最弱無敗の神装機竜~~黒き英雄と黒の王~~ (ユウキ003)
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プロローグ 始まりの日

って事で、最弱無敗の神装機竜×ゴジラ(ドハゴジ)です。
実は神装機竜の小説を最後まで読み切ってる訳じゃないので、所々違うかもしれませんが、ご容赦下さい。


かつて、武力を持って世界の5分の1をも

手中に収めた国があった。

名を、『アーカディア帝国』と言う。

アーカディア帝国の力に周辺諸国は、

戦うか、その軍門に降るかの二択を迫ら

れる程の物であった。

しかし、帝国内部の実情は酷い物であった。

政治腐敗の横行。男尊女卑思想の蔓延。

更には非人道的な人体実験まで。

上げれば切りが無いほどの闇を抱えていた。

 

そして、たまりに溜まった鬱憤が爆発する

ように、とうとう帝国内部でクーデターが発生。

当初は数で勝る帝国側が有理かと思われ

たが、それを覆した存在が居た。

人々はその人物を、畏怖と尊敬を込めてこう呼ぶ。

『黒の英雄』、と。

 

黒の英雄の活躍によって、帝国軍の戦力

の大半が撃破された事も手伝って、

クーデターは成功。皇族の大半は死に、

生き残りの数人が新しい新王国によって

捕縛された。

 

クーデターの首謀者、アティスマータ伯

は戦いの中で死亡し、その妹が女王

として国を治める事になった。そして

帝国は、『アティスマータ新王国』と

名を変え、新たな国として生まれ変わった。

 

そして、クーデターから5年後。

 

十字型にも見える城塞都市、『クロスフィード』。

 

そんなクロスフィードにある公園のベンチに

座り、昼間だと言うのに大きめの外套を

纏って体全体を覆い、更にフードで顔を

隠した人物が屋台で購入したアップルパイ

を食していた。

「中々に美味だな」

静かに呟きながらも食事をする人物。

その見た目は少々怪しいが、道行く人々

は僅かにその人物を一瞥するだけで、

すぐに興味を失って、歩みを進めていた。

 

その時。

「あれは……」

彼の視界に、白を基調とした制服。紺色

のスカートを履いた数人の少女達の姿が入った。

『……あれが『アカデミー』の生徒か』

その人物は、彼女達を一瞥してからそう

納得し、食事に戻った。

 

アカデミーとは、『王立士官学校』の通称だ。

そのアカデミーはこのクロスフィードの

中に建てられている。

なので、休日ともなれば制服や私服を

問わず、アカデミーの生徒達を町で

見かける事など普通だ。

 

しかし……。

「ん?」

件の人物は、そのアカデミーの生徒達の

後方、とある建物の角に目を向けた。

見ると建物の間の影に、彼と同じ

ような外套を纏ってスカーフで口元を

隠した男達が数人居て、生徒達、

3人の女生徒を尾行しているかの

ようだった。

 

 

アカデミーとは、現在この世界において各国

の主力となっている『兵器』のパイロット

を養成するための施設だ。そして、

その『兵器』を扱う上で男女を比較した

場合、理由は不明だが女性の方が、適性

が高いのだ。故に、アカデミーは士官学校

とされているが、内情は女学園と呼んでも

差し支えないような場所だ。

 

そして、アカデミーに通う女生徒の殆どは

貴族の娘たちだ。士官候補生という立場

とは言え、まだ本格的な戦闘など

知らない少女。

貴族の娘ならば身代金目的で狙われる

可能性も高い上に、かつて旧帝国時代に蔓延

していた男尊女卑の風潮。それが、主力

兵器の適性によって変わりつつある。

旧帝国の時代、男尊女卑の風潮の中で良い

思いをしてきた男達にとって、その変わり

つつある風潮は目障りであり、女が

その兵器に乗る、と言う事自体に我慢

ならない、と言う事だ。

 

つまり、彼が見つけた男達の目的は、誘拐

か女のパイロット候補生に対する恨みに

よる復讐の、どっちかの可能性が高い、

と言う訳だ。

 

「……行くか」

そしてベンチに座っていた彼は、アップル

パイを食べ終えると、包み紙をゴミ箱に

投げ捨て、側に置いていたリュック

を左肩に背負うと、歩き出した。

 

 

「ねぇねぇ、本当のこっちであってるの?」

「う~ん、そのはずなんだけど……」

先ほど、彼が見つけたアカデミーの

女生徒たち3人は、今は少々薄暗い

裏路地を歩いていた。

「本当にこんな所に美味しいデザート

のお店があるの?」

彼女達は噂で聞いた、美味しいデザート

のお店とやらを探していたのだが、

どうやら迷ってしまったようだ。

 

と、その時。

 

『バッ!』

彼女達の前方の路地から、男が6人ほど

飛び出してきた。

「動くなっ!」

「え!?」

突然の事に驚く女生徒。見ると、男達は

全員がナイフを握りしめていた。

「な、何っ!?」

アカデミーの生徒とはいえ、彼女達にはまだ

咄嗟の判断力と、行動力など無かった。

故に驚き、呆然となって、動けなくなって

しまった。

 

「お前等、アカデミーの生徒、貴族の娘だな?

 大人しくしろ。そうすりゃ丁寧に扱って

 やるぜ」

リーダー格と思われる男が、ナイフを手に

ジリジリとにじり寄ってくる。

そして、女生徒達は、リーダーの言葉を聞いて、

男達の目的が誘拐であるとようやく理解

した。

 

数歩後退る女生徒達。しかしその時、一人の

女生徒が道の出っ張りに躓いて尻餅をついて

しまった。

「きゃっ!?」

「キャロッ!?」

その事によって、他の二人の視線が躓いた

茶髪ボブカットの少女、キャロへと向いてしまう。

 

「今だっ!捕まえろっ!」

そして、それを好機と見たリーダーの指示に

従い、男達が突進してきた。

大人の男と子供の女。しかも数では相手が上。

簡単に組み敷かれしまうだろう。

 

 

だが、その時。

『ゴウッ!』

突進してきた男達目がけて、少女達の頭上を

通過して何かが投げ込まれた。

それは木製の樽だった。樽が凄まじい速度で

空を割いて飛んできたのだ。

『ドゴッ!』

「ぐぁっ!?」「ぐへっ!?」

投げ込まれた樽によって、向かって来ていた

5人の内、2人が樽によって弾き飛ばされた。

 

「え?」

突如として後ろから飛んできた樽に驚くキャロ。

「やれやれ。6人も居るのなら前後を包囲。

 退路を断つのが定石だろうに。バカな奴らだ」

と、その時後ろから声が聞こえた。余裕綽々と

言わんばかりの声に、キャロを含めた3人の

女生徒が振り返る。

 

見るとそこには、先ほどベンチに居た彼が

コツコツと足音を石畳の道に響かせながら

歩み寄って来ていた。

しかし問題は見た目だった。

「何だテメェ!?こいつらは俺らの獲物だ!

 横取りする気か!?」

そう、見た目があの6人と大して変わら

ないため、男達は彼の事を、同業者。

キャロ達は別の誘拐犯かと疑いだしたのだ。

彼女達は、前後を挟まれ更に狼狽し、震える。

 

と、その時。

『バッ!』

後ろの男が一瞬腰を落としたかと思うと跳躍。

彼女達3人を飛び越え、背を向ける形で着地した。

「え?」

突然の事に呆けた声を出すキャロ。

同じように他の二人も呆然としていた。

 

「そこで大人しくしておれ」

そう言って、彼は肩に掛けていたリュックを

地面に落とすと、ゴキゴキと指の骨を鳴らす。

「ちぃっ!?邪魔すんじゃねぇクソがぁ!」

次の瞬間、残っていた3人が正面。

左側11時の方角。右側1時の方角から一斉に

突進してきた。

だがそれは、愚策だった。

 

「ふんっ!」

男達が彼の間合いに入った次の瞬間、

彼の回し蹴りが繰り出され、ナイフが届くより

も先に、彼から見て右側から順に、サンドイッチの

ように重なりながら左側の壁目がけて吹っ飛ば

された。

ドゴォッという音と共に、壁に激突する男達。

 

その勢いによって、彼のフードが後ろにずれる。

露わになったのは、『男らしい』という言葉が

似合いそうな、少々日に焼けた肌と、キリッ

とした目元。横一文字で結ばれた口元。

キャロ達は、そんな彼の顔を、回し蹴りの

勢いで回転する一瞬、目にしていた。

 

一回転し、残った一人のリーダーを睨み付ける青年。

「この程度か。歯ごたえのない連中だな」

そう言って青年はふんっと鼻を鳴らす。

その視線は、リーダーや周囲でのびている

男達への侮蔑の意思が込められていた。

「ふ、ふざけやがってぇ!」

青年の態度に怒りを覚えたのか残っていた

リーダーの男は、脇に下げていた剣を抜いた。

「ッ!?あれは!」

その剣、『機攻殻剣(ソード・デバイス)』は

彼女達ならば見慣れた物だ。問題は、それ

を相手が持っている事だ。

 

「来たれ、力の象徴たる紋章の翼竜。我が

剣に従い飛翔せよ!≪ワイバーン≫!」

男が魔法の詠唱のような言葉、『詠唱符

(パスコード)』を高らかに、宣言するように

叫んだかと思うと、男の背後で鎧のような物

が召喚され、男の体を覆っていった。

 

青を基調としたカラーに流線型のフォルム。

人の形をした、機械の鎧。右手には専用の

銃火器。左腕には両刃の剣が握られていた。

 

「ど、『装甲機竜(ドラグライド)』!?」

キャロの友人の一人が、具現化したその鎧、

ドラグライドに驚きながらその名を呟く。

 

装甲機竜、ドラグライドとは。

それは世界各地に存在する『遺跡(ルイン)』

から発掘された古代兵器の一種だ。この

ドラグライドの出現は、これまでの銃や砲

を主力とした戦争の様相を一変させ、

今やドラグライドが戦争の主力となった。

そして、そのドラグライドを操縦する

パイロットを『機竜使い(ドラグナイト)』と呼ぶ。

ドラグライドは、ソード・デバイスに

よって普段は格納庫に置かれている機体

を転送と言う形で召喚する。

 

「はっはっはっ!?どうだガキ共!俺には

 ドラグライドが、ワイバーンがある!

 分かったら大人しくしろ!」

そう言って、ワイバーンを纏った男は

右手の『機竜息銃(ブレスガン)』と呼ばれる

銃火器を構える。これは従来の銃とは違い、

ドラグライドのエネルギーを使って打ち出す

兵器だ。ドラグライド同士の戦いならば、

大した威力にはならない。しかし人間相手

なら、その体をバラバラに吹っ飛ばすのに

十分な威力を持っている。

向けられるブレスガンの銃口に、キャロ達

は怯え、震えている。

 

しかし……。

「ハァ。何を出すかと思えば」

青年の方は、とてもつまらなそうにため息を

漏らした。そして更に、彼は周囲に聞こえない

ように小さく呟く。

 

「『失われた時代(ロストエイジ)』の量産型

 汎用兵器か」

青年は、ワイバーンを、いや、ドラグライド

を『知っていた』。それは普通かもしれない。

だが、正確に表現するなら、彼は『昔から』

知っていたと言うべきかもしれない。

 

そして、だからこそ彼はワイバーンと言う

種類のドラグライドの『弱さ』を知っていた。

「何をブツブツ言ってやがる!さっさと

 両手を挙げて、地面に膝を……!」

『ドウッ!』

男が喚きだした次の瞬間、青年は地面を

蹴って砲弾並みの速度で突進した。

そして、人間離れしたその行動に、男は

対応出来なかった。

 

『ドゴォッ!!』

「うっ!?げぇぇぇぇぇぇっ!?」

青年の拳から放たれたボディブローが、男の

腹部に突き刺さった。ボキボキと肋骨が

折れる音も聞こえる中、口元から血の

混ざった吐瀉物をまき散らす男。

 

そして、男はそのまま前のめりになり

ながら気絶し、同時にドラグライドの装着も

解除された。

「ちっ。外套が汚れたわ」

倒れた男を一瞥すると、青年は男の吐瀉物

で汚れた外套を脱いだ。

 

その下から現れたのは、上下共に黒を基調と

するズボンと半袖の上着に身を包んだ青年の

体だった。

それを見ていた少女達は、外套を脱いだこと

で露わになった体に見惚れていた。

 

その体もまた、男らしいと言う表現が

ぴったりなほど、鍛えられていた。袖を

パンパンに膨らませるほどの筋肉。服の上

からでも分かる引き締まったボディ。身長

も180を超えている。

正しく、『漢』と表現出来そうな体つき。

キリッとした目元、短く切りそろえられた黒髪

なども、彼の男性としての魅力を引き立てていた。

 

そんな彼の姿に、キャロ達3人は見惚れて

いたのだ。彼は汚れた外套を捨てると、

3人の方を一瞥し歩み寄って来た。

「おい、大丈夫か?」

彼が声を掛ける。しかし3人は呆けたまま

彼を見つめているだけだ。

 

彼女達が放心しているのも無理は無い。

そもそもドラグライドは、生身の人間が

拳一つで撃破出来るような物ではない。

ドラグライドに人間が勝てるとしたら、

それは同じドラグライドを纏ったドラグ

ナイトだけだ。

それを、青年は拳一つで撃破したのだ。

ましてやドラグナイトとなる為に

アカデミーで日々ドラグライドを扱って

いる彼女達だからこそ、その力を一般市民

より理解している。だからこそ一般市民

よりも感じるのだ。青年の『異常性』を。

 

「……。おい、大丈夫か?」

3人が驚いたままなので、青年がもう一度

声を掛けた。

しかしやはり反応が無い。

「全く。……おい、おいっ」

青年は呆けている3人の前にしゃがみ込む

と、その眼前で手を振った。

 

「あっ!」

そして、やっとこさ正気に戻った3人。

だが直後、3人は思い出したかのように体を

震わせた。まぁ無理も無い。未知と呼べる強さ

に加えて、かつて帝国では男尊女卑の思想が

蔓延していた。加えて、彼があの男達とただ

単に獲物である自分達3人を奪い合った

だけ、と言う考えが、彼女達の頭の中に

あったからだ。

 

怯える彼女達に対し、青年は深くため息

をついた。

「ハァ。おいっ」

青年が声を掛けるだけで、3人はビクッ

と体を震わせる。

その姿に、青年は再びため息をつき

ながら頭をボリボリと掻く。

「何を勘違いしてるか知らんが、我は

貴様等を助けただけだ。取って食う

などとは考えておらん」

そう言って立ち上がり、青年は道ばたに

落ちていたリュックサックを肩に掛ける。

 

だが……。

「分かったらさっさと……」

「そこまでだっ!」

不意に、3人とも青年とも違う声が響いた。

見ると、少女達3人の後方に、3人と同じ

制服を纏い、しかし彼女達とは違い左腰に

帯剣していた少女の姿が、これまた3人。

 

「最近クロスフィードで怪しげな男達が

 目撃されていると聞いて、念のためにと

 パトロールをしていたら、まさか犯行

 現場に居合わせるとはな」

そう言って、リーダー格と思われる中央の

青い髪の少女が腰元の剣、ソード・デバイス

の柄に手を添える。

「待て。主らは何かを勘違いしておる。

 主らの言う男達というのは、そこに

 転がっている男達の方だ」

そう言って青年は周囲に転がる男達を

指さす。

 

「成程。だが、その男達が貴様の仲間で

 はないと言い切れるか?」

「証明出来る訳がなかろう。全員気絶

 しているのだぞ?我が言ったところで、

 主らは聞く耳を持たんのだろう? 

 まぁ、証人はこの娘らだな」

そう言って、青年はすぐ傍でへたり込んで

いるキャロ達3人に目を向けた。

「この娘たちは一部始終を見ていた。彼女達

 に聞けば全て分かる」

「成程。確かにその通りだな。では、彼女達

から事情を聞く間、大人しくしていて

貰える、と言う事で良いのかな?

でなければ……」

そう言って、デバイスの柄を握りしめるシャリス。

しかし……。

「無論だ。やましい事も無く、それで無罪

だと分かって貰えるのなら構わん」

「え?そ、そうか」

帰ってきた返事が予想外だったのか彼女は

一瞬戸惑いながらも頷いた。

彼女にしてみれば、怪しさ満載の青年が

逃げるために言い訳でもするか?と警戒

していたのだが、実際はそんな事無かった

ので戸惑っていたのだ。

 

その後、『ティルファー・リルミット』という

少女が壁際の樽に座って目を瞑っている青年を

見張り他の二人、『シャリス・バルトシフト』、

『ノクト・リーフレット』がキャロ達から

事情を聞いていたのだが……。

 

「素手でワイバーンを倒しただと!?」

キャロ達の話を聞いて、驚き声を荒らげる

シャリス。その声に青年を見張っていた

ティルファーも驚いた様子で振り返る。

シャリスは慌てた様子で口をつぐみ、

咳払いをする。

「本当なのか?」

「は、はい。私達、見たんです。あの人が

 素手でワイバーンのドラグナイトを

 殴って気絶させるの。……一瞬だった

 ので、よく見えなかったんですけど……」

「一瞬で?」

そう呟きながら、シャリスは周囲を見回す。

 

そして、ソード・デバイスを持っていた男の

立ち位置と、3人を庇ったと言う青年の

立っていた場所を確認する。

『この距離を一瞬で、それも生身で詰めたと

 言うのか?正直、信じがたいが……』

「ノクト、お前はどう思う?」

「YES。正直信じがたいです。ドラグライド

 は生身の人間が勝てるような存在では

 ありません。ですが……」

「あの男は現にソード・デバイスを所持

 していた。そして、地面に残っていた

 僅かな足跡からしても、ワイバーンを

 召喚した事までは本当のようだ」

「YES。つまり、『誰か』がワイバーンを

 撃破した事になります」

「そしてその誰か、と言うのは彼女達の話

 から察するに、あの男性という事らしいが。

 やはり信じられん」

そう呟きながら、シャリスはティルファー

が見張っている青年に目を向ける。

 

そして、彼女は徐に彼へと歩み寄る。

「ちょっと良いか?」

「む?何だ?」

「……彼女達から聞いたが、本当に生身で

 ワイバーンを倒したのか?」

「無論だ。我が倒した」

と、青年が答えるがシャリスや傍に居た

ティルファーは困惑気味だ。

「あ~。え~っと、あのね。ドラグライドは

 普通の人が素手で倒せるようなもん

 じゃないよ?分かってる?」

「……だったら我が主らの言う『普通』では

 無かった。それだけの事であろう?」

青年は、ティルファーの言葉にそう返すだけだ。

 

到底信じられないが、しかしワイバーンを召喚

した事までは間違い無い。現に倒れていた男の

一人はソード・デバイスを所持し、ワイバーン

を召喚した跡もある。しかし、そこから先が

到底信じられないシャリスたち。

繰り返しになるが、ドラグライドは生身の

人間が拳一つで倒せるような存在ではない。

 

流れを考えれば、ドラグライド、ワイバーン

が倒されていると言う結果は理解出来るが、

その過程が現実離れし過ぎているのが問題

なのだ。

「どうする?」

「どうって」

首をかしげるティルファーにシャリスも

困り顔を浮かべてから、ティルファーと共

に一旦青年から離れる。

「正直私達じゃ判断に困る。ワイバーンが

召喚され誰かがそれを倒したのは事実だ。

しかし、その過程がどうにも信じられん」

ため息交じりに呟くシャリス。

「う~ん。あの人が誘拐犯とグルで一芝居

打った、とか?」

「それも可能性の一つかもしれないが。

 う~ん。判断材料が少なすぎる」

ティルファーの言葉に言い淀むシャリス。

「そんなお二人に提案です。ここは、私達

よりも偉い人の判断を仰ぐのはどう

でしょうか?」

悩む二人に提案するノクト。

「偉い人、って言うと学園長?」

「あぁ。今はセリスも長期の任務で学園を

離れているからな。問題は……」

そう言って、シャリスは青年の方に眼を

向ける。

肝心の青年は欠伸をしながら暇そうに

している。

 

「彼が付いて来てくれるかどうかだな」

「YES。大人しく付いて来てくれると言う

 保障はありません」

「……一応、聞いてみるか」

ため息交じりに呟くと、シャリスは青年の

傍に歩み寄る。

 

「む?話は纏まったのか?」

「あ、あぁ。……その、すまないのだが、

 貴方には我々に同行して貰いたい」

「ほう?」

シャリスの言葉に眼を細める青年。

それに一瞬戸惑うが、彼女は咳払いを

するとすぐに平静を装う。

「勘違いしないで貰いたいのだが、我々は

 貴方を罪人とは考えていない。しかし、

 機竜を素手で倒したと言う話には

 信憑性が無く、信じるに足る物的証拠

 も無い。なので申し訳無いのだが、

 貴方の身柄を一時的にではあるが

 拘束したい。無論、嫌疑が晴れれば 

 即解放する事を約束する」

「ふぅむ」

 

青年は、顎に手を当て考える。

一方のシャリスは、断られた時は

どうしよう、と内心悩んでいた。

やがて……。

 

「ふぅ。……良かろう。どこへでも

 連れて行くが良い」

「え?い、良いのかい?」

息をつくと青年は頷いたので、シャリス

は戸惑いの表情を浮かべた。

 

「嫌疑が晴れれば即解放、なのだろう?

 今ここでお主たちから逃げれば、まるで

 ありもしない自分の罪を肯定するような

 もの。ならばいっそ、罪など無いと

 正々堂々証明すれば良いと考えただけの事。

 それに、犯してもいない罪で犯罪人の

 そしりを受けるのは気に食わん」

そう言うと、青年は腰掛けていた樽から

離れて立ち上がった。

 

「さぁ、どこへでも連れて行くが良い」

「あ、あぁ。分かった」

その後、落ち着いたキャロ達と共にまずは

男達を拘束して然るべき所に突き出した後、

道中で新しい外套を新しく買って纏った青年

を連れて、彼女達は学園へと向かった。

 

「そう言えば、貴方の名前は?」

「ん?あぁ。名乗っていなかったな。

 我の名は『黒鉄』だ」

「クロガネ、さん?変わった名前だね。

 そう言えば昔、東方の島国があったって

 聞いたけど、そこの人?」

「まぁ、そんな所だ」

 

青年はティルファーに曖昧に答えるだけで、

否定も肯定もしなかった。

やがて学園にたどり着いた一行は、まず

青年改め黒鉄を一時的に牢屋に入れ、すぐ

さま学園長である『レリィ・アイングラム』

の元へ行き、6人揃って報告を行った。

 

「素手で機竜を撃破した男性、ねぇ」

彼女達の話に、レリィは困ったような

表情を浮かべる。

 

まぁ無理も無い。普通に考えれば機竜を

素手で撃破するなど、与太話の類いに

思えてしょうが無いのだ。

「学園長の困惑も仰る通りです。我々も、

 この3人から話を聞いた時は驚き、

 困惑しました。しかし現に盗賊達は

 ワイバーンのソード・デバイスを

 所持しており、尚且つ召喚を行った

 痕跡もありました」

「つまり、ワイバーンが出現した事までは

 貴方達も本当だと分かっているのね?」

「はい。しかし、その後の事、クロガネと

 名乗った彼がワイバーンを撃破した

 と言う事実なのか嘘なのかが、

 分からないのです。情けない話ですが、

我々には判断が付かないので学園長の

判断をこうして仰いでいる所存です」

「そう。……とはいえ、信憑性の無い話では

 私も判断が出来ないわね。だからこそ聞く

 のだけど、そのクロガネという青年を

 前にして、貴方達はどんな印象を持った

 のかしら?」

「印象、ですか?そう、ですね。我々は彼を

 犯人と疑った訳ですが、別段怒るような

 姿勢も見せませんでした。むしろ、

 彼女達に話を聞いている間も大人しく

 していました」

「YES。我々が同行を求めても、自らの身の

 潔白を証明する為だと言って付いて来て

 くれました」

「う~ん。何て言うか、落ち着いてる感じ?

 見た目はごついけど悪い人じゃなさそう

 って感じかな?」

シャリス、ノクト、ティルファーの言葉に

レリィはしばし考え込む。

 

「そうね。……こうなってくると、彼の

 人となりを見ない事には何とも判断

 出来ないわ。とはいえ、今日はもう

 遅いわ」

そう言ってレリィが窓の外に目を向けると、

既に空が夕陽でオレンジ色に染まっていた。

「そのクロガネ君には申し訳無いけど、

 今日の夜は牢屋で過ごして貰う事に

 なるでしょうね。話を聞くのは、

 明日という事で」

「分かりました。では、私がその事を

 彼に伝えてきます」

そう言って手を上げるノクト。

「えぇ。お願いね」

「では早速。失礼します」

 

そう言うと、ノクトは部屋を後にして黒鉄

がいる牢屋へと向かった。

そして中では……。

「……すぅ……すぅ」

牢屋の中だと言うのに、落ち着いた様子

で黒鉄が壁に背中を預けて眠っていた。

 

「……普通に寝ていますね。一応囚われの

 身のはずですが」

ノクトは呆れと関心が混じったような声色

で呟く。

「とにかく、起こさないと話しが出来ま

せんね。もしも~し、起きて下さ~い。

 クロガネさ~ん」

ノクトが呼びかけること数回。

 

「ん、む?」

身じろぎをし、黒鉄は目を覚ました。

彼はくぁぁと大きな欠伸をすると体をブルリ

と震わせた。

「む?お主はあの3人の。何か用か?」

「YES。実は貴方についてですが、学園長が

 クロガネさんと話をしたいとの事でした。

 ですが、今日はもう遅いので、明日に

 して欲しいとの事です」

「……つまり、我はこの牢屋で一晩過ごせと?」

その声は静かだったが、ワイバーンを素手で

破壊したと言う事を考えれば、ノクトは

今に一人で、それもソード・デバイスを

持たずに来たことを後悔した。

「い、YES。そう言う事です」

『クロガネさんが怒りませんように……!』

頷きながらも、ノクトは内心そんな事を

考えていた。

 

すると……。

「ハァ。良かろう。野宿よりはマシだ」

「え?」

予想外の言葉にノクトは戸惑う。

「い、良いのですか?」

「どうせ一晩であろう?ならば、寝て待つ。

 我は高々数時間待てぬ程、短気ではない。

 ゆえに、寝て待つとしよう」

そう言うと、黒鉄は再び壁にもたれかかり

ながら眠り始めてしまった。

 

「……。不思議な人ですね」

ノクトにしてみれば、牢屋にいる時間が

伸びた事を知って暴れたり怒ったりする

だろうと思って居たのが、実際は違った

事に戸惑いを覚えていた。

そして彼女はそれだけ呟くと、牢屋を

後にした。

 

その時はまだ、彼と直に出会ったノクト達や

キャロ達を始め、誰も彼の力や素性を理解

してはいなかった。

 

「……。やはりあの頃より、随分文明は後退

 しているな」

 

周りに誰もいなくなった牢屋の中で、ポツリ

と呟く黒鉄。

そんな彼の脳裏に蘇るのは人々が創り上げた

『現代文明』の街並みを『蹂躙』する自分。

 

「……東方の島国か。もはや『日本』という

 名も消え去ったか。……そう言えば、我の

 名も、日本に由来してお主が付けた物

 であったな」

 

黒鉄は、懐かしむように上を見上げながら

呟く。彼は、天井の先、黒くなり始めた

空に向かって、『その名』を呟く。

 

「のぉ。『芹沢』よ」

 

それはかつて、自らを『友』と呼んだ、

たった一人の人間だった。

 

黒鉄は静かに瞼を閉じ、眠りにつく。

かつて自分を友と呼んだ人間の事を

思い出しながら。

 

 

今、世界を変えようと悪しき者達が動き

出そうとしていた。

 

しかし、この世界にはそれを許さない神がいた。

 

『彼』は人が栄える遙か以前からこの大地、

『地球』の頂点に立つ存在。

 

絶対的な覇者にして、古の王。

 

或いは、神話世界の神と表現出来るほどの存在。

 

そして、『彼』はかつての戦いを経てその

圧倒的な力によって人々の信仰を集め、

『彼』はやがて神となった。

 

『彼』は最古の王にして、この世界を

見守る神である。

 

『彼』は、世界を好き勝手に変えようと

する者達を決して許さない。

 

『彼』は、如何なる敵とでも戦う。

 

なぜなら『彼』は、『王』なのだから。

 

今、黒き英雄と、『黒の王』が出会おうと

していた。

 

その王の名は、『ゴジラ』。

 

世の理の頂点に立つ存在。獣の王、『怪獣』。

それら怪獣たちの、更に頂点に立つ存在。

 

人々は、彼を様々なあだ名で呼んだ。

『獣の王』、『生命の覇者』、『最古の王』、

『黙示録の獣』、『破壊神』。挙げれば切りが無い。

だが、そんな中で人々は『彼』をこう呼び、

恐れ、崇めた。

 

『怪獣王』、『怪獣王ゴジラ』、と。

 

     プロローグ END

 




って事でプロローグです。楽しんで頂ければ幸いです。

感想や評価、お待ちしています。


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第1話 出会い

書き上がっているので投稿します。


夜。日も暮れて夜のとばりが世界を覆い尽くす。

そんな夜。黒鉄は昼間の一件における身の

潔白を証明するために、城塞都市クロス

フィードの王立士官学園の牢屋に入っていた。

 

寝息を立てて眠っている黒鉄。

「……む?」

その時、彼は接近してくる複数の足音に

気づいて目を覚ました。

 

夜のこんな時間帯に、それも牢屋に近づく

足音だ。警戒もしていた。寝たふりを

しながらも、外套で顔を隠しつつ外の様子

をうかがう。すると……。

 

「む?お主らは……」

現れたのは、昼間に接触したノクト、

ティルファー、シャリスの3人だった。

「夜分にすまないクロガネさん。悪いのだが、

 しばらくここに彼を置いておくのを

 許して欲しい」

鍵を使って扉を開けたシャリス。すると

後ろのティルファーが担いでいた何かを

牢屋の一角に下ろす。

 

見るとそれは人だった。如何にも『男』、

と言った感じの黒鉄と対照的に華奢な

少年だった。

「この少年、何かしたのか?」

「あぁ、覗きだ。何でも女子風呂に天井から

 落下してきたらしい」

シャリスの言葉に、黒鉄は『は?』と首を

かしげると、呆れを含んだ表情で少年に視線を

向ける。

「仮にもここはドラグナイトを育成する

 場所だろう?この少年は何を思ってこんな

 所に忍び込んだのやら」

「全くだ。しかし、すまない。ここは牢屋が

 殆ど無くてね」

「良い。我とてこんな華奢な少年に敗れる

 ほど弱くは無い。それより、我の身の潔白

 の件、急かすようで申し訳無いが頼むぞ?」

「あぁ。分かっている。明日の内には

 何とかなるだろう」

「そうか。では、おやすみ」

「あぁ。おやすみ」

「おやすみなさい、クロガネさん」

「じゃあね~クロっち~!」

シャリス、ノクト、ティルファーの3人が

各々な挨拶と共に牢屋を後にする。

 

ちなみに……。

「クロっち。……我の事か?」

と、黒鉄はそこが気になるのだった。

 

それから数時間後。

「う、う~ん。あ、あれ?ここは……」

黒鉄が眠っていると、少年が目を覚ました。

それに気づいて目を覚ました黒鉄は

少年の事を観察する。そして……。

 

「ここは王立士官学園の牢屋だぞ、少年」

「えっ!?」

突然の声に少年は驚いて振り返る。

「あ、貴方は!?」

黒鉄は顔を覆っていた外套のフードを後ろに

下げると素顔を晒した。

 

「訳あってここに入っている者、とだけ

 言っておく。それより、お主は

 何者だ?華奢なのぞき魔よ」

「ち、違いますっ!?僕はのぞき魔じゃ

 ありません!ただちょっと、猫を追いかけて

 天井に上がったら、踏み抜いちゃって。

 気づいたら女子風呂の中にいて。

 慌てて逃げ出したら下着ドロだとか

 覗き魔って噂が広まっちゃって」

話しながらも、次第に落ち込んでいく少年。

「あ~も~。どうしてこんな事に~」

若干涙目の少年に、黒鉄はククッと笑みを

浮かべる。

 

「猫を追いかけてか天井へ、しかもそこが

女風呂の真上か。災難だったな少年」

「本当にもう今日は厄日ですよ」

黒鉄の言葉にため息をつく少年。

『って?あれ?普通に信じてくれた?』

少年はふと、そんな疑問を持った。

「まぁ、そんな日はさっさと寝るに限る。

 それに夜は眠る時だ。今は寝て、明日に

 備える事だな。何事も体力が無ければ

 話しにならんぞ、少年。どうせ、ここに

 いる以上他にやることも無いからな」

「あ、は、はい」

黒鉄は、少年にそれだけ言うと、すぐに寝息

を立てて眠ってしまった。

それを見た少年、『ルクス・アーカディア』

もしばし迷ったが、確かに寝ること以外

何も出来そうに無いと思って、冷たい床

に身を置き、眠りについたのだった。

 

 

それから数時間後。朝。

「う、う~ん」

ルクスは目を覚ました。重い瞼を開け、

周囲を見回したルクスが体を起こそう

とした時。

「あれ?」

彼は自分の体に外套が掛けられている

事に気づいた。

「これって。……あっ」

ふと、同じ牢屋にいる黒鉄に目をやると、

昨夜は纏っていたはずの外套が無い。

同時に露わになる逞しい肉体。

肝心の黒鉄は壁際で胡座を掻いて腕を

組んだ状態で眠っていた。

「これ、掛けてくれたんだ」

ルクスは、自分に掛けられていた外套

を見て、少しだけ笑みを浮かべた。

 

「ん、むぅ」

やがて、少しすると眠っていた黒鉄も目を

覚まし、クァアと欠伸をすると体をブルリ

と震わせた。

「あ、あの」

「む?あぁおはよう少年」

「おはようございます。あと、これ。

ありがとうございました」

そう言ってルクスはおずおずと畳んだ外套

を差し出す。

「なんか僕にかけてくれたみたいで、

 すみません」

「良い良い。この場所は少々肌寒い。

お主も震えていたようだったのでな。

風邪を引くと辛かろうと思ってな」

「あ、ありがとうございます。僕、色々

 仕事をしていて、簡単に休めない物で」

「そうか。その仕事はそんなに忙しいのか?」

「え、えぇ。便利屋みたいな物で家事の

手伝いから落とし物探しとか色々やっていて」

「うぅむ。若いのに仕事熱心なのだなぁ」

黒鉄は感心したようにうんうんと頷く。

 

しかし、その言葉にルクスの表情が陰る。

「そんな事、無いですよ。……これは、

 僕に与えられた義務ですから」

「……そうか」

ルクスの表情の陰りから、黒鉄は彼が『訳あり』

である事を察し、これ以上の詮索は止めよう

と考えていた。

 

その時、こちらに近づく複数の足音に気づいた。

「む?少年、誰か来るぞ」

「え?」

黒鉄の声に反応し陰っていた表情から復帰し

入り口の方に視線を向けるルクス。

 

すると、入り口に二人の人影が現れた。

一人はシャリスだったが、もう一人は

黒鉄には見覚えが無かった。

金色の髪に紅い瞳。身長は小柄なルクス

よりも更に小柄な程度だが、その体からは

かなりの存在感が放たれていた。更に黒鉄は

彼女がルクス以外眼中に無い事をその視線

から理解する。

 

「おはようクロガネさん。朝早くに悪いが、 

 学園長が君たちと話したいそうでね」

「ふむ。そうか。……しかし、君たち、と言う

 事はこの少年もか?」

「あぁ、彼もだ」

何やら隣で相手に驚いているルクスに

視線を送る黒鉄とシャリスだった。

 

その後、二人はシャリスと金髪の少女、

『リーズシャルテ・アティスマータ』に

連れられ、学園長室へと通された。

「さて、と。ルクス君には久しぶり、

 と言うべきかしらね」

「は、はい。お久しぶりです」

「そして、貴方には初めまして、と言う

 べきからしらね。クロガネ君。私は

 レリィ・アイングラム。ここ、

アカデミーの学園長をしている者よ」

「お初にお目に掛かる。黒鉄というものだ。

 それで、我の身の潔白についてはどう

なっておるのだ?」

「まぁまぁ。ちょっとだけ待ってちょうだい。

 まずはクロガネ君とルクス君がここに

 いる理由の説明とかからね」

「ふむ。分かった」

 

その後、まずは黒鉄が昨日街中で賊を

ぶちのめした経緯を。

次いでルクスが女子風呂に落下した経緯を

説明した。

 

ちなみに……。

「え~っと、貴方は素手でワイバーンを

 倒した、とかって聞いてるけど、

 どうなのかしら?」

困惑気味に呟くレリィの言葉に、隣に

いたルクスが驚き、壁際のルーズシャルテ

も眉をひそめる。

「ふむ。その件については語弊が

 あるな」

「そうなの?」

「我が倒したのはワイバーンの操縦者

 であるドラグナイトだ。機竜を

 纏っているとは言え、体は剥き出し

 であるからな。油断して何やら

 ベラベラ喋っていた所を、一気に距離

 を詰めて腹に一発ぶち込んでやった

 だけでのびてしまった、と言う

 のが正確な所だな」

「……えぇ?」

黒鉄の言葉に、隣に居たルクスは

訳が分からない、と言わんばかりの

表情だ。

「ちなみに、その賊は『装衣』を纏って

 いたかしら?白いスーツのような物

 なのだけど……」

レリィの言う『装衣』とは、一言で言えば

パイロットスーツだ。体にフィットする

スーツで、ドラグライドを纏った際には

機竜の核である『幻機核(フォースコア)』

からエネルギー供給を受け表面に障壁を

展開する機能がある、防護スーツの

ような物だ。

「いや。賊は普通の服の上に纏っていた

 だけだったな」

つまり、装衣を纏っていないと言う事は

纏っている状態と違ってドラグナイト

本人の防御力が低下している事を意味

する。

 

まぁそれでも一気に距離を詰めて

ドラグナイトをぶん殴って気絶させる

など容易ではないが……。

「そ、そう。まぁ貴方の協力的な態度から

 見て、悪人ではないと思いますが、

 とにかく事情は分かりました。では次に

 ルクス君。あなたについてよ」

 

そう言って、レリィはルクスと仕事の話を

し始めた。実は今日、彼はここに仕事が

あるとして呼ばれていたのだ。

 

内容は、怪我の恐れもある重労働で過酷な

ドラグライドの整備、と言う物だった。

5年前のクーデターでドラグナイトの数が

大半が死亡してしまった現在、人手が足りない

のだ。それはこの女学園でもあるアカデミー

も同様で、レリィ曰く、『不本意だが男性

の協力も必要』、との事で、『最弱の無敗』

の異名を持つドラグナイトであるルクスに

話がきたようだ。

 

『しかし、アーカディア、か。まさかこの

少年が旧帝国王族の生き残りとはな』

黒鉄は話を聞きながら頭の片隅でそんな事を

考えていた。

そして、ルクスの話がまとまり掛けた時。

 

「学園長。少し良いか?」

今まで黙っていたリーズシャルテが口を開いた。

彼女はルクスの話を全く信じて居らず、逆に

ルクスが学園で仕事をする事に反発していた。

 

そして更に、彼女の疑いの矛先は黒鉄にも向く。

「それに、その男もだ」

「む?我もだと?」

いきなり話を振られた事に首をかしげる黒鉄。

「賊に襲われたアカデミーの生徒を助けた

 とあったが、それは果たして真実か?

 アカデミーの実情を知るために何者かが

 送り込んだスパイという可能性もある」

「……つまり、貴様は我を嘘つき呼ばわり

 すると言うのか?」

彼女の言葉に、黒鉄が僅かに怒りのオーラを

纏う。

 

「違うのか?大体、機竜を生身で倒すなど

 ありえん。作り話に決まっている。

 私は、この男もそこの旧帝国の王子と

 同じように牢屋にぶち込むべきだと

 提案する」

「ま、待って下さい!」

そこに声を荒らげたのはルクスだった。

「た、確かに僕は女子風呂に飛び込ん

じゃって色々しましたけど、クロガネ

さんは僕と何も関係無いじゃないですか!」

「何だ?罪人同士、互いにかばい合うか?」

「ですから、それは!」

自分の事とクロガネの事を含めて反論

しようとするルクス。

 

しかし。

「まぁ待て少年」

それを黒鉄がルクスの肩に手を置いて止める。

「我の事を嘘つきと言ったな。ならば、

貴様の前で実際にワイバーンを倒せば、

貴様は我の言葉を信じるのか?」

「何だと?」

怪訝そうな表情を浮かべるリーズシャルテ。

 

「実際に力を見せ、我の言って居る事が嘘

で無いと証明すれば良いのかと

聞いている。『百聞は一見にしかず』、

と言う諺もある。言って聞かせるより

見せた方が早かろう?」

「ほう?それはつまり、貴様が生身で

ワイバーンと戦うと言う事か?そう

なれば、最悪死ぬぞ?」

「それでも構わん。我は生身だろうが

 量産機に負ける気など無い。仮に命

を落としたとしても、ならば所詮我

がその程度だったと言う事。

……それで、どうなのだ?」

鋭い視線で問いかける黒鉄。

「危険ですよクロガネさん!生身で機竜

 に挑むなんて!」

「嘘つき呼ばわりされては我も黙っている

 訳にはいかん。ならば力を証明するだけの

 事だ」

止めに入るルクスを制する黒鉄。

 

すると……。

「ふっ。良いだろう」

リーズシャルテは不敵な笑みを浮かべる。

「ではこうしよう。そっちの旧帝国の王子は

 私と機竜で勝負だ。貴様が勝てば今後

 学園に通うことを認めよう。逆に負ければ

 牢屋行きだ。加えてそっちの大男は、

 ワイバーンと生身で互角以上に戦えば

 話が嘘では無いと認め嘘つき呼ばわり

した事に対して謝罪しよう。これでどうだ?」

「ふむ。良かろう。我はその提案を受ける」

リーズシャルテの提案に、黒鉄は一切迷う事

なく頷く。

「少年、いや、ルクス・アーカディア。

 お主はどうする?」

「……受ける受けないの選択権は、僕には

 無いんですよね?」

「無論だ。拒否するならば即刻牢屋行きだな」

勝ち誇ったような笑みを浮かべながらの彼女の

言葉にルクスはため息をつく。

 

「分かりました。やります」

「ふっ。良かろう」

そう言うと、彼女は扉の方に歩み寄り、その

ドアノブを捻って扉を引いた。

「「「きゃぁっ!?」」」

すると、扉の外で聞き耳を立てていた

であろう女生徒達が部屋の中になだれ込む

ように倒れ込んだ。

 

「そう言う訳だ。学園の皆に伝えろ。観客は

 多いほど良いぞ。新王国の姫が、旧帝国の

 王子をやっつける見世物と、嘘つき大男の

 戦いが見られる、とな」

彼女の言葉に、生徒達は楽しそうな声を

上げるとリーズシャルテと共に学園長室

を後にした。

 

その様子に絶句しているルクス。

「な、何か、話が大きくなって……」

「ふんっ。言ってくれるでは無いか」

戸惑うルクスの隣で、逆に黒鉄はやる気

満々だ。一方、傍で事の次第を見守って

いたシャリスは深々とため息をついた。

 

「ハァ。正気かクロガネさん。相手は機竜だぞ?」

「先ほど言った通りだ。我に負ける気は

 無い。仮に負けて屍をさらすのならば、

 我もその程度だったと言う事だ」

「ハァ。分かった。……それにしても

 学園長。クロガネさんの相手は誰に

 任せる気ですか?」

「う~ん。そうねぇ。ここにちょうど

 シャリスさんがいる事だし、貴女に

 お願いしようかしら」

「えぇ!私ですか?!」

「一応、学園にクロガネ君を連れてきたのは

 貴女たち何だし、お願い出来ないかしら?」

「は、はぁ。確かにそうですが……。

 分かりました。彼の相手を引き受けましょう」

そう言うと、シャリスは黒鉄の方を向く。

 

「申し訳無いが、しばらく待っていてくれ。

 用意があるのでな」

「うむ。分かった」

部屋を後にするシャリスを見送る黒鉄。

 

「さて、時間までどうした物か」

腕を組み悩む黒鉄。

「あぁ、それなら隣の応接室で待っていれば

 良いわ?それと、ルクス君もね」

「え?僕もですか?」

「えぇ。と言うかお隣にはルクス君の

 妹さんがいるから」

「え?」

レリィの声に戸惑うルクス。

 

ルクスと黒鉄はレリィに言われるがまま、

応接室へと通された。

 

「もう、兄さんは何をやっているんですか?

 呆れました」

そこには、黒鉄の見知った顔であるノクトと、

ルクスと同じ銀の髪を持つ少女、

『アイリ・アーカディア』がソファに

腰掛けていた。

そしてアイリの兄に対する第一声がこれである。

 

その後、互いに自己紹介をする事になった。

「では、まずは我からだな。我は黒鉄という

 者だ。世界各地を旅する放浪者でな、昨日

 このクロスフィードに来たばかりなのだ。 

 よろしく頼む」

そう言って、アイリとノクト、更には隣の

ルクスにまで軽く頭を下げる黒鉄。

それは、彼の見た目からはあまり想像も

出来ないほど、礼儀正しい物だった。

 

これには3人とも驚きだ。しかしすぐに

3人とも自分の自己紹介を始める。

「では次は私です。1年生のノクト・

 リーフレットと申します。以後、よろしく

 お願いします」

「私も彼女と同じ、1年のアイリ・アーカディア

 と申します。初めまして、クロガネさん」

「えっと、じゃあ僕も。改めまして、

 ルクス・アーカディアです」

 

そして、自己紹介が終わった後は主にルクスと

アイリの話になったのだが、ルクス達は旧帝国

の生き残りとして、アイリは人質。ルクスは

国民から雑用を引き受けていると言う話を聞く

黒鉄。しかもルクスは国家予算の5分の1に

相当する借金を返済するため仕事をしている事

や、ルクスが働けなくなるとアイリが困る

事などなど。

 

「むぅ。そうであったか。すまないルクス。

 我が手前勝手に彼女に実力を証明するなど

 と言ってしまったが故に、お主にも

 迷惑をかけてしまった」

そう言ってルクスに頭を下げる黒鉄。

「そ、そんな!頭を上げて下さいクロガネさん!

 僕は気にしてませんから!」

「そうですね。これは良い機会ですし、

 思い立ったら即行動の悪い癖、痛い目に

 あって反省して貰う良い機会です」

「それは酷くない!?」

アイリの言い分に反論するルクス。

しかし口喧嘩ではアイリに分があるようだ。

すぐに負けてしまうルクスだった。

 

「全く。兄さんが捕まって苦労するのは

 兄さんだけじゃ無いんですからね?

 私や『お母様』の事も少しは考えて

 下さい」

「ご、ごめんなさい」

そう言ってアイリに頭を下げるルクス。

「ルクスよ。お主にはアイリの他に家族が

 おるのか?」

「えぇはい。母が一人。と言っても、王都で

 殆ど軟禁状態で。僕達も許可が無ければ

 会う事も出来ませんが」

 

「そうか。……母子が会うのに他人の許可が

 必要とは、何とも度し難い事だ」

黒鉄はどこか苛立ちを含んだ声色でそう話す。

「それは、仕方がありませんよ。

 僕達は、かつて圧政を敷いた皇族の

 生き残りですから」

「ふむ。……では聞くがルクスよ。お主は

 その圧政に加担していたのか?」

「え?……いいえ。僕が7歳の時、母方の祖父が

 父、皇帝に諫言した事がきっかけで宮廷を

 追放され、その後は帝都の外れで暮して

 いました。裕福ではありませんでしたが、

 それでも僕は満足していました」

ルクスは、どこか懐かしむような表情で語り、

アイリも静かに目を閉じ、過去を思い返す。

 

「そうか。……であればこそ、お主も

 アイリも、お主の母も、罰を負うと言うは

可笑しいと我は思うぞ」

「え?」

黒鉄の言葉は、ルクスにとって意外の

一言に尽きた。

 

「驚く事では無かろう?確かに圧政を

 敷き、民を苦しめたとあればそれは

 背負うべき罰だ。だが、お主達は

 民を苦しめた訳ではない。罪を

 犯した訳でも無いのに罰を科される、

 と言うのは可笑しな話だ」

ルクスとアイリにとって、その言葉は予想外

であり、驚きだった。

 

「真に罰を背負うべきは、罪を犯した者だ。

罪人の親族だからと罪無き者を罪人、

咎人として扱うなど言語道断だ」

 

そう言って鼻を鳴らす黒鉄にその場にいた

3人は戸惑いを、更にルクスとアイリはどこか

満足げに、小さな笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます、クロガネさん。

 そう言って貰えると、ありがたいです」

そう言って笑みを浮かべるルクス。

「ただ、僕達は今、一応新王国の保護下

 みたいな物で、何の後ろ盾も無い僕達

 にとっては例え咎人とは言え、その

 保護を受けている状態だからこそ、

 その、皇族に恨みを持つ人達に襲われないで

 済む、と言いますか」

「む?そうか。……確かにそう言う考え方も

 ある、か。すなないな。こちらの意見を

 押しつけるように言ってしまった」

「い、いえ!まぁ確かに保護下みたいなの

 は良しとしても、でも……。嬉しい

 です。そう言って貰える人に、僕は

 会った事が無かったから」

そう言って苦笑を浮かべるルクス。

『でも、罰を受けるべき者は罪を犯した者、

 だと言うのなら、やっぱり僕は咎人だ。

 だって、僕はあの日……』

そう、ルクスは心の中で『あの日』の事を、

多くの人を『殺めた』事実を思い出すの

だった。

 

「そうか。……お主達も、若いのに苦労 

 しているのだな」

「大体は兄さんのせいですけどね」

「酷くないっ!?」

どこか父性を感じさせる黒鉄。

ポツリと呟くアイリと、意識を戻して反論

するルクス。

ノクトは笑みを浮かべながらそんな様子

を楽しそうに見つめていた。

 

その後、試合の為に機竜のチェックに

向かうルクス達。暇だったので黒鉄も

それに同行した。

 

そして、ルクス達が格納庫で機体の

チェックを行っていた時。

「クロガネさん」

「む?」

ルクス達の様子を見物していた黒鉄に

シャリスが歩み寄る。

 

「お主か。何か用か?」

「ハァ。今ならまだ試合の取り消しが

出来る。ドラグナイトとして警告

するが、今すぐ降りるべきだ。本当に

命を落としかねないぞ」

「忠告には感謝しよう。しかし、我は

嘘つき呼ばわりされるのが我慢ならん。

ならば本当の事を証明するだけの事」

「……本当に命を落としても学園は一切の

責任を負わないぞ?」

「構わん。ここで倒れるならば我はその

程度だったと言う事だ。お主らが責任

を感じる必要は一切無い。これは我

自身が望んだ戦いなのだからな」

シャリスの脅し文句のような言葉にも、

黒鉄は毅然とした態度を崩さない。

 

「はぁ。分かった。クロガネさんは強情だな」

そう言ってシャリスはため息をつく。

「それで、試合を行うわけだが、何か欲しい

 物はあるかな?武器とかなら、衛兵用

 の剣や槍があるが?」

「ふむ」

黒鉄は頷き、周囲を見回す。

すると彼の目にドラグライド用の剣が映る。

「……では、あそこの剣を借りたい」

「え!?い、いや、あれは機竜用の剣

 だぞ?普通の人間が使えるような

 代物ではないぞ」

シャリスの言葉を聞くと、黒鉄は無言で

壁に立てかけられていたドラグライド用の

剣の柄を片手で握り……。

 

『ブォンッ!』

片手のまま思いっきり横に振り抜いた。

そして倉庫の中を、一陣の風が舞う。

 

彼の姿と風に、ルクスやアイリが作業を止め、

ノクトとシャリスが唖然となる。

「忘れたか?我は『普通』では無いぞ?」

 

そう言って、黒鉄は片手で大剣を肩に担ぐ。

その場にいた4人は、黒鉄の剛力に唯々

驚く事しか出来ないのだった。

 

そして、試合の時が来た。

 

まず行われるのが、黒鉄VSシャリスの

戦いだ。

 

腰にソードデバイスを携え、白いドラグナイト

用のスーツ、装衣に身を包んだシャリスに対し、

いつも通りの姿に加えて肩にドラグライド用

の大剣を担ぐ黒鉄。

 

戦いの舞台となっている演習場の観客席には

大勢の生徒達が集まっており、彼女達は

シャリスに声援を送る。

 

かつての旧帝国では男尊女卑の思想が蔓延

していたため、新王国の男に対する評価は

あまり良い物ではない。

 

「それでは、シャリス選手は機竜の展開を!」

審判役の教官の女性の言葉が響く。

「では、行くとしよう」

そう言ってシャリスは腰元の鞘からソード

デバイスを抜き、転送のためのパスコード

を叫ぶ。

 

「来たれ、力の象徴たる紋章の翼竜。我が

剣に従い飛翔せよ!≪ワイバーン≫!」

彼女の呼びかけに答えるように、汎用機竜

であるワイバーンが展開され彼女の体を

覆う。

 

展開と同時にシャリスは右手にドラグライド

用の剣を抜く。それを見て黒鉄も肩に担いで

いた剣を構える。

「それでは、これより試合を開始します!

 模擬戦、開始!」

 

「さぁ試合開始だ黒鉄さん。まずはそちら

 に先手を譲ろう」

「ほう?何故だ?」

「正直な所、私は貴方に怪我をさせたくは

無いのでな。先手で実力差を理解し棄権

してくれればと思っただけの事だ」

そう言って、シャリスは余裕の笑みを浮かべる。

 

「そうか。……ならば先手を取らせて貰う

 としよう。しかし……」

『ドゴォッ!』

次の瞬間、黒鉄の足下が爆発したかのよう

にえぐれ、同時に彼の姿がぶれる。

 

「なっ!?」

息を呑むシャリス。そして、瞬きをした

一瞬で、黒鉄が彼女との距離を詰めていた。

「実力の差を見誤っているのはお主の方だぞ」

そして、シャリスの眼前で既に大剣を

両手で掲げている黒鉄。

「ッ!?」

 

しかしシャリスもアカデミーの3年生。

彼女は咄嗟に横っ飛びで振り下ろされる

剣を回避する。

『ドゴォォォンッ!!』

直後、黒鉄の剣が大地に激突し、まるで

大地が爆発したかのように砂塵と岩石片

が周囲に飛び散る。

 

その一撃で、あれほどまでに盛り

上がっていたギャラリーがシンと静まり

変える。

舞い上がった砂塵が次第に晴れると、

そこにはひび割れた大地に剣を振り下ろし

ている黒鉄の姿があった。剣はその刃の

部分が殆ど地面に埋まっている。

「ふんっ」

しかし、彼は剣を事も無げに抜き取る。

ズボッと言う音と共に抜けた剣を

彼は肩に担ぐ。

 

彼の足下の地割れは数メートルに及ぶ

大きさであり、それが彼のパワーの

大きさを物語る。

「嘘、だろ?」

それを一人、次の試合の為にと入場

ゲート付近で見ていたルクスは、冷や汗

を流しながら呟く事しか出来なかった。

 

そしてそれと同じようにリーズシャルテ

もまた、ルクスと反対側のゲートから

戦いを見ており、彼のパワーの前に戦慄

していた。

『ま、まさか本当に奴は……。生身で

 ワイバーンを倒したと言うのか……!?』

 

『何だあのクロガネさんのパワー。

 人間業じゃない。あの人は……』

『機竜用のソードを使ったとは言え、

胆力だけで大地を割るなど、人間の

出来る事ではない。あの男は……』

 

『『人間なのか?』』

 

奇しくも、二人は同じ事を考えていたのだった。

 

「……お主」

そして、呆然となっていたシャリスに

黒鉄が声を掛けた。

ハッとなったシャリス。

 

「まだ名を聞いてなかったな。出来れば

 名を聞かせて欲しい」

「う、あ。わ、私は、シャリス・バルトシフトだ」

「そうか。では改めて言おうシャリス・

 バルトシフト」

 

そう言うと、彼は剣の切っ先を彼女に向けた。

「我に手加減の類いは一切無用だ。殺す気で

 掛かってくるが良い」

次の瞬間、彼の体からとてつもない『圧』が

放たれた。

「ッ!」

それに気圧され、一歩下がるシャリス。

 

「どうやら、貴方の言うとおり手加減を

 している場合では無いよう、だなっ!」

次の瞬間、シャリスは剣を左手に持ち替え、

右手にブレスガンを召喚すると、それを

黒鉄に向けて有無を言わさず放った。

 

「ちょっ!?それはやり過ぎっしょ!?」

観客席で見ていたティルファーが叫ぶ。

しかし……。

『ガガキィンッ!』

肝心の黒鉄は放たれるエネルギー弾全て、

剣で『たたき落としている』では無いか。

「嘘ぉっ!?」

これには開いた口が塞がらないティルファー。

他の観客である女生徒たちも皆呆然となっている。

 

やがて撃ち続けられる射撃によって黒鉄の

周囲を砂塵が覆う。

シャリスは射撃を止め、砂塵の方を睨んでいる。

 

『ボウッ!』

と、その時『何か』が砂塵を突き抜けて現れた。

「そこっ!」

何かに向かって咄嗟に射撃するシャリス。

『キンッ!』

すると、甲高い音と共に『何か』が弾かれた。

 

しかし……。

「剣ッ!?」

それは黒鉄が使っていた剣だった。

 

『剣だけ!?では彼はどこに!?はっ!?』

 

何故剣だけなのか?何故剣を投げたのか?

何故あらぬ方向に向かって投げたのか?

シャリスの中で巡る疑問の数々によって、

彼女の対応が一瞬遅れる。

 

その『一瞬』を、彼が見逃す事は無かった。

 

剣に向かっていた視線を戻したとき、既に

黒鉄はシャリスの眼前に迫っていた。

 

そしてその距離は、武器を振るうよりも拳を

繰り出した方が早いほどの、超至近距離。

 

既に右手の拳は硬く握られ、放たれる寸前の

矢の如く、振りかぶられている。

 

『ッ!?間に合わなッ!』

 

思考すら追いつかない速度で放たれた剛腕は

シャリスの腹部に向かって突き進む。

『装衣を纏っていれば障壁が体を守ってくれる』。

だが、そんな考えは迫ってくる黒鉄を見れば

藁のように吹き飛ぶ。

 

まるで巨大な壁が迫ってくるかのような圧迫感。

シャリスの体から汗が噴き出す。

『やられるっ!?』

 

彼女がそう思い、目を閉じてしまった刹那。

 

『ゴウッ!!!』

 

盛大に何かが風を切る音がした。

 

『な、何だ?』

 

その風を切る爆音と、一切襲ってこない

衝撃にシャリスは恐る恐る目を開け、驚いた。

 

そこでは、黒鉄の拳が寸止めの状態で、

自分の胴の辺りで止まっていたのだ。

 

「まだ、やるか?シャリス・バルトシフト」

静かに問いかける黒鉄。

その問いかけを聞いた時、シャリスは

理解した。

『あぁ、クロガネさんはやはり、嘘を付く

 ような人では無かった。この強さを

 前にすれば、あの話が嘘だと、誰が言えるものか』

そう思うと、シャリスは『潮時だな』と

自嘲気味に小さく呟いた。

「……いや、止めておこう。どうあっても

 貴方に勝てるビジョンが見えてこない。

 ……私の、負けだ」

そう言って、武装を収めたシャリス。

 

彼女の宣言によって、静まりかえっていた

観客席がザワザワとざわめき出す。

「う、嘘。シャリスが負けた」

「YES。にわかには信じがたいですが、

 クロガネさんは本当に生身で機竜と

 互角に戦いました」

「まさか本当だったなんて。それにあの

 パワー、人間業ではありませんね」

ティルファー、ノクト、アイリの3人も

驚きを口にしている。

 

「あっ!しょ、勝者、クロガネ!」

そして、今になって勝負が付いたことから

審判役の教官が黒鉄の勝利を宣言する。

 

それを確認した黒鉄は、先ほど投げた剣

の回収に向かう。

そこに機竜を解除して歩み寄るシャリス。

「クロガネさん。最後に少し良いか?

 何故、あの時貴方は寸止めを行ったのかな?」

「寸止めの理由?決まっている」

黒鉄は、地面に刺さっていた剣を抜いて肩

に担ぐと振り返った。

 

「これはあくまでも試合だからだ」

「試合だから?」

「うむ。試合は試合。殺し合いではないのだ。

 それに……」

「それに?」

 

一瞬言葉に詰まる黒鉄に、シャリスはオウム

返しに聞き返す。

「……試合とは言え、美しい女性を殴る

趣味は我には無い」

「えっ!?」

予想外過ぎる答えに戸惑うシャリス。

『う、美しいって、そんな!えぇ!?』

内心戸惑いまくりのシャリス。しかし彼女

に構わず黒鉄はしゃべり続ける。

「最初に言っておくと、決して女性蔑視

では無いぞ?我も必要であればどんな敵

とでも戦おう。しかしこれはあくまでも

試合。不必要に他人を傷付けるのは我の

本意では無い。そう思っただけだ。

これで理由の説明には無かっただろうか?」

「あ、あぁ。十分だ」

咄嗟に頷くシャリスだが、後半の事は

殆ど頭に入ってこなかった。

 

すると、黒鉄は剣を左手に持ち右手を

差し出す。

彼女は黒鉄とその手を交互に見やる。

「我の我が儘に付き合わせてしまったな。

 改めて礼を言いたい。ありがとう、

 シャリス・バルトシフト」

その言葉に戸惑うシャリスだったが、彼女は

やがて笑みを浮かべた。

「ふふっ。こちらこそ、貴方のような

 びっくり人間と戦えたのは良い経験

 だった。ありがとう、クロガネさん」

そう言って、シャリスは彼と握手を交わして

別れた。

 

そして、黒鉄はルクスが待つ方のゲートへと

足を進めた。

「く、クロガネさん。あ、あの……」

ルクスは咄嗟に彼に声を掛けるが、先ほどの

戦い方を見ていたルクスは戸惑い言葉が

詰まる。

 

「そうだな。お主が驚くのも無理はない」

しかし、黒鉄が先に口を開いた。

「我のあの身体能力は人間の持つそれを

 優に超えている。我を『何者か』と疑う

 のは当然だろう。……しかしすまない。

 我の正体について、まだお主に話す事は

 出来ない」

「……そう、ですよね」

黒鉄の言葉に、ルクスはどこか悲しそうな、

自虐的な笑みを浮かべる。

『出会ってたった1日程度の相手に、普通

 そんな事話せないよね。……何考えてる

 んだろう、僕』

彼は、心の中でそう呟いた。

 

彼の父、旧帝国の皇帝からルクスに対して

愛情が注がれると感じた事は、無いに等しい。

そんな中であった、どこか『年上の男』を

思わせる男、『黒鉄』。

幼い頃の彼の周囲には兄や年上の男は居たが、

はっきり言って、良好な関係を築けたとは

言えない相手ばかり。一時期は慕っていた兄

でさえ、今では『敵』と呼んで差し支えない

有様である。

 

はっきり言えば、彼の周囲に碌な男など、

あまり居なかったのである。

しかし、ここで出会った黒鉄という男に、

ルクスはどこか大人の風格や品格、魅力の

ような物を見いだしていたのだ。

そんな彼の今の言葉に、『自分はまだ

信用されてないから』かもしれないと

ルクスは思ってしまったのだった。

しかし……。

 

「ルクスよ。勘違いしないで欲しい。

 まだ我はお主という人間を見極めては

 おらん」

「え?」

「まして、我の正体について、それを他人に

話すと言う事は、最悪ルクスやその妹である

 アイリを危険に晒しかねないのだ。

 すまぬな、ルクスよ」

そう言って、軽く頭を下げる黒鉄。

「そ、そんな!頭を上げて下さい

 クロガネさん!人が誰かに言えない事

 なんて結構ありますし、僕の方こそ

 すみません。安易に聞こうとして

 しまって……」

「いや、その疑問は誰もが思う物だ。

 仕方の無い事であろう。

 ……ルクスよ、もし我がお主を見極め、

 信頼に足る人物だと思い、話す機会が訪れた

ならば、いずれ我の正体をお主とお主が

信頼を置く人物に話そう。それまでは、

待っていて貰えるか?」

「はい。今抱いた疑問は、しばらく胸の奥

 にしまっておく事にします」

「そうか。ありがとうルクス。

 ……所でルクスよ、そろそろお主の

 試合ではないか?」

「え?あぁ!そうだった!それじゃあ

 僕はこれで!」

そう言って駆け出そうとするルクス。

 

「あぁ待てルクス」

「はい?」

しかしそれを黒鉄が呼び止めた。

 

「お主、少し緊張しておるようだったのでな。

 少々アドバイスをしておこうと思ったのだ」

「アドバイス、ですか?」

「うむ。機竜使いのお主に言う必要は無い

かもしれぬが。ルクスよ、例え相手が神装

機竜で来たとしても、機竜は機竜。攻撃が

効かない化け物ではない。そしてどれだけ

強くとも相手は人間。必ず隙や弱点は存在する。

 疲れ知らずでも無い。機竜もまた、

 エネルギーが無限である訳ではない。

 そして何よりも、あまり緊張するな、

 とは無理な話かもしれぬが、緊張は

 体を硬くする。まぁ、『最弱の無敗』と

いうあだ名を持つルクスならば、問題

無いだろう」

そう言うと、黒鉄はポンッと優しくルクスの

頭に手を置き優しく撫でる。

「あっ」

その手は、無骨で大きいながらも、不思議

と温かい物であった。ルクスはその

温もりに顔を少しだけ赤くする。

 

「いつも通りのお主で行け。勝機は必ず

 ある。諦めなければ、そこに活路がある。

 自分の、そのあだ名を得るにまで至った

 腕を信じて行ってこい」

「ッ!はいっ!ありがとうございます!

 行ってきます!!」

黒鉄の優しい笑み、温かい手と共に送られた

エールに、ルクスは元気よく返事を返すと、

リーズシャルテの待つアリーナへと向かっていく。

黒鉄は後ろ姿に微笑みを向けながら彼を

見送る。

 

『ピクッ』

しかしふと、彼は一瞬だけ感じた『悪意』

に気づき、振り返る。

しかしそこには誰も居ない。黒鉄は悪意

の主を探そうと、周囲の気配を探る。

「ん?あぁクロガネさん。ここにいたか」

そこへ、制服に着替えたシャリスがやってきた。

「む?シャリス・バルトシフトか。何か

 我に用か?」

「次はルクス君の試合だからな。折角なら

観客席の方に案内しようとかと

 思ったのだが……。どうかしたのか?

