ナザリックの鬼(仮) (たーなひ)
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プロローグ

初めましての方は初めまして。
見切り発車ですけど頑張ります。


12年前に発売した『ユグドラシル』というDMMO-RPGは、日本のメーカーが満を持して発売したゲームだった。

その特徴として異様に高い自由度が挙げられ、日本でのDMMO-RPGの代名詞と言える程の人気を博した。

 

だがそれも昔の話だ。

人気であったユグドラシルも長い年月によってプレイヤーが離れていき、サービス終了の時を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「またどこかでお会いしましょう」

 

そう言って"ヘロヘロ"はログアウトした。

そして残ったのはギルド"アインズ・ウール・ゴウン"のギルド長"モモンガ"のみ。

 

巨大な円卓に並べられた41人分の席はギルドメンバーの席であったが、サービス終了日となってはもう殆どのメンバーは居ない。

 

『今日はサービス終了の日なので最後まで残りませんか?』

そうかつての仲間たちに呼びかけたが来てくれたのはさっきのヘロヘロさんを含めてたったの3人だけだ。

 

理解はしている。

誰にだって生活がありどれだけ思い入れがあったとしても所詮はゲームだ。

どれだけ仲間たちと協力して金を注ぎ込んで時間を使おうとも所詮はゲームだ。

誰しもリアルが大事だから、どこかで引退という形を取ってこのゲームから離れていった。

 

だが、モモンガにはこのユグドラシルが全てだった。

家族もおらず、友人も居ない。唯一の友人と呼べたのはこのアインズ・ウール・ゴウンのメンバーのみ。

そんな彼にとってこのギルドはかけがえのないものであり、唯一仲間たちとの思い出を感じられる所でもあった。

 

 

「ーーふざけるな!」

 

怒号と共に両手をテーブルに叩きつける。

 

「ここは皆で作り上げたナザリック地下大墳墓だろ!なんで皆そんなに簡単に棄てることが出来る!」

 

激しい怒りであるが、頭のどこかでは分かっていた。

現実と空想でとるべきなのは現実、リアルに決まっている。

 

 

激しい寂寥感を感じていたモモンガだった、が誰かがログインした事を告げる通知にホッと一息をついて……

 

「こんにちは。モモンガさん」

 

かかってきた声の方を向く。

 

するとそこにいたのは、赤黒い肌にボロボロに見えるジャケットのような服。モモンガのアバターよりも頭一つ大きく筋肉質なその体だが、何より特徴的なのは額より生える立派な金色の角だろう。

 

 

「こんにちは。いちごパンチーさん」

 

終了まで残りわずかでやってきたギルドメンバー"いちごパンチー"に挨拶を返した。

 

 

_________________________________

 

 

ユグドラシルの特徴である自由度の広さは、もちろんキャラの多様さもかねている。

人間に始まり、エルフやドワーフのような人間種はもちろんのこと、小鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)などの亜人種、果てはモンスターのような能力を持つ異形種まで、プレイヤーが選べる種族は幅広い。

 

 

その異形種の中に"鬼"という種族がある。

亜人種である人喰い大鬼(オーガ)との差別化点は、設定上は不老であること。もちろんその他にも能力値などの差異はあるが、アンデッドの一種である所が大きな差別化点だ。

 

さて、その鬼の種族的特徴だが、至ってシンプル。

それは“殆どのステータスが優れているが魔法が苦手"だ。

 

一応説明しておこう。

まず、こと素の殆どステータスに関してはユグドラシルの中でもトップクラスに高い。一点に特化したような種族には負けるが、アベレージに関して言えばユグドラシルにおいてはトップを争うレベルだ。

それだけ聞けば最強のように思えなくもないが、枕言葉に"殆ど"がつく事と先程挙げた特徴から察せるように魔法の適性が極端に低いのだ。

そもそも、MPが全種族最下位を争うレベルで低い。

最高の100レベルまで上げてもそのMP量は人間の50レベルにも及ばない。

さらに極端に低いMP量に加えて習得出来る魔法も第三位階までと、鬼による魔法習得を断固として許さない意志を感じる。

 

 

発売当初の序盤は、鬼がかなり多かった。

それは高いアベレージを誇るステータスによって序盤の攻略が楽になるからだ。

しかしそれは序盤の話。後半になるにつれて強力な魔法を使える他種族が増えていく。そしてトドメとなったのは"異形種狩り"だ。

高いアベレージを誇ろうとも、魔法による遠距離攻撃をほぼ使えない鬼はまさにカモだった。ある程度の間合いをとりながら魔法を打ち込むだけで鬼は攻撃出来ずに倒されてしまう。

そうして、強力な魔法を使える他種族に勝てない事を思い知った鬼の人口は急激に減少していった。

 

これが、ユグドラシルにおける鬼の話だ。

 

 

次は俺の話をしよう。

リアルでは……まあ普通の平社員だ。特筆すべき事はない。

で、ユグドラシルにおいて選んだ種族は、ここまでの流れから察せるように鬼だ。

 

そのビルド方針は至ってシンプル。パワー耐久特化だ。

前衛として最低限の敏捷性と、搦手に強い出来る限りの状態異常耐性。

それ以外は全て火力と耐久系のスキルとレベル上げに費やした。

 

ステータスが高いという種族的特徴も相まって、ナザリックで火力においてはトップに立っていた。少なくとも数値上は。

数値上は…と注釈がつくのはひとえに魔法かあるせいだ。

威力が段違い過ぎて数値以上の火力が出てしまう。数値で勝ってても火力で負けるって何?って感じ。

 

仲間からは『頭良いのに戦闘スタイルとステータスビルドだけは脳筋な男』なんて呼ばれてた。懐かしいなぁ。

 

 

 

さて、次は俺の所属しているギルド"アインズ・ウール・ゴウン”について説明しよう。

 

このギルドは800弱あるギルドの中で9位につけていた超巨大ギルドで、その参加条件は二つ。社会人であることと、異形種であること。因みにギルド長のモモンガさんは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の中でも最上位の死の支配者(オーバーロード)だ。

さらに、ユグドラシルに200個しかない世界級(ワールド)アイテムを11個所持している。これは全ギルド最高保有数で、2位ご3個しかない事を考えると文字通り桁が違うことが窺える。

ここまで聞けば「凄かったんだなー」で済むが、それだけではない。

このギルドはPK…つまりゲームにおける人殺し(プレイヤーキル)を行う悪のギルドだったのだ。

 

 

そしてここ、ナザリック地下大墳墓は10階層からなる巨大ダンジョンで、アインズ・ウール・ゴウンの本拠地で、1500人に及ぶ大軍を全滅させた悪名高い場所だ。

 

 

 

 

 

そんな栄光あるナザリック地下大墳墓も、今いるプレイヤーは俺とモモンガさんだけとなっていた。

 

「いやー、すいません。残業が長引いてしまって…」

 

「いえいえ、全然!来て下さっただけでも嬉しいですよ!」

 

「それにしても………」

 

そう言って部屋を見回す。

 

「懐かしいなぁ………なーんにも変わってない…」

 

「……………そうですね…」

 

そう言ったモモンガさんの声音には、どこか寂しさが含まれているように感じた。

 

 

「そうだ!折角ですし、玉座の間に行きません?強制ログアウトまでまだ少し時間ありますし」

 

暗くなりかけた雰囲気を出来るだけ明るくなるように提案した。

 

「良いですね!それじゃあ…………あ、折角だしこれも持って行きますか?」

 

そう言って示したのは、ギルメンが文字通り必死になって作り上げたアインズ・ウール・ゴウンの権威の象徴。ギルド武器"スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”。

 

「お、良いですね!」

 

ギルド長であるモモンガさんが持つと、ドス黒い赤色のオーラが苦悶の表情を象って消えていく。

 

「うお、エフェクト混んでるなー」

 

「ホント、こんなにこだわったの誰でしたっけ?」

 

「えーっと……確かーー」

 

そんな風に話しながらもう二度と歩く事は無いだろうナザリックの廊下を、NPCのメイド達に挨拶しながら歩く。

 

 

 

第10階層へと降りた先は広間になっており、そこにいた執事と6人のメイド達を見て感慨深いものを思い起こす。

 

「あー、こんなの作りましたねー」

 

「名前覚えてます?」

 

「いや、さすがに覚えてないです」

 

コンソールを出して名前を確認する。

執事の白い髪と髭を話した男はセバスというらしい。メイド達は“プレアデス”と呼ばれる戦闘メイドで、先程までの普通のメイド達とは違うようだ。

 

「うわー、なっつ!そういえばこんなんでしたっけ」

 

「折角ですし玉座の間にも連れて行きます?」

 

モモンガさんが提案してきた。

 

「良いですね!ずっと仕事も無かった事ですし」

 

「“付き従え”」

 

コマンドで命令すると、NPC達が付いてきた。

 

そして玉座の間の扉を開けると、ユグドラシルでも一、二を争うであろう作り込みの部屋が目に入る。

 

「「おおぉ………」」

 

あまりの存在感に2人揃って感嘆の声が漏れてしまった。

 

 

そして玉座に向かうと、そこには1人のNPCが配置されていた。

純白のドレスを纏った美女だがその腰からは黒い翼が生えており、こめかみからは山羊のようなツノが突き出ている。

 

「あ、あれは覚えてますよ!確かタブラさんが作ったんですよね。えーっと……確か守護者統括の……ア……アラ?」

 

「アルベドですね」

 

「そう!それです!」

 

アルベドという名を思い出しながら歩いていると、モモンガさんが執事達をそのまま連れて行きそうになっていたので“待機”のコマンドで待機させる。

 

 

そしてモモンガさんが玉座に座った。

 

「おー!悪の帝王っぽい!」

 

「そ、そうですかね?」

 

頭を掻くモモンガさん。骨の体だから顔は分からないがおそらくちょっと照れてるんだろう。

 

 

「あ、折角ですしアルベドの設定でも見ません?」

 

時間を見るとのこり10分を切っていたが特にやることもないので乗っかることにした。

 

「良いですね」

 

 

そう思ってアルベドの設定を見てみたが、どうやら地雷だったらしい。

 

「うわっ!なっっっが!!」

 

「…そういえばタブラさんって確か設定魔だった気がします」

 

「あー…」

 

そうして長ーい設定をスクロールして最後の文章までたどり着いたのだが、そこには『ちなみにビッチである。』と書かれており2人して目が点になってしまった。

 

 

「……え?…何これ?」

 

「………モモンガさん、変えましょう。流石に酷いです」

 

「…そうですね」

 

仲間たちが作ったNPCだから変えることに抵抗はあるが、こんな美女をビッチとして終わらせるのも可哀想だ。

 

 

今まで使った事もなかったギルドマスターの権限を使って、本来はクリエイトコンソールを使わなければならない設定にアクセスする。

コンソールの操作でビッチの文字は即座に消えた。

 

「…なんか入れます?」

 

「そうですね……うーん………」

 

あいたスペースが寂しく感じたのでモモンガさんに聞いてみたら考えてくれるらしい。

 

そうして「あっ」と何かを思い付いたように打ち込んだので、それを見ると『モモンガを愛している。』と書かれてあった。

 

「ちょ、恥ずかしいんで消します!」

 

「良いじゃないですかどうせ最後なんですからー」

 

そう言うと諦めたようだ。

 

 

 

雑談のキリが良くなったので時間を見ると、もう30秒を切るところだった。

 

「……はぁ……もう終わりですか………」

 

「楽しかったですね…」

 

2人で感慨ふける。

 

残り15秒。

 

「それじゃあ…いちごパンチーさん、お元気で!」

 

「……えぇ。モモンガさんも頑張って下さい!」

 

そう言って2人は終了の時を迎える。

 

 

6、5、4、3………

 

 

最後に、モモンガさんの方を見る。

あり得ない話だ。ゲームだから涙なんか出るはずもないのに。

 

モモンガさんが泣いているように思えた。

 

………0

 

 

 

 

 

 

「…………………え?」

 

「………ん?」

 

時間を確認しても、間違いなく12時を過ぎている。

サービスが終了したら強制ログアウトさせられるはずだ。

 

「延期…………ですかね?」

 

「ちょっと待ってください……」

 

そう言ってモモンガさんはコンソールを出そうとした……が出てこない。

 

「…コンソールが……出ません」

 

「マジすか!?」

 

信じられなかったので自分でも試してみた。いつも通りの操作。しばらくやってなかったとはいえ間違えるはずもない。

しかし、コンソールは出ない。

 

 

「……どゆこと?」

 

「…………さぁ?」

 

2人で顔を合わせて沈黙する。

 

何か、何かが起こっている。バグではない。

今の2人のやりとりにも、どこか違和感があった。何かは分からない。だが何かがおかしい。どこか違うという感覚がある。

 

モモンガさんもそれは感じているようで、2人は必死に頭を回転させる。

 

 

 

 

「どうかなさいました?モモンガ様?いちごパンチー様?」

 

突然聞こえて来た()()()()に反射的に返そうとする。

 

「いや、どうもこうもな……………い……………?」

 

ん?女性の声??

 

そう思って声が聞こえて来た方向を見ると、NPCで動く事も喋る事もないはずの守護者統括、アルベドがこちらを首を傾げながら見つめていた。

 

 

「………え?」

 

なんとか俺が絞り出せたのは、一文字だけだった。

 




はい。
まあ分かると思うんですけど鬼のくだりは捏造設定ですね。
ビルド系のゲーム(?)もした事ないんで、用語とか間違って使ってたりするかもしれません。優しく指摘してくれると助かります。

後、話の中でおかしい点なんかも随時指摘して下さると嬉しく思います。
誤字報告もよろです。


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鬼の把握

思ってたよりも長くなっちゃいましたが、一先ずキリがいい所までは行けました。


ーさて。どうしたものか。

 

 

NPCが動いている。それもAIによって設定された動きではなく自らの意思を持って。

それだけではなく、本来、喋っても動かないはずの口が動いているのだ。それはNPCだけではなく、俺達2人も同様だ。

 

モモンガさんの機転によってあの場は切り抜けられたので、これからについて考えなくてはならない。

 

 

今俺達はモモンガさんの私室で話していてた。

 

「いやー、モモンガさんアレは無いですよー」

 

「いや、ホントすいません…血迷ったんです……」

 

なんとこのスケベ骸骨、感触と運営によって止められるのかどうかを確かめるためにアルベドの胸を揉みしだいたのだ。

 

「どうでした?」

 

「柔らかくて……暖かかったです…」

 

…………羨ましい……じゃなくて!

