転生しても楽しむ心は忘れずに (オカケン)
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無印前
『山宮太郎』→『荒瀬慎司』


 どもども、お久しぶりです。光の英雄の執筆再開しつつ元々書いてみたかった無能力オリ主も投稿してみました。文才に自信はありませんがアドバイス等あればいっていただけたら嬉しいです。あ、悪口とかじゃなければ意見等もあったら嬉しいです。


 

 

「何してんの?こんなとこで1人で泣いて」

「ふぇ?」

 

 夕焼けが辺りに赤を染み込ませる時間帯に幼女が1人公園のブランコで泣いているのを見てつい声をかけてしまった。いや、普段ならそんな事しないんだけどこの幼女があまりにも悲しそうだったんでついつい。

 

「………だれ?」

「俺?俺は……たろ……慎司ってんだ」

「…シンジ?」

「そ、シンジ」

 

 俺こと荒瀬慎司はいわゆる転生者と言うやつである……と思う。といってもただ前世の記憶があると言うだけで転生者かどうかは分からない。妄想なのかもしれない。 

 ちょうど二十歳の時に俺の不注意で事故に遭い死んでしまった。完全なる自業自得、ボーッとして信号が赤に変わった事にも気付かず道路に飛び出した俺が完全に悪い。俺を轢いた運転手にも申し訳ない事をした。しかしなんの因果か俺は記憶を保持したまま新たな生を受けた。普通の家庭に生まれ現在5歳。前世と合わせれば25歳。

 体は子供、頭脳は平凡、精神年齢大人。勘弁してくれと言いたい。転生したこの世界も前いた地球と同じようで違う。元いた地球とは違うのだ。何故分かるのか?と問われたら返答に困るが感覚的な物で何となく理解していた。

 何となく違和感を感じるのだ。その違和感も5年も経てば消え失せたが前の世界とは決定的な齟齬を感じているのは変わらなかった。まぁ、今となってはどうにもならない事。前の世界での未練や後悔は沢山あるが今は前を向いて新しい人生を楽しもうと誓ったのが生後3ヶ月の時。喋れないフリしてバブバブ言ってるのは辛かったな。まぁ、何年かしてそのフリも耐えきれずやめてしまったが。

 ちなみに『荒瀬慎司』というのはこの世界における両親から授かった名前で前世では『山宮太郎』という名前だった。

 

 

 

 さて、自分語りが長くなってしまったが今は目の前の幼女をどうにかしないと。急に声をかけられてビックリしてるしな。見た目は5歳の俺は同じくらいの歳に見える幼女に話しかけた所で周りの目は気にならないが25歳である俺の精神は悪い事をした訳ではないのに妙に焦りを感じさせる。とりあえずはだ……。

 

「んで?君の名前はなんていうの?」

「……………なのは」

 

 短くそう答える幼女の瞳には涙が溜まったままだった。

 

「なのはちゃんか、可愛い名前だね」

 

 考えなしにとりあえず褒めておこう。悪い気はしないはずだ。少しでも警戒心を取ってくれると嬉しい。そしたら早速聞いてみよう。

 

「どうして1人で泣いてるの?」

 

 そう聞くとなのはちゃんは少し躊躇う素振りを見せてから

 

「ううん、なんでもないの……」

 

 と無理やり笑顔を作って見せた。同年代の子供達なら騙されそうな立派な作り笑いだったが生憎さま俺の25歳という実年齢の前にはすぐにそれが作り笑いと看破できた。

 隠すということは知られたくない事なのか、それならば部外者の俺は立ち入るべきじゃないだろう。けど、なんでだろう何となく今の俺は立ち入るべきだと直感が告げていた。知られたくないとかそう言う事じゃなさそうだ。多分この子は……所謂いい子という奴なんだろう。

 

「えぇ、隠さなくたっていいじゃんかー。教えろって、相談に乗るよ?」

 

 伊達に前世で20年生きてないぜ?この子の悩みを少しでも軽くする事は出来なくはないと自惚れても良いだろう。友達と喧嘩したか?それとも家族と?いじめか?とにかくなんでもカモンだ。

 

「ほ、ホントに大丈夫だからっ」

 

 おおっと逆効果だったかな?いきなりズカズカ無神経だったかも。反省しつつ次の行動に。

 

「ホントに平気なの?泣いてたから普通に心配になっちゃうんだよ」

「あ、ありがとう。でも、ホントに平気だから…」

 

 泣いてたのも目にゴミが入っちゃってと言い訳し始めるなのはちゃん。うーむ、こりゃ正攻法じゃダメだなぁ。仕方ない、素でいこう。

 なのはちゃんが下を向いて目を離した隙に素早く持参している目薬を両目に数滴垂らす。溢れない内に始めよう。

 

「そ、そんな……おしっ……お……」

「……?」

 

 急に雰囲気が変わる俺を不思議そうに見つめるなのは。

 

「おじえでくれてもいいじゃんがああああああああああああああ!!!」

「え、ええ!?貴方が泣くの?」

 

 そうだ、焦れ焦れ。理不尽な理由だけど今君のせいで俺は泣いているのだ。嘘泣きだけど。とにかく罪悪感にかられて事情を説明してくれるまでやめんぞ俺は。

 

「おじえでよおおお!おじえでよおおおお!!なんで泣いてたんだよおおおお!!」

「私はいま貴方が泣いてまで聞いてくる事を教えてほしいよっ!」

 

 ジタバタジタバタ、ゴロゴロゴロゴロ。服が汚れるのも構わず暴れ回る。

 

「うわああああああん!!なのはちゃんがいじめるよぉ!いくら聞いても意地悪で教えてくれないよおおお!!」

「誤解を招く言い方しないでよぉ〜」

 

 分かった、言う!言うから!と降伏宣言をした所でピタッと嘘泣きをやめる。

 

「ほれ、さっさと言え幼女なのは」

「よ、よう?……あ!嘘泣きだったの!?」

「さぁねぇ?とりま、言うって言ったからにはちゃんと教えてくれよん?」

「うう、釈然としないぃ……」

 

 そう言いながらも何処か毒気が抜けたような顔をしたなのはちゃんはポツリポツリと話をしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

「だから、寂しくてつい泣いちゃってたんだ」

 

 そう話し終えるとなのはちゃんは笑顔を見せた。先程と同じく作り笑顔だ。

 俺は困惑した。正直想像以上に重い話だった。ごめんなのはちゃん舐めてた。君の悩み舐めてた。ホントごめんと心中で平謝りである。ええっと要約すればなのはちゃんの家の大黒柱であるお父さんが事故に遭って入院中で相当重症で長期の入院になるとのこと。そして、大黒柱がいない高町家を守るため高町家が経営している喫茶店の『翠屋』で朝から夜遅くまで母親が働き詰め。なのはちゃんには姉と兄がいるらしいけどその2人も母親を支える為お店を手伝っているらしい。

 まだ幼いなのはちゃんはお店の手伝いは荷が重く、せめて迷惑は掛けまいと1人でいい子になるよう努力しているみたい。

 誰もいない。いってらっしゃいもおかえりも言ってくれる人が誰もいない家を出入して1人寂しくご飯を食べてずっと過ごしているらしい。

 

 5歳の女の子にそれは酷い事だ。なのはちゃん曰くご家族は何とか時間を作ってなのはちゃんと一緒に過ごそうとはしてくれているらしいのだが中々上手くいかないとの事。よほど切羽詰まってるのだろう。1人我慢して良い子になろうと努力しているなのはちゃんに甘えている形なのだ。何も知らない俺はそれを断じる資格はない、酷いように聞こえるがなのはちゃんのご家族もきっとこのままではいけないと思っているのだろう。

 せっかく俺に話してくれたけどこの問題は俺の力では根本的には解決できない。なのはちゃんのお父さんが元気に退院してようやく解決する問題だ。けど、今俺がすべき事は明白だった。

 俯くなのはちゃんの手を俺はとった。少し驚いた反応するなのはちゃんを見つめながら

 

「一緒に遊ぼうぜ、まずはブランコだオラァ!」

「え?ちょっ、まっ!キャア!?」

 

 なのはちゃんが座っていたブランコを後ろから思いっきり押す。帰ってきた所を更に勢いをつけて押し返しそれを繰り返す。時に助走をつけて押し返しさらにブランコを高く加速させる。

 

「ひゃあああ!!」

 

 なのはちゃんが面白い悲鳴をあげて止めてと懇願してくる。無論止めないが。

 

「まだだ!もっと速く、加速するんだ!目指せクロックアップの世界!!」

「何でもいいから止めてよぉ!怖い怖い怖い!!」

 

 数分ほどなのはちゃんの反応を楽しんだ後ブランコを止めてあげる。なのはちゃんは頬を膨らませてポカポカと俺の胸を叩いて抗議してくるがいかんせん非力過ぎて全く痛くない。

 ていうかそれで怒ってんのかよ、かわいすぎだろ。

 

「まだまだこれから!次はあれじゃあ!!」

「わっ!?引っ張らないでよぉ!」

 

 公園でしばしなのはちゃんを振り回す形で遊びまわる。シーソー、滑り台。ある遊具全て使ってスリリングな遊びを提供して終わる頃にはなのはちゃんはくたびれた様子だった。

 だがこれでいいんだ、この子の寂しさを俺の力じゃ振り払う事は出来ない。今日知り合ったどこの誰かも分からぬ俺じゃ寂しさを忘れさせる事なんか出来ない。おこがましいことだが、少しでもいい。ほんのいっときだけでもその寂しさを紛らわせてあげるだけでもしてあげたかった。それが今俺が出来る精一杯。

 

「んじゃ、俺んち行くぞ」 

「え?」

 

 くたびれた様子のなのはちゃんを引っ張り上げてそう言いながら手を引っ張る。この公園から数分もかからない場所にある今世の我が家へ。

 

「で、でも……私もう帰らないと………」

「家に誰もいないんだろ?俺んちの電話使って連絡しとけば平気だって。一緒にご飯食おうぜ」

 

 でもでもと遠慮するなのはちゃんを無視して無理やり連れて行く。本当に嫌なら無理して連れて行く事はないけどなのはちゃんの顔を見れば何となく本気で嫌という訳ではなさそうだし。まぁ、いいだろう。強引だけど、この子にはそれくらいの方が丁度いいような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 家に帰れば共働きの両親は既に帰宅していた。この時間には毎回帰ってきている所を見ると割とホワイトな職場なようで子供ながら安心している。まず遠慮がちに玄関から動こうとしないなのはちゃんを家に招き入れ、驚く両親には軽く事情を説明してご飯の1人分追加を懇願。

 急な話だったから叱られると思ったが笑顔で快く了承。なのはちゃんから電話番号を聞き翠屋へ電話して高町家への報告と許可を貰ってくれた。これで心置きなくなのはちゃんもご飯が食べれるだろう。

 ホント両親に感謝である。久方ぶりの1人じゃない食事に最初は戸惑っていたなのはちゃんも途中から楽しそうにお話をしながら夕食を満喫していたから良かった。

 2人でご馳走様と手を合わせて洗い物の片付けを手伝った後母親から褒美でアイスを貰う。美味しいねと最初とは違う心開いてくれた笑顔を向けてくるなのはちゃんを可愛らしいなと思いつつ

 

「ホッペにアイスついてる」

「え、う、嘘っ……」

 

 赤面しながら頬を拭うなのはちゃん。

 

「俺のホッペに」

「か、からかわないでよ!」

 

 反応が面白くてついついいじりたくなる。あんまり怒らせない程度に気をつけないといけないなこれは。

 とまぁ、食休みをしつつあっちむいてホイやら両親交えてトランプやら遊んだらもう流石に帰さないといけない時間に。事前に高町家には何時頃に家まで送ると伝えたそうで両親と俺でなのはちゃんを家まで送ることに。家から徒歩15分程の場所になのはちゃんの家に到着。てかやばいなのはちゃんの家すげぇ立派。立派な日本家屋、そして隣に立派な道場も隣接してる。武士?武士の家系?侍?なのはちゃん侍?

 ちなみに喫茶店の方は商店街の方にあるらしい。家にはエプロン姿の女性が1人。なのはちゃんに似てるな、お姉さんかな?すっげぇ美人。

 

「あっ、お、お母さん!」

 

 お母さん!?うそん母親?若っ!若すぎだろ。三児の母でしょ?なのはちゃん末っ子でしょ?嘘だろおい。つい自分の母親と見比べる。

 

「悪かったね美人で若くなくて」

 

 そんな事思ってないよママン。あれはあの人がおかしいだけだよ。だから後ろからアイアンクロー決めないで。ていうかママン早婚だから年齢まだ若いほうでしょうに。

 なのはちゃんのお母さん(名前は桃子さんと言うらしい)は俺の両親に深々と頭を下げてお礼を言ってくれた。どうやら店を抜け出して慌てて来たのだろう。律儀な人だ。

 

「慎司、今日はこれでなのはちゃんとお別れなんだからちょっと向こうですこしお話でもしてなさい」

 

 ほいほい、パパん。大人同士の積もるお話があるのね。俺も混ぜてと言いたいが空気を読んで素直に応じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでした。息子がなのはちゃんを振り回してしまったみたいで」

 

 慎司となのはちゃんが離れた所にいるのを確認してから妻が桃子さんにそう言い頭を下げる。自分も続いて頭を下げると、桃子さんは慌てた様子で

 

「そ、そんな……お礼を言うのはこちらの方です」

 

 そう言い桃子さんも頭を下げてくる。埒が明かないので自分から本題に入る事にした。

 

「事情はなのはちゃんと息子からある程度聞いています」

 

 桃子さんの旦那さんが病床についていること。不本意ながらもなのはちゃんを1人にしてしまっている状況についても。桃子さんは悲しそうな顔を浮かべて自分が不甲斐ないからと責め始める。それに待ったをかけたのは妻だった。状況が状況だ、人間そう万能に出来ていない。桃子さんは自分が出来る事をしっかりやっていると励ました。頼りになる妻だ。

 さてここからは提案だった。

 

「不躾な提案なんですが………今後うちの方でなのはちゃんの夕食の面倒を見てあげたいと思うのですがいかがでしょう?」

 

 自分の提案に桃子さんは驚きの声を上げた。

 

「そ、そんな……そこまでしてもらうわけにはっ……」

「いえいえ、なのはちゃんくらいの小さい女の子1人増えても手間も変わりませんし………」

 

 妻から助け船に後押しされつつ続ける。

 

「旦那さんが退院するまでの一時的とはいえずっと1人にしておくのも……勿論桃子さんが悪いと言っているわけではないのですが」

 

 少し傷つける言い方だが、よくない状況には変わりないので正直に言わせてもらう。

 

「夫婦共働きだったのですがちょうど来週で妻は仕事を辞めて家に専念してくれることになっていたので」

 

 これは事実だ。前々から決まっていた事でタイミングも良かったのだ。

 

「それに、こう言っては何ですが100%の善意と言うわけではないんです」

「はぁ、それは一体?」

 

 口を開く。自分はこの人の今切羽詰まった状況を図らずも知ってしまった。それを知った上で自分はズカズカ踏み入るようになのはちゃんの面倒を見させてくれという提案をした。だから、せめてこの本心は今日初めて会った人とはいえ伝えるべきだと思った。

 

「息子………慎司はしっかりしている子なんです」

 

 まるで自身の息子を自慢する親バカに見えるような発言だ。だが、この言葉にはそう言う意味は篭っていない。

 

「確か……2歳頃でしょうか……急にピタリと赤ん坊で起こす粗相を全く起こさなくなったんです」 

 

 ぐずることはおろか泣いている姿さえ見なくなった。病気とかそんな風には思わなかった。最初はむしろ誇らしささえ覚えた。こんな小さいのに偉い子だ。そう思った。5歳になった今でも泣いているところは見ていない。

 だが同時に笑っている所を見る事が少なくなった。おもちゃを買い与えてもありがとうとお礼はしてくれるがそこに子供らしい笑顔はなかった。一緒に会話している時も、5歳の子供と話していると言うよりはもっと大人に近い年齢の子と話している気分になる。まるで見た目とは別に中身は成熟した人格があるかのような。雰囲気や、言葉選びが話題が子供のそれとは違うんだ。

 何度も言うようだがだからといって自分も妻も慎司を不気味だとかそういう風には全く思わなかった。うちの子はこういう子供なんだ。しっかりしていて心が大人びているだけで自分の息子には変わりない。この子との一緒の生活は楽しいと本心で思っている。

 しかし心が大人のせいか慎司は親である自分達に気遣う事が多い。それはそれでうれしく思う気持ちがあるが、親としてはもっと甘えて欲しいという本音もあるのだ。

 

「今日、慎司がなのはちゃんと一緒にご飯を食べて遊んでいる所を見た時とても楽しそうに笑っていました」

 

 初めてできた友達だからか分からないが、心の底からなのはちゃんと一緒に何かをする事を楽しんでいた。親の目からはそういう風に見えた。あれは無理になのはちゃんに付き合ってあげてるとかそういう事ではなく、本人が楽しんで色々行動していた。そして極め付けはあの言葉。食後なのはちゃんが席を外した時に出た慎司の言葉。

 

『なのはちゃんの家が落ち着くまで、ダメ……かな?毎日ご飯誘ってあげちゃ』

 

 慎司から飛び出たなのはちゃんを気遣いつつもでた私達に対するお願い。悪くいえばわがまま。滅多どころか全く言ってこなかった慎司のそれを叶えてあげたい。その本心を桃子さんに伝える。

 桃子さんは何度も真剣に頷いて頭を下げてよろしくお願いしますと言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

「今日はありがとう」

 

 両親と桃子さんが話し終わるのを待っている時なのはちゃんは急にそう言ってきた。

 

「別にお礼言われるようなことはしてないよ。俺が楽しんでただけだしね」

「そ、それでも……嬉しかったから」

「友達と遊んで一緒にメシ食っただけじゃんか。まぁ、そのお礼は受け取っておくよ」

 

 俺がそう言うとなのはちゃんは少しポカンとした後ニヤニヤしだした。

 

「ん?なんだよ?」

「あ、ううん!何でもない、何でもないの………。友達……友達かぁ……にゃはは」

 

 友達って言われた事が嬉しかったのね。まぁ、それくらいで喜んでくれたのなら何より。そういえば今世の俺と同い年って言ってたしそこらへんは5歳相応だよね。にしてもそんなにニヤニヤしちゃってかわいいやつめ。

 なのはちゃんの頬を指で挟んで引っ張る。

 

「にゃっ!にゃにふるのぉ」

 

 グニグニと痛くない程度に引っ張り回す。肌すべすべしてんなぁ、若いだけある。ほれグーリグーリ。びよーんとな。

 

「にゃー!にゃめてよ!」

 

 ポカポカと叩いて抗議してくるが構わず続ける。

 

「ぷっ、変な顔」

「しょうしゃせてるのはきみでしゅー!」

 

 痛!?このやろう俺の指に噛み付いてきやがった!

 

「貴様許さん」

「ちょっ、やめっ……くすぐらな…にゃははははははは!?」

「ほーれ、ここか?ここがええんか?」

 

 息も絶え絶えになるまでなのはちゃんをくすぐり撃沈させる。はぁ、スッキリした。楽しいなぁおい。年甲斐もなく5歳の女の子と全力で今日は遊んだ。なんだか気分も晴れやかだ。チラッと両親の方を盗み見する。

 どうやら話はついたようだ。遠目からみた雰囲気で何となく分かった。うまく話もまとまったみたいだし、桃子さんの許可も得たっぽい。あとは、なのはちゃん本人が何て言うかだな。ちゃんと聞いてなかった。両親と桃子さんがゆっくり近づいてくる。

 

「なのはといっぱい遊んでくれてありがとう慎司君」

 

 開口一番桃子さんにお礼を言われる。うわ、本当美人なひと。前世の俺だったらそのまま惚れちゃってたかも。まぁ5歳の体のせいか自然とそんな邪な気持ちは浮かばなかった。

 

「俺も楽しかったんで、お互い様っす」

「ありがとう、そう言ってくれて」

 

 すごくニコニコしてるな。よっぽど心配はしてたんだろうななのはちゃんの事。さてさて、俺の提案は受け入れてもらえたっぽいし後はなのはちゃんの返答を聞くだけだ。桃子さんはなのはちゃんの頭を撫でながら両親からの提案をなのはちゃんにまんま説明する。

 

「どう、なのは?慎司君達と一緒にしばらくお夕飯……どうかな?」

 

 少し期待に満ちた表情をしたのを俺は見逃さなかった。しかし、すぐに両手を合わせてもじもじし始める。これはまた変に遠慮しようとしてるな。ホント、5歳とは思えないよこの子は。しっかりした子だ。なら、後押ししてあげよう。

 

「いいじゃんなのは。今日楽しかったし明日からずっとウチに来なよ。俺は大歓迎だよ」

 

 その言葉になのはちゃんはつられるように桃子さんに頷いてから。

 

「私も……そうしたい」

 

 か細い声でそう言う。その言葉を聞いて俺も桃子さんも両親も笑顔を浮かべて頷き返した。その後正式に桃子さんからよろしくお願いしますとのお言葉をもらう。それに付け加えて

 

「このお礼は必ず致します」

 

 その言葉に両親は気にしないで下さいと笑って返していた。とりあえず今日はこれで解散だ。明日から本格的になのはちゃんと色々楽しい遊びをしよう。本当に、年甲斐もないが…同情で始めたお節介だったが自分も存外に楽しかった。俺も明日からの生活に少しワクワクしている。お別れの挨拶をして両親と帰路につく。

 

「し、慎司君っ!」

 

 少し離れた所でなのはちゃんの声が聞こえてきた。

 

「バイバイ!」

 

 少し恥ずかしそうにしながらも一生懸命手を振って伝えてきてくれた。何だろうか、本当に小動物みたいで可愛らしい子だなぁ。大人びた考えをしているけどやっぱり5歳の子供である。

 そんな俺も中身は大人でも見た目は5歳だ。ここはなのはちゃんに倣おう。

 

「おう!また明日なぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 テンション上がって全力で腹から声を出したら母親に近所迷惑だとどつかれた。まぁ、なのはと桃子さんのビックリした顔を見れたのでよしとしよう。あぁ、ホント明日から楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機嫌よさそうな足取りで帰路につく息子を眺めつつ、妻に息子には聞こえないよう話し掛ける。

 

「明日から頼むよ。ミッドチルダに引っ越すのも考えていたけど慎司の為にもこのまま地球で生活した方が良さそうだし」

 

 妻は専業主婦となるべく先日魔導師を引退した。自分はこのままミッドで魔導師を続ける事になるが。

 

「まぁ、通うのは大変だと思うけど頼むね。一家の大黒柱になるんだから」

 

 妻の激励に少し胃を痛くしつつも頑張ると誓う。慎司には魔導師の事は内緒だ。いずれ話すことも考えてはいるが今ではない。精神が大人びているとは言ってもちゃんと一般的に物事をしっかりと考えられる実年齢になってから話すと妻と決めたのだ。なのはちゃんの事もあるしとりあえずは地球で根を下ろすつもりで頑張ろう。

 

「………」

 

 鼻歌を刻みながら歩く息子を見つめる。何となく頭に手をポンと乗せて撫でる。慎司は動きを止めてどうしたの?と告げてくる。

 

「いや、よくやったな慎司。偉いぞ」

 

 なのはちゃんのことを気にかけてあげた心優しい一面を見せてくれた息子を褒める。慎司は少し驚きつつも、照れ臭そうな笑みを浮かべる。あぁ、やっぱり……例えどんなに普通の子と違っても、内面が大人びていても。俺達にとってかけがえなのない1人息子だとそう再認識した。

 

 

 




 更新は不定期ですので悪しからず。


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ありがとう

 なんか筆が乗ったので連続投稿。このペース維持できたらなぁ。


 

 

 

 

 

 

 

 翌日から早速新しい日々が始まった。と言っても変わり映えはしない。幼稚園が終わった後に公園まで行き同じく俺とは違う幼稚園が終わってからこちらに向かってくる予定のなのはちゃんを待つ。

 合流すれば時間までなのはちゃんと公園で遊びまわる。そのまま家へ連行してご飯を共にし時間まで一緒に過ごす。一つのケジメとしてなのはちゃんは家での寝泊まりはせず毎日毎日自分の家に帰っている。泊まればいいのにと一言言ったけどこれは遠慮とかそう言う類では無く、家族が誰もいない今、せめて家で会う事はできなくてもちゃんと帰りを待ちたいとのなのはちゃんからのお願いだった。そこまで言われては仕方ない。

 と言っても土日休日なんかはたまにお泊まりなんかもしたりしてそこは臨機応変に。なのはちゃんと過ごすいっときの時間は俺にとっても楽しい事だった。幼稚園ではどうしても実年齢とのギャップで心から園児達に接する事が出来なくていかんせん友達と呼べる子は出来なかった。話したりはするけど所詮その程度だ。しかし何故かは分からないがなのはちゃんとは少し波長が合うような感覚がある。なのはちゃんも実年齢より少し大人っぽい考えを持ってるからだろうか。といっても節々に見る言動はやはり5歳児のそれだが。そんな日々を送るとなのはちゃんも最初の頃に比べてだいぶ心を開いてくれて接してくれている。もう仲良しと言っても過言じゃないだろう。最近は前より少しいじっても笑って許してくれる。よしよし、この調子でどんどん許容範囲を増やしていくぞ。

 

「暇ですな」

「ひまですなー」

 

 俺の一言に棒読みでなのはちゃんが繰り返す。なのはちゃんが家に通うようになって10日ほど経った今日。遊ぶネタが尽きた。と言うのも公園の遊具では遊び尽くしたし、家で遊べる事も全て飽きるほどやり尽くしてしまった。こうならないよう色々子供じゃ考え付かないような遊びを提案してやってきたが早くも限界である。どうしようかな、子供の姿じゃなければどこか遠くに連れ回すんだけど。

 今日は仕事は休みで朝から家のソファでだらけてる父を見る。

 

「ん?どうした?」

「パパン麻雀買って」

「だめー」

「えー」

 

 後ろでなのはちゃんがまーじゃんって何っ?てしつこく絡んでくるのをホッペグニグニ応対しながらブーブーと抗議する。

 

「お前がやるのは良いけどなのはちゃんに悪影響がないとも限らんだろ?」

 

 ほぼ預かっているような状態とはいえ他所様のお子様には慎重なパパン。まぁ確かに。別に悪い遊びじゃないけど賭け事が絡んでくる事が多いからね麻雀。

 少し話は変わるがうちのパパンとママンは俺が5歳児とかけ離れた言動しても何も言ってこない。口調とかもう外見の年齢に合わせるのが辛くて半ばやけっぱちで素をだしてるがビックリするくらい何も言ってこない。

 それどころかそれと同じレベルで会話してくれて受け入れてくれてる。いやほんといい両親よ。前世の両親とは負けず劣らず。お陰で素を出す事が怖く無くなった、感謝してる。

 

「んじゃなんかないかな、遊び道具」

 

 俺の問いかけにうーんと唸りながら考える仕草をするパパン。同時にずっとなのはちゃんのホッペをぐにぐにしてたままだった事に気づいてすぐやめた。なのはちゃんは「もうっ!もうっ!やめてって言ってるのにー!」とか言いながら指の跡がついたホッペを膨らませて俺の背中をポカポカ。はっはっはっ、愛いやつめ。

 

「とりあえずこれで遊んでみたら?」

 

 と差し出して来たのはゲーム機本体。こりゃ64ですな。この世界にもあるのね。ついでにソフトも手渡される。スマブラか、いいね。ゲームは確かにずっとやってると飽きやすいがちょこちょこやりたくなるもんでもある。早速ソフトに息を吹きかけてから起動。コントローラーもちょうど2つあるのでなのはちゃんに手渡してやり方をレクチャーしながら練習も交える。では本格的に対戦といこう。こっちは髭面の赤い配管工のおっさんをなのはちゃんは可愛いからとまん丸ピンクの雑食悪魔を。対戦スタートだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ………全然勝てないぃ」

「HAHAHA、まだまだひよっこのぉ、なのすけ」

「なのすけじゃないもん……」

 

 拗ねんなよ。こちとら前世で多少ならしたんだぜ。わざと負けるのはプライドが許さんのよ。

 

「ほれほれ、かかって来んさい」

「もういいもん……慎司君意地悪だから」

 

 あぁ、ごめんって。コントローラー手放すなよ。ならこうしよう、俺も配管工のおっさん使わないから。使った事のないキャラ使うから。それにハンデもあげるから、それに勝ったら何でも言う事を聞いてあげよう。

 

「ほ、ホント?」

 

 ホントホント、嘘はつかない。この変態チックなマスクマンレーサーを使うから。なのはちゃんは好きなの使いなよ。

 

「よ、よーし。負けないもん」

 

 現になのはちゃん操作に慣れて来たのか最初より全然いい動きしてるから自信がついて来たのだろう。いいねいいね、なのはちゃんもやる気出したみたいだし。ゲームはこうでなくっちゃ。ではハンデもつけて対戦スタート。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だぁ、使った事無いなんて嘘だよぉ」

「あっひは、嘘じゃ無いよ。(今世では)初めて使うキャラだよ」

 

 全てファルコンパンチで決めてやったり。少し頬を膨らませて怒ってますよアピールしてくるなのはちゃん。本気で怒ってないくせに。ホッペを突ついて口から空気を漏らさせる。

 そうするとなのはちゃんまた頬を膨らませて突ついても空気が抜けないように力を込めた。今度は両指で挟む形で突いて空気を吐かせる。はい、俺の勝ちーと言わんばかりの表情を見せつけると負けじとなのはちゃんパンパンに頬が膨らむまで空気を取り込んで顔を赤くしながら口周りに力を込める。

 

「ぷはっ、なのはちゃん変な顔〜」

「〜〜〜〜っ!〜〜〜っ!!」

 

 納得いかないとばかりに頬を膨らませたままポカポカポカポカ。もはやポカポカされるのさえ心地よく感じる。やっぱりなのはちゃんと遊ぶのは楽しいのぉ。

 

「慎司、あんまりなのはちゃんからかわないの」

 

 といつの間にか後ろにいたママンがやれやれとため息まじりに軽くどついてくる。からかってないよ、おもちゃにしてるだけよ。

 

「全く、もう夕飯にするからお料理運ぶの手伝ってくれる?」

「うぃーす」

「わ、私も手伝います」

「いつもありがとね、なのはちゃん」

 

 と2人でわちゃわちゃとお手伝い。

 

「ママン、ママン………パパンサボってるよ。優雅に新聞開いてるよ」

「パパはいいのー、たまにの休日くらい何もしないでゆっくり休ませてあげて」

「ママンは休まず家で頑張ってるのに?」

「…………おい夫、皿くらい運べ」

「慎司もママンも厳しいなぁ」

 

 そういう気遣いが夫婦仲を悪くさせない秘訣だと息子は思うのです。

 

「仲良いね慎司君も慎司君のお父さんとお母さんも」

「仲良すぎて困るよ、俺が寝た後どうせ2人でイチャコラしてんだろうし」

「おい息子、口を閉じろ。晩飯湯豆腐だけにするぞ」

 

 ママンごめんなさい。それは勘弁。なのはちゃんは可愛らしくイチャコラ?と首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 そんなような楽しい日々が続く。家にいる以外にも休日には家族で出かける時もなのはちゃんを一緒に連れて行ったりしていた。映画やショッピングセンターには何回も行ったし。温泉やその他もろもろ。とある日には誰もいない高町家まで赴き世話焼きのママンが遠慮する桃子さんから無理やり許可を得て忙しくて手付かずな掃除や整理などを引き受けていた。

 ホントママン出来る女で泣ける。無論、なのはちゃんと俺ちゃんもお手伝いでついていったり。時にはなのはちゃん連れて翠屋まで家族で行ったり。なのはちゃんになるべく定期的に家族に会わせるために。お客さんとして行くなら迷惑にはならないだろうとパパンの提案である。

 そん時初めてなのはちゃんのお姉さんとお兄さんに遭遇。ていうか結構年上だった。びっくりよ、姉の美由希さん12歳で7個上、長男の恭也さんは14歳。まぁ、お手伝い忙しそうで顔を見ただけでほとんど話せなかったけどね。落ち着いたら是非お話ししてみたい。

 

 

 それにしても翠屋ケーキ超うめぇ。桃子さんパティシエ?なのかね?すごいこれ、前世含めて今まで食べたケーキで一番うまいよ。満面の笑みで美味い美味いと食べる俺を見て桃子さんやお兄さんお姉さんは満足気に俺を眺めていた。

 何だよ、照れるじゃんかー。もう、そんな目で見ても追加注文なんかしてあげないぞ〜。

 

「すいません、ビールください」

 

 ママンにどつかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無論何も問題が起こらなかったという訳ではなく、一度ちょっとした事件があった。

 

「…………………」

「…………………」

 

 互いに無言で見つめ合う俺となのはちゃん。2人ともスッポンポン。全裸、裸。いや露出癖とかそういうんじゃない、ここは我が家の風呂場である。今日はなのはちゃんは幼稚園のイベント的な事があるらしく少し遅くなるとの事。ちなみに桃子さんがなんとかイベントに参加できるよう時間を取って一緒に楽しんでるみたい。と言っても終わったらすぐお店に戻らなきゃいけないそうで夕飯には来るらしい。ちなみに桃子さんの代わりに店にはうちのママンがまさかのヘルパーとして赴いてる。無論ケーキなど作れないが雑用なんかを無償で引き受けたそう。そのかわり後日ケーキを貰う約束したらしく俺的にはたのしみである。

 とにかく、そんな予定を聞かされていたので幼稚園から帰っても我が家には誰もいない筈だった。実は途中で通り雨にやられ全身びしょ濡れ。風邪を引かぬよう玄関の鍵が開いていたことに疑問も抱かず、なのはちゃんの靴があることも気付かず、速攻で服を脱ぎ捨て風呂へダッシュ。

 そしたらちょうどお風呂から出てきてタオルを手に取ろうとしてたなのはちゃんに遭遇。恐らくなのはちゃんも同じ理由でお風呂を頂いたのだろう。イベントも予定より早く終わったのだろうか。とにかく、そんな嬉しくもないスケベイベントが発生してしまった。

 

「早かったねなのはちゃん。イベント楽しかった?」

 

 と言っても幼女の裸に遭遇したところで何も感情は湧かなかった。それもそうだ、別にロリコンとかそういうんじゃないし。体も5歳のせいか性的な気持ちとか一切湧かないし。だからいつも通り声をかけた。

 

「…………」

 

 と言ってもなのはちゃんは硬直したまま返事してくれない。

 

「なのはちゃん?早く体拭かないと風邪引くよ?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

 顔を真っ赤にしたと思ったらタオルを体に巻いてそそくさと着替えの服を持って風呂場から逃げるなのはちゃん。出て行く直前にこちらを向いて一言。

 

「し、慎司君のエッチ!すけべ!!」

 

 そんなことを声を大にして言い放ちつつも扉はゆっくり静かに閉じるというしつけの良さを見せつけてパタパタと逃げて行く。

 

「いやっ、理不尽ワロタ」

 

 なのはちゃんにあとでしっかり謝ろう。なのはちゃんも5歳とはいえ羞恥心はあるだろうし。でも風邪を引いちゃうから先にシャワー浴びてからだなぁ。

 

 ちなみにその後は平謝りで機嫌を治すのには少し苦労した。事故ってことを理解してもらいその日の夕飯のおかずを一品提供したらコロッと機嫌が良くなった。くそがっ、俺のエビフライを!

 後でスマブラでボコボコにしてやる。

 

「今日のスマブラは慎司君残機1の私残機5ね!それで完全に許してあげる」

「いやだから理不尽ワロス」

 

 まぁそれでも結局ボコボコにしたわけだが。そしたらまた拗ね始めて今日のお風呂の件をネチネチ文句言ってくる。いやだから理不尽でテラワロス。とりあえずホッペをいつもより強めに引っ張り回しておいた。何故か機嫌が良くなった。ドMか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな日々を満喫して早数ヶ月、あっという間にその日はやってきた。なのはちゃんのお父さん………高町士郎さんが無事退院の日を迎えたのだ。これからは士郎さんが翠屋の店長としてお店を支える事になるらしい。すぐにとは行かないだろうが、遠くない日に状況も落ち着いて高町家に元の日常が戻る事だろう。めでたい事だ。なのはちゃんもようやく本当の家族と過ごす時間を取り戻せるのだ。その報告をしにきてくれたなのはちゃんはとても嬉しそうに語る。うんうん、喜べ喜べ。俺も嬉しいぞ。

 

「それでね、それでね!お父さんが皆んなに………慎司君と慎司君のお父さんとお母さんに是非お会いしたいって!」

 

 えっ。まさか、裸を見てしまった事を報告したのかなのはちゃん。それで不届きものの俺を切り捨てごめんしようと!?それを両親に見せしめとして呼ぶと!?あれ、事故なんだけど!!つーかまだ死にたくねぇ。

 俺は震えながら土下座をしてポッケから飴ちゃんを取り出しなのはちゃんに手渡す。

 

「これで勘弁じでぐだざい」

「え、何が?何で泣いてるの?」

 

 ちゃんと聞いたらお礼をさせて欲しいとの事。何だよそんな事かい。飴返せ。

 

 

 

 

 何て一幕がありつつ3日ほどなのはちゃんがうちにご飯を食べにくる日常は変わらず。が、今日はなのはちゃん一家が総出で待っている高町家の実家へ。とりあえず夕飯お呼ばれをしている。翠屋は早めに切り上げて来たらしく、結構準備して待ってくれてるみたい。なのはちゃんも向こうで待ってる。

 仕事を終えたパパンと合流しうちも一家揃って高町家へ。割と頻繁にお掃除しにママンと通ってたので道はバッチリ覚えたのである。

 

「あ、お待ちしておりました」

 

 出迎えてくれたのは桃子さんと士郎さん。士郎さんとは初対面。いや、カッコよ!カッコいいなこの人!見た目もそうだけどなん雰囲気とか何もかも全てがカッコいい。つい自分の父親と見比べる。

 

「悪かったな、あんなイケメンじゃなくて」

 

 いやいや、パパンもイケメンとまでは行かないけど結構いい線いってると思うよ。本心だよ、だからママンと同じように後ろからアイアンクローしないで!

 

「どうぞ、上がって下さい」

 

 士郎さんに促され俺たちは案内された居間に通される。来客用に用意された席に荒瀬家の3人が座りそれに対面する形で高町家、なのはちゃんやその兄姉を含め5人全員席につく。

 なんだろ、この空気。シリアスを感じる。やっぱり処されるなんてことないよね?ね?

 

「荒瀬家の皆さん………」

 

 重々しく開く士郎さんの口。あれま声もイケボ、完璧ですわ。

 

「本当に、本当にありがとうございます」

 

 真っ直ぐに、ただ真っ直ぐにこちらを見つめて頭を下げる士郎さん。だけじゃないな、なのはちゃんも桃子さんも、美由希さんも恭也さんも同じように頭を下げていた。両親はどうしようかと困惑しつつも頭を上げて下さいとパパンが返す。

 

「桃子となのはから事の経緯は聞いております。皆さんには返しきれない御恩を頂きました。何度お礼をしても足りないくらいの」

 

 パパン困惑しないで、ママン照れないでイケメンがいるからって。この空気変えてよ。

 

「不甲斐ない父親である私の尻拭いをさせてしまった事、大変申し訳ありませんでした」

「高町さん、そんな真剣に考えなくても結構ですよ」

 

 パパンようやくまともに返事をする。よし、いけたたみかけろ!シリアス苦手なの俺!

 

「私と妻はただ息子のわがままを聞いてやっただけです。それに奥様にもお伝えしましたが100%の善意という訳でもないので、こちらもこちらの思惑があっての行動ですから……どうか気にせず。遅れてしまいましたがご退院おめでとうございます」

 

 士郎さんはそこで涙ぐんでしまった。大袈裟な人………いや違うな。律儀で誠実な人なんだろう。高町家の面々は全員所謂良い人達なんだ。素晴らしい家族なんだろう。

 

「私達はこの街に住みついて日が浅い……妻が息子を産んですぐの頃に引っ越したものですから。ですからこの街に親しい間柄の……ご近所付き合いというものが無くてですね。ちょっとした憧れが妻と私共々あるんです。高町さん、よろしければ私達と親しい友人になる……それを私たちへのお礼としてくれませんか?」

「…………友人…ですか。勿論です、私の方から是非お願いしたいくらいです」

「それなら、私とたかま……士郎さんはこれから仲良くなる友人です。ですから友人から机の下に隠しているその封筒は受け取れません」

 

 え、パパン気付いてたのか。かっこいいな、見直したよパパン。

 

「何から何まで………ありがとうございます」

「いえいえ、その分今日は付き合ってもらいますよ。私、結構いける口ですので覚悟しておいて下さい」

 

 そう言って持参して来た酒瓶を手に取るパパン。パパン、そんな酒強くないでしょ。気をつけてね。

 

「それなら、私と桃子さんはとっくにもう親しい友人ですねぇ」

「あはは、ありがとうございます」

 

 母親組もう前から絡みあったしね。

 

「……貰ってばかりで立つ瀬がないです」

「それは違うわよ桃子さん。確かに私達は今回貴方達の手助けをした形だけど今後私達が困ったら高町家には遠慮なく頼らせてもらう予定なんですから」

「そうですね、こういうのは持ちつ持たれつ……て奴ですよ」

 

 最後にパパンのその一言で堅苦しい話は終わりですと告げるママン。よし、シリアスは終わったね。ていうかうちのママンとパパン人間出来過ぎでしょ、ますます尊敬の度合いあがるよこれ。

 

「あぁ、すいませんあと一つだけ」

 

 士郎さーん、もうええやんかー。腹減ったで俺。

 

「慎司君……」

 

 俺かい!俺にかい!なのはの裸を見てしまったのは事故なんですって!