 先ほどから随分周囲を気にしている

 ようだが……」

「いや、何でも無い」

それだけ言うと、黒鉄はシャリスに続いて

歩き出す。

 

しかし……。

『今の気配は……。何も無ければ良いが』

彼は、そんな一抹の不安を覚えるのだった。

 

     第1話 END

 




次回はもっとちゃんとしたバトル回です。
黒鉄がいるので、少し変更を加えて
あります。

感想や評価、お待ちしています。


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第2話 試合と戦い

って事でバトル回です。あと、補足なのですが、前回でルクス達の母親が生きてると書きましたが、間違いではありません。そこから既に原作ブレイクです。


シャリスとの模擬試合に勝利した黒鉄は、今は

観客席に腰を下ろし、ルクスの試合が始まるの

を待っていた。

 

しかし、そんな彼には周囲から恐れを含んだ

視線が浴びせられていた。

今彼の傍にいるのはアイリ、ノクト、

シャリス、ティルファーの4人だけだ。他

の生徒達はシャリスが黒鉄を連れてくると、

慌てた様子で彼女達の傍を離れた。

皆、生身で機竜とやり合った彼を恐れての

事だ。しかし黒鉄はそれを当たり前の反応、

と思っており、別段気にしたそぶりも無い。

 

しかし、そんな彼女達もルクスとリーズ

シャルテの戦いが始まればそちらに意識を

向けた。

 

ルクスは先ほど黒鉄が戦ったのと同じ

ワイバーンを纏って戦っている。

 

対してリーズシャルテが纏っているのは、

発掘された機竜の中でも1機だけ存在が

確認されている特殊な機体。それが

『神装機竜』だ。ルクスやシャリスが

使ったワイバーンとは異なり、特殊武装

と呼ばれる兵装と、神装と呼ばれる

特殊能力を持つ機竜だ。しかしその

スペックから、神装機竜を扱うのには

相応の技量が求められる。

 

そしてリーズシャルテは今、その神装機竜

の一機である紅き機竜、『ティアマト』を

纏ってルクスと戦っていた。

 

リーズシャルテはティアマトの遠隔投擲兵器、

『空挺要塞(レギオン)』と高威力の主砲、

『七つの竜頭(セブンスヘッズ)』の二つを

使いルクスを追い詰めていく。

 

 

そして、その様子をシャリスら4人と共に

見上げていた黒鉄。

「あっちゃー!もう無理だよ!先生に言って

 止めさせないと!」

そう言って席を立とうとするティルファー。

「止せ。その必要は無い」

「え?」

しかし、それを黒鉄が止める。

 

「な、何言ってるのクロっち!この

 ままだと王子様が危ないよ!」

「そうだぞクロガネさん。このままでは、

 最悪彼の命に関わる」

「YES。ここは即刻試合を止めるべきです」

ティルファー、シャリス、ノクトにして

みれば、痴漢騒ぎが起こった際に機竜を

纏ってルクスを追いかけ回していたのだが、

それが事態を大きくしてしまったのでは、

と3人は少々後悔していた。

 

「分かっている。しかし、ここで試合を

 止めればどうなる。最悪の場合、ルクス

 は監獄行き。果たしてルクスはそれを

 望むか?それに、見てみよ。彼奴の目を」

黒鉄は、二人の戦いが行われる中でも

しっかりとルクスの表情を、目を見ていた。

 

「ルクスは、まだ諦めてなど居らん。

 それを外野の我らが止めるのは、

 無粋であろう?」

「しかし……」

「ご心配には及びませんよ、シャリス先輩」

黒鉄の言葉に反論しようとするシャリスを、

アイリが制した。

「あの一件は兄さんのお人好しが招いた

 自業自得です。今回の戦いだってそう。

 周りに相談も無く勝手に話を進めるから 

 あぁなるんです。それに……」

と、微笑を浮かべながら語るアイリ。

 

「クロガネさんの言うとおり兄さんは

 まだ諦めていません。あんな兄でも、

 私が認めている事が一つだけあります。

 それは、一度決めた事は必ずやり遂げる

 事です」

呆れの中にも、信頼の籠もった視線で戦う

兄を見上げるアイリに、シャリスたちは

戸惑う。

 

「それに、お主達もよく見てみよ。ルクスの

 戦いぶりを」

「戦いぶり、ですか?」

黒鉄の言葉に上に視線を向けるノクト。

そこでは、ルクスがあらん限りの技量と武装を

使ってティアマトの攻撃を防いでいた。

「お主達には、どちらが有利に思える?」

「どちらも何も、どう見てもリーズシャルテ様

 の一方的な試合だ。彼は防ぐ事で精一杯の 

 ように見えるが……」

それは、誰の目にもリーズシャルテが圧倒

しているように見えた。

「そうだ。一件、ルクスは防戦一方に見える

 だろうが、それはリーズシャルテ・

アティスマータが『攻めあぐねている』、

もっと言えばルクスを『倒せずにいる』、

 と言う事ではないか?」

「ッ!言われてみれば、確かに……」

 

黒鉄の指摘に、シャリスは上空の戦いに目

を向ける。

「レギオン、セブンスヘッズの攻撃を受けて

 も、ルクス君は落ちていない。

 考えてみれば、汎用機竜で神装機竜と

 戦うなど、こうして攻撃を捌き続ける

 だけでも異常だ」

「確かに、見たままならばリーズシャルテ・

 アティスマータが有利だろう。しかし存外、

 今一番戸惑っているのは彼女では無いか?」

そう言って、上空のリーズシャルテに視線を

向ける黒鉄。

 

そして、それは正解だった。リーズシャルテ

はこれだけ攻撃しても落ちないルクスに

疑問を抱いていた。そして、彼女はついに

神装機竜であるティアマトの持つ特殊能力、

神装、『天声(スプレッシャー)』を発動する。

 

これは重力を操る神装であり、直後にルクス

のワイバーンが地面に落下する。何とか

着地したが、ワイバーンの足が地面にめり込み、

立っているのがやっとの状態だ。

レギオンがルクスの周囲を飛び、逃げ場を奪う。

セブンスヘッズの砲口がルクスへと向けられる。

 

「終わりだ。没落王子」

「くっ!?」

『このままじゃ負ける!でも、僕は負ける訳

 には!』

ルクスは、腰に下げていた『もう一本』の

黒いソード・デバイスを抜く覚悟を決める。

 

しかし、直後にティアマトの体勢が揺らぎ、

レギオンがデタラメに動き始め、ルクスを

押さえ込んでいたスプレッシャーの圧も

消滅する。

 

「あれは……。まさか暴走?」

試合を見守っていた中でポツリと呟く

アイリ。

「暴走?アイリ、それはどう言う意味だ?」

「あ、暴走と言うのは、神装機竜が

 ドラグナイトの制御から外れる事です。

 神装機竜は、ワイバーンなどの汎用

 機竜と違い、操縦難易度が高く、

 操縦者が極度の疲労状態になってしまう

 とそのコントロールが上手くいかずに、

 操縦者の意思に反した動きをしてしまう

 んです。それが暴走です」

「そうか。しかし、となれば彼女もルクスも

 危険だな。制御不能の力ほど危険な物は

 無いぞ」

そう言って、黒鉄はどこか二人を心配する

ように試合に目を向ける。

 

その時、憔悴の色が表情に浮かんでいた

リーズシャルテがソード・デバイスを

振るった。するとルクスの周囲に滞空して

いたレギオンが、まるで糸の切れた人形の

ように地面に落下した。

『レギオンへの力をカットし、

 そちらに回していた集中力を

 別に回すか。合理的な判断だ』

冷静に戦況を分析していた黒鉄。

 

「わたしが負けるかぁぁぁぁっ!」

リーズシャルテは咆哮にも似た叫びを

上げながらセブンスヘッズの銃口を

ルクスのワイバーンへと向けた。

 

上昇しつつ斬りかかろうとするルクス。

上がってくる彼に狙いを付けるリーズシャルテ。

 

誰もが試合の行く末を見逃さないように

二人の動向に注視していた。

 

『ッ!!!』

その時。彼だけが気づいた。

 

迫り来る『敵』の気配に。

 

「全員!!今すぐここから逃げろぉっ!!!!」

 

直後に響き渡る黒鉄の叫び。

彼の叫びに、ルクスとリーズシャルテの

集中が一瞬途切れ、二人は揃って意識を

そちらに向けた。

 

更に、傍に居たシャリスが突然叫んだ黒鉄の

真意を問おうとした時。

 

 

「ギィィィィィェェェェェァァァァァァッ!」

 

どこからともなく、耳をつんざく、

恐ろしき悪鬼の声のような咆哮が響き渡った。

 

そして、彼等の前に、『それ』は現れた。

 

『幻神獣(アビス)』。

それは、この世界において機竜と同程度の

戦闘力を持つ、謎の化け物だ。

遺跡、ルインから発掘された機竜と同じように、

時折ルインから現れては、人や動物を見境無く

襲う、謎の怪物。それがアビスだ。

アビスが何故ルインから現れるのか等、アビス

について分かっている事は少ない。ただ、

はっきりしているのは、複数の機竜で相手を

しなければならない相手だという事だ。

そしてそれ故に、各国に存在するルインの周囲

には関所などが設けられている。このクロス

フィードもまた、王都とルインの間にある

城塞都市なのだ。しかし、その前にも

関所などはあり、いきなりクロスフィード

にアビスが現れるなど、前代未聞だ。

 

そんなアビスの中でも知能が高いと言われる

ガーゴイル型。

 

その総数、3体。それが今、彼女達の前に

現れた事で、生徒達はパニックになった。

咄嗟に教官たちが落ち着けようとするが、

殆ど効果が無い。

 

その時、ガーゴイルの1体が演習場を覆う

障壁を展開していた機竜に襲いかかった。

「きゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

如何に王立士官学校の生徒と言えど、

所詮は実戦経験など殆ど無い女子。

加えて、汎用機竜でアビスと戦うのならば

上級のドラグナイトが最低でも3人は

必要だ。それが3体。普通に考えれば、

上級ドラグナイトがこの場に10人は

必要になる。

 

つまり、彼女達が対等に戦える相手では

無かった。

 

恐れ、怯え、動けず、悲鳴を上げる女生徒の

機竜の迫るガーゴイル。

 

しかし……。

 

「させぬっ!!!」

次の瞬間、駆け出す黒鉄。

「バカなっ!?ダメだクロガネさん!」

咄嗟に止めるシャリス。しかし黒鉄は

その警告を無視し、跳躍した。

 

向かう先はガーゴイル。

「貴様の相手は我だ!」

そして黒鉄は叫び、ガーゴイルの注意を引く。

黒鉄に気づいたガーゴイルは狙いを彼に変え、

向かっていく。

 

「クロガネさん!」

それに気づいて彼の方へ向かうルクス。

しかし間に合いそうにない。

誰もが、黒鉄がガーゴイルの爪に

切り裂かれる姿を想像してしまう。

 

黒鉄に真っ直ぐ向かっていくガーゴイル。

このガーゴイルは、はっきり言って黒鉄を

舐めていた。実際ガーゴイルは自由自在に

空を飛ぶことが可能なのだ。しかし相手、黒鉄

はそうは行かない。しかも武装していないのだ。

だからこそ、ガーゴイルは策など考えず

真っ正面から黒鉄と相対する。

 

手を伸ばせば届くと言う距離で右手を

振り上げるガーゴイル。

対して、黒鉄もその右手を振りかぶる。

両者の一撃が激突した。刹那……。

 

如何に超常的なポテンシャルを持っている

黒鉄でも負ける。誰もがそう思った。

 

『ドパンッ!!!!!!』

 

ガーゴイルの右腕が派手な破裂音と共に『吹き飛ぶ』までは。

 

ぶつかり合った拳と爪。普通なら、鋭利な

爪が勝つと誰もが予想するだろう。

しかし、黒鉄の拳はガーゴイルの爪を砕き、

更にその腕まで粉砕して見せた。

 

「ギィィェェェェァァァァッ!?!?」

 

右腕を砕かれたガーゴイルが悲鳴のような

咆哮を上げる。

しかし、黒鉄はそれだけでは無かった。

殴った勢いを利用して体を回転させ、その

ままソバットのような蹴りをガーゴイルの

頭に見舞ったのだ。

 

ゴキャッと言う鈍い音と共に、ガーゴイルの

頭が真後ろに向く。

如何にアビスとは言え、首を折られれば

それまでだ。

動かなくなったアビスの死骸が、誰もいない

観客席に落下し、黒鉄はその傍に着地した。

 

 

誰もが、その光景に唖然となっていた。

ほんの少し前まで、生身で機竜とやりあって

いた男が、今度はアビスと戦いしかも

勝ったのである。

驚くな、と言うのが無理な話だ。

 

「えっ?嘘、勝っ、た?」

ティルファーはこんな状況だと言うのに、

戸惑い自分の目を疑っているのか、瞼を

手の甲でゴシゴシと擦る。

「ねぇ、もしかして私達って、夢でも

 見てる?」

「残念だなティルファー。これは現実だ。

 もっとも、現実離れし過ぎているとも

 言える状況だがな」

こんな状況だというのに苦笑している

シャリス。

 

他の生徒達も呆然と立ち尽くし、ガーゴイル

の死骸の傍に立つ黒鉄に目を向けている。

 

しかし、ここにはまだ2体のガーゴイルが居る。

黒鉄は相手に手の甲を見せるように右手を

掲げ、ガーゴイルを挑発するように笑みを

浮かべながら指先をクイックイッと動かす。

 

「ギィィェェェェェェァァァァァァァッ!」

すると、残っていた内の1体が咆哮を上げて

黒鉄に攻撃を開始した。

同族を倒された怒りか、或いは黒鉄を強敵と

判断し排除しに掛かったか、もしくはその

両方か。

それは分からないが、2体目のガーゴイルが

放つ光弾が黒鉄に襲いかかる。

 

「はっ!?」

そして、今になって教官、『ライグリィ』は

我に返った。

「皆、今すぐ校舎に退避するんだ!ノクト、

 シャリス、ティルファーたち『三和音

 (トライアド)』は彼女達の避難誘導を!」

「了解しました!」

シャリスとティルファーはすぐさま避難誘導を

開始する。

 

しかし、それが残っていた1体のガーゴイル

の注意を引いてしまった。

「ッ!?危ないっ!」

それに気づいて警告を発するリーズシャルテ。

 

「ギィィェェェェァァァァァァッ!」

次の瞬間、翼人型のガーゴイルの背中の翼から、

羽根型の光弾が発射され、生徒達へと

向かっていく。

 

『間に合わないっ!』

タダでさえ消耗している今の彼女では対応

する事は出来なかった。

だが……。

 

「ハウリングロア!!」

ガーゴイルと生徒達の間に滑り込んだルクス

のワイバーンが放った、衝撃波を放つ

ドラグナイトの基本スキル、『機竜咆哮

(ハウリングロア)』が光弾を逸らし、人の

居ない方向へと飛ばす。

 

その時。

「ルクスっ!!!」

ガーゴイルを抑え込んでいた黒鉄の声が響く。

ルクスはガーゴイルを警戒しつつもそちらに

目を向ける。

「こちらは任せよ!残りの一体、お主で

 どうにか出来るか!?」

それは、端から見れば無理な提案であった。

アビスは上級ドラグナイトでも3名以上で

相手をするのが基本の敵。それをルクス一人

に任せると言うのだ。

 

しかし……。

「はいっ!任せて下さい!」

彼は迷う事無く頷き、リーズシャルテとの

戦いで半ばから折れたブレードを構える。

「ならば、任せるぞ!」

闘志を失わない彼の姿に黒鉄はふっと笑みを

浮かべると、目の前のガーゴイルに集中する。

 

この時、真っ先に動くべきだった者達は

動けなかった。

奇しくも、部外者である二人の男が、

彼女達を守る為に立ち上がった。

 

そして、それ故に彼等の戦いは鮮烈に、

少女達の目に映るのだった。

 

 

ルクスが機竜同士の通信、『竜声』を使って

リーズシャルテに手短に作戦を伝えると、

ガーゴイルと戦い始めた。

 

一方の黒鉄も、遠距離から羽根型の光弾を

撃ち込んでくるガーゴイルを相手していた。

最初の1体が倒された事で学習したのか、

ガーゴイルは決して近距離、つまり黒鉄の

拳が届く距離には近づこうとはしない。

更に言えば、黒鉄の後方では今も生徒達が

避難している。

そのため黒鉄は放たれる光弾を素手で弾き、

次々と空に撃ち返していく。

 

今の黒鉄では、遠距離攻撃の方法が、精々

瓦礫や岩を投げるだけだ。それではガーゴイル

を撃破出来ず、更に今防御を止めてしまえば、

後ろにいる生徒達に死傷者が出かねない。

だからこそ、黒鉄は動けなかった。

 

「急げ!クロガネさんが時間を稼いでいる

 内に早く校舎へ避難するんだ!」

「早く早く!こっちだよ!」

そして、彼の意図を察したシャリスや

ティルファーたちが生徒達の避難誘導を

行う。

 

一方、アイリはノクトと共に、上空のルクス

の戦い。更には地上の黒鉄の戦いを見守っていた。

拳で攻撃を弾く黒鉄。

ブレードを使って攻撃をいなすルクス。

どちらも防戦一方だった。

 

が、戦いの均衡は突如として崩れた。

 

ガーゴイルの隙を突いたルクスの折れた

ブレードによる一撃がガーゴイルの胸に

刺さったのだ。

 

悲鳴を上げたガーゴイルは、ルクスを警戒

する。しかし、ルクスの耳に届いた増援到着

の連絡。ガーゴイルはその一瞬の隙を突いて

ルクスの横をすり抜け、観客席への砲撃を

行おうとする。

黒鉄は、もう一体の攻撃を捌くのが限界で

対応出来ない。

 

咄嗟に止めようと追いかけ、ブレードを

振り上げ斬りかかろうとするルクス。

しかし、ガーゴイルはそれを待っていた

かのように、振り返った。

 

ガーゴイルは知性の高いアビスだ。

ゆえに、生徒を守ろうとしていたルクスの

隙を誘うために、敢えて生徒を狙ったふりを

したのだ。

その誘いに引き込まれたルクスの剣戟が

空しく空を切り、その隙を狙って放たれた

ガーゴイルの爪がワイバーンの右腕を

切り飛ばし、斬撃がかすったルクスの体から

血の飛沫が飛び散る。

 

だが、隙を晒したのはガーゴイルも同じ。

 

「そこだぁぁぁぁぁぁっ!」

次の瞬間、地上に待機していたリーズシャルテ

のティアマトの、セブンスヘッズから放たれた

紅きエネルギーの奔流がガーゴイルを飲み込み、

消滅させた。しかし、れで撃ち止めだったのか、

ティアマトの巨体が地に膝を突き、パイロット

であるリーズシャルテも荒い呼吸を繰り返す。

 

「なるほど、そういう、事か」

彼女は、先ほどのルクスの話を思い出していた。

ルクスは、リーズシャルテに、『自分が

ブレードを振りかぶったのを合図に

ガーゴイルを攻撃して欲しい』、と言う旨の

頼み事をしていた。

 

つまり、ガーゴイルがルクスの隙を引き

出す為に、敢えて生徒を狙うと言う事

自体、彼は分かった上で作戦を立てて

いたのだ。

そして、それを今理解するリーズシャルテ。

 

と、その時。

 

「ギィィィェェェァァァァァッ!」

残っていた最後の1体のガーゴイルが、

落下するルクスへと狙いを定めた。

「ッ?!しまったっ!」

まだもう一匹居た事を思い出した

リーズシャルテが対応しようとするが、

もはや限界を超えているため、体と

ティアマトが思うように動かない。

 

ルクスも、既に限界なのかガーゴイルが

向かってくると言うのに動こうとしない。

「不味いっ!」

咄嗟にシャリスがソード・デバイスを抜き、

機竜を纏おうとするが、到底間に合いそうに

無い。

 

だが……。

 

「ほう?我に背を向けるとはな」

ルクスに向かうガーゴイル。そのすぐ後ろで

声が聞こえた。

ガーゴイルは咄嗟に振り返る。

 

「良い度胸ではないか。雑魚が」

そこには、既に拳を振りかぶった黒鉄の

姿があった。そして……。

「ふんっ!!」

 

『ドパァァァァァァンッ!!』

繰り出された拳の一撃が、その頭を粉砕する。

頭を失ったガーゴイルの体が演習場に落下し、

黒鉄は自由落下中のルクスのワイバーンを

お姫様抱っこの形で回収すると、そのまま

着地した。

 

着地し、ワイバーンを地面に横たえた黒鉄は、

ルクスの様子を見る。

先ほどの爪の一撃で出血こそしているが、傷

は浅く、かすり傷などはいくつかあるが、

それ以外に目立った外傷は無い。

「クロガネ、さん。アビス、は……」

「喋るな。もう大丈夫だ。3体とも撃退に

 成功した。周囲に他の敵の気配も無い。

 よくやった。後は任せて、今は休め」

「は、い。ありが、とう、ござい、ま、す」

 

彼の言葉を聞くと、ルクスは眠るように

意識を手放した。

「クロガネさん!」

そこに、シャリスたちとノクト、更には

教官であるライグリィや学園長のレリィたち

が駆け寄ってくる。

 

「大丈夫かクロガネさん!それに彼は!

 ルクス君は!?」

「落ち着け、シャリス・バルトシフト。

 我も彼も無事だ。我は怪我も無い。

 ルクスは少々傷を負っているが、致命傷

 ではない。眠ってはいるが、疲労と

ダメージが蓄積した結果だろう」

そう言うと、黒鉄はワイバーンからルクスを

離し、お姫様抱っこで抱える。

 

「ルクスに怪我の治療を受けさせてやりたい

 のだが、構わないだろう?」

「えぇ。もちろんよ。医務室に案内させるわ」

彼の言葉にレリィが頷き、彼女の案内で

黒鉄はルクスを医務室へと運んだ。

しかしこの時、リーズシャルテがルクスの事

を見つめながら笑みを浮かべていた事に、

黒鉄は気づかないのだった。

 

 

突然のガーゴイル襲来の混乱も収まり、ルクス

の傷の処置(と言っても消毒して包帯を巻いた

程度だが)が終わると、黒鉄はライグリィに

よってレリィの待つ学園長室へと呼ばれた。

 

そこには、レリィ、ライグリィ、そして黒鉄の

3人だけが集まっていた。

 

「さて、クロガネ君。このたびは生徒達を

 守ってくれた事に感謝するわ。あなたが

 いなければ、どれだけの被害が出ていた

 事か」

「礼は良い。アビスの危険性は我も理解して

いる。それが3体も現れたのだ。見過ご

してはおけん」

「そう。……それにしても、凄いのね

 クロガネ君は。まさか生身でアビスを、

 それも2体も葬れるなんて」

 

直後、レリィの表情から笑みが消える。

「あなたって、何者?」

 

先ほどまでの柔和な笑みを捨て、レリィは

警戒し、探るような視線で黒鉄を見つめる。

ライグリィはレリィの隣で僅かに冷や汗を

流す。

なぜなら目の前に生身でアビス相手に互角に

戦う黒鉄がいて、更に自分達はまともに

武装していないのだ。

下手に怒らせたらどうなるか、と言う不安が

彼女にはあったのだ。

 

「生徒を守ってくれた事には感謝しているわ。 

 ……けれど、素手でアビスを倒すなんて

 普通じゃない。だからこそ、貴方の事を

 疑ってしまう」

「そうか」

レリィの言葉に、小さく頷く黒鉄。

 

やがて……。

「まぁ、その反応は分かる。しかし、これは

 先ほどルクスにも言ったが我の正体を

 そう易々と他者に話す事は出来ない。

 今の我に言える事は、我はあくまでも

 放浪者であり特定の国家や組織の下に

 付き働いてなど居ない、と言う事だ」

「つまり、私達に、もっと言えば新王国に

 害をなすつもりはない、と?」

「無論だ。しかし、我の言葉に確たる証人は

 愚か証拠も無い。そちらが我の言葉を

スパイの妄言と一蹴すればそれまでだろう。

だが我には我自身の言葉を信じて貰う

以外、何も無い」

「確かに、ね。……正直な話をすれば、貴方が

 自分の事を語ってくれない限り、私達は

 貴方の素性を知る術は無い。どこの誰で、

 何が目的なのか。どうしてそのような

 人を超えた力を持っているのか。

 正しく、謎は尽きないって所ね」

 

「それで、学園の長としてそちらはどうでる?」

「正直に言えば、バルトシフトさんとの戦いを

 見て貴方が嘘つきでは無い事は、あの時理解

 したわ。試合が終わった段階では、解放しても

 良いと私は考えていた。正直驚異的だとは

思ったけど、試合の態度などから鑑みて、

悪人ではないと私は判断しました」

「そうか」

机に肘を突き、手を組み合わせ静かに語るレリィ。

そこに嘘偽りの様子は無く、彼女は黒鉄を解放

しても良いと考えていた。

 

黒鉄がアビスを素手で倒す姿を見るまでは……。

 

「……でもね、アビスを素手で倒したと言う事

は、少なくとも貴方一人で上級ドラグナイト

3人分の戦闘力があると言う事。それも

非武装の段階で。はっきり言って異常も異常。

普通じゃない。だからこそ、見逃す事は

出来ない。貴方の力は、大きすぎる物。仮に

新王国の敵となれば、私達の受ける被害は

想像を絶するでしょうね」

「それで?」

「本音を言えば、貴方を拘束すべきだと私は

 考えている。でもきっと、貴方はそんな

 私達の拘束をいとも容易く破るだけの

 パワーがある。だって、アビスを素手で

 撲殺出来るんでしょ?鉄の手枷なんて

 簡単に引きちぎれるんじゃない?」

「まぁな」

黒鉄のパワーを見てしまったレリィとしては、

どんな拘束も彼には無意味だろうと考えて

いた。そしてそれは事実だ。

 

どんな牢屋の壁も拘束も、黒鉄は破壊する

だけのパワーを持っていた。

「それに、少なくともクロガネ君には現時点

 で私達に対する敵意や悪意を感じない。

 ましてやここで私達がクロガネ君と対立

 し、貴方の敵と認識されてしまうことは、

 もっとも避けるべき事態」

そんなレリィの言葉に、ライグリィは

『確かに』と心の中で頷いた。

 

現在最上級生である3年生は演習のため

アカデミーを離れており、学園最強と

言われる3年生の神装機竜の使い手も演習

のためここには居ない。ここで黒鉄と

対立する事は、愚策中の愚策である事を

ライグリィは理解していた。

 

「だからね、クロガネ君」

 

理解していた、が、だからこそ次のレリィの

言葉が予想外だった。

 

「しばらく、この学園に滞在してくれない

 かしら?」

「えっ!?」

ライグリィは、レリィの言葉に驚き僅かに

上ずった声を上げてしまう。

「学園長!それは本気ですか!?ここは

 王国のドラグナイトを育成する場です!」

そして、黒鉄が何かを言う前にライグリィが

レリィに反論する。

 

レリィは、反論するライグリィを宥めてから

黒鉄に視線を向ける。

「どうかしら?」

「……我をここに滞在させる理由は?」

そう静かに問いかける黒鉄。その視線は、

静かに『嘘は許さん』と物語っていた。

 

「そうね。正直に言えば、『監視』。

 貴方が敵ではないと証明するために、

 私達が貴方を監視するためね」

「監視をすると言うのなら、ここである

 意味は無かろう?」

「そうかもしれない。でも、私達は貴方の

 力を見ている。だからこそ監視にも力が

 入ると言う物よ。それに、貴方を王都に

 送って監視下に置いた所で、逃げようと

 思えば逃げられるだろうし、王都で

 騒ぎが起こるのは不味いでしょう?」

「成程。王都から離れた場所で、尚且つ監視

 に適していると言う訳か、ここが」

「えぇ。それに、まだ学生とは言え

 ドラグナイトが複数人居るのもまた

 事実。最も、数を揃えただけじゃ

 クロガネ君を止めるのは無理そう

 だけど……。それで、どうかしら?」

 

「要は、お主達から敵ではないと信頼を

 得るためにここに留まれ。そう言いたい

 訳か」

「えぇ。その通りよ」

黒鉄は、レリィの言葉を聞き、しばし悩む。

「……もし仮にだが、我がここから実力で

 逃走すれば、やはり罪人の扱いは

 免れないのだろうな?」

「そうね。まず間違い無く、貴方は犯罪者

 として疑われるでしょうね」

 

「……ハァ」

黒鉄は、レリィの言葉にため息をつく。

「謂われのない罪で罪人扱いされるのは

 好かん。我の方は、まぁそちらの提案で

 納得しよう。好きに監視すればよい」

「あら?良いのかしら?貴方は放浪者

 なのでしょう?」

「これまではな。しかし、犯罪者

呼ばわりされてまで続ける旅ではない。

それに、少々気になる事があってな」

 

「気になる事?」

「うむ。今回のガーゴイル襲来。あれは

果たして偶然か?生徒達の反応から

しても、ここに直接アビスが現れた

と言うのは前例が無い様子。違うか?」

「……確かに、ここクロスフィードは

 ルインから出現するアビスを迎撃し王都

 を守る為の役割もある。けれどここより

 も前に関所などが点在しているから、

 いきなりここにアビスが現れると言うのは

 可笑しいわ」

「とすれば……。何者かが手引きした、

 と言うのも考えられる」

 

次の瞬間、黒鉄の言葉にライグリィは驚き

レリィの眉が僅かにピクつく。

「……そう考えた根拠は?」

「アビス、ルイン、そして機竜。これらは

 どれも超古代文明の遺産だ。そして、

 それらについて分かっていない事は多い。

 現に、機竜はどれもルインから発掘した

 物を使用しているだけで、自分達で

 作る事は出来ていない。つまり、お主等は

 旧文明について知らなさすぎる。ゆえに、

 お主等が『無い』と考える事が本当に

 『無い』と言い切るだけの確証が無い。

 例えば、アビスを操る装置のような物が

 ある、などな」

「……つまり、クロガネ君は今回の襲撃が

 人為的な物、だったと?」

「それについて確証は無い。しかし、アビス

 については謎が多い事からも、その点を

 留意しておいた方が良いだろうと我は

 考えている。そして、もし誰かが手引きした

 のだとすれば、今回の襲撃は単なる前哨戦

 なのかもしれぬ」

 

と言う黒鉄の言葉に、しばしレリィは

考え、そして……。

 

「だとすれば、単独でアビスと戦える

 クロガネ君は尚更ここに居て欲しいわね」

そう言って、隣のライグリィをチラ見するレリィ。

「ハァ。……分かりました。学園長がそう

 仰るのでしたら、私はもう何も言いません」

 

こうして、何の因果か黒鉄がアカデミーに在籍

する事になった。

 

「それで、クロガネ君には監視という事で

しばらくここで生活してもらう事になる

けど、どうしようかしら?用務員さんとか?

 ちなみにだけど、クロガネ君にドラグライド

 の搭乗経験なんてある訳……」

「む?ドラグライドならば何度か乗った事が

 あるぞ?」

「「え?」」

彼の言葉に戸惑う二人。

 

「以前、大規模な山賊に襲われてな。

 2機ほどワイバーンがいたが、問題無く

 ぶちのめしたのだ」

「そ、そう」

戸惑いながら頷くレリィの表情は、明らかに

引きつった物だった。

 

『問題無くワイバーン2機を撃破って。

 やっぱりと言うかこの子、もう立派に

 人外よね。まぁアビスに素手で勝った

 時点で十分だけど……』

と、内心思うレリィだった。

「その後、ふと機竜がどういう物か興味が

 沸いたのでな。ソード・デバイスを一本

 奪って纏ってみたのだ。まぁ飛べると言う

 意味では便利ではあったが、それ以外に

 対して魅力を感じなかったのでな。

 どこぞの野山に捨ててきてしまった」

「す、捨てた!?」

 

そんなゴミを捨てるみたいなノリでソード・

デバイスを捨てたと語る彼に、ライグリィ

は驚き目眩を覚えた。

「え~っと、ちなみにそれって新王国の

 内部での出来事、じゃないわよね?」

レリィも、戸惑い冷や汗を流しながら問い

かける。

「む?あれは確か……。ヘイブルグ共和国

 の領内だった気がするが?」

記憶を思い出しながら語る黒鉄に、二人は

安堵したようにため息をついた。

 

その後、黒鉄の今後について話を終えた後、

黒鉄は呼ばれてきたシャリスたちトライアド

の3人に案内されて学園長室を後にした。

 

黒鉄が去った後。

 

「ねぇ、彼の事、どう思う?」

「どう、とは?」

レリィに問いかけられたライグリィは質問の意図

が分からず問い返す。

「貴方の目から見て、あの子は善人?悪人?

 人となり、とでも言えば良いかしら?

 どんな人間性の人物に見えた?」

「は、はぁ。……正直、見た目に反して

 礼儀正しい人物だと思います。トライアド

 の3人から話を聞いた限りでは、牢屋に

 拘留されても、彼は『野宿よりはマシ』、

 と言ってさして怒る様子は無かったとの

 事です。何というか、懐の深い人物にも

 思えます」

「そう。とにかく、今は様子を見ましょう。

 今の私達には、それくらいしか出来ないわ」

「はい。分かりました」

 

その後、2~3話をした後部屋を後にする

ライグリィ。

一人残されたレリィは……。

 

「今回の襲撃が、単なる前哨戦かも

 しれない、か」

一人、ポツリと呟くのだった。

 

 

何の因果か、アカデミーに滞在する事に

なった黒鉄。

 

果たして、彼がここにいると言う事実が

何をもたらすのか。

それは、誰にも分からない。

 

     第2話 END

 

 




次回は編入のお話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第3話 新しき日々の始まり

遅くなりましたが、第3話です。
しかし、仕事が忙しくて殆ど時間が作れません。
しかもシフト制なので休日がランダムで。
自分は一昨日から7連勤ですよ。
愚痴ってすいみませんが、仕事に殺されそうです。


ガーゴイル襲来騒動の翌日。朝。

あの戦いでルクスは、リーズシャルテに認め

られ更に彼女の方針で、仕事として学園で

働くのではなく、『生徒』として学園に通う

事になった。

学園長であるレリィも、『将来共学化に向け

た試験入学』、と言う事でOKサインを出し

ていた。

 

「ハァ、なんでこんな事に……」

ルクスは昨日空いている部屋が無かった為

応接室で寝る事になったのだ。

それも……。

「しょうが無いであろう?既に決定した事だ」

黒鉄も一緒だったのだ。

 

相部屋の黒鉄が用意された制服に着替え

ているルクスの様子をぼーっと見つめながら呟く。

「それはそうですけど……。って言うか

 クロガネさんは良いんですか?」

「む?監視しやすいから学園に居ろ、と

言う学園長達の提案か?まぁそれで我が

犯罪者ではないと信じて貰えるので

あれば、安い物だろう。我も旅をしている

とはいえ、特に差し迫った目的などは

ない。強いて言えば、世界を回っていた

だけの事だ。犯罪者呼ばわりされてまで

急ぐ旅ではない、と言う訳だ」

「そ、そうなんですか?」

「うむ」

 

ルクスは制服に着替えると、鏡の前で

身だしなみをチェックする。

「まぁ、僕としてはクロガネさんが

 居てくれた事には感謝しているん

 ですけどね」

「ほう?それはまた何故だ?」

「ここは、僕とクロガネさん以外男が

 居ませんからね。男が僕一人だけだと、

 正直場違いな気がして落ち着かないと

 思うんですよね、僕。実際、働くのには

 慣れてしまったんですけど、これだけは

 どうも慣れなくて」

「そうか。……っと、もうそろそろ時間か」

黒鉄は壁に掛け立った時計を確認する。

 

外では案内の為にライグリィが待機して

おり、ルクスと黒鉄はアカデミーの2年生

になる事になった。

ルクスは年齢的な物を鑑みた結果だが、

黒鉄は本人曰く『年齢を忘れた』との事で、

大まかに年齢は20前後とされたが、ルクス

も同性の黒鉄が傍に居た方が安心する

だろう、と言うレリィの配慮によって

ライグリィが担任を努める2年のクラス

に籍を置くことになった。

 

揃って部屋を出るルクスと黒鉄。

「む?着替え終わっ、ていないな。

クロガネ。制服はどうした?」

出てきた二人を見て、ルクスは制服を

着ていたが、黒鉄が黒い私服姿のまま

だった事に疑問を持ち問いかけるライグリィ。

 

「すまないが、あれは我のサイズに

合わなかった。あれでは着る事が出来ん」

「何?」

首をかしげるライグリィに証明するため、

黒鉄は部屋に戻って、『袖と裾の部分が破けた

制服とズボン』を持ってきた。

 

「…………」

それに絶句してしまうライグリィ。

「この通り、腕を通そうとして袖が。足を

 通そうとしてズボンの裾が、それぞれ

 破れてしまった」

「……わ、分かった。ならば仕方が無い。

 当面は私服での授業出席を許可しよう。

 では、行くぞ」

先を歩くライグリィの後に続く二人。

 

ちなみに……。

『何て言うか、こうしてクロガネさんと

並ぶと、自分が小さいって分かるな~』

並んで歩く黒鉄の背丈を見上げながら

感慨にふけるルクス。

 

ある意味、二人の背格好や体つきなどは、

対極に位置していると言えた。

 

ルクスは華奢で整った顔立ちは、正しく美少年

と呼ぶに相応しい物。

対して黒鉄は、がっしりとした肉体にその身長。

正しく『男』、いや『漢』と表現しても過言

ではない、逞しい出で立ちだ。

 

ふと、ルクスは自分の二の腕を触る。

決して軟弱ではないルクスだが、それでも

ムッキムキの黒鉄の肉体を見ると、

自信を喪失してしまいそうになる。

 

『って言うか、この制服もサイズは女子のと

 あんまり変わらないよね?それを普通に

 着れる僕って一体……』

 

と、そんな事を悩むルクスであった。

 

 

「と言う訳で、今日からこの学園に通う事に

 なったルクス・アーカディアとクロガネだ。

 事前に説明があったと思うが、彼等は

 将来の共学化に向けた試験のためにここに

 いる。男性がいる事に慣れない者も多い

 と思うが、よろしく頼む」

教室に案内され、教壇の脇に立たされる

ルクスと黒鉄。

教室には、リーズシャルテの姿もあった。

しかし問題は、それ以外の生徒達のルクス

と黒鉄に対する視線だ。

 

「見て。あの銀髪の子でしょ?姫様と一緒

 になってガーゴイルを倒したって言う」

「え?じゃあ隣の大きな人は?」

「何でも、素手でシャリス先輩の

ワイバーンと戦って、更に襲ってきた

 ガーゴイル2体を倒したそうよ?」

「えぇ?それって流石に法螺話じゃ……」

「いやいや。実際に見た人が何十人も

 居るんだよ。何でも、素手でガーゴイル

 の首をへし折ったとか」

「え?私が聞いた話だと、ガーゴイルの

首を食いちぎったって聞いたけど?」

 

と、黒鉄とルクスの話題で盛り上がる女子達。

「な、なんかクロガネさんの方は凄い事に

 なってますね」

「まぁ、色々非常識な存在であるからな、我は。

 それも致し方あるまい」

教壇で静かに話すルクスと黒鉄。

 

「んんっ!」

やがて、女生徒達の喧噪はライグリィの咳払い

によって収まった。

「え~では、二人とも自己紹介を。まずは、

 ルクス・アーカディア」

「あ、はい。……えと、改めまして。

 ルクス・アーカディアです。

 ……よろしくお願いします」

多数の女子達の視線を受け、ルクスは

ぎこちない挨拶を述べる。

 

「次は我か。我の名は黒鉄だ。生まれは

 遙か東方の島国。元々は旅人であったが、

 縁あってしばらくここで皆と共に勉学に

 励む事になった。無知故に世話を掛ける事

 もあるかもしれぬが、これからよろしく頼む」

そう言って、軽く会釈をする黒鉄に、生徒達

は戸惑い、隣のルクスはその反応に苦笑を

浮かべた。

 

『やっぱり、クロガネさんって見た目と

 真逆で礼儀正しい人だよな~』

と、考えているルクスだった。

 

「では、二人とも空いている席に座りなさい」

「はい」

「うむ、分かった」

ライグリィに促され、空いている席を探す

二人。

『出来ればクロガネさんと一緒に座りたい

 なぁ』

ふとそんな事を考えるルクス。

 

ここにおいて二人の知り合いと呼べる異性は、

精々リーズシャルテ、もといリーシャ(ちなみ

にルクスは愛称の『リーシャ』と呼ぶ事を昨日

の話で許されていた)とクラスメイトであった

ティルファーくらいだ。

後はほぼ全員が初対面であり、今のルクスでは

もし仮に相手が初対面だったなら、緊張で

まともに授業が受けられない、と言う謎の

自信があった。

 

 

しかし、居たのだ。このクラスには。

ルクスの『幼馴染み』が。

「あれ?ルーちゃんだ」

「え?」

 

不意に聞こえた声に足を止め、ルクスは声の

主の方へと視線を向ける。

声の主は、桜色の髪をツインテールにした、

どこかおっとりとした感じの少女だった。

 

「え?もしかして、フィルフィ?」

「うん。久しぶり、だね」

戸惑うルクスの言葉に頷く、フィルフィと

呼ばれた少女。

 

「む?ルクス、知り合いか?」

「あ、えと、はい。彼女は『フィルフィ・

 アイングラム』。僕の幼馴染みなんです」

首をかしげる黒鉄に答えるルクス。

「何だ?知り合いがいたのか。ならば

 そこの席が良いんじゃないか?」

「あ、はい。そうします。……あっ、でも……」

ライグリィの言葉に頷くルクスだったが、

それでは黒鉄の方に視線を向ける。

 

「すみませんクロガネさん」

「む?何を謝る必要がある。良い良い。

 見たところ久しぶりの再会のようだし、

 我がいては邪魔であろう?他を探す」

そう言って、更に奥の段に向かう黒鉄。

 

『さて、と。どうしたものか?』

と、周囲を見回す黒鉄。教室の机と椅子は

長方形で、一つに2人~3人は腰掛けられる

作りになっており、それがいくつかある。

しかし、そのどれにも最低1人は座っており、

空きのある椅子は無い。

 

『しかし、我の風貌と噂から考えて

 怯えられている可能性もある。

 どうするか?』

と、悩んでいた時。

 

「あ、あの……」

「む?」

不意に声を掛けられたので、そちらを

向く黒鉄。見るとそこには、どこか

見覚えのある茶髪の少女の姿があった。

「む?お主は確か、先日の……」

「はい。一昨日助けて貰いました。

 『キャロル・メリーサム』と言います。

 あ、それで、その、良かったら隣、

 良い、ですよ?」

先日、賊に襲われていた所を黒鉄に助け

られた3人の内の一人、キャロルはそう

言って自分の隣に座るように促す。

 

「そうか、すまぬな。では……」

キャロルに促された黒鉄は彼女の傍に腰を

下ろすが……。

 

「…………」(ちょこん)

「…………」(ズシッ!)

 

何というか、キャロルもまぁまぁ小柄な方

なので、ガチムチ巨体の黒鉄と並ぶと

めちゃくちゃシュールだった。

実際、周囲で見ていた者は、そんな擬音

が聞こえて来るような錯覚に見舞われていた。

 

ちなみにルクスはと言うと、フィルフィが

自分の事を昔のように『フィーちゃん』と

呼ぶように迫ったり、逆に『ルーちゃん』と

呼ばれていたことが周囲にばれたりして、

顔を紅くするハメになっていた。

 

そして、授業が終わり、その間の小休止の時間

になれば、二人の元に女子達が集まる。

ルクスの方は幸か不幸か、痴漢云々の噂が

すっかり消えそこそこ好意的に受け入れられて

いる。そしてお昼休み。相も変わらずルクス

の所にやってくる女子達。

対して黒鉄の方も……。

 

「ねぇねぇ。クロガネ君って何で私服なの?」

「制服は渡されたのだが、サイズが合わずに

 着られなかったのだ。バルハート教諭からは

 当面私服で居る事を許可されておる」

「クロガネ君、今までどこの国に行ったの?」

「一通りの国は回った経験があるな。

ここクロスフィードに立ち寄ったのは

一昨日が初めてだが、新王国には何度か

来たことがあるぞ」

「見た感じ一人旅だけど、危なくないの?」

「いや、危険はあるぞ。山賊に獣。危険は

 たくさんある」

「え~?それって大丈夫なの?」

「無論だ。だからこそ今ここにこうして、

 五体満足で居ると言う事だ。柔な

 鍛え方はしておらん。そんじょそこら

 のごろつきや熊等は余裕だな」

「へ、へ~~」

 

と、このようにクロガネは女生徒一人一人

の質問に順番に答えていた。

その脳筋な見た目を真っ向から否定する

態度に驚いている生徒もいたが、その

礼儀正しさもあってすぐに打ち解けた。

……熊を余裕で倒せると聞いた時は若干

皆引いたが。

 

ちなみに、その傍ではルクスが雑用王子

と呼ばれ仕事を受けている事から、ルクス

に女子達が依頼を頼もうとしたり、

リーシャがやってきてルクスに

『従者になって欲しい』と話しをしたり、

更にはフィルフィがそれを止めに

入ったりと色々大変な事になっていた。

 

「まぁ待て待て」

静かに白熱する二人の論争を見ていた黒鉄が

席を立ち、二人を止める。

「問題の中心はルクスであろう?ルクスよ、

 お主の意見はどうなのだ?」

「え!?」

黒鉄が止めに入り、渦中の人物であるルクスに

話を振る。するとルクスに視線が集まり、

彼は冷や汗を浮かべる。周囲の女子達も、

『どっちを選ぶのかしら?』なんて言って

ルクスの選択に興味津々だ。

 

「あ、え~っと、その……」

対応に困っていたルクス。しかし……。

「ちょっと良いかしら?」

不意に聞こえた凜とした声。その主は、

蒼い髪のロングヘアの少女だった。

少女は、『学園長の用でルクスを連れてくる

ように言われた』、と言ってルクスを連れて

行ってしまった。

 

それを見送った黒鉄だったが……。

「すまぬがキャロルよ。一つ聞いても良いか?」

「あ、はい。何ですか?」

黒鉄は席に戻ると、彼女に声を掛けた。

「先ほどの蒼い髪の少女、もしや神装機竜を

 持って居るのか?」

「はい、そうですけど、なんで分かったんですか?」

「いや。我も汎用機竜のソード・デバイスは

何度か目にしたことがあるのでな。彼女が

 下げていたデバイスは、汎用機竜のそれと

 異なる物だったので、もしやと思った

 のだ」

「あぁ、成程。それで」

キャロルは黒鉄の説明に頷くが、肝心の

黒鉄はソード・デバイスについて少し

考えていた。

 

『神装機竜のソード・デバイスは普通の

 物と少々作りが異なる。先ほどの

 少女は青いレイピア型。リーズシャルテ・

 アティスマータは赤い両刃剣。

 そしてならば、ルクスが携えている

 あの黒いもう一本のデバイスは?

 デバイスの色は機竜の色を現している。

 もしそうなら、あのデバイスの機竜は

 黒い。……まさかな』

黒鉄はそこまで考えて思考を中断するの

だった。

 

ちなみに、昼食はパンをかじっていた

黒鉄だったが、食べる機会を

逃して居たルクスに残りをこっそり

渡すと感謝された黒鉄だった。

 

そして、その日の夜。

放課後になるとルクスの元に女生徒たち

から大量の依頼が舞い込んできた。

また、依頼は学園側からも出ており、

今も本日最後の依頼、女子風呂掃除を

こなしているルクス。

 

 

そして、その傍には黒鉄の姿があった。

「すみませんクロガネさん。

 手伝って貰っちゃって」

「良い良い。流石にあの数の依頼を

 こなすのは大変であろう?

 我も手持ち無沙汰のだ。これ位

 の手伝い、ちょうど良い。

 それに、『働かざる者食うべからず』、

 と言う諺もあるからな。

 我も少しは働かねば」

そう言って、黒鉄はルクスの掃除を

手伝っていた。

 

ちなみに、黒鉄は『濡れるから』と

言ってズボンの裾をまくり、上は

何も着て居らず、上半身裸だ。

 

そして更に、改めて黒鉄の裸体を

間近で見たルクスは、同性だと言うのに

その厚い胸板と見事なシックスパック、

脂肪というものをそぎ落として作られた、

筋肉だけの見事な肉体美に顔を赤く

していた。

 

と、その時。

「む?ルクス、誰か来たぞ」

「え?えぇ!?」

黒鉄の言葉に戸惑うルクス。そうこう

しているうちに戸口に人影が。

「あっ!ちょっ!待って!今

 掃除中ですから!」

咄嗟に叫ぶルクス。しかし、短いノック

の後、扉が開かれた。

入ってきたのは、制服を着ていたアイリ

とノクトだったが……。

 

「全く。兄さんはもしかして、裸の

 女性でも期待して、っ!?」

開口一番に皮肉を言おうとしたアイリ。

しかし、そこに上半身裸の黒鉄がいるのに

気づくとアイリ、更にはノクトまで

顔を真っ赤にして扉を閉めた。

 

「ちょっ!?なんで裸なんですかクロガネさん!」

「む?裸?我は服を着ているが?」

そう言ってズボンに目を向ける黒鉄。

「下のことじゃありません!上です上!

 何で何も着ていないんですか!」

「い、YES!その通りです!破廉恥です!」

「我はただ、風呂掃除をしていただけ

なのだが。まぁ良い」

そう言うと、黒鉄は脱衣所に向かう。そこ

に服をおいてるのだから仕方無い。

 

すると、脱衣所から女子2人が顔を

真っ赤にして入れ替わるように風呂場に

入ってくるのだった。

それを見ていたルクスは、苦笑する事

しか出来ないのだった。

 

その後、アイリとノクトから、掃除が

終わったら黒鉄を連れて寮の大広間に

来るように言われたルクスは、言われた

通り黒鉄を連れてやってきた。

 

その後、大広間で待って居たアイリに

連れて行かれたのは食堂だった。

そして……。

 

「「「「2人とも、編入おめでとう!」」」」

そこには、多数の生徒達がいて、テーブル

の上には無数の料理が並べられていた。

「え?」

「ほぅ、これは……」

理解が追いつかないルクスと、周囲を

見回しながら笑みを浮かべる黒鉄。

 

「改めて、私達は君たち2人を歓迎する

 よ。ルクス君。クロガネさん」

そこに、2人に声を掛けるシャリス。

ルクスはその事実に驚き呆然としている。

「我々のために。良いのか?」

「もちろんだとも」

黒鉄の問いかけに頷くシャリス。

 

そして黒鉄は静かに隣で呆けているルクス

の肩に手を置く。

「あっ」

「折角の彼女達の好意だ。いただくと

 しようではないか、ルクス」

「は、はい。いただきますっ」

 

黒鉄に促され、ルクスは我に返った。

そして、2人は彼女達に歓迎されながら

料理を堪能していた。

 

そんな中で……。

「む?」

黒鉄の目に、少々焦げて形の崩れた料理

が映った。

「これは……」

皿を手に取る黒鉄。

「あぁ、それは私の奴だから」

その時、ティルファーが彼に声を

かけた。

「ごめんね、出来たには出来たんだけど、

 ちょっと失敗しちゃってさ」

そう言って笑うティルファーだが、

黒鉄の目は、彼女の傷ついた指に

張られた絆創膏を見逃さなかった。

 

『……怪我をしてまで作ってくれた

 料理。この皿には、それだけの

 想いが込められていると言う訳か。

 ならば、いただくとしよう』

そう考え、黒鉄はフォークで料理を

口に運び、咀嚼して飲み込んだ。

 

「ちょっ!?クロっち!?私のは

 あんまり美味しくないと思う

 けど!」

若干戸惑い気味のティルファー。

「ごくんっ。……ふむ、確かに、

 味はまだまだだ」

そしてその言葉に、ティルファーは

一瞬息を呑み、周囲の者達も静かになる。

ルクスは冷や汗を流している。

 

だが……。

「しかし、それでもお主が一生懸命

 作ってくれた料理である事には

 他ならぬ。このパーティーで料理を

 出してくれた、という事は我ら

 2人を歓迎してくれている、という

 事で良いのであろう?」

「そ、それはそうだけど……」

戸惑い気味に頷くティルファー。

 

「なればこそ、この料理を無駄にする

 訳には行かぬ。お主が我らのために

 作ってくれたのだ。どうして無駄に

 出来ようか」

そう言うと、黒鉄は更に二口、三口と

ティルファーの料理を食していく。

 

「え、で、でも、美味しく無いんじゃ……」

「まぁ、確かに味はまだまだである。

 しかし、それだけが全てでは無かろう?

 料理に込められた想い、無駄には出来んよ」

そう言って、黒鉄は笑みを浮かべながら

ティルファーの料理を食べていた。

 

ちなみに……。

「…………」

そのすぐ傍では、ティルファーが顔を

赤くしていたのだった。

そして更に………。

「あ、あれは、もしかして……」

「YES。これは恋の予感です」

その様子を見ていたシャリスとノクトが

コソコソと話をしていたのだった。

 

更に……。

「く、クロガネとやら」

パーティーの中で、リーズシャルテが

黒鉄に声を掛けたのだ。

「む?我に何かようか?」

「あ、あぁ。その、なんだ。以前、学園長

 室でお前を嘘つき呼ばわりした事、

 まだ謝罪できていなかったからな。

 この場を借りて謝罪しておきたい。

 申し訳無かった」

そう言って頭を下げるリーズシャルテ。

周囲の者達がザワザワとざわめく。

 

すると……。

「その事はもう良い。我も自分が非常識

 である事は分かりきった事。言葉だけ

 では信じられないのも無理は無い。

 あの時は少々怒りを感じたが、もはや

 過去の事だ。頭を上げて欲しい」

「そ、そう言って貰えると助かる」

こうして、黒鉄とリーズシャルテは無事に

和解することが出来た。

 

そんなこんなでパーティーは続いたが、

その終了後、ルクスと黒鉄には問題があった。

「大丈夫かルクスよ?」

「ごめん、なさい。クロガネさん」

黒鉄はルクスを片手で支えながら一緒に

歩いていた。

 

実は今朝まで使って居た応接室が手入れ

の関係で使えないのだ。更に言えば、

アカデミーに男子寮など無い。つまり

ルクスと黒鉄には今夜の寝床が無いのだ。

パーティーの席にいたライグリィに

相談すれば良かった、と後悔する

ルクス。

やがて、疲れやら満腹感から来る眠気で

限界だったのか、ルクスは黒鉄に腕を

引かれながらそのまま寝落ちしてしまった。

 

「おい、ルクスよ。このような場所で

 寝る物ではないぞ。風邪を引くぞ。

 ルクス、ルクスよ」

呼びかける黒鉄。だがルクスはもう

眠ってしまったのか返事が無い。

「うぅむ、どうしたものか?」

と、黒鉄が悩んでいると……。

「あ、ルーちゃんとクロガネさんだ」

「む?」

後ろから声が聞こえたので振り返る

黒鉄。見ると、そこにはルクスの

幼馴染みであるフィルフィがいた。

「お主は確か、ルクスの幼馴染みの。

 フィルフィ、だったか?」

「うん、そうだよ。……所で、

 ルーちゃん、どうしたの?」

そう言って首をかしげながらルクスに

目を向けるフィルフィ。

「あぁこれか。どうやら疲れなどが

 溜まっていたようでな、ルクスが

 眠ってしまったのだ。しかし今夜

 の我々には泊る部屋が無いのだ。

 我は最悪野宿でも良いのだが、

 ルクスも野宿、と言う訳には 

 行かんだろう。フィルフィとやら。

 どこかに空き部屋などは無いか?

 最悪、ルクス1人が泊まれれば

 それで良い」

「分かった。なら、付いて来て」

そう言って歩き出すフィルフィ。

黒鉄は眠っているルクスをお姫様抱っこ

で抱えると彼女に続いて歩き出した。

 

 

ちなみに、この時の姿を女子生徒数人

に目撃されており、のちのち女子達の

間で、BでLな話題が取り沙汰されるの

だが、それはまだ先のお話。

 

その後、フィルフィに案内された部屋

のベッドにルクスを寝かせた黒鉄は

部屋を出て、寮の外へ。そして、

夜のアカデミーの敷地内を歩き回ると、

敷地内に小さな池を見つけ、そのすぐ

そばにあったベンチに体を預けると、そこ

で外套を毛布代わりにして眠りにつくの

だった。

 

翌朝。シャリスはティルファーと共に

学園のあちこちを歩き回っていた。

理由は黒鉄を探していたからだ。

「クロガネさん、一体どこにいる

 んだ?」

「寮にはいなかったね~」

あちこちを歩き回っている2人。

その時。

「ん?」

 

シャリスは、大勢の女生徒達が何やら

茂みの前に集まっている事に気づいた。

「……何をしてるんだ?」

「さぁ?」

シャリスの言葉に首をかしげるティルファー。

念のためそちらに向かってみる。

 

「君たち、こんな朝早くに、こんな場所

 で何を……」

『何をしている』、と聞こうとしたシャリス

だったが、その声は途切れてしまった。

隣に居たティルファーも、無言で『その

光景』に目を奪われてしまった。

 

そこでは……。

「89、90、91、92……」

上半身裸の黒鉄が、樹の枝に左手一つで

ぶら下がり、懸垂のように左腕の力だけ

で自分の体を持ち上げている。右手は

腰元に当てており、使って居ない。

やがて、数えていたカウントが100に

なると、左手と右手の位置を切り替え、

また1からカウントを始めた。

 

その後も、枝に足を引っかけてコウモリ

のようにぶら下がると、腹筋の力だけ

で体を起したり、地面に降りると片手だけ

で腕立て伏せをやったりして鍛錬に

余念が無い黒鉄。

 

女子達はそんな黒鉄の、逞しい肉体に

見惚れていたのだ。引き締まった筋肉。

厚い胸板。見事なシックスパック。

彼女達は昨夜のルクスのように、彼の

完成された肉体に見惚れていたのだ。

 

そして、それはシャリスやティルファー

も同じだ。士官候補生として、軍人を

目指す彼女達だが、彼女達の生まれや

歳を考えると、男の裸などまず見た事が

無いのが普通だ。

そんな男が彼女達の視線の先で

半裸でトレーニングをしている様は、

彼女達に衝撃を与えるには十分であった。

 

やがて黒鉄は地面に座り、柔軟を始めた。

それは言わば『ヨガ』だが、それを

知っている者は居ない。なぜならそれは

『旧文明』の文化だからだ。

 

やがて……。

「……先ほどから見ているようだが、

 男の半裸だぞ?」

黒鉄は振り向く事なく、シャリスや

ティルファー、大勢の女子達が

いる茂みに声を掛けた。

直後、彼女達の体が震える。

『怒られる!?』とでも考えたのか、

何人かが逃げ出そうとするが……。

 

「我のトレーニングなぞ見ていて

 面白いのか?まぁ邪魔をせん分には

 好きにせよ」

肝心の黒鉄は怒った様子もなく、1人で

ストレッチに集中していた。

彼の、好きにせよ、と言う言葉に逃げだそう

としていた女子たちは思いとどまり、

彼のトレーニングを見守り始めた。

 

やがて、黒鉄はヨガストレッチを終えると、

今度はシャドーボクシングを始めた。

素早いステップで動き、繰り出される拳は

空を切る度に風を切る音が彼女達の耳に届く。

 

その動きに、無駄の二文字は無く、鋭い

パンチに彼女達は驚きながらも、切れのある

動きにどこか惚れ惚れしていた。

 

かつて男尊女卑が横行した新王国では、

男に対する良い認識を持たない女性も多い。

今アカデミーにはいないが、アカデミー最強

とされる3年生の女生徒も、男嫌いで有名だ。

 

そんな中で現れた彼は、アビスを素手で

圧倒する力を持ちながらも、どこか

優しく器の大きな男だった。

だからこそ、彼女達は黒鉄に興味を持った

のだった。

 

一方で……。

「……やはり、強いな。クロガネさんは」

1人ポツリと呟くシャリス。

「そりゃぁガーゴイルを素手で倒すような

 人だからねぇ」

そんな彼女の独り言に相槌を打つティルファー。

「それもあるが……」

 

と、シャリスは呟きながら彼女はクロガネ

の動きに注目していた。

『速く、鋭く、重い一撃。体格に見合わ

ない軽やかな動き。……一体、あれ

ほどの強さを手にするために、どれだけ

の時間を費やしてきたのだろうか』

騎士の名門であるバルトシフト家の娘

だけあって、彼女もある程度剣術などを

嗜んできた。だからこそ、武道を極める

事の難しさ。そして、黒鉄レベルに

至るまで、どれだけの修練が必要なのか、

彼女は分かってしまったのだ。

 

彼女は改めて、黒鉄の『強さ』を理解する

のだった。そして、同時に……。

 

『しかし、ならば何故クロガネさんの名前

 は世に広まっていない?あれほどの

 強さを持っていれば、名前など簡単

 に広まりそうな物だが……』

彼女は疑問に思った。しかし今の彼女に

その疑問の答えを見つけ出す術は無い。

 

『クロガネさん。あなたは一体、何者

 なんだ?』

シャリスは静かに、鍛錬を続ける黒鉄の

背中を見つめるのだった。

 

彼女はまだ、その疑問の答えを知らない。

 

『今は』、まだ。

 

     第3話 END

 




仕事をしているので投稿スピードが遅いですが、楽しんで
いただければ幸いです。

感想や評価、お待ちしています。


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第4話 理想という虚像

遅くなりましたが第4話です。


朝の鍛錬をしていた黒鉄。そして偶然にも

それを目撃してしまったシャリスや

ティルファー。更に無数の女子達。やがて

黒鉄が鍛錬を終え、リュックに入れていた

タオルで汗を拭き、服を着ると、シャリス

とティルファーが彼に近づいた。

 

「おはようクロガネさん」

「あぁ、おはよう。シャリス、ティルファー」

と、2人をファーストネームで呼ぶ黒鉄。

彼はこれまで、親しくない相手はフルネーム

で呼んでいたが、シャリスたちトライアドの

3人に対しては普通に呼んで良いと彼女達が

言った事もあり、今では名前で呼び合う間だ。

 

「それにしてもどうして2人がここへ?」

「っと、そうだった。実は黒鉄さんを

 探していたんだ」

「ほう?我を?」

「あぁ。実は黒鉄さんの部屋が決まったの

 でね。それを知らせにな」

「そうであったか。しかし、我の部屋は

 どこになるのだ?」

「あぁ、それについてだが、女子寮の

 一部屋をあてがう事になったんだ」

「……何?」

シャリスからの言葉を聞き、黒鉄は

怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「女子寮の一室をあてがうの言ったのか?

 しかし我は男だぞ?女生徒たちの寮に

 男の我が居座るのは、色々不味いのでは

 無いか?反対意見なども出そうだが……」

「まぁ、確かに3年生などから、少なからず

 反対意見もある。しかし、それでも

 1年や2年、それに多少、と言う程度だが

 3年からも肯定的な意見が出ている

 のさ」

「ほう?しかし、なぜだ?我はここに

 来てまだ数日だぞ?」

「やはり、例のアビスの一件が大きいの

 だろうな。何せ、素手でアビスを

 倒すほどの人だ。皆興味がある。

 それに、接してみて分かった事だが、

 クロガネさんは良い意味で実直だ。

 裏表が無いというべきかな?」

「確かに。クロっちってストレートに

 言う時あるよね」

シャリスの言葉に頷くティルファー。

「それに、やはり皆年ごろなのだろう」

「どういう意味だ?」

シャリスの言葉に、黒鉄は首を傾げた。

 

「異性に興味がある、と言う事さ。

 ルクス君は、どちらかと言えば

 美少年の部類だ。一方の黒鉄さんは

 筋骨隆々のタフガイ、と言った所

 だろうか?そんな異なる二人の

 異性に、皆興味があるのだろう」

「成程」

『確かに、今の年ごろの子供ともなれば、

 多感な時期か』

と、心の中で納得する黒鉄だった。

 

その後、黒鉄は二人に案内されて女子寮の

一角にある部屋に通された。

そこは女子寮の隅にある、他の部屋に

比べて狭い部屋だった。

「ここが我の部屋か」

中を見回す黒鉄。部屋の中にあったのは

机と椅子にベッド、あとはタンスや

クローゼットだけと、質素な部屋だった。

 

「すまない黒鉄さん。こんな部屋しか

 用意できなくて」

その時、突然シャリスが頭を下げた。

「む?なぜシャリスが謝るのだ?」

「いや、実はこの部屋はこの間まで

 倉庫だったんだ。元々、大掃除で

 中にあった物を新しい倉庫に移して

 どうしようかとみんなで話し合いに

 なっていたのだが……」

「そこに我らが来て、我の部屋になった

 と言う訳か。……しかし、謝る事は

 無い。むしろ、こちらが感謝している

 くらいだ」

「え?」

黒鉄の言葉にシャリスは首をかしげる。

 

「元々野宿もしていたので慣れては

 いたが、流石にずっと屋根のない生活

 ではな。小さくともベッドにテーブル、

 椅子など家具も揃えられている。

 シャリス達が頭を下げる必要などない。

 むしろ、急な編入をしてきた我に、

 このような部屋を与えてくれたのだ。

 頭を下げるのは、我の方であろう。

 ……ありがとう」

そう言って、黒鉄は優しい笑みを浮かべ

ながら頭を下げた。

 

「「ッ!!」」

2人はその行動に驚きながらも、しかし

黒鉄の優しい笑みに顔を赤くしていた。

「そ、そっか~!あじゃあ私!フィルフィ

 起こしてくる!あの子お寝坊さんだから~!」

「あっ!?待てティルファー!」

恥ずかしさから、その場を後にするティルファー。

彼女はシャリスの制止を振り切ってそそくさ

と行ってしまった。

「朝から元気だなティルファーは。

 む?」

彼女を見送る黒鉄だったが、彼は目の前の

シャリスの顔が赤い事に気づいた。

 

「どうしたシャリスよ?顔が赤いぞ?」

「え!?い、いや、これは、その」

そのことを指摘され、彼女はますます顔を

赤くしながら必死に言い訳を考えていた。

しかし……。

 

「風邪か?少し前にアビスの襲撃があった

 ばかりだ。体調を崩すのも無理は無い」

そう言うと、黒鉄はシャリスの額に自分の

手を当てた。当ててしまった。

 

「ッ!?ッ~~~~~~!?!?!?」

突然異性に触られた事で、シャリスは

声に為らない悲鳴を上げながら更に顔を

赤くする。

「ふむ。少し熱がありそうだな。

 シャリス、今日は休日なのであろう?

 部屋で休んではどうか?」

そう言って黒鉄はシャリスを気遣う。

 

まぁ、黒鉄のせいでシャリスは真っ赤

なのだが。

「あ、あぁそうだな!そうさせて貰う!

 それではっ!」

そう言うと、シャリスは顔を真っ赤に

しながらその場を全速力で後にした。

 

「ふむ。あの様子ならば、少し休めば

 落ち着くであろう」

走り去っていくシャリスを見送りながら

ポツリと呟いた黒鉄は部屋に入り、改めて

中を見回した。

「今日から、ここが我の部屋か」

黒鉄は感慨深そうに部屋を見回した後、

持っていたリュックを床に置き、ベッド

に腰掛けた。

 

「しかし、今日は休みか。……そう言えば

 朝食もまだであったな」

ポツリと呟いた黒鉄。しばし間を置いてから、

彼は立ち上がり部屋を出た。

 

のだが……。

「ねぇみんな大変~~~~!!」

「あ~~~~!!!待って待ってぇ!」

 

「……学園は今日も騒がしいなぁ」

 

直後、寮の中にティルファーとルクスの

絶叫が響くのだった。

そして、それを聞いていた黒鉄は

誰にいうでも無くポツリと呟くのだった。

 

その後、食堂で合流したルクス、アイリ、

ノクト、そして黒鉄は一緒のテーブルに

座っていた。

 

「そうか。では、我が送り届けた部屋が

 フィルフィ・アイングラムの部屋だった

 のか」

「はい。朝、気がついたら部屋にフィーちゃ、

 フィルフィが居て、そしたら……」

「ティルファーが来て、今朝の騒ぎか」

「はい」

黒鉄の言葉に、項垂れてため息をつくルクス。

 

「全く。何をやってるんですか兄さんは」

更に、そんな彼にアイリもまたため息をつく。

「転校早々幼馴染みの部屋にお泊まり

 だなんて」

「いや、すまないアイリ。ルクスをあの 

 部屋に運んだのは我だ。あの時

 ルクスは眠っていたのだし、あまり

 責めてやるな。むしろ非は我にある」

そう言って黒鉄はルクスを擁護する。

「確かに、黒鉄さんの言い分は

 分かります。ですが、それと兄さんが

 幼馴染みの部屋でお泊まりしていた

 事は別問題です。大体、どうして

 廊下で眠ってしまうんですか兄さんは」

しかし、アイリはそう言ってため息をつく。

「うぅ、ごめん。でもホントに疲れてた

 んだよ。それで、その、意識が……」

「そうですか」

ルクスの言い分に、アイリはどこか

呆れ気味に頷く。

「それで、お部屋の方はどうなった

 んですか?」

彼女にしてみれば、兄であるルクスが

幼馴染みとは言え女子と同じ部屋で

生活すると言うのが、不安でしょうがない

様子だった。

 

「それが、その事をレリィ学園長に

 相談したんだけど。何でも空き部屋が

 もう無いみたいで」

「そうですか。所で、クロガネさんの

 方はどうなのですか?」

「我の方は元々倉庫だった小さな部屋を

 あてがって貰った。小さいが生活する

 のに問題は無い」

ノクトの問いかけに答える黒鉄。

 

「それで?ルクスは学園長に相談したの

 だろう?どうだったのだ?」

「それが……」

そう言って話すルクス。彼、正確には

レリィ曰く『妹のこと、よろしくね』と

言っていたそうだ。

「はい?!」

「お姉さん公認、ですか」

まさかの言葉に驚くアイリと、ノクトも

小さいながらも驚いている。

 

「まぁ、2人が幼馴染みであるが故の

 配慮なのやもしれぬな。全くの初対面

 で慣れない相手よりは、まだ親しい友人

知人の方が落ち着ける。

 そう言う配慮から、フィルフィ・

 アイングラムがルクスのルームメイト

 になったのやもしれぬな」

「とはいえ、色々誤解を招きそうな

 のは間違い無いですね」

黒鉄の言葉にそう応えるノクト。

 

実際、先ほどまでティルファーが色々

騒ぎまくったもんだから、学園内では

ルクスとフィルフィについて色々な

噂が飛び交っているのが現状だ。

「ハァ。既に学園は、兄さんの色んな

 噂で持ちきりですよ」

「ホントに!?」

「えぇ、それはもう色々な噂で、ですよ」

「まぁ、得てして噂とは尾ひれが付く物

 だからなぁ。仕方無いと言えば、

 それまでなのだがなぁ」

アイリの言葉に頷く黒鉄。

 

「もう行きます」

そう言うとアイリは席を立ち、ノクトも

それに続く。

「一緒に朝食でもと思ったのに………」

と、残念そうなルクス。だったが……。

 

「だって、これ以上一緒にいると、もっと

 一緒に居たくなってしまいますから」

「え?」

小さく囁かれた言葉に首をかしげるルクス。

「冗談ですよ兄さん!」

アイリはそう言ってすぐに否定するが、

黒鉄は内心……。

 

『ふむふむ。2人は仲の良い兄妹だなぁ。

 まぁ、良きことだ』

と、彼等を見守りながらそんな事を

考えていた。

しかし……。

 

「それと、≪例の件≫。くれぐれも気をつけて

 くださいね?」

「あぁ、分かってる」

何かを念押しするアイリと、どこか決心した

ような表情で頷くルクス。黒鉄はそんな

2人の横顔を見守りながら、ルクスには

何か、『為さなければならない大きな事』が

あるように感じていたのだった。

 

 

その後。

「ルクスよ。少し良いか?」

共に朝食を済ませたルクスと黒鉄だったが、

廊下に出て少し歩いた所で黒鉄の方から

ルクスに声を掛けた。

「はい。何ですか?」

足を止め振り返るルクス。

「我に、例の件とやらを深く追求する気は

 無い」

「ッ」

黒鉄の言葉に、ルクスは静かに息を呑んだ。

「あの、クロガネさん?」

「分かっている。余計な詮索はしない。

 ……だが、もし自分でどうしようも

 無い事に直面したなら、我を頼れ。

 それだけ言っておきたかったのだ」

 

「え?で、でも、クロガネさんは、その、

 無関係、ですよね?それがどうして」

「確かに。我は無関係かもしれぬ。

 だが、困っている友人が居たならば、

 それを助けるのは当たり前だと我は

 考えている」

そう言うと、黒鉄は小さく笑みを浮かべた。

 

「こんな成りでも、面倒見は良い方だ。

 何かあれば、我を頼れ。ではな」

そして、彼はそれだけ言うとルクスの

頭を撫で、歩き去って行った。

ルクスは、撫でられた頭に手を置きながら、

歩き去って行く彼の背中を見つめていたの

だった。

 

 

その後、ルクスは仕事があるのでそちらを

優先し、黒鉄は暇な事もあって、仕事を

探すべくレリィの元を訪れていた。

「え?仕事を?」

「うむ。食事を提供して貰い、住まう部屋

 まで用意して貰ったのだ。恩返しも

 かねて何か我に出来る事は無いかと

 思ったのでな。こうして聞きに来た

 次第だ。まぁ、我自身じっとしている

 よりは体を動かす方が好きなのでな。

 何か我に出来る仕事は無いだろうか?