 

「触感もある…ということですかね?」

 

「まあ……おそらくは」

 

…そうなると……

 

「ゲームじゃない……って事か」

 

信じられないが、そう考えるしかない。

ゲームでは感じることの出来なかった感覚を感じることが出来る上に、NPC達も意思を持っているように思えた。

 

「……そんな事あるんですかね?」

 

「…今の俺達じゃ判断つかないんですし、とりあえず直近の事を片付けましょう」

 

「そうですね」

 

先程玉座の間では、アルベドに各階層の守護者を第6階層の闘技場に集まるようにし、セバスにはナザリック周辺の地理を捜索させた。

それで集まった情報によっては何かしらの判断をつける事も出来るだろう。

 

 

「…魔法の試し打ちに行きたいんですけど」

 

モモンガさんがそう切り出した。

確かに、今の俺達が魔法を使えるのかどうかと、その感覚なんかを確かめる事は必要だ。

 

「そうですね。ついでに俺も体の調子を確かめておきたいですし」

 

早速第6階層の闘技場へ向かう。

 

 

 

 

そこには双子の階層守護者のアウラとマーレがいるはずだが……

 

 

「とあ!」と声が聞こえたかと思うと、貴賓席から跳躍して来たのは双子の姉のアウラだ。

見た目は10歳ほどの子供で、無邪気そうなVサインを作っているこの少女は森妖精(エルフ)の近親種である闇妖精(ダークエルフ)だ。

 

 

「いらっしゃいませ、モモンガ様、いちごパンチー様。あたしの守護階層までようこそ!」

 

「……ああ、少しばかり邪魔させてもらおう」

 

 

先程、モモンガさんはNPC達の忠誠心について心配していた。

玉座の間の時のアルベドなんかは忠誠心があるように見えたが他のNPC全員に忠誠心があるのかどうか…と言っていたが、俺は気にしない事にした。

一応仲間達が造った子達だから信頼したいっていうのもあるし、そもそも俺のステータスなら大概の不意打ちでも死ぬ事はない。

正面から戦えばどのNPCが相手だろうと負ける気はしないし、その自負もある。

伊達に自称ナザリック近接最強を名乗ってはいないのだ。

 

 

そんな事を考えている間に弟のマーレも降りて来ていた。

マーレはいわゆる男の娘で、ミニスカートな上におどおどした性格はどうみても女の子にしか見えない。

 

 

モモンガさんがスタッフを使って2人に魔法の練習をしたい旨を伝えると、目を輝かせて藁人形を用意してくれた。

 

その藁人形に向けて〈火球(ファイヤーボール)〉を唱えると、藁人形が燃えて完全に破壊された。

 

どうやら普通に魔法は使えるようだ。威力もユグドラシルの時と変わりないように見えたし問題無いだろう。

因みに、後で「コンソール出ないのにどうやって魔法使ったの?」って聞くと「なんか使えた」と返ってきた。

 

 

伝言(メッセージ)〉はGMコール以外は使える事を確かめられたのでモモンガさんが早速外に向かったセバスに〈伝言〉を送ったが、どうやらナザリックの外には元々あった沼地ではなく草原が広がっているようだ。

 

 

原因不明の事態にモモンガさんも困惑していたが目を輝かせる双子を思い出したようで、スタッフの力を見せつけるために〈|根源の火精霊召喚《サモン・プライマル・ファイヤーエレメンタル》〉を唱えた。

 

すると現れたのは80レベル後半の最上位に近い精霊。

 

 

「おおー……」

 

「うわー……」

 

アウラと2人揃って感嘆の声を漏らした。

 

「いちごさん、どうぞ使って下さい」

 

「え、良いんですか?」

 

「どうせ明日には使えますし大丈夫ですよ」

 

「じゃあ遠慮無く…」

 

「え!?いちごパンチー様が戦われるんですか?」

 

「うん?そうだが…」

 

「は、初めて見ます!」

 

「ほー、そうかそうか!見とけ見とけ〜」

 

 

2人の頭を一撫でした後、アイテムボックスから愛武器“鬼金棒”を取り出した。

 

この鬼金棒は、世界級(ワールド)アイテムという特殊な例を除けばユグドラシル中最強の攻撃力を誇っている。

鬼とつく事から察せるように人食い大鬼や鬼などしか装備出来ないが、その攻撃力は一線を画すものだ。まあ、その代わりに特殊効果とかが無いからさほど人気は無かったが………

 

閑話休題。

 

 

金棒を持って肩に乗せたがどこか違和感がある。

体の違和感では無く、何かを忘れているような…

 

 

あ。

 

 

思い出した。

アイテムボックスから大きい瓢箪を取り出し左手に持つ。

瓢箪には紐がついており、まさに酒が入っているような見た目をしているがその中身はポーションやバフをかける飲み物だ。

 

 

この左手に瓢箪、右手に金棒というスタイルが、カッコ良さと戦いやすさを追求した集大成だ。

 

その左手に武器とか持った方が良くね?って思う人もいるかもしれない。

だが両手に武器を持っているより、片手に金棒、片手に酒を持ちガブガブ飲みながら戦う方がカッコいいだろう?そして何より鬼っぽい。そうゆうわけだ。

用意が完了したので火精霊の正面に立つ。

 

 

さあ、開戦だ!

 

_________________________________

 

決着は一瞬だった。

 

先手は火精霊。炎を使って遠距離攻撃をするが、数ある属性の中でも継続ダメージのある炎に対する耐性を重めに付けたいちごパンチーにダメージは少ない。

 

対するいちごパンチーは、炎を受けながらゆっくりと金棒を下ろして半身になる。

 

その構えから察するに、金棒を頭上を通して上から回して叩きつけるつもりなのだろう。

 

動く様子も無いが、ダメージを受けている様子も無い敵に痺れを切らしたのか、遠距離攻撃は効果が薄いと判断した火精霊は接近戦のために近づく。

 

 

そして火精霊が金棒の間合いに入ったその時。

目にも止まらぬ速さで金棒を叩きつけ…………

 

 

 

 

闘技場が半壊した。

 

 

_________________________________

 

 

「いや、ホントに、ホンッットにスマン!」

 

「い、いえ、気にしないでください」

 

闘技場をぶっ壊してしまった俺は双子に謝っていた。

3メートル近い巨漢が子供に頭を下げている絵面は誰が見てもよろしく無いだろう。

 

スキル“復讐鬼”(攻撃モーション中、ダメージを受けた分だけ攻撃力が上がるというスキル)を使って全力で金棒を振るったら、その結果としてオーバーキルどころか俺の正面だった部分を全壊させてしまったのだ。

 

 

考えて見れば当然のことだ。

ゲームであるユグドラシルでは、攻撃の際のダメージはステータスなどに依存する。それ以上の結果が出る事はない。

つまり、どれだけ剣を素早く振ろうとも、スキルなどを使わなければ斬撃が飛んだりしない。どれだけ力を込めて金棒を叩きつけようと()()()が発生するなんてことはあり得なかった。

しかしここがある程度現実に即しているのならば、威力やスピードによっては衝撃波が発生することは当然だ。

 

 

幸いだったのは他の階層に何も影響が無かった事だ。

あの後すぐモモンガさんが各階層に揺れたりしていないかどうか聞いたのだが、何も無かったそうだ。

自分で言うのもなんだが、あの攻撃で揺れもしないこのダンジョン頭おかしい。

 

 

「ごめん…ごめんなぁ……」

 

「ほ、ほんとに大丈夫ですって…」

 

とはいえ壊してしまったのは事実。とにかく何かしらで謝罪を形にしないとスッキリ出来ない。

 

 

「まあ良いじゃないですか。建物が壊れただけで幸い被害者もいないみたいですし、これぐらいすぐ直りますって」

 

「そうですよ〜…」

 

「えー…そこまで言うんなら…まあ、良いけど」

 

そう言うと、双子はどこかホッとした様子を見せる。

まあ、して欲しくないとまで言うならやらない方が良いに決まっている。でも何かしらでお詫びぐらいはしてやりたいところだ。

 

それにしても、さっきの一撃の前と後で双子との距離が遠くなった気がする。

なんでかなぁ…物をぶっ壊す野蛮な人とか思われたんだろうか。嫌だなぁ…俺結構繊細なんだけどなぁ…

 

 

 

 

「あら、わたしが一番でありんすか?」

 

声の方を見ると、そこにいたのは第1、第2、第3階層守護者である真祖(トゥルーヴァンパイア)のシャルティア・ブラッドフォールン。14歳ほどの少女の見た目だが、造ったのはエロゲ大好きペロロンチーノさんだ。まともな美少女のはずがない。

 

その証拠に来てそうそうモモンガさんに抱きついてたが、それを咎めたアウラとシャルティアが喧嘩を始めてしまった。

 

 

しかし、その2人の言い合いを見て思わず懐かしい気持ちになる。

アウラとマーレを造った“ぶくぶく茶釜”さんとペロロンチーノさんは姉弟で、しょっちゅうあんな風に仲の良い喧嘩をしていた。確かこの2人は仲が悪いという設定もあったはずだ。

昔を思い出すと、どうしてもおセンチになってしまう。

 

 

 

「サワガシイナ」

 

人っぽくない声の方を向くと、そこにいたのは第5階層守護者コキュートス。

2.5メートルはある巨大だが、その体は昆虫が合体したような水色の外骨格に覆われており、まさに異形という感じだ。因みに、見た目に反して武人という設定がある。

 

 

「御方々ノ前デ遊ビスギダ……」

 

「この小娘がわたしに無礼をーー」

 

「事実をーー」

 

「あわわわ……」

 

再びシャルティアとアウラが凄まじい眼光を放ちながら睨み合い、マーレが慌てる。

流石にモモンガさんが止めに入ると2人して「もうしわけありません!」と声を揃えたので、きっと仲は良いのだろう。

 

 

「皆さんお待たせして申し訳ありませんね」

 

アルベドと共に入ってきたこの男は第7階層守護者デミウルゴス。

肌は日に焼けたような色で、漆黒の髪はオールバックに固められている。東洋系の顔立ちで丸メガネをかけている。

ここまでだとただの悪徳弁護士にも思えるが、生えている尻尾は銀色のプレートで包まれており先端にはトゲが6本生えている。

防衛時におけるNPC指揮官という設定だ。

 

 

 

 

一先ずこれで呼んだ守護者は全員揃った。第4、第8階層はちょっと事情があるので来ることが出来ない。

 

 

全員揃った所でアルベドが口を開く。

 

「では皆、至高の御方々に忠誠の儀を」

 

端に立っていたシャルティアが一歩前に出る。

 

「第1、第2、第3階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

 

そのままコキュートス、そしてその先へと続いていく。

 

「第5階層守護者、コキュートス。御身ノ前二」

 

「第6階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に」

 

「お、同じく、第6階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。お、御身の前に」

 

「第7階層守護者、デミウルゴス。御身の前に」

 

そして最後にアルベド。

 

「守護者統括、アルベド。御身の前に」

 

皆跪き頭を下げている。アルベドが最後の報告を行う。

 

「第4階層守護者ガルガンチュア及び第8階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。……ご命令を、至高なる御身よ。我らの忠義全てを御身に捧げます」

 

 

壮観の一言に尽きる“忠誠の儀”とやらに思わず唾を飲み込んで喉を鳴らした。

なんかすげぇ…なんか分からないがとにかくすげえ!

 

……これに対してモモンガさんはなんて言うんだろうか?

 

 

「…面を上げよ」

 

おぉ…なんで絶望のオーラを出しているのかは分からないが中々それっぽい。

 

 

「では……まず良く集まってくれた、感謝しよう」

 

「感謝なぞおやめください。我ら、モモンガ様並びに至高の御方々に忠義のみならずこの身を捧げた者たち。至極当然のことでございます」

 

おぉふ。ガチだ。これはガチだ。これガチの忠誠誓ってる系だ。

 

 

「……モモンガ様はお迷いのご様子。当然でございます。モモンガ様からすれば私たちの力など取るに足らないものでしょう。

しかしながらモモンガ様よりご下命いただければ、私たちーー階層守護者各員らいかなる難行といえども全身全霊を以て遂行いたします。造物主たる至高の41人の御方々ーーアインズ・ウール・ゴウンの方々に恥じない働きを誓います」

 

「「「「「誓います!」」」」」

 

 

…………す、すげぇー!!これやべぇー!!やっべめっちゃ感動するんだけど!みんなの残した子供がこんなに立派になって……

 

 

「…素晴らしいぞ。守護者たちよ……っていちごさん!?何泣いてるんですか!??」

 

ギョッとした守護者達の視線が集まる。

 

「バ、バッカ!泣いてねぇよ!ただホロリと来ただけだよ!」

 

それ泣いてるって言うんじゃ……と全員の心に浮かんだ。

とりあえずさっさと目元を拭って続きを促す。別に話の腰を折る気は無かったんだけどなぁ…涙もろくなっちゃったのかなぁ?てか鬼って涙でるんだ……

 

 

「ゴホン……あー、気を取り直して。さて、多少不明瞭な点があるかも知れないが、心して聞いて欲しい。現在ナザリック地下大墳墓は原因不明かつ不測の事態に巻き込まれていると思われる」

 

切り替えて、モモンガさんはことの重大性を周知させる。

 

「この異常事態に何か前兆など心当たりのあるものはいるか?」

 

「……いえ、私たちに思い当たる点は何もございません」

 

ふむ……やっぱり自我を持ったことに自覚は無いのか……修正力?的なやつかな?知らんけど。

 

 

 

「モモンガ様、遅くなり誠に申し訳ありません」

 

遅れたやってきたセバスが守護者達と同じように片膝をつく。

 

「構わん。それより周辺の状況を聞かせてくれ」

 

「はい。周囲1キロはかつてナザリック地下大墳墓があった沼地ではなく草原に変わっており人工建築物は一切なく、人型生物及びモンスターなどは一切確認出来ませんでした」

 

「ふむ……となるとやはり転移……か」

 

まあ、そうなるよな。疑問は尽きないが今はそれで納得するしかない。

 

 

モモンガさんが警備の強化とナザリックの隠蔽について指示し、最後にモモンガさんの印象を聞いてみたところ思いもよらない高評価だった。

曰く美の結晶だの、支配者にふさわしいだの、慈悲深いお方だの、賢明だの、最高だのといった思いつく限りの高評価が挙げられた。

照れ臭さからかさっさとモモンガさんが消えていったので、折角だし俺の評価も聞いてみる事にした。

 

「折角だ、俺の印象についても聞いておこうか。シャルティア」

 

「モモンガ様が美の結晶であるならばいちごパンチー様は力の結晶。ナザリック最強を冠するに相応しいお方です」

 

続いてコキュートス。

 

「圧倒的ナ戦闘力ヲ誇リ、尚且ツ計略二モ優レタ方カト」

 

アウラとマーレ。

 

「力強く猛々しいお方です」「え、えーっと、か、カッコいい方です」

 

デミウルゴス。

 

「ナザリックにおいて最強の戦闘力を誇り、それを持つに相応しい精神力を持ったお方です」

 

セバス。

 

「強大な力を持ちながら、モモンガ様と同じく残っていただけた慈悲深きお方です」

 

アルベド。

 

「まさに最強を名乗るに相応しいお方かと」

 

……………。

 

「わかった……あー、守護者諸君」

 

そういうと、全員が視線を向けてくる。

最後になんか気の利いた一言でも……

 

「期待しているぞ」

 

そう言って指輪の力で闘技場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

やばい。モモンガさんの印象聞いてる時も思ってたけどアイツら俺らのことももの凄い高評価してくれてるんだが。

こんな評価高いとは…俺らのこと『至高』って…神かなんかとでも思ってるのか?

