ今日は生憎と『合体』ではなく、『登録』で訪れた次第。ご案内、お願いできますかな?」

 

「まあ……では、()()()()()の?」

 

「っ!」

 

まだ紹介もしていないにも関わらず見抜かれたことにウシワカが反応を示した。

 

「心配するな、彼女は味方だ」

 

「……主殿が仰るなら」

 

一見して変わりないものの、全身から警戒を発する彼女をやんわり制する。確かに人間と変わらない姿のウシワカが悪魔であると突然見抜かれたらそうもなるだろうが、メアリ氏からすれば単に『同族』を見分けただけのこと。

 

一方、メアリ氏はというと、なにやらカウンターの下でゴソゴソと動きを見せた後、受付からこちらに歩み出た。

直後に『結界』が張られた感覚があったのでおそらくは人払いをしたのだろうと推測。

 

「それでは、こちらへ」

 

優雅な仕草で右手を上げ示した先は受付の奥。staff onlyと書かれた扉である。

 

「行こうか」

 

傍のウシワカに声をかけつつ俺は扉の先へと進んだ。

 

 

その先は長い螺旋階段となっており、道中には一定の間隔で『電灯』が設置され薄暗い足元を照らす。

 

「足元に気をつけてください」

 

「……お気遣い、感謝する」

 

メアリ氏がさり気なくウシワカを気にかける。一方ウシワカは未だ『化生の気配を出す』メアリ氏を警戒しているようで表情は薄闇でもわかるほど硬い。

 

やがて、階段を抜けた先にある鉄の大扉を開くと。

 

中には広い空間。複雑怪奇な形をした機械類と、正面にあたる空間中央に巨大なカプセルが一対、その間には大きな台座が配置されていた。

 

「ここは……」

 

訝しげにウシワカが部屋内を隈なく見回す。

照明が少なく薄暗い部屋の中は、奇怪な機械類のせいか物々しくおどろおどろしい雰囲気を出している。

 

「ここでは、デビルサマナーの皆様に向けて『悪魔合体』のサービスを提供させていただいております」

 

ウシワカの様子を察したメアリ氏が語る。

 

「悪魔、合体……?

主殿、私はここで合体させられるのですか?」

 

冷や汗を流しながら真剣な表情で問うウシワカ。

 

「先に述べた通り、今日はお前の登録で来た。合体は……おそらく今後も使うことはないだろう」

 

「そ、そうですか。さすがの私も、得体のしれない儀式で無闇に合体させられるのは困りますゆえ」

 

分かっている。というか英傑などという希少な悪魔で合体などするはずもない。

 

だが、俺たちの会話を聞いていたメアリ氏が目に見えて落ち込んでいる。

しかし、業魔殿で行われるのはもっぱら『悪魔同士の合体』であるため余程の事情がない限り訪れる用はないのである。

 

何せ、近年は『召喚式同士の合体シミュレートによって、何度でも合体が可能となっている』。わざわざ仲魔の『消失』を代償にしてまで新たな式を生み出す必要性は無くなって久しいのだ。

 

……とはいえ、それはあくまで『普及している悪魔』に限った話。俺には縁の無い話だが『高等悪魔』や『古き神々』に対応する『召喚式』を生み出すにはやはり『悪魔合体』が有用であり、確実性も未だ『悪魔合体』の方がずっと高いのだ。

この辺はcase-by-case、状況に応じて使い分けるのがサマナーの常識である。

 

「それに全書を『安全に』保管できるのは業魔殿しかない」

 

「ありがとうございます。今後ともご贔屓にしてくだされば幸いです」

 

透き通るような綺麗な声でメアリ氏は述べた。

……余談だが、俺が知り合うよりずっと前の彼女は『感情が極端に希薄』だったらしい。それは彼女の『出自』に関する問題なのだが、『親切な二人組』との交流を経て少しづつ人間らしさを獲得していった、と聞いている。

 

「では、早速登録を行いましょう。そちらの機材に『入って』いただけますか?」

 

メアリ氏が指し示す先にあるのは巨大なカプセル。頂点から伸びるケーブルが複数に分かれさまざまな機械類と接続されている。

「これに入れと?」と言外に訴えるような顔でこちらを見つめるウシワカ。俺は無言で頷いた。

 

「……主殿が仰るならば」

 

気が進まないといった様子ながらカプセルの中へと入っていく彼女。

 

「そこで動かずジッとしていてください。……では、解析を始めます」

 

宣言と共にメアリ氏が、床から生えている大きめの機械端末を操作した。

直後、カプセル内下方より紅い光が輪を作り、ゆっくりと上に向かっていく。光はカプセルの頂上に辿り着いたところでフッと消えた。

 

それから数十秒ほどして、端末の操作を終えたメアリ氏が顔を上げる。

 

「お疲れ様でした、もう出て来て大丈夫ですよ」

 

彼女の宣言にウシワカはゆっくりとカプセルから出て来て、俺の横へと歩み寄る。

 

「何やら訳が分かりませぬが……」

 

「終わりました。情報の確認をお願いします」

 

ものの数秒で登録を済ませたメアリ氏の手際に関心しながらも近くに寄って端末の画面を覗き込んだ。

そこにはウシワカの名前と、彼女のカテゴリを示す『英傑』の字。その他、細かな情報が記されていた。

どれも特に問題はない……が、彼女の『構成情報』の項目に奇妙な表示を見つけた。

 

「……欠落が25%?」

 

「はい、彼女、英傑ウシワカの悪魔体構成情報には一定数値の欠落、又は『破損』の形跡が見られます。

……なにか、心当たりはございますか?」

 

「いや……そういえば彼女を呼んだのは人伝に聞いた定かならぬ召喚式だったか」

 

『友人』から聞いて、使用アイテムまで頂戴した英傑召喚。原因と言えばアレしかないだろう。

 

「英傑召喚……それは『個人製作』の召喚術式ですね?」

 

「ああ、地方都市『冬木市』に定住した異国の『サマナー』が開発したと聞いている」

 

「冬木市……わかりました。あとはこちらで調査してみます」

 

「いやそこまで迷惑をかけるのは」

 

「いいえ、冬木市という名前には少々覚えがあります。なので近日中にご報告ができると思われますのでご心配なく」

 

「……では頼みます」

 

「お任せを。……久しぶりの御来店ですから、『カムバックボーナス』とでも思ってください」

 

柔和に微笑むメアリ氏に頭を下げて改めてお願いする。

 

そうして新たな疑問を抱えながらもとりあえずの要件が済んだ俺たちは業魔殿を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺たちは真っ直ぐに帰宅。

 

「オカエリ」

 

「ああ、またすぐに出る。……日付が変わる前には帰るから、夕飯は先に済ませといて構わないぞ」

 

「……ソウカ、分カッタ」

 

しゅん、と落ち込んだ様子を見せたイヌガミだが生憎と構っている時間はない。ちなみに仲魔たちはMAGで本来は事足りるのだが、一応経口摂取からのエネルギー補給も行えるので基本的に夕飯は共にする。

仲魔とのコミュニケーションである。

 

とりあえず必要最低限の装備を回収した俺はまたすぐに家を出た。

 

 

「待たせたなウシワカ。じゃあ、行こうか」

 

「はい! いよいよ『戦い』の場に赴かれるのですね?」

 

妙にソワソワしているウシワカが食い気味に問い掛けてくる。

 

家から持ち出した装備品の一つである茶色のロングコートを羽織り、短く「(オン)」と唱える。

その瞬間、俺の身体を覆うようにして『認識阻害の術』が発動する。これで一般人や職務に忠実な『公務員』の目を誤魔化すことができる。

その上で改めて背中に布で包んだ日本刀を担いだ。

 

「ああ、今回はあくまで『試験』だからな。シンプルに『討伐依頼』を受注しておいた」

 

「おお!」

 

興奮気味のウシワカに若干引きつつ続ける。

 

「ちょうど、家の背面に位置する北区。その最奥にあたる『山の麓』が対象のいる場所だ。そう遠くないから徒歩で行く」

 

「はい!」

 

るんるん、という効果音が聞こえてきそうなほど上機嫌なウシワカを引き連れて目的地へと歩み出す。時刻は夕刻に差し掛かる頃合いで、目的地に着いた頃にちょうど『逢魔時』となる計算だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕凪市北区一帯を占める夕凪山(ゆうなぎさん)。標高1,152m、その中腹から麓に散在する民家や寺院を含め、街区に差し掛かる田畑までを北区と定める。

夕凪山は古くから民衆の山岳信仰の対象となり時代の流れとともに修験道の霊場として信仰を集め多くの修験者が山に登り厳しい修行を積んだとされる。

 

今回訪れたのはその名残りを見せる『寺』。しかしここは廃寺となって久しく、管理者が不明瞭な状況から管理或いは撤去といった対処も行われず。結果としてボロボロの外観を残した廃墟マニア御用達の廃れた姿を残していた。

また、辺り一帯が寺の所有地であったために同じく管理が放棄され草木生茂る鬱蒼とした景観を作り出している。

このような現状から地元では有名な『心霊スポット』となっており夏休みシーズンはひやかしの大学生グループや高校生たちがキャッキャウフフしている。……まあ、その大半は“帰ってこない”が。

 

 

「つまり“良くない霊が群れる場所”ということですね」

 

寺の敷地内に散乱する何かの木片を蹴り飛ばしながらウシワカは述べた。

 

「ああ、廃寺になった経緯に『何か』があったのか。元々そういう場所だったから寺を建てたのか。文献が失われているから定かではないが、そういう場所であるのは確かだ」

 

ゆえにこそ、こうして定期的にサマナーによる『駆除』の仕事が回ってくるのであり、“危険を冒したくない”俺のような中堅や、まだ実力の足りていない新人サマナーたちの稼ぎ場として重宝されている面もある。

 

「現れる悪魔はランダムだが、総じて雑魚ばかりだ。煮るなり焼くなりご自由にってところか」

 

まあ、古き神でも出てこない限りは“対処できる”が。

 

「ご安心を。何が出てこようとも主殿は守りますゆえ」

 

凛々しい表情で述べるウシワカに頼もしさを覚える。が、正直、ここに出てくる悪魔程度にやられるほどヤワではないので複雑な気分。

 

 

正門から進んで本堂の真ん前まで来ると、ようやく悪魔どもの気配を肌で感じとることができた。

長年の放棄によるものか敷地内全域に“良くない気”が充満しており、木っ端な悪魔どもの気配を感じ辛いのである。そのため新人サマナーのうち何人かは“楽な稼ぎ場”と慢心して突撃した結果、不意打ちからのフルボッコで昇天してしまうこともある。その場合は飢えた悪魔どもに貪り食われることになるので骨すら残らない。

そうして死した若きサマナーの魂のうち、悪魔に捕食されなかった者が新たに強力な悪霊ないし悪魔として生者を襲う……という妙なサイクルが出来てしまっているのもここの邪気が年々高まる原因か。

 

「そろそろここも本格的に除霊しとかないと……って、早速悪魔のご登場か」

 

崩れかけた本堂からワラワラと種類の異なる悪魔たちが這い出てきた。

最も多いのはやはりポピュラーな悪魔たる『餓鬼』だが、他にもオバリヨンやオンモラキ、イツマデなどの雑多な悪魔も紛れ込んでいる。

どれも恐れるほどの力は持たないがいかんせん数が多い。

なので咄嗟に援護できるようにホルスターから銃を抜いておく。

 

「では、ウシワカ。お前の力を見せてくれ」

 

「承知! いざ!」

 

俺の言葉にウシワカは瞬時にあの『破廉恥姿』に変身し、悪魔の群れへと突っ込んだ。

……やっぱり戦闘の時はそうなるのか、と思うも目のやり場に困るので今後の改善点として覚えおこうと思う。

 

刀を構えて駆けていった瞬発力も相当だが、群れに到達するなり目にも止まらぬ速さで瞬時に悪魔たちを切り刻む様を見て思わず感嘆の声を漏らす。

 

「これは……」

 

予想以上だ。

今も右へ左へ、上に下にと変幻自在の三次元機動を行いながら敵の群れを殲滅している。

 

「これでは援護などいらないな」

 

「ははっ、足りぬ足りぬ!! この程度では我が主を満足させられぬ!」

 

凶暴な笑みを浮かべて悪魔の鮮血を撒き散らすウシワカ。

……ああ、なるほどバトルジャンキー、或いはバーサーカーであったかと俺は悟った。

 

そんなこんな眺めているうちに群れの大半が狩り尽くされ、残った悪魔たちは恐怖からか縮こまってしまった。

 

「……どうした? 人に仇なす妖ならば最後まで戦って見せろ。それとも命散らす覚悟すら無く我が主に牙を剥いたか?」

 

そんな悪魔たちにウシワカは一転して無表情のままに語りかける。

おお、怖い怖い……いや、マジで。誰だあんなヤバイ奴呼んだの。俺だよ。

 

とはいえ依頼内容はここの悪魔の『全滅』なので口出しはしない。悪魔たちには気の毒だが運が無かった。

 

と。気を抜きかけたところでCOMPに新たな悪魔反応が表示される。

 

「っ、ウシワカ。追加でもう三つ悪魔の群れだ」

 

「承知」

 

応えると共にウシワカは残った悪魔を一瞬で細切れにした。いい状況判断だ。さすがは兵法にも通ずるヨシツネ。

ここで別群れと合流されても面倒だしな。

 

反応は、先程の奴らが現れた本堂の他に、左右の雑木林からも接近している。そうなると俺も加勢せざるを得ない。だって、彼女だけ置いて“逃げる”わけにはいかないからな。

もっとも、ウシワカの実力は先の戦闘で十分すぎるほどに理解したので問題はない。

 

「ウシワカ、お前の実力は理解した。あとは二人で群れを蹴散らす。……いいな?」

 

「っ! はい! 主殿の御采配のままに!」

 

実力を理解した、のくだりでウシワカは目に見えて上機嫌になった。具体的には眩しいくらいの笑顔を見せてくれた。

 

その時、ちょうど第二波の群れが出現した。

同時に悪臭混じりの不快な臭いが辺りに立ち込める。

 

「ゾンビ、スケアクロー、コープスまでいるか」

 

おまけに魍魎(モウリョウ)にゴースト。悪霊の集合体であるレギオンまで紛れ込んでいる。

 

「数はざっと見積もって三十……やれないことはないか」

 

以前の掃討時より数が増えているがどれも小粒。

 

俺は銃を構えた。

 

「左右は俺が受け持つ、お前は本堂の悪魔を残らず掃討しろ」

 

「はい!」

 

テンションが上がっている彼女は、先程よりもさらに速度を上げて本堂に突っ込んでいった。直後に悪魔どもの悲鳴が聞こえてきたのを鑑みるに別段援護は不要だろう。

 

「さて」

 

言って、先鋒として突撃してきたモウリョウに弾丸を撃ち込み霧散させる。

 

「こちらも威厳とやらを見せないといけないな」

 

続けて発砲しさらに数体のゴースト系を消滅させる。

安心の対魔加工弾である。

その後も左右から迫る霊系悪魔を仕留め、遅れて迫ってきた屍鬼カテゴリの悪魔たちに火炎瓶を投げつけた。

 

ごうごうと燃え盛りもがくゾンビたちを尻目に、腰の刀を抜刀。奥に控えたレギオンへと斬りかかった。

 

「グオォォォ……!!」

 

呻き声を上げるレギオンに二度三度と斬撃を加える。

ズタズタになったレギオンはフラフラと宙を泳いだのちに消滅。

未だ左右の群れの戦力は三分の二残っている。

 

そこですかさず『魔法』を唱えた。

 

「スクカジャ」

 

短い言葉とともに俺の魂、引いては肉体に秘術による補正が加わる。即ち瞬発力の増強、命中率の向上である。

 

おまけにタルカジャの単語も発する。こちらは筋力の増強および『(パワー)』の向上をもたらす魔法である。

 

これらカジャ系魔法とカテゴリされる魔法は、“本来の名称ではない”。俺が独自に練った魔術の類をCOMPに登録。俺の魔力とパスをつなげることで短い詠唱で発動するように設定してあるのだ。

 

これによって速度を増した俺は敵悪魔の間を縫うように潜り抜けて優先対象へと肉薄する。

 

「もう一匹!」

 

上段からの増強されたパワーによる斬撃を受け真っ二つとなるレギオン。奴の消滅を見届けることなくすぐさま移動して残りのレギオンを残らず殲滅。奴らは『呪殺(ムド)系』の魔法を有する危険な相手である。装備で耐性を付けているとはいえ確実ではない以上は優先して始末する必要があった。

 

次に、宙を浮遊するゴースト系の悪魔を残らず撃ち落とす。こいつらも稀に呪殺魔法を覚えた個体が出現するので注意が必要だ。

 

残ったのは屍鬼系悪魔のみ。奴らは動きも遅く、力もサマナーと比べれば大したことはない。唯一の取り柄は死体ゆえのタフさだが、それでやられるのは新人サマナーだけだ。

 

なので落ち着いて残らず斬り刻む。普通の刀ならともかく、対魔用に鍛錬された愛刀の一撃に耐えられるはずもなく、ゾンビたちは全て物言わぬ肉片と成り果てた。

 

「こちらは終わったが……あとはウシワカか」

 

本堂の悪魔は雑木林から現れた群れよりもさらに数が多かったので時間もかかるのだろう。

とはいえこちらも手隙となったので迷わず援護に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

本堂の内部ではウシワカが大立ち回りを演じていた。

ちなみに屋内に入って気付いたが、本堂内部は『異界化』している。異界化とは力を持った悪魔によって作られた結界のようなものだが、以前に訪れた際にはそんなものは無かった。

そうなると今、ここには強力な悪魔が住み着いているということになる。

 

警戒を強めた俺は周囲の悪魔に銃撃を加えながらウシワカに声をかけた。

 

「ウシワカ、ここには強い悪魔がいるようだ。油断するなよ」

 

「承知しました。ではここからは二人で、ということで」

 

ウキウキしながら応える彼女。まったく、愛い奴よ。

早速、二人でこのエリアに残った悪魔を掃討する。

俺が銃撃で援護し、ウシワカが刀によって前衛を務めるスタイルだ。

初めての共闘だったが存外に上手くいった。たぶん、ウシワカが合わせてくれたのだろう。そういう『加減』もできるということから彼女の実力はもっと高いのだと判断できる。

頼もしい限りだ。

 

 

異界化しているとはいえ、単に空間を拡張しただけのようで本堂内部は別段入り組んでいることもなく、迷わずして結界の主であろう悪魔の元まで辿り着くことができた。

もっとも、COMPにはっきりと反応が出ていたので迷うはずもなかったが。

 

しかし、その悪魔がいるエリア。いわゆるボス部屋に入って、敵を目視した途端に思わず眉を顰めた。

 

ウゾウゾと蠢く二本の触手を頭から生やした橙色の人型悪魔。ぱっくりと身体の正面が開き口元と融合する形で大きな口を形作っている。

言わずと知れたグロ悪魔ピシャーチャである。

 

それを複数体取り巻きのように侍らせ、部屋の奥に控えているのは、より人に似た風貌をした黒色の悪魔、ヴェータラ。ピシャーチャと同じく身体の正面がぱっくりと開き巨大な口を形成している。

一見して色違いみたいな奴だが、ピシャーチャとは隔絶した実力を持つ危険な悪魔である。なにより怖いのはやはりムド。それも|広範囲系の強力な呪詛をばら撒くことができるの《マハムドオン》だ。

怖すぎる。

 

そのヴェータラがなんと三体。

さらにその奥には法師に扮した格好のゾンビ。

 

「ああ、なるほど。アイツが元凶か」

 

距離を空けても感じる強大な魔力、或いはMAG。手にした錫杖に“機械的なディスプレイ”が付いていることから察するに、生前はデビルサマナーであったのだろう。

それがなんらかの理由でこの廃寺で命を落とした末にゾンビ化、その強大な力ゆえに異界化すら発生させて無数の死霊を集めていたわけだ。

 

「おそらくはこの地の邪気に影響されて発生したのだろう」

 

「主殿、指示を」

 

真剣な表情のウシワカに促され気を取り直す。幸いまだ奴らはこちらに気付いていない。部屋に入る前にかけておいた魔法のおかげだ。

『隠形の術』、俺が作ってCOMPに登録した固有魔法の一つだ。

効果はそのものズバリ『気配遮断』。もっとも、慎重に動かねば実力ある悪魔には簡単に見破られてしまう代物だが。

 

「先にヴェータラを仕留めておきたいが……前方のピシャーチャが厄介だ。いずれもムド系の使い手だが、お前、呪殺に耐性はあるか?」

 

「素の耐性はともかく、天狗より学んだ術で強化してありますから。おそらくはその辺の妖に呪い殺される心配はないかと」

 

ほう、それは面白い。天狗より学んだ術……それは鬼一法眼から学んだとされる呪法の類か。

帰ったら聞いてみようと思った。

 

「なら、最初に狙うはピシャーチャ……と言ってもわからんか。あの気味悪い色したウネウネした触手ついた奴だ」

 

「触手のウネウネ、アイツですね! お任せを!」

 

シュパッと駆け出したウシワカはやはり異常なほどの素早さで瞬時にピシャーチャを斬り刻んだ。

俺も慌てて銃を片手に腰の刀を抜く。

 

「アァ……!?」

 

俺たちの奇襲にようやく気付いたヴェータラ三体が慌てて動き出す、が時すでに遅し。ピシャーチャを片付けたウシワカが二体の身体を斬り裂いた。

俺も残った一匹へと銃弾を見舞う。

 

あっという間に取り巻きを片付けられたことに、俺自身驚いた。

 

「お見事です、主殿」

 

「世辞はよせ……ほら、残りはこいつだけだ」

 

俺の言葉にウシワカも気を引き締めてサマナーゾンビを見る。

 

奴は取り巻きがやられている間も静観し、今も落ち着いた様子でーー

 

「っ、まずい、魔法だ!!」

 

その口元がカタカタと僅かに動いているのを見た俺はスクカジャの効果で向上した速度をもってして奴に斬りかかった。

しかし、刀は奴の目前にて弾かれる。

 

「くそ、結界か!?」

 

「主殿!!」

 

その最中に詠唱を終えたらしき奴が魔法陣を浮かべながらこちらに錫杖を向けた。

 

「マズっーー」

 

宙で止まったままの俺に容赦なく振るわれるムド系魔法。錫杖から出でる数多の怨念、憎悪、それらによって作られた呪詛が身体に覆い被さる。

 

「っ、急急如律令!!」

 

身体の自由を奪われる前に、懐から一枚の札を取り出し唱える。

その瞬間、周囲に蠢いていた呪詛が退けられるように霧散する。同時に手にした札も焼き消えた。

 

もしものために常備している『魔除け札』である。

効果は先の通り『呪殺系の無効化』。陰陽道に通じる俺が呪殺対策に作成したものだ。

一度きりの使い捨てな上に『魔神級の魔法は耐えられない』という弱点はあるがこうした不慮の事故を防ぐには事足りる。

 

俺の行動が予想外だったのかサマナーゾンビは骨が剥き出しの口をあんぐりと開けてこちらを凝視している。

そのような隙を彼女が見逃すはずもなくーー

 

「ハァっ!!」

 

奴の懐に入り込んだウシワカが横薙ぎに一閃。法衣に包まれた骨の体を斬りつけるも、両断には至らなかった。

 

「く、硬い!!」

 

しかし、奴は未だ混乱しているようでガシャガシャと骨の音を立てておぼつかない足取りで後退するのみ。俺はすかさず拳銃を乱射する。

 

「っ!!」

 

二発ほどが結界に弾かれるも、三発目で破壊。続けて放った四発が奴の胴体に突き刺さる。

 

「ウシワカ!!」

 

「はい!」

 

俺の叫びに応えた彼女は居合いの構えのままに一瞬で掻き消える。速いとかそういう次元ではなく文字通り視界から一瞬で消えた。

そのことに面食らっていると、今度はサマナーゾンビの方から彼女の声が聞こえてきた。

 

「ーー天刃縮歩」

 

視線を向けると、彼女が鞘から抜刀する瞬間、眩い光が放たれたのを確認する。

 

遅れて、鞘と刃が擦れる音が鳴り響く。透き通るような金属音の後、閃光が絶えた視界にはすでに横へと刀を振るった姿勢のウシワカが映る。

 

「ーーっ!」

 

一瞬の静寂ののち、ゾンビの身体がぐらりと傾き横に真っ二つとなって崩れ落ちた。元の死体へと戻った骨は落ちた端からサラサラと灰になってやがて、こんもりと積み上がった灰の山と化した。

同時に、『異界』を形作る結界が崩壊し、部屋は元の荒れた廃寺に戻っていた。

 

COMPを確認してもう悪魔の反応がないことを確認した俺は一息吐いてからウシワカへと声をかけた。

 

「お疲れ様、今のやつで最後だ」

 

「ふぅ……精一杯尽くしました。主殿、では早速採点のほどを」

 

そこそこ危ない相手だったにも関わらず息も切らしていないところさすがと言うべきか。

それと、彼女の言葉でこれが彼女の『能力試験』であったことを思い出した。

 

「無論、文句なしの百点満点だ。まあ、英雄というカテゴリの強大さは伝え聞いていたから予想の範疇ではあるがーー」

 

ペラペラと語り出したところでウシワカの表情が僅かに不満げなものになっていくのに気付いた。

……だんだんと彼女の『扱い方』にも気付いてきた俺である。

 

言葉を切り無言で彼女に近寄る。そしてその頭にぽん、と手を置いた。

 

「よくやった、誉めてつかわす」

 

そして撫でる。無心に撫でまくった。

 

「あ……主殿!?」

 

困惑するウシワカだが無視して撫でる。ほれほれ、これが欲しかったのだろう?

 

やがて彼女も満更でもないような顔で抵抗をやめた。やはりこうして欲しかったらしい。なんという可愛らしい欲求だろうか。

 

そのまま数十分に渡って撫で続けたところで、ウシワカが声を上げた。

 

「主殿。その、も、もう十分ですので」

 

「そうか? 足りないなら遠慮なく言ってくれ。お前はそれだけの力と功績を示した。率直に頼れる仲魔であると感じた」

 

「主殿……」

 

仲魔との信頼関係は大切だ。そこのところ俺は特に考えて行動しているつもりである。なにせ俺たちデビルサマナーが使役するのは、人ならざる悪魔。大半が人に仇なす宿命を背負った存在ゆえにつまらない誤解から殺し合いに発展することもザラ。

その点、人の霊たる英傑は別物だとも感じる。これまでは未知の存在ゆえに警戒をもってあたっていたが。

こうして共闘してみて、悪魔よりも『人間と交流する感覚』で触れ合う方が良いと分かった。

 

それならそれで、そのように付き合うだけの話だ。

 

……まあ俺自身、彼女の直向きな忠誠心みたいなものに感化されている節が無いわけではないが。

 

撫でる手を止めて今度はその手を彼女に差し出す。

 

「改めて、今後ともよろしく頼む。ウシワカ」

 

「……はい! えーと、コンゴトモヨロシク、お願いします。主殿」

 

どこで覚えてきたのか、悪魔たちの間で長いブームにある『定型文』を付け加えながら彼女は俺の手を取り、握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

ーーこの日、俺は確信した。

 

 

こいつとなら、或いはーー

 

 

 

 

 

ーーかつての悲願()が果たせるのではないかと。




細かいことは気にしないでほしいですけど、素朴な疑問とかあったら感想欄で仰ってくれればお答えします!(安易な媚


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宝石・一

「ただいま」

 

「オカエリ」

 

玄関扉を開ければ、正面にてイヌガミが出迎えてくれた。たぶんに俺のMAGの“匂い”を感知して来たのだろう。

 

歩み寄りながら彼に声をかける。

 

「もう飯は食ったのか?」

 

「食ッタ」

 

「そうか」

 

「……ダガ、ヤハリ、一人ハ、寂シイ」

 

しゅん、としたイヌガミを見て居た堪れない気持ちになる。

そこでふと思い出したが、確か自宅には『もう一匹』いた。

 

「主殿、荷物をお持ちします」

 

「助かる。……で、“オサキ”はどうした?」

 

「相変ワラズ、行方不明」

 

その言葉に思わず眉間を押さえる。

 

「まあいい、今に始まったことじゃないしな。自由にさせとくのが奴にとって一番だろうさ」

 

「ダガ、少シ目ニ余ルト思ウガ?」

 

てくてくと廊下を歩きながら考える。

確かに、最近は何日も外をフラフラして連絡一つ寄越さないことも増えた。

 

「一度、注意しておくか。とはいえ今日はもう疲れた。また後日改めて言っておくよ」

 

「分カッタ」

 

そんなこんな話しながらリビングに到着。

すると、いつの間にか先行していたウシワカがキッチンに立つ姿が見えた。

どうやら夕飯を作ってくれるらしい。

 

それを横目に写しつつ、ソファに腰掛ける。

思わずノビをするとバキボキと骨が鳴る。

 

「あ〜……久しぶりによく動いた」

 

あれほど多くの悪魔を相手にしたのは久方ぶり。ここ最近は木っ端な悪魔ばかり相手にしていたので、なかなか身体に堪える。

 

「動カナイカラ、ソウナル」

 

ソファの上をニュルリと移動して俺を囲うようにイヌガミが寄ってくる。

なんの気なしにその頭を撫でながら返事をする。

 

「言うな、俺もそろそろ“三十路”が見えてきた年頃、じわじわと肉体が衰えていくのを感じるよ」

 

まあ、まだ自分でも若者とは思っているが。

 

「オレカラシタラ、マダマダ小童ダ」

 

そりゃそうだ。数百という年数を悠に生き続ける悪魔にすれば数にすら入らない。だが生憎とこちらは百年生きるのすら苦労する人間、成長期を過ぎれば後は老いさらばえるのみだ。

 

「ムゥ……次ハ、顎ノ下ヲ」

 

「はいよ」

 

リクエストにお応えして、飼い犬にするようにコショコショとご要望の部位を撫でてやるとイヌガミは喉を鳴らして喜んだ。

 

「っ!!」

 

ーー不意に、背筋を悪寒が駆け巡る。咄嗟に寒気のした方へと視線を向けると。

 

「……」

 

キッチンのウシワカが恨めしそうにこちらを凝視していた。

……いや、まさかとは思うが。

犬に、嫉妬しているのか?

 

「やはり犬なのか」

 

「何ガ?」

 

キョトンとするイヌガミをもう一度撫でながら、やはり凝視してくるウシワカを観察する。

そんな中でもウシワカの手元は忙しなく動いており、見る限り滞りなく料理をしている。やはり天才か、天才犬か。

 

小一時間ほど続けていると、やがてウシワカがギリギリと歯軋りし始めたのでさっとイヌガミから手を離した。

 

「……ドウシタ?」

 

「いや、そろそろご飯が出来上がりそうだからな。お前も、もう休んでいいぞ」

 

不思議そうにするイヌガミに、何事もないように答える。

 

「ソウカ……マア、マタ何カアレバ呼ベ」

 

「ああ、お疲れ様」

 

COMPを操作して送還。

余談だが、以前にイヌガミにも部屋を与えようとしたことがあった。

しかし、やれ犬小屋は嫌だ、とか。冷蔵庫が欲しいとか注文が多かったのでCOMPに仕舞うことにしている。なんだかんだイヌガミの方もCOMP内の方が落ち着くと漏らしていたし気にしていない。

クダは忠実な仲魔ゆえに、気に障らない限りは滅多なことでは要求されることはない。なのでCOMP内だ。

 

他に、“マカミ”は()()()()()()()し“オサキ”はさっき話した通り自由奔放なので論外である。出番はイヌガミとクダで足りているので暇といえば暇だ。ゆえに文句はない。

一応、立場は理解しているようで人を襲ったりはしていないから放置である。

 

 

イヌガミをCOMPに戻してから数分、出来立ての料理が続々と運ばれて来た。

ただ、数が多い上にぱっと見ただけでも肉じゃがなどの手のかかる料理が並んでいる様子に疑問を覚えた。

 

「ああ、お昼の時に仕込んでおいたのです」

 

あっけらかんと答えるウシワカに軽く戦慄する。

 

「干しておいた洗濯物は取り込みましたし、主殿がお夕飯を食べている間にお風呂も入れておきますので」

 

つらつらと語って「それでは、ごゆっくり」と部屋を去っていくウシワカの背中を徐に目で追ってしまう。

 

……なんというか。

 

「出来過ぎではなかろうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕飯を終えた俺は、ウシワカが用意してくれた風呂にゆっくりと浸かった。

身体を洗ってから風呂桶に入ると、ちょうどいい温度であることに気づく。まさかそこまで計算して……?

 

再び戦慄を覚えながらも、風呂上りに冷蔵庫から缶ビールを取り出してプシュッとフタを開けた。

 

そして一口飲んだところで、リビングの方からひょっこりとウシワカが顔を出した。

 

「主殿、こちらに晩酌のご用意が出来ております」

 

「お、おう」

 

別に頼んでないけど……しかし、用意してくれたならありがたい、と缶ビールを飲み干しリビングまで向かう。

 

すると、テーブルの上にはどこから持ってきたのか、各種生魚の刺身の盛り合わせと枝豆。朱色の銚子(ちょうし)に盃が置かれていた。

 

過分なサービス具合に、なんだか恐縮しつつソファに座ると、ささっと隣にウシワカがついた。

その手には銚子=酒。

 

「……」

 

とりあえず盃を差し出してみると、すかさず注がれる日本酒。

 

「本日もお疲れ様でした」

 

「お、おう。ありがとう……?」

 

クイっと一口飲み干すと、再び注がれる日本酒。

次いで肩のマッサージが始まった。

 

「お、おぉ……! だが何故に肩揉み?」

 

「この場ではこうする流れであると聞いております」

 

どこで聞いて来たんだ……まあ気持ちいいから構わないけど。

 

 

その後も酒につまみに、と楽しみつつ空いた盃には絶えず酒が注がれた。

至れり尽くせりとはこのことか。

 

嬉しい、嬉しいんだけど……急にここまでされると正直怖い。

 

「急にどうしたんだ?」

 

「はて……? もしやお気に召しませんでしたか?」

 

「いや、嬉しいんだけど……急にどうしたのか、と」

 

ふむ、としばし考え込んだウシワカは肩を揉みながら答えた。

 

「こちらに現界して初めての戦場に、少々昂ってしまっているのかもしれません……」

 

「なるほど……?」

 

「とはいえ、主殿に尽くすことは変わりませんのでご安心を!」

 

うーん、ありがたいけどここまでされると悪い気がしてならない。

 

「ウシワカ、盃はまだあるか?」

 

「? はい、ございますが」

 

おずおずと差し出されたもう一つの盃。ウシワカの手から銚子をそっと取り上げた俺はそこに酒を注ぐ。

 

「これは……ありがとうございます主殿」

 

嬉しそうに微笑んだウシワカに頷きで返す。

今日の戦闘では殆どウシワカに任せてしまったor目覚ましい活躍を見せてくれたので、せめて酒を注ぐくらいはしてやりたい。

 

「うむ。よきにはからえ」

 

なんだか“妙なテンション”になってきていた俺は大仰に答えた。応じてウシワカは両手で持った盃をゆっくり傾ける。

 

「……ふぅ。ひっく」

 

一口目からしゃっくりを出す奴は初めて見た。

いや、漫画では見たことあるけど現実にいるとは思わなかった。

 

「もしかして酒は苦手か?」

 

今の御時世、アルハラは厳禁である。なので聞いてみたのだが。

 

「まさか! 主殿からの一献、大変美味しゅうございました」

 

盃を掲げながら恭しく頭を下げるウシワカの姿に、思わず笑ってしまった。

 

「ははは、そんな大仰な」

 

「いいえ、こうして主と仰ぐお方と共に晩酌できるなんて……ウシワカは感激しております!! ひっく」

 

目尻にたっぷりと涙を堪えながら、グイッと顔を近づけるウシワカ。お、おう、近いよ。

 

というか、なんかさっきからテンションがおかしい気がするが。

 

「うん、わかった。わかったからーー」

 

「これも全て主殿の御慈悲ゆえ! 私の忠誠を受け止めてくださる主殿の御心に感謝です!!」

 

「わかったから、ちょっと離れーー」

 

「それにしても先の寺での戦いぶりはお見事にございました!

あの飛び道具、確か“けんじゅう”と言いましたか?

なかなか扱いやすそうな火器ですね、アレは素晴らしい!

更には、“陰陽道”にも長け、剣術も。主殿は多才でございますね!」

 

「うん」

 

「そして、カッコいい!! こんなにかっこいいなんて……ハッ! もしや御身は、まさかまさかの兄上!?」

 

「兄上じゃねぇよ」

 

「なぜこのような場所に……兄上、兄上ぇぇぇぇぇ!!!!」

 

突然、意味不明なことを言いながらガバッと抱きついてくる彼女。胸板に当たる程よい柔らかさの双丘を鑑みるに、言動よりも成熟した肉体をしていると思った。

 

「とにかく、離れなさい!」

 

「兄上ぇぇぇ!!」

 

だから、兄上じゃねぇって!

くそ、こいつ“悪酔い”するタイプだったか!!

 

 

その後、一晩中、乱心するウシワカに付き合い、なんだかんだと酒を飲まされ続けた結果。俺はいつの間にか寝落ちしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……頭が」

 

ズキズキと脳を突き刺すような痛みで目が覚める。

ぼんやりとした思考に、微かに聞こえるチュンチュンという雀の鳴き声。窓からの朧げな光からして、どうやら朝らしい。

 

「寝落ちか」

 

久方ぶりに飲み過ぎた、と反省しながら体を動かすと。

 

「うぅん……」

 

肩にかかる重みと、そこから聞こえる呻き声。

視線を向ければ、すやすやと眠るウシワカの顔があった。

 

「……」

 

起こさないようにそっと運び、その身体をソファに横たえる。

よく見れば、ウシワカの姿はたいへんに、たいへんなものになっていた。

 

なぜか脱ぎ捨てられた短パン、胸元ギリギリまでたくし上げられ端と端を結んでいるTシャツ。

 

「痴女じゃないか」

 

俺の呟きに反応してか、むにゃむにゃ言いながら蠢くウシワカ。

とても女の子がしていい姿勢ではなかったので、手近にあったジャンパーをそっと上にかけてやる。

 

「兄上……」

 

寝言も兄上か。そういえば昨夜はずっと兄上の話をしていた、というか無理やり聞かされた。

 

……ウシワカ、すなわち義経にとって兄たる頼朝は“裏切り者”として憎んでしかるべき相手だと思っていたが。

 

「俺が口出しすることじゃないな」

 

柄にもない考えを起こした自分に恥入りながら、俺は顔を洗いに洗面台へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日、俺はウシワカとの連携戦術の研究のため、連日討伐依頼を請け負った。

夕凪市は郊外でも有数な『霊場』であり、全盛期の『平崎市』にも引けを取らない悪魔発生率を誇っている。そのため先日の廃寺以外にも悪魔が湧く場所は幾つか残っており、それらの中でも比較的安全な『狩場』をまずは回った。

その後は、近隣住民から寄せられた『はぐれ悪魔』による『事件』を依頼として受諾。これらの解決に奔走することとなった。

 

その結果、戦闘時における彼女との連携は実戦レベルにまで高まったと俺は見ている。

 

ここまでの所感として、英傑カテゴリの悪魔はかなり使えるという認識に至った。“以前、契約していた前衛たち”と比べても、理解してくれる指示の自由度という点で格段に『使える』。

おまけに日常生活でもイヌガミと二人(一匹と一人)でテキパキと働いてくれており、生活の快適さという点でも貢献してくれているのだ。

正直、このまま人生を終えても悔いはないくらいの優雅な生活を送れている。いや、無論のこと『コレクション』がひと段落するまでは死ぬ気はないが。

 

……これまでは“スリルのある依頼”というのは避けてきた俺だが、これからは()()受けていってもいいかな、と思い始めている。

そもそもデビルサマナーなんていう『割りに合わない仕事』を生業としている人間というのは、得てして『刺激を求める人種』である。

まあ中には『不可抗力でサマナーとなった一般人』もいるにはいるが、それは本当に『運命レベルで稀有な存在』である。該当者は誰も彼も『本一冊は軽く書ける人生』を送っている。

俺とて“かつては”そういう存在、所謂『主人公』というものに憧れたタチだ。

……結果は語るまでもないが。

 

 

そんなことを考えながら、俺は自宅の玄関扉を開けて帰宅する。

今日は連日の依頼で得た『余剰MAGの売却』のために『生体エナジー協会』へと出向いていた。その帰りに『玉金屋』で戦闘用アイテムの補充を行い次の依頼への備えを整えたところだ。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさいませ、主殿!」

 

徐に帰宅の挨拶を口にすればどこからともなくウシワカが現れ返事をしてくれる。今日はダボダボTシャツの上にエプロンを着ている。家の奥から漂ってくる香りから察するに料理中だったらしい。

 

「今日はシチューか」

 

「はい! イヌガミ殿の指導のもと完璧な出来栄えとなっているはずです」

 

その言葉に偽りはないのだろう。これまでもカレーやら肉じゃがやらと作らせてきたがどれも平均以上の味を叩き出してきた。

やはり天才か。

 

一旦、荷物を自室に運んだ俺は、ウシワカによって“躾けられた”手洗いうがいをきちんとすませて食卓につく。

今日はイヌガミやクダも呼んで四者での賑やかな食事である。

 

食事を済ませたら、ウシワカが予め入れておいてくれた風呂に入る。今日は『依頼主』との報酬に関するトラブルがあったので気疲れしていたわけだが、その疲れを一瞬で消し飛ばす『お風呂』というのはやはり良い文明だとしみじみと感じた。

 

 

入浴後、寝巻きに着替えたところではた、と気づいた。

()()()()()()()()()()()

 

「今日は『ヤツ』が来る日だったか……」

 

今朝の段階でPCにメールが届いていた。それによれば本日正午には夕凪市に到着しているとのこと。今回は『大事な話がある』とのことで自宅ではなく、より安全な『業魔殿』で落ち合うことになっていた。

 

今は夜も更けた『午後二十一時』である。遅刻どころの話ではない。

 

俺は慌てて自室に駆け込みPCを開く、とそこには。

 

「メールが百通以上……」

 

恐る恐る『仕事用のスマホ』を開いてみると着信が百件以上溜まっていた。留守電が幾つか入っているが怖すぎて開けない。

 

数秒ほど「どうしよう」と悩んだところで、仕方ないと観念して業魔殿まで出向くこととした。

ちなみに業魔殿はその仕事上、二十四時間営業だ。メアリ氏が居ない時は『代わりの造魔』が店番しているのでその子に話を通せば悪魔合体も利用できるようになっている。

 

なのでせっかく着た寝巻きを脱ぎ捨てて私服へと早着替え。夕凪市の夜道はなにかと『危ない』ので装備品のロングコートを羽織ってからCOMPと銃を持って玄関まで駆ける。

 

「主殿、こんな夜更けにどうされたのですか?」

 

案の定、ばたつく俺に気付いたウシワカが一目散に駆け寄ってきた。ちなみにウシワカにも私室を与えてあるので今の彼女は『寝巻き』である。

え、ちょっと好待遇すぎるって?

……女の子だからね!

 

「用事を思い出してな、ちょっと業魔殿に行ってくる。……いつ頃帰れるか分からないから先に寝てて構わないぞ」

 

「何を仰せか! 主殿が出かけるとなればこのウシワカもお供いたします!」

 

ドドン、と効果音が付きそうなほど堂々たる振る舞いでウシワカは述べる。

 

「いや、ほんとただの私用だから。COMPも持っていくし、銃だってある」

 

「では、私のことは愛刀の代わりと思っていただければ」

 

「ウシワカ。お前にはイヌガミと共に留守番を任せたい。なにかあった時、イヌガミに加えお前までいれば百人力、恐るものなど何もない」

 

「むぅ……」

 

「俺の懐刀たるお前に、留守を任せたい」

 

「懐刀なれば、尚のこと連れて行ってくださればいいのに……。

まあ、そこまで仰るのであれば、留守番の大役、任されてあげないこともないですが」

 

複雑そうな顔で、渋々ウシワカは承諾してくれた。あの顔から察するに「褒められて嬉しい」のと「置いていかれる悲しみ」が同居しているのだろう。それくらいはわかるほどに彼女を見てきた。

 

「じゃ、任せたぞ」

 

「いってらっしゃいませ……」

 

寂しそうなウシワカに罪悪感が湧いてくるも、それを押し殺してさっさと家を後にする。

 

 

業魔殿までの道のりは知り尽くしているので、ショートカットを挟みつつ最短ルートで駆ける。

遅刻どころじゃない現状『彼女』の怒りは確定事項だが、息を切らせて駆けつければ雀の涙ほどの慈悲はいただけるかもしれない。という淡い希望と打算からの小賢しい走行だが、割とガチで焦っている自分がいる。

 

『彼女』とは何度も言うように『友人関係』にあるので多少のポカは許してくれる。が、今回は限度を超えている。

親しき仲にも礼儀あり、とはよく言ったもので約束をすっぽかした挙句に連絡一つ寄越さないのは褒められたことじゃない。

 

 

とかなんとか混乱する頭で考えているうちに業魔殿へと到着。いい具合に息も上がっている……いや、かなりしんどいくらい。

 

ぜえぜえ言いながら扉を抜けてフロントへ……至ったところで、ちょうど入れ違いになる形で男とすれ違った。

 

「おっと失礼」

 

「ぜぇ……こ、こちら……こそ」

 

紳士的な彼の言葉になんとか応えてフロントへ。

しかし、あの男、顔のほとんどが笠に隠れているもののかなりのイケメンであった。袈裟を着ているにも関わらず溢れ出すイケメンオーラに危うくトキメキを覚えるところだった。

 

「いやいや、そんなことより……」

 

フロントには案の定、メアリ氏の代行たる造魔。『ラヴ嬢』が立っておりその背の低さゆえに肩から上を受付から覗かせている。

 

「ようこそ、業魔殿へ」

 

プラチナブロンドのストレートヘアを揺らしながら彼女はぺこりとお辞儀する。

 

「こんばんは、ラヴちゃん。えーと、ここに金髪で気の強そうな女の子が来てると思うんだけど……」

 

「はい、存じております。あちらのソファでヒデオ様をお待ちしているとのことで」

 

「え」

 

ラヴちゃんが手で視線を促す。その先には休憩用のソファが置かれており、その上にはーー

 

 

 

 

 

「こんばんは、ミスタ・ヒデオ。随分、のんびりとしたご到着ではないかしら?」

 

挑発的なホットパンツ、茶色のブーツを見せつけるように、否、その健康的な太ももを見せつけるように尊大に脚を組み、こちらを見下ろすような姿勢で侮蔑の視線を送っている金髪碧眼ツインテールの女の子。

 

()()さん」

 

「あら、そんな余所余所しい呼び方しなくていいのよ?

昼から九時間超、ずっとビジネスホテルに放置されて、おまけに滞在費用としてかなりの額をふんだくられた万年金欠美少女の私とあなたの仲じゃない。

遠慮しなくて、いいのよ」

 

にっこりと笑う顔がかつてないほどに怖い。

背後から暗黒オーラみたいなドス黒いものが漏れ出ている。

 

「遅れて申し訳ありません」

 

速攻で土下座である。

額を床に擦り付ける勢いでスライディング土下座。

 

そんな俺の頭上から彼女の声が響く。

 

「いいのいいの、ぜーんぜん、気にしてないから。

別に今回のお話の『情報料』とかいつも通りで構わないから。

エメラルドとかアメジストとかぜーんぜん枯渇してないし?

遅延料として宝石十セットは硬いわね、なんてぜーんぜん思ってないから」

 

な、なるほど。それで許してくれるなら安いものだ。

 

「……すぐにご用意いたします」

 

「あ、そーだ。ついでに『定期代』のお話もしとこうと考えてたところなのよねぇ。『情報』って本来は安いものじゃないでしょ?」

 

「仰ル通リダト、思イマス」

 

俺の言葉に、頭上から微かに「ニヒッ」という声が聞こえてきた。どうやらこの条件で今回のポカは許してくれるらしい。

 

一転してルンルン気分でステップ踏んでソファに戻った彼女を確認してようやく面を上げる。

 

視線の先にはソファにて尊大にふんぞり返る金髪碧眼ツインテールの美少女。

悪魔召喚プログラム研究の権威が一人。

それでいて世界各地の『悪魔出没地域』へと出向き、自らの目と耳で情報を集めてくる『情報屋』でもある。

各地のデビルサマナーともパイプを持ち、中には『著名なサマナー』と友人関係にあったりそいつらから『お姫様扱い』されていたりする異端の『寵児』。

『召喚式シミュレート』の開発元でもあるとにかく『すごい娘』なのである。

 

「ではミスタ・ヒデオ。今回呼び出した用件をお話しましょう」

 

対面のソファをへと座るよう手で促した彼女に従い粛々と着席。

それを確認してから一転、真剣な表情となった彼女。俺も自然と気を引き締める。

 

「これから話すことは『他言無用』、よろしくて?」

 

「ああ」

 

俺の言葉に静かに頷いた彼女はゆっくりと語り出す。

 

「これはまだ『確実』な情報とは言えないんだけどーー」

 

 




地球国家元首ちゃん……いいよね。


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宝石・二

ピクシーはハッカーズのデザインが一番好きです。


「ダークサマナー?」

 

彼女からの話を聞いた俺は思わず眉を顰めた。

 

「そう、ダークサマナー。それ以外は一切不明、ただ現れた地で悪魔ないしサマナーを()()()()()()

 

なんだそれは。ダークサマナーというか『悪魔』なのでは?

 

「奴は確かにサマナーよ。襲撃から生き残ったサマナーからの証言もある」

 

「で、肝心の犯人の姿は見なかったとでも?」

 

「そのまさかよ。……余程、『ステルス』に長けたサマナーのようね。辛うじて『人型』で『言葉を話す』、そして悪魔を召喚することが確認できただけ」

 

ラヴちゃんが運んで来てくれたオレンジジュースをストローで啜りながら彼女は足を組み直す。

……どうでもいいけど、いい年した女の子がそんな無防備な姿なのはどうなの、と思わなくもない。

まあ、彼女に対してそういう感情は一切ないし沸かないが。

そもそも手を出そうとした時点で、一般男性は返り討ちに遭うだろう。

 

 

「まるでUMAだ」

 

「まさにそんな感じね」

 

「そのUMAが、この夕凪市にいったい何の用で?」

 

確かにここは霊地だが、より上等な霊地ならそう遠くない位置に点在している。

市内のサマナーだって俺だけだし、出現悪魔だって木っ端妖怪が関の山。稀に先日の廃寺のようなイレギュラーが起きるが、話に聞くダークサマナーが狙うほどの大物は今のところ出ていない。

 

「さあ、そこまでは。……案外、貴方目当てかも」

 

「冗談はよせ、俺なんか食べても腹の足しにもならん」

 

嘘ではない。保有霊力だって平凡だ。『レイ』さんにも酷評されたし。

 

「いや待て、まさか俺のコレクションを狙って……?」

 

「そんな上等な霊媒持ってたっけ?」

 

身もふたもないこと言うな。

別に値打ちなんてなくていいんだよ、コレクションなんだから。

 

喉を渇きを覚え、同じくラヴちゃんからの差し入れである麦茶(¥250)を一口飲み込む。

 

「……まあ、真面目な話、『ウシワカ』の可能性もある」

 

「うしわか?」

 

そういえばまだ知らせていなかった、と彼女に先日召喚した英傑ウシワカについて簡単に説明する。

すると、彼女はガタッと机に手をつきながら立ち上がった。

 

「マジで!? 召喚成功したの!?」

 

顔が近い。

 

「ああ、英傑ウシワカ。全書への登録も済ませたが情報に間違いはない」

 

ただ、欠落が25%あったことが気掛かりだがそちらはメアリ氏に任せている。

 

「ウシワカ、ウシワカ……ていうと日本の牛若丸ね?

ヨシツネじゃないの?」

 

やはりその疑問が来るか。

 

「俺もその点は気になっていたが、どうにも俺が旅先で拾った羽団扇が触媒になったらしくてな。

牛若丸として呼ばれたらしい。だが、経歴は概ね義経のものと変わりない。精神性も僅かに幼さが見えるが武人としての心得を持っているようだ」

 

数日の付き合いでそこまでは理解した。

 

「ふーん……ま、成功したならそれでいいわ。あとでデータを送ってちょうだい」

 

「それはいいがーー」

 

「大丈夫、ちゃんと次の『アップデート』に反映しておくから」

 

ふふ、と気分をよくした彼女はソファに座り直した。

 

 

 

「それにしても、便利な力よね。プログラムを介さずしてどんな悪魔とも語らうことができるなんて」

 

オレンジジュースをちゅうちゅう吸いながら視線をこちらに向ける。

 

「大したものじゃない。『奥山』の歴史を鑑みれば当然あって然るべき能力だ」

 

「嫌味かしら……。

まあ、あの『葛葉』に匹敵する歴史を重ねていれば相応かもね」

 

「あるのは歴史だけさ、その証拠に二百年間進歩無しだ。当たり前だ、あんな山奥に引きこもっていればいずれ限界が訪れる。限られたコミュニティで生み出せる成果は有限だ」

 

「……もしかして、今後も出てくるつもりがない、とか?」

 

まさか、といった顔をしている彼女に静かに頷く。

 

「うわ……正気なの、それ?」

 

心底嫌そうな顔。次いで、気持ち悪いものを見るような目を俺に向けてきた。

 

「俺はもう無関係だぞ。……というか、ウシワカは普通に人間と同じ言語を話せるから俺の力は関係ない」

 

「あ、やっぱそうなんだ。『冬木』の記録を調査した限りでも、英傑ないし『英霊』は普通に会話できているらしいし」

 

元人間なんだから当たり前だ。まあ、“元ネタから乖離している場合”は例外もあるだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金髪ツインテールとの『密談』から帰路に着いて早々、俺はぐったりしていた。

時刻はすでに零時過ぎ。おまけに湯冷めしたらしく妙に肌寒くてくしゃみを連発してしまう。

 

「ずびっ……確かに興味深い話だったが」

 

彼女の教えてくれた情報は確かに重要なものだった。だが、定期的に情報料として納めている宝石の値上げと比べると……正直割に合っていない内容でもあった。

 

「“冬木”に関する情報の方が有益だ」

 

彼女は冬木市の召喚式に関する情報も持ってきてくれた。と言っても『冬木市で過去に召喚された英傑』と『召喚者』に関する一部の情報だけだったが。

それでもなんの手掛かりもない現状ではありがたい……まあ、暇を見て俺自身が調べに行けばいいだけの話ではあるが。

 

そうでも考えないと『ふんだくられた宝石』のショックを紛らすことができない。

ちなみに宝石十セットは郵送で送ることになった。

曰く、彼女も忙しいらしく明日にはここを立たないと行けないらしい。そんな中で大遅刻した俺に怒り心頭だったのは当然であった。

 

「でも宝石……」

 

やり場のない悔しさ的なものが胸中にこみ上げてくる。別段、宝石自体に用はない俺だが交渉とかその他諸々で使い道自体はあるのだ。

特に、有益なアイテムと交換してくれる『エーデルフェルト』との取引に支障が出ないかが心配だ。

“彼女”、というかエーデルフェルト自体が『日本嫌い』を拗らせてるので、契約に際してはかなり苦戦した覚えがある。そんな中で『納品遅れ』などすれば即・契約を切られかねない。

あそこの若き当主とは今後とも良きビジネスパートナーでいたい。

 

「久々に『宝石狩り』をしないといけないか……」

 

増えてしまった課題に辟易としながらも俺はとぼとぼと家に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーくさまなー、とは報酬次第で何でもする在野のサマナーのことですね」

 

「どこで知ったんだそんな情報」

 

翌日、金髪悪魔に聞いた内容を語ったところウシワカは教えてない単語の意味を理解して返してきた。

ふふん、と言いながら俺のPCを指差すウシワカ。

それで全てを理解した俺はすかさずチョップを見舞った。

 

「あいたっ!?」

 

「勝手に使うな」

 

教えてもいないのに……下手に操作してウイルスでももらってきたら事である。

あのPCには大事なデータも入っているのでそれらに何かあっても困るし。

 

「ち、ちゃんと操作方は覚えました。注意点も全部頭に入ってます!」

 

「……そういえばお前は天才だったな」

 

くそ、天才め。俺なんて未だにプログラミングすら危ういっていうのに。

 

「というか、私に手刀を当てるなんて……主殿、やはり御身はかなり『できる』サマナーなのでは?」

 

涙目で額をさすりながらウシワカが言う。

……別に日常で手刀を当てるくらいなら誰でもできるだろう。

 

「そんなことより話の続きだ。……で、どこまで話したっけ?」

 

「この街に訪れたというダークサマナー、のあたりです」

 

そうそう、この街に面倒なダークサマナーがやってきたという話だった。

 

昨夜、リン嬢が齎した情報はそのダークサマナーに関するものだった。

 

曰く、『各地に現れては名のあるサマナーや悪魔を無差別に殺してその力を奪って回っている危険な男』が何の目的かこの夕凪市にやってきているらしい。

名のあるサマナーではない俺には関係のない話であり、郊外有数の霊地たる夕凪市が狙われるのも“ある意味”では必然。別段、慌てるような話ではない。

 

「まあ、土着神も何体か『食らって』いるらしいから油断は禁物だがな」

 

と言っても地元でしか知られていないようなマイナーな神だ。たかが知れている。

 

「とはいえ、今後の依頼には注意してあたるとしよう」

 

「ふむ、情報が少なくて判断に迷いますが。……なに、有事の際はこのウシワカに全てお任せくだされ。どのような相手であれ首級(みしるし)を献上してご覧にいれる」

 

首なんか持ってこなくていいよ。

 

「できれば装備品を剥いでほしいかな」

 

「なるほど、承りました!」

 

……冗談なんだけど。その時になったら本気でやりそうな勢いを感じる。でもやる気を出しているところに水を差す気もないのでスルー。そもそも敵の心配ができるほど俺はお人好しではない。

装備品を剥ぎ取りたいのも事実だし。

 

 

 

今日は、昨夜の一件から『宝石狩り』の予定を立てることにした。

金髪悪魔にふんだくられる予定の宝石の補填ができれば十分なので、それなりに持っていそうな悪魔をピックアップ。その出現場所を重点的に回って狩りをする。

 

「まずは手堅く吸血鬼(ヴァンパイア)から攻めるか」

 

奴らは吸血のせいなのか分からないが、よくガーネットを落とす。血のような宝石にはヴァンパイア由来の強力な魔力が宿っており『魔術師』相手には高く売れる。

 

「次は……エメラルドとアメジスト」

 

アメジストは、フケイやドンコウを延々と狩っていれば勝手に溜まる。問題はエメラルドだ。

 

「邪鬼ラケー……最近は見かけないが」

 

元はネパールで語られる人攫いの鬼である。前世紀末に日本でも大量発生していたが、現代ではめっきり噂を聞かなくなった。

エメラルドのために乱獲されたか?

他にもヤカーというスリランカ産の幽鬼がいたがこちらも日本では絶滅危惧種だ。まあ、原産地に行けばいるのだろうが、わざわざ国外まで足を運びたくない。

 

「いや、トケビがいたか」

 

あのキョンシーみたいな悪魔。あいつならそこそこ目撃情報も上がっている。最悪の場合は『アプサラス』に頼んで譲ってもらうしかないが。

ちなみにアプサラスを狩るという選択肢はない。……いや、別にあいつら誰かに迷惑かけるわけでもないし、何より女の子だし。

迷惑云々ならトケビもそうだが。

 

と、色々考えながらPCを操作して候補地の情報をDDS-NETで確認する。

が、ぶっちゃけた話、先に挙げた悪魔たちはあくまで『持ってる傾向がある』というだけであり必ず特定の宝石を持っているわけではないので、地道にそこらへんの悪魔を狩ってもランダムで宝石を落とすことがあったりする。

 

最近はウシワカの関係で討伐依頼を受け続けていたのでそこそこ在庫はある。が、それらを昨日の『お詫び』で出荷してしまうため結局、宝石狩りはやらなければならない。

 

……だが、流石に無差別に悪魔を殺し回れば当然、俺の悪評が広まってしまうので“殺していい相手”は選ばねばならない。

 

 

「……うむ、ここは確実性を求めてヴァンパイアから攻めよう」

 

やはりヴァンパイアがおいしい。奴ら貴族かぶれの輩が多いのでガーネット以外にも宝石の類を持っている確率が高い。加えて先に語ったガーネットは『ヴァンパイアの体内で生成されるモノ』ゆえに高確率で持っているのでガーネット回収にはもってこいだ。

 

 

ヴァンパイアを狩るとなると、当然、奴らの出現場所もとい『目撃情報』を探らねばならない。

中世から近代にかけて急激に数を増やしたヴァンパイアたちは世界各地で事件を起こしている。日本においても、やはり明治維新後に大陸から渡ってきたヴァンパイアが繁殖している。

その大半は日本という島国に、純粋な興味を持って訪れた謂わば観光客みたいな連中だが、人間とは違う価値観を有するために『戯れ』で人を襲い、時に眷属を量産する。

歩合制討伐依頼や、『吸血鬼由来の素材回収』においてはこれほどおいしい相手はいないと言える。

なにせ、()()()()()()()()勝手に街ごと吸血鬼だらけにしてくれるからだ。

 

……まあ、依頼主からしたらたまったものではないので大抵の場合は被害が拡大する前に依頼が回ってくるわけだが。

 

 

話が逸れた。いずれにしろ、宝石目当てでヴァンパイアを探すとなれば必然、『大元』を探すことになる。先に説明した通り、奴らは貴族かぶれが多い。しかし、奴らの眷属は当然、元が平民である者が大半なので『純度』と『量』を狙うならば根っこでなければならない。

効率は悪いが、もし一財産築いている輩ならばそいつを仕留めるだけで溜め込んだ宝石を独り占めすることも可能だ。

 

「問題は、保有戦力だな」

 

カタカタとキーボードを打ちながら考えを巡らせる。

 

宝石を蓄えたヴァンパイア、ともなるとそれ相応の実力を持っている輩が殆どだ。しかし、『古き神々』に比べれば大したことはない。

『神族』を打倒した経験があるならば、確実に倒せる相手である。

 

「とはいえ、油断は禁物だが」

 

戦いである以上、『慢心』はできない。

一つしかない『命』を懸けているのだから用心するに越したことはないのだ。

比較的新しい『悪魔』とはいえ、古い者では『千年』を生きるヴァンパイアないし吸血鬼もいる。神話由来の『吸血種』であればもっと古い。

必然、人々から寄せられた『畏れ(信仰)』も相応だ。

 

「……厄介なのは『個体差』だな」

 

ヴァンパイア、というのは近代に端を発する吸血鬼たちの『総称』に過ぎない。以降の歴史でもさまざまなヴァンパイアが語られてきた上に、『元となった人間』に由来した固有能力を有する確率も高い。

つまり、殺すなら『各人に合った対処法』が必要となるのだ。

 

まあ、強大な力で叩き潰せば全部同じだが、俺にそんなパワープレイをするほどの実力はない。

 

なので、オーソドックスな『弱点』を一通り揃えてから出向く。

奴らは総じて『ハマ系』に弱いのでもはやお約束である施餓鬼米、ハマストーンにマハンマストーン。……()()の力に頼るのは癪だが、聖別済みの『十字架』も一応持っていく。

もちろん、弾丸も『破魔属性』が付与された特別製を持っていく。人狼同様に銀弾も有効だが、『加工』された銀弾のお値段は相応だ。わざわざ『狩り』のために購入する気は起きない。

 

 

とはいえまずは行き先を決めねば始まらない、と俺は『自サイト』へとページを移る。

 

DDS-NETに登録している俺だが、それとは別に自作のサイトを持っている。これは他のサマナーたちも行なっていることだ。

DDS-NETは確かに不特定多数のサマナーに向けて依頼したい者たちがこぞって依頼を持ち込む場であり、適当な依頼を探すには効率の良い場所と言える。が、必然、依頼の難易度・危険性もピンキリとなり対象範囲も広大。向上的にサマナー稼業を続けていくなら自分で窓口を作って条件を絞った上で依頼を受け付けた方が、長い目で見た場合に合理的な判断となる。

 

なので、俺も自分の窓口を設けているわけだが。

 

「……そう簡単には見つからないか」

 

客からの依頼メールの中には吸血鬼を対象としたものは見当たらなかった。

ひとまず、溜まっているメールを処理すべく、『できる依頼』と『できない依頼』を振り分け、それぞれに返信をする。

組織を通していない以上、依頼メールの内容は読み取りづらいものや解釈に困るものばかりだが、そういうときにこそ依頼主への入念なヒアリングが重要となる。

俺はできる限り依頼主と話し合った上で正式に依頼を受諾する方針だ。そうしていくことで『リピーター』を確保できる確率も高まり、ウチの『評判』も高まる。

 

今回は大半が『害なし』と判断できる怪異現象に関するもので、こちらには『起こっている現象』への説明と、解決策を文章にして送っておしまいだ。無論、相手が『一般人』なら“裏の世界”がバレないよう細心の注意を払って文章を綴る。

……とはいえ、客の大半は“複雑な情報網からサマナーを探し出した相手”ではある。つまり、()()()()()にある程度精通している人間だ。

 

残った『対処すべき依頼』も順番にメールのやり取りを行い、一度話し合う場を用意する。

面倒だが、やらねば安心安全なサマナーライフは送れない。偶にヒトになりすました悪魔とかの罠だったりするからな!

 

 

また、今回は『宝石狩り』を行うので急を要する依頼でない限りは対処を先送りにする。俺に今必要なのはお金ではなく宝石なのだ。

 

 

 

「やっぱり地道に探すしかないのか、面倒な……」

 

億劫ながらも、ヴァンパイア討伐依頼を探すべく再びDDS-NETに戻ろうとしたところで、依頼メールの中に『吸血鬼』の単語を見つけた。

早速、開く。

 

「ふーむ?」

 

メールには、最近身近な人物が立て続けに行方不明となり、同時に周辺地域で『夜道を歩く青白い肌の上品な男』が目撃されている。といった内容が書かれていた。

十中八九、ヴァンパイアないし吸血鬼の類である。

 

内心ワクワクしながらも、依頼主へと返信する。内容は『相談場所及び日時』である。

 

ただ、今の時刻は昼ちょっと過ぎなので、依頼主が真っ当な社会人ならば返事は夕方ごろになると判断。椅子から腰をあげようとしてーー

 

「やけに早い返信だな」

 

メール送信から数秒と経たずして返事がきた。

 

そこには俺もよく知る喫茶店の名前と、この後すぐ、出来るだけ早く会いたいとの内容があった。

なんとも性急なことだ。

……こういうのは経験上、厄介ごとの前振りなのだが。依頼主に何かトラブルがあった場合は俺のサマナーとしての評判に傷がつく。

 

一時間後に待ち合わせする旨をメールに記載して送信。俺は手早く装備を整えて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

依頼主の指定した喫茶店は、夕凪市から三つほど隣の街にある。

夕凪市を拠点とする俺だが、いくら郊外有数の霊地であっても流石に市内だけの仕事では回らないためこうして市外に出向くことも珍しくはない。

特に、件の喫茶店がある街には頻繁に訪れているため道順なら慣れたものである。

 

が、バイクや自動車の類を持ち合わせていない俺は電車を用いて移動することとなる。

ちなみになぜ持っていないのかといえば、持ったところで悪魔に破壊されるのがオチだからである。

 

 

 

「ですが主d……」

 

「ストップ……外ではなんて呼べと言ったっけ?」

 

電車内の座席、俺の隣に座っているウシワカがコソコソと話しかけてきたのをバッサリ切り捨てる。

 

するとウシワカは、少し照れ臭そうに返事をした。

 

「ひ、ヒデオ、さん? ……なんだか妙に気恥ずかしいのですが」

 

ほんのり頬を染めながら目を泳がせるウシワカ。なんだ、しおらしい真似もできるんじゃないか。

 

ちなみに、なぜウシワカを一緒に乗せているかと言えば、彼女が電車に乗りたそうにしていたから、気紛れで同乗させたに過ぎない。電車賃をケチるほど俺は守銭奴ではないのだ。

……いや、別に楽しそうに窓の外を眺めたりソワソワするウシワカが可愛いとか、思ってはいない。

 

 

三十分ほど電車に揺られて駅に到着、そこから大通りを少し歩いていけば目的の喫茶店に辿り着く。

 

店の扉を開けば、カランカランと音が響いて客の来店を店内に知らせる。

 

「いらっしゃい」

 

気付いた店主が落ち着いた声音で応える。

会釈で応じてから店内を見渡せば、一席だけ客が座っている場所を見つけた。他はまったくの無人、心配になる程の閑古鳥具合だ。

 

それはともかく、と座っている人物に歩み寄りながら声をかけた。

 

「こんにちは、貴方が『アシヌス』さんですね?」

 

こちらに背を向ける形で座していた彼はゆっくりとこちらに振り向き応えた。

が、その目はぴったりと閉じられていた。

 

「ああ、そちらはデビルサマナーの……」

 

「はい、『祓魔屋オウザン』の店主・ヒデオです」

 

オウザンとは、俺が設けた依頼用の窓口の名前だ。無論のこと『市の許可』は受けている。秘密裏に、だが。

 

「どうぞ、お座りください」

 

「失礼します」

 

一言かけてから対面のソファへと座る。ウシワカには傍に座るようちょいちょいと手招きする。

 

ウシワカが座ったところでピクリと眉を動かしたアシヌス氏が声をかけてきた。

 

「そちらの方は……」

 

「ああ、助手の……クロウです」

 

咄嗟に偽名で紹介してしまったが、そういえば彼女について表向きはどう扱おうか丸っ切り考えていなかったと反省。

一方、ウシワカは特に反応を示すこともなく澄まし顔のまま。実に冷静じゃないか。俺なんかちょっと焦り過ぎて冷や汗出てるのに。

 

そんな内心の焦りに気付いていないのかアシヌス氏も特にそれ以上の言及をすることはなかった。

 

 

探られても困るので早々に本題へと入らせてもらう。

 

「では、早速ですが。依頼のお話をしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 




ハイピクシーはもちろんアバドン王。


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吸血鬼・一

アシヌス氏からの入念なヒアリングの結果、今回の件は『クロ』であると判明した。

 

となれば善は急げ、俺は早々に話を切り上げて対象の討伐に向かおうと考えた。

ただーー

 

「……なるほど、依頼のほど、確かに承りました」

 

「ありがたい。こちらとしても『同志』が無闇に襲われるのは心の痛む話ですから」

 

日本人離れした骨格と体格、短くも立派な顎髭と角刈りにされた茶髪。なによりその身に纏う司祭平服(キャソック)からして、アシヌス氏が『世界的に有名な宗教の司祭』であるのは明らかであった。

そうなると、デビルサマナーの俺としては当然、『メシア教』との関連を疑ってしまうわけで。

付随して、今回の依頼が『メシア教』に関係するのかも気になってしまう。

……俺は、できるなら“もう”奴らとは関わり合いになりたくないのだが。

 

「情報は十分にいただきました。早速、対象の討伐に向かいたいと思いますので、これで」

 

「ええ、頼みました。ああ、ここのお会計は私が持ちますのでーー」

 

「いえいえ、きちんと代金は置いていきます。どうかごゆっくりと、司祭殿」

 

どうせアイスコーヒーとオレンジジュースしか飲んでいない。ぴったりの小銭をテーブルに置いた俺はウシワカを伴って早々に店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

耐えきれずに店を飛び出してしまったが、一応、対象の情報は十分にいただいているのでこれ以上会う必要もない。討伐後の報酬も指定の口座に振り込んでもらうだけだし。

 

司祭殿にああ言った手前、早速だが討伐の準備に入ろうかと気の進まないながらも街を歩く。その道中、ウシワカが真剣な顔で声をかけてきた。

 

「主殿」

 

「ん、どうした?」

 

「先ほどの男……並ならぬ気迫を感じました」

 

マジか。そんなのはまったく気付かなかったわ。

そもそも、『奴ら』の顔などあまり見たくもないし。

 

「なら、まあ、十中八九、『メシア教』なのだろうな」

 

『戦闘能力のある司祭』となると奴ら以外にない。普通の司祭は戦闘能力とかないからね、当たり前だけど。

 

「めしあ?」

 

知らない単語に首を傾げたウシワカへ、簡単に奴らのことを説明する。

 

メシア教とは、某一大宗教の一派にあたる組織である。

詳しい組織構造は俺も知らないが、構成員が大なり小なり戦闘能力を有しているのが特徴で、ほぼ全員が『狂信者』なのも特徴といえる。

とはいえ、一般人の間ではその存在は知られておらず仮に辿り着いたとしても無闇に情報を拡散しようとすれば漏れなく奴らに“消される”。

何を隠そう、彼らという組織は『秘密機関』も同様なのだ。

厳密にはその仕事内容たる『悪魔退治』が一般社会に秘密なのが原因であるが。

 

また、奴らの背後には『御使い』の存在がある。

御使いとは、そのままモノホンの天使さまのことである。

それも『御前天使』に数えられるような大物だ。

以上のことから、奴らに対して下手に手出しをすべきではないというのがサマナーたちの間で暗黙の了解と化している。

 

 

「……とまあ、変に敵対しなければ特に害もなく、破魔系アイテムも売ってくれるしビジネスパートナーにもなりうるがな」

 

もっとも、『市場』と比べてかなり割高料金だが。

 

「ふむ……主殿が仰るなら。しかし、あの男は“人ならぬ気配”を放っておりました。御用心を」

 

天使か? いや、天使にしては人間らしかったように見えたが。もしそうなら、吸血鬼くらい自分で討伐すればいいのにと思わなくもない。

そもそもの話、『身近な人が行方不明』とか『夜道を歩く青白い肌の人』とかボカした表現でこちらを誘い出した手口自体気に入らないが。

 

まあ、どうせこの依頼限りの関係だ、気にすることもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

対象の吸血鬼、ヴァンパイアは喫茶店のある街の居住区に邸宅を構えているらしい。

 

そうなると、自ずと見えてくるのは今回の依頼の『原因』。

 

聞くに、そのヴァンパイアは古くからこの街に住み着いていたらしいが俺はそんなの初耳だ。とすれば、そいつはこれまで目立った事件も起こさずに上手くやっていたのだと思う。

なら、今回のような被害が出たのは十中八九、“メシアン側からの攻撃によるもの”。

 

「つまり、奴らの尻拭いか。気に入らないな」

 

「……気乗りしないのであれば、今からでも依頼を取り消しては?」

 

タバコを咥えた俺にウシワカが進言する。

 

「先ほどから、なんだかイライラしておられるようですし。そのような状態で戦場に出ては御身を危険に晒すだけです」

 

ぐ、痛いとこ突いてくるじゃないか。というか相変わらず直線的な物言いをしてくれる。

だが、図星も図星なので一度深呼吸して精神を落ち着かせる。

我ながら子どもじみた駄々をこねてしまったと内心反省。

 

「悪い。もう大丈夫だ」

 

「……」

 

不審そうな視線を向けるウシワカだが、少ししてすっと目を伏せた。

 

「主殿が仰るならば」

 

「ふぅん、やけに素直じゃないか」

 

「言っても言うこと聞いてくれないじゃないですか」

 

まあな。というか、普段から割と自由奔放なお前には言われたくない。

 

 

 

大通りから路地を通って、迷路のような構造になった道を右折左折していくと。現代建築の新築が立ち並ぶ落ち着いた景観の中に、明らかに異様な姿を晒している洋館を見つけた。

 

近くに寄っていくと悪魔特有の『気配』のようなナニカが感じ取れる。

 

「ここのようだな」

 

アシヌス氏から貰った写真とも一致する外観。ここが件のヴァンパイアが潜伏する館らしい。

 

周囲に『探知の術』を掛けてみたが、特に『魔術()』の類は仕掛けられていないようだった。

 

なので遠慮なく不法侵入させてもらうことにする。

 

 

とはいえ正面から攻めるのは愚策も愚策なので、裏手に回り洋館に備えられた窓から死角となる位置より侵入する。

 

「私が先行しましょう」

 

そう言って高い塀をひとっ飛びで乗り越えたウシワカ。俺も負けじとジャンプで塀を乗り越えようとする、が。

 

「どわっ!?」

 

塀の端に足を引っ掛けてバランスを崩す、その勢いのまま地面に落下ーー

 

「おっと」

 

ーーしようとしたところをウシワカが抱きとめてくれた。

細身な少女にしっかりと抱き留められる成人男性の図は、我ながら羞恥を感じずにはいられなかった。

急いで自分の足で地面に立ち咳払いをする。

 

「……ありがとう、どうやら相当に鈍っていたらしい。以前ならこのようなことも無かったのだがな」

 

「構いませんとも、何かあればこのウシワカがご助力致しますゆえ」

 

くっ、その生暖かい視線を止めろ。

屈辱を感じながらも、努めて冷静に態勢を整えコソコソと手近にある窓の側まで移動。見たところ掛かられた鍵はごく一般的なもの、別段魔術の類も感知できなかった。

なので『魔術で解錠』する。

 

窓ガラスの表面に札を貼り、指先に灯した『魔力の火』によって呪文を書き込む。円状に書き込まれた呪文の中央へと人差し指と中指を当てて呟く。

 

「急急如律令」

 

その瞬間、札が淡く輝きカチャリと音がなった後に燃え尽きて消えた。

両開きの窓を開けて中を軽く確認。誰もいないことを確認して住居侵入する。

 

「器用ですね」

 

遅れて、やはりひとっ飛びで侵入してきたウシワカが楽しそうに声をかけてきた。

 

「小手先の手品みたいなものだ。……なんかやけに楽しそうだな」

 

「ふふふ、なんとなく、昔、悪戯していた時のことを思い出しまして。こういう『勤め』ならば今後も喜んで同行いたしますとも。

……ああ、いえ! 今は全力で自制しているので勤めはきちんと果たしますが!」

 

そうは言うものの、ニヤニヤしながら軽い足取りで部屋をスキップするウシワカを見て、少し気が抜けてしまった。

だが、久々の『本格的な討伐依頼』なので俺自身、緊張していたところがある。だから、このくらい気楽にやったほうがヘマをしないで済むのかもしれないと思った。

 

 

洋館内はやはりというか異界化していた。

 

ところで、異界化というのをもう少し詳しく説明しておくと。俺たち人間が普段生活している現実世界を表と捉えた場合に、裏に当たる世界が異界というもの。物質よりも『精神』に重きが置かれた世界、俗に言う『霊的世界』に近い。

本来ならば表の存在が裏と直接関わることはないものの、裏表である以上は何らかの影響を互いに及ぼし合っているのが現状である。この世ならざる存在である悪魔どもは当然裏の存在である。

それをひっくり返す、もとい裏側へと空間ごと引き摺り込んでしまうような悪魔、というのはそれ相応に強力な悪魔という理屈だ。

 

「……とはいえ、今更な話だが」

 

例によって拡張された空間内に広がる長大な廊下を進みながらこの前の廃寺のゾンビを思い返す。

普通はゾンビ如きが異界化などできるはずもないが、素体がサマナーであったが故に起きたイレギュラーだと俺は見ている。

……ただ、それでもゾンビが異界化を成したことや一度だけ放った強力な呪殺魔法には違和感を覚える。

 

もしかしたら、あの廃寺で“何かの儀式”を行って、その結果、ゾンビとなり異界化を起こした、とか。

 

「考えすぎか」

 

とはいえ、やはりあの廃寺は早々に綺麗にしておくべきだと思い帰ったら一度、協会に打診することを決めた。

 

 

 

「静かですね」

 

しばらく、廊下を進み、時に右折、階段を登ったりしたものの。一向に悪魔の現れる様子はなかった。

こちらは楽でいいが、些か気になる。

 

「……あるいは、元魔術師か?」

 

対象のヴァンパイアは、昭和中期にこの街に住み着いたらしい。ちょうど戦後間もない時期だ。

それ以後の詳しい情報は、残念ながらアシヌス氏から受け取ることが出来なかった。

もしくは隠しているのかもしれないが。

 

「これだからメシアンは信用できん」

 

「……主殿、本当にその“メシア教”とやらが嫌いなのですね」

 

ちょっと呆れ気味なウシワカが言う。

 

「……好き嫌いは個々人による。俺の場合は奴らというだけの話さ」

 

「失礼、主殿に対してあまりに不躾な質問でした」

 

こちらを見て、一転真剣な顔になり粛々と頭を下げたウシワカ。

……もしかして顔に出ていただろうか。

 

気にするな、と告げて俺も館の探索に集中することにした。

 

 

 

しばらく歩いて、ふと気がついたことがあった。

 

見覚えのある調度品、廊下、階段。そして壁の“傷”。

全て、確かに通り過ぎたモノ。

つまり、“ループ”しているという事実だ。

 

加えて、ループの可能性を考慮すると自ずと気付くのは廊下に飾られた調度品の正体。

 

「吸血鬼が聖母像を飾るはずもないな」

 

腰の高さにある棚に置かれた小さな聖母像。白亜の肌には傷一つなく、よく見ると『不自然なくらい綺麗』なことが分かる。

 

徐に像へと二本指を突き立てた俺は、例によって魔力の火を用いスラスラと呪文を刻む。

西洋魔術と神道系魔術を混ぜたような呪文の羅列に指を押し当てたまま、急急如律令と呟く。

 

すると、一瞬の輝きの後に白い聖母の姿は掻き消え、代わりに“禍々しい黒色を纏ったバフォメットの像”が現れた。

つまり、簡易な偽装魔術によってカモフラージュされていたのである。

これを剥がしてみると、像の内側から絶えず魔力が放たれているのが認識できた。

 

「オリジナル……自作の品か」

 

ただのループ発生機能しか持たない品だが、これを自作したとなるとやはり件のヴァンパイアは“元魔術師”である可能性が高い。

生粋のヴァンパイアは自ら作ることもなく、金にあかせて『製品版』を購入しているからだ。

 

 

ともあれ、これ以上時間を浪費するつもりはないので愛刀の一太刀によって即座に像を破壊。

 

その瞬間、ぐにゃりと空間が歪み、やがて元に戻る。

一見して先ほどと変わらないが、像を破壊する前に感じていた“嫌な魔力”は綺麗さっぱり消えていた。

 

「これでループ空間は解除できた。ここからは地下に向かう」

 

「地下ですか?」

 

はて、と首を傾げるウシワカ。

 

「敵はおそらく元魔術師、となればその本拠たる『工房』は地下に作るのが常だ」

 

ヴァンパイアでなくとも、魔術師を“討伐”する際にはもはや常識と言ってもいい事柄。しかし、日本生まれとはいえ、西洋魔術が盛んではない時代を生きたウシワカには馴染みのない概念だったらしい。

 

「ふむ、異国の妖術師は地下に篭るものなのですね」

 

「ああ、九割方その傾向にある。だから建物の上を目指しても意味がない」

 

しかし、ここまで屋敷を見て回って上への階段は幾つか見つけたが、階下への階段は一つも見当たらなかった。

 

「まあ、魔術師の工房とは“秘匿されるもの”らしいからそう易々と見つけられた試しがないがな」

 

これまでも魔術師ないし元魔術師の拠点への潜入を必要とする依頼は多々こなしてきた。

なので、こういう場合の対処法。つまり、“隠し通路を設置する傾向にある場所”というのはなんとなく分かる。

 

加えて、いくら異界化しているとはいえ“異界化の主”の元へと続く道は必ず存在する。それは“物質的、霊的問わず”。

そうしないと今度は主本人が異界から抜け出せないから。

 

つまり、たとえ“モグラの掘ったトンネル”みたいな通路であろうと絶対に道は存在している。

 

 

ひとまずは“物質的隠し通路”を探そうと思い、再び屋敷内を探索。

通路、書斎などめぼしい場所をピックアップして調査する。

 

その結果、書斎に並べられた本棚の一部分から“特異な魔力の流れ”が出ているのに気がついた。

一見して普通の本棚と本。加えて物理的にもその奥にスペースが存在する様子はない。

おそらくは、先のバフォメット像同様に何らかの魔術でカモフラージュしていると思われた。

 

「ビンゴ、やっぱり隠し通路といえば本棚だよな」

 

言いつつ、見つけた怪しい場所に“解析の魔術”をかける。

魔術師としては三流の腕しか持たない俺だが、“大まかな構造と原理”を見つけることができれば後は“力尽くでこじ開ける”。

 

数分の解析の結果、掛けられた魔術の『起点』を見つけた俺は、そこ目掛けて再び愛刀を振るう。

 

 

パキン、という奇妙な音が聞こえた後、目の前の本棚はゆらゆらとまるで蜃気楼のように揺らめき。すぅ、と消えてしまった。

消えた跡には、地下へと続く階段。内部は薄闇に包まれ壁に配置された蝋燭の火で辛うじて視界を確保できる有様であった。

 

「お見事です、主殿!」

 

「俺ではなく、この刀が優秀なだけだ」

 

俺の愛刀、『錬刀・赤口葛葉』。

かつて、『葛葉』の継承者の一人が使っていたという対魔性能を備えた業物……のレプリカである。

複製品ではあるものの、オリジナルが備えた『強力な祓魔性能』はほぼ完璧に再現されており、俺が受領する依頼くらいならばこれで事足りる。

 

「その刀、相当な業物と見受けられます。ともすれば、我が薄緑に比肩するものかと」

 

武士としての感性からか目敏く俺の刀を賞賛するウシワカだが、さすがに薄緑と比較してしまうと質はだいぶ落ちると思う。

オリジナルは見たことがないので知らないが、レプリカを鍛えた“イッポンダタラ”の言を信じるなら九割方性能は再現できているらしいというし、ここは素直に賞賛を受け取るべきか。

 

 

 

 

 

 

 

隠し通路内は薄暗くはあるが、それなりの広さを持った余裕ある空間が続いていた。

入り口であった螺旋階段をしばらく下り、現れたのは石壁からなる広々とした空間。

目の前には大きな石扉が悠然と佇んでいる。

 

すかさずCOMPを操作して、周囲の索敵を行うがこれといって反応はない。

次に扉の向こうへと索敵を行う。

 

「……面倒だな」

 

「どうかしましたか?」

 

「対象の反応は見つけたんだが、その周囲に複数の『人間の反応』がある。おそらくは誘拐されてきた人間だろうが……」

 

反応が“普通ではない”。端的に言えば“悪魔反応と人間の反応を交互に出している”。

十中八九、吸血され尚且つ『眷属化が進んでいる』。

 

ここでいう眷属とは、当然、ヴァンパイアの眷属という意味だ。

多くのフィクションで示されるように、ヴァンパイアというのは吸血によって人間を自分の眷属、つまり従順な下僕にすることができる。

力の弱いヴァンパイアならば、吸血対象が軒並み『なり損ない』に変貌してしまうが、一定以上の力あるヴァンパイアになると“理性を保った眷属を任意で作り出すことができる”。

 

COMPに表示されている『討伐対象』の反応からして、おそらく後者。

 

「つまり、中の人間は敵の下僕になっている可能性が高い」

 

そうなると面倒この上ない。討伐対象との戦闘を邪魔される恐れがあるからだ。

加えて、今の揺らいでいる状態では“どっち”か分からない。

もしくは、戦闘中に眷属として覚醒してしまう可能性がある。

 

「纏めて屠ればいいのでは?」

 

さらっと恐ろしいことを、真顔で言い放つウシワカ。

いや、まあ、そうなんだけどさ。

 

「それは……さすがに後味悪いだろ」

 

「これは“戦い”です。私情に流されるべきではないかと」

 

黒髪ポニテスポーツ系美少女なウシワカだが、これでも武士だ。さらには『天才』と称えられたあの義経。

慣れた様子でこちらを諭してくる。

 

「分かってる。俺だって、受けた依頼ならば“人間でも殺す”。でも今回、人間の殺害は依頼されていない」

 

「ですが相手が人間である保証はない」

 

減らず口を……。だが、彼女の言い分も分からなくはない、というか彼女の方が正しい。それは頭でも理解している。

 

しかしーー

 

「……もし、この人間たちが“美少女ないし美女”であった場合を考えるとだな」

 

何の気なしに発した反論、しかし次の瞬間にはウシワカから“冷たい視線”を送られることになった。

 

底冷えするような冷たい目、それら二つともが俺をジッと見つめる。

 

「な、なんだその目は!?」

 

「……いえ、少々、残念だな、と思っただけです」

 

「何が!?」

 

「頭です」

 

 

その後、数分ほどしょうもない口論を繰り返したところで、ふと我に返った。

 

 

「……なんでこんなしょーもないことで時間を浪費してるんだ俺」

 

「その言葉、主殿にお返しします」

 

頑として考えを譲らないウシワカは、憮然とした態度で告げてきた。

基本的には従順な彼女であるが、時折頑固で融通の利かない一面を見せることがあり、今回も何やら彼女の譲れない部分に触れてしまったらしい。

たぶんに“戦術家”としての部分だろうが。

 

とはいえ、こうして反抗してくれることに“安心”する自分がいる。

なにせ、日常面からなにかと世話を掛けているのだ。偶に文句や説教はあれどそれらを拒否することはない。

だから、反抗するということは彼女にも確かに“確固たる意思”があるのだと。ただ命令に従うだけの存在ではない、と証明してくれるのは素直に安堵を抱かせる出来事であった。

 

「それに、これは御身を思えばこその諫言。迷いは命取りとなりますゆえ」

 

「あーあーわかった、わかったよ」

 

「ご理解いただけたようで……ウシワカは嬉しいです」

 

「ならこうしよう。

部屋に入って、もし中の人間が男ならウシワカの言葉に従う。だがもし女の子なら……俺の命令に従ってもらう」

 

「こ、この期に及んで!?

見損ないましたよ、主殿!!」

 

「見損なってもらって結構、さあ行くぞ」

 

有無を言わせずしてズカズカと石扉まで向かう俺。

 

「見損なっても、私は主殿に付いていきますから!」

 

そう言って足早に隣まで追いついてくるウシワカ。

……その言葉がちょっと嬉しかったのは秘密である。

 

 

 

 

 

石扉を解析……魔術の類は無し。

次いで扉周囲を探知……同じく無し。

 

意を決して扉を押し開く。

 

ギギギ、と年代モノの音を立てながらゆっくりと開かれた扉の向こうには、やはり石壁で作られた広い空間。ただし中には魔術用の道具と思しき物体が雑多に置かれ、その一角には牢屋のような部屋が見受けられた。

 

その中にいたのはーー

 

 

 

「……ふっ、今回は俺の命令に従ってもらうぞ」

 

「くっ……こうなれば最早何も言いますまい。私はこれまで通り主殿の安全を優先して動きますので」

 

やけくそ気味に言い放つウシワカを尻目に、俺は部屋の奥にて揺れ動く人影に目を向けた。

 

「おお……狂信者どもめ! 我が研鑽、我が叡智を簒奪するに飽き足らず。我が財産すら奪おうというか!

おお……おおっ! 許さぬ、おお……神よ!」

 

貴族風の衣装に身を包んだ美男子。しかし、その白髪と青白い肌、なによりも口の端から覗く鋭い犬歯からしてこいつが対象のヴァンパイアであるのは明らかであった。

 

どうやら、すでに戦闘を行った後のようで身体の至るところに深い傷を作って尚且つヴァンパイア由来の“自己修復”がなされている真っ最中であった。有り体にグロい。

たぶん、相手はメシアンなのだろうが。

 

対象との距離は数十メートル、こと戦闘においてはさしたる意味を持たない、つまりは接近状態である。

 

俺はホルスターから拳銃を抜き構えながらウシワカに指示を出す。

 

「見たところ、人質たちは“まだ”人間、牢屋内にいるなら邪魔される心配もない。

対して討伐対象は手負いだ、ここで一気に決めるぞ」

 

「承知」

 

返答と共に、弾丸の如き速さで敵に突っ込むウシワカ。まだ“行け”の指示も出していないのだが大体いつもの通りなので気にしないし予測の範疇である。

 

「偽神の傀儡どもめ……その身の一片まで喰らい尽くしてくれる!」

 

傷のせいか、激昂状態にあるヴァンパイアは俺たちをメシアンと勘違いしながらも、鮮血滴る肉体を奮って襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

 

 




工房ギミックはすでにメシアンに突破されてます。


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吸血鬼・ニ

牛若以外のfateキャラもちょいちょい出ますが、メガテン世界観でのキャラクター設定となってます。


「力が、血が足りぬ!!」

 

怪物は、そう言って私たちに襲い掛かった。

 

紅い双眸を怒りに燃え上がらせながら、影とも夜闇とも言えない“黒”を揺らめかせて立ち塞がる彼に、私は何もできなかった。

当たり前だ、私は何の力も持たない単なる“留学生”なのだから。

 

 

 

フランスはパリに門を構えるとある学院に在学する私は、長期留学として来日、先週よりこの町の高等学校へと通っていた。

 

本国にて在籍している学院が“教会”を母体としていることもあり、こちらの学校も当然、“教会の管理下”にある学校が選ばれた。

目的は一応、近年、信徒を増やしつつあり教会への理解が進む日本独自の“教会”の歴史を学ぶというもの。

……しかし、私個人としては日本で長らく親しまれている“サブカルチャー”を堪能したいというのが本音であった。

なので、留学枠を積極的に狙いに行き、見事選ばれてからは必死に日本語の勉強をして来日に際しては日常会話を無難にこなせるまでになった。もともと、“アニメ”で覚えていたのも大きい。

 

日本の礼儀作法、常識も学んで準備万端で日本を訪れた私だが、初日は柄にもなく緊張の連続だった。

会話はこなせると言っても、やはり異文化の根付く地、加えて己の容姿が日本国内において目立つ生粋の西洋人であることもあり、空港を出てからは行く先々で周囲の注目を浴びた。

それはもちろん留学先の学校に到着してからも、特に所属するクラスでの自己紹介に際しては男女両方から好奇の視線を注がれ、質問責めにされてしまい軽くパニックに陥ったほどだ。

 

だが、幸いというか私がお世話になるクラスは皆穏やかな気質の人ばかりで暖かく迎えてくれたのは感謝に堪えない。

……後から聞いた話だが、このクラスというよりもこの町そのものが“温厚”な性質にあり、曰く片田舎特有ののんびり感があるのだとか。

 

その話をしてくれたクラスメイトとは“サブカルチャー”を通じても仲良くなった。未だ慣れない私の緊張を和らげるように常にこちらを気にかけてくれる彼女と、趣味においても通じ合えたのは素直に嬉しかった。

たぶん、今回の留学における一番大切な思い出になると思う。

 

そんな彼女と、語り合ううちに盛り上がってしまい、その騒ぎを聞きつけた他の“オタク友達”とも仲良くなり、週末には近所の“サブカルチャー専門店”へと出かけるというイベントも待っていた。

 

楽しい。

 

当初の不安など払拭するように、人の“善性”に助けられた私は留学を心底楽しんでいた。……無論、勉学にも励んでいる。本気で遊びに来ているつもりは私とてないのだ。

とはいえ、今回は長期留学。時間はまだまだたっぷりとある。これを勝ち取るために私だって努力した。

 

ならば少しくらい、遊びに耽っても、主だってお許しくださるはずだ。

 

 

 

ーーそんな考えが、この結果を招いたのだろうか?

 

 

 

 

いつものように友人たちと談笑しながら帰宅する夕暮れ時。その日の授業の内容や課題の進捗、今週末の予定などを語り合う最中。

突如として、傍の友人が奇妙な呻き声を出した。

 

彼女の方へと顔を向けた私はーー

 

じゅる、ぐじゅ、ぴちゃ。

 

不快な水音を発しながら、友人の首筋に喰らいつく“怪物”を目撃した。

 

一瞬の静寂、数秒してから誰かが悲鳴を上げた。

それに反応して、ようやく首元から口を退けた怪物は不満そうに喉を鳴らした。

 

「足りぬ、足りぬ……この程度では、奴らに削ぎ落とされた力を補填するには到底、及ばない。

我だけでは足りない。

もっと、“集めさせ”ねば」

 

死人のような青白い肌、真っ赤な瞳、ボタボタと口元から溢れる鮮血。なにより鋭く尖った二つの牙。

 

ーー吸血鬼。

 

自然と、そう認識した。

一人の信徒ではあるが私とて現代社会の出身だ、まさか吸血鬼が実在するなどとはカケラも信じていなかった。

だが、目の前の怪物はどうだ?

一眼見ただけで分かる、アレは本物だ。

 

 

 

ーーそこからの記憶は曖昧で、パニックに陥った私たちを次々に襲い、吸血することで友人たちは軒並み昏倒してしまった。

しかし、私に襲い掛からんとしたその時、怪物はピタリと止まり興味深そうに私を見つめてきた。

 

「……珍しいな。この魔力量、“純度”、そして……ああ、処女か」

 

嘲笑うかのような視線と共に放たれた最後の一言に、私はゾクリと鳥肌を立てた。

羞恥と、このような怪物に自らの恥部を嘲られた屈辱が頬を熱くさせる。

 

そんな私へ、徐に手をかざした怪物は、短く呪文のような言葉を呟き、直後には私の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、目が覚めてみれば私は、いや、私たちは薄暗い石造りの牢屋に閉じ込められていた。

 

足枷を嵌められた私の周囲には、同じ状態の友人達が転がる。しかしその様子はとても普通ではなかった。

 

首元にくっきりと残る噛み跡は、紅い輝きを放ち、応じて彼女たちは苦しそうな呻き声を上げてもがく。

咄嗟に彼女たちを介抱しようと試みるも、持ち物も没収された状態で何ができるわけもなく。せめて、と彼女たちを宥め落ち着かせようと行動するより他になかった。

 

そんな私たちには目もくれず、鉄格子の外でなにやら作業に没頭する怪物。

ぶつぶつ、と意味不明な言葉を呟きながら奇怪な道具を振るう姿はそれだけで不気味で。

なによりこの状況そのものが常軌を逸していて、私は自らの精神が急速に削られていくのを自覚した。

 

「ああ……主よ」

 

 

 

 

それから丸一日。

友人たちは苦しむばかりで、怪物も作業に没頭したまま。しかしいつそれを終えて、再びあの恐ろしい牙を自分たちに向けてくるとも限らない。衰弱しつつある友人たちが、再び吸血された時、どうなるか……。

そしてなにより、なぜか、わたしには噛み跡が無かったが次はどうか分からない。

こんな状況で、友人たちより自らの命ばかり気にする自分が嫌になった。

 

薄暗い部屋の中には、怪物の唸るような声と、絶えず響く彼女たちの呻き声が反響する。

 

もはや、私には祈りを捧げることしかできない。

 

私をーー

 

「いや、違う」

 

私だけ助かっても意味がない、それは私自身が耐えられないと私が一番分かっている。

 

……だって、不安に震える私に今日まで暖かく接してくれた彼女たちを見捨てるなんて。

私には、できない。

 

恐怖がないわけではない、私だって自分の命が惜しい。所詮はその程度の小さい人間だから。

でもーー

 

私がこれまで信じてきた“教え”を心の支えにしたなら、ほんの少し、私でも、彼女たちのために勇気を振り絞ることができる。

 

だからーー

 

「主よ……彼女たちを、どうかーー」

 

 

 

 

 

ーーその時だった。

 

 

 

不意に、重苦しい音を立てて開かれる扉。

その向こうから現れた年若い男女。

 

コートを羽織った男の方が、一度だけこちらへと視線を向けすぐに傍の少女に向き直った。

 

「……ふっ、今回は俺の命令に従ってもらうぞ」

 

「くっ……こうなれば最早何も言いますまい。私はこれまで通り主殿の安全を優先して動きますので」

 

軽口を叩くように緊張感のないやり取りを続ける二人。

それに気付いた怪物が、ゆっくりと彼らに視線を向けた。

 

「おお……狂信者どもめ! 我が研鑽、我が叡智を簒奪するに飽き足らず。我が財産すら奪おうというか!

おお……おおっ! 許さぬ、おお……神よ!」

 

人間の言葉を使いながら、しかし意思疎通がまるで不可能な支離滅裂な言動を繰り返す怪物。

私にはこれまでの何よりも怖い“悪魔”にしか見えない怪物を、しかし彼らは強い意志の籠もった瞳で、正面から見つめ返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せいっ!」

 

「小賢しい!!」

 

相手を撹乱するような動きで刀を振るうウシワカ、その素早い太刀筋に器用にも反応して両手にある鋭い爪で迎撃するヴァンパイア。

迎撃の僅かな隙を突いて銃撃を加える俺。

しかしそれすらも奴は爪で叩き落とす。

 

「なんだ、結構やるじゃないか」

 

呟きながらリロードを済ませる。

 

事前にいくらかの情報は得ていたが、奴の戦闘能力に関しては一切教えてもらえなかった。しかし、アシヌスがメシアンという推測から、こいつがメシアンの襲撃を“生き残った”ことは、予想していた。

なら、これくらいは強いか。

 

どうやってこいつを仕留めるか考えながらも発砲。破魔属性の弾丸を連続して奴に浴びせる。

大半が叩き落とされるも、ウシワカによる猛攻から生じた隙によって二発ほどが腹部にめり込んだ。

 

「がぁっ!? 小癪な!!」

 

苦しそうに顔を歪ませる様子から、どうやら効いているらしい。

 

「そこだ!」

 

銃撃によってその防御態勢も崩れた、ここぞとばかりに叩き込まれるウシワカの斬撃は奴の身体に傷を増やす。

 

それに遅れないように俺も発砲するが、正直な話、ウシワカ一人でどうにかできる相手に思える。

念のために“スクカジャ”と“ラクカジャ”を掛けてみたが、その必要すらなかったかもしれない。

 

縦横無尽に動き回りながら、都度、あらゆる方向から叩き込まれる斬撃。奴の反応速度では追いつけていなかった。

 

 

だが、追い詰められた頃になって奴の魔力が高まるのを感知した。

 

「悪鬼、必衰!!」

 

それはちょうど、ウシワカが奴の腹部に鋭い横薙ぎを仕掛けるところであった。

神速で放たれる斬撃、それもこれまでよりも鋭い一撃だ。

吸い込まれるようにして腹部に迫った斬撃はしかし、宙を斬る。

 

「なっ!」

 

奴はその身体を黒い霧のようにして攻撃を逃れたのだ。

 

「万全とは行かぬが……ここでやられるつもりもない!!」

 

やがて全身を霧と化したヴァンパイアは、そのままウシワカの背後へとふわりと移動する。

 

「っ、これしき!」

 

対し、異常な俊敏性を誇るウシワカは即座に反応して刀を振るう。

がーー

 

「ぐっ!」

 

またも攻撃は虚空を通り過ぎ、なおかつ、彼女の背後に伸ばされた霧から打撃のようなものをもらってしまった。

 

「霧に化けるか、それ自体はヴァンパイアの基本能力だが」

 

それだけじゃない、と俺の勘が言っている。

試しにこちらも銃弾を何発か放ってみる。

本来なら、破魔属性を付与された弾丸ならば霧化したヴァンパイアであってもダメージを与えることができる。

 

だが、放たれた銃弾は奴を通り過ぎて石壁に突き刺さった。

やはり、当たらないか。となるとーー

 

「グオォォォ!!」

 

「あいたっ!?」

 

考える間にもウシワカを翻弄しながら蠢く黒霧。持ち前の俊敏性で回避しているもののその体にはじわじわと傷が刻まれ始めていた。

 

「おのれ……!」

 

ビキリ、と青筋を浮かべるウシワカ。

対して霧と化したヴァンパイアは、理性を失ったかのように闇雲に攻撃を繰り出すばかりだ。

そうして暴走状態にいてくれるのはこちらとしても助かる。存分に奴の能力を考察できるからな。

一応、傷が目立ち始めたウシワカには“治癒魔法(ディア)”を掛けておく。治癒魔法は専門外なので俺に使えるのは初歩だけだ。

 

「感謝します!」

 

ヴァンパイアを睨みながらも、律儀にお礼を述べてくるウシワカに手を挙げて応じる。

 

しかし、どうしたものか。

 

 

当初、奴は能力を使わずに戦いを挑んできた。理性が失われている状態で単に忘れていた可能性もあるが。

それでも、仮に出し渋っていたとするなら。

もしかしたらあの特殊な霧化は長持ちしないのかもしれない。

 

……推測でしかないが、黒霧を使うと大量の魔力ないしMAGを消費するとか。

 

「希望的観測だな」

 

戦場ではあまり楽観視するべきじゃない、それでやられるサマナーも多いのだから。慢心ダメ、絶対。

 

「或いは、魔術」

 

屋敷でのループ魔術、この部屋が“工房”となっていること、しばらく出し渋っていたことなどを鑑みるにそれが一番可能性が高い。

 

「……ほれ」

 

試しにハマストーンを放り投げてみるも、放たれた“破魔属性の魔法”はやはり通り抜けてしまう。

 

だが、それはおかしい。

先程の弾丸は物理的干渉故に透化してしまうのも容易に理解できる。しかしハマストーンによる一撃は魔法である。

マカラカーン等で防ぐならともかく、すり抜けるのはおかしい。そんなことができるのは“神”だけである。

 

やはり、魔術か。

 

「とはいえ、そこまでの力がある魔術師ないしヴァンパイアにも見えないが」

 

COMPのデビルスコープによって解析したデータでも、それだけの大魔術を使える力は計測できなかった。よくて中の下といった実力のヴァンパイアである。

 

ならば、この特殊な魔術を制御する何らかの“からくり”があると推測する。

 

 

何かめぼしいものはないかと部屋を見回してみる。

 

「……あれ、か?」

 

そうして発見するのは、“僅かな魔力が漏れ出る場所”。しかし一見して特徴も何もないただの床である。

 

そこで俺は魔力探知に特化した魔術を使用した。

本来、俺は探知系や他作業系の魔術は専門外なので、単なる魔力探知であっても集中して使用しなければならない。

今はウシワカが奴を押さえ込んでくれているので安心して使用できる。

 

しばらく術を通して部屋を見回してみると、幾つかの“魔法陣”が隠されていることが分かった。

軽く見たところ、偽装魔術は聖母像にかけられていたものと同じ術式である。

 

「なるほどな」

 

言いつつ、見つけた魔法陣に銃弾を叩き込んでいく。

破魔の力を宿した弾丸は、偽装のために魔力だけで編まれていた術式を容易く粉砕する。

 

「がっ!?」

 

次々と破壊するたび、ヴァンパイアが声を上げて反応する。やがてその身体も霧から元の肉体へと変化していく。

 

全ての魔法陣を破壊したところで、奴は四肢持つ肉体へと完全に戻っていた。

 

「お、おのれ人間!!」

 

怨めしげに睨む奴に歩み寄りながら俺は嘲る。

 

「随分と杜撰な作りだ。『協会』でもさぞ落ちこぼれだったのだろうな。なるほど、それで極東の田舎町に逃げ出したか」

 

別に弱った相手を甚振る趣味があるわけじゃない。

奴は怒りで理性を失った状態にある、なのでそのうちに情報を吐き出させようという考えだ。

なにせ、手元には居場所と簡単な来日の経緯しか情報がないのだから。

単なるヴァンパイアならどうでもいいが、元魔術師となると話は変わってくる。先の牢屋に囚われた“一般人”、そしてアシヌスが提供した“この町で連続する失踪事件”を鑑みるに、こいつは“秘匿を厳とする協会の意に背いている”。

そして、本来なら不正を働いた魔術師の処理は『協会』が担当するはずなのだから。

 

「っ、知った風な口を……! 私は私の崇高なる研究のために自ら離反したのだ、断じて奴らに排斥されたわけではない」

 

ビンゴだ。

やはり、協会から離反していた。

 

「研究?」

 

「そうだ、“時と空間を操る術”。これを制御すれば、私は時間の概念に囚われることなく『真理』を目指すことができる。

貴様らも自らの身をもって味わった筈だ。我が施した空間を歪ませる術式を」

 

それは屋敷に張ってあったしょーもないループ魔術のことか。

確かに初見だと戸惑うかもしれないが、生憎とこちらもサマナー歴はそれなりに長いし場数も踏んでいる。ループ空間など経験済みだし対処法も一通り頭に入っている。

 

とはいえ、面白いようにペラペラと喋ってくれる。このまま吐き出せるだけ吐き出してもらいたいが。

 

「まあ、“夏休みの工作”としては合格点じゃないか?」

 

「き、貴様ぁ!?」

 

驚愕からの激昂。よほど腹に据えかねたらしく奴は身体をぷるぷると震わせながらビキビキと青筋を何本も浮かべている。

しかし返す言葉が無いのか悔しそうな表情をするばかり。

おっさんの“ぐぬ顔”とか嬉しくない。

 

どうもこれ以上の情報は出てこないと見た。

 

「つまり、いつもの“小物”か」

 

「っ、ほざけ青二才が!!」

 

怒りが頂点に達したヴァンパイアは叫び、自らの身体から赤黒いオーラないし魔力を放ち始めた。

応じて肉体が、肉音を響かせながら膨張し、或いは変形し。やがて悪魔のような姿に変貌した。

 

「もう手加減は無しだ。お前らは全力で殺す!!

そしてその肉体を散々に辱めてくれるわ!」

 

「ボキャブラリーに乏しいヤツだ。

ウシワカ、俺も全力で加勢する。アタックはお前に一任するぞ」

 

「お任せを!」

 

短い言葉でウシワカは的確に理解してくれる。ここ数日の戦闘でお互いの理解を深めた成果である。

 

「死ねっ!」

 

刃のように変形し爪と一体化した両手を振るい奴が襲いかかる。

俺たちは左右に飛び退くことで初撃を逃れた。

 

続けて隙を与えず瞬時に態勢を整えて奴に肉薄、斬撃の応酬を浴びせた。

 

「ちっ!」

 

二方向からの猛攻に怯んだ奴だが、すぐに爪を振るって距離を取ろうとする。

ウシワカは持ち前の俊敏性で難なく躱し切り、俺は即座に距離を取った。

 

そしてタイマンで奴を抑えるウシワカを尻目に、納刀し拳銃へと持ち替えた。

 

破魔弾による銃撃、おまけとばかりに放り投げたハマストーンと施餓鬼米。

 

「ぐがっ!?」

 

弾丸は爪で防がれたが、続けて放たれた破魔系魔法には対処し切れずに直撃。左腕を肩ごと消し飛ばした。

 

「往生際の悪い」

 

悪態を吐きつつ、再び銃撃。ウシワカの援護に徹する。

 

 

結局のところ俺たちが辿り着いた戦術は、前衛をウシワカに任せて俺は後衛、タイミングを見て前衛に加わるスタイルとなった。

そもそもウシワカは先陣切って敵にぶつかる戦い方を一番得意としており、対して俺は“そもそも前衛を務めるのは怖い”ので妥協案で両方を行き来することになった。

……無論だが、ウシワカに“前衛が怖い”ことは伝えていない。基本的に忠実な彼女だが、どのタイミングで“反逆”してしまうか分からない。あの武士然とした彼女の価値観に反する言動は極力慎まれるべきであるとの判断である。

 

 

銃撃の合間にはウシワカ目掛けて“補助魔法”を使う。

よく使うのは、マカカジャを除いたカジャ系三種として登録してある術式である。ただ、消費魔力をケチっているために効力は本来の術式には及んでいない。なので頻繁にかけ直す必要があるが、反面、僅かな時間で変幻自在に能力を変えることで相手を翻弄することが可能となっている。

このカジャ系に加えて“瞬間魔法反射(マカラカーン)”や“瞬間物理反射(テトラカーン)”。

破魔・呪殺系に対する簡易結界(テトラジャ)”などなど。多種多様な補助魔法を用いて、相手を撹乱する戦い方こそが俺のスタイルであり、これまで格上相手に勝利してきた秘策である。

 

……しかし、当然ながらこんな戦い方は術を操る本人にしかできない芸当であり、これまでは俺だけしか満足に扱えない戦術だった。

だからこそ、この数日間ひたすらに討伐依頼を受けウシワカにこのスタイルを教え込んでいたのだ。

 

「正直、できるようになるとは思ってなかったけど」

 

ウシワカが悪いわけじゃなく、単純に、俺が俺のために編み出した我流の戦術だからである。俺のように素が弱いならともかく、ウシワカは基本スペックは高いのだ。ともすれば、彼女の強みを潰してしまう可能性すらあった。

 

だが、彼女は持ち前の“天才肌”でわずか数日でモノにするまでになった。或いは俺よりも十全に戦術を活用できているかもしれない。

元々高い能力を誇る彼女がさらに能力アップを施され、尚且つ、能力増減を自在に操る戦いを覚えたなら。

もはや無敵だろう。

 

「とはいえ、補助魔法を掛けるのはあくまで俺だからな。ちゃんとタイミングを測ってやらないと」

 

自分で言うのもなんだが、そこらへんに関してはベテランとして任せてもらって構わない。なにせこのスタイルでずっと戦ってきたのだから、どこでどの魔法をかけるべきかは骨身に染み付いている。

 

 

 

 

 

 

数分の攻防の末、もはや虫の息となったヴァンパイアに対して、ウシワカは傷らしき傷もなく澄ました顔で刀を向けていた。

 

「ごっ……がっ……にん、げん……!!」

 

ズタズタに斬り刻まれ、自己修復すら追いついていないヴァンパイアは身体中から血を撒き散らしながら声を発していた。

……今更気付いたが、どうやら奴はメシアンの攻撃によって“癒えない傷”を負わされていたようだ。

奴の身体をよく見てみると、自己修復しようと傷の周りが蠢くものの痙攣したように震えるだけで修復がなされていない。

 

メシアンがよく使う手だ。

自己修復能力を持つ吸血鬼やその他、驚異的生命力を持つ悪魔に対して“聖なる力”を用いて治癒不可の“呪い”を刻むのだ。

厳密には、“唯一なる主の力によって世界の理を叩きつける”らしいが。結果は同じこと。

 

 

肩で息をしながら膝をつくヴァンパイアに、俺は警戒しながらも近づき刀を構えた。

 

「ごぼっ……私は……時空の秘密をーー」

 

その首目掛けて横薙ぎにし、綺麗に首を跳ねた。

衝撃で宙を舞った頭部は近くの床に落下しコロコロと転がって、静止する。

遅れて、頭部を失った肉体がゆっくりと床に倒れ込んだ。

首の切断面からは真っ赤な血がドクドクと流れ出ている。

 

 

 

「お仕事終了っと」

 

刀を振るってから、ゆっくりと納刀する。

 

「ふむ……この“戦い方”にも大体慣れてきました」

 

「ああ、側から見ても分かったよ。というか、本来ならこんな戦い方しなくてもお前は十分強いんだけどな」

 

「天才ですから!」

 

えへん、と言わんばかりにドヤ顔するウシワカ。その反応にも慣れた俺である。

とりあえず“いつものように”その頭を撫でることで褒美とする。

 

「えへへ」

 

力が抜けるようなふにゃふにゃの笑顔を見せるウシワカに、こちらも自然と笑みを浮かべてしまう。

 

 

 

 

しばらくなでなでタイムを堪能した俺たちは、牢屋に赴き鉄格子を斬撃にてバラバラにした。

 

「きゃあっ!」

 

「おっと、大丈夫か、お嬢ちゃん」

 

さっき見た限りだと牢屋内にはぐったりとした女性しか見当たらなかったので何の気なしに刀を振るってしまったが。どうやら意識を保っている子もいたらしく、鉄格子が崩れると共に可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。

 

咄嗟に近づくと、薄闇の中でも一際目立つ綺麗な金髪と青々とした碧眼が視界に入ってきた。

その足首には金属で出来た足枷みたいなのが嵌められている。

とりあえず、刀でそれを断ち切る。

 

 

「大丈夫かい、“あーゆーおーけー?”」

 

ちなみに英語は苦手である。いや、魔術とかはちゃんと唱えられるけど! 日常会話が無理なだけだ!

 

「あ、あの……ぅ……」

 

ガタガタと震えながらも、なんとか言葉を発しようとする少女。

 

「大丈夫、大丈夫。無理に話さなくていいよ、とりあえず落ち着こうか」

 

はい深呼吸ー、と努めて穏やかな声で語りかけると、彼女はゆっくりと深呼吸を開始した。

 

しばらくして、なんとか会話できるまでになった彼女は開口一番にこう発した。

 

「あの、彼女たちを! どうか、助けてください!」

 

「え?」

 

予想外の言葉に暫し思考停止した。

すぐに思考を再開するもやはり彼女の言葉は意味がわからない。普通、こういう状況では自分の身を最優先するのではないだろうか。

 

しかし別に彼女以外を助けないつもりはないので素直に従う。従うのだが……

 

「……」

 

床に倒れている三人の女の子。いずれも黒髪の日本人顔であることからこの町で誘拐された被害者と判断できる。

そうなると金髪碧眼の彼女が異質だが、全員が同じ制服を着ていることから少なくとも“知り合い”であるのは確かなのだろうと考えた。

 

「あの、ど、どうでしょうか?」

 

焦るように問いかけてくる彼女に、しかし、すぐに答えることができない。

 

軽く見ただけだが、この三人はだいぶ吸血鬼化が進行している。おそらくは多量の血液を吸われた上に治療もできないまま長時間経ってしまったのだろう。

 

ーー本来、吸血鬼化は眷属化と同義である。それは吸血を行った存在が存命なうちに吸血鬼となることで自然と紐付けされて眷属と扱われるからだ。

しかし、稀にこうして眷属化しないうちに“親”が死滅してしまい放置される者がいる。

彼らがどうなるかと言えば、無論のこと“野良吸血鬼”となるほかない。

 

 

「……残念だが、彼女たちを救うことはできない」

 

「っ!!!! そんな……」

 

俺の言葉にビクリと反応した彼女は、力なくへたり込み俯いてしまった。

出来れば明言を避けてさっさと救出、ないし“三人の始末”を終えたかったが。

 

第一声から彼女たちを気にかけていた彼女は納得しないと判断した。

彼女はきちんと説明するまで絶対にここを動かない、そんな雰囲気、覇気すら感じ取れたのだ。

 

意を決した俺は、ウシワカに声をかける。

 

「ウシワカ、彼女に説明と……説得を行う。お前は先行して退路の確保をしておいてくれ」

 

「それは…………いえ、承知しました。ですが、くれぐれも“無茶”はなさらないでください」

 

「ああ」

 

俺の返答を受け、ペコリと頭を下げた彼女はすぐに部屋を出て行った。……あれだけの言葉で彼女はこちらの意図を察してくれたのだろう。

いつもなら食い下がる彼女だが、頑固なのは彼女だけではない、と理解してくれているのだろう。

或いは、“似ているから彼女が召喚されたのか”。

 

何はともあれ、これは俺が付けるべきケジメなので何としてもウシワカには出て行ってもらうつもりだった。

 

 

「お嬢さん、この娘たちはもはや助けられない」

 

「っ、ど、どうしてですか!?」

 

叫びながらもその声にこちらを責めるような雰囲気は感じ取れなかった。むしろ、己に向けて叫んでいるように感じた。

 

「君も聞いたことがあるかもしれないが、吸血鬼に噛まれるとね、いや、“意図して”噛まれてしまうとその人も吸血鬼にされちゃうんだ。

直後であれば治癒法もあるにはあるんだが……ここまで時間が経って、吸血鬼化が進行してしまうと、どうしようも無い」

 

かつて、俺も見たことがある。

その時はまだ覚悟も足りずに殺すことができず、結果として“理性のない下等な吸血鬼”へと変貌してしまい“怪物として処理することになった”。

 

それは、少なくとも俺は、とても残酷なことだと思った。

 

「だから、今のうちに死なせてやる」

 

「でも……! だからって……!!」

 

ポロポロと涙をこぼしながら、嗚咽混じりに声を出す。

……やはり、いつ見ても胸糞悪い情景だ。

 

今更、彼女たちを救えない、などと驕るほどの気概もないがやるせない気持ちにはなる。

 

なので、彼女からは視線を外して無言で床に倒れている少女たちを外に運び始めた。流石に牢屋内は狭すぎて“刀を振るう”には適していないからだ。

 

案の定、彼女は追い縋るように俺に駆け寄ってきた。

 

「待って! お願い、お願いだから。殺さないで!!」

 

「っ!」

 

その言葉に、僅かだが心が揺らぐ。

しかしだからといってどうすることもできない。

 

ーーその葛藤のおかげだろうか。

視線を泳がせた先で、偶然にも、彼女に襲い掛かろうとするヴァンパイアの姿を見つけることができたのは。

 

「っ!!!!」

 

もはや、奴と彼女の距離は1mもなかった。加えて背後。

銃では遅い、刀では彼女まで斬ってしまう。

 

だから、考えるまでもなく彼女を押し除けることでしか助けられなかった。

 

 

 

 

 

 




魔術戦……諸君、これが俺にできる限界だ。


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聖女

知ってるキャラがいても、あくまでガワだけです。
たとえ『原作では敬虔な信徒であった少女がサブカルチャー拗らせてても、別人』ですから。



自己犠牲なんて柄ではない。

 

たとえ、子犬が車に轢かれそうになっていたとしても別に助けようとはしない。

仮に子犬ではなく人間だったとしても、そんなリスクは背負わない。

 

 

しかし、目の前で、自分よりも遥かに“綺麗な心”を持った人間が危機に瀕していたなら。

 

 

或いは、こうして咄嗟に庇ってしまうなんてこともあり得るのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

荒々しくも、卑しい噛みつき。左腕が引きちぎられそうなほどの咬合力で喰らい付いてくる。吸血鬼の頭部。

 

「くそっ、たれ、がぁ!!」

 

こちらも刀を抜き放ち、切っ先を奴の眉間に突き立てる。

 

「グガァァァァァアアァ!!!?」

 

「だらぁっしゃぁぁぁ!!!!」

 

そして力尽くで刃を振り抜き、奴の頭部を真っ二つに斬り裂いた。

 

べちゃり、と音を立てて床に落ちた二つの肉塊は、今度こそ死滅したようで、ぐずぐずと崩れてから液体と化した。

その“水溜り”には、丸々太ったガーネットが残される。

 

 

「はぁ……はぁ……くそっ!」

 

噛まれた腕に目を向けると、繋がっているのが不思議なくらいにズタズタで、肉はおろか骨までくっきりみえている箇所もある。

当たり前だが力を入れようとしても動かない。

おまけに、肘から先を覆っていたガントレット、即ち『COMP』も画面を粉砕しながらひしゃげてしまっている。

考えるまでもなく、これはもう使えない。

 

「くそっ!」

 

納刀した俺は、痛みと疲労から床にドカっと座り込んだ。

 

「っ、こんな……ひどい。ど、どうすれば」

 

当然、突き飛ばされた彼女も俺を見るなり駆け寄ってきた。

しかし、彼女にもぐちゃぐちゃに食い潰された腕はどうすることも出来ずにおろおろしている。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

 

再びポロポロと泣き出した彼女。

 

「いや、君のせいじゃないだろ。完全に、俺の油断だ。ああ、くそ、あんな奴に腕を持っていかれるとはな」

 

治癒魔法薬(傷薬)なら幾つか携帯している俺だが、流石にこの怪我は治せない。唯一、可能性のある“霊薬”もエリクサー症候群の俺は家に大切に保管してしまっている。

つまり、どうあがいても、傷が悪化する前に治療することはできない。

一応、これでも“中堅サマナー”なのでこれくらいで死ぬことはないが。

 

完全な油断、いや、ミスである。

これまでの経験から、戦いに赴けばこのくらいの怪我は想定して然るべきであり、ケチらないで霊薬を持ち運ぶべきだった。

……いや、どこかでやはり慢心していたのだろう。

たかが吸血鬼と。

 

その結果がこれではざまぁみろとしか言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー喜びは束の間だった。

 

「彼女たちは救えない」

 

そう断言されて、私は情けなく放心してしまった。

あの怪物すら難なく屠る彼らなら或いはーーと他力本願に、浅ましくも希望を抱いていた私は、その安易な考えを粉砕された。

 

不甲斐ない、やるせない、認められない。

あらゆる感情が胸中を掻き乱し、理性的でない言葉を彼に投げかけてしまう。

 

そんな私を他所に、彼は黙々と彼女たちを運び始める。理由は私でもわかる。

牢屋だと、()()()()()()()()

 

「やめて!」

 

そんな彼が認められなくて、私は無意識に追い縋ってしまった。

まだあるはずだ、助けられるはずだと。

……以前の私からは想像もできない。

 

死はある意味救いであり、怪物として滅すよりはずっとマシ。

 

祖国にいた頃ならそう判断しただろう。

まだ人間の状態で死ねたなら、或いは主の下へ召され、安らかな眠りを与えられるかも、と。

 

でも、この一週間の思い出は私から“信仰”を削り取ってしまった。

 

今の私には、彼女たちを殺すなんて決断は、どうしてもできなかった。

 

ーーああ、なんて無力。

無力なのに、何もできないのに。

 

それでも救いたいと願う愚かな私は、いったい、どうすればいいのでしょうか?

 

「主よ……」

 

もはや、精神が保てない。何も考えたくない。

何も、知りたくないのに……それでもーー

 

 

 

 

 

『貴女の尊い願い……私ならなんとか出来るかもしれません』

 

ーーその時、“運命の声”が私の脳内に響き渡った。

 

「え……?」

 

透き通るような、慈悲に満ち満ちた声。それでいて凛々しさと何者にも屈しない高潔な精神が伝わってくる。

まるで、伝え聞く啓示のようなーー

 

 

『私は……()()()()()()()()です』

 

「ジャンヌ、さま?」

 

意味がわからなかった。いきなり脳内に誰かの声が聞こえてきて、さらには自分は聖ジャンヌだと。

……でも、自然と、なぜか彼女の言葉が()()()()()()()()()()()()

 

『時間がありません、端的に要件を述べます。

これより私は、貴女に“憑依”します。

 

それによって貴女を依代として私は顕現でき、この“治癒”の力を使うことができます』

 

「治癒……治せるってことですか!?」

 

『はい。貴女を救った彼、だけでなく。

貴女の大切な友人である彼女たちもです。

 

ですが、その“代価”として“私の役目”に協力していただきます』

 

「っ!!」

 

それは、まさにーー主の奇跡だった。

 

私の祈りを聞き届けてくださった主が遣わした聖女様に、この身を差し出す“だけ”で彼、彼女たちですら救えると言うなら。

答えは決まっていた。

 

「はい、ジャンヌ様……この身を、委ねますーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

捨て身で助けた少女が発狂している件について。

 

「……なぁにをぶつぶつ言ってるんだ?」

 

俺が咄嗟に庇ってしまった金髪碧眼少女は、突然、電波を受信したように静かになり、やがて虚空に向けて話始めてしまった。

 

正直言って、めちゃくちゃ怖い。

 

……真面目に推察するなら、彼女のストレスがキャパオーバーしてしまって精神崩壊を起こしたのだろう。

 

「かと言って、あそこではあれしかなかったしな」

 

いったい、どうしたものかと悩んだところで鋭い痛みが脳に伝わってきた。

 

「こんなことしてる場合じゃない……彼女が発狂してる今のうちに」

 

あの三人を始末してしまわねば。

 

そう思った俺は、激痛に耐えながらもなんとか立ち上がり、床に転がる少女たちへと歩み寄る。

 

ーーその直後、彼女が立ち塞がった。

 

 

 

「安心してください。貴方も、彼女たちもまだ助かります」

 

「……」

 

ーー声は先程までの彼女だ。だがしかし、その衣装、雰囲気はとても同一人物とは思えないほどに変貌していた。

 

額に輝く銀のサークレット、青い衣を纏った“鎧”、鉄靴、腰にはショートソードまで提げ、手には大きな旗を持っていた。

 

容姿は彼女のまま、しかしその瞳や身体から漏れ出る“気配”はまるで別人そのものである。

 

 

俺は、直感で彼女が“悪魔に憑依された”と悟った。

同時に刀を抜き放ち彼女へと向ける。

 

「何者だ?」

 

眼前に刃が煌めいているにも関わらず彼女は全く動じることなく、涼しい顔で応えた。

 

「私は、ジャンヌ・ダルク。彼女によって招かれ、彼女を依代とすることで現界しました」

 

その言葉に思わず目を見開く。

 

ジャンヌ・ダルクだと?

その名はもはや説明不要なほどに有名な、フランスの百年戦争における英雄である。

現代ではさまざまなサブカルチャーに登場し、彼女を主題とした作品もいくつも作られてきた。

言わずと知れた聖女様だ。

 

つまり、彼女は俺が遭遇した“二人目の英傑”ということになる。

 

「……俺を治療してくれるのか?」

 

「はい。主より賜りし“奇跡”を用いれば造作もないことです」

 

言いつつ、ジャンヌを名乗る彼女は俺の左腕へと手を向けた。

 

「“主の恵みを”」

 

心に染み渡るような清らかな声とともに彼女の掌から淡い緑光が注がれ、途端に左腕が“修復”を始めた。

ぐちゃぐちゃになった肉と皮が、まるで時間逆行のような速さで形を整え元の姿へと返っていく。

ものの数秒で完全に元通りとなった腕を見て俺は戦慄した。

 

 

「終わりました。ですが、これはあくまで応急措置。無理に動けば傷が開きかねません、ご注意を」

 

「あ、ああ。感謝する」

 

俺の返答を受けてくるりと反転した彼女は、床に倒れ伏す三人の少女たちへと歩み寄っていった。

おそらく、彼女たちも治療するつもりなのだろう。

これだけの治療魔法を扱えるならば、可能であると断言できた。

 

……それにしても信じられないほど膨大な魔力である。

あの修復速度からして、彼女が使った魔法は“最上級個体治癒魔法(ディアラハン)”に相当すると見る。アレは本来ならば、神クラスの悪魔でなければ行使すらできない魔法だ。

古き神に相当する力を持つ聖女。

 

とんでもない奴に出会ってしまった。

 

「とはいえ、彼女のおかげで助かった」

 

ビリビリに破けた袖から見える無傷の腕を眺めて呟く。本音を言うと、かなりひやっとした失態だった。

ただ、さすがにCOMPは直せなかったらしく、先程と同じくスクラップ状態だ。後日、業魔殿に修復に出すしかない。

だって、COMP内にはまだクダが置いてけぼりなのだから。

 

ちなみに、COMP本体を壊されても、中に格納されている悪魔に影響はない。別にCOMPそのものに保管されているわけではないからだ。

厳密にはCOMPが作製した“異空間”に収容されている。なので、命に別状はないが、出ることはできないのだ。

どのみち、業魔殿で見てもらわないとクダは永遠に異空間の中……。

 

「怖い話だ」

 

他人事のように呟くと、途端に壊れたCOMPがバチバチと電気を放った。

驚いて視線を向けると、放たれた電気が寄り集まって俺の傍に飛来する。

 

「うわっ!」

 

慌てて飛び退き、着弾地点に目を向ける。

 

 

「オイ、サマナー!!」

 

そこには怒りに打ち震える青狐……もといクダの姿があった。

どうやったのか自力でCOMPから脱出してきたらしい。

 

「生きていたか」

 

「勝手ニ、殺スナ」

 

俺の軽口に、クダは強い語気で応えた。相当怒っているっぽい。たぶん、油断して大切なCOMPを破壊されたことに、もとい異空間に閉じ込められたことに怒っている。

 

「悪い悪い、でもどうせ業魔殿で直してもらうつもりだったし」

 

「ソウイウ、問題デハ、ナイ!!」

 

プンスカしているのは分かるが、狐そのものな顔のためイマイチ表情が読み取れない。

ちょっと、シュールな笑いを誘うまである。

 

 

しばらく、ご立腹なクダの機嫌を宥めようと煽てたり、謝ったりとしていたところ。ジャンヌがこちらに戻ってきた。

ふと、少女たちの方へ視線を向けると一様に健全な様子で、しかし状況が理解できていない様子でキョトンとしていた。

 

 

「聖ジャンヌ」

 

「ジャンヌで結構ですよ」

 

俺の言葉に、ジャンヌは柔和な笑顔で応える。

 

「改めて感謝を。貴女のおかげで助かった」

 

「礼をされるほどのことではありません。私は、私という存在の意義を果たしたまでです」

 

お手本のような回答だ。これを本気で言っているのだから彼女は本当に聖女ジャンヌなのだろう。

……世界的に有名な彼女が、なぜわざわざ『悪魔憑依』などという面倒をしてまで現界したのか疑問に思うが。

ジャンヌという大物が出てきた時点で“厄介ごと”なのは明白、むざむざ藪蛇するつもりもなかった。

 

が。

 

「ところでジャンヌ、貴女が依代にしている少女は……その、無事、なのだろうか?」

 

なんとなく気になって尋ねる。まさか聖女が、生者の肉体を簒奪するつもりはないだろうとは思うが。

 

「もちろんです。今も、彼女からの了承を得て肉体をお借りしているだけですから」

 

“役目”が終われば無傷で返還するとお約束します、と続ける。

……役目、ねぇ。

 

「それは、俺や彼女たちの治療とは別のことか?」

 

「はい。……ですが、これは貴方に教えるわけにはいきません、ごめんなさい」

 

申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる彼女。

謙虚なやつだ。

 

「つまり、今後もしばらく、彼女の肉体を借りるということか」

 

「そうなります……場合によっては、悪魔どもとの戦闘もあり得ますが。私が表層意識に出ている間は“ジャンヌ・ダルク”としての力を行使できますので心配には及びません」

 

別に、聖女様が何をしようが俺の知ったことではない。興味もないし、関わりたくもない。

……だが、その身体は、あの娘のものだ。

 

俺らしくない考えがふつふつと湧き上がり、俺自身戸惑いながらも我慢できずに口にする。

 

「……もし、加勢が必要なら俺を呼んでくれないか?」

 

「はい?」

 

予想外の発言だったのかジャンヌはきょとんとした顔で言う。

……ああ、“らしくない”のは俺が一番分かってるよ。

 

「察しているとは思うが、俺はフリーで活動する悪魔召喚師(デビルサマナー)だ。対悪魔戦闘の心得は十分にある、必ずや助けになれるだろう」

 

言いつつ懐から取り出した名刺を差し出す。

 

「『祓魔屋オウザン』……」

 

手にした名刺をまじまじと見つめるジャンヌ。

やがて、名刺を“魅惑の谷間”へとゴソゴソと仕舞う。

いや、そこに仕舞うのかよ。と心の中でツッコミを入れる。

確かに他に入れられる場所は見当たらないが……なんとなく卑猥な気持ちになってしまう自分に悔しさを覚える。

 

「お気持ちはありがたく。……しかし、“悪魔を使役する”という行為はあまり感心できませんね」

 

複雑そうな心境を顔に表しながら彼女は述べた。

生憎と“天使”どもと契約するつもりは、もう無いのでな。

 

「ですが、此度の“役目”。助力が必要なのは事実です。その時になったら遠慮なくご連絡させていただきますね」

 

強かな笑みで言い切る。

まあ、聖女でありながら彼女の経歴は“戦争”と共にあったので割とアグレッシブな性格でも驚かないが。

 

 

ーーそれにしても、俺は何をやっているのか。

自分でも自分が分からない。

普段ならこんな厄ネタに首を突っ込むなどあり得ないのだが。

 

「……ただ、綺麗な奴が死ぬのは後味悪いしな」

 

結局のところ、それだけの理由だった。

友人のために命をかけ、その身を捧げることすら厭わなかった彼女がとても“綺麗”に見えたのだ。

或いは、“かつて見た天使(エンジェル)”を思い出したから、かも知れない。

 

 

 

 

 

 

「……ついては、彼女たちの事後処理もお任せしたいのだが、よろしいだろうか?」

 

気を取り直して、吸血鬼化現象から解放された少女たちの世話を焼く彼女に声をかける。

生憎だが、俺が請け負った依頼は『ヴァンパイアの討伐』である。

確かに囚われた人々がいるなら助けるつもりではいるが、無理に動く気もない。

それに、依代の彼女はどうやら少女たちの友人のようだし。彼女に丸投げ……もとい任せた方が都合がいいだろうという判断だ。

別に、めんどくさいわけではない。

 

「もちろんです、あとは私に任せてください」

 

「ありがとう。……じゃあ、俺たちはまだここで“やること”がある。脱出ルートはウシワカが確保してくれているだろうし、帰りは彼女に声をかけてくれ」

 

「助かります。……では」

 

会釈して去っていくジャンヌの背を見送り、彼女が少女たちを連れて部屋を去ったところでーー

 

ようやく一息吐いた。

 

「あぁ……胃が痛い」

 

キリキリと痛む腹部をさすりながらボヤく。

 

「主ヨ、相変ワラズ“奴ラ”ガ苦手ナノダナ」

 

「いや、マジで感謝はしてるさ。……それはそれとして、Law(ロウ)の連中と話すのは疲れる……」

 

ジャンヌ個人に思うところはないが、終始、嫌悪感が絶えなかった。

我ながら恥知らずだとは思うが……トラウマなんだから仕方ない。

 

「……んじゃ、気を取り直して。“物色”するか」

 

 

 

 

先に語った“協会と魔術師”の件である。

 

“協会”とは、世界の裏に潜む魔術師たちの統括組織だ。とは言っても、組織の体制からして、世界の魔術師たち全部を完璧に統治しているわけではない。

詳細は長くなるので省くが、あくまで“規則に反した魔術師を罰する”がそれ以外には一切感知しないくらいのゆる〜いスタイルなのだ。

……が、一度“ルールを破った”ならば、彼らの粛清は苛烈だ。

 

そこらへんも色々と事情があるのだが、ややこしいので端折る。

 

彼らからの罰は、端的に言えば“抹殺”ないし“研究成果の没収”だ。

その罰の執行には、協会より“専門の戦闘員”が派遣される。

 

なので。

そいつらより先に“研究成果”を掻っ払って、奴らに売りつける。

 

それが、協会に背いた魔術師を討伐した際の、セオリーである。

 

 

 

「うーん……とりあえず、手記と“ヤバそうな物体”は回収」

 

ガサゴソ、とヴァンパイアの工房を漁りながらめぼしい物を集めていく。おまけ、というかこっちが本命なのだが、工房に置いてあった無数の宝石も当然持っていく。たぶん、魔術の触媒にしようとしていたのだろう、どれもこれも高純度の魔力を溜め込んでいる逸品だ。

これなら取引先も満足するに違いない。

 

それらを、工房で発見した“人の皮で出来た鞄”に突っ込む。

この作業をひたすら繰り返す。

 

一応言っておくが、工房の主はすでに死んでいるしそもそもアイツは“人ではない”ので法律は適用されない。

断じて『強盗』などではないぞー。

 

まあ、俺にとってのボーナスというかお小遣い稼ぎみたいなものなので、大目に見てほしい。

ここだけの話、これがまた良い値段で売れてしまうのだからニヤニヤも止まらない。

 

 

 

 

 

 

しばらく物色を続けていると、爆発音のような轟音を響かせて工房の扉が粉砕された。

 

何事っ!? と目を向けてみると、白煙の中からウシワカが飛び出してくる。おまけにこちらへ一直線に突っ込んでくる。

 

「主殿!! ご無事ですか!?」

 

砲弾のごとき勢いで、床を粉砕しながら近くに着地した彼女は、俺に駆け寄る。

 

「あ、うん。別になんともないぞ」

 

「よかった……先程、“じゃんぬ”なる女傑から事情を聞き、こうして飛んで参ったのです」

 

ほっと息を吐きながら胸を撫で下ろすウシワカ。

そこまで心配されていたか、と申し訳なさ半分、嬉しさ半分といった俺。

 

だが、少々タイミングが悪かったと言わざるを得ない。

 

 

「? 主殿、何をしているのですか?」

 

禍々しい物品を、禍々しい鞄に詰め込んだ俺の姿に、ウシワカは当然の疑問を投げかけた。

 

「これは……戦利品の回収だ」

 

間違ってはいない。……ただ、事情を細かく説明するのはちょっと武士道的にアウトだろうと考え、深くは言わない。まあ、彼女なら気にしないだろうが。

未だ、彼女とはそこまで踏み込んだ関係ではないのだから。慎重にいくべきだ。

 

「戦利品、なるほど。以前仰っていた“剥ぎ取り”という奴ですね!

ではウシワカもお手伝いいたします!」

 

むん、と腕まくりしながら応える忠臣。うんうん、そういうことなら是非とも手伝ってもらいたい。

ぶっちゃけ、魔術の心得はある俺だが。本場の魔術師たちの研究とかさっぱり分からないのだ。魔術を“戦いの道具”とする俺と、“研究対象ないし研究のための手段”とする彼らでは根本からして異なる。

俺は、彼らが言うところの“魔術使い”という存在なのだ。

 

だから研究成果とか見分けつかないので、いつも片っ端から持って行っている。

必然、荷物は多くなり体力も使うので、人手が増えるのは素直に嬉しいのだ。

 

 

その後、数十分かけて“戦利品”を回収した俺は、仲魔たちを連れてホクホク顔で屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

ーー同時刻、ウシワカの案内で無事に吸血鬼の館を脱出したジャンヌと、その依代()()()()()の友人たち。

これを遠目から眺める一団があった。

 

 

 

館がある閑静な住宅街から程遠く、街区の只中にある雑居ビルの屋上にて彼らはジャンヌたちの姿を正確に視界に収めていた。

その目に何らかの“魔法”がかけられているのは明白だった。

 

 

「“戸口の魔術師ウィルバー”の消滅を確認。また、囚われていた少女に“聖ジャンヌ”が憑依したとの報告が入っています」

 

キャソックを纏った若い男性が恭しく膝をつきながら首を垂れている。彼の声が赴く先には同じくキャソックを纏いながらも、彼より幾分か年を食った見た目の“盲目の男性”。

ヒデオへと吸血鬼討伐依頼を出したアシヌス神父である。

 

彼は“部下”からの報告を聞きながら嘆息する。

 

「近場に“サマナー”がいて助かった。

()()()()()()()()()()()()以上は現地の“同志”に頑張ってもらう他なかったのだが」

 

神父の言葉に、男は冷や汗を流しながら俯くばかり。

 

「平和は尊いが、“異端”を罰する力まで失っては形なしだ。

……これならば、当初の予定通り『言峰』を向かわせた方が良かった」

 

「お言葉ですが、言峰様は今、米国にて重要任務の真っ最中。それを押してまで極東の片田舎に出向かれるなど」

 

謙遜する男に、神父は「自分で言っていて恥ずかしくないのか?」と侮蔑の表情を向けた。

同時に「平和ボケもここまで極まったか」と落胆する。

 

彼が“生前”に活躍した時代であれば、異端などロバの顎骨一つで皆殺しにできた。否、()()()()()()()()()()()()()

異端、異教徒は即・滅すべし。その教えを最優先として彼は人生を駆け抜けたのだ。……まあ、その最期に“恥ずべき失態”を犯し、こうして現世に舞い戻った身であっても()()()を刻まれてしまっているわけだが。

 

いずれにしろ、主の教えこそ全てであり、祈りこそ人の全てである、と神父は考えていた。

 

それがどうだ、主の教えが世界に広まったことで教徒は研鑽を怠り、その身の霊を堕落させ続けている。

 

教会から派遣された彼は、そんな“衰退した教会”を立て直す使命を帯びてここにいる。

 

 

「……聖ジャンヌ、と言ったか。なるほど、“記録”を見た限りでもその在り方は正しく『聖女』足り得る。“正義の戦い”において臆せず、先陣を切って立ち向かう気概は◾︎◾︎(我ら)にも匹敵する。

敵ならいざ知らず、味方であればこれほど心強い女傑もいまい」

 

「では、何名か派遣しこちらからコンタクトを取りましょうか」

 

「いや、それは性急に過ぎる。

なにせ、彼女が()()()()()()()()()()()()()()も分からないのだ。ともすれば、主より重要な命を賜っている可能性もある」

 

それならば、我ら人間が無用な手出しをするわけにもいかない。

この神父は、骨身はもとより魂の一片に至るまで信仰に浸かりきった『狂信者』の類であった。

 

主が求めるならば、そうするまで。

 

『神』こそ全て、とする思考回路に戦術的・論理的機構は備わっていない。

 

それもそのはず。

彼こそは『御使い』の遣わしたる『神の走狗』そのものなのだから。

 

 

 




聖堂教会?埋葬機関?
いやぁ……無理でしょ、アレ。
(核兵器並みの実力とか、天変地異並みの実力者とか出す勇気がないのでたぶん出ません※)

※YAMA育ちサイボーグの発言より。


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リザルト

ストック終了


「これは……また随分と、悲惨な」

 

ボロボロになったCOMPを手渡すと、メアリ氏はなんとも言えないといった顔で、曖昧な言葉を紡いだ。

対する俺も気まずさから視線を泳がせる。

何を隠そう、このCOMPを融通してくれたのはメアリ氏の属する『業魔殿』のオーナーなのだから。

 

譲ってもらった大切なCOMPを、よりにもよってスクラップ状態にまでぶっ壊して、尚且つ送り主の元へと持っていく。そんな地獄みたいな苦行をせざるを得なかった俺のストレスを察してほしい。

 

「とりあえず……工房(ラボ)の方で見てきますね」

 

そう言って難しげな顔で店の裏へと去っていくメアリ氏。

スタッフオンリーと書かれた扉から、彼女と入れ替わるように現れたのは、代役を務めるラヴちゃんだ。

 

相変わらず綺麗な髪の毛してるなぁ、とセクハラ紛いの感想で現実逃避を図った。

 

 

 

 

 

 

 

吸血鬼討伐の後、家に帰った頃にはすでに口座に報酬が振り込まれていた。さすがメシアン、仕事に勤勉である。こういうところは素直に感心する。

 

後日、協会に売りにいく“資料”に『封印』を施し倉庫に仕舞ってから俺は早々に業魔殿へと向かった。

 

今は陰陽術の応用で仲魔たちに十全にMAGを配給できているが、いつまでもCOMPを使用不可にはしておけない。

 

そう思って、こうして修理の依頼を出してみたのだが。メアリ氏の反応を見るに思ったよりも“壊れている”らしい。

俺はヒヤヒヤしながらも、エントランスのソファにて待つ。

 

 

 

数十分したところで、ようやくメアリ氏が戻ってきた。

 

「ヒデオ様、お話がありますので地下まで同行願います」

 

「わ、わかりました」

 

お話、いやこの場合は『OHANASI』。いったい、なにをされるのか戦々恐々としつつも素直に彼女のあとについて行く。

相変わらず、基本は無表情な彼女なのでなに考えてるかもわからない。それが恐怖を増幅させる。

 

やがて、合体部屋に入ったところでようやく口を開いた。

 

 

「こちらのCOMP、通信にて『ヴィクトル様』に伺いました限り修復にはだいぶ時間がかかるとのことです」

 

申し訳ありません、と頭を下げる彼女へ、あたふたしながら咄嗟にフォローを入れる。

 

「いやいや、壊したのはこちらなので……貴重なCOMPをこんなにしてしまい、申し訳ない限りです」

 

「……そう仰っていただけると、助かります」

 

苦笑を浮かべる彼女に、ようやく表情を出してくれたと安堵する。

普段は、僅かながらも表情を見せてくれる彼女だが仕事の際には大体が無表情なので正直、ちょっと怖い。

ただ、彼女は“根っこが優しい”と知っているので本来なら緊張はすれど恐怖まではない。こちらに非がない限りは。

 

 

その後、話し合った結果、COMPの修復は任せることになった。その間ではあるが、中のプログラムごと俺が持つ仕事用スマホに移動させることで代わりとする。

……ただ、あのCOMPとスマホを比べるとやはり性能は落ちるらしく幾つかの機能が使用不可になるとのことだった。

具体的には、『登録されている魔法の使用制限』などである。

修復期間は俺自身が術式を構築するしかないが、いざとなれば『奥山流召喚術』を使うつもりだったので逆にこの程度で済んだことに安堵した。

 

機械系があまり得意でない俺としては「やっぱスマホってすげーな」くらいの感覚でしかないが、一時間ほどかけてデータ移行の作業をしていたメアリ氏を見る限りかなり大掛かりな話なのだと思う。

 

 

 

 

データを移し終えたスマホを受け取ったあたりで、徐にメアリ氏が口を開く。

 

「ところで、『冬木』に関する調査の報告をしたいのですが」

 

その言葉で、そういえばそんなことを頼んでいたなと思い出す。

例の“情報欠落”の件だ。

 

「冬木市において行われた『儀式』のことは、ヒデオ様もご存知と思いますが」

 

「いや、“何らかの儀式”ってのしか知りませんね。『英傑召喚式』が関係してくるのは分かりますが」

 

そうなのですか? と僅かに驚いた顔をしたメアリ氏は暫し考え込んでしまった。

 

「……では、“必要な情報”だけ提示することにしましょう」

 

別に、俺は構わない。興味はあるが無理矢理聞き出したいほどの事柄でもないし。

俺は欠落の件とーー

 

「召喚式に関する情報がもらえるならそれで構いませんよ」

 

俺の返答に頷きながら彼女は続きを語る。

 

 

曰く、冬木市においては『間桐』と他二家が結託して『万能の願望機降臨の儀式』が開催された。

この儀式には『英傑の魂』が必要不可欠で、そのために『間桐』は英傑召喚式を開発したのだとか。

そして、その召喚式。本来なら“冬木でないと機能しない”らしい。

 

「……以前、登録させていただいた英傑ウシワカの情報を見直してみたところ。冬木の召喚式と酷似する術式を経て現界を果たしていたものの。肝心のキーたる『願望機』との接続が無かったために構成情報に欠落が発生した、という結論に至りました」

 

「願望機との接続……」

 

そこらへんも詳しく聞きたいが……渋っていたのを見るに詮索するべきことではないのだろう。或いは『重大な機密』に相当するのかも。

 

「まあ、詳しくは聞きませんよ。ただし、今後、欠落によってウシワカに不調が生じるようならその限りともいきませんが」

 

「そこは問題ない、と判断しています。確かに情報欠落はありますが、肉体構成自体に致命的欠陥は見つかりませんでした」

 

なら、いい。

もともとこの調査はメアリ氏の提案を受けてのことだったので、詳しい調査なら俺が勝手にやるつもりだ。

そもそも、彼女には“借りがある”。

 

「……ありがとうございます」

 

「別に、後は俺が勝手に調べるつもりなので気にしないでいいですよ」

 

「重ねて感謝と、お詫びを。なにぶん、『冬木』に関する情報はヴィクトル様からも固く口止めされておりまして」

 

()()ヴィクトル氏が口止めするほど、となれば相当な厄ネタなのかもしれない。……ちょっと怖気付いた。

 

「……断言はできませんが、おそらく、欠落情報というのは『英傑ウシワカの戦闘スキル』であると思われます」

 

……おっと?

それは少し聞き捨てならない。なにせ、彼女とはこれからも依頼を共にする予定なのだ、その際にはもしかしたら“欠落しているスキル”が必要となる場面もあるかもしれない。

要は生死に関わる問題である。

 

「……詳しい説明を」

 

僅かに語気を強めて問い詰めると、メアリ氏は少し迷いながらも観念したように目を伏せた。

 

「……冬木における英傑召喚式は少し特殊なのです。他の召喚式で呼ばれる英傑というのは概ね『伝承』に語られる力を有した状態で現界するのですが。こと冬木のものに関しては、『ある一面のみを抽出して現界させる』術式なのです。

 

そして、ヒデオ様が使用した召喚式。

確かに冬木のものと酷似しますが、細部に相違が見受けられる。この相違によって英傑ウシワカはーー

 

ーー他の術式と同様の召喚をされようとして、冬木式の機能との『矛盾』を起こし、本来備えるはずの技能を喪失した状態で現界した。

 

……と、考えています」

 

「ほぅ……」

 

曖昧な表現があったので分かりづらいが、つまり『普通の英傑になろうとして、術式に組み込まれている冬木式の機能に邪魔されたことで戦闘技能が欠落した状態で出てきた』と。

 

やはり、俺が得た召喚式は欠陥品だった。

これは、あとで『彼女』に文句を言わねばなるまいて。ついでに宝石も返してもらわねばなるまいて!

 

 

そのあと、さらにメアリ氏に詰め寄り聞き出した情報で、なんとなく今のウシワカの状態を理解することができた。

 

曰く、冬木式の英傑は『英霊』と呼ばれる特殊な存在であるという。彼らは『受肉』を果たしておらず、『魔力』で形作られた霊体こそを本体とし、その核たる『霊核』によってその存在を保っている。

彼らは、元となる英傑の一側面、冬木流に言えば『クラス』に規定された状態で召喚され、そのクラスに応じた特殊能力、『宝具』と呼ばれる所謂『必殺技』を持つ。

 

これによれば、ウシワカは『宝具』を一部喪失した状態なのだという。

 

その代わり、彼女は冬木式以外の英傑と同じく『受肉』した状態で現界しているということ。

 

「……もしかしたら、宝具以外にも『スキル』に相当する技能を喪失している可能性もありますが。そこまでは私にも分かりません。ごめんなさい」

 

申し訳なさそうに頭を下げた彼女に首を横に振る。

 

「いえ、こちらこそ……無理に聞いてすみませんでした。このことは俺の胸の内に留めておきますので」

 

「そうしてくれると、助かります」

 

しかし、正直なところまいった。

 

メアリ氏の説明によれば「記録では日常生活に支障はない」と言うものの。具体的にどこがどう欠落しているのかは分からないという。

宝具に相当する能力が失われているのは確かだが、それ以外の“10%”の欠落情報が不明なのだとか。

 

この10%が『スキル』に相当するという技能なのだろうが、或いは『それ以外』かもしれない。

 

 

曖昧模糊な調査結果に思うところがないわけではないが、ヴィクトル氏に口止めされているというメアリ氏にこれ以上詰問するのもかわいそうだ。

 

なので、今日のところはこの辺で帰ることにした。

帰りがけ、再度メアリ氏が謝罪を述べてきたが、見るからに“主との約束を破った罪悪感”に苛まれていたので、慰めておいた。

いや、俺のせいだけどね!

 

……今になって思えば、少し悪いことをしたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

帰宅後、電話にて『リン』に召喚式の欠陥に関して強く苦言を呈したところ。納品予定の宝石を大幅に削減することができた。

要するに、今の備蓄で十分補える数へと。

 

……あれから、彼女も「あまりに法外だった」と考え直してくれたらしく交渉は比較的スムーズかつ穏便に終わった。まあ、彼女とはそれなりの付き合いだからこその結果だと思う。

 

 

奇跡的に『宝石狩り』の苦行を回避できた喜びからその日は宴を開くことにした。

つい先日も酒宴を開いた気がするが、きっと気のせいだ。

とは言うものの、やはり食材その他諸々は先日ので使いまくってしまったので些か心許ない。

なので、まずは買い出しをすることにした。

 

時刻は未だ昼過ぎだ。時間は十分にある。

自宅から街区までそう遠くもないし、せっかくなのでイヌガミとウシワカを伴ってスーパーまで向かうことにする。

 

 

数十分の散歩の後、市内唯一のスーパーへと到着。

例によって買い物はイヌガミの助言を頼りにする。……正直な話、彼に任せてきた弊害から、食材の買い出しにおいて俺は毛程の役にも立たない。一人で訪れたならまず間違いなく惣菜コーナーしか利用しない。

 

料理など持っての他、できるのは釣った魚を焚き火で焼くくらいだ。

言ってて悲しくなるなぁ。

 

ちなみにイヌガミにはいつものように霊体化してもらい、色々とアドバイスだけをもらう形となる。

そしてなにより、今回の食材選び担当はウシワカとの二人体制。きっと、また美味しい料理を作ってくれるに違いないと、俺はまだ見ぬ夕食に想いを馳せて唾液を生産する。

 

「お任せください、主殿! このウシワカ、限られた費用で必ずや満足できる料理を作ってみせますとも!」

 

握り拳を作りながら元気に宣言するウシワカ。うんうん、やる気があるのはいいことだ。すでに彼女が料理にも精通していることは知っている。イヌガミからの指導で家電の扱いもマスターした。

 

「期待してるよ、あと外ではヒデオ、な?」

 

「うっ……本当に、そのような呼び方で?」

 

一転、消え入るような声で恥ずかしそうにもじもじするウシワカ。そこまで恥ずかしがられるとこっちまでドキドキする。別に恥ずかしいことでもないと思うんだが。

 

「んー、じゃあ“奥山”で手を打とう」

 

「それはそれで、何か距離を感じます」

 

注文の多いやつだ。

 

 

 

 

 

 

イヌガミの助言に従い、まずは肉・魚のコーナーから見て回る。

理由は……知らん。

 

「……」

 

ちなみに、スーパーへとウシワカを連れてきたのは初めて。

なので、最初は「すごい、食材がこんなに!」とかお約束なはしゃぎ具合を見せてくれるのだろうと内心ワクワクしていた。

 

が。

 

「……」

 

「すごい……真剣な顔で値札を見比べてる」

 

買い物を始めた途端、終始無言で食材を吟味し出した。

そして、入念にチェックした食材たちをテキパキとカートに乗せた買い物カゴに入れていく。ただ、それだけの作業。

 

「思ってたのと違う……」

 

俺は、もっとこう、みんなでワイワイはしゃぎながら買い物したかったのだ。流石に見た目ゆえにイヌガミは霊体化しながらとなるが、会話自体は俺もウシワカも可能なので問題にはならない。

 

だというのに……

 

 

『アチラノ“イナダ”ノ方ガ、ボリュームガアッテ、オ徳ダ』

 

「なるほど……ではこちらのーー」

 

などと。傍に浮遊するイヌガミの霊体と真剣な顔で議論しながら買い物している。当然俺はカートを運ぶ係である。

ご両人に指示されるままにひたすらカートを押して近くに待機。

宴の買い出しなので、買う量もそこそこ。当然、分刻みで重くなるカート。

 

「違う、俺が望んでたのと違う」

 

「主……いえ、ヒデオ殿! 今度は青果コーナーまでお願いします!」

 

「あ、はーい」

 

ウシワカからの言葉に従い素直にカートを押し進める俺。

……今更気づいた、よくスーパーで見かけるお父さんたちの苦痛。

 

カタカタとカートを運んでいると、ふと目に入るのはお酒。

 

「そういえば切らしてたな」

 

先日の飲みで結構在庫を減らしていたのだ。

最初こそウシワカがどこからか持ち出してきた日本酒だったが、それが切れてからは、我が家の冷蔵庫に保管していた缶ビールたちを消費していた。

 

「うーん、とりあえずワンセット」

 

いつもの缶ビールの束をカゴに突っ込む。

 

「あ、主殿!! いけません、酒は私が選びますので!」

 

しかし、目敏く気づいたウシワカがすかさず近寄ってきてビールの束をひったくる。

それをそのまま商品棚に戻した。

 

「お、おい」

 

「ご安心ください、此度も主殿が満足するものをご用意いたしますので」

 

満面の笑みで答えたウシワカに、俺はそれ以上何もいうことが出来なかった。

だって、あんな眩しい笑顔見せられたら、ねぇ?

 

 

 

そんなこんなで、数十ほどで食材はカゴに揃ってしまった。

それを見て満足げな顔をしたウシワカは、

 

「では“れじ”とやらに向かいましょう」

 

さっさとレジに向かって歩き出してしまった。

お買い物タイム終了である。

 

「いやいや、待て待て」

 

慌ててその肩を掴む。

ちなみに、今日のウシワカは白のキャミソールワンピと黒の短パンである。

即ち、今のウシワカの肩は生肌。

 

予想以上にすべすべの肩を、気付かれないように軽く撫でながら俺は口を開く。

 

「お前、甘味の類は好きか?」

 

「はぁ、まあ、人並みには……あ、まさか子ども扱いしているのですか!?」

 

突然プンスカし出すウシワカ。

 

「違う違う、別に、菓子くらい大人でも食べるだろ」

 

「それもそうですね」

 

あっさり平静を取り戻すウシワカ、その切り替えの速さは美点だと思うぞ。

と、早速ウシワカ(とそれに追随するイヌガミ)を連れてお菓子コーナーまで向かう。

 

別段、特別なものはなく他のスーパーと同じような銘柄の菓子類がズラリと通路の両棚に並んでいる。

が、それを目にした途端、ウシワカは僅かに眉を上げた。

 

「ほぅ、当世の甘味は“ばりえーしょん”に富んでいますね」

 

「まあな……ウシワカ、好きなの選んでいいぞ」

 

「えっ!?」

 

俺の言葉にバッと振り返ったウシワカの顔は、明らかに喜びを含んだ表情を作っていた。

 

「お前らのおかげでだいぶ費用が浮きそうだからな、ご褒美だ」

 

「そ、そう仰るなら。お言葉に甘えて……」

 

遠慮気味ながらも、ウシワカはおずおずと菓子を選びに向かった。

 

「もちろん、イヌガミもな」

 

『イ、イイノカ!?』

 

「ああ、欲しいのをウシワカに取ってもらえ」

 

『ソ、ソウカ。ナラ早速……』

 

そう言って霊体のままフワフワとウシワカの元まで飛んでいくイヌガミ。

ちなみにあいつの好物は『おやつカ◯パス』である。

 

 

 

そんなこんなで無事、買い物を済ませた俺たちは真っ直ぐに家へと帰った。

買い出し品の量は当然かなりのものとなったが、俺は日頃のサマナー業からこのくらいの量でも楽々持て、ウシワカも『悪魔』としてのスペックから見た目に反してかなりの重量を軽々と運べる。

……のだが、必然、両手は二人とも塞がっている。

 

「イヌガミ、玄関を開けてくれ」

 

もう自宅の敷地内で、ここら辺は一通りも少ない。ゆえにイヌガミを実体化させポケットの鍵を取らせた後に玄関を開けさせた。

 

そのまま館内を進み、キッチンへと至った俺は買い物袋を台へと置いた。

 

「ふぃー、結構買ったなぁ」

 

袋の中には刺身用の切り身を始め、さまざまな食材が詰まっている。

 

「これは夕食が楽しみだ」

 

「はい! 腕によりをかけて調理いたします!」

 

元気に応えるウシワカに後を任せて、俺はソファへと向かった。

 

着てきた上着をかけてから腰を下ろし、ポケットから取り出したるは召喚プログラムをインストールしたスマホ。

 

「動作は問題ないな」

 

ぽちぽちと弄りながら機能を確認する。

召喚・送還は問題ない。魔法も、登録できる容量が減ってしまったが普段使う魔法だけなら十分。

ただ、索敵機能は幾分かグレードダウンしていたのは仕方ない。

 

お次は、『オウザン』宛てに溜まったメールを処理する。

と言っても、大した量ではないが。なんだかんだと後回しにすると、不意の多忙から膨大な量が貯まることも珍しくない。

もちろん、オウザンの評判にも繋がるしな。

 

再びぽちぽちと処理していくと、大半がいつも通り助言だけで終わる怪現象だったが。何件か出向く必要がある案件が残った。

予定表と相談して手早く返信した結果、次の週は仕事で埋まってしまった。

……まあ、休暇は取ったばかりなので大人しくお仕事に専念するつもりではあるが。

 

ガントレットが無い以上は慎重に事を進めるべきだ。

大抵が何事もなく終わる依頼だが、過去にイレギュラーが無かったわけでもない。

そういう時はとっておきの魔法も使わねばならない。

しかし今のスマホではカジャ系と他の必須魔法の発動だけで手一杯だ。

 

戦闘時には悠長に詠唱したり術式を書いたりしている時間もない。

 

「……って、ビビりすぎか」

 

ふと冷静に考えて、慎重になり過ぎている自分を恥じる。

無意識に、先日の吸血鬼の奇襲が堪えているらしい。

 

我ながら、随分とビビりになったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー午前2時、夕凪市街区・とある路地裏。

 

「ぴぎぃ!」

 

奇妙な断末魔を挙げて、中年男性の上半身が()()()()()()()

断面から臓物を溢しながらゆらゆらと左右に揺れた下半身は、力なく地面に倒れる。

 

「ん……んー、不味いですね」

 

その目の前、口元から滴る鮮血をハンカチで拭き取りながら彼は呟いた。

 

袈裟に錫杖を携えた彼の顔は、しかし驚くほどに端正だ。長い睫毛、軽くウェーブのかかった濡れ羽色の髪を肩口まで伸ばし、薄く綺麗な唇で笑みを作る。都内を数分ぶらつけばたちまちスカウトされるだろう。

 

 

「追討の軍に属するサマナーと聞いて、さぞや美味な『霊』を持っているのだろうと食してみれば。

……犬の糞にも劣りますね」

 

具体的には苦味が違います、と続けながら倒れ伏した下半身を蹴りつける。その上に唾を吐き捨てた。

 

「ま、現代の『人間』にしては悪くないですかね」

 

言いつつ、ふと背後へと目を向けると。

 

そこには数多の魑魅魍魎が夜闇に蠢いている。

がしゃがしゃと音を立てる巨大な骸骨。首無しの馬に跨った異形、手や足が異常に伸びた者など。姿だけでも様々な妖怪と呼ばれる存在たち。

 

全て、彼の配下である。

 

「さて、それでは皆さん。今宵も祭りと参りましょう」

 

そう告げる彼の『索敵範囲』にはすでに十数名の『サマナー』の反応がある。いずれもサマナー協会から正式な依頼を受けて参じた実力者たちだ。加えて、連日に渡って犠牲者を増やす『彼』の力を危険視した協会によって選りすぐりが集められている。

そのような危機的状況にあって彼の顔は明るい。

どのように調理したものか、呑気にもそんなことを考えながらゆっくりと歩みを進める彼に追随する妖怪たち。

 

夜の夕凪市内に百鬼夜行が現れた。

 

 

 




とりあえずウシワカ編の終わりまで書いてみたい


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捜索

冒頭の文は『教えてFGO!』の方から拝借しております。



※マテにも書いてあったわ……


ーーおかしいな、これはちょっと道理が通らない。

 

 

でも、損得より感情を優先するのが人間だった。

 

 

兄上に褒めて欲しいばかりで、私は何か欠けていた。

 

答えが出た頃にはすべてが遅く、持っていたものはすべて戦火にのまれてしまった。

 

 

 

 

ああ、兄上。

ーーーーを最期まで改められなくて、申し訳ありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!!!」

 

飛び起きる。

覚醒してすぐに理解するのは、俺が今ベッドにいるということ。

 

「なんだ、あの夢……?」

 

そう、俺は記憶にない夢を見て、それに気付いて飛び起きてしまった。

 

時代錯誤な古い木造建築が立ち並ぶ景色、甲冑を纏った将兵が猛り狂い殺し合う戦場、『兄上』と呼び慕う存在とのひととき、その後の不和。そして、自ら腹を裂き波乱の人生に幕を下ろす光景。

 

……寝起きで混乱しているが、こうして思い返すと“どっかで聞いたような話”だと思った。

 

具体的に言うなら、最近契約した仲魔の伝承と酷似していると。

 

「……まさかな」

 

仲魔の過去を夢で見るなど、聞いたこともない。

もしそうなら、呪いなどの魔術をかけられたとしか思えない事態。率直に言って“あり得ない現象”だと思った。

 

……だが、純粋に、アレが彼女の過去なのだとしたら。なんというか、あまりにも()()()ようなーー

 

「アホくさ」

 

夢なんぞに気を揉む自分に吐き捨てる。

たぶん、彼女と契約して、彼女と過ごす時間が増えたから無意識のうちに彼女の逸話や伝承を思い出して、それで夢にまで見てしまったのだろう。

要するに妄想だ。

 

そう考えると妙に恥ずかしくなってきたので、これ以上このことについて考えるのをやめ。さっさと顔を洗いに行った。

 

 

 

 

 

 

 

昨晩の宴は、まあ、盛り上がった。

メンバーは変わらず俺とウシワカとイヌガミだけだったが、一人(匹)増えただけでもやはりいないのとでは大違いで。主に、酒乱のウシワカと、飲み過ぎたイヌガミが大暴れしていた。

俺はそいつらをなんとか制御しながら宴を続けて、二人を寝かしつけたところで自室に戻ってベッドに倒れ込んだ。

……今思い返すと、あの二体を『制御』とか良くできたなと我ながら感心してしまう。たぶん、俺も酒に酔った勢いで本来不得意な分野にも才能を発揮してしまったのだろう。

やはり、酔いとは恐ろしいものだ。

 

 

 

「おはようございます、主殿!」

 

リビングに向かうと、併設されたキッチンの方から元気な挨拶が聞こえてきた。

裸エプロンのウシワカである。

 

「まあ、今更驚きはしないが」

 

この裸エプロン、今日に始まったことではない。

料理を頼むようになって少ししてから、度々披露することがあったのだ。その都度、俺も注意していたのだが一向に止める気配がないのでもう放っておくことにした。

 

リビングに入って早々、香ってきた匂いからして朝食は俺の大好きな肉じゃがらしい。やったぜ。

 

「……ん?」

 

ソファに座り、今はCOMPの代用であるスマホを開くと。

召喚プログラム関連の通知が溜まっていた。

幾つか『着信』があるが、主に表示されるのは『警告』の二字。

 

穏やかではない単語に、すぐさまプログラムを開き詳細を確認する。

 

「これは……」

 

『午前二時十五分、夕凪市街区にて強力な悪魔反応を感知』

『午前二時二十分、強力な悪魔反応を複数感知』

『午前二時三十分、近隣にて大規模な戦闘を感知、注意してください』

『警告、神族級の悪魔反応を感知』

『警告、膨大なエネルギー反応を感知』

 

「神族級とは、穏やかじゃないな」

 

午前二時といえば、ちょうど寝落ちした二体をそれぞれの寝床に返してベッドにダイブした時間だ。

つまり、俺たちが呑気にすやすやと眠っている間に街区で大規模な戦闘があったらしい。

 

それにしても、神族級とは。

 

一言に神族級と言っても、ピンキリなのでなんともいえないが。神に匹敵するというだけでも十分に警戒に値するのは確か。

たとえ下級神であろうと、零落した存在だろうと、『神』としての器を保持しているなら、生半可な悪魔では太刀打ちできない。

それは人類の頂にある英傑であろうと同じだろう。

 

これは少し、探ってみた方がいいな。

 

 

「主殿、朝食の用意ができましたよ!」

 

「おお、ありがとう。運ぶの、手伝うよ」

 

まあ、何はともあれ腹ごしらえをせねば始まらん。

それにこうして我が家が無事だということは、少なくとも俺たちには関係のない戦闘だったのだろう。あまり派手に動いてこっちまで狙われるのはごめんだ。

 

 

 

相変わらず美味しいウシワカの手料理を平らげた俺は、COMPと銃、布を巻いた愛刀を持って早々に家を出た。

ウシワカやイヌガミには万が一に備えて自宅の警備を頼んだ。二体とも不満そうだったが、自宅にはそれこそ“俺よりも大事なモノ”が保管されているので警備は多いに越したことはない。

 

向かう先は当然、業魔殿。

夕凪市での悪魔関連の情報となると、ここが一番有力な情報を持っているからだ。

 

いつものように自動ドアを抜けてエントランスに入る。

受付にはメアリ氏。

 

「ようこそ、ヒデオ様」

 

ぺこりとお辞儀してくるあたり、どうやら嫌われてはいないと判断して一安心。昨日の問い詰めた件である。

 

ともあれ、負い目もあるのでなるだけ穏やかに挨拶をしてからさっさと本題に入る。

 

「どうやら昨日は派手な戦闘があったみたいなんですが。何か知ってたりしませんか?」

 

「まあ……てっきりヒデオ様も参加されていると思っておりましたが」

 

……まあ、夕凪市をテリトリーにしているサマナーが市内の大規模戦闘の間ずっと眠りこけてたとは思わないよな。

俺もわざわざ恥は晒したくないのでスルー。

 

「ちょっと入り用で。今朝知ったばかりなんです」

 

「そうですか。

……簡潔に述べますと、“ダークサマナーと雇われサマナー”の戦闘ですね」

 

曰く、市内での戦闘は賞金首たるダークサマナーと、これを討伐する依頼を受けた複数のサマナーによる戦いだったらしい。

結果はダークサマナー側の勝利に終わったようで、依頼を受けたサマナーの大半は戦死したという。

この情報も、生き残った僅かなサマナーが業魔殿に駆け込んできたことで得られたものだとか。

 

生き残りがここに駆け込むのも、ある意味道理だ。

なにせ、ここ業魔殿には『強力な造魔が複数体、勤務している』。夕凪市店だけでも二体、神族級の実力を持った造魔が常駐しているのだ。

加えて、ここはあらゆる戦いに対して不干渉であることを明言している。……まあ、ぶっちゃけ、ここもサマナー協会と繋がりがあることから情報やら何やらの援助はしているのだけど。

少なくとも直接戦闘に参加することはないため、相手も下手に手出しせずに大人しく撤退する。

少し頭の回る悪魔なら、彼女らを敵に回すことの愚かさをすぐに理解できるからだ。

 

「ダークサマナー、か」

 

このタイミングで市内に出現したダークサマナーならば、十中八九、リンの語っていた『ヤバイ奴』だろう。

そう思い、メアリ氏にそのダークサマナーの特徴を聞いてみたところ、ビンゴであった。

 

しかも、今回の戦闘で奴の詳細な情報も露見したらしい。

 

曰く、大きな笠を目深に被り袈裟を着て錫杖を持った若い男。

……あれ、それって最近どっかで見たような。

 

他に、どうやら奴は日本の妖怪を使役するらしい。生き残りが見た妖怪だけでも『アシナガ』『テナガ』『ガシャドクロ』が確認されている。どれも知名度のある妖怪たちだ。特にガシャドクロは日本の有名な妖怪フィクションでも度々登場している。

 

また、生き残りの証言によれば、奴は“真っ黒い影に変身して、相手を直接喰らう”らしい。

……やっぱり、こいつ悪魔じゃないのか?

 

 

「私たちは中立ではありますが、『ルールを守らない』お客様であれば容赦は致しません。……万が一にも無いとは思いますが、ヒデオ様もその点は重々ご承知ください」

 

最後にそう述べたメアリ氏に、こちらも真摯に応えて、俺たちは業魔殿を後にした。

 

 

 

お次は、スマホに届いていた『着信』の件である。

発信元が『協会』と表示されていたので、たぶん、昨夜の戦闘に関する連絡なのだろうと思う。

ちなみに、ここで言う協会とは『サマナー協会』のことであって『魔術協会』のことではない。

ややこしいが、他に協会と名の付く組織だけでも両手で数えきれないほどいるので今更な話である。

 

 

街区を歩きながら呼び出し音に耳を傾ける。

例によって、コートに付与されている『認識阻害』の術式のおかげで、普通に悪魔関連の会話をしていても怪しまれはしない。明らかに刀とわかる形状の長物を背中に背負ってても誰も怪しまないのである。

 

数回の呼び出し音の後にカチャリと繋がる。

 

『はい、こちらDDS日本支部です』

 

通話越しに聞こえるのは若い女性の声。協会における俺の担当者だ。

 

「祓魔屋オウザン、奥山秀雄です」

 

『ああ、ヒデオ様。ご無沙汰しております。

昨夜の連絡に関するお問い合わせですね?』

 

「ええ。……お恥ずかしい話ですが、今朝方、ようやく着信に気付いた次第でして」

 

『問題ありません。こちらも、同市内に拠点を構えていらっしゃるヒデオ様には一応、作戦についてお伝えしようとしたまでのこと。

作戦が()()に終わった今となっては意味のない話です』

 

協会の人間は、割とバッサリとした物言いをしてくる。まあ、斬った張ったの物騒な業界故に身もふたもない言葉の方が返って分かりやすく好まれる傾向にはあるが。

 

「その作戦……結果も含めてお教え願えますか?」

 

『そちらも問題ありません。こちらもとしても、夕凪市を管轄とするヒデオ様には後ほどお伝えする予定でしたので。

併せてデータの方も送らせていただきます』

 

その言葉の後、スマホの通知音が鳴ると共に担当者は昨夜の作戦についての情報を教えてくれた。

 

 

曰く、昨夜の戦闘はやはり、リンから聞かされていた『最近暴れているダークサマナー』の討伐作戦によるものであった。

 

件のダークサマナーは、以前に語った通り『人や悪魔を喰らう』ことと『一応、人間』ということ以外は情報がなく、協会としても手を焼いていたらしい。

そこへ、以前の事件の被害者であり生き残りたるサマナーがなんとか取り憑けていた『発信機』のような魔術によって奴の居場所が判明したという情報が入る。

 

すでに協会きってのサマナーたちにも被害が出ていたことから、協会も一刻も早い対処を、と急募で依頼を発行。

依頼を受領したサマナーたちによって討伐隊が結成された。

 

そして、昼間のうちに討伐隊が張っておいた『結界』に奴が足を踏み入れたことで討伐作戦が開始される。

協会も、敵が生半な相手ではないことは承知しており、集められたサマナーたちいずれも腕の立つサマナーであったという。

 

しかし、作戦開始から一刻も保たずして討伐隊は壊滅。

業魔殿に逃げ込んだサマナーを除いて、全て奴に食い殺されたという。

それも、骨すら残さず消滅しているというから、いやはや恐ろしい。

……というか、協会所属の腕利きを潰すなんて、そのダークサマナーとやらは思ったよりもヤバい奴らしい。

 

 

『……ですが、今回の作戦で得られたモノもありました』

 

そう言って語るのは、これまで殆どが判明していなかったダークサマナーに関する情報。

だが、殆どはさっき業魔殿で聞いた内容であった。

 

『大きな笠を目深に被り、袈裟と錫杖を持った僧侶を思わせる出で立ち。報告によれば二十代前半と思しき若々しい見た目の男性。

名前は“涅槃台(ねはんだい) 永楽慈(えいらくじ)”。

 

尤も、この名前もおそらくは偽名の一つであろうと推測されます』

 

だろうな、明らかに人の名前ではない。加えて、名前から連想される悪魔も、少なくとも俺は知らない。

……だが、そうなると、奴はおそらく悪魔ではないと思われる。

悪魔というのは、大半が“自らの名前に縛られている”からだ。

なるほど、そう見るとそいつは確かに“人間”ではあるようだ。

 

 

他にも、使役する悪魔が日本の妖怪由来の悪魔であることが語られたがそれもすでに知り得ている情報。

だったのだが。

 

 

『ーーまた、“彼”の目的が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であることも判明しました』

 

「っ!!」

 

ーーその言葉に、思わず息を呑んだ。

 

『記録によれば、古墳時代末期から信仰が確認されたこの“山神”。神仏習合によって修験者を中心に信仰は栄え、明治の神仏分離に至るまで厚い信仰を受けていたとされています。

その後の動向は不明ですが、現在、同地域における“寺”は廃墟と化しており、これを管理する組織も存在しない。かの神、協会の規定に則り『悪魔』と呼称すべきこの存在は今はもう消滅している……というのが我々の出した結論です』

 

よく調べている。さすがは協会だ。

俺も“かの神”の存在を知るまでに一年ほど費やした。まして、この地で普通に暮らしていれば存在すら知らず生涯を終えていたことだろう。

規模の小さな信仰であれば、神様ごと消え去っているなんてのは珍しくもない。

 

ーーだが、この神、いや“権現”は少し事情が違う。

 

そしてなにより、この権現に連なる存在を俺は仲魔としている。

ゆえに、ここで協会に要らぬ干渉を受けるのは避けたい。

 

……本来は、素直に白状して保護してもらうのがいいんだろうが。

そうもいかない事情がある。

 

「なるほど、敵は各地の土着神を喰らっていると聞きますからね」

 

『よくご存知ですね。確かに彼は地方に古くから住まう悪魔を重点的に食しているようです。……被害の記録を見るに、最初は弱小悪魔から。徐々に喰らう対象をグレードアップしているようです』

 

要は順当に力をつけていると。

厄介な話だ。なんたってこんな片田舎に来るのか。仮に、昨夜の神族級の反応が涅槃台とかいうダークサマナーだったとして。それだけの力を得ているならばもっと有名所の神を狙いに行くべきだろう。

……或いは、『夕凪神』の『現状』を知っている可能性もあるが。

 

 

いずれにせよ、敵が夕凪神を狙っているとなれば俺も静観しているわけにはいかなくなった。

 

早々に通話を終わらせた俺は、ウシワカやイヌガミ、クダ、“マカミ”に続く『もう一体の仲魔』を探しに街中へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

山神信仰、山岳信仰とは日本における最も古い信仰の一つだ。

雄大な自然と、水や食料を育む山々は古代より『偉大な存在』として神格化されてきた。

狩猟民が山そのものを司る厳格な山神を崇めるのと同時に、麓で農地を耕す民は、農業に欠かせない水を運んでくる山に山神の姿と、農作物を育んでくれる『田の神』の姿を同時に見ていた。そして人々は、死した祖先が、霊場として高い位にある山奥の『常世』にて子孫を見守るとも空想した。祖霊信仰である。

つまるところ、農業を会得した古代人にとっては山神は自然神の代表格であり、常世と現世を司る神そのものとしての所謂『全能神』。他の神話で言うところの『主神』に等しい崇拝を捧げていた。

……まあ、日本に限らず、世界各地の古代信仰はだいたいそんなようなものだが。

敢えて、後代の解釈としてわかりやすく述べるならこのような説明になろう。

 

 

そして、この山岳信仰は修験道の興盛に伴いより体系化、複雑化された宗教としての性質を帯びてくる。

これが蔵王権現などを代表とする『権現』である。

古くは畏れ敬うのみだった山神の力を“なんとか手に入れよう”とした人間の浅ましい欲望の具現。わかりやすく言うなら“霊験あらたかな山で修行してその力を身につけよう”みたいな感じである。

この修験道は初期において、密教系列と結びつき、その中で山の神を本尊とした『権現』が生まれた。

 

この権現を巡った信仰は長い期間続く。

先に担当者が語っていた長い信仰はちょうど、修験道の影響を受けた山岳信仰の期間と合致する。

これらは明治維新における神仏分離令まで続いたのはどこの山岳信仰も同じだと思う。

無論のこと、現代まで生き延びた権現も数多くある。それらが先に述べた蔵王権現などの有名な権現であり、現代において信仰される山の神の姿となる。

 

 

何が言いたいのかというと、夕凪で信仰された山神・権現は神仏分離令を生き残れず、無残にも廃棄され、忘れられた神ということ。

……“日本の神”で『忘れられたモノ』がどうなるかは。まあ言うまでもないことだろう。

 

そして、これら山の神が自然の具現である以上、当然、これに仕える『神使』も山に存在するモノとなる。時には仕える神と混同されることもある『山神の神使』=『山に住む動物』だが、本質的な部分で山神とは『山そのもの』である以上はその神使も山神と同じという考えもあながち間違いではない……。

 

……と、話が逸れてしまった。

 

要するに、俺が探している仲魔とは“夕凪神に仕えた神使”であったモノだ。

俺が夕凪を訪れて間もない頃に……まあ、色々あって仲魔にした古参の一体でもある。

 

件のダークサマナーが『夕凪神』を狙っている以上、これに仕え、夕凪神に“通ずる”性質を持つ『彼女』は今もっとも“危険”な状態にあると俺は考えた。

だからこうして血眼になって街中を探している。

 

 

「と言っても、アイツは神出鬼没だからな」

 

放浪癖が染みついているアイツは並大抵の努力では発見することも難しい。基本的には『人懐っこい』ので大勢が集まる場所にいるはずだが、一分一秒先には別の場所にふらりと消えているのでもはや“ぬらりひょん”もかくやといった有様だ。

ぬらりひょんよろしく、訪れた民家で勝手に飲み食いすることもままある。……とはいえ、随分前に注意してからは控えてくれているはずだが。

 

そんなことを考えながら俺は市街区を歩き回る。

 

郊外特有の微妙な混雑具合と、都心と比べて見劣りするが田舎ほどではないこれまた微妙な品揃えの店舗。

いつ見ても『安心』する光景だ。

 

夕凪市街はベッドタウンの評価にある通り居酒屋やその他酒類を取り扱う店舗もそこそこ出店している。

 

その一つが街区の外れに位置する場末のバー『ジャンボリー』。

バブル期は人気クラブとして栄えたものの、不況の訪れとともに客足が途絶え、後年にバーへと転じた店だ。

今では仕事終わりの中年サラリーマンや、静かな時間を好む客層に好まれ一定数の客が足繁く通う静かな老舗バーとなっている。

 

 

「……」

 

いつ見ても、倒壊しないか不安になる廃墟ビル。その地下部分のテナントこそジャンボリーである。

 

ボロボロになった階段を慎重に進み、色あせた扉を開ける。

 

 

「いらっしゃいませ……おや、秀雄くん」

 

入店と同時に穏やかな声音で語りかけてきたのは、人畜無害そうな見た目をした壮年の男性。しかし、カウンターにてグラスを拭き拭きしている様はバーテンダーとしての年季を感じさせる。

 

「どうも、マスター」

 

まだ昼過ぎとあって店内はガランとしていた。

居酒屋ならば夕方から夜にかけて営業時間を定めるのが一般的だが、この店は少々事情が異なる。

 

「秀雄くんが来たってことは……先日の『ダークサマナー』に関する情報を御所望ということかな?」

 

何の気なしにその単語が飛び出すということはつまりそういうこと。この店はサマナー向けの『情報屋』『交流の場』としても機能しているのである。

先に述べたバーへの転換も『サマナー協会』との取引に関係している。

つまり、店を存続させる代わりにサマナー向けの施設として機能することになったというわけだ。

 

「そっちの情報も欲しいですが……今は“オサキ”を探してるところでして」

 

「サキちゃん? いや、今日はまだ来てないね」

 

まあ、入った時点で分かってはいた。いたならすぐに分かるくらいに騒いでいるだろうしな。

あいつも相当な酒好きだから。

 

「そうですか……なら、ダークサマナーの情報とやらを貰っていくとしましょう」

 

「お、じゃあ何から知りたいのかな? 秀雄くんは貴重な常連さんだからねぇ。安くしとくよ」

 

「それはありがたい。……とは言うものの。すでに業魔殿と協会の方で大半の情報は得ているんですがね」

 

「そうなのかい? じゃあ、知ってる情報を先に教えてほしいな」

 

その切り返しにしばし悩む。

本来なら、こちらが与える情報にも『金』を要求するべきなんだが。

 

生憎と今は急いでいる。それに彼には長年世話になってきた。

なので今回はタダで教えることにした。

 

「おお、太っ腹だね! 自分で言うのもアレだけど、おじさん大したことしてきた覚えないけど」

 

少し気まずそうにする彼だが気にせず、俺が得ているダークサマナーに関する情報を一通り渡す。

 

「名前に容姿、使役悪魔まで……いやぁ、あんまり貰いすぎると協会に怒られちゃいそうだな」

 

それにしてはご満悦な顔をしていらっしゃる。

 

「で、これ以外の情報を持ってたりします?」

 

「生憎と。君の方が断然詳しかったよ」

 

まあそうだろうと思った。なにせこっちは協会直々に伝えられた情報だ。加えて昨夜の戦闘は協会が主導したもの。

 

これ以上ここに滞在する必要もなくなった俺は早々に彼に挨拶をして退店した。

 

 

ビルの外に出て徐にタバコに火をつける。

一息吐いて、頭の中を整理した。

 

「……こう、肝心な時に行方不明なんだよなアイツ」

 

文句を言ったところで始まらない。そもそもアイツの放浪を許可したのは俺だし。

しかし、どうしたものか。

 

夜ならば確実に酒場に現れるのだが、昼間となるとどこにいるのか見当もつかない。

人の集まる場所と言っても、スーパーとかは奴の性分にも合わないし。

 

と、そこでふと閃く。

 

「学校だ」

 

そもそもアイツの放浪の目的は『夕凪の人々の暮らしを見守る』ことにある。たぶんにアイツが人恋しいのもあるんだろうが、基本方針は相違ない。

その中でも、将来性を感じさせる『子ども』がアイツは大好きだ。

 

「前に、学校が云々とか言ってたしな」

 

思い返せば、前に帰宅した時に学校の話を楽しそうにしていた。

となれば、奴の居場所は学校と考えてまず間違いないだろう。

 

「ここからだと……中学が近いか」

 

街区に位置する中学ならば目と鼻の先だ。が、小学校となると街の反対側にまで行かなければならなくなる。

さすがにそこまで行くのは、ダルい。

 

出来れば中学校にいますように、と願いつつ俺は歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神話とか面白いですよね。

神様の起源を遡っていくと『役割』を持った存在じゃなくて、『よく分かんないヤベー奴』みたいな扱いされてて草生えます。


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遭遇

ヴィッチちゃん好き過ぎる。
できれば、ぐだにもザビにも靡かず『悪』に徹してほしい。





人は良い。

 

明くる日も明くる日も、責務を果たして、人同士を繋ぎ、育み、そして後代に託し去っていく。

 

生まれてから、先達の庇護の下、学び、成長し、やがてそれぞれの物語を紡いで。

 

老いてからは、また次の代へとバトンを託す。

 

同じサイクルでも、人それぞれに物語があり命題がある。

私は特に『愛』を感じる物語が好きだ。

 

人の営み、それを見ているだけで私は自然と微笑んでしまう。

 

 

 

ーー比べて、神は窮屈で退屈だ。

 

定められた役割の中で変わることなく悠久の時を過ごす。言葉にすればそれだけだが、実際に体験するとその悍ましさに恐怖する。

加えて、私は“後から神になった”存在だ。これが『元来の神』であれば違ったのだろうが、生憎と元の身の上は“一介の畜生”である。

 

固定された『概念』の中でしか存在し得ないモノなど、定命の生物には耐えられない。

 

ーー同じ天井、同じ部屋、同じ日々。数百年変わらず回り続ける風車を眺めて無為な時を過ごしたこともある。

思い出しただけでも鳥肌が立つ。

 

 

 

だから、この現状は割と気に入っている。

“出られない社”から抜け、こうして外を自由に動けるだけでも嬉しいというのに。自ら赴いて『夕凪の民』を眺めることができるなんて望外の幸運である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕凪市街区の只中に建つ、市立夕凪中学校。

グラウンドを有した二棟の校舎で構成される平凡な学校だ。

創立四十年ほどなので歴史的な価値や重要な物品の類も特にない。

 

市内の生まれなら何かしら思うところはあるのだろうが、生憎と俺は市外からやってきた余所者だ。

普段は記憶からもすっぽりと抜け落ちるほどに関連性のない施設である。

 

 

……なので、いざ捜索を始めようとしてもどこから見て回ればいいのかすら分からない。

というか、道中も何度か迷った。

 

現在はなんとか辿り着いた正門を横切ってぐるりと敷地内を外から眺めている。

有り体に不審者だ。

 

「……通報される前に見つかってくれよぉ」

 

外から敷地内をジロジロと眺める姿は、言い訳のしようもないくらい怪しい。

こうしているうちにも数回、教師と思しき成人男性と目が合った。

道ゆく人々は不審そうな顔でこちらを見てくる。

……認識阻害のコートを起動させればいいんだろうが、涅槃台とかいう危険人物がうろついている現状でそれはできない。

あの術式が一般人にしか効かない以上、自分からサマナーであることを知らせているようなものだからだ。

 

逆に、何もしなければ俺の凡庸な霊力では見分けはつくまい。

 

 

そうして数十分、学校の周りをウロウロしてみたが一向に見つからない。ジャンプしてみたり、小声で呼んでみたりしたが全く反応がない。

と、そんなことをしているとーー

 

 

 

 

「君、ちょっといいかな?」

 

「……」

 

職務に忠実そうな制服を着た公務員に止められた。

ポリスメンである。

 

相手は笑顔で話しかけているが、目が全く笑っていない。

 

「なんですか?」

 

努めて平静を装い応える。が、たぶんこの警官は誰かの通報を受けて駆けつけたのだろう。こんな小芝居でどうにかできる雰囲気ではなかった。

 

「いや、こんなところで何してるのかなと思ってね。ここ、中学だよね?」

 

相変わらず癪に触る言い方をしてくる。俺はこんなことをしている場合ではないというのに。

 

「そうですね」

 

「まして、今は昼間だ。見たところ成人してるように見えるけど、仕事はしてないのかな?」

 

デビルサマナーをしています、とは言えないのでどう答えたものか悩む。俺はこういうアドリブは苦手だ。

 

「いやぁ、最近は物騒な世の中になったでしょ? おじさんの若い頃はこんなピリピリしてなかったんだけどねぇ……まあ、とりあえず署で話聞こうか?」

 

そう言って肩に手をかけてくる警官。

振り解けない力ではないが、やったら間違いなく公務執行妨害でしょっ引かれる。

 

「え、と。今、急いでいるんですけど」

 

「そうなんだ。でもこっちも仕事でね。そもそも普通の人はこんな怪しい行動しないでしょ」

 

ぐうの音も出ない正論。略してぐう正。

仕方がないので大人しく署に連行されることにした。ここでゴネて変な罪までおっ被せられては堪らない。

 

周りから向けられる軽蔑の視線に、内心ダメージを負いながらも哀れパトカーに連れ込まれようとした矢先。

 

 

「あっれ〜? ヒデじゃん!」

 

若い女の声がこちらに届いた。

 

「あ?」

 

しかし、俺が大嫌いな渾名で呼ばれたために反射的にガンを飛ばしてしまう。

いけないいけない、冷静に。冷静に。

 

一度頭を冷やしてからもう一度、声の聞こえた方へ目を向ける。

 

「……マジか」

 

胸元のはだけたワイシャツ、制服を腰に巻いたミニスカ。

何より目を引くたわわな双丘と、目が痛くなるような()()()()()()()()

とてもよく知った見た目のJK……というかオサキである。

 

軽快な足取りでこちらに歩み寄る彼女だが、その度に溢れんばかりのたわわ様がバルンバルンしている。

ふと横に目を向けると、警官も俺の肩に手を置いたままたわわ様に釘付けになっている。

おい、公務員。

 

オサキは俺の近くまで来るとキャルン☆という効果音が聞こえそうな勢いでピースとウインクをこちらに向けてくる。

……なんというか、少し時代が古い気もするが。

 

「あ、あーえっと? 君は誰なのかな?」

 

警官は咳払い一つ、真剣な表情でオサキに問う。……が、どうしても胸部装甲に目が行ってしまうのか視線がマジヤバイくらいに泳いでいる。

むっつりめ。

 

「あれ、ウッソ! ポリスメンじゃん! なになに、ヒデっちタイホされてんの!? チョーウケるんですけど!」

 

対してオサキはケラケラ笑いながら、パトカーに入れられそうになっている俺をスマホで撮影している。

おうおう、見せ物じゃねぇぞコラ。

 

「ちょ、君! いくら不審者とはいえ撮影するのはやめなさい!」

 

「えー! でも、こんなレアなヒデっちとか早々見れないし。……いや、マジウケるww」

 

ウケてんじゃねーよ! 俺だって分かってんなら早く助けてくれよ!

その後もパシャパシャと俺を撮影するオサキ……いや、待て。こいつ連写してやがる。

 

 

さすがに見兼ねたのか警官が彼女のスマホに手を伸ばそうとした時。オサキは突然、警官のネクタイを引っ掴みグイッと顔を引き寄せた。

 

「はい、いい子だからお家に帰ろうねぇ」

 

その双眸は紅く光り輝き、それを見つめる警官の瞳も段々と虚になる。やがて彼の瞳も紅くなったところでオサキはパッと手を離した。

 

「……そんじゃ、バイバーイ☆」

 

「ああ……気をつけて、帰るんだよ」

 

それだけ言うと、ぼうっとしたままパトカーに乗り込みさっさと帰ってしまうポリスメン。

 

これは、オサキが得意とする『催眠術』である。

 

厳密には呪術にカテゴリされるらしいが同じことだ。

 

 

……そして、パトカーが見えなくなったのを確認したオサキは、腰に手を当ててこちらに振り返った。

 

「なにをやっとるんじゃ、お主」

 

先ほどまでのJK風の口調と打って変わって、年老いた婆のような落ち着いた声音で語りかけてくる。

有り体にこっちが彼女の本性である。

 

「助かった、礼を言う」

 

「礼などいらん。……まったく、ワシが来なければ豚箱行きじゃったぞ? というか、『認識阻害』も使わずにこんなことしておれば通報されるに決まっておろうに」

 

呆れたように溜め息を吐くオサキ。

 

「そうもいかない状況にあってな……そもそも、その件でお前を探していたんだ」

 

「ワシを?」

 

 

ポカンとするオサキに、件のダークサマナーに関する情報を簡潔に説明する。そして、真っ先に狙われるだろう彼女を保護しに来たことを告げた。

 

 

「なるほどのぅ……」

 

顎に手を当てて頷くオサキ。

狙われている、というのにやけに冷静だ。こっちは心配で、こうして探し回っていたってのに呑気な奴だ。

 

「夕凪神が狙われているとなれば、まず間違いなくお前が最優先目標となる。だからこそ、奴が去るまでは家にーー」

 

「そのダークサマナーとやら、ワシ、見たぞ」

 

何の気なしに答えるオサキ。

思わぬところで情報源を見つけてしまった。

 

「……お前の所感を聞こう」

 

「所感と言うてものぅ……ワシが見つけた時にはもう戦いは終わっておったようで、奴の背後に血が撒き散らされている様子を遠目に見ただけじゃ」

 

担当者の話では、サマナーたちは結界を張って挑んだという。

彼女が見たのは、おそらく結界を破壊して出てきた涅槃台だったのだろう。

つまり戦闘終了後。

 

「ただ、其奴が従えていた“魑魅魍魎”がそこそこ強そうでの。()()ワシではとても敵わんし、さっさと逃げ隠れて、今朝方外に出てきたわけじゃ」

 

どうやら涅槃台に見つかる事態は避けられたようだ。一安心。

まあ、見つかってたら今頃はこうして呑気にJKのフリなんかしてられないだろうがな。

 

「まあ、無事で何よりだ。お前が敵の手に落ちれば夕凪は終わりだからな」

 

「ワシが一番分かっておるよ。……して、ひとまずはお主の家に向かうということで相違ないか?

言っておくがCOMPは嫌じゃぞ、あそこ狭いし、暗いし……」

 

ぶつぶつと不満げな顔で呟くオサキ、彼女はCOMP内に入るのを嫌がる仲魔である。理由は彼女が語ったものが殆どだが、何より寂しいのだろうと思う。

ピ◯チュウみたいな奴なのだ。

 

「あーあーわかってるよ。……出来ればそのJK姿はやめて欲しかったけど。今更、変化させるのも面倒だしな」

 

彼女の今のJK姿は、変化能力によるものだ。

オサキという妖怪は、地域によって様々な特徴を持っているが少なくともこのオサキは妖狐である。

動物としての狐が長い年月を生きて妖力を得た存在、それが妖狐である。

よく伝承で語られるように妖狐は『人を化かす』。その最たる能力が『別の姿に化ける』ことである。幻術とは異なる原理による異能の類だが詳細は長くなるので省く。

 

そして彼女は人の街に溶け込むために現代風の姿に化けることを好んでいる。

今の彼女のトレンドはJKなのだ。

 

「お、なんじゃ。ワシのピチピチの白肌に見惚れたか?

それとも……この豊かな双丘かの?」

 

見事なたわわを両手でむにゅん、と持ち上げて見せるオサキ。確かに世の男性ならば思わず目を向けてしまうほど豊かで綺麗な乳房である。

……だが、これは変化の結果に過ぎない。つまりは偽物である。

 

「よく言う、お前の素の姿は小学生と見紛うほどのロリ体型だろうに」

 

「し、仕方なかろう! ワシとてかつてはこの姿以上にばるんばるんの“だいなまいとぼでー”だったのじゃ!

ワシのかつての姿を見ればお主のその減らず口も閉じると断言する!」

 

「はいはい、今は認識阻害発動してないからなるべく静かにな?」

 

「む。認識阻害の術ならワシが代わりに発動しといたぞ?」

 

ファっ!?

 

「おいおい、俺さっき説明したよな? 涅槃台とかいうダークサマナーが夕凪神を狙って街を彷徨いていると思うから極力目立つ真似はよせと」

 

「中学校の近くで警察に捕まってたお主が言うか」

 

ぐっ! ごもっともな返しに二の句を継げない。

 

と。徐にオサキは道の横に横たわる林に目を向けた。

 

「……それに、もう、遅いぞ?」

 

面倒そうな彼女の視線の先を追って、俺も林に目を向けた。

その時ーー

 

 

 

 

 

「空狐、仙狐、いや天狐というのでしたかな? ぶっちゃけそこら辺はどうでもいいのですが、なかなかどうして鼻が効く。これも“素体”が優秀であるが故ですかな?」

 

林の中から男が現れた。

と同時に辺り一帯を覆う結界が形成される。

 

……いや、まて。こいつの姿、見覚えがある。

 

袈裟に錫杖。大きな笠を目深に被ったキザなイケメン……リンと会ったあの日に業魔殿ですれ違った男だ。

 

「貴様が、涅槃台とかいうサマナーか」

 

懐に隠した拳銃を取り出し、奴へと構える。

 

「おや、そういう貴方はあの時の……いやはや、まさか“お目当て”が貴方の仲魔でいらっしゃるとは。奇遇ですね」

 

爽やかな声、顔で奴はなんてことないように語る。が、その身からは膨大な魔力が滲み出ており、只者でないのは一目瞭然であった。

昨夜の神族級の反応も奴で間違いない。

 

くそ、こんなことになるならウシワカを連れてこればよかった。

生憎とオサキは前衛向きではない、なので必然俺が奴とかち合うわけだが。

 

率直に、勝てる気がしない。

アレはまさしく、『キョウジ』や『ライドウ』の管轄にある存在だ。

とてもではないが中堅の相手にする存在ではない。

 

 

「ダメ元で言うんだが……ここは一つ、見逃すという選択はないか?」

 

「うん?」

 

「いやなに、こちらもオフでね。本来なら“英傑カテゴリ”の強力な仲魔がいるはずなんだよ。

ほら、どうせなら全力の相手と戦った方が楽しいと思わないか?」

 

無論、俺は思わないが。

もし見逃してくれたなら速攻でライドウとキョウジに連絡を取って助けに来てもらうつもりだ。

 

内心冷や汗流しながらも奴の反応を伺う。

意外なことに奴は顎に手を当てて思案していた。

 

 

が。

 

「いやダメでしょう、そんなの私になんのメリットもないじゃないですか」

 

あっけらかんと拒否する。

どうやら、“手にした力を試す”とか“強い相手と闘いたい”とかいう輩ではないらしい。

つまり、『純粋に力を求める外道』。

 

「交渉決裂か……なんとなくそんな気してたけど!」

 

言いつつ発砲。十二発の弾丸を惜しまず撃ち尽くす。

そしてすぐに銃を仕舞って、背負っていた愛刀の布を引き剥がした。

 

放った銃弾は奴の目の前まで到達したものの、手に持つ錫杖をぐるりと回転させることで全て叩き落とされた。

その速さも並ではなく、辛うじて回転する錫杖の残像を捉えるのみだった。

 

「オサキ!」

 

「わかっておる!」

 

オサキは素早く両手を胸の前で交差、開いたと同時に涅槃台の周囲を深い暗闇が覆った。

幻術の類である。

 

「よし……! 逃げるぞ!」

 

愛刀を腰に下げた俺は反転、一目散に逃走する。

 

「相変わらず逃げ足の速い主じゃな!」

 

遅れてオサキも俺の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず……とりあえず業魔殿へ逃げるぞ!」

 

走りながら後ろのオサキに告げる。

 

「はぁー……その“臆病癖”、まだ治っとらんかったか」

 

深い深いため息に次いで呆れた声が返ってくる。

 

「しょうがないだろ……“五年”程度じゃ忘れられるはずもない」

 

或いは、これからもずっと。

 

「どうでもよいが……ワシら、さっきから同じとこをぐるぐると回っておるぞ」

 

「えっ!?」

 

その言葉に急停止、慌てて周りを見てみる。

……確かに、さっきと同じ風景が広がっている。

 

「またループものか!!」

 

先日も吸血鬼の館で出くわしたばかりだというのに。

なんだ、最近のトレンドはループものなのか!?

 

おまけに今回は範囲が広すぎる上に、起点となるものの検討もつかない。……十中八九、あのダークサマナーが起点なのだろうが。

 

「だからって、あんな化け物勝てねぇぞ……」

 

魔力だけで分かってしまう。涅槃台は俺が勝てる相手ではない。

ウシワカを呼び出したとしても、アレ相手では勝率は低い。

もしくはイヌガミの“枷”を解けばーー

 

「俺まで巻き添え食うだろ……」

 

それでは本末転倒である。それに“今の俺”では到底御し得ない。

ぶつぶつと必死に考えを巡らせる俺に、オサキが声をかけてくる。

 

「なんでもよいが追いついてきたようじゃぞ」

 

慌てて後ろを振り返れば、広い道路の向こう側からゆっくりと袈裟を纏った男が近づいてくる。

 

「くそっ!」

 

考えている暇はない。

俺はとっさにスマホの召喚プログラムを起動し、ウシワカとイヌガミ、そしてクダを選択して召喚する。

 

いつもの魔法陣の後にバシュン! と召喚された三体、中でもウシワカはかなり動揺していた。

 

「あ、主殿!?」

 

その姿はダボTに、短パン。手には煎餅。口の端には食べかすをくっつけている。完全に寛ぎモードである。

……この召喚プログラム、仲魔として召喚陣を登録してある相手ならば遠方からでも即座に呼び寄せることができるのだ。

つまりウシワカは家で寛いでいたところ、突然、外に放り出されたことになる。

 

「悪い、戦闘だ!」

 

「っ、承知!!」

 

しかしたった一言で真剣な顔つきになったウシワカはすぐさま『破廉恥衣装』へと変身した。

ちなみに、この変身機能は英傑にはデフォルトで備わっている能力らしい。……ちょっと羨ましいのは秘密だ。

 

 

「指示ヲ」

 

「指示ヲ頼ム」

 

クダ、イヌガミの両名はさすがに慣れているのか落ち着いた様子で臨戦態勢に入っていた。

 

「クダはウシワカに強化を。イヌガミは魔法で援護だ」

 

「ふぅむ、ワシはどうする?」

 

呑気な声で話しかけてくるオサキ。

 

「お前は引き続き、奴に幻術を。対策を取られたら惜しみなく別の術式を使え」

 

「まあ、そうなるじゃろうな……よかろう」

 

動揺も焦りも見せないが、一応言うことは聞いてくれるので問題はない。

また、急に現れたオサキにウシワカが興味津々な様子であったが紹介している暇はないのでスルー。

 

こちらも愛刀を抜き放ち構える。

 

やがて、敵もはっきりと視認できる位置まで来ていた。

 

 

「おや? 私が得た情報に比べて、やや“貧相”な戦力ですね?

……これは、警戒する必要もなかったか」

 

ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら煽ってくる。

が、クダもイヌガミもそんな安い挑発には動じず静かに待ち構えている。

 

「……」

 

ウシワカも顔色ひとつ変えていないが、なにやら身体から殺気が溢れている……。

ま、まあ、天下の義経が戦いでヘマすることはないだろう。

 

動じない俺たちに、涅槃台はつまらなそうに溜め息を漏らした。

 

「ふぅ……私、生け捕りって苦手なんですがねぇ」

 

実に面倒そうにボヤきながら杖を構える。

次の瞬間、俺の目の前まで移動した奴の姿を視界に捉えた。

 

「っ! 主殿!!」

 

必死に刀で防御姿勢を取る俺に次いで、ウシワカは瞬時に反転して涅槃台の背中へと斬撃を放った。

 

それをくるりと身を翻し躱す。

 

「ほほぅ、その個体、なかなかのスペックですね」

 

「抜かせ!」

 

感心したように呟く涅槃台へと続けて刀を振るうウシワカ。

錫杖で受け止めながら奴は口の端を歪ませる。

 

「なるほど、コレが貴方の言っていた“英傑”とやらですか」

 

平然と話しながらもウシワカの猛攻を完璧にいなす涅槃台。

……見たところ、どうやら、技ではなく“単純な出力に大きな差”があるように思えた。

 

続けて、クダの強化魔法がウシワカに飛び、イヌガミの『アギ系魔法』が怒涛の勢いで押し寄せた。

が、涅槃台は何やらぶつぶつと呪文を唱えた後、幾重にも重なる障壁を生み出し炎魔法を全て受け切った。

 

 

一方で、俺はオサキへと指示を飛ばし、承諾したオサキの幻術によって“暗闇の中に潜んだ”。

先ほど、涅槃台へと放ったものと酷似するが、“オサキそのものが暗闇に化けている”点でこちらの方が圧倒的に性能が高い。

 

効果はずばり『気配遮断』と『認識阻害』、どちらも高い性能を誇る。ランクで言うならばAくらい。

 

 

その状態で、仲魔たちの猛攻を防ぎ続ける涅槃台の背後まで静かに移動。至近距離に迫ったところで即座に幻術を解き、抜刀した。

 

「っ!!」

 

さしもの奴も、超至近距離からの居合いには反応できなかったのか、慌てて振り向こうとした奴の脇腹を愛刀が掻っ捌いた。

 

「ぐっ!?」

 

眉を顰めた涅槃台はすぐに俺へと錫杖を振るう。

先に見ていた通りその腕前は尋常ではなく、俺の粗末な剣術など意に介さないほどの杖術を使ってきた。

 

なんとか刀を合わせて防ごうとするも、その類稀な技術で防御の尽くを突破され、身体中に無数の打撃が加えられた。

 

「が、あぁ!!」

 

一撃一撃が重過ぎる。ともすれば骨ごと粉砕する勢いだ。なまじ鍛えていた俺だったから良かったものの、『霊的研鑽』が未熟な新米サマナーであれば即座に肉塊に変えられる威力だ。

 

(あるじ)……!!」

 

咄嗟に、傍のオサキが暗闇を生み出す幻術を発動してくれたことで逃げることができた。

 

 

すぐに奴から距離をおいて膝をつく。

同時に喉奥から鮮血が飛び出した。

 

「強すぎるだろ……どうなってんだありゃ」

 

荒く息を継ぎながら、引き続き仲魔の猛攻を受ける涅槃台を見る。

 

「それだけの“魂”を喰らってきたということじゃろう」

 

落ち着いた様子で傍につくオサキ、しかしその視線は涅槃台へと注意深く注がれている。

 

「それだよ。そもそも“魂を喰らう”ってのが解せない。

確かに世にある外法の中にはそういうのもあるが……大抵が“限度”というものが存在する。当然だ、結局のところ『別々の魂は相容れない』からな。

……だが、アレはその範疇を“逸脱”している」

 

強力な古神と一体化するなら分かる、取り込んだ例も過去にはある。

だが、無数の悪魔を食して、その力を制御するのは聞いたことがない。

 

そんなことができるのは『悪魔』だけだ。

 

「考察するのは勝手じゃが、今は奴に勝たねば意味がない」

 

オサキの冷静な意見に俺も頷き、いったん推理をやめる。

どの道、アレを倒さないと生き残れない。

 

なら、やるしかない。

 

 

「……あんまり使いたくないんだけど」

 

ボヤきつつ両手で『印』を結ぶ。

 

続けて、『詠唱』を開始した。

 

「……“此れなるは不動の御魂、あらゆる障碍を除く御魂、破邪成す御魂、勝利を齎す御魂、悪を喰らいて善成す御魂なり”」

 

詠唱に応じて、自分の肉体が、霊体が補強されていく。同時にそれらが軋み堪え難い痛みを生み出す。

その苦痛になんとか耐えつつ、精神を集中する。

……長々と唱える猶予はないので、今回は『省略版』だ。

 

やがて、俺を中心として地面に魔法陣が浮かび上がる。

 

「“……五大の王者の力を借りて、ここに正義をなさん!!”」

 

そして、愛刀を地面に突き立て、『簡易版』の術名を叫ぶ。

 

 

「ヒートライザ!!」

 

 

 




リンボも好き過ぎる。
できれば、カルデアに来てからも邪悪なままでいて欲しい。


早く来て欲しいけど、もう少し外道な彼が見ていたいジレンマ。


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交戦

未だに前書きで何書けばいいのか困る時がある……それが今だ。

ちなみにDなんちゃらは『公』が出なかったので投げました。



ヒートライザとは、術者本人の能力を飛躍的に上昇させる魔法カテゴリである。

 

中でも俺が使ったのは、かの有名な五大の明王の力を受け取るもの。

五大明王とは『仏道に与しない者』を救う役割を持つ偉大なる仏であり、“主に神道に属する”俺であっても助けを請うことができる存在なのだ。

 

本来なら倍くらいの詠唱と、専用の術式の書き込みが必要なのだが、効果の減衰を気にしなければこうした簡易式でも一応発動は可能だ。

 

寧ろ、正式な術式など使えば俺の身体が保たない。

 

 

 

 

「フゥゥ……」

 

深呼吸をして精神を整える。

未だ全身からパキパキと嫌な音が聞こえてくるが、後遺症が出るほどではない。

 

「オサキ、俺はこれから前衛に回る、援護してくれ。三分しか保たないから全力で頼むぞ」

 

「光の巨人か?」

 

冗談言ってる場合じゃないので無視して涅槃台へと突貫した。

 

 

現在奴はウシワカ、イヌガミから遠近双方の攻撃を受けている。

ましてウシワカはクダから強化魔法を受けているのでいつも以上の動きを見せていた。

イヌガミも魔法のみに専念できる後衛ゆえに、速射型の魔法と詠唱型の魔法を器用にもタイミングをずらして隙なく放っている。

正直、俺単体でアレに立ち向かうことはできない。

 

 

だが、涅槃台はその猛攻を受けてなおも倒れない。

ざっと見た限り、奴の内側からは“無尽蔵のエネルギー”が溢れていた。その原因までは流石に分からないが、おそらくはこれまで『魂を喰らってきた』こととも関係しているように思う。

何はともあれ、ここで倒すと決めた。

 

 

「っ!!」

 

オサキの幻術で強力な認識阻害を纏いつつ、ヒートライザにより、先程までの三倍くらいの速さで迫り居合を放った。が、涅槃台は驚異的な反応速度でこれに気付き、ウシワカの猛攻の一瞬の隙をついてこちらに杖を振るってきた。

 

「ちっ!」

 

だがこちらも強化済みだ。上昇したパワーで難なく杖を弾き、胴体へと斬撃を放つ。

 

「ぐおっ!?」

 

袈裟懸けに一閃。これで終わりではない。

 

続けて横、縦、斜めと斬撃を繰り返す。

急に速度を上げた俺に奴も戸惑ったのか、精細さを欠いた動きで必死に防御しようとするも、その悉くを突破して俺は刀を振るう。

 

無論のこと、同じく奴へと刀を振るうウシワカの斬撃も襲い掛かる。

 

「ば、バカな……この短時間で、いったい何を!?」

 

狼狽る涅槃台の身体にも段々と斬り傷が刻まれていく。

俺の急激な能力上昇で奴が上手い具合に動揺してくれているお陰だが、こちらの動きにウシワカが合わせてくれていることも大きい。

 

しかし油断はできない。

俺の制限時間はもとより、奴がこちらの動きに慣れてしまえばジリ貧となるほど紙一重の攻防なのだ。

ヒートライザを使用して、この結果とは。我ながら地力の貧しさに歯噛みする。

 

「ウシワカ!!!!」

 

叫びながら、渾身の力をもって涅槃台の杖を弾いた。

 

「はいっ!!」

 

さすがは天才義経、間髪入れず無防備となった奴目掛けて鋭い一撃を放った。

 

「がっ!!」

 

左胸を抉るように放たれた一撃に、奴は驚愕した表情のあとヨタヨタと後退り吐血する。

だが、まだ倒れる気配はない。

 

「……イヌガミ!!」

 

俺は後衛の仲魔へと声を張り上げる。

俺が前衛に参加した頃からなにやら遠くで詠唱を始めていたのを知っていたからこその合図だ。

 

「承知シタ」

 

返答ののち、イヌガミの周囲に涅槃台へ向けた魔法陣が幾つも展開される。

数瞬置いて、それらから炎の嵐が放たれた。

 

道中の一切を焼き尽くしながら、弾丸のような速さで迫る炎の渦。

 

「っ!!!!」

 

それが涅槃台の身体へと触れた瞬間、周囲を巻き込みながら大爆発を引き起こした。

 

予想以上の威力に、俺は咄嗟にその場を離れようと視線を動かして、膝をつくウシワカを捉えた。

 

「っ、ウシワカ!」

 

「あっ……!」

 

すぐにその手を掴んで、上昇したパワーを脚力に回して全力でその場から飛び退く。

併せてぐいっと手を引いてウシワカを抱き抱えた。

 

間一髪。コートの端が焼失したものの無事に爆発からの退避に成功。

 

着地してからそっとウシワカを地に下ろした。

 

「大丈夫か?」

 

「はい……助かりました、主殿」

 

笑って応えるウシワカだが、その顔は焦燥しきっており限界なのは明白だった。

当たり前だ、クダに強化魔法を受けてからずっと奴を押さえ込んでいてくれたのだ。素で奴の打撃を受けた俺は身をもって涅槃台の桁違いの強さを理解している。

ウシワカでなければ、彼女がいなければとっくに全滅していたことだろう。

 

そのことを改めて認識した俺は無意識に彼女の頭を撫でていた。

ぐしゃぐしゃと、抑えきれない衝動の赴くままに撫でた。

 

「あ、主殿! まだ、戦いは終わっておりませぬ故!」

 

必死に頬の緩みを抑えようとするウシワカだが、隠しきれていない。

だが、彼女の言葉はもっともだ。名残惜しいが撫でる手を止めて、爆発跡に視線を移した。

 

涅槃台を中心に起こった爆発は、周囲の舗装路を消し飛ばしながらさながらクレーターのごとき有様を形成していた。

だが未だ全容を掴めないほどにもくもくと白煙が立ち込めている。

 

「やったのでしょうか?」

 

きちんとフラグを立ててくれるウシワカに思わず視線を向けてしまう。いや、まあ、その感想が出てくるのは自然ではあるが。

 

直後、ガラスが割れたような音が鳴り響き周囲の空間が砕けた。

代わりに、同じような風景、つまりは現実の街並みが視界に広がる。

 

幸いというか、周囲は人通りの少ない小道で、満身創痍に帯刀する姿を見られることはなかった。

 

 

「結界が割れたってことは……」

 

やったのか、と続けようとして。覚えのある『殺意』が現れたことに気付いた。

 

 

「くそ……雑魚どもが。ふざけた真似しやがって!」

 

白煙が消えた地点に立っていたのは、こちら同様満身創痍な涅槃台の姿だった。衣服のあちこち、身体のあちこちが焦げ煙をあげている。

しかし、ヨロヨロとしながらもなんとか二本足で立っている。

 

「しぶとい奴だ」

 

とはいえこちらも追撃に回せる力は少ない。

“霊力の低下した”俺では先のヒートライザには耐え切れず今はもう攻撃できるほどの力もなく、ウシワカは見た通り消耗がひどい。イヌガミも魔法の使い過ぎで弱っている。

残ったクダとオサキは戦闘向きではないので、追撃は難しい。

 

奴も、話に聞いていた仲魔を召喚しないあたり、それすら難しいほどに消耗していると見た。

つまり、お互いに詰みだった。

 

 

しばらく膠着状態が続いて、先に涅槃台が動いた。

 

徐に胸元から取り出した無地の札、それを無造作に道路に放り投げる。

ペラペラした札は宙を舞った後、淡い光と共に“変化”する。

 

「シキオウジ!!」

 

その姿、正体を知って思わず声を上げた。

折り紙で作ったようなペラペラの弱そうな人形(ヒトガタ)。だがしかし、その厄介さはサマナー界隈でも有名だ。

 

式王子、陰陽師が扱う式神の一種なのだが、ペラペラゆえに打撃攻撃は意味を成さない。加えて、近年に改良された種類は斬撃すらも無効化してしまう。

原理は不明ながら、斬り裂いてもすぐにくっついてしまうのだ。

無論のこと、破魔・呪殺は効かない。生命ならざるヒトガタなのだから当たり前だ。

 

これに対抗するには属性魔法しかない。

 

「主ヨ」

 

イヌガミの悔しそうな声に俺も頷く。

イヌガミはもう魔法を撃てない。魔力が底をついたのだ。

 

ウシワカはそもそも魔法が使えず、俺もアギすら撃てないほどに消耗している。

 

ここは逃げるが勝ちだが、シキオウジは式神ゆえに命令には絶対服従なのでかなりしつこい。

消耗した俺たちではとても巻けない。

 

 

焦る俺たちを見て溜飲が下がったのか、落ち着きを取り戻した涅槃台は先程までのような丁寧な口調で語りかけてくる。

 

「少々、あなた方を侮っていました。ですので、ここで! 確実に! 死んでいただく!」

 

狂気の滲む笑みを見せた涅槃台はそのまま飛び上がりビルの屋上へ、そこから跳躍を繰り返しどこかへと去っていった。

……まだまだ動けた事実に恐怖するも、撤退してくれたことには素直に感謝した。

 

 

「帰ってくれたのは嬉しいが……」

 

恐る恐るシキオウジへと目を向ける。

そこにはゆっくりとこちらに前進する人形。厄介すぎる置き土産を寄越してくれたものだ。

 

「主殿……どうかお下がりください。ここは、このウシワカが!」

 

消耗ゆえに震える身体で、なおも刀を構えて立ち上がるウシワカ。

その姿に、不覚にもキュンとしてしまった。

 

が、すぐに我に返り彼女の“不要な”自己犠牲を止める。

 

「いや待てウシワカ」

 

手でそっと彼女を制してから、ポケットから取り出した“石”をシキオウジ向けて投げた。

 

小石サイズのそれはシキオウジにぶつかると同時に砕けて中から炎を生じた。

応じて、シキオウジが焦ったようにもがきはじめた。

 

「あ、アレは!?」

 

「アギストーン。石系は一応いくつか持ち歩いているんだ。まあ、全て初級ほどの威力しかないから牽制くらいにしか使えないんだけどな」

 

だが、シキオウジ相手となれば別だ。

炎を弱点とする悪魔の中でも、“紙”が本体である奴は驚くほど火に弱い。

こうしてアギストーンをぶつけただけで勝手に延焼してしまうくらいには。

同時に水にも極端に弱い。

 

物理が効かないからと焦ることなく冷静に対処すれば案外楽な相手だったりする。腐っても中堅な俺は当然、これらの情報を頭に叩き込んであった。

 

「ほら、おまけだ」

 

もがくシキオウジに、追加で二、三個アギストーンを投げつける。個数分着火して奴のボディを複数箇所から燃やしていく。

 

だが、相手は涅槃台が作り出したシキオウジ。油断していた俺のもとに『ジオ系魔法』を放ってきた。

 

「ぎゃっ!?」

 

「主殿!?」

 

魔法が直撃した俺はビリビリと感電して痺れる。俗に言う『PALYZE』である。

 

動けない俺に向けて、続けて複数回ジオ系が放たれる。その度にバチバチと感電して地味に体力を削られる。

一般人ならとっくに死んでいる量だと思う。

 

だが、四回目のジオで感電を免れたことで出来た僅かな隙を突いてお返しのアギストーンを投げつけた。

 

ボワッと着火した炎が包むのは奴の頭部。さすがに驚いたのか先にも増して慌てふためいている。

 

「今のうちに……!」

 

この場から離れようとするも、うまく足が動かない。まだ感電が抜け切っていなかったらしい。

 

「お任せを!!」

 

「え?」

 

すると、突然近づいてきたウシワカが俺をひょいっと担ぎ上げてしまった。そのままシキオウジとは反対方向へ駆け出した。

俺は慌ててイヌガミ、クダの両名をCOMPに送還する。クダはともかくイヌガミはかなり消耗していたからだ。

ちなみに、オサキは大して消耗していないので普通に追いかけてくる。

 

「……って、とりあえず降ろせ! お前だって消耗してるだろうに!」

 

戦闘の最中に膝をつくほどだ、あのウシワカが。かなり消耗しているはずである。

 

「なりませぬ! それに、サマナーたる主殿が倒れれば我ら『悪魔』も困ります!」

 

それを言われると弱い。悔しいが正論なので静かに口を閉じる。

しかし米俵のように肩に担がれる成人男性の絵面はなかなかにヒドイ。客観的に見たわけではないが確実にヒドイことになっている。

 

だが、それによるメリットも一応はあった。彼女の背後へと目を向けることができるのだ。

ふと視線を向ければ、当然のようにシキオウジが追いかけてきていた。

 

紙で出来たペラペラの身体を一旦“解き”、蛇のような形に変形し宙を飛んでくる。

 

「これでもくらえ!」

 

追い縋るシキオウジへと残るアギストーンを連続投擲する。

しかしさすがに学んだのか、奴に命中する前にジオで叩き落とされてしまった。ちなみに今のが手持ちで最後のアギストーンである。

小賢しい真似を、紙のくせに。

 

悔しいので、俺の渾身のぐぬ顔を奴に見せつけていると。

不意に、顔の横を“火球”が掠めた。

直後、シキオウジが巨大な炎に包まれて焼け落ちる。

 

「え……?」

 

突然の出来事に呆然とする。

 

「あ、あれ……?」

 

シキオウジの突然の死にウシワカも気付き足を止める。

視線の先にはやっぱり燃え盛るシキオウジの姿。力なくぐったりと地面に横たわっている。

 

「さ、流石です! 主殿!!」

 

「いや、俺じゃないけど……」

 

ガッツポーズで褒めてくるウシワカに冷静に応える。

だが、あの火球。なんだかどっかで見覚えがあるような気がする。

 

 

 

 

「見てらんないわね、オクヤマ・ヒデオ!」

 

必死に思い出そうとする俺の耳に、遠くから女性の声が聞こえてきた。それも、火球と同じく妙に聞き覚えがある。

 

だが、声の方へと視線を向けることでようやく思い出した。

 

 

「何者だっ!」

 

ツカツカとヒールの音を響かせて歩み寄る“彼女”に、ウシワカを警戒を強めながら刀を向けた。

 

「あら、仲魔の躾もなっていないなんて。『奥山』の底が知れるわねヒデオ」

 

黒いリクルートスーツを纏い、赤いカチューシャを身につけた茶髪の“少女”。その手には霊的加工が施された鞭と銃型COMP、通称『GUNP(ガンプ)』が握られている。

おまけに傍には双頭の魔犬『オルトロス』が侍る。

 

「待てウシワカ、彼女は知り合いだ」

 

「……承知」

 

不承不承ながら刀を収めるウシワカを確認してから、彼女に目を向ける。

 

「助太刀感謝する、『(ヨウ) 麗蘭(レイラン)』」

 

「ふん……事情は大方把握しているわ。一先ず貴方の家で話しましょうか?」

 

つまらなそうな顔で鞭をホルダーに収め、オルトロスを送還した彼女は俺に近寄り治療魔法(パララディ)を行使する。並行して、ディアも発動してくれた。

傷口がジリジリと熱を帯びて再生していく感覚は、いつまで経っても慣れない。

 

「はい、これで立てるでしょ? いつまでもそんな情けない姿でいられたらこっちが迷惑なの。で、残りは別料金になるけど、どうする?」

 

「遠慮しとく」

 

とりあえず自力で動けるまで回復した俺はウシワカから降りて自分の足で地面に立った。

……念のため、召喚プログラムを起動して周囲の索敵を行う。……周囲に反応なし、シキオウジは死に、涅槃台は本当に撤退したようだ。

 

「敵は片付いた、もう変身解いていいぞ」

 

そう促すとウシワカは、一瞬の輝きの後、現れた時と同様のダボTにサンダル姿に戻った。

 

ウシワカの早着替えを目撃したレイランは、異様なモノを見る目を向けていた。

 

「悪いが仕様だ。それよりも……ウシワカにもディアをかけてやってくれないか?」

 

「はぁ? そんなの自分で……ああ、魔力が無いのね。ったくめんどくさい」

 

面倒そうに眉を顰めながらもレイランはウシワカの治療もしてくれた。

ただし、きっかりと治療代を請求してきたのでどうせならと全快するまでの治療をお願いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後はウシワカ、オサキ、そしてレイランを伴って帰宅。

 

とりあえずはレイランからの話とやらを聞くために、荷物もそこら辺に放っぽってリビングに集合した。

 

 

リビングと言っても、馬鹿でかい部屋なので客間とも併用している。

俺はいつものTVの前に位置するソファではなく、その後ろに配置された向かい合うソファへと腰掛けた。

 

「どうぞ、レイラン」

 

彼女が対面へと腰掛けたのを確認して口を開く。

 

「で、話しとは?」

 

脚を組み背もたれに体重を預ける姿勢でレイランはゆっくりと頷いた。

 

「さっき貴方が交戦した『涅槃台』に関する話よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ヨウ) 麗蘭(レイラン)

彼女は日本に一定数存在するデビルサマナーの中でも『最強』とされている集団『葛葉(くずのは)』に所属するサマナーだ。

同時に、葛葉が誇る『神降ろしの巫女』でもある。

 

そして、何を隠そう彼女こそは『先代葛葉の巫女』たるレイ・レイホゥさんの娘さんでもある。

……一説には彼女は養子とのことだが、余人が触れて良い話題でも無いし本人に尋ねたことはないため不明である。

 

レイ・レイホゥさんは、以前に俺が「霊力が絶望的」と酷評されたと語った人だ。彼女は『アマテラス』『イシュタル』『ガブリエル』などの強大な悪魔=古き神を身に降ろしその力を振るうことで『葛葉キョウジ』のパートナーとして活躍、これまで幾つもの大事件を解決してきた凄腕の戦士だ。

酷評されたということは当然、俺は彼女と面識を持っている。単に、少し修行に付き合ってもらっただけだ。その時にこのレイランとも顔見知りとなった。

 

彼女の娘であるとはつまり巫女としての後継者ということでもある。血筋なのか鍛錬の賜物なのかは不明だが、レイランもレイさんに負けず劣らず、強力な悪魔を降ろし戦うことができる巫女だ。

加えて、“引退したキョウジ”のGUNPを受け継いだことでサマナーとしての才能も開花し、今ではサマナー協会から熱烈なアプローチを受けるほど重要視されている凄腕サマナーとなっている。

 

そんな彼女は御年(おんとし)十七歳のピチピチJKだったりする。

 

 

 

「視線がキモいわね……いっぺん、死んでみる?」

 

おっと、ついオヤジ風な脳内会話をしてしまったばかりに氷のような視線を注がれてしまった。

 

「失礼……それで、涅槃台についての話があると言ったが?」

 

話の続きを急かすと、すぐに真剣な顔に戻った。

 

「ヤツが各地を転々としながら悪魔を喰らってるのは知ってるわね?」

 

「ああ、ついでにサマナーも喰らっているとか」

 

「なら、話は早いわね。……ヤツが襲うのは悪魔とサマナー、それも“霊的位階の高いモノ”ばかりよ。

そうなると、当然、『魔術師』にも手を出すわけ」

 

魔術師……確かに、彼らの中には研究の末に『人ならざる力』を得た者もいる。もしくは先天的に『才能』を持って生まれた者とか。

俺は魔術に詳しいわけではないのでよく分からないが、『虚数属性』や『接続者』と呼ばれる存在は総じて魂が『上質』なのだと聞いたことがある。

 

「そうね、そういうのも何人か喰われたらしいけど……。今回問題となっているのは“魔術師の成果”の方よ」

 

「成果?」

 

「ーー先日、“伝承科”“天体科”から『重要資料』が盗まれた。犯人は複数人のダークサマナー、その中には涅槃台の姿も確認されているわ」

 

重要資料、そうとしか“言えない”ほどにヤバイ代物ということか。

伝承科といえば、現在の魔術協会を主導するロンドンの『時計塔』にある学科の一つだ。なんでも『空想』に関する研究をしているというがよく知らない。

天体科は文字通り『天体に関する魔術』『占星術』などの研究をしていると聞くが、こちらもよく知らない。

 

よって、何が盗まれたのかは推測不可能。

 

「余計な詮索はしないでいいわ、重要なのは盗まれた『ブツ』を持っているのが涅槃台だということ」

 

……キナ臭い話になってきたな。いや、涅槃台の時点で十分“厄い”んだが。

 

「……他の犯人たちはどうした?」

 

「殺したわ」

 

真っ直ぐな瞳で平然と言い放つ。いやはや怖い怖い。

 

「なるほど、殺した奴らは持ってなかったから消去法で。というわけか」

 

つまり、魔術協会から盗んだブツを持って逃走する涅槃台を追ってきたと。

 

「そういうこと。

で、ソレの担当になったのが私というわけ」

 

なんというか涅槃台には「ご愁傷様」としか言いようがない。

彼女相手ではさしもの奴も敵わないだろう。

しかし、現在の葛葉の末席とはいえ彼女を起用するとは。協会も思い切った選択をしたものだ。

 

葛葉は、サマナー協会に名前を残しているものの、実質的な上司は『國家機関』にあたる。一方でサマナー協会はあくまで『サマナー同士の交流、依頼の円滑な斡旋』を目的とした中立組織。

本質として相容れない立場にある。

 

これを鑑みると、國家機関を通さずして魔術協会という『外部組織』の依頼を葛葉の者に頼んだことになる。

國家機関がこれを知れば両者の間で『小競り合い』が起きてもおかしくない。

 

大戦により弱体化したとはいえ、かつては文字通り国を支配した國家機関だ。八十年の歳月を経てなおも強大な影響力を誇っている。

一方、サマナー協会も『フリー』のサマナーたちを起用し、グローバルかつ臨機応変な対応が可能な曲者。

二つがやり合ってタダで済むはずもなし。

 

 

「出来ればとばっちりは避けたいんだが……」

 

「そう嫌な顔しないで。一応、“上”に許可は取ってあるのよ。だから下手に組織がぶつかることはないわ」

 

「その言い方だと、俺が手伝うのは決定事項なわけね」

 

「当たり前じゃない、なんでわざわざアンタの家で話したと思ってるのよ」

 

絶対そう言うと思った。

傍若無人、傲慢無礼ながらそれに見合う実力。実力に裏打ちされた自信。それらから来る強い責任感を持っているのが彼女だった。

属性にはめるなら『お嬢様系勇者』か?