 体力には自信があるが?」

「ま、まぁ確かにクロガネ君はアビスと

 素手でやり合うくらいだから体力面は

 心配してないんだけど」

そう言って苦笑を浮かべるレリィ

だったが、やがて彼女は困り顔を

浮かべた。

 

「そうねぇ?どうしようかしら。

 クロガネ君って、お掃除とか雑務って

出来る?」

「む?まぁ人並み程度には出来るが」

「そう。まぁ人手が足りないからって

 ルクスくんを呼んだんだし。

 じゃあ、お願いしても良いかしら?」

「うむ。……しかし、言っておいて何だが

 どのような仕事になるのか、出来れば

 ある程度説明が欲しいのだが、構わない

 だろうか?」

「えぇ。そうねぇ、クロガネ君には基本的

 に生徒や教職員からの要望を聞いて貰う

 って形になるかしら」

「うむ。しかし、教職員からはともかく、

 生徒達まで、とはどう言う事なのだ?」

「それがねぇ?この前リルミットさんが

 ルクスくんの仕事依頼を受ける箱設置

したの、知ってるでしょ?」

「うむ。かなり人気があるのは知っている」

 

学園初の男。それも美少年と呼べる部類の

ルクスへ依頼が出来るとあってか、初日から

かなりの依頼が飛び込んでいるらしい。

 

「でもねぇ、ルクスくんは1人でしょ?

 明らかに彼1人じゃ捌ききれない量の

 依頼が来てて彼も私も困ってたのよ」

「成程。大体は読めたぞ。我にその依頼を、

 ルクスの代わりに消費して欲しいと言う

 事だな?」

「えぇ。その通りよ。って事で、さっき

 もうクロガネくんの箱を設置してきたから。

 悪いけど確認してきてね?」

「うむ。分かった」

 

その後、箱の場所を教えられたクロガネは

そこに向かっていた。

 

『と言うか、学園長は本人に無許可で

 箱を設置したのか?我が仕事をしたい

 と言わなかったらどうするつもり

 だったのか。……それとも我が仕事

 を探していると、自分の所に来るのを

 察していたのか。読めない女だ』

と、考え事をしながら歩いている黒鉄。

 

『しかし、我はルクスと真反対の存在。

 そうそう女子達が我に何かを求める

 とも思えんが。む?』

通路を歩いていた黒鉄だが、角を曲がった

所で、通路の一角に女生徒達が集まって

いるのに気づいた。

 

『あそこは、確か我とルクスの箱を

 設置した場所。成程、ルクスへの

 依頼書を入れに来たと言う訳か。

 とは言え、我の方の依頼書を回収

 せねばな』

「すまぬ。少し良いか?」

 

『『『『『『ビクッ!?』』』』』

黒鉄が声を掛けると、彼女達は驚いた

ように体を震わせて慌てて振り返った。

「あ、あれ!?クロガネ先輩!?

 どうしてここ、こちらに!?」

「いや何。我の依頼書の箱も設置された

 と学園長に聞いてな。何か入っている

 のか確認と、あるならば回収にと

 来たのだ。通して貰っても構わぬか?」

「え?!ど、どうぞ~」

と言うと、彼女達は左右に避けて黒鉄の

道を空ける。

 

「さてと。まぁ入っているとは思わぬが、

 一応確認を……」

と、黒鉄は箱に近づいて中を開けたのだが……。

 

「む?」

中を見て、内心驚いた黒鉄。そこには

二桁は軽く超えるだけの枚数の依頼書が

入っていたのだ。

「これは。……まさか我に依頼が来るとは」

中に入っていた依頼書を取り出して箱を

閉じ、数枚の依頼書の内容を確認する

黒鉄。

 

「あ、あの~。クロガネ先輩」

「む?あぁすまぬ」

そこに女生徒が声を掛け、黒鉄は自分が

箱の前に立っていて邪魔なのだろう、と

思ってすぐにその場から退いた。

「邪魔してしまってすまぬな」

「あ、いえ。そう言う事じゃなくて」

「む?」

 

違う、と言われ、首をかしげる黒鉄。

やがて、顔を赤くした女生徒達が

ゆっくりと黒鉄の前に立つ。

 

「あ、あのっ!良ければこの依頼書も!

 お願いしますっ!」

そう言って、両手で依頼書を差し出す

女生徒。黒鉄は戸惑い、目をパチクリ

させながら彼女と依頼書の二つの間で、

視線を行ったり来たりさせていた。

 

「これを、我にか?ルクスにでは無く?」

「は、はいっ!」

「そ、そうか」

正直、自分に依頼が来るとは思って

いなかった黒鉄は戸惑いながらも

依頼書を受け取った。

 

「む?」

そして、彼は依頼を確認して首をかしげた。

「これは、『人生相談をして欲しい』?

 本当にこんな事で構わぬのか?」

今受け取った依頼書の持ち主に声を掛ける黒鉄。

 

「はいっ!わ、私、男性とお話した事

 無くて。ちょっと、相談したい事が

 ありまして」

頬を赤くしながら何とか説明をする女生徒。

ちなみに、彼女にしてみれば、初めての

男性である黒鉄と2人っきりで話がしたい

と考えており、実際依頼の人生相談も、

半分ホントで半分嘘だ。

 

加えて、その魂胆は周囲の女生徒達には

バレバレである。と言うか彼女達も

大体似たり寄ったりなのだが……。

 

「ふむ、人生相談か。それならば今から

 でも良いぞ?」

「「「「「えぇぇっ!?!?」」」」」

黒鉄の提案に、依頼主の女生徒だけでなく

周囲にいた女生徒まで驚いたような声を

上げる。

 

「わ、我は特にこの後予定も無いのでな。

 相談くらいならば、今すぐでも

 構わんが?」

何故依頼主以外が驚くのか黒鉄は理解

出来ず、戸惑いながらもそう答えた。

『ガシッ!』

「ぜひっ!お願いします!私の部屋で

 二人っきりでっ!」

彼女は目をキラキラさせながら黒鉄の

手を取った。

 

そしてその周囲では、他の女生徒達が

目をギラギラさせていたのだった。

 

『……女心は何時になっても分からぬ

 ものだなぁ』

黒鉄は1人、内心そんな事を

考えていたのだった。

 

その後、依頼主である彼女の部屋へと案内

された黒鉄。

女生徒は椅子に腰を下ろし、黒鉄は体格的に、

椅子に座ると椅子が壊れそうだったので、

床の上に胡座を掻いて座っている。

 

「それで、人生相談という事だったが、

 何を相談したいのだ?」

「あ、え、えっと、実はその、私、

 まだ1年で、授業とかに付いていくの

 が精一杯で、それで少し、自分に

 自身が持てなくて」

と、彼女は咄嗟に呟いた。

 

しかしその問題は彼女自身が真摯に

悩んでいる問題でもあり、今は男の黒鉄

と同じ部屋にいるからテンパってしまった

結果、戸惑って上手く喋れなくなって

しまっているのだ。

 

「ふむ。成程。いくつか聞きたいのだが、

 構わぬか?」

「はい」

「では、授業に付いていくのが精一杯

 との事だが、特に苦手な分野はあるのか?」

「はい。座学はまだ大丈夫なんですが、

 機竜の操作。特に武器の扱いには、

 全然馴れて無くて」

「ふむ。ここに来る前に、剣術などの戦い方

 を誰かに教わっていた事は?」

「いえ。そもそも、私はクーデターが起きた

 時まだ10歳程度でしたし、その当時は

 その……」

「そうであったな。すまぬ、悪い事を聞いた」

 

5年前のクーデターでアーカディア帝国が崩壊

するまで国内では男尊女卑の思想が蔓延して

いたのだ。とすれば、今この学校に通う

生徒達は大体11~13歳程度の少女であった

事は予想が付く。そのような状況で、女が

武術を学ぶなど、まず周囲が許さなかった

だろう。

 

『しかし、そうであれば彼女はここに来る

 まで武術を習った事など無い訳か。

 であれば……』

「話を聞いて思った事を正直に言わせて

 貰えば、その歳で、ましてアカデミー

 に入学してまだ数ヶ月。しかも武器を

 扱った経験が無いとなれば、それが

 精一杯なのも無理は無かろう」

「そう、思いますか?」

「無論だ。……人は誰しも生まれながら

 武器や道具の使い方を知っている訳

 ではない。例えば裁縫に例えよう。

 これとて、熟練者と呼ばれる者達も、 

 最初は針で自分の指を突き、傷を

 作りながら歳月を重ねて技術を磨き、

 身につけてきた。それは機竜も

 同じ」

「じゃあ、私も、もっと頑張れば

 凄いドラグナイトになれますか?」

「それについては、お主の努力次第だ。

 ……我の祖国、東の国に一つの

 諺がある。『雨だれ石をも穿つ』、

 と言う物だ。これは建物の軒先から

 落ちる小さな水滴が時間を掛けて

 穴を開ける事を言う。転じて、

 小さな力でも努力し続ければ

 いずれ大きな成果となる、と言う

 意味だ」

「雨だれ石をも、穿つ?」

 

「そうだ。何か一つの道を究めるという

 のは、決して容易ではない。先ほど

 例に裁縫を挙げたが、熟練者と

 呼ばれるくらいにまで上り詰める

 には、年単位の時間と努力が

 必要だ。お主は、自分の腕に対して

 自信が無いと言っていたが、それは

 当たり前だ。まだお主は真っ白な紙だ。

 これから様々技と技術を吸収し、

 真っ白な紙に色を付けていくのだ。

 真っ白なままでは出来ない事があって

 当然であろう」

「そう、ですか?私、まだ操縦とか、

 全然ダメなんですけど、それでも、

 良いんでしょうか?」

「無論だ。むしろ、そのダメな物を

 出来るようにするためにお主達は

 ここにいるのであろう?

 なればこそ、学ぶ事が大事なのだ。

 そしてまだお主達は学び始めたばかり」

と、そう言うと、黒鉄は立ち上がって

椅子に座る彼女の頭を優しく撫でた。

 

「あっ」

頬を真っ赤にしながら小さく声を漏らす女生徒。

「出来ない事を恥じる必要はない。

 そこを、お主が気に病む必要は無い。

 まだまだ、これからなのだからな」

「は、はひっ」

「焦らず、時に失敗してもそこから

 学び、次に生かす事だ。努力を

 続けた先には、必ず何かがある。

 ……今は自分を信じて、多くの

 事を学べ。そして学び続けて、

 それでも自分に自信が持てなければ、

 また我に相談すると良い」

 

と、それだけ言うと黒鉄は撫でていた

手を離した。

「あっ」

すると、彼女はどこか名残惜しそうな声を

漏らした。

 

そして、そこまでして自分がやらかしたか?

と思う黒鉄。

「すまぬ。頭を撫でられるのは嫌だったか?」

「あっ、そ、そんな事、無いです」

「そうか。それは良かった。……所で、

 相談の方は、もう大丈夫か?

 まだ話を聞くことは出来るが?」

「あっ!も、もう大丈夫です!

 アドバイス貰えてすっきりしました!」

彼女はそう言って顔を赤くしながら笑みを浮かべる。

 

「そうか。では、また何か心配事が

 出来た時は、呼んで欲しい。

 こんな男でも役に立てれば幸いだ。

 ではな、失礼した」

「は、はひっ!ありがとうございましたっ!

 クロガネ先輩!」

そう言って部屋を出て行く黒鉄を見送る

女生徒。

 

そして、黒鉄が出て行ってから数秒後。

「あ~~~~~~!」

顔を茹で蛸のように真っ赤にしてその場

に蹲った。そして……。

「と、年上の魅力、舐めてたかも」

顔を真っ赤にしながらそんな事を

呟いているのだった。

 

 

その後、黒鉄は女生徒達からの依頼で

部屋の片付けを手伝ったり、最初の

生徒と同じように人生相談を受けたり

と言った事をしていた。

 

そしてお昼休み。

最初に人生相談をしていた少女の元に

多くのクラスメイトたちが集まっていた。

「ね!ね!クロガネ先輩と話したんでしょ!?

 先輩、どんな感じだった!?」

と、クラスメイトから早速質問攻めに

あっていた。

「あ、え、えっと、実はその……」

一方の彼女は頭を撫でられた事が恥ずかしい

のか、何やらモジモジしていた。

 

やがて、彼女は顔を赤くしながら手招きを

してクラスメイト達の顔を近づけさせると、

撫でられた事を耳打ちしたのだが……。

 

「「「「「え~~~~!?頭を撫でられたぁぁっ!?」」」」」

「声が大きいってば~~!」

叫ぶクラスメイト達のせいで耳打ちも意味が

なくなってしまったのだった。

 

「ま、マジで!?どういう経緯でそうなったの!?」

「うっ!?そ、それは、ちょっと不安がある

 から相談したら、色々応援みたいな事

 言って貰いながら、頭撫でて貰って……」

「それで!?それで!?どんな事言われたの!?」

「えっと、今は自分を信じて多くの事を

学べ、とか。出来ない事を恥じる必要は

ない、とか。色んな応援みたいな事

言われて、言われながら頭撫でて 

貰って……」

少女は、あの時の事を思いだして顔を

真っ赤にしながら語った。

 

「それで!?それで!?どうだった!?

 クロガネ先輩はどうだったの!?」

そして聞く少女達も顔を赤くしていた。

彼女達も、士官候補生とは言え多感な年頃

の少女。やはり色恋にはどうしても興味が

出るお年頃なのだ。

 

「その、年上の魅力、舐めてました。

 凄く優しくてかっこよかったです」

「「「「「きゃ~~~~~!!!」」」」」

顔を真っ赤に染めて語る少女に、周囲の

乙女達も顔を赤らめながら黄色い悲鳴を

上げるのだった。

 

こうして、黒鉄の人気が、本人の

与り知らぬ所で上昇していたのだった。

 

 

そして夕方。

「ふぅ、こんな物か」

機竜関係の重たい荷物を運び終えた黒鉄

は、運び先の倉庫を出て周囲を見回した。

「もう夕暮れ時。仕事はここまでか」

そう言うと、彼は寮の方へ向かう。

 

が、その道中で黒鉄は、道脇のベンチに

腰掛けているルクスを見つけた。

「あれは、ルクス?」

黒鉄は彼の方に近づくが、肝心のルクスが

何やら深刻そうな表情をしていた事から、

黒鉄も表情を引き締め、歩みを進めた。

 

「ルクス」

「あっ。クロガネさん」

黒鉄は声を掛け、そのままルクスの隣に

腰を下ろした。

 

「どうした?浮かない顔をしていたが、

 何か悩み事か?」

「……。分かり、ますか?」

「うむ。深刻そうな顔をしていた。

 我に出来る相談であれば聞こう。

 悩みは、1人で抱えていても答えが

 出ないからこそ悩みなのだ。

 我に答えられる事であれば、少しは

 アドバイスが出来るかもしれぬが?」

 

静かに語る黒鉄。やがて……。

「実は……」

ルクスもまた静かに悩みを口にした。

今日の昼間、リーズシャルテと街中へ

出かけた際、彼女から王女とは何なのか

聞かれた事を話した。

 

彼女の下腹部に、旧帝国の所有物、言わば

奴隷である焼き印が押されている事などを

隠した上で。

 

「……正しき王女とは、何なのか、か」

「クロガネさん。僕には、答える事が

 出来ませんでした」

「それも致し方あるまい。簡単な問題

 ではない。しかし、王とは何か、か」

 

そう言うと、黒鉄は立ち上がった。

「理想を言えば、王とは国家の象徴の

 一つであり、市井の人々の心の拠り所

 のような物だ。王の不安な態度は人々

 の不安を煽り、延いては国への信頼を

 失墜させる。逆に自信と勇気、知性ある

王は、誰からも信頼と尊敬を集める。

だが……」

「そんな王様って、居るんですかね?」

ポツリと呟くルクス。

 

「居ないだろう。そのような王が居れば、

 その国は良き国として名声を世界に

 轟かせていてもおかしくはない。

 だからこその理想なのだ。

 語ることは容易く、しかし実行する

 事は不可能に近い。……彼女は

 正しい王女のあり方を模索していると

 言ったそうだな。だが、世間一般の、

 大抵の『正しい』という言葉は、

 理想だ」

「正しいが、理想?」

 

「そうだ。先ほど我の言った王の理想像と

 同じ。言うのは簡単でも実行するのは

 極めて困難。言わば、口先だけだ。

 どんなに道徳を重んじる人間の心 

 にも、悪意の種は存在する。その逆も

 然り。理想によって塗り固められた正しい

王の姿は、もはやただの『虚像』だ。

 その理想を体現出来る者など、世界を

 探しても、どこにも居ない」

「じゃあ、リーシャ様の言う、正しい

 王女って言うのは……」

 

「酷な事を言うかもしれないが、それは

 虚像だ。理想だ。周囲は簡単に、その

 理想を彼女に要求する。しかしその

 要求を完璧にこなせる者などいない。

 ……時々思うが、人々は時に上の者

 に様々な事を求めすぎる。

 その要求は大きな重しとなって、

 最後は人を、こうあれと求められた

 人物を押しつぶす。そうなれば、

 もはや王家の血筋など、ただの

 呪いに等しい」

「呪い、ですか?」

「そうだ。『王族なんだから』、『王女

 なんだから』と人々は王に様々な事を

 求める。それが簡単な求めではないと

 知りながら。まるで、王族は人より

 上位の存在であると勘違いしている

 ようで、見ていて腹立たしくなるときが

 あった」

「クロガネさん」

ルクスは、沈み行く夕陽を見つめながら語る

黒鉄の横顔を見つめていた。普段にも

まして真剣に、王について語る黒鉄の姿は、

ルクスの目に焼き付いていた。

彼自身、どうして目が離せないのかは

分からなかった。だがルクスは、無性に、

彼の言葉を聞きたいと思って居たのだ。

 

「王と言えど、その人物が人である事に

 変わりは無い。人なれば、失敗も

 するし、限界に押しつぶされそうになる

 事もある。泣きもすれば怒りもする。

 だが、人々はその事に目を背けながら、

 王に理想の姿を体現する事を要求する。

 それが、どれほど無茶で身勝手な事か」

「王も、人」

ルクスは、彼の言葉を自分の中で何度も

反芻していた。

 

そして……。

「ルクス、少しこちらへ」

「え?はいっ」

黒鉄に呼ばれたルクスは、近くの、土の

地面の所へ向かった。そこでは黒鉄が

しゃがんで地面に何かを描いていた。

 

「あの、クロガネさんこれは?」

地面に描かれた何かを見て首をかしげる

ルクス。

「これは、我の祖国でもある東の国の

 方で、過去に発達した文字の体系、

 漢字と呼ばれる文字の一文字だ。

 これで『人』という意味がある」

そう言うと黒鉄は、今度は近くに

あった木の棒二つを組み合わせて、人の

文字のような形を作り、地面の上に

立てた。

 

「ルクス。もし仮に今、我がこの木の棒の

 片方を取ったとする。そうすれば、

 もう片方はどうなると思う?」

「え?それは、当然支えを失うから

 倒れますよね?」

「あぁ、その通りだ。そして、それは

 この人という字も同じなのだ」

「え?」

「人という字の成り立ちは、二つの棒が

 互いを支え合う事で成立しているそうだ。

 それが転じて、この字には、『人は

 1人では生きていけない』という意味が

 込められているそうだ」

「それは、確かにその通りです。僕や

 アイリ。皆が暮すこのクロスフィード

 だって。誰かの仕事の上になりたってます」

 

「そうだ。男だけでも、女だけでも、

 新しい命を生み出す事が出来ないように。

 人は1人では生きていけない。そして、

 それは王も同じだ」

そう言って、黒鉄は立ち上がり、再び

夕陽に目を向ける。

 

「誰しも、誰かに支えられているものだ。

 人間というのは。そして今、彼女は

 1人では耐えきれない重みに苦しんでいる。

 だからこそ……」

そう言って、黒鉄はルクスの肩に手を置いた。

 

「彼女にはルクス。お主が必要だ」

「え?僕が?」

「そうだ。恐らく、このアカデミーで

 お主以上に彼女が心を許している者は

 居ないであろう。だからこそ、もし

 ルクスにその気があるのなら、

 彼女を支えてやれ」

「そ、そんな。こう言うのはあれです

 けど、僕は旧帝国の王子です。

 そんな僕が、リーシャ様の隣に、

 居て良いんでしょうか?」

「傍目から見ればおかしいだろう。

 だが、その問題の答えを持つのは、

 リーズシャルテ・アティスマータ。

 彼女1人だけだ。……彼女自身、

 もう分かっているのかもしれぬな」

「え?」

「いや。ただの独り言だ。それより、

 我の言葉は、少しはアドバイスに

 なっただろうか?まぁ、まとめて

 言ってしまえば、理想を求めるのは

 虚像を現実にしようとする程

 不可能に近いことであり、そして

 その虚像の重さは、人を簡単に

 押しつぶす。だからこそ、誰かが

 傍で支えてやる必要性があるのだ。

 と、まぁこんな所だな」

 

「あっ、はい。ありがとうございます。

 相談に乗って貰って」

「いや。良い。……王とは楽な物では

 無いからな。それは我も知るところだ。

 だからこそ、ルクスから彼女に

 伝えておいてくれぬか?

 いざと言う時は我も力を貸すぞ、と」

「はい。必ず伝えます」

「そうか。……では、我はそろそろ戻る。

 ではな」

そう言って歩き去ろうとする黒鉄。

 

だったが……。

「あのっ!」

その時ルクスが声を上げ、黒鉄を止めた。

足を止めて振り返る黒鉄。

 

「さっき、クロガネさんが言ってた理想

 の王になる事って、出来るんでしょうか?」

「……それは、不可能に近いだろう。理想

 とは、そう言う物だ。理想の王も、その

 中の一つに過ぎない。しかし……」

 

黒鉄は不敵な笑みを浮かべながらこう言った。

「理想を追う覚悟があるのなら、追って

 見れば良い。出来ないからと最初から 

 諦めるのは簡単。追いかけるのは至難の業。

 ……どちらの道を選ぶかは、ルクス。

 お主自身が決めろ」

「はいっ」

 

それだけ言うと、黒鉄はその場を後にし、

ルクスもまた、沈み行く夕陽を見つめた後、

その場を後にしたのだった。

 

 

     第4話 END

 




次回はまたバトル回になると思います。

感想や評価、お待ちしてます。


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第5話 二匹の黒龍

アニメ第2話の後半ベースのバトル回です。



改めてアカデミーで暮す事になった黒鉄は

生徒達からの依頼を受けたりしていた。そんな

中で彼は、理想の王女について聞かれた

ルクスに対して、自分なりの言葉を贈るの

だった。

 

人生相談をした翌日の朝。黒鉄はいつも

の日課となっているトレーニングに勤しんでいた。

『ゴォォォォンッ!ゴォォォォォンッ!』

だが、突如としてクロスフィード全体に

鐘の音が響き渡った。

 

「む?」

それを聞いて黒鉄は鍛錬の手を止めると

塔の方を見つめ、次いで『南西の方向』へ

と目を向けた。

「来たか」

そして、ポツリとそれだけ呟くと、彼は

すぐさま汗をタオルで拭き、上着を

羽織ると駆け出した。

 

そして、黒鉄は人の気配の多い場所へと

向かい、アカデミーの敷地内にある第四

機竜格納庫へとたどり着いた。

「あっ、クロガネさん」

中に居たアイリが黒鉄に気づいて声を掛け、

更に教官のライグリィから説明を

受けていたリーシャやシャリスたちが

振り返った。

 

「む?クロガネ。何故ここへ?」

「『何か』が近づいてきているのは

 あの鐘の音で何となく察していた。

 アビスか?」

「……あぁ」

ライグリィはしばし間を置いてから

静かに頷いた。

「そうか」

そして、黒鉄は静かに頷くと、外に出て

行こうとした。

 

「待て黒鉄」

それをライグリィが止めた。

「お前、どこへ行くつもりだ」

「決まっている。アビスを仕留めに行く」

彼の言葉に、集まっていた者達が驚く。

しかし彼女達の大半は黒鉄がガーゴイルを

素手で倒した事を知っていたため、すぐに

その驚きは収まった。

「……何故お前が行く必要がある?

 お前は兵士ではないのだぞ?」

「アビスは、破壊を振りまく存在だ。

 倒す以外に止める方法は無い。

 ……一刻も早く、倒すべき存在

 のはずだが?」

「それは言うまでも無い。問題は

 お前が行く事だ。……忘れたのか?

 黒鉄、お前は今、我々に監視されている

 立場にある。妙な動きは控えろ。

 これは、お前のためでもある。良いな?」

「アビスと戦える存在は、1人でも

 多い方が良いと思うが?」

「だが、お前のその力は明らかに普通では

 無い。それ故に、お前は他国からの

 スパイとして疑われている現状、

 忘れた訳ではあるまい?」

「だから大人しくしていろと?」

「そうだ。今お前が動けば、あらぬ誤解

 を招きかねない。だから大人しく

 していろ」

「……分かった。ならば、今はその

 命令に従おう」

そう言うと、黒鉄は格納庫の壁に背中

を預けた。

 

そしてライグリィから今現在確認されている

状況が伝えられた。

 

侵攻しているアビスは大型が一匹。

既に警備部隊の機竜が迎撃に出ているが、

それが突破されることを警戒して戦闘準備

をする事など。

 

そして生徒達が準備を始めた所でルクスが

やってきた。

「アイリッ!それにクロガネさんも!

 ここに居たんですか」

「うむ。それにしても、シャリスたちまで

 戦闘準備とは。まさか出撃するのか?」

黒鉄はルクスの言葉に頷いた後、シャリス

達の方に歩みを進めた。

 

「あぁ。我々は『騎士団(シヴァレス)』だからな」

「シヴァレス?」

「YES。簡単に言うと、アカデミーの生徒の

 中でも、優れた成績を持つ者で構成された

 特殊部隊です」

「特殊部隊?とは言え、皆はまだ候補生の

 立場であろう?」

ノクトの言葉に首をかしげる黒鉄。

 

「いや~。それもそうなんだけど、実際

 問題足りないんだよね~人手が」

そう言って肩をすくめるティルファー。

「そうであったか。……我もついて行ければ

 良かったのだが」

「そう心配するなクロガネさん。何も私達

 だけで戦う訳じゃない」

「いや、それはそうだが……。前回の

 ガーゴイル襲来と良い。何か作為的な物

 を感じる。……敵はアビスだけと

 思わない方が良いだろう」

と言う黒鉄の言葉に、シャリスたち3人は

顔を見合わせた。

「そうか。まぁクロガネさんの言葉、

 念のため覚えておくよ」

半信半疑、と言う感じは拭えないが、

3人は黒鉄の言葉を胸の内に留めておく

事にした。

 

そして、出撃していく機竜たちの背中を

見送った黒鉄は、まだ格納庫の中にいた

ライグリィの元へと向かった。

「ライグリィ教官、少し良いか?」

「クロガネ。何だ?」

「先に行っておく。万が一の時は、我も

 前線に出る」

「ッ。……先ほどの説明は聞いていた

 だろう?今お前が動けば余計な疑いを

 持たれるのだぞ?」

ライグリィはため息をついて眼鏡の

ブリッジを中指で押し上げながら語る。

 

「構わない」

「何?」

そして、黒鉄の言葉に驚いた。

「黒鉄、お前は謂われの無い罪で犯人 

 扱いされるのを嫌っているのでは無いのか?

 であれば、下手に動けば……」

「それも承知している。だが、そうも

 言ってられる状況ではあるまい?

 先ほど、シャリスたちにも言っておいたが、

 今回の襲撃、何か作為的な、人為的な 

 物を感じる。万が一の時、悪いが我は、

 そちらの命令の一切を無視して、独自

 に動くだろう」

「……そうまでして、なぜお前が動く?」

「理由か。そうさな。このアカデミーで

 出来た友を守る為、と言ったらお主は

 信じるか?」

 

そう言って小さく笑みを浮かべる黒鉄。

「普通は信じられない。が、お前は

 何というか、真っ直ぐな男のようだ。

 それにお前は単独でガーゴイルを

 撃破出来る力を持っている。

 ……分かった。まぁ、万が一の時は、

 好きにすれば良い。ただまぁ、

 学園長から小言か何かは言われる事を

 考慮しておくように」

「うむ。その程度ならば、お安いご用だ」

 

そう呟く、黒鉄は遠くの空を見つめた。

 

そして、彼の嫌な予感は的中してしまった。

 

討伐に向かったリーシャ達は、巨大な

スライムのようなアビスと接触し、これ

を攻撃するも、アビスを操る笛を持った

旧帝国の残党であり、王国に仕えたふりを

していたドラグナイト、ラグリード・

フォルスによって、スライム型アビスは

爆発。しかしその内部から数十匹という

数のガーゴイルが出現してしまった。

 

そして、ガーゴイルと交戦を開始する

リーシャだが、如何に神装機竜と言えど

数に差がありすぎ、彼女はガーゴイルの

群れに追い詰められていった。

 

そして、その知らせを持って格納庫へと

帰還したノクト。

 

「やはりか」

静かに呟く黒鉄。そして話を聞いた彼の

傍では、出て行こうとするルクスを

アイリが止めていた。

 

「ルクス」

そんな彼に声を掛ける黒鉄。彼の方に

視線を向けるルクスとアイリ。

「我は先に行く。これがもし、旧帝国の

 残党の仕業であるのなら、それに同調

 するドラグナイトが現れる可能性もある。

 そうなれば敵はアビスだけではない。

 ただでさえ不利な数の差を、更に

 開けられる形となる」

黒鉄の言葉に、その場に居たアイリや

ノクトが絶句し、近くにいたライグリィの

表情が険しくなる。

 

そして……。黒鉄は腕を組んだまま

南西の空を見つめる。

「……使う事は無いと思って居たが。

 使うか」

 

そうポツリと呟いた黒鉄にノクトが

首をかしげた直後。

 

『ブワッ!!!!』

黒鉄を中心に、青白いオーラが周囲に

広がりを見せた。

暴風の如きスピードで広がるオーラに、

その場に居た皆が驚いて腕などで顔を

庇った。

「ク、クロガネさんっ!何をっ!?っ!!」

 

驚きながらも彼の方に目を向けたノクト

だが、彼女は更に驚いた。

なぜなら、黒鉄の足下に、巨大な青い

魔法陣が現れていたのだ。

 

そして、それがゆっくりと上昇していく。

魔法陣が黒鉄の足先から頭の上まで、

その全てを通過した時。そこに黒鉄の

姿は無かった。

 

いや、正確に言えば、黒鉄は普段と

全く異なる姿に『変わっていた』のだ。

 

全体を覆う黒色。機竜の1.5倍はある大きさ。

強靱な爪を持った足。後ろに向かって伸びる、

腕に生えた刃。背中に生える鉄の背鰭と、

腰元から伸びる鋼鉄の尻尾。

 

(※見た目は『対G専用決戦兵器 紫龍』)

 

その姿に、皆が驚いていた。すると……。

「我は先に行く」

と、黒鉄の声がその黒い機械龍から響いた。

 

そしてその機械龍、『黒龍』を駆け出すと

大きく跳躍。そのまま飛行し、格納庫

から離れて行った。

 

そして、それを見送ったルクスもまた、

アイリの方に視線を向けた。

「アイリ、僕も行くよ。皆を、リーシャ様

 を助けに」

「無茶です!ワイバーンでアビスの相手を

 するなんて無理です!それに、クロガネ

 さんが言っていたように敵の増援だって

 ありえるのに!もう1本のデバイスは

 使えない今、あそこに行くのは、死に

に行くような物です!」

普段の余裕など無い。今のアイリは、妹

として、心の底から兄の事を心配

していた。

 

それでも……。

「大丈夫。僕は必ず戻ってくる。アイリを、

 1人になんてしない。それに、クロガネ

 さんだって居るんだ。僕達は、絶対に

 負けない」

 

そしてまた、もう1人の男も、戦場で戦う

友人のために、飛び立った。

 

 

戦場では、リーシャが獅子奮迅の戦いぶりを

見せていたが、既にシャリスやアイリ達は

損傷が激しく撤退を開始。もう残って

戦っているのはリーシャだけだった。

 

しかし、奮戦空しく、一瞬の隙を突かれ、

ラグリードの攻撃で吹き飛ばされ、地面に叩き

付けられてしまった。

 

と、同時にアビスが侵攻してきた方角から

100機近いドラグライドが現れた。その機体

カラーは、灰色。それはつまりラグリードと

同じ反乱軍を意味していた。

 

そして、ラグリードは倒れ伏しているリーシャ

に近づくと、その装衣を破き、下腹部を晒し、

そして、彼女に突き付けた。自分が、リーシャ

に刻印を刻みつけた者である事を。

 

その事実に、リーシャの瞳から涙が溢れ

出そうとしたとき。

 

 

『ゴアァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!』

 

 

爆音。そう表現するに相応しい程の、

大音量の咆哮が響き渡り、ラグリードを

始め、反乱軍のドラグナイト達も余りの

爆音に耳を塞ぎ顔をしかめた。

 

「な、何だ今の叫びはっ!?」

眼下のリーシャの事も忘れ、周囲を

見回すラグリード。その時。

ラグリードは気づいた。驚異的な速さで

こちらに接近する物体がある事を。

 

その物体の速度のせいか、それは砂塵を

巻き上げ、物体を正確に把握する事を

拒んでいた。

「なっ!?」

それが真っ直ぐリーシャとラグリードの

方に突進してきたのだ。

 

慌てて上昇するラグリード。しかし

リーシャは動けない。と、その時。

砂煙の中から何かが跳躍してきて、

リーシャの前に降り立った。

 

「な、何、だ?」

何とか動く首を動かし、相手の背中を

見つめるリーシャ。

そこにあったのは、龍を思わせる背鰭を

持った黒い鉄の人型。

「なっ?何だ、お前は……」

 

一般の機竜、神装機竜と比べても、それを

初見で機竜だとは思えなかった。と、その時。

「大丈夫か。リーズシャルテ・アティス

 マータ」

その相手から、自分を気遣う声が聞こえ、

リーシャは正直、混乱した。

そして数秒して、今の声に聞き覚えが

ある事を思いだした。

 

「お前、まさか、クロガネ、か?

 いや、しかし、その姿は……」

尽きない疑問を声に出してしまうリーシャ。

「すまないが話は後だ。敵が居るからな」

そう呟く黒鉄に、リーシャは今の状況を

思いだして小さく歯がみした。

 

「何だ貴様ッ!?その雌犬を助けに来た

 つもりかっ!」

「だったらどうする?本来なら、一気に

 頭である貴様を潰してから他を墜とす

 つもりだったのだが……」

 

やれやれ、と言わんばかりに首を左右に

振る黒龍。

「何ぃ……!?」

ビキキッとラグリードの額に青筋が浮かぶ。

 

「余りにも言動がクズ過ぎたのでな。

 怒りを抑えきれず、つい叫んで

 しまった」

「ぐっ、ぐくっ!」

黒鉄の言葉に、ラグリードは歯を食いしばる。

 

「負け犬が群れなければ何も出来ぬか?

 貴様等は彼女を雌犬と罵っていたが、

 ならば貴様等は狼にもなれぬただの

 愚かな負け犬だ。……さっさと来い。

 相手をしてやる」

「ッ!ほざくなぁっ!」

 

ラグリードは笛を手に、アビスを操ろうと

した。だが、ラグリードは気づかなかった。

黒鉄の咆哮を聞いてから、ガーゴイル達

が震えている事に。そして……。

 

『ギェェアァァァァァァァァッ!』

ラグリードが笛を吹くよりも先に一匹の

ガーゴイルが飛び出した。

「なっ!?待てッ!俺の命令を聞けっ!」

それに驚き笛を吹くラグリード。しかし、

その一匹に続くように、次々とガーゴイル

が指示を無視して黒鉄に向かっていく。

 

「ふんっ」

それを前にして、黒鉄は鼻を鳴らすと、

後ろに向いていた両腕のブレードを180度

回転させ、戦闘態勢を取る。

 

「どれだけ時が経とうと、『かつての我』

 を倒せと言う最優先命令は覚えて居る

 か。そして、我の咆哮で我が『誰』か

 察したと言う訳か」

と、リーシャにも聞こえないように小さく

呟く黒鉄。

 

と、次の瞬間、彼も大地を蹴って前に出た。

そして、その腕に装備されていた刃が

接近していた1匹目のガーゴイルの胴体を

捉えた。

 

『ブシュッ』という音と共に、刃が簡単に

ガーゴイルの肉体を刺し貫く。

黒龍は腕を振って貫いたガーゴイルの死骸

を投げ捨てると、向かってくる群れに

切り込んだ。

 

突進してきたガーゴイルの噛みつきを刃で

受け止め、反対の手で頭を握りつぶす。

後ろから向かってきた個体を、尻尾で

ぶった切る。

殴って倒した個体の頭を、爪付きの

足で踏み潰す。

両手両足を塞がっている所に来たのは、

噛みついて喉を潰した後、首を振って

地面に叩き付けた。

 

その戦い方は、動物的であった。今の彼は、

人としての戦い方を捨て、『かつての自分』

のようにパワーで相手を圧倒する戦い方を

繰り広げていた。

 

そしてその戦いは、見る者を魅了した。

一匹で上級ドラグナイト3人に相当する

ガーゴイルを、次々と葬っていく姿に

ラグリードや反乱軍の男達は驚き、愕然

とし、その場を動けなかった。

 

そして、リーシャもだった。

『……敵わぬな。やはり』

 

圧倒的な存在と言われていたアビスを、

悉く瞬殺していく黒鉄の姿を見て、

リーシャは腕を振るわせた。

 

そして更に思い出す。ここ数日とは言え、

出会い見てきた黒鉄の事を。

試合やガーゴイル戦で見せた力も。

パーティーの時に見せた、ティルファー

を気遣う品格も。

多くの生徒の力になり、彼女達を

惹きつけたカリスマも。

どれもが、彼女から見れば、王に

相応しい物であるように見えたのだ。

 

「やはり、私じゃ無理なんだ」

 

あの日、黒鉄がルクスに、要求された理想

が呪いや重しであると言ったように、今の

彼女は、その重さに負けようとしていた。

その時。

 

『リーシャ様!聞こえますかリーシャ様!』

竜声を通してルクスの声が聞こえた。

黒鉄に遅れてワイバーンで飛び出してきた

彼が追いついたのだ。

「ルクス?」

『リーシャ様!あと少しだけ意識を

 保っていて下さい!すぐに僕も!』

「良いんだルクス」

『え?』

 

「最後まで、王女らしい事なんて、

 出来なかった。お姫様の振りをするのも

 辛かった」

彼女は静かに、自らの胸の内をルクスに

語った。

「でも、本当はそうなりたかった。

 今のみんなが、好きだから。今度こそ、

 認められたいと思った」

 

彼女は、天を仰ぎながら静かに語った。

 

と、その時。

『リーシャ様。僕は多分、リーシャ様に

 正しい王族の姿について語る資格なんて、

 きっとありません』

「え?」

不意に聞こえた言葉に、リーシャは小さな

疑問符を浮かべた。

 

『僕は失敗した王子なんです。あの日、

 皆を救おうとして、出来なかった。

 でも、それでも僕は皆を救いたい。

 ……昨日、黒鉄さんが教えてくれました。

 今のリーシャ様は、周囲が求める王女に

 なろうとして、その期待の重さで、

 苦しんでいるようだって』

「あぁ、あぁ。そうだな。私は、確かに

 みんなの言うような王女になりたかった。

 でも、自分にその資格が無いって、

 分かってた。私は一度、旧帝国の烙印

 を押され、そして全てを捨てて旧帝国

 の人間になろうとしたんだ。

 そんな私に、王女である資格なんか……」

 

そう語っていた時。

 

『それは違います』

ルクスが、それを否定した。

 

『資格だとか、そんなの関係無い。今も、

 こうしてたった1人になっても

 逃げずに戦ったリーシャ様を、僕は 

 凄いと思います』

「ッ!ルクス……!」

彼の言葉に、リーシャは涙を流す。

 

周囲に認められたいと思って居たリーシャ。

そして今彼女は、ルクスに認められた

のだと、分かったからだ。

 

 

「こうなればぁっ!雌犬の首だけでもぉっ!」

その時、アビスを相手に無双していた

黒鉄に危機感を覚えたラグリードは、

せめても、と考え動けないリーシャに

狙いを定めた。

 

「ッ!」

「死ねぇぇぇっ!雌犬がぁぁぁっ!」

大剣を振り上げ迫るラグリード。

その行動を視界の端に収めた黒龍。

しかし、彼は動かなかった。

『動く必要が無い』と、分かっていたからだ。

 

『ガキィィンッ!』

 

振り下ろされた大剣を、ルクスのワイバーンが

受け止めた。

 

「そして、僕はそんなリーシャ様に、

 この国の王女として相応しいあなたに、

 認めて欲しいっ!そして、同じように、

 苦しんでいるリーシャ様の助けになりたい!

 僕は、そう思ってます!」

「ッ!」

ルクスの言葉に、リーシャの頬を更に涙が

伝う。

 

「何を世迷い言をぉっ!」

すると、ラグリードが叫びを上げながら

ルクスのワイバーンの右腕を切り飛ばした。

だが左腕に展開された魔法陣を警戒し

ラグリードは下がる。

 

そして、それを確認した黒鉄は

アビス殲滅を一旦止め、2人の傍に

着地した。

 

「ルクスよ。まだ行けるか?」

「はい。クロガネさんは?」

「ふっ。まだまだ余裕だ」

「分かりました。僕も、これを使います」

と、短い言葉を交わすと、ルクスは

黒いソードデバイスを抜いた。

 

そして……。

「顕現せよ、神々の血肉を喰らいし

 暴龍。黒雲の天を断て!≪バハムート≫!」

パスコードを叫んだルクス。

 

直後、現れた漆黒の機竜がルクスの体を

包み込んでいく。

 

「ルクス、お前、まさか……」

リーシャは、呆然と黒い神装機竜、

バハムートを纏うルクスの後ろ姿を

見つめていた。

 

そして、二匹の黒龍が並び立った。

 

「……ルクス、行くぞ?」

「はい」

 

短く会話した2人。

「相手はたった2人だ!囲んで

 嬲り殺せぇぇっ!」

部隊の後方で叫ぶラグリード。

それに従って反乱軍のドラグライドが

飛び出した。

 

ルクスと黒鉄に、3人ずつ斬りかかった。

 

ルクスは、バハムートは目にも止まらぬ

速さで3体の機竜をバラバラに切り裂き、

黒鉄は……。

 

『ガキキキィィンッ!!』

敢えてその装甲で攻撃を受け止め、

驚愕する左右の2人を両腕のブレード

で真っ二つに切り裂き、目の前の1人の

首にその顎で食らい付いた。

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!?」

そして、逃れようと叫ぶ反乱軍兵士。

だが、無意味だ。

『ボキッ!!』

 

顎に力を込めた黒龍が男の首を

へし折ったのだ。首を振って動かなく

なった死体を投げ捨てる黒鉄。

そして、黒龍は飛び出した。ルクスは

飛翔型の、つまりは空の機竜を

墜としている。黒鉄は陸戦型の機竜と

アビスを討つため、大地の上を駆けた。

 

「き、来たぞぉっ!」

アビスさえも簡単に倒す黒龍を前にした

反乱軍の兵士達は半ばパニック状態だ。

そして、それが命取りとなる。

 

『グサッ!』

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

腹部をブレードで貫かれた兵士の悲鳴が

周囲に木霊する。

更に、縦に振り下ろしたブレードが兵士

を真っ二つに引き裂き、周囲に男だった

血肉が飛び散る。

 

「ひぃぃっ!?」

それだけで兵士達は情けない声を上げる。

だがその怯えさえも命取りとなり、

黒龍の次のブレードの餌食となって

体を切り裂かれた。

「こ、この化け物めぇぇぇっ!」

何人かは、闘争心を失わず、黒龍に

挑みかかった。

 

だが……。

『バキッ!』

一発で殴り倒され……。

『ザシュッ!』

「げぼぉぉっ!?」

腹を足で貫かれ、血を吐き出して死んだ。

 

そして、黒龍の手足が血で真っ赤に

なった頃、黒龍である黒鉄は一旦

殺戮の手を止めた。

 

「何だ。この程度か。かつての旧帝国の

 残党というのは。……弱いな。

 肉体的にも、技の面でも、精神的にも。

 脆い。脆弱そのものだ。だが、

 容赦などしない。貴様等は戦争が

 したかったのだろう?そして

 お前達は戦場に居る。……当然、

 死ぬ覚悟程度、出来ていようなぁ?」

威圧感たっぷりに問いかけてくる黒龍に、

多くの男達は恐慌状態に陥り、

だらしなく涙を流し命乞いまでする

者までいた。

 

だが……。

「言ったはずだ。ここは戦場。

 死ぬ覚悟も無いなど、この我が

 許さん。お前達は、ここで死ね。

 さもなくば、疾く失せよ。

 逃げる者は殺さぬ。だが、次我の

 前に現れた時は、確実に殺す」

 

無慈悲に。冷徹に。黒龍はそれだけ

告げると再び反乱軍兵士達を殺し始めた。

しかし粗方の兵士は、血塗れで赤黒く

染まった黒龍を前に、完全にパニック状態

となり、複数の兵士達が我先にと逃げ出した。

 

それを叱責し、戦おうとした兵士もいたが、

しかしすぐさま黒龍のブレードに腹を

貫かれて殺された。

そして黒龍が粗方の、戦う意思のあった

兵士を殺し終えた頃には、殆どの兵士が

撤退していた。これで、反乱軍の

陸上部隊は壊滅だ。

 

それを確認した黒龍は視線を上に向けると、

口を開き、背鰭を青白く発光させた。

 

『ルクス。今から左の空を薙ぐ。そちらに

 行くなよ』

『了解です』

竜声を使っての短いやり取り。今の航空部隊

は完全にルクス1人に集中しており、

黒龍の動きに気づかなかった。

 

そして、それ故に命取りとなった。

 

黒龍の開かれた口元に高純度のエネルギーが

収束する。膨大なエネルギーから溢れ出た

プラズマが周囲の大地を溶かしていく。

そして、黒龍の瞳が瞬いた、次の瞬間。

 

『ドウッ!!!!!!!!』

 

世界が揺れた。

 

「ッ!?なん」

それに驚き、兵士が叫ぼうとした。

だが、出来なかった。

叫ぶ前に、向かって来た青い圧倒的な

熱量の塊。黒龍の全てを焼き払う必殺技、

『ヒートブラスト』によって蒸発して

しまったからだ。

 

極太の青白い光の光線が空を薙ぎ、

そこにいた機竜とアビスを、跡形も

無く蒸発させていく。

この一射で、残っていたアビスと、

航空部隊の半数が消滅した。

 

そして、ルクスに挑みかかったラグリード

もまた、彼の圧倒的な力の前に撃墜

されたのだった。

 

 

こうして、数十匹のアビスと、100機の

機竜という規模を誇った反乱軍は、

たった『二匹の黒龍』によって、壊滅

させられたのだった。

 

リーシャは、半ば呆然としながら、

 

空に浮かぶバハムートと。

大地に立つ黒龍。

 

二匹の黒龍の背中を見つめている事しか

出来ないのだった。

 

 

     第5話 END

 




黒鉄が変身した姿は、対G専用決戦兵器 紫龍というゴジラ対エヴァンゲリオンで作られたフィギュアの黒カラーに両肩のネルフマークを消した感じと思っていただければ大丈夫です。

感想や評価、お待ちしています。


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第6話 騒乱の終わり

今回は所々オリジナルです。


アビスを操り侵攻してきた旧帝国の残党。

出撃していたリーシャは果敢に戦うも、

撃墜されてしまう。しかし駆けつけた

ルクスのバハムートと黒鉄の活躍によって

事なきを得たのだった。

 

 

戦いから数時間後。バハムートを使った反動

で気を失ったルクス。満身創痍のリーシャ。

そして一方で無傷で疲労の色を見せない黒鉄。

この3人は無事に帰還していた。

しかし、色々ボロボロな2人は今治療を

受けており、ルクスに至っては眠ったまま

今も目を覚まさない。

 

そして、黒鉄は今、ルクスの事情を知る

アイリと共に、学園長室でレリィと話を

していた。

 

話は、まずルクスが5年前のクーデターで

活躍した黒の英雄である事だった。

「そうであったか」

「クロガネさんは、余り驚いていない

 ようですが、もしかして兄さんの事、

 知っていたのですか?」

「いや。確証があった訳ではない。ただ、

 神装機竜のソードデバイスの色は、その

 対応する神装機竜と同じ色をしている。

 リーズシャルテ・アティスマータの

 ティアマトがそうであったようにな。

 なのであの黒いデバイスは、黒い

 神装機竜の物なのだろうとは思って居た。 

 この新王国で黒の神装機竜と言えば、

 噂で聞いた黒の英雄のバハムートしか

 思い浮かばなかったのでな。半信半疑

 と言った程度であった」

「そうですか。……あの、クロガネさん。

 この事は」

「無論承知している。みだりに広げて

 ルクスやアイリ達の迷惑を掛けないよう

 気をつけよう」

「ありがとうございます」

そう言って黒鉄に頭を下げるアイリ。

 

「じゃあ、次はクロガネ君の番ね。

 単刀直入に聞くけど、アイリちゃん達が

 見た機竜みたいな姿って、何?」

「あれは、我の中にある力を制限した

 上で顕現させた物、とでも言えば良いか」

「制限し、顕現?」

首をかしげるアイリ。

 

「うむ。我が普通ではないのは2人とも

 理解しているであろうが、我の本気は

 あんな物では無い、と言う事だ。

 ……詳しい事を話せないからこそ、

 2人には歯痒い思いをさせてしまうかも

 しれぬが、今の我に言える事はそれくらいだ」

「……力をセーブした上で顕現させた、と

 言っていたけど、じゃああれは機竜

 じゃないの?」

「うむ。違う。全くの別物だ。そもそも

 あれは纏うのではなく、一時的に

 肉体そのものを全く別の存在に

 変質させている、と言った方が

 正しい」

「それってつまり、クロガネ君は自分で

 自分を変えられる。もっと言えば今と

 別の姿に変化する事が出来る。

 って事よね?」

「うむ。その認識で間違い無い」

 

レリィの言葉に頷く黒鉄。そして彼の

言葉が、彼女の中である一つの疑問を

持たせた。

「そう。でもそれって、言い換えれば、

 『今のあなたの体』が、『本来の姿』

 じゃないかもしれないって事よね?」

 

レリィの言葉に、アイリはハッとなって

隣の黒鉄を見上げた。

「ふぅ。……その通りだ」

そして、彼は息をついてから否定する

事なく頷いた。

「今の我の体は、元からこうであった

 訳ではない」

「それって、つまりあなたは人間じゃ

 無いの?」

「それは肯定も否定も出来ぬ。この体は

 間違い無く人と同じ構造をしている。

 力の辺りは、我本来の姿の力もあって

 常人離れしているが、それでも今の

 姿は、間違い無く人と同じ」

「でも、あなたは複数の姿を持っている

 事から、人じゃ無いと言う言葉を

 肯定することも出来るし、否定する

 事も出来る、と?」

「そうだ」

 

と、黒鉄が頷くと、レリィは長い、

長~~いため息をついた。

 

「ホント。色々人外みたいだとは思って

 たけど、まさかホントに人外だった

 なんてねぇ」

「……恐ろしいか?我のことが?」

苦笑するレリィ。しかし黒鉄は真剣な

表情で彼女に、鋭い視線を送っている。

 

「確かに、びっくりはしたわ。でも

 まぁクロガネ君が悪人じゃないのは、

 生徒達の反応を見ていれば分かるし」

「そうか」

レリィの反応を見た後、黒鉄はアイリの方

に視線を向けた。

 

「アイリはどう思って居るのだ?」

「確かに。私も驚きはしましたが、 

 クロガネさんが誠実な男性である事は

 見ていれば分かりますから。別段

 気にしては居ません」

「そうか、ありがとう」

そう言って小さく頭を下げる黒鉄。

 

「けどまぁ、クロガネ君の、例の機竜

 モドキの姿は余り使わない方が賢明かも

 しれないわね。アビスを瞬殺出来る力

 なんて、色んな所から目を付けられちゃう

 だろうし」

「うむ、確かにもっともな意見だ」

「幸い、その姿を見た人はアイリちゃん

 を含めて少数なんだし。大体が口の硬い

 人だから大丈夫よ。それ以外で知っている

 のは私だけ。だからクロガネ君の

 機竜モドキの事も内密にします。ルクス

 君のバハムートのようにね」

「すまぬ。迷惑を掛けてしまったな」

そう言って頭を下げる黒鉄。

 

「良いのよ気にしなくて。実際、あなたと

 ルクス君のおかげで反乱軍も殆ど

 壊滅状態。パニックになって逃走し、

 追撃部隊に発見された兵士達も、

 殆ど戦う気力を無くして投降。

 おかげで無傷の機竜をいくつか奪還

 出来たし。リーシャ様やルクス君、

 シヴァレスの何人かが負傷して

 しまったけど、死傷者は出てない

 んだし。本当に、2人には感謝して

 いるわ。それを思えば、これくらい当然よ」

「感謝する」

 

「ただぁ」

頭を下げた黒鉄だが、続くレリィの言葉に

再び視線を上げた。

「助けて貰ったし感謝もしてる。でも、

 こちらとしては少しばかり情報が欲しい

 のよね。口止め料、って訳じゃないけど」

「情報?もしや我のか?」

「えぇ。少しで良いから、開示をお願い

 出来ないかしら?」

 

その言葉に、黒鉄はしばし迷った後。

「分かった。今はまず2人にだけ、少しは

 話しておこう。ただし、まだ他人に

 漏らすことはダメだ。例えルクスや

 フィルフィ・アイングラムと言った

 兄妹でもだ。構わぬか?」

「えぇ」

「はい。分かりました」

 

「では、改めて伝えるが、はっきり言って

 しまえば、我は機竜やアビスを生み

 出した超古代文明を『知っている』」

そう、黒鉄が言うと、2人は数秒して

言葉の意味を理解し、愕然とした。

「恐らく、2人ならばこの言葉の意味

 が分かるだろう。……我は、その

 超古代文明が栄えた時代、言わば

 ロストエイジに生きていたのだ」

「ち、ちょっと待ってクロガネ君!?

 超古代文明って言ったら、何千年も

 昔の……!?」

「そう。だが、我はその悠久に等しい時間

 の中で生きてきた。以前、皆に歳を

 忘れた、と言ったが、あれは比喩でも

 何でも無く、長く生きすぎて自らの

 歳を忘れたと言う意味なのだ」

「嘘、でしょ」

これには流石のレリィも呆然となった。

 

「あ、あの。もしクロガネさんがその

 ロストエイジと呼ばれる時代を生きて

 いたのなら、どうしてかつての文明が

 崩壊したのかも、ご存じなんですか?」

「うむ。『知っている』。時にアイリ。

 お主は文明崩壊について何か聞いた事は

 あるか?」

「は、はい。新王国の領地にある

 ルインの一つ、『方舟(アーク)』。

 それには凄まじい威力を誇る兵器が

 搭載されており、それが使われた事

 で文明が滅んだ、と言う説を耳に

 した事があります」

「そうか。しかし、それは間違いだ。

 ……お主達がルインと呼ぶ存在の

 大半は、要塞や基地の一つであり

 内部でアビスや機竜の生産を行い 

 つつ『ある敵』と戦う為に作られ

使われた施設なのだ」

「ッ!?ある、敵……!?」

 

「左様。先ほどの戦いで我々が回収した

 笛。あれはアビスに現地で指示を

 出し、より細かい作戦行動をさせる

 物だ。しかし、アビスは長らく指示が

 無ければ自立行動プログラムが発動し、

 自動で移動、索敵、発見、攻撃を

 するように作られており……」

「ちょっ!?ちょっと待って下さい!?

 クロガネさんはどこまで知ってるん

 ですか!?」

2人は、黒鉄の言葉に驚きながらも、

アイリが黒鉄の言葉を遮って

問いかけた。

 

「どこまで、と言われても。何故

 アビスや機竜、ルインと呼ばれた

 ロストエイジの『兵器』が作られた

 のか、と言った経緯は大体知って

おるが?」

と言うと、アイリとレリィは同時に

頭を抑えた。

 

「私、頭痛くなってきました」

「奇遇ねアイリちゃん。私もよ」

げんなりした様子の2人に、黒鉄は

首をかしげた。

やがて……。

 

「でも、クロガネ君。古代の人々は

 アビスや機竜を生み出す力があったの

 でしょう?それでも、その敵に

 負けたって事?」

「そうだ。……かつての人類は、自らを

 生命の頂点、霊長類とまで自称するほど

 思い上がった種族であった。そして

 その思い上がりの結果、人類は増長し、

 この星の、大地を、空を、海を

 汚した。結果、その敵と言う存在の

 怒りを買い、この星の覇権を争う戦い

 の末に敗れ、文明は崩壊。僅かに

 生き残った人々が再び0から文明を

 築き上げ、そして今に至る。

 と言う訳だ」

「その、生き延びた人々が私達のご先祖様、

 と言う事?」

「うむ。当時の人間の大半は、自らが

 この星の覇者だと驕っていたが、何も

 それが全員だった訳ではない。人間の

 中にはその敵を、神と崇め共存の道を

 模索していた者達もいた。現に、彼等

 だけはその敵の攻撃を受けること無く

 生き延びた。最も、その共存を望んだ者達、

 『共存派』と呼ばれる派閥と、彼等が神

 と崇める敵を倒しこの星を支配しよう

 とした『殲滅派』の数の差は圧倒的で

 あり、当時の人間の7割以上が殲滅派

 であった。だが、殲滅派は神の前に敗れ、

 その神と戦う為の生み出した機竜や

 アビスがルインに保存されたまま

 忘れられていき、そして現代に生きる

 者達が再びそれを手にしている。

 と言う事だ」

 

と、いろいろな話を聞いていた2人だった

が、やはり頭の理解が追いつかず今は

気怠げにため息をついている。

「何だか、どっと疲れました」

「私もよアイリちゃん。まぁでも、この際

 詳しい話は、やっぱりまた今度に

 しましょう。と言う訳でごめんなさい

 ねクロガネ君。折角話して貰ったのに。 

 正直、今の私達じゃとても……」

「うむ。まぁ信じられぬのも無理は無い。

 我の話したことは好きに受け止めて欲しい。

 ただ、機会があれば、証拠を交えてまた

 この話をするだろうから、頭の片隅にでも

 留めておいて欲しい」

「えぇ。分かったわ。アイリちゃんも

 それで良い?」

「はい」

 

こうして、3人の話し合いは終わり、黒鉄

はルクスの様子を見てくる、と言って

学園長室を後にした。

 

その後、残された2人は……。

「ねぇアイリちゃん。どう思う?クロガネ

 君の話」

「正直、半信半疑です。でも、クロガネ

 さんの存在自体が信じがたい事です 

 から、正直に言えば分からないの一言

 に尽きますね」

「そうよねぇ」

 

「「ハァ」」

2人は揃ってため息をついた。結局、

今は聞いた事を忘れようと言う事で

2人は同意した。

話が終わり、アイリはルクスの見舞いに

行くため部屋を後にした。

 

しかし、忘れようとしても2人の中で

ある一つの疑問があった。

 

『『かつての文明を滅ぼした敵、神って一体』』

 

2人は、答えの出ない疑問に悩まされるの

だった。

 

 

やがてしばらくして、ルクスが目を

覚ました。

シャリスやティルファーを始めとした

シヴァレスの面々。フィルフィや、

『クルルシファー・エインフォルク』

などが彼の見舞いにやってきた。

 

そして、そんな中で1人やってきたのが

黒鉄だった。

「どうだルクス。体調の方は」

「まだちょっと鈍痛がありますけど、

 それ以外は問題ありません」

「そうか。それは何よりだ」

そう言って笑みを浮かべる黒鉄。

 

「しかし、まさかルクスが『彼』だったとはな」

「……。すみません、黙ってて」

黒鉄の言う彼が、黒の英雄、つまりバハムート

のドラグナイトであった事を指すのは

ルクスでも分かった。

「なに、謝る事ではない。我も自分の事

 を色々隠している身だ。正直、黒い 

 ソードデバイスを持っていたことから

 まさか、とは思って居たが。

 その感が当って驚いている程度だ。

 それに、我もあの姿を隠していたのだ。

 お相子と言う奴だ」

「それって、あの姿の事ですよね?

 あれもクロガネさんの力に関係して

 いるんですか?」

「あぁ。今はまだ言えぬが、我が力の

 一部だ」

「あれで一部ですか。本気じゃなくて?」

「うむ。一部だ。あのような雑魚の群れ。

 我が本気を出すまでも無い」

そう言って鼻を鳴らす黒鉄にルクスは

苦笑するが、すぐに苦痛で少し顔を

歪めた。

 

「おぉ、大丈夫かルクス」

「す、すみません。外傷とかは無いんです

 けど、あれを使うと負担が凄くて」

そう言って、ルクスは部屋の壁に立てかけて

あるバハムートのソードデバイスに

目を向け、黒鉄もそちらに一旦視線を

向けた。

 

「最弱の無敗と呼ばれたルクスをして、

 ここまで消耗させる程の機体か。

 かなりのじゃじゃ馬だな」

「えぇ。実際この有様ですから」

「そうか。まぁ今はゆっくり休むと良い。

 万が一、敵やアビスが攻撃してきたならば

 我が殲滅する故、安心して療養に

 努めよ」

「あ、ありがとうございます。心強いです」

と、黒鉄の言葉に苦笑しながら頷く

ルクス。

 

それから少し話した後、黒鉄は部屋を後にした。

 

そして通路を歩いていると……。

「む?」

「お?」

角を曲がった先で、黒鉄はリーシャと遭遇した。

「リーズシャルテ・アティスマータか。

 もう動いて大丈夫なのか?」

「あぁ。……と言いたい所だが、まだ体の

 あちこちが痛い」

「そうであったか。ならば今は休め」

「いや。そうは言うが私は新王国の姫

 として、この程度で休むわけには……」

そう言いかけたリーシャだが、直後

にフラついた。

「むっ!?」

咄嗟に彼女の肩に手を伸ばして支える黒鉄。

「あまり無理をするな。あの規模の

 大部隊と戦ったのだ。体にたまった

 疲労は相当な物だろう。良いから

 休め。無理をして倒れられては

 ルクスが心配するぞ」

「うっ。……わ、分かった」

ルクスの名を出された事もあってか、

リーシャは黒鉄の言うとおり部屋に

戻る事にした。とは言え、まだ少し

フラついていたので、念のため

黒鉄が付いていった。

 

その道中。

「なぁ、クロガネ」

「む?」

「ルクスから聞いたよ。お前がルクスに

 色々アドバイスした事」

「そうか。……正しい王女への悩みか」

「……お前なら、その悩みへの答えを

 出せるのか?」

静かに会話する2人。幸い、今の周囲に

人影は無い。

 

「……出せない」

そして、黒鉄がそう呟くとリーシャは

足を止めて黒鉄も続くように足を止めた。

「……そうか」

しばし俯いて小さく呟くリーシャ。

 

「リーズシャルテ・アティスマータ。

 お主自身以外、その答えを出せる者

 はいない」

「え?」

「例え誰かが、模範的な王女のあり方を

 説いたとする。だがその答えでお主は

 納得出来るのか?」

「そ、それは……。分からない。

 正しい王女のあり方も分からない私には、

 模範的な回答をされても、それが

 正しいのかどうか……」

 

「いや、そうではない」

「え?」

「……正しい王女の姿を、一体誰が

 決めた?理想か?歴史か?それとも

 貴族か?人間か?……我に言わせれば、

 理想とは人が思い描くだけ、

 即ち星の数ほどあるのだろう。

 リーズシャルテ・アティスマータ。

 だからこそ、お主が納得出来る理想の

 王女の姿は、お主自身にしか

 見つけられない」

「私自身?」

「そうだ。人が語る理想の王女は、所詮

 そいつの理想。模範的であるかも

 しれぬが、それを全て受け入れているだけ

 では、自分が本当になりたい王女にはなれない」

「ッ」

 

「誰しも、納得出来る答えを用意出来るのは

 自分自身だけだ。だからこそ、我では

 お主が納得出来る答えを用意してやる事は

 出来ない。精々、人生の先輩として

 アドバイスを送り、或いは友人として

 力を貸す事くらいだ」

「……私が納得出来る答えを出せるのは、

 私だけか」

「うむ。……ルクスから少し話を聞いた。

 大切な皆に認められたい、と。お主が

 そう言って居たと」

「……あぁ」

「我は、それで良いと思う」

「え?」

リーシャは、黒鉄の言葉が以外だったのは

呆けた声を出してしまった。

 

「世に言う暴君というのは、大体が自分

 の好き勝手に暴れている者達だ。

 自分の選択を後悔もしなければ、

 問題があっても他人のせいにする。

 そういう自己中心的な思考しか出来ない

 王が居る国は、いずれ廃れていく。

 逆に、民に寄り添い、国のために努力

 を惜しまない王こそが、名君と

 呼ばれるのだ。そして、それ故に

 名君は悩む」

「名君が悩む?どういう意味だ?」

 

「例えば自分の行動が正しかったのか?

 もっと良い方法があったのではないか?