 

「君にも、ちゃんとお礼を言わせて欲しい。なのはと仲良くしてくれて、高町家を助けてくれて………本当にありがとう」

 

 あまりに真剣な声音に息を呑んだ。ふざけた思考は消えて、そのお礼を真摯に返す。

 

「俺は……何も。ただなのはちゃんと遊んでただけですよ」

「君はそれだけだと思ってる事でもなのはにとってそして高町家にとってもとても救われたんだよ。君の心優しい行動に、感謝を。しつこいようだけど本当にありがとう」

 

 それは俺を子供と見て軽々しくお礼を言ってきている訳では無かった。1人の人間として俺を見て、深々と謝辞の想いを告げてくれていた。

 

「私からも、ありがとう……慎司君」

「なのはの事、ありがとうね」

「本当に妹が世話になった。俺からも……ありがとう」

 

 桃子さん、美由希さん、恭也さんも同じように真剣に礼を告げてくれていた。そして

 

「なのはちゃん……」

 

 立ち上がって俺の前で止まる。手をもじもじと恥じらいを少し混じりつつもそれでもみんなと同じ真剣な目つきと天使のような微笑みを添えて。

 

「私からも………ありがとう。私と友達になってくれて、いっぱい遊んでくれて……」

 

 思い出すように目を閉じてからなのはちゃんは、あの時とはもう全然違う、心の底からの満面の笑みで

 

「あの時、手を差し伸べてくれて、本当にありがとう。いっぱい感謝してます」

 

 まったく。どいつこいつも律儀だよ。だって俺はそこまで深く考えて声をかけた訳じゃ無かったから。ただ………前世のように色んなことに後悔をしながら人生を終えたくなかったから。今世では後悔しない人生を歩みたいって、そんな自分勝手な理由もあったから。そんな真剣なお礼を受け取る資格なんか無いと、そう思ってしまう。

 

「それでね、あのねっ」

 

 なのはちゃんは俺の手を取ってギュっと握って戸惑いながらも何か伝えようとしてくる。

 

「これからも、友達でいてくれますか?」

 

 ちょっと目が点になりそうな事を伝えてくるなのはちゃんだが、なぜそんな事を言ってきたのかは察する事が出来た。

 士郎さんが退院して元の日常に戻った高町家。なのはちゃんもうちに通い詰める理由はなくなった。元通り家族との時間を過ごす、そうするべきだ。無論だからといって今生の別れとかそんな物はなく。たまにうちにご飯でもご馳走されにくればいい。遊ぶのだって毎日できる訳だし。会える時間が減るだけで会えない訳じゃないのだから。

 だけど、大袈裟な言い方をするならば今、なのはちゃんと荒瀬家の間の一つの契約が終了したのだ。これまでとはお互い違う過ごし方となる、それは友人関係の終了とも言えなくはない。俺が同情でなのはちゃんを気遣って無理にそう装っていたらの話の場合だ。確かに、もしそうなら根本な事も解決した今、俺はなのはちゃんと会う事はなくなる可能性もある。それを心配したのだろう。だが、あくまでそれは俺がそういう風に考えていた場合であって事実とは異なる。

 心配する必要なんか何一つない。ていうか信じろよ友達じゃないか。なんだかモヤモヤとしてなのはちゃんのホッペをいつもみたいにグニグニと引っ張る。このタイミングでこの行動に驚くなのはちゃんに間髪入れずに俺は言った。

 

「んなの当たり前だろ。覚悟しろよ、なのはちゃん……なのはちゃんが嫌がってもずっと付き纏って一緒に遊んでもらうから」

 

 そんな事を言った事を後悔させるほどにな。フハハハハ。

 

「う、うんっ……うん!」

 

 嬉しそうに、安堵するように何度も頷くなのはちゃん。もう、流石に限界だから。この空気、やめよ。もうワイワイしようぜ。

 

「あー、お腹空いたなぁ」

 

 子供っぽくそうぼやく。わざとらしかったかな?

 

「うふふ、ごめんね慎司君。すぐに用意するから」

 

 そう言って桃子さんはキッチンへ。ママンも手伝うべく桃子さんについていった。

 

「慎司君……」

 

 士郎さんに呼ばれる。ふにゃふにゃしてるなのはちゃんの鼻に軽いデコピンをかましてから士郎さんに向き直った。後ろでギャーギャーしてるなのはちゃんは無視する。

 

「なのはの事、これからもよろしくお願いするね」

「っす、勿論です」

「ありがとう」

 

 礼を言うのはこっちだ。俺は今日こんなに感謝されて。こんな俺に真剣に向き合って言葉をくれて、そしてなのはちゃんと言う友達に出会わせてくれてありがとうと言いたい。

 そして何より、少しだけ。少しだけだが、俺は今日この人達に真剣に感謝されて……暖かい言葉をもらって初めて………少しだけ転生して良かったと思えた。まだ前世に未練はある、冷たいようだが戻れるなら戻りたいと願っていると思う。だけど『荒瀬慎司(山宮太郎)』にそう思わせてくれて、本当にありがとう。

 

「うん、そしたら。今度は別の話があるんだがいいかな?」

「はい?」

「……………なのはの裸を見たそうだね」

 

 ゲッ。嘘だろ。やっぱりその事話してたのかよなのすけぇ!

 

「…………いや、そのぉ……」

 

 事故なんですぅ。そんなつもりなかったんですぅ。なのはちゃんもお父さんやめてと慌てている。

 

「ふふ、冗談だ。事故だっていうのはなのはから聞いてるよ。子供同士なんだ、気にしなくていい」

 

 そう言って爽やかに笑う士郎さん。そして恥ずかしそうにポカポカと抗議するなのはちゃん。

 

「ただ、今後は気をつけて。これでも大事な娘なんだ」

 

 流石に威圧は篭ってなかったが本当にそういう事は今後ないように気をつけんとね。本当、次は多分斬られるわ俺。

 つーか、撤回だ撤回。やっぱ前世の方が良かったわー。つらいわー。

 

「慎司君ももう忘れて〜」

 

 今度は俺にポカポカしてくるなのはちゃん。それを見てやっぱりこう思うのだ。

 

 

 

 割とこの世界も悪くないと。

 

 

 

 

 




 シリアスメインで行くか日常メインで行くか。いや、普通に日常メインになるなこれ


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小学生へと


 お気に入りや評価してくれた方。そして閲覧してくれた全ての皆さんに感謝を。見てくれるだけで嬉しいです。励みになりますのでこれからもどうぞよろしく


 

 

 

 

 

 高町家に日常が戻り、俺となのはちゃんの関係は変わらないまま普通の日々を送る。いいねぇ、人生平穏が一番。これまで通りなのはちゃんとは毎日のように公園で遊び尽くして、時には高町家に……時には荒瀬家に招待したりなど順風満帆な日々だ。例の快気祝いのパーティーで高町家と荒瀬家はすっかり家族揃って仲良しに。

 翠屋も軌道に乗ったらしく、忙しくも士郎さんがいることで家族の時間はちゃんと作れているらしい。流石一家の大黒柱だ。

 

「はい、今日のオススメケーキのシフォンケーキよ。慎司君、沢山食べてね」

 

 というわけで本日は高町家……というよりは翠屋にお呼ばれされた。ちなみに今日は金曜日ですので明日は土曜日だから幼稚園はお休み。このまま高町家にお泊まりする予定である。

 

「待ってました!いただきます」

 

 うめええええ!流石桃子さんのケーキだ!何でもうめぇ。フォーク止まんねえ。

 

「うふふ、いつも美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるわ」

 

 だってうまいだもん本当。別に甘いのが特別好物とかそんなんじゃ無かったけど、桃子さんのせいというべきかおかげと言うべきかすっかり甘い物好きになってしもうた。

 ちなみにちゃんとケーキのお代はママンから貰ってる。行くたび毎回タダにして貰うのも悪いからね。そこはしっかりさせてもらってる。

 

「う〜ん、お母さん今日もおいしいよ〜」

「ふふっ、なのはもありがとう」

 

 なのはちゃんも顔を蕩けさせながらケーキを口に運ぶ。

 

「なのはちゃんは毎日桃子さんのケーキ食べてるの?」

「えっ?毎日ってほどじゃ無いけど……でも大体食べてるかも」

 

 そら羨ましい。俺は翠屋に来た時かお互いの家で定期的に行われる事になってるホームパーティーの時しか食えんからなぁ。ていうか定期的にホームパーティーするとか高町家と荒瀬家仲良くなり過ぎだろ。息子としては大賛成ですけども、ケーキ食えるし。

 

「ふーん、そっか、そんなに食べてるんだ」

 

 ジロッーとなのはちゃんを一瞥する。

 

「な、何?」

「………………太るぞ」

 

 ピキッと音がした気がした。なのはちゃんは口に運ぼうとしたフォークの動きを止めて、ついでに体そのものも硬直した。

 

「ふ、ふ、太ってないもん!」

「今はな、けどずっとそんな風に食べ続けてると………」

「ちゃんと運動してるもん、慎司君と遊んで……」

「最近は外で遊ぶよりお家で遊ぶことの方が多くなったよね〜」

 

 意外や意外。なのはさん俺の影響か割と色んなゲームにハマっておいでなのだ。ちなみに今はポケモンルビーにハマってる。

 

「うぅ………」

「太ったなのはちゃんはどんな感じなんだろうねぇ」

「うぅぅ………太っちゃうのかなぁ……」

「まぁ、太ってるならとっくに太ってるだろうけどね」

 

 俺と会う前、士郎さんが事故に遭う前からそんな食生活だったんだろうし太るならとっくに太ってると思われる。なのはちゃん大食らいじゃないし体質もあるんだろうけどおそらく大丈夫と思われる。俺のその解説を聞いたなのはちゃんは

 

「またそうやってからかって!もうっ!もう!」

 

 いつもの両手でポカポカ。最近は俺も位置を調整して肩を叩かせている。あ、そこそこ。肩叩きにちょうどええ。

 

「なのはちゃんや、ケーキを一口くれんかね」

「意地悪な慎司君にはあげません!」

「そ、そんな……ひどいよなのはちゃん。そんないじわるずるなんでぇ」

「その手の目薬はなに!?もう引っかからないもんね!」

 

 ちっ、今日は引っ掛かんなかったか。まぁ時間開ければまた引っかかってくれるポンコツ具合もあるなのはちゃんだしな。後日リベンジしよう。

 

「あ、なのはちゃん…ほっぺにクリーム付いてるよ」

「ふふん、それも引っかからないもんねー。どうせ慎司君のほっぺとか言うんでしょ?」

「いや、今回はマジ」

「えっ、ほ、ホント?」

 

 ほっぺを恐る恐るさすって確認するなのはちゃん。

 

「うん……隣の席のおじさんのホッペに」

「騙したね!?」

 

 ツメが甘いのぉなのはちゃん。俺に勝とうなんぞ100年早いぜぃ。さてさて、やるべき事は先にやっておこう。

 

「ご協力ありがとうございます」

「おお若いの、気になさんな。見てて楽しかったからのぉ」

「まさかの仕込み!?」

 

 ネタに全力なんだよこちとら。

 

「どれだけ私をからかいたいの?」

「世界が終わるその日がきても、俺はなのはちゃんをからかい続けるんだ」

「聞かなきゃよかった……」

 

 ガックリ項垂れるなのはちゃんの表情は言葉とは裏腹にしょうがないなぁなんて思ってそうな表情をしてた。なんかムカついたので今日もほっぺを伸ばしたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 翠屋を後にしてなのはちゃんの実家へ。夕飯をご馳走になり、お風呂も頂いてからお楽しみのお遊びタイム。まずは家からわざわざ持参してきたゲームキューブをセッティング。流石に64は古かったのでパパンにねだって買ってもらった。ありがとうパパン。とりあえずスマブラをセットしてコントローラーを4つ準備。今回はなのはちゃんだけでなく先日のパーティーで仲良くなった恭也さんと美由希さんにも付き合ってもらう。

 

「ふははは、なのはちゃん動き見え見え〜」

「あ!また慎司君私ばっかり狙ってる〜!」

 

 まだまだ俺っちに勝つのは遠い話ですななのはちゃんよ。

 

「慎司君、今!今のうちに!」

 

 とか言って自らの兄を掴みで動きを封じて俺に攻撃させようとする美由希さん。

 

「そんな隙だらけの美由希さんに掴み投げからのぉ〜メテオナックルうううううう!!」

「あぁー!」

 

 ひどい〜っとガミガミ言ってくる美由希さん。はっはっは、勝負の世界は非情なり。

 

「残念だったな美由希。俺ばっかり構うからだ」

「そして油断してる恭也さんに横スマっああああ!!」

「しまった!?」

 

 というわけで僕たんの優勝である。アイムチャンピオン〜ウィー。と高町三兄妹を煽る。

 

「むぅ、今度こそ負けないもん」

 

 あ、こやつチーム戦にしやがった。しかも3対1かよ!

 

「ふっふっふ、私達を怒らせた事を後悔させてあげる」

「ゲームとはいえ負けてばかりなのも悔しいしな」

「これなら流石の慎司君も勝てないでしょ〜」

 

 三者三様にそんな事言ってくる。美由希さんと恭也さんは割と負けず嫌いなのかね。なのはちゃんにいたっては2人の後ろに隠れて俺に可愛い挑発をしてくる。

 

「ほほぉ……なんら俺っちも本気でいかせてもらうで」

 

 ファルコン……ランチ!で行くぜ!

 

 

 

 

 と言っても流石に3対1ではなす術なく惨敗。ていうかいつも俺に付き合ってくれてるせいか美由希さんも恭也さんもどんどん上手くなってるし。なのはちゃんにいたってはもう上級者レベルである。まぁ、皆んな笑って楽しんでるからよしとしよう。

 まぁ、悔しかったから今度は手加減なしでボコボコにしてやりましたけどねまる。

 

「あら、ゲームはもういいの?」

 

 ある程度対戦を重ねて飽きてきた頃に洗い物を終えた桃子さん登場。それを手伝ってた士郎さんも続くように居間に現れる。

 

「桃子さん、士郎さん………お家でのお仕事はおしまいですか?」

「あぁ、もう終わったよ」

 

 なればと持ってきたリュックサックを漁りトランプを取り出す。

 

「全員で……やります?」

「いいのかい?」

「餅つきの論でさぁ、お二人が良ければですけども」

 

 勿論一緒にやるわと桃子さんが腰掛ける。それに習って士郎さんも。俺が高町家に泊まるたびのトランプに限らず毎度士郎さんと桃子さんを巻き込んで何かしらのゲームをしている。前回は人生ゲームを持参してきましたよ。

 この人達面白いしね。両親一緒の方がなのはちゃん兄姉も楽しいだろうし。俺も人数多い方が楽しいしね。

 

「さてさて、まずは肩慣らしにババ抜きでさぁ」

 

 二枚の内一枚のジョーカーを抜いてトランプをシャッフルする。

 

「ショットガンシャッフルはカードを痛めるぜ」

「自分でやって自分で言うんだね」

 

 美由希さんにツッコマれながらも気にせずカードを配る。無論このトランプにはブラックマジシャンも入ってないし不正もしてないぽよ。

 

「んじゃ皆々様カードを取ってくださいな」

 

 俺の言葉を合図に全員カードを確認する。さてさてジョーカーは誰の手かなぁ?ちなみに俺ではなかった。

 

「ぶふっ」

 

 カードのペアを切っていたら突然美由希さんが吹き出した。おっと、どうやらババを持っているのは美由希さんのようだ。

 

「どうした?美由希」

「う、ううん。何でもないから……気にしないで?」

 

 と恭也さんの心配はよそに俺の方をジロリと見てくる美由希さん。俺はどこ吹く風の如く口笛を吹きながらカードを切ってく。

 全員カードを切り終わった所でジャンケンで順番を。恭也さん→桃子さん→士郎さん→俺→なのはちゃん→美由希さんの順番に。まずは恭弥さんが美由希さんのカードを取る。

 

「ぶふっ」

 

 引いたカードを確認すると突然軽く吹き出す恭也さん。同時にニヤリとした表情を浮かべた美由希さんも俺は見逃さなかった。まさか初手で引いたか。恭也さんは平静を装って続ける。とりあえず一巡、二巡とあまり展開は動かず進む。そして四巡め、全員いくつかカードを切って順調に進んでいた所で桃子さんが恭也さんからカードを引いて……

 

「……っ」

 

 ピクッと動きを止めた。あ、ちょっと笑った。続けて士郎さんにカードを引かせる。と、思いきや持っている手札に一枚だけ飛び出させてる状態で士郎さんに見せる。おっと夫婦による心理戦か?

 

「桃子、それババだな?」

「うふふ〜、さぁ?」

 

 仲良いなこの夫婦。羨ましいよ。うちのパパンとママンにも負けてないよこの2人。

 

「貴方……」

 

 と士郎さんが引くカードを決めあぐねていると甘えたような声を出す桃子さん。

 

「お願い………」

「そんな風に甘えてもダメだぞ?」

「お願い……あ・な・た」

「………くっ!」

 

 あ!結局誘ってたカード引きやがった!心理戦じゃなくて誘惑だった!士郎さんの反応を見るにババ引いたっぽいし。そして士郎さんもそのカードを見て軽く吹き出してた。

 つーか士郎さんがババ持ってるって事は次に危険なの俺やないかい。

 

「……さ、慎司君の番だ」

 

 キリッとして言ってんじゃないやい。誘惑に負けたくせに。桃子さんよほど嬉しかったのかずっとニコニコしてるし。

 だが甘いです、引いた後はちゃんとシャッフルしなきゃ。どこにババがあるかバレバレだぜ。

 

「なぬ?」

 

 引いたのはババだった。士郎さんを見やる。フッと少し微笑みまだ慎司君には負けれないよと言わんばかりの顔。このやろう俺に分からないようにすり替えやがった、大人げねぇ〜。俺大人みたいなもんだけど!

 

「それじゃ次私ねー」

 

 と俺が悔しがってる隙にカードを引くなのはちゃん。嬉しそうに揃ったカードを切る。ふふふ、今は笑っているがいいさ。すぐにババを引かせてやるゼェ。

 と思惑しつつもそのまま俺の手札からババは動かずいつのまにか俺となのはちゃん以外はみんな上がって俺となのはちゃんのタイマンを見守っている。

 なのはちゃんのカードは残り一枚。俺は二枚。次なのはちゃんが引く番だ。 二枚のカードを見比べながらチラッと俺の様子を盗み見て観察してくる。表情に出すようなヘマはしませーん。

 

「うーん………」

 

 中々決まらないなのはちゃん。ええでぇ、いくらでも待ちまっせ。

 

「………し、慎司君……ババはどっちかなぁ?」

 

 おっとここで心理戦か?

 

「どっちかがババだよー」

「それは分かってるよぉ〜」

 

 ヒント!ヒント頂戴!と懇願してくるなのはちゃん。いや、ヒントもクソもないだろ。教えるか教えないかしかないよ。しかしそこまで言うなら仕方ない。

 

「よし分かった、納得のいく猫の物真似をしてくれたら教えよう」

「えっ」

 

 葛藤するなのはちゃん。しかし勝利に貪欲でもある高町家のなのはちゃん。最後まで葛藤しつつも猫の物真似を始めた。

 

「にゃ、にゃ〜お……」

 

 鳴き真似だけじゃなく仕草までちゃんと物真似する。

 

「ゴロゴロ〜」

 

 おお、俺の膝に擦り寄ってゴロンとしてくる。確かに猫っぽい。て言うかなんだこの可愛い生き物。確かに納得のいく物真似ではある。

 

「けど尻尾がないので失格で」

「きしゃー!」

 

 うわっひっかくな!いたい!

 

「ぐるるるっ………」

「猫ではなくて虎でしたか」

 

 怒ったようにずっと唸ってくるなのはちゃん。でも残念だが勝負の世界は非情、手札は明かしませんよ。

 

「………し、慎司君」

「………」

「お願い……慎司君」

「………………」

「…………お願い……し・ん・じ・く」

「さっさと引け5歳児」

「自分だって5歳じゃん!」

 

 何桃子さんの真似しようとしてんだよ。20年くらい経ってから出直せ。ほら見ろ、娘が真似し出したから桃子さん赤くなってるじゃんか。

 

「うぅ、なら嘘でもいいから答えてババはどっち?」

「右」

 

 それを聞いてなのはちゃんは勝ち誇ったような顔をした。

 

「ふふん、慎司君気付いてた?実は慎司君は嘘をつかない人だって」

「そうだね」

 

 からかったり冗談は言うけど明確な嘘や虚偽はしないのが俺である。前世の頃から正直者なので私。

 

「だから右はババだとなのはは思います!」

「そうかい」

「ふふん、謝るなら今のうちだよ?」

「騙されてるなのはちゃんが見れそうだから謝らない」

「そ、そんなこと言っても騙されないよっ!」

 

 まぁ、なのはちゃんがそう思うのも無理は無い。遊びでも何でもお茶濁したり誤魔化した言い方とかはするけど明確な虚偽とか一度もしてないしね。

 

「だから、左のカード引くからね!」

 

 とカードを手に取り引く。

 

「あ、言い忘れてたけど俺から見て右ね」

「にゃあああああ!!」

 

 俺のその言葉にがっくしするなのはちゃん。俺に心理戦で勝とうなんざ100年早いぜ。

 でもまだ負けてないもんっとすぐに立ち直って引いたカードを確認するなのはちゃん。すると目が点になった。

 

「な、なにこれぇ!?」

 

 慌てながら俺から引いたカードを見せてくるなのはちゃん。それはババであるジョーカー。ジョーカーなのだが絵柄に書かれた悪魔の顔の部分が俺の書いた落書きによってインクで潰れている。顔部分には俺が書いた下手な似顔絵が書かれておりそれだけじゃ誰か伝わらないのでカードの下の方に『デビルガールなのは』と書いてある。

 

「慎司君の仕業でしょ!このトランプ持ってきたの慎司君だし!」

「いや、メーカーの仕業だろ」

「そんなわけないでしょ!?」

 

 ギャーギャー騒ぐなのはを見て高町家も微笑ましそうに笑う。ゲーム終盤でようやく何でみんなが途中途中吹き出してたのかようやく気付いたなのはちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くしている。

 

「ほれさっさとカードを引かせろデビルガール」

「デビルガールじゃないもん」

 

 この勝負絶対負けないと決意するなのはちゃんは。俺に見えないよう背中にカードを回してシャッフルして俺に突き出す。さて、運に身を任せるのも面白いけど負けたくないのでこっちもしかけよう。

 

「なのはちゃんも嘘でもいいから質問に答えてよ」

「い、いいよ……」

 

 ボロは出さないぞと言わんばかりに表情を引き締めるなのはちゃん。

 

「お父さんの事好き?」

「え?う、うん……」

「お母さんは?」

「も、勿論好きだよ」

「恭也さんと美由希さんも?」

「あ、当たり前だよっ」

 

 嘘のつけない質問なので全部正直に答えてくれるなのはちゃん。少し照れているのかもじもじし出した。高町家は満面の笑みでそれを聞いている。

 

「それじゃポケモンで一番気に入ってるのは?」

「ぴ、ピチューかな」

「スマブラで一番得意なのは?」

「カービィだよ?」

「ファルコン?」

「パンーチ!」

「はどっちの手でやってた?」

「えっと……右かな?」

「なのはちゃんの利き手は?」

「左だよ」

「俺のこっちの手は?なのはちゃんから見て」

「左!」

「なのはちゃんから見てババは?」

「右!」

「はい、ありがとう」

「にゃ!?」

 

 はい俺の勝ち。何で負けたか明日までに考えといて下さい。そしたら何かが見えてくるはずです。ほな、いただきます(勝利を)本田風。

 

「ず〜〜〜る〜〜〜い〜〜〜!」

「HAHAHA、勝った方が正義じゃけん」

 

 今日は一段と長くポカポカしてくるなのはちゃん。よっぽど悔しかったのだろう。やれやれとしながらカードを集めて次はどうするかと考える。

 ホント高町家と知り合ってから転生した人生に充実という言葉が当てはまってる。楽しいなぁ、こんな日が続けばええなぁ。なんてじじくさい事を考えていた。

 さてと、次は七並べにでもしようかね。もっかいババ抜きでもええねぇ。高町家にはトコトン付き合ってもらうかのぉ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 そんな楽しい日々を過ごしていれば時が経つのもあっという間で。俺となのはちゃんは早いもんで幼稚園を卒園し4月から晴れて小学生となる。うわっ、ランドセルとか懐かしいなぁ。さてさて、気になる小学校だが実は私立小学校に通うことになった。ある日突然ママンにちょっとこれ解いてみてと言われ渡された幼稚園児向けの問題集。ちゃんと全力で取り組んだ所流石は元20歳の俺。勉強に関しては強くてニューゲームを発動して問題なく全て正答。

 ママンとパパンはやっぱりかと予想していたよう。流石に転生者だとは思われてないだろうけど俺が外見年齢不相応な所はもう完全に気にしてない様子。それならばとパパンが私立の学校に行ってみないかと言われた。

 金銭的な面で負担は掛けたくなかったし、今そこに通わずとも後からちゃんと勉強して受験して高校あたりから良い学校に進もうと考えていた俺っち。しかし、ママンとパパンは余計な事考えなくていいと一刀両断。それに、なのはちゃんもそこを受験するらしい。良い学校行って損はないだろうしせっかく仲良くなったから一緒の学校にすれば?と両親から背中を押される形で俺もその学校に受験したのである。

 俺もなのはちゃんも無事合格。晴れて入学式を迎えて小学生の仲間入りだ。

 

「けどせっかく同じ学校に入学したのにクラスは別々かぁ……」

 

 世の中そううまくいかないもんである。まぁ仕方ないねぇ。幼稚園では友達はできなかったしなのはちゃん以外にも仲良しの友達作れたら良いなぁと心の中でぼやく。

 まぁ、なのはちゃん少し大人っぽい所あったから実年齢と違う俺は波長が合ったけど幼稚園の時と同じで難儀しそうだ。やっぱり素を出せる子と仲良くしたいしね。 

 まぁ、なるようになる事を願おう。

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 さてさて入学してから1ヶ月とちょっと経った。授業は退屈だが先生に目はつけられたくないので真面目に受けてる振りをする毎日。結局クラスでは多少話す仲は出来たが放課後まで関わり合いになるような友達は出来なかった。まぁ、自分のせいだけどな。せっかく誘ってくれても避けてるの俺だし。ごめんね誘ってくれてるのにと内心謝りつつもそれに応じる事はない。

 なのはちゃんとも今まで通りに会って話して遊ぶのは変わらなかった。とは言っても小学校に上がった事でその時間は以前より減ってしまったが。そんなこんなで休み時間なのはちゃんのクラスにでも行ってなのはちゃんからかいにいくかと赴いてみると。

 

「ありゃ?」

 

 なのはちゃんいねぇな。しゃーない、出直すか。合間の休み時間じゃ大して時間ないし。と大人しくクラスに戻った。

 その後一年生の女の子2人が大喧嘩したと言伝で聞いた。青春してるねぇ。そうやって色んなこと経験して大人になるだぜ少年少女よ。なんてテキトーな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

「いやなのはちゃんが当事者かよー」

 

 それから数日経ったくらいになのはちゃんが紹介したい友達がいると放課後になのはちゃんの教室に呼ばれたので行ってみるとなのはちゃんの他に2人の女の子がいた。

 アリサ・バニングスと月村すずかと2人は名乗った。実は先日の女子同士の喧嘩はなのはちゃんとアリサちゃんが起こしたものらしく、それを当事者でもあったすずかちゃんが止めたのだという。それをきっかけに仲良し3人組と化したとの事。

 それはとても良い話だけどまさか肉体言語から始まって仲良くなるとか……夕日バックにクロスカウンターでも決めたのだろうか。

 

「そかそか、なのはちゃんの友達かー。一緒だね、俺は荒瀬慎司。よかったら俺とも友達になってん」

 

 よろしくと素直に握手を返してくれるすずかちゃん。アリサちゃんの方は少し不躾ながらも応じてくれた。両者正反対な性格のようで。あ、あと喧嘩の内容には触れなかった。その話題になるとアリサちゃんがばつの悪そうな顔をするもんだからあんまり広げないようにしたのだ。そこらへんお兄さんちゃんと察するよ。

 

「よろしくねー、月村すずかちゃんに………アリサ・バーニング?」

 

 脛を蹴られた。

 

「バニングスよ!バニングス!」

「ごめんごめん、アリサちゃんだね……よろしく」

 

 たくもうっと言いたげな顔をするアリサちゃんに。蹴られた俺に大丈夫?とおろおろするすずかちゃん。ある意味バランスいいのかも。

 

「んでんで?なのはちゃんは俺と2人を会わせて何が目的なんだい?」

「え?いや、特に深い意味はないけど………」

 

 あ、こいつ俺に気を使ったな?クラスに仲良しな子が出来ないって一回ぼやいた事を思い出した。まぁ、好意には感謝しよう。実際この2人とは仲良く出来そうな気がする。気がするだけだけど。

 

「せっかく知り合ったんだしなんかして遊ぼうぜ」

「何をするのよ?」

「道ゆく人を順番にドロップキックして誰が一番怒られないかゲーム」

「それは……やりたくないなぁ」

 

 この調子で2人には俺がどういうキャラか分かってもらおう。うーんと考え込む。女の子3人だしあんまり激しい遊びは控えた方がええかなぁと思考してると強い風がなびく。つい目を瞑ってしまうような一瞬フワリと体が持ち上がるような強風が俺たちを襲った。

 特に怪我等はないが問題が一つ発生した。

 

「あっ」

「えっ」

 

 強風によってフワリと持ち上がるアリサちゃんのスカート。アリサちゃんのスカートだけが何故か強風の被害を受けた。そして神はいないとばかりにアリサちゃんの対面にいた俺。顔を真っ赤にして慌ててスカートを抑えるアリサちゃん。

 何も言えない俺となのはちゃんとすずかちゃん。いらねぇよ、小学生相手にそんなスケベイベントいらねぇって。

 

「見た……?」

「白パン?」

「殺す」

「マジか」

 

 事故だろどう見たって!理不尽だテラワロス。走って逃げる俺に小学一年生とは思えない速度で追いかけてくるアリサちゃん。慌ててそれを追いかけるなのはちゃんとすずかちゃん。いやー、全くもって理不尽。

 

「待てええええええ!!」

「だが断る!」

 

 今は追いかけられていて捕まれば恐らく酷い目に遭うだろうが俺はこう思った。昨日よりこれから明日が楽しみになりそうだ。後々なのはちゃんと一緒で腐れ縁となる2人に親近感を沸かせながら俺は笑顔で全力で逃げた。

 

 

 

 

 





 無印前の話はあんまり長くしないようにしようと思ってるけど書き始めるとどうして蛇足ばかり書く。まっいいか。恐らくあと1話で無印前は終わるかも


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前世ではなく今世として


 第一話にて重大な誤字を発見。パパンセリフで

「旦那さんが退院するまでの一時的とはいえずっと1人にしておくのも……勿論桃子さんが悪いと言っているのですが」

 これじゃめちゃくちゃ桃子さん攻めてる感じに。正しくは

「旦那さんが退院するまでの一時的とはいえずっと1人にしておくのも……勿論桃子さんが悪いと言っているわけではないのですが」

 うん、全然違うね。印象全然違うよこれじゃ。以降気をつけます。メッセでで誤字指摘してくれた方ありがとうございます。第一話の方でも修正しておきます


 

 

 

 

 

 

 アリサちゃん、すずかちゃんと友達になってから半年ほど経ち、俺たちはすっかり仲良しになったと思う。なのはちゃんと遊ぶ日常にまんますずかちゃんとアリサちゃんが参加したような感じだった。

 そこからの日常は俺に再び彩を与えた。楽しい日々を送った。

 

「つーわけで!オレ、参上!!」

 

 休み時間になのはちゃん達がいる教室に茶化しにいくのは日常茶飯事となっていた。3人とも同じクラスなので俺的には全クラス回らなくて済むのでありがたい。

 

「うるさいわね、もっと静かにきなさいよ」

「オレ!!参上!!!」

「だああ!ボリュームあげるなー!」

 

 とかいうアリサちゃんの声のボリュームも大きくなる。これぞ孔明の罠なり。

 

「慎司君、おはよう」

「すずかちゃん、おはおは」

 

 ちなみにすずかちゃんは早くも俺のうざ絡みをスルーするという高等テクを身につけていい感じに捌いてる。それはそれでいいと思う俺ちゃんは気にしない。無視できない時に突っ込んでくれるしね。

 

「あんたねぇ、休み時間毎回毎回うちのクラスに来てるけど暇なの?クラスに友達いないの?」

「…………………」

「ちょっ、黙らないでよ」

「…………………………」

「…………ご、ごめん……でも!わ、私達がいるし……」

 

 ガラガラと教室の扉が開く音が響く。

 

「おーい慎司、次移動教室に変更だと」

「おう、わざわざありがとなー」

「気にすんなって友達だろ〜」

 

 そのまま自分の教室に戻る我がクラスメイトのみつるくん。

 

「…………で?何だっけ?ごめんよく聞いてなかったわ〜」

「殺す!」

 

 わあわあとするアリサちゃんを落ち着いてと止めるなのはちゃんとすずかちゃん。実は2人と友達になったのがきっかけで俺も変に斜に構える事を止める事が出来た。今まで実年齢という俺の秘密に申し訳なさがあって一歩引いてクラスメイトに接してきたがいつの間にかあまり気にしなくなっていた。

 我ながら調子のいい話だけどお陰でクラスの子も友達と呼べる子は増えた。普段絡んでる事が多いのはこの3人なのだがそれでも前より全然良好な関係だ。

 

「はっはっは、落ち着けよバーニング」

「バニングスだって言ってるでしょ!」

「慎司君!火に油を注がないで!」

「アリサちゃんも落ち着いてー!」

 

 朝からカオスですな。さてま、アリサちゃんはなのはほど許容範囲は広くないのでこの辺りで揶揄うのはやめておこう。本気で怒らせるのは本意じゃない。

 

「そそ、聞きたい事あったんだよ。今日の放課後アリサちゃんとすずかちゃん時間ある?」

「え?別に平気だけど」

「私も、今日は習い事もないから大丈夫」

 

 よしよし、なら好都合だ。

 

「慎司君、私には聞いてくれないの?」

「なのはちゃんはどうせ暇だろー」

「ひどい!?」

「だから強制な」

「うぅ、別に平気だけどさ……」

 

 これで全員大丈夫だな。なら、憂いはない。

 

「なれば、3人が良かったら今日うちに来ねえか?」

 

 本日は我が家にご招待であります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 放課後、アリサちゃんとすずかちゃんは正式にお家の了承をもらって学校から直接我が家へ向かう。

 

「いやー、悪いね。うちの両親が2人の話したら会わせろ会わせろうるさくてなー」

 

 未だなのはちゃん以外に家に友達を招待した事なかった現状。今日はパパンもお仕事休みで家にいるのでいい機会だからと誘ってみてはどうかと思ったで候。今日はうちで夕食を一緒にする予定である。

 

「なのはちゃんは幼稚園の頃から慎司君と一緒だったんだっけ?」

「そうだよー、だから慎司君のご両親とも顔見知りなんだ」

「慎司の両親ってどんな人なんだろ……想像つかない……」

 

 そのアリサの言葉になのはちゃんがご両親はとっても良い人たちだよーとアリサの疑問に答えていた。失礼な、俺がまるで変みたいな言い草だ。

 

「あんたはどう考えても変人の類じゃない」

「変身!?カメンライド!ディケイド!」

「そういうとこよ」

 

 そういうとこか。なら仕方ない、俺は変人なのだろう。まぁ確かに割と素だしなこの性格。何て話してる内に我が家へ到着。

 

「ちーす!三河屋でーす」

「帰れ」

「学校から帰ってきた息子に言う一言それってひどくないママン」

 

 ていうか帰ってんだよもう。

 

「あら〜、なのはちゃん久しぶりね」

「ご無沙汰してます!」

 

 そういえばなのはちゃん連れてくるのも数ヶ月前の高町家とのホームパーティ以来か。ここの所、外でアリサちゃんとすずかちゃん巻き込んで遊んでばっかだったしな。俺も今度翠屋に顔出そう。

 

「で、貴方達がアリサちゃんとすずかちゃん?」

「は、はじめまして……すずかです」

「アリサです……ご招待いただきありがとうございます」

 

 お上品に挨拶しちゃって、そういえば2人ともお金持ちのお嬢様だったか。すっかり忘れてた。

 

「馬鹿息子からいつも話は聞いてるわよ、いつも遊んでくれてありがとうね」

 

 いえいえと恐縮する2人。ママン恥ずかしいからもうやめて。もう部屋に案内させろよ。

 

「それじゃ上がって頂戴。狭い家だけど遠慮しないで寛いでね」

 

 いやいや立派な一軒家よママン。パパンよく頑張ってくれてるよ。

 などとパパンに想いを馳せつつ3人のお邪魔しますを合図に部屋に案内する。途中パパンに遭遇して同じようなやり取りをしてようやく部屋に到着。

 

「夕飯まで時間あるしなんかしようぜ」

「………い、意外に部屋は綺麗なのね」

「そりゃ自分の部屋くらいちゃんと掃除するさね」

「慎司君って結構意外な一面多いよね」

 

 アリサちゃんとすずかちゃんが割と失礼なのはいいとして慣れ親んでるなのはちゃんはゴソゴソと俺のゲーム箱を漁りだす。エロ本はまだ買ってないからいくら漁られようが構わないが。

 

「じゃあこれ!久しぶりにこれやろう!」

 

 と言って取り出したのは人生ゲーム。スマブラと言い出すかと思いきやそこらへんはアリサちゃんやすずかちゃんに気を使ったらしい。

 

「人生……ゲーム?」

「初めて見た」

 

 2人して首を傾げる。まぁ人生ゲームを知らないっていうのも別におかしな話ではないだろう。

 

「一般的なボードゲームだよ。運の要素が強いゲームだから初心者でも対等に出来るしこれにするか」

 

 2人も興味あるらしく頷いてる。なれば準備して始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

 

「ルーレットを回して……5!えっと………うへぇ」

 

 マスを確認するとなのはちゃんはため息をついた。どれどれと確認すると。

 

「『しつこい借金取りを殴って怪我をさせてしまい借金取りを怒らせた。120万慰謝料として支払う』って何してんだよなのはちゃん……」

「わ、私がしたわけじゃないし……」

「でもアリサちゃんとのファーストコンタクトは肉体言語だったでしょ?」

「それとこれとは話が違う!」

 

 とやかく言いつつも手元のお金、勿論人生ゲーム用のお金120万を支払うなのはちゃん。ちなみに今のトップはアリサちゃん次にすずかちゃん。なのはちゃんは最下位で俺は3位だ。そろそろここで逆転したい所だ。

 

「んじゃ俺の番だ。………6マス進んで……よしっ、結婚マス!」

 

 人生ゲーム定番の結婚マス。ルーレットを回してその数字に応じて参加プレイヤー全員から金を摂取できるマスだ。ただし、この人生ゲームは少し普通のと違うところがある。2〜9の数字を出せばその10000倍の金額を徴収できる。しかし、1を出した場合は少し特殊な徴収の仕方となるのだ。ちなみにアリサちゃんとすずかちゃんは既にこの結婚マスを通過して対応した数字の金額を徴収している。

 

「行くぜ!運命のダイスロール!」

「それルーレットだよ」

 

 すずかちゃんのツッコミが響きつつ固唾を飲んでルーレット見守る4人。徐々に動きを止め指し示した数字は………。

 

「げっ」

 

 俺の引きつった笑みと共に言葉が漏れる。ルーレットが示した数字は1。他の数値とは違う特殊な徴収方法。

 

「ふっふっふ、確か1は……『各プレイヤーが自由な金額を渡す』だったわよねぇ」

 

 ここぞとばかりにニヤリとほくそ笑むアリサちゃん。そう、アリサちゃんの言う通り1を出してしまうと現実の結婚式のご祝儀と同じでお気持ちの金額になってしまうのだ。これが本当の結婚なら感激してお祝いを多く包んでくれる何て人も中にはいるだろう。

 しかし、これは人生ゲームという勝つか負けるかの世界。わざわざ敵に塩を送るなんて事はしない。

 

「ほら、結婚おめでとう」

 

 と言いながらこのゲーム最低金額の千円を手渡してくるアリサちゃん。クソがっ、覚えておけよ。

 

「はい、私からはこれくらい」

 

 とすずかちゃんからは1万円。情けだろう、せめて本来のルーレットの数値分はとの事だ。嬉しいような情けないような気分になる。それでも楽しそうに微笑むんだから何も言えない。

 

「ふふん、慎司君!私からこれくらいね!」

 

 と言って千円を手渡そうとするなのはちゃん。すごい満面な笑顔である。日頃のお返しと言わんばかりだ。屈辱だ。最大級屈辱、いやただでは転ばん。

 

「まってなのはちゃん。取引しようぜ」

「取引?」

 

 ちょっとリスキーだがなのはちゃんを乗らせるのは得意だ。

 

「ここで……そうだな、10万!10万くれたら…」

「だ、ダメだよ!もうその手には乗らないもん!なのはからは千円だけです!」

「まぁ聞けって……もしここで10万くれたら……なのはちゃんが結婚マス通過した時にルーレットで1を出したら……その時の俺の所持金全部やる」

 

 ピクッとなのはちゃんが反応する。

 

「ほ、ホント?また騙そうとしてない?」

「ホントホント、ちゃんと結婚マスでルーレットの1を出したらそん時の俺の人生ゲームの所持金全部やるから。嘘つかないのは知ってるだろ?」

 

 うーんと唸るなのはちゃん。ここまでハッキリと言ったら俺自身も逃げ場はない。実はなのはちゃん、最下位は最下位でもダントツの最下位なのである。所持金も俺とアリサちゃんにすずかちゃんと比べたら雀の涙。優勝レース何て論外だしここから巻き返すのは割と厳しい。

 少しリスキーな取引だけどうまくハマれば一発で優勝レースに参加できるのだ。なのはちゃんは割と勝利に貪欲な性格。つまり

 

「分かった!約束だからね!」

 

 と笑顔で10万円を手渡してきた。計画通り!ニヤリと影で笑う俺。やれやれと首を振るアリサちゃんにすずかちゃん。確かに今回は俺もなのはちゃんが1を出せばちゃんと約束通り全額を出す腹づもりだ。しかし、1が出る確率は単純に9分の1。俺に有利な賭けだ。

 なのはちゃんが9を出したとしても俺は1万得と言う事になる。俺に分がある取引だが逆転の芽をチラつかせれば面白いくらいに乗ってくれた。甘い、甘いぜなのはちゃん!