 

何はともあれ、断ると言う選択肢はない。

そんなもの、彼女を前にして存在してはならないのだ。

ぶっちゃけ、断ったら何されるか分からんし、何より世話になったレイさんの娘さんである。

 

俺は重い腰を上げて承諾した。

 

「わかった。そちらの依頼に協力しよう」

 

「いい返事ね。安心して、成功の暁には貴方にもそれなりの謝礼は出すから」

 

当たり前だ、タダ働きなんぞ俺が最も忌み嫌う概念である。

 

俺は嫌々ながらも、元気に手を差し出してきた彼女と握手した。

 

 

 

 




今更だけどレイさんのカチューシャって、アレ、カチューシャでいいんだよね??
あと、あの服はリクルートスーツで合ってるよね????

答えは出なかったので本人は出さなかった。
というか時系列的にレイさんって来年で五……?


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記憶

今更XV一気観したけど、ミラアルクちゃんやっべーくらい可愛いな…
特にムチムチモチモチしててたわわなところが。


だが可愛いモブを刺殺したことは許さねぇ。
俺が許すのはガリィちゃんとプレラーティだけだ。


先日の一件で図らずもレイランと共同戦線を張ることになってしまった。

 

が、アレで彼女も凄腕サマナーだ。俺のような中堅がついて行ける実力ではないので当面は後方支援をお願いされた。

具体的には、涅槃台に関する情報の共有、及び発見時の連絡・もしくは奴の捕獲である。

 

当たり前だがあんな化け物を捕獲できるはずもないので素直に彼女へ通報するつもりだ。

 

 

また、同日中に行われたレイラン他協会から派遣されたサマナーによる調査の結果、涅槃台はすでに夕凪市を離れていることが分かった。

大人しく夕凪神を諦めてくれたならいいが、去り際の捨て台詞からしてその可能性は低い。

おそらく、夕凪市に展開されたサマナーの数を見て一時的に行方を晦ませたに過ぎない。

いずれまた近いうちに襲撃してくるだろう。

 

 

 

 

 

「だから当面の間は外出禁止な」

 

「無体な……お主それでも人間か!」

 

抗議するオサキだが、議論の余地もないほどにどちらが正しいかは明白なので動じない。

 

「そもそも、仲魔が放浪癖拗らせてるなんか他では聞いたことないぞ」

 

「他所は他所、ウチはウチじゃ」

 

そんな母親みたいな……。

 

「とにかく、今は他の仲魔と行動を共にすること」

 

「むぅ……こうなれば致し方なし。お主には使いたくなかったが」

 

しずしずとこちらに近寄ってくるオサキ。

直後、むにゅんという感触が腕に押し付けられた。

 

「このムチムチ、スベスベなJKボディに誘惑されては……さすがのお主も頷かざるを得まい?」

 

妖艶な笑みを向けてくるオサキ。

俺は無言でチョップを見舞った。

 

「ったぁ!? お主、女子(おなご)に手を上げるとは何事か!!」

 

「黙れ淫乱ピンク頭おっぱいおばけ!! お前の正体が小生意気なクソガキなのはわかってんだよ! さっさといつもの姿に戻れ!!」

 

「なんじゃ……童の姿の方が好みじゃったか。仕方ないのぅ」

 

やれやれ、とため息を吐きつつボフンと白煙を撒き散らして変化を解くオサキ。

 

煙の中からはラン◯◯ルを背負ってそうな背丈の少女が現れる。

だが、ピンク頭はそのままに着物を羽織っているためにちぐはぐ感がひどい。コスプレかな?

 

「どうじゃ?」

 

「どストライクです、ありがとうございます!!!!」

 

無意識のうちに言葉が紡がれ、気づいたら床に額を擦りつけていた。

な、何を言ってるのか(ry

 

「……ハッ! まさかこれもお前の術か!? おのれ!」

 

「いや、ワシなんもしとらんし……普通にドン引きなんじゃが」

 

青ざめた顔で俺を見下ろすオサキ、その目は掃き溜めを見るようだ。

くっ……! 滾るぜ!

 

 

 

 

 

 

数十分ほど茶番を楽しんだ俺たちは、大人しく仕事に戻った。

と言っても、やることは以前までと変わらない。

オウザンに届く依頼を捌いて、悪魔退治が必要な時は赴きこれを討伐。討伐で得た余剰MAGを生体エナジー協会へ売りに行く、などなど。

 

というのも、涅槃台が狙っているのがオサキである以上、奴は必ず俺たちの前に現れるからだ。

これに際してレイランにはオサキの事情を伝えてある。彼女は國家機関の傘下にあるものの、独断専行が目立ち、その責任感から何事も『己だけで解決しようとする癖』がある。

それ故に、彼女には『オサキの事情は二人だけの秘密とする』旨の契約を結んでもらった。

 

彼女としては『使える駒』であればなんでも構わないというスタイルなので、この契約も素直に応じてくれた。

その代わり、涅槃台に関する指示には全面的に従うことになったが。

 

 

 

「本日も異常なし、と」

 

メールを捌き終わった俺は大きく伸びをする。これは性分なんだが、俺はデスクワークが苦手なのだ。

モニターに向かってカタカタとキーボードを打つよりは現場に出向いて直接悪魔を滅ぼした方が楽だと思う。

当然、俺は極力後衛に回るつもりだが、効率を考えて前に出るのもやぶさかでは無い。

ケースバイケースというやつだ。

 

 

作業がひと段落した俺の元に、童姿となったオサキが近寄ってきた。

ちなみにウシワカには家事をお願いしてある。最近はすっかり彼女に任せっきりだがイヌガミも付いているので問題はない……いや、偶に外から悪魔の断末魔っぽいのが聞こえてきたりするが多分、問題ない。

 

「のぅ主よ」

 

「だめだ」

 

「まだ何も言っとらんじゃろが!」

 

プンスカ怒るオサキだが、彼女が言いたいことは察しがつく。

 

「外に出たいとか言うんだろ? ダメダメ、依頼の時はCOMPに入れて連れてくけどそれ以外は家で大人しくしてなさい」

 

「こ、こんぷ?! おぉ……お主は鬼か何かか?」

 

生憎と人間だ。

……戦々恐々と震えるオサキの姿はなかなかに可愛i……面白い。

 

「イヌガミ、クダは見た目の問題でCOMPに入っていてもらった方が助かる。お前は、なんかフラフラしそうだからダメ」

 

「なんじゃと! じゃああのウシワカとかいう小娘はどうなんじゃ!」

 

「あいつは見た目人間だし、言うことも素直に聞いてくれるからセーフ」

 

「差別じゃ! 不公平じゃ!」

 

「ダメなものはダメなの。もしくは今すぐCOMPに入っておくか?」

 

「いやじゃ! いやじゃいやじゃいやじゃ!」

 

床に転がって暴れだすオサキ、側からみれば駄々を捏ねる子どもにしか見えない。……なんというか、精神が身体に引っ張られてないかお前?

 

溜め息一つ。こうなっては何を言っても聞かないのは知っている。

暴れるオサキはとりあえずスルーして俺は仕事に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間近く騒いでいたオサキだったが流石に疲れたのか、今はもう静かに床に転がっている。

 

俺も取引先との電話のやり取りを無事に終え、今月の帳簿をまとめていた。

……特にエーデルフェルトとの取引は気を遣うので静かにしておいてもらってよかった。

 

「のぅ、主よ」

 

力無い声でオサキが呟く。

返事をするのも面倒なのでとりあえずスルーする。

 

「……あのウシワカとかいう小娘のことなんじゃが」

 

ウシワカ、という単語に反応して俺も彼女に視線を向けた。

 

「ウシワカがどうかしたか?」

 

レイランが帰ったあとに軽く紹介は済ませていたはずだが。

その際も特に何事もなく、お互いに握手までしていたと記憶する。

 

「いや、上手く言えんのじゃが……普通の悪魔とは何か違う気がする」

 

オサキは『夕凪神』に仕えた神使。加えて『後代での役目』から最も夕凪神に近しく、神に比する力を持っていたりする。

だからこそ俺らでは気付けないことに気づいたりするが。

 

 

「あいつは英傑だからな」

 

神話・伝承を元にした人ならざる者、それが一般的な悪魔だ。中には元人間も含まれていたりするが悪魔として現れる彼らは総じて人ではなくなっている。

対して英傑は、ウシワカのデータを見る限りは“人の魂のままに霊格を上げている”。

広義で見れば『人の魂』にカテゴリされるのだ。

 

「そういうのではなくて……なんじゃろうな、どこか、ナニカが()()()()()気がするのじゃ」

 

「……確かに、常識とか独断専行とか少々目に余る部分は見てきたが全部結果オーライだ」

 

少なくとも、彼女の勝手な行動で不利益を被ったことは今のところない。

 

「違う違う……アレじゃ、()()()()()()()()()のじゃ」

 

「っ!」

 

魂が欠けている? それはもしかしなくても『25%の欠落情報』というやつのことか?

 

「……業魔殿で登録した時、奴の構成情報に『欠落』があると聞いた。その一部が『戦闘スキル』にも及んでいると」

 

「んー、そこら辺はどうか知らんが。欠けているのは奴の根幹じゃ、アレでは本来の力も発揮できんどころか、いずれ“崩壊”する」

 

「なっ!?」

 

さらっと重大な事実を述べるオサキ。

そういうのは先に言えと……。

 

俺は一旦モニターから離れて、床に転がるオサキの近くでしゃがみ込んだ。

 

「崩壊って、どういうことだ?」

 

寝返りを打ちながら面倒そうに彼女は応える。

どうでもいいけど、ここ土足OKだからめちゃくちゃ汚いと思うんだが……

 

「どうもなにも、不完全なモノが形を保てるはずもあるまい。今の奴は、後から魂を引き裂いたような状態。お主ら人間で言えば怪我をした状態なんじゃ。

そのままにしておけばいずれは死ぬ」

 

マジか。

メアリ氏が問題ないと言っていたのでそれをそのまま鵜呑みにしてしまっていたが。

 

「なに、今日明日に死ぬわけではない。何事もない日常を過ごしておれば問題はあるまいよ……だが、なにかの拍子に砕けてしまう可能性は高いぞ。特に、欠けている部分に関する物事に触れた時とかな」

 

欠けている部分……生憎と、俺の知識にあるのは一般に流通する『義経伝説』だけだ。

彼女自身の人生を知っているわけではない。本来の能力を知っているはずもない。

 

「そう悩むな、本人に直接聞けばいいじゃろう?」

 

「ううむ……聞いちゃうか? それ、本人に聞いていいのか?」

 

正直、俺はビビっている。

もし、俺が彼女と同じ状態になっていたらと考えると、絶対に不安だからだ。

そこを無神経に問い質すのは、酷な話だろう。

 

更に、オサキの話では欠けた部分に関する物事に触れれば最悪死んでしまう可能性もあるらしいし。

 

「ビビり過ぎじゃろ……まあ、何か起きたらワシが手を貸してやる。だから安心せい」

 

オサキの『神使』としての力があれば最悪の事態は防げるかもしれないが。確実な話ではない。

俺は基本的に『勝てる戦しかしない』。

先日の涅槃台との戦いはぶっちゃけ一番嫌な戦いだった。ああいう強制戦闘はこれっきりにしてもらいたい。

 

悩む俺を見てオサキは大きな溜め息をこぼした。

 

「腑抜けたなお主」

 

「大人になった、と褒めてくれ」

 

「戯けが、“でびるさまなー”などという職についていながら今更そんな臆病が通用するはずもない。どちらかと言えば退化しておるしな」

 

退化。

自分でも分かってはいるが面と向かって言われると心に来るものがある。

 

「何事も行動せねば始まらぬぞ? 当たって砕けろ、じゃ!」

 

砕けちゃダメだろ。

とはいえこのままにしておくことも出来なくなった。

オサキの言にも一理ある。

不安要素は早めに取り除いておきたい。

 

決心した俺は、庭の掃除をしているウシワカの元に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「欠落、ですか?」

 

庭では竹箒を片手に佇むウシワカの姿。今日の服装は色違いで複数所持しているダボTの一着だ。ちなみに色は緑。

下は安定のパンツである……いや、短パンではなく、下着のパンツだ。

そのことについて色々と言いたくなるがぐっと堪える。

色々、堪える。

 

「ああ、戦闘技能、その他なんでもいい。本来持っているべきものが無い、ということがあれば教えてくれ」

 

その問いにウシワカはしばし考え込んだ。

 

……これまで俺が見てきた限りでは特にそういった点は無かったと思う。戦闘時に不調を見せることもなく、普通に暮らしていた。

 

「……確証が、あるわけでは無いのですが」

 

やがて重苦しく口を開く。その様子から“心当たり”があるのは明白だった。

俺は黙って続きを促す。

 

「記憶が……抜けているのです」

 

その口から放たれた言葉は予想外のものだった。

それ故にこちらも少し反応が遅れる。

 

「記憶……?」

 

「はい、鞍馬寺に預けられ、天狗のもとで鍛えられたのはしっかりと覚えているのですが……それ以後、兄上と、弁慶や他の部下たちと駆けた戦場。その殆どが思い出せないのです」

 

少し困ったような顔で彼女は語った。

 

いや、もっと深刻そうな顔をしろよ……。

だって、思い出せない記憶というのはウシワカが『義経』として駆けた記録の殆どだからだ。

……だからこそ、『牛若丸』として現れたのか?

 

「一応、記録としては覚えています。その経緯、結果含めて。

……ただ、実感が無いのです。

“ただそうなった”ということしか、分からないのです

……どういうことなんでしょうね?」

 

うーん、と首を捻りながら呻くウシワカ。

 

記憶ではなく、記録。妙な言い方をすると思った。

それではまるで『機械』のような。

 

だがなんとなく、彼女が言いたいことは理解できた。

要は“自分が将来送る人生を詳細に書き綴った資料を見せられている”ような感覚なのだろう。

実感がない、という言葉からその『記録』の中での『感情』すらおぼえていないと見える。

 

 

単なる記憶喪失とは違う、特異に過ぎる症状に、俺もどう対処すべきか困った。

予想の斜め上をいく答えだ、さすがウシワカ。

 

「ですが、ご安心を! 戦で遅れを取ることはありませんから、ええ!」

 

私は天才ですからね、と付け加えた彼女はいつも通りのウシワカだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ノコノコと帰ってきたわけか」

 

オサキは細めた目で俺を見つめる。

俺は部屋に戻って彼女にことのあらましを告げていた。

 

「いや、そうは言ってもだな……記憶じゃなく記録って、何をどう対処したらいいんだよ」

 

それにウシワカは特に気にしていないようだったし、そもそも『欠落部分』がわかっただけでもマシなのでは?

 

「まあ、そうじゃな。一応、自らの生涯を知ってはいるのだろう? それが『記録のみ』というのが不安じゃが、知っているだけまだマシとは言える。

“知っているのと知らぬのと”では『反動』も違うしの」

 

また意味深なことを言う……そういうところホント『神様』って感じがするから、あまり好きじゃない。

 

ただ、なんとなく言いたいことはわかる。

彼女とも長い付き合いだ、それに仲魔とは本来そういうものだろう。

 

「一先ずは様子見する。下手につついて悪化しては嫌だからな」

 

「ほう、“困る”ではなく。“嫌だ”と? ほほう」

 

なぜかオサキはニヤニヤしながら口元に手を当てて態とらしく応えた。

 

「なんだ、言いたいことがあるならハッキリ言え」

 

「べっつにぃ? ただ、『枯れ木』だったお主の雄にも精気が戻ったのかと思うと感慨深くてのぅ」

 

その見た目で精気とか言うな、なんかイケナイ感じがしちゃうだろうが。

 

……それに、俺は別に『恋』をしてるわけじゃない。

 

ーー俺が今後、『恋』やら『愛』やらに執心することは、一生涯無いのだから。

 

「単に、仲魔として大事に思っているだけだ。どっかの誰かさんと違って彼女は真面目で優秀だしな。

誰かさんと違って」

 

「な、なんじゃその目!? ワシだって散々手を貸してやっただろうが! 先日の『涅槃なんちゃら』とかいうケッタイな名前の輩と戦った時も、ワシがいなければお主は死んでおったろ!」

 

「あーはいはい、感謝してますよ。アリガトゴザマース」

 

「そのエセ外国人みたいな口調むかつくぅ……!

むっきーーー!!」

 

それからまたしばらくオサキと『仲良く喧嘩』して、今日という日はなんとなく過ぎ去っていった。

まあ、ウシワカが来てからというもの、だんだんと賑やかな日々になっているのは間違い無いが。

 

 

 

 

 

ウシワカを召喚してからしばらく、久しくなかった『刺激的な日々』が送れている俺。

オサキとは『五年前から』ずっと付き合いも“希薄”になっていたので、こうしてまた懐かしい『じゃれあい』が出来たのは素直に嬉しかった。

思えば、ここ最近はイヌガミともウシワカへの『家事教育』の件などで話し合う機会も増えたし、クダを呼び出す機会も何故か増えている。

 

久しぶりに『賑やか』な日常を、俺は無意識のうちに楽しく思っていたのだと気付いた。

 

 

……オサキの言う通り、五年前のあの日から『枯れて』しまった俺の心に一種の清涼剤としてウシワカはやって来た。

いや、彼女だけじゃないな。

イヌガミもクダもオサキも。なんだかんだと俺の仲魔を続けてくれている。そのことに改めて感謝を抱くべきなのだと思う。

『腑抜け』になった俺なんかに、まだ付き合ってくれているのだから。

彼・彼女らがいなければ、たとえウシワカがやって来たとしてもここまで“楽しい”日々は送れなかったと断言できる。

ともすれば、どっかのしょうもない依頼で無駄死にしていた可能性だって充分にあり得た、それくらい俺は『腑抜け』になっていたのだから。

 

だから、今のこの日々というのが、素直に幸福だ。

 

……なんだかんだ、誰だって“寂しいのは嫌だもんな”。

 

 




シェムハさん『マインドハック・ミュケーーナイ!!』してきそうな声しててマジ神様だったわ… 悪役としては小物だったけど。

ヴァネッサも『コレダーー!!』してくれて完全にトップをねらっちゃってましたね…私は最終回で絶対ヒビミクが一万二千年の離別を味わう羽目になると思ってました。

ハッピーエンドでよかったね!






……いや、すいません。薄緑関係で箱根調べてたら温泉妖精なる萌を見つけてしまって、、流れでXVにハマってしまって。。


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閑話・悪しき泥

涅槃台くんの話です。



数年前、とある地域、とある山奥にて『彼』は“ソレ”に出会った。

 

 

力を求めて幾星霜、数えきれないほどの『命』を消費し、糧とすることで自らの霊力を増強してきた。

しかし、その過程はあまりにも『非効率』で消費した命の五割にも満たない強化しか望めなかった。

 

手段を選ばず、ひたすら力を求める彼にとって『悔しい』結果だった。

 

だからこそ、『師』が与えてくれた『泥』はまさに青天の霹靂に等しい衝撃を齎らした。

 

 

『力を求めるならばソレを飼い慣らしてみせよ、無限の悪意に満ちながらも足掻いて見せよ。

それが成った時、貴様は尽きることのない『ヒトの力』を手にすることができる』

 

 

師が差し出してきたモノは、『泥』と形容するほかにないモノだった。

或いは“底無しの闇”、“世界の影”。

一眼見て、その“計り知れない悪意”に()()()()()

 

ヒトの力の源が『悪意』であることはなにより私自身が“よく知っている”。

だからこそ、ソレが私の求める『力』を最効率で最上のものとして与えてくれると確信した。

 

『アナタの“悪意”はとても心地が良いものですわ、必ずや“我が主人”の意向に沿う活躍をしていただけると期待しています』

 

師の傍に立つ『女』が何か言っているが、この時のわたしには『泥』以外への興味はなかった。

だから、迷うことなくソレを『口に入れた』。

 

 

ーー瞬間、私は内側から襲いくる『世界の呪詛』に塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕凪市から東へ四十kmほど。

かつて『武家社会の礎を築いた英傑』が眠る地がある。

 

武家の古都としての落ち着いた、趣きある古めかしい街並みが残り、歴史的価値の高い文化財が立ち並ぶ日本有数の観光名所でもある地。

 

その中でも比較的マイナーで、歴史愛好家くらいしか立ち寄らないような静寂感漂う場所に、『涅槃台』はいた。

 

 

「悲劇の姫君……その憎悪たるや如何程の『力』となるか」

 

横須賀線沿いにある閑静な住宅街、その角にひっそりと立つのはこじんまりとした『地蔵堂』。

“源氏に縁ある”建物であるそのお堂の前にて涅槃台は、ぶつぶつと独り言を呟きながら、粘性の高い笑みを湛えていた。

 

身に纏うはいつもの坊主衣装、手に持つは錫杖と『呪符』。

それも、彼が有する修験道の知識と陰陽道の知識、そして『古き密教』の技術を統合して作り上げたオリジナルの特性呪符である。

 

力を得るために『外道』に手を出した彼は、かつて所属した密教ですら禁じた『外法』の類にも精通する。

『聖なる』を自称する各宗派には、“霊”を守護する術がそれぞれ伝わっている。それは己が鬼籍に入った際に、自らの魂・霊を邪な儀式に利用されないためのもの。或いは『生前の憎悪を鎮める』いわゆる『鎮魂』の類まで種類は様々。

しかし、『護り』に精通するならば()()()()()術理を解するのも必然。

涅槃台が携える呪符はまさにその『解く』力を秘めたマジックアイテム。

 

即ち、聖なる封印・聖なる護りを“破壊”する悪しき術理。

 

 

「かつて“その道”を究めんとした身としては些か心苦しいのですが、これも我が野望のため。

“純情なる姫君”には是非とも『実験台』になってもらわねば」

 

微塵も『苦悩』など抱いていない表情のまま、涅槃台はお堂の扉へと呪符を貼り付けた。

 

「“オン”」

 

短い起動の合図を受けた呪符は、その身に貯めた『効果』を即座に発現する。

呪符から溢れた白い光は一瞬でお堂を包み込み、また一瞬で掻き消える。瞬きする程度の時間。されど『解除』にはそれで十分だった。

 

カチャリ、と開錠するような音が辺りに響く。

しかし、一般人には聞こえない“魔力を振動させる音”だ。

つまり、お堂に掛けられていた『結界』が解除されたことを意味する。

 

応じて、独りでに木製扉が開いていく。

涅槃台は御影石で造られた階段を登りながら中に仕舞われている『仏壇』を目視する。

 

 

そこには二体の脇侍に付き添われた光輪背負いし像。一見してただの像であるが、霊的感覚を持つものならばそれが非常に強力な『守りの概念』を持つことを即座に看破する。

涅槃台はすぐにもう一枚の呪符を懐から取り出して掲げた。

 

「“オン”」

 

詠唱はいらない、手順は全て符に書き記されているからだ。

かつてとある密教において『奇才』とされた彼に掛かればスイッチを押すだけの呪符の開発など造作もない。

涅槃台の呼びかけに応じて、再び呪符から光が放たれ、今度は地蔵を覆う。やがては像をーー

 

ーー破壊、しようとして『解除の光』は打ち消された。

 

これには涅槃台も驚きに目を剥く。

 

「おや、おやおやおや。……くく、やはり私程度では『御仏』の加護は破れませんか」

 

だが、それもまた想定のうちだ。

できるならば『確実』に『堕ちて』もらうために丸裸にしておきたかったが仕方ない。

 

であるならば。

 

「……お行きなさい」

 

徐に片手を上げた彼はゆっくりと堂内の本尊を指差す。

……それだけでも不敬、不届き千万だが、その袖から這い出てきた『モノ』はそれ以上に『冒涜的』であった。

 

『泥』、そう表す他にない得体の知れないソレは、黒々とした流体として本尊に纏わり付く。

 

当然、地蔵も『破邪』の力でもって対抗するがものの数秒で『守り』は打ち破られる。

さしもの地蔵も、『御仏本体』ならざる身では『世界規模の呪い』には抵抗すらできない。

 

そして一分と経たないうちにお堂は『黒い泥』に包み込まれた。

 

その光景を眺めながら涅槃台は愉悦の笑みを浮かべる。

 

「ああ……世を憂い、救う『願望』のなんと儚きことか。やはり人の世を支配するのは『悪』、『冒涜』に支えられし『力』」

 

自らが信奉する『力』の本質を目の当たりにしてなお、彼は歓喜の念に満たされていた。

振るう力は悪なれど、それこそ真に世の理を回す『摂理』そのものと信じて疑わないがゆえに。

 

多幸感に包まれながら涅槃台は次のステップへと移行する。

 

次に取り出したるは“金色の札”。

明らかに日本の文化にはそぐわないそのアイテムは、つい最近、『奥山秀雄が使用したモノ』と同一の霊具。

 

これを、あろうことか『泥』に塗れるお堂へと投げ入れる。

そしてすかさず『詠唱』を開始した。

 

「“素に銀と鉄。礎に石と契約の大公ーー”」

 

それは、かつて『とある田舎町』において開催された魔術儀式で用いられた召喚式。

“特定の悪魔カテゴリのみを呼び寄せる専用術式”。

その詠唱である。

 

「“ーー告げる。 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に”」

 

本来であれば『とある地、とある概念』を介さねば成立しない特殊召喚、しかし涅槃台が使った『金の札』がそのルールを捻じ曲げた。

 

「“我は常世総ての■と成る者。我は常世総ての『悪』を敷く者”」

 

ゆえに成立してしまう。

『英霊』を現世に呼び寄せる儀式が。

加えて、涅槃台は『魔術組織から奪った資料』によって『ヒデオ』よりも『高純度の』術式を遂行する。

 

「“ーー汝三大の言霊を纏う七天。

 

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!”」

 

正確な詠唱、それによって招かれるのは当然『英霊』。

 

本来なら『とある儀式』完成のためだけの存在である霊体存在。さらにこれだけ『強力な触媒』を備えていれば現れる『英霊』の真名は語るまでもない。

 

 

泥が、閃光と共に吹き飛び、本来のお堂の姿を取り戻す中、召喚の衝撃で起こった魔力風と白煙の中に人影が佇む。

 

「……サーヴァント、『アヴェンジャー』。

召喚に応じ参上いたしました」

 

煙の中から現れたのは一人の『女性』だった。

上物の着物を纏い、長く艶やかな黒髪を風に揺らしながら立つ彼女。特段別嬪と言うほどではない、しかし間違いなく『美しい』。

物憂げな表情を作る童顔や、色白で折れてしまいそうな痩躯。

『儚く美しい華』を連想する矮躯は、人によっては心を奪われる独特の美しさを秘めている。

 

「…………ああ、アナタが“ますたぁ”ですね?」

 

数秒ほど涅槃台を見つめた彼女は、ふと我に返ったように答え弱々しい微笑を浮かべた。

可憐な少女、そう表現するのがもっとも適した容姿を持ちながら、生前におけるこの見た目の頃合いは現代の成人に相当する年齢であった。

 

「ますたぁ……ますたぁ?

ああ、そう。そうなのですね。

 

アナタが、『私をあの人に会わせてくれる人』」

 

思い出すように一人で呟き、彼女は笑った。

やはり弱々しい笑みだが、涅槃台はその瞳に『底の見えない闇』を確かに観ていた。

 

これこそが、彼が泥を使った結果。

本来ならば『英霊』にはならず、さりとて『怨霊』にもならず。

ただ静かに眠り、その魂は愛しき御方の側で安らぎを得ているはずの存在。

 

だが、『呪い』を受けて召喚された彼女は違う。

 

“そうあれかし”と人に願われた“偶像”こそが英霊の本懐なれば、彼女を形作る『霊基』が『復讐者』に固定されているのも当然であり、『あの泥』の性質を鑑みれば、今回の儀式でしか誕生し得ないイレギュラーであるのは明白。

 

だからこそ、涅槃台は実験第一段階の成功に笑みを深めた。

面前に佇む彼女は、霊体()()()()、肉持つ存在、すなわち()()()()にあるからだ。

 

「『泥』を受けた英霊は受肉する……確かに情報の通りでした」

 

『協力者』からの情報が正しかったこと確認した涅槃台は、『自らの右手の甲に刻まれた刺青』を撫でながら、アヴェンジャーへと語りかける。

 

「ええ、私が貴女のマスターです。そして、貴女を『かの御仁』に会わせるためこの場に馳せ参じた忠臣にございます」

 

息をするように嘘を吐く。

しかし狂気に苛まれた『姫』はその嘘に気づかない、否、眼中にない。

 

「まあ、それはご苦労様。でも私、『武士は嫌い』なの」

 

一瞬、花咲くように笑うも次の瞬間には濃密な殺気を叩きつけるアヴェンジャー。

が、涅槃台にとっては殺気など慣れたもの。

 

「ご安心を。私は殿下の望みを叶えるためだけに参った『陰陽師』、殿下の純粋かつ崇高な志しに感化され行動を起こした信奉者なれば。

御身を『(まつりごと)に利用したりはいたしませぬ』。

 

……だから、どうか。その御心の赴くままに、存分にお振舞いください」

 

臣下の礼を述べながら涅槃台は膝をつき首を垂れた。

 

「そう……そう、そう、そう!!

うふふふふふ……よい心がけです。“さあばんと”なるものがどういうものかは理解していますが、私を利用しようなんて、到底許せる不敬ではないですから。

 

ええ、ええ!

好きにしていい、と言うなら。その通りにさせてもらうわ」

 

段々と笑みを深めた彼女は、不意に両手を天に掲げる。

直後、彼女の足元から『禍々しい闇色』が天に向かって立ち昇る。

泥を受けて成立したアヴェンジャー『■■』が持つ膨大な憎悪の『魔力』である。

 

唯一の望みたる『彼との再会』を果たせるとあって、彼女は歓喜に震える。それに呼応して溢れる魔力も増大する。

 

“悪意に応じて力を増す泥”。

ソレによって形造られた彼女の内面は、もはや原型を留めていない。

 

ただひたすらに『最愛の人を想った姫』はここにはいない。

 

あるのは、ひたすらに再会を望む心と、『自分を利用し、人生をめちゃくちゃにした余人への憎悪』だけである。

 

 

 

 

 

「ああ……!! 待っていてくださいまし。

私は必ずや御身のもとへ参ります!

 

たとえ、『父』や『悪鬼』が妨げようとも。『世界が拒絶』しようとも、それら総てを『殺し尽くし』必ず貴方に会いに行きます!!

 

 

ああ、我が愛しき『義高さま』!!」

 

 

 

 




「最近、ちょっと長くね?」と思ったので四千文字弱です。

あと、魔法陣描いてないですが、泥がその役割を担ったってことで一つ…


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現地に行けないので、十年以上前の記憶を辿っている部分があります。間違ってたらゴメンネ!

追記:無論、Google先生にもお世話になっておりますゾ!


「……(うずうず」

 

電車に揺られながら傍に座るウシワカを注意深く見つめる。

その肩は僅かに揺れ、膝に添えられた両手は忙しなく動き、表情は『嬉しさを堪えようとして結局堪えられていない』様子で、キリッとしたりふにゃっとしたりとやはり忙しない。

 

「……クロウ」

 

「……」

 

外行き用の偽名で呼んでも返事はない。

家や『異界』、悪魔が潜む路地裏などの人気がない場所ならいざ知らず。電車に代表されるような公共の場所では、極力偽名を使う約束をしていたはずだ。

それは、悪目立ちするのを避けたり、どこにいるとも知れない『敵』に悟られないための約束事だった。

 

だからこそ、ウシワカと呼ぶのは今は避けたいというのが本音だ。

 

……とはいえ、今は平日の昼間。朝夕と混雑する電車内であっても今は比較的空いており、運良く俺たちの乗る車輌は離れた座席に立派な白髭の老人が一人座るのみの空き具合だった。

 

その事実を鑑みて、俺は仕方なく『ウシワカ』と再度声をかけた。

 

「え? あ、はい。なんでしょうか?」

 

ようやく反応を返すウシワカ。しかし全くもって話を聞いているようには見えない。なにせ、今もソワソワと落ち着かない様子で目を泳がせているからだ。

思わず溜息が漏れた。

 

「…………いや、『大人しくしてろ』というのは流石に酷だったな」

 

だが、彼女の態度もまた仕方ないと思う。

なにせ俺たちが今から向かうのは、ウシワカが愛してやまない『兄上殿』が本拠地。

武家社会の発端となった幕府勃興の地『鎌倉』なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

事の発端は今朝。まだ日も昇って浅い早朝に俺のスマホに着信が届いた。画面に表示された名前は『レイラン』。

 

彼女からの電話とあっては十中八九『涅槃台絡み』なので正直出たくなかったが、彼女を怒らせても得はしないので仕方なく電話に出る。

そして案の定、用件は涅槃台に関する事だった。

 

 

曰く、行方を晦ませていた涅槃台が『鎌倉』の地にて目撃されたとのことだった。しかも奴は全くの無警戒で目撃者にも気付いていなかったという。

なので、早急に討伐部隊を編成したレイランたちだったが、奴の逃げ足の速さを警戒していた。

そこで俺たちが『囮』となって注意を引き付けているうちに囲んで畳んじまえ! という作戦になったらしい。

 

本音を言うと、これ、罠だと思う。

確信はないが、今まで尻尾も掴ませなかった奴がいきなり無防備な姿を晒すはずがない。

無論のことレイランもその推論には至っているはずだ。

しかし、たとえ罠だろうとようやく姿を現した涅槃台をみすみす見逃したとなれば方々に面目が立たない。

 

なので、俺を『当て馬』にしようと考えたのだ。

 

いや、ふざけんなという話ではあるのだが断るという選択肢はない。なにせ彼女には助けてもらった恩があり、見返りとして『協力』することを契約してしまっている。

 

それに、いつまでも涅槃台に怯えて外を歩くのは御免被るので、いっそのことここで決着をつけてしまうというのも悪くない考えだ。

 

レイランに加えて、彼女に準ずる実力者を揃えた討伐隊であれば早々に遅れを取るとは思えない。

 

決心した俺はレイランに依頼の受諾を伝えたのだった。

 

 

 

 

涅槃台との決戦にあたって、当然、投入できる戦力全てで臨む。

戦闘アイテムも持てるだけ持ち込み、奴とまみえたら即座に強化魔法を連発。最大戦力からの短期決戦こそが理想である。

 

前衛はウシワカ、ともちろん俺も入る。彼女一人に奴を押し付けるのは流石にひどい。戦術的に見ても下策である。

クダ、オサキの両名には強化魔法役を任せる。オサキには並行してデバフも担当してもらい、イヌガミには攻撃魔法役を務めてもらう。

全員魔力満タンのMAG満タンなので最初からフルスロットルで戦える。

 

他に足りないところは戦闘用アイテムでーー

 

 

 

などと奴との戦闘をシミュレーションしているうちに電車は目的地に到着。終点ではないのでウシワカに声をかけて連れ立ってホームに降りる。

 

普通なら小町通りから鶴岡八幡宮に繋がる東口を目指すのだが、生憎と今回は『仕事』。それも緊張感を必要とする大仕事だ。

ひとまずはレイランと合流するために待ち合わせ場所に向かうことになる。

 

待ち合わせ場所は『佐助稲荷』。

隠里、弁天と並んで『源頼朝』の枕元に現れお告げをした神が祀られている神社だ。

成功成就・立身出世に御利益があるとされ、起業家はもちろん受験生、就活生も多く参拝に訪れる。

また、参道に多数建ち並ぶ赤鳥居も特徴で、同市でも人気のスポットの一つとなっている。

 

佐助稲荷に至るにはひとまず駅を西口に出て、市役所を目指すことになる。

 

 

 

「悪いなウシワカ。どうにも観光をしている時間はないようだったから」

 

大通りを歩きながら声をかける。

ちなみに今日のウシワカは、白いキャミソールに短パンだ。さすがに鎌倉行くのにダサT……もといダボTを着せていくのは気の毒に思えたから。

 

「気にしないでください、私は主殿がくださる命を最優先に考えていますので」

 

ウシワカは、いつものようになんてことないように応える。

世間一般では明らかな謙遜なんだろうが。

……こいつの怖いところは、本気で言っているところだ。

 

何よりもまず主を第一に考える、言葉だけ見ればなるほど崇高な志に思える。

しかし、何事にも限度がある。ウシワカの場合はその限度というものを超過しているのだ。

 

要するに『やり過ぎ』ということ。

 

 

だが、一番怖いのは、そんな彼女の忠誠に“俺が応えられるか”。

果たして、こんな『素晴らしい』仲魔の思いに応えられるだけの働きができるかが何よりも心配で、怖い。

 

不安に揺れそうになる心を、竹刀袋を背負い直すことで誤魔化し、話題を変える。

 

「そういえば、お前も鎌倉の地には覚えがあると思うが。

現代の街並みはどうだ?」

 

「さすがに、私がいた時代とは何もかもが変わっていますね。それに私は平家の討伐で殆ど滞在していなかった上に、戦の後に追われてしまいましたからねぇ」

 

……我ながら話題選びのセンスの無さに心痛する。義経の経歴については他多くの日本人同様にだいたい知っていたはずなのに。無粋な質問をしてしまった。

だが、ウシワカは一ミリも気にしていない様子でケロッとしている。

 

人ごとだが、もう少し気にした方がいいと思うぞ。

 

 

「あ、でも道中に度々見かけた甘味屋……アレらには少々興味があります」

 

甘味屋というと、道沿いに何軒か見かけた。どれも観光客目当てのお土産屋といった装いだったが、中には老舗っぽい雰囲気を出す古風な外観の店舗もあった。

 

「そうそう、さっきの曲がり角で見かけた定食屋も気になります!」

 

「食いもんばっかじゃねぇか……」

 

いや、ここまでの道のりで見かけたのは飯屋・食物店が殆どだった。道中にずっとそんなのを見せつけられたら誰だって腹が減るというもの。かく言う俺も飯テロ被害を受けた。

 

だが、幾つか服飾品を扱う店舗もあったのは確かだ。女の子ならそういうのにも興味を持ってほしい。

……いや、だって、ウシワカがそういう店ではしゃぐ姿なんか想像したら、普段とのギャップが凄すぎてーー

 

「いや、よそう。今は仕事中ないし出勤中だからな」

 

「はい?」

 

思わず声に出た自制にウシワカが首を傾げる。

……だが、悲しいかな。ウシワカがそんな姿を見せてくれる可能性は宝くじで一等賞を当てるより低い。

 

そんな他愛無い会話&妄想をしているうちに俺たちは合流場所へと辿り着いていた。

駅からそこそこ歩いた距離にある観光スポット、『佐助稲荷』である。

 

ここはその下社にあたる場所で、拝殿正面付近には神社の名前が書かれた(のぼり)が幾つも立てられている。

そこに、リクルートスタイルのレイランの姿があった。

しかしなにやら難しい顔でスマホと睨めっこしていてこちらに気付いている様子はない。

 

「レイラン」

 

数メートルほどの距離で声をかけると、ハッと顔を上げてこちらに視線を向けた。

 

「あらヒデオ、随分早かったわね」

 

いつもの勝気な声音が口から滑り出る。

 

「寄り道しなきゃだいたいこのくらいだろう」

 

「てっきり観光でもしてくるかと思ったから」

 

おいおい、お前の中の俺はどんだけ呑気な脳味噌お花畑野郎なんだよ。

 

「仕事だ、それくらいの分別はある」

 

「どうかしら、ここ数年の貴方は見るに堪えないくらい落ちぶれていたから」

 

相変わらず痛いところを突いてくる。が正論なので何も言い返せないし言い返すつもりもない。

が、俺への悪口と判断したのか傍のウシワカが僅かに殺気立ったので慌てて、牛馬を制する仕草で抑える。どうどう。

 

「……ふーん。ま、その『英傑』は悪くない逸材ね。正直、アンタには勿体ないくらいだわ」

 

「俺が一番分かってるよ……ていうか、急を要する仕事じゃないのか? 呑気におしゃべりしている時間はないと思うんだが」

 

確か、電話では「大至急こっちに来い(意訳)」と言われた気がするんだが。

そのことを指摘すると、レイランは露骨に嫌そうな顔をしてから溜息を吐いた。

 

「とりあえず、討伐隊(私たち)の拠点に連れて行くわ。私の後についてきて。

くれぐれも、はぐれないように」

 

最後の一文が気になるが……問い質す前にさっさと歩いて行くレイランのあとを黙ってついていくことにした。

 

 

下社から右手に続く道の先には、程なく神社名が刻まれた社号標石が立つ。その向こうに続く道には、佐助稲荷の名所の一つである赤鳥居群が見える。

一見して伏見稲荷の千本鳥居にも似ている光景だが、さすがにそれほどの数が建ち並んでいるわけではない。確か五十基ほどだったか。

 

それら道沿いに建ち並ぶ鳥居を潜りながら俺たちは進む。

『拠点』という単語から薄々気付いてはいたが、参道の半ばあたりで『境界を超えた』感覚があった。

と、同時にさっきまで近くを歩いていた一般客の姿が消えていることに気づく。続けて、参道周囲が霧に覆われていることを確認した。

 

「異界か」

 

先導するレイランに声をかける。

すでに参道は、入り口で見た外観とは別物になっており、とっくに本社拝殿に到達する頃合いになっても道は続いていた。

 

「まあね、あとは行けば分かるわ」

 

素っ気ないレイランの返答に素直に従い黙々と参道を進む。

やがて、道の先に長い階段が見えた。

 

この階段も、以前に観光で訪れた佐助稲荷のものとは少し異なっていた。具体的には“より苔むしている”

そして、階段を越えた先にある石鳥居の向こうにようやく『拠点』らしき建物を発見した。

 

 

「着いたわ」

 

短い宣言とともにレイランが振り向く。

その背後に聳えるのは『現実世界』にある拝殿とも本殿とも異なる巨大な社。

全体的に古ぼけた印象を受けるものの、この建物が『霊的概念』で形作られていることは確かだ。

なにより気になるのは、建物の周囲に無数に立つ『白狐』。どれも時折尻尾を振っていることから『生命持つ動体』であると理解する。

 

鳥居の向こうで佇むレイランに倣い、俺たちもその場で待機していると。やがて、建物正面の両扉がゆっくりと開け放たれ中から()()()()()()()()()()が現れた。

 

「っ!!!?」

 

その姿に俺は目を見開いた。

 

……否、あの『不埒なデザイン』は本来の巫女装束ではない。

大衆文化によって精錬された『コスプレファッション』、いわゆる『巫女服』!!

 

 

 

少女は、白い長髪を風に揺らしながら静かに扉前の階段を降り、こちらに歩み寄る。

尼削ぎ、いや、現代的印象を受ける前髪から姫カットと呼ぶべきか。銀に近い『白』を湛えた髪は作り物のように艶やかでクセひとつない。

……が、しかし!! 頭部上方側面にピョコンと生えた二つの『狐耳』、背後でフリフリと揺れている小麦色と白色の見事なコラボレーション&レボリューション、つまりは『尻尾』!

ここから導き出される事実は、これ即ち『狐娘』!!

 

 

「……孫子曰く狐っ子!!!!」

 

「は?」

 

「はい?」

 

「え?」

 

我を忘れて思わず叫んだ俺に、三人が揃って声を上げた。

その声ですぐにハッと我に返る。

 

……我に返ったところで失態を取り戻せるとは限らない。

ふと周囲を見渡せば、『養豚場の豚を見るような目』を向けるレイラン。『掃き溜めを見るような目』を向けるウシワカ。

ひたすらにポカンとしている『狐っ娘』。

 

 

 

 

「……狐っ娘はかわいい」

 

八方塞がりな窮地に至って、俺は思考停止した。

 

『なあ、お主。ワシのこと、忘れておらんか』

 

『高校生』以来の黒歴史の発露に絶望する俺の脳内に、COMP内の仲魔から『念話』が送られてきた。

 




前々から気になっていた仙狐さん観た。
可愛いが過ぎて泣いた。
ふと、俺の部屋にはいないことに気付いて泣いた。

あーあ、俺のとこにものじゃロリ狐娘来ないかなぁ。



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接敵

天逆鉾とか黄泉津大神とか、親しみ深い単語が出て嬉しくなりました。
エリセちゃん、女神転生しちゃう……?



佐助稲荷。

伊豆に配流(はいる)されていた頼朝の夢枕に立ち、平氏打倒の挙兵を促したとされる稲荷だ。

そして、皆知っての通り頼朝は配流された身から将軍の地位に昇り詰め鎌倉幕府を起こすまでに出世した。

 

このことから以前述べた御利益を期待された『出世稲荷』という別名を有するに至る。

 

見事に世を制した頼朝は、夢枕に立った稲荷の祠を探し出しそこに神社を建てた。

名称の由来については、右兵衛権佐であった頼朝を助けたことから『佐助』、或いはこの地に三人の介の屋敷があったことから『三介ガ谷』と呼ばれたものが変化したなどと言われているが、そこらへんはどうでもいい。

問題は、この白髪狐娘が『佐助稲荷』を名乗っていることにある。

 

 

 

「いくら否定しても事実は変わらないわ」

 

「いや、別に文句があるわけじゃないんだ。寧ろ、眼福だ」

 

レイランからの紹介を受けて、彼女が確かに稲荷であることは理解した。

だが、逸話の中で出てくる佐助稲荷は『老人』である。その先入観というかイメージが強すぎて、未だ目の前の美少女を同一神として見ることに違和感を覚えてしまう。

 

しかし、伝承と異なる性別だったなんてのは珍しいことじゃない。

ウシワカが良い例である。

それに伝説は伝説。証拠のある事象でない限りはそういう可能性というのもあって然るべきだろう。

……と、俺は自分を納得させた。

 

「……なに? ワタシが稲荷であることがそんなに気に食わない?」

 

そんな俺に件の狐娘が不機嫌そうに声をかけてきた。

 

「そんなことはない。いずれにしろ俺たちに協力してくれているのなら感謝の意を示すべきだろう」

 

レイランの説明によれば、彼女・佐助稲荷は『葛葉』とは以前から協力関係にあり、有事の際は支援をする契約を結んでいるらしい。

なので今回の涅槃台討伐において拠点として自らの『住処』を貸し出しているのだという。

 

「“銀子”の要請だからね、断るはずもないわ」

 

狐娘は好戦的な笑みで応える。

……なんだろう、この空間における勝気少女の割合がすごい気がする。

 

伊達に頼朝へ挙兵を促していない、ということか。

血の気が多い性格のようだ。

 

「ほかのメンバーは出払ってるから私の方で示し合わせておくわ」

 

つかつかと巨大社の中へと入っていくレイラン。

俺もその後に続く。

 

「では、お邪魔します」

 

一応、主人たる狐娘に軽く会釈する。

 

「うむ!」

 

元気に応える狐娘を横目に、俺は社内部に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

霞んだ色の木材で形作られる内装は、さながら御殿のような有様だった。ただ、経年劣化による変色を果たした木材で統一された様子は有り体に『幽霊屋敷』。……に見えなくもない。

まあ、稲荷“神”の住処なのだから広義では間違っていない。

 

壁には蝋燭が掛けられているが、灯火から特徴的な魔力が感じ取れることからこれは『狐火』とわかる。

広々とした空間の奥には、豪奢な造りの祭壇らしきものが見受けられた。そこには御幣(ごへい)の付いた台に乗せられた大量の油揚げが……。

供物かな?

 

「気付いてると思うけど、ここの結界は強力よ。なにせ、祠時代の結界に加えて『頼朝公』の手配した千年モノの結界があるからね」

 

レイランが説明してくれた。

ごめん、正直言うとさっきの狐娘の衝撃が強すぎて全然気付かなかったわ。

 

……なんて考えていると、再びCOMPから『念話』による抗議が飛んできたが華麗にスルー。

だって、下手に外に出すと脱走しかねないからな。

 

と。

 

「あ、兄上が!?」

 

突然、ウシワカが身を乗り出しながら食い付いてきた。

レイランがいたからか、これまでずっとダンマリだったのでビクッと驚いてしまった。

 

「ええ! 千年近く前にあの人間が連れてきた『術師』が作った特製よ! “ワタシのおじいちゃん”も絶賛してるわ!」

 

話を聞くに、凄いのはその術師だろうに、なぜか狐娘の方が自慢げに語っている。

 

「い、稲荷どの? もしや兄上と面識が?」

 

「あるわよ? だって、その時対応したのはワタシのおじいちゃん。つまりは先代だからね!」

 

むふーん、と誇らしげに語る狐娘。

……だが、なんとなく違和感の正体がわかってきた。

 

「……ちなみに、いつ頃代替わりしたんだ?」

 

「ここの『稲荷』のこと? 先月よ」

 

先月。

つまり稲荷神になってから一月の新“神”さんということか。

 

あっけらかんとする狐娘と対照的に、レイランは少し不安そうな表情を浮かべていた。

 

「私たちがここに協力を求めた時に、ちょうど『継承』を終えたところだったのよ……まったく、嬉しくない偶然ね」

 

「なによ、レイラン。あんたもワタシが稲荷じゃ不満なの?」

 

すかさず食ってかかる狐娘だが、そいつに喧嘩売るのはやめといた方がいいと思う……。

 

などと心配してみたが、意外なことにレイランの方が引き下がる。

 

「……言い方が悪かったわ、単に先代が相手ならスムーズに交渉が進んだと思っただけよ」

 

さすがに社を借りてる身ゆえに遠慮したのか。いや、レイランにしては我慢した方だし偉いと思うぞ。

 

「成長してるんだな」

 

初めてレイさんのもとで会った時は、チンチクリンの童女だったのに。

 

「あ?」

 

しかし、素直な感想を口に出せばもの凄い殺気を込めた眼光が飛んでくる。これは人を殺せる視線。

 

 

 

 

 

その後、レイランと討伐作戦の詳細について話し合った。

 

まず、目撃情報があったエリアを俺たちだけで哨戒、涅槃台を誘き出す。奴を釣り上げられたなら、即座にレイラン他捜索に出払っているサマナーたちへと連絡、総攻撃で撃破するというのが大まかな流れ。

……ということは、援軍が来るまでは俺と、仲魔たちだけで奴を足止めしなければならないわけで。

 

正直な話、成功する気がしない。

前回撃退できたのは、奴が油断していたからであって、本気のアイツとやり合って時間稼ぎなんて、とてもではないが不可能だと思う。

俺の『ヒートライザ』だって、そう何度も連発できるものじゃないし、なにより奴もこちらへの対策を用意しているはずである。

 

唯一、奴と拮抗できそうなのはウシワカだけだが。それも俺の強化魔法込みでの打算でしかない。

そもそも、奴の異常な魔力・霊力をどうにかしない限りは“パワー負け”は必至。アレと正面からやり合えるのは神族くらいだ。

 

「……とはいえ、ここで奴を仕留められるなら仕留めておきたい」

 

「私もそう思うわ。……奴がいくら隠密に長けていようと、協会きってのサマナーたちが探して見つけられなかった事実は大きいわ。

当然、そこには何らかの『カラクリ』があるんでしょうけど。

 

それを探ぐるにしても、一度、奴と戦ってみないことには分からないことだらけよ」

 

百聞は一見にしかず。

いや、そもそもの『情報』からして不足している現状ではやはりここでもう一度直接相対しなければならないか。

 

心底、心底嫌だが、仕方ない。

 

俺は腹を決めて作戦の承諾を告げた。

 

 

 

 

 

 

そうと決まれば善は急げ、もたもたしていて奴に逃げられたらシャレにならない。まあ、これがあからさまな罠である以上、奴の方から逃げるとは思えないが。

 

とりあえず、出る前に準備できる『魔術』に関しては『術式』だけ組んで、魔術媒体として数枚持ち込んでいた『お札』に詰め込んでおく。

いつものCOMPがない以上はこうして何らかの形で魔術のストックを用意しておかないと大変だ。

今使っているスマホが容量の関係で登録魔法に制限があることから、登録は十分に吟味して行っている。

が、戦いとは常に何が起こるか分からない怖いところだ。想定しうる戦況に応じて使える魔術はいくら用意しても足りない。

 

こういう用意をしておかないと、この前の涅槃台の時みたいなピンチに陥ってしまうから。

 

レイランから得た情報から、起きる可能性の高い戦況を想定した魔術をピックアップして準備しておいた。

それ以外にも家から準備しておいたモノが数枚ある。

 

準備は万端だ。

 

 

 

ちなみに、俺がレイランと真剣に作戦会議をしている間。ウシワカは狐娘と『頼朝公』の話題を通じて大盛り上がりしていた。

……まあ、緊張されても困るし、せっかくの鎌倉で観光させてやれない埋め合わせとしては良かったと思う。

 

ウシワカに限って、緊張するなんてことないだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは“サスケ殿”、次お会いする時はもっと兄上の話を聞かせてください!」

 

「もちろんよ! おじいちゃんの親友のお話なら一晩だって語り尽くせるわ!」

 

大きく手を振るウシワカに、狐娘改め『二代目サスケ』が同じくらい大きく手を振り返す。

……というか、サスケちゃんも相当な『頼朝ガチ勢』っぽいな。

どうりでうちのウシワカとあれだけ盛り上がれるわけだ。

 

 

 

サスケちゃんから教わったルートを通って、異界から現実世界へと帰還する。

佐助稲荷の異界は、どうやら『隠里稲荷』とも繋がっているらしく。帰還した場所は『隠里稲荷』の鳥居前だった。

 

線路沿いの細道、向こう側には現代建築の住宅建ち並び静かな雰囲気の中にある。

 

 

とりあえずスマホで現在地及び周辺の地図を確認する。

 

「目撃情報があったのは『扇ヶ谷(おうぎがやつ)』、お前の時代で言えば『亀ヶ谷(かめがやつ)』か」

 

「ああ、それなら知っています。……ですが、こうまで様変わりしていると何処がどこやら」

 

まあ、千年近く経ってるしそうなるな。

 

「幸い、ここからすぐのエリアだ。歩いていくぞ」

 

「はい!」

 

 

静かな住宅街を、ウシワカと二人で歩く。

観光名所が続くエリアと対照的に、住宅地は静寂に包まれている。

 

もし、ここで戦闘になれば一般人に目撃されるどころの話ではない。

なので、俺も一応『結界』を張る『お札』を数枚用意している。また、この結界は単純に身を守る術としても使えるので結構便利だ。

 

まあ、涅槃台とて下手に世間の注目を集めて“天使に目をつけられる”のは避けるだろうと思う。

これはダークサマナーに限らず、すべての『神秘に触れる者たち』に共通する暗黙の了解。即ち、“一般社会に神秘を漏洩しない”という基本原則。

『現世界の秩序の番人』を僭称する奴ら『天使』は、神たる主が創ったこの世界の秩序を乱す者を決して許さない。

特に、神が『悪魔』として貶めた古き神々の復権に関わる事柄には殊更敏感だ。つまり、今の世界を『神代』に戻そうとする輩には総力を上げて徹底排除に乗り出す。

神秘の漏洩とは、それほどまでに重大なタブーなのである。

 

 

 

 

 

と、歩きながら考えていた時だった。

 

 

ゾクリ、と一瞬にして背筋を駆け抜けた悪寒。

続けて暴力的なまでの『魔力』が肌に叩きつけられた。

 

ある一方向から断続的に、禍々しいまでの濃密な『悪意』が魔力となって押し寄せてくる。

 

「主殿!!」

 

すかさず『変身』して抜刀するウシワカ。

 

「ああ、どうやら現れたようだ。が……」

 

どうにも、こちらに向けて放たれたモノではないように思える。

なんというか、無差別的に全方位へと放射するような魔力の流れ。

 

「……どうも嫌な予感がする、ウシワカ急ぐぞ」

 

「承知!」

 

『スクカジャ』で強化したスピードで、一気に魔力の出所まで駆ける。その背を俊敏に長けたウシワカが遅れることなく付いてきた。

 

 

……しかし、今も感じる魔力からは妙に“嫌な感じ”が伝わってくる。なにやら“曰く付き”らしい。

 

念のために移動しながら『ラクカジャ』『タルカジャ』、おまけに『テトラジャ』も掛けておく。もちろん俺とウシワカの両方にだ。

 

ちょうどバフを掛け終わったところで、目的の場所に到達した。

 

そこは鎌倉の中でも比較的マイナーな場所でありながら、源氏にとって確かな縁のある史跡。

 

住宅街の只中にポツンと立つ『地蔵堂』だ。

普段なら特に賑わうこともない静かな場所、だが、今は『呪い』にも似た禍々しい魔力が辺りを覆い、その中心に二人の人影があった。

 

一人は、こちらのお目当てでもある『涅槃台』。

もう一人は、上質な着物を纏った矮躯の少女だ。

 

 

ーーしかし、一目で気付く。

あの少女こそが、この悪意に満ちた魔力の根源であることに。

 

 

「っ、うかつに出るなウシワカ!」

 

早速突撃しようとしたウシワカを慌てて制する。

上手く言えないが、あの少女は『危険』だ、無闇矢鱈に“触れるべきではない”。

 

と、そんな俺の焦燥を他所に。逆に少女の方からウシワカに声がかけられた。

 

「あ、ら? 貴女、もしかして……義経様じゃありませんか?」

 

「?」

 

何かを思い出したような顔をする少女に対し、ウシワカはキョトンとした顔をしている。

 

「知り合いか?」

 

「いえ……生憎と記憶にはありません」

 

ということは少女の方が一方的に顔を知っていると。

 

だが、次の会話でウシワカが放った言葉ですぐに彼女の正体に辿り着いた。

 

 

「ああ、この姿では分かりませんよね。貴女が“死んだ”のは私がまだ幼い頃ーー」

 

「っ!!!! もしや、“大姫様”か!?」

 

ハッとしたウシワカが珍しく驚愕の表情を浮かべて声を出した。大姫と呼ばれた少女は、その様を愉しそうな笑みで眺める。

 

「大姫だと……?」

 

ウシワカの関係者で、大姫というと……いや、それ以前に。“この地蔵堂の近くにいる”という時点で正体ははっきりしている。

とはいえ、果たして彼女は『怨霊』なのか、はたまた別の『悪魔』なのか。今の彼女の『状態』は気になるところだが。

 

 

 

頼朝公と北条政子の長女、『大姫』。

その生誕は、頼朝公がまだ配流されていた時期にまで遡り、彼の激動の人生の殆どを共にしてきた愛娘。

生来より病弱な身体であったものの、両親の愛を受け幸せな幼少期を過ごしたことだろう。

 

だが、彼女の逸話で最も有名なのは、その悲惨なまでの『悲恋』。

 

 

彼女が六歳かそこらの時分、当時頼朝公と対立していた源義仲との和解の証として義仲の息子が人質として送られてきた。

表向きは、その息子と大姫を『許婚』とし、その顔合わせや交流を目的としていたが、当時の両源氏の関係を知っている者たちにとってはそれが名目上でしかないことなど明白だ。

 

ところが、この二人、未だ幼いこともあってかすぐに仲良くなり周囲が微笑ましく感じるほど良好な関係を築いた。

 

ーーだが、『悲恋』である以上はこの二人の仲も長くは続かなかった。

 

 

 

 

 

 

「ああ、思い出してくれましたか? ええ、ええ! そうですとも。

貴女が『義仲公を討った所為で』、愛しきあの御方と引き裂かれることとなった、大姫でございますとも」

 

少女は、にんまりと笑った。

親しみを与える笑みではない、怒りと愉悦と絶望に塗れた悍しい狂気の滲む笑みだ。

 

その瞳が『悪意に満ち』、全身からは怨念が溢れ出ている。

 

どう見ても『普通ではない』。

となれば、理由は明白だ。

 

「なにをした、涅槃台?」

 

この場でもっとも怪しい存在である奴へと問いを投げる。素直に吐くとも思えないが、いずれにしろこちらからアクションを起こさねば。

どうにも、大姫から溢れる『悪意』は『呪い』の類らしく、ジッとしているとじわじわとこちらの気力を削り取ってくるのだ。

 

「しれたこと。私は殿下がもっとも望まれる『形』を用意しただけですよ。ねぇ、姫殿下?」

 

「そうね、この方は私に“好きにしていい”と仰ってくれたわ。

その言葉を、私がどれだけ欲していたことか。

 

……義経様、貴女なら、分かるでしょう? 分かっておいででしょう? その上で、私の願いを“踏みにじった”のだから!」

 

段々と語気を強める彼女だが、その顔は常に笑顔だった。

怨念を『呪い』として体現するような悍しい笑み。

 

……と、いつまでも気圧されている訳にもいかない。

俺はすぐにポケットの中でスマホを操作してレイランにメッセージを送った。

即座に連絡できるように用意しておいたメールの下書き、それを送信したのだ。

 

あとは、どうにかこの二名を抑えて援軍を待つのみ。

そこが一番の難所だがーー

 

 

 

 

 

「分かりませぬ」

 

ーーふと、耳に届いたのは清々しいまでに『空気の読めない』一言だった。

 

これには、先ほどからネチネチとウシワカに語り掛けていた大姫を始め、俺や涅槃台すらも目を見開き驚いた。

 

だって、その一言は、微塵も大姫の気持ちを考慮していなかったのだから。

 

「今の我が主人は“この御方”です。敵対しようとするならば、考えるまでもなく貴女は私の敵だ」

 

恥ずかしげもなく宣言するウシワカだが、さすがにそれはズレているどころの話ではない。俺もちょっと引いた。と、同時にやはり嬉しくも思ってしまう。

 

一方、迷いなく真っ直ぐに告げられた言葉に大姫は、一瞬の停止のあと烈火の如き怒りを見せた。

 

「あは、あははははははは!!!!

さすがは義経様! いえ、今は牛若丸殿でしたね!

その厚顔無恥、慇懃無礼。貴女らしくてとても……ええ、とても。

 

憎たらしい!!」

 

直後、彼女の背後からまるでオーラのように立ち昇っていた『黒い霧』が指向性を持って放たれた。狙いは当然、ウシワカ。

 

「主殿、ここはウシワカにお任せを! 主殿は『奴』を!」

 

得意のスピードで難なく霧を躱したウシワカは、霧の追尾を避けるべく動き回りながら告げた。

しかし、その提案はあまりに無茶だった。

 

「は!? 俺だけで戦える訳ないだろ!?」

 

「いいえ、貴方ならできるはずです! 主殿に召喚されてしばらく、共に戦って参りましたが。貴方は本当はもっとお強い」

 

全般の信頼を置いた目で、ウシワカは一瞬だけ俺を見た。

……だが、その目は俺にとってなによりも『痛い』ものだ。

 

「俺には……無理だ」

 

ダメなんだ。俺には絶対にできないことだ。

自分より強い相手とか、勝てるわけない。

……だから、その()()()()()()はやめてくれ。

 

『阿呆! 目の前じゃ!』

 

鬱屈とした感情に苛まれる俺の脳内に、オサキの念話が響いた。

咄嗟に正面の視界へ意識を戻すと、眼前に刃の付けられた“大きく長い手”が迫っていた。勢いのついたラリアット。

 

俺は慌てて上体を後ろに傾けることで紙一重、躱すことに成功。すぐに後退して距離を取った。

 

改めて視線を向ければ、そこには“異常に手の長い人型”と“異常に足の長い人型”が立っていた。いや、手の長い方は両手を地につけて立っている。

 

「手長足長……」

 

思い当たる妖怪の名前を呟いたところで、彼らの背後にもう二体の悪魔が存在することに気付く。

 

一方は“巨大な骸骨”、もう一方は“青白い煙状の首なし馬に乗った毛むくじゃらの人型”。

 

両方ともに特徴の一致する“妖怪”を知っている。

 

「ガシャドクロに『夜行(ヤコウ)』……妖怪のバーゲンセールだな!」

 

ヤケクソ気味に声を出しながらホルスターの銃を引き抜き構える。

装填された弾丸は対魔加工の通常弾だが、そこらの悪魔なら問題なく消滅せしめる力を有す。

 

ただ、あの涅槃台の仲魔である以上は当然、『普通の悪魔』ではないらしく。手長が軽く片手をスイングすることで弾丸は打ち落とされた。

 

そこまでは分かり切ったこと。

奴らが銃撃に対処する僅かな隙をついて俺は仲魔を召喚した。

 

 

いつもの魔法陣から三体の仲魔が召喚される。

 

「おいおい、“一匹”足りておらんぞ」

 

召喚早々にオサキが嫌そうな顔で告げる。

確かに数的有利はあちらにあり、こちらの仲魔の大半は『後衛要員』だ。

ウシワカがいればまた違ったが、今は『大姫と思しき悪魔』との戦闘で手一杯の様子。

 

ここは、俺が前に出るしかない。

 

「手長足長は俺が引き受けた。残りの二体はお前らでなんとかしろ」

 

「随分な指示じゃな。……じゃが、なんとかやってみよう」

 

「引キ受ケタ」

 

オサキ、イヌガミの返答を受け俺は抜刀する。

そして“タルカジャ”“ラクカジャ”“スクカジャ”を重ね掛け、攻撃体制に入った手長足長を目視し、即座に駆けた。

 




超人ドーマンの話まだかなぁ。


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同時襲来

神仏習合と神仏分離の歴史はややこしいから、もしかしたら間違ってるかもしれないっす。
その時は優しく教えてほしいっす。

正直、権現の概念が少し不安。

まあ、勢いで書いていくんで。
よろしく!!(クソデカボイス


手長足長の連携は完璧だった。

 

 

「くそったれ!」

 

悪態を吐きつつ刀を振るう。

バフを上乗せした攻撃に、さしもの奴らも抗いきれない。

 

……のだが、片方を仕留められそうな絶妙なタイミングでもう片方からの援護が飛んでくる。

数合やり合っただけでも、奴ら単体の戦闘能力よりも俺が上なのは分かっている。

しかし、二体の連携は単純な戦闘力を上回るほどの脅威だった。

 

ゆえにこうして攻めきれずにいる。

 

 

「うおっ!?」

 

隙を見せた手長に斬撃を加えようとしたところ、横ばいから足長の回し蹴りが飛んできた。

慌てて飛び退き、なんとか奴の足に取り付けられた刃から逃れる。

 

左手で銃を抜き発砲。

弾切れと同時に、空のマガジンを抜き同じ手で新しいマガジンを膝に立てて素早くリロードする。

 

その間、手長足長は手と足を用いて銃弾全てを捌いていた。

 

 

「埒があかない」

 

余力を残すために、身体に負担が掛からないほどに強化魔法を掛けたにも関わらず、たかが二匹を始末できない。

一方で、ヤコウ、ガシャドクロ、涅槃台を相手にする仲魔の方はすでに壊滅寸前になっていた。

 

「まだか主よ! もう保たないぞ!」

 

「サマナー、我ノ“鎖”ヲ解クガ良イ」

 

オサキの泣き言に加えて、イヌガミから提案が飛んできた。しかしそれは到底承服できるものではない。

 

「これは出し惜しみしてる場合じゃないな……!」

 

意を決して、俺は切り札の一枚を切ることにした。

 

 

敢えて仁王立ちで待機し、手長足長の攻撃を待つ。

 

突然停止した俺に警戒しながらも二体は交互に攻撃を加えてくる。

即ち、刃の付いた長腕と長脚だ。

 

初手に繰り出されたラリアットが当たる寸前に、懐から家で用意していた札を取り出してスイッチを押す。

 

「“テトラカーン”」

 

俺の詠唱(スイッチ)に反応して、瞬時に俺の前面に不可視の膜が張られた。

その表面へと手長のラリアットが直撃。

 

「っ!?」

 

瞬間、刃が弾かれると共に手長の胴体にバッサリと斬り傷が刻まれた。深々と切り開かれた傷からは遅れて夥しい量の鮮血が溢れ出す。

それは手長の攻撃がそのまま自身に跳ね返ったことを意味する。

即ち、物理反射結界である。

 

応じて、ゆっくりと仰け反る手長。しかし、相棒の惨状を見た足長が即座にこちらに回し蹴りを行ってきた。

 

だが、単体の戦闘力はたかが知れている。

 

難なく躱して脚部に斬撃を加えた。

 

「っ!!」

 

片足を両断された足長はバランスを崩して倒れ込む、そこへすかさず飛びかかり、無防備な胸部に鋒を突き立てた。

 

ざくり、と貫通した刃をそのまま上へと引っ張り頭頂部から真っ二つに切り裂いた。

 

足長はビクビクと痙攣してすぐに生き絶える。

俺はすぐに、弱っている手長に近寄り横へ一閃、両腕ごと胴体を斬り裂いた。

 

 

勢い付いた俺はその勢いのままに、仲魔たちが奮闘する場所にまで駆ける。

そこでようやく気付いたが、空の様子がどうもおかしい。よく見れば街並み含めた風景全てが赤黒く歪んでおりここがすでに『異界化』している事実を理解した。

 

だが、そんなのはどうでもいい。

 

見れば仲魔たちは、皆一様にボロボロでオサキの幻術とイヌガミの怒涛の魔法連発で辛うじて身を守っている様子だ。

そして、今まさに無防備なクダの肢体に向けてガシャドクロの巨大な手が振り下ろされようとした。

 

 

「クダ!!!!」

 

強化されたスピードでクダに一直線、その身体を抱え上げて転がるようにその場から離れる。

間一髪、骨の手が地面に叩きつけられアスファルトを粉砕しながらクレーターを作り上げた。

 

「大丈夫か、クダ?」

 

「ン……アア、問題ナイ」

 

抱えたクダに目を向け確認すると、なぜかクダは頬を染めながら視線を背けた。なんなんだ、その反応。

……いやすまん、俺にケモナー趣味はないんだ。

 

ひとまずボロボロなクダにはCOMPに戻るように告げるが。

 

「イヤ、マダ、ヤレル」

 

なんでか妙なやる気を出して大人しく戻ろうとしない。

無理やり戻してもいいが、今後を考えるとやりたくない。

 

どうしたものか。

 

「主よ!! 限界じゃぞ!」

 

怒声のようなオサキの叫び声を受けて、仲魔のピンチを思い出した。おまけに一体抜けたことでいよいよヤバイ戦況になっているんだろう。いや寧ろよく持ち堪えた。

 

とりあえずクダを一旦下ろそうとして、“彼女”の小さな足で首をてしっ! っと叩かれた。

俺が抗議をする前に続けてクダが告げる。

 

「我ヲ、纏エ」

 

「“飯綱法”か? いや、でもアレはーー」

 

「四ノ五ノ言ワズニ、ヤレ」

 

いつになく真剣な声音に、俺もクダの覚悟を感じた。

 

「……分かった」

 

俺は指先に魔力を集中させ、懐から取り出した『白紙の札』へと『飯綱法』の術式を書き込んでいく。

 

 

信濃国は飯綱山に伝わる『飯綱権現』が授けるとされた『飯綱法』。

管狐の別称たる『いづな』を操る術として修験者などを中心に習得されてきた妖術の類だ。

主に戦勝の神として武将を中心に厚く信仰され、江戸時代には高尾山の寺院が徳川の庇護化にも入っているが、飯綱信仰自体は内容が多岐に渡って複雑化している関係で未だに全容は解明されていない。

 

 

まあ、要するに飯綱法は会得した術者が扱う魔法みたいなものである。

 

 

 

「“オン チラチラヤ ソワカ”」

 

真言を唱え、印を結ぶ。術式の書かれた札が輝き燃え尽きて、クダの身体はくるくると俺に巻きついてきた。

やがて、俺の身体と溶け合うようにして馴染んでいく。

 

飯綱法の一つ、『纏』の術だ。

術師が適切に育てることで“七十五匹に増えるとされる”管狐だが、実態はMAGを溜め込むことによる分裂が正しい。つまり、成長した管狐は身体を自在に変化させることができるということ。

 

ならば、溜め込んだMAGをそのままに術者に“纏わせる”ことで強力な補助効果を齎すことも可能なのだ。

対象の能力を上昇させる一種の『礼装』のようなものである。

 

加えて、纏った状態ならば管狐の能力を自分のものとして自由に扱うことも可能となる。

 

要するに、ヒデオ・クダモードという奴だ。

 

 

 

馴染んだクダは、青いオーラのような靄のような形で俺の身体を取り巻いている。

手を握って開く動作を繰り返して確認したが、術は完璧に成功している。正直な話、久々だったので上手くできるか心配だったのだ。

いや、この場合はクダがーー

 

「と、そんなこと考えてる暇はないな」

 

再度、戦闘の中へと狙いを定めて突撃する。

強化魔法に加えてクダからの“ブースト”を受けた脚力は凄まじく、瞬きの間に数十mの距離を跳躍する。

 

その勢いを乗せて、仲魔たちに意識を向けているガシャドクロに大振りの横薙ぎを加えた。

 

「っらぁぁぁぁ!!」

 

どでかい(まと)でしかない頭部、そのこめかみに直撃した刃は頭骨を粉砕しながら横に抜ける。

 

バラバラと骨片を落としながらぐらりと傾くガシャドクロの巨体。

骨の身体が倒れるまでの間に仲魔たちのもとに着地する。

 

着地早々に、オサキが駆け寄ってきた。

 

「遅いぞ!! もう少しで八つ裂きのぺしゃんこにされるところじゃったわ!!」

 

地団駄踏みながらプンスカするオサキはちょっと微笑ましい。

が、着物は破れ肌は幾つもの傷が刻まれており痛ましさの方が大きい。

 

 

俺が増援に来たことで、相手方は様子を伺うことにしたらしく警戒したままジリジリと距離を取っていた。

 

一方、涅槃台だけは楽しそうな笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってくる。

 

「まだ隠し球があったんですか? やれやれ、出し惜しみのお好きな方だ」

 

肩を竦める動作は一見して油断の塊だが、よく観察すればそこに隙などないことは分かる。

また、前回の油断を払拭するように奴の身体からは“大姫のモノと同じ”黒い靄のようなものが立ち昇り異様な魔力量を見せつけてくる。

否が応でも、今回の涅槃台が『本気』であることを思い知らされる。

 

くるり、と回転させた錫杖を構えて涅槃台は続ける。

 

「ガシャドクロ、戻りなさい。傷ついた貴方ではこの先は荷が重い、私とヤコウで殲滅します」

 

「……分カッタ」

 

渋々、といった様子で送還されるガシャドクロ。光に変換された身体は、涅槃台の腰にぶら下がる“小瓶”の中へと仕舞われた。

 

光の収まった小瓶にキュッとコルクを締めた涅槃台は、ゆっくりと腰を落とした。

応じて、奴の背後に控えていたヤコウも隣に並び立つ。

 

「“我が師・テンメイ”より授かった()()、私が幼少の(みぎり)より鍛え続けた()()()()()()()()

存分に味わってもらいましょう」

 

獰猛な笑みを浮かべ、奴は襲いかかってきた。

 

併せて、ヤコウも突撃してくる。

 

 

「オサキは幻術で援護! イヌガミはアギ系で俺の援護を頼む。

前衛は俺一人で十分だ」

 

というか任せられそうにない。

とにかく、二体を仲魔に近寄らせるわけにはいかないので奴らの突撃に合わせるように刀を構えて立ち向かう。

 

と、先行してきたヤコウには『青い炎』を放って足止め。狐火の亜種にあたる“能力”だが、クダモードの俺はあいつの技を自分のものとして扱うことができる。

 

 

「そぅら!」

 

声に反応して視線を向けると、楽しそうな笑顔で涅槃台が錫杖を突き出してくる。

バフに加えて飯綱法による強化を経ても、その速度は目を見張るほどのものだ。

慌てて刀を合わせて攻撃を逸らした。

 

だが、奴は即座に錫杖を横薙ぎにしてきた。

 

「ぐっ!」

 

続け様に技を叩き込んでくる。が、俺でもなんとか対処できる。というよりクダを纏ったことで俺の動きに、クダのサポート……『青い炎』による援護が入る。

 

そのおかげで、涅槃台の達人並みの杖術にも対抗できていた。

 

「ほう、それはもしや“飯綱権現”の授けし妖術……」

 

巧みな杖捌きの最中にも奴は余裕を持った声音で語りかけてくる。こっちは返事もできないほどに切羽詰まってるってのに。

 

やがて、ヤコウを包んでいた青い炎が掻き消された。

と同時にヤコウは、イヌガミ、オサキの方へと方向転換する。

 

「くそっ!」

 

前衛は任せろ、と啖呵を切って早々に突破されるなんて情けなさ過ぎる。

とはいえ、涅槃台の実力は予想以上だ。いっそ惚れ惚れするほどの杖術の腕前に加えて、時折混ぜられる『密教系魔術』による攻撃が地味に痛い。

具体的な術理は不明だが、おそらくは『ハマ系』の術式。

 

それらを巧みに織り交ぜて杖を叩き込んでくる。

 

「ははっ、やはり弱いですなヒデオ殿! 以前に風の噂で聞いた“天使使いのサマナー”としての戦歴、その足元にも及ばぬ体たらくだ!

いったい、何があったというのです? 実力あるサマナーが力を落とすなど、そうそうあることでも無い」

 

「っ、ごちゃごちゃうるせぇ!」

 

奴の杖による攻撃のわずかな隙を狙って、懐から『札』を取り出す。これも家から持ってきた『切り札』の一つ。

そこに書き込まれた術式は『緊縛』を為すモノ。

 

「オン マカ キャロニキャ ソワカ!」

 

スイッチに応じて込められた術が発動する。魔法カテゴリで表すならば『シバブー』に相当する、がその中でも特別“強力”な術式を使っている。なぜならば、涅槃台という“術に長けたサマナー”にも効果を与えるようにするため。

このために、即席で使える他の緊縛術ではなくわざわざ札に書き込む面倒をかけたのだ。

 

「ぬぅ!?」

 

札が燃え尽きると同時に飛び出してきた“魔力の糸”は、目にも止まらぬ速さで涅槃台へと巻き付いた。

そして、全身を締め上げると共に糸から“注連縄”へと姿を変える。

 

「なっ、こ、これは!」

 

日本の神社でも、大きなところではよく見かける注連縄。その意味は“神域への境界を表す”と同時に“立ち入り禁止”を意味することもある。

つまりは“其方と此方の境目”であり、そうであるならば当然、“其方からも”手を出せない。

 

「ちっ……この術式、『菊理姫』の祝詞を混ぜているな?」

 

御明察。

菊理姫は、イザナギ&イザナミの黄泉比良坂での夫婦喧嘩で出てくる女神様だが。この女神様、なんと夫婦喧嘩の仲裁を行なって見事にその場を治めてしまった口上手なのだ。

そのことから、縁結びやらのご利益を司る女神様として厚い信仰を受けていたりする。

一方で、神仏習合の折に白山信仰と融合して『白山権現』の一柱になっていたりもする。

先のスイッチは、白山権現の方の真言(マントラ)だ。

 

まあ、要するに。俺が今回使った術の力は『くくる』ことに定評のある菊理姫の力を、白山権現の方から持ってきたということ。

 

俺が知る中でも上位にある『緊縛術式』の中に、くくる、という概念において強い影響力を有する菊理姫の祝詞を加えることでより強固な“結界”を形成することができる。

 

その結果が今も涅槃台を縛り上げている注連縄である。

 

 

ただ、其方から手出しできないならば、やはり此方からも手出しはできない。

それに、俺程度が作った術式など涅槃台であれば解除することも不可能では無いと予想する。

 

だからこれは時間稼ぎだ。

奴が身動きできない間に、ヤコウを仕留めるための。

 

 

 

仲魔たちの方を見れば、騎乗する馬を操って猛攻を加えてくるヤコウに対し。イヌガミが前衛を務め、その背後で幻術と『呪術』を使って援護するオサキ。

しかし、やはり両名ともに『リミッター』を付けた状態では明らかに力不足。不利な戦況だった。

 

なので考えるまでもなく、すぐさまそちらに駆け寄り、ヤコウの横ばいから斬撃をお見舞いした。

 

「っ!!」

 

クダモードになってからの飛躍的な能力向上に、ヤコウは反応出来ずまともに斬撃を受けた。横っ腹を掻っ捌く一撃。

だが、悪魔はその程度で死にはしない。

 

「小癪ナ!!」

 

すぐに態勢を立て直し、馬の蹄でこちらを攻撃してくる。

それを躱して、再び刀を振るう。

 

しかし、どうもコイツは“手練れ”らしく紙一重の差で躱されそのまま距離を取る。

その間に、こちらもオサキたちと合流した。

 

「おい」

 

「まあ待て、あっさり突破されたのは謝る。だから今はヤコウを片付けることに協力してもらいたい。

いけるな、イヌガミ?」

 

今にも飛びかかってきそうなオサキを宥めながらイヌガミに声をかける。

ところが、どうにも“鎖”が外れかけているらしく。()()()()()()()()()()()()()()()()()敵を睨んでいる。

 

「イヌガミ……おい!」

 

「ン……サマナー、カ。何用ダ?」

 

何度か呼びかけてようやくこちらに気が付いた。その時には表情もいつものなんとも言えないモノに戻っていた。

 

「いや……とにかく、ヤコウに攻勢をかける。魔法で援護できるか?」

 

「無論ダ、ソモソモ、前衛ナド、()()()()デハ無茶ダ」

 

分かってる。だから、お前の“鎖”が外れる前にさっさとケリをつけてしまおう。

 

「……っていうか、レイランたちはまだ着かないのか!?」

 

メールを送ってからかれこれ三十分は経過している。

常人ならいざ知らず。あいつらは『人外』のサマナー連中だ。奴らの拠点たる佐助稲荷からもそう遠くない。

それがこうも遅れているとなるとーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーヒデオたちが涅槃台と交戦する一方、メールを受けて一目散に稲荷神社を発ったレイランたちも『敵と交戦』していた。

 

ヒデオたちがいる『地蔵堂』から北に三㎞ほど。

とある『寺院』の敷地内にある丘の上にて、彼女らは『敵悪魔』と相対していた。

 

 

というのも、メールを受けてから程なく。地蔵堂周囲の『悪魔反応』とは別に、『強大な悪魔反応』が検知されたのだ。それも『涅槃台を上回るほどのエネルギー量』。

 

そのためレイランは、ヒデオたちへの援護として半数のサマナーを地蔵堂に回し。残りを引き連れてそちらの悪魔反応へと向かった。

 

住宅街の只中にある寺院、その裏手にあたる丘には小さな公園があり、奥には木々生い茂る小さな森。その中にある小さな墓標の前にてレイランたちは一体の『悪魔』と相対する。

 

 

「神族級のエネルギー反応……! でも『協会』のデータには無い。新手の『魔神』……?」

 

焦燥するレイランの前には、黒いフードを目深に被った『女』が真っ赤な紅を塗った唇をニヤリと歪ませている。

全身を覆う黒いローブのようなモノからは、『認識阻害』の魔術が感知され、その中から『強力な神族反応』が漏れ出ている。

レイランのGUNPで解析できたのはそこまでだ。

 

それ以上の情報に関してはなぜか『エラー』ばかりが表示されてあてにならない。

 

そしてなにより。

レイランの周囲に倒れる無数のサマナーの『死体』。

この死体が出来上がったのは、レイランたちがこの悪魔と出会って一分もしない内だった。

 

突如として『女』から放たれた『黒い霧』を受けたサマナーたちは尽くが死に絶え、なんとか回避したレイランを除いて部隊は全滅していた。

 

 

率直にデタラメな強さだ。

が、相手が『古き神』ともなれば納得もする。

 

レイランとて、仕事の中で古き神々と戦う機会は腐るほどあった。その尽くを打倒せしめたからこそこうして生きてここにいる。それだけの実力があるにも関わらず、目の前の『悪魔』には“恐怖”すら感じてしまう。

 

「いや……弱気なんてらしくないわよね」

 

しかし、彼女は『葛葉』の末席に名を連ねる者。

人に仇なす悪魔から『民』を守るのが使命であり、命を賭しても果たすべき義務であると心に強く誓っていた。

 

一度、頬を両手で叩いた彼女は一転して戦意を高めて冷静さを取り戻す。

その手には『母から貰った拳銃』と『父から貰った刀』を構える。

遠近双方を間合いとする特殊戦闘技術を会得する彼女の基本スタイルだ。

 

対して、『女』は口元に笑みを浮かべたままに。レイランの構えに応じてゆっくりと“宙に浮遊する”。

そして、ローブの下から()()()()()を滝のように放出した。

 

「っ!!」

 

そのナニカ、の正体に気付いたレイランは思わず眉を顰めた。そして迫る“ソレ”に回避行動を取ろうとして……素通りされた。

 

「え……?」

 

呆気にとられ、すぐに背後に向かった“ソレ”を目で追うと。

地面に倒れ伏した『死体』へと群がるのを見た。

 

黒いナニカ……否、()()()()は複数のグループに分裂してそれぞれに死体へと覆い被さり。

やがて、()()()()へと入り込んだ。

 

「さあ……私の可愛い“娘たち”、()()()()()

 

「っ!!」

 

ねっとりと、肌にベタつくような声で『女』が述べた言葉に、レイランは直感した。

 

そして、その予想通りに()()()()()()()()()()()

 

まるでB級ホラーに出てくるゾンビのように、ゆっくりとぎこちない動きで起き上がる死体たち。その肌は一様に『腐乱』して、腐り落ちた肉体の穴からは“蠅が出入り”している。

 

そんな有様であっても、GUNPのプログラムには『生前の能力値』がはっきりと表示されていた。

あの『女』には一瞬で殺されたものの、レイランが連れてきたサマナーたちはいずれも手練れだった。その全てが一瞬にして敵に回ったことを意味する。

 

「下衆が……!」

 

しかし、この光景を見たレイランが抱いた最初の感情は焦りではなく。こんなことをした『あの悪魔』への激しい怒りだった。

伝説の葛葉一族に属する者としての誇り高い精神が、いかなる窮地をも戦意に変える。

 

 

対し、『女』は自らが『生成』した『動く死体たち』の背後に控えてレイランをニヤニヤと見つめている。

 

その傲慢、驕りにレイランは内心感謝した。

 

同時に襲いかかってこないならば、幾らでもやりようはある。

 

だがまずは。

外道の手に落ちてしまった元同僚を成仏させるところからだ。

 

リクルートスーツの内ポケットから破魔系魔法の込められた『札』を数枚取り出した彼女は、GUNPを操作して二体の悪魔を召喚する。

一体は、いつも頼れる相棒として重用しているオルトロス。

 

もう一体は、()()()()()()()()()に身を包んだ四つ腕の美男子。魔神カテゴリに属する強力な悪魔の一体。

 

その名を『魔神マハーマユリ』。

又の名を『孔雀明王』。

 

「マハーマユリ、彼らを成仏させるわ。協力して」

 

「もちろんですとも、我が主よ」

 

レイランの指示に、彼は快く頷く。

自らを従えるサマナーへと“絶対の忠誠”を誓っているがゆえの反応だ。傍のオルトロスはすでに“屍鬼系に有効なアギ魔法”を準備している。

 

それを確認してレイランも迫る『死体』へと意識を戻した。

 

 

「さあ、行くわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




注連縄は別に拘束具ではないけど。
とある賛否両論漫画に触発されて、つい……。
時間という概念の最小単位が云々……って俺に理解できると思ってるんですかねぇ(半ギレ

ムカついたのでシバブーにしてやった。
パララマでもいいよ。


ところで、コップクラフトってアニメがマジで面白いんだけどみんな知ってた?
二期やってほしいわぁ。ティラナちゃまかわいい。


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奥山の神

次でとりあえず鎌倉とはさよならします。
……くそ、現地に行ければ、行きさえすればもっと濃厚な描写をお届けできたというのに(できるとは言っていない


ーー忠義を失ったことはありませぬ。

 

 

たとえ拒絶されようと、忌み嫌われようと。果てには私を滅ぼすための軍勢を差し向けられようとも。

 

私は一心に『兄上()』をお慕い申し上げておりました。

 

 

 

……ですが、それを告げると皆一様に「はて?」と首を傾げてしまわれる。

誰かのために尽くすのは良いことだと僧たちは言っていました。自分以外のために命を賭けるのは尊いことだと、多くの伝承は教えてくれました。

 

でも、いざ実践してみると、皆は“理解の及ばぬモノを見る目”で私を見つめる。

 

「己の身が可愛くないのか?」と問うてきます。

「自分を大切にしろ」と説法を聞かせてきます。

 

「ああ……貴女は(それ)を誰にも教えてもらえなかったのですね」と、私を哀れみます。

 

 

なぜ、皆分かってくれないのだろう?

なぜ、信じてくれないのだろう?

 

理解できないのは私の方だ。

誰かのために生きろ、と言いつつその体現者を畏れる矛盾。

やはり私には、人の気持ちというものが分かりません。

 

……でも、他ならぬ『兄上』が“おかしい”と言うのなら、やはりおかしいのは私の方なのだろう。

 

 

だから兄上。

私がついぞ理解することのなかった■というものを、どうか教えてください。

 

もう一度、貴方に会って、また昔のように仲良くしたいのです。

 

 

私の願いは、ただ、それだけなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『常ならざる空模様』の下をウシワカは縦横無尽に駆ける。

 

異界と化し、模造品と成り下がった『家々』を足場としながら執拗に追尾してくる『黒』を躱し続ける。

 

四方八方から迫る『黒』を紙一重で避けて、なんとか反撃の糸口を探す。

 

「アは、アはハハハははハ!!!!」

 

蛸の足のように唸り、宙を蠢く『黒』の根元では、“狂ってしまわれた姫君”が狂笑をあげている。

 

なにより慕う『兄上』の御子ではあるが、今の主に仇なす以上は『敵』以外の何者でもないと思っていたウシワカだったが。

戦闘の最中になんとなく思い返していた『記憶』を改めて意識することで、ようやく彼女の『嘆き』にも理解が及んだ。

 

「……同じなのですね、姫さまも」

 

ーー彼女は私と同じだ。

 

ただ一人、なによりも大切な人を思い、慕うだけのーー

 

 

ふと、考えてみた。

例えば、もしも、私よりも先に『兄上』が死んでしまわれていたら。

果たして自分はどうしていただろうか、と。

 

もちろん、歴史はそうはならずに自らの死後に兄上が見事悲願を果たされてからの死去であったのは“記録”で知っている。

色々と悔いや未練はあったろうが、それでも、大凡の宿願を果たされた後の死であったと思っている。

 

 

なら、もしも(if)の世界で。逆の展開になったなら。

自分はどうなっていたのだろう?

 

 

「ーー分かりませぬな」

 

思い巡らせようとして、すぐに首を振った。

戦場で“もしも”なんて考えは起こすべきではない。

 

それに、結局のところ、起こらなかった『もしも(if)』のことなんて分からないのだから。

 

今の私は『主殿の矛』。それ以上でもそれ以下でもない。

かつてを生きた牛若丸……義経は()()()()()()()()のだから。

なんの因果か、再び 現世(うつしよ)に舞い戻ったこの身は主のモノ。

今はただ、ひたすらに主の障害となるモノを排除するだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マハーマユリ、破魔の雷光!!」

 

「承知しました」

 

群れとなって襲いくる『サマナーゾンビ』を巧みな刀捌き・銃捌きで蹴散らしながらレイランは指示を出す。

 

仲魔たるかの魔神も主の意を即座に汲み取り、『魔法』を発動させる。

 

「死して蠢く悪鬼どもよ、滅せよ!!」

 

強い口調ながら“慈愛に満ちた顔”で宣言する魔神。直後、周囲で暴れていたサマナーゾンビたちへと“閃光のような落雷”が降ってきた。

 

眩い光を撒き散らすソレに飲み込まれたゾンビは、一瞬にして掻き消え、その身を『浄化』される。

孔雀明王として高い位にあるマハーマユリだからこそ扱える『権能』。即ち、一切強制成仏の法。

 

『世界の法則』にも匹敵するこの魔法に対抗するには、破魔属性への強い抵抗力が必要となる。それも、“神にさえ抗うほど”の耐性だ。

 

それを持たぬ輩は、このようにして瞬きの間に消え去る運命にあった。

 

 

 

マハーマユリによる破魔系魔法の連打によってゾンビの数はみるみるうちに減っていた。

加えて、オルトロスが撒き散らす『マハラギオン級』の火炎放射。葛葉末席を汚すレイランの奮戦によってゾンビはすでに半数以上が討ち取られている。

 

 

ーーだが、優勢の中でレイランは“言い表せぬ違和感”を感じていた。

 

確かに、サマナーゾンビたちが生前の能力値を保持していようと意思なき傀儡である以上は相手にならないのは知っていた。

相手の『女』がそこまで読みきれなかった、と考えるのが自然な流れだろうとも思う。

 

でも、当初から感じる“違和感”はそれとは別の要因にある。

つまり、あの『女』自体から発せられている“嘘の気配”。

 

「っ!!」

 

ふと、なにかを直感したレイランは、押し寄せるゾンビには目もくれずに一目散に『女』へと駆けた。

 

必死に行く手を阻まんとするゾンビを瞬殺しながら一直線に駆け、やがて奴の胴体へと鋭い斬撃を放った。

 

「っ!!!! やっぱり!」

 

すると、どうしたことか。

“手応えがまるで無い”どころか、何の抵抗もなくあっさりと両断された『女』が、黒いローブだけを残して溶けるように消えてしまった。

 

呆気ない、とかそういう次元じゃ無い。

これは明らかな“偽物”である。

 

ーーつまり、こちらに現れていた反応は陽動。

 

「っ、オルトロス! 地蔵堂に向かうわよ!!」

 

「ナッ!? コイツラハ、ドウスル?!」

 

慌てるオルトロスの言う通り、周囲にはまだ何体かのサマナーゾンビが残っている。

それも、“生前は部隊の中でも特に腕利きだった奴ら”が。

 

「マハーマユリ、コイツらを任せていい?」

 

「無論です、主よ。彼らを『成仏』させ次第、後を追わせてもらいます」

 

視線すら向けず、交戦しながら応える魔神。

レイランは一度頷いてからすぐにその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーその頃、地蔵堂周辺に発生した『異界』の()には、一人の『女性』の姿があった。

 

「ふふ、『葛葉』の巫女と言っても他愛ない()だったわねぇ」

 

その姿こそは、レイランたちが出会った黒いローブの女そのもの。

具体的には、“こちらが本体”に相当する。

 

つまりは、C()O()M()P()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の力を有した女悪魔ということ。

 

まんまとサマナーたちを欺いた女悪魔は、その手に大事そうに抱える『光球』を愛おしげに撫でた。

 

「あぁ、そんなに怯えないでぇ……『貴方の魂』は私たちにとっても大事なモノ。それに、貴方が恋焦がれている『()』に会わせてあげようって言うのよぉ?

もっと、感謝して欲しいわねぇ」

 

『っ!!!!』

 

女悪魔の言葉に応じて、光球は激しく()()()

なにせ、この光球こそがこの女悪魔のお目当てのモノ。

つまり、あの丘にあった『小さな墓標』に眠っていた『少年の魂』そのものなのだから。

 

 

「決して貴方を傷つけたりしないわ。だって、貴方は“あの実験体を操るための大事な道具”なんですもの」

 

『っ!!』

 

嘲笑うかのような女悪魔の囁きに、今度は抗議するように()()する光球。

だがしかし、この姿の『少年』には抵抗する力すら無い。

 

人々の記憶から薄れつつある『彼』は、本来ならこうして『魂を現世に持ち出す』ことすら難しい。ただ静かに、死後の世界にて『愛しき少女』と眠るだけの存在なのだ。

 

だが、何を隠そうこの女悪魔こそは『古き神』の一柱に名を連ねている。それもかの一神教よりも古い時代に成立した『悪しき魔王』に数えられる中東の大物なのだから。

消えかけの魂を持ち出すくらい造作も無い。

 

 

 

「……ああ、でも。思ったよりも『奥山』は“手こずる”みたいねぇ」

 

ふと、『異界』の方へと顔を向けた女悪魔は、やがて、光球を抱えながらそちらへと歩み始めた。

 

ぴちゃぴちゃ、と歩を進めるたびに鳴り響く“水音”。

靴底が地面に触れるたびに飛び散る“赤黒い液体”。

 

ーー女悪魔が進む道には、地蔵堂へと援護に向かったサマナーたちの無残な死体が転がる。

四肢は千切れ、頭蓋は砕かれ、脳髄・臓腑は当たり前のように撒き散らされている。もはや、()()すら不可能なほどのスプラッタ。

それらに群がるようにして、無数の『蠅』が周囲を飛び交っているというさながら地獄絵図のような光景がそこにはあった。

 

ーー無論のこと、異界の外である以上ここは紛れもない『現実世界』である。当然、そこを偶然通りかかる一般人もいるわけで。

 

彼らも、このスプラッタの仲間入りを果たす運命にあるのは説明の必要もないほどに明白な事実であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤコウとは、主に阿波国に伝わる妖怪だ。

『忌み日』や特定の日の夜に現れるとされ、遭遇した者は殺されてしまうとされる。

これを避けるには草履を頭に乗せて平伏するべし、とはいうが。まさか戦闘中にそんなことをして見逃してくれるはずもないし寧ろこちらとしても逃がすつもりはない。

 

一説には『神事』を穢す者への神罰の化身とも言われており、それを反映するが如く『破魔・呪殺』の類は無効化されてしまう。

 

噂では『衝撃・念動』に弱いと聞くが、そもそもの戦闘履歴が協会でも乏しく信憑性は低い。

 

出現理由にちゃんとした法則があるために、それを侵しさえしなければ戦う理由もないので前提として遭遇することがないのだ。

 

 

まあ、これまで通り、退魔性能の高い『赤口葛葉(偽)』でゴリ押しするのが最も有効な手立てだろう。

 

 

 

 

「そらっ!」

 

『っ!!』

 

袈裟斬り一閃、体毛の無い正面の胴体部分を斬り付けられ赤黒い液体を溢すヤコウ。

馬上でありながらバランスを崩すことなくすぐに態勢を立て直す技量には素直に感服するが、さすがに単体で俺たちに敵うはずもなし。

 

追撃として放たれたイヌガミのアギラオ級魔法の群れ。

何発か馬を操り避けたヤコウだが、深々と刻まれた袈裟斬りの傷に呻いた一瞬の隙に無数の炎に包まれた。

 

『グオォォォ!!』

 

業火に焼かれながら暴れるヤコウへととどめの一撃を放つ。

腰を据えて溜めた横薙ぎの一閃。

 

真っ二つとなったヤコウは、ゴウゴウと燃え盛りながらやがてピクリとも動かなくなった。

 

 

 

チン、と納刀の音を立てて仲魔の方へと振り向く。

 

「これで取り巻きは片付けた。後は、拘束の外れた涅槃台を仕留めるだけだが……」

 

ちらり、と視線を向ければちょうど奴も拘束を外したところだったらしくゆっくりと立ち上がる姿を視認する。

 

「やってくれましたね。いやはや、彼らを集めるのも結構大変だったんですよ? ついでに『泥』による調整もするとなると……はぁ、大きな痛手と言わざるを得ませんね」

 

やれやれ、と首を振りながら錫杖を構える。

 

「その割には随分と悠長に『緊縛』を解いたものだな」

 

「貴方が『菊理姫』の祝詞なんか混ぜるからでしょう……まあ、いいです。幸いにも彼らは全て『量産型』、また現地で捕まえてこればいいだけの話ですからね」

 

そんな携帯獣みたいなノリで……

 

「オサキ、引き続き『幻術』の用意だ。ついでに呪術系の『属性魔法』の準備も怠るな。……こっちも全力でやらないと奴には勝てそうにないからな」

 

「わかっとるわ……お主が命じれば、『変生』するのも吝かではない」

 

「それは……使わなくていい。たぶん、今の俺では制御できない」

 

「はっ! 結局、腑抜けは治っとらんかったか。まあ、良い。他にも策は用意してあるのじゃろう?」

 

無論だ。

切り札として使えそうな札は今のところ『三枚』。

いずれも奴の虚を突けば倒せないこともない強力な術を込めてある。

 

「また出し惜しみですか? ……いい加減、その策士気取りも目障りになってきましたし。こちらも全霊でお相手いたしましょう」

 

言って、徐に構えを解く涅槃台。

一体何をする気かと身構えたのも一瞬。

 

奴を囲むようにして『黒い泥』が辺りに溢れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

ーー凝縮され、凝固した悪意の塊。不純物を取り除いた純粋悪、『悪という概念の頂点にあるモノ』。

目の前に迫る『泥』に、俺はそのような感想を抱いた。

 

「っ!!」

 

直後、我に返り即座にその場から飛び退き『泥』の奔流を避ける。

ふと、仲魔たちの安否を心配して辺りを見回すと。

どうやら全員なんとか泥の波を躱すことは出来ていた。

 

しかし、圧倒的“質量”で迫る泥は、あろうことか“意思を持つかのように蠢いている”。

 

「……いや、これも奴の意思によるものか!」

 

つまり、今も奴の周囲をザワザワとのたうち回る膨大な量の『泥』全てが涅槃台の制御下にある“武器”……もとい、“兵器”であるということか。

 

それはそれで厄介だが、なによりも危機感を覚えるのは『泥』自体の性質。

一目見た時からわかっていたが、アレは『特上の呪い』だ。

まず間違いなく『最上級呪殺魔法(マハムドオン)』を上回る出力の呪い。食らえばひとたまりもないというか、余裕で死ねる。

希望は“アレ”がちゃんと効いてくれることだが。

 

「リスクの高い賭けはするべきじゃない。確実に、堅実に攻めねば」

 

明らかに“葛葉の管轄”だが、どうあれ立ち向かわねば俺らに未来はない。

今更だが、なんとも厄介な奴に目をつけられたものだと思う。

 

 

ともあれ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺は思考を切り替えて、純粋に、“奴への対処法を模索する”。

 

「イヌガミ、オサキは下がって後方からの魔法援護に徹しろ」

 

どうあってもこの二体ではアレは相手取れない。なのでいっそのことCOMPに戻しておきたいが本人たちが納得しないだろうと考え、後方支援を指示する。

 

素直に頷いた二体を尻目に、いざ涅槃台に立ち向かおうとして……身に纏うクダから呻き声が発せられたのに気付いた。

 

「……クダ? 大丈夫か?」

 

『ム……ゥゥ……ヤハリ、()調()()()()()()ノハ無理ガアッタラシイ。コレデハ、保ッテ“数分”ト言ッタトコロカ』

 

念話として響いてくる苦しそうな報告に、歯噛みした。

……本来、飯綱法の“纏”は管狐と術者が高度な“シンクロ状態”にあって初めて扱うことのできる高等妖術である。

それを今回、“クダが俺に無理矢理合わせる形で”行使してくれていた。

 

例えるなら、“自分を認識してもいない相手の心技体全てに合わせる”ような無茶だ。

 

そのため、術の負担は全てクダが背負ってくれていた。

 

それがここに来て限界に達したということだろう。

 

 

「分かった。なら、纏は解除しよう」

 

『シ、シカシ! ソレデハ汝ハーー!』

 

俺の身を案じてくれているのか、焦った様子のクダに苦笑を返す。

 

「問題ない。お前が身体張ってくれたおかげで、ここぞという時に切り札が切れる。だから今は安心して休め」

 

そう言って一方的に術を解除した俺は、必死に何事か訴えるクダを強制的にCOMPに戻した。

 

と、そんな悠長にしていたせいか。

いつの間にか周囲を取り囲むようにして蠢いていた『泥』たちが一斉に俺へと襲いかかってきた。

 

「っ!!」

 

クダによる強化を外れた俺の反応速度を遥かに超えた攻撃。

俺はなす術なく泥に呑み込まれ……たかに見えただろう。

 

しかし、直後に眩い閃光と共に弾け飛ぶ泥たち。

一時的に周囲から泥が消え去ったことで俺はすぐにその場から離脱する。

 

「なんと!?」

 

これには流石の涅槃台も驚きの声を上げていた。

が、まあ、タネは簡単で、俺がここに来る前に掛けていた『テトラジャ』が発動しただけの話だ。

 

あらゆる即死魔法を一度だけ完全に無効化するという破格の性能持つこの魔法は、掛けた手間、つまりは『代価』に応じて強力になる典型的な魔法の中でも“特に基礎能力値が高い”魔法である。

なので、行き掛けに咄嗟に掛けた程度の術でもこうして高い性能を発揮してくれるわけだ。

ただし、効果は一度だけなので、追撃を受けないようにすぐにその場から離れる必要もあるが。

 

 

ともあれ、折角生じた“隙”を見逃すわけにはいかない、と俺は腰のホルスター……ではなく。コートの内ポケットに潜ませていた『C96』を取り出し構えた。

 

銃把(グリップ)に刻まれた赤く大きな『9』の文字の通り、九ミリ弾仕様の通称『レッド9』と呼ばれるタイプだ。

 

装填されているのはもちろん九ミリ弾、しかし例によって『特殊な対魔加工』が施されている。

 

「……」

 

空中という不安定な場でありながら両手を添えてしっかりと狙いをつけた俺は即座に発砲。

放たれた弾丸は“高貴な輝き”を発しながら涅槃台に迫る。

 

そしてーー

 

「ぐっ!?」

 

咄嗟に泥を操作して作られた防御壁を“ブチ破り”奴の胸へと直撃した弾丸は一際大きな輝きの後で、その場に大きな『光の柱』を生み出した。

 

その光景はデビルサマナーであれば一度は見た覚えがあるはずの『破魔系魔法の発動演出』に酷似する。

 

つまり、あの弾に込められた術こそ『破魔系魔法』ということ。

 

それも、『上級破魔系魔法(マハンマオン)』に相当する強力な強制成仏魔法である。

 

……これを用意するために俺は、恥を偲んでメシアンの知り合いに頭を下げて大枚叩いて作ってもらった。

だから、効いてくれないとこちらとしても困る。

とはいえ、だいぶ昔の話だが。

 

まあ、あの様子からしてしっかりと効果は発揮してくれているらしい。

今も、光柱にすっぽりと包まれながら絶叫しもがき苦しむ涅槃台。

ははは、もっと苦しめ!

そしてさっさと死んでくれ。

 

応じて、周囲の泥も光に触れた端からサラサラと砂のように崩壊して消えていく。

呆気ないが、これで終わってくれるならそれに越したことはない。

 

ようやく奴との戦いも終わるかと思うと無意識に気が抜けてしまった。

 

 

ーーそれが、俺にとって致命的な隙となる。

 

 

 

 

 

 

「主よ!!」

 

突然背後から聞こえてきたオサキの声。やけに焦ったような声に咄嗟に顔を向けて、ようやく自身の窮地を認識する。

 

左右からひっそりと忍び寄っていた泥の触手が、今にも俺に襲い掛かろうとしていたのだ。

そこに、自身の身体を割り込ませるようにして飛び込んでくるオサキ。

 

「お前っ!?」

 

声をかけたときには、オサキによって俺の身体は突き飛ばされていた。幼い見た目からは想像もつかない怪力で数十mは吹っ飛ばされる。

 

そして、地面に落下したところで即座に態勢を立て直し視線を戻した。

 

「っ、オサキ!!」

 

そこには、夥しい量の泥に包まれながら弱々しい笑みを向けるオサキ。

 

「馬鹿者が……どこまで腑抜けとるんじゃお主……」

 

その身は既に八割ほどが泥に包まれ、よく見れば頬を這うようにして『黒い糸』が伸びてきていた。

その光景に、俺はしばし言葉を失う。

 

ーーいや待て。どうすればいいかを考えろ。

 

この状況、状態でオサキを救う手段を。

 

破魔系魔法……はダメだ。オサキまで巻き込んでしまう。ならば治癒魔法か? それも俺には無理だ。生憎と治癒系は初歩の初歩しか会得していない。

となると、霊薬に頼ることになるが。

 

今回は運悪く『ダメージ回復』に効くものしか持ってきていない。先日の『吸血鬼』の一件を反省してのことだったが、裏目に出た。

いや、毒治療や麻痺治療なら当然持っているが“アレ”はそういう類のものではない。

呪詛に対抗する術が必要だ。

しかし、魔法・霊薬含めて俺の手持ちに有効なものはない。

 

ーーとなれば、残るは一つだけだ。

 

即ち、『奥山に生まれた俺が持つ異能』。

 

 

 

 

 

「っ!」

 

今の俺に“出来る”かはわからない。

反動で死んでしまう可能性の方が高いだろう。

 

だが、今は()()()()()を論じている場合ではない。

 

なにより大切な“家族”が危機に瀕しているのだ。ここで命を賭けずしてなんとする。

 

自らを奮い立たせた俺は、“腹”に手を当てて『詠唱』を始めた。

 

「“火の神の骸が成したる『奥山の神』よ、恐み恐みも申す”」

 

唱え始めると共に腹部に“焼けつくような熱さ”が生じる。

 

「“十握剣に切り離されし五体より生じたる山の神。火の齎したる山の神。恐れ多くも山奥(さんおう)の神秘を司りし御魂に請い願う”」

 

『奥山』の奉る神の祝詞を基にした『詠唱』は、不遜なる術者の肉体に代価を求める。

即ち、“供物”。

 

ーー本来なら人身御供を求める神ではないが、礼を失した輩に寛大に振る舞うほど日本の神は優しくない。

寧ろ、不届き者を『呪い』『憑き殺す』のが本分だ。

 

この詠唱は、日本の神にある和魂と荒御魂のうち、荒御魂を通じて『別の強力な神の権能』を持ってくるという大変危険な術である。

当たり前だ、ある神へと祝詞を捧げながら別の神の力を持ってこいと命令しているのだから怒って当然である。

 

しかし、『奥山』に生まれた俺はこの無茶苦茶な術を成立させる『素質』を有している。

いや、()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「“今一度、『神殺し』の御魂が封を解き、我が『腹』にその力を変生成さしめ給え”」

 

詠唱を終えるとともに、腹に溜まっていた熱気が一気に膨れ上がる。常人ならば『焼失』してしまうほどの熱は、俺の腹を()()()()ことで解放される。

 

「ぁぐっ!!」

 

炭化した肉片が飛び散り、ポッカリと空いた俺の腹から一本の剣が抜け出てくる。

 

赤熱した刀身に()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

直立しながらふわふわと宙に浮かぶその剣、その柄をしっかりと握りしめ、構え、そしてオサキに向けて振るった。

 

「どぁ!?」

 

瞬間、豪炎を撒き散らしながら泥を()()()()

たった一振りでオサキを蝕んでいた泥は綺麗さっぱりと消え去っていた。

“俺の一部”であるこの剣だったからこそ出来た“焼き分け”だ。

 

「あっつ!! お、お主……ワシごと燃やす気ではなかったか?」

 

助けてやったというのにジト目で抗議してくるオサキ。

まあ、それだけ元気があるなら泥はちゃんと払えたということだろうと安心した。

 

「……いや、今はその腹の穴の治癒が先かーー」

 

俺の腹に空いた穴を見て、少し不安そうな顔をして両手を掲げたオサキを手で制す。

 

「それは後でいい。というか、コレは“今は治せない”」

 

「は?」

 

きょとんとした顔で首を傾げるオサキを横目に、俺は涅槃台へと向き直る。

……正直、結構“痛い”ので無駄話をしている余裕がないのだ。

 

これが“呪術的なダメージ”である以上は、穴から臓物が溢れ出して死ぬなんてことは無いが。

それでも、“臓物をくり抜かれたような痛み”が絶えず続いている状況というのは、流石の俺でも絶え難いのが本音。

 

 

視線を向ければ、ちょうど『マハンマオン』から解放された涅槃台が肩を揺らしながら荒い息でこちらを睨んでいた。

 

「……ははっ、なにやら特大の隠し球があるだろうとは予測していましたが。

これは、些か、想定以上と言わざるを得まい。

 

まさか、()()()()()()を持ってくるとは」

 

俺の持つ剣を凝視しながらその正体を看破する。

まあ、この見た目は“業界でも有名”だからな。

 

どうあれ、この剣は正真正銘、俺の『最強の切り札』だ。

まさか、涅槃台ごときに使う羽目になるとは思わなかったが、奴の扱う『泥』がコイツに相応しい『格』を持つのはもはや明白である。

 

ならば、コイツも文句は言うまい。

 

 

俺は()()を構えながら精神を集中させる。

他の一切を今は考えない、考える必要がない。

不要と判断した思考を切り捨てて一点のみを注視。

 

ただ一人、涅槃台のみを屠るための思考回路だけを成立させた俺は『半身』を構えて駆け出した。

 

「行くぞ……()()()()()()

 

 

 

 




甲種とか乙型とか。
かっこいいですよね。
十干添えるだけで超カッコよく見える不思議。

最強剣の詳細は次回やります。


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終息

ただの中堅と言ったな

あれは嘘だ!!!!




これが言いたかった。満足、終わり。

……嘘です、すみませんごめんなさい。いや、アレとかコレとか使わなければそこらの中堅と同レベルの弱々ヒデだから、、

-追記-

ちょっとラブコメ臭がする?
きっと気のせいさ!(隙あらばラブコメ投入マン



対神性呪殺魔剣『試製ヒノカグツチ-01 (ひのえ)型』。

 

それがこの魔剣の正式名称である。

……いや、厳密には『第十六期奥山流・試製対神呪殺魔剣“火之迦具土”甲一種丙型壱号器』とかいう長ったらしい名前ではあるが。

こっちの名称だと『俺のこと』にもなるからややこしいのだ。

 

ヒノカグツチ、という名を持つ魔剣というとサマナー界では比較的有名な部類にある。

とはいえ、『誰でも持っているわけではない』のが実情。

 

というのも、この剣。名前にもある通り『強力な神性特効』を秘めている。神に対して効力を発揮するアイテムというのは古今東西それなりに生み出されているが、その中でもこのヒノカグツチという剣は『ぶっちぎりで最強』の性能を持っている。

……いや、真に最強の性能を持っているのは一部の『傑作』だけだが。

 

ところで、なぜヒノカグツチがそんな性能持つ剣になっているのかというと。その訳は話せばだいぶ長くなる……なので少し端折って話そう。

 

まず、ヒノカグツチは日本創世神話に登場する創世神たるイザナギ・イザナミ夫妻の御子である。それも、イザナミの胎から産まれた子どもとしては末子にあたる火の神だ。

……ところが、この神、火を司るがゆえに産まれた時から(物理的に)大炎上しており、そんなのが“アソコ”を通り抜けたがためにイザナミは酷い火傷を負ってしまう。そしてそのまま火傷が悪化してなんと死んでしまうのだ。

 

これにブチ切れたのが夫たるイザナギ。

徐に十握剣を手に取った彼は、あろうことか自らの息子たるヒノカグツチの首を跳ね飛ばし殺してしまう。

……まあ、この後イザナギは、黄泉の国へと妻を連れ戻しに行ったはいいものの。イザナミの肉体が『腐っていた』のを見て、なんと妻を気味悪がって逃げてしまう。これにはイザナミもキレた。

黄泉の兵隊をけしかけて追跡し、やがてイザナギが大岩で道を塞いだことで夫婦は決別。この時の口論で、人間には『寿命』が出来ましたとさ、という傍迷惑な夫婦喧嘩のお話につながる。

また、この時、口論がヒートアップしていた夫婦を仲裁したのが菊理姫だったりする。

 

 

と、以上の神話から分かる通り、ヒノカグツチは創世神殺しを行った稀有な神さまなのである。

海外でも、“古い主神を殺してその身体から世界を作る”といった説話はよく見られるものの、端的に創世神殺しをした神話というのは珍しい。

 

そして、“奥山の秘術”によってこの創世神殺しの特性のみを抽出して造り出された剣こそが『ヒノカグツチ』というわけだ。

 

 

……まあ、俺が奥山から離反している現状からして組織内部の情勢自体は“お察し”な上に、俺自身は“失敗作”なわけだが。

 

 

 

 

ーーそれでも、涅槃台ごときを殺すには十分過ぎる力だ。

 

 

 

「うおぉぉぉ!!」

 

『対象』の排除のみに精神を集中。

自らの『半身』たるヒノカグツチと『同調』。

ヒノカグツチの『システム』より導き出される『最適解』へと『動作』を『直結』させる。

 

自然、振るわれた一太刀は涅槃台の『隙』を突いた一撃となる。

 

「ぬぅ!?」

 

奴が咄嗟に泥を操作して作った壁。複雑怪奇に絡み合った『泥』による防御壁に隙間はない、が、即席の壁である以上はどこかしらに存在する『綻び』。

それらを『的確』に突いて容易く壁を焼失させた。

 

驚愕する涅槃台へと間断なく刃を振るう。

 

「がっ!!」

 

バッサリと斬り裂いた胸部、だがコイツがそれくらいで死なないことは知っている。

なので、続け様に剣を振るった。

 

「小癪な!」

 

そこへ、瞬時に持ち直した涅槃台は錫杖による巧みな杖術を繰り出し対抗してくる。

やはり、ちょっとやそっとの『戦闘経験』では覆せないほどに熟達した腕前だ……が、それも俺とヒノカグツチによる『計測』には及ばない。

 

そもそも、奴が“神を纏っている”時点で勝ち目はない。

 

『解析……50%』

 

突如、ヒノカグツチの刀身から『機械音声が響く』。

そのことに、否、音声が告げる『解析』という単語に涅槃台はひどく焦りを見せ始めた。

 

「なんだ……なんなのだソレは!?」

 

「ヒノカグツチだ」

 

奴の問いに答えながらも剣を振るう手は止まらない。

 

「違う! 違う違う!

 

“ソレ”は()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

そりゃそうだろうさ。

なにせ、『試作品』だからな。

加えて、“このタイプ”は市場には出回らない。

『奥山』の『悲願』のための『研究』に費やされるだけの存在だからだ。

 

……それでも、やはり、『正規品』の方が数は少ないし性能も天地の差がある。

どこまでいっても『失敗作』は失敗作だし、『試験用』であることには変わりないのだ。

 

 

それでも。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『生きた神殺し』。

『奥山さま』が望んでやまない『最強の神殺し』を造る礎とされた『俺』にはそれ相応の『機能』が備えられている。

 

 

 

『解析完了、対象を()()()と断定』

 

暫くして、再び剣から告げられた『情報』に僅かだが驚いた。

奴が操る泥は『主神』に属する存在だと言うのだ。

あの、ゼウスやオーディンなどと同格と語られては流石に焦ると言うもの。なにより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……疑問は湧くが、考えるのは後回しだ。

 

『出力リミッター解除。

()()()()()()()()改訂……。

 

呪殺階級“因生火神(いんせいかしん)神避(かむさり)”、を発動します』

 

音声を聞き、刀身にエネルギーが充填されたことを確認した俺は、一際大きな一撃を加えて涅槃台の錫杖を弾き飛ばした。

 

そして、無防備となった奴へとヒノカグツチを大きく振りかぶる。

 

「燃えろ、因生火神・神避(ヒノカグツチ)ッ!!」

 

声に合わせて刀身が一気に燃え上がる。

それをそのまま、涅槃台の肢体へと振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

 

ーー不意に、昔の記憶が脳裏に浮かび上がった。

 

アレは、俺が()()()()()()()()孤児として『とある密教宗派』に拾われ、物心ついた頃の記憶。

 

ーーああ、なるほど。これが“走馬灯”というやつか。

 

下働きとして労働していた頃、容姿から『尼僧』たちに可愛がれていた頃、それに嫉妬した『男ども』に目をつけられ()()()()ていた頃。

 

そして……テンメイ様に出会い、『力』を授かった頃。

 

ああ、懐かしい。

“我が怨讐の起源”から“師との出会い”まで……いや、『泥』を賜った頃の記憶も見える。

 

 

ーーああ、そうだ、思い出した。

 

私はーー

 

 

ーー私を侮辱した全てを殺す力が欲しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ二つに分かれ、炎に包まれながら地に落ちた涅槃台の亡骸を見ながら、『システム』に耳を傾けた。

 

『対象沈黙……排除に成功しました』

 

その声にホッと息を吐いた。

……だが、そういう油断によって二回も不覚を取った今日この頃。

 

念のため周囲を警戒し、スマホの索敵機能もチェックして入念に入念を重ねて。

敵がいないのを確認した俺はようやく緊張を解いた。

 

 

「お、おい、主!!」

 

声に振り向けば、焦った様子で駆け寄るオサキとニョロニョロと宙を泳いでくるイヌガミ。

 

側に到着するなりオサキは、なぜかドロップキックをお見舞いしてきた。

 

「ぐぉっ!?」

 

近頃、腰痛が酷いのを気にしている腰へと的確な蹴りが入る。当然、呻き、悶え、膝をついた。

対して、シュタッと着地したオサキは腰に手を当てて睨んでくる。

 

「なんじゃなんじゃ、ソレ!? ワシは何も聞いとらんぞ!」

 

ついで、ヒノカグツチを指差しながら怒鳴る。

一方でイヌガミは、ヒノカグツチを()()()()()ので冷めた目で俺たちを静観している……いや、何、その目?

 

とりあえず興奮するオサキを宥めようと、よくウシワカにやる「どうどう」の仕草を行うも、逆に青筋を浮かべた彼女に脛を蹴り上げられた。

……これは、弁慶が泣くのも納得の痛さだ。

 

ふと、脛を抑えて蹲る俺へとイヌガミが近寄ってきた。

 

()()ガ使エルナラ、“我”ヲ解キ放ッテモ問題アルマイ」

 

「そ、そういう問題じゃ……ってぇ、アイツ本気で蹴りやがったな」

 

イヌガミから『挑発』にも似た言葉が投げかけられるが、正直、それどころじゃないくらい痛い。腰と脛が痛い。

 

「ふん、それでも手加減してやった方じゃぞ。そのような隠し球があるならば先に言っておけ、たわけが。

……心配して損したわ」

 

最後の言葉はちょっと恥ずかしかったのか声のトーンが落ちた。

なんだなんだ、そんな可愛い反応されるとギャップ萌えで俺が萌死ぬぞ?

 

「愛奴め」

 

「っ、このっ!」

 

ニヤニヤして言ってやると、今度は頭頂部にかかと落としが襲ってきた。いい感じに決まった音が響いて、遅れて凄まじい鈍痛が襲い来る。

だ、だから手加減しろと……!

 

 

そんなこんな茶番を繰り広げて、不意に、ウシワカがいないこと。彼女がまだ戦っていることを思い出した。

 

「こんなことしてる場合じゃない、次はウシワカの援護にーー」

 

言いかけて。

 

直後。

 

背後の『異界化結界』が破壊された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーぬるり、と割れた空間から一人の『女』が抜け出てきた。

 

黒いローブを頭まですっぽりと被った奇妙な出で立ちの女だ。

 

瞬間、手に持つヒノカグツチから『警告音』が鳴る。

 

『警告、周囲に“主神級”の神族反応アリ。警告、周囲にーー』

 

ついさっき聞いた単語に、背筋が凍った。

が、未だ戦闘態勢であった精神を奮い立たせて即座に剣を構える。

 

「オサキ、イヌガミはCOMP内にいろ……消耗した俺では、たぶん守り切れない」

 

「馬鹿者が。ワシらだけ除け者なんぞ、許すと思うか?」

 

「右ニ同ジク」

 

「おい、冗談言ってる場合じゃーー」

 

『解析完了……及び情報修正、対象を“魔王級”の神格と断定します』

 

魔王?

というと真っ先に思い浮かぶのは『ベルゼブブ』に『ベリアル』といった大物だが。

そもそも『女』である時点でそれらではないと分かる。

 

……いずれにしても、あの女の放つ『力』は“涅槃台を大きく上回っている”。

ゆえに、こうして立っているだけで奴よりも『強い相手』だと嫌でも分かってしまう。

 

加えて、魔王級。とくれば、冷や汗が出てしまうのも無理からぬことだと思う。

 

「……だが、神格なんだろ?」

 

なら……()()()()()はある。

最終階級『終世炎儀』であれば或いはーーと言ったところか。

 

これが『人間』とか『竜』とか『神以外』だったならちょっとヤバかったかもしれないが。

相手が神である以上は、『俺の領分』になる。

 

それにーーヒノカグツチを抜いてしまった以上は、神相手に退くわけにはいかない。

 

これを見てしまった神は、須く“殺す”。

 

……いや、“オサキ”は例外だけど。

 

 

 

 

覚悟を決めて剣を構える俺に、女は不意に笑みを見せた。

 

その瞬間、女の背後から『無数の蠅』が飛び出してくる。

 

「っ!!」

 

一直線にこちらに向かってくる大群へとヒノカグツチを振り下ろす。すると、呆気なく燃えて消滅してしまった。

……ふむ、あの蠅も『奴の一部』ということか?

 

で、あるならば僥倖。

本気を出させる前に殺してやる。

 

女へと『照準を合わせた』俺はいざ立ち向かおうとして……ふっと女の敵意が消えたことに気がついた。

その切り替えの速さに思わず足を止める。

 

訝しむ俺へと女はひらひらと手を振って見せた。

 

「やめやめ、こんなところで『神殺し』と戦うなんてリスクとリターンが合わないわ。

……あーあ、涅槃台もこんな、灰になっちゃって」

 

てくてくと歩いた彼女は、涅槃台の亡骸の側で屈み込み、亡骸が変じた『燃えカス』をひとつまみ手に取ってサラサラと風に流した。

 

「見込み違いだったかしらねぇ……テンメイが絶賛するから賭けてみたんだけど。“我が王”をお迎えするに足る働きはできそうにないわ」

 

知らない話をペラペラと聞かせる女。いったい、何が目的なのか?

警戒する俺を他所に、不意に立ち上がった彼女はこちらに向き直る。

 

「どう? ここは一時休戦ってことにしない? そっちも相当消耗してるんでしょう?」

 

口元しか見えないが、あくまでにこやかに語る彼女。

確かに、言う通り、今からこの女まで相手にするのは少し……ぶっちゃけかなり荷が重いというか余裕で死ねる。

 

良くて“相討ち”だ。

 

「……逃げたければ、逃げればいい。こちらも追撃しない」

 

「交渉成立ね。ふふ、涅槃台が粘ってくれた間に()()()()()()も済んだから。

ねぇ、“かわい子ちゃん”」

 

そう声をかけながら背後を向く女。

すると、その背からこちらを覗くようにして一人の『少女』が姿を現した。

姫カットに、少々『ラフ』な着物を羽織った中学生くらいの少女だ。

 

「……」

 

しかし、その片目には大きく『包帯』が巻かれそれに隠れるようにして薄らと『魚の鱗』のようなものが見える。

いや、良く見ればしっかりと女のローブを掴む左手にも包帯が巻かれている。

……それに、どこか()()()()()()()()()

 

不安そうな表情でこちらを見る少女に、不敵な笑みを向けながら女は再び口を開いた。

 

「うふふ、()()()()()()()()。『教授』が遺した資料は本当にタメになったわ、『人間』にしておくのが勿体ないくらい」

 

そう言い放つと、今度はふわりと宙へと浮かび上がる。応じて、ローブに掴まる少女もふわりと浮かび上がった。

 

ーーその時、怒号と共に一発の弾丸が女に放たれた。

 

「喰らえクソ(アマ)がぁぁぁぁ!!」

 

たいへん汚い言葉と共に放たれた数発の弾丸は、しかし女の手前に展開された『不可視の壁』によって防がれた。

壁に当たると同時に炸裂する閃光からして、アレは『破魔弾』である。それも、超高額の一級品。

それを簡単に防いだ女も気になるが何よりーー

 

……とても汚い言葉、その声に覚えがあった俺はその発生源へと目を向けて、思わず驚いた。

 

女が結界を破壊して出てきた穴、そこから出て来たのはやはり『レイラン』。

しかし、その身体は至るところがボロボロで『血塗れ』になっていた。頭からも現在進行形でドクドクと夥しい量の血が流れ出ているが、それを意に介さず強い眼光で女を睨んでいる。

とはいえ、消耗が激しいのか時折フラフラとしながらなんとか立っている状態だ。

 

ーーあの反応を見るに、どうやらあの女と一戦交えたと見える。

 

そして、あのレイランがここまで『ボロボロにされている』。その事実から、やはりあの女悪魔は“相当な強さ”を誇るということだ。

戦わなくて良かった……。

 

 

 

「アハハ、まだ生きてたのねお嬢ちゃん。気に入った、次に会ったら()()()()()()()()()

 

そんな激おこぷんぷん丸……否、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム状態のレイランを嘲笑うかのように、上空から笑い掛ける女。

おい、やめろ。と思ったが時既に遅し。

 

ピキッという音が鳴り響いたかと思うと、抜刀したレイランが大きく振りかぶっていた。

 

「◯ね!! クソババアァァァァ!!!!」

 

罵倒と共に振り下ろされる彼女の刀。その鋒から『数十mの大きさを誇る緑光の斬撃』が女に向けて放たれた。

アレは『葛葉ライドウ』の系譜に伝わる奥義の一つだ。

アイツ、いつの間に『十六代目』の技を……

 

「っ!!」

 

さすがに焦ったのか真顔になった女は、瞬時に魔法陣を展開すると瞬きの間にその場から『消え去った』。

おそらく『瞬間移動』、『テレポート』の類にある術を使ったのだろう。

なに、古き神ならさして珍しくもないチート行為である(白目

 

 

対象を失った斬撃は、遥か上空にまで舞い上がって。

特大の爆発とともに緑光で空を彩った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ!! あ◯ずれが、必ず殺してやる……!」

 

フラフラしながら物凄い形相で恨み言を呟くレイラン。

……正直、近づきたくないが、あの怪我を放っておくことはできない。

 

「レ、レイラン……?」

 

恐怖を押し殺して声をかけるとーー

 

「ア゛?」

 

「ひぇっ……!」

 

例の、社で向けられた眼光よりも数百倍強い視線を向けられた。

これは大量虐殺できる視線。

 

……と、まあ、怖がっている余裕があるわけでもないので。すぐに懐から『宝玉』と呼ばれる霊薬を取り出して彼女にかざす。

すると、『宝玉』が輝き、その光がレイランの身体を覆って数秒。

一瞬にして怪我が全快した。

……どうやら、『深手』に至る傷は無かったようで一安心。

 

傷が治ったことで少しは落ち着いたのか、フッと眼光を弱めた彼女が口を開いた。

 

「ああ、なんだアンタか……」

 

「なんだ、とはなんだ。……まあ、無事で良かったよ」

 

なるべく優しく、そう声をかけてみると。

ビクッ、と肩を揺らして目を見開いた。

 

「は、ハァ? ちょっと……気持ち悪いんですけど?」

 

目を泳がせながら、やがて顔を背けるレイラン。

……おやおや〜? キレ芸のキレが悪いですぞぉ?

 

「う〜ん? もしかして、お兄さんの不意の優しさにときめいちゃったりなんかして?」

 

ちょっと場を和まそうというか、緊張をほぐしてやろうという気遣いで述べた発言だったのだが。

 

ーー直後、冷たい視線と共に放たれた鋭い正拳突きが胸部にクリーンヒットとした。

 

 

 

 

「おいおい主、ウシワカのところに行くんじゃなかったのか?」

 

責めるような目つきで忠告してくるオサキ。

そういえばそうだった。

 

「いや、アイツなら大丈夫だろうと……」

 

正直、そこまで深刻なほど心配してはいない。

あの大姫らしき悪魔自体、涅槃台よりも弱い反応だったし、なによりもーー

 

「ウチのウシワカは『最強』だ」

 

「……冗談で言ってるなら殺してるところじゃが、本気っぽいんじゃよなぁ」

 

当たり前だ。

あの『天才』で『強い』ウシワカが、遅れを取るなどとは思えない。

……唯一、あの『泥』は警戒すべきだが。先程スマホで確認した限りでは『無傷』で健在であった。

おっとり刀で駆けつけても十分過ぎるだろうと思う。

 

それどころか「手柄を横取りしないでいただきたい!」とオサキあたりに逆ギレしそうな感もある。

 

「まあ、アイツだけ残してのんびりしてるつもりもない。行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーその頃、ウシワカと大姫は一進一退の攻防を続けていた。

 

いや、正確には“ウシワカの方は攻めきれないでいる”。

 

それというのも、やはり、例の『泥』。

彼女の賢眼であれば、一眼でアレの『危険性』は察知できた。

故に、泥を避けて攻めようとするも。大姫自身、彼女の危惧を読んで巧みに泥を操り妨害する。

 

これによって、圧倒的に戦闘能力で劣る大姫相手に攻められず、かと言って、鈍重な泥に捕らえられるほどノロマではないウシワカ、という膠着状態が続いていた。

 

 

ーーそんな折、不意に両者の間の『空間』に光が招来する。

 

「……あら、まだ戦ってたのね」

 

そこに現れたのは先程ヒデオたちの前に現れた女悪魔。

一緒に居た少女は何処かへと消えて、かわりにその手には『光球』があった。

それをこれ見よがしに大姫へと向ける。

 

「ほらほらぁ……ここに、貴女が愛してやまない、愛しいカレがいるわよぉ」

 

子どもをあやすような言動、平素なら大姫の不興を買う行いだ。

……しかし、大姫の視線は、彼女の手にある『光球』へと一点に注がれている。

 

そのまま数秒の後、突如として大姫は駆け出した。その手に大量の泥を抱えて。

 

「あぁ……ああ! 義高様!!

義高様、義高様! 義高様義高様義高様義高様義高様義高様……!!!!

 

……オ、オ前カァァァァァァァァ!!!!」

 

やがて、“般若のような形相”に変じた彼女は泥を放ちながら女悪魔へと迫る。

 

「あら怖い。……でもぉ、隙だらけよぉ」

 

鬼女の猛攻になんら怯むことなく、女悪魔はゆっくりと片手で魔法陣を描く。

そして、大姫の放つ泥が当たる瞬間。

魔法陣から放たれた眩い閃光が大姫を包み込んだ。

 

「ギャアァァァァァ!?」

 

悍しい悲鳴をあげてのたうち回る大姫。

そこに二重三重の魔法陣を展開した女悪魔は、光から解放された大姫を『半透明の球体』の中へと仕舞い込んだ。

 

「はい、おしまい」

 

宣言と共に球体内部に紫の電撃が迸り、直撃を受けた大姫はすぐにぐったりと意識を失ってしまった。

 

「貴女は大切な実験体だからねぇ……大切にーー」

 

そこまで言って、その背後にウシワカの刃が迫っていることに気付いた。

咄嗟に振り向き、その刃を“手で弾く”。

 

「チッ!」

 

舌打ちするウシワカに、女はなおも笑い掛ける。

 

「残念だけど、()()()()()()じゃぁ倒せないのよね……ぇ……?」

 

そこまで言いかけて、ふと、彼女は何かに気づいたように笑いを引っ込めた。そして数秒、ウシワカの顔を見つめて、やがて得心がいったかのように手を打った。

 

「あら、あらあらあら……そういうことだったの。『彼』が『あの寺』で失敗しちゃったのは。

そう……貴女、()()()()()()()()()わね?」

 

ニヤリ、口元に悍しい笑みを浮かべた女が告げる。

対してウシワカは頭上にはてなマークを浮かべそうな顔で片眉を上げた。

 

「これはいい発見だわ、いい傾向だわ。そうとわかれば早速、『彼』に任せてみましょう、ええ、そうしましょう」

 

一人で納得したように頷いた女悪魔は、球体に閉じ込めた大姫を引き寄せると。

再び、『テレポート』によってその場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウシワカー!」

 

ーーそれからすぐに、レイラン他仲魔たちを引き連れたヒデオが合流した。ウシワカへとかけられた声は、まるで彼女の心配をしていないかのように間延びして気が抜けていたが。

ーーその姿を目にしたウシワカは、一転して満面の笑みでその傍に馳せ参じた。

 

 

「主殿! 無事だったのですね! ええ、ウシワカは信じていましたとも!」

 

「あ、当たり前だろ……ああも発破をかけられたら俺も本気を出すしかあるまい?」

 

「死に掛けとったじゃろ……」

 

黙れオサキ。

あんなキラッキラした目で言われたら少しでも調子いいこと言わないと。なんていうか、失望されかねないしな。

 

「……と、どうやら雌猫も一緒のようですね。それも、随分……ふふっ、遊び呆けた後の様子で」

 

「あ゛?」

 

ちらり、とレイランを見たウシワカは。彼女の衣服がボロボロなのを確認してから「フッ」と鼻で笑った。

当然、レイランの方もブチィ!っとカットインが入りそうな様子で青筋を浮かべてガンを飛ばす。

 

ちょ、やめて!

今のレイランは普段よりカッカしてるんだから!!

 

「とはいえ……主殿、その腹部の穴は?」

 

そのまま喧嘩でも始めそうな勢いをぶった切って、突然真顔になったウシワカが俺の腹の穴を見ながら神妙な様子で聞いてきた。

 

「ああ、これは……まあ、“コイツ”を出した代償というかなんというか。まあ、コレを戻せば元に戻るから」

 

「なるほ……ど?」

 

良い子なウシワカは、俺の説明を素直に聞いて頷きかけて……ヒノカグツチを見てはピシリと固まってしまった。

 

直後、焦った様子でまくし立てる。

 

「あ、主殿!? こ、この業物は一体……いえ、業物どころか、かの『神器』の一振りにも匹敵、或いは凌駕する神剣とお見受けしますが?」

 

さすがはウシワカ。一眼見て『コイツ』の格を看破するとは。

『リン』から貰った『冬木の資料』に書かれていた『芸術審美』スキルに匹敵する目利きだ。

名付けるなら『芸術審美(剣)』というべきか?

 

「あー……ちょっと、この場では真面目に説明するのは避けたいんだがな」

 

「神殺しの剣、ヒノカグツチよ」

 

言葉を濁してなんとか退路を探す俺を他所にあっさりバラすレイラン。

お前、もうちょっと空気読めよ……

 

「ヒノカグツチ……確か、創世期の神話において伊邪那美神を焼き殺した火神であったと存じますが」

 

なんで知ってるんだウシワカ。

いや、天才だからか……

 

とはいえ、説明はまた後日にさせてもらいたい。

なにせ、ずっと剣を出しっぱなしにしているせいで“腹部の激痛”が現在進行形でメンタルを削ってくるのだ。

 

 

「……まあ、その話はまた今度な。とりあえず社にでも戻って一休みーー」

 

言いながら、溜息を吐きながら剣を『仕舞う』。

 

 

ーーその瞬間。

 

「ごぼっ!?」

 

突然、喉奥から迫り上がってきた『液体』を抑えきれずに口から吐き出す。

赤く生々しい液体は、地面に真っ赤な水溜りを作り出した。

 

「あ、あれ……?」

 

続けて、視界が赤く染まる。頬を伝う生暖かい液体を感じとりながらも、ついで襲う強烈な目眩に耐えきれず、その場に倒れ込んだ。

 

 

 

「主殿っ!!!?」

 

驚愕の表情を浮かべたウシワカがすぐに屈み、こちらを覗き込む……いや、ちょっと近すぎるけど。目と鼻の先に彼女の凛々しく美しい顔が迫っている状況は色々とーー

 

そこまで考えて、遅れて襲ってきた全身の激痛により俺はすぐに意識を失った。

 

 

 

 

 

 




予め言っておくと教授の話は、しません。

だって、名探偵の名言とか知らないし…
雰囲気でホームズかっけぇ! って言ってるけど、ほとんどホームズの話知らないんだよねぇ…
正直、主人公関連とかイヌガミとか消化しきれるか心配で(ry

-追記-
やっちゃったよ、腹無いって言ってんのに鳩尾とか。。









……仕事から帰ったらお気に入りとか凄いことになってて『歓喜の舞』を披露しながら(他には誰もいない)部屋で書き書きしました。
ずっと見てくれてる人も本当にありがとうございます!!
書く気がもりもり湧いて来たぁ!!


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事後処理

軽微なキャラ崩壊(と言ってみたがいうほど崩壊してない)があります。

いやほら、歳取ると涙脆くなるっていうし…



夕凪市北区にある廃寺。

創建年不明、創建者不明、廃寺となった日付・原因その他謂れも不明な謎の寺として市内外問わず、廃墟マニア、オカルト好きなどに密かな人気がある場所。

 

一方で、デビルサマナーによる『定期駆除指定地域』に定められている通り、野生の悪魔が集まる『危険地域』でもある。

 

 

そんな危険エリアにて、『ローブ姿の女』は一人佇んでいた。

 

目の前には、廃寺となる前の寺院にて『本尊』と崇められていたであろう巨大な『像』。

しかしその造形はおよそ“仏像のそれらとは趣きを異にする悍しさ”を持っていた。

ーーそれはつまり、この寺を占領していた“集団”がいずれの仏教宗派にも属さない“異物”であったことを示す。

 

 

「懐かしき“父上”のお姿によく似て……」

 

像を愛おしげに撫でながら女は、憂いに満ちた息を漏らした。

 

ーー父にして“主”たる王の現界。それを望む彼女にとっては例え“偶像”であろうともその似姿に哀愁を抱いてしまうのは無理からぬことであった。

 

そんな、一時の安らぎを楽しむ彼女の側へと無思慮に“出現”する一人の男の影があった。

 

 

彼女がいる廃寺内の部屋、薄暗く視界のはっきりしない闇が支配する場所では必然“影”が占める空間の割合は大きい。

その影より、ぬるり、と抜け出るように出現する男がいた。

 

「……いやはや。よもや“ストック”を一つ消費する羽目になるとは思いませんでしたよ」

 

薄ら笑いを浮かべて溜息混じりに語るのは『涅槃台』。

ヒデオに断ち斬られ、たしかに焼滅した男であった。

その手の中には“真っ二つに割れた小さな地蔵型のストラップ”がある。

 

「相変わらず不粋な男ねぇ……ま、呼んだのは私なんだけど」

 

ちらり、と涅槃台に視線を向けた彼女は先ほどまでの憂いを潜めて“妖しげ”な雰囲気を見に纏う。

 

「“幻霊融合体”、成功したらしいですね? やれやれ、これで我が師の“オーダー”も半分が終えたところですか」

 

「“空想の顕現”に“冬木式の解明”、後者に関しては私の目的にも一致するから協力してあげたけど。あの男もよくやるものね、あれだけ力を得ておきながらまだ足りないなんて。

富に名声に地位まで手に入れておいて、欲深な人間だわ」

 

「それが人間というものでしょう? ……それに、“金とか地位”は力を得るための“手段”に過ぎません。

“全ては力の為”、それが()()()ですから」

 

ーー愉しそうな笑みを浮かべて語る涅槃台とその師は、結局のところ同類であった。

だからこそ、師弟にして同志という固い“繋がり”と高度な意思疎通のもとで最高のパートナーとして最効率で互いの目的のために動くことができる。

 

 

 

「ーーして、この寺に呼び出したということは。『彼』の尻拭いをさせられるということですね?」

 

一転、つまらなそうに述べた涅槃台へ女は小さな笑みで応える。

 

「安心なさい、彼の失敗のおかげで原因ははっきりしたわ。その対処法についてもね。そのものずばり、“貴方の泥”が鍵よ」

 

「ーーほう? 詳しく聞かせてもらいましょう」

 

女の言葉を受け、涅槃台はスッと目を細めて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー都内某所。

昼夜問わず人で溢れ、賑わいを見せる煌びやかな都心から離れ。寂れた、或いは落ち着いた雰囲気を残す旧時代の建築物に塗れた路地裏。

その中でも一際大きな雑居ビルは、“表社会から隠れるモノたちの拠点”としては十分な条件を揃えていた。

立地的、ひいては風水的・魔術的な側面を鑑みて、およそ“彼らに都合がいい”霊地であるのは間違いない。

 

即ち、デビルサマナーたちを束ねる中立組織『サマナー協会本部』である。

 

そこには“二代目会長”を始めとした最低限の幹部連中は揃っているものの。主な職員は、サマナーたちとの連絡係であるオペレーター陣、そして備え付けの工房に篭る『技術者』だけである。

 

というのも、『初代会長』の意向により組織の中心メンバーが一点に集まりすぎるのは危険だとされたからである。

「ここを潰されても、関西、九州に拠点あれば安心だよね」とは初代会長の言。

……たぶんに、初代会長が『己の腕力のみで名だたる悪魔をシメてきた』ことによる絶対的な自信と、『近しい者たちと殺し合った経験』からの『人間不信』が化学反応を起こした結果閃いてしまった“迷案”なのは組織上層部にとってはもはや『常識』となっているものの。

策としては、組織防衛の方針としては、まあ、間違ってはいない。という判断により現在まで継続してこの体制は引き継がれている。

 

 

閑話休題。

 

 

そんな、サマナー協会三大拠点の一つたるビルの廊下をカツカツと靴音を響かせながら歩く女性。

近頃、協会でも一目置かれているデビルサマナー『レイラン』である。

 

いつものリクルート姿にカチューシャを装着して、堂々たる態度で廊下を進む。

 

その姿に、本部へと訪れていた新米サマナーや若年の職員たちは憧れと畏怖の念を込めた視線を送る。

 

それらを一身に受けながらも彼女は動じず、それが当たり前であり自らの責任の負うところ。と真摯に受け止めていた。

それも『己は由緒ある葛葉の巫女であり、この国を死守すべき存在』であると硬く定義し、納得してその役割を受け入れているからこそ。

ーーだが、その在り方は別の面から見れば“自分を殺す”のと同義である、と協会勤めの一部職員からは同情の念を向けられているが。

 

 

 

 

そんなレイランが向かった先は、本部に複数用意された応接間。

ソファと机、気持ちばかりの調度品の他には『複数機能を備えた多重結界』しかない寂しい部屋だ。

 

そこで彼女と対面しているのは魔術協会から派遣された魔術師。

特徴的な髪型をした()()の女性だ。

脚を組み、腕を組んで眉を顰めた威圧的な視線を送っている。

 

「ーーで、肝心の『盗品』については回収できなかったと?」

 

女性は一切の慈悲を感じさせない冷たい声で問う。

 

「はい……その点については申し開きようもありません」

 

対し、レイランは()()()()()()()()()()()()()()()

 

「? ……ああ、日本人(ジャパニーズ)のDOGEZAってやつ? そういうのは要らないわ。私が欲しいのは『結果』よ」

 

女性はきっぱりと言い放つ。

声音からしてどこか“勝気”な印象を抱く彼女の口調は、普段のレイランなら眉をしかめるものだが。

さしもの彼女も、自らの失態を棚に上げるほど愚かではない。

ちなみに、レイランがしたのは土下座では無くお辞儀なのだが。山中に篭っている一族の女性が知っているはずもない。

 

それに、この銀髪の女性はレイランへと依頼を寄越した『依頼人』その人である。

 

「……ですが、幾つかの情報を得ることはできました。本日はそちらのご報告をさせていただきたく」

 

直後、僅かに顔を上げて女性へと向けられた視線は強い信念に満ちていた。そこからは『葛葉の巫女』としての強い責任感と同時に『なんとしてもやり遂げる』という信念が伝わってくる。

 

「っ、言ってみなさい」

 

その瞳に、僅かに気圧されながら女性は続きを促した。

 

 

「ありがとうございます。

 

ーーまず、私どもが討伐した涅槃台の『遺品』より、奴に“指令を与えた人物がいる”という情報を得ました」

 

たとえ()()()()()()()()()退()していようと、腐っても魔術協会。

力ある魔術師の巣食う魔窟へと無謀にも襲撃を仕掛けた連中だが、わざわざそんな危険な真似を『立案者』がするとは考えにくい。

そのことから協会も当然のごとく『黒幕』の存在を考慮していた。

 

「……ですが、残念ながらその人物の詳細情報は掴めませんでした。『COMP』に残された記録では一貫して『テンメイ』の呼び名が使われており、やり取りの合間にも“テンメイなる人物の素性を推測させない配慮”が見受けられました。

このことから、黒幕は“裏社会ないし表社会にて一定の地位にある人物”と考えられます」

 

「……」

 

レイランからの情報に、銀髪の女性はしばし思考を巡らせる。

 

地位ある者が“天体科”から“アレ”を盗む? その動機は?

加えて、伝承科から盗まれた“モノ”を考慮すると、犯人の目的は『空想の具現化』。

目的は分かる、分かり易過ぎるほどに。

 

だが、“動機”が分からない。

 

 

わざわざ魔術協会に属する施設を襲ってまで手に入れようとした、とすると。真っ先に『魔術師(同業者)』が疑わしく思える。

しかし、魔術界隈で『我が家』と『伝承科』の力を知らぬ者はいない。仮にも君主(ロード)を同時に二つも敵に回すなど、相手の今後の魔術師としての活動を考えれば自殺行為だ。

 

襲撃犯が雇われだとすると尚更魔術師とは考えにくい。

 

となるとーー

 

 

 

悪魔召喚師(デビルサマナー)といえば、神秘を扱う界隈では有名過ぎるほどの『戦士』である。

対して、魔術師とは本質的には『研究者』だ。

 

生粋の戦士と、戦える研究者。どちらが戦闘において秀でているかなど明白。……無論、『例外』は存在するが、それでも大半は生粋の研究者である魔術師。戦闘におけるセンスの優劣は実際の戦場では致命的な差になり易い。

戦いを知らぬ怪獣と戦い方を熟知した戦士、たとえ力があろうと使い方を知らなければ話にならない。

一般的な魔術師とサマナーを単純な戦闘能力で比較すれば、半人前サマナーを殺すのには熟達した魔術師を数名動員するほど。

 

当然、魔術師がサマナーを雇った、という考えが自然なのだろうが。それは先に述べたとおり、そもそもの動機からして不明瞭だ。

 

なにより、()()()()()使()()ということが普通の魔術理論ではあり得ない。

 

前提として、魔術とは『基盤』に沿って行使されるもの。

それを、“全く異なる基盤同士を併用して発動”するなど素人考えにも程がある。

使う『道具』が強力であればあるほど、性質の違いは儀式に致命的な障害を発生させる。

魔術師であれば絶対にしない悪手だ。

 

……だが、それはあくまで『真理に辿りつけない道筋』というだけの話。例えば『民俗学者が何の前触れもなく新エネルギー開発を試みる』ようなもの。『物理学者が民俗学の研究を始める』でもいい。

要は、『目的がそぐわない』のだ。

 

しかし、単純な、『戦闘スキル』として考えるなら別だ。

性質が反発しない限りは、同質の術式同士を掛け合わせて威力の増強を試みるのは正しい。

更に、『研究者』たる魔術師と比べて。サマナーたちは『日常的に神秘と矛を交えている』。

それはつまり、『霊的研鑽の差』に直結する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

要は、『神の扱う権能が一般魔術師には使えない』のに対して。『神の位階にまで研鑽を積んだサマナーは、同等の力を行使できる』ということ。

 

対し、魔術師は『力自体に興味はない』。

あくまで『真理』に到達するための手段であり、真理に至れるならば別に魔術でなくとも構わないというのが魔術師の基本的なセオリー。

真理に至る『近道』が『この世界の魔術』であるから魔術師となっているに過ぎないのだ。

 

 

このことから、先述の『戦闘能力の差』に繋がる。

 

まとめると、霊的研鑽を積んだサマナーに魔術師は勝てない。ということ。

 

 

数少ない()()()()()()()()()()も、西暦上で何度も繰り返された『教会の異端狩り』によって大きく数を減らしており。

現状として『和平協定』を結んだ魔術師のみが一応の生存を許されていることから、わざわざ『禁忌』を大々的に侵したがる魔術師はいない。

 

 

以上の点を以って、犯人が魔術師という考えは決め手にかけると判断した。

 

すると残るのは、『力を欲するサマナー』ということになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーその後、続けて語られた報告に耳を傾けた銀髪女性はその推測をより確信に近づける。

 

 

「ーーつまり、“社会的地位を築いている力あるサマナー”が黒幕ということね」

 

かいつまんで結論を述べる女性に、レイランも首肯する。

 

「加えて、“神族級の魔王”と“()()()()()()()()()()()()()”が協力している、と」

 

 

そう言ってーー

 

 

 

ーー内心、頭を抱える女性。

 

それをおくびにも出さず平静を装いながら女性はソファに腰掛けて尊大なポーズを、()()()()維持していた。

 

そのことに気づかないまま、レイランは話を続ける。

 

「……正直に申し上げて、今回の一件は“私の一存では扱いきれない”案件です。

無論のこと、『依頼は必ず達成』しますが。

 

協力者と目される『両者』に関しては、魔術協会の総力を上げて対処にあたるべきと思われます」

 

レイランの言葉に、女性は再び内心応える。

『できるならやっている』と。

 

しかし、()退()()()尚も派閥争いに権力闘争と、暗闘に明け暮れる腐敗した協会が総力を上げるなど。

率直に夢物語であった。

 

数少ない例外でも、十年以上前に起きた『ユグドミレニア討伐戦』くらいなもので、その時でさえ数名の力ある魔術師と、斥候としての『使い捨て』を動員したのみ。幹部連中は自らの椅子から動くこともなかった。

 

だからこそ彼女はレイランに依頼したのだ。

……したというのに。

 

「ふぅ……(なんでいつまで経っても達成できないのよ!? 貴女は極東でも有数のサマナーなんでしょ!? それが、ひと月以上取り掛かって達成できないどころか、新たな脅威まで見つけてきて……。

おまけに『古き神に類する強大な魔王』と『ダークサマナーのコネばかりもってる仲介人』ですって?

い、い、いい加減ーー)

 

「……いい加減にしてよ、もう!!」

 

「え……?」

 

ーー突然、目の前で頭を抱えて叫んだ銀髪女性に、レイランは間の抜けた声を出してしまった。

 

そんな彼女のことなどお構いなしに女性は捲し立てるように声を張り上げた。

 

「私は、栄誉ある()()()()()()()の後継者なのよ!? お父様の期待に応えるために頑張って、頑張って頑張って頑張って……! 怖い思いだってたくさんして!

それなのに、ある日いきなり()()()()()()()()()()()、取ってつけたように私が当主に祭り上げられて!

でも、誰も付いてきてくれなくて……!

私だって頑張ってるのよ!!」

 

「え……いや、あの……?」

 

いきなり何の話だ、とレイランは思った。

しかし、目の前で、まるで発狂したように喚き散らす女性は。なんというか、どことなく『可哀想』に思えて怒る気にもなれない。というか純粋に『哀れ』。

 

「そんなところに、魔王? 魔王ですって?

なんで(ウチ)が魔王なんかに目をつけられなきゃいけないのよ!」

 

「いや、厳密には敵の目的は『盗まれたモノ』の方であってアニムスフィアにはこれといった執着は無いものかとーー」

 

「それはそれで悔しいのよ!」

 

めんどくさいなこの女、とレイランは思った。口には出さない。

 

ーーアニムスフィア現当主の名誉のために断っておくと。

涅槃台たちダークサマナーの襲撃に始まり、その混乱に乗じた他勢力からのちょっかい、さらに便乗した『教会』からのちょっかい。

それらの対応にまごついたことによる自陣営からの『クレーム』などなど……。

最近は立て続けに『不幸』が重なって、ただでさえ『トラウマ』と『生来の気弱さ』で小心者な彼女の精神に多大な負荷が掛かっていたのだ。

 

だからこそ、『信頼できるサマナー』の前で泣きはらしてしまうのも仕方がないことなのだ。

 

「お父様が遺した家をあんなにして、魔王にまで狙われるなんて……うぅ……きっと、私は無残に殺されて地獄に連れて行かれるんだわ! そこで永遠に、こう、“四人くらいで回す謎の棒”を回させられるんだわ!! うわぁぁぁん!!」

 

遂には床に膝をついて泣き出した。

これにはレイランも、どうしたものかと慌てた。

率直に、応接間で依頼人を泣かせている図というのは外聞が悪い……もとい、目の前で号泣している三十路手前の女性というのは見ていて心地いいものでもない。

 

 

ーーこのあと、数時間かけて女性を宥めたレイランは、銀髪の彼女が連れてきていた護衛の女性たちに身柄を引き渡し、主に精神的に疲労困憊の状態で帰宅することになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーレイランが、号泣する『ロード・アニムスフィア』を必死に宥めている頃。別の応接間にて寛ぐ人物がいた。

 

「ふむ? なんだか女性の泣き声のようなものが聞こえる気がするが……」

 

「気のせいです」

 

即答するのは、その人物と対面に位置するソファに腰掛ける少女。

『悪魔召喚プログラム研究の権威』、“リン”である。

 

彼女の視線の先で優雅に脚を組むのは、白いタキシードを纏い、真っ白に染まった癖っ毛を持つ若い男性。

その顔には、僅かだが()()()()()()()が窺える。

両者を知る者からして、その関係性を推測するのは容易い。

 

「それで……ご用件をお聞かせ願えますか?」

 

そう語るリンの表情は硬い。

敵意こそ無いものの、最大限の警戒と、緊張を抱いているのが見て取れるようだ。

 

ジッとこちらを見つめるリンに、男性は優雅な笑みを浮かべながら応える。

 

「無論、()()()()、“出来損ない”に関することだとも」

 

笑みを崩さずにサラリと飛び出す冷徹な言葉に、リンはピクリと眉で反応した。

 

男からすれば、この態度は『同じ研究者』たるリンだからこそのものであり、ともすれば平時よりもリラックスしていると言えた。

 

「……いったい、誰のことをおっしゃっているのかーー」

 

一瞬、しらばっくれようとした彼女の言葉に被せるように男は続ける。

 

「召喚プログラム研究者にして、『ヴィクトルの養子』たる君のことは高く評価している。

……その『情報収集能力』についてもね」

 

「っ!」

 

「知っているはずだ、あの失敗作の素性を。だからこそ手を貸し、貸される関係にあるのだろう?

その前提で話を進めるがーー」

 

リンの返事を待つことなく男は続ける。

 

「先日、()()()が君の研究資料から興味深いモノを見つけてきたんだ」

 

ばさり、と手に持っていた紙の束を机に放り投げる。

 

「『ヒノカグツチ』、その解析を目論んでいたね?

時期は残念ながら特定できなかったが、君は一度、“アレ”のデータを解析しようとして……()()()()()()

 

机にばら撒かれた紙、資料には『奧山秀雄』の名前と、『ヒノカグツチ』の単語が記載されている。

そこにはデータと思しき数値やグラフが複数載っているものの、末尾において『中断』の文字と共にぱたりと記載が途絶えていた。

 

「……」

 

紙をチラリと見てから、視線を男に戻して外さないリン。応接間に結界がある以上はおいそれと下手なことはできないものの。

男が放つ『異様なMAG』を考慮していつでも動ける準備をしていた。

 

「安心したまえ、私が問題とするのはそこでは無い。

……いや、もちろん『口実』にはさせてもらうが。

私が欲しているのは、ここに併記してある『悪魔憑依』の方だ」

 

指で指し示しながら告げる男の顔は相変わらず優雅な笑みで固まっている。そこには警戒も緊張もなく、ただ単に『挨拶するような気軽さ』だけがある。

 

「率直に、このデータが欲しい。対価として『ヒノカグツチの件』は不問にしよう。

別に、()()()()()()()()()()()()からね」

 

「……脅迫、と受け取ってよろしいのですね?」

 

必死に、不敵な笑みを浮かべてみせたリンに、男は不意に破顔した。

 

「ハハハ……! いや失礼。あの『神童』と称された『リン嬢』にしては面白い冗談だと思ってね。

分かっていると思うが、我々の力をもってすれば君らを殲滅することなど容易い」

 

「そんなことになれば、召喚プログラムの研究は大幅に遅れることになるわ」

 

()()()()()()()。なにせ我々は『我々だけの力で戦える』。わざわざ悪魔を使役する必要もなく、諸機能を使う必要も無い。我々はサマナーではなく『バスターズ』。討伐者だ。

それも、()()()()()()()()、ね?」

 

正面から脅迫する男に、しかしリンは苦い顔のままに首を振らなかった。

 

見兼ねた男は「少し話をしよう」と人差し指を立てた。

 

 

「我々が扱うのは『神殺し』の火だ。しかしながら、この火というのは面白いものでね。日本に限らず、火を用いた『神話の概念』というのは多面的存在として多用されている。

 

ある神話では人類文明の象徴として、ある神話では聖なるモノとして。

 

ーーそして、ある神話では『世界を燃やすモノ』として」

 

ふと、男の指先に目を向けると、淡い焔がマッチのごとく灯るーーしかし、そこに込められた『力』は、名だたるサマナーを目にしてきたリンをして驚愕に値するほどであった。

同時に()()()()()()()()()()事実に内心驚愕する。

 

「即ち■■■■■の再演。根本的に、我々の火は『全てを燃やせる』。

それを扱うともなれば当然、“並の存在では耐えられない”。

 

だからこそ、“ソレ”が欲しいんだ。作品を試す的としてね。

 

……さて、ここまで語れば“反抗”などという愚かな選択肢は消えるはずだが、どうかな?」

 

男は、自らの対価として情報を与えた。研究者たるリンが喜ぶような情報を。

 

ーーしかし、同時に齎される『恐怖』の方が優っているだろうことは理解していた。

要するに脅迫で相違ない。

 

 

 

やがて、表情を歪めながらもリンは渋々首肯した。

先程見せられたマッチほどの小さな火、アレだけで優に()()()()()()()()()と理解したからだ。

それを本気で使われたらどうなるかなど想像に難く無い。

 

「良い判断だ。安心したまえ、()()()()()この力を『神殺し』にしか使わない。ただ、それだけの為にあるのが我々だからだ。

……だが、『自衛』ともなれば話は別だがね」

 

フッと火を消した男は再び背もたれに体重を預ける。

対して、リンは絞り出すような声で答えた。

 

「……了解しました。

 

『奥山』現宗主『()()()()』」

 

 




魔術師は、あくまでこの世界での魔術師となりますので、型月とは若干異なりますが、基本方針は大体同じです。
つまり、、

『真理の扉開くためならなんでもするマン(ウーマン)』



ちなみに『魔法使い』は存在しません(断言
ついでに『二十七体の化け物的なの』もいません(断言

……そこら辺出しちゃうと型月なっちゃいますからね、仕方ないね。
というか単純に扱いきれn(ry


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小休止

ーー真っ白い壁に覆われた部屋にいる。

 

時折訪ねてくる『ドクター』や『ナース』以外には誰も来ない真っ白な部屋。

ここにあるのは己と『半身』のみだ。

 

 

ーー月に何回か行われる『実験』のための部屋。

 

真っ白なのは同じで、いつもの部屋よりもずっと大きな部屋。

 

『ガラス越し』にドクターたちが何か話している中、俺は『床下から昇降機で登場』した『対象』と戦う。

 

“振るえ、ヒノカグツチ”

 

呼べば出てくる“ぼく”の相棒。敵を全て、残さず焼き尽くすさいきょうのけん。

 

ひとタび振るえば、敵は一瞬デ燃え尽きる。

 

 

 

 

 

 

 

ーーきょうだいハ、沢山イタ。

 

『こうにしゅ』と呼バレた兄や、『おつにしゅ』ト呼バ■タ姉。

他ニも、『■■■■■■ひのとがたいちごうき』■呼■■タ■、■■■■■■■■■■■■■ーー

 

『おつねぇ』と『■■ちゃん』ハ特に仲ガ■■■■ーー

 

みんな、『■■さま』の“ひがん”のタメに生マレテーー

 

一緒に居レバ、■■■■■■ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー違う。

 

そんなのは全て御為倒し(おためごかし)だ。

 

俺は、俺らは全て『■■さま』に使い潰されるために生まれた。神殺しを効率良く、要領良く、それでいて最高の威力で遂行できるように日夜繰り返されている『実験』のための道具に過ぎない。

 

俺や『■■ねぇ』、『■■ちゃん』でさえ彼らからしてみれば単なる『実験体』に過ぎないのだ。

……過ぎないはずなのに、彼らは甘い言葉で俺たちを籠絡し、洗脳し、檻の中で飼い殺している。

人が、人を飼い殺しているのだ。

 

悍しい。吐き気を催すほどに。

 

そのことを理解できたのは、あの日、庭で出会って以来よく話すようになった『彼女』のおかげだ。

 

 

 

『彼女』から与えられた『知恵』によって、俺だけがこの施設の異常性に気づけた。

だからこそ、同じ境遇の彼ら彼女らを救おうと足掻いた。

 

 

ーーその結果が、目の前で繰り広げられる『地獄』。

 

 

 

 

嫌がる『■■ちゃん』を『装置』で無理やり操り、力を暴走させて。相対する俺へと向けさせる。

度重なる『実験』によって、かつては「珠のようだ」と『■■ねぇ』が褒めていた白肌は変色し。膨張し浮き出た血管に塗れた“赤色”と化していた。

年相応な細腕は、無理やり結合させた『志■■津見の神腕』による拒絶反応で変貌。樹木のような材質で形成された巨腕は、彼女の身長に達するほど伸び、二の腕から“葉っぱで形成された翼”が飛び出て、前腕の手首にまで生え揃っている。樹皮のような土色の手の先端には金属製の鋭い鉤爪がライトを反射してギラつく。

 

口から“赤い泡”を零しながら涙を流す彼女へと、『科学者』は無慈悲に指令を与え、壊れかけの肉体を動かした。

 

ーー率直に、パニックに陥った。不利な戦況に、ではない。

なにより愛しくて、愛らしかった彼女が“こんな姿”にされ、かつ、俺へと矛が向けられている事実に、だ。

 

 

『“百壱号器”から『生産』した躯体は最高レベルの『個体値』を有する。中でも貴様、『甲一種にカテゴリされる丙型壱号器』は『拡張性』に期待が持てる。

 

……その貴様が“執着”する『乙二種丁型弐号器』に、『溢れるだけの機能』を付与し、これを()()()()()

それによって貴様へと『機能を吸収させる』のが一応の『目標』だ。

 

これは、私としても初めての試みでね。正直、()()()()()()()()()()()()がやってみる価値はあると思う』

 

『部屋の中に付けられたスピーカー』から()()()()()()()の声が響く。

続けて、卑屈そうな中年男性の声が聞こえてきた。

 

『残念ながら、丁型の中でも特に拡張性に秀でていた『乙一種壱号』はちょっとした調整ミスで運悪く()()してしまってね。

誠に遺憾ながら()()()()()の二号器を使うしか無かったんだ。すまないね、『甲一種丙』』

 

何の気なしに語られた“悍しい所業”に、一瞬で沸点を迎える。

ちょっとしたミス? 運悪く?

そして、『■■ちゃん』を出来損ないと。

 

 

ーーなんとか怒りを堪える俺へと、『■■ちゃん』がゆっくりと前進してきた。

その身体からは、“破裂した血管・皮膚”より溢れた血液が滴り落ち、焦点の合わない目からは絶えず涙を零している。

 

苦痛に満ちたその表情を見るだけで、俺の思考回路は停止してしまう。直感してしまうからだ、()()()()()()()()()()と。

 

 

『さあ、やりたまえ“乙二種”』

 

不意に、無慈悲な『命令』がスピーカーを通し部屋へと響いた。

 

『■■ちゃん』の頭部に付けられた『装置』が、命令を受諾して、宿主の身体を無理やり動かす。

 

ギチギチ、と軋む関節を酷使して。

グチュグチュ、と変形を繰り返す筋肉に発破を掛けて。

 

やがて、ゆっくりと屈んだ身体が。

弾丸のような速さで突進してきた。

 

迫る鋭い爪へと、手に待つ『魔剣』を合わせようとしてーー

 

ーー彼女の瞳が、俺の瞳を捉えた。

そしてーー

 

 

『助……ケテ』

 

「っ!!!!」

 

ーーーー絶望に満ちた顔で告げる苦しげな声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

我が家の天井を見つめる俺の寝起きは最悪だった。

なにより気分が悪い。

 

原因ははっきりしている。恐ろしいほど鮮明に脳裏に焼き付く『悪夢』のせいだ。

とっくの昔に“割り切った”と思っていた苦い過去を蒸し返されたような気分。……ような、ではなく“まさしく”そうなのだが。

 

悪夢から覚めて、しかし恐ろしく冷静な思考回路のおかげですぐに自分が自室のベッドの上に横たわっていると理解できた。

見慣れた天井のおかげか。

 

少し動かすと身体のあちこちから痛みが走ったので、ゆっくりと慎重に動いて布団から抜け出し。ベッドの下に揃えられたスリッパを履いた。

 

「……確か、ウシワカと合流した後に倒れたんだったか」

 

記憶を思い返して状況把握を行う。

正しくは、“剣を腹にしまってから”倒れたわけだが。

 

それを思い出して、すぐに、着せられていた寝巻きを捲って腹を確認してみたが。魔剣展開中の穴はちゃんと塞がっており、魔剣は“ちゃんと仕舞えた”ことを理解した。

がーー

 

「……ぐぉっ!?」

 

立ち上がろうと腹筋を動かしたところで、凄まじい鈍痛が発生した。

思わず呻いて蹲ってしまう。

 

直後、遠くからバタバタという音が近づき、ものの数秒で部屋のドアが乱暴に開け放たれた。いや、破壊された。

それはもう無残に、弾け飛び、残骸となった木片が部屋の反対側の壁に激突して飛散した。

 

「主殿!!!?」

 

遅れて顔を出したのは、足音の時点から予想していた通りウシワカであった。『Quick』と書かれた緑のダボTにパンツ姿という“いつも通り”な格好でサンダルを履いている。

そんな装いとは逆に、真剣な顔ですぐさま俺の近くへと走り寄る。

 

「何かございましたか!? どこか、痛いところでも!?」

 

「う、うん。強いて言うなら全身痛いかな。あと財布も、痛いかも」

 

だが耐えられないほどではない。直前の腹部の鈍痛以外は我慢できるくらいの痛みでしかない。

……とは言え、全快の時のような動きは出来そうにないが。

 

「ぜ、全身……くっ、私が“現代の妖術”に明るければなんとかして見せるものを。主殿の身体に“刻まれている”術理は鞍馬で学んだ“術”とは丸っ切り系統が異なる故、とんと分かりませぬ。

 

ですがご安心ください、一昨日より“現代の妖術”を学んでいる上に今はもう『治癒魔法』とやらも使えるようになりましたから!」

 

悔しげな表情から、すぐに明るい顔で胸を張るウシワカ。

そのいつも通りな“天才ムーブ”に苦笑を返すしかない。

というか、その天才ムーブ、偶に怖くなってくるんだけど……君本当に元人間なんだよね? 実は天狗の化身ないし山神の化身とかじゃないよね? もしくは軍神?

 

なんでもいいが、その人知を超えた天才ムーブは少し自重してもらいたい。天才も行き過ぎると恐怖しか湧いてこなくなる。

……まあ、可愛いから全面的に許すけどな!

 

「……と、先ずは無事に目覚められたことを喜ばねばなりませんね。おはようございます、主殿」

 

一転して粛々とした様子で静かな笑みを見せてくるウシワカに、不覚にもドキッとしてしまった。

こんな野生児にトキメキを覚えるとは……。

 

「うんおはよう、ウシワカ。

それで……ここまでの経緯を端的に説明してくれるか? 恥ずかしながらここまでずっと眠ってたみたいなんでな」

 

仲魔との『パス』を通じて送られてくる『感覚』からして、鎌倉で召喚していた仲魔は全員が今も家の中で現界していることはわかった。

……一応、全員が『消費MAG』を節約してくれているようで、身体に支障を与えるほどの消耗は無い。

 

「わかりました。とりあえず、主殿は倒れられてから三日ほど眠っておられました」

 

三日。

人間、寝ようと思えばいくらでも寝れると聞いたことがあるが、まさか自分がそこまで寝る機会が来るとは思わなかった。

 

ーーその後、ウシワカから丁寧に語られた説明によって大凡の状況は把握することができた。

 

 

あの日、倒れた俺は、レイランの提案によって『サスケ』の元へと送られて彼女の治療を受けたらしい。

……が、どうにも“上手く治癒が働かない”とのことで丸一日ほど、治療を受けることになったという。

 

そして、なんとか瀕死の状態を脱した俺を確認して、レイランは一足先にあの地から去ったらしい。

なんでも『事後処理その他諸々は私がやっておく』とのことで、報酬の方も口座に振り込んでおいてくれるらしい。

去り際、『ソイツの治療には少し心当たりがある』と述べてサマナー協会本部に向かったという。

 

『心当たり』というと、まあ、十中八九、『あいつら』しかいないのだが。正直な話、あいつらとはもう関わり合いになりたく無い。

“今朝の悪夢”のせいで余計に嫌な気分だ。

 

 

ーーそして、とりあえずの危機は去ったから家で安静にするようにサスケに言われ、こうして自宅療養となったわけだ。

 

「……いくら『サスケ殿』の言葉とはいえ。主殿の痛ましいお姿を見ては簡単には信じられず。

 

そこで! イヌガミ殿にお願いして家にある『魔術教本』とやらを学ばせていただくことにしたのです!

イヌガミ殿は攻撃魔法を学んで欲しかったそうですが、今は主殿の治癒が最優先。

治癒魔法のみに集中したおかげで、だいぶ使えるようになりました!

 

ふふ、『腰痛』『腹痛』『頭痛』、どれでもこのウシワカが治してご覧にいれよう」

 

全部初歩じゃねぇか!

いや、まあ、普通の技術と違って魔術は習得に“特殊な才能”を要する。

肉体的な才能ではなく“精神的な才能”というやつだ。

 

だから、さすがのウシワカでも初歩の治癒魔法しか覚えることが出来なかったのだろう。……いや、習得にたった二日しか掛かっていない時点でやっぱりおかしいくらいの天才ムーブなんだが。

彼女の天才ムーブについてはすでに“考えることをやめている”。

 

なので驚きこそあれ「まあ、ウシワカだし」で済んでしまう。慣れって怖いね。

 

 

 

 

 

それから。

 

他の仲魔たちのところにも顔を見せに行き、先日の戦いに対する労いの言葉をかけて回った。

その際に皆口々に「いいから安静にしてろ」と怒られたが、この不調の『原因』を知ってる身としては寧ろ“引き篭もってナイーブになる方が危険”だと理解しているので、やんわりスルー。

 

挨拶を済ませた俺はすぐにPCに向かい、仕事に戻った。

 

「主殿、今はまだ休んでおられた方が良いのでは?」

 

「溜まってるメールくらいは処理しとかないとな、こういうのは信頼が大事だから」

 

カタカタとキーボードを打ちながら答えると、ウシワカは不満そうな顔をしたあとにため息を吐いた。

 

「……主殿は言い出したら聞きませんからね、仕方ありません。何か、甘味でも作ってきましょう」

 

そう言うなり部屋を去っていく。

……いつのまにお菓子作りまでできるようになったんだ、あいつ。

 

 

とりあえず、依頼メールの処理を最優先に片付け。その後は協会やら仕事関連のメールに目を通し、返信が必要なものには逐一連絡。

その間にウシワカ特製のアップルパイ、スイートポテト、ホットケーキが随時運ばれ、それらに舌鼓を打ちながら無事に事務作業を終えた。

……我ながら凄まじく快適なデスクワークをしてしまったと戦慄する。

ちなみに、出されたスイーツは全て俺の好物である。いつの間に調べたんだ、と一瞬思ったがすぐにイヌガミに聞いたのだろうと気づく。

こういうのは以前までイヌガミに頼んでいたからな。

 

 

 

ひとまず一息吐いた俺は、ウシワカが家事に勤しんでいる間に自室で一人、椅子へと座り込んでいた。

 

「……(ふる)え、ヒノカグツチ」

 

手を前に出して呟く。

すると、前方の空間に一瞬炎が燃え上がり、すぐに『魔剣ヒノカグツチ』が出てきた。

 

それを手に取り、見つめて。

溜息を吐いた。

 

「やっぱりか……」

 

本来、()()()がヒノカグツチを喚び出せば、先日のように腹の中から飛び出てくるはずだ。

しかし、今の俺の腹に穴は見当たらない。

 

明らかに()調()()()()()()()()()

 

 

とすれば、やはり、()()()()()()()()()()()身体の不調はコレが原因ということになり、対処には『奴ら』の協力が不可欠となる。専門家による調整が。

 

「気が重いな……」

 

奴らとはお互いに『不可侵』の約束をしているが、取引次第では協力をしてくれたりもする。

もはや、目新しいデータを期待出来ない俺に興味はなく、事実上『釈放』の身となっている俺だが。何らかの、奴らの興味を引くような取引材料を用意できれば、『再調整』くらいなら手を貸してくれるだろう。

 

こちらから頭を下げる、という苦痛に耐えられればの話だが。

 

「……いや、待てよ?」

 

ふと、そこまで考えて閃いたことがあった。

 

俺の不調の原因が、『霊力低下によってヒノカグツチとの同調がバグった』ことにあるとすれば。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……と、言うのは簡単なんだが。

前提として、霊力低下を起こしたサマナー。分かりやすく言えば『心の折れてしまったサマナー』を再度、全盛期の実力に鍛え直すというのは非常に困難だ。

……自分で言ってて情けなくなるが。

 

霊力低下、霊的位階の低下というのは普通なら起こり得ないイレギュラーな現象だ。

その原因となるのも各々様々な事情によるところがあるものの、大半が“強いトラウマによる挫折”によって発症している。

 

『霊力欠乏症』と通称されるこの症状を治療するには、先の“トラウマによる挫折”が原因であれば、そのトラウマを取り除くことが最優先となる。

要は“立ち直らせれば”言いわけだが、これが存外にも難しい。

 

そもそも、本来起こり得ない症状を発症している時点で、“尋常ではない心的外傷”を負っているのは明らかで。サマナーという職業である程度メンタルが鍛えられていなければそのまま“廃人”と化していてもおかしくない。

だからこそ、この症状が出たサマナーの殆どは廃業ないし引退するのが常だ。

 

……と、ここまで冷静に詳細を理解していれば治りそうなものだが、それでも、俺のトラウマは事あるごとに俺の精神にダメージを与えてくる。

それでも。

 

いまだにサマナー業を続けているのは、単なる『未練』だ。しかし、その未練があるからこそ、俺はまだ『廃人』になるほどのストレスは受けていないと自覚できる。

 

 

 

そして、これを解決……とまで行かないものの。なんとか『誤魔化す』ことさえできれば。以前の力の何割かは取り戻せるかもしれない。

 

「今更、修行し直すなんて……以前の俺なら考えつかなかった、いや、やろうなんて思わなかったな」

 

先述したように、俺がサマナーを続けているのは単なる未練。こうしてサマナーとして悪魔と“戯れて”いれば、『彼女』との思い出を鮮明に思い出すことができるし、なにより。

もしかしたら、“もう一度、会うことができるかもしれないから”。

 

俺の、今の生きる意味を再確認しつつ。自室の棚に飾られている『コレクション』に視線を向けた。

 

来客の際には()()()()()()()調()()()()()()()()()()()品だが、俺や仲魔しかいない今は『本来のコレクション』を飾っている。

 

“魔術によって作られた大釜”、“ある死神を模して彫られた小さな像”、“様々な色の液体が入った様々な形状の小瓶たち”。などなど……。

 

どれも“凄まじい魔力”を放つ魔術アイテムばかりだ。

 

だが、それら全て“俺の目的”を果たすには力不足だ。

 

「大釜の“オリジナル”であれば、或いは……」

 

そんなのが現存するなんて、聞いたことがない。……が、“召喚した神霊が持ってくる”こともあると聞く。

それでなくとも、“俺の目的”に合致する“神話”というのは古今東西、腐るほどにありふれている。

 

もしくは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「俺一人じゃあ、無理だろうが……」

 

運良く、最近仲魔にした()()()()()()()()()()

 

“俺の目的”を快く思わない仲魔たちだが、彼女ならば()()()()()()()()()()()()()()だろう。

そしてなにより()()()だ。

 

「ああ、本当に……俺には勿体無い仲魔だよ」

 

レイランの評には、実のところ感心している。

俺も、自己評価は十分に出来ているから。

 

()()()()()()()()

倫理も常識も道徳だって()()()()()()()()

薄皮一枚剥けば、そこらの人間と変わりない()()()()()()()()()()だ。

自分でも反吐が出るくらい浅ましい本性だが、『彼女』は俺に『外の知識』を与えてくれた、謂わば『俺を人間にした存在』なのだ。

“正常な親”が存在しない俺にとっては生みの親と言ってもいい。

 

そんな彼女に「会いたい」と願うのは、果たして『悪』なのだろうか、と。なぜ、願ってはいけないのかと疑問に思う。

 

 

これまでは、俺の目的を忌避する仲魔たちの手前や、圧倒的な力不足から来る『諦め』に近い感情から、なんとか“良識”を保ってきたが。

ウシワカを得た今、その“枷”が揺らぎ始めているのを感じる。

 

 

 

ーーそこまで考えて、それらを振り払うように首を振った。

 

「……良くない兆候だ」

 

俺の目的が果たされれば、霊力などいつでも戻ってくるだろう。しかし、同時にそれが果たされるまでは自分でも()()()()()()()()()()()()()。仮に涅槃台が俺の目的を達成できる取引を持ちかけてきたなら……或いは()()()()()()()

 

そんなのは、多分、ダメだろう。なにより約束を守るとも思えない。

 

だが、万が一。

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……修行に勤しもう」

 

席を立った俺は、この迷いと“危険な思想”を忘却すべく。早速その日から修行を開始した。

 

 

 




※今後は必要最低限の連絡事項のみとさせていただきます。


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歪み・一

「そっち行ったぞ、ウシワカ!」

 

とある軍事施設内、迫り来る“アーバンテラー”たちへと発砲しながら声を張り上げる。

 

「承知!」

 

直後、少し離れた位置から彼女の声が返ってきた。

それを確認し、こちらも援護に向かうべく目の前の敵へと再度銃撃を行う。『破魔弾』の込められた銃撃を受けた二体のアーバンテラーはその場で光に包まれ消滅した。

 

しかし、

 

「うぉ!?」

 

その後ろから突進してきた三体が、手にした銃器を乱射してきた。

慌てて物陰に隠れてやり過ごす、と同時に弾切れとなった愛銃へとリロードを行う。

そのまま待機し、角を曲がって現れた一体へと即座に発砲。

 

「っ!!」

 

驚愕した表情のままにそいつは昇天した。

残り二体。

 

俺は間髪入れずに、魔力を灯した指先で宙に“文字”を刻んだ。

 

「“祓い給え、清め給え”」

 

刻むのは“神代の日本”で使用されたとされる“神代文字”の一種。内容は、祓を司る四神が一柱“速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)”の力を僅かに借り受けるというもの。

それを刻んでから即座にバックステップ。

ちょうどその時、角から残りの二体が現れた。

 

奴らは、必然曲がり角直近に配置していた神代文字に衝突する。

それが“発動”の合図となり、文字から膨大な水量の“渦潮”が飛び出した。

 

「っ!?」

 

渦潮は、突然の出来事に混乱するアーバンテラーを一瞬で呑み込んでそのまま蒸発するようにして消えた。

久しぶりに、『神道系』を使ったが特に問題なく使用できて内心ホッとする。

 

「神道系はあんまり使いたくないんだけど、そうも言ってられないしな」

 

ぼやきつつ、こちらの『掃除』を終えた俺はすぐさまウシワカの援護に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕凪市内を通る大通りに沿って南へ数km。

夕凪とも盛んに交流がある港町から、さらに船を使って沖合へ一時間。

 

そこには昭和中期に廃棄されたままの無人島があった。

 

 

廃棄以前には、島民が数千人単位で暮らし独自の文化を築くほどの栄えぶりであったが、当時の軍国主義の政策を受けて島は軍事拠点化。

様々な兵器類を量産する工場が立ち並んだ。

 

しかし、戦火によって民家含めた工場は軒並み壊滅。終戦後も復興する『価値』が認められなかったことからそのまま無人島として放棄され、戦時中の“忌まわしい研究”を鑑みて地図からも消されることとなった。

 

 

……と、言うのが俺が有していた情報だった。

だが、ここ数年、この忘れられた島に目をつけた『テロリスト』たちが不法に占拠し、尚且つ、『悪魔を使った兵器開発をしている』という情報が入った。

ただのテロリストなら大人しく表の法治機関にお任せするが、『悪魔』が絡んでいるとなればデビルサマナーの管轄だ。

 

よって、協会は『島内に潜む悪魔とこれに関わる“人間”の殲滅及び研究資料の回収』を依頼化。協会内でも『経歴の長い』サマナーに向けて発行した。

事前に与えられた情報からして、比較的『簡単』な依頼と判断した俺はこれを受領し、こうして現場に赴いたわけだ。

 

 

「“キラーチョッパー”に“タトゥーマン”か、雑魚だな」

 

ウシワカと共に部屋内の悪魔を掃討した俺は、床に倒れ伏した悪魔たちを眺めてつぶやいた。

 

ウシワカの方へ来ていた悪魔は、先述の二種。今、床に転がっている奴らである。

こいつらは、人間が悪魔化した存在であり姿こそ人間とほぼ同じだが、れっきとした『悪魔カテゴリの存在』である。とはいえ、元人間ゆえかそもそもの地力の差か、こいつらはさして脅威となる能力も無い正真正銘の雑魚である。

 

……ただ、俺が相手にした“アーバンテラー”は一味違う。

テロリストが悪魔化したのがアーバンテラーという悪魔なのだが、こいつら、斬撃と“体術”“を反射(カウンター)してくるのだ。

単なるテロリストが一体どうやってそんな達人みたいな技能を手に入れたのか知らないが厄介なことに変わりない。

 

なので、ウシワカの方へ向かわないようこちらで引き付け、奴らが反射できない銃と魔法で仕留めた。

 

しかし、一体、撃ち損じていたらしい。

 

「……一体だけ私の剣撃に“かうんたー”を仕掛けてきた奴がいました。どこぞの名のある剣士だったのでしょう。

無論、返り討ちにしてやりましたが」

 

要するにゴリ押しね。床に一体だけ真っ二つになってるアーバンテラーを見て察した。

 

 

 

だが、どうもこの島に来てから“件の悪魔兵器”とやらを見ていない。出てくるのは悪魔化した人間ばかりだ。アーバンテラーの数からしてたぶん、ここを利用していたというテロリストたちの成れの果て。

 

「資料についてはそこそこ回収できてるんだがな」

 

そう言って、机の上に乱雑に置かれている紙束を手に取る。

 

「“デビルタンク”……?」

 

あまりにもまんまな名称に思わず口に出してしまった。

気を取り直して内容に目を通すと、注釈の書き込みが繰り返された設計図に、詳細な生産計画が記載されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー自宅で目覚めた後。

 

二、三日療養した俺はすぐに依頼を受け始めた。

仲魔たちからは止められたが、“不調を治すための荒療治”であることを説明して不承不承ながら認めてもらうことに成功。

二件ほど、夕凪市内の軽い討伐依頼で肩慣らしした俺は、協会の担当者が寄越してきた今回の依頼を受けるに至った。

 

その際に、レイランが『奴らとの取引』をする旨を打診してきた。どうやら、俺が療養している間にコンタクトを取ったらしく、先方はいつでも受け付けると言ってきたらしい。

 

無論、断った。

 

動いてくれたレイランには悪いが、俺はもう奴らと関わりたく無い、思い出したくないのだ。

 

俺が拒絶の意思を伝えると、彼女はひどく怒ったが一歩も退かない俺に根負けして“好きにしろ”とのお達しをいただいた。

もちろん、好きにさせてもらうつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでは修行にならないな」

 

回収した資料を鞄に突っ込んだ俺は、ウシワカと共に施設内を探索していた。

道中では、暴走したセキュリティマシン、所謂『ガードメカ』の類が襲ってきたり、悪魔化したテロリストから襲撃を受けたがさすがにこいつら相手に不覚を取る俺らではなく。

危なげなく殲滅しつつ探索を続けた。

 

 

 

「……それにしても、少しキナ臭いな」

 

というのも、これまでの探索で見つけた“かつて実験室だった”であろう部屋は全て“後片付けがなされた後”であり、回収できた資料も棚の後ろやベッドの下に落ちていたものばかり。

稀に、机に置かれたままの紙束もあったりしたが、そういう部屋には悪魔化したテロリストたちがわんさか控えていた。

 

ここから導き出されるのは、『すでに引き払われた施設』という最悪の結果。

……それにしては“慌てて逃げた”ような有様だが。

 

 

「いや……()()()()()()()()()()()?」

 

考えられるのはーー実験体の暴走。

俺自身、身に覚えのあるトラブルだ。というか当事者だけど。

 

だが、だとすれば。ちょっと、この施設は“危ない”かもしれない。この依頼自体、簡単ではないのかもしれない。

 

「主殿?」

 

急に歩みを止めた俺を不思議そうに見つめるウシワカ。……その肢体は、頭から爪先まで返り血でべっとりと濡れていてかなり猟奇的。

……だが、これはこれでーー

 

「ちょっとな。……もしかしたら、今日のところは撤退したほうがーー」

 

或いは協会に援軍を要請するか。

 

 

ーーその結論に至って直後。

全身が震えるほどの爆発音と共に目の前に白煙が立ち込めた。

いや。

 

目の前の通路、その片側の壁が破壊されたのだ。

 

 

数秒して、煙の晴れ間から僅かに“何かの姿”が見えた。

おそらくは壁を破壊した張本人。こんなベタな登場してくる奴なんて、大抵ロクな奴じゃない。

イベントボスとか、そういうやつ。

 

咄嗟に刀と銃を構え、ウシワカへ指示を出そうと目を向けると。そこには既に戦闘態勢にある彼女の姿があった。相変わらず判断が早い奴だ、まあ、こちらもいちいち指示しなくて済むから楽だけど。

 

「下手に飛び出すなよ、先ずは敵を知るところからだ」

 

「分かってます、あまりバカにしないでください」

 

そうは言うけど、お前、時々勝手に突っ込んでるじゃん。

……彼女の言葉は信用できないので、こっそりと強化魔法を掛けておいた。カジャ系三種の三段積みである。

 

それが出来るだけの時間、煙の中にいる“何か”は動くことなくジッとしていた。

なので、こちらも警戒だけは強めてジリジリと後退。

 

面倒なことに、今は狭い通路で対峙している状態だ。

これでは広範囲攻撃は避けられないし、逃げても確実に背中を突かれる。だからこそ、戦うしかない。

 

 

やがて、白煙の中から“重厚な機械音”と共に()()が現れた。どう見ても屋内で使っちゃいけない類の奴。要するに()()()()()である。

 

「っ、くそ!!」

 

ーーその狙いが完全に俺へと向いていることを認識してすぐ、前方に身を投げるようにして床へと伏せた。

 

直後に鳴り響く轟音、遅れて背後の方で爆発音が轟いた。

 

真上で放たれた大砲の衝撃で頭がぐわんぐわんとしながらも、なんとか身を起こし敵を視認した。

 

「ようやくおでましか」

 

煙の晴れた通路に陣取るのは“戦車”。

迷彩色に塗られ、丸みのあるコンパクトな印象を受ける見た目からして、チハ。九七式中戦車チハである。

戦時中の日本が使用した、旧時代の戦車だ。

 

さすがに通路には収まり切らなかったのか、破壊した壁の向こうから乗り出すようにして半身を押し込み、通路を完全に塞ぐ形で鎮座している。

これではジャンプして通路を進むこともできず、狭い通路ゆえに背中を向ければ狙いを付ける必要もなくダメージを受けるは必定。

 

つまり、()るしかない。

 

視認から一秒ほどで決断した俺は、即座に目の前の車体へと飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー恋愛、ですか? すいません、そういうのはちょっと分からないです。

 

ある日の昼下がり、庭で掃き掃除をする彼女は困った顔でそう言った。

別に、何か用があったわけじゃなく。特に意味もない質問だった。ウシワカとて見た目は年頃の少女だ。『英傑』というのがどういう存在なのか未だによく分からない俺ではあるが、見た目が少女であれば精神もそれに準ずるだろうと推測するのは道理だ。

オサキという前例があったからかもしれない。

 

しかし、返ってきたのは単純明快で、しかし、いやだからこそタチの悪い答えだった。

 

彼女は、本気で恋愛というものが分かっていない。

トキメキとか、淡い感情とか、まったくもって理解できずしようともしない。それどころか、俗に『愛』と称される感情についてあまりにも無知、ともすれば不自然なほどに理解していなかった。

これまでの言動やらで薄々感付いていたが、今回のこの『あっけらかんとした態度で即答する様』を見てようやく明確に理解した。

 

彼女は、愛を知らない。

 

そうなると色々と辻褄が合ってくる。

これまで会ったことも無かった兄に惚れ込み、彼のためだけに、ほかの一切を捨ててただ『勝利する機械』と化した彼女。

ーーそれは、ただひたすらに他者からの愛を求めたから。もっと言えば『愛というものを知らず、それを教えて欲しかったから』。

 

きっと、彼女は兄に対して抱いた『愛』の表現方法も知らなかったのだろう。だからこそ、兄が“初めて褒めてくれた”敵将の首級を、ひたすらに持って寄越した。それに恐れをなした兄に余計嫌われるようになっても、それをきちんと説明してもらえなかったから改めることも出来ず。

 

加えて、彼女は“失敗したことがなかった”。

やろう、と決めたことは大抵成功し、やれ、と言われたことは大抵成功させた。

周囲に窘められることもなく“成功”だけを積み重ねて成長したために、改めるという手段すら理解できず、『自分がこのように思ったのだからきっと正しい』と自然に思考する回路を構築してしまった。

無論、議論の場では他者からの批判を受けることもあっただろう。その場合はそれに則した改案を即座に提示し、()()()()()()()()()

 

彼女の人生は()()()()()()()()で出来ていた。

 

 

 

ーー今だから確信を持って言えるが、あの日見たやけに鮮明な『夢』は彼女が辿った人生そのものだ。

 

あの時は単なる妄想と切り捨てたが、上記のような解釈を仮定するならば全ての辻褄が合う。

 

そして……その解釈を肯定するなら最期の瞬間に、彼女はようやく“自身の歪み”と認識したのだと。

 

つまり、彼女より失われた“欠落した記憶”を取り戻すことが出来れば、彼女もようやく自らの“歪み”と相対することが可能となる。

 

そう考えると、なんと親近感の湧くことか。

いや、厳密に言えば俺と彼女は真逆の性質にある。方や『天才』と自他共に認める日本の大英雄であり、方や『失敗作』と蔑まれ、事実として『誤った選択』ばかりを繰り返した末に燃え尽きた『落ちこぼれ』。

似てる、などとは恐れ多くて口にも出せないが。

 

歪みを持って生まれて、それを“他者から教えてもらった”という一点においては彼女と俺の境遇は逆転する。

 

その“歪み”こそがまさしく彼女が今抱えている失陥であり、本人が自覚せずして自らの運命を不運に寄らせている原因。

俺が『彼女』に教わって育むことが出来た『愛』という何より大切な“想い”を、ウシワカはきちんと得ることなく果てた。

それはなんというか、あまりに“悲惨”だろう。

 

 

だから俺は。

 

出来るなら、彼女のその歪みを。最愛の人と離別する原因となった“ソレ”を治してやりたいと、傲慢にも思ってしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁああっ!!」

 

接近と共に抜刀、居合の斬撃を迷彩色の金属ボディに叩き込む。

数多の悪魔を屠ってきた我が愛刀の斬れ味は、今更鉄如きで止められるはずもなく、その無骨な車体を斬り裂いて然るべきと確信していた。

 

だが。

 

「っ、んだと!?」

 

拒絶するような重い金属音を響かせて、渾身の一撃は呆気なく弾かれた。そこには傷一つなく、迷彩色のボディが変わらずにある。

 

無傷。幾らなんでもそれはないだろう、と若干のショックを受けた。『竜』の鱗にさえ届いた刃が、こうもあっさり弾かれるなんて。

こいつはメ◯ル系のスライム的なモンスターかなにかか?

生憎とメ◯ル斬りは習得していないんだが。

 

「っと!!」

 

驚愕する俺へと、『敵』はハッチ付近に装備された『機銃』を素早く俺へと向け。即座に発砲した。

車体の周囲を回るようにして回避するが、恐ろしい回転速度と精密すぎる照準でたちまちこちらを捉えてきた。

 

「ちぃ!!」

 

足を止めず愛刀の刃を這わせるようにして機銃掃射を受け流すが、流石に無強化で『悪魔による銃撃』を防ぎ切れるはずもなし。隙を見て、カジャ系三種を己に掛ける。

 

「主殿!!」

 

そこへ、ウシワカが飛び込んできた。

得意の跳躍によって、タンク上部に積まれた機銃へと一直線に突撃。その銃身を一刀のもとに両断した。

 

が。

 

「こいつ!?」

 

いつの間にか、チハの車体の上を這うようにして“肉感のあるナニカ”が蠢いていた。まるで蔦のように先を伸ばしたソレは、壊れた機銃へと群がるようにして集まり、すっぽりと包み込んでしまう。

 

そして、数秒後一斉に離れた時にはすっかり再生された新品同然の機銃の姿が現れた。

 

「再生……!!」

 

元に戻った機銃は再び俺を、いや、俺たちを同時に相手取るようにして乱射し始めた。

加えて、車体側面からは“新たに”ミサイル発射管のようなものまで現れているではないか。

 

自己修復からの自己改造?

普通の悪魔ではないのは分かりきっている。しかしこんな、現代兵器と完全に融合した新兵器とも呼ぶべきナニカは知らない。

 

デビルタンクなんてふざけた名前の割に洒落にならない性能だと思った。そして、このタンク。資料によれば複数台現存している。

 

「悪魔合体によって自己修復・自己改造・装甲強化の能力を発動してるのか。……いやいや、盛り過ぎだろう」

 

竜の鱗よりも硬い装甲とか、旧式の量産品とは思えない硬度である。加えて他二つのパッシブスキルの豪華さ。

……こういう手合いには、必ず一点だけおそろしく脆い“弱点”と呼べるものが存在しているのがお約束である。

そう簡単に『完璧な兵器』など作れるはずもないしな。

 

 

「たぶんゴリ押しでも行けなくはないんだろうが」

 

“残り”があるのを考えると、ここで無駄な消耗をするのは避けたい。

なので早速、こいつの弱点とやらを探してみる方向でウシワカにも指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー頭が痛い。

 

胸が痛い、腹が痛い、腕が痛い、足が痛い。

痛い痛い痛い……!!

 

全身を這うようにして痛みが迸る。

原因は明白、“ヒノカグツチとの同調エラー”によるものだ。

 

平素でも鈍痛が絶え間なく続くというのに、こうして激しい戦闘を行いながら魔法など使えば当然、悪化する。

それが、今俺の全身を苛む痛みの嵐だ。

 

 

本来なら同調エラーなどという不可思議な現象は起きるはずがない。ヒノカグツチに“合わせて”造られているのだから当たり前だ。

 

だが、『霊力欠乏症』を発症した場合は例外となる。

ヒノカグツチと同期するための霊力が不足することで、『拮抗』していた“俺”と“魔剣”の()()が曖昧になるのだ。

俺が己を認識する“自我”に魔剣の“システム”が流れ込む。

“己”ではない“ナニカ”が“脳”へと侵入した拒絶反応で全身に痛みが走る。

 

加えてヒノカグツチは“神”だ。

人の身体に神が侵入すればどうなるかなど、考えるまでもない。

 

キャパオーバーによる崩壊、或いは『破裂』。

 

今の俺はまさに“生”と“死”の狭間にある。

 

 

 

これをどうにかするには、『自身の霊力の上昇』が必須。つまり、強い自我でシステムの流入を食い止めるということ。

もしくは……専門機関による『調整』だが、こちらは断固として拒否したい。

 

そうなると必然、霊的研鑽≒精神修行をするしかないのだが。

 

……いざ実践してみると、想像を絶する苦行であることを思い知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

いつの間にか“二基”に増えた機銃掃射をなんとか躱しながら車体を隅々まで見て回る。

 

しかし、思いの外、機銃掃射が鬱陶しくてイマイチ成果が上がらない。

 

そんなこんなしているうちに、奇襲を仕掛けてきた『触手』によって拘束されてしまった。

 

「うおっ!?」

 

先程、機銃を再生して見せたあの蔦みたいなピンク色の肉である。チハの車体を侵食するようにウネウネと蠢き胎動する姿は率直に吐き気を催すほどのグロテスク。

 

十中八九、コレがチハと融合した“悪魔”とやらなのだろうが。あまりにも改造され過ぎてて元ネタが分からない。

資料の記述にあったとおり、複数種の悪魔を無差別合体させたキメラのようなものなのだろう。

 

「弱点とか、そういう項目はまだ見つけられてないんだよなぁ」

 

手持ちの回収済み資料には設計やら『自慢』やらが無駄に羅列されていて肝心の弱点が一言も書かれていなかった。

まったく使えない紙屑である。

 

と、無駄な思考を垂れ流している間に機銃がこちらへと真っ直ぐに向けられる。

ラクカジャの強化分でまず致命傷にはならないだろうが。痛手を負うのは避けられない。

 

さて、どうしたものか。

 

 

 

「見つけた、そこだっ!!!!」

 

そんな時、車体を挟んで向こう側からウシワカの元気な声と遅れて肉を断ち切る音が聞こえてきた。

その瞬間。

 

『ピギィィィィ!!!?』

 

醜い鳴き声のようなものがチハから発せられ、応じて俺を拘束していた触手が解けて床に垂れ下がる。

 

「っと」

 

着地してすぐに視線を向ければ、車体に絡み付いていた触手がジュウジュウと煙を上げながら干からびて黒ずんでいくのを見た。

 

どうやら、ウシワカが仕留めてくれたらしい。

 

「主殿ー!」

 

車体の影から身を出して手を振る彼女は笑顔だ。その頬に真っ赤な返り血が付いているのを除けば、無邪気な可愛さを感じさせる笑み。

 

「ご苦労さん、助かったよ」

 

「何のこれしき。黄色い目玉をちょいと斬ってみたら案外簡単に死んでくれました!」

 

明るい声でバイオレンスな内容を語るのはもはやお約束だ、見慣れた光景ゆえに今では愛らしさすら感じる。

 

とりあえず、死んで悪臭を放ち始めたデビルタンクから離れるべく、ウシワカへと急いで合流してそそくさとその場を離れた。

 

 

 



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歪み・二

あと数話でウシワカ編を終えて別のを書きたいと思います。



ウシワカによってなんとかデビルタンクを撃破した俺たちは、彼女によって齎された『目玉が弱点』という情報をもとにして再度、施設内の散策を始めた。

資料に記された“三機”という文言を信じるならば、あと二体ほど仕留めなければならないからだ。

 

 

これまでの探索で施設内の元テロリストらしき悪魔たちは軒並み仕留めていたので、すいすいと内部を進んで呆気なく残りを見つけることが出来た。

 

加えて、一度戦ったことで相手の戦闘スタイルや弱点すら知れているために今度は秒殺で無事二体仕留めることが出来た。

能力こそ驚異だが、あくまで兵器ゆえか行動パターンが決まっているので、再戦はイージーモードだ。

遠距離での主砲連発、からの接近戦における機銃掃射。

ワンパターンな相手に、こちらは二人だ。俺が陽動しているうちにウシワカが『気配遮断』しながら目玉を探して潰す。

この戦術で楽勝だった。

 

 

 

 

「お仕事終了っと。施設内は隈なく探して残存する資料も全て回収した。あとは無事におウチに帰るだけだ」

 

煙を上げて静止するタンクを弄りながら呟く。

……いや、あんまりにも戦利品が少ないから、もしかしたらこの中に目ぼしい物がないかと思って。

 

対してウシワカは大きく伸びをしながら欠伸を漏らしている。彼女には少し退屈な仕事だったのかもしれない。

とはいえ、あの涅槃台みたいな面倒な輩は早々相手したくないので、もう少し我慢してもらいたい。

 

……というか、案の定、タンク内は空っぽでドロップアイテムは無かった。ただ臭いだけ、最悪である。

 

「……」

 

当て付けにハッチを蹴飛ばしながら地面に降りる。そこへすかさずウシワカが駆け寄ってきた。

そして、無言で差し出される頭を無造作に撫で付ける。

 

「ふふ……ご苦労さまです、主殿」

 

「ああ、今日のところはこれでーー」

 

そこまで言って、何やら奇妙な音が耳をついた。

 

「ん……?」

 

撫でる手は休めずに。

微かに空気を震わせるその音に耳を傾ける。

 

……バラバラ、という回転音? みたいな音が聞こえる。おまけに段々と音は近くなってーー

 

 

 

「ヘリコプターかぁ……」

 

ようやく正体に気付いた時には、相手も“近くに滞空”していた。

 

バラバラバラ、とプロペラを回しながら上空に留まるヘリ。案の定というか『例の触手』が絡み付いていることからコイツもデビルなんちゃらという兵器であると理解。

ウシワカも、小さく溜息を吐きながらゆっくりとヘリに視線を向けた。

 

「……どうやら、まだ生き残りがいたみたいですね」

 

撫で撫でタイムを中断されたからか、ヘリを睨むウシワカの顔はどことなく怒りを放っている。

具体的には視線から濃厚な殺気を感じる。

 

だが、相手は“空”である。

ウシワカの跳躍でも届くか怪しい位置にいるので、こちらも銃を取り出してリロードを済ませた。

通常弾丸が効かないのは分かっているので、例によって中身は特殊弾である。

 

「とりあえず、ここからじゃこちらが不利だ。いったん退いてーー」

 

冷静に考えながら指示を出していると、ヒュルヒュル〜という音に続いてこちらに接近してくる“何か”を確認した。

 

「っ、離れろ!!」

 

言って、自身も横へと目一杯跳んだ。

直後、俺たちのいた地面へと“ミサイル”が突き刺さり爆発した。

 

爆風と衝撃に耐えながら、これを放ったであろうヘリへと目を向けると。

 

「おいおい……」

 

機体の底部に不釣り合いなほど巨大な“ガトリングガン”を二基出現させこちらに向けていた。

視認してすぐ、俺は回れ右して屋内へとダッシュした。

 

「ウシワカ、ひとまず退避だ!」

 

「いいえ、ここからならいけます!!」

 

しかし、返事をしながら彼女は一直線にヘリに向かって駆け出していた。

 

「おいバカっ……くそっ!」

 

迷いなく突撃するウシワカを、まさか置いていくわけにはいかないので仕方なく銃を構えながら慌ててその後を追った。

 

 

対し、ヘリコプター……仮称デビルチョッパーは、接近してくるウシワカへと狙いを変えて、ガトリングをぶっ放した。

 

けたたましい発砲音と共に飛び出すのは無数の弾丸の群れ。それを二基から垂れ流すのだから、弾幕を張るのも容易だ。

ウシワカの目の前には一瞬にして不可避の弾幕が張られていた。

 

が。

 

「遮那王流離譚が二景……薄緑・天刃縮歩」

 

囁くような“詠唱”の後、掻き消えるようにしてウシワカの姿が視界から消失した。

ーーこれは、廃寺で見せてくれたあの技か!

 

仙人が使うとされる縮地にも似た瞬間移動、そこから放たれるのはーー

 

「ッ!!」

 

弾幕の網を容易く抜けて、瞬時にデビルチョッパーの眼前に出現したウシワカは、腰に提げた薄緑から居合を放つ。

縮地による勢いを乗せた一撃は恐ろしい速度をもってして抜き放たれ、コクピットのガラスごと、絡み付いていた触手を断ち切った。

 

『ギ、ギギギィィィィ!!!!』

 

どうやら弱点ごと斬り裂いたらしく、ヘリからはタンクと同じような醜い断末魔が響き、グラグラと機体を揺らした。

 

その間にウシワカは地面へと着地、ゆっくりと納刀。

 

やがて、機体の各所から小規模な爆発を幾つも発生させながらヘリは回転。勢いをつけて施設の屋根へと激突して大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度こそ、お疲れウシワカ」

 

轟々と音を立てながら絶賛炎上中の施設を眺めながらウシワカに近寄る。

……依頼では施設の保護とかは別に命じられていないので、弁償とか請求されることはないだろうが。ちょっと、やり過ぎな気がしなくもない。

 

「主殿……」

 

こちらに振り向いたウシワカの顔は、しかしどこか緊張気味だ。

そのことに内心疑問を感じていると。

 

「申し訳ありません、撤退を命じられたにも関わらず飛び出してしまいました」

 

眉を八の字に曲げて頭を下げるウシワカ。

俺は慌てて口を開く。

 

「いやいや、結果オーライだ。というか倒せる算段があったから出て行ったんだろ? ならいい」

 

兵法については俺などより彼女が通じているのは明らかだ。その彼女が行けると判断した、なら俺が苦言を呈する必要はない。

……まあ、仲魔に戦術を一任するサマナーというのも如何なものかと思わなくもないが。

俺個人は特に頓着しない。

 

「……っていうか、らしくないな。前なら“やりましたよ!”とか笑顔で駆け寄ってきただろうに」

 

そう、ウシワカという英傑は『結果』で判断する性格だ。加えて天才肌ゆえに凡人の理解を超えた方程式から勝利をもぎ取る類の、謂わば“手に余る”仲魔だったはず。

それが、しおらしくも、命令無視程度を謝罪するなど。

 

「熱でもあるのか?」

 

心配になっておでこを触るが、即座に手で払われた。

 

「……私だって、謝ることくらいできるのですよ?」

 

なぜか膨れっ面で睨むウシワカ。

純粋に心配しただけなんだが……。

 

「どこか調子悪いならCOMPに戻っとくか? あ、疲労回復用のサプリなら持って来てるけど“悪魔”に効くかどうか」

 

「あ、主殿! わざとやっておられるでしょう!?」

 

途端、プンスカ怒りながら大声を出すウシワカ。

……正直、半分くらい揶揄っていた。

 

「悪い悪い……いや、あんまりにも新鮮な反応するから、つい」

 

「もぉ……!」

 

ふん、と顔を背けてしまうウシワカも可愛い。

なので、謝罪も込めて再びその頭を優しく撫でてやることにした。

 

 

 

 

 

ーーしかしながら、おかしいのも事実だ。

 

これまで一月以上付き合って、彼女の性格というか癖みたいなものは粗方把握している俺である。

なので、罷り間違っても“成功した選択を謝罪する”なんて行動はしないと確信していた。これは、もはや彼女の(さが)とも言える性質であるからだ。

 

それを、こうもあっさり覆すなんて。

やはり、今の彼女はどこかおかしい。

 

 

「……考えても、さっぱり分からんが」

 

おかしい、というのは分かるものの。原因その他についてはとんと想像が付かないので今は考えるのをやめた。

 

というか、ウシワカの天才ぶりについては考えないようにすると決めていたのだったと思い出した。

 

なので、とりあえず“ご褒美”をいっぱいあげて帰宅することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

ーーーー私は、ナニカが欠けている。

 

そう気付いたのは、あの懐かしき地で“姫様”と戦ってからだ。

 

あの時、不意に思い出した『記憶の断片』より読み取れたのは、私が“ナニカ”を欠いていて。それが原因で『兄上』と離別することになったという確信めいた“感情”だ。

 

未だ、失われた記憶の大半が朧げではあるがそこだけは確かに思い出した。

あの日、あの時、御堂で“彼女たち”を斬り殺し、“あいつ”に介錯を任せて生涯を閉じた“私”。

 

今際の際、そのような気付きを得て、少しの“後悔”と“未練”を残して消え果てた私。

 

なぜかはわからない、その“歪み”とやらも未だとんと分からぬ。

だが、“歪んでいるのは確か”なのだ。

それさえ思い出せれば、“知ること”が出来れば私はおそらく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

……だが同時に、()()()()()()()()()()()()()()()もあった。

 

怖いもの知らずであると自負する自分でも信じられないことだが、そうなることが少しだけ“怖かった”。なので、こうして“見様見真似”で“凡将”の振る舞いをしてみたのだが。

 

ーーこれは、違うな。

 

と、思った。

このような仕草をするのは“私ではない”と。

なら、どうすれば?