 

というかそもそもみんな俺の事最強最強って言ってるけどそんな事ないんだよなぁ。

確かに自称はしていたが、それはあくまでネタでだ。仲間内で『最強(笑)』と茶化されるぐらいだし、実際たっちさん相手には多分負け越してるし、ウルベルトさんにも殲滅力では負けている。与ダメージ総量ランキングでもあればワンチャン一位に入っているかもしれないが……。

 

 

まあでも、確かに今のナザリックでは最強である自負と自覚はある。

 

 

モモンガさんは『支配者のモモンガ』を演じる事に決めた。

ならば俺は『ナザリック最強のいちごパンチー』を演じる事にしよう。

 

 

俺はナザリック最強の男、いちごパンチーだ!

 

 

 

 

…………………名前変えたい。




はい。
そうそう。鬼のビジュアルは仁王2の猛の鬼をイメージしてるんでよかったら見てみて下さい。


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鬼の憂鬱

誤字報告ありがとうございます。
これからも俺のミスを指摘していって下さい。

あ、オリジナルNPC、でます。

4/15 NPCの『遠征部隊隊長』を削りました。


モモンガといちごパンチーの2人が去った後も、守護者達の姿勢は変わっていなかった。

 

彼らが動かないーー否、動けないのは偉大なる至高の御方が最後に残していかれた言葉のせいであった。

 

ー『期待しているぞ』ー

 

その言葉はこれ以上ない激励の言葉だった。

偉大なるお方に期待してもらえる。その身に余る喜びに、守護者達は誰一人体を動かすどころか口を開くことも出来ずにいた。

 

 

「ーー期待二…オ応エセネバナランナ…」

 

コキュートスがようやく漏らした言葉に全員が沈黙で肯定の意を示す。

 

 

どれだけ沈黙が続いたか分からないが、誰からともなく徐に立ち上がり空気は弛緩していった。

 

 

「それにしても、モモンガ様すごく怖かったね、お姉ちゃん」

 

「ほんと。あたし押しつぶされちゃうかと思った」

 

「マサカ、アレホドトハ…」

 

「あれが支配者としての器をお見せになったモモンガ様なのね」

 

「ですね」

 

彼らが言っているのはモモンガが発していた“絶望のオーラ”で、本来同格の100レベルNPCには効かないはずなのだが、スタッフによって強化されたものだ。

 

「我々ノ忠義二応エテ下サッタトイウコトカ」

 

「あたし達と居た時は全然オーラ発して無かったしね。モモンガ様すっごく優しかったんだよーーー」

 

 

そんな風に緩まった雰囲気で会話が続けられていたが、セバスがモモンガを追って抜けた所で会話に入って来なかったシャルティアに意識が向けられた。

 

「どうかしましたか、シャルティア?」

 

「ドウシタ、シャルティア」

 

「あ、あの凄い気配を受けてゾクゾクしてしまって……少うし下着がまずいことになってありんすの」

 

場が静まり返る。

唯一未だ純粋なマーレだけはどういう意味か理解出来ない様子だったが。

全員が口をつぐんで様子を窺う中、アルベドは嫉妬のような感情で口を開く。

 

 

「このビッチ」

 

軽蔑の声にシャルティアは敵意に唇を吊り上げる。

 

「はぁ?モモンガ様からあれほどの力の波動ーーご褒美をいただけたのよ?それで濡りんせん方が頭おかしいわ、大口ゴリラ!」

 

「…ヤツメウナギ!」

 

両者が殺し合いでもするのかと思うほどの眼光で睨み合う。

 

「わたしの姿は至高の方々によって作っていただけた姿でありんすぇ」

 

「それはこっちも同じことだと思うけど?」

 

両者の距離はもはや立ち会いの距離だ。

 

 

「あー、アウラ。女性は女性に任せるよ」

 

「ちょ!デミウルゴス!あたしに押し付ける気?」

 

「もし何かあったら止めに入るから」

 

そう言って手をひらひらと振って離れていったデミウルゴスに続いてコキュートスとマーレも離れる。

 

 

 

「ところでマーレ。君はなんで女性の格好をしているのかね?」

 

「こ、これはぶくぶく茶釜様が選んだんです。えっと()()()()()って言ってましたから、ボ、ボクの性別間違えてではないと思います」

 

「ふむ………であれば、ナザリックにおいて少年はそういう格好をするものなのかも知れないな」

 

一つ、御方至上主義によって間違った認識が増えてしまった瞬間であった。

 

 

 

「それと……さっきから気になっていたんだが、アレは?」

 

そう言ってデミウルゴスが示したのはいちごパンチーによる破壊の跡だ。

 

「ワタシモ先程カラ気ニナッテハイタ…」

 

「何か事故でも?」

 

そう言ってマーレに問いかけると、アルベドとシャルティアも黙ってマーレの言葉を聞こうとしていた。

どうやら彼女達も気になっていたらしい。

 

「え、えーっと。事故ではあるんですけど、皆さんが来られる前にいちごパンチー様が体の調子を確かめたいとおっしゃって……ああなりました」

 

「ふむ………いちごパンチー様は魔法は不得手だったと記憶しているが?」

 

「は、はい……こう、金棒を叩きつけたんですけど……」

 

そう言うと、あの光景を見ていたアウラ以外は驚きを返す。

 

「…つまり、魔法ではなく単なる物理攻撃でああなったと?」

 

「は、はい」

 

「し、信じられないパワーですね」

 

「コレガナザリック最強ノ(チカラ)カ」

 

「……ちょっと怖かったけどね」

 

そう洩らしたのはアウラだ。

まあ当然ではある。目の前でアレだけの腕力を見せつけられたのだから、彼に対して恐怖心を抱いてしまうのは仕方が無いことだ。

 

 

「さて、二人の喧嘩も終わった事だしアルベド、命令をくれないかね?」

 

「…そうね。シャルティア、この話はまた後日じっくりと」

 

「異論ありんせん」

 

事あるごとに喧嘩し合う二人であるが公私の区別はついている。

守護者統括としてのアルベドが口を開く。

 

「ーーでは、これからの計画を」

 

_________________________________

 

 

「はぁぁぁぁぁ〜〜〜……………」

 

俺は長ーい溜息を吐いていた。

今いるのは自室の前。

 

 

先程まではモモンガさんと情報の交換を行なっていた。

そこでは当面の方針は情報を集める事と、ユグドラシルとの差異などを確認する事を決めて解散した。

 

 

色々やる事を終えて後は寝るだけ……となったんだが、俺には当然自室があり、そこで睡眠を取る。

別にそれ自体になにも問題は無い。

問題なのは、俺が造ったNPCが俺の部屋に配置されていることだ。

 

そのNPCの名はペトラ。種族は人面鳥(ハーピー)で、回復と支援特化型のNPCだ。髪型は少しパーマのかかった長めの金髪で顔は美人と言うよりは美少女だ。翼は白く、身長は他のプレアデス達と大差無く普通の女の子ぐらいだ。

俺が前線で暴れている間の超位魔法なんかに対する牽制を行ったり、俺にバフや回復、敵にデバフをかけたりする役割を持たせて造ったがレベル制限の関係でレベルは87と、カンスト勢相手には少々心許ない感は否めなかった。

しかし実際は思いの外役に立っており、仲間に貸し出しなんかをお願いされたりするぐらいには重宝された。

 

設定上はプレアデスの延長線のような存在で、彼女らとの仲も良い。

また、まともな性格のNPCがいないナザリックにおいては珍しい善よりの少女という事になっている。

後、俺の付き人って設定があった。仲間に貸し出しすることも沢山あったからその役割には疑問を抱いてしまうが…。

 

 

閑話休題。

で、そのペトラが居る部屋を前にしてどうしてこんなに憂鬱なのかと言うと、守護者達の例があるからだ。

彼らの忠誠心は紛れもなく本物だ。彼らの言う至高の御方に向ける尊敬の念は本物で、むしろ異常とも言えなくも無い。

そんなNPC達の中でも()()()()()だ。俺にアルベド並みの執着心のようなものを見せるであろう事は想像に難く無い。

 

もちろん、彼らNPCはみんなが残した遺産であり、子供達だ。

当然自分の子供ともいえるペトラの動いている姿を見てみたいという気持ちもある。

ある…が……いかんせん自分の思い描いたペトラのイメージなんかが壊れたりするのが怖い。

 

モモンガさんもおんなじ気持ちなんだろうか……と考えたが、あの人の場合はまさに黒歴史の象徴であるあのNPCは消し去りたい過去でもあるだろう。

 

 

「いかがなさいましたか?」

 

俺についてくれているプレアデスの長女であるユリ・アルファが訝しんで聞いてきた。

 

「…いいや、何でもない」

 

ナザリック最強の男を演じると決めた俺が自分の部屋に入る程度でビビってどうするんだ!!

 

(ええい、ままよ!)

 

自分を叱責し思い切って扉を開く。

 

 

 

 

 

「いちごパンチー様ぁぁぁ!!!」

 

「………」

 

壁に穴が空くのでは無いかと思うほどの勢いで突っ込んで来た核弾頭は俺に当たってその速度は0になった。

 

まあ支援特化だから攻撃力も大した事ないしな。

 

俺の硬い腹筋に当たりおでこからシューと煙を出しながら忙しなく動き出した。

 

「お待ちしておりました!ささ!こちらへどうぞ!お茶を入れます!あ、それとももうご就寝なさるのでしょうか?でしたら私が子守唄でもーー」

 

………やかましい。

だがこれは俺が造った通りになっている。

無邪気で明るくあれと造ったのは俺だ…………さすがにちょっとうるさ過ぎるが。

 

「ーー…あっ…そ、その!すいません!うるさかったですよね!えと、ええと……どうしたら…」

 

オロオロしている様子はまさに無邪気で、微笑ましくてついつい頬が緩んでしまう。

……この厳しい顔が緩むのか少々疑問だが。

 

「いや、大丈夫だ。お茶を頼む」

 

そう言うと、ひまわりが咲いたようにパァッと笑顔を見せて元気に「ハイ!」と返事をしてお茶を用意し始めた。

 

 

 

微笑ましいものを見るようなユリに下がるよう伝える。

 

「ユリ、ここまでで良い。後は彼女がいるから大丈夫だ」

 

「かしこまりました。何かあれば遠慮なくお呼び下さい」

 

淀みない動作で部屋を出て行くユリ。

あれだけ騒がしいのを見せられると少しぐらいクールでも良かったかなと思ってしまうが、きっとそれならそれでもう少し明るく〜なんて無いものねだりをしていたのだろう。

 

 

ふとペトラを見ると、羽で器用にカップにお茶を注いでいる。

………アレはどうやって掴んでいるんだろうか。今度聞いてみよう。

 

 

「お待たせしました」

 

注ぎ終えたらしいペトラがカップを持ってくる。

器用にカップを持っているが、どうにも安心出来なくてハラハラしてしまう。

置かれたカップには、ゲームでは感じられなかった匂いが感じられてとても新鮮だ。

 

「ん、ありがとう」

 

紅茶を飲むと、香りが鼻から抜けて行く感覚がある………が、味がイマイチ………いや、味は良いはずだ。香りも立っている。間違い無く美味しい紅茶のはずだ。なのに、俺の味覚がこれを美味しいと判断しない。

 

 

「あの………美味しく無かったでしょうか?」

 

顔を顰めて考えているとペトラが心配そうに聞いてきた。

 

…普通ならここの正解は「そんな事ないよ」なのだが、コレは“普通”では無い。上司と部下どころか主人と召使いだ。

そんな状況で相手のご機嫌を取りを行う必要は無い……と思う。少なくとも俺は思っている事を素直に伝えるべきだと思う。本心を伝える方が彼女にとっても良いだろう。

 

 

「いや、紅茶としては美味しいんだが俺としては微妙だな」

 

「そう……ですか……。あっ!でしたらお酒なんてどうでしょう?」

 

落ち込んだように見えたが、それは一瞬だった。次の瞬間には名案が思い付いたとばかりに自慢げな笑みを見せるペトラがそこにいた。

 

しかし、酒か…。

酒による泥酔などの“酔い”はバッドステータスの対象となるため、状態異常耐性などによって酔うことが出来ないのだ。

もちろん酔えなくとも酒は美味いが、酔えないというのは少しばかり物足りない………とは言え、紅茶を微妙だと言った以上、またペトラの提案を断るのも心苦しい。

 

 

「じゃあ、お酒を頼む」

 

「ハイ!」と言って持ってきたのはビンに入ったお酒だが、俺はこんな物を持っていた記憶が無い。

 

「これは?」

 

「バーから貰って来ました!いちごパンチー様がおられると聞いていたので…」

 

と、照れ臭そうに頭を掻くペトラ。

礼を言って頭を撫でると気持ちよさそうに目を瞑るので、片手で撫でながらもう片方の手でビンごと酒をガブ飲みする。

 

「…っぷはぁぁ!美味い!」

 

やはり味が感じられるようになると酒は美味い。

リアルで飲んだ時よりも美味しく感じるのはこのユグドラシルの酒のレベルが高いからなのか、はたまた別の理由があるのか……。

 

「エヘヘ、良かったです!」

 

フンスと自慢げに鼻息を吹かすペトラ。

 

 

その日は夜遅くまで2人で話し尽くし、気付けば寝ており朝になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

………んん?

 

それは朝食を食べていた時の事だった。ナザリックがどこかに転移して一夜明けた2日目。

 

 

やはり味覚がおかしいのだ。味は良いはずだ。良いはずなのに俺の舌はそれを美味しいと感じていない。

それは昨夜紅茶を飲んだ時と同じような感じで、美味しいと感じていた筈の味を美味しいと思えなくなっているのだ。

 

しかし、全てにおいてそうなのかと言うとそうゆうわけではない。

例外として挙げられるのは、まず昨夜飲んだお酒。あの後何本か開けたが普通にーーいやむしろリアルで飲むより美味しいと感じた。

そして肉。どの肉でも基本的に美味しく感じるが、一番美味しいと感じるのは加工されていない肉だ。

 

それぐらいで、残りの野菜だったり炭水化物辺りは美味しいと感じない。

 

 

食事も出来ないモモンガさんに比べれば贅沢な悩みかもしれないが……。

 

そういえば、モモンガさんもアンデッドの体になってから睡眠欲や食欲が無くなったと言っていた。

体がアンデッドになったという事か。

それで言えば俺もアンデッドになるわけだが、食事は好きだ。必要で無くても美味しいものは食べたい。

 

 

今のところ鬼になっているのを自覚するようなことは無かったが、食の好みが鬼になっていると考えれば納得も出来る。

が、正直別に大した問題でも無い気がする。

おそらく栄養バランスなんか考えなくても大丈夫だろうし、「ビタミン足りな〜い」と言って野菜を食べる鬼なんて鬼じゃ無い。

 

 

そこまで考えて、肉の最後の一切れしか残っていない事に気付いたので、ゆっくり噛み締めて味わった。

美味しい。




はい。
NPCちゃん出ましたね。
強さとしては良いぐらいかな?って思うんですけど、やっぱりプレアデス辺りに揃えた方が良かったりするんですかね?