 だがそういう時こそ確率の低い事が起こる物で

 

「やった!1だ!」

「うそーん」

 

 なのはちゃん結婚マスでピシャリと1を出す。これには3人もびっくり。アリサちゃんとすずかちゃんから千円ずつもらい、俺にニンマリとした笑顔で言う。

 

「はい慎司君、全額ちょーだい」

「クソがっ」

「口悪いよっ!?」

 

 あぁ、全部なのはちゃんに持ってかれてしまった。あんな取引しなきゃよかったと大後悔。見事にすっからかん。

 

「アリサちゃんやすずかちゃんや……お金恵んで下さい………」

「やなこった」

「それはルール違反だし……」

 

 でしょうねー。無論それから大逆転なんて展開はなく最下位………とはならずまさかの3位。なのはちゃんが見事に自爆していき借金を積み重ね俺を下回ると言う大暴落っぷりを見せた。

 

「ねぇねぇ?今どんな気持ち?全額奪った相手からも負けるってどんな気もちぃ?」

「ぐやじぃぃいいい!」

 

 今回は危なかったけど、いやぁ……ある意味流石なのはちゃんとも言えるだろう。ちなみに順当にアリサちゃんが1番に、すずかちゃんは2番となった。

 

「すずかちゃんとアリサちゃんほとんどマイナスイベント起きなかったよね。どんな運してんだよ。俺にも分けろよ」

「慎司君よりなのはちゃんに分けてあげた方がいいと思う」

「確かに、ほとんど借金イベントだったわね」

 

 すずかちゃんの言にアリサちゃんも同意する。ある意味それがなのはちゃんとも言えなくない。

 

「一体何人の借金取りを殴ったんだか………」

「だからそれは私じゃないってば〜」

 

 今回はいつもより凹んでるなのはちゃんであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 夕飯後の後片付けを手伝い終わりお家でまったりタイム。既になのはちゃん達はアリサちゃんのお迎えの車で帰宅した。一緒でのお夕飯は大変楽しゅうございました。

 

「ママンありがとう。今日は楽しかったのである」

「はいはい、またいつでも呼んであげなさいな」

「うむ、苦しゅうない」

「何であんたが上からなのよ」

 

 ちなみにママンもママンで楽しんでたのは口を閉ざしておこう。お片付けも終えたしやる事は……ねぇな。パパンとテレビでも見ようかね。

 

「パパン、お茶いる?」

「いるー」

「うぃーす」

 

 2人分のお茶を用意してリビングまで持っていく。パパンに手渡して2人でお茶をすすりながらテレビを見入る。

 

「まさか慎司になのはちゃん以外に友達が出来るとはなぁ」

「そんな変ですかい?」

「変ていうか………意外だったかな」

 

 お前あんまり他人に心を開かないしと1人でごちるパパン。流石私の父親、お見通しのようで。

 

「まぁ、でも最近は楽しそうに学校の事話してくれるし……充実してるみたいで良かったよ」

「そうですな…確かに充実はしてまっせ」

 

 アリサちゃんとすずかちゃんという親友が出来た。クラスにも親しい仲はたくさん出来た。だから毎日は楽しい、環境が変わればこうも学校という印象は変わるものだ。前世の学生時代はそんな事考えなかったけどそれなりに楽しい学校生活を送れてた俺は幸運だったんだろう。

 

「パパンの学生時代はどうだったん?」

「お前と同じさ、楽しい学生生活だったよ。ママとも出会ったのも学生の時でな」

「ああそこからはいいよ。2人の馴れ初めは耳にタコが出来るくらい聞いたから」

 

 イチャイチャ夫婦め。高町家にも負けてないよホント。こっちが恥ずかしくなるくらいだ。俺に気にせず子作りでもしてて下さい。

 何て雑談に耽っていると一仕事終えたママンもお茶を持ってリビングに参戦。3人でまったりテレビを見る。何かのバラエティ番組なのか科学が重要視されてる現代において、魔法というモノを題材にしていた。

 

「魔法ねぇ………」

 

 ついついぼやく。テレビでは占いだの未来予知などを魔法だ何だと騒いで盛り上がっている。下らないと一蹴する気はないがそういうのは全く信じてないからか退屈に感じた。

 ぼやいた俺に対して両親がピクッと反応したがあまり気にしなかった。

 

「慎司は魔法の存在を信じてるか?」

 

 父の突然の問答に少し驚きつつも俺はすぐに答えた。

 

「んにゃ、信じてないよ。あったら面白そうだとは思うけど魔法なんてこの地球上には存在しないさ」

 

 流石に実年齢20を超えてる俺にはそんな妄想じみたことを信じるのは無理だ。

 

「そ、そうか………じゃあ仮に魔法が存在するとしたらいわゆる………魔法使いになりたいとか思うか?」

「おっ……お父さん!」

 

 パパンの妄想じみた質問にさらに面くらった俺を差し置いてママンが過剰にその質問に反応した。どうしたんだろう?ママンはチラッと俺見てから平静を装って咳払いを一つ。

 

「ごめん…なんでもないから」

「あっそう……」

 

 少し気になったがまぁ気にしないでおこう。あんまり困らせるそうな事はしたくないのでな。それではパパンの質問に答えるとしよう。

 

 

「うーん、どうだろうね……。多分、ならないんじゃないかな……」

「それはまたどうして?」

 

 意外そうな顔をするパパン。確かになれるものならなってみたいと思う人の方が多いと思う。けど俺の場合は違う。

 

「魔法とか仮に使えたとしても、俺は普通に人生を歩みたいんだ。魔法使いになってすごい事を成すより、等身大な幸せを掴みたい。いい学校目指して、自分のやりたい事を見つけて……それを目指して……出来る事なら将来は良い奥さんを見つけて……みたいなそんな幸せが欲しいんだ」

 

 だってこれは……今の俺の人生は荒瀬慎司の人生というより『山宮太郎』の新しい人生という感覚の方が強い。荒瀬慎司を産んでくれた2人にはとても言えないけど……本心ではそう思ってしまっている。

 前世で歩めなかった……それを目指してる最中で死んだ俺は……前の人生では出来なかったその等身大を掴みたいんだ。それでようやく、『山宮太郎』は浮かばれる気がするんだ。前世で遺して来てしまった俺の大切な人達に顔向け出来る気がするんだ。前世での俺の両親や……大切な友人達に……。

 

「まだそこまで人生設計決めるのは早いだろ。まだ小学1年生のクセにな〜」

 

 俺の答えを聞いて笑ってそういうパパン。まあ確かに小学生が考える事じゃないな。それっぽい事言うのも考えたけどこの両親の前では本当の自分を見せると決めている。それが前世という枷がある俺からのせめての誠意のつもりだ。

 

「それじゃ、何か今やりたい事とかないのか?勉強も大事だけど色々経験するのも大切な事だぞ?」

「うーん……そうですなぁ……」

 

 やりたい事ねぇ、パッとは浮かばなかった。何かないかと情報を求めテレビを見やる。いつの間にか魔法云々番組は終わっていて別の番組が映し出されていた。そこに写っていたものを見て俺は魂が揺さぶられるような感覚に陥った。

 

「…………………」

 

 前世で後悔したことを、今世でしたくない。山宮太郎から荒瀬慎司に向けて再三自分に言い聞かせた言葉だ。なら、これも俺はやるべきだろう。いや、やりたいんだ。

 

「……………父さん…」

 

 俺はテレビを指差して口を開く。

 

「これ、始めたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

「それで柔道始めたんだー」

「まあなー」

 

 我が家でポチポチとなのはちゃん2人でカービィのエアライドをプレイ中。今日はアリサちゃんもすずかちゃんも習い事があって来れなかった。

 

「おっ、ハイドラのパーツ揃った」

「あ、いいなー」

「俺使わないから乗っていいよ」

「やった!」

 

 ルンルンとハイドラに向かうなのはちゃん。俺が近くでプラズマ最大チャージで待ち伏せているのも気付いてなかった。あ、来た来た。

 

「はいどーん!」

「あー!!」

 

 ひどいひどいとコントローラーを離さず俺の肩に頭突きしてくるなのはちゃん。いや気付けよ、分割画面なんだから。とはいえってもハイドラは無事で結局それには乗るなのはちゃんである。しかも意外と使いこなす。本当にゲーム上手くなったなぁ。

 

「慎司君が柔道かぁ……何でか分からないけど似合ってる感じがするんだよねー」

「何でまた?」

「うーん、分かんない!何となく」

 

 なんじゃそりゃ。

 

「でもでも、柔道着姿の慎司君すごいカッコいいよ」

「そりゃどうも」

 

 実は今も柔道着姿だ。この後練習だから先に着替えている。時間まではなのはちゃんと遊ぶのは最近の新しい日課になりつつある。

 

「なんて言ってるとほら油断した」

「あっ!私のハイドラが!?」

 

 パーツ集めたのは俺だけどまぁいいか。隙だらけだったから地道に大砲やらコピー能力やらで的確に攻撃を当てて見事に破壊。その瞬間シティトライアルは終了。何も乗り物になってない状態でトライアルを終えた場合、次の本番で乗り物はどうなるか言わずもがなだろう。

 続くゲームも散々な終わり方したなのはちゃんは頬を膨らませてポカポカしてくる。

 

「今回は別に俺悪くなくね?」

「でもなのはばっかり狙って来たじゃん!」

「そういうゲームだろうに」

「それでも〜!」

 

 まさに理不尽である。ゲームにおいてタイマンで俺に勝つのはいったいどれくらいかかる事やら。

 

「慎司君、まだ時間平気?」

「おう、まだ平気よ」

「じゃあもう一回!今度こそ負けないもん!」

「次はパーツ揃えてもやらんからな〜」

 

 とか言いつつ時間ギリギリまでいつも通り、なのはちゃんとの時間を楽しんだのである。こういう日常を大切に感じるのはやっぱり俺が一度死んだ経験をしてるからなのだろう。それならばこの後の柔道の練習もしっかりやろう。軽い気持ちで始めたわけじゃない。真剣な気持ちで俺は柔道を始めたのだから。

 一年半後に魔法少女となるなのはちゃんより一足先に俺は柔道家としての一歩を歩んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

「どういうつもりなのよ、全くヒヤヒヤしたわ」

 

 時は少し遡る。慎司が柔道を始めたいと言ったその日の深夜。慎司は既に睡眠中なのは確認した。

 

「悪かったよ、でもどうしても聴きたくなっちゃったんだ」

 

 というのも魔法云々の質問をした事だろう。ミッドチルダの魔導師だと言う事を隠している2人だが旦那の軽率な発言に妻は少し嘆息する。妙に鋭い所もある息子なのだから気をつけて欲しいと付け加えた。

 

「そりゃあ………私だって気にはなってたけど。いずれ話す事だから聞かなきゃいけない事だけどさ」

「だから安心したでしょ?慎司がああ言ってたんだから」

「考えが変わらない事を祈るわ」

 

 慎司は魔法使いにはならず普通の地球で言う人生を歩みたいと言った。小学1年生とは思えぬ発言だがうちの息子に至っては今更だろうと考える夫婦である。

 

「そうだね、慎司は………どうしても魔導師にはなれないからね」

「そうね……リンカーコアがないからどうしようもない」

 

 リンカーコアを持ち、管理局魔導師としてそれなりの地位を得ている2人から生まれた荒瀬慎司だったが何の因果かその才が慎司に遺伝する事は無かった。だからと言って2人が息子にがっかりしたとかそんな事は断じて無かったがそれでも息子がそれを聞いてショックを受けないか心配でもあった。しかし、今思えば慎司は気にしなさそうと言う気持ちもあるが話すのはまだ先の予定だ。

 

「まぁ、あんまり深刻に考える必要も無いみたいだから……この話はやめよう。万が一慎司に聞かれるのはまずい」

「………えぇ、分かったわ。私達ももう寝ましょう」

 

 そう言って寝室に入る2人。妻は寝床に着きながらも息子の事を考える。

 

「柔道を始めたいか………」

 

 すごい真剣な目付きで言ってきたのが印象的だった。しかしまぁ、息子がやりたいのだと言うのなら応援するのが親というものだ。

 

「頑張れ……慎司」

 

 最後にそう呟いて妻は目を閉じて意識を暗闇に投げ入れた。最愛の息子が柔道で活躍する姿を夢見ながら。寝顔は、何となく微笑んでるように見えた。

 

 

 

 

 

 

 





 これにて無印前……プロローグは終了であります。次回から時間が少し飛んで無印編に。柔道を始めた主人公ですがあくまで中心なのはリリカルなのはでありますので。柔道の描写は少なめになるかと。ちゃんと本編にも絡む日がくる(はず)のでそれまではおまけ程度と考えていただければ。

 感想、評価ありがとうございます。手に取ってくれた皆様もありがとうございます。暇つぶしにでもなれたら嬉しいです。次回もよろしくです。


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無印編
始まりの最中に




 あれ、思ったより筆が乗って柔道の描写がかなり増えたな。これリリカルなのは虹小説ですよ?あららおかしいぞー。まぁ、本当に次回からはしばらく柔道描写が皆無になるのでゆるしてくだせぇ


 

 

 

 

 

 

 あっという間に時は過ぎ去り俺は小学3年生。今世では9歳、実年齢29歳に。三十路の一歩手前、悲しきかな。経験している事が年齢相応な為20歳から全く成長してる気がしない今日この頃。いつものようになのはちゃんと待ち合わせをして送迎バスに乗り込んで学校に向かう……はずだったのだが。

 

「いやっほい!見事に寝坊だゼェ!!」

 

 よくある目覚まし時計の電池切れだ馬鹿やろう!帰ったら丁寧に新しいのに入れ替えるから覚悟しろコラァ!

 

「馬鹿な事言ってないでさっさと行きなさい」

 

 ママンに道中食べるようにと握り飯を渡されすぐに準備して出発。登校中に朝ご飯とかなにそれ少女漫画っぽい、普通は食パンとかな気がするけど。

 

「はしるー、はしるー!おれーたーちー!!」

 

 全力疾走……柔道を初めて基礎体力作りなどしているためか以前よりも断然に早く長く走れるようになったが流石に間に合いそうも無い。と、思いきやバス停にはまだバスが!そしてなのはちゃんが周りをキョロキョロとしながらゆっくりとバスに乗っている所だった。

 

「待てやコラァ!俺も乗りますので出発しないでええええええ!!!」

 

 届くと願って悲痛な叫びをあげる。と、なのはちゃんがびっくりした顔をしてこっちを見た。気づいてくれた模様。スタコラとバスに乗り込みどうやら運転手さんに少し待ってくれと懇願してくれてるっぽい。

 

「乗りまあああす!夢と希望を乗せて乗りマァァア!!」

 

 ダッシュで乗り込んで息を切らしながら運転手さんにお礼と謝罪を。運転手さん笑顔で次は遅れないようにねとやんわりと注意してくれた。息を整えてからなのはちゃんを探す。おっと発見、一番奥の席に鎮座していた。アリサちゃんとすずかちゃんも一緒だ。

 

「うぃーすおはようさん3人とも」

「うぃーすじゃないわよ、あんたなのはが運転手さんに待ってってお願いしてなかったら遅刻してた所よ」

 

 開幕アリサちゃんに責められる。まぁ、仕方ない。

 

「悪いなーなのはちゃん、ありがとよ」

「ううん、別にそれくらい」

 

 優しい子ですなぁ。俺だったら笑いながら置いてく。………いや性格悪すぎだなそれは。訂正訂正。

 

「でも珍しいね、慎司君が遅刻しかけるなんて」

「確かに、遅刻も欠席もした事ないわよね」

 

 すずかちゃんのいう通り確かに珍しい。俺こう見えても無遅刻無欠席である。根は真面目なのよ?割と。というのは建前で学校も年甲斐なく楽しく感じてるからね、毎日が楽しければ自然と足取りも軽くなるってもんよ。

 

「今日は目覚まし時計の反逆にあってな」

「どういう意味?なのはちゃん」

「電池切れって事だと思う」

 

 何故に俺じゃなくてなのはちゃんに聞くんだよ、すずかちゃん。

 

「だから朝からバタバタしたから既に疲れてるのであります」

「まだ1日が始まったばかりじゃない」

「アリサちゃんにとっては始まったばかりの1日でも俺にとっては幾星霜なんだ。クロックアップしてるから」

「意味分かんないわよ………なのは?」

「ごめん、私も分かんない」

 

 だから俺の翻訳をなのはちゃんにさせるなっての。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

「えー、今日3人とも塾か〜」

 

 放課後いつものように3人を遊びに誘ったが見事に今日は3人とも塾だ。というか今は3人とも同じ塾に通ってるから重なるのも当たり前か。ちなみに俺は塾通いはしていない。

 

「あんたも今日は柔道の練習があるんでしょ?」

「まあなぁ……まぁ仕方ないか」

 

 アリサちゃんに言われた通り柔道の練習もあるしな、今日は大人しく自主練でもして時間を潰そう。

 

「今週末大会があるんだよね?皆で応援に行くから頑張ってね」

「あんがとよすずかちゃん」

 

 と言ってもまぁ海鳴市内の小さな大会だけどな。その後に大きな大会を控えているから、大体の人にとってはその前の肩慣らしのような位置づけの大会だ。無論、軽い気持ちで参加するわけでもない。

 

「3人こそ勉強頑張ってな、特になのはちゃん」

「な、何で私?」

「授業中に先生に向かって消しゴムのカス投げないか心配でな」

「そんな事した事ないよ!」

「本当か〜?」

 

 ホッペぐにぐにと。今日もよく伸びるなー。俺が頻繁に引っ張ってるせいか以前より頬が伸びるようになった気がする。新記録目指そう、ギネス級の。なのはちゃんはいつも通り顔を真っ赤にしながらぽかぽか叩いてくる、相変わらず威力が皆無だから痛くも痒くもない。

 

「あんた達ねぇ……仲良いのは分かったからさっさと行くわよ」

「お?何だ羨ましいのか?」

「そんなわけないでしょ」

「アリサちゃんのほっぺもビヨンビヨンにしてやるゼェ!」

「ちょっ、こっちくんな馬鹿!」

 

 ギャーギャーと俺が満足するまで互いに騒いでジャレあった。今日遊べない分俺も調子に乗ってしまったと思う。アリサちゃんに何度も蹴られたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 帰宅したらすぐに柔道着に着替えて道場に向かう。家から自転車を使って30分ほど走らせれば俺が通っている柔道クラブに到着する。この自転車での移動も下半身のちょっとしたトレーニングにもなるので重宝しているのだ。

 到着したらすぐに道場の鍵を開けて一礼してから中に入る。練習の時間までまだ時間が数時間ほどあるから人はまだいない。クラブの監督……先生に事前に許可を貰い、好きな時に使っていいと鍵の保管場所も教えてもらってる。信頼してくれ俺の申し出に応えてくれた先生には頭が上がらない。

 

「よし、やるか」

 

 まずは柔軟で体を伸ばしてから準備体操をマメにやって少しずつ体を動かしていく。補強運動に基本の受身をこなしてから軽い筋トレ。小学生のうちは無理に筋肉をつける必要は無いので土台を作る程度に調整している。

 ちなみに前世で得た知識である。何を隠そう荒瀬慎司になる前………俺こと山宮太郎は20年という歳月まで生きていたがその半分を柔道に費やしていたと言っても過言ではない。7歳の頃に何となくやってみたいと思い、柔道を始めた。それから小学生の間はクラブの柔道の練習に自主練の日々だった。地元の中学に入学してすぐ柔道部に入部して毎日柔道の日々をこなした。

 中学でようやくある程度目を見張る成績を残す事が出来、名門とまでは行かないが強豪の私立高校から推薦が入りそこに入学して高校生の頃は更に濃密な柔道の毎日を過ごす。そこでも成績を残す事が出来、大学からの推薦も掛かった。しかし、色々事情があって俺は高校の引退を機に柔道を辞めた。それを後悔して今世で諦めきれずみっともなく始めてしまったのだ。

 

 最初は前世でかなり慣らしたし自信もあったから好スタートで始めれると思ったが考えが甘かった。小学生の体、それも今世ではスポーツ経験もなかった俺の体は俺の思うように動いてくれなかった。知識はある、高校生としてではなく今の自分に合ったスタイルをちゃんと考えて実践しようとするがうまく行かない。

 それはそうだ、頭では玄人でも体は初心者だ、基本が出来てない体が身の丈にあってない事を出来るわけがない。これは一から出直しだな。考えをリセットして俺は余計な事は考えず再出発をする形で取り組んだ。と言ってもとっさの判断能力や知識はやはり役に立つし、練習で何が大事か………どうすればいいのか……と効率をしっかり考えて2年が経った今日この頃。

 クラブの先生も面倒をよく見てくれたお陰もあり、ちょこちょこ成績を残せるようになった。今度の大きい大会でも期待されている、応えれるように頑張ろう。

 

「ん?慎司か、精が出るな」

「こんにちわ、お先に使わせてもらってます」

「あぁ、受けはいるか?」

「お願いします」

 

 道場に顔を出したのはクラブの責任者兼指導者でもある相島先生だ。柔道の基本的な技の練習や研究には相手がいてこそだ。相島先生はこうやって俺が自主練をしてる事を察知して忙しい中受けをしてくれる。本当に感謝だ、頭が上がらない。

 

「この後練習も控えているからな、程々にするんだぞ?」

「はい!」

 

 かなりくたびれたが今日も内容が濃い自主練と練習が出来たと思う。あぁ、本当に疲れた……帰って休もう。疲れた体に鞭を打って自転車を走らせて帰宅する。パパンとママンにお疲れ様との労いの言葉を貰い遅めの夕食を取る。風呂で汗を流して今日はもう何もする気が起きず自分の部屋のベッドに直行した。このまま眠っても良かったが何となしになのはちゃんにメールでもしてみる。

 

『なのはちゃん、イナゴ食べたい』

 

 ただのかまちょメールである。おっと、もう返信来た。

 

『急にどうしたの!?』

 

 律儀に全力で答えてくれる所がまた可愛いのお。だからこそからかいたくなるのだがね、ごめんね。

 

『寧ろなのはちゃんがイナゴを食べるべき』

『どうしてそうなるかな………』

『好きでしょ?イナゴ』

『別に好きじゃないよ!』

『イナゴはなのはちゃんの事好きかもしれないじゃん!』

『だからって私がイナゴ食べる理由にはならないでしょ!?』

 

 あーだこーだとくだらないやりとりを数十分程してもう寝ようかという雰囲気に。俺もくたびれてるしいつまでもなのはちゃんに付き合って貰うのも悪いしね。早よ寝ましょう。おやすみと一言メールを送ろうとした所先になのはちゃんからの返信が。

 

「フェレット?」

 

 文面にはなのはちゃん達が塾に向かう道中に怪我をしたフェレットを拾って動物病院に連れて行ったという出来事があったらしい。文面には詳しくはまた明日話すねと一言添えて終わっていた。

 

「フェレットってあれか………ペットとかでも人気のあのフェレットか」

 

 フェレットってそこらへんにいるもんなのか?いやいないか、怪我してたらしいしどっかの家から逃げ出したのだろうか?まぁ、俺が考えたってしょうがないか。さっさと寝よう。ベッドで丸くなる、思ったより体はくたびれていたようで意識を手放すのにそう時間は掛からなかった。その後、俺とのメールのやり取りの後。なのはちゃんが人知れず大変な目にあってたなんて勿論俺は知る由もない事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 翌日、今日は目覚まし時計の反逆に遭うこともなくいつも通り登校。道中なのはちゃんがくたびれた様子を見せてたんだがどうしたんだろうか。まぁ、あまり深く気にせずにアリサちゃんとすずかちゃんも含めた3人にフェレットの件を聞く。

 と言っても昨日聞いた通りで怪我したフェレットを保護して病院まで運んだという経緯までは聞いているから新しい情報は高町家でそのフェレットを預かることになった事らしい。まぁ、なのはちゃんもしっかりしてるしさらに高町家全面協力なら特に心配もないだろう。

 

「でもすごい偶然だよね」

 

 とすずかちゃんは笑顔で言う。何のことかと言うと実は昨日フェレットを預けた動物病院で車の事故か何かあったらしく壁に穴が空いていたらしい。俺もその話は朝にママンから聞いていた。

 んで、その事故に乗じてたまたま逃げ出したフェレットがたまたま道を歩いていたなのはちゃんに遭遇してそのまま保護したそう。すずかちゃんの言う通りすごい偶然だ。違和感を感じるくらいな。

 

「昨日メールしたよな?その後に出かけてたの?」

「え?あ、うん……そうなんだよ」

 

 うーん?何か歯切れが悪いような。いや、へんに気にしすぎるのもよくないか。

 

「でもなのはが預かるなら名前付けてあげなきゃ………もう決めてる?」

 

 すずかちゃんとアリサちゃんは当事者であるからかフェレットの話を聞きたいみたいだ。俺もへんに詮索はやめてフェレットの話を聞こう。俺もちょっと気になるし。

 

「うん、ユーノ君て言うの」

「ユーノ君?」

「そ、ユーノ君」

「「へぇ〜」」

 

 フェレットの話をしてるだけでアリサちゃんとすずかちゃんは楽しげだ。それにしても名前はユーノか………。

 

「ユーノ………ユーノ……You No?貴方は違う?お前………何て名前つけてんだ、可哀想だろ」

「そんな意図はないよっ」

 

 You No君か……どんまい。否定されても強く生きるんだぞ。手を合わせて哀れなフェレットを想う。

 

「何に対して合掌してるの!?ねぇってば!もお〜!」

 

 ポカポカポカポカ。いつもの攻撃力ゼロのなのはちゃんの反撃。これで1日が始まった感じがする俺はすでに末期なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 放課後が今日もやってくる。さてさて、授業中何となしになのはちゃんの様子を見てみたがちゃんと授業を聞いているようで上の空のような雰囲気も見て取れた。やっぱり昨日なんかあったのかね?でもわざわざ言わないってことは言えないか言いたくないかって事だしな。

 杞憂かもしれないしやっぱり変に詮索すんのはよそう。本日も3人とは予定合わず学校が終わったらすぐ解散。と言っても今回は俺の都合だったんだけどね。試合が近いからそろそろガッツリ調整する為に追い込み期間なのだ。試合前日は練習内容を調整して軽めにしたりするが今は追い込みなのでこれから2日はしばらくこんな感じだ。

 

「うし、やるぞ!」

 

 3人とお別れし走って家へ帰宅。すぐに着替えて自転車で道場まで。やるぞー!気合十分!わっはははははは!!

 

 

 

 

 何てテンションでいられたのも少しの間だけ。自主練の後の通常の練習で相島先生直々にしごきを受けてすぐに歯を食いしばって必死にやる結果に。前世の頃は小学生の間にこんな濃密な練習はしてこなかったが精神は大人のままの俺は練習の大切さを身をもって知っている。ゲームっぽく言えばレベル1に戻ってしまったけど効率的にレベルを上げる方法は分かっているのだ。

 まぁ、言葉にするのは簡単だが実際にこなすとなると大変キツい。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……」

「よし、今日はここまでだ。全員ちゃんとストレッチをしてからあがるように」

 

 相島先生の言葉に全員はいと返事をしつつ。帰宅の準備をそこそこに始める。

 

「慎司、ちょっとこっちこい」

「はい」

 

 ストレッチをしっかりやりながら息を整え終わる頃に相島先生に別室に呼ばれる。もう一度しっかり深呼吸してから部屋に入った。

 

「調子は大丈夫か?」

 

 開口一番そんな事を聞かれた。

 

「はい、大丈夫です」

「最近少しオーバーワーク気味だ。追い込み期間のつもりなんだろうが程々にな」

「はい、気をつけます」

 

 確かに少し気合が空回りして張り切りすぎていた節はあったがまさか直接言われる程だとは。気をつけよう。

 

「ふん、本当にお前は小学3年には見えないな」

「………………」

「いや、それはいいんだ……しっかりしてる事は悪い事じゃない。ただ、病的なまでに何でそんなに練習に真剣なのか気になってな」

「真剣に練習をやるのは当然の事です」

「その通りだ。だが、お前は真剣何てものじゃない雰囲気で取り組んでいるみたいだがな」

「………………」

 

 確かに自主練を含めれば小学生がこなすメニュー量じゃない。他の子とは取り組む姿勢も何もかもが年齢相応じゃないことも自覚はある。

 

「それこそ悪い事じゃないんだがな。時々私も心配になるのさ。お前が何の為にそんな鬼気迫るように柔道に取り組むのかは知らないし興味もないが」

 

 相島先生は俺の肩にポンッとで俺を置いて言い放った。

 

「しっかり線引きはしろ。努力と無茶は違う物だぞ、慎司」

「…………」

「お前の事だ、それくらい理解しているだろう?」

「…………はい」

「ならいい」

 

 時間を取らして悪かったなとの一言で退室を促され俺は一礼して部屋を後にしようとする。

 

「慎司、最後にひとついいか?」

「っ?勿論です」

 

 ドアノブに手をかけた所でそう言われ振り返った。

 

「……勝つための努力もいい。強くなる為に真剣になるのもいい。ただ、柔道を楽しむ事だけは忘れるなよ」

「っ!………はい!失礼しました」

 

 その言葉に背中を押された気がして、そのまま部屋を出て道場を後にする。自転車で道中帰路につきながら相島先生から貰った言葉について考える。

 

「楽しんでなかったのかなぁ………」

 

 何てぼやく。先生には何で柔道を始めたか興味ないと言われたがあえて明言するならば、前世での無念からという気持ちが多い。

 前にも言ったが、俺にとっての今の人生は荒瀬慎司の人生というよりは山宮太郎の続きの人生という気持ちが大きい。だから前世で後悔したことを今度は後悔したくないと思って日々を生きてる。柔道は前に大学で推薦があったが色々事情があり、続ける選択肢を取らなかった。その時は良かったが後々俺は続ける事をしなかった事を後悔した。だから今、こうやって頑張っている。

 しかし、楽しんでいなかった訳ではないと思う。けど、薄れていたのかもしれない。前世の小学3年生の頃より今の俺の方が強いという自信は大いにある。だが、実は情けないながら現状結果らしい結果は出せてない。この一年半で大会は何度か出たが成績は下から数えた方が早い順位ばかりだ。いくら体や技術がリセットされたとは言え前世記憶がある俺には歯痒い結果だ。結果に拘るのは悪くないが根本的に楽しむ事も忘れないようにしないと。そうだよな、だって前世で10年も辛い練習を続けられたのは結局のところ振り返ってみると楽しかったて思えてたんだからって分かってたから。

 

 そこのところ直接ちゃんと言ってくれる相島先生には感謝しかない。よし、気を取り直して頑張ろう。楽しんでな。体はすごく疲れていたが、足取りはとても軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 それから追い込み練習を一日挟んで、またその次の日は調整練習。そして、とうとう大会当日となった。海鳴市内の規模は小さいがそれでもそれなりの道場から参加者が集まる大会だ。ここ数日も相変わらず疲れた様子のなのはちゃんが心配になったがまぁ、他人を心配している余裕はない。すでに開会式を終え試合は続々とはじまり俺も会場入りをしている。今日は俺の家族だけでなく、高町一家やアリサちゃんやすずかちゃんも応援しに来てくれている。気合も一層入るという物だ。

 

「頑張ってね慎司君!」

「いっぱい応援するからね!」

「ま、せいぜい頑張んなさいよ」

 

 なのはちゃん、すずかちゃん、アリサちゃんから三者三様の激励を貰う。

 

「おう………」

 

 そう一言だけ言って。俺は帯を締め直してからアップに入った。そんな様子を見て少し驚く様子を見せる3人。

 

「やっぱり柔道やってる時の慎司君は人が変わるね」

「普段がふざけすぎなだけじゃない?」

「それでも真剣な慎司君は新鮮だよね」

 

 全部聞こえてるよバカたれども。わざとかな?集中させなさいよ全く。あー、少し緊張してきた。手足を動かしたりジャンプしたりして落ち着かない気持ちを誤魔化す。すると、トントンと肩を叩かれた。

 

「なのはちゃん?」

 

 いつもとは違って遠慮した様子で俺を窺うなのはちゃん。どうしたの?正直もうすぐ試合だからあんまり構ってられないんだが。そう口に出す前になのはちゃんが俺の顔を両手で包んでジッと見つめてくる。

 

「頑張れ、慎司君!慎司君なら大丈夫だよ、練習いっぱい頑張ったもん。だから、絶対大丈夫!」

 

 そう言って慌てたようにばっと両手を離して、邪魔してごめんねと言い残してそそくさと観客席戻っていった。

 

「………なっさけねぇ」

 

 緊張してるのを見透かされて小学生に励まされる29歳とか情けなさすぎる。恥ずかしい、いやまって超恥ずかしい。情けなさすぎて恥ずかしいんだが!まぁでも……。

 

「ありがとう…………」

 

 そこまでしてくれたなのはちゃんに、見せてやりたくなった。俺がかっこよく優勝する瞬間を。会場スタッフに名前を呼ばれる。さて、もう俺の番か………。

 

「やるぞっ」

 

 気合い直しに両手で自身の頬をパチーンと叩く。ジンジンとする心地の良い痛みと共に俺は一礼をして畳の上に立った。開始線まで移動し相手と相対してまた一礼。両足を互いに順に踏み出す。あとは審判の開始の合図で試合が始まる。

 小学生の柔道の試合は基本的に学年で分けられる事が多い。団体戦なんかはその限りではないが基本的に個人戦である今大会でも学年ごとに分けられて試合をする。

 しかし、本来一般ルールの柔道で適用される体重別で分ける事は小学生の大会ではあまりない。この大会も体重でクラス分けをしない為どうしても体格差は出る。相対する相手は俺の倍はあるんじゃないかと錯覚するくらいの小学3年生にしては巨漢と言える相手だった。

 俺は恵まれてると言うべきか、平均的な身長と体重の体型だ。対する相手は巨漢、しかも今大会の3年生の部での優勝候補というか優勝を確実視されてる相手だった。一回戦目から当たるとは運がいいのか悪いのか。だが、相手なんて関係ない………俺は俺の柔道をぶつけるだけだ。

 

『始め!』

 

 間に立つ審判の合図に互いに気合いの声と共に動き出す。真っ直ぐ直線にこちらに突っ込んでくる相手、俺はそれをいなして自分の優位な組み手に持ち込んだ!

 

「よし!いいぞ慎司!」

 

 近くの監督席から相島先生の声が響いたが生憎集中している俺の耳には届かなかった。

 

「っ!?」

 

 優位になるのも束の間、俺の道着を中途半端に掴んできた相手。本来この状態では力を発揮できず断然俺の優勢は崩れない。そのはずだった。

 

「オラァ!」

「なっ!?」

 

 相手選手の吐き出した声と共に俺は振り回されて宙を舞った。そのまま畳にうつ伏せで叩きつけられる。

 

「がはっ!」

 

 肺から空気が漏れる。何だ、何だ今のは!?何つー力だ。小学3年かこいつ本当に?馬鹿力も大概にしとけよ………こんなん柔道じゃねぇ。通用するのは低学年の間だけだ、そんな柔道スタイルだった。しかし、今の俺にはだいぶ脅威だ。何故なら相手は無理な組み手でも俺を力でねじ伏せられるほどの馬鹿力を持ってる。そこまでの力となるともはや俺の今の技術を動員させてもその馬鹿力で捻じ伏せられる。それくらいの力を感じた。

 

「くそがっ」

 

 1人静かに呟く。ふざけた柔道しやがって、しかもこいつ俺を叩きつけた瞬間嫌な笑みを浮かべやがった。完全に下に見てるな俺のことを。言いだろう、ぶん投げてやるよ。挑発には乗るな、あくまで冷静にだ!審判の待てがかかり再び開始戦に戻る両者。そして再び開始を告げる声で動き出す。また直線に突っ込んでくる相手。俺はさらに組み手争いを厳しく展開、今度は何もさせねぇ!

 完全に相手の組み手を封じ。俺のやりやすい状況を作る、しかし。

 

「ふん!」

「くっ」

 

 力尽くで振り解かれる。さらにその余波でバランスを崩して隙が出来てしまった。相手はそれを突いてガッツリ組んでくる。そして力と体重に身を任せた払腰を俺に仕掛けてきた。

 

「まずい!」

 

 相島先生の声が会場に響く。いや、やらせねぇ!俺は体捌きで相手の技の威力を殺して何とか持ち堪える。しかし更に力尽くでまた体を引っ張られうつ伏せで叩きつけられてしまった。審判の待てがかかり再び開始線に、すぐ開始合図はなく散々相手に振り回され乱れた俺の道着を整えるよう指示が。呼吸を整えながら道着と帯を直しつつ考える。

 さてどうするか、あまりにも体格差とパワーの差があり過ぎる。何だこのクソゲー、やってられるかと言いたいところだがそれも柔道という物だ。そして、本当に強い奴はそういう相手にだって勝つもんだ。思考を止めるな、相手に応戦しつつ考えろ。

 

「慎司君!!」

 

 試合の途中だってのに応援席のなのはちゃんの声が妙に鮮明に届いた。チラッと様子を伺うと父さんが母さんが……士郎さんが桃子さんが…恭也さんが美由希さんが……アリサちゃんが、すずかちゃんが、そして……なのはちゃんが必死に大声で応援してくれていた。

 馬鹿野郎が、情けない姿しか見せてない俺をそんな必死に応援するなよ。もっと………勝ちたくなるじゃないか。

 

『始め!』

 

 服装を整え終わるのを確認した審判がすかさず開始の宣言。

 

「いけーーー!慎司君ーーーーー!!」

 

 あぁ、なのはちゃん。よく見てろよ、驚かしてやる。

 なのはちゃんに後押しされ今まで相手の様子を見て動いていた俺は相手よりも早く動き出した。無謀にも見える正面特攻。

 互いにガッツリと組み合い五分五分の組み手に。しかし、相手はこれはチャンスと力尽くで先ほどと同じ払腰。普段から力と体重で投げていたのだろう………練度を感じない払腰だった。俺はそれを見越して振り回されるよりも前に自分が振り回される方向に跳んだ。

 

「っ!?」

 

 力を空回りさせて何の警戒もしてなかった相手は自身の行動で勝手にバランスを崩す。俺を振り回そうとした力はぶつけどころを失い相手から見て前のめりの形でバランスを崩す。

 柔道には『柔よく剛を制す』という言葉がある。柔道の技というのは相手の力を利用する事で小さい人でも大きい人を豪快に投げ飛ばす事が出来るという今の状況にはうってつけの言葉だ。

 相手が勝手に力を空回りさせた今、その反動を利用する。重量級が自分より小さな相手と試合するとき足技を警戒するのが基本だ。自分よりも大きい選手を大技で投げ飛ばすのは至難だからだ。小手先足技で相手を崩して投げる。それも基本にのっとった自分より大きい選手を相手にする時の基本でもある。が、あえて俺は大技を仕掛ける。襟を掴んでいた右手を相手の背中に回して自分の腰に相手を乗せて浮かせ、体を捻って相手から見て前に倒す大技、大腰だ。

 投げる方向にバランスを崩しているとはいえこの巨漢を大技で投げるのは至難だ。だが確実に一本を取るために大技で仕掛けた。そして確信があった。俺は、やれると。自信があったのだ。何故なら………いやというほど頑張ってきた辛い練習は…それを精一杯こなした事は自分が一番よく知っているから………それがその頑張ってきた分が、それで勝ち取った俺の技術や技は俺にとっての確固たる自信だからだ!

 

「おおおおおおおおおおお!!!」

 

 相手の体が持ち上がる、腕も腰も体全部を使って相手を背中から叩きつける!

 

 

 ドォン!

 

 

 その巨体が畳に叩きつけられ会場は一瞬静寂が訪れた。そしてすぐにどよめきに変わる。あの巨体を投げ飛ばした、しかも大腰で!そんな顔を柔道をよく知っている人達はしていた。そして

 

『一本!それまで』

 

 審判のその宣言を皮切りに会場から大歓声が響き渡った。まるで優勝したかのような大歓声。

 

「はぁ………はぁ……」

 

 あー、くそ。普段の何倍も疲れた気分だ。けど試合はまだ続く。切り替えて頑張ろう。しっかり礼法をしてから気持ちを一旦リセットして一度畳から降りる。応援席をチラッと見れば大きな拍手で俺を祝福してくれているなのはちゃん達。

 全力で取り組んでいることにこうやって全力応援されるのはとても嬉しい物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、一回戦以降の相手はその優勝候補の巨漢には遠く及ばず、俺はオール一本勝ちで念願の初優勝を飾った。

 






 柔道描写中かなり基本のルールやら説明を端折ったので経験者じゃければ分かんない所や何で?だ所があるかも。そもそも、俺の文才で伝わってるか不安であるがまぁそれはこれからも精進して頑張ろう。次回からちゃんとなのはちゃんが魔法少女すると思うのでよろしくです。

 話の途中のトレーニングや柔道についての言及は別に専門家の意見とかと同じかどうかも知らないので鵜呑みにしないでください。と言っても僕の経験則でもあるので嘘っぱちてわけでもないと思うのでそこら辺はご理解お願いいたします。

 感想、評価、閲覧ありがとうございます。描写等について質問あったら遠慮なくどうぞ。


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言葉は無くとも



 メッセで誰それをヒロインにしてほしいとの要望が過去にありましたがそう言ったストーリー展開の意見は自分が書きたい物を書くので申し訳ありませんが答えられませんのであしからず。
 


 

 

 

 

 

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 ガチンと弱くない力でグラスをぶつけ合う音が響き渡る。ジョッキを持った大人達とジュースの入ったコップで優しく打ち合うのとの二つに分かれての乾杯だ。何の会かと言われれば俺の優勝祝いである。何とか今世で初めての小さい大会とはいえ初優勝を飾ることが出来た俺。あまりに表に出さないようにしていたがやはり前世との実力とのギャップでずっと思い悩んでいたのだ。今世で柔道始めて一年半、前世と合わせて十数年。ようやく結果らしい結果が出せて俺も安堵している。

 場所は高町家が翠屋を貸切にしてくれて今日応援に来てくていた俺の両親に、高町一家に加えてアリサちゃんとすずかちゃんが参加している。

 大会のあと所属する道場の先生である相島先生に挨拶に向かった。

 

「よくやったな。その調子で頑張れよ、楽しむ事を忘れずにな」

 

 あんまり褒める事をしない相島先生からのぶっきらぼうな祝辞に胸を熱くしつつ頭下げて礼をした。残念ながら、邪魔しちゃ悪いとこの会の参加は断っていたとパパンから聞いてる。

 

「あっははー!士郎さーん!うちの息子が……息子がついにやってやりましたよーー!」

 

 パパンもう酔ってる。士郎さんにめっちゃからみ酒。肩組んで振り回すな、こっちも恥ずかしいし士郎さんに迷惑でしょうに。と思いきや士郎さんも同じようにガッツリとうちのパパンと肩を組み。空いた手でジョッキグラスを掲げて

 

「はい!はいっ!おめでとうございます!!慎司君ならやってくれると私も信じていましたとも!おめでとおおお!慎司君ーーー!」

 

 あ、この人もめっちゃ酔ってる。すげぇ、乾杯してから10分くらいしか経ってないのにもう2人でビール瓶5本くらい開けてる。ていうかラッパ飲みしてるよ。飛び火が来る前に離れておこう。でもまぁ、あんなに自分を真っ直ぐにそして嬉しそうに祝福してくれていると思うと俺も嬉しいような照れ臭いような複雑な気分だった。

 

「あら、慎司君。改めて優勝おめでとう」

「ありがとうございます、桃子さん」

 

 すっかり仲良しママ友である俺のママンと2人でパーティを楽しんでる桃子さん。あ、2人ともお酒飲んでる。

 

「ママン普段あんまりお酒飲まないのに珍しいね」

「たまにはいいじゃないのよ………」

 

 いや、文句あるわけじゃ無いけどさ。パパンみたいに悪酔いしないか心配なのよ。

 

「うふふ、慎司君が柔道で大活躍したから嬉しいのよ」

「も、桃子さん……」

 

 と困ったように笑うママン。はぁ〜、ここでもまたこの照れ臭さを味わう羽目に。

 

「デザートに慎司君が楽しみにしてた新作ケーキの完成品があるから、期待しててね」

 

 マジで!?桃子さん新作ケーキとかめっちゃ食いたい。いつも新作出るたびに食わせてもらってたけど今回はだいぶ時間がかかっていたみたいで心配していたのだが。

 

「はい!めっちゃ楽しみにしてます!」

 

 俺の言葉に桃子さんは嬉しそうに微笑んでくれていた。さてさて、次はあの2人だ。

 

「美由希さん、恭也さん、今日は応援ありがとうございました」

「やぁ、慎司君。慎司君こそ優勝おめでとう」

「大活躍だったね〜、カッコ良かったよ」

 

 実は2人には頭が上がらない事情がある。柔道始めてすぐの頃。前世の柔道に対する知識量と現実の自分の体力のギャップで自分の思い描く練習メニューをこなせず思い悩んでいた時に2人に相談した事があった。

 詳しくは知らないが2人は父親の士郎さんの家系から続く剣術の訓練を日夜行なっているらしい。その知識をお借りして基礎体力作りに協力して貰ったりしてたのだ。

 

「優勝出来たのも2人のお陰です。マジで感謝感激雨あられです」

「何言ってるんだ、頑張ったのは慎司君だろ?」

「そうだよ〜、練習だけじゃなくて自主練だって凄く頑張ってたじゃん!慎司君の努力の成果だよ」

 

 ありがとうございますともう一度頭を下げる。でもやっぱり2人の協力はとても心強かった。本当に感謝しているのだ。

 

「たまには道場に顔を出してくれよ、慎司君用のトレーニングメニュー考えておくから」

「ははは、お手柔らかにお願いしますよ」

 

 近いうちに絶対行こう。

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 さてと、とりあえずは全部まわったかな。俺のお祝いで開いてくれているパーティなのだ。主役は全部の席に挨拶に伺うのが礼儀かなと思って各々話しかけに行っていたのだが。まぁ、パパンと士郎さんは危険を感じた故様子見で済ましたが。

 

「ふははははは料理がうめえええええ!!」

「静かに食べなさいよ」

 

 自分の席に戻って料理に舌鼓。子供組用に用意された席なのでアリサちゃんにすずかちゃん。そしてなのはちゃんも同席だ。アリサちゃんのツッコミ通り品が無いのはよろしく無いのですぐやめた。

 

「慎司君、改めて優勝おめでとう!すっごくカッコ良かったよ。ね?アリサちゃん」

「ふん、まぁ確かに……普段のあんたからじゃ想像できないくらいカッコよかったわね。まぁ、その………優勝おめでとう」

 

 すずかちゃんとアリサちゃんからの祝福に胸が熱くなるのを感じつつ、照れ隠しに

 

「お?ツンデレか?ツンデレアリサちゃんが爆誕か?」

「くっ、今日はあんたのお祝いだから殺すのは明日までに取っといてあげるわ」

 

 あれま、遠慮しなくていいのに。律儀なのねアリサちゃん。

 

「すずかちゃんも、俺の事カッコいいって?全くもう惚れ直しちゃったか?照れるなーもう」

「お料理おいしいね慎司君」

「わーお、相変わらずのスルースキル!」

 

 今日くらい乗ってくれよー、ブーブー!