 

久しく無かった『知りたいのに、分からないこと』に対して無性に腹が立った。

だから、図星を突いてきた主殿についムッとしてしまった。

これはイケナイと思った。主殿に八つ当たりするのは、“私”ではないと。

 

ーーそのように、逐一自らの行動を吟味してみると、余計に分からなくなる。果たして、どうするのが“私らしい”のだろうかと。

“答え”を見つけたヨシツネ()とは、一体どういうものなのだろうかと。

 

この、欠けている記憶を取り戻すことができれば或いは正しい答えが見つかるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより楽勝だったな」

 

港町から夕凪までのバスに乗り、俺たちは帰路についていた。

窓から外を眺めれば、夕焼けが程よく街中を赤く染めて夜闇の到来を予告している。

夜の訪れとは即ち“魔”の蠢く時間。その狭間にある今は差し詰め“逢魔ヶ時”というやつだ。

 

この時間より外に出るのは基本的に控えるべきである。なにせ夜は悪魔が活発化する時間帯、霊場たる夕凪ならば尚更に危険が大きい。

餓鬼などの飢えた木っ端悪魔や、漠然と生者を求める亡霊程度なら一般人でも対処できなくないが。

名のある悪魔、知性の高い悪魔となると専門家でなければ死の危険が大きい。

ゆえにこそ俺のようなサマナーが仕事を貰えるわけだが。

 

 

「……」

 

ふと、傍のウシワカを見ればなぜか物憂げな顔で黙り込んでいた。

いつもなら他愛無い談笑で時間を持たせることも容易だったが、今日はどこか話かけづらい雰囲気がある。

 

夕凪と港町の交通が整備された近年、険しい山道を経由するルートのこのバスをわざわざ利用する者も減り、今も俺とウシワカ以外の客はいなかった。加えてこのバスのドライバーは“以前に仕事をもらった客の一人”。

悪魔関連の話をしても問題ない相手なので、ウシワカには気にせず話しかけてもらいたいのだが。寧ろ何か言え。

でなければ、この謎の沈黙に耐えかねる。

 

 

ちなみに、今回の仕事は俺の修行も兼ねていたのでウシワカ以外の仲魔たちは自宅でお留守番だ。自宅には“MAGサーバー”が設置してあるので現界におけるMAG消費の心配もない。

寧ろ、最近は使い道のなかったMAGが溜まりに溜まっているので向こう数ヶ月は問題なく生活できる量が溢れている。

これをそのまま生体エナジー協会に売れば一財産築けるだろう。

まあ、口座にも同じく使い道に困った金が溢れているので、廃業して余生を過ごすなら困らない。

 

 

 

……とかなんとか、無駄な回想で時間を稼いでみたがやはり無言の空気は耐え難い。

どうにか話題を探さねば。

 

「そういえば、お前、なんか奥義みたいなの持ってたよな? アレって所謂“宝具”とかいうやつなのか? 英霊と英傑は違うからそこらへんの処理も興味あるんだが……二景というからには他にもあるんだろ?」

 

「今の私は天刃縮歩しか使えません。おそらく、記憶と一緒に欠けてしまったのでしょう」

 

おうふ。

まさかのデリケート案件だったか。本人は気にしてないみたいだが、オサキの話では“崩壊を招きかねない”らしいからな、あまりみだらに話題に出すべきではなかった。

 

 

初撃で撃沈した俺はすぐに心が折れてそこから一言も喋ることはなかった。

 

 

 

 

バスに揺られて数十分、最寄りのバス停で降りた俺たちは徒歩で自宅への道を進んでいた。

バス停から家まで数分の距離なので今度は耐えられる。

 

住宅街には人の姿もまばらで、スーパーの袋を提げたおばちゃんや、帰宅途中の学生やらが時折見られる程度で、自宅周囲ともなると、周囲が畑やら古い家屋に囲まれることもあって人影は皆無と言っていい。

 

そんな有様なので、ここからでも自宅の姿を捉え、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ん……?」

 

ふと目を向けた自宅の外観に、僅かな“違和感”を覚えた。

見た目は至って正常、音も閑静な住宅街特有の静かなまま。

しかし、何かがおかしい。

殆ど勘のようなものだが、何かこう、“ざわめき”のようなものが感じ取れた。

 

自宅には“認識阻害”の結界が設けてあるので外から詳しい状況を知ることは難しい。だが、COMPの“センサー”ならばそれくらいの結界は突破できる。

なので、すぐにスマホを取り出して自宅を中心に“サーチ”をかけてみた。

 

するとーー

 

 

「っ、“不明な悪魔反応”! ウシワカ!!」

 

「承知!」

 

見ればすでに戦闘形態に移っていたウシワカ。

俺も即座に銃を取りつつ自宅へと急行した。

 

仲魔たちのデータは当然、登録してあるのでCOMPに表示される“五体目の悪魔反応”に“Unknown”の語句が記されているということは、即ち自宅への“来訪者”を意味する。

だが、今日はそんな予定はない。

 

となれば、“襲撃”。

 

サマナーとしての経験から即座にそう判断した俺は一直線に自宅に突入する。

 

 

 

認識阻害は、自宅の敷地を境界として設置してあるため必然、正門を越えたところで結界の影響からは外れる仕組みとなる。

そして、勢いよく門を開いたことで内部の状況を察することができた。

 

「これは……!」

 

認識阻害を抜けて視認するのは、窓やら壁やらが破壊された無残な自宅の姿。

加えて、中からは未だに戦闘音のような物騒な音が絶え間なく響いていた。

庭に植えていた花々も所々踏み荒らされているから殊更に“ムカつく”。

 

ーー認識阻害の結界が破壊されていないということは、敵は“忍び込んだ”ことになる。“隠密”に長けた相手。

 

「とにかく向かうぞ!」

 

未だ戦っているということは仲魔たちは無事、COMPのセンサーでもちゃんと全員分の反応があったので確認済みだが、のんびりしているわけにもいかない。

 

俺は、敵の反応があったリビングの窓を打ち破って中へと突入した。

 

 

「無事か!?」

 

案の定、ぐちゃぐちゃに破壊された部屋に一瞬目眩を覚えるが即座に部屋内の仲魔たちへと視線を移そうとしてーー

 

ーー佇む“敵”の姿を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう……随分と遅い帰還だが、貴様が“サマナー”か」

 

そこにいたのは“武士”だった。

立烏帽子のような形の兜を被り、“緋色の鎧甲冑に身を包む”。

脇差を逆手に持ち、反りのある打刀を肩に担ぐ姿からは“二刀使い”の単語が想起される。

 

……いや、そんなのよりも重要な要素がある。

 

長く艶やかな黒髪を備え、純白の肌を持つ顔。

目元に走る刀傷のような縦筋を有したその顔は、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

まだあどけなさの残るウシワカと違い、鋭利な刃物のような精錬された美を備えた容姿は、凛々しさ、勇ましさのある美女のもの。

薄く麗しい唇を歪めて彼女は声を発する。

そうして響く声音すら“ウシワカと同じ”だ。

 

直感的に理解した、こいつは“ヨシツネ”と呼ばれるべき“英傑”であると。

 

 

 

「ヨシ……ツネ?」

 

「名乗った覚えはないのだが……なるほど、その横にいる“未熟者”の面影を見たか。ハハ……ッ!

 

それはそれは…………とても、不愉快な推察だな」

 

直後、奴は視界から消えた。

移動とかそういう次元ではない、瞬間移動、テレポートと見紛うほどの驚異的なスピード。

そう、ウシワカが有するような恐ろしい俊敏性能だ。

 

「主殿!!」

 

彼女の焦った声を認識した時には、すでに眼前にてウシワカと“敵”が斬り結んでいた。

目まぐるしいほどのスピードで繰り返される剣戟の応酬の果てに、両者は鍔迫り合いに移行した。

 

「ほう……存外、“その頃の私”もやるものだな」

 

「……ッ!」

 

余裕たっぷりな敵の声にウシワカの肩が震えた。

こちらに背を向けているために表情までは分からないが、雰囲気からして激しい動揺に包まれているのは明白だった。

その隙を突いて、敵はウシワカを刀ごと弾き返した。

 

床を滑りながら近くまで退がったウシワカの傍へと進み出る。

 

「主殿、ダメです! コイツは……!!」

 

「ヨシツネだろうな、顔を見ればだいたい予想できる。なら、油断も慢心もできないだろうよ」

 

こちらを気遣うようなウシワカを横目に、俺は即座に部屋内の仲魔たちを確認した。

イヌガミ、クダ、オサキ。皆一様にボロボロで、かなり厳しい戦いを強いられたことが察せられた。

そんな彼らに頼むのも気が引けるが。

 

「無事だな……なら、ここでコイツを倒すぞ」

 

「簡単に言ってくれる……じゃが、やらねばならんか」

 

不満そうな顔のオサキだが、声に応えて術の準備に入ってくれた。

ちらりと見れば他二体も即座にそれぞれの得意分野の準備入っている。さすが、長年の付き合いだけある。言わなくてもこちらの意図を理解してくれた。

 

当然、前衛は俺とウシワカだが。

正直、俺が立ち向かえる相手とも思えないのでサポートにも回らせてもらうつもり。

 

 

そんな俺たちをゆったりと観察したヨシツネ(と思しき悪魔)は、フッと笑いを溢した。

 

「浅はかなことだ。そこな未熟者は言わずもがな、貴様の切り札も既に承知している。

曰く……神を燃やす神剣だとか」

 

「っ!!」

 

どうやら相手はこちらの情報をしっかりと収集していたらしい。だがそれがどうしたというのか?

これでも全盛期は誰に憚ることなく、所構わずヒノカグツチを振り回していた俺だ、ちょっと探ればそのくらいの情報は簡単に手に入る。

 

……問題は、情報収集など必要ないほどに俺が弱体化していることだが。

 

 

しかし、それはつまり、“補うための策を用意する必然性がある”ということ。

手数だけなら今の俺の方が上だ……と思う。

いや、ちょっと自信ないけど。

 

 

ともあれ、どうにも相手はこちらを舐め腐っているように見える。ならば重畳。

慢心している相手の方がやり易い。

 

呑気に首を回すヨシツネを視界に収めながら強化魔法を掛ける。

そして、銃を構えて抜刀した。

 

ちらり、と見回せば仲魔は皆、術の準備を完了している。

 

 

「……」

 

ただ、ウシワカだけはかつてないほどに“動揺”を見せていた。まあ確かに、いきなり自分の成長体が出てきたら驚きもするだろうが、そもそもそんなので動揺する奴ではないはずだ。

 

そのことが気になりながらも、俺は仲魔への指示を飛ばすと共にヨシツネへと挑みかかった。

 

 

 

 

 







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歪み・三

ーーああ、私は歪んでいたのだな。

 

今際の際、最後の最期になって気付いた。

 

私が示してきた“モノ”は■■では無かったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒデオの自宅に英傑ヨシツネが強襲をかける前日。

件の廃寺にて、“涅槃台”は一人、黒泥の操作に注力していた。

 

「“同時召喚”とは……いったいどんな偶然が積み重なれば起きるハプニングなのか。

これも召喚者の『幸運』に因るのかもしれないな」

 

グネグネと黒い泥をコネ合わせ、ユラユラと空間内を漂わせながら彼は嘆息した。

 

『解析』の進んだ今、もはや魔法陣など必要なく。“漂う怨念を形作る”だけならば召喚のための詠唱すら必要とせず。

ただ、『受肉』のためだけにコレを操作する。

 

そのためには、やはり過去のデータを洗って『英傑ヨシツネ』の情報を正確に再現するほかにない。

ゆえに彼は数日かけて、過去に『葛葉』によって召喚されたヨシツネの情報をかき集め、その構成情報を泥にインプットした。

 

あとは、“この廃寺に廃棄されている残留思念を呼び込むだけ”。

 

 

 

「“来れ来れ、怨讐に支配されし思念よ。

(まが)れ、歪れ、獣に堕ちし魂よ。

 

もはや理性は無く、善性など貴様には似合わない。

 

憎悪のままに、己が欲望のままに。

生あるモノ全てを破壊せよ”」

 

思念を呼び込み、同時に泥を活性化させる『祝詞』を捧げて、ほくそ笑む。

 

その視界には、ゆっくりとモヤのような姿で現れ出でる“残留思念”がしっかりと捉えられていた。

 

『口惜しや……口惜しや』

 

知性が感じられない声で、譫言のようにソレを繰り返す霊的情報体(ゴースト)

形と言えるほどはっきりとした姿はなく、漠然と“そこにあるモノ”として『彼女』は漂っていた。

 

当然だ。

ウシワカ召喚に伴い、本体から『不要』と断じられ廃棄された『欠片』に過ぎないのだから。自我と呼べる性質を持たないのも無理はない。

 

 

だが。

 

それ故に、涅槃台はこの『器』を用意した。

 

「その無念、推し量ることも叶いませんが。せめてその一助となりますよう、こうして『依代』をご用意させていただきました。

さあ、どうか中へ。

 

その時こそ、貴方は“新しいヨシツネ”として、新しい悪魔として新生することでしょう」

 

優しく諭すような声で涅槃台は誘う。

知性なき思念体では、その内側に秘められた“ドス黒い本性”を見抜くこと敵わず。

誘われるままに、グツグツと煮え滾る黒泥の内へと浸透していく。

 

憎悪だけで構成された思念が、黒泥塊内部にある“核”へと触れた瞬間。黒く禍々しい『光』が部屋を満たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー。

 

ーーああ、兄上。

 

何故、私を憎むのですか?

ーー私はただ、貴方と共に在りたいだけだったのに。

 

何故、私を疎むのですか?

ーーこの刃は、才覚は全て貴方のみに捧げてきたのに。

 

■■? (■■)ですか?

私には、それが欠けていると申すか。

この身、この人生を捧げて尽くし。他の全てを切り捨ててお仕えしてもまだ。足りないと?

私は、傍に置くに値しないと仰るのか?

 

 

ああ、それは、なんてーー

 

 

ーーなんて、理不尽な話だろう。

 

 

 

 

 

 

『黒い光』が治まった頃、黒泥があった場所には一体の悪魔が立っていた。

 

「サーヴァント……いや? 英傑?

 

英傑、ヨシツネか」

 

確かめるように独り言を呟きながら佇むのは“鎧甲冑を纏った武士”。

葛葉の記録に残る英傑ヨシツネが纏った“緋色の甲冑”を着た、正真正銘の『英傑ヨシツネ』であった。

 

「こうも容易く現界させられるとは。やはり何より大切なのはタイミングですね。

 

……っと、失礼。“義経様”、よくぞ現世へと舞い戻られた。その身、その心に溜まった憎悪は察するに余りある。

ですのでーー」

 

そこまで言いかけて、“違和感”に気付いた。

正確には、“記録のヨシツネと違う”ことに気付いた。

 

いや、悪魔として新生させたのだから多少の誤差は想定していた。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……まあ、『本体』があのザマなわけですし。こうなることも十分に在り得たわけですが。

それにしても、依代の情報を無視して“女性体”に組み替えるとは。いやはや思ったよりも“強い感情”を有していたようですね、残留思念の分際で」

 

鎧甲冑に身を包んでいる以上は一見して男女の区別をつけることは難しいほどにこのヨシツネは整った顔立ちをしていた。

しかし、数多の『ヒト』を喰い殺してきた涅槃台にとっては“匂い”で判別することなど容易であった。

そのため、このヨシツネから漂う濃厚な“雌の香り”を瞬時に嗅ぎ取ったのだ。

 

想定外の出来事に、しかし冷静に迅速に、脳内で計画を組み直す涅槃台へとヨシツネは語りかけた。

 

「貴様が、私を召喚したサマナーか?」

 

ウシワカと比べ、若干大人びた声音。また、“粗野で重厚な低音”。

 

「ん? ああ、そうですとも。私は涅槃台 永楽慈。

しがない“破戒僧”ではありますが、貴方様の“怨讐”の手助け、一助にでもなればとこうして馳せ参じたーー」

 

「そうか、では死ね」

 

ーー瞬間、涅槃台の視界が“反転”した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん……」

 

刀を振るい、刃に付いた血を払う。

 

眼前には、頭部を失いゆらゆらと揺れる哀れな男の胴体がある。

ーーそして、その胴体が未だに()()()()()()()()()()()ことにも気付いていた。

 

ゆえに、再度振るわれる名刀。その斬撃を受けた胴体は縦に割れて中から()()()()()()()()()()を吐き出した。

 

ビチャビチャ、とヨシツネの衣に飛び散るソレを意に介することもなく。ヨシツネは再び刀を振るい液体を払った。

 

今度こそ完全に“死に絶えた”男を見てから、今度は自らの掌に視線を移した。

 

「よく馴染む……馴染むが、些か妙だな」

 

生前において纏っていた甲冑と“微妙に異なる甲冑”。

そして、目元に走る刀傷。

これらは身に覚えのないものだった。

 

ーーこれらが、涅槃台がヨシツネのために用意した“葛葉の召喚したヨシツネのデータ”からサルベージされた要素であることは彼女の知るところではなかった。

 

「ああ、しかし。この魂の“記録”には不愉快なモノが含まれているな」

 

肉体を得て、ようやく鮮明に思い出した記憶。そこには、本体によって切り捨てられた自らの“本質”があった。

即ち、自分のことである。

 

 

 

 

 

 

ーーウシワカ召喚に伴って起きた、偶然による『同時召喚』というイレギュラー。これによって、ヨシツネ=ウシワカはどちらに召喚されるべきか“選ばねばならなかった”。

 

片や、大した信念もなく、しかし比較的“善良”なサマナー。

 

片や、“怨みを晴らすためにヨシツネを求めたダークサマナー”。

 

そのどちらに与するかは、本来のヨシツネであれば考えるまでもなかった。

即ち、善性の高い方である。

 

しかし、同時召喚というイレギュラーは片方だけへの召喚を困難にする要素を含んでいた。

つまり、両方に引っ張られてしまったのである。

 

この時、ヨシツネは「なるほど、ならば我が欠片のごとき憎悪をくれてやる」と、自らの内側にある『僅かな憎悪』を切り離しダークサマナーの方へと投げ捨てた。だが、この際に思うように分離できずに、重要な戦闘スキルの大半をヨシツネ側に奪われたことで弱体化。

同時に記憶の一部も奪われ牛若丸という半端な悪魔として呼ばれることになってしまった。

 

こうして、ヨシツネ改めウシワカとしてヒデオの元に現界した彼女は、これらの経緯をすっかり忘れて英傑ライフを満喫することになった。

 

 

 

一方で、ダークサマナーの元へと送られた憎悪の塊は、その強すぎる“殺戮衝動”によって召喚者を殺害。憎悪の念を浴びたことで召喚者の亡骸もゾンビ化し、以前の異界化騒ぎを起こすことになったのだ。

 

その後は、ずっと知性のない殺戮衝動の塊、憎悪の塊として廃寺内を漠然と漂うだけの存在となっていた。

 

 

 

そのことを、こうして涅槃台によって召喚される今の今まで正しく理解できていなかったことをヨシツネは悔いた。

 

「無様だな、あのような“外道”にお膳立てしてもらわねば思考すらままならないとは」

 

しかし、過ぎたことを考えても仕方ないとすぐに立ち直る。

結局のところ、このヨシツネも根元はウシワカと同じなのだ。

 

心機一転、現界を果たした自らがまず最初に行うべきは何なのかを考える。

 

「迷うこともないな……あの“未熟者”を誅殺する」

 

思案するまでもなかった、憎悪に染まったこの“ヨシツネ・オルタ”にとって、ウシワカとして半端な現界を果たした本体は到底看過できない存在であったのだ。

 

「……兄上と仲直り、などと」

 

ーー悪い冗談だ。

 

“アイツ”は私を妬み、疎んじて殺したのだ。

私の献身を無碍にし、私の忠義を疑って。

 

到底、許せることではない。

 

その軍門に降った源氏も同罪だ。

私から受けた恩も忘れ、悪辣な裏切りを行ったアイツらは全てこの手で誅殺せねば、腹の虫が治らぬ。

 

ーーああ、それどころか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

切り捨てることでしか成立しない世界、排斥することでしか前に進めない人類。消費することでしか発展し得ない文明など。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のわぁっ!?」

 

圧倒的な膂力から放たれた斬撃を防ぎきれず、胴体を無防備に晒しながら吹き飛ばされる。

そこへすかさず迫る脇差による刺突。当然、避けられるはずもなくーー

 

「主殿っ!」

 

「ちぃ!」

 

間一髪で割って入ったウシワカによって凶刃が弾かれる。

このようなやり取りをすでに数回繰り返していた。

情けなくも仲魔に介護されている自らの弱さに腹が立ってくる。

 

「すまないウシワカ……」

 

「でしたら主殿、どうかお退がりください。この……“醜悪なる悪魔”は私が討ち取りますゆえ」

 

そう言って、果敢にヨシツネへと挑みかかるウシワカ。

そこで繰り返される神速の剣戟はとても俺が入り込める余地がない。

 

「ハハッ、弱い弱い。もとより弱いくせに足手纏いまで庇おうとは。……なんだ貴様、単純な“計算”もできないほど退行しているのか?」

 

「黙れっ!!」

 

怒声と共に振るわれた斬撃を、ゆらりとその身をくねらせることで躱すヨシツネ。お返しにと振るわれた斬撃を、しかしウシワカの方は受け止めきれなかった。

 

「ぐぁっ!?」

 

「未熟未熟ッ! 鞍馬山での修行時代にも劣る性能だなぁ、ウシワカとやら!」

 

体勢を崩したウシワカへと追撃が加えられる。

逆手の脇差と打刀による変則的な二刀流、そのような戦闘スタイルは未だ見た事がなく、これもヨシツネが“天才”ゆえに成立するオンリーワンな戦法だった。

 

それら奇妙な斬撃の嵐に対し、ウシワカも生来の天才性によって発揮される“戦術眼”でなんとか対抗する。

襲いくる斬撃の一つ一つ、そこにある針の穴ほどの“隙”を見出し、受け流すことでなんとか凌いでいた。

 

それでも、地力の差なのかジワジワと全身に傷を増やしているのは確か。このままではジリ貧だ。

 

 

 

 

そこへ、クダが放った“青い炎”が飛来する。

 

「ふん……!」

 

だが、それらは刀の一振りでかき消される。そんなのはクダも承知の上だ。

それでも、一瞬とはいえ意識が逸れた隙を突いてウシワカが離脱するきっかけになった。

 

「小癪なーー」

 

イラつくヨシツネへと、今度はイヌガミが放ったアギ系魔法が飛んでくる。

カテゴリとしては『アギラオ』に相当する火球が複数、連続して飛来する。

 

だが、またしても斬撃によって簡単に振り払われてしまった。

 

「先程から鬱陶しい……!」

 

むしろ、ヨシツネの注意を引いてしまったらしく。鋭い視線を向けたヨシツネは一歩でイヌガミの側へと跳躍してみせた。

そのまま無慈悲に振るわれる斬撃。

 

「っ!!」

 

が、イヌガミは炎による壁を瞬時に形成することで斬撃を躱す。即席の薄壁は、薄緑の一撃に耐え切れずに一瞬で崩壊するが、その一瞬さえ有れば次の対処を行うには充分だ。

 

「舐メルナ、()()

 

「犬畜生の分際でッ!!」

 

ピキリ、と額に青筋を浮かべたヨシツネは再度イヌガミに斬撃を加えようとするも、直前になって背後からの“斬撃”に気付く。

 

「っ、見抜かれたか!」

 

慌てて振るわれた背後への斬撃は、同じ薄緑による一閃を弾き返した。

そこには傍に“黒い霧”へと化けたオサキを伴ったウシワカの姿。

イヌガミがヨシツネの斬撃を躱した隙に、オサキの幻術を纏っての奇襲を仕掛けたのだ。

それも、ウシワカが唯一有する奥義『天刃縮歩』を併用した必殺の一撃だ。

 

だが、ヨシツネもまたその奥義を知る者。

それゆえに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「その技は初見殺しのためのもの。既に熟知する私に使うべきではなかったな!」

 

「くっ!」

 

嘲笑うヨシツネに、ウシワカは悔しげな顔で呻き、両者は再び刃を交えた。

 

 

 

……と、一連の流れを観察していた俺も内心舌打ちする。

 

ヨシツネが仲魔たちに気を取られているうちに、()()()()()()()()()()()()()を発動しようとしたのだが。なかなか敵を捉えられなかった。

 

それなりの時をサマナー業に費やしてきた俺だ、当然、自宅の防衛体制は整えてある。

 

自宅を覆うようにして張られている『防御結界』によって霊的・物理的な侵入を拒み。これを突破された段階で庭先に仕掛けてある複数魔術による攻撃が加えられる。

……とまあ、ここまで侵入されてる時点でそれらは既に突破されているわけだが。

 

そこで、最終手段として用意してあった屋内トラップが頼みの綱となるわけだ。

……なかなか射程内に入ってくれないが。

 

 

そうこうしているうちに仲魔たちも段々と押され気味になっていた。これを黙って見ているわけにもいかず、左手に構えた拳銃より特殊弾を放った。

 

ヨシツネの相性はデビルアナライズで把握済み、どこにも弱点がないオールラウンダーなのは知っている。

なので、“ジオ系”が込められた弾丸によるスタンを狙った。

 

「……」

 

……ただ、“当たらなければどうということはない”わけで。

こちらに見向きもせずにひらり、と簡単に躱されてしまった。

 

……全盛期なら、全盛期なら絶対当たってたから!

 

 

「くっそ……マジでどうするか?」

 

今も高速戦闘を繰り広げる彼らを見ながら辟易する。

リミッターを設けているとはいえ、イヌガミもオサキも歴戦の勇士。俺とは違ってその戦闘センスは衰えてはいない。

ウシワカは言うまでもなく、現在の仲魔では最強。

 

対するヨシツネは、COMPで解析できただけでも神族に匹敵する強力な悪魔だ。とてもじゃないが俺如きが立ち向かえる存在ではない。

 

となると、トラップを使った絡め手しかないわけだが。ヨシツネは動きが速すぎるので、単純にトラップ程度では捉えられない。

 

 

 

グルグルと思考を巡らせては見るものの、どうにも逆転の目が見えてこない。

 

「……なら残るはーー」

 

破れかぶれの突撃か。

 

そう考えて刀を構えたところで、不意にヨシツネは部屋の中央に移動して止まった。

 

 

 

「ちょこまかと、雑魚のくせに悪足掻きの達者なことよ」

 

ゆっくりと仲魔たちを見渡すヨシツネ、完全に隙だらけなのだが仲魔たちにはもはや追撃できるだけの余力が無かった。

それを見越してヨシツネも余裕を見せているのだ。嫌な奴である。

 

「とはいえその奮闘に応えてやるのが武人というやつだろう。

……光栄に思え、貴様らは我が奥義で葬ってやる」

 

徐に身を屈めるヨシツネ。それを見たウシワカは何かに気づき、慌てて声を張りあげた。

 

「っ、全員退がれ!!」

 

「……八艘跳び(ハッソウトビ)

 

ウシワカの声に被せるように呟いた直後、ヨシツネの姿が再び消え失せた。

しかし、今度は単純な移動などではない。

 

消失と共に空間内に走った“光の筋”、それは一直線にウシワカに向かって伸びて、動く暇もない速さで彼女の腹部を抉った。

 

「っ!!」

 

だが、それだけでは止まらない。

ウシワカが苦悶の声を上げるよりも前に、再び迸る閃光。

その軌跡を確認する間もなく、再度閃光が。

 

そうして一息する間の僅かな時間に、空間内を“八本の光の筋が走り抜けた”。

当然、そのうちの一つは俺のもとにも飛んできて、一瞬にして右脇腹を抉り取っていく。

 

「っ、がはっ!!」

 

視認より僅かに遅れて、抉られた腹部の痛みを認識する。

と同時に、超高速移動によって生じた衝撃波がリビングを蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ……くそ……!!」

 

衝撃波によって庭に放り出された俺は、即座に立ち上がった。

だが、腹部から流れ出る血液による貧血、それに伴った目眩に耐え切れずすぐに膝をついた。

 

咄嗟に、ディアを掛けてみたが、思ったよりも深いらしく完全治療には至らなかった。

 

次に、今のCOMPたるスマホを開いて仲魔の反応を確認する。

……どうやら、みんな一命は取り留めているようだ。

 

 

「仲魔の心配か? 随分と悠長なことだなサマナー」

 

そこへ、前方からヨシツネの声が聞こえてくる。

衝撃波によって自宅一階は完全に破壊されたらしく、見るも無残な有様を晒している。

窓や壁の類は軒並み吹き飛び柱だけが剥き出しのまま上階を支える形となっていた。

また、崩壊の際に生じた土煙によって周囲の視界は完全に塞がれている。

 

「しかし、つくづくしぶといな貴様らは。私は殺すつもりで奥義を開帳したのだが。

……まあ、もとより“アレ”は甚振るつもりであったので好都合か」

 

くつくつと楽しそうに笑いながら彼女は告げる。

ーーその声に、場違いながらこのヨシツネという悪魔の本質を感じ取っていた。

 

俺が、ずっと不思議に思っていたウシワカの“違和感”。

召喚前にヨシツネへと抱いていた漠然とした先入観(イメージ)。見事に合致するかのような彼女の本質はつまり、“裏切られた最期への憎悪”。

それがまさに形を成しているかのような悪魔だ。

 

そこまで考えてふと思い至るのは、彼女という悪魔の正体。ここを襲った動機への回答。

 

「お前が……ウシワカの欠けた部分そのものなのか」

 

「……」

 

俺の問いかけにヨシツネは押し黙った。そのことから彼女は、この事実をよく思っていないのだとわかる。

ーーああ、だから“未熟者”なのか。

だから、ウシワカは“その記憶”が無いのか。

 

脳内で考察を進めていくと、色々と辻褄があってきた。

 

欠けた記憶は、即ち憎悪そのもの。

 

目の前に立つ、このヨシツネという悪魔そのものなのだ。

 

 

 

「……」

 

「そうか……お前もウシワカな訳か。なるほどな」

 

眼前にはいつの間にかヨシツネが立っている。目と鼻の先に迫った強敵の姿に、しかし俺はなぜか()()()()()()()()()

対してヨシツネは、不意に“神妙な面持ち”となって口を開く。

 

「……私はずっと解せなかった。

なぜ、ヤツは貴様のもとに居続けるのか、居続け()()()のか。

 

()()()()()()()()()()()()()私からしてみれば狂気の沙汰だ」

 

右手の打刀を握り締めながらヨシツネは憤怒の表情を浮かべていた。その怒りはどこに向けられたものなのか、はたまた“全て”に向けられたものか。

 

「しかしなんとなく理解したよ。

 

……つまり、貴様は“馬鹿”なのだとな」

 

最大限の侮蔑を込めた声、表情。それに伴って振るわれる横薙ぎの一閃。

しかし、これに対応できるだけの余力はすでに俺にはなく。ただ、コマ送りのように迫ってくる刃を見つめることしかできなかった。

 

 





思ったより中立だと思われてる姉のアンケートに困惑しております。


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義経・一

「…………あれ?」

 

満身創痍の俺に振るわれた必殺の刃は、いつまで経っても振るわれることはなかった。

 

刃が間近に迫った頃には、「万事休すか」と柄にもなく穏やかに目を閉じて、大人しく死を待っていたのだが……。

 

 

 

不思議に思って目を開けてみると、先程まで目の前で仁王立ちしていたヨシツネは()()()()()()()()()()

 

「が、ぐ……ぐあ、ぁ、ぁあ!!」

 

脂汗を額に張り付かせ、苦悶の表情で胸を押さえている。

そこには、先ほどまでの強大な敵の姿はない。

 

ーーそれどころか、どうにも彼女は“放っておけない”感じがする。

 

「いや馬鹿な……」

 

場違いなほど穏やかな気分になった心を奮い立たせて刀を構える。

こいつは敵だ、それも俺が苦手な“純粋に強い悪魔”。

まともにやり合っては、今のようにピンチになるのは当然だ。

 

なら、このチャンスを逃す手はない。

 

 

 

目の前のヨシツネは依然として苦しそうに呻きながら蹲るだけだ。そこに防御も何もあったもんじゃない。

ただ、この刀を振り下ろせば終わるだろう。

 

未だ強化魔法の効果は続いている。増強されたパワーならば楽々とその首を跳ね飛ばせる。

ーーしかし、どうしてか最後の動作に移ることができない。

 

こいつがウシワカの無くした“欠片”であり、ヨシツネたるウシワカに欠けてはならない“要素”だから。

同時に、“こいつもウシワカの一部”であるという事実からは躊躇しか生まれてこなかった。

 

 

 

 

「くそ……あの破戒僧め、厄介なモノを押し付けおって」

 

悔しそうに呟いたヨシツネは、刀を振りかぶったまま止まる俺をチラリと見てから即座にその場を飛び退いた。こちらの刃が到底届かない位置に。

それはつまり、俺が奴を仕留める最大のチャンスを見逃したことになる。

 

「……」

 

 

 

「……情けのつもりか、ニンゲン?」

 

胸を押さえながらも、なんとか息を整えたヨシツネは、佇むだけの俺へと訝しげな視線を向けて問いかけてくる。

 

「さてな……自分でも、よく分からん」

 

はっきりとした理由は、たぶん、ない。

ただなんとなく、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()から手を下すことができなかった。

 

ウシワカにはない『人間性』。その欠片であっても、やはり俺がこの手で無思慮に命を奪うのは、“違う”と感じた。

もし実行していたら、ウシワカのみならず、俺も“この感情”を一生理解できないままに終わっていたと思う。

上手く言えないが、“それはダメだ”と感じた。

 

「さもなくば、我を憐んだか……!」

 

激昂するヨシツネに、首を振る。

 

「違う……寧ろ、俺自身がお前にーー」

 

「主殿、お退がり下さい!!」

 

突如、瓦礫の山を弾き飛ばしてウシワカがこちらに跳躍してきた。力強く大地を踏みしめた彼女の身体はやはり傷だらけで、三箇所ほど深く抉り取られたかのような傷が見受けられそこから絶えず血を流していた。

 

「このような外道に耳を貸すことはありません」

 

「ほう、自らの悪性を外道と称するか」

 

「黙れ、()()()()()()()()。外法に浸かりきったその身、即刻斬り捨ててくれる」

 

いつになく敵意を剥き出しにしたウシワカは薄緑を構えた。対しヨシツネは未だ胸を押さえながらも不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 

ーーしかし、その対峙は一分と続かなかった。

 

「……やめだ。今の己が不利なのは私とて理解できる」

 

不意に警戒を解いたヨシツネは脱力した声で呟いた。

 

「逃げるつもりか?」

 

鋭い声で問うウシワカに鼻を鳴らす。

 

「ふん……私はこの先の“廃寺”にて待つ。そこで今一度、貴様と決着をつけてやろう、我が悔恨の化身よ」

 

吐き捨てるように告げたヨシツネは後方へと跳躍を繰り返し、次の瞬間には敷地内から遠く離れ、山の方へと消えていった。

 

「待て……!」

 

「追うな、今はこちらの戦力を立て直すのが先決だろう」

 

飛び出そうとするウシワカの肩に手を置いて制する。彼女は悔しそうな顔をしながらも渋々頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……!」

 

一方、廃寺内へと辿り着いたヨシツネは壁にもたれ掛かりながら荒い息を吐いていた。

 

「我を形造る“モノ”は知っている、しかしこの“痛み”は……」

 

突然自らを襲った強烈な痛み、そして“帰巣本能”。これらの推察を始めた彼女はすぐに心当たりを思い出す。

 

「あの時か……!」

 

それは、不遜にも“呪詛を編んだ泥”で自らの依代を用意した破戒僧を誅殺した時。首を撥ねても生き続ける胴体を両断した際に付着した“液体”。石油のような粘着性のある黒い液体は、彼女の衣に付くや否やその内部に浸透していた。

おそらく、これがキーとなって肉体の素になった泥を活性化させた。

……全て憶測だが、他ならぬ自身の肉体の現状については誰よりも理解している自信があった。

 

ーーしかしてその推理は的中していた。

死の間際にて、“これは手に負えぬ”と判断した涅槃台は特製の泥を体内に充填し外部からの裂傷に際してそれをぶちまけた。

“この寺と深い関わりを持つ泥”に対して、この廃寺こそを“巣”とする指向性を含んだ泥を与えたのだ。

 

これによってヨシツネは膨大なエネルギーを常時受け取れるようになったものの、廃寺から長時間離れることで寺との接続が切れ、禁断症状にも似た“枯渇状態”を発現することとなった。

 

これが、ヨシツネのコントロールを放棄した涅槃台の妥協案だった。

 

操作できぬならせめて活動範囲を限定する、自身が死ぬ状況にあって恐ろしく冷静な判断だが()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨシツネを退けてしばらく。

俺は仲魔たちを瓦礫の中から救出して、常備していた回復薬の殆どを使うことでとりあえず全員の治療を行った。

 

それからすぐに、未だ壊れていない二階部分へと上がり装備の類を持ち出してから仲魔たちを庭先に集合させた。

 

「では、これよりヨシツネ対策会議を始める」

 

俺の号令に仲魔たちも戦意を滾らせながら傾聴していた。

こう見えてうちの仲魔たちはだいぶ“好戦的”だ。普段こそリミッターやら何やらで押さえ込んではいるが、直接、自分たちをコケにしてきた奴を許せるほど心が広くない。

 

なにより、我が家をこんな姿にされたのだ。俺とて相応の怒りを感じている。ーーそれとは別に、ヨシツネ自身には複雑な想いも抱くがこの場においてそれを示す必要もない。

 

「……と言っても、現状として奴に有効な策は思い当たらない。単体で俺たち全員を相手取ってなお余力を残している上に、これと言った弱点属性も存在しないオールラウンダー。

本来であれば協会に救援を要請して動いてもらうところだが……」

 

「論外じゃな、ここまでコケにされて逃げるなど許さんぞ。

……何より彼奴はーー」

 

そこまで言って意味深な視線を向けるオサキ。俺もその視線に頷きで返した。

 

おそらく、彼女はヨシツネがウシワカの“欠けた部分”であることに気がついている。その上でアレとの決着を他者に任せる危険性を憂慮したから遠回しに援軍要請を拒否してきた。

……大丈夫、俺もそこらへんの事情には気付いている。

 

そのことを念話でこっそり伝えると、オサキは目に見えてホッとした顔になった。

なんだかんだ言って彼女は面倒見がいい。この中では誰よりも“仲間思い”と言っても過言ではない。

愛情に飢えているからこその裏返しなんだろうが、そこら辺は今は関係ない。

 

 

 

「……最大の課題はやはり、あの異常な“俊敏性”だ。

ヨシツネは単純にウシワカの倍以上に速いと見ていい。あそこまで来ると“韋駄天”くらいでなければ対抗できないレベルだ」

 

普段からそのレベルの速さを持ちながら、あの八艘跳びとやらを使えば更に倍速ドン、だ。

大まかな対策としては、奴が逃げられないほど広範囲に罠を仕掛ける……といったところだが、そんな予算はない。

 

有効打を探す以前に、攻撃が当たらないのでは話にならない。

 

 

と、そんなこんなで頭を悩ませる俺とオサキ。

そこでふと気づいたが、俺たち二人以外に真面目に作戦を考えている奴がいない。

イヌガミは我関せず、といった様子でボーっとしているし、クダは寡黙な従者気質なので黙して語らず静かに座しているのみ。

そしてウシワカは、心ここにあらずと言った様子。憂いのある表情で遠くを眺めていた。

 

「ウシワカ……?」

 

心配になって思わず声をかけた。これまで彼女は深慮することなくその天才性のままに元気ハツラツな様子しか見せてこなかった。

それが、先の無人島での一件以来何かに悩んでいるような素振りを見せている。

 

素直に聞いても答えてくれないのでそっとしておいたが、ヨシツネとの邂逅から目に見えて“情緒不安定”になっていた。

 

「……主殿? どうかされましたか?」

 

しかし、ウシワカはすぐにいつものあっけらかんとした雰囲気を取り繕って首を傾げてきた。

……そのことに、“俺は彼女にとって悩みを打ち明けるに足る人物ではない”という事実に、少し心が痛む。

 

「いや…………疲れたのなら少し家の中で休んでくるといい。と言っても二階部分しか残っていないがな」

 

「……そうですね、少し、頭を冷やしてきます」

 

軽いジョークを混ぜて見たのだが、彼女は華麗にスルーしてさっさと家に向かってしまった。悲しみ。

 

ちなみになぜ、不自然にも柱だけを残して一階部分が吹き飛んでしまったのかと言えば。

単純に、柱だけは家を支える要ということもあり念入りに魔術で補強していたからである。

結界を始めとした防衛設備を用意していた俺だ、当然ながら自宅そのものもある程度は改造済みである。

……まあ、壁やら窓やらもちゃんと強化していたはずなんだが。

 

 

 

 

「主よ、少しいいか?」

 

ウシワカを見送ってしばらく、オサキと二人で延々と作戦を考えていたところ。頃合いを見計らってオサキが耳打ちしてきた。

ふと周囲を見れば、イヌガミはとぐろを巻いて居眠りしており、クダも欠伸を噛み殺しながらうつらうつらしていた。

つまり、内密で話がしたいということだろう。

 

「……そこの木陰でいいだろう」

 

少し離れた庭の木を指差しながら応える。そもそもあの二匹は細かいことに頓着しない性格だしこちらが“主にたる格”を見せている限りは造反したりしない良い子たちだ。

わざわざ内緒話する必要もないと思うが、他ならぬオサキがそう判断したのなら素直に従おう。

 

頷き、先に木陰に向かった彼女を追って俺も静かに席を立つ。

 

木陰で待つオサキは、いつになく真剣な表情だ。

なのでこちらも気を引き締めて対話に臨んだ。

 

 

 

 

 

「現状、ヨシツネを打倒する手札はこちらにはない」

 

開口一番に作戦会議を全否定する彼女にゲンナリした。

 

「それ言っちゃおしまいだろ……」

 

「まあ聞け。

……そうなるとじゃ。これはもうなりふり構っていられる状況ではない」

 

「だが、アイツがウシワカの“欠片”である以上は俺らでなんとかするべきだ」

 

ヨシツネがウシワカの“欠落情報そのもの”であるのは、ヨシツネ自身の言動からも明白だ。

そして、この二人は“表裏”の関係にあるのも明らか。

 

それはつまり、“シャドウ案件”ということになる。

 

 

 

シャドウ、とは人間の内面にある“抑圧された心”、『もう一人の自分』とも言うべき存在だ。人間の心にある負の側面、所謂、心の影。(シャドウ)とはよく言ったものである。

このシャドウという存在、概念は『悪魔』とも密接な関係を持つとされているが、詳しい生態や成り立ち、正体についても解明されていないのが現状である。

 

このシャドウが初めて確認されたと言われているのが、1996年のとある学園での怪事件だ。

『こっくりさん』に似た遊びに端を発した事件であり、そこで重要なファクターとなったのが“人間の精神”。“なんらかの要因”によって、普段人間が抑圧している欲望が具現化し、騒動を起こす、というこれまでの悪魔事件とは一風変わった怪事件が頻発したのだ。

これを解決したとされる『学生』も、同じく自らの内面から具現化させた“悪魔らしきモノ”を用いて戦ったという。

 

この後も似たような事件が数年置きに発生しており、三年後に起こった()()()()()()()()()()()()()とされる『ジョーカー騒動』。

その七年後には都内港区の学園、そこから更に二年後には地方の田舎町、最も最近の事件は約四年前に都心で起きた『怪盗騒ぎ』である。

 

……ただし、それ以上の情報に関しては俺も入手出来ていない。おそらくは協会と契約を交わした『桐条グループ』が口止めしているのだろうが、あそこは『対悪魔兵器』を作っていたり、私設軍隊持ってたりという噂が絶えないしで俺もーー

 

 

閑話休題。

 

ともかく、ヨシツネがこのシャドウに相当する関係性をウシワカと持っているのならば彼女自身が奴と向き合わねばならない。

なにより、このまま向き合わずにヨシツネだけを滅ぼしたら、ウシワカの欠けた部分はおそらく二度と戻ってこない。

それはやはり悲しいことだろう。

 

 

 

「ヨシツネだけは、なんとしても俺たちで倒さねばならない」

 

改めてことの重大さを意識した俺は、覚悟を決めて応えた。

だが、オサキは「ああ、違う違う」と面倒そうに首を振る。

 

「そうではない。ワシとて元より外部に救援を求めるつもりはないぞ。

ワシが言っておるのは“ワシら自身”のことじゃ」

 

そこまで聞いて、彼女の言わんとすることを理解した。

だが、それはーー

 

「つまり、“鎖を解け”と?」

 

「そういうことじゃ、無論、ワシだけでなく“イヌガミ”の方も解かねば話にならんぞ」

 

「イヌガミも!? ……いやいや、待て。そもそもイヌガミと違ってお前の場合はーー」

 

ーーオサキ自身に、身の危険がある。

 

「以前までの腑抜けなら確実に無理じゃろうが。()()()()とやらを操って見せたならどうにか行けるじゃろう」

 

「そうじゃない。お前の鎖を解くということは即ちーー」

 

ーー()()()()()()()()()()()()()()()。夕凪の地にて厳重に『封印』が施された『祟神』を。

 

「なんじゃ、ワシの心配をしておるのか? はぁー、やっぱりまだまだガキじゃのうお主」

 

やれやれ、と肩を竦める彼女。だが、そんな軽い気持ちで実行に移せるほど簡単な話ではないのだ。

それに、イヌガミの方だって今の俺が制御出来るのかと問われれば「絶対に無理」と断言できる。

 

加えて、オサキの場合は、俺がきちんと手綱を握れなければ()()()()()()()()()

……ついでに夕凪市ごと“死の国”になるがそんなのは()()()()()()。第一に彼女が死ぬ可能性がある以上は論外なのだ。

 

「……やっぱりダメだ。俺がヒノカグツチを使ってなんとかしてみる」

 

「イヌガミに聞いたぞ、あの魔剣は()()()()()()()()()。神性、神格を有する存在であればどうにか起動は出来るが、その要素を含まない存在には毛ほどの役にも立たんとな」

 

あの駄犬め……余計なことを。

確かに、ヒノカグツチのバックアップは神相手でなければ使用不可だ。

 

……ただし、己自身をヒノカグツチに預ければその限りではない。俗に()()()()と呼ばれる秘儀にして『禁忌』の術だ。

まあ、使えば十中八九、“俺は死ぬ”だろうが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()になる方が何倍も辛いからだ。

 

そんな思いが顔に出ていたのか、突然、オサキはムッとした表情でこちらを睨んできた。

 

「……くだらぬことは考えるなよ? 我らは貴様の『仲魔』だ。一蓮托生、生涯を通じて“付き合う”と決めているのじゃからな」

 

なにそれ重い。

たぶん、一般的な仲魔の定義はそうじゃないと思う……。

 

が、それでも俺自身、その言葉がなにより“嬉しい”のは事実だ。結局のところ、先の彼女の発言もあながち間違いではない。

俺は所詮、孤独を恐れるだけの子どもに過ぎないのだろう。

 

でも、それでもいいと仲魔たちが言ってくれるなら。俺もその『信頼』には応えないといけない。

もう二度と『信頼』を()()()()()ためにも。

 

 

 

「ーーで、話を戻すんじゃが」

 

コホン、と咳払い一つして口を開くオサキ。その顔はほんのり朱色に染まっており、先程の自分の発言が今更ながらに恥ずかしくなったのだとわかる。

 

「イヌガミの方はワシが“抑える”。『権現』としての力を使えば、ヨシツネ討伐までの間はどうにかなるじゃろ」

 

「っ……! いや、そうか。それなら是非とも頼みたい」

 

彼女の覚悟は既に聞き届けた、ならこれ以上駄々を捏ねるのはよろしくないだろうと渋々首肯する。

……とはいえ、()()()()としての『犬神』を抑えるともなれば彼女とて無事では済まないはずだ。

とすれば、なるべく早くヨシツネを片付けるべきだろう。

 

「安心せい、ワシとて数百年を奉られた“神の端くれ”。()()()()()たるワシと彼奴であれば上手いこと相殺できるはずじゃ」

 

同じ呪殺属性ならという話か。

確かにそれはそうだが、犬神の“呪詛”は桁違いだ。確実な話ではないだろう。

 

しかし、俺とて腹を決めた。

彼女が命がけで信頼するならば俺も命がけでそれに応えてみせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー“ほう、自らの悪性を外道と称するか”。

 

 

自らの悪性。

“奴”が言ったことは紛れもない真実だ。

 

アレと相対した瞬間に、私は気づいた。アレこそが欠けた私そのものであり、同時に“自らが捨てたモノ”ということに。

 

私と奴は『同位体』、背中合わせに存在する同一人物だ。そのことは誰より理解している。

 

 

「しかしーー」

 

拳を握りしめて呟く。

()()()()()()()()()と。

 

できるならば即刻、その首を撥ね飛ばし排除してしまいたい。だが私にはそれだけの力はない。

そもそも、奴を()殿()()()()()()()()()

視界に入れて欲しくない、その声を聞いて欲しくない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

アレは私の失敗そのものなのだ。

欠けた記憶でも、なんとなく理解できる。アイツは、自分の生涯が失敗したことを()()()()()

だから私が憎いのだろう、私が自らの不出来から“目を背け続けている”から。

 

 

たとえ記憶が無くとも、『記録』を参照すれば『理解』できた。

私がなぜあのような最期を遂げたのかを冷静に考えてみれば簡単なことなのだ。

即ち私は、()()()()()()()()()()

『愛情』の示し方を間違えていた、人の心を学ぶことを怠っていた、なにより()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それを、よりによって『最期』に気付いてしまったのが最大の不幸だ。もはややり直しは効かない、過ぎ去った日々は戻ってこないのだ。

でも、それならば。

 

 

「だから私はーー」

 

 

ーー奇跡のような偶然で巡り合えた今の主に誠心誠意仕えたい。今度こそ、()()()()()()()()()()

 

「……もう、主君に疎まれるのは嫌だから」

 

ーーならば、どうする? 現状として自分が最優先に為すべきこととは?

 

 

「決まっている…………あの“半身”を誅殺することだ!」

 

ーー理解したなら即座に行動に移す。これまで、“生前だってそうしてきたのだから”。

 

二階廊下にある窓、その中でも北側に位置するものをそっと開けて外に飛び出す。

天狗の歩法を用いれば、イヌガミ殿や主殿に気づかれず移動することは容易い。そして、以前行った廃寺への道はしっかり頭に叩き込まれている。周囲には他に廃寺など無いと聞くしあそこで間違いはない。

 

気配を殺し、音もなく敷地から離脱した私は一直線に“あの廃寺”へと駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーオサキとの話し合いによって作戦を詰めた俺は、いよいよ出発するという頃になってウシワカを呼びに二階へと向かった。

 

「おーい、そろそろ出発するぞ」

 

行きがけに彼女にも作戦を伝えなければならない。

ついでに使えるアイテムも持っていくか、と考えながら捜索をしてみたものの。

 

「あれ……?」

 

なかなか見つからない。そもそも、声をかければ即座に出てくるのが彼女だ。それがこうも見当たらないというのは……。

 

 

その後も、一部屋ずつ念入りに探してみたがーー

 

ーーなぜか、姿が見当たらない。

俺は武人では無いので気配とかは分からないが、なんとなく“無人”な雰囲気を感じる。

 

嫌な予感がしたので慌ててCOMPを確認してみるとーー

 

 

 

ーー敷地内からウシワカの反応が消えていた。

 

「っ!?」

 

率直に、意味がわからない。

死……はあり得ない。それならばCOMPのリストから名前が消えているはずである。

となれば、『独断専行』しかあり得まい。

 

「くそっ!」

 

使えるアイテムだけひっ掴んで階段を駆け下りる。

庭先へと飛び出しては、オサキたちに声を張り上げた。

 

「ウシワカがいなくなった!!」

 

「っ!! ならば急ぐぞ!!」

 

真っ先に反応したのはオサキ。一瞬で戦闘モードに雰囲気を切り替えた彼女が駆け寄る。

続けてイヌガミ、クダも側に来た。

 

クダは相変わらず表情が読めないが、イヌガミの方はちょっと怒っているような雰囲気を感じる。

 

「アノ小娘ニハ“貸シ”ガアル、返スマデニ死ンデモラッテハ困ル」

 

たぶん、これは“家事”のことを言ってる。それを貸しと表現するのは些か苦しい“方便”に思うが、要するに“心配”なのは確かだろう。

偶になに考えてるかわからないイヌガミだが、ちゃんとウシワカも仲魔と認識してくれてるようで安心した。

 

 

「ほれほれ、さっさと行くぞ!?」

 

ちょっとほっこりしていた俺に、いつの間にか門の側まで移動していたオサキが声をかけてきた。

……今更ながら、ウシワカ一人のためにこうして彼らが親身に対応してくれる事実に感謝の念を覚えた。

 

「……ああ、行こう」

 

しかし感謝も労いも後回しだ。今はとにかく、ウシワカを追わねばならない。

 

門の外へと出た俺は、早速、自らと仲魔たちにバフを掛ける。最早、些事を気にする余裕も猶予もないためにとにかく全速力でウシワカに追いつくことだけを考える。

 

スクカジャを三段重ねにした俺たちは、最大速度で廃寺へと向かった。

 

 

 





イヌガミの経歴はオリジナル設定です。


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狐神と犬神・一

NOCTURNE、EXTRA双方ともリメイクおめでとうございます(今更)。

……というかありがとうございます嬉しいです。今回も初手良妻でプレイさせていただきます(その先はry








ーー怨嗟の声が聞こえる。

 

この地のみならず、周辺地域からも『呪い』が集まってくる。

 

 

 

ーーなぜ、と思った。

 

“彼女”より役目を受け継いで久しく、これまで私は“夕凪”のために尽くしてきた。

それ自体は苦ではなく、なにより楽しい人の営みを見守る日々。

それがいつまでも続くと思っていたのに。

 

 

 

ーーしかし、この地には“呪われし霊場”が存在した。

 

それがいつ出来たかは知らない、気づけば放棄されており、それを形作る結界の管理を放棄したがゆえに“術式”は崩壊し、やがて周囲の“怨嗟”を集め出した。

怨み、妬み、嫉み、哀しみ、悪意、敵意、怒り、慟哭。

数多の負の感情が渦を巻き、一箇所に集められている。

 

これを見た私はかつてない恐怖を覚えた。

欠片たるこの身には薄れた記憶しか残らないが、“大陸にいた頃のオリジナル”や“女神であった頃のオリジナル”の記憶にもない、極大の呪いであると直感した。

 

だが、この渦には“要”足り得る存在が無かった。

 

かつてその役目を果たしていたであろう古い異国の秘術は崩壊して久しく。渦は、暴走するだけの“災害”とも呼べるシロモノに成り下がっていた。

いずれは集めた怨嗟の重さに耐えきれずに爆発四散し、周囲を焦土に変えて滅びる運命にある。

 

ゆえにこそ、ソレは“私を要石に選んだ”。

 

 

この地の“土地神”たる私は基点とし、より効率的に、能動的に怨嗟を集め出した。

 

 

“怨嗟の渦”が私の中に入ってきたあの日、あの時の苦痛は決して忘れはしない。

身に覚えのない呪いが内でのたうち回り、私の自我を怨嗟で塗りつぶそうとしてくる。

 

耐え難い苦痛と共に、私は“怨霊へと堕ちた”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スクカジャによる加速を得て数分。

北区にある山の麓、以前に訪れた廃寺へと俺たちは到着していた。

 

「っ、無数の“悪魔の気配”がある! この先は其奴らのテリトリーじゃ!」

 

長い石階段を駆け上がりながら、オサキが告げる。

軽くスマホで調べたところ、確かに数え切れないほどの“悪霊反応”がある。

同時に、廃寺を中心とした異界化が為されていることも。

 

「だが“ウシワカの反応もある”。なら突撃あるのみだ!」

 

今更悪霊如きにビビってはいられない。

大切な“身内”がピンチなのだ、なりふり構っていられる状況ではない。

 

……とはいえ無策なわけでもない。

まずは、悪霊の代名詞たる“ムド”による事故死を防ぐためにテトラジャを全員に掛ける。

仲魔たちはそれぞれに呪殺への対抗策を有するが、人間たる俺は特に呪詛に弱い。つまりは俺への保険が主だ。

 

 

石階段を上りきった場所は、本来の庭ではなく。

異界化によって形成された古い墓地に変容していた。

枯れ木がまばらに立ち並ぶ墓地には濃い霧が立ち込め、その中から悪魔反応が無数に検知された。

 

……それらはとりあえずスルーして。

肝心のウシワカの反応を探る。

 

「このまま真っ直ぐ行った先に反応がある。悪霊たちは極力相手にしないで一気に駆け抜けるぞ!」

 

スマホには無数の反応が表示されており、これらを全て相手にするとなると相当な時間を浪費する。ヨシツネの実力がウシワカを上回っている以上はあまり時間をかけるわけにはいかず、ならば最優先にウシワカと合流し、そのあとでヨシツネを撃破……とは行かずとも、撃退ないし無力化し脱出なりなんなりした方がいい。

 

そう考えて、駆け出そうと大地を蹴り出した時。

 

プログラムのセンサーに新たな悪魔反応が検知された。

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、ほほう! 実に面白い。

()()()()を経ればこうも容易く()()できるとは。

じゃじゃ馬であった『泥』も、よく身体に馴染んでいます」

 

新たな反応がセンサーに掛かると同時に、前方の霧から聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。

しかし、それは本来なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であった。ゆえにこそ、思わず駆け出した足が止まる。

 

「この……声はっ!?」

 

予想外の出来事に、必死に考えを巡らせる俺を他所に。声の主はゆっくりと霧の中から歩み出た。

 

 

「お久しぶり、というほどでもありませんが。ええ。

こうして再び(まみ)えることができて光栄です。

()()()()・ヒデオさま」

 

狂気に塗られた笑みを浮かべるその顔は忘れるはずもない。

先日の鎌倉での戦いにおいて焼き殺したはずのダークサマナー。

涅槃台永楽慈。

 

確かに俺が殺した相手だった。

 

 

「フフ、なぜ生きているのか、そう言いたげな顔ですね。

ですがそれ自体は特に意味のないこと、この場においてはさして重要ではない事柄だ」

 

楽しげに笑う奴の首元には()()()()()()()()()()()()()が見られ、その姿も記憶にあるものとは若干異なっていた。

 

人柄と比べて不相応なほど清廉な袈裟は無く、剥き出しの上半身には()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして、その肌は“青白く見える”。

 

 

「いや……お前の言う通りだな、理由に意味はない」

 

冷静に考えれば、悩む必要は無かった。

俺の邪魔をするならば倒すだけだ。

 

加えて、“こいつへの対処法は既に知っている”。

 

……今の俺がどれだけ扱えるかは不明だ、確かに修行しようとは決意したが、たかが数日の、しかもあの程度の悪魔戦闘ではさしたる意義はなかったように思う。

 

とはいえやるしかないのは変わらない。

 

「来い……ヒノカグツチ!!」

 

手を宙に突き出し、“念じる”。

呼び出すのは己の半身、“封”を解いた今ならば願うだけで呼び出すことができる。

 

自宅で試した時と同じように、目の前の空間が燃え盛り中から剣が現れる。その瞬間に、()()()()()()()()()()()()()()()()が耐えられないほどではない。

 

その柄を握りしめて、構える。

 

「いくぞ、ヒノカグツチ」

 

……。

 

「……ん?」

 

おかしい、ヒノカグツチが“反応しない”。

本来ならば自動的に『神性』に反応して解析を始めるはずだが……。

 

「……」

 

試しに『思考同期』の度合いを高めてみるが……

 

「神性反応なし……?」

 

返ってきた“データ”は、()()()()()()()()()()という探知結果だけだった。

 

 

 

一方、一連の俺の動作を見ていた涅槃台は僅かに()()()()()()

 

「んー? 如何なされたのかなヒデオ殿?」

 

皮肉げな笑みを浮かべて奴は宣う。

 

……しかし、意味がわからない。以前の戦いでは主神級とさえ出ていた神性反応が全く無いなどーー

 

「まさか……食っちまったのか?」

 

最初に奴が言っていた『同化』という言葉、そのままの意味と受け取るならばーー

 

「ええ……()()()()()()()()()()()

 

にっこりと、心底嬉しそうな表情で奴は頷いた。

 

「っ!!」

 

ゾワリ、と背筋を駆け抜ける悪寒をなんとか抑え、すばやくスマホのスキャンを涅槃台へと掛ける。

 

画面に表示されるのは“超人”の二字。

あれだけのエネルギー反応を放ちながらも、あくまで奴は人間であるという解析結果。

 

そのことに内心舌打ちした。

 

「しかし……」

 

チラリ、と仲魔たちを見ながら呻く。

神性を有しないならば()()()()()()()使()()()()

初手から俺の切り札が封じられた。

 

加えて、スキャンした涅槃台のステータスは“前回を上回っている”。

前回使った策はおそらくは役に立たない。

 

依然として涅槃台はニヤニヤしながらこちらの様子を伺っている……否、余裕を見せている。

さらには、いつの間にか奴の周囲には悪霊カテゴリの悪魔たちが大量に集まっており、奴に侍るようにして待機していた。

 

 

最悪の展開だ、悪霊だけならばどうとでもできるものを。パワーアップした涅槃台まで相手にするとあれば無視して駆け抜けることも難しいだろう。

なにより、彼我の戦力差は歴然である。これではウシワカを助けるどころか俺らが全滅しかねない。

 

 

そんな焦る俺の腕へと、こつん、と小さな拳が当てられた。

視線を向ければ例によってオサキがそこにいた。

 

「ここが使い所じゃな、主よ?」

 

好戦的な笑みでこちらを見つめる彼女。その目は、“信頼”の色を帯びている。そのことに無意識に腰が引けた。

 

それを目敏く見抜いたオサキが一転、むすっとした顔になって腰を蹴飛ばしてきた。

だ、だから腰はやめろと……!

 

「たわけが、貴様はワシの主、マスターたるサマナーじゃ。ドンと構えておれば良い。

今、気張るべきはワシ()なのじゃからな!」

 

むふーん、と効果音が付きそうな顔で(無い)胸を張るオサキ、とその横にふわふわと移動してきたイヌガミ。

 

「話ハ聞イテイル。ヨウヤク鎖ヲ解ク気ニナッタヨウダナ」

 

どこか嬉しそうな声音に、複雑な内心を隠す。未だ、彼、彼女らの“信頼”に応えられるだけの自信が俺に無いからだ。

 

だが、ここで彼女らの枷を解かねば負けるのは事実。

 

俺は半ばヤケクソになりながらも彼女たちに掛けた“封”を解いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー魔力で編んだ“鍵”を携えて、(あるじ)が手を伸ばす。

 

鍵が近づくにつれて“私”の胸元に“錠前”が浮かび上がり、全身に広がる“鎖”が実体化する。

 

「……ちょっと痛いぞ?」

 

ーー心配そうな瞳をした主が語りかけてくる。だが、そんなのは些事と返答するより他ない。

今更、多少の痛みで泣き喚くはずもなし。

 

それでもやはり申し訳なさそうな顔をした主は、意を決して私の胸元に現れる錠へと鍵を挿入した。

 

「んっ……!」

 

ーー瞬間、僅かに、ズキリ、と痛みが走る。そしてカチャリと解錠の音が響くと共に鎖は砕け散った。

応じて、私の中に“清らかなる神気”が巡り始める。それはこの夕凪山において遥か昔から崇め奉られてきた“古代神”、“原初の自然神”の神気に他ならない。

 

かつて、人が“国”を持たず、自然と共に歩んでいた時代の力。即ち、自然を司る“権能”。

()()から受け継いだ“夕凪神”としての力。

 

そして、後代において修験者たちの信仰を受けて成立せし“夕凪権現”としての“権能”。

 

それら全てが、正当な所有者たる“私”の元へと返ってくる。

 

「ーーおかえりなさい」

 

懐かしい気持ちを噛みしめながら、今、数百年ぶりとなる“女神”としての私を解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗だ……」

 

目前にて、『女神への変生』を果たした仲魔を見つめ呟く。

 

幼かった容姿は瞬く間に“妙齢の美女”のものへと変化、応じて小さな巫女装束は“華美な装飾を身につけた神衣”に再構築された。

 

その身から溢れ出る“神気”は紛れもない正当なる“女神”のものであった。

 

 

「ーー主よ」

 

膨大な神気が可視化された“後光”に目を細めていると、彼女の方から穏やかな声が聞こえてきた。

声音もいつもの小生意気なロリボイスではなく、威厳すら感じられる美声だ。

 

「どうした?」

 

「改めて感謝するぞ。貴様の仲魔となって幾年、ようやく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

言って、にっこりと微笑む彼女は率直に“胸が高鳴る”ほどに綺麗だった。

 

「あー……どうも? いや、感謝なんていい。今は奴らをーー」

 

そのことが気恥ずかしくて目を泳がせながら話題を変える。

 

「そうじゃな、では……行くとするか」

 

そんなヘタレな俺の反応を気にすることなく、優雅な仕草でオサキは涅槃台と悪霊たちが群れる方へと振り向いた。

 

 

 

 

「おお……おお!! 素晴らしい!!!!

この神気、神力、美貌! どれをとっても不足はない! 古の時代、未だ人間たちが自然と共にあった頃の“(ソウル)”そのものではないか!!

ハハッ、やはり私の目に狂いはなかったようだ! 夕凪神がこれほどまでに…………()()()()()()()()とは!!」

 

女神となったオサキを見て、しかし。

涅槃台は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「化け物が……」

 

悍しくも醜い“外道”の姿に吐き気すら催す。

そんな俺を他所に、オサキは優雅なままで“ひらり”と両手を広げた。

 

瞬間。

 

 

『ギャアァァァァァァアアァ!!!?』

 

涅槃台たちの方向から夥しい数の悲鳴が発せられた。

慌てて視線を向ければ、そこには“無数の光柱に身を焼かれる悪霊たちの姿”があった。

 

霧を物ともせず光り輝く柱は、スキャンを掛けずとも凄まじい威力を持った魔法であると理解できた。

即ち『上級破魔系魔法(マハンマオン)』に相当する破邪の閃光である。

 

 

「ぬぅ!?」

 

例によって涅槃台にもソレが放たれるが、さすがに“人”である奴には威力が軽減されてしまうらしく、両手を交差したままに光柱を耐え抜いた奴の姿があった。

 

だが、奴の周りで蠢いていた無数の悪霊たちは一瞬にして消え去っており、それだけでも戦況としては十分な結果と言えた。

 

「あとは、貴様のみじゃ」

 

マハンマオンを放ったオサキは、さして消耗した様子もなく憮然とした態度で涅槃台を見据えている。

未だ全身から魔力が溢れ、応じて“俺から供給されるMAG”も増加していく。

当然ながら凡夫の俺は消耗からの疲労感を覚えるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まだ、まだだ」

 

オサキだけではおそらく、足りない。

呪いに抗っている彼女は、本当の意味での全力が出せず、涅槃台は必ずその隙を突いてくるだろう。

ならば、もう一手、彼女の力となる存在を解き放たねばなるまい。

 

“その存在”へと振り向く俺に合わせて、ふわふわとイヌガミが傍に近寄ってきた。

そして首をこちらに向けて催促する。

 

「サア、解ケ」

 

その言葉に自然と顔が強張る。

オサキの方は彼女自身が力を制御してくれるものの、イヌガミは逆に俺の方が手綱を握ってやらねばならない。そうしなければ俺の方が“食われてしまう”からだ。

 

「……頼むぞ」

 

しかし、彼とて俺の仲魔だ。

心配こそあれ“敵視”はしない。

 

要は俺がうまくやればいいだけのことだから。

 

気を引き締めて、いざイヌガミの首輪へと手をかけ、握り。

それを引きちぎった。

 

 

 

 

「グ……オォォォォォォ!!!!」

 

瞬間、一瞬だけ苦悶の表情を浮かべた彼は空に向かって雄叫びをあげた。同時に、彼を中心として“闇色の魔力”が可視化され柱を形成。天高く噴き上がる。

 

それに応じて、イヌガミの肉体が生々しい肉音を立てながら変形していく。

 

小さな前足は、雄々しく逞しく大地を踏み締めるモノに。

細長い胴は、猛々しくも勇ましい猛獣のモノに。

その端からは立派な白毛に包まれた長く大きな尾が。

 

黒く、どこか可愛げのあった頭部は“怒りに染まり、敵意と憎しみのみを発する鬼神のごとき風貌へ”。

 

本質を抑えるための鎖は今解かれ。

ここに、古き“祟神”。古き“呪具”。邪を以って“正を問う”荒神たる異端の権現、『四国生まれの蠱毒兵器』が再臨した。

 

 

 

 

 

「フゥゥ……!

 

感謝するぞ、サマナー。こうして久方ぶりに力が振るえること、実に嬉しく思う。

かつて共に駆けた日々のように、蹂躙し、破壊し、喰らい尽くすことで我らが敵の悉くを滅ぼそうぞ」

 

力を解き放った()()は、取り戻した四肢で荒々しく大地に降り立ち。期待と戦意に満ちた顔でこちらを見つめた。

 

「ああ……敵はまさしく外道の権化、お前の“呪詛”で本物の“悪意”というのを教えてやれ」

 

「ググッ……分かった」

 

唸るような笑いを零して、彼は大地を蹴った。

地面をクレーターのように抉ってしまうほどの初動、それによって生じるスピードはもはや音速に等しい。いや、加速も含めればそれ以上だ。

文字通り弾丸となった彼が向かう先は、当然、邪魔なあのダークサマナー。

 

「うっ、く……!」

 

犬神の動きに合わせて疲労感は倍増する。

仮にも“二体の権現”を召喚しているのだ、寧ろ、これで気を失っていないあたり、存外に俺も成長……もとい“かつての力を取り戻しつつある”ようだ。

 

「あとは頼むぞ……二()とも」

 

俺の役目は、なんとかこの疲労に耐え抜き彼らを現界させ続けること。それを果たすべく、俺は膝を突きながらも必死に意識を保とうと心を奮い立たせた。

 

 








僕のお姉ちゃんのアンケートはそこまで明確な答えは求めてないので気楽に答えてやってください。


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義経・二

ーー四国のとある地方にある隠れ里。

 

平氏と源氏が争った屋島の戦いの際も、長宗我部が覇者となって四国を統一した時も。その後の歴史の中でも決して“表”にその存在が漏れることの無かった秘匿性の高い村落である。

 

古来、大陸より持ち込まれた『蠱』を媒介とした呪術。これより派生した『邪法』を受け継いだ呪術師たちが集まって作られたこの里は、“呪術の研究”を目的として創設された。

そのため、里の周囲は強力な“結界”に覆われ、認識阻害はもとより物理的干渉すら拒む強固な護りを備えていた。

 

そんな隔離された環境にあって、呪術師たちは気兼ねなく研究に勤しむことができた。

狐と反目する化け狸の影響で妖狐だけは“調達”出来なかったものの、妖怪となった狸や蛇、その他の動物霊たちは豊富に収集でき、尚且つ“本州の目も届き難い”という島の特性から研究は大いに捗り、様々な呪術が開発された。

その多くは()()使()()()を基としたモノで、蛇蠱、虱蠱に限らず。狸、兎、鼠、テンなどを素材とした独自の呪術を次々に開発・発展させていった。

そんな中で犬を用いた呪術、俗に『犬神』と呼ばれる呪法の開発も盛んに行われていた。

 

語るも悍しい、惨たらしい生成法で作られた犬神は特に強力な呪力を発揮した。

飢えを生じさせた上で命を断つ方法、刎ねた首を往来の地中に埋める方法、飢えさせ殺した犬の面前で餌を食べる方法。多岐に渡る生成法の中でもやはり『蠱毒』をミックスした方法は高い実績を重ねていた。

特に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()による実験は効率的なデータ収集に貢献し、呪術師たちはより犬神への信頼を高めた。

 

そんな中、四国の大地に本土より飛来した()()()()()が確認された。

 

発見した呪術師が隠れ里に持ち帰り解析した結果、石片には強力な呪詛が込められており里で開発した呪術と組み合わせることで飛躍的な性能向上が見込めることが判明した。

歓喜した呪術師たちはその日のうちに実験個体への投与を決定した。

 

 

 

 

時に至徳二年。

貯蔵する『犬神』の中でも特に強力な個体へと石片を投入した呪術師たちは、その晩のうちに()()した。

 

後年に里を発見したデビルサマナーの調査によると、全ての死体に“強力な呪殺魔法”がかけられており、数百年を経てもなお周囲の生命を奪うほどの残り香を有していたという。

また、里の悲劇より後、外部の人間が定期的に侵入していた痕跡があり、その痕跡から侵入者が“修験道”を極めんとする者たちであることまで判明した。

 

ーー同日、調査を行なっていたサマナーは里を壊滅させた元凶と相見えることとなる。

熟達した呪術師たちによって調整され、後年には“権現”としての信仰も受けた強大なる悪魔。

『祟神』と化した犬神との戦闘は苛烈を極め、相対したサマナーが『切り札』を使うまでの激戦に発展したという。

 

 

 

 

ーー以後、この地方から『祟神たる犬神』。

飢怨権現(きえんごんげん)』は姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野を駆ける獣が如く、犬神は疾走した。

 

風による抵抗など無意味、空気の摩擦など無価値、憎悪を炉心とする彼にとっては筋力の限界など無きに等しく。損傷した体組織は炉心の供給する無限のエネルギーによって即座に修復……代替交換が為され、疾走の邪魔をすることはない。

 

ーーああ、懐かしい。あの日、あの時、『天使を従えたヤツ』とやり合って以来の感覚だ。

 

ーー魂の根底から溢れる“食欲”と“憎悪”を糧とし、エネルギーをそのまま膂力に費やし。或いは、火力へと変換して戦う。

これこそが“俺”の本来の戦い方であった。

 

 

 

 

眼前にて立つ獲物は、彼の相手に相応しいほどの“外道”。

自然と口角も上がる。

 

「グゥ……ァァア!!」

 

最大加速からの爪撃。避ける暇などなく、与えるはずもなし。

音を置き去りにして放たれた一撃は的確に“涅槃台”の胴体に食い込み、抉り、諸共に彼方へと弾き飛ばす。

 

「ガゥ!!」

 

だがもちろん、それで終わるはずもない。

飛翔する涅槃台へと更なる加速で追い縋り、再び、脚部の爪を用いた攻撃を繰り出す。

これを繰り返し繰り返し、反撃の隙どころか地上に落ちることすら許さないまでの激しい連撃を加える。

 

年代物の“怨念”をエネルギー源とした犬神にスタミナ切れは無く、サマナーから吸い取っているMAGすら()()()()()()に過ぎない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

この契約がある以上、犬神はあくまでヒデオの仲魔であり、その命令に絶対服従を強いられる。

だが、犬神自身にそのことへの不満は無い。

 

自身を仲魔へと誘った彼は確かに()()()()()()()()()()を見せており、今でも犬神は、ヒデオがかつての強力なサマナーとしての自信を取り戻してくれるものと信じて疑わないからだ。

 

 

ともあれ。

半永久的なエネルギー源を有する犬神の戦闘スタイルは“暴走”の一言に尽きる。

無論のこと最低限の戦術的思考は保持しているものの、前提として“止むことのない猛攻”を第一とし繰り出される一手一手は、側から見れば暴走以外の何者でもない。

 

 

やがて、連続攻撃を止めた犬神は、今度は地上へと涅槃台を叩き落し即座に自身も地上に降り立った。

 

「消えろ」

 

直後、ガパッと開かれた口から禍々しいエネルギーが放たれた。

暗い紫光を伴って放たれたエネルギーは、犬神の活力の根源そのもの。即ち、“呪詛”の塊である。

 

「っ!!」

 

膨大なエネルギーを孕んだ光線は地面を抉り取りながら高速で、涅槃台のもとへと飛来する。

避ける暇もなかったヤツは、なす術なく闇とも光ともつかぬ異様な力の奔流に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず凄まじい……」

 

少し離れた位置で繰り広げられている超常の戦いを眺め、乾いた笑いが溢れた。表情も苦笑で固定されている。

 

「でも、昔は……」

 

犬神と出会った頃はまだ、()()()()()()()()()()()を持っていたんだよな。

自分でもにわかには信じ難いが事実だ。……いやマジでどうやってあんなのと戦ってたんだ、昔の俺。

 

視線の先では、ちょうど犬神が“フィニッシュ”を決めるところで。

大きく開かれた口から上級呪殺系魔法(マハムドオン)に匹敵するエネルギー波が放たれていた。

 

紫色のビームは対象に直撃すると共に円状の爆発を起こし、次いで天に向かって余波が飛散していく。

俺が食らえばまず間違いなく魂の一片すら残らない強力な呪詛だ。

アレは防ぐとかそういう次元を超越している。

なす術なく蹂躙されるか、或いは相殺・無効化でもしない限りは助からない。

 

 

ーーと、いうのはあくまで俺をベースとして考えた場合。

 

パワーアップしたヤツならば、或いは。

 

 

 

 

「まあ、そうだよな」

 

例によって、爆発の煙の中からは元気な涅槃台が現れた。

流石に無傷ではないが、瀕死というわけでもない。

ーーこれは予想だが、ヤツはあの“極大の呪詛の塊たる泥”を食らった。となれば呪殺属性に対して“異様な耐性を獲得していてもおかしくはない”。

 

協会から得たヤツの情報、鎌倉での一戦において入手した情報。それらをもとに推測すれば、まあ、予想の範疇と言える。

 

“喰らった悪魔の力を自らのものとする”、簡単に言えばヤツの能力はそういうことだ。

この異能が異能たり得る根拠は前に説明したが、まさか主神級の力まで自らのモノにするとは思わなかった。

 

そして、ヤツの()()()()()()()

おそらく、そこにこそ、この異常な力の原理が隠されていると思う。

 

 

 

 

 

「ハハハハハ!! 素晴らしい!!

夕凪神のみならず、まさかまさか『飢怨権現』とも相見えることができようとは!!!!」

 

肌が焼け焦げてもなお元気な涅槃台は、徐に手を突き出した。その先に禍々しいエネルギーが集まり、やがて一本の錫杖を形成する。

これを握り、構える。

 

「是非とも……双方を喰らってみたい」

 

恍惚とした笑みで奴は光弾を放った。

おそらくは破魔系、ハマの類、いや、より攻撃性能に特化した『コウハ系』か。

 

梵字を纏った光弾は犬神の胴体に当たると共に“霧散”する。

 

「無駄だ、その程度の威力では我に傷一つ付けられん」

 

僅かに失望したような犬神の声。だが、直後には驚愕と共に慌てて背後へと振り向いた。

 

「ええ……よく存じておりますとも!」

 

そこには刺突の構えを見せた涅槃台。光弾は単なる囮であった。

 

泥を完全に取り込んだことで急上昇したステータスから放たれる刺突は、もはや音速を超えている。

本気の犬神でさえ、なんとか爪を合わせて軌道を逸らすことしかできない。

 

「ああ、素晴らしい、素晴らしい!!

早く、早く早く早く! その肉を! 血を! 魂を!!

喰らってみたいィィィ!!!!」

 

興奮した涅槃台は、それでいて隙のない動きで次々に攻撃を繰り出す。鍛えられた杖術による巧みな杖捌き、それらが鎌倉の時よりも数段上の速さと威力で放たれるのだ。

もし俺が食らえばひとたまりもない。ヒートライザを使っても到底及ばない域にある。

 

とはいえ、犬神もやられっぱなしではない。

先程のビームと同じ色をしたエネルギー弾を小出しにして何度も放ち、その幾つかは涅槃台の身体に命中。確実にダメージを与えていた。

 

そんな一進一退の攻防が続く中、不意に涅槃台の背後へと凄まじい“神気”が現れる。

 

「っ!!」

 

「今回は、油断せん」

 

涅槃台が振り向いた先にいたのは、凛々しい表情のオサキ……否、夕凪権現。その右手には既に練りに練った“破邪のエネルギー”が球状となって収まっている。

これを、涅槃台の胴体へと殴り付けた。

 

瞬間、放たれた閃光は奴の身体をすっぽりと覆い、犬神が離脱すると共に爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、異界の最奥エリアにあたる寺院前の庭。

そこでは、二人の義経による激しい戦いが行われていた。

 

 

「ははははは……!!!!」

 

「くっ!」

 

笑いながら放たれる斬撃は、ウシワカの守りの構えをすり抜け柔肌の顕になった肢体を斬り裂く。

ウシワカも、斬撃に合わせて咄嗟に回避を試みるも、その動きすら()()()()逃げきれない。

 

お返しにと放った攻撃も容易く防がれ、反撃によって再び負傷する。

 

完全なる()()()()

その事実にウシワカ自身気付いていながらも、到底、納得は出来なかった。

 

オリジナルとしての矜恃……てはない。単純に、“主の(しもべ)たる己が、何某かに負けるなど許されない”という忠義ゆえだ。

心的ステータスを忠義に全振りした彼女には、その思考しかできない。

 

……だが。

 

 

「アァァ!!」

 

苦し紛れに渾身の一撃を放つ。

回転、膂力、今出せる全てを込めた一撃にはさしものヨシツネも、防御した刀ごと後方に弾かれる。

 

距離が離れたことで仕切り直しとなった両者は、再び刀を構えてジリジリと距離を詰めながら互いの動きを警戒する。

 

ーー自宅での戦闘では終始圧されていたウシワカだったが、“忠義を振り切った”、所謂“決死の覚悟”を得た今はなんとか拮抗するまでに食い下がっていた。

とはいえ、厳然たる“実力差”を前にボロボロとなったウシワカと、未だ余裕を見せるヨシツネという構図は、誰の目に見てもどちらが不利かは明らかであった。

 

 

そんな折、不意にヨシツネは口を開いた。

 

「……なぜだ?」

 

「……?」

 

眉を顰め、悩むような表情でヨシツネは問い掛ける。

 

「なぜ……お前は()()()()()()()()

 

なぜ、()()()()()()()()()?」

 

実力の差は明らか、地の利もこちらにあり義経(牛若丸)牛若丸(義経)たり得る『スキル』も一つを除いて全てこちらにある。

なのに、なぜ、こうまで食い下がってこられるのか?

 

ヨシツネは純粋に疑問だった。

 

“義経の歪みを知っている”。

“なぜ裏切られたかも知っている”。

そして、英雄として生前の栄光を世界に刻みつけた我らが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だからこそ、なぜ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

なぜあんなにも、()()()()()()

 

ヨシツネは、己が現界した際に涅槃台より与えられていた“記録”によってヒデオとウシワカの情報を得ていた。

その記録を知って真っ先にその疑問が浮かび上がった。……と同時にやり場のない怒りが込み上げた。

 

 

ーー己が、己を形作る『呪い』のせいで“恨み憎むことしかできない”というのに。

 

 

私を裏切った兄が憎い、私を裏切った友人の息子が憎い、私から去っていった部下が憎い、私を顧みなかった民が憎い、私を軽んじる奴らが憎い、私を疎んだ人が憎い、私を排斥した人世が憎い。

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!!!!

 

思考が、原動力が、憎しみに汚染されていく。

 

そんな自分が嫌で、でも、心地良くて。

ドロドロに溶かされていく思考が、呪いとなって私の存在をより強固にしていく。

そんな、悪夢みたいな状況にあって。泥の記録にあったこの主従の在り方は眩しかった。

 

在りし日、このような光景が自分にもあった気がする。まだ兄上と仲良くやれていた頃なら、或いは“あり得たかもしれない優しい世界(if)”に。

 

 

 

「分からない。“他者の心が分からない義経”が他者と過ごしていける日々が。主の望みを曲解し、褒めてもらいたい(己の欲望に忠実な)ばかりに暴走する義経が、良好な主従関係を築けるなどと。

 

悪い冗談にも程がある」

 

ヨシツネは断言する。

そのような関係はあり得ない、と。

そんなifは許されない、と。

 

こんな世界は間違っている、と。

 

 

 

ーーだが、ヨシツネもウシワカも、誰も知らない事ではあるが、現にこうした奇跡のような関係が成り立っている“理由”は確かに存在していた。

 

偶然による同時召喚、それによって“記憶とスキルを失ったウシワカ”は“どこか欠けた義経”として奇跡的に現界に成功し。

生来の明るさによって、()()()()()()()()()()()()()()()に希望を与え。

パズルのように組み合わさった両者は、互いを認め合い、戦うことができた。

 

片や、()()()()()()()()()()()()()、どこまでも直向きな忠義に絆された召喚師。

片や、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

互いが、()()()()()()()()()()()この主従は成立し、尚且つ、より強固な信頼関係を築けた。

ーーその中で、召喚師の方がウシワカの“歪み”などを察したという事情もありながら、総体として“度重なる偶然によって誕生した奇跡のような主従関係”であるのは事実だった。

 

 

 

無論のことウシワカがそんな事実を知るはずもなく、そもそも()()()()()()()()()()()

 

ヨシツネからの問い掛けにも“己の信じること”を正直に発言するより他になかった。

 

「忠義だ」

 

「忠、ぎ?」

 

迷いなく堂々と答えるウシワカに、ヨシツネはさらに困惑した表情を見せた。

そんな彼女を他所にウシワカは続ける。

 

「主殿は私を“信じてくれた”。()()()()()()()()()()()()()を、それでも“信じてくれたのだ。

 

ならば、私はその信頼に絶対に応えなければならない。

否。

 

応えてみせると誓った」

 

結局のところ、ウシワカの動機は、原動力はそれだけだった。

 

“主のためになりたい”と切望する彼女が、主からの期待を自覚すればどうなるか。

 

決まっている。

 

“いつも以上にハイテンションになるしかない”。

 

つまり今のウシワカは、“忠義が上限突破しているが故にいつも以上に強い”。

単純な思考回路故に常時全力な彼女だが、そこに主からの信頼、或いは期待が加われば更に強くなる。

 

先の戦闘では動揺が先行したために不甲斐ない有様だったが、ちょっと自問自答して“勝手に納得した”彼女は強かった。

 

……だが。

 

()()()()()()()()()()という結論に“勝手に”至ってしまったために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だからこそ、ウシワカは()()()()

それでいて、()()()()()()()()

 

……こと戦いにおいて、戦力や戦術を極めた先にあるのはどこまでいっても際限のない“精神力の多寡”だ。

 

法則の通用する闘争ならまだしも。

神秘の領域にある闘争では“心の強さ”が勝敗を決める。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……だが、それよりも“強い概念”が人にはある。

 

その概念を“持ってこなかった”からウシワカは勝てない。

だが、心が弱ったヨシツネには負けない。

 

 

 

ーーこうして、互いが互いを理解できない状況のままに。両者は拮抗した戦いを延々と続けるのであった。

 

 




更新遅れて申し訳ない…
束の間の休息で緩みきった精神を引き締めるために投稿します。


また、きちんと描写できているか心配なので一応、断っておくと。
夕凪神と飢怨権現は完全オリジナルです。設定には既存の伝承の内容などを拝借させてもらってますが、キャラとしてはオリジナルです。
なので、これからもキャラの掘り下げを頑張っていきたいと思っております。


…それはそうと、サマーキャンプ思った以上に楽しい!!


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狐神と犬神・二

ーーまだ、足りないのか……?

 

みるみるうちに減っていくMAG、どんどん擦り減っていく体力に悶えながらもヒデオはなんとか意識を保っていた。

 

視線の先では、オサキ・イヌガミと涅槃台による激しい戦いが続いている。

 

 

正真正銘、“女神としての力”を取り戻したオサキはその身に返ってきた“千年単位の神秘”を糧に、『大地母神級の魔法』を連発。同時に女神の『加護』に相当する補助魔法の数々を使い分けて犬神のサポートを行い、後衛として一線級の戦いぶりを見せる。

 

一方、“呪術師の作り出した究極の呪殺兵器”としての姿を取り戻したイヌガミは、“込められた膨大な呪い”と“石片の呪力”の相乗効果によって圧倒的な戦力を振るう。

呪力を根源とした“エネルギー砲”はもとより、強力な呪力を込めた爪牙の一撃、呪術による緊縛魔法などを用いて果敢に攻め、その猛攻によって前衛としてはやはり一線級の戦いぶりを見せる。

 

 

ーー対して、涅槃台もこれまで以上の力を見せていた。

 

 

「はは、ははははは!!

いいぞいいぞ! 振るえ、我が“泥”! 奮い立て我が“怨讐”!!

 

そして、震えるがいい有象無象!!

 

私はようやく手に入れた。()()()()()()()()()

人の世における究極の力を!!」

 

『泥』を、完全にその身に取り込んだ彼はもはや人ではない。カテゴリとして人に分類されていようと、その在り方は“魔人”のソレに近しい。

 

即ち“世界に災いを齎す怪物”。

()()()()()()()を根源とした強大な呪殺魔法、かつて鍛え上げた杖術に密教系魔法。

そしてなにより、泥と融合したことで桁違いに高められた身体能力は神の領域にある。

仙道を極め、超人と語られた仙人とはまた違う。

()()()()()()()()()()()()()()()成立した彼は真逆の立ち位置で超人となった。

即ち、“魔人”の側の存在。

 

故にこそ、二柱の“神”を前にして対等に渡り合うことができる。ともすれば、()()()()()()()()()に比べて余裕のある涅槃台の方が優位に立っているとも言えた。

 

最早、鎌倉の時のような切り札はなく。

 

だからこそヒデオは歯噛みする。

 

“まだ足りないのか”と。

 

理由は分かる。十中八九“己の力不足”だ。

彼女たちを十全に使役できる力を持たないがために()()()()

 

ここでもやっぱり、()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()

 

「っ!!」

 

不意に()()()()を思い出してヒデオは萎縮した。同時に()()()()()()になり()()()()M()A()G()()()()()

 

「っ、主よ! 何をしている!?」

 

それによって()()()()()()()()()()()()は叱声を飛ばす。

夕凪神という強大な存在を現界させるために最低限必要なMAGも割高だ、ただでさえ“足りない”ヒデオの供給が僅かでも乱れればそれはそのまま“現界の失敗”に繋がる。

現に、現界が乱されたために準備した魔法が不発に終わりその身にも多大な隙が生じていた。

 

「っ!」

 

その隙を涅槃台が見逃すはずもない。即座に突き出された杖はオサキの鳩尾を的確に突き上げ、少なくないダメージを与えた。

 

「こ、のぉ!」

 

咄嗟に魔法を乱れ打ち撃退するものの、刻まれたダメージは“核”に響き痛手となる。

 

「ぐ、がはっ!?」

 

吐血したオサキは足元へと真っ赤な血溜まりを作る。

 

「っ! わ、悪い……!」

 

その光景を見て、ヒデオは再び気を引き締めようとするも、傷付いた仲魔は逆にトラウマを更に想起させる。

 

フラッシュバックするように何度も脳裏に蘇るトラウマ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()

()()()()()使()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

破れた腹部からは臓物が溢れ出し、絶えず吐き出される夥しい量の鮮血は、抱き上げた()()()()()から体温を奪っていく。

 

()使()()()()()()使()()()()()()()()使()によって奪われた彼女の命は二度と戻らない。その事実が五年もの間、ヒデオから『生きる希望』を奪っていったトラウマ。

今なお、彼の心に刻み込まれ、脳裏に焼き付く光景。

 

ヒデオのL()a()w()()()の原因でもある出来事。

()()()()()()()によって奪われた天使の命は何をしても取り返せない。

如何なる奇跡でも()()()()()()と諭されつつも、それでも求めてしまう死者の影。

病んだ心は、持ち主の歩む道を“闇”へと導き、堕落を促していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……はっ……はっ……!!」

 

乱れる呼吸をなんとか戻そうと努力する。乱れた心を落ち着かせようと努力する。俺のために戦ってくれる仲魔に力を与えようと努力する。

しかし、全ては『魂にまで刻まれた絶望』に塗りつぶされた。

 

()()()()()()()()『彼女』。あの時の光景が何度も何度も鮮明に蘇る。

その後、訪れた業魔殿で告げられた『完全なる死』によって舞い降りた深い絶望が蘇る。

 

こうなるまで、

理解していなかった世界の『当たり前(常識)』。

()()()()()()()()()という当たり前に過ぎる法則が重く、心にのし掛かる。

 

死を忌避し、戦いを恐れ、いつしか“仲魔たちの生”すら怖くなって。“生きているから死ぬ”という事実を恐れ()()に走りそうな時もあった。

絶望に屈した俺は弱くなり、弱くなった俺を見限った仲魔たちの多くが去って行った。

残ってくれた僅かな仲魔たちの“優しさ”すら理解しようとせずに、“あり得ない奇跡”を求めて奔走し。その全てが“無駄”に終わったことで、いつしか俺は“自分の生きる意味”すら見失った。

 

“自分の生”すら忘れてしまった俺は更に霊力を落とし、そこら辺の中ボスクラスの悪魔にも殺されてしまうような弱者に成り下がった。

 

ーーそんな俺が、こんな強敵に勝てるはずもない。

 

目の前で振るわれる絶大な力、その所有者たる涅槃台が()()()()()

勝てない、勝てない。

どうやってもアレに勝てるビジョンが浮かばない。この状況をどうにかする策が思い浮かばない。仲魔たちが助かる未来が想像できない。

 

俺が弱いから。

俺が足りないから。

 

また、()()ーー

 

 

 

「主よ!! しっかりせんか!!」

 

不意に、オサキの声が耳に響いた。

目を向ければ、血を吐き、息も絶え絶えな彼女がその瞳を真っ直ぐ俺へと向けていた。

その後方では未だに涅槃台と犬神が激しく争い、その余波がこちらにまで届く。

 

戦闘によって発生した突風に巻き上げられた砂煙から、手で顔を守りながらなんとか彼女の瞳を見つめ返した。

 

「“お前”は“私”の主だ! 他ならぬ“私”がそう認めている!」

 

真剣に語る彼女の声音は、いつの間にか先程までの荘厳な美声ではなく。いつもの、彼女の声音に戻っていた。

 

「なればこそ、たとえ“お前”の命令で死地に赴こうと決して咎めはせん! ましてその責を問い、贖罪を求めることもない!

“私”自身がそう決め、納得しているからだ!

精々、面白おかしく笑って消えてやろうぞ!!」

 

「……っ!」

 

ーーそう、たとえ、そうであろうとも。

しかし、俺自身はーー

 

……っ、これだけ言っても分からんか! うつけが!

ならばーー

 

……それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!」

 

「っ!!!!」

 

すとん、と驚くほどすんなりと心に収まる言葉。

この期に及んで()()()()()()()()()と駄々を捏ねていた俺の心に、欠けたピースが嵌るような感覚。

同時に、霞み淀んでいた精神が晴れ渡るような、一転して晴天が広がるような。

そんな、すっきりとした感覚が確かにあった。

 

「それ、はーー」

 

「“アイツ”の最期を看取ったのは貴様だけではなかろう。あの()()()()()()()()()()()()()()までいたではないか!?

 

……薄情にも彼奴らは()()()が、“私”は違う。“アイツ”からお前を任された者としてその最期まで共にあると誓った!!」

 

そんな……そんなこと今まで一言もーー

 

だが。

仮にそうであるならば、否、確かにそうだったならば。

 

俺は、()()()()()()()()()()()()()()

 

「……()()が、お前に、そう言ったんだな?」

 

問い、ではない。他ならぬ俺自身に“再確認”するように声を出す。

見つけた“意義”を見失わないように。

 

「……ああ、確かに。魂が消える間際に、しっかりと、この耳で聞き届けたよ」

 

狐耳をピコピコと揺らしながら彼女は答えた。

ならばーー

 

 

 

 

「いつまでも、俺ばかり怖がってはいられないな」

 

自分に言い聞かせるように呟き、一歩、足を踏み出した。

……未だ、トラウマのフラッシュバックによる手足の痙攣が治らないものの、それでも。なんとか動くことができた。

 

 

「大丈夫……俺ならできる」

 

一歩を踏み出してから何度も心の中で繰り返した言葉を声に出す。

それでもやっぱり怖いものは怖い。

俺ではなく、身内の命が失われるのは何度味わっても辛い。その危険が常に付き纏う“戦い”はどうしても怖い。

 

「いや……そうさせないために、俺が行かなきゃいけない」

 

そうだ。思い出せ。

 

何のために、俺は戦ってきたのか。以前の俺は、どうしてあそこまで戦えていたのかを。

 

答えはとっくの昔に出ている。しかし、それをしっかりと心に落とし込むことができていなかった。

 

だが、“彼女”からの言葉を受け取った。ならばやるしかない。

 

「“アイツ”の言葉だけは、嘘にはできない」

 

ーーそう決意を固めたら、後は早かった。

 

 

不退転の覚悟を決め、身体に巡ってきた“かつての力”を認識した俺は、その力を目一杯使って大地を蹴った。

 

「っ!!」

 

そこからの速度は普段の比ではない。しかし全く知らないわけでもない。俺は、これだけの力を()()()()()

即ち、“とても懐かしい感覚”だった。

 

弾丸のごとき射出、空気を斬り裂いて一直線に向かう先は当然、涅槃台。

犬神との交戦に気を取られているヤツの側面へと突撃した俺はタイミングを合わせて手に持つ愛刀を振るった。

 

「っ!」

 

放たれた斬撃もやはり普段とは比べ物にならない速度、威力を伴っていた。

しかし、ヤツも伊達に二柱の権現を相手に渡り合っていない。完全な奇襲で放たれた斬撃は、しかしヤツの錫杖によって防がれた。

 

だが、そんなのは予想の範疇だ。

 

 

「今更あなた如きが出てきたところでーー」

 

ヤツの戯言を無視してその胴体を袈裟斬りにする。

錫杖による防御も、()()()()()()()()()()()()()突破することは容易い。

 

「なっ、ぐっぎ……!?」

 

驚愕しつつも、油断を排除して杖を構える涅槃台。

直後、その姿が残像のようにブレて多方向から攻撃が繰り出される。

……が、()()()であればその全てを見切ることができた。

 

横薙ぎを弾き、上段からのフェイントを黙殺。下段からの奇襲を足蹴にして先程とは逆方向で袈裟斬りにする。

 

「ぐぅ!? な、何がどうしてーー」

 

動揺した涅槃台は、更に多くの隙を生じさせた。

……三度戦って学んだことだが、奴は動揺すると必ず無防備になる。

そのチャンスに出来るだけ叩き込むのが最適解だ。

 

「ハハハッ!! ようやくその気になったか、主よ!」

 

愉しげに笑いながら犬神が加勢に入る。彼の猛攻まで加えればどうにか押し切ることも可能だろう。今の俺なら、できる。

心を決めた俺に、もう迷いは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ハァ」

 

ーー怯え、蹲っていた身体を奮い立たせて戦う主の背を眺める。

これまでずっと臆病風に吹かれていたとは思えないほど、勇敢で逞しい戦いぶりに思わず溜息が溢れた。

感動からではない、ただ、私の“嫉妬心”からの溜息だ。

 

散々、発破をかけて。ここに来る前にも恥を偲んで赤面ものの激励までしたというのに。

それらに見向きもしなかった彼奴が、ただ、“彼女”の遺した言葉を告げただけでこうも見事に立ち直ってみせた。

ーー思わず拗ねてしまうのも仕方ないことだろう。

 

だが、それだけ彼の中で“彼女”は大きな存在であり、死して尚も心に残り続ける大切な人だったということ。

 

「……まったく、呆れ果てるほどに“鈍感”で視野の狭い男よ」

 

ーーただ一人の故人を想い続ける。

言葉にすれば簡単だが、本当に実践してしまう輩は少ない。

そこを汚点とするか美点とするかは人それぞれだが。

 

少なくとも、私はそれを“美しい”と思ったからこそこうして仲魔を続けているのだろう。

 

或いはーー

 

「……いや、あり得んな。あり得てたまるものか」

 

私が人間なんぞにーー

 

「……くだらぬ妄想だ。

 

さて、私も呑気に観戦している場合でもなし。億劫じゃが加勢に入ってやるかの」

 

先程の負傷で“核”にヒビが入っているが、なに。夕凪の地からの()()()()()()を受ければものの数分で回復できる。

この程度で退がるほどヤワではない。なにより、“彼女”を失ったことで“壊れ”、“燃え尽きてしまった”奴の痛みに比べればどうと言うことはない。

 

私は軋む身体を奮い立たせて戦場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーあんたは弱いわ。

 

昔々のこと、されど決して色褪せない記憶。

いつもの大樹の下で彼女はそう言い放った。

 

当時まだ幼かった俺は、当然のように怒り反論した。しかしその悉くを論破されて、悔しさから涙を滲ませた。

 

 

 

それから数年後。

 

あの“地獄のような場所”から脱した俺は、“養父”の世話になりながらもサマナーとしての経験を積み。やがてフリーのサマナーとして独り立ちした。

 

古今東西、さまざまな悪魔を相手にする戦いの日々の中で、ある日彼女は唐突にこう言った。

 

ーーあんたは弱いわ。……一人ならね。だから、仲魔(みんな)がいるし戦友だっている。なにより、私が付いてるのよ。

 

その言葉は深く、俺の胸に刻まれた。同時に、これまで何気なく頼ってきた仲魔の存在が如何に大切であったかを知る。

 

ーーそして、あの日、あの時。

 

 

彼女を失ったことで、自分自身、どれだけ仲魔を大事に思っていたかを自覚した。……その()()()()()()()()に自己嫌悪した。

 

でも、悍しいだけでは無かったはずだ。

だからこそみんな付いてきてくれたし、俺も頼りにしていた。

 

その、原初の想いを、今、ようやく。

思い出したような気がした。

 

 

 

 

「犬神!!」

 

「任せろ!!」

 

たった一言で意図を理解して爪撃を繰り出す犬神。

呪詛をエネルギーとして凝縮した一撃は確実に奴の体力を削り取る。

これに遅れないように自らも退魔刀の斬撃を放つ。

そして再び犬神の攻撃。

 

そうして交互に隙を作らないように怒涛の猛攻を続ける。やがて、後方からオサキの魔法による援護が加わり涅槃台はなすすべもなく攻撃を受け続けた。

 

「がっ、ぎぃ!! くそ、どうなっている!?」

 

だが、やはりパワーアップした奴もただでは終わらず。咄嗟に発動させた呪殺魔法でこちらの攻撃を無理矢理相殺した涅槃台は、再びこちらに錫杖による攻撃を仕掛けてきた。加えて、ピンポイント爆撃のように空間へと直接発動させるタイプの呪殺魔法を交えてくる。

さらには梵字を練り上げた光球による牽制。

 

俺たち三体を相手に、奴は互角の戦いをし始めていた。

 

恐ろしい成長速度……いや、奴が喰らった“泥”が更に馴染んだということだろうか。

 

だが、そんなのはどちらでもいい。

 

俺にだって負けられない理由がある、負けたくない意志がある、嘘にしたくない想いがある。

 

かつてないほどに燃え滾る闘志を、MAGとして仲魔に惜しみなく供給する。

大量のエネルギーを受け取った彼らは指示を受けるまでもなくすぐに大技を発動させた。

 

「喰らえ」

 

大きく開かれた口から放たれる紫光のエネルギー砲は、犬神の必殺技の一つだ。

……だが、一度受けた技を何度も食らうほど涅槃台も馬鹿ではない。

 

梵字によって形作られた防御魔法、それを幾重にも重ねて、それらによって減衰したエネルギー砲に呪殺魔法を当てて相殺する。

完璧な対策を取った。……しかし、そこにはどうしても隙が生じる。

 

そこへ、上段に構えた俺が襲い掛かった。

 

「ハッ、その程度の動きは予測している!!」

 

その言葉の通り、すでに奴は錫杖を構えて迎撃態勢に入っていた。

……そこへ、上空から唐突に“光”が降り注いだ。

 

光の矢とも呼べるソレは一直線に涅槃台へと落下し、柱を形成する。

 

「がぁぁ!? こ、これは!?」

 

破魔系魔法、その応用による“拘束魔法”だ。それも、後方でチマチマと術式を練り上げたオサキによるとっておき。

さしもの奴もただでは済まない、加えて完全な奇襲。涅槃台は身動き一つできなかった。

 

「もらった!」

 

その無防備な肢体へと俺は退魔刀を振り下ろす。

退魔刀にデフォルトで組み込まれている退魔作用を自らの“霊力”で極限まで引き上げてからの一撃。

“魔”に属する存在にとっては致命傷となる一撃だ。

かつて、俺が“彼女”と共に居た頃に愛用していた必殺技、俺の“デビルバスター”としての奥義。

 

脳天から一直線、股下まで抜ける斬撃を受けて奴の肉体は真っ二つに分かたれた。

 

 






遅れてすみません。
これから徐々に更新頻度を上げていきます(素振り


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終幕

兄上だって、最初のうちは本当に信頼してたと思うんですよ。
ただーー

十数年の時を経て出会った妹がまさか首狩り族だなんて誰も思わんでしょうよ、っていう。

ヨシツゥネとマサコォのせいでヨリトォモの胃がヤバイ(ヤバかった)。


「ハァ……ハァ……ハァ……!」

 

刀を杖代わりに地面へと突き立て膝をつく。

 

身体のあちこちが軋み、悲鳴を上げている。臓物が煮え滾り血液が沸騰している。

いくらかつて振るえていた力とはいえ、突然振るえばこうなるのは当たり前だった。

 

つまり、身体が追いついていないのである。

 

「お、おい、主よ。大丈夫か?」

 

心配そうな顔で歩み寄るオサキ。未だ女神状態のままでキラキラとした美しい瞳を不安で震わせる様は絵になる。

 

「大丈夫、ちょっと疲れただけたから」

 

それよりもーー

と、俺が先程仕留めた敵の亡骸に目を向ける。

 

綺麗に縦割りされた人型が地面に横たわりピクリともしない。だが、奴は前回も確かに殺したはずだった。なのに、こうして蘇った。

だから、死後に必ず()()()()()()()と考えた。

 

ゆえにこうして油断なく注視している。

 

「……無理そうなら私たちだけでウシワカの救援に向かおう」

 

「平気だ。それに、無理でも使わないと馴染まないからな、リハビリみたいなもんだよ」

 

力を取り戻した影響か、長らく続いていた“痛み”も完全に消えている。今ならば十全にヒノカグツチを扱えるだろう。

……とはいえ、徐々にだが、()()()()()()()()()()()感覚もある。おそらくは、目下の脅威を退けたことによる安心によって気が抜けていつもの俺に戻りかけているのだろう。

 

それは、まだ困る。

 

「……涅槃台はイレギュラーだったが、まだヨシツネがいる。あいつを倒すまで帰れない」

 

やがて、涅槃台に変わりないことを確認した俺は勢いをつけて立ち上がった。深呼吸をして精神を落ち着かせれば、若干ながら痛みも軽減される。

 

ーーそうして、奴から完全に視線を外したその時だった。

 

 

「退がれ!!」

 

怒声と共に俺の目の前へと唐突に立ち塞がった犬神。

直後、分断された涅槃台の右半身が素早く身を起こして手から光弾を放った。

梵字で作られた光球よりも更に速い一撃。それは吸い込まれるように犬神の胴体に直撃し、()()()()()()()()

 

「っ、この死に損ないが!!」

 

激昂したオサキが咄嗟に発動した破魔系魔法。

巨大な光柱を形成するほどの魔法は涅槃台の全身をすっぽりと包み込み、やがてクレーターを生み出すほどの閃光と爆発を起こした。

 

その跡には肉片一つ残っておらず完全に涅槃台が消滅したことを理解した。だがーー

 

「おい、犬神!!」

 

咄嗟に駆け寄り、光弾が染み込んだ箇所に解析魔術をかける。

 

「グ……少々、まずいな」

 

呻きながら苦笑する犬神を見つつ解析を終えた。

その結果。

 

「!! あの泥か!」

 

放たれた光弾は厳密には魔法ではなかった。奴が散々操っていた“泥”を魔法で加工して飛び道具にした一撃。攻撃を目的としたものではなく()()()()()()()()()ことだけを目的としたモノ。

 

加えて、泥の特性についても解析できた。

 

「精神汚染に“同化”……」

 

強力な呪詛だけではなかった、その呪詛による精神の汚染。怨みによって対象の心を埋め尽くし、やがては自らと“同化”させる。

当たり前だが、“世界最大級の呪い”を源泉とした特性は生半可な治癒魔法では解除できず、“ジワジワと取り込まれるのを待つのみ”。

 

俺は絶望した。

さっきまでなんだってやれる、と奮い立っていた心は沈み、焦燥だけが湧いてくる。

 

俺はまた、自らの油断で仲魔を失うーー

 

「しっかりせんか!!」

 

「ぐわっ!?」

 

言葉を失っていた俺の尻へと、オサキの蹴りがフルスイングで炸裂した。

仮にも女神へと変生したことで身体能力も強化された彼女の一撃はコメディチックなものではなく確実にダメージを受ける攻撃の類だった。

要するに、加減しろということ。

 

そんな俺の抗議をスルーして彼女は続けて吠えた。

 

「私も今、“解析”して理解した。確かに現状で犬神の治療は不可能だ。

だが。

コイツはなんだ? コイツの出自を考えれば打開策など容易に思い至ろう!」

 

その言葉ですぐに理解した。

 

「呑み込んでこようとしてくる呪詛なら……()()()()()()()()ということか?」

 

俺の回答にオサキはニッと笑みを浮かべた。

 

「分かっておるではないか。

加えて、私が“手助け”する。なに、“呪いの制御”ならちと覚えがあるからな。これだけの量なら造作もない」

 

確かに“夕凪の呪い”を長年受けてきた彼女ならば或いは呪詛の操作もある程度は可能だろう。

だがーー

 

()()()()()()()()()()()()()だろ。それに並行して他者の呪いまで操るのはーー」

 

「侮るな……己のことは己でどうにかする。

……だが、おそらくは完全に呑み込むまでに確実に()()()()。それへの対処を頼みたい」

 

俺の言葉を遮るように犬神が言い放つ。オサキも真剣な顔で頷き承諾していた。

 

「待て待て、俺を無視して話を進めるな!」

 

「お主には別にやることがあるだろう? こっちは私らに任せてそっちに向かうがいい」

 

こちらに見向きもせずオサキは告げる。

 

「あの小娘は我の弟子だ。ようやく見つけた家事担当後継者をみすみす死なせる愚行は許さぬぞ、サマナー」

 

こんな状況でなにをーーと思ったが、ニヤリと笑う彼の顔には明らかに疲労が滲み出ており精一杯の冗談であると察した。

 

仲魔二人がすでに覚悟を決めている。なにより、()()()()()()()()()()()

そのことが、今は堪らなく()()()()()

信頼をくれるなら、俺もそれに応えたい。

 

 

俺はそれぞれの顔を一瞥してから頷き、反転して廃寺に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと行ったか。あれではまだまだ以前の力を完全に取り戻すことは無理だな」

 

「違いない。あの“心配性”をどうにかせねば我を完全に解き放つことも無理だろう」

 

ヒデオが去った後しばらくして両者は苦笑した。

 

「時に、お主も随分と丸くなったものだな。以前なら小娘一人気にかけることも無かったろうに」

 

「お前よりも長くアイツと過ごしてきた、それにあれだけ長い間家事ばかりさせられて飼い犬のように躾けられでは丸くもなろうよ」

 

「それもそうじゃな」

 

溜息と共に告げられた本音に、オサキは笑いをこぼした。

 

 

「さて……そろそろ我も限界だ。戦闘準備をしておけ“夕凪権現”」

 

「承知した。なるべく死なぬように努力はするが……保証はできんぞ?

私とてまだ死にたくないのでな」

 

「ふん、抜かせ妖狐が。……死ぬ気で止めろ、我も死ぬ気で抗う」

 

「それで構わん」

 

互いに真剣な顔のまましばらく静寂が流れる。

やがて、犬神が短く呻いた。

 

「では、頼んだぞ」

 

「ああ、任された」

 

直後、雄叫びと共に漆黒のオーラを纏った犬神に対し。

オサキは夕凪からのバックアップをフルに活用して幾つもの魔法をセットした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もし、今の安寧を捨てて、これからの人生を武に捧げるというのならば。明日、武具を持ってまたこの場に来るがよい』

 

遥か昔、未だ平安の世にあった頃。鞍馬の山中で山伏はこう言った。

 

幼い牛若丸、遮那王はその言に従い、薙刀と鉢巻を備えて再び鞍馬の山中へと参じた。

 

そこへ、山伏は自らの正体である『鞍馬大天狗』の姿を晒し更には配下の天狗を数多引き連れて現れた。

怪異化生の群れを前にして、遮那王は驚きこそすれ、すでにその正体を聞かされていたがためにさしたる動揺も見せず堂々と空より舞い降りる妖怪群を見つめていた。

 

 

その胆力、心意気に満足した鞍馬大天狗はこの日より、遮那王へと武芸の稽古を始める。

世の乱れに呼応して鞍馬山には妖魔化生が溢れており、修行相手には事欠かず。人智を超越した戦いの日々を糧として、天才・義経の成長を助けた。

また、修行は単なる武芸の鍛錬だけに限らず、兵法書・六韜を所持する鞍馬大天狗直々に戦術・戦法の座学も受けることになる。

 

こうして、文武共に鍛え上げられたことで稀代の名将・源義経は源平の戦いにおいて華々しい活躍をし、遂には平家を打倒することに成功したのだった。

 

 

 

 

「ーーゆえにこそ、他ならぬ“己自身”。しかも未熟なりし“牛若丸”に負けるなど許されないのだ!」

 

そう吠えたヨシツネが、牛若丸の視界から唐突に消えた。

 

「っ!!」

 

気配や、初動すら見抜けぬ瞬間移動(テレポーテーション)の類にウシワカは動揺した。

そんな彼女の背後より敵対者の声が響く。

 

「だから未熟なのだ」

 

突然の瞬間移動、しかしその原理は明確であった。

牛若丸が『英霊』の霊基で保有する『宝具』。英傑ヨシツネとしてであれば『スキル』として機能する『遮那王流離譚』。

その中の奥義の一つに数えられる『自在天眼・六韜看破』。

自陣と敵陣を強制転移させ有利不利を反転させる対軍スキル。

 

本来であれば軍単位の戦闘でしか発動できないスキルだが、『泥に汚染された』彼女ならば対人スキルとして“反則使用”することができた。

 

つまりは互いの強制転移。無論のことペナルティとして膨大な魔力消費が伴うものの、『泥によるバックアップ』がある以上はさしたる問題ではない。寧ろ、“違反使用による不具合で再使用までのクールタイムが延長される”ことの方が問題だ。

 

 

ーーだが、ここぞという時の一手として申し分ない。これ以上ない切り札として機能した。

 

 

 

「ッ!」

 

死角からの奇襲、加えて“有利不利の反転”というスキルの特性上、体勢すら崩された状態からではウシワカに打つ手は無かった。

彼女の無防備な身体に迫る、名刀・薄緑による一撃は肢体の両断という結末を確定させる。

 

ーーああ、主殿。ウシワカは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぇすとぉぉぉぉ!!!!」

 

「のわっ!?」

 

天才に死すら覚悟させた必殺の一撃は、気合いの入った雄叫びと共にキャンセルされた。

 

声の先には、やはり気合いの入った顔で刀を振り下ろした状態のヒデオ。

 

「主殿っ!!」

 

「おうっ! 遅くなって悪いな!!」

 

自らの危機を、まるで漫画のようなタイミングで救った自らの主にウシワカは、生前含めても初めての体験となる“奇妙な胸の高鳴り”を感じていた。

 

対し、ヒデオは減衰する霊力をなんとか保つため叫び声を上げることで無理やり力を維持していた。それ故、自然とその返答も必要以上に気合いの入ったものとなる。

要するに空元気である。

 

 

「くっ……貴様、いつの間に。いや、どうやって()()()()()()を……!?」

 

一方、ヒデオの奇襲に対して反射的に刀で防いだことにより弾き飛ばされるだけに済んだヨシツネは困惑の声をあげた。

 

自宅で戦った時には、その辺の悪魔にも殺されそうなほどの力しかなかった彼が。今は、奇襲とはいえ英傑ヨシツネを押し退けるほどの能力を発揮している。

彼女が困惑するのも無理はない。

 

ーー本来、一度、その霊力を弱めた人間が再び力を取り戻すことはない。

単純な、生物学的老衰ならまだしも。創世記どころか、宇宙誕生期より世界を支配してきた理たる“神秘”に類する霊力の衰退は、それほどまでに絶望的で治癒困難な欠陥である。

“魂”、存在の根幹に影響する疾患なのだから当たり前だ。

 

たとえ、神秘を熟知した賢者であろうと見抜けない“奇跡”。

 

 

ーーしかし、そんな奇跡を可能とするのが“人間”であり、彼らが持つ“想い”の強さでもあった。

 

 

 

 

「主殿っ!!!!」

 

『六韜看破』からの無防備な体勢から立ち直ったウシワカは、もう一度、自らの主を呼びながらーー

 

全力でその背中に抱き付いた。

 

「うおぉ!? ど、どうした!?」

 

突然のダイブ、からのハグ。いつも以上に、必要以上に気を張っていたヒデオは思わぬその奇襲に驚いた。

対してウシワカは、初めて見る“頼り甲斐のある背中”にスリスリと顔を擦り付ける。

 

生前はついぞ出会うこともなかった、“自らを越える相棒”。“頼れる部下”ではなく“戦友”。しかも、“仕えるべき主”なのだ。

忠義心が、さらに振り切ってしまうのも無理からぬことであった。

 

そうしてしばらく、じゃれるペットのように主の背中を堪能した後。唐突に顔を上げて声をあげた。

 

「ーーというか、やっぱり強いんじゃないですか」

 

それは、召喚直後よりなんとなく感じていたヒデオの“潜在能力”。強者としての覇気というか、経験豊富な実力者特有の落ち着きというか。

“なんとなく”で感じていたヒデオの強さ。その予想が当たっていたことに歓喜しつつ、以前はその予想を否定した彼に不満を感じていた。

 

「まあ……()()あるんだよ、俺にも。

それより、ここからは二人で戦うぞ。前みたいに俺に合わせる必要もない、お前の思うように戦え。

()()()()()()

 

しっかりとした信頼の籠もった眼で、ヒデオは告げる。

新たに召喚した“信頼できる仲魔”へと。

 

「っ! はい、よろしくお願いします!!」

 

その意を受けて、やはりウシワカは奮い立った。

主君からの“疑い”と“裏切り”で死した英雄が、そんな信頼を向けられれば奮い立たないはずはない。

 

ぴょん、とその背中から離れた彼女は愛刀を構えて彼の隣に並ぶ。二度目の生で巡り合えた“信頼できる主”の隣に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーっ」

 

ーーそんな主従の姿に、ヨシツネは無意識のうちに歯噛みした。

 

信頼で繋がる主従というのは、このヨシツネが一番嫌うものだ。それも、“自分自身”であれば尚のこと憎悪を滾らせる。

 

 

ーー義経は人の気持ちが分からない。

 

ーー義経は『愛』を知らない。

 

ーー義経は『他者と共に歩めない』。

 

故にこそ、生前の自分は無念のうちに自刃し、人々はそんな悲劇の英雄を哀れみながらも“その悲劇を娯楽として大いに楽しんだ”。

鎌倉時代の真の幕開けを見ることなく、その開幕に貢献した英雄は死没した。

最も敬愛し、唯一、“愛していた”身内の手に掛かって。

 

ーーだから、“私”は憎悪する。

 

兄を、人を、世界を。

 

 

憎むことしかできないはずなのにーー

 

 

「なぜ、そうやって笑っていられるのだ!!!!」

 

ーー私は、こんなにも()()()というのに!!

 

 

 

 

憎しみは糧となり、怨みはエネルギーとして身体をめぐる。

泥を炉心とするヨシツネの力はやはり圧倒的だった。

 

激昂した彼女は大地を蹴り、たった一歩で数十mの距離を詰める。一息のうちに刀を構え、そして斬りかかる。

 

「くっ!」

 

ーーこれを、ヒデオは受け切る。

先刻までなら有り得ない力だが、“信頼”を内外ともに取り戻した彼にとっては造作もない。

 

そしてーー

 

「はあっ!」

 

「っ!」

 

主が受け、生じたその僅かな隙に、相棒たるウシワカが反撃する。

今回はなんとか防御できたものの、このヨシツネをして侮れない反応速度だった。

いや、警戒すべきはこの“連携”。

 

 

 

ーーそこからは、彼ら主従のターンだった。

 

日の浅いタッグとは思えないほど完成された連携、信頼し合っているからこそできる強い連携。

“個”として間違いなく、上位に入る力を持つヨシツネが、何も出来ずに防戦一方となるほどの猛攻。

 

助け合うことの大切さ、それを“思い出した”ヒデオと、“信頼し合う”ことを覚えたウシワカのタッグは強かった。

 

 

強いからこそ……憎い。

或いは、“妬ましい”。

 

「なぜ……なぜそんなにもーー。

私は、私はそんな“信頼”、向けられたことなんてなかったのに!!」

 

強い嫉妬は憎しみとなって、彼女に力を与える。

 

その膨大なエネルギーから放たれるのは、ヨシツネとしての真骨頂。

即ち、『ハッソウトビ』である。

 

 

 

八体分身から放たれる神速の八連撃。

音すら置き去りにした超速の連撃は、ヨシツネを仲魔としたことのあるサマナーなら誰しも知っている“脅威”。名だたる悪魔たちを叩き潰してきた“彼”の奥義に他ならない。

“攻守共に有用なスキル”、それがハッソウトビの真価だが憎悪に塗れたヨシツネにはそんなもの関係ない。

 

圧倒的な力による粉砕。それこそが彼女の望むハッソウトビであり、人世の破滅こそが彼女の行動原理であるからだ。

 

 

 

憎悪によってパワーアップしたハッソウトビを前に、ウシワカはーー。否、()()()()()ハッソウトビの構えを見せた。

 

少し前まではすっかり忘れてしまっていたスキル。しかし、“自己との対峙”、“望んでやまなかった主からの信頼”を受けた彼女は徐々にだが“思い出しつつあった”。

 

「遮那王流離譚が四景……

 

壇ノ浦・八艘跳び(ハッソウトビ)!!」

 

壇ノ浦の戦いにおいて、舟八艘分の距離を跳躍して駆けた義経の逸話の具現。英霊としてならば宝具として機能する奥義。

 

ーーしかし、『英傑ヨシツネ』と相対した彼女はこの奥義を無意識のうちにアレンジしていた。

 

 

 

八体分身そのものは、宝具であろうともそのように機能するのは確か。それぞれが縦横無尽に駆け巡り“蛇神に一矢報いる世界”というのも()()()()()()()()()()()()()

 

だが、分身それぞれが神速の八連撃に至るのは英傑だけの話だ。

 

これを、この牛若丸は取り入れていた。

それによって起こるのは、同じ奥義を発動したヨシツネとの激しい衝突である。

 

 

音速を超えた八体の衝突は、異界化によって強固となった廃寺を半壊させるまでの衝撃を放つ。

見事なまでに八体の光が互いに激突する中、本体たるウシワカとヨシツネはハッソウトビの勢いのまま鍔迫り合いに入った。

 

 

「貴様……我がハッソウトビを!!」

 

「貴様だけのものではない! いや、貴様のものであるならば当然、私のものでもある!!」

 

拮抗するように見える激突だが、実のところ雌雄は決していた。

 

確かにヨシツネのエネルギーは膨大で、そこから放たれる一撃一撃が神族に匹敵する脅威だ。

しかし、それらを打倒してしまうのが“サマナーと仲魔の信頼”であり連携である。

 

結局のところ、悪魔との戦いは“想い”の強さによって決まる。

 

 

七体の分身たちが対消滅していく中、本体同士の激突はジワジワとウシワカの方へと有利に傾く。

 

「なぜ、なぜ……!!」

 

「はあぁぁぁぁ!!!!」

 

困惑するヨシツネへと、ウシワカは渾身の力を込めて刀を振るう。

信頼を糧としたウシワカの力は、上位互換であるはずのヨシツネの力を上回り、その防御の構えを砕いた。

 

「取った!!」

 

無防備となるヨシツネの肢体へと、未だハッソウトビの勢いを保った薄緑の刃が届く。

 

明らかな必殺の一撃、明確なほどに綺麗に決まった奥義にウシワカは早くも勝利を確信した。

 

 

ーーその想いを打ち砕くように、確殺したはずのヨシツネの声が響いた。

 

 

「遮那王流離譚が三景、弁慶・不動立地」

 

生前、その最期まで共にあった腹心たる部下の名を冠した奥義。

ウシワカも、その奥義のことは思い出していた。思い出した上で、まさかこの一撃を防がれるとは思わなかった。

 

鉄壁の盾としてあった武蔵坊弁慶の肉体を再現する奥義。彼への信頼が強ければ強いほどに強固となるこの奥義。

ヨシツネは、人世を憎むからこそ、“唯一信頼した弁慶”についての想いはウシワカを上回っていた。

 

だからこそウシワカにも見抜けないほどの強度を以って奥義は発動する。同時に、文字通りの鉄壁の肉盾によって完全に勢いを殺されたウシワカは再び無防備な姿を晒す。

その隙こそ、ヨシツネが待っていた瞬間だった。

 

 

ーーたとえ泥に汚染されようと、憎悪に塗れていようと。牛若丸ではなく『ヨシツネ』として在る彼女は、戦運びに長けていた。

その点だけはウシワカにはどう足掻いても持ち得ない長所であり、それゆえに見抜けない盲点だった。

 

 

音すら超越した戦いを繰り広げる彼女らにとって、一瞬の停止であっても致命的な隙となる。

気付いた時には既に、もう一振りの薄緑が目前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっせぇぇぇい!!」

 

そんな危機的状況をまたも救うのは、気の抜けそうな叫び声であった。

 

空元気の字面そのままに、無理やり腹から出したかのような裏返った声。しかし、それに伴って振るわれたのはヨシツネをして侮れぬ一撃であった。

 

 

「なっ!!!?」

 

突然、全身に叩きつけられる“突風”。

単純な風ではない、“相手の体勢を崩し、強制的に弾き飛ばす性質”を持った魔法の風だ。

 

吹き飛ばされる前の一瞬にヨシツネが目にしたのは、遠くからこちらに向けて振り抜いた体勢のヒデオ。

その手には()()()()()()が握られていた。

 

ーーそれは、ヒデオが英傑ウシワカを呼び出す触媒として無意識に使用した遺物。かつて、鞍馬山の大天狗が保有し、修行時代の牛若丸がこっそり悪戯に使っていた『天狗の羽団扇』。

 

これによって引き起こされた『突風』は、たとえヨシツネであっても抗い切れない代物であった。

 

 

 

 

天狗の羽団扇を用いた暴風(あからしまかぜ)によって、一瞬にしてヨシツネが吹き飛ばされる。

この一瞬のうちに、今度はウシワカが体勢を整えた。

否、“別の奥義の構え”を終えた。

 

未だ、『暴風』によって身動きの取れないヨシツネへとしっかりと狙いをつけてウシワカは呟くように唱える。

 

「遮那王流離譚が二景……天刃縮歩!!」

 

遥か遠方に飛ばされたヨシツネへと即座に反撃する手段は本来ならば存在しない。仕切り直しとなるのが常道だ。

ーーだが、これを解決する手段をウシワカは有する。

 

 

薄緑による煌光の斬撃。天狗の歩法による縮地は、長距離の跳躍を一歩で済ませる。

そこから繰り出される一撃を躱すことは難しい、それはヨシツネ自身もよく知っていた。

 

 

 

ーー気付けば、目の前に薄緑を構えるウシワカの姿がある。一息も掛からずして斬撃が飛んでくることもヨシツネは知っている。当然、これに対抗する手段がもはやないことも。

 

その刹那、ヨシツネは穏やかな心持ちで静かに悟った。

 

 

 

 

「ーーああ、これは……確かに私の負けだな」

 

その一言と共に、ヨシツネは斬撃の煌光に呑みこまれた。

 

 




日曜がチャンスと思って勢いで書きました。
やはり何事も勢いが大事…


次はエピローグという名の後日談みたいな戦後処理で一旦ウシワカの話は終わりにします。

くぅ〜疲れまs(ry



【補足】
普通に羽団扇使ってるヒデですが、あの羽団扇は宝具ではなく遺物なので『戦闘用アイテム』と本作では設定します。※アギストーンとかそこら辺。
もしくは『装備用武器』みたいな。
…そこら辺はぶっちゃけふわふわしてるので突っ込まn(ry

…一応、“サマナーとして強い霊力が無ければ制御できない”という設定も付け加えてますが本文で説明すると勢いが削がれるので端折りました。
やはり勢いこそ至高…


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エピローグ

これにてウシワカ編というか一章的なのは終わりにしときます。

あっさり薄塩味。







夕焼けが空を焦がす。

 

沈みかけの太陽が地表を赤く染める。

 

 

涅槃台・ヨシツネ双方の討伐によって廃寺に施された異界化は無事に解除された。

 

元通り薄汚れた壊れかけの廃墟が目の前にあり、周囲の放置された墓地や無造作に生茂る木々も平時の光景だ。

無論のこと、辺りに漂っていた邪悪な霊たちも気配を消して、悪霊の姿など一つもない。

 

ここにいるのは俺とその仲間……そして“ヨシツネ”のみだ。

 

 

 

「ここでいい……降ろせ」

 

血塗れの状態でウシワカに担がれていた彼女は静かにそう言って地に座り込み、廃寺の外壁へと背中を預けた。

 

ウシワカによる奥義が炸裂し、眩い閃光が辺りを照らした後。

ウシワカの帰りを待つ俺のもとへと、ヨシツネを背負った彼女が現れた。

 

当初こそ何事か、と警戒した俺だが。話を聞いてみるに、ヨシツネはすでに負けを認めており反撃する余力もなく消滅を待つのみの瀕死状態であるという。

そんな彼女が「話がしたい」と申し出たことで、ウシワカも「こちらも話がある」と承諾。

 

今の状況に至るのだとか。

 

 

「……」

 

 

イマイチ要領を得ない説明に納得いかない俺だったが、他ならぬウシワカの“シャドウ”の話だ。ここは彼女らに任せた方がいいと判断した。

 

夕焼けを受けて赤らむヨシツネと、日差しを背に受けて佇む両者に目を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見事な戦いぶりだった、ウシワカマル」

 

微笑を浮かべ、ヨシツネは静かに呟いた。

 

対しウシワカは神妙な面持ちのまま返答する。

 

「我らは“同体”、どれだけ否定しようとも貴殿は私であり私は貴殿なのだ」

 

前回の戦いでは、“この憎悪を認めたくない”という思いから無意識のうちにヨシツネを否定し、同時に“忘れようがない結末”に動揺した。

 

しかし、主との確かな信頼。そして“この憎悪もまた自分自身”であると納得することができた今のウシワカの心は穏やかだった。

それは、ウシワカの“シャドウ”たるヨシツネも同じだった。

 

「お前は確かに私という“憎悪”に勝利した。“個”としてではなく、“外部”からの助力でもなく。

他ならぬ“主従の絆”を以ってして勝利したのだ。

 

で、あれば。

 

私自身、それを認める他にないだろうよ」

 

何よりも“主従の不和”を嘆いたこのヨシツネ。

彼女を討ち破ったのが、その嘆きを否定する要素であったのは皮肉ではあるものの。実に“納得”のいく決着であった。

 

ただ、いや、だからこそーー

 

 

「口惜しい……ああ、口惜しいなぁ。

私にも、お前たちのような……。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

ーーこんなにも、恨めしくも、()()()()()()を持ち続けなくて良かっただろうに。

 

「……羨ましいのか?」

 

嘲るでもなく、自慢するでもなく。

ただ、()()()()()()()()ウシワカは問い掛けた。

 

その“覚えのあり過ぎるKYさ”に苦笑しながら、ヨシツネは応える。

 

「ああ、羨ましいよ。……信頼してくれる主、心配してくれる主。

私を、私というどうしようもなく“協調性に欠けた存在”を、それほどまでに信じてくれる“ヒト”が」

 

或いは、彼女にもあり得たのかもしれない。

 

ーー否、()()()()()()()()()()において確かに“ヨシツネ”を信頼してくれる(マスター)というのは存在している。

それはもしかしたら、自らと同じ『女性』であるかもしれない。

 

しかし、『このヨシツネ』は確かにここで“終わり”だった。

 

 

「う、ぐっ……」

 

仮にも奥義たる天刃縮歩を受けたヨシツネはすでに虫の息だった。

治療不可能なほどに『核』を破壊され、後は静かに命の灯火が消えるのを待つのみ。

 

 

そんな彼女へとウシワカは提案する。

 

 

「私と共に来ないか?」

 

「は……?」

 

一瞬、何を言っているのか理解できなかった。しかし、すぐに()()()()()()()を思い出しその言葉の真意を汲み取る。

 

「“同化”せよ、と申すか」

 

「ああ。貴殿が、お前が私自身ならば、()()()()()()()()()()()()()だと言うのならば可能だろう」

 

確かに、とヨシツネはうなずく。

シャドウと“本体”というのは、結局のところ“一つになることで終着する”。

それは、“田舎の事件”や“怪盗騒ぎ”でも証明されており戦いを終えた両者にとっては語るまでもなく“自然と理解できる結末”でもあった。

しかしーー

 

 

「とても魅力的な提案だ。私も、是非()()()()()()()

 

ヨシツネがウシワカの元に帰れば、本来の『英傑ヨシツネ(女)』として完成することは明白だ。

 

「……?」

 

ーーだが。

 

「私には、()()()()()()()()()。このまま同化すれば確実に貴様は()()()()

 

「っ!!」

 

ーーそれは、このヨシツネも望むところではなかった。

せっかく、()()()()()()()()()()()()()()()を見つけたのだ。己という『どうしようもなく他者と分かり合えない存在』を信じて頼って、大切にしてくれる主を見つけたのだ。

 

ならば、その関係を己の我儘で潰すのは本意ではない。

 

 

そう、硬く決め。いや、最初からそう決めていたヨシツネは、己の自我のみを泥に接続し。その他の情報(ソース)を体外に吐き出す。

ゆっくりと翳した掌に、淡い光を纏って現出させる。

 

「受けとれ」

 

「……」

 

「これは、お前が切り離した『記憶』であり『能力(スキル)』だ。……“私”という自我が居ない以上は、“完全とはいかない”が。

そんなの、()()()()()()()

 

お前なら、お前()()ならば。これから先、ヨシツネとしてのスキル以上に()()()を手に入れることができるはずだ」

 

ーーそれだけの()()を私は見た。

まだ、互いの理解に不足はあるが。だからこそ()()()()()()()()()()()()

 

唯一、心残りなのは、そんな主従の行く先を()()()()()()()()()()()()()

それだけが口惜しい。

 

 

数秒ほど、ウシワカにしては珍しく“躊躇”して。静かに、ウシワカはその『情報(ソース)』を受け取った。

 

「……確かに。これを以って私は、これまで以上に主殿に忠誠を尽くすと誓おう」

 

「ああ、そうしてくれ。それこそが私への手向けとなる」

 

両者は頷き合い、そして、哀愁と羨望、『期待』を込めて見つめるヨシツネに背を向けて、ウシワカは歩き出した。

 

ーーこの二人に、あまり多くの言葉は必要なかった。

互いに互いを“最も”理解しているからこそ。そして“生来の天才肌”である彼女らは言少なにお互いの“想い”を理解し合った。

 

ならば、この先は不要だろう。

 

遠ざかっていく“半身”の背を見つめながらヨシツネは静かに笑う。

 

「あの“破戒僧”には感謝するべきかもな。

 

こんなにも、()()()()を見せてもらったのだからーー」

 

穏やかな心持ちのまま。ヨシツネは、自らの身体を形作る“泥”を道連れとしてゆっくりと、確かに、この世から“消滅”した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「主殿」

 

一方、後を託されたウシワカは勇ましい雰囲気のまま自らの主のもとへと歩み寄る。

 

「……話は終わったのか?

と言っても、あっちは早々に行っちまったらしいが」

 

ヒデオが視線を向ける先は、先ほどまでヨシツネが背中を預けていた廃寺の外壁。今はもう、誰もいない。

 

ーーそのことが、少しだけ、寂しく感じる。

 

或いは、彼女とも。“信じ合えた”かもしれないのに。

自宅で遭遇した時から“なんとなく”。本当になんとなく彼女も『ウシワカ』であると感じていたがゆえに。

 

そこまで考えて、“逆に失礼だな”と反省した彼は再び気を引き締めて向かってくる“仲魔”に視線を戻した。

 

ウシワカは、手にした『情報(ソース)』、『ヨシツネソース』を握りしめ、確かにその情報を“自らに受け入れた”。

 

その瞬間。

 

眩い光を纏うと共に、彼女の戦装束が変化した。

 

 

 

 

これまでは、着物の袖だけを着けたような腕部に申し訳程度に両胸を隠す小さな鎧。まるでアクセサリーのように腰回りへと着けたこれまた小さな鎧のようなものと、“パンモロ”という衝撃的な装いであった。

 

しかし、光の中から現れた彼女は右肩部から腰にかけて朱色の甲冑のようなものを纏い、右脚には袴の裾のようなものまで纏っている。

また、よく見ると左腕の袖だけが白から紫色へと変色していた。

 

 

「……でも肝心な部分は隠れてないんだよなぁ」

 

そう。

確かに衣装が変わったウシワカだが、“少し動いたら◯首が見えそうな張りのある胸部とパンモロはそのまま”。

要するに、結局のところ“ほぼ全裸のまま”なのである。

 

なぜ肩部と腰回りにだけ鎧を付け足したのか?

もっと先に装甲を付け足す部分があるだろうに。

 

 

相変わらずな“痴女スタイル”にげんなりする俺を他所に、ウシワカは手を握ったり開いたりして自身の身体を確認していた。

 

「ふむ……主殿。どうやらこのウシワカ、かつて持っていた“能力(スキル)を取り戻したようです。遮那王流離譚全五景に加え『外伝』、おまけに“愛馬”の召喚も可能となったようです」

 

ようやく力を取り戻したというのに、妙に冷静なウシワカが淡々と事実を告げてくる。

 

「ん? 愛馬?」

 

っていうとーー

 

「はい!」

 

牛若丸、ひいては義経に関係する馬について思い出そうとする俺に元気に応えた彼女は一転、真剣な表情で手を突き出した。

 

すると、彼女の傍に魔法陣が展開され、そこから巨大な『黒』が飛び出してきた。

 

「うおっ!」

 

驚きながらも、飛び出してきたソレを必死に目で追う。

周囲を高速で駆けずり回ったソレはやがて、ウシワカの横で急停止した。

そのことでようやくソレの姿を視界に捉えることができ、尚且つ、義経に関連する馬の名前も思い出した。

 

 

太夫黒(たゆうぐろ)か!!」

 

真っ黒な毛色、強靭にして巨大な体躯。

覇気すら感じられる勇ましく鋭い目つき。

 

今はこうべを垂れ大人しくウシワカに頭を撫でられている黒馬こそ、義経の伝説に語られる名馬・太夫黒。

 

「よしよし……迎えが遅くなってすまなかったな、これからよろしく頼むぞ」

 

「ブルル……」

 

穏やかな表情で語りかけるウシワカへ、機嫌が良さそうな鳴き声を響かせる太夫黒。

……いや、しばらく見ていて気づいたが、コイツ、()()()()()()()??

 

『悪魔』たる『英傑』の召喚した『UMA』ゆえに、日本産の基準を大きく逸脱した巨躯は……まあ、黙認しよう。

しかし、外来馬はもとより、下手すれば『黒◯号』にまで迫る大きさなのは一体……?

もしかして、こいつも海外の神話に語られるような『幻想種』なのだろうか? 或いは妖怪??

 

その勇まし()()()巨躯に圧倒された俺はしばらくの間、言葉を無くした。

 

 

 

 

 

 

一通り太夫黒と戯れたウシワカは、召喚した時と同じような要領で自然と魔法陣を展開して愛馬を送還した。

そして、嬉しそうな顔でこちらを見つめる。

 

「如何でしょう、主殿! 見ての通り、我が『奥義』に加えこれからは太夫黒も自由に呼び出せるようになりました!

いやぁ、これではますます主殿の役に立ってしまいますね!!」

 

主張が激しい。

 

いや、ウシワカにしては珍しく全面的に自慢するような仕草で渾身の“ドヤ顔”を披露している。……もしかしたら、召喚されてこの方、スキルの大半を失っていたことを密かに気にしていたのかもしれない。

ウシワカらしからぬ繊細な面を知って少しほっこりする。

 

 

「如何な敵が現れようと、こう、シュパッ! っとしてズバッ!! っとやっつけますので!」

 

「うんうん」

 

「更には太夫黒を用いてババッ! っと駆けつけて、こう……とにかく八つ裂きにしますので!!」

 

「うんうん、期待してるよ」

 

身振り手振りを交えて興奮気味にアピールする彼女に真摯に付き合う。楽しそうな彼女を見ているとこっちまで嬉しくなり自然と笑顔で彼女の話に聞き入ってしまう。

 

 

そうしてしばらく。

ふと、オサキたちのことを思い出した。

 

「いかん……こんなことしてる場合じゃなかった」

 

「? 主殿?」

 

きょとん、とするウシワカを見てそういえば彼女は知らないことだったと気付く。

ただ、説明する時間が惜しいためにすぐさま彼女を連れてオサキたちの元へと向かう。

 

「ちょっと厄介なことになっていてな、まだオサキとイヌガミが交戦中なんだ。だから、そっちに加勢に行く」

 

「そ、そうでしたか……むぅ」

 

流石に味方の窮地とあってか表向き態度には出さないものの。その表情は僅かに“不満”の色を出していた。

 

「すまん……帰ったら改めて、ウシワカがヨシツネから“託された”力を見せてもらいたい」

 

「ふふ……はい! 約束ですよ?」

 

少し気を遣ってみたのだが、それに()()()()らしいウシワカは微笑を零し少しだが元気を取り戻した様子で応えた。

 

そのことに内心、驚きつつ。彼女を連れてオサキたちの元へと急行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異界化が解けた影響で、彼女たちを置いてきた地点にはそれほど掛からずに到着した。

涅槃台、ヨシツネといった強敵との連戦ですっかり消耗し“霊力も殆ど元どおり”になってしまった俺は、魔力もすっからかんなことからスクカジャを掛けることも出来ずに低速走行を余儀なくされた。

それに文句も言わず合わせてくれるウシワカに改めて感謝を覚えると共にオサキたちを視界に捉えた。

 

「オサキ! イヌガミ!」

 

慌てて駆け寄る。

彼女たちのことだからそう簡単に死ぬことは無いとは思うが。やはり“心配”なのだ。……結局のところ俺は今の“家族”たる“仲魔”たちが大事で、もう二度と“失いたくない”と感じている。

 

だからこそ、今出せる全力の速度で走り寄る。仲魔たちを手放しで“信頼”する気持ちは“取り戻せなかった”が、“己が命”を賭す覚悟は取り戻した。

故に身を差し出す勢いで駆け寄った。

 

ところがーー

 

 

 

「おー……思ったより早かったのぅ」

 

リラックスした様子でイヌガミの胴体を枕にして寝転ぶオサキが、そこにはいた。

 

思わずズッコケそうになるが、気の抜けた声とは裏腹に。その身体は“傷だらけ”になっており、俺の知らないところで激戦が繰り広げられていたことを悟った。

ついでに女神化も解けて、いつものちんまい巫女娘に戻っている。

 

「ムゥ……此奴、頭ダケハ意外ト重イ」

 

オサキに枕にされているイヌガミも、いつものひょろ長い姿へと戻っていた。

そんな細々の胴体にオサキの肩から上がドシン、と乗せられている様はこちらから見ても少々無理があるように思う。イヌガミも苦しそうに呻いている。

 

「おい、ワシが重いわけないじゃろ。見ての通り、柔肌プニプニの狐ロリっ娘じゃぞ?」

 

ドスの効いた声で抗議するオサキの頭からは茶褐色の狐耳がピョコンと飛び出し、腰の裏からは同色で立派な毛並みの尻尾が伸びている。

そのことから“変化すら出来ないほど消耗している”と気付いた。

 

だからこそ、“感謝”と彼女たちを置いて行った“申し訳なさ”が心に染み出す。

 

「……二人ともお疲れ様、よく無事でいてくれた」

 

せめて労いだけは精一杯してやろうと思い、両者の頭を優しく撫でる。

 

「我ラヲ侮ルナ。此奴モコノ程度デ死ヌ玉デハナイ」

 

「同感じゃな。貴様は少し心配し過ぎる」

 

……とかなんとか言いつつ、わずかにニヤけるオサキは率直に可愛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突に過ぎる危機的状況であったにも関わらず。俺たちは全員無事で帰路へと就いた。

この結果には無論のこと、様々な幸運があるのだろうが……彼女たちの実力と、なによりも“強い精神”が最良の結果を導き出したのだと俺は思いたい。

 

いや、そもそも。俺がこうしていられるのは最初からずっと彼女たち“家族”がいてくれたからだ。

その事実を実感して、俺は改めて覚悟を決めた。

 

 

 

「ーーそれでな? 奴がビームを撃ってきたときには流石のワシも命の危険を感じた。

 

しかし!!

夕凪山という“ワシのホームグラウンド”であればそれを乗り切ることも不可能ではない!

故にーー」

 

帰り道、彼女たちの戦いを何の気なしに聞いてみたのだが。そこで何故かオサキに火が点いてしまったらしい。

まるでウシワカのように身振り手振り交えて大仰に語る様はどうしようも無い既視感を覚える。……が、そのちんまい容姿で必死に語って聞かせてくる姿は微笑ましさを感じるに十分で、やはり、自然とほっこりした気持ちで真摯に聞き入ってしまう。

 

「あ、主殿! 帰ったら私の話も!」

 

そんな俺に焦った様子で声をかけてくるウシワカ。

 

「大丈夫大丈夫、そっちもちゃんと聞くから」

 

「約束ですよ!?」

 

かわいい。

ただその一言に尽きる両者の姿に、激戦の疲れなど嘘のように吹き飛んだ。これは……宴の流れですね。

 

十分な癒しを得て上機嫌な俺の耳へと、そっと近寄ったイヌガミが語りかけてきた。

 

 

「……マサカ、忘レテイルトハ思ワンガ。

 

 

 

 

 

 我ラノ家、半壊シテルゾ?」

 

 

「……」

 

 

……。

 

…………。

 

 

……うん、すっかり忘れてたわ。

 

 

 







第一章、完!!
……いや、まあ、全然終わってないんですけど。とりあえず区切りだけ付けとこうかな、と。はい。
薄塩味なのは仕様です。次からは頑張って濃い味にしていきたいと思っとります。

次回からは第二章的なの書きます。それに伴って新しいサーヴァントを出します。次回からはその娘をメインとして書くつもりです。
タグは次回更新で付け足す予定。

まだ終わってませんが、ひとまずここまで読んでくださってありがとうございます!!!!
読んでもらえるだけでやる気が全然違うやで……


次回、
第二章『■■と必殺の■■■■■■』!!

乞うご期待!!




……こう言うの、すっごいやってみたかった。満足。


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キャラクター紹介 一章終了時点

オリキャラ祭りになってきたので軽くプロフィールでも載せてみようと思った次第です。
一章ネタバレとか色々あります。内容はちょくちょく追加するかもしれないししないかも知れない。
※本編で語りきれてないところもあります、ゴメンネ!


あなたはこれを読んでもいいし、読まなくてもいい。














【名前】奧山秀雄(おくやまひでお)

【性別】男

【年齢】28歳

【誕生日】1992年4月9日

【身長】177cm

【体重】70kg

 

【容姿】黒髪男子、年齢より若く見られる

 

【髪】黒髪、緩い癖っ毛

【イメージカラー】黒

 

【好きなもの】今は亡き恋人

【嫌いなもの】Law属性、集団心理

 

【趣味】読書、研究

【特技】俯瞰視点、『山を縦横無尽に駆け回ること』

 

【能力】

[神道系魔術]

[陰陽道]

[西洋魔術いろいろ]

※本職ではないので全て中途半端に習得している……が、神道系魔術だけは奥山時代に叩き込まれた経緯から熟達した腕前を持つ。

 

[対神格呪殺魔剣・火之迦具土]

ヒデオの半身として存在する人造魔剣。神性を有する存在に対して絶大な威力を発揮し、強敵用に『対神格用呪殺機構』が搭載されている。

また、宿主と『一心同体』なことから、討伐対象としてロックオンした神格への“対処行動全ての最適解”を高速演算し宿主に送信することができる。更には、宿主の思考回路と『同調』することにより最適解そのものを宿主の身体へノータイムでフィードバックできる。

……しかし、この行為は“火之迦具土と宿主の境界を乱す”ものであり制御を誤ると火之迦具土の“データ”がヒデオの魂に流れ込み侵食、果てには同化してしまう危険性を孕んでいる。

 

[対神格用呪殺機構]

『因生火神・神避』

対神呪殺式の中でも“主神級”の、所謂“世界を統べる”神格を滅ぼすために編まれた呪式。単純な威力では呪殺機構の中でも最高。

また、単体のみに対象を絞ることで更なる威力向上が図れる。

 

『生命回帰』

日本神話で初めて『死』を齎し、伊邪那美が黄泉の国へと渡って黄泉津大神となる原因となった逸話を元にした呪式。転じて、あらゆる対死亡スキルを無効化して『死』を届ける貫通スキル。反則級の貫通スキルではあるがその分単純な威力は著しく低下しており、大体ダメージを与えるだけの結果になる。

また、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。本呪殺式の真骨頂は寧ろこちら。

例:無機物系クリーチャー

 

 

――また、神話での記述から“母殺し”の特性も最高ランクで獲得しており、()()()()に対しては『同調』も併用した戦闘で圧倒することができる。

例:イザナミ、ティアマト、ダヌー、アディティー、キュベレなど

 

終世炎戯(■■■■)』※未習得

呪殺機構の中で最も強力な呪式。最大射程及び効果範囲は()()()()であり、範囲内の全存在及び『理』を焼却する…………というのが本呪殺式の謳い文句ではあるが、未だ完全にこの呪殺式を発現させたヒノカグツチは居らず、もっぱら“最大範囲・最大威力”の攻撃として使われている。

その威力も“個体”によってピンキリで、甲一種の中でも失敗作たるヒデオはもちろん中の下くらいの威力しか発揮できない。

とはいえ、対創世神用に編み出された呪殺式であるため最低でもマハラギダイン級の威力は保証されており、神格に対する威力補正も全呪殺式の中では最高値。

※宝具で例えるなら最低でも対界、効果も準ずる。つまり結界や個々の悪魔が作り出した異界であれば問答無用で粉砕する。

 

ちなみに霊力低下したヒデオが使えば瞬時に暴発し五体四散する。

 

 

【備考】

主人公。隠れヤンデレ系主人公。

夕凪市を拠点として活動するデビルサマナーであり、協会に所属してからのサマナー歴は十五年ほどながら中堅の地位にある。

かつては『滅尽の神殺し』『奥山の魔剣』『天使とイチャラブするクソ餓鬼』と称され協会でもトップレベルの実力者であったが、とある事件を境にして大きく力を落として中堅の地位に収まった。

 

中堅になってからは“比較的簡単な依頼”ばかりを請け負い、活動事態も消極的になっており協会でも忘れられかけている。

しかし、先日、英傑ウシワカマルを召喚してからは急に活発な動きを見せるようになり再び協会から注目されている。

 

その出生は、()()()()()()()()退()()()()()たる『奥山』の人型試製魔剣。第十六代・奥山泰山(たいざん)の遺伝子を使って『母胎』より生み出されたデザインベイビーである。

生物学的には正真正銘人間ではあるが、胎児の時に『奥山の秘術』によって魔剣を埋め込まれており、『半神』の性質を持つ。

また、『神殺しの剣』として十全な活動をするために“青年期が長く設定されており”年齢よりも10歳ほど若く見えるし、実際の身体能力もそれと同等の状態を維持している。半不老。

サイヤ人

 

【余談】

主人公です。……それ以外に書くことが無い。

(ロリコン云々は半分ネタで、残りのシリアス部分は殆どネタバレになってしまうので)

とりあえず、ロリコン()で密かに亡くした恋人を復活させようとする闇を抱えた青年(殆ど三十路)と思っていただければ大丈夫です。

 

【装備】

退魔刀『赤口葛葉・レプリカ』※ライドウの刀のレプリカ。女装癖のあるイッポンダタラに鍛えてもらった業物。

 

M1911※対魔用に改造済み。霊力を込めることで弾速と威力が向上する。

 

黒コート※かっこいいだけのコート認識阻害の魔術が込められている他、対衝撃・斬撃・銃撃の結界魔術も付与されている。各属性魔法に対しても気持ち程度の耐性がある。

 

レッド9※かつて異国のサマナーが使っていたとされるモノを骨董屋で買い取った。そのため既に対魔加工済みで、主に反動の大きい特殊弾に適した調整が為されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

【名前】オサキ

【性別】女

【年齢】?

【誕生日】1385年?

【身長】133cm※ロリ形態時

【体重】32kg※同上

 

【容姿】巫女っぽい姿、狐耳・尻尾。ぶっちゃけロリタマモ

【髪】桃色※女神時は茶色

【イメージカラー】ピンク

 

【好きなもの】人間観察、お出掛け、主と一緒に過ごすこと

【嫌いなもの】人間の営みを壊すモノ全て、自分、オリジナル

 

【趣味】お洒落、散歩、昼寝

【特技】呪術と対呪術防御、幻術、魅了(チャーム)※本人はこの能力を嫌っており滅多に使わない。

 

【備考】

準ヒロイン。桃髪巫女ロリババア狐娘。単に筆者の性癖をぶち込んだ主人公のことを理解しているサポートキャラ。……が、ヒデオとの付き合いはウシワカマルに次いで短い。

受け身になりがちなヒデオを叱責して奮い立たせる頼れる相棒であり、彼女の方もヒデオを信頼している現在最高のパートナー。

普段は、『封印状態』として木っ端な悪魔と大差ない力しか持たないが幻術だけならば一線級のデバフ担当として戦う。

 

かつては、夕凪の土着神たる『夕凪神』として信仰を受け、のちには『夕凪権現』として修験者に崇められた女神。

しかし、()()()()()()()()()()()()()()()の残した呪詛に蝕まれ『祟神化』。当時の『ライドウ』に打倒され、その境遇を憐れまれて封印されることになった。

その数百年後、夕凪を訪れたヒデオによって封印はそのままに、『核』である彼女のみが救出され以後は仲魔として共に暮らすことになった。

この事は彼女にとって最上級の感謝と恩義を感じるもので、この時点で既にヒデオへの忠誠度はMAXになっている。

 

『彼の恋人が死亡した時』も共に居たが、その際に『その恋人』が精神体として彼女に語りかけ『ヒデオを託す発言』をしており、これによってより強くヒデオを大切に思うようになりその最期まで共にする覚悟を決めている。

彼の傍を離れていたのも『今の彼の傍にいたら自分はなんだかんだと甘やかしてしまう』『これ以上一緒に居たら二人とも堕落の極みに陥る』と判断したため。陰ではずっと見守っていた。

もう結婚しちゃえよコイツら

 

また、『恋人が存命の頃のヒデオ』には他にも強力な仲魔がいたために依頼の際はもっぱら留守番だった。それ故にヒデオの魔剣のことを鎌倉まで知らなかった。

 

【余談】

中堅になってからのヒデオの相棒。癖のあり過ぎる仲魔たちの中で唯一()()()まともな感性を持ち、最初からこれまでヒデオを信頼してくれる唯一の仲魔。……いざ動かしてみたらかなり使い易くて出ずっぱりになってた。

桃髪巫女ロリババア狐娘って自分でも盛り過ぎたと若干反省しておりますが後悔はしてません。

 

 

 

 

 

 

 

 

【名前】イヌガミ

【種族】魔獣

【性別】男

【年齢】?

【誕生日】1385年?

【身長】?

【体重】?

 

【容姿】メガテンのイヌガミ

【イメージカラー】黒※権現形態時

 

【好きなもの】酒、戦い、喰らうこと

【嫌いなもの】信念の無いモノ、弱い奴※敵対者限定

 

【趣味】昼寝、家事

【特技】呪殺魔法全般、家事

 

【備考】

ヒデオの戦闘用パートナー。

戦い以外にあまり興味がなく、だいたい昼寝してるか家事をしている。本来は家事など得意でも好きでもなかったが、ヒデオにお願いされたことで渋々担当することになり、やっているうちに楽しくなってしまった主夫。

オサキ同様、普段は封印状態で木っ端な悪魔ほどの力しか持たないが『飢怨権現』として解き放たれた際は神族級の実力を発揮する。その戦法は猛攻一点張りで消費MAGも膨大な暴走と呼ぶべき荒々しいもの。

それでもヒデオとは信頼関係を築いており、隙のない連携を可能とする。

 

オサキとは『出生が近しい』こともあってなんだかんだで仲が良く、信頼し合っている。

 

その正体は、四国で生まれた人造祟神。大陸から渡って来た『蠱毒師』たちによって作られた兵器である。

その製造過程で『呪石の欠片』を埋め込まれており、オサキとは姉弟のような関係にある。

欠片を埋め込まれた時点で彼として完成しており、覚醒の際の暴走によって製作者を拠点諸共皆殺しにしている。

その後は、壊滅した『里』を発見した修験者から崇められ飢怨権現としての神性を獲得した。

十数年前に当時駆け出しだったヒデオと交戦し、『魔剣』を使われたことで敗北。ヒデオからの誘いで仲魔になった。

 

【余談】

ヒデオの相棒その二。オサキと共に呪殺系に長けた魔法適性を持つ。

オサキがヒデオと距離を置いていた時期には彼の相棒として共に過ごしておりなんだかんだで面倒見はいい方。

家事担当になったのは他に適任がいなかったため(クダは家事スキルが壊滅的で、オサキは当時ヒデオをこれ以上堕落させないために側を離れていたため)。

 

 

 

 

 

 

 

 

【名前】クダ

【種族】珍獣

【性別】女

【年齢】16歳

【誕生日】2004年4月9日

【身長】?

【体重】?

 

【容姿】メガテンのクダ

【イメージカラー】青

 

【好きなもの】ショッピング、読書()

【嫌いなもの】無期限労働、残業

 

【趣味】ショッピング、コミケ、変化の術

【特技】呪い、状態異常付与、分裂

 

【備考】

ヒデオの相棒その三。ヒデオがサマナーとしての教育を受けて初めて仲魔にした使い魔。

ビジネスライクな付き合いであるが互いに信頼度は高い。

ヒデオが飯綱権現から教授された飯綱法によって作り出された人造悪魔であり正真正銘の管狐。

本作の管狐の特性として術者とシンクロするというものがあり、術者と一心同体、半ば礼装のような関係にある。つまり術者が強ければそれだけ強くなり使える術も増える。反面、術者が弱ければ相応に弱体化してしまう欠点を持つ。

 

見た目からは全く分からないが女の子。

 

【余談】

一応、ヒデオとの付き合いはイヌガミより長く、実質最古参にあたるのだがいかんせん影が薄い……。いや、活躍の予定はあるんだけどもう少し先になりそうなので結局影が薄いままに……。

ちなみにチョロっと話に出た趣味友達の『おっきー』はまんま“おっきー”です。

 

 

 

 

 

 

 

 

【名前】姚 麗蘭(ヨウ レイラン)

【性別】女

【年齢】17歳

【誕生日】2003年5月18日

【身長】163cm

【体重】54kg※筋肉分重い

 

【容姿】鋭い目つきのクール系、スポーツ体型

【髪】茶髪のショートカットにカチューシャ

【イメージカラー】赤

 

【好きなもの】整理整頓、計画の完遂、ぬいぐるみ※可愛いもの全般

【嫌いなもの】怠惰、軟派、卑劣、裏切り

 

【趣味】ファッション、ショッピング、可愛いもの鑑賞

【特技】計算、暗記、スポーツ全般

 

【備考】

文武両道美少女。ツンドラ系。慈悲はない。

 

国家守護を使命とする退魔集団『葛葉』の一員であり、レイ・レイホゥの後継者たる葛葉の巫女。

また、葛葉キョウジからGUNPを託されており強大な悪魔を使役する凄腕のサマナーでもある。

幼少よりレイによって戦闘技能を叩き込まれた上に幾つもの過酷な任務を乗り越えたことで十代にしてトップレベルの実力を持つ。

現在は、協会への『出向』という形で依頼を受けており直近では魔術協会からの依頼である『盗品回収』に従事する。

 

ヒデオとは、彼が『霊力低下』してからの付き合いだが、実は幼少期に彼によって命を救われておりその時の八面六臂の活躍が強い情景として焼きついている。と同時に強い憧れを抱いていた。

……が、再会した彼は大きく弱体化した上に『堕落』しており失望する。以後は強い物言いで彼に攻撃的な態度を取るようになり、距離も置いていた。

とはいえ、なんだかんだで今も憧れを抱いてしまっている。故に強い口調ながら彼を思う言動を繰り返している。この時ばかりはツンドラからツンデレに変化していることに本人は気付いていない。もちろんヒデオも気付いていない。

※現状、恋愛感情的なのは一切無い。

 

【余談】

レイの代役、巫女なのに全然巫女っぽくない娘。

見直してみたら完全に不良少女だった……口悪いし。

でも、リンと並んで準レギュラー的な立ち位置になる予定なので今後にご期待ください!

 

【装備】

GUNP※葛葉キョウジが持っていたもの。

 

ファイアーウィップ※霊力を込めることでアギ系の炎を纏う鞭

 

レディ・スミス※レイのお下がり

 

無銘刀※剣合体用の刀

 

『妖刀ニヒル』

 

 

 

 

 

 

 

 

【名前】リン

【性別】女

【年齢】16歳?

【誕生日】?

【身長】154cm

【体重】42kg

 

【容姿】エクストラ凛

【髪】金髪ツインテール

 

【好きなもの】研究、宝石、金、『人々の善性』

【嫌いなもの】大損、外道、イレギュラー

 

【趣味】宝石磨き、研究

【特技】ハッキング、サバイバル

 

【備考】

ハイスペック天才美少女リンちゃん、と本作では定義する。

現在、サマナー界隈に広く流通する悪魔召喚プログラムの設計を担当した凄腕のプログラマーであり、機械関係に精通する研究者。

常日頃から研究に余念が無く、データ収集のためなら自ら危険地域に乗り込む剛毅な面を持つ。また本人も自分の身を守れるだけの『力』を持っており、周囲の制止を振り払って元気に戦地を駆け回る。

人を惹きつけるカリスマを持ち、生来の面倒見の良さもあってサマナーたちにも好意的に受け入れられておりもっぱら『お姫様扱い』されている。

 

ヒデオとは、業魔殿から家出した時に居候させてもらった仲。……が、十歳以上も離れている上に両者ともに“全くその気がない”ことから別にいかがわしい関係にはなっていない。

とはいえ、良好な友人関係にはあるのでちょくちょく連絡する仲ではあったが『英傑召喚』の一件から最近はよく連絡を取り合う。

 

また、居候していた頃に彼に頼み込んで『ヒノカグツチの解析』を行ったことがある。

……が、その際に『悍しい研究・実験記録』を見てしまったことで研究意欲を削がれ、ヒノカグツチに関するデータは倉庫の奥に仕舞われた。

以後、憐憫からか少しだけヒデオに優しくなった。

 

 

――しかし、彼女の経歴や確認できるデータには不審な点が幾つもあり一部のサマナーからは警戒されている。

不確定な情報ながら、()()()()()ヴィクトルによって『■■■■から』連れ出された姿が目撃されており、一説には『■■ではない』とされていたりするが定かではない。

また、十六年前に『冬木』で行われた秘儀において同名かつ『容姿が瓜二つ』の少女が確認されているが両者の関係も不明である。

 

【余談】

今作の邪教の館要員にして後方支援キャラ。

殆ど容姿だけパクったオリキャラと化しているがリンちゃんである。リンちゃんと言ったらリンちゃんなのである(強要

 

【装備】

COMP※ノーパソと大型機材を接続した専用機

 

コルトディフェンダー※9mm仕様

 

ネコパンチバズ

 

『日本刀(打刀)』×2

 

 

 

 

 

 

 

 

【名前】涅槃台(ねはんだい) 永楽慈(えいらくじ)

【性別】男

【年齢】?

【誕生日】?

【身長】170cm

【体重】63kg

 

【容姿】落ち着いたワカメ、僧侶

【髪】藍色、癖っ毛

【イメージカラー】藍色

 

【好きなもの】力、食事、悪逆、非道

【嫌いなもの】善行とされるもの全般、安っぽい情愛、この世全て

 

【趣味】知性体を甚振ること

【特技】騙し討ち、杖術、読経

 

【備考】

力を求めて彷徨うダークサマナー。『テンメイ』なる人物に師事し、彼の命令に従って活動している。

非道いこと、卑劣なことが大好きだが意図してそのような行いに走ることが多く彼なりの拘りがある模様。

『泥』と呼ばれる霊的存在を体内に取り込んでおり、これを操って戦う。また、かつて所属していた密教宗派で会得した術や師に鍛えられた杖術も得意とする。

 

数年前から彼らしき存在の暗躍が確認されていたが、彼の慎重な行動によって正体は掴めていなかった。が、近年、活動を活発化させたところをヒデオと交戦したことでようやく協会も情報を掴むことができた。

 

――ヒデオによって一度倒され、ヨシツネにも殺害されたが廃寺の戦いにて再びヒデオの前に姿を現した。そして、その戦いで死亡したとされているものの、最近協会が収集した情報の中に『涅槃台ではないか?』とされる人物の目撃情報が上がっており、現在レイランが調査に向かっている。

 

【余談】

主人公のライバルっぽい悪役第一弾。第一弾というからには第二弾、第三弾を予定しているがそこまでやるかは分からない!

それなりに壮絶な過去もあったりするが悪役は悪役なのでやっぱり外道なことに変わりはないです。はい。

死にまくるけど復活しまくるタフな奴、一応『回数制限』はあるのでそれが尽きた時が年貢の納め時。

 

【装備】

錫杖型COMP※シャンシャン鳴らして召喚する。鎌倉で紛失。

 

各種お札

 

『六体の地蔵型ストラップ』

 

 

 

 

 

 

 

 

【名前】ウシワカマル

【性別】女

【年齢】―

【身長】168cm

【体重】55kg

 

【容姿】未再臨、のちに第一再臨

 

【好きなもの】兄上

【嫌いなもの】高いところ

 

【趣味】首狩り、首級献上

【特技】武芸全般

 

【備考】

言わずと知れたブレーキの壊れた忠犬。

本作では召喚直後が『不安定』だった関係でより強く信頼関係を築くことができた。廃寺の戦いを境にして成長しており、少しだけ人の気持ちを考えられるようになった。

忠犬かわいい。

 

また、ヨシツネソースを取り込んだことで全能力が上昇しており遮那王流離譚も全て使えるようになった上に黒王号太夫黒まで召喚できるようになった。

ちょっと強くし過ぎたので二章はお休み。

 

ちなみに、本編世界の歴史では義経はちゃんと男。

つまり――

 

【余談】

本作のヒロインだが全然ヒロインしていない。どうしてこうなった……いや、牛若丸の時点でこうなる運命だった(開き直り

今後も相棒としての地位を着々と築いていく予定なので気長に待っててください!!

 

【装備】

薄緑

 




【あとがき】
メモ書きの中からネタバレにならない程度に抜粋してきましたが間違えてるところもあるかもしれない不安……
おかしいところあったら優しく教えてください。

追記
装備及び能力を追加しました。


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忍者と必殺の霊的国防兵器 〜諏訪龍神縁起〜
英傑召喚式 Part.2


休みのうちに書けるだけ書きます。

というわけで間髪入れず新章です。


あと、誤字修正いつもありがとうございます!
大変申し訳ない!!






ーーわたしにはソレしか無かった。

 

 

早くに■を亡くし、『血筋』のみが残った私に選択肢は無かった。……そもそも、■■■■■■■■の血を継ぐ時点でーー

 

いや、或いはあの日、あの山でーー

 

 

 

ーー故にこそ、■■■に仕えた。

 

■■■から直々に授かった■■■を目にしてから覚悟は決まっていた。……決めるしか無かった。なにせ私は■■■■家の血を引く女なのだから。家のことを考えれば、否、考えるまでもない。

 

それからは、私に課せられた■■■■の任に粛々と従事し。■■らを率いて■■■■をこなし、時には私自ら赴くこともあった。

 

『血筋』ゆえに■■の習得に苦労は無かった。いや、人並みの努力はしてきたつもりだが、『習得できる数』においては並以上ではあった。加えて『血筋』にまつわる『異能』も含めれば■■としては十分な働きを約束できる。

 

ひたすらに、任務をこなした。

私にはそれしか無かったから。

 

ーーそうして幾星霜。

 

私は呆気なく終わった。

あまり、明確な最期は思い出せない。

どこかの『合戦』で討死したようにも思えるし、いつかの任務でしくじったようにも思える。

 

ただ、私という命が終わったのは確かだった。

 

幸い、というか■■たる私には『息子』と呼べる存在がおり、『彼』を後継者として家は存続した……と思う。或いはーー

 

 

終わってみて思うのは、

 

「まあ、こんなものか」

 

という感想だけだった。

 

別に不満はない。■■たる私の働きは歴史に残らず、史料にもならず。『仕事柄』家にさえ詳しい記述は残っていないだろう。そのような伝統を守ってきたし、後に続く者たちもそのようにするだろう。

つまり、■■■亡き後はその功績を知るものすらいない。

 

「だが、それこそ■■の本懐」

 

語られること無かれ。

 

我ら■■は、かくあるべし。

 

 

 

ーーああ。

 

だからこそーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「召喚を、しようと思う」

 

とある昼下がり。

遅めの昼食を終えた俺は、リビングに集まる面々を前にして宣言した。

 

「……はぁ……?」

 

昼食の後片付けをする手を止め、首を傾げる裸エプロンウシワカ。

 

「ふーん……」

 

ソファに寝転がりファッション雑誌を読みながら応えるオサキ。実に興味無さげな声だ。

 

「手ガ止マッテイルゾ……」

 

膝の上で不機嫌そうな声を上げるイヌガミ。

 

三者三様、皆一様にして「どうでもよさそう」だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……いやもっとちゃんと話聞いて!?」

 

仮にもサマナーである、彼女らと契約するサマナーである。

それをこうも無碍に扱うなど……話くらい聞いてよ。

 

悲しみの表情を浮かべた俺に、オサキは特大の溜息を漏らしながら面倒そうに声をかけてきた。

 

「……あー、で? 何を召喚するんじゃ?」

 

ごろん、と寝返りしてうつ伏せの状態でソファの肘置きに顎を乗せるオサキ。

すごい面倒くさそうな態度だけど、聞いてくれるだけ優しいと思う。

 

イヌガミは論外として、ウシワカなんか何事も無かったように食器洗い続けてるからね。

 

「そりゃあ、“一月”も家ほったらかして遊び歩いておったんじゃから。そんな態度も取りたくなろうよ」

 

遊んでねぇよ!

ちゃんと仕事に関係ある“調べもの”してただけだよ!!

人聞き悪いこと言うな!

 

 

……まあ、たしかに。仲魔たちを置いて行ったのは悪かったとは思うが。“もう一つの調べもの”の関係で彼女らを連れて行くのは憚られた。

 

……いや、とりあえず“そっちの件”はどうでもいい。

 

俺は、ここ最近続いている仲魔たちからの“不当な扱い”に打ちひしがれる精神を落ち着かせようと深呼吸した。

 

ふぅ……先ずは、今日に至るまでの経緯を改めて整理しておこう。

 

 

 

 

 

廃寺での戦いの後。

 

イヌガミから“我が家の惨状”を思い出させられたことで戦勝ムードは一気に萎えた。

あの惨状のままで生活を続けるのは困難だ。とはいえ一朝一夕で直せる規模の損害でもない。そもそも、『魔術的機構』が施された我が家の敷地で一般業者に作業などさせれば一夜で皆殺しにしてしまうだろう。

 

なので。

 

『協会』に連絡、そのツテを利用して『悪魔の経営する建築業者』に依頼することにした。

土木作業が得意な獣人や地霊、妖精などの集まったこの会社は、流石は神秘の塊と言うべきか。恐ろしく速い作業スピードと完成度、技術を有した非常に優秀な悪魔たちであった。

加えて、社員の中には魔術に精通する者も多少ながら在籍している。彼らに任せれば良い仕事をしてくれるだろう。

 

……ただ、悪魔ゆえにやはり少々“気難しい”ところがあり、交渉から始めなければならないのが難点だが。

 

激戦の疲れで消耗した状態ではあったが背に腹は代えられぬ。

大人しく電話で『悪魔交渉』に入ることにした。

 

 

ーーそうして数時間ほどの交渉の末ようやく依頼を受けてもらうことに成功。もはや疲労困憊で一歩も動けなかった俺は、仲魔たちに担がれて業魔殿に直行。

その日は業魔殿に宿泊することになった。

 

ただ、いくら悪魔とはいえ吹き飛んだ一階部分だけを直すというのは一日では済まない。加えて、敷地内の魔術式を把握する俺が立ち会いのもとで慎重に作業を進めねばならなかったので、次の日からも俺が休める時間は無かった。

だがまあ、やはり少々気難しくても悪魔。修復自体は一週間ほどで終わった。作業終わりに見た我が家は以前と寸分変わらぬ姿。安くないマッカとMAGを取られたがそれに見合う仕事をしてくれた。

 

 

とはいえ、やはり出費は大きい。

 

修復費用の他にも、作業期間中宿泊していた業魔殿の宿泊代も含めれば……まあ、顔が引きつるくらいの額にはなった。

口座や、金庫にそれなりの金額を貯め込んでいるし、貯蔵MAGも膨大なものの。

世の中、何があるか分からないために無駄な出費は極力避けてきた。俺は守銭奴なのだ。

 

そんなところに、この出費は痛手。更には寺の戦いからずっと動いていたために疲労もピークに達していた。

 

 

なので、少し“旅行”……もとい、療養に出かけることにした。

 

家の修復や、『レイランとの涅槃台に関する話し合い』などを済ませてようやく落ち着いた頃合いだった。

ついでに『ガントレット』も戻ってきた。

 

以前の京都旅行以来となる明確な休みを得たことで、前々から考えていた“調査”を敢行することにしたのだ。

 

 

即ち『英傑召喚式の調査』である。

行先は当然、『冬木市』。

『リン』から貰った資料を基にすれば独自調査も可能なくらいには情報はある。

 

……ただ、『もう一つの目的』があったために仲魔たちを連れて行くのは躊躇された。

そのため、早朝に支度を済ませて書き置きだけ残してこっそりと旅立った。

 

これがマズかったのだろう。

帰ってきた時には皆一様に冷たい反応をされてしまった。それから今日まで半月。塩対応のままに日々を過ごしている。

 

 

 

……代償は大きかったが、調査の結果はそれなりにあった。

 

『旧間桐家』を捜索して幾つかの『資料』を入手。

これと元々所持していた情報を合わせれば、“より高精度な召喚式の構築”が可能となったのだ。

他にも“変な虫の死骸”みたいなのも見つけたが、COMPでサーチしても特に面白い情報も出なかったので放置してきた。

……というか『旧間桐家』は()()()()()()、ロクな資料が残っていない。加えて、土地が悪いのか『何かやらかした』のか、敷地内には『悪霊』の類が群生しておりゆっくりと調べられる状況ではなかった。COMPの『マップ』には他にも『妖魔』や『妖鬼』『邪鬼』の反応も出ており、さすがに『仲魔一体』という状況では危険と判断。

先に語った資料を手にして帰還したというわけだ。

 

それでも、『山』や『森』、『センタービル』に『双子館』。『公園』を周ったおかげで他にも『有力な情報』を入手することができた。

 

とはいえ。

センタービルでは『悪魔堕ち』した連中とドンパチし、双子館に残された『トラップ』で死に掛け、『森の奥』では()()()()の息が掛かったアーバンテラー他悪魔人間たちに追っかけられた。

 

そして……()()()()()()()()()()()()()()では悪霊の群れに襲撃を受けた。あの倒しても倒しても増援がやってくる絶望感はもう味わいたくない。

 

 

 

 

 

 

……とまあ、ここ一月ほど色々やったおかげで『新たな英傑召喚式』の開発も完了していた。無論のこと、術式構築にはあの『リン』の手も借りている。素で天才なあの娘、古今東西あらゆる術式を『コンピューター』に落とし込んで片手間で召喚式を編んでしまうのだ。

 

ぶっちゃけ、術式の準備まで殆ど彼女にお任せしていた。

 

 

「……で、今日はいよいよ召喚式を試してみようと思った」

 

ウシワカの時は初召喚ということもあり、色々と不備も目立ったが。そのデータと、冬木で見つけてきたデータをリンに送ってやればより完成度の高い術式が返ってくるのは分かっていた。

 

英傑、というカテゴリにはウシワカのおかげで色々と分かってきたこともある。そういう『未知』を探求する心というのは幾つになっても変わらないものだ。

リンちゃんだってああ見えて研究熱心だしね。

 

 

さて、と俺はイヌガミを床に下ろして椅子から立ち上がる。向かう先は以前にウシワカを召喚した奥部屋。

召喚陣はすでに大半は書き込んである。後は仕上げの書き込みをして俺のMAGを注ぐだけだ。

 

今回の新召喚式の構築にあたってはリンから『改良された呼符』も賜っている。この呼符は、元々彼女が入手していた呼符のデータを解析。俺が冬木から持ち帰ったデータを基にして彼女が自作した品だ。

出処不明な前の呼符より、彼女が作ったという点で大いに信頼がおける。

 

 

そんなこんな考えながら歩きだした俺の前に、食器洗いを終えたウシワカが立ちはだかった。……裸エプロンだけに。

いろんな意味で寒いな。

 

「……えーと、どうしたウシワカ?」

 

「主殿は……英傑召喚をなさるおつもりなのですよね?」

 

まあ、そうだが……

 

「私という者がありながら!!

……新しい英傑を呼ぼうというのですか?

 

私という者がありながら!!!!」

 

一部分だけを強調して訴えるウシワカ。

 

「べ、別に呼んだからウシワカをどうこうするつもりはないが……」

 

「いいえ! 主殿はこう見えて“俗物”です!

そんな俗物が“おにゅーの悪魔”なんか手に入れたら絶対夢中になるに決まってます! それは許せません!」

 

ぞ、俗物とか言うな! ……ただまあ、『新しい英傑』を見たら興味津々になってしまう可能性はなきにしもあらずだが。

 

「そんなことになったら、私に構ってくれなくなるじゃないですか!!」

 

やっぱりそういう理由かっ!

そもそもウシワカが突っかかってくる理由を考えてすぐに思い至った。つまり、『目移り』を気にしているということ。

……いや、恋人でもないんだから目移りという表現はよろしくないな。要するに今ウシワカが自分で言ったことが理由だ。

 

そこについては、ちょっと否定しきれないので反論は難しい。

 

「わ、わかった! ならこうしよう!

召喚にはお前も立ち会ってもらう。で、俺が夢中にならないように見張る……これでどうだ!?」

 

我ながら幼稚な作戦だが、もはや立ち会ってもらう以外に妥協出来そうな点が見当たらないのも事実。

 

数秒ほど難しい顔で悩んだウシワカだったが…

 

「……いいでしょう、このウシワカ、主殿の『不貞』を防ぐべくお供致します!」

 

不貞っていうな、不貞って。

 

まあ、とりあえず納得してくれたようなので一安心。

 

俺はウシワカを連れて、改めて奥部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「英霊ってのは『クラス』で分けられているらしいな」

 

道すがら傍のウシワカに語りかける。

 

「はい、伝説や逸話、その者の生前の所業によって適性が測られ、該当クラスに由来する能力()()を有して召喚されるのが基本……と()()()()()()()にはあります」

 

そう、英霊……()()()()()()と通称される存在はそのような『特殊な境遇』にある。

 

未だ全てを解明したわけではないが、『マキリ』の資料によると。この辺は『本体なんか呼んだって扱い切れるわけない』という魔術師の考えからそのようなシステムになったらしい。

魔術師だって神秘に通じている以上は()()()()()()()()()()()()()()()

……ただし、『霊的研鑽』が不足していた場合、召喚された悪魔が“反逆”する可能性が出てくる。

総じて完璧主義の多い魔術師たちはそこを嫌ったのだろう。

 

故に、“確実に”契約で縛ることができる『英霊』という特殊存在を使役したのだと思う。

 

また、マキリが開発した『令呪』と呼ばれる強力()()()システムも大いに貢献している。

リンと共にこの『令呪』とやらを調べたところ。

()()()()()()()()()()()であることが判明した。

また、神族であっても信仰を失って力の落ちた者ならば有効になる可能性まであるというから恐ろしい。

一体どうやってそんな術式を……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

まだまだ、調べるべきところは多そうだ。

そもそも、()()()()()()()()()()()のだし。

 

 

 

 

 

そんな考察をしながらも奥部屋にたどり着いた俺たち。

何やら傍からプレッシャーのようなものを感じるが……ここまで準備してもらったリンにも申し訳がたたないので悪いが召喚はさせてもらう。

 

そんな決意を込めて扉を開き、魔法陣の仕上げに入った。

と言っても数節書き加えるだけなので一分もかからない。そもそも、事故防止のために敢えて残していた部分なので長文を残すはずもない。

 

「……」

 

ふと、ウシワカを見れば。

まるで獰猛な獣のような眼光で俺をジッと見つめていらっしゃった。

 

「こ、怖っ……」

 

下手をすれば噛み付いてきそうな勢いを感じる……。

 

「……どうされたのですか? 早く召喚なさってください」

 

そんな眼光のままに口元に笑みを浮かべ催促する。目が、目が笑ってないよ!!

 

俺は戦々恐々としながらもなんとか準備を終えて、中央へと呼符を設置した。

 

 

 

 

 

魔法陣の前まで来て、いざMAGを注ごうとする。

……この瞬間、不謹慎だがかなりドキドキするんだよな。一時期ハマっていたガチャを思い出す。

 

例によって『触媒』はない。これはリンからのお願いで、データを集めるためにもランダム召喚が一番助かるらしい。

よく分からんがあの天才が言うのだからそうなのだろう。

 

「よし、じゃあ召喚するぞ」

 

これまでずっとプレッシャーを放っているウシワカ殿に一応、報告しつつMAGを注ぐ。

……プレッシャーのせいでワクワクとドキドキが共存して変な気分だ。率直に吐きそう。

 

そんなよろしくない精神状態のままに召喚は始まった。

 

 

 

魔法陣が輝いて、中央の呼符が溶ける。ここまではウシワカと同じだ。それから、魔力風が吹き抜け、光の粒子が寄り集まって人型を成す。

 

流石に二度目ともなれば慣れたものだ。

俺は魔法陣の輝きが収まるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、光が収まり陣の中央に現れた人影は割りかし小さかった。

意外に長身なウシワカよりは確実に小さい。

 

目を凝らしてしばらく、魔力風によって起こった煙が晴れていき人影の正体を正確に視界に捉える。

 

「……ん?」

 

しかし、その姿はひと目見て()()()()()()()()と感じるものだった。分かりやすく言うと()()()()()()()()()()()()()

 

『裸体』に巻き付いた()()()()()()()

ただそれだけ。

それだけを纏った矮躯の少女が、そこにはいた。

 

なんとも言えないデジャヴに言葉を失う俺へと、少女は静かな声で語りかけてきた。

 

 

 

 

 

 

「甲賀上忍、英傑・望月千代女(モチヅキチヨメ)

 

馳せ参じました。

 

 

新たなお館様に忠誠を。

 

どうか拙者に主命をお与えください」

 

膝をつき恭しくこうべを垂れる少女。

ただし、ほぼほぼ『全裸』。

 

ウシワカとか目じゃない、だって身に纏っているのが帯だけなんだもの。いつか水上ステージで踊り出しそうな凄まじく先鋭的なファッションである。……いやおかしいだろ!

 

 

なぜこうなるのか?

どうして俺が呼ぶ奴はこういう格好をーー

 

ーーでもちょっと興味ある。

 

ーーいやいや、破廉恥な衣装は戦いの場に相応しくないでしょ!?

 

様々な感情が入り乱れた俺は思わず心の中で叫んだ。

 

 

 

痴女だコレーーー!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Main case.

『忍者と必殺の■■■■■■ 〜■■■■縁起〜』

 

 

 

 




やっぱり生足の魅力には勝てなかったよ……

というわけで千代ちゃんです。





いや、真面目な話、以前から登場予定だったんですがね?
全くもってプロット通り…………本当だよ!マジで!!


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陰の者・一

長くなったので分割です。


ーーなに、私の服に文句あるの?

 

いつかの日。

幼少より共にあり、これからもずっと共にあると思っていた彼女との会話を思い出す。

 

当時の彼女は()()()()()()()で、その“変化した姿”に俺はまだ戸惑いを感じていた。

 

群青色に輝いていた瞳は“紅く”なり、白い薄衣を胸部と腰に巻いていた清廉な姿は、裸体に()()()()()()()だけが巻きつく、なんともロックでクールな衣装に変容した。

最下級天使(エンジェル)が堕天した逸話は数多くあれど、名無しのエンジェルが堕天した逸話というか、カテゴリというのは聞いたことが無かった。たぶんに俺が知らないだけなのだろうが。

 

故に仮のカテゴリを考えてみた。

 

『ダークエンジェル……とか、ちょっとカッコよくないか?』

 

自信満々で告げる。しかし、彼女は不服そうな顔で呻いた。

 

ーーちょっと、私別に呪殺属性とか使えないんだから。そういう闇っぽいの感じる名前は……。堕天したって私が私なのは変わらないんだからね。

ーーそれに。

 

ーー堕天したって、何になったって、貴方のパートナーは私だけなのよ?

 

蠱惑的な声音に胸が高鳴ったのを覚えている。

自分では気付いていないのだろうが、堕天したことでちょっと積極的というか小悪魔チックな部分が出てきたことが驚きで。しかしそれも悪くないと感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お館様? 如何なされた」

 

膝をつく姿勢のままに少女が問う。

……あまりにも見覚えがあり過ぎる衣装と、直近で“痴女スタイル”に見慣れてしまっていたこと。今も傍に裸エプロン娘を侍らせている現状に「そういう性癖なのか」と誤解されていないか。

などなど。

 

率直に、混乱していた。

 

思い出すのはウシワカ召喚時の衝撃。彼女の痴女スタイルを見ていなかったら、この一段階上というか別ベクトルの“痴女っぷり”に脳が追いつかなかったかもしれない。

 

数秒ほど精神安定のために深呼吸を繰り返し、再び少女に視線を移す。

 

 

英傑・モチヅキチヨメ。彼女は確かにそう名乗った。

 

望月千代女と言えば、近年のフィクションにも数多く登場する“クノイチ”の代表格の一人だ。

世間に流布する逸話によれば、甲斐武田氏に仕え、歩き巫女と呼ばれる諜報部隊を率いた女忍者であるという。

 

……しかし、“忍び”というのは総じて“信憑性のある資料に乏しい”。まあ、その仕事を考えれば寧ろ資料が残っている方が不自然ではあるのだが。そこを突っ込むとそもそもの忍びという存在について懐疑的にならざるを得ない。

というよりも、『悪魔』というのは得てして『幻想』の存在である。歴史的な事実などあまりアテにならない概念だった。

 

大事なのは『逸話』と、それを知る人々の『信仰』。要は『想い』である。悪魔との戦いで重要なのはソレだ。

 

 

 

とりあえず、ジッと返事を待っているチヨメ殿に応えるべきだろう。

 

「いや、すまない。なにぶん、『英傑』を召喚するのはまだ二度目でね。物珍しさについ夢ちゅ……考え込んでしまった。非礼を詫びよう」

 

そう言って頭を下げると、チヨメなる少女は慌てた様子で手を振った。

 

「そ、そんな、どうか頭を上げてくだされ! 拙者ごとき忍びに頭を下げることなどありませぬ!」

 

「そ、そうか……いや、そこまで卑下しなくてもいいと思うんだが」

 

予想外の反応にこちらも戸惑う。……なんというか、どことなく“社畜”の匂いがする娘だ。

そもそも、『英雄』として召喚可能な時点で俺などよりも立派な人間であると思うけど。

たぶん、この娘はそういうことを言っても聞かないタイプと見た。

 

「じゃあ、とりあえず自己紹介しとこうか。

 

俺は奥山秀雄、見ての通りのデビルサマナーだ。

……で、えーと、こっちにいるのがーー」

 

依然としてプレッシャーを放ち、裸エプロンという誤解しか招かない衣装のウシワカの紹介を躊躇する。

……いや、冷静に考えてどう説明すればいいんだこの状況? 痴女二人に挟まれた現状が精神衛生上よろしくないのは確かだが。

 

そんな俺の戸惑いをよそにウシワカは憮然とした態度で口を開いた。

 

「英傑ウシワカマルです。同じ主を戴く者として、コンゴトモ、ヨロシクお願いします。チヨメ殿」

 

裸エプロンで真剣な顔をされるとこっちもどう反応していいか困るんだが……

が、そんな心配は必要なかったらしく。衣装そっちのけでチヨメが食いつく部分があった。

 

「牛若丸殿!? そ、それでは貴女様はかの有名なーー」

 

「? ああ、はい。この身は牛若丸……源義経と同一人物ですよ」

 

「や、やはり! 源義経殿と言えば数多の伝説に語られる偉大な英傑……そのような御方と共に働けるとは、恐悦至極…………なのですが、その御召し物は、え、と」

 

そこでようやく裸エプロンに言及するチヨメ。いや、君も人のこと言えないと思うけど、という言葉は心にそっとしまう。

というか『SR:裸エプロン牛若丸』という衝撃的すぎる光景が、義経が女であるというもう一つの衝撃を打ち消してしまっている感がある。

 

「む、この衣装が気になるのですか? ……むむ、チヨメ殿にも教えてしまうのは些か危険な気がするのですが。まあ、いいです。

 

これなる衣装の名は『裸えぷろん』!!

主殿はこの衣装が大層お好きなようで、この装いでいればやる気も関心も急上昇! ……な素晴らしい“あいてむ”なのです!

同僚たるイヌガミ殿に教えていただきました!」

 

「は?」

 

酷すぎる冤罪に思わず声が出た。

 

……というか、やっぱりそういう事言っちゃうんだなお前は!! なんとなく分かってたけど!

あと、別に裸エプロンが好きなわけじゃない! 断じて!

……嫌いでもないけどな!

 

「やはり! この装いに変えて久しいですが、毎日主殿の視線を感じていたのです。それに見合うほどウシワカに構ってくれますしね!」

 

ナチュラルに思考を読むな!!

……え、顔に出てた?

そんなぁ……。

 

 

 

 

 

「な、なるほど……此度のお館様の趣向はそのような」

 

必死にウシワカへと抗議する俺を眺めていたチヨメがぽつりと呟いた。

 

「違うからね!? 別に裸エプロン強要するような変態じゃないから!」

 

「そうですよ! 主殿はそこまで下半身に正直ではありません! どちらかと言えば……えーと、なんでしたっけ? むっつり?」

 

むっつりでもねぇよ!!

 

ただ、ウシワカの顔を見る限りあまり意味は理解してないように思う。そもそもこいつは“そういうの”には無頓着だからな。

 

「チヨメちゃん、全部誤解だからね? 俺は別にそういう変態趣向は持ってないから」

 

「し、承知にござる……?」

 

なんで疑問形なんだ……。

 

 

 

 

 

 

その後、小一時間ほどチヨメちゃんの誤解を解くために詭弁弄言を駆使してなんとか納得してもらった俺は、妙な疲労感を感じながら奥部屋を後にした。

 

召喚からこの方、彼女の言動からして特に“危険”のない悪魔と判断できたので、とりあえずはオサキたちにも紹介しようとリビングまで連れてくる。

 

 

「ーーというわけで。これから仲魔として一緒に働いてもらうモチヅキチヨメちゃんだ」

 

「英傑モチヅキチヨメでござる。

……拙者は忍びにて、先達方のような戦働きは不得手でござるが。偵察、斥候、その他諜報活動は任せていただきたく。

 

……あ。

 

どうか、コンゴトモヨロシクお願いするでごさる」

 

膝をついて丁寧な挨拶で会釈するチヨメ。とても礼儀正しい子だと思った。

 

「チヨメ……? ああ、いつか甲斐国で活躍したとかいう忍びのーー」

 

予想外にもチヨメの名に反応を示すオサキ。

 

「はい。生前は、甲斐は武田家の方々をお館様と仰ぎ、忍びとして仕えておりましてございまする」

 

「そうじゃったそうじゃった。夕凪にもかつて『歩き巫女』なる娘どもがやってきてのぅ……ワシの夕凪で、怪しくも何やら探っておるようじゃったから捕まえてちょいと“仕置き”をしてやったことがあったのじゃ」

 

「え」

 

「その時に吐かせた名がチヨメじゃったか。いや、チヨジョ? まあそこら辺はあまり覚えておらんが」

 

カラカラと笑うオサキに、冷や汗を流すチヨメ。

次の瞬間、チヨメは再び頭を下げた。

 

「こ、これはご無礼を……! なんとお詫びしてよいものか」

 

「え? ……ああ、別に気にしておらんぞ!? もう何百年も前の話じゃし。特に夕凪に害なすことも無かったのでちゃんと帰してやったしの!」

 

「温情、有り難く……」

 

ずーん、としたオーラを出しながら頭を下げ続けるチヨメに、オサキ含め俺もどうしたものかとあたふたしてしまう。

なんだろうこの娘、生真面目が過ぎるんじゃないか?

 

「気にしない気にしない! オサキもああ言ってるんだし。なにより俺らサマナーは普段から妖怪変化と斬った張ったしてるんだから、因縁とか今更な話だよ」

 

「そうそう、ワシなんかこの前、“邪道に堕ちた破戒僧”を吹き飛ばしちゃったけどなんともないからの!」

 

そういや涅槃台にトドメ刺したのはオサキだったかと思い出す。

……オサキの言葉で思い出したが、涅槃台ってそういや一応、僧侶だった。日本の逸話では、僧をヌッコロした奴は大抵ロクな目にあってないからな、相手がたとえ破戒僧だろうとも。

……一応、後でオサキに呪殺防御の術式を掛けておくか。

 

 

「皆さま方、拙者のような忍びになんとも温かい御言葉を。

……ですが拙者は忍び、影の者にて。これよりはお館様を影よりお守りすべく、どうか拙者のことは気になされぬよう」

 

恭しい態度のままに静かにチヨメは告げた。

……硬い硬い! 硬過ぎるよチヨメちゃん!!

 

「そ、そう……」

 

ほら、オサキだって若干引いてるし!

ウチの連中はみんな“ラフな付き合い”に慣れ親しんでるから、ここまでお硬い反応をされるとどう返したらいいのか戸惑ってしまう。

ウシワカだって礼儀正しく見えて慇懃無礼の塊だし。

 

唯一、チヨメと合いそうなのは公私の区別をきっちりしてるクダか。

ちなみにクダは今、オフということで旧友のもとに遊びに行っていて不在である。というか、オフの日はだいたいどっかに遊びに行ってるので帰ってくるのは夕刻過ぎ。

なんだかんだとOLみたいな奴なのだ。

 

 

ともかく。

 

チヨメちゃんのお堅さは少々目に余る。

これでは仲魔たちもどう絡んでいいのか悩む…………ことはないな、うん。

 

ウシワカもイヌガミも、そこら辺特に気にしない性格だし、一番気まずい思いをするのはオサキだけだった。

なら、別にいっか……。

 

「うん……じゃあ、そういう感じで」

 

「ちょ、投げやりな対応はやめよ! ワシだけなんか気まずいまんまではないか!!」

 

必死に吠えるオサキ。

えー、だって他の仲魔は特に気にしないし。“影から守る”ってことは俺だけはチヨメちゃんと話す機会は多いってことだろうし。

 

「……そういうことだよね?」

 

「はい、これよりはお館様の邪魔にならぬよう影から常にその身をお守り致しまする。御用の際は一言呼んでくださればと」

 

お、おう、そこまでしてくれるのか。……プライベートとか考慮してくれるのかな。

予想以上のボディーガード具合に若干引く。

 

「まあ、とにかく、俺とはコミュニケーション取ってくれるっぽいし」

 

「もちろんでございまする。お館様の命であれば如何様な任でも。必ずこなしてみせる所存。他の方々ともお味方である以上は……まあ、それなりに話は聞くでござる」

 

「それなりってなんじゃ!? 思ったより図太いなこの娘!」

 

「オサキ殿……どうかご容赦を。拙者はお館様の忍びなれば。お館様を第一に考えるのは当然にて」

 

「くぅ……この娘、生真面目が過ぎて逆に無礼じゃないか!?」

 

なんとも言えない、と言った表情で地団駄を踏むオサキ。……でも、うん、俺もそう思ったよ。

 

ここまでの会話で、なんとなくだがこの娘の気質のようなものが見えてきた気がする。

 

 

 

 

 

「ーーこれで一通り紹介し終えたかな?」

 

ウシワカ、オサキ、イヌガミと自宅に常駐している仲魔は……いや、“地下のマカミ”がまだだったか。

だが、そちらはウシワカにもまだ紹介していないしする必要もないのでスルー。

 

一先ず、リビングにいる仲魔との挨拶を済ませた俺はチヨメに声をかけた。

 

「他にも二体くらいいるんだけど、今はタイミングが悪くてね。後日改めて紹介するよ」

 

「承知」

 

短く真面目な声音で応えるチヨメに苦笑する。

ーーとはいえ、マジのガチで四六時中ボディーガードされてもちょっと困るのでなんとか彼女に仕事を割り振ってやりたい。

 

「チヨメちゃんって、忍びなんだよね?」

 

望月千代女という人物については真贋含めても逸話に乏しいために、その正体も文献や創作作品によって様々だ。

無論、一番取り扱われているのは女忍者たるくノ一としてのチヨメだが。モノによっては清廉な巫女であったり妖しげな術者だったりもする。

よって、改めて忍者であると言われると新鮮味を感じる。

 

「はい……あ、他にも警備や買い出し、家事であっても十全にこなしてみせまする」

 

何の気なしに応えた彼女の“家事”という一言に、先ほどまで無関心だったイヌガミがピクリと耳を揺らした。

 

「ン、家事? オマエハ家事ガ出来ルノカ?」

 

「は、はい。炊事、洗濯、掃除……なんでも御言いつけくだされば」

 

予想外のところからの反応にチヨメも驚いた様子で応える。

そんな彼女をジッと見つめたイヌガミは、しばらくして深く頷き俺の顔に視線を移した。

 

「……主ヨ、提案ナンダガーー」

 

「い、いけません! イヌガミ殿!!」

 

話を遮るかのように、何かを察したウシワカが割って入る。

そのままイヌガミの正面に立って捲し立てるように述べた。

 

「この家の家事担当は私、牛若丸です! これは主殿から賜った命でありいくらイヌガミ殿といえど勝手な人事異動は許しませんよ!

 

それに!

 

私ならば通常の家事のみならず、一工夫加えた“おもてなし”の提供、なにより家事の合間に自宅“周囲”で怪しげに振る舞う野良悪魔の討伐とてこなせます!!

これは私だからこそ出来る“さーびす”、わざわざ変える必要などありません!」

 

「ム、ムゥ。シカシ、ソノ“サービス”ガ“余計”デアルコトモ多イ。ソモソモ、ソノ“勝手ナ戦闘”ニ我ハ困ッテイルノダガ」

 

「な!?」

 

そんなまさか! というリアクションで固まるウシワカ。

うん、確かに、偶に余計なことしちゃうよね……というかやっぱり日中、外から聞こえてきてた悪魔の断末魔は幻聴ではなかったらしい。

いくら怪しくても自宅周囲にいるからって勝手に討伐しちゃダメでしょ。あんまりやり過ぎると悪魔界隈で俺の悪評が広まるので勘弁してもらいたい。

 

「……というか、自宅周囲に出る程度の悪魔ならチヨメちゃんでも対処できるのでは?

ねぇ、チヨメちゃん?」

 

なんとなしに視線を向けるとーー

 

「……(ここで承知すれば確実にウシワカ殿に恨まれる、しかしお館様に嘘偽りを申すわけにも……という表情)」

 

非常に困った様子で沈黙していた。

俺でも分かるくらいに悩んでいらっしゃる……難儀な子。

 

そんな彼女の苦悩に全く気付いていない様子のウシワカは、イヌガミ相手では埒があかないと判断したのか今度はチヨメに矛先を向ける。

 

「チヨメ殿からも仰ってください! 家事その他主殿のお世話はこのウシワカにお任せくださいと!!」

 

「うぇ!? せ、拙者は……そのーー」

 

「何を悩むことがあるのです!?

このウシワカ、現代においても童謡に歌われるほどに語り継がれていると聞き及んでいます! ……正直、ちょっとこそばゆいのですがそれはそれ。

 

千年を経た時代の童子にも人気のこのウシワカこそが相応しいのは“かくていてきにあきらか”です!!」

 

おどおどするチヨメちゃんに畳み掛けるように述べる。押し売りにも程があるでしょ……というか、またネットから変な言葉覚えてきてるし。暫くネット禁止にした方がいいなこれ。

 

そして、流石にチヨメちゃんも可哀想になってきたので助け舟を出すことにした。

 

「どうどう、落ち着けウシワカ」

 

「主殿! 主殿が一言“任せる”と言ってくださればウシワカはなんでも致します! ……あ、なんでもはちょっと言い過ぎたかも。

 

“だいたいなんでもします”!」

 

だいたいなのか……いや、今でも十分貢献してくれてるから特に不満とかはないが。

 

「それともまさか……主殿も、私よりチヨメ殿の方がいいと?

あ、主殿……?」

 

返答に悩む俺に、一転、捨てられそうな子犬のように目をウルウルさせるウシワカ。くっ、なかなか俺のツボを押さえてるじゃないか。

しかし、確かにウシワカの“やり過ぎ”には少し困っていたところ。ここらで少しだけクールダウンしてもらった方がいいだろう。

 

「うーん……俺は、チヨメちゃんに任せてみてもいいと思う」

 

「っ!!!!」

 

俺の言葉に、ウシワカは一瞬電気でも走ったようにビクリと反応して。そのままゆっくりと膝をついた。

 

「主、殿……」

 

項垂れ本気で落ち込んだように顔を伏せるウシワカの様子にこちらも慌てる。

 

「いやいや、そんな落ち込むなって。別に不満があるわけでもないしーー」

 

「では、ウシワカにお任せいただけるのですね!?」

 

ガバッと顔を上げてキラキラした視線を向けるウシワカ。その切り替えの速さにしばしばついていけない俺がいる。

 

「いや、ウシワカにはここらで“休暇”というか“休み”みたいのを与えてもいいかもと思うんだ」

 

「休暇!? い、いえ! 私は決してそのようなものを望んでは……!!」

 

「これもいい機会だし、数日くらい旅行にでも行ってリラックスしてきたらどうだ?」

 

言ってて気づいたが、召喚してからこの方、ウシワカにはずっと何らかの仕事を任せていたし悪魔退治でも必ず一緒に連れて行っていた。……先日の“冬木”には連れてかなかったが、それが原因でここ最近は拗ねていたし。

 

こちらに信頼と忠誠を向けてくれるのは素直にありがたいが、ずっと働き詰めなのも、いくら元気潑剌なウシワカとはいえよろしくないだろう。

そう思っての発言だったのだが。

 

「休暇……ウシワカに、休暇。主殿は遂に、私に飽きてしまわれたのでしょうか? ウシワカはずっと主殿を慕っているというのに……うう、先日の戦いで“信頼”を向けてくださったのは嘘だったと言うのですか? ううう……」

 

がっくりとうなだれてすすり泣くウシワカ。

 

「えぇ……? 普通は休暇与えたら喜ぶと思うんだが」

 

オサキもイヌガミもクダも、みんな休みを与えると大喜びで家を飛び出していたものだ。……最近は特にそんなこともなくずっと家でダラダラしているが。未だに休みの日出掛けているのはクダのみだ。

 

だが、ウシワカにそれは不要らしい。本気で落ち込んでる様子からみて間違いない。

こっちもなかなか難儀な子だ……。

 

「え、えーと、じゃあ、討伐依頼とかやってみるか?」

 

ただの休みだけでは不満なら、逆に用を言いつければそれなりにリフレッシュしてくれるのではと考えた。

 

「討伐……?」

 

案の定、先ほどまでの落ち込んだ様子とは打って変わって、興味深そうにこちらを見ている。

 

「うん。ほら、最近は自宅の修繕とか色々あってオウザン宛ての依頼が結構溜まっちゃってるんだよね、もちろん急を要する依頼は対処済みだけど。

 

……そんでちょうど良さそうな討伐依頼が何個か入ってるんだ。でも一個一個対処してると無駄に時間が掛かってしまう。

そこで、ウシワカに分担して討伐に当たってもらいたい」

 

そう言って、カタカタとガントレットを操作した俺は、依頼の情報が映る画面を幾つか空中に“ホログラム”として投影する。

最新機種たるガントレットに搭載された常備機能である。

 

「吸血鬼に凶鳥退治、オーガの群れの討伐もある。どれもウシワカなら確実に“任せられる”と思うんだが」

 

空中に投影された複数の画面にはそれぞれの依頼内容と情報が記載されている。

“あの魔術師”の討伐以降、急激に動き出した吸血鬼たちや以前から確認されていた“曰くつきの場所”に集まるようになった凶鳥たち。大陸から渡ってきたオーガ群を纏めて退治してほしいというなかなか豪快な依頼まで載っている。

 

……実のところ、久しくウシワカには戦闘行為をさせていなかったのでだいぶフラストレーションが溜まっていると考えていた。加えて“廃寺”の一件以来妙に“大人しく”なってしまったことも心配していた。

なので適度な討伐依頼を与えてやればいい気分転換になると思っていたのだ。

 

「どれでも好きな依頼を選んでいいぞ、なんなら全部でもいい。

……しっかし、こんなに依頼ばっかあると俺も大変だ。もしウシワカに何個かやってもらうとすごく助かるんだけどなぁ」

 

後半はだいぶ態とらしい言い方になってしまったが、生憎と演技は大根なので批判は受け付けない。

 

「っ!! 主殿!」

 

しかし、ウシワカには効果抜群だったようで、やる気に満ちた瞳を俺に向けてきた。よしよし。

 

「ん?」

 

「これを全部こなせば、主殿は私を褒めてくださいますか?」

 

ど直球になかなか可愛いことを聞いてくる彼女に、不覚にもキュンとした。

 

「お、おう。本当に全部やる気なのか」

 

「もちろんです! 敵将の首を持ってくるのは得意中の得意! 主殿はどうにも首がお嫌いだと思っていましたが、やはり首が欲しかったのですね!」

 

やる気が溢れすぎて誤解に繋がっている。俺は別に首が好きなわけではない、ないが……

 

「……うん、大好きさ!」

 

せっかくやる気になった彼女を落ち込ませてもしょうがない。俺は今年一番の笑顔で答えた。

 

「やはり!! 首、いいですよね! こう、切り口から滴る血を地面に落としながら主君の下に持っていく快感……なかなかにやり遂げた感がありますよね!!」

 

嬉々として猟奇的なことを語るウシワカは笑顔だ。

そのことに若干げんなりするが、今更なので引きはしない。俺がうまく手綱を握ってやればいいだけなのだから。

 

「……そして俺以外に手綱を握れそうなのは、

 

 オサキ!!」

 

「ぬおっ!? わ、ワシか!?」

 

突然指名されたオサキは、ソファから転げ落ちそうなほどに驚いていた。

 

「ああ、お前しかいない。お前はこれからウシワカと行動を共にし、討伐その他サポートに回ってくれ」

 

「なんじゃと!? 普通にお断りなんじゃが!? というかこのブレーキの壊れた忠犬を操れるわけなかろう!」

 

なかなか的を射た比喩に感心する。

 

「感心するな! そもそもお主とて手綱を握れているとは言い難いぞ!?」

 

……。

 

それは、言うな。

 

 

 

まあ、真面目な話。いくらウシワカとて一人でほっぽり出すのは心配だし普通に危険なのでサポートとして仲魔を付けてやりたい。

その中でウシワカの面倒も見れてサポートも十全に出来る仲魔というとオサキが適任となる。

彼女自身、なんだかんだで面倒見もいいし長年の経験からか知恵も回る。

 

「お前にしか頼めないんだ……」

 

「泣き落としは効かんぞ。お主の人となりは十全に把握してあるからの」

 

くそ、可愛くないヤツめ。

ツン、とそっぽを向く幼女狐はテコでも動かないつもりらしい。ソファに根を張るが如くしがみついている。

ならば、と俺は切り札を切る。

 

「この仕事が終えたら、お前に夕凪での自由行動を認めよう」

 

「なんとっ!?」

 

ほら食いついた、身を乗り出して目を見開いていらっしゃる。

 

「涅槃台も無事に討伐……したっぽいし、今のところ復活したという話も聞かない。ダークサマナーたちも特に事件とか起こしてないし。

最近の平穏無事な界隈を見る限り、今ならば自由行動を許しても大丈夫だと判断した」

 

「そ……そうじゃな! うん! 最近はめっちゃ安全っぽいし! そもそも夕凪はワシのテリトリーなのじゃから易々とやられるはずもなし!

 

……まあ、なんじゃ。

とりあえずウシワカのことはワシに任せておけ!!」

 

「全力で任された!」と満面の笑みで語るオサキに少し不安を覚える。お前、そんなチョロさで大丈夫なのか? 本当にウシワカの面倒見られる?

 

ただ、こちらも非常に嬉しそうな様子に苦言を呈すのは憚られた。

 

 

 

まあ何はともあれ。

これで厄介ばr……もとい、チヨメちゃんのデータ収集に集中することができる。

 

 

 

ーー英傑召喚式の研究……それはつまり『未知の召喚式』の解明ということ。

『未知』であるということは『あらゆる可能性』があるということでもある。

 

『秘神』『珍獣』『狂神』とこれまでさまざまな『特殊召喚式』を調査してきたがさしたる『成果』は得られなかった。

 

だが。

 

今度こそは。

 

この英傑召喚式ならば、或いはーー

 

 

 

ーーーー『彼女』を再び召喚することができるかもしれない。

 




バニー師匠かわいい…

そして今、私は四年越しの沖田さんに涙を流しています。



【おまけ】
奧山秀雄:固有スキル

【一意専心(哀):ランクEX相当】
パッシブスキル。
既に死した恋人をひたすらに想い続ける彼は魅了攻撃を完全無効化する。また、あらゆる精神干渉は意味を為さず、そのような彼が既にまともな精神を維持しているはずもなくーー

『叶わない奇跡』を追い求め続ける妄執者には『愛』の囁きは届かない。彼にとって『恋人の復活』以外は全て些事であり、『恋人の復活』以外の報酬は虚しさしか生まない。
『ただ一つ』に執着してしまう彼は常日頃から『悪の誘惑』に抗うことを強いられている。

これを癒すのは、亡き恋人との思い出に匹敵する『恋』のみである。



【紳士の心得(変):ランクEX相当】
パッシブスキル。
彼は“未成熟な女性”に無意識的に興味を抱いてしまう病気に罹っている。俗に『ロリ』と呼ばれる女性に対しては非常に紳士的になったり親身になったり優しくなったりする。
また、相手がロリの場合に限り先の『魅了無効スキル』がランクD-相当にまでランクダウンしあらゆる精神攻撃に対して不利な判定を受ける。

反面、味方にロリがいる場合に限り全ステータスが二段階ランクアップし毎ターンHP自動回復状態が付与される。

……彼の名誉のために捕捉すると、このような『性癖』になってしまったきっかけは幼い頃に出会った初恋、ひいては『かつての恋人』の影響である。
人間ではなく悪魔であった彼女は肉体的な成長が、人のソレとは異なり必然的に“幼い容姿の彼女”に惚れている期間が長引いたために自然とそのような趣向に変質してしまったものと見られる。



なお、本人はこの二つのスキルについて全く認知していない。


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陰の者・二

(念のため言っておくと直死じゃ)ないです。





「この先、分かれ道を右に二回、左に三回……そしてそのまま真っ直ぐ……にござる」

 

ーー膝を突き、ひたりと手を乗せた地面から“使い魔”の送ってくる情報を受け取る。

瞼を閉じた“チヨメ”の視界に移るのは、使い魔たる“蛇”が見ている光景そのものだ。加えて、蛇の感じ取った“魔力”や“感覚”も併せて受信している。

 

“蛇に縁ある忍び”なればこそ出来る器用な忍術であった。

 

 

 

ここは、夕凪の外れに位置するとある廃病院。

昭和後期、“医療ミス”をきっかけとして急激に評判を落とし。最後には院長が自殺してしまった所謂『お約束』のような心霊スポットだ。

 

例によってオカルト好きや肝試し目的のカップル、学生などが入ったきり帰ってこないという耳にタコが出来るほど聞き飽きた謳い文句のそこそこ有名な廃墟。

 

そんな明らかに“出る”場所に行ったまま帰ってこない“友人カップル”を見つけて欲しい……そんな依頼がオウザン宛てに来ていた。

 

この文面を見たときのヒデオの“渋面”は、オサキがいたならば爆笑ものであっただろう。

 

『なんでそんなバカどもを助けに行かにゃならんのか?』

 

真顔で呟いた彼の胸中に“リア充への嫉妬”が多分に含まれていたのは語るまでもない。

 

とはいえ。

 

仮にも店に来た依頼である。

加えて、なんだかんだで気になってしまう気質のヒデオは盛大な溜息とブツブツ文句を言いながら準備をして、こうして現場まで渋々訪れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……やる気出ない」

 

廃病院の外、敷地内にある放棄された駐車場跡でタバコを吸いながらポツリと呟く。

オウザン宛てに今回届いた依頼、『バカップルが肝試しから帰ってこない』というクソみたいな話のせいで非常に虫の居所が悪い。

 

だが、ちょうど先日、ウシワカたちを見送ったタイミングだったのでここらでチヨメちゃんの“能力試験”みたいのをやりたいと思っていたのだ。

そして仮にも仕事である。

 

ゆえにこうして気の進まないながらも現場に来た次第だが。

 

 

「チヨメちゃん、大丈夫かな?」

 

ついさっき、斥候として病院内に送り出した仲魔のことを考える。

 

この廃病院、例によって『異界化』がなされており尚且つ内部はだいぶ入り組んでいるらしいのだ。

これを蛇を偵察に出したチヨメちゃんから聞いた直後、「単独で潜入し情報を手に入れてくるでござる」と進言してきた彼女に二つ返事で了承してしまったが。

冷静に考えて、仲魔一体で悪魔の巣窟に出向くというのは端的に自殺行為だ。

しかしこれは“能力試験”も兼ねている、さらには彼女自身が「ご安心を。必ずや情報を得て参りまする」とやる気を見せていたのでなんとなく断れる雰囲気ではなかった。

 

 

 

 

「あ、あの! あんな小さな女の子だけで……大丈夫なんですか?」

 

なんとかやる気を出そうと、脳内にこれまで焼き付けておいた『裸エプロン』を思い浮かべていると。傍でおどおどしていた女の子が声をかけてきた。

地味めのパーカーと、ダメージの無いジーンズを履いた眼鏡女子。茶色がかった頭髪とは裏腹にとても大人しそうな格好をしている。

 

「ええ、ああ見えて荒ごとには慣れておりますので」

 

まあ、この目で実際に見たことはまだないのだがな。それを知るための今回の依頼でもある。

しかし、馬鹿正直にそれを客に伝える訳にもいかないので適当に濁す。

 

「あ、荒ごとって……」

 

その言葉に青ざめる彼女。

 

「心配はいりませんよ“遠野(とおの)さん”、何かあれば私も現場に急行する手筈となっております。先ずは彼女からの吉報を待ちましょう」

 

「は、はぁ……?」

 

言ってる意味がよく分からない、といったような反応を返される。だが逐一説明するのも面倒だし、金さえ払うならきちんと仕事はするつもりだ。

……いや? 別に機嫌は悪く無いが?

 

ふと、傍の彼女に目を向ける。

大人しめな印象を受ける彼女は『遠野 アイ』。

今回の依頼主である大学一年生の女の子だ。

 

彼女自身、ただの大学生とはいえこのオウザンにパイプを繋げてきた以上は単なる一般人と見るのは早計だ。

現に、『遠野』という苗字にはなんだか聞き覚えがある。

 

確かーー

 

 

そんなことを考えていると、唐突に脳内へ『声』が届いた。これは俺と契約する仲魔との間にのみ成立する念話だ。

 

俺は念話の『スイッチ』をオンにして返事をする。

 

「どうした?」

 

『保護対象の確保に成功したでござる。これより屋外への移動を開始いたしまする』

 

淡々と告げられる報告に少し驚いた。なにせまだ潜入から五分と経っていないからだ。

とはいえ仕事が早いのはいいことだ。俺は了承の意を伝えて通信を終えた。

 

「無事見つかったようです。今からこちらに戻ってくるそうですよ」

 

「本当ですか!? よ、良かった……」

 

心底安堵したように胸を撫で下ろす依頼主。

 

「……ふぅむ。単独行動は上々。あとは持たせてある『観測機材』の記録を調べてからだな」

 

例によってリンから譲ってもらったデータ収集用の機材。腕輪型のこの機材は対象の魔力変動やMAGの増減、その他あらゆるパラメータの記録が可能な高性能アイテムだ。

これも科学と魔術の融合の結果らしいが生憎と専門外なので使えるならばそれ以上の興味はない。

 

 

普段ならば記録の参照など面倒でしかないが、“興味のあること”ならば話は別だ。詳細な報告をリンに渡してやれば面白いように術式が更新されていく。英傑召喚式が。

なら苦ではない。

 

 

とりあえず、帰ってくるまでにもう一本くらい吸えるかな? と呑気に考えながらのんびりと仲魔の帰還を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果として、依頼は平穏無事に終わった。

やはり通信から五分と経たずして戻ってきたために慌ててタバコを消して彼女らに駆け寄った。

そこにいたのは、“忍び衣装”を纏い両肩に男女を担いだチヨメちゃんの姿。

 

「お帰りチヨメちゃん」

 

声をかけると、即座に、しかし丁寧に二人組を地に降ろし。素早くこちらに膝をつき頭を垂れた。

 

「はっ、お館様より任された勤め。無事に果たしてございまする」

 

「お、おう」

 

相変わらずな態度に苦笑しつつ、ついでに依頼主含めた三人に若干引かれながらも俺はなんとか耐える。

チヨメちゃんに悪気はないのだ。なら、苦言を呈すのは可哀想だろう。

 

 

 

チヨメちゃんに米俵のように担がれてきた二人組と遠野さんが感動の再会をしているのを横目に、未だ膝をつくチヨメちゃんに手を差し出した。

ちなみに、現在の忍び衣装はチヨメちゃんの自前である。召喚直後の“痴女衣装”ではさすがに人前には出せないと告げたところ「あ、ならもう一着の方に着替えるでござる」と、簡単に“早着替え(フォームチェンジ)”してくれた。

俺のあの葛藤はいったい……。

 

そして、どうやらチヨメちゃんは痴女衣装と忍び衣装の二つをデフォルトで持っているらしい。

ウシワカは痴女衣装一着だったが、そこらへんは英傑によってまちまちなのか? それとも術式が改良されたことで衣装のバリエーションが増えたのか。

分からないがこれもきちんとリンに報告しておこう。

 

「……あの、この手は、いったい?」

 

「ん? いや、手を貸そうってだけなんだが」

 

数秒ほどマジマジと俺の手を見つめた彼女は、やがておずおずとその手を取って立ち上がった。

 

「どうやら特に消耗はしていないようだな」

 

COMPのデータにも特に異常は見られない。

 

「はい。道中、何やら“霊体”と思しき悪魔が数体おりましたが難なく撃破して参りました」

 

僅かにドヤ顔で語るチヨメちゃん。

 

「ゴーストかな? まあ、記録を見ればそこらは分かるか。とにかくご苦労だった」

 

「はっ、ではこれにてーー」

 

再び膝をついて去ろうとするチヨメちゃんをすんでのところで引き止める。

 

「いやいや! そんな早々に消えなくてもいいでしょ。とりあえず帰り道くらいは一緒に行こうよ?」

 

「はぁ……? 命とあらば従うでござるが」

 

不思議そうに首を傾げるチヨメちゃん。……そんな滅私通り越して無私みたいな行動されると流石に寂しいよ。

……オサキの時は面倒だから気にしていなかったが、これはどうやら思った以上に重症なようだ。

 

 

 

 

その後、依頼主と救助された二人組から何度も頭を下げられた俺は「なんだ、意外にも素直な子たちじゃんか」と手の平クルー。若干、機嫌を治しつつ帰路についた。

報酬については例によって口座に振り込まれるのでそれを待つのみ。ちなみにバックれた奴には漏れなくオサキ特製の“呪い”が飛んでいくので踏み倒される心配はない。

 

そんなことよりーー

 

 

「……」

 

「……」

 

テクテク、と夜道を歩く俺たちの間にはここ数十分ほど沈黙が続いていた。

いや、俺も何度か会話をしようと努力したんだけど「承知」とか「御意」って言われちゃうとこっちもどう返していいのか困ってしまって。

 

結果、痛々しい沈黙が場を支配していた。

 

「……あのさ」

 

「はっ」

 

俺の言葉にキビキビと応えるチヨメちゃん。やはり硬い。

 

「別に、嫌ならいいんだけどさ。もっとラフに接してくれていいんだぜ?」

 

「それは…………もしや、ご不快でござると?」

 

少し悩んで、やがて不安そうにこちらに振り向くチヨメちゃん。

……なんとなく、本当になんとなくだが嗜虐心が芽生えてしまったのは秘密だ。

 

「全然不快じゃないけど。正直、やり辛くはあるかな?」

 

素直な感想だ。これまでの人生の中で、丁寧なやり取りというのはお客との会話か協会関連のやり取りくらいで、割と普段から気兼ねない付き合いに慣れてしまっている俺だからこその気まずさである。

 

「な、なるほど……しかし、お館様にそのような振る舞いはーー」

 

意を決して伝えてみたのだが、予想外に重く受け止められたらしくその後しばらく考え込んでしまっていた。

 

これは……時間が必要なようだ。

 

 

 

 

 

 

それからの数日間。

チヨメちゃんにもウシワカの時と同じように討伐依頼を中心としてさまざまな依頼に同行してもらいデータ収集に協力してもらった。

 

その上でなんとなくだが、彼女の“性能”について詳しいことが判明してきた。

 

まず、基本的な戦闘能力。これは全く問題ない。

本人は正面戦闘が苦手、と言っていたがなんてことはない。()()()()()()()()()()()()()()()()()よりかは強い。……さすがにウシワカと比べると見劣りするがそれは俺の目が肥えているだけだ、冷静に考えれば上記の評価になるのは間違いなかった。

特に、“呪い”に関連したスキルには目を見張るものがあった。忍びというよりかは呪術師……いや、どちらかというと“巫女”に近い雰囲気を感じる。

 

無論のこと、単純な俊敏性能についても特に秀でている。ここら辺は忍びとしての基本スキルだろうか。

 

だがそれよりなにより、彼女は諜報活動、斥候としての役割に非常に長けていることが分かった。

武力行使を前提とした強行偵察などでは特に役立ってくれる。

 

そして、やっぱり彼女は“忠実”だ。

ウシワカのようにブレーキの壊れた忠犬というわけでもなく。きちんとこちらの指示を理解してその通りに動いてくれるし気も利く。ぶっちゃけ、()()()()()()()()()()

間違っても本人には言えない感想である。

 

……尤も、ウシワカにはウシワカにしかない魅力や“信頼”もあるのだが。

素直なところとか元気なところとか、可愛いところとか可愛いところとか……etc.