 あの時あぁしていれば。そうやって

 悩む。悩んで、考えて、経験して、

 そして次へと生かす。これは勉学や

 技術を身につけるのと同じだ。

 何事も、経験して、時に失敗しな

 がらも学んで、次に生かす。

 同じ失敗をしないように努力出来る。

 そして、何よりも誰かのことを

 考えてやれる。……そうやって、

 悩んでいる者の方が良い王でもある。

 ……考え無しの、頭が空っぽな

 感情で動く暴君より、よほど良い。

 まぁ、これも我の考え方でしかない

 のだがな。お主はどう思う?

 リーズシャルテ・アティスマータ」

 

「……。私は、悩んでも良いのだろうか?」

「うむ。それが人生という物だ。

 悩んで、悩み抜いて、自分が納得出来る

 理想の王女の姿を思い浮かべる事が

 出来たのなら、それがきっと、お主の 

 なりたい王女という事なのだろう」

「……そうか」

小さく頷くリーシャ。

 

「まぁ、とはいえ理想を実現するのは

 簡単ではない。1人ではな。だからこそ 

 周囲を頼っても罰は当らないだろう」

「え?いや、しかし私は……」

「ルクスに言ったが……」

反論しようとするリーシャを遮る黒鉄。

 

「王もまた人だ。そして、人が1人で

 出来る事にも限界はある。だからこそ

 周囲を頼れ。王女だからと1人で

 頑張っていても、1人で出来ない事は

 ある。だからこそ頼れ。周囲を。

 友人を。……我やルクスを」

「……。私は、頼っても良いのだろうか?

 お前や、ルクスを」

「我は一行に構わんぞ。年下の面倒を

 見るのも、年上の役目だからな」

そう言って笑みを浮かべる黒鉄。

 

「それに、あのお人好しのルクスの事だ。

 お主が拒んだ所で、ピンチになれば

 助けに来るやもしれぬぞ?」

「ふふっ、確かにな。確かにルクスなら

 どんな時でも助けに来てくれそうだ」

そう言って頬を赤らめるリーシャ。

 

やがて、リーシャの部屋の前まで

たどり着いた。

「悪いな、送って貰って」

「気にするな。怪我人が1人で歩いている

 方が心配だからな。では、今は

 ゆっくり休め。リーズシャルテ・

 アティスマータ」

「あぁ。そうさせて貰う。……っと、 

 そうだクロガネ」

「む?」

「私の事はリーシャで良い。お前は

 親しい人以外はフルネームで呼ぶ

 そうだが、私はお前の友人なの

 だろう?だからリーシャで良い」

「そうか。ではなリーシャ。しっかり

 休めよ」

そう言って笑みを浮かべる黒鉄。

 

「あぁ、お前もな、クロガネ」

対してリーシャも笑みを浮かべると

部屋へ入っていった。

 

それを見送った黒鉄は、その場を後にした。

 

しかし数秒して、窓の前に立つとすっかり

夕暮れになり始めた空を、鋭い視線で

見上げていた。

そしてしばらくしてから、彼は再び

学園長室を訪ねていた。

 

「失礼する」

「あら?クロガネ君。何か用?」

「あぁ、少しな」

呟きながらも周囲を見回す黒鉄。

部屋に居るのは学園長のレリィだけだ。

 

「今日の事件の事で、少し気になった

 のでな」

「ッ。……どういうこと?」

彼の出した話題に、レリィは表情を

引き締めた。

 

「今回の反乱で使われた、アビスを

 操る笛。十中八九、ロストエイジの

 道具だ。だが、それがあるのはルイン

 内部。かといって、表向き新王国に

 属していたあの男が隙を見てルイン

 に何度も赴いて探索し発見した。

 と言うのは考えにくい。となれば、

 奴にあの笛を渡した存在がいる

 はずだ」

「確かにそうね」

「そして、ルインに潜入してアビスと

 戦いながら探索を出来る程の力が

 あるのは、各国軍に他ならない」

「ッ!クロガネ君!?それは……」

 

彼の言い分に驚くレリィ。もし黒鉄の

予想通りだとすれば……。

「それって、つまり……」

「あぁ。今回の騒動。それは『旧帝国

残党を利用した他国からの侵略行為』に

他ならない」

彼の言葉に、驚き立ち上がったレリィは

静かに椅子に腰を下ろした。

 

「……。クロガネ君は、どうして

 そう思ったの?」

「今言った通りだ。あの笛は、烏合の衆

 の残党風情が簡単に手にできる物

 ではない。そして、今言ったように

 ルインに出入り出来るのはそれを

 管理している各国軍だけ。盗賊風情が

 入る事自体考えられぬ。故に、あの

 笛を盗賊がたまたま入手し、

 たまたま闇のオークションなどに

 かけられそれをたまたまあの男が

 入手した、と言うのは虫が良すぎる話だ。

 となれば、どこかの軍がルイン内部で

 発見したアレをあの男に与え、そして

 そそのかしたとも考えられる。残党に

 してみれば今の新王国は仇敵。そして

 笛を与えた国。仮にXとしよう。Xの

 目的が新王国の壊滅なのか占領なのかは

 分からぬが、仮に残党が王国を占領

 出来れば、残党を傀儡政権として

 この国を支配する事だって出来よう」

「……。それってつまり……」

 

「前回のガーゴイル襲来は恐らくあの男に

 よる笛のテストの結果。そして今回

 その力で王国を占領するべく動いた。

 と言う訳だ。だが、これでXが新王国

 に対する工作や攻撃を止めるとは

 思えん。……今日という日の戦いは、

 ただの前哨戦なのかもしれぬ」

「……本当に、頭が痛いわ。それって

 つまり今後も事件が起るって事?」

「全てにXが関わっているとは思えぬが、

 今後、何かしらの怪しい事件の裏には

 Xが存在するかもしれぬ。そして、

 恐らく遠くない将来、Xと戦う事に

 なるかもしれぬ」

「……ただでさえ人手が足りないって

 言うのに。正直、クロガネ君の予想は

 外れて欲しいけど……。何だか

 凄く当りそうな、嫌な予感がするわ」

そう言って額に手を当てるレリィ。

 

すると……。

「いざとなれば、我も新王国の者として

 手伝おう」

「え?」

「今の我は、ルクスと同じくここに

 仮入学という形になっていたはず。

 ならば、曲がりなりにもこの国で

 暮している者として、そして、

 ルクス達の友人として、この国を

 守る為に尽力しよう」

「そ、それはありがたいけど。

 でもクロガネ君はどこの国にも

 属したりしてないんじゃ」

「これまではな。……だが、すぐ傍で

 友人達が困っているのを見捨てては

 おけん」

彼の言葉に、レリィはしばし押し黙った。

 

「正直、クロガネ君が味方してくれるのは

 ありがたいわ。単独でもガーゴイルクラス

 のアビスを圧倒する力。黒の英雄にも

 匹敵する戦闘能力。……信じても、良いの?」

「……今後、行動で示す。今も監視下にある

 我にはそれしか出来ぬ」

しばし、2人は鋭い視線で互いを見つめる。

 

やがて……。

「分かったわ。なら、皆のこと。お願いね?」

「全力で、ルクス達を助けると約束しよう」

レリィの言葉に、黒鉄は決意の籠もった表情

を浮かべながら静かに頷いた。

 

その後、部屋を後にする黒鉄。

 

 

本来、彼はこの世界の人間たちの争いに

介入しないようにしてきた。

 

それは、一度は崩壊し、しかし時間を

かけて再生した人類文明が、どのような

道を辿るのかを見守るためだった。

 

彼は、黒鉄は、調停の神でもある。

 

古来より世界を見守り、かつて存在した

男をして、自然界の調和を保つ力と

された『かつての黒鉄』。

 

すなわち、ゴジラこそがこの星を

見守り星のバランスを保つ存在。

つまり『調和の神』である。

 

故に、彼は積極的に人の争いに介入したり

どちらか一方に肩入れすることはこれまで

して来なかった。精々戦況を観察し、

争いに巻き込まれそうになった民間人を

助けた程度だ。

 

その彼が今、これまでと打って変わって

新王国側に参戦すると言うのだ。

 

そして、その理由は……。

 

『嫌な予感、と言う奴か。この胸の奥

 でざわめく、小さな不安感は』

 

黒鉄自身の直感であった。

 

そして、彼自身も知る由が無い事で

あるが、その嫌な予感は当っていた。

 

後に、黒鉄やルクス達もまた、思い知る

事になる。

 

今回の反乱軍騒動は、戦いの序章でしか

無かった事を。

 

今、戦いの足音が、静かに彼等へと

迫っていた。

 

     第6話 END

 




次回はアニメ第3話辺りがベースです。

感想や評価、お待ちしてます。


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第7話 争奪戦

お待たせしました。第7話です。


旧帝国残党のクーデター未遂事件から数日が

経過した。あの後、ルクスと黒鉄は正式に

アカデミーの生徒として迎え入れられた。

 

ちなみにルクスは、少数とは言え自分が

黒の英雄である事を知ってしまった人が

いる、と言う事からアカデミーにいられなく

なるかも、と思って居たがそんな事は無く、

彼のバハムートもこのアカデミーの敷地内

に運び込まれている。

これには彼も最初、予想外過ぎて驚いていたが。

 

とまぁ、いろいろ合ってここで生活する

ようになった2人。

 

そして、今日も今日とて彼等には依頼が

舞い込んでいたのだった。

黒鉄の方は主に人生相談や勉強を教えて

欲しい、などの簡単な物から、体を

動かすのに付き合って欲しいと言われ、

さながら運動部のコーチのように、

主に2年生や1年生の生徒達の運動など

にも付き合うようになった。

 

ちなみに、まだ黒鉄サイズの制服が

出来上がっていないので、彼は今も私服の

ままだ。

 

そしてある日の朝は……。

「はっ!」

「ぬっ!」

 

カンカンッと、軽く何かがぶつかり合う音が

寮から少し離れた森林の中で響いていた。

その音の元は木剣だった。まだ起きてくる

者も少ない早朝。森林の中で木剣を持つ

2人、黒鉄とシャリスが打ち合っていた

のだ。黒鉄はいつも通り。シャリスは

動きやすい格好で、木剣を使い戦っていた。

 

「はぁっ!」

繰り出される突き。しかし黒鉄はそれを

刀身で受けて逸らす。

シャリスは剣を引き戻そうとするが……。

『ビュッ!』

「うっ!?」

カウンターで喉元に突き付けられた木剣の

切っ先に、彼女は動きを止めた。

 

「ま、参ったよクロガネさん」

「うむ」

彼女の言葉に黒鉄が頷くと、剣を

下げた。

 

その後、用意していたタオルで汗を拭う2人。

「いやはや、相変わらずクロガネさんには

 敵わないな。自分でも少しは剣の腕

 が上達したと思ったのだが……」

「心配する事は無い。シャリスの剣の

 腕は確実に上がりつつある。とは

 言え、そう簡単に技術が身につくもの

 でもない。これからも鍛錬を続ければ

 今よりも強くなれるであろう」

そう言って笑みを浮かべる黒鉄に、

シャリスは頬を赤くしていた。

「そ、そうか。ではなクロガネさん!

 私はそろそろ行くよ!」

「うむ。ではまたな」

足早に駆けていくシャリスを見送った

黒鉄。

 

 

はたまた他にも……。

「そこの式はこの公式を使ってだな」

「成程」

 

ある日、黒鉄はノクトの依頼で彼女に

勉強を教えていた。しかも2年生の範囲をだ。

やがて勉強が終わると、ノクトは凝った

体をほぐすように伸びをした。

 

「ありがとうございましたクロガネさん。

 教えて頂いて」

「なに。これ位の事お安いご用だ。

 しかし、よかったのか?これは

 まだクラスで教わらない、先の範囲で

あろう?」

「YES。ですが、だからといって学ぶ事を

 怠って良い理由にはなりませんから。

 変ですか?」

首をかしげる黒鉄に答えるノクト。

 

「いや、むしろ我は感心している。確かに、

 まだクラスで習っていないから、と言う

 のは良い訳に過ぎんな。自分から進んで

 勉強に励むと言うのは存外簡単ではない。

 それが出来るのはノクトが優秀な証だと

 我は思うぞ?」

そう言ってノクトの頭を撫でる黒鉄。

すると、彼女は一瞬驚いてからすぐに

目を細めた。

 

やがて……。

「はぅ」

思いのほか、黒鉄のなでなでが気持ちよく、

ノクトは頬を赤らめながらそんな声を

漏らしてしまった。

 

「むっ、すまんノクト」

すると、黒鉄は彼女が嫌がっているのでは?

と考え手を離した。

「その、嫌であったか?」

「の、NO。そんな事は無いです。

 むしろ、何というか。クロガネさんに

 褒められて撫でられるのは、嫌い

 ではないので」

「そうか。それならばよいのだが」

と、黒鉄はノクトの言葉に安堵した表情

を浮かべていた。

 

一方で……。

『く、クロガネさんに勉強を教えて貰った

 クラスメイトが、『褒められて頭撫でて

 貰ったら何か凄い幸せだった』、とか

 言ってましたが、これは、確かに』

などとノクトが考えていたのだが、当の

黒鉄にそれを知る由も無かった。

 

更に……。

「ここはこうして、だな」

「あ~成程~」

今度はティルファーからの依頼で料理の

手伝いをしていた。

今は2人並んでオムレツを作ろうとしていた。

黒鉄が見本を見せ、それを真似るティルファー。

 

で、出来上がった料理なのだが、ティルファー

の方は黒鉄に比べて形が少し崩れていた。

「う~。同じようにやったはずなのに~」

「いやいや。見ただけでここまで真似る事が

 出来れば十分であろう。しかも初めてなのだ

 から、それを考慮すれば十分に合格点で

 あろう?」

と言う話の後、実際に食べてみたのだが……。

 

「う~~!やっぱりクロッちの方のが

 美味しいよ~。女子として負けた

 気分だよ~!……ってかなんで

 クロッちって男なのにそんなに料理

 出来るの!?」

「む?そうだなぁ。やはり長く一人旅を

 していたから、であろうなぁ。

 町で店などに入りでもしない

 限り食事は基本自分で何とかしていた

 のだが、随分昔は簡素な物ばかりを

 食べていたが、次第に飽きてきてな。

 だから、だろうか。自分で料理をする

 ようになったのは」

「へ~~。だから料理上手いんだ~。

 あ~あ、私もクロッちみたいに美味しい

 料理作れるようになれるかな~」

と、悲観的なことを言うティルファーは

そのまま机に突っ伏してしまった。

「そう悲観するなティルファー。確かに

 お主の腕はまだまだだが、初心者が

 突然プロ並みの腕前で料理出来て

 しまえば、プロのシェフ達の面目

 丸つぶれであろう?」

「そうだけどさ~。ちなみにクロッち

 はそれくらい料理出来るまで、

 どれくらいかかったの?」

「む?そうさの~。おおよそ1年と

 半年、と言うくらい、か?

 まぁ毎日料理をしていた訳ではない

 ので、多く見積もって2年ほど、

 であろうな?」

「う~~。そんなにか~」

2年という数字に、先は遠いと実感する

ティルファー。やがて……。

 

「ねぇクロッち。クロッちは私が上手に

 料理出来るようになるまで、色々

 付き合ってくれる?」

「あぁ。もちろんだ。ティルファーが

 満足出来るまで、我はいくらでも

 付き合ってやろう」

と、黒鉄は彼自身普通の事を言ったつもり

だった。

 

しかし、今の発言は場合によっては、

付き合って下さいと言う告白みたいな事を

言って、OKされたようにも思えるわけで……。

「ッ、ッ~~~~!」

ティルファーもそれに気づいて顔を真っ赤に

してしまった。

 

「あ、あああ、ありがとクロッち!

 それじゃあ今度もよろしくねっ!」

ティルファーは、そう言うと残っていた料理

を急いで食べ、すぐさまその場を後にした。

 

残された黒鉄は……。

「我は、何か失礼なことを言っただろうか?」

と、首をかしげながら独り言を呟いていた

のだった。

 

で、なんやかんやで周りから頼られる事も

多くなっていた黒鉄。

 

ノクトのように勉強を見て欲しいと言う物。

その強さからか、シャリスのように稽古を

付けて欲しいと言う物。

それ以外にもティルファーのように料理を

教えて欲しいと頼む物や人生相談などなど。

 

色々な事で生徒達を助けていた黒鉄。

 

そんなある日のことだった。

 

黒鉄はルクスと共に学園長室に呼ばれていた。

 

「いらっしゃい2人とも。早速だけど、

 どう?学園での生活には慣れた?」

「我の方は問題無い。皆、良くして

 貰っている」

「僕の方も何とか。最初はどうなる事かと

 思いましたけど」

レリィの言葉に、黒鉄、ルクスの順で

答えた。

 

「そう。それは良かったわ。……でも、何て

 言ったら良いのかしら。実は私の所に

 2人に対して不満の声が届いてるのよねぇ」

「何?」

「えぇっ!?」

レリィの言葉が、予想外で有り驚く2人。

すると彼女はどこからか大量の紙束が入った

箱を机の上にドンッと音を立てながら置いた。

 

「これは……」

その紙束の中から数枚の紙を取る黒鉄。

内容を確認するが、それはルクスと黒鉄

への依頼の書類だった。

ルクスも黒鉄の隣からそれをのぞき込んで

確認している。

「もしやこの紙の山、全て我とルクスへの

 依頼書か?」

「えぇ。そうなのよぉ。今のところ、ルクス

 君には優先度の高い依頼を選んで受けて

 貰って、クロガネ君の方も好きに選んで

 貰ってるんだけど、それでもご覧の通り。

 依頼はたまっていく一方でね。それで 

 生徒達から不満の声が出てるの。

 『自分の依頼は何時受けてもらえるのか』

 って」

「と、言われても、我もルクスも1人しか

 居らんし、受けられる依頼にも限りがある。

 我としては頼られて悪き気はせぬが、

 1日にこなせる依頼にも限りがある。

 それを彼女達にも理解して貰わねば……」

「そうよねぇ。実際、2人だって受けられる

 依頼は限りがある訳だし。でも女の子達

 は貴方達に依頼を受けて欲しい。

 ……そこで、一つ解決策を用意しました」

そう言って不敵な笑みを浮かべるレリィ。

 

首をかしげる黒鉄だが、レリィとは古くから

の知り合いであるルクスは理解していた。

『あの笑みは絶対何か企んでる笑みだ』、と。

そして彼の予想は当ってしまった。

 

「その解決策が、これよっ!」

そう言ってレリィが取り出したのは、赤い

2枚の依頼書だった。それぞれには黒鉄用、

ルクス用と名前が書かれている。

「それは?」

依頼書を見つめながら首をかしげる黒鉄。

「これはね、言わば『特別依頼書』。これの

 内容はね、一週間だけ相手に、優先的に

 依頼を頼める書類。これが、学園の女子達

 の不満解消の為に私が用意したイベン、

 んんっ!解決策よ」

「今イベントって言いかけましたよねレリィさん!?」

咳払いをするレリィにツッコむルクス。

 

と、その時学園のあちこちから女生徒達の

歓声が聞こえてきた。しかも声がどんどん

学園長室の方に近づいてきている。

「あら?早速来たみたいね?」

「来たみたいね、じゃないですよ!」

「じゃあサクッとルール説明。今からこの紙 

 を2人に預けるから、制限時間の1時間

 以内に、その紙を持っていた人が

 優先的に依頼を出せる訳。2人とも

 それがいやなら、1時間頑張って逃げ切ってね?

 あっ、ちなみに機竜は使用禁止ね?あと、

 皆に怪我をさせないよう気をつけてね?」

 

「そ、そんな無茶苦茶な~~!」

「では、逃げるとするか」

叫びながら部屋を出るルクスと、それに続いて

出て行く黒鉄。

 

こうして、学園中を巻き込んだ男2人VS

女生徒数十人の鬼ごっこが始まった。

 

その後、最初は一緒に逃げていたルクスと黒鉄

だったが、女子たちの包囲網に分断されて

しまった。

「さ、さぁクロガネさん、大人しく紙を

 渡して下さいっ!」

皆、どこか嬉々とした表情を浮かべながら

黒鉄を取り囲んでいた。

 

「そんなにこれが欲しいのか?」

そう言って、黒鉄は上着のポケットから

赤い用紙を取り出した。

「「「「欲しいですっ!!」」」」

すると、女子達が声を揃えて叫んだ。

 

「……そうか」

女子達の雰囲気に戸惑いながらも、黒鉄は

紙を再びポケットにしまう。

「とは言え、我もこれを簡単に渡すわけ

 には行かぬ。誰か1人に渡して、

 彼女をえこひいきしていると思わ

れるのは心外だ。なので、お主達が実力

で奪いに来い」

 

黒鉄は、拳を開いた状態で構えを取った。

「逃げるのは性に合わん。拳でも武器でも

 縄でも機竜でも、好きに来るが良い」

そう言って、挑発とも取れる発言をする

黒鉄に、周囲の女子達は、むしろチャンスと

考えた。

 

如何に黒鉄と言えど、この数で包囲されて

しまえば逃げ場など無い。だったら囲んで

数でせめて、書類を奪おう。

 

大勢の女子達がそう考えた。

しかし、その考えが甘かった事を、彼女達

は直後に思い知る結果となった。

 

「そこぉっ!」

1人の少女が黒鉄に後ろから掴みかかった。

「甘いっ」

だが、黒鉄はそれをステップで回避する。

「まだまだっ!」

更に別の女子が手を伸ばすが……。

「遅いっ」

それも黒鉄の手に叩かれ、あらぬ方向へ逸らされる。

 

そうやって、黒鉄は襲いかかってくる彼女達の

力を避けつつ外へ外へと逸らし続けた。

全方位から掴みかかっても、その並外れた

跳躍力で包囲の輪の外へと逃げられ、慌てて

包囲し直して掴みかかっても、何十、何百と

受け流される。

 

「ハァ、ハァ、ハァ。ちょっ、クロガネ、

 先輩。マジ、強すぎ」

「あ、ありえないでしょ。これだけの数、

 裁き続ける、なんて」

黒鉄の周囲では、既に息の上がった生徒達が

地面や膝に手を突いていた。一方で、汗一つ

かかず、涼しい顔をしている黒鉄。

 

その時。

「やはり、クロガネさんならばこの程度

 簡単に捌くか」

そこに木刀を持ったシャリスが現れた。

「皆、下がってくれ。近くにいると 

 木刀が当って怪我をしてしまうかも

 しれないからな」

彼女の言葉に、黒鉄の周囲を囲んでいた

女生徒達が下がる。

 

「次はシャリスか」

「あぁ。その紙があれば、私も一週間、

 付きっきりでクロガネさんに手合わせを

 お願い出来るからな。やはり欲しいさ」

そんな彼女の言葉の1つ、付きっきりと言う

単語に女生徒達は反応して顔を赤くしていた。

 

しかし2人はそんな周囲を無視して黒鉄は

拳を構えた。

「ならば来いシャリス。武器もありと言った

 のは我自身だ。我は拳だけで十分だ」

「そうか。ならば……」

木刀を構えるシャリス。

 

2人はしばしにらみ合い、周囲の生徒達が

固唾を呑んで見守っていた。

と、その時、吹いていたそよ風が止んだ

次の瞬間。

「ッ!!」

シャリスが前に出た。上段から振り下ろされる木刀。

『ドゴンッ!』

しかしそれを、片手で受け止め防ぐ黒鉄。

明らかに生身の人間が喰らったら、腕を

たたき折られそうな音がしたが、黒鉄は

表情一つ変えない。

 

「はぁっ!たぁっ!」

そのままシャリスは何度も木刀を打ち込むが、

黒鉄はそれを腕で受け止めるだけだ。

だが……。

 

「くっ!?」

攻撃が効かない事にシャリスが戸惑った

次の瞬間。

「っ!」

黒鉄が前に出て、木刀を手刀で弾き飛ばす

と、流れるように彼女の服を掴んだ。

「なっ!?」

「せぇいっ!」

そしてそのまま、背負い投げでシャリスを

投げ飛ばしてしまった。

 

もちろん、落ちるギリギリで彼女の服や腕を

引いて、強く体を打ち付けないように配慮

していた黒鉄。やがて、彼女の腕を引いて

立たせる黒鉄。

「うっ、くっ。流石は、クロガネさん

 か。武器と素手でも、こうも圧倒

 されるとは。しかもまだまだ手加減

 しているとようにも見えるが?」

「うむ。確かに手加減をしている」

「くくくっ、そう面と向かって言われる

 と、自分がまだまだだと自覚させらる

 よ、黒鉄さん」

「焦ることはない。日々鍛えていれば、その

 分だけ強くなる事は出来る。時間を掛けて

 技術を身につけていくと良い」

「そうだな。では、私はそろそろ失礼する。

 これではいくら挑んでも無理そうなのでな。

 それにこの後用事もある事だし。ではな、

 クロガネさん」

「うむ」

 

黒鉄が頷くと、シャリスは去って行った。

 

「さて、と」

すると黒鉄は周囲を見回す。相変わらず、

周りを取り囲む女性陣。

そして彼女達は、息が荒い者もいるが、

変わらず黒鉄に挑む気なのか立ち上がる。

 

「さぁ来い。まだ時間はあるぞ?」

その言葉をゴングとして、彼女達は黒鉄に

襲いかかった。

 

しかし、相変わらずの超人的な力と読みに

よって黒鉄は悉く彼女達の攻撃や掴みかかり

を回避し弾いていく。

 

そして時計の針は確実に進んでいき、ついに

残すところあと数分となってしまった。

その頃には、彼女達は皆、息も絶え絶えで

多くが地べたに手と膝を突いていた。

 

「こんな所か」

と、周囲を見回しながら汗一つ掻かずに

呟く黒鉄。

 

と、その時。

「あ、あのっ!」

1人の少女が黒鉄に声を掛けた。

そちらを向く黒鉄。相手は、クラスメイトの

キャロルだった。

「キャロルか。どうした?」

「クロガネさんっ!私とじゃんけんで勝負

 してくださいっ!」

「じゃんけん?」

「はいっ!私には、クロガネさんから実力で

 用紙を奪う力はありません。だからっ!

 じゃんけんで勝負してくださいっ!」

 

キャロルの言葉に、周囲の生徒達は驚いた

様子だった。じゃんけんは運の要素が強い

勝負だ。だから勝つ可能性はある。

『それがあったか』と言わんばかりの

表情の女子達。だが問題は、黒鉄がこの

勝負を受けるかどうかだった。

 

そして彼の答えは……。

「良かろう。その勝負受けよう」

潔く勝負を受けた。元々黒鉄は勝負から

逃げるような性格でない事は、この場に居る

者達は理解していた。していたが、運に

任せた勝負を受けるとは、思って居なかったのだ。

 

お互い正面から対峙する2人。

そして……。

「い、行きますっ!」

「うむ」

お互い、握った拳を前に出す。

 

「さいしょはぐー!じゃんけん、ぽんっ!」

 

キャロルの声に合わせて手を動かす黒鉄。

最初はお互いパー。つまりあいこだ。

「あいこでしょっ!」

更にキャロルは挑む。しかし次は

グーのあいこ。周囲の女子達も固唾を呑んで

2人の勝負を見守っていた。

「あいこでしょっ!」

もう一度繰り出す手。しかし再び

チョキのあいこ。

 

「こ、これならもしかしてっ!」

「えぇっ!行けるかもっ!」

「頑張れキャロ~!」

すると周囲の女子やクラスメイト達が

キャロルを応援し始める。

 

しかし、これは黒鉄の演技であった。

なぜなら彼の動体視力と反応速度を

持ってすれば、出される直前の手の動きを

見て、何を出そうとしているのかを理解し

同じ物を出す事が出来たのだ。

 

そして……。

『彼女に、花を持たせてやるとするか』

黒鉄はそう考えた。実際、もう終了の鐘が

鳴るまで秒読みだろう。

 

そして……。

「あいこで、しょっ!」

 

繰り出されたキャロルの手は、グー。

 

対する黒鉄は、チョキ。

 

つまり、キャロルの勝ちだ。

 

その瞬間、周囲の女子達も静まりかえった。

 

『ゴーンゴーンッ!』

 

と、次の瞬間、ゲーム終了の合図である鐘が

鳴り響いた。

それは、まるで勝者であるキャロルを

祝福しているようだった。

 

「ふふっ。どうやら我の負けのようだ」

そう言って黒鉄は小さく笑みを浮かべると、

ポケットから赤い用紙を取り出し、目の前の

キャロルに差し出した。

 

「え?あ」

それを前に、呆然としているキャロル。

彼女は黒鉄の顔と用紙を交互に見つめている。

 

「どうした?受け取らぬのか?」

「あ、え、えと。良いんですか?私、

 じゃんけんで勝っただけなのに」

「うむ。形はどうあれ、我はお主の勝負を

 受け、敗れた。ならば敗者として、これを

 お主に渡すのが道理。……さぁ、受け取れ

 勝者よ。これはお主の物だ」

そう言ってもう一度用紙を差し出す黒鉄。

 

キャロルは、恐る恐ると言った感じでそれを

受け取った。

「く、クロガネさん。ありがとう、

 ございますっ!」

「ふふっ、礼を言うのは早いのではないか?

 これから一週間、我はお主の依頼を優先的

に受けるのだからな。とは言え、あまり

無理難題を言ってくれるなよ?」

「は、はいっ!分かってますっ!」

「うむ。ではなあとでな」

そう言うと、彼はその場を後にした。

 

その日のうちに、キャロルが黒鉄の用紙を

ゲットした事。

 

そして、クルルシファーがルクスの用紙

をゲットしたことは、瞬く間に学園全体へと

広がるのだった。

 

同日・夜。学園敷地内の図書館。

その地下に設けられた、半ば隠された研究室に

レリィ、アイリ、そしてルクスと黒鉄が

集められていた。

 

レリィはまず、ルクスに近々ルインの調査が

ある事。ルクスには、先日の一件で回収した

アビスを操る笛、『角笛』を持ってこれに

同行して欲しい事。現在において、世界各地

のルインは第2層までしか進入出来ておらず、

レリィたちはこの角笛が、第3層への鍵、

或いはアビスから身を守る道具になるのでは、

と考えており、研究も兼ねてこれを持って

いけ、との事だった。

 

 

「と、これが『当初』の予定だったの」

「え?当初の?」

レリィの言葉に首をかしげるルクス。

「今となっては、これが何なのか。この

 角笛が鍵なのかどうか、ぜ~んぶ

 分かっちゃってるの」

そう言って、お手上げ、と言わんばかりに

肩をすくめるレリィ。

 

「ど、どういうことですか?分かってるって?」

理解出来ずに?を浮かべるルクス。

すると、黒鉄が箱に入っていた角笛を

取り出した。

 

「これはただの、アビスに命令を送る

 簡易命令装置のような物だ。本来、

 アビスはルインの司令室から命令を

 受け、敵の探索や攻撃を行う」

「え、えぇっ!?く、クロガネさん、

 何でそんな事知ってるんですかっ!?」

「……そうだな。まずはルクスにそのことを

 話さなければならんな」

 

そう言うと、黒鉄は、『レリィ学園長と

アイリには話したが』と前置きした後、

アビスが古の時代、ロストエイジの文明

が生み出した兵器である事。

ルインがロストエイジ文明の基地である事。

本来機竜もアビスも、彼等が敵とする神と

戦うために作られた事などなど。そして、

自分がそのロストエイジよりも更に昔

から存在している事も。

 

いろいろな事を話した。

 

「え、えっと、ちょっと待って下さい?

 もし今の話しが本当なら、クロガネさんは

 数万年体位で歳を取ってるって事です

 よね?」

「そうだな。ゆえに、我は『人』ではない。

 人の形をした『全く別の存在』と言っても

 過言ではない」

「ッ!」

 

彼の言葉にルクスは一瞬息を呑んだ。

「これが、我の持つ異常な力に対する

 簡単な回答だ」

「人、ではないんですか?クロガネさんは」

「それについては、否定も肯定も出来ない。

 今のこの姿は紛れもなく人である。

 しかし我には本当の姿もある。改めて

 言えば、人の姿も持っているし、そうで

 無い本当の姿も持っている、と言う事だ。

 そしてこの話を聞いた上で、ルクスに

 問いたい」

「ッ、な、何ですか?」

「我を怪物と知ってどうする?」

 

「え?」

彼の発言が予想外だったのか、ルクスは首をかしげた。

「知っての通り、我はこの世界において

 国の重鎮でさえ知り得ない過去を知っている。

 力も人間の常識を越えた存在。化け物と

 呼ばれても否定出来ない。だからこそ

 今聞いておきたいのだ。我の素性の一端を

 知って、どうするのだ?ルクスよ」

 

「……どうもしませんよ」

しばしの沈黙。しかしルクスはそう言って笑み

を浮かべた。

「短い時間とは言え、クロガネさんと接して、

 何て言うか、父性に溢れる、頼れる男性

 だって分かりましたから。……それに、本当の

 化け物って言うのは、人を欺いて、簡単に

 殺してしまうような奴だと、僕は思います。

 だから僕は、クロガネさんを怪物だとは

 思ってません」

 

そう言って笑みを浮かべるルクス。

 

「そうか。……ありがとうルクス。何時か、

 恐らくそう遠くない日、本当の我について

 話すときが来るだろう。その時全て、

 必ず話すと約束しよう」

「はい。お待ちしてます」

 

その後、この事実を、黒鉄の正体と彼から

もたらされた情報を隠したまま、表面上は予定

通り角笛の研究を兼ねてこれを持ったまま

ルインへ行く事になった。

 

のだが……。

 

「にしても、これが鍵じゃないとなると、

 ルインの第3層に入る鍵って一体

 何なのかしら?クロガネ君は知ってる?」

「少しは、と言ったくらいだが知っては居る。

 ルインの鍵、それは特定のDNAコードだ」

「で、DNAコードって、何ですか?」

 

「DNAとは、言ってしまえば人の設計図の

 ようなものだ。例えば分かりやすいのは

 人の髪色。これは親からの遺伝、つまり、

 特徴として引き継ぐものだ。例えば

 親子で顔が似ている、と言う話しがある

 であろう?これも同じ。親と子のように、

 近い者であれば、それだけ親に似る。

 そして、過去の文明の技術力であれば、

 生まれる前の子供に、人為的に手を加える

 事も可能だった」

「ッ!そんな事まで出来たんですかっ!?」

「うむ。我が知っているのは、その特定の

 DNAを持つ人間こそが鍵である事だけだ」

「つまり、鍵は人間だって事ですか?」

「うむ」

ルクスの問いかけに頷く黒鉄。

 

「じゃあ、もしかして今回の遠征って、

 無駄足に終わる可能性が高い?」

「残念ながらな」

レリィの言葉にそう呟く黒鉄。

「しかし、いざとなれば我が扉をぶち破って

 やるから安心すると良い。それに、古代語

 は我も読めるからな」

と言う彼の言葉に、3人は苦笑していた。

 

その後、4人は解散となって黒鉄はルクス達

よりも先に部屋へと戻るために夜の学園を歩いて

いた。

 

「ルイン、か」

やがて彼は足を止めて、星空を見上げた。

 

『かつて栄え、しかし驕り故に滅んだ人間達の、

 過去の遺産。そこに眠るのは、兵器やアビス

 と言った負の遺産。……ままならない物だな。

 ロストエイジを『滅ぼした』我が、そこに

 赴き、調査や発掘を手伝うと言うのだから』

 

そう呟きながらも、黒鉄は自虐的な笑みを浮かべて

いた。

 

だが……。

 

『しかし』

 

彼は不意に笑みを消すと、一つの覚悟をしていた。

 

『もし仮に、ルイン内部に、この世界を歪め

 かねない危険な兵器が眠っているのだと

 したら……。破壊する。この手で』

 

それは、かつて文明を滅ぼし、人間社会を

リセットへと追い込んだ、ゴジラとして、

この星の王として、調停の神としての責任

であった。

 

『ルクス達には悪いが、それをこの世界に

 解き放つわけには行かぬ。我には、

 この世界を見守る義務があるのだから』

 

そう考えながら、黒鉄は歩く。

 

願わくば、ルクス達と対立しないで済む

事を祈りながら。

 

     第7話 END

 




次回は、小説準拠となる予定です。一応アニメ視聴の方にも分かるように
書いていくつもりですので、ご安心下さい。

感想や評価、お待ちしてます。


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第8話 王者の風格

って事で第8話です。序盤から中盤は、小説での出来事がベースになっています。


ルクスと黒鉄に対する依頼を優先的に出来る

用紙を巡る争奪戦の翌日。

 

黒鉄は朝に、キャロルから依頼として、

一週間勉強を教えたりして欲しい。

もっと言えば、『自分が頼ったら出来るだけ

協力して欲しい』という依頼を出した。

 

黒鉄がそれを快諾すると、キャロルはとても

喜んだ様子だった。

 

ちなみに、ルクスの方は、クルルシファー

と一週間、彼女の恋人になると言う契約を

したと言う話を、朝本人から聞いていた黒鉄。

 

そして、その日の午後、ルクスや黒鉄たち

はとある演習に参加していた。

 

実はアカデミーは2週間後に『校内選抜戦』

と言う模擬戦がある。

 

現在、世界各地にある謎の存在であるルインを

調べるためには、『国別対抗戦』と呼べるような

各国代表による試合で、良い結果を出す必要が

あるのだ。なぜなら、その良い結果を出した国

に優先的に調査権が与えられるからだ。

 

そしてその国家代表を決める選抜戦が近々ある

からこその演習だった。

 

だが、そこに予定外の客が来ていた。

『男のドラグナイト』だ。

臨時講師、と言う事で正規軍から来た

ドラグナイトは3人。

 

しかしこの臨時講師など生徒達は一切

知らされて居らず、困惑していた。

そして彼女達の会話から、男達が

何かに理由を付けていきなりやってきた

事を察する黒鉄。

 

しかも、男達は、女子達に向かって……。

『女に甘い新王国の体制に依存してぬるま湯

 のような訓練をしている』だとか。

『適性が高くても本来女が男に勝てる道理など無い』。

更には……。

『二週間前の王都での軍事演習で調子に

 乗られては困る』、などと言っている。

 

それを少し離れた所から、並外れた聴覚で

聞いていた黒鉄からすれば……。

『最初から講師として何かを教える気は

 無い、と言う訳か。そもそも使える国の

 体制への批判。男尊女卑主義。加えて

 私怨丸出しの発言。……どこにでも

 腐った者がいるのは変わらない、か』

 

そうこうしている内に始まった機竜を使って

の演習での、その男達の態度は目に余るもの

があった。

 

黒鉄の考えていた通り、彼等に教える気

などサラサラなく、士官候補生である

彼女達をいたぶり、悦に浸っているようだった。

それこそが、旧帝国の残滓たちのやり方だ。

 

かつてドラグナイトは男が主流であり、そして

更にこの国では男尊女卑主義が横行していた。

つまり、あの男達はその時の事が忘れられない、

新王国に使えている、旧帝国の亡霊のような

者だったのだ。

 

そして、遂にはその男達の危険な行動に

よって、演習中に生徒の1人が墜落。

それに対して怒った別の女子が攻撃を

仕掛けるが、流石に経験の差までは

埋められず、簡単にいなされてしまった。

 

そして武器を弾き飛ばされてしまい、

怯える彼女に男がブレードを振り下ろそう

としたその時。

 

『ガキィィィンッ!』

「ぐっ!?」

驚異的なスピードで男と女生徒の間に

割り込んだ黒鉄の振るった、機竜用の

ブレードが男のブレードを弾き飛ばした。

 

ちなみにこの時、ルクスも飛びだそうと

していたが、黒鉄に先を越される形と

なっていた。

 

「え?く、クロガネさん?」

「大丈夫か?」

「は、はい」

突然現れた黒鉄に、理解が追いつかない彼女。

しかし彼は優しい声で彼女を気遣う。

彼女は、蒼くしていた顔を赤くしながら、

小さく頷いた。

 

「な、何だ貴様っ!」

ブレードを飛ばされた男の、手下の1人が

黒鉄に向かって怒鳴った。

それによって黒鉄の意識が3人の方に向く。

 

「なぜアカデミーに男が居るっ!?」

「……貴様等に、我が答える義務があると

 思うか?」

「な、何だとっ!?」

黒鉄の言葉に、もう1人の手下が憤怒の表情で

睨み付けてくるが、むしろ怒っているのは

黒鉄の方だ。

 

「……貴様等の行為は、講師、演習という

 名目で行われたただのいじめに他ならない」

「いじめだとっ!何を言うっ!俺達は将来、

 そこにいるお嬢様たちが実戦で戦えるように、

 指導してやっただけの事っ!それとも、

 実戦で『そんな攻撃の対処法など教わって

 いない』と敵に言うつもりかっ!」

 

男の言葉に、黒鉄は一瞬黙り込む。が……。

 

「確かに。実戦であればそんな言い訳は

 通用しない。教わっていない、学んでいない。

 そんなものは戯れ言だ」

「であればっ!」

 

「だがっ!!!」

 

何かを言おうとする男。しかしそれを遮る

黒鉄の怒号。

 

「では貴様たちは講師として、彼女達に何か

 技術を授けたのか?技を教えたのか?

 戦い方を教えたのか?」

そう言うと、黒鉄は鋭い視線で男達を見回す。

 

「何もしては居ない。ただ痛めつけ、実戦の

 恐怖を教えただけ。……貴様等が講師だと

 言うのなら、彼女達に教えるべきは実戦で

 生き残る知識と技術。敵に打ち勝ち、自分や

 仲間。そして大切な人を守る技と勇気。

 だが、お前達は何も教えては居ない。そんな

 貴様等に、講師を名乗る資格など、

 ありはしないっ!」

 

『ザンッ』という音と共に大剣が地面に

突き刺さる。

 

「……即刻、この場から消えろ。

 今なら見逃す。我の気が変わらぬ

 内に、失せろ……!外道が……!」

 

黒鉄の放つ怒気のオーラは凄まじく、正に

『逆鱗に触れる』という奴であった。

 

教える気のない者が講師を名乗り、いたぶる。

 

他者を見下し、痛めつけ、悦に浸る。

 

黒鉄が最も嫌う、人間の醜い側面。

 

その醜い側面によって、学園の生徒達が、

更には友人達が痛めつけられている現実を、

彼は良しとはしなかったのだ。

 

なぜなら、演習でしごかれている中には、

キャロルやクラスメイト達。更に以前、

彼に依頼をしてきた生徒達もいたからだ。

 

それ故に圧倒的な怒気を放っていた。

 

だが、男達のちっぽけなプライドは、

引くことを拒否した。

 

「こ、このっ!機竜を纏えもしない

 男の分際でぇっ!」

その時、手下の1人が黒鉄に斬りかかった。

 

「クロガネッ!」

それを見ていたライグリィ教官が叫ぶ。

 

だが、黒鉄はどうじない。

 

「死ねぇぇぇぇっ!」

 

斬りかかってくる男。だが……。

 

『スッ』

黒鉄はいとも容易く、男のワイバーンが

振るったブレードを回避し……。

 

『ドゴォォォォォンッ!!!!』

 

「うっ!?ごえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

その脇腹に必殺のボディーブローを放った。

男は血と胃液と昼食の混じった吐瀉物を

無様にぶちまけながらその場に倒れた。

 

「……こんな者か。この国の軍人というのは」

そう呟くと、黒鉄は男のワイバーンを掴み、

そのまま演習場の隅へと放り投げた。

 

「き、貴様っ!我々は正規の軍人だぞっ!

 それにこんな真似をしてっ!」

その時、もう1人の手下が喚いていた。だが……。

 

「真似をして、何だ?」

「ひっ!?」

一瞬で距離を詰めた黒鉄の怒気と圧迫感が男に

襲いかかる。

「こ、この化け物めぇっ!」

 

男は咄嗟にワイバーンの腕で黒鉄を殴りつけた。

だが……。

 

「ふんっ!」

黒鉄は、そのワイバーンの腕を掴み、更に勢い

を利用し……。

 

「せぇぇぇぇぇぇいっ!!!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

ワイバーンを背負い投げで投げ飛ばして

しまった。地面に背中から思い切り叩き付け

られた男は、その衝撃で気を失った。

 

残ったのは、3人組の中のリーダー格ただ1人。

「……まだやるか?それともここから、

 今すぐ消えるか」

黒鉄は、残った1人を睨み付ける。

だが、男はある事に気づくと、黒鉄に対して

ブレスガンの銃口を向けた。

 

「動くなよ貴様っ!動けば、分かるな?」

そう言って勝ち誇った笑みを浮かべる男。

黒鉄は肩越しに振り返る。後ろには、機竜

を纏っているとは言え、生徒達が居る。下手に

黒鉄が良ければ、彼女達に攻撃が当ってしまう。

 

「……貴様、それでも軍人か」

「そうだな。俺は軍人だ。そして軍人にとって、

 勝利こそが全てだ。そして、勝った奴こそ

 が正義なんだよ」

そう言って、汚い笑みを浮かべながら男は

狙いを黒鉄の頭に定める。

 

「哀れな奴だ。女なんかの味方をしていな

 ければ、こうはならなかった物を。

 ……死ね」

 

そして、男が引き金を引いた。

ドォンッという音と共に放たれた

エネルギー弾。誰もがまさかを予想した。

 

だが……。

『パァンッ!!!』

そのエネルギー弾を、黒鉄は正拳突き

一発で粉砕した。

「なっ!?」

これには驚かざるを得ない男。

 

だが、それでも無傷とは行かず、黒鉄の手

から赤い血が滴り落ちる。

 

と、その時。

 

「兵士とは……」

 

黒鉄は静かに語り始めた。

 

「自らが生まれ育った祖国に迫る敵を倒し、

 そこに暮す人々を守るために力を

 振るう者たちの事を指す。彼等は時に

 血を流しながらも戦う。それは自らの意思

 で、守りたい人や物、場所があるからだ。

 だが……!」

 

黒鉄は鮮血の滴る拳を握りしめる。

 

「貴様のような外道に、一体何を守る

 覚悟があると言うのかっ!他者を愚弄し

 嘲笑いっ!痛めつけ悦に浸るっ! 

 貴様のような奴に、命を賭けて誰かを

 守る覚悟があると言うのかっ!!!」

 

兵士とは、時に命を賭けて守るべき者の

為に戦い、血を流し、そして時に命を

落とす。それでも彼等は戦う。守るべき

大切な存在のために。自己犠牲を覚悟で。

 

それこそが、英霊と呼ばれるに相応しい兵士達

の姿だ。

 

そして、彼は世界のために、自己犠牲を厭わず、

世界を救った男を知っている。

 

『芹沢猪四郎』。

 

自らの命を賭けて、かつての自分を救い、

そして『偽りの王』から世界を救うために

自らの命を投げ出した男。

 

黒鉄にとっての、『最初の友』だ。

 

そして、今目の前に立つ男は、そんな英霊たち

の顔に泥を塗る存在。それが、黒鉄の男に対する

評価だ。

 

そして、それ故に黒鉄は憤る。

 

芹沢猪四郎と同じ男でありながら、ここまで

腐った男に対する憤り。

 

「貴様に兵士と強さのなんたるかを語る

 資格はないっ!」

 

一歩、憤怒の表情を浮かべながら黒鉄が前

に出る。すると男は更にブレスガンを

撃ちまくる。だが、それは黒鉄の拳に

弾かれて霧散する。

 

そして、ついに黒鉄は男の傍まで歩み寄る。

「くっ!?こ、この、化け物がっ!」

 

黒鉄の怒気に飲まれた男はほぼ恐慌状態だ。

それ故に、無意識で振るったブレード。

だが……。

 

『パシッ』

 

黒鉄はそれを片手で受け止める。

「ッ!?は、離せっ!?このっ!」

男はブレードを引き抜こうとするが、黒鉄の

握力もあって、ブレードは微動だにしない。

 

そして……。

 

「歯をっ!」

「ひっ!?」

黒鉄の、血に濡れた右手が引き絞られる。

 

「食いしばれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

『ドゴォォォォォォンッ!!!』

 

男の腹に突き刺さる拳。

「ぐはぁっ!?」

男は血反吐を吐きながら吹き飛ばされ、演習場の

壁に激突した。

そして、そのまま気を失った。

 

 

その後、事態を見守っていたライグリィはハッと

なってすぐさま医療班を要請した。

そしてやってきた者達が担架に男達を

乗せて居た時。

 

「待て」

黒鉄がその者達に声を掛け、伝言を頼んだ。

「その男達が目を覚ましたら伝えて欲しい。

 『今後この学園に近づき、彼女達に

余計な事をすれば、この程度では

すまいぞ』と。そう伝えてくれ」

「は、はいっ!」

 

未だに僅かに怒気を滲ませる黒鉄の言葉に、

言づてを預かった者達は戦々恐々と

しながらも、男達を運び出した。

 

そして、それを見ていたルクスとクルルシファー。

 

「あなたの出番、取られちゃったわね」

と、笑みを浮かべながらルクスに語りかける

クルルシファー。

「そう、なんでしょうか?でも、クロガネさん

 は大丈夫でしょうか?正規のドラグナイトに

手を出してしまった訳ですし」

「そこは大丈夫なんじゃない?あの男達の

 リーダーの最後の銃撃、あれは後ろに

 生徒達がいるのを承知の上だったわ。

 あれは十分な危険行為だし。そもそも

 あの人の言うとおりあの3人は講師

 としての職務を殆ど果たしていなかった。

 それを責められて逆上して、あの人が

 正当防衛、って感じになるんじゃない

 かしら?」

「そうだと良いんですけど……」

 

と、ルクスは心配しながらも、黒鉄の

背中を見つめていた。

 

「……あなたは、彼の事をどう思うの?」

「え?」

「ちょっと、聞いてみたくてね。で?

 どうなの?」

「え、えっと……」

突然のクルルシファーの言葉に、ルクスは

戸惑いながらも答えた。

 

「クロガネさんは、とてもいい人です。

 僕が困ってるときに相談に乗って

 くれたり。いつでも協力するって

 言ってくれたり。力だけじゃない。

 優しさも、知性も備えている人。

 そんなあの人は、そうだな。僕に

 とっても目標、ですかね?」

「目標?」

 

「はい。僕も、あの人みたいに強くて

 優しい、童話の中のヒーローみたいに

 なりたいなって思います」

 

そう言ってルクスは、憧憬の眼差しで

黒鉄の背中を見つめていた。

 

のだが……。

 

「もしかしてルクス君って、同性愛者?」

「え?……へっ!?な、何を言うん

 ですかいきなりっ!?」

「だって君の今の熱い視線。女の子が

 好きな男性に向けてるみたいな、

 情熱的な視線だったわよ?」

「そ、それは違いますよっ!尊敬の

 眼差しですっ!」

「あらそう?でも、そこまで必死に否定する

 のも逆に怪しいわね?」

そう言って笑みを浮かべるクルルシファー。

 

『こ、このままじゃ変な噂が広まって、

 またアイリに何を言われるか』

「ほ、本当に違うんですってば~!」

「うふふ。なら、そう言う事にして

 おきましょう」

 

そう言って笑みを浮かべるクルルシファー。

「で、でも、クルルシファーさんは、何で

 そんな風に思ったんですか?ぼ、僕が

 その、クロガネさんをそんな風に

 見てるって」

「あぁそれ?それはね、現在進行形で、

 彼をそんな目で見てる子達があそこに

 いるからよ」

そう言って女生徒達の方に目を向ける

クルルシファーと彼女に続いて自分も

視線を向けるルクス。

 

そこでは、女生徒達が頬を赤くしながら

黒鉄の背中に見惚れていた。

 

 

その後。

「申し訳無いライグリィ教官。演習の邪魔を

 してしまった」

そう言って、黒鉄はライグリィに頭を下げていた。

しかしこれに戸惑っているのは彼女の方だ。

 

「居候の身で、出過ぎた真似をしたのは

 自覚している。必要ならばどんな罰でも

 受ける。だからどうか責めるのなら我だけ

 に……」

「ちょ、ちょっと待てクロガネ」

彼を慌てて止めるライグリィ。

 

「ハァ。安心しろクロガネ。私にはお前を

 どうこうしよう等とは思って居ない。

 むしろ、あの3人を止められなかった私

 にも責任がある。だからお前がそこまで

 謝罪をする必要は無い。だから頭を

 上げてくれ」

そう言って黒鉄の頭を上げさせるライグリィ。

 

と、そこへ。

「クロガネさんっ!」

周囲の女生徒達が彼の元へと集まってきた。

 

「クロガネさんっ!ありがとうございましたっ!

 あの人達をやっつけてくれてスカッと

 しましたっ!」

「あっ!クロガネさん怪我してるっ!

 早く手当しないとっ!」

「これくらい平気だ。すぐに出血も止まる

 だろう。それより、怪我は無いか?」

「は、はいっ、クロガネさんが守ってくれた

 おかげですっ!」

 

彼女達は、顔を赤くしながら笑みを浮かべて

いる。

 

しかし……。黒鉄は真剣な表情を浮かべていた。

「皆に、一つ言っておきたい事がある。

 確かにあの3人は講師には相応しくない

 男達だった。だがしかし、実戦では

 『教わっていない』、等という言葉は

 通用しない。そこだけは、あの男達の

 言葉にも一理ある。あの男達は

いけ好かない存在だが、そこだけは、

 どうかはき違えないで欲しい」

 

「た、確かに、あれは、まぁ、そうだよね」

「う、うん。そうだね。クロガネさんが

 言うんだし」

彼女達も、そこには同意出来るのか、

静かに頷いている。

 

「……戦いとは、非情な物だ。だからこそ、

 生き残る為に、お主達はここで戦う術を

 身につけなければならない。生き残る

 ために。誰かを守るために。そのための

 努力を怠ってしまえば、それは

 手痛い代償を払わされる結果となる

 だろう。そのために、精進しなければ

 ならない」

戦いを知る先達としての言葉が、彼女達の

中へと染みこんでいく。

 

その時。

「あ、あのっ!じゃあ、私達をクロガネさん

 に鍛えて貰う事って、出来ますかっ!?」

「む?」

「クロガネさんは、凄い強いから。だから、

 もしかしたら、少しでもクロガネさん

 から教えて貰えたら、強くなれるかなって、

 思ったんです」

どこか大人しめの女子の言葉に、周囲の女子

たちはざわめき、やがて黒鉄本人の意見を

求めるかのように、彼女達は静まりかえった。

 

「……ライグリィ教官。貴方の意見は

 どうだろうか?」

「どう、とは?」

「我は立場上、今はここの生徒、と言う事に

 なっている。その生徒が教師の真似事を

 して良いのだろうか?」

「そうだな。私は、率直に言って良いと

 思うが?」

彼女の言葉に、女子達は驚きながらも

笑みを浮かべている。

 

「理由を聞いても構わぬか?」

「そうだな。理由は、やはりお前の強さだ。

 異常とも取れるその力。正直、安易に

 学び模倣する事が出来るとは思えないが、

 それでも、いろいろな場所を旅して

 豊富な知識を持つお前なら、彼女達に

 いろいろな事を教えてやれるのではないか、

 そう考えただけだ」

「ふむ。そうか」

 

彼女の言葉に頷いた黒鉄は、女子達の方を

見回した後。

 

「分かった。我なんかの教えで良ければ、

 いくらでも教授しよう」

彼がそう言った直後。

 

「「「「「やった~~~~!」」」」」

 

女子達の歓声が響き渡り、黒鉄は驚いた

あと、苦笑を浮かべるのだった。

 

その後、休憩を挟んだ後、早速黒鉄が彼女達に

色々教える事になった。

 

ちなみに……。

「うぅむ。これではキャロルとの時間が取れぬが。

 キャロル、お主は構わぬか?」

一週間の優先権があるため、キャロルに確認を

取る黒鉄。

 

「は、はい。大丈夫です。そ、それに私も、

 強くなりたいので」

と言うキャロル本人の意思もあって、黒鉄は

早速、彼女達にいろいろな事を教えた。

 

まずは自分の長所と短所を知る事。

出来る事と出来ない事を自覚する事。

自らが相手となり、機竜を使って、

射撃と近接戦のどちらかが得意なのかを

彼女達に理解させた。

その上で『長所を伸ばしながら苦手を

ある程度克服する』、と言う訓練の仕方を

彼女達に課した。

更に彼は座学を行って、戦闘技術だけ

ではなく、戦術も教えたりしていた。

 

それだけではなく、更に剣の腕もそこそこ

ある黒鉄は、相手に合わせて自分の力量を

調整して戦う事が出来るので、生徒達に

対する仮想敵、言わばアグレッサー

としても演習の相手をしていた。

 

 

文字通り、数万年を生きて知識というものを

その身に詰め込んできた黒鉄の教えは

彼自身の経験もあって的確であり、そのために

彼女達はメキメキと実力を付けていった。

 

例えば、剣技の演習では……。

「良いか。剣を振るう時、大ぶりは絶対に

 避けなければならない。なぜなら大ぶり

 の一撃はそれだけ隙が大きく、そして

 隙を見せれば落とされてしまうのは

 分かりきった事だからだ。だからこそ、

 必殺の一撃を学ぶのは、まだ先で良い。

 今はまず、素早く剣を振り、的確に

 相手の攻撃を剣で裁ける技術を

 身につける事が最優先だ。そうすれば、

 相手を倒す事は出来ずとも、足止めや

 自分の身を守る事は出来る」

「「「「はいっ!!」」」」

「よし。まずは仲間の技量を知る意味でも、

 お主等が1対1で打ち合ってみよ。

組み合わせは我が考えてある」

 

 

と、学園の教師たち顔負けレベルの教えを

していた黒鉄。

更に、彼の教えを受けた事で、生徒達が

確実に強くなっている事を聞きつけた別の

生徒達が彼の教えを請うようにまで

なっていた。

 

操縦技術に関しては、彼がドラグライドに

乗らない事もあって専門的な事は教え

られていないが、黒鉄が提案した、

『遊びによる学習』と言う方法。

黒鉄は、機竜を使っての『鬼ごっこ』を

やらせた。生徒達は最初戸惑ったが、

遊びとは言え機竜を操縦しながらの全力の

鬼ごっこは、彼女達の操縦技術向上にも

一役買っていた。

それ以外の射撃や格闘、更に戦術などの

講義は専門職の教官達と遜色ないレベルで

あった。

 

そのため、黒鉄のすごさを生徒達がより一層

認識するきっかけとなった。

更に……。

 

「クロガネ先輩っ!少しアドバイスが欲しい

 んですけどっ!」

「クロガネさん。模擬戦の相手をお願い

 出来ますか?」

「あ、あの、クロガネ君。ちょっと、

 教えて欲しい事があるんだけど……」

「うむ。では順番にな」

 

黒鉄は、彼女達1人1人に対して真摯に

対応していた。それこそが、彼女達からの

好感度を更に高める結果となっていた。

 

キャロルが許可した事もあって、最近

黒鉄は女生徒達の演習相手をしている事が

多い。しかしその結果、黒鉄のプライベート

な時間は夜くらいしか無い。あるとき、その事

を気にした生徒が聞いてみたのだが……。

 

「問題無い。我程度の教えで、皆が強くなり、

 そして無事に戦いから生きて帰る事の

 助けとなれるのなら、我も本望だ」

そう言って笑みを浮かべる黒鉄。

 

ちなみにこの台詞のおかげか、黒鉄の

人気は更に爆上がりしたと言う。

 

そんなある日の事。

とある放課後。黒鉄はキャロルと一緒に

街中を歩いていた。

理由は、これまで演習ばかりしていて

彼女の依頼を殆ど受けられていなかった

からだ。

最初キャロルは、気にしていないから

良いと言っていたのだが、黒鉄が

何か埋め合わせをしたい、と言うので、

『それじゃあ』と、2人で町にある

とあるスイーツ店にやってきた。

 

そこは、元々黒鉄とキャロルたちが

出会った時、彼女と友達が行こうと

していたお店だった。

 

そこで一緒になってスイーツを食べていた

2人なのだが……。

『やはり我は浮いてるなぁ』

ガチムチの漢である黒鉄のミスマッチさが

極めてシュールだった。

 

しかしそれでも、黒鉄も甘いスイーツを

堪能した後、キャロルと一緒に街中を

歩いていた。

「すみません黒鉄さん。こんな事に

 付き合って貰って」

「気にするな。むしろ、一週間優先的に

 依頼を受けると言っておきながら、

 ここ数日、まともに話も出来なくて

 すまなかったな」

「そ、そんな事無いですよっ!むしろ、

 私なんかが黒鉄さんを独占しちゃって

 良いのかなって思ってて」

そう言って、苦笑を浮かべるキャロル。

そんな彼女の様子を見ていた黒鉄が……。

 

「あまり自分を卑下するものではないぞ?

 キャロルにも、良い所はある」

「え?そ、そう、ですか?」

「うむ。例えば模擬戦時、3対3の戦いを

 した時の事を覚えて居るか?」

「うぅ、はい。あの時私、後ろから攻撃を

 受けて、落とされてしまいました」

 

「それは確かに事実だ。だが、キャロルは

 あの時チームメイトに迫る攻撃を射撃で

 牽制しカットしていた。結果的に、それが

 隙となって撃墜判定を受けてしまったが、

 あの時の射撃は仲間を庇ってのこと。

 あの時、咄嗟にそれが出来たのは十分に

 凄い事だと我は思うぞ」

「そ、そう、ですか?」

「うむ。加えてキャロルはどちらかと言うと

 何か一つに秀でている、と言うよりは

 全てをある程度、そつなくこなすタイプだ。

 これは言わば、特化した才能を持つ者達

 には劣るが、逆にどんな事でもある程度

 出来る可能性がある、と言う事に他

 ならない。こう言った存在は、チームで

 戦う時に力を発揮するタイプだな」

「そ、そうなんですか?」

 

「うむ。射撃による牽制役。格闘による足止め

 と可能ならば撃破する役。状況を良く観察

しての指示役。それらを臨機応変に切り替え

立ち回る事が出来れば、十分に強い存在に

なれるであろう。特に、キャロルの、あの時

の咄嗟の判断で味方を援護したことからも、

周囲の状況を把握する力に優れている

ようだ。こう言う能力は指揮官を務める上

でも重要だ」

「そ、そうなんですか?」

「うむ。味方の位置、状況、体力。敵の

 位置や数、状況。そう言った物を即座に

見極め、味方の様子を見て退避させるのか、

まだ戦えると判断し戦線に残すのか。

そう言った判断を一瞬でするためにも

指揮官には、『見る力』が求められる。

そしてキャロルには、あの時、味方の

状況を見て、それを助ける為に自分に

出来る事で、事実味方を守って見せた。

まだ芽生えてこそいないかもしれないが、

立派な才能の芽だ」

そう言うと、黒鉄は隣を並んで歩く

キャロルの頭を撫でる。

 

「あっ……!く、クロガネさん」

「お主には、まだまだ才能がある。

 可能性がある。だからそんな風に

 自分を卑下するな。これまで多くの

 事を見てきた我の言葉。信じるか

 どうかはキャロル次第だ。だが、

 その才能は、磨けば必ず光り輝くだろう」

 

「ほ、本当に、私は強くなれますか?」

キャロルは、頬を赤くしながらも黒鉄を

見上げる。すると彼は撫でていた手を

退かし、真剣な瞳でキャロルを真っ直ぐ

見つめている。

 

「楽ではないだろう。強くなると言うのは。

 時に怪我もするし、辛い思いもする。

 強くなるための鍛錬をすると言う事は、

 肉体を追い込むと言う事だ。楽でも

 平坦でもない道を進み続けなければ

 ならない。……そして、キャロルの

 傍には、もしかしたらお主以上の才能を

 持つ者もいるかもしれぬ。機竜も、

 恐らくはリーシャたちのような、

 神装機竜を与えられる可能性は低い。

 それ故に、自らと比べ、劣等感に

 苛まれる事も、恐らくは少なくは無い

 だろう」

 

それが、現実というものだった。

いくら頑張った所で、自分と他人を

比べて、自分の悪い所ばかりに目が

行ってしまう事も、あるかもしれない。

その事実に、キャロルは静かに目を伏せる。

 

だが……。

「それでも」

「?」

黒鉄の言葉に、キャロルはもう一度、視線

を上げる。

 

「悩み、悔し涙を流し、時に折れそうに

 なりながらも、立ち向かう事の出来る

 者こそが、『真の強者』となるだろう。

 ……そして、そのチャンスとは、この

 世界に生きる者達に、等しく与えられて

 いる」

「じ、じゃあ……」

 

期待と不安に満ちた目で黒鉄を見上げる

キャロル。その時、黒鉄が優しく彼女の

額に人差し指を当てた。

 

「挑み続けよ。それこそが、お主が強者

 となるために必要な事だ。自分の

 限界に挑み続けた者だけが、自分の

 限界をぶち破り、強くなれるのだから」

 

そう言って、彼は優しい笑みを浮かべる。

 

「わ、私、強くなりたいです。皆を

 守れるように。……でも、きっと、多分、

 色々悩んだり、泣いたりする事も、あると

 思います。でも、それでも……」

 

不安を口にするキャロル。すると……。

 

「大丈夫だ」

黒鉄は、優しい声色で語りかけた。

「キャロルが折れそうになったその時は、

 我を頼れ」

「え?」

 

その時の黒鉄は、正しく『人の上に立つ者』

としての、『王者の風格』を纏っていた。

 

「友が困っていると言うのなら、我が

 いくらでも支えて見せよう。我が力と

 知識、全てを持って、キャロル。

 お主を支えると約束しよう」

 

あらゆる者達を受け入れ、支える傑物

としての風格。

力も、知恵も、優しさも、全てを備えた

王者としての風格を纏う黒鉄。

 

そんな黒鉄に、キャロルは見惚れていた。

 

 

優れた存在は、それだけで周囲の人々を

引きつける。ましてや黒鉄の如く、あらゆる面

で力を持ち、他者を思いやる優しさを

持っているのならば、当然のことであった。

 

そしてキャロルもまた、そんな彼の姿に

心を惹かれた1人であった。

 

しかし、彼女も黒鉄も、知る由はない。

また新たな事件が、起ろうとしている事には。

 

     第8話 END

 




次回はアニメ第3話あたりばベースです。

感想や評価、お待ちしてます。


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第9話 蛇の怪物と悪魔

って事でアニメ第3話ベースです。

サブタイトルは、アジ・ダハーカのアジ、が蛇って意味から
取りました。


国家代表による対抗戦が近づきつつある中、

アカデミーでは代表選抜のための選抜戦に

向けた演習が行われていた。そこにやって

きた男達の態度に激怒した黒鉄によって、

男達は倒され、逆に黒鉄が女生徒達を

指導することに。そんな合間の中で黒鉄は

一週間の優先権を持つキャロルと一緒に

街へ繰り出し、そこで彼女へとエールを

送るのだった。

 

 

その後、改めて街中を散歩していた黒鉄とキャロル。

時間は既に日暮れ時。町や空がオレンジ色に

染まり始めている。

そんな時だった。

「む?あれは」

「黒鉄さん?どうしました?」

何かに気づいて足を止めた黒鉄。キャロルも

足を止め、彼の視線の先へ注目した。

 

見ると、私服姿のルクスとクルルシファーが

並んで歩いているではないか。

「うぁ~!ルクス君とクルルシファーさん。

 何て言うか、本物のカップルみたいですね!」

2人の姿を見つけたキャロルは、やっぱり

女子として色恋沙汰に興味があるのか

少し興奮気味だ。

 

「うむ。まぁそれも分かるのだが……。

 あっちはどう思う?」

「ほえ?」

黒鉄に指摘され、彼が指さす方を見ると、

建物の角には変装のつもりなのか、

伊達眼鏡のフィルフィと、黒い眼鏡に帽子を

したリーシャの姿があるではないか。

 

「り、リーシャ様。何してるんだろう?」

自国の王女がストーカーまがいの事を

していると知って、キャロルは苦笑を浮かべ

ている。

 

と、その時。

「む?」

 

黒鉄は、優れた感覚で『それ』を捉えた。

『それ』は、一般人どころか、軍人でも

容易く感じ取ることの出来ない、僅かな

『気配』だった。

 

『この気配。そして僅かに香る鉄の臭い。

 まさか機竜か?だが姿は見えない。

 ……光学迷彩の類いか。しかも、この

 感覚。狙いは、リーシャか?……いや、

 違う。追っているのは、ルクス達の方か!』

「キャロルッ!」

「ふえっ!?は、はいっ!」

「すまぬが、我は行く。お主はここにおれっ!」

そう言うと、砲弾並みの速度で駆け出した黒鉄。

 

彼は路地に入っていった2人を追っていった。

そしてその視線の先では、ルクスとクルルシファー

が5機の機竜、ドレイクに囲まれていた。

 

ドレイクは、特装汎用機竜とも呼ばれており、

直接的な戦闘は得意ではないが、いくつかの

独特な能力を持っており、先ほどまで

男達はその一つ、迷彩の力で隠れていて、

ルクス達の隙をうかがっていたのだ。

 

最も、2人や一般人の事は騙せても、黒鉄まで

騙すことは出来なかった。

 

そして……。

 

「ふぅんっ!」

黒鉄は進路上にあった樽を掴むと、それを

ドレイクの一体に向けて投げつけた。

「ッ!?何だっ!?ぐっ!?」

それに気づいてパイロットの男は咄嗟に

構えていたブレスガンで樽を防いだ。

が、その速度から来る威力によって、

僅かに体が揺らいだ。そしてそれが

隙となる。

 

それを見逃さずに地面を蹴って飛び出し、

一気に距離を詰める黒鉄。

「ふぅんっ!」

『ドゴォォォォォォォッ!』

そして振るわれた剛腕が、防御を物ともせず

ドラグナイトの脇腹に打ち込まれる。

 

「ごはぁっ!?」

吐瀉物をまき散らしながら機竜ごとパイロット

は地面に音を立てて落下した。

 

「なっ!?何だこいつっ!?素手で

 機竜をっ!?」

「怯むなっ!相手は1人の上に拳だっ!