 

「慎司君!優勝おめでとう!」

 

 とふざけたやり取りをしてたら後ろからなのはちゃんが興奮気味に抱きついてきた。おおお、どうした?そんな甘えたがりキャラだったか?

 

「本当にすごい!すごいよ慎司君!!」

「なのはちゃん試合終わってからずっとその調子じゃん」

 

 まだそんなテンション高かったのかよ。

 

「だってだって!あんな大きな人をカッコよくバーンって!バーンって投げちゃったんだよ!凄いよ!!」

 

 何かなのはちゃんらしからぬテンションの高さに少し困惑する。

 

「ずっと練習頑張ってたもんね!慎司君」

「うんまぁ、頑張るのは当たり前なんだけど」

 

 そんな褒めようとするな。照れ臭すぎて死ぬ。恥ずか死ぬ。

 

「とにかく、なのはも凄く嬉しいの!カッコ良かったよ慎司君」

「……………」

「柔道やってる慎司君はやっぱり普段と全然違うもんね、凄いよ〜」

「……………」

「凄かったよ一回戦の相手投げた時!大腰?だっけ?慎司君あのかっこいい技、惚れ惚れしちゃったもん!」

「………………クソがっ」

「なんで!?」

 

 いい加減落ち着けよと意味を込めてなのはちゃんのほっぺぐーにぐーにと過去史上1番に引っ張る。なのはちゃんは痛い痛いとポカポカしてくるが俺もだいぶ恥ずかしかったので今回は長めに引っ張り続ける。

 

「恥ずかしいのは分かるけど許してあげて慎司君、それくらいなのはちゃんも感動しちゃったんだよ」

 

 すずかちゃんそう言われパッと頬を離してあげる。なのはちゃんはいた〜いと言いながら俺をじろ〜と見ながら頬をさすっていた。

 

「まぁ……3人もありがとうな。わざわざ試合応援に来てくれてよ」

 

 前世の時はわざわざ俺の柔道の試合に学校の友達が遥々応援に来てくれた事なんて無かった。まぁそれが普通だ、俺もわざわざ学校の友達がやってる習い事の応援になんか行った事無かったし。だが、こいつらは純粋な気持ちで俺の試合に駆けつけて全力で応援してくれた。

 アリサちゃんが人目を気にせず大声を上げて応援してくれていた。すずかちゃんが大きな声を出す事は慣れていないのに必死に応援してくれていた。なのはちゃんが俺の緊張を緩めて、あまつさえ声援で俺の背中を押してくれた。綺麗事なんかじゃ無い、この3人の応援おかげで俺は優勝出来たんだなって本心で思える。

 

「何言ってんのよ、友達なんだから当然でしょ」

「そうだよ、応援したくて来ただけだから」

 

 アリサちゃんは肩を竦めて、すずかちゃんは笑顔でそう言ってくれた。

 

「うん!次の大会も絶対応援しにいくからね!」

 

 なのはちゃんの眩しいくらいの屈託ない笑顔に俺も頬が緩む。あぁ、全く……恵まれてるな俺は。大切にしたい。この関係を、この友情を……俺はずっと大切にしていきたい。

 

「あぁ、楽しみにしておいてくれよ」

 

 今度はもっとかっこいい所、見せてやるからさ。もっと練習頑張って、もっと強くなって皆んなが誇ってくれるような柔道家になるよ。今度こそな………。

 

 

 

 

 

 

 

 パーティもそろそろお開き、おかげさまでとても楽しい1日になった。桃子さんの新作ケーキは美味かったし、酔っぱらったパパ組に捕まってもみくちゃにされたりはしたがまぁそれはいい。もう流石に帰らないといけない時間になったアリサちゃんとすずかちゃんは車の迎えが来てお別れの流れだ。全員で外で見送ってる最中、突然帰ろうとしていたアリサちゃんとすずかちゃん、そして俺の隣にいたなのはちゃん3人が俺に対面する形で両手を後ろに組んでもじもじとしはじめた。

 

「えっとね、これ!」

「私達から慎司君に優勝祝いだよ」

「ありがたく受けとりなさい」

 

 なのはちゃん、すずかちゃん、アリサちゃんの順に何かを手渡される。

 

「これ……メダルか」

 

 折り紙で作られたメダル。ちゃんと首にかけられるよう紐も付いていた。3人分のメダルだった。なのはちゃんは桃色の折り紙、すずかちゃんは紫色の折り紙、アリサちゃんは金色の折り紙でそれぞれメダル作ってくれたみたいだ。

 

「これ、いつの間に」

「えへへ、3人で準備したんだ………慎司君優勝するって信じてたから」

 

 なのはのその言葉に照れ臭そうにするすずかちゃんとアリサちゃん。不格好に折り跡が付いていて他人から見れば安っぽく見えるそれは俺にはとても輝いて見えた。

 

「慎司君はちゃんとした金メダル貰ったからこれじゃちょっと物足りないかも知れないけど」

「そんな事ねぇ………」

 

 なのはの言葉を遮る。

 

「このメダルは………3人がくれたこのメダルは大会で貰ったメダルよりずっとずっと嬉しい」

 

 胸が熱くなる、俺の優勝を信じてこんなものを用意してくれたなんて…嬉しいに決まってるじゃんか。

 

「ありがとう、アリサちゃん……すずかちゃん……なのはちゃん」

 

 俺の飾らない言葉に3人を含めたその場の全員が笑顔を浮かべてくれていた。大切にしよう、このメダルもこれをくれた3人も……皆んな……ずっと大切に。

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 慎司君が優勝してからしばらく経って。私、高町なのははユーノ君のお手伝いとしてジュエルシード集めに精を出していました。これまでに集めたジュエルシードは5つ。順調なのかどうかは分からないけど私も魔法少女として様になって来た今日この頃、連日ジュエルシード集めで私は疲れ切っていた。

 ユーノ君からの提案もあり今日は英気を養うためお休みに。前からの約束で今日は近くのグラウンドで行われる私のお父さんが監督とオーナーを務めるサッカーチーム………翠屋JFCの試合をアリサちゃんとすずかちゃん3人で応援しに行こうという。もう少しで試合開始の時刻、私を含めた3人も応援ベンチに座って準備完了。

 

「本当に大丈夫かな?」

 

 ふとすずかちゃんがそう呟く。

 

「まぁ………大丈夫でしょ……多分」

 

 続けてアリサちゃんもそんな事をつぶやく。私も2人と同じような心境だ。ただのサッカーの試合の応援なんだけど………私達を不安にさせているとある元凶。

 

「よっしゃああああ!!しまって行くぞゴラァ!」

「「「おおおおおおおおお!!」」」

 

 コートの真ん中で叫んでいるあの友人が私達に無駄な心配をさせています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しまって行くぞゴラァ!」

「「「おおおおおおおおお!!」」」

 

 俺の雄叫びに呼応するチームメイト達。今日は士郎さんがコーチをやってるサッカーチームの試合の日。俺もなのはちゃん達と応援しに行く約束をしていたのだが。急きょ士郎さんのチームに流行病で何人か欠員が出てしまったそうな。1人、人数が足りなくなったらしく、士郎さんに良ければと助っ人を頼まれて今日参戦した次第である。

 あ、なのはちゃん達が不安そうにこっち見てる。そりゃそうだ俺初心者だし。前世でも学校の授業でしかサッカーやってなかったし。

 でも何故か皆んな俺を中心にしてくるし。さっきの雄叫びもチームメイトが気合を入れさせてくれなんて言うから叫んだんだが。

 

「慎司!今日は頼むぜ!」

「来てくれてありがとうな!」

 

 チーム内に何人か顔見知りもいる。幼稚園一緒だった奴とか学校で顔合わせた事ある奴とか。地元のチームだしおかしな事じゃないか。そんなわけでプレイには期待出来ないがチームワークくらいは維持させたい。おっとそろそろ試合開始だ。ポジションにつきホイッスルで試合が始まる。

 

「いくぞテメェらああああああああああああ!!!」

 

 さっきのように呼応するチームメイト達。いくぜ、初心者だけども!せっかく助っ人として参加したんだ、活躍したらぁ!!

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

「なーんて上手くいくわけねぇよなぁ」

 

 試合が終わってお疲れ様として翠屋に移動して席につく。チームの皆んなと応援してくれた3人も一緒だ。試合自体は2ー0で俺が助っ人した士郎さんのチームの勝利で終わった。終わったのだが、俺はというと前半も後半もほとんどボールに触れる事すら出来ず。何も貢献できずに終わる始末である。

 

「不思議だよね、あんなにチーム盛り上げてたのに試合で殆ど何もできてなかったもんね」

「ぐはっ」

 

 すずかちゃんの悪意なき言葉が刺さる。俺の反応を見てごめん、そんなつもりじゃと慌ててるすずかちゃん。俺だって不思議だよ。初心者同士でやるならともかく、本格的にやってる奴らとプレイするとこうも手も足も出ないとは。

 

「ま、あんた男子からは何故か人気みたいだし。勢いだけはつけれたから助っ人した甲斐もあったんじゃない?」

 

 珍しくアリサちゃんが励ましてくれる。でも今は逆に辛かった。でも俺男子に人気なんだ。なんだろう、嬉しくねぇ。

 

「ちなみに女子達の俺への評価は?」

「「「うるさくて鬱陶しい奴」」」

「そこ3人でハモっちゃうんだ」

 

 まぁ、分かってるよ。あんまり関わりのない女子だと俺への評価なんてそんなもんだろう。君たち3人はそれだけじゃないだろうけど。そうだよね?ね?

 

「でもお父さん喜んでたよ?慎司君が助っ人に来てくれて」

「それでもあそこまでコテンパンだと少しは萎えるさ」

「慎司君運動神経は悪くないのにね」

「だとしても流石に本職連中と渡り合うのは無理な話だったみたいだなぁ」

 

 まぁそりゃそうだよな。柔道やってる俺としても逆の立場だったらぽっと出の助っ人が活躍しようだなんておこがましい話だしな。なんて俺が落ち込んでいるのをよそに食事会は終わりチームメイトが変わる変わる俺に一言声をかけて解散して行く。

 

「じゃあな慎司!また来いよ」

「今度は練習にも来いよ」

「次はボール、触れるといいな」

 

 好き放題言いやがって。といっても本心で馬鹿にして言ってくる奴は1人もいなかった。皆んないい奴だな。次助っ人あるか知らんけど少しくらい勉強はしておこうかな。

 

「…………………」

 

 ふとなのはちゃんを見ると怪訝な顔をして一点を見つめていた。視線の先を見るとそこにいたのは今日の試合で俺が助っ人したチームのキーパーを務めていた子だった。確かに、今日の試合では大活躍だったなあの子。もしや………

 

「惚れちゃったか?」

「ひゃっ!」

 

 耳に吐息をかけるような言い方で伝えてみる。

 

「な、何が?」

「あのキーパーの子を見てたからさ、なのはちゃん今日の試合見て惚れちまったのかと」

 

 このちょろインめ。

 

「ち、違うよっ。そうじゃなくて………」

 

 でしょうね、そんな恋する乙女とかそんな表情じゃなかったしね。なのはちゃんは誰か好きな人とかいねーのかな?いるんならめっちゃからかってはずかしめてから応援するのに。

 いっぱい照れるなのはちゃんを見たい。

 

「気のせい………だよね」

 

 なのはちゃんのそんな呟きを俺は馬鹿な考え事で聞き逃していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………………。

 

 

 

 

 その後士郎さんに挨拶をしてから解散。午後からはアリサちゃんとすずかちゃんはそれぞれ予定があり、俺も相島先生と自主練をする予定があり皆んな解散だ。なのはちゃんも家でゆっくりすると言う。まぁ、相変わらず疲れた様子を見せてるなのはちゃんだしいい加減心配だ。少しでも休んでくれれば嬉しい。

 まぁ、俺も他人の心配ばかりしてる場合じゃないけどな。少し先とは言え柔道の試合も控えている、今度は先日の大会よりも規模が大きい大会だ。この間の大会が市内の大会で今度は県大会と言ったところだ。そのために休日返上の自主練だ。

 

「慎司ー、相島先生から電話」

 

 家に帰ってすぐ道着に着替えようとしたところママンにそう声をかけられる。子機を渡され応答すると。

 

「あ、はい。大丈夫です、分かりました。またよろしくお願いします」

 

 電話を切ってママンに渡す。

 

「先生何だって?」

「用事が出来ちゃって練習付き合えないってさ」

 

 まぁ、仕方ないな。普段から暇を見て俺の練習に付き添いしてくれているしそう言う時もあろう。けど、相手がいないのに道場に行っても仕方ない。なら、今日はランニングでもしようか。着替えようとした道着をしまい今度は運動着に着替えて外に出る。

 

「車に気をつけなよー」

「うぃーす」

 

 ママン、それは前世での俺の死因だから。あんまり言わないで、トラウマなの。

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 車に十分に注意して当てもなく走り続ける。ていうかここどこだろう。海鳴出ちゃったよ、隣町まで走ってしまったよ。まぁ、道は覚えてるから迷子という訳ではないけど。そろそろ戻ろう、何て呑気に海鳴に向かってまた走る。その道中だった、信じられないものを見た。

 

「なんじゃこりゃ……………」

 

 木。でっかい木がある。いや、普通に土から生えた木とかじゃなくて道路や街を破壊して生えてる大木というのも生易しい木が遠くから見えた。いや、さっきまで絶対なかったろ?どいう事だよ。野次馬根性で近づいてみるか?けど危険かも知れないしな…………。街も大騒ぎだろこれ。

 

「特殊な化学実験でもしたのか?」

 

 映画かよ。なんて言ってる場合じゃなく。そういえば街の方に誰か俺の知り合いとかいないだろうな。アリサちゃんやすずかちゃんがどこに出かけているか聞いてないし。急に不安になる。携帯は…………くそ、走るのに邪魔で家に置いてきちまった。

 

「てっ、うわ!」

 

 足下が揺れたかと思うと俺の目と鼻の先で急に木が生え始め、成長期なんか目じゃないと言わんばかりにドンドン成長して馬鹿みたいに大きくなる。おい、現在進行形で侵食中かよ。

 

「この!」

 

 ムカついたので蹴ってみた。特に反応もなく俺の足が痛くなっただけだった。どうしよう、そこらへんにチェーンソー落ちてないかな。

 

「まいったな………」

 

 皆んな大丈夫かな………巻き込まれてないと良いけど。とりあえず木からは離れて家に向かって動く。うわ、あんなとこからも生えてやがる。木を避けながらある程度進んだ頃。

 

「今度はなんだ?うわっ」

 

 急に辺りに強い光が差し込む。とっさに目を閉じて腕で隠す。その光はここだけでなく広範囲で街を包むように発せられた。何なんだ一体、今日はびっくりなことばっかだ。

 光がおさまったのを感じ目を開けると。

 

「………………何なんだ一体」

 

 さっきまであちこちに生えて街を破壊していた大木達が綺麗さっぱり無くなっていた。どういう事だ?幻か?いや、幻じゃねぇ。木によって破壊された建物や道路はそのままだった。

 

「………帰るか」

 

 途方にくれつつも、もう走る気も起きず歩いて家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 すっかり陽は傾き夕日が海鳴をオレンジ色に染め上げる頃。破壊された瓦礫なんかをゆっくりとした足取りで避けながなら帰ってる道中だった。思わぬ人物を見かける。

 

「なのはちゃん?」

 

 俯いていて表情は窺えないがなのはちゃんがとぼとぼと歩きていた。方向的に帰ってる途中なのだろうか、家でゆっくりすると聞いていたが用事でも出来たのか?肩にはなのはちゃんがお世話しているフェレットのユーノの姿も。

 

「よっ!なのはちゃん」

 

 何はともあれ無事なようで何よりだ。それを嬉しく思って明るく声をかけたのだが

 

「あ、し……慎司君」

「………………」

 

 下を向いていたなのはちゃんがこちらを向く。その表情はとても暗かった。あの日、5歳の頃俺と出会った時の表情と重なって見えるくらいの暗い顔をしていた。

 

「ど、どうしたんだよ?怪我でもしたのか?」

 

 あの謎の大木の暴走に巻き込まれたのか?

まさか、家族が巻き込まれた?どれも違うと首を振るなのはちゃん。

 

「な、何でもないの。大丈夫だから」

 

 この感じは………ここ最近のなのはちゃんの様子は気になってはいたがそれに関する事だと思われた。時折思い悩むような素振りをしていた。いつも元気だったのによく疲れたような顔をしていた。ずっと心配で、つい目で追って気になっていた。

 なのはちゃんと知り合って4年ほどか、その間に確かな強い絆が出来たと俺は自負している。しかし、なのはちゃんは何も言わない。言えないのか、言わないのか……分からないけど。そんな短くない付き合いの俺にも言えない事。だから、俺はそれについて自分から聞こうだなんて思わなかったし、そっとしておくのも友達の役目だと思っていた。

 それは今も変わらない、だってそんな顔をして明らかな悲しんでいてどん底にいても、俺には何でもないと言ってくるなのはちゃんが少し遠くに感じたから。不用意に俺が関わっていけないような気がして、悩みがあるなら聞くなんて口が裂けても言えなかった。あの時とは状況が違うから。

 

「そっか………」

 

 だからそういう風に答えた。何でもないなんて嘘だけど、俺は待つと決めた。それは曲げないし……なのはちゃんが自分で解決したいと思っている事でもあるかもしれないから。余計な事は言わない。

 

「…………………」

「…………………」

 

 何の言葉も発せず2人並んで帰路につく。明らかな街の異常な状況に言及する事はいくらでもあるのだがお互いそれについてすら無言だった。

 なのはちゃんの悩みに今回の騒動は関係あるのだろうか?それは考えすぎか、まるで魔法のような珍事件だしな。

 

「っ」

 

 なのはちゃんの手を取った。なのはちゃんは少しピクッと反応していたけど何も言ってこなかった。確かに、俺は何も知らないし余計な事を言う気もする気もない。だけど、伝えたかった。言葉ではなく手を繋いで伝えたかった。

 俺は何も知らないし……きっと力になれない。そんな気がする。ただの9歳の少年で精神が少し大人だけのちっぽけなバカだ。出来る事なんてたかが知れてる。だけど、繋いだ手をギュッとして俺は心で想う。

 一緒にいる。分からないし、どうすればなのはちゃんが喜ぶか知らないけど………せめて一緒にいると。支えると、今も4年前も変わらず支えてあげたいと手を繋ぐ事で伝える。

 

「………………」

 

 なのはちゃんは何も言ってこない。けど、俺が必死に想いを伝ようとしている握った手をギュっと握り返してくれた。ただ歩く、夕陽に照らされ歩く。

 

「なのはちゃん………」

「………ん?」

「……………俺ん家でゲームでもやっか」

「…………うん」

 

 何も言わない、聞かない……でも支えてあげたい。元気のない時はいっぱい遊ぶのに限る。きっとそんな思いは伝わってると信じてる。心なしか、なのはちゃんの肩に乗ってるユーノも嬉しそうな顔をしていた。

 

「……………ありがとう」

 

 あぁ、気にすんな。

 

 

 

…………荒瀬慎司の預かり知らぬ所で高町なのはは何かしら大事な決意をした。自分の意思で、自分なりの精一杯ではなく本当の全力でと。いつも本当の全力で柔道に立ち向かっている荒瀬慎司の横顔を見ながらそう思っていた。

 

 

 

 

 

 






 感想や評価が良く届いて正直に言うとすごい嬉しいです。これもこの作品を読んでくれている読者がいてこそであります。前書きではあぁいましたがそう言ったものでなければ、文の書き方や展開の違和感など指摘や意見は大歓迎です。作者の励みとなりますのでこれからもよろしかお願いいたします


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知らない間に物語は進む



 相変わらず話の構成が下手だと自己嫌悪。もっと書いて考えて成長したいものですな。頑張るぞ!


 

 

 

 

 

 

 

 

「すっげぇ!!豪邸!?」

 

 初めてみたよこんな豪邸!?どこぞのお嬢様とは聞いていたけども!まさかここまでとは思わなんだ。初っ端からテンションが高い俺だが理由がある、今日はすずかちゃんからのお誘いで月村邸にお邪魔している。なのはちゃんと付き添いで一緒に来る事になっている恭也さんとバスで合流して一緒に向かった月村邸。

 それがまぁ軽く想像を超える豪邸だった。目ん玉飛び出るかと思ったぜ全く。いや、ほんとにヤバイぞ。慣れた感じで恭也さんが呼び鈴を鳴らす。すげぇよ、俺なら恐れ多くて押せないよ。しかも俺たちを出迎えたのは

 

「本物のメイドさんだ!!すげぇー!」

 

 メイド服に身を包んだメイドさん。恭也さんとなのはちゃんとは顔見知りらしい。すげぇ、テンション高まる。ある意味憧れでもあるよなメイドさんって。ちなみに目の前にいるこの人がメイド長でもあるらしい、名前はノエルさんとの事。メイド長と名乗るにしては若いなこの人。勝手なイメージだけど。

 

「なのはお嬢様、恭也様、慎司様……ようこそいらっしゃいました。どうぞ、中へ」

「なのはちゃん聞いた?慎司様だって、様付けだぞ……やばくね?」

「し、慎司君……恥ずかしいからあんまり騒がないでよ……」

「なのはお嬢様、タイが曲がっていてよ」

「つけてないよ。どういう話の流れなの?」

 

 俺もわからねぇ。年甲斐もなくテンション上っちゃってるから。そんなやり取りを見てノエルさんも微笑んでいた。そのままノエルさんに案内されすずかちゃんが待つ部屋へ向かう。

 

「ほー!すげー!ひろーい!でかーい!」

「慎司君、静かにしてよ…」

「なのはちゃんー!がでかいー!ひろーい!」

「どういう意味かな!?」

 

 ポカポカしてくるなのはちゃんを華麗に交わしてトコトコと前を歩くノエルさんの隣に。

 

「メイドさんメイドさん」

「はい?何でしょう慎司様」

「なのはちゃん用のメイド服ないですかね?無理やり着せて写真撮って海鳴中にばら撒きたいんですけど」

「慎司君!!」

 

 ごめん、年甲斐なくはしゃいじゃいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのままノエルさんに案内されて部屋に通される。席が用意され優雅にカップで飲み物を飲んでいるすずかちゃんとアリサちゃん。さらに初めて見る綺麗な女性の姿ととなりに佇むもう1人のメイドさんの姿も。綺麗な女性の方はすずかさんそっくりな所を見るとお姉さんの方かな?ははーん、恭也さんが何で付き添いに来たか分かったぞ。

 

「あ、恭也さん……なのはちゃん、慎司君」

 

 俺達にいち早く気付くすずかちゃん。それにおっすと手を上げ返答。

 

「なのはちゃんは何で疲れた顔をしてるの?」

「どうせ慎司に振り回されたんでしょ」

「ご名答」

「胸張って言うなっ!」

 

 そんなやり取りをしつつすずかちゃんのお姉さん……名は忍さんと言うらしい。忍さんと恭也さんは別室に。なぁに、邪魔はしませんよ。

 

「恭也さん、ファイトです」

 

 そんな俺の言葉に恭也さんは困ったように笑った。まぁ、頑張る必要ないくらい仲良しなんだろうけど。腕まで組んじゃって。すでに恋仲か、結婚式には呼んでね。

 

「お茶をご用意いたしましょう、なのはお嬢様、慎司様…何がよろしいですか?」

「私はおまかせで」

 

 手馴れた回答するなのはちゃん。俺は……

 

「マテ茶で」

「かしこまりました」

 

 あるんかい!まぁ、何でもいいけど。こう言う時は紅茶でしょとかそんなツッコミ待ってたのに。

 

ノエルさんともう1人、すずかちゃんの隣に佇んでいたメイドさんがお辞儀をしてから退室する。ちなみにそのメイドさんはファリンさんと言ってすずかちゃんの専属だとか。いいなぁ、専属メイドさん。俺もほしい。

 

「俺のメイドさんになってください。なのはちゃん」

「わたし!?羨ましそうにファリンさん見てるなと思ったら!」

「寧ろ俺がメイドになるしかねぇのかな。すずかちゃん」

「あ、ごめんね。今紅茶飲んでてよく聞き取れなかったから」

「都合のいい耳だな!」

「来て早々うるさいわね!冥土の土産に一発くらわすわよ!?」

「メイドと言ったか?」

「字が違うと思うよ慎司君」

 

 なのはちゃんのツッコミで終了。俺がいる事で場がカオスになる事にはもう手馴れた3人。ふふふ、その調子で俺に毒されるがいい。………なんかエロいな、この表現はやめておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて言葉を交わしつつまったりとした雰囲気でお茶を待ちながらおしゃべり。そんな中アリサちゃんが

 

「今日は……元気そうね」

 

 となのはちゃんに向けて言い放つ。えっ、と少し動揺するような反応をするなのはちゃん。

 

「最近なのはちゃん………元気なかったから…」

 

 すずかちゃんが続けて口を開く。まぁ、あんなあからさまにため息ついたり疲れた顔されちゃこの2人も心配になるってもんだろ。

 

「もし何か心配事があるなら……話してくれないかなって……アリサちゃんと2人で話してたんだけど……」

 

 そんなすずかちゃんとアリサちゃんの優しい気遣いに感極まったような表情をするなのはちゃん。ホント、いい友達を持ったよ……なのはちゃんも俺も。

 

「なぁなぁ、その話に何で俺は入ってないんじゃ」

「あんたはあんたで勝手に色々すると思ったのよ」

「慎司君、そう言う所察しが良いから」

 

 信頼されてるんだかされてないんだか。色々するって語弊があるよ。そんな………先日の大木暴走事件の時の事が頭をよぎる。あれは……確かにちょっと臭かったな。何が支えてやるだよ、中二病かよ、柄にもねぇ。思い出して少し恥ずかしくなってくる。

 この後、お茶菓子を持ってきてくれたファリンさんが猫とユーノの追いかけっこで目を回して食器を落としかける等一悶着あった事を追記しておく。

 気分転換に場所を変えて再度お茶会、今度は庭…………庭?森?家の私有地?庭でいいか、庭の真ん中にあるテーブル席に移動してまたお喋り。にしても猫が多いなこの屋敷。里親が決まるまで預かっている猫達だとか。アリサちゃんが猫天国と表現するのも頷ける。猫と戯ながらお茶とお菓子をつまみ、世間話に花を咲かせる。

 本当にどこかのお金持ちのような気分だ。なんて感想を抱いていると突然なのはちゃんの膝の上に佇んでいたユーノが森の方へ駆け出していった。

 

「どうした?」

 

 俺の言葉になのはちゃんがハッとしつつも答える。

 

「ユーノ君が……何か見つけたみたい……ちょっと探してくるね」

「俺も一緒に行こうか?」

「ううん、大丈夫。すぐ戻るから」

 

 そう言ってユーノを追って駆け出すなのはちゃん。それを見送る俺達に3人。少々心配だが、まぁ平気か。なのはちゃんもまさか迷子とかにはならんだろ。

 

「………慎司」

「うん?」

 

 なのはちゃんが席を離れてすぐにアリサちゃんに呼ばれる。表情から察するに恐らくなのはちゃん関連の事だろう。

 

「実際の所………どうなのよ?」

「何のこと?」

「分かってるでしょ………なのはの事よ」

「……………………」

 

 言いたい事は分かる。すずかちゃんも言葉には出さないがじっと俺を見つめてくる所をみるとアリサちゃんと同じ事を思っているんだろう。

 

「………悪いけど、俺もなのはちゃんが何の事情を抱えてるか詳しくは知らない。詳しくどころか全く知らないし見当もついてないよ」

「慎司も知らないのね」

「ああ、お前達と同じだよ」

 

 俺に何か期待してたようだが、残念だが答えられない。知らないのだから。

 

「気にはならないの?なのはちゃんの事」

 

 すずかちゃんの言葉に俺は迷わずうなずいた。気になるに決まってるだろう。知りたいに決まってるだろうと。けど、俺はもう決めたのだ。

 

「俺は待つ事にした。なのはちゃんが自分で話してくれるか……話さないままだったらそれでいいって決めたんだ」

 

 勿論、それが正解だなんて思っちゃいない。寧ろ不正解なのかもしれない。だけど決めた事を曲げる事はしたくない。俺なりに沢山考えて出した結論なんだから。

 

「大人だね、慎司君」

「違うよ、臆病なだけさ」

 

 俺は2人みたいに……さっきの2人みたいに踏み込んで聞けなかったから。それを出来る2人の方がよっぽど大人だと思うぜ俺は。

 

「だから、俺はいつも通りでいるさ………いつも通りでいる事も大切だと思うからさ」

「あんたらしいわね」

「かもな」

 

 そんな風に共通の友人を心配してあげれる友人ができた事を心から感謝した。そうやって俺の胸の内を明かして2人は納得したように頷いてから元の世間話に戻る。

 

「そういえばあんた最近どうなの?」

「俺がメイドをどうすれば雇えるか画策してる事についてか?」

「働きなさい」

「すずかちゃん、雇って。皿全部壊すから」

「どうしてそれで雇ってもらえると思ったの?」

 

 アリサちゃんがそうじゃなくて!と話を遮る。

 

「柔道よ!柔道!今度また大会があるんでしょ?」

「あぁ、もう少し先だけどな。無論、試合に向けて努力してる所だよ」

「そ、また応援しに行ってあげるから絶対勝ちなさいよね」

「そのつもりだよ」

 

 ちゃんと色々考えて、効率よく……そして泥臭く根性で頑張ってるさ。成長や手応えを感じるくらいにやってるし、誰よりも努力してやるって気持ちでな。才能ない俺には練習しかねぇんだから。

 

「私も楽しみにしてるね、慎司君がカッコよく相手を投げるところ」

「おうとも、任せとけよ。ファイナルアタックライド!!で一発よ」

「今通訳がいないからあんまり意味わかんない事言わないでね」

 

 通訳ってなのはちゃんの事かよ。その通訳不完全だろ、俺のネタほとんど理解してねぇぞ。ていうか、なのはちゃんはまだかね。そろそろ帰ってきてもよかろうに。なんて密かに思っていると、キュルキュルと鳴き声をあげながら森の奥からユーノが走ってきた。

 

「な、なんだなんだ?」

 

 俺の足元でくるくると回って何かを伝えようとしてくる。何だ?ユーノを追いかけたなのはちゃんの姿が見えない。俺の周りを走ってたと思ったら今度また森の奥に向かって走る。

 

「…………ついて来いって事か?」

 

 アリサちゃんとすずかちゃんが状況が飲み込めず困惑している。何か嫌な予感がして俺は2人に声をかける事なくユーノを追いかける。あぁくそ、フェレットってあんな早いのか?見失っちまうぞ。と思ったら時折止まって俺がついてきてるか確認するように振り返っている。お前、知能結構すげぇんじゃねえか?

 程なくしてユーノは足を止める。息を切らしながら追いついた先に、意識を失って寝転んでいるなのはちゃんの姿を見つけた。

 

「なのはちゃんっ!」

 

 慌てて駆け寄る。なんだ、なにがあった?呼吸は安定してる、目立った外傷も無さそうだ。とりあえず一安心しつつも急いでなのはちゃんを運ばないとと思い至り横抱きでなのはちゃんを持ち上げる。相変わらず軽いな、よくじゃれてきた時におんぶとかしてたから知ってたけども。

 戻る途中に慌てて俺を追いかけてきた2人とも合流して事情を説明してすずかちゃんにベッドのある部屋に案内させた。

 

 

 

 

 結局なのはちゃんが目覚めるのは夕方ごろになるまでかかった。少しボッーとしながらも何があったのか説明してくれたなのはちゃん。

 なんて事はない、ユーノを追いかけてる途中で転んで気絶してしまったらしい。体に問題はなさそうだったが明日念のため病院に検査しにいくそうだ。とりあえず、こんな事も起きてしまったので今日はもう解散だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅してベッドに横になる。なのはちゃんもドジだなぁ……転んで気絶なんて。あまり心配させないで欲しいものだ。けど、本当に転んだだけなのだろうか。気絶するくらいの勢いで転んだんなら擦り傷の一つくらいあってもいいと思うんだけどな。外傷なかったよな、いい事だけど。

 

「まぁ、んな事考えても仕方ないか」

 

 そう結論づけて今日はゆっくりと寝る事にした。相変わらず俺はなのはちゃんの事情なんか知る由もなく、また明日という今日はやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 月村邸での出来事から少し経ち、俺にとってはいつも通りの日常を過ごしていた。学校で授業を受け、少しだけなのはちゃん達と遊んだりなんやりして……鬼のように柔道に打ち込む毎日。ちゃんと休日もとったりして高町家に行ったり皆んなと遊んだり。いつも通りの日常を過ごす。試合もまだ先とはいえ1日ずつ着実に近づいてはいるので気合も一層入る俺。そんな中、世間的にとある連休の日。俺は高町一家の温泉旅行に連れて行ってもらう事になった。

 と言ってもこれが初めてではなく何度かそんなイベントもあったのだが、いつもなら俺の両親も招かれて一緒なのだが今回はパパンは仕事が忙しいらしく、ママンはすでに退職しているがパパンの仕事の手伝いに行ってるらしい。ていうかママンが辞めるまでは2人とも同じ職場だったのね初めて知ったよ。

 そしていつもと違うのは他にも、今回はアリサちゃんとすずかちゃん……それにこの間の月村邸で知り合ったメイドさんとすずかちゃんの姉の忍さんもご一緒だ。かなりの大所帯での今回の温泉旅行、さてさて俺も一旦柔道から離れてしっかり体を休めよう。ちゃんと休息を取るのも強くなるための道だ。

 

「あっ!そこでだいばくはつはずるいよ慎司君!」

「いや、立派な戦略だろうに」

「すずかもちゃっかりまもる使ってるわね」

「あはは、慎司君そろそろ使うかなーって思って」

「俺的には味方のすずかちゃんも巻き込みたかったんだけどなぁ」

「何が目的なの……」

 

 行きの車の中で暇を潰すべく4人でポケモンのダブルバトルをしていたがまぁこれが楽しい楽しい。俺の影響かなのはちゃんだけでなくアリサちゃんやすずかちゃんもゲームを始めてくれたし。ここのところ4人でずっとポケモンばかりな気がする。

 そんなこんなで時間を潰していると目的の温泉旅館に到着。緑に囲まれた自然豊かな場所に風情良く立つ老舗の旅館らしい。早速温泉に浸かる事に。女性陣とは一旦別れて男湯へ、士郎さんと恭也さんは少し旅館内でゆっくりしてから入るとの事。俺は長湯も平気なので2人を待つ形で先に入らせてもらおう。どうせあがった後なのはちゃん達と旅館でうろうろするだろうし女の子のお風呂は長いからな、待たなきゃいけないだろうからそれくらいが丁度いいだろう。

 のぼせないよう少し肩まで浸かってから足だけを浸からせて2人を待つ。程なくして揃って士郎さんと恭也さんも温泉に浸かりに来た。

 

「うわ、2人ともムキムキですね」

 

 士郎さんも恭也さんも常人とはかけ離れた肉体をしていた。服の上からじゃ全然わからなかったけどかなり鍛え抜かれたような引き締まった体付きをしている。士郎さんの体が古傷だらけなのも気になったがそれはまぁ、口には出さないでおこう。

 

「ははは、慎司君だってなのはと同い年とは思えないくらい体が引き締まってるじゃないか」

 

 そんな士郎さんの指摘に自分の体を見やる。確かにかなりトレーニングに時間は費やしてはいるが体が小さいうちに大きな筋肉を付けたくはなかった。成長の阻害と動きの柔軟性を損なってしまうからだ。俺なりに程よくなるよう調整している。

 3人で並んで肩まで浸かる。芯から温まる快感に思わず3人ともじじくさい声を上げる。あぁ〜、温泉最高。

 

「慎司君、どうだ?柔道の方の調子は?」

 

 恭也さんからそんな言葉が。ていうか多いなそんな質問、皆んな気にかけてくれてるんだな。そんな気遣いに感謝しつつ

 

「試合に向けて鋭意努力中です。恭也さんが組んでくれた基礎体力メニューのおかげで最近はもっとハードなメニューもこなせるようになりました」

 

 ホント、助かります。どのスポーツもスタミナは重要だから。恭也さんはそれは良かったと満足げに呟いた。

 

「なのはもこの間の慎司君の試合を応援してからすっかり柔道に興味を持ったみたいだからなぁ………最近はよくテレビで柔道の試合中継を見てるよ」

「そうなんですか?」

 

 士郎さんからそんな情報が。それは初耳だった。

 

「うん、慎司君の試合によっぽど興奮したみたいでな。みんなで食事してる時なんかよく慎司君の話をしているよ」

 

 それは……なんだか照れくさいな。まぁ、流石に柔道始めたくなったとかそういう物じゃないんだろうけど。

 

「なのはも楽しみにしてくれているからとは言わないけど……頑張ってな慎司君」

「おっす」

 

 2人からのエールと温泉で身も心も熱くしつつ俺はもっと努力するぞと誓う。そうだ、みんなに優勝する姿を見せる事……それが応援してくれている皆んなに送ることができる最高の恩返しだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のぼせないうちに2人より一足先に温泉に出て脱衣所へ。旅館が用意している浴衣に着替えてから脱衣所の外へ。ちょうど女湯から着替えを済ましたいつもの3人が同じタイミングで出てくる。ちょうど良い、待つ手間が省けた。

 

「よっしゃ野郎ども!湯冷めしないうちに旅館の中探検しまくろうぜ」

「野郎じゃないよ……」

「あと、うるさいわよ」

 

 そんななのはちゃんとアリサちゃんの言葉を受けつつトボトボと4人でお喋りしながら旅館内を歩く。

 

「おみやげ見てこうよ」

「お、アリサちゃん気が合うな。木刀だな?」

「そんなもん買わないないわよ。ていうか売ってないでしょ」

「いいや、あるかもしれんぞ………木刀が必要なんだ」

「何に使うのよ」

「物干し竿と扉のつっかえ棒」

「それちゃんとしたやつ買った方がいいんじゃ?」

「いや、すずかちゃん他にもあるんだよ………なのはちゃんのお尻叩き用に」

「私のお尻!?なんでよ!」

 

 さっと自分のお尻を手で隠すなのはちゃん。

 

「寧ろそれがメインだ」

「何か恨みがあるのかな?私に」

「実は出会った時から叩きたかったんだ……なのはちゃんのお尻」

「衝撃の事実だよ!」

 

 きゃんきゃん騒ぐなのはちゃんと俺を見てやれやれとするアリサちゃんとすずかちゃん。さて、冗談はさておき旅館内をまぁまぁ歩き終わった頃だった。向かい側から旅館の浴衣を着た色っぽい年上のお姉さんがとことこ歩いて来たかと思うと。

 

「はぁい、おちびちゃん達」

 

 こちらに声を掛けてきた。なんだこの人。ていうか格好エロっ!そんな胸元開けんなよ目の毒だ。3人の反応を伺うが全員怪訝な表情を浮かべているのを察するに俺達の誰かの知り合いってことはなさそう。反応に困っているとその女性はなのはちゃんの前に立ち品定めするかのように観察し始めた。