クール系ドジっ子はナーベラル、天真爛漫系ドジっ子はペトラちゃんでキャラも被らんし。


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鬼の試合

感想頂けてめちゃめちゃ嬉しいです。

ちょっとオリジナル設定?というか適当に考えた設定なんかも登場するんで、「それはアカンのちゃう?」ってのがあったら教えて下さい。出来れば修正します。


さて、今日は何をしようか。

 

今はとにかく情報を集めることが最優先事項とされ、(しもべ)達は外の情報収拾なんかを行ってくれている。

俺も外の世界を見に行きたいのは山々なんだが『信用されていないのではないか?』なんて思われたくない。

 

となると必然的にユグドラシルの時との違いについての情報を集める事になるんだが、まさに『何が分からないのか分からない』という状況だ。

体の感覚なんかについてはすぐに分かったが、それこそ当たり前だった事がこの世界では違うという可能性がある。

シャルティアが〈転移門(ゲート)〉を使っていたことからも分かるように、ユグドラシルの魔法は今のところ全て使えるみたいだし、アイテムボックスも問題無く使えるみたいだ。

今いるのが現実であるということと、NPCが動き出したという事を除けばユグドラシルの時とさほど変わっていないように思える。

 

(MPの量についても何となく分かるようだし…………あれ?HPってどうなんだ?)

 

ユグドラシルの時はMPと同じく見ることが出来たが、ここではどうなのだろうか。

また、俺のスキルに“自動回復”があるが、それは傷を回復させるのか、はたまたHPを回復させるのか、そもそもHPという概念があるのか…

 

(確かめる……しかないか)

 

とりあえずこれからの予定は決まった。

『HPとダメージ、回復について調べる』これが今日の目標だ。

 

 

 

 

…とは言ったものの、どうやって確かめるか。

 

てっとり早いのは自傷する事なのだが、ペトラやメイド達が必死にそれをさせないようにする事は想像に難くない。

彼女らに「攻撃して傷をつけてくれ!」なんて言っても、やってもらえるわけもないだろう。

 

モモンガさんに協力して貰ってダメージを与えてもらう……というのも考えたが、そちらも守護者達が青い顔になって止めに入る事は目に見えるので却下。

 

 

となると一番丸いのは訓練と称して模擬戦を行う事だ。

ならばその相手はと言うと、守護者達に縛られる。

その理由として、まずモモンガさんとする事は出来ない。

一応模擬戦な訳だが、俺が勝ってしまっては支配者としての箔が落ちるし、俺が負けてしまっては名乗ると決めた『最強』の名に泥を塗ることとなってしまう。そもそも守護者達が許してくれるのか疑問だし。

そしてその他の人員はレベルが低いため訓練には向かない。

ルベドは………まあちょっと……ねえ?

 

 

そんな訳で、訓練をするとすれば守護者の中から選ぶのだが、誰が良いだろうか。

 

まずアルベドは絶対に忙しいから無し。同様にデミウルゴスも無し。

コキュートスはアリだろう。何やってるのかイマイチ分からないし、暇な可能性は大いにある。

アウラとマーレは……なんかあの2人と戦うと犯罪臭がするから無し。

シャルティアは…戦闘能力は高いけど、「訓練しようぜー!」ってタイプでも無いしなぁ…

ヴィクティムは言わずもがなだし、ガルガンチュアも傷を作って貰う役割には少々不向きだ。

 

……ならコキュートスしか無いか。

よし。早速行こう。

 

 

「あ、どちらに?」

 

俺の付き人であるペトラが聞いてくる。

 

「第5階層に向かうが…来るか?」

 

「はい!お供します!」

 

ペトラを連れて第5階層に向かった。

 

 

 

 

 

 

「訓練…デスカ」

 

「そう。どちらかというと訓練というより体の調子を確かめたいって感じかな?」

 

コキュートスにその旨について話すと考え始めた。

 

先に〈伝言(メッセージ)〉で伝えておけば良かったじゃないかと思われるかも知れないが、別に緊急性のない用事ぐらい自分の口から伝えておきたい。

 

 

「…ワタクシデヨロシイノデスカ」

 

「ん?」

 

「イエ、ワタクシ如キガ至高ノ御方ト戦ッテモ良イノダロウカ…ト」

 

「もちろん。俺は他ならぬコキュートスだから頼んでいるんだ」

 

「………カシコマリマシタ。不肖ノ身ナガラ、全力デ戦ワセテイタダキタイト思イマス」

 

 

 

_________________________________

 

 

コキュートスは、かつてないほどの高揚感に包まれていた。

偉大なる御方がいらっしゃった時は何事かと思ったが、訓練の相手にこの私めを選んでくれたと言うのだ。と。

 

偉大なる御方の強さを一片でも体験させて貰えることは、武人であるコキュートスにとってかけがえのない喜びだった。

 

 

 

 

コキュートスの4本の腕全てには武器が持たれており、2本にはハルバード、残りの2本にはメイスとブロードソードが持たれている。

それらは本気の時は使わない予備の武器だが、本来訓練や稽古で使うようなものでもない。

しかし他ならぬいちごパンチーによりある程度全力で戦う事を命令されたので、訓練用ではない武器を装備しているのだ。

 

 

対するいちごパンチーだが、その手には愛武器の鬼金棒ではなく、刀よりも太刀よりも長い大太刀が握られている。

 

 

「いちごパンチー様ノ武器ハ金棒ダト聞イテオリマシタガ…」

 

「……色々な武器を試しておきたいと思ってな」

 

「…ナルホド。研鑽ヲ怠ラヌソノ御心ニ感服致シマシタ」

 

「…………おう」

 

いちごパンチーが金棒ではなく大太刀を使っているのは、そんな大層な理由ある訳ではない。

単純にビビっているのだ。万が一コキュートスを金棒で押し潰してしまったら……と。昨日のあの出来事、跡形もなく消したんだ根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)がもし身内の誰かだったら……そう考えると金棒を使うのは躊躇われた。

加減すれば良いかもしれないが、万が一加減をミスれば取り返しがつかないミンチになる可能性がある。

その点刃物、それも刀であれば一刀両断することさえしなければ死ぬ事はない。

 

そう考えてついぞ取り出される事のなかった大太刀を使う事になったのだが、コキュートスは上手いこと勘違いしてくれている。

 

 

「では、合図は私が!」

 

いちごパンチーの付き人であるペトラが合図をしてくれるようだ。

 

 

「…………始めっ!」

 

 

合図と同時に飛びかかったのはいちごパンチー。

迎える形となったコキュートスだが、努めて冷静に攻撃を待っていた。

 

いちごパンチーの片手持ちでの上段斬り。

金棒を持つ時と同じような力強い踏み込みでコキュートスの頭上へと大太刀を振り下ろす。

 

それに当然反応出来ているコキュートスは4本の腕を使ってしっかりと大太刀を受け止める。

 

ギギギ…と金属が擦れる音を鳴らしていたが、コキュートスに止められた大太刀は徐々に逸らされ、地面に切っ先が落とされて大きなヒビを作った。

 

4本の腕で防御しても完全に止められない圧倒的な膂力にコキュートスが戦慄していると、いちごパンチーは「ふむ……」と言いながら調子を確かめるように大太刀を素振りしている。

 

 

「ドウカサレマシタカ?」

 

実際の戦いであればおしゃべりなど出来ないがこれは訓練。

コキュートスがいちごパンチーに問いかける。

 

「…いや、金棒とは違うなと思っただけだ。やはり刀は遠心力で振り回す物では無いな」

 

確かに、金棒と刀は武器としての扱い方が異なる。斬るか叩くかという話ではなく、振るい方としての話だ。

金棒や両手斧、戦鎚などの先端に重心のある武器は遠心力を利用して攻撃することが多い。しかし刀などはそうではない。体の捻りなどを使いながら攻撃を加える。

言い換えれば、外に出ようとするのを内側に抑えるのが金棒で、外に大きく力を加えるのが刀などだ。

 

つまり、力の入れ方を間違えてあれだけのパワーを感じたということだ。

 

 

「……よし。続きだ」

 

調子を確かめ終えたらしいいちごパンチーが構える。

それに合わせてコキュートスも意識を集中させる。

 

 

今回も先手はいちごパンチー。コキュートスから見て右側からの横薙ぎだ。

それをコキュートスは右腕2本と左腕1本を使って受け止める。先程の上段よりも少ない力で受け止められるのは重力に乗せた攻撃では無いからだろう。

 

コキュートスは3本の腕を使って止めたが、もう1本腕が残っている。

そちらの手のメイスで薙ごうとするが、いちごパンチーは動かない。

一瞬躊躇いの気持ちが浮かんだが、試合の前に言われた一言を思い出し全力でメイスを振るった。

 

 

コキュートスが全力で払ったメイスは、いちごパンチーの腹を両断する……かと思われたが、僅か数センチ刃が食い込んだ所で止まってしまった。

 

「ナ…!?」

 

驚きを漏らすコキュートスに対して、いちごパンチーは大太刀を手放して前蹴りを叩き込む。

わずかに反応が遅れたコキュートスはそれを咄嗟にブロードソードの刃を立ててガードする。刃を立てたのは、素足の蹴りなら足裏を斬る事ができると考えたからだ。

 

しかし、足の裏から真っ二つにするかと思われたその刃も両断することは無かった。

前蹴りを腕1本で受け切ることは出来ず、コキュートスは体ごと吹き飛ばされてしまった。

 

「ヌゥ……」

 

距離の離れた両者だが、またもやいちごパンチーは体を確かめるような素振りを見せる。

 

 

 

_________________________________

 

(うーん…痛い……ことには痛いが……)

 

いちごパンチーは冷静な分析をしている。

まず、受けたメイスの傷だが、既に再生が始まっている。

これはスキル自動回復によるものなのか判断がつかないが、HPが回復する事と傷が回復する事が同義であるなら問題は無い。

後、俺もビックリしたんだが、おそらくダメージ軽減系のスキルはそのまま体の硬さに現れている。

 

俺は攻撃無効系のスキルの代わりに軽減系や耐性系をたくさん取得しているんだが、無効系を取らなかったのは『カンスト勢を相手にする気なら、無意味になる無効系よりもダメージを軽減する方が良いに決まってるだろう』という思考のためだ。実際自動回復と合わせれば、低レベルの攻撃ならプラマイゼロどころかプラスに抑えられる。

 

 

そんな訳でかなりの軽減系スキルを取っていたんだが、まさかそれが肉体の強靭さとして現れるとは思わなかった。

 

流石に蹴ろうとした時に刃を立てられた時には「あっ、やべ!」と思ったのだが、まさか少し切り傷が出来るだけとは……。

 

 

考えている内に腹の傷も塞がっており痛みも無い。

 

 

「…イカガナサイマスカ?」

 

コキュートスがこのまま続けるのか?という意味で聞いてきた。

 

「…もう少しやろうか」

 

「カシコマリマシタ」

 

 

 

 

 

 

 

『ググゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!』

 

 

終了は俺の腹時計が合図だった。

 

 

「……スゥ〜……終わろうか」

 

幕引きは締まらないが、成果としては十分だろう。

 

結構長いことやっていたがコキュートスに傷が無いのはひとえに“受け”の巧さゆえだ。多少は蹴りや拳による打撃を加えたが、外骨格を破壊するには至らなかった。

その点、俺はかなり斬られてしまった。すぐに塞がるため有効打にはなり得ないが、腕がもう1本攻撃に使えればまた変わってくるだろう。

 

NPCと言えども100レベルともなると侮れないなと感じた午前であった。

 

 

_________________________________

 

 

いちごパンチーとペトラが去った第5階層の、先程までいちごパンチーとコキュートスが戦っていた場所には息を切らし膝をつくライトブルーの巨体が居た。

その荒い息を見ていれば、出ないはずの汗まで出ているように感じられる。

 

コキュートスは限界だった。もう2、3合打ち込めば倒れてしまう程に。

そんなコキュートスを倒れさせなかったのは己にある武人としての矜恃と、至高の御方に対するささやかな見栄だ。

恐らく、いちごパンチーはコキュートスがもはや限界であることなどとっくに気付いていただろう。

しかし、至高の御方の前で、例え相手が至高の御方であろうとも無様な姿を晒す事など出来ない。

 

外骨格こそ破壊されていないものの、その内部には体中に響く鈍痛がある。

 

(全ク…恐ロシイオ方ダ……)

 

自らが尊敬ーーいや崇拝する男の圧倒的な強さを感じられた事と、それに仕えている喜びを痛みと共にヒシヒシと感じていた。

 

_________________________________

 

 

いちごパンチーは自室で昼飯を食べながら思う。

 

(いやー、それにしてもコキュートス頑丈だったな。徒手とはいえ結構攻撃したのに全然余裕そうだったし、冷気を吐き出して「自分、まだいけますけど?」みたいな雰囲気を感じさせてたからなぁ…。今度ゆっくり試合したいところだな)

 

全然コキュートスの限界を見抜いてなどいないいちごパンチー。

もし腹が鳴っていなければ、コキュートスが倒れるまで続いていただろう。

 

 

 

 

 

「今日はもの凄い食べましたね」

 

言われて、もの凄い勢いでいつもの3倍以上の量のご飯を平らげた事に気付いた。

だってとにかくお腹が空いていたのだ。

仕方が無いだろう。アレだけ動いたのだから腹が減るのは当然だ。

 

ペトラに言われたいちごパンチーはそう心の中で言い訳を零す。

 

 

いくらアンデッドだからってご飯を食べなくたって良いって訳じゃ無いんだよ………………うん?

 

 

…………あれ?俺アンデッドだよな?なのに、()()()()()()()()()()()()()()

 

昨日はそんな事なかったはずだ。酒が飲みたいのも、肉を食うのもきっと生命維持に関わるものではなく、味を楽しむ娯楽的なもののはず。食事を楽しみたいと思う心はあるのだ。

 

なのに今日は普通に普通の飯を食った。なぜなら体が欲していたからだ。

ならなぜ今日は腹が減った?

今日はまだコキュートスと戦ったぐらいしかしていないから、活動時間で言えばは今日朝起きてからと昨日は大差ない。

昨日していなかったのに今日した事………と言っても今日は戦闘しかしてないからなぁ……。

戦闘の中で変わった事といえば……武器を変えた事と……戦闘時間と……昨日使ったスキルを使ってなかった事と……それぐらいしか思いつかないか。

…あ、そう言えば昨日は火を浴びたな。ダメージはおろか火傷にすらならなかったから自動回復が使われる事も無かった。あ。

 

 

自動回復………もしかしてこれか?