 囲んで一斉射撃で蜂の巣にしろっ!」

1人が狼狽えるが、すぐにリーダー格の男

らしきドラグナイトが叫んだ。そして男達は

指示に従い、黒鉄と距離を取ってブレスガンを

構えた。対して黒鉄も着地と同時に拳を

構え直すが、直後彼は、こちらに近づく

気配に気づいて、僅かばかり緊張を緩めた。

 

直後。

『ドゴォォォォォンッ!』

「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!?」

また1人、ドレイクが突如として襲いかかって

きた攻撃によって吹き飛ばされ空き家の壁に

激突した。

 

「こ、今度は何だっ!?」

男達が戸惑う中、現れたのは……。

 

「ふぃ、フィルフィっ!?」

紫色の陸戦型神装機竜、『テュポーン』を

纏ったフィルフィだった。

「私も居るぞっ!」

更に続いて、キメラティック・ワイバーンを

展開したリーシャも現れる。

 

「こ、このぉっ!」

その時、残った3機の内の1機がテュポーンに

斬りかかった。

テュポーンは見たところ武装を持っていない。

だからこそ近接戦で一気に仕留めようとしたの

だろう。だが……。

 

「えい」

間延びした声とは裏腹な、洗練された格闘術の

動きでもって相手を撃退するフィルフィ。

 

「ほう?」

それを見ていた黒鉄は、フィルフィに対する

認識を改めていた。

『普段はどこかおっとりというか、のんびり

 した印象のフィルフィ・アイングラムで

 あったが、まさかあれほどまでに武術に

 秀でていたとは。人は見かけによらん、

 と言う事か』

それを見守っていた黒鉄。残りは2機。

だがそれも、もう1機が撃墜された事で

残りはただの1機のみ。

 

「く、クソッ!?」

残った1機は逃げようと機体を翻す。

だが……。

「≪竜咬縛鎖(パイル・アンカー)≫」

その時、テュポーンの腕から放たれた太い

アンカーが逃げようとする1機を捉え、

猛スピードで引き戻していく。

 

「あれって?!」

「テュポーンの特殊武装よ。全身から

 あんな風にアンカーを射出し、範囲内の

 敵を捉える武装らしいわ」

驚いているルクスに説明している

クルルシファー。ルクスはアカデミーに

来てから、未だにフィルフィがテュポーンを

動かしているところを見た事が無かったので、

それも仕方無い。

 

「ちょっと、やりすぎた、かな?」

カウンターを構えていたフィルフィだったが、

相手のあまりに怯えた表情に気づいて、

彼女はカウンターの構えを解くと、更に

パイル・アンカーの拘束も解除。しかし

猛スピードだけは殺しきれず、ドレイクは

テュポーンの脇を通り過ぎて空き家の壁に

激突し、動かなくなった。

 

その様子を見ながらも、黒鉄は倒した男達を

ドレイクから引きずり出して捕縛していた。

『相手を捉え、強引に自らの得意な距離、

 つまりクロスレンジに引き込む特殊武装。

 格闘戦に優れたパイロットが乗れば、

 なお輝く機体、と言う訳か』

と、黒鉄はテュポーンの観察をしていたが……。

 

「ッ!おいっ!1人逃げたぞっ!」

 

最後の最後で、壁に激突したドレイクに

乗っていた男がドレイクを捨てて、走って

逃げようとしている。

「あっ!?待てっ!」

 

黒鉄の叫びに気づいて咄嗟に後を追うルクス。

更に黒鉄も、当て身で捕縛した男を気絶

させると彼の後を追ったが……。

 

そこでは、執事らしき黒い服装の女が、

残った1人を倒していた。

すると、そこに後ろからクルルシファーも

追いついてきたのだが……。

 

「お久しぶりです、お嬢様。相変わらず

 お元気そうで」

「あなたもね。アルテリーゼ」

「ぬ?お嬢様?」

彼女はクルルシファーに向かって、お嬢様と

呼んだ。

「身内か?」

と、首をかしげる黒鉄。

「えぇ。私の家、エインフォルク家の執事よ」

「え?それじゃあ……」

「そっ。彼女が私の様子を見に来た、って訳」

驚くルクスに説明するクルルシファー。

 

「成程」

『しかし、様子見、だと?どういうことだ?

 ただ単に、定期的に様子を見に来ている

 と言う訳でも無さそうだが?』

と、黒鉄は内心首をかしげるのだった。

 

 

その後、キャロルが連れてきた衛兵によって

男達は捕縛され、その後。

 

ルクス、黒鉄、リーシャ、クルルシファー、

フィルフィ、キャロルの合計6人は、

クルルシファーとアルテリーゼの話しに

同席することになり、学園にほど近い

酒場に入っていた。

 

そして話し始めたのだが、クルルシファーが

『余計な気遣いはいらない』、と言うと、

彼女は真っ先に、先ほどの事件の事を

口に出した。

 

「もう少しお気をつけ下さい。お嬢様の体は

 エインフォルク家のものなのですよ?」

『ピクッ』

アルテリーゼの発言に、黒鉄は僅かに反応を

示した。

 

今の発言は、まるでクルルシファーが

家の所有物だと言っているような物で、

黒鉄が嫌悪する類いの発言だ。

 

「ところで、そちらのお二人は?アカデミーは

 女性士官候補を育成する場のはずですが?」

やがて、話題は黒鉄とルクスに向いた。

「この二人は今、将来的な共学化に向けて

 学園に通っている私の級友よ?

 こちらの筋骨隆々の男性がクロガネさん。

 それと、対照的で可愛らしい銀髪の

 少年が、ルクス・アーカディア」

「アーカディア?では……」

「えぇ。旧帝国の王子様。そして、今現在

 私の恋人よ?」

そんなクルルシファーの発言に、好意を

寄せているリーシャが反論しようとしたが、

それは肝心のルクスによって止められて

しまった。

 

「お嬢様。実は……」

更に、ルクスが恋人、と紹介された

アルテリーゼが何かを言おうとした時。

 

「これはこれは。私も見くびられた物だな」

そこに突如として現れた金髪の男性。

格好からして、貴族である事は黒鉄でも

分かった。

のだが……。

 

『いけ好かない目をしているな。この男』

出会って早々、黒鉄は目の前の男に敵意を

抱いた。彼の第六感が、目の前の男とは

相容れないと、黒鉄に訴えていた。

 

そうこうしている内に、現れた男は

クルルシファーを『未来の我が妻』とまで

言い切った。

そして更に、『バルゼリット・クロイツァー』

と名乗ったのだが、その名を聞いたリーシャ達

や周囲に酒場の客達までもが、驚いた

様子だった。

 

が、しかし元々旅人であった黒鉄は相手が

誰だか分からない。

「キャロル。この男は新王国では有名なのか?」

と、本人の前で語る黒鉄に、バルゼリットが僅かに表情を歪める。

 

「は、はい。バルゼリット卿は、旧帝国

 時代から続く四大貴族の一つである

クロイツァー家のご嫡男で、王都の

コロシアムで行われた去年の公式模擬戦でも、

第3位の成績を収めています。その事から、

王国の覇者とも言われるお方です」

と、キャロルは本人を前にして萎縮しながら

も黒鉄に説明をしていた。

 

「ほう?」

と、驚嘆とも呆れとも取れる言葉を呟く黒鉄。

バルゼリットは、それを驚嘆と

取ったのだろう。だが……。

『高々3位程度で覇者、か。笑わせてくれる』

黒鉄は内心、呆れていた。

 

彼に言わせれば、覇者を名乗る位なら1位を

取れ、と言う事だった。

黒鉄が黙って話を聞いていれば、

アルテリーゼは明日、バルゼリットと

クルルシファーを会食させ、そこで婚約

させるつもりだったらしい。しかし

クルルシファーはルクスがいるから、と

それを拒否。一方のバルゼリットは、

そのルクスを没落王子と侮辱していた。

 

そして更にリーシャが割って入り、ルクスは

自分のパートナーになる予定の男だ、と宣言

したのだが、対してバルゼリットは嘲笑を

浮かべ、これからの時代、求められるのは

他国やアビスに負けない機竜を扱い勝利する

力と指導者としての力が求められていると

話した。

 

すると、クルルシファーはルクスが最弱の

無敗として力があると反論し、結果的に……。

 

ルクス&クルルシファー VS バルゼリット&アルトリーゼ。

 

と言う形で3日後の夜に決闘が行われる事

になってしまった。

 

そして、アカデミーへの帰り道。

 

「……気に入らんな」

ルクス達と少し離れて歩いていた黒鉄と

キャロル。その時、ポツリと呟いた黒鉄。

「クロガネさん?」

「あのバルゼリットとか言う男の、

 クルルシファー・エインフォルクを見る目。

 あれはまるで……」

言いかけ、言葉を区切るクロガネ。

 

「まるで、何ですか?」

「……まるで、人として彼女を見ていない

 ような。そんな感じであった」

「え?そ、それって……」

「そうさな。典型的な男尊女卑主義者のそれだ。

 実際、この前のあの3人の男性軍人共も

 そうであった」

「……」

 

彼の発言に、キャロルはしばし黙り込んでしまう。

「……クルルシファーさん。大丈夫でしょうか?

 決闘だって。いくらルクス君が最弱の無敗

 って言われてるとは言え、それってつまり、

 ルクスは負けないけど、勝ちもしないって

 事ですし」

「大丈夫だ」

二人を心配するキャロルに、黒鉄は優しく笑みを

浮かべながら彼女の頭を撫でた。

すると

彼の言葉なら、と安心したのか安堵した表情

を浮かべるキャロル。

 

しかし……。

 

『だが、あの男の視線。少し気になるな。

 単純な男尊女卑主義だけとも思えん。

 ……何か裏があると考え、警戒しておいた

 方が賢明か』

 

そう、黒鉄は考えながら、既に暗くなった

夜空を見上げているのだった。

 

その翌日、クルルシファーは用事がある

から、と言う事でルクスは珍しく一人

であり、お疲れの様子だったので、

メイドさんの格好をしたリーシャや

フィルフィ、ティルファーからもてなし

を受けたりしていた一方、黒鉄は……。

 

レリィに呼び出されていた。

「ごめんなさいね、生徒達の指導をお願い

 してるのに、呼び出してしまって」

「構わぬ。学園長の呼び出しとあれば、

 今は生徒の立場にある我が応じぬ訳

 には行かぬからな。それで、用件は?」

「うん。実はね、この前話した、明日のルイン

 調査の件なんだけど、その時のために

 聞いておきたい事があるの?

 クロガネ君のあの姿、黒龍、だった

 かしら?あれは使える?」

「うむ。問題無く使えるが、何か

 問題が?」

「あぁううん。問題とかそう言うんじゃ

 無いんだけど。……正直、あの機竜を

 持っているルクス君がいるから、万が一

 が起きても大丈夫、だとは思いたいん

 だけど」

 

と言うレリィの言葉。黒鉄は、あの機竜が

バハムートの事を指しているのは理解

出来ていた。

 

「……それはつまり、ルクスの素性を

 バラすことに他ならない、か」

「えぇ。だからこそ、彼は容易にあの剣

 を抜くことが出来ない。そこで、と言って

 はなんだけど、あなたを頼りたいの。

 クロガネ君。あの英雄と同等の力を

 持ち、尚且つ今だ限界を見せていない

 あなたに」

「そうであったか。ならば分かった。調査

 の時には黒龍を使おう」

「そう言って貰えると助かるわ。

 でも、良いの?あの姿が機竜でない

 事は、恐らく見ていれば分かる。

 肉体の変質なんて普通じゃないから、

 下手をすれば周りの皆に、なんて言われるか」

 

彼女の言葉に、黒鉄はしばし押し黙った後。

「……別に構わん。元々我の素性は、皆

 分かっていないのが現状だ。いざと

 なれば、奥の手や切札だ、とでも言って

 何とかする。……それに、今の我の

 周りには、ルクスのように守らねばならぬ

 親族も居らん。彼奴に比べれば、この

 程度大した事は無い。それに、我が

 手を抜いた結果、誰かが怪我をするのは

 何よりも許せぬ。だから気に病む必要は

 無い。何より、我自身の選択なのだ。

 学園長は心配せずとも良い。

 調査隊は必ず、我が全員無事に

 連れ帰って見せよう」

「ありがとう。……本当に頼もしいわ」

 

そう言って、レリィは優しい笑みを浮かべた。

 

 

そして翌朝。格納庫に集められたルクスや

リーシャを始めとした今回の討伐と調査の

ための騎士団のメンバー達。ルクスや黒鉄

は、レリィからの推薦という形で参加する

事になっている。

今回の任務は、ルイン周囲を徘徊する大型の

アビス、ゴーレムの排除と、その後、可能で

あれば第6の遺跡、『箱庭(ガーデン)』の内部

を調査する手筈になっている。

 

黒鉄以外、全員が装衣を纏って、今は

ライグリィから説明を聞いていた。

そして、その中で変更点がいくつかあった。

 

それは留学生であり、祖国であるユミル教国

からの指示で危険な戦闘への参加を控えるよう

言われているはずの、クルルシファーの参加。

 

更には、あのバルゼリットまでもが急遽

参加すると言ってきたのだ。

 

アカデミーの生徒であるクルルシファーなら

まだしも、完全な部外者であるバルゼリットの

参加にはリーシャを始め、皆驚いていた。

彼女がその真意を問いただすと、彼は

手助けだと言ってのけた。だが、あからさまに

トーナメント3位の記録を持ち出し、剰え

彼女達を『か弱い少女達』と言い、盾役を

買って出た事を喜ぶべきでは?とまで言っている

始末だ。

更に反論したリーシャだが、レリィの許可も

ある、と言う事で、結局バルゼリットは

彼女達に同行することになった。

 

更に……。出発直前。

 

「おやおや。君は一体どうしたんだい?」

全員が機竜へと搭乗する中、自身の神装機竜、

『アジ・ダハーカ』へ乗っているバルゼリット

が黒鉄に目を付けた。

 

「装衣も纏わず、まさか生身のまま調査に

 同行するとでも?」

あからさまに黒鉄を見下したような発言。

そのことにシャリスが何かを言おうと口を

開いた直後。

 

『ブワッ!』

黒鉄の足下に魔法陣が展開され、それが

上昇すると、黒鉄の姿は黒龍に変わっていた。

 

「……これで満足か?」

「あ、あぁ」

どこか怒気を滲ませる黒鉄の言葉と黒龍の

威圧感に、流石のバルゼリットも畏怖し、

それを必死に隠すように笑みを浮かべていたが、

その表情は引きつっていた。

 

しかし一方で、初めて見る黒鉄の黒龍形態に

戸惑うシャリスやティルファー達シヴァレスの

面々。

「え?えぇっ!?クロッちなのっ!?

 どうしたのその姿っ!?」

「ま、まさか、神装機竜っ!?いやだが、

 その姿はっ!?」

ノクトは以前見ていたが、2人や他の

団員達は初めて黒龍を見たのだから、驚くのも

無理はなかった。

 

「その姿は、クロガネの切札だそうだ」

その時、彼女達に声を掛けたライグリィ。

「私も詳細は知らんが、その姿のクロガネ

 は普段の時よりも強いそうだ。本人から

 の希望で、詮索はしないで欲しい

 そうだ。まぁ、心強い味方だと想って

 安心すれば良い」

と言うライグリィの言葉に、生徒達は

とりあえず落ち着いた様子だ。

 

 

その後、出撃した彼等は城塞都市から約

20キロほどの地点にある遺跡、箱庭を

見下ろしていた。

 

それは一言で言えば、山岳部にめり込んだ

立方体、と言う印象だった。目的は、

その箱庭周辺に現れるアビスの撃破だ。

 

そして、それが現れた。

『ゴーレム』。鋼鉄の巨躯と、その巨体に

見合った力、防御力を持つ大型のアビスだ。

速度は遅く、行動も単純。しかしそれを

おして余り有るパワーの一撃は、一発で

機竜を破壊する、防御不可能な攻撃だ。

 

だが、そんなゴーレムも、クルルシファー

の神装機竜、『ファフニール』の特殊武装、

着弾点を凍らせる弾を放つ『フリージング・

カノン』と、相手の攻撃を自動で防御する

『オート・シェルド』の2つ。そして、

相手の行動を予知する神装、『ワイズ・

ブラッド』を完璧に使いこなす彼女の

前に、呆気なく敗れた。

 

そのことにシヴァレスの女子達が喜んでいた

が、直後クルルシファーはルインの中へ

行くと言い出したのだ。事前の予定では、

ルクス、黒鉄、リーシャと、トライアドの

3人の、合計6名だけがルイン内部に

入る予定だった。

何故そこまでルインに拘るのか。黒鉄が

警戒しつつ周囲を見回していた時。

 

彼とノクトのドレイクのレーダーが、その

反応を捉えたのはほぼ同時だった。

「総員気をつけよっ!新手のアビスが来るぞっ!」

 

黒鉄がすぐさま全員に警戒を促し、両腕の

ブレードを展開する。

 

すると、先ほどの戦闘で発生した砂煙の中

から、異形の悪魔と形容出来そうな怪物が

姿を現した。

「あれは……」

「ディアボロスですっ!1体で小都市を

 滅ぼすとさえ言われている、強力な

 アビスですっ!」

黒鉄の言葉に応えるシャリス。

 

『ギィエァァァァァァァァッ!!!!』

直後、ディアボロスは咆哮を上げ、彼女達に

向かっていった。だが……。

 

『ゴアァァァァァァァァァァァァッ!!!!』

 

ディアボロスの叫びを上書きするほどの

大音量の咆哮が……。

 

『ゴジラの咆哮』が響き渡った。

 

すると、その咆哮を前に、ディアボロスが足を

止め、黒鉄の黒龍のみを、一点に睨み付けている。

 

そして、宙に浮いていた黒龍が僅かに前に出る。

 

「総員、下がっていろ。奴の相手は、

 我1人で十分だ」

「だ、大丈夫なんですかっ!?クロガネさんっ!」

「問題無い」

ルクスにそう答える黒鉄。

「それに、奴はずる賢く、そして何よりも早い。

なればこそ、一対一の方が、やりやすい。

リーシャ、お主は皆を率いて、迫って

きた時は射撃だけで応戦しろ。

 奴に接近戦は分が悪い。機竜用のソード

 など、奴に掛かれば一瞬で破壊されるぞ」

「しょ、承知した。皆っ!少し下がれっ!

 総員射撃兵装用意っ!良いかっ!

 不用意に奴へ近づくなよっ!」

彼女の指示に従い、ルクス達が距離を取る。

 

そして、次の瞬間。

 

『『ドウッ!!!』』

大気が震えるほどの加速でもって黒龍と

ディアボロスが突進。

『『ガギィィィィィィンッ!』』

盛大な音と共に、ディアボロスの爪と黒龍

のブレードが火花を散らす。

 

だが、すぐに放たれた黒龍の蹴りが

ディアボロスを大きく吹き飛ばす。

すると、空中で数回回った直後、

ディアボロスは体制を立て直し、黒龍を

迂回するようなルートでリーシャ達へと

迫る。そして、その刃がノクトのドレイク

に届きそうになる。

「ッ!?」

早すぎて対応出来ず、息を呑むノクト。

が……。

 

「我を無視か。良い度胸だ。雑兵ッ!」

『ドゴォォォォォォォンッ!!!!』

 

追いついた黒龍の蹴りが、ディアボロスを

大きく吹き飛ばし、眼下の地面に叩き付けた。

「大丈夫か?ノクト」

「は、はい。ありがとうございます、クロガネさん」

肩越しに振り返る黒龍に、ノクトは驚き

ながらも答える。

 

と、その時。

「良い的だっ!悪魔めっ!」

バルゼリットが落下したディアボロス目がけて

アジ・ダハーカの両肩に備えられている砲塔、

『デビルズグロウ』からビームを発射した。

だが、射線上にはシヴァレスの機竜も居て、

命中こそしなかったが、明らかな危険行為だ。

 

しかもディアボロスは直前に飛び上がって

ビームを回避している。

「各員撃ちまくれっ!」

直後リーシャからの指示で、全員がブレスガン

を撃ちまくりディアボロスの接近を何とか拒む。

黒鉄は咄嗟に、攻撃に巻き込まれそうになって

いた少女達の元へと近づく。

 

「大丈夫か?2人とも?」

「は、はい」

「だ、大丈夫です。近くを通過しただけ

 ですから」

そう言って2人とも気丈に振る舞うが、

味方のはずのバルゼリットから、撃墜され

掛けた事に恐怖し体を震わせている。

 

『ギリッ!!!』

内心、黒鉄は強く奥歯をかみしめた。

そして更に、彼の怒りを煽る発言を、

バルゼリットはしてしまった。

 

「どうだ没落王子?この俺と勝負をして

 みないか?」

「え?」

突然のバルゼリットの発言に戸惑うルクス。

『何だと?』

そして、黒鉄の中では、より大きく怒り

が燃えていた。

 

「あのアビスをどちらが先に倒せるか。

 お前が勝てば、あの決闘の約束は

 取り下げよう」

そう言って笑みを浮かべているバルゼリット。

今の奴には、この勝負に勝てるだけの

自身があったのだ。

 

だが、ルクスが答えるよりも早く。

リーシャが窘めるよりも早く。

 

 

『のぼせ上がるなよ、雑兵……!』

 

おどろおどろしい声、とでも表現出来る

ような、普段の黒鉄からは想像も出来ない

ような、圧倒的なまでの怒気を滲ませた声に、

その場に居た女子達は体を震わせ、肝心の

怒りを向けられているバルゼリットも表情が

引きつっている。

 

「命がけの場で、何を呆けたことを

 言っている。……邪魔はしないと言った

 のはそちらだぞ?ならば……」

 

「大人しく黙っておれっ!」

 

圧倒的なまでの怒り。誰もが、黒鉄の怒りに

体を震わせ、リーシャやルクス、更に

クルルシファーも動けなかった。

 

戦場は、命を賭けて戦う場所。そこで

下らない事をしようとするなど、黒鉄

には許せない事だった。

 

「貴様、四大貴族の俺に向かって、雑兵

 と言ったのか?」

対して、バルゼリットも平静と余裕を

装いながらも、内心では眉をひそめていた。

と、その時。

 

『ギィエァァァァァァァァッ!!!』

ディアボロスが叫びを上げながら黒龍の

背後へと回り込み、掴みかかるが……。

 

『ドゴォォォォォォンッ!!!』

 

裏拳一発。それだけで大きく吹き飛ばされ

再び地面に叩き付けられるディアボロス。

 

「……公式戦第3位如きで、のぼせ上がった

 貴様など、雑兵以外なんだというのだ」

黒鉄は怒りを滲ませながらその鋭い眼光を

光らせる。

一方で、バルゼリットもその表情を

怒りに染めている。

2人とも、今にも相手を殺さんばかりの

殺気だ。

「いい加減にしろ2人ともっ!今は

 アビスを倒すのとルイン調査が優先

 だろうがっ!」

しかし、そんな2人の間に割って入り

止めるリーシャ。

 

すると、黒龍が彼女達の方に背を向け、

直後にその背鰭が青白く光を放ち

始めた。

 

するとそれを見たディアボロスがまるで

逃げるように慌てて飛び上がる。そして

彼等とは別方向に逃げだそうとした。

 

だが……。

 

『カッ!』

閃光。

『ドウッッ!!!』

更には爆音。

青白い閃光が黒龍の口から放たれる。

 

そして黒龍から放たれた必殺技、ヒート

ブラストがディアボロスに追いつき、その

肉片の1つまで残すことなく、破壊し、

塵も残さず消滅した。

 

誰もが、黒鉄の、黒龍の圧倒的な力を前

にして戸惑っていた。

小都市を滅ぼすと言われていたディアボロス

でさえも、歯牙に掛けぬ力。戦闘力。

 

だが、一方でその体から滲み出る怒気の

オーラを前に萎縮していた彼女達。

もちろんそのオーラは彼女達ではなく

バルゼリットに向けての物だが、それでも

余り有る、他者を畏怖させる程の殺気と怒気。

 

やがて、リーシャの発言もあり、ルインの調査

をする事になり、生徒達も気分を切り替えた。

そして、予定の6人とクルルシファーがルイン

の中へと入る事になったのだが……。

 

「……リーシャ。すまないが残りの面々は

 先に都市へ戻した方が良いのではないか?」

「ん?それはまた、何故だ?」

「理論的な考えがあるわけではないが、

 ただの感だ。だが、ディアボロスが突如

 現れた事も少し気になってな。我々がルイン

 に入った直後に同型、或いはそれ以上の

 アビスが出てきて戦闘になっては不味い。

 いざとなれば、我があのルインの壁を

 ぶち破って救援に来る事も出来るが、

 それは些か不味いであろう?

 我も、神装機竜を持つ二人も中に

 入ってしまうのではな。無い、とは

 想いたいが最悪の事態は予想しておく

 べきだからな」

「む、むぅ。……そうだな」

しばし悩んだ後、黒鉄の発案に頷くリーシャ。

 

「よし。皆は先にクロスフィードに戻ってくれ」

「よろしいのですか?」

彼女の言葉に団員の1人が声を掛ける。

「大丈夫だ。私やルクス、クルルシファーに、

 それにこのクロガネも居る。ディアボロス

 相手に善戦どころか圧倒したこいつが

 居れば何の問題も無いだろう。お前達は

 戻ってゴーレム討伐の報告と、

 念のためディアボロス出現の情報も

 伝えておいてくれ。小都市を壊滅させる

 程の奴が出たんだ。伝えておくに越した

 事は無いからな」

「分かりました」

 

と言う事で、残っていた3年生の団員を

臨時のリーダーとして、外に残る予定

だった団員達はクロスフィードに戻る事に

なった。

 

「そういうわけだ。お前もとっとと戻れ、

 クロイツァー卿」

「承知した。ならば俺は戻らせて貰おう。

 だが最後に、そちらがルインの入るのを 

 見届けるくらいは構わないだろう?」

「ふん。勝手にしろ」

 

吐き捨てるようなリーシャの言葉のあと、

7人は並んでガーデンへと降下していった。

 

本来なら、ガーデンは一定周期で門が開閉する。

門は、開くと外に居る者を中に引き込み、

逆に中に居る者を外に放り出す。と言う仕組みに

なっていた。なので、降下しそのサイクルが

来るのを待つ予定だった。だが……。

 

『カァァァァァァァッ!』

彼女達がルインの前に降り立ったのとほぼ

同じタイミングでルインが光り輝き始めた。

 

「ッ!?な、何だっ!?」

リーシャ達が驚いたのも束の間。7人は

瞬く間に光の中へと取り込まれるように

して消えてしまった。

 

その事に呆然となる残っていたメンバー達。

 

 

だからこそ、気づかなかった。

 

バルゼリットが、狂気じみた笑みを浮かべている事に。

 

 

    第9話 END

 




次回はルイン、ガーデン内部のお話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第10話 探索

遅くなりましたが第10話です。
ここでルクスの母親生存の理由が分かります。


ルインの1つ、ガーデンの調査が迫る中、

クルルシファーはルクスを恋人にしたて

エインフォルク家による婚約を破棄しようと

していた。だが、新王国四大貴族の血筋

であるバルゼリットが現れ、結果ルクス、

クルルシファーの2人はバルゼリットと

エインフォルク家から来た執事である

アルテリーゼの2人と戦う事に。

そして迎えた調査の日。クルルシファー、

バルゼリットの同行。ディアボロスの出現

などトラブルはあったものの、調査を

開始しようとした矢先、ルクスや黒鉄、

リーシャやクルルシファー、トライアド

の3人、合計7人が突如としてルインの

中に引き込まれてしまうのだった。

 

 

ガーデン内部。強い光に包まれた7人

だったが、やがて光が弱まり、目を開けると、

そこに広がっていたのは、例えるのなら、

人の手が入っていない、そのままの森。

原生林、とでも言えば良い環境。

 

「ここ、は?」

周囲を見回しながら呟くルクス。

「ここはルイン、ガーデンの中だ。どうやら、

 取り込まれたようだな」

そんな中で、黒鉄は黒龍を解除し、人型に

なりながら呟いた。

 

「取り込まれた、ってクロッち簡単に

 言うけど、それってこれまでなかった

 事でしょ?ちょっと怖いんだけど」

どこか周囲を警戒しながら呟くティルファー。

「……これまでに無い反応、と言う事は、

 何かに反応したのだろう。例えば、

 ルクスの持つ角笛か、或いは誰かに」

「ッ」

彼の言葉に、静かに息を呑むルクス。

 

ルクスはこの前の話し合いで、角笛が鍵

ではない事。鍵とは、特定のDNAを持つ

人間である事は知っている。だからこそ……。

 

『まさか、この中に、鍵になる人が?』 

ルクスは驚きながらも、女性陣を見回していた。

その時。

「その誰か?って言うのは誰のことかしら?」

クルルシファーが黒鉄に声を掛けた。

だがその声色は、どこか焦っているようにも

感じられた。

 

『まさか……』

と、黒鉄は確信めいたことを感じながらも、

今この場で話す事ではないと考えた。

 

「確証はない。だが、可能性として

 思った事を言っただけだ。或いは、

 神装機竜に反応したとも考えられる。

 元々、機竜はルインから発掘された物

 であるのだからな」

「……そう」

黒鉄の言葉に、クルルシファーはそれだけ

言うと、周囲を見回している。

 

「それで、このあとはどうする?隊長」

そう言って問いかけるシャリス。

「うむ。我々の知る限り、門の開閉は一定

 だが、ここに入るときはそうではなく、

 クロガネの言うとおり、何か、或いは

 誰かに反応して我々を引き込んだ。

 そう考えると、普段と違って何か変化が

 あるような気もするが……」

「だったら重点的に調べるべきよ」

リーシャの言葉にそう言ったのはクルルシファーだ。

 

「しかし、その変化が我々にとって危険

 な物かもしれないんだぞ?ここは

 ある程度調査を終えたら帰還するべき

 だろう。予定では明日の昼過ぎ辺りが

 帰還予定だが、正直、早めに切り上げた

 方が良いと私は思う」

そう言ったのはシャリスだ。ティルファー

とノクトも、賛成なのか頷いている。

その発言を聞き、今後の対応を考える立場に

あるのはリーダーでもあるリーシャだ。

 

「……ルクス、クロガネ。お前達はどう思う?」

「僕は……」

ルクスは言いかけ、クルルシファーの方を

一瞬チラ見してから、またリーシャの方へと

向き直る。

 

「チャンスがあるなら、調べるべきだと思います」

その言葉に、クルルシファーは僅かに驚いた

表情でルクスの方を見ている。

「幸い以前の戦いで入手したこの角笛があれば、

 アビスを追い払う事も可能でしょうし、

 正直、他力本願になってしまいますが、

 ディアボロスでさえ圧倒したクロガネさんが

 いれば、大丈夫だと思いますから」

そう言って、隣の黒鉄を見上げるルクス。

 

そして、残った黒鉄は……。

「……調べる、調べたいと言う意思がある

 のなら、その間の護衛は任せて貰う。

 あの黒龍モードならば、並みのアビスと

 言えど一撃で屠る自信はあるからな」

そう言って、握りこぶしを作る黒鉄に、

先ほどの殺気を思いだしてシャリスたちは

苦笑を浮かべていた。

 

「そうか。ならば、今日はとりあえず

 周囲を散策してキャンプをする場所を

 発見し、そこでキャンプする。ここに

 入ったのは昼過ぎだし、早めに休んで

 明日の朝一番で周辺を探索。昼頃まで

 探索したらここを出る。皆、これで

 良いか?」

リーシャの言葉に、皆が頷いた。

 

と言う事で、機竜を解除した6人と黒鉄

は周囲を探索しながら、キャンプに適した

場所を探した後、飲み水として使える

湧き水がある場所から水を採取。これは

以前の調査を元に作られた内部の地図に

記されていたので問題なかった。更に

火を起こすためにあちこちから薪を

集めてきた。

 

そして、時間が過ぎていくにつれてガーデン

の内部が暗くなっていく。

「……ここってルインの中なんだよねぇ。

 何で暗くなるのかなぁ」

すっかり暗くなった天井を見上げながら呟く

ティルファー。

 

「恐らく、中で生活する人間の事を

 考えているのだろう」

たき火の様子を見ながら、持ってきていた

食材で温かいスープを作りながら黒鉄が

答えた。

「外の様子と連動させる事で、内部で生活

 する人間の時間に対する感覚を狂わせない

 ためだろう。一日中明るいままでは、

 例え時計があっても今を夜と感じる事は

 出来ぬからな」

「成程。確かに、ずっと明るいままでは

 時間の感覚がおかしくなってしまいますね」

黒鉄の発言に頷くノクト。

 

「……かつて、ここにも人が居たんだな」

そう言って、シャリスは周囲を見回す。

そして……。

「かつての文明の人は、何を思い、こんな

 物を作ったのだろうな」

ポツリと呟くシャリスの言葉に、皆が

黙りこくる。

 

やがて……。

「さぁ、出来たぞ」

黒鉄のスープが出来た。持ち込んでいた

食料、黒パンと干し肉にスープを加えた

簡単な夕食を取った後、警戒の観点から

交代で火の番と周囲の警戒をする事になった。

この番については、黒鉄とルクスが交代で

やる事になった。

 

そして、夜中。火の番をしていた黒鉄。

「クロガネさん」

そこにルクスが起きてきた。

 

「そろそろ変わりますよ?」

「あぁ、すまぬ」

立ち上がり、テントに戻ろうとした黒鉄だが……。

「何か、悩み事か?」

「え?」

「いや、何やら考え事をしていたような

 表情だったのでな?話ならば聞くぞ?」

と言う黒鉄。やがてルクスはしばし迷った後。

 

「実は……」

と言って話し始めた。

 

たき火を挟んで向かい合う2人。

ルクスが話したのは、クルルシファーが

ルインに拘る事への疑問だった。

「なんて言うか。焦ってると言うか。

 どうしてもここを調べたいって言う強い

 意思があるように思えて」

「確かにな。それは我も思っていた。彼女は

 普段から冷静な感じがあったが、今日は

 どこか、急いでいると言う感じであった」

「ですよね。……あの、黒鉄さん。

 やっぱり僕達の中に、鍵となる人が

 居るんですよね?」

「恐らくな」

 

と、黒鉄が頷いた時。

 

「やっぱり、大体知ってたのね」

「え?!」

不意に聞こえた声。慌ててテントの方に

振り返るルクス。するとテントから

現れたのはクルルシファーだった。

 

「く、クルルシファーさん!?まさか、

 今の話」

「えぇ。聞いてたわ。……それで、どうして

 ルクス君やクロガネさんが、鍵は人だと知って

 いたのかしら?」

どこか警戒するような視線に言葉を詰まらせる

ルクス。すると……。

 

「ルクスに教えたのは我だ。彼を責めて

 やるな」

そう言って黒鉄が彼を庇った。

「教えた?じゃあクロガネさんは何故、

 鍵が人だと知っていたの?」

「簡単な事だ。ルインを築き上げた太古の

 文明、ロストエイジの世界に、我は

 生きていた、と言う事だ」

 

「……。え?」

流石の彼女も、いきなりの発言に驚いて

面食らった様子だった。

「それは、どういうこと?それって

 つまり……」

「まぁ、簡潔に言えば我は、お主達よりも

 何万歳も年上という事だ」

「……それを、信じろ、と?」

 

クルルシファーは、冗談みたいな彼の発言

をいきなり信じることは出来なかった。

まぁ、普通に考えて今の言葉を信じられる

人間はそうそう居ないだろう。

 

すると、彼は……。

 

「これでもまだ、信じられぬか?」

 

そう言って右腕の、肘から先を黒竜のそれ

に変化させた。

「ッ!?腕が……!?」

更に黒鉄は肘の部分を見せた。そこを境目

にきっちり残りの腕は、普段通りであった。

それに更に驚くクルルシファー。

 

「クロガネさん。あなたは、一体」

「今言った通りだ。まぁ『何者か』、と

聞かれれば、『人の姿をした全く別の

生き物』、としか答えられんな。今は」

そう言いながら、腕を元に戻す黒鉄。

 

「……正直、常人離れしてるとは思ってたけど」

そう言って、クルルシファーはため息をついた。

「本当に人間を凌駕する存在だったなんてね」

 

「それで?我の言葉は信じて貰えただろうか?」

「えぇ。そして、出来れば話して欲しいわね。

 知ってる事を」

「……良かろう。夜も長い。少し話しをしよう」

 

そう言って、黒鉄はルクスとクルルシファー

に話し始めた。まずは遺跡の鍵が人である

云々だ。最初に、鍵となる人物が特定のDNA

を持っている事や生前に調整を受けた人間で

ある事と、そのDNAについて簡単に説明をした。

 

「つまり、鍵となる人は、さっきクロガネさん

 が言ったように生前、何らかの調整を

 受けていた、って事?」

「うむ。当時の技術であれば、その程度の事は

 造作もなかった。加えて人であれば

 他の多数の人間達の中に隠すことも出来る。

 仮に捕まっても、自害という選択肢もある。

 それ故に、人に調整を施し、ルインの

 鍵にした、と言う事なのだろう」

「……驚かされるわね。過去の人間たちの 

 技術には。ところで、質問なんだけど、

 クロガネさんは古代の文字とかって

 知ってる?」

「あぁ、もちろんだ」

「って事はつまり、クロガネさんは古代の言葉

 も話したり読んだり出来る訳ね」

「その通りだ」

クルルシファーの言葉に頷く黒鉄。

 

「それにしても、なぜ古代の人達は、

 人に手を加えるような事を」

と、小さく呟くルクス。

「……かつて存在した文明において、

 体を弄る事に抵抗する者達が

 居なかった訳ではない。だが、それが

 有用だと判断されてしまえば、

 その人体を弄る行為は瞬く間に許容され

 て行った。それが、鍵を人にした事の

 始まりかもしれぬな」

「有用だからって、そんなことをするん

 ですか?」

「それがロストエイジの文明の発展の元

 だからなのだよ、ルクス」

「え?」

 

「今よりも生活しやすい環境。暮しやすい

 社会。『今よりももっと』、そんな言葉を

 実現するために、人間の技術は進歩して

 いった。神との戦争で文明が崩壊した、

 ロストエイジの末期。その頃の文明の

 発展スピードは、一言で恐ろしいと表現

 出来る程であった。およそ100年の間に、

 人類の技術は発展した。そしてそれは、

 兵器も同じ事。当時夢物語だった、

 それこそ空想の産物であった類いの兵器が

 次々と開発、生産されていった。

 ……機竜も、その類いの兵器だった」

「じゃあ、もしかして、その今よりも

 もっと良い生活のために、当時の人は

 何でもしたって言うんですか?」

「何でも、と言う訳ではないが、技術を

 前進させる事に停滞がなかったのは

 事実だ。数年ごとに技術が更新されていき、

 少し前まで最新の技術だったものが、

 10年と経たずに古い技術呼ばわりされて

 いたのは、よくある事だった」

「……当時の文明が如何に凄かったのか、

 少し分かってしまうわね」

驚嘆とも、呆れとも取れる発言をする

クルルシファー。

 

「まぁお主達が驚くのも無理はない。

 しかし、犠牲がなかった訳ではない」

「「え?」」

彼の言葉にルクスとクルルシファーは同時に

首をかしげた。

 

「文明発達の影で、この世界は汚染されていた。

 海も、空も、大地も。それら全てが人間の

 手によって汚染されていった。

 豊かだった大地はひび割れた荒れ地へと変わり、

 澄んだ空気は汚染されてしまった。

 海には人間が無造作に捨てたゴミが浮かび、

 そして陸海空で生きる、他の動物たちを

 時には絶滅へと追いやった。文明や技術の

発達による暮しやすい社会を、光とする

のなら、その影で動物たちが死んでいく事

や、この大地を汚染している事は闇。

そして、人間はその闇の現実を直視せず、

自らがこの星の頂点だと驕るようになった。

結果は……」

「神の怒りを買い、戦いの果てに旧文明は

 滅び、僅かに生き残った人々が、今を

 生きる人々のご先祖様、って事ね」

「その通りだ」

と、クルルシファーの言葉に頷く黒鉄。

 

「じゃあ、私から質問。過去の文明で

 人の体を弄るのって、結構あった事

 なのかしら?機竜の適性とかで」

「うむ。その答えは、『頻繁に』、と言う

 べきだろうな。と言うより、ドラグナイト

 になる者はほぼ全て、機竜への訓練以前に

 適合手術を受けていたようだぞ」

「え?ほぼ全員、ですか?」

「うむ」

ルクスの言葉に頷く黒鉄。

「病気などの理由がある者以外は、

 適合手術を受ける事は、通過儀礼のような

 ものだったようだ。するとしないでは、

 稼働時間や相性の問題があるからな。

 男女問わず、手術を受けていたと聞いた

 事がある」

「じゃあ、その手術を受けた事による適性を

 今に生きる人が受け継いだりはしてない

 の?ご先祖様である彼等は手術を受けた

 んでしょう?」

「確かにな。しかし現代までの間に

 世代を跨ぎすぎている。加えて、当時

 適合手術を受けた者の大半は、神との

 戦いで命を落としているだろうしな。

 生き残っていたとしてもごく少数であろう。

 そしてそれゆえに、彼等の適合性という

形質は、今も受け継がれているかも

しれぬが、微々たる程度だろう」

「……そう」

 

小さく頷いたクルルシファーは、静かにその場

から立ち上がった。

「もう寝るわ。おやすみなさい」

彼女はそれだけ言うとテントに戻っていった。

それからしてしばらく黙っていたルクスと黒鉄。

 

「あの、クロガネさんも休んで下さい。

 明日のこともありますし」

「分かった。ならば、お言葉に甘えると

 しよう」

そう言うと黒鉄は立ち上がり、男子用の

テントに入って行った。

 

そして1人残されたルクスは、クルルシファー

の事や、明日の夜に迫る決闘の事に思いを

馳せるのだった。

 

翌朝。起床したメンバーは朝食を食べた後に、

二手に分かれて探索を開始した。

 

1つが、ルクス、クルルシファー、黒鉄の班。

もう一つが、リーシャ、シャリス、ノクト、

ティルファーの班。

 

この班になった意味は、今日の夜に決闘が

あるルクスとクルルシファーに、なるべく

楽をさせたいと言う黒鉄の提案だった。

どういうことかと言うと、黒鉄ならば

仮にディアボロス並みのアビスが出てきても

単独で撃破出来る為、不必要にルクス達が

戦う必要が無くなるから、と言う事だ。

 

そしてルクス達の班は、祭壇、と呼ばれる

中心部に向かった。リーシャ達は周囲を

探索している。

 

そして、黒鉄たちが歩いていた時だった。

 

「ねぇクルルシファーさん。黒鉄さんの前

 だけど聞いて良いかな?」

「何かしら?」

「どうしてクルルシファーさんは、黒き英雄

 を探していたの?」

「……同じよ」

「え?」

クルルシファーの言葉に首をかしげるルクス。

 

「私がここに来たのも、黒き英雄を

 探しているのも、ある同じ理由から。

 とだけ言っておくわ」

 

その言葉に、ルクスが首をかしげていると……。

「2人とも、見えてきたぞ」

 

先頭を歩いていた黒鉄の声に気づいてルクス

も視線を前に向けた。

 

彼等がたどり着いた祭壇、と言うのは、不思議

な円形の柱が並び、その中央にこれまた

不思議な形のオブジェクトが配された

場所だった。

 

そして、クルルシファーが静かに中央の

オブジェクトに近づいた時。

 

祭壇全体が光を放ち始めた。

「な、何がっ!?」

戸惑いながらも腰元のソードデバイスに手を

伸ばすルクス。

その時。

 

どこからかノイズ交じりの放送が入った。

しかし内容が分かるのは、古代語の

読み書きと会話が出来る黒鉄だけだ。

 

≪『鍵』の存在を確認しました。特殊コード

 の解錠を行います。問題がなければ、転送

 を開始します≫

 

「ッ!?クルルシファー・エインフォルクっ!

 今すぐそこから離れろっ!別の地点に

 転送されるぞっ!」

「えっ!?」

黒鉄の言葉に、ルクスは驚き彼を見て、

直後にクルルシファーの方へ視線を向けた。

 

「クルルシファーさんっ!」

咄嗟に呼びかけるルクス。しかし彼女は

ただ呆然と立っているだけだ。

 

「くっ!ルクスっ!」

「あっ、はいっ!」

黒鉄に続いて、咄嗟に駆け出すルクス。

 

そして2人が彼女に触れようとしたその時。

 

眩い光が3人を包み込んだ。

 

突然の光に3人が目を閉じ、そして光が

収まると目を開いたが、転送の言葉通り、

3人は祭壇からどこかの回廊らしき場所へと

移動していた。

 

そしてそこには、無数のカプセル型の箱が

辺り一面に存在していた。

 

「ここって……」

ルクスは周囲を見回しながら呟く。

「……恐らく、何らかのデータの保管庫で

 あろう。これらはさしずめ、金庫と言った

 所か」

その問いに答えたのは、この中で唯一旧文明

を知る黒鉄だ。

 

その時、クルルシファーがそのボックスの

前に屈み込んだ。

 

「昔、こんな形の箱の中から、幼い私が

 発見されたそうよ」

「それって……」

 

戸惑うルクス。そして、そんな彼に対して

クルルシファーはゆっくりと話し始めた。

 

自分がユミル教国にあるルインの1つ、

『坑道(ホール)』と呼ばれる遺跡から

発見された事。その調査を行っていた

エインフォルク家の家長である義父に

拾われ、養子となった事。しかし、その

出生からか周囲との溝があり、それを

埋めるために努力した事。しかし、

それが仇となり、神装機竜を与えられた

結果、兄や妹には疎まれる結果となって

しまった事。その現実が、彼女と

エインフォルク家の人間の溝を逆に

大きくしてしまった事を。

 

そして、自分が遺跡の生き残りである事

を否定する為に、自分がエインフォルク家

の人間である証明を探すために、遺跡の

調査へ拘っていた事。

 

そして更には、今回の一件で、自分が鍵、

即ち遺跡の生き残りである事を確信して

しまった事。

 

それを聞いたルクスは、まだ他のルインも

調べようと言うのだが……。

 

肝心の彼女は、「もう良いの」と、呟いた。

 

「怖くなってしまったのよ。遺跡を探し

続けて、仲間も私を認めてくれる人も

居なかったら……」

 

そう、彼女はどこか悲しそうな表情で

呟いていた。

 

「クルルシファーさん」

そんな彼女に声を掛けるルクス。黒鉄は、

黙ったまま腕を組んでいる。

 

「ごめんなさい。私の我が儘に付き合わせて

 しまって。こんな、誰でも無い人間の

 ために……」

 

「そんな事ないっ!」

 

自虐的な笑みを浮かべるクルルシファーの

言葉を、ルクスが否定した。

そして、彼はクルルシファーの手を取る。

「ユミル教国もエインフォルク家も関係

 ないっ!クルルシファーさんは僕達の

仲間で、今は僕の恋っ、パートナー

でしょっ!?だからそんな、そんな

寂しい事、言わないでよ」

 

お互いに顔を赤くするクルルシファーと

ルクス。

 

しばしお互い黙っていたが……。

「クルルシファー・エインフォルク。

 我からも1つ、言っておく」

黒鉄が静かに歩み寄り、優しい声色で

語り始めた。

 

「この世の中に、誰でも無い人間など

 存在しない。お主は間違い無く、

 クルルシファー・エインフォルクだ。

 例え家名が、飾り程度の物だったとしても、

 お主は間違い無く、ユミル教国で生まれ、

 今と言う時間、我々と行動を共にする仲間だ。

 そして、仲間という定義は曖昧だ。

 だからこそお主と同じ存在だから

 仲間という定義はおかしく、そして

 同時に、我々もまた、十分にお主の

 仲間となれる存在なのだ」

 

「ルクス、君。クロガネさん」

 

クルルシファーはしばし呆然とした様子だが……。

「ふ、ふふふ」

不意に笑みを浮かべ始めた。

 

「え?え?」

それに戸惑うルクス。すると……。

「ルクス君。1つ忠告しておいてあげるわ。

 女の弱音を、あんまり本気で受け取らない

 方が良いわよ?」

「えぇっ!?さっきのは嘘だったのっ!?」

 

そうやってやり取りをする2人を見守る

黒鉄。しかし彼には、先ほどのクルルシファー

の言葉が、とても嘘の類いには思えなかった

のだ。最も、それをこの場で言う程彼は

野暮では無かったので、普段の感じに

戻った彼女を前にして静かに息をつくの

だった。

 

「でも本当に、どうしてそんなにお人好し

 なのかしらね?」

 

やがで話題は、ルクスの事となった。

「あの悪名高い旧帝国の王子様だったのに」

 

その話を聞いた時、ルクスはどこか遠い目

をした。

 

「元々お人好しだった訳じゃないと

 思うけど、ある出会いがきっかけ、

 なのかな」

「出会い?」

「うん」

 

 

そう言うと、ルクスは近くにあった瓦礫に

腰掛けて話し始めた。

 

自分と母、妹のアイリは、母方の祖父の皇帝、

つまりルクス達の父親に対する諫言が元で

皇帝の怒りを買い、宮廷を追い出されたこと。

そして土砂降りの雨の中を進んで居た馬車が

崖下に滑り落ち、ルクスは大した怪我も

無かったが、御者は死に、ルクスの母親も

瀕死の重傷を負ってしまった。

 

ルクスは崖の上を行く人々に助けを求めたが、

旧帝国のやり方に虐げられ、皇族に恨みを

持っていた人々から返ってきたのは罵詈雑言。

 

「その時僕は、全てを恨みそうになった。

 皇族も、国民も。誰も僕達の事なんて、

 どうなろうと知った事じゃないと

 言わんばかりの態度。怒りと絶望で、

 頭の中がグチャグチャになりそうだった」

 

静かに、あの時の事を思い返すルクス。

 

今思い出すだけでも、決して小さくない怒り

が巻き起こる。だが、それでも……。

 

「でもね、その時。『天使様』が現れたんだ」

「え?天使、様?」

 

クルルシファーは耳を疑った。普通に考えれば、

天使など神話の存在だ。

 

「土砂降りの雨の中、死んでいく母さんを

 前にしながら、泣いていた時だった。

 ふと、自分に降り注ぐ光に気づいて上を

 見上げた時、『光』が雨雲を消し飛ばした

 んだ」

 

『ピクッ』

その話を聞いた黒鉄は、2人に気づかれない

ように眉を動かした。

 

「そして、晴れた空に、天使様が浮かんでいた。

 その体から光を放ち、大きな翼を羽ばたかせ

 ながら、僕らを見下ろしていた。その時

 だった。天使様から降り注いだ光が、母さん

 を癒やした。でも母さんだけじゃなかった。

僕もその時、怪我をした。それすらも

天使様は治してくれたんだ」

「それは、その、本当にあった事なの?

 夢とかじゃなくて?」

未だに信じられない様子のクルルシファー。

 

「僕も正直、目を疑ったよ。事故で出来た傷

 が瞬く間に消えたんだから。……そして、

 天使様が去って行く時、声が聞こえた

 気がしたんだ」

「声?」

 

「うん。……『人は時にその内側の醜悪さを

 見せるでしょう。でもどうか忘れないで。

 それだけが、人の本質ではない』、って。

 正直、あんまり覚えて無いんだけど、そんな

 感じの事を、天使様に言われたような

 気がしたんだ。そして……。フィルフィ

 がその言葉を、証明してくれたんだ」

「あの子が?」

 

「うん。もう皇族としての立場も何も無い。

 実際、僕が皇族であった頃は色々おべっか

 を使ってきた人達も、大勢掌を返していた。

 でもそんな中で、フィルフィだけが

 ずっと傍に居てくれた。それで、

 気づけたんだ。天使様の言葉の意味に。

 ……確かに人間は時に戦争を起こす。

 誰かを憎む。誰かを見下す。でも、それが

 人間の全てじゃないって、天使様と

 フィルフィが教えてくれた。そして僕は

 気づいたんだ。本当は、僕は誰も

 嫌いになんてなりたくなかった。僕の

 大切な人になるかもしれない人達を、

 帝国のせいで嫌いになりたくなかった」

 

「それが、ルクスが黒の英雄として戦った

 理由か?」

「はい。……好きな人を憎まずにいられる

 国を作りたかった」

黒鉄の言葉に応えるルクス。

 

その時。

「あなたがもし新王国の王子様になっていたら、

 私のことも助けてくれたのかしらね?」

「え?」

彼女の言葉が聞こえず、聞き返すルクス。

「何でも無いわ」

しかし彼女はそう言うだけだった。

 

すると直後。

『ドドドドドドドドッ!!』

 

天井の一部が崩落し、そこからドリルを

装備したリーシャのティアマトと更に

トライアドの3人達が機竜を纏った

状態で現れた。

 

そして結局、ルクスは最後に聞いた

クルルシファーの言葉の意味を聞く暇も

無く、探索は終了。夕方には学園へと

戻ってきたのだった。

 

そしてルクスと黒鉄は、クルルシファーが

鍵である事を、報告はしなかった。彼女に

迷惑を掛けないように、と男2人で決めた

事だった。

 

そして夕方。自室で休んでいたルクスは

アイリと話をしていた。そして彼女が

持ってきた薬湯を飲み、そのまま眠って

しまった。

 

それは、これ以上彼を巻き込みたくない、

と言うクルルシファーの意思によって、

彼女にお願いされたアイリが睡眠薬入りの

薬湯を飲ませたのだ。

 

そしてルクスの部屋を後にするクルルシファー。

 

だが、それを黒鉄が廊下の影から見つめていた。

そして彼の常人離れした聴覚は、彼女と

アイリの話を聞いていたのだ。

 

と、そこへリーシャが現れた。

「む?クロガネか?どうしたこんな所で」

「あぁ、リーシャか。我はルクスの様子を

 見にな。それよりお主もか?」

「私は、まぁそんな所だな」

と言って若干顔を赤くするリーシャだったが、

何かに気づいたようにハッとなった。

 

「そうだ。折角だからクロガネにも

 教えておくとしよう」

「む?何をだ?」

「実はルクスから依頼されてな。私の

 顕現であのバルゼリット卿について

 少し調べてみたんだが、少々、いや

 かなり臭い奴だったよ、あの男は」

「と言うと?」

「調べてみた所、かなりの野心家で、

 過去には何度か賊連中を私兵として

 雇っていた可能性がある」

 

「……そうか」

 

それだけ聞くと、黒鉄は歩き出す。

「む?ルクスの様子を見に来たのでは

 無いのか?」

「いや、急用を思いだした。今は他の

 生徒達に教鞭を執っている都合上、

 我も色々忙しくてな。これで失礼する」

「あぁ分かった。じゃあなクロガネ」

 

そう言って別れた黒鉄とリーシャ。

 

だが、黒鉄は学園を出て行くクルルシファー

を遠方から見つめ、そして……。

 

「さて、代理の助っ人ならば、問題無い

 であろう」

 

何かを決心したようにそう呟くと、彼は

山々に沈み行く夕陽を見つめてから、

静かに歩き出すのだった。

 

 

     第10話 END

 




まだ名前も出てませんが、天使様とは『彼女』の事です。
一応登場シーンをゴジラKOMのワンシーンに似せてみたので、
分かる人は分かると思います。

感想や評価、お待ちしてます。


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第11話 真夜中の戦い

ちょっと意欲がブーストしてるんでスピードが上がってます。
まぁ何時失速するか分からないんですけど……。



ルイン内部へと取り込まれたルクス達は内部を

調査する事になった。初日はキャンプをし、

翌日の朝から調査を行った。そんな中で

クルルシファーは黒鉄が人外である事を知る

一方で、ルクスと黒鉄もクルルシファーの

出生の秘密を知るのだった。

そして無事探索から帰還し、2人は決闘に

望むことに。しかしこれ以上ルクスを

巻き込みたく無いクルルシファーによって

ルクスは催眠薬入りの薬湯を飲んで眠って

しまうのだった。

 

 

夜。決闘場所に指定された場所に彼女は

立っていた。そこは数年前、アビスの襲撃を

受けて廃れた教会の跡地だ。今は誰も

寄りつかない場所だ。

 

そして、そこでバルゼリットとアルテリーゼ

が待ち構えていた。

バルゼリットはルクスが居ない事を、半ば嘲笑

するように問いかけてくる。

 

「帰って貰ったわ。こんな下らない茶番に、

 これ以上彼を付き合わせたくないから」

 

そう言って彼女がソードデバイスを抜こう

とした時。

 

「ならば、我が代理でも構わぬかな?」

 

本来ここに居ないはずの男の声に、その場に

いた3人。特にクルルシファーは驚き、

声がした方向へと目を向けた。

 

すると廃墟と化した瓦礫の上に、いつの

まにか黒鉄が立っていた。

そして彼は常人離れした脚力でクルルシファー

の隣に着地した。

 

「く、クロガネさん。どうして来たの?

 あなたは何の関係も無いでしょ……!?」

「あぁ。関係無い。関係無いからこそ、

 我個人の意思で首を突っ込むだけだ」

「分かっているの?相手は新王国の貴族

 なのよ?下手に関われば……」

「問題無い。我は旅人。流浪の民だ。

 いざとなれば国を出て行く事に、何の

 躊躇いも無い。……それに、個人的に 

 あの男が気に入らないのでな」

「そ、それだけの理由で?」

 

黒鉄の言葉に困惑するクルルシファー。

 

「あの時、お主にルクスは言った。

 お主の仲間だと。だが、それはルクスだけ

 に限った話ではない。少なくとも我は、 

 お主を同じ学び舎で共に過ごす学友と

 思っている」

「ッ」

その言葉に息を呑むクルルシファー。

 

「さぁ、そういうわけだ。我が臨時の

 助っ人として参加しても構わぬだろう?」

「ッ!?そんなことは……」

咄嗟にアルテリーゼが何かを言おうとするが……。

 

「それとも、そちらの2人は、2対1の数的

 有利が無ければ決闘も出来ない臆病者の

 チーム、と言う訳か?」

「ッ!くっ!」

黒鉄の言葉に唇を噛むアルトリーゼ。

 

ここで黒鉄の参戦を断る事は普通だ。

そもそも決闘は、ルクス達とバルゼリット達

のもの。部外者である黒鉄が参加するのは

おかしい。

そして先ほどの煽りと言える言葉は挑発。

 

ここで黒鉄の参戦を拒否すれば、そして更に

万が一その話が広まれば、2人は家や自分

の名声に泥を塗ることになる。

 

かといって彼の参戦を認めてしまえば

2対2になるのは確定。

しかも黒鉄の事は2人ともある程度知っていた。

その戦闘力を考えれば彼との試合は

パワーバランス崩壊どころではない。

 

だが……。

 

「旅人の平民風情がっ!」

野心家でプライドの高いバルゼリットは額に

青筋を浮かべている。

「よかろうっ!ならば貴様も倒し、この決闘に

 勝利するだけの事っ!」

「ッ!?バルゼリット卿っ!それは……!」

「あなたも執事である前に1人の

 ドラグナイトでしょうアルテリーゼ殿。

 それを、あんな男に臆病者呼ばわりされて

 黙っているつもりですか?」

「ッ!?」

 

バルゼリットの言葉に息を呑むアルトリーゼ。

「……分かり、ました」

そして彼女も渋々と言った感じで頷く。

 

そして剣を、ソードデバイスを抜いた3人が

パスコードを叫び、ファフニールを、

アジ・ダハーカを。そしてアルテリーゼ

は陸戦型のワイアームの強化型、

『エクス・ワイアーム』を纏った。

 

そして……。

「ふぅ」

黒鉄が息を吐くと、その体を魔法陣が通過

し、彼は黒龍を纏った。

更に両腕のブレードが音を立てて回転する。

 

『グルルルルッ』

 

黒龍は、獣のようなうなり声を上げながら腰

を落とし、両手を左右に広げる。

臨戦態勢の黒龍。

 

そして、戦いが始まった。

 

クルルシファーは初手としてアジ・ダハーカ

にダガーを投げつけた。それはダハーカの

障壁に防がれてしまった。しかし、その隙を

狙い放たれたフリージングカノンの一撃。

 

これこそがクルルシファーの得意とする

バトルスタイルである遠距離からの精密射撃。

 

しかし、フリージングカノンの一撃は、

近くにあった瓦礫を盾にする事で防がれて

しまった。

 

と、今度はそこにアルテリーゼのエクス

ワイアームがファフニール目がけて

襲いかかる、が……。

 

「ぬぅんっ!」

その間に割って入った黒龍のブレード

による一撃。アルテリーゼは咄嗟に回避

に転じた。そして、回避を選んだ事に

内心安堵していた。

 

まるで大気を切り裂いたかのような

風切音が響き、そしてアルテリーゼの

背中を冷たい汗が伝った。

 

『と言うか、彼はこれが決闘だと理解

 しているのか!?』

内心悪態を突くアルテリーゼ。

今の一撃は、防御していれば防御をも

砕いて自分をも切り裂いていたのではないか?

と言う疑問が彼女の頭の中で芽生える。

 

「この女執事は任せよ。お主は、あの

 ナルシストのキザったらしい男を

 仕留めてくると良い」

通信である竜声を通して聞こえる黒鉄の声。

 

「元から、そのつもりよっ!」

 

出力を最大にして前に出るファフニール。

「はっ!来るかっ!」

ダハーカは両肩の砲門から光弾を放って

それを迎撃するが、未来予知の神装である

ファフニールのワイズブラッドの前には

それも無力だ。軽々と砲撃を避け、

ブレードを手にダハーカへと斬りかかった。

 

だが、それは腕を掴まれ止められて

しまった。と、その時。

 

「む?」

 

黒鉄、黒龍はおかしなエネルギーの流れを

感じ取り、ダハーカとファフニールへと

目を向けた。

 

『この感覚は……』

「どこを、見ているっ!」

 

よそ見をしている黒龍に斬りかかる

アルテリーゼのワイアーム。だが……。

 

『ガシッ!バキィィンッ』

「なっ!?」

そのブレードは左手で簡単に受け止められ、

すぐさま音を立てて握りつぶされた。

 

流石に歴戦のドラグナイトである彼女でも、

いや、歴戦だからこそその行為に驚き、

隙が生まれてしまう。

 

そして……。

『ドゴォォォォンッ!!』

「がはぁっ!?!?」

 

繰り出された右拳が腹部に命中し、彼女は

口から血を吐き出しながら吹き飛び、

廃墟の瓦礫に激突した。

 

何とか瓦礫から這い出るアルテリーゼ。

だが今の彼女は、黒龍のモーションから

今の攻撃が、彼の本気では無い事を理解し、

同時に戦慄していた。

 

『本気を出すまでも無いと。私程度、

 片手間で倒せる、とでも言うのか……!?』

 

ユミル教国でも、10本の指に入ると言われた

高いレベルのアルテリーゼをしても、黒鉄

にとっては少し強い雑兵の1人、と言った所だ。

ドラグナイトとしてのプライドがズタズタ

にされる一方で、彼女はある事を考えていた。

 

『こんなにも、強い人が、居たのか』

 

今正に戦うバルゼリットとクルルシファー。

そんな中で彼女は更に思った。

 

『彼とバルゼリット卿が戦ったら、一体

 どちらが強いのか』、と。

 

そして、そこで彼女の意識は途絶えた。

 

 

だが、そうこうしている内に、何故か

クルルシファーの攻撃が当らなくなり、

逆にバルゼリットが全ての攻撃を避けるよう

になった。

 

「当らないっ!?それに、どうして予知が……!?」

「それはな、お前が俺の実力を見誤って

 いたからだっ!」

 

ワイズブラッドが使えなくなった事への戸惑い

から隙が生まれるクルルシファー。

そしてそれをチャンスとみたのか、ダハーカ

の両肩から極太のビームがクルルシファー

目がけて発射された。

彼女はそれを咄嗟に、オートシェルドで

ガードする。何とか防いだ。が……。

 

『ドガァァンッ!』

「きゃぁっ!」

その隙を突いて背後から叩き付けられた

ハルバードの一撃が、ファフニールを

吹き飛ばし、瓦礫に叩き付けた。

 

更にその衝撃で、彼女のファフニールが

解除されてしまった。

 

だが、その状況でも黒鉄はあまり動こうとは

しない。

 

すると、バルゼリットはクルルシファーとの

会話の中で、奴が、クルルシファーがルインの

鍵である事を既に知っていた事。だからこそ

アルテリーゼを通して婚約を持ちかけた事。

あのディアボロスの襲撃も、更にそれ以前の

賊による襲撃も、全て自分が関与している事を

ベラベラと口にするバルゼリット。

 

「分かっているなクルルシファー。この俺に、

 道具のお前如きが逆らってはならないのだ」

そして奴は、クルルシファーを『道具』と

語った。

 

戦いに敗れた彼女の中で、絶望が顔を覗かせ、

彼女を浸食していく。

 

エインフォルク家の人間になろうと、認めて

貰おうとしてもダメだった。

 

普通の人間だと信じていた願いも無残に

打ち砕かれた。

 

そして……。

「わかるだろう。お前を助ける人間など、

 この世界には居ない事を。そして

 受け入れろ。道具である自分は、俺の

 物になる定めだと言う事を」

 

その言葉が彼女を浸食していく。

 

と、その時。

 

『ドウッ!!!』

 

黒龍のヒートブラストがアジ・ダハーカに

向かっていった。だが、それを、ワイズ

ブラッドを使って回避するダハーカ。

 

「……外道もここまで来ればいっそ清々しい、

 かと思って居たが、やはり外道は外道。

 所詮は外道。魂の醜さもここまでか」

 

その口から、まるで怒気を現すかのように

煙が立ち上り、黒鉄の声も、怒気が

見え隠れする程、普段のそれよりも声の

トーンが低い。

 

黒鉄自身が最も嫌う人間の側面の1つ、

『傲慢』を現したかのような人間である

バルゼリットに、黒鉄はいよいよ我慢の

限界が近かった。

 

「ハッ!強がるな旅人風情がっ!貴様も、

 この女のように、俺の実力で

 ねじ伏せてくれるっ!」

 

「貴様の実力、だと?笑わせてくれる」

「なに?」

「他人から奪った能力をしたり顔で

 使っておいて、言うに事欠いて

 実力とは、滑稽の極だな。

 覇者とやら」

「ッ!?奪う、ですって?」

 

黒鉄の言葉にクルルシファーは戸惑った。

「先ほどアジ・ダハーカがファフニールを

 掴んだ時、妙な力の流れを感じた。

 そこから察するに、恐らくアジ・ダハーカ

 の神装か何かであろうが、能力は恐らく

 他の神装機竜の神装をコピーするか、

 或いは一時的にその機能を奪う事。

 奪う、と言うのであればファフニールが

 ワイズブラッドを使えなくなったのも、

 奴の回避性能が良くなったのも

 うなずける物だ。そして、そのアジ・

 ダハーカの神装を自分の実力だと

 勘違いしてる阿呆とは、実に

 滑稽だ」

 

「貴様、この俺を滑稽と笑うかっ!」

「笑うとも。機体の性能を自分の実力と

 勘違いした貴様など、阿呆以外の

 何者でも無い」

嘲笑とも取れる言葉。

「ッ!貴様ぁっ!」

 

それに激昂したバルゼリットのダハーカが

ハルバードを手に突進する。ワイズブラッド

の前には大体の攻撃はかわされる。

だが、それでも黒鉄は……。

 

『ギギギィィィィィンッ!』

 

振るわれるハルバードの攻撃全てを、

弾き返して見せた。

振り下ろしても腕の刃で受け止め流し、

返す刀の切り上げも、ひらりと躱す。

「ぐっ!?バカなっ!?」

 

これには、未来予知で相手の動きを察知

出来るはずのバルゼリットも表情を

歪めた。

 

だが黒鉄にしてみれば、簡単な事だ。

彼の人外の能力を持ってすれば、相手が

攻撃モーションに入ってからそれを

受け流し避ける事など容易い。

 

如何にアジ・ダハーカの神装が優れている

とは言え、攻撃モーションに入ってしまえば

それをキャンセルする手段などない。

だからこそ黒鉄は簡単に受け流す。

傷をつける事など出来ない。

 

「ちっ!防御の才能はあるようだが、

 それだけだな貴様はっ!」

少しでも強気に見せるためか、額に

汗を浮かべながらもそう語るバルゼリット。

 

だが……。

 

「……貴様は何を勘違いしているか知らぬが、

 我はただの助っ人だ」

「ッ。まさか……」

黒鉄の言葉に息を呑み、目を見開く

クルルシファー。

 

そして……。

 

「貴様と決着をつけるのは、決闘をすると

 言っていた、彼女と彼以外に居るまい?」

 

黒龍がそう語っている背後の空。

 

いつの間にかそこには、月を背にした

漆黒の神装機竜、バハムートが浮かんで居た。

 

 

「すみませんクロガネさん。僕の代理を、

 押しつける形になってしまったみていで」

「気にするな。本音を言えば、あの男を

 我の手で八つ裂きにしたいくらいだが、

 これは元々ルクスと彼女の決闘。

 外野の勝手な手助けはここまでとしよう」

 

そう言うと、黒鉄は黒龍から普段の姿へと

戻ってしまった。

 

「そういうわけで、選手交代です。

 ルクス・アーカディア、現時刻をもって

 決闘に参加します」

 

そうして、決闘は開始された。だが、直後に

バルゼリットは、機竜を纏っていない無防備な

クルルシファーを敢えて攻撃する事でルクス

の隙を誘い、その隙にバハムートに触れる事で

その神装、リロードオンファイアを奪って

しまった。

 

そしてそこから押され始めるルクス。

 

「どうして?何の関係も無い私のために

 戦っているの?あなたにも、クロガネ

 さんにだって、何の得も無いのに」

 

彼女には、黒鉄が来た事も、ルクスが

現れた事も、理解出来なかった。

 

「貴様の目は節穴か、クルルシファー・

 エインフォルク」

 

その時、彼女の傍に立っていた黒鉄が

静かに語りかけた。

「我も、そしてルクスも、損得勘定で

 お主を助けに来たのではない。

 富や利益の為に、我らが戦うとでも

 思って居たのか?だとしたら、お主は

 ルクスや我のことを、何も分かっては

 居らぬ」

「え?」

 

「……奴は、貴様を道具と罵った。

 だが我もルクスも、お主を道具などとは

 思って居ない」

「どうして?私は遺跡の、鍵なのよ」

 

「……勘違いしているのではないか?