 何かぶつぶつ言っているような気がするがこっちの耳には届かない。さてどうしよう、なのはちゃん困った様子を見せてるし助け船を出したい所なのだが……あんまり変な事してこの人を刺激するのも怖いしな。このご時世どんな変人がいるか分かったもんじゃないし。少し考え込んでいる間にアリサちゃんが女性となのはちゃんの間に立とうと動き出す。慌てて肩を掴んでアリサちゃんを止める。考えすぎだとは思うけど、危険かもしれないのでその役目は俺がやろう。

 

「まぁ、任せろって」

 

 何で止めるのと目で訴えてくるアリサちゃんにそう小声で伝えて俺は2人の間に割り込む。

 

「し、慎司君……」

「んー?」

 

 庇うように間に立つ俺を女性は不敵な笑みを浮かべながら楽しそうに観察してくる。本当に何が目的だろう。ただの酔っ払いとかならいいんだけど。こういう時は………

 スゥッと息を少し吸い込んで俺はあらん限りの大声で叫んだ。

 

「だれかーー!!助けてええええええ!!」

「はぁ!?」

 

 俺の絶叫に女性はあたふたしだした。よしよし、余裕そうなその表情を崩してやったぞ。

 

「痴女がぁ!!痴女がいまあああす!!胸元開けて知らない子供相手に見せつけてくる痴女がいますううううううううう!!!」

「ちょっ、痴女ってあたしのことかい!?」

「あんた以外に誰がいんだよ!?そんな胸ぱつぱつの浴衣着て!」

「これ以外にサイズがなかったんだよ!」

「嘘つけ!?それにいくらなんでもそんな胸元開ける必要ないだろ!露出魔め!自分の胸のサイズにそんな自信があるのか!?だから見せつけてるのか!」

「別に見せつけてるつもりはないよ!?」

「うるさい!見ろこの3人を!」

 

 そう言って後ろに控えてたなのはちゃん達3人を指差す。

 

「浴衣の上からでも分かるくらいまだまだ残念な胸のサイズだ。そりゃそうだとも、まだ小学生だからな。まだ成長の余地は十分にあるとも、だけどそんなまだまだ貧乳の3人に見せつけるように現れて!謝れ!ぺったんこなのはちゃんに謝れ!」

「だから何でいつも私だけ名指しなの!?」

「ほら、嫉妬に駆られてなのはちゃんも怒ってるじゃないか!」

「あんたに怒ってんだよ!」

 

 焦れたのか女性はあぁもうっとイライラした様子で頭を掻きながら

 

「悪かったよ、人違いだったみたいだ」

 

 と苦し紛れにそう言いながらそそくさと逃げていった。はっはっは、我の勝利なり。流石にあそこまで大騒ぎされちゃ堪らんだろ、まぁ悪い人には見えなかったけどだからといってへんに絡んでこられても困るしな。

 

「よっしゃ、んじゃ探検の続きしようぜ」

 

 と、振り返って3人に言葉を送る。が、3人ともそれはそれはさっきと雰囲気が一変していた。

 

「貧乳ってどういうことかなぁ?」

 

 すずかちゃんは笑顔を浮かべながらも額に青筋を浮かべて。

 

「わざわざ私達をだしにする必要あった?」

 

 アリサちゃんはそれはもう燃え滾るような赤いオーラを背負って。

 

「ぺったんこって!なのはの事ぺったんこって!」

 

 なのはちゃんは虎……じゃないな、怒った猫が後ろに見えるような怒りっぷりだ。3人ともまだ小学生何だから胸のサイズなんか気にすんなよ。いやまぁ、確かにだしにしたのは悪かったけどさ。

 

「あっははは、3人ともそんな怒んなよ。…………貧乳が目立つぞ?」

 

 なんてからかってみるとプツンと音が聞こえた気がした。その後の記憶は曖昧だ。気付いた時にはアリサちゃんに何度も腹パンをされていて、すずかちゃんはずっと同じ場所を中々の力で抓っていて、なのはちゃんはいつもどおり俺の胸をポカポカしてた。

 あー、ごめんね?流石にデリカシーなかったよ。そんな俺の謝罪でようやく矛を収めてくれた3人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は部屋に移動して皆んなで豪華なご飯を食べて子供組は子供らしく早めに就寝した。翌朝、ただでさえ最近ボーッとしたりため息をつきがちだったなのはちゃんの症状が酷くなった事以外は何もなく温泉旅行は終わりを告げた。

 

「………………」

 

 帰りの車でボーッとしているなのはちゃんに何て声をかけるべきか分からず、結局俺はいつも通りからかったりしてみたがなのはちゃんの反応はいつもより薄かった。

 昼間のあの絡んできた女の人が関係してるんだろうか………今となっては知る由もない。そして、それを気にしているのは俺だけでなくアリサちゃんとすずかちゃんも同じだ。そして、俺とは違って真っ直ぐになのはちゃんにぶつかって力になろうとしたアリサちゃんはさらに酷くなったなのはちゃんの様子にとうとう爆発してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にしなさいよっ!」

 

 バシンと机を叩く音が教室中に広まる。温泉旅行から少し経ったある日。アリサちゃんの怒声にクラスメイトが一斉にこっちに注目するが本人はそんな事気にせず続ける。怒りを露わにしている相手はなのはちゃんだった。

 

「この間から私達が何話しても上の空でボーッとして!」

「ご、ごめんねアリサちゃ」

「ごめんじゃない!私達と話してるのがそんなに退屈なら1人でいくらでもボーッとしてなさいよ!」

 

 俺は慌てながら間に立つように割って入り

 

「まぁまぁ、アリサちゃん落ち着けって」

「うるさい!慎司だって同じ気持ちなくせに!」

「だから落ち着けって……な?少し冷静になってからその話をしようよ、怒ったって仕方ないだろ?」

「っ!……いくよすずか!」

「あ、アリサちゃん」

 

 そう言って教室を出て行くアリサちゃん。すずかちゃんはなのはちゃんにフォローをしてあげてからアリサちゃんと話してくると言って後を追った。出て行く間際に目で俺になのはちゃんをお願いと訴えていた。

 

「…………」

「…………」

 

 しばしの沈黙。それを打破したのはなのはちゃんだった。

 

「慎司君もごめんね、私のせいで……」

「別に誰も悪かねぇだろ」

 

 ただ、お互い不器用だからちょっとしたすれ違いが起きただけさ。

 

「慎司君も……アリサちゃんの所に行ってあげて」

「俺は平気だよ、そんな気にすんなって」

「お願い………」

「…………分かった」

 

 今は1人にして欲しいのだろう。ある意味の拒絶ともとれるか。それは悪く考えすぎか。何度かなのはちゃんの方に振り返って様子を伺いつつ俺もアリサちゃんの後を追った。

 なのはちゃんはずっと俯いたままだった。

 

 

 

 アリサちゃんとすずかちゃんは屋上にいた。ある程度話は終わっているようでアリサちゃんも既に落ち着いている様子だった。俺が屋上に顔を出すとアリサちゃんはバツの悪そうな顔をして

 

「怒鳴ってごめん」

 

 そう短く謝罪してきた。

 

「あぁ、別に気にしてないよ」

 

 なのはちゃんの事を真剣に考えて、本気で心配しているからこそ起こった感情の爆発だ。寧ろ誇っていい。それほどアリサちゃんが優しいって事なんだから。そんな俺の思いを伝えるとアリサちゃんは照れて顔を赤くしつつも

 

「……ありがと」

 

 そう伝えてくれる。普段からそれくらい素直なら分かりやすいんだけどな。まぁ、普段アリサちゃんの方が俺は好きだけど。俺とアリサちゃんを見てすずかちゃんは満足気に微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 放課後、アリサちゃんとすずかちゃんは音楽のお稽古、俺は柔道の練習で別れて解散する事に。別れ際、アリサちゃんはなのはちゃんと言葉を交わす事なく別れてしまったがまぁそれはそんなに深刻に考えなくて大丈夫だろう。

 アリサちゃんはアリサちゃんなりの、すずかちゃんはすずかちゃんなりのなのはちゃんの支え方を決めたようだから。練習に向かいながら考える、なのはちゃんの悩み事は一向に解決する様子も無さそうだ。相変わらず俺は全くなんの事だか分かっていない。なのはちゃんが潰れてしまわないか心配だ。まぁ、そうならないよう俺たちが何とか支えててあげないといけない。たとえ、その悩みに対して何も出来なくても。役に立たなくても。そんな事を考えているうちに道場に到着した。

 さて、一旦切り替えて柔道に集中しよう。柔道だけは他の要素など切り捨ててやらなければいけない。まだまだ強くなるために。

 帰りに翠屋に顔を出してみたがなのはちゃんの姿はなかった。やっぱり家かな?もう遅くなっちゃいそうだから家まで行くのはやめておこう。帰り際に桃子さんからケーキを貰った、お礼を言って俺は帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日早朝、何となく早くに目が覚めてランニングに繰り出す事にした。近くの公園……なのはちゃんと出会ったあの公園で準備運動をしてから走るのが俺のランニング時の日課だ。いつも通りそれをしようと公園に赴くと。

 

「ん?」

 

 公園のベンチでこの辺では見かけたことのない同い年くらいの女の子の姿が。金色の髪が朝日に照らされてキラキラとしているのかと錯覚を起こす。それとは対照的に女の子の表情や雰囲気はどこか儚げで………冷たい。いや、冷たいというか何だろう……うまく表現できない。何となくあの時のなのはちゃんように放って置けないようなそんな感覚に陥った。

 

「…………っ?」

 

 じろじろ見過ぎたか、目があった。瞳も綺麗な色をしているがそれも儚げに揺れ動いていた。

 

「……………………」

「……………………」

 

 目があったままお互い沈黙。どうしよう、なんか言わないと………変な人だとは思われたくない。

 

「えっと……」

「………………」

「君は………………」

「………………」

「………………テロリストですか?」

「…………違うよ?」

 

 あぁ神様、テンパった時にわけわかんないこと言う俺を許してください。そんなやり取りが後に皆んなと同じく長い腐れ縁となる……フェイトとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 割とタイトルが思い付かない。そしてこの小説ではフェイトたそ初登場であります


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やれることを



 csmダブルドライバー………かっけえなぁ。一番好きなのは断然ディケイドですけどもね。次点でアギトかな。


 

 

 

 

「んで?こんな朝早くにこんな所で1人で何してるの?」

「…………………」

「いい天気だなぁ、絶好のランニング日和だ」

「…………………」

「…………最近のサメ映画は無茶苦茶だよね」

「…………………」

 

 ダメだ、何言っても黙ったままだ。会話しようにも無視されちゃ何も出来ない。

 

「……やっぱりテロリスト?」

「違う」

 

 これだけはちゃんと反応する。よっぽどテロリストと言われるの嫌なのだろう。いや、誰でも嫌だわなそりゃ。さて、どうしたものか………でも悪い子には何となくだけど見えないしあの手が使えそう。金髪の女の子の隙をみて目薬を差す。

 

「無視しないでよ…」

「……………」

「な、なんでぇ……むじずるのぉ!」

「っ!?」

「びえええええええええええん!!金髪少女にずっと話しかけてるのに無視されたああああああ!」

「あ、え、あ、その………違くて……」

「ゔああああああああ!!そうやって無視して俺をいじめるんだー!!」

「ご、ごめ………えと、話を……」

「いじめるよぉ〜!パツキン女の子がいじめてくるよぉ〜!!」

「ち、違うのっ……泣かないで……同じくらいの年の男の子にそうやって話しかけられたの初めてだから何を言えばいいのか分からなくて」

「それで困って黙ってたままだったと」

 

 ピタっと嘘泣きをやめると女の子はえっ?えっ?と困惑していた。いいね、懐かしい反応だ。最近なのはちゃんはすっかり慣れちゃって騙されなくなっちゃったし。新鮮だ。

 

「初対面の奴に何言えば分からない時はとりあえず自己紹介だ。俺は荒瀬慎司、君の名前は?」

「フェ……フェイト……テスタロッサ」

 

 見た目からそうだと思ったけど外国生まれの子かな?まぁ、身近にアリサちゃんとかいるしカタカナの名前は珍しくないか。

 

「フェイト……フェイト………フェイソン?」

「フェイトだよっ」

「フェイトたそ」

「フェイトっ!」

「フェイトそん!」

「フェイトだってば」

 

 あぁ、そんな拗ねた顔しないでよ。ていうか冷たそうな雰囲気出してるくせに話してみれば中々感情表現豊かな子じゃないの。お兄さんそういう子の方が好きよ絡みやすくて。

 

「ごめんごめん、フェイトちゃんか………で、そのフェイトちゃんは朝早くに公園で何をそんな不安そうな顔をしてるんだい?」

 

 俺の質問にフェイトちゃんは口を開きかけるがすぐに閉じてしまう。そして、別に何もないと言ってまた殻に閉じこもってしまった。ほほう、予想以上に頑固な子だ。だが、そうされたらますます話を聞きたくなるというものだ。

 

「まぁまぁ、そう言わずにさ。俺に話してみない?解決できるって保証は出来んけど何か力になれるかもよ?」

「大丈夫……」

「大丈夫って顔してないよ。何がそんな不安なんだ?話せる範囲でいいから話してみろって、こう見えて頼りになる太郎君ですよ」

「慎司って名前じゃないの?」

「太郎は慎司であり、慎司は太郎なのさ」

「……ごめん、ちょっとどういう意味か分からないや」

「戯言だからそんな本気に考えないでくれ」

 

 そんな風に話せ話せとしつこく押すとフェイトちゃんは観念したかのように

 

「そこまで言うなら………分かった」

 

 と、ようやく話をし始めてくれた。と言っても話自体はそんな込み入った物ではなかった。簡潔にまとめるとフェイトちゃんはこれから母親に会いに行くらしい。こんな言い方をすると言う事は普段は一緒じゃないって事なのかな?まぁ、家庭事情にまで踏み込むのは今はやめておこう。その時に手土産としてケーキを持って行こうとしたのだが途中で手を滑らせて落としてしまったらしい。

 

「どれどれ」

 

 フェイトちゃんが持っている紙箱に入ったケーキを覗いてみる。あちゃー、食う分には平気だけどここまで形が崩れてるとなると贈り物としては駄目だな。フェイトちゃんの手は包帯で巻かれている。怪我でもしたのだろうか、それでつい落としてしまったのだろう。折角贈り物として用意したケーキがこの有様じゃフェイトちゃんの顔も浮かなくなるだろうに。

 買い直すお金はあるそうだがまだ早朝。店はやってないだろう、店が開く頃にはもう母親元に向かっている時間らしく間に合わない。それで途方に暮れているのだ。

 

「それ、捨てちまうのか?」

 

 形が崩れたケーキを指差してそう言う。

 

「母さんには渡せないし………私が自分で食べるよ」

 

 ため息をつきそうな表情でそう言うフェイトちゃん。うーん、何とかしてやりたいが………待てよ?

 

「なぁなぁ、そのケーキよかったら俺にくれないか?」

「え?別に良いけど」

「サンキュー」

 

 箱ごと受け取り中身のケーキを取り出して全部を一気に頬張る。口の周りが生クリームだらけになるがそれには意を返さずあっという間に全て食べきる。

 

「ふむ、中々うまいな」

「良かった」

 

 その言葉を聞いてますます母親に渡しておきたかったのだろう。元々暗くなってた表情が更に影を指す。

 

「こんなケーキ貰ったらお礼しねぇといけないな」

「えっ?」

 

 公園の水道で口の周りを洗ってから俺はフェイトを指差しながら言う。

 

「いいか!3分で戻ってくるから絶対にそこ動くなよ!」

「え?あ、うん」

「約束できる?」

「う、うん。約束する」

「本当だな?」

「本当に大丈夫」

「嘘ついたら針千本………飲むぞ」

「絶対に待ってるから飲まないでね……」

 

 念を押しつつダッシュで家に向かう。まぁ目と鼻の先なので急げば本当に3分で戻ってこれる。家の冷蔵庫から目当ての物を取り出して、形が崩れないよう急ぎつつ慎重に運ぶ。

 

「ほれ、ケーキのお礼だ……受け取ってくれ」

 

 公園に戻ってすぐフェイトちゃんに紙箱を突きつける。昨日の練習帰りに翠屋で桃子さんがくれたケーキだ。

 

「え?そんな、受け取れないよ」

「いーからいーから、ケーキくれた礼だから。ちゃんとした等価交換だろ?」

 

 あのケーキがどれくらいの値段かは知らないけど……まぁ量は似たようなもんだからいいだろう。

 

「言っとくがそのケーキは俺にとって海鳴一………いや、日本一美味いと思ってる喫茶店のケーキだ。味は保証するぜ?フェイトちゃんの母親もきっと喜ぶよ。それこそ、ほっぺたがとれちまうほどにな」

 

 胸張って言う俺にフェイトちゃんは先程までの暗い雰囲気から少しだけ笑みを溢した。

 

「ご、ごめんなさい……気を使わせちゃって」

「ちげーよ、そう言う時はありがとうって言うんだよフェイトちゃん」

 

 ほれ、早く言って言ってとジェスチャーする俺にフェイトちゃんは困惑しつつも

 

「……ありがとう、慎司」

「おう、どういたしまして。つってもケーキくれたお礼しただけだがな」

 

 満面の笑みとは程遠いが、それでも表情を明るくしてくれたフェイトちゃん。やっぱ女の子ってのは笑顔が一番似合う。

 

「これで、喜んでくれるかな……」

 

 ギュッとケーキの箱を掴んでそう呟くフェイトちゃん。

 

「喜んでくれるさ、フェイトちゃんの母親がどんな人か知らないけどさ………翠屋のケーキだぞ?食べさせたら絶対喜ぶって。俺が保証してやんよ」

「うん、そうだったらいいな」

 

 安心しろよ、そうやって真心込めたプレンゼント渡されちゃどんな母親だって喜んでくれるさ。俺が知ってる2人の母親はそうだったよ。ママンもお袋も………いつも喜んでくれたからな。

 

「フェイトちゃん、まだ時間あんのか?」

「え?うん……もう少しだけ」

「んじゃ、こうして出会ったのも何かの縁だ。おしゃべりでもしようぜ」

 

 隣を無遠慮にどかっと座る。ランニングできなくなるけどそんな事はどうでもいい。今は、少しでもこの子を明るい笑顔にしてから母親の元に行かせてあげたい。

 

「フェイトちゃんのお母さんの話でもしてよ。どんな人なのか、勿論俺の話も聞いてもらうけどな」

 

 そんな俺の言葉にパァとした表情を見せるフェイトちゃん。嬉々として母親の事を話し始めるフェイトちゃんを見て

 

「フェイトちゃんはお母さんの事が大好きなんだな」

「うんっ」

 

 それはそれは、朝日に照らされた金色の髪と同じくらいキラキラした表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢中で2人で話をしているとフェイトちゃんは慌ててもう行かなきゃと立ち上がった。

 

「本当にありがとう。このお礼はするから」

 

 そう言い残して公園を後にした。

 

「もう落とすなよ!また会おうなー!」

 

 去っていく背中にそう投げかけ見送る。手の包帯も気になるし本当は俺が持っていってやりたかったがいかんせん、そろそろ学校に行く準備をしないと。

 次会った時には、俺の仲のいい親友達を紹介しよう………きっとみんな仲良くなれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから翌日の早朝、週末である今日は学校もお休み。朝早くから道場へ向かう。相島先生にマンツーマンでみっちり指導を受ける予定だ。特別練習みたいなものか。これも結構頻繁にやっている。週末にまで俺の練習に付き合ってくれる相島先生には感謝している。普段のクラブの練習も俺に目を掛けてくれている。いずれ必ずこの御恩は返す腹づもりだ。

 自転車を走らせて道場に到着。一礼してから道場に入ると既に道着に着替えて準備運動をしている相島先生……と隅で正座をして真剣な目つきでいるなのはちゃんの姿があった。

 

「何でなのはちゃんが?」

「お前の練習を見学したいそうだ」

 

 俺の疑問に相島先生が答える。先に道場で準備をしてくれていた先生につい先程なのはちゃんが訪れてそう言ってきたらしい。

 試合の応援に来た時に既に顔は見知っていたしとても真剣そうだったなのはちゃんを断る理由もないからと許可をしたらしい。

 

「お前も気にせずいつも通りやれ」

「はいっ!」

 

 すぐに道着に着替えて準備運動をして早速練習開始。補強運動で体をいじめ、基礎練習で柔道の基本的な動きを反復し疲れてきた頃に技の打ち込み、投げ込み。先生とのマンツーマンでの乱取り(試合形式の練習)。それを何度も何度も何度も。さらには寝技で同じメニューをもう一度。朝から始めて練習が終わったのは正午より少し前。 

 その間、なのはちゃんは正座を崩す事もなくずっと真剣に俺の練習を見ていた。

 

「慎司、ここまでにしておけ。明日も通常の練習があるからな」

「はいっ!」

 

 絶え絶えな息を何とか正常に戻して返事をする。もう、くたびれたなんて表現が生易しいほど体の疲労を感じる。本格的に試合が近づいてきている現状、本気で優勝する為にずっとこの調子で練習してきたがいくらやっても不安は拭えない。それでも自分のできる努力を最大限やっていくしかない。

 

「高町さんと一緒に帰ってゆっくり休め。試合前に体を壊しちゃ元も子もない」

「ありがとうございました」

 

 着替えて一礼して道場を後にする。なのはちゃんも俺に続いて相島先生に頭を下げながら後にした。

 

「お疲れ様、慎司君」

「ああ」

 

 飲み物とタオルを手渡してくれるなのはちゃん。それを受け取って止まらない汗を拭いつつ水分補給。自転車を押しながら少し歩いた所でようやく体が落ち着いてきたので、俺は真っ先になのはちゃんに聞く。

 

「一体どうしたんだ?練習見学したいだなんて」

 

 なのはちゃんが練習場にまで来たのは今日が初めてだ。前に士郎さんが俺の影響で柔道に興味を持ち始めたと言っていたがそう言った類の理由じゃない事は顔を見れば分かった。

 

「うん、深い理由があるわけじゃないんだけど」

 

 言い淀んで深く考えながらもなのはちゃんは俺を真っ直ぐに見て言った。

 

「慎司君に……背中を押して欲しかったのかも」

「…………………」

 

 正直疑問が多すぎて訳が分かんなかったけど、少なくともふざけて言っているわけではない事は一目瞭然だ。最近ずっと悩んでいる事の件なのだろうけど俺の練習する姿を見る事が何か励ましにでもなるのだろうか?

 

「慎司君やっぱりすごいよ」

「何のこと?」

「それだけ頑張れる事だよ」

 

 柔道の事を言っているのだろうけど。確かに頑張ってはいる、謙遜はしない。勝つ為に、結果を出す為に人並みの何倍も練習をしてきたと胸を張って言える。

 

「頑張る事はそんなにすごい事じゃないよ」

「うん、でも慎司君みたい誰もがずっと全力で頑張り続けられる訳じゃないから……すごいってなのはは思うよ」

「そうかい」

 

 そんな事言ってなのはちゃんは何を求めてるんだろう。俺は何を言うべきなんだろう。俺を褒めてくれるなのはちゃんは別段暗い様子とかそんな感じじゃないんだが、色々と考え込んでるようなそう言う雰囲気だ。答えは出かけてる、何をすべきかどうしたいのか分かっているけどあと一歩を欲しがっている。以前と比べて迷いない表情なのに言葉がたどたどしいのはそう言う事なんだろう。

 その一歩をもしかしたらなのはちゃんは求めているのかもしれない。練習を見に来たのも感化されたかったのかも。

 

「慎司君は……どうして柔道を始めたの?」

「前から気になってたからだよ」

 

 嘘ではない。前世での始めた理由だがな。

 

「それだけじゃないよね?」

 

 何だかんだで何年もの付き合いになるなのはちゃんは誤魔化せなかったようだが。

 

「他にもあるよね?試合の時の慎司君はすごく………真剣だもん。まるで命を掛けて試合してるみたいに」

「大げさだよ」

「そんな事ないよ」

 

 確かに前世での色々な出来事で前世以上に柔道には真剣に取り組んでいるが命がけなんか勿論大げさだが、なのはちゃんはそれじゃ納得いかない様子。どうしようか、前世の事を話すわけにもいかないし……ふざけて答えてるなんて思われたくないからな。けど、真剣に聞いてくるなのはちゃんを無下にするのも嫌だし。

 

「…………真面目な話さ、俺も何で始めたかなんて事は正確には言えない。自分でも分かんない部分とか何となくって気持ちもゼロではないからさ」

 

 けど………それでもやっぱり一番頭に浮かんだ理由は

 

「後悔したからかな」

 

 後悔?と首を傾げるなのはちゃん。そう、後悔したんだ…柔道を続けなかった事を。死ぬ前のたかが2年。20歳で死んだから高校で辞めてからの2年間。たった2年間だったけど、心にぽっかりと穴が空いたようなそんな感覚をずっと抱いていた。けど、辞めたのにも理由があって………それでまた始める事が出来なくて。今も俺は後悔している。

 

「もう、後悔したくなくて……その絶望を味わったから。俺は柔道を始めて、そして頑張れるんだと思う」

 

 何を後悔したかとかそんな事はなのはちゃんには話せない。前世の事なのだから、なのはちゃんは理解できてないだろうし気にもなるだろうけど察して深くは聞いて来なかった。

 

「そっか、後悔したくないから……なんだね」

「だから、なのはちゃんも後悔しないでな」

「えっ?」

 

 なのはちゃんを真っ直ぐに見つめて、俺は言葉を送る。

 

「…………なのはちゃんがずっと何に対して悩んでて考えてるかは知らんけどさ、後悔だけはすんなよ。人生の先輩からのアドバイス」

「慎司君、私と同い年だよ」

 

 そう言いながらもなのはちゃんは笑った。

 

「ああ、そういえばそうだな」

 

 俺も笑みをこぼした。

 

「ありがとう………いつも励ましてくれて」

 

 何のことやらと肩をすくめてみる。なのはちゃんもふざけて真似をしてくる。腹がたったので自転車を置いてほっぺをぐにぐに。

 

「あれ?前より艶が無くなってないか?ちゃんと寝てんのか?」

「いいから早く離して〜」

「老けたのかな?」

「うにゃー!」

 

 ひっかくなよ、普通に痛いから。そんな風にじゃれあいながら帰った。なのはちゃんはやる事あるからと遊びに誘ったが断られた。すずかちゃんとアリサちゃんも予定あるらしいしな。この後は家で大人しく休もう。けど、まぁ久々になのはちゃんとじゃれあって楽しかったから。まっいいか。何か背中を押せたのなら……それでいい。俺には直接何か役に立つ事は出来ないんだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慎司、これ」

 

 帰ってベッドでボーッとしているとママンからいきなり何か手渡される。

 

「なにこれ?お守り?」

 

 また変な時期に。もう正月なんかとっくに過ぎてるぞ。しかもよりによって交通安全の御守りかよ、トラウマ抉るなって。

 

「それ、肌身離さずもっときなよ」

「なんでまた?」

「いいから、最近物騒だからちゃんと持っとくんだよ」

「へいへい、ありがとうママン」

 

 どういたしましてと言いながら俺の部屋から出て行くママン。おかしいな、ママンってそんな信心深かったかな?まぁいいか、せっかく用意してくれたんだ………出かける時は必ず持ち歩くようにしよう。

 

「それにしても暇だ」

 

 ゲームも一人でずっとやってるのも飽きたし。テレビも面白そうなのはやってないし。いつも会う3人は予定あるみたいだし。朝の特別練習を終えて見学してたなのはちゃんと一緒に帰ってすぐに昼寝して起きてからボーッとしてたらすでに夕方だ。休息といえば聞こえがいいがせっかくの休日………なんかしたいな。

 ベッドから降りて部屋着から普段着に着替えて玄関へ。

 

「ママン、ちょっと散歩してくるわ」

「はいはい、ご飯までには帰りなさいよ」

「うっすうっす」

 

 早速貰った御守りをポッケにしまって外に出る。とりあえず部屋で燻ってるよりは外の空気を吸って当てもなく歩くのもいいかなと思った。ゆっくり歩いて考える。

 最近、アリサちゃんはなのはちゃんとまともな会話はしてなさそうだ。アリサちゃんがなのはちゃんに怒ったあの一件から2人の間には溝というのは大げさだが前ほどの近さは無くなっている。喧嘩したとかそんな風に距離が離れたわけではないのは分かる。アリサちゃんはアリサちゃんなりの考えがあってなのはちゃんに対してあの態度なのだろう。なのはちゃんも全て理解してる訳ではないにしろ意地悪されてる訳ではない事は分かってるみたいだ。

 前のように4人ではしゃげるような……元に戻るのにはなのはちゃんの悩みが解決するのを待つしかない。どうする事も出来ないのは分かってはいるがやはり歯痒い。

 そんな悩んでも仕方ない事に考えを馳せているといつもの公園に差し掛かった。そういえば昨日の朝にあったあの子………フェイトちゃんのプレゼントはうまくいったのだろうか。連絡先も知らないしどこに住んでるかも知らないから知りようがない。一応俺も無理やりフェイトちゃんに事情を聞いた手前、どうなったか気になる所だ。

 

「まぁ、流石にまた公園にいるなんて事はないか」

 

 何て言いながらも公園を確認してみる。フェイトちゃんが座っていたベンチに視線を送ると。

 

「マジか」

 

 いたわ。普通にいたわ。びっくりだよ、でも話聞きたかったしちょうど良かった。近づいて声をかけようとする。が、俺は言葉に詰まってしまった。

 

「…………………」

 

 フェイトちゃんは俯いていた。暗い表情で俯いていた。昨日の朝、声をかけた時と同じように。いや、それ以上に暗い表情だった。別れた時はキラキラとした笑顔を見せてくれたのに、今はその面影もない。

 極めつけは両手で大事そうに抱えている紙箱。見覚えがある、俺がフェイトちゃんにあげた翠屋のケーキだ。間違いない。母親に渡すつもりだったケーキが今ここにあるという事は………。声をかけるか一瞬迷った、無視する事も出来ず俺は努めて明るく声をかけた。

 

「よっ!フェイトちゃん、昨日ぶりだな」

「あっ………慎司、よかった会えて」

 

 俺を確認するとフェイトちゃんはすぐに立ち上がって俺の前に立つ。すると

 

「ごめんなさい」

 

 そう言って頭を下げてきた。

 

「何だよ……何でいきなり謝ってんだよ」

 

 予想外の行動に度肝を抜かれつつ、なるべく冷静に応答する。

 

「ごめんなさい、慎司がせっかくくれたケーキ………食べて貰えなかった……」

 

 そう言うフェイトちゃんの表情は変わらず暗いままだった。とりあえず事情を聞くと母親に渡す事は出来たものの手をつけて貰えずずっとそのままになってしまいそうになり、俺から貰った品だから捨てる事も出来ずにとりあえず悪くならないうちに俺に返しにきたらしい。

 何だよ、娘からのプレゼントに見向きもしなかったって事か?何だよそれ……。

 

「フェイトちゃんは悪くないじゃないか」

「その……母さんはずっと大変みたいで。私も母さんの期待に添えなかったからっ」

「何だよ、だからって娘からのプレゼントを完全無視なんておかしいじゃないか。大体何だよ期待に添えなかったって」

 

 なんことかはさっぱりだが子供は親の人形じゃないだ。自分の思う通りにならないからってそれはあまりに酷い話だ。俺が怒りを露わにするとフェイトちゃんは

 

「母さんは悪くないの!……私がいけないだけだから」

 

 そう言って母親を庇う。何なんだよ、意味わかんないよ。

 

「期待に添えなかったってどういう事なんだよ、フェイトちゃん……」

 

 フェイトちゃんを見据えてそう聞く。

 

「そ、それは…………」

 

 しかしフェイトちゃんは目線を外して答えてはくれない。なんだよっ、フェイトちゃんもかよ。なのはちゃんと一緒なのかよ。

 昨日あったばかりの俺だからって、君まで教えてくれないかよ。役に立てないのかよ。

 

「それでその……ケーキ……返すね。ごめんね、せっかく用意してくれたのに」

 

 手渡される紙箱を受け取る。中身のケーキもそのままだ。結局の所、俺のお節介は無駄骨だったて事になる。歯痒い。ただ歯痒い。無力感に苛まされる。分かってるさ、俺はなんでもできる特別な人間じゃない。そもそも、人間は万能じゃない。何でもかんでも当事者じゃない俺が力になれる事なんかほとんど無いんだ。

 なのはちゃんも然り、フェイトちゃんも然り。そんな事は理解している、だけどそれでも胸に渦巻く悔しさは取れない。けど、それは今は飲み込むんだ。俺は当事者になれないなら………それでやれることをやろう。

 

「……フェイトちゃん、俺一人じゃ食いきれねぇからさ一緒に食おうぜ」

 

 フェイトちゃんは何か言おうとしていたが有無を言わさず一人分のケーキを手渡す。困った顔をするフェイトちゃんに添えられていたフォークを渡して食ってみろって訴える。

 フェイトちゃんは恐る恐るケーキを口にした。瞬間、驚くような表情を浮かべた。

 

「すごい……美味しいね。慎司があれだけ言うのも分かるよ」

「だろ?桃子さんのケーキは世界一よ」

 

 俺が作った訳ではないが胸張ってそう伝える。

 

「こんなにおいしい物……母さんにも食べて欲しかったな」

 

 そう言うフェイトちゃんに言葉には返答できなかった。なんで言えばいいのか分からん。かわりに自分の分のケーキをムシャムシャと豪快に口にする。お陰で全部食い終わると口の周りは白いクリームだらけになる。

 

「フェイトちゃんフェイトちゃん………サンタクロース」

 

 体張ったボケじゃ、笑え。

 

「さん……たくろーす?」

「えっ?まさか知らん?」

「うん………慎司、口の周り凄い事になってるよ?」

 

 こいつ手強いな……。

 

「いいか?サンタクロースってのは1年に一回…とある日に事あるごとの住居に不法侵入して子供にプレゼントを置いていくんだ」

「いい人なのか悪い人なのか分からないね」

「だがそれで終わらないんだ」

「えっ?」

「実はな、サンタクロースにプレゼントを渡された子供はな?次の日には………テロに目覚めるんだ」

「超展開だね」

 

 一気に冷めた表情をするフェイトちゃん。

 

「だからフェイトちゃんもサンタクロースに洗脳されたテロリストだと思ってたんだ……」

「テロ行為願望はないってば……」

「ちなみに今までの話は作り話じゃなくて本当の話だ」

「えっ!?そ、そうなの?」

 

 やばいこの子ピュアすぎ。面白いからネタバレしないでおこう。

 

「人間はなんで二本足で立てるか知ってるか?」

「え?知らないけど……」

「実はな……俺も知らない」

「何で知ってる風に話すの?」

「シーラカンスがどうしたって?」

「話に脈絡がなさすぎるよ」

 

 何てケーキを味わいながら話をする。悲しい事があったのなら誰かが励ましてあげればいい。俺はいつも通りに接するだけだけどな。

 それが大切だって事を俺は知ってる。伊達に前世の記憶持ちじゃないからな。

 気のせいかもしれない。俺の目が都合よく見せてるだけかもしれないけど……フェイトちゃんは最初に比べればまだマシな表情を浮かべるようになってくれていた。せめて今だけは俺のこのくだらないやり取りに付き合ってくれや。その間は、その悲しい出来事を思い出させないように頑張るからさ。

 

「フェイトちゃん、また公園に来いよ」

「えっ?」

「今度はもっといっぱい話して、いっぱい遊ぼう。きっと………楽しいから」

「……………うん」

 

 ほんの少しだけ、相変わらず暗い表情だったけど……ほんの少しだけ……笑ってくれた気がした。

 

 




 

 眠いながらも何とか投稿。おやすみなさい


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魔法



 仮面ライダーはディケイド。ウルトラマンはティガ。自分の1番のお気に入り。何でこんなにかっこいいんだか。


 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、学校に登校してホームルームの時間となると担任先生からなのはちゃんがしばらく家庭の事情で学校をお休みする事になったと伝えられた。まぁ、驚きはしなかった。事前になのはちゃんから連絡があった、俺だけじゃなくアリサちゃんとすずかちゃんにも。今は高町家の家にもいないらしい。心配になって桃子さんに色々聞いてみたが要領を得なかった。桃子さんも全てを知っている訳じゃないみたい。だけど、学校も休んで家もあけてしまうそんな状況になのはちゃんを放り込む許可したのは中々どうして流石なのはちゃんのお母さんとも言えるだろう。

 とにかくしばらくなのはちゃんには会えないだろうな。寂しい気もするが俺は応援してあげよう、せめて心中で。休みの間のなのはちゃんのノートやプリントの用意はアリサちゃんが一早く立候補した。やっぱり友達想いの優しい子だ。きっとすずかちゃんも手伝ってあげるのだろう。俺もアリサちゃんに手伝わせて欲しいと伝えたが

 

「あんたは柔道に専念しなさいよ。試合、もう近いでしょ?」

「慎司君が柔道で活躍するのも……きっとなのはちゃんの励ましになるよ」

 

 そう2人に言われては俺も頷くしかなく言葉に甘える事にした。大会も確かに近い。なのはちゃんの事も気になるがそろそろそんな余裕もこいてられなくなる。そんな一幕がありつつ、学校の授業は代わり映え無く行われ昼休み。屋上で3人で弁当をつつく。

 

「にしてもあんた最近練習ばっかじゃない?体は平気なの?」

 

 談笑の話題が俺の柔道について移行するとアリサちゃんからそんな声が。

 

「まぁ、大会前の追い込みみたいなもんだからさ。ちゃんと無理のないようにやってるよ」

「そ、ならいいわ」

「アリサちゃん、慎司君の事も心配してたもんね。体壊すんじゃないかって」

 

 すずかちゃんの一言に余計な事言わなくていいのと顔を赤くしながら言うアリサちゃん。なんか、この子もこの子で可愛らしいな。

 

「何だ何だ?俺がそんな心配になったのか?ほれほれ、素直に言ってみ?」

「死ね!」

 

 あっぶな!飯食ってる時に叩こうとすんなよ。

 

「そうだ、慎司君の大会が終わってなのはちゃんも元気に戻ってきたら皆んなでパーティでもしない?」

 

 パッと閃いたように言うすずかちゃん。

 

「「パーティ?」」

「うん、私達だけじゃこの間の翠屋のパーティみたいに豪勢には出来ないけど皆んなでご飯食べていっぱい遊ぶの」

「いいじゃない、まだ慎司にポケモンの借り返してなかったしね」

「お主じゃ我には勝てぬよ」

 

 とりあえず必ずメンバーにリザードン入れるの止めればもうちょい戦えるのになアリサちゃん。好きだから入れるってのは分かるけど。

 けどよりによってブラストバーンとオーバーヒートを覚えたリザードンとは流石バーニング。

 

「何か失礼な事考えなかった?」

「いや、世界平和について考えてた」

「壮大だね」

「ドラクエの」

「矮小だね」

「世界の半分をやろう」

「何言ってるのよ」

 

 ツッコミ要員不足を感じる。なのはちゃん……早く帰ってきて、ツッコミしてください。そうでなくても、寂しいから早く帰ってきてな。本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下校中、練習まで時間が多少あるので公園に寄る。人っ子ひとりいない。ギリギリ練習に間に合う時間まで公園のベンチでボッーとしている。

 

「今日も来ないか………」

 

 あれからフェイトちゃんには会えていない。明確な約束をした訳じゃないからしょうがないんだけどな。毎日公園には顔を出してはいるからその内また会えるといいなと思う。

 まだ、みんなの事紹介できてないからな。

 

「そろそろ行くか……練習に間に合わなくなる」

 

 しばらく学校行って公園でずっと1人で待って柔道の練習をこなす。そんな毎日が続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、ただいま……」

「「おかえり」」

 

 つ、疲れた。今日も一段とハードだったぜ。本当に周りに気を使う余裕が無くなってくる。

 

「慎司、先に風呂入りな。ご飯用意しとくから」

「ういっすママン」

 

 まだ汗が止まらないぜ、サッパリしたいからお言葉に甘えて風呂はいろ。

 

「慎司、プロテインいるか?」

「パパン、それジュニアプロテインの方?」

「あぁ、バナナ味」

「いるー」

「分かった、用意しとくよ」

 

 プロテインは子供の体では栄養過多を心配されがちだがジュニア用のプロテインでなおかつしっかり運動などでエネルギーを消費しているのなら強い体づくりになる。うちも親に頼んで用意してもらっている。

 なのはちゃん達には隠してはいるが、実は俺結構なプロテイン好きである。親にもこういう形で沢山応援してもらってるんだからちゃんと結果を出して恩返ししたい。

 

「そういえば慎司、あんたちゃんと御守り持ち歩いてんの?」

「うん、ちゃんと持ち歩いてるよ」

 

 服のポッケから御守りを取り出して見せる。それを見せるとママンは安心したように息をついて

 

「ならいいわ。ちゃんと毎日持ち歩くのよ」

 

 そう言ってキッチンに戻っていった。うーん、前にも言ったけどあんな信心深かったけかな?変な宗教にでも引っかかってないだろうな……。まぁ、うちのママンに限ってそれはないか。

 変な心配してないでさっさと風呂はいろ。

  

 

 なのはちゃんにはしばらく会えなくなったが代わり映えしない日常が過ぎる。その間、フェイトちゃんとも結局会うことはなかった。が、ついに俺は対面する事になる。前世の地球と、今世のこの地球の決定的な違いを。なのはちゃんが抱えている大事な決意と覚悟を、フェイトちゃんが抱えている信念と愛情を。

 それを俺は受け止めなければならなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうなってんだよ!!」

 

 空に向かって叫ぶ。暗雲とし嵐のように荒れている空に。何となくだった。何となく今日は沢山走りたくなった気分だった。試合ももう間近に迫っていて、試合前の調整期間に入って無理な練習はする事なく試合に向けた研究や技の磨きをかける期間に。疲れないわけじゃないが普段は普段で厳しすぎたのか逆にもっと体を動かさないと不安になった。

 だからいつもより遠出をしてランニングに繰り出した。ママンの言いつけの通りちゃんと御守りをポッケにしまって。当てもなく走り続けて気づけば普段絶対にたどり着かないどこかの海辺にまで来てしまった。人は誰もいない、海水浴シーズンじゃないしな。つい海の景色に見とれて走るのをやめて海に近づく。少し晴れ晴れとした気持ちになり、またランニングを再開しようとした時だった。

 俺は気づいたら海に流されていた。いや、ホント俺もなにが何だか分からなかった。直前、急に青空が暗雲としだして嵐のような雨と風に襲われた事。それに体を持ってかれたのか気づけば海に放り出されてそのまま流される。必死に溺れないようにもがいて泳ぐ。何度も顔に荒波を浴びつつ何とか呼吸を保っていると不幸中の幸いと言わんばかりに海のど真ん中に小さいながらも岩場を発見した。

 これがいわゆるご都合主義という奴だろうか。まぁどうでもいい、とにかく必死に岩場に辿り着き何とか海から抜け出す。しかし、嵐のような天候は相変わらずで風と荒波に体を持ってかれないように岩にしがみつく。そこでようやく周囲をキョロキョロと見渡す。うわっ、陸どっちだろ。結構流されたみたいだ、よく無事だったな俺。とにかく今はまた海に投げ出されないよう踏ん張る。数分ほど耐えていると今度は嵐に加えて竜巻が。6つの竜巻が猛威を奮っている。

 

「待て、竜巻じゃない」

 

 竜巻とは違う。似ているけど違う。あれは何だ?ずっと竜巻のようなエネルギー体が辺りに衝撃を与えていた。それが6つ。何だ、地球最後の日か?目を凝らしてそれを観察するとその周りを飛び回る黒い何かを発見した。鳥じゃない……あれは……人だ!人が飛んでる!しかもあんな謎のエネルギー体の近くで!危ねぇぞ。一体誰だ!?