 

確かに、昨日は無かったが今日あったことには当てはまっている。

それに言われて見れば体が栄養を欲するそれっぽい理由にもなっている。

 

………確かめる必要があるな。

 

こうして、今日の午後の予定は決まった。




はい。
回復と再生ってどうなんですかね?ちょっと意味合いが変わってくる気もするんですけど…。


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鬼の自傷

誤字報告たくさんありがとうございます。
中々見慣れない言葉ばっかり並んでるから確認が疎かになってるんですかね?(言い訳)


午後からの予定は“自動回復”に対する影響の調査。

 

それを確かめるには傷をつけて貰うのが一番手っ取り早いんだが………

 

「…?」

 

ペトラに視線を向けると「何か?」と首を傾げたので「なんでもない」と返す。

 

やはり彼女達が邪魔だ。彼女達に傷をつけて貰うことも出来ないし、自傷行為なんかが許されるはずもない。

そもそもプライベートな時間がほとんどないからリラックスも出来ない。

加えてモモンガさんに至っては支配者ロールで精神をすり減らしているはずだ。

 

(邪魔だからどっか行けって言うのもなぁ…)

 

こんなに…言って見れば尽くしてくれているヤツにおざなりな態度を取ってしまうのは忍びない。

 

 

……試しもせずに考えても時間の無駄か。とりあえず言ってみよう。

 

 

「なあ、ちょっとお願いがあるんだが…」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「俺に傷をつけてくれない?」

 

「……………………もう一度お願いします」

 

「俺に傷をつけてくれない?」

 

「…………………もう一度「聞き間違いじゃないぞ」…理由をお聞きしても?」

 

「俺の再生能力の実験をしたい」

 

そう言うと、少し考える素振りを見せる。

 

「…………申し訳ありませんが、それは私には出来ません」

 

だよなぁ……。

 

 

「…じゃあ自分でつけるか」

 

「お、お待ち下さい!それは私にも看過出来かねます!」

 

「しょうがないだろ。手伝ってくれないなら自分でやるしか無いんだし…」

 

「し、しかし……」

 

ペトラの悲しそうな顔を見て少し揺らいでいる自分がいるが、こればかりは譲れない。

命の懸かった場面で自分の体の事知らなくて負けました〜なんて笑い話にもならない。

だからこれは確かめない訳にはいかないのだ。

 

 

「わかり……ました……」

 

議論は平行線を辿っていたがこちらに折れる気が無い事を悟ったのか、渋々と言った様子で納得してもらえた。

なんとかゴリ押しでいけたか。

 

礼を込めて頭をポンポンした後、この部屋を血の海にするわけにもいかないので風呂場へ向かう。

 

 

 

 

さて。

まずは普通に切り傷を作る。

刃物なんてほとんど持ってないので午前中に使った大太刀で切り傷を作る。

腕に刃を押し当てて薄ーく斬ろうと思ったのだが、刃が通らない。

こうゆう時は不便な事この上ないな。

 

 

勢い余って切り落とさないか心配だが仕方ない。

今度は少し力を入れて刃を滑らせると、ザックリと切り傷が出来た。

すぐに傷は塞がっていき、30秒も経たずに完全に塞がった。

 

今のところ空腹感はなく、ちょっとでも回復すれば空腹感が襲ってくる〜って感じでは無いみたいだ。

 

となると、たくさん傷を作ってどれぐらいで腹が減るのか確かめたいんだが、再生の限界についても確かめておきたい。

 

 

気は進まないが、今度は手首ごと切り落として見ようと思う。

確かめておかないと、今後あるかもしれない強敵との戦いに備えられない。

 

念の為ポーションと包帯を用意してもらって、万が一の時に備えておく。

 

 

「ふぅぅーー…」

 

当たり前だが、自分の手を切り落とすなんて初めてだ。

めちゃめちゃ緊張するし、めちゃめちゃビビってる。

人に斬られるならまだしも、まさか自分でやることになるとは……いや人に斬られるのも嫌だけどさ。

 

だが、再生するという事が分かれば腕一本犠牲にして勝利を掴むなんて事だってしやすくなるし、少なくとも部位の損失程度なら直せるという証明にもなる。

 

 

怖いという感情を振り切り、意を決して刃を手首に振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

「な、何やってるんですか!!??」

 

「い、いやー、これぐらいなら治るかなー…と…」

 

「治るかもしれませんけど!本当にやめてください!」

 

「分かった、分かったって!もうしねえよ!」

 

ペトラにお叱りを受けているが、結果から言えば治った。ついでにお腹も減った。流石に手首から先を丸ごと再生すればエネルギーを使う…ということみたいだ。

あと、俺ぐらいの力があれば俺の肉体を切り落とす事は容易らしいという事も分かった。俺以上の攻撃力を持つヤツなんかそうそう居ないから、まあ当然っちゃ当然の事なんだが。

 

 

「ほんとに……ほん………とに……グスッ…」

 

見ると、ペトラが泣いていた。

 

「ちょ、悪かったって!ホントに!いい子だから!泣かないでくれ、頼む!」

 

「……もう…グスッ……こんなことしませんか?」

 

「やらない、やらないから!…な?」

 

「……じゃあ……許します」

 

 

……美少女を泣かすのは罪悪感一杯だったんだが、なんか負けた気がして釈然としない。

 

 

それから、その日はずっとペトラのご機嫌取りに費やされることとなったのだった。

 

 

 

 

 

「ーーーーってな事があったんですよ」

 

「うわー…それはまた……」

 

現在はその日の夜。モモンガさんとの情報交換の時間だ。

 

「でも仲良いみたいで良いじゃないですか」

 

「まあそうですね。結構気楽ですし」

 

確かに言われてみれば、ほかのNPC達と比べると距離が近いような気がする。

無邪気になるように作ったからか分からないが、結構気楽なことには違いない。

 

「モモンガさんはどうですか?」

 

「……………しんどい」

 

「あはは……」

 

モモンガさんは部下の前では支配者としての立ち振る舞いを常に徹底せねばならず、俺と比べ物にならないほど精神を張り詰めているのは想像に難くない。

 

 

「一番辛いのは常にメイドとかが付いてくることなんですよね…」

 

「うわー、分かりますそれ」

 

俺には基本的に付き人のペトラともう1人メイドの2人がついている。

2人の様子を見ていると、ペトラは普通のメイドよりも立場は上ということが分かった。プレアデス達との上下関係も気になる所だ。

 

「息抜きも出来ないですし…」

 

「あー、モモンガさんはそうですよね…」

 

「……代わりません?」

 

「結構です」

 

「ですよねー」

 

絶対嫌だし、多分俺には無理だ。すぐボロが出るだろうし、そもそも支配者なんてキャラじゃない。

 

 

「それにしても、いちごパンチーさんと一緒で良かったですよ」

 

「そうですか?」

 

「はい。僕だけならきっと今日でギブアップしてましたよ」

 

「そう言われると嬉しいですけど…モモンガさんに辛い役回り押し付けちゃって申し訳ないです…」

 

「いえ、気にしないで下さい!みんなの子供達が手伝ってくれてますし、結構楽しいですよ」

 

「…なら良かったです」

 

モモンガさんに申し訳無い気持ちで少し罪悪感があったが、そう言って貰えて少し楽になった。

 

 

 

 

 

 

 

転移して3日目、モモンガさんが無断外出をしてセバスに叱られるという事件があったが、モモンガさんの気苦労を知る俺としては同情せざるを得ない。

 

 

そして今俺達は大きな鏡の前で四苦八苦している。

鏡には俺達ではなく、外の草原が映っている。

その鏡は“遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)”。要はドローンみたいなものだ。

鏡の前で2人の大男(それも骸骨と鬼)が手を振ったり回したりしている絵面はとてつもなくシュールだが、その顔は晴れない。

 

(こう?……じゃあこうか?………こうでもないしなぁ…)

 

操作の仕方が分からない。別に全く分からない訳ではなく、今模索しているのは俯瞰を高く変える方法だ。

 

横に控えているセバスなんかに頼んでも良いはずなんだが、モモンガさんが自分でしたいと言うので俺も手伝っている。

 

しかし一向に視点が変わらず、疲労しないアンデッドの2人も気分も段々下がっている。

 

 

しばらくテキトーに弄っていると、不意に視点が大きく変わった。

どうやらモモンガさんが当たりを引いたようだ。

 

「はぁー…やっとかぁー」

 

「おめでとうございます」

 

 

モモンガさんが特定した手の動きを使って人のいる村を探す。

 

 

 

「……祭りか?」

 

村を見つけたらしいので、俺もそれを覗き込む。

すると、横から覗いていたセバスが口を開いた。

 

「いえ、これは違います」

 

 

モモンガさんが拡大すると、村人と思しき粗末な人々を全身鎧(フルプレート)の騎士風の者達が剣で斬り付けている。

 

いわゆる殺戮だ。

 

「ちっ!」

 

モモンガさんが不快そうに吐き捨てる。

 

 

さて、この人はどうゆう判断をするのか…。

 

俺としては助けても良いかなと思っている。

大した理由では無い。どちらかといえば、力があるなら目の前で女子供が襲われていれば助ける方だからだ。もちろん状況によりけりではあるが。

ただ、助けないという判断も正しい判断だとは思っている。

 

要はどっちでも良いのだ。

 

 

「どう致しますか?」

 

セバスの問いにモモンガさんは俺の顔色を窺うが、俺は目を瞑って「そちらに任せますよ」と判断を促す。

 

 

「見捨てる。助けに行く理由も価値、利益も無いからな」

 

「ーー畏まりました」

 

モモンガさんは何気なくセバスに視線をやり、ふと溢した。

 

 

「なっ……たっちさん……」

 

…え?たっちさん??

セバスの後ろを見るが、たっちさんがいる訳では無い。

セバスと顔を見合わせ首を傾げる。

そう言えば、セバスを作ったのはたっちさんだったか。

 

 

「恩は返します。……どちらにせよ、この世界での自分の戦闘能力をいつか調べなくてはならないわけですしね」

 

恩……?

昔、異形種狩りに遭っていたモモンガさんをたっちさんが助けたと言うのは聞いた記憶があるが…。

 

「セバス、ナザリックの警備レベルを最大限引き上げろ。隣の部屋で控えているアルベドに完全武装で来るように伝えろ。ただし、真なる無(ギンヌンガガプ)の所持は許可しない。次にーーー」

 

どうやら助けに行くようで、どこかホッとするような感覚を覚えてしまった。

 

 

「いちごパンチーさんはどうしますか?」

 

「あー……まあ俺こんなですし…今回は見送ります」

 

どこからどう見ても凶暴なモンスターが来たら村人も不安になるだろう。と自身の容姿を指差しながら遠慮する意思を伝える。

 

「…そうですか。では、行ってきます」

 

「いってらっしゃーい」

 

モモンガさんが〈転移門(ゲート)〉で村へとヒーローしに行った。

 

 

「……では、私は連絡を伝えて参ります」

 

「おう」

 

失礼します。とセバスが退室したのを確認して一息をついたところで大事な事に気がついた。

 

………あれ?骸骨でも人に恐怖心与えないか?

 

 

 

 

 

遠隔視の鏡でモモンガさんの無双を眺めながら相手の様子を観察するが、レベル35の死の騎士(デスナイト)に手も足も出ないようなのでかなりレベルが低い。

これを戦闘を仕事にする騎士の基準にするとしたら余りにも弱すぎる気がする。………と思ったが現実の世界であんなものが出てきたら、兵器を使わなければ自衛隊ではどうにもならないだろう。

 

 

懸念していたモモンガさんの外見だが、仮面とガントレットを着けることで隠したようだ。

因みにその仮面はクリスマスイブの19時から22時までの2時間以上ユグドラシルにログインしていると問答無用で手に入ってしまう、ある意味呪われた一品だ。

“嫉妬する者たちのマスク”。通称“嫉妬マスク”。

 

 

助けたお礼として村長が教えてくれたこの世界の地名は聞いたことの無いものばかりだった。

周辺の国家としてはスレイン法国、バハルス帝国、リ・エスティーゼ王国が挙げられ、このカルネ村は王国の領土らしい。

 

 

しばらくすると王国の騎士団がやって来て、その戦士長“ガゼフ・ストロノーフ”を狙うスレイン法国の者達が追って来た。

 

戦士長達とスレイン法国の者達の戦いを観戦していたが、やはりレベルが低いと思わざるを得ない。

戦士長は……見た感じではレベル30前後…辺りだろうか。

モモンガさんが聞いた所によるとアレがこの世界の人間としては最強クラスらしい。

ただ気になったのは、スレイン法国が使っていた天使だ。

第三位階の魔法で召喚できる炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を使っている。つまりユグドラシルの魔法を使っているということになる。

まあその辺はモモンガさんが確かめてくれるはずだ。

 

 

ボコボコにされていたガゼフとモモンガさんが入れ替わり、今度はモモンガさんが無双してスレイン法国をケチョンケチョンにしていた。

因みにその時向こうが使っていた魔法もユグドラシルのものばかりだった。

 

 

追い詰められた向こうのリーダーらしき人物が魔封じの水晶を取り出した。

モモンガさんによると「最高位天使が〜」とか何とか言ってるらしいので念の為シャルティアに転移門(ゲート)の用意をしてもらっていたんだが、出て来たのは第7位階で召喚できる程度の威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)。最高位というから一応警戒していたのに拍子抜けしてしまった。

 

当然瞬殺されて、スレイン法国の皆さんは拷問室送りになりましたとさ。

 

 

 

 

 

そしてモモンガさんは名前を変えた。

“モモンガ”から“アインズ・ウール・ゴウン”へと。

この世界に来ているかもしれない仲間達が見つかるようにと願いを込めて。




はい。
再生能力については「流石にデメリット無しで永遠に再生し続けるのはズルすぎん?」って思ったんで、再生にはエネルギーを使う…みたいな感じにしました。


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鬼の退屈

アニメと書籍版がかなり違くて焦り侍。


「……………暇だ」

 

俺は今執務室にいるんだが、猛烈に暇だ。

この執務室は本来モモンガーーじゃなかった、アインズさんがいるんだが、訳あって外に出ている。なので俺が代理としてこの席に座っているんだが……暇だ。

 

というのも、俺の仕事はアルベドからの報告に「なるほど」「うむ」「頼んだ」と返すだけだからだ。

アルベドが優秀過ぎて何一つ問題が起きない。

まさに問題が無い事が問題…という状況だ。

 

で、この状況を作ったアインズさんだが、現在は王国領土の城塞都市エ・ランテルでプレアデスのナーベラル・ガンマと共に冒険者として潜入調査を行なっている。

行きたいのは山々だったんだが、俺は人型を取れないので人間の街に潜入する事が出来ない事、ナザリックの警備が疎かになる事が理由で行くことが出来なかった。

まあその理由には納得している。

納得はしているが……何もやる事がない。

 

何かやろうとすると、シモベたちが代わりにやってしまうし、ちょっとした問題が起きたと思ったら瞬時に解決してしまう。

 

俺がやっていることと言えば寝て起きて、これっぽっちも分からない書類を見て飯を食って、そして寝るだけ。

この様子だとやっぱり人の上に立つのには向いていなかったんだなと思わざるを得ない。

 

 

 

余りの暇さに脳内で1人しりとりを始めようかと思ったら、扉がノックされた。

どうやらデミウルゴスが来たようなので入室を促す。

 

「デミウルゴス、どうした?」

 

「は。アインズ様のご命令に従い、そろそろ出立しようかと思いますのでその報告を」

 

そっか。デミウルゴスは外に出れるのか…良いなぁ……。

俺も出たいなぁ……。

 

「なるほど。頑張って来てくれ」

 

「ご期待に添えるよう努力させて頂きます」

 

「そうだ、奥の部屋にアルベドが居るから彼女にも報告していってくれないか?」

 

因みに奥の部屋はアインズさんの寝室だ。

 

「アルベドが…?かしこまりました。……では、失礼致します」

 

アルベドは俺がこの部屋に来た時から寝室に篭りっきりだ。

どうせろくでもない変態行為を働いているんだろうが止める気はない。俺にこんなに退屈な思いをさせてるんだからその仕返しだ。

ついでにあの2人引っ付けてやろうかな……。

 

 

デミウルゴスが退室してしばらくするとアルベドが出てきた。

少し息が荒いことから察するに、思った通りろくでもない変態行為をしていたんだろう。

 

(……でも俺はそんなアルベドを応援してるぞ!)