 クルルシファー・エインフォルク」

「え?」

「確かにお主には遺跡の鍵としての力が

 備わっているが、所詮力は力。お主の

 存在意義ではない。そんな事は、我らに

 とっては大して重要な事ではない」

「重要じゃ無いって言うのなら、どうして!?

 どうして、あなた達は……」

 

今も尚、圧倒されながらも戦い続ける

ルクスを見つめるクルルシファー。

 

「決まっている。仲間のため。友のため。

 自分が大切だと思う相手の未来を

 守るため。それ以外に、戦う理由など

 不要だ」

 

「仲間の、ため?」

 

「そうだ。我はお主という級友を、あの

 いけ好かない男から助けたかった。

 万が一決闘に負ければ、待っているのは

 奴との望まぬ結婚だからな。まぁ、我自身

 はルクスが来るまでの繋ぎ、だったが」

「でも、だからってなんで。自分から巻き

 込まれるような事を」

 

彼女にしてみれば、巻き込みたくなくて

睡眠薬を盛ったのだ。ならば、意図を察して

眠っていて欲しかったのだろう。

 

だが……。

「元より覚悟の上であろう。ルクスも。

 そしてもちろん我も」

「え?」

 

「単純な話だ。クルルシファー・エインフォルク。

 我もルクスも、諦めが悪い、と言う事だ」

 

静かに戦いを見守りながら語る黒鉄。

 

 

しかし、そんな中で戦いは、端から見ても

バルゼリットが優勢だ。

そんな戦いの中でバハムートに暴走の予兆が

現れ始めた時、バルゼリットは笑みを

浮かべながら語り始めた。

 

自分が、この国に迫る危機である終焉神獣、

『ラグナロク』と呼ばれる化け物と戦おうと

している事。そのために、遺跡から新たな力、

武装や技術が必要であること。そのために

クルルシファーが必要である事を。そして、

異国の女、つまりクルルシファー1人で

『国が守れるのなら、安い物だろう』、と。

聞かれてもいないのに偉そうにベラベラと語る

バルゼリット。

 

「もう良いわルクス君。あなたは十分、

 私の恋人役を果たしてくれた」

 

その時、クルルシファーが弱々しい声で

彼を止めた。

 

「まだ終わってません……!」

「無理をしなくて良いのよ。私はあなたを

 利用していただけ。私にとってあなたは

 ただの道具。だからあなたもそう言って。

 私をただの『道具』だと」

 

肩をふるわせるクルルシファーを傍で

見下ろしながら、静かに2人の会話を

見守る黒鉄。

 

「最初からそう割り切ってくれたら、

 『もしかして』なんて期待せずに

 済むから……。こんな思い、しなくて

 済むから」

 

涙を流すクルルシファー。

 

そして、それゆえに……。

 

今この場に居る2人の心に、『炎』を

灯してしまう。

 

「あなたは僕の恋人ですよ。だから、

 必ず助けます」

 

確固たる信念の表情で、ルクスは

バハムートのブレードを握る。

 

「はっ!その状況で何を言うっ!

 この没落王子めっ!よしんば俺に

 勝てたとして、ならばラグナロクは

 どうするつもりだっ!貴様程度に、 

 あれが止められるとでもっ!」

 

偉そうに、自分ならばラグナロクを

倒せると言わんばかりの自信を見せる

バルゼリット。

 

だが……。

「何を勘違いしている。このド阿呆が」

その時、黒鉄が前に出てルクスのバハムート

の隣に並んだ。

 

「2人だ。我ら2人で、貴様の代わりに

 ラグナロクなど、討伐してくれる」

「はっ!何を言い出すかと思えばっ!

 相手はあのラグナロクだぞっ!貴様等

 如き、勝てる訳がないっ!」

 

「自分の物差しで相手を測るなド阿呆めが。

 そして、貴様は我ら2人の事も何も分かって

 はいない」

 

「何っ?」

 

「確かに、驚異的な存在であるラグナロク

 から国を守るのならば、と。大半の

 人間は、先ほど貴様が言った、他国の

 女1人を云々という言葉に同意せざる 

 を得ないだろう。……だが、それは

 数多の一般人の考えだ。そして……」

 

ルクスも、彼が何を言おうとしているのかを

察したのか、小さく笑みを浮かべる。

 

そして……。

 

「我ら2人。彼女のために高々

 ラグナロクに挑む度胸と覚悟も無い

 ひ弱な軟弱者と一緒にして貰っては

 困る。それだけの事だ」

 

「はっ!何が挑むだっ!夢想家の愚者共がっ!」

 

「ふんっ。その言葉、貴様にそっくり

 そのまま返してやろう」

 

「何ぃっ!?」

 

「神装機竜、アジ・ダハーカの性能と神装に

 頼った貴様がラグナロクに挑む、だと?

 止めておけ、殺されに行くようなものだ。

 そして、その程度の貴様だからこそ、

 考えも所詮二流」

 

そう言って、バルゼリットを鼻で笑う黒鉄。

 

「我々の選択はただ1つ、クルルシファー

 ・エインフォルクを助け、且つ、この国

 に迫る危機、ラグナロクを倒す。

 それが我らの選択だっ!」

 

威風堂々とした姿で、バルゼリットを

睨み付ける黒鉄。

 

「と、まぁ勝手にお主込みで語って 

 しまったが、構わないか?ルクス」

「ふふっ、大丈夫ですよ黒鉄さん」

 

ルクスは、額に汗を浮かべながらも笑みを

浮かべている。

 

「なぜなら、僕も同じ気持ちですからっ!!」

 

そして、次の瞬間、ルクスは飛び出した。

 

「愚かなっ!神装も奪われ、機竜も

 暴走寸前の貴様に、何が出来るっ!」

 

バルゼリットは、障壁を展開しこれで

ルクスの攻撃を受け止め、ハルバードの

一撃で彼を屠る気だった。

「死ねっ!英雄気取りの没落王子めっ!」

 

だが……。

「リコイルバーストッ!!!」

ルクスは自身の持つ奥義の1つである、

『強制超過(リコイルバースト)』を発動させた。

 

そして、バルゼリットに向かっていく刹那。

 

「僕は英雄になんてなりたくない。それでもっ。

 帝国を滅ぼすと誓ったあの日から、戦う

 覚悟は出来ているっ!!」

 

ルクスの全力が、障壁を突破し、その一撃は

アジ・ダハーカを『撃破』した。

 

地面に倒れ伏す、壊れたアジ・ダハーカと

バルゼリットを見下ろしながら、ルクスは

自分の意思を伝えるように叫ぶ。

 

「僕の大切な人は、僕が守るっ!」

 

そして、月下の空の下、自らの思いを叫ぶ

ルクスを、クルルシファーは静かに、頬を

赤くした姿で見つめていた。

 

 

こうして、勝負は決着が付いた。

 

ちなみに、バルゼリットは諦めが悪く

人払い、と言う事で周辺に配置していた

機竜によってルクスを屠ろうとしたが、

その手を読んでいたルクスの策略によって

奴の手下たちは、リーシャやフィルフィ、

シャリスたちによってあえなく御用となり、

更にバルゼリットも、クルルシファー

への恐喝。盗賊の私的雇用の容疑。

更に決闘のルール違反及び、故意の

殺害未遂などなどの結果、逮捕された。

 

こうして、バルゼリットの失脚は確実と

なり、クルルシファーの婚約も、無事

破棄される形となったのだった。

 

 

そして翌日。ルクスはクルルシファーと共に

アルテリーゼに会いに行っていた。理由は

婚約の話についてだ。

 

その時黒鉄は、まぁ当事者ではないのでいつも

通り生徒達に勉強や技術を教えていた。

 

そして、ちょうど戻ってきたルクス、

クルルシファー、それと護衛という名目で

付いていったリーシャの3人とばったり

遭遇した黒鉄なのだが……。

 

何やら疲れた様子のルクス。

どこかイライラした様子のリーシャ。

そして妙に肌つやが良くなったように見えるクルルシファー。

 

「……。お主等、何があったのだ?」

 

開口一番に首をかしげた黒鉄。

後々、ルクスから話を聞くと、アルテリーゼは

バルゼリットの思惑を見抜けず婚約者として

決定していた事を反省しているらしく、更に

それに変わってルクスの実力等々を見た

結果、何とまぁルクスをクルルシファーの

婚約者としてエインフォルク家に全力で

推すと言って帰って行ってしまったらしい。

 

「良かったではないかルクス。これで

 将来、少なくとも独り身の未来は回避

 出来たのでは無いか?」

そう言って笑みを浮かべる黒鉄。

ちなみに今は黒鉄の部屋でお茶をしながら

話をしている所だ。

 

「うぅ、からかわないでくださいよ~」

そう言って項垂れるルクス。

「まぁ、彼女がそう思うようになったのも、

 ルクスが自分の信念に従って行動した

 結果だろう。ルクスは英雄になりたくない、

 と言っていたがお主が周囲から好かれる

 のも、お主自身の輝きのおかげだろう」

「僕の、輝き、ですか?」

「うむ。人と人が惹かれ合うのは、時に

 相手の行動や姿に感銘を受けたりする

 からであろう?まぁ、端的に言って

 しまえば、彼女達にとってルクスの

 言動や行動が『カッコいい』と思える

 物だったのではないか?だからこそ、

 お主は好意を持たれたと言う事であろう」

 

「僕が好意を……。そう、なんですかね?」

「何だ?自信が無いのか?だが、心配する

 必要は無いと思うぞ?ルクスの行動や

 言動は、人を引きつける類いの物だと

 我は思っている。そして、それ故に我は

 ルクスのやっている事は間違いではない

 と思うぞ?」

「そう、なんですかね?」

苦笑を浮かべながら首をかしげるルクス。

 

「あぁ。少なくとも我はそう思うぞ。

 そして、だからこそ時に人を惹きつける

 魅力なのだろう」

「僕の、魅力、かぁ」

 

そう呟きながら、ルクスはお茶に口をつけた。

 

それからしばらく、談笑していた時。

 

「と、そうだ。折角、と言う訳でもないが、

 ルクスが昨日の昼、遺跡で話してくれた

 天使様について、少し話をしておくか」

「え?もしかしてクロガネさん、天使様の

 正体を知ってるんですか!?」

 

「あぁ。何せ我はその頃より生きていたの

 だからな。……『彼女』の名は、

 『モスラ』」

「も、モスラ。それが天使様の名前なん

 ですか?」

「あぁ。しかし、天使様というのは些か

 正しい表現ではない。正確に言うので

 あれば、彼女は『女神』だ」

 

「め、女神?」

「ルクスには以前、神と人の戦争の話を

 したな?」

「え、えぇ。文明崩壊の戦争の事、ですよね?」

「うむ。その戦争の折、人が戦ったのは

 神だけではなく、神の相棒とも、パートナー

 とも呼ぶべき存在だった『女神』。そして

 神を王と崇める、『怪獣』と呼ばれる存在達だ」

 

「かい、じゅう?」

「うむ。人が栄える以前からこの星に

 生きていた、巨大な獣たち。その巨体は、

 有に数百メートルを超える」

「えぇっ!?そ、そんな大きな生き物が

 存在してたんですかっ!?」

「もちろん」

 

『まぁ、今はまだ、ルクス達には

 『自分もその1人、いや1匹だ』とは

 言えんか』

 

などと考えながら彼は話を続けた。

 

「かつての戦い、神はモスラを始め、

 多くの怪獣を率いて人間達と戦った。

 当時の人間の力もあって、何体かの

 怪獣を倒す事は出来た。だが、

 長い戦いの中で、神格を得た神と

 モスラの前には、無力だった」

「神格を、得た?」

 

「そうだ。かつての文明を滅ぼした神も、

 最初から神だった訳ではない。実際

 には、ロストエイジよりも更に昔、

 この世に人族と呼べる存在が生まれる

 よりも前に存在した種族の生き残りだ。

 しかし、長き戦いの中で神は人からの

 畏怖と信仰心から、神としての格、

 即ち神格を得た訳だ。モスラも同様にな。

 神となる前から、人知を越えた力を

 持っていた『それ』を前に、人類が

 勝てる訳も無く、争いは終わった」

 

「過去に、そんな戦いがあったんですね。

 ……あ、それにしても、僕が出会った

 女神様にモスラという名前があるの

 なら、その神様にも名前があるんですか?」

 

「あぁ。例えばモスラは、以前『怪獣の

 女王』とも呼ばれていた。神格を

 経てからは、主に女神モスラと呼ばれて

 いたがな。そして、神となる前の

 それは、人々からこう呼ばれ、恐れられ、

 時には信仰の対象となった」

 

この世界の誰もが知らぬ真実。

旧文明を崩壊へと導いた神の名。

それを知る機会とあって、ルクスはごくりと

唾を飲み込んだ。

 

「怪獣達の王、『怪獣王ゴジラ』、と」

 

「怪獣王、ゴジラ」

 

ポツリ、とその名を呟くルクス。

彼はまた、この世界の歴史の1つに触れた。

 

だが、彼に知る由も無かった。

 

今正に自分が、人の姿を借りて顕現した神、

黒鉄と名乗る、怪獣王を前にしている事を。

 

彼、そして学園で生活する彼女達は

知る由も無かった。

 

今、自らの傍に居る男こそが、神であると。

 

『今は』、まだ。

 

     第11話 END

 




って事でクルルシファー編は終わりで、次回からセリス編です。

感想や評価、お待ちしてます。


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第12話 最強の帰還

って事で、今回からセリス編です。
ちなみにですが、アニメ版では、『リエス島での強化合宿』って事ですぐさま島に
行っていますが、こちらでは小説版の物語である、『校内選抜戦の話』をベース
にしていくつもりです。


真夜中に行われたバルゼリットとクルルシファー

の結婚を賭けた決闘。最初、クルルシファーは

1人で片をつけるつもりだったが、黒鉄の

乱入や、遅れて登場したルクスの活躍もあって

決闘に勝利。更に様々な容疑でバルゼリットは

逮捕され、無事に婚約は破談となり、代わりに

ルクスがクルルシファーの結婚相手の候補に

なってしまった。

そんな中でルクスは、黒鉄より、また新たな

歴史の真実を聞かされるのだった。

 

 

バルゼリットの戦いから、数日が過ぎた。

そんな中で黒鉄はレリィ、アイリと話し合いを

していた。

その話題というのが……。

 

「バルゼリットの後ろに、黒幕がいる?」

先日のバルゼリット関係の話題だった。

「うむ。奴はルクスや我との戦いの中で、

 ガーデン調査中に出現したディアボロスが

 自分の策略だと言っていた。しかし奴の

 屋敷などを捜索しても、例の角笛は発見

 されなかったそうだな」

「えぇ。私もそう聞いてるわ」

黒鉄の言葉に頷くレリィ。

 

「ここで考えられるのは、バルゼリットが

 発見を恐れて処分したか、或いは奴

 とは別に笛を持つ協力者がいるか、だ。

 だが野心家の奴が、そう簡単にアビスを

 操るあの笛を捨てるとは考えにくい。

 そうなると、後者、つまり協力者がいた

 可能性がある。最も、本当に協力関係

 だったのかは怪しい所だが」

「つまり、バルゼリット卿は踊らされていた。

クロガネさんはそう考えてるのですね?」

「うむ。可能性として、奴はその大きな

 野心を利用されたとも考えられる」

 

「でも、だったらどうしてバルゼリット卿

 はわざわざクルルシファーさんを?」

首をかしげるアイリ。

 

やがて……。

「本人の許可も無く話すのは少し不味い

 気もするが、2人には、念のため話して

 おこう」

「「え?」」

 

突然の事に驚いた2人に、黒鉄は

クルルシファーがルインの鍵である事を

教えた。

 

「じ、じゃあバルゼリット卿は、その、

 鍵としての力を持つクルルシファーさん

 を狙って?」

「うむ。それを奴が、ルクスが来る前に

 語っていた。しかも奴は、結婚に

 かこつけて彼女を手に入れるつもりだった。

 つまり、彼女が鍵であると、誰かが奴に教え、

 そして知ったが故にバルゼリットは

 クルルシファーを手に入れるために動いた、

 と言う事になる」

「た、確かに。……しかし、一体だれが」

 

首をかしげるアイリ。そんな中でレリィは

黒鉄を見つめ……。

 

「もしかして、クロガネ君には相手の見当

 がついてるのかしら?」

「……うむ」

「えっ!?」

その言葉に、アイリは驚いて隣の彼に目を向けた。

 

「……以前、レリィ学園長には話したが……」

 

そう前置きをした黒鉄は、以前の反乱軍騒ぎ

で存在を仄めかした敵国、『X』の存在を

アイリにも教えた。

 

「敵性国家、『X』、ですか」

「うむ。双方の事件に関係している角笛。

 そこから見えてくる敵の目的は、まだ

 はっきりした訳ではないが、恐らくは

 ルインかもしれぬな」

「クロガネ君がそう思う根拠は?」

 

「一番の根拠は、今回狙われたクルルシファーだ」

静かにそう語る黒鉄。ちなみに彼も、あの

決闘の一件で活躍した事から、彼女より

名前呼びで良いと言われていたのだ。

 

で、話を戻して……。

「恐らくXの目的は、バルゼリットを利用

 して彼女を手に入れるか、或いは奴を

 介して間接的にクルルシファーを操るため

 だったとしたら、Xが求めそうなのは

 彼女の鍵としての力、そして延いては

この新王国にあるルインの可能性が高い。

そう推理してみたのだが……」

「では、前回の反乱も?」

「恐らく、Xにとって邪魔になる新王国を

 排除しルインを手に入れるために、或いは

 威力偵察的な意味で旧帝国反乱軍が

 利用された可能性はある」

 

「ここに来てまたXの登場。ホント、頭が

 痛いわぁ。ただでさえラグナロクの事も

 問題になってるのに」

「……ラグナロク」

レリィの言葉を聞き、ポツリと呟くアイリ。

 

ラグナロクは、言わば最上位のアビスだ。

1匹でも国が総力を挙げて迎え撃つレベルの

存在だ。それをバルゼリットが倒す予定

だったのだが、肝心の奴は諸々の罪状で

逮捕、投獄されている。

 

どうしたものか、と言わんばかりに

頭を抱えている2人。だが……。

 

「ラグナロク、などと言っても所詮

 『生き残りの1匹』であろう?

 大昔の戦争ではあれが数百匹はいたが、

 群れで挑もうが神の足下にも及ばなかった

 のが現実。ならば、今の我でも1匹

 程度余裕であろう」

そう語る黒鉄。

 

しかし2人には耳を疑う単語があった。

 

「えっと、クロガネ君?聞き間違いじゃ

 なければ、数百匹のラグナロクって

 言ったかしら?」

「む?あぁ。そもそもラグナロクも、元々は

 神と戦う為に作られた存在だ。

 まぁ、それを数百匹投入した所で

 神の放つ光に秒で焼き払われたが……」

 

そして、サラッと聞こえる話に、2人は

数秒の間を置いてから長い、長~~い

ため息をついた。

 

「アイリちゃん」

「そうですね学園長。神様ですもんね。

 ラグナロクだろうと瞬殺出来るんじゃ

 無いですか?」

どこか遠い目で話す2人に、当のクロガネ

は首をかしげる事しか出来ないのだった。

 

 

で、2人とも正気に戻った頃。

「まぁ、そういうわけでラグナロクはいざと

 なれば我が倒す。それより問題はXだ。

 仮にこれまでの2度の事件が全てXに

 よるものだとしたら、この事件の黒幕

 はあまり冷静では居られないだろう」

「まさか、仕掛けて来る、とか?」

「そこまでは分からぬが、狙いをルイン

 から、邪魔物の排除を優先するよう

 変更する可能性はあるだろう」

 

「そう」

静かに頷くレリィ。

「……もしもの時は、クロガネ君。

 お願いね?」

「無論だ。その時は、全力で敵と戦おう」

 

こうして、彼等の話し合いは終わった。

 

 

その後、相変わらずの学園だったが、

国別対抗戦の、代表決定戦が近いと

あって生徒達はいつも以上に黒鉄に

教えを受けていた。

 

そんなある日の夜。

黒鉄は学園の敷地内を歩き回っていた。

 

その理由は、数日前に遡る。

 

「学園の敷地内に、変質者だと?」

その日の夜、黒鉄の部屋を訪れたトライアド

の3人。

「YES。ここ最近、学園の周囲に現れて

 いるそうです」

「……仮にも国の施設であろう?そこに

 入るなど。……怖い物知らずの阿呆

 なのか、或いは……」

「或いはって、どうかしたのクロっち?」

「あぁいや、何でも無い」

首をかしげるティルファーにそう言って

答えを濁す黒鉄。

 

『……もし、その変質者というのが、

 変質者を装ったスパイだったとしら。

 前回バルゼリットを倒した事を考えれば、

 その手下達が逆恨みで学園を憎んでいる

 可能性もあるし、Xが寄越した刺客という

 可能性も0ではない、か』

「それで、どうして我にその話を?」

「あぁ。実はクロガネさんにもパトロール

 をお願い出来ないかと思ってね」

 

彼の言葉に応えるシャリス。

「一番の理由は、やっぱりクロガネさんが

 頼りになりそうと言う事かな」

「YES。クロガネさんは、機竜抜きで考えた

 場合この学園最強とも言える存在ですからね」

「実際、クロっちって運動神経とかヤバいし。

 いざとなったら素手でだって機竜を倒せるし」

三者三様にそう言って黒鉄を押す3人。

 

「そうか。ならば分かった。可能な限り

 夜のパトロールをしておこう。ただ、今は

 我も皆を教える立場として色々やらねば

 ならない事があるからな」

 

そう言って、黒鉄は近くのテーブルの上に

置かれたノートに目を向ける。

「ん?なになに?そのノート何か書いてあるの?」

興味津々、と言う感じでテーブルの方に歩み

寄るティルファー。

 

「なに。大した事ではない。我がこれまで

 教えた生徒達の名前と学年、後は各自の

 得意な戦い方や克服するべき苦手。更に

 チーム戦を組んだ時、どういった戦いを

 得意とする仲間と組むべきか。そして模擬戦

 で上手い連携が出来た相手などを

 一通りまとめてある」

 

と、彼は言うが肝心の3人は驚いて目を

見開いている。

「え?って事は、これってもう全生徒の

 データベースみたいなもんじゃない?」

「あ、あぁ」

戸惑った様子のティルファーの言葉に

頷くシャリス。

「ちなみにクロガネ先輩。これって一体

 何人くらいの人が載ってるんですか?」

「む?もう100人は軽く超えてると思うが?」

 

ノクトの言葉に首をかしげながら応える黒鉄。

「えぇっ!?」

決して少なくない数に驚いているティルファー。

「ち、ちなみにだがクロガネさん?これを

 誰かに見せた事は?」

「む?それであれば、ライグリィ教官に

 何度か。我からだけでなく、教官からも

 彼女達に対する認識を聞いておきたかった

 のでな」

「あの~クロっち?その時教官、何か

 言ってなかった?」

「む?う~む」

ティルファーに聞かれ、しばし考える

黒鉄。

 

「そう言えば、『本気で学園の教師を

 やる気は無いか?』と何度も真顔で

 聞かれた事があるのと、あとは、

 確か『お前がこの国の人間だったら

 どんなに嬉しいか』、などと言っていたな。

 2つ目はどう言う意味か良く分からなかったが」

 

と言う黒鉄の言葉に、3人は苦笑を浮かべた。

「まさか、本職の先生が本気で勧誘する

 レベルか」

「YES。実際、クロガネさんの教えでみんな

 日々強くなっています。個人的に言って、

 教師向きなのではないでしょうか?」

「まぁクロっちは色々凄いからね~。

 それもあるんじゃない?」

何やら話をする3人に対して首をかしげる黒鉄。

 

「まぁ、ともあれ夜の警備をすれば良いの

 だろう?こちらもできる限りやっておこう」

「すまないクロガネさん。何というか、最近

 は本当に皆クロガネさんに頼ってばかり

 で、些か悪い気もするのだが……」

 

「気にするなシャリス。確かに忙しいが、

 我にしてみれば心地よいとも思って居る。

 頼られて悪い気はしないし、それに

 我の教えが、皆の生き延びる一助と

 なれればな」

そう言って、黒鉄は窓の外に目を向けた。

 

「戦争というのは過酷な物だ。いや、そんな

 表現で表しきれないほど苛烈で残酷な

 場所だ。そして、我は旅人。いずれは

 ここを離れるかも知れないし、皆と

 いつでも同じ場所に居る事は出来ない。

 そして、そんなとき我は彼女達を

 守ってやる事は出来ないかもしれぬ」

「クロガネ先輩」

 

ノクトがどこか悲しそうな表情で声を

掛ける。

他の2人も似たり寄ったりの表情だ。

 

「だが、だからこそ今の我に出来る事で

 彼女達を鍛え、強くする。どれだけ

 傷つこうと諦める事の無い、心を支える

 柱としてまずは技術を教え、戦い方を

 教える。……我は元々旅人だ。だが……」

 

彼は小さく笑みを浮かべながら語った。

 

「彼女達が、笑って家族や大切な人の所へ

 戻る事の一助となるのなら、この程度の

 忙しさなど、どうという事はない。

 我はただ、彼女等が、その愛する人達の

 元へ戻れるように、出来る事をするだけだ」

 

その言葉と笑みに……。

『『『キュンッ』』』

乙女3人は顔を赤くしながら胸を高鳴らせた。

 

その後、3人は顔を赤くしたまま黒鉄の部屋を

後にしたのだが……。

 

「はぁ、相変わらずクロガネさんは色んな意味

 で心臓に悪い」

「うぅ、私まだ心臓ドキドキしてるよ~」

「あれがクロガネ先輩の魅力、と言う事で

 しょうか?」

 

「そりゃぁねぇ。イケメン、優しい、強い、

頭も良い。

 この前のバルゼリット卿みたいに顔は良い

けど性格最悪な男なんてたくさんいる

しねぇ。それに比べたらクロガネさん

ってイケメン中のイケメンじゃん?

そりゃぁライバル多い訳だよ~」

「YES。はっきり言って、クロガネさんは

 色々魅力的過ぎです」

顔を赤くしながら語るティルファーとノクト。

 

「何だ2人とも?もしかしてクロガネさん

 の事が好きなのか?」

そう言って笑みを浮かべるシャリス。

「うぇっ!?そ、それはその~!」

顔面を真っ赤にするティルファー。

ノクトも、否定する事も忘れそっぽを

向いてしまう。

 

「って言うかシャリスだってどうなのさっ!

 稽古にかこつけて結構な頻度でクロっち

 と一緒に居るよねっ!?」

「うっ!そ、それはその……」

からかうつもりが、思わぬ反論に顔を

赤くするシャリス。

 

それから色々言い合いになりながら

歩いていたが、やがて……。

 

「ま、まぁ、この件は置いておくとして。

……やっぱりライバルは多い、か」

露骨な話題逸らしであるが、しかし

それはティルファー達からしても気になる

話題だった。

「そりゃぁねぇ。そもそもルクっちの

 周りにはリーシャ様だったりフィルフィ、

クルルシファーさんまでいるし。

だから余計クロっちの方にも流れてきてる

んじゃない?」

「YES。そしてそれを差し引いても、クロガネ

 先輩には人として十分な魅力があるのも

 懸念材料です」

 

等と話していた3人は最後……。

 

『『『ハァ、ライバルは多いな~』』』

と心の声をハモらせるのだった。

 

 

で、時間は戻り現在、夜。

黒鉄は学園の周囲を見回っていた。

 

『特に怪しい気配は無し、か』

ある程度見回りをし終え、部屋に戻るか、

と考えた時。

 

「ッ」

彼の常人を超えた気配察知能力が異質な

気配を捉えた。

考えるより先に大地を蹴って疾走する黒鉄。

 

そして、強く踏み込み大きく跳躍する黒鉄。

眼下を見下ろすと、街灯に照らされた薄暗い

学園の一角で、何やら森を見つめる1人の

少女。そして、その後ろにゆっくりと近づく

不審者の影。

 

だが生身では重力を操る術を持たない黒鉄。

今からでは自由落下をしている間に少女が

変質者に捕らわれるのは目に見えていた。

 

なので、黒鉄は先ほど、走りながら拾って

おいた小石を全力で投げた。

『ブォンッ!!』

 

明らかに人が石を投げただけでは絶対に

ならない音を出しながら飛ぶ小石。

黒鉄の胆力から放たれた小石は、もはや

銃弾以上の威力を持つ。

「ッ!?」

どうやら変質者もその音に気づいたのか

咄嗟に後ろに飛んだ。刹那。

 

『ドゴォンッ!』

「うぇっ!?」

小石が地面に激突し、煙と爆音が上がる。

『少女』は女性らしくない声を出しながら

慌てて振り返る。

 

と、その時彼女の眼前に黒鉄が降り立った。

「えっ!?く、クロガネさんっ!?」

「む?」

 

黒鉄は、一瞬だけ後ろの少女を見つめ、

小首をかしげるがすぐに視線を前に向けた。

そして更に右手で少女を庇う黒鉄。

 

「……貴様か、ここ最近、学園に出没

 していると言う変質者は」

「……」

目の前の変質者は、何も答えずただナイフを

抜くだけだ。どうやら戦うつもりらしい。

 

対して、黒鉄も両手を構え、いつでも殴り

掛かる気だ。

 

だが……。

 

「それは認めません。私の判断は

 不許可です」

 

突如として、黒鉄の後ろの林の中から

飛び出した人影が、手にしていた剣で

不審者のナイフを弾き飛ばした。

 

その人物、と言うのは、金髪の

ロングヘアに、レイピア型のソード・

デバイズを持った少女だった。

 

『あの剣、汎用機竜とは違う。

 まさか神装機竜持ちか?』

不審者を警戒しつつも、黒鉄は新たに

現れた少女の事を観察していた。

 

「大人しく投降することを許可します。

 あなたに拒否権はありませんが」

そう言ってレイピアの切っ先を突き付ける

少女。

 

だが、不審者は咄嗟に懐から取り出した球を

地面に叩き付け、煙幕を展開すると逃げ出した。

突然の煙幕に咳き込む2人の少女。

 

黒鉄はその煙の中でも変質者の気配を

追っており、まだ持っていた小石で

変質者の足を狙撃して貫き、動きを封じる

つもりだった。

 

「ッ!」

しかし、一矢報いる気だったのか、煙の

中から金髪の少女に向かってまだ隠し

持っていたナイフを投げつけてきた。

 

「ッ!危ないっ!」

咄嗟に、もう1人の少女が彼女を庇って

前に出た。

結果、ナイフが腕を掠り、怪我をしてしまう。

 

そこに更に、追い打ちで投げ込まれる数本の

ナイフ。

しかし……。

 

「ぬっ!」

それは黒鉄が自分の腕を盾とする事で

防いで見せた。

数本のナイフが黒鉄の腕に刺さるが、

肝心の黒鉄は意に介した様子も無い。

 

しかし、今の一瞬で変質者には逃げられて

しまった。

 

『あの動き、明らかに覗き狙いの素人では

 無いな。と言う事は、可能性としては

 この国か或いは学園に害意を持つ敵の

 密偵、か』

 

逃げられた事に警戒心と構えを解き、

腕に刺さったナイフを抜いて投げ捨てる黒鉄。

だが……。

 

「そこのあなた。男性がここで何を

 しているのですか?」

次の瞬間、突き付けられたレイピアの切っ先

に黒鉄は瞬時に反応し、彼女と距離を取った。

 

「あなたは一体何者ですか?私の質問に

 答える事を許可します」

「……初対面の相手に剣を突き付けて

 許可、か。随分上から目線だな」

 

相手が少女とは言え、放たれる警戒心に

黒鉄も自然と反応し、拳を構えてしまう。

正に一触即発。下手をすれば一難去って

また一難、な状況になりそうだ。

 

だが……。

「ま、待って下さい。クロガネさんは、今は

 学園に籍を置いている人です。怪しい人

 ではありません」

 

先ほどナイフを受けて怪我をした少女が

そう言って黒鉄を庇った。

「え?男性が、学園にですか?」

「は、はい。共学化に向けたテスト生、

 と言う事らしいです。っ」

と、黒鉄を庇っていたが、腕の傷が

痛むのか若干顔をしかめる少女。

 

「ッ、そうでした。あなたは怪我を。

 急いで医務室へ」

 

そう言って、金髪の少女は黒鉄を放置し、

その少女を連れて医務室へと向かった。

 

残された黒鉄は、彼女達が去って行くと

ため息をつき、とりあえずレリィの元へと

向かった。

 

そして、さっきの事を話す黒鉄。

「密偵、ですって?」

「うむ。身のこなしと、投げナイフの

 正確な技術、煙幕弾なぞを持つ装備の

良さからして、素人では無い。恐らく

潜入工作の訓練を受けた、正規の軍人

か何かであろう」

「そう。それで?」

「生憎、逃げられてしまった。すまない」

「そう。でもありがと。それにわざわざ

 教えにも来てくれて。ホント、色々

 忙しいのに」

「気にするな。我が好きで請け負っている

 のだ。……ともかく、例の変質者の

 正体はどこかの軍人である可能性が

 高い。しばらくは警戒をしておいた

 方が良いだろう。奴は恐らく、斥候の

 類いだろうから……」

「近々、敵が仕掛けて来るかも、って?」

 

「うむ。用心に越したことは無いからな」

「分かったわ。当面は警戒心を強めておく

 よう、衛兵の人達やトライアドの3人、

 それとシヴァレスの子達にも伝えておく

 わね」

「うむ」

 

と、それだけを話し、黒鉄が部屋を後にした。

 

『っと、そうだ。『彼奴』は無事だろうか』

 

途中である事が気になり、医務室へ向かう

黒鉄。すると、先ほどナイフを受けて怪我

をした少女が廊下で佇んでいた。

 

「あぁ、そこの」

「はひっ!?」

黒鉄が声を掛けると、少女はびっくりした

様子で振り返った。

 

「あ、あぁぁぁクロガネさんっ!

 こ、こんばんわっ!」

彼女、いや『彼』は、必死に何かを誤魔化そう

としていたのだが……。

 

黒鉄は周囲を見回して、近くに人の気配が

無い事を確認すると……。

 

「お主、何をやっているのだ?『ルクス』よ」

「え、えぇっ!?く、クロガネさん、

 僕の事分かるんですかっ!?」

名前を呼ばれたルクスは、嬉しいような、

しかし複雑な様子で驚いていた。

 

その後、場所を黒鉄の部屋に移す2人。

「それで、なぜルクスは女装なぞしているのだ?」

「うっ。実は……」

 

そう言って、ルクスは黒鉄と同じように見回り

をトライアドの3人から頼まれた事。そして

敢えて変質者をおびき寄せるため、とか

言って3人に面白半分に女装させられた事を

話した。

 

「全く、あの3人は」

あきれ顔で息をつく黒鉄。

 

「それにしても、クロガネさんはどうして僕

 だって分かったんですか?じ、自慢じゃ

 無いですけど、会う人全て僕だって

 気づいていませんでしたよ?」

と、どこか男としてのプライドからか、

遠い目で語るルクス。

まぁ、男としてクラスメイトにすら見抜けない

ほど完成度の高い女装をしている事には

色々と複雑だろう。

 

「ふむ。確かに我もあそこにたどり着いた

 直後は首をかしげたが、身長や体つき、

 それと腰に下げていたバハムートの

 ソードデバイスでもしや、と思い。

 後はルクスの気配や匂いで気づいた、

 と言う所だ」

「に、臭いってっ!?ぼ、僕臭かった

 ですか?」

「む?いやいや、そう言う臭いではないぞ?

 臭い云々ではなく、ただ単純に、そうさな。 

 温かく優しい匂い、とでも言えば良いのか?

 そんな匂いをいつもルクスより感じていた。

 そして同じ匂いと気配がしたからこそ、

 我はお主がルクスだと気づいたのだ」

と、真顔で話す黒鉄だが……。

 

「そ、そうですか」

『ぼ、僕の匂いって何っ!?いや、

 温かく優しい匂いって褒め言葉だと

 思うけど、クロガネさんいつも僕の

 匂い嗅いでたのっ!?いやいや、

 クロガネさんは色々人外だから

 意識なんてしてないかもしれないけど、

 でも僕の匂いって何っ!?いや、

 クロガネさんに褒められたのは嬉しい

 けど……。じゃなくてっ!

 と言うか、異性に見抜かれなかった女装を

 同性のクロガネさんに見抜かれる

 なんて……。ちょっと複雑』

ルクスは、顔を赤くし、内心そんな事を

考えながら小さく呟くように頷く事

しか出来なかった。

 

と、その時。

「にしても、確かにこれでは女性と

 言われても信じてしまうかもしれぬな」

そう言って、黒鉄がルクスに手を伸ばし……。

ゆっくりと彼の頭を撫でた。

 

更に……。

「不謹慎かもしれぬが、よく似合って居るぞ、

 ルクス」

「あっ」

 

頭を撫でられ、優しい声色に褒められたルクス

は、その顔を真っ赤にしていた。

その後。

 

「そ、そうですかっ!あ、じゃあもう夜も

 遅いですしっ!失礼しま~~す!」

 

そう言ってルクスは逃げるように黒鉄の

部屋を後にした。

そして彼は顔を赤くしたまま自分の部屋に

急いでいた。

 

『うぅ、なんでクロガネさんに撫でられて

 顔赤くしてるんだろ僕。と言うか僕も

 クロガネさんも男でしょっ!?男同士

 ってそんなのっ!これは一時の気の迷い!

 そうっ!きっと女装のせいだっ!

 そうに違いないっ!』

 

と、同性に頭を撫でられ、顔を赤くする

ルクスはそう自分に言い聞かせながら部屋

へと戻った。

 

そして、ようやく落ち着き、眠りに落ちる

その刹那。

 

『あ、そう言えば、クロガネさんに

 あの人のこと、話しておけば良かった』

と、あの時自分が庇った女性の事、

『セラスティア・ラルグリス』の事を

黒鉄に話しておけば良かった、と考え

ながら静かに眠ってしまうのだった。

 

翌日。昼。黒鉄は1人教室で、パンをかじり

ながらノートと睨めっこしていた。

ちなみに……。

「……お主は良いのか?キャロルよ」

その隣には、何故かキャロルが座っていた。

 

黒鉄にしてみれば折角の休み時間なのに、

自分の隣で何やら自分を見ているのが謎

だったのだ。

 

「何がですか?」

「いや。折角の昼休みなのだから、友人達と

 談笑でもしていれば良い物だろうに。

 なぜ、我の隣に?生憎、話し相手には

 なれそうに無いが?」

「良いんです。私はクロガネさんと一緒に

 居たいんです」

「ふむ。まぁお主自身がそう言うのなら、別

 に止めんが」

 

そう言うと、黒鉄は手元のノートに視線を

戻した。今は、代表決定戦が近い事もあって

普段以上にアドバイスや指導を行なっている

黒鉄。今は黒鉄が1人1人に出来るアドバイス

をまとめている所だ。

 

そして、キャロルはそんな仕事をこなす黒鉄

を横から、頬を赤く染めながら見守っていた。

 

『クロガネさん。やっぱり、カッコいいなぁ』

ぽ~、っと頬を赤くしながらそんなことを

思って居るキャロル。

 

初めて出会った時は助けられ、同じクラスと

なって一緒に勉強をしていたはずが、

今では教師と遜色ないことをやってのける。

心技体、全てを兼ね備えた大男。

優しさと強さを兼ね備えたカリスマの塊。

 

そんな彼にキャロルを始めとした多くの

女生徒達が恋心を寄せ始めているのは、

既に殆どの生徒達が知っている事だ。

 

と、その時。

「あっ、クロガネさん」

「む?」

不意に掛けられた声に、視線を上げる黒鉄。

見ると隣に、薄い赤色の髪をポニーテール

にした女生徒が立っていた。

胸元のタイの色は青、つまり3年生という訳だ。

 

で、その3年生というのが……。

「あぁ、マリーナか。我に何か用か?」

『マリーナ・クロックリア』。3年生の1人で、

今の黒鉄の教え子の1人だ。

 

マリーナはバルゼリットとの戦いの前の、

いけ好かない男性ドラグナイト3人の事件の

後から、黒鉄より剣術の指南を受けている

生徒で、シャリスに次ぐ頻度で黒鉄の指導を

受けている。今では名前を呼ぶ事も許されて

いる間柄だ。

 

「えぇ。実は、クロガネさんにどうしても

 伝えておきたくて」

そう語るマリーナは、どこか申し訳なさそう

な表情をしていた。

「……何があった?」

まさか問題が起きたのか?と考え黒鉄も

表情を引き締めた。

 

「実は、昨日の夜セリスが帰還したんです」

「えっ!?それって、学園最強って

 言われてるセラスティア先輩ですよね?」

マリーナの話しに驚くキャロル。

 

「セラスティア、と言うと確か、3年生

 で学園最強。そして、大の男嫌いという

 噂の彼女か?」

「はい。そしてセリスが戻ったことも

 あってか、彼女の妹分のような存在

 でもあるサニアと言う女生徒が、

 男子生徒、つまりクロガネさんと

 ルクス君を追い出そうとして周りを

 煽っているんです」

「そう、か。……それで3年生の様子は

 どうなのだ?」

「正直に言って、半々、ですね。3年生の

 中にも、私のようにクロガネさんの指導

 を受けている人も多いですから。指導を

 通して私もクロガネさんの人となりを

 知りましたから。今の所、クロガネさん

 の指導を受けた生徒は全員、擁護派と

 言って良いかもしれません。ですが、

 3年生の中心的存在であるセリスの

 発言次第だと、中立的立場の生徒達も

 反対派に向かってしまう可能性がある

 かもしれません。それに、サニアが

 何やら悪い噂を流しているようで。

 もちろん私達は信じていないのですが」

「そうか。……ともあれマリーナ。

 知らせてくれてありがとう。

 すまないな、折角の休み時間に」

そう言って小さく頭を下げる黒鉄。

「い、いえっ。私も普段クロガネさんに

 稽古をつけて貰っている身ですし、

 これくらいのお礼は当然ですよっ!」

するとマリーナは顔を赤くしながら頷いた。

 

ちなみ、黒鉄を挟んだ反対側ではキャロルが

面白く為さそうに頬を膨らませていた。

 

そんな中で黒鉄は……。

『男嫌いの学園最強、か。また波乱の予感

 がするのだが』

そんな事を考えながらも、目の前のノートに

集中を戻すのだった。

 

その翌日。朝。しかも早朝。黒鉄の部屋に

来客があった。ルクスだ。

更に彼からの話、と言うのが……。

 

「何?ルクスが罠に嵌められそうになった、だと?」

「はい」

 

そう語るルクス。

彼の話だとこうだ。

 

昨夜、リーシャの工房にて、彼女やトライアド

の3人やクルルシファー、アイリと共にセリス、

3年生の動向や対策などを話し合っていた

と言う。そんな中、『寮長がルクスを呼んでいる』

と呼ばれ、寮に戻ると、途中で声を掛けられ、

ある生徒の介抱をして欲しいと頼まれたそうだ。

 

頼まれたので、と言う事で部屋に入って見れば、

そこに居たのはあのセラスティア。

ルクスは何とか、彼女と初めて出会った

日の女装セットを持っていたので、これで

何とか切り抜けたと言う。

 

しかし部屋を出て待っていたのは、介抱を

頼んだはずの、褐色肌の女性。しかし

それも、様子を見に来ていたクルルシファー

のおかげで事なきを得たと言う。しかも、

彼女が確認したところ、寮長はルクスを

呼んでいない、と言う。

 

「……成程。ルクスを追い出すだけ、に

 してはやる事が些か度を過ぎているな。

 これではもはや、排除と言っても

 過言では無いだろう」

「そう、ですよね?」

「うむ。しかも悪い事に、誤解とは言え、

 その、ルクスには女風呂を覗いた前科が

 あるから、であろうな。それは悪い意味

 で、ルクスを追い出そうとする動きの

 追い風になってしまうかもしれぬ」

「うっ、そうですよね」

 

声を詰まらせ、俯くルクス。

と、その時だった。

『ドンドンッ!』

部屋のドアが勢いよくノックされた。

 

「お~いクロっち居るっ!?ルクっち

 も探してるんだけど知らないっ!?」

「む?ルクスならここに居るぞ」

外から聞こえるティルファーの声に応える黒鉄。

 

「えっ!?マジでっ!だったら話しは早いよ!

 2人とも急いで来てっ!大変なのっ!」

 

2人を急かすティルファーの声に、2人は

顔を見合わせた後、すぐに彼女に付いていった。

急ぎ足で駆ける3人。

 

そんな中で黒鉄は……。

『また、大きな騒ぎにならなければ良いが』

一抹の不安を抱えていたのだった。

 

     第12話 END

 




って事でセリス編のはじまりです。小説を読んだことの無い人
のためにも色々分かりやすく、簡単にまとめながら書いていく
つもりですので、よろしくお願いします。

感想や評価、お待ちしてます。


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第13話 校内選抜戦

大変お待たせしました。実は8割くらいまで書きあがった所でデータが吹っ飛んでしまったせいでやる気を失ってました。あと、中盤辺りから文章の書き方を変えています。ご了承ください。


バルゼリットとの戦いも一段落した学園。しかし

学園には変質者が出ると噂になり、黒鉄と

ルクスはパトロールをしていた。そんな中で

遊び半分のシャリスたちから女装をさせ

られていたルクスは、幸か不幸か、学園最強

にして大の男嫌いと噂のセリスティア・

ラルグリスと知り合い、しかも素性が

バレずに、『ルノ』という女生徒と偽って

知り合ってしまう。

そんな数日後、ティルファーに急かされ

ながらルクスと黒鉄は走っていた。

 

ティルファーが先導し、3人は学園長室に

向かっていた。そこに近づくと、

中からリーシャとセリスの言い合う声が

聞こえてきた。

 

中に入ると、セリスの、警戒心と

敵対心を合わせたような視線が、ルクスと

黒鉄を貫く。

 

「貴方たちが、ルクス・アーカディアと、

 クロガネ、ですね?」

「そうだ」

「は、はい」

セリスの言葉に応える2人。黒鉄は

毅然としているが、ルクスはどこか緊張

している様子だ。

 

「私の留守中に、何度か学園の危機を救って

 頂いた事は聞き及んでいます。ですが、

 それと貴方達が学園に居る事は別問題です。

 この学園は貴族子女たちのためのものです」

 

更にセリスは、『学園の設立後7年間は共学に

しない』という話しを覚えており、つまり

今の2人はその話を無視してここに居る事に

なりかねない。故に2人という特例を認める

訳には行かない、と言って断固として2人の

在籍を認める気はないセリス。

 

一方で、ルクスはセリスに対して、ラグナロク

の討伐隊を指揮して欲しいと言う。

元々、バルゼリットが行う予定だった

ラグナロクの討伐は今、新たに隊長を選定

している段階だ。そして学園最強とまで言われた

セリスは、当然隊長の候補となっている。

 

しかし、ラグナロク討伐の件はまだ一部しか

知らない情報だ。それ故に、周囲にいた

女生徒達は皆驚いている。

 

一方セリスは、元々話しが来ればラグナロク

討伐を請け負うつもりだったらしく、しかも

単機でこれを相手取ると言うのだ。

 

するとルクスは……。

「なら、僕とクロガネさんを、ラグナロク

 討伐に同行させてください」

その言葉にセリスは少し戸惑いながらも、

すぐに平静を装いそれを拒否した。

 

すると……。

「はいはい。2人とも落ち着いて」

 

2人の会話がヒートアップしそうだったので

レリィが止めに入った。

 

「2人の意見をまとめると、セリスさんの

 意見はルクス君の退校。そして彼はこれを

 拒否。対してルクス君の意見は、ラグナロク

 の討伐でルクス君やクロガネ君の援護を

 受ける事。そして彼女もこれを拒否。

 つまりお互いの意見を拒否している事

 になってるって事よね?そして、もう

 1人。クロガネさんの意見はどうなの

 かしら?」

 

と、ここで彼女はこれまで黙っていた

黒鉄に話題を振った。セリスやルクス、

更にはリーシャやティルファー達と

いった生徒達の視線が彼に集まる。

そして……。

 

「敢えて言わせて貰えば、我は『出て行け』と

言われたのなら素直にここを去ろう。それが

 生徒達の総意、そして学園側の決定であれば

潔く従おう」

黒鉄の言葉に、生徒達数人が戸惑う

ような、悲しそうな表情を浮かべる。

 

「だが、それはあくまでも学園や生徒達の

 総意だ。我の処遇をどうするかは、

 生徒達の投票か何かで決めて貰えれば

 我は潔くそれに従おう」

「つまり、クロガネ君の処遇については

 私達に一任する、って事で良いかしら?」

「うむ」

レリィの言葉に頷く黒鉄。

 

「そう。まぁ学園長としての私の本音を

 言わせて貰えば、クロガネ君がここを

 去るのは、正直容認出来ないわね」

「ッ。それはどう言う意味ですか?

 この学園は設立当時に少なくとも

 7年、共学にしないと決定していた

 はずです。それを学園長自らが

 反故にするおつもりですか?」

そう言ってレリィに反論するセリス。

 

「まぁセリスさんの言い分も分かります。

 ……でもね、クロガネ君の力は

 そのお話を覆しても欲しい程圧倒的なの。

 生身でもガーゴイル2匹を撃破する

 圧倒的な戦闘力。加えて、彼の切札を

 使った状態なら、ディアボロスさえも

 単独で圧倒する事も可能。……5年前の

 黒き英雄と比肩しうる圧倒的な力。

 それに世界各地を旅して得た彼の知識

 は、今正に学園の生徒達の指導に

 活かされている。現に生徒達や教官

 達の中から、クロガネ君を正式に

 教官として雇ってはどうかと言う

 声まで出ている程にね。そして

 何よりも危惧するべき事態は、

 クロガネ君の力が外に、例えば

 敵となる存在に渡ってしまうこと。

 と、まぁこれらの理由もあって私個人の

 意見を言わせて貰えば、クロガネ君

 には学園に居て欲しい、と言うのが

 私の本音ね」

「ですがそれは……」

 

「そう。セリスさん達の意見を無視した

 行動です。それじゃあ当然、セリスさん

 達は納得出来ないでしょう」

 

と言うと、レリィは小さく笑みを浮かべ

ながら『そこで』と呟いた。

 

「3日後に始まる校内選抜戦。ここを

 決着の舞台とします」

「え?!」

「それは、どう言う意味ですか?」

レリィの言葉に、ルクスもセリスも

戸惑った様子だ。

 

「今回の校内選抜戦は、チームを2分し

 戦います。そしてそのチーム分けは

 簡単よ。一言で言えば、ルクス君と

 クロガネ君を支持するか。逆に

 セリスさんを支持するか。このどっちかよ」

 

「成程。つまり我とルクス、更にそれを

 支持するチームと。セリスティア・

 ラルグリスと彼女を支持するチーム。

 その二つが戦い、勝った方の主張を

 受け入れる、と言う事か?」

「そうよ。流石クロガネ君は飲み込みが

 早いわね」

「そ、そんなっ!?」

「待って下さいっ!何を勝手にっ!」

しかし突然の事に戸惑うルクスとセリス。

 

だったが……。

「だって話し合いで解決しないんだし。

 それとも、こうする以外に何か良い解決方法

 が貴方達に思いつくのかしら?」

「う、うぅ」

「そ、それは……」

レリィの言葉にルクスもセリスも戸惑う。

 

「じゃあ、決まりね」

 

こうして、ルクスと黒鉄の在校の是非を問う

戦いが始まったのだった。

 

そして最後、セリスはため息をつきながら

この提案を受け入れた。だが……。

 

「私に勝てると本気で思っているのなら、

 大変な見込み違いです」

 

学園最強と言われるだけのことはある

プレッシャーがルクスと、彼の側に付くと

宣言していたリーシャに降りかかる。

だが……。

 

「ならば、試させて貰うとしよう」

そんな中で黒鉄が、同じようにプレッシャーを

発しながらセリスを見つめ返す。

自然と、互いの視線を交差させる2人。

 

「学園最強の力とやらを」

「……望むところです」

 

そうして、2人はバチバチと火花を散らした後、

部屋を後にした。

 

そして放課後から、早速始まった双方の支持者、

つまりチームメンバー集めだ。

そんな中で黒鉄は、いつも通り生徒達の指導に

当っていた。

 

そしてそんな指導をしていた時の事だった。

「よし。今日はこれまでだな」

夕暮れになり始めた空を見つめながら、

黒鉄はそう言って皆を集め、1人1人の

上達した点や、改善点などを最後にまとめた。

 

黒鉄はいつもこんな感じで指導をして、普段

通りならこれで終わり、なのだが……。

 

「あ、あの、クロガネさん。少し良いですか?」

「む?どうした?」

何やら彼女達が黒鉄の傍に集まってきた。

 

「あの、選抜戦の事なんですけど、私達は

 クロガネさんの味方ですからっ!」

更に彼女の言葉に同意するように、周囲の

女子達が頷く。

その言葉はつまり、彼女達が黒鉄とルクスの

チームに入る事に他ならない。

 

「そうか。それはありがたいが、良いのか?」

「え?」

黒鉄の言葉の意味が分からず、彼女は首をかしげた。

「いや。味方になってくれると言うのなら

 それは我も嬉しい。……しかし、その結果

 皆が友人たちと対立してしまう、と言う事

 にはならぬか?」

「そ、それは……」

言われ、彼女は少しばかり言い淀んだ。

 

「かつてこの国では男尊女卑が横行していた。

 それを考えれば、セリスティア・ラルグリス

 のように男を良く思わない女生徒たちも

 少なくはないだろう。そんな中で我を支持

 すると言い出して、お主等が友人達と

 対立する原因にはなりたくない。

 ……だから、もしもの時は我などよりも

 お主達の友情を護る事を第1に考えて

 ほしい」

 

「それで、黒鉄さんは良いんですか?

 支持者は多い方が……」

そう言って黒鉄を心配する彼女。すると……。

「良いのだ」

彼は笑みを浮かべながらそう言って彼女の

頭を撫でた。撫でられ、『あっ』と声を

漏らしながら顔を赤くする女生徒。

更に周囲で『あっ!?』と言いながら顔を赤く

する女生徒が数人。

 

「無論、我を支持してくれると言うのなら

嬉しい。だが、その結果皆の友情に傷が

つくのであれば話は別だ。……だからこそ、

もしもの時は本当に自分が大切にしたい

ものを優先せよ。我のことは、その次程度

で構わぬ」

そう彼女達に伝えると、黒鉄は『ではな』と

言ってその場を離れて行ってしまった。

 

残された彼女達は呆然と彼を見送っていた。

のだが……。

 

「ねぇ」

「え?」

声を掛けられ振り返ると、何やらそこには(怖い)

笑みを浮かべる女生徒達が。

 

「あなた、クロガネさんのチームに入るんでしょ?」

「え、えぇ、まぁ」

彼女は戸惑いながらも頷く。

「じゃあ私達は、セリスティア先輩のチームに入るわね」

「え、えぇ?皆クロガネさんの味方なんじゃぁ」

 

「「「「「「「でも頭撫でられて幸せそうだったあなたが気にくわないから」」」」」」」

「そんな~~~~~!?」

 

と、まぁそんな事がありつつ、試合に向けた準備は着々と進んでいった。

 

そして試合当日。ルールなどの説明のため、今黒鉄やルクス達は教室でライグリィから話を聞いていた。

 

選抜戦は事前に決められた通り、2つのチームに分かれて行われる。ルクス・黒鉄および2人の支持者チームと、セリスおよび彼女の支持者チームが、お互いメンバーを出し合って戦い、試合の勝利数を競う。また、試合に関しては一般生徒の部とシヴァレス、騎士団の部に別れている。シヴァレスの団員達は一般生徒と比べてレベルが高いためだ。また、シヴァレスの部の出場選手は試合に敗北した時点でそれ以降の参加権を失う事になる。

 

ちなみに、試合は1対1や2対2などがある。しかし、学園長からの指示で黒鉄はシヴァレスの試合の、ペアの試合以外に出場する事を禁じられていた。まぁ理由は言わずもがな。彼が他より頭1つどころか、数個は確実に飛び抜けているためだ。

 

しかし説明を受けても1、2年生の生徒達はやはり不安だった。セリス側のチームはセリス自身の人望などもあってか3年生が多い。練度で言えば3年生の方が彼女達より上なのは確かだ。数は少なくとも、全軍で真っ向から戦う訳ではないので数の有利は大して役に立たない。

 

それ故に不安な彼女達をリーシャが檄で勇気づけたりしていると……。

 

『コンコン』

「失礼するよ」

 

そこにシャリスがやってきた。

「む?シャリス」

それに黒鉄が真っ先に気づいた。

「え!?あ~~~!この裏切り者~~~!なんでこっちに付かなかったのさ~!」

するとそれに気づいたティルファーがそう言って頬を膨らませた。

 

そう、シャリスはセリスのチームに入ったのだ。まぁシャリスにも理由があって、3年生の情報を流せるから、と言うのと何か思うところがあるらしい。

 

「まぁ、それはさておき。今日ここに来たのはセリスからの言伝を頼まれてね」

「言づて、だと?」

シャリスの言葉に眉をひそめる黒鉄。

 

「あぁ。彼女は今日、シヴァレスの部のペアに、妹分のサニアとペアを組んで出るそうだ」

その言葉に、ルクスやリーシャと言った者達が息を呑んだ。

これは言わば、宣戦布告。挑む気があるのなら、掛かってこいと言わんばかりだ。

 

その強気な姿勢に、周囲の、特にシヴァレスに属する生徒達は戸惑う。

「初日から出てきたか。学園最強め」

そう言って小さく悪態を付くリーシャ。

「もちろん、誰が当るかは運次第です。が、かといって出る以上当る可能性は確実にある。出場する気があるのなら人選を考えた方が良いですよリーシャ様」

「分かっているさ。相手はなんて言っても学園最強なんだからな」

リーシャはシャリスの言葉に頷く。

 

と、その時。

「いや、これはむしろ僥倖であろう」

突然聞こえた黒鉄の声に皆がそちらに視線を向けた。そして、彼は徐に座っていた椅子から立ち上がった。

 

「向こうからわざわざ出てくる時間を教えてくるとは。結構ではないか」

「く、クロガネさん?」

笑みを浮かべる黒鉄に、声を掛けるルクス。

 

「ルクス、リーシャよ。今日のペア、我も早速出るぞ」

「え!?クロっちが!?」

「うむ。抽選は運任せとは言え、出ればそれだけ当る確率もある。それに、ここで我が奴らを倒せれば、こちらのチームも勢いに乗れるであろう?」

「それはそうだが、クロガネ。勝算はあるのか?お前は彼女の神装機竜について何も知らない。もちろんお前の力を疑う訳ではないが……」

 

「案ずるなリーシャ。……どんな敵が立ち塞がろうとも……」

 

『ドォォォォォォンッ!』

 

突如黒鉄は拳をぶつけ合い爆音を鳴らした。それだけで教室がビリビリと震え、皆が戸惑う。

 

「我はそれを粉砕して進むだけだ」

 

 

力の真っ向勝負で相手をねじ伏せると言わんばかりの宣言に、彼女達は苦笑しながらもどこか頼もしさを感じていたのだった。

そして、更にルクスやリーシャ、クルルシファー、フィルフィも今日は出場する事になったのだが、リーシャ達3人は皆ルクスと出たいので喧々囂々。終いにはティルファーが作ったくじを使って決める事に。そして決まったのは、ルクス・フィルフィペアと、リーシャ・クルルシファーペアだった。

 

そして、それぞれ出場に必要な申請書類を提出した彼等は対戦表の張り出しを待った。それから約1時間後。張り出された表によって……。

 

黒鉄と、セリス・サニアペアの対戦が決定した。

 

それから数十分後。ルクスやリーシャ、アイリやノクト、大勢の観客達が見守る中、演習場に黒鉄と、セリス・サニアのペアが入場した。

 

そして、審判であるライグリィの指示が飛び、まずはサニアがワイバーンを纏う。

 

更に……。

「降臨せよ。為政者の血を継ぎし王族の竜。百雷を纏いて天を舞え!≪リンドヴルム≫!」

 

セリスが黄金の神装機竜、リンドヴルムを纏った。

 

「……行くか」

そして黒鉄も、足下から青白い紋章を出現させ、それを透過すると黒龍モードとなった。

 

 

多くの観客が、彼等の姿を前にして固唾を呑んだ。そして今か今かと試合の開始を静かに待つ。

「試合、開始っ!」

 

次の瞬間、ライグリィの言葉が響き試合が開始された。

『『ババッ!』』

直後にサニアのワイバーンとセリスのリンドヴルムが飛び上がり黒龍から距離を取る。これは黒龍の腕力とブレードを警戒しての事だ。しかし黒鉄、黒龍は動かず2人を見上げるだけだ。と、その時黒龍は大きく息を吸い込み……。

 

 

『ゴアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!』

 

 

大音量の咆哮が叩き付けられた。あまりの音量に顔をしかめるセリスとサニア。ビリビリと空気さえも震わせる声の暴力。しかしそれは観客席の生徒達をも震わせた。敵チームの生徒達には畏怖を与え。味方のチームには勇気を与えた。

 

それこそが、怪獣王の咆哮。聞く者の魂さえ震わせる声が響き渡る。

 

そして、黒龍の背鰭が青白く発光する。

「ッ!?サニアッ!回避をっ!」

「はいっ!」

それがブレスの予兆だという事はシヴァレスの友人から聞いていたセリス。だからこそすぐに回避に出た。

 

だが、音速で飛行する戦闘機さえ迎撃出来るゴジラの対空迎撃能力の前には、彼女達程度の回避機動など何ら役には立たない。

 

『カッ!』

一瞬の閃光。放たれる奔流。

「ッ!?」

狙いはサニア。彼女は息を呑むが、それだけだ。

 

『ドォォォォォォォォォンッ!』

熱線は寸分違わず彼女に命中した。爆煙が彼女のワイバーンを覆い隠す。

「ッ!?サニアっ!」

叫ぶセリス。直後、爆煙の中から現れたサニアのワイバーンが落下し、そのまま動かなくなった。

 

「サニア機!行動不能!」

それを見たライグリィが咄嗟に宣言を行う。これでサニアは戦闘不能だ。

 

「まずは、1人」

そして黒龍はセリスのリンドヴルムを正面から睨み付ける。

「くっ!よくもっ!」

 

セリスはリンドヴルムを加速させ黒龍に突進する。

「はぁっ!」

そしてその手にした特大の槍、『雷光穿槍(ライトニングランス)』を繰り出した。だが……。

 

『ドゴォォォォォォンッ!!!!』

黒龍の繰り出された拳が真正面からランスの穂先とぶつかり合った。

「ッ!?」

これには戸惑うしかないセリス。

 

『バリィィッ!』

「む?」

しかし直後、黒鉄もランスから迸る雷撃にひそかに眉をひそめた。そして黒龍は一度大きく後ろに跳躍する。そして彼はいささか痺れている自分の右手に目を向けた。即座に右掌をグーパーさせて感触を確かめる。

 

「成程。雷撃を放つ槍。神装機竜の特殊武装か」

黒鉄は即座に分析し、そして両腕のブレードを起立させ迎撃の構えを取る。

「行きますっ!」

直後、セリスのリンドヴルムが突進してくる。

 

再び振るわれる刺突。

「むぅんっ!」

それを迎撃するように黒龍の右手のブレードが放たれた。

 

『『ガキィィィィィンッ!』』

そして穂先同士がぶつかり合い火花と金属音が響き渡った。

「くっ!?」

しかしパワーでは相手が上と悟ったのか、セリスはすぐに距離を取った。彼女は距離を取り、ライトニングランスから雷撃を放つ。本来なら、それを食らうだけで機竜の内部システムやパイロットであるドラグナイトにもダメージが通るような攻撃だ。

 

しかし、黒鉄には意味をなさない。幾分かその体を痺れさせる事は出来るが、所詮その程度。彼にとって、かつて『ロストエイジ時代に戦った三つ首の黄金龍が放つそれとは比べ物にならない』からだ。

 

黒鉄、黒龍はセリスを追いかける。そして、あと少しで黒龍の手がセリスに追いつくと思われたその時。不意に彼女のリンドヴルムを中心に、光の領域とでも呼べるようなものが広がっていった。

 

『何だ?』

黒鉄は内心首をかしげながらもその広がり続ける領域に突入し、その手を振ってブレードをリンドヴルムに叩きつけた。しかし、直前までそこにいたはずのリンドヴルムの姿は一瞬で消え、ブレードが空を切る。

『ッ』

突然の相手の消失に黒鉄は一瞬息をのむ。しかし直後、背後から迫る殺気を感じ取り咄嗟に右足による蹴りを後方に放った。

 

『『ガキィィィィィンッ!』』

直後、後ろに回り込んだセリスのライトニングランスと黒龍の足の爪がぶつかり合い火花を散らした。

 

黒龍は咄嗟にライトニングランスを蹴ってセリスより距離を取った。そして彼は冷静に相手の攻撃を分析する。

『……先ほどの光と行動からして、おそらく奴の神装か何かであろうが、可能性として考えられるのは短距離空間跳躍、テレポートやワープの類か』

 

黒鉄の予想通り、先ほど攻撃を回避し黒龍の背後に回ったのは彼女のリンドヴルムが持つ神装、『支配者の神域(ディバイン・ゲート)』の力だ。これは、最初に広げた光の範囲内にある物を、同じく範囲内の好きな場所に転送できる代物だ。

 

このため、この光の領域内に居る限り彼女の対戦相手は『間合い』という物が取れない。どれだけ距離をとっても一瞬で詰められ、詰めたと思えば逃げられる。相手は好きなタイミングで仕掛け、逃げる事が出来る。