 

「おい!あんた!……くそっ!」

 

 轟音で俺の声はかき消されて届かない。どうする事も出来ず見守っていると黒い人影とはまた別に飛んでいる存在を確認した。今度は人じゃない、赤い……犬?狼か?そんな体躯をした生物も黒い人影を守るように周りを飛んでいる。目が慣れてきたぞ、さっきよりハッキリ見えてきた。

 

「な………」

 

 顔が見えた、さっきからエネルギーの集中砲火を浴びながらそれをかわして飛び回っていた人の顔。女の子だった。髪の色は金。見覚えがある、知り合いだ。つい最近に出会った、公園で。何だよ……意味わかんねぇ。

 

「どういう事なんだよ!フェイトちゃん!!」

 

 その声もかき消されて届かない。危ない、何がしたいのか分からないけどあんな明らかにヤバそうな雷みたいな奴の近くにいるのは危ない。けど見守ることしか出来ねえ。くそがっ。

 

「おい!フェイトちゃん!おーい!」

 

 だめだやっぱり届かないか。フェイトちゃんをずっと見守っていると、ずっと周りを飛んでいるだけだったフェイトちゃんに変化が。何だ?杖?みたいなのを振り回し始めた。するとそこからよく分からない光の球体を生み出してそれを炸裂させたりその杖から金色の光の鎌みたいなものを現出させてそのエネルギー体に攻撃したりとやりたい放題やり始めた。

 あぁ、頭パニックになって色々慌てふためいているけどさっきから起こってる現象をまとめるならば。

 

「魔法って奴なのか?」

 

 あぁそうかい。そりゃたまげたよ、この世界には魔法が存在していてそれをフェイトちゃんが行使できるってだけの事か。口で言うのは簡単だけど本当にパニックだよ。今自分の命も危ない事を忘れそうになる。俺がそんな事を思いながらもフェイトちゃんは魔法のエネルギーのようなもので攻撃したりバリアーのようなもので防いだりといかにも魔法使いのような事をずっとしている。

 ここまで見せられちゃ、疑いようがない。が、俺のパニックはそれでは終わらなかった。フェイトちゃんの旗色が悪くなり苦戦している様子を見せてきた頃今度はまた別の2人組が空を飛びながら参戦した。その人物に今日一番の衝撃を味わった。

 

「……え?」

 

 1人は見知らぬ少年。見た目は俺の歳とそう変わらない、問題はもう1人。見覚えのある学校の制服をモチーフにしたような服を纏い、フェイトちゃんが持っていた物とはまた違ったデザインの杖のような物を持ち、フェイトちゃんと同じように魔法で攻撃したり防いだりしている1人の女の子。

 

「なの……はちゃん?」

 

 高町なのは。栗色の髪をなびかせながら果敢に竜巻に立ち向かっている女の子。俺が見たことのない凛々しい顔つきで、それこそ1人の戦士のような…そんな雰囲気を纏った見慣れたはずの女の子が空を飛んでいた。状況はよく分からない。さっきから無差別にエネルギーを喚き散らかしてる竜巻のようなエネルギー体は何なのか、何で6つもあるのか、色々分からない。けど、なのはちゃんがフェイトちゃんと同じ魔法を使える魔法使いだと言うのは一目瞭然だった。

 最近ずっと悩んでいたのはそこら辺が関係していたのだろうか?俺が能天気に日常を過ごしている中ずっとなのはちゃんはこんな危険なことばかりしてたのだろうか。もしそうなら俺は………何も支えになれてなかったのではないのか?

 呆然とする俺、そんなタイミングで今まで無差別に辺りを暴れ回っていたエネルギー体の攻撃はとうとう離れている場所にいた俺にまで届き始めた。

 

「っ!?」

 

 俺のいる場所からわずか数メートル先にエネルギーの衝撃が走る。それは一瞬海を裂きその危険さを俺に伝えてきた。まずい、ボーッとしている場合じゃないが俺はここから動けねぇ。あんなの食らったら即死だ。

 

「くそがっ!!」

 

 再び俺の近くに衝撃が。ああもう!まさか俺を狙ってるんじゃあるまいな!?

 チラッとなのはちゃん達の方へ視線を向ける。………あ。2人と目があった。2人だけじゃない、見知らぬ男の子とあと赤い犬のような大きな生物とも。フェイトちゃんとなのはちゃんはあからさまに驚いていた。驚いてるのは俺の方だけどな。

 

「危ない!」

 

 フェイトちゃんの声が不思議と届いた。視線を元に戻すと例のエネルギー体の攻撃はとうとう俺に向けて真っ直ぐ伸びていた。

 悲痛な声を上げてこっちに向かってくるなのはちゃん、口元を押さえて驚愕の表情で動く事の出来ないフェイトちゃん。あぁ、ごめん。こんな形で死ぬなんて……2人の前で心配させるのも、死ぬのも…嫌なんだけどなぁ。

 一度死んだ身だ、だから怖くはない。…………ンなわけねぇ。

 

「うわあああああ!!」

 

 情けなく叫ぶ。こんな形で死ぬのはもう………嫌なのに。

 

「やだ!慎司君!!」

 

 なのはちゃんの声が俺のこの世界で聞こえた最後の声になるのか。それなら……まだマシか。前世よりは。

 衝撃が走った。轟音が耳につんざき、俺の周りの海はその衝撃で荒波を作る。痛みは無い、しかも意識がある。

 

「あつっ!?」

 

 ズボンのポッケから熱いくらいの熱を感じた。慌てて弄ると出て来たのはママンから渡された御守り。それが強烈な光を放っていた。俺は無傷だった、俺が足場にしていた岩場にも先程と変わった様子はない。そこで気づいた。

 

「何だ……これ」

 

 俺から半径数メートルを囲うように魔法のバリアーのような物が張られていた。さっきからフェイトちゃんが使っていた魔法のような現象と酷似している。それが、俺を守ってくれたのか?次第に御守りの光は淡く消え始め、それと比例してバリアーも薄くなっていく。10秒もかからずバリアーも御守りの光も消える。

 またパニックだ、俺魔法使いだったの?いやンなわけねぇ。けど3人と1匹が俺に魔法を放ってくれた様子でもなさそう。なのはちゃんとフェイトちゃんは安心したようにホッと息をついていた。が、だからといってさっきから暴れまわっている雷達が、消えたわけじゃ無い。俺の近くに来ようとする2人を俺は大声で制した。

 

「おいコスプレ三人衆!!」

「「「違うっ!!」」」

 

 おお、初対面の男の子も2人に負けずいい反応だね。是非ツッコミ要員に入ってください。

 

「俺はいいから!早くあの変なのどうにかしてくれー!」

「で、でも!」

「でもじゃないお転婆なのは!」

「お転婆じゃないもん!」

「じゃあコスプレ魔法使いだな!」

「コスプレでもないってばー!」

「2人ともこんな状況でコントしないでよ!」

「うるせぇ少年C!沈めるぞコラァ!」

「少年C!?」

 

 いつもと同じようなやり取りをしてようやく落ち着く。落ち着け、実年齢もう三十路手前だろう。ここで俺が焦って迷惑をかけてる場合じゃない。御守りの事も気になるけど今はそれを考えている場合じゃない。とにかく、この状況を打破するために必要なのは俺ではなくこの不思議な力を持ったなのはちゃん達だ。俺に構ってる場合じゃないはずなんだ。

 

「とにかく!俺の事は気にすんな!あの変な竜巻みたいな奴………お前達なら何とか出来るんだろう?」

 

 俺の言葉にフェイトちゃんと赤い犬も含めた全員が頷く。だったら話は速い。

 

「んじゃなんとかしてこい!俺は何も出来ないからな!応援はしてやるからさっさと協力して解決してこいよ…………」

 

 協力と言う言葉でみんなそれぞれお互いを見合せる3人と1匹。なのはちゃんとフェイトちゃんの関係も気になるが雰囲気から察する何か色々と複雑なんだろう。だが、今は協力してほしい。俺は何も出来ないからな、できる奴らで協力するのが一番安全で安心だ。

 

「うん、待っててね。いこう!」

 

 そう言って一足先に竜巻に向かっていくなのはちゃん。俺の言葉に真剣に頷き、笑顔を見せてから果敢に跳んで言った。それに続くように少年Cもなのはちゃんに続いていく。赤い犬はフェイトちゃんの方を気にしながらも竜巻に向かって行った。残っているのはフェイトちゃんのみ。

 

「……………」

 

 フェイトちゃんは俯いて黙ったままだ。言葉を決めあぐねているのは一目瞭然だ。

 

「ごめん……」

「何がだよ?」

「多分……私が巻き込んだから」

 

 事実は知らん。俺はあの竜巻の嵐に巻き込まれてここにいる。その竜巻をフェイトちゃんが起こしたのならそうなるんだけどどっちでもいい。

 

「正直頭はまだパニックなんだよ。魔法みたいな不思議な力を見せられて……あまつさえ俺の知り合い2人がそれを使ってる」

「あの子とも顔見知りなんだね……」

「まぁな」

 

 だからパニック成分2倍である。もう考えるのやめて受け入れなきゃ正気を保っていられないほどパニクってる。だからまぁ、今はその事はどうでもいい。聞きたくないしきっと理解も出来ない。だから俺は見守って送り出す事しか出来ない。

 

「フェイトちゃんも行ってこいよ。その為にここでドンぱちしてたんだろ?………なのはちゃんを頼むよ」

 

 その言葉に複雑そうな表情を浮かべながらもわかったと返事をしてくれる。

 

「あぁそれと」

 

 飛び立とうとするフェイトちゃんを呼び止め俺は続けた。

 

「たまには公園にも顔出せよ。まだいっぱい話したい事と遊びたい事あるからさ」

 

 そんな俺の言葉に驚いた表情を浮かべるフェイトちゃん。何で俺はフェイトちゃんにここまで構うのだろう。2度目に公園で会った後にふとそう思った。なのはちゃんの時はあのまま泣いているあの子をほっとけなくて、前世みたいにいろんな後悔を残し人生を終えるのが嫌だったから俺は声をかけた。けど、俺は別に悪人のつもりは無いけど仏様のような善人のつもりもない。誰それ構わず手を差し伸べたりはしない。だから、何でそこまでフェイトちゃんを気にしてしまうのだろう。その答えを俺は知らない。

 だからそれには一旦目を背け、心に浮かんだ言葉を送るしかない。君とはまだ話したりしたいし遊んだりもしたい、それは本心だから。

 

「うん、ありがとう……慎司」

 

 そう言い残してフェイトちゃんも飛び立っていく。俺は後は応援するだけだ。そうする事しか出来ない。見守る事しか出来ない。

 御守りを掌に乗せる。もううんともすんとも言わない。恐らくこいつが俺をあの竜巻から守ってくれたのだろう。魔法みたいな力が発動したこの御守り………しつこく持っていろと念を押していた母さん。…………つまりはそう言う事なんだろう。俺の周りにどれだけ摩訶不思議な力を持った人達がいるんだか。あぁ、ホント………パニックだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が起こったのかは正直よく分からなかったがとりあえずはなのはちゃん達は例の竜巻もどきを治めることに成功したようだ。証拠に荒れ放題だった天候が嘘のように晴れ間が広がっている。何をしたのか全く分からなかったが全員協力して事に当たっていてくれた事は理解できた。

 それさえ分かればいい。さて、状況が落ち着いた所でなのはちゃんとフェイトちゃんは空を跳んだまま向かい合って何事か話をしていた。何を話しているのか気にはなったが生憎、流石にこうも離れてちゃ聞き取れない。それよりも気になるのが2人の周りに浮かんでいる6つの青い宝石のような物の方が気になった。あれは何だろうか、あれが竜巻の原因なのだろうか。

 2人の目的はあの宝石なのだろうか。色々考えては見るが答えはわからない。結局2人の関係も見えてこない、魔法を使うもの同士仲間だって言うような雰囲気でもなかったしな。

 恐らくだが、悪く言えば敵みたいなものなのだろうか。それならなのはちゃんがこれまでずっと浮かない顔をしていたのも納得がいく。普段からあんな寂しそう顔をしている子をなのはちゃんが放って置くはずないだろうし。とりあえず話が終わるまで俺は待つとしよう。

 そう思い、一息つこうと座ろうとした時だった。

 轟音、そして直感が告げた。何かヤバいものが来ると肌が感じる。瞬間、空が裂ける。そこから大きな雷が撃ち落とされる。俺の知ってる雷じゃない。恐らくあれもなのはちゃん達と同じ魔法のようなものだと瞬時に理解した。その雷はピンポイントにフェイトちゃんに直撃する。いや、フェイトちゃんを狙ったものだった。何なんだよ今度は!一体誰の仕業だ!!

 

「フェイトちゃん!!」

 

 俺の声は雷の轟音とフェイトちゃんの苦悶の叫びに掻き消される。雷の余波で近くにいたなのはちゃんも巻き込まれ衝撃で吹き飛ばされる。次第に雷は収まりフェイトちゃんは力なく海に落ちていく。まずいここからじゃ何も出来ねぇ!

 海に叩きつけられる直前、例の赤い犬が姿を変えてフェイトちゃんを直前で受け止める。あの姿は人だ。もう今更犬が人間に変化したって驚かない。今はそれどころじゃない。犬が変身したあの人には見覚えがある。以前温泉旅館でなのはちゃんに絡んで来た女の人だ。

 フェイトちゃんを受け止めた女性はフェイトちゃんを抱きかかえたまま今度は青い宝石に向かって手を伸ばす。あれを奪うつもりなのか?すると今度は黒い装束に身を包み、なのはちゃん達と同じく杖のような物を手にした少年がどこからか現れそれを阻む。

 ああもう!本当に何人増えたら気が済むんだ!あれも魔法使いだな!浮いてるし。

 女性と少年の幾ばくかの攻防の後宝石を半分ずつお互いが奪った所で女性は目眩しに魔法を放って姿を消す。一緒に抱き抱えていたフェイトちゃんの姿も勿論ない。

 

「何なんだよ……ホントに」

 

 取り残されたのは魔法使い3人と遠くで見る事しか出来なかった一般人が1人。静寂の中、海のさざなみの音だけが響き渡る。

 

「くそがっ!!!」

 

 意味もなくそう叫んだ。無力なおれがいくら叫ぼうがそれは負け犬の遠吠えですらない。戦ってすらいない俺はいくら喚いた所で虚しいだけ。それは俺が一番よく分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心を落ち着けて、冷静になって頭が冷えてきた頃になのはちゃんと少年2人が俺の前まで飛んで来た。最後の現れた黒装束の少年。年は現世の俺より年上かな、身長が俺とそこまで変わらないからそう見えにくいが。少年はクロノ・ハラオウンと名乗った。

 

「君にいくつか聞きたい事がある。悪いが僕達について来てもらいたい」

 

 お堅い役所勤めのような口調で俺にそう言ってくる。俺は構わないと受け答えしつつこちらの知りたい事にも答えて欲しいと伝える。クロノはそれに了承してくれた。

 さてさて、俺はどこについて行けばいいのだろう。まずこんな海のど真ん中にある不安定な岩場から助けてくれるとありがたい。俺を抱えて跳べますかね?え?その必要はない?転移する?出来るの?へぇ、結局俺が見た色んな現象は魔法って呼称なのね。そのまんまかい。にしても、何でもありだな魔法。

 

 

 

 

 

 

 転移すげぇ。ホントに瞬間移動したよ。体の負担とかそんなもの全く感じなかった。クロノによると転移した場所は次元空間航行艦船アースラの内部という。何じゃそりゃ?次元空間?…………意味わからん。とりあえず魔法使いのすごい艦船って事で理解しとこう。

 それで、なのはちゃんが魔法に関わる事になったきっかけや理由を船内を歩く途中で説明してもらう。

 一番俺が反応を示したのはフェレットのユーノの正体が少年Cだったことだ。

 

「俺はどっちで呼べばいいんだ?ユーノか?少年Cか?」

「それが選択肢に入ってるのが驚きだよ」

「ユーノの方か?」

「少年Cだよ!」

 

 ユーノ、お前今日から俺のツッコミ要員に加われ。なのはと一緒にキレの良いツッコミを磨くんだぞ。

 

「無駄話は終わりにしてくれ。もう着いたぞ」

「クロノっちお堅いよ」

「何だその呼び方は」

「気に入らない?」

「クロノでいい」

「クロクロちゃん」

 

 クロノは頭を抱えた。

 

「ごめんねクロノ君、この人話通じない時はとことん通じないから」

「なのはちゃん、お通じ良くなったかい?」

「最初からお通じに悩みを抱えてないよ」

 

 クロノは少々ため息を吐きつつもう行くぞと俺に伝えて魔法らしい近未来的なデザインの扉を開ける。中はアニメとかで見た事ある制御に使う装置やら機械やら。管制室っていうやつなのだろう。職員らしい人達がモニターを見ながらキーパネルを操作して作業に没頭している。テレビの中に入ったような錯覚に興奮している俺をなのはちゃんがなだめる。

 

「……艦長」

 

 クロノのその言葉にこの船のリーダーが座るために用意されているであろう真ん中の指令席から1人の女性がこちらに気づいたようでこっちまで歩いてくる。

 

「クロノ、ご苦労様。そしてアースラへようこそ、荒瀬慎司君」

「どうして俺の名前を?」

「ふふふ、よくなのはさんからお話を聞いてるのよ。大切なお友達だって」

 

 艦長さんのその言葉になのはちゃんがわーっ!と顔を赤くしながら騒ぎ始めた。照れんなよなのはちゃん。

 

「私はリンディ・ハラオウン……このアースラの艦長です」

「ども、噂の荒瀬慎司です」

 

 とりあえず握手。クロノと同じファミリーネームという事は恐らく親子かな。第一印象はとても頼りになりそうな人という感じだ。子供の俺に対等に接してくれているのを見るときっと優しい人でもあるんだろう。

 

「早速慎司君に話を聞きたいんだけど………その前に、なのはさんとユーノ君は私から直々のお叱りタイムです」

 

 俺に一言謝ってからリンディさんは困った顔をした2人を連れて司令室から別室へと移動する。その間はクロノやアースラの人達と話でもしてよう。

 

「クロノ、俺年下だけどタメ口でいいかな?」

「別に気にはしない。変なあだ名で呼ばなければな」

 

 良かった良かった。何となくクロノとはタメ口で話した方が仲良くなれそうな気がしたのだ。

 

「ちなみに2人は何をしたんだ?」

「無断で出撃したんだ」

 

 ほー、なのはちゃんもユーノも結構大胆な事をするな。

 

「クロノも魔法使いなんだよな?」

「あぁ、僕達の世界では魔導師と呼んでいる」

「世界?」

「あぁ、艦長を待っている間にそこら辺の事を教えるよ」

 

 クロノからは色々興味深い事を聞けた。次元世界と呼ばれる様々な世界が存在する事。そしてそれらを管理し平和保つために存在する魔法都市ミッドチルダの管理局。もう大袈裟に驚く事は無いがそれでもぶっ飛んだ世界観に目が眩んでしまいそうに。

 そしてこのアースラの目的となのはちゃんとユーノの目的。これはさっきも聞いたがジュエルシードという危険物を集めているらしい。ふとこの間の大木侵略事件を思い出す。結局ニュースでは原因不明と言われていたがあれも恐らくジュエルシードの仕業で、あの日あんな被害を受けた街を見て関係者だったなのはちゃんが落ち込んでいたのも納得がいく。そして、そりゃこんな事話せないわけだ。あまりに世界観がおかしいしな。

 

「なぁ、一つ質問なんだが」

「何だ?」

「地球も数ある次元世界の一つだって言ったよな?地球以外にも文化や文明、技術が酷似した地球みたいな次元世界って存在するのか?」

「いや、そんな話は聞いた事ない。まだ管理局が把握していない次元世界も存在すると言われているからもしかしたらあるかも知れないがそんな他の世界と酷似している例は恐らくないな………何故そんな事を聞くんだ?」

「いや、ちょっと気になっただけさ」

 

 なら、俺の前世の記憶はやっぱり次元世界の壁それすらも超越した先の地球の記憶なのか。確証は無いはずなのにその仮定が変に腑に落ちた。皆、元気にやってるだろうか。確認する術がないので願う事しか出来ない。

 

「ねぇ、君」

 

 色々と思案していると指令室にいた局員の中でも比較的若い女の人に呼び止められた。年はクロノと同い年か少し上くらいだろうか。

 

「何です?」

「あぁ、ごめんね急に。私はエイミィ、アースラの管制官を任せれてるの」

 

 管制官……まぁニュアンスでどういう役職なのかは想像できるが。

 

「どうしたんだエイミィ。慎司に何か用が?」

「うん、ちょっと気になってる事があってさ」

「何なりと聞いてくださいな」

 

 ありがとうと前置きにお礼を言いつつエイミィさんは語り始める。まず前提に先程の海上のあれこれはアースラからモニターしていて巻き込まれていた俺の事も後からだが観測していたそうな。すぐに観測出来なかったのは魔力反応が皆無だったかららしい。だからすぐに救助を出してあげれなかった事を謝罪される。それは別に気にはしてない。

 

「それで?気になる事というのは?」

「うん、魔法についての知識はクロノから聞いたのよね?」

「簡単にですけど」

「魔法を使うにはリンカーコアっていう器官が必要なの。それから魔力を抽出して魔法を行う。基本的な魔法の使い方がこれ。それで………貴方は」

 

 言いづらそうにしているエイミィさんに変わって俺は自分で口を開いた。

 

「リンガーハットってやつがないんですよね?俺には」

「リンカーコアだ」

 

 クロノからツッコまれる。ちなみに俺は皿うどん派です。

 

 というか地球出身の殆どの人間はリンカーコアを保有してないのだろう。なのはちゃんはたまたまその才能に恵まれたのだとさっきクロノから教えてもらった。ミッドチルダ内でも優秀といえるほどの才能らしい。

 

「そう、だから慎司君は魔法を使えない。けど……貴方は魔法を発動して見せた」

 

 その事について聞きたいと言っている。俺はエイミィさん対して首を振ってこう答えた。

 

「俺が発動したんじゃないと思います」

 

 あの時、俺が魔力塊に襲われそうになった時に現出した魔力で構成されたバリアー。その時に明らかに変化したものがあった。それをポッケから取り出す。

 

「多分ですけど、これのおかげだと思います」

 

 そう言って例の御守りを見せた。見た目は特に何の変哲もない交通安全の御守り。

 

「そのバリアーが発動した時、この御守りがそれに呼応するように光っていたんです……だからこれが原因だと思います」

「見せてもらえるかな?」

 

 どうぞと言って受け渡す。エイミィさんはすぐに違和感に気付いたようだ。

 

「ごめんね、これ開けても?」

 

 罰当たりな事だが確認のためには仕方ないだろう。俺はいいですよと許可を出す。エイミィさんは律儀にごめんなさいと手を合わせてから丁寧に紐を解いて中身を取り出す。御守りの中には恐らく普通に御守りに入っているものと明らかに一つ違和感あるものが出てきた。

 

「チップ?」

 

 俺がそう溢す。中から出て来た御守りの中身には似つかわしくない少し大きめの何かのデータチップの様なもの。何だこれ?

 

「これをどこで?」

 

 一緒に事の次第を見守っていたクロノから聞かれる。一瞬躊躇ったが俺はもうこの御守りから魔法が発動したと考えた時点で一つ答えを得ていた。

 

「母親から渡されたんだ………」

 

 恐らく俺の母さん………あと多分父さんも魔法の関係者だ。俺が今日まで魔法の存在を知らなかった事は目の前にいる2人にも伝わっている。だから2人は難しい顔をしていた。言葉に詰まっているのだろう。多分だが、親が息子に隠して来た重要な事を暴いてしまったようなそんな事態だからな。何も言えないのも仕方ない。

 

「エイミィさん、クロノ………」

 

 重々しく口を開く俺を2人は真剣な眼差しで見ていた。俺は震える声を何とかちゃんと聞こえるようにハッキリと告げる。

 

「………………トイレどこですか?」

 

 ずっと我慢してたんだけどそろそろ限界なのです。

 

「「「「「今かよっ!」」」」」

 

 2人だけでなく周りで聞き耳を立てていた局員全員が綺麗にハモらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 今回は中途半端でしたけどここまでで。次回も閲覧よろしくお願いします


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本当は



 今更ドラクエ11にハマってる作者。色々遅い作者。今度はウィッチャー3かディアボロ3買おう


 

 

 

 

 

 

 リンディさんのお叱りが終わったようで、俺はリンディさんに呼ばれクロノと一緒に指令室を後にし別室に。既にそこには叱られた後であろうなのはちゃんとユーノの姿も。

 御守りはエイミィさんに預けて解析をしてもらっている。とりあえず、今は俺の知りたい事とリンディさん達が俺に聞きたい事について話し合う事に。最初にまずクロノから今回の事件…………事件というのはなのはちゃん達アースラとフェイトちゃんによるこれまでのジュエルシードの奪い合いの事。ある程度の詳細は先ほど聞いているから話を進めてもらう。

 クロノは今回の事件の大元に心当たりがあるらしくそれについて語り始めた。部屋の中央に何もないところからモニター化された映像が映し出される。すげぇな魔法、本当に便利だ。映像には1人の女性の姿が。その女性を見てリンディさんが反応を示す、知っている人なのだろか。

 

「プレシア・テスタロッサ………僕達と同じミッドチルダ出身の魔導師だ」

「テスタロッサ?」

 

 フェイトちゃんと同じファミリーネームだ。

 

「まさか、フェイトちゃんの?」

「あぁ、恐らく親子だろう」

 

 俺の疑問にいち早く答えるクロノ。なのはちゃんも心当たりがあったらしく頷いている。そして、フェイトちゃんを襲ったあの魔力の稲妻……あれもプレシア・テスタロッサが放ったものだとクロノが言い出す。魔力反応?とかそういうものがデータと一致しているから間違いないらしい。

 

「バカなっ、自分の娘を攻撃したってのか?」

 

 公園で会ったフェイトちゃんを思い出す。最初に会った時母親について聞いた。とても楽しそうに話していた事を覚えてる。優しい母親だと、愛していると、愛されていたと。最近はうまくいってないような事も口走っていた事を思い出した。

 プレゼントのケーキにも見向きされず悲しんでいた事を。手に力が自然と入る。

 

「あ、あの…‥驚いてたっていうより、何だか怖がっているみたいでした」

 

 なのはちゃんのその発言に一同顔を難しくする。怖がってた………ね。という事は……日常的にそういう行為があったんじゃないかと疑わざるを得ない。だが、そんな仕打ちを受けているフェイトちゃんはどうしてあんなに真っ直ぐ母親の事を楽しそうに語れたのだろう。

 

「とにかく、エイミィに頼んでプレシア女史について追加の情報を調べてもらいましょ」

 

 通信を繋げてエイミィさんにその事を頼むリンディさん。その追加の情報を待っている間に話の矛先は俺に向く。

 

「それじゃあ、慎司君に私からいくつか質問があります。正直に答えてください」

 

 リンディさんの目つきが少し変わった。真剣な事のようだし茶化したりするのはよしておこう。俺ははいと返事をして質問を待つ。

 

「まず一つ目、慎司君はフェイト・テスタロッサの事を前からご存知だったの?」

 

 あの海上で俺の事はアースラでモニターしていたらしいからな……普通に話している姿を見て疑問に思ったのだろう。

 

「知ってはいました。前に2度ほど近所の公園で見かけて話をしたりしました」

 

 俺の答えになのはちゃんは少々驚いていた。あぁ、顔見知りな事伝えてなかった。

 

「魔法やジュエルシードについては今日まで知らなかったのよね?」

 

 頷く。そして不毛な質問が続かない内に先にリンディさんに伝えた。

 

「フェイトちゃんについて情報を持っているか気になっているのなら俺はリンディさんが知っている以上のことは知りません。申し訳ないですが、お役には立てないと思います」

「そうみたいね、貴方も今回は巻き込まれた立場でしょう。それじゃ、少し質問を変えるわ」

 

 今度は何だろうか。

 

「エイミィから御守りについての報告は通信で受けています。貴方のご両親のお名前を聞かせてもらえる?」

 

 なのはちゃんとユーノは何のことか知らないだろうから首を傾げていた。

 

「…………父親は、荒瀬信治郎………母親は、荒瀬ユリカ」

「…………やはりそうでしたか」

「知っているんですか?」

「えぇ、慎司君ももう気付いているでしょうから言いますが貴方の母親であるユリカさんはミッドチルダ出身で元管理局の技術者。父親の信治郎さんは地球出身の魔導師です」

 

 ほほう、それは興味深いね。なのはちゃんとユーノ君はその事実に大口開けて驚いていたがクロノも別の意味で驚いていた。

 

「名前はユリカで元管理局の技術者というのはまさか」

「えぇ、管理局特別技術開発局長だったユリカ・ユーリヤさんの事よ」

 

 ママンの旧姓か……一度聞いた事ある。ミッドチルダ出身のくせにリンディさん達と違って日本人顔だから全然想像してなかった。その旧姓も冗談で言われたのかと思ってたし。ていうかママンもしかして結構な地位の人だったんじゃねえか?局長だぞ?

 

「エイミィが解析してくれた御守りのなかのチップも彼女が開発していたチップ型魔力シールド発生装置………魔法を使えない慎司君が持っていても、所有者に攻撃性魔力を検知した時にチップに込められた魔力が自動的に所有者を守るようにプログラムされてる物みたい」

 

 簡単に言うけどこれすごい技術なのよねとため息混じりにリンディさんは呟いた。そうか、ママンは俺を守る為にこれを持たせたのか。

 

「私達は意図してない事とはいえご家族の隠し事を結果的に貴方に漏らしてしまう事になってしまいました。ですのでここから先の説明は本人同士でしてもらいましょう」

 

 リンディさんがそう言い終えると同時に部屋の扉が開く。二つの人影。2人ともよく知ってる顔だ。

 

「慎司君のお父さんとお母さん!?」

 

 なのはちゃんが驚きの声を上げる。リンディさんは俺の名前を聞いた時からピンと来ていたらしく両親に既に連絡済みだったと伝えられる。

 パパンは仕事を抜け出して来たのだろうか見たことのない制服に身を包んでいた。リンディさんが着ているものと近いデザインだから恐らく管理局の何かしらの制服なんだろう。ママンは対照的によく見る格好だ、家事の途中で慌てて来たのだろうかいつものエプロン姿だ。

 

「慎司………」

 

 母さんが重苦しい口調で俺を呼ぶ。既に俺に魔法関連のことがバレているのは伝わっているんだろう。何を言えばいいのか、考えているみたいだ。けど、俺としては深刻に考えて欲しくはなかった。別に隠されてた事は何とも思ってないしどうして隠していたのか大体予想がつく。

 

「あー、ごめん父さん、母さん………秘密知っちゃったぽい」

 

 俺もバツが悪そうに頭をかく。けど、言うべき事は言わないと。

 

「隠してたことに罪悪感を感じてるならそれはよしてほしい。親子といえど秘密の一つや二つあるもんだし、それに俺の為に隠してたんだろう?………俺にリンカーコアがないから」

 

 クロノからミッドチルダについて話を聞いて俺はその答えに辿り着いた。魔法都市ミッドチルダ。魔法都市を名乗っているのだ、魔法中心の世界だと言うのは容易に想像できる。そんな世界にリンカーコアを持たない俺が生まれた。別に魔法が使えなくてもミッドチルダとやらの世界では生きていけるのだろう。魔法の才能に恵まれた人がいればその逆もいるのだから、それでも両親は俺の為に、魔法の使えない俺の為に魔法の世界より生きやすい地球に引っ越したんじゃないのだろうか?そして、魔法の存在を俺が知ってしまうと淡い期待を持つであろう俺に要らぬ絶望を与えない為に隠して来たのだろう。

 

「俺の為にそうして来た事は理解してる。リンカーコアがないのは残念っちゃ残念だけど別にそこまで深刻には考えてないからさ。前にも言ったろ?俺は別に魔法使いになりたいわけじゃないって………あんま気にしないでよ。父さん、母さん」

「………あぁ、ありがとう慎司」

 

 その俺の言葉に2人は笑みを浮かべてくれた。それから2人からある程度の経緯を聞いた。と言っても聞かされたのは俺が予想したのとほぼ一緒だ。結婚し、俺を産み、リンカーコアがなかった事を知り……それで地球に住処を変えた。

 

「母さんは元局長だったんだろ?何でやめたんだ?」

 

 これも俺のせいだったりするのだろうか。確かなのはちゃんがしばらくウチで世話になる頃に仕事を辞めて家にいるようになっていた。

 

「んー、まぁ大人の事情ってやつなのよ………いい機会だったし……専業主婦ってのも夢だったからね」

 

 照れ臭そうに笑う母さん。俺に気を使って言ってるわけでもなさそう。なら、良かった。

 

「にしても2人が魔導師か……想像つかねぇ」

「2人とも管理局では有名な魔導師なんだぞ?」

 

 クロノのその言葉にそうなの?と首を傾げる。

 

「あぁ、荒瀬信治郎さんは本局内で第一線で活躍してた人だ。今は現場は退いているが後進育成に力を入れてくれている……僕も何度かお世話になった事がある」

 

 あ、顔見知りなんだね。それともパパンが有名だからか?パパン照れないで恥ずかしいから。

 

「そして、ユリカさんはさっきも言ったけど特別技術開発局の元局長………この人を筆頭に革新的な技術を開発して管理局をサポートしてくれていた人なのよ」

 

 リンディさんがママンに視線を送る。

 

「リンディさん、息子の前であんまり褒めないで……恥ずかしいから」

 

 こっちも恥ずかしいよバカやろ。ていうかこの2人も顔見知りなのね。だから簡単に連絡取れたのね。

 

「ちなみにこれ、慎司君が持ってたチップ型のシールド魔法発生装置……これも管理局にはまだ出回ってないすごい価値のある物なのよ?」

「ママン、ネットで売ろう?」

 

 頭を叩かれた。そういえばとふと疑問に思う。

 

「ママン、どうして急にそのチップを俺に持たせたの?」

 

 いきなりそんな魔法に対しての防御手段を俺に持たせるのは少し不自然に感じた。まぁ、今回助けられたけどさ。

 

「海鳴市で最近魔力を感じる事が良くあったからね、パパンと相談してアンタに持たせることにしたのよ……念のためにね」

 

 持たせておいて良かったわと肩をすくめてみせるママン。

 

「でも、まさかその魔力反応の一つがなのはちゃんだったとは驚いたよ」

 

 パパンがなのはちゃんに視線を送りながらそう口を開く。なのはちゃんは困ったようににゃははと苦笑い。

 

「私も、お二人が魔導師だったとは思いませんでした」

「ははは、バレてはいけなかったんだけどね」

 

 パパンもそこで苦笑い。が、ここまで色々分かってしまったからって俺となのはちゃんの態度が変わるわけでもないし。俺も周りに言いふらすつもりないしな。言いふらしたって信用されないだろうし。そこまで深刻に考える必要もないだろう。

 話が纏まったところでリンディさんがさてと前置きしつつ

 

「慎司君、ご協力ありがとう……もうお二人と一緒に帰っても大丈夫よ」

 

 色々あって疲れてるだろうから休みなさいとリンディさんからの気遣い。両親も帰ろうかと俺を引き連れようとしている。

 

「それじゃリンディ艦長、息子を助けてくれてありがとう」

「何か困ったことがあったら言ってください。力になりますので」

 

 リンディさんはいえいえと手を振っている。いや、俺はまだ帰るわけにいかない。

 

「待ってください。俺はまだフェイトちゃんの事についてまだ全部聞いてない。それを聞くまでは帰れません」

 

 エイミィさんからプレシアについての追加の情報を待っているのだ。それを聞くまでは帰れない。

 

「慎司………」

「ごめん、父さん。分かってる、俺がいたって何もできない事は分かってる。聞いたからって何かに役に立つことなんてない事は分かってる。けど、聞いておきたい。父さん達にはまだ言ってなかったけど………助けたい子がいる。俺じゃ助けられないけど……せめて見守ってあげたいんだ。その子のこともなのはちゃんの事も」

「慎司君………」

 

 2人はきっと何であれ俺が魔法に関わる事は本意じゃないだろう。けど、もうここまで知ってしまった。そして、フェイトちゃんの涙を見てしまった。悲しい顔を、そして楽しそうに母親の事を話すあの子の事を知ってしまった。

 

「…………お前がいても、何もできないぞ慎司」

「信治郎さんっ!」

 

 父さんの言葉に非難を浴びせようとする母さん。けど、父さんはそれを遮って続ける。

 

「アースラの方々に迷惑かけるのか?」

「違う、知っている情報教えてもらうだけだ。そう約束もした、俺が知りたい事を教えてくれると」

「なのはちゃんとは違ってお前に魔力はないんだ、知ったところでどうする気だ?なのはちゃんみたいにアースラの手伝いでもするのか?」

「そんな事は出来ないし、する資格もない。ただ………」

 

 フェイトちゃん事を聞いてどうするのか?知ってどうするのか?