 

 

 

 

 

「しかし、可愛さでいえば……こちらもなかなか」

 

顎をさすりながら目を向けるのは、キッチンにて食事の用意をしているチヨメちゃんだ。

 

先日の廃病院から帰ってすぐ、イヌガミによって家事の引き継ぎのために連れて行かれたチヨメちゃん。

元々、家事が得意と言っていた通り家電や大まかな流れの説明を受けただけですぐにテキパキと家事をこなしてくれた。

この結果にはイヌガミも大変に満足しており、毎日機嫌が良さそうに過ごしていらっしゃる。

 

ウシワカが執着していた自宅の警備も難なくこなしており、昨日なんかウチに泥棒に入ろうとした命知らずの餓鬼を捕縛して俺の前まで引っ立てて来た。

即、斬首! とかしないあたりウシワカとは雲泥の差だ。

 

いや、まあ、その餓鬼には漏れなく“MAG”に還っていただいたが。

 

 

 

そんなこんな考えていると、両手に皿を持ったチヨメちゃんが声をかけてきた。

 

「お館様、お食事の用意ができましてござる」

 

「おう、ありがとう」

 

ササっと、料理と食器類を並べ終えた彼女はやはり片膝を突いて俺の背後に控えた。

 

「ウム、良イ香リダ」

 

一目散に食卓についたイヌガミは料理から漂う香りを目一杯吸い込んで恍惚とした笑みを浮かべる。

 

一方、俺は背後に控えたチヨメちゃんに視線を移した。

 

「チヨメちゃんも食べようよ」

 

「…………お館様の命であれば」

 

数秒悩んだ彼女だったが、渋々頷いて横の席に座ってくれた。

これもこの数日粘り強くおねだりした成果だ。

 

そして、三人が揃ったことでみんなで食事を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総評として、チヨメはかなり有能な英傑だ。

 

斥候偵察に始まり、単騎戦闘であっても並の悪魔程度なら一蹴できるほどの力を持つ。

また、戦闘だけに限らず、先に語った家事も従前にこなし尚且つ“余計なことをしない”。その合間には警備も問題なく行う上に買い出しやらの“おつかい”だって完璧にこなしてみせた。ちなみに、外に出す際は痴女衣装でも忍び衣装でもなく、例によって“リンが放置していった衣服”を提供している。

 

率直に、“出来過ぎちゃん”だ。なんの不満も文句もない。寧ろ感謝しか感じない。

 

……ただ。

 

「……」

 

礼儀正しく黙々と食事するチヨメちゃんを見ながら思う。

 

彼女は少々、いや、だいぶ“謙虚”な子だった。

こちらが願えばなんでもしてくれるが、自分から歩み寄ろうという動きは一切見せてこない。いや、単に“遠慮”しているだけなんだろうが。

 

そこが少し心配だ。

 

忍び、という存在は数多のフィクションの中で“忠義に厚い”と描写される。これは日本固有の“武士道精神”なる価値観が誇張された表現であることは理解できるものの、総じて武士よりも“扱いが悪い”忍びが忠義に準じる姿というのはなんだか憐憫を覚える光景ではある。

つまり、“社畜”だ。

 

そんな感想に沿うように、フィクション内ではやはり報われない最期を迎えることも多い。

 

現実で彼ら彼女らがどのような人生を歩んだのかは定かでないし、そんなのをチヨメちゃんに聞くのも申し訳ない。

なので全ては妄想で収めるしかないのだが。

 

「……」

 

……やはり、せめて我が家に居る間は健やかに穏やかに過ごして欲しいとも思う。

これまで彼女を見ていて、思うに彼女も“先の妄想と大差ない生涯”を歩んだであろうことは察せられた。即ち、“忠義に準じた”ということ。

 

咄嗟に思いつくのはやはり“休暇”とかそこら辺だが、ウシワカの前例がある以上は、思考停止でただ休暇を出すというのもよろしくないだろう。

 

「しかし、年頃の女の子のやりたいことなんか分からないしな」

 

「? お館様?」

 

つい口をついて出たぼやきにチヨメちゃんが首を傾げた。

 

「いや……チヨメちゃんも何かやりたいこととかないのかなぁ、と思ってね」

 

考えても仕方ないので素直に本人に聞いてみることにした。俺自身、女の子の事情を察するとかいうのは不得手なのでこれが一番手っ取り早い。

 

「やりたいこと? ……忍びとは主君あってこそのもの、お館様にお仕えすることが拙者の誉れにござる」

 

「お、おう」

 

あまりに模範的……いや、もはや社畜を通り越した宣言に思わずたじろいだ。俺はそんなに尽くされるほど高尚な人間じゃないからだ。

それも、あの“武田信玄”に仕えたくノ一から言われるとあっては恐れ多いにも程がある。

 

「お館様がどうされたいのか……忍びたる拙者には考えつかないでござるが、拙者は忍びの在り方に準じる所存。ご期待に沿えられないことは申し訳なくーー」

 

お堅い謝罪を述べ始めた彼女を手で制する。

 

「いや、いいよ。チヨメちゃんがそれでいいと言うなら無理強いはしないさ」

 

「……温情、有り難く」

 

ぺこり、と頭を下げた彼女はいつの間にか食べ終わっていた食器類をキッチンへと運んだ。

 

 

 

 

 

 

ジャージャー、と水を流す音に耳を傾けながらため息を吐く。

 

「別ニ、本人ガソレデイイト言ウノダカラ、良イノデハナイカ?」

 

溜息に反応してイヌガミが口を開いた。

 

「まあ、そうなんだが」

 

「オ前ハ、考エ過ギル。下手ニ策ヲ弄スルヨリモ、自然体デ付キ合ッタ方ガ上手ク行ク時モアル」

 

イヌガミらしからぬ言葉にわずかに驚く。

だが、すぐに彼が俺などよりも遥かに年上だということを思い出して納得した。

 

彼の言う通りだ。チヨメちゃんがいいと言ってるのだからこれ以上は無理強いだろう。

それに、こちらが歩み寄る姿勢だけ見せていればいずれ彼女の方から来てくれるかもしれない。

 

そんなことを考えながら、チヨメちゃん特製の和食に舌鼓を打った。

 







【おまけ】

【大倉商会】
裏社会に根を張る非合法組織。
主に兵器類の生産・売買を行い、悪魔や魔術などの神秘にも精通する多角的事業展開で全世界規模にまで急成長した新興組織。
裏社会に属する者たちの例に漏れず、攻撃的な体制で知られ敵対した者や邪魔者には容赦なく自社製品たる『生体兵器』を嗾けることもある。
直近では『伝説の黄金』を欲して『とある旧家』に戦争を仕掛け壊滅状態に追いやっている。

現会長たる『大倉竜厳』は野心家・武闘派として知られ、チンピラ時代に鍛えた徒手空拳、商会の前身組織で鍛えた射撃技能、そして悪魔と繋がりを持ったことから手に入れたサマナーとしての技能を高レベルで習得しており非常に高い戦闘能力を有する。
また、同じ業界で二大巨頭として恐れられている『アレクサンドラ・コーポレーション』のCEOとも懇意にしており、互いの目的のために『ホムンクルス技術』を提供したこともある。


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陰の者・三

平日レイドやめよう?










ーー都内某所。

 

永田町に位置する建物。表向きは“政府機関”とされながらも実態は“軍事施設”に相当する、限りなく“グレー”な建造物。

 

『現防衛大臣』が秘密裏に保有する“研究機関”でもあるこの場所は現在、混乱の只中にあった。

 

 

「第五区画閉鎖……間に合いません!」

 

「鎮圧部隊、第二から第六まで反応消失!」

 

「対悪魔用迎撃機構、全て突破されました!」

 

「ぬぅ……」

 

施設最奥にある中枢部、無数のモニターと機材が立ち並ぶ司令室にて責任者たる男は呻いた。

口々に最悪の情報を告げてくる通信士たちに耳を貸さずとも、モニターに表示される『情報』だけで戦況が圧倒的に不利なのは理解できた。

 

そして、モニターの幾つかに映る“異形の姿をした人型”を見て忌々しげに舌打ちした。

 

「“あの兵器”……まさか本当に見つけてくるとは」

 

男の脳裏に浮かぶのは、彼の上司がかつて“政界から追放”した前防衛大臣の姿。

風の噂で、今も“生き残り”上司へと復讐を果たそうとしているのは知っていた。その道具として、かつて『帝国』が生み出した『兵器』を探しているということも。

 

だが、戦後の混乱で“消失”したと聞いていた兵器をまさか本当に見つけるとは思っていなかった。

 

とはいえ、目の前でその噂通りの強さを見せつける兵器を見せられては信じるより他にない。

 

「っ、ともかく“大國(おおくに)大臣”に報告を急げ!」

 

激しい混乱と動揺に苛まれながらも男は努めて冷静にあろうとしていた。

大國大臣の部下として活躍して早二十年、若手ながら優れた手腕と才覚を以って政界に食い込む大國には敬意と称賛を抱いている。

たとえ年下だろうと決して侮ることはないしその決断には常に理解を示してきた。

彼ならば“この国を任せられる”。

 

ゆえにこそ男は迷わなかった。

 

「対悪魔部隊は全員撤退させよ! アレはまだ失ってはならない、必ずや大臣のもとへとお届けするのだ!」

 

「そ、それでは施設の防衛が……!」

 

狼狽る通信士に男は一喝した。

 

「この施設は放棄する!! 故に部隊は撤退させ次第お前たちも退避せよ!」

 

「は、はいぃぃ!」

 

現代人らしからぬ気迫を見せた男に、通信士たちは慌てて部屋を飛び出した。

当然、機材やモニター、通信機器などもほっぽり出して。

 

我先にと逃げ出す通信士たちの姿に苛立ちながらも、彼らが放り出した通信機を手に取り、施設内へと展開する全部隊へとチャンネルを合わせた。

 

「全員撤退せよ! 合流地点は『新本部』だ、急げ!!」

 

『っ、了解!!』

 

男の鬼気迫る声音に一瞬息を呑みながらも、ほぼ全員が了承の意を伝え通信を切った。

ところが、その中の一つ。まだ若手の隊員の通信機から怒声が響いた。

 

『できません! そんなことをして、施設の防衛はどうするんですか!?』

 

「施設は放棄する! 既に必要最低限のデータは“大臣”に送信済みだ、それよりも君たち……対悪魔のエキスパートである君たちを失うことの方が痛手となる」

 

『所長……』

 

「故に、行け! ……“御国”の未来、頼んだぞ!!」

 

覚悟を決めた男の言葉に、若手隊員は涙を呑んで答えた。

 

 

ーーその直後、司令室の扉が細切れ状態で吹き飛んだ。

 

凄まじい爆音となって響いた破壊音に男は機材全ての“データ”の抹消と“電源”を落としてゆっくりと振り向いた。

 

破壊された扉のあった場所に佇む“異形の姿”を視界に収める。

 

「来たか……」

 

圧倒的な威風と“MAG”を放って佇む悪魔を前に、しかし男には対抗する術がなかった。

当然だ、政治家として卓上の戦いしか経験したことがない彼にいきなり高位悪魔と戦えという方が無茶な話。

 

だが、この施設の責任者として。“この悪魔”が狙うのは自分であると理解していた。

 

 

「……」

 

“自ら”を前に、動じることなく堂々と立つ男に“異形”は少しだけ驚いた。だがすぐに、“憎しみ”を込めた声を発する。

 

「……貴様も()()()()の犬だな?」

 

異形の姿でありながら、ハッキリと人間の言葉を発する悪魔に男は驚いた。しかし同時に、その内容が身に覚えないことにも動揺した。

 

「た、タマガミ……?」

 

「人間だろうが悪魔だろうが、誇りと憂いを売っちまった輩は斬る」

 

濃密な殺気を放つ悪魔へ、男は誤解を解くべく声を発した。

 

「待て、私たちは大國大臣のーー」

 

ーーしかし、男を完全に“敵”と認識していた悪魔に声は届かず。疾風の如き速さで見舞われた一太刀のもと、男は()()()()に斬り裂かれ床に倒れた。

サマナーでも、魔術師でもない男がそのような状態になって生き残れるはずもなく。痛みを感じる暇もなく絶命した。

 

 

一方、逆手に持った小太刀に付着する血液を払った悪魔は、怒りに身を震わせながら誰にともなく呟いた。

 

「先にあの世へ逝って待ってな、すぐにタマガミと対面させてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       

 

 

 

 

 

 

 

「東京……でござるか?」

 

御盆からテーブルへとグラスを置いたチヨメちゃんは不思議そうに答えた。

 

俺はグラスを満たすギンギンに冷えた麦茶を一口、喉へ流し込んでから口を開く。

 

「ああ、現在の日本では首都……まあ都にあたる場所だ」

 

「み、都にござるか……そんな場所に拙者のような忍びを連れて行くなど。いや、だからこそ危険もあり得るということでござるか?」

 

真剣な表情で応える彼女に苦笑する。

 

「まあ、あながち間違いでもないけど……」

 

色んな意味で“危険”なのは語るまでもないことだ、が今回は観光ではなく協会を通した正式な依頼。久方ぶりとなる協会本部直々のご依頼なのだ。

 

「ここんところ無駄な出費が多かったからな、ここらでデカイ仕事もやっておかないと」

 

涅槃台絡みの事件から始まり、自宅の修繕とか冬木の調査とか。

冷静に計算するとバカにできない数字となった。

老後の隠居生活を考えると蓄えは多い越したことはない。

 

故に、メールで送られてきた依頼に二つ返事で了承した。

 

 

 

 

協会直々の依頼、内容は主に都内各所の“良くない場所”の調査及び悪魔の掃討である。最近、大人しくしていた悪魔たちが活発化し、新たな悪魔の出現も確認されたためにこの依頼が出されたのだとか。

 

以前、吸血鬼の依頼を探していた際に見かけた『新宿御苑』の戦い。あの大天使討伐云々とかいうヤバイ依頼の話だ。

協会によると、この戦いは御苑に形成された『異界』で行われたらしいのだが。結果として両者痛み分けに終わったという。

戦いの際には先述の依頼を受諾した『十六代目葛葉ライドウ』が奮戦し、天使・悪魔双方の軍勢に甚大な被害を与えたことが終結の要因となったらしい。……いや、マジで“コイツ”の活躍は凄まじかったらしく、天使側では『大天使ハニエル』、悪魔側ではなんと『魔王アリオク』を討伐したという。あの『肉団戦車(ガチ)』を討ち滅ぼすなど、俺にはとても考えつかない偉業である。

 

……が、その結果として。悪魔同士の激しい衝突に影響された周辺地域の悪魔たちが活発化してしまったというのが真相だ。

まったく傍迷惑な話だが奴らはだいたい、世界のどっかで小競り合いを繰り返しているので今更な話でもある。

 

 

 

ともかく。

 

そのような事情で発生した面倒な仕事ではあるが、協会直々ということもあって報酬は申し分ない。協会職員から話を聞いた限りではさしたる脅威もないようなので引き受けたわけだ。

 

 

俺はもう一度グラスを傾け一息ついてから話を続ける。

 

「ウシワカの方はまだ半分ほど依頼が残ってるらしくてな、東京にはイヌガミとチヨメちゃんを連れて行こうと思う」

 

どうせ出てくるのは木っ端な亡霊どもか小粒ばかりだろうし、今日までのデータ収集でチヨメちゃんならば中級くらいの悪魔にも立ち向かえると判断できた。

ちなみにクダは、生意気にも休暇延長の申請をしてきたので今日も留守である。

……小耳に挟んだ噂では、友達のもとに入り浸ってなにやらコソコソと“秘密の特訓”とやらを行っているらしいが。

 

正直、興味ないのでスルーした。まあ、大方新しい“8◯1本”にでも熱中しているのだろう。最近は“おっきー”なる趣味友達も出来たらしいし、鎌倉で無茶をさせた分ここらで存分にリフレッシュしてくれると俺も嬉しい。

 

「承知にござる。お館様の主命とあらばこのチヨメ、身を粉にし全力を尽くす所存」

 

御盆を傍に抱え膝をつくチヨメちゃん。

……もはやこの行動にも慣れてしまっている節がある。別に不都合はないしな。

 

「とはいえ、出発は明日だ。今日はゆっくり過ごして明日に備えよう」

 

「はっ」

 

「……そこで、だ」

 

キビキビ応えるチヨメちゃんの肩をポン、と叩く。

そこで何かを察したイヌガミがソファからガバッと起き上がった。

 

「オイ主、マサカ……」

 

僅かに震えながら、無駄に真剣な顔で問いかけてくる彼に笑みを返す。

 

「そのまさかだ」

 

そして俺はーー

 

 

 

ーーーー背中に隠していた一升瓶を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩。

 

俺たちはリビングにて酒宴を開いていた。

 

「アオォォォン! コノ酒美味イナ!! ドコデ買ッテキタンダ?」

 

盃を両手に持ちながら興奮気味に声をかけてくるイヌガミ。彼は俺と違って日本酒好きなのだ。

 

「八角酒店ってとこだな。前は天海市に店を構えていたらしいんだが、最近、こっちの方に引っ越したらしい」

 

「八角……覚エタゾ」

 

今度の休みに買いに行こう、とせびる彼を宥めながら俺も缶ビールを呷った。

 

現在時刻午後八時二十分。すでに宴を開始してから二時間ほどが経過しているが、俺もイヌガミもまだまだ物足りない。

目の前のテーブルには、俺が密かに買い溜めていたおつまみ類各種と。チヨメちゃんが即興で作ってくれたつまみ類が並ぶ。

冷蔵庫にあった余り物を上手く活用した手料理に思わず感心した。

 

「さすがチヨメちゃんだな!」

 

「喜んでいただけたようでなにより、でござる」

 

酒を片手に騒ぐ俺とイヌガミに対して、チヨメちゃんは粛々と給仕の役に徹していた。

若干酔いの入った俺の言葉に、チヨメちゃんは微笑を浮かべてせっせと空き皿の片付けを行う。

 

「ふーむ」

 

そんな彼女の姿をしばらく観察する。

 

服装はいつもの、俺が貸し与えた青いダボTであるが。……良く見てみると()()()()()()()()()()()()()()に気がついた。

 

「ちょっと。ちょっと待って?」

 

「? 如何なされた?」

 

皿を重ねてキッチンに向かおうとする彼女を慌てて引き留めた。

……俺の予想が正しければ、彼女は現在進行形でけしからん服装をしていることになるからだ。

 

「いやまさかとは思うんだけどね? ……下、なんか履いてる?」

 

「? え、と。下着は身につけてござるが、それがどうかされたでござるか?」

 

「下着」

 

「はい」

 

あっけらかんと応える彼女に、思わずオウム返ししてしまう。

下着、下着と来たかぁ……やっぱ痴女じゃねぇか!

 

自宅とはいえ、あまりにもあんまりな服装に俺はため息をこぼしつつ衣装棚へと向かう。

家に幾つかある棚の中でも“ヤツの忘れ物”をぶち込んである棚である。

その中をゴソゴソと漁って、サイズの合いそうなズボンを探す。

 

 

「お館様?」

 

そして、探し当てた短パンを無言でチヨメちゃんに手渡した。

 

「これ、履いて」

 

「なにゆえーー」

 

「履いて!!!?」

 

「は、はい!?」

 

有無を言わせない俺の声に、チヨメちゃんは慌てて短パンを履いてくれた。……これで一安心である。

まったく、ウシワカが居ないからと完全に油断していた。

ウチにはもう一人、痴女属性な子がいらっしゃったわけだ。

“大惨事”を引き起こす前に気がついて良かった。

 

「お館様、なにゆえこのようなお召し物を拙者に……」

 

真面目に訳がわからない、といった様子のチヨメちゃんを見る限りあまり羞恥心的なものが育まれていないことを悟った(偏見

ゆえに、早々に説得は諦める。なにせウシワカの時に撃沈済みだからね!

言っても聞かないウシワカは、さすが義経と言うべきか(?)。

 

別に、仲魔に欲情するほど性に飢えているわけではないが。この年になると、さすがに若い(見た目の)娘がけしからん衣装をしているのを見るのは“痛ましく”感じてしまうのだ。

心苦しいとも言う。

 

「冷えたら大変だからね」

 

「拙者、この程度では体調は崩さないでござるが……悪魔だし」

 

方便に決まってんだろ、察しろよオラァ!?

……と言ってしまうとパワハラになってしまいそうなのでぐっと堪える。

そうしてチヨメちゃんを連れて宴の席へと静かに戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在時刻午後十一時半。

俺たちは相変わらず宴を続けていた。

まだまだ宴は始まったばかりである()。

 

「ーーソレデナ? 我ハ言ッテヤッタ訳ダ。

 

『ソノ様ナ覚悟デ、我ガ前ニ現レタノカ!!』トナ」

 

「うんうん」

 

午後九時を過ぎたあたりでイヌガミのスイッチが入ってしまった。

親父特有の武勇伝&長話である。

今は彼が『飢怨権現』だった頃に彼のもとにやって来た未熟者の修験者を相手にしたときの話を聞いている。ちなみにこれで五回目だ。

 

「ソウシタラナ? ドウイウ訳カ、其奴、逆ギレシテキテナ。

 

『お前なんか数百年ボッチだろ!』ト宣イオッタ」

 

「うんうん」

 

「コレニハ我モ“ブチッ”トキテシマッテナ。頭ニキタカラ、其奴ヲ頭カラ“ガブッ”ト喰ラッテヤッタノヨ。……ワッハッハッハ!!」

 

「へー」

 

突然笑い出した彼についていけず。とりあえず返事だけはしておいた。いや今のどこが笑いどころだったんだ……?

 

……というかそんなバイオレンスな話されても反応に困るんだが。

ちなみに血生臭い話はこれで十個目である。さっきは、説法に来た僧侶を『何言ってんだコイツ?』みたいなノリで食い殺した話を聞かされた。……そのとりあえず食い殺す癖やめよう?

 

……っていうかコイツも僧侶殺してたのか! 仕方ないからオサキに掛けたのと同じ『テトラジャ』を掛けておこう。

 

 

その後も同じくバイオレンスな話を延々と、しかも何度も繰り返す彼に付き合いつつ、時間だけが過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在時刻。午前零時十分。

散々長話をしていて疲れたのか、イヌガミは突然コテリと横になってそのままイビキをかきはじめてしまった。

 

「……ようやく寝たか」

 

ソファの上で丸まりながらスヤスヤと眠るイヌガミを見て呟く。

……しかし、その寝顔は中々に可愛らしくて。思わずそっと俺のコートをかけてしまった。

 

「お館様」

 

そこへ、おかわりの缶ビール群を携えたチヨメちゃんが声をかけてくる。

 

ふと、テーブルに目を向ければつまみの類は粗方完食しており。残っているのは俺が買ってきた柿ピーだけだった。

そこで、ふと、重大な失態に気がついた。

 

「チヨメちゃん、呑んでないじゃん……」

 

俺たち二人だけ盛り上がって、今の今までせっせと働いてくれていたチヨメちゃんのことをすっかり忘れてしまっていた。

これではサマナー失格(?)である……

 

俺は空の皿を片付けているチヨメちゃんに声をかけた。

 

「チヨメちゃん」

 

「はい、なんでござるか?」

 

「吞もう」

 

俺は手にした缶ビールを掲げて告げる。

 

「はい?」

 

こてん、と首を傾げるチヨメちゃんに再度告げる。

 

「吞もう」

 

「い、いえ、拙者はお館様の(しもべ)なれば。酒宴の席を共にするなど……」

 

うーん。

すでに百回以上は聞いた様なセリフだ。

 

「構わん。……あ、それともお酒苦手? だったら別にいいけど」

 

「そういうわけでも……これでも巫女でありました故、それに忍びとしての任務でも酒を嗜む機会は相応に」

 

「なら問題ないな!」

 

俺は彼女が手に持つ皿をそっとテーブルに戻して肩に手を回した。

 

「何飲む? やっぱ日本酒?」

 

「そ、そんな、恐れ多い……」

 

「無礼講だから! 明日からまた面倒くさい仕事しなきゃならないんだから今日ぐらい楽しもうよ!」

 

前にも言ったが俺はデスクワークとかそういう類の仕事はぶっちゃけ苦手なのだ。無論、出来ないこともないが。

正直、直接赴いて悪魔を叩き斬るという“現役時代の癖”が抜けきらない。……もうそんな力も無いのにな。

 

「あーダメダメ、辛気臭くなる。楽しいこと考えよう!」

 

「お、お館様……随分と酒が回っておられるご様子で」

 

苦笑いするチヨメちゃんの顔にぐいっと近づく。

 

「ひゃぃ!? お、お館様?」

 

何故か変な声を上げた彼女をジッと見つめて……破顔した。

 

「可愛いね」

 

「は……?」

 

きょとん、とした彼女を連れてソファに腰掛けそのまま彼女の前に残った酒を並べた。

 

「さぁさ、どれでも好きなの選んでね!」

 

「は、はぁ……では、お言葉に甘えて」

 

有無を言わさずゴリ押しする俺に観念したのか、おずおずと酒を選び始めるチヨメちゃん。

しかし、遠慮してるのか何なのか一向に決められない。

 

「日本酒もいいけど、ビールも割とハマるよ?」

 

「で、では、その……お館様と同じものを」

 

「よしきた!」

 

なぜかハイテンションで返事をしてしまった。自分でもなんでそんな声が出たのか分からないが。

まあ、別にいいか()。

 

俺は並べられたビール群の中から“の◯ごし”を一缶取り、彼女の前に置いた。

 

「はいどうぞ」

 

「有り難く。……え、とこれは……」

 

缶ビールを前におどおどしたような様子を見せる彼女を訝しむ。……うむ、このまま眺めてるのもいいか。

 

「……じゃなくて。そうね、開け方分かんないよね」

 

ネットですぐに知識を得てくるウシワカの所為ですっかり忘れていたが、彼女は戦国時代の人間だった。……いや、英傑という悪魔なのだから他のサマナーに召喚されたこともあるはずだが……?

或いは前召喚の知識とかは反映されないとかそういう“仕組み”なのかもしれない。……ぶっちゃけ、今はそんなこと“どうでもいい”けど。

 

ともかく、プルトップの開け方を数百年前の人間に知っておけというのは無茶な話である。

なのでさっさと缶を開けてやった。

 

「な、なるほどそのように……」

 

感心したようにマジマジと見つめる彼女はやはり真面目なのだろうと思った。そこが無性にいじらしく可愛らしく感じる。

 

「はい、そんじゃかんぱーい!」

 

彼女に開けた缶ビールを持たせた俺は、自らのビールを持ち上げて彼女の缶に近づける。

 

「か、かんぱーい」

 

イヌガミとのやり取りを見て覚えたのだろう、こつん、と缶をぶつけてきたチヨメちゃん。

俺はすぐに口元に缶を運んでゴクゴクとビールを喉に流し込んだ。

 

「……」

 

それを傍でジッと見ていた彼女も、遅れて両手に持った缶ビールをぐいっと呑んだ。

 

「……ぷはっ! こ、これはなかなか……!」

 

僅かに驚いた顔で感嘆の声を出す彼女。どうやらお気に召したようでなにより。

 

「でしょ? まあ、とりあえず今日は無礼講だから。なんも気にせず気ままに呑んじゃってよ」

 

俺も好きに呑むし。正直、これまでイヌガミの対応で全然呑めていなかったのでここからが本番である。

 

「し、承知」

 

「あーなしなし、今日は堅苦しいの禁止ぃー」

 

「お、お館様? やはり随分と性格が……」

 

なんかチヨメちゃんが言ってるけど、とにかくお酒だ。

 

 

 

 

 

 

 

ーー現在時刻、午前零時四十分。

 

 

「えー! チヨメちゃんってば巫女さんだったの!?」

 

「はい、忍術に加えて巫術も身につけてござる」

 

若干ドヤ顔の彼女を見て、もう一度わざとらしく驚いてみる。

 

「えー!! チヨメちゃんってばハイスペック過ぎ……?」

 

「むふー! まあ拙者はこれでも歩き巫女を束ねた頭領でござるし? そのくらいは出来て当然でござるな」

 

二缶ほどビールを飲み干したところで、チヨメちゃんのキャラが変わった。……いや、俺も最初すごいびっくりしたんだけど。

 

この娘、かなり天然(アホ)である。いや褒めてるよ、褒めてる。

 

 

だが、ちょっと揶揄うだけで良い反応を返してくれるので、これはこれでなかなか面白い。

 

「巫術、忍術も出来ちゃうのに。おまけにこんなに可愛いなんて! チヨメちゃんサイコー!!」

 

「これは、お館様も拙者の魅力に“ぞっこん”になってしまったでござるか? いやぁ、可愛過ぎて申し訳ござらん」

 

デレデレのトロトロなお顔で破顔するチヨメちゃん。……流石にちょっと引くレベルで人格変わってませんか?

若干、酔いが醒めそうである。

だが、やはり面白い反応をしてくれる彼女に俺も止まらない。

 

「よっ、望月千代女! 戦国一のくノ一!」

 

「や、やめるでござるよ〜……戦国一は言・い・過・ぎ❤︎」

 

これである。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー現在時刻、午前二時半。

 

「ござる、ござるよオロチでござる〜♪」

 

くねくねと腰をひねりながら熱唱するチヨメさん。ぶっちゃけ何の歌を歌ってるのかは分からないが可愛い。

 

「可愛い! さすがチヨメさん、さすヨメ!」

 

「そ、その略し方はちょっと照れるでござる……」

 

照れ顔も可愛い!!

……ところで何か忘れているような気がするが、気のせいだろう。たぶん、きっと、メイビー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー現在時刻、午前三時半。

 

「正義の心を、パイ◯ダー……オン!!」

 

「きゃー! お館様ー!!」

 

「マ◯ンガー……Z(ゼェェェット)!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー現在時刻、午前四時半。

 

「チヨちゃんさ〜」

 

「なんでござる〜?」

 

「生前さぁ、くノ一って……マジ?」

 

「はいでござる」

 

「エッッッッロ!!!! エロ過ぎだろチヨちゃん……でもやっぱ可愛い」

 

「それさっきも聞いたでござる〜」

 

「ウケる〜w」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーピピピ……!

 

けたたましい音が耳に入る。いや、これはアラームの音か……よく耳を澄ませてみると、外から小鳥の可愛らしい鳴き声が聞こえて来る。

 

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

「っ!!!!」

 

嫌な予感がしたときの俺の反応は速かった。全盛期に負けずとも劣らずな反応速度で起き上がり、アラーム音が聞こえた方へと手を伸ばす。

そして、指に触れた硬い感触を確かめる間もなく引っ掴み面前まで持ってきた。

 

『現在時刻、午前七時半』

 

その表示を見たときの俺の絶望は、誰にも推し量ることは叶わないだろう。

 

「…………やばい、寝坊した」

 

 

 





アトランティスのチヨちゃんは正直、困惑しました。
でも、そんな君もすこだ…










……そしてやっぱり鴨ちゃんすこだ!!!!(イベ本編の謎の大物感


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東京・一

遅れて相済まぬ……
全てはテラリアと真Ⅲってやつの仕業なんだ。



日本の首都、東京。

 

経済の中心、政治の中心として日本国で最も注目される重要な都市である。歴史的に見てもこの地は過去幾つもの重要な転換点の主要舞台として登場し、同時に幾つもの“災厄”にも見舞われてきた。

それは史実・フィクションを問わずしてこの地を“重要視”している証拠である。

 

無論のこと、表の歴史に残らない“神秘的な事件”も数え切れないほど発生しておりその度に“人類の中から素養ある者”が立ち上がり事を収めてきた。

サマナー界隈で最も有名なのは、言わずと知れた『大正から昭和にかけて最強』を誇った『十四代目葛葉ライドウ』と。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

このうち『少年』の方は()()()()()()()()ではあるが、面識のある者として言わせてもらうならアレを人類とカテゴリしていいのか純粋に疑問を覚えるところだ。

だって古の神々を腕力だけで叩き潰すって、どこのクレ◯トスだよって話。特に神の加護とか受けてないあたり筋金入りである、

 

 

……話が逸れた。

 

ともかく、東京という都市はサマナーや悪魔たちにとっても非常に縁深い場所ということである。そうなると当然、現在でも様々な思想・思惑の“人間”や“悪魔”がひしめき合っているわけで。

 

俺も相応の準備を整えて行かなければ、不慮の事故的なアレで遭遇した高位悪魔に瞬殺される可能性も有り得なくはない。

 

 

 

 

なのだがーー

 

 

 

 

 

 

「相変わらず新宿ダンジョンは田舎者には厳しいな」

 

駅の出入り口から屋外に移動しながら呟く。

眼前にはザ・都会といった様子で大勢の人々が行き交い、それを見下ろすようにして背の高いビル群が聳え立っている。

何度見ても見慣れない、都会独特の威圧感のようなものを感じる。

 

「お、お館様……拙者、まだ気持ち悪いのでござるが……」

 

傍らで青い顔をして口元を押さえているチヨメちゃんが、か細い声で告げる。

その様に苦笑しながらも小さな背中をさする。

ちなみに今日は、先日の反省から俺の方で白いワンピースを用意してあげたのでもちろん痴女スタイルではない。

……え? 不測の事態に動き辛いって?

 

本来、不測の事態とか早々起きないから!

 

「きついならもう一回トイレ行くか?」

 

「い、いえ……これ以上、お館様のお側を離れるわけには。で、ですがその、もう一杯お水をいただけると」

 

「はいよ」

 

俺は自宅から持参していた水筒を鞄から取り出して彼女に渡す。ちなみに彼女の分はすでに飲み干していらっしゃるのでこれは俺の分である。

 

「かたじけない…」

 

律儀に頭を下げてからぐいっと水を呷るチヨメちゃん。

 

なぜこんなにも気分が悪そうなのかと言えば、まあ、端的に乗り物酔いである。

 

夕凪から新宿まで片道一時間超をひたすら電車に揺られるのだから、耐性の無い者にはキツイものがあったのだろう。かく云う俺も最初の頃は毎回酔っていた。

それと、やはり“昨日の酒”が主要因と考えられる。

 

 

 

 

――ここで、今回の東京行きのメンバーが俺とチヨメちゃんのみとなっている現状について説明しておかねばなるまい。

 

 

 

 

アラームの音で目を覚ました後。

俺は大急ぎでチヨメちゃんとイヌガミを叩き起こして身支度を整えた。

 

その際、チヨメちゃんが顔面蒼白で慌てるという貴重な光景を拝見することが出来たりもしたが。

問題だったのはイヌガミの方である。

 

『我、気分悪イ……』

 

その一言を発した直後に滝のように内容物をぶち撒けたのだ。まるでマーライオンの如き有様に軽く目眩を覚えた。後からCOMPのステータス画面を確認して、彼にしっかりと“バッドステータス表記”が成されているのを見て更にげんなりした。

特殊な酒気による身体能力及び精神的な疲労、つまりは二日酔いだ。それも人間のものとは異なる“悪魔特有の二日酔い”。

 

真っ先に思い当たるのは、やはり、“悪魔にも効果抜群な酒で有名な八角酒店”。

あそこの酒は悪魔に評判が良く、俺も“悪魔へ送る粗品”として頻繁に購入している。……しかしどういう訳か、“悪魔の性格すらも変貌させてしまう”ヤバイ酒がゴロゴロしているのだ。

無論、性格を変えるだけにとどまらないレベルの酒も中には存在しているわけで。

おそらく、イヌガミが呑んでしまったのもその類の酒なのだろう。

 

そうなると困ったことになる。

 

この二日酔いは先述の通り、普通ではないために対処にも人間とは異なる手段を用いることになる。分かりやすい例を挙げるならばやはり“霊薬”の類だ。

だが、厄介なことにパトラストーンやメパトラストーンといったバッドステータスに有効なアイテムの悉くがこの二日酔いには効かない。外敵からの直接的な攻撃ではなく、あくまで“自ら摂取した”という点がネックになっているのだろうが。

 

さすがにアムリタ辺りなら普通に治療できることはできる、しかし二日酔い如きに、まさか貴重なアムリタを消費する訳にもいかない。

 

 

その他諸々を加味した俺は仕方なく、イヌガミを留守番としチヨメちゃんと二人で出ることにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新宿駅東口から北へと歩くこと数分。大通りに面したビルに店舗を構えるカフェが“待ち合わせ”の場所となる。

相手は此度の依頼の“総指揮”を任されているサマナー。

実を言うと今回の依頼、俺以外にも複数のサマナーに向けて要請が出ていた。当たり前だ、東京という広大かつ複雑な場所の“掃除”ともなれば一人では到底手に負えない。

 

よって、協会と縁深く指揮能力に長けた人物が総指揮を務め、実働部隊として依頼を受けた他サマナーたちが現地に赴き対処。結果含めた報告を指揮官が纏めて協会に報告するのが流れとなる。

 

 

「お館様……此度の失態、弁解の余地もござらぬ。どうか拙者に罰をーー」

 

ビルのエレベーターに乗りながら、泣きそうな顔で述べてくる千代女ちゃんを見る。このセリフ、すでに十回は聞いている。さすがの俺もうんざりしてきた。

確かに寝坊したのは事実だが、これは彼女の雇用主たる俺の責任である。そもそもの話、酒の席に誘ったのは俺だ。

 

「もう何度も言ってるけど気にしないでいいから。それに時間だって伝えてなかったでしょ?」

 

「うぅ……しかし」

 

どこか納得がいかないような、申し訳ないような。要するに悲しみの表情を浮かべた千代女ちゃんはウジウジとしていた。

……生真面目過ぎるのも考えものだな。

 

とはいえ、あんまりストレスを与え過ぎるのも良くない。そうなるとどこかで適当な罰を与えて安心させてやった方がいいだろう。

 

が、しかし。

 

今は待ち合わせ時間に遅れたことへの対処、此度の“司令官様”への対処が最優先である。

もちろん、起床直後に“彼女”には連絡を入れたのだが。

その際ーー

 

『ほう……随分と気楽なことだな奧山秀雄。良いだろう、ならば望み通り貴様には最も多く仕事を割り振ってやろう』

 

と、静かなお叱りを受けてしまった。

率直に今、俺は戦々恐々としている。思わず、千代女ちゃんへの対応が雑になるくらいに。

 

とはいえ、やってしまったことはもう取り返せない。

エレベーターも目的の階層に着いてしまったため、俺は脳内に木霊するほど心臓を鳴らしながら“彼女”を探す。

 

と。

 

 

「こっちだ」

 

低く、それでいて綺麗な女性の声が聞こえてきた。

間違えるはずもない、この声の主こそ司令官様である。

 

俺はギギギ、と音が鳴りそうなほど重たい動きで首を動かし音源へと視線を向けた。

 

 

「一時間半の遅延だ。……さて、この損害はどう埋め合わせてもらおうか」

 

短く整えられた藍色の髪、“ジプスの制服”を纏いスラリと伸びたおみ足を優雅に組んで静かにソファに腰掛ける女性が、鋭い双眸を俺に向けていた。

 

「ーーーー」

 

思わず息を呑む、目が、目が笑っていなかったから。

俺は震える両足を無理やり奮い立たせゆっくりと対面席に移動。痔を庇うような緩慢さで腰掛けた。

 

「ち、千代女ちゃんも……す、座ろ?」

 

「え……あ、はい」

 

おそらく俺が顔面蒼白になっていることに戸惑ったのだろう。俺を訝しげに見つめながらも素直に着席した。

 

 

「さて」

 

続けて、対面から発せられた声にびくりと肩が震えた。

 

「どうした? そう怯えることもない、なにせお前が望んだ楽しいお仕事の話をしようとしているのだから」

 

「どど、ど、どうか……御慈悲を」

 

自分でも制御できないくらいに高速で目を泳がせながら返答する。

 

「んん? 慈悲? 何を言っているんだお前は。慈悲なら与えるつもりだぞ、他の部隊の()()()()()という形でな」

 

「ひぇ……!」

 

努めて平静ながらも力強い語気で述べられた最後の一文に、俺は言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーそれから数分。

 

見たことないほどにお怒りな“彼女”に対し、完全に戦意喪失した俺は震えるだけの小鹿となっていた。

俺にとって今の彼女は閻魔にも等しい。

 

そんな折ーー

 

「……はぁ。分かった、十分反省しているのは分かったからとにかく顔を上げろヒデオ」

 

「は、はぃ……」

 

深い溜息と共に怒気の消えた声で彼女は告げた。

ゆっくりと顔を上げ今一度彼女の顔色を伺う。

 

そこにはすでに怒りを治め、口元に微笑を浮かべた彼女がいた。

 

「久しぶりだな、奧山秀雄」

 

「はい……お久しぶりです。

(さこ) 真琴(まこと)さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迫 真琴。

気象庁指定地磁気調査部、通称JP’s(ジプス)の局員たる女性だ。

 

まず、ジプスについてざっくりと説明すると。表向きは日本政府の災害対策室と位置づけられながらも、裏では古来より日本の『霊的守護』を担ってきた峰津院家が創設した()()()()()として活動する。

要するに、『葛葉』と似たようなものである。

葛葉と異なるのは、やはり“表向きの立場”を持っていることだろう。これによってより広く早く情報収集を行うことができ、尚且つ、それなりの権力を使って表の人間を動かすことができるのは立場の有無から来る相違点でありメリットだ。

 

当然、国家の霊的守護を担うにあたっては『國家機関』とも繋がりを持ち、実質的にはそこの下部組織という位置づけにある。葛葉とは同僚ということだ。

 

 

ではなぜ、國家機関寄りの組織が協会の依頼に協力しているのかと言うと。ずばり、五年前に起きた『悪魔事件』によって仲良くなったからである。

なんでも()()()()()()()()()()()()()()に関連した事件だったらしいが、俺はその事件に関わっていないので詳細は不明である。

ただ、その事件をきっかけにサマナーとなった者たちと後から知り合いになった関係で、彼女・マコトとも面識があった。

ちょうど『忌まわしきあの日』の直前にあたる頃であったために、俺も全盛期の力を振るって“後処理”を手伝ったりしたものだ。

 

 

まあ、何はともあれ。

此度の司令官が彼女という知り合いだったのは素直に安堵した。

見ず知らずの他人よりも知り合いの方が何かとやり易いのは事実だから。

 

 

「マコトさんも、その、おかわりないようで」

 

「ふ、なんだその口調は。前みたいに普通に話して構わんぞ」

 

「え。じ、じゃあ、もう怒ってない?」

 

「どちらかと言えばめちゃくちゃ怒ってるな」

 

やっぱ怒ってるじゃん……。

俺は緩みかけた気持ちを再び引き締める。

 

「そもそも社会人としてどうなんだ、という気持ちが湧いてこなくもないが…………その話は後にしよう。あまり叱り過ぎて落ち込まれても仕事に支障をきたすからな」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「早速仕事の話をしたい……のだが、その前に。そちらの少女を紹介してもらっても構わないか?

……こちらも任務の性質上、見ず知らずの余人に内容を伝えるわけにもいかないのでな」

 

そりゃそうだ、と彼女の言葉に頷く。

あくまで、都内の掃除程度の依頼なので秘匿性は低いものの。悪魔絡みの話を万が一にも一般人に教えるわけにはいかない。

現に俺たちの腰掛ける席にも簡易式の認識阻害結界が張られているのが確認できた。

 

 

「お館様。拙者も忍びなれば、おいそれと素性を明かすのは避けたいところなのでござるが」

 

ここで妙に忍びらしいセリフを言ってくる千代女ちゃん。

いつものダボTやら、家事に勤しむ姿に見慣れ過ぎて俺もすっかり忘れてたけど。

そういえば君、忍者だったね。

 

「彼女は信頼できる人だよ。少なくとも変に言いふらすような人じゃないから」

 

「そうだな、特に個人情報を漏洩するような愚行はしないと誓える。……ああ、先ずは私の方から自己紹介をするべきだった。失礼」

 

そう言って軽く咳払いをしたマコトは改めて自己紹介を始めた。

 

「ジプス東京支局霊地管理課課長、迫 真琴だ。

縁あって、今回は作戦の総指揮及び報告の処理一切を担当することになった」

 

これを受けて千代女ちゃんも観念したのか素直に名を名乗る。

 

「英傑モチヅキチヨメにござる。今は拙者を召喚なされたお館様を主と仰ぎ、誠心誠意お仕えしている身。何卒、よろしくお願いするでござる」

 

「英傑……なるほど、君は悪魔だったのか」

 

英傑という単語に僅かに目を見開き驚いたマコトは、すぐに真剣な顔で頷いた。

 

「然り。広義おいて悪魔と呼ばれし身ではござるが、忠義はお館様ただお一人に捧げております」

 

こちらも真剣な顔で、なかなか恥ずかしいことを言ってくれる。

君が忠義に厚いのはもう十分に分かってるから。

 

「しかし驚いたな……まさか英傑とやらをこの目で見られるとは。しかも君の仲魔、ということなのだろう?」

 

マコトも英傑に会うのは初めてだったらしい。

俺も、事前に知っていた使役者だけでも片手で数えるほどしかいない。

あの有名な『キョウジ』、天海市の事件で活躍した『ハッカー』、あとは『旧悪魔討伐隊の少年』くらいか。

 

「何はともあれ、今回の任務は共にあたることになる。

これからよろしく頼む」

 

「承知……いえ、こちらこそ。にござる」

 

自ら手を差し出し千代女ちゃんと握手をするマコトを見て、今度は俺が驚いた。

通常、サマナーに使役される仲魔といえども悪魔であることに変わりない存在に、サマナーたちは警戒心を持つ。

ゆえに自然と自己紹介などで時間を使ったりしないし、仲魔たちも自分を使役するサマナーにしか口を聞かなかったりする。ここら辺はまあ、個人差もあるが。総じてそのような事情にあるのは確かだ。

 

それはマコトも例外ではなかったはずだが。

 

 

そんな俺の疑問に気づいたのかマコトが声をかけてきた。

 

「わざわざこうして連れ歩いているのだ、君が信頼して大切にしている仲魔なんだろう? なら、挨拶くらいはしてもバチは当たらないだろう」

 

「っ! そ、そうなのでござるか、お館様?」

 

マコトの言葉を受けて、ちょっと嬉しそうな顔で慌てながら聞いてくる千代女ちゃん。

いや、別にそこまで考えていたわけではないのだが……。

 

言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。

 

 

ーー俺が仲魔たちに向ける感情は、たぶん、()()()()()()

正常な親がいなかった俺には()()()()()というのが分からないし理解できない。だからこそ何よりそういうモノに“憧れ”てしまっているのも確かだ。

現に、仲魔たちの全員に“愛しさ”を感じているし何より大切に思ってしまう。

 

彼女の推察は見事に的中していた。

 

 

「そう、だな。本人が望まない限りは、極力COMPには仕舞わないようにしてる」

 

だが、だからこそ俺にはその質問の答えが()()()()()

確かに俺自身は愛してる、と断言できる。しかしそれは果たして()()()()()()()()()()

 

ウシワカという『愛知らぬ娘』を召喚して、廃寺で“オサキの言葉に感化され”、千代女ちゃんという改めて“主従の在り方”を考えさせられる娘と出会った。

そのことで、俺は自らが外部に向ける『愛』について疑問を感じるようになっていた。

 

本当に、俺の愛は正しいのかと。

 

 

「…………私には、眩しいほどの『信頼の証』に見えたのだがな」

 

ふと、彼女の呟きが鼓膜を震わせた。

視線を向ければ諭すような優しい笑みのマコトが真っ直ぐに俺を見ている。

 

「私は、『五年前の事件』で自分の在り方を改めて考えさせられた。と同時に()と仲間たちの絆に尊いモノを感じた。たぶんに()の性格もあるのだろうが、少なくともその在り方によって私は変われた。

……それと同じような“眩しいモノ”を私は感じるよ」

 

「眩しいモノ……」

 

そうだ。そうだった。

廃寺の戦いで思い出したばかりだったではないか。

 

俺が“かつての仲魔”に抱いていたモノは確かに輝かしいモノだったのだと。他人に、何より自分に誇れるような“信頼”だったのだと。

 

ーーそれが()()()()()なったのはいつからだったか。

ーーおそらくは、()()()()()()()()に。

 

 

 

「……いや、すまない。それと、ありがとう。最近、色々と立て込んでいてな、ちょっとナイーブになってたんだ。忘れてくれ」

 

おそらくは俺の顔色から何かを察して助言してくれたのだろう。そのことにようやく気づいて慌てて弁解する。

これは『俺の問題』であり『俺が解決しなければならないこと』、マコトに手を掛けさせるわけにはいかない。

 

なにより。

 

「仕事の話をしよう。……いや、遅れた俺が促すのもおかしな話だが」

 

今回は仕事で来ている。

……もし、いつか相談したくなったらその時に改めて連絡しよう。

そう心に決めた俺は、再び気を引き締めて声をかけた。

 

「そうか…………そうだな、君も大人だ。今の私は少々お節介が過ぎたようだ。こちらも忘れてくれ」

 

少し心配そうな顔をした後、すぐに凛々しい表情に戻った彼女を見て俺も意識を切り替える。

 

 

「まずは詳しい任務内容から説明しよう」

 




【あとがき】
デビサバ2時空ではないので無の侵食云々は起きてません。が、ウサミミと愉快な仲間たちが悪魔と戦った事件は起きてる設定です。

その関係で色々と経験して成長してる三十路のマコトちゃんなのであった。霊地管理課とかいうのはオリジナル設定だよ!


……今気づいたけどこのss。20後半〜30代多すぎやしないですかねぇ。もっと十代を出したいけど、プロフィール確認すると大体成人しちゃってるメガテンキャラたち……。
苦肉の策でオリキャラ出すけど許してね!!(クソデカボイス


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東京・二

三年越しのリンボマン歓喜。セリフがクソ胡散臭くてワロタ。
ハハッ。


財布まで殺すリンボマン絶対許さない。(怨の一文字





――東京某所。

 

新宿にある“曰くつき”の中でも、御苑を除いて特大の霊場である『場所』。

閑静な雰囲気の“公園”の地下空間にて、とある男女が一つの部屋に留まっていた。

 

年代物のランタンに照らされた薄暗い空間は、石壁で囲まれており。奥の壁に磔のような形で鎖に手足を拘束された“少女”がいた。

 

 

「ブフォッww 無様な姿だなぁ、()()()

ぶひっ、ぶひひっww」

 

少女の目の前には一人の男。

丸々と太った体躯の頂上に乗っかった、刻み海苔のような黒い頭髪。

なにより、涎を垂らしながら舐め回すように少女を見つめる下卑た笑みは、人によってはトラウマになるかのような“醜悪さ”を有していた。

 

男は、肉によって視界の狭まった双眸を限界まで見開いて少女を凝視している。

 

鎖に繋がれた手足は所々に擦り傷が見受けられ、先の男の発言にある通り“創作物によく出るくノ一のような衣装”を纏った身体にも同様の負傷が多々点在する。

必然、纏う衣服は擦り切れ未成熟な柔肌を露出する。

それを舐めるように眺める男。

 

西洋の伝承に語られる魔術師のような紫色のローブを纏い、手に持つ金属製の杖を弄ぶ。

 

彼の名は豚皮(ぶたがわ) 豚ノ介(ぶたのすけ)

 

非道な振る舞いから察せられる通りダークサマナーに類するアウトローの一人である。

彼は、自らが『工房』とする地下空間へと不当に潜入してきた少女を捕らえ尋問にかけていた。

 

そう、ダークサマナーにして“魔術師”たるこの男は、前世紀に作られた地下空間を工房へと改造し“暗躍”を始めていた。

『御苑騒動』の折、この地に滞留していた“悪しき念”が活性化し悪魔が大量発生。一般人にも被害が出始めたことでサマナー協会はこの地を“作戦対象”に設定。

それと時を同じくして、豚ノ介もこの地の“念”を使って何事かを企み始めていた。

 

――これをいち早く察知したのは、先行して協会の掃討作戦に参加していた少女だった。

見た目通り“潜入任務”を得手とする彼女は、“年少故に侮られがち”なことを気にしており、手柄を挙げるべく単独で工房へと潜入。しかし、豚ノ介によって設置されたトラップに引っかかり――

 

結果、こうして見事に捕まってしまった。

 

 

 

「ぶひっ……その身に宿す“力”は確かに脅威だ。……が、それも“封じて”しまえば恐るるに足らん」

 

「ッ!」

 

杖を向けながら嘲笑する豚ノ介を少女は睨みつけた。

そんな彼女の手足を封じる鎖には、よく見れば“奇怪な文字列”が刻まれており、仮にも“サマナー”たる少女の膂力であっても引きちぎれぬ特殊な鎖であることを示している。

 

「ぶひひっw 凄んでみても今のお前はただの小娘……さぁて? どこからどうしてあげようか、ぶひっ!」

 

「……ッ!」

 

手をわきわきさせながら、じわじわ近寄る豚ノ介を前に。少女はただ悔しげな視線を送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――数時間前。

 

 

真琴から詳しい作戦内容を聞いたヒデオたちは、早速作戦エリアを巡って任務を開始していた。

 

 

「ぎゃぴぃ!?」

 

ズガン、と零距離から銃弾を喰らい頭部を四散させる餓鬼。急所を破壊された肉体は力を失いゆらゆらと揺れ動いてから地に倒れ伏す。

 

「ふぅ……これで三件目か」

 

役目を終えた愛銃を腰にぶら下げたホルスターへと仕舞いながらヒデオは息を吐いた。

そこから少し離れた位置ではチヨメが高速で動き回りながら苦無を振るい、三体ほどの餓鬼を瞬時に撃破していた。

 

 

「お館様、こちらも片付きましてございます」

 

「よーし、んじゃ残りのエリアもちゃっちゃと片付けちまうか」

 

シュパッ、と傍に侍るように着地したチヨメを見てヒデオも肩を回しながら歩を進める。

 

 

今回の依頼は、都内にて確認された“悪魔発生地域”の同時掃討作戦への参加である。

中でも都心たる二十三区を実働部隊に設定したサマナーそれぞれに割り当て速やかに該当地域の“浄化”を行うのが主な作戦内容となる。

 

今回このような作戦になった理由は諸々あるが、大きな要因としてはやはり、都内という“デリケートなエリア”で長い間悪魔を野放しにすることを懸念したからだろう。

東京という地には江戸時代、“天海僧正”が敷いた結界を始めとして多くの破邪結界が構築されているが。それに負けず劣らずして“災いの種”も多く存在している。

加えて、都内に潜んでいるであろう“高位悪魔”や“熟達したダークサマナー”たちその他多くの“暗躍するモノども”にむざむざと餌を与える事態にもなりかねない。

 

それでなくとも、“不浄”を放置すれば必ずや“災厄”を招く結果となるのはこれまでの歴史の中でも明らかである。

 

故にこそ協会は現在の“悪魔活性化”という事態を重く見て早急な対処を決定した。

 

 

当然、同じ区内であってもエリアが広大であれば複数のサマナーを割り当てる必要もあり今回の作戦はかなり大規模なものとなった。

ヒデオたちの担当する新宿区もまた大きな区画であり、同地に配置されたサマナーもまたヒデオだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

――作戦エリアの一つであった異界化された廃ビルを出てヒデオたちは次のエリアへと向かう。

 

既に三つのエリアの掃討を完了し、同時に依頼されていたエリアの調査も済ませてある。この廃ビルを含めればもう四つ目だ。

 

割り当てられたエリアを巡り、その地に群れる悪魔を掃討、のちに同地の霊的データをCOMPで記録し司令官に提出する。

それが主な任務の流れであり、廃ビルを出て街路を歩むヒデオも記録したデータの整理をガントレットにて進めていた。

 

「お館様」

 

――ピコピコとタッチパネルの画面を操作するヒデオへと傍を歩むチヨメが声をかけた。

……ちなみに、今の服装はヒデオが用意した白ワンピではあるのだが。右眼には黒い眼帯がしっかりと装着されており、眼帯白ワンピという奇抜な見た目と化していた。

しかし、この眼帯についてはヒデオのお願いにも頑として外すことを拒否しており、ヒデオも無理強いを好まずまた認識阻害の術を使うつもりであったことからそこまで言及することはなかった。

 

 

 

 

「どうした?」

 

視線を向けることなくガントレットを操作しながら返答する。

そんな俺へと静かに近づきながらチヨメは小声で告げてきた。

 

「……()けられております」

 

マジか……一応、俺でも敵意くらいなら感じ取れたりするんだけど全く気づかなかったわ。

尾行者に気付かれないようガントレットの操作を続けながら、こちらも小声で問いかける。

 

「何人だ?」

 

「二人です……人混みに紛れて追ってきています」

 

確かに、この通りは右も左も人で溢れており隠れるには絶好のシチュエーション。

 

「撒けるか?」

 

「…………いえ、少々、難しいかと」

 

少しの間を置いて答えるチヨメちゃん、何か含みのある反応だ。おそらくだがチヨメちゃんだけならば撒けるのだろう。

 

「チヨメちゃん一人なら撒けるか?」

 

「はい……しかし――」

 

「一瞬で構わない。俺が囮になって適当な路地裏に誘い込む、そのタイミングで近くに潜伏してもらいたい」

 

「挟み撃ちにするということでござるか」

 

チヨメちゃんのスニークスキル、英霊のスキルでは“気配遮断”に相当するこの能力は実のところ破格の性能を誇る。

数日間の実戦記録からもその有用性は証明されており、気配を消した彼女はCOMP含めたあらゆる観測から“消失”する。

……まあ、攻撃体制に移った時点で大きく性能は落ちるが大抵の相手はその時にはもう回避不可能な状態にある。

まさに理想的なスニークキルと言えよう。

 

この特性を使えば、たとえ即興の挟撃だろうと必殺にすることができる。

 

とはいえ――

 

「だが、合図するまでは攻撃は無しだ」

 

「っ、そ、それはどういう意味でござるか?」

 

狼狽る彼女に、引き続きガントレット操作を続けながら説明する。

 

「これでも“悪意”には敏感な俺だ、その俺が()()()()()()()()()()()。だから相手が敵とは限らない、もしかしたら新宿に配置されたサマナーかも知れないしな」

 

「それは、そうでござるが……しかし」

 

当然、これは俺の予測に過ぎない。尾行なんてやましいことしてる時点で斬られても文句を言える立場でないのは確かだ。

が、俺も協会では()()()()()()()()()()()()()に属した者として立場はそんなに高くない。俺をよく思わない輩だって相応にいる。それどころか()()()()()狙われる動機がある。

だから、もし、尾行者が協会所属であった場合要らぬ厄介事に発展する恐れがあるのだ。必然、後ろ盾の無い俺は不利な立場から対応することになるわけで。

 

 

「――そういうわけで、見敵必殺は遠慮したいところなんだ」

 

「……承知。それがお館様の命であればチヨメはそれに従うのみにござる」

 

静かに従者の態度を取るチヨメちゃん。……なんか言いたいことあるなら素直に言ってほしいところだけど、そこまでの信頼関係は未だ築けていないらしい。

まあ、会ってまだ数週間だし当たり前か。

 

「なんかあれば俺の方でどうにかしてみるから、そう心配しなくても大丈夫だよ。仮に死んだとしてもそれは俺のミス――」

 

「っ、お館様! ……例え話でも、“死ぬ”などとは仰せにならないでください」

 

突然、すごい剣幕でキレたチヨメちゃんに俺も目を見開いた。

 

「お、おう……」

 

「残される者の気持ちを……考えてください」

 

――その一言を聞いて、ようやく彼女がキレた訳を理解した。

その気持ちは俺自身、()()()()()()()()()()()から。

 

「……そうだったな、すまん」

 

「いえ…………突然の無礼、お許しください」

 

素直に謝ると、彼女も少しバツが悪そうに俯いた。

……もしかすると彼女も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

もしそうなら、俺の発言は失言も失言。決して口にしてはならない言葉であったと俺も猛省した。

 

 

数分ほど通りを歩いたのち、ちょうどいい路地裏を発見した俺はチヨメちゃんに合図を出しつつ、なるべく自然な動きで路地へと入る。

 

その段階に至っても、まだ尾行者からの“敵意”は皆無。()()()()()()()()()()()()()()俺をして感じ取れない敵意とあっては無いものと考えた方が妥当だろう。

 

いずれにしても直接相対して見なければ分かるまい、と幾度か曲がり角を越えて辿り着いた裏路地にて停止する。

周囲は古びたビル群に囲まれ苔むした地面に錆び付いた空き缶やらドラム缶やらが転がるのみで人の気配はない。

ここなら衆目を気にせず振る舞うことができよう。

先だってチヨメちゃんには“気配遮断”を使ってもらい近くに潜伏してもらっている。俺も“ラクカジャ”を掛けて“戦闘”に備える。

相手が尾行をしている以上は、万が一もあり得るからだ。

 

 

それから数分ほどして。

ようやく、尾行者たる人物が二名。正面に見据えた曲がり角から姿を現した。

 

 

 

「……へぇ、“オレ”らの尾行には気付いてたってか?」

 

“麗しき()()の声”で男勝りな言葉を発する人物、それは少女であった。

見た目、齢十と少しにしか見えない矮躯には爽やかな空色の着物を纏い。前髪と後髪を切り揃えた所謂“姫カットの黒髪を桃色のリボンで纏めている。

その双眸は磨き上げられた翡翠の如き美しさで、有り体に“美少女と形容する他にない整った容姿を備えていた。

 

「……」

 

彼女の後に続いて現れたのは、やはり同じ年頃の少女。

おかっぱ頭に、前髪だけが()()()()()()()()長めに切り揃えられたアシンメトリーを晒す。

茶褐色の瞳は凍えるような“冷徹さ”を発し、こちらには敵意はもとより興味や“価値”さえ感じていないような冷たさを持っていた。

こちらもまた、衆目を集めるだろう整った容姿をしている。――しかし何より身に纏う装束が()()()()

丈の短い着物一着という潔さ故に、スリットのような形を見せた裾から白肌の太腿を大胆に晒している。

そして両名ともに裸足に草履……梅雨入りとはいえまだまだ冷え込むこともある近頃。寒くはないのだろうか?

 

なにより、そんな格好で新宿の大通りを闊歩したというのか。

 

「いや……」

 

――見た目と雰囲気でなんとなくわかる。

彼女らは“隠密”だ。

 

歳若い見た目に騙されそうになるが、彼女らは確かに隠密特有の“気配”を放っている。

瞬きの間にふと消え去ってしまいそうな“薄さ”だ。

 

「俺に何か用でもあるのか?」

 

まあ、あるから尾行なんかしてたんだろうが。

素知らぬ顔で訊ねる俺へと、男口調の少女が鼻で笑った。

 

「別に。同じ地域を担当するサマナーってのがどれほど“使い物になるか”気になっただけだよ」

 

「なに?」

 

……ということは彼女らも“サマナー”ということか。

見るからに子どもな彼女らを使うなど、協会も存外に人手不足らしい。

 

そんな俺へと不意に、少女が掌を向けた。

 

「んじゃ早速……試させてもらおうか?」

 

瞬間――視界がグニャリと歪んだ。

応じて、周囲の景色が“紅蓮の炎”へとがらりと映る代わり肌を焼く熱気が辺りに充満する。

 

「これ、は……!」

 

一秒と経たずして風景を歪める……これは恐らく“幻術”。

オサキに散々掛けられたからこそ即座に幻術だと断ずることができる。しかし触覚すら支配する幻術ともなれば彼女は相当な術者だ。

仮にも協会が選定したサマナー、やはり見た目からは想像できないほどに彼女らは“戦士”らしい。

 

――とはいえ、だ。

俺も迎え撃つからには相応の準備はしている。

 

(オン)

 

俺は懐から取り出したるお札を手に短く唱えた。

直後、辺りを支配した“幻術”はガラスの割れるような音を立てて砕け散る。

彼女らが現れる直前に、数秒で書き上げた呪符だ。簡単な魔除けを応用して“まやかし”に特化した祓いを齎す簡易式。

 

――だがそんな簡易式如きで破れる幻術を使ったということはつまり。

 

「っ!」

 

現実へと戻った俺の視界、その正面に迫っていたのは苦無を構えた少女。

やはり幻術は囮であった。

 

実に鮮やかな手並だ、それなりの場数は踏んでいると見える。

……などと感心しているほどの余裕も流石にないため、俺は即座に腰の刀へと手を伸ばし“居合い”による迎撃を試みた。

 

と。

 

 

「っ、ぐあっ!?」

 

俺が抜刀するよりも早く、少女の背に飛びかかったチヨメちゃんが迅速に彼女を抑え込み地面に抑えつけていた。

そこから間をおかずして苦無を構えた彼女が少女の首元目掛けて刃を振るう――

 

「待て!!!!」

 

「っ、お館様!」

 

咄嗟に声を出すと、首元数cmの位置で苦無は止まった。そして訝しげな視線をこちらに向ける。

……いやはや危ない危ない。正当防衛という大義名分があるとはいえ危うく同僚を殺害してしまうところであった。

 

「何故、止めるのでござるか! 此奴はお館様を――」

 

納得がいかない、と声を荒げるチヨメちゃんへと――今度はもう一人の少女の方が襲い掛かった。

 

「っ、くっ!」

 

背後に迫った少女の小太刀へと咄嗟に振り向き苦無を合わせるチヨメちゃん。しかし少女は動じることなく即座に小太刀を回転させ逆方向から再び斬りかかる。

 

「っ!」

 

まるで手の中で刃を弄ぶように器用な剣捌きで小太刀を振るうメカクレ少女。歴戦の忍びたるチヨメちゃんを相手に互角の斬り合いを演じて見せた。

更にはチヨメちゃんの腕をくるりと捻って組み伏せようとする。

 

「なんの!」

 

――対し、チヨメちゃんも身体を回転させることで脱し、両者はそのまま絡み合うようにして地面に転がった。

 

 

「待て待て、二人とも止まれ!」

 

実に鮮やか、かつ素早い攻防に呆気に取られていた俺は慌てて声をかける。

 

「オレを前に、余所見かよ」

 

――駆け寄る俺の耳へと、下方から男勝りな声が響く。

視線を向ければ、先ほどチヨメちゃんに組み伏せられていた少女が苦無を構えて俺へと迫っていた。

 

「ちっ!」

 

これを居合いにて迎撃、()()()()()()()二の太刀で斬り掛かるも。少女は後方へと飛び退き躱す。

 

そして間髪入れずして、再び幻術が放たれた。

 

「同じ手が通じると思うなよ!」

 

俺は愛刀の柄を握りしめ警告する。

先ほどは初見ゆえに念のためとしてお札を使用したが、あの程度の幻術であれば『赤口葛葉』の退魔効果で斬り捨てることができる。

 

そう、思っていたのだが。

 

 

『うっふ〜ん』

 

「なっ!?」

 

視界に現出した幻は、“美女”であった。

紐そのもののようなキワドイビキニを纏って扇情的な姿勢で俺を誘惑するように身体をくねらせる美女。

普段であれば()()()()()()斬り捨てる類の幻だが。

 

「う……くっ!」

 

何故か目の前の美女の幻に対して()()()()()()

自然な情欲ではない、まるで最高級のバイ◯グラを盛られたような強制的な発情。或いは呪詛、デハフの類。

 

抗い切れない欲情が身の内から湧き起こる。すぐにでも目の前の美女をひん剥き欲望をぶつけたい衝動に駆られる。

 

「なん、の……これしき!」

 

――しかし、()()()()()()()()と心が叫ぶ。

それに応じて俺の身体から欲情が()()()()、即座に幻影を斬り払った。

 

「っ、オレの“匂い”が効かねぇってのか!?」

 

慌てたような少女の声が聞こえてくる。

ふっ、生憎だが俺には()()()()()は効かない。

何故だか知らないが俺には“魅了耐性”があるからな、こいつだけは落ちぶれた俺でも自慢できるほどの強度がある。

 

「遊びはここまでだ!」

 

「くっ!」

 

狼狽る少女へと刃を振るう。無論のこと“峰打ち”だ。

腹部へと鋭い一撃、こんな子どもに刃を向けるのは気が引けるがそんなこと言ってられないほどには彼女たちは“強い”。

仕方なくも斬撃を放った俺は――

 

 

 

――直前で刀を取り落とした。

 

「……あ?」

 

自分でも理解できない動作に暫し沈黙する。目の前の少女もポカンと口を開けている。

これは――

 

 

何事かと思考を巡らせようとした時、俺の身体は()()()()()()()がくり、と膝をついた。

応じて身体の底から“劣情”が再び湧き起こる。

まさか、これは。

 

耐えがたい欲求は、目の前で尻餅をついている()()()()()()()()()()。先ほど喰らった“魅了”の類、強制発情のデバフであった。

おかしい……さっきは完全に弾いたはずだったのに、なぜ今になって――

 

動揺する俺へと、ようやく立ち直った少女が()()()()()を向ける。

 

「おいおい、マジかよ……こいつ、よりにもよって()()()()()()()()()!!」

 

次いで“烈火の如き怒り”を含んだ視線で声を荒げた。

彼女の言葉の意味を理解した俺は慌てて弁明する。

 

「ま、待て! べべ、別に発情なんかしてないぞ! これは……そう、さっき掛けられた魅了が遅延して――」

 

「嘘つくな!! その目は()()()()()()()()だ!!

……オレを()()()と、()()()()()とする下卑た“クソ男”どもの目だ!!!!」

 

怒り狂うように吠えて、しかし()()()()を含んだ声を発した彼女は両手で身体を抱きしめるようにして後退り、()()()()を向ける。

その目を、()()()()()()()

まるで、なにかの()()()()を思い返しているような。

 

 

「……っ!」

 

()()()()に気付いた俺は、“両眼を閉じて”立ち上がった。

そして彼女から向けられる“敵意”を頼りに駆けてすぐさま腕を捻り上げ地面に押さえ込む。

 

「キャアッ!?」

 

「暴れるな……何もしない」

 

()()()()()()ことで先程までの“欲情”が嘘のように消え失せた俺は冷静な心持ちで少女の腕を後ろに回して膝で身体を押さえ込み続ける。チェックメイトである。

 

ふと視線をチヨメちゃんに向ければ、あちらも同様にメカクレ少女を地面に組み伏せていた。

 

「終わりだ。これで――」

 

戯れの終了を告げようと下方の少女へ視線を向ける――

 

 

「うっ……ぐすっ。ひっ……ひぃっ!」

 

――と、そこには嗚咽を漏らしながらくっきりと見開かれた瞳を恐怖一色で染めた少女の姿があった。

 

「っ!」

 

それを見て俺は咄嗟に拘束を外して彼女から離れる。

……あんな怯えた目を向けられては、俺とて続けることはできなかった。

 

自由になったにも関わらず少女はもう飛びかかってはこない。静かに嗚咽を漏らし涙を流すだけだ。

 

そして――

 

 

「フゥ……フゥ……!!」

 

チヨメちゃんに組み伏せられた少女が俺に、()()()()()()()を向けていた。

 

何がなんだか分からず、とにかく居た堪れない気持ちになった俺はゆっくりと納刀して空を仰いだ。

 

 

 

「ナンダコレ……」

 

 

 




【あとがき】
ちなみにメカクレ少女の容姿は美遊、口悪い方の容姿は某超科学忍法帖の娘をイメージしてます。参考までに。
あくまでイメージなので好きに解釈してもらって問題ありません。


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東京・三

皆ね? 気付いてると思うけどね? 敢えて言うね?
曼荼羅の某アヴェ見た時ね? オレね?

「ホアァァァァァァァァァアアアアアァァァアアァアアアアアアアアアア!?!?!?!?!?」

……って、なった。
その後の一枚絵で無事に死んだね。仕方ないね。
仕方ないからこれからは地縛霊として頑張るね(?)

※特別意訳:PU2はよ。






 泣き腫らす少女を宥め賺し、憎悪の視線を向けるメカクレ少女をなんとか落ち着かせること数十分。

 

 

 ようやく落ち着いた両名を前にして、遂に理性的な会話をすることができた。

 

「えー、と。結局、なんで襲ってきたんだ?」

 

 腕を組んで顔を背ける少女へと視線を合わせて問いかける。

 

「くたばれオッサン」

 

「オッ!?」

 

 なるべく穏やかな口調を心掛けて声をかけた俺に、ちらり、と視線を向けた少女はそう応えた。

 

 うーん……このメスガキ。

 

 

「お館様、やはりこの者共はここで斬り捨てるべきでは?」

 

 そして、メスガキの隣で終始俺を睨み続けるメカクレを見てチヨメちゃんが冷静に告げてくる。

 いや、あのだからね? 殺しちゃダメだって。

 戦国ムーブで進言されても困る。

 

「俺に発情しやがったロリコン野郎に話すことなんざねぇよ」

 

「ぐ、ぬ……そ、それはお前が仕掛けた術だろうが!」

 

 もちろん、俺とて常日頃から女性に劣情を向けているわけではない。あの意思を無視した欲情の感覚からして十中八九何かの術か“異能”であるのは明らかだ。

 

 

 取りつく島もないメスガキに四苦八苦する俺を見て、メカクレ少女が小さく溜息を吐いた

 

「……ハァ、幻女(まほろめ)。この人、もう発情してないみたいだから大丈夫だよ」

 

 そして先程までの“敵意”を緩めて傍のメスガキに語りかける。

 

「……」

 

「貴女がどうしてもって言うから“試した”けど、あれだけ戦えればもう十分なんじゃない?」

 

「……ちっ! 仕方ねぇな、分かった。分かったよ鈴女(すずめ)

 

 幻女と呼ばれた少女は心底嫌そうに舌打ちをした後、渋面で口を開いた。

 

「オレは男、特に“大人の男”が嫌いだ。ああ、見るだけ、聞くだけ、その概念を感じるだけで虫唾が走る。

 (オレ)たちの(はら)に種をぶち撒けることしか考えてねぇ万年発情期のクソ猿どもだ!

 

 ……そんなクソ共の一匹が同じエリアに配属されたと聞きゃあ……気に食わねぇのは当たり前だろ」

 

 深い、深い()()を込めた声で彼女は語った。

 単純な好き嫌いとか男女差別とかそういう次元じゃない。あの目は心の底から“男という概念を嫌悪している”。

 殺したいほどに。

 

「……だから、闇討ちで殺そうと?」

 

 俺の問いに幻女は鼻で笑った。

 

「別に殺しゃしねぇよ。……んまぁ、()()()()()()()は頂こうと――」

 

 そこまで言いかけた幻女の頭部に、鈴女と呼ばれた少女の手刀が振り下ろされた。

 ズドン、と重音が轟くほどの一撃が頭頂部を凹まさんばかりにめり込む。

 

「ぎゃっ!?」

 

「言い過ぎ。そこまでするとは聞いてない、私はただ腕試しをするだけと聞いた」

 

 平坦な声音でつらつらと簡潔な言葉を発した鈴女は続けて、ちらり、と俺を見た。

 そこには最早俺への“憎悪”は無く、初見と同じように“完全な無関心”だけがあった。

 

「突然の襲撃、失礼致しました。一応、同じエリアを担当する者として改めて自己紹介しておきます」

 

 実に礼儀正しいのだが抑揚の無い声ゆえに全く謝られた気がしない。いや、別に俺も()()()()で死ぬつもりはないからいいけどさ。

 ……若干、危なかったのは秘密である。

 

 複雑な気持ちになる俺へとくるりと振り向いた鈴女は、改まったように足を揃え、両手を下方で丁寧に合わせてからペコリ、とお辞儀した。

 

「“壬生一族(みぶいちぞく)”にて当代の“依代”を務めさせていただいております、鈴女と申します」

 

「っ!」

 

 壬生一族、その名前を聞いた俺は僅かに驚いた。

 

 壬生一族と云えば、葛葉と並んで國家機関に仕えている“異能集団”。

 壬生の名を冠する通り、彼女たちは“常陸国風土記(ひたちのくにふうどき)”に語られる“夜刀神(やとのかみ)”を使役する土着のサマナー集団でもある。

 風土記の記述には、夜刀神が住み着いていた土地の国造が彼の“蛇神”を脅して追い出した……と記述されているもののこれは厳密には間違いである。

 

 元々、夜刀神は同地の土着神にして土地神。つまりはその地の農作やら河川やらを管理する御霊であり、失われれば一時的にせよ同地の自然環境にまで影響を及ぼすは明白。これを追い出すなど正気の沙汰ではない。

 その為、この地の者たちは夜刀神を追い出してなどおらず国造から民草に至るまでこの神を奉じていた。

 

 また、夜刀神と云えば“見ただけで子々孫々まで呪い殺す”という凄まじい神気の持ち主であり、風土記にあるように「打ち殺せ」などと命じたところで返り討ちにされるのが関の山。

 そんな無為無駄な犠牲を払うよりも、かの神を“崇め奉り”その神気の恩恵に預かった方がよっぽど建設的だ。

 

 無論、当時の人々もそのように考え壬生氏の中でも“巫女”の適性を持つ女性を“依代”とし代々、夜刀神の力を借り受けてきた。

 その力は凄まじく、当時の國家機関に相当する組織にも重要視され古くより同組織に仕えてきた。

 また、巫女を輩出・選定した者たち、即ち“神官”の家系にあたる者共においてもなんらかの形で夜刀神の恩恵が与えられ自然、この家系含めた一部の者たちは“一族”を成し今日に繋がる“壬生一族”へと発展した。

 

 

 この壬生一族の中でも、特に有名なのは“十四代目ライドウ”と同時代に活躍したとされる“殺眼の綾女”である。

 彼女は同一族の“女性”たちを部下として率い、國家機関からの命に従い数々の悪魔やらダークサマナーたちを討ち果たしたという。

()()()()に発生した“秘密結社コドクノマレビト事件”においても獅子奮迅の活躍をしたものの、同結社の副首領・倉橋黄幡(くらはしおうはん)と激戦の末惜しくも敗れ戦死したという。

 あのライドウも彼女には尊意を示し、近くに来た際は必ずその墓前へと参ったという。

 

 

 

 ――そんな壬生一族の一人が、しかも当代の“巫女”たる女性がまさかこのように幼い少女であるとは。

 なんとも()()()話だ。

 

 

 

 

 

「そして、こちらが幻女」

 

「フンッ!」

 

 傍のメスガキを手で示しながら紹介する鈴女に対し、メスガキ……もとい幻女は鼻を鳴らしてそっぽ向いた。

 

 鈴女が巫女だとすると幻女とやらは彼女の部下という立場なのだろうが。あまり上下関係がしっかりしているようには見えない。

 まあ、こんな年頃の子たちがちゃんとした上下関係を作っていたら逆に心が痛むだろうが。

 恐らくは“友達”のような間柄なのだろう。

 

「まさか壬生の巫女と会うことになるとはな……俺は奧山秀雄。彼女は俺の仲魔だ」

 

 自己紹介を受けたならこちらも応えねばならない、と語ってみたのだが。

 

「存じています。迫司令から同エリア担当のサマナーの情報は受け取っておりますので……奥山様にも同様のデータが届いていたと思いますが?」

 

「え……?」

 

 慌ててCOMPを弄って確認してみると、たしかに真琴から本作戦に参加するサマナーの情報が送られていた。

 そんな俺の様子を見て、鈴女が小さく嘆息する。

 

「まさか、作戦データの確認も出来ていなかったんですか? ……大人として恥ずかしくないんですか?」

 

 やはり抑揚の無い声であるものの、どこか侮蔑を含んだ言葉。……君も相当に毒舌だな。

 

「依頼に関するデータの確認はサマナーの常識ですよ。それもこんな大規模の作戦ともなれば情報の不足は自分の死のみならず同僚たちの死にも繋がります。……しっかりしてください」

 

「ご、ごめん……」

 

 淡々と事実だけを告げてくる鈴女の気迫にやられ思わず謝ってしまった。いや、実に正論ではあるけども。

 そもそも、その同僚を殺す気で襲ったの君たちだよね?

 

 謝る俺を見て再び小さく嘆息した鈴女はくるりと反転して、僅かにこちらに振り返る。

 その横顔、瞳はやはり“無関心”に染まっている。

 

「それでは私たちも仕事がありますので。幻女」

 

「……おう」

 

 名前を呼ばれ、先を歩く鈴女の後に続いて幻女もこの場を去ろうとする。その背に俺は声をかけた。

 

「あんま気張り詰め無いようにな、適度なリラックスも大切だぞ」

 

 立ち去る鈴女の背が、なんだか“焦っている”ように見えてせめて助言でもしてやろうという意図だったのだが。

 

「余計なお世話です。貴方こそ、精々死なないように気をつけて」

 

「そのままくたばっちまえ!」

 

 冷徹な声音で吐き捨てるように述べた鈴女は“歩法”のようなものでその場から消えるように去り。幻女に至っては捨て台詞のようなものを残してやはり歩法で消えた。

 

「随分と、嫌われてしまったなぁ……」

 

 俺の対応は無難だったと思うんだがなぁ、と残された俺たちはなんとも言えない気持ちを抱える。

 

「……あの娘、あの歳で中々のやり手でした」

 

 冷静に告げてくるチヨメちゃんに頷く。

 

「そりゃそうだろ。なんだって壬生の巫女、夜刀神の神体を“その身に埋め込んだ”存在だからな」

 

 ――その真価まで発揮されてたら、俺たちは死んでいただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヒデオたちのもとから去った鈴女たちは、壬生一族で習った“隠形”によって衆目から隠れながら、歩法によってビルの上を飛び移り移動していた。

 

「なぁ、鈴女! ちょっと速すぎるって!」

 

 ぐんぐん、と空を駆けるようにして先を進む鈴女の背に。幻女は息を切らしながら声を投げた。

 

「速やかに該当地域を浄化する。それが私たちの任務だったはずよ?」

 

「そ、そうだけど……ちょっと休もうぜ!」

 

 幻女以上の速さで進む鈴女はしかし、至って冷静な声で返答する。そこには息切れなどなく未だ豊富な体力を温存していた。

 対し幻女は今にも墜落しそうなほど消耗し、息切れはもとより身体中から汗が滲んでいた。

 

「だめ」

 

 そんな疲労困憊の相棒の願いをバッサリと斬り捨てる。

 

「なっ!? おい!」

 

「いったい、誰のせいで遅れてると思ってるの?」

 

「うっ」

 

 不満を漏らす幻女に、鈴女は強い口調で応えた。

 そして畳み掛けるように続ける。

 

「任務外の消費時間は約五十分、これは貴女の我儘の結果よ? 私たちには本来、サマナーに攻撃を仕掛ける命令は下っていない」

 

「悪い……ごめん」

 

「……貴女の“想い”は十分に分かってる。その上で、抑えて欲しいと思ってるの。これから私たちは“上に”行かないといけない。その時に今回のような事を繰り返されたら壬生は終わる。

 綾女様を失った私たち壬生一族がどれだけの苦境に立たされているのか、貴女だって知ってるでしょう?」

 

 ――加えて、“コドクノマレビト事件”では配下であった壬生の女も相当数失うという痛手を負った。

 この結果を受けて國家機関は、壬生一族を“降格”させた。実力主義で国家第一の機関からすれば当たり前の沙汰で、理屈は私たちとて理解している。だが事実として戦力も食い扶持も失った私たちは苦しい生活を強いられ、それは私たちの代になっても回復していない。

 これは壬生の人間なら誰しもが知っている“失態”であり、サマナー界隈でも情報通なら既知の事実だ。

 故にこそ、今の壬生は()()()()()()

 

「……」

 

「九十年よ、九十年経っても壬生一族は立ち直れていない。どころか緩かな衰退の道を歩んでいる。

 それを、私たちで変えるの」

 

 私は失敗しない。負けない、屈しない、死なない。

 

 壬生一族歴代の巫女の中でも“最高の依代”たる私は絶対に負けられない。

 絶対に、失敗するものか。

 

 私は()()()()()()

 

 不甲斐ない先祖、結局は()()()()に負けた腑抜け。今日まで続く一族の衰退を招いた()()敗北者。

 

 地獄の底で見ているといいわ。貴女の失敗を踏み越えて私たちは壬生一族を立て直してみせる。

 必ず、私たちが壬生を国家最強の退魔組織にしてみせる。

 

 

「だから……お願い。上に上り詰めるためには貴女の助けが必要なのよ幻女」

 

「っ……し、しょうがねぇな! わぁったよ! ……死ぬ気で追い掛ける」

 

 私の言葉にほんの少し頬を赤らめて幻女は吠えるように応えた。

 

「じゃあペース、上げるわね」

 

「ハァ!?」

 

「“あの男”に、獲物を取られてもいいの?」

 

「っ!!!!」

 

 その言葉一つで、幻女は目の色を変えた。

 “憎悪”に煮え滾る色へと。

 

()っっっっっ()ぇに負けねぇ!」

 

「その意気」

 

 私は笑みを溢して彼女を見た。

 ……少し()()な鼓舞の仕方をしてしまったけど、これは()()()()()だ。

 

 私たちは()()()()()()()()()()()

 

 使えるものはなんでも使って、前に進まねばならない。

 

 全ては壬生一族繁栄のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――鈴女たちが去ってしばらく。

 

 時間もちょうどいいとして俺たちは休憩を取っていた。

 サマナーや悪魔といえども、知性と理性、心を持つ存在だ。

 適度な休息は必要である。

 

「……何度見ても、この東京とやらの繁栄ぶりは圧倒的でござるな」

 

 周りに聳えるビルの群れを見上げながらチヨメちゃんは感嘆の声を漏らした。

 側から見ると完全に田舎から来たおのぼりさんだが、白ワンピという服装のチヨメちゃんを見ては微笑ましさが先行してしまう。

 

 ちなみに今は、辺りをビル群に囲まれた小さな公園のベンチに腰掛けている。都会の中のオアシスとでも呼ぶべき公園である。

 昼時からズレているために今は人の気配も皆無だ。

 

「現代人の俺でも来る度に思うよ。それもこれもこのビルの数……あ、ビルって分かる?」

 

 戦国時代出身のチヨメちゃんに確認するように問い掛ける。

 

 ―ーウシワカの頃から分かっていたことだが、英傑とやらは()()()()()()現代知識の付与が為されない。

 これは恐らく、召喚サーバーに相当する()()()()()に関係している。聖杯とやらは英霊召喚にあたってサーヴァントに現代知識を一通り叩き込むという話だが。

 英傑は、本当に必要最低限の“常識”くらいしか付与されない。

 例えば現代の“死生観”だとか“法律”だとか。

 もっと分かりやすく言うと「現代では簡単に人殺しちゃダメだよ?」くらいな感じ。

 他の常識についても実にフワッフワした認識しかなかった。

 

 故にこその問いであったのだが、チヨメちゃんは少しムッとした表情で抗議した。

 

「お館様、拙者を侮り過ぎでござるぞ? アレなる石の塔がビル……でござろう?」

 

 ビルの一つを指差しながら少しドヤ顔で応えるチヨメちゃん。

 

「そして、道を高速で行き交う馬なき車は自動車。自動車と同等の素早さにて走る二輪の車はオートバイ。時折、通過する二輪で足を忙しなく動かしているのが自転車。

 ……ふふ、拙者とていつまでも無知ではないのでござる」

 

 してやったり、といった様子のチヨメちゃん。頬の緩みが抑え切れていない。

 かわいい。

 

「えらい、えらいねぇチヨメちゃん」

 

 思わずその頭を優しく撫でてしまうのも仕方ない。

 

「お、お館様、ここは公共の場にて!

 

 ……流石に恥ずかしいでござる……」

 

 ござるござる、と慌てながらも逃げようとしないあたり満更でもないらしい。良い良い、よきにはからえ〜。

 

 

 

 一頻り撫で撫でした後は、コンビニで買ったウ◯ダーを啜る。

 本当なら一服もしておきたいが、都内ではヤニのある方の一服は厳しく取り締まりされているので我慢である。

 ……発狂しそう。

 

「あの、お館様」

 

 二人仲良くベンチに腰掛けていると、傍のチヨメちゃんがコンビニおにぎり片手に心配そうな視線を向けていた。

 

「どした? あ、他に買ったお菓子も全部あげるよ?」

 

 てっきり、同じくコンビニで買ったお菓子類が欲しいのかと思い手に持つビニール袋を彼女に差し出した。

 

「いえ、そうではなく……昼食は、その心太で済ませるつもりでござるか?」

 

 心太て……この素晴らしく“効率的”は栄養食をご存知でない?

 

「心太じゃないけど……これ、結構美味しいよ?」

 

 食べてる時はあんまり気にしてないけど、と空になった容器をぷらぷらと振って見せる。

 

「それだけではお腹が空くのではござらぬか?」

 

「あ、そういう? うーん、仕事の時は大体コレで済ませちゃうからなぁ」

 

 長期に渡る任務、一日掛りで挑む依頼など気の抜けない、或いは“時間が惜しい”時は簡単な栄養補給で済ませている。

 

「いざとなれば、“魔剣”を稼働させてあらゆる栄養素をエネルギー変換できるし」

 

「よ、よく分かりませぬが。もう少しちゃんとした食事をなさった方が良いのでは……?」

 

 まあ、“人間としては”それが正しいのだろうが。

 ここ五年ほど、食事自体にあまり“意味を見いだせない”。栄養が必要ならその分摂取すればいいしエネルギーならばとりあえず“燃やせば”事足りる。

 

「……というか、チヨメちゃんの方がよっぽど栄養足りてない体つきじゃない?」

 

 俺の言葉にチヨメちゃんは一瞬で頬を赤らめる。

 

「ど、どういう意味にござるか!? どこを見て言っておられる!?」

 

 直後、バッと両手で身体を抱いた彼女は少し怒ったように応えた。

 

「あ、いや……別にそういう意味じゃ、俺は“大きさ”とか気にしないし」

 

 寧ろ小さい方がいいまで……げふんげふん!

 大きさで価値を計るのは無意味だ。

 

 というかやっぱり小さい自覚あったんだね……。

 

「しかも“今の姿”って全盛期の姿なんでしょ?」

 

 英傑、に限らず()()も同じと聞くが。

()()()()彼らは“全盛期”の姿を取って現れるという。ウシワカに関しては、義経とは別枠の『牛若丸』としての全盛期の姿だろう。

 

 つまりチヨメちゃんの全盛期はひんぬー。

 

「ぬ、ぐ! ……お、お館様も、その。やはり大きい方を好まれるのでござるか?」

 

 口惜しげな顔の後、急に不安そうな目つきで問うてくるチヨメちゃん。な、何だその反応は?

 

「いや、だから大きさ気にしないって……うん」

 

 しかしこうも“乳”の話題ばかり出されると嫌でも乳を“見て”しまう。うん、改めて見てもチヨメちゃんの乳は小さい。小さくて小ぶりで薄い。

 ……良い。

 

 というか、寧ろこっちに見せつけるように身体くねらせてないか?

 そう疑問に思ってチヨメちゃんを見てみると――

 

「お館様も、好きものにござるなぁ……(少し得意げな顔」

 

 こ、こいつ……!

 主を謀るとは不敬なくノ一め。こうなったらヤケだ、と開き直って凝視する。

 

「そ、そんなマジマジと見ないで欲しいでござる。ほんの冗談というか……そう真剣(マジ)な反応をされると困るでござるよ」

 

 数分ほど経過してからチヨメちゃんが恥ずかしそうな声で呟いた。しかしやめない。

 

「お、お館様? ……ま、まさか本当に拙者の色香に惑わされて――」

 

 不安そうな顔から一転、本気のトーンでそんなことを宣い始めるチヨメちゃん。ちょっと自信満々過ぎやしないですかねぇ。

 とても生前にくノ一やってたとは思えない発言に内心苦笑する。

 

「ふふふ……そんなに言うなら、お望みどおり美味しくいただいてしまおうか」

 

 両手を広げて不敵な笑みを浮かべる。

 

「お、おやめくだされ! 拙者は、お館様の僕なれば……!」

 

 必死に止めようとするチヨメちゃんの手を払い除け、その脇腹へと手を伸ばし――

 

 

 

 

 ――存分にくすぐった。

 

「ひゃい!? ひっ、ひぐっ!! お、お館様、おやめ、おやめくださ……ひゃわっ!」

 

 ようやくふざけていることに気づいたのか安堵の笑みを浮かべながら同時に笑いを堪えようと必死に耐え始める。

 

「これでもかー」

 

「ひっ、ひははは!! お館様ぁ!」

 

 ならば、と脇も含めてひたすらにくすぐると。次第に堪え切れなくなったのか声を上げて笑い始めるチヨメちゃん。

 かわいい。

 

 なんというか初対面から思っていたのだが。

 彼女、身長ゆえか細身ゆえかなんだか“子どもっぽい”のだ。いや、雰囲気とか性格とかはしっかりと大人ではあるのだ。

 しかし、振る舞いとは裏腹に純粋すぎる生真面目さや時折顔を出す天然っぷりのギャップがやけに可愛く見えて仕方ない。

 

 こうして戯れてみると、完全に子どもと遊んでいる気分になる。……これは中々に得難い“癒し”ではないだろうか?

 

 そう思った俺はくすぐったり、頭を撫でたり、やっぱりくすぐったりとそのまましばらく公園でチヨメちゃんと戯れていた。

 

 

 




【あとがき】
壬生一族はライドウのコミカライズで出てくる一族です。『コドクノマレビト』ってやつですね。
セイメイ()やらヨシツネやらヒノカグツチやら出てきて終始テンション上がったコミックだからオヌヌメ。串蛇ちゃん可愛い。

モー・ショボーとかアリスとかも出てきてソッチの需要もあるよ!
曼荼羅でホットな黄幡神も出るよ!


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旧帝国軍地下道・一

ちーん。





 ──悪魔とは、人の悪徳を喰らうモノである。

 

 陽を避け、光を疎み、夜に潜み、闇に生きるモノ。

 “唯一なる神の教え”に語られる敵対者にして誘惑者。

 凡そ大衆の思い描く悪魔とはそのようなモノである。

 

 これに該当するのは即ち()()()()()たる地獄の悪魔どもである。

 

 

 ──曰く、“明けの明星”に従う悪魔の大半は“かつて天に在った者たち”であるという。

 他ならぬ“神”の手により造られた天使たち。彼らが“悪”に魅入られ“堕落”した存在こそが“堕天使”である。

 

 伝承の内容を信じるならば彼らは常、人間の心の闇に付け込んで堕落させる瞬間を虎視眈々と狙っているという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な事物、思想が入り乱れる東京は新宿にあってもその脅威は変わらない。

 

 

 ──“悪魔”は独り、街中にて疾走する“少女たち”を見つめる。

 

 

 否、都心であるからこそ一層注意せねばならないのが悪魔である。

 

 

 ──隠形、隠密の歩法を用いた疾走でさえこの“悪魔”の目を誤魔化すことはできない。

 

 

 数多の思想、想念が集うならば必然、“欲望”の量もそれに比する。

 

 

 ──或いは、“興味”を抱いたからこその注目。

 

 

 欲望が集うならばそれに群がるのが悪魔である。

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という直感に従ったからこそ。

 

 

 故に、たとえ日常的に悪魔と戯れるデビルサマナーであっても警戒を厳とせねばならない。

 

 

 ──故に“彼”は語りかける。移動途中の小休止を取る彼女たちへと歩み寄り()()()()()()を浮かべて。

 

 

 膨大な量の欲望がまるで蠱毒のように敷き詰められた東京においては、悪魔こそが最も危険で強大なのだから。

 

 

「こんにちはサマナーのお嬢さま方。……貴女方に一つ、お伝えしたい情報がございまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ございませぬ。お館様……」

 

 ひとしきり公園にて戯れた後、落ち着いた頃合いにチヨメちゃんが頭を下げてきた。

 

「え、なにが?」

 

 まったく謝られる心当たりがない俺は首を傾げた。

 

「拙者、生前は忍び……歩き巫女統括の任に従事しておりましたゆえ、このような華やかな都には慣れておらず……

 

 率直に、はしゃぎ過ぎてございまする」

 

 真摯に反省、といった様子で膝をつき首を垂れる。

 

 ……まあ、たしかに普段のチヨメちゃんらしくないというか。酒盛りした昨夜のチヨメちゃんに近いものを感じてはいたが。

 そっちが素ではあるのだろう。

 

 俺はてっきり“ようやく心を許し始めてくれたのかな?”とかちょっと嬉しく思っていたのだが。

 この様子を見る限り、彼女の中で主従の関係というのはかなり大きなものであるらしい。

 

「あー、別に気にしないで……って言っても聞かないんだろうけど。

 俺は楽しそうなチヨメちゃん見れて嬉しかったよ?」

 

 ──ならば、こちらも素直な気持ちを伝え続けるのが最適解だろう。彼女の堅物ぶりは“キャラ”というのも流石に理解してきたし、アレらが素であるならば、俺も一安心。

 あくまで彼女の忠義は“純粋な気持ち”から来ていると見え、それならばと俺も自らの気持ちを率直に伝えていくことにした。

 そうすればいつか真に“緊張”を解いてくれると思うから。

 

「っ……お恥ずかしながら、拙者、自分で思っている以上に舞い上がっていたようで」

 

 申し訳ござらん、と項垂れるチヨメちゃん。

 その姿にはやはり苦笑してしまう、そう“無理”をしなくても俺は気にしないというのに。

 

 ──彼女のことを気にかけてしまうのはひとえに、()()()()()()()()()()()()()()()()からだろう。

 その“怯え”を必死に誤魔化すように堅物を演じているように見えて、なんとなく“痛ましく”感じた。

 だからこそ、どうにかして彼女には“安らぎ”を得て欲しいと思う。

 

 出会って間もないとはいえ仲魔となった以上は彼女も“家族”なのだから。

 

 

 

 

 落ち込むチヨメちゃんをなんとか立ち直らせようと必死に声をかけていると、俺のスマホが着信を知らせるバイブを発した。

 

 手に取り画面をみれば“マコト”の表記。

 ……一瞬、“俺何かしちゃったかな”と不安に思ってしまった。

 

 しかし、そんなことはどうでもよくなる非常事態であったことを知る。

 

「もしもし?」

 

『忙しいところすまない、率直に異常発生(トラブル)だ』

 

 早々にただならぬ声音で告げられた言葉に俺も気を引き締めた。

 

「どうした?」

 

『お前と同じエリアを担当するサマナーたちが消息を絶った』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──曰く、数分前にマコト宛てに幻女から連絡が入った。

 

 “鈴女が、ダークサマナーの拠点に潜入して帰ってこない”と。

 

 更に詳しく話を聞けば、彼女たちが作戦エリアに向かっている最中に“協会関係者”からダークサマナー討伐の話を持ちかけられたのだという。

 

 そいつはたしかに“職員証”を有しており、それを見て彼女たちもすっかり油断したのだという。

 そいつ曰く、新宿のとある地下道には現在危険なダークサマナーが拠点を築いており近々、新宿エリアに溜まった“邪気”を用いて良くないことをしでかそうとしていると。

 

 このダークサマナーというのが、なかなかに“高い賞金”をかけられたお尋ね者で。それにふさわしい“事件”を何度も起こしている強敵であるとか。

 更に“そいつ”はこう続けた。

 

 “これを打倒できれば貴女方の評価はより高いものとなるでしょう”

 

 ……完全に、()()()ている。

 しかし、“功を焦った”鈴女はこれを受諾。手始めに偵察を行おうと単身で拠点に潜入。が、予定時刻を過ぎても一向に帰ってこない鈴女を心配した幻女がマコトに連絡したことで今回の件が発覚した。

 

 順当に考えるならば、鈴女はそのダークサマナーとやらに“捕縛”ないし“殺害”されたと見るべきだ。

 本来なら幻女や、他エリアを担当するサマナーたちと合流して着実に拠点攻略を進めるところだが。

 

 悪いことに、幻女もマコトの制止を無視して拠点に向かったらしい。

 完全に“フラグ”である。

 あれか、あの“衣装”が原因なのか? 捕縛からの陵辱エンドに持っていく呪いでも掛かってるのか?

 新人サマナーたちがやりがちな“死亡フラグ”だ。

 ……とはいえ、彼女たちはまさしくそのような年齢だし、そもそも年齢の話をしたら“本来なら戦っちゃいけない”年頃だ。幻女が一人で鈴女を助けにいったのも十中八九“友情”からだろう。

 それ自体は素直に“眩しい”ほどの美しい想いだ。

 

 ──真に責めるべきはその美しい想いを踏みにじらんとするダークサマナーである。

 

 

 

 

 

 

 マコトの連絡を受けた俺はすぐに支度をして現場に急行した。

 話を聞く限り事態は一刻を争う。

()()()()()()()と目される鈴女が捕縛ないし殺された以上、それに劣る幻女の生存だって怪しい。

 ……未だ歳若い身でありながらこんな血生臭い業界で頑張っている彼女たちをむざむざと死なせるのは寝覚めが悪い。

 

 当然だが、他エリアのサマナーたちを待つ時間はないだろう。広大な都内に散らばったサマナーたちが日中から堂々と移動できる手段は限られるからだ。まさか、ルフとかに飛び乗って空を飛ぶわけにもいくまい。そんなことをしたら速報でニュース番組を埋め尽くすことになる。

 それに、同エリアでも現場にほど近い位置にいる俺たちが向かった方が生存率は高まる。

 

 俺は街中を駆けながらマコトからの通話を続けていた。

 

『幻女の話では拠点へは“公園”の公衆トイレから入れるらしい』

 

 ……その言葉にちょっと気後れする。なんてばっちぃサマナーだ。

 

『そして、彼女の話を統合すると──

 

 敵の名前は“豚皮豚ノ介”だ』

 

 ……。

 

「………なんて?」

 

 果てしなく馬鹿にした名前が聞こえた気がしたが。

 思わず足が止まりそうになるほどに。

 

『豚皮豚ノ介、言っておくが本名らしいぞ?

 ……続けるが、コイツはふざけた名前に反してかなり凶悪だ。過去に幾つもの事件に関わり、協会の警戒レベルも上から数えたほうが早い。協会所属のサマナーも何人かやられている』

 

 なんだその、ギャグキャラがシリアスに殴り込んできたみたいな情報は。

 

『特徴は二つ。

 まず、名前から察せられる通り、コイツは“豚”に関した仲魔を多く抱えているということ。

 もう一つは、魔術協会からも指名手配されるくらいの“魔術師”であるということだ』

 

 デビルサマナーで魔術師……別に両立は難しくないが、わざわざ真理から遠ざかるサマナーになる魔術師は多くない。逆もまた然り。

 或いは、()()()()()()()()()()()()があるのか。

 

『……と、現状でわかるのはそれくらいだな』

 

「え、マジで?」

 

 あまりにもアバウトな情報だ。

 

『仕方ないだろう、奴は姿を見せるたびに“手札”を変えている。名前で騙されるなよコイツはかなり“頭が回る”。その証拠として、協会でもこれくらいしか情報を得られていないのだ』

 

 まあ、危険な相手という情報が得られただけマシか。

 結局のところ俺の戦法というのも“相手によって素早く切り替える”ことに慣れている。悪くいえば出たとこ勝負、良い意味で言えば手数で勝負ということ。

 

 

「要するに、いつも通りか!」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ──“私”の異能は、血筋によるものだ。

 

 数百年も昔、未だ日ノ本が徳川の治世にあった時代。

 長らく続いた戦国の世が終着し天下泰平がなされた時代においては“戦える忍び”の仕事は年々減る一方だった。

 これに危機感を覚えた甲賀忍、伊賀忍の一部は里を抜け出し各地を放浪。忍びとしての技術を衰えさせない、即ち“戦い”を求めて彷徨い歩いた。

 

 そうして辿り着いたのが“壬生の里”。

 古代より“夜刀神”の神威を用いて退魔師稼業を続けていたこの一族は国家の霊的守護を担う戦闘組織だった。

 幸い、抜け忍集団の会得していた技の数々も“超常”の域に足を踏み入れていたため退魔の仕事に就くことは難しくなかった。

 壬生一族も彼らの技術を吸収できるメリットを考慮し里への移住を承認。

 

 こうして壬生一族となった彼ら忍び、その末裔こそが“私”だった。

 

 

 里に入った忍びたちの術は、表社会に知られていないような摩訶不思議・奇想天外な秘術ばかりであったという。

 その多くは血筋に根差した継承、即ち遺伝によるものだった。

 無論のこと、血に頼らず厳しい修練によって会得した技もあったが、“私”の家系は前者。遺伝継承を行なってきた忍びたちのハイブリッドであった。

 

 “男を惑わし毒殺する者”、“死人の顔を自らに転写する者”、“自らの身体をゴムが如く変幻自在とする者”……。

 多種多様な秘術を身に秘めた者たちが世代を越えて混じり合い誕生した“私”。

 当然のようにその身には“秘術”が宿っていた。

 

 隔世遺伝、というらしい。“私”が宿した力も遙か昔に途絶え、伝承しか残らない秘術の一つであったのだ。

 

 

 

 ──だが、他ならぬその力こそが“私”の人生を壊した。

 

 最初は気づかなかった。少し、様子がおかしいな、と。僅かに疑問を感じるものであった。

 周囲の“男”たちがこちらを見るその眼、老若男女問わずして“ナニカ”を秘めた眼を向けてくることに疑問を感じた。

 疑問はやがて恐怖に変わる。

 だって、彼らの眼は明らかに()()()()()()

 今すぐにでも“私”に襲いかかってきそうな、獣の眼。

 

 恐怖した“私”は父に縋った。

 早くに母を亡くした“私”には父しかおらず、人付き合いが苦手だった“私”は彼しか頼る相手もいなかった。

 

 泣き腫らす“私”を父は優しく撫でてくれた。

 それに安堵し、眠るほどに当時の“私”は男の眼を恐れ、同時に()()でもあった。

 

 ──肉親と言えども“人間”であり、“男”であるという事実を。

 

 

 その晩であった。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 見慣れたはずの裸体が“獣欲”に穢されて悍しい獣と化しているのを見た。家族という認識すら破壊された“彼”が本能に支配され欲望を満たさんと狂うのを見た。

 

 自らを守ろうとした“私”は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──父を殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後の話だ。

 これまでの異常が自らの宿してしまった異能によるものであること。それが単一ではなく、少なくとも二つの異能が()()されたことによる新たな異能であること。

 ──父が、毎日必死に耐えてきたモノを。私が“触れた”ことで破壊してしまったこと。

 

 

 全て、全てが終わった後に里の者から説明された事情だ。

 

 

 遅すぎる。鈍すぎる。弱すぎる。

 どうして気づかなかったのか、どうして教えてくれなかったのか、どうして、どうして──

 

 ──取り返しのつかない罪の後に、知ってしまったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “オレ”は、考えるのをやめた。

 

 相変わらず男どもをオレを欲に塗れた目で見やがるし、敵味方問わずして爛れた願望を向けてくる。

 ──気持ち悪い。

 

 ならばオレとて容赦はしない。オレはオレを守るためになんでもする、そうなんでも。人だって殺す、たとえ身内であろうと殺す。

 ──気持ち悪い、気持ち悪い! 男だけではなく()()すら。

 

 そう決めた。魂に刻むかの如く硬い決意のもとでそう決めた。悩まず迷わず殺す。殺すことが()()()だから。

 ──違う。男を憎まないと、()()()()を作らないと。

 

 

 だって、そうしないと──

 

 

 

 

 父さんを殺した意味が、無くなってしまうから。

 ──()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁぁ!!」

 

 手にした苦無を振るう。無論のこと“霊力”をありったけ込めて対悪魔用の霊刀へと変換した急造品だ。

 喉元を的確に狙った斬撃は吸い込まれるようにソレを斬り裂き傷口から血飛沫を撒き散らす。

 

「次っ!」

 

 相手が絶命するのを確認する暇もなく、オレは隣の()()()へと意識を移した。

 そして、再び斬撃を放つ。

 

 それをひたすらに繰り返す。繰り返し繰り返し繰り返して、それでもオレを囲む()()()()()()は一向に目減りしない。

 

 苦無は撃ち尽くした。

 幻術ならもう使っている。

 使った上で処理しきれない。

 それほどの物量。

 

「ハハッ……あー、笑えねぇ」

 

 何かの冗談か? と初めは思った。

 地下道へと入って十数分ほど進んだあたりで、突然道の横穴からオークたちが溢れ出してきたのだ。

 

 このオレに対して、よりにもよって──

 

 

 ──獣欲に塗れた汚物を差し向けてきたのだ。

 

 

 怒りは当然あった、それを糧に初めの群れを瞬殺した。しかし二つ三つと倒せども溢れ続ける群れにオレはいつしか“恐怖”した。

 

 あの日に誓ったはずの想いを裏切るのか? 自分に問いかける。

 しかし脳裏に焼き付いた“トラウマ”は容易く戦意を削ぎ落とし、獣欲の化身に囲まれた圧倒的な不利を前にオレは、“私”は。

 

 

 

「あ、ぁぁ……!」

 

 簡単に、絶望した。

 

「ブフォ……ブフゥッ!」

 

「ひっ!?」

 

 荒い鼻息を当てられ悲鳴が漏れた。

 

「あ、ああ……ぁ……」

 

()()()()。あの眼、あの悍しき眼でみんなが“私”を見ている。

 それを認識した時、“私”は無意識に苦無を落として膝をついていた。

 

「ひっ、ひっ……!」

 

 ガチガチと歯が鳴る。恐怖から涙を堪えきれずボロボロと落涙する。

 脳内が、これから起こるだろう“惨劇”を予期して恐怖に染まる。意義のある思考はもはや保てなかった。

 

 

「いや……やめて……」

 

 じりじりとオークの群れが囲いを狭める。その度に奴らの鼻息が、興奮した息遣いが耳をついて涙が溢れる。

 

 尻餅をついてずりずりと後ろに退がるたびに囲いも狭まる。

 そんなことを繰り返せば──

 

 

 とすん、と背中にナニカが当たった。

 分かっているのに分かりたくない、されど本能から感触の正体を確かめるべく首を回して──

 

「ブフゥゥゥゥ!!」

 

 ──発情したオークと目があった。

 

「イヤァァァァァァァァァ!!!?」

 

 興奮が極まったオークは“私”の悲鳴に反応して、その巨体で覆い被さる。“私”のような矮躯はそれだけで容易く包まれ、巨体で四肢を封じられた身体に、その“下部”に硬く()()した()を──

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらぁっ!!」

 

 ──直後、視界が明瞭(クリア)になった。何が起きたのか、恐怖で鈍った頭では理解できなかった。ただ。

 横一直線に切り開かれた視界、飛び散る肉片。その奥に見えたのは。

 

「おいおい笑えねぇぞ、こんなコテコテのエロゲ展開」

 

 呆れた顔をしたあの男だった。

 




【あとがき】
うん。まあ、ロリラミア来たしね。そんなにダメージは無かったよ。あれだけ演出凝ってれば実装はほぼ確定だしね!!!!
暇だからラミアの霊衣解放まで済ませちゃったよ……

え? ラミアのバトルグラ?

もちろん1だよ!!!!


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旧帝国軍地下道・二

ヴリちゃん可愛すぎひんか?
再臨で爪先露出すんの誘ってるんか?
舌舐めずりとか“のじゃ”口調とか……

コレ絶対“そういう性癖の人”を狙い撃ちしてるよね!?
引くしかないよね!?


なお




「おい、立てるか?」

 

 地面に横たわったまま呆然とこちらを見つめる幻女に声をかける。

 

「あ……ぅ……?」

 

 ……ダメだ、据わった目で呻き声しか返してこない。

 見た限り“手遅れ”だったわけではなさそうだが。

 

 仕方がないので、とりあえずは周囲の安全を確保すべく群がるオークどもを蹴散らすことにした。

 

「チヨメちゃん」

 

「はっ!」

 

 呼びかけに素早く応じて傍に寄り添うチヨメちゃん。

 

「まずは周りの掃除をしよう、オークは肉が厚くて斬り辛いから急所を狙うといいぞ」

 

 苦無や短刀しか持たない彼女へアドバイスを送りつつ、こちらも“火炎弾”を愛銃に装填して構える。

 

「え……先ほどお館様は一刀両断されていたようでござるが?」

 

 しかしアドバイスに対して混乱したような視線を向けてきた。

 ……うん、まあそうなるな。

 

「アレはこの刀の退魔性能と、なんというかまあコツみたいな?」

 

「な、なるほど?」

 

 頭上にはてなマークでも浮かべていそうな顔で首を傾げるチヨメちゃん。いや、ああいうのは慣れだから口で説明するのは面倒なんだよな。

 ……というか、そんなこと喋ってる間にもオーク共がじわじわとこちらににじり寄って来ていた。

 

「……まあいい、行くぞ!」

 

「は、はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──トイレの壁にあった隠し通路を抜けて数分。

 

 駆け抜けた通路の先にてオークの群れを発見した。

 よく見れば一体のオークが何かに覆い被さるようにして地に伏せているのが見え、直感で「下にいるのは壬生のどちらかだ」と思った俺は速攻でそのオークを斬り裂いた。

 

 案の定、下に隠れていたのは幻女で。呆然とする彼女に喝を入れるべく声をかけてみたのだが。

 特に反応は無し。たぶんに恐怖から固まっているのだろう。

 カエルかお前は。

 

 仕方がないのでこの場のオークは俺たちだけで片付けることになった。

 

 

 

「……にしても、数が多いな!!」

 

 火炎弾でオークを射殺しながらボヤく。

 脂肪がたっぷりのオーク共には火炎弾がよく効くものの、圧倒的な物量差から少々押され気味な現状があった。

 

「チヨメちゃん、幻女を連れて後退だ! 豚共は俺が抑える!」

 

「承知!」

 

 叫ぶように指示を出しつつ火炎瓶を投擲。正面から迫っていたオークの顔面に激突した瓶は、割れるとともに炎を生じさせた。延焼の魔術”を掛けておいたために炎はオークの顔面のみならず周囲の者にも次々と燃え広がり群れは大混乱に陥った。

 

「“物語”通りに知能が低いのは助かるよ」

 

 とある作家の創作した醜悪な魔物、それが豚亜人(オーク)と呼ばれる悪魔の正体である。尤も、その容姿はコレを逸脱した近年の創作ファンタジーに登場する豚人間というイメージから取られているが。

 

 元々オークの名称は、海の怪物やら冥界神オルクスやらから転じたものだが、ベオウルフに登場するグレンデルを指した種族名が発想の根底にあるというのが通説だ。

 

 とはいえ。現在悪魔として出現するオークという存在はまんま“創作世界の魔物”として在る。

 この事を考慮した上で()()()()()()()()()()()悪魔召喚プログラムの特性を加えると。

 こいつらは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とするのが今日のサマナー業界における通説だ。

 

 ……と、語ってはみたものの。そんなことを気にするのは悪魔召喚に携わる“研究者”くらいなもので、当のサマナーたちは“使えるから使っている”というだけの認識にある。

 

 もしくは、沸いて出たオーク共を討伐することで報酬を得る、謂わば“カモネギ”くらいの意識しかない。

 

 かくいう俺もそっち側の認識であり、こいつらを“性欲の強い肉塊”以上に意識したことは無い。

 

 

 

「……だが、一番厄介なのはその“数”だ」

 

 今も目前で群れる二足歩行の豚共は、現れるたびにとにかく“群れる”。自然発生の際に群れるならまだしも、これを使役するサマナーですら“物量戦法”を使ってくる。

 ゆえに、「オークを一匹見たなら百は居ると思え」というのが大真面目に協会内で囁かれるくらいには常識だ。

 

 故に、依頼外で無闇にこいつらを相手にするのは愚策も愚策。

 用が無ければさっさとズラかるに限る。

 

 

 横目でチラリと見て、チヨメちゃんがしっかりと幻女を抱えたのを確認した俺は脱兎の如くその場から走り去った。

 

 

 

 

 ……そこまでは良かったのだが。

 

 

 

 

「いかん……まるで道が分からんぞ!」

 

 走ること十数分、俺たちはものの見事に迷子となっていた。

 

 いや、たしかに俺たちは来た道を回れ右して引き返してきた。本来なら既に公園のトイレに出ている頃合いである。

 

 それが、見渡す限りこれまでの通路と同じような地下道があるばかり。

 不可思議な現象が起きているのは間違いない。

 

「またループものか?」

 

 そう思い、COMPの『エリアサーチ』を起動してみると──

 

 

 ──計測結果、“不明”という文字が表示された。

 同時に、エリア環境を示すパラメーターが“異界”の数値を表している。即ち、この空間は既に“異界内”ということ。

 

 どうやら俺たちは敵の罠とやらにまんまと引っかかってしまったらしい。

 

 

 一応、周辺の悪魔反応を探ってみたが特に反応は見当たらず。先程のオーク共も上手く撒けたようで、とりあえずこの一帯は俺たちしかいないことに安堵した。

 異界への取り込み、そしてオーク軍団の使役。一先ずはこの二つが敵の情報として手に入った現状、それに合わせた準備というのもしておきたかった。

 とはいえ、ここが敵の拠点内である以上はいつ何時襲われるか分からないので一定の警戒だけは保っておく。

 

 その上でホッと一息ついた。

 

 

 

 

 

 

 そこからさらに数分ほど歩いた俺たちは、通路内でも比較的広い空間を発見し、そこで小休止を取ることにした。

 

 チヨメちゃんの担いできた幻女をそっと壁に下ろしてしばらく。嗚咽を止めた彼女へと静かに語りかける。

 

「落ち着いたか?」

 

「……」

 

 しゃがんで目線を合わせるようにして声をかけるも、彼女はチラリとこちらを見た後すぐに視線を逸らし黙り込んだ。

 ……まあ、先刻に会った時からしてこのような態度を取られると予想してはいたが。

 

 と。

 

「……悪い。助けてくれた相手にする態度じゃないよな。でも──

 

 ──怖いんだ」

 

 俯いたまま、消え入りそうな声でそう応えた。

 

 見るからに焦燥し切った様子に、俺もどうしたものかと頭を掻く。

 彼女の“コレ”がたぶんに“トラウマ”によるものであるのは、初対面時のやり取りで察している。

 原因は彼女が持つあの“異能”であることも明白。

 

 ついでに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 “強制発情”の異能。俺を襲った際にも発動させていたソレは、襲撃後の対話では普通に治まっていた。ということは普段は制御下にあるということだろう。

 

 しかし、今は思いっきり発動してしまっている上に()()()()()()()()()()()()()()

 こうして推察に没頭していなければ頭がおかしくなりそうなほどに“ムラムラ”してくる。

 

「……」

 

 一応、彼女から目線を外してみてはいるが。この異能、“視覚に作用しているわけではない”らしい。

 落ち着ける今だから気づけたことだが、なんとなく()()()()()()が彼女から発せられている。

 

 つまりは嗅覚、匂いを媒介として発動する異能ということだ。

 

 現に、彼女を全く視界に入れていないのにムラムラが止まらない。寧ろ、対象を失ったことで暴走気味になりつつある。

 

 そんな折、視線を逸らした先でチヨメちゃんを見てしまった。

 

「っ!!」

 

 慌てて俯いて目を逸らしたものの。彼女の様子が脳裏に焼き付いて離れない。

 袖無し、スリットのある独特な忍び衣装を纏った矮躯。時折見せる物憂げな顔や幸薄そうな雰囲気を思い出してムラムラする。

 

「いかんな……」

 

 ……自らの思考が既に女体で埋め尽くされている状況を理解して焦る。更に今は()()()()()()()()()()

 これでは、野郎を視界に入れて“萎える”こともできない。

 かと言って“自家発電”するのも憚れる……いや、“この感じ”を考慮するに自家発電などしたら()()()()()()()気がする。

 いったいどうしたら──

 

 

「お館様? 如何なされた?」

 

 意思とは裏腹に、着実に高まる“性欲”を前にどうしようか悩む俺へとチヨメちゃんが近づいてきた。

 いかん、こんな状態でもう一度彼女を見てしまえば──

 

「お館様?」

 

 ──憂いに濡れた瞳を揺らしながら、心配そうな表情で歩み寄る彼女。細く白い指先が伸ばされ俺へと触れようとしてくる。

 

「っ!!」

 

 ぷつり、とナニカが切れた気がした俺は──

 

 

 

 

 

 ──速攻で壁にベッドバッドした。

 

 ズガン、と轟音と地響きを鳴らしながら陥没した壁はパラパラと破片を床に降らす。

 ついでに俺の額からも赤い液体がつつ、と垂れる。

 

「お館様!? 本当にどうなされたのですか!?」

 

 驚きと困惑の悲鳴を上げるチヨメちゃんが再度、俺へと触れようとしてくる。

 

「……ふん!」

 

 応じて湧き上がる性欲を誤魔化すべく、俺は再び壁に頭を叩きつけた。

 そしてさらに抉れる壁と、増える流血。

 

「ご……ご乱心なされたか!?」

 

 両手をわちゃわちゃさせながら叫ぶチヨメちゃん。

 ……その可愛らしい様子を見て、僅かだが性欲が薄れた。

 

「ふぅ…………うん、大丈夫。もう落ち着いたから」

 

「?? は、はぁ……?」

 

 目を瞑り天を仰ぎながら深呼吸……ついでに“精神耐性”を高める簡単な(まじな)いをかけておく。

 

 それでようやくまともな思考が再開できるくらいには回復した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数分ほどして、幻女の方もようやく気持ちが落ち着いてきたらしく。あの“匂い”はパタリと治り俺のムラムラも嘘のように消え失せた。

 

「落ち着いたようだな……」

 

 先ほどよりもだいぶ疲れた声で同じセリフを吐く。

 ……発散も鎮静化も望めない“ムラムラ”というのは、これでかなりキツいというのを学んだ。

 

 一方、幻女は理性を取り戻したらしく気まずそうな顔で目を泳がせていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「本当に、悪い。……オレの“匂い”、キツかっただろ?」

 

 初めて見せた申し訳なさそうな表情はなかなかに“可愛い”くて思わず性欲がぶり返しそうになった。

 

 あと、その言い方だとまるでお前が“クサい”みたいだぞ。

 

「ああ、だいぶ“臭った”な」

 

「っ、そ、その言い方はやめろ!?」

 

 恥ずかしそうに頬を赤らめ抗議する幻女。……お前が言い出したことだろうに。

 

 

 とりあえず、と肩を回しながら立ち上がる。

 そして膝を抱えた幻女に声をかけた。

 

「行けるか?」

 

 この先もこの異界内を進めるか、戦えるか、まだ“鈴女を救う気はあるか”を問う。

 現状、傷心気味の幻女を慰めるような時間は残念ながら無い。

 鈴女が、賞金まで掛けられているダークサマナーに囚われたとするならば一秒でも早く助け出さねば命すら危ういからだ。

 

 無理そうなら、仕方ない。

 確実に救える命である幻女だけ連れて異界から脱出するべきだろう。

 

 正直、異界からの脱出だけならなんとかなるとは思う。魔力やらMAGやらを使い果たせば“魔術”を用いてどうにか“穴”くらいは開けられる。しかしその後はしばらく戦闘はおろか身動き一つできないくらいに疲労するのは確か。

 そうなると鈴女の救出は他のサマナーが集まってからになるだろう。

 

 

「お前の命か、友達の命か。どっちを優先する?

 俺はどっちでも構わない」

 

 これは本音だ。

 当初の予想では二人とも既に“手遅れ”であると思っていたために、幻女だけでも確保できたならば御の字。もとより無茶してまで助ける義理は無いし、俺たちだけで()()()()()()()()()

 当然だ、あの物量オーク群だけでもヤバかったのにその上で凶悪なダークサマナー及びその仲魔とも戦わねばならず、更には救出対象までいるとなるととてもじゃないが手が回りそうに無い。

 何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 だが──

 

 

 他ならぬ彼女が、どうしても「助けたい」と。

()()()()()()()()()()()()()()()()と強く願っているならば、それに助力しないという選択肢は()()()()()

 

 理由は明白、()()()()()()()()()()()()

 あの苦痛、苦悩絶望悲嘆その他諸々の“痛み”を知るからこそ。もう絶対に“繰り返したくない”と強く思う。

 思うからこそ、自分や他人の区別なく俺の目の届く、俺の手が届く範囲においては()()()()()()()()()()()()()

 

 なにより、そういう想いはいつだって“眩しく”見えてしまうものだから。

 

 

 ……と、こんな風にカッコつけるようになったのもごく最近の話なのだが。

 そこは、今はどうでもいい。

 

 

「どうする?」

 

 俺の問いかけに、幻女は茶化すでもなく罵倒するでもなく。怒りも苦悩も見せることなく真っ直ぐと俺の目を見返して応える。

 間をおかずして答える。

 

「助ける。オレはそのためにここに来たんだからな。

 ……だから、悪いがアンタらの力を貸してほしい」

 

 そう言って神妙な面持ちでゆっくりと頭を下げた。

 両手を床について額を地に擦り付けんばかりに下げた様は、それはもう見事な土下座だった。

 

 ……え、いや、別にそこまでさせたかった訳じゃないんだけど?

 ちょっと、いや大分、予想以上に覚悟決まっちゃってる感を出されて内心焦る。

 てっきり、もう少し悩むかと思ってたのに……歳の割に肝の据わった娘である。

 

 

 

 だが、悪くはない。

 

「そうか。ならそろそろ出発するか」

 

 俺はなるべく平静を装いつつ通路を歩み始めた。……なんか、わざわざ勿体ぶって確認する必要もなかったな、と内心反省。

 

 そんな俺へと幻女は少し驚いたように声をあげた。

 

「お、おい! 出発って……なんか作戦でも考えてんのか?」

 

 疑わしげに見つめる幻女だが、無論、考えはあるとも。

 

 幻女が落ち着きを取り戻すまでの間にCOMPの“エリアサーチ”を用いて周辺地形のマッピングを繰り返した。

 これにより、周辺だけだがなんとか地形を把握することができた。

 異界内といえども、我々“物質存在”がきちんと地に足つけてられる以上は少なからず地形というものは存在している。

 ならば“霊波による反響定位(エコーロケーション)”を用いるエリアサーチの連続で把握することは可能だ。

 

 ……ただ、異界内というのは“精神に傾いた世界”だけあって宙に矢鱈めったら“霊波が飛び交っている”。現実世界の空気並みに霊力が蔓延していると言ってもいい。

 ゆえに、反響が上手く届かず。精々が数十mの範囲しかサーチできない。

 まあ、これだけでも不意打ち対策にはなるし便利ではあるが。

 

 次に──

 

「チヨメちゃん、お願いできるか?」

 

「承知にござる」

 

 俺の声に粛々と応えて膝をつくチヨメちゃん。そして手印を結んだ彼女は何やらブツブツと呪文のような“祝詞”のようなものを唱え始めた。

 すると──

 

「おぉっ!?」

 

 彼女の身体から黒い靄のような“長いナニカ”が溢れ出してきた。それを間近で見ていた幻女が驚きの声をあげて後退る。

 

 そんな彼女を宥めながらも、みるみるうちに“とぐろ”を巻き始めた靄を見つめる。

 ……まあ、俺も初めて見た時は「()()()()?」とか思ったけど。彼女の言葉を信じる限りは“使い魔”らしいし、先日の廃病院の時もこれで偵察をしてくれて大変に助かった。

 

 今回も頼らせてもらう。

 

 

 やがて、周囲をうねりながら這っていた靄は通路の先へと蛇の如き動きで進んでいった。

 これで通路の先の詳細を確認できる上に、最大範囲も結構広いっぽい。更には()()()()()()()()()()()()()という破格の便利さを誇る。

 

 いやぁ、チヨメ様様だな。

 

 

 

 

 そうして暫く。

 ずっと目を閉じて集中していたチヨメちゃんが唐突にこちらに振り向いた。

 

「……偵察、終えましてござる」

 

 粛々とこちらに告げるチヨメちゃんだが、どことなく“疲れてる”ようにも見えた。

 結構広い範囲まで見てくれたのかな?

 

「どうだった?」

 

「この先しばらく進んだところに大扉を発見。使い魔越しにござるが一際大きな“魔力”を感知してございまする」

 

 ふむ、定石ならばそこが敵の居場所。所謂ボス部屋だろう。

 できれば鈴女だけ見つけてズラかりたかったが、異界を構築するようなダークサマナーだ、どのみち戦闘は避けられないとも考えられる。

 

「分かった。ならそこへ向かおう、案内頼めるか?」

 

「承知。……それと、道中にて幾つもの別れ道がございまするが、奥に続く道以外は悪魔”が待ち受けております。ご注意を。

 

 先導は拙者が務めましょう」

 

「ああ、任せた」

 

 ポン、と肩を叩くとどことなく嬉しそうな顔になったチヨメちゃんは少々張り切った様子で先を歩き始めた。

 

 その背を微笑ましく眺めながら俺たちも彼女の後に続いた。

 







【あとがき】
無事に水辺のステゴロが重なりましたとさ。
うん(血涙


え、恒常だからいずれ来る?

五年やってて未だにノーマルネロちゃまいないんですが??
孔明もメイヴも良ちゃんも(ry

いないんですが????(血涙噴射


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旧帝国軍地下道・三

人外精神のプーリンに慈悲無く搾り取られたい…… (*´д`*)ハァハァ

あ、割とマシな方のマーリンはステイ。



「うおぉぉおおぉ!?」

 

全力で通路を走る。

背後からは鼻息を荒くしたオーク群が実に百以上連なりこちらを追いかけてくる。

個々の歩みは鈍重極まるものの、次々に溢れ出してくる物量を考えるとこちらが倍以上に走らねば容易く追いつかれてしまう。

左右上下を制限された狭い通路であるから尚更に。

 

「チヨメちゃん! 次の道は!?」

 

「あぁ、え、と!」

 

俺の問いに、併走する彼女はあたふたしながら使い魔の蛇を道の先へと次々に放り投げている。

ちなみにこの使い魔は先ほどの靄とは違う正真正銘の蛇だ。

 

彼、もしくは彼女らがニョロニョロと意外に素早い動きで退路を見つけてきてくれるために俺たちはなんとかこうして生き抜いている。

 

しかしそれも時間の問題だろう――

 

 

 

 

 

 

――ことの起こりは十数分前。

 

チヨメちゃんの黒靄に従って意気揚々と進み始めた俺たちだったのだが。最初の別れ道に差し掛かった頃。

 

唐突に()()()()からオークの群れが現れた。

チヨメちゃんの偵察結果と全く異なる奇襲、その時点で既に嫌な予感がしていた。

 

ともかく、慌てて反転した俺たちは来た道を引き返した。

 

が。

ついさっき通った道は()()()()()へと変貌しており無事に二回目の迷子と相成った。

 

更には新たに出現した道からも次々にオークが現れ、そのたびにチヨメちゃんの使い魔を用いて退路を捜索。これを繰り返して冒頭に至るわけだ。

 

 

現状を見る限りこの異界、()()()()()()()()

或いは()()()()()()()()()()()()()()()

 

逃げた先々でオークで出会うことを考えれば、おそらくは後者。つまり俺たちは“既に敵に捕捉されている”ということだ。

 

その上で未だにオークしか差し向けてこないというのは、それしか対処法が無いのか。もしくは()()()()()()()()だけなのか。

こちらもやはり後者と考えるべきだろう。

 

単純に、この規模の異界を自由自在に操れるような奴がオークしか手札が無いというのも不自然な話だからだ。

 

「ふざけた野郎だぜ……!」

 

こちらを弄ぶ敵に怒りを覚える。

その怒りを銃弾として背後のオーク共にぶっ放す。

先頭の何体かは倒れ伏すもののその屍を踏み越えてすぐに新たなオークが前に出てくる。焼け石に水だ。

 

「お館様、こちらへ!」

 

再びチヨメちゃんが退路を発見しそちらへ誘導する。

俺と幻女はそれに従って、見えてきた別れ道を曲がった――

 

 

 

 

――その瞬間。

 

「っ、お館様!!」

 

「うわっ!?」

 

突然、チヨメちゃんが手を突き俺を押し除けた。

不意の行動に俺はそのまま後ろによろめきぴったりとくっ付いて来ていた幻女を巻き込んで倒れた。

 

「チヨメちゃ――」

 

いきなり何を、と彼女の方へ目を向けると。

 

そこには、床が変化した大穴の中へと落ちて行く彼女の姿があった。

 

「お館様、どうか、御武運を――」

 

ふわり、と宙を舞うようにして落下していく彼女へと手を伸ばす。

 

「チヨメちゃん!!」

 

――だが、俺の手が届く前に大穴はまるで口のようにバクン、と閉じて元の床へと戻ってしまった。

さながらミミックのような現象にしばし茫然としてしまう。

 

「っ!」

 

慌ててCOMPを確認し、ひとまず“命に別状はない”ことが分かった。更には“仲魔との(パス)”を通じて伝わってきた感覚では、遠くへとどんどん離れていっている。

……つまり、彼女は連れ去られてしまったということだ。

 

 

「お、おい! 追いついてきたぞ!?」

 

幻女の呼び声で、そういえばオーク共に追いかけられていたことを思い出し素早く転身して武器を構える。

 

「……くそったれ」

 

視線の先では、通路の左右に点在する横穴から虫の如く溢れ出るオーク群がこちらへと一直線に迫っていた。

加えて、別れ道のもう片方からもオークが湧き出ている。

 

「仲良くオークEDとか洒落になんねぇぞ……」

 

うんざりするほどの状況に思わず愚痴る。

とはいえ、愚痴ったところで変わることもなし。

面倒だがここは俺が気張るしかあるまい。

 

「幻女、少し離れてろ」

 

「お、おい?」

 

ぐい、と彼女を押し除けてから“手印”を結ぶ。

同時に体内のMAGを魔力に変換した。

 

「“オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ”」

 

唱える真言は“秋葉権現”。

俺に最も縁深き“火之迦具土”と同一視される火の神だ。

 

俺が“奥山の魔剣”である以上かの神との親和性は抜群で、その力の一端を引き出すことも容易い。しかし、戦闘中に長々と祝詞を唱える時間はない。

そこで、密教宗派で用いられる真言を活用し詠唱時間を短縮及びかの神との接続を即座に完了させる。

 

魔術師たちから見れば“狂気の沙汰”、サマナーだからこそ許された“魔術理論”だ。

 

 

真言を唱えて直後にバッと両手をオーク共に向ける。

発動するのはもちろんアギ系。

 

火神炎舞(マハラギオン)!!」

 

本来の名称ではない、詠唱省略からの簡易詠唱。

しかし、奥山たる俺が発動すれば相応の威力が保証された一撃となる。

 

両の掌から放たれた豪炎は、二つの通路の先から迫っていたオークの群れへと直撃。

先頭の数体を瞬時に消炭に変えた後、後続へと次々に燃え移りその悉くを燃やし始めた。

 

 

「すっげぇ! やるなお前!」

 

幻女は目を輝かせながら俺に称賛の声をかけてきた。

 

「どうも。さっさといくぞ」

 

素っ気なく返事をしつつすぐさま通路へと走り出す。

……というのもコレ、かなりMAGを消耗するのだ。

 

昔ならそんなことも無かったが、力の落ちた俺が使うと保有MAGの半分くらいは持っていかれる。頑張っても精々三発が限度だ、それも撃ち終えれば動けなくなるほどの消耗を覚悟せねばならない。

 

「ハッ……ハッ……!」

 

息が荒くなる。同時に意識は僅かに朦朧とし額には脂汗が滲む。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「……正直、大丈夫じゃないな」

 

心配そうに問い掛ける幻女へと素直に答える。

うん、我ながら結構頑張ってる方だと思うよ俺。

 

視界の先、通路の先では未だにオーク共が燃え盛り次々に力尽きて倒れ伏す。それら屍を足場にしながらどんどんと先へと駆けて行く。

無論、がむしゃらに走っているわけではない。

 

先ほど連れ去られたチヨメちゃんとの『パス』だ、これを印として走っている。

ついさっきまでは遠くに離れていたが、今はある一定の場所で停止している。とりあえずはそこを目指す。

 

 

……だが、魔法の使用は少々早まったかもしれない。今も全力疾走がかなりキツい。

もともと俺は術師型ではなく前線で剣を振るう近接型だ。

MAGを魔力へと変換できる量も術師に比べれば低い。

ゲーム風に言えば“MPが少ない”。

霊力低下した今なら尚更だ。

 

なので、極力魔法は使いたく無かったがそうも言ってられない状況だ。

 

 

とかなんとか考えてるうちにも、燃え尽きたオーク共の背後から新手のオークが出現した。

 

「くそっ!」

 

ぼやきながら再び魔法を放とうと構えた俺に、しかし幻女が手で制してきた。

そのまま前に歩み出る彼女。

 

「バカっ、あの数じゃ…!」

 

「黙って見てろよ……ここからはオレも気張る」

 

強い意思の籠もった声に思わず閉口した。

 

そんな俺を他所に幻女は手印を結び、自らの“異能”を開放した。その身体から薄い桃色の煙が立ち昇る。

が、それらは指向性を持って前方のオーク群へと一直線に飛んでいった。

 

 

「グ……オォ!?」

 

煙が前方のオークにぶつかってすぐ、そのオークは苦悶の声を上げて震え始めた。更には、周囲のオーク共にも煙が纏わり付き同じ症状を引き起こしていく。

 

「“(オン)

 

短く声を上げた幻女に応じて、オーク共が“その場で腰を振り始めた”。いや、よく見れば誰もいない場所に向かって突進したり暴れている個体もある。

 

「幻術か……」

 

「おう、ああなったらもうこっちを見つけることも出来ないはずだぜ」

 

俺の呟きに得意げに答えながら幻女は苦無を構えた。

 

いやはや、能力を制御し尚且つ“手加減”も無い状態だとこれほど強力なコンボが出来るのか。見た目やら前の襲撃やらで少々頼りなく思っていたが。

 

「やれば出来るじゃないか、感心したぞ」

 

素直に感心した俺は思わず彼女の頭を優しく撫でていた。

それにビクッと大きな反応をして即座に振り払う幻女。

 

「な、なんの真似だこの野郎!? ブチ殺されてぇのか!?」

 

顔を真っ赤にして激怒する幻女に、俺も慌てて頭を下げる。

 

「わ、悪い! ついいつもの癖で……!」

 

「癖って……あの忍者にもこんなことしてんのか?」

 

信じられねぇ、変態だぜ、と呟きながらドン引きする彼女。

……いや、頭撫でただけで辛辣過ぎだろ!?

なんで変態認定なんだ!?

 

「気持ち悪いが、時間もねぇしな……とりあえず後で協会に通報するからな!」

 

怒鳴りながら、狂乱状態のオークに次々と苦無を突き立て始める幻女。

 

「そ、それだけはやめてくれ! “児ポ”認定だけはいやだ!!」

 

こちらも銃でオークにトドメを刺しながら抗議する。

裏社会に属する協会であっても昨今は児ポに厳しい傾向にあるために、協会の制定する規則の中にも“未成年への不用意な接触”に関する罰則が存在するのだ。

最低でも禁固刑、悪ければ処刑されるという恐ろしき刑罰が。

どちらにせよ“有罪”になった時点で俺の“児ポ認定”は避けられない。

 

そんなことになれば今後一生、協会の連中から「うわ、児ポだ」とか「小児性愛者とか救いようないよね」とか「このロリコン!」とか後ろ指さされることになる。

 

それだけはいやだ。

 

 

「分かった! 飴、飴ちゃんやるから!」

 

「舐めてんのか!!」

 

飴だけに?

……あ、ごめんなさい調子乗りました、ですからその苦無はオークに向けて下さい通報もやめてくださいお願いします何でもしますから!

 

「ふん!」

 

俺の必死の懇願を受けて、幻女は軽蔑の視線の後にそっぽを向いてしまった。

……え、と。マジで通報だけはやめてね?

 

その後、俺は児ポ認定の恐怖に怯えながらも、幻覚で混乱するオークを始末しつつ通路を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――同時刻、異界最奥部。

 

古いランタンに照らされた石造りの部屋。

牢獄と思しき鉄格子に遮られた小部屋が、左右にズラリと並ぶ長方形の大部屋だ。

それらの奥には一際大きな空間が置かれ、そのさらに奥には石段の頂上に大仰な玉座が設置されていた。

中央には“何やら複雑怪奇な文様を並べた魔法陣”が描かれ、その中央には“濃密な邪気”が黒色の霧として視覚化されている。

 

その大部屋の手前、右手の牢獄には手足を鎖で拘束された鈴女が囚われていた。

 

「ぶひっ! それにしても唆る身体をしている」

 

そんな彼女を舐め回すようにじっくりと観察する肉塊が如き男。

豚皮豚ノ介。

 

「っ……貴方がオークの親玉ってわけね。なるほど、相応に“浅ましい思考回路”をしているわ」

 

羞恥に頬を赤らめながら、強がるように彼女は口を開いた。

それを嘲笑しながら豚ノ介は答える。

 

「ぶひひ、それはちょおっと()()かなぁ? 確かに俺はオーク共を纏める()()を賜っているが、それもこれも“王”をご招待するための準備に過ぎぬ」

 

「王? 招待するって、何を……」

 

疑問の声を上げる鈴女に、豚ノ介は嬉しそうな笑みを浮かべて答えた。――本来ならば敵に聞かせる話ではない内容を。

 

「よくぞ聞いてくれた!! ぶひ、せっかく準備してきたのに自慢する相手が居ないのも寂しかったからなぁ。

 

まず、あの魔法陣を見るのだ!」

 

手に持つ杖をバッと奥部屋に向けて叫ぶ。

 

「…………えっ、と。見えないんだけど?」

 

「っ!!」

 

――しかし、独房で拘束された鈴女の目には到底見えない位置。豚ノ介は出鼻を挫かれたことに呻きながらも咳払いで誤魔化した。

 

「……まあ、アレだ。この地に滞留した膨大な“霊子”、“MAG”、“邪気”、“悪意”。それらエネルギーを集めて我が特製の魔法陣へとセットしてあるのだ。

ここまでは良いな?」

 

「う、うん」

 

教師が生徒に言い聞かせるように問う豚ノ介に思わず鈴女も素直に応える。

 

「しかし、それらエネルギーはそのままでは使い難い。当たり前だ、一言にエネルギーと言ってもそれぞれが持つ方向性はバラバラ、性質や“出力”だって個々に異なる。

 

そこで!!

 

これら乱雑極まるエネルギーどもに纏めて同じ方向性を与える必要があるわけだ」

 

空いた手の平へとペチペチと杖を叩きつけながら熱弁する。

 

「そ、その方向性とは?」

 

彼女の問いに、豚ノ介はギラついた視線を返した。

 

「無論、“肉欲”だともスズメくん」

 

「っ!!」

 

ニタリ、と下卑た笑みで彼は答えた。

瞬間、鈴女の背筋にゾワリと悪寒が走り心底から軽蔑の念が溢れ出した。

 

顔を痙攣らせる鈴女に気分を良くした彼は舌舐めずりしながら一歩近づいた。

 

「ひっ、こ、来ないで!!」

 

心の底からの拒絶の意思を声に乗せて叫ぶ。しかしそんな様子に益々気分を良くした彼は、ボタボタと涎を垂らしながらさらに近付いた。

 

と。

 

 

「――んん? どうやらもう一匹捕まえてきたらしいな」

 

すぐ隣の独房から何やら物音が響き、豚ノ介は意識をそちらに向けた。

そのことに内心ホッと胸を撫で下ろす鈴女。

 

徐に豚ノ介が手をくいっと振るうと、独房の横壁がまるで引き戸のように素早くスライドされ隣の牢屋が丸見えとなる。

 

そこに居たのは――

 

 

「ホホッ! これはこれは、我が工房に忍び込んだくノ一二号くんではないか!」

 

豚ノ介特製の鎖に四肢を拘束された“チヨメ”であった。

――あのミミックのような床に捕食された後、彼女は豚ノ介お手製の“MAGを搾り取る鎖”に拘束され独房までオートで搬送されていた。

 

「くっ、貴様がダークサマナー豚ノ介とやらにござるか!?」

 

拘束されながらも敵意を込めた視線を向けるチヨメに、豚ノ介は楽しげな様子で語りかけた。

 

「如何にも、如何にも私は豚皮豚ノ介!

()()()に名を連ねる偉大なる“魔導師”ですぞ、ぶほほっ! ぶひっ、ぶひっ! じゅるり」

 

興奮気味で自己紹介した後、涎を啜りながら下卑た視線を恥ずかしげなく向ける。

チヨメは一瞬で顔を痙攣らせた。

 

――あまりにも、あまりにも“醜悪”! 造形とかそういう問題ではない、精神、魂の一片に至るまでが“獣欲の塊”。

 

英傑として、忍びとしての観察眼から豚ノ介の本性を見抜いた彼女はそのあまりの悍ましさに吐き気を催した。

曰く、此奴は()()()()()()()()()()、と。

 

そんなチヨメの心境などお構いなしに豚ノ介は更に興奮を高めた。

 

「ぶほほ、ぶほほっ! これより“贄”を集めようとした矢先に、まさか、まさかこれほどに“好み”な雌共が自ら飛び込んでこようとは!

 

……ぶひひっ、そんなにも俺自慢のビッグマグナムが欲しかったのかい?」

 

得意げな笑み(気持ち悪い)で告げる豚ノ介。

 

――ゾワリ。

 

その笑みを向けられたチヨメのみならず、横顔を見ただけの鈴女すら怖気が走った。

 

事ここに至り二人は正しく理解する、豚ノ介という男を。

コレは、()()()()()()()()()()()()()()()であると。

ともすれば()()()()()()()()()()()とも。

 

ただの人間がここまで“悍ましく”、“不快の塊”と化すことなど到底有り得ないと想定するが故に。

 

戦慄する二人の“恐怖”を感じ取った豚ノ介は更に笑みを深め最早“獣面”と呼ぶにふさわしい容姿のままに杖を振るう。

 

それに応じて“複数の魔法陣”が部屋のあちこちに現れ、その中から“無数のオーク”が召喚された。

それもただのオークではない。豚ノ介の魔術によってこの地に滞留する負のエネルギーから“肉欲”のみを抽出、ぶち込んだ“発情オーク群”である。

その証に、皆一様に涎を垂らし鼻息を荒くしながら腰布に大きく“テントを張っている”。

 

「ひっ……!!」

 

チヨメはともかく、未だ年若い鈴女はそのテントの中身を想像して思わず悲鳴を上げた。

その行いは豚ノ介の劣情を更に高める結果となる。

 

 

 

「ぶひっぶひひひひひひ!! さあ、“蹂躙”の始まりだぁ! お前たち二人とも、気持ちよく鳴いてくれよぉ? ぶひひひひ!」

 

両手を大仰に広げて下卑た笑いを上げる豚ノ介。

その声に応じてオークたちが一斉に雄叫びを上げた。

肉欲に支配された醜い雄叫びを。

 

そして、我先にと二人の小さな雌へと走り出す。

 

獣欲に支配された巨躯の豚の群れ、それらが一心不乱に迫る様は幼い鈴女の心を屈服させるには十分であった。

 

「いや、いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――が、その蹂躙は突如として響き渡る破壊音によって中断される。

 

「ぶひっ!?」

 

音の発生源たる入り口に目を向ける豚ノ介。しかしそこはすでに土煙に覆われ、音の正体を確かめるには至らない。

 

代わりに――

 

「ふぃ〜、やっと辿り着いたか」

 

呑気な()の声が聞こえてきた。その時点で豚ノ介はすぐさま不快感を顔に表す。

自らの拠点にして工房たるこの部屋には“贄たる女体”、或いは“同志たる豚人間”しか存在してはならないと(どうでもいい)信念(ポリシー)を持つが故に。

 

やがて、土煙が晴れた後には“粉々にされた石扉”と――

 

 

――デビルサマナー奧山秀雄の姿があった。

 

 

「ぬぅぅぅ……侵入者のクソ雄かぁ!」

 

ピキピキと額に青筋を浮かべた豚ノ介は、辛抱たまらんといった様子で吠えた。

 

対し、ヒデオはそんな彼に目を向けることなく――

 

 

――拘束された二人の少女へと視線を向けていた。

 

「鈴女と……チヨメちゃん――」

 

視線を向けてようやく、二人が“発情したオーク共”に迫られている状況を理解した。うち、鈴女の方は恐怖から整った顔がぐちゃぐちゃになるほど泣き腫らしていることも。

 

「っ!!!!」

 

――瞬間、ヒデオの沸点が臨界突破する。

 

自らがロリコンであることを“まあ、そうだよな”と不承不承ながらにも内心認めている彼だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

現に怒りとは別に、拘束され少し淫らな姿を晒している少女たちに興奮している自分がいる。限りなくアウトだ。

 

だが、()()()()()

 

彼の怒りもまた正直な感情の発露である。

なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と硬く自らに誓いを立てているがゆえに!

 

――ちなみに、幻女の異能で簡単に発情したのはノーカンである。

 

 

「テメェらぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

怒り爆発と相成った彼は戸惑うことなく『マハラギオン』を放つ。無論のこと、“ヒノカグツチ”たる彼ならばアギ系の“焼き分け”も容易なために容赦なくぶっ放せる。

現に、放たれた魔法は少女たちを一切燃やすことなく周りのオークだけを消炭へと変えていた。

 

「ぶひひぃ!?」

 

怒りによって威力を増した魔法を前に、豚ノ介も盛大に腰を抜かして慌てて後退る。

 

「ふぅぅぅ……!」

 

込められるだけの魔力を込めて放ったマハラギオンの反動を全身で受けつつも、怒りに満ちたヒデオは止まらない。

 

軋む身体を無理やりに立ち上がらせ、ゆらりした動きで一歩を踏み出した。

 

更に、一歩。一歩と尻餅をついた豚ノ介へと歩み寄る。

 

その様はまるで修羅!

いや、怒髪天を突く激情を秘めた姿は最早鬼神にも等しい!

 

 

 

「テメェの血は……何色だぁぁ!!!!」

 

 

 

 




【あとがき】
ちょっとふざけ過ぎたかな、と思う一方でやはりもっと過激にするべきだったと反省……あとで少し書き直すかもしれません。


ところで、俺はロリのおみ足に劣情を催すんだけど貴様は?


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豚の魔法使い

あけましておめでとうございます。
新年早々この話はどうなのか? と思いましたが、私如きがあまり気にし過ぎてもしょうがないなと開き直って更新します。

※新年早々残酷な描写及び過激な描写を含みますので何卒ご了承ください。











 ──私は、一度死んだ。

 

 特に何か語ることもない平々凡々な……いや、“屈辱”に満ちた生涯であった。

 

 

 

 私は生まれてより“醜かった”。

 両親は別段そんなことはないにも関わらず、その遺伝子を受け継いだ私はとかく醜かった。

 初めは母の浮気が疑われ夫婦喧嘩にも発展したという。しかし、検査の結果、正真正銘自らの子であると証明されてからは父も“諦めた”らしい。

 両親は私に“何の期待もしなかった”。ただ“義務”を果たさんと最低限の世話を焼くのみで興味すら示さなかった。

 

 

 私は同年代の者たちより劣っていた。

 自身の醜さ故に上手くコミュニケーションが成り立たず、相手は不快そうな表情を浮かべて離れるばかり。

 これでは、幼少期に育むべき能力が劣るのも道理であった。

 

 その結果、初等部に入って真っ先に孤立した。

 幼年期に友達と遊ぶという経験が欠如した私は自然と外で体を動かすこともなく育ち、運動神経に致命的な遅れを見せていた。

 子ども時代は“運動神経が良い奴がヒーロー”だ、逆に運動が出来ない奴は侮蔑される傾向にある。

 その根拠はよく分からないが、事実としてそのようにあるのだから理由などどうでもいい。

 

 孤立とは、すなわち“迫害”への序曲である。

 

 初等部、中等部に上がってからも私は当然のようにいじめられた。

 それ自体は、最早“どうでもいい”。今更どうこうできる話でもないししたいとも思わないし“思い出したくもない”。

 

 

 ──だが、そんな日々の中で一つだけ。私に光を見せてくれた存在がいた。

 

『ちょっと、彼が何をしたって言うのよ!』

 

 そう言って私の前に立ち、堂々といじめっ子たちを叱責する彼女。彼女だけは私の味方をしてくれた。

 

 ただ家が近所というだけで幼年期よりなにかと世話を焼いてくれ、その上、私をいじめから守ってくれた。

 私にとって彼女は天使、というよりも“女神”のような存在であった。

 

『……あんなのは気にしなくていいのよ。貴方にはあなたの“長所”があるんだから』

 

 そして、彼女のこの言葉で私は思い出した。

 そうだ、私にはこの“知能”があったと。

 

 幼い頃より孤立していた私だ、時間だけはたっぷりとあり暇つぶしにと始めた勉強も中等部の頃になれば目に見えた成果を上げるくらいにはなっていた。具体的には“学年トップ”になれるくらいには。

 

 

 それからの私は一心不乱に勉学に打ち込んだ。

 その後もいじめは続いたが光明を見出した私はそれを意に介さず、ひたすらに知識を深めた。

 

『すごいじゃない!』

 

 そう言って、時折褒めてくれる彼女に随分と救われていた。

 褒められるたびに気分が高揚し勉学への意欲が増した。その頃にやってようやく気付く。

 

 ああ、私は彼女に恋をしているのだと。

 

 

 ──必死の勉強の甲斐あってか、私は県内でもトップクラスの高校へと進学できるまでになっていた。

 

 機嫌がよさそうにあれこれと進めてくる教師に辟易としながら私は、それら全てを()()、“彼女”と同じ高校へと進学した。

 

 高校へと上がればこれまでの人間関係は一旦リセットされる。それ即ち“やり直し”のチャンスだ。

 今からでも必死にやれば、この“体型”くらいはどうにかできるかもしれないし人間関係だって無難なものを築けるはずだ。

 

 私にとって進学は“新たな世界”への旅立ちにも似た吉兆だった。

 

 

 

 ──そんなもの、ただの“まやかし”に過ぎないというのに。

 

 

 

 進学した私は、これまでと同じように“いじめられた”。

 当たり前だ、コミュ障で小太りおまけに顔も醜いとくればそうなるは当然の帰結。

 さらに悪いことに、“彼女”は別クラスだった。

 

 助けてくれる存在もいない、友すらいない、ただそれでも“彼女”への憧れと。偶に会う度に心配してくれる彼女の優しさ。

 私は強がりから「上手くやっている」と嘘をついていた。

 

 大丈夫だ、たとえ離れても彼女は変わらず見てくれるし気にしてくれる。私は私に出来ることを頑張って、そうしていればいつしか彼女も──

 

 

 

 

 

 

 

 ──半年後、“彼女”に彼氏が出来た。

 

 相手は彼女が所属するテニス部の先輩、きっかけは共に練習に付き合ってくれたことだという。

 

 

 初めは信じなかった、単なる噂話だったからだ。

 

 

 しかし、手を繋いで仲良く下校する姿を見て──

 

 

 

 

 

 

 

 ──私は引きこもった。

 何をする気にもなれず、何を考えることもなく。日がな一日ベッドの上で天井を眺めるだけの日々。

 私に興味を持たない両親は何も言わず、最低限の食事を用意するのみで声すらかけなかった。だが、そんなのはどうでもいい。

 それどころか、自分すらどうでもよくなっていた。

 

 

 そんな私に──

 

 

 

『ああ、なんたる悲劇か。なんたる裏切りか。君の運命を定めたる“神”のなんと残酷なことか』

 

 ──()()が語りかけてきた。

 

 不気味な仮面を被り、漆黒の翼を羽ばたかせながら“彼”は語りかけてきた。

 

 初めは混乱した、しかし明らかに“人ではない”姿を見て恐怖した。

 だが、そんな私に“彼”は語りかける。

 

『これは“君のせいじゃない”、なにせ君は“被害者”なのだからね。だから──“復讐”のための“力”を教えてあげよう』

 

 当然、“抵抗”した。部屋にある様々なものを投げつけて、必死に自らの“命”を守ろうとした。

 だが、それらは彼にとって“攻撃”にもならず、投げつけられたモノを()()()()ながら彼は迫ってきた。

 そうして耳元に近付いた彼は再度、語りかけてきた。

 

『ああ、とても“残酷”な話だが。“コレ”を見てもらうより他にないみたいだ』

 

 そう言って直後──

 

 

 ──私の脳内に“知らない映像”が流れ込んできた。

 

 それは“彼女”の記憶だった。

 それは彼女にとっての“青春”の記憶だった。

 

 私が引きこもってからこれまでの、“彼女たち”の記憶だった。

 

 私が知らない表情、声、姿を“ヤツ”に見せて喜ぶ姿だった。

 

 私が知らない“秘密”を明らかにし“悦”を感じる彼女だった。

 

 私が知らない、私が知らない君が──

 

 

 

 それらが止めどなく、私の心を粉々にするまで続く。

 そうして放心する私へと彼は声をかけた。

 

『私が君に“復讐”の機会を与えよう、力を与えよう。

 さあ、どうする?』

 

 “彼”の言葉は甘く蕩けるように“心地良かった”。

 そして彼の言うがままに私は“魔術を習得した”。

 

 非日常にして超常なる力。私はそれに“歓喜”した。

 そして更なる力を乞う私に彼はこう答えた。

 

『これより先を望むならば、“復讐”を果たしてきなさい。そうすれば君は“もっと強く”、“もっと自由”になれるよ』

 

 私は二つ返事で了承した。

 

 

 

 向かう先は決まっている。

()()()()()

 

 

 

 

 

 

『■■くん!? 待って、今開けるわ!』

 

 インターホンに出た彼女はひどく驚いた様子で私をすんなりと家に上げた。まあ、数ヶ月も音沙汰なしだったのだから致し方ない。

 

『突然、学校に来なくなっちゃったから心配していたのよ……』

 

 部屋に招きながら彼女はそんなことを言っていた。でもそれすら今は()()()()()()()()

 

『今、お茶を──』

 

 部屋を出ようとする彼女を背後から襲って、ベッドへと押し倒した。

 

『■■くん!? な、何を!!』

 

 ──知れたこと。

 

 私はここに()()()()()()()()()()のだから。

 

 

 

 

 ──蹂躙だった。ただひたすらの“暴力”だった。

 泣き叫ぶ彼女を、()()()()()()()彼女へと欲望をぶつけた。

 彼女は()()の視線を向ける。

 ──ああ、君すらそんな目を向けるのか。

 

 怒りと()()()を感じながら私はひたすらに彼女を辱め続けた。

 

 もはや“優しい未来”は訪れない、救いはなく光もない。私は自らそれらを閉ざしたのだから。望むこともない。

 

 ない、はずだったのに──

 

 

『助けて……()()

 

 

 ──その一言を聞いて、私の中でナニカが砕けた。

 

 

 そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──気づけば彼女を()()()()()()()

 

「あぁ……ああっ!」

 

 ぐちゃぐちゃに汚された、否、()()()彼女を必死で揺さぶるも返事はない。脈もない。生気がない。

 

 そこには死体だけかあった。

()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ああぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 私は走った、その時何を考えていたかも覚えていない。

 ただ確かなのは──

 

 

 

 ──階段で足を滑らせて滑落死したことだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

ハハハハハハハハハハハ!!!!

 こいつは傑作だぁ!! ハハハハッ!!

 素晴らしい、素晴らしいよ■■くん! 

 こうまで見事な“堕落”は久しぶりだ!!

 

 ──お礼に、いや、約束通りに。

()()()()()()()()()()()

 

 安心したまえ、君を預けるのは“私の同志”の中でも特に“相性が良い”相手だからね。君も、気にいるはずさ』

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 マハラギオンでオーク共を薙ぎ払った後、そのまま駆け出そうとして膝をついた。

 

「ハァ……ハァ……ッ!」

 

 立ち上がることも難しいほどの疲労感に、ようやく冷静な思考が戻ってきた。

 ……頭に血が上って、つい魔法を放ってしまったが。考えなくても分かるほどの愚行であったと今更後悔する。

 

 とりあえず、コートの内ポケットから『チャクラドロップ』を取り出して口内へと放り込み噛み砕いた。

 瞬間、体内に僅かながら“MAG”が戻りなんとか立ち上がる。

 

 ちなみに『チャクラドロップ』とは、名の通り飴の形をした回復アイテムだ。“奇妙な紋様”が描かれた飴玉という外見ながら、その効果は“MAGの蓄積”というレアなモノ。更にはこれを食することで“失われたMAGを補充できる”のだ。

 悪魔と違って人間は“体外からのMAG補給が出来ない”。いや、何らかの“術”や“装置”を使えば可能だが総じて手間と金が掛かるし基本的に人間はMAGを自己生成するしかない。

 術や装置なしにMAGを吸収できる奴は最早“人間をやめている”。

 

 無論、術や装置で日常的にMAG補給を行なっている連中は確かに存在するし、前者ならば“葛葉ライドウ”が良い例だ。

 

 ……え? このドロップ使えばMAG補給しながら脱出も魔法連発も出来るんじゃないかって?

 うむ、世の中そんなに甘くはない。

 

 ドロップで補充できるのは精々がマハラギオン一発分だし、そもそもが高級品過ぎて数も揃えられていない。

 手持ちは今食べたのを引いて残り二つしかない。

 

 

「だから俺はそもそも物理型なんだってのに……」

 

 他ならぬ自分に言い聞かせるようにして気を持ち直して銃を構えた。

 狙いはもちろん、目の前で何やらプルプル震えている“肉塊”だ。

 真琴からもらった写真と一致する外見から“豚皮豚ノ介”に間違いない。

 

 と。

 

「くそっ! あいつらも追いついてきた!!」

 

 苦々しげに幻女が発したその言葉に、未だ俺たちがオークの群れに追われていた事実を思い出した。

 同時にこの部屋に飛び込むのは早計であったと後悔する。

 チヨメちゃんが囚われている場所なのだからボス部屋である可能性、そうであるならば挟み撃ちを避けるべく追手は殲滅、少なくとも撒いておくべきだった。

 

 とにかく、俺もそちらに対処しようと振り向いたところで幻女が待ったをかける。

 

「こっちはオレが受け持つ! お前はその“豚”を叩け!!」

 

 返事も待たずオークの群れに立ち向かう彼女。接近してすぐに異能と幻術を用いて迎撃を開始していた。

 あの物量では流石に……と思ったが、どうやら入り口が狭いことを利用して侵入してくる少数のオークに“強制発情”からの幻術コンボで動きを止めて苦無で仕留める。という地雷戦法で安定して対処している様子。

 

 あの歳で中々に頭の回る……いや、若いからこそ頭が柔らかいということか、と感心した。

 

 ならば、と俺も改めて目の前の“ダークサマナー”へと意識を戻した。

 

 

 

 

「不粋な雄猿風情が……俺の工房を荒らしてただで死ねると思うなよ!!」

 

 肉に埋もれた額へ青筋を浮かべて吠える。その度に口端から唾液が飛び散りなんとも見るに耐えない。

 

「唾、飛んでんぞ」

 

 口元を指差しながら告げる。

 すると、奴は更に眉間のシワを深くして激昂した。

 

「黙れッ!!」

 

 叫んで、怒りをそのままに乱暴な仕草で手に持つ杖を振るった。

 応じて魔法陣が現れるのは奴の真ん前。それも“召喚プログラム”で見たことのある大規模なモノであった。

 

 幾重にも重なる複雑な魔法陣、そしてそこから濃密に漏れ出るMAG。しかも放たれるMAGは時を追って増えている。

 それら総合的な“体感”からしてこの魔法陣から現れるのが“何なのか”が嫌でも分かってしまった。

 

「これ、は……」

 

 そして、既視感のある光景で悪魔が呼び出される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブフゥ……!」

 

 その身体まさに“豚”。

 食用豚がそのまま“二足歩行”している様な姿。

 背部には黒い剛毛が生え揃い、それを覆う様にして“マント”が風に棚引く。

 頭頂部に生えた立派なアイ◯ラッガーの存在が“これ”をただの豚ではないと証明し、手に持つ立派な鉄杖を高らかに掲げている。

 

 小柄ながら圧倒的威圧感を放つソレに対して豚ノ介は臆することなく命令を下した。

 

「そこなる雄猿は我らが“大願”を阻む不届きモノ、速やかに滅すべき障害に他ならない!!

 

 故に、行け!

 英雄神()()()()()!!」

 

 

 カマプアア。

 その名は、南国ハワイの神話に語られる豚の“神”だ。

 ハワイにおいて豚は野生化し猛獣として恐れられる存在だった。それに関連してか同地域では豚を日本の妖狐や化け狸のような“人を化かす妖怪”として認知したとも言う。

 そんな豚を司るかの神は“力”に秀でた立派な武神である、現に火山を司る苛烈な火神・女神ペレと壮絶な戦いを幾度も繰り返し初戦においては圧勝している。

 更にこの神は“海”をも司り、カワハギ(ムフムヌクヌクアプアア)と呼ばれる魚へと変じる“化身”を有する海神でもある。

 ペレとの戦いではペレの火山流と、津波によって争ったとも聞く。

 

 

 要するに、“ちゃんと名の知れた立派な神”ということ。

 更には“武”に優れた武神。

 

()()()()()()

 

 

「っ……!」

 

 胸に手を当て()()()()()()()を再認識する。

 あの廃寺での戦い以来、俺の霊力は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 以前の、鎌倉後の痛みに比べれば大したことはないが“霊力が戻ったことは事実だ”。

 つまり、今ヒノカグツチを使えばどうなるか分からない。

 

 そもそも、鎌倉で使えたこと自体が“異常”なのだ。あの頃は霊力を取り戻す兆しすらなく確かに俺は弱いままだった。

 アレは一体……

 

 

「いずれにしろ現状は変わらない……!」

 

 逸れ始めた思考をリセットして現実を見つめる。

 

 鉄杖を掌で弄びながらこちらを見据えるカマプアアの目は完全に“殺る気”だ。その身から溢れる“霊力”は俺を遥かに上回る。

 信仰の無い日本でこれだけの力、ヤツは確かに立派な神様であった。

 

 

 焦る俺を見て溜飲が下りたのか、先程より、幾分か落ち着いた様子の豚ノ介は杖をペシペシと掌に当てながら口を開いた。

 

「ぶっひっひっひっ! ようやく俺の力に恐れを抱いた様だな猿?

 純然たる神なりしカマプアアを従える私の力に!!

 

 いい表情だぞ! さあ、此奴のすかした顔面を整形してやるのだカマプアア!! 結果次第では我が同志、オーク軍団の新団員にしてやるのも吝かではない!!」

 

「煩イ“クズ”ダ、シカシ、コイツガ“主”デアルノモマタ事実。大人シク命ニ従ウトシヨウ」

 

 テンションを上げる豚ノ介の姿に嘆息しながらも、カマプアアは鉄杖をしっかりと構えて──

 

 

 

 ──神速で面前へと現れた。

 

「速いっ!」

 

 慌てて居合抜きをして間一髪で杖の一撃を防ぐ。

 

「ホゥ……」

 

 ギリギリと鍔迫り合いの形で押される、こちらは全力を出しているというのに一方的に押し戻されている。

 そして、俺の力が一瞬途切れた隙に一気に弾き飛ばされた。

 

 高速で宙を飛び、石壁へと激突する。それだけで壁は崩壊し衝撃で投げ出された俺の身体は床に落下した。

 

「がはっ!」

 

 血反吐を撒き散らしながら、なんとか四肢に力を込めて立ち上がる。

 その目の前にはすでに杖を振り被ったカマプアアの姿が。

 

「ぐっ!?」

 

 横薙ぎに頭部を打たれて軽く意識が飛ぶ、そこから回復する間もなく腹部を蹴り上げられ宙に浮いた胴体に鉄杖の先端が突き出された。

 

「があぁっ!?」

 

 そしてまたも飛ばされる。

 今度はなんとか空中で体勢を立て直して床を滑りながらも素早く立ち上がった。

 

「遅イ」

 

 ──が、眼前には奴の姿がすでにあり再び打ち飛ばされる。

 その繰り返し。

 

「ドウシタ? マルデ手応エガ感ジラレンゾ?

 マダ、マダ隠シテイルハズダロウ?」

 

「ぐっ、がっ、ぎぃ!?」

 

 怒涛の攻め、意識を奴に向ける暇も無いほどの連撃が続く。

 まるで閃光のような速さで杖が振るわれその度に意識が飛ぶほどの痛撃が叩き込まれる。

 しかしそれでも、これはまだ()()()された状態だった。

 

 俊敏性、鍔迫り合い時の膂力。なにより保有するMAG・霊力を鑑みて、奴ならば“容易く俺を殺せるだけの力が予想出来た”。

 もはや計算も意味を成さないほどの圧倒的な力の差。

 はなから勝ち目なんか見えちゃいない。

 

 俺はなす術もなくひたすらに“蹂躙”された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶほっ、ぶほほほほ!! なんだアイツは!? まるで“弱過ぎる”ではないか!! ぶほほほほほほほ!!!!」

 

 ──杖で膝を叩きながら呵々大笑する豚ノ介。

 その様を見てチヨメは殺気の篭った視線を向けた。

 

「んんー? なんだその目は?

 “拙者の主さまを愚弄するなー!”とでも言う気かね?

 

 だが見たまえよアレを! そんな言葉すら掛ける“価値”も無いほどにアレは弱過ぎるだろう! ぶふっ!」

 

 言い切る前に耐え切れず吹き出す。

 

「っ、貴様っ!!」

 

 自らの主、お館様を愚弄されたことに煮え滾るほどの怒りが込み上げる。

 確かにあの人は“弱い”、だがそれを補って余るほどに“忍びたる自分を気に掛けてくれる”。

 捨て置くべき自分に対して、辱められんとした自らに対して。彼は本気で怒ってくれた。

 忍びとして“失格”だと理解しつつも、それが何より嬉しかったのだ。

 

 だからこそ、愚弄することは許さない。

 たとえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()コイツだけは倒さねばならないと決意した。

 

 

「……貴様は一つ間違いを犯した」

 

 一転して落ち着いた声音で呟いたチヨメ。それを妙に思った豚ノ介が興味を示して近付いた。

 

「んー? 誰が間違っているって?」

 

 蹂躙されるヒデオの姿が愉しくて仕方ない、と言った様子で笑みを浮かべながらも耳だけはチヨメに傾ける。

 その鼓膜へと、彼女は“悦”を含んだ声を届けた。

 

「──ふふっ、油断したな。

 “(きた)れ、大蛇(オロチ)”」

 

 ──彼女がその言葉を発した瞬間、その身体から“ナニカ”が飛び出して一瞬にして豚ノ介の身体に絡み付いた。

 

「ブヒヒヒっ!!!? な、なんだぁ!?」

 

 突然のことに混乱する彼を他所に、脂の乗った身体を締め付ける力は更に強くなる。肉が溢れそうになるほどに。

 しかし、サマナーとして相応の霊格を有する豚ノ介は巻き付いた“ナニカ”の姿をゆっくりとだが目視することに成功した。

 

「へへ、蛇ぃぃ!?」

 

 そこにいたのは大きな蛇であった。それこそ“大蛇”と呼ぶに相応しいほどの大きさ、長さを持った“蛇”。

 それは()()()()()()

 

 残された数匹の大蛇は、チヨメを縛る鎖や、磔とする十字の石材を自らの牙にて容易く噛み砕く。

 あっさりと解放されたチヨメは床に足をつけるなり、腰の短刀を抜き放ちもう片方の手の平を“斬りつけた”。

 

「っ!」

 

 横一直線に切り開かれた傷口からはボタボタと大量の鮮血が流れ出して床に血溜まりを作り出す。

 流血するその手を面前に持って行き人差し指と中指だけを立てて叫ぶように自らの“奥義の名”を唱えた。

 

「“口寄(くちよ)せ・伊吹大明神縁起(いぶきだいみょうじんえんぎ)”!!」

 

 




【あとがき】
福袋はジュナオでした。意地でも来ないマーリンシスベシ。

これからも不定期更新があるかと思いますが五章まではとりあえずやり切りますので今年もよろしくお願い申し上げます。


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継承者たち

前後編にしたかったけど後編が全然書き上がらないから上げます。




それは“呪い”であった。

 

私のものではない、先祖から続く()()()()だ。

 

甲賀望月家の祖たる“甲賀三郎(コウガサブロウ)”が大蛇の神に掛けられし(しゅ)

その身を蛇へと変じる忌まわしき呪。

縁起において語られる顛末、経緯すら種々累々だが一つの真実を私は知っている。

 

この呪は、()()()()()()()()綿()()()()()()()()()ということ。

 

 

三郎より後の甲賀望月において、一代に一人、大蛇の呪を受け継ぐ者が必ず現れた。生まれてより死するまで、呪い貪られ生きる運命(さだめ)を負った者が。

 

それは壮絶な運命であった。

寝ても起きても常に我が身を蝕む“オロチ”。心身共にまるで侵されていくような気持ち悪く“痛い”感覚、それらをなんとか鎮めるために呪を受け継いだ者は毎日“祈り”を捧げた。

許しを請い、平穏を望み、神への懇願に生涯を捧げる。即ちは“巫女が如き役目”。

……尤も、そこに使命感などなく、ひたすらに“助け”だけを求めるモノであったが。

 

私は忍びである前に“大蛇の巫女”であった。

 

いつまでも、どこまでも、祈って祈って尚許されぬ罪。私のものではない遠い祖先の犯した罪が私を蝕む。

いつもいつもいつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも……!!

 

 

 

――だから私は忍びとしての職務に従事した。

己の心を殺すように、絡繰のような思考回路を携えて淡々と日々の役目をこなす。その時だけは呪を忘れることができた、“目”を忘れることができた。

 

だが、一度“平穏”に戻れば“ソレ”は昼夜問わずして私を見ていた。逃さぬ、許さぬ、離さぬと言わんばかりに、いつも――

 

 

 

――ああ、今日も。()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

宝具の真名解放、と英霊の身では言い表される奥義の開帳。即ちは必殺技の発動。

それが彼女が口にした名の意味。

甲賀三郎の罪を宿した血を触媒として、伊吹大明神・八岐大蛇(やまたのおろち)の分霊を召喚・使役する奥義だ。

 

 

詠唱と共に血溜まりから黒い靄が溢れ出し、その中から更に複数の大蛇が飛び出した。それらはチヨメの身体から出ていた大蛇と共に一斉に豚ノ介へと襲いかかりその身を蛇身で覆い尽くす。

 

「ふごっ、ぶひ、ぶっ!?」

 

声すら上げられぬ物量で身体を覆われ必死にもがく、しかし神の分霊たる大蛇の力は凄まじくビクともしない。

 

やがて、締め付ける力が瞬間的に引き上げられた途端――

 

「ぶっ!!!!」

 

骨を砕く音、肉を潰す音が盛大に響き渡り汚い鳴き声が絞り出された。そして大蛇がその身を引くと共に一つ、正真正銘の“肉塊”がボトリと床に投げ出される。

 

それを見届けて、チヨメは膝をついた。

 

「ハッ、ハッ、ハッ……!」

 

全身に()()()()()。当然だ、彼女の奥義は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。正式な召喚術ではないがゆえに、“過度な使用”は呪を増幅させる。

また、痛みだけでなくこの身が“侵食”されるような得体の知れない不快感も伴った。

どちらも、生前から幾度となく味わったモノだ。

 

だから、大丈夫。そう自分に言い聞かせてチヨメはなんとか精神を落ち着かせた。

今回は“平時以上に力を込めた”ゆえにダメージを負ったが、きちんとセーブした上で使えばその限りではない。或いは“召喚後初めての使用”だったためか。

 

ふと、自らの腕を見つめればそこには“蛇の鱗”が薄らと浮かび上がりすぐに消え失せた。

そのことに内心でホッと息を吐く。

 

 

ともかく。

これで敵の司令塔は落ちた、残るはお館様を甚振る“神”のみ。

奥義の使用で疲弊した身に鞭を打つようにして立ち上がるチヨメ。

……正直なところ、自分が勝てるとも思えないがそれでも、自らの主人の危機に駆けつけない訳にはいかない。

或いは、壁の役割くらいは果たしたいとネガティヴな決意を固めながら駆け出そうとした彼女の肌に――

 

 

――濃密な殺気が突き刺さった。

 

 

「っ!?」

 

それは“肉塊”の方向から発せられていた。それは即ち、豚ノ介の存命を意味する。

確かに“肉塊”と化したヤツを見たはずだ、と混乱しながらも振り向いた彼女の視界に“豚ノ介の本性”が写った。

 

 

 

 

 

「ぶひ、ぶひひひひっ! やるじゃぁないか薄幸系ロリッ娘。まさか俺の鎖に抜け道があったとはなぁ。なるほど、呪いによって形作られる()()()()()か。“外部からの干渉”に対しては確かに対処できない欠点があった。確かに、これは俺の油断。

 

――ぶふふ、盲点だったブヒよ」

 

そこにいたのは人間ではなかった。

ボロボロになったローブをそのままに、露出する肌部分が悉く“灰色”と化し、醜い笑みを浮かべていた顔は“豚鼻”を備えた本物の豚……垂れ下がる耳を持った“豚そのもの”へと変貌していた。

 

同時に、その身から発せられる気配が“悪魔”のものへと移り変わる。

 

「貴様……(まこと)の“人でなし”であったか」

 

敵意を込めて睨む彼女へ、鼻を鳴らしながら豚ノ介は一礼した。

 

「左様……我が肢体すでにヒトに非らず。我らが大王の手により“新たなる生命”を宿した新生悪魔。

授かりし“役割(種族)”は()()()()()()()()()()

豚一族にて“王の招致”という大役を任されし“召喚師”でございます」

 

優雅な仕草で肉厚のある腕を振るい杖を向ける彼。

 

「この姿を見せてしまっては最早生かしては帰せぬ。まあ、そもそも生かしておく気は微塵もなかったが、ブヒ」

 

応じて彼の周囲へと無数の魔法陣が展開される。

個々の性能は特段高くはないものの、それらを的確に“重複”させ威力を底上げする配置。全て、チヨメの方へと向いている。

また、司る属性もアギ、ザン、ジオ、ブフの四属性。とっておきたる背後の大魔法陣には高位万能魔法(メギドラ)相当の魔法がセットされている。

 

人の身であった“時代”で魔術師としての才覚を見せていた彼は、ハイオークウィザードへと転生するに辺り伝説級の腕を持つ魔導師(ウィザード)過成長(ブースト)されていた。

 

「なんという魔力量……!!」

 

「ブヒヒッ! さあ、死ネェェ!!」

 

咄嗟に防御の構えを見せたチヨメへと、豚ノ介は大きく杖を振り下ろす。

応じて、配置された魔法陣から一斉に魔法が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

壬生一族における“継承者”の末路は悲惨だ。

 

一族が保有する最高戦力たる“夜刀神の巫女”は、“先代”が“使い物にならなくなった”段階で引き継ぎを行う。

継承方法は単純、“夜刀神の神体の一部”を自らの肉体に埋め込むのだ。

 

夜刀神の神体は一族の里最奥にある社に“安置”されており、継承者の素質に合わせた“部位”が充てがわれる。

神体はそのまま“神の肉体”なので取り除かれた部位は“里の信仰”によって即座に再生する。

 

私の場合は、“右目”だ。

 

 

 

 

 

私も生まれてから数年は他の“壬生”と変わらないごく普通の里人であった。

両親も“巫女”と関わりもなく特段優れた異能を有しているわけでもない。そのため教育も“壬生として基本的な修行”に限定され比較的自由な幼少期を過ごした。

“幻女”とは家が隣ということもあり幼い頃からよく遊んでいた。その頃はまだ彼女も大人しく、もっぱら私が引っ張る形であったが。何より平和で穏やかな日々だった。

 

 

――転機が訪れたのは、十歳の時だ。

 

幻女と共にいつものように野山で遊んでいた私は、不注意から高所より落下し“右目”を失った。

幸いにも傷は脳には達していなかったものの重傷には変わりなく、私は里でも高位の“治療術師”のもとに運ばれた。

 

そこで、ディア系(治療術)をかけられた時。偶然にも私に“巫女”の適性があることが判明した。

そして運良く……否、運悪く先代巫女が“重篤な侵食”を受けていたこともあり私の治療も兼ねて、“夜刀神の右目”が埋め込まれた。

 

怪我をしてから治療まで気を失っていたこともあり記憶はない。しかし“夢の中”での出来事だけははっきりと思い出せる。

 

 

――朦朧とした意識の中で、私は“彼”と相対していた。

 

今にして思えばあそこは“精神世界”のようなものだったのだろう、彼と私以外に何者の気配もなく。

ぼうっとただそこに立っていた私に彼は勇ましく荘厳な声音で語りかけてきた。

 

『貴様が新たな巫女か。なんとも“脆弱”な小娘よな』

 

巨大なる蛇、ただの蛇などではない。“龍”とも称すべき厳かな外見と雰囲気を持った姿。

 

「あなたは、だれ?」

 

『しれたこと。我こそは貴様らが“夜刀神”と呼ぶ神霊の“分け御霊”、夜刀神という神を構成する意識の、ほんの“一部”よ』

 

「やとのかみ……」

 

その名を聞いて無意識のうちに緊張した。夜刀神とは私たち壬生一族の“全て”とも言うべき偉大にして最重要な“概念”であったからだ。私自身も幼い頃より何度も言い聞かされてきた。

 

狼狽える私を、大きくて“怖い”双眸でジッと見つめたままに彼の姿がゆらゆらと蜃気楼のように不明瞭になる。

否、私の視界がぼやけて行く。

 

『貴様の身体はよく“馴染む”。我が“魔眼”の力、精々有効に扱うが良い』

 

その言葉を最期に、私の意識は現実へと引き戻され彼との“初邂逅”は終わった。

 

 

 

 

 

 

目覚めてからの日々はまさに“激動”と呼ぶべきものだった。

巫女を継承したことでこれまでの基礎訓練に加えて“巫女としての”修行が追加された。

それは思い出すのも憚られるほどに激しく苦しいもので、何より“自分のものではない右眼”の存在が肉体的精神的苦痛の大半を占めていた。

巫女としての力を使うたびに右眼は激しく痛み、疼き、“鱗”が表皮を侵食していく。

幸い、というか私の巫女としての適性は“過去最高”だったため一時的な侵食であれば数分のクールタイムを置いて完治する。重篤な侵食であっても二、三日休めば元に戻る。

……まあ、そのことを理由に“過剰使用”を強要されたこともあったが。過ぎたことをうだうだ言っても仕方ない。

 

実戦レベルの実力を身につけてからは問答無用で“任務”が課せられた。十一歳の頃である。

その頃には幻女も“家に伝わる幻術”を継承し私の“護衛”として共に戦う仲となっていた。

 

最初は我武者羅だった、記憶も曖昧なほど全力で足掻き気が付いた時には里に搬送されていることも珍しくなかった。

一年過ぎた頃には慣れていた。

殺すのも、味方が殺されるのも。

全ては“一族”のためだ、里のみんなのためだ、何より私は“そのような運命の下に生まれた”。

そう“言い聞かせて”、私は戦い続けてきた。

 

 

――それなのに。

 

簡単に唆されて、あっさりとあの“豚”に捕まり挙げ句の果てには辱めを受けそうになって無様にも泣き喚いた。

 

子どもだ、と舐められないように。大人と同じ土俵に立てるようにと気張ってきたつもりだったのに。こんなにも簡単に泣き喚いた。

恥辱の極み、自分が情けなくて、また泣いた。

 

 

それに比べて――

 

 

 

 

 

 

チヨメと呼ばれていた彼女は、恐ろしい敵を前に臆することなく勇敢に戦っている。毅然とした態度で戦い続けている。

見たところ“私と変わらない年頃”のはずなのに。

 

 

「ブホホッ! そらそらそらぁ!」

 

“異形”と化した豚ノ介の霊力は異常だ、何より“魔力”の量が尋常ではない。現に、上位魔法級の術式を連発しているにも関わらず疲弊した様子もなく変わらずに撃ち続けている。

並のサマナーであればとっくにガス欠になっている量だ。

 

相対する彼女は広範囲に渡って繰り返される魔法の嵐に成す術なく傷を増やしている。後数分ほどで片が着くだろう。

 

それでも、彼女は何ら臆していない。

 

 

何故なのか?

純粋に疑問に思った。

でも、分からないことを考えても仕方ないとすぐに振り払う。

 

それよりも、彼女の“逞しい心”が眩しく写った。

 

そうだ、私はここに何をしに来た?

“何のために”来た?

どこを目指して“戦ってきた”?

 

――私が目指すべき場所、そのために“やる事”を改めて思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぁっ!」

 

杖が振るわれ、身体が弾き飛ばされる。もう数えるのも馬鹿らしいほどに繰り返された行為だ。

 

床に打ち捨てられ全身に走る痛みを堪えながら立ち上がる。

 

そしてまた打たれる。

 

反撃の隙はどうにも見出せない。根本的な霊力の差は圧倒的で、それに基づいた“身体能力”の差も絶望的。どう足掻いても勝てない差だ。

……無論、唯一の勝ち目は“ヒノカグツチ”であるのだが。

 

実のところ、さっきから試しているのに何故か“抜けない”。

平時なら、同調して呼び掛ければすぐに現れるはずなのだが先ほどからエラーばかりが返ってきて一向に同調すら出来ない。

 

「クソッタレ……!」

 

思わず悪態を吐いて、その無防備な肢体に再び杖が振るわれる。

床に投げ出された身体には最早立ち上がるだけの力は無く、意識すら朦朧としてきた。

 

「……ツマラン、無聊ノ慰メニモナラン」

 

ツカツカと蹄が床を叩く音が近付く。

圧倒的な霊力が肌にビリビリと伝わってくる。

そこで「神とはこういうモノだったか」と今更ながらに思い出す。

 

俺だって駆け出しの頃は正真正銘の雑魚だった。

施設で鍛えられていたとはいえ、本物の、“信仰を集めた神”というのは総じて強大な存在だ。

十年ほど前に戦った“久延毘古(クエビコ)”は強かった。分霊ではあったが、怒りで荒御魂状態になっていたこともあり凄まじい力を発揮して何人ものサマナーを血祭りにあげていた。

俺も“犬神”の力を借りて辛うじて勝利を収めた。

 

その頃の“畏れ”を今にして思い出した。

 

日本のみならず神とは“自然の具象化”である。即ちは“自然そのもの”とも言い換えられる。

ならばこの結果は必然だ。

人の身で自然に勝てるはずもない。

 

 

――ああ、でも。

今は“微塵も諦める気が沸かない”。

 

数ヶ月前ならとっくに諦めて撲殺されていた。でも今は“絶対に負ける訳にはいかない”と強く思う。

この“変化”の原因はもはや語るまでもないが“良い傾向”であるのは俺にも分かる。

 

だから立ち上がった。

 

「ホゥ……」

 

感心したように目を細めるカマプアアが視界に写る。だがそんなのはどうでもいい。俺が、俺自身が“諦めなければ”終わることはないのだ。

 

そして――

 

 

 

「ぐあぁぁ!!」

 

――カマプアアの後方で、無数の魔法にその身を焼かれるチヨメの姿が目に写った。

 

その瞬間――

 

 

 

 

「っ!!」

 

――激しい怒りと共にあっさりと“ヒノカグツチ”が手の中に現れた。

実に自然な動きでなんてことないように出現した“切り札”に、俺自身驚く。ここまでしつこくエラーを連発しておいて、こうも“見計ったようなタイミング”で現れれば、俺でもその“発動条件”を理解できた。

 

即ちは“仲間の危機”。“義憤”にも似た怒りをトリガーとして、今の俺は魔剣を召喚しているのだ。

 

「ッ!!!! ソノ、剣ハ!」

 

神としての本能だろうか、俺のヒノカグツチを一目見てカマプアアは驚愕した様子を見せすぐに“最大の警戒”を向けてきた。

それに応じて俺も奴へと“ターゲット”を固定する。

 

鎌倉の時よりも同調率が上がっていることもあり、“システム”は即座にターゲットのデータを解析する。

 

英雄神カマプアア、ハワイ神話における武神。

その情報の全てが脳に叩き込まれ、かの神が取りうる“全ての行動”と“それへの対処法”が自動で表示される。

 

これこそ魔剣ヒノカグツチの対神性能。

 

同調は自分でも不思議なほど安定している、システムへのアクセスも実にスムーズかつクリアだ。

やはりトリガーは“俺の怒り”、それも心の底からの怒りでなければならないのは難儀なことだが。

 

「……今はそれで十分だ」

 

「ッ!!」

 

しっかりと敵を見据えて上段の構えを見せた俺に、カマプアアは咄嗟に攻勢に出た。

相変わらずの神速だが、解析を終えた俺の目には“止まっている”かのように鮮明にその動きが見えている。

見えているならばその対処など造作もない。

 

システムの予測演算に従って杖の一撃を“目視すらせずに躱し”、すれ違いざまに、同じくシステムの演算で特定された“急所(ウィークポイント)目掛けて斬撃を放つ。

 

 

 

「ガッ!?」

 

綺麗に袈裟斬りが決まり、斬り開かれた傷口から鮮血が噴き出した。

応じてその身に蓄えられたMAGも宙に漏れ出す。

 

ヨタヨタと後退ったカマプアアは傷口を抑えながら口角を吊り上げた。

 

「ミ……見事ッ!!」

 

敵意のない、心からの“称賛”を背に受けて俺はゆっくりとヒノカグツチを送還する。

 

「別に、俺自身の実力じゃないけどな」

 

――だが、ヒノカグツチ(コレ)が『奥山の産物』である以上は素直に受け取ることは出来ない。寧ろ、この力に頼ることに“申し訳なさ”すら感じる。

 

「痴レ者ガ……シカシ、コレデヨウヤク、“島”ニ帰レル」

 

負けたというのに、実に穏やかな表情を浮かべてカマプアアは光と化して消えた。

 

 





【あとがき】
休み明けの仕事憂鬱過ぎる…
こんな時は『ふしぎ通信トイレの花子さん』でも読んで花子さんの生足にハァハァしよう!!(紳士的な目





復刻のSIはもちろん来なかった(血涙


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終着

後編が書き上がらないと言ったな…

アレは嘘だ!!




「うぷ……」

 

ヒノカグツチを仕舞って早々、腹の内から込み上げてきた嘔吐感を堪えきれずにぶち撒けた。

 

ビチャビチャと床に落ちて溜まるのは“鮮血”。

 

「まあ、こうなるな」

 

鎌倉の時にわかっていたことだ。霊力が低下した状態でヒノカグツチを抜けば“体の内側がズタズタになる”。

遅れて身に覚えのある“激痛”が身体中に襲い掛かった。

 

……だが、()()()()()()()()()()

それはつまり俺の低下した霊力が少しづつでも戻ってきているということだろう。もしくは、長い封印から解いたことで同調率が上がった影響か。

 

いずれにしろ、“まだ動ける”。ならばこのままチヨメの救援に向かうべきだろう、否、向かう以外の選択肢が思い浮かばない。

 

 

 

俺は痛む身体に鞭打ち迷わず救援に向かう。が、このまま突っ込んでも足手纏いにしかならないので、懐を漁って使えそうな道具を幾つか選定する。

TNT爆弾、鎮怪符、魔石。

 

……残念ながら今の状況で使えそうなのはこれらしか見つからなかった。そもそも、“楽な仕事”のつもりでノコノコとやって来た俺だ。万が一を想定していたとはいえ希少アイテムの類は持ち込んでいない。

 

他にも無数のサマナーが参戦するから、と侮っていた先日の俺を殴りたい。日中から活動するともなればその“行動範囲・速度”にも制限が発生することを考慮すべきだった。

おそらく、救援が到着するにはもう少しかかるだろう。加えてこの異界内を踏破するには少なくない時間を要する。それまでにチヨメが耐えられるとも思えないし、俺らだって危うい。

 

つまり、俺らでカタを付ける他ないということ。

 

「やるだけはやってやるさ」

 

自分に言い聞かせるように声に出して、いざTNT爆弾を投げようとして。俺を呼び止める声が聞こえた。

 

 

「待って。アイツを倒すなら私が役に立つ。だから先に拘束を解いてくれないかしら」

 

そう語るのは磔にされたまま放置されていた鈴女だ。

とはいえ見た限り彼女も“痛めつけられた”らしく衣服の端々が破れ柔肌にも小さな傷が幾つも見受けられる。

 

「出来るのか?」

 

何より“年端もいかない子ども”を戦わせるのはやはり心苦しい。そんな思いからつい問い返す。

対し彼女は憮然とした態度で「()れる」と返した。

……年不相応なほど濃密な殺気を伴って。

 

その異様な姿に圧倒され、俺は渋々彼女を拘束する鎖を愛刀で断ち切った。

 

解放された鈴女は手首をさすりつつ「ありがとう」と呟いた。

相変わらず抑揚がない声だが、初対面の時の“刺々しさ”は微塵も感じられなかった。

 

「それで、どうする気だ?」

 

「“夜刀神”を使う、そのための“隙”を用意して欲しい」

 

俺の疑問へ鈴女は自信満々な声音で応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶひっぶひっ! どうした? 避けてるだけじゃ勝てないぞぉ!」

 

小悪党じみた台詞を吐く豚ノ介へと嫌悪感を隠さない顔を向けるチヨメだが、彼の言葉もまた事実であった。

 

豚ノ介がハイオークウィザードとしての正体を見せて以降、彼女は反撃もままならずにこうして逃げ回っている。それでも広範囲魔法の連射は避けきれずにジワジワと生傷を増やしている有様だ。

アサシンクラスに該当する英雄たちが総じて不得手とする“力押し”に対してチヨメは明らかに不利だ。

確かに伊吹大明神の呪は強力であるものの、そう連発できるものでもない上にそもそも“隙が大きい”。

尤も、その隙は特段大きなものではないものの。豚ノ介の間髪入れない絨毯爆撃が如き魔法の嵐はそれすら許さないものだった。

 

「ほら、当たった!」

 

「っ、きゃあ!?」

 

思考に意識を割いたほんの僅かな隙を突いて、重複させたアギ系魔法が脇腹を焦がした。

 

「あ、ぐっ!」

 

無防備な胴体へのダメージは殊の外大きく、忍び装束を焼滅させつつ彼女の白い肌を黒く炭化させるまでのダメージを与えていた。

その痛みに呻き蹲る。

ともすれば“内臓”まで焼かれているかのような痛みだ。

 

「ぶひひひ!! そうだ、そうして這いつくばって俺の“ビッグマグナム”を咥えればいいんだよ!」

 

悍しい要求を語りながら豚ノ介はゆっくりと近づいてくる。

甚振る目的なのか先ほどまでの魔法の嵐はピタリと止んでいた。

――その隙を見逃すことなくチヨメは、残った力で“オロチの呪”を放った。

 

 

 

が。

 

 

バチン、と豚ノ介の直前にて弾かれるオロチ。真名解放すらしていない呪はそのまま靄として霧散した。

 

「ぐふふ、俺だってサマナーなんだぜ? テトラジャ系だって当然使えるんだなぁこれが。

貴様の技は確かに凄まじいが、種さえ分かれば対処するのは容易い。テトラジャに呪殺耐性の結界を混ぜればホレこの通り。現にその技は“呪い系統”の術だろう?」

 

頭の悪そうな言動からは想像できないほど理性的な回答を述べる彼にチヨメは舌打ちした。

道化に見せかけた知恵者、戦国の世では珍しくなかったが“ここはあくまで現代”と鷹を括っていた自分に恥じ入る。

よもや現代にもこれほどの“術者”がいたとは。

 

「さあ、今度こそ“楽しませて”もらうぞクノイチ。ぐふ、ぐふふふふ!」

 

「最早、これまでか……!」

 

既に抵抗するだけの力は残っていない。最初の“伊吹大明神縁起”に回した力をもう少しセーブしていたら或いはここまで苦戦はしなかったかもしれない。だが、それも後の祭りだ。

 

慰み者にされるならばいっそ、と彼女が“自爆”のための準備に入ったところで。

 

 

不意に、豚ノ介の身体が“爆発”した。

 

「ぶひひひぃ!?」

 

間抜けな声を出す豚ノ介だが、彼を襲った爆発は存外に凄まじい威力を有していた。その爆風だけでチヨメの小さな身体が飛ばされるほどには。

 

「うぁ!?」

 

力無く蹲っていた彼女の身体はふわりと宙に浮かび上がり容赦なく後方へと飛ばされていく。平時ならともかく消耗した彼女が石壁に叩きつけられては大事になりかねない。

そんな心配からか、投げ出された彼女の矮躯へと駆け寄り“ヒデオ”はしっかりと抱きとめていた。

 

「っと! 大丈夫か、チヨメちゃん?」

 

俗にお姫様抱っこと称される形で抱きとめられたチヨメは、恥ずかしさから咄嗟にヒデオの方へと顔を向けた。

 

「お館様……っ!? そ、その血は!」

 

しかし、彼が口からダラダラと血を流している様を見ては“お姫様抱っこへの抗議”などは容易く消し飛ぶ。加えてその身体にも至る所に打撲痕と傷を作っており、どう見ても“満身創痍”だった。

 

「平気へいき、ちょっと無理したから正直これ以上動けないけど大事には至らないから。

それより、はいコレ」

 

呑気な声で笑いつつ彼は一つの“石”をチヨメの身体にそっと触れさせた。その瞬間、石……魔石(ませき)は輝きを放ち消滅。応じてチヨメの身体に刻まれた傷が僅かに修復された。

 

「ああ、やっぱ足りないか……なら」

 

そんなことを宣いながら懐から次々と同じ石・魔石を取り出して続け様にチヨメの身体に充てる。その度に傷が癒え、三つほど使用した頃にはほぼ全快するまでとなっていた。

ここまでされては流石のチヨメとて、魔石が“治療用のアイテム”であることに気が付き。それならば尚のことお館様にこそ使うべきだと叫んだ。

 

「わかってるよ。俺だってちゃんと使うさ」

 

チヨメの訴えに軽く返事をして、一つ、魔石を自らに使うヒデオ。それによって打撲痕の幾つかが消えたが全快には程遠い。それを訝しみ、同時に“理由”に思い至り顔が青ざめる。

そして、脳裏に浮かんだ“理由(わけ)”を恐る恐る口に出した。

 

「よもや……よもやとは思いますが。()()()()()()()()()のでござるか?」

 

チヨメの問いに、しかし笑みで返すヒデオは何も答えない。その沈黙が何よりその事実を証明し。

色々な考えと“感情”が溢れたチヨメは、お館様の胸に顔を押し付けて“泣いた”。

 

「何という、なんという愚かな真似を……! 拙者は所詮は忍びの一人に過ぎませぬ! 諜報・斥候には秀でていても単純な戦力ではウシワカ殿たちには到底及びませぬ!

常ならば、余人ならば“捨て駒”として使い捨てるべきだろう拙者のことを……あろうことか“自らを後回しにして”助けるなど!

正気の沙汰ではありませぬ!」

 

慟哭に似た叫びは、普段の彼女ならば絶対にしない行為だ。或いはヒデオの接し方に“かつて自分を優しく受け入れてくれた男”のことを思い出してしまったからか。

チヨメ自身、理由も分からずしかし止め処なく流れる涙はどうしたって止まない。

 

「いやいや買い被り過ぎだろ。俺は“家族”だから助けたかっただけだよ。そこに強いとか弱いとかは関係ないだろ」

 

やがて声を上げて泣き出したチヨメの頭を優しく撫でながらヒデオは穏やかな笑みを浮かべ静かに座していた。

……まあ、先程チヨメを助けた際に残った体力の大半を使い果たしてその場から一歩も動けなくなっているだけなのだが。

 

 

 

 

 

――そして、目の前でそんな“イチャイチャ”を見せつけられた豚ノ介が黙っているはずもなく。

 

「ぶひっ……大した度胸だよお前は。この豚ノ介様を前にして“清々しい程のリア充っぷり”を見せつけてくれたのだからなぁ、畜生が!」

 

爆発による白煙の中からギラギラした双眸を向けながら叫ぶ。その様子から“大してダメージを受けていない”ことをヒデオは理解した。

同時に「畜生はお前だ」と脊髄反射しそうになる自分をぐっと抑える。

 

ヒデオが放ったTNT爆弾は、サマナーが用いる戦闘アイテムの中でも希少な“万能属性”だ。

万能属性とは既存の魔法属性に囚われない“独自の法則”をもった概念という割ととんでもない概念なのだが今は割愛。

 

大事なのはヤツが“対魔法結界”で威力を押さえ込んだ点だろう。

事前に、奴の狡猾な振る舞いから“自分を守る結界”の存在を予測していた彼は、他の戦闘アイテムを選ばず高級品なTNT爆弾を選んだ。

そして、爆発の際にCOMPのアナライズ機能を用いて奴のデータを調べてみたのだが。

 

案の定、奴の周囲に高密度の対魔法結界が張り巡らされていることが判明した。加えてその身に宿す魔力量が尋常ではないことも。

 

だが、そこで彼は一つの攻略法を見出した。

 

 

 

「おいおい、いくら終生ぼっちの豚野郎だからって声を荒げるもんじゃないぜ。その前に整形するかいっそ転生にワンチャンするべきじゃねぇのか?」

 

怒りを露わにする豚ノ介に対して敢えて煽るような台詞を吐いた。

それを受けて当然、豚ノ介の怒りは高められる。

 

「なんだと……?」

 

「聞こえなかったのか? ああ、耳がだらしなく垂れ下がってるから聞き取れなかったんだな。というかその姿、いい加減やめたほうがいいぜ? ミミガーは確かに美味だが生憎とお前は食う気すら起きないからな。ともすれば食用豚を侮辱しているようにも取れる。

 

家畜にもなれない“役立たず”はとっとと失せろ」

 

最大限の侮辱を込めた表情でそう吐き捨てた。

最後の一言に豚ノ介の頭で“プチリ”と何かが切れた。

 

「も、も、もう許さねぇぞクソ猿!! テメェは跡形もなく消し飛ばしてやる! 塵すら残さず消してやる!!

もうクノイチとかどうでもいい、テメェらまとめて死ねやコラァァァァァ!!」

 

灰色の額に無数の青筋を浮かべ激昂した豚ノ介は杖を振り上げた。それに応じて再び無数の魔法陣が“重複”して浮かび上がり、さらには()()()()()()()()()()()()()()()()()()メギドラ系魔法陣すら重複させた。

正真正銘、彼が出せる最大火力。魔法陣の重複を主軸にした魔法攻撃で出せる全力だ。

 

これが直撃すればヒデオやチヨメはおろか、この異界に穴が空いてしまうだろう。

 

――そして、それこそが狙いでもあった。

 

 

「だが、まだ“警戒”しているな」

 

ヒデオがボソリと呟く通り、激昂して尚も豚ノ介は強い警戒を持って周囲を気にしていた。それはひとえに、先程、油断からチヨメの奥義の直撃を受けてしまった反省からだ。

道化であっても知恵が回る、そしてそれを為せるだけの“生命力”こそが豚ノ介の特徴であった。

 

「値は張るが命には代えられないからな」

 

そう言って懐に手を入れて一枚の“札”を掴む。

その直後、豚ノ介が怒声を上げながら杖を振り下ろし、展開された魔法陣から無数の魔法が放たれた。

 

「いくら俺が雑魚だからって守りを捨てるのは愚策過ぎるぜ豚野郎」

 

神族にも匹敵する圧倒的な魔法の群れを前に笑みを溢したヒデオは、手につかんでいた札、“鎮怪符”を面前に掲げた。

その瞬間――

 

 

 

符から発せられた透明なバリアのようなものによって全ての魔法が()()()()して一直線に豚ノ介へと向かった。

 

「なんとぉ!!!?」

 

予期せぬ事態に驚愕を声に出した豚ノ介は、しかしなす術もなく反射された自分の魔法たちに襲われた。

激しい爆発と閃光、炎と氷、風と雷が絶え間なく豚ノ介がいた地点に発生してさながら天変地異の様相を呈する。

 

そんな凄まじい光景を見て、しかしヒデオの顔は険しかった。

 

 

 

 

 

 

やがて、魔法が止んでしばらく。大量の白煙を纏いながらも豚ノ介は姿を現した。

原型を止めているのはもとより、全身が焼け焦げたりしているもののやはり“さしてダメージを受けていない様子”なのにはヒデオも驚いた。

 

 

――だが、事実として豚ノ介も少なくないダメージを受けていた。ただ単に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけのこと。

オーク全般に見られる“タフさ”を、ハイオークという“特別な種族”へと転生した彼は更に高水準で備えていただけだ。

 

現に血反吐を吐き散らしながらも、戦意の衰えない目でヒデオたちを睨みしっかりと地に足をつけて立っていた。

 

 

「化け物が……!!」

 

涅槃台とは別ベクトルの厄介さにヒデオは内心舌打ちした。神性を有さないために切り札すら使えない。

彼が不得手とする“単純に強い相手”だ。

 

おまけに今はそれらを担当してくれる前衛たちもいない。いるのは諜報担当と霊力低下した自分のみ。

 

――だからこそ、鈴女の存在は唯一の勝ち目であり希望であった。

 

「後は頼んだぞ……!!」

 

「ええ、任せて」

 

絞り出すように告げた言葉に、鈴女が応える。

 

 

スタスタ、とヒデオたちに歩み寄りながら“懐に手を入れて”中から一本の試験管のようなモノを取り出す。

そして流れるように短い詠唱を呟く。

 

()()夜刀神(ヤトノカミ)

 

一方、これまで沈黙していた鈴女が唐突に声を上げたことに訝しげな視線を向けた豚ノ介は、その手に持つ“管”を見て青ざめた。

そして咄嗟の判断で再び“結界”を張ろうと動き出す、が。

 

「“動くな”!!」

 

鋭い声音で発せられた鈴女の一言を受けて、何故か()()()()()()()()()

金縛り、俗に“緊縛(BIND)状態”としてサマナーに認知されているステータス異常の類だ。

豚ノ介は言動を除けば上位に食い入るほどのサマナーである。そのため素の耐性だって高い。

その彼をしてBINDせしめる彼女の言葉。

 

しかし、改めて彼女の顔を見た彼はその訳を知った。

 

 

 

 

垂れ下がった前髪によって隠されていた鈴女の右目。

今は髪が瞳から発せられる魔力風によって持ち上げられ、“不気味な光”を放つ瞳が露わとなっていた。

目の周囲には“蛇の鱗”が生え揃い、なにより、多くの蛇に見られるようにその瞳孔は“縦長”の蛇目だった。

 

それこそが豚ノ介の動きを止めた力の正体、夜刀神の神体たる右目を埋め込まれた鈴女が放った“呪い”による緊縛だった。

 

そして、身動きできない彼にトドメを刺すべく鈴女は“魔眼”の力を解放する。

 

「“吸魂(きゅうこん)魔眼・死亡告知(しぼうこくち)”」

 

見開かれた人外の瞳は、紫光を発しながら視界に映るモノの“MAG”を吸い取った。

 

 

 

 

 





【あとがき】
ノリに乗った気分で書き終えました。ですが当初の予定から変わって次回までが1セットになってます。
それはそれとして吸魂魔眼……かっこよくね?(自画自賛

金◯屋はマジで良いアイテム売ってて助かりましたね。高いし数少ないけど。ダ・ヴィンチちゃんもあのぐらい良心的になってもいいんやで……?


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風雲急を告げる

ちょっと長いです。
あとがきは無視してください。





「あがぁぁあアァァぁぁあ!!!?」

 

 鈴女の魔眼が一際大きく輝いた瞬間、豚ノ介の身体から“MAG”が溢れ出した。

 身体中にある穴という穴からMAG……のみならず“生命エネルギー”に分類されるエネルギーのすべてが搾り取られていく。

 

 可視化されたソレらは“白い靄”となって、いつの間にか鈴女の傍に“顕現”していた“白い大蛇”の口へと吸い込まれていく。

 そうして溜め込まれたエネルギーは全て宿主のエネルギーへと還元される。

 

 これが壬生一族が有する切り札、夜刀神の力であり“吸魂魔眼”と呼ばれる右目を有した鈴女が持つ異能であった。

 本来ならMAGだけを搾り取るところを、MAGを基にした魔力、気力、その他あらゆる生命活動に使われるエネルギー全て根こそぎ吸い出して餓死させる究極の“吸精(エナジードレイン)”。

 加えて夜刀神の神気を色濃く受け継いだ魔眼は、呪いによる緊縛を始めとした“権能”を備えていた。

 

「凄まじいな……」

 

 思わずヒデオが呟いた。

 目の前で行使される“夜刀神の権能”はもちろんのこと、いくら隙を突いたとはいえ難敵であった豚ノ介へこうも容易く“即死攻撃”を通した事実。そして、離れていても分かる濃密な“神気”。

 ともすれば全盛期の“犬神”や“オサキ”に匹敵する神気だ。

 間違っても齢十と少しの少女から発せられていい“気”ではない。

 

 

 

 

 

「おぼぼぼぼぼォ!!!?」

 

 ──しかし、その権能を以ってしても豚ノ介からエネルギーを吸い取るのは容易ではなかった。

 

「っ、コイツ、どれだけ溜め込んでるのよ!?」

 

 数分間、最大値で吸引しているにも関わらず一向に力尽きない豚ノ介に鈴女は舌打ちした。

 

 だが、それもすぐに終わりを告げる。

 

 

 身体から漏れる靄が途切れた途端、豚ノ介はその肉塗れの体躯をべちゃりと床に横たえた。

 ようやく息絶えた豚ノ介に、ホッと息を吐いて床にへたり込んだ。

 

 応じて、傍の“白大蛇”もすぅ、と消える。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 右目の輝きも消えて、しかし鈴女は荒い呼吸を続けている。

 胸を抑えるように添えられた右手には腕全体を覆うようにして“鱗”がメキメキと生えていた。

 それは夜刀神の権能を用いた“代償”。壬生の巫女が代々耐えてきた“侵食現象”である。

 鈴女も巫女として三年ほど戦い続けてきたために“コレ”にも慣れている。だが、それでも“痛み”と“不快感”が襲い来る事実に変わりはなかった。

 

 先に語った通り鈴女は“巫女として高い適性”を持つ。それ故に重篤な侵食であろうと“時間が経てば必ず治る”。

 だからこそ彼女は今、必死に耐えようとして苦しんでいた。

 

 

 ──そして、その光景は他ならぬ“チヨメ”の眼には“見覚えのあり過ぎるモノ”でもあった。

 

 

「アレ、は……!!」

 

 ──侵食。

 その言葉が彼女の脳裏に浮かんだ。

 忘れたことなどない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではないか。

 同時に、“夜刀神”という土着神については生前に小耳に挟んでいた存在でもあった。

 “曰く、一睨みで命を奪う絶大なる神気の大蛇”、と。

 

 ともすれば、“呪い”についてだけならばかの“伊吹大明神すら上回る”のではないか。

 先程の“強力な魔眼”を見たチヨメはそのようなことを思った。

 

 殺すことに特化した“祟り神”、数刻前に自らの主から聞いた話では“巫女はその身に神の一部を埋め込む”という。更にソレは力を使うたびに侵食し、やがては“同化”させてしまうとも。

 

 ──それは、あまりに“むごい”話だと思った。そして目の前で苦しむ彼女を見てチヨメは居ても立ってもいられなくなった。

 

 そんな彼女の内心をまるで見透かしたかのように、そっと背中を押す人物がいた。

 

「行ってこいよ」

 

「お館様……しかし──」

 

 一瞬、鈴女のもとへ駆け寄ろうとして。未だヒデオが満身創痍であることを思い出した。相変わらず口端から血を垂れ流し目も虚だ。

 そんな状態の彼から離れるわけにはいかない。

 なにより、ついさっき“真に信の置ける御方だ”と再認識したばかりなのだ。

()()()()()()

 

 

「オレからも頼む」

 

 葛藤する彼女へと次いで声をかけてきたのは幻女だった。

 見ればその身体は傷だらけで、押し寄せるオーク群を相手に激戦を繰り広げたであろうことは想像するに容易い。

 その後方に“山積みとなったオークの死体”があることから激戦を制したことも。

 

「コイツはオレが看とく。だから行ってやってくれ」

 

 初対面の時とは打って変わり“信頼”を宿した瞳を向けられては、チヨメも断ることは出来なかった。

 

「温情、有り難く……!」

 

 律儀に頭を下げてからチヨメは駆け足で鈴女のもとへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 ──その小さな背中を眺めながらヒデオはようやく“溜め息”を吐いた。

 

「ハァ……あー、痛い。幻女、“痛み止め”とか持ってないか?」

 

 つい先程まで“カッコつけたい”というしょうもない理由で必死にやせ我慢していた彼は、チヨメが十分に離れたのを確認してから、新たに傍に寄り添った少女に弱音を吐いた。

 

「なんだお前、さっきまで我慢出来てたろ……なら我慢しろ」

 

 対して少女の返答は辛辣だった。

 

「マジか……くそ、ケチらないで痛み止め持ってくるんだったな」

 

 微塵も慈悲を見せない幻女に、ヒデオは今日何度目か分からない後悔を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──夜刀神の侵食は、いつものことだ。

 

 痛いのも、気持ち悪いのも、耐えていればいつか終わる。そうやってこれまで数年やってきた。

 どんなに辛くても苦しくても、()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 幻女を始めとして、今の里人たちは各々に“苦しみ”を抱えて生きている。それは“心を壊すほどのトラウマ”だったり“飢えを凌げない苦しみ”だったり、種々累々大小異なれど“苦しいことに変わりない”。

 

 だから自分も頑張らなきゃいけない。

 

 ──そう、思ってきた。今だってそう思うのに。

 

 

「苦しい、よ……!」

 

 ──溢れてくる涙は、なんなのだろう? 

 

「痛い、気持ち悪いよ……!」

 

 ──痛いことだけが嫌なんじゃない、気持ち悪いことだけが嫌なんじゃない。

 

「……お母さん」

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 巫女の苦しみは巫女にしか分からない、私だって他の人の苦しみを心から理解することはできないのと同じように。

 

 その()()

 それがなにより寂しくて──

 

 

 

「大丈夫でござる」

 

 ──不意に、背中が暖かさに包まれた。

 次の瞬間には身体全体を包み込むように“抱き込まれた”。

 

「え……?」

 

 思考が停止する、自分が今置かれている状況が理解できない。

 否、“把握”は出来ている。

 

 声音と、身体を包む“大きさ”からして。今、私は“チヨメさん”に抱かれている”。

 

 それを認識して、また涙が溢れた。

 ポロポロと流れていた涙はやがて清流のように止めどなく。

 ──それをそっと指で掬いながら“彼女”は優しい声を発した。

 

「大丈夫、拙者が共にいるでござる」

 

「あ、え……?」

 

 理性が困惑を示す、赤の他人が急に抱きついてきた現状に不快感を示す。だが身体は一向に“離れようとしない”。

 混乱する私へとチヨメさんはさらに語りかけてくる。

 

「“その呪”は拙者にも覚えのあるモノ。“侵そうとしてくる”感覚、自らの身体が“別のモノに変わる恐怖”。

 

 ──私にも、“分かる”わ」

 

 その言葉を聞いて、ふと彼女が口にしていた名、その術を思い出した。

 口寄せ・伊吹大明神縁起。その口上の後に彼女の身体から蛇の形をした“呪い”が飛び出したのを見ていた。

 

 ──そこで直感した。

 

 

 ──彼女も()()なのだと。

 

「貴女も、呪いを……?」

 

「左様、与えた“神”は違えどこの身を“蛇と成す”呪いに相違なく。

 ……決して、すべてを理解するとは申さぬが。余人よりは理解しているでござるよ」

 

 そう答える彼女の声は終始穏やかで、まるで子どもをあやすような優しさと情愛に満ちた“笑み”を見せていた。

 

 ──その笑みを見て、私はもう涙を堪えることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴女が、チヨメちゃんの胸を借りて“泣いている”。

 

 生憎と詳しい“事情”は分からないが。さっき俺の腕の中でチヨメが浮かべていた“憂いの表情”からして彼女を鈴女のもとへ送ったのは間違いではなかったようだ。

 

 チヨメは鈴女が苦しんでいた“わけ”を知っている。

 同時に“なぜ知っているのか”について、俺の方もなんとなくだが“察し”が付いてきた。

 

「……使い魔なんかじゃねぇじゃんか」

 

 ボソリ、と呟いてからふと幻女の方を向くと。

 

「……っ」

 

 何かを堪えるようにしてぎゅっと拳を握りしめていた。

 いったい何事か、と声をかけてみると──

 

「オレには“アイツの苦しみが分からねぇ”」

 

 そう答えた。

 続けて──

 

「分からねぇから安易に“大丈夫”とも言えないし“平気か”なんて聞けるわけねぇ。ちっちゃい頃から一緒なのに……情けねぇよな」

 

 そう言ってから、彼女は静かに泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、異界の崩壊が始まった。

 恐らくは支配者にして創造主たる豚ノ介が討伐された影響だろう。

 主を失った異界は地響きと共にガラガラと崩れていく。

 

 突然始まった崩壊に俺たちは慌ててその場を後にした。

 そしてCOMPのエリアサーチをかけて見つけた“外に繋がる空間の裂け目”に向かって全力疾走、なんとか異界から脱することに成功した。

 ……瀕死の身には堪える仕打ちだが、チヨメちゃんが肩を貸してくれたためになんとかなった。

 鈴女、幻女も大事無くピンピンしている。

 そのことが妙に恨めしく感じられ「どうして助けに行った俺だけが重傷なんだ」と喉元まで出掛かったがぐっと飲み込む。

 何はともあれ無事だったのだ、わざわざ水を差す必要もあるまい。

 

 今は、出口の先にあった公園にて一息吐いたところで。鈴女がチヨメに感謝と別れの挨拶を告げていた。

 ……それは先ず俺に言うべきではないだろうか、という疑問もぐっと堪える。

 

 

 

 

 

「この度は助けていただき本当にありがとうございました」

 

 嫌みの無い丁寧な仕草で深々と頭を下げる鈴女。対してチヨメは困ったように頬を掻いた。

 

「いえ、拙者はお館様の命に従ったまで。謝辞であればお館様にこそ送られるべきでござろう」

 

「それはもちろん……ですが、その。先ほどは、え、と──」

 

 ほんのり頬を赤らめて言い淀む彼女へ、チヨメは優しい笑みを向けた。

 

「……ああ、アレは気にしなくていいでござるよ。

 というか拙者も少々お節介を焼き過ぎたでござる……あの時はお館様の御心に感極まってしまい出過ぎた真似を」

 

「そんな、お節介だなんて! 私も、お恥ずかしいところをお見せしました。自らの未熟を恥じ入るばかりです……

 

 ……で、でも、その。“嬉しかった”です。久しぶりにお母さんに会えたみたいな感覚で……

 

 す、すいません! 私は何を言ってるのか──」

 

 無邪気な笑みを溢してから慌てて謝る鈴女。忙しなくコロコロと変わる表情は初対面の時からは考えられないほどに“年相応”だ。

 そのことがなんとなく、チヨメは微笑ましかった。

 そして、“お母さん”と。

 

 生前は“連れ子”の面倒を見ていたチヨメは、その頃の気持ちをほんの少し思い出していた。

 懐かしい“母性”を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──鈴女とチヨメちゃんが何やら盛り上がっているのを遠目に見てから、俺と同じく蚊帳の外に置かれた幻女に視線を向けた。

 

「なんだよ」

 

 ふと目が合って、しかし彼女はぶっきらぼうにそう返すとそっぽを向いてしまった。

 ……相変わらず刺々しい奴だ。

 

「そう邪険にするなよ、こちとら怪我人だぞ」

 

「オレらみたいな美少女の助けになれたんだ、名誉の負傷だろう」

 

 さも当然と言わんばかりに宣う。

 ……終始塩対応なのに名誉もクソもあるまいに。

 

 と、内心げんなりしていると不意に幻女はバツが悪そうな顔で頭を掻いた。

 

「……あー、今のはちょっと言い過ぎた。正直、感謝してるよ。オレを助けてくれたのも、鈴女を助けてくれたのも。とてもじゃないがオレ一人じゃ無理だった」

 

 小っ恥ずかしい、とばかりに口を尖らせ視線は逸らしたまま真っ赤な頬しか向けなかったが。彼女は確かに感謝の言葉を告げた。

 そう恥ずかしそうにされるとこっちも気まずいのだが。

 

 とはいえ、今の彼女は“年相応”な表情を見せる子どもだった。そのことが微笑ましくて自然と笑みが溢れた。

 

「……何笑ってんだよ」

 

 それを目敏く見つけて恨めしげな視線を向けてくる。

 

「別に。……ただ単に微笑ましく感じただけだよ」

 

 子どもは“純粋”だ。

 純粋な心というのは往々にして“美しい”。特に子どもが見せる“正の感情”は殊更に眩しく見える。

 だから、子どもが子どもらしく居られるのは素晴らしいことだと思う。

 

 

 恥ずかしそうにする幻女と、それを微笑ましく見つめる俺だけの空間でしばし沈黙が流れた。

 やがて、彼女の方が口火を切る。

 

「こいつは“借り”だ。だからオレも返さなきゃならねぇ」

 

「唐突になんだ?」

 

 突然そんなことを言い始める彼女に困惑する。

 

「……要するに、なんか困ったことあったら手を貸すってこと」

 

 一瞬恥ずかしそうに、しかし次の瞬間には強い意志を込めた目で彼女は言った。

 なるほど、彼女なりのケジメというやつらしい。

 

 理解した俺の手をまたも突然引っ張って無理やり“紙切れ”を握らせてきた。

 徐に確認してみるとそこには“連絡先”のような文字の羅列。

 

「LI◯EのIDと電話番号。なんかあったらそれで知らせろ。

 あ、間違っても“変なこと”に使うんじゃねぇぞ!?」

 

 これは……俗に言う“脈アリ”とやらか? 

 と、そんな冗談を脳内で思い浮かべながらも口には出さない。出したら絶対怒るだろうから。

 それにしたって年頃の女の子が、今日会ったばかりのおっさんに連絡先なんか渡しちゃダメだろう。危機管理能力に不安を覚える。

 

「俺、二年後には三十路なんだけど」

 

「年なんか関係な──ん? ていうことはお前二十八!?」

 

 心底驚いた顔で目を見開く幻女。

 若いって? ふ、よく言われる。

 

 気分が良くなった俺に、しかし彼女は“ドン引き”したような顔を見せた。……おや? 

 

「そんないい歳してオレに発情しやがったってことかよ。流石に気持ち悪いぞ……」

 

 掃き溜めを見る目で呟いた。

 まだその話引き摺るのか!? 

 

「だ、だからそれはお前の術がだな……!?」

 

「オレの術は、“性的対象として見ている場合”にしか発動しねぇんだよ。つまりお前はそういう目でオレらみたいなガキを見てるってことだよな」

 

 淡々と、実に理路整然と告げる。

 ぐうの音も出ないとはこのことか……! 

