零崎人識の人間関係 葵井巫女子との関係 (ザ・ディル)
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零崎人識の人間関係 葵井巫女子との関係

 まだ私がいっくんに会う前のことを思い出す。

 いっくんに恋をしたきっかけが、そのときだった。

 

 私はその人に一目惚れした。

 いっくんと外見は違う。全くもって違う。彼といっくんは外見で見比べれば、いっくんとは真逆の姿と言っても違いないかった。でも、それとは裏腹に、何かこう、特殊めいたものがあった。それによっていっくんと彼は同じような存在なんじゃないかと思った。

 彼の外見はとにかく派手。それに尽きる。

 顔の右面に刺青(タトゥー)を入れ、斑模様の長髪を再度に刈って頭の後ろで縛っている。耳の右側には三連ピアス。左の耳には携帯ストラップを二つ。タクティカルベストを着、タイガーストライプのハーフパンツを穿き、オマケに安全靴を履いていた。

 

 高校時代に、たまたま電車内で見かけた。

 彼は、隣にいるサラリーマンのような人と口喧嘩していた。

 それなのに、彼に一目惚れした。はっきり言って、心がこれで揺れ動くわけのないシチュエーションで一目惚れをした。だから、運命の相手なんじゃないかと思ってしまった。

 

「付き合いたいな」

 

 ふと声がこぼれてしまった。

 隣に座っていた友達――むいみちゃんは、

 

「アンタ、将来変な男についていくんじゃないよ」

 

 そう注意されてしまった。

 そのとき――サラリーマンの格好をした人と同時に彼がきて、そして彼と――

 

 

 

 そして今は、いっくんが好きでそれで――私の友達を殺した。

 後悔はしてしまったけど、私はそれでもいっくんが好き。罪悪感をどんなに感じても、いっくんが好き。助けてほしかったけど、それでも、私は――

 

「好きだよ、いっくん」

 

 私はその言葉を最後に――世界に言い残し、死んだ。

 

 

*****

 

 

 目の前に、墓標があって、そこに『葵井巫女子』と書かれている。

 そこにはかつて、ぼくと親しく会話していた――いや、親しく会話していたかは怪しいかもしれない。だけれど、確かに友達だった彼女がいる。

 

 四月二十日。

 

 x/y

 

 ぼくはその日に花を添えに来たのだ。

 一人で来た。

 (とも)と一緒にここに()ず、一人で来た。

 

 遠回しに人を殺してしまった。結果的に言えば、こうなるだろう。

 彼女を救える道筋は幾らでもあったはずだろうけれど、ぼくは彼女を殺してしまった――それと同義のことをした。

 

「傑作だぜ」

 

 後ろを振り向く。この声を、ぼくは知っている。ぼくが生まれる前から知っている――お互いがお互いを、生命の誕生以前に知っている。

 

「……てっきりもう会わないと思っていたよ」

 

 『殺し名』序列第三位――零崎一賊の秘蔵っ子――零崎人識。

 いや、もう序列第三位と呼ばれるのかは知らない。でも、ぼくが極大に関わっていたときが、そのときだった。だから別段、ぼくがそのように呼んでも構わないだろう。

 

「俺もそう思ってたんだがな。どうしてか会っちまったな傍観者」

 

「そうだね。ぼくも会うつもりはなかったんだけれど。……もしかして巫女子ちゃんのお墓参りかい? それとも死人をさらに殺すのか、殺人鬼」

 

「俺に質問たあ、情けなくなったものだなお前」

 

「きみもだよ。人を殺さないような眼をして」

 

「でもまあ」

 

「それでも」

 

「変わらないね」

「変わんねえな」

 

 どんなに変化しようとも、この関係だけは変わることはない。変化することもなく、異常になることもなく、絶無になることもなく、ただただ、変わらない。

 

「それで、本当のところどうなんだよ。きみは葵井巫女子という存在を知っているのか?」

 

「その聞き方はおかしいだろ? 俺はお前から巫女子ちゃんとやらのことは聞いているぜ?」

 

 そう言えばそうだった気もする。だけれど、

 

「花束まで持っているってのは、中々に相手のことを知っていると、ぼくは思うけれど」

 

「あーあ、隠していたのにバレちまったぜ」

 

「偶然だね。ぼくも花を持ってきたことを隠してきたんだ」

 

「かはは、傑作だぜ」

 

「きみは巫女子ちゃんのことを知っていた。どこから知り合いで――」

 

「友達だ。あいつとは、友達だ」

 

 意外にもほどがあった。

 

「きみが巫女子ちゃんのことを友達って言うなんてね」

 

「あいつは俺が高校時代、殺さないでおこうとした唯一の奴だったからな。今思えばあれだな。出夢の代わりに、友達に近い存在が欲しかったんだな。まっ、俺が各地を転々としていた時代だからそこまで話してなかったけどな、かはは」

 

 殺人鬼はそう言いながら、銀瓶に花を添える。当然、水も入れ替える。ぼくは忘れていたけれど……。

 

「巫女子ちゃん」

 

 口に出すことで、記憶が幾ばくか蘇る。

 正義の味方になることなんて考えなかったあのときのぼく。今なら彼女を助ける力もあるかもしれない。でも彼女はもういない。ぼくを好きだと言って、ぼくのせいで、死んだ。

 

「お前が気にする必要はねえよ」

 

 ぼくに相反する鏡面の向こう側の人識はぼくの心を読み取りいう。

 

「俺があいつと友達同士になったことがいけねえんだよ。出夢の代わりを押し付けた――俺のほうに問題があんだよ。だけど、いや、そして、か。あいつは最終的に自殺した。ただそれだけのことなんだろうぜ」

 

 もっともだとは思う。きっと、巫女子ちゃんが生きていれば「いっくんは悪くないよ」と言ってくれる。だけれど、それでもぼくは、ぼくという存在を許さないことに変わりない。

 だから今は正義の味方になっている。

 

 彼女はいない。だけれど、そこから得た彼女の思い出は、記憶力の悪いぼくでも消えることはない。

 それは同時に、同義としてこの殺人鬼も変わらない。

 

「そうだよね、殺人鬼」

 

「そうだぜ、傍観者」

 

 

(葵井巫女子――友達関係)

(関係永遠)



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