 

「俺はあの子の事を知りたいんだ。そして………出来る事なら力になってあげたい」

「お前に力になれる事があるのか?」

「ある。あるよ、魔法の事に関しては力になれねぇけど………約束したんだ」

「約束?」

 

 前に父さんに魔法に興味はないと言ったのは嘘ではなかった。例え魔法が存在しても、俺がそれを扱えても俺はその道にはいかないだろう。けど、魔法が使えて大切な人達の力になれるのなら別だ。

 その力でなのはちゃんを直接支えてあげたかった。フェイトちゃんを直接止めてあげたかった。けど無い。俺には無い。無力感なんか魔法を知る前からずっと感じてる。けど、出来る事はすると……俺にしか出来ない事はあるはずだ。

 

「今度あったらいっぱい話していっぱい遊ぼうってな」

 

 それだけだ。その為に、俺はフェイトちゃんの事を知りたい。彼女の悩みも、苦悩も。それで、言葉を送りたい。それを知って、俺が伝えたいと思った言葉を。

 

「勿論、情報を聞いたらすぐに帰る。そして、俺は元の日常に戻るよ。弁えてるさ、自分の事くらい。俺が魔法に関わって入れ込む事がないか心配してるんだろ?父さん、けど安心してくれ………俺は俺の出来ることをするだけだ」

 

 分かってるよ父さん、俺にはなるべく魔法から離れてて欲しいって事も……俺も父さんの立場なら同じ事を思うよ。フェイトちゃんの事を知りたいと思うという事は魔法はどうしても関わる。だからあえて厳しい事を言っている。

 

「慎司、お前は優しい子だ。今回の事件の経緯も通信でリンディさんから聞いている。そのフェイトという子のこともな。お前がその子の事情を知って、もしかしたらとても悲しい目に合っていると分かって………無茶しないか心配なんだよ」

「父さん……俺は…」

「だから、今はもう極力魔法に関わるのはやめてくれ。きっとリンディさんやなのはちゃんが……」

「無茶してどうにか出来るならとっくにやってんだよ!!」

 

 全員が驚愕の目をする。俺も含めて。あぁ、もしかしたら今世で俺は初めて怒声をあげたのかもしれない。一度言ってしまえば、止まらなかった。

 

「出来なかったよ!今日……あの海で、皆んなが危険な目に遭いながら闘ってる時も!フェイトちゃんが攻撃されて悲鳴をあげてる時も!海に堕ちそうになった時も!俺はその場から動くことすら出来なかったんだよ!!」

 

 荒波に晒されてる海に飛び込むことすら命の危険があるんだ。跳べない俺には何も出来なかった。ああ、そうだよ!みっともなく悔しがってたよ!何も出来ないくせに一丁前に悔しがってたよ。無茶しないか心配だって?無茶したって非力でどうにもならない事は俺が一番よく分かってんだよ!魔法が使えないのは誰のせいでもない……けどやっぱり悔しいんだよ。

 

「だから……自分ができる事は……見守る事くらいは………声をかけてあげる事くらいは……したいんだよあの子にも」

 

 なのはちゃんにも。

 当事者でありたいんだ。一緒に行動できなくても、迷惑をかけない範囲で関わっていたいんだ。そんな俺の想いを伝える。

 

「父さん達の本意じゃない事はわかってる。けど、俺はせめてそうありたい」

 

 荒瀬慎司は、自分の出来ることを全力でやり遂げる男だって……この人生に刻みたい。難しい顔をする父さんと母さん。そして、事の次第を見守っていた他の4人。その1人のなのはちゃんが俺の隣に立って両親に言う。

 

「慎司君のお父さん、私からもお願いです。慎司君のお願いを聞いてあげてくれませんか?」

 

 そう言って頭を下げる。

 

「なのはちゃん……」

 

 何やってるんだよ。なのはちゃんがそこまでする必要はないだろう。

 

「私もフェイトちゃんを助けたい。フェイトちゃんの悲しい顔は私も悲しい。フェイトちゃんのあの悲しそうな顔を笑顔に……したいんです」

 

 なのはちゃんとフェイトちゃんの因縁。何度もぶつかってきたんだろう。話だけは聞いたけど、俺が計り知れないくらい悩んで考えたのだろう。

 

「慎司君なら、フェイトちゃんの心を救ってあげられる。そんな気がするんです。いや、慎司君なら出来ます」

「どうして……そう言えるんだい?なのはちゃん」

 

 父さんのその言葉になのはちゃんは言葉を詰まらせることなく満面の笑顔で返答した。

 

「だって、慎司君は私の心をいっぱい救ってくれたから」

「それは……何年も前の話だろなのはちゃん。俺はあの時だってただ友達と遊んでただけだし大した事なんて」

「それだけじゃない。最近もそう」

「え?」

 

 俺の事を真っ直ぐに見つめる。そして俺の両手を自分の両手に重ね合わせてなのはちゃんは照れ臭そうに言葉を続ける。

 

「いっぱい見守ってくれた」

「そ、それは……」

 

 それしか出来なかったから。

 

「いっぱい気を使ってくれたよね」

 

 友達には誰だって気を使う時は使うだろ…。

 

「何も聞かないでくれた」

 

 聞く勇気がなかっただけだ。

 

「泣きそうになった時そばにいてくれた」

 

 タイミングが良かっただけだよ。

 

「背中を押してくれた」

 

 結果的に正しいかどうかは分かんないじゃないか。

 

「………手を取ってくれた」

 

 握られた手は……離せなかった。

 

「私の不甲斐なさで失敗して落ち込んだ時黙って手を握ってくれた事も、支えてくれた事も、決意させてくれた事も私は全部感謝してるんだよ」

 

 何も、言い返す事ができなくなった。

 

「明るく振る舞って私を笑顔にしてくれた。落ち込みそうになってる時にほっぺを引っ張ったりいたずらして気を紛らわせてくれた。………慎司君が変わらないで私にいつも通りに接してくれてた事にいっぱい救われた」

 

 握られた手に力が込められる。それを同じくらいの力で握り返す。

 

「ここまで頑張ってこれたのも、これからも頑張れるのも……慎司君のおかげだよ。自分じゃ役に立てないって慎司君は言ってたけど私はそう思わない」

 

 いっぱい助けてもらったよっとその言葉を最後に口を閉ざして俺を真っ直ぐに見つめるなのはちゃん。役に立てないと思う。今もその気持ちは変わらない、無力だ、魔法も使えない。

 けど、そんな嘘偽りない言葉を浴びせられて………自然と涙腺が緩む。あぁ、そうか………そう思ってくれてたんだ。それなら……なによりだ。

 

「泣かないで、慎司君」

「泣いてねぇよ、いつもの目薬ドッキリだよ」

「嘘つきー」

「るせぇな」

「えへへ」

 

 あぁホントに、なのはちゃんにも助けてもらってばっかだよ俺も。バーカ………。

 

「ありがとう」

「うん」

 

 ホントにありがとう。

 

 

 

 

 手を握り合ってる俺となのはちゃんの元に父さんが近づいて俺達に目線を合わせる。なのはちゃんの頭に手を置いて

 

「ありがとうなのはちゃん、慎司の事そう言ってくれて」

 

 そしてその手をどかして俺を真っ直ぐに見つめる。俺も手を解いて正面からその視線を受け止める。

 

「お前は俺が思ってる以上に大人で、俺が思ってる以上に子供だったんだなぁ」

 

 しみじみとした様子でそう呟く父さん。親心ってのは子を持った事のない俺には計り知れないほど複雑な感情なのだと思う。そんな親心を俺は無視して自分の考えを伝えた。それは正しい事でありつつ間違っている事でもある。世の中に正解なんてない、だから意見が分かれて対立する。今の俺と父さんのように。

 

「女の子にここまで言わせたんだ……慎司、出来るな?」

 

 確証もない。出来るかどうかは正直分からない。何か考えがあるわけでもない、それでも俺は言わねばならない。

 

「出来る。救ってみせる」

 

 どうすればいいかなんて二の次だ。魔法でフェイトちゃんと直接ぶつかれるわけでもないから考えてもしょうがない。俺が出来る最大限でフェイトちゃんを救う。

 

「なら、父さんは止めない。魔法に関わるなら生半可な気持ちじゃ許さない、本気でやれ。勿論アースラの方々に迷惑をかけない範囲でな」

 

 母さんも隣に立って頷く。両親からのエールを受け取った。

 

「ありがとう、父さん、母さん……」

「何かあれば言いなさい……私達は慎司の親なんだから協力するわ」

 

 母さんのその言葉に安心感がます。

 

「勝手に話を進めてしまいましたが、リンディ艦長………息子を……」

「えぇ、問題ありませんよ荒瀬さん。今後慎司君にもフェイト・テスタロッサとプレシア・テスタロッサについての情報は随時お伝えします」

 

 無論、アースラに同伴する事は許可できないと言われる。俺もその気はないからそれはいい。

 

「すみません、俺のわがままで…」

「謝らなくていい」

 

 クロノから遮るように言われる。

 

「僕からも君にお願いしたい事があったからな。謝る必要はない」

「お願いってのは?」

「フェイト・テスタロッサの説得だ」

 

 今後それが必要な事態があるかも知れないとクロノは言う。もし、仮定だが母親から無理矢理従わされていると言う想定もしているようでクロノはその場合に俺に協力してほしいと言ってきた。説得してアースラで保護すれば無駄な闘いは無くなる。それは俺じゃなくなのはちゃんでもいいと思うのだが。

 

「なんで俺なんだ?」

「モニター越しだが、君と話している時のフェイト・テスタロッサは雰囲気も表情も緩んでいた。僕達には絶対に見せない顔だった」

 

 だから適任だと言う。

 

「まぁ、そんな役が回ってくるかどうかも分からない話だ。僕は君をそうやって利用できると考えている。だから君もそんな風に申し訳なく思う必要はない」

「クロノ……お前、素直じゃない奴だな」

 

 俺を庇うにしても言い方が回りくどすぎるだろ。不器用な良い奴め。

 

「なんだと?」

「あぁ、ごめんごめん!ありがとう、そう言ってくれるのは嬉しい」

 

 全くっと憎々しく呟くクロノ。お堅いようで、まぁ……いい奴なんだな、コイツ。とにかく!これで利害は一応一致という形になった。と言ってもかなり気を使われたがそれは甘えよう。その後は両親は先に帰り俺はすぐに届いたエイミィさんからのプレシアについての追加情報を聞く。

 分かった事は少ない、元はミッドチルダの中央技術開発局………ママンのとはまた違った開発機関なんだろう。その第三局長とやらだったらしい。その際自身が開発を推し進めていた技術の実験の際に違法な材料を使って決行。結果、実験は失敗し中規模次元震とやらを起こしてしまった。

 その後それが元で中央から地方に左遷。余談だがずいぶん揉めたそうだ。失敗は結果に過ぎず材料にも違法性はなかったと。異動後も数年で行方知らずに。プレシアの家族や行方不明前の足取りや行動の情報は綺麗さっぱり抹消されているらしく今は本局に問い合わせている所だそうだ。結局フェイトちゃんのことがわかる有益な情報は得られず。

 仕方ない。それまでまた待つしかないか。エイミィさんによると追加の情報まで1両日はかかると言う。それまであの大規模攻撃を行ったプレシアとフェイトちゃんは動けないであろうと推察するリンディさんは俺だけでなくなのはちゃんにも一時の帰宅を命じた。そろそろ家族にも学校に顔を出した方がいいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁー、疲れた」

 

 アースラから転送されてなのはちゃんとフェレット姿のユーノと帰路につく。日はまだ高く正午前といったところか。この後なのはちゃんは自分の実家でリンディさんと合流して事のあらましをうまくごまかしながら説明するとの事。どんな風に誤魔化すのかちょっと気になるな。

 

「あはは、慎司君は今日いっぱいびっくりだったもんね。私もいっぱいびっくりだったけど」

 

 本当にだよ。まだ半日しか経ってないのにすごく疲れた気分だ。

 

「フェレット姿のユーノとは喋れねんだよな俺」

 

 この形態で言葉を交わすには念話なるものが出来ないといけないらしい。リンカーコアのない俺には無理だ。ユーノは色々と混乱を避ける為に地球で基本はこの姿らしい。

 

「でも、本当に驚いちゃった。慎司君にまさか見られちゃうなんて」

「あぁ、俺もまさかなのはちゃんが魔法使いだとは思わなかった」

 

 そんな想像するわけもないし。

 

「………危ない目とかにもあってるんだよな?」

「……うん」

 

 馬鹿野郎、不安がる事言うな。俺の馬鹿野郎。

 

「なぁなのはちゃん、俺今日なのはちゃんのもう一つの秘密も見ちゃったんだよね」

「え?もう一つ秘密?」

 

 何のことだろうと考え込むなのはちゃん。しかし、思い当たる節がないみたいで結局俺に何の事?と問いかけてくる。

 

「薄い桃色………」

「………?」

「無地……」

「………っ!?」

 

 顔を赤くして慌ててスカートを抑えるなのはちゃん。

 

「み、見たの!?」

「見たのつーか見えた、空飛んでる時に俺下にいたからがっつり見えた」

 

 んまぁ、別に何も気にしなかったんだけどさ。女子高生のパンツとかならまだ興奮するけど小学生相手じゃなぁ。でも俺実年齢29だから女子高生に興奮するのもヤバくないか?

 

「もうっ!もうー!バカっ!バカァ!」

 

 ポカポカポカポカ。顔をすごく真っ赤にして叩いてくる。

 

「おいおい、別に見たくて見たわけじゃないし。それに位置的に多分ユーノも見えてたぞ」

 

 フェレット姿でも分かるくらいユーノが慌てだす。恐らく念話で。

 

『見てない!!見てない僕は!?』

 

 なんて言ってそう。念話で会話を終えたのかユーノはほっと溜息をつくような動作で安心していた。そして俺の足をげしげしと蹴ってくる。抗議をアピールしてるらしい。標的を俺に戻したなのはちゃんはまたポカポカを再開する。

 ユーノが前旅館で一緒に女風呂に入ってた、まぁ多分無理やり連行されたんだろうけどその事は口にしないであげておこう。

 

「今度はもっと見応えのあるパンツ穿けよ?」

「なっ!し、慎司君エッチ!バカァ〜!!」

 

 バチーンと気持ちの良い音が響く。おお、ビンタされた。下手くそであんまし痛くなかったけど。

 

「やったななのは〜」

 

 そう言いながら久しぶりにほっぺをビローンと伸ばす。それをされてなのはちゃんはムーっとしながらもどこか嬉しそう。やっぱりドMなのかな。

 

 

 

 もう、お礼は言ったから直接は言わない。けど、心の中で何度でも言うよ。ありがとう。ありがとうなのはちゃん。俺は今日、君に救われた。俺の今までの行動に意味を与えてくれた。だからありがとう。フェイトちゃんだけじゃない。なのはちゃん、君を支える為にも俺は俺の出来ることを頑張るよ。かけがえのない親友よ。ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 進みは遅いですがまぁ、そんな感じの時もあるって言う事で一つ。閲覧ありがとうございます


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負けない誓いと勝つ誓い


 
 ps5楽しみです。閲覧ありがとうございます


 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはちゃんと別れて俺は一旦自宅に。このまま柔道の練習に行くつもりだ。色々あってくたびれてはいるがそれとこれとは別だ。アースラで勤務するわけじゃない以上俺はいつも通りの生活は崩せない。それに、試合も明後日に控えている。何だかんだともう目前に迫った大会。前回大会とは比較にならないくらいの規模で大きい大会だ。

 規模で言うなら県大会と同じくらいだ。そして、それに優勝するために練習に取り組んできた。帰ってみればパパンもママンも既に帰宅していてさっきの一悶着はなかったかのようにいつも通り。俺も何も言わずにいつもと変わらない態度でいた。すぐに練習に向かう。今日も調整練習だ、しっかりと体を慣らして研究を中心に体を疲労させる。

 

「よし、ラスト一本!」

「はいっ!」

 

 気合の声と共に相手を思いっきり投げ込む。互いに礼をして整理体操をしたら調整も終了となった。相島先生は門下生全員に明後日の試合に向けて一言伝えた後解散を命じる。明日は練習は無い。休むもよし、少し体を動かして備えるもよし。練習終わりに俺は相島先生に呼ばれ個室で対面する事になった。

 

「慎司、明日も調整練習をするつもりか?」

「はい、そのつもりです」

「それなら、明日はやめておけ。柔軟体操とストレッチだけして体を休めるんだ。お前はそれくらいで丁度いい」

 

 俺的には明日も体を動かして備えたかったのだが。

 

「まぁ聞け、確かに備えるのも大事だがお前が柔道を始めて2年……ここまでほとんど休む事なく突っ走って来ただろう?大きな大会に出るのも今回が初めてだ、お前は確かに自分の体の事を考えて効率よく休息を交えて練習に取り組んできた。それでもお前の年齢でこなす練習量じゃない、だから明日1日はしっかり体を休めろ。今まで突っ走って来たお前にはそれがベストコンディションで出る為の準備だ」

 

 騙されたと思ってそうしろと言う相島先生。ふむ、ぶっちゃけ明日調整しようがしまいが結果に大きく変わりは見られないだろうと言うのが本音だが落ちつかさなそうで体を動かそうと思っていた。だが相島先生は落ち着いてドーンッとして試合に構えてろと言う事なんだろう。ここは素直に相島先生の意見に従おう。体を休める事も間違ってないしな。俺は頷いて同意の意を示す。

 なら、明日はアリサちゃんやすずかちゃんと放課後に何か付き合ってもらおう。久しぶりになのはちゃんもくる事だしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな思惑をしながら翌日いつも通りの登校。昨日あんだけ凄い体験をしたが世の中ってのは何も変わらずいつも通りだ。まぁ、魔法を認知されないよう結界とやらが働いてるらしいが。教室についてもいつも通り。クラスメイトに軽く挨拶して授業を受ける。

 なのはちゃんが授業を受けているのも久し振りではあるが元々はいつも通りの光景だ。そんなこんなで休み時間、すずかちゃんはなのはちゃんとの再会に喜びを露わにしアリサちゃんもつーんとしながらも元気そうでよかったと素直に伝えた。この間まで少しこじれた事もあったがほっと一安心だ。

 

「そっか、また行かないといけないんだ……」

「大変だね……」

 

 とは言ってもなのはちゃんも今日だけ帰ってきただけでまたアースラに戻る事になる。また学校に来れなくなる事をなのはちゃんが伝えると2人は明らかにガッカリとしていた。まぁ、仕方ない。

 

「それじゃあ慎司君の応援にもいけないの?明日は試合だけど」

「うん………多分行けない」

「なのは、楽しみにしてたのにね」

 

 アリサちゃんの言葉に少し驚く。楽しみにされていたとは、なんだか照れくさいな。

 

「ごめんね、慎司君………」

「謝る必要ないだろ別に…」

 

 特に俺は事情を知ってしまったんだから。

 

「だからアリサちゃんとすずかちゃん……私の分もいっぱい応援してあげてね?」

「うんっ」

「まっかせなさい」

 

 何で俺より3人の方が気合入ってるんだろう。いや、俺も気合いは勿論入ってるんだけど何だかなぁ………いい友達だ。

 

「そうだ3人とも、放課後どうだ?久しぶりに4人で遊ばないか?なのはちゃんも少しくらいなら平気だろ?」

 

 そう言うとなのはちゃんも頷いてくれる。すずかちゃんとアリサちゃんも今日は習い事もないのは分かってたので二つ返事でOKだ。

 

「それじゃウチ来る?新しいゲームもあるし」

「お、アリサちゃんまさか………」

「そ、ドラクエ」

 

 流石、分かってる。この間最新作出たばっかだしな。今日は大いに盛り上がりそうだ。少しワクワクしてるとアリサちゃんがそういえばと口を開く。

 

「昨日、怪我をした犬を拾ったの」

「「犬?」」

 

 俺とすずかちゃんでつい反復する。昨日の車での帰り道で偶然見かけたらしい。その犬の特徴やら何やらを聞いてみると俺となのはちゃんの視線が重なった。

 その特徴が真実なら間違いない………昨日フェイトちゃんと一緒にいたあの犬みたいな奴だ。人間の女性にも姿を変えられるあの人の事で間違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、早速アリサちゃんの自宅へ。すずかちゃん宅同様アホみたいに大きい。もう、慣れたけど。感覚麻痺しそう。

 

「メイドさんいるぅ!!」

 

 車でお迎えに来ている執事の方は何度も見かけたけどアリサちゃんとこのメイドさんは見るのは初めて。ヤバイ、高まる。欲しい、メイドさん欲しい。雇いたい、雇ってコーヒー淹れて欲しい!

 

「なのはちゃん!やっぱり俺、メイドになる!!」

「どういうことっ!?」

「違った、メイドさん雇いたい!」

「働きなさいよ」

「すずかちゃん、俺……頑張るから!」

「私の家に雇われるの前提なの!?」

 

 以前に似たようなやり取りをした気がしたがまぁいいだろう。そんなことよりもメイドさんである。

 

「くそぉ、いいなぁ……ウチにも来ないかなメイドさん」

「あんた……なんでそんなメイド欲しがるのよ。如何わしい事でも考えてんじゃないでしょうね?」

「んわけねぇだろ!俺はただ………ただメイドさんに『ご主人様、コーヒーのおかわりはいかがですか?』って言われたいだけなんだ!」

 

 メイド服を着た綺麗で上品なお姉さんにそんな風に尋ねられたいんだ。分かるだろう男なら!俺しか男いないけど!

 

「けど、子供の俺がメイドさんを雇うなんて夢のまた夢だ。誰かフリでもいいからメイドさんの真似して言ってくんねぇかな?」

 

 チラッと3人を見る。チラッとなのはちゃんのほうを向いて顔を逸らすアリサちゃん。チラリと俺から顔を背けてなのはに視線を流すすずかちゃん。

 

「えっ!私!?無理だよ!」

「フリでいいんだ!フリで!頼むなのはちゃんこの通り!土下座するからっ!」

「安っぽい土下座ね」

 

 アリサちゃんうるさい。

 

「も、もう〜」

 

 しぶしぶと言った感じで深呼吸をして佇まい上品に、そして仕草を丁寧にと割と本格的な物真似をし始めるなのはメイドさん。おお、ホントにコーヒーポット持ってるみたい。

 

「ご、ご主人様?コーヒーのおかわりはいかがですか?」

「ちっ、なってねぇな。出直してこい」

「叩くよっ!?」

 

 とか言いながらポカポカとしてくるなのはちゃん。メイドさんを名乗るなど15年早いわ。やらせたの俺だけどな!

 

「ほら、2人で漫才してないで行くわよ」

 

 ポカポカしてくるなのはちゃんをのらりくらりと相手しながらアリサちゃんについていく。アリサちゃん宅に着いてすぐに俺たちは例の怪我した犬の様子を見に行かせてもらうことになっていたのだ。少し歩くとこれまた大きな庭のような森のような敷地に入ると大きな檻に入れられている見覚えのある獣の姿を確認した。包帯を体中に巻かれており、その姿が痛々しい。4人で檻に近づいて様子を伺う。

 やっぱり、フェイトちゃんにアルフと呼ばれていたあの犬に間違いない。なのはちゃんと目を合わせる。なのはちゃんは頷くと心配そうな顔をしながらジッとアルフを見つめ始める。恐らく今念話で語りかけているんだろう。俺が気になってる事もなのはちゃんが今聞いてくれている筈だ。しかし、アルフはすぐに檻の奥に引っ込んで背を向けてしまった。

 

「あらら、元気なくなっちゃった。おーい、大丈夫か?」

 

 アリサちゃんの声にも無反応だ。なのはちゃんが俺をみて首を振る。どうやら話には応じてくれなかったらしい。

 

「傷が痛むのかも……そっとしておいてあげようよ」

 

 すずかちゃんの言葉に誰も反対はしなかった。しかし、本当に何があったんだろうか。一緒にいるフェイトちゃんも勿論見かけないし。色々と思考してると一緒についてきていたフェレット姿のユーノが抱かれていたすずかちゃんから擦り抜けて檻の近くに。

 

「ユーノ、危ないぞー?」

「あはは、ユーノ君なら大丈夫だから」

 

 多分、ユーノが話を聞いておくという事なんだろう。お互い獣姿でも念話で会話は出来るだろうし。多分今頃、アースラでもモニターして見てるんだろうし。なのはちゃんもユーノ君と念話で話したのだろうか俺にこっそりとユーノ君がお話しするってと耳打ちしてきた。ここはユーノに任せて俺達は離れた方がいいだろう。

 

「早速お茶にしましょ」

 

 アリサちゃんの言葉で部屋に戻る流れに。

 

「あぁ、俺ちょっと気になるから先に行っててくれ」

「あんましちょっかいかけるんじゃないわよ?」

「かけねぇよ、すぐに行くから先に行ってくれ」

 

 分かったーと返事を聞いて見えなくなった所で俺も檻に再び近づく。ユーノがこちらをジッと見つめてくる。念話は使えないが何となく言いたい事は分かった。

 

「大丈夫だよ、一言二言伝えたい事あるだけだから」

 

 言葉でそう言ってアルフに向き合う。まだこちらに背を向けているけど顔だけは振り向いてこっちを覗いていた。言葉を交わすのは温泉宿以降初めてだ。と言っても俺はあっちが語りかけてくれたとしても伝わらないけどな。

 

 

「アルフでいいんだよな?知ってるかもしれんが俺は荒瀬慎司だ」

 

 一応、名乗った事は無かったので名乗っておく。返事は期待しない。しても聞こえないし。だから言うこと言って退散しよう。

 

「………胸はだけ痴女」

「〜〜〜〜っ!!」

 

 あ、覚えてたみたい、見るからに激怒してる反応だ。ユーノもなんで余計な事言うのと言いたげだ。ま、そこまで怒る元気あるならよかったよかった。

 

「冗談だ冗談。悪かったな、あん時は痴女呼ばわりして」

 

 そう言うとアルフは落ち着いたようで興奮気味だった表情に冷静さの色を取り戻す。ふむ、出来れば犬の姿だけじゃなくあのスタイル抜群の姿を見せて欲しいのだが多くは望むまい。

 

「色々何でそうなってんのか気になるがそれはこのフェレットもどきが話をすると思うから俺からは聞かねぇけどよ」

 

 ユーノが前足でペチペチと俺の足を叩いてた。ごめんて、でもフェレットもどきだろお前。

 

「アルフ、フェイトちゃんの相方のお前に言っておこうと思ってな………」

 

 伝えよう。俺はもう覚悟を決めたのだから。

 

「俺となのはちゃんを信じて欲しい。フェイトちゃんに何かあるのなら、何か事情があるなら話して欲しい。必要なら必ず救ってみせる」

 

 アルフはジッと俺を見つめてくる。言葉はないけど目を見れば分かる。アルフはこう言いたいのだろう『お前に何が出来る?』と。アルフも俺が魔法を使えないのは承知なんだろう。管理局所属でもない地球出身の一般人。巻き込まれただけの一般人だと言うことを。

 

「確かに俺に出来る事はほとんどない。一番頑張る事になるのはなのはちゃんやユーノ達だ。けどな、俺はフェイトちゃんを知っちまった。彼女と話をした、笑顔を知った、悲しい顔を知った。知らないフリなんかできない、魔法に関しては無力だけど………俺はあの子の心を救ってみせる。それだけ……あんたに伝えたかった」

 

 何となくだけど、このアルフという使い魔はプレシアではなくフェイトちゃんの味方なんだと思う。確証はない、勘だ。だけどプレシアの魔力にフェイトちゃんが襲われた時必死の形相でフェイトちゃんを抱き抱えたあの行動を見ればそんな想像も抱ける。

 

「そんだけだ、じゃあな」

 

 そう言って檻から離れて背中を向ける。アリサちゃん達待たせるのも嫌だしな、さっさと戻ろう。俺は分からなかったが背を向けて離れていく俺の背中をアルフは見えなくなるまでずっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来た!はぐれメタル!経験値いただくわよ!」

「『逃げる』!」

「何やってんのよ!?」

 

 ギャーギャーと噛み付いてくるアリサちゃん。アリサちゃんの言ってた新作ゲームをプレイ中である。痛いよ、なのはちゃんと違って君のは痛いんだからやめてくれ。

 

「あ、でもまわりこまれたよ」

「よし、今度こそ攻撃よ慎司!」

「『メガンテ』!」

「「自爆!?」」

 

 哀れなり、使用したキャラはダウン。メタルにメガンテは効かないからノーダメージ。

 

「な〜に〜してんのよ!」

 

 ハハハ。とかふざけてるうちにはぐれメタルに逃げられる。アリサちゃんは凄く悔しがってるがぶっちゃけ俺にコントローラーを持たした時点でそれくらいは覚悟してたろうに。キャッキャキャッキャとふざけ合いながらも今は席を外しているなのはちゃんの事を考える。

 トイレに行くと言っていたが恐らく念話でアースラからの報告を受けてるんだろう。ユーノを残してからある程度時間も経ってるし話が終わっててもおかしくはないからな。

 しばらくするとなのはちゃんは決意を固めた表情で戻ってきた。その表情は一瞬で消えてアリサちゃんとすずかちゃんに笑顔を向けていたけど俺は見逃さなかった。アルフから話がきけて色々アースラやなのはちゃんの方針も決まったんだろう。俺の方にも恐らくなのはちゃんから話を後で聞く事になると思う。けど今は、この時間を楽しもう。友達とこうやって過ごす時間も、人生においてとても大切な時間なのだから。

 

「遅いぞなのは、早くリアルドラクエごっこしようぜ」

「なにそれ?」

「あら?そんなにやりたいの?なら望み通り攻撃してやるわよ!!」

「いけ!すずかちゃん!ハイドロポンプ!!」

「作品違くないかなそれ!」

「えぇ、なのはどうすればいいの?」

「びっくりサタンの真似でもしてろ。悪魔みたいなもんだし」

「どういう意味かなぁ!?」

 

 と言いつつその物真似しながら襲い掛かってくるところ見ると案外ノリのいいなのはちゃんである。ていうかびっくりサタン知ってんのかよ、俺が今までなのはちゃんにゲームすすめたけど染まりすぎだろなのはちゃん。

 

「食らいなさい!」

「おっと危ねぇ………そんな蹴り俺には通用せんぞ!」

 

 何だかんだで楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

 

 日は傾いて夕刻。はしゃぎすぎてくたびれたところでお茶菓子を囲んで飲み物を飲みながらゆっくりとした時間を過ごしている。あ、俺マテ茶だ。すずかちゃん邸で言ったの冗談だったのに。

 

「やっぱりなのはちゃんがいた方が楽しいよ」

 

 すずかちゃんのその一言に俺もアリサちゃんも頷く。全員揃ってるのがやはり一番いいのだ。

 

「ありがとう……多分もうすぐ全部終わるから。そしたらもう大丈夫だから」

 

 やはり何か進展があったのだろうか。なのはちゃんがそこまで言うということなら。

 

「なのは、少し吹っ切れた?」

「え?………どうだろう?」

 

 アリサちゃんの言葉に首を傾げるなのはちゃん。

 

「心配してた……てか、あたしが怒ってたのはさ……」

 

 アリサちゃんが素直にその時の心情をポツリポツリと語る。なのはちゃんが隠し事してる事、考え事してた事に怒ってたわけじゃない。不安そうに、悩んだりしてた事。そのまま自分達の元に帰ってこないんじゃないか……そんな目をしていた事に怒っていた。怒らなくてはいけなかった。そう語るアリサちゃん。この子は優しい子だ。本心でも怒っているが、なのはちゃんのためにも怒っていたのだ。小学低学年の子どころか俺よりずっと大人だ。

 心配そうに見つめるすずかちゃんと涙ぐむなのはちゃん。なにも言えない俺。しんみりとした空気の中それを壊したのはなのはちゃんだった。

 

「行かないよ、どこにも。友達だもん、どこにも行かないよ」

 

 涙を拭い俺達を見つめてそう言うなのはちゃん。決意を固めた瞬間な気がした。彼女なりの決意を。5歳の頃、公園で一人で泣いていたなのはちゃんを思い出す。あぁ、強くなったなこの子は。すごい子だ……本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間も時間で解散となり帰路につく俺たち。アリサちゃんとすずかちゃんは明日の試合の応援するからと言ってくれた。

 俺となのはちゃんは帰りながらアルフから聞いた話、そしてアースラとなのはちゃんの方針を聞いた。アルフから伝えられた情報は予想していたものが多かった。やはり、主導でジュエルシード集めをしていたのはプレシアの方でフェイトちゃんはそれに従ってる形である事。

 プレシアはフェイトちゃんの戦果を気に入らないと鞭などで暴力を振るっていた事。それなら恐怖で従っているフェイトちゃんは被害者……と言いたい所だが俺はそうは思わなかった。恐怖も少しはあるだろう。だが、彼女のあの母親の事を語る姿を見ている俺からすればあれは役に立ちたいとか母が願うならとそう言う気持ちの方が強いと思う。

 アースラは目的をプレシアの捕縛に変えて明日から早速動く事になるようだ。フェイトちゃんを任せられたのはなのはちゃん。なのはちゃんがフェイトちゃんと恐らくぶつかる事になると思うとの事。フェイトちゃんとそういう取り決めがあったわけじゃないけどきっとそうなるとなのはちゃんは語る。

 

「慎司君は、明日大切な試合だから……そっちに専念してほしい」

「最初からそのつもりさ」

 

 俺がいても出来る事はない。俺の試合での活躍で応援する事がきっと今すべき事だ。

 

「それじゃ……またね慎司君。試合頑張って!」

「あぁ、ありがとう。またな」

 

 簡素な別れだった。俺だけじゃなくなのはちゃんにとっても明日は重大な日になるだろう。もっと何か言うべきだったか。けど、思いつかない。何か、俺に……出来る事は……なのはちゃんために出来る事はないんだろうか。そう考える思考は止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝、なのはちゃんの家の近くで佇む俺の姿があった。そろそろかなと思ったところでちょうどフェレット姿のユーノと使い魔姿のアルフを連れて走ってくるなのはちゃんの姿を確認する。なのはちゃんも俺の姿を確認すると走るのをやめて俺の前で止まる。

 

「慎司君?試合は……」

「大丈夫だ、転移を使えばまだ間に合う」

 

 そう言って遠くで俺を待ってる両親を指差す。面倒を掛けるがこうでもしないとなのはちゃんと会えなさそうだったから。

 

「昨日伝え忘れた事があったからどうしても会って伝えたかったんだ」

 

 俺はなのはちゃんの正面に立つ。真っ直ぐ見据えて昨日伝えたかった言葉を言い放つ。

 

「俺は今日の試合……優勝してくる。絶対だっ!」

 

 朝の住宅街に響く俺の大声。けど今は許してほしい。気持のこもった俺の誓いだ。

 

「絶対勝つ。なのはちゃんの応援がなくても絶対に勝つ!だからっ……」

 

 右手に拳を作ってそれをなのはちゃんに向ける。

 

「なのはちゃんも負けんな。フェイトちゃんのためにも自分の為にも負けるなよ」

 

 俺の出来る事はやっぱり言葉を送る事だけだ。エールを送る事だけだ。なら、それを全力でする。ちっぽけなことでもそれが俺の出来る事なのだから。

 

「……うん!私も負けないからっ。絶対に負けないから……だから慎司君も……優勝して」

 

 約束だ。と二人で言い合ってコツンと拳と拳をぶつける。あぁ任せろ。俺は優勝の報告しかするつもりはねぇ。だから頑張れなのはちゃん。

 

「あたしも少しいいかい?」

「うおっ」

 

 いつの間にかアルフが使い魔の姿から人間の形態に変化していた。俺と会話をするためだろうか。

 

「何だ、どうした?」

「あたしも昨日あんたに伝えられなかった事があるからね。それを言いたいだけさ」

 

 伝えられなかったこと?

 

「……………ありがとうね、慎司」

「………まだアルフに礼を言われるような事してないけど」

「フェイトの事、気にかけてくれてありがとう。実は何度かフェイトからあんたの話は聞いてたんだ。優しくしてくれた男の子に会ったって」

 

 そうだったのか。フェイトちゃんはそう言ってくれたのか。

 

「それと、フェイトを救ってくれるって言った言葉……あの時は何も言えなかったけど………あたしも信じるよ、なのはと慎司の事を」

 

 彼女がどれだけフェイトちゃんの事を大切に思っているかすぐに分かった。きっとフェイトちゃんが苦しい事に耐えながら頑張ってこれたのもアルフのおかげ何だろう。

 

「あぁ、任せておけ」

 

 見栄っ張りな返事しかできないけど、ハッキリとそう言う事は出来た。

 さて、あんまりゆっくり話してる時間もお互いないだろう。アルフが人間の形態から使い魔姿に戻ったところで俺はなのはちゃんの背中を叩いて言い放つ。

 

「よしっ、行ってこい!!」

「うん、行ってきます!」

 

 ユーノとアルフに二人を頼むぞと耳打ちしてから全員を見送る。その背中が見えなくなるまで俺は視線を外さなかった。早朝の住宅街には再び静寂が包む。俺も行こう。試合だ、切り替えろ。俺は勝つんだ。自分のためにも、応援してくれているみんなの為にも。なのはちゃんのためにも。

 

「っしゃあ!!」

 

 勝つぞ俺は。俺達は絶対に勝つ。

 

 

 

 

 

 

 






 びっくりサタンの物真似してるなのはちゃん……少し見たい


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無駄な事でも



 スマホ派の僕。パソコンのタイピング早くなりたいなと


 

 

 

 

 

 

 

 

 感覚は研ぎ澄まされている。前回の大会で襲われた緊張が嘘のように落ち着いてる。全く緊張していない訳じゃない。けど、それ以上に集中できている。相手を見据える。流石大きな大会だ、初戦から一筋縄じゃいかなそうな相手だ。目や雰囲気を見れば分かる。柔道家としての本能で分かる。あれは弱くないと。

 だがそれと同時にこちらも負けないと言う自信が湧いてくる。今までこなした練習を思い出す、努力を思い出す。応援してくれている家族と友人達を思い出す。………あの子との約束を思い出す。あぁ、負けねぇよ。

 審判の合図で礼を行い互いに一歩ずつ歩み寄る。

 

『始め!』

 

「っしゃこい!!」

 

 開始と同時に気合の声共に相手に詰め寄る。組み手の攻防、柔道において最初の重要な局面。これのいかんで優位となるか不利となるか決まる。相手の組み手を防ぎつつ自分の組み手に持ち込むために仕掛けに行く。防がれ防ぎを繰り返し一瞬の隙を突いて相手の袖を掴む。

 

「っ!」

 

 相手が動揺し振り解こうと逃げの一手を選択したところで俺はそれよりも早く今度はもう片方の手で襟を掴む。

 

「しまっ」

 

 しまったとは言わせる暇も与えない。相手はどこも掴めず俺は技をかける上で絶好の組み手。一瞬だ、たかだか一瞬で状況はここまで変化する。相手に防ぐ手立てを与える前に崩しを加えて『内股』を仕掛ける。相手の袖と襟を相手からみて斜め前の方向に崩し、自分は体を半回転させ左足を軸足にして右足の太腿の裏を相手の股間より少し外した所に向かって一気に振り抜く。

 

「おおおおおっ!!」

 

 相手が綺麗に回って背中を畳に叩きつける。同時に審判から

 

『一本!それまで』

 

 の宣言で俺の応援席からの歓声あがる。よし、まずは1回戦突破。続けていくぞ。慢心はしない、相手はどんどん強くなるだろう。だが負けない、俺は負けれない。少し間を開けたらすぐに二回戦になるだろう、体が冷えないように打ち込みとストレッチをして備えて待つ。まだ、大会は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予感はあった。ここに来れば会えると。不思議に予感はあった。慎司君に見送られた後、海鳴臨海公園まで足を運んだ私達。フェイトちゃんは姿を見せてくれた。

 アルフさんがもうやめようとフェイトちゃんを説得する、しかしフェイトちゃんは

 

「私は母さんの娘だから……」

 

 その一言が拒否を示していた。そうなることは分かっていた。だから私も自分の意思を示す。キッカケはジュエルシード……。私が魔導師になったのもフェイトちゃんとぶつかり合ったのも全てはジュエルシードがキッカケだ。なら、

 

「賭けよう、お互いの全部のジュエルシードを」

 

 それを賭けて、私達はぶつかり合う。それからだ、全てはそれから。私がフェイトちゃんに問うた、友達になりたいって言葉の返事も。慎司君がフェイトちゃんとお話しする為にもそれからなんだ。

 

「だから始めよう?最初で最後の本気の勝負」

 

 レイジングハートを起動し、すっかり慣れ親しんだ魔導師としての私の姿に変わる。フェイトちゃんもそれに応えるようにデバイスの杖を鎌状に変えて構えをとる。

 

『頑張れ、なのはちゃん』

 

 この場にいないはずの慎司君の声が聞こえた気がした。約束した。負けないって、私も慎司君も負けないって。慎司君は絶対に負けないで優勝するだろう。だから、私も……負けない。私達は!

 

「絶対に負けないっ!」

 

 星と雷がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うらああああああ!」

 

 ドンっと巨体が畳に叩きつけられる音がこだまする。前回出場した大会で初戦であたり苦戦を強いられた相手だ。その相手は二回戦を勝ち進み、その次の三回戦で当たった。が、それからの期間で差は歴然と開いたようだ。俺の努力がその相手に勝ったと言う事だ。開始数十秒で決着はついた、俺の『大内刈』で一瞬の隙を突き相手は畳に沈んだのだ。

 

『一本、それまで』

 

 審判が俺の勝利の宣言を告げられると体の力が一気に抜けたような気分になった。2、3回戦も危なげなく勝ち進めて来れたがこれからが本番だ。次の相手は前回のこの大会の入賞者でその次の相手は準決勝、恐らく前回準優勝だった選手だ。

 そして、確実に決勝で当たるのは前回大会優勝者で優勝候補筆頭の選手。優勝する為にはこの3人全員に勝たなくてはならない。礼を済ませて会場から一度離れて深呼吸で精神統一をする。どの選手も強敵だ、ここからはどれだけ俺が自分の実力を発揮できるかにかかってる。呼吸を整えつつ体を冷やさないようにストレッチをする。

 すると、応援席から俺の様子を見に来たのかアリサちゃんとすずかちゃんが近づいてくる。遠くで応援に来てくれている高町家と俺の両親も目にうつった。

 

「すごいよ慎司君!」

「ええ、三試合ともすごいかっこよかったわよ!」

 

 2人の興奮気味な祝福に嬉しい気持ちが湧きつつもまだ試合は終わってないからと2人を制する。

 

「あ、ごめんね?邪魔だったよね」

「いや、大丈夫だよ。勝ってるのは2人の応援のおかげでもあるしな」

「なのはにちゃんと優勝報告出来るよう次も頑張んなさいよ」

「あぁ、勿論だ」

 

 短く言葉を交わしてから2人は応援席に戻っていった。集中してる俺に気を使ってか高町家の面々と両親は遠くで手を振ってからそのまま戻っていく。俺は一礼してそれを返す。

 さて………そろそろ戻るか。ここからは空き時間も少なくなってくるだろうから会場にはもう入っておこう。なのはちゃん………今頃……。

 

「っ!」

 

 頭を振って思考を止める。今は自分以外の心配をする余裕はない。俺は俺の試合に集中しよう。頬を両手でバチンと思いっきり叩く。ヒリヒリとした痛みが今は試合に向けて集中させてくれる。優勝まで、もう少しだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶつかり合う魔力と魔力。勝負は互角に見えた。高町なのはとフェイト・テスタロッサ、2人の実力は魔導師として互角。そもそもフェイトの方が断然実力が上だったが高町なのはの魔法の才能と努力は常人のそれではなく、年季の差などあっという間に埋めていた。

 だから、互いに息もつく暇もなくぶつかり合う。魔力弾を放ち合い、接近戦に持ち込んで直接ぶつかり、障壁で攻撃を防ぎ合う。一進一退、そんな言葉が当てはまるほど鬩ぎ合った闘いだった。

 

「シュート!」

 

 なのはの無数の魔力弾がフェイトを襲う。しかし、フェイトはバルディッシュをサイズフォームに変えそれを切り落とす。なのはも手は緩めない、魔力弾を形成しつつ自身のレイジングハートをフェイトに向かって叩きつける為接近戦に。鍔迫り合い、魔力の影響で小爆破が起きる。

 互いに距離を取りつつもすぐに攻撃の手段を2人は取る。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 互いに息を上げてるが無傷だ。決定打はない。本当に、互角だった。勝負を決めるのは、恐らく一瞬の隙を突いた方だろう。気を抜けない闘いに身を投じる2人。闘いはまだまだ続きそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 

 準々決勝、準決勝の2試合を終えて残りは決勝となった。どれも接戦だった。試合を終えても中々呼吸の乱れが治らないのが証拠だ。

 準々決勝は相手のスピードの速い柔道に翻弄され中々技を掛けられず時間ギリギリで寝技に持ち込んで抑え込みで勝利をもぎ取り、準決勝は互角の勝負で技の掛け合い。組み手に勝って負けてを繰り返した末、試合終盤に相手のスタミナに俺が勝り、顎が上がって来たところを隙をついて一本をなんとか取れた。だが勝ちは勝ちだ。

 俺の努力の証明だ。だが、次の相手は今語った2人とはさらに別格だ。決勝の相手はこれまでの全試合オール一本勝ち。俺も全て一本勝ちだが相手は全ての試合危なげもなく息一つ乱すことなく勝利してしてきた。

 

「強いだろうな」

 

 きっとすごい強い相手だろう。才能もあって努力も惜しまない完璧なタイプだ。前世でもそんな相手に幾度となく試合をしてきた。負けた数の方が圧倒的に多かった。

 だが、俺は今…山宮太郎じゃない。荒瀬慎司だ。そう言う相手に勝つ為に前世以上に努力を惜しまない荒瀬慎司だ。負けねぇ、負けられねぇ。

 そろそろ、決勝が始まる。体が震える、緊張か恐怖か武者震いか。全部だろう。そんなあやふやな状態では勝てる試合も勝てない。

 

「っしゃあ!!」

 

 周りを気にせず気合の声を1人上げる。よし、やれる。俺は………闘える。

 会場に入り、決勝の畳を踏む。会場アナウンスに俺と相手選手の名前が呼ばれ会場は歓声の渦に。アリサちゃんやすずかちゃん達の必死の声の応援が聞こえる。

 

『頑張れ、慎司君』

 

 ここにいないはずのなのはちゃんの声も聞こえた気がした。あぁ、頑張るよ。向き合い、礼をする。相手と目が合う。あぁ、こいつは強え。きっとすげぇ強え。けどそんな相手だからこそ燃える。柔道家としての本能が俺を滾らせる。

 目の前にいる相手みたいなすごい強い柔道家に勝って、優勝する為に俺は死ぬ気で練習を、努力をしてきた。互いに一歩歩み寄る。そして

 

『はじめ!』

 

 開始宣言。

 

「っ!」

 

 組み手の激しい攻防。目にも止まらぬ速さで互いの腕を弾き合い掴み合う。

 

「っ!?」

 

 いつの間にか片方先に掴まれていた。その流れで相手はすぐに自分の組み手に持ち込んで勝負を決めに来る。

 

「しっ!!」

 

 瞬間、相手の組み手を解き相手の技を無効化。そのまま俺の組み手に。崩しもなってない、相手は万全の状態。しかし、無理矢理懐に入り込み支え釣り込み足で相手の足を抑えて引き出す。相手の背中を畳につける事はできなかったが相手は崩れてうつ伏せで畳に沈んだ。ポイントはない、しかし相手は驚いた表情を浮かべていた。

 決めたと思ったか?勝負はすぐつくと思ったのか?舐めるな。

 審判の待ての合図で互いに開始線まで戻り睨み合う。相手の目の色が変わった、あぁそうだそれでいい。俺は強敵だ。お前の連覇を阻む最大の壁だ、そう思え。最大限に警戒して全力で来やがれ。そんなお前を………ぶん投げて勝つ!