 

そして今、放たれた光の範囲は演習場を覆いつくしている。つまりこの限られた空間に黒鉄が逃げるスペースは無い。ルクスたちも心配そうに黒鉄、黒龍を見つめている。

 

「……それが、どうした?」

しかし黒鉄はポツリと呟くと浮いていた空中より緩やかに降下し、大地に足を下ろした。そして黒龍は上空のリンドヴルム、セリスを睨みつける。更に彼は、何と両腕のブレードをパージしてしまったのだ。音を立ててブレードが地面に突き刺さる。

 

「……どういうつもりですか?」

突然の武装解除を訝しむセリス。

「なに。こいつは些か重い。……こっちの方が、動きやすいのでな」

そう言って両手を構える黒龍。

 

対して、セリスはしばし思案した直後、攻撃に出た。熱線を警戒して空中を飛び回りながらライトニングランスより雷撃を放つ。放たれた雷撃が黒龍の周囲に着弾し砂煙を発生させる。そして彼女は更に武装の一つである短剣、ダガー数本を彼目掛けて投げつけた。

 

そして、ダガーが命中する寸前に、ディバインゲートで空間跳躍を行い黒龍の背後からランスによる刺突を行った。

 

たった一人で多角的な攻撃を行えるのは、ディバインゲートと言う神装とセリスの天才的な技量があっての事だ。ほかの誰にも真似できない。だが……。

 

「……面白い技を使うな。セラスティア・ラルグリス」

「ッ!?」

 

セリスの放った刺突は黒龍の尻尾の先端が受け止め、投げたダガーは、黒龍の装甲を貫徹できず、キィンキィンと甲高い音を立てながら地面に転がった。

 

黒龍は、指一本動かす事無くセリスの『重撃』と呼ばれる同時攻撃を防いで見せた。これには観客席で試合を見ていたセリス派の少女たちも驚愕せざるを得ない。そして黒龍がゆっくりと振り返り背後のセリスを睨みつける。

 

『ゾワリッ!』

それだけでセリスの背筋を悪寒が走り抜ける。恐怖が彼女の中で顔をのぞかせる。しかし彼女もまた、腐っても学園最強。咄嗟に距離を取り黒龍の間合いから出ようとする。すると黒龍が大地を蹴って突進してきた。

「ッ!」

彼女は咄嗟にディバインゲートを発動しその間合いから逃れた。

 

リンドヴルムを掴もうと伸ばされた黒龍の手が空を切る。そして黒龍が着地したその時。彼の背後で光が生まれた。

 

それは、リンドヴルムが持つ、巨大な砲身を持つもう一つの特殊武装、『星光爆破(スターライトゼロ)』から放たれた光球だった。

 

圧縮されたエネルギーを球状にして発射し、着弾と同時に周囲を薙ぎ払う範囲殲滅兵器。それがスターライトゼロだ。セリスは、周囲の観客に被害が及ばないギリギリの威力の光球を発射した。爆炎と光が黒龍を飲み込む。発生した爆風と爆音に、観客席の少女たちは悲鳴を上げる。

 

『確かに直撃した。これなら……』

と、セリスはそう考えていた。これなら確実に倒せただろう、と。

 

だが……。

「まだまだだな」

「ッ!?」

突如背後から声が聞こえた。咄嗟に振り返るセリス。だが直後。

 

『ガッ!!!』

「ぐっ!?」

いつの間にか背後に回り込んでいた黒龍の手が、セリスの頭を鷲掴みにする。更に黒龍はそのまま加速し、セリスのリンドヴルムを地面に叩きつけた。

「あぁっ!」

 

悲鳴を漏らすセリス。しかし彼女はすぐに逃れようと、右手でランスを振ろうとした。しかしそれも黒龍の左手に押さえつけられる。

パワーにおいては、黒龍モードとなった黒鉄の方が数段上だ。彼女がどれだけ力を込めても、黒龍の拘束はビクともしない。

 

「くっ。……ど、どうやってスターライトゼロの爆発から?」

「別に難しい事ではない。爆発直後のエネルギーに、別のエネルギーをぶつけた。そして爆炎や熱を外へ反らしただけの事だ」

「そ、そんな事が……」

「現実に出来ている。だから今、こうなっている」

 

そう言って黒龍の手に力が籠り、リンドヴルムの右手からミシッと言う否や音が響く。

 

「くっ!」

だが、彼女としてやられる気はない。空いている左手にダガーを取り出し、それを黒龍の顔目掛けて繰り出した。

 

黒龍は手を放し、咄嗟にリンドヴルムから距離を取った。その隙にセリスはディバインゲートで間合いを取った。しかし彼女は内心焦っていた。これまでの攻撃で、ライトニングランスも、ディバインゲートを使っての重撃も、スターライトゼロによる砲撃も、全て相手に決定打となりえていないからだ。

『……あのパワーを前に接近戦は避けたかったのですが、致し方ないですね』

 

彼女は、ここへ来て接近戦を仕掛ける決意をした。パワーも技術もある黒龍に対して接近戦を仕掛ける事は、下手をすればカウンターを喰らって一撃で撃破される恐れがある。なので当初彼女は、極力接近戦は仕掛けないように考えていた。しかしこうも遠距離攻撃が効かないのでは仕方ない、というのが彼女の結論だ。

 

そして、彼女はライトニングランスから雷撃を放ってゴジラの周囲に砂煙を発生させる。そのまま更に飛行しながら熱線を警戒しつつ攻撃を継続する。これは、ライトニングランスの雷撃で少しでも黒龍を痺れさせるためだ。

 

一方、肝心の黒龍はその場から動かず、ただ背鰭を青く発光させるばかりだ。

『まさか大技を使うつもりでは!?ならば……!』

そう考えたセリスは、大技を使わせるよりも先に叩く、という考えの元、ディバインゲートで黒龍の背後に跳躍した。跳躍直後、黒龍は振り向かない。

 

『取ったっ!』

黒龍の背中めがけて繰り出される刺突。それでも黒龍は振り向かず、セリスは攻撃が入ったと確信していた。

 

だが……。

 

『ゴアァァァァァァァァァァァッ!!』

 

直後に響き渡る咆哮。そして黒龍の体から、全方位に向かって放たれた高エネルギーの放射。その高エネルギーがセリスのリンドヴルムに直撃した。

 

『バチバチバチィッ!』

「きゃぁっ!」

短い悲鳴を上げるセリス。そしてリンドヴルムは各部より火花を散らしながら吹き飛んだ。

 

「な、何だ今の攻撃!?」

そして、その光景を観客席で見ていたルクスたちもまた、驚愕していた。

「今の攻撃、体から全方位にエネルギーを撃ちだしたように見えたが……」

攻撃を見て、リーシャは冷や汗を流しながらも冷静に分析する。

 

「あれは、確実に初見殺しね。相手の死角を突いたと思ったら手痛い反撃を喰らう。今の彼女がまさにそれね」

クルルシファーも、そう言って倒れているセリスを見つめながらそう語った。

 

「……学園最強も、クロガネさんの前では形無しと言う事ですか」

アイリは、黒龍を見つめながらポツリと呟いた。

 

 

そして肝心の黒鉄は、今の攻撃、『体内放射』の衝撃でセリスが手放したライトニングランスを回収すると、倒れていて、今にも起き上がりそうだったセリスの首元にその切っ先を突き付けた。

 

「……まだ、やるか?」

黒龍はそう言ってセリスの降伏を促す。

 

対してセリスは、悔しそうに唇を噛み締めている。が、やがて……。

「……参りました。降伏を宣言します」

黒龍、黒鉄に敵わないと判断したのか悔しそうな表情のまま降伏宣言を行った。

 

これによって勝者が確定した。

「勝者ッ、黒鉄!」

審判であるライグリィの言葉が響く。一瞬の静寂の後、観客席の生徒達はその展開に驚嘆の声を漏らした。

 

そしてセリスは、悠々と歩き去って行く黒龍の背中を悔しそうに睨みつける事しかできないのだった。

 

 

初日の初戦から大番狂わせな試合結果に多くの生徒達は沸いた。だが、数時間後、驚くべき発表がなされた。それは……。

 

『セリス・サニアの両名は今後も試合参加を認める』という物だった。これに驚いたのはリーシャ達だ。セリスは一番の強敵。それを黒鉄が討った事は今後の事を考えてルクス・黒鉄チームの士気を上げるニュースだ。しかしセリスが今後も出てくる、というのだからリーシャ達が驚いたのも無理はない。

 

だから彼女たちが、ルクスやリーシャ、クルルシファー達がレリィの所へ抗議に向かったのは無理もない。のだが……。

 

「なぜですかっ!?納得の行く説明を要求しますっ!」

 

そこには先客がいた。当事者であり、リーシャ達以上に納得が出来ていないセリスだったのだ。そしてルクスたちが学園長室に入ると、そこにはレリィ、ライグリィ、セリス。そして黒鉄がいた。彼らに気づいて一瞥する黒鉄。しかし、彼も不服を申し立てに来た、という感じではなさそうだ。それを訝しむルクス。

 

「そうね。それじゃあ双方のチームの主要メンバーもそろった事だし、理由を説明しましょうか」

と、レリィが言うと、ここでセリスはルクスたちがやってきた事に気づいて彼らを一瞥した。しかしすぐ、レリィの方に視線を戻してしまう。

 

「実際戦ったセリスさんならわかると思うけど、クロガネ君の力はどうだったかしら?」

「ッ。それは……。圧倒的と言わざるを得ない物でした」

彼女は悔しそうな表情でそう語る。

 

「そうよねぇ。圧倒的よねぇ。でも、だからこそよ」

「……どういう意味ですか?おっしゃってる意味が、よく」

 

「クロガネ君の力は体験してもらった通り圧倒的。セリスさんをしても圧倒するほどの力だった訳だけど、じゃあ今のセリスさんチームに、セリスさん以上に彼と渡り合える存在は居ますか?」

「ッ、いえ。そのような人はいないと思います」

「そうよねぇ?つまり、クロガネ君が出る試合は彼らのチームの勝利が確定したも同然。しかも、シヴァレスの部では、負けた人は以後の試合の出場権を失う。これってつまりクロガネ君が勝った数だけ相手側の選手を出場停止に出来る事になる。でもそれってちょっとアンフェアじゃないかしら?だ・か・ら」

 

「彼との試合の敗者は、特例として出場権取り消しを、更に無かったことにする、と?」

「そう♪その通り」

そう言って手を合わせるレリィ。しかし、説明を受けてもセリスはまだ納得していない、と言わんばかりの表情だ。だが……。

 

「それにこれも、クロガネ君が了承した事なので。今更変更するつもりはありません。あしからず」

「ッ!?」

 

レリィの説明を受け、セリスは壁際で静かにしていた黒鉄の方へ視線を向けた。

「……どういうつもりですか?憐れみのつもりですか?」

そんな彼を睨みつけながら怒気を孕んだ声をかけるセリス。実際、これでは情けをかけられているような物だ。それが、舐められていると感じ彼女は怒っているのだ。

 

「憐れみではない。ただ、お主と戦うのは我だけではない」

「ッ、どういう意味ですか?」

「もう一人、我以外にもお主と剣を交える必要がある者が居る」

 

そう言うと、黒鉄はルクスを見つめ彼女も彼の視線を追ってルクスへと目を向けた。

ルクスとセリスの視線が交差する。

 

「今回の戦いは、お主たちの意思を貫くための物。しかしその二人が刃を交えぬまま外野の戦いで勝敗が付いてしまっては、後々禍根になりかねないと判断したのでな。リーシャやルクスたちには申し訳ないが、学園長よりの提案、我の方で勝手に同意させてもらった」

 

そう語る黒鉄に、ルクスとセリスは視線を向けた後、改めて向かい合った。

「良いでしょう。彼の言葉にも一理あります。ですが、勘違いされては困ります。あなたは私には勝てません。ルクス・アーカディア」

「……確かに貴女は強い人だと僕も思います。そして、僕にはクロガネさんほどの力は無い。けど、だからと言って僕も負ける気はありません」

 

お互い、闘志を燃やした視線を交わすルクスとセリス。

 

1戦目から大番狂わせの結果となったが、しかしセリスは再び戦う権利を得た。そして、彼と彼女の戦いの時は近い。

 

     第13話 END

 




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第14話 来訪者

遅くなりましたが最新話です。


バルゼリットの問題も片付けたルクスたちだったが、そんな中、学園最強と謳われるセリスティア・ラルグリスが演習より戻ってきた。男嫌いで有名なセリスは、ルクスと黒鉄に対して学園から出ていくように迫る。しかしルクスにも理由があるためこれを拒否。結果、近々開催される国別対抗戦の出場者を決める試合、選抜戦を舞台としてセリスとルクス、それぞれの主張を通すために戦いが行われる事に。そして序盤、セリスと当たった黒鉄はこれを撃破するが、黒鉄の特異性などもあって、セリスは今後も試合に出場する事になるのだった。

 

 

1日目の試合が終了した後、教室には多くの生徒達、ルクスと黒鉄のチームの女生徒たちが集まっていた。彼女たちの前の黒板には、今日の試合で得た双方のチームの点数が表示されている。結果としてはセリス率いる3年生チームの方が勝っているが、それでも点数の差は10点も無い。お互い40前後の点数だ。そして、その立役者が黒鉄だった。

 

理由はもちろん、初戦でセリスとサニアのペアをほぼ一方的に蹂躙した事だ。学園最強と言われた彼女を黒鉄は歯牙にもかけず撃破した事で、3年生チームの士気は下がり、逆に1・2年生チームの士気が向上した結果だ。だがそれだけではない。黒鉄はこれまで生徒達の教練を受け持っていた。彼の教えが彼女たちの力となった、と言う訳だ。

 

「皆、初日の奮戦。見事だった。結果として相手側が上を行っているが、それでも十分に競っていると言える状況だ。この点数からしても、この戦いは決して無謀な賭けなどではない。十分に勝率のある戦いだ」

黒鉄は、そう言って女生徒たちを労い、鼓舞するような演説を行った。これはリーシャが味方を鼓舞するために黒鉄に依頼したからだ。

 

その後、黒鉄はルクスたちと集まって話をしていた。

「初戦にしては随分善戦した方だが、ホントに良かったのかクロガネ。あのセリスティアを復活させて。正直、私としては早々に退場させた方が今後のためだと思うのだが」

と、リーシャは難しい顔をしながら黒鉄にそう問いかけた。しかし彼女の言う事は最もだ。あの試合でセリスが以後の試合の出場権を失うのは大きい。相手の士気を下げ、味方の士気を上げる意味でだ。

 

「リーシャの言葉も最もだと我は思う。しかし、この戦いはセリスティア・ラルグリスとルクス、2人のそれぞれの意思を通すための物。当事者同士が戦わずに終わるのは、些か禍根を残すのでは?と考えた結果だ。お互い、後腐れの無い戦いをした方が良いだろうと思ってな」

「むぅ。……まぁ、クロガネがそう言うのなら良いが」

そう語るリーシャだが、やっぱりどこか不満がありそうだった。

 

「案ずるな。この話を勝手に受けた見返り、という訳ではないが我は出られる限り全ての試合に出よう。そして、圧勝する事で皆の士気を高められるように努力するつもりだ」

そう言って、グッと拳を握りしめる黒鉄。そんな彼を前にして、ルクスやリーシャ達は苦笑を浮かべる事しかできないのだった。

 

そして、試合2日目。ほぼ互角の状況だけあって、生徒達は戦う意思を失ってはいなかった。更に1年・2年チームの士気を上げる事があった。それはルクスがワイバーンでサニアを撃破した事だった。サニアはシヴァレスの団員でしかも3年生だ。彼女は射撃を中心とした手数の多さで戦うドラグナイトだった。そのため、防御に比重を置くルクスにとってはやりずらい相手かに思われた。しかしルクスは、リーシャが試作開発し完成させていた、障壁を刀身全体に発生させる特殊なブレードを用いて、相手の攻撃を跳ね返し、更に相手の攻撃の力を利用して相手の武装を破壊する『極撃』と名付けられたカウンター技を駆使してサニアのワイバーンの武装全てを破壊してしまい、サニアは降伏を宣言。更に黒鉄に負けた訳ではないのでサニアは今後の試合の出場権をこれで失う形になった。

 

そこから更に、ルクスは他の2試合もこの極撃を生かして勝利。チームの士気向上にも貢献していた。

 

が、それよりも更にすごかったのが黒鉄だ。

 

今度は2on1。相手はシヴァレスの3年生が2人。どちらもワイバーンを装備していた。対する黒鉄も黒龍を纏って臨戦態勢だ。

 

「それではっ!バトルスタートッ!」

 

と、審判役のライグリィが叫んだ次の瞬間。

 

『ドゴォッ!』

黒龍が地を蹴って砲弾のように飛び出した。突然の突進に2人は対応できない。そして……。

『『ガガッ!』』

黒鉄は左右に並んでいた2人の頭を掴んで……。

『『ドゴォォォンッ!』』

 

そのまま大地に叩きつけた。それだけで2人のワイバーンは地面に半分は埋まってしまう。そして今の一撃だけで、ドラグナイトの女子2人は気絶。それだけで、生徒達の大半は茫然となり、ライグリィも驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。

 

『むぅ。……少しやり過ぎたか?』

と、彼が内心戸惑っていると……。

「あっ!しょ、勝者っ!クロガネッ!」

ようやく我に返ったライグリィが勝利を宣言した。黒鉄は、それを聞くと地面に埋もれた2人を回収して、待機していた医療チームのスタッフに引き渡し、悠々と戻って行った。

 

その後も、更にもう1試合黒鉄の試合があったのだが、相手の2人は戦う前から完全に恐慌状態に陥って行った。

『完全にやり過ぎたな、これは』

と、2人の様子を見て黒鉄は内心反省していた。

 

「あ、あぁすまぬが……」

「「ひぃっ!?ごめんなさいごめんなさいっ!降伏しますぅっ!」」

「………」

黒龍フォームの黒鉄が声をかけただけでこの様である。そのため内心黒鉄は、『やはりやり過ぎたかっ!』と、叫んでいたのだった。

 

その後、2日目の試合もつつがなく終了。結果としては両チームの得点差は広がらず、お互いに善戦した形となった。

 

そして翌日。試合は無く休日になっていた。試合は5日間行われるが、連日試合漬けでは皆疲労がたまってしまう。なので間の3日目は休日になっているのだ。

 

そしてその休日。ルクスは1人、女装した姿であるルノに扮してセリスと以前から約束があったデートに行くことに。何故こうなったのかと言うと、以前、ルクスはサニアによって嵌められ、セリスの元に送り込まれた。ルクスはその際、持参していた女装道具一式で上手く場を切り抜けたのだが、この際にセリスとデートの約束をしてしまったと言う。困ったルクスは妹であるアイリやノクトに相談した所、もう一度女装しルノとしてセリスとデートをすることになってしまったのだ。

 

と言う事で休日の朝、セリスと共にルノとして町へ向かうルクス。

 

一方の黒鉄は、休日だと言うのに朝から敷地内で鍛錬に勤しんでいた。するとそこへ。

「休日にも訓練か?クロガネさん」

ラフな格好のシャリスが現れた。

「シャリスか。おはよう」

黒鉄は声を掛けながらも、シャリスの服装に目を向ける。

「そう言うシャリスも、朝からランニングか?」

「あぁ。と言っても、軽い物だけどね」

「そうか」

 

と、話をしていたとき、黒鉄はふと思った。

「シャリスよ。お主はセリスティア・ラルグリスが男嫌いになった理由を聞いたことは無いか?」

「む?どうしてその事を?」

「いや。正直気になってな。ルクスもそうだが、我もあそこまで拒絶されたとなると、相当男という存在に敵対心を持っているのではと疑いたくなってな。何か理由は知らぬか?」

「すまないクロガネさん。私から言える事は、恐らく無い。私も本人から聞いたわけでは無いのでね」

「む?そうなのか?」

「あぁ。彼女の知人から『セリスは幼少期から男が嫌いらしい』という話を聞いただけなんだが……」

「ちょっと待ってくれ。それは本人から聞いた話ではないのか?」

「ん?あぁ、そうだが……」

 

その言葉に黒鉄はため息をついた。

「え?く、クロガネさん?」

「シャリスよ。我も確証がある訳ではないが、本人以外から聞いた事をあまり鵜呑みにするのはどうかと我は思うぞ?」

「それは、分かるが。ではクロガネさんはセリスの男嫌いが嘘だったとでも?」

「いや。これまでの態度から、男に拒否反応を持っている事は間違い無いだろうが、もしかすると、何かの話が間違って伝わったのかもしれぬな」

「間違って、と言うと?」

「うむ。例えば……。男が嫌いなのではなく、苦手だった、とか。噂というのは尾ひれが付きやすい物であるからな。その可能性も0では無かろう」

 

「そ、それは確かにそうかもしれないが。いや、しかしクロガネさん。それでは彼女がルクス君をあそこまで学園から排除しようとする意味が分からない」

「確かに。それもそうだ。……彼女について、色々知りたい所だが、男であり今は敵対している関係もある。聞く事はまず出来んだろう」

「なら、もし良ければ私の方で少し話を聞いてみるが?」

「いや。そこまでする必要は無いシャリス。我が今言った可能性も、所詮可能性の話。シャリスが知人から聞いたと言う男嫌いの噂も、事実である可能性があるのだ。それに、下手に彼女の事を詮索すれば、我やルクスと友人関係にあるお主にいらぬ嫌疑を掛けられかねん。だから良いのだ、シャリス」

 

「そうか。クロガネさんがそう言うのなら。……しかし、セリスはどうしてあそこまでルクス君を学園から排除したがるんだ?仮にクロガネさんの言うとおり男性が嫌い、なのではなく男性が苦手なのだとしたら、少しやり過ぎな気もするが」

「ルクスが旧帝国の王子だから、と言う可能性もある。事実旧帝国時代は男尊女卑が横行していた。その中心であった帝国の王子ともなれば、悪感情を持っても可笑しくは無い」

「むぅ。やはりそうなのだろうか」

と、首をかしげるシャリス。やがて……。

 

「まぁ、ここで我々が考えていても仕方が無い。いずれ真実を彼女に聞くにしても、今は試合に勝つ事を考えなければな」

「そうか。……時にクロガネさん。あなたはどうなのだ?」

「む?と言うと?」

「正直に言えば、私は、いや。私だけじゃない。ティルファーやノクト、それに大勢の生徒達がクロガネさんに、学園に残って貰いたいと思って居るはずだ。だが、聞いた話ではクロガネさんは、ここに残る事の是非を生徒達の意思に任せると言ったそうじゃないか」

 

「確かに。我はあの時、確かにそう言った」

「……だから、かな。私達は不安なんだ」

その時、シャリスは普段見せない不安そうな表情を見せていた。

 

「クロガネさんは元々旅人だ。だから色んな場所を訪れては去ってを繰り返していたかもしれない。……だから、学園に愛着を抱かず、いざとなればすぐに去ってしまいそうで。私達は不安なんだ」

「そうであったか」

 

シャリスの告白を聞いた黒鉄は……。

「すまなかったな。皆を不安にさせてしまった」

そう言ってシャリスの頭を優しく撫ではじめた。そして彼は、まるで父親が娘を心配するような、そんな表情で彼女を見つめる。

 

「だが、安心してくれ。今の我に、学園を去るつもりは無い。確かに、あの時生徒達の総意ならば学園を去ると言った。だが、本心として我はここに残りたいと思っている」

「そう、なのか?」

「無論だ。ルクス、アイリ、学園長たち。そして、ノクト、ティルファー、シャリス。更にはキャロル達と言った、大勢の友人達とここで出会えた事、我は深く感謝している。その出会いを、我は大切にしたいと思って居る。だから、今はここを去るなど考えては居らん」

「そう、か。……正直、その言葉を聞けて安心したよ」

「それは何よりだ」

そう言うと、黒鉄はシャリスの頭を撫でていた手を離す。

 

「本当に、クロガネさんは不思議な人だな。力もそうだが、優しさなども兼ね備えた、本当に不思議な人だ」

「ふふ、良く言われる事だ」

そう言って、2人は笑みを浮かべ合う。それからしばらくして2人は別れ、黒鉄は自分の部屋に戻った後、食堂へと向かった。そこで朝食を取るのだが……。

 

「う~~。疲れた~」

「は~~~。一日でも休みがあるってありがたいわ~」

彼の周囲では、1年生らしき生徒達がため息をついていた。どうやら選抜戦の疲れがたまっているようだ。対して黒鉄は、疲れ知らずのタフネスさもあって別段問題無いのだが……。

 

「ふぅむ」

疲れた様子の彼女達を見て、何かリフレッシュを、と考えていたのだった。

 