 

「いや待て。俺は決してそんな“犯罪的思考”は持ってないぞ。断じて……!」

 

 そう、俺は“ロリコンではない”。

 たとえ……たとえ“ほんのちょっと自覚があった”としてもそれはきっと気のせいだ。気のせいったら気のせいだ。

 他ならぬ俺が認めるわけにはいかない。

 

 

 

 必死に弁明する俺の言葉をズバズバと正論で切り裂いてしばらく。

 最早抵抗する意思も消え失せた俺はひたすらに項垂れる羽目になっていた。

 頭上から冷ややかな視線を注ぐ幻女。

 俺は「もう好きにしてくれ……」と半ば投げやりな心境に至っていた。

 

 やがて、不意に幻女の笑い声が降り注ぐ。

 何事か、と釣られて顔を上げると──

 

「っくくく! ああ、いい顔だぜ。二度もオレに恥かかせやがったんだからな。こんくらいは許せよ?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女が口元に手を当てていた。

 つまり……俺はこんなメスガキに揶揄われていたということか。

 

 予想外の展開と、なんとなく“納得いかない”と感じて思わずむすっとしてしまう。

 そんな俺を笑い飛ばして、彼女はステップを踏みながら鈴女の方へと向かった。見れば鈴女たちの方も話がひと段落ついたようで鈴女がこちらに向けてぺこりとお辞儀していた。

 

「今日は助けてくれてありがとうございます。正直、見直しました」

 

 歩み寄りながら感謝……と少しばかりの毒舌を混ぜて語りかけてくる。おう、たとえ見直したとしても口に出しちゃ台無しだからな。

 

「幻女から聞きました、貴方が発破をかけてくれたから頑張れた……と。あの子を“誑かす”なんて凄いですね、どんな“汚い手”を使ったんですか?」

 

 微笑を浮かべたままに冷ややかな視線を向けるという器用な真似をしやがる鈴女嬢。

 いつの間にか幻女以上の“口の悪さ”を披露する彼女に苦笑が滲み出た。

 

「ば、ばか! それは言わなくていいんだっての!!」

 

 さらっと“バラした”鈴女へ幻女が慌てて抗議している。

 ……何を恥ずかしがっているのか分からんが微笑ましいからまあいいか。

 

 友達の抗議をナチュラルにスルーして鈴女はさらに距離を詰めてくる。

 

「ロリコンなのは把握していましたが、口まで回るとは。誘拐犯の素質ありますよ?」

 

「……あんま調子乗ってっと舌引っこ抜くぞ?」

 

 あまりにもあんまりな言い掛かりに反論する。

 恩を押し付けるつもりは毛頭ないが、仮にも怪我人の身ゆえに普段よりも若干沸点が低くなってる自分がいる。

 

 だが鈴女は怯むどころか納得したような顔をしてから神妙な面持ちを見せた。

 

「……と、冗談はこれくらいで。

 

 本当に感謝しています、奧山秀雄さん。

 助けてくれてありがとう」

 

 そして眩しい笑みを浮かべてそう述べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかあったら連絡しろよな! 絶対だぞ!」

 

 鈴女が歩法で先を進む中、幻女はいつまで経っても離れず。少し進んでは上記のセリフを繰り返すだけのbotになっていた。

 

「わかったから! 早く行け!」

 

「言われなくても分かってんよ! 

 ……でも、連絡──」

 

 しつこく連呼する幻女に遂にキレた鈴女が手刀を叩き込み鮮やかに意識を刈り取った。

 

「それでは、また、いつか」

 

 よいしょ、と幻女を担いだ彼女は律儀に会釈して再度、歩法を用いて華麗に去っていった。

 

 

 その背中はすぐに見えなくなり、残された俺たちは改めて安堵の息を吐いた。

 

「嵐のような奴らだったな」

 

「然り。されど……いじらしい娘たちでござった」

 

 いじらしい、というかなんというか。

 ただ、“揃って毒吐かないとまともに喋ってくれない”のは理解した。

 

 俺じゃなきゃマジギレされてるぞ、と伝えたところ「ご安心を、相手は選んでますので」と返されたことから全く反省していないのも理解しているがな。

 

 

 何はともあれ、これで一件落着ということ。

 休暇も兼ねた楽な仕事だったはずのに、とんだ激戦を繰り広げてしまった。めぼしい収穫もなかったしひたすらに疲れただけの結果に終わったのが更に虚しい。

 

 まあ、彼女たちを無事に助けられた、という結果で満足しておこうとは思う。

 

「……というか、“本来の仕事”が全然終わってないんだったな」

 

 ふと、俺が東京に来た“本来の理由”を思い出してげんなりした。正直、本来の仕事以上に働いたと思うしここは手打ちにして欲しいところだ。

 

 ため息を吐いた俺に、チヨメちゃんは不安そうな視線を向けた。

 

「……お館様、お身体の方は、如何でござるか?」

 

「だいぶ楽になったよ、“鈴女からの御礼”のおかげで」

 

 別れる前、改めて御礼を述べた彼女は「今の手持ちはこれが精一杯」と“宝玉”を渡してきた。さらっとくれたが“宝玉”は“ディアラハン”に相当する治癒魔法が籠もった“高級品”である。

「後日、改めてお礼の品を」と畏る彼女を慌てて止めてこちらもお礼を告げてなんとか納得いただいたが。

 

 素の彼女はとにかく“律儀”だと感じた、加えて“生真面目”だ。……それだけに“いちいち毒吐く口”がなんとも悩ましいもの。

 

 とはいえ、今時珍しい良い子だし、それ故に“戦わされている”現状に複雑な心境を抱いた。

 ……抱いたところで俺にはどうすることも出来ないし、彼女たちも“自分でなんとかしたい”と思っている。

 

 

「まあ、機を見て“手助け”するくらいならバチは当たらないだろう」

 

「はい、その時は是非拙者をお供に」

 

 彼女も鈴女たちを気に入ったらしく嬉しそうな笑みで答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、と気合を入れていざ仕事を再開する。

 鈴女たちが今回の“事の顛末”をマコトへ説明しに“出向”してしまったので新宿エリアは俺たちだけで処理しなければならなくなった。

 ……ただ、まあ、“マコトに懺悔する”という彼女らの“地獄”に比べれば安いものだ。

 残りの区域も“正真正銘のイージーモード”である以上は、怠くてもきちんと回っていれば終わる。……豚ノ介みたいなイレギュラーが出てこない限りは。

 

 というか、あのイレギュラーはマコト側……もとい協会側にも問題があったと思う。事前の調査でかなり詳しい情報まで出回っていたにも関わらず、あんな“変態”の暗躍を見逃していたのはあちらの失態だ。

 ……もし鈴女たちが協会側に“いじめられて”いたら、そこら辺を盾にして助勢しようと思った。

 

 

「お館様、次はどこに向かわれるのでござるか?」

 

 ぴたっと傍にくっついてこちらを見上げるチヨメちゃん。心なしか表情も“晴れ晴れ”としていて、どこか“憑き物が取れた”ような雰囲気を感じる。

 と、同時に“信頼を向けてくれている”ことも。

 

 そのことが嬉しくてこちらも気分が上がる。

 彼女の顔を見ていたら先ほどまでの“気怠さ”もどこ吹く風とやらだ。

 

 俺は早速COMPのマップ機能を操作して担当区域を検索しようとして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──全身が粟立つほどの殺気を感じた。

 

 

 

 

「っ!!!!」

 

 ぞわり、と体毛が逆立ち悪寒が背を駆けた。

 生物として当然の“生存本能”、曲がりなりにもサマナーとして十年以上を戦ってきた“経験”をフルに活用して殺気の発生源を探る──と。

 

「お館様ッ!!」

 

 突然俺の胸に飛び込んできたチヨメちゃん……否、“押し飛ばされた”。直後、先ほどまで立っていた地面に“突風”が激突する。

 

「ぐっ!」

 

 ……いや、ただの突風ではない。

 アスファルトすら容易く粉微塵にし、尚且つ“クレーター”を生み出すほどの威力を持った“最上級衝撃魔法(ザンダイン)”だ……!! 

 直撃していないにも関わらず凄まじい暴風を叩きつけられ、地面にしがみつくことでなんとか耐える。

 もちろん、チヨメちゃんは覆い被さるようにして庇っている。

 

 

 やがて、風が止んだところで“第三者”の足音が静かに近づいてきた。

 

 

 俺は脳をフル稼働に、最大限の警戒と集中を持ってゆっくりと“相手”の方へと視線を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“臭い”を頼りに追ってみれば……ハッ! “奥山の魔剣”とはな。

 お前たちとは“先の大戦”では肩を並べて戦った仲だが。

 

()()()()と成り下がったならば、斬り捨てるだけだ」

 

 

 “ソレ”は人型の異形であった。

 

 目鼻口は無く、“緑色の表皮”が顔から足元まで続きそれを覆うようにして“骨格のような鎧”が生えている。

 両肩には“宝玉のようなモノ”が埋め込まれ、そこから分離したかのように両腕が“浮いている”。

 見るからに“悪魔”、それも“理知的な会話”を可能とする知性を有した悪魔。

 

 何より肌を焼くような“絶大な霊力”。

 

 並の悪魔であるはずがない、“神族でさえここまでの霊力はそうそう見ない”。

 かつて、“養父”の仲魔として見たことがある“帝釈天(インドラ)”にも匹敵する凄まじい力を感じる。

 

 豚ノ介はもとより、廃寺での涅槃台よりも遥かに、“ヨシツネすらも超えている”。それほどの霊力。

 

 本能が警鐘を鳴らす。

()()()()()()()()()()()

 全力全開で離脱しろと。

 

 ──だが、他ならぬ“ヤツ”の“殺気”がこの身を動かすことを許さない。

 

 唯一動く口で、ゆっくり近寄ってくる“ヤツ”をなんとか押し留めようと“交渉”を試みる。

 

「……殺す前に聞かせてくれ。

 お前は何者で、なぜ俺たちを狙うのかを」

 

 体の震えが止まらない、滝のように流れる汗も止めどなく。

 しかし、腕の中のチヨメちゃんだけはしっかりと抱きしめて離さない。間違いなく()()()()()()()()()()なのだから。

 

 俺の問いをヤツは鼻で笑い、そして“答えた”。

 “身に覚えのない理由”と“自らの真名”を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“悪逆非道”を成した()()()()の犬が戯言を……ならば心して聞くがいい。

 

 

 我こそは“日の国”が生みし護国の(すい)

 “必殺の霊的国防兵器”が一柱。

 

 

 

 龍神・()()()()()()()なり」

 

 




【あとがき】
パライソちゃんにハマった人ってのは結構闇が深いと思った。
とりあえず千代ちゃんの活躍()を、順を追って解説しようと思う。

①ビジュアルが先行公開され一目惚れする←谷間ないから男じゃね?T.◯.Revolutionとネタにされる。後に紙マテで公認されちゃう。

②下総本編で登場するも、早速撃退される。おかっぱ鬼に虐められた挙句理性を失い武蔵ちゃんどころかコタくんに敗北する。
結果、影が薄くなる。……そこが可愛かったり。

③久しぶりに登場したと思ったらトンチキイベントでネタが増えて終わる。遊園地では黒髭にさえチョロインと認識される。不遇。もはやいじめでは?……でもそこが(ry

④幕間で突然語尾を捨てる。内容はひたすら酒呑に虐められるというモノ……エネミーも不利相性オンリーという筋金入りの嫌がらせ。でも可愛いからヨシ!

⑤久々の出番かと思ったらマドハンド。ハイエナ女神の試練で唯一の足手纏い、頭のネジがぶっ飛んでしまったかのようなテンションで終始キャラが迷走する。
……でも可愛いから(ry

⑥案の定、属性過多が宝の持ち腐れとなりキャラが迷子で性能もパッとしない、という人を選ぶキャラと認識されている(当社比☜イマココ



……これだけの仕打ちに耐えている千代ちゃん、もとい我らに救いを!!

具体的には千代女ちゃんメインのイベントが欲しいです()
あと欲を言えば牛若のモーション(ry


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暗躍と襲撃

型月だと魂って面倒くさい性質持ってるけど、メガテンだと特にそんなこともないので、本作もそれに倣いスナック感覚で消費していく方針……なんだけど。


落ち着け……平常心、平常心だ。

うん。



景清&お師様実装ヒャッホゥゥゥゥゥゥゥ!!!!




――都内某所。眼下に大都会を見渡すことの出来る高層ビルの屋上にて、一人の男が“スマホ”を耳に当てていた。

 

 

「――ええ、タマガミの()()は順調です」

 

ピシッとした黒のタキシードを纏い、右腕には一目で高級品と分かる時計を身につける。

 

「まあ、コウガサブロウの()()は予想外でしたが」

 

癖のある金髪の下に見える端正な顔は微笑に固定されている。だが決して()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼は常に笑みを浮かべていた。

 

「――はい? ……いえ、まさか。この私が()()()()()()()()()()()など、見当違いも甚だしい。

彼の暴走は私の()()()ですよ。

それよりも――」

 

一拍置いて、男は()()()()()()言葉を紡いだ。

 

「そのコウガサブロウなのですがね……今はどうやら奥山の魔剣と交戦中のようなのですよ」

 

男の言葉を受けて、通信相手は反応を示した。

続けて男へと“要求”を伝えてくる。

 

「――ほう? それは、よろしいので?」

 

確認する男へと、通信相手は了承の意を示す。

 

「ハハハッ! なんとも剛毅な御方だ、流石は()()()()()()()()()()()()()()■■(■■■■)殿であらせられる」

 

相手の意を笑い飛ばし、その“真名”を漏らした男へと通信越しに厳しい声がかけられた。

 

「――おっと、これは失礼。今は別の名をお使いなのでしたね。それでは私のことも“グレゴリー”、或いは“グレッグ”と呼んでいただければ」

 

男が宣った偽名への呼称変更を了承する旨が伝えられる。

 

「ありがとうございます。それでは具体的な“依頼内容”をお聞かせください、先ずはこちらから“派遣”するサマナーを――」

 

 

――その後しばらく“依頼交渉”を続けて、男は最後の問いを投げかける。

 

「――では最後に。お支払い頂ける()額を」

 

その問いに“満足する額”を提示され男は笑みを深めた。

 

「――承知しました。

今後とも“ソウル・コントラクト・ソサエティ”を御愛顧のほどお願い申し上げます――

 

 

――()()()()様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウガサブロウ……!?」

 

目の前の悪魔から告げられた真名に、俺は()()した。

 

甲賀三郎、諏訪縁起に語られる伝説の人物である。

その物語には幾つかのバリエーションがあるが、概ね“美人の妻を持つ三郎に嫉妬した兄によって地底に落とされる”というあらすじは共通している。

最も有名な諏訪の伝承においては地底より這い出した際に蛇身となり、のちに神通力を得て諏訪の龍神となる。

……と伝承の概要はこの通りである。

 

途上、地底の世界で暮らしていた頃にその地の姫と婚姻関係となり十三年ものほほんと暮らしていたり、その姫を側室のような立場で連れ帰って妻からも歓迎されたりという“リア充”っぷりというか、おまけに妻と再会して共に唐突な修行を始める自由ぶり……お前はどこのラノベ主人公だ、と言わんばかりの経緯を有していたりするが。

――というか、自分が義兄に無理やり妻にされたり斬られそうになったり大変な目に遭っておきながら。呑気に女連れで帰還した夫を責めるでもなく何より無事を喜び、一緒に神通力を習得しに行ったり浮気相手すら快く受け入れる春日姫の良妻っぷりが凄まじい……どこぞの“スサノオの娘(スセなんとか)”にも見習って欲しい所である。

 

 

閑話休題。

 

 

俺が困惑したのは、甲賀三郎という存在はあくまで諏訪地方の伝説に語られる龍神であり、とてもではないが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、即ちこんな膨大な霊力を有するはずはないという点である。

 

次に、奴が自ら語った“必殺の霊的国防兵器”という名称。

その名は俺も小耳に挟んでいた。

 

曰く、前大戦末期に旧陸軍の“秘密機関”が連合軍の悪魔たちに対抗するべく開発した究極の霊的兵器。

日本に古来より伝わる神々を降し、護国の要として運用する決戦兵器開発計画によって生まれた特殊悪魔たち。

その力は凄まじく、当時最強のサマナーであった『ライドウ』と並んで帝国軍の戦況を優勢に押し上げたという。

 

――だが、連合軍側が召喚した“より強大な悪魔”によって討たれ、終戦後の混乱によって技術諸共失われたとされていた。

 

 

その前時代の“遺産”が、この悪魔だという。

 

そうなるとこの“異常な程の霊力”も納得がいく。あの混乱の時代において戦争の趨勢すら左右した存在ともなれば強くて当たり前だろうさ。

 

そして――

 

「コウガ……サブロウ?」

 

――奴こそは、甲賀の祖。つまり千代女ちゃんの生家たる甲賀望月の始祖にあたる存在なのだ。

 

……ならば彼女が受けている“呪い”とは甲賀三郎が受けたという“蛇に変わる呪い”なのだろうか?

とするならば、なぜ彼女は()()()()()()()()()()()()()()? 本質的にコウガサブロウと伊吹神に関わりはなく、精々が“天狗によって妻が伊吹山に連れ去られた”逸話くらいしか繋がりがない。

――いや、そうじゃない。

 

甲賀三郎が受けた“蛇に変わる呪い”、これを掛けたのが“誰なのか”? それが提示されていないという“謎”がある。

ならば、この呪いを掛けたのが()()()()()()()()()()()()()()ということか。

 

――しかし、そのような重要な事実があるならば。どこぞで情報が出ていてもおかしくないはずだが。

 

そこで、ふと。彼女が“忍び”であるということを思い出した。同時に、忍びであるならば“自らの情報を隠匿するであろう”という事実に気づく。現に、この時代に“望月千代女の情報は極端に残っていない”。

 

つまり――

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「千代女ちゃん……?」

 

そこまで推理を終えて(その間約二秒)、千代女ちゃんが奴の方を見て硬直していることに気づいた。否、その小さな肩が僅かながら震えている。

 

「あ、あぁ……! オロチが、大蛇が私を!!」

 

直後、悲鳴のような声を上げて口元を両手で覆うと――

 

 

 

――盛大に嘔吐した。

 

「おげぇぇぇ!!」

 

ビチャビチャとぶち撒けられた吐瀉物は胃液そのもので、尚且つ一回で治まらずに複数回に分けて繰り返された。

 

「千代女ちゃん!!」

 

迫るコウガサブロウのことなど忘れて、俺は彼女の背中に手を置き優しくさすった。

 

「うっ、ふっ……ぅ! いや、いや……!」

 

――しかし、千代女ちゃんは俺のことなど眼中に無いようにひたすらにブルブルと震え拒絶の言葉を呟いていた。

 

――彼女を立たせるのは難しい。

 

そう判断した俺は腹を決めて愛刀片手に立ち塞がった。背後に千代女ちゃんを庇いながら目の前のコウガサブロウを見据える。

 

と。

 

「……?」

 

見ればコウガサブロウも千代女ちゃんをジッと見つめて()()した様子だった。

何かを訝しむような、或いは“疑問を感じているような”。

 

しかしそれが何を意味するのか、残念ながら今の俺に知る由はない。ならば後は“戦う”という選択肢しか無いだろう。

 

「……」

 

俺は刀を握る手に力を込める。

勝てるかどうかは重要では無い。

 

()()()()()()()だ。

――いや。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。千代女ちゃんとて、俺が召喚し仲魔としたからには身内であり“家族”である。

俺はもう二度と()()()()()()()

 

――覚悟は“力”となって身体の内を巡る。それによってほんの僅かながら俺の霊力が()()()()感覚があった。

 

と言っても、本当に微々たるものだが。

そして、龍“神”というからには()()()()()()()の特効範囲内となるわけだが……

 

 

 

「……!」

 

どうにも完全に抜けなくなっていた。

“システム”に接続してもうんともすんとも言わず、エラーすら吐き出さないあたり完全に沈黙してしまっている。

まあ、先ほどの使用でアレだけダメージを受けたのだ。半身たる魔剣に影響が出ていても不思議では無い。

もし抜けたとしても、九割方“抜いた瞬間に血反吐吐き散らして死んでしまう”。

 

だが、そうなると魔剣無しでアレと戦わねばならない。

 

 

「……やるしかないか」

 

魔剣を欠いた俺はもはやただの中堅でしかなく、万が一にも勝ちの目は無い。さっきのカマプアアとは比べものにならない霊力の差からして一分と保たないだろう。

――ならば、是が非でも()()()()()()()()()()()()

 

結局のところ、今の俺が取り得る選択肢は一つしかなかった。

 

 

俺は愛刀を地面に突き立てて“手印”を結ぶ。

 

「……保ってくれよ、俺の身体!」

 

祈りつつ、“詠唱”を開始した。

 

 

 

 

「“オン ソンバ ニソンバ ウン バザラ ウン ハッタ”」

 

降三世(ごうざんぜ)明王の真言を唱えたことにより、過去・現在・未来に関する全ての煩悩が消え失せる……即ち“デバフの無効化”が付与される。

 

「っ!」

 

俺の声と、それに伴って上昇した“霊力”に気付いたサブロウが咄嗟にこちらへと突撃してきた。

 

「くっ!」

 

対して、俺は懐から“お札”を取り出して目の前に投げ捨てる。

札はサブロウの小太刀が届く直前に光輝き、俺を囲むようにして“結界”を形成した。

家から用意してきたとっておきの一枚、対物理結界だ。

 

即席ではなく、ちゃんと家でチマチマ時間をかけて作ってきた一枚なのでそう簡単には破れない。

現に、サブロウは一撃目を弾かれた直後から間髪入れずに小太刀を振るうがまだ壊れていない……いや、ちょっとヒビ入ってるけど。

 

ともあれ、この隙に詠唱を続ける。

 

「“オン シュチリ キャラ ロハ ウン ケン ソワカ”」

 

大威徳(だいいとく)明王の真言により“必勝の加護”を得る……即ち“タルカジャが最大値まで”付与される。

 

「“オン アミリテイ ウン ハッタ”」

 

軍荼利(ぐんだり)明王の加護により“スクカジャが最大値まで”付与され、今後の()()()()()()()()

 

――そこまで唱えて、ようやくこの結界が“対物理”という発想に思い至ったらしきサブロウがノータイムでザンダインを放ってきた。

 

「ぐっ!!!?」

 

至近距離からの上級魔法、しかもインドラ(クラス)の龍神が放った一撃ともなれば普段の俺なら粉微塵になっていただろう。

しかし、既に三柱の明王の真言を唱え終えていたために肉体の硬度も数段階上昇していた。

 

――それでも、全身が刻まれ血塗れになるほどには凄まじい威力であったが。

 

「なにっ!?」

 

俺がザンダインを耐え凌いだことに驚愕する隙に詠唱を続ける。

 

「“オン バザラ ヤキシャ ウン”」

 

金剛夜叉(こんごうやしゃ)明王の加護により“運”が上昇、()()()()()()及び()()()()が付与される。

 

そして――

 

 

「“ノウマク サンマンダ バサラダン センダン マカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン”」

 

不動明王の真言を唱えたことで、“全ての攻撃に耐性を得る”。

また、計五柱の明王、即ち五大明王の真言を唱え終えたことで術式が完了し“全ての能力値が大幅に上昇した”。

 

 

つまり、この詠唱は涅槃台との初戦時に使用した“ヒートライザ”の正式版。

明王(みょうおう)陣中具足(じんちゅうぐそく)』という名の自作補助魔法である。

 

 

 

 

「うっ……ぅ……ふっ……!」

 

ちらり、と背後を見れば未だ千代女ちゃんは涙ぐみ嗚咽を漏らして蹲っていた。

その姿に「何がなんでも守らねばならない」という気持ちを強くする。

 

コウガサブロウへと視線を戻せば、奴も“霊力が激変”した俺を警戒した様子で小太刀の構えのまま静止していた。

 

「ぐっ……!」

 

少し踏み出したところで、足から嫌な音が響いた。続けて“痛み”が全身に伝播していく。

こうなることは予想出来ていた、その上で使用したのだ。覚悟を決めておけば驚くことも無い。

 

ヒートライザの状態でさえダメージを受けたのだ、それを正式版で行えばどうなるかなど……想像に易い。

恐らくは制限時間も出てくるだろう、しかし、一秒でも長く術式を維持してひたすらに攻めれば――或いはこの龍神にも勝ち得るかも知れない。

そう考えれば、少し希望が持てた。

 

「行くぞ……コウガサブロウ!!」

 

愛刀を握りしめ、いざ、大地を蹴る。

 

――最大数のスクカジャ、それに上乗せされた能力上昇によって神速を得た俺は、反応が追いついていないコウガサブロウへ向けて素早く一太刀を浴びせる。

 

「っ!」

 

――だが、刃が身体に触れる寸前。驚異的な速さを持った小太刀で弾き返された。

凄まじい反応速度、間違いなく廃寺の涅槃台を超えた速さだ。

加えて、ノータイムからの反射的行動を見るに奴は“反応系”のスキルを有している。恐らくは“龍の反応”、それもかなり高位の。

 

だがこちらとて捨て身の能力上昇を行ったんだ、これで終わるはずもない。

 

――続けて、二撃三撃と斬撃を繰り返す。それら全てを小太刀で防がれるが“想定内”だ。あと一合交えたところで、“勝機”が訪れる。

“高速演算”で得た答えに、“必勝の加護”によって“必勝”を付与して即座に選び取る。

これによって、選び取った行動に“上昇補正”が加えられその行動を終えるまでの間、飛躍的に“運”が上昇する。

 

「っ!!!!」

 

自然、その一撃は必中となり、無防備な部分へと吸い込まれるようにして直撃した。

威力が底上げされた刺突は、サブロウの胸部へ――

 

「なっ!?」

 

――届こうというところで、またも“凄まじい反射神経”によって躱され骨格のような鎧が生えた肩部へと激突する。

僅か、鎧の一欠片を削り取っただけで鋒は逸らされ。

代わりに小太刀の刃がこちらに迫った。

 

――辛うじて、その凶刃から免れたものの。戦況は再び鍔迫り合いからの斬り合いへと戻った。

 

高速演算、必勝の加護、能力上昇。それら全てを駆使して尚もコウガサブロウにはあと一歩及ばない。

理由はわかっている。

 

地力の差だ。

 

いくら爆発的に能力を上げたところで、元々の値が低ければ大した強さは表れない。

加えて、コウガサブロウと俺の間には()()()()()()()

 

その事実を思い知らされたところで、右脇腹へと鋭い痛みが走った。見れば小太刀による鋭利な切り傷、鮮血が迸るほどの深手だ。

――演算が間に合わないのではなく、単に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

せっかく必勝の加護を付与してもこれでは宝の持ち腐れだ。

 

更に、不動明王の加護による防御上昇が既に意味を成していない。

恐らくは()()()()()()のだろう、それくらいの手数を俺は受けていた。

さしたる威力ではなくとも積み重なれば大きな痛手となる。つまり、気にも留めなかった擦り傷がこれを招いた。

 

――だが、それでも止まるわけにはいかない。

 

「……驚いたぞ、奥山。よもや“魔剣も使わず”に俺とやり合うばかりかこうも戦い抜いて見せるとはな」

 

俺と違って余裕を見せるコウガサブロウはそんなことを宣ってきた。もはや返事をする余裕もないので無視だが。

 

「――それだけに“奴”の犬となった事実が嘆かわしい」

 

心底落胆したような声音で紡がれた一言に、さすがの俺も堪忍袋の緒が切れた。

 

「だから! 俺らは“タマガミ”なんて奴とは関わりがないと……ッ!!」

 

切れたことで生まれたわずかな隙、そこへすかさず振るわれた一撃によって俺の腹部が掻っ捌かれた。

 

「がはっ!?」

 

ボトボトと垂れるのは血……だけではない。

抑えを失った臓物が溢れて溢れる。

――傷自体は、自動回復によって即座に塞がったものの。零れ落ちた臓物までは再生されず、激痛と嘔吐感によって思わず膝をついた。

 

「ぐ、げほっげほっ!!」

 

喪失した腸の一部、その周辺に言い表せない“違和感”を感じる。同時に胃に逆流した血液が喉を通って飛び出す。

ビチャビチャと地面に滴る“赤”はすぐさま血溜まりを作り出す。

 

「未熟……いい筋をしているがそこ止まりだ。付け焼き刃で俺に敵うとでも思ったのか?」

 

「その上から目線……ムカつくな」

 

――言いつつ、斬り上げを放つ。

 

「笑止!」

 

小太刀を横に振るう、ただそれだけで刃は弾かれ代わりに顔面を蹴り飛ばされる。

 

「っぎぃ!」

 

後頭部から地面をスライディングして、倒れる。

立ち上がろうとするも四肢に力が入らず、おまけに“嫌な感覚”が身体を巡り始めた――

 

「ごぼっ!?」

 

直後、大量の血液が口から噴き上がる。と共に全身を耐え難い激痛が襲った。

焼き切れるような、掻き毟られるような、疼くような痛みが骨に走る。

 

「ぐぅ、ぁ……!」

 

――痛い、痛い。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!

 

痛い、ということしか考えられないほどに。

 

 

「見るに耐えないな……ならば先に、そこの“小娘”を仕留めるとしよう」

 

っ!!

 

「此奴を見ていると、何故か“我が鱗”がざわめく……そして、愛しき“彼女”の匂いがする。

それは、許せない」

 

……待て。

 

「奴の犬からその匂いがしてはならない……護国のため、ひいては現代に生きる人間のために。奴らは根絶やしにせねばならない」

 

それ以上、足を進めるな。

 

「そうだ、俺は……オレ、ハ。ご、ゴ、護国ノたメに」

 

痛みを堪えながら、必死に奴を目で追った。

そこには既に彼女に向けて刃を構えた奴がいる。

 

――瞬間。

俺の身体が弾かれるようにして駆け出した。

 

痛みなど度外視するように、命を投げ捨てるかのように無心で駆けて気づいた時には、奴の前に立ち塞がるようにして立つ。

 

「っ、邪魔をするな!!」

 

――そこへ、鋭い一撃が放たれた。

最初に感じたのは“喪失感”。

 

遅れてやってきたのは焼けるように熱い“肩の痛み”だった。

 

「あ、あぁぁああぁ!!!?」

 

痛む右肩……そこから先が()()

凹凸の無い綺麗な切り口で落とされたのは俺の右腕だった。

それを視認してから、訳の分からない痛みが脳を打ち鳴らす。

 

――だが。

 

「っ!」

 

狼狽える俺の横を抜けて、再び刃を振り上げた奴を認識した途端。痛みなどどうでも良くなった。

 

それよりも、彼女を、()()()()()()()()()()()

 

その一心で俺は、斬り落とされた右腕を掴み奴の背中目掛けて力一杯に突き出した。

 

 

「ぐっ!? があぁ!!」

 

一直線に突き出した腕は、その手に握ったままの刃を無防備な背中に突き立て、そのまま突き刺さった。

 

予想だにしなかっただろう一撃を受けて、コウガサブロウは呻き声を上げてヨタヨタとこちらに振り向いた。

その胸からは俺の愛刀が顔を出している。

もはや『明王・陣中具足』の効果も切れているだろうに、あの硬い装甲を破れたのは自分でも驚きだが。

 

結果オーライというやつか。

 

「おのれ……やってくれる!」

 

乱暴に突き刺さった刀を腕ごと引き抜いて投げ捨てる。そして、怒りを滾らせながらこちらに近寄ってきた。

 

「貴様かラ先に仕留メテくれル!」

 

俺の目の前まで来てから大きく小太刀を振り上げた。

俺は咄嗟に回避行動を取ろうとして、“ぶちり”という嫌な音を聞いた。

 

途端、動かなくなる右脚。体重すら支え切れずバランスを崩した身体は情けなく地面に倒れた。

 

――そこへ、小太刀が振り下ろされた。

 

 




【あとがき】
やっとヒートライザ完全版出せた……詳しいことは二章のマテにでも書いておきますね。……ウヒッ!


ごめんね、気持ち悪いくらいテンション上がっててごめんね……職場でも「なんかテンション高くね?」みたいに言われててごめんね。

でも景清ないし義経(っぽいの)来るって知って過呼吸みたいになっちゃったんだよ……更には鬼一法眼まで来ちゃうって。僕っ娘て。サモン◯イトっぽい絵柄でドストライクて。
そして『鎌倉』だとぉ!?
俺が「うわっ、掘り下げ難くね?」って投げた鎌倉の話をやってくれるだとぉ!? 感謝!!
更にはメイヴちゃん!? ようやく埃塗れの看守衣装を着せることができるのかぁ!!
あと一応タニキ。

ヨリトォモ出るよね? 流石に実装は期待してないし景清で十分だけど立ち絵くらいは出るよね??


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撤退

説明回です。




 ──俺目掛けて小太刀が振り下ろされる。

 身動き一つ出来ない俺では、一切の抵抗も出来ずに真っ二つとなるのは確実だ。

 

 ──ああ、万事休す、か。

 

 

 

 そう思い目を閉じた俺の耳に()()()()()()()()()

 硬いもの同士がぶつかり合う音、ちょうど刃と刃を交えたような──

 

 

「遅くなりました、まだ生きていらっしゃいますか? 

 ──()殿()

 

 とても聞き覚えのある、そして“頼り甲斐のある声”が聞こえ。反射的に目を見開く。

 最初に眼界へと映り込んだのは、“ウシワカ”の背中だった。

 

「ウシワカ……」

 

 思わず声に出して確認する。

 ウシワカ、ウシワカマル。俺が最初に招いた英傑であり、旅先で拾った羽団扇が縁を結んだ仲魔。強くて頭も切れるが、我慢が利かず独断専行が目立つ少々問題児な、それでいて俺なんかに“忠義”を立ててくれる、いじらしくも愛らしい彼女。

 

 ウシワカが、コウガサブロウの刃をしっかりと受け止めてくれていた。

 

「ウシワカ、なのか?」

 

「はい、貴女の仲魔・ウシワカマルです」

 

 どうにも上手く頭が回らず、目の前の状況を飲み込めていない俺が再度確認すると。

 彼女はいつもと変わらない声音で明るく応えた。

 

 いや、待て。

 確かウシワカは未だ討伐依頼が処理し切れておらず、オサキと一緒に夕凪周辺で活動中だったはずだが。

 

 

「貴様、何者だ!?」

 

 困惑する俺の耳に、コウガサブロウの怒声が届く。

 対し、ウシワカはスゥ、と目を細めて答える。

 

「英傑ウシワカマル。

 ……我が主を傷付けた礼、存分に返させてもらうぞ!」

 

 一際大きく踏み込み、小太刀を弾き返す名刀・薄緑。

 振るうのは日本で最も高い知名度を持つ大英雄の一人。

 英傑・ウシワカマル。

 

 仮にも神族たるコウガサブロウの膂力を上回ったことに若干驚きつつも、未だ“ヨシツネソースを取り込んだウシワカ”の戦いぶりを見たことがなかった事実に気付いた。

 だが同時に──

 

「──ああ、くそ……もう……意識、が」

 

 コウガサブロウへと果敢に斬りかかるウシワカの背を見つめる視界がブレ始める、と共にパチパチと意識が明滅する。

 

 最後に、何故か炸裂している()()()()()()()の爆発を視認して俺の意識はゆっくりと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 ──ヒデオが意識を失った頃、その場には続々と“援軍”が到着しつつあった。

 

 だが、ヒデオがコウガサブロウに襲われているという現状を知る者は当事者たちのみだったはず。それが何故、大規模な援軍の到着に繋がったのか? 

 それは、不自然なほどの()()によるものだった。

 

 

 まず、ヒデオたちが豚ノ介を討伐した頃合いに、ちょうどウシワカマルたちも全ての依頼を完了させ尚且つ()()()()都内に滞在していた。

 そして、ヒデオがコウガサブロウと遭遇した頃、ちょうどオサキが彼に依頼完了の通話を掛けており、電話が繋がらないことに違和感を感じていた。そこで、家電へと掛け直したことでヒデオが今『東京に来ている』ことを知った。

 

 その時、「都内にいるならばこちらから探せばよい」と提案したウシワカにオサキも乗り、観光がてらぶらつくことになった。

 その直後である。

 

 件の公園にてコウガサブロウと交戦するヒデオを()()()()ウシワカが発見した。更には側から見てもヒデオが不利な戦況にあるのは明らか。

 そんな光景を見ては当然、ウシワカは“勝手に”駆け出し残されたオサキはすぐさま協会へと援軍の要請をする流れとなった。

 

 

 それが、今回の“救援”の真相である。

 更にこの“幸運”の引き金となったものを上げるならば、言わずもがな。ヒデオが使用した“明王・陣中具足”、もとい()()()()明王の加護による運気上昇、及び()()()明王による必勝の加護による更なる上昇補正で獲得した“強運”であった。

 

 

 

 最初に駆けつけたのはウシワカマル。

 しかしその直後、ヒデオがダウンする直前に到着したのは()()()()()()()()()()()()であった。

 

()()()()所用でサマナー協会へと出向いていた彼女は、新宿区にあるこの公園の近くを通りかかった辺りで()()()マコトからの救援要請を受け、直後には交戦するウシワカマルを見つけたことで素早くその場に駆けつけることができた。

 ……仮にも“必殺の霊的国防兵器”に数えられるコウガサブロウを相手にして、さしものウシワカであっても一対一では確実にヒデオを守ることは難しかった。

 しかし、リンが加勢したことによりヒデオの生存・ひいては彼が守りたいと願ったチヨメの安全は()()()()

 ──この幸運を以ってして、遂に両明王の加護は役目を終えて解除された。

 

 

 

 ──リンが放った“ネコの手”の形をした弾頭は、ウシワカとの剣戟の応酬の隙を突いて後退したコウガサブロウの胸部に直撃した。

 

「やりぃ!」

 

 公園の入り口にて“ファンシーな見た目のバズーカ”を担ぎながらリンはガッツポーズを決める。

()()()()()()()の中でも突出した威力を誇るこのネコパンチバズだが、代償として著しく命中率が低かった。

 それを、土壇場にて命中させたのは果たしてリンの腕によるものなのか或いは“明王の加護”の残滓がそうさせたのか。

 

 いずれにしろ、超威力バズーカの直撃を受けてはコウガサブロウも無傷とはいかなかった。

 

「が、はっ……!」

 

 胸部を丸焦げにされた彼は千鳥足で数歩後退、続けて膝をついた。

 ──そこへすかさず剣を振るってくるウシワカ。

 

「ちぃっ!」

 

 それをなんとか小太刀で受け止めて、もう片方の手からザンダインを放つことで彼女を弾き飛ばす。

 ──だが、直後には遠方より再び“ふざけた外観の弾頭”が飛来した。

 

「同じ手は食わん!」

 

 流石に一度痛撃を受けたことでその危険性を理解し警戒していた彼は、その場から素早く飛び退くことで難なくこれを回避した。

 

 

 ──その頃には、すでにリンやウシワカ以外の援軍はあらかた到着していた。

 

 

()()()()定期報告を終えて来てみれば……また、この(ひと)は……!」

 

 そこには、ロードアニムスフィアの依頼に関する定期報告を終えたレイランの姿もあった。

 今日は報告のために特に戦闘を行なっていないために万全なコンディションだ。

 

 他にも、同じ“都内浄化”の依頼を受けたサマナーである()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()など。十数名が集まっている。

 

 

 

 その中の一人()()()()()()()()()()()()()()()()が、倒れ伏したヒデオの元へと駆け寄った。

 そして、その惨状を見るなり表情を歪める。

 

「あちゃー……流石に無理し過ぎっしょ、()()()()

 ……おーい、()()()()──!」

 

 早々に自分の手に負えないと判断した“彼”は、遠方にて佇む()()()()()()()()に向けて大きく手を振って呼びかけた。

 その呼び声に、あからさまに()()()()()を返しながらも渋々歩み寄った少年はヒデオの姿を見てすぐに真剣な表情に変わった。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を発する。

 

「もげた腕を寄越せ。切断面がまだ新しいから再接着が可能だ」

 

「マジか!?」

 

 少年の言葉に、金髪の青年は心底驚いたような声を上げた。サマナーとして“怪しげな術”には詳しいものの、医療に関しては接する機会も皆無な彼では「これは義手かな……」と諦めてしまうのも無理からぬことである。

 ──事実として、ヒデオの右腕は()()()()()()()()()()()されており、たとえ治療魔術でなくとも未だ再接着が可能な状態にあった。

 

「早くしろ」

 

「お、おう!」

 

 苛立たしげな少年の声に、慌てて近くに放置された右腕を拾って寄越す。

 それをふんだくって素早く切断面に押し当てた少年は、空いた片手の()()()()()()()()()()一枚の御札をスッと覗かせて面前に掲げた。

 

「急急如律令」

 

 瞬間、札が焼き消えて代わりに右肩の切断面が淡い光を放った。

 陰陽道に由来する治療魔法、即ち初級治療系魔法(ディア)である。

 

「よし、繋がったぞ」

 

「早っ!?」

 

 ものの数秒で処置は終えた。()()()()()()()、だが。

 

「まだだ、本命は“中”の方」

 

「中?」

 

 イマイチ理解していない青年を置いて、少年は袖に仕舞ったままの指で宙に“五芒星”を刻む。魔力による青い光を伴って刻まれたソレはすぐに泡のように弾け、ヒデオの全身を同色の光が包み込んだ。

 それを幾度か繰り返し、最後に御札をヒデオの“腹部”にぺたりと貼り付ける。

 

 そこまで終えてふぅ、と小さく息を吐いた。

 

「とりあえず、破裂した内臓と筋組織、血管等々の接合は終えたが……どれもその場しのぎにしかならん。

 早急に専門家に見せた方がいい」

 

「じゃあ俺が運ぶよ、お前は協会の治療術師たち(回復要員)に連絡な?」

 

 返事を聞く前に青年はヒデオの身体を担ぎ上げ、そのままさっさと公園を去っていく。

 

「むぅ……面倒な方を押し付けおって」

 

 足早に去っていく青年の背を見つめながら再び息を吐く。

 そして実に面倒そうに懐からスマホを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── 真っ白い壁に覆われた部屋にいる。

 

 時折訪ねてくる『ドクター』や『ナース』の人以外には誰も来ない真っ白な部屋。

 

 

 ──月に何回か行われる『実験』のための部屋。

 

 真っ白なのは同じで、いつもの部屋よりもずっと大きな部屋。

 

 ガラス越しにドクターたちが何か話している中、俺は床下からエレベーターで登場した『対象』と戦う。

 

 “振るえ、ヒノカグツチ”

 

 呼べば出てくる“ぼく”の相棒。敵を全て、残さず焼き尽くすさいきょうのけん。

 

 ひとたび振るえば、敵は一瞬で燃え尽きる。

 

 でも、最近は少し強い奴が増えてきた。

 

 

 

 

 

 ──きょうだい、ハ、たくさん居タ。

 

 こうにしゅ、と呼ばれた兄や。おつにしゅ、と呼ばれた姉。

 特に仲が良かったのは、『おついっしゅ・ひのとがたいちごうき』と呼ばれたお姉ちゃん。ぼくは、『おつねぇ』と呼ンダ。

 そしテ、『おつにしゅ・ひのとがたにごうき』と呼ばれた妹。ぼくハ、『ひーちゃん』ト、呼ンダ。

 

 面倒見のいい『■■ねぇ』と、ぼくらの後ろヲ、付イテ来ル『ひーちゃん』。

 

 他にも、タクサン居タンダ。

 

『■■にぃ』や『■■■くん』『■■■■』に『■■■■■■』。

 

 みんなト、居レバ、怖クナイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──敵ガ強過ギル。

 

 何度斬ッテモ、死ナナイ。

 

 燃エナイ。

 

 ドウシテ? 

 

 

 

 ────アイツノ、爪ガ、ボクノ胸ヲ引キ裂イタ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋で目を覚ました。

 ガラス越しに大勢の人がボクを見て話している。

 

 そして、『おくやまさま』が現れた。

 

 誰よりも敬い、『すうけい』すべき御方だ。

『奥山さま』は『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』。

 そのためにボクたちは働いて、敵をいっぱい倒さないといけない。

 

 そのためにボクは『おくやまつみ・ひゃくいちごうき』から生まれてきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ある時、ボクは庭に出た。

 

 最近は誰も彼も忙しくて、一緒に遊んでくれる子がいなかったから一人ぼっちで遊んでいた。

 

 寂しくはない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ──でもやっぱり、ちょっぴり寂しくて。それを紛らわせるように庭の木へともたれかかった。

 この木は『ぼじゅ』と呼ばれていて、なんだか『おかあさんみたい』だとみんなから人気だ。だから、一人の今ならこうして独り占めできた。

 

 ──その時だった。

 

 ──鈴の鳴るような、小鳥の囀りのような。そんな可愛らしい声が響いてきたのは。

 

 

『何してるのよ、アナタ』

 

 小柄な体躯、華奢な手足、それらを曝け出し薄絹一枚纏っただけの金髪の女の子。……残念ながら胸は無い。

 

 そしてなにより目を引くのは背中に生えた『白く綺麗な翼』。

 

 

 

 ────彼女は天使だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 ──都内某所、白塗りの清潔な壁面に囲まれた一室にてヒデオはベッドに横たわっていた。

 その身体は包帯やらガーゼやらが至る所に貼られ、繋がれた電極がベッドの脇に備え付けられたモニターへと心音を送る。

 硬く閉じられた目蓋は彼の意識が未だ夢中にあるということを示していた。

 

 

「……」

 

 傍らには丸椅子に腰掛けたチヨメの姿がある。しかし、その表情は重く沈み膝の上に乗せられた両手をぎゅっと握りしめていた。

 

 ──間一髪のところで駆けつけた援軍によって彼女ら主従が命を拾ったあの後。

 多勢に無勢と判断したコウガサブロウは早々に撤退し、残された彼女らは協会によって保護された。

 

 “金髪の青年”によって運ばれたヒデオは、協会本部で待機していた治療術(ディア)系専門のサマナーたち、即ち治療術師たちの手で直ちに治療が行われた。

 ……だが、()()()()()ヒデオの治療は思うようにいかず。一向に治る兆しの見えない“内臓系”は、傷ついた端から治していく自動回復魔法(リジェネ系)を用いることで一先ずの安定化が図られた。

 治療術師たちは今後の治療計画を組むべく会議室に詰められ、現状としてヒデオはこの病室に安置されていた。

 

 

 ──無論、一連の流れの中でヒデオの仲魔たちも各々の動きを見せていた。

 

 先ずオサキは、長命の者としての経験からか落ち着いた様子で諸々の手続きやら治療術師からの治療状況の説明などに対応していた。

 ……更に言えば、この状況下で冷静だったのは彼女だけだった。

 

 コウガサブロウが去ってよりしばらく後、正気に戻ったチヨメは自らの失態を思い出して青ざめた。そうして自らの主を探したところで、サマナーたちから彼の状態を聞き卒倒しかけた。

 そこからは想像に容易い流れだ。

 その場に駆けつけていたオサキ、ウシワカの両名を発見したチヨメは彼女らの面前にて──土下座した。

 そして泣き声を押し殺すようにして、謝罪を繰り返した。

 

 そんな彼女の不甲斐ない姿を見てキレたのはウシワカ──ではなく。()()()だった。

 

『ワシらに謝ってどうする! 謝るよりも先にやることがあるじゃろうが!』

 

 (おごそ)かでありつつも諭すような声音で彼女は述べる。チヨメは初めて見るオサキの“覇気のある姿”に萎縮した。

 それを横目に、オサキはすぐにスマホで協会と連絡を取り始めた。既に()()()()()()によって治療の連絡は済んでおり、患者自身も同様に運ばれた後だったこともあり。オサキはヒデオの身内として詳しい説明や今後の対応を話し合うためにすぐさま協会に出向く流れとなった。

 

 その際、ウシワカ、チヨメ両名も同行者として伝えていたために三名は揃って協会に向かうこととなった。無論、放心するチヨメはウシワカに手を引かれながらであったが。

 

 

 

 ──その後の展開は先述の通りである。

 また、病室に留め置かれてから数時間の間にはレイランやリン。そして()()()()()()()()も面会に訪れたが、誰も彼もがベッドに横たわる痛ましい姿を見て閉口し、傍らで生気のない顔で沈黙するチヨメを見ては早々に退室していった。

 

 

「……」

 

 チヨメは呆然とヒデオの顔を見ている。表情にこそ出さないが、彼女の胸中では数多の後悔と懺悔が渦巻いていた。

 

 ──私は、従者として失格だ。

 ──自らの()()()()を刺激され敵前にて戦意喪失、あまつさえ自分の主を前線に立たせて、生死を彷徨う状態に追い込んだ。

 ──一番側に在りながら()()()()となった。

 

 ……そのような考えがぐるぐると脳内を巡っては、心を暗闇へと沈めている。

 そんな自らの心境すら“甘え”であると深く恥入りまた落ち込む。

 根が純心だからこそ、目の前の現実を正面から受け止めてしまう。

 

 今のチヨメは誰の目から見ても“手の施しようがない有様”であった。

 

 

「……」

 

 ──お館様。

 と、声に出すことすら叶わない。喉の奥から声が出ないのは元より口が開かない。そもそも動く気力すらない。

 

 

 

 ──そんな完全に脱力した彼女へと声をかける者がいた。

 

 ガラガラと病室の扉を開けて入室するのは、静かな草履の足音。

 その足音の主は小さく溜め息を吐いてから口を開いた。

 

「少し、話をさせてくれるか?」

 

 反応すら示さないチヨメを無視して、“オサキ”は部屋の隅に置かれた丸椅子をチヨメの横に運び、そこに腰掛けるとゆっくりと語り出した。

 





【あとがき】
ちなみに、唐突に出現した二人の男キャラは外伝の主人公にしようと思ってる人たちです。
……アビーちゃんは、その、ネタバレの塊になりそうだったので先送りにさせていただけると、嬉しいです……。
ごめんね!!!!(スライディング土下座


鎌倉の話?
ええ、公式からの供給を受けて早速お師匠をお出しするプロットをまとめさせていただきましたよ。……だいぶ後になるけど。

勢い余って聖杯突っ込んだんで意地でも出します。


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夕凪備忘録と星の使徒

ふと、あらぬ誤解を受けそうだと思ったのでとあるキャラの素性を明かそうと思いました。
今後、戦闘に出す際にも関わる話だし今後の展開的にも問題ないかなぁとかも思いまして(言い訳

前話に続いて説明会に近い話です。次話から段々と畳みに入りたいと思ってます。




 ──至徳二年、西暦1385年のこと。

 

 那須野において、瘴気を放ち生き物を殺し続けていた『呪石』は同地を訪れた高僧・玄翁和尚によって打ち砕かれた。

 周辺の人々によって『殺生石』と名付けられたこの石の源身は、上皇の寵姫であった『玉藻の前』である。

 

 玉藻の前とは、伝説に数多語られる古き妖狐の化身である。

 曰く、中国の古代王朝“殷”の紂王に寵愛を受けた后・妲己こそが玉藻の前と同一視される九尾の狐であるという。

 その後、インド、再び中国へと渡り歩きながら悪事の限りを尽くし。遂には若藻(わかも)を名乗る十六歳ほどの少女に成り代わって遣唐使の船に同乗、日本へとやって来たのだ。そして宮中へと潜り込み上皇の目に留まる。

 器量良く、愛らしい若藻はすぐに上皇の寵愛の対象となりたちまち寵姫となった。

 

 

 玉藻の前は、上皇の溺愛を受けながらもその精気を吸い取りその命を奪わんとしていた。これに気づいた『安倍の陰陽師』によって“妖狐”としての正体を暴かれ宮中から逃走。那須の地において再び悪事を働き始めていた。

 同地の領主はこれを見兼ねて朝廷へと討伐を要請、これに応えて編成された討伐隊は玉藻の前を激戦の末に見事討ち取った。

 ──しかし、古より生き続けた妖狐の執念はしぶとかった。

 

 無数の矢尻に貫かれ一太刀のもとに斬り捨てられた遺骸は石へと変じ、その身から瘴気を放ち始めた。触れるモノ全ての命を奪い殺す毒の気を。

 

 それからしばらくの間、周辺の人々を恐怖に陥れていた殺生石であったが。上述の和尚の手によって遂に打ち砕かれた。

 ──そして、砕かれた石の欠片は日本全国に飛び散った。

 

 欠片の落下地は主に“高田”という地名を持つ三ヶ所であるとされる。しかしその他にも欠片が落着したとされる伝説を有する地は存在し、飛騨の地においては『牛蒡種(ごぼうだね)』、四国においては犬神。

 そして、上野国(こうずけのくに)では()()()と呼ばれる怪異に変じたという。

 

 ──このうち、四国の犬神は、ヒデオが仲魔とした飢怨権現こそ呪石を受け継ぎし当人である。

 

 ──また、人知れずして呪石が落下した土地もまた数多存在していた。

 

 その一つこそが『夕凪』である。

 

 

 当時、同地及び夕凪山の最高神として長く信仰されていたのは山神として崇められた『夕凪神』という女神であった。

 その歴史は古く、朝廷の支配が確立するよりも昔、人々が自然と共に生きていた古代にまで遡ることができる。

 

 自然現象の具現、神秘色濃き山の擬神化。即ち原始信仰の対象とされたのが夕凪神である。原始の神に性別の有無はさしたる意味を持たないが、この地においては“数多の生命を生み育む山の恩恵”を信仰の主体としたことで女神へと変生していた。

 それ故に同女神は比類なき『母性』をもって大いなる慈愛を惜しみなく与える慈母としての性質を獲得していた。

 ──例として、()()()()()()()()()()使()()()()()()()()、異常気象に苦しむ民へと自身の霊を削ってまでささやかな食物を送り届けるなど。

 

 そうなれば当然、自らの霊地に落着し、“オリジナル由来の怨念を撒き散らす小さな妖狐”をも慈愛の対象としてしまう。

 

 ──のちに夕凪神の地位を受け継ぎ、ある人間によってオサキという愛称を付けられる妖狐。

 

 

 

『ギ、ギギ……怨ミ、晴ラセデオクベキカ』

 

 今は()()()()()()()()()()()()に悶え苦しむちっぽけな怪異に過ぎない彼女。

 そんな彼女へと優しい笑みを向けて語りかける女神。

 

『……もう苦しまなくてもいいのよ』

 

『ッ、ダ、誰ダ!?』

 

『私はこの山の神……そして貴女の“お母さん”になる女よ』

 

 

 

 

 

 ──夕凪の山での生活は、オサキの内に押し込められた怨念を掻き消すほど『愛』に満ちたものだった。

 夕凪神からの愛、神使としての修行を行うことによってオサキの呪いは緩和され、女神から神性を分けられるほどの高貴な存在へと変じていた。

 

 そして、修行を終え立派な神使となった彼女へと女神は告げる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 当然、オサキは困惑した。当初こそ断固として拒否しなんとか女神を存続させようと四方へ働きかけた。信仰を忘れた民にすら懇願し、その逸話はのちに『狐の御参り』として民話に語られるまでに。

 しかし、女神の消滅はもはや避けられない運命と知り。悲しみと後悔に苛まれながらも、彼女は女神の役目を継いだ。

 

 

 それから数十年は夕凪神としての務めに奔走する日々であった。

 山の管理、民への施し、霊力の整備等々。多忙を極めながらも、人々の暮らしを見守る日々は幸せに満ちた日々であった。

 時は、『応仁の乱』に端を発した戦国乱世。人々は慈愛よりも力を求めて武を尊ぶ。

 

 その流れは夕凪にも訪れ、力を求められた彼女はいつしか『夕凪権現』として崇められていた。

 山の神通力を用いて敵を打ち倒す武神……自分には似合わない神性とは知りつつも、民が求めるままにそうあれかしと変じた。

 ──それがキッカケであった。

 

 

 

 

 

 ──ところで、夕凪という土地には誰に知られることもなくひっそりと歴史の闇に消えた『渡来人』がいた。

 先代夕凪神が統治した古代に海を渡って訪れた異郷の集団。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が。

 

 奇しくも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であったが、本質は古代王朝とは真逆であった。

()()()()()()()()()()()()。そう嘯く彼らは悪意を以って奇跡を起こす邪神を本尊とし同地の人々を“悪の道”へと誘い始めた。

 そんなことをすれば当然、夕凪神の怒りに触れることとなる。

 

 夕凪の人々を破滅へと導く彼らに激怒した先代夕凪神は、邪教徒と全面戦争を行った。

 異郷由来の『悪しき秘術』を操る邪教徒に苦戦したものの、ホームグラウンドたる夕凪ではかの女神の方が有利であり、長い戦いの末に遂に女神は彼らを駆逐することに成功した。

 ──その際、僅かな残党が遠方に落ち延び後世において『亞離異満(ありいまん)教団』と称する邪教団を起こすがそれはまた別の話。

 

 故郷の脅威を駆逐した女神だが、残念なことに()()()()が存在していた。

 

 それこそが『悪意を蒐集する大魔術式』。今は廃寺となっているとある寺院の地下に設置されたソレは、長い年月をかけて、オサキの目すら欺いて悪意を集め、集め続けた果てに“崩壊”した。

 原因は術式の管理をする者が途絶えたこと。

 そして術式が崩壊したことにより膨大な渦と化した悪意は、同地の要として存在した『二代目夕凪神』へと流れ込む。

 

 ──以上の経緯をオサキは知らない。

 ある日突然、自らの内に流れ込んできた膨大な量の悪意に侵され苦しみながら祟り神へと堕ちてしまった彼女には知る由もなかった。

 

 

 ──これよりしばらく彼女は祟り神として多くの人々に恐怖を振り撒いた。

 そして、その噂を聞き付けた『ライドウ』の手によって社へと封じられる。

 

 ──それから数百年の間、彼女は社の中で独り。人々の営みを眺めることすら叶わない孤独に囚われることとなる。

 一人の男が彼女を孤独から救い出すその日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、まあ、そんなところじゃ。ワシがこうしてここに至るまでの経緯はな」

 

 長い昔話を終えて、オサキは一息吐いた。

 その頃にはチヨメも、しっかりと彼女を見つめて話に聞き入っていた。話の途中で気付いたからだ、オサキもまた()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「その呪いは、()()?」

 

「ああ、()()()()()()()()()()()()

 ……とは言っても、こうして『鎖』を付けた状態ならさしたる効力もなく、ワシ自身が気張っておればおいそれと侵食されることもないがな」

 

 からからと笑うオサキだが、身を侵される苦しみは何よりチヨメ自身が理解していた。そのことをつい先刻、後輩に説いたばかりだ。

 ──偉そうに説いたくせに、あのような体たらくを見せた自分には恥じ入るばかりだが。

 

「じゃから……なんというか、()()()()()()。お主の苦しみはな」

 

「っ!!」

 

 不意に優しい声で告げられた言葉は、自らが鈴女に放った言葉そのものだった。

 

「もちろん()()()()()()()()……お主が自らの呪いと対面して矛を収めてしまったその心情。ワシにも理解できる」

 

「オサキ……どのぉ……!」

 

 そんなことを言われては、今のチヨメは涙を堪え切れない。ポロポロとそのつぶらな瞳から滴を溢れさせ嗚咽を上げる。

 遂には、オサキの胸へと飛び込んでしまう。

 

「オサキどのぉ、うわあぁぁぁん!」

 

「おお……これこれ、そう大声を上げてはならぬぞ。まったく、思ったよりも泣き虫じゃなお主」

 

 それを優しく抱き留めてから、震えるチヨメの背を撫で始める。

 

「……とはいえ、今は惜しみなく泣いて良い。ワシが全て受け止めよう」

 

 慈愛に溢れた夕凪神に育てられ、役目すら受け継いだ彼女はその優しさもまた受け継いでいた。

 愛の価値を何より知っているからこそ、オサキは嘆き悲しむ人間を放っておけない。自らの慈愛で必ずや癒そうと励む。

 

 ──それからしばらくの間、チヨメは自分よりも小柄なオサキの胸の中で泣き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──同刻、病室の外にある廊下にてリンとレイランが邂逅していた。

 

「お久しぶり、姚 麗蘭。今日も決まってるわね、名は体を表すとはこのことね!」

 

「フルネームはやめてちょうだい……私、そんなに可愛くないし」

 

 いつも通りに陽気に挨拶するリンに対し、レイランはげんなりした顔で応えた。

 

「あら、そんなことないと思うわよ? そのカチューシャに髪型、照れた顔とか十分に可愛いし」

 

「ほんと、やめて」

 

 ずいずいと迫るリンに、レイランは珍しくたじろいでいた。頬も僅かに赤らみ、口をへの字に曲げ眉を歪めて“照れて”いる。

 それから数分、リンによる褒め殺しを受けてレイランは完熟トマトが如き顔になってしまう。

 

 ──そこでふと、レイランは真剣な表情に戻る。

 

「……こんなことしに来たわけじゃないの。私は貴女に聞かなきゃいけないことがあって会いに来た。

 

 率直に聞くわ、リン・フランケンシュタイン。

 

 貴女、()()()()?」

 

 その言葉を受けて、その生真面目過ぎる衣服を脱がせてしまおうかと手をワキワキさせていたリンは“神妙な面持ち”に変わった。

 

「それは……どういう意味かしら? 私はヴィクトル・フォン・フランケンシュタインの養子にして悪魔召喚プログラムの研究者。それ以上でもそれ以下でも無いと自負しているのだけど」

 

「なら、()()()()()()?」

 

「……」

 

 強い語気、強い意志の籠もった顔で問いかけられ、押し黙る。

 その反応を見て、レイランは小さく溜め息を吐いてから視線を晒して話を続ける。

 

「……貴女が“あの人”に協力を仰いだ英傑召喚式の研究、あのウシワカとやらを見てから私も興味を持ってね。あの人に頼んで資料を見せてもらったのよ」

 

「っ!」

 

 資料を見せるとは即ち『情報漏洩』。その事実を知ってリンは内心ヒデオへと舌打ちまじりの恨み言を呟いた。

 この研究は私と貴方だけのモノでしょう! と。

 

「その資料の中には『冬木の聖杯戦争』に関する情報もあったわ。もちろん“マスターとして参加したメンバー”の情報もね。

 その中で一人だけどうしても看過できない存在がいた。

 

 聖杯戦争において『アーチャーのサーヴァント』を召喚して戦い抜いた『生き残りの一人』。

 冬木の御三家の一角たる遠坂凛(とおさかりん)

 

 十六年前の聖杯戦争において()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()よ」

 

 ──レイランは、ヒデオと涅槃台についての相談を行った際に英傑召喚式の資料についても探りを入れていた。

 それは()()に急激に召喚例が増えている英傑という謎多き悪魔の存在に疑念を抱いていたからであり、この前にも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がために。

 

「……」

 

「この女性、聖杯戦争後には時計塔に渡って魔術を学び。今は『もう一人の生き残り』と一緒に世界を渡り歩いているらしいわ。

 つまり、()()()()()()

 

 だからこそ()()()()

 

 瓜二つの容姿、リンという共通の名前……そしてサマナー間で噂されている“十四年前に現れた貴女”。

 ……十四年前と言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と合致するわ。その三年後には()()()()が発生している。更に六年後には()()()()も。

 これらの事件に共通する“存在”を考えると、貴女という存在は私にとっても無視できないモノになる」

 

 ──レイランは内心では“杞憂であって欲しい”と願っていた。

 リンとは、自分がサマナーの仕事を本格的に始めた時期からの友人であり何より気兼ねなくなんでも話せる『親友』とも呼ぶべき親しい間柄だからだ。

 

 だがしかし。それと同時に自らが『國家の守護を使命とする葛葉の一員である責務』もあった。

 レイランが考察する『正体』がリンの本性であった場合、彼女は日本という國家を揺るがす『大災害』に成りかねない。

 そうなる前に……彼女は、リンを討たねばならない。

 

 

 やがて、沈黙を保っていたリンは溜め息を一つ吐いてから気の抜けた表情を向けた。

 

()()()、と言ったところね」

 

「?」

 

 そのあまりに軽い態度に、レイランは訝しむ様子を見せるも、リンは特に気にした風もなく語り始める。

 自らの『素性』に関するヒントを。

 

「……確かに私は()()()()()()()()()()よ。

 南極の事件を知ってるなら聞いたことあるはずよ? 

 

 超進化形態(ユーバーゲシュタルト)ってヤツを」

 

「っ!!」

 

 その単語は当然知っている。

 南極の事件において、()()()()()()()()()()()()()()()()()のことである。()()()()()に過ぎない彼の背を押した偉大なる協力者にして先達であると聞き及んでいる。

 

 ──だが、『彼』は素体が人間であったが故にごく短い活動期間しか得られずに南極の『黒い暴威の中』に消え果てた。

 

「それが……なに?」

 

()()()()()()。超進化形態、人類を『モデル』に神と対等の領域まで強制進化させた存在。()()()()()()()()()()()

 ……まあ、私の場合。厳密には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言った方が正しいのだけど」

 

 あっけらかんと、あっさりと語られた事実にレイランは口を開けて驚愕し、次いで目眩を覚えた。

 この娘はいったい何を口走っているか分かっているのか? と。

 

 正体は分かった、分かったが……()()()()()()()()()()()()()()()()、寧ろ()()()()()()()()()()()()危険であるという可能性が高まってしまった。

 人類に()()()牙を剥いた“太母”の眷属など。

 

 葛葉にとっては『駆逐すべき悪魔』そのものである。

 

 

 淡い希望を打ち砕かれた悲嘆と、葛葉という『大恩ある組織への忠誠心』から来る戦意。それでもまだ割り切ることのできない葛藤を抱えながら彼女は静かに()()()()

 

「残念よ……本当に残念。貴女をこの手で斬らねばならない時が来るなんてね」

 

 勝手に決め付けて暗い覚悟のもとに刀を構えたレイランを見て、リンは心底慌てた様子で手をワタワタと動かした。

 

「ちょ!? 待って待って! 話は最後まで聞きなさいよ!?」

 

 そのあまりにも()()な仕草に、レイランも拍子抜けする。そして渋々ながらも顎で話の続きを促した。

 

「はぁ……その短気、いい加減治した方がいいわよ? 

 ……っと、無駄口はこれまで。

 

 さっき言ったけど、私は()()()()()()()()存在なの。

 それは何も()()を齎すことじゃないわ。

 

 二千年前に残念な結果に終わった()()()()()()。人と神……いや、人と『星』の共存のための橋渡しが私に託された使命なの」

 

 ──神の衰退後、急激に版図を広げ『自らの理を広めた』人類に興味を抱いた『星』はある『存在』を野に放った。

 人を真似て造られたソレは、しかし、当時人類への理解が足りなかった星の所為で()()()()()()()()()()()()

 それを悲しんだ星が、今一度、『人を知るため』。星を喰い潰さんと暴走する人類と“共存を図る”ために生み出し、放ったのが彼女だった。

 

 人と星の仲介人、如何にして共存するべきか? 

 その命題を丸投げ……もとい、託された存在。

 

 ──それは奇しくも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でもあった。

 

 これらと異なるのはリンが()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 

「……と、これ以上は私の()()()()()()に関わることだから話せないけど。

 

 ともかく!! 私が人類の敵に回ることはないわ!! 

 ……たぶん」

 

 せっかく勇ましく宣言したにも関わらず、最後に小声で心配になる一言を呟いたリンに、レイランはやはりげんなりした。

 そこは言い切れよ! と。

 もっと()()()()()()()()! と。

 

 しかし、次いでリンが放った言葉によってレイランの疑念は容易く氷解する。

 

「……ここまで話しても、まだ信じられないかしら? 

 私は、私自身は貴女と過ごした日々を……その、悪くはないかなぁ、とか思ってたりしなくもない、のだけど?」

 

 もじもじと指を遊ばせながら、僅かに頬を赤に染めながら、キョロキョロと目を泳がせては上目遣いに懇願するように紡がれた言葉。

 その時レイランは思った。

 ──それは反則だろう、と。

 

 何よりあざといくらいの仕草に、腹立たしさと“愛しさ”を感じている自分がいることを認識して、レイランはようやく納刀した。

 

 それを見て、リンもホッとした顔をしてから頬を緩ませる。

 そして「ありがとう」と、素直な気持ちを伝えようと口を開いた瞬間。

 

 レイランは目を閉じて力の限り叫ぶ。

 

 

「あざと過ぎッ!!!!」




【あとがき】
細かいネタはまだあるんですが、それはまた各々のメイン回にでも。
とりあえず本作のリンちゃんは人外です。
モデルは言わずもがな、私が爆死したあのキャラですが(血涙)細かい設定は先述の通り異なりますので実質オリキャラです(暴論

……ところで、私、説明会を設けるために定期的に主人公を意識不明に叩き落としている気がする。


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甲賀

憑いてる方の景清思ったより可愛い……お前ほんとに怨霊かよぉ。
あと、義経ちゃんがかなり礼儀正しく非KYな言動してて困惑しておりまする……牛若、お前もやればできるんじゃないか?
ゴッホちゃんは「ゴッホォ!」って感じ(元森久保P並感)





「あ……」

 

 目覚めは唐突だった。

 何か、()()()()()を見ていたような気がしたが。夢という性質上、詳しくは思い出せない。

 

 ただ。

 

 

「すぅ……」

 

 目覚めてすぐ、天井の次に視界に入ったのは俺の横たわるベッドに上半身を預けて寝息を立てているチヨメちゃんだった。

 

 覚醒後すぐに左腕に重みを感じて目を向けてみれば、あらかわいい。低身長忍者っ娘の寝顔を拝んだ。眼福眼福。

 

 ──そこまで考えてようやく、自身の置かれている現状を把握した。

 身体から伸びている複数の電極線、全身の痛む箇所に貼られたガーゼやら何やらの夥しい様……ミイラ化の準備かな? 

 

 冷静に考えばすぐに状況は理解できる。

 俺は、コウガサブロウとの戦いで生き残ったのだ。

 

 あの時、意識が途絶える寸前に見かけたウシワカの頼もしい背中、そしてネコパンチバズの炸裂からして少なくともあの場には“リン”も駆けつけてくれた。

 ウシワカがいたということは同行していたオサキも来ていたのだろう。頭の回る彼女のことだ、こうして俺がベッドに安置されているのも彼女が協会に連絡してくれたからに違いない。

 ……ただ、()()()()()俺たちの窮地を知ったのかがわからない。が、まあ、結果オーライだ。

 ともかく今は詳細の確認と、コウガサブロウに関する情報の報告が優先だ。

 

 ──東京という地には数多の悪魔が暗躍していると推測されてはいるが、言動からしてコウガサブロウは()()()()にある。

 そんなのが街中に野放しとなっている現状はよろしくない。

 

 なので一刻も早い情報共有が必要と判断した。

 

 

「……が、ここからどうやって“抜け出す”かが問題だな」

 

 気になるのはやはり、すやすやと眠っていらっしゃるチヨメさん。目尻から頬にかけて“泣いた痕”が見えることから、彼女が疲れて寝落ちしてしまったのは想像に容易い。

 ……その理由も、なんとなくだが分かる。自意識過剰かもしれないが。

 

 そんな彼女の安眠を邪魔せずして、報告を行うというのは相当な難易度を要した。

 ナースコール……はダメだな。治療師が駆けつけた音で起きてしまう。こっそり抜け出す、というのも難しい。

 なぜなら、尋常ではない力強さで手を握られているからだ。

 こんなところで人間と“悪魔”の違いを披露しなくてもいいでしょうに……。

 

 そもそも、この場で話していたらいずれにしろ起こしてしまうのは明白だ。

 

 

 しばらく考えて、仕方なくスマホで連絡を取ろうと。ベッドの脇の棚に置かれた荷物の中からスマホを探す。

 ──そんなゴソゴソという音で、チヨメさんは起きてしまわれた。さっきまで悩んでたのはいったい……。

 

「お、おはよう……じゃないか。こんにちは?」

 

 時間すら確認していなかったと思ったが後の祭り。慌てて窓の外をチラ見すれば見事に真っ暗だった。

 

 そんな俺の慌てようを他所に、チヨメちゃんは眠たげな眼でぼんやりと俺を見つめた後にゴシゴシと片目を擦って再度見つめてきた。

 

「お館、さま?」

 

 ぼうっとした様子で疑問符を付ける言動は率直に可愛さに溢れている。なんだこれ、天国(パライソ)かよ。

 

「う、うん」

 

 あまりの可愛さにどもってしまう辺り俺も中々にキているな……幻女たちのロリコン判定(指摘)は強ち間違いではない。

 ……◯ポは嫌だ!! 

 

 でもよく考えたらチヨメちゃんはこう見えて人妻だし恐らくは(?)成人してるし……そもそも悪魔だし。

 ロリコンにはならないのでは? (名推理

 

 そんな下らない自己弁護を内心繰り返す俺とは違って、チヨメちゃんは真剣な顔つきに変わった。

 そして、じわじわと目尻に涙を溜め始める。

 

「お館様……よくぞ、目覚められて……ふぐっ、ひっく……こ、この度の失態……誠に、ひぐ……申し、申し訳なく……えぐっ」

 

 口を開くのとポロポロと泣き出すのはほぼ同時だった。

 

「ちょ、泣かなくていいから! 大丈夫、大丈夫。この通り無事だったんだからさ、気にしないでよ!」

 

 ……と言っても、さすがに今回は「気にしないで」の一言で収まるとは思っていなかった。

 敵を前にしての戦意喪失、戦闘放棄。俺自身は()()()()()()()()こともあって仕方ないことだと理解しているが。

 生真面目な彼女は絶対に“気にし過ぎる”と嫌な信頼があった。

 

 案の定、チヨメちゃんはすぐに、言葉が泣き声に変わって声を上げて泣き始めてしまった。

 更に俺の胸にもたれ掛かるように顔を埋める。

 

「うあぁぁああ……! ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

「おぉ……泣くな泣くな。ちゃんと生きてるし、チヨメちゃんも生きてる。それで十分だから」

 

「お゛や゛か゛た゛さ゛ま゛ぁぁぁぁ!!」

 

 いい歳してそんなに泣くなよ……とは言えほっとく訳にもいかないので取り敢えず頭と背中を撫でる。

 そうしてしばらくの間、チヨメちゃんは泣き続けていた。

 

 

 ──ふと、後で冷静になって気付いたが。仮にも人妻たる彼女に対してこういった行為はよろしくないのでは? と思った。

 しかし今のところ盛時殿(旦那様)の霊から抗議の類も来ていないし、このくらいなら許されているのかもしれない……などと勝手に納得してそれ以上考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「あー、まあ、人間誰だって泣きたくなる時はあるよ」

 

 落ち着いた頃合いになって、ようやく自分のやっていることに恥じらいを感じたのか、チヨメちゃんは急に静かになって椅子に座り直した。

 そのまま硬い沈黙を続ける彼女に、俺も精一杯のフォローをしてみたが。俺の語彙力に欠けた脳味噌では一般論じみた言葉しか出てこなかった。

 

「お、お恥ずかしいところを……この罰は甘んじて受ける所存にて」

 

「罰とか……そんなこと言うなよ。やめようぜ、そういうの」

 

 正直、俺は彼女たちにそういったモノは()()()()()()()()。彼女が“身内”である以上は、如何な失態があろうとも()()()()()()

 たぶんに俺の“私情”が含まれているが、何よりもより前向きに、これからについて考えた方がよっぽど“建設的”だし“合理的”だ。

 

「お館様がソレを求めておられないことは流石に理解してござる。しかし他ならぬ拙者自身が、許せぬ」

 

 硬く険しい表情で悔しげに語る彼女を見ては、それ以上俺の我儘を押し付ける気にはなれなかった。

 内心、溜め息を漏らしつつ。どうやって彼女に“建前上の罰”を与えようかと悩み始めた俺だった──

 

 が。

 

「──そこで。“より建設的”に、己の失態を拭う“ちゃんす”を頂きたく申し上げまする」

 

 先ほどまでの悲壮な表情から一転、戦意に満ちた顔で彼女はこう続けた。

 

「拙者に、コウガサブロウを討つ機会をお与えください」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「コウガサブロウを? 本気か?」

 

「然り。本気にござる」

 

 硬い決意を瞳に秘めて彼女ははっきりと答えた。

 ……なんというか、それはあまりにも──

 

「無謀だ」

 

「っ!」

 

 キッパリと言い放った俺に、チヨメちゃんは少し泣きそうな顔になる。

 だがここは心を鬼にしてはっきりと言っておかなければならないとこだ。

 

「第一に、圧倒的に技量が足りない。そもそもの力の差も絶望的。単純な魔力量でもアイツとチヨメちゃんでは雲泥の差だ」

 

「っ、それ、は」

 

「これらは俺にも当てはまることだし、仮に再戦したところで今度こそ俺とチヨメちゃん、或いは共に奴に斬り刻まれて終わりだ」

 

「……」

 

 事実を伝えただけなのだが、すでにチヨメちゃんは俯いて沈黙してしまっている。

 ……しかし、問題はそれだけではない。

 

「次に、()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 きょとん、とした顔の彼女を見るに。自分では理解できていないのかもしれない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分から切り出したにも関わらず、である。

 

 これは深刻な“トラウマ”を感じる。

 

「その手の震えはなんだ? コウガサブロウの話を始めてからすぐに、ずっと君は震え怯えている。そんな精神状態では奴と一合交えるのも難しいだろう。いざ敵を前にしてへたれ込んでしまっては俺としてもどうしようも無い」

 

「こ、これは……その」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で逡巡しながらも、なんとかその“理由(わけ)”を話そうとする彼女を手で制する。

 

「いや、無理に話さなくていい……トラウマに関する苦しみは()()()()()()。だからソレは君が話したくなったらで構わない」

 

「っ!!」

 

 ──その一言を受けて、チヨメはハッと我に返った。深刻なトラウマのフラッシュバックに軽いパニックを起こしていた脳内が、急激に冷やされて努めて冷静な思考が返ってくる。

 

 ──己は、いったい何度、何人に()()()()()()()()()()()と。

 

 ──剰え、お館様に。自分が誠心誠意仕えるべき御方にまで気を遣わせてどうするのか、と。

 

 ──この場で、これから、自分が何をするべきなのか。オサキに言われた言葉を思い出してようやく、彼女は“決心”がついた。

 

 

 

「お館様」

 

 急に力強い声が返ってきて、内心びっくりした。

 柄にもなく説教臭い長話をしていたところに、そんな低くも可愛らしい声を届けられては驚くのも仕方ないと思う。

 顔には意地でも出さないけど。

 

「な、なに?」

 

 ……しかし、思いとは裏腹に声は若干裏返ってしまった。

 そんな自分の醜態に恥じ入っていると、彼女は強い声音でこう続けた。

 

「貴方に、お話しておかねばならないことがござる」

 

「話?」

 

「然り、この望月千代女の身に流れる忌まわしい“呪”のことを」

 

 いきなり本題が来た、とまたも内心びっくりした。

 いや、ついさっきあんなに怯えてたのに。いったいなにが彼女の琴線に触れたのだろう? 

 ただ、自身の“トラウマ”について話そうとする決意は生半可なものではないことを俺は知っている。

 だから、今は大人しく彼女の話を聞こうと思った。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 甲賀望月家。

 甲賀の地にて有力な地侍五十三家の一角にして筆頭。

 六角氏の征伐に赴いた室町幕府軍との戦いで六角氏に味方したことから名を知られるようになった甲賀五十三家。

 その筆頭格たる当家の始祖は、数多伝説に語られる甲賀三郎であったとされる。

 ……ただし、こちらで語られているのは()()()()()()()()()()()

 

 こちらの三郎は、あの『天慶(てんぎょう)の乱』において功を上げたとされ、報奨として近江国の半分を賜り甲賀郡へと移り住んだ。これが後の甲賀望月となる。

 そして彼にもまた()()()()()()()()()()

 この事から、兼家の逸話もまた『甲賀三郎伝説群』の一つと考えられる。

 無論のこと他にも更なる派生や異なる伝承が無数に存在し、どれをもって甲賀望月家の始祖と断ずる、とするのはバカバカしいほどに無意味なことである。

 

 

 

 ……ただ、チヨメちゃんの話を聞く限りでは彼女の始祖は()()()()()()()()()()()()()()()しまったらしい。

 

 その身を蛇へと変じる大蛇の呪いは子孫代々受け継がれることになり、一代に一人。必ず大蛇の呪を受けた者が生まれたという。

 また、呪を受けてしまった者は()()()()()()()()()に捧げることになったらしい。

 ……更に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。

 

 

「大蛇の呪は、拙者の肉と心を侵し貪った……それは悪魔として、英傑として現界した今もまだ()()()()()

 

 そう語る彼女の肩は僅かに震え。必死に気を張っているように見える瞳もまた僅かながらに震え涙を滲ませていた。

 ……その様子だけで、如何に彼女が“壮絶な想い”を抱えて生きてきたかが察せられる。なるほど、彼女が怯えていた対象とはすなわち大蛇の呪。“伊吹大明神”に掛けられた呪いであったのか、とようやく確信できた。

 

 しかしながら、伊吹神もなかなかにしつこい奴だと思った。

 ただ、穴に落ちて神体を拝んでしまっただけだというのに。何も子々孫々まで呪い続けることもないだろう……と、そこまで考えて。そういえば三郎伝説の中には大蛇の怪物を退治してしまうパターンもあったか、と思い出しなんとも言えない気持ちになった。

 

 まあ、いずれにしろ。

()()()()()()()()()()()に関しては既に()()()()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()ために、少なくとも“この地”でヤツに遭遇したりすることもないだろうと思うが。

 

 

 

 問題は、()()()()()()()()()()()()()

 即ち彼女の呪。既に植え付けられたものに関しては、“都内の八岐大蛇”とは無関係であり対処も別口で用意せねばならないだろう。

 加えてコレは“彼女の武器”でもある。

 これまでの戦いぶりを見るに、今の彼女からこの呪を取り除いてしまえば……ちょっと、戦闘には連れて行けない実力になるだろうと推測できた。いやまあ、それならそれで後方支援に回ってもらってもいいが。

 

 ……いや、それもまた難しいか。

 既に彼女は()()()()()()()()()()()()()()()として、英傑というカテゴリの悪魔で成立してしまっている。そこから無理にでもアイデンティティを引き剥がせば……最悪死にかねないか。

 試したことがないから分からないが、試したい方法でもない。

 

 

「うーん……どうしたものか」

 

「あ、あの……お館様?」

 

 腕を組んで、チヨメちゃんの呪への対処法を思案していると。動揺した様子で彼女が声をかけてきた。

 

「どした?」

 

「え、いや……その。

 お、恐ろしくは。()()()()()()()()はしないのでござるか?」

 

 怯えたような、縋るような。そんな嗜虐心をくすぐる仕草で問い返してくる。

 おい、やめろ。それ以上やられると虐めたくなる。

 

「え、と? 何が?」

 

 とりあえず、()()()()()()()()()()のでこちらも問い返してみる。

 

「何、と…………い、いえ! 他ならぬ、拙者が身に宿した『大蛇の呪』のことでござる!」

 

 ああ、そのことか。

 ……いや、何を言いたいのかさっぱりわからん。

 気味が悪い? 恐ろしい? とは。

 

「俺が? その呪のことを?」

 

「然り」

 

「まさか、仮にも()()()()()たる俺が。()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「っ!?」

 

 まあ、たしかに。今の俺が仮にガチの八岐大蛇と相対したならば、正直言って殺される確率の方が高いだろう。それは確かに怖い。

 しかし、()()()()()。大蛇の呪であるならば()()()()()()()()()()()

 

『奥山』にて、毎日毎日()()()西()()()()()()と戦わされてきた俺にとっては、神族からの呪いなんてのははっきり言って()()()()()である。

 なにせ、“魔剣を振るえば須く燃え尽きる”。

 

 これが真っ当に強い魔獣や妖魔の繰り出した呪いであったならばどうしようも無いしそっちの方が怖いまである。

 ……とはいえ、涅槃台が使った“あの泥”は流石に手に余る。アレはそこらの神格とは明らかに別格。文字通り“世界規模”の格を持っていた。

 

 

 と。

 

 そこまで考えて、自らの失言に気がついた。

 

 たしかに俺自身は怖くはないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのことを今さっき聞いたばかりだというのに。

 それを“たかが”などと形容すべきではなかったと、今更ながらに気がついた。

 

「すまん、口が過ぎたな……決して、君を軽んじるつもりじゃなかったんだ」

 

「へ? あ、いえいえ! そこまでお気を回さずとも、大丈夫にござる!」

 

 頭を下げる俺に慌てて返してから「それよりも」と前置きをして彼女は続ける。

 

「これを見ても……まだ、そう仰るのですか?」

 

 試すような口調で告げて、自らの右眼を覆っている“黒い帯”をゆっくりとずらす。

 眼帯のように右眼周囲を“隠して”いたソレの下からは、やがて“鱗”のようなものが見え始める。

 

「……」

 

 そして。

 露わになったそこには、鈴女の魔眼と同じ。“蛇目”となった金色の(まなこ)があった。

 

「拙者の身は既にヒトではなく……しかし生前より我が身は“人ならざるモノ”へと変わりつつあった」

 

 言いながら、するりと忍び装束をズラし肌を晒す。

 そこには、右眼へと縦に走る“痣”と同じ文様が浮かんでいる。

 

「これは“呪の証”、己の身が“大蛇のモノ”であることを示す忌まわしき刺青にござれば。

 “呪”は許しをくれませぬ、“私”を慮ることもありませぬ。

 ただ、気の赴くままに蹂躙し時には周囲すら巻き込んで災いを成す。

 

 ……お館様、それでも。同じことを申されますか?」

 

 眉を顰め俯きがちに問うて来る。

 そこに“楽”は無く、ひたすらな“悲嘆”と“哀愁”だけが浮かんでいる。

 

 そんな彼女の問いに対して、俺は──

 

 

「あ、うん。言うよ」

 

「軽っ!?」

 

 ──思わず軽い口調で返してしまった。

 これにはチヨメちゃんも語尾を忘れて、見たことないくらいに驚いた表情を見せてくれた。

 

 いや、だって仕方ないじゃない。なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。今更、どうこう言うことも無いというか、率直に何も感じない。

 

「い、いやいや! お館様、ちゃんと見てくだされ。蛇のような眼、得体の知れない痣。気味悪くございましょう?」

 

「いや全然」

 

「くっ! で、では! 拙者にも制御出来ぬ大蛇の呪! 何時惨事を起こすか分からぬ者が怖くはないのでござるか!?」

 

 それはもうイヌガミとかオサキがいるからなぁ……一番、今更感がある。

 

「うん、怖くはないかな」

 

 そんなことより、とスマホを操作しながらチヨメちゃんへと手招きする。

 

「……?」

 

 訝しみながらもゆっくり近付いてきた彼女へ、画像フォルダから探し当てたお目当ての写真を見せた。

 そこには“金髪の男”と、同じく金髪ながら()()()()()()()()()()()()()女の子が揃ってスマイルピースを決めている。

 

「コイツは俺の友人なんだけど……こっちの女の子はコイツの仲魔なんだよね」

 

「は、はぁ……」

 

「でも、どう? 別に“気味悪がってない”でしょ?」

 

「それは……はい。どちらかというと“仲が良さそう”に見えるでござる」

 

 そりゃそうだ。コイツらは実質“カップル”。本人たちは頑なに認めようとしないが……側から見れば間違いなくカップルと思うほどには仲がいい。

 

「まあ、さ。サマナーなんかやってる連中は異形とか変なのとか見慣れてるわけよ。もっとグロい見た目のヤツとかザラにいるしな。

 ……そん中でも、こうして“人と悪魔”で仲良くなれたりもする。大事なのは中身、ってね。そこにちゃんと“絆”があるなら人だろうが悪魔だろうが神様だろうが獣だろうが関係ない。

 悪魔との戦いだって最後は“想い”が結果を左右するからな。

 

 要するに、サマナーなら俺に限らずどいつもこいつも“見た目なんか気にしない”んだよ。

 このパツキン野郎なんか“モン娘フェチ”だしな!」

 

 ……まあ、流石に“マーラ”とかは白昼堂々、公衆の面前でお披露目するのは躊躇するが。

 そもそも、マーラなんて“トップレベルの悪魔”を使役できる連中が数えるくらいしかいないから問題にもなっていないのだがな。

 俺が知る限りでも、“養父(父さん)”を始め“十六代目ライドウ”、“キョウジ”くらいなもの。

 

 

「お館様……」

 

 少し安堵したような、しかし複雑な心境を表すようななんとも言えない顔でこちらを見つめるチヨメちゃん。

 その肩を軽く叩きながら俺はサムズアップ。

 

「心配すんな! 俺はその眼、可愛いと思うぜ!」

 

 不安そうな彼女を元気付けるべく、精一杯のポジティブムーブを披露してみる。

 ……いや、我ながら人妻への対応としてどうかとも思うが。

 

「っ、お、お戯れを……! し、しかしお館様がそう仰ってくださるならば。拙者も……気にし過ぎないようにするでござる」

 

「お、おう……」

 

 いかん……人妻相手に禁断のトキメキを覚えてしまうところだった。

 紅潮した頬を向けてのもじもじムーブは反則ではなかろうか? 

 ……というか! 仮にも人妻! 歩き巫女の頭やってた癖になんでそんな初心な反応するんだよ!? 

 

「殿方を、た、誑かすのと。“ぷらいべえと”は別物にございますれば……!」

 

 そしてナチュラルに心を読むな! というかお前も心読むのかよ! なんだ、俺の仲魔はみんな“サトリ”だったのか? 

 

 ……え、声に出てた? 

 そんなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
千代女ちゃんの反応がイマイチなのか単に絆レベルの問題です。まだ召喚して日が浅いですからね、仕方ないね。
ぐだのコミュ力が異常なんだよ……こいつ絶対“印籠”どころか“忠義(意味深)”も受け取ってるよぉ。

ちなみに、パツキン野郎の彼女はヴィーヴルちゃんです。赤い方じゃなくてデビサマ時代の緑のヤツ。


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最近になってキャプテンとメルセデスの中の人が同じことに気付きました。声優ってすげぇ(小並感
師匠とエガちゃんが一緒なのもしばらく気付かなかった……



目が覚めてからしばらく。

連絡と共にやって来た治療術師に検査をしてもらい、ひとまず内臓系が『再生』を始めていることを確認。

……どうやら眠っている間の俺は“内臓すらズタズタ”な有り体に酷い状態だったらしく。リジェネ系の魔法で壊れた端から繋ぎ止めてなんとか生命維持していたらしい。

我ながら、とんでもない綱渡りをしていたと冷や汗をかいた。

 

その後、大事をとって今日は治療棟に泊まることとなった。

まあ、俺自身、身体のあちこちが痛いし。今日の戦闘では相当な無茶を複数回行ってしまった。

なので今後を考えるならば専門家にしっかりと見てもらった方がいいだろう。

 

 

ちなみに。

あれほどの深手、重傷の類を一日足らずで治すことから一見して万能にも思える治療系魔法だが。そう簡単な話でもない。

 

まず、治療系魔法、俗にディア系と呼ばれる魔法には幾つかの種類がある。軽傷の類を完治させる程度のディア、単体への集中治療で重傷すら癒すディアラマ。他に複数同時治療を可能とするものや、神々のレベルにあるディアラハンなどなど。

単純な用途分け、効力においてもバリエーションに富むのはもちろんながら。なによりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()という条件がある。

これは、“現在の世の理”に背いて損傷を“修復”するという行為に世界が何らかの“対価”を求めるからこそ発生する。より正確に言うならば、非科学的な修復に対して発生するバグを“霊力或いは魔力”によって補填する……まあ、ざっくり言えば“MP消費魔法”と思って相違ない。

 

そしてこの対価とやらのレートだが……某有名錬金術漫画にもある通り、法外な額なのだ。

まず、一般的に治療術師とされる人々がディアラマを行使したとする。この際に発生する“対価”は()()()()()()()()()()()()()()

ならばどこから足りない分を持って来るのかと言うと、()()()()()()()()となる。

この時、霊力・魔力が足りていないと()()()()()()()()()()()()()()か、もしくは()()()()()()()()()

……ここまで来るとお察しの通りだが、基本的に一般人に対してディアラマ級以上の治療魔法は()()()()()。軽い怪我程度ならばディアで治療可能ではあるが、ディアラマ以上の行使が必要となる怪我となると治療術師では基本的にはどうしようもないのだ。寧ろ表のちゃんとした病院に行った方がいいまである。

 

つまり、治療術師の患者となるのは総じてサマナーやデビルバスター。或いは魔術師などの“本人の霊力・魔力が高い者”に限られる。

これが、表に治療魔法が出回らない理由だ。

……まあ、そもそもの話。そんなのが出回れば“天使ども”が黙っていないだろうが。

 

 

無論、この話にも“例外”というのは存在する。治療する側、される側双方に。

前者で一番分かりやすい例が、先日、洋館で遭遇した『ジャンヌ・ダルク』だ。

彼女本人の“霊力或いは魔力”が桁違いに高いことは、体感で十分に理解できている。更に、あれほどの大魔法の行使となれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を持っている可能性が高い。

ちなみに、このようなカテゴリのスキルは『回復ブースト』という名称で知られる……そのまんまとか言うな。

彼女以外だと、やはり回復ブーストに相当するスキル等を有する“先天性の才を持つ者”や“サマナー”とかになる。前者は主に“メシアン”に囲われる“聖女”と呼ばれる女性たち、或いは地方でひっそりと活動する者も居たりするが、そういう者たちは総じて“信仰対象”にされていたりする。

後者で言うならば、やはり知り合いの“レイラン”が相当する。彼女は葛葉の巫女に選ばれるだけありそうした治療系のスキルなども含めて豊富なラインナップが揃ったハイスペックサマナーなのだ。

 

それ以外となると、最早“女神”とかそういう話になってしまう。

 

 

……とはいえ、治療術師たちも馬鹿ではないので。治療を円滑にする術式とか儀式とか、アイテムなんかを用いたりなんなりして工夫しているからこその専門家だったりするので――

 

 

話が長くなった。

 

要するに、“治療魔法も万能じゃないよ”と言いたいだけだ。

とはいえ、少なくとも協会本部に勤める治療術師たちは総じて腕の良い術師が揃っている。

俺の怪我に対して“リジェネ系”という地味に“高度な”術を行使していることからもその片鱗が伺えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

治療棟屋上、鉄柵に手を乗せて眼下の夜景に目を向ける。

 

「……真っ暗だな」

 

いくら十階建ての屋上とはいえ、協会本部の“立地”を考えれば当然の結果だった。

一番手近な夜景なんぞは廃ビルの間から微かに見える都心の朧げな灯りだけだ。

あとは全て廃墟の鬱屈とした光景に埋め尽くされている……。

 

夜景を眺めながら黄昏ようと思ったのに……。

 

「まあ、吸えるだけマシか」

 

呟きながら片手に掴んだタバコを玩ぶ。

……そう、私は今、喫煙している!

 

都内に到着してからこの方、一向に吸うタイミングを掴めずに一日中お預けされてからの一服はまさに至高であった。

ここに来るまでの間に缶コーヒーも購入できたので文句なしの快適時間。

ちなみに仲魔たちは流石に疲れたのかCOMP内で“おねむ”だ。何気にウシワカとチヨメちゃんは初COMPということで何やらソワソワしていたが、特に面白いこともないと思う。

オサキ? アイツは意地でも入りたがらないから治療術師のお姉さん方に引き渡しておいた。彼女たちは日頃から患者とのコミュニケーションを重ねているのでオサキのような年寄……妙齢の女性とも上手く付き合ってくれるだろう。

 

 

無論のこと携帯灰皿は持ち込んでいるし、屋上には滅多に人が来ないしでこの至福の時を邪魔するものは一切ない――

 

 

「おっ、ヒデっち!!」

 

――はずなのだが、階段の方からやけに喧しい男の声が聞こえてきた。

 

声だけで誰だか分かるが、一応そちらに目を向ける。

 

「“ミカヅキ”……」

 

やはりというか視線の先にいたのは、缶コーヒー片手にプラプラと手を振るパツキンの男。

陽気な笑みを浮かべ軽い足取りでこちらに近付いてくる。

 

「目が覚めたって聞いたから、病室まで飛んでったのにいねぇんだもん……まさか、屋上で優雅にニコチンタイムとはなぁ。怪我人がタバコなんか吸ってんじゃねぇ!」

 

バシッ、と背中を叩かれて軽くむせる。そんな俺を見てミカヅキはからからと笑う。

うーん……ウザい。

 

「ウザ絡みやめろ、処すぞ」

 

「おいおい……数年ぶりの親友との再会だってのに辛辣過ぎね? もっとテンション上げていこうぜ!」

 

もう一度背中を叩こうと張り手が迫るも、俺はするりと回避した。

二度も同じ手は食わん。

 

「……というか、連絡ならちょくちょくしてただろ? この前だってお前らバカップルのイチャイチャツーショット送ってきたじゃねぇか」

 

「か、カップルじゃねぇから!?」

 

俺の言葉に、一転してウブな反応を返すパツキン男。略してパツ男。

その()()()()()()()()()()()は俺にとって見慣れたものであり、懐かしさを感じるものだった。

 

 

東雲(しののめ) 甕槻(みかづき)

御年二十五歳、独身のデビルサマナーだ。

そして、俺がまだ現役だった頃からの付き合いになる友人でもある。

今はホスト風のスカした衣服を纏って、真っ黄色の金髪を逆立てた見るからにチャラ男な見た目の彼だが。出会った頃はもう少し真面目で落ち着いた性格をしていたと思う……。

 

まあ、何はともあれ。

彼と会うのは確かに数年ぶりだし、今回の一件に関しては“俺を協会まで運んでくれた恩”がある。

 

なので、喧しいのは我慢してとりあえず付き合うことにした。

 

 

「とりあえず、再会を祝して……乾杯!」

 

ガツンと勢いよく缶コーヒーをぶつけてくる。ちょっと中身溢れたんだが。

……まあ、とりあえず一口コーヒーを啜る。

 

「というか、お前も“浄化作戦”に参加してたんだな」

 

俺を運んでくれた、という話と並行して聞いたが。彼も都内浄化の依頼を受けていたのだとか。

その最中、オサキが発端となった“救援要請”を受けて公園まで駆けつけてくれたらしい。

 

「俺だけじゃねぇよ。“ツナマヨ”と“ウメマル”も参加してる」

 

その言葉に僅かに呻く。

 

「おぉ……なんだ、みんな居るのかよ」

 

()()()()()()()()()()が、付き合いの長い友人たちが揃って参加していた事実は思いの外心にきた。

いや、感動とかではなく。単に“今の体たらくを見られたくない”という羞恥心からだ。

 

『五年前のアレ』以来、荒んで情緒不安定になっていた俺は、当然のようにこれまでの交友関係を絶って一人でもがいていた。

その中で“かつての仲魔たち”と袂を分かつことになり、友人たちと会うことも無くなって久しい。

 

……正直言えば、一番見られたくなかったのはこのミカヅキ。特に親しかった“四人”の中で最も会いたくなかった相手だ。

次点で、ここに居らず作戦にも参加していない“アイツ”。

 

 

そんな俺の心境をよそに、ミカヅキは陽気な声で話を続ける。

 

「とにかく無事で安心したぜ。なんせ、見つけた時には腕もげてたからな! すぐにツナマヨが繋げたけど!」

 

なるほど、俺の切断された腕はツナマヨが治してくれたらしい。

アイツほどの“術師”ならば、腕の再接着程度は造作もない。

陰陽道、特に占星術に通じながらも結界術、呪術、その他多岐に渡る魔術の類を高レベルで修めるだけはある。

伊達に“賀茂(かもの)”を名乗っていない……まあ、その姓は親戚から押し付けられたものだが。

 

「アイツにも礼を言わねば……まあ、アイツの“事務所”に入れればの話だが」

 

ツナマヨが事務所を構えるのは、自前の“異界結界”の中。加えて、親戚から逃れるために秘匿性、防衛機能は高水準となっているためにアポなしで会いに行くのは百年掛かっても不可能だろう。

 

「あー、連絡先消しちゃってる系? ……お前の薄情さに流石の俺もドン引きだが」

 

「うっ……すまん。あの頃はちょっと自分でもどうかしてたと反省してるから」

 

「ま、やっちまったもんはしょうがねぇよ。とりあえず、俺が連絡しとこうか? それとも連絡先あげようか?」

 

流石に連絡先を勝手に教えてもらうのは、ツナマヨに悪い気がするのでとりあえず挨拶に向かう日時だけを伝える。

 

「おけおけ! 任せとけ!」

 

「悪いな……いや、ありがとう」

 

軽い言動ながら親切にしてくれる彼に素直に礼を言う、と。彼は驚いた顔を見せた。

 

「なんだ?」

 

「いや……お前、そんな素直だったっけ? テンプレみたいなツンデレ気質だった気がするけど」

 

誰がツンデレか。

そもそも本来のツンデレとは、ツン期間を経た末のデレ期を含めた経過を指すものであって――

 

いや、それはどうでもいい。

 

「ツンデレではない。それを言うならツナマヨだろう」

 

ツナマヨは、生い立ちから来る“人嫌い”のせいでぶっきらぼうな態度と口数の少なさで人を寄せ付けないが。

なんだかんだで“お人好し”だったりする。

占星術を用いた“占い”で一般客をとっているのも、「せめて占いで人の役に立ちたい」という本心からだ。それを本人にいえば無言で魔法の嵐が飛んで来るが。

 

「あはは! 確かに! ……逆に、デレもクソもないのはウメマルだな」

 

「俺もそう思う……アイツ、生真面目を越えたナニカだからな」

 

神経質というほどでもないが、ウメマル(アイツ)は規律や規則に忠実過ぎる。()()()()()

 

 

 

――それからしばらく、俺は久しぶりの友との語らいに夢中になった。もう何年も疎遠……というか連絡を取り合うこともまばらになっていたために、話題には事欠かなかった。

それに、俺がいない間の彼らの話を聞いて、俺自身、また彼らと共に居たいという感情が湧き出す……まあ、俺の今の実力でついていけるかは分からないが。

 

ふと気付いてスマホ画面を見れば、ゆうに一時間ほどは話していたと驚愕する。

 

もう時刻は夜遅く、そろそろ戻らねば治療術師に小言を言われかねない。それに彼をこれ以上拘束するのも悪いだろう。

 

故に、どうしても“最後に聞いておきたかったこと”を口にする。

 

「……それで、最近の“シュウジ”の様子。何か知ってるか?」

 

シュウジという単語に、ミカヅキの顔が一瞬で曇る。

 

「あー……まあ、ちょくちょくと話だけは、な」

 

曖昧な、濁すような口調で顔を背ける反応からして。やはりというか“良くない方向”に向きつつあるのは確かなのだろう。

 

この場にも作戦にも参加していない俺の友人の一人。

四人の中で最も古くからの付き合いであり、俺が駆け出しの頃に出会った親友とも呼べ()男。

アイツが“違う道”を歩き出したのと、『俺のトラウマ』が発生した時期がほぼ同じところにも嫌な運命を感じる。

 

“彼”が『トラウマを乗り越えた』のと俺が『トラウマを抱えた』という順序もまた同様に。

 

 

「相変わらず何処に居るのかも分からねぇが、少なくとも()()()()()()()()()()()()()くらいに強くなったのは確かだな」

 

「? それはどういう――」

 

妙に引っかかる言い方が気になり疑問を口に出そうとして――

 

――その意味に気がつく。

 

「っ、まさか、お前らアイツと――」

 

()()()()()()()、そう口に出そうとして――

 

 

 

 

 

「ああ、ヒデオさん! こんなところにいらしたのですか!

……って、何喫煙してるんですか!?」

 

階段の方から若い女性の声が聞こえてきた。

その声にも覚えがある、何を隠そう俺が病室で目覚めてから色々と面倒を見てくれた担当の治療術師だからだ。

だからこそ、思わず狼狽えた。

 

「げぇ、ナースのお姉さん……!」

 

艶やかなブロンドの長髪を有する碧眼の女性。いつもは柔和な表情を浮かべる顔を今は「ムッ!」とさせている。

……元が穏やかすぎるからあまり怖くはないが。

 

「げっ、じゃありません! 今日はベッドで安静にしていてくださいと伝えておいたでしょう?

 

それが! なんで!

屋上でタバコ吸ってるんですか!!」

 

背後に落雷のエフェクトが出そうなほどの怒声に思わず縮こまる。腰に手を当てた姿はさながら世話焼きお姉さんだが、雰囲気が微塵も優しくない。ああ、マジで彼女の背後に『女神様』が見えて……

 

「……って、()()()()!?」

 

見覚えのあるエフェクトを伴ってゆらりとお姉さんの背後に浮かぶ影、半透明で曖昧な姿ながらその見た目は間違いなく“フォルトゥナ”。

腹部が車輪となった異形の女神、運命を司るローマの女神だ。

 

「待って! ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?」

 

未だ完治していない俺では到底太刀打ち出来る相手ではない。そう思い必死に怒りを収めようと声をかけるが。

 

「聞きません。先に言うこと聞かなかったのは貴方の方ですからね、ルールを守れない患者にはお仕置きせよと上司にも教えられています」

 

どんな上司だよ!? 仮にも怪我人にお仕置きしちゃダメだろ!

……という俺の心の叫びも虚しく。彼女はくいっと手を動かした。それを合図として、階段の下からガシャガシャという機械音が響く。

 

 

「あー……なんかヤバそうだから俺帰るね?」

 

迫る機械音に震える俺へと、いつものように軽い口調で告げたミカヅキは返事も待たずに素早く鉄柵を乗り越えた。

 

「は!? ちょ、待て、助けて!!?」

 

慌てて駆け寄るも、奴の姿はすでに廃墟の夜闇に消えていた。

 

狼狽える俺の背後で、ついに、クリアな機械音が響く。

戦慄しながらも、ゆっくりと振り返り確認したその姿は四脚。

 

四脚にて駆動する()()()()だった。

 

「T95C/N……!!」

 

かつて、二十世紀末に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……を、医療機関用に改修した機体だ。

原型が緑色であった表面は白く塗り直され、追加で取り付けられた二本の細い腕部は精密な動きを可能とするマニピュレーターを備える。

申し訳程度にちょこんと乗せられているナースキャップがチャームポイントだ。

 

それが二体。

お姉さんの手の動きに合わせて駆動している。

つまり、彼女がこの兵器を操っているということ。()()()()()()()()()()()()()たる彼女だからできる芸当だ。

 

「……って、考察してる場合じゃない!?」

 

ギュルギュルと音を立てて自律兵器の両手が回転を始める。間違っても患者に向けるような形態(モード)ではない。

おまけに、お姉さんのフォルトゥナもぐんぐんと霊力を高めていた。明らかな戦闘態勢。

 

「ご、御慈悲を……!!」

 

 

――直後、サマナー協会東京本部治療棟の屋上に、男の悲鳴が木霊した。

 

 

 





【あとがき】
多脚自律兵器の見た目は真1、2に登場したマシンにタ◯コマみたいなマニピュレーター付けた奴です。
また、本作のペルソナ使いは悪魔側とも普通に関わります。あんないろいろやってて無関係は難しいよね……(敗北者並感



……なんか最近、オチが雑になってる気がするな。精進します。


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基地

真1、2に出てたマシン系は結構好きです。


真新しい建造物、その高さは総じて五階層以上。全てに“魔法の類”が施され、疎らに見受けられる低階層の建物であっても厳重に“霊的保護結界”が付与されている。

 

敷地内に点在する車両はどれも重厚な見た目を受けるジープやらトラックやらだ。その全てに“茶色混じりの深緑”が塗られている。

 

道行く人々は迷彩服を纏い硬い表情で“銃器を担ぎ、時折見受けられるスーツ姿の人々も近くに護衛と見受けられる“強者”が侍っていた。

 

 

そして、これら敷地を覆う空は()()()()()()()を放っている。

 

 

「これは……」

 

――治療棟にお泊まりした翌日、昼過ぎのこと。

 

俺は自衛隊(?)の基地にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――昨日、屋上での無断喫煙を見咎められた俺は“口にするのも憚られる悍しい仕置き”を受けて疲労困憊のままに病室で就寝。

翌朝の検査の結果、もう万全に近い状態とのお墨付きをもらって退院の流れとなった。

……お仕置き受けてもピンピンしてる俺の身体がちょっと怖くなったのは秘密だ。或いは、昔の“プレイ”の影響で――

 

 

「この度はウチのヒデオがご迷惑をおかけしました」

 

手続きのために“いつの間にか”俺の保護者ということになっていたオサキを引っ張り出して応対させる。

……したらば、前述のような言葉を吐いてぺこりとお辞儀を始めた。

 

「いえいえ、いつも人々のために戦われているサマナーの方々の一助になれるのであれば、我々も本望です。

……ただ、次からは治療術師(わたしたち)の言いつけをしっかり守るようによろしくお伝えください。まして、負傷中の身で喫煙など言語道断であると」

 

対し、受付で手続きを担当するのは金髪碧眼のお姉さん。どっしりとカウンターに“たわわな双丘”を預ける様はもはや感服してしまう。何食ったらそんな育つの?

 

……ところで、以前よりお姉さんお姉さんと連呼している俺だが、“俺から見てお姉さん”ということから察するように結構な御歳であることを俺は知っている。

……確か、家を出たのが十代後半。そこから“二十年”ほど各地を転々としていたと聞いているので今は――

 

「ヒデオさん」

 

「はひぃ!?」

 

底冷えするような冷たい声が耳をついた。突然来たものだから驚いて変な声が出てしまった。

……あ、いや。なんかすごい冷たい目をしていらっしゃるような。顔は確かに笑ってるのに、目が笑っていない。

 

「此奴には“私”からも、キ・ツ・く! 言っておきますので」

 

ジロリ、とこちらに睨みを聞かせながら答えるオサキ。

……ちょ、そんな怒んないでよ。

え、そっちじゃない? 年齢の方?

 

「本来であれば二度とご利用にならない方が幸いなのですが……私、何故か次にいらっしゃる時が楽しみでなりません」

 

ゴゴゴ……! と効果音でも付きそうなほどの威圧感を放ちながら、あくまでにこやかに対応するお姉さん。

軽くちびりそうになった。

 

 

 

 

 

 

「……まったく! お主、まーた下らないこと考えとったじゃろ」

 

ロビーを歩きながらオサキが憤慨する。

……いや、ちょっと待て。さっきのもそうだけど何故みんな俺の思考が読めるんだ?

 

「顔に出ておるわ」

 

なるほど……

 

「って、そうじゃなくて! お前はもう少し落ち着きを覚えた方が良いぞ? 何か興味を持つたびにガキのようにはしゃぎおってからに……」

 

何やら怒り心頭なオサキさんはぶつくさと文句を言いながら大股で歩いている。

なんでそんな怒ってるの……。

 

 

ちなみに、ウシワカ、チヨメの両名は未だにCOMPの中にいる。

オサキだけはお姉さんに「保護者の方がいらっしゃるようで……そちらの方にご対応願います」とお願いされたので呼び出した。

 

なぜにオサキまでCOMP内なのかと言うと。協会本部の治療棟というのは広くはあるものの、流石に寝泊まり出来るほどのスペースや場所がない。まさか治療患者のためのベッドを使うわけにもいかないので致し方なくCOMP内で寝てもらうことにしたのだ。

当然、オサキは駄々を捏ねたが「回らない寿司屋でお稲荷さん奢るから……」と“口を滑らせた”結果快くOKしてくれた。

……血迷ったこと口走ったあの時の俺◯ね!

 

 

「失礼……貴方がオクヤマ・ヒデオさんですか?」

 

昨日の今日で、自分に対して怒りを発露する俺へと不意に声が掛けられた。

見てみれば、ピシッとしたスーツを着込む若々しい男性だ。シンプルながらシャープな形状でスタイリッシュな印象を受ける眼鏡と、さりげなく視界に入るスマートながら一目で高級品と分かる腕時計。

七三分けにしたサラサラの黒髪を前髪だけ垂らすようにしている所謂“営業マン”チックな佇まい。

……“振る舞い”からして、どこか“偉い人”に仕えているのだろうことはすぐに察した。

 

「何か、御用ですか?」

 

微笑を携えて、あくまで穏便な物腰で受け応える。ただし相手の言動からは注意を外さない。

俺を名指ししてまで呼び止める相手ともなれば、“過去の因縁”か“余程奇特な人物”の二通りしかいないのだから。

 

「ご安心ください。私、こういうものでして」

 

()()()()()()()()()()()()()()から、男は何やら名刺のようなものを手渡してきた。

訝しみつつも、書かれた内容に目を通すと――

 

「っ、現防衛大臣・秘書の方でしたか」

 

大國(おおくに) 典明(のりあき)防衛大臣の秘書。

細川(ほそかわ) 盛源(せいげん)

と、読み取れる内容が記されていた。

 

 

大國大臣と言えば、現内閣でもぶっちぎりトップの人気を誇る有名な政治家だ。

クールな印象を受けるイケオジフェイスはもとより、実際の手腕においても類稀なる才気をもって常に冷静沈着で最善の行動。古株に臆することなく鋭い切り口で問題提起しながらも実にスマートな流れで妥協案を引き出す策士。かと思えば、過去に活躍した大物政治家とも太いパイプを持ちそれでいてしっかりと国民向けのさりげないアピールを忘れない、という非の打ち所がないというか“完璧過ぎる”というか。

とにかく“とんでもないくらい有能な政治家”なのである。

 

無論のこと、国民受けする大國氏にマスコミは粗探しに躍起になっているが。これまでそう言ったネタが()()()()()()()ところからも彼の現実離れした政治能力が分かる。

流石に、どこも黒くないことは無いとは思うが。これまで表舞台に立ってきた彼の言動を鑑みるに、俺は少なくとも“他よりは遥かに白い”と思っている。

 

 

そんな政治家の秘書が、今俺に話しかけてきた細川なる男だという。

 

「はい。本日はオクヤマ様にお聞きしたいことがございまして」

 

超人気政治家の秘書が……?

こんなやさぐれた中堅サマナーに??

 

「ええ、貴方が先日撃退なされた()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

大國防衛大臣付き秘書官・細川の説明はこうだ。

 

――過日より大國大臣の命を狙ってきた“犯人”が見つけ出し、使役している“霊的国防兵器”。それがコウガサブロウ。

霊的国防兵器という概念については以前に説明した通りだが、これも話した通り“既に失われた技術”、いわゆるロストテクノロジーであった。

 

しかし、犯人とやらはどこからかその技術を発掘し、現代に蘇らせたのだという。

霊的国防兵器には“依代の支配”という制約があるらしく。個々に応じた依代を手にしている者の命令に逆らうことは出来ないらしい。

だからこそ、依代を手にした犯人はコウガサブロウを操って大國大臣に関連する“霊的研究施設”へと襲撃を繰り返している。

 

―ーここまでの話から分かる通り、大國大臣は“悪魔とサマナーの存在を熟知する”所謂()()()()()()()なのだとか。

まあ、秘書の彼が協会まで来ている時点で察することは容易だったが。

 

兎にも角にも。この襲撃とやらが思いの外厄介らしく、コウガサブロウが有する“甲賀流の祖”としての高い隠密性・俊敏性を前に大臣子飼いの兵隊では手に負えず。かと言って無視できないほどの被害が出てしまっているがために、仕方なく協会へと依頼の要請に参ったのだ。

――その時、ちょうど俺を発見し声をかけたという。

無論、その時点で俺が“コウガサブロウと直接戦闘した”という情報を入手しておりならば詳しい話を聞こうというわけらしい。

……いやどういうわけだ。

 

「これ、別に私じゃなくてもよくないですかね?」

 

細川氏が運転する黒のセダン、後部座席で揺られながら問いかける。ちなみにオサキは俺の真横に座らせている、がずっと仏頂面で細川氏を警戒していた。

 

 

俺が聞いた話では、俺が気を失って以後、かなりの人数があの場に駆けつけたという。中にはレイランやミカヅキ。ツナマヨにウメマルと言った今の協会でいうところの“次世代エース”たちまで来ていた。

彼らであれば話を聞くのはもとより、その討伐まで任せても問題ないように思う。

 

「いえ。それでは()()のです」

 

「困る?」

 

「はい、ご存知の通りレイラン様は『葛葉』に所属するいわば外部の人間。加えて我ら“大國派”とは主張を異にする間柄。彼女に話を通せばまず間違いなくヤタガラスの介入を招くでしょう。

一方、綱麻呂(ツナマロ)様は古く“賀茂家”に連なる御家柄、その御親類を考えれば同様に。

ウメマル様は現会長と懇意にされていることから、サマナー協会そのものとの大規模な話し合いになってしまいかねず、率直に面倒です。

ミカヅキ様は……失礼ながら()()()()()()()()

 

……他、諸々の要因を鑑みた結果。オクヤマ様にお願いするのが妥当であると結論付けました」

 

勝手に結論付けるな……いや、それよりなにより――

 

「その、()()()()()って呼び方。すみませんがやめてもらえますか? ヒデオで構いません」

 

「おっと……そうでした。

貴方は()()()()()()()()()()()()()()()()

更に、その呼び方では()()()との混同を招く。

 

大変失礼いたしました、ヒデオ様」

 

まあ……別に。どうでもいい話ではあるのだが。

“奥山様”という言葉は、あまり聞きたい“音”ではない。

 

 

何気ない呼び名であったのだろうが、俺自身予想以上に“心に来た”らしく、そこからは互いに無言のままに目的地へと車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

協会本部から車で数十分。

辿り着いたのは“基地跡”と呼ばれる大規模な廃墟群だった。

 

一律の高さをもったフェンスに囲われた広い土地。

柵の向こうに見えるのは蔦に覆われた建物の数々。それも、それなりの高さを有した四角い建物が連なる。

それらの向こうに見えるはこの廃墟群を象徴する“大きなパラボラアンテナ”と鉄塔。

 

俺でも知っている、比較的メジャーな廃墟群だ。

 

 

「こちらです」

 

異界とはまた異なる、現実的自然の織りなす風景にしばし感嘆を抱く俺をよそに。細川氏はフェンスの一角へと向かい何やらゴソゴソという仕草を経て声をかけてきた。

 

見れば彼の前のフェンスにだけ“異界の入り口”が開いていた。

緑色の整列された鉄の一角を場違い、現実離れした“極彩色の渦”で抉り取ったような。空間の裂け目とも称すべき“大きな口”。

ちょうど、人一人分が通れるだけの大きさだ。

 

「どうぞ」

 

後に続くように促し、先行して“入り口”へと入っていく細川氏。渦に触れた端から飲み込まれていきすぐに姿が見えなくなる。

側から見れば“正気度判定”をせねばならないような摩訶不思議な現象ではあるが、サマナーにしてみれば見慣れた光景である。

故に俺も、傍のオサキの手を引いて入り口を潜った。

 

 

――そして、冒頭に繋がる。

 

 

 

「なるほど、表の廃墟をベースにした異界内基地とは……防衛大臣閣下とやらは随分と“悪魔事情に精通している”」

 

或いは“魔術”。

随所に備えられた無数の多重結界や、()()()()()()()()()()()()()()()()という事実からもそれなりに知識も豊富。

 

「気付いてるか? この異界、()()()()()()()()()()()

 

傍のオサキに小声で語りかける。

この基地が位置する異界は、誰かの手で作られたものではない、言うなれば『野生の異界』。その、もともとあった異界の中にこれだけの施設を建造している。それがどれだけ“並外れているか”はサマナーや悪魔ならば誰しもが理解できることだろう。

 

「気付いている。まったく、お主は余程“桁外れの輩”に好かれるタチらしいな」

 

まったく嬉しくない。ただ、職業柄、“出生も考えれば”仕方のないことだととっくに諦めてもいるが。

 

 

 

 

細川に案内され基地を進む。道中では、すれ違う者全員が細川に敬礼し、或いは挨拶を交わしていく。

そのことから細川自身も基地内にてそれなりの顔の広さ、或いは権限を有していると分かる。

 

やがて、俺たちは立派な造りの大きな建物に辿り着いた。敷地中央部に位置する十階以上の階層を持つ建物だ。

 

例によって門番らしき隊員に挨拶した細川に促され、俺たちも後に続く。

 

内部は、厳粛な雰囲気を持ったこれまた立派な造り。大企業のビル内のように整理され清潔な空間を保っている。自然とこちらも緊張してしまうほどだ。

 

ロビーを抜け、エレベーターに乗ることしばらく。

 

最上階と目される階層で降りた細川は、最奥にある大きな扉の前で止まる。

扉の上には『総司令官執務室』と書かれている。

 

扉へと丁寧にノックした細川はついで声を上げた。

 

「細川です。ヒデオ様をお連れしました」

 

『入れ』

 

直後、扉の向こうから響いた声に身体を硬らせた。

短く、決して大きな声では無かったが、その声には十分過ぎるほどに“威圧感”が籠もっている。

 

一方、細川は粛々と扉を開いて俺たちを中へ招き入れた。

 

 

 

 

 

「ご苦労だった、下がっていいぞ」

 

「はい、それでは失礼いたします」

 

厳かな声に告げられ、お辞儀をして早々に細川は退室する。

それを見届けてから、“彼”はゆっくりと立ち上がった。

 

「……御足労、感謝するヒデオ殿。私が大國だ」

 

後ろに流した淡い栗色の髪、透き通っていながらも強い意志を感じる碧眼。細い目元に沿うように僅か見受けられるほうれい線はしかし威厳すら感じられる。整えられた顎髭も同様に。

 

雑誌やテレビで見たそのままの姿だ。

だが、こうして目の前に立つと“桁違いの覇気”を感じさせる。

“生まれながらの王者”……()()()()

例えるならば“長年の鍛錬の末に極地に辿り着いた達人”のような、そんな威厳を感じた。

 

息を呑む俺へと、大國は落ち着いた様子で俺たちをソファへと手で誘う。

 

「立ち話もなんだ、遠慮なくかけてくれ」

 

 

 

 





【あとがき】
ちなみに大臣にはモデルはいません。『ぼくのかんがえたさいゆうのせいじか』です。細川も同様。

あと、例の廃墟はリアルだともうほとんど更地らしいですね。


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首都異界内・対悪魔防衛基地

遅れてすまそ……
全て、ものべのってエ◯ゲーの所為なんだ。



「――なるほど。概ね、理解した」

 

コウガサブロウに関する情報を出し終えた俺に、大國は目を瞑ってから答えた。

 

話の途中、細川が差し入れたコーヒーを啜りやがて口を開く。

 

「……とはいえ、私は早々に意識を失いました。話を聞くならばやはり他の面々に――」

 

「いや? いるだろう、()()()()()

 

「……」

 

視線を、俺の傍に座るオサキに移しながら彼は告げた。

 

「加えて、()()()()……非常に珍しい悪魔を仲魔としていると聞く。確か“英傑”だったか。

英傑()()()()()()()()()()()()()

 

俺が英傑を仲魔としていること、加えて真名まで知られていることに内心激しく動揺した。

別に、隠していたわけではないが。敢えて言いふらしたりもしていない以上は、存在感の薄い俺の情報が出回ることもないと思っていた。

 

「そう警戒するな、悪魔を相手とする“公的機関”ならばこの程度の情報収集は容易だ。

 

で、早速話を聞きたいのだが構わんか?」

 

あくまで冷静に、変わらない声音で問い掛ける大國。

俺はどうするべきか僅かに言い淀む。

 

「ワシは別に構わんぞ。隠すこともないしの」

 

『主殿の命であれば、私は従います』

 

オサキに続き、ウシワカからも念話で返答が届く。

ただ、まあ、確かに。彼女たちの言う通りだ。

彼女たちが構わないなら俺も賛成だった。

 

なのでCOMPからウシワカを呼び出してから二人に話を促す。

 

バシュン、といつもの魔法陣から現れたウシワカを見て大國が声を上げた。

 

「ほう……彼女が。だが一人足りないな?」

 

「チヨメちゃんは……勘弁してもらいたい」

 

念話で返答が無かったのもやはり話したくないからだろう。彼女がそう思ったなら俺はそのようにするだけだ。

 

俺の言葉に大國は、少し沈黙してから「まあ、問題ないか」と思ったよりあっさりと引き下がった。

こいつ、実はいいヤツなのか?

 

「――ならばこちらがウシワカだな? ふむ、話には聞いていたがこの目で見るとやはり新鮮だな、女のヨシツネというのは。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

まるで“本来のヨシツネを見たことがある”かのような言い様だ。

 

 

 

その後、オサキとウシワカから件の戦闘についての詳しい話をさせた。途中、大國から質問が飛ぶこともあって話が終わる頃には日が傾く時間になっていた。

 

「――いやはや、歴史に記されし“英雄”の意見は、なるほどタメになった。()()()も、長年の経験を基にした深い智慧には感服する」

 

「っ、ど、どう致しまして……なのじゃ」

 

突然、素性を言い当てられ口調がめちゃくちゃになるほど動揺するオサキ。それでは唯ののじゃロリババア……間違ってはいないが。

やはりロリ形態では、肉体に精神が引っ張られて若干ポンコツになっているな。

 

おもむろに腕時計を確認した大國は俺に視線を移す。

 

「思ったよりも時間を消費してしまったな。

貴殿さえ良ければだが、我が基地でディナーでもどうかな?」

 

一瞬、心の内で躊躇が生まれるが、ここで引くには情報が足りない。大國が果たして()()()()()。言動からは()()()()()()()()態度があり判断するのは早計。

相手の意図を探る目的も兼ねて快く承諾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大國が呼び出した細川の案内のもと、俺とオサキ、そして呼び出したままのウシワカで基地内を歩いていた。

相変わらず清潔感漂う立派な内装に妙な緊張を覚えつつ廊下を進んでいると。

壁に貼られた一枚のポスターに目が行った。

 

「細川さん、あのポスターは……?」

 

大きな紙面にデカデカと写されているのは“大型機械”。

四脚型のロボットのようなもの。ただし、傍に置かれた人型のシルエットと比較しても巨大な体躯、上部に乗せられた長い砲塔、二基の機関銃が胴体部側面から突き出ている様はまさに“戦車”と言える。

――これらの特徴に一致するのはやはり、病院で見た自律兵器……その原型となったT()9()5()D()

 

「ああ、アレは()()()()()()()()ですよ」

 

細川氏曰く、アレの名前は『T13B』。

対悪魔用機械兵器()()()である“多脚戦車”なのだとか――

 

「……戦車!?」

 

一瞬、理解が遅れてから改めて衝撃を受けた。

……戦車、ってあの戦車だよな?

世界の国々が陸上戦の主力として各々開発している戦闘兵器。ただし、他の軍事兵器同様に一つ造るだけでも莫大な予算が消し飛ぶ代物であり、近年の高性能化においては更なる費用増大の流れにある――

 

あの戦車。

 

「ちょっと待ってください……この“組織”は大國大臣お抱えの所謂私兵なんですよね? 幾らなんでも戦車なんて――」

 

しかも主力というからには当然、“量産”されるのだろう。考えるだけで頭が痛くなるような金の使い方だ。

 

「はは、なかなか面白いところに注目しますね。ですがご安心を。我らが大國大臣は昨年より“防衛大臣”の任を受けておりますので、そこら辺の“費用”は国庫から引き出せるんですよ」

 

……ってそれ税金使ってるってこと!?

 

「――いや、まあ、デビルサマナーとして活動するからには。国の対悪魔事情について心配する気持ちはないわけではないですが」

 

表社会で知られていないだけで近年は“悪魔被害が増加傾向にある”。加えて、年々、海外から流入した外来悪魔の繁殖や派閥争いなど頭の痛い案件がゴロゴロと転がっているだけに、こうして国に属する組織が悪魔対策を講じていることに安堵する気持ちもある。

 

「ただ、戦車はやり過ぎでしょう……」

 

俺の知る限りでは、これまでの国の対策として『葛葉』などの伝統的組織に要請を出すか、フリーのサマナーを招集するなどして定期的な掃討は行われていたものの。ここまで大掛かりな対策は見たことがなかった。

無論、()()()()()の一件で()()()()()が結成されたこともあったが。その元大臣の起こしたイザコザで半壊してしまったと聞いている。

 

そこに来て、この“対悪魔戦車”の製造。

なんだか“急過ぎる”と思った。

 

「よくご存知ですね。無論、我々も“彼”の後始末に四苦八苦している面もありますが。既に“討伐隊”の残党は取り込み済みな上に、大臣の就任以前に各有力議員や“総理”へも話は通してありますから、そう急な話でもないのですよ」

 

「なるほど……」

 

それはそれで()()()()な気もするが。

 

 

 

 

――その後、道中、更に詳しい話を聞いたところ。あの戦車以外にも複数の“機械兵器”の量産計画が立ち上がっており現在進行形で着々と完了しつつあるという。

先ほどポスターにあった多脚戦車を一回りサイズダウンした所謂“屋内用”の警備ロボ。同じく屋内や狭いエリアでの活動を目的とした二足歩行型。更には“犬型”のロボや“飛行型”も存在するというから、なんというか。

戦争でも始める気なのか、と疑ってしまう。

 

 

「――それは、あまりに()()()()()()()()()ですねヒデオ様。貴方もご存知の通り近年の悪魔事情は不穏な流れにあります。それに対して我々は“国家安寧”のために戦力を整えねばなりません。

ですが、肝心の対抗策たる“サマナー”を新調するには先ず才能ある若者を探した上で長期間の教育を施さねばならない。

そんなことではあっという間に悪魔どもの数に圧殺されてしまうでしょう。

 

対悪魔部隊についても同様です、人ではない“化物”との戦いを想定した訓練など普通の自衛隊はやりませんから、先ず悪魔の知識・生態・対処の基礎から叩き込まねばならない。

その上で訓練を積み実践レベルに持っていくとなれば……考えるまでもないでしょう」

 

一理ある。

サマナー或いは悪魔討伐者(デビルバスター)という存在は、昔からずっと“希少”だ。

それはたぶんに、その職に就ける人材の条件が“才能”に偏っているからだろう。加えて、才能だけでなく、それを実戦レベルに持って行ける人材となると五割にも満たない。

 

そんな少数精鋭でこの先も増え続ける悪魔に国レベルで対応できるのかと問われれば……俺も答えに窮する。

 

「そこで、“機械”というわけです。もとより軍事技術を培ってきた者たちに、伝統的な対悪魔を続けてきた人材を引き合わせこれを統合する。それによって生み出される“科学と幻想の融合体”こそが、これから先の国の未来を担っていくに相応しいと我々は考えています」

 

なるほどな、ようやく納得いった。

車での移動中、“葛葉と方針を異にする”と言ったのはこのことか。

確かに葛葉は、長い歴史で培ってきた伝統的な退魔を誇りとして掲げている。それに真っ向から喧嘩を売るような方針を取れば、そりゃあ協調路線も難しくなるだろう。

 

グローバルな戦力を追求するのが“大國派”というわけだ。

 

 

 

 

頭の中で色々と情報を整理していると、いつの間にか食堂に到着していた。

白い壁、清潔そうな空間の中に机と椅子が並べられた以外にもシンプルな造りだ。

 

「あちらで料理の注文ができます。メニューは机の上にも置いてありますのでゆっくり選んでいただければ」

 

空間の奥、カウンターを手で示しながら細川は告げる。

 

「私はまだ業務が残っておりますので失礼しますが、代わりの者を付けておきますので御用の際はなんなりとお申し付けください」

 

そして綺麗な礼を見せて立ち去る細川と、入れ替わるようにしてスーツ姿の若い男性が食堂に入り俺たちへ軽く礼をしてから壁際で立ち止まった。

 

「まあ、とりあえず飯食うか」

 

結構腹の虫も鳴っていた頃合いではあった。

なので、仲魔二人に座るよう促しつつ俺もメニュー表を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、これは……なかなか旨いな」

 

湯気立ち昇る焦げ茶色の液体、そこへ沈むように並べられたほかほかのカツ。スプーンで一口、ライスとルーを口に含みそこですかさずカツを齧る……そこから口内に広がる多幸感は筆舌に尽くし難いものがあった。

つまり、俺は注文したカツカレーの味に感嘆していた。

 

「むむ、これはなんとも脂の乗った鮭……」

 

ウシワカは、焼き鮭定食を頼んでいた。しかし大皿の上に乗せられた焼き鮭の身は、遠目でも分かるくらいプリプリふっくらとしており。それを一口サイズに切った際には照明を照り返すほどジューシーな脂が滴り落ちていた。

もちろん、これを食べたウシワカも文句なしに“美味”との感想を述べた。

 

あと、俺も一口もらったが確かに美味であった。

 

 

一方、オサキは――

 

「ほほぉ! なんじゃこの“おいなり”は!? 噛めば噛むほどにジューシーな味わいが……! むほー!」

 

奇声を上げるほどに歓喜乱舞していた。

ぱっちり開かれた両目は満遍なくキラキラと輝き、緩み切った頬で作られる笑みは若干“気持ち悪い”まである。そんな顔が、口に稲荷寿司を運ぶごとに量産されていく様は見ていて飽きない。

有り体に面白かった。

 

 

 

「いくらなんでも喜び過ぎだろう……」

 

「あら、“ここの食材”を考えれば特に不思議でもないんじゃない?」

 

オサキの百面相にげんなりする俺へと、若い女性の声が掛けられた。よく聴き慣れた声だ。

 

「リン?」

 

見ればやはりというかリン嬢の姿。両手で料理の乗ったトレーを持ちながらこちらに歩み寄ってくる。

そのまま俺の隣の椅子へと座る。

 

「隣、いいかしら?」

 

「もう座ってるじゃん……まあ、いいけど」

 

いつもの短パンスタイルは見ているこっちが恥ずかしくなりそうな短さだが、アメリカンな感性を持つ彼女に何を言っても無駄なのは既に理解していた。

 

「何の用でこんなとこに?」

 

真っ先に思った疑問を口に出す。

対し、リンは俺と同じカツカレーをもぐもぐしながら答えた。

 

「とーぜん、もぐもぐ……企業秘密よ、もぐもぐ」

 

まあそうだろうな、研究を主としながらも情報屋稼業に手を出している彼女だ。関係ない俺たちにおいそれと教えるわけもない。或いは誰かの依頼で動いているのかもしれないしな。

 

「一応、聞いてみただけだ」

 

「あ、そ。もぐもぐ……」

 

……それにしてもよく食べる娘だ。

というか人と話す時くらい手を止めてはどうだろうか?

そもそもこっち向いてすらいないし……。

 

ジトっとした目を向けていると、ようやくスプーンを置いた彼女が改めてこちらに顔を向けた。

 

「あんたこそ、なんでここに?」

 

「ちょっと依頼……って程でもないが、こちらの大将にお呼ばれしてね。いろいろ話を聞かれてたんだ」

 

「あー、“例の悪魔”のことか。

そういえば、怪我。すっかり治ったみたいで良かったわ」

 

ついでみたいに言われてちょっと傷付いた。

と、そこでふと気がつく。

 

「そういえば、ウシワカとは初対面だったよな?

紹介しよう、そっちで焼き鮭に夢中の女の子がウシワカマルだ」

 

手で指し示しながらそう伝えると。

 

「へ?」

 

「む?」

 

きょとん、とした顔のリンと口をもぐもぐさせたウシワカが見つめあった。

そこから数秒ほど流れて――

 

 

「ええ!? この子!?」

 

些かオーバーとも言えるリアクションでリンは驚いた。

それを見て状況を察したらしきウシワカは箸を置き、会釈して挨拶した。

 

「紹介に預かりました。英傑・ウシワカマルです」

 

「あ、ご丁寧にどうも……って、そのTシャツ私のじゃない!?」

 

妙に綺麗なお辞儀に釣られてお辞儀を返しかけたリンは、しかしウシワカの着るTシャツを見るなり吠えた。

吠えて、真っ先に俺を睨みつけた。

まるで今すぐにでも噛み殺しそうな目だ。

 

「一旦、落ち着こう」

 

先手を打って“どうどう”の仕草をしながら冷静に伝えてみる。

 

「女の子の服を勝手に又貸しするような奴相手に、どう落ち着けばいいのかしら?」

 

ニッコリしながらも確かな威圧感を放つリンへ、再度声をかける。

 

「これには深い訳があるんだ。やむを得ない事情ってやつがな……っていうか、そもそも人の家に衣服置きっぱにする方が悪い」

 

だが、最後まで堪え切れずに本音がまろび出た。

当然、目の前のお嬢さんは額に青筋を立てる。

当然、俺は反射的に目を瞑った。

 

 

 

――が、攻撃が飛んでくることはなかった。

 

恐る恐る目蓋を開くと。

 

「……まあ、確かに。置きっぱにしたのは私だったわね」

 

疲れた顔で深い溜息を吐く彼女がいた。

おや?

 

「てっきり弾丸の一発二発は飛んでくるものかと……」

 

「私を何だと思ってるのよ……それに、こんな場所で暴れるほど見境ないように見える?」

 

見える。

普段なら弾丸の後に情報料の法外な値上げコンボをかましてくるのだが。今日はそういう気分(?)でもないらしい。

 

「いや、そうか……そうだな」

 

まさか本音を言うわけにもいかないので適当に流しておく。

 

「なーんか引っかかる言い方。

……ま、そんなことより。

そちらがウシワカマルなのね、私はリンよ、よろしくね」

 

ちらり、とこちらにジト目を向けてから改めてウシワカへと視線を戻して手を差し出す。

ウシワカも箸を止め手を出して、硬い握手を交わした。

 

 

 

 

「これはこれは、いつぞやの“家出娘”ではないか!」

 

しばらくして、ようやくリンの存在に気付いたオサキが笑いながら声をかけていた。稲荷寿司のおかげかいつにも増して上機嫌な彼女は満面の笑みだ……というか最早“呵々大笑”、と言った様子だ。

お前は酔っ払いか。

 

「どーも、オサキさん。

……オサキさんも居たなら、服のこと、止めてくれても良かったのに」

 

ぷくっと僅かに頬を膨らませたリンが呟く。

……いや、そんなにも不満を持つとは思わなかった。そこまで怒るのならば、やはりウシワカには新品でも買い与えるべきだったか。

そういえば、チヨメちゃんに与えた服もリンの忘れ物だったと思い出す。

この場に居れば間違いなく指摘されていたし、更なる不興を買っていただろう。

 

 

「しかし……それにしてもよく食べるな、みんな」

 

ふと周りを見れば、オサキを筆頭にしてウシワカ、リンすら料理に夢中になっている。確かにここの飯は美味いみたいだが、それにしても夢中になり過ぎてるような。

 

そんな(疑り深いほどの)俺の疑問は、何の気無しにオサキが投げかけた質問によってあっさりと氷解する。

 

「むほっ、それにしても……もぐもぐ……いったい何処から、もぐっ、こんなにも良い素材を仕入れているのかのぅ」

 

「あれ、知らないの?

ここの素材は全部()()()()()()()()()()()よ?」

 

実にスムーズな流れであっけらかんと述べられた衝撃の事実に、俺たちは揃って動きを止めた。ウシワカマルとオサキの二人は驚きで固まっているが、俺は疑問が心地よいほどに解消されたことから思わず動きを止めていた。

 

ふむ、悪魔の。どうりで()()()()()()()()が溢れてくる筈だ。幻想に語られし魔の肉より採取したならば納得する。

幻想に生きるモノとは即ち“そうであれ”と人が夢想したいわゆる“夢”を具現化した存在。

“美味くなれ”、“人知を超えた旨みであれ”と願われればその通りになるのが道理だ。

加えて、基地の立地を考えればもしかしたら“産地直送”なのかもしれない。

 

 

「ちなみにその稲荷寿司に使われてるお揚げは()()()()()()()()ね」

 

「ゔぇぇええぇぇぇ!!!?」

 

リンの一言を聞いて直ぐ、オサキは盛大に吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

――首都異界、二十三区方面()()

 

非科学的な色彩に染められた空の下、風を切って飛行する()()()の姿があった。

 

先鋭的デザインの白塗りの機体、左右からは鋭くシャープな翼が生える。しかしてそのサイズは()()()

後部に取り付けられたジェットエンジンから噴き出す炎の勢いは凄まじく、それに見合うほどに当機は高速飛行する。

 

更には、白塗りの機体を先頭にした()()()()の群れが六機、追従する形で空を飛んでいる。

 

『(ピピッ)こちら1(アインス)、各機応答せよ』

 

白塗り機体からは“機械じみた”声が響き、追従する機体へと通信を繋げる。

問い掛けに、しかしすぐさま全機より応答があった。それを確認し白塗りの機体は言葉を続ける。

 

『間もなく作戦エリアに到達する。各機、結界との接触に備え()()の用意をしておけ』

 

憮然とした声に、部下たちはキリッとした声で応えた。

 

――機体群は二十三区上空を抜け、既に“府中”へと至っている。()()()()()の見据える先には真新しい建造物が密集した巨大な敷地。即ち『()()()()()()()()()()()()』こそが彼らの作戦エリアにして目標。

()()()ということ。

 

 

()()()()に捉えた無数の“反応”と、それらを覆う二重三重の巨大な防御結界、全てが間近へと迫った瞬間。白塗りの機体……隊長機は声を上げた。

 

()()()()()、展開!!』

 

――声に応じて、機体底部へと取り付けられた“豪奢な長槍”がその穂先を煌めかせた。

 

 

 

 

 





ヌッフッヒ〜!


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攻防

すまねぇ……



府中対悪魔防衛基地は多重結界に覆われた堅牢な要塞だ。

対物理、対魔力、霊的存在全てを拒絶する高密度結界を幾重にも重ね合わせ繭が如き様相を呈した鉄壁の守り。

 

その守りに対して、真正面から刃を突き立てる一団がいた。

奇妙な飛行物体群である。

 

機体底部に取り付けた、“無骨な機体に似合わない槍”を結界表面へと真っ直ぐ突き立てる。

 

ただ、それだけ。

それだけで結界は()()()()()()()()()

或いは()()()()()

 

ポッカリと空いた穴の奥に前進し、後に続く第二、第三の結界へと同じように穂先を立てて……一秒と経たずに()()()()()

そうして幾ばくも経たずして一団は基地内へと容易く侵入した。

 

 

 

「ん? なんだ、アレは?」

 

基地内を歩いていた兵の一人が空を見上げて呟く。その声に釣られて同行していた他の兵が見上げる。そして訝しげな声を上げた。

それら囁きがじわじわと広がり、やがてはざわめきに繋がる。

 

ある者は基地司令室へと慌てて連絡し、またある者は手にした小銃を握りしめ上空に“停止”する飛行物体たちを油断なく警戒、注視していた。

 

――それら注目を一手に集めた飛行物体たちはしかし、落ち着き払った様子で次の行動を開始した。

 

 

戦闘機を思わせるフォルム、しかして空中の一つどころに“滞空”していられるのはひとえに重力魔法(グライ系)の応用。

その状態のまま、彼らは翼部の下方から()()()()()()()

より厳密には“格納されていたそれらを展開した”。

 

左手にはいつの間にか握られている小銃、そして右手には機体底部より掴み取った“槍”。

その槍を、黒塗りの機体群の中で唯一“白”を纏った一機が高々と掲げる。

 

『アンチ・サモン・フィールド、展開』

 

まるで“機械音声”のような、ノイズの混じった声が上空から降り注いだ。

――その直後。

 

 

「っ、な、なんだ!?」

 

真っ先に気付いた兵の一人が狼狽える。

()()()()()()()()()()()()に。

 

波紋となって広がった不可視の()()は一瞬で基地全体へと満遍なく行き渡り。

それを確認してすぐ――

 

 

――彼らは発砲した。

 

 

左手に構えた小銃……否、汎用機関銃“MG34”を屋外に出ていた兵たち全てに向けて乱射する。

無論、ただの機関銃ではない。対悪魔戦闘、()()()()()()()を想定して“魔改造”が施された九割オカルト仕様の超兵器だ。

常識を超えた速度で雨霰が如く降り注ぐ“改造弾”を前に、兵たちはなす術なく。何が起きているのかすら分かないままに蹂躙される。

――とはいえ彼らも対悪魔戦を想定し訓練された兵士。新人や気を抜いていた者を除いてすぐさま物陰に身を隠し一先ずの先制攻撃に対してはなんとか対処していた。

 

そんな兵士を見て、粗方の“愚かな兵士”を掃討した飛行物体たちも一旦銃撃を止めて地上へと降下した。

地に立ち、肉眼ではっきり見える位置まで来たことで兵士たちはようやく飛行物体の正確な姿を捉えた。

 

黒塗りの、先鋭的デザインのパワードスーツらしきモノに身を包んだ人型が“六機”。それらの先頭にて率いるようにして佇む白塗りの機体が一機。

見た目通り、またそのままの所感を述べるならばやはり“機械兵士”。科学的理論をガン無視した構造で空を飛び、浮かび。今は銃と槍という奇妙な組み合わせで両手を塞いだ集団。

 

物陰より密かに様子を伺う兵士たちを()()()()にて迷わず捉えた彼らは次に。

全員で槍を掲げた。

 

霊障電撃(ガイスティブブリッツ)

 

短い呟きの直後、今度は槍の穂先より()()()()()が飛び出して兵士たちに喰らい付いた。

 

「あぎっ! ぎゃあぁぁぁぁ!!!?」

 

ホーミング弾のように幾度も曲がりくねった電撃はしかし、狙い(あやま)たずに兵士たちへと直撃して発光と共にその身を焼き焦がした。

――対悪魔戦を想定した兵たちではあるものの、その装備が“戦果”に応じて更新される彼らの中には“対霊防御”が著しく低い、所謂“落ちこぼれ”とも呼べる者たちが少なからずおり。霊障電撃の前に彼らはなす術もなく炭化するのみであった。

 

機銃掃射、電撃魔法(ジオ系)の暴威を立て続けに食らった兵士たちは、ここでようやく反撃の隙を見出した。

 

「撃て、撃てぇぇぇ!!」

 

悠然と佇む“敵”に対して、生き残った兵たちはその手に持った“二十式小銃”を一斉に撃ち放った。

それに並行して、“悪魔召喚プログラム”を保有する一部兵士たちは、各々の召喚器具を用いて自らの仲魔を呼び出す――

 

「あ、あれ?」

 

――だが、それは不可能だった。

悪魔召喚プログラムはその利便性の最たる特徴として、機械端末操作によるスムーズな召喚を可能とする。

しかし、今の彼らが持つ機械端末たちはインストールされたプログラムを“停止”させており、何度操作しても起動すら出来ない。

 

「ちくしょう! いったいどうなって――」

 

理解できない状況、不利な戦況に一人の経験浅い兵士――否、“隊員”が悪態を吐いた。

そうして無防備な姿を晒した彼を、“敵”は見逃すことなく冷静に小銃で迎撃し速やかに“蜂の巣”へと変える。

 

 

だが、隊員たちも馬鹿ではないしそれなりの経験を経た歴戦の者たちもいた。

だからこそ、強力な兵装にて向かってくる“敵”を前にして冷静に陣形を組み迅速に対処を行う。

数で言えば未だ彼らの方が有利、人海戦術にて押し潰すという方針は言わずとも全ての隊員が理解していた。

 

――そんな彼らの希望を打ち砕くように、飛行物体たちが空けた穴から新たな機影が出現した。

 

 

 

飛行しながら基地へと侵入するのは、長大な翼部を備えた“輸送機”。緑色の機体は芋虫のような形を成しており、形状からすぐさま輸送を目的とした飛行物体であることを理解できる。

――巨大にして鈍重な輸送機は、隊員たちにとっても分かりやすく当てやすい格好の的。無論のこと、彼らはすぐさま輸送機へと発砲した。

手に持つ小銃だけではない、新たに武器庫より持ち出したロケットや対物ライフルを構えた隊員たちも即座に迎撃を行った。

 

それらに対して、“敵”は先の“戦闘機のような兵”を数名、上空へと送ることで対処する。

 

迫り来る弾頭や弾丸に対し、“戦闘機型の機械兵”は機関銃にて迎撃、或いは槍にて打ち払い、更には“自らの身を挺して”輸送機を護った。

 

有効射程有距離ギリギリの弾丸はまだしも、ロケットの弾頭を直撃させた敵は一瞬で爆炎と煙に包まれる。

――しかし、それらの中からは全くの無傷で悠然と姿を見せる“敵”の姿。

ありえない、そう口にしてざわめく隊員たちへと“敵”は容赦なく攻撃を続ける。

 

そうこうしているうちに、輸送機は“敵”の後ろでゆっくりと着陸した。

 

 

Me323、通称『ギガント』と呼ばれる輸送機は機体前面を口のように大きく開けて中の“荷物”を吐き出す。

荷物とは、武装した“兵隊たち”。統率された動きで次々と機体から駆け出してくる彼らの服装には一様に“鉤十字”が記されている。

駆け出してすぐ、一切の乱れも隙もないままに攻撃を開始した。

 

――“本物の戦争”を知る者たちによる蹂躙は、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

――数分前。

リンの不用意な発言によって嘔吐したオサキの背を優しくさすりながらヒデオはジト目を向け、無言の抗議を行なっていた。

 

そんな彼の側へと、勝手に召喚陣が出現し中からチヨメが飛び出してきた。

 

 

 

 

「お館様!」

 

「うおっ!? 急にどしたの、チヨメちゃん」

 

いきなりCOMPが作動したかと思えば、いつもの召喚陣からチヨメちゃんが飛び出してきた。

視線を向ければ一目で分かるほどに焦っている。

 

「敵襲です!!」

 

「っ!!」

 

簡潔な報告、分かりやすい一言を受けて……それとほぼ同時に“嫌な感覚”が身体全体へと――

 

「いや、()()()()()!」

 

基地全体を包み込むような“結界”の気配を感知した。元々ある結界ではない、それとは真逆。()()()()()()()()()()()()()()()作用を発している。

それにこの感覚。

 

「……なるほどな」

 

嫌な予感がして咄嗟にCOMPを確認してみると。

見事に機能が停止していた。厳密にはエラーだけが表示されて操作もままならない。

 

“召喚術式の封印”。

サマナー対策としてはテンプレの極みだが、これほど強力かつ広範囲に効くものは初めてだ。

 

「いずれにしろ、出て来てくれて助かった」

 

勝手に出てきてくれなかったらチヨメちゃんの召喚は間に合わなかった。なので有能なチヨメちゃんの頭を撫でる。

 

「ふぇ!? お、お館様! 今はそのような場合ではないかと!」

 

「あ。ごめん……」

 

あたふたしながらもしっかりとした声音で叱責されて、反射的に撫で撫でをしていた自分に気付いて反省する。

最近。ウシワカのせいで仲魔の頭を撫でる癖がついていて自分でもヤバイと感じた。

 

 

さて、と気を取り直して仲魔へ指示を出そうと辺りを見回すと。リンがなんとも言えない顔でこちらを見ていた。

 

「……なんだ?」

 

「いえ……他所の事情に口を出す気はないのだけど。流石にちょっと自重した方がいいわよ?」

 

マジなトーンで叱られた。

……うん、正論だ。

 

 

 

その後すぐに、食堂内にいた隊員たちがバタバタと動き出し。入り口から見える廊下を慌ただしく駆け抜けていく人々が出始めた。

更には外から爆発音やら発砲音やらが絶えず響き渡り、いよいよヤバい雰囲気が漂う。

 

その間、俺たちは各々に装備の確認と、戦闘準備を整える。

 

ちょうど準備を終えたところで細川の代理である男性が声をかけてきた。

 

「ヒデオ様、細川秘書官からです」

 

そう言って差し出されたスマホを受け取り耳に当てる。

 

「ヒデオです」

 

『ああ、ご無事でしたか。何よりです』

 

平時と変わらない声音で語る細川の声を聞き、彼も伊達にあの大臣の秘書をやってないなと思った。

 

「これは何事です?」

 

『簡潔に述べて、敵襲です。敵は“上空”を高速で移動後、何らかの手段で基地の結界を無効化。内部への侵入に際して、大型輸送機を誘導、現在は輸送機より現れた増援を交えた混戦状態です』

 

なんだそれは。

 

「敵の詳細は?」

 

『不明です、が、どうやら機械化された熟練兵のようですね。可変飛行機能を有した個体は私も初めて見ましたよ』

 

は? 可変??

さも当たり前のように語ってくれるが、どうにも言っている意味が分からない。そもそも機械化された熟練兵とは??

サイボーグみたいな奴なら何度か見たことはあるが。

可変、というのは見たことがないから想像もできない。

 

『機械兵士が計七体、いずれも高位悪魔に匹敵する戦闘能力を有しておりこちらも苦戦しておりますが。他に関してはさして気にするほどではないかと。全て()()()()()()()()です』

 

機械兵士とやらはこの目で見ないと理解が及ばないが、悪魔堕ちが群れで襲ってきているのは分かった。

 

「それで、俺はどうしたら?」

 

まさかこの状況でトンズラこくわけにもいくまい。出来るかどうかはともかく、防衛大臣旗下の基地を見捨てたとなれば協会にも迷惑をかける可能性がある。

 

『話が早くて助かります。

率直に、この場にて緊急依頼を発行します。

 

内容は“敵勢力の撃退”。

成功報酬はそちらのレートに合わせます、加えて敵主力()の撃破数に応じて報酬を上乗せします。

 

如何です?』

 

シンプルisベスト。わかりやすくて何よりだ。

 

「承った」

 

『感謝します。それでは早速、隊員たちの援護をお願いします。細かい指示は出しません。()()()()どうぞ』

 

それだけ告げると通信はプツリと切れた。

ご自由に、と来たか。まあ、任せてくれるのは嬉しい限りだが。こうも放任されると勘繰ってしまう。下衆の勘繰りという奴だ。

 

まあ、実際は他勢力所属の俺をこき使って下手に協会との関係を拗らせたくないといったところだろう。

 

 

 

「おえ゛ぇぇ……」

 

壁に手をかけながら俯くオサキ、その背中を優しくさすりながら声をかける。

 

「大丈夫か? 無理そうならどこかで……」

 

「だ、大丈夫じゃ……それに、この状況で安全な場所もあるまい」

 

ちらり、とオサキが目を向ける先、数十m先では隊員と敵勢力と思しき軍服姿の男が銃撃戦を繰り広げていた。

他にも至る所から戦闘音が響いており、確かにオサキの言う通りだと思った。

 

ふとリンを見れば、愛銃の安全装置を外したり腰の日本刀の位置を変えたりして臨戦態勢に入っていた。

 

「リンはどうする?」

 

「こっちもスマホに連絡が入ってたわ。とりあえずは“可変飛行機械”とやらを潰すわ」

 

勇ましい……いや、頼もしいな。

ならこっちはとりあえず、敵主力とやらを確認しに行くか。

行けそうならば積極的に撃破する。

 

俺は仲魔たちを連れて建物の外へと駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基地内は思っていたよりも混沌とした状況だった。

 

至る所で敵味方が入り乱れて正しく混戦状態にあり、戦況としてはこちらがやや押され気味に思われた。

原因はおそらく、COMP封印だろう。

COMP封印による被害は単なる戦力低下に収まらない。

COMPが恒常的に行使している“悪魔との意思疎通機能”、これも停止されたとなれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。加えてCOMPや召喚術によっては()()()()もあり得る。それはつまり“反逆”の可能性を高める。

……まあ、俺は“奥山”の生まれだから意思疎通に問題ないし日頃から“触れ合い”を重視してきたので反逆も無いだろうがな。

 

ともかく、最優先は術式の破壊、ないし封印を行なっている事物の破壊か。

 

「っ、くっ!」

 

そんなことを考えていると、物陰から軍服を纏った敵と思しき人型が飛び出してきた。その手に小銃が握られているのを確認してすぐ、踏み込みからの居合いにて胴体を両断する。

幸い、この個体自体は大した戦闘能力を持っておらず、俺の動きにもついて来れずにあっさりとくず折れる。

……と。

 

「なっ!?」

 

両断された個体は、うねうねと“黒いナニカ”を溢しながら分かれた半身を繋ごうと蠢いている。

率直に、キモい。

 

「なんなんだコイツ……」

 

不死性を有するとなれば屍鬼・悪霊系列の個体なのか? ただの悪魔堕ちという話では無かったか?

まあ、見逃す必要性も皆無なので静かに神代文字を刻んで破魔系を発動する。

 

「ギギ、ギギャァァァ!!」

 

敵は呆気なく消滅した。

 

「破魔系が弱点なのか……」

 

元人間にしては珍しい……或いはあの“黒いの”が本体か?

よく分からんが弱点が分かったのは僥倖だ。

早速、手持ちの破魔系アイテムを手元に集める。

お約束の施餓鬼米、ハマストーンなど。

 

「……先ずは味方の援護をして行こうか」

 

ふと見渡したところで、予想以上に味方が壊滅状態であったために破魔系アイテムを携えながら遊撃戦へと移行した。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュートッ!!」

 

凛とした声が響く共に、彼女が手にした“近未来的デザイン”の銃が光線を放つ。

文字通りの“光速”で直進する光は避けられるものではなく。

標的とされた“突撃兵”はなす術なくその身を貫かれ、()()した。

そして、数秒と保たずして消炭となった。

 

「あら、案外あっけないのね」

 

手の中でクルクルと“プラズマガン”を玩びながらほくそ笑む。

平素と異なる格好。

赤色に黒いラインが走った戦闘服のようなスーツ。腰に巻いた金のベルトに差さる二本の打刀、右側には“柄だけ”の剣のようなモノが固定されている。

その下、太腿に提げられたホルスターへとプラズマガンを仕舞いながら彼女・“リン”は周囲を見渡した。

 

相変わらず基地内の隊員たちは苦戦を強いられ戦況としては押され気味なことは一目瞭然。

そのあまりの不甲斐なさに無意識のうちに溜息が出た。

 

「……まあ、私も召喚できない以上は人のこと言えないけど――」

 

――自嘲し始めた彼女へと、人の入り乱れる戦場を潜り抜け高速で迫る影が一つ。

 

槍持ち、小銃を抱え、背部に備えられたジェットパックより炎を上げながら突進するのは基地へと最初に攻撃を仕掛けた機械化兵士の一体。

黒塗りの機体を戦場に踊らせる“13(ドライツェーン)”。

 

彼は接敵と同時に手にした槍を突き出した。

 

マッハで計測されるべき速度で突き出された槍の穂先を、しかしリンはベルト右側から引き抜いた“柄だけの剣”を構えることで対処する。

抜き放ち、構えと共に“ブォン”と音を立てて現れる刀身は“光”によって形作られる。

即ち、プラズマソードと呼ばれる最新兵器の一つであった。

 

光刃へと槍の穂先が接触し激しい火花が飛び散る。

片やオーバーテクノロジーによって製造されし超常の刃、片や()()()()()()()たる超常の刃。

 

接触による火花は特異な魔力同士の衝突の具現であった。

 

「あら、獲物の方から来てくれるなんてね」

 

ギリギリと互いの得物で競り合いながら、リンは好戦的な笑みで舌舐めずりした。

対し、ドライツェーンは“ノイズ混じりの声”で嘲笑を返した。

 

『ヌッフッヒ〜! 一人で私と戦う気か小娘? その蛮勇だけは褒めてやるぞ、小娘!』

 

「蛮勇かどうか……その身で確かめてみなさい!」

 

光刃の向きを僅かに逸らし、槍を受け流す。勢いのままに重心が逸れたことでドライツェーンはバランスを崩し、その隙を突いてすかさずプラズマガンを撃ち込んだ。

 

『ぬおっ!?』

 

光線は黒い装甲、その脇腹へと直撃する。

科学でも魔術でもない、“未知のオーバーテクノロジー”という別種の“超常技術”で以って作られたこの銃の威力は絶大だ。人間はもとより、並みの悪魔程度ならば容易く溶解させる。

一説には“宇宙由来の技術”ともされ、リンと対峙した者の多くはコレと光刃の前になす術なく敗れ去った。

 

――しかし。

 

「っ! 嘘、表面だけ!?」

 

――この機械化兵士もまた“超常の技術”によって形作られたオーバーテクノロジーの具現。加えて“聖槍の加護”を得ているが故に並外れた耐久性を獲得していた。

 

そして、予想以上の堅牢ぶりに激しく動揺した隙を見逃さず、ドライツェーンもまた槍による薙ぎ払いでリンの肢体を打つ。

 

「あぐっ!?」

 

槍の一撃をモロに受けた彼女は大きく宙を舞い、やがて建物の壁面へと激突して地に伏せた。

彼女の纏う“スーツ”は曲がりなりにも“戦闘用の防具”、更にはリン専用へとフルカスタマイズされた一級品でもあった。にも関わらず“あの槍”の一撃は少なくないダメージを与えてきた。

物理ダメージだけではない、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()ような感覚。

 

『まるで生娘のような慌てぶりだな。

戦場で女に戻るとは情けない!』

 

奇妙なダメージによって上手く動かない身体で、ヨロヨロと立ち上がったリンへと、ドライツェーンは槍を掲げながら悠然と歩み寄った。

 

「い、言ってくれるじゃない……!」

 

ダメージは大きい、だが致命的ではない。ならば問題ない、とリンは痛みを堪えて地に二本足をついて立つ。

伊達に世界中を巡って悪魔どもと戦ってきたわけではない。

彼女もまたレイラン同様に、年齢にそぐわない程には“高い実力を備えたサマナー”であった。

 

そして――

 

「……召喚術は使えないとなると、仲魔との連携は無理。かと言って私単体で遣り合うには()()()()()()()()()、か。

 

なら、仕方ないわね」

 

不適な笑みを浮かべたリンに、ドライツェーンの歩みも自然と止まり警戒を高める。

油断なくその場で槍を構えた彼を見て、リンはゆっくりと目を閉じて()()()()()()()()()()()

 

――出番よ。

 

短い呼び掛け、それは彼女の内側に広がる“心”という水面に僅かな波紋を生み出す。

それに反応して精神の根底から“浮かび上がるもう一つの意識”があった。

 

 

 

 

『な、なんだ?』

 

目を閉じてすぐ、リンの全身が淡い輝きと“電撃”を迸らせて変化した。

赤を基調とし黒のアクセントを取り入れたスーツは、そっくりそのまま“反転”し。

明るい金髪は“赤のメッシュ”が入った黒へと変色する。

 

バチバチと青白い雷が全身を巡って、やがて霧散する。

その頃には彼女の姿はすっかり変貌していた。

 

無論、その身に纏う“雰囲気”さえも。

 

「……」

 

やがて、ゆっくりと開かれた“黒き”双眸で、冷ややかにドライツェーンを見つめる。

先ほどまでの明るく活発な目線ではない、どこまでも“冷血”“冷徹”に見える、率直に底冷えするような冷たさを持っていた。

 

――リンにとっての切り札の一つ。()()()()と比べて、戦闘能力に特化した()()()()()()()

即ち、太母より与えられた“大地母神の神核”の発露である。

 

もう一人のリン、()()()()()()は一切の慈悲も感じさせない視線のままにゆっくりと腰の両側に提げた打刀の柄へと手をかけ、硬く結ばれていた唇を小さく開けた。

 

「アベンジ」

 




【あとがき】
次話も今週中に更新します。

【おまけ】

【ソウル・コントラクト・ソサエティ】
主にダークサマナーを扱う傭兵斡旋組織。取引の際に必ず“魂”を要求するのが特徴。通称SCS。
運営はグレゴリーを名乗る金髪の男が行っているが、組織の母体にあたる“とある悪魔集団”との連携や独自の伝手を頼って応援を頼むことも多い。
過去に平崎市、天海市で大規模な活動が確認されている。

※尚、本作にはファントム・ソサエティは存在しない。


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騎士と女神と――

遅刻ってレベルじゃねぇ、すまねぇ…
もう無茶な締切は作らない(硬い石




「ったく、キリがねぇ!」

 

迫り来る軍服の敵兵に対し、破魔弾の銃撃と退魔刀に霊力を込めた斬撃で対応する。

高い不死性を持っているようだが、流石に弱点(と思しき)破魔弾と、退魔刀として高位の業物たる“赤口葛葉”のレプリカによる斬撃には耐えきれないようだ。

数回攻撃を加えたところで、小銃を持った兵士は地に伏せ()()()()()()()()。後には何も残らない。

 

やはり個々の力は対して強くないようだ、しかし統率のとれた動きは精鋭部隊と呼ぶに相応しく、そこに上述の高い不死性が加われば脅威と呼ぶに充分。事実として基地内の隊員たちは軒並み劣勢に追い込まれていた。

 

俺もこの戦況を打開すべく戦場を駆け回っているのだが、いかんせん手が回らない。

ちなみにウシワカは、愛刀たる薄緑で難なく敵兵を斬り伏せている。恐らくは薄緑の経歴に“退魔性能”を付与する逸話があるためにこいつら相手に有効打を与えられるのだろう。

比べて、オサキは“ロリ形態”では破魔系を使えないために援護に回ってもらっている。

これはチヨメちゃんも同じで、時間をかけて一体を倒してもらうよりかはこちらの援護に徹してもらい、俺が退魔刀で葬った方が早い。

 

「っ!!」

 

そんなこんなで順調に敵を倒しながら戦場を駆けていたところで、ようやく敵の“主力”とぶつかった。本当なら遠目で確認してからぶつかりたかったが、混迷極まる戦場でそれは贅沢だろう。

死角からの鋭い突き、辛うじて居合抜きで迎撃したがコンマ数秒遅れていれば景気良く脳髄をぶち撒けていたであろう膂力。

 

『ほう、これを受け止めるか。はは、少しは見込みがあるようだな』

 

尊大な口調で語るその声は“機械音”にも似たノイズ混じり。

応える義理もないので無言で押し込み、そのまま弾き返す。

その方向には“ウシワカがいるからだ”。

 

『ふん、距離を取るか。だからとて――』

 

油断しているのか何なのか、相手は尊大な口調を崩さずあっさりと押し込まれ悠長に語り始めた。

 

その背後より、“獣のような眼”をしたウシワカが素早く斬りかかる。

抜刀の瞬間すら目視できない早業で瞬時に斬撃を加える。

 

『ごあぁぁぁああぁ!!? な、なんだと!?』

 

黒い装甲にしっかりと斬傷を刻み込まれ、相手は狼狽えた様子でヨロヨロと後退る。

その様子を見るに、単なる油断だったようだ。

コイツには気の毒だが俺はもう油断する気はないし、ウシワカはそもそも“見敵必殺”の殺戮マシーン()である。

相手が悪かったな。

 

『お、おのれ! ガイスティブ――』

 

不意打ちに怒ったのか、荒い声を発しながら手にした“槍”を宙へと掲げる敵兵。

聴き慣れない単語が発せられた瞬間に“ナニカ来る”と直感した俺は急いで奴へと斬りかかる。

が、それよりも速くウシワカが斬撃を見舞った。

 

『ぎゃああぁぁ!?』

 

高速で駆け抜け、すれ違い様に一太刀。続けて背後よりすれ違い様にもう一太刀。これを一息にこなす。

更には斬り上げからの、溜めを要した突き。

これも瞬く間にこなす。

おまけとばかりに俺の目には完全に追えない神速の斬撃を無数に放ち、飛び上がった状態から抜刀の動作で鋭い一撃を放つと共に着地する。

 

結果、俺が呆然と眺めているうちにすでに敵の装甲には浅くない斬傷が幾つも刻まれ息絶え絶えとなっていた。

 

『ば、馬鹿な……聖槍騎士団の一員たる私が、11(エルフ)の名を賜りし私が!!』

 

「聖槍騎士団……?」

 

敵が漏らした単語に、俺の脳がフル稼働する。

聖槍、つまりは奴が持つ槍のことだろうが。その単語を聞いて思い浮かぶのは一つしかない。現物は流石に見たことがないが、それにしてはあの槍からは“さして大きな力を感じない”。いや、霊的機能を備えた武器としては相応に強い力を感じ取れるが、“聖槍”と呼ぶには些か物足りない。

次に騎士団、つまりは奴のような個体が複数存在する。これは十中八九、今基地を襲っている他六体の機械兵士のことだろう。

 

そして、エルフという単語。

現代日本においては無意識のうちに“長耳の萌えキャラ”が思い浮かぶが。そうではないだろう。

今、基地を襲っている連中が揃って付けている鉤十字。雑魚兵たちを運んできたあの大きな輸送機。これらから連想されるのは“旧ドイツ軍”ひいてはナチス。

そうなるとエルフとはドイツ語で11を意味する単語と考えるのが妥当だろう。

この推測を是とするならば、少なくとも聖槍騎士団とやらは十一体存在していると見ていいだろう。

 

こんなのがあと十体はいるのか……。

 

 

などと俺が考えているうちに、エルフと名乗った敵兵はウシワカを相手に防戦一方となっていた。

 

『がっ……お、のれ……ぇ……!』

 

天狗の軽業と評されるウシワカの神速の歩法を前に、エルフはこれを捉えること叶わず。更には神速で繰り出される無数の斬撃を捌くことも出来ず。一方的にダメージを受けていた。

 

しかし驚くべきは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。見れば明らかに内部に達しているだろう傷もちらほら見受けられるものの、未だに倒れる気配はない。

明らかに異様な耐久性……

 

「いや……物理耐性か?」

 

再び思考の海に意識が沈みそうになったところで。

 

突然、白い影がウシワカを弾き飛ばした。

 

 

「くっ!?」

 

なんとか刀で防ぎ直撃は避けたようだが、中空で受けたために勢いは殺せず後方に大きく飛ばされていた。

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()相手は手にした槍のその石突きを地に置き傍らのエルフへと語りかけた。

 

『派手にやられたな。もういい、貴様は先に戻っていろ』

 

『くっ……了解!』

 

威厳に満ちた厳かな声に諭され、一瞬言葉に詰まったものの。エルフは素直に従って素早くその場から離脱した。

無論、こちらも追撃はしない。

ウシワカ相手にボコボコにされていたから一瞬忘れそうになったが、一度目の突きを防いだ時に感じた膂力。そしてウシワカ相手に奮戦する姿から見て、おそらく俺が戦えば苦戦は必至。仲魔の援護を得てようやく倒せるくらいの強敵だった。

そして、新たに現れた白い機体。逃げた機体とのやり取りから見て奴の上司。加えてその身から滲み出る“闘気”は只者ではない。

 

これは、厳しい戦いになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「ふっぅうーー!」

 

縮地にも似た接近からの抜刀、剣閃しか残らないほどの速度で振るわれる斬撃は一撃に留まらない。

 

『お、おおぉお!?』

 

左腰に提げた打刀から放たれるのは“青い斬撃”。

高い物理耐性を備える黒の装甲を容赦なく傷だらけにする。

続けて、右腰に提げた打刀を抜き“赤い斬撃”を見舞った。

 

『おごっ、ぐっ、小娘が!!』

 

まるで剣舞のように刀を振るうリン……否、アシュタレトへと。痺れを切らしたドライツェーンは槍を大きく横薙ぎに振るった。

 

これをひらりと躱し、ステップを踏むように後方に退がる。

 

『馬鹿め!』

 

刀の届く距離を離れたことを嘲笑いながら、ドライツェーンはMG34にて射撃を行う。

改造によって通常の弾速を大きく超えた高速の弾丸、悪魔ですら視認を困難とする連射を前に、アシュタレトは――

 

「小賢しいっ!」

 

二本の刀を振り回すことで()()()()()()()()

 

『なんとぉ!?』

 

あまりにも“予想外”な行動に狼狽したその隙を、アシュタレトは見逃さない。

 

「隙ありっ!」

 

両手を大きく振り上げ、それに応じて“自動”で抜き放たれる二本の刀。それらは手を振り下ろすことで一直線にドライツェーンへと飛んでいった。

 

青く輝く刀と、赤く輝く刀は独りでにドライツェーンの周りを飛び回り、彼の装甲を斬りつける。

やがて、アシュタレトが飛び上がると同時にその手元へと舞い戻った。

彼女は二つの刀を振り上げ交差させたまま声を張り上げる。

 

()()()()新陰流奥義、面胴水月二つ胴!!」

 

高らかな宣言のまま、交差させた刀をドライツェーンの胴体を振り下ろした。

 

『ぐあぁぁ!? ま、まさかぁ!!』

 

Xの形に斬り裂かれた装甲より“黒い霧”を噴き出しながら驚愕を声に乗せて発する。

その背後に着地していたアシュタレトは素早く納刀して立ち上がった。

 

「天罰、完了」

 

彼女が堂々とそう言った直後。

背後のドライツェーンは盛大に爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

基地内全域において、敵味方入り乱れる激戦が繰り広げられる中。

基地総責任者たる大國は執務室にて静かに座していた。

傍には秘書官たる細川の姿もある。

 

「通常歩兵十名、召喚術式適応士官二名、他非戦闘要員二名が戦死。現在、態勢を立て直した者たちが小隊単位で辛うじて戦線を維持している模様です」

 

端的かつ冷静な報告に、大國も殊更驚くこともなく静かに聞き耳を立てる。

 

「思ったより()()()()。ならば予定に修正を加える必要もない」

 

「はい、兼ねてよりフリーのサマナーと合同訓練を行なっていた成果かと」

 

「ふむ」

 

そこで大國は顎に手をかけしばし思案する。

そして視線だけを動かして口を開く。

 

()()()()()()()。これ以上は()()()()()()()()()()()()()

 

「承知しました」

 

細川は通信端末を取り出して何処かへと短く連絡した。

 

「――『T13シリーズ』、『T15G』及び『F/F15D』を向かわせるそうです」

 

T()1()9()も出せ」

 

「よろしいので? アレはまだ試験段階、当初の能力値には達していませんが……」

 

「構わん、寧ろこのような時だからこそデータ収集に出すべきだろう」

 

「なるほど、そちらも手配します」

 

再び通信端末を取った細川を横目に確認して、大國は小さく溜め息を吐いた。

 

「ままならんものだな、時の運というのは。()()()()()()

 

その一言を呟いた直後――

 

 

 

ドカン、と扉がこじ開けられ軍服の兵士たちがゾロゾロと室内へと雪崩れ込む。

大半が小銃を携えた“突撃兵”と称される下級兵だが、それに紛れて機銃を抱えた兵も見える。

彼らは大國たちを視認するなり即座に銃器を構えた。

 

対して二人は特に気にした様子もなく平静のままに動かずにいる。

兵士たちは構わずに発砲した。

 

「Feuer!!!!」

 

リーダーらしき男の合図を以って一斉射撃が始まる。

人間二人に対して過剰なほどの弾幕が押し寄せ大國の面前を覆う。

しかし――

 

 

「……」

 

座したまま動かない大國の目の前で()()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

信じられない光景に驚く兵たちの目の前で、弾丸はバラバラと床へと落ちた。

 

ほんの一瞬、兵たちが油断したその隙に。

大國は組んだ両手を解き指先にてスラスラと宙に線を描いた。

魔力による光も何も無い、虚空をなぞる様な不思議な仕草。

 

その直後。

 

 

「ブッ!?」

 

眼前に群れる兵たちの()()()()()()()

ボロボロと床に崩れ落ちた肉片は、その断面を“鋭利な刃物”で切断したかの如く整えられており、さながらサイコロステーキと表現するのが相応しい有様であった。

――そして、敵兵たちが備えている“再生能力”も()()()()()

 

完全に、絶命した“人であったモノ”が一瞬にして床に散らばったのだった。

 

 

敵兵のリーダー格、“マシーネンコマンド”とカテゴリされる男は目の前の光景が理解できなかった。

先ほどまで士気も上々にターゲットへと射撃を行った部下たちが、男の奇妙な動作のすぐ後にまるで“見えない刃物に斬られた”かのようにバラバラにされた。

 

さっきまで部下だったモノが物言わぬ肉片となって床に散らばる光景に困惑し恐怖した。

 

 

――だが、惨劇は未だ始まったばかりであったとのちに理解する。

 

男が呆然としている間に、一緒に突入していた別部隊が再度攻撃を仕掛けた。

正面からの攻略が打ち破られたことを考慮し、数名を囮として一斉射撃させ。残りの兵を分散して多方向からの銃撃を加えたのだ。

 

――が、それも全て“見えない壁”に遮断され。代わりに部隊員全てが無残な肉片へと斬り刻まれる。

 

次に、随伴していた強化能力者(ヘルゼーエン)が仕掛けた。

旧ドイツが誇る“科学”を用いて、脳を弄られ超能力に分類される異能を最大限に強化された特殊な兵士。

そんなヘルゼーエンが用いる発火能力(パイロキネシス)はマハラギオン級を超えてダイン級に匹敵する超火力を有していた。

それをノータイムで発動する。

 

「……」

 

――しかし、それもまた“壁”によってあっさりと受け止められた。そして三度行われる“虚空をなぞる動き”によってヘルゼーエンの肢体は三枚におろされ力無く地に伏せる。

 

「な……なに、が……起きて――」

 

()()()()()()()()完全に死滅したヘルゼーエンの眼球を見て、やっとのことで声を絞り出したコマンドは震えながら呟いた。

 

「“気”を絶った、それだけのことだ」

 

不意に返答を寄越した大國にビクつきながら彼はさらに問い掛ける。もはや死への恐怖すら超え、せめて“訳も分からず死にたく無い”という一念のみ。

 

「キ?」

 

「……陰陽道が栄えるよりも前、この国には大陸より輸入された“呪禁”が置かれていた。

もとより馴染みのない異郷の術理、そっくりそのまま持ち込んだところで扱い切れる道理も無し。早々に日ノ本に馴染む形で作られた陰陽道に取って代わられ姿を消した

 

 

――だが、呪禁もまた日ノ本が継承してきた術理を少なからず取り込んでいたのだ」

 

そこで大國は()()()()()()()()()()()()を掲げる。

華美な装飾はない、柄頭に環頭と呼ばれる円環を取り付けた直刀である。

――それは日本の考古学において素環頭大刀(そかんとうたち)に分類される古代の装飾付大刀、飾大刀(かざりだち)と呼ばれる儀仗大刀の類であった。

 

しかし、近代ドイツの出自を持つコマンドにそのような知識があるはずもなく、ひたすら疑問を顔に出すばかりだ。

 

「古来、日ノ本の地には脈々と受け継がれてきた呪術が存在した。自然と共に生き、自然の具現たる“精霊”と心通わせる原始呪術。

 

――のちに()()()に発展する原始信仰の亜種だ」

 

このような説明、旧ドイツの残党にしても仕方がないことは大國も理解していた。

しかし、それでも。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()への熱意。即ちこれは、()()()()()()()()()()()()()()()()に近い。

 

自らにはそれを為す()()()()()と硬く決意しているが故。

 

「――まあ、貴様にそのようなことを語っても栓無きこと。

疾く、失せるが良い」

 

「っ!!」

 

溜息と共に、突然杖持つ手を振り上げた大國にコマンドは身構えた。

――が、そのような抵抗は無意味だ。

 

儀仗大刀を振るいその軌道に沿って()()()()()()()()()

生気、魔力、MAG、あらゆる気の流れが切断され、流れを絶たれたエネルギーは滞り、エネルギーの滞った肉体は速やかに死滅する。

即ち、コマンドの肉体はただの一挙動であっさりと死に絶えた。

 

それは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

パタリ、と()()()()()倒れたコマンドの肉体を一瞥してすぐ、興味なさげに視線を逸らした。

 

「――無為無駄、無意味にも程がある命だ。せめて()()()()()()()()()となって役立って貰わねばな」

 

その声に続いて細川はゆっくりと死体に歩み寄った。

 




【あとがき】
千代ちゃんに強化がッ!!!!
……だが呪い使いの千代ちゃんはアサシンなのに耐久パ適性体という矛盾したコンセプトの時点でどうしようも無い気が。
ライダー戦に連れてくと大正義キャストリアがキツイし、キャストリア抜きだと心許ないし……

やっぱ愛だよ、愛!!!!


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会敵

ウシワカに!! 霊衣!!!!
はふっ、おっほ! ふひっ! ブヒィ!!
とにかくきゃわたん(カッコいいとかようやく服着たとか色々感想あるけどとにかくきゃわたん

というか最近、ウシワカ成分の供給量が急激に上がってて俺のハートが尊死しそうなんだけど!!!?
あとは千代ちゃんだけやな…(欲張り



――私が、敵襲に気づけたのは偶然ではない。

 

あの“こんぷ”なる摩訶不思議なカラクリの中に居ようとも、この身、この魂にまで刻み込まれた“呪いの恐怖”を忘れること叶わず。

 

しかし突然、全身を震わせるほどの“怖気”を感じて咄嗟に“巫術”を使ってあの異空間から独断で飛び出した。

あの場から今に至るまで、お館様に伝える機会がなく……いや、伝える勇気が無く胸の内にしまっている状態ではあるが。

 

あの怖気、紛れもない()()()()()だった。

 

生まれてより常に我が傍に在り続け、死の間際まで私という存在を蝕んで来た忌まわしくも縁深き大蛇の呪。

 

 

 

――即ち、()()()()()()()の襲来を告げる悪寒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

高層建築物の屋上に立ち眼下に広がる“建物群”を見下ろす。

とても“異界内”にあるとは思えないほどに作り込まれ、よく整備された高度な建築技術の産物だ。

 

我ら“悪魔”の本拠たる“裏世界”、人間の敷いた“理”を超越した神秘の支配する異界。魔界とも呼ばれる超常の世界においてこれほど大規模な拠点を構築するなど()()()()()()()

 

しかし、これを成したのが大國(タマガミ)であるというならば。なるほど、理解できる。

 

「……ん」

 

――瞬間、自らの思考に()()()()()()()()()()

何か、大事なことを忘れているような、或いは()()()()()()()()()

 

はて、()()()()()()()()()()()()()()()

そもそも、()()()()――

 

 

『いけませんねぇ……護国のために生まれし()()()()()自意識のままに振る舞い、ちょこまかと動き回るのは』

 

――直後、()()()()()()()()()()()()()()

 

『貴方は兵器だ、護国のため、御国の守護のためだけにある道具に過ぎない。

道具は道具らしく、使()()()()()()()()()

 

――()()()()が何事か語りかけてくる、がその内容が()()()()()()()()()

どこか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『どれ、私が少し調()()してあげよう。使いやすいように、動きやすいように、()()()()()()()()()()()()()

 

……アハッ! そうだ、せっかくだから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!』

 

――男の姿が霞む、声もよく聞こえない。それどころか()()()()()()()()()()()()()()

 

()()こそが衆生の救い……知性体が抱える()()()()()()()を、この私が除いてやろうというのだ。感謝してほしいものですね。

 

さあ、堕落を。

■■への■き(■■■■■■■■・■■■■■)”』

 

 

 

 

 

「ぐっ……!」

 

直後、激しい頭痛が襲いかかり()()()()()()()()()()

何かを考えていたのは分かる、だが詳しい内容までは思い出せない。

 

 

「……いや、()()()()()()()()()()()()

 

そうだ、ただ一つ、ただ一念のみが我がうちにある。

即ちは()()()()()ということ。

 

「そのために……俺は、我ハ――」

 

 

――二つの軍勢がぶつかり合う戦場に、新たなる風が吹き荒ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「フロイライン……年若き身でよく鍛錬された技術だ。

 

 

…………いや、貴様。()()か?」

 

英傑ウシワカとの激闘の最中、白い機体はウシワカへと賛辞を述べた。

 

「貴様も、その“不粋なカラクリ”を纏っていながら、源氏武者にも匹敵する槍さばきよ。寧ろ、そんなカラクリ、脱ぎ捨てた方が戦いやすいのではないか?」

 

ウシワカも挑発混じりに返答する。

……しかし、その頬には汗が一筋流れており俺の目から見て彼女はかなり()()していた。

 

 

――11(エルフ)を名乗った機械騎士が撤退してよりのち、新たに現れた白い機体はウシワカとの戦闘に突入した。

 

あの廃寺でヨシツネソースを取り込んでから飛躍的に能力を伸ばしたウシワカはもはや俺が連携を取れる領域にあらず。これまでの基地での戦闘を見る限り、神族すら膾斬りにしかねないほど強力な仲魔となっていた。

特にその俊敏性能は目を見張る……否、目で追える段階を遥かに超えており、かの韋駄天……インドの“スカンダ”に匹敵する速度に達していた。

 

それを、槍にて正確に捉える白い機体。

次いで、神族級の実力となったウシワカを相手に善戦するどころか“劣勢”に追い込むまでの実力。

単純な膂力や能力だけでない、()()でもウシワカに匹敵しているのは脅威だ。

 

伝説に語られ、名高い英雄として高い知名度を持つヨシツネないしウシワカは、知名度=信仰として見た場合かなり素の能力にブーストが掛けられているはずだ。

無論、技術はウシワカの素だろうがそれ以外の能力においては生前を超えている…………はず、たぶん。

いや、もしかしたら生前から()()()()()()()()()()()かもしれないが。

 

ともかく。

“俺の”超強いウシワカを苦戦させるほどの強敵ということ。

 

 

「なるほど、貴様が“情報”にあった()()か。英傑ウシワカマル、日本の歴史に語られる名高き英雄の具現……否、()()

 

ならばその剣技の冴えも納得がいくというもの」

 

槍を突きつけながら白い機体は冷静に語る。

“情報”という言葉から、敵はすでにこちらのことを知っていたということになるが。

さて、どこからそんな情報を入手したのか?

協会やそれに準ずる“大國たち”、葛葉が知っているのなら分かるが。

明らかな敵対組織であり、見覚えも聞き覚えも無い組織がなぜに知っているのか。

 

 

 

俺が奴らの“素性”について考察を進めていると、不意にコートの袖をくいくいっと引っ張られた。

見ればチヨメちゃんが傍でこちらを見上げていた。

 

「どうした?」

 

「お館様に、お伝えせねばならないことが……ある、のでござるが」

 

途中まで凛とした様子で述べたが、後半に連れて声が小さく、曖昧な言葉に変わった。

 

「何か、あるのか?」

 

言い淀んだことに疑問が湧き問うてみる。

 

「その……ここに、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!! そ、それは、確かなのか?」

 

予想外の答えが返ってきて咄嗟に身が強張る。

皆の援軍のおかげで命拾いしたとはいえ、チヨメちゃん共々斬殺される寸前まで追い込まれた相手だ。俺に至っては右腕を切り落とされているし。

 

しかし、なぜチヨメちゃんはヤツの存在に気付いたのか?

 

「そ、それは……オロチ、大蛇が。大蛇の呪が“ざわめいた”のでござる」

 

俺の疑問に答えて僅かに身を震わせるチヨメちゃん。

なるほど、だから言い淀んだのか。

 

「とりあえず、位置は分かるか?」

 

「具体的には……方角なら、少しは」

 

まあ、それもそうか。

彼女も“ざわめいた”と抽象的な表現に留めた通り、あまり正確に気配を感じ取ったわけではないのだろう。

ただ、それでも十分だ。

 

「なら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え……」

 

俺の言葉にチヨメちゃんはなぜか呆けた顔を見せた。

少し気になるが構わず続ける。

 

「だって、うっかり遭遇でもしたら大変だろう? 先の戦いでも手も足も出なかった相手だ。今戦ったところで結果は同じ、なら手を出さない、出させないのが適当だろう。

触らぬ神に祟りなし、ってな」

 

次戦えば確実に死ぬ自信がある。

ヤツの強さは身をもって知っているし、何より()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

ここは他力本願で基地の人々に頑張ってもらうほかにない。薄情な話だが俺は自分の命と……何より身内の命の方が遥かに大事だから。

 

そう結論付けて、ウシワカの方へと向き直る。

今はコウガサブロウよりも目の前の敵、ウシワカが相手にしている白い機体への対処が優先だ。

ヤツらの素性を解くことで有効な対処法を探ろうと思っていたが、そんな呑気なことを言っている場合ではなさそうだった。

見ればウシワカは“機体の硬さ”に苦戦して、その隙を突かれてどんどんと劣勢になっている。

 

「やはり物理耐性か……となると、魔法が有効かもしれないな。とりあえず他の耐性を探るためにも俺のなけなしのアギ系とオサキの呪殺で――」

 

そう思いオサキの方を振り向けば。

 

「……」

 

なぜか仏頂面で黙ってこちらを見つめていた。

何か言いたげな顔だ。

 

「なんだ?」

 

「……ん」

 

クイっと顎でどこかを指し示すオサキ。その先には何やら思い詰めた顔のチヨメちゃんがいた。

 

「チヨメちゃん?」

 

問えば、おずおずといった様子で口を開く。

 

「拙者は…………」

 

それから長い沈黙を経て。

やがて首を振った。

 

「……いえ、なんでもござらぬ。邪魔をして申し訳ござらん」

 

「いや、別に良いけど……」

 

いったい何を言いかけたのか、気にはなるが。目を伏せ、戦闘時の真剣な表情に戻った彼女を見ては問い返すのも躊躇われた。

 

「まあいい。それで、オサキ?」

 

一連の流れを側から見ていたオサキは小さくを溜め息を漏らしてから仕方なさげに俺の言葉に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあ!?」

 

戦場と化した基地内にて、弾薬補給のため前線を離れていた隊員の一人が胴体を真っ二つに切り裂かれた。

横方向へ綺麗に分かたれた切り口は、鋭利な刃物で一息のうちに寸断したような異様な凹凸のなさを持ち。現に、被害者は切り裂かれてからしばらくの間、息をしていた。

――尤も、それは苦痛の継続という代償の上にある生存であったが。

 

「……」

 

これを成した張本人、否、悪魔は手にした小太刀を振るって刀身を濡らす血を払う。

そして冷静に“敵の本丸”を見据え、そこまでの経路を思考のうちで構築、成功の算段をつけたところで一気に駆け出した。

 

 

「え……うぎゃ!?」

 

途中、進路に立っていた隊員を間合いに入れると共に両断。

次いで進路の障害となる者たちを次々に切り裂きながら一直線に“大國(■■■■)”のいるだろう建築物へと駆けた。

 

憂いはない、迷いはない。

この身は国防兵器なれば。

御国に仇なす輩は即刻斬るべし、滅すべし。

 

それだけが我が存在理由なのだから。

 

 

――されど。未だ心のうちに燻る“違和感”が拭えない。

何か、間違えているような。()()()()いるような。

そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!!」

 

そんな疑問を抱くたびに()()()()()()()()()()

 

『なりません。貴方は兵器、護国の道具、なればこそ貴方自身が思考するなど愚かなことです。成すべきは明らか、ならばどうする?』

 

「しれたこと。全て、斬る!!」

 

――こうして、“洗脳”されたコウガサブロウは。己が義憤を覚えた相手とは見当違いな勢力へと刃を振るうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、あぁ!!」

 

――その頃、ウシワカの戦いを見守りながら迫り来る“敵兵”を捌いていたチヨメを特大の悪寒が襲った。

――間違えるはずもない、忘れるはずもない、よく知った“蛇の気配”。それも“先日対峙した時と同じ規模”の気配だ。

 

それを感じ取ってすぐ、手元が震え手にしたクナイを取り落とした。

 

「チヨメちゃん!」

 

敵前で無防備な姿を晒した彼女に気付いた主、ヒデオは咄嗟に駆け寄り彼女へと発砲しようとしていた敵兵を斬り捨てた。

 

そして呆然と佇むチヨメの肩を掴む。

 

「どうした!?」

 

肩を揺すり、かけられた主の言葉でようやく我に返ったチヨメは焦燥しながらも視線を落として返答する。

 

「あ、ぅ……お館様。申し訳、ありませぬ」

 

「いや……それより、何か、あったのか?」

 

――そんな問いを投げかける彼だが実のところ、原因は分かりきっていた。

即ち、コウガサブロウ。彼が今、近くまで来ているのだろう。

その気配を感じて思わず動揺したのだろうと彼は理解していた。

 

果たしてその推測は正しくチヨメは震える唇で言葉を紡ぐ。

 

「サブロウが、おりまする……」

 

やはりか、と思いながらも努めて冷静に問いかける。

 

「どこだ? どこにいる?」

 

――問いかけながら、場所が分かり次第即刻この場から離脱しようと思考を巡らせる。

 

――だが、返答は予想の斜め上をいっていた。

 

「ここより南……いや……? だんだん、近く……なって?」

 

――彼女がそう言うのと、その後方の建物の影より“奴”が飛び出してくるのはほぼ同時だった。

 

「っ!!」

 

――咄嗟の抜刀、ヒデオが自慢できる数少ない特技の一つ。極められた居合い抜き。

チヨメを後方へと突き飛ばし前に出る形で流れるように抜き放たれた刀身は僅かな隙すらなく小太刀と接触した。

まさに間一髪。

敵を目視するのとほぼ同時に動けなければ防ぐことすらできなかったであろう神速の一撃が愛刀を通じて彼の腕を僅かに痺れさせる。

 

「ッ、コウガサブロウ!!」

 

「む? ……なんだ、貴様か」

 

行動を始めてから初めて自らの斬撃を防いだ相手に僅かに驚いて意識を向けたサブロウは、しかし、相手が先日の戦闘でコテンパンにした弱者であると気付いて途端に興味をなくした。

 

「せっかく拾った命を投げ出そうとは愚かな。だが、俺の邪魔をするなら――」

 

斬る、そう言い終える前にヒデオは声を上げた。

 

「うるせぇ!!」

 

次いで、サブロウの身体を襲う浮遊感。

遅れて、それがヒデオに“押し返された”のだと気付いた。

 

「なに……?」

 

地を滑り後方に退がった彼は、ヒデオの予想外の膂力に驚いた。

しかしすぐに、彼の身体から立ち昇る霊力を感知して察する。

 

「ふん、あの“捨て身の(まじな)い”か」

 

それは公園で見せた“明王の加護全部盛り”。

――ではない。

 

「生憎だが、アレは早々使いたいもんじゃないんでな。その廉価版ってやつだ」

 

答える彼の左腕に装着されたガントレット型COMP、その画面には『ヒートライザ』の文字が表示されていた。

ヒデオは、サブロウとの鍔迫り合いの最中に体内の魔力を操作してヒートライザの術式の“スイッチ”をオンにしていたのだ。

 

涅槃台との初戦時に使用したヒートライザ、あの時は最低にまで落ち込んだ霊力のせいですぐにガタが来ていたが。

ウシワカとの出会いからこの方、僅かながら霊力を取り戻したことでなんとか発動を維持できる状態となっていた。

――それでも、コウガサブロウに膂力で対抗するには難しく。足りない部分は()()()で補っているわけだが。

 

また、公園の時とは条件が違う。

あの時は豚ノ介らとの戦闘で疲弊しており、万全ではなかった。

対して今は療養も済み食事もとったことで抜群のコンディションである。

ならば初戦時よりパフォーマンスが上がるのも道理である。

 

 

 

「どけ。どけば、俺の邪魔をしなければ命だけは奪わん」

 

対し、コウガサブロウも初戦時より幾分か落ち着いていた。

そうして冷静にヒデオを観察して、彼が“自身の標的”とは関わりがない存在であることを理解していた。

それ故の発言であったが。

 

「それは流石に()()()()()()

俺だって協会所属のサマナー、自分から余人を食わせに行かせるわけねぇだろ。

ましてや()()()()()()()()()()に道を譲るほど腑抜けじゃねぇ」

 

彼とて自ら死地に赴くほど蛮勇を抱いてはいない、現に先程までは目の前に現れなければ不干渉を貫こうとしていたほどに“臆病”だ。

しかしそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

こうして現れ、余人を殺そうと滾る相手を前に「どうぞ」と道を譲るのは他ならぬ彼の“信念”に背く行いであった。

――尤も、その信念も“新たに”得たモノではあるが。

 

 

「――痴れ者が」

 

なけなしの勇気で立ち塞がるヒデオへ、コウガサブロウは“自らの信念”を力に変え、手にした小太刀を強く握りしめた。

 

 

 

 




【あとがき】
大正義エレナママ、ニトちゃん、静謐にまで霊衣来るとか最高かよぉ。そして我が心のアイドル、エウエウにまで!!
ちなみに三姉妹の最推しはステンノ様です。はい。

あと、前話でちょうど投稿から一年経っていたことに今気づきました。一年も投稿してたんか、我…


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甲賀三郎

休みのうちに。



「くそったれがぁぁぁ!!」

 

嵐の如く迫る無数の斬撃を前に、俺は渾身の“気合い”で叫びながら刀を振るう。狙うは奴の胴体のみ、例え奴の斬撃の雨が身体を切り刻もうとヒートライザで底上げした耐久ならば幾分か余裕がある。

つまり、肉を切らせて骨を断つ戦法。

 

「愚かな……」

 

しかし、奴とて神。龍神と語られし高位悪魔。

更には必殺の霊的国防兵器として前大戦で猛威を振るったという強大な悪魔の一柱だ。

 

無数の斬撃を飛ばしながらも的確にこちらの斬撃を小太刀で防いでカウンターを放つ。

 

「ぐぉっ!? くそ、なんのこれしき!」

 

だが俺とて意地がある。

横腹を斬りつけられたのを無視して臆することなく奴の懐へと進み出る。

 

「っ!」

 

そして渾身の袈裟斬りを見舞ってやった。

ヒートライザによる能力上昇、ゼロ距離からの斬撃とあれば奴の硬い鱗にも痛撃を与えられるはず。

はたしてその予想は的中し、奴の緑の肉体へと明確に斬り傷を与えることに成功した。

 

「……たかが“刀剣”如きが!!」

 

――と、それにキレたサブロウからザンダインをもらってしまった。

こちらがゼロ距離から斬りつけたならば必然、あちらからの魔法もゼロ距離。鳩尾へと放たれた上級魔法をモロに受けて俺の身体は宙を舞った。

 

 

「主!!」

 

落下する直前、オサキが飛び出して俺の身体を受け止めた。

小柄な彼女ではあるがそこは悪魔。難なく俺の肉体を抱えて素早く後方に退がる。

そしてぺちぺちと俺の頬を叩いた。

 

「おい、しっかりせい!」

 

「ちょ、起きてる! 起きてるから!」

 

確かに意識が飛びかけたのは事実だが、そこは気合いでどうにか踏みとどまった。寧ろ、このぺちぺち攻撃の方が意識を持っていかれそうな威力に感じる。

仮にも悪魔なんだから手加減してビンタしてほしい。

常人ならば下顎ごと吹き飛んでるぞ。

 

「悪りぃ、助かった――」

 

そう言って立ち上がろうとしたところで。

すかさずサブロウの小太刀が飛び込んできた。

 

慌てて刀で防ぐが、不利な体勢ゆえに気を抜けば押し負けそうになる。

 

「このっ!」

 

あわや両断――といったところでタイミングよくオサキが幻術を放ってサブロウの視界を霧で覆う。

 

「ぬっ!」

 

その瞬間、僅かな隙が生まれ俺は両手で目一杯刀を振るい奴を弾き飛ばした。

だが、消耗には抗えず思わず刀を地に刺して杖代わりとする。

 

「無茶するな主よ。さっきまで動きを捉えきれず動かなかったが、ここからはワシも援護に――」

 

「いや、いい。お前はウシワカの方を頼む。あっちもあっちでサブロウ並みに厄介そうだからな」

 

未だウシワカと交戦する白い機体、これまでの戦いを見る限りはウシワカだけでは勝ちの目は()()と感じた。

耐久性を抜いても、尚、である。

 

「馬鹿なことを! お主が死ねばワシらも共倒れぞ!?」

 

分かっている。俺とて死ぬ気はないし死なないために今も脳をフル稼働させている最中だ。

それに、共倒れとは言うが別にすぐ消滅するわけじゃない。補給MAGが無くなるだけで消える前にMAGを確保すればいいだけの話……なんだが、彼女が言いたいのはそこではないだろう。

 

「だからって……“身内”を捨て駒にはできない」

 

結局はそれだった。

たとえウシワカを捨て駒にこの窮地を脱しても、俺はきっと死ぬ以上に後悔するだろう。()()()()()()()

なら、なにがなんでも“みんなで帰る”方法を模索する。

 

「それは……()()()()()()()()()()()()()()だぞ?」

 

「知ってる。俺が弱いのは自分が一番分かってるさ……けど、それでも譲れない考えってのがあるんだ。

お前らにまでそれを強要するのは心苦しいが……」

 

どうか俺に付き合ってくれ、と言おうとして徐にデコピンが飛んできた。

 

「あいてっ!?」

 

「たわけめ、ワシがお前を見捨てるはずなかろうに。寺の戦いでいったはずじゃぞ?」

 

少し拗ねたような顔で告げるオサキ。ああ、覚えてるさ。

 

「確か生涯添い遂げるとかなんとか」

 

「たわけがっ!!」

 

瞬間、俺の顎が蹴り上げられた。

悪魔の膂力で、まして無防備な顎にクリティカルヒットした一撃は意識を刈り取らんばかりの威力だ。

だから手加減。

 

「そんなこと言っとらんわ!? 巫山戯るのも大概にしろよ、この甲斐性なしの唐変木めが〜!」

 

ついでにグリグリとこめかみを拳で嬲られる。

 

「わ、わかった! 分かったから! お前の膂力でやられると骨にヒビ入るからぁ!?」

 

こめかみの周囲にある頭蓋骨がみしみしと音を立てている。

これには流石に危機感を覚えて必死に懇願し、謝り倒した。

 

「ったく、このクソガキめ……」

 

やがて気が済んだ様子で俺を解放するオサキ。

 

「マジで死ぬかと……ってこんなことしてる場合じゃないだろ!?」

 

今は戦闘の最中、まして強敵たるコウガサブロウが相手だ。呑気に戯れあっている場合ではない。

 

「お主が始めたんじゃろ!? ……まあ、安心せい。とびっきりおっきいのを見舞っておいたからな。そう易々と抜け出したりは――」

 

それはフラグだ、と忠告しようとして。案の定、幻術を振り払ったサブロウが高速接近してきた。

 

「言わんこっちゃない!」

 

なんとか刀で斬撃を受け止めて叫ぶ。

 

「わ、ワシの所為ではないぞ!?」

 

オサキも慌てて幻術を放つ、が流石に二度三度と喰らうほど奴も馬鹿ではなく。空いた手に持つ小太刀で容易に斬り払われた。

ついで、呪殺属性の魔法を連発してサブロウに放つも、やはり素の能力差が大きすぎるのか大したダメージを与えられていない。

さらにはオサキの魔法を無視してこちらに小太刀を振るってくる。

 

当然、奴の速さに俺が付いていけるはずもなく。殆どの斬撃を身で受けながらなんとか致命傷を避けるように刀を振るうしかなかった。

ヒートライザが無ければ今頃とっくにバラバラだ。

 

くそ、ここにイヌガミがいればまだ態勢を立て直すことも出来たのに。

 

 

――そんなことを考えた直後だった。

 

 

「はあぁぁ!!」

 

腹の底から声を出したような叫びと共にチヨメちゃんが飛び込んで来る。そして腰から抜き放った刀でサブロウに斬りかかった。

 

「バカっ、やめろ!!」

 

チヨメちゃんが敵う相手じゃない、と続けようとして。俺は目の前の光景に目を見開いた。

 

「せぇぇい!」

 

「こ、小娘ッ!!」

 

チヨメちゃんが、コウガサブロウと切り結んでいるのだ。

それも劣勢や、軽くあしらわれているわけでもなく。寧ろ押し込むように斬撃を加えている。

 

「ど、どうして……」

 

俺の記憶では、チヨメちゃんに万が一にも勝ちの目はなく、満足に斬り結ぶことすら出来ずに敗れるほどの能力差があった。

なのにどうして。

 

「拙者は、もう、逃げませぬ!!」

 

狼狽える俺の耳に彼女の叫び声のような言葉が届く。

 

「主を、主君を! 我ら“人ならぬ者”を、己が身を挺して守らんとする主人を!」

 

そこまで見ていて、ようやくこの攻勢が()()()()()()()であることに気づき。

 

「――お館様を、今度は、拙者が! お守りするのだ!」

 

――その勢いが彼女の“覚悟”の強さによるものと、理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小賢しいッ!」

 

勢いだけで押し込むチヨメへ、痺れを切らしたサブロウが小太刀を振るおうとする。

その腕へと“不可視のナニカ”が絡み付いた。

 

「なっ!?」

 

「拙者の術は刃だけにあらず!」

 

大蛇の呪、不可視のアレを小出しにしてコウガサブロウの動きを封じて見せる。

 

「っ、我が真名を知っての狼藉か小娘!」

 

――とはいえコウガサブロウは“龍神”。しかも諏訪の地にて長く崇められてきた古き神、眷属に祟神たる蛇神すらも従わせた日本有数の地方神。即ちは土着の神、国津神だ。

“人の霊”ごときが容易に立ち向かえる相手ではないのは確か。

 

まして自身の司る蛇を用いた呪いともなれば、こうして引き千切ることも可能であった。

 

「なんの!」

 

――チヨメとてそんなことは分かっていた。

甲賀望月の末裔に過ぎない自分の呪が、祖にして神たるサブロウに効くはずもないと。

だが、こうして無数の呪を放てばさしものサブロウとて捌き切れなくなる。

要は数の暴力。

加えて今は、コウガサブロウの斬撃によって()()()()()()()()()()。致命傷にはならずとも浅くない傷だ。その出血量も少なくない。

ならば、それら全てを“触媒”とし不可視の大蛇を招くのも不可能ではない。

 

なにより――

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

つまり、兼家の名を持つサブロウではなく。もっと大きな三郎伝説の具現、そして別の地域にあたる“諏訪の大龍神”としての要素が最も大きく出ている個体だ。

蛇の“元”が違うのであれば、こうして僅かな間でも拘束することは可能なのだ。

 

 

 

「ぁああぁぁぁぁ!!」

 

このまま押し切る、そう決めたチヨメは自らの全力でコウガサブロウへと猛攻撃を続ける。

苦無、刀、呪、全てを惜しみなく使い。自らの身体に表出する“鱗”すら無視してひたすらに攻め立てる。

その最中、チヨメは己の胸の内で自らの想いを再確認していた。

 

――そうだ。拙者は忍びなれば、主君のために己が身を粉にして尽くすだけだ。そこに怖いとか勝てないとか、余計な考えはいらない。

ただ忠義のため。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()を得た自分はその想いを糧に、その一念だけを胸にお館様を守るのだ。

 

家族愛や恋愛とも違う、“主従の親愛”を己の納得する形で理解した彼女は燃え上がる忠義の念だけを胸に己が力全てを以って敵へと立ち向かう。

 

自らの祖に“類する”という古き龍神。

諏訪縁起(すわえんぎ)に語られし偉大なる蛇の神。

そして今は護国の兵器と化したコウガサブロウへと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ヒデオたちとコウガサブロウが激しい戦いを繰り広げる一方で。基地内へと侵入した“鉤十字”たちの一部隊が、大國が座す司令部内部への侵入に成功していた。

大型建造物の地下。大國がいる最上階とは真逆の方向にも建物は続いており。

その壁面や配置された器具など見る限りは“何かの研究施設”として機能しているのは明らかだった。

 

“同盟相手”が齎らした情報によって地下への隠し通路を知っていた彼らはまんまと隊員たちを欺いて、このエリアへ入り込んだ。

 

そして、彼らの()()()()()を探して探索を始めたのだが。

 

 

 

「……まったく、目標のある“部屋”までこうも距離があるとはな」

 

先の通路をライトで照らしながら愚痴を零す兵士の一人。

 

「そう言うな。幸い、道筋は判明しているんだ。いつも通り、冷静かつ迅速に対処すれば問題はない」

 

それを嗜めるように隊長が声をかける。

とはいえ。

隊長もこの長い道のりに辟易としているのは事実だった。

 

地下に降りてより四半刻、悪魔としての身体能力と訓練で培われた統制の取れた動きで大人数とは思えないほどの移動速度を誇る彼らが、未だに目標に辿り着いていないというのは初めてだ。

それもこれも広大なエリアと複雑な構造による。

 

「まるで迷宮だ」

 

そう溢した兵士に隊長も内心頷く。

あまりにも広大、ともすれば()()()()()よりも規模があるのではないかとさえ。

 

地上にあれだけの施設を建てておいて地下にまでこうも規模を拡大するとは敵ながら賞賛に値する。

いや、或いは()()()()()()()――

 

そこまで考えた隊長の耳に、()()が届いた。

突然の発砲音、しかも音からして機銃掃射にも等しい量。

皆、咄嗟に身を伏せたことで当たることは無かったが。

これは明らかな敵襲である。

 

そうして慌てて音の根源へとライトを向けた隊長の目に、()()()()()()が写った。

 

「……」

 

物言わぬ機械、さりとてその形状は“戦車”にも似て――

 

「っ、対悪魔自律兵器(マシン)だ! 総員戦闘体勢!!」

 

形状と機体に取り付けられた“機銃”を見て隊長はすぐに指示を出した。応じて兵士たちが各々の得物を構え、対するマシンたちも動き出した。

 

 

四足歩行に機銃を二基備えた機体『T13D』。

ヒデオが見かけたポスターに描かれていた多脚戦車の小型種、スケールダウンされた屋内用の警備ロボである。

 

それらに紛れてガシャガシャと()()()()()()()()するのは『T15G』。

二十世紀末に設計された『T93G』を基に、現代の技術で改良・量産されたこちらも対悪魔兵器である。

 

それらが通路の先より夥しい数で迫ってくる。

 

兵士たちには■■■■■■の眷属になったことによる“高い再生能力”があるものの。それは不完全な不死性であり再生が追いつかないレベルの損傷を負えば容易く死滅するだけだ。

故に多少の負傷は無視して一行は撤退を決めた。

 

強行突破などバカバカしいほどの物量を前にしては無駄な犠牲を出すよりも戦略的撤退を選ぶ方が合理的、事実その判断は大多数の人の賛同を得られる英断だった。

――しかし。

 

 

「っ、奴ら! ()()()()()してやがる!」

 

自律兵器たちもまた()()()()

旧時代の兵器を基にしたとはいえ、二十年以上の間に培われた最新技術によって改良を受けたこれらは最新兵器と称して相違なかった。

 

故に、重力魔法を用いたホバー移動は彼らの走る速度を容易く上回りその背に追い縋った。

 

「ば、馬鹿な!!」

 

驚愕を顔に出しながらも銃を構え応戦する兵士たち。

 

だが悲しいかな、多勢に無勢、彼らの抵抗は雀の涙にも等しく一分と経たないうちに包囲され、もみくちゃにされながら一行はすり潰されていった。

 




【あとがき】
今更ですが、各悪魔たちの経歴とかには巧妙に(?)独自解釈というかオリジナル設定混ぜてますのでご注意を。甲賀三郎とか。

調べたけどごちゃごちゃしてる奴は「こんな感じかな?」ってかなりふわふわした認識で改変ないしオリジナル設定追加してます。
元ネタが三行くらいで終わるうっすい奴もモリモリしてます。


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大蛇の巫女

途中で千文字くらい消えて発狂した。



「悪い、オサキ。ちょっと行ってくる」

 

チヨメちゃんがサブロウに猛攻を加えながら共に移動して行ってからしばらく。

ようやく、()()()()()()()()()()からの反動も落ち着いて動けるようになった俺は一言告げて立ち上がった。

 

「はぁ……分かっとる、もう止めはせんよ」

 

オサキはやれやれと溜め息を吐きながら応えた。

 

「まあ、なんかあれば基地の人を頼ってくれ。緊急用のMAGくらいは用意してくれるはずだ。その時はウシワカにも即時撤退を伝えてくれ。

そのあとは――」

 

万が一を想定した指示を出している最中、唐突に彼女はドロップキックをお見舞いしてきた。

ヒートライザを解いた俺に対して情け容赦ない一撃は腰がピキッと音を立てるほどの威力。

手加減……。

 

「ぐおぉ……お前、いきなり何すんだ……!」

 

四つん這いで痛む腰を摩りながら睨む。

僅かに視界が歪むのは涙目だからである。

 

「そんな話するな。万が一など無い、ワシが許さん」

 

「お、おう」

 

ただならぬ気迫で告げる彼女に、自然と返事をしてしまうが。万が一を想定するのは必要事項だと思う……。

サマナーとして常人を超えた能力を持つ俺とて人間である、死ぬ時は死ぬし、霊力低下した今なら尚更だ。

――だが、そんな理屈めいた考えは次の言葉で吹き飛んだ。

 

「絶対生きて帰って来い」

 

強い意思を感じる声と瞳で告げるオサキ。しかしその眼が僅かに潤んでおり、そこでようやく彼女が本気で心配してくれていることに気が付いた。

まったく、ツンデレさんめ。

 

だからなるべく穏やかな声を意識して笑顔で彼女の頭を撫でた。

 

「な、なにするんじゃ!」

 

「いやそんな可愛いことされたら不可抗力だろ、これ」

 

「かわっ!?」

 

耳まで真っ赤にして照れる彼女は率直に言って眼福だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三郎っ!」

 

声と共に我が身から這い出るのは大蛇の呪。

黒い肢体を持つ不可視の呪い、魔力によって精製される特殊な呪いだ。

 

現れた数匹の大蛇はコウガサブロウへと絡み付き、全身を締め上げるようにしてうねる。

そうして動きを止めた彼へと、大口を開けた大蛇が迫り――

 

 

――サブロウの放つ魔法によって、全て木っ端微塵に砕かれた。

 

「くっ!」

 

やはり、強い。

蛇を司る神という点を差し引いても、力技で大蛇の呪を引っ剥がすなど尋常ではない。かの呪は伊吹大明神の神威そのものであるというのに。

 

「う、オォォォ!!」

 

だが、負けるわけにはいかない。

お館様は二度も拙者を庇われた、捨て置くべき忍びたる拙者を。敵前にて無防備を晒す拙者を。

恥ずべき、愚かな失態を犯した拙者を何度でも庇ってくださる。

それに甘んじるのは拙者の求める忠義ではないだろう。

 

――かつて、“私”には愛した人がいた。悍しい呪に侵される私を真摯に愛してくれる二度とは出会えぬ立派な殿方だ。

短く儚い日々であったが、その日々はなによりかけがえの無い宝となりのちの人生を最期まで支えてくれた。

――否、かつて、ではない。今も愛している。照れ隠しなのか、慣れない異国の言葉で愛を叫び耳まで真っ赤にしていた彼の深い愛に私は心を打たれ、全てを捧げると誓った。

 

――その誓いは早々に果たされないモノとなったが。

それでも、亡き彼に捧げるためにお館様に忠義を尽くしてその果てに生涯を終えた。

そのことに後悔はない。

 

――でも。

 

彼が居ない、支えてくれる人が居ない日々は確実に私の精神を蝕み、大蛇の恐怖は以前より鮮明に感じられた。

それはやっぱり怖いし寂しい日々だった。

 

だからこそ。

 

人ならぬ“悪魔”として二度めの生は受けた私は、お館様という新たな“柱”を得た。

忍びとして、呪を受ける忌まわしい女として歴史に刻まれた私を大事にして、あまつさえ“家族”であるとまで言い切る器の御仁。

 

――私は、拙者は今度こそ忠義の限り彼に尽くすと決めた。

 

 

「だから……負けるわけにはいかないのよ!」

 

「っ!」

 

刀を振るう、呪を放つ。その繰り返し。

だが隙など与えない。

 

「いつまでも呪に、貴方に怯えてばかりいられない!」

 

――今は少し感謝している。

初めて相見えた時は「どうして」と嘆き、なぜよりによってコウガサブロウが来るのかと自らの不運を呪ったが。

こうして、“乗り換える機会”として意識できた今は違う。

 

「アナタを倒して……拙者は、私は今度こそ――!」

 

――しかし、気合いだけで倒せるほど彼は、コウガサブロウは甘くなかった。

 

 

 

 

「聞くに耐えぬ囀りだ」

 

「っ! え……?」

 

気が付いた時には、彼の右膝が腹部へとめり込んでいた。

ぐにゃりと腹に埋没し膝を覆うほどに。

 

「御国ヲ穢ス“逆賊”メ!!」

 

続けて放たれた蹴りを受けて私の体はあっさりと宙を飛び。

次の瞬間には地面へと叩きつけられていた。

 

「かっ、はっ!?」

 

押し出された空気が声にもならない声を出し、次いで腹の底から湧き上がる嘔吐感に襲われた。

 

「ごぼっ!?」

 

口から飛び出る鮮血は果たしてどこから逆流したものか。

人であれば即死、悪魔であるが故に多少の損傷は無視できる自分をして、抗えない痛みに全身が震え、立ち上がる力さえ奪う。

 

「たかが、いち、げき、で……」

 

それも得物によるものではない、魔法なる術でもない。

たかが蹴り、一発でこの体たらく。

いくら自分が悪魔としては耐久性に劣る“性能”であろうと、理不尽なほどの破壊力だった。

 

 

「――“匂い”に惑わされ、これまで手加減してきたが」

 

そんな私の側に降り立ち、サブロウはゆっくりと歩み寄る。手に持つ小太刀を回しながら。

 

「貴様の独白を聞いてようやく気がついた。

()()()()()()()()()()()、彼女の血を継いだ存在ではない」

 

彼女? いったい誰のことを――

 

「春日姫の血縁にあらじ貴様は、ただの国賊、故にここで容赦なく斬り捨てる」

 

まるで“自分に言い聞かせる”ような言葉。気付けば彼は地に倒れる私のすぐ側まできており。

 

「……ココデ、貴様、ヲ」

 

――しかし、振り上げた小太刀は震えるばかりで一向にやってこない。何かに迷っているような、葛藤するような苦悶の声を上げるばかりで彼は動かず。

 

「――もしや。もしや小娘、貴様はy――」

 

一転して穏やかな声音で語りかけてきたところで――

 

 

 

 

「どけやオラァァ!!」

 

――お館様が飛び込んできた。

 

 

「ぬわっ!?」

 

すっかり油断していた様子のサブロウは、お館様が振るう()()によって容易く薙ぎ払われた。

 

「無事か、チヨメちゃん?」

 

炎剣を肩に担ぎながらお館様が優しく声をかけてくださる。

そのようなお声をかけられては呑気に仰向けになっていられるはずもなく。力を振り絞ってなんとか立ち上がる。

 

「大事なく」

 

「ならよかった」

 

片膝をついて返答すれば、朗らかな笑みを向けてくださる。ああ、そのように優しくされては拙者は――

 

「ですが、コウガサブロウを討ち果たすこと敵わず……拙者の非力、誠に申し訳なく」

 

「大丈夫、大丈夫。ここからは俺が引き継ぐよ、チヨメちゃんは退がってな」

 

なんてことはないように、お館様は剣を下ろしてサブロウの方へと足を向ける。

 

「っ!? お、お待ちを! 恐れながら、拙者はもとよりお館様とて敵うような相手では!!」

 

不敬であるとは思いながらも、死地に向かう主君を見送るわけにも行かず。追い縋るように駆け寄り止める。前回の戦いでもお館様は手酷い傷を負われ終始圧倒されたと聞いていたから。

更には……誠に不敬ながら、お館様の霊力は拙者よりも低く。

 

そんな自分の頭へと、いつものように“彼”はポン、と手を乗せた。

 

――瞬間、()()()()()()()()()()()()()

 

「え……」

 

突然“不可思議な現象”に襲われた私は呆然としながら続く彼の言葉を耳に響かせる。

 

「俺、神サン相手なら負けないから」

 

そう言って、彼は駆け出した。行ってしまった。

()()()()()()()()()()()

 

――だが、自然と()()()()()()()。彼なら勝ってしまう、必ず帰ってくるという不思議な安心感があった。

 

「お館様……」

 

故に、その背を見送ってしまう。

現界して初めて見る、“頼り甲斐のある大きな背中を”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そらっ!」

 

剣を振るう。我が半身、生まれてからの相棒たる“ヒノカグツチ”を。

既に捕捉(ターゲッティング)は完了しており、対処行動の演算も完了している。

奴の手札は先の戦いで知っているし、二回目の戦闘ともなれば俺とて慣れた戦いを展開できた。

 

なにより、“気合い”が違う。

 

自分でも不思議なものだが、“守る”と決めた段階で。或いは“オサキからの激励”も加えて身体の底から力が湧き上がってくる。

憂いも迷いもなく、死への恐怖すら気にならないほどに“ハイテンション”になった俺は、「今なら誰にでも勝てる」といった心持ちで戦いに臨んでいた。

無論、危機感は捨てていない。寧ろ、普段が臆病過ぎるせいかハイテンションな今はちょうどいい塩梅で最高のコンディションになっていると言えた。

 

「くっ、この!」

 

対するサブロウは、急激に戦闘能力を上げた俺に困惑した様子で対処もおざなりになっていた。

まるで不意打ちに成功したかのような戦況だ。

 

「重畳、重畳!」

 

それは紛れもない好機だ。

しかし焦らず演算に集中して相手の虚を突き、相手の攻撃を捌くことに終始する。

神速の小太刀、高威力のザンダイン。どちらもヒノカグツチを抜いた俺には対処は容易く。小太刀を捌いて、ザンダインを難なく回避。お返しとばかりに斬撃を見舞えば、神格特効による威力補正でサブロウは堪らず狼狽える。

更に二撃三撃、加えていけば戦いは俺の独壇場と化した。

 

「なぜだ、なぜこれほどの力を!?」

 

「愛だよ、愛」

 

嘘ではない。家族愛が限界突破した俺は地力を越えた力を発揮すると自分でも知っている。

現に、溢れんばかりの愛を叫びたくてうずうずしているほどだ。

 

たぶんに、これはチヨメちゃんがさっき見せた“忠義”に対する想いの丈や、オサキからもらった“勇気”に触発されたものだ。

我ながらチョロいとは思うが、“好き”なんだから仕方ない。

 

「なぜそこで愛!?」

 

愛を馬鹿にすんなよ!

 

「愛は、最強で、無敵なんだよ!!!!」

 

狼狽えるサブロウへ袈裟懸け、横薙ぎ、振り下ろしと三連撃を加えて地に叩き落とす。

 

「かはっ!」

 

クレーターを生み出し土煙を吹き上げる中でバウンドするサブロウ。そこ目掛けて俺は渾身の威力で突きの姿勢のまま突撃した。

 

「どりゃぁぁぁ!!!!」

 

剣身から噴き出る炎は勢いを増して、身体を包み込むほどの量。さながら火球のようになった状態でサブロウひいては地面へと衝突する。

 

瞬間、巻き上がった炎が柱を生み、衝撃によって吹き荒ぶ風が火の粉を撒き散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「お館様……」

 

――私は目の前の光景を疑った。

諏訪の龍神、甲賀三郎伝説の具現たる彼を相手に、食い下がるどころか圧倒している我が主君。

つい先程までは私よりも低い力しか持たなかったはずなのに。今は炎が刀身より湧き上がる不思議な剣を持ってサブロウを攻め立てている。

率直に信じられない光景だ。

 

だが、お館様から感じ取れる“力”はまるで別人と見紛うほどに高まっておりサブロウすら食い潰さんとする勢いで今も上昇している。

茜色の軌跡だけを残す素早い身のこなしは忍びたる私はもとより、同僚にして日本有数の英雄たるウシワカマル殿にも匹敵、所によっては凌駕するほどの速さを発揮している。

 

「なによりあの炎を見ていると……不思議と、安らぐ」

 

私自身、だけではなく。生前より常に側に蠢いていた“大蛇の呪”が、まるで子犬が如く怯え震えて近づこうともしないのだ。

お館様に頭を触られてからずっと、である。

 

「浄化の炎……」

 

心さえ洗わんとする“綺麗な光”、それでいて伊吹大明神の呪いすら怯ませる業火。

そんなものを振るう我が主君はきっと只者ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝てない。

 

……いや、ちょっと言い訳させて欲しい。

 

 

意気揚々とヒノカグツチを抜いて、チヨメちゃんにカッコつけて斬りかかったはいいが。

コウガサブロウ、こいつ、思ったより数段強い。

何がって、その俊敏性能。こいつは風か何かなのか、と疑うばかりの速さと回避率なのだ。

次に、めちゃめちゃ硬い。骨鎧みたいな外皮がえぐいほどの硬度を持っており全力で斬りつけても浅い傷しか与えられないのだ。

この硬さに先述の速さ、そして魔法を加えると驚くほどの強さになって、結果として一向に攻め切れないでいる。

 

さっきの炎を纏った刺突も必勝を機した全力だったのだが。

普通に避けられた。余波すらあの堅い装甲で難なく受け止められた。

 

「っと、あぶねぇ!」

 

そんなこんな考えてる間にも不意打ちでザンダインが飛んできて、慌てて身をよじって躱す。

 

「甘い!」

 

――だが、続けてノータイムで放たれた電撃上級魔法(ジオダイン)は避け切れずに僅かに喰らってしまった。

 

「ぐ、がぁ!!」

 

半身に痺れるような感覚。

しかし、深手には至らない。

 

なので慌てて移動速度を上げて対処する。

 

「我が神通力、風だけにあらず」

 

わざわざ言わなくていいよ! こんちくしょう!