 

 

心の中でエールを送りながら、報告書の文字をただただ眺めていた。

 

 

 

 

同じ資料を10回以上も見ていると流石にもう眺める気にもなれなくなったので、適当に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で外の様子を観察する。

…と言っても見るのはカルネ村ぐらいだ。

何の関わりもない赤の他人の生活を眺めていられるような精神は持ち合わせていない。ま!カルネ村の人と面識がある訳じゃないんですけどね!

 

 

パーっと眺めて見た感じ、どうやらアインズさんが渡したというゴブリンを召喚する角笛を使ったらしい。村の至る所に普通に暮らしているゴブリン達がいる。

一見すると不自然なようにも見えるが村の人は至って自然なので、人間の適応力の高さには舌を巻く。

 

そういえば、アインズさんが「人間を同族であると思わなくなった。精神も肉体と同じように変化しているのでは」と言っていた。言われてみれば確かにそんな気がしてきたが、リアルで人間以外の知的生物と会った事がないからコレが他種族に向ける感情なのかイマイチ分からない。かと言って特にコレといって思うことがあるわけでもないんだが。

 

 

そろそろ村を眺めるのも飽きてきていたんだが、何やら冒険者と思しき一団が村にやって来た…………あれ?アレってアインズさんじゃないか?黒い鎧を纏った姿だがなんとなーくアインズさんと分かる。テレパスでも感じてるんですかね?

確か……モモンって名乗るって言ってた気がする。

 

どうやら依頼でこの村に来ていたようだ。

伝言(メッセージ)〉で連絡を取っても良いんだが、見られていないと思っている人を見た方が面白いだろう。

 

実際、このクソでかいハムスターに跨っているアインズさんは結構間抜けで見ていて楽しい。

…………………ハムスター?

 

………え!?でっっっか!?

ハムスターってこんなデカかったっけ!?

や、やっべー、アインズさんに確認取りてぇ〜…。

 

ま、帰ってきたら確認を取りながらからかってやればいいだろう。

 

 

ハムスターに跨るアインズさんが公衆の面前で晒されているのを見るとつい爆笑してしまう。

メリーゴーランドに乗ってるオッサンみたいでめちゃくちゃ面白い。

恥ずかしいだろうな〜。

 

 

 

 

 

「いちごパンチー様!」

 

あの日から3日、仕事(書類を眺めるだけ)をした後アインズさんの羞恥プレイを見て爆笑する日々を過ごしていたんだが、物凄い焦った様子のアルベドが入室して来た。

 

(事件か。やれやれ、これでようやく退屈な日々から抜け出せる…)

 

なんて考えてしまう自分がいる。

もちろん何も無い事は良いことなんだが、何の仕事もしていない手前親の脛をかじっているような気持ちになってしまっていた。

そんな俺にとってこれはまさに暁光。

 

アルベドの焦った様子からして、かなり重大な事なのは間違いない。

今ほど仕事に対するモチベーションが高いことなど無いだろう。リアルではあんなに月曜日が……………うん、辞めよう。

 

とにかく、今の俺は「事件?良いぜ、かかってこいよ!」という状況な訳だ。

さ、どんな事件か聞かせて貰おうか。

この俺が華麗に解決してやるぜ!キリッ

 

 

「シャルティア・ブラッドフォールンが反旗を翻しました」

 

 

 

……ヴァっ!!!!????

 

 

 

 

 

 

 

アインズさんが何か事件に巻き込まれてたり解決したりしていたようだが、そんな事はどうでも良い。

 

今必要なのはシャルティアに対する新たな契約金での契約と、それに伴うメリットの用意である。

他社に靡いてしまったシャルティアを引き留めるには、他社が提示した条件を超える好条件を示さなければならない。

最悪アインズさんにはシャルティアと結ばれてもらう事になる。今のうちに覚悟を決めておけよ!!

 

 

………というのは冗談で、どうやら何者かの精神支配を受けているようだ。

 

完全耐性を持っているシャルティアには精神支配は効かないはずなんだが、この世界にはユグドラシルには無かった要素が多くあるし、単純に無効化するスキルを持ったプレイヤーがいるという可能性も捨てきれない。

とにかく、コレがシャルティアを狙ったものであるならば敵は一筋縄では行かないということだ。

 

この精神支配を手っ取り早く解除するには超位魔法程の力が必要だ。超位魔法とは最高位である第10位階を超えた魔法の事で、MPを消費しないためスキルと言った方が近かったりする。パッと思いつくもので言えばアインズさんの〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉辺りが解決法としては適しているだろうか。

 

 

既にアインズさんがシャルティアが居る現場に向かったので事件は早々に解決してしまうだろう。

 

あーあ、重大事件と言えば重大事件なんだがなぁ……。俺が何一つ動けないのは………はぁ…こういう時には魔法が羨ましい…。

 

どうせなら襲撃とかなら良かったのに……はぁーつまんな。

 

 

………………闘いたいなぁ。

 

なんか最近闘争心?戦闘意欲?みたいなもんが日に日に増していってる気がするんだよね。

これも精神が鬼っぽくなっていってるって事なのかもしれないな。

 

 

 

しばらくすると、アインズさんから〈伝言〉が繋がった。

そして開口一番。

 

世界級(ワールド)アイテムだ!』

 

「え?」

 

『シャルティアを精神支配したのは世界級アイテムの力なんですよ!』

 

ま、待て。流石にそれだけでは状況が把握出来ない。

 

「ちょ、落ち着いて下さい。一から説明して貰えますか?」

 

『……………すいません。これから一度ナザリックに帰還するので詳細はそこで』

 

「わかりました」

 

そう言って〈伝言〉は切れた。

 

 

 

 

「いちごパンチーさん」

 

「説明頼む!」

 

「はい。実はーーーー」

 

聞けば、〈星に願いを〉をデメリット無しで三度まで発動出来るアイテム、“流れ星の指輪(シューティングスター)”を使ってシャルティアの精神支配を解除しようとしたが、願いが聞き届けられなかった。失敗したとの事だ。

つまり、シャルティアには超位魔法を超える程の力が掛かっているということになる。

超位魔法を超える力はユグドラシルにおいてはたった一つしか無い。それが200個しか存在しない超超希少アイテム“世界級アイテム”という訳だ。

 

これによって、解決方法はかなり絞られた。

世界級アイテムの効果は同格の世界級アイテムでしか打ち消せないし、防ぐ事も出来ない。

シャルティアの精神支配を解除するにも世界級アイテムが必要…という訳だ。

 

 

 

「……なるほど」

 

アインズさんから概要を聞いた俺はそう溢した。

 

「どうしますか?」

 

「………………解決方法は二つ。一つは俺達の世界級アイテムを使うこと。そしてもう一つは………」

 

「シャルティアを殺すこと……ですね。」

 

厳密には『殺して復活させる』だが、俺達は言わずともわかっている。

黙って頷いて、そのまま口を開く。

 

「復活出来るのかどうか……というのが鍵ですね」

 

「俺的には復活出来る…とは思うんですけど…」

 

俺も復活出来るのでは無いかと思っている。大概のゲームの機能は使えるから、恐らく復活も出来るだろう。だが、その『だろう』がその手を取るのを躊躇わせる。数々の法則が変化しているこの世界で、確実性の無いものは出来るだけ取りたくない。

 

 

「ワールドアイテムを使えば解決は容易だが…って感じですね」

 

「……ですね」

 

俺達が懸念しているのは未知の勢力の存在だ。

シャルティアが狙われた以上、世界級アイテムを保持するほどの強大な勢力が俺達を狙っている可能性は充分にある。

その勢力と対峙した際、こちらが保持している世界級アイテムは切り札でもあり、相手の世界級アイテムへの対策でもある。その世界級アイテムをここで使うのは少々勿体ない…となっているのだ。

 

収支で考えれば、階層守護者最強を誇るシャルティアと11個ある内の1つの世界級アイテムならばギリギリトントンにはなりそうだ。

だが、この世界に対して無知であるが故にその戦略を取ることが出来ない。

 

 

「…………殺るしかないか?」

 

「…ですね」

 

この世界にプレイヤーが居る可能性もある現状では、世界級アイテムの数はそのまま戦力にも現れる。

世界級アイテムを使わなければならない状況になる可能性と、シャルティアが復活出来ない可能性を天秤にかければその重みは前者に寄る。どちらが取り返しがつかないかと考えればそうなってしまう。

 

 

「メンバーはアルベド、コキュートス、マーレ、後は適当なシモベ達って所ですかね?」

 

俺達が出る事なんて誰も許しはしないはずだ。

少しモヤモヤした気持ちになるが、これがなんなのかは分からない。

 

「…………………」

 

「どうしました?」

 

反応が微妙だ。

 

「……アルベド達ーーシモベは出したくありません」

 

「どうしてですか?」

 

 

「俺は………みんなが作ったNPC達が殺し合うのは見たくないんです」

 

 

そうか…。俺がモヤモヤしていたのはそこか。

 

「………しょうがないですね」

 

当然そうなれば俺かアインズさんが出る訳だが、戦闘能力的にも、相性的にも出るなら俺に決まっている。

 

「辛い役回りかも知れませんけど……お願いします」

 

「アインズさんに比べれば全然マシですよ。任せて下さい」

 

ようやくやれそうな仕事が回ってきたんだ。

存分に働かせてもらおう。

 

 

「…そうなるといちごパンチーさんを世界級アイテム持った方が良いですよね?」

 

「未知の勢力の横槍への対策って事ですね」

 

「はい」

 

なるほど。確かにそれは必要だ。

物によるが大概の世界級アイテムは世界級アイテムを持つ事で対策が出来る。横槍も充分に考えられるので、気をつけるに越した事はない。

 

「んじゃあ宝物殿に取りに行きますか?」

 

「そうですね。……はぁ…」

 

「……そんなに嫌ですか?」

 

「いや、だって……あんなのまさに動く黒歴史ですよ?」

 

『あんなの』とは他でもない“パンドラズ・アクター”の事である。アインズさんが作ったNPCで、特徴は………見た方が早い。ただアインズさんが言ったようにまさに『動く黒歴史』という言葉が相応しい。

ただ、俺はそんなにカッコ悪くないと思ってる。

アインズさんが作ったって言われてなければの話だが。

 

「そりゃそうですけど…息子ですよ?ム・ス・コ」

 

「あんなに親不孝な息子嫌ですよ」

 

「親が望んだ通りに生まれたんですからどっからどう見ても親孝行してますよ?」

 

「……………確かに」

 

その点、俺は良かったと思っている。なんてったってただの美少女だからね。人じゃないけど。

俺が別の戦闘スタイルを取っていたりすれば、同じく黒歴史に悶える被害者の1人になっていたかも知れない。

 

そもそもここのNPCにまともなやつが居ない。

俺が自信を持ってまともだと言えるのはセバスとユリとウチのペトラ。…善属性寄りなら問答無用でまともって言える感じになってしまった。

あ、見た目を除けばペストーニャもだな。

 

 

 

「あ、アルベドも連れて行って良いですか?」

 

アインズさんが聞いてきた。

 

「良いですけど、なんでですか?」

 

「いや、アルベドは会ったこと無いから顔合わせでも…と思ったんですけど…」

 

「はへー、なるほど」

 

確かに守護者統括のアルベドが守護者の顔も把握出来てないというのは問題だ。

 

 

 

結局、アルベドとユリを加えた4人で宝物殿に向かう事となった。




はい。
実はついこの前漫画と書籍版買ったばっかりで、読みながら進めてるって感じなんですよね。だからかなりにわか晒すことになるかもなんでご容赦ください。

あと聞いときたいんですけど、ユグドラシルでアイテムとかって壊れたりするんですかね?
例えば石ころを投げたら鎧に当たって砕けてしまってノーダメージ…とか、ポーション入った瓶が衝撃で割れてしまった…とかですね。
アイテムとかを壊したりする魔法がある以上、アイテムが物理的に壊されるってのはどうなのかな…と思ったんで聞いてみた次第てす。


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鬼のPVP1

「ようこそおいで下さいました、私の創造主たるモモンガ様!」

 

「……お前も元気そうだな」

 

このドイツっぽい軍服に身を包んだ、埴輪みたいな顔をした仰々しいドッペルゲンガーはパンドラズ・アクター。

アインズさんが造ったNPCで、宝物殿の領域守護者という設定だ。

 

「はい。元気にやらせていただいています!いちごパンチー様も、お久しぶりでございます!」

 

「おう」

 

「ところで、今回はどうなされたのでしょうか?」

 

「ああ、世界級アイテムを取りに来た」

 

「なんですと!最奥に眠る秘宝、あれらが力を振るうときが来たと?」

 

仰々しくカッコつけながら言った。

 

アインズさんが「だっさいわー」と小さく漏らしたのが聞こえてしまった。

うんうん。これは恥ずかしい。

まだ容姿がカッコよければ様になってたのに、顔が埴輪みたいなせいで滑稽なナルシストみたいになっている。

 

とりあえず、モモンガからアインズ・ウール・ゴウンに改名したことを伝えた。

 

 

「…………行くぞ」

 

アインズさんの素っ気ない声から、すぐにでもここを離れたいという気持ちが良く伝わる。

 

「いってらっしゃいませ。アインズ様、いちごパンチー様、そして、可憐なお嬢様方」

 

「……お嬢様?私は守護者統括、ユリはプレアデスの副リーダーよ。そのような軽々しい呼び方は謹んでもらえる?」

 

「私からもぜひお願いします」

 

「おぉ…大変失礼致しました。美しくも可憐なお姿に、つい」

 

「ハイちょっとこっち来ようなー」

 