 

~~~~

その日のお昼過ぎ。ノクトは部屋で休んでいたのだが、喉が乾いた事もありお茶でも飲もうかと、食堂を訪れた。のだが……。

 

「な、何ですか?これは?」

見ると、食堂の席の殆どが女子生徒で埋め尽くされていた。しかもタイの色からして、1年生をはじめ、2年生、3年生の姿もある。皆、それぞれの席に座りながら談笑し、甘いお菓子を食していた。

『変です。食堂でこんなにお菓子を振る舞うなんて、私は聞いていないのです』

と、内心困惑しているノクト。すると……。

 

「あれ?ノクトも来たの?」

そこに、大量のお菓子を載せたお盆を手にしたティルファーが通り掛かった。

「てぃ、ティルファー……?!これは一体何事ですか……!?」

「え?何ってノクト、知ってて来たんじゃないの?」

「NO。私はお茶を飲みに来たつもりでした。しかし、これは一体?」

「あぁそっか。ほれ、あそこ」

そう言って、視線を向けるティルファーに続いて、ノクトもそちらに目を向けると……。

 

「く、クロガネさん……!?」

食堂の奥の方で、普段着にエプロンとマスク、白い帽子を被った黒鉄が何か作業をしていた。その姿に驚くノクト。

「ど、どうしてクロガネさんが?」

「いや~。私もよく分かんないんだけど、クロっちがね、『疲れてるときは美味しい物を食べてのんびりするのが一番だ』とか言ってたわけ。で、クロっちが食堂の厨房借りて、色々お菓子を作ってるの。……折角だからノクトも食べれば。私も色々おかわりしてきた所なんだ~♪」

そう言うと、ティルファーは空いている席を探しに行ってしまった。

 

1人残されたノクトは、厨房の黒鉄の所へと向かった。

「クロガネさん」

「ん?おぉ、ノクト。お主も来たのか?」

「い、YES。偶々ですが。……しかし、クロガネさんは何を?」

「なに。皆、この二日間の戦いで疲れているようだったのでな。かといって部屋でゴロゴロしているだけ、と言うのも味気ないであろうから、少し菓子の類いを作って振る舞っていたところだ」

そう言うと、黒鉄は出来たお菓子を大きめの皿に盛り付け、皆が取れる位置に置く。

 

「それは?」

「これは『トフィー』。別名『タフィー』とも言う菓子だ。バターと砂糖を加熱して作る、飴のような菓子だな。中にナッツとレーズンを混ぜてある。食してみるか?」

「で、では、いただきます」

 

そう言って、一口サイズに砕かれていたトフィーを手に取り、口に含むノクト。すると……。

 

「あ、甘いです♪」

普段のクールなノクトらしからぬ、蕩けた笑みを見せた。

「そうか。それは何よりだ」

そう言って黒鉄もクツクツと笑みを浮かべる。

 

それからしばらく、ノクトは厨房が見える席でお茶と少しのお菓子を食べながら、黒鉄を見つめていた。やがて、彼女はクロガネの傍に行くと……。

「今更ながら、ですが。クロガネさんは本当に面倒見がいい人ですね」

「ん?そうか?」

突然の言葉に首をかしげる黒鉄。

 

「YES。けれど、どうしてクロガネさんはそこまでするのですか?みんなが疲れているからといって、ここまでする人なんてそうそういません」

「そうか。……まぁ、我も元々面倒見が良かった訳ではない。だが、旅を続ける中で我の力を頼る者たちは多かった。……そんな中でな、何度も見て来たのだ。自分達ではどうする事も出来ない状況で、我に頼るしかない者たちを。……我はそれを、見捨てる事が出来なかった。それから、であろうな。積極的に人を助けるようになったのは」

「そうなんですか」

 

ノクトは静かに黒鉄の背中を見つめていた。

「クロガネさんは、これまでたくさんの人を助けて来たんですね」

「そうなのかもしれんな。まぁ、我自身頼られたから勝手に助けている程度の感覚だ。それに、困っているときはお互い様、という言葉もある事だ」

そう言いながらも黒鉄はお菓子を作りづける。

 

「まぁそれでも……」

「?」

「初めて人助けをした時、涙ながらに喜んでくれた者たちの顔が、忘れられなかったから、かもしれぬな」

「ふふ、そうなんですか」

照れくさそうに語る黒鉄を見つめながら、ノクトも笑みを浮かべていたのだった。

 

 

その後、引き続き菓子を作っていた黒鉄だったが……。

 

『ピクッ』

彼は何かの気配に気づいて眉を顰めるとすぐさま視線を窓の外に向けた。そして手にしていた料理を手近な場所において駆け出そうとしたが……。

 

『ッ。この気配は……』

もう一つ。新たな気配を感じ取ると、彼は踏み出そうとしていた足を止めた。

 

「クロガネさん?どうしました?」

そこに、あの後手伝いを申し出てくれたノクトが声をかけて来た。

「あぁいや。なんでもない」

そう言ってクロガネは彼女の言葉に答えると作業に戻った。その時。

 

「感謝するぞ、モスラ」

 

誰にも聞こえないように、彼は小さくそう呟いたのだった。

 

 

場所は変わり、時間は少しさかのぼる。黒鉄が食堂で生徒達にお菓子をふるまっていた頃、ルクスはルノとしてセリスと街中を歩いていた。最初はセリスがルノ(ルクス)を案内しようとしていたのだが、結局ルノであるルクスが慣れないセリスを案内する事になった。

 

そしてルクスは、彼が密かに発見していた庭園へとセリスを連れてきた。ここは元々貴族の別荘予定地だったが、事情で工事は中止。庭だけが完成し、土地も売りに出されたのだが誰も買い手がいない。なので庭だけが放置されていた。そしてそれを見つけたルクスが、密かに落ち着ける場所として使って居た。

 

そこでルクスは昼食を彼女と取りながら、セリスの話を聞いていた。セリスは貴族として、学園の騎士団長としての使命を重んじている事。

 

セリスは『強者は絶対の孤独の耐える者だ』とか言っていたが、ルクスは初めてセリスを見かけた時、思いっきり野良猫と話をしていた事を思いだし、それを聞いて顔を赤くしたり戸惑うセリス。

 

そんな話をしていたルクスはセリスに対して思った事があった。それは、『彼女は実は不器用で寂しがり屋なのではないか』、と。

 

 

その後、ルクスの隠れ家を離れた2人は町に戻った。しかし、突如として2人の耳に響いた不協和音。セリスは分からなかったが、それはルクスの知る音、アビスを呼ぶ角笛の音だった。そして突如として町中に現れたアビス、獅子の頭、山羊の胴、蛇の尻尾を持つ中型アビス、『キマイラ』。それが平和だった町中の広場に突如として現れた。

 

咄嗟にパニックになる市街地。セリスが咄嗟にリンドヴルムを召喚し、戦おうとした。

 

だが……。

 

『バッ!』

「ッ!?」

その時、ルクスは建物の上から人影がキマイラ目がけて跳躍するのを目撃した。そして、その人影は……。

 

「はぁっ!!!」

 

『ドゴォォォォンッ!』

 

踵落としをキマイラの頭に見舞った。爆音を響かせながら、キマイラの頭が地面のアスファルトを粉砕しながら、その下の土の地面にめり込む。

 

「なっ!?」

突然現れ、人外じみた攻撃をした人影に戸惑うセリス。ルクスも彼女の傍で呆然としていた。そして、その人影がキマイラの頭を蹴って距離を取った時、その体に纏っていたローブが風でめくれ、人物の顔が露わになった。

 

「え!?女性っ!?」

そして現れた女性の顔にルクスは戸惑いを隠せなかった。彼は最初、あの人物を黒鉄と疑った。生身でアビスを撃退出来るなど、黒鉄以外に考えられ無かったからだ。

 

しかし現れたのは、青い瞳に鮮やかなオレンジ色の髪を持った女性だった。その女性は、近くで倒れていた子供へと歩み寄り、その子に手を差し出した。

「君、大丈夫?」

「う、うん。ありがとうお姉ちゃんっ」

「いいえ。さぁ、ここは危ないですから離れて下さいね」

「うんっ」

 

彼女に促され、広場を離れる少年。と、その時。

≪ギィィエァァァァァァッ!!≫

 

頭部を粉砕されたはずのキマイラが再び起き上がり、女性に襲いかかった。

「危ないっ!」

咄嗟に叫ぶルクス。が、しかし……。

「あら?頭を砕いたはずなのですが……」

女性はキョトンと首をかしげながらも、襲いかかるキマイラの前足を掴んで……。

 

『ドゴォォォォォォォンッ!!!』

 

背負い投げのようにしてキマイラを背中から道ばたに叩き付けてしまった。

 

「あっ、なっ……!?」

まさかの事態に開いた口が塞がらないルクス。どう見ても、あんな事が出来るのは黒鉄だけと考えていたルクスにとって、第2の黒鉄とも言える女性の登場は驚愕以外の何者でもなかった。更に……。

 

「念のためっ!」

『ボキッ!』

 

そう言って女性は掴んだままのキマイラの前足を1本、へし折った。

≪ギィィエェェアァァァァァァァァッ!?!?!?!?≫

途端に悲鳴を上げ暴れるキマイラ。女性はそこから飛び退き、偶々ルクス達の近くに着地した。

 

「ほっ、っと」

「ッ、貴女、何者ですか!?」

するとセリスは咄嗟に女性にソード・デバイスを突き付けた。

「え?私、ですか?う~ん、旅人、で良いと思いますけど?」

「ふ、普通の旅人は素手でアビスを殴ったりしませんっ!」

 

至極真っ当な意見を述べるセリス。と、その時。

 

≪ギィィィッ!!!≫

へし折られたはずの足を元に戻しながらキマイラが立ち上がった。

「ッ!?ありえません、キマイラにあのような再生能力がある訳が」

セリスの言うとおり、キマイラにそこまでの回復能力は無い。

 

「ふむ。となると何者かに強化を施されている可能性がありますね」

冷静に分析する女性。すると再びキマイラが女性に向かってくる。

 

「き、来ますっ!」

叫ぶルクス。しかし女性は落ち着いた様子で、独特な構えを取る。

「スゥ、ハァ」

 

そして呼吸を整える。向かってくるキマイラ。後数秒で激突する。そう思われた直後。

 

『ドゴォォォォォォォォンッ!!!!!!』

 

女性の踏み込みから放たれた一撃、正拳突きがキマイラの顔面を捉えた。人並み外れた腕力から繰り出された一撃。その衝撃はキマイラの頭を粉砕し、肉体の中を伝いアビスの心臓であるコアをも粉砕してしまった。頭の無くなったキマイラがその場に崩れ落ち、最後は体が謎の発火現象を起こし、黒い灰となって燃え尽きてしまった。

 

「ふぅ。まさかちょっと寄っただけでアビスに遭遇するとは。私も運が無いのでしょうか」

そう言って首をかしげる女性。

「でもまぁ無事討伐出来ましたし」

女性はそう言って笑みを浮かべるとその場を後にしようとしたが……。

 

「待ちなさいっ」

セリスが彼女の眼前に立ち塞がった。

「あなたは、何者ですか?ただの旅人が素手でアビスを討伐出来る訳がありません」

「う~ん。それはまぁ確かにその通りなんですが、私に関しては人間の常識の外側に居る、と思っていただければ良いので」

「そんな返事で納得出来るとでも?」

「出来る出来ないはともかく、納得していただかないと……。あら?」

 

しかし女性は、何かに気づいた様子でルクス、つまりルノを見つめる。

『じ~~~~~~』

顔を近づけ、そんな擬音が聞こえてきそうな目でルノを見つめる女性。

「な、何でしょうか?」

『近い近いっ!顔が近いっ!なんでっ!?』

と、内心テンパるルクス。すると……。

 

『スンスンッ』

何と女性はルクスの匂いを嗅ぎ始めたではないか。

「なぁっ!?」

「なっ!?は、破廉恥なっ!何をしているんですかっ!」

突然の事に顔を赤くするルクスとセリス。すると……。

 

「あぁ、やっぱり王様の匂いですね。もしかしてと思いましたけど、あなたから王様の匂いがしました」

「お、王様?」

何かにうっとりしたような表情の女性に対して、首をかしげるルクス。

 

「はい♪王様は王様です。えっと、確か今は黒鉄と名乗っているはずですが……」

「えっ?!黒鉄さんの事、知ってるんですかっ!?」

思わぬ名前に戸惑うルクス。

「はい、それはもう。何せ私が唯一の王と認める相手ですから」

 

そう言って、うっとりした様子で語る女性。すると……。

「って、私を無視しないで下さいっ!」

涙目で声を掛けるセリス。どうやらルノ(ルクス)と親しそうに話をしつつ無視されているのが寂しかったのだろう。

 

「もう一度聞きます、あなたは何者ですかっ!?」

「う~ん。……見たところ王様も、なぜ自分が王なのか告げていない様子ですし。であれば私があなた達に素性を話すわけには参りませんね。ではっ!」

 

そう言うと、女性は一瞬で建物の上に飛び上がる。そして女性は2人を一瞥すると常人離れした脚力でどこかへと去って行ってしまった。

 

結局、2人は呆然とそれを見送る事しか出来ないのだった。

 

 

その後、日も暮れてきたので学園に戻る2人。しかしその道中、2人の頭からあの女性の姿が消える事は無かった。

 

「あの女性、黒鉄というあの男性の知り合いのようでしたが。彼に説明を求めるべきか」

そう呟くセリスの横顔を見守るルクス。その表情は、戸惑っているようにも見えた。

 

「あの、セリス先輩はやっぱり男性が苦手なんですか?」

「え?」

「何というか、黒鉄さんの所へ行くのを迷ってる感じでしたから」

「ッ。こ、これはその……」

指摘され、しばし迷った様子のセリス。ルクスが『どうしたんだろう?』と首をかしげていると、セリスは話し始めた。

 

「実はその、私は男嫌いなどではないのです」

「えっ!?で、でも学園では黒鉄さん達に挑戦的な態度だって聞きましたけど……」

「うっ。そ、それはその。……恥ずかしいのですが、私は歳の近い男性にどういった態度を取って良いのか分からず。それにシヴァレスの団長として威厳のある態度で接するべきかと思ってしまって。それに、以前から周囲に男性が苦手だと言っていたら、いつの間にか男性嫌いの噂が広まってしまって。……本当は男性に憧れと興味があるのですが、今更そんな事も言えなくなってしまいましたし」

頬を赤く染めながら説明するセリスにルクスが思った事は1つ。

 

『この人、不器用過ぎではっ!?』だった。

 

「以外でした。セリス先輩って、男性に興味とかあったんですね」

「えぇ。お恥ずかしながら。…………でも、今は男性に恋心を抱くことは出来ません」

「え?」

「今の私はラルグリス家の長女でありシヴァレスの団長。だからこそ、私は誰かを頼る事は出来ません。甘えることは出来ません。それは男性であろうと女性であろうと同じ事です。……もう、二度と失敗しないために私は、立ち止まるわけにはいかないのです」

『失敗、って?』

 

ルクスは彼女の言う失敗が気になった。しかし、彼にその事を問いかける事は出来なかった。だから話題を変えようとしたルクスだったが……。

 

「セリス先輩って、憧れの人とか居るんですか?」

「憧れの人、ですか?」

「は、はい。セリス先輩ほどの人が憧れる人って居るのかな~って」

咄嗟にそんな話題を振るルクス。すると……。

 

「えぇ。居ます。いえ、居ましたと言うべきですか」

「あっ。すみません、もしかして……」

過去形である事から命を落としている事を考えたルクスは咄嗟に謝る。

 

「いえ。気にしないで下さい。私が憧れていたのは、『ウェイド・ロードベルト』先生です」

「えっ?」

 

セリスの口から語られた言葉に、ルクスは息を呑んだ。

 

なぜならその名は、ウェイド・ロードベルトはルクスの母方の祖父なのだ。そして、ルクス達が宮廷から追いやる原因を作った存在だった。

 

何故セリスからその名が出るのか。ルクスにその理由を知る由は無かった。

 

今は、まだ。

 

セリスの事やウェイドの事、突如現れたアビスと女性。様々な事が絡み合う中、悪意の足音がクロスフィードに迫っていた。

 

     第15話 END

 




感想や評価、お待ちしてます。あと、登場した女性は大体の人が分かってると思いますが、擬人化した『ドハモス』です。



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第15話 奇襲

大変遅くなりました。


つつがなく試合が進む対抗戦。黒鉄やルクスの存在もあって、接戦を繰り広げる両チーム。そんな対抗戦の3日目は休日となっていたため、ルクスはルノに変装してセリスと共に町へ。黒鉄は疲れた女生徒達に菓子を振る舞っていた。そんな中、町中に突如としてアビスが襲来。偶然その場に居合わせたルクスとセリスだったが、アビスは突如として現れた女性によって討伐されてしまうのだった。

 

 

夜。ルノという女装姿から普段の姿に戻ったルクスは、黒鉄の部屋を訪れて居た。そしてルクスはそこでセリスの事を彼に話していた。

 

セリスが実は男嫌いではないこと。不器用であるが故に、男に接する態度が分からず、シヴァレスの団長としての毅然とした態度で接してしまう事などなど。

 

「成程。そう言う事であったか。……しかしルクスよ」

「はい?」

「お主、また女装したのか?」

 

「ぶっ!?えっ!?それ聞くんですかっ!?」

「いや、もしやと思ってな。聞いてみたかったのだが……。したのか?」

「うっ!し、しましたよ。女装。すっごい恥ずかしかったですけど」

顔を赤くし、恥ずかしそうに語るルクス。

「そうかそうか。しかし、バレていない所を見るに、やはりルクスには女装の素質があるのやもしれぬな」

「いやいやっ!いりませんよそんな素質はっ!」

顔を赤くして叫ぶルクスに対して、黒鉄は楽しそうにクツクツと笑みを浮かべていた。

 

「そ、それよりクロガネさんは、何してたんですか?」

ルクスは顔を赤くしながら、話題を変えようというのかそう問いかけた。

「ん?我はまぁ、生徒達に菓子を作って振る舞っておったぞ」

「え?クロガネさん、お菓子も作れるんですか?」

「長い旅の中で知識と技術を身につけてな。皆も連日の試合で疲れているだろうからと思い振る舞ったのだ」

「へ~~」

 

と、そんな会話をしていた時だった。

「っと、そう言えば先ほど、町中にアビスの気配を感じたのだが、大丈夫だったか?」

「あっ」

黒鉄に指摘され、ルクスは思いだした。町中で現れたアビスを、簡単に蹴散らした女性の事。そして彼女が黒鉄を王と呼んでいた事を。

 

「実はクロガネさん、その事でお伝えしたい事が」

「ん?」

 

ルクスは、黒鉄に対して起こった事や見た事を説明した。

 

「成程。オレンジ色の髪に我を王と呼ぶ女性か。それはおそらく『翼』であろう」

「つ、ツバサさん、ですか?」

「そうだ。我と同じ、というか、同等の存在だ」

「えっ!?く、クロガネさんと同等ってつまり……っ!?」

 

「左様。彼女は我と同じく悠久を生きるような存在だ。ロストエイジの時代から存在し、世界を見守って来た存在。確か、今は我と同じように世界各地を旅していたはず。まさかクロスフィードに来ていたとはな」

「そ、そうなんですか」

ルクスは苦笑を浮かべながら相槌を打った。

 

しかしルクスが苦笑するのも無理はない。何せ黒鉄のような規格外の強さと寿命、ロストエイジの知識を持った人間がもう1人いたのだから。

 

だがルクスは気づかない。あの女性が『恩人』である事を。

 

 

その後。

「しかし、街中にアビスとは。かなりきな臭いな」

「はい」

2人の話題は、今日街中に突如として現れたアビスの事になっていた。

「しかもルクスの話によれば、そのアビスはかなり特異な存在だったとか?」

「はい。高い再生能力に、死んだら灰になりました。……あんなアビスを見るのは、僕も初めてです」

「……そうか。この前の侵入者の騒動と言い、今回現れた未知のアビス、か。ルクスよ」

「はい」

「明日から再び試合があり、大変だと思うが、気をつけるのだぞ。未知のアビスの登場。どうにもきな臭い。ましてや試合の期間中ともなれば、生徒達の注意は試合へ向く。学園に奇襲を仕掛ける、絶好の機会であろう?」

 

「まさか、クロガネさんは試合の間に、敵が来るって言いたいんですか?」

「うむ。………と、そうだ。ルクスには話して無かったかもしれぬな」

「え?」

 

その後、黒鉄はルクスに、クーデター未遂事件やバルゼリットに加担していた謎の存在、謎の敵性国家Xがいるのではと言う推察だった。

 

それを聞いたルクスもルクスで……。

「実は、アイリが学園長から極秘に聞いた話なんですが、この前僕達が倒した男、バルゼリット卿が獄中で何者かに殺害されたそうです」

「ッ、何?」

「更に、捕縛されていたラグリードも行方を眩ませたとか。特にバルゼリット卿は、笛の入手経路について聴取をしようとしていた矢先だそうです」

 

「その話を聞いたのは何時だ?」

「ちょうど僕たちが学園長室で先輩と在学を掛けて試合で、って話をした後のことです」

「そうだったのか。……もしかすると、そのバルゼリットを殺した者が、我の考えている敵国Xの回し者やもしれぬな」

静かに腕を組み、眉をひそめる黒鉄。

「それと、他にもいくつか伝えておきたい事があって。王国の執政院がヘイブルグにいる石化中のラグナレクを監視するために斥候部隊を送ったそうです。監視と、あわよくば撃破のために」

 

「成程」

「それと、数日前に密入国者が新王国領内で数十人、確認されたとか」

「何?」

 

彼はルクスの言葉に、更に眉をひそめた。

 

学園への謎の侵入者、クロスフィードの町中に突如として現れたアビス。現在選抜戦の最中で学園は外への注意が薄い。更にラグナレク監視で兵力が減少している中、正体不明の密入国者。

 

これだけピースが揃えば、黒鉄も警戒心を強くせざるを得ない。

 

「ルクス、明日以降我は試合には出ず、学園全体の警戒に当る」

「え?」

「どうにもクロスフィードできな臭い事が起こっている。兵力が低下している上にアカデミーでは生徒の集中が選抜戦に向いている。そもそもあの侵入者が何故アカデミー内部に入り込んだのかも不明だ。……仮にアカデミーで何かを探しているのだとしたら、敵がこの機会を逃すとは思えんのでな」

 

そう言って真剣な表情で窓の外、夜空を見上げる黒鉄。

 

「……油断は出来んよ」

「クロガネさん」

警戒心を強める彼に、ルクスもまた、静かに表情を真剣な表情を浮かべるのだった。

 

そして選抜戦の4日目。幸い4日目は、何事も無く試合はつつがなく進行した。点差は僅かにセリス率いる3年生チームがリードしているが、それも僅差だ。明日の決戦の内容如何では、十分にルクス達のチームが勝利する可能性がある。

 

しかし、肝心の黒鉄は4日目から試合に参加していない。黒鉄はその事を、相手側へのハンデだとした。彼が出る試合は全て全戦全勝だからだ。また、当事者であるセリスとルクスが戦う確率を上げるためだとも言った。また黒鉄とセリスが当って、セリスが負ければ元も子もないからだ。しかしそれはもちろん、彼が学園の外を警戒するための嘘ではない。

 

黒鉄はレリィとアイリだけには、この事を伝えた。しかし他の面々には選抜戦に集中して欲しい、と言う事と無用なパニックを避けるために伝えていないのだ。

 

 

そして、ついに幕を開けた最終日、5日目の試合。今回の注目の試合は、セリス&シャリス対ルクス&フィルフィの戦いだ。

 

両チームのリーダー的存在の戦いとあって、試合は白熱した。黒鉄は、それを人気の無い通路から見つめていた。

 

そんな中でセリスは宣言していた。『自分にはこの学園を守る義務がある』と。『世の中にはまだ女性を虐げる男達がいて、自分は彼女達を守る剣であり盾でなければならない』、と。

 

「……やれやれ、堅物、と言う奴かな、これは」

それを聞いていた黒鉄はポツリと呟いた。

 

彼の目に映るセリスは、確かに強い女性には思えた。だが、最強であるがゆえに、その立場ゆえに他者に頼る事が出来ない彼女を、黒鉄はどこか『堅い』と感じていた。

 

「……確かにお主は強い。が、人が1人で成せる事など、高がしれているのだぞ、セリスティア・ラルグリス」

 

彼はリンドヴルムを纏う彼女を見上げながら呟いた。

 

かつて、彼1人では黄金の三つ首龍に勝てなかった事を。人との協力の果てに勝利した事を。結束の力が大いなる力であることを、思い出しながら。

 

 

と、その時。

「ッ」

黒鉄は不気味な気配を感じて振り返った。場所は学園の敷地内とクロスフィード各地。妙な微かな彼が眉をひそめた直後。

 

「ッ!?下っ!?」

彼は地中から迫り来る気配に、更に眉をひそめた。次の瞬間。

「ちっ!?」

彼はすぐさま闘技場の中へ飛び込んだ。

 

「ッ!?クロガネさんっ!?」

「えっ?」

 

突然の乱入者に、ルクスとセリスは戦いの手を止める。生徒達も何だ?と首をかしげる。

 

「双方今すぐ戦闘を停止せよっ!敵が来るっ!全生徒は今すぐこの場から退避せよっ!」

「敵っ!?」

「何を言っているのですか、彼は」

まさかの事に驚くルクス。しかしセリスは、黒鉄の言葉が突拍子もなさ過ぎて、信じられずにいた。

 

と、その時。

 

『『『『『ガタガタガタッ!!』』』』』

 

突如として演習場が酷い揺れに襲われる。生徒達がそれに戸惑っていたその時。

 

『ゴバァァッ!!!!』

 

演習場中央の大地を割って、何かが現れた。更に無数の触手が割れた大地の中から現れ、周囲の石壁などを破壊していく。

 

「きゃぁぁぁぁっ!」

「な、何あれっ!!?」

 

瞬く間に悲鳴と混乱が女生徒達の間で伝播する。何人かは機竜を纏って武器を手に応戦しようとした。だが、無数の触手に瞬く間に武器を奪われ、戦意を喪失してしまう。

 

更に、現れた烏賊のようなラグナレク、ポセイドンはその触手で生徒を捕え、捕食しようとする。だが。

 

「ずあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

飛び込んできた黒鉄の拳がポセイドンの顔面を大きく殴りつけ、その巨体を傾かせた。更に殴られた衝撃で拘束が緩むと、少女が落下する。黒鉄はポセイドンの体を蹴って彼女の方へと飛び、彼女を回収すると後ろへと下がった。

 

更に、彼に守って貰おうと言うのか、多くの女生徒達が、恐怖に怯えた表情で集まってくる。

 

如何にドラグナイトとして日々訓練をしている彼女達でも、圧倒的な存在の前に、完全に怯えきっていた。彼女達を前に、黒鉄は抱えていた少女を下ろす。

 

「大丈夫か?」

「は、はい」

「動けるのなら今すぐ学園の方へ逃げろ。皆もだ」

「く、クロガネさんは?どうするんですか?」

 

不安そうに問いかけてくる1人の女生徒。黒鉄は、それに答えるように振り返り、今にも起き上がりそうなポセイドンへと目を向ける。

 

「あのデカブツを倒す。皆も学園の方へと逃げろ」

「そ、そんな無茶ですよっ!相手はラグナレクなんですよっ!それを……っ!」

 

恐怖から来るネガティヴな意思。それが口から出てしまう。すると黒鉄は……。

「大丈夫だ」

 

優しく笑みを浮かべながら、怯える少女を抱き寄せ、あやすように優しく頭を撫でた。更に他の生徒達の頭を撫で、彼女達を落ち着ける。

 

「我はあんなデカいだけの烏賊風情には負けぬ。守ると、必ず守り抜くと決めた友たちがいるのだ。負ける道理など無い」

「クロガネさん」

 

優しい微笑みに、彼女達はこんな状況だというのに頬を赤く染めていた。

 

そして黒鉄は彼女達に背を向け、ポセイドンを睨み付ける。すると彼の足下から魔法陣が浮かび上がり、彼は黒龍モードとなる。

 

「さぁ行け。ここは我が引き受ける。今のうちに逃げよ」

「は、はいっ!」

 

黒鉄に促され、彼女達は退避を始めた。

 

彼女達が去った後。

 

『さて、どうしたものか』

黒鉄は数秒、思案していた。目の前にはラグナレクのポセイドン。更に学園に向かってくる謎のドラグナイト部隊の気配も気づいていた黒鉄。どちらを優先するか、と考えていた時。

 

「おぉいっ!クロガネ~!」

そこにティアマトを纏ったリーシャとファフニールを纏ったクルルシファーが現れた。そして彼女達を見た瞬間、黒鉄は行動を決定した

 

「リーシャとクルルシファーか。良い所に来た。すまないがしばらく、あれの足止めを頼む」

「あ、足止めっ!?あの化け物をかっ!?」

「あぁ。どうやらあれ以外にも所属不明のドラグナイト部隊が来ている。我はそれを片付けたら戻ってくる。その間、あれの動きを止めておいてくれっ!数分で戻るっ!」

 

そう言って駆け出した黒鉄。そして、大きく跳躍すると、周囲に目を向けた。上空には無数の飛行型機竜が屯し、地上でも数体のドラグナイトが逃げようとする女生徒達の前に立ち塞がっていた。

 

そして、黒鉄の優れた聴覚が地上にいた男の下卑た言葉を聞いた。聞いてしまった。

 

「いろいろと『使い道』は豊富だぜぇ」と。

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

『ブチッ!』

 

黒鉄の中で、堪忍袋の緒が切れた。いや、『怪獣王』たる彼らしく言えば、『逆鱗に触れた』と言う事だ。

 

そして、次の瞬間。

 

 

『ゴアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!!!』

 

 

凄まじい怒気を内包した咆哮が響き渡った。その咆哮に、誰もが体を震わせ、ラグナレクでさえ、動きを止めた。

 

「ッ!?な、何だあいつはっ!?」

「アビス、なのかっ!?」

 

そして咆哮を受けて黒龍の存在に気づいた空中のドラグナイトたち。だが、それだけだ。

 

背中の背鰭が青白い光を漏らす。そして……。

『ドゥゥゥゥゥゥンッ!!!!!』

 

放たれた極太の熱線が、空をなぎ払い、多くのドラグナイトを消滅させる。

「な、何だありゃっ!?」

「あ、あんなのがいるのなんて聞いてねぇぞっ!?」

 

仲間が消滅する様を地上から見上げていた男達。と、その時。

 

『ドズゥゥゥンッ!!!!』

 

空間を蹴って突進してきた黒龍が、女生徒達と男達の間に、地面を砕きながら着地する。

 

そして……。

 

「この、腐れ外道どもがぁぁぁぁっ!」

『ドゴォォォォォォォンッ!!!!!!!』

パンチ一発。それだけでドラグナイトが男ごと、跡形も無く、声の一つ発する事無く砕け散る。そこから数秒で、男達は塵も残さず砕け散った。黒鉄の登場で、僅か数人のドラグナイトは逃げていった。だが黒鉄は追わなかった。今の目的は、学園及び生徒の守護だからだ。

 

「ふんっ!!」

 

黒龍は怒りを滲ませながら鼻を鳴らすと、後ろの女生徒達の方へと振り返った。

 

「皆、大丈夫かっ!」

黒鉄は黒龍モードのまま、彼女達の傍に駆け寄る。

「は、はいっ、ありがとうございます、クロガネさんっ」

「そうか」

『幸い、怪我をした者はいない、か』

彼は手早く少女達の様子を見るが、怪我をした者はいないようだ。

 

「クロガネさんっ!」

そこに、先ほどの試合の途中で疲労困憊となったフィルフィに肩を貸したシャリスが小走りに近づいてきた。

「シャリスッ!無事であったかっ!」

「あぁ、何とかね」

と、シャリスが答えていると……。

 

「クロガネくんっ!皆もっ!」

今度は校舎の方からレリィが走ってきた。

「レリィ学園長っ!?何故ここにっ!?」

「何故って、私は学園の責任者ですからね」

黒鉄の言葉に、彼女は少し息を切らし、汗を浮かべながらも応えた。

 

しかし彼女はフィルフィの事に気づくと表情を少し強ばらせた。

「フィルフィッ!?大丈夫なのっ!?」

「大丈夫です。先ほどの試合で動けなくなるほど消耗しただけのようです」

レリィにシャリスが答える。

「そ、そう」

その言葉に安堵したレリィは、すぐに周囲の生徒達に声を掛ける。

 

「皆は今すぐ校舎に避難をっ!シャリスさん、妹は私が預かるから、あなたは皆の避難誘導をっ!」

「了解ですっ!」

 

すぐさまシャリスはレリィにフィルフィを預け、生徒達の避難誘導を開始した。

「それと、クロガネ君は……」

 

「皆まで言うな、学園長」

 

と、次の瞬間、黒龍の背鰭が不規則に、青白く点滅する。それは彼にとって攻撃色を意味していた。

 

「我はここでの生活を気に入っていた。皆に出会えた事も、とても感謝している。……それを壊そうとする連中に、容赦など出来ぬ……っ!!!」

 

怪獣王の怒りが頂点に達する。青白い炎が黒龍の口元から漏れる。

 

「連中は1人残らず、この手で後悔させてやるっ!誰を相手にしたのか、その骨の髄まで、教えてやるっ!!!」

 

そう言うと黒鉄、黒龍はポセイドンのいる演習場へと引き返していった。

 

 

一方、演習場ではセリスが辛勝ではあるが、ポセイドンを倒していた。だが、試合に続くポセイドン戦で、セリスの体力はもう殆ど残っていなかった。

 

だが、そのポセイドンも、突如として現れた謎のフード姿の人物が奏でた、あの角笛によって何と復活してしまった。

 

更に、『ヘイブルグのスパイ』としての本性を現したサニア、そして彼女の纏った『B-Bloodワイバーン』と呼ばれる謎の機竜がセリスを奇襲し、弾き飛ばした。咄嗟に彼女の周囲に集まるルクス、リーシャ、クルルシファー。

 

「な、何故ですかサニアッ!全て嘘だったのですかっ!」

妹のように慕っていた相手からの裏切りは、彼女に絶望を与える。

 

そして、サニアは彼女を無能と嘲笑し、襲いかかった。咄嗟に応戦しようとするルクス達。だが……。

 

「させはせぬっ!!」

「ッ!?」

 

突如として響き渡った怒号。咄嗟に後ろへ飛ぶサニア。直後、彼女のいた空間を熱線がなぎ払う。

 

そして、起き上がったセリスとその傍にいるルクス達の前に黒龍、黒鉄が降り立った。

 

「クロガネッ!もう戻ってきたのかっ!」

「あぁ。雑魚連中は始末した。あとは、あのスパイと烏賊モドキをぶちのめすだけだっ……!」

 

黒鉄は、敵意と殺意をラグナレクとサニア、そして謎の人物にぶつける。

「チッ、もうやられたのか、役立たず共め……っ!」

すると、謎の人物が小さく吐き捨てる。

 

「あとは貴様等だけだ。貴様等が誰を敵に回したのか、教えてやるっ!!!」

黒鉄の怒号が響き渡り、ルクスもブレードを構える。

 

「リーシャ様、クルルシファーさんっ!2人は先輩をお願いしますっ!」

「しょうがないが、任せろっ!」

「仕方無いわね……っ!」

 

「ならば、我はあの烏賊を消し飛ばすっ!!!」

 

次の瞬間、黒鉄とルクスが前に出た。黒龍はポセイドンに、ルクスはサニアに向かっていく。

 

「はっ!来るかっ!」

サニアは凶暴な笑みを浮かべながらルクスと斬り合う。が……。

「おめでたい男だな、雑用王子っ!」

「何?どういう意味だっ!」

「知らないのなら教えてやるっ!あの女はお前の仇だという事をっ!」

「ッ!さ、サニアッ!それだけは……っ!」

セリスが止めようとするが、遅かった。

 

「かつて、自らの指南役だったお前の祖父にそいつは旧帝国の腐敗の事を話した。それを皇帝に進言した。だがその結果、投獄され獄中で死んだっ!そして、更にお前達にまで責が及んだのは、貴様自身が良く分かっているはずだ、王子様」

「ッ、じゃあまさか、ルクスが王族を追われたのは……っ!?」

話を聞いていたリーシャが声を荒らげる。

「そうだっ、お前が王族の地位を追われたのも、祖父が死んだのもその女のせいだっ!それを守るなど、道化だなっ!雑用王子っ!」

 

サニアはルクスを見下ろし嘲笑する。そして、ルクスはかつてサニア戦で見せた、相手の武器を破壊する極撃を使って彼女のブレードを破壊した。だが、何とブレードは再生し、彼女の一撃がルクスをセリスの傍まで弾き飛ばす。

 

「くっ!」

何とか着地するルクス。その時。

 

「ごめん、なさい」

セリスのか細い声が、ルクスの耳に届いた。と、その時黒鉄と戦っていたポセイドンが口から墨のように黒い霧が吐き出された。

 

「うっとうしいわぁっ!」

黒鉄は今もポセイドンと戦っていた。そのパンチが顔面の半分を消し飛ばすが、すぐに再生を始め、触手が黒龍を攻撃し再生する時間を稼いでいる。

 

「ちっ!何だあいつっ!おいサニアッ!お前もポセイドンに加勢しろっ!雑魚は後でゆっくり嬲れば良いっ!先にあの化け物をやれっ!」

「了解」

更にフードの人物の指示でサニアも遠距離からキャノンで攻撃を仕掛けて来る。

 

黒鉄はポセイドンとサニアを相手に、それを完全に抑え込んでいたが、彼も抑え込めるのがやっとだった。理由としては、ここでは全力を出せないからだ。全力の熱線、ヒートブラストは破壊力も高く、下手に撃てば学園やクロスフィードに被害を出してしまう恐れがあるからだ。

 

そして、その間、ルクスはセリスの前に立っていた。

「私、言い出せませんでした。ウェイド先生の事、あなたのおじいさんの事」

静かに、しかしこれまでよりも弱々しい声で語るセリス。

 

「幼かった私は、ラルグリス家で偶然聞いてしまった悪い話を、ウェイド先生に話してしまったのです。ただ、正しい事をすれば良いんだと、深く考えもしないまま。その結果、ウェイド先生は……」

「………」

ルクスは、前を警戒しながらも静かにセリスの言葉を聞いていた。

 

「先生は、私に『お前は間違ってないよ』と言ってくれました。でも、私は私を許す事は出来ませんでした。だから誓ったのです。私が先生の代わりに正しくならなくちゃいけない。男性に虐げられてきた女の子達を守り、先生の孫であるあなたのことも危険から遠ざける。それが、私の為すべき事だと思って居ました」

「……だから、ラグナロク討伐に僕を参加させたくなかったんですね?」

「でも、出来ませんでした。欺され、利用され、あなたを巻き込んで。彼にも負け、学園最強が聞いて呆れます。私は、ダメダメです」

諦観とも言える弱々しい声が響く。

 

「あなたも、きっと私を恨んでいますよね。でも、大丈夫です。私が、命に替えてもあなたを守って見せますから」

 

それはまるで贖罪だった。かつての自分の過ちを清算したいがための。

「勝手に決めないで下さいっ!」

「ッ」

しかし、彼女の言葉をルクスが遮る。

 

「命に替えても守るって、僕はそんなの嬉しくもなんともないですよっ!僕は誰かに守って欲しい訳じゃないっ!誰かに死んで欲しい訳でもないですっ!」

「ルクス、アーカディア」

 

そしてルクスは漆黒のソード・デバイスを抜く。

「ッ、それは確か、ルノが持っていた」

彼女はそれを見たことがあった。だがそれは、ルクスがルノであった時に、だ。彼がそれを持つ意味を理解した彼女は、少しして驚いた様子だった。

 

「すみません。先輩には、謝らないこと、たくさんあると思います。でも、今はごめんなさい。先に、あっちを片付けてきますから」

 

そう言ってルクスは、どこか申し訳なさそうに笑みを浮かべながら纏っていたワイバーンを解除すると、ソード・デバイスを抜きはなった。

 

「顕現せよ、神々の血肉を喰らいし暴龍。黒雲の天を断て!≪バハムート≫!」

 

ルクスの呼びかけに応じるように、漆黒の鎧、神装機竜バハムートが姿を現した。

 

「ッ!?そ、それは、まさか、あなたが!?」

「……セリス先輩。僕は、あなたを恨んでなんかいません。それよりも、強くて、優しくて、でも不器用なあなたのことが、好きですから」

「ッ」

 

ルクスの言葉に、こんな時だというのにセリスは頬を赤く染める。そして、ルクスはリーシャ達の方へと目を向ける。

 

「リーシャ様、クルルシファーさん。僕とクロガネさんで彼奴らを倒してきます。セリス先輩を、お願いします」

「任せろルクス!」

「分かったわ」

 

ルクスは2人にセリスを任せ、黒鉄の方へと飛んでいった。

「ルクス・アーカディア」

そんな彼を見送るセリス。ちなみに……。

 

「なぁ、クルルシファーよ。あいつの事をどう思う?」

「落ちたんじゃない?文字通り」

2人は2人で、セリスに気づかれないように小声で話をしていた。そして2人は思った。

 

『『ルクス(君)のバカ』』、と。

 

そして、黒鉄の元へと飛んだルクス。

 

「ずあぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

黒龍のブレードの一撃がポセイドンの触手の大半を切り裂く。だが、襲いかかってくるサニアの一撃を防ぎ、後ろに飛ぶ。

 

すると……。

「クロガネさん」

「ルクスか」

並び立つ2匹の黒龍。その前には巨大な烏賊型のラグナレク、ポセイドンと異形の機竜とも言えるB-bloodワイバーンを纏ったサニア。

 

中でもサニアは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。どうやら、黒鉄でもポセイドンには勝てない、とでも考えたのだろう。

 

まぁ実際には被害を恐れて黒鉄が全力を出してないだけなのだが。

 

そんな中でルクスと黒鉄は……。

「さて、どうやって連中を始末するか」

「あのラグナレクの再生能力は厄介ですね」

戦う闘志を失わず、むしろ勝つ気満々だった。

 

「それについてだが、ルクス。我に提案がある」

「と言うと?」

直後、黒鉄は手短に、通信である竜声で作戦を伝える。

 

「やれるか?ルクス」

「はい。それくらいなら僕でも十分です」

 

「はっ!作戦会議は終わりかぁっ!やれっ!ポセイドンっ!」

すると、フードの人物が2人を舐めているのか。それまで沈黙していたポセイドンが、笛に操られ、2人に襲いかかった。

 

それに対して前に出るルクスと少し後ろに下がる黒鉄の黒龍。

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

ルクスのバハムートは凄まじい勢いで、既に半壊した演習場を駆け巡りながら無数の触手を切り捨てていく。だが、それも瞬く間に再生が始まる。

 

「無駄だっ!如何に神装機竜と言えど、ラグナレクには勝てないっ!」

サニアは勝ち誇った笑みを浮かべながら叫ぶ。

「ん?」

しかしふと、彼女は黒鉄が後ろに下がったまま動かない事に気づき、その行動を訝しんだ。

 

と、その時。

 

『ゴアァァァァァァァァァァッ!!!!!』

 

後ろに下がっていた黒龍が咆哮を上げた。その背鰭は青白い光の明滅を繰り返す。更に体全体が圧倒的な熱量を持っているのか、装甲が赤みを帯び、背鰭がまるで炎のように赤くなっていく。光もそれに合わせて青から赤になっていく。

 

 

それは、かつて偽りの王との戦いの中で発揮した力を再現し、制限したものだ。

 

かつて黒鉄は、まだゴジラであった頃に一度だけ自爆の危機に瀕したことがある。大きすぎるエネルギーが、彼の体に収まりきらなかったのだ。

 

あの時は、彼の大切な存在の、命と引き換えに力を制御する事が可能になった。だが今は、進化した彼ならば、ある程度『あの時の自分』を再現する事が出来る。

 

だが、だからといってすぐに使える訳ではない。チャージが必要だ。

 

「ッ!何をしようと、無駄な事をっ!」

その姿に危機感を覚えたのか。サニアはキャノンからエネルギー弾を放った。だが……。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

それを、ルクスのバハムートが『投げたソード・デバイス』が、黒龍を守る盾となった。だがそれはバハムートのソード・デバイスではない。ポセイドンが現れた直後、戦おうとした女生徒達が落とした物だ。

 

「ッ!?このっ!」

ルクスの妨害に舌打ちしながらもサニアは更にキャノンを放つが、それら全て、ルクスが投げた無数のソード・デバイスや武器に阻まれてしまった。

 

これは、バハムートが持つ特殊武装、≪共鳴波動≫、『リンカー・パルス』のおかげだ。この特殊武装は周囲にある物体に干渉して動かす物だ。早い話が、サイコキネシスである。だがこれで重い物体を浮かせたり動かす事は出来ない。精々機竜用の武器やソード・デバイスと言った、小物を浮かせたり引き寄せたりが関の山だ。

 

だが、それでルクスには十分だった。

 

ポセイドンの触手を躱し、切り裂きながらも手元に引き寄せた武器で黒鉄を攻撃しようとする、サニアの攻撃を防ぐ。

 

そう、ルクスがしているのは、エネルギーチャージ中の黒鉄を守る事だった。

 

「ば、バカなっ!?」

まさかの行動、常軌を逸した行動にサニアは冷や汗を流す。

 

 

それは、ルクスの編み出した奥義、『永久連環』、エンドアクションと呼ばれる技だ。

 

動作と言うものには、始まりと終わりがある。そして攻撃が終わった瞬間、隙が出来るのはよくある事。戦闘ではその隙を突かれた方が負けと言っても良い。

 

だがルクスは、機竜の肉体操作と、精神操作を交互にこなす事で、動作の終わり、つまり隙を消しているのだ。前の動作が終わる前に次の動作に入る。こうすることで圧倒的なまでの連続攻撃を可能としているのだ。

 

「くっ!?だ、だがそのような高速戦闘っ!いつまで持つっ!貴様の体力とて無限ではあるまいっ!」

負け惜しみのように叫ぶサニア。だが……。

 

「残念だけど、僕はただの前座ですよっ!」

「何っ!?」

ルクスの言葉の意味が分からず狼狽するサニア。と、その時。

 

「ルクスよっ!下がれっ!」

「はいっ!」

響き渡る黒鉄の怒声。次いで、攻撃を止めたルクスが黒鉄の更に後ろへと下がる。

 

「時間稼ぎご苦労っ!さて、行くとするかぁっ!!!」

 

『ゴアァァァァァァァァァァァァァッ!』

 

今度は入れ替わるように、全身が赤く赤熱化した黒龍が前に出る。

「そんなもんで何が出来るっ!」

フードの人物が笛を操り、ポセイドンの触手が黒龍目がけて殺到する。

 

だが……。

『『『『『『『ジュボォォッ!』』』』』』』

「何っ!?」

黒龍に近づいた途端、触手が燃えてしまったではないか。更に、よく見れば黒龍が踏みしめている大地まで溶けている。フードの人物が狼狽する。

 

「ずおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

灼熱の盾を纏った黒龍がポセイドンに突進し、掴みかかった。

 

その爪が掴んだ場所が、瞬く間に燃え上がる。

『ギェェェェェェェェェッ!!!!』

ポセイドンが不快な声を上げる。だが、本当に驚くべきはここからだ。

 

「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!!!!!」

 

黒龍は、掴んだポセイドンをゆっくりと持ち上げ始めた。埋まっていた触手部分が大地を割って現れ、ポセイドンの全体が地上に姿を現した。

 

ポセイドンは黒龍から逃れようとするが、触手は黒龍の熱量に焼かれて、灰と消え、再生してもまた灰になるの繰り返しだ。

 

持ち上げた黒龍の足元が音を立ててひび割れ溶けていく。

 

ポセイドンが『持ち上げられた』という現実に、ルクスやリーシャ、クルルシファーにセリス。更にフードの人物やサニアまで、驚き硬直していた。そして……。

 

「ぐぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

黒龍が雄叫びと共に、何とポセイドンを空中に投げてしまったではないか。音を立てながら空に向かっていくポセイドン。

 

「な、何あれっ!?」

「う、嘘でしょっ!?」

空に向かって投げられたポセイドンは、避難していた生徒達も見ていた。

 

誰もが空を舞うポセイドンに驚き、目を向けていた。

 

 

『バチバチバチィッ!』

そして、その隙に黒鉄、黒龍はため込んだエネルギーを解放しようとしていた。背鰭がバチバチと青白い火花を散らす。口を開け、上を向く。尻尾をアンカーのように地面に突き刺す。

 

口元から真っ赤なエネルギーが顔を覗かせる。そして……。

 

『ゴアァァァァァァァァッ!!!!』

 

その口元から、極太の光の柱を思わせる熱線が放たれ、空を舞うポセイドンへと命中した。

 

それは、ヒートブラストを越える一撃必殺、地獄の業火にも等しい熱量で、相手の全てを焼き尽くす熱線、『インフェルノブラスト』。

 

そのインフェルノブラストが、ポセイドンを飲み込んだ。そして、ポセイドンは悲鳴一つ上げる事無く、最後は塵となって消滅した。

 

こうなっては復活も出来ない。ポセイドンだった物が、周囲に舞い散る。

 

すると、黒龍から大量の煙が吹き出す。余剰エネルギーをそうして放出したのだ。

 

「ほ~~。こいつは予想外だ」

すると、ローブの人影が2人に声を掛けた。

 

「あぁホントに、予想外だぜクソ野郎共がっ!よくもやってくれたなぁ!黒の英雄に、訳もわかんない化け物めっ!良いかっ!お前達は完全に俺を怒らせちまったぜっ!」

叫ぶローブの人影。だが……。

 

「……怒った、だと?笑わせるなよゲスが……っ!」

「く、クロガネさんっ!?」

 

ローブ姿の言葉に、黒鉄はこれまでルクス達が見た事も無い敵意と殺意を滲ませる。その敵意と殺気の濃さに、ルクスや離れていたリーシャ達でさえタジタジだ。更にこれを直接ぶつけられているサニアなど、顔を青くして微かに震えている。

 

「それはこちらも同じだっ!生きて、ここから帰れると思うなよ下郎どもがぁっ!!!!」

 

『ゴアァァァァァァァァァァッ!!!』

 

怒号と咆哮が響き渡る。それに呼応して背鰭が青白く光る。直後、放たれた熱線。だが、それはローブの人間を焼き払う事は無かった。直前でサニアがその人物を回収したからだ。

 

だが、今の攻撃の余波でローブ姿の人物の、顔を隠していたローブが後ろにずれた。

 

その下から現れたのは……。

「ッ、フギル兄さん、じゃない?」

 

 

ルクスは当初、相手が銀髪であることから、自らの兄であり、そして今彼が追いかけている相手、『フギル・アーカディア』ではと考えていた。だが、銀髪以外は何も似ていない女性だった。

 

だが、その人物は女性には似つかわしくない凶暴な表情でこちらを見下ろしている。

「覚えておけよ新王国の偽王子に化け物めっ!俺の名は『ヘイズ』ッ!テメェ等をぶっ殺す女の名前だっ!」

「戯れ言をっ!言ったはずだっ!貴様等は、逃がさんっ!」

 

第2射をチャージする黒龍。だが、それよりも先にヘイズが角笛を吹いた。

 

『『ギィェェェェェァァァァッ!!!』』

すると、どこからともなくアビス、それもかつてガーデンで戦ったディアボロスが2体も現れた。

「ッ!?ディアボロスっ!?」

「まさか、あんなのまでっ!?」

突然の登場に驚くリーシャとクルルシファー。ディアボロスは真っ直ぐ黒龍へと向かっていく。が……。

 

『ドウゥンッ!!!』

 

放たれた熱線が瞬く間にディアボロス2体を飲み込む。これで邪魔物は居なくなった。だが……。

 

既に、ヘイズとサニアの姿は消えていた。

 

「逃げられた、か」

 

あの2人が逃げた事を確認すると、黒鉄は人型へと戻った。だが、彼はどこか悔しそうな表情を浮かべるのだった。

 

 

こうして、ポセイドンとドラグナイト部隊の奇襲を受けながらも、ルクス達や黒鉄の活躍もあって奇跡的に死傷者を0に抑える事が出来た。

 

だが、ヘイズの宣戦布告とも取れる最後の言葉。それがルクスと黒鉄の肩に重くのし掛かるのだった。

 

     第15話 END




最近リアルが忙しかったりで遅くなってしまいました。

感想や評価、コメントなどお待ちしてます。


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第16話 戦い終えて

楽しんで頂ければ幸いです。


休息日も終わり、四日目と来て、迎えた選抜戦最終日の5日目。だが、セリスとルクスの試合の最中、敵が来襲した。ドラグナイトの部隊に、ラグナレクの一匹、ポセイドンの襲来。アカデミーは瞬く間に混乱に陥るが、黒鉄やルクス、セリスやリーシャ達の活躍もあって、何とか敵を退けたのだった。

 

 

戦いで半壊した演習場。そこに佇んでいた黒鉄は、敵将であるヘイズとスパイのサニアが逃げたのを確認すると、息をついて黒龍から人型へと戻った。

 

「……ヘイズ。貴様の名、しかと覚えたぞ。次、会ったときは貴様の柔首、この手でへし折ってくれる……っ!」

ヘイズへの敵意と殺意を滲ませながら、黒鉄は空を見上げる。

 

するとそこへ、同じく機竜を解除したルクスやリーシャ、クルルシファー、そしてセリスが歩み寄ってくる。

 

「クロガネさん」

「ルクス、それにリーシャ達も」

そしてルクス達が声を掛けてくると、黒鉄も気持ちを切り替えた。

 

「皆、怪我は無いか?」

「はい。少なくとも、大きな怪我は」

彼の問いに、4人を代表するようにルクスが答えた。

 

「それよりクロガネ、さっきの姿は何だ?お前真っ赤になっていたが」

「あぁ、あれは一時的な力の解放、パワーアップと言った所か。体への負担があるので長時間は使えぬが、あれの時はあらゆる物を焼き尽くす事が出来る」

「成程。……しかし、ラグナレクを消し去るとはな。お前はやっぱり色々規格外だよ」

そう言って苦笑するリーシャ。

「褒め言葉として受け取っておこう」

対して黒鉄も、笑みを浮かべながらそう返した。

 

その時。

「…………」

「あ、え、えっと」

 

セリスがジト目でルクスを見つめていた。

「不満です」

「え?」

「私を恨んでないと言ってくれたのは感謝していますが、まさかあなたがルノだったなんて。とても不満です」

「ご、ごめんなさいっ!でもあれは欺そうとした訳じゃなくてっ!事故と偶然が重なっただけと言うか、何というかっ!」

 

「なぁ黒鉄、ルノって何のことだ?」

話を聞いていたリーシャが黒鉄に問いかけるが……。

「う、うぅんまぁその、何だ。ルクスの尊厳に関わる事、だろうな」

「???」

流石に本人の承諾も無しにはバラせない、と思ったようで曖昧にぼかした。

 

「私、あなたに恥ずかしいところをいっぱい見られてしまいました。許せません。悔しいです。卑怯です。ズルいです。とっても不満です」

「ごめんなさいっ!ぼ、僕に出来る事だったら何でもしますからっ!」

「何でも、ですか?」

「は、はいっ!」

 

何を命令されるんだろう、と表情を強ばらせるルクス。すると……。

「じゃあ、あなたが私に教えて下さい」

「え?な、何を、ですか?」

 

ルクスが問いかけると、セリスはこれまでとは違う、自然な笑みを浮かべながら答えた。

「私は、人を頼る事を知りません。貴族としての立ち振る舞いも未熟です。それに、私は男の人との付き合い方も、どう接して良いのかも良く分かりません。だから、かつてあなたのお祖父様、ウェイド先生が教えてくれたように。あなたが私に教えて下さい。色々な事を」

 

「教えるって事は、もしかして……」

「はい。四大貴族、ラルグリス家の名の下に、ルクス・アーカディア。あなたがアカデミーに残る事、またシヴァレスに入団する事を許可します。それと……」

 

セリスは、そう言って黒鉄の方にも目を向けた。

「あなたもです。黒鉄」

「む?我もか」

「はい。今回の戦い、あなたがいなければ今よりももっと被害が出ていたでしょう。それに、知り合いから休息日に皆へお菓子を振る舞っていた事も聞きました。何でも、皆のためだとか」

「あぁ。皆、疲れた様子だったのでな。労いと言う事で菓子を作って振る舞った」

「そうやって皆の事を考えてくれた男性です。少女達に酷い事はしない方だと考えます。それに何より、ラグナレクから学園を守って下さいましたから」

「では、我もここに残って良いのだな?」

 

「はい。彼と同じように、我がラルグリス家の名の下に許可します」

 

こうして、ルクスと黒鉄はアカデミーに残れる事になった。

「良かったなぁルクスゥ!」

「わわっ!」

すぐさまリーシャがルクスに抱きつき、彼の首元に手を回した。

「おめでとう、ルクス君。これでこれからも一緒ね」

更にクルルシファーも彼の傍に歩み寄る。

 

「そ、それでその、早速あなたに命令があります」

「え?」

「その、ルノを通して知った事は全部、秘密にしてください。機密です。最重要機密です。バラしたら許しませんから」

「は、はい」

 

「おいルクス?なんだその秘密って。機密って何だ?お前、何を知ってるんだ?」

「え、えっとごめんなさい。それはリーシャ様でも教えられません」

「む~~」

教えられない、と聞いて頬を膨らませるリーシャ。

 

が、しかし。

 

「でも、あんな感じのセリス先輩の事、皆も知ったら先輩の事可愛いって思うかもしれませんよ?」

「ッ、か、可愛いとはどう言う意味ですかルクス・アーカディアッ!?」

「そ、それはセリス先輩の事です、けど」

「ッ、わ、私が、可愛い?そんなこと、男性から初めて言われました」

 

ルクスの言葉にポッと頬を赤く染めるセリス。だが、肝心のルクスは……。

 

「ル~ク~ス~!」

「い、痛いですリーシャ様っ!?えっ!?な、何ですかっ!?」

ギリギリとリーシャがルクスの頭にヘッドロックを掛けている。

「……」

『ムギュッ!!』

「い、痛いっ!く、クルルシファーさんまでっ!?」

ムスッとした表情でルクスの脇腹をつねるクルルシファー。

 

 

顔の赤いセリス、ムスッとした表情のリーシャとクルルシファー。困惑し涙目のルクス。それを見ながら黒鉄は……。

 

「やれやれ」

ため息を漏らしながらも、笑みを浮かべているのだった。

 

 

こうして、学園を襲った危機は去ったのだった。

 

その後、バハムートを使った事や連戦の疲れもあり、ルクス達はレリィによって自室で休むように言われたのだった。

 

ちなみに、黒鉄はと言うと……。

 

「ほっほっほっ」

戦いが終わったその日のうちに、瓦礫の撤去作業を1人でやっていた。

「え~っと、クロガネ君も休んで良いのよ?」

その作業現場にやってきたレリィはそう言って苦笑を浮かべている。

 

「大丈夫だ。我の体力はまだまだ残っておる。とりあえず、今日中に瓦礫の撤去を出来るだけやっておくつもりだ。瓦礫があったままでは復旧作業も出来ないであろうからな。瓦礫を集めるだけなら、楽な物、だっ」

そう言って成人男性数人分の大きさはある巨岩を片手で持ち上げる黒鉄。

 

「あ、あはは」

そんな馬鹿力とバカみたいな体力に、レリィは苦笑する事しか出来ないのだった。

 

それから、黒鉄は夜になるまで1人、瓦礫の撤去作業をしていた。

 

「ふぅ」

その後、黒鉄は軽く夕食を済ませ、風呂で汗などを流すと部屋に戻ろうとしたのだが……。

 

「ん?」

ふと廊下を歩いていると、自分の部屋の前に寝間着姿の大勢の女子が集まっている事に気づいた。そこに近づいていく黒鉄。

 

「皆、どうしたのだこんな時間に?」

「あっ!クロガネさんっ!」

「こんな夜更けに、我に用か?それもこんな大勢で」

「じ、実は……」

 

彼女は、何かを言おうとした。だが、直後にブルブルと震えだしてしまう。更に顔色も悪い。が、よく見るとそれは彼女達だけではない。他の面々の大半が、何かに怯えてるように震えながら枕を抱きしめたりしていた。

 

『そう言う事か』

その姿を見て、彼は察した。

 

彼女達は昼間、ラグナレクやドラグナイト部隊に襲われたのだ。しかも、男のドラグナイトの中には、黒鉄が粉砕したような、下心丸見えの下卑た悪意を見せる者もいた。

 

何より、ラグナレクのような強大な存在を前にして、年頃の、実戦経験の無い少女達が怯えるな、とは無理な話だ。

 

それに気づいた黒鉄は……。

「皆、眠れぬのだな?」

「はい」

「……部屋を暗くすると、昼間の事とか、思い出しちゃって」

「それで私達、眠れなくてどうすれば良いか、分からなくて」

「そうか」

 

彼女達の話を聞き、どうしたもんかと考える黒鉄。すると……。

 

「あの」

1人の少女が黒鉄の服を掴んだ。

「……迷惑だったら、ごめんなさい。でも、クロガネさん、強いから。傍にいて、欲しいんです」

 

彼女は、縋るような弱々しい声でそういった。だが彼女以外の他の女子達も、同じような表情をしている。それを前にして黒鉄は……。

 

「……レリィ学園長に少し聞いてくる。しばし待っててくれ」

 

そう言って一度レリィの所へ向かった黒鉄。で、どうなったかと言うと。

 

 

黒鉄はレリィの許可を貰い、校舎の中にある、集会用の大広間を借りた。そこに無数の布団と毛布を運び込んで広げ、並べる黒鉄。更に先ほどの少女達もそれを手伝っていたのだが。

 

気がつけばこの話を聞きつけた他の生徒達。更にキャロルや彼女の友人、更に3年生のマリーナといった、比較的彼と親しい生徒達まで集まってきたではないか。

「いや、マリーナは3年なのだからここに来る必要は無いのでは?」

「良いじゃ無いですか、別に。幸いスペースもある事ですし」

「むぅ、それはそうだが」

まぁしかし、彼女の言うとおりスペースは余っているので問題も無かった。

 

「随分人が集まったものだが、まぁ良いか。では皆、それぞれ好きな所で寝てくれ」

と、黒鉄は言うのだが、皆何やらその場から動こうとしない。

「む?どうした?」

 

「あ、あの、クロガネさんってどこで寝ますか?」

「む?」

何故そんな事を聞くのだろう。と彼は内心首をかしげていた。

 

「で、出来ればその、クロガネさんの傍が良いなって、思って」

「……そう言う事か。ならば、我は真ん中に寝るとするか」

 

そう言うと、黒鉄が中央辺りの布団の上に座り込む。すると、そそくさと女生徒達が彼の傍にやってきては腰を下ろしていく。

 

「とにかく、今日は色々な事があった。皆が寝るまで我は起きているから、皆、安心してゆっくり休め」

「はい」

「分かりました」

 

次々と少女達は毛布にくるまり眠りに付こうとしたのだが……。

 

「「「「「「ね、寝れない」」」」」」

彼女達は、周囲の人の気配、つまり他の女子達の気配の多さで中々寝付けなかったのだ。

 

 

そんな中だった。

 

「皆、寝付けぬのか」

それに気づいた様子の黒鉄。

「せめて何かしてやれれば良いのだがな。皆、何かして欲しい事は無いか?」

 

「「「「して欲しい、事?」」」」

異口同音を漏らしながら首をかしげる彼女達。

 

すると……。

「あ、あのっ!」

キャロルが黒鉄に声を掛けた。

 

「ん?どうしたキャロル」

「も、もし良かったら、クロガネさんに、そ、そそ、添い寝、して欲しいですっ!」

「「「「「「えぇぇぇっ!?!?」」」」」」

「ふむ?」

 

女子達が驚く中で、黒鉄は頷いたような、しかし首をかしげたような返事を返してしまう。

 

「聞きたいのだが、我のような男と添い寝などしたいのか?こんなガタイの良い筋肉質な男と?」

「そ、それでも良いですっ!」

「……そう、か。まぁキャロル自身がそれで眠れるのなら、別に構わんが」

「「「「「良いんだっ!?」」」」」

と、2人の傍で何度も愕然とする女子達。

 

「ならばほれ。近くへ来いキャロル。それとも我がそちらに行くか?」

「い、いえっ!い、今、行きますっ!」

そう言うと、イソイソと布団の上で胡座を掻く黒鉄の傍に来て、体を布団の上に倒すキャロル。

 

すると、黒鉄が彼女の横に体を倒す。更に黒鉄は、その大きな手で優しくキャロルの頭を撫でるのだった。

 

「はぅ」

キャロルは可愛らしい悲鳴を漏らしながらも頬を赤らめている。

 

「「「「「う~~~~っ!」」」」」

そして、そのすぐ傍で大勢の女子達が悔しそうな、羨ましそうな表情を浮かべていた。

 

と、そんな事をしていた時だった。

 

「クロガネさん」

マリーナがキャロルとは反対側に腰を下ろした。

 

「ん?」

「一つ、聞いて良いですか?」

「何だ?」

 

「クロガネさんは昼間にラグナレクを倒す程の活躍をしましたよね。正直、この事が新王国のお歴々に知れたら、是が非でも我が国に協力して貰うと、躍起になりますよ?」

「……そうだろうな」

「もし、そうなったらクロガネさんはどうしますか?」

「どう言う意味だ?」

「今よりも良い生活。用意出来るだけの贅沢を与えられたら。……クロガネさんは、ここを出て行ってしまいますか?」

 

「「「「「っ」」」」」

マリーナはそれまで普通に会話をしていた。だが最後だけは、どこか寂しそうな声で彼に問いかけた。そして、周囲の少女達も、その意味を理解して息を呑んだ。

 

単独でラグナレクを圧倒する存在。それを自国の兵士、或いは協力者に出来れば各国のパワーバランスに大きく影響する。当然、未だに問題も多い新王国にとって、是が非でも黒鉄を味方にしておきたいのは、当然の結果だろう。

 

そうなれば、新王国はあの手この手で黒鉄を引き留めようとする。となれば、アカデミーを黒鉄が出て行くかもしれない。それが彼女達にとって不安だったのだ。

 

すると、黒鉄は……。

 

「愚問だな、マリーナ」

「あっ」

そう言って笑みを浮かべながら彼女の頭を撫でる黒鉄。頬を赤く染めるマリーナ。

 

「安心しろ。今の所、どれだけ金や物を積まれようとアカデミーを去るつもりなどない」

「本当、ですか?」

「もちろんだ。元々物欲や金銭欲はあまりない。そこそこ美味い食事や生活に困らない程度の金で各地を旅してきた身だ。豪遊や贅沢にも大して興味など無い。……生憎、我の心はそんな物で満たされる事は無い。むしろ、そんなので満足すると思われている方がよっぽど腹立たしい」

 

「じゃあ、クロガネさんはまだまだ、アカデミーに居てくれますか!?」

声を荒らげて問いかけるキャロル。

 

「無論だ。と言うか、一応我は士官候補生の扱いだからな。許可も無くここを離れるのは不味かろう?それに、折角セリスティア・ラルグリスに学園に居る許可を貰ったのだ。ここで出て行ってしまっては、それも無駄というものだ」

「そ、そうなんだ」

「良かった~」

 

彼の言葉に少女達は安堵した様子だった。と、ここで黒鉄が更に追撃をする事になった。

 

「それに、皆のことを頼むと、我はあの日レリィ学園長に頼まれたのだ」

「「あっ」」

そう言って、黒鉄は傍に居たキャロルとマリーナを抱き寄せる。彼の大柄な体に手を突く2人。

 

 

「例え、ラグナレクが立ちはだかろうと、守ってみせるだけだ。皆、このアカデミーで出会った大切な友人、友たちだ。例え何があろうと、何と戦おうとも、必ずこの命に替えても守ってみせる。それだけの事だ」

 

それは、実際にラグナレクを撃ち倒したからこその言葉だった。

 

何を敵としても、大切な存在を守る為に命がけで戦う。それが黒鉄の意思であった。

 

そして……。

「「「「「「「っっ!!」」」」」」」」

少女達はその、力強くも甘く優しい言葉に赤面していた。彼女達の心臓が高鳴る。

 

「ふふっ、その言葉を聞けて嬉しいです、クロガネさん」

マリーナも、顔を赤くしながら笑みを浮かべている。

 

「うむ。だからこそ、皆ゆっくり休め。このアカデミーは我が何が何でも守り抜く故、安心して眠ると良い」

「は、はひっ!」

 

顔を赤くし素っ頓狂な返事を返すキャロル。ただまぁ……。

 

『『『『『やっぱり眠れない……っ!』』』』』

 

彼女達はドキドキが収まらず、やっぱり寝られなかった。

 

しかし、試合など色々あって疲れ切っていた事もあり、1人、また1人と小さく寝息を立てていく。やがて全員が眠りに付いたのを確認すると、黒鉄も静かに眠りに付くのだった。

 

 

翌朝。一番で目覚めたのは黒鉄だった。隣のキャロルと、いつの間にか隣で寝ていたマリーナを起こさないように静かに立ち上がる黒鉄。

 

周囲を見回すが、皆疲れているのか今もよく眠っている。それを確認した黒鉄は、寝ていた場所にメモを残すと静かに部屋を出て行った。

 

一度部屋に戻り、身だしなみを整えてから着替えて、次に向かったのは学園長室だ。たまたま遭遇したラグリィからレリィの居場所を聞いて、そこだったためだ。

 

「失礼する」

「あら?おはようクロガネ君。どうかしたの?」

「朝早くに済まなぬ。そちらは、徹夜明けか?」

「えぇ。昨日の後処理とか、色々ね。それで、どうしたの?」

 

「実は、昨日の事で少し、話したい事があってな」

そう言って真剣な表情を浮かべる黒鉄。すると、レリィは手にしていたペンを置いた。

 

「……それで?」

彼女もまた、真剣な表情で問いかけた。

 

「今回の襲撃の首謀者、ヘイブルグ共和国の手の者らしいな?先ほど、すれ違ったライグリィ教官から聞いた」

「えぇ。報告によるとね。あの、ヘイズと名乗った人物が叫んでいたそうよ。サニア・ウェストがスパイである事、自分がヘイブルグの軍師で、彼女を送り込んだ事。自慢げに、セリスティアさんとサニア・ウェストが戦ってる時に、ね。最も、名前を出したのは余裕からだったみたいね」

「と言うと?」

 

「あの不思議な機竜とラグナレクがあれば、名前を聞いた者が生きて帰れる訳がないって。そう、ヘイズとサニア・ウェストが会話していたのをルクス君達が聞いてたのよ」

「……そう言う事か」

不機嫌そうな表情で、ふんっ、と吐き捨てる黒鉄。彼の中ではヘイズに対する怒りが今も渦巻いている。

 

「最も、それもルクス君とクロガネ君の力で阻止されたんだけどね」

「奴の好きにさせるのは癪だ。あのような下郎、次会ったら確実に息の根を止めてくれる……っ!」

怒りの炎を燃やす黒鉄。すると、レリィは少し戸惑った様子だった。

 

「む?どうした?」

それに気づいて問いかける黒鉄。

「あっ、ごめんなさい。クロガネ君がそこまで怒ってるの、あんまり見た事無かったから、ついね」

「そうか。……しかし、我にだって感情はある。それに、ここは大切な友たちが居る場所。それに手を出されて冷静で居られる程、我は我慢強くは無い。今言ったように、次会ったならば、二度とこんな事が出来ぬように確実に息の根を止めてくれるわ」

 

「そ、そう」

珍しく殺気を滲ませる彼に、レリィは苦笑を浮かべる事しか出来なかった。

 

「んんっ、それで、どうしてクロガネ君はここへ?」

「あぁ。そうだった。実はあのヘイズの去り際の言葉が気になってな。その辺りは……」

「えぇ。リーシャさんやクルルシファーさん達から聞いてるわ。クロガネ君とルクス君、目を付けられてしまったようね?」

 

「あぁ。そして、そうなると再び我らがいるアカデミーを狙って来る可能性がある」

「……そうね」

再びここが危険に陥るかもしれないと言う言葉に、彼女は難しい表情を浮かべた。

 

「そうなれば戦力の増強や防衛設備の拡充などを考えるべきだろうが、現代の戦闘の主力は機竜だ。が、それもルインからの発掘以外、まともな入手手段が無い」

「そうね。機竜はそう簡単に替えが効かないから。リーシャさんも色々研究して、成果を上げてはいるんだけど、新王国どころかまだどの国でも、機竜の生産は出来ていないのが現状よね」

「最低限、各自が自衛を出来るレベルまで鍛える事は可能だが、機竜も無しに機竜相手に自衛など出来る訳がない」

「えぇ。そんなのが出来るのは今の所クロガネ君だけ」

 

「仮に敵が来襲したのなら我は戦うつもりだが、数が多く、多角的に攻められると対応しきれない場合がある。そうなった場合を考えると、ますます機竜が必要だ。それも何十どころではない。何百、何千とだ」

「彼女達の事を考えれば、確かにそれくらいは用意してあげたいけど。でも、今のこの世界でそんな数の機竜を用意するなんて無理よ。ルイン内部からだってそんなに発掘出来ないし。出来たとしてもまず国の防衛力として回されるわ。こっちに少しでも流れてくれば御の字でしょうね」

 

機竜は欲しいが、簡単に手に入る物でも無い。……『普通』なら。

 

「なので、少しだけ外出の許可が欲しい。『住処のルイン』で機竜を『数千機ほど』、『用立ててくる』」

「そうね。それが出来るのならお願い。………………………ん?………………へっ!?」

 

会話をしていたはずのレリィ。しかし、徹夜のせいか、クロガネの言っている『突拍子も無い事』を理解するのに、少し時間が掛かった。

 

「分かった。では失礼する。今日中には戻ってくるので、皆に聞かれたら伝えておいて……」

「ちょちょちょちょちょtっ!ちょっと待ってっ!!!」

 

出て行こうとする黒鉄を慌てて呼び止めるレリィ。

「く、クロガネ君っ!?今サラッとお願いしちゃったけど、何か凄い事ポンポン言ってなかったっ!?」

 

さっきまでのシリアスはどこへやら。レリィは驚いた顔で黒鉄に詰め寄った。

「住処のルインってっ!?数千機の機竜ってっ!?それに用立ててくるってっ!?そんなお野菜を買ってくるみたいなノリでっ!?お願い説明してっ!?」

 

「ふぅむ。なぜ、と言われてもなぁ。我の住処はルインで、そこに機竜の生産設備があるから、としか言えんなぁ」

「えぇっ!?クロガネ君、家がルインなのっ!?で、でもクロガネ君は世界中を何年も旅してるってっ!?」

「そうだ。しかし、我とは別にルインを管理する者がいてな。ルインの管理は全て彼の者に一任している」

「そうなのっ!?って、でもルインじゃっ!?危ないんじゃないのっ!?世界で発見されてるルインは各国軍の監視下にあるから、下手に近づいたら危ないんじゃっ!?」

 

「ん?何を言っている学園長。我の住むルインは未だ人間には発見されておらぬぞ?」

「えぇっ!?どうしてっ!?」

「どうして、と言われてもなぁ。ルインには人の目に見えないように『偽装鏡面』と言って姿を隠すシステムがある。それのおかげで『地上から』人間がそのルインを見る事は出来ぬ」

「そ、そうなの?…………って待って。今、地上から、って言った?それってもしかして……」

 

「うむ。我の住処たるルイン、本来のルインの役目とは全く異なる≪番外遺跡(アナザールイン)≫、『竜宮島(たつみやじま)』。それはこの世界の空を漂っている。だからこそこれまで人間に発見されずに居たのだ」

「えぇぇ……?」

 

まさかの話に戸惑うばかりのレリィ。それからしばし、彼女は頭を抱えた。が……。

 

「うん、分かった。……確かにこれから先、何があるか分からない以上、機竜は一機でも多い方が良い。でも、これだけは言わせて。そんな数の機竜をここに持ち込んだら、確実に新王国上層部にばれる。下手をしたら、四大貴族が君を取り合うかもしれない。ただでさえ単独でラグナレクを討伐出来るのに、加えてルインという居城を持ってるなんてっ!あぁそうだ、聞きたいんだけど、そのルインって、ちゃんと機能してるの?」

 

「うむ。数十年前に帰ったときは、管理者の管理が行き届いているので、特に問題もなかった。数千年前から修復を繰り返しているし、あれから数十年で問題が出たとも思えぬな。問題があれば主である我の元に何らかの形でメッセージが来るようになっていたはずだが、それも無い。……少なくとも各地の劣化したルインよりはしっかりしているであろう」

「それじゃあますます皆クロガネ君を欲しがるわ。完全なルインなんて発見されてないから、文字通り宝の山だもの」

 

完全な形で、しかも機竜の製造プラントが生きている。そしてその主が黒鉄だ。そんな黒鉄を味方に付けることは、世界のパワーバランスを大きく変えられる事になる。

 

レリィはそんな黒鉄の存在を味方として心強く思う反面、戸惑っていた。下手をすれば彼自身が火種になりかねないからだ。そしてその不安を黒鉄は見抜いていた。

 

だからこそ……。

 

「心配するな、レリィ学園長」

「え?」

 

「我が機竜を与えるのあくまでもアカデミーの防衛や生徒達の安全のためだ。確かに我は今、新王国のアカデミーに籍を置いている。が、だからといって新王国の命令に従うつもりはない。奴らが何かをしてくると言うのならはね除ける。アカデミーの生徒に手を出そうと言うのなら潰す。それだけだ」

「……国家を敵に回す、って事?」

 

「我はそれも辞さない。ここで出来た友を守る為ならばな」

 

黒鉄は確固たる様子で頷く。それを前にしたレリィは……。

 

「ハァ」

ため息をついた。実際、黒鉄の場合は相手が国家だろうが敵と判断すれば、徹底的に叩き潰すだろうと分かってしまうからだ。となると、祖国がバカな事をしようように、自分が折衷役になるしかないのか、なんて考えてしまうレリィだった。

 

「じゃあクロガネ君。もし、もしもよ?私を通して新王国が機竜を買いたいって言って、それが今後クロガネ君やアカデミーの皆に何もしないって条件だったら、呑める?」

「ふぅむ。まぁそれくらいならば致し方あるまい。それでアカデミーの皆の安全が守られるのなら良かろう」

その言葉にレリィは安堵した。

 

「OK、その答えが聞けたから少し安心出来たわ。機竜が供給されれば彼等だってあまり強くは出られないはず。下手に君を怒らせたら、それこそ機竜を買えないんだもの。とにかく、今の言葉を聞けて安心したわ」

 

「そうか。では、我は今からルイン、竜宮島に上がる。今日の午後には戻ると思うので、皆には出かけていると伝えておいてくれ」

「えぇ。分かったわ」

 

そう言って学園長室を後にする黒鉄。そして、数秒して残されたレリィは……。

 

「ハァ~~~~~~~」

長い、長~~~~~いため息をついた。

 

「私、もしかしてとんでもない子を学園に招いちゃったのかも」

 

かつて黒鉄を学園に招いた事について、良かったと思う嬉しさ半分、不思議でありえない存在という困惑半分と言った様子で、彼女は誰にいうでも無くポツリと漏らすのだった。

 

     第16話 END




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第17話 ロストエイジからのお土産

今回はほぼオリジナル回です。


ヘイブルグの襲撃を受けたアカデミーだったが、黒鉄やルクスの活躍もあり人的被害は出なかった。そんな中黒鉄は、今後の事を考えて戦力増強が必要だと考えていた。そして彼は、自らの住処であるアナザールイン、竜宮島から機竜を持ってくるとレリィに言い出したのだった。

 

 

今、黒龍モードの黒鉄が雲の上を飛んでいた。眼下には雲海が広がる中、1人進んでいく黒鉄、もとい黒龍。

 

やがて彼が進んで居ると……

「そろそろか」

ポツリと呟いた黒鉄。直後。

 

『ヴゥゥゥゥゥンッ』

 

雲海の中、何も無いはずの場所に、突如として空中に浮かぶ巨大な島が現れた。それこそが黒鉄と、彼と同格の女王のためにかつて存在した組織、『モナーク』が超技術の粋を集めて作り上げた『怪獣王』と『怪獣の女王』のための住まい、竜宮島だった。

 

 

竜宮島は、かつての文明の名残を残す町並みの人工島。その下を支える機械的で巨大な基地のようなパーツで構成されている。そして下部のパーツが発する重力波バリア、『ヴェルシールド』。最大で8層まで展開出来るヴェルシールド。その一枚のおかげで、人工島の周囲には海があり、中で魚たちが泳いでいた。

 

 

傍目から見ると、それは半球状の巨大な海の上に島が浮いているような形だった。

 

そして黒鉄が竜宮島へと近づくと、彼の来訪を受け入れるようにヴェルシールドが部分的に解除された。開いた穴へ彼が入り込むと、背後でシールドが閉じる。

 

そのまま黒鉄は、無数ある島の中でも、一番大きな島、本島の港へと降り立った。そして降り立った黒鉄が黒龍から人の姿へ戻ると、丁度1人の人影が現れた。

 

「お久しぶりでございます。王よ」

彼を出迎えたのは、タキシードを纏った黒髪の男性だった。見た目は20代後半、と言った感じだが……

 

「久しいな。『アドミニストレーター』」

彼は『人ではない』。人の形をした『機械の生命』。アンドロイドだ。≪管理者≫を意味するアドミニストレーター。それが彼の名だ。

 

そして、ゴジラである黒龍より、竜宮島の全権を与えられた存在でもある。

 

「お戻りになられたのは実に67年と2ヶ月6日ぶりとなりますが、これからどうされますか?お部屋へ参られますか?それとも、何かお入り用で?」

「うむ。実はお前に頼みたい事があってな」

「かしこまりました。では、立ち話も何ですしお部屋に案内を……」

 

「あぁ良い。このままで大丈夫だ」

案内を、と言い出すアドミニストレーターを制する黒鉄。

 

「時間は取らせない。それに急ぎの用で来たのでな。話すのはここで、このままで良い」

「かしこまりました。それで、用というのは?」

「あぁ。それについてだが、機竜の在庫はあるか?」

「在庫、でございますか?残念ながら、竜宮島では現在機竜を製造しておりません」

「む?そうだったか?」

 

「はい。現在の人類世界の軍事力に対する防衛設備としては数多の防衛システムや無人航空機、『ノルン』だけで十分対処可能と判断しておりましたので。それに、そもそもここには乗れる人間がおりませんでしたので。開発、生産などの設備と設計のためのAIはありますが……」

「むぅ。そうだったか」

「お役に立てず、申し訳ありません」

 

そう言って黒鉄に頭を下げるアドミニストレーター。

「あぁいや。頭を上げてくれ。こちらも急に押しかけて済まなかったな。……それより、もし今からワイバーン、ワイアーム、ドレイクと言った量産型機竜の生産を始めたとして、3機種それぞれ1000機ずつ揃えるとしたら、どれくらい時間がかかる?」

 

「3機種遭わせて3000機となると、早くとも1ヶ月はかかるかと」

「そうか。では、300ではどうだ?」

「300。それくらいであれば、今から可能な限りのリソースを機竜製造に向ければ、3週間は掛からないでしょう」

「そうか。では、今すぐ生産を始めてくれ」

「かしこまりました」

 

恭しく礼をしたアドミニストレーター。直後、彼の瞳が金色に輝く。

 

彼はどこに居ても、竜宮島の管理を任された者として島のシステムを動かす事が出来る。そして、下部のパーツの一角にある機竜生産プラントが稼働を開始。すぐさま機竜の製造を開始した。

 

「しかし、王よ。一つお聞きしても?」

「ん?どうした?」

「なぜ、機竜が必要なのでしょうか?王ほどの力があれば、神装機竜や『ディザスターウェポン』などに後れは取らないと思われますが?」

「確かにな」

 

ちなみに、彼の行ったディザスターウェポンとは、この世界で『アビス』と呼ばれる存在に過去存在した組織、モナークが付けた名称だ。モナーク側の正式名称は『広域殲滅用生物兵器』。あらゆる存在に見境無く襲いかかる事もあって、モナークはアビスをそう名付けていた。

 

更に言えば、モナークではラグナレクを『オーバーディザスター』。ディザスターウェポンの最上位個体としてそう呼んでいた。

 

 

「我の力を持ってすれば、あんな化け物共に後れは取らぬ。だが、今我はとある国の学園に通っていてな。そこの生徒達の自衛のために、機竜が必要なのだ」

「成程、そう言った理由が。分かりました。急ぎワイバーン、ワイアーム、ドレイクの生産を行います。300機まで製造が完了し次第、すぐに王へこちらからご連絡をいたします」

「うむ。頼むぞ」

「はっ。王の御心のままに」

そう言って頭を下げるアドミニストレーター。

 

その後。

 

「さて。幸いこれで300機ほど調達のメドが出来たが、どうするか。手ぶらで帰るのもレリィ学園長に悪いし、何か土産でもあれば……」

と、黒鉄が考え込んでいると……。

 

「王よ」

「ん?どうした?」

「機竜は今すぐ用意出来ませんが、一つ、ご用意出来る兵器がございます」

「む?それは一体なんだ?」

 

「かつて、恐れ多くも王の怒りを買って滅んだ企業、エーペックス社が開発していた航空機、『HEAV』にございます」

「ヒーヴ。確か連中が地上世界から地中世界へ行くために生み出したと言うあれか?」

「はい。両世界の柔軟な往来のため、エーペックス社崩壊後に技術を入手したモナークが改良型HEAVを開発。この竜宮島にも、全12機が配備されております」

「ふむ。しかし、あれは使えるのか?以前島に居る時にスペックを見たことがあるが、あれではとても機竜との戦闘には……」

 

「はい。確かに機竜との戦闘には向きません。ですがモナーク製の改良型HEAVはコクピットにパイロットを含めて4名。更に後部格納庫に人員を4人、あるいは物資などを積載しての運搬が可能なように調整がなされています。また、武装も旧HEAVを踏襲。多連装ミサイルランチャーと機体下部のターレットを引き続き搭載しております。また、こちらの情報によればHEAVと同程度の速度で飛行可能な、人員輸送に適した航空機は現代の人類社会には無い模様です」

「ふむ。つまり、ヒーヴを人員輸送車両、いや、航空機として使うと言う事だな?」

「さようでございます。如何でしょうか?」

 

アドミニストレーターの言葉に少し考えたあと、黒鉄は……。

 

「確かにそれは良い考えか。感謝するぞアドミニストレーター。良い提案だ」

「もったいなきお言葉、痛み入ります」

 

「それで?何機ほどならば持って行って構わぬのだ?」

「ここでのHEAVの役目は、人間の来客があった場合の足ですから、最低でも4台ほど残っておれば問題ありません。なんでしたら設計データがありますので、こちらで建造可能です。ですので、良ければ8機ほど、お持ちになっても問題ありませんが?」

「そうか。……いや、だが8機となると数も多いので目立つ。ここは、3機ほど貰って行こう。構わぬか?」

「はい。それはもう」

「ではそれで用意を進めてくれ。ヒーヴを3機、持ち帰る」

「分かりました。すぐさま整備用アンドロイドに機体チェックなどをさせますので、少しばかりお待ちください」

「うむ」

 

こうして、黒鉄は旧時代のテクノロジーである航空機、HEAVをアカデミーに持ち替える事になった。

 

その後、アドミニストレーターがHEAVの用意をしている間に、操縦マニュアルに目を通した黒鉄は、HEAVの1機を操縦する事に。他の2機は黒鉄が乗っているHEAVに自動操縦で付いて行く事になった。

 

「世話になったな」

「いえ。この島は王の家。我々はそれをもてなす為に造られた存在。またいつでも。お帰りをお待ちしております。それと、差し出がましいかもしれませんが。HEAV内部に下界の人の役に立つであろう道具などを搭載しておきました」

「そうか。助かる」

「いいえ。もったいなきお言葉、痛み入ります」

島の一角にある滑走路に並ぶ3台のヒーヴ。その傍で話す黒鉄とアドミニストレーター。

「うむ。では、機竜の数がそろったら連絡を頼む」

「かしこまりました」

 

そう言って、黒鉄はHEAVに乗り込んだ。操縦席に座り、システムを立ち上げる。そして彼が動かせば、HEAVの両脇、四つ足のようなパーツが青白い光を放ちはじめた。

 

そのままふわりと浮かび上がるHEAV。更に無人の他2機も浮かび上がり、3機のHEAVは青白い尾を引きながら飛び立った。

 

それを見送るアドミニストレーター。

「またのお帰りをお待ちしております。調和の神にして怪獣王、ゴジラ様」

そう、彼は1人呟くのだった。

 

 

 

一方、地上、アカデミーでは、今日は1日休みとなっていた。昨日襲撃された事もあり、生徒達の精神が不安定なままの授業は効率が悪いだろうとレリィが判断したためだ。と言うか、教師陣の方も後片付けや報告書の作成などで、授業どころではなかったりした。

 

そんな中で、シヴァレスのメンバーであるノクトやティルファーは、機竜を纏ってのがれき撤去作業に追われていた。

 

昼食休憩をはさんで午後も行われる撤去作業。戦闘と比べればマシ。尚且つ機竜を使っているのでそこまでの重労働ではないのだが、やはり何時間も作業を続けていると疲労もたまると言う物だ。

 

「あ~~~。疲れた~~~」

「ティルファー、まだ作業は残ってますよ?手を休めないでください」

「え~~~!?でも疲れたよ~!ノクトは大丈夫なの~?」

「NO.私だって疲れてます。でも仕事を途中で投げ出す訳にはいきません」

「う~~。そりゃそうだけどさ~」

 

ハァ、とため息をつくティルファー。

「あ~あ~。クロっちどこ行っちゃったんだろう?レリィ学園長は、今日中には戻ってくる、とか言ってたけど」

「そうですね。……クロガネさん、どこへ行ったのでしょうか?」

 

朝起きて、探してみたら出かけた後だった。2人とも、彼がどこに行ったのかとても気にしていた。そしてそれは彼女たちだけではない。キャロルを始め、大勢の女子たちが黒鉄の不在に戸惑い、不思議がっていた。

 

 

と、その時だった。

「ッ、何か、近づいてきますっ」

「うぇっ!?」

索敵能力が高いドレイクを纏っていたノクトが、アカデミーに近づいてくる飛行物体を捕えた。

 

空を見上げるノクト。彼女はこちらに近づいてくる黒い3つの点らしきものを見つけた。

「上空に謎の物体を確認っ!」

「な、なんかこっちに来てないっ!?」

2人は戸惑いながらも、念のためにと用意されていたブレスガンを構える。更に他の機竜を纏っていた女子たちも武器を構える。が……。

 

「待て待てっ、撃つなっ、我だっ!」

「「えぇっ!?」」

 

突如として謎の物体、HEAVから響いた黒鉄の声に彼女たちは気づいた。

 

「そ、その声っ!クロっちなのっ!?ってか、何乗ってるのっ!?」

「すまぬが詳しい話はあとだ。こいつを着陸させるのでな」

 

そう言って彼女たちの上空を通り過ぎていく3機のHEAV。すると……。

「ちょぉっ!?待ってよクロっちぃっ!」

「あぁっ!ティルファーっ!どこへ行くんですかっ!作業はまだ終わってませんよ!?」

 

慌ててHEAVを追いかけていくティルファーのワイアーム。それを追うノクトのドレイク。更に、それに続く形で殆どの女子たちが機龍を纏ったままHEAVの後を追った。

 

やがて、HEAVは機竜用の格納庫の傍に並んで着陸した。そしてその周囲には、大勢の生徒たちが集まっていた。皆、瓦礫の撤去作業の手伝いとして外に居た為、空を飛ぶHEAVが敷地内に降りてくるのを見ていたからだ。

 

女生徒たちは、戸惑いながらもHEAVを見つめている。と、その時ウチ1機のハッチが開き、中から黒鉄が降りてきた。

 

「く、クロっちっ!これどういうことっ!?」

その時、人混みをかき分け、機竜から降りた装衣姿のティルファーとノクトが駆け寄ってくる。

 

「おぉティルファーにノクトか。先ほどの所を見るに、瓦礫の撤去作業中だったようだな。すまぬな、脅かしてしまったようで」

「あ、えぇとまぁ、別に良いけどさ。…………ってじゃなくてっ!!」

「クロガネさん。貴方が今し方乗ってきたこの黒い空飛ぶ箱は一体?」

戸惑うティルファーと問いかけるノクト。

 

「あぁ。これは……」

と黒鉄が説明しようとした時。

 

「クロガネ君っ!」

「クロガネさんっ!」

「おいっ!何だこの騒ぎはっ!」

無数の声が聞こえてきて、レリィ、ルクス、更にリーシャと彼女に続いてクルルシファーやセリスに、フィルフィやアイリまでやってきた。何気に大勢の面々が集まったが、皆、謎の黒い物体を前に戸惑っている様子だった。

 

「おぉ、レリィ学園長。今帰ったぞ」

「え、えぇっとクロガネ君?あなた、それは何?」

微笑を浮かべながら帰還報告をする黒鉄に対し、レリィは頭を抱えている。

 

「我の居城のる、んんっ」

ルイン、と言いかけて、流石に不味いかと咳払いをする黒鉄。

「あぁいや、我が家の管理者に言って、アカデミーへの土産を用意させた。これがその、HEAVだ」

「「「「ヒーブ???」」」」

 

「そうだ」

「あの、クロガネさん?クロガネさんに家があるのは驚きましたが、何故そこへ?」

「ん?まぁ今後の保険という奴だ。ここ最近は何かとトラブルも多いからな。いざと言う時のためにある物を取りに行った」

と、ルクスの疑問に答える黒鉄。

 

「しかしお目当ての物は備蓄がなくてな。かといって手ぶらで帰って来るのもどうかと思い、居城に配備されていたこのHEAVを持ち帰った、と言う訳だ」

「そ、そうなんですか」

「しかし、何なのだこれは」

苦笑気味のルクスを後目に、HEAVに興味津々のリーシャ。

 

彼女はHEAVに歩み寄り、見て回っている。他の生徒達も興味津々の様子だ。

 

「こいつはロストエイジ、つまり機竜を生み出した時代の人類の、とある企業が生み出した航空機だ」

「成程。……………ん?」

黒鉄の説明に頷いたものの、すぐに疑問符を浮かべるリーシャ。

 

「それを別の組織が改良したのがこれだ。厳密には改良型HEAVと言った所か」

「ちょ、ちょっと待てクロガネっ!今なんと言ったっ!?これは、旧文明の航空機だとっ!?」

「む?そうだが?」

「それはつまり、機竜のように空を飛ぶと言う事かっ!?」

「当たり前だ。と言っても、このHEAVに機竜ほどの戦闘力は無い。出来る事と言えば、搭載された武装による自衛と、ある程度の物資と人員の移送くらいだ」

「いやっ、それでも十分凄いぞっ!と言うかこれ、動くのかっ!?」

「当たり前だ。我がここまで飛ばしてきたのだ。大体、我がそんなガワだけの贈り物を持ってくる訳がなかろう?もちろんちゃんと整備された新品だ」

 

そう言って、リーシャの言葉に首をかしげる黒鉄。

 

「こいつは正真正銘、ロストエイジの兵器だ」

「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!?!?!?!?」」」」」

 

黒鉄の言葉に女子達が絶叫する。それもそうだ。そんな気安く、土産とか贈り物と言って持ってこられる物ではない。それも新品で、だ。どう考えても一個人が簡単に用意出来る物ではない。

 

「と言うか、クロガネはこれを家から持ってきたと言ったが、何なのだお前の家はっ!お前はルインに住んでるとでも言うのかっ!?」

突然のオーバーテクノロジーを前にして混乱気味のリーシャ。ちなみに彼女の発言が大正解だからか、黒鉄は苦笑を浮かべている。

 

「はいはい皆。色々驚いたと思うけれど、お願いだから落ち着いて頂戴」

その時、レリィが彼女達と黒鉄の間に立って、彼女達を落ち着けようとした。

 

「え~っと、とりあえずクロガネ君には詳しい事を聞きたいから学園長室まで来て。それと、念のためにセリスさん、それとリーシャ様も来て下さい」

「はい」

「承知した」

 

と言う事で、話し合いは黒鉄を含めた4人で、学園長室で、となったのだが……。

 

「あぁレリィ学園長。少し待って欲しい」

そう言って黒鉄が彼女達を呼び止めた。

「何かしら?」

 

「実はHEAV以外にも土産がある。我が居城の管理者が加えてくれた物なのだが、先にそちらを確認しておきたい」

 

そう言うと、黒鉄は他のHEAV二台のタッチパネルを操作し、後部ランプを開けた。1人でに開くランプに、周りの女子達は戸惑っている。

 

それを一瞥しつつも中に入る黒鉄。

 

「あぁ。成程。これの類いであったか」

 

そう言って黒鉄が中から引っ張り出してきたのは、大きな箱だった。ロックを解除し、蓋を開ける黒鉄。するとリーシャ達が中をのぞき込んだ。

 

「なっ!?」

そして真っ先にリーシャが驚きの声を上げ、目を見開いた。

「く、クロガネお前っ!こ、これは機竜用のパーツじゃないかっ!」

「「「「「えぇっ!?」」」」」

リーシャの言葉に回りの女子達が驚いている。

 

「しかも、どれも貴重な心臓部や関節部のパーツばかりっ!それに、どれも新品なのかっ!?」

「当たり前であろう?これは補修用にアドミニストレーター、我が居城の管理者が、気を利かせて用意した物だ。中古品な訳がなかろう?しかしとなると……」

と言ってもう一台のHEAVの中に入った彼は、同じような箱を持ってきて彼女の前で開いた。

 

「ふむ。どうやらこっちも、補修用のパーツだな」

「こっちもかっ!?い、いやしかしそれ以前に、これらはっ!?」

 

「うむ。我からアカデミーへの土産だ。好きに使ってくれ」

「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!」」」」」」」

再びの絶叫。しかし彼女達が驚くのも無理はない。

 

「ほ、本当に良いのかクロガネっ!?どこから入手してきたか知らないが、この箱1つで、一体どれだけの価値がある事かっ!?」

「うむ。それは理解出来るが。日頃アカデミーで世話になっておるからな。その謝礼代わりだ。まぁ、このような無骨な礼で申し訳ないのだがな」

「い、いや。それは良いのだが……」

 

戸惑いながらも、リーシャは箱の中身に目を向けている。

「んんっ!」

その時響いたレリィの咳払い。

 

「リーシャ様。クロガネ君?」

2人の視線がレリィに集まる。今の彼女は、笑みこそ浮かべているが、笑っては居なかった。それは『早く来なさい』と2人に示しているようだった。

 

「りょ、了解した」

「うむ」

まだ色々疑問や驚きはあったが、渋々と言った感じで彼女の後に続くリーシャと、頷き同じく後に続く黒鉄。

 

結局、ルクスやクルルシファー、アイリやノクト達は、呆然としたまま彼女達を見送る事しか出来なかった。

 

そして場所は変わって学園長室。

 

「はぁ~~~~~~~~~~~」

そこでレリィは、3人を前に長い長いため息をついた。

 

「確かにね、今後の事が色々心配なのも事実で、クロガネ君が皆のためにって持ってきてくれたのは分かってるわよ?分かってるんだけど……。どうせならもうちょっと目立たない形で持ってきて欲しかったな~~~!」

 

自分で頼んだ手前、怒るのも大人げない。しかしかといって目立ちすぎているのも見過ごせない。レリィは今実に微妙な心境だった。

 

「しかし、何なのですかあの黒い物体は?航空機、と言って居ましたが?」

「そうだ。HEAVとは、過去に存在した文明の一企業が開発した特殊な航空機だ。人類の歴史上、初めて反重力航行システムを搭載した航空機。あれはそれを別の組織が改良した物だ」

「反、重力?航行?」

「まぁ、早い話、HEAVに搭載されているのは、機竜に搭載されている飛行システムの雛形だ」

「「えっ!?」」

黒鉄の言葉に驚く2人。

 

「最も、雛形からかなり改良、発展を繰り返して機竜用のそれになった。HEAVのシステムを親とするのなら、機竜の物は親の孫の孫、更に孫の孫の孫。と言った所だ。大きさや能力など、比較にならん。現に、HEAVを安全に飛行させるのにシステムが4つ必要だ。かといってその1つが機竜にも匹敵するサイズだ」

「……とは言え、だ。私達は機竜の技術の一部の原点を手に入れた事になるのか」

「そうだ。最も、今のこの国の技術であれを真似て作る事は不可能だろう」

と、リーシャの言葉に返す黒鉄。

 

「不可能、なのですか?」

「そうだ。まだまだ技術レベルに差がありすぎる。……そちらを侮辱している訳でも、見下している訳でもない。だがはっきり言って、『話にならない』というレベルだ」

「……では、あのヒーヴとか言う乗り物を作るのに、どれだけの技術力が必要なのですか?」

「そうさの。簡単に数字で表すとして、HEAVを作るのに必要な技術力を500としよう。機竜は更にその上の1000だ。そして、今の世界の技術は、精々10か20と言った所だ」

「……低いですね。そこまで低いのですか?」

 

黒鉄の言葉にセリスは渋い顔をする。

「そうだ。こいつの言うとおりだ」

そしてそれに答えたのは、リーシャだ。

 

「私はこれまで機竜の研究をしてきた。そして機竜を見る度に、驚かされた。一体どうやったらこんな物を作れるのか?過去の世界は、どれだけの技術力を持っていたのか?そう、何度も驚かされた。そしてだからこそ分かる。今の私達の技術と、機竜やあのヒーヴとか言う物を生み出した時代の技術の差は、大きすぎる」

 

機竜の研究などをしているからこそ、旧文明の技術について、黒鉄を除いたこの場の3人の中で最も知識があるのはリーシャだった。そして彼女だからこそ、大きな壁、絶対的な技術力の差を誰よりも痛感していた。

 

「……しかし、だからこそ疑問に思う事がある。クロガネ、あのヒーヴの保存状態はどういうことだ?殆ど完璧な状態だ。とても長い間、何十年何百年と放置されていたとは思えない。定期的に誰かが整備をしなければ、あんなに綺麗に残る事はありえない。現存するルインで発掘された機竜だって、あそこまで保存状態の良い物は見た事が無いぞ。お前が土産と言って持ち帰った機竜用パーツもそうだ。……一体、お前はアレをどこで仕入れてきたんだ?」

 

リーシャは黒鉄に対し、睨み付けるような視線を向けている。対して、黒鉄はどこまでも落ち着いた様子だ。

 

「クロガネ、私はお前を友だと思って居る。何度も助けられたし、お前のおかげでアカデミーに居る生徒達も助かっている。王女として、友人として、感謝している。だがお前のその知識量はなんだ?なぜ旧文明の事にそこまで詳しい?……話してくれないか?……私は、友であるお前を疑いたくはない」

 

「それについては、私も是非聞きたいですね」

 

リーシャに続き、セリスも険しい表情で黒鉄を見つめている。

 

その様子を確認した黒鉄は、レリィに視線を向けた。するとレリィは……。

「……そうね。クロガネ君。君のお家の事以外は、教えてあげて」

と、彼に言い放った。お家、つまり竜宮島、ルインの事以外は話して良いと許したと言う事だ。

「……了解した」

 

頷くと、黒鉄は自分の事を少しだけ話した。

 

自分が、人知を越えた寿命を持つ、人の形をした人ならざる生命である事。それ故にロストエイジの時代を生きてきた事。だからロストエイジの事情に詳しい事。当時の知識を持っている事などなど。

 

これを聞いたセリスとリーシャは、揃って頭を抱えた。

 

「……どう思われますか?リーシャ様」

「何とバカな話を、と笑い飛ばしたい所だが、確かにクロガネは色々規格外だ。それも考えれば、こいつが人知を越えた人型生物と言われても納得出来るな。大体、素手でアビスや機竜を殴って倒せる男だぞ?むしろこいつが普通の人間と言われた方が信用出来ないぞ私はっ」

「た、確かに」

 

あきれ顔のリーシャの言葉に、流石の学園最強も苦笑し冷や汗を流しながら頷く事しか出来なかった。

 

 

その後、2人には黒鉄についてみだりに情報を漏らさないよう箝口令が敷かれた。もちろん黒鉄が色々持ってきた事で、生徒達は皆、驚き混乱していた。しかしそれについても、レリィの口から『クロガネ君のプライバシーに関わるので、本人が話しても良いと言ってくれるまで詮索禁止』、との指示が出された。

 

無論、事情を知らないルクス、ノクトやティルファーなどは話を聞きたがった。が、黒鉄本人から『いずれ話すので、待っていてくれ』と言われてしまったのだ。無理に聞き出す事も、黒鉄の強さを考えれば不可能なので、結局彼女達は彼自身が話してくれるのを待つしか無かったのだった。

 

 

そんなこんなで、襲撃から3日が経過したある日。まだ完全に施設の修理が完了した訳ではないが、既に授業は再開されていた。そんな中で、授業の合間の休み時間にお手洗いへと行っていた黒鉄。

 

ちなみにあれから、新王国の上層部はヘイブルグ共和国に抗議などをしたが、共和国からまともな返事は帰ってきていない。

 

そして、その話を聞いた黒鉄は……。

「……戦争が近い、のかもしれぬな」

1人廊下を歩きながらポツリと呟いた。

 

幸い周囲に他の生徒はいない。なので物騒な話題を聞いていた者も居ない。が、そんな中で彼は……。

 

『本来ならば、我が人間の一勢力に加担するのは良くないのだろう』

と、考えていた。

 

彼は、機竜を生み出した古代文明、ロストエイジに幕引きをした張本人、原初から頂点に立っていた一族の末裔にして、今や並ぶ者などほぼ居ない神と呼ばれるに足る超常の者。

 

知識も、戦闘力も、どれもこれも人間のそれを上回っている。彼の加勢とは言わば、『神の加護』。『怪獣王の寵愛』、と言っても良いのだろう。彼1人で、パワーバランスというものはひっくり返る。

 

だからこそ彼が1つの勢力に味方をするのは、人間世界の公平性を保つ上ではよろしくはない。勢力の拡大に伴う各国の国力の差は、人に由来するものであれば致し方ないとしても、神に等しい黒鉄の加勢は、敵からすれば理不尽以外の何者でもない。

 

だが……。

 

『それでも我は守りたい。ここで出会った友人達を。彼等との素晴らしき日々を』

 

彼には守りたい者が居た。だからこそ、今はここを離れる気は無かった。

 

「……ままならない物だな。頭では止めるべきだと分かっていても、心はそれを拒否し、皆を守りたいと願っている。……本当に、ままならない物だ」

 

そう言って彼は小さくため息をつくと、教室へと戻った。

 

 

それから数時間後。放課後。完璧ではないが、とりあえず瓦礫の撤去や応急修理を終えた演習場で全生徒が参加しての全校集会が行われていた。

 

理由は言わずもがな。来る国外対抗戦への参加者を発表するためだ。ちなみに、結局襲撃のゴタゴタでルクスとセリスの試合は勝敗が決まっていない。そもそも他にも試合が控えていたのだが、それもやっていない。つまり選抜戦は、中途半端な形で終わってしまったのだ。

 

やがて、集められた彼女達の前にあるステージにライグリィ教官が立ち、選抜戦の結果などを加味した対抗戦のメンバーが発表されていった。

 

メンバーは代表が10人。補欠に2人の合計12人となっている。

 

そしてメンバーの発表が始まった。選抜チームのリーダーは、セリス。更に神装機竜の使い手であるリーシャやフィルフィ。シヴァレスでの経験もあるトライアドの3人。更に、1名限りの留学生枠で、ユミル教国からの留学生であるクルルシファー。

 

そして、ルクスもまた。メンバーに選ばれた。

 

『『『『ザワザワ』』』』

もちろんその事実に彼女達は戸惑った。結局試合の結果はうやむやになっていたのだから仕方無い。

 

が、その喧噪と戸惑いを止めたのはセリスだった。

 

「私は、皆に謝らなければいけない事があります」

そう前置きをして彼女は語り始めた。

 

自分は最善を求め行動していた事。それが皆のためだと、自分の務めだと思って居た事。

 

しかし結果的にラグナレクの接近や、サニアがスパイである事を見抜けなかった事。

 

今回の事で、自分の未熟さと至らなさを痛感し、自分がシヴァレスの団長に相応しくないのではと考えている事。

 

だが、だからこそ皆の力を貸して欲しい、と。更に。

 

「そして、私とこの学園を救ってくれた彼等にも、協力を願いたいと思います」

 

そう言ってセリスはルクスと黒鉄に目を向けた。

 

「ルクス・アーカディア。今回の勝負において私は敗北を認め、あなたの願いを聞き入れます。そして、私から、もう一つのお願いです。これからの国外対抗戦で、あなたの力を貸して頂けますか?」

 

その問いかけにルクスは……。

 

「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いします、セリス先輩」

笑みを浮かべながら頷いた。

 

このことについて、一部から不満が出るかに思われた。しかし元々1年や2年はルクスに好意的だったし、セリスが認めた、と言う事で3年生の女子達も納得したようだった。

 

「それと、クロガネ。あなたにもお願いがあります。ラグナレクさえ退けるその圧倒的な力を、どうか学園とここに居る皆を守る為に、振るってくれますか?」

 

「無論だ。この学園に厄災が降り注ぐと言うのなら、我の手で砕いてくれる。それだけだ」

 

黒鉄もそう言って、セリスの言葉に頷き返す。

 

こうして、2人はアカデミー在籍を許されたのだった。

 

が……。

 

「それと。ルクスは私に男性の事を色々教えてくれる事を約束してくれました。これも、あとで皆に報告させて頂きたいと思います」

 

『『『『『ザワッ!』』』』』

 

セリスの爆弾発言に、女子達はざわめき始めた。

 

考えてみて欲しい。年頃の男女2人で『男の事を教える』なんて聞いて、卑猥な方向に妄想しない者が居るだろうか?なので……。

 

「ま、まさかセリスお姉様とルクス君ってっ!」

「もうそう言う関係なのっ!?」

「じ、じゃあ、セリスの男嫌いが治ったのって……!?」

 

彼女達皆、顔を赤くしゴクリと固唾を呑んでルクスとセリスに視線を向けている。

「ち、違いますっ!決して卑猥な意味じゃなくてっ!捉え方の問題というかっ!発言の問題というかっ!!」

と必死に弁解するルクスだったが……。

「ルクス、人の色恋にどうこう言う気は無いが、お主も彼女もまだ若いのだから、節度を持ってだな」

「だから違いますってっ!?」

 

黒鉄が本気でルクスの今後について心配してたりした。

更に色々聞き捨てならない話になって、ルクスに詰め寄るリーシャやクルルシファー。

 

やがて色々ワーワーと騒いでいた彼女達だったが……。

 

「んんっ!」

そこに響くライグリィ教官の咳払い。

「お前達っ、まだ話は終わっていないぞっ!」

 

との事で、再び整列する女子達。

 

「あ~~。メンバーは先ほど述べた通りの12名だが、ここに1人、12名の補佐役として同行する者が居る。それがお前だ、黒鉄」

「む?我もか?」

 

「そうだ。ただし黒鉄はサポートだ。仕事は基本的にメンバーの体調管理などだな」

「了解した」

 

と、黒鉄も同行することになったのだが……。

 

「あの~~。何故にクロっちは補佐なんでしょうか~?」

と、ティルファーが問いかけた。更に周囲の女子達も頷いている。

 

彼女達からすれば、黒鉄の参戦は勝利確定に近い行為なのだが……。

 

「いや。黒鉄の出場は認められない」

「どうしてですか?」

「…………強すぎるからだ」

ポツリと呟いたライグリィ。そう呟いている彼女は、どこか無気力な笑みを浮かべていた。

「「「「「…………あぁ」」」」」

 

しかし彼女達もすぐさま納得した。

 

まぁ生身で機竜やアビスとやり合える輩が神装機竜モドキを纏ってやってくるのである。もはやチート行為顔負けである。

 

なので、下手したら参加国全てからクレームが来るかも知れない、と言うレリィの判断で黒鉄の参加は見送られた。

 

 

まぁ、実際には、黒鉄が目立って周辺国に目を付けられるのを防ぐためなのだが、彼女達にはそれを知る由も無かった。

 

 

こうして、無事にアカデミーに残る事になったルクスと黒鉄であった。

 

     第17話 END

 




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