ムカつくが、ヒノカグツチからの演算結果には「続けてジオダインが来る」という情報があり悔しいながらも回避に専念する。

 

そうして魔法への対処に躍起になった隙を上手いこと突いて、サブロウの小太刀が脇腹を掠める。

 

「くっ!」

 

こちらもお返しの斬撃を放つが、もう片方の小太刀で難なく受け止められる。

そんな攻防がかれこれ数十分は続いていた。

 

 

俺のヒノカグツチは、神に対して絶大な力を発揮するが無限に使えるわけじゃない。

普段は、なんでも燃やして燃料にできる“炉心”も、全力戦闘とあっては無限供給などできるはずもなく。タイムリミットは長くない。

要するに、ガス欠が近いということだ。

今は空元気でなんとか持たせているが、それも永遠には続かない。なんとかしてこの膠着状態を打開しなければならないが。

 

「っ!!」

 

――小太刀の一撃、そこから続けて繰り出される回転斬りをなんとか防ぎ切る。

 

……このように、ちょっとでも演算以外のことに思考を回せば容易く劣勢に追い込まれるほどに戦力は拮抗していた。

元来、ヒノカグツチを抜いて拮抗などあり得ない話だが、一部のそれこそ神話の主神レベルの悪魔となれば演算が追いつかない力を見せてくることもある。

あとは、単純に俺の地力だろうか。

 

こんな状態では戦況の打開どころではなく、そもそも演算で手一杯な俺にそんな余裕は無い。

 

さて、どうするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お館様……?」

 

ふと、私は違和感を覚えた。

 

目の前では相変わらず“神同士の戦い”と見紛うばかりの激しい戦闘が続けてられており、万が一にも自分が入る隙などない。

たとえ入れたとして、一瞬のうちに斬り刻まれてしまうだろう超常の戦い。

 

しかし、その戦いの中でお館様の動きに焦りが見え始めていた。

 

相変わらず凄まじいお力を発揮しておられるのは間違いない。

だが……

 

「……拮抗している」

 

そう、両者の戦いは膠着状態に入っていた。

どちら共に決め手にかける戦い、加えてお館様の焦りを見るに。()()()()()()()()()()()なのは明白だった。

 

「これほどの……これほどの力を以ってしてまだ足りないと!」

 

強大過ぎる敵に、心が折れそうになる。

大蛇の呪さえ怯ませた炎剣を振るうお館様が、尚勝てない相手。

 

なによりも。

主君に前線を守らせている己の不甲斐なさ。己の無力さ。

とても耐え切れるものでは無かった。

 

「拙者は……拙者は……!!」

 

何度誓いを立て、何度破れば気が済むのか。

 

豚ノ介との戦いでは、覚悟を決めたにも関わらず結局はお館様に救われ壬生の末裔に助けられた。

続くコウガサブロウとの初戦では、あろうことか敵前にて戦意を失い主君たるお館様に深手を負わせた。

その負い目を、オサキ殿に諭され、お館様にも気を遣わせ。

今度こそはと臨んだ再戦にて再び怯えてしまった。

 

「……そして、勢い勇んで襲撃を仕掛け。物の見事に返り討ちにされた」

 

――不甲斐無い、不甲斐無い!!

――不甲斐無い心に、満足に主君さえ守れぬ非力に腹わたが煮え繰り返る!

 

ああ、なぜこうも弱いのか?

――理由は明白。それは自らの生前が()()()()()()()()()()

 

大蛇の呪が怖い、大切な人を失うのが怖い。

そんな泣き言を理由に、無意識のうちに自分は感情を殺して心に蓋をして、さしたる思いもなく最期を迎えてしまった。

 

――歴史に記されし『英雄』ならば、幾度となく挫折を経験しても「それでも」と強い信念を抱えて駆け抜けるべき人生を、拙者は。

あろうことか()()()()()()()()()()

 

だからだろう。先天的な呪に侵され怯え、それでも、()()()()()()()()()()と自らの力として呪を振るう。

そんな弱々しい“英傑”が召喚されてしまったのは。

どこまでいっても“自らの不徳”。

 

――そして、そんな結果を「仕方ないじゃない」と諦めようとする自らの弱い心。

 

なにを取っても弱い。

力も心も。

 

「そんな拙者が……お館様を、守ろうなどとッ!」

 

――その両の眼を開けて、見るがいい、あの背中を。

つい先刻まで「弱い」と評していた主君の雄々しいまでの力強い背中を。

自らの主君は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

“想いを力に変える”立派な()()だった。

 

それすら見抜けず、何が忠義か。何が忍びか。

――不甲斐無い、不甲斐無いッ!

 

己の内で何度も詫びる、自らの主君の在り方を正しく見れていなかった不甲斐なさを。己の不徳を。

 

 

 

「……()()()()

 

それでも――

 

 

 

 

 

 

 

――それでも、まだ拙者は()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――なら立ち上がりなさい』

 

――瞬間、誰かの声が耳に届いた……否。

()()()()響いた。

 

「え……?」

 

穏やかで静かな“女性の声”だ。

無論、聞き覚えなど無い。

 

『――立ち上がって、()()なさい』

 

「いの、る?」

 

いったい、何を言っているのか?

 

『自らの()()を忘れたわけでは無いでしょう?』

 

「!!」

 

拙者の、私の本分……それは即ち――

 

 

『祈って。貴女はずっと、()()()()()()()()()()?』

 

「っ!!」

 

――そうだ。そうだった。

 

私は、()()()()()()()()()んだった。

 

 

分かれば、何てことはない。

コウガサブロウに受けた傷など如何程でもない、自然と足が動いて立ち上がる。

 

「そうだ……今の、拙者に……できる、ことは!」

 

――想いをカタチに。

 

召喚からこれまで久しく忘れていた()()を思い出せば。人ならぬ悪魔たる己が身は“最初からそうだった”と言わんばかりに自らを覆う“衣装”を変化させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――黒い袴、身体中に巻きつく黒い帯は軒並み“赤”へと変色し“九曜紋”が描かれた頭飾りも赤く染まる。

露出していた腕部には薄く透けた衣が被さり、短刀のみであった武装に新しく赤い柄の“儀仗刀”が加わる。

 

まるで心機一転したかのように反転した衣装へと変身した彼女は、右眼に掛かっていた赤い帯をゆっくりとずらして“蛇目”を露出させる。

 

「ああ……お館様の姿が、はっきり見えまする」

 

――自らの忌むべき“呪の証”を堂々と外気に晒して、しかし彼女は柔らかい微笑みを浮かべた。

 

 

――もちろん、ただの気分で着替えたわけではない。彼女は、彼女の成すべき事を思い出したからこそ、この“巫女衣装”を持ち出した。

 

――衣装を見れば、彼女がこれから“成す事”は明白。

 

 

即ち――

 

 

 

「甲賀三郎……御御霊(おんみたま)(しず)(たてまつ)る!」

 

 

 

 

――『大蛇の巫女』としての責務を果たすべく、望月千代女は龍神へと立ち向かう。

 

 





【あとがき】
fgoの和風シナリオが時代劇っぽくなる理由がやっと理解できた。
書いてると自然にこうなるのよ!!!!

仕事人、暴れん坊、大岡越前。ここら辺見てると確実にこういう文章が出てくるからね、マジで!!


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御神楽

最近やっと黄鹿の鷲獅子戦終わった。こっから二部もあるとか怠くてハゲそう…
大人しくエガちゃんルート周回してればよかった。

あと、今日でお休みが終わりますよ(白目




――遠い記憶が蘇る。

 

 

あれは俺が“地底”にて彷徨い続けていた頃のこと。

 

兄に裏切られ、最愛の人と離別させられ、挙句に地の底の“異界”に置き去りにされた不運、無念。それら全てへの怒り、恨み辛み。

あらゆる感情が渦巻き、やがては“枯れる”までひたすらに異郷を歩き続けていた。

 

――やがて、地上での記憶が“薄れた”頃に、俺は彼女に出会った。

 

『もし。貴方様は地上からやって来た御方ですか?』

 

地底の六十六国を巡った最後の国、“維縵(ゆいまん)国”の王女。維縵王の娘、即ち維縵姫。

後代にて仙境とされた維縵国に住む“人ならぬ”存在。

 

長い放浪に疲れ果てた俺は彼女の献身的な支えを受けて徐々に回復し、片時も離れず親身になってくれた彼女に惹かれて婚姻した。

 

 

 

――それより十三年の月日が流れ(体感では()()()()()()())、ふと見かけた絵草紙を目にした時。

俺はようやく地上のことを“思い出し”、王や彼女へ必死になって懇願して地上へ帰還する許しを得た。

 

 

そこからは数多語られる伝承の通りだ。

 

王や姫の助けを借り、過酷な道のりを経て地上に戻った俺は己が身が蛇へと変じていることを知り、権現に助けを請うて無事に人の姿に戻る。我が最愛の妻・春日姫とも再会し、隣国の大明神の仲介によって兄たちとも和解した俺は諏訪の社にて“諏訪大明神”となり、下社に春日姫を祀った。

 

その後、維縵国よりこっそり追ってきた維縵姫に驚く一幕もあったが。慈悲深く心優しい春日姫は受け入れてくれた。

そうして我らは諏訪の地にて神となり長い年月を神として過ごしたのだ。

 

 

 

――その最中、()()()()()()()()()()

愛人……今では側室とも言うべき立場で俺を支えてくれた維縵姫との子ども。その一人が故郷に帰ったのだ。

もはや神となった俺には上手く認識できず、()()()()()は無念ながら記憶に無い。

しかし、確かに彼女との子どもが地底の故郷へと帰り、その地で余生を過ごしたと聞き及んだ。

 

――そして、その者が、()()()()()()()()()()()と出会ったという伝承を聞いた。

 

確か、()()()()()鹿()を退治したとかしないとか。その過程で地底に落ちたとかその後に落ちたとか、はたまた大鹿などとは戦わず、ただ単に人穴に落下したとも。

定かなことは分からないが、俺と似た体験をした者がいたというのは知っている。

その者が遠方にて()()を興したというのも。

 

――獣と言えば、伊吹山の神は()()()()()と相見えた際に大猪の姿をとったとされるが、果たして。

兼家が出会ったソレは何者であったのだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

甲賀望月に生まれた娘、呪を受け継いだ娘はその生を鎮魂に捧げる。

祖たる甲賀三郎兼家が受けた伊吹大明神の呪い、その怒りを鎮めるべく祈りを捧げる毎日。

常日頃より己が身を蝕む呪を少しでも緩和すべく巫女たちは研鑽し研究し、“巫術”を進化させてきた。

 

それは長い年月を経た私の代において既に“大儀式”の類へと進歩していた。

即ちは“蛇神に特化した鎮魂の儀礼”である。

 

――残念ながら、“血に焼き付いた”呪いはどう足掻いても鎮魂には至らず。呪いを除くには至らなかったが。

“別の蛇神”であれば、そうはいかない。

 

 

 

 

『……かつて、我が故国を訪れた“あの人”は蛇となり龍神へと変じた。仙境にして魔境たる地底の国に永く滞在すればそうなることは知っていたはずなのに、私は――』

 

――千代女の脳裏に響く声は、小さく呟くようにそう述べた。

 

『……私の不徳です、私の罪です。だから“娘”は国へと帰り、()()()()()()()()()()。きっと私への罰だったのでしょう、ただ救いであったのは彼女が無事に彼と結ばれたこと』

 

――過去を思い返すように彼女は語り続ける。

 

『――ごめんなさい、貴女には関係のない話でした。

さて、では“彼”を鎮めるための手順、その“根拠”をお教えします』

 

――巫術の準備を進めるチヨメへと、一転して凛とした声音に戻った彼女は告げる。

 

『地底に落ちた彼が蛇へと変じた、それは即ち“地底こそが蛇神の由来”であることを指します。

世界、日本においても八頭龍や他の蛇神が多く伝承されてきたのは知っての通り。

 

では、それらはどこから来たのか?

その答え()()()が地底です』

 

――彼女が語るのは単なる経歴ではない、()()()()()()()辿()()()()だ。

 

『蛇は地を這うモノ……無論、龍ともなれば空を飛びますが。その根源にはやはり“地を這う蛇”がある。西洋の竜もまた、かつては地を這うモノでありましたから。

これ即ちは()()()()()()()()()ということ』

 

「大元……?」

 

――ふと、彼女の語りにチヨメは生前の記憶が僅かに脳裏を過った。

 

聞いたことがあった、自らの祖・三郎はもとより。

他の蛇神、()()()()()さえも()()とする古き大地の精がいるという話を。

当時、歩き巫女より報告を聞いたチヨメは「俗説」として相手にしなかったが。

“彼女”の語りを聞いて、ようやく理解する。

 

――古き時代、()()()()()()()()()()()に設置された世界の“要”、大地の要が存在しているという話。

 

部下より聞き及んだその名は――

 

 

 

()()()……!」

 

『はい。世界の“均衡”を守る龍脈の主、その身で世界を支える()()()()()。あらゆる蛇神を生み出した()()()()()()()()です』

 

「尤も、真実は定かでなく。これもまた魔術的こじ付けの一つですが」と付け加えてから彼女はさらに言葉を紡ぐ。

 

『同じであるなら、問題なく通用します。

伊吹大明神の呪いから逃れるために研究されてきた蛇神に特化した巫術、鎮魂の儀。世界でも類を見ない絶大な効果を発揮することでしょう。

……あなた方が培ってきた巫術は“本物”です、彼女らの紡いだ想いは本物です。決して()()()()()()()()のです』

 

「っ!」

 

優しく諭すように“声”は告げた。

まるで、チヨメの想いを見透かしているかのように。

 

『その巫術、いずれは()()()()()()()()()()()()()()()

……ですが、まだ、貴女には荷が重い。

 

だから今回は特別に()()()()()()()()

 

力強く言い切ったその言葉を聞いて、ふとチヨメは思い出す。素朴な疑問を。

 

「貴女は、いったい……?」

 

その声、言葉からして“決して敵ではない”ということは承知している。耳で聞く言葉でなく、心に直接語りかける声は、声の主人の心境をつぶさに伝えてくるからだ。

だからこその問い、恩人に対する礼儀。

 

その問いに、“彼女”は少し沈黙してから答える。

 

『私は――

 

 

 

 

 

 

――地底の血族、後世においては()()()と語られる古い神霊……まあ、要するに“おばあちゃん”みたいなものです』

 

――まるでにっこり笑うような、弾む声で彼女は告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『安心して。その巫術は()()()()()()()()。だから、貴女は貴女の全力で“彼”を鎮めることだけを考えて。私が合わせます』

 

声に従い、チヨメは小さく頷き。そして進めていた巫術、鎮魂の儀式の準備を終える。

 

――荘厳なまでに煌びやかで豪奢な神楽殿が彼女の足元に広がっている。これは巫術を用いたいわゆる“魔術”によって造られた舞台。

 

尤も、これが()()()()()()()()以上はその顕現に維縵姫の多大な助力があってのことだが。顕現させる神楽殿の“イメージ”はチヨメが思い描いたモノである。

それは生前に数度行った()()()()()()

大蛇の呪が特に“酷い”時、こうして舞を行って鎮魂を成したのだ。

 

故に、この後の手順は全て知っている。身体が、魂が覚えている。姫の声に従うならば自分はただ舞いのことだけを考えていれば良い。

ただ、鎮めることだけを考えて彼女は心を落ち着ける。

 

「いざ――」

 

――チヨメは、つつ、と足を差し出し儀仗刀を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャンシャン、と鈴の音が聞こえて来る。

 

「……あ?」

 

サブロウとの激戦の最中、小太刀で斬られ、魔法で吹き飛ばされたことで地面に落着していたヒデオはその音を聞いて、自然と音の鳴る方へと意識を向けていた。

 

――そんな自分のお気楽具合に気づいて、慌ててサブロウへと意識を戻してみれば。

 

「……?」

 

サブロウもまた、鈴の音に意識を向けていた。

まるで、()()()()()()()音の方向へと顔を向けている。

 

――今ならば、奇襲を行うことも容易だろう。

しかし。

 

どういうわけか()()()()()()()()()()()()()()()()

いや、そもそもの()()()()()()()()()()

 

「精神干渉? いや、俺には()()()()はずだが……」

 

真っ先に思い浮かんだ精神系のバッドステータス、だが、他ならぬヒデオ自身が“精神耐性”に自信を持っているためにその予想は即座に否定される。

で、あれば、これは――

 

 

 

「……チヨメちゃん?」

 

――あらゆる推測を繰り返しながら視線を向けた先。鈴の音が響く方へと目を向けて視認するのは、仲魔の姿だ。

 

だが、()()()()()

いつもの忍び装束ではなく、召喚当初の痴女スタイルでもなく。

もっと清らかで厳かな、()()()()()()()()に身を包んでいる。

 

いつもの暗い雰囲気を払拭するかのような()()()()()を纏った彼女が――

 

「舞っている……」

 

静かに、されど力強く、彼女は踊っていた。

否、これは“舞”だ。

 

かつて、デビルサマナーとしての仕事で訪れた地方の神社で見かけた舞いに似ている。

これは“神に捧げる舞い”、即ち“神楽舞”。

 

「そういや、彼女は大蛇の巫女だと言っていたな」

 

――広く伝わるメジャーなあの神楽舞ではない。

地方で時折見かけるような、“呪術的系譜”を持つ“神秘”を纏った舞。

“ただ一つ”に特化した、魔法にも等しい舞。

つまり、儀式魔術。

 

 

「……」

 

――彼女がこれを披露する相手、魔術を掛ける相手を思い出して再度目線を向ければ。

 

「あ、ああ……」

 

サブロウは、静かに佇み、“感嘆”の声を発していた。

 

「なるほど、()()()()()()()か」

 

そこでようやくこの舞の“主旨”を理解する。

 

大蛇の巫女たるチヨメが舞うこの神楽舞は、大蛇の呪を鎮めるために甲賀望月が代々受け継いできた巫術だ。

魔力・霊力を用いて舞うこの巫術で、コウガサブロウを鎮めようという魂胆だろう。

 

現に、奴にはバッチリ効いている。

 

「ついでに俺の戦意まで奪われてるけど……」

 

それほど“強力な術”ということだろう。

さて、そうなると俺はどうしたものか。

 

俺にかけられた戦意喪失については、簡単な“まじない”を掛ければすぐにでも遮断できるくらいには弱々しい効力だ。

ならばさっさと掛けた上でサブロウを斬るべきだが――

 

「舞でどこまで()()()()()気なのか」

 

そこが問題だ。

一般に、儀式魔術とは複雑な手順、調整、操作によって成される大規模な魔術である。必然、これを少しでも“乱す”ようなことがあれば魔術は無効化されるし、最悪の場合“跳ね返り”もあり得る。

 

結論として、俺は静かに事態を守ることになる。

 

「……まあ、こうして見る分には悪くない」

 

それならそれで。俺も大人しくチヨメちゃんの舞を見学することにした。蛇神とは縁もゆかりもない俺でさえ思わず見入ってしまうような美しい舞だ、決して損にはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

結果として。

 

サブロウは呆気ないほどにあっさりと降伏した。

しばらく舞を眺めた後、唐突に膝から崩れ落ちて項垂れた彼は。即座に小太刀を“消滅”させて降伏を宣言した。

 

「……悪いが、拘束はさせてもらうぞ」

 

正直、意味不明なほどの心変わりに疑い百%の俺は、自分の知る中でも最高の拘束魔術、つまり涅槃台に使ったあの“菊理姫”の緊縛魔術を行使した。

 

「構わん、道理だ」

 

サブロウは短くそう言うと大人しくお縄についた。

注連縄風の緊縛魔術でぐるぐる巻きにした彼を引っ立てて早速尋問を開始する。

 

――というのも、彼自身が「伝えたいことがある」と申し出たからに他ならない。

 

未だ降伏を信じていない俺だが、拘束の上でならという条件でこれを承諾した。

理由は簡単、だってまだ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

彼を召喚した輩はもとより、これまでの経緯や大國大臣を何度も襲撃した動機についても全く分かっていない。

そんなところで被疑者本人が話す、というのだから受け入れるのは当然だった。

 

 

お縄についた状態で膝をつく彼を前に数分ほど。

体幹で長く感じられた沈黙を経て、やがてサブロウは口を開いた。

 

 

「此度の襲撃……率直に、俺の“間違い”だった」

 

「間違い?」

 

その発言に思わず反応してしまう。

間違い? 間違いと言ったか?

その間違いでいったい()()()()()()()()()()

 

悪魔に堕した神々と違って、人の命は()()()()()()()

仮に戻ったしてもそれは()()()()()()()()()

だから人の命は代えがないと思うし、思うからこそ力を持つ俺らのような者が守らねばならない。

――まあ、俺自身、これまでや今でも()()()()()()()()()()()()を持っているためにあまり強く言える立場ではないが。

 

だから、それ以上の言葉を俺は飲み込んだ。

 

 

「ああ、間違いだ。俺は()()()()()()()()()()()()

 

「誤って……とは、どのような?」

 

俺とは違い冷静な態度でサブロウに問い掛けるチヨメちゃん。さすが、伊達に巫女頭やってたわけじゃないらしい。

こういう尋問には慣れているのだろう。

 

対しサブロウも、先ほどまでの“狂乱”が嘘のように冷静な態度で応えている。

 

「……その前に、俺の持つ情報全てをそちらに明け渡したい。良いだろうか?」

 

まるで別人のように大人しくなったサブロウは、丁寧な声でそう問いかけてきた。

無論、こちらもそのつもりだったので静かに首肯する。

 

――そこから語られたのは概ね予想通り、所々“胸糞悪い”内容だった。

 

 

 

 

 

はじめに、このコウガサブロウは“タマガミ元防衛大臣”が密かに復活させた“必殺の霊的国防兵器”の一柱で間違いない。

経緯は不明ながら、前大戦時に失われたはずの霊的国防兵器の技術を蘇らせた彼はそれを用いてコウガサブロウを召喚した。

ここまでは細川氏たちの予想通りだ。

 

 

――だが、その手段が予想の斜め上をいっていた。

 

 

まず、彼ら霊的国防兵器には“依代”と呼ばれる“特殊な召喚具”が存在する。

その詳細は不明ながら、いずれも召喚悪魔に対応した、所縁のある品、つまりは“遺物”を用いているらしい。

 

そして、依代を触媒として、素体となるもう一つの触媒。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

素体となった人間は自我やら魂やらも全て()()()()()()、単なる“肉”として器の機能を果たす。

そうして召喚されたのが彼ら霊的国防兵器。

 

――素体となる人間はいずれも死刑囚であったというが、そういう問題ではない。そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という時点で論外だ。

 

そんな経緯で召喚されたのだ、真実を知った段階でサブロウは激昂し、タマガミへと反旗を翻した。

――戦闘の最中にも護国護国とうるさいくらいに口にしていたのを思い出す限りは、その信念は本物なのだろう。

 

事実、コウガサブロウも()()()触媒にして自身の首輪ともなる依代を奪ってタマガミの手を逃れたという。

そして、霊的国防兵器の研究のため非人道的実験を繰り返す施設を手当たり次第に破壊して回っていたらしい。

 

ところが――

 

 

 

「――それから数日後のことだ。

俺の前に、()が現れた」

 

「奴?」

 

途端にサブロウの声が低くなる。それはまるで“怒りを堪えるような”、或いは悔しさを滲ませるような声だった。

 

「ああ。奴は俺に“奇怪な術”を仕掛け、俺の頭をぐちゃぐちゃにしやがった」

 

「洗脳、ということか?」

 

俺の問いにサブロウが頷いた。

――驚いた。このコウガサブロウへと、高位悪魔たる彼へと洗脳が“掛けられる相手”がいたとは。余程術に長けた人間、いや、()()()()()()()()()

 

「奴に認識をいじられた俺は()()()()()()()()()()。誰が敵で誰が違うのか、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()

……今も、俺は誰を斬ったのかすら思い出せない。

 

初めは! 確かにタマガミの手下だったんだ。確かに奴の手先を始末して、施設を破壊していた……その、はずなんだ」

 

途中から錯乱するような、或いは“懇願”するような様子で叫んでやがて消え入るような声で口を閉ざしていくサブロウ。

 

そんな彼を見て、ようやく俺は“黒幕”の存在を信じ始めていた。

 

「……お前の話は分かった。とりあえず、()()()()

 

「っ、ほ、本当か!?」

 

「お館様っ!?」

 

俺の言葉にサブロウは歓喜に満ちた声を上げ、チヨメちゃんは動揺した声を上げた。

まあ確かに。こんな話一つで信じるのはバカらしいが、現にサブロウは大人しくしているし、一応辻褄は合う。

何より。

 

コウガサブロウほどプライドが高そうな悪魔が、こんな与太話をせっせと考えるとは思えない。

それよりもさっさと斬りかかるか、潔く散ることを選ぶ類の性格だ。

これまで相手にしてきた神々もそういうプライド高い奴多かったし。

……まあ、()()みたいな性根の腐った奴もいるにはいるが。そういうのは神話の段階からその兆候があるし何より分かりやすい。

 

その点で言えばコウガサブロウは逸話の段階から“騙される側”である。

 

 

「悪いなチヨメちゃん、でも俺は――」

 

「ああいえ、お館様。拙者は反対しているわけではなく寧ろ逆。どのようにお館様を説得しようかと悩んでいた次第にて」

 

てっきりチヨメちゃんは「お館様チョロ過ぎ」と思っているのかと推測していたからの発言だったが。バッサリと否定された。

 

しかし、忍びとして、巫女頭という管理職を経験した者として、そういうのにはシビアで高い能力を持っていると思っていたのだが。

意外な話だ。

 

「てっきり反対すると思ったよ」

 

「それについては、少々、心当たりがあるというか、“証人”……とも違う根拠があると言いますか。

ううむ……説明が難しいでござるがとにかく拙者はサブロウ擁護派にて」

 

「お、おう」

 

急に説明が面倒くさくなったのかざっくりした回答を寄越すチヨメさん。急に俗っぽい単語を発するから驚いた。

……いや全く理由は理解できんのだがな?

 

まあ、俺もとりあえずはサブロウを生かしておくことには賛成だ。

大まかな事情は聞けたが細かい部分についてはまだ分からないことが多過ぎる。

 

なので詳しい話は司令部にでも連行してから――

 

 

 

 

 

 

 

「いけませんねぇ……必殺の霊的国防兵器ともあろう御方が、こうもあっさり捕まって。挙句、敵方に情報を渡そうなどと……。

貴方には矜持というものが無いのですか?」

 

唐突に、辺りへ声が響いた。

見れば、基地の宙空、俺たちの近くで()()()()が浮かんでいる。

 

「誰だ?」

 

未だ抜剣状態にあるヒノカグツチを向けながら問いかける。

誰、というかまあこの状況で現れ、言動も加味すれば十中八九敵であるのは確かだろうが。

 

対して“金髪の男”は優雅に一礼してから応える。

 

「これはこれは。お初にお目にかかります。奧山秀雄殿」

 

「っ!!」

 

知らない相手から俺の名前が飛び出て、思わずびくりと反応する。

同時に、俺の名前を知っている敵ということは“鉤十字ども”に与する相手であると推測する。

 

しかし――

 

「……なんだ、()()()()()()()()()?」

 

それは言わずもがな。()()()()()()()()()のことである。

宙にふわふわと浮いている金髪の男は、黒いタキシードをシワ一つなく見事に着こなし優雅な笑みを浮かべている。

 

――だが、そこからは()()()()()()()()()()()()

 

俺は武人ではないから“気配”という概念に詳しいわけではないが、魔力はもとより。霊力やそもそもの()すらまるで感じられない。

そこに()()()()かのような空白があった。

 

 

男は俺の動揺を他所に、笑みで“固定”された口を開く。

 

「先ずは自己紹介を。

 

(わたくし)SCS(ソウル・コントラクト・ソサエティ)にて代表を務めさせていただいております。

 

()()()()()と申します。

以後、お見知り置きを」

 

――その言葉の後にようやく気づく。

 

この男の笑みが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 




【あとがき】
本作でのチヨメちゃんの経歴は後でまとめて掲載します。
あと、『アンメアと義賊風青年』の話を外伝でやりたいなと最近思ってます()




追記:【おまけ】


[『必殺の霊的国防兵器』計画における最終的な経過について]
――前世界大戦における旧帝国陸軍秘密機関が主導した霊的存在に対する国防計画は、度重なるトラブルと敗戦によって計画関係者諸共記録から消失。
その詳しい経緯は――

《中略》

――このように、大戦末期の機関関係者は半数以下にまで落ち込んだことで計画遂行は事実上不可能となった。
また、実戦配備されていた数体の“霊的国防兵器”が、連合側及び“天使勢”が召喚した■■級の大天使■■■■エル&■■■エルによって破壊、ないしは消滅させられるのと同時に最後のメンバーが自決。機関としての機能も停止した。

尚、■■■■エルと■■■エルに関しては、天使勢による本土侵攻の報を受けた十四代目葛葉ライドウによって太平洋上の異界内にて討たれている。
同時期に瀬戸内海を侵攻していた大天使■■エル率いる一万二千の破壊の天使たちも、■■市内に形成された異界型結界及び城塞型結界に封じられ実に■■時間にわたって足止めを受けた。その隙にコウリュウを駆って救援に来たライドウの手によって司令塔が討たれたことで軍勢も壊滅した。
なお、足止めを行ったのは――

《中略》

――以下に、最終的な霊的国防兵器実験の結果を記載。

その壱・龍神コウガサブロウ:実戦配備。のちに何者かによって帝都内にて破壊。

その弐・英傑テンカイ:実戦配備。のちに帝都内にて結界維持を行なっていた隙を突かれる形で何者かによって破壊。

その参・英傑カテゴリ:失敗。召喚拒否。

その肆・天津神オモイカネ:実戦配備。太平洋上にて破壊。

その伍・英傑ヤマトタケル:実戦配備。最も戦闘記録が残っておりその戦果も最多であるが、連戦によって疲弊・負傷した状態で■■■■エルらと戦闘を行い破壊された。

その陸・邪神ヤソマガツヒ:実戦配備。主に特殊任務を課されていたとされるが詳細不明。太平洋上にて破壊。

その漆・天津神タケミカヅチ:実戦配備。太平洋上異界内にてライドウを庇い破壊。

その捌・不明:失敗。召喚拒否。

その玖・不明:中止。召喚術式不適合、その他複数の不具合。



――旧帝国における霊的事象記録の調査報告書
――細川■■


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自律兵器・一

長過ぎたので分割。前後編です。


――突然現れた金髪の男を見て、サブロウは一気に沸点を超えた。

 

「貴様……貴様はッ!!」

 

――常に嘲笑を浮かべた気味の悪い男。コイツこそが()()()()()()()()であると記憶するからだ。

――詭弁弄弁を用いて他者を“唆す”悪辣な()()

 

――()()()()()()()()()()()

 

「決して……赦しはせぬ!!」

 

――気付けば、彼の身体は男へと駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉ!!」

 

グレゴリーを名乗る得体の知れない男に俺が警戒を強めている中、突然、サブロウが雄叫びを上げて奴へと突撃した。

 

「ちょ、待てっ!?」

 

未知の敵に対して突撃するなど無謀。しかし、サブロウはまるで()()()()()()()()()()()()()聞く耳を持たず。一直線に男へと向かう。

 

そして、俺が止める暇もないうちに――

 

 

「はい、終わり」

 

――()()()()()()サブロウの傍に移動していたグレゴリーによって頬を一撫でされて。瞬間、力が抜けたようにその場に倒れ伏した。

重要参考人たるサブロウが一瞬にうちに敵の手に落ちたことも問題だが、こいつの動きを()()()()()()()()()()()ことも十分に脅威だ。

 

単純な速さではない。これはテレポートの類だ。

なにより()()()()()()()()()()()()という俺の認識もまた()()()()()()()()()であり、()()()()()()()()可能性が高い。

 

「こういう相手、苦手なんだよなぁ……」

 

ボヤきながらも警戒は緩めない。

やがて、男はサブロウをそのままにこちらへと振り向き口を開く。

 

()()()()が失礼しました。主人の話を遮るなど躾が足りませんでしたね」

 

「随分凶暴な犬じゃないか、首輪でも付けたらどうだ?」

 

軽口を飛ばしつつ、こっそりと奴へ解析魔術を仕掛ける。

 

「既に()()()()()はずなんですがねぇ……私に歯向かうなどと、どこかで調整を間違えたか或いは、()()()()()()()()だったか。

まあ、いずれにせよ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

心底見下したような“笑み”でグレゴリーは吐き捨てた。

そこから感じ取れるのは“嫌悪”、そしてそれを遥かに上回るほど濃密な“悪意”だ。

 

「……っと、私も()()()()()()()以上は長居するわけには行きませんね」

 

ふと、思い出したように述べた奴は、懐から徐に()()を取り出した。

 

「それ、は……?」

 

グレゴリーが手に持つのは一枚の()()()()

濁ったような色で染まった()()()()()

――それを一眼、見るだけで()()()()()()()()()

 

明らかに“まともな品ではない”。

ついでに、奴に掛けたはずの解析魔術はグレゴリーではなくその“ガラス片”の情報のみを提示する。

 

「魔術……礼装!?」

 

解析結果には確かに『魔術礼装』という結果が表示された。

しかし、どこをどう見ても()()()()()()()()()()()()()()()()だ。表面から常に“悍しい霊力”を放っている気味の悪い品。

……まあ、俺が手動で行使できる解析魔術は“精度が低過ぎる”ためにあまり信用できる結果でないのは事実だが。

 

少なくとも()()()()()()()使()()()()()()()()であることは確かだろう。

 

 

奇妙にして“得体の知れない”ガラス片に恐怖する俺を他所に、グレゴリーは再びふわり、と宙に浮かび上がった。

 

「全く、わざわざ()()()というのにこんな“欠片”一つまともに回収できないとは。不甲斐無いばかりですよ」

 

その言葉は俺たちに向けられたものではない。

サブロウでもない、奴が遠目に向ける視線、その先で群がる“兵士たち”に向けたであろうセリフ。

 

「なるほど。お前が親玉か」

 

鉤十字たちを“呼んだ”と宣ったこの男こそ、今起きている戦いの元凶なのだろう。少なくとも、()()()()()()()()からもコイツが黒であることは疑いようがない、

加えて、サブロウを犬と呼び、アイツが怒りのままに突撃した事を考えれば()()()()()()()()()()()()と見るのが妥当だ。

 

「親玉? ハハッ、それは少々勘違いが過ぎる。

私はあくまで“仲介人”、依頼主の要望に従って適切な人員を派遣するブローカーに過ぎませんよ」

 

「それよりも」と、グレゴリーはゆっくりとサブロウの方へと向き直り、手のひらを向ける。

 

「いつまで寝ているのです? 貴方には“役目”があるはずでしょう? 御国を護るという大事な“役目”が。

 

実に立派な志です、尊敬の念を抱きますよ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()

 

……まあ、私は、その崇高な理念とやらを精々便利に利用させてもらうだけなんですが」

 

サブロウの心を踏みにじるような言葉を吐きながら、奴が突き出した掌に“膨大な邪気”が収縮されていく。

 

「さあ、これで()()()です。今度はどこまで“堕ちて”くれるか、実に楽しみですよ。

 

堕落への囁き(ディプラヴィティ・ウィスパー)』」

 

その“音”は単なる“言葉”では無かった。

その声は“悪魔の誘惑そのもの”であった。

 

聞く者全ての“心を乱す”、非常に強力な“精神汚染”の類。

 

その声を聞いただけで()()()()()()()()()()()()

否、()()()()()()が湧き上がる。

否、()()()()()()()()()

 

否。

 

()()()()()()()()()と。

()()()()()()()()()()()()()と。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「くっ……!?」

 

――ほんの僅か、精神が()()()一歩手前にてなんとか踏み止まった。

思考が塗り潰される一寸前で、俺は正気を取り戻した。

その事実を認識して、俺は冷や汗をかいた。

 

単に“一言”、その言葉を聞いただけで。

ただ、それだけで()()()()()()()()()()()()()

 

率直に、意味がわからない。自分でも()()()()()()()()()()()()()。ただ、あの瞬間だけは()()()()()()()()()()()

仲魔や、その他全てのことを忘れていた。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!」

 

だめだ。考えてはいけない、と改めて強い自制心を心がける。

思い返してはいけない、理解してはならない。

ひたすらに強く念じていればすぐにでも心は落ち着きを取り戻す。

 

これはおそらく、俺に何故か備わっている()()()()()()によるものだろう。

厳密には()()()()()()()()、他者から掛けられた“洗脳”や“混乱”の類を全て弾き返す耐性。

 

前に語った“強力な魅了耐性”と並んで、落ちぶれた俺を今日まで生存させてきた力だ。

何故、俺にこんな力があるのかは不明だが。使えるならばそれに越したことはない。

 

――恐ろしいのは、()()()()()()()()()という事実。

精神干渉であれば神の権能さえ弾いてきた俺自慢の耐性を、ただの一言でぶち抜いたというのは()()()()()()

 

 

「いや、それよりも――」

 

あの瞬間、あの一言が発せられた瞬間だけは。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

先ほどまで“空白”であった場所に、確かに“奴”の存在を認識できた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その“邪気”は、今は既に消え失せている。

 

その代わりに――

 

 

 

 

 

「うっ、ぐ、あぁぁ!!」

 

――倒れ伏していたサブロウの身体から()()()()()()()()()()

ピクリともしなかった彼が、突然、苦悶の声を上げてのたうち回る。

その様を眺めてグレゴリーは満足そうに頷いた。

 

「素晴らしき“怨念”だ、伊達に祟神どもを従えていない……ふふ、その(ソウル)、捨てるには惜しいですが致し方ありません。

これもまた()()()()()()()

涙をのんで諦めましょう」

 

奴は、また少し高い位置へと浮かび上がる。

そして、三度、こちらへ振り向き優雅に一礼した。

 

「機会があれば、またお会いすることもありましょう。

……“反転”したコウガサブロウを前に、生き残れればの話ですが」

 

サブロウは未だに悶え苦しんで、暴れている。

……いや、少しずつではあるが()()()()()()()()()

 

「……って、おい待て!!」

 

サブロウに気を取られた隙に、グレゴリーは遥か上空へと飛び上がっていた。

 

「それでは、ご機嫌よう。

()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!!!!」

 

なんで、それを……!!

 

()()()()()()()()()()()()()()を口走ったことに激しく動揺する俺を尻目に。

グレゴリーは“掻き消えるように”姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Feuer(ファイエル)!!』

 

黒い機械兵士、聖槍騎士団の一人が機銃を連射する。

その先には、同じ聖槍騎士団二人と交戦するアシュタレト。

 

「緩いっ!」

 

魔槍()()()()()を振るう機械兵士に合わせて二刀で渡り合いながら、迫りくる銃弾もまとめて斬り払う。

 

果てには、斬り合う二体を蹴り飛ばしながら、発砲した個体へと斬りかかった。

 

『素晴らしい力だ。是非とも我が軍に欲しい』

 

()()()()()()()()をした機械兵士は、アシュタレトの刀をロンギヌスで防ぎながら称賛の言葉を贈る。

 

「冗談にしても笑えないわ」

 

対してアシュタレトも憮然とした態度で拒否する。

……ついでに、機械兵士のカッコイイ声が()()()()()()()ことがあるような気がして、無性に腹立たしくなった。

「その声で、お前が喋るな」といったところ。

 

――ちなみに、この機械兵士とアシュタレトには“敵同士”以外には一切関係がない。要するに、単なるデジャヴだ。

 

 

 

アシュタレトの変わらない態度に“強い意思”を感じ、それを“愉快”と捉えた機械兵士は鍔迫り合いの最中に自らの名を告げる。

 

「聖槍騎士団所属、2(ツヴァイ)だ」

 

「真性の悪党に名乗る名はありません……と言いたいところですが。()()()()()()()()()()()()()()を感じます。

なので、名乗りましょう」

 

刀を押し込みながら、威圧感を伴った声で告げる。

 

「我が名はアシュタレト。()()()()()()()()()母なる大地より生まれ出でた()()()です」

 

名乗りと同時、二刀を振るってツヴァイを弾き飛ばしたアシュタレトは、突撃してくる二体の機械兵士。12(ツヴェルフ)10(ツェーン)に向かって両手を()()()

直後、宙に浮いた赤青の二刀は次いで振り下ろされた両手に従って敵の元へ飛翔する。

それを目視するや、機械兵士たちはそれぞれの()()によって飛び回る刀を迎撃する。

 

 

――アシュタレトと化したリンをして()()する戦い。ジワジワと押される戦況に彼女は舌打ちした。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

――鉤十字たちと隊員が死に物狂いで争う戦場に、駆動音を響かせる絡繰が姿を見せた。

 

四脚によって支えられた太い胴体を持つT13D。逆関節で歩行する人型に近いフォルムを持つT15G。

そして、空を群れなして飛行する()()()()()。厳密には弓形の胴体に横向きにした同部位を重ねたような奇妙な姿をしている。

この機体の名称は『F/F15D』。

グライ系魔法理論を特にふんだんに活用した飛行型自律兵器であり、重力を無視した自在な飛行を可能としている。

 

以上三種、基地内に点在する建物からワラワラと虫が這い出るが如く大量に放出されていた。

 

その姿に隊員たちは歓喜し、逆に鉤十字たちは警戒した。

かの機械群が自律兵器であることはひと目見れば分かる。自らの組織にも()()()()()()()があるからだ。

慎重に、先ずは兵器の性質を見極めようとした矢先――

 

 

全ての自律兵器から銃弾が放たれた。

 

 

弾幕と呼ぶのも憚られるような銃弾の波、いや、『壁』と表現した方が正しいソレは一方向に対して押し潰すかのような面制圧を敢行した。

 

「う、うあっ!?」

「ぎゃっ!?」

「ぬわー!」

 

有効な“防御手段”を持たない下級兵はもとより、部隊長クラスの兵士ですら一斉掃射の前にはなす術が無かった。

 

無論のこと、押し寄せる弾たちはただの銃弾ではない。

 

対悪魔用に加工された特殊弾、それを自動火器によって吐き出す。物理でなく“霊的”な概念を纏った弾丸を“湯水が如く”放出する。

悪魔にとっては致命的過ぎる、有効な戦術であった。

当然、それを成す“財”があって初めて成立するものではあるが。

 

――また、その“費用”を少しでも軽減する策として『F/F15D』があった。

 

他の自律兵器が物質を吐き出すのに対して、この飛行兵器は胴体に搭載された機銃から()()()()()()()()()

 

九十九(つくも)式霊波光弾(しきれいはこうだん)

大國が有する()()()()()を応用して実用化された新技術。本来であれば“通信”や“意思疎通”など攻撃的な要素を持たない霊波に対して、“対象を傷つける”という方向性を付与。

攻撃的な概念となった霊波を銃弾の形にして高速射出するのが、この非実体特殊弾の正体である。

更には機銃本体に、上述の術式を丸ごと詰め込み、トリガーに応じて瞬時に攻性霊波を構築、銃身に刻まれた“加速術式”によって銃弾のように射出するという動作を瞬時に成立させている。

また、これに使用する霊波そのものは機体のコアの役割を担っている()()()()より精製されるため、実質的に無制限となっている。

 

――この霊波光弾、当然ながら()()()()()()()()()()()

 

よって、他二種の自律兵器同様に対悪魔広域弾幕を構成する一翼を担っていられるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前線に解き放たれた自律兵器群によって鉤十字たちが蹂躙されているのと同じ頃、聖槍騎士団のもとにも自律兵器が現れていた。

それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()が。

 





【あとがき】
F/F15Dの見た目はEDFのガンシップをイメージしてます。


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自律兵器・二

クソ遅くなってすまぬ仮面……銀の槍で許してくれ。


同人ゲーで『す◯こ』ってのにハマっちまってな……ひたすら国家復興に従事してたのよ。
カスコは至高。


「……」

 

乱戦の続く対悪魔防衛基地、その中にある高層建築物の屋上に降り立った“人影”はゆっくり戦場を見渡した。

 

“観測”できるのは、“自陣営”の“人間”と自律兵器が共闘し敵性体へと攻勢を掛ける姿。押され気味だった先程までとは異なり優勢に転じた戦況により、“人間”たちは士気を上げ敵性体へと一斉に攻撃を仕掛けている。

対し、敵性体群は突如として増援に現れた自律兵器の物量に圧倒され隊列を乱し、その隙を突かれ次々と撃破されていく。それを見た敵性体も士気を落とし悪循環を成していた。

 

 

戦況はかなりの優勢。

ならば自分はどう動くべきか。

 

思考は最適解を即座に導き出し、行動へと移す。

直後に人影から放たれるのは()()()

機械が動き、機械を動かす音。

 

やがて、“跳躍”のために前傾姿勢をとった人影が“異界の空”に輝く夜月に照らされ姿を現す。

 

 

凡そ成人男性に似た体躯を有するものの、その表面は光沢を放つ金属に覆われ、緻密に組み上げられた機械の外観を持つ。

頭部前面に顔というものは無く、代わりに各種機械部品に囲まれた大型のカメラアイが鎮座する。

四肢には人間の筋組織に似た形状をした機械部品が蠢き、腹筋に相当する腹部パーツも同様の動きを見せる。

 

()()()()()()、そう称するのが妥当な外見を持つこの機械こそ大國派が保有する自律兵器の最新機種にして最強の実験機。

『T19A/P』。

 

――ヒトガタの機械は、同じくヒトガタの機械兵士を標的に定めた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

聖槍騎士団と交戦する最中、アシュタレトは周囲に“奇妙な気配”を感じ取った。

人とも悪魔とも似つかない“歪な霊力”、ソレがこちらを目指して一直線に近づいてくる。

 

――そのことに、何か嫌な予感がした彼女は。襲い掛かる聖槍騎士団を二刀にて弾き飛ばし即座にその場から後退した。

 

「?」

 

相対する敵の奇妙な行動に、ツヴェルフ、ツェーンの両名は疑問を感じた。

――その疑念こそが僅かな隙となり、両名は負傷することとなる。

 

 

 

 

「くぁ!?」

 

初めにツヴェルフが声を上げた。

聖槍騎士団でも二人しかいない“女性”たる彼女は、いつもの凛々しい声音とは異なり、艶のある女声で呻いた。

 

「どうした!?」

 

相方の突然の声に、咄嗟に声の方へ振り向いたツェーンが目にしたものは彼女ではなく。

眼前へと迫る“光刃”の刃先であった。

 

『っ!!』

 

半ば無意識のうちに振るった魔槍にてなんとか光刃を弾く。だが、聖槍騎士団として“大隊”でもトップクラスの実力を持つ彼をして危ういと感じるほど正確な斬撃に、彼は内心冷や汗をかいた。

遅れて、襲撃者の“正体”を視認してさらに驚いた。

 

()()()()だと!?』

 

そう、ツェーンとツヴェルフを襲った敵の正体こそは“人型機械兵器”。成人男性を思わせるフォルムを持った金属で構成された身体を持つ“機械”なのだ。

――なぜ、初見で彼が“機械兵器”だと見破れたのかといえば、簡単。敵個体からは一切の()()()()()()()()()からだ。

感覚の話ではない、ツェーンの、聖槍騎士団の飛行装甲(フルーク・パンツァー)に標準装備されているセンサーが出した解析結果である。

目の前で人と殆ど変わらない滑らかな動きを見せる敵こそは“機械”である、と。

 

 

 

あり得ない、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()など聞いたことがない。

数多の疑問と憶測が脳裏に渦巻く。

 

その間にも人型機械は、人間らしい……否、常人を上回るような身体能力にてツヴェルフの放った機銃の弾を避け続けていた。

 

『くそっ、なんなんだコイツは!』

 

最初の奇襲によって脇腹を深く斬り付けられたツヴェルフは、思いの外重傷だった。

ただの一撃。

されど、あの光刃はただの刃ならず。

大國派が技術の粋を結集して作り出した対悪魔特化自律兵器なのだから。

 

聖槍騎士団として、飛行装甲(フルーク・パンツァー)を纏った彼女に一撃でこれほどのダメージを与えることは基本的に不可能なはず。

ただの物理攻撃なら問題ない、魔法であれ、装甲の上からであればある程度の耐性はある。

 

しかし、()()()()()調()()()()()()、そして()()()の効果を付与された刃を受けては無事ではすまなかった。

――尤も、この大打撃自体も奇襲がこれ以上ないほどに成功したからであり平時のツヴェルフであればこうもいかなかった。

その点において人型兵器はアシュタレトに感謝するべきだが、当然、機械たるこの人型兵器にそんな思考は皆無である。

 

『っ、おのれ!』

 

少し遅れて。平静を取り戻したツェーンは同僚の危機を思い出して慌てて飛び出した。

その手には聖槍にして魔槍たるロンギヌス……のコピー。

ロンギヌス・()()()()()()()()と呼ばれる魔具が握られている。

 

狙う人型兵器は相変わらず()()()()()()()()()()()()でツヴェルフの攻撃を躱しながら彼女へと距離を詰めている。

その動きはさながら()()()()()しているかのようで、なんとも言えない()()()()を伴った独特のモノ。

 

ツェーンも即座に油断を捨て、在りし日の()()()()()()()()を思い返しながら冷静かつ迅速に、合理的に敵の動きを見極めんとしていた。

 

――それこそが、彼の油断に他ならないというのに。

 

 

 

 

『っ!』

 

彼が駆け出したのと、彼の腹部を“銃弾”が貫通するのは同時だった。

それも、ただの銃弾ではない。

対悪魔、対霊体に特化した魔術式によって構成された専用大型狙撃銃から放たれた特殊弾。

大口径ライフル弾に相当する大きさと威力を、悪魔や霊体に対して行使する特別な銃弾であった。

――反面、人間や、純粋な物質的悪魔にはさしたる威力を発揮しないというデメリットがあるがこの場では意味をなさない。

 

『がっ、あ……!?』

 

ポッカリと空いた腹部の大穴を見て、遅れて襲いくる“脱力感”に抗えずにツェーンはその場に倒れ伏した。

――基本、彼ら聖槍騎士団に()()()()()。彼を襲った脱力感は、通常の生物においては出血に相当する()()()()()()()によるものだ。

霊力が漏れれば当然、動きも鈍って、悪ければこのように倒れ伏す。

 

 

そして、これを成したのはツェーン達が相対した人型兵器、ではない。厳密には“同型機”にあたる()()()()()()()であった。

 

そのもう一機は、少し離れた高い建物の屋上に座しており、その手には先述した“専用大型狙撃銃”があった。

狙撃を成功させた人型兵器は、機械らしく今後の敵の動きを予想しそれに対応する形で自らの行動を選択していく。

 

 

 

――便宜上、“彼ら”と呼称するこの人型兵器こそは大國が細川に追加で援軍を命令した『T19A/P』。

大國派が集めたロボット工学、カバラのゴーレム技術、陰陽道の式神など“ヒトガタ”に関するあらゆる技術を結集し、尚且つ対悪魔用として()()()()()()()()()()()()()()をぶち込んだ対悪魔特化型・半魔術式人型兵器とでも呼ぶべき機体である。

その大元のコンセプトは他の自律兵器と変わらず“対悪魔”のみを突き詰めたものであり、中でもこの機体群は“最新”にして未だ開発途上の実験機であった。

 

計五機が製造され全てがこの基地に配備されていることから、この機体が“大國の私物にも近い存在”であることは明白だ。

ならば当然、その開発にも力を入れている。

 

“彼”が振るった光刃もまたその一つだ。

 

だが、いくら力ある武器であっても“当たらなければ意味がない”。

それを補うのが“戦闘データ”であり、つまるところ、彼らは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 

『……』

 

ツェーン達を圧倒する人型兵器を眺めながらツヴァイは小さくため息を吐いた。

 

()()()()()()()()()……もしやと思ったが。

率直に、()()()()()()だな』

 

哀れみの籠もった声で彼は呟いた。

やがて、ゆっくりと魔槍を構えてから――

 

 

――ジェット噴射で一気に距離を詰めた。

 

 

 

 

「っ!!」

 

無論、高度なセンサーを有する人型兵器もこれに気付き、腕部に格納された“霊波機銃”を掃射。次いで、同腕部より展開した“ビームシールド”を正面に構えながらツヴァイへと突っ込んだ。

 

『ほう……いい判断だ。よほど優秀な()()()を積んでいると見える』

 

魔槍とビームシールドが激突し、互いに競り合う状況が生まれた。

だが、両者ともに既に次の手へと移行している。

 

ツヴァイは機銃を。人型兵器はもう片方の腕から光刃を展開して斬りかかった。

 

曲芸のような動きで銃弾を躱した人型兵器は一直線にツヴァイへと光刃を振るう。

対しツヴァイは――

 

 

 

 

()()()()()()()

 

機銃を格納して空いた手の平から()()を放った。

希少な水属性の広範囲型上級魔法である。

手の平に一瞬魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間には大量の水が飛び出した。

ただの放水ではない、ダメージを与えるほどの勢いを持った魔力を含む水である。

 

流石にこのような事態は想定できなかったのか、人型兵器は魔法をモロに食らって一瞬で水の中へと飲み込まれた。

 

勢いと、水属性を纏った攻撃的な魔力の水は、たとえ()()()()()が編み込まれた装甲であろうと少なくないダメージを与えた。

また、圧倒的量の水流によって彼の身体は容易く遠方へと押し流されていった。

 

――そんなツヴァイの背後へと、建物から跳躍してきたもう一機が迫る。

 

『甘い!』

 

だが、それすら予測していた彼は振り向きざまにロンギヌスで人型兵器の横っ腹を打ち払った。

 

「ギギッ!!」

 

聖槍騎士団のNo.2たるツヴァイ。数字の若さがそのまま実力の高さに繋がるロンギヌス13(サーティーン)の中でもアインスに次ぐ実力を持つ彼が振るう槍撃は、当然ながら普通ではない。

加えて、自然な動きで遠心力を利用した一撃は訓練された軍人のモノ。即ち、鍛え抜かれた()

 

直撃を受けた人型兵器のダメージは大きく、機体内部の駆動部分から悲鳴にも似た音を発する。

ギシギシと、内部機構からダメージを訴える音が絶えず響く。

応じて、人型兵器の動きも鈍り。ぎこちない動作でなんとか体勢を維持しようと足掻いていた。

 

『……』

 

一瞬、足掻く機体を見つめてからツヴァイは大きく槍を横薙ぎに。

人型兵器は呆気なく打ち飛ばされて地面に倒れ伏した。

 

ビクビク、と痙攣するものの立ち上がる様子はなく。

ツヴァイも興味を無くして、アシュタレトの後退した方へと視線を向けた。

 

『……逃げ足の早い』

 

そこにはすでに彼女の姿はなく、代わりに、ボロボロになったツェーンとツヴェルフがこちらに駆け寄って……否、ジェット噴射で近づいてくるのが映った。

 

彼らが側に来るなりツヴァイは次の指令を与える。

 

『クライアントから“目的達成”の連絡があった。我らの役目はこれで終わりだ。帰投するぞ』

 

ツヴァイの言葉に、両名は悔しそうな声を上げた。しかし、この分隊の長たる彼に感情論で反論するわけにはいかない。

結果、彼ら三名は無言のままにジェットパックを駆使して基地から飛び去った。

 

一見して彼らにとって骨折り損のくたびれ儲け、利のない戦闘であったと思われるこの戦いだが。

ちゃんと彼らにも彼らの目的がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそグレゴリーからの要請に応えたのだ。

尤も、()()()()()()()()()()()()()()という前提があってこその話ではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ツヴァイ達が撤退を始める少し前。

牛若丸と戦闘する隊長機アインスの下にも人型兵器は現れていた。

 

『人型兵器……? なるほど大國の手の者か』

 

「……」

 

余裕のある声で所感を述べるアインスと、アインスへの警戒を保ちながら新たに現れた人型兵器にも注意を向けるウシワカ。

 

そんな牛若には目もくれず、人型兵器は一直線にアインスへと攻撃を仕掛けた。

 

機銃による牽制、からの霊波光刃による斬撃。

アインスが霊波光弾を捌く間に急加速をして奇襲を仕掛ける、という念を入れた初動は、数多のサマナーの戦闘データを入力されたこの兵器であればこそ為せる技。並みの悪魔相手であれば妙手だ。

――ただ、アインスが並みの悪魔でない時点でその妙手も悪手に成り下がるわけだが。

 

「っ!!」

 

魔槍による光弾の処理、その隙を突いた完璧な奇襲のはずだった。

しかし、刃を振り抜こうとした瞬間。

刃を展開しようとした右腕は、アインスの銃撃によって明後日の方向に弾かれた。

対物理防護術式の施された腕部は無論のこと破損してはいない、が。

 

必殺の一撃を途中で妨害された彼は無防備な姿を晒していた。

 

そこへ突き立てられる鋭い刺突。

 

『ほう、躱すか』

 

身をよじることでなんとか避けたものの、続けて放たれた横薙ぎには対応し切れず、成されるがまま打ち据えられて地面を転がる。

態勢を立て直そうとする彼へ、トドメの一撃を放つべくアインスは槍を構える。

 

『っ!』

 

――そこへ、()()()から刃が迫る。

 

『むっ!』

 

間一髪、身を屈めることで前後二本の凶刃から逃れたものの。追撃を警戒したアインスは急ぎ後退することで態勢を立て直す。

そうして目視した襲撃者たちの姿に、彼の声もわずか強張る。

 

『三機か……』

 

そこには光刃を展開した人型兵器が二機。アインスに打ち据えられた一機を庇うようにして直立していた。

彼らの背後にて最初の一機も素早く立ち上がり状況は三体一。

 

『いや……四対一、か』

 

人型兵器の後方にて、アインスへ強い敵意を向けるウシワカを視認して認識を改める。

 

一機のみでも騎士団下位のメンバーを手玉に取る人型兵器、それが同時に三機。加えて、アインスと互角に渡り合う英傑カテゴリの牛若丸。

最大の脅威はウシワカだが、機械特有の“完璧な連携”を可能とする人型兵器も油断できない。

 

事ここに至り、アインスも流石に“不利”を悟った。

 

先ほどまでの戦いであればまだ勝ちの目もあり得た。

しかし、三位一体の機械兵器を相手取りながら強力な英傑まで相手にするとなると荷が重い。

 

『ここが引き際か……』

 

そう判断してからの彼の行動は早かった。

 

 

 

「っ!」

 

ウシワカが、アインスの機体後部よりコロリ、と転がり出た奇妙な球体を視認するとほぼ同時。

球体が爆発し辺りに黒々とした煙がばら撒かれる。

 

「こ、これは……!」

 

「けほっ、けほっ!! なんじゃ、これ!?」

 

煙はウシワカのみならず、後方に控えていたオサキの方まで届き。広範囲を暗闇に閉ざす。

更には、勘の鋭いウシワカが真っ先に気づいたのは、煙に付与されている“認識阻害”の能力。魔術ではない、何らかの“霊的要素”で作られた認識阻害の力が煙に紛れたアインスの追跡を阻む。

魔力感知、気配探知、視覚はもとより嗅覚すら無力化する強力な“発煙弾”。

 

ウシワカは残る感覚で必死にアインスを捉えようとする。

それを嘲笑うかのように、煙の向こうから彼の声が響く。

 

『聖槍騎士団、1(アインス)だ。真なる総統(フューラー)より力を授かりし私を相手に渡り合う貴様に敬意を示して、我が名を告げると共に勝負を預ける。

……次に相見える時を楽しみにしているぞ、ウシワカマル』

 

「望むところだ。次こそ必ず、素っ首、叩き落としてくれる」

 

対してウシワカも“獰猛な笑み”で応える。

今の彼女の脳内には“戦い”と“首”のことしかない。

久方ぶりの強敵との戦いで気分の高揚した彼女はすっかり殺戮マシーンに変貌している。

つまりは、“いつものウシワカ”に戻っている。

 

今も、煙の中へと爛々と光る双眸を忙しなく動かしてアインスの姿を探していた。

あわよくばこの場で討ち取り、その首を主殿に献上したい。その一心にて。

……そういうところが兄はもとより、今の主からもドン引きされる要因なのだが。当然、本人は全く気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

――胎動する。

 

古き祟神、我が従える数多の土着神たちがこの身に流れ込む。

俺の意思ではない、彼らの意思でもない。

 

()が放った()()()()()によって誘発された強制融合。更には()()()()まで付与された俺は抗うことも出来ずに、為すがままに変生する。

諏訪の地を守護する権能が反転し、破壊を是とする荒御魂が引き摺り出される。

そこへ、祟りを主とした霊気が無数に流れ込み、無数の意思すら混ぜ込まれた俺は、内外問わずしてグチャグチャになった。

 

恐らくは、この思考もすぐに消え失せるだろう。

口惜しい。

 

奴に一矢報いることも出来なかった……()()()()()()

“あの娘”のことだ。

一度目は近くに寄ったことで「もしや」と疑念を持ち。舞を見て、疑念は確信に変わりつつあった。

 

そして、今。

 

「――っ!」

 

変生する我の近くで何事かを叫んでいる彼女を見て、彼女の()()()()()()()を認識してようやく理解した。

 

あの娘こそは、彼女の――

 

しかし、気付いた時にはもう遅かった。

肉体を黒々とした塊に変じた今となっては既に彼女に触れることも出来ず、言葉をかけることすら出来ない。

 

――ああ、願わくば。

 

せめて、この身、この不義理な自分は彼女の手で――

 

 

 

 

――――その祈りを最後に、俺の意識は暗闇に堕ちた。

 

 





【あとがき】
アヴァロンはメスガキ爆死したショックで手を止めてしまったんだ……すまない。まだ“例の鍛治の町”終えたところなんだ……本当にすまない。明日やるから……。


ところで、対ロバの顎骨神父用に作っておいたオリキャラ中華娘にトレンカ履かせたいんだけどいいかな?(唐突な性癖の発露


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黒大蛇

皆さま、ご機嫌麗しゅう……

約ひと月ぶりとなりますが。
こちらを献上いたします……どうかお納めください。




初めに認識したのは“胎動”。

 

倒れ伏していたサブロウの肉体が、黒々と変色していくに伴い次第に音量を増していくソレは、彼の身体から“ナニカ”が生まれる前兆に思えた。

 

「チヨメちゃん、退がって!!」

 

慌てて声をかけ、彼女がすぐに後退したのを確認してから。自分もサブロウから大きく距離を取った。

 

抜剣状態にある関係か、これから何か“良くない事が起きる”という確信にも似た予感があった。

 

 

 

――次に、サブロウの身体が黒々とした“球体”へと膨張した。

 

真っ黒になったサブロウの肉体が膨れ上がるようにして変体した球体は、変わらず胎動を響かせながら更に膨張する。

 

 

 

――やがて、爆ぜるようにして内部から“長大な影”が飛び出した。

 

辺りに黒い“泥”のようなものを撒き散らしながら現れた影は、天を衝くばかりに空へと昇り。ゆっくりと、こちらへ頭を向けた。

見下ろすその巨大な頭部を視認して初めて、その影の正体を理解する。

 

 

「大蛇……!!」

 

紅い瞳を爛々と輝かせながら黒き大蛇は舌先を出し入れする。

とぐろを巻いた状態でさえ屹立した大蛇は、大國の座す建物を上回る高さを持つ。

必然、その全長は途方もなく。幅だけでも俺の身長を超えていた。

まさしく大蛇と呼ぶに相応しい巨躯。

 

ソレを目にして、流石に俺も僅かながら呆気にとられた。

だがすぐに我に返り剣を構えた。

 

「構成情報解析…………ああ、やっぱり。

コイツは()だ」

 

ヒノカグツチの標準機能、相手が神か否かを判断する機能で黒い大蛇を解析したところ。見事に“神”、龍神であるとの結果が出た。

であるならば、まだヒノカグツチを使うことができる。

 

「サブロウが変体したってことは、コイツは諏訪大明神か? ……いや、そんなのはどうでもいいか」

 

コイツが“禍々しい邪気”を放つ以上は放っておくことはできまい。この様子では意思疎通も難しいだろう。

倒すしかない。

 

……だが、俺でも分かるくらいに()()()()()()()()()()()

前のサブロウ相手でも苦戦していた俺が、果たして勝てるだろうか?

 

「いや……勝てるかじゃない。勝つんだ」

 

今、基地内にはサブロウのほかにもあの兵隊たちや聖槍騎士団とやらがいる。基地の連中は奴らへの対処で手一杯だろう。リンも騎士団を狙いに行った以上はこちらへ加勢する余裕があるとも思えない。

仲魔たちも白い機械騎士の相手がある。

 

ここは、俺が踏ん張るしかない。

 

「……ああ、やってやる。いつまでも弱気のままでいるつもりはないからな」

 

幸い、サブロウとの戦闘による“昂り”は未だ冷めていない。

何より、コイツを倒せれば、俺はまた()()()()()()を取り戻せそうな気がする。

そう考えれば、相手にとって不足はない。

 

「来いよ、俺が相手だ」

 

剣を向けて告げる。挑発ではない、“自らを鼓舞する”ために強い言葉を使う。

 

その敵意に反応したのか、沈黙を保っていた大蛇は大口を開けて猛々しく吠え盛った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

――黒い大蛇の出現に伴い、基地内は混乱状態にあった。

 

()()()()()()()()()()退()により俄かに戦勝ムードに包まれ始めていた基地内に、突如として屹立した黒い影。

基地を一望するほどの巨躯を目視した隊員たちは驚愕し恐怖した。

その巨大さだけではない、大蛇から放たれる濃密な“邪気”に当てられたが故の反応だ。

 

聖槍騎士団が撤退した影響でCOMPの機能が回復していた彼らは急ぎ仲魔の召喚を。司令部に詰める後方支援組は大蛇の解析を急いだ。

 

 

 

慌ただしく動く部下たち。無論、大國も大蛇の出現を認識していた。

 

 

「黒い大蛇だと……?」

 

窓越しに大蛇を見て呟く。その声は相変わらず厳かであったがわずかに驚きの色が含まれていた。

 

()め、厄介な置き土産を……」

 

次いで、僅かな怒気を込めて呟いた言葉はこの場にいない者に向けられていた。

 

「如何なさいますか?」

 

冷静に問い掛ける細川に、大國も冷静に返す。

 

「アレが情報にあったサブロウならば、隊員たちではまず()()()()だろう。T19でも()()()()()()勝てまい」

 

現在基地に詰めている隊員は全て“予備”だ。

本隊含めた主力部隊が遠征を行なっているために、最低限の防衛力として配備されているに過ぎない者たちだ。

T19は未だ開発途上であり先の戦闘でも騎士団一人討ち取れていない。まだまだ改善の余地がある。

その他諸々を鑑みて、大國はすぐに次善策を講じる。

 

「……故に、“討伐隊”へ援軍要請を出す」

 

討伐隊。

かつて()()()()()と呼ばれた者たちは、前大臣が起こした事件によって壊滅的打撃を受け同時に後ろ盾を失った。

そこに目をつけた大國はすぐさま彼らを保護、援助の見返りとして条件付きで傘下に置くことに成功していた。

 

悪魔討伐隊が結成された2010年代は、急激に増加した悪魔被害に対応すべく各国が対悪魔技術を発展させた時期だ。

過去に“南極事変”を経験していた国連の動きは早く、各国単位での対応も素早かった。

日本もその例に漏れず、米国より譲り受けた“新デモニカスーツ”の配備と。デモニカに搭載された機能・技術の解析や応用が瞬く間に進んでいた。

 

それら最新の対悪魔技術を結集して創設されたのが悪魔討伐隊。

対悪魔に特化した政府の……いや、防衛大臣直下の私兵団。

デモニカがかつての“黒いドーム”で手に入れた“未知の召喚プログラム”と、葛葉を代表するデビルサマナーたちが用いてきた召喚プログラムを融合させ生まれた新たな召喚プログラム。

リンこと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()が開発したプログラムが登場するまでは最新型として前線を張っていたプログラムだ。

 

これにより召喚師としての運用が可能になった討伐隊員たちは、対悪魔戦において比類なき戦果を挙げ、当時の政府高官からの信頼も厚かった。

 

……だが、その栄光も前大臣の暴走によって呆気なく終わったわけだが。

 

 

ともかく。

現在の悪魔討伐隊は大國大臣旗下の対悪魔部隊として援助を受ける立場にあり、無茶振り以外であれば従う存在だった。

だからこそ大國はすぐさま彼らを呼ぶことを選んだ。

()()()()()()()()()()()()()代わりとして討伐隊は非常に貴重な存在であり今回のサブロウに対してもちょうど良い戦力と見立てていた。

 

「討伐隊は今は横浜に出向中です。到着には今しばらく掛かると思われますが」

 

「構わん。どうせ“保険”だ。本命は我が隊員と――」

 

言葉の途中でちらり、と窓の外へ視線を移す。

 

「“あのデビルサマナー”だ」

 

その目には、先行してサブロウと交戦する“奧山秀雄”が映る。

 

「英傑などという珍妙な悪魔を従える男……なんでも奥山の魔剣だとか。同時に、()()が棄てた()()()とも」

 

奥山の失敗作。その情報は旧知の者から()()()()()()()()()()()()

かつては()()()()()()()()()()()()()ことも。

奥山を脱し、“人類最強”に引き取られたことも。

フリーのサマナーとして数々の功績を上げたことも。

そして――

 

 

――恋人を失って大きく力を落としたことも。

 

無論、詳しいことは知らないし知る気もない。しかし結果だけならば容易に入手できるのが大國のいる立場だ。

 

「さて、どこまで出来るものかな。願わくば、()()()使()を討ち取った時の力を発揮して欲しいものだが」

 

――最悪、()()()()()()()()()()()()

後詰めには悪魔討伐隊がいるし、本格的に()()()()()が迫れば自分たちが出張る。

二重、三重で対処を講じた策に隙はなく、大國も絶対の自信を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「ヒノカグツチ!」

 

真名を叫ぶことで、言霊を乗せることで魔剣の斬れ味は多少はマシになる。

巨大で長大な身体をくねらせて体当たりを仕掛けてくる大蛇を躱し、その身体に飛び乗って一気に頭部へ駆け上がる。

そして一閃。

 

「グギィィィ!!!!」

 

神性特効の乗った斬撃を受け、痛みから大蛇は頭部を振り回す。

 

が。

 

 

「っ、ウソだろ!?」

 

一瞬で落ち着きを取り戻してすぐさま“黒い吐息”をこちらへ見舞ってきた。

慌てて奴の身体を蹴飛ばして避けた後、対象を失った吐息がぶつかった地面の一部が煙を上げて溶け消えた。

酸ではない、溶けた地面に残る“残穢”を感じ取ってすぐに理解する。

 

アレは()()だ。

犬神が権現形態で使用する“口からビーム”と同種の御業。死と滅びの呪詛を極限まで濃縮し、放たれる悍ましき“呪殺属性”の攻撃だ。

 

あんなの喰らえばひとたまりも無い、というか今の俺では一瞬で溶ける。

 

注意せねば、と警戒を強めた途端。

 

「くっ!」

 

黒大蛇の巨躯から夥しい数の“黒い光線”が放たれた。

死ぬ気で躱して、避けきれないものをヒノカグツチで斬り払うことでなんとかやり過ごす。

 

しかし。

 

 

「あ、あぎゃあっ!」

 

「ぐげぇっ!」

 

運悪く何本かの光線が近場にいた隊員たちにぶつかり、そのまま()()()()()()()()()()()()()

徐々に、ではない、一瞬で跡形もなく溶かしてしまった。

 

つまり、あの無数の光線一本一本が先の吐息と同等の性質を持つ“呪殺系スキル”ということ。

 

おまけに――

 

 

「シャァァァ!!」

 

鳴き声を上げながら鱗より“黒い霧”を放ち始める。

今度は人にこそ当たらなかったものの、近くの建物が触れた先から腐食して崩れていく。

その光景に、もはや説明も必要ないほど霧の性質を確信するも。いつの間にか使用可能になっていたCOMPを用いて一応解析を試みる。

 

広域呪殺魔法(マハムド)級の霧か……厄介だな」

 

やはり呪殺系スキル。しかも、奴の巨躯から放たれる所為でかなり広範囲が既に霧で汚染されている。

これではヒノカグツチの斬撃を見舞うことが出来ない。

 

「一応、“遠距離攻撃”が無いわけではないが……」

 

今のサブロウに効く威力があるかと言われると答えに窮する。おまけに消費も激しいので連発は不可能だ。

ならば魔法か銃しか無いわけだが。

 

魔法は当然、コスパが悪すぎるので無理。銃においても、俺が持ってきている低威力の属性弾では効きそうにない。

 

さて、どうしたものか。

 

 

 

 

――俺が対処法を失い手を拱いている間、基地の隊員たちが続々と集まりそれぞれに攻撃を始めた。

 

一瞬、敵わないから逃げろ、と叫びそうになったが。彼らの携える武器、行使する魔法を目にして閉口した。

 

 

「撃ち方、はじめぇぇぇ!!」

 

隊長らしき人物の声に従って、数人の隊員たちが担いだロケットランチャーの引き金を引いた。

放たれた弾頭は一直線に大蛇へと向かい――

 

 

「っ、なに!?」

 

黒い霧に触れたところで爆発してしまった。

その光景に隊長と思しき男が驚きを声に出す。

 

だが、それで終わりではなかった。

 

 

続けて、別部隊がCOMPを操作しながら魔法陣を展開する。

そこから現れるのは彼らの仲魔、悪魔たちだ。

どれも下級ではあるが、中には強力な霊力を発する個体も混じっている。

 

それら全ての悪魔、そして魔法を使えるサマナーたちが一斉に魔法を放った。

 

 

「グギィィィィィ!!!?」

 

アギ、ブフ、ザン、ジオ。主要四属性の魔法に加えてコウハなどの破魔系。ごく僅かながらサイ、グライやフレイという希少属性による魔法も見受けられる魔法の群れが大蛇へと向かい、炸裂する。

あらゆる属性が混ぜこぜになった攻撃は、天変地異とも見紛う凄まじい威力と衝撃を生じさせた。

 

大蛇から離れた位置にいる俺でも踏ん張っていなければ吹き飛ばされそうな爆風が吹き荒れている。

 

 

 

やがて。

炸裂が終わり、もくもくと立ち上っていた白煙も晴れる。

 

そこには健在の黒大蛇が悠然ととぐろを巻いて、隊員たちを見下ろしていた。

身体には傷一つ見当たらない。

 

 

「そんな……」

 

魔法を放った隊員の一人がそう呟いて、がくりと膝をついた。

見ればほかの隊員たちも皆一様に、絶望感の滲み出る表情で立ち尽くしている。

 

 

これは完全に火力不足だ。

 

魔法攻撃というのは、単純な魔力量によって威力が軽減されてしまう。

もともと霊格やら何やらで防御力が加算される“摂理”にある中で、上述の通り己よりも高い魔力を持つ相手には更に威力が減衰してしまうのだ。

つまり、サブロウ……もとい黒大蛇の保有魔力量が尋常ではなく多いがために、隊員やその仲魔たちの魔力では歯が立たないということ。

 

俺自身、身に覚えがある“地力の差”というやつだ。

 

 

攻撃を立て続けに受けた黒大蛇は、当然のように隊員たちをその紅い双眸で見据えており、次なる標的に選んでいるのは明らかだった。

 

「クソ……まあ、目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いしな!」

 

圧倒的な戦力差にすっかり戦意を失っている隊員たちは無防備、対して黒大蛇は意気揚々に大口を開けて呪詛に相当するエネルギーを充填している。

そんな光景を見せられてはジッとしているわけにもいかず。俺は悪態を吐きながら銃を乱射し奴の注意を引き付ける。

 

隊員たちの猛攻撃によって黒霧は晴れており、今ならば奴の胴体に直接攻撃を加えることが可能だ。

加えて、接近戦も行える。

 

厄介なのは、再び黒霧を出されることだが。その点については、先の時点で既に予備動作は記憶したし、それをヒノカグツチの“演算”に回せばより確実に躱すことが可能だろう。

……問題は、ヒノカグツチを稼働し続けるための俺のエネルギーが枯渇しかけていること。

 

とはいえ、贅沢は言ってられない。

 

「俺が抑える! 遠方から援護してくれ!!」

 

短く、簡潔に指示を出す。

そしてほかの思考全てを黒大蛇との戦闘へと回した。

 

隊員たちを庇うように前へ出て、大口を開けて佇む黒大蛇の土手っ腹へと渾身の突きを放った。

 

「っ、グギャァァァ!!」

 

グニャリ、と長大な蛇体がしなるほどの威力を受けて、さしもの大蛇も攻撃動作を中断して苦しげに呻く。

口に溜まっていたエネルギーはボフン! と音を立てて霧散し、代わりに怒りに満ちた双眸を素早く俺へ移す。

相変わらず動きが速すぎる。

素体がサブロウであるが故だろうか?

 

「ああ、チクショウ! 俺だって死にたくねぇんだがなぁ!!」

 

半ばヤケクソ気味に叫び、それでいて奴との戦闘に全神経を集中させて途絶えさせない。

噛み付き、毒霧、体当たり。巨体からは予想できないほどの素早い動作で猛攻を加えてくる黒大蛇をなんとか躱しながら、こちらもヒノカグツチを振るい続ける。

 

……いやしかし、なにが悲しくて他人のためにこうも命を掛けて戦っているのだろうか。

心の底では「隊員(奴ら)を囮にしろ」という想いがジワジワと湧き上がっている。

 

前までの俺なら喜んでそうしている。

しかし、今は違う。

 

ウシワカとの出会いをきっかけに。廃寺での戦いを支えに。

チヨメちゃんの覚悟を勇気に。

チヨメちゃんの戦いぶりを見て、俺は――

 

「ああ……もう少しなんだ。もう少しで――」

 

――思い出そうとしている。

 

かつての記憶。未だ()()が健在であった頃の、全盛期とも言える輝かしい日々の記憶、その頃たしかに胸に抱いていた()()()()想い。

 

ハトホル、ブリギット、ハヌマーン、タケミカヅチ。

そして、()()()()

今はもういない彼女たちとの絆、彼女たちと一緒に戦う中で固められた決意。デビルサマナーとなった俺が、()()()()()()という根本、原理。

 

()()()アイと名付けた彼女が与えてくれた“愛”を基に、彼女が持っていた“博愛”を骨子として俺が肉付けした“信念”。

 

“誰かが愛しい”と思うからこそ生まれる“守りたい”という想いを。

俺たち()()()()()()、ほかの全ての“愛に生きる者たち”へと向けた壮大にして純粋な想い。

 

聞けば誰もが笑うだろう、幼稚だと。夢想だと。絵空事、或いは偽善と罵る者も。

そんなのは俺だって……()()()だって分かっていた。

 

でも、だからって。

 

()()()()()()()()()()()()

諦める理由にはならないのだから。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

――と。記憶では、頭では分かっているのだ。

 

だが、()()()()()()()()()()

 

思い出せない、気付けない、理解できない、納得できない、想起できない。

あの頃、あの時。彼女と共に誓った俺たちの願いを――

 

 

 

――どうしても思い出せなかった。

 

 





【あとがき】
気付けばウシワカ編より長引いた二章……流石に長過ぎると思った今日この頃。
巻きで行きます(二回目

でも、大事なところは外せないのでもう数話お付き合いくだされば幸いです。


あと、全然関係ないけど『ひぐらし卒』始まりましたね。毎週楽しみです(本当に全く本編に関係ない


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討滅戦

妖スロちゃんカッコ可愛い。
もうね……チョー可愛い(語彙
私はね、二股眉に目がないんですよ。ドロシー・カタロニアとか。

妖スロちゃん、結婚しよう。




「お館様っ!!」

 

叫ぶ。

遠方にて黒大蛇と激闘を続ける我が主を。

その背はやはり“頼もしく”、サブロウと戦っていた時と同じく非常に高い霊力を感じる。

 

だが。

だからとて。

 

「拙者を置いて、行かれるな……!」

 

あの黒大蛇が飛び出す直前、お館様が叫ばれた言の葉に反射的に従ってしまい、後方へと退がってすぐ。

飛び出た黒大蛇との戦いを始めてしまった。

 

途中、基地の“兵”たちが援護に入るも、すぐにお館様が前線に立ち剣を振るうに戻る。

 

 

それら一連の動きは、どう見ても、明らかに、もしかして――

 

「――もしかしなくても、拙者たちを遠ざけている?」

 

拙者やウシワカ殿、オサキ殿はもとより。

あの兵たちをも庇うようにして、()()()で戦うおつもりだ。

現に、兵たちには飛び道具による援護しか許さず。彼らに大蛇の目が行きそうになれば己が身を以て注意を引き付ける。

そうして兵たちの絶えず大蛇に放たれ、“妖術”を操る兵たちの援護も加わる。

やがては、あの“絡繰”たちも援護に参加して戦いは激しさを増していく。

 

 

……だが、それでもまだ黒大蛇は倒れない。寧ろ刺激されて活きいきとしているように見えた。

 

それよりなにより。

 

「お一人で……倒すつもりにござるか」

 

お館様は()()だ。

援護はあっても、()()戦う者は……戦える者はおらず。お一人で身体を張っておられる。

 

なぜ、そうまでして――

 

 

 

()()()()()()()()()()ようなお館様の行動が理解できず、さりとて、今の拙者がお館様の助けになれることもなし。

「早く、お館様のもとへ」その想いとは裏腹に、足手纏いにしかならない現状が歯痒く。

己の未熟に悔しさを滲ませていたところ――

 

 

「おい、今、アイツはどうなっておる!?」

 

オサキ殿の声が耳をついた。

すぐに振り向けば、小さな足を忙しなく動かして必死にこちらに駆け寄るオサキ殿の姿。

傍にはウシワカ殿の姿も。

 

「オサキ殿! お館様は今、サブロウが変じた大蛇と交戦中にござる! ただしお一人にて!」

 

なるべく簡潔に、すぐにお館様の窮状を伝える。

己では力になれぬが、オサキ殿、ウシワカ殿であれば。

 

「むむぅ……あの真っ黒な蛇、涅槃台よりも強いぞ」

 

拙者の言葉を受けてすぐ大蛇を見据えたオサキ殿は、苦々しい顔で顎を撫でた。

ねはんだい、とやらが何かは存ぜぬが――

 

「そうなのです! 前のサブロウでさえ拙者では太刀打ちできずにいたというのに、あの黒大蛇へと変じてよりは更に力を増している模様にて。

 

ですので! 何卒、お館様の援護を!」

 

必死に頼む。己にはそうすることしかできないから。

――せめて、戦う以外のことで精一杯お役に立ちたい。

 

こうべを垂れて、額を地に擦り付けんとした拙者を手で制して、オサキ殿はゆっくり口を開いた。

 

「まあ待て。

……お主はどうするつもりじゃ?」

 

「え?」

 

想定していなかった問い掛けに、一瞬言葉に詰まる。

己の不出来に羞恥を感じながらも素直に心のうちを述べた。

 

「拙者は……ここに残りまする。最早、あのような超常の戦いについて行けるほど、拙者は強くありませぬ故。面目次第もござらん……」

 

「なに……?」

 

しかしオサキ殿は不機嫌そうな表情で声を一段、低くした。

反射的にびくり、と身を震わせてしまうが己の本心を偽るつもりはないので続けて言葉を吐く。

 

「せ、拙者は。拙者では、足手纏いになるでござる……それに。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」

 

そう呟いた直後、否、瞬間。

 

――鋭い平手打ちが拙者の頬を打ち据えた。

 

「え……?」

 

突然の出来事に、なにをされたのかしばらく理解できずに惚けた声を出してしまう。

 

「たわけ! そんなはずがあるか!」

 

オサキ殿は目を吊り上げて大声で正面から否定なされた。

唐突に平手打ちをして、理由も告げずに声を荒げる彼女に、流石の()もつい頭に血が昇る。

 

「な、なにを根拠にそのようなことを……!! 拙者が弱いのは貴女とて理解しておられるはずだ! お館様は私に退がれと命じられたのだ!

現に、お館様は()()()()()()()()()()()()()! 

それは貴女方とて同じでしょう!?」

 

「……」

 

オサキ殿は“怖い顔”のままに何も仰らない。

ほら、やっぱり図星なのだ。

 

「私が弱いから……弱いから()()()()()()()()()のです。それは自分が一番わかっているから……だから……」

 

退がれ、と命じたきり、彼は何も命令してくれない。反対に大蛇を遠ざけようとなさっている。

それはきっと、“守ろう”という意思のもとにある行動なのだろうが。そのような行動をとらせてしまっているのは“己の弱さ”だ。

 

そう理解するからこそ悔しくて涙が出てくる。

忍びとしての己ではない。盛時様の伴侶でもない。

生前にはなかった()()たる主の側で共に強大な妖変化と死闘を繰り広げる今の役目が、こんなにも過酷で苛烈とは思わなかった。

こんなにも、力不足とは思わなかったのだ。

 

「……たわけっ!!」

 

「へぶっ!?」

 

涙ながらに心情を吐露した自分に、オサキ殿は憮然とした態度で二度目の平手打ちを放った。

一撃目よりも威力があったがために、地面に倒れ込む。

 

「に、二度もぶった……!?」

 

言少なに平手打ちのみを放つオサキ殿に、思わず抗議する。

 

「なんじゃ! 親父にもぶたれたことがない、とでも宣う気か!」

 

「???(何を言ってるのかさっぱりわからない、という顔)」

 

「……しかし。最初に会った時は存外図太い女子かと思うておったが。

あれじゃな、お主――

 

 

――結構、めんどくさい女じゃな!」

 

「めんど……!?」

 

いきなりの平手打ちからこの罵倒……オサキ殿は私が嫌いなのだろうか。

そして……これは、あれではなかろうか?

“ぱわはら”とかいうやつで、現代では忌み嫌われる行いなのではなかろうか??

 

「面倒くさい男と面倒くさい女を二人っきりにすると、こんなに面倒くさいことになるんじゃな……ワシ、一つ大事なことを学んだ気がするぞ」

 

「さっきから何を訳の分からないことを……!」

 

平手打ちの衝撃から立ち直った私は、すぐに抗議の声を上げた。しかしオサキ殿は一転して神妙な顔になって、諭すような口調で語り始めた。

 

「さっき、アイツに『あてにされていない』などと言っておったが。それを直接、アイツに言われたのか?」

 

「それは……」

 

聞いては、いない。しかし状況から見て、これまでの私の不甲斐なさを鑑みれば答えは明らかで――

 

 

「言われてないのなら違うと思うぞ。いや、絶対にお主は()()()しておる」

 

「勘違い?」

 

「アイツはな、()()()()()()()()んじゃよ。仲魔とか知り合いに頼むよりも前に結論まで突っ走ってしまう悪癖があるんじゃ。

……おっと、この点は今のお主と似ているな」

 

「うっ」

 

あからさまな図星を突かれて、流石の私も少し冷静になり自覚する。少々、悲観的な思考に傾いていたと。

 

「じゃから、力不足とかそういうのたぶん、()()()()()()()と思うぞ? ……いや、そもそもワシらの存在を失念しておるやもしれぬが」

 

ちょっと怖いことを呟いてから「ともかく!」と強引に話を戻して、オサキ殿は続ける。

 

「お主がここまで共に連れられて来たのならば、少なくとも“力不足を理由に遠ざけた”ということはないじゃろ。

マジで力不足ならば、はっきりとそのように告げる奴じゃよあやつは」

 

確かに。

病院でサブロウとの再戦を進言した時は割と情け容赦なく酷評された。お館様は結構ズケズケ言うタイプだった。

 

「……なにより。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……っ」

 

「別に、怖いのなら無理に戦えとは言わんが……理由を彼奴に求めるのは感心せぬからな」

 

そう言って、彼女は少し“嘲るような微笑”を見せた。

 

「っ、ご冗談を! 拙者はお館様の忍び、お館様の危機であればこの命を捧げてもお救いする所存にて!」

 

命を失うのは……お館様を失うことよりは怖くない。

だが、なにより怖いのは“置いていかれること”だ。

足手纏い、と思われるのも辛い。

 

そこまで考えて、ふと。

なぜ自分がこうも卑屈になっていたのかを理解した。

 

「ああ……置いていかれたくないのだな、わたしは」

 

生死に限らず、()()()()()()()ことそのものに私は無意識のうちに恐怖を抱いていたらしい。

大蛇の呪に怯える生涯の中で唯一、幸せの中にあったあの御方との日々が終わった時のように。

得られた幸福を失くすことを恐れている。

 

――だが。

 

失くさないように“全力で抗うべきだ”。

いや、私自身が抗い()()と思う。

 

生前には様々なしがらみから、遂に守ることが出来なかった大切な人。しかし今は違う。

 

立場が違う、主が違う。なにより――同じ立場で共に戦う者たちがいる。

 

「……拙者も、共に参るでござる。オサキ殿と同じく、拙者もお館様の“仲魔”でござるゆえ」

 

お館様は愛する人ではない……しかし、忌まわしき呪を持つ私と真摯に向き合ってくれる御方だ。

得難き主君、忠義を尽くしたいと思える主だ。

 

なにより、“身命を賭して尽くしたい”と思える相手だからこそ私は戦うのだ。

 

 

 

覚悟を新たにした拙者を見て、オサキ殿は満足そうな笑みで頷き、黒大蛇へと目を向ける。

 

「よし、ならば早速蛇退治へと向かうか! 先ずはワシが幻術と呪術で奴の目を塞ぐ。お主らはそのあとで攻勢を掛けてくれ。

……まったく、こういうのはアイツの仕事だろうに」

 

「承知!」

 

「うむ、ウシワカもそれで良いか?

 

…………………ウシワカ?」

 

しばらく待って、返事がないことを訝しむようにオサキ殿は小首を傾げ先程までウシワカ殿が立って()()場所に向き直る。

そして、その場に誰もいないことにようやく気付いた。

 

「あの……申し上げ難いのでござるが。ウシワカ殿はだいぶ前にお館様のもとへ駆け出してしまったでござる」

 

「はぁ!? いつ!?」

 

「お館様がお一人で戦っておられるとお伝えしてすぐに……」

 

拙者は見ていた。

戦況を告げた途端に一目散に黒大蛇の方へと飛び去ってしまったのを。お声をかける暇もない、まさしく天狗の軽業と呼ぶに相応しい速さにどうしようもなかった。

 

そして、何やら真剣に語り始めたオサキ殿の話に水を刺す訳にもいかずついぞお伝えすることが出来なかったのだ。

 

「あんの狂犬め……! ええい、仕方ない!

ならば急ぎワシらも向かうぞ!」

 

「はい!」

 

少々調子を崩された出だしだが、戦意は衰えていない。

 

プンスカ怒りながら駆け出したオサキ殿の小さな背中を、微笑ましく眺めながら拙者もお館様の援護に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「ギギャァーーー!!!!」

 

聞くに耐えない悍しい鳴き声を上げて黒大蛇が身体をくねらせた。直後に来る攻撃は既に“予測”している。

 

巨大な体、その尾をしならせて高速でこちらに振るう。

サブロウ由来の速さは、不意打ちであれば俺などすぐさま打ち据えられて粉々になっている。

しかし予想してあれば避けるのも容易い。

地面を蹴って確実に攻撃を躱す。

 

その隙に無防備な体のどこかをヒノカグツチで斬りつけて、直後に飛んでくる次の攻撃を躱す。

その繰り返し。

 

しかし、当たり前だが相手もパターン攻撃に徹することはなく、毒霧や呪殺属性の光線、巨躯を用いた物理攻撃を巧み織り混ぜて戦術的に攻めてくる。都度、演算をフル稼働しなければここまで持ち堪えることも難しいほどには強かった。

その合間には、隊員たちの援護、途中から参加した自律兵器たちの援護が加わる。

特に自律兵器たちは“死への恐れがない”ために、積極的に接近戦を仕掛けている。

そのおかげもあって俺は辛うじて生き延びている。

……だが、特攻にも等しい接近戦のたびに自律兵器たちは圧殺されまくっているので、戦闘後に賠償請求されないか少し心配だ。

 

 

「……しかし、埒があかないな」

 

生死の綱渡り状態で言うのもアレだが、このまま戦っても勝てるビジョンがまったく浮かんでこないのは事実だった。

疲弊し、エネルギー残量も僅かな俺のヒノカグツチでは大したダメージは期待できない。かと言って基地の人員ではそもそもダメージを与えられていない。

 

「リンがいてくれれば……」

 

なぜかこの場に現れない“頼もしい味方”を思い浮かべて、すぐに振り払う。

居ない事実は変わらないし、あまり他者をアテにするべきではない。

 

「考えろ……俺が勝つための方法を」

 

いくら覚悟決めたって、気持ちを昂らせたって圧倒的な力の前には意味を成さない。

それは生き延びる方法ではあっても勝つ方法ではないからだ。

 

「知恵を振り絞って、考え――」

 

「はあっ!」

 

無い知恵を絞ろうとしたところで、突如として無数の剣閃が視界を埋め尽くした。

 

刻まれた無数の斬傷から“血液”を噴き出しながら黒大蛇が苦悶に震え吠える。それを背景として、見慣れた痴女……もとい、仲魔が空から落下して来た。

 

「遅くなりました!」

 

振り向きにこやかな笑みで告げるのはウシワカ。

その体にはあちこちに斬傷が見受けられ、出血している箇所もあった。

ウシワカが来たということは、騎士団は撤退したということだろうか? まさか、基地の戦力で殲滅できるとも思えないので撃退したと見るのが妥当だろう。だからこそ隊員たちや自律兵器が援護に来てくれた。

先ずは生還を喜ぶべきだろうが、今はそんなことをしている余裕はない。

 

 

しかし、アインスとの戦闘は殊の外消耗を強いたようで、ウシワカの動きにはいつものようなキレが無いように見える。

 

「来てくれて感謝する」

 

「何を当たり前のことを……私は主殿の仲魔――」

 

話の途中で、黒大蛇が放った毒霧が吹き掛けられるが、彼女お得意の天狗の軽業にて危なげなく躱した。

 

「っと、さすがに話を続ける余裕は無さそうですね」

 

そうだな。

しかし、消耗の激しい彼女を前線に立たせるのは――

 

「では、参ります!!」

 

「え、ちょっ!?」

 

彼女を退がらせるべきか否か、悩んだ一瞬の隙に彼女は勝手に黒大蛇へと突撃してしまった。

相変わらずの猪突猛進に思わず頭痛が出る。

 

「……まあ、退がらせてどうにかなるわけもなし」

 

頭痛によって幾らか冷静になった頭で考えればすぐに答えは出た。

ここで退がらせても、勝てる可能性はゼロ。諸共に黒大蛇に殺される。ならば使()()べきだろう、と。

 

「……なかなか、思うようにいかないな」

 

()()()()()()だったあの頃の“気持ち”は、結局のところ喉まで出かかってそれっきりだった。

 

「結局は……失くしたままか」

 

ボヤきつつ、悩みつつも“演算”は止めず。それによって導き出された答えに従って黒大蛇の攻撃を避ける。

隊員たちも相変わらず援護してくれているが、ノーダメージの攻撃では気を逸らすことしか出来ておらず、段々と黒大蛇も無視するようになってきた。

 

唯一、自律兵器の特攻だけはかなり鬱陶しそうにしているもののやはりダメージは薄い。

 

 

一方、ウシワカの助勢はかなり戦況を好転させた。

天狗の軽業にて黒大蛇の攻撃を悉く躱し、返しの刃もまた高速であるならば。いくらサブロウ由来の速さを持つ黒大蛇とはいえ、巨躯のハンデを受けることとなり成す術なく体を斬り刻まれている。

だが――

 

「……再生してる」

 

こうして第三者目線で見てようやく確信したが。

この黒大蛇、傷を負った端から再生している。

肉が盛り上がるようにして傷を閉じている。

 

よって、どれだけ傷を負っても“持久戦”ではコレに勝てないのは明らかだった。

 

「やはり有効打は俺のヒノカグツチか」

 

それも生半可な攻撃ではなく、“大技”を使う必要がある。再生すら許さない高火力が必要だ。

 

「だがそれには大きな隙が……」

 

そこまで考えたところで、あの光線が飛んできて慌てて横に躱す。

 

「おちおち考える暇もない……!」

 

 

「サブロウ!!」

 

突然、可愛らしい声が響き、目の前の大蛇の身体に不可視のナニカが巻きついた。

一つではない、幾本もの縄状の魔力が絡みついて、巨躯の動きを止めようとする。

黒大蛇は苦悶の声を上げながら、拘束から逃れようと必死にもがいている。

 

「チヨメちゃん!」

 

最早聞き慣れた声に、間髪入れず振り返る。

 

「遅くなりまして申し訳ござらぬ……しかし、サブロウ相手であれば拙者の力は適任にて。

どうか、拙者も供に加えてくだされ!」

 

決死の覚悟を込めた顔で彼女は言う。

……先手は打たれてしまった。俺はすぐにでもここから離れるよう伝えるつもりだったから。

彼女の“巫術”がサブロウには特に効くのは分かっている。しかしそれを加味しても今の黒大蛇は強大過ぎる。

あまり、仲魔を危ない目には合わせたくないのだが……。

 

 

そう伝えようと再び口を開きかけたところで。

腰に凄まじい衝撃が走った。

その瞬間、すぐに思い至る。こうも何度も食らっていれば即座に理解できる。

 

オサキのドロップキックだ。

その推察を裏付けるように、直後、よく知った声と口調で彼女は言う。

 

「相変わらずうじうじしておるのぅ! このたわけ!」

 

何処となく、いつもよりノリノリな口調だ。

だが、今は痛みでそれどころではない。

 

「おいこら……挨拶代わりにドロップキック叩き込んでくるのはいい加減やめないか」

 

「何を今更……それにお主はこうでもしないと“火が点かん”じゃろ?

お主以外にはやらんから安心せい」

 

全然安心できない。

まあ、それはともかく。

 

「お前は退がってろよ? チヨメちゃんには巫術があるから、まあ、百歩譲っていいとしても。お前には荷が重い」

 

言いつつ、僅かに苛ついてきた。

なぜ誰も彼も言うことを聞かないのか?

俺はこんなにも彼女たちを“守りたい”と願い、必死に抗っていると言うのに。

 

そんな俺の心境を一蹴するようにオサキは鼻で笑う。

 

「おいおい、戦術眼すら衰えたか?

ワシが得意とするのは呪術、黒大蛇の主な攻撃手段も呪術じゃ。

加えてワシは“呪いのコントロール”に長けておる。

お主らに降りかかる呪いも“受け流して”みせようぞ」

 

「む……」

 

確かに。オサキは長年の“呪いへの抵抗”から“呪いのコントロール”についてはかなりの腕前を持つ。

その彼女が“受け流せる”というなら、まあ、事実なのだろう。

更に、ここは()()()()()()。ならば“夕凪の呪詛”による浸食も弱い。呪術コントロールに気を回しても問題ないだろう。

 

「術に集中すれば、あの黒大蛇すら騙す幻術の行使も不可能ではない……どうじゃ? これでもまだ安心できぬか?」

 

得意顔で述べてから最後、困ったような顔で優しく問い掛けてきた。

……その顔と、声は反則だろう。

アレは俺に“何かを強請る”時のものだ。

 

彼女にそういう態度をされると、俺は弱かった。

 

「……仕方ない。分かったよ、お前には俺らのサポートを頼む。呪いのコントロール? だったか? それについて詳しく教えてくれ」

 

「そう難しい話ではない。お主らに襲い掛かった呪いを逸らす結界を施すだけじゃ。ただ、それを維持するためにワシは動けなくなるが……」

 

「ならばウシワカを護衛に付けよう。アイツならお前を必ず守ってくれるはずだ」

 

決して守りに長けているわけではない。だが、俺が“頼む”といえば彼女は必ず命にかえてもオサキを守るだろう。

 

そう、彼女に伝えると。オサキは少し驚いた顔をしてから、嬉しそうに表情を綻ばせた。

 

「その意気じゃ。その“気持ち”を忘れなければお主はきっと、“思い出す”ことができるじゃろう」

 

「っ!」

 

驚いた。まさかオサキに、俺の心が見透かされているとは。

……だが、伊達に数年を共に過ごしていたわけではない。

オサキとはまだ数年の付き合いだが、“彼女を失って以後”、オサキはずっと俺を支えようとしてくれた。

当時は心が荒んでいたこともあり拒絶することも多々あったが……その献身を、今の俺なら理解できる。

 

……今更、それに報いるというのも都合がいい話だが。

 

「ああ、頼んだぞ」

 

せめて、これからは。きちんと、彼女に信頼を向けていきたいと思った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

念話にて仲魔たちに作戦を伝えると、即座に彼女たちはその通りに動いてくれた。

 

まず、現在はチヨメちゃんが巫術によって黒大蛇の動きを押しとどめてくれている。

その間に俺はヒノカグツチへとエネルギーを充填させ、最大火力で因生火神・神避を叩き込む。

……だが、さすがにチヨメちゃんの巫術であっても完全に大蛇の動きを止めることはできない。巨躯の動きは止められるものの、その口、その身から放たれる呪殺属性の魔法までは止めきれない。

 

そこで、オサキによる呪い逸らしが必要となる。

無差別に放たれる呪殺魔法を全力を以て捌き切る。

彼女だからこそできる、まさに神業だ。

……だが、余人の保護に集中する彼女自身は無防備となる。

そこに対する壁として、ウシワカがいた。

 

彼女が有する“薄緑”は、その逸話から対魔性能に高い補正がかかっている。なので、呪殺ビームや呪殺ブレスを薄緑の斬撃にて祓ってもらいオサキの護衛に徹してもらう。

 

即興ながら完璧な布陣だった。

余力は残されていないが、これは乾坤一擲の策。

失敗は考えずただ自らの全力だけを尽くす。

 

 

そうしてしばらく、順調にことが進んでいた時のこと。

 

 

突然、黒大蛇が動いた。

 

 

 

「っ、こ、これは!!」

 

最初に見た時のように、黒大蛇から“鼓動”が響き始める。併せて黒大蛇の全身がドクンドクンと蠢き始める。

応じてチヨメちゃんの拘束がブチブチと音を立てて外れていく。

 

「これ、以上は……お館様!!」

 

「っ!」

 

必死に術を維持しようと脂汗を流すチヨメちゃんが視線を向けてきた。だが、生憎と俺の方はまだ“溜め”が終わっていない。

演算結果にも“まだ滅ぼすだけのエネルギーが足りていない”と出ている。

あと、もう少し。時が必要だ。

 

 

もう少し持ち堪えてくれ、と言おうとした時。

拘束を引き千切りながら黒大蛇が“変体”した。

 

 

前よりもさらに太く、大きく、長く。

そして分裂するように巨躯から“首”が分かたれる。

その数、実に“八本”。元の首を含めれば“九本”の頭ができたことになる。

まさに“九頭竜”。

 

その威容はただしく“神話の怪物”と呼ぶに相応しい。

放たれる霊力も当然のように膨れ上がっている。

 

「くそ……いったい、どうすれば」

 

まだ、ヒノカグツチのエネルギーは溜まっていない。加えて、一回り以上力が増した黒大蛇を滅ぼすには更にエネルギーを溜めねばならない。

 

そしてなにより“拘束が外れてしまった”。

呪殺攻撃だけでもギリギリだったのに、あの巨躯による猛攻も加わる。それも八本に増えた首から攻撃が飛んでくるのだ。

今の布陣では危険すぎた。

 

俺は慌てて黒大蛇を抑えに動く。

しかしそれよりは先にウシワカが駆け抜けた。

 

そのまま黒大蛇に真正面から向かい薄緑を振るう。

対して黒大蛇も九本となった首から魔法攻撃、物理攻撃含めた猛反撃を開始する。

ウシワカは持ち前の俊敏性から雨霰のごとき猛攻を掻い潜り、時には首を足場にして全ての攻撃を躱しながら斬撃を放ち続けた。

 

「だが……」

 

それも初撃だけだ。

黒大蛇の素早さ、手数の多さを前にすぐに劣勢となり身体に傷を増やす。

幾ばくもしないうちにウシワカは死ぬ。

 

そう確信した俺は再び駆け出そうとする。

そんな俺を制する声が聞こえた。

 

「まだです! ここは拙者に、お任せを!!」

 

返事をする間もなく、チヨメちゃんは“舞い”を始めた。

サブロウ相手に使った時のような鎮魂の舞い。しかし前よりも力強い舞いだ。込められた霊力も、思わず閉口するほど高い。

 

「……姫、我が祖。今一度、力をお貸しくだされ」

 

何事か彼女が呟いて直後、彼女の霊力がさらに膨れ上がり黒大蛇の巨躯を無数の“不可視の縄”が締め上げた。

完全に動きを封じるほどの拘束を受けてようやく黒大蛇の攻撃が止まる。

 

「これなら……!」

 

その隙に俺はエネルギーの充填を進めた。

 

「ヒノカグツチ……神屠りし火の仔よ、“地”を創りし創世の主を滅ぼす滅神の火よ。

天の逆鉾振るいし天神なれど、地を創りしはすなわち“地の系譜”。地に生まれしはすなわち“かの母神の系譜”。ならば、天地須く“同一”なり。

 

ヒノカグツチよ、火の仔なりし滅びの焔よ。今ひとたび、終世の力を貸し与え給え」

 

 

目を閉じ、言霊を紡ぐ。

“奥山”にいた頃に教わった“ヒノカグツチへの祝詞”。その中でも重要なフレーズのみを思いつく限り口にする。

今回の相手は土着神、すなわち“地の神”だ。

“天”上の創世神を滅ぼしたヒノカグツチとしては、多少の威力減衰は考慮しなければならない。

神であれば総じて絶大な威力を叩き出すヒノカグツチだが、強大な神を相手取る場合はその“多少の威力減衰”が致命的な仕損じに繋がりかねない。

 

なので、打てる手は全て打つ。

 

 

 

――やがて、エネルギーが満タンまで溜まり、俺は剣を構える。

狙うは黒大蛇、その大元たる“最初の首”。

中央に鎮座する首から巨躯を両断するように斬撃を叩き込む。

意を決して駆け出そうとして――

 

 

 

――中央の首だけが突如、こちらに伸びてきた。

 

見れば、八本の首で拘束を支えて出来たわずかな隙間より中央の首だけを解放したのだ。

なんという力技、いや、それだけ強大な力を有しているということか。

いったい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という疑問は浮かぶが、今はそれどころではない。

 

首が目指すのは俺だ。避けねば死ぬ。しかし、エネルギー充填に全てを使っていた俺は咄嗟の回避が追いつかなかった。その時。

 

「なんのっ!」

 

俺の目の前、ウシワカが降り立ち迫りくる大蛇の頭部をはじき返した。

 

「ウシワカっ!」

 

「行ってください! 早く!」

 

彼女に急かされ、俺もすぐに駆け出す。

狙いは変更して、首ではなく胴体。

首が生えている根本から胴体を狙う。

 

溜めたエネルギーを溢さぬように、しかし迅速に。一直線に対象へと駆ける。

そんな俺へと、弾かれた首が再び俺へと迫った。

 

「行かせるか!」

 

そこへ、再びウシワカも立ち塞がる。

だが、今度は体当たりではなく、あの呪殺属性の吐息を吹き掛けてきた。

 

「なっ!?」

 

広範囲に吹き荒れる呪いの嵐、たとえ対魔性能を有した薄緑であろうと一息で切り抜けること叶わぬ重い一撃だ。

 

ウシワカを足止めした首はすぐに俺へと向き直りさらに加速。俺の背後から噛み付いてきた。

 

「う、おぉっ!?」

 

必死に身を捩って躱す。危なかった、少し遅れていれば丸かじりされていたところだ。

 

攻撃を躱された首は、追撃を加えることなく、その勢いのままに胴体の方へとニョロニョロと移動して。

こちらに大口を開けた状態でエネルギーを溜め始めた。

 

「っ……止まるかよ!」

 

おそらく、次に飛んでくるのは“呪殺属性のビーム”。それも溜めを入れた威力のもの。

加えて、演算結果から導き出される情報には“こちらの斬撃よりも前に飛んでくる”と出ている。

 

だが、それを理由に立ち止まれない。

 

今は絶好のチャンスなのだ、ここを逃せば勝ち目はない。さらに俺のヒノカグツチは“これ以上振るえない”。もともとタイムリミットが迫っていたところに、特大のエネルギー充填を行ったのだ。

つまり、次はない。

 

だからこそ駆ける。

 

案の定、中央の首は開けた口から極太のビーム、呪殺属性の光線を……放とうとして。突然、充填された呪いを()()させた。

 

「っ、オサキ!」

 

咄嗟に彼女の方を見れば、身体のあちこちから“出血”しながらもこちらに笑みを向ける姿が。

おそらく、膨大なエネルギーを自らの“コントロール”にて無理やり霧散させた反動によるダメージだ。

 

「早く、行けっ!」

 

彼女の言葉を受け、すぐに大蛇に向き直る。

そして、奴の頭部目掛けて飛び上がった……のと同時に、再び大口を開けてこちらに急接近する首。

こちらを“丸呑み”にしようとしている。

 

「しゃらくせぇっ!」

 

俺は構わず剣を振り下ろす。

すると、俺を呑み込もうとする寸前で大蛇は怯んだように口を閉じた。

 

これを好機と斬撃を叩き込む。

 

「うおぉぉぉ!!」

 

頭部を切り開き、そこから剣身の裏から炎を吹き上げた勢いでさらに下へと剣を進める。

 

「――らぁっ!!」

 

やがて、地面にまで剣を食い込ませて黒大蛇の身体を切り開いた。斬撃はその衝撃だけで尻尾の先まで真っ二つとし。

 

巨大な黒大蛇の身体は文字通り両断された。

 

 




【あとがき】
後編やばい文量でしたね……三日掛かりましたよ。
でも、殆どのキャラを濃密に描写してくれてとても楽しかったです。氏族長全員好きになりましたよ(例の腹黒も含めて

そして、妖精國の妖精はやっぱクソやなって。



あ、あと例の“大穴の神”は昔から好きなので出てきてくれて嬉しかったです。
メガテンだと頭骨に乗ったチャラ男みたいな見た目ですけど、狩猟神で冥府神で豊穣神で動物の神様って……何より名前からしてカッコいいですよね。なんですかケルヌンノスって、ラスボスかよ。
資料が少ない神様なのも厨二心を刺激される。

同郷のクロム・クルアハも同様。厨二病の俺は名前見た瞬間に“燃え死”しましたね。Wiki読んだら魂が昇天した。




それはさておき。
二章は畳みに入ったのであと数話で終わります。


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エピローグ

速すぎるかな、と思いましたが。続きは次章に含めても問題ないと判断してエピローグとします。



『どうして……どうしてそんなことを言うのですか!?』

 

地底の国。地底の“異界”に属する維縵国の王城にて“私”は叫んだ。

寝室のベッドに腰掛けた彼は焦燥した顔で私に振り返る。

 

『俺は忘れていたんだ……地上に残してきた最愛の妻のこと、俺を穴に落とした兄たちのことを』

 

その言葉を聞いて、私は青ざめた。

どうして、どうして。地底にいる限り、この異界にいる限りは記憶を取り戻すはずはないのに。

 

そこでふと、彼が手にしている絵巻を見つけた。

 

……ああ、ソレが。地上から流れ着いた“ただの絵巻”で、貴方は記憶を取り戻したのね。

 

通常、地底深くの異界たるこの国に漂流物が来ることはない。

しかし、“地上よりの行商人”や漂流者の持ち物、そういった物が国内に持ち込まれることはあった。

アレもおそらくそういう類だろう。

 

なんたる偶然……いや、或いは。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう思い至った私は、急ぎ地上への帰還準備を始める彼に言葉をかけることも出来ず。

帰還に際して挨拶に出向いた彼を無視した。

 

……単純に合わせる顔が無かった。

そして、“妻に会う”という決意に満ちた彼の顔を見ることが何より辛かったのだ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

――しばし、かつての罪を思い返して、すぐに“今助けるべき裔の子”に意識を戻す。

 

「ぐ、う、ぅう……!」

 

今は黒大蛇の動きを一秒でも長く止めるべく力を尽くす彼女。

サブロウに有効な巫術を主軸に、自らが疎む“呪い”すら動員して彼女は全力で戦っている。

それが“愛”によるものか、はたまた別の想いによるものか……

 

私には分からないが、とても“美しい”想いであるのは確かだ。

 

私の裔、後代にて“呪い”を受けた不運なる身の上に生まれた彼女が。こうも美しい想いを抱けるような女性に育ってくれた。

それが素直に嬉しい。

 

或いは彼女も、“変えがたい愛”を得たことで希望を持つことができたのかも。

 

『……私が首を突っ込む話ではありませんね』

 

「? 御先祖さま?」

 

思わず口に出してしまった一言にチヨメが反応する。

 

『いえ、なんでもありませんよ。それより、今は鎮魂に集中を』

 

「は、はい!」

 

チヨメの拘束は“巫術と呪いの融合”だ。

蛇神特化の鎮魂の術に加えて、自らを蝕む“伊吹大明神の呪詛”を行使している。

並みの霊力、精神では耐えられまい。

 

なので私が力を貸す。

神霊にして巫術にも精通する私ならば、チヨメが受ける負荷を大幅に軽減できた。

神霊たる私には呪いは効かず、巫術もまた“人のモノより高度”だ。

 

――だが、所詮、チヨメとサブロウの縁から無理やり現界した()()に過ぎない私の行使できる力には限度がある。

なので、術の主体はあくまでチヨメに任せるしかない。

 

『……それにしても』

 

私は黒大蛇へと変じたコウガサブロウを見つめた。

邪悪な悪魔に唆され、挙句に見るも無残な姿に成り果てて。こうして今を生きる人々に害を成している。

とても痛ましい姿だ。

 

なればこそ……私が終わらせるべきだ。

 

 

 

 

やがて、チヨメの拘束から無理やり飛び出した一本の首が彼女の主を狙って暴れ回る。

チヨメも必死に拘束を強めようとしているが、限界だ。

彼女の力量ではこれ以上の術は行使できない。

 

 

――力を使うなら今、ということね。

 

『チヨメ。貴女は強い子よ、貴女ならいつか呪いにも打ち勝てる……寧ろ、従わせてしまえるかもね』

 

「御先祖さま? いったい、何を?」

 

キョトンとする彼女に微笑み(たぶん見えてはいないが)続ける。

 

『どうか、忘れないで。貴女を“支える想い”を。それがなんであれ力になるなら大切にするの、いいわね?』

 

「は、はい……?」

 

ふと、黒大蛇の方へ目を向ければちょうど大口を開けた大蛇とあの男性が激突しようとしている所だった。

 

仮にも神霊に連なる私の思考は瞬時に状況を把握する。

あのままぶつかってもあの男性なら問題ない。しかし、黒大蛇は仕留めきれず戦いは泥沼化するだろう。

 

 

私は一目散に飛び出した。

 

目指すのは黒大蛇……の中にいる“彼”だ。

思念体たる我が身はあらゆる障害を素通りして最速で彼の元まで駆けることができる。

同時に、黒々とした邪悪な気の中にある彼の思念もまた見つけることができた。

 

『サブロウさま!!』

 

叫びながら一直線、彼の思念を抱きすくめた。

数多の祟神に入り込まれ、“黒く禍々しい気”に侵された彼の思念はもはや風前の灯だった。

 

そんな彼に、私は()()()()()()()()

 

『どうか、どうか今一度、気張ってくださりませ。貴方が、貴方の罪を意識しているならば。私たちの裔を認識しているならば。

何卒……目を覚ましなさい!!』

 

『っ!!』

 

叱責に近い私の声に、ようやく彼は意識を取り戻した。

そのことに安堵しそうになるが、今は火急の時。

私は心を鬼にしてサブロウさまの思念を使()()()黒大蛇の身体へと干渉した。

 

「っ!?」

 

神殺しの剣を構えた彼を呑み込もうとした瞬間。黒大蛇は“自らの意思とは別に”口を閉じた。

 

『ああ、よかった……間に合った』

 

そこでやっと気を抜いた私は、迫りくる“焔の斬撃”に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

基地外周部、多重結界の外に位置する異界内にて一人の男が立っていた。

癖っ毛の黒髪の下に“糸のように細められた目”。

裾と袖の長い、黒い民族衣装のようなものを纏い、首元には複数のネックレスがかけられ先端には“何かの骨”がぶら下がる。

 

男は軽薄な薄ら笑いを浮かべて手の中にある“ナニカ”を弄んだ。

 

「土着神の大御所、諏訪大明神の“肉片”。確かに頂きました」

 

彼が手にするのは()()()()()()()

黒大蛇へと変じたコウガサブロウが、ヒデオたちとの戦闘で溢した文字通りの肉の一片だ。

 

「出来れば“キレイな状態”で確保したかったのですが……()()()()の悪癖には呆れてものも言えません」

 

言わずもがな、サブロウを反転させた男のことである。

彼とは仕事上、何度か手を組んだが。本能にまで染み付いた“悪辣さ”には流石のこの男も辟易していた。

 

やがて、肉片を“呪符”の中へ丁寧に包み懐にしまった彼はくるりと反転して帰路に着く、と。

 

 

「待ちなさい」

 

その最中に向けてジャカッと銃口が向けられた。

振り向き視認するのは“ぴっちりとしたスーツ”を纏うツインテールの少女。

艶やかな金髪を持つ少女、()()であった。

 

彼女はプラズマガンを真っ直ぐ男へ向けている。

しかし、度重なる戦闘の疲弊からその息は荒く、纏った赤い戦闘服も激しく損傷していた。

 

それを見て男も“余裕”を感じて笑みを浮かべる。

 

「これはリン嬢、久方ぶりですな。最後に会ったのは――」

 

「五年前よ、あんたが起こした()()()()()()で」

 

遮るように答えたリンの言葉に、男は思い出したように手を打った。

 

「ああ、そうでした。あの時は()()()共々、よくも邪魔をしてくれましたね。

それにしても……まさか、自分を触媒にして()()()を呼ぶとは思わなかった」

 

脳裏に浮かぶのは五年前、長年の大願成就がため訪れた“南極”での出来事。

極寒の極限地帯に秘された“星見台”を巡って、彼とリンは激しく争った。星見台もリンを味方と認めて協力したことで、男は敗北。周到に準備を重ねた計画を台無しにされていた。

 

「……おかげで“再生”に五年も費やしてしまった。目まぐるしく移り変わる現在の世界情勢においては痛打と言わざるを得まい」

 

僅かに眉根を寄せて目頭を押さえる。

 

「余計な時間を使うつもりはないの。いいからさっさと降参してくれない?」

 

余裕ある笑みを作る彼女だが、実のところ形勢は不利だ。

それを分かっているからこそ男は動じない。

 

「御冗談を。そちらこそ、大人しく()()()()に下った方が良いのでは?」

 

「……」

 

押し黙るリンに、畳み掛けるように言葉を続ける。

 

「リン嬢、貴女は()()()()()()だ。我が同志の誰しもが願ってやまない“太母の恩寵”を一身に受け、己が力の如く振るう貴女には嫉妬と羨望を感じずにいられない。

苦節“千四百年”、修行に明け暮れた私ですら及ばない、自然との完全なる調和。鬼道師(シャーマン)の最終目標へ、生まれながらにして到達している貴女こそ、真っ先に教団の“悲願”に賛同すべきだというのに――」

 

「ごちゃごちゃと――」

 

早口でいて流れるように自然と耳に入ってくる語り口は詐欺師そのものだ。人心のあれこれを熟知した口調。

 

それに苛立ったリンが口を挟んだ直後。

四方から魔法が迫った。

 

「なっ……!」

 

衝撃波を濃縮した塊、燃え盛る大火球、冷気を放つ大きな氷塊、電撃を球状に圧縮した光球。主要四属性、どれも上位クラスの魔力。

そんなものを同時に四つも操るのは十分脅威だが、なにより()()()()()()()が速すぎる。

ほんの僅か、男の口調に苛立ったが故に生じた僅かな隙に発動しているのだ。

 

そんな推論はともかく。リンは即座に対応する。

四方から迫る魔法はどれも“単体用”、ならば()()こそが正解だ。

 

ふわり、と宙へ飛び上がったとほぼ同時。四つの魔法は互いに衝突して相殺された。

後方に着地した彼女はすぐに顔を上げて“敵”を探す。

 

「……逃げられた」

 

先ほどまで男がいた場所にはもう誰もおらず。周囲へ目を向けてみても、変わらない異界の風景が広がるばかり。

念のため、スーツに搭載された簡易式の探知機能を起動するも、やはり男の行方は掴めなかった。

 

「相変わらず逃げ足だけは速いのね、()()()()

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

渾身の力を込めたヒノカグツチの斬撃により黒大蛇は滅びた。

真っ二つとなった長大な身体は延焼によって余すところなく燃え上がり、灰と化した。

跡には()()()()()()()()

 

「ふぅ……」

 

魔剣を杖代わりに肘を乗せ、一息つく。

COMPをチラ見してもはや基地内に敵性悪魔が存在しないことを確認してから、懐より煙草を取り出した。

 

 

「おいコラ……ワシのことは無視か」

 

火をつけたところでオサキが歩み寄ってきた。

額から生々しい出血の跡が下方に伸びているが、もう血は止まっているらしい。

 

「最初見た時は焦ったが……よくよく考えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と理解したからな。そういう奴だろお前」

 

吸い込んだ煙を吐き出して答える。

 

「まあ、そうじゃが……ちょっとは心配せんか

 

なんとも言えない、といった表情でなにやらぶつぶつと呟くオサキ。

 

「なにより、“信じてたからな”。俺の仲魔を」

 

「むぅ……」

 

廃寺の時以来の“すっきりとした気分”で俺は戦えていた。……あれからそれほど時間は経っていないというのに、再び忘れかけていた俺の不甲斐なさには辟易するばかりだが。

今度からは、もう間違えない。

 

仲魔とは、守るだけの対象ではなく。共に戦ってこそ、ということを。

 

 

「……ただ、まあ、一応。これ食っとけよ」

 

胸ポケットから取り出したる“魔石”を差し出す。

するとオサキは少し驚きながらも素直に受け取り口内に放り込んだ。

 

「なんじゃ、いつの間に手に入れてたんじゃ?」

 

モゴモゴと口を動かしながら問い掛ける。

可愛い。

可愛いついでに全身の傷も幾分か薄くなる。

 

「サブロウの前に兵隊と戦ってたろ? あいつらからドロップした」

 

「あ、なるほどのぅ」

 

その後も、モゴモゴするオサキを眺めてほっこりする。

と。

 

 

 

「お館様」

 

いつの間にやら傍で膝をついていたチヨメちゃんが声をかけてきた。

しかし、身に纏っているのはいつもの忍び衣装ではなく。

スケスケどスケベな巫女衣装。

普段とは一転、派手なデザインのために改めて見入ってしまう。

 

「……お館様?」

 

声もなくジッと見つめる俺を訝しむように再度、声がかけられる。

 

「ん、いやなんでもないよ。

それより、チヨメちゃんもお疲れ様」

 

「はい、お館様も」

 

にっこりと笑みを浮かべて返すチヨメちゃん。

……これで人妻未亡人だと言うのだから恐ろしい、もはや反則では? 具体的に言えば可愛すぎるのでは?

 

可愛いのでこちらも堪らず頭を撫でる。

 

「お、お館様……」

 

ちょっと困ったような焦ったような顔で抗議する彼女。

 

「いやぁ、今回はチヨメちゃんのおかげで勝てたようなもんだからね。撫で撫では普段の三倍は硬い」

 

「拙者は童ではござらぬのですが……まあ、お館様が望まれるなら」

 

満更でもない顔で述べるチヨメ氏。

今更だけど、あざといなこの忍者。

さすが忍者、あざとい。

 

 

「……」

 

しばらく撫でて、ふと。隣のオサキがなんとも言えない顔でこっちを見つめているのに気付く。

ははぁ、アレだな? お前も撫で撫でされたいんだな?

 

「可愛い奴め」

 

そう言ってもう片方の手でオサキの頭を撫でる。

ちなみに彼女の頭を撫でるには少々コツがある。

彼女の特徴にしてチャームポイントである狐耳を傷つけないよう、頭頂部から前頭部にかけて優しくスライドするのだ。

とはいえ時折、耳を優しく揉むと表情が蕩けるのでそちらもオススメである。

 

「ちょ、コラッ! ワシまで撫でんでいいというに!」

 

やめよやめよ、と手を払い除けようともがく。が、その手には不自然なほど力がこもっていない。

 

「照れ屋さんめ〜、このこの〜」

 

薄い桃色の頭髪を撫でつけながら折を見て狐耳を優しく掴んだ。

 

「やめよやめよ〜……あふん!?」

 

――が、掴んだ瞬間にびっくりするほどの艶声が飛び出した。俺が思わず手を止め、チヨメちゃんすら凝視してくるほどに艶かしい声だ。

 

数秒ほど、俺たち三人の間に気まずい沈黙が流れる。

 

「さ、さぁて! 戦いも終えたことだし、早速大國に報酬貰いに行かないとな!」

 

俺は気まずい空気を払拭するべくわざと大きく明るい声を出した。

 

「そ、そうでござるな! 兵は拙速を尊ぶと申しますし!」

 

チヨメちゃんも俺に合わせて元気な声で応える。

でも、そのことわざの使い方はちょっと間違ってると思うよ。

 

「そ、そうじゃな〜……」

 

一方のオサキは、狐色の耳まで真っ赤にしながら小さく呟いた。

その様に俺はなんとも申し訳ない気持ちになるが、今更蒸し返しても気まずいだけなので、心の中で謝るに留める。

ほんと、ごめん。

 

 

 

だが。

 

「っ、いてて!」

 

少し歩き出したところで、手の甲に鋭い痛みを感じた。慌てて目を向けると。

 

「……」

 

目を釣り上げ、怒りに満ちた顔で俺の手をつねるオサキがいた。

……お、思ったより怒ってらっしゃる。

 

「嫁入り前の娘に、あのような恥をかかせるとは……お主、どうなるか分かっておろうな?」

 

ただならぬ覇気を滲ませながらオサキが告げる。

 

「……いや、嫁入り前もなにも。貴女、もうお婆ちゃn」

 

咄嗟に思ったことを口走った直後、ブチっという音をたてて手の甲の皮が引きちぎられた。

 

「〜〜っ!?」

 

チヨメちゃんの手前、必死に声を押し殺す。

戦闘時の傷に比べれば大したことはないが、平時においてはこういう痛みはそれ以上に敏感に感じ取ってしまうもの。

 

……ただ、まあ、俺の失言もかなり酷かったと今更気付いたので抗議はしない。

 

 

「お、オサキさん? さすがに主の皮を剥ぐのは如何なものかと」

 

「なんじゃ、手の甲だけでは物足りぬか?」

 

にっこり笑顔で彼女は言う。無論、喜びの感情は一ミリも無い。笑顔の裏からかつてない憤怒の念が滲み出ている。

 

「な、なんでもないで〜す……いや、ほんとごめんなさい」

 

「ふん……」

 

心からの謝罪だったのだが、彼女の怒りを収めるには足らず。不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。

 

 

――そんな様子を、いつのまにか傍でチヨメちゃんが眺めていた。

微笑ましそうな、まるで見守るような温かい目で。

 

「チヨメちゃん?」

 

思わず声をかける。

 

「いえ……なんとなく“微笑ましい”と思っただけにござる」

 

「そ、そうか」

 

そう真っ正面から言われるとこちらも小っ恥ずかしくなってしまうのだが。

……しかし、こうも素直な言葉を聞かせてくれるなど。召喚直後からは考えられない変化だ。少しずつでも、彼女と仲良くなれたのだろうかと内心嬉しく思った。

 

まあ、焦ることはない。焦る必要もない。

 

これからも彼女が許す限りは共に戦っていくのだし、イヌガミの言う通り“時に任せる”のも一手だろう。

 

 

 

 

「主殿ーーー!!」

 

ひと段落したところで、遠方から聞き慣れた声が迫ってきた。言わずと知れた暴走忠犬、ウシワカである。

 

ドドド、と煙を上げながら駆け寄ってくる彼女は咄嗟に身構えそうになる速度。

 

そうしてこちらに辿り着くなり急ブレーキをかけて、無事にコンクリートを粉砕した。

おいおい、人様の土地をあまり壊してくれるな。

そう苦言を呈そうとして、間髪入れずにウシワカはサッと頭を下げてきた。

 

一瞬、「謝罪かな?」と思うも。すぐにその意図を察した。

察して、素直に撫で撫でした。

 

「よしよし、ウシワカも、今回はよく戦ってくれたな。偉いぞ〜」

 

「むふー! ウシワカは主殿の仲魔ですので、当然です!」

 

口ではそう言いつつ、もはや隠す気もないほどに嬉しそうな声を出すウシワカ。

お前のそういう素直なところ、俺は好きだぞ。

 

「こやつめ〜」

 

「むふー!! もっと! もっと撫でてくだされ!」

 

調子に乗ってさらに激しく撫でてみると、ウシワカもハイなテンションでさらにおねだりしてきた。

なのでこちらも負けじと撫でまくる。

対してウシワカもさらにねだる。

 

 

 

……そうこうしているうちに、気づけば両手でウシワカの頭部をもみくちゃにするほど撫でている自分がいた。

 

「主殿〜♪」

 

ウシワカは上機嫌で笑っている。

こ、こやつめ……可愛すぎる。

こちらも撫でる手が一向に止まらんぞ!

 

 

「お館様……」

 

チヨメちゃんの声でハッと我に返る。

 

「す、すまんチヨメちゃん。ウシワカのおねだり攻撃は思いの外強力でな」

 

「むふふ、まあ、今のところはこの辺で許してあげましょう! 続きは帰ってからですね!」

 

なぜか偉そうなウシワカは腰に手を当ててそう告げた。帰ってからも撫でるのは決定事項らしい。

まあ、嫌ではないが。

 

「いや、その……お館様。オサキ殿、もう随分前に先に行ってしまわれましたが」

 

「え!?」

 

気まずそうに告げる彼女の言葉に驚愕する。

確かに、周りにはすでにオサキの姿はなく――

 

「い、急いで追うぞ! いくら対悪魔基地とはいえ、あいつ一人でぷらぷらするのは危ないからな」

 

一瞬で気持ちを切り替えて二人に告げる。

今のオサキは廃寺の時のような女神モードではない、加えて夕凪から遠く離れたこの地ではバックアップもない。正真正銘の雑魚なのだ。

仮に野良悪魔にでも襲われたら、と考えると肝が冷える。

万が一にも無いとは思うが、基地の人間に野良悪魔と勘違いされて攻撃される可能性だってある。

 

なので急ぎ走り出したのだが――

 

「ふふっ」

 

「な、なにがおかしいんだ?」

 

共に駆け出したチヨメちゃんが笑いをこぼした。

 

「申し訳ござらぬ……しかし、お館様は本当に仲魔を大事に思っていらっしゃるのだな、と」

 

「っ! ま、まぁな」

 

相変わらずどストレートな言葉を投げてくるチヨメちゃんに、再び羞恥を感じる。

というか、そこまで率直になられると恥ずかしいってもんじゃないんだが。

素直になり過ぎである。

 

このクノイチ……召喚直後のオサキとのやり取りからなんとなく分かっていたが、根はかなりズケズケ言うタイプと見た。

 

「チヨメちゃん……恐ろしい子」

 

「え!? な、何故でござる!?」

 

まるで心当たりがないとばかりに狼狽えるチヨメちゃん。

 

冷静に考えると、そのござる口調もかなりあざといなと思った。

 

 





【あとがき】
これまでの皆様の反応を見て、「男英霊も行けるな」と判断したのでどっかで男キャラ出します。
一人はすでに出番が確定してるのですが、スペック的に過剰戦力になりそうなので何処で出そうか迷ってます…

ちなみに出す際は一章くらい使うのでfgoみたいに0.5章扱いでやりたいと思ってます。


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登場人物紹介 二章終了時点

二章のマテリアル書いてみました。
特に重要なことは書いてないです。





【名前】豚皮豚ノ介

【種族】ハイオークウィザード

【性別】男

【年齢】??

【誕生日】?

【身長】166cm

【体重】96kg

 

【容姿】オークっぽい人間、魔術師風のローブ

【髪】刻み海苔

【イメージカラー】特に無し

 

【好きなもの】

凌辱(多義)、レ◯◯、女体(巨乳、貧乳、パ◯◯◯、etc.)、乱◯、処女、ビッチ、ロリ、etc.

 

【嫌いなもの】

秩序、法のしもべ、聖人、善人、主人公気質

 

【趣味】

女体盛り、凌辱、人攫い、魔術研究

 

【特技】

召喚、陵辱拷問、人攫い、魔術式同時展開

 

【能力】

性魔術(外法):C

性欲に根ざした魔術。彼の扱うものは系統立ったものではなく、独自に構築したものであり性を侮辱する外法でもある。

 

魔術:B+

もともとの才とハイオークウィザードへの転生で手に入れた腕前。基本四属性魔法はダイン級の威力を出せる。

 

並行魔術:C

同時に複数の魔術を並行して構築・発動及び展開を可能とするスキル。

 

召喚術:B++

ハイオークウィザードに転生して手に入れたスキル。ただし元々の適性が無いためAランクには及ばない。

 

肉欲:C++

性欲の多さ。オークになったことで生前よりも格段にレベルアップ(?)している。

彼の場合は性魔術の効果が上がる。

 

【備考】

東京に潜伏していたダークサマナー。

召喚術と性魔術を得意とし、世界各地で事件を起こしておりサマナー協会からも賞金をかけられている悪人。

性魔術は儀式系を得意とするため戦闘の役には立たない。もっぱら捕らえた相手に使う、つまりはエロゲの竿役。

それなりに可哀想な過去もあったりなかったりするが、その後にやらかしまくってるので残念ながら擁護の余地は無きに等しい。

 

特別なハイオークで構成される豚一族の一員、中でも『王の招致』という大役を担う重要な幹部だった。

彼の他にはハイオークシーフ、ハイオークウォーリア。とある英雄を改造洗脳したハイオークキャバリエが確認されている。

 

東京地下で協会のサマナーと交戦、壬生一族の巫女たる鈴女に魔眼を使われ全ての生体エネルギーを放出、死亡した。

 

【余談】

ぶっちゃけノリで作ったキャラだが、豚一族はちゃんと設定作ってます。

人並みに辛い過去があったが、とある堕天使に唆されて悪魔の道に堕ちた。悪魔化してからは生前の記憶は希薄になっており時を追うごとに加速している。

陵辱系のエロゲでは確実に竿役。

 

 

 

 

【名前】鈴女

【種族】人間

【性別】女

【年齢】13

【誕生日】6/11

【身長】148

【体重】43

 

【容姿】丈の短い麻布の衣服、おかっぱにした美遊

【髪】黒髪、おかっぱ、右メカクレ

【イメージカラー】茶

 

【好きなもの】

勉強、修行、一人の時間、壬生のみんな、川遊び、水浴び、お人形、山遊び、外遊び、幻女

 

【嫌いなもの】

壬生の風習、ヤタガラス、大人、侵略に来た外来悪魔

 

【趣味】

人形集め、人形の着せ替え、散歩

 

【特技】

速読、スピードラーニング、模型作り

 

【能力】

巫術:A+

壬生の神に特化した巫術の才。ヤトノカミ関連では最高レベルの適性を持つ。

 

気配遮断:B++

隠密スキル。未熟なので最高レベルには及ばないがヤトノカミの力を借りれば比肩する。

 

奇襲:D++

 

忍術:C+

 

吸魂魔眼・死亡告知:EX

右目に移植されたヤトノカミの眼から放つ強力なエナジードレイン。鈴女の適性が最高レベルのためランクは測定不能。

 

【備考】

壬生の里で生まれ育ったヤトノカミの巫女。

当初は巫女と関係なく壬生の民として普通の生活を送っていたが、幻女と遊んでいた時に誤って木から転落。潰れた右目の代わりにヤトノカミの右目を移植されたことで覚醒した。

それからは辛く厳しい修行を重ね、短期間で巫女としての技能を習得。ヤタガラス配下として立場の厳しい壬生一族を助けるために積極的に任務に参加している。

國家機関からの任務では、小より大を優先する機関の方針によりヤトノカミの力を酷使され何度も重篤な侵食に見舞われるが、歴代最高の適性により数日で元に戻る、ということを繰り返して疲弊したこともあった。

その後、状況を見兼ねた別のヤタガラス構成員の計らいでサマナー協会に出向。以後は卜部会長の管理下で任務をこなすことになる。

未だ幼いこともあって会長からは目をかけられており、十分なバックアップを受けている。

 

普段は会長が手配した中学校に通っており、幻女と共に勉学に励んでいる。

 

【余談】

趣味で出した忍者娘。可哀想は可愛い、をコンセプトに作ってみたらなかなか良い感じなので勢いで中学校周りの設定も作ってしまった。いつか鈴女たちメインの話をやりたい。彼女たちにも英傑を召喚してもらう予定。

また、同中学校には『晴明の転生体』と『シックスの息子』がいる。

 

 

 

 

【名前】幻女

【種族】人間

【性別】女

【年齢】13

【誕生日】6/12

【身長】145

【体重】43

 

【容姿】某忍法帖のオレっ娘

【髪】黒、姫カット、一つ結び

【イメージカラー】水色

 

【好きなもの】

鈴女、歌、おしゃれ、ショッピング、お出掛け、鈴女との時間

 

【嫌いなもの】

男、大人、性欲

 

【趣味】

裁縫、食べ歩き

 

【特技】

裁縫、音感

 

【能力】

忍術:C

 

気配遮断:B

 

幻術:A

幻女に継承された先祖の力。五感すら支配する強力な幻術を展開できる。

 

幻現(ゆめうつつ)ノ大界変:EX

血族に継承されてきた術。異能では無いために修行で身につける必要があるが、継承できるのは血族に限る。

五感支配はもとより、世界そのものを幻術の世界に置き換える。つまりこちらが設定した世界に一定範囲内を改変する術。

もちろん永続ではなく術が解ければ改変も解除される。

 

【備考】

壬生一族のくノ一。立場としては、ヤトノカミの巫女たる鈴女の補佐兼側近、およびサポート役……なのだが普通に友達関係を続けている。

“色々”あって数年前とは口調も性格も変わったが、鈴女を慕う気持ちは変わらず持ち続けている。

激しやすいが、鈴女がキレた際は抑えに回れる良い子。

大人も男も嫌いだが、それだけで決めつけることはなくきちんと相手を見極めることもできるなど意外と冷静。

割とすぐに殺そうとする鈴女の抑えに回ることもある。

なんだかんだでサポート役もこなし、仕事のスケジュールも頭に入っていたりする。

 

【余談】

趣味で出した忍者娘その2。可哀想は可愛い、をコンセプトに作ってみたら結構良い感じなので(ry

オレっ娘だけど実は冷静なキャラ、という筆者が高校時代に妄想してたような要素をぶち込んで出来上がった可愛いロリっ子。当初は単純にオラオラ系だけど実は優しい、みたいな設定だったのが。詰めていくうちに悲惨な過去を背負わせる羽目になってしまった。私は悲しい。

 

ちなみに、彼女のトラウマである“襲われた”件に関しては、彼女自身が咄嗟に苦無で刺し殺したために大惨事(意味深)には至っておりません。

 

正直、我ながらやべー過去を背負わせてしまったことに罪悪感を覚えている。

 

 

 

【名前】望月千代女

【種族】英傑

【性別】女

【年齢】-

【誕生日】?

【身長】154

【体重】46

 

【容姿】FGOのパライソちゃん

【髪】FGO準拠

【イメージカラー】同上

 

【好きなもの】

食べ物の好き嫌いは無いらしい、盛時

 

【嫌いなもの】

 

【趣味】

ネットサーフィン、料理、山菜採り

 

【特技】

死んだフリ、変温

 

【能力】

気配遮断:A+

 

おろちの呪:B+

大蛇の祟りを呪術へと転用する技能。アサシンという括りが無いため僅かにランクが上がっている。

 

甲賀流:A

 

忍術:A

 

破壊工作:C+

 

呪術(巫):B++

歩き巫女の頭であり、自身も大蛇の巫女である彼女は巫術に関連した呪術を会得している。サーヴァントであればクラス適性で失われる技術だが、英傑であれば本来の術を取り戻す。

 

巫術:A

 

口寄せ・伊吹大明神縁起:C

甲賀望月を祟る八岐大蛇の分霊を使役する呪術。大蛇の姿をした呪いで呪殺属性の巻き付き攻撃を行い対象を呪殺する。

口寄せゆえ血液を触媒として発動させる。そのため身体のどこかを傷つけ出た鮮血を元に即座に発動することも可能。

ただし新鮮な血液に限り、取り置きの血では発動しない。

 

【備考】

甲賀望月の生まれであるくノ一。のちに望月盛時の後妻となるが夫が早くに戦死。くノ一としての技術を信玄公に見込まれ、諜報技術を叩き込んだ歩き巫女の総括を任される。以後の消息は記録にない。

資料に乏しく実在性も疑問視され、史実性は低い。

 

※本作での独自設定

甲賀望月は甲賀三郎の血を継いでおり、三郎と維縵姫の娘が維縵国に帰ったのち、地底に訪れた男と結ばれたことで出来た血族。

また、地底に落ちた際に男は伊吹大明神に呪いを受けておりこれは千代女の代にも続いていた。

つまりこの千代女は本作のメガテン世界に生まれた存在である。

 

【余談】

趣味で出した(ry

というか二章そのものが趣味最優先で作った話なので致し方なし。

でもせっかく出したので重要な役割を担ってもらう予定です。

 

 

 

 

 

【名前】大國 典明

【種族】人間

【性別】男

【年齢】??

【誕生日】?

【身長】181

【体重】76

 

【容姿】寡黙でダンディなイケオジ

【髪】黒

【イメージカラー】黒

 

【好きなもの】

知恵のある者、力ある者、有能な者、思慮深い者、この国

 

【嫌いなもの】

愚か者、無能、知恵なき獣、無力かつ卑しい者、舶来の俗物

 

【趣味】

???

【特技】

???

 

【能力】

呪禁道:A+++

古代、陰陽道が流行る前にあった呪術の一種。薬草や香を用いた儀式的な呪術。資料に乏しく、現在ではその全容を知ることは難しい。

 

古代呪術(倭):EX

 

■■覆滅:A++

 

■■掌握:EX

 

【備考】

現防衛大臣。大臣就任前より各議員、閣僚に根回しして霊的防衛に関する援助を取り付けている。

だいぶ前から秘密裏に独自の霊的組織を創設しており、國家機関とは別の霊的国防組織として勢力を維持している。

思慮深く用心深く強か。議員との繋がりが強く、表舞台では適度に身を引くために疎まれない。

 

元防衛大臣タマガミの失脚に乗じて、彼の配下であった悪魔討伐隊を丸ごと配下に取り込んでいる。

また、精鋭として自衛隊からの引き抜きで構成した特殊装甲強襲戦闘部隊、通称『甲戦隊』を有する。

 

【余談】

ぼくのかんがえたさいきょーのせいじか。

根回しヨシ! 世論ヨシ! 実力ヨシ! の三拍子揃ったパーフェクト政治家。おまけに戦闘能力も高いというオリキャラチートの塊みたいなおじさん。

でも、初代会長とかキョウジには及ばないのでご安心ください。

ちなみに呪禁に関しては、例によって独自設定を使わせてもらってます。

 

 

 

 

 

【名前】細川 盛源

【性別】男

【年齢】?

【誕生日】?

【身長】174

【体重】66

 

【容姿】眼鏡男子

【髪】黒

【イメージカラー】黒

 

【好きなもの】

神秘全般

 

【嫌いなもの】

無能な権力者、愚かな大衆

 

【趣味】

山登り

 

【特技】

事務系全般、演説、マネジメント

 

【能力】

■■■■:A++

 

六道■■:A+

 

■■道:A

 

■■■:A+

固有スキル。

 

■■のカリスマ:C-

 

【備考】

大國大臣の秘書を務める男。

私兵団内でもNo.2の地位にあり当然悪魔への知識も豊富に有している。

表裏問わず大國をサポートする。

 

【余談】

ぼくのかんがえたさいきょーのひしょ。

ただでさえパーフェクトなイケオジをさらにパーフェクトにサポートする有能秘書官。

ちなみにとある事情から千代女ちゃんのことはあまり良く思っていない。

 

 

 

 

【名前】コウガサブロウ

【種族】龍神

【性別】男

【年齢】-

【誕生日】-

【身長】192

【体重】88

 

【容姿】真Ⅳのコウガサブロウ

【髪】髪は無い

【イメージカラー】緑?

 

【好きなもの】

春日姫、維縵姫、子孫、諏訪の地、諏訪の民

 

【嫌いなもの】

諏訪の地を荒らす者、堕落の天使、卑劣、裏切り、侵略者

 

【趣味】

???

 

【特技】

コウガサブロウ現象

 

【能力】

神通力:A

神の権能。多岐にわたる技能。

龍神として正当な信仰を受ける彼は最高ランクでこのスキルを有する。

ザン、ガル、サイ系魔法はこれに含まれる。どれもダイン級まで行使可能。

 

気配遮断:A++

隠密スキル。神であり霊的国防兵器でもある彼は最高レベルで会得している。勘の鈍い者は攻撃されるまで気付かない。

 

忍術(異):EX

三郎伝説の一種で甲賀流の祖として語られたことで得たスキル。神がかった忍術の数々を行使する。

 

龍の反応:A++

反射速度。獣の反応の上位スキル。龍神として崇められ、霊的国防兵器として召喚された彼は高レベルでこのスキルを得ている。命中・回避を大幅に上昇させる。

また、Bランク以下のスクンダ系デバフを無効化し、Aランク以上を確率で無効化或いは大幅に軽減する。

 

諏訪龍神縁起:EX

甲賀三郎伝説の具現化。自由自在に龍形態へと変身、気候操作、応用の幅が広い神通力などを獲得する。ただし消費MAGが非常に大きく発動には外部からの協力が必須となる。

 

【備考】

諏訪大明神。甲賀三郎伝説の主役であり広範囲に幾つもの異説が伝わる龍神。

 

【余談】

出ると確定で洗脳されるコウガサブロウさん(当社比)。

書いてたらなんかいつの間にかひどい当て馬に使ってしまって、本当に申し訳ない気持ちになってます。

けど、章のラスボスにしたので許してください。

 

ちなみに、倒されても岩にならなかったのはタマガミが復元した霊的国防兵器の召喚術が不完全なのと、黒化反転して原型を留めない大蛇になってしまったからです。

 





【あとがき】
エロゲーは楽しいなぁ(思考停止


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霧の街 〜夜霧解体事件〜
序・一


涅槃台くんの話です。
あと二話くらい軽く続きます。




深夜二時三十分、夕凪市街区。

 

日中は買い物客で賑わう夕凪商店街も、夜の帳が降りきった今は静かな空気に包まれている。

精肉店、鮮魚店、八百屋といったポピュラーな店舗が軒並みシャッターを下ろして寝静まる頃。通りから外れた、所謂路地裏に位置する雑居ビルの一室にて暗躍する影があった。

 

 

 

「反転召喚?」

 

訝しげな顔で問い掛けるのは眉目秀麗な男性、袈裟と錫杖を携える()()()だ。

ヒデオに二度目の敗北を喫し、今度こそ跡形もなく消え失せたはずの彼は、何事もなかったように無傷の状態で、平然と佇む。

 

対するのは、深いフードを目深に被った女性。

ヒデオたちが鎌倉にて出会った“魔王”級の反応を発する女悪魔である。

 

「そう、最近ちょっと面倒な英傑が現界したらしくてね。対抗策というか()を用意したいの」

 

「対策もなにも、貴女ご自身で出向かれては? 上位の大天使、魔神の類でもなければ貴女に敵う存在などおりますまい」

 

涅槃台は率直な意見を述べた。

彼が知る限りにおいて、この女悪魔は他の魔王とも一線を画する実力を持っている。それは単なる格というよりも()()に由来するものであり、他ならぬ()()()()()()()より強力足り得ると言えた。

 

「そうもいかないのよねぇ……どうにもその英傑に“メシアンの監視”が付いてるらしくて。下手に“正体”を暴れでもしたら彼らの追跡を受けることになるわ。最悪の場合、七大天使……もしくは()()()()が出張ってくるかもしれないし。

なにより、()()を前にしてリスクを負いたくはないのよ」

 

ツラツラと語る女悪魔に対し、涅槃台は内心少し感心していた。

いつもの言動を鑑みるに、リスクよりも快楽を選ぶような輩と誤認していたが故に。

 

「まあ、私としては別に異論はありませんよ。師からも、貴女に協力するよう頼まれていますからね」

 

涅槃台が受けたオーダーは主にこの女悪魔への協力だ。無論のこと協力の果てに()()()()()()()()()()()()()が得られると分かっているからこその同盟だが。

要するにギブアンドテイク、互いの利に敵うからこそ彼らは協力関係を続けていた。

 

「で、私は何をすれば?」

 

「決まってるでしょう、貴方の泥よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

涅槃台が師より賜りし“泥”とは、人の悪性を根源とした呪いである。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、かの女悪魔が己の悲願のために精製した特製の泥である。

尤も、性質としてどちらも大差ないためにわざわざ区別する必要性もないが。

 

 

「……いやはや、“大悪魔”という立場もまた難儀なものですね。格下相手にわざわざこんな手間をかけざるを得ないとは」

 

泥を操作しながら涅槃台は語りかける。

 

「まあ、この反転召喚は“いいデータ収集”にもなるから。特に負担には感じないわねぇ」

 

「そうですか」

 

嫌味のつもりだったのだが、女悪魔はさして気にする様子もなく。涅槃台は少し不満げな顔になった。

 

 

 

――泥の操作、とはいうものの。実のところ、泥については彼よりも女悪魔の方がよく知っているために、実質的な操作はそちらに任せるとして、涅槃台の仕事は体内に溜め込んだ泥を凝縮、一箇所に固定化する作業のみだ。

 

「あら、前よりも順調に()()()()じゃない」

 

涅槃台が吐き出し続ける泥を見て、女悪魔は喜悦の表情を浮かべる。

 

「現代社会など()()()()()()()()()ですからね、どこへ行こうとも泥の栄養には事欠きません」

 

高度に発展した人間社会には多種多様な悪意が息づき、医学の発展により前時代よりも数を増やした人類においては、かつてを大きく上回る量の悪意が生まれ続ける。

故にこそ涅槃台は、特に行動を起こす必要もなくただ街路を練り歩くのみで“悪意の収集”をなし得ている。

 

「……さて、私の吐き出せる泥はこれで全てです。あとは貴女の仕事ですよ」

 

「ええそうね……じゃあ、入っていらっしゃい」

 

不意に背後へ視線を向け指を鳴らす。

すると、彼女の視線の先、部屋の扉がゆっくりと開け放たれ――

 

 

「……なんですか、()()()は?」

 

扉の向こうから現れた“人物”をひと目見て、涅槃台は()()()を覚えた。

そんな彼の問い掛けに、女悪魔は微笑みながら答える。

 

「今回の召喚に協力してもらう()()よ。

ほら、ご挨拶なさい」

 

彼女に促されて、その“人物”は恭しく一礼した。

 

禍々しき“ローブ”を見に纏い、長身痩躯を猫背に曲げた異様、()()()()と飛び出た二つの目玉。

見るものに“恐怖”を感じさせる異様な姿の男は、涅槃台の方を向きながら口を開く。

 

 

 

「我がマスターよりご紹介に与かりました。

 

(わたくし)()()()()()と申します。

以後、お見知り置きを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジル・ド・レ。

欧州の百年戦争で活躍した英雄の一人だ。

最も有名部分は、百年戦争時、あの聖女ジャンヌが台頭したオルレアン解放以後の活躍。功績を認められ元帥に列せられてからの話だ。

 

ジャンヌと共に功績を残した彼は、ジャンヌが失墜するのと同時に失墜した。

ジャンヌが失われたことの精神的不安から、詐欺師のプレラーティにつけ込まれ黒魔術と称する“児童の誘拐・虐殺”を繰り返した。

当時のフランスは未だ百年戦争の残り火に苦心する状況にあったがために彼の凶行は半ば黙認され、数年もの間放置された。

 

結局、彼の所領を欲したブルターニュ公の働きで彼は捕らえられ罪を自白。許しを請うたことで絞首刑ののちに遺体を火刑に処されることとなる。

また、彼のこうした凶行は童話『青髭』の下地になったともされている。

 

……尤も、彼の凶行自体が“所領を欲した権力者たちの虚偽”であったとする説もあるためになんとも言い難いが、今となっては確かめようもない話。

歴史などその程度のものだ。

 

 

 

 

――だが。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉおおおぉ!! ジャンヌゥ! 聖処女ジャンヌよ!」

 

目の前の奇声を上げ狂乱する男を見るに、悪魔として、“英霊”として召喚された彼はまさしく“異常殺人鬼”としての性質を帯びているのだろうと推察できる。

その事実だけで()()()()()()()()()()がこみ上げてくる。

 

「メシアンが招いたと思しき英傑()()()()は、素のスペックからして神族級よ。まさしく“神の御業”と等しき豊富で高位な回復魔法の数々を有し、本人の耐久性能も群を抜いている。

おまけに霊的干渉を阻む“耐性”においても桁違いと来るわ。

生半可な悪魔を差し向けたところで返り討ちにされるのが関の山でしょうね。

加えて、“こちらの正体を探らせない”ように動くとなると……かなり頭の痛い話だわ。

 

……だからこそ、“彼女に特化した駒”を当てるべきと判断した」

 

ジルの気持ち悪さを毛ほども気にしていない女悪魔は平然と語る。

“俺”もなるべくジルの言葉を認識しないようにしてその言葉へ耳を傾けた。

 

「でも厄介なことにね、ジャンヌとやらは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしいのよ。耳を疑うでしょ? あの小娘には裏側というのが無いのよ。

人類のくせに、ソレが無いだなんて。それって本当に()()()()()()()()()()()?」

 

「さて? 私ごとき一介の破戒僧には分かりかねるお話ですね。人類だとか世界だとか、そんな身に余るお話を好んでしたがるのはよほど強大な悪党か、それこそ()()()()()()()()()に他なりませぬ。

有り体に言って、()()()()()だ」

 

人類というのは個人が思うほど単純ではなく、世界というのは個人が思うほど軽くない。

心身を費やした傑物たちが数多ひしめき潰し合い、雑多な思想が複雑に絡み合った末の数千、数万の時を越えて紡がれたこの世界が。たかが個人にどうこうできる規模にあるはずがないのだ。

 

ましてや、大衆の預かり知らぬ“神魔霊魂”の概念を知っている我々からすれば“世界征服”や“世界平和”なんてのは笑い話にもならない。

更に言えば、“この宇宙”は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なれば。

“宇宙という概念に囚われている時点でどうにもできない”。

 

「アッハハ! そうね、()()()()()()()。貴方はやっぱり私が見込んだ通り“際限のない欲張り”だわ」

 

「……」

 

彼女からすれば褒めているつもりなのだろうが全く嬉しくない。

“私”は私が『これ』と定めた目的に向かって進んでいるだけなのだ。その道行を他者に干渉されてくはない。

私の願いは()()()()()()()

 

 

「……さて、話を戻しましょうか。

 

反転召喚が出来ないと言っても、“闇自体は確かに存在する”。

その小さな闇を核として、足りない部分を()()()()()()()のよ」

 

「霊基確立の補填を他者、それも個人に任せると?」

 

馬鹿な話、暴論だと思った。

悪魔の中にも空想や作り話から産まれたモノは数多いる、しかし個人が個人の思想の中で確立させた悪魔はいない。少なからず大衆の承認力、認識、信仰を糧として確立しているのが現状である。

仮にそんな“空想具現化”のような所業が出来たならばとっくに世界は滅んでいるし、なにより()()()()()()()()

 

それをこの女悪魔は真っ向から否定する。

 

「それが出来ちゃうのよねぇ……理すら超越するほどの強い思念、願望を以ってすれば。それを“具現化させるほどの力”で支えてあげれば、可能になる。

……人間だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? それと同じよ」

 

「……なるほど」

 

それは超人や魔人の類に変生する“逸脱者”たちのことか。

彼らが自己に向ける強い思念を、“他者に向ける輩”が存在してもおかしくはない。

そして、その一人こそがジルということか。

 

「聖女ジャンヌの“再誕”こそが彼の願いですか」

 

「んー、再誕というよりも。“復活”かしら?

似たような別人ではなく、“本人の復活”を彼は望んでいるわ」

 

「? はて、そうなると彼の願望はすでに――」

 

疑問を口にした私の唇を、彼女の人差し指が止める。

 

()()()()()()()()

 

ニヤリ、と口の端を歪ませる彼女を見て察する。

つまり、ジルには“英傑ジャンヌの出現を知らせていない”ということか。

加えて、彼女が司る“虚偽”の権能を用いれば完全に騙すこともたやすい。

 

「それに、彼の願望には()()()()()()()()が含まれていてね。それを実現させるとなると、やっぱりこのやり方が一番なのよ」

 

「要は、()()()()()()()()()()ということですね?」

 

「ピンポーン! 厳密には“本物の復讐心”を起点にしているから完全な偽“物”でもないんだけど。まあ九割はニセモノの聖女様が出来上がるわね」

 

なるほど、つまり本物の聖女にニセモノをぶつける算段というわけか。ならば一々悪魔を選定する手間も省けるし、なにより適任という点では他は有り得ないだろう。

 

「つくづく思い知らされますね、貴女という“魔王”の恐ろしさを」

 

「あら、その魔王を成立させたのは他ならぬ()()()()よ? 褒めるなら底知れない悪意を生み続ける人類を褒めてあげなくちゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

――かくして。

 

反転召喚は行われる。

 

ジル元帥の持つ願望を主な“指標”として、中東の古き魔王たる女悪魔が、その神のごとき強大な権能で“ホンモノ”としての現界を補助し。聖女ジャンヌが有する“ほんの僅かな闇”を核として、大衆の望んだ“復讐に燃える聖女”を(ベール)として纏わせた“あり得ない英傑”。

 

 

「おぉ……! ジャンヌ、ジャンヌゥ!!!!」

 

 

――偽りの異端判定を受け、罪人の烙印を押された哀れな聖女は、今、人々が願った“復讐の権化”として現界する。

 

 

 

 

 

 

 

「サーヴァ……いえ、英傑? ふむ。

 

英傑、ジャンヌ・ダルク。召喚に応じ、参上しました。

……貴方(ジル)の願いに従い、私はフランスを。いえ、世界を。私を貶めた人類全てを復讐の焔で燃やし尽くしましょう」

 

英傑ジャンヌ・ダルク・オルタナティブは、地獄の炎に焼かれた旗を高らかと振り上げた。

 

 

 

 

 




【あとがき】
悩みましたが、原作での経緯を尊重して彼を登場させることにしました。
……ちょっと、今後の扱いが悪いかも知れないけど他意はありません。寧ろFGOでの強化を望んでいる人です!

なお、本作では元帥の所業は真偽不明とし、青髭の旦那として召喚される彼はそれを“事実として”いる悪魔と定義します。


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序・二

シトナイ狙って四百の石が砕けた。
その後に水着を思い出して絶望した。




「お前は捨てられたのよ」

 

遠い記憶の彼方、かつて住処とした寺院にて“俺”はそう教えられた。

 

 

随分と昔に途絶えた立川真言流の教えを継承し続ける分派の一つ。迫害からの排斥を逃れるために世間から隔絶された山奥の秘境に身を寄せ成立する密教宗派で俺は育った。

 

尼僧たちの話では、俺は山に捨て子として放置されていたところを、捨て子の守護を司る六地蔵によって救われてこの地に流れ着いたのだという。

寺院に着いた段階で強い“六地蔵の加護”を受けていた俺は重宝され、大事に育てられてきた。

 

 

……しかし、根本的に立川真言流との相性が悪かったこの加護は、彼らの研鑽にさしたる利益を与えず。結果として俺は寺の雑用係として酷使される境遇に落ち着いた。

 

寺院の清掃はもとより、あらゆる雑用を押し付けられ、無茶振りも珍しくなかった。出来なければ殴られ蹴られ、身体に痣の無い日は無かった。

それでも――

 

衣食住を提供してくれる寺院には、無意識ながら価値を感じておりここから離れるという選択肢はなかった。

幼い時分にも一丁前に“生きたい”という願いがあったがゆえに。

 

日々虐待を受ける一方で、俺は生来の“優れた容姿”を注目されていた。

 

子ども特有の中性的な見た目が、特に尼僧たちに受けたらしく。俺は時折彼女らに助けられながら日々を生き抜いた。

……もちろん、密教宗派であるからには彼女たちへの“見返り”として()()()()()を命じられたが。得る“快楽”を鑑みれば悪い条件ではなかった。

 

 

 

――そんな日々も、そう長くは続かなかったが。

 

 

 

 

尼僧たちの助けと、それへの“見返り”を知った“僧”たちは憤慨した。

解脱に至る修行として“性交”を実践する彼らではあるが、実のところは快楽を貪るだけの獣に過ぎなかったのだ。

……密教宗派といえど分派、それも世間から離れた組織ともなれば本来の意義が失われるのもそう珍しくはなく。

かの“隠れなんちゃら”よろしく、独自の教義と実践に変化していたのは確かだった。

 

要するに、彼らは尼僧との戯れを“ただの快楽”として貪っていた。

 

その楽しみを、俺のような“ゴミ”が隠れて感受していたことが気に食わなかったらしい。

 

俺はすぐに捕らえられて、激しい暴行を受けた。

でもそんなのはいつものことだ、耐えていればいずれ終わるしまた明日からは――

 

「こいつ……よく見たら()()()()()()()()()()

 

 

 

――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「聖女ジャンヌの反転存在、しかしてオリジナルには存在し得ない“悪性個体”。さながら“ジャンヌ・オルタ”とでも言いましょうか」

 

ジルと二人でなにやら話し込んでいる“英傑”を眺めながら呟く。その言葉は傍にいる女悪魔へ向けたものだ。

 

「いいわねそれ、じゃあ彼女の名前はジャンヌ・オルタ。同じジャンヌだけでは区別し辛いものね」

 

「……」

 

冗談のつもりだったのだが、彼女は本気でそう呼ぶことに決めたようだ。

 

 

「はぁい、ジャンヌ・オルタ。私の仲魔とお喋りするのもいいけど、マスターである私ともお話してほしいわぁ」

 

いつもの、ねっとり絡みつくような口調で女悪魔はジャンヌ・オルタへと話しかけた。

案の定、オルタは不機嫌そうな顔で女悪魔へと目を向ける。

 

「……貴女は誰ですか?」

 

「んー、今言ったと思うけど? 私は、そこの()()のマスターで――」

 

道化、ジルを指してそう述べた瞬間に。

 

――凄まじい勢いで炎が女悪魔を包み込んだ。

 

「ならば、そのマスター権は今から私のモノです。貴女のような()()にジルを使役されたくありませんから」

 

そこまで言って当のジルへと振り向く。

 

「……貴方からも何か言ってやったらd……」

 

その視線の先、佇むジルの目は()()()()()()()()()

まるで()()()()()()()()()を見ているような――

 

ジルの異変を感じ取って直後。

オルタへと声がかけられる。

 

「無駄よ、彼にはとっくに“偽りの光景”を見せているのだから」

 

「っ!!」

 

その声は先ほど炎に包んだ女悪魔のもの。驚き迅速に声の方へ向き直ったオルタは、女悪魔の肉体に傷一つ、ローブすら一片も焼けていないことに気がつく。

 

「貴女、どうやって……」

 

確かに焼いた、()()()()()()()()からこそオルタは必殺を確信して油断していた。

だというのに。

なぜ、この悪魔は無傷のまま平然と立っていられるのか。

 

「“虚偽の魔王”ですもの、それくらいはね。

そんなことよりも――」

 

ゆらり、とオルタに近づいた彼女は徐に自らの右手の甲を見せつける。

そこには“蠅を模した三画の令呪”が刻まれていた。

 

「私、ジルのマスターではあるけれど。()()()()()()()()()()()()()? 安易に逆らうのは得策ではないと思うのだけれど」

 

「……くっ!」

 

一瞬、悩んだオルタはすぐに顔を背けた。

 

「勘違いしないでね。別に私は貴女たちを傷つけるつもりはないの、ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「許せない存在?」

 

女悪魔の言葉にピクリ、と反応して大人しく耳を傾ける。

 

「非業の死を遂げたジャンヌ、助けた人々に裏切られた哀れなジャンヌ・ダルク。そんなジャンヌ・ダルクは“復讐を望んでいる”。

()()()()?」

 

女悪魔の問い掛けにオルタは()()()()()()()()()()()()()

私もよく見た光景、アレは()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ええ……私は復讐する、()()()()()()()()()()()

 

「ええ、ええ、そうね。その通りだわ。

……でも、“そんなことはない”と否定する人がいるの」

 

「……はい?」

 

悲しそうに告げる女悪魔の言葉に、オルタは眉をしかめる。

 

「おかしいわよね、理解できないわよね? それがよりにもよって()()()()()()()()()()()()

 

「っ!!」

 

――復讐を望まれ、()()()()()()と定義されて生み出されたオルタにとっては、まさに女悪魔の言う通り“理解できないこと”だった。

ジャンヌは酷い死に方をした、酷い拷問を受けた、酷い裏切りを受けた、ならば復讐を願うのが当然のこと。

そのようにジルが、()()()望んでいるのは確かであり、そのような願望を基に生まれたオルタはそのような思考に落ち着くのは道理だ。

 

そして――

 

 

――その在り方を否定するのが、よりにもよって自分自身ともなれば。彼女が烈火の如き怒りを抱くのはごく自然な流れだった。

 

尤も。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という前提があるからこそ成り立つ話ではあるが。

 

つまり、この女悪魔は()()()のだ。

虚偽の権能をフル活用して、オルタをオリジナルに差し向けようとしているのだ。

本来であれば邪魔してしかるべきジルはすでに“彼女の術中にある”。

無論のこと私は干渉しない。

 

となれば、オルタが彼女の思惑通りに動くのは確定していた。

 

 

「やって、くれるわよね?」

 

「言われるまでもありません。私は“復讐の魔女”、裁判とは名ばかりの茶番劇の末に火刑に処された聖女の成れの果て。

それを、“ジャンヌ自身”が否定するというのならば殺すしかあり得ません。私が、殺さねばならない。だって――」

 

 

――そうしなければ私は。他ならぬ聖女“本人”に否定されたならば。

 

()()()()()()()()()()、なにが残ると言うの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の権能を受けたジャンヌ・オルタはとても従順だった。表向きは勝気な態度を崩さないものの、甘言を弄する女悪魔のいいように操られている。

当面の間は、ジャンヌ・オルタの“調整”を行いつつ。標的たる英傑ジャンヌの捜索及び、最適な襲撃タイミングの選定を行う。

 

……一方で、もはや用済みとなった元帥の指揮権は彼女から俺へと移され、“自由に使って良い”とのお達しをいただいた。

現在は、サマナー協会やメシアンの目から逃れるために夕凪の隣町にある廃ビルに待機しているという元帥のもとへ向かっているところだ。

まあ、指揮権といっても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ために、単に口頭での人事に他ならないのだが。

 

 

「とはいえ……」

 

街路を歩きつつ思う。

街の様子は、郊外らしく静かで人通りも疎らなものの、商業施設は十分に揃っている。なにより、ベッドタウンとして有名な夕凪市の“一部”に含まれる関係から人口は夕凪本町に勝るとも劣らない。

 

「そんなところに、あの“青髭”を放置するなど正気の沙汰とは思えませんが」

 

召喚時の狂乱ぶりを見るに、理性的な行動が出来るとは思えない。そんな彼をよりにもよってベッドタウンの、それも人目につきにくい廃ビルに置くなど。

“犯罪を犯せ”と言っているようなものだ。

 

「急いだ方が良さそうだ……」

 

私は歩く速度を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街区から離れた住宅街。山の麓に位置する閑静な住宅街はバブル期に乱立した築三十年超えの家々が立ち並ぶ。しかし、バブル崩壊に際してローン返済に苦心した多くの家庭が去り、結果として廃屋の多く立ち並ぶ廃墟群になった。

その最奥、かつて“反社会的組織”が根城としていた廃ビルこそが元帥との合流場所だった。

 

「……覚えのある空気だ」

 

その正面玄関に至って、すぐに私は呟いた。

ボロボロになった両開きの扉の隙間から漏れ出す空気は鬱屈としてこちらの気力を沈めてくる。

この空気を、私は“冬木”にて感じたことがあった。

 

 

 

英傑召喚式の調査のため、また、“泥”に関する調査のために私は以前に冬木市へと赴いていた。

その際に立ち寄った“水路跡”にて、コレと全く同じ“空気”を経験していた。

そこで出会った()()()()()との対話、後の調査によってその場の詳しい経歴も知ることとなった。

 

曰く、その場所はかつて冬木市で行われた第四次聖杯戦争の際にキャスター陣営の工房兼拠点として使用された場所ということ。

そして……そこで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを。

()()()()に聞いたのだから間違いはない、当時の()()すら見せられたのだから忘れようはずもない。

 

 

「ああ……本当に不愉快でした」

 

階段を登りながら呟く。そして己の心中に問い掛ける。

 

()()()()()()()()

 

今更な話だが、私とて()()()()()()()()()()()()()()。もちろんそのことに後悔はないし罪悪感なんてくだらない感情は微塵も存在しない。

……だが。

 

子どもを、弄ぶことはしない。貶める真似は、()()()()

特に――

 

 

 

――()()()

 

 

そこまで考えてようやく、自身の“不快感”の謎が解けた。

 

なんてことはない。()()()()()()()というやつだ。

 

「いやはや……私にもまだ、そんな()()()()()()()()()()()()()()()

 

あまりに“くだらない”理由に、私自身乾いた笑いが溢れた。

同時に()()()()()()()()()()()()()()

 

私は人間が嫌いだ。須らくこの世から、この宇宙から消え去るべき汚物であり他ならぬ私自身の手で葬り去りたい()だ。

無論、()()()()()()()()

悪は悪によって滅びるべきだし、なにより自らが育てた悪性の果てに滅亡するなんてのは最高の皮肉だと思うから。

 

――だというのに。

 

私は今、()()のような思いに駆られている。

子ども、それも男児を弄んだ“ヤツ”に対して堪えきれない殺意と憎悪を向けている。そして。

そんな自分が“吐き気がするほど憎い”。

義憤、正義なんて概念は()が最も嫌う存在だからだ。

 

この世に正義なんてものは存在しない、世に蔓延る善意なんてものは全て偽善だし、義憤も同じく自己満足の延長でしかない。

憎くて憎くて、今にも“中身”が溢れ出しそうになる。

 

そんな大嫌いな概念を、よりにもよって自分が抱いているという事実が耐え難い。

 

 

「くだらない、くだらない……ああ、本当に……吐き気がするほどくだらない」

 

だからこそ、どうか()()()()()()()()と切に願う。

階段を登った先にある、この扉の先に。私が予想する“光景”が広がっていないことを願う。強く、願う。

願いながら、ドアノブに手をかけて。

ゆっくりと、開く。

 

ああ、どうか。杞憂であってくれ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おや? これはこれは、エィラクジ殿。時間通りのご到着ですな。

しかし、申し訳ない。

 

今は少々()()()()()()

宜しければ、()()()()をご覧になってお待ちいただければ」

 

「……」

 

扉の先は――まさしく()()()()であった。

 

床一面に広がる“潜血の海”、飛び散った“肉片”の数々。

なにより()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が部屋中に“展示”されている。

猟奇殺人でも早々見ないような()()()()()()()()()()……よく見れば中には()()()()()()()()()()()()

顔面を切り取られて出来た“窪み”に置かれた時計。

腹を掻っ捌き引き摺り出した腸を並べた奇怪な造形物。

目玉をくり抜いて、頭部を切り取り串刺しにして、まるで胸像のように“切り取った”遺体にランプを灯して……

 

 

 

 

「はは…………青髭など目ではないな。流石は悪名高きジル・ド・レだ」

 

犠牲者たちに性別の区別はなかった、なかったが……気持ち、男の子が多いかな?

まあ、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ホッホッ……()()()()()()()()()()()、未だ現界して日が浅いゆえにまだ満足のいく作品(アート)には仕上がってありませぬが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

喜悦に満ちた笑みを浮かべて元帥はこちらに振り向く。その顔には返り血がべっとりと塗りたくられ、彼の手元には手足を切断された子どもがか細い息で焦点の合わない目を宙に漂わせていた。

 

「アート、ですか」

 

彼は部屋に並べられた十数点ほどの()()()()()を指してそう呼んだ。

なるほど、奇特な感性をお持ちでいらっしゃる。

 

この遺体たちが()()であれば特に何を思うこともなかった。流石に趣味が悪いとは思うだろうが、別段気にかけることもなく放置した。

しかし。

 

「――ジル・ド・レは男児を好んで拐い、惨殺したと聞く。一説には“男児を凌辱することを好んだ”とも」

 

「ふぅむ、確かに“記憶”の中では()()()()()()()()()()()()()()。しかし私が求めるのは最高にCool(クール)なアート。もちろん、その過程を()()()ことも重要ですが」

 

「――」

 

一瞬で思考が爆ぜた。

難しいことはどうでもよくなった。

 

この男は、この“怪物”は、必ずやこの場で“滅さねばならぬ”という思いが心中を満たした。

人類社会、いや、人類の生態が生み出した“膿”をこの場で取り除かねばならないと決意した。

人類社会を滅ぼすよりも前に、いち早くこの汚物を消すべきだと結論付けた。

 

その時――

 

 

 

 

 

 

 

『ミツケタ、ミツケタ……!』

 

私の周囲で“声が響いた”。

まるで洞窟内で反響しているかのような声は()()()()()()

 

『ミツケタ……ミツケタ……!!』

『カタキ……ミツケタ……!』

『コワイヒト、イタイヒト、ミツケタ』

『ワルイヒト……ミツケタ!』

 

『ミ・ツ・ケ・タ』

 

 

その声は“子ども”だった、そして冬木市で聞いたものと“同一”だった。

声は段々と増えていき、それに伴って私の周囲で霊力が渦巻き可視化され竜巻となった。

やがて風は一つに迎合し、脈動を放つ。

まるでレギオンのような肉塊と成り果てた霊力からは先ほどと同じ“声”が絶えず漏れ続ける。

 

生々しい肉音を立てて蠢いた肉塊は――

 

『ミツケタ……ミツ、ミツケ……

 

コロス!!!!』

 

一直線に、ジルへと襲い掛かった。

 

 

ぶわり、と傘のように広がった肉は一瞬でジルを包み込んで大きな()()()を放ち始めた。

肉を噛みちぎり擦り潰し、骨を砕く音が響き渡る。

 

断末魔は無かった、いや聞こえなかったというのが正しいか。

蠢く肉塊はしばらくの間、咀嚼を続け、私はその光景をただ見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、ピタリと動きを止めた肉塊は今度はピンクの触手を無数に伸ばして部屋中の“遺体”を取り込み始めた。

しかし、ジルの時のような“咀嚼音”はなく。その動きも“丁寧”で、まるで労わるかのような動きでゆっくりと肉塊の中へと遺体を取り込み続けた。

 

それも終わると、今度は私の方へと近づき、()()()()()()()()

 

はて、この流れで私も呑み込もうとしてくると思っていたのだが。どういうつもりだろうか?

 

『ドウシテ?』

 

「はい?」

 

突然、肉塊から声がかけられた。

その声は先ほど周囲で響いていたものと同じだ。

 

『ドウシテ、()()()()ヲ、タオサナイノ?』

 

「倒す? なぜ?」

 

『ズット、ミテタ。アナタハ、ワルイヒト。アクマモ、ニンゲンモ、ミンナコロシタ。ドウシテ、ボクタチハ、タオサナイノ?』

 

「見てた、というと……まさか()()()()()()()()?」

 

肉塊の問い掛けを受ける前から薄々と勘付いていた“予測”を疑問として投げかけてみる。

 

『ソウ。アノトキモ、アナタハ、ボクタチヲ、タオサナイデ、ハナシ、キイテクレタ。ドウシテ?』

 

それはあの水路跡で語りかけてきた時のことか。

まあ、あれは話しかけるというよりも“呪詛をぶつける”にも等しい攻撃性を持った行動だったが、“彼ら”にとっては話しかけていたという感覚だったのだろう。

無論、一般人なら即死。私だったから静かに聞けた声だった。

 

「どうしてと言われても……なんででしょうね? 大方、気紛れか何かでしょうね」

 

本当は分かっている。()は彼らに“過去の自分を重ねて”いたからこそ静かに話を聞いた。

まして、目の前でジルに襲い掛かる彼らを黙認した。

 

『フシギ、フシギ。フシギナヒト』

 

肉塊は心底理解できない、といった声音で連呼する。

不思議でもなんでもないのだが……

 

「……君たちは、冬木で話しかけてきた“あの子たち”で間違いないのですね?」

 

『チガウ、チガウ。ボクタチハ、()()()()()()()()()()。フユキカラ、ハジマッテ。アナタガ、イッタバショデ、イッショニナッタ、スベテノ、オンネン』

 

「ほう……」

 

要約すると、冬木市から付いてきた彼らが私の行く先々で子どもの怨念を吸収し続けた集合体ということか。

もはや()()()()()()()()()()()()()()と化したと。

 

「そうですか……で、無事に復讐は終えられた様子ですが。これからどうなされるおつもりで?」

 

彼らが冬木市の“あの場所”で発生した怨念だというならば、彼らが動き出した始まりの目的は果たされた。

始まりの目的が果たされたならばもはや動く原理はないはずだ。

 

『オワッテナイ、マダ、()()()()()()

 

「それは……」

 

まあ、分かっていた返答だった。

始まりがジルだったとしても、彼らが吸収してきた怨念は()()()()()()()()。きっと、内部比率ではもはやそちらの方が大きくなっているのだろう。

だからこそ、ジルへの復讐もあんな簡素なものだった。

 

『オワラナイ、ゼンブ、コロスマデ、オワラナイ。ボクタチハ、ゼンブ、コロスマデ、オワラナイ』

 

憎しみに満ちた声が聞こえて来る。

謂れなき罪、理不尽な理由で殺された子どもたちの怨嗟に満ちた声が。

 

間違えてはいけないが、彼らは()()()()()()

本人たちの霊はとっくにあの世に旅立っているが、彼らが抱いた“憎しみ”は現世に残って“怨念”となった。

それらが寄せ集まって出来たのが、彼らだ。

 

ならばこの行動原理もおかしくはない。

おかしくは、ないのだが……

 

「……それは、終わりなき復讐だ」

 

万が一、この世の大人を殺し尽くしても彼らは止まらないだろう。あの世でも並行世界でも、大人が存在する場所に出向いて殺戮を繰り返す。もうそういう存在として誕生してしまっているのだ。

 

『オワラナイ、オワラナクテイイ。ボクタチハ、コロシツヅケル』

 

まるで()()()()()()()()()()()()

怨念を糧として終わらない復讐を続ける者。

そのようにしか在れないモノ。

 

だから、つい、魔が刺した。

 

 

 

「一緒に、来ますか?」

 

『……イイノ?』

 

「構いません。どうせ、私がやることも大差ない。それに戦力は多いに越したことはありませんからね」

 

『……』

 

「私は、貴方たちを“手駒”とする。その条件に従えるならば仲魔としましょう」

 

『……ウン、ウン。ワカッタ、ナカマ、ナル!』

 

その言葉を聞いた直後、()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!?」

 

慌ててまさぐり、光源を取り出してみると――

 

()()?」

 

英傑召喚の研究のため、あの女悪魔が回収し私に預けていた呼符が目映い光を放っていた。

同時に、肉塊もまた光り始める。

 

光はやがて部屋中を満たすまでに膨れ上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――光が収まってしばらく。私はゆっくりと目を開ける。

すると、目の前に一人の“子ども”が立っていた。

 

「やっと、ちゃんとした姿になれた」

 

そう言って微笑むのは短い銀髪に、やたら()()()()()を纏った子どもだ。

頬に傷跡を持ち、腰には複数の“ナイフ”を携えている。

 

なにより、際どい衣装ゆえに“丸わかり”になってしまう“局部の特徴”からしてこの子どもが“彼”であると理解できた。

いや、彼、ではない。

 

()()()()()()()()()()()()()だよ。

これからもよろしくね、()()()()

 

 

ジャック・ザ・リッパー。

そう名乗ったのは、悪魔としての肉体を手に入れた“彼ら”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
言い訳させてくれ……俺は悪くないんだ。
召喚条件とか色々考えてたらこうなったんだ。

ジャックちゃん可愛い(思考放棄

[補足]
涅槃台たちの召喚式で令呪が付与されないのはあくまで『英傑』に限った話です。英霊召喚であれば普通に付与されます。
念のため。


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序・三

オベのバフ強くね?



寺院での晩年は苦痛に塗れていた。

 

僧どもに嬲られ凌辱されると同時に、それらを目撃して興味を示した尼僧までもが激しい“苦痛”を伴う凌辱を強いてきた。

また、日々の雑用は時を追う毎に増え、“苦痛”を齎す凌辱は日々苛烈になる一方であった。

 

――そうしていつしか、寺院では“私を凌辱することが主体”となっていき、寺院にて高い位にある僧までもが凌辱に参入してきた。

また、この頃より寺院が辛うじて保ってきた“規範”や“教義”がもはや形骸となりつつあり治安もまた悪化の一途を辿る。

それすらも“私が原因”とされ更なる凌辱を強いられる。

 

もはや正常な意識を保つことも出来ず、そもそも私が正常な意識とやらを育むこともなく生きてきたことを思い知る。

何が“正解”かも分からないままに、ただ嬲られ凌辱される毎日は確実に私の……俺の精神を削り取り自我すら覚束ない有様であった。

 

 

 

そのような日々の果てで、私は“運命と出会った”。

 

 

その日。

過酷な労働を強いられ、過酷な凌辱を加えられた疲労から寺院の敷地内にある森で倒れていた私は、身動き一つできないまでに衰弱していた。

意識が消えゆく中で思ったのは「こんな俺の人生に意味などあったのか?」という疑念だった。

恨み辛みはとうに枯れ果て、嘆きすら忘れた当時の私はまさしく屍と同義であり迫る死への恐怖も特に無かった。

 

――あの方の、言葉を聞くまでは。

 

 

 

『……惨たらしいことをするものだ、未だ齢十に足らずしてここまでの責め苦を与えるなど。

とうに途絶えたはずの“宗派”が現存する、との噂を聞いて来てみたが。これはもはや“かつての立川真言流ではないな”』

 

倒れ伏したままの私の耳に、厳格そうな男の声が響く。

寺の僧だろうか? だとすればいけない。倒れたままではまた殴られる。

もはや生きる気力すら無いはずなのに、条件反射で立ち上がろうとした私は、ピクリとも動かない我が身にようやく気付いた。

 

『……ほう、まだ息があったか。ならば……

ふむ、これもまた一興か。

“衆愚の悪辣”に嬲られる幼子は()()()()()()()()()()()()()()

 

 

おい、少年。

身動き出来ぬならばそのままで良い。

私の問いに対して、是か否かを“念じよ”』

 

厳かな声に対して、当然口も聞けない私は黙って耳を傾ける。

この人の声は怖いけれど、なぜか“安心する”からだ。

そんな私に彼は問い掛ける。

 

『お前はまだ、()()()()()()()?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジルとの一件ののち、私はあの女悪魔に呼び出され市街区へと向かった。

 

夕凪市に含まれる山谷(さんや)町。

夕凪本町から東の位置にあるこの町は、大部分を小高い山が占めている関係から道の起伏が激しく各種交通機関からも離れているために利便性に乏しい。そのため日用品の供給は個人店に限られ、必然的に人口も少ない(尤も、居住可能な土地が乏しいことも原因の一つだが)。

とはいえ、ここには町内に大学が設置されており、学生やそれらを相手とする店は最寄り駅から大学までの道にかけて幾つか点在し、学生以外の住民もそこを利用する者が多く、田舎と呼べるほど過疎化が進行しているわけでは無かった。

 

故に、人目を避けるための場所はここ、『旧・山谷団地』しか無かった。

 

バブル崩壊後の人口減少から廃墟と化した団地跡は市の財政事情もあって半ば放置された状態にあり、管理が途絶えたことから団地全体が荒廃し不気味な雰囲気を醸し出していることで周辺の住民も滅多には近寄らない。

身を隠すには絶好の場所だ。

 

 

朽ちて外装の剥げた壁に囲まれながら、ボロボロになった階段を登る。

傍には“あの怨霊”も連れている。

鎌倉にてCOMPを紛失してしまったことから今の私は仲魔を収納する術を持っていないのだ。

無論、戦闘の際には“呪術”を用いて幾らか悪魔を呼び出すことも可能だが。

 

「ねぇ」

 

不意に、“彼”が声をかけてきた。

 

「なんです?」

 

問い掛ければ無言で差し出される左手。

はて?

 

「手、繋いでいい?」

 

「……」

 

少し不安そうな、それでいてこちらに“縋る”ような表情で彼は言った。

その様を見て、私は“迷う”。

……元来、私に迷いなどあってはならないというのに。

 

私に情けは必要なく、憂いや“哀れみ”もまた不要。

この身、この魂の起源が“怨讐”であるならば。()()()()()()()()()()()()()()()()ならば。

私にそのような“情”は必要ないのだ。

 

人が人たる所以、“繋がり”から発展した“社会”を私は魂の底から憎んでいる。

とある賢人が個人の時分に有していた“知性”は、“大衆”となった時点で失われる。

いつの世も大衆は愚かで、弾かれた個人を嬲るだけに飽き足らず時に自らさえも滅さんと暴走する。

画一的で単調、短慮で幼稚な思想をさも大袈裟に掲げて、先人の築き上げた文化を、秩序を破壊する。

後の祭りと見れば互いに素知らぬ振りをして責任を押し付けあい、挙句には下らない闘争の果てに自滅する。

有史以来、延々と繰り返されてきた愚行だ。

それはつまり、人類という種が持つ“変えようもない欠陥”でありその点において人類が未だ遅々として確固たる社会性を築けない要因。

“衆愚”という業に他ならない。

 

仮に“原罪”というものを定義するならばまさに衆愚こそが原罪であろう。

 

故に私は“人類を怨む”。

別に、世界を変えようとか。よりよい社会を築こう、なんて考えはない。そんなのは()()()()()()

もっと個人的、私欲に塗れた原動力で私は動く。

 

つまりは“憎しみ”。

単に私が、人類とその社会を“醜い”と感じたから滅ぼすのだ。

ただ滅ぼすなど生温い。

“人は人が育てた悪意によって凌辱されて滅ぶべきだ”。

“悪辣は悪辣によってこそ贖われる”。

 

だから、私は人類社会を凌辱し、徹底的に貶めた上で滅ぼす。

そのためにはなによりも“力”が必要なのだ。

その、なによりも求める力が手に入るからこそ、あの女悪魔の計画にも乗っている。計画が無事に完遂されればもはや私の望みは叶ったも同然。そのためにはいち早く、計画を遂行すべきなのだ。

 

 

 

……だから。

 

 

 

だから、本来は“この怨霊”は必要ない。

 

必要ない、はずなのに――

 

 

「だめ……かな?」

 

眉を下げた悲しげな顔、その割には“仕方ない”とばかりに苦笑する彼を見て。

私は無意識のうちにその手を掴んだ。

 

「あ……」

 

驚いた様子で目を見開く彼から視線を逸らし、私は先を急ぐ。

 

 

ああ、本当に調子が狂う。

必要ないモノを必要とする、その行為に吐き気を覚える。

私はこんな、“仲良しごっこ”がしたくて生きてきたわけじゃない。

あの日あの時、人類を悪辣で滅ぼすと、そう決めたはずではないか?

その後も燻っていた迷いは、()()()()()()()に上書きしたはずではないか?

なのに、なぜ……私は、彼の手を取ったのか?

 

“情”を持つべきではない、情けを与えるべきではない。

私はそんな不要物を捨て去り、悪に魅入られ、悪こそ世の真理とし、その上で偽善を嘯く人類社会を辱めてから殺そう、と決意した。

 

私は“悪”が好きなのだ、悪辣に酔いしれて知性体を思うままに凌辱して殺し尽くすことが何よりの“喜び”なのだ。

 

 

なのに、なんでこの手を取った?

 

どうせ、全部壊すつもりなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら? その子、どうしたの?」

 

合流場所たる一室に辿り着くなり、彼女はそう問いかけてきた。

 

「先日、気紛れに仲魔にした悪魔です。計画には特に関係ありませんよ」

 

「……」

 

袈裟をギュッと掴んだまま“彼”は動かなかった。

その様子を見て興味深そうに「ふぅん」と呟いた彼女は、しばらくしてこちらに向き直った。

 

「というか……貴方、ジルを()()()()()()のね」

 

唐突に飛び出した発言に一瞬、動揺する。が、彼女ほどの大悪魔ともなれば察するのも容易いか、と納得する。

 

「ええ、まあ。()()()()()と言われましたので。情け容赦なく()()()()()

 

「っ!」

 

私の言葉に“彼”はピクリと反応してこちらに視線を向けてくるが無視する。

 

「まあ、“アレ”はちょっと扱い難いもんねぇ。堕落した英雄、っていうから期待してたんだけど。アレは()()()()()()()()()()みたいだし、あんまりシンパシー感じなかったのよねぇ。

思考回路までぶっ壊れてたんじゃどうせ使い道なんてなかったし」

 

でも、と付け加えてこちらに微笑む。

 

「珍しいわね、貴方ならああいう手合いは嬉々として街中にでも放り出すと思ってたけど。

なんで殺したの?」

 

あくまで和かに、単なる世間話のような気軽さで彼女は聞いてきた。

そこにはなんの重みもなく、彼女が本当にジルを「どうでもよい」と見做していたと確信するほどに。

そのことに内心安堵する。

もし仮に、ジルにまだ使い道があったならば同盟が破綻していたかもしれないからだ。

 

「単に()()()()()()()()だけですよ」

 

「へぇ……まあ、“貴方からしたら”面白くない男かもしれないわね」

 

こちらの考えを見透かすような笑みで語ってくる。

果たしてこの女悪魔に、いったい()()()()()()()()()()()()

懸念事項ではあるが考えたところで分かるはずもない。

所詮は“悪意が具現化した存在”、人外の価値観相手では相互理解は不可能だ。

 

「別に咎める気はないわよ、たしかにどうでもよかったから。

……で、そろそろ本題なんだけど――」

 

 

 

 

 

 

 

――かの女悪魔の話を要約するとこうだ。

彼女はこれから一仕事あって夕凪を離れるらしい。

その代わりとして“別の同僚”を寄越したから今後はそいつと連絡を取り合え、とのことだった。

交代要員はもう少ししたら来るとのことで、彼女は一足先にこの地を発った。

 

そうして、私は“彼”と二人きりでこの廃墟に待機しているわけだが。

 

「……」

 

“彼”はこちらの腕を強く掴んだままにまったく動こうとも、口を開こうともしなかった。

 

――あの廃ビルで出会った時からあまり喋る子ではなかったが、“あの女悪魔”と会ってからは頑として口を開かない。

 

「彼女が、怖かったのですか?」

 

一番有力な予想を疑問として問い掛ける。

 

「……怖い、っていうか、寧ろ“温かい感じ”がしたよ。

でも……

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「重い?」

 

不思議な表現だ、いや、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()んだが。

 

「まあ、気にすることではないな……」

 

それよりも、これから来るという新しい上司とやらに意識を向けよう。

あの女悪魔の同僚なのだからどうせ“ろくでもない”とは思うが、私自身がろくでなしなので結局は相性次第だろう。

どうせ、“この計画”が終わるまでの仲だ。あまり深入りせねばどうとでも――

 

 

コンコン。

扉をノックする音が不意に鳴り響き、私は思案を一旦止めて玄関に視線を向けた。

どこもかしこもボロボロな廃墟だが、この一室だけは比較的まともな状態だったために玄関扉も正常に機能していた。

 

やがて、ゆっくりとボロ扉が開け放たれ一人の“女性”が入ってくる。

 

黒いスーツを着こなしたポニーテールの女性は、眼鏡を片手でくいっと押し上げながら鋭い目をこちらに向けた。

底冷えするような眼光、一般人であればそのひと睨みだけで容易く“呪殺”できるであろう力がこもっている。

……いや、アレは意識的に込めているわけではないな。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

いやはや、大悪魔というのはこうも“非常識”な輩ばかりなのか、と内心溜息を漏らす。

そんな状態で外を歩き回ればたちまち協会のサマナーに捕捉されてしまうだろうに。

……などという私の懸念を他所に、女はツカツカとこちらに近寄り口を開いた。

 

「どうも、初めまして。“彼女”から聞き及んでいると思いますが、今後の“計画遂行”のサポートを担当させていただくこととなりました。

■■■■■■です。

 

今後ともよろしくお願いします」

 

端的に、無機質な声音で彼女は告げた。

 

一見して“ただのOL”にしか見えなかった彼女だが、その『真名』を聞いて自然と緊張を取り戻す。

なにせ■■■■■■と言えば、“あの女悪魔”と同格として名を連ねる古き“魔王”。彼女と同じく“人類の業を体現する神格”なのだから。

 

「……こちらこそ、■■■■■■。私は涅槃台――」

 

「自己紹介は結構です、既に彼女より聞き及んでいますので。無駄な時間を使わせないで」

 

先ずは出方を見ようと一礼した私に対して、彼女は掌をむけて拒否した。

こ、こいつ……!

 

「それよりも早速取り掛かっていただきたい事案があるのです。

 

……静かに、ご傾聴いただけますか?

 

「っ!!」

 

――強い語気で問い掛ける。

その言の葉には“濃密な霊力”が含まれ、こちらが動くよりも前に“身動き出来なく”されてしまった。

 

その事実、未だ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に歯噛みする。

まったくもって()()()()()()、と。

 

 

閉口する私を一瞥してすぐに()()()()()に自らの持ってきた鞄に視線を落とす彼女。

鞄を開けるなり“複数の魔石”を取り出した彼女は、それらを宙に放り投げる。

 

宙空にて淡い輝きと共に砕けた魔石のあとには“複数のモニターのようなもの”が浮かび上がる。

よく見れば“モニター”にはグラフやら図式、数値が細かく記され、ある一面には“山谷町の詳細な地図”まで記されていた。

 

「使い捨ての魔術です、証拠を残すわけにはいきませんので」

 

「……」

 

淡々とした口調で告げる彼女、しかし私は未だ“動きを封じられたまま”で返事すらできない。

その事を分かっているのか、こちらには目もくれずに彼女は語り出す。

 

「では、ブリーフィングを始めましょう」

 

 

 

 





【あとがき】
そろそろ妖精國のネタバレ発言しても大丈夫っぽいからぶっちゃけるけど。










ベリル、お前あれで終わり!?
お前とはブリテンでさよならなんやぞ!?
回想シーンが一番活き活きしてたまである。


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出向

二章後の話はダイジェストでお送りします。
いざ書いてみたら冗長過ぎたのでな……



「協会本部に……ですか?」

 

自宅のソファにて、俺は食い気味に問い返した。

テーブルを挟んで向かいに腰かけるのは、いつでも尊大な態度を崩さない(対俺限定)葛葉の若きエース。レイランさんだ。

 

レイランさんは、ウシワカが出したお茶を一口啜ってから答える。

 

「(なんで敬語……?)そうよ。会長が“今回の一件”について直接話を聞きたいから出向くようにって。もちろん、“英傑”の方も気になるから同行するように、とも」

 

彼女はなんてことないように言うが、俺はその話を聞いただけで胃がキリキリしてきた。

 

「マジか……いや、まあ、会長の“命令”なら行かないという選択肢はないんだが……マジか」

 

大事なことなので二回言う。

いやほんと、マジで“会いたくない”のだが。

俺、あの人苦手なのよ。

 

「……そんなに苦手なの? 私にはあんまり怖い人とは思えないんだけど」

 

レイランは不思議そうに首を傾げる。

そりゃ彼女はそうだろうさ。なにせ、外部組織たる葛葉からの食客。無碍にするなんて失礼はできない。

それでなくとも彼女は()()()だ。

会長は子どもや若手にはとても目を掛けるし優しいからな。当たり前っちゃ当たり前だが、現代社会でちゃんと目下の人間を気にかけることができる上司というのは貴重である。その点については議論の余地がないほどに良い上司と言える。

 

……それとは別にして。

あの人とは“古い仲”なので、俺には割と容赦ないのだ。

決して悪い人というわけではないのだが……例えるなら“親戚の怖いおじさん”、もといお兄さんだ。

悪戯するとめっちゃ叱って来るタイプ。

 

「怖いもんは怖いの。

……ああ、気が重い」

 

机に突っ伏して唸る。

これで会長との面談が無くなるわけでもなし、何が変わるわけでもないが。

 

そんな俺の様子を見て、レイランは少し心配そうな声をかけてきた。

 

「安心しなさい、私もリンも一緒に行くんだから」

 

「……ホント?」

 

顔だけ上げて尋ねる。

 

「ホントよ、だからほら……そんな子どもみたいな真似やめなさい」

 

圧倒的年下の彼女に窘められては俺もやめざるを得ない。

仕方なく身体を起こして溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対悪魔基地での一件は、黒大蛇討伐を以って無事に終結した。

 

少なくない犠牲者を出したものの基地の防衛は成功、兵隊たちも無事に撤退しており。途中から行方不明になっていたリンも、ボロボロながら生きていた。

 

細川からの緊急依頼については残念ながら騎士団を一機も墜とせなかったので、その分の追加報酬は無かった。

そんな中、リンだけはなんと一機仕留めていたらしく。大量の札束を受け取っていたのを見てちょっと悔しいと思った。

 

 

とはいえ、通常報酬として当面はのんびり出来るくらいの大金をポン、と渡してもらえたのでそこまで悲観的にはなっていない。

更には黒大蛇討伐の手柄を大國大臣に高く評価してもらい、その分を追加報酬として更にドン! と大金として頂いたのだ。

報酬をアタッシュケースで受け取った際に思わずニヤニヤしてしまいオサキに小突かれたが、アタッシュケースいっぱいのお札様を前にしては仕方ないと思う。

俺はお金が大好きなのだ()

 

 

事後処理を早々に済ませた俺たちは、その足でまた協会本部治療棟まで向かった。

戦闘後に基地の、治療術を使える隊員やその仲魔たちに負傷の類を治してはもらったが。内部の、細かい部分の治療は流石に不可能だった。

 

故に、念のため治療棟でしっかりと診てもらった方がいいと思い仲魔たちを伴って治療棟に舞い戻った。

 

……その際、例の“ペルソナ使いのお姉さん”がやけに怖いオーラを出して俺を見て来たが、今回は俺の治療予定は無いと聞いてひどく残念そうに去っていった。

いったい、何をする気だったのか気になるが聞かない方がいいような気もした。

 

 

 

診察の結果、ウシワカ、チヨメちゃんに異常は無かったものの。オサキだけは“霊基に損傷あり”として引き留められた。

なんでも“霊体の構成情報に傷がある”とのことで心当たりがないかと聞かれた。

 

……考えるまでもなく、原因は黒大蛇戦で行った“無茶な呪力操作”だろう。

その事を素直に担当者に伝えるとすぐさま治療の流れとなった。

担当者の人は、治療棟にぶっ込んで一週間掛けた入念な治療を望んでいたようだが。当のオサキが「いやじゃ、いやじゃ!」と駄々を捏ねたので俺に助けを求める視線を送ってきた。

 

だが、俺もその件についてはオサキに同意だった。

確かに治療という観点から見れば担当者の言う通りにしたほうが効率的なのだろう。

しかし、オサキは“夕凪の土着神”である。

厳密には二代目だが、土着神の地位を受け継いでいる以上は大した差はない。

つまりは、土地を離れると大きく弱体化するということだ。

 

もちろん、十分なMAG供給があれば消滅は免れるが、夕凪神としての性質は失われていくだろう。

二日三日ならば問題ないが、流石に一週間以上ともなれば異常が出てもおかしくない。

未だ夕凪神として“復権”することを願っているオサキにそんな仕打ちをしたくはないので、入院については丁重にお断りした。

その際に、渋る担当者へオサキが“地元と特別な繋がりがある”ことを説明したことでなんとか納得してもらった。

一応、そのことは内密に願いたいと伝えておいたが、そこは担当者の義心を信じるほかにない。

 

その後、ならば、と担当者がくれた“お薬”を受け取った俺たちは無事に帰路へと着いたのだった。

……と、その前にオサキへ約束していた“回らない寿司屋”にも寄らせてもらう。

オサキや他二人にも気兼ねなく食事を楽しんでもらいたかったので、わざわざ協会関連の店まで出向いた。

この店ならばオサキも変化能力で耳や尻尾を隠さなくてもいいし、悪魔関係の話題もフリーだ。

オサキも念願の“高級稲荷寿司”をいただけてご満悦の様子であった。

……まあ、その材料が例によって例の如く“豆狸”であると俺は知っていたがあえて口に出す愚行は犯さなかった。協会関連、って時点で察してもいいと思うが。

 

それはともかく。

ウシワカは案の定、遠慮というものを母の胎内に忘れてきたかのように寿司を食いまくり。チヨメちゃんも最初は遠慮していたものの途中からは(悪魔が原材料の)寿司に舌鼓を打っていた。

……帰る時、回らない寿司屋が定価ではなく“時価”ということを思い出して少なくない額を支払う羽目になったが、大丈夫。

報酬はまだ残っている。

 

 

 

 

 

 

夕凪の自宅に帰って早々、一人で留守番させられていたイヌガミがとても不機嫌になっており、これを慰めるのに少々時間が掛かったりはしたものの。お土産として買ってきた高級和牛やその他“悪魔肉”の類を(ウシワカが)調理してお出ししてなんとか機嫌を治してもらった。

 

 

……あ! そうそう。

基地防衛の報酬が思ったよりも多かったので、この際と思い自宅の一部を改装した。

ほら、宵越しの金を持たない、とかなんとか言うじゃない?

泡銭云々とも言うし。

 

なので、思い切って自宅の浴室を“檜風呂”として改装した。

浴槽に合わせて浴室全体も和風の趣きに改築したので結構な金額が掛かったが、それでもまだ報酬分は半分以上残っている。

いやぁ、大國様様、細川様様ですよ。

 

 

他にも、以前のヨシツネの襲撃で失われた調度品や家具、その他諸々を買い込んでお家のリフォームを進める。

……主に和風の趣きを重視して改装しまくったせいで一階部分だけ異常な膨れ具合となり、二階の洋装とのチグハグ感がカオスな領域に入っていたが。まあ、許容範囲内だ。

うちの近所は人も少なく、景観にうるさい人もいないのでやりたい放題させてもらった。

報酬は……ちょっと心許なくなった。

 

 

 

そして、リフォームがひと段落した頃。

 

事件が起こった。

 

 

 

ある日の朝、寝室でスヤスヤ眠る俺へと唐突に、オサキさんがダイブしてきたのだ。

こう、ボディプレスするみたいな感じで。

 

快適な睡眠状態から無理やり叩き起こされた俺は当然パニックに陥った。すわ敵襲か、と混乱する俺にオサキさんはまくし立てるように声をかけてきた。

 

「おい、こら! あの約束はどうなっておる!?」

 

「や、約束!? ていうかオサキさん、なんでこんな……」

 

初手で、馬乗りになってお怒りなオサキさんを見せられた俺は更に混乱を深め、そんな俺に立て続けに彼女はこう言った。

 

「自由行動じゃ! 帰ったら自由に外出していいと言っておったろうが!!」

 

「が、外出……? 別に、好きに出掛ければ?」

 

――この時の俺は、率直に寝ぼけていた。

なんの約束かもわからぬままに、俺は続けて“不用意な発言”をしてしまった。

 

「好きに出掛けるも何も……お小遣いまで没収されておるではないかぁ!!」

 

「お小遣い?? あ……なら、()()()()()()()()()()()()()?」

 

「なに!? 本当か!?」

 

「う、うん」

 

うなずく俺にオサキさんは「きゃっほーい!」と歓喜しながらカバンの中の金を持って外に飛び出して行かれた。

……そうして“うるさいの”を追い出した俺は、安堵しつつ二度寝に突入したわけ、だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「金が……ない」

 

俺はアタッシュケースを置いておいたはずの場所を見ながら、絶望の声を上げる。

 

――そう、俺はあの時。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

「馬鹿なのか? いや馬鹿なんだな、俺?」

 

今朝の俺に激しい怒りを覚える。

だがそれもこれも後の祭り、今はこれからを考えるべきだ。

 

「落ち着け……大丈夫。報酬金が無くなっても、各口座にはたんまりと貯金があるんだから……」

 

まあ、その貯金も、以前の自宅修繕やらCOMP修理やら何やらで翳りが見えているのだが。だからこそ報酬金の残りは貯金に当てようと思い、ぶち込む口座を吟味していた最中の、この出来事であった。

 

ちなみに、協会への出向は明日なので今日は特に予定はない。

故に全力でオサキの捜索に注力できる。

 

 

 

 

現在時刻は……夕刻。我ながら寝過ぎたとは思うが、前日にレイランとの話し合いと、その後の“酒宴”で疲労困憊であったので俺は悪くない。

 

「酒宴……」

 

酒宴という単語にピンと来た。

酒宴といえば酒、酒といえば……オサキだ。

 

前に探した時も言ったが、彼女はイヌガミと同じく酒好きだ。

前日の酒宴の席でもウシワカ、イヌガミと並び大量の日本酒を、もう浴びるように呑みまくっていた。

流石にそこまで酒に強くない俺や、給仕に励むチヨメちゃん。休暇から帰ってきたクダはそれを冷めた目で見つつ。彼女らの接待に努めていた。

 

「仲魔の接待をするサマナーとは……?」

 

仮にも主ぞ?

 

……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

一刻も早くオサキを見つけなくては。

 

 

 

 

――今朝の自分の失態に気付いた俺は、すぐさま身支度を整えて家を飛び出した。その速さは、外出に際していつも素早く声をかけてくるウシワカをして気付かないレベルで。我関せずなイヌガミやクダも家に置いたままに、俺は街中へダッシュで向かった。

……しかしながら、チヨメちゃんだけはさも当然のように同行しているわけだが。

 

家を飛び出して早々に――

 

「何かあったのでござるか?」

 

――と、いきなり傍に現れた際は、思わず叫び声を上げてしまった。

 

聞けば「お館様の身辺警護は常に行なっておりますゆえ」とのこと。

……いや、四六時中ボディガードはやめてって伝えておいたはずなのだが。

そのことを問えば、「承知してござる。故に、日々の空いた時間を活用しておりまする」らしい。

トイレとかお風呂の時は流石に目を逸らしてくれていると思いたい。

 

 

 

 

今、俺は街区の大通りを中心に捜索を続けている。

前に探した時みたいに、人好きな彼女が行きそうな、人の集まる場所は最初に回っている。

そこでも見つからなかったのでこうして歩きながら考えていたのだが。

 

「酒、といえばオサキの行くところは一つしかないな」

 

無論、夕凪には酒の出る店は幾つもあるが。気兼ねなく、“悪魔としての自分”を曝け出せる場所といえば一つしかない。

場末のバー『ジャンボリー』だ。

 

 

 

以前の捜索時にも立ち寄った、あのサマナーの情報交換の場である特殊な酒場だ。

協会にも公認された酒場なので、普段は姿を隠したりCOMPに突っ込んでいる仲魔たちものびのびさせてやれる貴重な場所でもある。

それ故に、以前は仲魔たちを連れて飲みに行ったり貸し切りにしたりと。あそこのマスターには色々とお世話になった。

 

「今度、お礼も兼ねて“情報”と手土産を持って伺おうと思ってたんだがな……」

 

どうやらまた日を置いて改めた方が良さそうだ。

とにかく、と俺はオサキがいるであろうジャンボリーへと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大通りからしばらく歩いた街区の端、住宅街に片足突っ込んだ閑静な雰囲気の中に半分廃墟になった雑居ビルが現れる。

 

「相変わらず、いつ崩れるか分からんボロ具合だ」

 

流石にいきなり崩れるなんて致命的な損害はないだろうが、生き埋めは勘弁願いたい。

そんなことを思いつつ、ジャンボリーのある地下階層へと歩を進め――

 

 

『ガハハハハハ!!!!』

 

「うわっ!?」

 

扉の前まで来たところで、豪快な笑い声が聞こえてきた。

とても聞き覚えのある声音で。

 

「お館様……この声」

 

チヨメちゃんが気まずそうに告げる。

うん、分かってる。

これ、オサキの声だ。

 

「……まあ、ここで話してても仕方ない」

 

俺は半ば諦めの心境でジャンボリーの入口扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「グハハハハハ……!!!!」

 

 

入店早々、大音量のバカ笑いが耳を貫いた。

それだけで俺は目を、顔を覆いたくなる。

しかし現実は非情だ、また、非情なれど現実を直視できぬ者に明日はない。

要するに、酒に溺れるオサキさんの姿を視界に納めた。

 

 

「ワハハハハ! 酒じゃ、もっと酒を持ってこーい!」

 

いつもの巫女服を着崩し、紅潮した顔を喜色に染め。涎なのか酒なのか分からない液体を口端から垂れ流しながら、カウンター席の上で大股を開けている。

 

「いやだぁ、サキちゃんってば結構イケる口なんだぁ! よぉし、お姉さんも本気出しちゃうぞ〜!」

 

そして、オサキの傍には長身で緑髪のお姉さんが座る。

オサキ同様に大ジョッキを幾つもテーブルに置き、その全てが空になっている様子から、彼女も酒豪の類。加えて、あの状態のオサキに平然と対応できる肝の座った女性のようだ。

……ただ、彼女はどう見ても人間には見えない。

 

まず、肌の色が“灰色”、というか鉛色のような人外色。加えて額からは二本のねじ曲がったツノのようなものが飛び出ていた。

もしかしなくても悪魔だ。

 

騒ぎ倒す二人を前に、カウンターでグラスを磨くマスターも苦笑いを浮かべていた。

いや、ほんと、すみません……。

 

 

そんな彼女たちから少し距離を置いたところで、冷めた目を向けているスーツ姿の若い男が一人。

 

店内にはこの四名しかいなかった。

 

 

 

 

 

 

「お、おーい。オサキさーん?」

 

とりあえず、騒ぎを止めようとオサキに声をかける。

すると、彼女はクワッと目を見開きこちらに振り向いた。

 

「遅いぞぉ、ヒデオォ!!」

 

「えぇ……?」

 

遅いと言われても……どこにいるかも告げられていないのですが。

と、反論する暇もなくオサキさんはちょいちょい、と手招きをする。

酒乱モードの彼女に逆らうのは得策ではないので素直に従う、と。

 

「いだだだだ!?」

 

耳を思いっきり引っ張られ、ゼロ距離からお声がかかる。

 

「どこを遊び歩いておったのじゃおどれはー!!」

 

それはこちらのセリフでは!?

抗議の間もなく、耳から手を離した彼女は胸元を引っ掴んでグイッと顔を寄せる。

 

「まったく、少し目を離すとこれじゃ……お主の悪癖は死んでも治らんの」

 

それもこちらのセリフである。

 

「気づけば東奔西走、一人で勝手に飛び回る。えーと、なんじゃったか? フユキ? だかにも一人で行きおってからに」

 

う。その点は申し訳ない……。

 

「ワシだってなぁ……お主のためを思って……うぅ」

 

「え、ちょ!?」

 

荒い語り口から突然、めそめそと泣き始めるオサキさん。

情緒が不安定過ぎる……。

 

「ワシは……うぅ、ぐすっ……もう……もう置いて行かれたくない……」

 

「オサキ……」

 

ポロポロと涙を零しはじめたオサキさんの対処に困っていたところ、言葉を返しづらい呟きが漏れた。

彼女が言うのは“閉じ込められていた時”のことか、或いは――

 

しんみりしはじめた頃、唐突に傍のお姉さんが声を上げた。

 

「あー! サキちゃん泣かしたぁ! 女の子を泣かせちゃいけないんだぞぉ!」

 

雰囲気をぶち壊す妙に軽く快活な声に、俺もたじろぐ。

 

「ひ、人聞き悪いこと言わないでください!

というか貴女誰なんですか!?」

 

我ながら尤もな疑問に思う。

誰だか知らんが、オサキと一緒に騒ぎを起こしていたあたりろくでもない輩とは思うが……。

 

「それについては、私が答えましょう。ヒデオさん」

 

絡み酒にうんざりする俺へ、先ほどまで静観していたスーツ姿の男が声をかけつつ歩み寄った。

近づき、店内のライトに照らされたその顔を見て、ようやくこの男のことを思い出した。

 

「あ、お前……」

 

「はい、お久しぶりですね、ヒデオさん」

 

思わぬ場所での思わぬ出会いに驚く俺の服の裾を、これまで大人しくしていたチヨメちゃんがくいくい、と引っ張る。

 

「お館様……この者よりタダならぬ“気配”を感じまする」

 

少し警戒したような顔で告げる彼女に苦笑する。

確かに“彼”は()()()()()()が、俺の知る限り信頼のおける人物だ。

 

がるるる、とでも言いそうな目を向けるチヨメちゃんを見て、彼も一歩引いて軽く頭を下げる。

 

「失礼、先に自己紹介をすべきでしたね。

改めまして。

 

(わたくし)、サマナー協会副会長を務めさせていただいております。碓氷(ウスイ)と申します。

 

以後お見知り置きを、お嬢さん」

 

 




【あとがき】
彼の話はどっかの外伝でやろうと考えてます。無理そうなら本編内のダイジェストで語ります。
まあ、まだ先の話ですが(先の話が多過ぎる

とりあえず、例の蛇娘はオリジナル要素が豊富ですので丸っ切り本人というわけではないことをご承知ください。
あと、今章の本筋には殆ど関わらない点もご了承ください。

……プロット作成後に魅了的なキャラ出過ぎ問題。


ヴリちゃん、イベ特攻に入ってる……これは。

あとリンボ(全ての感情を込めた一言


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碓氷

蛇お姉さんのエミュ、思ったよりムズイ。



サマナー協会副会長・碓氷(ウスイ)

 

現会長の右腕として西へ東へ、もっぱら営業担当として職務に励む彼だが、本人のサマナーとしての実力も相当に高い。

その出自柄、サマナー適性が高いのは事実であり彼の生家は長いこと降魔、祓魔に携わってきた碓氷(ウスイ)家である。

碓氷家は、あの頼光四天王の一角・碓井貞光の血筋にあたる由緒ある家柄で、歴史の裏にて魔を調伏してきた退魔の名家として界隈に知られる。

彼は、その碓氷家の分家筋の出身でありながら本家のサマナーを上回る実力を身につけて現会長直々にスカウトされた叩き上げだ。

 

彼の主な戦闘スタイルは対魔に特化した特注の魔槍を主体とし、ブフ系・アクア系に高い適性を持つがゆえに有するダイン級の魔法の数々を織り交ぜたさながら演舞のような、舞うが如き独特のもの。

しかしながら、その高い素体能力によりどのような悪魔を相手にしても対応可能な柔軟さをもってして多大な戦果を挙げてきた。

バランス型の凄腕サマナー、というのが俺の彼に対する総合評価である。

……それでいて、本人の人柄も良いというのだから世の中不公平だとも思う。天は二物を与えず、では無かったのか?

 

まあ、それはともかく。

 

彼とは、現会長との付き合いの中で知り合ったそこそこ長い知り合いでもある。

ただ、“例のトラウマ”以降は一切会っていないのでぱっと見では気づかなかった。

 

 

「サマナー協会とは、お館様の所属する退魔組織の名……! そこの“なんばーつー”であられたか! これは失礼を」

 

ウスイの名乗りを聞いてすぐさま頭を下げるチヨメちゃん。

俺の知らぬ間に、また現代知識を深めていたようでなかなか侮れんな。

 

「そう大仰にせずとも構いませんよ、ヒデオさんとは親しい友人関係にありますので」

 

自分で親しいとか言っちゃうのか、図々しいな。

 

「そうでござったか」

 

対してチヨメちゃんも、その言葉を聞くなりすっくと立ち上がる。彼女も、ウシワカほどではないが切り替えの早い子である。

 

「そんなことより、あの呑んだくれ姉さんの紹介をしてくれ」

 

カウンター席で未だに酒を飲み続ける。緑髪のお姉さんを指差しながら問い質す。彼女からは、俺でも分かるくらい“高い霊力”を感じる。十中八九只者ではない。

……どうでもいいがあの姉さん、()()()()()()()()をお持ちだ。いわゆるロケットおっ◯いというやつだろうか。

いやそんなのはホントどうでもいい。

 

 

ウスイは間を置かずしてなんてことないように答える。

 

「彼女は、()()伊吹童子(イブキドウジ)

 私の仲魔です」

 

「イブキドウジ!?」

 

俺がリアクションするより先に、チヨメちゃんが大声をあげた。

そのことでようやく彼女の“因縁”を思い出した。

 

「あー、そっか。チヨメちゃんは……」

 

少し心配になり目を向ける。

チヨメちゃん、英傑モチヅキチヨメは“伊吹大明神の呪い”を受けている。それは甲賀望月家に代々伝わるもので、その呪いを武器とすることで彼女は英傑として成立している。

 

「だだ、だ、大丈夫、でござる……」

 

全然大丈夫そうに見えない。

ガクガクブルブルしながら目を泳がせている彼女を、心の底から心配する。

 

「無理そうならCOMP入っとくか?」

 

「心配、ご無用。せ、拙者は、ししし、忍びにて」

 

答えになっていないような……。

まあ、本人が大丈夫というならその意思を尊重しよう。

いざとなれば強制的に送還する。

 

 

 

「ハァイ、貴方がサキちゃんのマスターなのね?

 イブキドウジよ、よろしく」

 

チヨメちゃんの顔面蒼白とは逆に、イブキドウジは明るい声とウインクで挨拶してくる。

 

「ああ、奧山秀雄だ。よろしく頼む、イブキドウジ」

 

「おっと、()()()やめておいた方がいいですよ」

 

ウスイの言葉に、差し出しかけた手を止める。

疑問を投げようとして、先にイブキドウジが抗議の声をあげた。

 

「ちょっと。今の私は無闇に()()()()って言ったじゃない」

 

「いや、()()()()()()()()()()()()()

 

頬を膨らませるイブキドウジへ、ウスイは神妙な面持ちで告げた。

その言葉を聞いて、彼が何を言いたいのか理解する。

 

「ああ、確かに。()()が触れるのは危ないかもな」

 

オサキや、ほかの()()()()()()()()()()()()なら問題ない。しかし、初対面で“COMP登録”もしてない相手では“暴発”の恐れもある。

()()()()()()()()()()()()()危険だ。

最近はよく魔剣を抜いているし。

 

「彼は“神殺し”です」

 

ウスイの端的な言葉を受けて、イブキドウジも事態を把握する。

 

「ああ……そういうこと。うーん、それは、ちょっと、危ないかも」

 

「前に聞いた貴女の“出自”が事実なら、尚更です」

 

ウスイも何やら真剣な声で返す。

 

「でも、そっかぁ……うふふ、私を心配してくれたんだ?」

 

「……まあ、仮にも仲魔ですから。貴女が言うところのマスター? とやらですからね。その点は責任をもって務めます」

 

蠱惑的な表情で流し目を送るイブキドウジと、眼鏡をカチャリと掛け直して気持ち俯くウスイ。

おや? なにやら怪しげな雰囲気になってきたぞ?