……うん。あれは流石に耐えられ無い。

アインズ様がパンドラズ・アクターを端っこに連れて行った。

おそらくこれ以上自らの黒歴史を抉らないようにお願いしに行くんだろう。

 

 

「アインズ様はどうされたのでしょうか?」

 

「まあ………色々あるんだよ」

 

色々って言っても黒一色なんだけどな!(上手いこと言ったつもり)

 

 

そんな訳で、いくつかの世界級アイテムを持って行った。

 

 

 

 

「……後はアインズさんの指示に従ってくれ」

 

「…はい」

 

「は、はい」

 

シャルティアが居る場所から2キロ程の場所で、付いてきたアウラとマーレに指示を出す。

離れた場所に転移したのは、未知の勢力を警戒してのことだ。

しかし、付き添いの内の1人は未だに返事を返さない。

 

「分かったか?ペトラ?」

 

「……………」

 

通常であれば、このペトラの態度に『不敬だ』と言って咎めるであろうアウラ達も今回ばかりは何も注意しない。

やはりアウラ達も心のどこかで行かせたくないと思っているのだろう。

 

はぁ…と溜息をついてからペトラに優しく諭すように語りかける。

 

 

「あのな、ペトラ。俺がシャルティアに負ける訳が無いだろう?」

 

「それはそうですけど……。万が一の事もあります!」

 

「……なるほど。お前は万に一つ、0.01%()シャルティアに勝率があると思っていると?」

 

「……………………」

 

「でもシャルティアを洗脳した人達だっているんじゃ無いですか?」

 

言葉をつぐんだペトラと変わってアウラが聞いてくる。

 

「それに対抗する為に俺達はこうして世界級アイテムを持っているんだろ?」

 

「…………」

 

「お前達は心配しすぎなんだよ。何かあればアインズさんが〈転移門〉でここに来る予定だし、一緒に守護者も来るはずだ。そうなれば確実に勝てる。第一、俺がどうにか出来ない問題なんてこの世界には無い」

 

実際にはそんな事ないと知っているし、そう思ってもいない。だがこの場を納得させるにはそう断言する事の方が良いと判断した。

 

 

「そして何より、俺は退屈なんだよ」

 

「……え?」

 

これは別に相手を理屈で納得させるような言葉ではない。

 

「この世界に来てからずっと手応えの無い生活で鈍ってたんだよ。命を削り合うような戦いもない。誇りとアイテムと経験値をかけた戦いもない。俺は戦いたいんだ。俺がどれだけ強いのか知りたいんだ。分かるか?」

 

この体になってから、いわゆる戦闘狂になったのではないかと思う。いや、なっているという進行系が正しいか。

 

 

「…………わかりました。もう止めはしません。だから必ず戻って来て下さい」

 

ペトラが諦めたように言う。いつもペトラに折れてもらっているような気がする。今度何か褒美じゃないけど、そうゆう品を渡してあげたいなと思う。

 

ペトラが納得したようなので、背を向けて片手をあげて応えた後シャルティアの元へと向かう。

 

 

 

シャルティアは、まさにアインズさんが言っていた通りの状態だった。

俯いているが、その瞳に何も写してはいない。

ユグドラシルで洗脳を受けて命令が無いまま放置された状態と酷似している。

ならば、敵対行動を取らない限り動き出す事はないはずだ。

さて、どうするか……。

 

 

 

_________________________________

 

 

ナザリックの一室では、アルベド、コキュートス、デミウルゴス、そしてアインズの4人が遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)でいちごパンチーの戦いを観戦することになっている。

 

任務で外に出ていたため、少し遅れてやって来ていたデミウルゴスがアインズに問いかける。

 

「アインズ様、どうしていちごパンチー様をお一人で行かせたのですか?」

 

「それはーー」とアルベドが反論しようとしたのをアインズが手で制した。

 

「心配か?デミウルゴス」

 

「至高の方々の盾となるべく生まれた我々からすれば当然の事です。守護者を1人……いや、せめて付き人であるペトラぐらいは同行させるべきでしょう!」

 

珍しく怒ったような声音のデミウルゴスだが、この場ではそれを咎めない。

アインズが「我々を信用出来ないのか?」と問えばデミウルゴスは忠誠心から黙らざるを得ないということは分かっているが、その手は使わない。

 

「彼がシャルティアに負けると?」

 

「万が一ということもあります!」

 

()()()()0().()0()1()%()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

偶然だが、全く同じ言葉をいちごパンチーが言っていたことを知っている者は誰もいない。

 

「…………………」

 

誇らしげに語るアインズに、デミウルゴスは口をつぐんだ。

 

そしてアインズは、話の矛先を変える。

 

 

「時にコキュートス、いちごパンチーさんの勝率はどれぐらいだと思う?」

 

驚き、質問の真意を図りかねたコキュートスがアインズの顔色を伺う。

 

「別にこの質問に意味は無い。お前の考えを偽りなく正直に言えばいい」

 

少しの逡巡の後、コキュートスは正直に思った答えを口にする。

 

「4対6…いちごパンチー様ガ4デス」

 

「ふむ…その根拠は?」

 

「ハイ。マズ、シャルティアは信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)デス。鬼デアルいちごパンチー様ニハ相性ガ悪イ。接近戦二持チ込メバ間違イ無クいちごパンチー様ガ勝ツトハ思イマスガ、いちごパンチー様ノ敏捷性ハシャルティアト同程度。常二距離ヲ取リナガラ攻撃サレレバ勝チ目ハ薄イカト…」

 

冷静な分析だ。

近接特化の鬼と進行系魔法詠唱者の真祖(トゥルーヴァンパイア)の対決なら間違い無く後者に軍配が上がる。むしろ勝率4というのは高すぎる。せいぜいが2か3だろう。

普通であれば。

 

 

「……なるほどな。やはりお前達が知っているのはデータのみということだな」

 

言葉の意味が分からず、3人の守護者は目を瞬かせる。

 

「お前達は『いちごパンチーは最強とされている』というデータは把握しているが、その内容までは把握していないということだ」

 

分かったような、分からないような……という表情を浮かべる守護者達だが、アインズは続ける。

 

「なぜ、いちごパンチーさんが『最強』と呼ばれ、自称していたのか分かるか?それを裏付ける実績があったからだ」

 

そう言われると理解出来てきた。

要は、最強と呼ばれていることは知っていても、何を持って最強と呼ばれていたのかは知らない…ということだ。

 

「実績……ですか?」

 

アルベドがアインズに聞く。

 

 

 

「いちごパンチーさんのPVPの勝率は、7割強を超えている」

 

守護者達に衝撃が走る。

PVPというものはほぼ同格の間で行われるものであって、その勝率は半分ーー5割を超えれば『そこそこ強いプレイヤー』として認識される。

どんなに強いプレイヤーであっても大概は6割、多くて6割強だろう。

 

因みに、その敗北の殆どがたっちみーによるものだと言うのはいちごパンチー本人しか知らないことだ。

 

 

「つまり……魔法詠唱者への対策は充分だと……?」

 

「むしろ絶好の餌とも言えるな」

 

「「「おぉ………」」」

 

守護者達が感心の声をあげる。

 

「よく見ておけ。アレが『最強』だ」

 

 

_________________________________

 

 

シャルティアを前にしている俺は、愛武器の鬼金棒ではなく“聖なる金棒(ホーリー・ゴールド・ロッド)”を装備している。

名前の通り神聖属性を持った武器だが、攻撃力自体は鬼金棒に大きく劣るもののアンデッドであるシャルティア相手なら鬼金棒よりも有効だ。

また、いつもは付けていない腕輪を両手に装着しているが………この効果は使う時になったら説明しよう。

後は特に武装していない。そんな事をしなくても勝てるだろうからな。

 

 

さて、まずは最初の攻撃だ。

敵対行動を取らない限り動かないということは、ほぼ確実に初撃を当てられるということだ。

だが、俺は今回ただシャルティアを殺す事だけで終わるつもりはない。闘いを楽しむことはもちろん、自分の力を確かめることも目的に入れている。

つまり、ほぼ不意打ちの初撃で仕留めたりするつもりはない。

 

 

「シャルティア、構えてくれないか?俺は闘いに来たんだが?」

 

シャルティアは答えない。

 

(やっぱり反応無しか。どこからが敵対行動と見做されるのか実験しておきたい気持ちはあるが……)

 

いちごパンチーは足元に転がる石ころを適当に拾い、それをシャルティアに投げ付けた。

 

それをシャルティアは避けない。

攻撃として認識していたが、その速度が余りにも遅く威力が弱いため避ける必要すらなかったのだ。

 

 

「いちごパンチー様!どうして普通に攻撃しなかったんですかぁ?」

 

顔を喜色に歪め、いつもの「〜でありんす」みたいな変な口調は影も形も無い。

 

「それで倒してしまっては味気ないだろう?」

 

「……なるほど、強者の余裕というやつですか。いつまでその余裕が続きますかねぇ?」

 

シャルティアは微かに苛立ちを見せながらも笑みは崩さない。

 

 

激昂させて出来るだけ単調な攻撃にになるよう、俺は出来るだけ癪に触るであろう言葉を選ぶ。

 

「時にシャルティアよ」

 

「…なんでしょうか?」

 

「降参ーー自害してくれないか?そうすれば俺が態々お前と戦う必要は無くなるんだよ。勝てると分かってる出来レースほどつまらないものは無いからな」

 

そう言うと、さすがのシャルティアもブチギレたらしい。「殺す」と小さく溢して魔法を展開し始める。

成功だ。

 

 

「ーー〈魔法最強化(マキシマイズマジック)輝光(ブリリアントレイディアンス)〉」

 

開幕一番の魔法攻撃。それも弱点である神聖属性の魔法を撃ってくることは想定の範囲内だった。

 

当然弱点であるが故にかなりのダメージを貰ってしまうが、これぐらいどうと言うことはない。

 

 

魔法を受け切ったらすぐに大地を蹴って肉薄する。

 

「……っ!」

 

シャルティアの反応が少し遅れた。

一瞬の内に間合いに入られ、左手に握られた金棒が縦に真っ直ぐ振り下ろされるが、それをシャルティアは横に回避する。

 

土煙が舞い上がるが、それで居場所を見失うということは無い。

地面に叩きつけられた金棒をそのまま横薙ぎに切り替える。

 

その叩きつけ→横薙ぎの動作に淀みは無く、その二つの動作はまるで一つの動作であるかのように素早く行われた。

 

シャルティアはそれを下がって間合いの外に出ることによって回避する。

その時金棒がわずかにかすめ、少し背筋が凍ってしまった。

 

 

躱されたいちごパンチーは少し驚いていたが、それは顔だけ。体は次の攻撃準備に入っている。

 

横に振った金棒を止めて、間合いの外から攻撃させないように距離を詰める。

 

叩きつけ、躱された。叩きつけ、躱された。叩きつけ、躱された。躱されようとも何度も何度も金棒を振り下ろす。いわゆる乱打(ラッシュ)だ。

 

 

ほぼ一撃で致命傷だと思われる攻撃だが、当たらなければどうということはない。

振り下ろされる金棒をヒラリヒラリと躱しながらシャルティアは考える。

 

(…思っていたより攻撃速度が速いですね。もっと鈍重な攻撃かと思っていましたが)

 

シャルティアが間合いの外で離れながら魔法を撃つ作戦に出ないのは、最初に魔法を使わず少しでも削った方が良いと思ったからだ。

 

(それにしても……拍子抜けですね。これなら慎重に立ち回れば私でも近接戦闘に勝てそうです……っね!)

 

ヒラリヒラリと躱していたシャルティアだったが、今度は躱して回り込んで背中を取った。

無防備な背中に神器級(ゴッズ)武器“スポイト・ランス”を突き立てた。が…

 

(っ!?硬い!)

 

「ほぅら!」

 

金棒が振り回される。

 

「チッ!」

 

舌打ちをして距離を取る。

シャルティアは、こちらの攻撃が刺さらないのに向こうの攻撃は致命傷というのはズルいのではないだろうかと思ってしまった。

 

 

「なるほどなるほど……。やはり貴方様に近接で勝つのは不可能な様ですね」

 

いちごパンチーを見据えながらそう溢した。

どれだけ躱しても攻撃が殆ど通じないのなら近接で勝負するのは無意味…そう判断したのだ。

 

「ならばどうする?」

 

「鬼が相手ならば当然の戦術ですよ」

 

それが意味する所は魔法による間合いの外からの攻撃。

魔法による遠距離攻撃が出来ない鬼にとっては最悪の戦法だ。

特に自分の敏捷性が相手を下回っていた時なんて地獄でしかない。どれだけ頑張っても距離を詰められないからだ。

 

そしてそれは当然、近接特化のいちごパンチーにも当て嵌まる。

耐久力と攻撃力に特化したせいで敏捷性はシャルティアと同程度、眷属を召喚して足止め出来る事まで考えればいちごパンチーは間合いを詰める事が出来ずに終わる……と考える。

 

 

「…………何がおかしいのですか?」

 

いちごパンチーは笑っているのだ。側から見れば鬼は魔法詠唱者に対して圧倒的に不利。なのにこの鬼は笑っているのだ。

 

「ん?ああ、すまない。そうだな、確かに鬼が相手ならそうするのがセオリーというものだ。」

 

「………」

 

「ところで聞くがシャルティア、何故俺がPVPで7割を超える勝率を誇っているか知っているか?何故お前のような戦術を取るプレイヤーがいる中で勝率7割を超えているか分かるか?

対策しているからだよ。誰もがそれを考え俺にその戦術取ってきた。だが、それらのプレイヤーは全て俺の前に倒れ伏した」

 

「そ、それは一体どうゆう……?」

 

「見せてやるぞシャルティア!我に仇成す愚か者よ!裁きの礫を受けるが良い!!」

 

そう言ったいちごパンチーの両腕には腕輪が輝いていた。




勝率7割強って低いですかね?アインズさんが半分を超えているって言って自慢してたからそんなもんかなー?って思ったんですけどどうでしょう?