 

「先に言っておくが、イチャつくなら外でやってくれよ?」

 

「何を馬鹿なことを……私と彼女はそのような関係ではありません」

 

バッサリと斬り捨てるウスイ。

 

「あらら、振られちゃった」

 

軽い口調で、クスクス笑いながら答える爆乳長身お姉さん。

うむ。

側から見れば、イチャついているように見えても仕方ない光景だな(偏見

 

 

まあ冗談はさておき。

 

「で、なんの用でこんな片田舎に来たんだ? あ、極秘任務だとかなら見なかったことにするぜ?」

 

「安心してください、ただの通常任務ですよ。

……まあ、少し。協会で話題に上がった“廃寺”の調査に行くだけです」

 

廃寺、その単語を聞いてピンと来る。

 

「廃寺って……それ、多分俺が浄化要請した場所だな」

 

ウシワカとの初の共闘を行った後、協会にその旨を報告していた。廃寺の邪気が年々濃くなっているため早々に浄化してほしい、と。

まさか派遣されるのがウスイとは思わなかったが。

彼は、先に語った通り協会でも指折りの猛者。加えて普段は営業で多忙な毎日を送っているからだ。

言っちゃアレだが、このような優先度の低い任務の担当になるとは思えなかった。

 

「ヒデオさんだったんですか。なら、尚のこと気合い入れて、真剣に臨んだ方が良さそうですね」

 

「まあ油断はどの任務でも禁物ではあるが……」

 

そんな肩肘張るほどでもないと、個人的には思う。

夕凪に越して来てからだいぶ経つが、これまであの廃寺で異常と言えるほどの異常は無かったからだ。

あのゾンビサマナーが出るまでの話、ではあるが。

廃寺そのものには特に変化はない。

 

「ええ、油断はしませんよ。どんな相手でもね」

 

ハンサムスマイルで答えるウスイ。

確かに。その言葉通り、彼はこれまでずっと慢心したことはなかった。

退魔の名家における分家筋たる彼は、サマナーとして新人の頃より多くの苦労を背負って来た。それを己の実力のみでのし上がってきたのは紛れもない事実。それ故に本家から疎まれることになり更に厳しい立場に置かれながらも、その全てを跳ね除けて副会長という地位に昇り詰めた。

俺はそれを、とても凄いことだと思っている。

率直に、彼は強い男だと。素直に尊敬していた。

 

「頼りにしてるぞ、ウスイ」

 

「はは……ええ。任せてください。

……今度も全力で行きます、()()()()()()()()()()()()()

 

真剣な顔で、“いつも”の口癖を呟く。

彼が慢心を捨てる切っ掛けとなった重要な戦い。

十年前、米大使館の地下で発見された“大災厄”へと立ち向かった時。彼が栄達の道を駆け上がる切っ掛けとなった戦いのことを思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ヒデオに別れを告げ、バー『ジャンボリー』を出たウスイは真剣な顔に戻って傍のイブキドウジへ語りかける。

 

「イブキ、随分と呑んでいたようですが戦闘に問題はありませんか?」

 

対しイブキドウジは、生真面目な主に苦笑しつつ頷いた。

 

「ええ、大丈夫よ。これでも魔術界隈じゃ“災害竜”なんて呼ばれてるんだから。酒瓶数十本空けたくらいじゃなんともないわ」

 

「それは頼もしい」

 

ウスイも笑みを溢し、再び正面に向き直る。

そして、徐に()()()()()()()()()()()

古来より祓魔・降魔、即ち退魔を生業とし國家に尽くして来た碓氷本家から傍流にまで伝わる由緒正しい、“開門の術”だ。

魑魅魍魎の跋扈する恐るべき異界へ通じる門に、ウスイは平然と入っていった。

一人、残されたイブキドウジは暫し思案する。

 

「うーん、あのニンジャっぽい子。なーんか覚えがあるようなないような……」

 

だが、すぐに「ま、分かんないこと考えても仕方ないか」と開き直り、ウスイに遅れて異界への門を潜った。

 

 

 

 

――空間の裂け目を抜けて訪れるは、極彩色に彩られた奇妙な空が広がる異空間。精神、魂の在り方が織りなす魔界。即ち異界。

 

奇妙な色を持つ大地を踏み締め、ウスイは右手に付けたブレスレットへとMAGを注ぐ。

 

すると、一瞬の輝きの後に彼の手へと大きな“槍”が現れた。

柄だけならば平凡な、しかしその刀身は刃渡り“一尺”を超える大身槍。また、刀身からは僅かに“冷気”が溢れている。

 

それをくるりと回転させ構えた彼は周囲へ鋭い視線を向けながら再びイブキドウジへと声をかけた。

 

「……異界の“ざわめき”が普段より大きい、なので“掃除”しつつ廃寺のあるエリアへと向かいます。よろしいですね?」

 

問い掛けられた彼女は既に己の武装を取り出して臨戦態勢に入っていた。

 

「おーけー、ぶっ飛ばしながら行くのね」

 

長身にしてグラマラスなスタイルを有する彼女の身体へと、引っ掛けるようにして浮かぶのは、複数の勾玉が等間隔で配置された縄。その結び目に括り付けられるのは、異様な神威を放つ翠色の“剣”。

伊吹童子が、伊吹大明神の裔たる証明。

即ち、『草那芸之大刀(くさなぎのたち)』。

少し知識のある者なら誰しもが知っているであろう、日ノ本最大の宝剣である。

 

紛うことなき神代の力を放つ神剣だが、彼女の主が携える槍も普通ではない。

 

古く、天下三名槍と謳われし大身槍。しかして戦火に呑まれ鉄塊と化したという名槍。密かに退魔組織に回収され保管されていたその鉄塊より抽出した情報(ソース)を基にして、鍛治師として名高いイッポンダタラの手によって鍛えられた業物。

彼を見出した『現代の英雄』が授けた特注の魔槍。

 

即ち、『氷雪魔槍(ひょうせつまそう)御手杵(おてぎね)

 

十年前、前会長・現会長と共に八岐大蛇(ヤマタノオロチ)と戦った際、()()()()()()()()()()()()()()()愛槍である。

 

 

「では、行きますか」

 

呟く声は軽い。

だが、いつの間にやら彼らの周囲は無数の悪魔によって埋め尽くされていた。

 

「グギギ……」

「ギャギャギャ!」

「ギギィ……!」

 

大半は餓鬼と焔口(エンク)、時折ゾンビやらレギオンやらの悪霊を交え、一本角を持ったオニがちらほらと見受けられる。

どれも彼らの敵ではない。

 

 

「グギャ、ギャギャギャギャァァ!」

 

ギッシリと敷き詰められた悪魔包囲網の最前列。目の前に現れた新鮮なMAGの塊(人間)に我慢出来なくなった餓鬼が飛び出した。

向かうのはもちろん、ウスイ。

 

「……」

 

一直線、迫る餓鬼に対しウスイは――

 

――瞬きの間に、槍を突き出した。

 

 

一瞬、“陶器の割れるような音”が響いて後、音もなく衝撃もなく、ただそこには槍を突き出した姿勢のウスイと。

()()()()()()()()()()()餓鬼があった。

 

その断面は新鮮な氷で覆われ、残された両足も瞬間凍結されたように表面を凍らせていた。

 

「ギ……ギ?」

 

その光景を目の当たりにして、先ほどまで騒いでいた悪魔たちはしん、と静まり返る。

おかしい、と。

ここにあるのは哀れにも異界に迷い込んだ“餌”ではなかったのか、と。

 

無論、否である。

 

悪魔たちはようやく、狩る側ではなく。自分たちこそが狩られる側であると理解した。

理解して……

 

 

「……」

 

続け様に放たれたウスイの槍撃によって、断末魔を上げる暇もなく一瞬で死に絶えた。

彼は瞬間移動と見紛う速度で駆け抜けて、冷気を纏った刀身を悪魔たちへ振るったのだ。

 

悪魔たちに認識できたのは結果のみ。身体の大半を薙ぎ払われ僅かな部位のみを凍らせた状態で置かれた悪魔の亡骸のみである。

 

 

「ギャ、ギャギャァァァ!!」

 

興奮した悪魔の一団が、無謀にも突撃を始める。

そこへ再び振るわれる薙ぎの一撃。

たった一撃にて、一団は物言わぬ屍と成り果てる。

 

その後も散発的に突撃する悪魔たちへ、ステップを踏み的確に刀身を当てていく。右へ左へ、一歩退がってすかさず正面へ突きを。

舞うような動きで槍を振るいながら、やがて、その乱撃の中に“魔法”が混じり始める。

 

舞いの中から撃ち出すように、バラバラと放たれるのは氷結魔法(ブフ)。一拍置くように放たれる冷気の波は中級氷結魔法(ブフーラ)。更に大きく間を置いて放たれるのは広域魔法に当たるマハブフーラ。

少し大きめの悪魔にはすかさず上級氷結魔法(ブフダイン)が撃ち込まれた。

これら全て、舞うような槍撃の中から放たれるがために()()()()()。初動がまったく見えない神業の如き魔法の嵐であった。

 

そもそもの動きすら見えないにも関わらず、ダメ押しで放たれる魔法の連弾を前に、包囲網を形成していた悪魔たちは一分と経たずして殲滅される。

後に残されるのは、奇妙な形をした氷の彫刻のみだ。

 

静まり返った一帯の中、自ら氷漬けにした悪魔たちの死骸を足場とし、滑りながら地に降りたウスイは、すかさず左腕の時計を確認。

 

「……少し遅いな」

 

自己の定めた目標時間を上回る結果に眉を顰めた。

だが、結果は結果。素直に次に切り替えたウスイはイブキドウジへ声をかけようとして、彼女と相対する大型悪魔を目視する。

イブキドウジは今まさに神剣を振るい、悪魔を両断しようとしている……が、それを無視して彼は上級水魔法(アクアダイン)を放った。

 

「っ!?」

 

声を上げる間もなく、怒涛の水流、大波に押し流される大型悪魔。

懐に入れていたスマホの“召喚プログラム”を見て、その悪魔がきちんと死滅したことを確認すると。

ようやく緊張を解き、傍へと槍の石突きを立てた。

 

 

 

 

「……ちょっと。ちょっと、ちょっとぉ! マスター!?」

 

一息ついた彼へ、頬を膨らませたイブキドウジがふわふわと宙を浮きながら近付いてきた。

よく見れば、彼女の姿はバーにいた頃よりも()()()()()()()()()()()

 

「? どうしました?」

 

「『? どうしました?』……じゃないわよぉ! ぜぇんぶマスターが食べちゃってるじゃない」

 

小首を傾げる己が主へ、イブキドウジは抗議の視線を送る。

 

「仲魔は私のMAGで戦ってもらっていますから、出来る限り私が戦った方が効率的かと」

 

通常、サマナーと契約した仲魔は、サマナーから供給されるMAGを燃料として戦闘スキルを行使する。なので、多くのサマナーはMAGやそれを基として生み出される“魔力”を温存すべく、必要のない場面ではサマナーのみで片付けることが多い。

 

ただし。

ウスイの場合は、白兵戦、魔法戦の双方に一定以上の適性を持つが故に、大元たるMAGの温存を考えた場合、わざわざ仲魔に供給してから攻撃してもらうという手間を省く意味で魔法を交えた殲滅戦を行なっていた。

要は、仲魔にMAGを供給するよりも、自らMAGを魔力に変換・行使した方が手間がないのだ。

 

そのことは事前に説明されていたものの。

頭では分かっていてもイブキは納得いかなかった。

 

 

「せっかく神剣出したのに、勿体ないじゃない」

 

しょんぼり、と項垂れ呟く。

確かに、サマナーなら誰しも目を剥くだろう大宝剣をわざわざ顕現させているのに使わないのは流石に、と彼も思う。

 

「ですが、本命は廃寺です。せめて目的地に着くまでは我慢してもらえませんか?」

 

ウスイも、戦闘態勢にさせた癖に棒立ち扱いなのは流石に申し訳ないと思い、反省を顔に出しながら軽く頭を下げる。

 

「……ふぅ。お寺に着いたら、ちゃんと戦わせてよね?」

 

心底申し訳なさそうにする主を見て、彼女も溜め息を吐いて許す。

 

「もちろんです。頼りにしてますよ、イブキ」

 

一転、人好きのする笑みでそんなことを言い放つウスイを見て、今度はイブキが苦笑する。

 

「あらま、強かなこと……ま、見てて飽きないからいいけどね」

 

営業で培った“話術”を惜しげもなく、仲魔にまで振るうマスターとは如何なものだろうか。

だが、それもまた“面白い”からと彼女は許容した。

 

 

――彼女が力を貸すのは、純然たる“興味”からだ。

仮にも神、まして災厄を齎す役割をもった八岐大蛇から派生した分け御霊たる彼女は当たり前のように神の視点・価値観を保持する。

ならばこの助力が単なる“気紛れ”であるのは変えようもない事実だ。

 

しかして、神たる彼女がこうまで彼の不敬を許容するのは、神という存在の“基準”を鑑みれば不可解にも映る。

だが同時に、彼女の経緯を鑑みれば“理解”もまた容易い。

 

 

 

 

彼女は伊吹童子。八岐大蛇の御子と語られし鬼種にして竜種、そして神の性質を備えた稀有な悪魔。

しかして()()()()()()()()()()()、その“皮”を被った混ざり物。厳密には、より八岐大蛇に近きモノ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 





【あとがき】
終わりです。
ウスイくん、完!!

……本編がひと段落したらまた書きます。
次からはちゃんとヒデオの話です。


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サマナー協会東京本部

会いたかった……会いたかったぞ!!
CV.中◯ァ!!(煉獄を見ながら




白亜の道を進む。

 

天井、壁、床に至るまで綺麗な白で統一された清潔感のある通路は、先日訪れた対悪魔基地の司令部を想起させる。

 

……とはいえ、もちろんここは基地ではない。

 

「あ、ヒデオさん。お久しぶりです」

 

「あ……どうも、久しぶりです」

 

すれ違ったワイシャツ男子が爽やかな笑顔で会釈する。俺も頭に手を当てて会釈を返す、とそそくさとその場から早足で立ち去る。

これをすでに四度ほど繰り返している。

 

「やっぱ、今更顔出すのは気まずいなぁ……」

 

嫌だなぁ、という感情を思い切り顔に出しながらぼやく。

そう……俺は今、サマナー協会本部へとやってきていた。

 

 

 

 

 

――ジャンボリーでオサキを確保した後、俺は大急ぎで彼女の傍に転がっていたアタッシュケースの中を確認した。

そして、案の定“すっからかん”になっているのを確認してガクリ、と項垂れた。

 

その際、心配してくれたマスターに事情を話すと「……半分くらい、返そうか?」とご提案いただいたのだが。

流石に、迷惑をかけた手前もあり丁重にお断りした。それにいくら互いに世話になった間柄とはいえお金の問題でルールを破るのは良くない。

そもそも、詳しい話を聞けば、ジャンボリーに来た時点でアタッシュケースの中身は半分以下になっており、すでに多額の金がどこぞに流出していたという。

ならば、ジャンボリーにのみ返金を要求するのは“筋が通らない”。

なので俺は泣く泣く、眠ってしまったオサキを背負って帰宅した。

 

 

その後はもはや語るまでもないだろう。

 

著しい散財を成したオサキに謹慎処分を言い渡し、泣きつく彼女を無視して“協会行きの準備”を黙々と進めて就寝。

今朝方も、「なぁ……耳かきとか、してやろうか?」と“誘惑”を仕掛けてきたオサキを血涙を流しながら退けた俺は、休暇帰りのクダと英傑の二人をお供として協会に出向いた。

家を出る際に、「鬼! 悪魔! ロリコン(事実)! もう耳かきとかしてやんないもんね!」と罵倒されながらも“鋼の意思”で耐え抜き、電車に揺られて一時間超、今に至るわけだ。

ちなみに、新宿駅に着いたところでレイランやリンと合流した。

 

 

 

「主殿、主殿。ここには無数の“強い気”がありますね、一人くらい“殺り合って”もよろしいでしょうか?」

 

「よろしくないね。大人しくしてようね」

 

というか“気”ってなんだよ、ド◯ゴン◯ールみたいな表現するな。

相変わらず狂犬みたいなこと言い出すウシワカに辟易する。

……まあ、彼女の言う通り。ここは協会に属するサマナーの本拠地なわけだから、俺なんかよりずっと強いサマナーがゴロゴロといるのは確かだ。

かと言って、ウシワカのような戦闘狂ムーブをかますようなアブナイ輩はそうそういないが。

 

「……ちゃんと手綱、握っときなさいよ? ここで騒ぎ起こしたら私でも庇えないんだから」

 

怪訝そうな顔で忠告してくるレイラン。

おっしゃる通りです……コイツにはしっかり言っときますんで、すんません。

 

「まあまあ……その時は私が仲介してあげるわよ、これでも交渉ごとには長けてる方だし。まあ、報酬は弾んでもらうけど」

 

その報酬が怖いんですよねリンさん。

平気で箱いっぱいの宝石持ってくからね、この娘。

 

「……というかあんた、“ファン”の男たちから定期的に宝石たんまりもらってるじゃないのよ」

 

「(なんでオネェ口調……?)アレは流石に貰えないわよ……ちゃんと送り返してるわ…………勿体ないけど」

 

勿体ないとは思うんだね……まあ、宝石なんて普通に考えたら高級品だし。おいそれと手に入れられるものでもない。

ちなみに彼女のファンというのはもちろんサマナーだ。彼女が出先で知り合ったサマナーが、彼女の人柄に惚れ込んで時たま熱烈なアプローチを仕掛けてくるのである。無論、全て返り討ちだが。

ならば、と恋破れたサマナーたちが(勝手に)ファンクラブを結成。ファンレターと共に毎回大量の宝石が贈られているのだ。

……また、このファンクラブ。男はもとより“女性”も多数参加しているというから、なんというか。彼女の人徳的なのに敬服する。

……更に補足すると、彼女に告ってきたサマナーには少数ながら女性も含まれていたことを明記しておく。

 

「……今更だけど、こんなティーン真っ盛りの娘に対して告って来るとか。あいつら正気か?」

 

レイランの隣を歩く彼女を見れば、いつものホットパンツ(微妙にデザインが違う)にTシャツ姿。

見た目は完全にJK1、明らかな未成年である。

未成年に告るとかとても正気とは思えない()

 

「いや、普通に同じティーンが大半よ? まあ、中には大人の女性もいたけど」

 

なるほど、真に恐ろしきは性別の垣根を「なにそれ美味しいの?」してくるレズのお姉様方だったか……。

というかホント、よくモテるなぁこの娘。

 

「それに……モテるっていうならレイランも大概でしょ」

 

「……そこでなぜ私に話を振るの?」

 

突然矢面に立たされたレイランはジト目でリンを睨む。

 

「通ってる高校でモテモテじゃない! 男女共に!」

 

「う……やめて。この前、後輩の陸上女子に襲われたの思い出しちゃうから」

 

後輩陸上部女子に襲われる葛葉の巫女……濃いな。

それに、こちらでもやはり性別超越勢が一番ヤバいらしい。

 

どうなんだろう? 最近の教育現場、ヤバくない??

まあ、両思いのカップルなら素直に祝福できるんだが。

 

「ウッソ!? それで、どうしたの!?」

 

予想外にも食いついたリンが、若干身を乗り出して問い質す。

 

「普通に撃退したわよ…………まあ、ちょっと泣かれちゃったからほっぺにキスしてあげたけど」

 

「きゃー!」

 

両頬に手を当てたリンが楽しそうに声をあげる。

 

「ちょ、その反応やめなさい! ほんとにキスしただけなんだから!

……それに、キスした所為なのかその子、普通にストーカーしてくるようになったし。流石に帰宅する時は撒いてるけど、学校にいる間、ずっと遠くから見てくるのは地味に恐怖よ?」

 

「あ……それは、うん。ごめんなさい」

 

真顔で告げるレイランに、リンも真顔で謝る。

 

「そもそも、私は“仕事”で忙しいから色恋沙汰(そういうの)に構ってる暇はないのよ」

 

「そんなこと言っちゃってぇ……ホントは気になる人、いるんじゃない?」

 

「なにを馬鹿な……そういう貴女はどうなのよ? ティーンにいっぱい告られてるんでしょ? 一人くらいはいい人いたんじゃないの」

 

「うーん……私も、今は研究の方に興味があるから――」

 

 

……なんだか盛り上がってる女子組。

俺はいい年したおじさんなので、彼女らの盛り上がる様を微笑ましく見守っていた。

 

 

「お館様、お館様」

 

と、ウシワカに変わって今度はチヨメちゃんが袖をぐいぐいと引っ張ってくる。

見れば、彼女はジッと遠くの方を見つめていた。

 

「どした?」

 

つられて俺もそちらに視線を向けてみると――

 

 

 

――やけにラフ……というか露出の激しい衣装を纏った少女たちが映った。

というか、アレだ。

 

鈴女と幻女だ。

以前、都内浄化作戦の際に出会ったちびっこくノ一たちである。

 

相変わらず教育によろしくない格好をしていることに内心ゲンナリするが、彼女たちの戦闘スタイルを鑑みれば無理に変えさせるのも良くない、かもしれない。

 

ジッと見つめるチヨメちゃんの視線のせいか、鈴女がこちらに気付いて幻女を伴い駆け寄ってきた。

 

 

「どうも、先日ぶりです。ロリコンさん」

 

「ちょッッ!?」

 

サマナー協会東京本部の廊下である、幾人もの関係者が練り歩く通路である。そのど真ん中で平然と俺をロリコン呼ばわりする鈴女氏。

彼女は俺を社会的に抹殺したいのだろうか?

幸いにも今は誰も近くにいないのでよかったものの……いや、それを見計らって、俺をからかったのか?

 

「ロリコン……?」

 

鈴女ちゃんの言葉にレイランは不思議そうに呟く。

いけない、彼女にだけは“あの時の話”は聞かせちゃならない。

知れば誰もが俺を蔑むだろう、あの“発情事件”のことを!

 

「え、えーと。元気そうで何よりだね、君たち」

 

焦る内心を隠そうとするほどに動揺が表に出てくる。

 

「はぁ? なに気持ち悪い喋り方してんだ、ロリコン」

 

お、おいぃぃぃ!?

加減そうに、そして当然のように俺をロリコンと呼ぶメスg……幻女さん。なんで当たり前みたいに言うの……?

そもそもあの事件は君の能力の所為では?

 

「ねぇ、貴女たち。なんでさっきからこの男のことロリコンって呼ぶの?」

 

心の内側で抗議してる間に、興味を持ったレイランが直接鈴女たちに問いかけていた。

あ、ダメ――

 

 

「ん? だってコイツ、オレに発情したからな。ロリコンだろ」

 

「あ……」

 

――俺の懇願虚しく、幻女は禁断の言葉を解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最低ね、貴方」

 

蔑んだ目で、俺を見るレイランさん。その顔は心底から軽蔑の色を放っており、まるで養豚場の豚を見るかのようだ。

 

――結局、幻女さんによって俺が都内浄化作戦の折に彼女に発情してしまった事実が暴露された。

それを知ってすぐさま俺から距離を取ったレイランさんは、こうして酷い目を俺に向けている。

 

「ま、まあまあ……それも幻女ちゃんの能力で、ってことでしょ? なら仕方ないんじゃない? ……気持ち悪いのは事実として」

 

リンさんが気まずそうにレイランをなだめる。しかし、あんまりフォローになってる気がしないんだが……。

というか、そろそろ勘弁してくれ……あの時だってかなりその話題引き摺られたし、俺だって常日頃から肉欲に塗れてるような変態じゃないんだからさぁ……。

 

年甲斐もなく涙が出そうだ。

 

「……」

 

そんな俺を真顔で見つめる幻女さん。

なんだよ? これ以上、俺をどう甚振るつもりだよ?

もう、もういい……好きにしてくれよ。

 

開きかけた彼女の口を見て、更なる軽蔑を向けられることを覚悟した俺は目を閉じた。

 

 

 

 

「いや……まあ、その。確かにオレの異能は()()()()()()()()()()()()()()()()からな。オレの所為っちゃオレの所為なんだ。

その後も、なんだかんだオレらのこと助けてくれたしさ……その、あんまり苛めないでやってくれよ、姉ちゃんたち」

 

だが、飛び出した発言は予想とは真逆であった。

少し恥ずかしそうに、目を逸らしながら赤面する幻女、さん。

……もしかして、俺を庇おうとしてくれてるのか?

 

鈴女も、小さく溜め息を吐いてから幻女に追随するように発言する。

 

「ええ、彼女の言う通りです。彼は、敵に捕まった私を助けに来てくださいました。更には孤立した幻女も、保護してくれたと聞きます。

命の恩人、という点では私たちは彼に感謝しているのです」

 

憮然とした態度で告げる鈴女に押され、レイランも少し眉根を下げてこちらに目を向けた。

 

「まあ、そういうことなら……そもそも、アンタの趣味趣向とか私には関係ないしね」

 

そうだな。そもそも、俺から見れば君()完全に子どもにしか見えないからな。改めて言うこともないがそういう対象には見れないからね。

 

それより――

 

 

「き、君たち……」

 

予想外の味方になってくれたくノ一っ子たちへ、感涙に満たされた目を向ける。

しかしこちらを見るなり彼女たちは嫌そうな顔をした。

 

「気持ち悪い……あと、喋り方も気持ち悪い。略してキモい」

 

「ああ、キモいな。こっち見んなおっさん」

 

しっしっ、と手を振る彼女たちだが。それもまた照れ隠しだろう。

所謂、ツンデレってやつ。

実に良い子たちじゃないか……。

 

「あとで飴ちゃんあげるからね」

 

慈愛に満ちた顔でうんうん、と頷く。

対し幻女はガッと吠える。

 

「舐めてんのか!?」

 

「飴だ「それ以上言ったら(社会的に)殺すぞ?」……はい、すみません」

 

調子に乗り過ぎた俺に、ドスの効いた声で脅しをかける幻女さん。

俺は粛々と口を閉じた。

 

 

 

 

「……はぁ、私たちも別に遊びに来てるわけじゃないんで。そろそろ行きますね」

 

黙った俺を尻目に、散々チヨメやレイラン、リンと語り合った鈴女たちは。最後に俺へ視線を向けて面倒くさそうに告げた。

 

「おう……あれ、そう言えば何の用で本部まで来たんだ?」

 

彼女たちは壬生のサマナーだ。今は協会に積極的に協力しているとはいえ、元の所属は國家機関のはず。

そんな彼女らがわざわざ本部に来ることなど、有事を除いてないはずだ。

そう思っての疑問だったのだが。

 

「……貴方のせい……いや、貴方の()()()ですよ」

 

少し恥ずかしそうに答える彼女。

はて、俺は特に彼女たちを援助した覚えはないのだが……。

本気で身に覚えのない俺は悩み、それを見兼ねた鈴女が再度口を開く。

 

「先日のダークサマナー討伐の功……貴方が()()()()()()として報告をあげたおかげで、会長から直々に“昇格”の話が来たんです。その件で本部までやって来たんですよ」

 

彼女に言われて、そういえば、と思い出す。

あの地下異界でダークサマナー・豚皮豚ノ介を討伐した後。病院で目覚めてから書き上げた都内浄化作戦の報告書に、彼女たちの手柄としての記述を残していた。

 

「おう、そのおかげで“しれいかん”からも軽いお説教で済んだんだぜ。ありがとな」

 

補足するように幻女がにこやかな笑顔で礼を告げて来た。

改めて屈託のない笑顔を向けられると、少し照れる。

普段が普段なだけに、こう、ギャップみたいなアレで。

……見る限り、計算してやってるわけじゃなさそうなのが怖いところだよ幻女さん。あんた将来、すごい女になるよ。

 

「そ、そういうわけですので。私たちはこれで失礼します。

……あ、チヨメさん。その、また今度、ゆっくりお話したいです」

 

くるりと身を返そうとして、チヨメを見た鈴女は。俺とは真逆の可愛らしい声でそう告げる。

 

「承知。拙者も壬生の忍術とやらには興味があるでござる。

……お館様の許しがあれば、また会いたいでござるが」

 

チラッチラッとこちらを見るチヨメさん。

分かってるよ、そんなあざとい真似しなくても別に拒否したりしないっての。というか俺ってばそんな鬼畜に見えるか?

 

「別に構わないさ、事前に言ってくれさえすれば好きに会えばいい」

 

爽やかに応える俺へ、すかさず鈴女が介入する。

 

「束縛系男子は嫌われますよ」

 

別に束縛してねぇだろ!?

仮にもサマナーと仲魔なんだから、有事のことを考えてだなぁ。

 

「温情、ありがたく! では、その際はお館様の“すまほ”に連絡くだされ」

 

さらっと俺を中継機にするチヨメさんは絶対強かなお嬢さんだと思う。

 

「はいっ! 私も幻女のスマホで連絡します! ……直接、連絡先を交換するのは、ちょっと、嫌なので」

 

おいこら。

そういう小さな嫌味が人の心を傷つけるんだぞ。

 

「さらっとオレを中継機にしやがる……まあいいけどよ」

 

図らずも俺と同じ事を思っていらっしゃる幻女さんに謎の親近感を覚える。

 

「……あ? なにこっち見てんだ」

 

「いやいや、お互い苦労するなぁ、と」

 

「?? 気持ち悪い……?」

 

疑問形で気持ち悪いって言ってくるやつ初めてだよ。

 

 

 

 

 

 

 

――その後、いつまでも手を振ってくる彼女らを見送って。俺たちも会長室への歩みを再開した。

 

「貴方も、意外と人の為になることしてるのね」

 

「意外と、は余計じゃないかなぁ……」

 

トゲのあるレイランさんの褒め言葉に複雑な思いを抱く。

 

「……いえ、主殿は、結構人のことを気にするたちですよ?」

 

突然、これまで大人しくしていたウシワカが口を開いた。

 

「むしろ、()()()()()()きらいがあります」

 

むぅ……仲魔から改めてそう言われると、自分でも治すべきだと思い始めるが。そう簡単に人の性質は変えられない。

 

「……そんなの、私も分かってるわよ」

 

不意に、ぼそりとレイランが何事か呟いた。

 

「ん?」

 

「いえ、なんでもないわ。流石、仲魔は貴方のことをよく見ていると思っただけよ」

 

「お、おう」

 

僅かに怒気を含んだ声に、内心ビビる。

いやぁ、レイランさん怒らせたら俺なんか一秒足らずでスクラップですからね。下手に刺激しちゃあいけない。

 

俺は猛獣を相手にしている感覚でレイランの機嫌を伺いながら歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、辿り着くのは本部棟の最上階。会長室、と書かれたプレートを飾った扉の前だ。

 

「……」

 

改めて来てみると、決心したはずの精神が揺れる。具体的には会長の恐ろしさを思い出して怖くなる。

 

「ここまで来たんだから覚悟決めなさいよ」

 

「お、おう……分かってる」

 

呆れ顔のリンになんとか平静を装い応える。

直後、レイランが扉をノックした。

 

「葛葉の巫女ヨウ・レイランです。先日お伝えした件で参りました」

 

『ああ、入ってくれ』

 

はつらつとした彼女の声の後に、威厳のある男性の声が返ってくる。この声は間違えようもない会長の声だ。

内心、実は今日は不在だったりして、と淡い希望を抱いていたのだが。

 

「失礼します」

 

ビビりまくる俺を他所に、さっさと扉を開けて入っていくレイランとリン。

 

「? ほら、主殿も!」

 

一向に彼女らに続かない俺の背をウシワカがぐいぐい押して無理やり入室させられた。

 

「ちょ、押すなって「ほう……ヒデオか。久しいな」うひぃ!?」

 

入室してすぐ、ウシワカに抗議する俺の耳に低音の声が響いた。思わず変な声が出てしまったが致し方ない。怖いからね!

 

真っ先に俺へ声を掛けられては、そちらに振り向かないわけにはいかず。無意識に拒絶する首をなんとか声のした方へ向ける。

 

そこには、大きなデスクの脇に佇む男性。

金髪をオールバックにし、鋭い茶褐色の目を向ける男。顔に僅か見えるほうれい線は、先日の大國大臣と同じく“様になっている”という意味で違和感を感じさせない。

つまり、かっこいい大人の男性、といった容貌だ。

 

……まあ、俺からしてみれば怖い人以外の感想は出ないわけだが。

 

「お、お久しぶりです。会長」

 

「なんだその堅苦しい呼び方は……前のように名字で呼んで構わんぞ」

 

変わらない声音でそう言う会長。いやぁ、うへへ……そんな恐れ多いっすよ。

……せめて、もっと優しい声出ない??

 

萎縮する俺から視線を外して、レイランたちをざっと見た彼は僅か口角を緩めて告げる。

 

「そちらが“英傑”の……ならば改めて名乗っておいた方が良さそうだな」

 

こほん、と咳払い一つ。彼は変わらぬ厳かな声で自己紹介する。

 

「サマナー協会二代目会長を務めている。

 

 卜部(ウラベ) 正孝(マサタカ)だ。

 今後とも、よろしく」

 

 

 

 





【あとがき】
とりあえず、レジライ。
ほんと、お前……(万感の思いを込めて

カーマちゃん可愛いねっ!!!!
なぎこさん最高だねっ!!!!

石無いねっっっ!!!!!!!!


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卜部

爆乳黒髪ツインテ秀の字で妖怪退治するのたのちぃ…
ちなみに身長は最低値だ、当たり前だよなぁ?




卜部正孝。

 

現サマナー協会会長であり、創設者たる“吉祥寺の少年”に続く二代目の会長だ。

首都圏、関西、九州にそれぞれ設置されている本部全てを統括する立場にあり実質的にサマナー協会の最高権力者たる男。

 

そんな彼は、自身のサマナーとしての能力も当然ながらずば抜けている。

 

苗字の時点でお察しの通り、彼は頼光四天王の一角・卜部季武の末裔にあたる。

頼光の時代()()()()から退魔稼業を営んでいた卜部家は葛葉に匹敵する古き一族である。

そのため、魔性への対処においてかの一族は隔絶した技法を確立しており、一説には“頼光に対魔の技術を教授した”ともされている。尤もこれは俗説で、しかもサマナー界隈にしか流れていない噂話に過ぎないが。

いずれにしろ、歴史という点ではまず間違いなく会長は現在の協会で最古であろう。

 

そんな彼本人は、もちろん卜部家の現当主だ。

……本来なら、彼の伯父が当主の座を継ぐはずであったのだが。伯父は本家を出奔、サマナー界隈を渡り歩いた末に()()()()()()()()()()()()

残された彼の妹、会長の母に相当する女性は身体が弱くサマナーとしての資質にも恵まれなかったため、会長に継承権が回ってきたというわけだ。

 

会長は幼少より高いサマナー能力を発揮しており、この決定に誰一人口を挟む者はいなかった。会長も親族からの期待に応えるべく鍛錬に勤しみ、“世紀末”の段階では既に中堅に食い込む実力を得ていたという。

 

 

――そんな時起こったのが、“世紀末神魔騒乱”である。

自衛隊幹部たる『ゴトウ一等陸佐』のクーデター計画に始まり、米国大使と天使の繋がりとその暗躍、それらに連鎖するように次々と動き始めた悪魔たちが起こした一連の騒動のことだ。

 

これら全てを鎮圧ないしは“殲滅”したのがかの有名な“現代の英雄”。

サマナー協会初代会長たる()()()()()()である。

世紀末の東京、吉祥寺に突如として現れ、当時暗躍した全ての悪魔とその協力者を悉く討ち果たしたサマナー界の大英雄だ。

――無論のこと、数多の悪魔が蠢く世紀末において彼一人では対処しきれなかったことだろう。

だからこそ、彼を支えた者たちも当然いた。

 

その一人が現会長、卜部正孝。

当時、齢十と半分ほどだった彼は、この騒乱で戦い続けることで急激に成長を遂げたという。

その結果が、初代会長からその地位を託されるという形で現れているのは一重に彼の人徳にもよるが、実力の証明という点でこれ以上ないのも確かだ。

 

 

 

俺は、会長とは“初代会長”を通じて知り合った。

当時は『奥山』を出て間もない頃だったので、俺も世間知らずな上に常識知らずだったわけで。

加えて、奥山脱走の際の“トラウマ”から人間不信に陥っていたために偉そうな彼にはついつい噛み付いてしまった。

今思えば「なんて無謀なことを……」と顔を覆いたくなる非行だが、過ぎてしまったことは仕方ない。

……ともかく、彼に噛み付いた小生意気なクソガキたる俺は、生真面目な彼によって徹底的に矯正されまともな社会性というのを身につけることができた。

その点については感謝している。

している、のだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうして会うのは五年振りか? 息災なようで何よりだが」

 

両手を後ろで組み、キチッとした佇まいで目の前に立つ会長。

 

「へ、へぇ……お、おかげさまで」

 

それだけで萎縮して冷や汗が出てくる。

五年も間を空けたせいで余計に怖く感じている部分もある。

 

「……そう畏る必要もない、楽にしろ、楽に」

 

キョドる俺に溜め息混じりにそう告げてくる。

 

「い、いやぁ……俺もいい歳ですし、礼儀はちゃんとしないとって」

 

「五年も連絡を寄越さなかったのに、今更礼儀もクソもあるまい」

 

「ごもっともです……」

 

だよねぇ、絶対そう言われると思った。

 

「……まあいい。ならば先に彼女らの要件を済ませてしまうとしよう」

 

終始挙動不審な俺に呆れた様子の会長は、そう言ってレイランたちの方に向き直った。一方俺は、ようやく彼の視線から逃れられたことで内心ホッと息をついた。

 

 

 

――その後、宣言通り会長はレイランやリンと、何やら小難しい話し合いを始めてしまった。

俺もしばらくはその様子を見ていたのだが、手持ち無沙汰となり会長室を物色し始めたウシワカを宥めるべく、チヨメちゃんも巻き込んで“しりとり”をやった。

え、意外と図太いことしてるって?

人間ね、限界を超えた恐怖を感じると一周回って大胆になるんだよ。

現実逃避ともいう。

 

そうしてしばらく。

 

 

 

 

「――ではそのように報告させていただきます。本日は貴重なご意見を頂きまして、ありがとうございます」

 

仕事モードのレイランが綺麗なお辞儀をする。

 

「気にするな、私も葛葉とは今後も良き仲を続けていきたいからな」

 

対する会長の表情はとても柔らかい。声も俺に対するものより数段優しげだ。

 

「私も同意見です。まして“ライドウ”の下には()()()()――」

 

何やら言い掛けたレイランの言葉に被せるように会長は告げる。

 

()()()はやめておこう。今の私は()()にとって赤の他人だ、その立場を変える気はないしその方が彼女のためになるだろう」

 

「……。了解しました、ではこれで」

 

会長の発言に、何やら言いたげな顔をしたレイランだったが。それ以上その話題を続けることなく、綺麗な一礼をして会長室を去っていった。

 

「……なんだったんだ?」

 

奇妙なやり取りに思わず呟く。

レイランとの会話では終始優しげな雰囲気だった会長が、あの一瞬だけは“俺に対する時のような威圧感”を放っていた。

レイランも、どこか不満げな様子だったし。

 

だが、こうもあからさまな“藪蛇”に首を突っ込むほど俺は愚かではないので早々に忘れることにした。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「待たせたな。では、今度はお前の話を聞くとしよう」

 

レイランが去り、リンへの要件も終わったことで遂に会長は俺に真っ直ぐな視線を向けてきた。

 

「……ええ。確か、先日の大蛇討伐の件でしたよね」

 

俺も流石に、しばらく待機している間に平静を取り戻しておりしっかりとその目を見返す。

 

「ああ、それだ。先ずは壬生の子らから聞いた件について聞いていきたい」

 

会長の問いに、俺は包み隠さず都内浄化作戦の詳細を話して聞かせた。

最初は問題なく作戦を続けていたこと、途中で敵に捕まった鈴女たちを助けるために異界に向かい、ダークサマナー豚皮豚ノ介を討伐したこと。その帰り道に、例のコウガサブロウと遭遇したことを。

 

話を終えて、その間黙って聞いていた会長が答える。

 

「ふむ、先ほど彼女らに聞いた内容と概ね相違ないな。これならば彼女らの昇格の件も滞りなく進むだろう」

 

それを聞いて、ああ、なるほどと理解する。

当初、大蛇討伐の件で話を聞きたいと言っていたのに、なぜそこから聞きたがるのか? と疑問に思っていたが。

鈴女たちの昇格に関する資料作りのためだったのか。

……たかが昇格で大袈裟というか疑り深い気もするが。

 

「すまんな、私としては“実力と人格”を最優先で昇格の判断基準にしたいところなのだが。これでも協会は組織、未だ歳若い彼女らを不安視する声もあるのだ。理解してくれ」

 

少し疲れたように告げる彼に、俺も同情する。

 

「……大変ですね、組織の長ってのは」

 

ましてサマナーの組織、という性質上“種々累々”の輩が所属しているのだから、それを纏める立場の苦労は推して知るべしだ。

 

「そうだな。しかしそれが私の役目だ、今更弱音は吐かんよ」

 

フッと微笑を浮かべた彼はすぐに真剣な顔に戻って話を続ける。

 

「ではそろそろ本題に移ろう。お前が討伐したコウガサブロウに関連した騒動、その際に()()()()()()()について」

 

薄々気付いていたが、やはり。彼が聞きたいのはコウガサブロウのことではない。あの騒動の中で遭遇した“連中”についてだ。

俺も、奴らについては聞きたいことが山ほどある。

 

「ええ、何なりと、聞いてください」

 

「まずは、“大臣旗下の基地”を襲った一団について。お前が見て聞いて、気づいたことを聞かせてくれ」

 

――基地を襲った連中といえば、“鉤十字”をシンボルとして“軍隊”のような出で立ちの一団だ。

鉤十字というキーワードで分かる通り、奴らは“旧ドイツ”に関連した組織であるのは想像に容易い。

しかしながら、パワーアップしたウシワカと拮抗するほどの力をもったあの“機械兵士たち”については謎が多い。

奴らが行使した“アンチ召喚術結界”や、『ロンギヌス・ディテリオレイト』とやらについても。

 

それら、俺が知る全てを語って聞かせる。

 

「――ふむ、なるほど」

 

()()()()()は静かに聞き、そう呟いた。

 

「私も、あいつらについては聞いておきたかったのよね。海外を渡っている間に、あいつらと思しき組織のことは小耳に挟んでいたし」

 

リンも続けて語る。

……というかお前、あいつらのこと知ってたのか。初耳だぞ。

 

「ちょっと本気出さないと危なかった相手だもの、知ってるなら教えてほしいわ会長さん」

 

リンの問いにウラベさんは少し瞑目してから答えた。

 

「お前たちの話を聞いて確信した。基地を襲った一団はおそらく……

 

 最後の大隊(ラスト・バタリオン)と呼ばれる集団だ」

 

それって……

 

「あのオカルト界隈で有名な、旧ドイツの生き残りってやつですか?」

 

語るまでもない。ラストバタリオンとは、オカルトマニアの間で昔から噂されている都市伝説の一つだ。

曰く、かの総統が演説で口にした謎の一団、とのことだが。

 

「実在したのですか?」

 

所詮はただの都市伝説だったはずだ。

 

「無論、お前の言う通り。本来ならばその名称はオカルトの一つに過ぎないものだった。……しかし、“二十一世紀”の訪れと共に突如として奴らは現れたのだ」

 

――会長曰く、奴らは今世紀になって初めて活動を始めたという。世界各地に点在する“聖遺物”、もしくは“神秘に関する遺物”を狙って度々襲撃を仕掛けてくる謎の一団。それが世界における彼らへの認識らしい。

その目的は今のところ不明ながら、標的が洒落にならない上に彼らの拠点が“一切不明”なことで各国は対応に頭を悩ませているらしい。

 

「お前たちの時も奴らは()()()()()と聞いている。厳密には都内上空に突如として出現した、とのことだが」

 

そうだ。後から細川に聞いた話では、都内上空に突然反応が出現したと言っていた。そこから“戦闘機形態”に変形して超高速飛行で基地に襲撃をかけるという、SFみたいなことしてきたわけだ。

 

「反応消失地点についてもバラバラだ。もちろん、その後の足取りも掴みようがない」

 

だからこそ“厄介な連中”ということか。

 

と。

そこでふと気がついた。

 

「……そういえば、あいつらの目的。今回は聖遺物じゃなくて“ヤバそうなガラス片”だったな。いや、厳密には持ってったのあいつらじゃなくて()()()()()()()()()()だったけど」

 

その一言にウラベさんはピクリ、と反応した。

 

「実を言うと、私が一番聞きたかったのは()()()だ。ラストバタリオンについては既にある程度は目星がついていたからな」

 

突然、鋭い眼光で語る彼。

 

「グレゴリー、とかいう奴ですか? ええ、と。確か、コウガサブロウを唆して、ついでにラストバタリオンを呼んだとか言ってたような……あ、あと、()()()()()()()()()()()()()()の代表だって――」

 

そこまで言って、自分でも気がついた。

ソウルコントラクトソサエティという名前が持つ意味を。

 

一方ウラベさんは険しい顔を作った。

 

「ソウル・コントラクト・ソサエティ、通称SCS。“ダークサマナー専門の傭兵斡旋組織”であり、その母体にあたるのは堕天使の集団たる『監視者(グリゴリ)』だ。

……そして、奴らこそ()()()()()()でもある」

 

「……」

 

そう、奴らは、SCSないしグリゴリは会長の身内の仇だった。

なんで今まで忘れていたのか? いや、SCSという名前が問題だった。俺が聞いていたのはグリゴリの方なのだから。

 

 

――SCSという組織がいつからあったのかは定かではない。

しかし、その目的は往々にして母体たるグリゴリの目的そのものであり、即ちは“上質な(ソウル)”の収集に他ならない。

彼らは集めたソウルを『()()()()()()』に捧げるために存在しているというが。その大いなる存在とやらについては、てんで情報が無い。

確かなのは、あいつらが人間の魂を標的として活動する危険なテロリスト達ということ。

魂を集めるためならば如何なる非道も辞さないのは勿論、その土地への悪影響や世界秩序すら眼中にない連中だ。

 

過去、平崎市と天海市で大規模な活動が確認されその対処に『葛葉』が駆り出されたことからも危険性が伺える。

尤も、平崎市の活動では『キョウジ』によって組織の実質的な指導者であった魔王デミウルゴスが討伐され。天海市では、葛葉の支援を受けた『ハッカーの青年』が幹部たるアザゼル、シェムハザ、サタナエルを討伐したことで暫く活動は沈静化していたはずだが。

 

 

 

「――デミウルゴスらの後釜に収まったのがそのグレゴリーって奴なんですね?」

 

「ああ、そうだ。アザゼルらが担当していたSCSの運営に始まり、グリゴリ所属の各堕天使たちへの指示や運用も任されているらしい。

……ついでに、奴自身も()()()()()()()()()()()()()()

 

()()については身に覚えがあり過ぎた。例の“精神干渉”にあたる能力のことだ。

俺が持つ“高い耐性”を素通り同然に貫通してきたことからもその異常性がわかる。

俺はすぐにそのことを彼に伝えた。

 

「精神干渉……おそらく、こちらでも同様のものと思しき報告を複数受けている。曰く「一番の欲求以外に考えられなくなった」らしい。

彼らは一様に()()()()ような感覚だったと述べていた」

 

「ええ、その通りです」

 

思い出しただけでも怖気が走る。まるで自分が自分でなくなるような、そんな気持ち悪い感覚であった。

……いや、()()()()()()()()()()()()羞恥にも似ている。

 

「――とはいえ、現状ではこちらもそれ以上の情報を持っていない。奴自身については何らかの形で接触する以外にデータを更新する手立てはないだろうな」

 

そこで一拍置いて続ける。

 

「なので、その関係者の方の話をしたいと思う」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「関係者?」

 

……とはどういう意味なのか。疑問符を浮かべる俺に彼は話を続ける。

 

「先日、レイランから“涅槃台”に関する報告を受けた。その内容については事前にお前と話し合ったとのことだが、間違い無いな?」

 

それはおそらく、チヨメちゃんを召喚する前に話し合った件についてだ。

 

「ええ」

 

「その中で話題に上がっていた“ダークサマナーの斡旋者”とやら。こいつはおそらくグレゴリーだ」

 

「っ、マジですか……」

 

いや、普通に考えればダークサマナー専門の斡旋者という時点で奴以外に思い付かないのは確かだ。

無論、他にも同じようなビジネスを展開する輩は多くいるが。直近の事件や騒動を鑑みればその可能性があるのも事実。

 

「まさかとは思っていたのだがな、レイランが回収したCOMPのログを調べていたところ。斡旋者の側から“魂”を要求する記録が見つかった。となれば、グレゴリーないしはSCS案件と見て間違いない」

 

ウラベさんはさらにこう続けた。

 

「そして、これは私の私的な推察なのだが。

()()()()()()()()()()()()と考えている」

 

「それは……」

 

すぐには否定できない内容だ。

鈴女たちの事件の後、奴は基地に現れた。コウガサブロウが暴走したという時期から考えても奴の活動期間内にあるのは確か。

だが……

 

「――ですが、それは()()()()()()()()()()()()。第一に、奴にとってのメリットが分かりません」

 

鈴女らを唆しても奴には一銭の得にもならない、逆に自らの手掛かりを残すという点では悪手とも言える。

 

「いや、奴は()()()()()()()()()()

 

しかしウラベさんは絶対的な自信を持ってそう言いのけた。

 

「奴は過去にも()()()()()という理由だけで人を唆し、事件を起こさせている。

……そういう奴なのだ、グレゴリーという()()は」

 

「……」

 

何というか、言葉を失う。

まさか、本当に()()()()()で人を惑わし、時には悪魔すら悪辣な扱いをしているとは。

 

「率直に、()()()()()ですね」

 

大衆の思い描く悪魔そのものだ。具体例としては『ファウスト伝説』に出てくるメフィストフェレス。そんなメフィストにだって魂という目的があった。

グレゴリーにはそれすら無い、ということか。

 

「まさに“悪意の化身”ですね。まったく、傍迷惑な奴だ」

 

「そうだな、その傍迷惑で我々も過去相当な痛手を受けている」

 

「……となると、妙ではありますね。そんな性格で組織のトップが務まるのか」

 

私的な欲望で厄介な事件を起こすような奴をトップに据えるなど、本気ならばグリゴリも落ちたものだ、と思う。

 

「無論、SCSに限らずグリゴリからも離反者が出ていると聞く。ただ、堕天使の大半は“そういうのばかり”だからな。アザゼルやシェムハザが貴重な人材だったのだろう。あれでも著名な魔王たちだからな」

 

確かに。アザゼルやシェムハザは、多くの文献でグリゴリのリーダー格として記されている。シェムハザに至っては明確にグリゴリという集団の筆頭だと記されたものもある。アザゼルだって古い文献から登場する古参の悪魔の一体。

ともに堕天使の中では頂点に位置する悪魔たちだ。

それらを早々に討ち果たせたのは僥倖だと言っていいだろう。

 

「――では話を戻そう。

問題はグレゴリーだけではないのだ。奴が連絡を取った相手、涅槃台の他に、“師”とされているテンメイなる人物。彼らが属する“集団”も不穏な動きを見せている」

 

「集団?」

 

それは初耳だ。涅槃台についてはレイランとの情報交換で、奴とテンメイなる人物のことしか話していない。

 

「ああ、涅槃台とテンメイ……そして先日の()()()調()()でウスイが遭遇した()()()()()()()。この三名が同じ目的をもって動いている者たちだ」

 

「ウスイが?」

 

廃寺の調査と言えば、つい先日、オサキを探しに行った先で聞いたばかりの話だ。

まさかあの後に涅槃台の仲間と遭遇していたとは。

 

「そういえば、調査の前にウスイと会ったらしいな」

 

「ええ、仲魔を探しに行った先で偶然にも。また一段と“デキる男”になってましたね」

 

いや本当に。見るからにエリート営業マンみたいな雰囲気が溢れ出していた。さりげなく“すごい悪魔”を従えているのもポイント高い。

 

「――まあ、ともかく。その調査の際、廃寺で怪しげな動きを見せる男と出会ったらしいのだ。

そして“一戦交え”て、取り逃したらしい」

 

「ウスイが取り逃すなんて……その天魔とやらは相当なやり手ということか」

 

何度も言うが、ウスイはサマナー協会においては非常に高い戦闘能力を有している。ともすればウラベさんの次くらいに強いサマナーだ。

加えて生真面目、冷静、判断力にも優れた優秀な人材。

その彼をして取り逃すとなれば、相手も相当に場慣れした手合いということだ。

 

「その時……いや、一戦交える前に。こっそりとそいつがどこかに連絡する様子を伺っていたらしい。

そこで涅槃台らの集団と繋がっていることが判明した」

 

それと同時に名前も分かった、と彼は言う。

 

()()()……というのが連中の組織名らしい。

尤も、組織と言っても確認されているのは先の三名のみなのだが。涅槃台の件や、他に疑わしい案件も含めれば少なくない“人員”を保有し、相当活発な動きを見せている集団であるのは間違いない」

 

「天魔衆……」

 

天魔、と言えば真っ先に思い浮かぶのはかの有名な『第六天魔王』だろう。

しかし、天魔という単語自体が複数の意味、曖昧模糊な引用をされてきた関係から広義にはソレ以外も該当し得る。

 

サマナー界隈においては、“魔性に堕ちても天に在りし古き神”が天魔のカテゴリを与えられてきた。のちにこのカテゴリは破壊神や鬼神へと細分化されたが、未だに天魔以外のカテゴリに該当しない悪魔は天魔に分類されている。

また、天狗を天魔と呼称する文献も存在し、サマナー界隈と密接な関係にある祓魔・降魔、すなわち退魔を生業としてきた裏の人間たちの間では“天狗の最上位、天狗の域を逸脱した魔性”或いは“魔性に寄り過ぎた天狗”を天魔と呼称していたりする。

 

 

まあ、要するに。

天魔という単語だけでは推察の仕様がないということ。

 

しかし。

 

「……涅槃台が“破戒僧”を自称していたことを考慮すれば、この場合の天魔とはつまり“天狗に関係するモノ”であるのは間違いないでしょう。

少なくとも“仏道”に関連するのは確かだ。

更には涅槃台が執着していた“力”……これらをまとめると、奴らの言う天魔とは“天狗”、或いはその上という意味での天魔でしょう」

 

これまでの情報を鑑みればこの解が妥当なところ。そう思い口にしてみたのだが……

 

「ふむ、私も同じ意見だ」

 

ウラベさんもしっかりと頷きを返してくれた。どうやら正解だったらしいことに内心ホッとする。

 

「まあ、ウスイから“天狗の半面を被り黒い翼を生やしていた”と聞いていたからな。まず天狗以外に考えられまい」

 

「えぇ……それ早く言ってくださいよ」

 

そんなの天狗じゃん。天狗しかないじゃん。

真面目に考察してみた俺が馬鹿みたいじゃん……。

 

徒労感からげんなりする俺へと、不意に微笑を向ける彼にビクリとした。

 

「腕は鈍ったが、頭の方は健在なようで安心した」

 

「そいつはどうも……」

 

まあ、記憶喪失になったわけでもなし。腕はともかく、これまで蓄えた知識が消えるなんてことは早々無いと思うが。

……いや、そうでもないか。人によっては“トラウマ”から悪魔に関連する知識を無意識のうちに忘却してしまうこともあり得る。

俺はそもそも“彼女を忘れられない”からこそサマナーを続けているわけで。彼女に繋がる悪魔への知識を手放す可能性は一ミリも無いのだが。

 

「俺だってサマナーの立場に()()()()()()()自覚はあるんでね。たとえ力を失っても、サマナーとして最低限のルールは守ってるつもりですよ」

 

「ならばいい。

……“大切な存在”を失う痛みは、私も理解しているつもりだからな。少し心配になっただけだ。気にするな」

 

「……」

 

なんてことないように流すウラベさんに、俺は内心複雑な気持ちになった。

こと彼に対しては「分かったような口をきくな」とは口が裂けても言えないからだ(……そもそも言うつもりもないが)。

 

 

 

彼も、()()()()()()()()()()()

俺が“こうなる”よりも少し前、十年以上も前の話。

 

 

 

――彼は最愛の妻を悪魔に殺されていた。

 




【あとがき】
……まあそんな感じでSCSは殆どファントムです。
あと、ウラベ会長は伯父さんのことをとても尊敬していたりします(どうでもいい設定


……仁王2で女頼光さん出るってマ?
(ネタバレが怖くて調べていない人


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遠野アイ

ちょうど一年前に投稿した話に出てきた子です。





私は、()()()()()()()

 

いや、厳密には歴史や何やらの()()()()()()()()()()()()そのものが嫌いだ。過ぎ去った過去ではなく、未来にこそ目を向けるべきだと思う。

 

その分野へと両親を導いた()()()()()も大嫌いだ。

自分の趣味は自分だけで完結していて欲しかった。誕生日に送られてきたよく分からない古い壺なんかちっとも嬉しくなかった。

そんなのより、“海外に連れ去った両親を返して欲しかった”。

 

無論、学校教育における“歴史”については勉強した。子どもながら、ちゃんとした人生を送るためにはそれなりの職に就く必要性と、そのためにそれなりの学歴を確保する必要性を理解していたからだ。

それでも……嫌いなものは嫌いなわけで。

教科書を見るたびに、授業が始まるたびに顰めっ面をしてしまったのは無理からぬことだと自己弁護したい。

 

まあ、その結果。担当教員を「自分のことが嫌いなのでは?」と本気で

悩ませてしまったのは申し訳ないとは思っているけど。

先生、ごめんなさい。私は先生じゃなくて“教科”が嫌いなだけなんです。

 

 

……話を戻そう。

 

 

私は歴史とやらが嫌いである。

なにせ、幼い私から両親を引き離した概念だから。

物心ついた頃から幾度となく海外出張を繰り返す両親、最低でも一週間は帰って来ず。一ヶ月、時には半年以上も帰ってこない時もあった。

私の面倒は父方の叔母や祖父母が見てくれたが、祖父母も高齢になり通うのが難しくなった。叔母も就職先の繁忙期には来られないことも多く。必然的に、私の子ども時代は孤独が常となっていった。

 

それに関係してか、私は学校でも内気でよく言えば大人しい、側からすれば陰気な存在と認識されていた。

そこについては特に反論はない。確かに私はそのような性格だし、そういう存在が“迫害”されるのもやはり見え透いた結果だったのだろう。

幸いにも、私には“庇ってくれる幼馴染み”が二人もいたことで大したことはされなかったが。

 

そんな私にも誇れるものがあった。

勉強である。

学校という環境においてこのアドバンテージは非常に大きく、難問について所謂“陽キャ”と称される人々から助けを求められたことで彼ら彼女らとの仲も改善し、今でも連絡を取り合う関係に発展した。

だからこそ私はより一層勉学に励んだ、嫌いな歴史も勉強した。

 

結果、私は狙い通りにそれなりの大学に進学できた。

先述の幼馴染みたちも何やら目的があって同じ大学を目指したらしく。私が付きっきりで講義したことで滑り込みに等しいながらも無事に入学できた。

 

そして現在。

私は幼馴染みと共に大学に通い、講義を受けて、休日には遊んで、また大学に通い……という安定した生活を送っている。

ちなみにサークルには入らなかった。

だって、サークルとか……怖いし。ネットで見聞きしただけだが、大学のサークルとはつまり『◯リサー』と同義と言うし。

きっと、新人歓迎会で無理やりお酒呑まされた挙句に酷いことされちゃうんだ! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!!

 

……また話が逸れた。

え、と。なんの話だったか。

 

あ、そうそう。サークルの話だった。

先述の通りサークルには入らなかったと言ったが、それならばと幼馴染みの一人が提案した『オカルト研究会(自称)』という内輪ノリの活動には参加することにした。

だって顔馴染みの二人と一緒なら楽しそうだし。

 

オカルト研究会(自称)の活動はシンプルだ。

ネットや噂で聞いた“出る場所”に突撃して記念撮影やら活動記録という名の思い出作りをするだけ。

まあ、自称してるだけの単なる三人組なんだから当たり前だが。

実態は遊んでいるだけである。

しかも行く場所は大抵が“デマ”で、心霊も何もあったものではなく。その類には()()()()()()欠片も遭遇しなかったのだが。

ちなみに、私はオカルト系にはちょっと興味があるので陽キャのノリであるこの活動もかなり楽しんでいたりする。

勉強一筋だと、疲れるし。

 

 

そんなこんなで、毎日楽しんで過ごしていた私たちだが。

今、私たちは大きな問題に直面し、活動を休止していた。

 

それというのも、先に述べた“心霊現象との遭遇”が原因だ。

いや、遭遇というか。()()()()()()()()()()()()()()と言った方が正しいかもしれない。

……うん、こう改めて言うとシュールな笑いを生みそうな事件だが。直接体験した私はちっとも笑えないくらい恐ろしい事件だった。

 

その日向かったのはとある“廃病院”。

私たちの住居がある首都郊外から一時間以上かけて辿り着く片田舎にある廃墟。

なんでも医療事故が原因で経営難に陥り、降って湧いたように黒い噂が続出したことで院長は自殺。後を継ぐ者もなく無事に廃墟と化したとか。

まあよくある心霊スポットというやつだ。

 

噂を聞きつけた私たちは、いつものように彼の車に乗り現場まで直行。出発した時には既に陽が傾き始めていたために目的地に着いた頃には辺りは真っ暗闇だった。

肝試しにはうってつけのシチュエーション、無論、そこまで計算して向かったのだから当然だ。

 

車を降りた私たちはいつものようにカメラやら懐中電灯やらを手に取りつつ廃病院まで歩く。

これまでならば、三人で色々と駄弁りつつズンズンと廃墟内へと進んでいくところなのだが。

 

――正面玄関に立った時、私は言い表しようもない“不気味さ”を感じた。

玄関口より建物内から伝わる“凍るような空気”。六月だというのに真冬のような冷たい風が吹き抜けた。

また、その時から……なんと言っていいのか、得体の知れない“気配”のようなものが幾つも感じられ。それら全てから()()を向けられているような感覚を得た。

 

いつもとは明らかに違う。

直感でそう思った私は、玄関口を潜ろうとする二人を必死に止めた。

 

ここから先に、行ってはいけない。

 

先ほどまで一緒になってはしゃいでいた私が一転して、真剣な表情でそう言ったことで二人とも、一瞬だけ止まった。

だが、すぐに冗談だと思ったのか私の言葉を笑い飛ばしズカズカと二人だけで病院内へと入って行ってしまう。

 

いけない。ここは本当に――

 

 

そう告げる前に、()()()()()()()()()()()()()()()()

無数の手は、玄関を抜けようとした二人を一瞬のうちに羽交い締めにして瞬きの間に暗闇の中へと連れ去ってしまった。

 

――言葉にならなかった。

何かを言う前に、行動する前に、抗い切れないほどの恐怖で腰を抜かしてしまったからだ。

あの手、遠目に見ればただの白い手だが。目の前で二人を連れ去られた私は近くでそれらを見てしまった。

 

ひび割れ、あるいは指が千切れ、皮が剥がれ、骨が見え。

グロテスクという言葉では表しきれない悍しい光景を。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく放心していた私だが、すぐに我に返り“対処法”を必死に考え始めた。

これが赤の他人であれば恐怖のままに逃げ帰っていただろう。それくらい私は臆病だし、自分が大切だ。

でも、あの二人は私の大切な“幼馴染み”だ。

ただの幼馴染みではない。

私が辛い時からずっと、一緒にいてくれた大切な人たちなのだ。

なんとしてでも助けなければならない。

 

しかし、無論のこと私には除霊スキルや幽霊を殴り倒すような勇気はない。自慢ではないが運動神経はかなり悪い方なのだ。

だから私一人で突撃するなんて選択肢はない。そんなことをすればただ単に犠牲者が一人増えるだけ。更には、ここに私たちが居るという情報は私たちしか知らないために“助け”も絶望的になる。

 

ならば、()()()()()()()()()()()()

 

 

……普通なら。こんな非現実的な事態に対処できる人なんて知り合いにいるはずもないだろう。

だが、私は一人、否。()()、対処できるかもしれない人たちを知っていた。

 

 

――曰く、私が生まれる少し前。彼らは摩訶不思議な事件に巻き込まれたという。

 

――曰く、彼らはその超常事件をなんと自力で解決して見せたという。

 

――曰く。

そんな漫画の主人公みたいな活躍をしたのは()()()()()()()()()()

これは幼い頃に出会った『ランチ』と名乗るおじ様から聞いた話……

 

 

……今「頭おかしい……」とか思ったでしょ?

そこまではいかなくても「(現役の)病院に行った方が……」とか思ったでしょう?

 

残念ながら私は正気なのです。

至って正常な精神を保った普通の大学生なのです。

 

なので迷わず“国際電話”を掛けます。

相手はもちろん、海外で遺跡調査なんぞにうつつを抜かす両親。

あ、でもお父さんとはあんまり話したくないのでお母さんのスマホに掛けます。

 

しばらく呼び出し音が響いてから、()()()()()お母さんの声が聞こえてきた。

自らの置かれた状況と、依然として全身を苛む恐怖を鑑みるに。ちょっと腹立つくらいのハツラツさ。

 

だが今はそんなことを言っている場合ではない。

私は震える声で、なんとか今の状況を説明した。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

私の話を静かに聞いていたお母さんは、やがて溜め息ひとつ。

少し怒ったような声で答えた。

 

『そういう場所には行っちゃダメって散々言ったでしょう……見たことがなくても、信じられなくても、()()()()()()()()()があるのよ?

あと、遠くに出掛ける時は()()()()()()か、お義父さんかお義母さんにちゃんと行き先を告げるように言ったわよね?

どうして、誰にも言わずに行ったの?』

 

正論だった……何も言い訳できないくらい真面目なお説教だった。それも私の身を案じてくれているからと理解できるからこそ聞くのも辛い。

分かっている、これは私たちの()()()()()()なのだと。

 

でも――

 

――たとえ自業自得でも、私はなんとしても彼女たちを助けたいのだ。

 

 

そのことを必死になって伝える。

すると、お母さんは少しの沈黙の後、一つの“解決策”を教えてくれた。

 

『確かその廃病院は“夕凪”だったわね……なら。

 

いい? 今からそっちに“手順を書いたメール”を送るから、その通りにして電話を掛けなさい。

そしたら“祓魔屋オウザン”ってところに繋がるから、私に説明したように今の状況を伝えなさい。

そこの“ヒデオ”って人ならきっと貴女を助けてくれるわ』

 

少しして、母の言う通り一通のメールが届く。

メールには、“何処そこに電話して、また別のところに電話して…”っといった内容が記されており、なんだか“秘密の手順”のような奇妙なものだった。

とりあえず、その通りにすることを伝えると。

 

「お金は心配しなくていいからね? それと、貴女は絶対に建物内に入っちゃダメよ? あと、無事に終わったら連絡を――』

 

段々と注文が増えてきたことに辟易した私は「大丈夫だから、私ももう大人だし」とだけ伝えて強引に通話を切る。

……助けを求めておいてアレだが、私だって色々と思うところがあるのだ。察してほしい。

 

 

 

ともかく、母が教えてくれた手順を踏んで目的の“オウザン”とやらに電話する。

 

『はい、祓魔屋オウザンです』

 

電話の先からは“妙に幼い声”が響いてきた。そのことに驚くが、すぐさま自分の名と、今の状況、今すぐ助けてほしいことを伝えた。

するとすぐに、彼女からの質問形式でより詳しい事情を聞かれた。

 

『承知……あ、いえ、承りました。店主に報告しますのでしばらくお待ち下さい』

 

事情を聞き終えて、彼女は冷静な声のままに“保留音”が鳴り始めた。

……色々いっぱいいっぱいで頭が回らなかったが、あんな幼い少女で大丈夫なのだろうか? 声だけだがかなり幼い印象を受けた。

 

やがて、保留音が止まり。“若い男の声”が響いた。

 

『お電話かわりました、オウザン店主のヒデオです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

――それから。

私の求めにヒデオさんは二つ返信で了承し、十分ほどで彼らは現れた。

 

黒いコートを羽織り少し癖っ毛な黒髪を持った十代後半から二十前半ほどの男性。彼こそがヒデオ。

その傍、ちょこんと立っているのは黒い眼帯のようなものを身につけた少女。声からするに彼女が電話を取り次いでくれた子だろう。

……なぜか、時代劇などで見るような忍者のコスプレをしているが。

 

二人は、この廃病院で間違い無いかを確認してすぐ。少女の方が廃病院の中へと突入した。

しかも、その速度が()()()()()()

某有名忍び漫画のようなフォームで、まるで疾風の如く廃病院へと入っていったために止める暇もなかった。

 

見るからに華奢な少女一人で大丈夫なのか? 

心配になってヒデオさんに問うと……

 

『ああ見えて荒事には慣れておりますので』

 

あ、荒事……。

その言葉に血の気が引く。

……薄々、気づいてはいた。

あの時、二人を連れ去った“無数の手”はきっと並大抵の幽霊ではないのだろうと。

声が聞こえたり、物が動いたり、音が響いたり。凡そ考え得る“霊障”はそのようなものだが、きっと、アレは()()()()()()()()()()

呪い、祟り、()()()()のが本質だ。

それほどまでに、あの怪異を見た私は怖気を感じていた。

 

 

 

 

 

 

……と。

私のそんな考えもあっさり杞憂となる。

 

件のニンジャ少女が友人二人を連れて帰ってきたのだ。米俵のように担いで。

 

そんな細腕でどうやって、とか。あの恐ろしい幽霊は平気だったのか、とか。色々言いたいこともあったが、無事に帰ってきた二人の顔を見てそんなのはどうでもよくなった。

……いや。あのヒデオという方が、ニンジャ少女の方を跪かせていたのは普通に引いたけど。

 

ともあれ、友人たちは傷一つなく戻った。

そのことが何より嬉しくて、また、恩人である二人には心の底から感謝の言葉を述べた。

彼は「仕事なので、どうかお気になさらず。無事に救出できて何よりですよ」と、バリバリの営業スマイルで応えた。

少女の方はぺこりとお辞儀をするだけだったが。

 

 

その後、報酬は規定の口座に振り込むよう言われ彼らはさっさと帰ってしまった。……口座のことはきちんとお母さんに伝えておこう。

 

私たちも、とにかくこんな場所に長居はできないと。急いで帰り支度を済ませて帰路についた。

……怪談もののお約束では、帰り道でもう一回霊障が起きるものだが。特にそんなこともなく無事に帰宅できたことに安堵する。

 

挨拶もそこそこに、かつてない恐怖体験で疲労困憊の私たちはとりあえず寝ようと合意し、詳しい話は後日改めてということになった。

……彼らほどではないにしても、私もあんな場所に一人でずっといたためにかなりの疲労を感じていた。友人たちの救出を待つ間はずっとヒデオさんの側にいようとしたのだが、なぜか彼は私から頻繁に距離を置くのであまり心休まらなかった。

 

まあ、それはともかく。

 

 

玄関を抜け、帰宅した私は見慣れたはずの我が家に多大な安心感を覚えた。帰る場所があるというのがこんなにも嬉しいと感じたのは初めてだ。

 

流石に、あんな体験をした後にシャワーを浴びる気にもならず。寝るのに邪魔な衣服を脱ぎ捨てて一目散にベッドに飛び込んだ。

そして布団に包まるようにして丸まり、目を閉じる。

……我が家に妙な安心感を感じている今がチャンスなのだ、これを過ぎればきっと、あの“恐ろしい光景”を思い出して眠れなくなる。

そんなこんなで必死に、それでいてリラックスした状態で目を閉じていたことで私はなんとか眠ることができた。

 

――これで終わればめでたしめでたし、なのだ。

これで終われば、ね。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

――カーテン越しに差す淡い陽光を目蓋に受け、私は起床した。

 

「ふわぁ……」

 

大きな欠伸をして、ふと、昨夜のことを思い出す。

あんなことがあったのにぐっすりと眠れたことも驚きだが、まさか呑気に欠伸までしてしまうとは、と軽く赤面する。

 

今日は昨日のことについて改めて話し合う事になってるし、いつまでも寝ぼけてはいられない、とすぐにベッドを降りて洗面台に向かう。

 

バシャバシャと音を立てて顔を洗いながら思うのは、やはり昨日出会った“祓魔屋”。そして、そんな人と繋がりを持つお母さんないしは両親のこと。

あんな嘘臭いような話を聞いてすぐに駆けつけて、平然と友人たちを救い出した彼ら。明らかに普通ではない。

その連絡先を知っていたお母さんは、やっぱりああいうのを“知っていた”のだろうと思う。

そうして想起するのは、昔聞いた“ランチ”さんの話だ。

あれは単なるホラ話ではなかった、きっとお母さんたちは本当に“悪魔”たちと渡り合い、()()()を悪の組織から救ったのだ。

 

「……やっぱりちゃんと聞いた方がいいよね」

 

友人たちと話し合った後、改めてお母さんに電話しようと決めてふと鏡を見た、その時――

 

 

「……え?」

 

鏡の前に立つ私の後方に、“あり得ないモノ”を見つけた。

 

二本の触角を頭部から生やし、体毛でふさふさの身体から奇妙な模様の羽を伸ばす。なんとなく“蛾”を思わせる外見のナニカが()()()()()()()()()

 

理解が追いつかない。

しかし、“分からないものを確かめようとする”人間の本能故か私は思わず振り向いて――

 

 

――赤くまん丸な目と目が合った。

 

「……」

 

ナニカは特に反応もせずに直立している。

訳が分からない、わからないから確かめようとソレに手を伸ばして――

 

「ボク、モスマン。キミの家、まあまあだね」

 

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!?」

 

流暢に言葉を発したソレに驚き、悲鳴のようなものをあげながら尻餅をついた。

 

ソレは大声にびくりと反応して、倒れた私へとゆっくりと歩み寄ってくる。

私は逃げようと必死になるが、腰を抜かしてしまったのか体が動かなかった。

 

そんな私へと異形は一歩一歩近づいてくる。

 

「ヒィ……いや、いやぁぁぁぁぁ!!」

 

――私の視界を、奇怪な模様が埋め尽くした。

 

 





【あとがき】
モスマン可愛いよね……
もふもふしたいけど、したら鱗粉とかそういうので死にそう。


ところで、四章の登場人物が少な過ぎて話が進まない疑惑が浮上しているのだが……どうしよう。


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怪奇のある日常

またアイちゃんの話です。
ホラー描写は私には無理でした……
なんかゆるい感じのアイちゃん奮闘記。




今日の講義を全て終えた私は、キャンパスを出て待ち合わせ場所に走る。

 

 

首都郊外に位置する街。そこにあるそこそこ偏差値の高い、そこそこ就職に有利な大学に私たちは通っている。

高校の教師には「もっと上を狙ってもいいのでは?」と言われたが、これ以上偏差値の高いところとなると、受かるかどうか確信が持てなかった。

それに、私が進学する目的はあくまで就職の糧。何かを夢中になって学ぶとかそういうのは無いのだ。

……こういうことを言うと反感を買ったりするので、いつもは適当な理由で誤魔化すのだけど。

私は“安穏とした人生”が送りたいのだ。両親たちみたいに“世界を飛び回る”ような日々はごめんである。

 

 

 

大学の講義が終われば私はいつも“喫茶店”に向かう。

そこを待ち合わせ場所として決めている“とある活動”に参加するために。

 

大学からバスに乗りしばらく。駅近くのバス停で降りた私は視界に入った喫茶店に真っ直ぐ向かう。

そこの入り口を抜けたところで、声が掛けられる。

 

「アイ、こっちよ」

 

そう言って、席から手を振るのは幼馴染みの一人・ミヤだ。

 

「おう、来たか」

 

背もたれに手を掛けながらそう言う男はもう一人の幼馴染み・ヒトシ。

 

「お待たせ」

 

いつもと変わらない二人の様子に安堵し、自然と頬が緩む。私は小走りで彼女らの席へと向かった。

 

 

席について早々、深刻そうな顔をしたヒトシが重苦しい口調で問い掛ける。

 

「……それで、“あのあと”。何か、あったか?」

 

その一言で私にもじわりと緊張が滲み出す。

 

いつもなら。

ここにこうして集まった瞬間に、各々が持ち寄ったオカルト情報に盛り上がり今日向かう心霊スポットの相談を嬉々と始めるのだが。そうはならなかった。

当たり前だ、今日集まった目的は“先日行った心霊スポットでの恐怖体験”についての話し合いなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今朝方、自宅で“奇妙な存在”と遭遇した私は恐怖のあまり腰が抜け、あの恐ろしいお化けに襲い掛かられた。

しかし――

 

「……一瞬、“すごい眩しい光”が辺りに溢れたと思ったら。

 

 ……なんか、消えてた」

 

深刻そうに語った末に、このオチを投げつけられた幼馴染みたちは揃ってガクリ、と項垂れた。

 

「なんだそれ……」

 

「心配して損した気分……まあ、無事でなによりだけど」

 

「なんだかなぁ」とぼやきながら納得いかないご様子のお二人。

いや、もっと心配してよ!? 言葉で説明すると拍子抜けかもしれないけれど、実際に体験した私は本当に怖かったんだからね!?

 

「とりあえず話はわかった。俺やミヤの方は特に何もなかったから、霊障が出たのはアイだけだな」

 

「ええ、昨夜の出来事が怖すぎてなかなか眠れなかった以外に被害はなかったわ」

 

「えぇ……」

 

一晩経ってケロリとした様子の二人。しかも彼女らが言うには、変なことが起きたのは私だけだという。

解せぬ。

 

「なんで私……起きるなら、実際に被害にあった二人じゃないの?」

 

なかなかの理不尽にそこはかとなく怒りが湧いた。

 

「俺らもそう思ってたんだけどなぁ……いやほんと、なんにも無かったんだわ」

 

「ええ、何一つ、霊障は無かったわ」

 

改めて断言するお二人。

二度も言わなくていいよ……。

 

「てっきり二人も似たような目に遭ってると思って傷の舐め合いしようと思ったのに」

 

「表現が刺々しいな……まあ、それはともかく」

 

と、ヒトシがミヤに目配せすると。

ごそごそとバックを漁ったミヤが何かを手渡してきた。

パッと出されたソレを反射的に受け取る。

 

「……数珠と、御札?」

 

「そう、私とヒトシで吟味して……学生でも買えるお手頃価格で購入した逸品よ」

 

えぇ……それかなり胡散臭いというか不安なんだけど。

 

「すまんな、俺らで買えるのはコレが限界だった」

 

「総額八万よ。……出費が大きすぎてしばらくの間はもやしを食べて暮らすわ」

 

「は、八万……」

 

それは大金だ。学生の身分では大き過ぎる買い物、割り勘だとしても、だ。

そんな大金を使ってまで私の身を案じてくれた彼女らに感謝の念を感じる。

 

「ありがとう。肌身離さず、大事にするね」

 

「お、おう……しかし、数珠と御札持ち歩いてる大学生とか、改めて考えるとかなり奇特だな」

 

「大丈夫、ちゃんとバッグの奥にしまっとくから」

 

正直、周囲の目とかどうでもいい。あんな得体の知れない輩に今後も遭遇することに比べたらお釣りが来る。

 

「……って、これからも霊障が起きるとは限らないけどね」

 

そうなのだ、確かに私は今朝方、洗面所でお化けに遭遇したが。逆に言えばそれだけだ。

それからは自宅でも大学でも特に何もなかった。

だから、大丈夫。これからもきっと――

 

「でも、二度あることは三度あるというし……病院の一件を最初としたらすでに二回……」

 

「こういうのは後日談がお約束だしなぁ……」

 

なんとか平静を取り戻そうとしていた私に容赦なく現実を叩きつけてくるお二人。

 

「せっかくポジティブに考えてたのに、二人ともひどくない!?」

 

「どうどう、公共の場で騒ぐものではないわ」

 

「ああ、落ち着けよアイ」

 

くそぅ、自分たちが何も無いからって好き勝手言っちゃってぇ……。

 

 

――その後も、特にこれといった進展もなく。中身のない話を延々と続けて今日はお開きとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……結局、散々怖がらせて帰っちゃったし」

 

帰り道、とぼとぼと歩きながら愚痴る。

一応、お祓いが有効そうな寺社を真剣に探してくれたり。効果ありそうなお守りを探したりしてくれたけど。

特にこれといった解決策をなかった。

 

「でも、この数珠と御札が有れば」

 

気持ち、安心できるかな、といったところ。

まあ、彼女らが好意でくれたものだ。そこには感謝している。

 

「とりあえず家でもう一度調べて――」

 

自宅のPCで解決策を探ろう、と思い至った時。

視界の端に何かを見つけた。

 

大半はいつもと変わらぬ街並み、静かな住宅街の道だ。

しかし、道の端にある電柱の影。

そこから、薄らとだが“ナニカ”が見えた。

 

まるでこちらを覗くような――

 

「っ!」

 

そこまで考えて反射的に視線を逸らす。

無意識に注目してしまったが、“こういうの”は大抵がお化けに遭遇する流れだ。

そして、“そういうの”はこちらから手を出さなければ何もしてこないはず。

 

「……」

 

何事もなかったかのように無視してテクテクと前を通り過ぎる。

その際にチラリと横目で確認したところ……

 

「……っ」

 

かなりうすーい全裸の人型、の影みたいなのが体育座りをしていた。

アレは私でもわかる、きっと幽霊だ。

 

病院の時のような狂気的ビジュアルでないのは幸いだが、それでも明らかに人外の見た目で負のオーラマシマシな存在を見てしまうと、やはり気が引ける。

いやいや、ここで平静を保っていれば――

 

 

「きぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「ぎゃああああああ!!!?」

 

突然の奇声、ちょうど幽霊の前を通り過ぎようとしたあたりで発せられたものだ。

怖すぎて思わず乙女にあるまじき声を出してしまう。

 

「マグ……マグゥゥゥゥゥ!!」

 

「へぁ!? お、追いかけてくるぅ!?」

 

幽霊はガタガタプルプルと全身を小刻みに振るわせながら、私の方へと手をついた四つん這いで迫ってきた。

ゆっくりと、しかし段々と速度を上げて。

 

「こ、来ないでぇぇぇ!!」

 

無論、私はその場から全速力で逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……ここ、まで、来れば……はぁ」

 

十数分走り続けて、もはや幽霊の姿が見えないのを確認した私は電柱に手をつきながら息を切らした。

 

「……こ、怖い怖い怖い! 何アレ? 何アレェ!?」

 

息を整えたところで、先程の恐怖がぶり返した。

私を追ってきた幽霊のあの目。身体は半透明なのに、獲物を求めて獣のように崩れるその表情だけはくっきりと見えた。

剥き出しの歯に、滴り落ちる涎――

 

「っ!」

 

ぶるり、と全身に怖気が走った私はこれ以上そのことを考えないようにして速足で帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

翌日。起床後の自宅に異常もなく、通学でも何事も無く、無事に講義を終えて帰路についていた。

 

「今日はミヤたちいなかった……」

 

講義中に思い出したが、今日は彼女らは講義が無い日だった。

せっかく、昨日のことを話そうと思ったのに――

 

「いや」

 

そこまで考えて、自分の考えに疑問を持つ。

話して……どうなると言うのだろうか?

先日の話し合いで改めて分かったことだが、彼女たちに“そっち系”の知識はまったくない。あの活動を始めてから、ネットに溢れる真偽不明の噂程度なら多少は覚えがあるのだろうが。“ホンモノ”と言える知識は多分ない。元来、彼女たちは私と違って“陽の当たる世界の住人”だ。

 

だから話しても意味はないだろう。それどころか、話したことで()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……良くない、よね」

 

小学校からこれまで、孤立しがちな私をずっと気にかけてくれた彼女たちには多大な恩がある。それに、先の一件でもなんだかんだと心配もしてくれた。

これ以上は、望み過ぎ、ということだろう。

 

「数珠と御札は、効果無かったみたいだけど……」

 

呟いて少し笑う。

無論、“恐怖から逃れるための陽気なジョーク”だ。

こうでもしてないと、恐怖で押し潰されそうになるから。

 

なにせ――

 

 

「……」

 

視界の先、数m先の電柱に昨日と同じような“半透明の人型”が鎮座しているのだから。

しかし、良く見れば昨日の個体と少し違うことに気づく。

 

昨日の幽霊は青白い半透明だったが、今回のは少し赤みが差しているように見える。

 

「なんて、分析してみても怖いのは変わらないけど」

 

なんとか震えを抑えようと、冷静な分析をしてみたがあまり効果はなかった。

 

「……よし」

 

しばらく深呼吸をして、落ち着いた私は意を決して歩みを再開する。

 

「……」

 

――が、幽霊の横顔を見た瞬間に恐怖が一気に最高値に達した。

なので、半狂乱しながら走り出してしまった。

 

「ひえぇぇぇ!!!!」

 

「っ、マグゥ!!」

 

だが、声を出した瞬間に幽霊もこちらに気付いて手を伸ばしてきた。

 

「うわわっ!?」

 

間一髪、足首を掴みかけたヤツの手から逃れる。異常な速さで伸ばされた手に気付いて反射的に足を上げて正解だった。

 

「マグ、マグゥゥゥゥゥ!」

 

そして案の定、追いかけてくる幽霊。

 

「いやぁぁぁぁぁ来ないでぇぇぇぇ!!」

 

私はまたもや全力疾走で幽霊から逃げる羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

また翌日。

今度は日中の通学でも襲われた。

 

これまで日中は遭遇したことがなかったために完全に油断していた私は、木の上から落下しながら叫ぶ青白い個体に襲われた。

危うくのし掛かられるところを、自分でも驚くくらいの反射神経で横に転がることで回避。

全速力でその場から逃走した。

 

 

……故に、講義の最中、移動の最中も絶えず警戒を続けていたために講義の内容など一ミリも頭に入っていなかった。

学生生活の本分が……。

 

 

 

そして――

 

 

 

「……」

 

帰り道でも当たり前のように座り込む赤い幽霊に遭遇した。

怖いのは変わらないものの、さすがの私も少し冷静に考えることができるようになっていた。

 

「……」

 

再び深呼吸で気持ちを落ち着かせた私は、今度はゆっくりと幽霊の前に歩く。

すると――

 

「……っ」

 

目の前にでたあたりでピクリ、と幽霊が反応を示した。

この瞬間に全力ダッシュ。

 

「マグゥゥゥゥゥ!!!!」

 

そしてやっぱり追いかけてきた幽霊からひたすらに走って逃げる。

 

……これは私の推測だが。

ヤツらは()()()()()()()()()()()追いかけてくる。

「マグゥゥゥゥゥ!」という叫びからソレはおそらく“マグ”という名称なのだろう。今朝の青白い個体もそう叫んでいた。

 

そして、ヤツらは私が大声を出したり急に動くと気づく。これは昨日の襲撃で学んだことだ。

だから、最初はゆっくりと歩いて。ヤツらが気付いた辺りで走り出すのが正解だろう。

ちなみに、別ルートを探ったりもしてみたが、まるで私を帰らせまいとするかのように全ルートに幽霊が配置されていたので無意味だ。

つまり、必ず一回は奴らと遭遇しなければならない。

 

……というか、ここ数日。走り過ぎて筋肉痛がひどいのだが。

 

 

 

 

 

 

 

――それからは。

外に出るたびに幽霊から逃げ惑う日々を送った。

未だ大学や自宅には(先の蛾みたいなヤツ以外)侵入していないようだが。街中では必ず遭遇している。

と言っても、数が少ないのか大抵は決まった場所、決まった数にしか出会わず。最近では巧みに回避するルートを発見できたりもしている。

 

……それでも。

 

「なんか……増えてる気がする」

 

一見分からないが、冷静に記憶を整理してみると。じわじわと、僅かながら日を追うごとに増えてる気がした。

それも、段々と私の自宅の周辺に集まっているような……。

 

「うぅ……なんで私なのよぉ」

 

考えるとすぐに嫌な気持ちが溢れてくる。

今は洗面台で歯を磨いているところだったので、くしゃりと崩れた泣き顔が嫌でも目に入る。

目に入るからこそ努めて前向きになろうと努力できた。

 

「……卑屈になる前に、原因を探るしかない」

 

そうだ、増えてるということはつまり。将来的には通学すら危うくなり、果てには自宅への侵入もあり得る。

ならば本格的に対策を練らねばならないだろう。

がんばれ私。

 

 

 

少し冷静になって考えてみる。

まず初めに、私はこれまで一度も“霊的なものに出会わなかった”。

廃病院が一番初めの遭遇例である。

 

「でもあの時は直接の被害は無かったし……」

 

あの時、襲われたのは幼馴染みだけだ。

私は一度も“アレ”に触れることもなく事態は治まった。

 

「なら――」

 

きっかけは、やはりあの蛾みたいなお化けだろう。

……一度、霊障に遭ったことでその後も霊障に悩まされるというのはオカルトでは基本だ。

その霊障の度合いも様々だが、私なりにこれまでの知識を整理すれば“直接被害”がキーになっていると判断できた。

 

「……霊に襲われるとか、触れられるとか?」

 

……いや、違う。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ならば、病院に行った時点で“見える条件”を果たしたと見て間違いないだろう。

 

次に、ヤツらに()()()()()()を考えてみる。

 

「これもやっぱり……」

 

幽霊たちが頻繁に口にする「マグゥゥゥゥゥ!」という単語から推測するに“マグ”なるナニカを求めているのが理解できる。

ただ、そのマグとやらがまったく分からない。

 

「マグ、なんて名前のもの、私持ってないし……」

 

マグって、なに?

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

それからしばらくマグとやらに考えたがまったく見当も付かず。それならばとネットで探してみたのだが。

マグカップくらいしか出てこなかった……。

 

「だめだ……もう寝よ」

 

深夜二時を過ぎて半分を超えたあたりで眠気が限界を超えた。

睡魔の赴くままに、ゆらりとベッドに向かい、パタリと身を横たえた。

 

その瞬間に自分でも驚くくらいの速さで眠りに堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――遠野アイが眠りにおちてしばらくの後。眠る彼女の枕元に淡い光と共に“青い人型の発光体”が現れた。

 

『はぁ……図太いんだか繊細なんだか。さすがあの二人の子どもね』

 

発光体はやれやれ、と首を振り、そして腰に手を当てた。

 

『まあ……()()()()()()()以上は全力で“守る”けど』

 

発光体は徐に振り向く。

アイの自宅の端、窓の外へと視線を向ける。

 

そこには――

 

「マグマグマグゥ!」

 

アイが持つ“豊富なMAG”を求めて涎を垂らす低級霊(ゴースト)が群れを成して窓にへばりついている。

 

『懲りずに毎日毎日……いい加減学んだらどうなの?』

 

発光体はうんざりした口調のまま、()()()()()()()()()()

 

 

 

「ググゥ!? マグ……?」

 

突然、外に現れた発光体へとゴーストたちは注目する。そして、その身を形作る“豊潤なMAG”に気付いた。

 

『はいはい、たしかに私はMAGの塊よ。

……でも、大人しく喰われてやる気はないから』

 

肩を竦めてから、ゆっくりと掌をゴーストたちに向けた発光体は。

 

『ビリビリ痺れちゃいなさい』

 

広範囲上級電撃魔法(マハジオダイン)を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「……怠い」

 

寝起き早々に、私は妙な気怠さに呻いた。

身体の不調というよりは()()()()()()に近い。

寝起きのせいもあるだろうが、頭もうまく働かない。

 

とりあえず枕元のスマホに目を向けて“六時”という時刻を確認したら余計に怠くなった。

まだ起きる時間でもない、かといって二度寝できる時間でもないからだ。

 

「水飲も……」

 

とりあえず、寝起きの喉を潤すべく冷蔵庫に入ったミネラルウォーターを取りに行く。

初夏の朝はいつも以上に暑く、喉の渇きも日を追って増している。

 

ヨタヨタ、とおぼつかない足取りで冷蔵庫に向かった私はふと、部屋の隅に違和感を感じた。

 

「んん……?」

 

カーテンから漏れる日光に照らされた部屋は比較的明るいものの、ベッドの影は暗い。

そこに、黒い、ナニカを見つけた

 

「G……?」

 

真っ先に思いつくのは、初夏に増える例の黒い怨敵。

人類の宿敵たる虫だ。

 

寝起きゆえか、はたまた連日の心霊現象のせいか、特に恐怖もなくのそのそと新聞紙を手に取り、丸める。

 

「うーん……」

 

やはり夜更かしはするものではない。新聞紙を構えたところでひどい眠気が襲いかかってきた。

しかし、寝ぼけていても部屋にGを放置する危険性は理解していた。

 

なのでゆっくりと、黒いナニカへと歩み寄る。

 

「この〜……」

 

そして振り下ろす。間抜けた声とは裏腹に、剣道部員の一撃が如く素早い振り下ろしで正確に影へと新聞紙をぶち当てる。

こうすればぺちゃんこに――

 

「イテッ!?」

 

「いて……?」

 

――だが、その一撃は硬い感触で押し返され、ぺちゃりという音のかわりに野太い“声”が返ってきた。

 

「ふむぅ……?」

 

新聞紙を見てから、改めて黒いナニカの方へ目を向ける。

よくよく見てみればソレはGではなかった。

 

 

つばのある黒い帽子を被り、子どもような矮躯で体育座りをしているナニカ。

しかしてその容貌は()()()()()()であった。

 

「お……っ!」

 

無意識に叫びそうになった口元を押さえてなんとか堪える。

眠気など一瞬で消しとんだ。

 

私が叩いたソレは、()()()()()()()だったからだ。

 

骸骨は帽子の上から頭をさすり、ゆっくりと立ち上がる。そして私の方へ振り向いた。

 

「あ……?」

 

「っ!!!!」

 

ばっちりと、その両眼が合ってしまった。

暗い眼窩の中に妖しく光る白い眼と。

 

「ふ、ふおぉぉ!?」

 

私は駆けた、それはもう過去最高速度で駆けた。

目指すはもちろん玄関。そこから外へと逃げようと――

 

「あ?」

 

しかし、玄関にはなぜか“もう一体”の骸骨が。

……いや、それだけではない。

辺りを見渡せば部屋のあちこちにあの骸骨が溢れている。

 

「あ、あぁ……」

 

「なんだ嬢ちゃん、起きたのか。なら――」

 

「お化けぇぇぇ!!」

 

私は無意識のうちに骸骨を殴り飛ばしていた。

 

「ぶべぇ!?」

 

加減も考えずに全力で殴ったために、とても硬い感触を拳に受けて激しい痛みを感じた。

 

「痛っ……くぅ!」

 

痛いが、今はそれどころではない。

私は部屋のあちこちに目を向けてなんとかヤツらのいない場所を探す。

 

「お、おい。落ち着けよ嬢ちゃん――」

 

「来ないでっ!」

 

じりじりと近づいてくる骸骨を蹴飛ばして、唯一見つけられた安全地帯たる洗面所に飛び込む。そして素早く扉を閉めた。

無論、鍵もきっちり閉める。

 

「はぁ、はぁ!!」

 

ヤバイヤバイヤバイ……!

どうしよう、ついに家にまで入ってきた。

なんで、どうして。そんな思いだけが頭をぐるぐると巡る。

これまでは平気だったのに!

 

「おーい、とりあえず話を聞けよー!」

 

「ひぃ!」

 

扉越しに骸骨が声をかけてきた。

恐ろしい、人外の声で。

 

「ああ、どうしようどうしよう!?」

 

何か、何かこの状況を変える手立ては……!

 

「っ、そ、そうだ!」

 

こういう時、いや、“こういう手合い”にうってつけの人がいたことを思い出した。

 

「祓魔屋オウザン……」

 

あの廃病院の件でお世話になった“怪しい霊媒師”だ。

逃げる際にスマホだけは確保していた私は、すぐに発信履歴からオウザンへの連絡先を選ぶ。

……先の一件では面倒な手順を踏んだが、その手順の最後でオウザンへの直接の連絡先をてにいれていたために今度はスムーズだ。

 

「お願い……出て!」

 

発信音に耳を澄ませて祈る。

 

そして数分経ったところで、プツっと繋がった音がした。

 

「ああ、ヒデオさん!? ヒデオさんですか!!!?」

 

『ええ、ヒデオです。いったいどうしました?』

 

「うちに、ウチにお化けが出たんです!! ナイフを持ったちっちゃい骸骨みたいなお化けに襲われてるんです!!

助けてください!!」

 

 





【あとがき】
怖がってる割に意外とメンタル強いアイちゃん。
さっさとデビルサマナーなり両親なりに相談しろ、というね。

ただ、アイちゃんは両親に複雑な感情を抱いているので素直に助けを求められないのです。
ちなみに両親は普通に遺跡調査してるわけじゃないです。娘放ったらかしで趣味に走ったわけではないことを断っておきます…


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第二世代

特に話は進まないぜ!




今朝方、祓魔屋オウザンのスマホが何度も着信音を鳴らした。

 

協会から帰った昨夜、オウザンのデスクワークを徹夜で行なっていた俺はそのまま寝落ちしており、仕事用のスマホも置きっぱなしにしていた。

なので、ぐっすり眠る俺は耳元でけたたましく鳴り震え続けるスマホによって叩き起こされた形となった。

率直に、遺憾である。

 

……ただまあ、仕事だ。

若干、不機嫌ながらもスマホを手に取り寝ぼけ眼で画面を見た俺はさらに複雑な気持ちになる。

 

『遠野 ()()

 

以前、チヨメちゃんの能力測定のために受けた仕事の依頼主だ。なんてことはない。なんてことはない……はずなんだが。

 

「……寝起きに見る()()じゃないな」

 

それはともかく。

依然鳴り続ける着信をどうにかすべく俺は通話ボタンをタップした。

 

『ああ、ヒデオさん!? ヒデオさんですか!!!?』

 

出て早々に錯乱した様子の遠野さんが大声をあげる。

 

「ええ、ヒデオです。いったいどうしました?」

 

スマホで確認した時刻は六時を回ったところ、店に電話してくるような時間じゃないだろう。魚屋でもあるまいし。

と、少し不満を感じたのも束の間。続けて語られた内容に俺も真剣さを取り戻す。

 

『うちに、ウチに()()()が出たんです!! ナイフを持ったちっちゃい骸骨みたいなお化けに()()()()()んです!

助けてください!!』

 

 

 

――その後、詳しい住所を聞く前に“悲鳴”と共に通話は途切れ、以降何度掛け直しても応答することはなかった。

 

「うーむ」

 

困ったことになった。

悪魔退治の依頼であるならば無論、受けることは吝かではない。ましてや二度目のお客さんともなれば“リピーター”になる可能性もある有難く貴重な存在。

しかしながら俺は当たり前のように彼女の住所など知らない。

 

「知らないが……まあ、“彼ら”の身内なんだろうな」

 

以前にも述べたとおり、ただの大学生が“ここ”に連絡できたこと。彼女の名字が“遠野”であること。

そして、()()()()()()()を僅かながら感じたことを考えればまあ間違いない。

 

「……聞いてみるか」

 

半ば以上確信を持ちながら俺は、“天海市のハッカー”へと電話を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

結果として、予想は正しく遠野アイは天海市のハッカー夫婦の娘であることが確定した。

連絡先を持っていることから分かる通り、俺は彼らとは知り合いなので、娘さんが助けを求める電話を掛けてきたことを伝えればすぐさま住所を教えてくれた。

その際に“お父君”から「絶対に助けてくれ」と念押しされたので、俺もすぐに準備に入る。

 

COMPは当然として、愛刀に愛銃、最近の失態への反省から回復アイテムは惜しまず持っていき、各種補助アイテムも持てるだけ持つ。

連れて行く仲魔については、現在最高戦力たるウシワカ、夕凪外でも問題なく“本気”を出せるイヌガミ、やっと休暇から帰ってきたクダとする。

 

「……というわけで。オサキとチヨメちゃんは留守番ね。チヨメちゃんはいつも通り自宅警備で、オサキは……なんかまあ、適当に自宅内で待機しててくれ」

 

リビングに仲魔を集めて今回の件を端的に伝えた後、指示を出す。

 

「適当にって……まあ、そこなくノ一が仕事をする以上はワシも真面目に留守番するつもりじゃが」

 

「うん、頼む。ウラベさんに聞いた話じゃ、涅槃台が所属する組織も最近活発らしいからな。自宅警備も()()()だけでは足りないだろう」

 

まあ、()()を任せてあるマカミは“神代回帰”を使えるからこの二名よりも圧倒的に強いわけだが。

わざわざ伝えることではない。

 

「よっし! んじゃあ同行する三人はすぐに支度済ませて玄関集合なー」

 

 

――その後、ウシワカとイヌガミはすぐさま集まったものの。クダが何やら準備に手間取ったことで三十分ほど遅れての出発と相成った。

何を呑気な、と思うかもしれないが。あの()()()()()()()()()()なので多分大丈夫だろうという予想のもとに動いている。

……万が一、何かあったときは“遠野夫妻”から身を隠すために夕凪を離れることになるだろうがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ヒデオたちを見送ってすぐ、残された二人のうちチヨメが傍に立つオサキへと素朴な疑問を投げかけていた。

 

「ところでオサキ殿、()()()殿とは、いったいどのような御仁であられるか? 拙者、どうにもお会いした記憶が……」

 

対しオサキは複雑な心境を顔に出しながら答える。

 

「彼奴の仲魔の一体、まあお前風に言えば同僚じゃよ。安心せい。“奴”とはワシも“旧知”の仲じゃ、決して悪い奴ではない」

 

「はぁ……」

 

お館様の仲魔であるならば、当然疑念を抱くこともないのだが。やはり()()()()()()()()()()()という事実が彼女に不思議な感覚を与えていた。

 

同時に、オサキは。

マカミが主と交わした“密約”を想起して、少し心に影を落とす。

()()()()()に、主の“叶うはずもない妄執”に付き合い続けるマカミに申し訳なさを感じているのだ。

 

なにせ、彼女とマカミは、同じく“魔性に堕ちようとした”ところを夕凪神に救われ。彼女の神使として共に仕えた、謂わば前の職場からの同僚であるのだから。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

仲魔を連れ立って電車に乗ること一時間半。

首都郊外の中でも比較的有名な地域にて下車、長時間の移動に腰を痛めながらも大きく伸びをすることで誤魔化す。

 

駅出入口を出て思うのは、“都会”という一語のみ。

高い建造物が乱立する様はまさしく都会という他にない。

これが郊外だと? じゃあ夕凪はなんだ!?

はい、もちろん田舎ですね。

 

 

 

「……ここが、黒髪美少女の夜行さんが出るという街か」

 

目的地へと歩きつつ、ネットで聞きかじった情報を呟いてみる。とはいえ年号二つ跨いだ昔話だが。

 

「男ノ“ヤコウ”ナラ、コノ前倒シタナ」

 

半霊体化したイヌガミがすかさず無粋な返しをする。

 

「アレは男というかなんというか……性別不詳?」

 

獣とも人とも呼べない薄気味悪い姿なのでそもそも性別とか判別できなかった。

 

「……しかし、黒髪美少女お姫様なヤコウとなると話は違う。なんとかしてスカウトしたいものだが」

 

「イヤ、ソレ“怪談話”ナノダロウ? 確カ、落城スル城カラ逃ゲタ姫ガ、首ヲ撥ネラレタ馬ト共ニ消エタトカナントカ……望ミ薄ナ経歴ダト思ウノダガ」

 

厳密には、『落城寸前の城に詰めた武士たちがなんとか姫だけでも逃がそうと名馬を与えて放ったものの。馬は敵兵によって首を撥ねられ、出血したまま姫を乗せて消え去った。

――それから百年以上過ぎて、昭和の世になったこの街に、真夜中に彷徨う首無し馬と()()()()()の姿が……』といったような内容である。

 

「ソンナニ、“黒髪美少女”デアルコトガ、重要ナノカ……?」

 

「重要に決まってるだろう。黒髪美少女といえば古き良き大和撫子……しかもモノホンの姫さまなんだから“ガチ大和撫子”だぞ?

……ガチだぞ!?」

 

「我ニ言ワレテモ、ヨク分カランガ……」

 

おっと、我ながら熱くなってしまった。ドン引きするイヌガミを尻目に反省する。仮にも女性の依頼主のもとへ向かうのだからクールに行こう、クールに。

 

「ふむ……よく分かりませんが、黒髪の女子(おなご)であればすでに間に合っているのでは?」

 

俺たちの会話を静観していたウシワカが不思議そうに尋ねてきた。

 

「ああ、チヨメちゃんね。確かに黒髪美少女だけどさ……流石に人妻を少女扱いするのは失礼だろう」

 

「え……? ああ、まあ。“美”少女といえばそうですが……」

 

半分納得、半分不満げな様子のウシワカが歯切れ悪く同意した。

 

「……ウソウソ!! ウシワカも十分過ぎるほどに美少女だから!」

 

「あ、別にそういう反応が欲しいわけじゃないです」

 

渾身の笑みで告げる俺に、ウシワカは極めて冷静な声音で答えた。

ええ……それじゃあいったい、どんな反応を望んでたんだこの狂戦士美少女。

やはり天才の思考回路は複雑怪奇……。

 

 

 

 

 

その後もくだらない話をしつつ数十分。

駅から離れてすっかり“郊外”らしくなってきた風景の中に、メモっておいた住所に該当する家屋を見つけた。

 

「んー……あのマンションかな?」

 

築一桁くらいのピッカピカの新築三階建てマンション。

学生の身分で贅沢な……とか思ったりはしていない。

してないったらしてない。

 

 

『オイ、アノ建物カラ“複数”ノ悪魔ノ気配ガスル』

 

不意に、霊体化したクダから念話が届いた。そのことにも驚くが、なによりも“事前に探知してくれた”ことに驚いた。

俺直属の使い魔として多機能な彼女だが、いつもはめんどくさがってやってくれないのだ。なので基本は俺がCOMPでサーチしている。

 

「……って、複数いるのか?」

 

改めて彼女のくれた情報を理解して、少し焦る。

遠野さんが言っていた“ナイフを持った小さい骸骨のようなお化け”、という表現をそのまま信じるならば相手は十中八九“ジャックリパー”だろう。彼らは時としてジャックフロストやジャックランタンと行動を共にして、毒気を抜かれている場合がある。それでなくとも、単体であるならば取るに足らない雑魚の一種。

そして何より“彼らの娘”だ。ジャックリパー如きにやられるとも思えなかった。

 

 

が。

複数の反応があるというのはいただけない。

たとえ餓鬼だろうと、多対一の状況になった瞬間から一気に死の危険が高まる。兵法の基本たる“数”は偉大、悪魔との戦いでも複数戦闘はシャレにならんのだ。

 

「仕方ない、急ぐぞ」

 

懐に隠した愛銃を握り締めながら一気にマンションへと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「なんぞ、コレ……」

 

気を引き締めて遠野さんの自宅に突入した俺は、目の前の光景に絶句した。

 

「あ、ええと……こんにちは?」

 

視界には、“ジャックリパー”数匹と戯れる遠野さんの姿。

半数ほどが完全な寛ぎモードで床に座り、半数ほどが遠野さんの傍にちょこんと座り。一匹が彼女の膝の上にいる。

 

結界張って、鍵までこじ開けていざ来てみれば……これである。

 

「遠野さん」

 

「は、はい……」

 

「事情、説明してくださいます?」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

遠野さんの話はこうだ。

 

朝起きたら、ジャックリパーたちが部屋におり、これに驚いた彼女は恐怖のあまり洗面所に引き籠る。

そこで俺に電話が来た。

 

そして俺がのんびり現場に向かっている間に、ジャックリパーたちの冷静な説得を聞き入れた彼女が彼らと話し合い。彼らが部屋にいた理由を聞いた彼女はとりあえず彼らを“保護”することにした。

 

「……で、その事情とやらは?」

 

「ええと……」

 

 

曰く、ジャックリパーたちは()()()()()()()()()()()()()()から逃げており。たまたま、豊富で“穏やかな”MAGを持つ彼女を見つけてひとまず転がり込んだのだとか。

そこでジッと身を潜めていたところ、ようやっと“件のサマナーたち”の気配が消え去ったために活動を開始、その時ちょうど遠野さんが起床してしまい上記の経緯に繋がる、というわけだ。

 

「あと……私に覚えはないんですが、()()()()()()()()()()()()とも言われました」

 

「? そうなのか?」

 

特に遠野さんからそんな力は感知できないために、傍のジャックリパーへと声をかける。

 

「……」

 

しかし、返答はなかった。

 

「おいこら、返事しろ」

 

「……こいつ、サマナーだから話したくない」

 

脅しつけたところ、ボソリとそんなことを遠野さんに告げる。

こ、こいつ……!

 

「お、落ち着いて……! 話なら、私が聞きますから」

 

思わず銃器に手を伸ばしかけたところ、遠野さんが止めに入った。

……ううむ、俺としたことが浅慮に過ぎた。

どうも夜更かしの上に叩き起こされたせいで虫の居所が悪い。

 

「ふぅ……まあ、現状は分かりました。しかし、彼らが追われているとなると、このままというわけにもいきませんね」

 

「はい……そのことも含めて、ご相談したく」

 

まあそうなるな。追われている、とか。サマナーが、とか。いきなり言われても一般人にはちんぷんかんぷんだろう。

……彼女の両親は確かにあのサマナー夫妻だが、先の一件や今回のことを鑑みるに。どうやら娘に悪魔知識を与えていないようだ。

まあ普通の親ならこんな血生臭い世界のことは教えたくないし関わらせたくもないだろうからな。

 

「ん? なら、俺よりもご両親に連絡された方が――」

 

「……やはり、両親は。“こういうの”を知っていたんですね」

 

おっと、口が滑った……さっき考えていたことなのに。

だが、廃病院の件でそれらしいことは聞いていたらしく特に驚いた様子はない。

……ないが、少し思うところがあるような表情。

 

だが、俺は他人の家庭事情に深入りするようた野暮はしない。

冷静に、今の状況への対処法を考えるのみだ。

 

 

 

 

 

 

――その後、遠野さんを仲介してジャックリパーの詳しい事情を聞いてみると。どうやら彼らは“サマナーと悪魔のコンビ”によって襲われたとわかった。

また、襲撃者は彼らを殺すのではなく“喰らって”いることもわかった。

 

つまり、ジャックリパーのみをターゲットにして捕食を繰り返しているということ。

 

喰らう……という行為からして嫌な予感がした俺は、サマナーの詳しい容姿を尋ねた。

すると――

 

 

「袈裟に大きな笠……錫杖を持った藍色の髪の男、ね」

 

案の定、覚えのありすぎる容姿が語られた。

間違いない、彼らを襲ったのは“涅槃台”である。

 

どうやらこれまで度々入ってきていた目撃情報は確かだったらしい。

 

「生きていたか……」

 

いや、確かにあいつは廃寺で跡形もなく消しとばした。この場合は()()()と表現するのが正しいか。

 

いずれにせよ、奴が相手となれば気は抜けない。

 

「……だが、喰ってたのは()()()()なんだな?」

 

「……」

 

「そう、みたいです」

 

ボソボソと遠野さんに耳打ちしたジャックリパーに続けて彼女の口から肯定の言葉が出る。

……いやめんどくさいなこれ。普通に事情説明くらいしてくれてもいいだろうに。

或いは、サマナーに追いかけられたトラウマみたいなのでも出来たのだろうか。悪魔のくせに。

まあいい。

 

続けて、仲魔の方の容姿を聞いて、俺は眉を顰めた。

 

「露出度の高い服を着た男の子? おまけに……その、局部の主張が激しい服装だったのか?」

 

……らしい。

厳密には、ビキニと見紛う極小パンチに“もっこり”が確認できたらしいが……。

 

率直に、変態だと思った。

 

「いやはや、珍妙な服装をした奴がいるもん、だ……」

 

自分で言いつつ、変態チックな衣装をお持ちの仲魔が二名ほどウチにもいたことに気がついてなんとも言えない気持ちになる。

 

……どうなのだろう。もしかしたら英傑の間では痴態に等しい際どいファッションが常識なのかもしれない。

或いは正装?

 

なんて、馬鹿げた考察は置いておいて。

 

「ひとまず、ジャックリパーたちはこちらで引き取りましょう。貴女も学生生活があり、このままでは貴女にも危害が及びかねません」

 

それが妥当な判断だろう。とはいえ、“悪魔”を保護となると協会は頼れないし……とりあえずは自宅に置いとくしかないか。

或いは“囮”にして奴を引き摺り出すという手もあるが――

 

……いや、確かレイランは今“国外”だ。俺だけで涅槃台を相手にするのは少々荷が重い。

ここは大人しくしておくべきか。

 

「うーん、引き取り先……見つかるかなぁ」

 

ずっと置くわけにはいかないから結局、引き取り先も考えねばならない。

 

と。

 

悩む俺の腕をツンツンしてくるジャックリパー。

 

「どした?」

 

「俺たち、お前のとこには行かないからな」

 

ようやくまともに口を聞いてくれたと安堵すると同時に、聞き捨てならない台詞を吐いた。

 

「はぁ? 何言ってんだ、ここにいたら遠野さんの迷惑になるんだぞ?」

 

「嫌だ! 俺は離れない!」

「そうだそうだ! 俺たちは“ママ”のもとにいるだ!」

「ママー!」

 

「ま、ママ!?」

 

口々にママと叫び騒ぎ出すジャックリパーたち。対する遠野さんは困惑した様子でおろおろしている。

……見た目ちっこい骸骨、声は野太い連中にいきなりママとか言われればそりゃあそうなる。

 

「お前らのママじゃねぇよ、ほら、いいから行くぞ」

 

「いーやーだー! 離せむっつり親父!」

 

「誰がむっつりだ!! はっ倒すぞ!!!?」

 

嫌がるジャックリパーの一匹を無理やり手を引いて立ち退かせようとする。

 

「あ、待ってください!」

 

そこへ、何故か遠野さんが止めに入った。

 

「なんです?」

 

「え、と……その子たち、私がどうにかしますから……」

 

同情に駆られた目で彼女はそう言った。

俺は自らの頭を一撫で、彼女の方へ向き直る。

 

「遠野さん、こいつらは悪魔です。悪魔は人間とは違う、奴らは自らが現世に在り続けるために人を喰らってMAGを補充するんです。大前提として悪魔は“人の敵”なんです」

 

「うぅ……」

 

「もちろん、彼らにも友好的な個体は存在します。ですが、それはごく一部、加えて基本的に悪魔は人間よりも強大な力を持っている。そんな相手に同情から入るのはとても危険です。

きちんと等価交換のもとで契約を結ばなければ――」

 

「でも……ヒデオさんも悪魔と仲良くしてらっしゃいますよね?」

 

こんこんと説教を始めたところで、遠野さんは仲魔たちを指差してそう言った。

 

「?」

 

気付いたクダが小首を傾げている。

 

「……ま、まあ、あいつらは長い付き合いですし。信頼関係も築けてるから――」

 

「なら、私も築きます、信頼関係!」

 

「あのね、現状でも貴女はとても危険な――」

 

「これから! 築いていきますから!

それに! この子たち、本当に困ってるみたいなんです。それで私なんかに頼ってきてくれて……だから、私がなんとかしますので!」

 

予想外にも強硬姿勢で来る。

浅はかな判断、安い同情、無知ゆえの楽観……苦言を呈そうと思えば幾らでもできる。

だが。

 

「……」

 

強気でありながら“とても優しい思い”で彼女が言葉を紡いでいるのは理解できた。

圧倒的な“善意”、とても眩しくて直視できない光だ。

……なんか、前にもこんな女性に出会った気がするな。

 

「……はぁ、仕方ない。分かりましたよ、とりあえずここに置いとくのは了承します」

 

「っ、ほんとですか!?」

 

「ただし。ジャックリパーたちの引き取り先が見つかるまでは私も同行します」

 

「え」

 

俺の言葉に嫌そうな声を上げる遠野さん。

 

「いや、別に俺が貴女の大学まで付き添うわけじゃないですよ。うちの仲魔の一人を護衛につけて、その間にこちらで引き取り先を探す形です。もちろん、私も近場で待機してますから安心してください」

 

「あ、そ、そうですよね……すみません」

 

謝られると悲しくなるからやめてくれ。

 

さて、んじゃあ誰を付けるか。

 

「まあ、見た目的にはウシワカが――」

 

「待テ。ソレナラ私ガ請負ウ」

 

ウシワカを呼ぼうとして、クダに遮られた。

……なんで?

 

「私ガ、ヤルト言ッタンダ」

 

硬直する俺に、クダさんは改めてそう告げた。

 

「いやいや、意味は分かったけど。普通に考えて、無理じゃね? その見た目だぜ?」

 

幽霊みたいにひょろ長い青狐だ。

おまけに霊体化していては“攻撃態勢に移れない”。それでは護衛の意味が無いだろう。

 

「フフフ、ソコモ抜カリ無イ」

 

俺の呆れた言葉に、しかしクダは不敵な笑みで返してきた。

そして唐突に目を閉じて、力み始める。

 

いったい何が始まるんです?

 

「ムムムム……変化!」

 

昭和チックな掛け声と共に、ポフン、とコミカルな爆発。

モクモクと立ち込める煙は、純魔術由来なので火災報知器は鳴らない。

 

まさかクダがこんな奇行に走ろうとは……と呆れ百%で考えていた俺の視界に()()()()()()()()が映り込んだ。

 

「あ、あれは……!?」

 

 

ゆっくりと晴れた煙の中から現れたのは、一人の()()

青く艶やかな長髪を持ち、切れ長の目には金色の瞳が輝く。おまけに頭部からは可愛らしい青耳がぴょこりと飛び出している。

そんな、中学生くらいの身長の少女が、そこにいた。

 

「フフフ……私とていつまでも未熟ではないのだ。これぞ“おっきー”師匠と共に鍛え上げた“人化の術”!

驚け、主よ。そして、喜びに打ち震えるがいい。この姿は貴様の好みを凝縮した究・極・体! なのだからな!」

 

腰に手を当てて、幼くもクールな声を上げる少女。

口調からして……いや、普通に考えて、この少女はクダ。

あのクダが、青髪美少女に……

 

「なん……だと?」

 

衝撃と動揺、そして“喜び”に俺は打ち震えた。

 

「その様子を見るに……やはり私の分析は間違っていなかったようだな。この髪、切れ長の目、そしてこの矮躯。どうだろう? ツンデレ口調にした方が萌えるか?」

 

「はい! ぜひ!!!!」

 

思わず叫んでからハッと気付く。

この場には俺とクダ以外の者がいたことに。

 

周りを見れば、当たり前のように皆から白眼視されている。

 

 

 

 

――この後、その場を取り繕うのと平静を保つのに多大な時間を要し。その果てにクダが「主の士気を考えてこの姿を選んだ」と余計なことを言ったせいで結局皆から白い目で見られることになった。

 




【あとがき】
クダさんは怠けがちな主のテンションをあげようと変化の術をマスターしています。
とても優しい仲魔ですね。

ちなみに本人は耳が隠せていないことに気付いていません。


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妖獣邂逅

朱紗丸かわいいよね……
え? 出てすぐ死ぬ?
下弦の肆…………は出てすぐ死ぬんだよね。

知ってた(フレ/ンダのトラウマ

推しが光の速さでお亡くなりになって今後も特に見せ場は無いとのことなので鬼滅はそっ閉じしました。







退魔忍シリーズ第二弾!!

 

今、世界で大ヒット中の話題作!

 

 

――時はまさに“大戦国時代”。

大国の代理人として戦い続ける忍びたちの背後に蠢く鬼の影……。

 

先の大戦においてその“卑劣”なまでの戦術で英雄となった彼は、他勢力はもとより自勢力の忍びからも畏れられ“卑劣様”の忌み名で呼ばれ続ける卑劣な男。

対するは、平安の世から生き続ける尾夢辻(おむつじ)無様(ぶざま)率いる鬼の集団。

 

極悪非道、卑怯卑劣な忍びによる卑劣な鬼退治が、今、幕を開ける!

 

『卑劣の刃』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……といった内容の“あらすじ”が背表紙に書かれた単行本を熱心に読み耽る青髪少女。

ヒデオさんから預かった“クダちゃん”は、私の隣の席に座りながら読書に夢中だった。

 

だが、今は講義中である。

教壇に立って熱弁を振るう中年男性は、大学でも有数の“めんどくさい教授”だ。講義の最中に漫画を読んでいる学生など真っ先に目をつけられ罵倒の嵐が吹き荒れるは必定。

 

そもそも、この講義に突然参加してきた上に青髪の美少女ともなれば否が応でも目立つと思うのだが……

 

「……誰も、気づいてない?」

 

なぜか、皆、誰一人としてクダちゃんを見ていなかった。

まるで、彼女を()()()()()()()かのような……

 

 

「当たり前だろう、今は“認識阻害”の術を行使しているからな。お前以外は誰も私に気づいていない」

 

何の気なしに漏れた呟きに、予想外にも返事をしたクダちゃんに驚く。

あと、認識阻害? とはなんぞや?

 

「その名の通り、他者の認識を阻害する術だ。魔術師なら魔術、“精霊使い”なら精霊術、陰陽師なら陰陽術、我……もとい私のような妖ならば妖術といった具合に、それぞれ“一般人の干渉を阻む術”を会得している。

常識だぞ?」

 

視線を漫画から一切逸らさずに説明してくれるクダちゃん。

 

「そんな常識知らない……」

 

そもそも私も一応一般人だし……

 

だが、こうして“常識外れ”な力を使う様を見ると彼女が本来は“青い狐の妖怪”であることを思い出す。

ヒデオさんが連れてきたニョロニョロした青い狐、それが変化の術とやらで変身したのがこの青髪美少女だ。

 

――狐の妖怪というのは、一般的に“化ける”妖怪としと広く認識されている。

中国の封神演義に登場する『千年狐狸精』という名詞に表されるように、狐や狸といった動物を基とした妖怪は化けるという特徴を与えられている。

管狐とは、確か飯綱権現に関連する妖怪だったはず。厳密には妖怪といよりも“憑き物”にカテゴライズされる化生だ。

東北や新潟などでは“飯綱使い”という妖術師の類がこの管狐を操る存在として語られたりもしていたと記憶する。

 

そうなると、ヒデオさんは飯綱使いということになるのだろうか?

……いや、クダちゃんとは別に“イヌガミ”と呼んでいた“犬面のニョロニョロ”もいた。

イヌガミとは文字通りに“犬神”のことだろう。こちらは比較的有名な憑き物、呪いの類だ。逸話の方は管狐よりも物騒で、もっぱら呪殺兵器のような扱いにあるが。

 

ならばヒデオさんは“憑き物”を操る術師のような存在なのだろうか?

他にも“変な格好”の帯刀した女の子も連れていたし……

 

もしかして、私は“ヤバい人”に助けを求めてしまったのだろうか……?

 

 

講義中にも関わらず、私の脳内は不安と恐怖でいっぱいだった。

せっかくクダちゃんという護衛を預けてもらったのに……その恩人にまで疑念を向けてしまうあたり、自分でも気付かないうちに精神的に追い込まれていたのかもしれない。

 

あと――

 

 

 

『辺獄さんが大活躍する卑劣の刃〜無間地獄編〜好評放送中!』

『九鼠双六編、アニメ化決定!』

 

 

クダちゃんの漫画に巻かれた帯が気になってしょうがない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――チッ、ここもダメか」

 

スマホの画面に表示された“メール”を見て舌打ちする。

 

遠野さんが通う大学から少し離れた住宅街に位置する喫茶店、窓際の隅にあたる位置に俺は座っていた。

対面には私服姿のウシワカが、ストローでオレンジジュースを啜っている。

 

 

クダに遠野さんの護衛を任せた俺はジャックリパーたちの引き取り先を探して、持っている伝手の範囲で問い合わせを続けていた。

比較的“人道的”な組織を幾つか選定し、連絡を取ってみたのだが……

 

穏健派悪魔保護団体が二件、悪魔専門の移住斡旋業者を三件……全て撃沈だった。

最後の望みを懸けてメールした『ジャック愛好会』からの返答も――

 

『ジャックリパーは英国の殺人鬼・ジャック・ザ・リッパーを基とした悪魔であり、原典由来の殺人衝動を持つ個体も確認されていることから我々ジャック愛好会において“引き取り対象外”とさせていただいております。よって、ヒデオ様からいただいた“引き取り要請”については誠に恐縮ながら辞退させていただきます』

 

実に、実に丁寧に、丁重にお断りされた。

文中には殺人衝動がどうたら、と書いてあるが彼らの本音は「可愛くないからいらない」である。

そもそも危険が〜という話ならばジャックリパーに限らず、フロストもランタンも十分危険である。

 

「これだから愛護団体は……!」

 

遅々として進まない案件に悪態をつく。

そこへ、霊体化したイヌガミがニョロリと体をくねらせてスマホの画面を覗き込んできた。

 

『フム、アイツラガ断ルトハ、意外ダッタ。テッキリ飛ビツクモノト思ッテイタガ』

 

「どうかねぇ……あいつら、アレで結構自己の欲望に忠実だから予想はしてたぞ」

 

自分が愛玩したいモノだから守っているだけ、ああいう団体はそういうものである。

他のことなどどうでも良いのだ。

 

「まあ、文句言ってても仕方ない……ダメ元で他の連中にも連絡してみるか」

 

若干の気怠さを感じながらも渋々スマホに視線を戻した俺へ、正面のウシワカが声をかけてきた。

 

「なぜ、そこまで熱心に探されているのですか?」

 

「そりゃ“依頼”として受けちまったからな。やっぱダメでした、って今更殺すわけにもいくまいて」

 

「……そもそも、なぜ受けたのですか? もとより勝算が無いのなら断ればよろしかったのに」

 

純粋な疑問としてウシワカは問い掛ける。

……が、実のところ俺も明確な“答え”を持っていない。

いざ理由を聞かれると答えに窮する。

()()()()()察しはつくがわざわざ“言いたいことでもない”。

 

「まあ……一応は、知り合いのお嬢さんだしな。無碍にはできんだろうよ」

 

「そういうものですか……」

 

イマイチ納得出来ていない様子ながらも彼女はひとまず口を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

――それから数時間、望み薄なところへと連絡を取り続けたものの。案の定、全て撃沈。

途中、どこからか話を聞きつけたリンが連絡してきたが、彼女には絶対に渡さない旨をお伝えしておいた。その際「なんでよぉ!?」と叫ばれたが……彼女、ジャックリパーたちを()()()()として使う気満々だったので当然、論外である。

さすがの俺も、遠野さんに嘘ついてまでジャックたちを処分しては寝覚めが悪い。

 

 

結局、戦果ゼロのままに遠野さんが帰宅する時刻となってしまった。

彼女に連絡して落ち合う場所を相談した結果、自宅近くにて合流する運びとなった。

……大学から自宅まで結構距離があるにも関わらず、自宅周辺での待ち合わせを希望してきたのは偏に、俺と一緒にいるところを見られて変な噂を立てたくないからだろう。

本来なら無理にでも大学周辺から護衛を始めるべきなのだが、遠野さんから“怖がられている”事実が地味に心に響いたので俺も大人しく希望場所で待つことにした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「今日は一体も襲ってこなかったね……」

 

本日の講義を終え、大学の正門を抜けたところで傍のクダちゃんに語りかける。

行きも講義中も一切の襲撃が無く終わったことにひとまずホッとした。

 

「(ムシャムシャ)んむ、私が(ムシャムシャ)殺気を撒き散らして(ムシャムシャ)いたからな(ムシャムシャ)」

 

売店で買った菓子パンを頬張りながら答える彼女。

 

「む、無理に答えなくてもいいよ?」

 

「む……そうだな、“こういう振る舞い”は()()()()()()()()()()()()()()

……反省する」

 

私は「無視してくれていいよ」という意味で言ったのだが、クダちゃんはなぜかしゅんとしてしまった。

 

「あ、いや! 別に、私の言うことなんて無視してって意味だったんだけど……!」

 

慌てて弁明すると、手をむけて制する彼女。

 

「いい、お前の言ったことは正しい」

 

そう告げて食べかけのパンを袋に戻していそいそとポケットに仕舞った。

……パンをポケットに突っ込むのも、ちょっとアレだというのは言わないでおいた。

 

 

「……なんで、そんな頑なな」

 

「人間に化けているのだから人間的振る舞いを心掛けるのは当然のことだ」

 

これまでのように淡々とした口調で答えるクダちゃん。でも、私には“それだけでは無い”ことがなんとなく分かった。

態度然り、言動然り。

 

「……それだけ、じゃないよね?」

 

ふと気になった私は無意識のうちにそう問いかけていた。

対しクダちゃんは暫し瞑目し、やがて口を開いた。

 

「……“奴”が、そう望むだろうと思ったからだ。奴が望むのは“ツンツンクーデレ青髪美少女”だからな。

美少女、であるならば人間的振る舞いは必須だろう」

 

とても頭の悪そうなネーミングだが、言いたいことは分かった。

 

「ヒデオさんのためなんだ……」

 

「うむ、奴は我が主。それだけでなくイヌガミたちの主でもある。司令塔の士気が低くては配下の士気はもとより、指揮にも支障が出る。……最近の彼奴は“不安定な精神”を見せがちだからな。

とはいえ他の仲魔たちは各々の役割に忙しいから、奴のカウンセリングなどやっておる暇はない。

故に我……私が率先して我が主の士気向上を買って出たわけだ」

 

微笑ましい気持ちで発した発言にしかし、彼女はとても冷静で“情緒もへったくれもない”返答を寄越した。

そのことに思わずげんなりする。

 

「えぇ……」

 

そこは「べ、別にアイツの為じゃないんだからね!」とか言うところではないだろうか?

それでなくとも、もっと恥じらうというか頬を紅潮させるというか……なんかそういう“いじらしい”反応をするべきではなかろうか……!

 

「アイツ、ロリコンだからな。とりあえずちんまい姿で適度にツンツンしとけばなんとかなる」

 

「そんな身も蓋もない……」

 

そしてヒデオさんの“一応隠していたであろう性癖”を暴露する彼女の容赦の無さに、思わずヒデオさんに同情する。と同時に彼への警戒心も心なしか和らいだ気がした。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「何か、重大な機密が漏洩した気がする……」

 

「機密と呼べるモノなんてありましたっけ?」

 

虫の知らせを受けた俺に、ウシワカが無粋な返しをする。

夏の夕暮れ時、街角の電柱側での出来事である。

……などと、ふざけている場合ではなかったりする。

 

なにせ眼前には“見たことない巨大悪魔”が蠢いているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

――遠野さんからの連絡を受け、自宅周囲で待機して暫く経った頃。

突如として“ゴースト”が現れた。

 

それまで霊の一つも見当たらなかった住宅街に、である。

それも一体ではない。

複数体が群れを成して出現した。

 

突然の出来事に驚いたが、すぐに現時刻が“逢魔時”に相当することに気がついた。

逢魔時とは“陽と陰の狭間”、“混沌”の象徴に類する概念だ。つまりは化生どもが活発になる時間。

 

いずれにしろ、このまま静観しているわけにはいかない。自宅には結界が張ってあるものの、本職の術師が作ったものではない以上は強度に不安が残る。

故に、ここで殲滅する。

 

そうと決まればやる事は単純だ、認識阻害の魔術と人払いの魔術を霊がいる範囲を覆うように展開。

一般人を除けたところで懐から愛銃を、肩に背負った竹刀袋から愛刀を取り出す。

そして仲魔へと簡潔に指示を出す。

 

「イヌガミ、アギ系で後方から援護を」

 

「了解シタ」

 

「ウシワカは……出過ぎない程度に好きにやってくれ」

 

「好きにやっていいのですか!?」

 

キラキラした目で食い付かんばかりに喜色の声を上げる彼女。

その反応は妙に不安を煽る。

 

「……やり過ぎないようにな? 一人で突っ込むなよ? いいな? フリじゃないぞ?」

 

「なるほど……わかりました!」

 

フリじゃない、のところでキュピーン! と効果音が鳴りそうなひらめき顔を見せたウシワカが眩しい笑顔で答えた。

絶対、分かってない。

 

もう一度、言い聞かせようとしたところで案の定、彼女は飛び出した。

 

「おいこら! フリじゃねぇって!!」

 

「あはははは!! 分かっておりますとも!!」

 

笑いながら抜刀し、群れるゴーストに斬りかかるウシワカ。

通常、霊体そのものたるゴーストに物理攻撃は効果が薄いが、悪魔たるウシワカが持つ刀。それも名刀にして退魔の逸話を持つ薄緑ともなれば斬り裂くことも容易い。

……本来なら人々を恐怖させる存在であるゴーストたちは、凶刃を振り回すウシワカに怯えて逃げ惑っていた。その背中へと嬉々として刃を突き立てるウシワカ。

 

まるでこちらが“悪役”のようだ。

返り血がないだけマシと思えてしまうところが、なんとも言えない気持ちになる。

 

――とりあえずその場は、飛び回りながらゴーストを膾切りにするウシワカの活躍で無事に殲滅に成功した。

 

 

そのことに安堵したあたりで――

 

 

――()()は現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よーし、んじゃあそろそろ待ち合わせ場所に戻るぞー」

 

周囲でいそいそと何かを拾っているイヌガミ、ウシワカの両名に声をかける。

何やってるかと言えば、“戦利品”の回収に他ならない。

 

ゴーストが相手では大した品は無いだろうが、ドロップ品が無いわけでは無い。MAGも微々たる量だがCOMPに溜まっている。

 

「……と言っても、回収できたのは魔石くらいなもんだが」

 

小さな青い石を三つほど手の上で転がしながらボヤく。

そこへウシワカが駆け寄ってきた。

 

「主殿! こんなの見つけました!」

 

細かいことなど気にしなさそうな快活な笑顔のウシワカ、その手……というか腕に抱えているのは“極彩色の角張った大きな石”。それも五つも。

 

()()じゃないか! それも五つ!?」

 

確かにゴーストは稀に宝玉を落とすこともあるが、本当に稀だ。所謂レアドロップ。

それを五つも出すとは……もしかしてウシワカってば地味に“幸運”高い?

 

「それほど貴重な品なのですか? ……ふふん、褒めてもいいのですよ?」

 

驚愕する俺の様子を見て、ウシワカは宝玉の価値を悟ったらしく誇らしげに笑み、腰に手を当てた。

清々しいまでに己の欲求に正直なのが彼女の美点であり汚点だ。

 

……まあ、彼女の手柄であるのは事実だし。致し方ないので差し出された彼女の頭を撫でることにした。

 

「よーしよしよし」

 

「えへへ……! もっと撫でて良いのですよ?」

 

そしてふんにゃりした笑顔を見せるまでがお約束。

……まだ彼女を仲魔にしてから半年も過ぎていないはずだが、もう何年も共にいるかのように見慣れた光景だ。

それだけ彼女の頭を撫でているということか……

 

感慨深いような、そうでもないようななんとも言えない感情を覚えながらも無心に彼女の頭を撫でる。

その度にふやける彼女の笑顔を見ていると、やはり“癒やし”を感じる。

……日々がストレスの奔流たる現代社会においては“癒やし”の概念は非常に重要な要素であり――

 

 

――非常に“無駄”で“無為”な論文を脳内に展開し始めたところで、ふと、あることに気づく。

 

 

「……ん?」

 

顔を蕩けさせるウシワカの後方、広がる住宅街の十字路。舗装の下から“紅い液体”が滲み出る。

ほんの小さな水溜まりほどの大きさで出現した“紅い液体”は、じわじわと広がり十字路を埋めるほどに溢れ出る。

 

「なんだ……?」

 

奇妙な光景に思わず見入ってしまいウシワカを撫でる手も止まる。

そのことを疑問に思ったらしい彼女は小首を傾げてこちらを伺う。

と。

 

 

「っ、主殿!!」

 

突然、勇ましい声と共に素早く抜刀してくるりと後ろに反転するウシワカ。細められた目が向けられるのは“紅い水溜まり”。

――否、()()()からゆっくりと浮かび上がる“ナニカ”。

 

一瞬、水面が膨れ上がり、それを突き破って“ソレ”は出現した。

 

 

 

「ホ……ホォォォ……ホォォ……」

 

呻き声のような、“鳴き声”のような奇怪な“音”を発するのは“巨大な肉塊”。裸身の“子ども”のようなモノが無数に絡み合った肉塊。

それぞれの顔は“恐怖”と“悲しみ”と“憤怒”をバラバラに表して、一様に()()()()()

顔を覆うまでに肥大化した眼球、或いは鼻、えらまでばっくりと裂けた口など。凡そ“異常”と見てとれる風貌をそれぞれに見せながら、それぞれに“一つ”の感情だけを表すカタチを取っている。

 

そして、なにより――肌を突き刺すような鋭く濃密な“怨念”。

 

総合的に見て推測できるのは、コレが“子どもの怨念の集合体”であろうことのみ。

それも並みの“怨念”ではない。

 

これまで対峙した怨霊たちを軽く上回り“神族”にまで匹敵する強い怨念と霊力を感じる。

 

「怨霊の群体とはまた稀有な……」

 

本来、怨霊とは“強い怨念”を残して死んだモノの成れの果てだ。必然、その思念は“個人”に由来した単一のモノであり故にこそ怨霊は“集合体”となる可能性は低い。

強い恨みで群体化した霊は“悪霊”となるからだ。レギオンがいい例だ。

 

つまり、怨霊のまま群体と化しているコレは異常であるということ。

 

当然ながらこんな悪魔は見たことも聞いたこともないために、警戒を解かないままにCOMPを操作してアナライズを試みる。

その時、蠢き声を上げるだけだった肉塊の頂点部分が、ブチブチと不快な肉音を立てて突き破られた。そこからニュルリと伸びた首のようなものの先っちょ――

 

「ホホホホホ!! ホォォォーーー!!!!」

 

――“ギョロ目で痩せこけた中年男性の顔”が甲高い声で鳴いた。

 




【あとがき】
真Ⅴね……ヤヴァイくらい楽しい。
ミヤズちゃん予想の千倍くらいかわいい……まだ途中だから今後どうなるか知らんけど、例の女の子の末路や兄貴の立ち位置考えるに悪い未来が訪れるとしか思えない……そこが(ry

とりあえずマーメイドたんをドーピングしまくってずっと連れ回してます。固有スキルの叫ぶやつ超かわいい……








あと、主人公可愛過ぎな。結婚しよう()


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怨霊戦

人修羅強すぎ問題





ヒデオたちが怨霊群体と遭遇し、遠野アイとクダが談笑しながら帰路を進んでいた頃。

同市に“もう一人のサマナー”が訪れていた。

 

白い貫頭衣のような衣服の上から白いマントを羽織り、真っ黒な頭髪を持った青年。

見るからに日本人と分かる容姿は柔和な印象を与える所謂“優男風”。

 

彼はスマホの画面を見ながら僅かに溜め息を吐いた。

 

「今しがた任務を終えたばかりだというのに……」

 

彼の言う通りつい先刻、“上層部から命じられた悪魔討伐”をこなしてきたところだった。

だが、見つめるスマホ画面には“悪魔反応を示すアイコン”が地図上に示されている。

それも並みの悪魔よりも一際大きな反応だ。

これを放置すれば、街区に少なくない被害が出るだろう。

 

そう考えたならば後の行動は決まっていた。

 

「……よし」

 

呟き自らを鼓舞した彼は迷わず反応があった地点へと足を進める。

その腰には鞘に収まった両刃剣、もう片方には“拳銃”のホルスターがチラつく。

 

……ところで。彼の任務は先程すでに()()()()()()。つまり、彼が今から向かう悪魔反応は彼にとっては本来ならば()()()である。上司からもそんな命令は下されていない。

それでも、彼は迷わずに向かう。

“悪魔が人を襲うならば”。

“自らがそれを止めねばならない”と強く己に誓っているがために。

 

――迷いなく、恐怖もなく。堂々と進む彼のマントには()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「ホホホホホ、ホォォォォォ!!!!」

 

中年男性の顔が鳴き声を上げた直後。

怨霊群体の肉体から強力な呪詛の波が放たれた。

 

広範囲呪殺魔法(マハムド)だ、躱せ!!」

 

言いつつ俺もすぐにその場を離れる。

怨霊の正面にあたる空間には濃密な呪詛が満ちて下のアスファルトすら視認できない有様だ。

だが――

 

 

「遅いんだよなぁ!」

 

飛び退いてすぐに愛銃を取り出す、と同時に込められていた通常弾を吐き出させ破魔弾を装填した。

あれだけデカい図体だ、狙いをつける必要もない。

ゆっくりと蠢くばかりの群体へと躊躇なく発砲した。

 

 

「ホホ……ホゴォォォォォ!!!?」

 

子どもに似た肉塊が蠢く躯体へと直撃した弾丸は即座に破魔系魔法を発動。霊系悪魔に総じて効果を発揮する破魔系魔法、その例に漏れず群体は苦悶の動きを見せていた。

ただ、まあ。あれだけで殺せるほどに容易くはないようだ。

 

「そいつも承知済みだ」

 

俺は一人ではない。

俺の発砲に続くようにしてイヌガミのアギ系魔法が敵へと殺到する。

未だ破魔弾の痛みに呻いていた怨霊は続け様に降り注ぐ炎の群れを受けて“混乱”状態に陥った。

そこへ、ダメ押しとばかりにウシワカが愛刀を手に駆ける。そして炎に焼かれる群体へと無数の斬撃を放った。

 

「ホゲェェェェェ!!!!」

 

間抜けな断末魔を上げながら崩れ落ちる怨霊は、そのまま消滅……することはなかった。

 

「ホホ……ホホホホォォォ!!」

 

グチャグチャに崩れた群体は、頂点にある“あの顔”を紅い水溜りに突っ込んで、それを()()()()()

すると、俺たちの攻撃で負った傷がみるみるうちに修復されていく。

 

そんな光景を見せられては邪魔しないわけにいかない。

 

「させるかよ」

 

破魔弾のままの愛銃を連射、水溜りを啜るのに夢中な鈍重極まる群体は無防備な躯体へモロに喰らう。

 

「ホゴッ!? ホゴゴゴゴッ!!」

 

炸裂する破魔系魔法に体を痙攣させる怨霊。

……なんというか、久方ぶりに“弱い奴”と戦った気がする。厳密にはチヨメちゃんの能力測定で弱めの悪魔を数体ほど仕留めたがあれはチヨメちゃんに任せっきりだったために、やはり俺自身が仲魔と連携して相手した弱い悪魔は久方ぶりだ。

 

とにかく、弱いならばさっさと片付けてしまおう。そう考えたところで――

 

 

「ホホォ!」

 

――群体の背部から()()()()()

 

「は?」

 

呆気にとられる俺、対し翼を広げた群体は間髪入れずしてその翼面から()()()()()()()()()

ただの怨霊ではない、濃密な霊力、呪詛が詰め込まれた霊体をまるで爆弾のようにこちらへ飛ばしてきたのだ。

 

「くそっ!」

 

慌てて銃撃するが数が多過ぎてとても対処できない。

そこへイヌガミがアギを連発して加勢するが、それでも足りない。

霊体群はそのまま俺たちのもとへ突っ込んで――

 

「お任せを!」

 

迫り来る霊体群の面前を神速のウシワカが駆け抜けた。

その直後、俺らの撃ち漏らした霊体は全てバラバラに切り刻まれて消滅した。

 

「す、すげぇなお前」

 

素直な感想が口から出た。いや、普通にすごい。

斬撃も見えない速度で数十を超える霊体爆弾を誘爆させずに斬り伏せて見せたのだ。

改めてウシワカの優秀さを実感する。

 

「えへへ……これが終わったらぜひ“なでなで”を!」

 

もはや隠す気もない欲求そのままを口にする彼女。

……冷静に考えると“なでなで”とか、知らない人が聞いたら“俺の正気”が疑われかねない表現だな。外では自重するように伝えた方がいいなこれ。

 

とかなんとか、気が抜けた一瞬の隙に怨霊群体は翼を大きくはためかせ空へと飛び上がる。

 

「あ、ちょ、待てコラっ!」

 

デカい図体の割に嘘のような速度で飛び上がりそのまま飛び去っていく怨霊群体。その背は一秒足らずで、既に視界に小さく映るのみ。

恐ろしい逃げ足の速さだ。

 

「クッソ! あのグロ悪魔め……」

 

俺はイヌガミを呼び戻しつつウシワカに声をかける。

 

「追うぞ、あんなグロテスクで知能の低い怨霊をほっとくわけにはいかない」

 

「承知! あ、なんなら私が先行して仕掛けましょうか?」

 

あっけらかんと言い放つウシワカだが、確かに。

彼女の足ならばあの飛行速度にも余裕で追いつける。

 

だが、サマナーから離れた仲魔はMAG供給が一時的に断たれる。今は別行動のためのMAG補給アイテムの類は持ってきていない。

つまりはウシワカは自前のMAGだけでアレを足止めする必要があった。

 

そんな事情もあって数秒悩んだ俺だが、ウシワカの実力ならば任せられると判断。首肯した。

 

「! お任せくだされ主殿、必ずや彼奴の素っ首、献上いたしてご覧にいれます!」

 

自分の意見が聞き入れられた嬉しさからか、はたまた信頼を向けられたが故か。いずれにしろウシワカはキラキラした瞳と笑みを浮かべた。

クッソ、こいつほんと可愛いな。

あと、あんなギョロ目の首はいらない。

 

お任せをー、と言いながら駆け出した背に「首はいらないよー」と叫びながらもたぶん聞いていないんだろうなぁ、とゲンナリする。

 

「まあ……魔術師あたりには売れるかな?」

 

あまり所持したくない見た目の首だが金になるならば我慢しようと思った。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「――それでな? その時“辺獄さん”が言ったんだ!」

 

「うんうん」

 

ヒデオさんのロリコン癖が暴露されてからしばらく。帰り道を歩く私たちは“漫画談義”に花を咲かせていた。

……と言っても、途中から熱心に語り始めたクダちゃんの話を私が聞いている形ではあるが。興奮した様子でフンスフンス! と鼻息荒く身振り手振りを交えて話す彼女は率直に微笑ましい。

今の姿が所謂“化けた”状態なのは承知しているが、やはり視覚情報としてダイレクトに“可愛さ”を見せつけられると頬を緩めざるを得ない。

クダちゃんかわいい。

 

ヒデオさんの好みであるという“ツンツンクーデレ青髪美少女”とやら、存外、私にも響くものがある。クダちゃんが言うにはヒデオさんのために用意した姿らしいが。

ごめんなさい、先に私が堪能しておきますね……

 

 

――それからも熱心に語るクダちゃんだったが、ふと。明後日の方向を向いて沈黙した。

 

「クダちゃん?」

 

先ほどまでの紅潮した興奮顔とは打って変わり、神妙な面持ちで一点を見つめる彼女。

やがて冷静な声音で呟く。

 

「来る……」

 

「? 何が?」

 

何のことか分からず首を傾げる私を、クダちゃんは突然抱えて大きくジャンプした。

 

「のわぁぁぁ!? ク、クク、クダちゃん?!」

 

「喋るな! 舌を噛むぞ!」

 

ちっちゃい見た目からは想像もつかない怪力で軽々私を抱えて宙を舞う。

眼下には遥か遠くコンクリートの舗装が見えて一瞬気を失いそうになった。

そうして慌てて視線を逸らしたところで、“ソレ”を目視した。

 

「なに、あれ……」

 

グチャグチャと音を立てて蠢く肉塊、子どもにも見える“部位”を無数に混ぜ合わせたような外見の“異形”が、大きな翼を広げて先ほどまで私たちのいた場所に突っ込んできた。

 

轟音を響かせながら舗装を粉砕して着地した肉塊は、緩慢な動きで“顔”に見える部位をこちらに向けた。

肉を継ぎ接ぎしたような長い首の先にある男の顔が、飛び出た両目をギョロギョロと動かしてやがてこちらを捉える。

 

「ホホッ……ホォォォォォォ!!」

 

気味の悪い鳴き声をあげた顔は、翼を仕舞い肉塊同然の身体をゆっくりと振り向かせ……こちらに触手を伸ばしてきた。

 

「ちぃ!」

 

空中に飛び上がった状態の私たちには普通、回避手段などないはずだが。クダちゃんはふわり、と空を飛ぶような動きで触手を避けた。

……そして、紙一重で避けたおかげで触手の詳細な“姿”を目にする。

 

苦悶の表情を浮かべた子供の顔が無数に張り付いた悍しい触手の姿を。

 

「うっ……」

 

反射的に胃の中身を吐き出しそうになった口を慌てて抑える。

喉元まで迫り上がったソレをなんとか呑み込み口内に滲み出た酸っぱい味に眉を顰めた。

 

その間にクダちゃんは空を飛んで肉塊から離れた位置へと着地。私を抱えたままに肉塊の方に注意を向けていた。

 

「ふむ……敵襲についてはある程度予想・対策していたとはいえ。まさか涅槃台ではなくこのような“怨霊”が襲ってくるとはな」

 

「お、怨霊?」

 

こんな状況でえらく冷静なクダちゃんの呟きに思わず反応する。

 

「うむ、アレは怨霊。死人の怨み辛みが悪魔に変じた悪魔だ。

……それにしては“複数”の念が感じ取れることに疑問を覚えるが」

 

冷静に分析するクダちゃんだが、私は怨霊という単語だけで怯えてしまう。

恨み辛みが悪魔に変じた、と説明されても幽霊は幽霊だし怖いものは怖い。理屈とかどうでもいい。

なによりあの見た目だ、正直直視するのも辛い。

 

怯える私を見てクダちゃんはこちらに笑みを向ける。

 

「案ずるな、もとより“涅槃台への対策”を用意していたのだ。あれくらいの怨霊なら容易にお前を守り切れる。

だから安心して身を任せておけ」

 

ちっこい美少女なのに妙に頼り甲斐のある凛々しい表情。ちょっとドキッとしてしまった。

 

 

「ホホォ、ホホォ!」

 

「さて……では、やるとするか――!」

 

己を鼓舞するようにそう告げてクダちゃんが走り出そうとしたその時――。

今度は横から眩いばかりの白い閃光が乱入してきた。

 

 

 

 

 

 

「ホホォ!?」

 

閃光に見えたのは厳密には“剣閃”であった。

両刃剣が怨霊の胴体に鋭い一撃を放ったのだ。

それを為したのは一人の青年だった。

 

真っ白い衣服に真っ白いマントを羽織り、細身の両刃剣を携えた黒髪の青年。

彼は、剣撃に呻く怨霊へさらなる追撃を放つ。

 

「ハァッ!」

 

掛け声と同時、素早く放たれた十字の斬撃は怨霊の大きな身体をざっくりと切り裂いて鮮血を舞い散らす。

 

「ホゲッ、ゲェェェ!?」

 

慌てるようにザザッと後退りした怨霊へ、青年は続けて掌を向ける。

 

「“主よ”」

 

短いつぶやきの直後、そこに魔法陣のようなものが展開され中から光球が飛び出す。

弾丸のような速さで怨霊に直撃した光球は、怨霊を囲むようにして何らかの文字がずらりと展開され、内部に光を発生させた。

光の柱のようなソレの中で怨霊は耳障りな悲鳴をあげる。

 

――だが、それも巨体を振り回すことで破壊された。

 

「ちっ!」

 

そしてすぐさま自らの周りに“黒紫の霧”を発生させ、それを避けるようにして青年も後退する。

必然、怨霊から距離を取っていた私たちの近くに着地したことで、ようやくクダちゃんは声をかけた。

 

「その格好……お前――」

 

「突然の横やり失礼。

私は()()()()()()()佐藤良夫(さとうよしお)

故あって、助太刀します」

 

 

 

 




【あとがき】
だいぶ遅れた上に短くて申し訳ない……これも真Ⅴって奴の(ry





(今更だが)阿国さん来ましたね。龍馬だけなら難なくガチャ禁出来るだろうとたかを括っていた私の耳に襲い掛かるすみっぺボイス。
汚いな、さすがDW汚い。

そしてなぎこさん幕間で存在が確認された保昌殿ェ……そうだよね、なぎこさんの過去話突っ込むなら保昌ニキ居ないとダメだもんね……。
でも逸話に乏しい上にキャラ立ちもしてないから参戦は絶望的なんだ(泣)
でもでも保昌殿は道長四天王の一人だから頼光と同格というか当時の政治的には上の立場だから!(暴論
同僚には平清盛を輩出した伊勢平氏の祖になった維衡殿もいるし!!
頼光や田村麻呂とも同格みたいに語られたりしたし!!
……え? その割には伝説で頼光のお供みたいな形でしか登場しないって?
せやな。

月下弄笛は牛若丸ではなく藤原保昌が元だという豆柴知識で締めにしたいと思います、マル


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メシアン

ドタプンニャさんマジで全く知らない人で一瞬フリーズしてしまった。
初見ヤリーロ並みに「誰!?」ってなったよ……

……いやほんと誰!?



ぴちゃり、ぴちゃり。

水の滴る音がリビングに響く。

幼い“殺人鬼”は自ら“解体”した獲物の臓物を嬉しそうに啜っていた。

 

 

 

夕凪市から三つ隣の街、夕凪に比べて都会化の進んだ賑やかな街だが郊外である以上はたかが知れている都会具合なのは否めない。それでも県内有数の工業地帯である同市の人口は県内トップクラスでありその経済的重要度も高いのは確かである。

 

駅を中心に高いビル等が乱立する街区から少し歩いた先、工場地帯の労働者とその家族が住まう団地。

その一棟にある一室は日中にも関わらず“ひんやり”とした空気を漂わせ陰鬱な雰囲気を放っていた。

 

家族の語らう場所であり日中ならば主婦が家事の合間にのんびり寛ぐ空間であるリビングには、扇情的な格好の幼子と袈裟を着た青年の姿があった。

 

 

「ずずっ……んー、まずい! もう一杯!」

 

ナニカを啜り呑み込んだ幼子は満面の笑みで顔を上げた。その口元にはべっとりと“血”が塗られ口端には小さな肉片のようなものがくっ付いている。

 

「はいはい……存分にお食べなさい」

 

対する青年は呆れた様子で手を振りさして興味を示さなかった。

幼子も気にすることなく目の前の“ご馳走様”を貪るように食らっている。

 

――リビングは床や壁、天井に至るまでが夥しい量の血で塗れていた。

 

 

 

 

 

「ふう……ご馳走様!」

 

「お腹いっぱい!」と腹部を摩りながら笑む幼子の前には、血肉が貪られビリビリに破けた皮膚と衣服が散らばる惨殺死体が転がる。

 

「……そんなに美味しいんですか、それ?」

 

嬉々とする幼子に青年は疑問を投げた。正直なところ、大した霊力と質もなく、有象無象にしか見えない獲物だから。

 

()()()()() でも、ぼくたちの性質上、“怨念”を溜めるにはこれが一番良いんだ」

 

たどたどしい声に反して知性を感じさせる口調で彼は説明する。

 

()()()()()()()()()()()()を殺すのがぼくたちの存在意義だからね。その“怨念”ごと食べた方がエネルギー効率がいいんだ」

 

「なるほど……」

 

そう応えつつ、青年は推測する。

元来であれば“彼ら”もとい()()()()にあたる■■は“喰らう”などという性質は持っていなかった。であれば、“喰らう”ことを本質としたのは“ジャック・ザ・リッパー”となって以後のことだろう。

それはつまり、彼らの“殻”となったジャック・ザ・リッパーに人を喰らう性質があったのか。或いは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

もしくは――

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

正確なことは分からないが、別にそれで困ることもないので黙認する。

もとより()()()()()()()()()()()()()()。殺す人間の中から彼らの好みに合う人間を分けてやればよいだけだ。

 

 

良質な獲物を得たからか、食後もはしゃぐ“彼ら”の口元をナプキンで拭きつつ問い掛ける。

 

「それで……“そっちの部屋に転がるモノ”はどうします?」

 

その問いに幼子は一転して神妙な顔つきになる。

 

()()()()()()よ。だって、この子の魂は()()()()()()()()から」

 

「そうですか……」

 

「そもそも、ぼくたちが取り込むのは魂じゃなくて“怨念”だよ。()()()()()()()()

 

……もちろん、“獲物”の魂は美味しく食べるけどね!」

 

楽しそうに笑う彼につられて青年も笑みを浮かべてしまう。

そんな自分に気づいて慌てて表情を引き締めつつ咳払いした彼は“仕事”の話に戻す。

 

「時に、“囮”の方はどうなってます?」

 

「順調に引きつけてくれてるみたいだよ」

 

「別個の悪魔として“分ける”ためにあの“英霊”の魂を使ったのですから最低限の働きはしてもらわなければなりません。精々、有効に使いましょう」

 

冷ややかな笑みで青年は告げる。

幼子も悪戯っ子のような、それでいて“怖気”を誘う笑みを浮かべた。

 

「アイツに()()()()()()()()をくっ付けといたから呪いの“そうじょうこうか”? ってやつでそう簡単にはやられないはずだよ」

 

「おやそうでしたか……どうりで、ククッ……あんなにも“愉しそう”だったわけですね」

 

「えへへ……」

 

死者を冒涜する所業を愉しげに語る二人。

ふと、幼子の方が頭をずいっと向ける。

 

「えらい?」

 

「え? ……ああ、えらいですよ」

 

数秒呆気に取られて、その行動の意味を察した青年は向けられた頭を優しく撫でた。

 

「えへへ……ぼくたち、もっと頑張るから。だから――」

 

「ええ、分かってますよ。共に“人類を滅ぼしてやりましょう”」

 

何かを心配するように問う幼子に皆まで言わせず、穏やかに答えた青年に、彼らも安心したようにホッと息を吐いた。

 

「約束だよ……?」

 

「ええ、約束です」

 

暗い目的を語りながらも彼らの雰囲気は穏やかだった。それは時を重ねるごとに、言葉を交わすごとに彼らの“絆”が深まっている証拠であり、“悪辣”を旨とする青年の中に未だ人間性が残っている何よりの証左であった。

そのことに苦悩しながらも、「悪くない」と感じつつある青年もまた、“彼ら”に執着していた。

 

方や“怨念”から生まれたが故に愛知らぬ怨霊は()()()()()()()()()()()()()()()()()に執着し。

方や劣悪な環境で育ったために愛を理解できず、()()()()()()()()()()()のために無意識のうちに執着する。

 

有り体に、彼らは共依存の関係に陥っていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「召喚! パワー、ヴァーチャー!」

 

怨霊から放たれたマハムドを後退することで避けたヨシオは、“聖句の刻まれた左腕”を出しながら叫ぶ。

 

直後、彼の左右に魔法陣が現れ中からそれぞれ有翼の悪魔が出現する。

 

片や赤き鎧を纏った勇ましき天使パワー。

片や婦人服のようなものを纏った赤髪の女性型天使ヴァーチャー。

 

共に中級に位置する天使であり、サマナーの使役する天使としては高位に位置する強力な悪魔である。

 

「ヴァーチャーは僕たちにマハタルカジャと治療を。パワーは破魔系で援護してくれ」

 

「了解です」

「ハッ!」

 

透き通るような女性の声と勇ましく野太い声が同時に発せられ、次の瞬間には彼らは行動に移っていた。

 

 

「はぁぁぁ!!」

 

両刃剣を構え突撃するヨシオ、怨霊は肉塊が如き身体から無数の触手を出して対抗する。

ヨシオは回避を最低限に傷を負いながら猛攻を加える。

続けてパワーが破魔属性のエネルギーを纏わせた槍を突き立てる。

 

「ホグォ!?」

 

ヨシオの猛攻に気を取られていた怨霊は中枢に槍を受けそこから放たれる破魔系魔法によって深手を負った。

 

対し、ヴァーチャーの援護によりすっかり無傷となったヨシオはパワーと連携して怨霊にトドメの追撃を加えた。

 

剣先から放たれるハマと、パワーの穂先から放たれたハマが怨霊の体内を掻き乱しながら暴走。

 

「ホゴゴゴゴ……ゴボォ!?」

 

ぶくぶくと膨張した肉塊はやかて、血肉を撒き散らしながら盛大に破裂した。

 

必然、至近距離にいたヨシオは飛び出た大量の血液を引っかぶり真っ赤になっていた。

 

「ゔぇ……ぺっ、ぺっ! こりゃあ、また本部の天使様に怒られるなぁ」

 

血で真っ赤に濡れたマントの端を摘みながら苦笑い。そこへパワーが翼を羽ばたかせながら近づく。ちなみに彼は空中に逃げたことで一切血に塗れず翼は純白を保っていた。

 

「破裂するまで留まるからですよ。あの程度の悪魔ならば一撃を加えてすぐに離脱しても問題なかった」

 

淡々と苦言を呈す仲魔に肩をすくめる。

 

「どうかな……一撃入れて、ちょっと感触がおかしかったから念のためにもう一発放ったんだ」

 

「おかしかった?」

 

「ああ、アレはなんというか……()()()()()()ような――」

 

 

ヨシオが何かを言い掛けたその時。

 

 

「ホホホホォォォォォォ!!!!」

 

飛び散った肉片の中から、頭部だけが甲高い声を上げて震えた。

 

「な、なんだ!?」

 

「っ、お下がりを!」

 

ヨシオの前に素早く翼を展開するパワー、その直後。

 

「ぐっ!」

 

叫び声を上げていた頭部の口から呪いを凝縮したムドが放たれる。

ヨシオを狙って放たれたムドはそれを見越したパワーの翼に防がれたものの、彼の翼は着弾箇所から瞬時に腐敗し結果として片翼は無惨に腐り落ちた。

 

「パワー! ……ヴァーチャー、治療を!」

 

負傷により膝をついたパワーに駆け寄ったヨシオはすぐさまもう一体の仲魔に治療を命じる。

ヴァーチャーもすぐに動き、彼女が習得する上級治療魔法(ディアラハン)によって腐り落ちた翼は瞬時に修復される。

 

――だが、治療の間もパワーは敵に注意を向けておりその動向について警告を飛ばす。

 

「治療は後に! 今はヤツを――」

 

パワーの必死の忠言にヨシオがヤツへ目を向けた時には既に遅く。敵の頭部は飛び散った肉片を集合させ再生を遂げていた。

 

「あいつ!!」

 

気付いたヨシオが銃を抜き発砲するも、それらを避けるようにして敵は“紅い水溜り”の中に身を投じ、水溜りごと素早く消失してしまった。

 

「クソッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

怨霊群体が逃走した直後、その場にウシワカが到着した。

ついて早々にアイたちの無事を確認した彼女は、次に見慣れぬ悪魔を従えたヨシオに警戒しながら声をかけた。

 

「お前たちは何者だ?」

 

腰の薄緑の柄に手を添えそう問い掛ける。

 

明らかな威嚇行為に、しかしヨシオは慌てることなく両手を上げて敵対意志が無いことを示した。

 

「敵ではありません、私は佐藤良夫。悪魔退治を“使命”とするテンプルナイトです」

 

それでもヨシオを召喚主とする天使たちは各々にウシワカへ警戒の構えを見せており両者の間に緊張が走る。

そこへ、クダを伴ったアイが駆け寄った。

 

「待ってください! この人はわたしたちを助けてくれたんです!」

 

アイの慌てた様子を見てウシワカも柄に添えた手をゆっくりと離す。尤も、ヨシオたちへの警戒は緩めぬままに。

 

「……ひとまず、こちらに危害を加えるつもりは無いと見た。しかし敵か味方かを決めるのは私ではない」

 

「んん? ……おっと、なるほど。貴女の“悪魔”でしたか。あまりに人間的過ぎて気付きませんでしたよ」

 

ウシワカの言葉に疑問を抱いて数秒、ようやくその身に纏う気配から“人ではない”という事実に気付いたヨシオは笑みを浮かべて答えた。

ヨシオとしては敵意がないことを示すつもりで笑んだのだが、ウシワカはそれを“挑発”と受け取った。

 

「何がおかしい?」

 

「え!? あ、いや、別に可笑しかったわけではなく……あの、すみません」

 

まるで“田舎のヤンキー”の如き表情を見せたウシワカに、ヨシオは慌てて弁解しながらついには謝罪の言葉を述べた。

 

 

――そうして数十分、ヒデオたちが到着するまでの間、情報交換する時でさえ両者の間には微妙な空気が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「おーい、ウシワカー!」

 

「っ、主殿!!」

 

遠くから小走りでこちらに手を振るヒデオの姿を見つけたウシワカは、一転して満面の笑みを浮かべた。

そして、自らが獲物を逃したという失態を思い出してずーん、と沈んだ。

 

対してヒデオは、事情を分かっていないために落ち込んだ表情の彼女に首を傾げつつ。アイとクダが五体満足でいることを確認して――

 

――傍に立つ“十字紋”の青年と“有翼の悪魔”を視認した。

 

「っ……」

 

一瞬、ほんの一瞬だけ苦い表情を浮かべた彼だがすぐさま取り繕い平静を装いながらヨシオたちへ声をかける。

――尤も、普段から主を観察する癖があるウシワカには瞬時に見破られ。長い付き合いのクダからもその変化を察せられていたが。

 

 

「……“テンプルナイト”の方とお見受けしますが、これは一体どういう状況で?」

 

冷静に見えながらその声音に一切の“慈悲”が無いことにヨシオは気付いていた。そこでこちらも下手に“地雷”を踏まないように気を引き締めて返答する。

 

「はい、私はテンプルナイトの佐藤良夫。悪魔討伐の帰路で無視できない強力な反応を察知したためにこの場に馳せ参じた者です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怨霊群体を追った先でメシアンに出会った件について。

 

……いや、ほんと。なんでこんなところにテンプルナイトがいるんだ?

おまけに傍には能天使と力天使を従えてるし、テンプルナイトの中でもかなりの実力者だ。

 

そして、話を聞いてみるにどうやらこのメシアンは怨霊群体に襲われた遠野さんとクダを助けてくれたらしい。

つまり、よりにもよってメシアンに“借りを作った”ことになる。

その事実だけで胃が痛くなるが、現実逃避している場合じゃ無い。

 

 

彼曰く、悪魔討伐の任務の帰り、スマホに悪魔反応が検知されたために“指示もなく”この場に助太刀に来たとか。

そして戦闘の末に一度怨霊を撃破したものの。一瞬の隙から再生され逃げられたという。

……前半はともかく、ここら辺はクダからも同様の証言を聞いたために信じざるを得ない。

 

その後、ウシワカが到着したものの。取りつく島もない態度に困っていたところ俺が来た、と。

 

 

うーん。

個人的にはウシワカの対処を褒めちぎりたいところだが、流石に今は自重しよう。

 

「なるほど……遠野さんは私の依頼主でありクダは仲魔、助けていただきありがとうございます」

 

ちゃんとお礼して頭を下げる。

 

「いえ、これは私が勝手にやったことなので……頭を下げられることじゃありませんよ」

 

一切の悪意なく彼は応えた。

うーん……ガチでそう思ってるっぽいところが複雑な気分にさせるな。

あーダメダメ。とにかく今は無駄な感情を殺して対応せねば。

 

「さすがテンプルナイト、御立派ですな」

 

「……」

 

う、うわぁぁぁぁぁ!? 感情殺して口開いたのに皮肉みたいな言葉しか出てこねぇ!!

くそ、この口め! 口は災いの元って言葉を知らんのか!

舌禍とはこのこと!

 

「え、えーと……とりあえず、その()()を鎮めてはもらえませんか? 私の天使たちも警戒を解こうとしなくて」

 

おずおずと告げた彼の言葉でようやく、自分が無意識に殺気を放っていたことに気付いた。すぐに“オサキの寝顔”を脳内に浮かべて精神の安定を図る……くそ、逆に興奮してきちまった!

とりあえず。仲魔たちのことを考えてようやく平静を取り戻した俺は改めてヨシオ殿に目を向ける、と。

 

 

「……」

 

「ちょ、ちょっとヴァーチャー……苦しいって」

 

ヨシオを庇うように抱き込みこちらを睨むヴァーチャー(女性型)の姿を視認する。

その姿がどうにも()()()あり過ぎて――

 

「……随分と仲がいいのですね。いえ、仲魔と親しいのは良いことです」

 

間一髪、()()()()()()を凝り固めて声を出す。

そうしてすぐさま目を逸らした。

あの光景は今の俺にとっては()()()以外の何物でもないからだ。

 

 

「あ、あの! ひとまず、私の家に行きませんか?」

 

俺とヨシオの間で変な空気が流れ始めていた時、遠野さんがそんなことを提案してきた。

俺たちはもともとその予定だったが、なぜにこのメシアンまで?

そんな疑問は続けて語る彼女の様子を見て合点がいった。

 

「ヨシオさんには、危ないところ助けていただいたので……何かお礼しないと」

 

照れ臭そうにそう告げる彼女。

ははーん、そういうアレか? そういうアレなんだな!?

 

どう見ても“面白くない”展開に、俺は早々に辟易した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてみんなで仲良く……と言ってもヨシオ殿と遠野さんが楽しく談笑するのをなんとも言えない気持ちで後ろから見ながら進む俺たち一行。

 

別に、遠野さんがどうこうという話ではない。単純に、俺が“Law嫌い”、もとい()使()()()故にモヤモヤしているだけだ。

そんな俺の不機嫌オーラを、おそらく察してだろうかウシワカたちも特に声を出すことなく無言で付き従う。

そのことを申し訳なく思うと共に、やはり()使()()()()()()という感情がふつふつと湧き上がって――

 

「主よ」

 

クダに声をかけられた。

慌てて憎悪を押し込み、なんてことないように応える。

 

「んー?」

 

「辛かったら遠慮なく我……私に吐き出せよ。お前が罪悪感を抱える必要性なんかないんだ。辛い時は遠慮なく私に“甘え”ろ。

そのために“こんな姿”にまでなったのだからな」

 

どうやらクダには全てお見通しだったらしい。同時に、そこまで俺のことを気にかけてくれていたのかと驚き、そして……変な気恥ずかしさを感じる。主に彼女の姿のせいで。

 

「お、おう、そうか……わ、悪りぃな」

 

「違うだろ」

 

「あ、ありがとう……」

 

「よし」

 

とても恥ずかしいやり取りに満足したクダはご機嫌な様子で前を向いた。

うむ、改めて催促されてやると、こう、とにかく恥ずかしいな!

 

そういう機微には滅法疎いクダさんはるんるんで先を歩き、相変わらず我関せずなイヌガミは欠伸をして、ウシワカはまったくこっちを気にしていなかった。

 

一人で恥じていた自分がしょうもなく思えた俺は、とにかく、依頼を第一優先とする思考に切り替えて遠野さんたちの背を追った。

 

 

 

 





【あとがき】
見える子ちゃん終わっちゃった……これから何を楽しみに仕事行ったらいいんだ……
仕方ない、大人しく真V主くんのケツでも眺めとくか……


真V主くんに性癖クリティカル……もとい開拓された人たちはみんな僕の友達だよ!(ホモ


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奧山秀雄宅・地下

※ちょっとホラー※

……になってたらいいなぁ(願望

追記:蘇生に関して大ポカやらかしたので修正しました。








夕凪市本町北区、山を背負う様にして街区に玄関を向ける洋館。

奧山秀雄が本拠とする邸宅は、今は家主を欠きその仲魔たる二体の悪魔だけが待機していた。

――いや、厳密には()()()()()常駐しているが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オサキ殿ー、胡椒はどこでござるかー?」

 

キッチンの一角、高所作業用の小さな土台に乗っかり棚の中をゴソゴソと漁っている小柄の少女は望月千代女。ヒデオが仲魔とした英傑カテゴリの悪魔である。

 

「んあ? いやーワシも最近はそっちに行ってないからのぅ。わからん」

 

対し、リビングのソファでごろ寝する巫女装束の少女……いやさ幼女。目を引く桃色の頭髪を一つ結びにしている。

彼女もまたヒデオの仲魔たる悪魔の一体、魔獣・オサキ狐。

 

今は仕事で遠出している主の留守を預かり、こうして自宅の警備を担当している。

……一見して寛いでいるだけだが、一応、警戒は怠っていない、はずである。

 

 

「もー、炒飯食べたいって言ったのはオサキ殿でござろう?」

 

だらけきった同僚の返答に愚痴りながらもチヨメは黙々と捜索を続ける……と。

 

「おっと」

 

棚を漁った拍子にポロリ、とナニカが落下する。

――本来ならそのまま床に落下し、物によっては無惨に砕ける運命。しかしチヨメはこう見えて悪魔、常人を超越した身体能力を有していた。

ゆえに、難なく落下した小物をキャッチ、その正体を確かめるべく眼前へと持っていく。

 

「……仏像?」

 

ソレは寺でよく見るような典型的な仏の似姿を掌サイズに縮めたような物体だった。

右手はこれまたよく見る施無畏(せむい)の形を取り左手には()()()()()()()()()()()()()

 

「この姿勢は確か……」

 

この仏の“名”を思い出そうと記憶を辿った矢先。

仏像から微弱な霊力が放たれた。

それは無差別に放出されたものではなく、ある方角だけを目指してまるで糸のように放出されていた。

 

「これは……」

 

何の気なしに彼女はその糸を辿る。

ふらふらと辿り着いたのは、二階に続く階段の脇、まるで()()となるような位置に配された“鉄扉”だった。

 

「……」

 

その鉄扉は、ここに来てしばらくの時を過ごした彼女が初めて見るもの。召喚早々に自宅内を案内された際にも紹介されなかった場所だ。

通常であればそのような場所に、(あるじ)に無断で立ち入るようなことはしない。

……しかし。

 

「……これは、あくまで“状況確認”でござる。お館様不在のお屋敷にて、かように“怪しげ”なる物品を見つけては――

 

調査せざるを得ないでござるなぁ(そわそわ」

 

――召喚当初は困惑することもあった、主との距離感に戸惑うこともあった。しかし基地での戦いを経て主の在り方に理解を示し、その後の関係も良好。おまけに同僚たちとも仲良くやれており、今は留守を任されている上に相方は“ママみ”の高いオサキ殿。

気を抜いてしまう要素は多分に揃っており――

――今の彼女は、有り体に言って“浮かれていた”。

 

生前は、尽きぬ大蛇の呪に悩まされ唯一の寄る辺となった夫も早々に討死。歩き巫女総括の任を賜り日々歩き巫女を育成する毎日。平時であっても、当時の主君はあの冷酷無比・聡明冷血の武田信玄。気を抜くことなど出来ず……。

それに比べて今の主は嘘のように優しい。たまに……いや割と頻繁に抜けていることがあるがそこも愛嬌、何より家族を大事にする人だ。時折見せる“少年”のような面も可愛げがあって良い。

……いや、別に生前の主君に不満があったわけではない。その手腕は確かであったし、戦国武将としての才もトップクラス。成果には正当な評価はされるお方であった。

 

とはいえ、今の生活が生前に叶わなかった“平穏”であるのも確か。近頃は大蛇すら()()()()なっているし。

 

 

 

 

……などと。

言い訳を脳内で繰り返しながらも彼女は鉄扉を抜けてズカズカと中に入っていた。

 

「暗いでござるな……」

 

扉の先は階段になっており尚且つその道行には一切の灯りが無い。

千代女は忍術によって火をつけることでなんとか足元の視界を確保していた。

 

「しかし……」

 

仏像から放たれる霊力を辿っているものの、果たしてこれが何なのかすら分からない。無論、忍術や巫術を応用して解析も試みた。しかしながら“強固なプロテクト”が掛かっておりとてもではないが、専業の魔術師以外に解けるものではなかった。

故にこうして直接確かめようと改めて決意した次第なのだが。

 

「長いでござる……どこまで地下に――」

 

千代女が階段の長さに疑問を感じた直後だった。

 

突然、彼女の視界が眩い光に襲われ咄嗟に目を閉じる。

そうして光が弱まったところで瞼を上げる、と。

 

 

 

「……は?」

 

視界には()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これは……いったい……?」

 

目の前には爽やかな陽光に照らされた草原がある。

天に広がるのは雲一つない青空、時折吹く風は仄かに温かく心地良い。

 

「……いや、そうではなく」

 

慌てて後ろを見れば、先程まで降っていた階段は影も形もなく。どこを見ても“階段”なんてものは無かった。

いや、それどころか“家”すら無くなっている。

 

いきなり、野原に放り出された。

 

「……」

 

しかしこう見えて彼女は“忍び”、生前より危険な任務に臨み不測の事態も少なく無かった。故に、このような異常事態でも落ち着いて状況把握に努める。

 

「大地より伝わる魔力の流れ……いや、空間全体に漂う神秘の香り」

 

地に手を当て、風に身を任せて感じ取ったのはこの空間の“異様な魔力”だった。

それ即ち――

 

「異界……或いは結界にござるか」

 

その答えに至った直後、彼女のいる空間に声が響いた。

 

『ふむ、思ったよりも優秀なシノビのようだ』

 

「だ、誰でござる!?」

 

咄嗟に苦無を構えて周囲を警戒する。

声は一方向からではなく“空間全てに響く”ように聞こえてきた。

 

『案ずることはない。(わし)()()()()()()()、言うなればお主の同輩である』

 

「なっ……!」

 

突然の言葉に驚く千代女を余所に、声の主は少し考えるような声を出してから――

 

『お主ならば直接会っても問題あるまい……』

 

そう言って、千代女の足元に“光の円陣”を出現させた。

円陣はすぐさま千代女を取り込む。

 

「ちょっ!?」

 

抗議する間もないままに彼女は“転送”された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――円陣から“吐き出された”先、転送された先は森の中だった。

 

木々に覆い隠されているものの、木漏れ日に照らされることで陰鬱さを取り除いている。さらには木々の合間から溢れるささやかな風が草原と同じような爽やかさを感じさせてくれる。

 

そして、彼女の目の前には注連縄と紙垂に囲まれた“巨大な岩”があった。

 

そこへゆっくりと“天から”舞い降りるナニカ。

 

「……元来、儂は“盗賊”から“宝”を守護する存在なのだが。お主からは特に邪心を感じられぬゆえ、こうして招いた」

 

真っ白い毛並みを持った“狼”、それも勇壮な顔付きの“巨大な”狼。

それが岩の前に四足で降り立った。

 

「せ、拙者は……盗賊では、ない……で、ござる」

 

「ふむ? 忍びとは賊の亜種と記憶していたが、()()では異なるというか…………長らく人里と関わりを絶っていた故に俗世に疎くてな」

 

巨狼は野太い声で、しかし陽気な口調で発している。

 

……しかし千代女はそれよりも、彼(?)の身から溢れる“神気”に注目していた。

 

「その濃密な“神気”……その姿。まさか貴方は――」

 

巨狼の正体に気付いた彼女に頷きを返し、彼は答えた。

 

「……自己紹介が遅れた。

 

儂は()()()、かつては大口真神(おおぐちまかみ)と呼ばれた存在だ」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「大口真神……!!」

 

その名は千代女もよく知っていた。

例によって歩き巫女に集めさせた情報で知ったのだが。

 

かのヤマトタケルにも縁深き、狼の神格。

人語を解し人の善悪を見極め、善人を守護し、悪人を罰するとされ。また、厄除けや火難・盗難からも守護するとされた。

 

その起源は、時に人を喰らいながらも、猪や鹿といった作物を荒らす存在も喰らうことから、山という恐ろしくも恩恵をもたらす存在の化身として神格化されたものとされる。

もとは山の神の遣いたる聖獣とも言われるが、最も身近に“山の性質”を体現する狼が神そのものとされるのにそう時間は掛からなかっただろう。

今はもういないが、かつての日本では狼とは身近な存在であり、狼から生まれた怪異・妖怪の類も多い。

分かりやすい例が“送り犬”とも呼ばれる、“送り狼”という怪異現象だろう。

これはテリトリーに侵入した存在を警戒する狼の習性から生まれた怪異である。

 

 

 

「確か大口真神は今も秩父方面で信仰されているはずでござるが……」

 

チヨメの言葉にマカミも然りと頷く。

 

「左様、そして儂もまた大口真神という神格に祭り上げられたことのある“狼神”の一柱ということだ。もとは単なる“山神”として崇められた霊である」

 

「なるほど……」

 

マカミの解説に頷きつつ、ふと素朴な疑問を覚える。

 

「ところでマカミどの」

 

「ん?」

 

「どうして、家の地下(?)にいるのでござる?」

 

「む……」

 

チヨメの問いに、マカミは言葉を詰まらせた。

そして、また少し考える素振りを見せた。

 

「マカミどの……?」

 

「……ふむ。仲魔の一人に知っておいてもらうのも良いか。そろそろ、隠し続けるのも()()()()()限界だろうしな」

 

そう言って戸惑うチヨメを他所にくるりと反転して巨岩へと歩み寄るマカミ。

 

「……この空間は、儂が“地下の霊脈”から吸い出した力で作り上げた結界である。儂の許可無しには出ること叶わぬ。

少し待っておれ」

 

巨岩の眼前にて沈黙したマカミから淡い光が放たれ、それが岩へと注がれる。

すると、突然空間に亀裂が入りそのまま陶器の割れるような音と共に砕け散った。

 

「っ、ここは……」

 

あっさりと結界が解除され、現実世界に投げ出される。

しかしそこは最初にいた階段ではなく――

 

 

「な、なんなのでござるか……ここは」

 

冷たい石造りの空間、点在する蝋燭に照らされた薄暗い部屋。

しかしそこはただの地下室ではなかった。

 

壁に置かれた木棚には怪しげな液体の入った瓶、不気味な形・紋様の陶器類、その他様々な物品が無秩序に陳列される。

そしてそれら全てから()()()()()が放たれている。

 

「あっ!」

 

さらにはキッチンで見つけてポケットに入れていた仏像も、棚の方へと()()()()を伸ばしていた。

そこには――

 

「うっ……!?」

 

両手に抱えるほどの大きさを持つガラスケースに仕舞われた()()。胎動は感じられず既に屍と化しているのは明らかだが、それにしては()()()()()()()。瑞々しく生々しい、桃色の肉が鎮座していた。

チヨメとて忍び、凄惨な光景には慣れているものの()()()()()

 

ただの死体ではない、もっと、別の“悍しいナニカ”だ。

 

「こ、れは……?」

 

「……アレは人肉ではない。“ヤツ”が寄せ集めた物質から“錬成”した人造肉、その失敗作の()()だ」

 

静かに、語る声を聞いてそちらへ振り向いたチヨメは、また別の意味で驚いた。

 

そこにいたのは先程まで濃密な神気を発していた巨狼……ではなく。

うっすーい紙っぺらのようなマダラ模様のニョロニョロ。

犬がギャグ漫画で叩き潰された時のような異様な姿。

 

「ま、マカミどの……随分と、薄くなられてしまって」

 

「案ずるな、こちらが通常形態である。

……それよりも、その“忌物”の説明をしてやろう」

 

そう言ってペラペラの前足(?)でポリポリと、これまた薄っぺらい頬……らしき部分を掻いたマカミは再び静かに語り始める。

 

「その人造肉は“仏道系”の“蘇生術”を試していた時のもの。お前が持つ“薬師如来”の仏像と連動して“蘇生”が始まる仕組みだったのだが……まあ、結果は見ての通りよ」

 

「そ、蘇生?」

 

異様な物品に囲まれた状況に冷や汗を流しながら首を傾げる。そんな彼女を他所にマカミはさらに語り続ける。

 

「あちらを見るがいい」

 

話の意図がわからないままに、促されるまま彼女はそちらへ視線を向ける。

 

「っ!!」

 

肉塊の置いてあった棚からさらに奥の部屋、そこには()()()()()()()()()()()()()()()

 

それだけではない。

 

禍々しい妖気を放つ壺、無数の呪符が貼り付けられたなんだかよく分からないモノ。

黒い霊気が立ち上る大釜、逆三角形のナニカを持ったギリシャ彫刻のような白亜の女神像……と蛇の絡みついた杖を持つ男神像。

 

モノ、だけではない。

 

よく見れば、床や天井に“陰陽道の図”や、それによく似た中華系の呪術式が夥しい数書き込まれている。

 

そして。

それら全てから()()()()()()()が発せられていた。

 

「あ、ぅ……ぁ……」

 

その、圧倒的な圧力を持った()()()()()()に気圧されたチヨメはガクガクと震えながら膝をつく。

 

……ただの忍びならいざ知らず。チヨメは蛇に仕える()()である。巫女とは“霊と交信”する仲介者、神降ろしをはじめとして霊を降ろすことについては無類の才をもつ存在だ。

つまり彼女は、部屋に充満する()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

恐れから震える彼女の脳内へとこの執念の()が映像や声と共に浮かび上がった。

 

 

『――なぜだ!? どうして()()()()()!!』

 

――机の上に置いたナニカを手で払い除けながら()は激昂する。

 

 

『いいぞ……そのまま、そのま――

――くそっ! また()()()()()()()()()!!』

 

――先の棚にあった肉塊を造り出す()の姿があった。

 

 

『何が足りない……? 泰山府君も如来も、エレウシスもケリュケイオンも仙丹も人造体の錬成すらやった!

……あと、何が足りないって言うんだよ」

 

――全ての“蘇生”が失敗して、錯乱から落胆に変わる()の姿を見た。

 

 

『なぁ……教えてくれよ、■■■■』

 

――部屋の最奥、祭壇のように飾られた豪奢な棚の上に鎮座する()()()に縋り付く彼を見た。

そして――

 

 

『……ああ、諦めねぇさ。何度でも。

 

何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも……!!!!

 

俺は、必ず……お前を――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蘇らせてみせる

 

 

 

 

 

 

 

「……っは!! はっ、はっ……!!」

 

ビジョンから解放されたチヨメは乱れ切った呼吸をなんとか整えるべく深呼吸を繰り返す。その額には脂汗が浮かび、瞳は忙しなく上下左右に痙攣している。

 

「おい、大丈夫か?」

 

少し心配したようなマカミの声を聞き我に返った彼女は、自らの頬を叩いてどうにか平静を取り戻した。

 

「お、お見苦しいところを……」

 

「いや…………ふむ、なるほど。お主は忍びである前に巫女であったか。それならばこの部屋の“妄念”にあてられるのも無理はない。

すまなかったな」

 

ぺこり、とペラペラの頭部を下げるマカミにチヨメは慌てて答える。

 

「いえ、拙者が未熟だっただけのこと。お気になさらず」

 

「そう言ってもらえるとありがたい。お主にはまだ見せねば、話さねばならぬことがあるからな」

 

重苦しい声で述べたマカミは、ゆらゆらと宙を泳ぎながら部屋の奥へと向かう。

言外について来いということだと理解したチヨメもそれに続く。

 

悍しい物品で溢れているとはいえ地下室、そう距離を進まずして目的のモノを視界にとらえた。

 

「あれは……」

 

つい先程のビジョンで見た“結晶体”。

ビジョンで見た通りの祭壇の上で鎮座するモノ。

両手に納まる程度の大きさのソレは真っ白く、天然の鉱石のように刺々しい見た目をしていた。

しかして、ソレを視界に入れて感じるのは恐怖や警戒ではなく“暖かさ”だった。

淡く優しい光を放つ結晶体を前にしてマカミは、口にする。チヨメにとっては寝耳に水、青天の霹靂とも言える重大な真実を。

 

「これは、()()()()()。その成れの果てだ」

 

マカミが度々口にしている“ヤツ”が誰なのか、ビジョンを見たチヨメにはもう分かっていた。

 

「これが……()()()()()()?」

 

だからこそ驚嘆する。

お館様の奥方がこのような姿に……いや、そもそも彼に()()()()()()()()()()()()()()()

一切、これっぽっちもそんな話はしていなかった。

それを示す物品も、家には()()()()()()

 

だが、“なぜ”という考えは浮かばなかった。

だって。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことなど、到底言えるはずが無いからだ。

 

そんな、孤独に戦う己の主を想い少しの憐憫を感じた彼女に構わずマカミは続ける。

 

「……此奴は、儂らがヤツと会うずっと前からヤツを支えてきたという。それは短いながら共に過ごした儂も明確に理解できるほどの信頼関係を持っていたよ。

 

……だが。それは五年前のあの日、あの夜。唐突に終わった」

 

「……」

 

懐かしむように、それでいて無念そうな口調で語るマカミの言葉をチヨメは静かに聞き続ける。

 

()()()()()()()()()()()()、サマナー協会よりその依頼を受けたヤツは当時の仲魔と共に天使どもと戦った。

名のある天使が複数駐留していたこともありそれなりに苦戦はしたものの、作戦自体は無事に完了した。

……その帰り道だった」

 

 

――マカミはその時の情景を思い返しながら語り続ける。

 

 

主戦派メシアンが築いた拠点を、他のサマナーと共に完全に制圧した彼らは戦勝ムードのままに帰路についていた。

海沿いの道、海浜公園と呼ばれる辺りを歩いていた時のことだ。

無数の天使、大天使どもとの激戦を制しその戦果を仲魔たちと語らい合う彼らは完全に気を抜いており、皆一様に()()()()ながらも笑顔だった。

あの時のオレの剣撃は凄かった、いやいや私の棒術も、いやいやいや私の魔法も……と、それぞれの戦果を自慢し合いじゃれ合い。それらを優しい目で見守る()と。

その傍に寄り添う()()()()使()

 

『遅いぞ! 心配したんだからな!!』

 

そんな一団に駆け寄る小さな影は在りし日の“オサキ”。

予定時間を過ぎても帰宅しない彼らを心配して一人、飛び出してきた小さな狐神だ。

しかし、今は“戦時中”。作戦は終わったとはいえ何処に残党が潜んでいるかも分からない。さらには、悪魔同士の激しい激突があった日は、周辺に潜む無関係の悪魔たちも活発化する。

つまりはとびっきりに危険な夜なのだ。

 

そこへ一人で飛び出した彼女の暴挙を諌めつつも、純粋な心配で駆け付けてくれた仲魔を、彼らは暖かく迎え入れ再び雑談に興じる。

 

帰ったら何をしようか、何を食べようか、各々に提案する彼らは側から見ても仲睦まじく、強い信頼で結ばれたパーティであると言えた。

 

 

――そこへ、唐突に()が舞い降りる。

 

 

満月を背負い夜空に浮かび上がるのは()()()()()使()

静かに、確実に、獲物を仕留めるべく忍び寄る影に最初に気付いたのは同じ()使()だった。

突然の敵襲にも彼らは動じることなく瞬時に戦闘体制に移る。

 

気づかれたなら仕方ない、とばかりに()()()()()使()は配下の天使たちを出現させる。

それは星空を覆わんばかりの大群であり、対する彼らは()()()()。どう見ても勝敗は明らかだった。

 

故に彼らの判断は早かった。

殿を務める雷神と猿人、それらを援護しつつ後退する牛神と火神……の二柱を拙い術で援護する小さな狐。後衛たちの前に立って敵の攻撃を受け止める“真神”と“犬神”、そして()。それをサポートする天使。

激戦ながらも辛うじて離脱できる……そんな戦況に差し掛かった頃だった。

 

『っ、ヒデオ!!』

 

唐突に自らの主を全力で突き飛ばす黒翼の天使、その直後――

 

 

 

――漆黒の大鎌が彼女の腹を引き裂いた。

 

 

 

『っ!! ■■■■ッ!!!!』

 

彼の悲痛な叫びが響く。

その眼前にて、臓物を零しながらゆっくりと、地に墜ちる天使。

 

条件反射だった。一切の思考を切り捨てて倒れ伏した最愛の天使に駆け寄りその身を抱き上げる。

 

――そこに。希望は無かった。

 

絶えず零れ落ちる臓物と鮮血、ゴボゴボと彼女の口から溢れ出す“赤”。

無論のこと、ポケットに仕舞っていた“宝玉”を用いて回復を試みる。

しかし、()()()()()()()()()()()()()()

 

無理やり天使どもを払い除けて駆け寄った牛神が回復魔法を唱える。

それでも、()()()()()()()()()()

 

当然だ。

彼女は既に()()()()()()()()()()

 

――死を司る天使、月を支配する天使。七大天使に数えられるその大天使の権能は『天使を罰する』というもの。

道を違え、堕天使となったかつての同胞に“引導”を渡すもの。

加えて、()()()()という絶大な権能を、当世の()()()たる『唯一神』より与えられた強大なる天使。

 

その一撃は、()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()

 

鎌の一撃によって『死』を与えられた彼女は、既に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

故に如何なる癒やしも意味を成さず、何もできないままに彼の腕の中でその命の輝きが失われていく。

 

『■■■■、■■■■ッ! 嘘だろ……こんなっ!!』

 

『ヒデ、オ……』

 

虚な瞳でなんとか彼を捉えて、震える手を必死に伸ばす彼女は――

 

 

 

――ゆっくりとその手を下ろした。

 

 

 

 

応じて止まる“鼓動”、彼はそれが何を意味するのか、これまでのサマナーとしての戦いの中で十分過ぎるほどに理解していた。

 

故に抗う、その()()に。

道返し玉、反魂香、ありとあらゆる蘇生薬を使う。それらは大きな損壊や消滅、()()()()以外ならば即座に命を繋ぐ大変貴重で有用なアイテムだ。

だが、先述の理由からその効果が発揮されることはなかった。

 

何も変わらず、沈黙する()()を前にして彼は錯乱していた。

手持ちのありとあらゆるアイテムを使用してなんとしても彼女を蘇生させようとしていた。

 

――だが、未だ戦いは継続している。

そのことを理解していた仲魔たちは必死に彼を呼び戻そうと声をかける。

無論のこと、()()()()()()()()()

 

彼女は、彼にとって“全て”だったのだ。

人形のように実験を繰り返すだけだった自分を“人”にしてくれた最愛のヒト。

その“執着”は、己の()()()使()であった彼女と“契り”を結ぶことでより強固となった、()()()()()()()()()

彼の半身、ヒノカグツチよりもよっぽど半身として魂にまで結びついていた彼女の喪失は。

彼と言う人間を“壊す”には十分な出来事だった。

 

 

 

――結局、見兼ねた牛神が力づくで引き離すことでなんとか離脱の機会を取り返した。

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

『あぁ……ア゛ァァァァ!!!!』

 

突如として雄叫びを上げて牛神の拘束を逃れた彼の暴走が無ければ。

 

 

『フゥゥ……!!』

 

獣のような呼吸を繰り返す彼の身体が()()()()()()()()。その身からは黒煙が立ち昇り、眼光は()()()()()()()()

 

――火神炉心の暴走。

魔剣の触媒として埋め込まれた炉心の過剰稼働によって発生した膨大なエネルギーが彼の身を内側から焼いていたのだ。

 

当然、怒り狂った彼にはそんな思考はカケラも存在しなかった。

 

地を蹴り、天使の群れへと突貫する火神の裔。無謀とも言える行動はしかし、一同の予想に反して()()()()()()

 

身を崩さんばかりに膨大なエネルギーを振り回す彼は次々と天使どもを焼き焦がし、遂には仇たる大天使に肉薄した。

 

大鎌にて応戦する大天使だが、誰が見てもその実力差は明らかだった。

 

“空中を舞う大鎌の群れ”を薙ぎ倒し、彼が抱える大鎌ごとその矮躯を両断する。

 

 

――こうして、死の天使とその配下は一瞬にして討伐された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あとはもう分かりきった顛末だ。

正気に戻った彼奴が業魔殿に駆け込み、彼女の遺体を蘇生させろと狂乱し。それは“無理”だと繰り返す店主に掴みかからんとした時、遺体は()()へと変じた。

それが、コレだ」

 

結晶体に顔を向けながらマカミは言う。

 

「僅か残っていた彼女の意思が、壊れていく彼奴を見兼ねたのだろう。

店主がこの魔晶の効果を淡々と説明していたがおそらく彼奴の耳には入っておらんだろうな。

 

それからだ。

あのような“愚行”を繰り返すようになったのは」

 

長い長い語りを終えて、マカミは一息吐いた。

 

対してチヨメは、突然膨大な情報量を叩きつけられてしばし混乱していた。

なにせ全てが初耳過ぎる。とはいえ、巫女頭を務めた優秀な頭脳はものの数分で情報を整理し彼の話をなんとか理解した。

 

「貴方は、なぜそれを拙者に……」

 

「……何故だろうか。いや、“理由”ならば幾つか思い浮かぶ。しかし最も重要なのはお主が()()()()()()()()()()()()()()()()だったからだ」

 

要領を得ない曖昧な答えに、再び首を傾げるチヨメ。

その時だった。

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

ひたり、彼女の首筋に刃が当てられる。

その後ろから、ぬるりと覗き込むようにして“彼”は顔を出す。

 

「ここで。何をしている?」

 

――その目は何処までも暗く、淀んでいた。

 

 

 

 

 




【あとがき】
遅れてごめりんちょ☆!

……ほんとごめんなさい。
阿国さんのチョコシナリオで脳が溶けたので投稿再開です……。
リハビリ過ぎてちょっと文章がおかしいかも(元から


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ヨシオというメシアン

前話よりも前の時系列になります。
分かりづらくてすまねぇ……




……ソウルハッカーズ2(ボソッ




遠野さんの自宅についた俺たちは、とりあえずリビングに集まっていた。

と言っても、全員入れるスペースは無いためにヨシオのヴァーチャー、俺のクダを除いてCOMPに仕舞っている。

 

リビングには相変わらずジャックリパーどもがワラワラと思い思いに寛いでいて、戦闘で疲弊した俺としては少し苛つく光景でもあった。

 

「はい、どうぞ」

 

「これは、どうもすみません」

 

差し出されたマグカップを受け取りつつ軽く会釈。カップから匂い立つ香りからして中身は紅茶と見た。

そうして香りを嗅いでからゆっくりと一口。

うむ、紅茶の良し悪しは全く分からんが、素人舌にも美味と感じられる一杯だ。

……それはそうと。

心なしか、遠野さんの対応が柔らかくなった気がする。カップを渡す際も和やかな笑みで声も優しかったし。

 

「? どうしました?」

 

「いえ……」

 

思わずジッと見つめてしまっていた。慌てて視線を逸らし平静を装う。JDといえどまだ“子ども”だ、これ以上怖がらせるのも忍びない。

 

「コイツ、ママのこと好きなんだぜ、きっと」

「むっつりサマナーめ!」

 

と、ジャックリパーたちが俺の方を指差して口々にそんなことを宣い始めた。

 

「えぇ!?」

 

真に受けたらしい遠野さんは驚愕の表情ののちに少し警戒したような目を向けてきた。

……そりゃいくらなんでも()()()過ぎないだろうか? どう考えても俺はそんな素振りは見せていなかったはずだぞ?

いや、あの遠野夫妻のことだから存外、箱入り娘の可能性はあるが。

 

「これ、そうからかうものではないぞ、ジャックリパーども」

 

ぺし、とジャックリパーの一匹の頭を軽く叩いたクダ(人間態)はやれやれと言った顔で遠野さんの膝の上に座った。

 

「おい待て」

 

「ん? なんだ?」

 

不思議そうに小首を傾げるクダ。さも俺がおかしいみたいな反応やめろ。

 

「なんでしれっと遠野さんの膝の上に乗ってんだ、仮にも依頼主だぞ。あんまり失礼なことするな」

 

「おかしなことを言う。我……私はこの者と“これ”が許されるまでの信頼関係を築いていただけのこと。お前が口を出すことではない」

 

「なんだと?」

 

この短時間でそんなに仲良くなったってのか……?

それじゃあ、しばらく警戒されてた俺はなんだ?

 

「あ、私も別に気にしないので……大丈夫ですよ」

 

遠野さんも特に不快と思っていない様子。

まあ、本人がいいならいいけどさ……。

 

「というかお前は少し“堅すぎる”と思うぞ」

 

まさかのクダからそんな苦言が飛び出した。

一人称が“我”のやつにそんなこと言われるとは。

 

「サマナーとは“霊的案件の解決者”、更には個人店ともなれば依頼主との円滑なコミュニケーションも必要なのではないか?」

 

続けてあまりにも“正論”過ぎるお言葉が飛んできた。

くっそ、ぐうの音も出ない。

 

「んなこと言われてもなぁ……俺なりに最低限の“マナー”を守って行動してるつもりなんだよ」

 

「ふむ……人間社会とはかくも“ややこしい”のか。わかった、今回は私の浅慮だったようだ、謝る」

 

と、俺の言い訳がましい言葉を聞いたクダは予想に反して謝辞を示しペコリと頭を下げた。

 

「い、いや、そんな頭下げるほどのことじゃないけど……どうしたんだお前?」

 

これまでのクダと言えば、仲魔としての契約以上のことには一切気にしない、不干渉、が常だったはずだ。

ここまで“俗世”や“俺”に関心を持つなど……“違和感”がすごい。

 

「…………いや、別にどうもしないぞ。私もそろそろ人間社会を学んでおいた方がいいと思ったからな。それだけだ」

 

こちらをジッと見つめてから、目を逸らしてそんなことを宣った。

明らかに“嘘”をついている、或いは“言外の事情”が関係しているのは確かだ。

 

一瞬、問い詰めようとしたが、あのクダが隠したいことともなると。俺がズカズカと踏み込んでいい話ではない気がしてやめた。

 

「そうか」

 

「うむ」

 

互いに“気づかないフリ”をして会話を終わらせる。

それからしばらく、少し気まずい沈黙が続いた。

 

 

ちなみに、ヨシオは今、()()()()()()()()()()

あの怨霊との戦いで血塗れになってしまった彼は、遠野さんの好意で衣服の洗濯と入浴を勧められたのだ。

 

当然、俺は「得体の知れない男にそんなことしない方がいい」とやんわり注意したのだが、彼女は窮地を救ってくれた彼に深い恩義を感じているようで押し切られてしまった。

だが、着替えまで貸すことはない、と俺は近くの店で適当な服を見繕って再び遠野さん宅に戻っていた。

俺はてっきり、“模範的なヒーロー”たるヨシオに惚の字なのかと思っていたのだが――

 

「……」

 

ここまで話していて分かった。

彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()

一般的に考えれば“非常識”だが、先述の“箱入り娘”という推測が正しければさもありなん。

思えば、ジャックリパーを引き取ると言い出したあたりからその片鱗のようなものを感じていたが。

彼女は、生粋の()()()()だ。

 

無論、本人に自覚は無いのだろうが。誰かの窮地を見れば()()()()()()()()()類の人間なのだろうと俺は確信していた。

根拠はこれまでのサマナー経験からの“勘”である。

それは時に“愚か”と謗られる性質なのだろう、しかし俺はそういう人間がなによりも眩しくて()()()()

俺の“善意”は、“彼女”の損失と共に消え失せたのだから。

 

 

 

――などと。

無駄な考えを巡らせているうちに、ヨシオは風呂から上がって俺の買ってきたTシャツ短パンに身を包んでリビングにやってきた。

ヴァーチャーと共に“脱衣場”から出てきたところに思うところが無いわけではないが、そこは今は置いておこう。

リア充◯ね

 

「いやぁ、助かりました。あのまま帰れば確実に“天使さま”にお叱りを受けていましたからね」

 

爽やかな笑みで語る彼からはほんのりと女性モノのシャンプーの匂いがする。

遠野さん、後で風呂場に消毒液撒いといた方がいいですよ、メシアン菌がこびり付いてるでしょうからね!!!!

……などとは、口にしない。思っていても言わない。俺は大人だ。

 

「それはよかった、服もあとは乾かすだけですので」

 

「重ね重ねありがとうございます」

 

「いえいえ、命の恩人ですから。このくらい当然ですよ」

 

お互いに眩しい笑みで語り合う二人。

くそ、なんだこの正視に耐えない“キラキラ”具合は!

どちらも“裏が見えない”という点で共通した眩しさを放っている。

やめろ、自分の“汚れ具合”を思い知らされてなんだか苦しいから!

 

「? ヒデオさん?」

 

不思議そうにこちらを見るヨシオ。

お前に名前で呼ばれる筋合いはないのだが……苗字も呼んで欲しくは無いので黙っておく。

 

「なんでもないですよ。服、綺麗になってよかったですね」

 

「は、はい…………え、と。怒ってます?」

 

困った顔でそう言う彼。

はて、俺の顔は至って普通の笑顔でポーカーフェイスなんだが?

 

「怒ってないですよ」

 

だから笑顔でそう答えた。

 

「そ、そうですか……」

 

しかしヨシオは気まずそうに顔を背けた。おい、なんだよ、こっち見ろコラ。

内心、悪態ついていたところ。唐突に視界が真っ白に染まった。

 

「うわっ!?」

 

「デビルサマナー、これ以上、ヨシオをいじめるつもりなら私も黙っていませんよ」

 

その声で、視界に広がる白がヴァーチャーの翼なのだと理解した。

声の方に目を向けてみれば、そこには少しむすっとした女天使の顔。

その顔がなんだか()()()()()()()()思わず顔を背ける。

 

「……チッ、はいはい、天使さまの言うとおりに」

 

別に、“彼女”に似ていたわけではない。だが、雰囲気というか、()()()()()()()()()()みたいなのを感じてしまってなんとなく見ていられなかった。

なんでよりにもよって“女性型の天使”を従えているんだか。ヴァーチャーならば、あのクリスタルボ◯イみたいな半透明のタイプだって居ただろうに。

 

「ま、まあまあヴァーチャー。彼は別に僕に害意があるわけではないだろうし」

 

苦笑気味に天使を宥めるヨシオ。

いや? 俺はバリバリ悪意ありきで発言してましたが?

 

「もうよさぬか主、遠野嬢も困っておるぞ」

 

ヴァーチャーにガンつけていたところ、クダからお叱りを受けた。

見れば遠野さんも少し困ったような笑みでこちらを見ていた。

おおう……せっかく警戒解いてくれそうだったのに。我ながら大人げない言動をしてしまっていた。

 

「……すいません遠野さん、ご自宅をお騒がせしまして」

 

「いえ……ですが、今のはヒデオさんが悪いと思いますよ?」

 

ゔ。わかってる、分かってるんだよそんなことは……。

だが、メシアンも天使も未だに“冷静には見られない”のだ。

 

「遠野嬢、私からも言っておくからここは許してやってくれないか? 此奴にも考えというか……まあ、色々あるんだ」

 

と、意外にもクダからフォローが入った。

 

「別に怒ってはいないけど……クダちゃんがそういうなら」

 

遠野さんもやわらかい声で応えた。

……どうやらクダが言っていた信頼云々はあながち過言でもなかったらしい。

というか、サマナーよりも依頼主と仲良くなってる仲魔とはいったい?

それよりも、仲魔にコミュニケーションで劣っている俺とは……

 

 

 

 

 

 

 

そうして、ヨシオの服が乾くまでの間、彼女らは雑談に興じていた。ヨシオとヴァーチャーの両名と、遠野さん、彼女の上に座るクダ、戯れるジャックリパーたち。

それらを横目に俺は一人で紅茶を啜っていた。

やはりどうにも天使やメシアンと楽しく話すことなど出来そうにないからだ。俺にとって奴ら、特に天使は()()()()()()()である。

たとえそれがどんな種類の天使だろうと、彼女以外ならば全て等しく敵である。

無論、敵対関係に無い限りは攻撃したりはしないが。積極的に関わりたくもない。

 

だからこうして一人でいじけている。別に“ぼっち”は悲しいことじゃ無いからね。

うん。

 

 

「……主よ」

 

そんな俺のもとへクダがやってきた。

 

「なんだよ、お前もあっちで楽しんでくればいいだろ」

 

だがどうにも“情け”をかけられている気分で、少しムッとしてしまう。

我ながらみみっちい男である。

そんな俺に苦笑した彼女は、一転して神妙な面持ちで口を開いた。

 

「苦しいか?」

 

「は?」

 

突然、何を言っているんだこいつは。

しかしクダは依然として真剣な顔で繰り返す。

 

「今、苦しいかと聞いている」

 

「別に……」

 

何が、とは言わない。きっとコイツ、()()()()()()()()()()()。だから一丁前にこんな顔してやがるんだ。

 

「もう一度聞くぞ、苦しいか?」

 

「うっ…………まあ、そんなこともなくはない、かな」

 

なぜか押しが強い彼女に負けて、ボソリと答える。すると彼女は花開くように満面の笑みになった。

その顔がどうも“可愛く”て、これが変化の結果だという事実を必死に思い返すことで平静を保つ。

そんな俺に、彼女は今度は少し困ったように眉を八の字にし、もじもじし始めた。

 

「な、なら……特別に撫でさせてやってもよいぞ?」

 

そして、そんなことを言った。ほんのりと頬を朱に染めた上で。

 

「は?」

 

もしや頭でも打ったのか、と一瞬訝しげな顔をしてしまうが。冷静に考えて、これは彼女なりの“善意”なのだと気付いた。

だって、これまで撫でさせる、なんてことは一度も要求してこなかったのだから。

 

「よ、よいな? そっち、行くぞ?」

 

おっかなびっくりな様子でのそのそと俺の膝の上に潜り込んで丸まる彼女。

そういえば、昔は時折、嫌がる彼女(獣形態)を無理やり膝に乗せて撫でていたこともあったか、と思い出した。

 

「……ど、どうした? 撫でてよいのだぞ?」

 

上目遣いで紅潮した頬を覗かせる彼女は、どうにもかつて無い“破壊力”を持っていた。

なので、誘惑に負けてその顎の下をコショコショする。

 

「ん……」

 

人間態故に妙に色っぽい声を上げた彼女だが、すぐに心地よさそうに頬を緩ませる。

 

「……合ってるのか、これ? 今までは獣姿だったからよかったが」

 

「合ってるぞ、気にせず続けろ。特別に、許す」

 

許す、とか言いつつ完全にだらんとしているクダ。

むぅ……変化の術、恐ろしい破壊力だ。

というか、青髪少女を膝の上で撫で回す姿は率直に言って事案ではないだろうか?

大丈夫?

今の俺、側から見て相当ヤバくない?

 

「何も気にするな……今は心の赴くままに撫でよ」

 

むにゃむにゃしながらそんなことを言う。

くっそ、可愛いなコイツ……!

俺も気にせず撫で回すことを堪能しようと思った。

 

 

 

 

 

 

俺が我を忘れてクダを撫で回してどれだけの時間が経ったか。

不意に声が掛けられた。

 

「ヒデオさん、ヒデオさん」

 

「んえ?」

 

声の主は遠野さん、俺は撫で撫でに夢中になりすぎていて変な声で返してしまう。

 

「ヨシオさん、服も乾いたのでもう帰るそうですよ。一応、お伝えしようとおもいまして」

 

「あ、はい。え、と、その……すいません」

 

一転して現実に引き戻されたことで、我ながら恥ずかしい姿を晒していたと自覚して顔が熱くなる。

 

「いえ、ふふ、微笑ましかったですよ」

 

「う……」

 

その生暖かい視線をやめろ、JD。

ふと、膝のクダを見ると――

 

「むにゃ……」

 

気持ち良さそうな顔で熟睡しておられた。これも獣姿なら見慣れていたはずなのだが、こうして人間の姿でやられると……なんというか、ヤバい。

ヤバいくらいに可愛い。

獣姿とは別ベクトルの可愛さだ。

 

「なるほど、俺の士気向上は確かに出来ているな」

 

クダの分析力もなかなかのものだと思った。

 

 

 

 

 

 

純白の制服に身を包んだヨシオはヴァーチャーを傍らに置き玄関先に立っていた。

 

「この度は大変お世話になりました、この御恩、決して忘れません」

 

「そんな大袈裟ですよ……」

 

「いえ、見ず知らずの僕にお風呂を貸してくださるだけでなく洗濯まで……僕からも何かお返しできればいいのですが」

 

悔しそうに語る彼は本気でそう思っているのだろう。そういうところ、()()()()()()。メシアンじゃなければ、な。

 

「本当に気にしないでください、単なる私のお節介ですし――」

 

そう言いかけたところで、唐突に彼女の腕にジャックリパーが抱きついた。

 

「メシアンの(あん)ちゃん! またな!」

 

そのままそんなことを言った、そして続くように他のジャックリパーたちも口々に別れを告げる。

その顔は皆穏やかだ。

 

……なんだろう、俺の時とえらく対応が違うじゃないか、えぇ?

 

「はは、遠野さん、一般の方がこんな数のジャックリパーに懐かれているなんて。なかなか見ないですよ」

 

「懐かれているというかなんというか……単に匿ってるだけなんですけどね」

 

たはは、と言わんばかりに苦笑する彼女の言葉に、しかしヨシオが神妙な顔つきに変わった。

 

「匿った? ……別れ際にすいませんが、詳しく聞かせてくれませんか?」

 

続けてそう問いかけてきた。おや、雲行きが怪しいぞ……?

まあ、ヨシオの人柄はこれまでの交流でわかっていたので話しても問題ないとは思う。遠野さんも隠す理由がないしな。

案の定、遠野さんはジャックリパーとの経緯を詳しく語って聞かせた。

 

それを受けたヨシオは、なんとも予想外の回答を返す。

 

「……引き取り先、僕が紹介できるかもしれません」

 

「はい?」

 

遠野さんを差し置いて、俺は思わず声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

『ジャックブラザーズの森』。

そう呼ばれるコミュニティな存在するらしい。

 

ヨシオ曰く、そこには()()()()()()()()()、彼らは弱い自分達を守るために団結してコミュニティを結成。各地で困っているジャック系悪魔たちを勧誘して自らの“森”に住まわせているのだとか。

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

そこにはランタンやフロストの他にも、ジャックリパーが住んでいるという。

 

「愛好会とは違うのか?」

 

「ええ、彼らは悪魔だけの集団です」

 

むう、悪魔の組織というのは別段珍しくはないが……弱小悪魔に分類されるジャックたちが組織を作っていたとは驚きだ。

というか、なんでそんなことお前が知ってるのかと。

 

「……以前、命を狙われていたジャックフロストたちに手を貸したことがありまして。そのまま仲間たちを助けていくうちにどんどん話がおかしな方向に進んでしまい……森ができました」

 

「は?」

 

与太話と疑うばかりの説明に再び声が出る。

……ていうか、お前が作ってんじゃねぇか!!

 

「まあ、そんな経緯もありまして。時折、困っているジャックたちに移住先として紹介してるんですよ」

 

「仮にもメシアンがそんなことして大丈夫なのか?」

 

俺の言葉にヨシオは「うっ」と苦い顔をした。

 

「まあ……よくは無いですね。ですので教会には()()()です」

 

そう彼は言い切った。メシアンとは思えない発言に俺も開いた口が塞がらない。

と、同時に“こいつは信頼できる”かもとも思った。

 

「彼らの善良さは僕が保証します。ですから、どうでしょう? なんなら僕が森までご案内しますよ」

 

ヨシオの誘いに、遠野さんは少し悩んだが。

 

「分かりました。ご案内お願いします」

 

真剣な顔でそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……なにやら当人らの間で解決してしまった様子だが。そうなると俺の受けた依頼は()()ということになる。

そのことに内心、落ち込んだ。

まあ、引き取り先として連絡した相手が軒並みダメだったのは確かだし。他に手段があったわけでは無いので仕方ない話ではある。

 

それはそれとして。

これまでサマナーとしての仕事では九割近い達成率を誇っていた身としては落ち込まざるを得ない。

 

「残念だったな、主」

 

少し悲しげな顔で告げるクダ。獣姿では分からなかったが、いつもこんなにも表情を見せていたのかと気づく。

 

「まあしょうがないさ、何より解決できたなら良いことだろ?」

 

「そうだが……むう、もう一回撫でるか?」

 

どうも俺が落ち込んでいることを察していたのか、心配そうに頭を差し出す彼女。

 

「いや、続きは家帰ってからにするよ。今やったらまた夢中になっちゃうからな」

 

「ほほう……お前も私への撫で撫でが気に入ったか。ふむ、そうなるとイヌガミと取り合いになってしまうな」

 

いやー困ったなー(棒)と声を出す彼女だが、その顔はご機嫌だった。

 

 

「……さて、そういうことなら俺はさっさとお暇させてもらうか」

 

「む、付いて行かないのか? いつものお前なら『責任がある』とか言って最後まで面倒見ているのに」

 

まあ、そうなんだが。

どうにも彼女からあんまり好かれていない様子なので、俺がついて行っても変に気を遣わせてしまうだけだろうとの判断だ。

ヨシオなら……きっと、ちゃんと案内してくれるだろう。

アイツはメシアンだが、“悪い奴じゃない”。

俺でもそう思うくらいにアイツは良いやつだった。

それはそれとして、メシアンであるアイツは“嫌い”だが。

 

そうして遠野さんに依頼の破棄と別れを告げようとした時。

俺のスマホが着信音を発した。

 

「なんだこんな時に……」

 

面倒ながら画面を確認すれば知らない番号。

これがプライベートスマホなら無視していたところだが、これは仕事用。仕事用スマホには()()()()()()でしか連絡して来れないので必然、これは仕事の電話ということになる。

なのでノータイムで出た。

 

「もしもし?」

 

『ああ、やっと繋がった! 私です、()()()()です!

時間がないので端的に。

 

今すぐ、仕事の依頼をさせていただきます』

 

 

 

 





【あとがき】
ジャックブラザーズの森はかなり前から設定してたんです、でも出すタイミング逃してズルズルと……嘘じゃないです! ほんとです!!

文中でクダちゃんがちょっと間を空けた訳は、飯綱法使った時に同調率が壊滅的になっていたことを地味に気にしてるからです。
使った回でも説明しましたが、本作の飯綱法は術者とのシンクロ率=絆的な信頼関係的なアレ、が重要になるんですが。現在、彼らはかつてないほどにシンクロ率が悪くて、クダも使った時に初めてそれに気付いてかなり落ち込んでいたりするのです。
……本編で説明するべきだったな、これ。







……ソティスの声したアイオーン(ボソッ


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霧煙る

またまた前話より少し前の話になります。





「ハァ……ハァ……!!」

 

夜の街を駆ける。艶やかな金髪を揺らす少女が纏うのは“銀の鎧”、頭部には銀のサークレットを備えている。穂先が鋭利に尖り旗と一体化したような槍を携える彼女こそは()()()()()()()()

かの百年戦争に名高き聖女は、現代の街路を疾走していた。

 

やがて、路地裏の壁に背を預けた彼女は一先ず呼吸を整えた。

 

「見誤りました……」

 

悔しげな顔でそう呟く彼女は現在、敵に追われていた。

 

 

 

彼女の“依代”が住まう街にて、近頃“奇妙な事件”が流行っていた。

場所も被害者もバラバラ、しかし皆一様に()()()()()()()()()()。そんな事件が同市にて既に十件以上も起きているのだ。

犯人の手掛かりは全く掴めず警察も頭を悩ませる中で、ジャンヌだけは事件現場に残った“呪詛”の香りを嗅ぎ取っていた。

呪詛は偶発的に発生する量ではなく、故にこそ彼女はこの事件を“悪魔によるもの”と判断した。

彼女の現界においては“使命”が与えられているものの、それに差し障りない範囲においては()()()()()()()()()()()という考えを持っていた。

そのため、彼女は依代の協力のもと順調に事件を追っていたのだが。

 

今夜、ついに“犯人”に嗅ぎつけられ戦闘に発展した。

 

敵は()()()、しかしてただの子どもではなく。“数多の怨念がカタチを成した悪魔”であった。

ゆえに彼女は憮然とした態度で戦いを挑んだ。

事件を追うきっかけとなったのが“呪詛”であったように、敵が得意とするのもそういった“呪い”の類であった。

しかし、聖女ジャンヌ・ダルクには()()()()()()()()があった。そのため敵の攻撃はどれも決定打にならないどころか、傷一つ付けること叶わなかった。

そこまでは良かった、このまま押し切れば勝利できるという所まで来ていたのだ。

 

――だが、そこで()()()()()()

 

 

「迂闊でした……まさか、()()が野良悪魔ではなく()()()()()()()だったとは」

 

腹部に負った“傷”を押さえながら呟く。

とはいえ、これまでの呟きは単なる独り言ではなく。彼女が依代とするレティシアに向けたものでもあった。

 

「申し訳ありませんレティシア、ですがもし私が死ぬとしても貴女の身体だけは無傷でお返ししますので――」

 

弱気とも取れる発言をした彼女へと、依代となった少女が応える。

 

『どうか私のことはお気になさらず……それよりも早く治療を』

 

少女の提案に、しかしジャンヌは首を振る。

 

「それが……どうにもこの傷は()()の類であるらしく。私の治癒が効かないのです」

 

鉄壁の呪詛耐性を備えた彼女へと付与された“呪い”、だからこそ彼女は不覚を取った。よもや、自らの耐性を突破するほどの呪詛を、野良のダークサマナーが使うとは思わなかったのだ。

だが彼女が不覚を取るのも無理はない、なにせ“敵”が使用したのは()()()()()()()、その源にして()たる大悪魔の呪詛なのだから。

 

「あの力、おそらくは()()()()()――」

 

そこまで言いかけて、近くに迫った敵の気配に気がついた。

厳密には、敵悪魔がその身から溢れさせる“呪詛”の香りと、敵サマナーが持つ禍々しい魔力を察知した。

 

「もう追いつかれた……!?」

 

咄嗟に壁から離れて戦闘態勢を取る彼女。

その頭上から、ナイフを構えた“幼子”が落下して来た。

 

「っ、くっ!」

 

間一髪、旗で凶刃を防いだものの。腹部に負った呪的裂傷による痛みで僅かに動きが鈍る。

すぐに旗を振るって敵に距離を取らせた。

そんな彼女の胸中には()()()()()()()()()という危機感と疑念があった。

 

敵の気配も把握していた、どこから来るかも分かっていた。

()()()、敵は突然頭上に移動して先制攻撃を仕掛けて来た。

二度三度と繰り返していればわかる、これは敵の“能力”だ。

詳しい情報は分からない、が、“先手を取られる”というのは確定事項と判断した。

 

「ふふ、お姉さんの“防壁”は並大抵じゃないからね。そう簡単にはいかないよね」

 

ジャンヌの持つ鉄壁とも言うべき防御性能を称賛しつつ笑みをこぼす幼子。

その格好は“きわどい”どころか“卑猥”と言える肌面積を誇る。しかし、これまでと違うのは()()()()()()()()()()()

これは、いつまでも“いやらしい”格好を続ける()()を見兼ねたサマナーが用意したものである。無論、戦闘に耐え得る特別仕様。

 

故にこそジャンヌは、彼らの性別を間違えていた。

 

()()()の正体は分かっています。ですが……だからこそ。これ以上、罪を重ねることを許すわけにはいきません」

 

不利な状況にも関わらず彼女の闘志は微塵も衰えていない。

そんなジャンヌを嘲笑うような表情を浮かべながら、幼子は腰に備えたナイフを投擲する。

 

「っ!」

 

無論、悪魔として高性能なジャンヌは危なげなくそれらを叩き落とす。

そこへ、その隙を狙った幼子が死角からナイフを振るった。

 

「甘い!」

 

が、それすらもしっかりと旗で迎撃する。

ナイフと共に弾かれた幼子は壁にぶつかり僅かな時間無防備を晒した。

ジャンヌもすかさず旗の穂先に備えた槍にて突く。

 

これを受け止めたのは、()()()()()()()()()()()()だった。

 

「いけませんねぇ……実にイケナイ」

 

ギリギリと槍と錫杖がせめぎ合った直後、錫杖から()()()()()()()()()()()()が放たれた。

 

「ぐっ!?」

 

すぐに槍を離して自らも後退したものの。呪いは彼女を追尾して、腹部の傷へ吸い込まれるようにして着弾した。

 

呪いを上乗せされた痛みと疲労に眩暈を覚えながらも、鋼の精神で耐えた彼女はさらに距離を置く。

それを見ながら敵サマナーは声をかけた。

 

「驚きましたか? ええ、この呪いは()()()()()()のです。当然ですよね、だってコレは()()()()()()()()()なのだから」

 

サマナーはくつくつと笑いながらゆっくりとジャンヌに歩み寄る。それに倣い幼子もヒタヒタと随伴する。

 

「戯言、を……!」

 

腹部に着弾した呪いが“侵食”を開始したことで激痛に襲われながらも彼女はサマナーをまっすぐ見つめる。

それを見てピタリと足を止めたサマナーは、笑みをやめて眉を顰めた。

 

「ああ、()()()だ。その目が、本当に……本当に――

 

 

 

――忌々しい」

 

不愉快とばかりに表情を歪める。

サマナーの不機嫌そうな顔を見続けながらジャンヌの脳内では冷静に現状の不利を分析していた。

 

敵悪魔の呪詛は問題ない、サマナーの攻撃も防御に徹すればなんとか持ち堪えられる。固有スキルである結界も使えば完全に防ぐこともできるだろう。

だが()()()()()()()()

彼女が信仰する一神教、“その原型の一つ”となったより古い“一神教”に語られた大悪魔、善なる神の最大の敵対者として“同格”に語られた悪しき神の王。

その権能そのものとも言うべき力を持ったあの呪いだけは防ぎきれない。

 

幸い、彼女の呪詛耐性により侵食は遅々としたものではある。だが無限ではない。

加えて、新たに呪いを付与されれば保たない、確実に()()()()()()()

 

――とはいえ。平時であれば“呪いそのもの”はどうにか出来ただろう。それほどに彼女の呪詛耐性は鉄壁だ。

だが、初手で()()()()()()()()()()()()()()ためにこのようは状況に陥っている。

これによって彼女は“回復行動”を“封印”され、じわじわと追い詰められていた。

 

 

 

「愚か、浅慮、偽善……あらゆる誹りを受けてなお、貴女は()()()()に居続けるのですね。そうして“人類”を信じ続ける」

 

サマナーの言葉に、ジャンヌは内心驚いていた。

どういうわけか、この短時間で相手は“こちらの心根”をほぼ正確に推測して見せたのだから。

 

「何が、言いたいのです?」

 

「ああ、別に深い意味はありませんよ。ただ――

 

 

 

――盲目的なまでの狂信者が、私は堪らなく嫌いなだけです」

 

彼女の問いにサマナーは狂気的なまでに表情を歪めて吐き捨てた。

 

「愚か……という罵倒は意味を成しませんね。ええ、ですから。

 

ただ、()()

 

瞬間、恐ろしいまでの速度で杖が突き出された。

ともすれば()()()()に匹敵する異常な速さ、人間が出していい力を優に超えている。

 

無論、ジャンヌも一角の英傑、悪魔である。難なく旗槍を添えて攻撃をいなす。

 

「くっ!」

 

しかし、速さだけでなく膂力も尋常ではなく。ジャンヌのゴリラとも言うべき膂力を上回っていた。

どうやってこのような力を、という疑念を抱きながらも休むことのないサマナーの攻撃に対処を余儀なくされる。

 

旗槍を振るっての迎撃、その合間に破魔系魔法を撃ち出して牽制とする。

だが、敵に当たったハマオンは()()()()()

 

「っ、どうして!?」

 

驚愕するジャンヌに、サマナー……()()()()()()は邪悪な笑みを向ける。

 

「ハハハ、これでも私は()()()()()()()

 

「バカなっ!?」

 

主の加護を受けたジャンヌの耐性を突破するほどの呪いをその身に宿していながら。彼は自らを“人間”だと宣った。

だからこそハマオンは無効化された、浄化を旨としたハマをはじめとする一部破魔系は()()()()()()()()()()()だからだ。

その事に彼女は驚く、てっきり“とっくに人間をやめている”と思ったから。

 

「だから……()()()()()()のですよ。我らが受けた穢れを、世界に満ちる悪意を! その眼から“遠ざけ”て、楽観的な理想論に染まった偽善者なんぞに!!」

 

笑みから再び“憤怒”に表情を変えて、涅槃台は更なる猛攻を繰り出す。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

「そらそらそら! 傷つけ、苦しめ! そして無惨に、無為無駄に死に晒せよ、聖女サマァァァァ!!!!」

 

やがて、怒りを激昂にまで高めながら涅槃台は渾身の突きを放つ。その時――

 

「……私が、目を背けていると?」

 

ガツン、と錫杖を旗槍で受け止めながら彼女は、膝立ちからゆっくりと立ち上がっていく。それは、膂力で上回る涅槃台を()()退()()()いるということ。

 

ギリギリと杖を押しながら彼女は瞳に強い光を宿しながら続ける。

 

「知っています。主の救いの届かぬ闇を、争いによって血肉を流す残酷を。他ならぬ私もその共犯者なのだから……!!」

 

「貴様ァ……」

 

そして、力の限りに旗を振るって涅槃台を弾き返した。

 

「その上で私は()()()()に立っています」

 

そこに立っているのは紛れも無い()()だった。

人の願いと呪いを一身に受け止め、それでも人と世界を愛する()()()()()を宿したヒトガタ。

彼女は、涅槃台が吐き出す呪詛を受けてなお“清廉”だった。

 

それがなにより――

 

「忌々しい……」

 

対して涅槃台もまた、()()()()()()()()()()()()だった。

 

「そうかよ……ならば来るがいい。私は、()はその清らかさを必ずや貶めてやろう。矛盾に堕した聖なる女よ、その理想は思考停止に他ならない。無論!!

 

()()()()()

 

憎悪こそが我が糧、我が力、我が本質。人が人のために生み出した“悪意”によって、世界を滅ぼすことこそが我が本懐なれば!!」

 

正面から聖女を否定する涅槃台に、ジャンヌは憮然とした態度で旗を構えた。

 

「ならば、()()しかありませんね」

 

「そうだとも。信念が相反するならば“戦え”。

……ふふ、ガイア教の理念を称賛する訳ではないがまさしくその通りですな。話し合いなど不要、気に食わぬ力にはそれを上回る力でもって叩き潰すのみ!

クク……聖女だなんだと言われながらも、結局は力で悪を滅ぼすしかないとは。貴女も存外、()()()()()()

 

涅槃台の皮肉を無視してジャンヌは破魔系でも攻撃に特化したコウハ系列の魔法を準備する。

対して、()()()()コウハ系の準備をする。

 

「っ!」

 

そのことに僅か、ジャンヌも驚く。

 

「ハハ、私もまたかつて“聖職”を志した身。はてさて、破魔合戦に興じるのも面白いかもしれませんねぇ」

 

この期に及んで余裕を見せる涅槃台、その理由はもちろん彼が操る呪詛にある。

それを分かっているからこそ、ジャンヌは惜しみなく自らの全力で以って戦わんと構えた。

 

そして、どちらともなく駆け出した。

互いの得物を構えながら、その裏で魔法を準備しているのも同じ。

――しかし、涅槃台には“勝算”があった。

それは呪いだけではない、協力者から貰った“護符”を懐に秘めた彼にはあらゆる()()()()()()()()()()()

()()に特化する神格の加護を十全に受けた彼には、如何なる神聖さも意味をなさないのだから。

その事に内心笑みを浮かべた涅槃台は、衝突する直前に懐の護符へと手を伸ばした――

 

 

 

 

――が。

 

 

 

 

「っ、ぐぁ!?」

 

矛を交える瞬間にて、涅槃台は()()()に弾き飛ばされた。

何事か、と困惑する彼はすぐさま“乱入者”へと視線を向ける。

 

そこにいたのは、“女”だった。

透明なベールを被った“黒い女”。

 

ソレはふわふわと宙に浮きながら両者の間に割って入った。

 

「そこまでです。()()()()()()()()()()()よ」

 

落ち着いた、しかし厳かな声で女は告げる。

 

()()()()の対処には心得があります。その上で私に向かってくるというなら……相応の覚悟を持ってください」

 

女は淡々と語る。涅槃台の“不利”を。

対し涅槃台もまた、この女の“正体”に気付いてすぐさま矛を収める。

 

「……このタイミングで来るとは。クク、やはり貴女は戦運びの才も持ち合わせているらしい。

とはいえ、まあ、この場は大人しく引くとしますよ」

 

ジャック、と後方に控えていた幼子に声をかけながら涅槃台の足下に“黒い霧”が広がっていく。

やがて霧は涅槃台と、彼の傍に寄り添う幼子を包み込んでいく。

 

「また近いうちに、女神様。それと――

 

――聖女サマ」

 

皮肉げな笑みで別れを告げた彼らは霧と共に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

涅槃台が去ってしばらく、周囲に敵の反応が無いことを入念に確認したジャンヌはほっと一息。自らを救った女に向き直る。

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

「いえ、私は私の“責務”を果たしたまでのこと。礼には及びません」

 

優しく応える彼女からは全くの邪気を感じられ無い。また、その穏やかな態度から敵ではないと判断したジャンヌも笑みをこぼす。

 

「よろしければ、お名前を伺っても?」

 

ジャンヌの問いに女は静かに頷き、口を開いた。

 

「私の真名()は、()()()()()()()

 

その前身は、かつて()()()()()()()……

 

()()()()()です」

 

 

 

 

 





【あとがき】
本編のジャンヌは“主命”を賜った関係で若干、Law寄りの思考が強くなってますが、基本的には型月ジャンヌです。

また、涅槃台が貰った護符は加護の内容が重要であって別に護符である必要はないです。


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ジャンヌとレティシア

せがわ先生版の魔界転生、エロいね。
純粋に面白い上に綺麗で、エロいね。

あとツインテりゅーたんはヤバい。






聖女ジャンヌからの依頼は、“現在、交戦中の敵サマナー及びその仲魔の討伐への助力”。

要するに援軍要請だった。

 

なにやら通話中も余裕が無さげだったので詳しくは聞かなかったが。一応、敵の情報も簡潔に教えてもらった。

まあ、簡単な内容だけで“分かる”相手だったわけだが。

 

 

敵サマナーは“涅槃台 永楽慈”。そしてその仲魔として付き従う悪魔こそは()()()()()()()()()

伝えられた容姿の情報からして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それはともかくとして、緊急の依頼であることを考慮して俺は別れもそこそこに、すぐさま帰りの電車に飛び乗った。

そうして再び一時間超電車に揺られる俺たちだったが――

 

 

 

「なぜ、()()()()までいる?」

 

俺が座るすぐ隣に気まずそうに腰掛ける()()()へと声をかける。

彼は困ったような顔で答えた。

 

「いやぁ……僕たちが向かうのも“同じ街”でして」

 

「……」

 

そう、彼らが向かう予定の“ジャックブラザーズの森”とやらも俺が現在向かう“A市”に入口を構えているらしいのだ。

なので、別れを済ませた彼らと電車内で早々に再開する羽目になっていた。

 

 

ちなみに、今は電車内という事で人外の見た目を持つ仲魔たちにはCOMPに入ってもらっている。と言っても、それはヨシオの天使やイヌガミくらいのものだが。

そして、ジャックリパーたちには俺が持っている仕事用スマホの予備COMP内に入ってもらった。

その際には当然、猛抗議されたが召喚主を遠野さんに設定する事で大人しくなった。

……まあ、いざとなれば俺の方で操作できる設定なんだが。

 

 

電車内である今だが、用心は怠っていない。

 

ヨシオの隣に座る俺のさらに隣にはクダ、その隣に遠野さんを配置して。その隣にはウシワカを配した。つまり仲魔二人を傍に置いた配置で万が一にも彼女を守れるようにしたのだ。

俺やヨシオの席はどこでも良かったのだが、なんとなく。そう、なんとなくクダの隣にヨシオを置きたくなかったのでこういう席順になった。

とはいえ、ぶっちゃけ警戒しすぎるとも思うが、彼女を狙うのが涅槃台である以上は用心に越したことはない。

 

 

――結局、目的の街に着くまでの間、敵襲は一切無かったわけだが。

 

 

 

 

 

 

 

電車を降りて、駅も出たところでようやくヨシオたちとお別れになった。

 

「では、僕たちはこちらですので」

 

「おうそうか、じゃあな」

 

そう言って反転した俺に、慌てたようにヨシオが声をかける。

 

「待って待って……! 別れる前に、どうかこれを」

 

言いつつ強引に手渡されたのは、連絡先の書かれた紙切れだった。

 

「……俺に男色の趣味はないぞ」

 

「違いますよ!! ……コホン、えーと。それは僕の連絡先です。僕の力が必要な時は遠慮なくご連絡ください」

 

マジか。俺、結構お前に辛辣だった気がするんだけど……そんな俺にまで気を掛けるとは。

 

「お前、やばいな」

 

「えぇ!? なんで!?」

 

「いや……素直に感謝してはいる。その上でやばいなと思っただけだ」

 

「よく分かりませんが……。

――貴方がメシアン(我々)を快く思ってい無いのは理解していますよ」

 

「……」

 

「ですが、ほら。僕は結構、教会に忠実じゃないというか、独断的というか。少なくとも“言いなり”ってわけじゃないんで。安心して連絡してきてくださいね」

 

屈託のない笑みでそう告げるヨシオ。ああ、やはり。こいつは本当に――

 

「お人好しなんだな」

 

「よく言われます。……でも、“これ”は僕の()()()()()()に基づくものですから。単なる善意ってわけでもないんです。

だから、気にしないでください」

 

「そうか……ああ、なら遠慮せず頼らせてもらうことにするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨシオたちと別れた俺は、ジャンヌとの合流場所に急いだ。

 

「ほう……ここもなかなかに発展しているようですが。主殿は特にはしゃがないのですね」

 

背の高いビルが建ち並ぶ街並みを眺めながらウシワカが言った。

 

「ああ、まあ。ここは夕凪に近いこともあって頻繁に来てるからな、目新しくないというか……慣れた。都会っぽいの中心部だけだしな。あとは畑とか田んぼだらけだよ」

 

工業地帯はただ単に工場が並んでるだけだし、それを除けばあとはマジで山と田んぼしかない。ようは夕凪とどっこいの田舎というわけだ。

 

「しかも、どうやら整備の際に大量の田んぼを雑に埋め立てたらしくてな。悪魔が活性化した時は至る所に“泥田坊(どろたぼう)”が大量発生して、“田を返せ”の大合唱だよ」

 

思い返されるのは定期的な悪魔駆除依頼の記憶。

色々な要因で油凪(ゆなぎ)市の悪魔が活性化した際に、もはや恒例とばかりに溢れ出る泥田坊の群れ。

そいつらが所構わず“田を返せ”と叫ぶものだからハウリングやら輪唱やらで喧しいったらなかった。

幸い、奴らの怨念も時代と共に薄れているのか事態に気づく一般人は片手で数えるほどで殆どの市民には見えて無いし聞こえてもいなかったが。数少ない霊的才能を持つ一般人も“何かの声が聞こえる”とか“朧げな影が見える”と言った内容で大事には至っていない。

 

「泥田坊……確か、粗末にされた田んぼの怨念が具現化した妖でしたよね?」

 

やはりというかウシワカはネットで色々と知識を蓄えているらしい。

彼女の時代にはこの妖怪は“知られていなかった”はずだからだ。

泥田坊の出典は、言わずと知れた妖怪画家

鳥山石燕(とりやま せきえん)の画集である。

この画集にはそれまでの時代では語られていなかった新しい妖怪がわんさかと載っており、近代でもよく知られる妖怪の大半は石燕によって生み出されたと見られている。

……とはいえ。

 

これら知られていない妖怪たちも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

それらを知って纏めた石燕もまたサマナー界隈では“異端の画家”と認識され研究されているが、詳しくは割愛。

問題となるのは、なぜこれら新妖怪が“画家の創作”として広く認知されているかというところ。

これも答えは簡単で、当時の政府ないし()()()()が彼ら妖怪の“台頭”を危険視して情報統制を敷いたということ。

古くから逸話のある存在ではなく、単なる創作と大衆に認知させることにより彼らの力を大幅に削いだのだ。

無論、彼ら妖怪が真に国家の脅威になり得たかと問われると……正直、困ってしまうが。そういう事情があったのは事実だ。

まあ、土蜘蛛とかは思いっきり“まつろわぬモノ”が変じた存在なのだから、その土蜘蛛が属する妖怪という種全体に厳しい目を向けるのも間違ってはいない。他にもまつろわぬモノたちが化けた妖怪はちらほらいるからな。

 

 

などと。

つまらぬ蘊蓄(うんちく)を披露しているうちに、ジャンヌの指定した合流地点へとたどり着いた。

 

油凪市街から少し離れた住宅街、その只中に鎮座する“教会”。西洋の伝統的な建築様式で建てられた白亜の建物も夜分とあっては人気が感じられない。

その門前に俺たちはいた。

 

「聖女が待ち合わせ場所に指定するのは道理だが……」

 

言いつつ、僅かに警戒してしまうのは、この聖堂から溢れ出る濃密な“神気”ゆえだろう。

どういうわけか、聖堂内部から“神の気配がする”。

 

「まあ、聖女の反応もあるし敵ではないんだろうが」

 

COMPを見ながら呟く。画面にはジャンヌの反応の隣に“地母神”反応が並んでいた。

教会に地母神がいるとか、メシアン的に大丈夫なのだろうか?

発狂しない?

 

いずれにしろ。ここで突っ立っているわけにもいかんので、仲魔を伴い慎重に聖堂へと向かった。

 

 

 

 

どことなく厳かな趣きを有する両開きの扉を開く。

ギギギ、と軋みながらゆっくりと開け放たれた扉の先には、木製の長机が並びその先に置かれた簡素な祭壇。総じて質素な作りの教会は、この宗教が掲げた“教え”を真に体現しているようだ。

 

「よく来てくださいました。デビルサマナー」

 

その中央に立ちこちらに微笑むは、銀と青の戦装束を纏った聖女。

厳つい旗槍を手に佇む姿はそれだけで絵になる。単なる美ではない、戦場の荒々しさの中にあってこそ輝く“戦美”とも言うべき美しさだ。

 

「仕事だ、無論来るさ」

 

「それでも、感謝を。私と()()だけでは対処できませんでしたから」

 

彼女? その単語に疑問を感じて直後、ジャンヌの背後に誰かが居ることに気付いた。いや、居るというか浮いてる。

 

「初めまして、()()()()()。私はブラックマリア、かの悪神たちから油凪を救うため。あなたの力を貸してください」

 

ふわり、と俺の前まで移動した“黒い悪魔”はそのように告げた。

 

 

 

 

 

 

その後、ジャンヌとブラックマリアの両名から詳しい話を聞いた。

ジャンヌが涅槃台たちの暗躍に気づいて調査を始めたこと、その途上で奴らに気づかれ襲撃を受けたこと、そしてブラックマリアに助けられたこと。

それからはブラックマリアの提案によりこの教会に立て篭もり、度々襲撃を仕掛けてくる涅槃台たちを退け続けて実に数時間に及ぶことを。

 

「……つまり、奴らはこの近くで次の襲撃の機会を伺っているということか?」

 

彼女らの話を聞いた俺は僅か焦った。奴らがこの近辺に潜伏しているとするならば、当然俺らがこの教会に入ったのも気付いたはずだ。

……まあ、だからとて俺がやることに変わりはないのだが。

 

敵も俺らという戦力を加味して次の襲撃を仕掛けてくると思う。

 

「ですが、増援の可能性は低いでしょう。アテがあるのならこの数時間の間に呼び寄せているはずです」

 

「それもそうだな。まあ何はともあれ、これだけいれば流石の涅槃台も一筋縄ではいかんだろう」

 

ジャンヌ、ブラックマリアに加えて俺とクダ、イヌガミ、ウシワカまでいる。これで負ける道理がない。敵は涅槃台とジャック・ザ・リッパーだけなのだから。

 

「如何に奴が“泥”を使いこなしていようと……」

 

「! ヒデオさん、あの“呪い”をご存じなのですか?」

 

何気ない一言に、ブラックマリアが問いを投げた。

 

「あ、ああ、まあ。()()()()()()()ってことくらいだが。アレを操る涅槃台と幾度もやり合ったのは確かだ」

 

「そうですか……ならば話が早いですね。私はアレへの対処に少々覚えがあります」

 

「? それはいったい、どういう……」

 

俺は続きを促す。

 

「何を隠そう、私はかつてこの“夕凪の地”にてかの“悪神の徒”と争い、これを放逐した者。

先代・夕凪神なのですから」

 

「っ!!」

 

 

先代夕凪神。

次代にして今代の夕凪神たるオサキを救い、育て、後を託した古き女神。夕凪に古より根付き信仰を受けた豊穣の地母神だ。

だが、オサキに聞いた話では彼女は力を使い果たして消滅したはずだが……

 

「……地母神としての姿を失っても、夕凪に生まれ、夕凪と共に時を重ねた私はこの地と深く結びついています。

その上で、今代の夕凪神が“不在”となった時、人々の想いを受け止める器として求められたのは“私”という“情報”でした。

しかし私自身は既に滅びている。夕凪神という器も“あの子”が保持したまま。となれば、残された選択肢は“地母神の器”ともされるこのブラックマリアしかなかったのです」

 

「なるほど……」

 

つまり、一度完全に死した彼女は、オサキが封印されてからの夕凪神としての役割を肩代わりするためにサルベージされた複製体ということか。

ブラックマリアという存在も、一説には土着信仰の地母神が“かの宗教”の弾圧から逃れるために隠れ蓑として利用された偶像とされているし、彼女が再び現界するにはうってつけか。

 

「かつて夕凪神は、海の向こうから訪れた邪教徒たちと熾烈な争いの果てにこれを放逐したと聞く。その時の戦術を使っていただけるということだな?」

 

「はい。私がブラックマリアとして集めた“信仰”を糧として、“善神たち”の御業を限定的に再現致します。これであの呪いに対抗することが出来ましょう」

 

「承知した。ならば俺らはその隙に奴らを直接叩くとしよう」

 

 

 

 

 

それから。ジャンヌを交えて具体的な策を練ったところで小休止を取ることにした。

幸い、教会の管理者はブラックマリアと懇意の仲にあるらしく。施設内の設備は自由に使って良いとのことだったので、遠慮なくコーヒーをいただくことにした。

 

 

カップから湯気を伸ばす黒茶色の液体を啜りつつ、ふわふわ浮いているブラックマリアに声をかける。

……どうでもいいが、この女神、改めて見るとすごい格好してるな。

 

「ブラックマリア……夕凪神と呼んだ方がいいか?」

 

「いえ、ブラックマリアで構いませんよ。今の私は確かにかの偶像なのですから」

 

慈母とも言うべき温かさと穏やかさを持った声だ。聞くだけで心が休まる。

 

「あー、その。間違ってたらすまないが、もしかして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

彼女と出会ってからずっと感じていた違和感。初対面なのだがどこかで知っているような、厳密には聞き覚えのある声のことをずっと考えていた。

 

――かつて、夕凪山の奥。古びた社に作られた“異界結界”の中に封じられていたオサキを助けた時。具体的には、俺がオサキの存在を知るきっかけとなった“声”。夕凪山に訪れてすぐに聞こえてきた不思議な声に導かれて俺はオサキと出会い、彼女を封印から解放した。

その声が、このブラックマリアと全く同じだった。

 

「はい……ブラックマリアとしてこの世に再誕してしばらく、ようやくあの子を救える可能性を秘めた者がやって来たので。つい」

 

少し照れくさそうに微笑む。

 

「いや、貴女のお陰でアイツに出会えたのだからこちらとしては感謝しかない。

……しかし、なぜ“俺なのか”と疑問に思ってな」

 

大体の予想はつく。しかし、別に()()()()()()()()()()はずだ。

 

俺の問いに彼女は少し瞑目して、からゆっくりと答えた。

 

「そうですね……貴方が、“かの炎剣”を持つ者であったから。というのも勿論理由の一つではあります。あの呪いを引き剥がしてあの子だけを救い出すにはそれが最適でしたから。

でも、それ以上に――」

 

彼女は改めてこちらに正面から向き合い告げる。今の俺には“荷が重すぎる”言葉を。

 

「貴方にならあの子を任せられる、と思ったからですよ」

 

 

 

 

ブラックマリアの言葉は、俺の現状に対してあまりにも“皮肉”が効きすぎていた。

救うべきオサキを放ったらかして、自らの“妄念”に執着する俺にその資格は無かった。

()()()()()()()()()()……とまでは言わない、言えない。だが、もしかしたら()()()()()()であれば、より良い結果を導けたのではとも思う。より良い未来を与えられたのではないかと思う。

 

どうもそれ以上話すことが辛くなった俺は早々に彼女と別れて、教会内をぶらついた。

田舎の教会ともなればさして広い敷地はもたない。なので、ぶらついて一分も経たぬうちに、聖堂で祈りを捧げるジャンヌに遭遇した。

 

彼女を見つけてすぐ、ジャンヌの方がこちらに振り返った。

 

「すまない、邪魔をしたな」

 

「いえ。何か、私にご用ですか?」

 

優しく問い掛ける彼女は、やはり直視できないほどに眩しい。

 

「いや、用という用もないのだが……できれば少し話し相手になって欲しくてな」

 

ちなみに、クダは日中に働かせて過ぎたのでCOMPで休んでもらっている。あの変化の術とやらも相当に消耗するらしいし。

イヌガミやウシワカも戦闘に備えてCOMPで待機だ。

 

「あら、もう私のことは“気にならない”のですね」

 

少し茶目っ気のある笑顔で彼女が言う。

彼女が言いたいのは、俺が彼女含めたLawに対して抱いている“嫌悪感”のことだ。

 

「気付いてたのか……」

 

「そりゃあ、あれだけあからさまに嫌な顔されたら誰でもわかります」

 

え。そんな顔に出てた?

 

「いや、別に貴女がどうのという話じゃないんだ。ただ、俺は……」

 

その先が紡げない。俺がなによりも厭う“かの勢力”に属する彼女に、自らのトラウマを話すのはやはり辛い。

 

「別に構いませんよ。先ほどまで話してみて、貴方が単に毛嫌いしているだけではないことは理解できましたから」

 

「さすがは聖女……いや、すまん。嫌味じゃないんだ。“貴女たち”を相手にすると自然と嫌味口調になるんだ。

本当に、すまん」

 

「あはは……そこまで気にすることはありませんよ。それより――

 

――お話、しましょうか」

 

捻くれ者を前にしても彼女は明るい笑顔を絶やさなかった。

 

 

 

聖堂内の長椅子に腰掛け、ジャンヌが持ってきたコーヒーを共に味わう。それからどちらともなく話し掛けて、いつの間にか話題が弾んでいた。

今の彼女が依代とするレティシアという少女との日々を、現代社会に興味津々な彼女らの日常を。

他愛無い話だが、そのどれもが微笑ましく、存外にも彼女は純朴で素直で明るいのだと知った。俺が勝手に想像していた聖女というベールの下にある“一人の少女”というのを知った。

 

 

「――それにしても。貴方とここまでお話することになるとは思いませんでした。だって、初対面であんな顔を……」

 

「も、もうその話はいいだろう。俺だってこれだけ話せば多少なり貴女の人となりは理解できる。それに二度目ともなれば心の整理もついているさ」

 

「ふふ、それもそうですね。やはり人は――」

 

そこまで言いかけてふと、停止する彼女。

すわ敵襲か、と身構えた俺。

しかし――

 

「あ、なんかレティシアも話したいみたいなので替わりますね?」

 

そんな軽い口調で彼女は“変身”した。

一瞬、彼女の身体を眩い光が包み込んだかと思えば直後には制服姿の“同じ顔”がそこにいた。

……いつ見ても思うのだが、この英傑たちの変身って魔法少女のバンクみたいで直視し辛いんだよな。光に包まれてるとはいえ一回全裸になるし。

 

「……あ、あの。お久しぶりです。私、レティシアです」

 

同じ顔なのに、ジャンヌとは真逆とも言うべき気弱な声で少女が言う。

 

「ああ、ジャンヌから名前を聞いている。……いや、依代なのだからこれまでの会話も聞いていたのか?」

 

「は、はい……その、すみません」

 

なぜか、おどおどしながら謝る彼女。

俺も慌てて宥める。

 

「いやいや、別に聞かれて困ることもないから大丈夫だ。

それより……その後は大事ないか?」

 

テンパって古風な喋り方になってしまった。

いや、こんな歳の子(一般人)と話す機会なんてないからどういう話をすればいいのか分からなくて。

 

「はい、友達もジャンヌ様のお力で後遺症もなく。

え、と……それでですね」

 

もじもじしてから改めてこちらに目を向けて告げる。

 

「助けてくれて、ありがとうございました」

 

深々とお辞儀する彼女。

 

「礼には及ばないさ。結局、彼女たちを助けたのはジャンヌだし、俺は単に仕事であの吸血鬼を仕留めただけだ」

 

「それでも。最初に助けてくれたのは、私を助けてくれたのは貴方です。だから、改めて感謝を」

 

柔らかく微笑みながらレティシアは言った。その笑顔が眩しくて、また、彼女の言動がジャンヌを彷彿とさせて。やはり彼女がジャンヌの依代に選ばれたことには意味があるのだと実感した。

 

「お、おう。ど、どういたしまして……」

 

年甲斐もなく、JKにおどおどする三十路手前の成人男性。

だが、俺がおどおどしていたら彼女も気まずいだろう。

なので、勇気を出してこちらから話題を振ってみる。

 

「ところで君は留学生なのか? どうにもこの地の生まれには見えなくてな」

 

「あ、はい。フランスから留学という形で日本に来てます。まあ、本音は勉学というよりもこちらのサブカルチャーに興味があった次第でして」

 

「へぇ……今だと黒◯事とかリ◯ロとかかな?」

 

「黒◯事をご存じなのですか!?」

 

急に満面の笑みで目をキラキラさせながら迫る彼女。

顔が近い、超近い。

 

「う、うん。どちらもそれなりには……」

 

「うわぁ! こっちだとちょっと古いみたいであまり話せる人がいなかったんです。あ、でも故国でも古い方なのかな? あ、それよりヒデオさんはどの媒体が詳しいですか? ちなみに私はアニメから入って漫画も読んでるんですけど――」

 

怒涛のマシンガントークが始まった。

並みの人ではついていけないようなコアな話から、ライト層でも知ってるような話題まで目まぐるしく変わりながら話が途切れない。

それに俺も、本当にちょっと知ってるくらいで彼女からしてみれば名前を知ってるだけみたいなもんだ。

なのでまったく話についていけない。

 

しかし、話してる時の彼女はイキイキしていて。本当に楽しそうに話すものだからこちらも言い出せない。

なので、大人しく聞くことにした。

 

別に不快ではない、年ごろの彼女が楽しそうに話す姿というのは見ていて飽きないものだから。

 

それと同時に思う。

彼女もまた失われてはならない“人類の宝”、眩しいほどの善性を有した稀有な人間だと。

 

彼女を涅槃台などにやらせてなるものか、俺は決意した。

 

 

 





【あとがき】
お品ちゃんと柳生の三人娘がかわいいね。
転生衆だとやはりりゅーたんがぶっちぎりでインパクトある。ツインテに投げキッスとか笑いが止まらない。
あと、兵庫助、キレ過ぎじゃない? 短気とかいうレベルではない気性の荒さは石舟斎の責任だと思う。












俺が一番好きなのは天草四郎きゅん(ボソッ
あの漫画で一番可愛いと思う。


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狂気との邂逅

徴姉妹!!

徴弐の声から無双の王元姫みを感じて、無意識のうちにガチャを回していた(約束された敗北






――絶望が見える。

 

俺の腕の中で“最愛の彼女”が冷たくなっていく。

 

――この光景を目にしてすぐに理解した。これは夢なのだと。

 

そんな理性に反して、夢の中の俺は泣き叫び喚いている。

どうあれ“その命”は救えないというのに。

 

やがて、牛神が俺を殴りつけ無理やり彼女から引き離す。

その間も必死に手を伸ばし慟哭を上げながら、ようやく理解する。

彼女は死に、俺は遺された……と。

 

理解して真っ先に視線を移すのは、“憎き怨敵”。

純白の翼で夜空に整然と居並ぶ異郷の魔性ども。

傲慢なる支配者の走狗たる“天使ども”。

 

『許さない』

 

その感情が一秒ごとに高まり、己が身を内側から焼き焦がす。

 

やがて、怒りが憎悪を超えて“理性”を破壊した時――

 

 

――俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

ふと、目が覚めて辺りをチラリと見やる。

そこは夜の静けさに包まれた、静粛な礼拝堂だった。

 

今いる場所を認識して思い出す、俺は今、見張りをウシワカに任せて仮眠を取っていたのだと。

どうやら夢を見るまでに熟睡してしまったらしい。

 

「……」

 

頭に手をやり眉を顰める。

“いつものこと”とはいえ、やはり“酷い夢”なのは間違いない。

“ひーちゃんの夢”もそうだが、こちらの夢もまたあの日より数えきれないくらいに見てきた。

 

「くそったれが……」

 

誰にともなく悪態をつく。それは彼女を殺した御使いどもに向けられたものではあるが、“俺自身”に向けられたものでもある。

幾度となく大切なものを()()()()()()不甲斐ない負け犬への罵倒。

今度こそは、と意気込み呆気なく奪われる愚か者への“怒り”だ。

 

 

しばらく、沈んだ気持ちを落ち着けようと瞑目して。やがて、椅子から腰を上げる。

 

「よし」

 

声を上げ己を鼓舞する。無論、“何もよろしくない”。だが、こうでもしないと俺は立ち上がることすらできない。

 

各種装備の点検を手早く済ませた俺は、見張りを交代するためウシワカの下へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局のところ、襲撃は無かった。

ジャンヌから事前に“敵は夜に力を増す”という情報を得ていたために、交代で見張りを立てて警戒していたのだが。

 

 

昨夜、対抗策を話し合った時に彼女から与えられた情報は、敵悪魔ジャック・ザ・リッパーの詳細だ。

 

現在、ジャンヌを狙っているジャックは、サマナー界隈で知られているジャックリパーとは似て非なる存在だと言う。

少なくとも、その姿はジャンヌが()()()()()()()()にあるサーヴァント・アサシン、ジャック・ザ・リッパーという個体に酷似しているらしい。

似ているならば同様の能力を有しているかもしれない、という推測の元、考えうる敵能力を羅列する。

 

一、『霧夜の殺人』。

これは、“夜の間は無条件で先手を取れる”という変わったスキルで昼の場合も幸運次第では先手を取れるという反則に近い能力。

 

二、『情報抹消』。

自らと相対した敵に対して、戦闘終了後に“姿、能力、名前”といった情報を記憶から消す。という恐ろしいスキル。

これがために、通常ならば襲われた相手は生き延びたとしても何の情報も得られずに常に初見の対処を迫られるというかなり厄介な能力だ。

……ただし、これは“事前に敵の正体とスキルを知って”いれば無効化することが可能なのだという。

よって、ジャンヌはスキルを無効化し敵の正体と情報をこうして俺たちに与えることができた。

 

また、ジャックリパーたちがスキルを無効化した件についてジャンヌに問うてみたところ。

『……元が同じ存在から別れたモノとして、同様の能力を潜在的に持っているか、なんらかの要因でスキルが発動しないのかもしれない』

という回答を得た。

確かに、ジャックリパーはジャック・ザ・リッパーの逸話から生まれた悪魔である。それならば諸々の疑念はあれ一応の納得はできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜を越え、朝日を迎えた俺たちはもう一度話し合った。

敵の襲撃は高確率で夜間に行われることは事前の話し合いで合意していたため、昼間の今、更なる助っ人を連れてくるために俺は一度帰宅することにした。

助っ人とはもちろん、家に置いてきた仲魔たちである。

 

敵戦力を涅槃台とジャックに限定したとして、ジャックを天敵たるジャンヌに任せても涅槃台がいる。あいつは既に“二度も復活”しており、前回は“以前より強くなっていた”ことを考えれば。今回もまた“強くなっている”と想定した方がいい。

そうなると俺とウシワカ、クダでは少々不安なので今度こそは確実に仕留めるためにチヨメちゃんと“オサキ”を呼ぶことにした。

 

……正直、COMPを使えば一秒足らずで召喚できるわけだが。帰宅ついでに色々とアイテムなども持っていこうと考えた次第だ。

アイテムをケチったがために酷い目に遭うというパターンが、最近やけに多い気がするから念のため。

 

 

そんなこんなで電車に揺られること三十分余り、見慣れた田舎町に到着。駅からバスでゆったりと自宅へと向かった。

 

そうして正門前に立ったところで――

 

「――――」

 

――()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、全てが()()する。

 

 

――侵入者ガイル

 

 

俺ト彼女ノ聖域ニ

 

 

 

誰カガ、イル

 

 

 

 

「――――」

 

――彼は、すたすたと歩みを再開する。目指す方向に迷いはなく、ナニカを確信したように一点に向けて足を運ぶ。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「んおー? なんじゃ、チヨメか? ……まったく、急にいなくなるから心配――」

 

玄関を開ける音、続けて廊下を歩む足音に気づいたオサキは、呑気な声を出しながら音源へと向かい――

 

――息を呑んだ。

 

 

「――――」

 

廊下を歩いていたのはチヨメではなく、自らの主たるサマナーだった。

……しかし、身に纏う空気、顔、何より“眼”を見て、彼女は()()が自らの主と認識することができなかった。

 

 

怨念、妄念、執念。欲望、願望、羨望。

あらゆる念を混ぜて煮詰めた上で()()()にしたようなドス黒いナニカを色濃く纏ったヒトガタ。

黒いモヤのように視覚化された強力な念の内側、瞳の奥にはさらに深い“闇”を宿し……

 

……ともかく、尋常ではない雰囲気を纏った上でブツブツと独り言を呟き続ける“奧山秀雄”の姿が、そこにはあった。

仮にも神として信仰された彼女だからこそ()()()()()()()()()()()()()その“念”を前にして。

彼女は……

 

 

「…………」

 

 

……何も、できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自らの“大切な仲魔”が怯えていることなど“全く気づかず”に、彼は迷いなく歩みを続ける。

 

―― 地下室ヘノ認識阻害及ビ、対盗賊結界ハ破ラレテイル

 

 

ダガ真神ノ反応ハ、アル

 

 

即チハ――

 

 

「敗れた、か」

 

 

ドウデモイイ、ソンナコトハ

 

 

大事ナノハ

 

 

「――()()、だけだ」

 

 

 

――その後の彼の動きは“普通では無かった”。

 

仮にも“霊力減退”の病に冒された身でありながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()で地下室に突入し。

瞬時に捕捉した()()()へと“カーソル”を合わせた彼は、弾かれたように対象へと飛び掛かった。

 

そして――

 

 

「おい」

 

侵入者の背後に音もなく着地した彼は、素早く抜刀し刃を喉元に添えて。

 

「ここで。何をしている?」

 

その顔を横から覗き見た。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お……た……さ、ま」

 

ドコカ、見覚エガアル

 

記憶ヨリモ、引キ攣ッテイルガ

 

「――――」

 

コレ、ハ――

 

 

 

 

――ナンダ?

 

 

――最早、自らの仲魔すら()()()()()()ほどに重篤な()()()()を発露した彼には迷いがなかった。

 

……常日頃より、“このような妄念”を内側に隠し続けて抑え続けていた彼が“こうなる”のは時間の問題だった。

いつ狂ってもおかしくない“狂気”を抱えながら彼は、平然とヒトの生活に溶け込んでいた。

彼にとって、“彼女を失った”という事実はもはや余人には理解できない領域にまで極められ、高められ、その精神を侵食していた。

 

故に。

 

“まあ、俺たちの空間に踏み入ったのだからどうあれ死ね”というごく単純な思考回路で躊躇なく刃が引かれる――

 

 

 

――その刹那。

 

 

 

「喝ッ!!!!」

 

轟音が如き怒声が辺りに響き渡った。

それは彼の鼓膜を引き裂かんばかりに響かせノータイムで脳を揺さぶるような感覚を与えた。

視界が明滅するような音の暴力を受けて、一瞬、彼の認識が“正常”に寄る。

その(まなこ)にて改めて侵入者の顔を認識した彼は――

 

「――――あれ? チヨメちゃん?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

凶刃から間一髪のところで逃れたチヨメがまず初めに感じたのは、()()()()()()()()()()()()

 

「…………」

 

濃密な“憎悪”と、それに裏打ちされたかつてないほど強力な“殺気”を受けて、彼女の全身には脂汗が結露のようにまとわりついていた。

ぐっしょりと濡れた衣服を気にする余裕もなく、彼女は“未だに狂気を放ち続けるソレ”を目で追う。

 

「――、――――」

 

目の前には、“いつもの”声音で、“いつもの”態度で、マカミに話しかける彼の姿がある。

それがなによりも()()

 

――つい先程、自分が感じた憎悪・殺気は紛れもなく()()だった。まるで“怨敵”に相対するかの如き激情を秘めた、それでいて底冷えする声は脳裏に焼き付いて離れない。

 

それなのに――

 

 

「いやぁ、ごめんねチヨメちゃん。()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼はあくまで()()()()()()()()()()()()()()()()()

それも()()()()()()

 

本心から()()()()()()として振る舞う彼の姿はまさしく――

 

 

「――でも、()()()()()()()はみんなには内緒だよ?」

 

 

――()()そのものだった。

 

 

 

 

 

 

「――……っは……あ、あはは。そ、そうでござったか。いやぁ拙者も焦ったでござるよぉ」

 

()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()

言えば本当に()()()()()()()()()()()。そんな狂気。

 

だからこそ、残った活力を全力で使ってこちらも平然と応対する。

 

「いやほんとごめん! お詫びに今度服でも買いに行こっか」

 

快活に笑う彼の顔から思わず目を逸らしそうになる。だって、その瞳の奥にはまだ()()()が残っていたから。

 

「そ、そうでござる、ね……」

 

ここでもう彼女の精神は限界だった。

一見していつも通りな彼だが、その眼は未だに()()()()()()()()()()()()()()と理解したのだ。

静かに、一片の緩みもなくまるで獲物を捉えた猛獣のような視線が向けられている。

少しでも“彼にとっての不利益”を見せたならば即座に首を刎ね飛ばす、そんな気迫すら感じられる。

 

それは地下室を抜けて、階段を登った先でも続いていた。

 

「……って、こんなのんびりしてる場合じゃなかった! 急いで持ってくもの纏めないと」

 

そんなことを言いつつ、チヨメへの警戒が一向に収まらない。

或いは――

 

 

――隙を見せた瞬間に始末するかのような。

 

 

 

 

「あ、主……」

 

そんな陰鬱とした予測を立て始めたチヨメの鬱屈とした感情を洗い流すような声が聞こえた。

 

彼の凶刃からチヨメを救ってから、()()()沈黙を続けているマカミと、あの“狂気に塗れた主”に挟まれた状態から。新たに空気を変えるような存在が現れたことに内心感謝した。

 

彼もまたオサキを目にして――

 

「……オサキ」

 

少し、“まとも”に戻った。

後悔、或いは“罪悪感”のようなものを表情に出しながら彼はすぐに先ほどまでの“明るさ”を見せて声をかけた。

 

「追加の仕事が入ってな、色々とアイテムを回収するついでにお前たちにも加勢に来てもらおうと思ったんだ」

 

「ぁ……そ、そうか。うむ、わかった」

 

会話はそこで終わった。

表情を見ればわかる。彼女も、あの“恐ろしい彼”を見たのだろう。だからこそあんなにも動揺し憔悴している。

対して、“お館様”もまた“複雑な感情”を込めた顔で足速に二階に向かう。

 

 

お館様が去って、改めて三人になったところで、ようやくマカミは口を開いた。

 

()()()()()()。今はまだ、な」

 

そう短く告げて再び彼は沈黙した。

チヨメからしてみれば「おい」と言いたい言葉。

 

「……マカミ殿、先程は、“救え”と」

 

話が違う、そう言い掛けた彼女の言葉を遮るように彼は再び口を開く。

 

()()()()()()()。とてもではないが、今はまだ()()()()()()()()()()

 

再び、短く告げてすぐに黙る彼。

その態度はチヨメをして“不自然”に感じるもので――

 

――ふと。“オサキ”に視線を移したことでなんとなくその“意味”を理解した。

 

「……」

 

小さく震え、声を押し殺しながら彼女は()()()()()

それが果たしてどのような思い、感情によるものかはチヨメには知る由もない。

しかし、なんとなく。

マカミは()()()()()()()()()()()()ということだけは理解できた。

 

 

だから、彼女も黙る。

そうして数分ほど経ったところで、相変わらず“変な明るさ”を持った主が戻ってきて。

そのまま出発する流れとなった。

 

この時には流石に“警戒”は解けており、ようやく重圧から解放されたチヨメは少し涙ぐんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ようやく理想の職場に就けた、と内心、密かに喜んでいた彼女はこの時ようやく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということに気が付いた。

 

 

 

信玄公とはまた別ベクトルの“恐怖”を抱えながら彼女は電車に揺られる。

 

そうして思う。

 

 

『果たして自分は、この先もここでやっていけるのか?』

と。

 

 

 




【あとがき】
どうやってチヨメちゃんをいじめるべきか悩んだ結果がコレ。
ようやく蛇のストレスから解放されたと思ったこの様だよ!
チヨメちゃんの明日はどっちだ!!

あ、あと今日でちょうど三年目になるこのSS (自分で言っていくスタイル

今年はより濃い味にすべく頑張ります。



今イベ、ケルピーの次はルサールカが来ると思う(願望
そしてグラはイフリータちゃんの改変と見た!!(願望


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作戦開始

前イベの配布の話はしない。想いが爆発しちゃうからね。しかもどちらかといえばトラジロウ寄りの声ですし。

大黒天のCV、武田華さんと言えば、ACfaのメイ・グリンフィールドとスティレット女史ですね(AC厨




「解体するよ」

 

無邪気で可愛らしい声が響き渡る。

直後。

 

「あぎぎぎぎぃああぁぁあああ!!」

 

悍しい断末魔をあげて、一人の()()が倒れ伏した。男が倒れたアスファルトには彼の臓物が盛大にぶち撒けられている。

生々しい血の海に倒れた彼の目は限界まで見開かれ充血している、同時にピクリとも動かない様から既に死亡していることがわかる。

死体となった彼が纏うのは黒い“軍服”。

およそ一般的な市民が常備する衣装ではない。

 

それもそのはず、彼こそはサマナー協会に所属するデビルサマナーなのだから。

 

 

「もぐもぐ……うーん、あんまり“濃く”ないね」

 

先程聞こえた無邪気な声の主、ジャックは散らばる臓物を徐に咀嚼して苦い顔をした。

 

「それはそうでしょう。ただの善良なデビルサマナーにはあなた方が好むような“趣向”はありませんよ」

 

対し、呆れたように応えるのは涅槃台。いつもの袈裟を纏い“新調”した錫杖を手に、ジャックの傍らで佇む。

 

「えー! ()()を殺せって言ったのマスターじゃん!」

 

ジャックは驚いたような顔をした後にプンスカと怒り出す。

 

「当たり前です。私たちの姿を“偶然”にも見てしまったのですから。“今夜の作戦”を万全の状態で遂行するためにも、たかが目撃者であろうと見逃すわけにはいきません」

 

あくまで冷静に説明する涅槃台に、ジャックも次第に大人しくなりむくれ顔のままに黙った。

涅槃台は、足元に転がる死体を杖でつつきながら続ける。

 

「……いいですか? 我々は今夜()()()()()()()()()()。全てはこの日のための“行動”であり、これまでの行動は謂わば“陽動”。

つまり今夜こそが()()なのです。

これ、さっきも説明しましたよ?」

 

やれやれ、と肩をすくめ尋ねる。

だがジャックは未だむくれ顔のままにこう述べた。

 

「だって、()()()()()()()()()! もっと“濃い”魂を食べなきゃ“ぼくたち”……お腹ぺこぺこで死んじゃうよぉ」

 

もう死んでるでしょう、とはさすがの涅槃台も言わない。

それに、この“飢餓状態”は結構“危険”であることを理解していた。

 

なにが、って()()()()が。

 

 

本来ならば“名も無き怨霊”であった彼らは“名”を得て、それを偽る“殻”まで纏ってしまっている。

そんな“歪”な有様では当然、“不具合”も生じるというもの。

彼らの存在を維持し続けるためには、彼らが好物とする“子どもを虐げた大人の魂”が必要だ。

無論、そんなのが“必要なくなるまで強くなれば”問題はなくなる。だが現状として彼らの存在は不安定なままであり、とどのつまりは定期的な捕食が必須。

 

彼らは頭は回るものの、人間性については()()()()()()()()()であるために、飢餓状態となればこうして素直に示してくれる。

それを有り難く思い、同時に“愛しい”という思いも抱いていることに彼自身、気付いてはいた。

気付いていながら、()()()()()()()を続けている。

 

分かっている、歪であることは。これまでの自分を“否定”するような思いであることは。

それでも――

 

 

「――仕方ありませんね。なら、近場の“悪い大人”を探しに行きましょうか」

 

「やったぁ! マスター、大好き!!」

 

ガバッと抱きつくジャックの頭を優しく撫でながら溜息をつく。

――その胸中にはかつてないほどの“幸福感”が満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅から仲魔とアイテムを持って油凪市にとんぼ返り、一路に教会まで戻ってきた。

時刻は昼過ぎ、おやつ時までは未だ掛かる頃合いだ。

 

「――道中に説明した通り、俺たちは今、涅槃台と仲魔であるジャック・ザ・リッパー討伐の依頼を受けている。奴らは依頼主たるジャンヌを狙っており奴らの性質上襲撃は主に夜間に行われる。

また、迎撃ないし討伐には依頼主と協力者も加勢してくれる。

……過剰戦力な気もするが、命のやり取りをする上で万全を期するのは当然と言えよう」

 

聖堂に向かう間に仲魔たちへと改めて今回の依頼について簡潔におさらいする。

 

「ふむ、それは分かったが。その協力者とやら、なぜ事前に教えてくれんのか? “会えば分かる”と言われても不安なのじゃが」

 

ブラックマリアについてオサキへ説明するのは躊躇われた。なんと説明したらいいのか分からないし俺がそれを伝えるべきなのかも不安だ。なによりそれを知った彼女が“どう思うのか”。

……やはり当人同士で話し合ってもらうべきと判断した俺は、適当にはぐらかして彼女をここまで連れてきた。

 

「……まあ、会えば分かるよ。どうも俺が口を挟んでいいのか微妙な相手だからな」

 

「?」

 

訝しむオサキをスルーして、聖堂の扉を開く。

 

中には置いてきた仲魔たちとジャンヌ、そして――

 

 

「――お久しぶりですね、()()()

 

聖堂内にて浮遊する地母神ブラックマリア。

ステンドグラスから差し込む日光がさながら後光のように輝く中で彼女は一直線にオサキへと視線を向け優しく微笑んでいた。

 

「――――」

 

その姿を見て直後、オサキは硬直した。目を見開き、ブラックマリアを凝視したままに固まってしまった。

 

数分ほど経って、ようやく瞬きした彼女は驚愕の表情のままに声を出す。

 

「はは、うえ?」

 

 

 

 

 

 

――その後、実に数百年ぶりとなる母子の再会にオサキはブラックマリアへと抱きつく……()()()()()()()()()()

激しく動揺はしていたものの、すぐに冷静さを取り戻し終始落ち着いた様子で作戦会議に参加していた。

俺としては拍子抜けな展開だ、彼女らの“経緯”を考えればオサキにも“色々と思うところ”があるはずだが。

 

「まあ、俺が口を挟むことじゃないな」

 

これは彼女らの話だ、俺がでしゃばる場面じゃないだろう。

そう思って何の気なしに口にした言葉だったのだが。

 

「……」

 

ジャンヌが何かしら言いたげな顔でこちらを見ていた。

 

「なんだ?」

 

「いえ……なにも」

 

そう言って顔を背ける彼女。

……聖女に俺の考えが見透かされたとは思えないが、何かしら気付いたのだとすれば、俺も気が緩み過ぎていた。

 

「――何はともあれ、今夜も見張りを立てて襲撃に備えるとしよう。敵が来たならば、“手筈通り”に。よろしく頼むぞジャンヌ」

 

「ええ、はい。元はと言えば私の出した依頼ですし、しっかりと戦わせていただきます」

 

さすがは戦場に立った聖女。戦いに臨む心構えはちゃんとしているようだ。ならば問題ない。

 

俺はチヨメちゃんやオサキ、新たに連れてきた仲魔たちに改めて作戦を伝えて、自分もまた迎撃準備に入った。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

――寺院の周囲は自然に満ちていた。

木々の緑に覆われ、風が揺らす葉の摩擦音と共に小鳥の囀りが響くような。自然の宝庫だった。

 

――この光景を見てすぐに気づく。これが夢であることに。

夢と認識しつつ流れる光景を眺め続ける。

 

『■■様! できました!』

 

はしゃぎながら傍の男に話しかける見窄らしい姿の男児。これは遠い昔の“私”だ。

 

『大したものだ。やはりお前には才能がある』

 

男児の頭を優しく撫でつつ、男児が“験力”にて成した炎を眺める。

その眼は優しく、フードに隠れた表情も心なしか和らいでいるように見えた。

 

――これは“彼”に救われて間もない頃、修行をつけてもらっていた時の記憶だ。

 

 

師はひたすらに“真摯”だった。

いや、今も真摯だ。己の目的を定めて千余年、ぶれることなくその信念のままに“生き続けている”。

 

この時もそうだった。“生きる”という目的だけを得てほかに何もない私に対して、ひたすらに真摯に向き合ってくれた。

他の“生きる目的”というものを共に考えてくれた、“その手段”を教えてくれた、他のあらゆる知識を授けてくれた。

彼は、“強制”しなかった。無論、修行においては厳しいという言葉が生ぬるいほどにスパルタだったが。

 

私は私が“選んだ道”の果てとして、“今ここにいる”。

 

 

 

 

――この修行も無論のこと私の選択。即ちは“寺院の殲滅”の力を得るための行為だった。

とはいえ。

 

この当時の私としては、寺院への恨みというものは“実感が薄かった”。

恨み辛みを生むに至る“前提知識”を欠いた私に、怨嗟を糧とした行動は出来なかった。

 

だから、この時、私が“ここまでした動機”は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――場面は変わって、寺院の中。

しかしそれは平時の寺院ではなく、血と脂、肉片に塗れた惨状と呼ぶに相応しい光景であったが。

 

無論、これを成したのは幼き頃の“私”だ。

 

きっかけは今にしては“些細なこと”。

なんてことはない、()()()()()()()()()()()()()()だけのこと。

その時の私の心情は()()()()()()()()()()が、とにかく“やらねばならぬ”と思い至った。

 

そこからはありふれた流れだ。騒ぎを聞きつけて現れた坊主どもを皆殺しにしながら、私は()()()()()に向かって進み続けた。

 

 

私が“師”との交流の中で得た知識と、僅かながらも育まれた“心”と呼ぶべき感情の中で決断した“殺戮”ではあったが。

殺したからとて、()()()()()()()()()()()()()()。幼心にもこの坊主どもは“人間ではない”と見捨てていたからかもしれない。

尼僧たちも同じだ、組織としての秩序の崩壊によって尼僧たちは真っ先に暴走した坊主どもの手にかかり大きく数を減らしたものの。

一部の者たちは坊主に“取り入る”ことで生き延びていた。

 

そいつらもまた“殺戮”したが。

 

いや。

もはやこの頃には()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺が坊主どもを殺してまで寺院の奥へ進んだ理由は――

 

 

 

 

 

 

 

――血の海と化した廊下を歩む。得物である錫杖はすでに紅一色に染まり絶えず血を滴らせていた。

 

そんな“俺”の頭にあったのは、ようやく()()を救えるという高揚だけだった。

 

そして。

襖を開けて歩み入る大部屋、その中央にて床に伏せた状態の()()に辿り着いた。

 

『もう大丈夫』

『苦しみは終わりだ』

『孤独は終わりだ』

 

そんな言葉を告げるつもりだった。無意識にも“俺”はヒーロー気取りだった。ただひたすらに彼女を救いたいと願っただけだったのだ。

 

――しかし、この時の“私”は忘れていた。

私が師に授かった力は修験道、既に“天魔”と化した師が授けたのはそれを超えた“天狗道”にも匹敵する秘術であった。

つまり、私は『六神通』によって()()()()()()()()()()()

 

それは悍しい“ナニカ”だった。私が当時、見出していた“世を乱す禍つ”。彼女はそれそのものだった。

彼女は将来、()()()()()()()に成り果てる運命だった。

 

一目見て瞬時に理解する。

この業は()()()()()()()()()と。

魂、存在にまで刻みついた“業”。

今は()()()()()()()()()()()()としても、いずれ。

いずれいつの時代かに彼女は必ず禍ツとなる。

 

私は絶望した。俺は嘆いた。

唯一とも言えた“目的”が一瞬にして“反転”した時。

私は、俺は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

目を開けて最初に見たのは星々の煌めく田舎の夜空だった。

 

身を起こし傍に置いていた錫杖を手に取る。

形やモノは変われども、やはり私の矛たるのは。私の刃たるのは錫杖をおいて――

 

「マスタぁー?」

 

仲魔の気の抜けた声にハッとして意識を引き締める。

いやはや、我ながら柄にもない夢を見てしまったからか気が緩んでいた。

今となっては()()()()()()()()にも関わらず。

 

「起きてますよ」

 

身を寄せるジャックの頭を撫でながら眼下の“街”を眺める。

かの聖女が立て篭もる教会を“遠目”に眺めながら、より近い街区に視線を移す。

その一角では、()()()()()()()()()()()()

 

「さあ、では行きましょうか。作戦開始です」

 

迷いはない。私はただ、“破滅”へと突き進むだけだ。

 

 

 




【あとがき】
なんかゴーストワイヤートーキョーってゲームに葛葉キョウジが出てるらしいっすね。
え、違う?(真面目な話、本気で面白そうでPS5の購入を検討しております


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開戦

遅れてすみません……






「ヨシオさん!」

 

叫ぶ、視線の先では私を庇った青年が血飛沫を上げてゆっくりと倒れる。

 

「逃げてください! そしてヒデオさんに連絡を!! 彼ならばきっと助けてくれます!」

 

ヨシオの返事を受けて歩み寄ろうとした足を止める。一瞬、迷いを感じながらも即座に反転してその場から逃げた。

 

「ガァァァァァァアアァ!!!!」

 

背後では“あの怪物”が雄叫びを上げながら激しい戦闘音を響かせている。

 

私は罪悪感と恐怖で涙を垂れ流しながら無我夢中で走った。

 

 

 

 

 

 

 

――前日。

 

私、遠野アイは佐藤良夫さんの案内で無事に“ジャックブラザーズの森”へとジャックリパーたちを届けることができた。

油凪市の北西、山の麓にあたる森林地帯にソレはあった。

 

鬱蒼とした木々を抜けた先、まるで“別世界”に来たようにガラリと雰囲気を変えた森が目に入る。

日本の植物とは思えない奇妙な形の木々に囲まれて、ポッカリと空いた空間にはもう見慣れた“異形”がいた。

 

「ジャックブラザーズの森にようこそだホー」

 

辿り着いて早々に異形……いや、悪魔。悪魔の一種だと言うジャックフロストなる雪だるまに話しかけられた。

青い帽子を被った……やっぱり雪だるまとしか言いようがない姿の彼はジッとこちらを見ている。

 

「あ、ありがとう。え、と、私は貴方の仲間達を連れてきたの」

 

「仲間ホー?」

 

首を傾げる雪だるまくん。

私はヒデオさんに預かったスマホを、これまた教わった通りに操作してジャックリパーたちを召喚する。

 

十体近い骸骨キッドたちが一斉に召喚され、フロストくんもギョッとしている。

……が、恐ろしい速さで打ち解けて、数分後には他の悪魔たちと一緒に歌に合わせて踊っていた。

 

「適応力が高過ぎる……」

 

凄まじい速さでジャックフロストたちと仲良くなる彼らと比べて、高校でも大学でもついぞ幼馴染以外に友達を持つことの出来なかった私の適応能力の低さときたら……

 

 

――その後、ヨシオさんから聞いた話によれば、ジャック系の悪魔たちは不思議とシンパシーが通じやすい傾向にあるらしく。ジャックリパーたちがまるで旧知の仲であるかのようにすんなり仲良くなったのもそういう事情だとか。

 

とりあえず、私はホッとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ジャックたちを無事に届けたことで一安心した私は、ヨシオさんや他のジャック悪魔たちに別れを告げて帰宅しようとした。

しかし。

 

「新しい仲間たちの歓迎会を開くホー! お姉さんも是非参加して行ってほしいホー!」

 

と、いう感じでフロストくんから熱心な招待を受けた。

ふとヨシオさんを見れば、すでに席に着いて飲み食いを始めていた。

……後から聞いた話では、割と頻繁に宴会に招かれるらしく、もはや常連と言っても過言ではないらしい。

当然、そんなこと知らない私は大いに困惑し、あれよあれよという間に宴会に参加させられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……気持ち悪い」

 

何時間騒いだのだろうか? 飲まされ食わされ、人間界の暮らしに興味津々な一部悪魔たちに話をせがまれたり。時間の感覚すら分からなくなるくらいに騒ぎ倒した私は、フラフラとした足取りで宿として提供された小屋へと向かう。

 

……あと、この気持ち悪さと“ふわふわした感覚”は絶対に宴会で飲まされた“ふしぎなおみず”とかいう飲み物のせいだ。

見たことない奇抜な色と不思議な香りに騙されて飲んでしまったが、アレは酒だ。

しかし、これまた不思議なことに一度飲んだら止まらなくて……

 

「うぷっ」

 

思い出したら吐き気が増した。

だめだ、今はとにかくベッドに向かわなければ。

 

 

ぐらつく視界と千鳥足でなんとか辿り着いたのは、この森に相応しく奇妙な形の小屋だった。

キノコみたい、というかファンタジーの世界に出てくるような不思議な形状だ。色も極彩色で酔った目には少々毒。

 

なるべくドアだけを見るようにしてなんとか家に突入。一目散にベッドへと飛び込んだ私は息つく暇もなく眠りに落ちた。

 

 

 

 


 

 

 

 

「……っ!!!!」

 

目が覚めるのと“焦る”のはほぼ同時だった。

ガバッと起き上がり枕元のスマホを手に取る。

 

「……」

 

時刻は午後五時三十五分。

ごじ、さんじゅうごふん……。

 

「……講義、もう終わってる」

 

寝過ごすとかいう次元じゃない寝坊に、一瞬思考停止した。

が、すぐに事態を把握してがくりと項垂れる。

今まで無遅刻無欠席を続けてきた身としては普通に落ち込んだ。

 

しばらく、そのまま項垂れていた私だが。こうしていても仕方ない。

どんよりとした気分のままに、今日すっぽかした講義の担当教授たちへと謝罪のメールを送信、次いで謝罪の電話をかけ始めた。

一応、優等生で通ってるからね。こういう小まめな工作が重要なのよ……。

 

 

 

 

 

 

「終わった〜……」

 

ボフッと、キノコを模したテーブルに突っ伏す。

大半の教授は私の普段の生活態度や成績などを鑑みて寛大な処置を約束してくれたが。一人、厄介なことで有名な教授には延々とネチネチネチネチ、嫌味を言われ続けた。

 

「私が悪いから返す言葉も無いんだけどさぁ……」

 

気分がいいものではない。

なんだか釈然としないものを感じてうーうー唸っていると。

 

『アイさん、起きてますか?』

 

数回のノックの後、ドア越しにヨシオさんの声が聞こえてきた。

慌てて身なりを整えて応える。

 

「は、はい! どうぞ!」

 

別に我が家では無いのに、焦って声が裏返る。

地味に恥ずかしい。

やがてゆっくりと開かれたドアの向こうから昨夜と同じ礼服のような格好のヨシオさんが現れた。

 

「ぐっすり眠れたようでなによりです」

 

相変わらずの爽やかスマイルで、開口一番にそんなことを言われた。

意外とちゃっかりしている。

 

「いやほんと、教授たちへのお詫びの連絡で昨日以上に疲れたんですけど……」

 

「ははは、まあいいんじゃないですか? 一日くらい」

 

「笑い事じゃないですよぉ……これでも優等生で通ってるんですから」

 

「優等生は心霊スポットに不法侵入しないと思いますが」

 

「ゔ」

 

昨日、談笑してる中でヨシオさんには今回の事件の大まかな事情は説明してある。だからこそ彼も廃病院の件を知っているわけだが。

ぐうの音も出ない正論でズバッとされるとは思わなかった。

 

「はは、少しいじわる過ぎましたね。……コーヒーをもらってきました、飲みます?」

 

そこでようやく、両手に携えたマグカップに触れる。

私はキノコテーブルに備えられたもう一つの椅子を促しながらマグカップを受け取った。

 

 

 

互い一口、コーヒーを啜ったところでヨシオさんが口を開く。

 

「……さて、ここで一つ真面目な話、というかよくない知らせがあります」

 

しっかりと不安な前置きをして続ける。

 

「現在、この街に“ジャックたちを襲った連中”が来ているみたいなんです。僕も遠目から“解析”を試みたのですが……どうやらサマナーの方は()()()()()()()()()()()()を持ってるみたいで。

彼らの反応が無くなるまでの間、森に留まってくれませんか?」

 

ヨシオさんの語る内容は、所々理解の及ばないところがあったが、どうにも“ヤバい連中が来ている”ということは理解した。

それに、彼らを襲った連中ともなればたぶん“悪い奴ら”なのだろう。

 

「彼らの狙いが“ジャックたち”というならば、今出て行って“結界の場所”を晒すのは得策ではない。それに、出てきたところを襲われないとも限らない。

今は、隠れて待つべきと判断しました」

 

「私には、サマナーとか悪魔とか、まだよく分からないです。なのでヨシオさんの判断に任せます!」

 

清々しいまでのぶん投げ、しかし素人の判断で二人とも危険になるよりかは専門家である彼に任せた方がいいのは確かだ。

ヨシオさんは特に気負うこともなく笑顔で「ありがとうございます」と返した。

 

 

「じゃあ、とりあえず。このコーヒーが無くなるまでの間、少しお話でもしましょうか」

 

そう言った彼は、もう自宅で見せたような人好きのする爽やかな笑みに戻っていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

――油凪市街区、某所。

 

駅構内に設置された居酒屋。小洒落たバーを自称する店内の一角に一人の男がいた。

 

黒のタキシードを纏い、金の癖っ毛を揺らす彼こそは“グレゴリー”。いつもの“笑み”を浮かべたままに赤々としたワインの注がれたグラスを傾ける。

そんな彼以外には()()()()()()()()()()()、カウンターに立つ店主らしき男の眼もどこか虚ろであった。

 

「……そろそろですか」

 

徐に腕時計を確認したグレゴリーは呟く。その直後、入り口のドアが開かれ一人の男性が入店した。

きちんと整えられた銀髪、透き通るような白肌。金色に光る瞳はシャープなメガネで覆われていた。

 

男は店内を見渡し、カウンター席のグレゴリーを見つけるとその隣へと腰掛けた。

男が来るなりグレゴリーは口を開く。

 

「首尾はどうです?」

 

「予定通りだ。ターゲットは“森”に留まり、“破戒僧”は今夜中に勝負を仕掛ける。あとは“雷雹”に任せておけばいい」

 

男は淡々とした口調で答える。

対しグレゴリーは静かに笑いを漏らした。

 

「雷雹……くく、よもやあの程度の甘言で動いてくれるとは」

 

「おかしなことはあるまい、我らにとっては“仇の娘”なのだから。お前も、その点においては彼に倣った方が身のためだぞ」

 

相変わらず他者を嘲るグレゴリーへ、男から苦言が呈される。

 

「確かに。実権があるとはいえ、クセの強い彼らを纏めるにはそういうのも必要ですね。

……まあ、そういうのは“彼”の方が得意でしょうが」

 

「“奴”はまだ動けん。他ならぬお前が一番分かっているはずだが?」

 

男の真面目くさった言葉に肩をすくめる。

 

「分かっていますよ、あくまで彼は保険。私が“健在”である限り万事は我が手にて成すべきでしょう」

 

そこでふと、もう一度腕時計を確認したグレゴリーはマスターに声を掛けてもう一杯、酒を頼んだ。同じ赤ワインだ。

運ばれたグラスを男の前に置いた彼は自らのグラスを差し出した。

 

「……一応、“護衛”の最中なのだがな」

 

「問題ないでしょう、なにせ我らは共に“堕天”した身。堕落こそ我らの本懐なれば」

 

「それはお前だけだろうに」

 

短く溜息を吐いた男は大人しくグラスを持ちグレゴリーのそれに軽く当てた。

 

 

 

――同時刻、夜の静けさに沈む油凪市住宅街。中でも奥地にある“森林地区”に一体の悪魔が“舞い降りた”。

 

岩とも見紛う巨躯を持ち四方にピンと伸びた黒髪を有する男。黒いスーツを纏った姿からは一見して“その道”の輩にも思える。

しかしその背に生えた立派な“黒翼”を見れば、彼がただの人間ではないことは明らかである。

 

「アザゼル、シェムハザ……我らが同胞を討ち果たしし憎き人の子。その裔であれば手向けとして申し分はない」

 

厳かな声音で呟く男こそはグレゴリーが派遣した堕天使。

先に語られしグリゴリの首領たちと同じ立場にある元天使。

 

男は優れた感知能力により既にジャックブラザーズの森の“入り口”を探し当てており、そこから現れる者を狙うのに適した狙撃ポイントとして今の場所に降り立っていた。

 

とはいえ――

 

「奴らを討つほどの手練れの子、初撃で仕留められるはずもなし」

 

だからこれは挨拶、或いは宣戦布告。

そう考えながら男は振りかぶった手の内に“雷”を装填する。槍の形に整えられた雷撃の塊。

 

「だがもし、この程度で死ぬようであれば。

その時は大人しく“親”の方を仕留めに行くとしよう」

 

男は僅かに口角を上げた。それは仇を討つことへの喜び、だけではなく。強者との戦いへの期待も含まれていた。

かつてはグリゴリ(我ら)の教えを請うだけの無垢にして脆弱な人形でしかなかった人の子が、剰えグリゴリの首領を討つまでに成長したことへの純粋な歓喜。

男はグリゴリの中でも一際“人間臭い”性格をしていた。

 

 

――直後、森の入り口から現れた二人の人影を確認した彼は容赦なく雷槍を投擲した。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

数十分前。

森の宿にて歓談に興じていた遠野アイと佐藤良夫は、良夫の不意な離席にて雰囲気を変える。

 

「……どうやら“奴ら”は去ったようです。そろそろ行きましょうか」

 

良夫の判断は一概に否定できるものではなかった。

彼は、昼過ぎに油凪市の外へと離脱する涅槃台たちの反応を捕捉しており、それから半日近くも戻ってこないのを確認したからこそこの提案をした。

――尤も、それこそが涅槃台の策であるのだが。

涅槃台たちは現在、油凪の隅にて気配を押し殺して潜んでいる。懸念されたジャックの補給に関しても昨夜のうちに十分に“蓄え”ており準備も万全。

加えて、ヒデオたちとヨシオたちを確実に分断するために“あの化け物”を向かわせており会敵時の布石も万端。

唯一、狂いがあるとすれば同時期に“グリゴリ”もまたヨシオたち、厳密には遠野アイの抹殺を狙って刺客を放っていたことだが。

こちらもまた、各個撃破という兵法の基本を順守するならば僥倖と言えた。

思わぬ加勢、というやつである。

 

 

そんなこととはつゆ知らず、ヨシオは万が一の戦闘に備えた準備を行い、アイもまた森のジャックブラザーズへと個々に別れの挨拶に回っていた。

 

それらを終えていざ森を出ようと入り口に向かったところ。別れを惜しんだジャックたちがわらわらと集まってきた。

 

「もう帰っちゃうホー?」

「寂しいホー……」

 

口々にそう語るジャックたちに苦笑しつつ、アイもまた彼らとの別れに袖を引かれていた。

というのも、普段の彼女は大学と家の行き来、たまの息抜きも休日の“危険な遊び”くらいであり有り体に行って“日常に疲れていた”。

それに比べて、森で過ごした時間はそれなりに心休まるひと時だった。総じて無垢にして活動的なジャックたちの言動に振り回される一面もありつつ、気を張る必要がないという点において彼女の疲労を癒やすには十分な状況だった。

 

だが、彼女はサマナーではなく、バスターでもなく。

神秘に触れ合う“義務”を持たない一般人。光の下で表社会を生きる定めにある一般人だ。

さすがに大学生というお年頃ゆえにそこらへんの“立場”というのを十分に理解していた彼女は別れを告げる。

 

そこへひょいとヨシオがフォローに入った。

 

「暇な時があれば私が森までの送迎を承りましょう。なに、気が向いたらで構いませんから」

 

「いえそんな……ヨシオさんもお忙しいでしょうし」

 

謙虚になるアイにヨシオは笑いかける。

 

「案外暇してますので大丈夫です。仕事と言っても定期的に本部から与えられる任務と、たまに発生する悪い悪魔を退治するくらいなので。合間にジャックたちと戯れるくらいの時間はあります」

 

「では……その時は遠慮なく」

 

ヨシオの好意を素直に受け取るアイと、それを見て喜ぶジャックたち。森はこのように終始穏やかな気風に包まれておりアイも早々にこの場所を気に入っていた。

 

「お嬢ちゃん、本当にありがとうな!」

「いつでも遊びに来てくれよな!」

「ママーーー!!!!」

 

ジャックリパーたちもアイの再訪を期待してさわやかな別れを告げる。

……一部、母性に飢えた個体が号泣している様をアイは見なかったことにした。

 

こうして散々に別れを済ませた彼女たちはようやく森を後にした。

 

 

 

 

 

「……本当に、あそこは“異界”なのですね」

 

現実世界に戻って開口一番、アイは感慨深そうに述べた。

森は自然豊かな清らかな空気と穏やかな雰囲気が満ちていた。比べて現実世界は排気ガスに汚された大気と、人々の強い思念が乱れる混然とした雰囲気が漂う。

だが、嫌悪感が湧くだけではなく懐かしさを感じるのも事実。結局のところ一般人たるアイにとっては現実世界の空気のほうがなんとなく落ち着くのだった。

 

叙情的になるアイとは対照的に、ヨシオは万が一の襲撃を警戒して気を張っていた。

 

「奴らもまた“現世の理”を乱すほど愚かではない。なので駅近くまで来れば安全――」

 

そう言いかけて、遠距離からの濃密な殺気に気付いた。

 

「遠野さん!!」

 

「え、きゃあ!?」

 

突然、アイを抱えて横に飛ぶヨシオ。直後、彼らのいた辺りに轟音と共に“雷”が落ちた。

その衝撃は凄まじく、着弾地点のコンクリートは軒並み吹き飛び地面を大きく抉り取りながら周囲の木々や人工物を粉砕してみせた。

 

「え、え……!?」

 

いきなりの出来事に混乱するアイを他所に、ヨシオは雷が“射出”されたものと即座に判断。飛来したと思しき方向に視線を向けた。

 

 

「……聞いていたよりも勘がいいなメシアン。これは思わぬ強敵よ」

 

ヨシオの視線にわざと入るように、ゆっくりと空から降りてくる人影。黒翼を羽ばたかせて舞い降りるのは堕天使たる巨躯の男。

 

「その翼……もしや堕天使か?」

 

冷静に問い掛けながら即座に仲魔を召喚する。

それを意に介すことなく男は応える。

 

「左様、貴様ら神の犬が誅するべき叛逆の天使である」

 

男は再び手の内に雷槍を装填しながら続けて語る。

 

「だが、今の我が欲するのは“仇の子”たるその娘のみである。大人しく引き渡せば見逃してやろう」

 

男の提案にヨシオは間髪入れず応える。

 

「それはできない。そういう事情なら寧ろ絶対に退けなくなった」

 

屹然とした態度に男は口角を上げる。

 

「まあそうなるな……では貴様から仕留めてやろう」

 

言うが早いか、男は流れるような俊敏さで手に持つ雷槍をヨシオへと振るう。

そこへ、パワーが横やりを入れた。

 

「ほう、ただの能天使(パワー)ごときが我が雷を受け止めるとはな。貴様はサマナーとしても優秀らしい」

 

ギチギチとパワーの槍が雷槍を受け止める様を見て男は笑みを浮かべる。

しかしパワーもまたギリギリのところで防いでいるに過ぎず、早々にこの堕天使の力が自分を超えていることを悟った。

故にこそ、その旨を念話にてサマナーに伝える。

 

「っ!!」

 

これを受けてヨシオもヴァーチャーに援護を頼みつつ自ら剣を振るった。

対し堕天使はもう片方の手に雷槍を装填することでこれに対応する。

数度、刃を交えて遅れた飛来するコウハ系の魔法を避けるべく後退する。

そこからすかさず二本の雷槍を投擲した。

 

「っ!!!!」

 

パワーとヨシオはそれぞれに防御の構えを取り、ヴァーチャーはそんな二人へと急いでラクカジャを掛けた。

避ける暇もなく、二人は雷槍の爆撃に呑まれる。

 

 

「ぐ、うぅぅ!!」

 

いくら肉体強度を上げたとはいえ、かの堕天使の雷槍の威力は凄まじく。ヨシオは気を保つのに精一杯だった。

 

やがて、爆発によって生じた白煙より姿を見せたヨシオとパワーは共に負傷しながらも立っていた。

 

「ほう、耐えるか。これはますます興が乗る」

 

ヨシオの方は所々肌を焦がしているものの致命というほどではなく、しかしパワーの方は瀕死に近い重傷を負っていた。

そこへすかさずヴァーチャーによる治療魔法が飛ぶ。

 

「感謝します」

 

全快したパワーは同僚に礼を告げつつ敵への注意を逸らさなかった。

ヨシオもヴァーチャーの援護で傷を癒しつつ冷静に敵を注視する。

 

並みのサマナーや悪魔ならば炭化しているであろう一撃を前に即座に立て直した彼らを見て堕天使は彼らこそ此度の戦いの好敵手であると確信した。

 

「見事、この()()()()()()の雷をこうもやり過ごす輩はそう多くない」

 

「!! バルディエル!」

 

あっさりと告げられた敵の真名にヨシオは僅かに怖気立つ。

それは彼でも知っている著名な堕天使の名だからだ。

彼の呟きに応え、堕天使も改めて名乗りを上げた。

 

「我こそは堕天使バルディエル。雷雹を司りし、グリゴリが首領の一柱である。

我が古巣たる天の下僕よ。天海市に散った同胞、アザゼル、シェムハザの仇を討つ前に貴様を血祭りに上げてやろう!」

 

この場にグレゴリーがいたならば思わず頭を抱えるであろう宣言をして、彼・バルディエルは雷槍と氷槍を手にしヨシオへと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 





【あとがき】
最後に出た堕天使はバラキエルと同じ存在と設定してます。
なぜかと言うと、バラキエル名義だと大天使の方と被るからです。

強さ的にはアザゼルたちほどではないけど幹部級、な感じでふわっと考えてます。


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襲撃・一

ツクヨミ式リボルビングキャノン!!!?






「来ました」

 

襲撃に備え静まり返る聖堂内に、ブラックマリアの静かな呟きが響き渡った。

 

全員が声に反応して一気に気を引き締める中、教会のスタンドガラスが割れた。

そこからガラス片と共に侵入してくる影が二つあった。

 

考えるまでもない、涅槃台とその仲魔だろう。

皆もそれは承知しており視認するよりも前に攻撃を開始した。

 

 

まず、イヌガミのアギ系魔法の嵐が影に降り注ぐ。爆炎と煙を盛大に撒き散らして辺りの椅子やらも吹き飛ばしていく。この時点で教会はボロボロなのだが、これは命をかけた殺し合いなので容赦はできない。

続けて、クダの“青い炎弾”とジャンヌのコウハ系魔法が降り注ぐ。イヌガミと同様に襲撃前から準備してあったので相当な数の魔法が、未だ爆炎の残る地点へと向かう。

 

とどめとばかりに、ブラックマリアが“あの呪い”に特化した対抗魔術を敵がいるであろう地点に放つ。

影の着地点を中心に大きく円を描くように現れた光の魔方陣は、直後に眩い閃光を発し、巨大な光柱を作り出した。

言うまでもなくマハンマオンに相当する威力だ。

 

側から見れば明らかなオーバーキルだが、こと涅槃台に関しては仕留めたとは言い切れない。これまでも対峙するたびに異常なしぶとさを見せていたからだ。

 

 

やがて、光柱と煙が治まった頃。

攻撃地点には――

 

 

 

 

 

 

「もー! ズボンが破けちゃったよ!」

 

殺伐とした戦場の空気にそぐわない明るく幼い声。

 

「やれやれ、出会い頭に放火とは。それでも神聖を称する宗教の信徒ですか?」

 

次いで、もはや馴染みとなった男の声が聞こえてきた。

そのことに、「ああ、やっぱな」とげんなり。やな予感が当たったことに萎える。

 

 

「っ!」

 

しかし、ジャンヌとブラックマリアは予想外に元気な涅槃台たちに驚愕している。まあ、俺も初見はゴ◯ブリ並みの奴の生命力に、似た心情を抱いたからなんとも言えない。

 

煙が晴れ、そこには無傷の涅槃台と。

ボロボロの衣服を纏った幼子がいた。

 

「こいつが……」

 

初めて見る“ジャック・ザ・リッパー”という悪魔に、色々な意味で驚いた。

見た目の特徴はすでに聞き及んではいたが、改めて見るとあまりにも幼く無邪気で素朴な可愛らしさを持っている。また、ノースリーブで胸元しか隠していない黒い服、そしてボロボロの短パンという露出度の高過ぎる格好は、もはや恒例のように感じられる“英傑の衣装”を彷彿とさせる。

“彼”の姿を見たことで、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ジャンヌ、この子……男だぞ?」

 

「えぇ!?」

 

…… まあ、ジャックリパーたちからも男の子であるという証言を貰っていたが。

 

こんな時に言うことじゃないかもしれないが、男女というのは魔術・呪術的にも重要な意味を持つのであながち無駄ではない。

一方、間違いを指摘されたジャンヌはあまりにもジャックの見た目が“可愛らしい”事とのギャップに混乱しているらしく、奇妙な表情で仕切りに驚いていた。

 

「……これは」

 

不意に放たれたブラックマリアの呟きに、今が戦闘中であることを思い出す。

そして彼女の視線を追ってみると。

 

 

禍々しい濃紫の影のようなものが涅槃台とジャックの周囲を覆い、紫色の半透明な結界のようなものを展開していた。

その中央には“奇妙な紋章が描かれた護符”が浮かぶ。

 

「なるほど、“瀆聖の加護”ですか」

 

鋭い声で呟く彼女に、涅槃台は嬉々として答える。

 

「左様、“彼女ら”に特攻を持つ貴女の秘術と言えども。この加護は破れますまい。特に貴女に限っては――」

 

お得意の長話を始めた涅槃台の横っ腹をジャックが小づいた。

 

「もう、そんなのどうでもいいから早く“食べ”ようよ! お姉さんたちは不味そうだけど、()()()()()()()とか、美味しそうだよ?」

 

そう言って俺を指差し、次いで寒気のする残酷な笑みを向けてくる。

 

「お、おう」

 

普通なら怖いと感じるのだろうが、いや、俺も老婆とかに言われたら少なからず恐怖を感じるのだろうが……

 

今の俺はなぜか()()()()()()()()

 

「た、食べるのか……(ゴクリ」

 

自分でも本当になぜかは分からないが、彼の言動がどうしても卑猥に聞こえてしまう。

 

そんな俺の様子に、めざとく気づいたオサキがすかさず腰に蹴りを当ててきた。

 

「あ痛っ!?」

 

「なに興奮しとるんじゃお主!? 今どういう状況か分かっとるのか?!」

 

ぐうの音も出ない。

いや我ながら「もしや俺は変態なのか?」と一瞬考えてしまったが、今はシリアスな気分に戻っているし考えすぎだと結論付けた。

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「不安しかないのじゃ……」

 

キリッとした顔で返す俺に、なぜかオサキはげんなりとした顔で首を振った。

失礼な。

 

 

と、そんな茶番をしている間に戦端は開かれていた。

 

俊敏な動きでジャンヌに襲いかかるジャック、それを援護するように呪殺魔法を装填しながら“あの泥”を操る涅槃台。

ジャンヌに襲い掛かる泥を、ブラックマリアが魔法で薙ぎ払い、涅槃台にもそれを振るう。

しかし、魔法は例の護符結界によって弾かれてしまい有効打を与えられていない。ブラックマリアも魔法特化なのか肉弾戦はせずになんとかジャンヌに襲い掛かる泥を祓うので手一杯だ。

対して涅槃台側は“一切の破魔系魔法”が効かない。それをいいことに二人でジャンヌを襲い、ジャンヌは魔法が効かないことから肉弾戦のみを強いられている。

 

ここまでの状況を瞬時に把握した俺は、仲魔に指示を飛ばしつつ突撃した。

 

 

 

 

 

四度目の対峙ともなればもう涅槃台の脅威も十分に理解した。出し惜しみは無しだ。

俺はライアットボムを投擲、ジャンヌたちとの交戦に加えてイヌガミ、クダ、オサキ、チヨメちゃんが注意を引いていたこともありボムは直撃。涅槃台を中心に電撃が迸る。

 

「ぐぁ!?」

 

「くぅぅ!」

 

敵二体は電撃に当てられ一瞬、動きが止まる。

そこへ、旗槍を振りかぶったジャンヌと、満を辞して接敵したウシワカが刃を振るった。

ジャンヌの方は、これまでの戦闘を見た限りかなりの“怪力”であり。ウシワカの方は天刃縮歩(てんじんしゅくほ)だ。

タイミングも完璧、俺たちは大ダメージを確信していた。

 

 

――そこへ、()()()()()()が舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

「っ、キャア!?」

「っぐ!?」

 

影は真っ直ぐ涅槃台たちの側に降りるや否や、真っ黒な長物を横薙ぎに、ジャンヌとウシワカを一気に弾き飛ばした。

 

その一撃は、遠目に見ても脅威と理解できる。

膂力、速度が並みの悪魔のそれとは比べ物にならない。

 

やがて、長物を床に突き立てた影は、割れたガラス窓から差し込む月光に照らされ正体を現す。

 

 

 

「ハッ! なにを女々しい声を上げているのかしら? 柄でもないでしょうに」

 

その影は女だった。それも()()()()()()()()()()姿()を持ち、纏う鎧もジャンヌのそれを反転させたように黒い。

おまけに旗槍まで似ている。

全てジャンヌを反転させた……というか、身も蓋もない言い方をしてしまえば2()P()()()()みたいだ。

ただ、まあ、気配からも彼女が“悪魔”であることは明白だ。

つまり、涅槃台側の援軍ということ。

このタイミングでの援軍……何らかの思惑があると考えるのが自然だが、それが何かは分からない。

それよりも、ジャンヌと瓜二つの悪魔である彼女に注目すべきだ。

 

瓜二つということから、ちょっと前の“ヨシツネ”を思い起こす。

あの件を考えれば、まあ、彼女はジャンヌにとってのシャドウみたいなものなのだろう。

 

 

 

俺はすぐにこの推論まで至ったが、もちろんそんな事情は知らないだろうジャンヌとブラックマリアは大いに困惑している。

 

それらを見渡しながら女悪魔は再び口を開く。

 

「聖女ジャンヌ、私は貴女を許すわけにはいきません。ここで、消えなさい!!」

 

短い宣言の後、突如ジャンヌに襲い掛かる女悪魔。

ジャンヌは旗槍で防いだが、膂力に差があるのか若干押され気味だ。

無論のこと、俺たちは加勢すべくそちらに向かうが、そこへ涅槃台が立ち塞がった。

 

「おっと、無粋な真似はさせませんよ?」

 

「ほざけ!」

 

問答無用、素早い抜刀でそのまま斬りかかる。当然、その一撃は錫杖で受け止められる。

しかし、こちらは多勢だ。

 

刃を交えた隙をついて側面からウシワカが斬りかかる。

俺よりも数段上の速度を持った斬撃は一瞬にして涅槃台の脇腹に迫る。

 

「っ!」

 

が、いつの間にか繰り出された蹴りで俺は飛ばされ、奴は蹴りの体勢のままにウシワカの刃を錫杖で受け止める。

そのままくるりと錫杖を回転、ウシワカも弾き飛ばした。

 

宙を舞った彼女へとすかさず“呪殺魔法”が飛ぶ。

 

「ちぃ!」

 

着弾寸前、オサキがなんとか魔法を受け流すことで事なきを得た。

 

「かたじけない!」

 

ウシワカの声に頷きで返したオサキは、幻術を以って涅槃台に立ち向かう。背後からはイヌガミがアギ系魔法を撃ちながら援護に入る。

俺も銃を構え、クダと共に援護に入る。

ウシワカは再び接近戦にて涅槃台の注意を引き、その間に気配遮断を用いたチヨメちゃんが背後からの奇襲を仕掛けた。

 

「させないよ!」

 

「なっ!?」

 

だが、横から割り込んだジャックによって不発に終わる。

そして再び戦闘は膠着状態に戻った。

 

「意外と連携が出来てるな」

 

涅槃台とジャックのことだ。あの涅槃台が仲魔とこうまでうまくやっていけてることに素直に驚いた。だが、鎌倉で戦った時も負傷したガシャドクロを退げたり、手長足長やヤコウを上手く使って連携していたと思い出した。

……もしかしたら、サマナーとしての技量も高いのかもしれない。

 

 

 

現在、ジャンヌの方にはブラックマリアが付いている。本当ならこっちも加勢して一気にあの2Pジャンヌを仕留めるべきだが。

涅槃台がそれを邪魔している。

加えて、ブラックマリアが抜けたことで涅槃台の泥も脅威となった。泥は相変わらず触れるだけでヤバそうなので、率直に言ってかなりまずい状況だ。

 

「どうするか……」

 

ちなみに事前に話し合った作戦とやらも、厳密にはジャンヌやブラックマリアを含めての連携を詰めたに過ぎない。作戦らしい作戦と言えば初手の全力攻撃くらいなものだ。

 

とはいえ――

 

涅槃台(お前)が相手だと分かってれば、まあ、それなりの対策は用意してるさ」

 

四度目の対峙ともなれば油断もない。

俺は家から持ってきた“マハンマストーン”をばら撒いた。

 

「っ!!」

 

それを見て目を見開くも時既に遅し。

マハンマストーンたちは一斉に輝き砕けた。

瞬間、辺りに凄まじい濃度の広域破魔魔法(マハンマ)が発現した。

 

無数の魔法陣やら呪文やらが宙空を埋め尽くし、それに触れた端から涅槃台の泥は掻き消えていく。

やはり泥は破魔に弱い。

無論、ただのハマでは弾かれるだろう。しかし今回使用したマハンマストーンの量はざっと二十。無理やり全てのポケットに押し込んで持ってきた全てだ。

無論、赤字確定だ。だが、涅槃台を仕留めることに比べたら安いもの、こいつだけは確実にここで仕留め切らねばならない。

 

ただ、事前にジャンヌから聞いた話によればやつの破魔耐性も上がっているらしく、マハンマ程度の威力では弾かれているだろう。また先に見せた“謎の加護”もある。奴の周囲はほぼ確実に無傷だ。

俺は次いで状態異常系の石を投げよう、としたところで。予想外の事態が起きた。

 

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!!!!」

 

突然、聖堂に響き渡る絶叫。何事かと俺も仲魔も音のした方に目を向ける。

そこには――

 

 

「ぎぃ……がぁぁああ!」

 

苦しそうにのたうち回るジャック・ザ・リッパーの姿があった。

その姿に一瞬動揺する。なにせ、奴は“英傑”だと聞いていたからだ。

 

この情報も事前にジャンヌから齎されたものだ。

曰く、“真名看破”と呼ばれるアナライズスキルを使って得た情報で、その精度は高いと聞いていた。

 

また、英傑であるならば“破魔は効かない”。

過去の英雄の亡霊たる英傑ではあるが、カテゴリとしては限りなく人間に近いらしく、総じて破魔属性には高い耐性を有しているのを確認している。これは、過去の記録にある“英雄”や“猛将”にも当てはまる特徴だ。

 

つまり何が言いたいかといえば――

 

 

「こいつ……()()()()()()()()()

 

俺たちが動揺している隙に、涅槃台は真っ先にジャックのもとに駆け寄る。

 

「ジャック!!」

 

そして、素早く例の護符を取り出して破魔系の魔法を退ける。

彼らの周囲に発現するマハンマを退けてすぐ、彼はジャックに治療魔法を施す。

この間、二秒にも満たない。なにより涅槃台の()()()姿()に驚いた。

 

これまで対峙して仲魔やそれに類する悪魔を傷つけられても特に取り乱すことのなかった奴が、初めて仲魔の負傷で取り乱した。

その事実が予想外過ぎて次の行動が遅れた。

 

 

「……!」

 

俺たちをひと睨みした涅槃台、その腕に抱かれたジャックから突如として()()()()()()

 

ジャックを中心に瞬く間に聖堂全体に霧が広がる。

こちらが動く間もなく霧は聖堂内に満ちた。

 

 

 

 

 

「くそ、今更目眩しか……?」

 

視界を塞ぐほどの濃密な霧に舌打ちして、すぐに()()()()()()()()

 

「ぐっ、がはっ!?」

 

咳と共に飛び出す“血”。肺が痛い、焼けるように痛い。

肺だけではない、皮膚や目、身体中が焼かれたような痛みに襲われた。

 

「いったいどうなって、ぐっ!」

 

だめだ、声を出すのも難しい。というか呼吸すら困難だ。

訳もわからず、俺はとりあえずディアを自らにかける。

しかし回復した端から痛みと共に“焼かれて”いく。

 

原因は十中八九この霧だ。まずはこの霧から脱出しなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ヒデオが霧に苦しむのと時を同じくして。ジャンヌもまた霧に対して違和感を覚えていた。

 

異様に高い異常耐性を持つジャンヌにはダメージは無かったものの、身体全体が一回りほど“重くなった”ように感じられた。

 

「これは……」

 

()()()()()()()()()()()()()

ジャンヌが有する『サーヴァントとしての()()』ではここまで強力な効果はなく、サーヴァントにはダメージすら入らなかった。

とすれば、サーヴァントに匹敵する霊力を持つヒデオがダメージを負っているという事実に矛盾が生じる。

その理由を考えてすぐに思い至る。

 

それはヒデオから齎された情報。

このジャックが、ジャックリパーを捕食していたという情報だ。

なるほど、起源を同じくする悪魔を喰らうことで己の霊基を強化したということか。

しかし、いや、だからこそ。不可解な点もある。

 

ジャックが破魔系魔法に苦しんでいるこの状況だ。

以前対峙した際にアナライズした時は、はっきりと英傑カテゴリであることと“破魔系無効”のステータスを確認していた。

なのに、今、苦しんでいる。

 

つまるところ、()()()()()()()()()

 

「……」

 

その推測を彼女は俄には信じられなかった。

彼女の真名看破は非常に強力だ。なにせ、英傑憑依の際に主より授かったスキルだから。悪魔のスキルランクでいえばAは確実だ。

これを欺くともなれば、それこそ()()()()()()()でもなければ――

 

そこまで考えて、目前まで迫った“敵の刃”に気が付いた。

慌てて身を捩って躱すと、すぐさま後方に退がる。

 

「チッ!」

 

仕留めるチャンスを逃したもう一人のジャンヌ……ジャンヌオルタは舌打ちして旗槍を構え直す。

 

今のジャンヌは、この黒いジャンヌへの対処で手一杯だった。

 

「まずは彼女を……」

 

どうにかしよう、そう考えたあたりでようやく“思い出した”。

この霧の“真価”。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「っ、いけない! 皆さん、下がってください!! ジャックの宝具は……!!」

 

ジャンヌが声を張り上げた直後、霧の中に幼子の声が響いた。

 

「“此よりは地獄。炎、雨、力……”」

 

 

解体“怨霊”(“ジャック”・ザ・リッパー)!!」

 

 

 





【あとがき】
風花雪月無双、楽しいです。


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襲撃・二

……っぱEDFは楽しいなぁ()





解体怨霊(ジャック・ザ・リッパー)!!」

 

濃霧に包まれた聖堂内に声が響く。

サーヴァント・アサシン、ジャック・ザ・リッパーが有する宝具に()()した攻撃スキルは、元となった宝具と同じ条件下にて真価を発揮する。

すなわち“夜”と“霧”。

 

連続殺人鬼たるジャック・ザ・リッパーの伝承をなぞる形で行われるこの攻撃は、物理攻撃ではなく呪殺攻撃。

故にこそジャンヌは焦った。

本来であれば条件が揃った時点で即座に全員を霧から叩き出すか、あるいはジャックの詠唱をなんとしても阻止すべきだった。

この宝具は、詠唱からの真名解放によって即座に発動する呪詛なのだから。

 

次いでジャンヌは、()()()()()()()()()()()()()()()ことに驚いた。

 

 

 

 


 

 

 

「ぐあぁぁぁ!!!?」

 

痛い。腹が裂けたような……否、実際に腹部がザックリと切り裂かれその傷口から臓物が溢れ出している。

ジャックによる呪文のような声を聞いた直後、()の腹部がひとりでに切り開かれ中から内臓が飛び出した。

 

そうして訳も分からないままに、痛みに悶えている。

 

 

 

 

「……っと、まあ。()()()()()()()()()には多少耐性がある」

 

俺が身に宿す“神格”の特性ゆえか、元々“腹”に関するダメージにも強い。じゃなきゃ“腹に魔剣を押し込める”なんて封印はできないからな。

 

「ぐぉ……キツいのは、変わんないがな」

 

ボトボトと床に落ち、散乱した臓物を見ながら苦笑。

次いで、手を合わせて“詠唱”する。

 

「火の神の骸が成したる山神、山奥の神秘司りし神、孕み(さか)りし多産の神――」

 

これは奥山で教わる祝詞の中でも特に基本となる言葉。

この言葉よりのちに、各々“命じる”内容を付け加えて使用する。

 

「――“裔”たる我が身、我が腹に宿りて、神威を顕し給え」

 

祝詞を唱えて直後、散らばった臓物が消え、引き裂かれた腹部が眩い光を放ち傷の代わりに“暗闇”に包まれた。

これは“山奥の神秘”の顕現。かつて人が恐れ敬った山、とりわけ山奥というのは獣と自然に溢れ人間にとっては脅威に満ちた過酷な場所であり転じて“山の神の住処”、ひいては聖域とされ侵入を禁ずる教えも生まれた。

つまり山神信仰において山奥というのは不可侵の領域、“人には未知の場所”でありその認識が“暗闇”という形でこうして現れる。

 

この暗闇は“解析”と“侵入”に対して強い耐性を持ち、不可侵の神域という概念から干渉そのものを強く拒絶する。

そして、干渉に対しては“神罰を以って報復する”。

 

単なる山神ではない、山奥の神秘のみに特化した“奥山津見(オクヤマツミ)”のみが有する特殊な権能である。

加えて、奥山津見の()()である『奥山』の人間。即ち俺だからこそ使える異能である。

 

 

「……さて、とりあえずはどうにかなったが」

 

腹にオクヤマツミを顕現させた今は先ほどのダメージは“無かったこと”にされている。代わりに先述の“暗闇”が腹に置かれているために“同じ攻撃に対してはカウンターが発動する”。

奥山の裔たる俺に、よりにもよって腹を狙うとは愚策だったな。

加えて、仮にも神たるオクヤマツミが顕現したことで先ほどのスリップダメージみたいなのも無効化されている。

 

冷静になった今はあのダメージが“霧”によるものと理解できた。

 

「化学由来の毒霧か……それを“神秘”の側で具現化させているのは皮肉なのかなんなのか」

 

ともかく、視界は奪われたままなのでCOMPによるサーチで周囲の状況を探る。

しかしこれは急がねばなるまい。

さっきの攻撃がジャンヌから聞いていた“呪殺攻撃”だとすれば他の連中も標的になり得る。

霧と夜、という条件を満たすことで対象を解体する呪殺攻撃。だが俺が聞いた情報ではもう一つ条件があったはずだ。

 

女性への特攻効果。

条件を満たさなくても発動自体は可能らしいがその場合はダメージが著しく軽減される。代わりに三つの条件を一つ満たすたびに威力が強化される。

だが、“サーヴァント”であるジャックの宝具では全ての条件を満たしてようやく効果的な威力を出せる程度の代物と聞いていた。

ジャンヌと俺の見立てでは、俺くらいのサマナーならば耐えられるという結論だったが。

 

「これは予想以上の威力だな……」

 

ぶっちゃけオクヤマツミを顕現させなければ死んでいた。ムドどころではない、間違いなくムドオン級の威力。

しかし、どうにも即死ではなかったようで腹わたぶち撒けた後でも対処ができた。

……とまあ、考えるのはこのくらいにして。

 

「仲魔の回収はCOMPでできるとして、問題はジャンヌたちか」

 

言うなり問答無用でCOMPを操作して仲魔たちを収納する。これで仲魔たちは一安心、俺がやられなければ。

そして、仲魔が消えたことで当然、涅槃台とジャックは俺に向かってくる。

そこで“ヒートライザ”を使う。

 

廃寺の頃と違って、多少は霊力も戻ってきたし“戦闘の感覚”も徐々にだが取り戻しつつある今、詠唱もなく即座に発動できる。

 

発動したところでちょうど涅槃台が現れた。

厳密には、濃霧の中から錫杖だけが突如として突き出された。

 

ヒートライザで強化された俺はその一撃をなんとか刀で防ぐ。しかし相変わらず“一発強化”では足りないらしい。

 

「愚策ですな、仲魔を全て戻すとは」

 

ギリギリと錫杖を押し付けながら語る涅槃台。

無論、応える必要はないので無視する。

代わりに“もう一発ヒートライザを掛ける”。

 

「ヒートライザ……!!」

 

声に応じてCOMPが自動的に魔法を発動する。二段階強化が掛かったことで僅かに身体が軋んだ。だが、前のように死に体になることはない。

 

「……フ」

 

そんな俺の成長を嘲笑うように鼻で笑う涅槃台。むかつくが、それよりも今は全集中しなければ即・死。気を抜けばすぐに死ぬほどの力が杖の先から伝わってくる。

 

案の定、くいっと杖を動かして刀を払い除け再び突きを放ってきた。これを身体を逸らして回避する。次いでお返しの斬撃を放つ。

 

「っ、やりますね!」

 

だが、寸でのところで防がれた。そう簡単には倒せないよな、そりゃ。

――更にはジャックの攻撃も加わる。

 

「おかしいなぁ! おかしいよぉ!! なんで死なないの!?」

 

両手に持った短剣を振り回しながら喚いている。だが、ただ振り回しているわけではないらしく的確にこちらの急所を狙った一撃だ。

 

「これ、は……まずいな!」

 

涅槃台とジャック、同時に相手をするのは流石に無茶があった。しかしジャックの呪殺攻撃を考えるとおいそれと仲魔は呼べない。

どうしたものか。

 

……などと悩む俺の脳内に声が届く。仲魔からの念話だ。

相手はオサキ、チヨメちゃん、牛若。

三名は一つの提案をしてきた。

危険なのは変わらないが、まあ他に手もない。

 

仕方ないか。

……仕方ないが、召喚する隙がない。

 

と、困ったところで運良く好機が訪れた。

 

 

 

 

「ああもう!! めんどくさいよ!」

 

飛び回りながらナイフを振り回していたジャックは突然そう叫び、距離を取ってそのまま霧に紛れた。

来るか、あの攻撃が。

 

「此よりは地獄――」

 

来た、あの詠唱だ。このまま呪殺攻撃が飛んでくればオクヤマツミの神罰がジャックの身を焼くだろう。

俺は不自然にならないようにジャックを無視して涅槃台への対処に注力する。

 

しかし。

 

 

「っ、待てジャック!! 宝具は……っ!!」

 

涅槃台は慌てて静止の声を上げた。まさか、オクヤマツミの権能に気付いているのか?

かの神の力は『奥山』の者しか知らないはずだが。

古事記にも載ってない。

 

 

……結局、涅槃台の静止は届かずジャックはあの呪いを発動した。

 

 

解体怨霊(ジャック・ザ・リッパー)!!」

 

一瞬、呪詛が禍々しいオーラを以って可視化され俺へと一斉に襲い掛かる……が。

 

「っ、ああぁァァァアアァ!!!?」

 

直後にはジャックの身体はまるで雷に打たれたような光を放ち悲鳴を上げた。

これは奥山津見の神罰だ。奴のスキルに反応してカウンターの“破魔系魔法”が放たれたのだ。

先の様子を見る限り奴は破魔系に弱い、ならばこれは致命傷だろう。

 

これを好機と見た俺は奴へトドメを刺すべく駆け出そうとして――

 

 

――身体が動かないことに気付いた。

 

「っ、な、なんだ!?」

 

慌てて自分の身体を見回してみれば、腹部を除いた全身に無数の切り傷が生じているのに気付いた。

殆どは浅い傷だが幾つかは行動に支障が出るほどに深い。

俺は駆け出そうとした勢いのままに前のめりに倒れた。

 

訳も分からず必死に起きあがろうとする俺を見下ろすようにして、ジャックが現れた。

見上げたその身体には()()()()()

 

「ど、どうゆう……!」

 

そう言ってすぐに思い至る。このジャックが()()()()であることに。

つまりアイツは、自らを構成する霊体の一つを身代わりにして神罰を回避したのだ。

そして、俺の奥山津見に守られた腹部以外を呪詛で傷付けた。

 

……そもそも、ジャック・ザ・リッパーの宝具は()()()()()()()()()()()()()()()()()。これも事前にジャンヌから聞いていたはずなんだが、初撃が腹部を狙ったものだったので無意識のうちに勘違いしていた。

 

 

「自分の同胞を、捨て石にしたのか……?」

 

俺の問いにクスクスと笑ったジャックはナイフを振り上げながら口を開く。

 

「何言ってるの? ()()()()()()()()だよ?

一人も二人もない、みんなで“ジャック・ザ・リッパー”なんだよ」

 

なるほど、そういう“在り方”か。それほどまでの“執念”であれば怨霊群体などというイレギュラーもあり得るか。

 

納得した俺へとジャックは無造作にナイフを振り下ろす。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として破壊音が鳴り響き、衝撃波で霧を吹き飛ばしながらコンクリート片が飛んでくる。

 

「ホホホホホォォォォォォ!!!!」

 

続けて聞き覚えのある鳴き声と共に“怪物”が聖堂内に乗り込んできた。

 

「こいつは……!!」

 

「ちっ、この役立たずが……!」

 

舌打ちと共にジャックが後退し、代わりに周囲へと崩壊した聖堂の破片が降り注ぐ。

俺もすぐに退避しなければ危ないが、未だジャックに付けられた傷のせいで身体が上手く動かない。

 

「く、くそっ……!」

 

「ヒデオさん!!」

 

プルプル震えながらなんとか立ち上がった俺に、これまた聞き覚えのある声がかけられた。

 

「遠野さん!? なんでここに……!」

 

心配そうな顔で駆け寄ってきたのは遠野アイだった。彼女はすでにヨシオに任せて無事にジャックの森に辿り着いていたはず。今頃は帰宅していると思っていたが。

 

彼女は有無を言わさず俺の肩を担いでこの場から連れ出そうとする。しかし、体格差があり過ぎる上に見た目通り非力だった彼女ではあまり支えになっていない。

 

「俺はいい、君は早くここを離れろ」

 

別に親切心からの言葉ではない、単にここでこうしていても役に立たないし俺が自分で歩いた方がマシ。それどころか彼女まで無駄に危険に晒されるからだ。

 

「置いてくわけには行かないでしょう!? ふ、ぬ、ぬ……!」

 

女の子が出しちゃいけない声と共に俺を引きずる彼女。このお人好しが……。

とはいえ、彼女には色々と聞きたいこともある。なんとか二人でここから離脱せねば。

 

 

……と、そんなこんなしているうちに聖堂はついに崩落を迎え無数のコンクリート片が頭上より降り注ぐ。

 

「きゃあ!?」

 

悲鳴と同時、目を閉じた彼女を咄嗟に抱き寄せて覆い被さる。一般人の彼女は言うまでもなく即死だろうが、デビルサマナーとして鍛えられた俺ならば大きめのコンクリート片くらいは耐えられる……かもしれない。

 

 

「主の御業をここに!」

 

だがその心配は杞憂となる、ジャンヌが颯爽と俺らの前に現れてあの旗槍をかざして“結界”を張ったからだ。

聖女ジャンヌの張った結界は強力で、コンクリート片程度は容易く弾いてしまった。

 

崩落がひと段落したところでこちらに振り返る。

 

「今のうちに撤退します!!」

 

言いながら彼女は俺たち二人を米俵のように担ぎ上げてその場から全速力で退避した。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ、コウガオン!!」

 

左手を向けて短く唱える、直後には掌から破魔系魔法が飛び出し一直線にバルディエルへと向かう。

 

「ぬるいわっ!」

 

破魔系上位の魔法に対して、氷結属性の槍と電撃属性の槍を交差させ犠牲にすることで相殺する。

そしてすぐさま代わりの槍を二振りとも生成してヨシオに飛びかかる。

 

振り下ろされる魔力製の属性槍二本を、両刃剣で辛うじて防ぐ。

徐々に押し込んでいくバルディエルの背後より破魔系魔法を装填した槍を構え、天使パワーが迫る。

天使ヴァーチャーは両名に補助魔法を掛けつつ火炎系中級魔法(アギラオ)を撃つ。

 

バルディエルは雷槍でアギラオを薙ぎ払うも、パワーからの攻撃は直前に気付き慌てて雷槍で迎え撃つ。

力が分散した隙を突いたヨシオは、氷槍を弾きバルディエルの無防備な肢体に袈裟斬りを放つ。

 

「ぐぁ!?」

 

続けてパワーも雷槍を押し退けコウガを装填した刺突を放つ。

胸部に強烈な一撃を受けたバルディエルはたまらず後退した。

 

「やるではないか、メシアン……!!」

 

新たな雷槍と氷槍を携え、未だ戦意衰えぬ様子で交戦的な笑みを向ける。

 

ヴァーチャー、パワーが翼を羽ばたかせヨシオのもとに集う。

ヨシオは銃の再装填をしてから改めて両刃剣を構えた。

 

「それなりに戦いには慣れてる。堕天使相手であればなおさら負けられない」

 

そう言うヨシオの目には戦意や使命感だけではない、純粋な“殺意”が滲み出ていた。

 





【あとがき】
エリセが水着を……ッ!!!!
うちに来てくれたのもエリセ一人……ッ!!!!
エリセたんハァハァ(゚´Д`゚)

ふーやーさんの貯蓄もないしガレスちゃんは来ない(血便



【おまけ】

[ソウル・コントラクト・ソサエティ及びグリゴリの動向について・3]

――過日より、人間社会の裏側にて暗躍していたかの組織は世紀末神魔騒乱においても活発な活動を行なっていた。

世紀末にもっとも活発に動いていた悪魔組織ガイア教と同盟を結び、彼らが支援するゴトウ一等陸佐に多大なる支援を行う。これには、ガイア教の有力なスポンサーであるルシファー旗下の悪魔軍との協調及び、悪魔勢力の団結によるヘブライ勢力への牽制の意味合いがあった。
そして、遠からず始まる“ハルマゲドン”に向けた根回しも含んでおり、現行社会崩壊後にグリゴリが優位な立場を確保するための布石でもあった。
更には、保険として『D.C計画《プロジェクト・ディーシー》』を発動。これは、神話時代の希少種である人と悪魔の――

《中略》

――しかし、肝心のゴトウが“現代の英雄”によって討たれたことで計画は頓挫。水面下で動いていた他の有力悪魔も続け様に討伐されたことで同組織は早々にこの一件から手を引くことで“現代の英雄”からの追求を逃れた。

その後、平崎市にてSCSでも非常に強力なダークサマナー、シド・デイビスを使って古代王朝の古き姫を用いた“呪術式”を完成させるため暗躍するものの。葛葉より派遣された葛葉キョウジによってこの計画も潰され、さらには貴重な実力者であるシド・デイビスの離反を招くという散々な結果となる。

それから幾ばくも経たないうちに、天海市にて組織の大幹部アザゼル、シェムハザが活動を活発化。兼ねてより同盟関係にあった門倉と共同で『マニトゥ計画』を発動。ネットを通じて人間のソウルの収集を目論む。
だが、この計画も葛葉の支援を受けた“デビルサマナーの少年”によって未然に防がれ、同地にて活動していたアザゼル、シェムハザの両名をも討たれたことでついに同組織は沈黙。司令塔の悉くが討たれたことで統率を失った組織は、組織として活動が難しくなり各々の考えで独自の活動を開始。組織は事実上の崩壊となった。

《中略》

――しかし、組織崩壊直後。突如としてグリゴリのメンバーだった■■■■■がリーダーの地位を継ぐことを宣言。突然の宣言に元幹部たちも素直に認めることは無かったが、同じくグリゴリメンバーたる■■■■■らを味方につけたことで事態は急変。次々とグリゴリメンバーを味方に引き入れたことで無事にグリゴリのトップ及びSCSの管理責任者の地位を手に入れた。
以後は、組織崩壊で頓挫していた『D.C計画』の再開、天海市の一件で得られたデータを用いた『■■・■■■■』の製造。未だ人間社会で暗躍する悪魔関連組織との積極的な連携などでかつての勢いを取り戻しつつある。

また、古より暗躍が疑われていた山伏集団とも取引を繰り返しており、二十世紀末に繋がっていたガイア教とも大派閥アスラおう派の一派たる大霊母派のオオウベを通じて再び同盟関係となった。

■■■■■自身もグレゴリーを名乗って積極的に各地で暗躍していることから、現在最も警戒すべき悪魔と断ずるべきである。

今後も情報が集まり次第、都度報告を行う。




――――サマナー協会副会長・碓氷■■


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襲撃・三

壱与ちゃんに惚れてしまったので投稿します。







私は()()()()()()

 

 

 

十年前、私の家族は悪魔によって皆殺しにされた。

私の家系は古くより“魔を調伏する”ことを生業としており、そういった仕事の中で討ち損じた悪魔の逆恨みによる犯行だった。

 

父は無数の悪魔に八つ裂きにされ、母は食い散らかされた。幼い弟妹も惨たらしく貪り喰われ。

私は、生き残った。

 

偶々、近くを通り掛かったメシアンによる攻撃で襲撃者たちは撤退し私はそのまま彼らに連れられて教会に引き取られることとなった。

 

 

この教会は孤児院も兼ねており、院長を務める神父の手によって他大勢の孤児と共に育てられることとなる。

 

当初、襲撃時のトラウマから精神的に不安定となっていた私だが、心優しき神父はそんな私に根気強く付き合い。一年ほどでなんとか日常生活を送れるまで回復した。

冷静な思考を取り戻した私が真っ先に考えたのは、襲撃者たる悪魔どもを“どうやって殺すか”だった。

 

この教会はメシアン、つまりメシア教の息がかかった施設でありそこの責任者たる神父は当然ながらメシア教の戦闘要員、テンプルナイトだった。

また、このような施設はメシア教にとっては“戦闘員の確保・育成”のためにも運営されている側面があるらしく。他の似たような教会では孤児たちにメシアンとしての教育が行われ自然とメシア教の戦闘員にされていくらしいのだが。

ここの神父は少々、というかだいぶ変わっていた。

 

孤児たちにはメシア教の教育は“一切なく”、それどころか社会に出るために必要な教育に金を惜しまなかった。そのため普段から常に金欠でありこれを補うために神父以下、この教会に所属するメシアンは積極的に悪魔討伐の任務を請け負いその戦果によって運営資金と、孤児院運営に口出しさせない、という条件を勝ち取っていた。

 

……だが、そんな生活を送っていては自然と神父たちの事情に気付く子どもも出てくる。

そんな子たちにはメシア教の存在と、悪魔の存在を教え、この危険性を説くと共に関わることをやめるように言い含めていた。

神父たちは徹底して、子どもたちに悪魔との関係を持たせないようにしていた。

 

そんな中で私は強くメシア教への入信を懇願した。

当初こそ堅く拒まれたものの、根強い訴えと私の意思の強さを汲んだ神父の判断によって私はメシアンとして戦闘訓練をつけてもらえることになった。

 

それからはひたすらに修行の日々だった。

元々、実家で対悪魔の基本的な教えは受けていたので訓練はさほど苦ではなかった。

それよりも当時の私は“悪魔への復讐”のことで頭がいっぱいだった。

 

やがて、討伐任務にも同行を許された私は積極的に戦闘経験を積みしばらくして――

 

 

 

――憎き仇どもと再会した。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

目の前にいる“憎き悪魔”への殺意を押し込めながら、剣を構える。

 

「……ヨシオ、冷静になってください」

 

ヴァーチャーが小声で告げる。

 

「……至って冷静だけど――」

 

言い掛けて、剣を持つ手が“怒りに震えている”ことに気づく。

そのことに「ああ……またか」と、内心溜め息が出る。

いつまで経っても治らない“癖”、悪魔を相手にするといつもこの衝動に悩まされる。

もう随分と時が経ち、症状も和らいだと思っていたが。

“堕天使”相手ではそうもいかないらしい。

 

一度思考をクリアにして心を鎮める。

 

「大丈夫、いける」

 

「……分かりました。私は引き続きサポートいたします」

 

ヴァーチャーは諦めたように言って戦闘体勢に戻った。

私もバルディエルへと目を向ける。

奴は二本の槍を手に不敵な笑みを浮かべた。

 

「愚かな羊よ……我を足止めして小娘を守ったつもりか?」

 

「……どういう意味だ?」

 

奴の言い回しに嫌な予感がしつつも問う。

 

「単純な話よ、小娘を狙っているのは()()()()()()()ということ」

 

「っ!!」

 

それは、まさか……。

慌ててスマホでマップの悪魔反応を探る。そこへすかさずバルディエルが仕掛けた。

 

「余所見とは笑止!!」

 

振るわれる槍をパワーの槍が止める。

 

ヴァーチャーはパワーにカジャ系三種を素早く掛けて魔法による援護を始めた。

その様子はしばし観察する、そして気付いた。

 

バルディエルは、ヴァーチャーが放つアギラオに対して異様に警戒している。

 

「つまり弱点は火炎系か。となると……」

 

ポケットの中の()()()()()()を手で確かめた後、駆け出す。

バルディエルは今パワーと接近戦を繰り広げている、その合間に飛来するアギラオへの対処に追われている。

仕掛けるなら今。

 

まずバルディエルへと斬りかかる。

当然、それは片方の槍で受け止められる。それは想定のうち。

私は左手で素早くポケットのザンストーンを投擲する、石はバルディエルの眼前にて衝撃波を放ちながら砕ける。

 

「っぅぐ!?」

 

怯んだ隙を突いて槍を退けて剣を振るう。しかし。

 

「小癪な!!」

 

槍を振り回され後退を余儀なくされる。

だが、まだだ。

 

パワーと合流したところで、二人に念話を用いて今後の策を簡潔に伝える。これに頷きで返したパワーは槍を構えてバルディエルに立ち向かった。

私も剣を構えて突撃する。

 

「いいぞ! 今宵は存分に殺し合おうではないか!!」

 

奴は二本の槍を構えて堂々と立っている。

……なんとなく気付いていたが、コイツはどうにも“武”に執着するタイプの輩らしい。加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、自分からギリギリの戦いを望んでいるということ。

 

ならば重畳。

 

パワーと二人がかりで近接戦を演じ、後方よりヴァーチャーがアギラオを見舞う。

三人で猛攻を加えれば多少なりとも隙が出来るはず……そう思っていたが。

 

「フハハハハ!! いいぞいいぞ、貴様ら土人形の成長を見るのはいつだって楽しい!! 『監視』などというつまらぬ役目など負う気は甚だ無かった! 神の手を離れ、神の権威を笠に着た熾天の走狗どもの鼻をあかせるほどに成長した貴様らと武を競うことこそ我が悲願。

汝らはいつだって我を、私を楽しませる!!」

 

興奮した様子のバルディエルだがその動きには一切の隙が無い。口調すら“天使時代のもの”と混合しているというのに、動きは一切乱れていない。

これがグリゴリに列される堕天使の力とでも言うのか?

或いは長年の現界で豊富なMAGを蓄えているのか。

 

どちらでもいいが、このままではジリ貧だ。

 

そこまで考えたところで、パワーが唐突に動いた。

 

「はあぁぁぁ!!」

 

これまでの堅実な攻めから一転、捨て身の猛攻を繰り出す。

 

「ぬぅ!?」

 

更にはバルディエルを押していることから“タルカジャ”を重ねがけしたことに気がついた。見ればヴァーチャーが小さく頷きで返した。

 

仲魔が作ってくれた隙、逃すわけにはいかない。

 

私はザンストーンを投げながらパワーの後に続く。

流石に二度目は無い、とばかりにザンストーンを打ち落とすバルディエル。しかし、お前の弱点はもう一つあるはずだ。

――奴が生み出す雷と氷の槍、これをジオ系とブフ系として見た場合。これらと“比較的”対となり易い属性はアギ系とザン系だ。

無論、そんな不確かな推察でヘタを打つわけにはいかないので先程試したわけだが。反応を見る限り当たりだ。

 

 

奴に肉薄する寸前に、今度は()()()()()()を投擲した。

魔力を込めてザンストーンよりも“早め”に発動するように調整して。

 

案の定、ザンストーンと同じく打ち落とそうとした奴の手前にて石は爆ぜる。

 

「くっ!!」

 

弱点である以上は、ゼロ距離でなくとも余波だけで怯む程度の隙は作れる。

一瞬、無防備となった奴の胴体に渾身の突きを放つ。

 

「っ!!」

 

……が、予想以上の立て直しの速さで奴も槍を振るってきた。

目算では突きが届く前に、リーチの長い槍の方が私を打ち払うと見た。

その時。

 

「っ!」

 

突然、身体が軽くなった。理由はすぐに思いつく、スクカジャだ。

ヴァーチャーが土壇場で補助魔法を放ってくれた。

一段階上がった速度でそのまま剣を突き入れる。

 

「ぐぉ!?」

 

胴体に突き刺さった両刃剣、だがまだ終わらない。

鋒より破魔系の魔力をありったけ放出する。

 

「ぐ、がががぁぁ!!」

 

ガクガクと痙攣しながら、体のあちこちから皮膚を突き破って光が漏れ出す。

 

やがて、眩い光と共に衝撃波が発生した。

 

「うぁっ!!」

 

突然のことで踏ん張る暇もなく吹き飛ばされる。

 

「ヨシオ!」

 

宙を舞って直後にはパワーに抱き止められ、勢いを和らげながら緩やかに後方へと運ばれた。

 

 

 

 

 

 

やったのか? ……なんて、お約束な言葉を言わずとも、スマホを確認すれば分かる。

 

奴はまだ生きている。

 

「ハッ……ハッ……」

 

白煙の中から、ボロボロになったバルディエルが姿を見せた。

身体のあちこちから出血し、裂傷も至る所に生じた状態だがコイツはまだ生きていた。

 

「しぶとい奴だ」

 

とはいえ虫の息なのは事実、スマホにも微弱な反応しかない。

 

「いい、ぞ……素晴らしい……! それで、こそ……ゴホッ……“混沌”と相対するに、相応しい……!!」

 

死にそうなくせによく喋る奴だ。

今更、悪魔の甘言に惑わされるほど柔ではない。

構わず左手でハマを撃ち放つ。今の奴ならばハマで十分滅せる。

 

とどめの一撃はしかし、突如現れた“眼鏡の男”によって打ち消された。

 

「っ、誰だ!!」

 

咄嗟に私の前に立ち槍を構えるパワー。

その問いに答えるように眼鏡の位置を直して男は口を開く。

 

「答える必要も無いだろう。此奴の救援に来たのだから」

 

まあ、バルディエルの仲間なのはわかる。

整えられた銀髪、金色の眼、白衣のような衣装を纏った男。

スマホの反応を見るに人では無いのも確かだ。

 

だが。

ハマを()()()()()というのが気になる。見た限り、相性で無効化したわけではない。無理やり打ち消した、というには違和感があった。

となれば、“術で無効化した”と見るのが妥当か。

 

「……何者だ?」

 

只者ではない。それだけは分かる。順当に見れば奴も堕天使ということなのだろうが。

 

「答える必要は無いと言った。……だが、バルディエルをここまで痛めつけたニンゲンには興味がある。故に、これは褒美だ」

 

そこで再び眼鏡をくいっと押し上げ、こちらに身体ごと向き直る。

 

「我が名は“アルマロス”、貴様らに知恵を授けた堕天の悪魔だ。あとは貴様らで勝手に考えるがいい。

……とりあえず、コイツは貰っていくがな」

 

そう言いバルディエルを担いだアルマロスは、ちらりとこちらを一瞥し――

 

「……()()()()()()か、実に興味深い」

 

そう言い残し、転移の魔術で去っていった。

 

 

 

 

 

「……そんなことより遠野さんを助けに行かないと!!」

 

アルマロスの発言が気になってしばし考え込んでしまったが、それよりも重要なことがあった。

急いでスマホで周辺地域の悪魔反応をサーチする、と。

 

「あの怨霊か……!」

 

以前出会った怨霊の反応が、遠野さんのすぐ近くにあった。あいも変わらず彼女を狙っていたらしい。

すぐにでも救援に向かうべく歩を進めたところで、ふらり、とよろけた。

 

「ヨシオ!」

 

咄嗟に飛んできたヴァーチャーによって支えられ事なきを得る。

 

「ごめん……結構消耗したみたいだ」

 

「当たり前です、相手は名のある堕天使。それも古き時代に堕天した“監視者”の一員。事前に準備もなく交戦して生き残れたのは寧ろ幸運です」

 

介抱しながらも説教垂れる彼女に苦笑を返しながら、遠野さんをどうやって助けるかを考える。

 

「……あんな別れ方をしといて私の方から連絡するのもアレですが」

 

背に腹はかえられぬ、私は迷わずヒデオさんに連絡しようとして――

 

「……連絡先、聞いてなかった」

 

まず彼の連絡先を入手するため、知り合いに片っ端から連絡する羽目になった。

しかし事は一刻を争う、私も仲魔たちの介抱を受けながらも必死に反応があった場所へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば大丈夫です」

 

教会から少し離れた木陰にて俺たちは足を止めた。

この辺りは家もまばらで、畑やら無造作に生え散らかした木々や草花があるばかりのなーんもないエリア。

まあ、田舎ではよく見る風景ではある。

 

「すまん、助かった。正直、ちょっと舐めてたわ」

 

未だジャックから受けた傷でまともに動けない俺は、木の幹に身を預けつつポケットから宝玉を取り出し使用する。

宝玉は魔力を込めてすぐに砕け散り、代わりに淡い青色の光が身体を包む。光は急速に傷を塞いでいき、完治させた。

あんまり使いたくはないが、こんなとこで死ぬわけにもいかんので致し方なし。

 

身体が万全の状態になったら、一先ずCOMP内の仲魔たちを呼び出しておく。

 

仲魔たちはいつもの魔法陣からすぐに現れた。

現れて……真っ直ぐに俺へと小さい影が飛んできた。

 

「ぐっは!?」

 

鳩尾に一撃、高速で打ち出された頭突きは凄まじい衝撃で、もたれかかっていた木の幹が陥没するほどだった。

こんなことするのは一人しかいない。

 

「お、おぉ……オサキ、数秒前まで重傷だった奴に、なんてことを」

 

「馬鹿者が! 危ないからと仲魔を全送還するなど何を考えておる!?

お前が死んでは本末転倒ではないか!!」

 

悶える俺をスルーして声を荒げるオサキ。だが正論なのでぐうの音もでない。

 

「それはすまんかった……お前の言う通り浅慮だった」

 

「本当にわかっとるのかお主!? これで何回目の説教だと思っておる!?」

 

た、確かに。おんなじこと何回も言われた記憶があります……。

 

「まったく、少しは成長したかと思っていたが。まるで変わっておらんではないか!! そもそもだな――」

 

お説教がヒートアップしたところでジャンヌが止めに入った。

 

「オサキさん、落ち着いて。今は敵への対処を考えるのが先決です」

 

「む……そ、それもそうだな。

 

……だが! 次、あのようなふざけた真似をしたら許さんからな!」

 

ジャンヌに宥められて落ち着いたのも一瞬、こちらを指差して宣言した後、腕を組んでプイッとそっぽを向いてしまった。

……正直、可愛いが本人は本気で怒ってるアピール出来てるつもりなんだろなぁ。

 

 

と、ほっこりしたのも束の間。今度はウシワカがムッとした顔で詰め寄ってきた。

 

「主殿、あの体たらくはなんですか? あの戦況ならば我らの総力で当たれば十分に勝てました。呪いであればオサキ殿の対処が有効、イヌガミ殿もその方面には強いはず。無論、私とてあの程度の呪いで死にはしません。死ぬとしてもただで死ぬ気もない。

 

それを! なぜ! あの場で送還するのですか!!」

 

確かに……。

 

ウシワカの気迫に押される俺に今度はイヌガミが寄ってきた。

 

「我モ流石ニ期待外レダッタ」

 

短くそう告げて呆れ顔でふわふわと他所に行く。

お前にまで言われるとは……。

 

と、今度はクダが人間形態で歩み寄る。

お前も俺に説教する気か?

分かってる、反省すべきは俺だ。

 

「主……」

 

物憂げな顔で至近距離まで来る彼女。

お、おう。説教にしても近過ぎやしないか?

 

「しゃがめ」

 

淡々と告げる彼女に、俺も粛々と従う。もうね、分かってる。拳骨だよね、拳骨してくるんだよね?

反省してる俺は甘んじて受ける所存、と。

 

「よしよし……痛かったな、怖かったな」

 

しゃがんだ俺に、クダはなんと“なでなで”をしてきた。

予想外の行動に理解が追いつかない俺はポカンと口を開けたままにフリーズする。

 

「我……私がいるからもう大丈夫だぞ。ほら、いいこいいこ」

 

声音は固いが優しい口調でそう語りかけてくる。

理解が追いついてきた俺は、不意の優しさに思わずキュンとした。

だがすぐに我に返り言い返す。

 

「待て待て、何を思ってこんなことしてる。いい年した男がこんな……ひ、人の目もあるだろう!」

 

「ん〜? 人目がなければ良いのか?

……大丈夫大丈夫、今は私のなでなでに身を委ねよ」

 

少し背伸びして必死に頭を撫でる姿にほっこりする……じゃなくて!

 

「やめんか!」

 

いい加減、恥ずかしさで死にそうになるので撫でる手を掴んでどける。

 

が。

 

「……恥ずかしがり屋さんめ」

 

悪魔としての膂力でなんなく振り払い、逆にこちらの肩をがしり、と掴んだ彼女は。

ゆっくりと俺を抱きしめた。

 

「!!?」

 

またも予想外の行動にフリーズする俺の頭を優しく撫で始めた彼女は耳元で囁く。

 

「主はよく頑張ってる……私は分かってるぞ」

 

慈愛に満ちた抱擁と優しい言葉に妙な感情が湧いてくる。

こ、これが噂のバブみというやつか!!

 

このまま甘やかされるのもいいな、そう思った俺は暫くされるがままになった。

 

 

 

 

……その後、見兼ねたオサキに引き剥がされ再び我に返った俺は、困ったように苦笑するジャンヌを視界におさめて激しく後悔した。

また、後にクダに事情聴取したところ。先の行動は、友人の家で読んだ本に書いてあったものを単に真似たのだと発覚した。

 

俺はその友人とやらに内心で感謝の念を送った。

 

 

 

 

 





【あとがき】
壱与ちゃん可愛いよ壱与ちゃん。
ああいう頑張ってる子に弱いんスよねぇ……。


最近はEDF6が忙しくてな……グロいタコピーにラヴァドラゴン、自爆してくる機械生命体にクラゲアンカー。人魚って呼び始めた奴に一回説教したくなる人魚カッコカリ。これ以上はネタバレだから言わないけど、思ったより追加敵多かったですね。
個人的には「落ち着いて! 僕の話を聞こう!」が一番笑ったセリフです。銃ぶっ放した時のセリフも正論過ぎてワロタ。


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襲撃・四

二ヶ月も放置して申し訳ない……
仕事とゲームとゲームとゲームが忙しくて(ry





「この……ごくつぶし!」

 

げしっと“ギョロ目の頭部”を踏みつける。

 

「ホゴッ!? ゴゴゥ……」

 

怨霊群体は呻きながらも、どこか落ち込んだように首を垂れている。

なおも罵倒しながら暴行を続けるジャックを横目に、涅槃台は“念話”による通信を聞いていた。

 

やがて、通信を終えた彼はジャックに声をかける。

 

「――どうやら、“彼女”の方も準備が出来たようです」

 

「ん……じゃあ、いよいよ決着をつけるんだね。待ちくたびれたよ」

 

彼の声に一転して笑顔で応えるジャック。その脇には怨霊群体を()()()()()で見つめるジャンヌオルタがいた。

 

「……()()()()、この、この悪魔は()()()()()()

 

彼女の様子に、「ああ、認識が狂わされたのか」と理解しつつ答える。

 

「ただの使い魔です、気にしないでいいですよ。それよりも――」

 

錫杖を地に突き立て、言葉を続ける。

 

「次は、しっかり仕留めてくださいね。ジャンヌさん」

 

嫌味ったらしい言葉に眉を顰める。

 

「……貴方に言われるまでもありません。事実、“これ”の介入さえなければ仕留めていました」

 

旗槍で怨霊群体を指しながら答えた。

……平常であれば、“ジル”のこの現状に激昂していたことだろう。しかし、今の彼女は“魔王によって認識阻害を掛けられている”。ゆえにこの悍しい姿の悪魔にも訝しむことしか出来なかった。

その様を哀れと感じつつも、内心“無様”とほくそ笑みながら涅槃台は今後の作戦を伝える。

 

「貴女は今後も聖ジャンヌを仕留めることだけに集中してください。できれば他の連中と引き離してくれると助かりますが……そこまで期待するのは酷でしょうからね」

 

嫌味な彼の言葉に、ジャンヌオルタは“炎”を差し向けることで応えた。

ぶん、と振るわれた旗槍に従うように黒炎が巻き上がり涅槃台の身体を包み込む。

側から見ていたジャックは思わず駆け寄ろうとするが。

 

「やれやれ……血の気が多い方だ」

 

涅槃台はなんてことないようにオルタの背後に移動していた。

 

「貴女は火力に特化してはいますが、些か“器用さ”に欠ける。私でも避けられる程度に」

 

「……ふん、加減してあげたのも分からないのですか?」

 

毅然とした態度で答える彼女と涅槃台の間にしばし沈黙が流れた。

やがてオルタは再び旗槍を回転させて傍に突き立てる。

 

「――では、これならどうでしょう?」

 

僅か口角を釣り上げた直後、オルタを中心として黒い炎が地面より噴き上がった。それは瞬く間に広範囲に拡大し、涅槃台のもとまで達した。

 

 

「……チッ、逃げ足の速い」

 

だが、やはり彼を捉えること叶わず。黒炎で焼いた大地に彼の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、アレのどこが“ジャンヌ”なのか」

 

溜息を吐きながら森の中を走るのは涅槃台。傍にはジャックがピッタリくっ付くように並走する。

 

「でも、さっきのはマスターが悪いよ。あんなに意地悪されたら“ぼくたち”でもカチンときちゃうもん」

 

「でしょうね、()()()()()()()んですよ」

 

「?」

 

涅槃台の返答に首を傾げたジャックへ、一拍置いて説明を始める。

 

「彼女、ジャンヌオルタは()()()()()()()()()

 

「っ、じ、じゃあ置いてきちゃったのは不味くない?」

 

涅槃台は首を横に振る。

 

「あのままあそこに居れば、彼女は“本気”になったでしょう。そっちの方が厄介です。何せ我々はこれから大事な作戦がある、その前に要らぬ消耗を強いられるわけにはいかない。

……とはいえ、馬鹿正直に背中を向ければ彼女は即座に本気で仕留めにきた。だからこそタイミングを見計らって逃げたんですよ」

 

「そっか…………でも、どうして裏切るって分かったの?」

 

ジャックの疑問は当然だった。これまで共に行動してきた中でこちらも彼女も特に怪しい発言も行動もしなかった。互いに不利益となることもしなかった……と、少なくともジャックは考えていた。

涅槃台は間を置かず答える。

 

「簡単なことです。彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

さっきまでの行動の中で何度か“確かめる”ような仕草をしていたんですよ、あの怨霊に旗槍を向けた時も()()()()()()()()()()()

……そこで初めて私も“彼女の裏切り”に確信を持ったわけですが。

 

加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……いや、厳密にはさっき気付いたと言うべきでしょうか」

 

「あー、なるほど! だからマスターに加減して攻撃してきたんだ」

 

「ええ、アレで彼女も自分の疑問を確信に変えたのでしょう。私もこれ以上は危険と思いこうして退散したわけです」

 

説明を聞いたジャックは、その冴え渡る頭脳で即座に事態を把握した。把握して……解消されていない疑問を再びぶつける。

 

「……でも結局置いてきたのはマズくない?」

 

ジト目で見つめるジャックに、「うっ」と呻きを漏らしながらも涅槃台は咳払いで誤魔化す。

 

「ま、まあ、それは、そうですが…………いや、たしかに失態ですね。しかし今更戻っても仕方ないでしょう。こうなっては彼女の聖女への執着に期待するしかありません」

 

オルタは、オリジナルにあたる聖女ジャンヌに強い敵意を向けている。その思いに従って素直にジャンヌを仕留めに向かうことを彼は願っていた。

 

「そもそも、彼女には“味方がいません”。頼る宛がない上にあの性格ですから、聖女を倒しに向かう以外に選択肢があるとも思えませんが」

 

「そっか、あの怨霊のことはまだ“分かってない”んだもんね。

……まあ、分かったところで“あいつ”の知性はもう無いし、どうしようもないけどね」

 

「くひひ」といたずらっ子のような笑みを浮かべるジャックに、涅槃台は穏やかな目を向けていた。だが、すぐに真剣な顔に戻して前に向き直る。

 

「さあ、そろそろ街区です。一番高いビルに登った後のことは……分かってますね?」

 

「うん!! ()()()()()()()()()んだよね?」

 

「そうです。その上で()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「食べ放題!!」

 

「あなたたちの特性を考えれば、“手分け”して食べるのがいいでしょう。そうすれば奴らはすぐに()()()()はずです。

聖女と“あの地母神”は人々を見捨てられない、油凪で殺戮が始まればたとえ罠だと分かっていても出てくる。

そこからが本番です。

 

……ああ、わかってると思いますが。手分けしている最中に奴らと遭遇したら――」

 

「すぐに逃げる! 絶対に戦わない!」

 

「そう、よくできました」

 

立ち止まりジャックの頭を優しく撫でると、彼らはふにゃふにゃの笑みを涅槃台に向けてきた。

――その笑みを見ていると、自分の無くなったはずの“心”が痛むような気がした。

 

(……くだらない感傷だ)

 

だがすぐに元の“冷徹”な思考を取り戻す。

 

自分の野望のために彼らを“使う”のだ。

自分の野望のために人間どもを殺戮してきたのだ。

自分の野望のために、願いのために、私は――

 

 

――()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

クダになでなでされて存分に癒された後。

息も絶え絶えだった遠野さんがようやく落ち着いたので早速事情を聞くことにした。

 

と、彼女のもとを訪れたところどうやら誰かと通話中の様子だったので一歩引いて待つ。

 

「……はい、はい。あぁ、とにかく無事でよかったです」

 

通話の最中、木陰で待っている俺を見つけ早々に通話を切った彼女が小走りで駆け寄ってきた。

 

「ヒデオさん! ヨシオさんも無事だったみたいです! 今はこっちに向かってるそうですよ!」

 

心底安堵したような笑顔でそう告げる彼女。

うん、いったい何のことを言ってるのかさっぱりわからん。

 

その旨をそのまま伝えると、彼女は一気に赤面して平謝りしてきた。

なんとも可愛い反応だが、そのまま眺めていてもいじめにしかならないのでなんとか宥める。

そうして落ち着いた彼女から改めて教会までの経緯を説明してもらった。

 

 

 

曰く、彼女とヨシオはジャックの森を出た直後に悪魔の襲撃に遭ったという。

堕天使バルディエルを名乗ったその悪魔から遠野さんを庇ったヨシオは、彼女を逃がし仲魔と共に堕天使へと立ち向かった。

 

一方、遠野さんは必死に逃げながら俺の私用スマホへと連絡をしたが繋がらず。更には途中であの怨霊に遭遇、死に物狂いで逃げていたら()()、あの教会に辿り着いて……あとは俺も知っての流れ。

 

「いや、まさかこんな奇跡が起こるなんて思っても見ませんでした。私の()()もなかなか侮れないですね」

 

「直感、ねぇ……」

 

それにしては“出来過ぎ”だ。当たり前だが彼女が嘘をついているようには見えないし、やはり“何かしら”の存在から干渉があったと考えるべきだろう。

 

あと、どうでもいいがこんな死にそうな目にあっておいて、よくもまあそうもあっけらかんとしていられるものだと思った。

その旨をやんわりオブラートに包んで聞いてみると――

 

 

「はは……いや怖かったですよ? ちょっとおもr……涙とか鼻水とか出ましたし。

でも、ヒデオさんもヨシオさんも無事だって分かったらなんかホッとしてしまって」

 

「何言ってんですかね私」と乾いた笑いを漏らす彼女。

いや、それはまったく“恥ずべきことではない”。

つまり彼女は“自分よりも他人の安否を心配していた”ということだからだ。

彼女は、やはり、ジャンヌやレティシアと同じく眩しいほどの――

 

 

 

 

 

――結局、思ったよりも平気そうな彼女としばらく雑談をしてみたが、彼女に“干渉した”と思われる存在の手掛かりは一切掴めなかった。まあこれは俺の単なる妄想に過ぎない、本当にただの偶然であれば良いのだが。

 

そもそもの話。

怨霊に狙われたり堕天使に狙われたり出自も考えれば、()()()()()()()()()()()()

これまで平穏無事だったのはひとえに、彼女の両親や周りの人々が彼女を悪魔らの目から遠ざけてきたからだろう。

しかし、その庇護は“堕天使の介入”によって破られた。

 

話を聞く限りバルディエルとやらは彼女が“天海市のハッカー夫妻”の娘であることを既に知っていた。

どこから情報を仕入れたのか知らないが、彼女がもう“SCSに見つかってしまった”のは確かだ。

 

……ヨシオが到着し次第、この話を伝えておくべきだろう。彼ならば遠野さんの今後についても目を掛けてくれると思うし。

落ち着いたら彼女の両親にもそのことを伝えておきたい。SCS……ひいてはグリゴリは既に遠野アイを捕捉していると。

 

 

 

 

 

 

 

 

田舎の風景を眺めながら一服していた俺の視界に、ふとジャンヌが写った。

 

「ジャンヌ?」

 

どこか物憂げな顔で教会のあった方向をジッと眺めている。

何か気掛かりでもあるのだろうか、と思うが俺が声をかけるべきなのか迷う。

 

「ヒデオさん、彼女をお願いできますか?」

 

そこへ見計らったように優しい声が聞こえてきた。見ればブラックマリアが優しい表情で俺を見つめている。

 

「……俺で、役に立てるか分からないが」

 

「少なくともこの場では貴方が適任だと思います。私もオサキに用がありますので」

 

そうか、彼女が手空きでないなら仕方ない。俺が行くべきだろう。

……別にジャンヌに気があるわけではない。だが、彼女の、彼女たちの持つ“明るさ”を曇らせるのは良くないと思ったからだ。

 

俺は吸いかけのタバコを簡易な火炎魔術で焼き払い、ジャンヌのもとへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジル……」

 

近づくとそんな呟きが聞こえてきた。結構近くまで来たのだが彼女は俺に気がつかないほどに気を揉んでいるらしい。

仕方ないので軽い咳払いの後に声をかけてみると、ハッとしたようにこちらへ振り向いた。

 

「ヒデオさん? どうかされましたか?」

 

彼女は平静を装うように柔和な笑みで問う。

 

「いや、あんたが浮かない顔してたもんだからな……俺でも話くらいは聞いてやれるぞ?」

 

なるべく軽い感じで話しかけてみると、一瞬戸惑うような仕草を見せた彼女だが。すぐに落ち着いた様子で口を開いた。

 

「……そうですね。先ほどの戦いで、少し生前の友を見つけてしまったものですから」

 

友?

 

「貴方たちが“怨霊群体”と呼んでいる悪魔……厳密にはその“頭部”にあたる部分が、その……知り合いのモノだったのです」

 

「知り合い?」

 

「ジル・ド・レェ元帥です」

 

「っ! ジル・ド・レ……?」

 

ジル・ド・レといえば百年戦争に名を残すフランスの軍人だ。確かに彼はジャンヌと共に戦った人物だしその中でも特に関係が深かったと記憶する。

しかし、彼が有名なのは寧ろ戦後の……

 

「よりにもよって私がジルを見間違えることなどありません。アレは確かにジルの顔……どうしてあんなことになっているのかは分かりませんが」

 

あの気味悪い顔がジル・ド・レだったとは……それがなぜ子どもの怨霊の群れに融合しているのか。詳しい経緯は見当がつかないが、子どもの怨霊とジル・ド・レは“深い関係”がある。おそらくは“自業自得”な経緯(いきさつ)があったのだろうとは思うが。まさか彼女にそんなことを言うわけにもいかんだろう。

 

しかし、そうならジャンヌが浮かない顔をしていたのも納得だ。

生前の戦友が、あのような悍しい姿になって奇声を上げながら暴れていたのだから。

心中察するに余りある。

 

「……ですが安心してください。アレが本当にジルであったとしても、この世界に、人々の平穏に弓を引くならば戦うまでです」

 

毅然とした態度で答える彼女。

だが、そう簡単に割り切れるものでもないだろう、内心では葛藤があるはずだ。

戦場においてそのような気の迷いは死を招く。経験者たる俺が言うのだから間違いない。

次にヤツとぶつかる時にはなるべくジャンヌははけておくべきだろう。

 

「……あんたの役割は“盾”だ。積極的に攻撃する必要はない。どうか俺たちの防衛に専念してくれ、敵は俺たちで叩く。

……だから、まあ、なんだ」

 

どうにも言葉に詰まる。そもそも聖女を励ますなどどうすればいいのだ?

締まりの悪い俺に、僅か笑みを見せた彼女。

 

「ありがとうございます。そのお心遣いで十分です」

 

「……ジャンヌ、あんたは俺たちの“仲間”だ。ヤバければ俺たちが助ける、それだけは忘れるなよ」

 

「っ! はい、私も全力で戦います。共に、戦いましょう」

 

ジャンヌは眩しい笑みで手を差し伸べてきた。その手を握り固く握手を交わせば彼女からの信頼が伝わってくる、ような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……オサキ、と今は呼ばれているのですね」

 

ふわり、と宙を浮きながらオサキのもとにやってきたのはブラックマリア。喜びを込めた笑みを浮かべる彼女と対照的にオサキの顔は僅か強張って見える。

 

「何の用ですk……何の用じゃ?」

 

「いいえ、ただ……楽しく過ごしているようで、良かったです」

 

先ほどのヒデオとの戯れを思い返しながらそう告げる。オサキも何を指しているのか察して頬を赤らめた。

 

「良き人を見つけられたようで幸いです」

 

「な!? べ、別にヤツとはそそ、そそそそんな関係ではないわ!!」

 

そして、続く言葉にオサキは真っ赤になって叫んだ。しかし目を泳がせワタワタと手足を振りまくる姿は滑稽と言えるほどに分かりやすい反応だ。

 

「あら、私は“良い人を見つけた”としか言ってませんよ? つまり、貴女の方にはそういう気があるということね?」

 

「っ!!!!」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべたブラックマリアに、オサキは茹で蛸のような顔色で目を見開き口をパクパクさせる。

やがて、プンスカしながらそっぽを向いた。

 

愛娘の愛らしい姿に思わず破顔し、すぐに神妙な顔持ちで彼女は問う。

 

「……貴女には、とても酷な役目を押しつけてしまいました。神としての務めだけでなく、あのような――」

 

鎮痛な声音で、絞り出すように言葉を紡ぐブラックマリアの言葉をオサキは遮る。

 

「良い。全て貴女のあずかり知らぬところ。ワシとて全て貴女の所為にするつもりなどない」

 

オサキもまた苦虫を噛み潰したような顔で答える。彼女も十二分に理解しているのだ、ブラックマリア……即ち先代夕凪神には落ち度などないことを。

それでも、オサキにとって“邪教の呪い”は笑って流せるほど軽いものではなかった。

数十、数百年もの間、狭く暗い社に閉じ込められた苦痛はもとより。祟り神と化した彼女が“奪った命”を自らの罪と背負っているがゆえ。

加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女は常に罪の意識を強く抱いている。

 

憎くはない……しかし、昔のように笑って話せるほど穏やかな気持ちにはなれないのだ。

 

「オサキ……私は、また貴女と話したい。随分と時間を掛けてしまいましたが、今夜だけは――」

 

戸惑うように、ぎこちなく思いを伝えるブラックマリアの顔は期待を滲ませ――

 

「やめてくれ。今更……貴女と話すことなどない。

 

……ワシは、私は、貴女に任された夕凪神の任を全うできなかった。

あなたが責を感じているように、ワシも本来なら合わせる顔がないのじゃよ」

 

そう言って背を向けた彼女は、それ以上言葉を続けることなく立ち去った。

 

「オサキ……」

 

ブラックマリア……否、先代夕凪神は悲しげな顔のまま去っていくその背を眺めていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

――油凪市街区。

駅を中心に商業施設やら飲食店やら、高いビルが幾つも乱立する街中は夜分にもかかわらず賑わっていた。

お世辞にも治安が良いとは言えないこの街では、昼間とは別の賑わいがある。

仕事帰りのくたびれたサラリーマンに声をかける客引きはまだ大人しい方で、ヤンチャ盛りの若者やヤンチャを卒業出来なかった大人やらが繁華街を騒いで練り歩く。

中には明らかに“カタギではない”容貌の者まで彷徨いており、地元の一般人は夜の街にはまず近寄らない。

 

そんな夜の油凪の街で一際高いビルのてっぺん。夜風を受けながら目を瞑る一人の子どもがいた。

 

「うーん、と。東に十人、西に八人、北に……五人かな? あ、今駅の方からもう十人くらいの“気配”が来た」

 

食べ放題だぁ、と破顔する彼こそは怨霊ジャック・ザ・リッパー。

“彼ら”はその()()ゆえに、『子どもを虐げる大人』を察知する固有能力を有していた。

本来はせいぜい数十m圏内を索敵する程度のこの能力だが、ジャックリパーの捕食や“人魂の捕食”により飛躍的に成長していた。今では半径十km圏内の対象を即座に感知するほどに。

 

獲物を前に舌舐めずりする彼らだが、すぐに涎を拭ってマスターからの指示を思い返す。

 

「え、と。ビルに登ったら街を霧で満たすんだよね?」

 

ららら〜♪と軽く踊りながら、彼らは身体から“霧を出す”。

放出された霧は風に乗ってゆっくりと街中へと広がってゆく。

 

やがて、それらが地上へと降りて十分に街を満たしたことを確認した彼らは徐に()()()()

 

姿形は同じ、しかし有する霊力は分かれた数だけ弱くなっている。それは、獲物を確実に殺せる力を持ちながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

準備を終えた彼らは狂気と喜悦を混ぜ合わせた笑みを浮かべてナイフを構えた。

 

「さあ、殺戮の時間だよ」

 

 

夜の油凪市に、無垢(残虐)なる殺人鬼の“群れ”が舞い降りた。

 

 

 

 





【あとがき】
なんとか三章は年内で終わりたいです(願望



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霧の街・一

サンゴちゃん!! うおぉぉぉぉおぉおおおぉぉぉ!!
サンゴちゃん、サンゴちゃんうおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!



――ぼくたち(ぼく)にとって人生とは“痛み”だった。

 

 

生まれてからずっと疎まれ、虐げられて生きた。

おとうさん(ぱぱ)はずっと怒っていた、おかあさん(まま)はずっと嫌そうな顔で見ていた。

 

“ぱちんこ”でまけたというりゆうで■られた。

うるさいというりゆうで■られた。

 

けい■でまけたというりゆうで■られた。

うっとうしいというりゆうで■られた。

 

■■がほかの■のひとといっしょにいた、というりゆうで■■■■。

■■■■■■■をこぼしたという■■■■、■■■■をかけられた。

 

■う■え■のみんなとはなしてはじめてしった。

■■のかぞくはもっと■■しいと。

 

だから■■はおもった。ぱぱとままがよろこぶことをすればきっと■■にもやさしくしてくれると。

だからいうことはちゃんときいた、いたいのもがまんした、ご■■もがまんした、■■■え■のみんなとあいたいのもがまんした。

……■■■はがまんできなくて■られたけど、いたいのはがまんできた。

 

しんじてた、きっと、きっといつか、■■も■■も■■を◻︎してくれると。

 

だからだいじょうぶ。もうなんにちも■■■を■べてないけどがまんできる。■■はいいこになるんだ、そうして■■と■■にほめてもらうんだ。

だから……ねちゃだめだよ…………ねむく、ても……めを……あけ――

 

 

 

 

 

 

――わたしたち(わたし)の人生は“冷たかった”。

 

わるいこな■■■は、おそとではんせいしていた。ふゆのおそとはとてもさむくて、こんくりーとはとてもつめたい。

……べらんだのむこうがわでは、よそのこが■■■さんと■■■さんにはさまれてにこにこしている。そのまえにはろうそくをたてたおっきなけーき!

いいなぁ……そうだ、ことしのぷれぜんとはけーきにしよう。けーきってたべたことないけど、みんなのはなしではとてもおいしいときいた。

■■■さんならきっとかなえてくれる、ことしこそはきっとかなえてくれる。

 

……なんだかねむくなってきた。それになんだかさむくなくなってきた。こんくりーともつめたくない。

これならよくねむれそう――

 

 

 

 

 

 

 

――■■■■(■■)の■■は“■■■■”だった。

 

いつもおこっていた■■■さんは、かえってこない。もうなんにちもおうちにひとりぼっち。

おなかすいたなぁ……でも、■■はこの■からでられないから■■■をさがしにいくことも■■■■――

 

 

 

――■■■■■(■■■)の■■は■■■かった。

 

 

――■■■■(■■)の■■は――

 

――■■■■■(■■■)――

 

――――

 

――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくたちは■されなかった

 

 

■がほしかっただけなのに、ただ■からの■を欲しただけなのに。

この世界はぼくたちを“拒絶”した。

 

罪を犯した子も、なんの罪も犯していない子も。無作為に虐げられ死に絶えていった。

 

 

だから『復讐』する。

ぼくたちを拒絶したこの世界に復讐する。

おまえたちが“痛み”を、『死』を与えるというなら、ぼくたちもおまえたちに返そう。

 

痛みを、死を。

 

おまえたちが“ぼくたち”を()()()のだ。

 

悲哀の果ての、貧しさゆえの“■■■■”ではなく。

 

私欲による暴力、“戯れ”による鏖殺。

理性による生贄ではなく、感情による殺人。

 

そこに道理はなく、ただ悪意だけがある。

あまつさえ、殺めた“罪悪感”すら抱かない。

 

 

人は知性的だと? 文明を築き上げた高度な生命体だと?

笑えない冗談だ。

 

人とは理性の皮を被っただけのただのケモノだ。

たまたま神々が去ったあとの世界を手に入れた畜生の一種にすぎない。

 

だからぼくたちも“獣”としておまえたちを喰らい尽くそう。

ただひたすらに殺して喰らう。

そこに()()()()()、あるのは敵意と殺意のみ。

肉の一片、骨の一欠片、魂すら逃さぬ。全て鏖殺して喰らい尽くしてくれる。

 

 

おまえたちは自ら育てた“悪意”によって滅びるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

――始まりは“濃霧”だった。

 

 

 

この日も、欲望渦巻く歓楽街はいつもと変わらず賑やかだった。

酔っ払いも客引きも、不良もやくざも。いつもと変わらない一日を過ごしていた。

真っ黒な“後ろ盾”を有した夜の店は、酔っ払いを慣れた手つきで店内に誘い込み、元気を持て余した若者は酒と暴力に溺れる。

闇に生きる犯罪者たちは、街の光から外れた哀れな獲物を捕らえて貪り尽くす。

家なき老人は若者のストレスの吐け口とされ、人混みを外れたうら若き乙女は、獣欲に塗れたケダモノの餌食となる。

 

罪と欲に塗れたこの街は、無垢な殺人鬼にとっては最高の舞台。

悪意に反応する“復讐鬼”の昂りはすでに最高潮だ。

だからこそご馳走を最高の状態で味わうために時を待つ。

 

――幼子の放った霧はゆっくりと街を包み込んだ。

 

 

 

最初に気づいたのはひとりの客引き。

いつの間にか視界を埋めていた霧に戸惑い、そして異臭に気づいた時には()()()()

 

「ごぼっ!?」

 

突如、大量の血を吐き出して倒れた客引きは次いで目と鼻からも血を垂れ流して痙攣した。

だがそれも数分、すぐに動かなくなる。

 

周囲の人々は何が起こったのか分からず数秒の沈黙ののち、スマホを取り出した。

口々に「うわっ」とか「なんだこれ」とか言いつつシャッター音を響かせる。

ただの道ゆく人々は一瞬にして野次馬へと変わり、それから数分後にようやく“霧”に気づいた。

 

「なにこれ、煙――」

 

言い終える前に彼女は血を噴き出して倒れた。

 

「きゃあぁぁぁぁ!?」

 

突然倒れた友人に、連れの女が悲鳴をあげた。

 

そこからはお約束な展開だ。

甲高い悲鳴は大衆をパニックに陥れ、その場の誰もが逃げ始めた。人を掻き分け誰もが我先にと逃げ出せば当然、転倒する者も現れる。

――だが、この霧の中では誰もが平等だ。

 

「がはっ!?」

「ごぷっ!」

 

逃げ出した人も、倒れた人も。

後から屋外に出てきた誰かも、悲鳴を聞きつけてやってきた誰かも。

 

霧に包まれた誰も彼もが、幼き死神によって“痛み”と“死”を賜った。

 

涅槃台の命で“抑えていた力”を解放した彼らの霧は、教会で使った時の比ではない。

 

霊力に乏しい一般現代人では、触れた途端に強烈な呪いに蝕まれ一瞬のうちに死に至る。

ただ死ぬのではない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

幼子は嬉しそうな笑みではしゃぎながら街に降り立ち、倒れ伏した人々を片っ端から“喰らう”。

胸を切り裂き、腹を掻っ捌いて臓腑を貪り食う。

もちろん、分裂した全ての個体が各々に喰らっている。

 

 

目を弓なりにして大きく開けた口から伸ばされた舌へと、街灯を照り返す新鮮な臓物を落としゆっくり口に含む。

苦味と酸味は“罪”と“悪意”という極上のスパイスで至高の旨味へと至る。

 

待ち望んだご馳走をじっくりと味わって飲み下した彼らは蕩けた笑みを浮かべた。

一見して無垢な笑みと見紛うそれはしかし、妖艶さと怖気を走らせる悍ましいほど深い笑み。

 

この“食事”は、舌を喜ばせ腹を満たすと同時に“復讐心”を満たす美味。

しかして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

麻薬にも似た多幸感に魅入られた彼らは貪るように、我先にと臓腑に喰らい付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、ヒデオさん!!」

 

突然、ジャンヌが大声を上げた。

未だのんびりと次の戦闘に備えて準備をしていた俺は、彼女の声にビクッとして。

すぐに、市街地の方から漂う()()()()()に気づいた。

 

目を向ければ駅周辺は濃い霧に覆われ、耳を澄ませれば悲鳴や怒号と共に破壊音らしきものも聞こえてくる。

街で何か起きているのは明らかだった。

 

「奴らだ! 行くぞ!!」

 

ブラックマリアや仲魔たちに声をかけつつ、遠野さんに向き直る。

 

「あなたはここでヨシオを待ってください。合流後はこの一件が片付くまであいつに護衛してもらうように」

 

そう言い残して、クダに「彼女の護衛を頼む」と指示しすぐに街へと駆け出す。

 

「え、ちょ……ヒデオさん!?」

 

背後から遠野さんの困惑した声が聞こえてくるが、まさか彼女を連れてくわけにもいかない。

ジャンヌやブラックマリアのかなり焦った様子を見るに、街の方も相当ヤバいことになっていると思われるので急ぐべきだろう。

 

俺も気を引き締めて街へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街に近づくごとに嫌な気配が大きくなる。そして、それが“霧から放たれている”ことに気づいた。

近くまで来たあたりでCOMPでサーチをかけてみたのだが――

 

「……こいつはヤベェな」

 

霧から濃密な呪殺反応が出ている。それも突っ込めば即死するレベルの呪詛だ。

無論、装備には呪殺耐性を高める効果があるものを選んでいるが解析結果を見るに焼け石に水。

霧に入れば一分と保たない。

 

「私が全員に結界を張ります、それで呪いは無効化できるでしょう」

 

ブラックマリアは両の掌から淡い光を放ち、次の瞬間には全身を包み込むような感覚があった。

 

「ありがたいが……」

 

そんなことをして、彼女自身は大丈夫なのか?

そんな気持ちを込めて目をやると。

 

「ご心配なく。これでも地母神の端くれ、この程度は朝飯前です」

 

力強い笑みで返された。まあ、確かに。地母神が、自分のホームグラウンドにいるのだ。桁外れの力を行使できても不思議ではない。

 

だが、今の彼女はブラックマリアだ。夕凪神としての現界でない以上は絶好調とまではいかないはず。

一応、COMPのアナライズで体調を診ておくか。

 

ブラックマリアの結界に包まれた俺たちは霧が満ちる街中へと突入した。

 

 

 

 

 

「……ひでぇ有り様だな」

 

街に入ってすぐ、俺たちは仰向けに倒れた死体を見つけた。一つではない、視界に入る限りではそこら中に死体が転がっている。

誰も彼もが血塗れで力無く横たわっている。

異様なのは、それら全てが()()()()()()()()()()()()だ。厳密には胸部を含む“前面”が掻っ捌かれているが。

 

手口からしてジャックの仕業と見て間違いないだろう。

 

「随分と大それたことをしてくれる……」

 

ここまで大規模な惨劇を起こしたとなれば十中八九“教会”の介入を招く。加えて、國家機関も黙ってはいないだろう。

油凪は田舎ではあるが、田舎の中でも比較的重要視される地域だ。一般のマスコミに知られればもはや目も当てられない事態となる。

……などと頭を悩ませている横でジャンヌが口を開いた。

 

「なんということを……」

 

言葉にすればそれだけだが、その声にはこのような惨状に対する“無念”と“怒り”……義憤にも似た感情が篭っていた。

 

「油凪もまた“私の子ら”、到底許せる所業ではありません」

 

次いでブラックマリアもこの殺戮に対する怒りを込めた声を上げた。

 

両名の反応を見て俺は少し罪悪感を感じる。

この惨状を見ても俺はあくまで()()()()()()()を嘆いただけ。本来ならこの二人のような反応こそ“正常”だというのに。

 

……ただ、まあ、事実として。

この事件が片付いたら絶対に協会の方からお小言が飛んでくる。一応は俺のテリトリー内での事件になるからだ。

今はそれだけが憂鬱である。

 

 

 

 

――それから。しばらくの間、街中を見て回って判明したのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだった。

 

人の気配、というか音も何もない。

辺りは静まり返り、ただ夜の街並みだけが霧の中に朧げに浮かぶのみだった。

 

霧の影響でCOMPのサーチ機能も上手く働かない。

 

全て終わった後でジャックたちも逃げたあと……なんてことはないだろう。現に今も霧が続いているのだから。

つまり、奴らはどこかに身を潜めている……あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――そこまで考えたところで、近場の雑居ビルから女性の悲鳴が聞こえてきた。

 

俺らは目配せをしてすぐに声の聞こえた雑居ビルへと突入した。

 

 

 

 

 

音の聞こえた位置、三階窓際の一室へと迷いなくたどり着きその扉を蹴破った俺たちはようやく敵と邂逅した。

 

 

「あっちゃー……流石に気付かれちゃったかー」

 

黒く淀んだ瞳、座った目、口角を上げ薄く開かれた口から這い出た舌が血塗れのナイフを(ねぶ)っている。

殺人鬼の悪魔、ジャック・ザ・リッパーと目される存在がそこにいた。

その下には胸部から腹部を掻っ捌かれて横たわる金髪の男の死体がある。その顔は恐怖か“苦痛”を示すように歪んでおりあらゆる穴から血を垂れ流している。

その傍らにはパンクファッションの若い女性が尻餅をついた姿勢でガタガタと震えながらジャックを見ている。

 

おそらく、彼女が悲鳴の主だろう。

 

よく見れば部屋には複数の死体が転がっており、内装からしてバーか何かだろう。マスターと思しき男性も全身から血を垂れ流して死んでいた。

 

……しかし、涅槃台の姿が見当たらない。

別行動か、どこかに潜んでいるのか。

まあ、いずれにしてもこの場における最優先事項は変わらない。

 

俺はすぐさま銃を抜いてジャックに発砲した。

 

「わっとと!」

 

それを()()()で避けたジャックは、流れるように素早く窓際に移動し、そのまま窓を突き破って逃走した。

 

「追います!!」

 

ジャンヌがすぐさま後を追って駆け出す。当然のようにウシワカも追跡に飛び出す。

俺も続こうとして、ブラックマリアが先程の女性に治療を施しているのに気づいた。

厳密には軽い傷の治療と、霧に抵抗できるだけの簡易な結界を張っている。

 

ブラックマリアは怯えた表情で震える女性の頭を撫でながら優しく囁く。

 

「もう大丈夫、私たちが守るから安心して」

 

その声には不思議な魅力があった。

権能なのか、地母神としての性質なのか。少なくともスキル化されるほどの力ではないが、聞くだけで心が落ち着くような、そんな声。

女性も声を聞いた瞬間に震えが止まり、安堵したような表情でブラックマリアを見つめる。

 

そこで彼女が俺にくるりと向き直った。

 

「ヒデオさん、この女性を保護できないでしょうか?」

 

そして突然そんなことを言ってきた。

まてまて、いきなり何を言ってる?

ジャックと涅槃台が潜むこの街で一般人を連れて行けるわけないだろう。そんな“枷”があってはこちらが死にかねない。

涅槃台を二度殺した俺だが、別に()()()()()()()()()()()。むしろ強い方だろう。最初に感じた“キョウジやライドウの管轄”という評価は間違いではない。

 

「それは難しい、ジャックも恐ろしいが何より涅槃台がいる可能性がある以上は少しの“油断”も命取りになる。

……とりあえず霧を防げる結界があるならここに置いていくべきだ」

 

それが最善だ。

なによりこれだけ虐殺が行われてしまっては後の祭り。今更、()()()()()()()()()()()

残酷だが彼女にはここでどうか狙われないように、とお祈りしてもらう他にない。

……と、考えていたのだが。

 

「そう、ですか……」

 

ブラックマリアはひどく悲しそうな顔でそう呟いて、俯いた。その顔は今にも泣き出しそうなほど悲壮に歪んでいる。

な、なんて顔しやがる……

 

「……まあ、何人かでも助けられれば。協会からもお情けをいただけるかもしれん」

 

「っ、では……!」

 

「連れて行こう、助けられるなら……助けた方がいい」

 

そう言った直後、ブラックマリアは花開くような笑顔を見せて俺をしばし見つめていた。

 

「ありがとうございます」

 

感謝の言葉と共にニコニコとしながら俺を見る。

ええい、なんだその温かい目は!

 

むず痒さを感じながらも俺はパンクファッションの女性、勝手に“パン子”と心の中で名付けた女性を連れて雑居ビルを後にした。

 

 

 

 

 

 

COMPの反応を頼りにジャンヌたちと合流した俺は、彼女からジャックを取り逃したことを聞いた。どうやら逃げ一択での全力闘争に加えて霧を利用されたことで見失ったとか。

……ウシワカから逃げ切ったのは少し驚いたが。

 

そこで先程、雑居ビルで遭遇した際に弱々しい反応だったことが気になり、COMPが自動で記録した反応を確認してみると。

 

「……こいつは厄介だな」

 

データには“少し強い亡霊”程度の弱々しい霊力が記録されている。

厄介なのは、こいつが“霧に紛れていること”だ。

現在、街に滞留する霧には微弱ながらジャミングのような機能があり、ジャンヌや俺、仲魔たちくらいの霊力があれば問題なくサーチで拾えるが。雑多な霊や木っ端悪魔などは霧に埋もれてしまう。

つまり、ジャックは身を隠すためにこれだけの“弱体化”を自ら行ったとみられる。

 

そして――

 

「弱体化とはつまり、()()したってことだ」

 

教会での戦闘ですでに分裂能力があることは知っていた。

奥山津見の神罰を躱したあの時だ。

 

俺の推察にジャンヌも首肯する。

 

「……そして、分裂した目的は――」

 

パン子を助けた時にそれも分かった。

 

奴ら、この街を“食べ尽くす”つもりだ。

一人も逃さず、余すことなく、それも“こちらの目を欺きながら”。

そう考えると、なるほどと思う。

俺らが異変に気付いて駆けつけるまでの短時間に、どうやってここまでの大虐殺を行えたのか。

 

分裂して一気に殺したのだ、この強化された霧も使えば難しくない。

そして、それらを()()()()()()()()

捕食したとなれば――

 

「一刻も早くジャックたちを“殲滅”しなきゃならんな。“合体”されたらそれこそ終わりだ」

 

いつもは人で賑わう駅前をほぼ無人にするほどの人数を食らったなら、とんでもない量のMAG……つまり力を得たと考えるべきだ。

今は細かく分裂しているために個々の力は先程COMPで記録した程度だろうが、なにも馬鹿正直にそのままでいるはずがない。

手早く捕食を済ませたなら即座に合体しようとしているはずだ。ジャンヌから聞いたサーヴァントとしてのジャックはそれほどに頭が切れると聞いている。

 

「そうとなれば今すぐ動きましょう」

 

「ああ、この際、なりふり構っていられん。ここからは手分けして奴らを追う」

 

俺は即座に仲魔たちへ指示を出す。

まず単体として絶大な戦闘能力を持つウシワカは単騎、単独行動に長ける千代女ちゃんも同様に。イヌガミとオサキはコンビで行動してもらう。

 

「私たちも二手に分かれます」

 

ジャンヌの言葉にブラックマリアも頷く。

そうしていざ行動開始……と思ったところでオサキが声を上げた。

 

「お、おい! まさかお主も一人で行くつもりか?」

 

「ああ、さっきのジャックのデータを見るに奴らは相当な数に分裂している。なるだけ手分けして――」

 

言いかけて、オサキが腰にドロップキックをかましてきた……が、流石にさっきくらったばかりなのでひらりと躱す。

 

「なんと!」

 

対象を失ったオサキは慌てて体勢を整えて着地した。

 

「そう何度もくらうか!」

 

「っ、バカモンが! さっきの説教をまるで聞いておらんかったようじゃの! 第一、貴様一人で自分の身を守れるのか!? ここには涅槃台もおるんじゃぞ!?」

 

う、たしかに。涅槃台とジャックを同時に相手するのは……いや、今の涅槃台なら単独でも十分脅威だ。

しかし、俺だけオサキやイヌガミと行動していては手分けの意味が。

 

「そういうことなら、オサキは私が連れて行きましょう」

 

口論になりかけたところでブラックマリアが割って入った。

 

「は!? 母う……貴女に口を出される謂れは――」

 

食ってかかろうとしたオサキの口を手で塞ぎ、空いた手でがっちりと捕まえたブラックマリアはこちらに向き直る。

……随分と慣れた動きだ、オサキも抵抗する間も無く捕獲されてしまった。

 

「そちらはイヌガミ殿とヒデオさんでジャックを探してください。さ、行きますよ、オサキ」

 

「もががっ!?」

 

暴れるオサキをスルーして、パン子を伴いながらふわふわと宙に浮いて去っていくブラックマリア。

その光景にしばし呆気に取られていたジャンヌもすぐに別方向へと駆けていった。

ちなみにウシワカも千代女ちゃんも既に捜索に出発している。

 

俺は残されたイヌガミと顔を見合わせ――

 

「……とりあえず、行くか」

 

「……ウム」

 

ひとまずジャックの捜索へと出発した。

 

 





【あとがき】
アーマード・コアの新作が出る(真)


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霧の街・二

蛍ちゃんと雑賀衆再興しゅる!!!!




――土の匂いがする。

 

土だけではない、草や花。動物たちの生きる“匂い”も。

視界に写るのは生命の力に満ちた“かつての夕凪”の風景だ。

 

自然に溢れた夕凪山には木々はもとより、獣たちも生き生きと過ごしておりその種類も現代と比べるべくもない。

食物連鎖であってもそこに悲観はなく、“生命の循環”が十全に機能している。

 

生まれ、生きて、そして死ぬ。

それらが正しく、当然の流れとしてあり死に瀕した生命も「精一杯、生き抜いた」と満足して大地に還る。

この頃の夕凪山は穏やかな空気に満ち溢れていた。

 

 

『■■■、ここにいたのですね』

 

私を呼ぶ声に振り向けば、そこには“最愛の母”が立っていた。

ふんわりとした長い黒髪の下から柔らかな眼差しを向ける。

身に纏う簡素な布は今日も()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その様に内心、複雑な気持ちになる。

……まあ、彼女も豊穣神である以上は顕現体が“豊か”になるのは知っているが。アレは些か、豊かすぎる。

 

『これから霊地の見回りに行くのですが……一緒にどうですか?』

 

ぽわぽわした雰囲気のまま彼女は言う。その姿に内心ため息を吐く。

ここ夕凪山は周辺地域では最上位の大霊山だ。その霊地となれば当然危険もある。

……いくら“土地神”と言えども、ああもぽわぽわした様子では心配にもなろうと言うもの。

 

『……一緒に行きましょう。貴女ひとりでは心配ですから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジャンヌ様……』

 

霧の街を駆けるジャンヌへと、依代たるレティシアが語りかけてきた。

 

「どうしました?」

 

彼女の返事に、しかし間を置いてから答える。

 

『その……あのジャックという悪魔、やはり“倒す”しかないのでしょうか?』

 

言い辛そうに発せられたその言葉にジャンヌはピクリと反応した。それに気付かずレティシアは続ける。

 

『何度か対峙して、その度に脳裏に浮かんでくるのです。彼の……いえ、“彼ら”の記憶が』

 

「……」

 

霊的な干渉……いや、()()()によるものか。いずれにせよレティシアはその高い“霊感”によってジャックたちの記憶を見てしまったようだ。

()()()()()()

 

『あれだけの仕打ちを受けて、なんの報いもなく死に至るなど……命とは、本来祝福されて生まれてくるはずなのに』

 

……それはその通りだろう、とジャンヌは思う。だが同時に()()()()()()()()()()()があるというのも知っている。

彼らはその“果て”であろうことも理解している。

 

『それが……()()()()た果てに殺されるなんて――』

 

その言葉を聞いたジャンヌは、“認識の齟齬”に気付いた。

 

「待ってください。レティシア、貴女が見た“記憶”というのは“堕胎された子どもたち”のものではないのですか?」

 

『堕胎……? いえ、彼らは“生まれた後”で……その、大人に、虐げられて――』

 

かねてよりの疑念は確信に変わった。

彼らはジャック・ザ・リッパー()()()()

 

「であれば……彼らはいったい――」

 

思案する彼女の真横、路地裏から突如として爆炎が噴き上がる。

 

「くっ!」

 

咄嗟に飛び退き炎より逃れる。

煙に向けられた視線に揺らめく旗が写り込んだ。

 

「そちらからやってくるとは好都合です。今度こそ……死になさい、ジャンヌ・ダルク!!」

 

黒衣の魔女、ジャンヌ・オルタだ。

 

「今はそれどころではないというのに……!!」

 

しかし、容易に撒ける相手ではなく。そもそも、彼女を放置するのもまた危険。

歯噛みしながらジャンヌは得物を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、母上! そろそろ降ろしてはもらえぬか!?」

 

「おっと、すっかり忘れてました」

 

テヘペロ、とでも言いたげな茶目っ気のある顔でゆっくりと娘を地に降ろす。

しかし両脇を抱えてまるで幼児のような扱いを受けたオサキは不満げだ。

 

「むぅ……この歳で子ども扱いは流石に辛いのじゃが」

 

「何を言うのです、親にとって子はいつまでも子なのですよ。

……今だけは母親として振る舞わせてはもらえませんか?」

 

少し悲しげな顔でブラックマリア……夕凪神は呟く。

その顔を見て彼女の心情を察したオサキは同じく悲しげな顔を伏せた。

 

「……先ほども申し上げたでしょう。()も本来なら貴女に会わせる顔などないと――」

 

「そんなことはありません」

 

卑屈になるオサキを叱咤するように夕凪神は声を上げる。

オサキも驚きのあまり思わず言葉を止めるほどに芯のある声だった。

 

やがて、夕凪神は呟くように語り出す。

 

「……ブラックマリアとして現界してから、私は夕凪に関する郷土史を調べました。

伝承や事件、事故や災害。もちろん、夕凪の民がこれまで紡いできた歴史も事細かに。

 

それらを知って、一番に感じたのは“喜び”。

 

私が唯一、未練としていたのは私が消えた後の夕凪の行く末でした。

でも、余計な心配だったみたいです。夕凪は、こうして今も豊かに命が紡がれている、命の営みがある」

 

「……それは全て夕凪の民の力です。彼らの尽力が、勇気が、夕凪をここまで栄えさせたのです」

 

「いいえ。そこには確かに貴女の“頑張り”がありました」

 

「そんなものはない。私は……時代に抗うことも迎合することも民を守ることも出来なかった。あまつさえ、この手で――」

 

忌まわしい記憶を思い出しながらオサキの両手は震え始めた。

夕凪神はその両手を優しく包み込むように掴む。

 

「それは母の不徳……と言っても聞かないのでしょうね。

だから、“それでも”と言いましょう。

 

それでも、貴女の尽力は夕凪の一助になったのです」

 

「っ、適当なことを言わないでください!」

 

「口からのでまかせではありませんよ。

貴女も知っているはずです。

夕凪神としての信仰を受け、それを祝福として民に返すことで救われた多くの人々を。

夕凪権現として力を求められて、授けた力と“勇気”でこの地を守る一助になったことを。

彼ら、彼女らは貴女に感謝の言葉を残していました。

あの時代においてわざわざ資料として残すまでに」

 

「っ!」

 

「……きっと、助けられなかった者たちもいたでしょう。怨嗟をぶつけられることもあったでしょう。

 

“それでも”、貴女は確かに感謝されていたのです。助けていたのです。救っていたのです。

……悲しい終わりになったのだとしても、それだけは忘れないでください。

貴女は、立派に夕凪神としての務めを果たしたのです」

 

オサキは目頭が熱くなるのを感じた。それは安堵であり悲しみであり喜び。

優しい声、在りし日の愛する母の声に。

なにより、()()()()()()()()()()()()()()

 

慰めなのは分かってる、言葉遊びなのも同様に。

救えなかった者たちも覚えている、怨みと共に死んでいった者たちも覚えている。

……そして、私がこの手で命を奪った者たちも。

 

“それでも”。

母は、それでも救われた者たちがいたのだと。私は確かに愛されていたのだと。

そう言ってくれたことが何より“嬉しかった”。

 

 

母は“かつてと同じ”優しい笑みを浮かべながらオサキを抱きしめた。

ふわり、と花の香りが舞った。

――ああ、これは“母の香り”だ。

 

「私、は……」

 

「ええ、貴女は立派に夕凪神を務め上げた。

――よく、頑張りましたね」

 

その言葉と共にオサキは涙を零した。

声を張り上げ泣いた。

数百年ぶりの母の温もりをより求めるように、強く背を掴み抱きしめた。

 

夕凪神も、久方ぶりとなる最愛の娘の温もりを焼き付けるように抱きしめる。己の不徳で要らぬ罪を背負わせることへの自責の念を胸に。

 

 

 

――呪いに満ちた夜の街中で、神の母娘はしばしの間、互いの絆を確かめ合っていた。

たとえそれが、“傷の舐め合い”に過ぎないとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのぅ……」

 

狐耳の生えた巫女装束のロリと全裸の美女が抱き合う光景を前に。おずおずと、凄まじく気まずそうな顔をしたパンクファッションの女性……パン子が声をかけた。

その声に二人とも完全に失念していたとばかりに驚き、即座に離れた。

 

「も、申し訳ありません。つい、熱くなってしまいました」

 

流石に、事情もわからぬ一般女性の前で恥ずかしい姿を晒した自覚はあった夕凪神は頬を赤らめながら平謝りする。

対して――

 

「ま、まったく……母上はいつもそうです。もう少し落ち着きをもっていただきたいですね」

 

照れ隠しから全ての責を夕凪神に着せるオサキ。

これには夕凪神も目を見開き驚愕した。

 

「なっ!? 言うに事欠いて、母のせいにするのですか!? そんな悪い子に育てた覚えはありませんよ!」

 

「母上がおっちょこちょいだから悪いのです。私がしっかりせねば」

 

あくまでシラを切ろうとするオサキに夕凪神も開いた口が塞がらない。

 

……と、そんな茶番を見せられたパン子は思わず笑みをこぼした。

恐ろしい経験をして、今も訳もわからない状況にも関わらず。しかし、目の前の光景だけは“微笑ましいもの”だと理解できた。

 

 

 

許さない

 

「っ!?」

 

――唐突に脳内に声が響いく。

怒り、悲しみ、苦しみ、そして怨みに満ちた()()()が。

 

辺りを見回しても、先の母娘がじゃれる光景が写るだけで声の主は見当たらない。

 

僕を捨てたお前が

僕を否定したお前が幸せになること

 

絶対に許さない

 

「っ、ぅ、ぁ……」

 

知らない声が、()()()()()()()()()

 

許さない……

 

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない

 

「ひぃっ……!!」

 

突然、脳を揺さぶるほどの大音量で同じ言葉が繰り返される。

パン子は恐怖のあまりその場で蹲った。

耳を両手で塞いだところで声は変わらずに呪詛を吐き続ける。

 

「ごめ……な、さ……!!」

 

パン子は恐怖に歯をカチカチと打ち鳴らし涙を流しながら許しを請う。

彼女は覚えていた。声の主が吐く呪詛の原因を、その元凶を。

(この怨嗟は、この呪詛は、私の――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霧に沈む街は依然として静寂に包まれている。

教会で喰らった時に感じたスモッグ特有の匂いは、夕凪神によって施された結界に阻まれ今は無い。代わりに街中に転がる死体から放たれる血と糞尿の臭いが充満している。

 

十年以上サマナー稼業を続けてきた俺でもそう見ない凄惨な光景だ。

 

 

「イヌガミ、何か感じるか?」

 

「イヤ、何モ」

 

先ほどからクンクンと鼻を鳴らしたりキョロキョロしているイヌガミも未だジャックを捉えていない。

俺もCOMPの機能で探しているが、ジャミングを抜きにしてもこの街は些か“静かすぎた”。

 

「霊魂も残留思念もない……」

 

どうやら奴らは本気でこの街を食い尽くすつもりのようだ。

 

 

「……それにしても」

 

捜索を続けつつ考える。

 

「なぜこのタイミングで仕掛けたのか……いや、そもそもジャンヌにちょっかいを出した上で……あの2Pカラーの聖女も気になる」

 

奴らの行動には違和感があり過ぎた。

涅槃台らしからぬ行き当たりばったりの凶行というか、手を出しておきながら本気を出さず、仕留めることもなく次の行動に移っている。

この霧だってそうだ、これほど強力な霧を出せるなら教会で俺たちを殲滅することも可能ではあったはずだ。2Pジャンヌもいれば勝ち筋はあった。俺の失策も背中を押していたはず。

 

「……誘い出している?」

 

その可能性は街に来る前に考えていた。

しかし、いったい“誰”を?

 

俺や仲魔は後から駆けつけたので可能性は薄い。遠野さんは直接には関係ない、ヨシオも無関係。

となればジャンヌやブラックマリアということになるが。

 

「あの2Pジャンヌを見る限りおそらくはジャンヌが本命か」

 

まあ、彼女なら俺たちの助力無しでも勝ってしまいそうではあるが。

なにはともあれ今はジャック捜索に集中するか。

 

 

――そう考えた時だった。

 

「っ!!」

 

霧の中から飛び出してくる鋭利な刃。弾丸の如き速さで出現したナイフを居合にてなんとか打ち落とす。

 

「アハッ!」

 

次の瞬間には、口が裂けんばかりの笑みを浮かべたジャックが懐に飛び込んでいた。

 

「クソッ……!」

 

対処する間もなく胸部を切り裂かれる。

 

「ぐぁ!?」

 

痛みに呻く間にも刃を突き立てようとジャックは動く。

あまりに速い、どう見ても先ほどビルで会った時とは桁違いの強さだ。

既に合体していたか。

 

「っ、ギャッ!」

 

焦る俺の眼前でジャックが横に吹き飛んだ。イヌガミが体当たりをかましたのだ。

この隙に今打てる最適解を考える。

 

「召喚、チヨメ!!」

 

撤退は今のところ難しい、俺たちだけではどのみち勝てそうにない。ならば増援を呼ぶしかあるまい。

 

音声入力によってCOMPは即座に召喚陣を出現させ、そこからチヨメちゃんが飛び出した。

彼女はそのままの勢いでジャックにクナイを突き立てる。

 

「アハハッ! ニンジャのお姉さんだぁ!」

 

しかしジャックは危なげなくナイフで刃を受け止めた。

 

「三郎!!」

 

チヨメちゃんも油断は禁物だと悟ったのだろうジャックの言葉を無視して呪いを発動する。

彼女の言葉と共に即座に大蛇の影が現れてジャックに絡み付く。

 

「邪魔だよ」

 

だが、片手のナイフを振り回すことであっさりと切り裂かれた。

 

「くっ!」

 

近接戦の不利を悟ったチヨメちゃんはいったん距離を取り、呪いを付与したクナイを投げつける。

それらをナイフで軽く弾きながら追い縋るジャックの下方から――

 

「……三郎!!」

 

――突如として現れた大蛇がジャックを丸呑みにした。

 

「お館様、今のうちに――!!」

 

彼女がこちらに目を向けた一瞬。その隙に彼女へとナイフが投擲された。

高速で飛来するナイフの一本は咄嗟に防げたものの、残りの二本は脇腹と肩にそれぞれ突き刺さる。

 

「ぐぅっ!」

 

呻き、僅かに動きが鈍ったチヨメちゃんに、大蛇を細切れに切り裂いて現れたジャックが笑みを浮かべて“詠唱”を始める。

 

「“此よりは地獄、()()()()は炎、雨、力――”」

 

「RETURN! チヨメ!!」

 

慌ててチヨメちゃんをCOMPに戻してからジャックを銃撃する。

弾丸を涼しい顔で叩き落としながら()()()()()()()()()()

 

なんだ、どういうことだ? 対象は既にCOMPに――

 

「“――解体怨霊(ジャック・ザ・リッパー)!!”」

 

詠唱を終えたのと同時、嫌な予感がしていた俺はCOMP画面を見ていたのだが。

 

「っ、マジか!!」

 

チヨメちゃんのHPが一瞬でゼロになった。俺は慌てて反魂香をチヨメちゃんに使う。

そしてすぐに召喚した。

 

「っ、ハァッ! ハァッ! お、お館様……」

 

どうやら反魂香で蘇生できる攻撃だったようで一安心。

あまりに強力な即死スキルは蘇生アイテムすら効かないことがあるからな。

 

突然の死と蘇生を一息のうちに体験したチヨメちゃんはびっしょりと冷や汗をかいている。いつもの忍び装束が肌に、前髪が濡れた額に張り付き困惑した表情で俺を見上げている。

……正直ちょっとエロいと思ってしまった。

 

「……」

 

すぐさま己の両頬を叩いて邪念を祓う。

 

「お、お館様……?」

 

「問題ない。それより無事で何よりだチヨメちゃん」

 

我ながら完璧なポーカーフェイスで不謹慎な内心を隠した俺だが、チヨメちゃんは訝しげにこちらを見ていた。

 

さて、COMPに戻しても無意味と分かった以上戦線に戻してみたわけだが。

 

「フフフ……お兄さん、悪い大人だねぇ」

 

ジャックは俺の内心を見透かしたように笑みを浮かべてゆっくりと歩み寄ってくる。

……デビルサマナーなんてやってる奴は、どっかしら“悪い”もんだ。覚えときな、坊主。

 

それはともかく。

どうにもまだ勝ち目が見えない。

なら、やはりアイツを呼ぶしかないか。

ここで確実に一匹潰すのが最適でもある。

 

「召喚! ウシワカ!!」

 

声に応じて召喚陣が浮かび上がり、中から見慣れた痴女衣装が飛び出して傍に着地した。

俺を見た後、ちらりとジャックを見てすぐに刀を構えた。

 

「……なるほど、ここで確実に一匹仕留めるわけですね。いい判断です、主殿!」

 

ウシワカは嬉しそうな笑みを向ける。

その笑みが可愛くて少し照れる。

 

だが、ウシワカがいれば百人力。全員(オサキはいないが)でかかれば流石に勝てる。

 

銃と刀を構えながら俺は仲魔に指示を飛ばした。

 

 





【あとがき】
全然更新しなくて申し訳ありません……

今更ながらダークギャザリングを最新巻まで読んだら激ハマりしてしまいまして、気力が天元突破したのでなんとか更新できました。

……H嬢、もともと可愛いのにCV.はやみんで可愛さが限界突破してるの最高すぎるだろ!!
ワイの再推しはドンペリちゃん……











……と見せかけてやっぱり夜宵ちゃん!!!!
長年の業からは逃れられなかったよ……

おんぶされてる時のおみ足がたまらないでs(弔って、邪経文大僧正


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霧の街・三

奥様が惚気ててにっこりしました。
もっとだ……もっとイチャイチャしろ……(祈祷









――いつかの記憶。

 

()は、とある戦場にて()と出会った。

銃火器と“異形の魔性”が闊歩する決して表社会には知られない闇の戦場。表の力が意味をなさない超常の跋扈する戦場(いくさば)にて、彼は()()()()()()

 

 

――その日私は、悪魔と結託した反社会組織に捕らえられた幼な子たちを()()()()かの組織の拠点へと向かった。

事前情報では低級な悪魔と、霊的研鑽の足りないゴロツキしかいないはずの拠点はしかし、組織に援助する“強力な悪魔”たちの来訪中であった。

 

なんとか子どもたちの救出は成功したものの、脱出の際に悪魔たちに発見され戦闘へと発展した。

当時、すでにサマナーの中でも上位の実力を持っていた私だが。子どもたちを守りながら強大な悪魔を仕留めるほどには至っていなかった。

 

魔力も尽き、道具も尽きて最早これまでと覚悟したその時――

 

 

 

――彼は現れた。

 

 

彼は“力”そのものだった。

刀の一振りで屈強な悪魔たちは物言わぬ肉片と化し、銃撃は正確に悪魔たちの急所を撃ち抜く。

彼の従える“仲魔”も同様に精強であった。

 

()()()()()()()()()()は、幻影のように戦場を舞い悪魔を蹂躙した。

()()()()()()()()()()()()()は、槍の投擲一つで悪魔の群れを消し飛ばした。

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()は手に持つ多様な武具を振るい軍勢を塵芥とせしめた。

 

一方的な殺戮の果て、彼はなんてこともないように悪魔どもの頭目の首を刎ね飛ばし、組織は結託した悪魔もろとも呆気なく壊滅した。

 

 

 

 

 

戦闘を終え、後から駆けつけた依頼主たちに子どもたちを引き渡してすぐに私は彼を追いかけた。

 

事情は知らない、素性もしれない。しかし、戦場で垣間見た彼の目はひどく“澱んでいた”。

 

『待ってください……!! どうか、私を――』

 

――ならば、()()()()

どうあれ、あの様な目は“穏やかではない”。()()()()()()()

――ならば、()()()()

人が、人の世が“幸福であれ”と志した私には彼を見過ごすことなどできなかった。

 

『――連れて行ってはくれませんか?』

 

私が救わねば。

思い悩む者がいれば相談に乗り、悲しみに暮れる者がいれば寄り添い、争う者がいれば仲を取り持ち、()に堕ちゆく者がいれば諭しその道行を光へと導く。

この命ある限り、私は■■を救わねばならない。

 

……そうでなければ、私は、俺は――

 

――あの日、あの時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲魔の戦闘を見守りながら今後の作戦を確認していた矢先、()()、かつての記憶が蘇ってきた。

 

「……ああ、そうでしたね。()と出会ったのはあの頃――」

 

時を経るごとに、()()()()。“力を取り戻す”とともに私は古い記憶をも取り戻していた。

当初は記憶の欠落に意識を向けることもなく溢れ出る“悪意”のままに振る舞ってきたが、三度の死を経たことで私も“自らに掛けられた呪い”の意図に気付き始めていた。

 

「存外、悪趣味なものだ。()()()()も」

 

――いや、“いくじなし”だからこそこのような状況になっているわけか。

 

「回りくどいにも程がある……が、そうでなければ“この出会い”もなかった」

 

自然とその視線は仲魔である“男の子”に向かう。

痛みと苦しみから生まれ落ちた社会の闇そのもの。

かつての私が、救いたくて、どうか幸あれと願ってやまなかった存在の一つ。

かつての私が、“絶望”した光景によく似て――

 

 

「……なにはともあれ、今はこの作戦の成功に尽力しましょうか」

 

この作戦が成功すれば、“我ら”にとって後顧の憂いとなる存在はなくなる。

後は事を進めるだけ。

それが成れば今度こそ、()()()()()()()()()()()()()()

 

かつての私が抱えた憂いも絶望も、この溢れ出る憎悪も悪意も。

全てが無へと帰す。

 

我が悲願たる■■(■■■)の成就まで、あと少しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「せいっ!」

 

ウシワカの大振りの一撃を受けて、ジャックは後方に後退る。

 

「三郎!」

 

そこへすかさずチヨメちゃんの呪いが絡み付き一時的にBIND状態にする。

あとはイヌガミの火炎魔法と俺の銃撃で追撃を仕掛けて。

 

「たぁ!!」

 

トドメとばかりにウシワカの斬撃がその身を斬り裂く――

 

 

――寸前で、金色の錫杖が薄緑の刃を受け止めた。

 

 

「やっぱり出てきたな、()()()!」

 

教会の戦闘にて、妙にジャックを気にかけていた奴のことだ。この局面で出てくると確信していた。

だからこそ、ここでブラックマリアの援護……が欲しかったのだが。

 

先程、ブラックマリアを呼ぶべくオサキに念話で話しかけたところ。どうにも同行していたパン子が突然、錯乱状態に陥ってしまったらしく合流はパン子を比較的安全な場所に置いてからとなっていた。

 

なんとも間が悪い。

だが、無理なものは仕方ない。

 

「ウシワカ! ジャックは任せたぞ!!」

 

指示を出しつつ、涅槃台に斬りかかる。

見たところ、涅槃台もいつものように饒舌に喋る気はないようですぐにでもウシワカに魔法を放とうとしていた。

 

俺の斬撃に対し、魔法を中断して錫杖で受け止めた涅槃台は目を細めた。その目には純粋な殺気だけが宿っている。

 

「っ、ヒートライザ!」

 

危険を感じた俺は咄嗟に自己強化を施す。そして強化された感覚は、下方より迫る“魔法”を察知した。

 

「あぶなっ!?」

 

慌てて飛び退いてすぐに、地面から呪殺属性のエネルギーが間欠泉のように噴き上がった。

毒々しい色彩のエネルギーの柱を貫く形で、錫杖が顔を出す。

 

その刺突を刃で受けたところで、チヨメちゃんが念話で“固有スキルの使用許可”を求めた。俺は二つ返事で承諾。

時を置かずしてチヨメちゃんは指の腹を噛みちぎり、溢れ出る鮮血を触媒として“呪い”を発動した。

 

「口寄せ・伊吹大明神縁起!!」

 

詠唱を省略しての即時発動。威力の減衰を代償として八頭の大蛇が一斉に涅槃台へと襲い掛かる。

そこらへんの悪魔なら一瞬でMAGの塵と化す強力な呪殺攻撃だ。

 

……が。涅槃台は一つの頭を鷲掴み()()()()、一つの頭を錫杖で打ち砕き。残りの頭を“泥”にてあっという間に呑み込んだ。

威力が落ちているとはいえ、デタラメじみた強さだ。

まあ、それだけの隙があればこちらも追撃が可能だ。

 

後退しながら銃撃にて牽制、少し遅れてイヌガミの火炎魔法が放たれた。

 

乱舞のように火球が宙を舞い、四方八方からランダムに涅槃台へと襲い掛かる。

 

「……!」

 

涅槃台は僅かに眉を動かし、錫杖と破魔系魔法で撃ち落とし始めた。

その光景を見てふと思う。

 

もしや、()()()()()()()()

 

元来、火とは闇を祓う概念だ。日本のみならず、火は闇と相対するモノとして広く信仰されてきた。

呪殺属性、少なくとも涅槃台の扱う“呪殺魔法”が火を弱点とする可能性はある。

なら、俺にもやりようはある。

 

 

もう一度ヒートライザを掛けてからアギストーンを複数投げつけ、お高めの火炎弾を装填する。

 

涅槃台がアギストーンを撃ち落とす隙を狙いすぐさま射撃する。

……とはいえ、今の涅槃台は銃弾程度は容易く打ち落とす。案の定、錫杖にて正確に弾丸を捉えたその直後。

 

「ぐっ!?」

 

弾丸が炸裂して火炎魔法を撒き散らした。炸裂型の属性弾だ。火炎対策をした上で打ち落とさねば問答無用で内部の魔法が解放される仕組みになっている。

涅槃台は怯み僅か隙を晒す。

ここで一気に押し込む。

 

銃を持ち替え属性弾を撃ち続けながら接近、抜刀する。

イヌガミも魔法にて火球を撃ち出しながら口内に炎を溜めて接近する。

 

ヒートライザ二段掛けの超スピードで急接近して刀を一振り、当然涅槃台も錫杖で受け止める。

その間にイヌガミが至近距離からファイアーブレスを見舞った。

 

涅槃台は咄嗟に防御結界を張るも、急造の結界では防ぎきれずに無事炎の渦に巻かれた。

 

「ぐうぅぅぅ!!」

 

炎に巻き込まれないように飛び退き涅槃台を見ていると、奴は炎に巻かれながら手印を結び法術にてファイアーブレスを掻き消した。

 

「相変わらずタフな奴だ!」

 

このままではジリ貧になる、そう思った時。

 

「ぐっ……」

 

ピシ、パキ、と音を立てて脚に痛みが走る。どうやらヒートライザ二段掛けは未だにキツイらしい。

これ以上、俺が出張るのは難しいか。

 

「なら仕方ない……」

 

俺はイヌガミを呼び寄せ、“鎖”を表出させると無造作に引きちぎる。

鎖がボロボロと崩れていくに応じてイヌガミは飢怨権現へと回帰する。

 

「……やれるのか、主よ?」

 

飢怨権現への形態変化を終えたイヌガミが問うてくる。

そこに憂いはなく、ただ俺の覚悟を問う声音。

 

「やれる、やるしかねぇ。こいつは今度こそ仕留めなきゃならん気がする」

 

なんというか、こいつは“復活”する度に冷静になっているというか。“覚悟”が決まってきてる感じがする。もちろん“悪い方の覚悟”だ。

……いや、悪いというのは語弊がある。あれは“破滅”を肯定する覚悟だ、これまで殺してきた敵にもああいう目をした奴がちらほらいた。

まあ、ただの感覚の話だが。

サマナー稼業においては感覚というのは案外バカにできないものがある。

 

「クク……なら存分に力を振るってやろうぞ」

 

イヌガミは獰猛な笑みを漏らし、次の瞬間には涅槃台に飛び掛かっていた。

 

涅槃台は以前のように興奮することもなく、冷静に飛び込んでくるイヌガミを見据えて梵字を宙に浮かべて破魔系魔法をセットする。

イヌガミは襲いくる破魔系魔法の群れを爪や牙で無理矢理破壊しながら涅槃台に突撃する。呪殺属性を吸収する飢怨権現だが、生半可な破魔系魔法も効果が薄い。飢怨権現に対抗するには純粋な力技が必須、しかし飢怨権現もまたその身に秘めた膨大なエネルギーを無遠慮に振り撒き暴れるのだからタチが悪い。

 

「あ、あれがイヌガミ殿の本気でござるか……」

 

狼狽えるチヨメちゃんに目をやる。

俺は飢怨権現からの急激なMAG吸収にふらつきながらチヨメちゃんに指示を出した。

 

「イヌガミの援護を頼む……できる範囲で構わない、あの状態のイヌガミは有体に言って暴走してるからな。俺もなるべく援護する」

 

そこまで言って耐え切れず膝をついた。

 

「お館様!」

 

チヨメちゃんが心配そうに駆け寄ってくる、それを手を向けて制す。

 

「問題ない、許容範囲だ。それよりも、イヌガミを……頼む」

 

俺の言葉に、何か言いたげな様子で口を開くがすぐに真剣な顔で頷き援護へと向かった。

 

 

その背を見つめながら、物思いに耽る。

俺がこうも弱いままなのは何故なのか、最近は少し理解できるようになっていた。

 

()()()()()()()……」

 

義務とか責任の話じゃない。俺が、俺自身を信じて戦うだけの“理由”が今の俺には無い。

かつての俺であれば、街の住人を虐殺したことに対する“義憤”のようなものに燃えていたと思う。だが、今はそうではない。

確かに、義憤みたいなものは存在しているが。同時に()()()()()()という乾いた感情があるのも事実だ。

 

廃寺の一件もそうだ。

口ではあんな事を言っていたが、結局のところ“アイシャの言葉を嘘にしたくない”という理由で戦っていた。

心の底では仲魔や“俺自身”のことを()()()()()()と感じていたのだ。

だからすぐに元に戻ってしまった。

この感情を()()()()限り俺は繰り返すだろう。

そしていつかまた仲魔を――

 

 

「……今は集中するべきだ」

 

深みハマりそうになった思考を絶ち、目の前の戦闘に意識を向けた。どうあれここを乗り切らねば理由もクソも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

霧の街に二つの影が踊る。

一方は、手にした名刀を巧みに振るい天狗が如き素早さで縦横無尽に街中を駆ける。

もう一方もそれに劣らず、影から影へと這い回るように高速移動し隙を見てナイフを投擲する。

 

やがて、這い回る影を捉えたウシワカが薄緑を振り下ろす。ジャックはこれをナイフにて受け止めた。

 

「アハハ、強いねぇお姉さん」

 

「貴様も、この私についてくるとは、なかなかにすばしっこい」

 

ギリギリと重ねられた刃が火花を散らしながらも両者は笑みを浮かべていた。

 

「……ねえ、お姉さん? ぼくたちを殺すの?」

 

突然、真剣な顔で問いかけるジャック。だがウシワカにはそういった小細工は通じない。

問いに答えることもなく、刃を更に押し込める。

 

「っ……! 容赦ないんだね、フフフ。()()()()()()()()()()()

 

残念そうに呟いたその言葉に、ウシワカの眉が僅かに動いた。

 

「古い絵本で見たことあるよ、おっきな“べんけい”と戦う綺麗でかっこいい“うしわかまる”」

 

それは童話、絵本の話。それはつまり“この悪魔が人間として生きていた頃にあこがれた情景”ということ。

その事実が強くウシワカの心に突き刺さる。

 

目の前にいるこの悪魔が、確かに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるという事実が。

 

「っ……!」

 

ウシワカの刃に込める力が一瞬、しかし明らかに弱まった。それを見逃すことなくジャックは力を込めてウシワカの刃を押し返し、ウシワカごと弾き飛ばした。

 

「しまった!」

 

解体怨霊(ジャック・ザ・リッパー)!!」

 

詠唱を省略した即時発動、威力の減衰を許容して放たれる呪殺スキル。

条件は揃っている。

夜と霧と、“女”。

このジャックが“殻”としているサーヴァントの宝具条件を全て満たした上で、なおかつこの怨霊が持つ『この世界に生存する知性体への特攻』を加えれば。強化されたウシワカとて無視できない威力を発揮する。

 

直後、ウシワカの腹部が弾け飛び、臓物が体外へと排出された。

 

「ぐっ!? がはっ!」

 

因果の混乱によって遅れて襲いくるダメージは、()()()()()()()()()()()()()

因果の上ではすでに死体は出来上がっている。このダメージは遅れてやってきた“結果”であり“必然”なのだ。

 

ウシワカには、ジャンヌほどの呪い耐性は無い。

すでに発動した呪いと、それによるダメージを回復する手段もない。

 

まして、チヨメの時とは違い同じ空間で発動された。その分、威力も先の比ではない。

 

ウシワカは己の命が急速に失われていく感覚と、ぼやけた視界の中でかつての己の最期を思い出していた。

 

――ああ、あの時も。腹を裂いて果てたのだったか。

 

ヨシツネソースを吸収した彼女は自らの最期について正確な記憶を取り戻していた。

かつて他者への共感を欠いていた己の未熟を、そして。

 

今は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それを自覚して、彼女は今一度奮い立つ。

“まだ死ねぬ”と。

 

 

 

その想いに応えるようにして、濃密な神気が含まれた上級蘇生魔法(サムリカーム)が掛けられた。

 

「遅れました!!」

 

声のした方に向けば、そこにはこの場にて待ち望まれた援軍が二体。

黒い聖母、ブラックマリアが破魔系魔法を乱射しながら戦いの渦中に飛び込む。それを補佐するようにして幻術と呪殺魔法を撃ちながら随伴するオサキ。

 

まず、()()()()()()にて涅槃台を後退させ、ジャックには破魔系魔法で涅槃台の元まで追い払う。

圧倒的な力を振るう姿は教会での戦闘とは別人のようだ。

 

否、前回とは条件が違う。

まず、守るべき恩ある教会はすでに無く。強力な悪魔であるジャンヌ・オルタもいない。さらには涅槃台の持つ“瀆聖の加護”もすでに見切っている。

古代、単神にて異郷の邪教団を追い払った戦神に二度も同じ手は通じないということ。

 

ブラックマリアは勇ましい表情で声を上げる。

 

「速やかに終わらせましょう……この()()()()()()!」

 

 

 

 

 





【あとがき】

アンドロメダちゃんがいい子で、それにもにっこりしてます。
ペル……こんないい奥さんもらったとかどんだけ幸運なんだ貴様。アルジュナよりも遥かに授かりの英雄じゃないか!!
嫉妬が抑えきれん……!






沖縄好子方言ツラ(略し方がわからん)がアニメになるそうで楽しみにしてます。沖縄出身系のキャラ、実は大好きなんですねぇこれが。響ちゃんとか。


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霧の街・四

真Ⅴ完全版出るってよ。

いぃぃぃぃやっほぉぉぉぉぉぉぉい!!!!







眩いほどの閃光。周囲で蠢いていた泥は破魔の雷光により一瞬のうちに消し飛んだ。

 

「今です、犬神殿!」

 

ブラックマリアの声に反応して飢怨権現と化したイヌガミが駆ける。

迎撃しようとした涅槃台は、ブラックマリアの放った“竜巻”と“火球の群れ”によって体勢を崩した。

無防備な躯体へとイヌガミの爪牙が突き立てられる。

 

「がっ……! 小癪な……!」

 

吐血しながらもすぐに立て直して杖と“泥”にて反撃しようとする涅槃台。しかし、泥はブラックマリアの破魔系魔法にて現れた端から浄化されてゆく。

 

 

 

 

 

俊敏な動きと霧に紛れる戦法にてウシワカを翻弄していたジャックは、ブラックマリアの放った疾風魔法にて霧を吹き飛ばされるのみならず、体勢まで崩された。

 

「っ、牛若丸様!」

 

「承知!」

 

ブラックマリアの声に遅れず振るわれた薄緑による斬撃はジャックの身体に浅くない傷を残した。

 

「くっ、やりにくいなぁもう!」

 

ナイフを投擲しつつウシワカから距離を取るジャック。これを追撃するようにして再びブラックマリアの四属性魔法が飛ぶ。

 

 

 

一方、涅槃台は泥と錫杖にてイヌガミと渡り合う。しかし先ほどの傷のせいか些か動きが鈍い。

そうしてイヌガミの爪牙による一撃で怯んだ隙に。

 

「三郎!」

 

チヨメちゃんの呪いによる拘束が決まった。

しかし呪殺魔法を得手とする涅槃台相手では長くは保たない、時間にすれば一秒ほど。だが、イヌガミが渾身の一撃を放つには十分すぎる時間だ。

 

一瞬、自らの呪力を“魔力”へと変換して溜め込んだイヌガミは、大口を開けて至近距離から上級火炎魔法(アギダイン)を放つ。

 

「っ!!」

 

涅槃台も咄嗟に防護障壁を張ったものの、イヌガミの火力を止めるには至らず火球をモロに食らった。

 

 

 

 

 

 

「圧倒的じゃないか……」

 

ブラックマリアが合流してからというもの、俺たちは涅槃台ら相手に優勢に立ち回っていた。

彼女の扱う豊富で強力な魔法、そして的確な指揮。

呆気に取られてつい先ほどまでポカーンとしてしまっていた。

俺がいる意味。

 

 

……だが、側から戦いを見ていて感じた“違和感”もある。

 

「……()()

 

ジャックではない、“涅槃台”だ。

俺の記憶では廃寺で戦った時点で飢怨権現を()()()力を持っていたはず。あの時は女神化したオサキと二人がかりでも倒しきれず、俺の不意打ちに近い猛攻でやっと倒せた。

 

だが今は飢怨権現とチヨメちゃん相手に劣勢だ。

加えて、奴はこれまで“死ぬたびに強くなっていた”。なら、この戦況はおかしい。

 

なんらかの要因で弱くなった……と考えるのは楽観的すぎるだろう。

 

「手加減、している?」

 

なんのために? こちらが把握している“奴らの目的”と現状を鑑みる限りでは理由が見当たらない。

目的が不明だ、が。

 

不可解な行動であるのは確かだ。

 

妙な胸騒ぎを覚えた俺は急いで念話にて仲魔に知らせようとして、猛烈な悪寒に襲われた。

涅槃台たちの方を見ればブラックマリアたちに追い詰められて今まさにトドメの総攻撃を受けようとしているところ。

――不意に、ジャックの口角が上がった。

 

 

次の瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ぼくたち(ぼく)にとって人生とは“痛み”ダッた。

 

 

生まれてからずっと疎まれ、虐げらレテ生きた。

おとうさん(ぱぱ)はずっと怒ってイた、おかあさん(まま)はずっと嫌そうな顔で見テいた。

 

“ぱちんこ”でまけタというりゆうで■られた。

うるさいというりゆうで■られた。

 

けい■でまけたというりゆうで■られた。

うっとうしいというりゆうで■られた。

 

■■がほかの■■■のひとといっしょにいた、というりゆうで■■■■。

カップ■■■■をこぼしたという■■■で、■■■■をかけられた。

 

■う■え■のみんなとはなしてはじめてしった。

■■のかぞくはもっと■■しいと。

 

だから■■はおもった。ぱぱとままがよろこぶことをすればきっと■■にもやさしくしてくれると。

だからいうことはちゃんときいた、いたいのもがまんした、ご■■もがまんした、■■■え■のみんなとあいたいのもがまんした。

……■■■はがまんできなくて■られたけど、いたいのはがまんできた。

 

しんじてた、きっと、きっといつか、■■も■■も■■を◻︎してくれると。

 

だからだいじょうぶ。もうなんにちも■■■を■べてないけどがまんできる。■■はいいこになるんだ、そうして■■と■■にほめてもらうんだ。

だから……ねちゃだめだよ…………ねむく、ても……めを……あけ――

 

 

 

 

 

 

――わたしたち(わたし)の人生は冷たかった

 

わるいこな■■■は、おそとではんせいしていた。ふゆのおそとはとてもさむくて、こんくりーとはとてもつめたい。

……べらんだのむこうがわでは、よそのこが■■■さんと■■■さんにはさまれてにこにこしている。そのまえにはろうそくをたてたおっきなけーき!

いいなぁ……そうだ、ことしのぷれぜんとはけーきにしよう。けーきってたべたことないけど、みんなのはなしではとてもおいしいときいた。

■■■さんならきっとかなえてくれる、ことしこそはきっとかなえてくれる。

 

……なんだかねむくなってきた。それになんだかさむくなくなってきた。こんくりーともつめたくない。

これならよくねむれそう――

 

 

 

 

 

 

 

――■■■■(ぼ■)の■生は“く■ふ■”だった。

 

いつもおこっていた■■■さんは、かえってこない。もうなんにちもおうちにひとりぼっち。

おなかすいたなぁ……でも、■■はこのおりからでられないから■■■をさがしにいくこともデキナイ――

 

 

 

――■■■■■(■■■)の■■は■■■かった。

 

 

――■■■■(■■)の■■は――

 

――■■■■■(■■■)――

 

――――

 

――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクタチハ愛サレナカッタ

 

 

 

おいしいご飯も。

うれしいプレゼントも。

たのしい日々も。

あたりまえの日常さえ――

 

 

 

――ぼくたちには与えられなかった

 

 

 

 

 

 

 

「これは……っ!!」

 

精神干渉……!

それも、相手に自由に幻覚(ヴィジョン)を見せることができるほど強力な。

なにより俺の耐性をあたりまえのように貫通している。

 

俺の視界には、見るに悍ましい……語るのも憚られるような凄惨な光景がはっきりと映っている。

理不尽な暴力に耐える子ども、無慈悲な空腹に耐える子ども、救いの無い冷たさに震える子ども……

あらゆる仕打ちを受ける子どもたちを映したヴィジョンが、無限に切り替わる。

 

魔術的な精神汚染ではない。

異能に根ざした精神汚染ではない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……これを見て何も感じない者は少ないだろう。ある程度、最低限でも真っ当な常識を備えた人間はこのヴィジョンに心を痛める。

そして、繰り返し、繰り返しこのヴィジョンのみを見せられた人間は精神に変調をきたす。

 

「そこでようやく“効果”が発動するわけか」

 

心が弱ったところで“魔術的な精神汚染”が発動する。

しかしこの汚染は俺の精神耐性によって弾かれた、ゆえにこうして冷静に分析することができる。

 

「……だが、俺だって無限に耐えられるわけじゃない」

 

こんな常軌を逸した光景をずっと見せられたらいずれは俺も汚染されるだろう。

 

俺はただちに“五大明王”の真言と手印を結ぶ。

すなわち“明王陣中具足”の詠唱である。

 

努めて冷静に、ゆっくりじっくりと詠唱と手印を結びスキルを発動する。

直後、視界がガラスを砕くように割れた。

 

 

次の瞬間には霧に包まれた街が視界に入る、つまり現実に戻ってこれたということだ。

 

辺りを見れば、ぼーと虚空を見たまま静止する仲魔たちの姿が――

 

 

――そして、今まさにウシワカを刺し貫かんと錫杖を振り上げる涅槃台の姿が。

 

 

「おらっ!」

 

踏み込みからの抜刀、居合いの要領で振り抜いた刀は明王陣中具足による強化も相まって神速にて錫杖を弾いた。

 

「貴様っ!? どうやって――」

 

二の句を継ぐ前に二の太刀を振るう。これを錫杖にて受け止めた涅槃台は苦々しげにこちらを()め付ける。

 

「……どうやら貴様()、人でなしのようだな!」

 

「お互いさまだろ……!」

 

言い返しながらさらに刃を押し込む。

俺だってあんな光景を見せられて何も感じないはずがない。目を背けたいと思ったし、烏滸がましくもどうにかして救いたいと思った。

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あの怨霊の恨みつらみ、察するにあまりある。俺ごときが“それを理解した”などとは口が裂けても言えない。彼らの苦痛と絶望は彼らにしか分からない。

本来なら大人たちが、あのような子どもたちを生み出さないようにしなければならないことも知っている。

 

だが。

 

「俺の仲間たちが殺されるのを黙って見てるわけねぇだろ!」

 

吠えてさらに刀を押し込むが。

 

「っ、貴様のような……()()に満ちた人間がいるからっ!」

 

突然、激昂した涅槃台に凄まじい力で押し返され弾かれた。

そのまま突きが放たれる。

 

「くそっ……!」

 

強化によって急上昇した身体能力でなんとか矛先をさばくが、続け様に突きを放ち続ける涅槃台に圧される。

 

「自分勝手に弱き者たちを虐げる畜生ども、弱さを盾に世をかき乱す畜生ども! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

全て、この目で見てきた! 救おうとするたびにこの手からこぼれ落ちる命を幾度となく見てきた!! 何度も! 何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!!!!」

 

いきなり訳の分からないことを喚き散らしながらも、その猛攻に隙はなく。どころか段々と精度と威力を増していく。

……こいつ、こんなキャラだったか?

 

「お前みたいな外道が、何を今さら……!」

 

「そうだ! 貴様らのようなゴミを殺すために()は外道になった!! 悪は悪によって滅ぼされるべきなのだ!!」

 

言い放ち大振りの横薙ぎを放った。

感情が昂りすぎだ、隙だらけである。

 

冷静に受け流し、袈裟斬りを見舞う。

 

「ぐぁ!!」

 

無防備に斬り裂かれた傷から鮮血が溢れる。同時に、俺の身体も強化に耐え切れず激痛と共に軋んだ。

我ながらよく保った方である。

 

「っ、消え去れ!!」

 

ほんの少し、気を緩めた瞬間。涅槃台は背後に展開した魔法陣から幾つもの呪殺魔法を放った。同時に地面から染み出した“泥”が襲い掛かる。

 

「しゃらくせぇ!!」

 

コイツがこの程度で死なないことなど百も承知、こちらも強化された火炎魔法で全て薙ぎ払う。

術師型でない俺はごっそりとMAGが抜け落ちた感覚に襲われる。

だが、今はまだ負けられないと踏ん張る。

飢怨権現も落ちた今、俺が踏ん張らねばならない。

 

「付け焼き刃のガラクタが!!」

 

「うるせえ、ダブスタ野郎!!」

 

憎悪に満ちた錫杖を、俺は空元気にも似た気合いで受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ヒデオが涅槃台を抑えている間に、ジャックの精神干渉を()()()()()ブラックマリアは回復魔法にて仲魔たちへの精神干渉を打ち消していた。

 

「あーあ、ほんと、やりにくいなぁ“お姉さん”」

 

ジャックは心底嫌そうに表情を歪めた。

 

「“アレ”を見ても平気な上に、まだ()()()()()()()()()()()()

……“ちぼしん”ってみんなそうなの?」

 

少し、“複雑な感情”になりながらジャックは文句を言う。

 

「どうでしょうか……皆、それぞれに大事にしているモノは違いますから」

 

ブラックマリアはあくまで穏やかに返答する。

その態度が殊更にジャックの心をかき乱す。

 

「やだなぁ……ぼくたちは確かに“生きたヒト”が嫌いなはずなのに、お姉さんのことは嫌いに()()()()()()

そんなのおかしいのに、間違ってるのに……嫌いになれない」

 

苦悩するジャックの周囲はいつの間にか、復活したヒデオの仲魔たちが囲っていた。

それらをゆっくりと見渡してからため息を吐く。

 

「……もう、めんどくさくなっちゃった」

 

そう呟いた直後、ジャックの身体からこれ迄にない濃密な“呪い”が溢れ出した。

これまで身体強化、スキル強化、その他諸々に費やしていたMAGを全て呪いへと変換した一撃。

放たれれば辺り一帯が焦土と化すほどの膨大なエネルギー。

 

仲魔たちが狼狽える中で、ブラックマリアだけは落ち着いた様子で両手をジャックへと向ける。

 

直後――

 

 

 

「ぐっ!? あ、があぁぁああぁ!!」

 

ジャックは呪いの発動を止めて苦しみ出した。喉を、胸を掻きむしったかと思いきや。腕、頭に爪を立てて押さえる。

 

やがてその身体から、ジャックと同じ姿形をした半透明のシルエットが分離し始めた。

 

「な、なに、を……!?」

 

「……貴方がたが被っている“殻”を剥ぎ取ります。その“殻”は少々厄介な能力を持っていますから」

 

なんてことないように語られた“神の技”に、ジャックはもとより仲魔たちも驚愕する。

いくら偽りの姿とはいえ、街一つを滅ぼしてあまりある膨大なエネルギーの持ち主だ。そう簡単に殻だけを剥がすなど出来ようはずがない。

仲魔たちからすればこのジャックが“ジャックという殻”を被っているという事実すら知らないのだから無理もない。

 

だがこの女神は、この地を本拠とする地母神である。仮の姿とはいえ、長く広く、深く信仰を受けた地母神のホームグラウンドであればこそこのような芸当も可能となる。

 

「がぁアァぁぁぁぁぁ!!!?」

 

やがて、するりと抜け出るようにして“ジャックのシルエット”が剥ぎ取られ、ブラックマリアの手の中に収まると。『英傑ジャック・ザ・リッパー』という情報(ソース)として格納される。

 

そして、殻を剥がされた“本体”は荒く息を吐きながらブラックマリアに双眸を向けた。

 

 

 

 

 

 

「あーあ……()()()()()()ね」

 

へらり、と笑みを浮かべた“彼ら”の素肌がボロボロと剥がれていく。

 

「どうせなら……もっと遊んでいたかったけど」

 

頬が剥がれた跡から()()()()()が顔を出す。

応じて、皮膚の剥がれたところからも白い羽根がぞわぞわと浮き出てくる。

 

「こうなったら()()()()にも止められない」

 

やがて、羽毛は肌を突き破るようにして全身から生え出した。

“彼ら”の変身と共に、辺りの空気が肌を刺すような殺気に満ちていく。

 

「みんな……

 

 

ミ ン ナ シ ン ジャ エ

 

羽毛に埋もれた額から大きな“目”が開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

ブラックマリアは目の前で姿を変えた“怨霊”をじっと見つめていた。

そこには先程までの慈しみに加えて“警戒”の色が混ざっている。

 

沈黙する彼女の前で、()()()()()()()()()が身を震わせる。

 

『まあ、ぼくたちに姿なんて関係ないんだけどさ。一応、名乗っておくよ。

 

ぼくたちは()()()()()()()()

 

口減らし()()()()

()()で殺された子どもたちの怨念だよ』

 

“幼な子の声が幾つも重なったような声”で彼らはあっさりと自らの正体を明かした。

 

「たたりもっけ……」

 

その名は、この場にいる全員が知識として知っていた。

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

――“たたりもっけ”とは、東北において語られた妖怪の一種である。

曰く、口減らしとして殺された子どもの怨念とも。座敷わらしの対となる存在とも、座敷わらしそのものとも。

無惨に殺された者の怨念とも語られる怨霊である。

 

そして、現代において悪魔として現れるのならばその種族は“凶鳥”。或いは妖鳥、魔獣、幽鬼などが該当するはずである。

そもそも怨霊というカテゴリは特殊な悪魔に振られる種族であり、それらは一貫して“個人の怨みで悪魔と化した”存在である。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

まして彼らは“群体”。

全てが例外に過ぎた。

 

 

 

 

たたりもっけはおもむろに辺りを見渡す。

 

『んー……“霧”は十分に満ちているね』

 

「それが……なんですか?」

 

挨拶するような気軽さで呟かれた言葉に、しかしブラックマリアは嫌な予感がしていた。

 

「なにって……ぼくたちはもうジャック・ザ・リッパーじゃないわけだけど。そうなると、この“霧”って――

 

 

――どうなるのかな?」

 

目を細めて笑みのような表情を作った直後。

街に満ちていた霧が()()()()()()

 

 

「こ、これは!?」

 

もとより霧には強力な呪いが含まれていた。しかしそれらはブラックマリアの張った結界で完全に防がれてきた。

それが今、“壊れ始めた”。

 

「肌が……焼けるように……」

 

いち早く結界が崩壊し始めたウシワカの肌が“焼け爛れる”。次いで、頬にヒリヒリとした痛みが走り、次の瞬間には“青痣”となりそれ相応の痛みが発生した。

じわじわと肌を蝕む腕の“火傷”、さらには太ももを引き裂くように“大きな斬り傷”が生まれた。

 

「ぐっ……!」

 

傷口は深く、筋肉すら“引き裂く”。

一秒と経たずしてウシワカは地に倒れる。すぐに這おうとして動かした腕はすっぱりと筋を絶たれた。

 

 

あたりを見れば仲魔達にも同様の“呪い”が現れていた。

チヨメとオサキは四肢の筋を最初に絶たれ、喉を“焼かれた”。

唯一、飢怨権現だけは実体化した無数の幼な子の怨霊が抑え込むようにして封じている。おそらくは呪いが通じなかったのだろう。

 

強化された呪いの中で抵抗も出来ず命を削られる仲魔たちを見ながら、たたりもっけは翼を広げて天を仰いだ。

 

『うふふふふふ……誰も逃がさないよ。みんな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 






【あとがき】
可愛い悪魔が増えるよ! やったねみんな!
あと多分、お兄ちゃんの出番も増えそう。そして相変わらずアブの隣に佇む太宰くん見ただけで笑っちまった。


……てか新キャラのcv千和さんやんけ!!!!(大歓喜


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