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鬼のPVP2

まず、ちょっとシャルティア可哀想かもしれません。
どうしても近接戦闘ばっかりやとそうなってしまうんですよ。


(裁きの礫…そうおっしゃっていましたね。本来なら一笑に伏すところですが…)

 

笑い飛ばす事が出来ないのは、先程の話に多少納得してしまった自分がいるからだ。

 

(スキルか……アイテムか……装備か……)

 

 

すると、いちごパンチーの両腕についている腕輪が光を灯した。

別に綺麗な腕輪でも無く、高価な感じもしない至って低位の魔法道具。

 

「ーーーーいくぞシャルティア。懺悔の準備は充分か?」

 

そう言うと、いちごパンチーは握った右手を左手で包み両腕を高く挙げた。

いわゆるワインドアップ。野球の投球フォームなのだが、シャルティアがそれを知る由もない。

 

そして太腿をあげ、足を踏み出し、肩、肘、手首、指先へと力が伝わって行く。

そしてその手から無数の礫が発射された。

 

 

…………………

 

 

一言で言えば、シャルティアは油断していた。

間合いから遥かに遠い距離。相手の魔法は効かず、接近してこようものならすぐさま下がって魔法を打ち込める。

笑い飛ばしはしなかったが、それほど警戒の必要性を感じなかった。何をしようとも対応出来るという自信があったから。

 

それが不味かった。

そもそもステータス的に初めからこちらが挑戦者だったのだ。

それを忘れ、自分が優位に立った事で相手が挑戦者であると思ってしまった。

 

 

 

だから、あれが投擲の構えだと気付かなかった。

 

気付いたのは踏み込みが終わり、まさに投げる瞬間だった。

 

油断と慢心による後悔に心が一瞬占領された。

だからその攻撃にすら反応が遅れた。

 

 

気付けば無数の飛び礫は眼前にまで迫っていた。

いや、眼前に迫ってから気付いた。

 

回避も不可能、防御も不可能だと。

 

 

 

 

その飛び礫は眼前から姿を消した。

 

続いてやって来たのは痛み。アンデッドであるシャルティアにも少しは痛みを感じることだってある。

 

だが、何故か視界が狭い。視界の左半分が無いようだ。

 

 

ようやく、自分の体の状態を把握した。

 

穴が空いている。一つや二つでは無い。

左目の部分、土手っ腹、右肩、そして左胸。

端からえぐれているものも含めれば両手でも足りないほどの傷だ。

 

 

どうやら、彼が投げた飛び礫に体を貫通されたらしい。

 

 

体は穴だらけだろうと、アンデッドであるシャルティアが死ぬ事はない。

体力は危ない。だが眷属を召喚してスポイトランスで回復すればーーーーーー

 

 

そこでシャルティアが目にしたのは先程と同じ動きをするいちごパンチー。デジャブでは無い。第二投だ。

 

 

左目と共に脳を損傷していてはまともに判断を下すことも出来ずーーーーー

 

 

シャルティア・ブラッドフォールンは死んだ。

 

_________________________________

 

 

倒れたシャルティアを一瞥し、視線を外して呟く。

 

「……つまらん」

 

つまらなかった。弱かった。

 

もちろん戦闘能力としては高い。それは魔法を直に受け、槍を交えた俺がよく分かっている。

だが油断、慢心、軽率、経験不足。

これらの要素が絡み合って、ほぼ瞬殺という結果に終わってしまった。

 

予定では後一つ二つ確かめたい事があったんだが……。

まあ、また今度確かめれば良いか。

 

 

振り返りアウラ達のいる場所へ戻ろうとするが、その足は止まった。

 

焼けるような痛み。その出所は左胸とその背中辺りだ。

 

そこに視線を向けると、白い槍のようなものが俺の背中から突き刺さっているようだった。

 

 

 

「あはははははは!!危なかったですよいちごパンチー様!」

 

シャルティアが生きていた。いや、死んでいたはずだ。

いくら真祖(トゥルーヴァンパイア)とは言えミンチになっても再生出来るはずがない。となると……。

 

「蘇生アイテムか」

 

「その通りです。もう油断なんてしませんよ。全力で殺させて頂きます」

 

「……フフ、フハハハハハハ!!そうか。いいぞ、いいぞシャルティア!俺をもっと楽しませろ!」

 

嬉しそうに笑ういちごパンチー。その笑顔はこの世界に来てから一番大きく、美しく、そして凶悪な笑顔だった。

 

 

_________________________________

 

 

「アインズ様、いちごパンチー様が投げておられたのはなんなのですか?」

 

ナザリックの一室でアルベド、コキュートス、デミウルゴス、そしてアインズは戦いを観戦していた。

デミウルゴスがアインズに問いかけたのは、先程の投擲の事だ。

 

アインズは「ふむ……」と言って少し考え込む素振りを見せた後、アイテムボックスをゴソゴソと弄り始めた。

 

やがて目当てのものが見つかったのか、取り出してデミウルゴスに渡すが…………

 

 

「あの、アインズ様、これは……?」

 

「ああ、見ての通り“石ころ”だ」

 

一見なんの変哲もない灰色の石。

何かの宝石であったり魔法道具という訳でもない。

一見どころか誰がどう見てもRPGの定番、ただの“石ころ”だ。

 

先程、デミウルゴスは『いちごパンチーは何を投擲したのか』という質問をしたはずだ。

その問いの答えはこの何の変哲も無いただの『石ころ』であるという。

 

「し、失礼ながら申し上げます。流石に石ころごときでシャルティアを蜂の巣にする事は不可能では…?」

 

アルベドが戸惑いながら言った。

 

「だがこれはただの石ころでは無いぞ?」

 

そう聞いて、守護者達は少し安堵した。

『そうだよな、流石にただの石ころでシャルティアの体を貫くことなんて出来ないよな』と。

 

 

「これはユグドラシルの石ころだ」

 

????

再び守護者達の頭に疑問符が浮かぶ。

 

「ユグドラシルのものだと…何か変わるのですか?」

 

「ふむ…。アルベド、ユグドラシルにおいてアイテムの一つとして石ころがあるという事は知っているな?」

 

ユグドラシルにもRPGの定番、石ころは存在する。

 

「はい、存じ上げております」

 

「ならその効果は?」

 

「こ、効果でございますか?…………申し訳ありません、私は石ころの効果というものを存じ上げておりません」

 

「む?そうなのか…。石ころが投擲武器というぐらいは知っていると思っていたんだがな……」

 

「そ、それでしたら、私も存じ上げておりますが…」

 

誰でも「石ころに効果あるか?」と聞かれたら「無い」と答える。「投擲武器」と答えられなかったアルベドは悪くないだろう。

 

 

「そうか。ならば分かるだろう?」

 

「つまり……ユグドラシルの石ころは投擲武器として生まれたもの、だからシャルティアを貫ける……と?」

 

「そうだな。例えば苦無を投げたとして、その苦無は体に刺さるだろう。同じように石ころを投げたとしても貫通することはない。だがいちごパンチーさんほどの力があれば石ころですらが苦無を超えるに凶器に変わる」

 

「なるほど!だから投擲武器であるユグドラシルの石ころならばシャルティアを貫く程の衝撃にも耐え切れるということですね?」

 

「そうだ」

 

「そうなると、あれらの石ころがどこから出てきたのか……そうか!それがあの腕輪という訳ですね?」

 

「正解だ、デミウルゴス。あの腕輪は“石ころの腕輪”。低位の魔法道具で、石ころを無限に生み出せるという効果を持つが……まあ普通なら誰も見向きもしないだろうな」

 

「なるほど!流石は至高の御方、着眼点がその他の愚民どもと一線を画していらっしゃる!」

 

 

おそらくいちごパンチーほど石ころに世話になったプレイヤーは居ないだろう。それは絶対に断言出来る。

 

 

_________________________________

 

 

「…くっ!」

 

「ちょこまかと動きやがって…!」

 

また石ころがシャルティアの体を掠めるものの、致命傷に至る事はない。

 

 

「清浄投擲槍!」

 

「ぐっ!」

 

スキルによる召喚で、神聖属性の魔法扱いの武器だ。既に二回使ったので今回はこれ以上打てない。

 

MPはともかく、スキルは早めに削っておく必要がある。

特にあのめんどくさいスキルは終盤に煩わしく感じてしまうからだ。

 

だが、向こうは完全に避けきるのに〈飛行(フライ)〉を必要としている。対してこちらの石ころは無限。向こうのMPが切れるまでずっと石ころ投げていても良いんだが…。

 

 

 

(やはり、ラチがあかないわね。清浄投擲槍のダメージも石ころを避けている間に回復してしまったし…。MPが切れるより前にケリをつけないと…!)

 

 

 

「………来たか。エインヘリヤル」

 

シャルティアの前に白い光が集まって人の形を作り出している。

シャルティアと瓜二つだが、似ているのは外見だけではない。魔法やスキルの一部は使えないが、それ以外の能力は全てシャルティアと同じだ。

 

単体なら敵にはならないが、シャルティアと連携してこられると少々めんどくさい。多少のダメージを覚悟してでもエインヘリヤルを先に倒すべきだな。

 

「人形が…スクラップにしてやる!」

 

 

エインヘリヤルが突撃してくる。

 

金棒で叩くつもりだったが既に間合いが近すぎている。

ここから金棒を振っても当たらないだろう。

 

なら……!

 

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)輝光(ブリリアントレイディアンス)〉!」

 

シャルティアが牽制の魔法(なお威力)を使ってくるが、それに対応するよりもエインヘリヤルを倒すべきなので気にせずエインヘリヤルを迎え撃つ。

 

エインヘリヤルが槍の届く範囲まで来たが、槍が届く範囲は俺の手が届く範囲ということだ。

槍が肌に届く直前、エインヘリヤルを殴り飛ばすべく拳を振るった。

 

 

だが、エインヘリヤルはそれを狙っていたようだ。俺の拳をしゃがんで避け、そのまま足元から肉薄してくる。

遅れて正面からシャルティアも接近しているが、優先順位は変わらずエインヘリヤルだ。

 

下から首元に向けて槍を伸ばすエインヘリヤル。

 

そこでエインヘリヤルを俺は膝で思いっきり蹴り飛ばす。

 

体がくの字になりながら吹き飛んで行く。

 

シャルティアの横をすり抜けて飛んで行き、そのまま俺は正面にいるシャルティアに金棒を振るう。

シャルティアも少し焦ったらしく、〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)で少し離れた場所に着地した。

 

だが俺はシャルティアを追撃せず、エインヘリヤルを片付けに向かう。

 

エインヘリヤルは体の殆どが損傷しているものの、消えるような雰囲気は無い。

金棒で潰してシャルティアの元へと戻るが、そこでまた〈輝光〉を食らってしまった。

弱点属性を連続で食らえば流石の俺も少しキツい。

体力的には後2発…いや3発は耐えられそうだが。

 

俺が使える数少ない魔法の一つである〈魔力の精髄(マナ・エッセンス)〉を発動させてシャルティアのMP量を確認する。

 

……〈輝光〉を後3発は撃たれそうだな。

 

少しシビアだから回復したいが……。!?

 

 

 

なんとシャルティアが突っ込んで来た。

 

魔法による有利を捨てたのだ。

 

いや、最後に魔法が封じられた状態で戦う方が心理的圧迫感はあるのか。

そう考えると、たしかに選択肢を多く残していた方が良いのかもしれない。

 

だが、HPの全く削れていないシャルティアと自動回復があるとは言え手負いの俺が戦っても、間違いなく俺が勝つ。それはあのめんどいスキルを使ったとしてもだ。

魔法で削った後に俺を神がかった速度で削れば勝機はあるだろうが……流石にここで近接戦闘をするのは悪手だと思ってしまう。

 

 

「どうした?魔法で攻撃しなくて良いのか?」

 

シャルティアのスポイトランスを金棒で受けながら聞いてみる。

 

「この状況からなら魔法を使わずとも勝てると思ったんですよ」

 

いやー……それは無理とちゃいますかねぇ?

どこに勝算があるのだろうか。俺に言わせれば何の根拠も無い自信なんだが…。

 

まあ良い。さっさと倒してしまおう。

 

横薙ぎをして少し距離を離し金棒を()()()()()()()()()()()()

 

 

そしてこちらから接近する。そして最初と同じ乱打。

だが、シャルティアの反応が悪い。

最初の時は普通に避けれていたはずなのに、今は鎧を削りながら躱している。

 

 

リズムが狂っているシャルティアに、ようやくまともに攻撃が当たるかと思ったがスキル“不浄衝撃盾”で弾かれてしまった。

すぐにシャルティアは距離を取り呼吸を整え始める。

手にジーンとした感覚が残っている。

 

 

「なにをした!!」

 

距離を取ったシャルティアが話しかけて来た。

が、特に何かしたという心当たりは無い。

 

「なにを…とは?」

 

「惚けるな!私は最初の時、あの攻撃を見切っていたはずだ!なのにさっきは避けきれなかった!なぜだ!」

 

何故って……君が見誤ってたんじゃ………あ。

 

「あーー……、すまんな。ついさっき金棒を右手に持ち替えたんだ。最初は左手の練習のつもりだったんだが……」

 

「…………ぇ?」

 

シャルティアは信じられないというような顔をしている。

 

はー…なるほどね。俺の攻撃を見切った!これで勝つる!ってなってたわけね。なるほどなるほど。

だからあんなに自信満々に接近戦仕掛けて来たのか。謎が解けた。

 

「あー…残念だったなシャルティア。利き手でもない手で相手してたのは悪いと、気の毒だとは思ってるよ」

 

「…っ!!あぁぁあああああああああああ!!!!!」

 

ブチギレたシャルティアが突進してくる。

 

それを武器で受け止めたりしなかったのは、今から決着をつけるからだ。

 

 

シャルティアのスポイトランスが俺の胸に深々と突き刺さり、体力を吸収する。

 

 

そしてシャルティアは下がろうとして……

 

 

「…っ!??ぬ、抜けない!?」

 

「つーかまーえたー」

 

両手で腕と胴ごとガシッと捕まえる。

 

「シャルティアは知らないかもしれないが、体に刺さった物は力を入れる事で抜けないようにする事が出来るんだよ」

 

「…っ!くっ!離せ!」

 

「安心しろよシャルティア。俺は見た目と違っていたぶる趣味は無いんだ」

 

「……ヒッ!」

 

片手でシャルティアの胴を掴んで、もう片方の手を上に上げる。

 

「は、離して!お願い!イヤ、イヤ!」

 

恐怖からだろうか。そう涙を流して懇願する少女は年相応に見える。だが、この場面では無意味だ。

 

俺は上げた手で拳を作り力を込める。

いわゆるアームハンマーだ。

 

念の為、確実に殺すために、足までミンチにする必要がある。

だからこのアームハンマーは俺の手ごとシャルティアを押し潰す。

 

 

 

「じゃあな、シャルティア。恨んでいいぞ」

 

 

ーー鉄槌は落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、これよりシャルティアの復活を行う。アルベドはシャルティアの名前を見ていること。もし、先ほどと同じ精神支配を受けた状況であれば……」

 

「アインズ様。その時は僭越ながら私どもで対処させていただきます」

 

 

ここはナザリックの玉座の間。

あの後すぐにナザリックに帰還し、シャルティアの復活を行っている。

 

アインズさんがスタッフの力を使うと、復活に必要な5億枚の金貨が液体となって形を変え、人の形を形成していく。

やがて金色の輝きは無くなり、そこには見紛うことなきシャルティア・ブラッドフォールンが居た。

 

「アルベド!」

 

「ご安心下さい。精神支配は解除されたようです」

 

「そうか……」

 

「ふぅぅぅ……」

 

良かったぁ〜…これで復活しないとかだと流石に罪悪感でヤバタクスゼイアンだった。

 

 

こうして、なんとか一件落着となった。




はい。

なんかwikiみたらアイテムってデータ量によって強度が決まるって言うやないですか?っていうのをこれ書き上がる直前で知ったんですけど……石ころ………投擲中はデータ量による強度の影響は受けないとか、そうゆう設定ってことにして下さい。


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