 

『はじめ!』

 

 言っとくが、今の俺はいつもより強いぞっ!

 

 

 

 

 大会の決着がつくのは、もうすぐだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイジングハートとバルディッシュがぶつかり合い火花が散る。以前の私じゃ想像もつかないような状況だな、なんて勝負の最中なのにそんな考えがよぎった。

 

「くっ!」

 

 距離を取る。接近戦はフェイトちゃんの方が上手だ。私の得意な距離に持ち込む。

 勝負を始めてからどれくらい経っただろうか。息も上がって、体も疲れを感じてきて苦しくて辛い。でも、まだまだやれると思えた。

 

『頑張れ!頑張れなのはちゃん』

 

 幻聴が聞こえる。あぁもう、その場にいてもいなくても彼は私を振り回す。迷惑……とは思わないけど。寧ろ嬉しいのかも。なんて、そんな事考えている場合じゃなかった。勝負に集中しないと。

 魔力の応酬。一進一退の攻防は未だなお続く。後一手が欲しい。勝負を決める一手が、きっとフェイトちゃんもそう思っている事だろう。その一手を先に打ってきたのはフェイトちゃんだった。

 

「っ!」

 

 フェイトちゃんの足元に大きい金色の魔力陣が現出する。そこから無数の魔力弾。それもとても高密度で帯電している魔力弾が、あれは今までフェイトちゃんが放ってきた魔力弾なんか比にならない威力なのは一目瞭然だ。けど、させない。魔力を練っているうちに叩く!

 

「ライトニングバインド」

「えっ!?」

 

 左手、そして右手がフェイトちゃんによる金色のバインドで縛られ動けなくなる。魔力を練ってるフェイトちゃんよりも無防備な状態になってしまった。

 

『まずい、フェイトは本気だ!』

 

 アルフさんの念話の声音でわかる。確かにあれは食らったらまずい。

 

『なのは!今サポートを』

「ダメええええ!!」

 

 ユーノ君のその言葉に私は反射的にそう叫んでいた。ダメだ。それはダメなんだ。だってこれは、これは。

 

「アルフさんもユーノ君も手を出さないで」

 

 これは全力全開の真剣勝負だから。一騎討ちでジュエルシードをかけた私とフェイトちゃんの闘いだから。だから、手を出さないで欲しい。

 

『けど、フェイトのそれは本当にヤバいんだよ!』

「平気!」

 

 体は震えている。けどそう言わなければいけない。だって勝つ為には、私はこれに耐えなければいけないのだから。フェイトちゃんは魔力を練り呪文を唱える事に集中している。周りは見えてない、けど私も動けない。バインドを自力で解く事が出来ない、あの高密度で形成された無数の魔力弾……あれを私の魔力障壁で全部防げるのか。もし防げなかったら………いや、防ぐんだ。じゃなきゃ勝てない。約束を守れない。それは、嫌だ。

 それだけは嫌だ。

 

「なのはちゃん!」

 

 また幻聴だ。慎司君の声が聞こえる。こんなピンチの時にまで聞こえてくるなんて私は彼に寄り掛かってばかりなのかもしれない。

 

「なのはちゃん!おい!」

 

 今度の幻聴はしつこい。ずっと耳に響いている。もう、真剣に戦ってるところなんだからあんまり邪魔しないでよ。………ん?

 

「慎司君っ!?」

 

 幻聴じゃない。いた、いつの間にかアルフさんとユーノ君の近くで大声をあげている。しかも柔道着姿のままで。なんで?どうやって?結界張ってるのに。視界の端に慎司君の両親が見えた。2人は魔導師だ、結界を抜けてここに来るのは容易だろう。でも慎司君……大会は?終わったの?色々聞きたい事があるがそれを無視して慎司君は大声で何か伝えてくる。本当は悠長にしている場合じゃないけど慎司君が何かを伝えようとしているなら、聞きたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なのはちゃん!」

 

 あ、ようやく気づいた。こっち向いたな、そして驚いてるな。よしよし、見たかった表情は見れたから満足満足。してる場合じゃない。せっかく大会終わってすぐにパパンとママンになのはちゃんの魔力を感じる所まで転移をしてもらった。ここに連れてきてもらう事……渋っていたが2人が同行する事を条件に協力してくれた。心配かけて、ごめん。でも、どうしても今、間に合うなら俺はやるべきだと思ったんだ。

 懐から用意してきた2つのものを取り出す。一つは賞状、もう一つはメダル。どちらもさっきまで試合をしていた大会で得たもの。

 賞状には『優勝』の文字が、メダルは金色に輝いている。その2つを掲げて俺は叫んだ。

 

「なのはちゃん!勝ったぞ、俺は勝った!」

 

 決勝は本当に死力を尽くしあった試合だった。途中で目眩を感じたほど互いに限界以上に体を使ったと思う。正直、試合の隅々までの記憶は朧げだ。覚えているのは、絶対に負けられないと心で叫び続けた事と……自然と前世の得意技で今世では封印していた『一本背負い』で一本勝ちした事だ。この技を使う気はなかった、が自然と勝手にこの技を使っていた。俺がなんでこれを封印してたかなんて事は今はどうでもいい。

 

「俺は優勝できた!約束は守った……だから!」

 

 素人目でもわかるなのはちゃんのピンチ。俺がいくらエールを送ったってなのはちゃんの助けにはならない。状況を変えるなんて事は出来ない。なのはちゃんに気力を与えてあげるなんて出来ない。おこがましい。

 けど、意味がないって分かっていても。必要ないって分かっていても。何度も言う、俺は自分のできる事は全てやりたいんだ!

 

「なのはちゃんも勝て!負けんな!!」

 

 

 

 頑張れっ!!!

 

 

 

 

 俺の今出せる腹からの大声。なのはちゃんがこのエールに何も感じなかったとして、伝わればいい。俺が応援してる事を伝わればいい。だって、応援されてるって思うと……前になのはちゃんや皆んなに応援されて俺は……力もらったから!綺麗事だ、けど事実だ。このエールに力を貰えなかったとしても俺は応援し続ける。それが俺の出来る事でやりたい事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁもう慎司君ってば……」

 

 それ逆にプレッシャーだよ。危ないのにわざわざここまで来て、大会終わってすぐ来たみたいだし……まさか表彰式バックれた?

 けど、なんでだろう。悪態つきたくなる言葉が頭に浮かんでるけど、こんなに嬉しい気持ちになるのは何でだろう。応援されたから?それもある。けど慎司君が来てくれたから、きっとこんなに嬉しいんだ。いつも私に手を差し伸べて支えてくれる男の子、彼にあんな応援されたら………負けられないよね。絶対に。

 自然と表情は綻んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 程なくしてフェイトちゃんが放った魔力弾がなのはちゃんに襲いかかる。まずいと思った。心配した、ついなのはちゃんの名前を叫んだ。けど、杞憂だった。彼女は俺が思っている以上に……そしてフェイトちゃんが思っている以上に強い子だ。

 全て魔力障壁で防ぎ切ったなのはちゃん。なのはちゃんを縛っていたバインド?ていうのかそれが解かれる。なるほど、あれを放ったら解ける仕組みなのかも。そして今度は自分の番と砲撃を放つなのはちゃん。

 えっ?なのはちゃんあんなの打てるの?視線を両親に送る。2人は外国人みたいに肩をすくめて首を振って見せた。なるほど、なのはちゃんが凄すぎると。しかし、そんな凄い砲撃もフェイトちゃんは耐えて見せた。凄いな、あれを放つなのはちゃんも防ぐフェイトちゃんも。魔導師って奴を俺は未だ理解できないでいる。

 ここで振り出しか?と思った時だった。フェイトちゃんがなのはちゃんのバインドで身動きを取れなくなる。そして………

 

「全力全開!」

 

 明らかにさっきの砲撃以上の威力がありそうな砲撃の準備をするなのはちゃん。まて、大丈夫なのかあれ?

 

「スターライト………」

 

 殺すなよ?殺すなよ?え、非殺傷設定?いやそれでもあれはあかんでしょ。

 

「ブレイカー!!」

 

 あっ

 

 

 

 

 魔力の奔流がフェイトちゃんを襲う。耐え切れる訳もなく力なく空を漂うフェイトちゃん。なのはちゃんの勝ちだ。遠目から見ても無事なのは分かった、よかった。いや本当に。動けないフェイトちゃんをなのはちゃんが抱き抱える。そして2人で何か話している。まぁ、積る話もあるだろうし少しくらい待とう。

 でもさ………確かに負けるなって、勝てって言ったけどさ。そこまでやれとは言ってない。

 

 

 

 フラフラとフェイトちゃんに肩を貸しながらこっちに向かってくるなのはちゃん。フェイトちゃんも途中で俺に気づいたようで驚いた表情を浮かべていた。 

 

 俺の応援がなくてもこの勝敗は変わらなかったろう。結果は変わらなかったろう。だけど、例えそうだとしても………俺はこう思うんだ。応援したかったんだからそれでいいんだって。 

 人にエールを送る事は、100%の自己満足と100%の応援したいっていう純粋な気持ちなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 無印編の終わりも近づいてきました。次回も閲覧よろしくお願いします


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本物


 蚊が増えてきた!痒い!くらえ、かとりせんこぉ!!


 

 

 

 

 

 

「なのはちゃんが想像以上に鬼畜でびっくりだぜ」

「出迎え早々何事かな!?」

 

 だってお前、相手動けなくして特大砲撃で狙い撃ちなんて鬼畜の所行だろ。魔導師間の勝負じゃ当たり前なのか?そんな魔導師は嫌だなぁ。

 

「だ、だってだって!真剣勝負だから……」

「真剣勝負ったってお前……」

 

 傍から見ればいじめだぞただの。フェイトちゃん平気そうな様子でなのはちゃんに肩貸してもらってるけどさ、最悪トラウマものだって。まぁ、俺が口出す事じゃないけどさ。

 

「し、慎司……」

 

 フェイトちゃんが気まずそうに俺の方を見ながらも視線を外す。別にそんな顔しなくていいのに、俺に悪い事した訳じゃないんだから。

 

「まぁ、とにかく2人ともお疲れさん。頑張ったな」

 

 そう言って2人まとめて抱き抱える。右手はなのはちゃん、左手はフェイトちゃん。2人それぞれキャっなんて可愛い悲鳴を上げているが無視しておこう。とにかく今はお疲れ様、俺のこの抱擁は労いの抱擁だ。ありがたく受け取れ。

 

「し、慎司君………く、くるひぃ……」

「えっ?え?」

 

 ハハハ、照れるななのはちゃん。それくらい労いたいのさ俺は。フェイトちゃんはこんなスキンシップは初めてなのか戸惑ってるよう。

 

「慎司、なのは顔青くなってる!凄い顔色してるよ!」

 

 人間形態になったユーノが俺にそう言ってくるが生憎耳に入らなかった。

 

「な、なんで私だけ力込めてるの?」

「ん?そうか?変わらないよ。な?フェイトちゃん?」

「えっ?わ、私は別に苦しくないけど……」

「なのはちゃんだって苦しくないだろ?」

 

 ぎゅううう

 

「いや、だから……苦しいってば……」

 

 そろそろシャレじゃ収まらなそうだったので2人を解放する。なのはちゃんはグデーンとしていたがフェイトちゃんは戸惑いの表情のままだった。

 

「な、何で私だけ〜?」

「フェイトちゃん華奢だし」

「私だって華奢だよ〜」

「…………ふっ」

「鼻で笑ったね!?」

 

 真剣勝負の後だろうから疲れてるだろうに構わずポカポカしてくるなのはちゃん。はっは、苦しゅうない。俺となのはちゃんのやり取りを見てフェイトちゃんはポツンと置いてけぼり状態なのでこれくらいにしとこう。

 

「………フェイトちゃん」

「え?」

「お疲れ様、フェイトちゃんにとって結果は残念だったけど……それでも、お疲れ様」

 

 複雑そうな顔をするフェイトちゃん。嫌味っぽく聞こえてしまいそうだったけどこの言葉は伝えておきたかったのだ。

 

「………この間言ったよな?いっぱい話していっぱい遊ぼうって」

「………うん」

「この後君がどうなるか、これからどうなるか正直分からないけど、約束しよう。必ずそうしようってさ。俺は、君と沢山したい事があるんだ」

「したい事?」

「ああ、君にいっぱい教えてあげたいんだ。色んな楽しい事をさ。そしたら、もっと笑顔を浮かべてくれよ」

 

 俺は、その為に君に構うんだ。

 

「…………………」

「今は深く考えなくていい。ゆっくり休んで、色々終わってからいっぱい話そう。君にその気がなくても俺はしつこく話しかけるからな」

 

 今は闘いを終えたばかりだ。俺の事は二の次でいい。それに、この状況はきっとアースラの人達も見ている事だろう。そろそろ、クロノ辺りが迎えに来そうなモンだが…………。

 

「っ!慎司っ!」

 

 えっ?

 

 

 

 突如、あの魔力の雷が降り注いだ。母さんが俺を庇うように割って入り、父さんがなのはちゃんを引き込みフェイトちゃんにも手を伸ばしていた。しかしそれは間に合わず結果フェイトちゃんだけそれに巻き込まれる。いや、同じだ。フェイトちゃんを狙ったものだ。前回ほどの威力はないがフェイトちゃんは苦しそうに喘ぐ。すると、フェイトちゃんの持っていた杖が待機状態のデバイスに戻る。その中から、フェイトちゃんの集めていたジュエルシードが現れ雷鳴に導かれるように雲の隙間に吸い込まれていった。

 フェイトちゃんの母親の仕業なのはすぐに分かった。

 

「プレシアぁぁっ!」

 

 届く事ない俺の怒りの叫び、耐えきれず倒れるフェイトちゃん。

 

「フェイトちゃん!」

 

 なのはちゃんが慌ててフェイトちゃんを抱き起こすが気を失ってしまったようだ。しかし、息は安定している。早くアースラに運ばないと。俺を庇って間に入った母さんは無傷だった、よかった。しかし、ここにいるのは危険だ。

 

「父さんっ!」

「分かってる!」

 

 父さんが転移の魔法を発動させこの場にいる全員をアースラへと転移させた。

 

「クソがっ」

 

 結局俺はまた、目の前でフェイトちゃんが傷つくのを見ているだけだった。寧ろ、両親に護られてるお荷物だ。あぁ、悔しがるのは後だ……それでもその現実は俺をいつも突き刺してくる。仕方ないって思っても、俺はやっぱり無力だと痛感させられる。ホントにクソだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースラに転移してからは事態は怒涛に動いた。プレシアによる2度目の攻撃で場所を探っていたエイミィさんはとうとう次元狭間にあるプレシアの潜伏先を突き止める。そこからすぐに魔導師による突入部隊が編成され早速転移で進軍していった。

 海鳴から転移してきた俺と俺の両親、なのはちゃんとユーノ、アルフ、そしてフェイトちゃんはモニターで事の状況を見守っていた。フェイトちゃんは手枷をつけられ自由が制限されている。仕方ないか、一応敵対してた訳だし……俺がどうこう言う資格もない。

 

「フェイトちゃん、良かったら私の部屋にでも」

 

 これから母親の逮捕の映像が流れるのだ、それを見せるのも酷だと判断したのかリンディさんがなのはちゃんに目配せをして察したなのはちゃんがそう提案する。しかし、フェイトちゃんは動かなかった。寧ろ食い入るように前に出てモニターを見つめている。後ろにいるアルフから心配そうな表情が窺えた。俺も心配だった、プレシアの攻撃を受けた事もそうだが何よりフェイトちゃんの表情は先程よりもさらに暗い。

 そりゃそうだ、母親から攻撃を受けて尚且つ自身が集めていたジュエルシードだけを回収されてフェイトちゃん本人はほったらかしたままだ。酷い言い方だが、見捨てられたのと同じだ。その事実から俺もなのはちゃんも何も言えなかった。

 

「慎司………」

「父さん、今更帰れなんて言うなよ」

「………分かってる」

「ごめん」

 

 アースラにいるのも危険だと思ったのだろう。一度攻撃を受けてるらしいしな。だが、俺は見届ける。この結末を見届けたいんだ。

 

 

 しばらくすると突入部隊はすぐプレシアのいる玉座の間に到着し、警告しつつも杖を構えてプレシアを包囲した。多勢に無勢、例え抵抗したとしても無駄な足掻きとなるだろう。

 そんな俺の予想は大きく外れる事になる。プレシアは不敵に笑うのみで抵抗も投降の意も見せない。局員達は警戒しつつもさらに玉座の間の奥の部屋も制圧すべく部隊を分けて進んでいく。すると今まで表情の変化が見れなかったプレシアの目が鋭くなった。

 

「私のアリシアに近づかないで!」

 

 アリシア?

 

 プレシアは転移で奥の部屋に移動、その先には行かせないと局員を阻むように立ち塞がる。モニターにその部屋が映し出されると俺は驚愕の表情を隠せなかった。

 

「……………なんだよあれ」

 

 ついそう呟く。その部屋一面にテレビでしか見た事のないいわゆる生態ポッドなるものが立ち並んでいた。そしてプレシアが立ち塞がるその後ろ。部屋の中央部にある生態ポッドの中に人が浮かんでいた。そこにいたのは、フェイトちゃんと瓜二つの少女だった。アリシアとはあの子の事なんだろうか。

 隣にいるフェイトちゃんを覗き見る。予想に反してフェイトちゃんは初めてその存在を知ったかのように驚きの表情を浮かべていた。フェイトちゃんも知らなかった事実なのか?

 

「危ないっ!防いで!」

 

 慌てたリンディさんの声で思考が中断され現実に引き戻される。モニターを見るとプレシアが突入部隊を1人で全滅させる映像が流れていた。

 おいおいマジかよ、そんな凄い魔導師なのか?予想外の状況に俺のみならずアースラのスタッフ達も驚きを禁じ得ない。リンディさんは突入部隊の速やかな転移での帰還を指示、すぐさま実行された。そんな状況の中プレシアは例の生態ポッドに身を預け、切ない表情で語り始める。

 アルハザード、9個のロストロギア………これはジュエルシードの事だろう。意味はサッパリわからないがプレシアが立てていた計画の事を言っているのは分かった。

 

「もういいわ、終わりにする」

 

 モニターからこちらを睨みつけるように視線を向けてくるプレシア。

 

「この子を亡くしてからの暗鬱な時間も……この子の身代わりの人形を娘扱いするのも」

 

 自然とフェイトちゃんに視線がいってしまう。

 

「聞いていて?貴方の事よフェイト……せっかくアリシアの記憶をあげたのにそっくりなのは見た目だけ、役立たずで使えない私のお人形」

 

 亡くなったアリシアの記憶をあげた?人形?そのワードで俺は自分で仮説を立ててしまう。とても残酷な真実の仮説を。そんな仮説が正しいと言わんばかりにエイミィさんが顔を伏せながら語る。

 プレシアの来歴を語った時に話に出てきた実験の事故、その時にプレシアは実の娘であるアリシア・テスタロッサを亡くしている。生態ポッドに大事に保管されているあの子だ。そして、プレシアが行っていた研究とは……魔導師の使い魔を超える人造生命の生成……前世でもたびたびニュースになっていたクローンって奴だ。それだけじゃない、もう一つの研究は死者蘇生の秘術……フェイトという名前はそのプロジェクト名であると。『プロジェクトF』、それがプロジェクトコード。

 

「よく調べたわね」

 

 そう言ってポッドの中のアリシアに寄り添うプレシア。つまりはそう言う事なんだろう、フェイトちゃんはプレシアによって造られたアリシアのクローン。それが事実なんだ。それから始まったプレシアによるフェイトちゃんへの心無い言葉の数々。

 お前はアリシアの代わりにはなれない。アリシアはもっと笑ってくれた、言う事を聞いてくれた。記憶をあげてもやはりお前はアリシアの偽物だと。

 

「やめて……やめてよ!」

 

 震える声で制止するなのはちゃん。しかし、プレシアの言葉は止まらない。

 

「アリシアが蘇るまでの間に慰みに使うお人形、それがフェイト、貴方よ。だから貴方はもういらない、どこへなりと消えなさい!」

 

 苦しげな表情を浮かべるリンディさんとユーノ。聞いていられないと頭を振るエイミィさん、それを心配するクロノ。悔しそうにプレシアを睨むアルフに同じ親として怒りを露わにする俺の両親。やめてと叫び続けるなのはちゃんに次第に感情を失っていくような表情をするフェイトちゃん。

 おかしいと思っていた、公園で嬉しそうに母親の事を語るフェイトちゃん……優しかったと語っていたフェイトちゃんのプレシア像と、酷い仕打ちを沢山してきたと語っていたアルフのプレシア像の齟齬。優しかった記憶はアリシアのもので、冷たい記憶はフェイトちゃんだけの記憶だったのだ。狂ったように笑うプレシア、ニヤリと嫌な笑みを浮かべてプレシアは言葉を綴る。

 

「いい事を教えてあげるわフェイト、偽物の貴方を造り出してから私はずっとね………貴方のことが」

 

 止めろ、止めろ、止めろ、止めろ。それは言っちゃいけない。あんたがフェイトちゃんには絶対に言ってはいけない言葉だ!

 

「よせ!」

 

 俺の制止など聞くはずもなく無情にもプレシアは言い放つ。

 

「大嫌いだったのよっ」

「っ!!」

 

 フェイトちゃんは体の力が抜けたようにへたりと座り込む。駆け寄るなのはちゃんと渇いた音を立てて手元から落ちるフェイトちゃんのデバイス。そして、完全に茫然自失の表情で意識があるのかどうかさえハッキリしない状態にまで追い込まれた。

 怒りがふつふつと湧いてくる。何でだよ、何でそんな酷いことが言えるんだ?実の娘の為ならフェイトちゃんを傷つけてもいいってのかよ。

 

「所詮は……偽物なのよ」

「違うっ!!」

 

 叫んだ。ありったけの大声で、フェイトちゃん以外の全員が俺を注目する。プレシアでさえこっちを注目するよう仕向けるための大声だった。

 

「何が違うと言うの?」

 

 意外にも食いついてきたプレシア。しかし、好都合だ。

 

「何もかもが違うね、あんたは間違ってる」

「何も知らない子供には理解できないようね」

 

 見下す視線を俺に送るプレシアに俺は真っ向から睨みつけて言葉を紡ぐ。これは別に義憤に燃えて放つ言葉でもなければフェイトちゃんを庇うための言葉でもない。俺が、言うべきと思った事を言うだけのただの独りよがりだ。

 

「偽物なんかじゃない、フェイトちゃんは偽物なんかじゃない」

「どうしてそう言えるのかしら?」 

「確かにフェイトちゃんはあんたが言った通りあんたが造り出したアリシアのクローンなんだろうさ、その事実は覆せない」

 

 事実を変える事は出来ない。現実を受け入れて前に進むしかないんだ。そんなフェイトちゃんに送る言葉でもある。

 

「やはり偽物」

「けどな」

 

 プレシアの言葉に被せるように言う。だけど、俺は知ってる。公園での出来事が彼女が偽物じゃないって指し示している事を知っている。あの子の笑顔を思い出す、嬉しそうにする顔を思い出す。渡したかったケーキが台無しになって悲しんでいた、俺が代わりを用意すると感謝してくれた。上手く渡すことが出来なくて落ち込んで、ケーキを食べさせて励ますと美味しいと微笑んでいた。

 短い時間だったけどその中で俺は様々な感情をフェイトちゃんから感じ取った。

 

「この子はな、あんたの為に頑張ってたよ」

 

 闘いで傷つきながらもジュエルシードを集め続けた。

 

「あんたに何をされようがあんたの為に闘ってたよ」

 

 心の拠り所であるプレシアに鞭打たれようが恐怖を感じようが根っこの部分は全部母親の為と思っての行動だった。

 

「あんたに美味しいケーキを食べて欲しいって用意していた、あんたがそれを口にしてくれなくて悲しんで俺がそれに対して怒っても母さんは悪くないってあんたを庇ってた」

 

 病的なまでの献身とも言えてしまうかもしれない。けどそれ以上に俺は感じたんだ。

 

「………それがなんだと言うの?」

 

 そう吐き捨てるプレシア、あんたにとっては偽物の人形でも事実は違う。

 

「記憶はアリシアのものだったとしてもフェイトちゃんはあんたの酷い仕打ちに耐えて頑張ってた、優しかった母親の記憶が支えだったのかもしれない。けど、そうだとしてもっ!」

 

 フェイトちゃんを見る。座り込んで下を向き感情のない瞳になってしまったフェイトちゃんの耳にも届くように。たとえ聞こえてなくても言うべきだ。

 

「あんたに対してフェイトちゃんが抱いてた『愛情』は、本物の筈だろ!」

 

 母親に愛されていた記憶はアリシアのもの、でもプレシアにどんな仕打ちを受けても……それでも母親の為に頑張り続けた。たとえ愛されなくても、元はアリシアの記憶から生まれたものでも、それを無くすことなく抱き続けたフェイトちゃんの愛情はアリシアのものでもなければプレシアから与えられた物でもない本物の愛情なんだ。

 その事実だけで彼女はアリシアの偽物じゃない。フェイトって言う1人の女の子だって言えるだろ。

 

「偽物じゃない。フェイトちゃんはフェイトちゃんだ。フェイト・テスタロッサっていう1人女の子だ、お前がいくら偽物だ人形だと喚こうがその事実は変わらない!!」

 

 静寂。誰も何も言わない、俺の言葉はおかしかったか?そんな事はない。そんな事はない筈だ、だってそれが真実だ。プレシアから造られた事は覆せない事実だ、それと同じでフェイトちゃんはフェイトちゃんっていうのも覆せない事実なんだ。励ましでも庇い立てた訳でもない。事実を言ったまでだ。

 

「………くだらない」

 

 静寂を破ってプレシアが発したのはその一言。けど、さっきまでフェイトちゃんを罵倒した時程の勢いは無かった。だが、俺の言葉が響いた訳でもなくただの無感情だろう。そもそもフェイトちゃんなんてどうでもいいと思っているのだから俺が何を言った所で無駄なのだ。

 フェイトちゃんは変わらず呆然としている。俺の言葉は届かなかったのかもしれない。それでもいい、俺が言いたかっただけなんだ。たまたま巻き込まれて関わる事になった俺の言葉でフェイトちゃんを励ませる何て思うのはおこがましいだろうから。

 

 

 

 

 話は終わりだと告げるようにアースラの艦内に警報が響く。スタッフたちがざわざわと状況を報告しているが俺はいまいち理解できなかった。周りが忙しなく動く中、モニターからは視線を外す事なく状況を見つめる。プレシアはジュエルシードを使って何か危険な事をしでかそうとしている事は分かった。プレシアの根城にはさっきまでいなかった機械の兵士のような戦士たちが無数に現れ始め崩壊を招くかのように地響きが起こっている。

 急な状況の変化に俺は狼狽えながらもリンディさんやクロノは動き始めていた。リンディさんは的確にスタッフに指示を出しクロノは司令室から出て行った。モニターは未だプレシアを映し出し、高笑いをしている。

 

「私とアリシアはアルハザードで全ての過去を取り戻す!アッハハハハハハハ!!」

 

 自身の娘を失い、狂気に堕ちた哀れな1人の母親の高笑い。そうか、分かってた事だけどやはり全てはアリシアを取り戻す為の計画だった訳だ。狂気に歪んだプレシアの顔を見て改めてそう思う、だが魔法だって何でもかんでもできる訳じゃないっていうのは分かる。素人の俺でも分かる。死んだ人間は戻らない、過去を取り戻す事なんか出来ない。俺はよく知っている、失った命は戻らないって事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司令室にいても俺に出来る事はない。父さんと母さんは司令室に残りスタッフ達の手伝いに奔走している。俺、なのはちゃん、ユーノとアルフはフェイトちゃんを医務室まで運ぶため艦内を走っていた。アルフに横抱きされてるフェイトちゃんの眼は変わらず心ここにあらずと言った感じで、呼び掛けても反応しない。

 途中、渡り廊下で司令室から出て行ったクロノと遭遇した。

 

「クロノ!お前、どこ行く気だ?」

「現地に向かう、元凶を叩かないといけない」

 

 出撃か、クロノが優秀な魔導師である事は俺でも分かるがやはり心配である。プレシアは突入部隊の局員達を一人で全滅させることが出来るほどの実力者なのだから。それだけじゃない、さっきとは違い今度はあの根城には無数の兵士達がいる。モニターでしか確認できなかったがかなりの数がいる事だろう。

 

「私も行く」

「僕も」

 

 クロノの言葉にいち早くそう返したのはなのはちゃんとユーノ。そうだ、2人はそもそもこの事件を終わらせる為にいるのだ。一緒に出撃するのは必定だ、その力があるんだから。

 

「アルフと慎司はフェイトの事をお願い」

 

 ユーノのその言葉に2人して頷く。アルフはともかく俺はそうするしかない。自然と手に拳を作ってしまう。分かってる事だがやっぱりこういう時は俺は何も出来ない。

 

「悔しがる必要はない」

 

 俺の顔を見てクロノがそう口を開く。表情に出てたか、これから出撃だって連中にそんな顔見せちゃいけないだろ俺。

 

「僕達は僕達の出来る事をする、荒瀬慎司……君は君の出来る事をするんだろ?」

 

 フェイトちゃんの方をチラッと視線を流しながらそういうクロノ。ああ、そうだな。その通りだ。

 

「勿論だ。ありがとうクロノ…………3人とも気をつけてな。無事に帰ってきてくれよ」

 

 俺のその言葉に3人は強く頷いて転移装置に向かって走り去っていた。俺とアルフはそれを見届けてから医務室に向かう。

 振り返る、すでに背中も見えなくなった3人の無事を祈る。クロノ言う通り、俺は俺の出来る事をしよう。

 そして、俺は一度………プレシアに会わなければいけない。あいつに伝えなきゃいけない事が出来たから。娘を失ったあの哀れな母親に、俺が……俺にしか伝えられない事がある。それを決意する。

 

 

 

 全ての決着の時は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「太郎、太郎ってば」

「何だよ?」

「どうして柔道辞めちゃったの?」

「………色々考えてさ、辞めることにしたんだよ」

「その理由を聞いてんじゃん」

 

 るせぇなと取り付きながらそれ以上聞くなと言う雰囲気を出してみる。付き合いの長い彼女はそれを察してしつこく聞く事はやめてくれた。

 

「お前、急ぎじゃなかったのか?時間平気なのかよ?」

「平気平気、太郎のお母さんとも久しぶりに会いたいしね〜」

「まぁ、母さんもお前に会えるのは嬉しいと思うからいいけどさ」

 

 でしょでしょなんて調子づく彼女の相手をしながら帰路につく。大学の帰り道にこの女に捕まったのが運の尽きだろうな、バイトある癖にわざわざ俺の家にいきたいなんて。

 

「ただいま」

「お邪魔しまーす」

 

 家で1人ご飯の夕飯の下ごしらえをしていた母親にそう声をかける。父さんはまだ仕事中か。

 

「あら〜、葉月ちゃんじゃない。久しぶり」

「おばさんお久しぶりですー」

 

 葉月とは中学からの付き合いだ。母さんも何度も一緒にご飯食べたりなんやりしてる時期があったからな。再会を互いに喜んでいる。もう1人、男友達で同じ時期から腐れ縁の優也がいればいつものメンツというのが揃うのだが生憎今日は用事があるそうだ。

 

「あがってあがって、太郎……葉月ちゃんに飲み物出してあげなさい」

「あ、大丈夫ですよ!私バイトあるからすぐに出ちゃうんで」

「ホントに何できたんだよ」

 

 そうかいと少し寂しい笑みを浮かべる母さんと少しだけ立ち話をしてから葉月はすぐにバイトに向かって行った。ホントに何の為に来たんだか。

 

「あんた、葉月ちゃんとはどうなんだい?」

「何度も言ってるだろ母さん、葉月とはそう言うんじゃないって」

 

 いつもあいつは突発的だ、今日うちに来たのもたまたま俺を見かけてそう言う気分になっただけだろうな。そんな感じで優也と俺はいつも葉月に振り回される。あいつを意識した時期は無かったと言えば嘘にはなるがお互い既にそう言う目では見てない。現に葉月の方はこの間彼氏を作ってその自慢を良くしてきたりする。

 まぁ、幸せそうならいいんだが俺と優也が変な勘違いされないかは心配だけどな。

 

「そうかい、つまんない男だねぇ」

「そう言うなって母さん」

 

 確かに母さんに彼女の紹介とかしたことないけどさ。出来たこともないけど。

 

「女も作らないで柔道に青春を捧げたと思ったら辞めちゃうんだから、愚痴の一つくらい言わせなさいよ」

「ごめんって、ちゃんと考えて出した結論なんだから」

「でもあんた、柔道やりたそうな顔してるじゃないか」

「それは………」

 

 確かにそうかもしれないけど。それでも沢山考えて決めた事なんだよ。

 

「まぁ、母さんもちょっと言い過ぎたね。ごめんよ」

「いや、俺こそ心配かけてごめん」

「けど、後悔だけはしないようにね。母さんは、太郎が決めた事を応援するから」

「うん、ありがとう母さん」

 

 いつもそうだ。母さんは俺の味方でいてくれる。優しくて厳しくて、愛情与えてくれる大事な母親だ。

 

「私は夕飯の準備してるから、あんたは勉強でもしてなさい」

 

 そう言ってエプロンを結び直している母さんの背中を見ていると思わず言葉が漏れる。

 

「母さん……」

「ん?」

「…………長生きしてな、沢山親孝行するからさ」

「急に何言ってんだい」

 

 俺はもう柔道辞めちまったけど。何か別のやりたい事を見つけて母さんと父さんに恩返しをする。それが俺のこれからの人生の歩み方だ。

 

「あんたこそ、長生きしなさいよ。私より早く死んだら許さないからね」

「ああ、お互い長生きしよう」

 

 そう言って、2人で笑い合った。こんな日常を大切しにしよう。長生きして、恩返ししよう。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 これは在りし日の記憶。後の転生者となる男とその母親の日常の一コマ。遠い日の出来事である。

 

 

 

 

 

 




 
 あと数話で無印編本編………まとめられればいいなぁ

 沢山の誤字報告をしてくれてありがとうございます。迷惑をかけます。皆さんお陰でちゃんとした仕上がりになっています。
 この場を借りてお礼を申し上げます


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前に進め



 暑くなって来ましたね。皆さん熱中症等には気をつけてくださいな


 

 

 

 

 

 

 

 医務室でフェイトちゃんをベッドに寝かせる。フェイトちゃんの意識はまだ曖昧なままだ。起きてはいるのだが相変わらず瞳に色が無く呆然としているまま。俺とアルフはどうする事も出来ず今は見守るしかなかった。モニターからなのはちゃん達が必死に闘って進んでいく映像が見える。

 クロノに言われたように、俺は俺の出来る事をするんだ。とは言っても今のフェイトちゃんに俺の言葉が届くかどうか。

 

「フェイトちゃん」

 

 呼び掛けても反応はない。やはり、プレシアのあの一言はフェイトちゃんの心を引き裂くほどの言葉のナイフだったのだ。その心中は計り知れない。アルフも心配そうにフェイトちゃんを見つめるばかりである。

 

「慎司………」

 

 フェイトから視線を外さないままのアルフから名を呼ばれる。その眼は悲しみの色に染まりつつもどこか優しい瞳だった。

 

「さっきはありがとうね………フェイトも聞いてたらきっと感謝してるよ」

 

 プレシアとモニター越しの対面の時の話だろう。アルフはフェイトの頬を愛おしそうに撫でながらそう言う。

 

「あんた、最初はおかしな奴かと思ってたけど………大した奴じゃないか」

「そんな事ねぇさ」

 

 結局俺はフェイトちゃんを救えてない。2度も目の前でプレシアの攻撃をむざむざ見ているだけ、プレシアからの暴言中も何も言えず言い返せたのはフェイトちゃんが傷ついた後。

 俺は、フェイトちゃんに対して何も出来てない。

 

「結局口先だけのホラ吹きさ俺は。救ってやるって意気込んでもこのザマだ」

 

 結果が伴わなければいくら出来る事をしたって本当に意味のない存在に成り下がる。それが今の俺だ。

 

「あんたがそう思っても私は感謝してるよ。フェイトの事をそうやって支えようとしてくれる奴がいるだけで嬉しいんだ」

「アルフ……お前」

 

 優しい笑みを浮かべるアルフ。アルフはずっとプレシアじゃなくてフェイトちゃんの味方であり続けた。そんなアルフからの言葉に嬉しい気持ちが湧きつつ素直に喜べない自分がいる。

 

「あんたならフェイトの心を救える。私には出来ないけど、あんたならきっと」

 

 お前以上の適役なんていないだろ。それを口にだそうとしたがアルフはフェイトから離れて立ち上がり扉に向かって歩き出す。

 

「………行くのか?」

「ああ、あいつらが心配だからね。手伝ってくるよ」

 

 アルフも使い魔で闘うことの出来る存在だ。頼りになる援軍になるだろう。

 

「フェイトの事、頼んだよ」

「待ってくれ」

 

 アルフが行ってしまう前にどうしても聞きたい事があった。

 

「何で、俺に任せてくれるんだ?」

 

 アルフにとってフェイトちゃんはかけがえのない大切な存在だ。そんな大切なフェイトちゃんをアルフは俺を信頼して任せてくれると言う。俺なら救えると励ましてくれる。

 俺とアルフが出会ったのはあの温泉宿の出来事の時だが知り合ったと言えるのはほんの数日前。そんな何処の馬の骨とも分からない俺をどうして信頼してくれるんだろうか疑問に思った。

 

「………前にも言ったけど、フェイトからあんたの事は聞いてたんだよ。公園で優しく励ましてくれる男の子に出会ったって」

「だからって、フェイトちゃんと会ったのは短い時間のたった2回だ。そんな俺を……」

 

 時間じゃないよとアルフは俺に微笑みながらそう言う。どこか嬉しそうで、どこか悲しそうに。

 

「フェイトはね、心から笑う事はほとんどなかったんだ。私が何をしても無理に笑顔を作るか、プレシアの事で悩んで寂しそうにしているかそんなんばっかりだった」

 

 けど、と俺を真っ直ぐに見つめてアルフは言う。

 

「あんたの事を話してる時の笑顔はね、心の底から嬉しそうに話してたよ。優しい子に会えた、楽しく話せた、また会いたいって何度も言ってたよ」

 

 正直悔しかったとアルフは語る。ずっと一緒に自分ではなくたまたま出会った普通の少年がフェイトちゃんのその表情を引き出した事に。けど、同時にそんな子ならフェイトちゃんをこの呪縛から救ってくれるんじゃないかとも思った。

 

「だからアタシはあんたに任すのさ。慎司……フェイトを……アタシの主人を頼んだよ」

 

 そう言って医務室から飛び出して駆けて行った。俺を信頼して、フェイトちゃんを任せて。…………クヨクヨしてる場合じゃないよな、信頼に応える。男ならそれくらいやってのけないといけないよな。ベッドに椅子を構えてそれに腰掛ける。フェイトちゃんの様子は変わらない。

 何を言えばいいか、俺の言葉が届くのか分からないけど。それでいいんだ、土壇場で思いついた言葉を、俺が言いたいと思った事を言えばいい。それがきっと俺の本心なのだから。本心を伝えよう、俺がフェイトちゃんに言うべきだと思う心からの言葉を。思いつく限りに言おう。

 

「起きろよフェイトちゃん」

 

 意識がはっきりした様子はない。それでもいい、俺は声をかけ続ける。

 

「このままここで寝てたら、全部終わっちまうぞ」

 

 何もしないでこのまま事件が終わってもいいのか?本当にこのままでいいのか?

 

「フェイトちゃん、俺の独り言だけどさ。もし聞こえてるなら聞いててくれないか」

 

 返事はない。だが、構わず言葉を紡ぐ。

 

「俺な、色んな後悔を沢山してるんだ。どうしてあの時、ああ出来なかったんだろうとか……ああしてやれなかったんだろうとか……沢山してるんだ」

 

 前世の人生を足して29年。前世ではまだ若者と言われる年齢であったけど………沢山の経験をしてきた人生だった。思い出せるのは楽しい思い出よりも後悔した事ばかり。それもそうだ、あんな死に方しちゃ後悔しか残らない。

 

「だからさ、今は頑張ってるんだ。後悔しないように、自分の人生に胸を張れるように頑張ってるんだ。けどさ、いくら頑張っても後悔はするし間違えちゃう事も沢山あるんだ」

 

 人は万能じゃない。不完全な存在だ。そんな存在だからこそいくら願っても頑張っても全部が全部後悔しない訳じゃない。今世になってから特に最近は後悔する事も多々あった。それでも、まだ俺の人生は続いている。

 

「間違えて、後悔して、辛い経験を何度もして、そんな人生を出来るだけ正解を、後悔をしない為に頑張ってるんだ。悲しい事より嬉しい事を増やす為に頑張るのが人生だと思うんだ。………いつ突然終わってもおかしくない人生だからこそ、そうやって生きていきたいんだ」

 

 俺は、間違えた事も沢山あるけど……それでも正解を常に探している。そうやって来たからこそ……後悔しないで済んだ事もあるんだ。

 

「俺は、フェイトちゃんに後悔して欲しくはないんだ。このままここにいたらきっとフェイトちゃんは後悔する。断言できるぞ俺は」

 

 悲しかったろう、辛かったろう。現実から逃げて何もかも投げ出したいだろう。けど、それは後悔しか生まれない。

 

「フェイトちゃんはこれからも人生を歩んでいくんだ。自分の意思で、自分の足で前を向いて人生を生きていくんだ。………だからここで歯を食いしばらないといけないだろう?終われないだろ?このままじゃ、プレシアに……フェイトちゃんの母親に何も伝えられないまま終わっていいのかよ!」

 

 自然と声が大きくなってしまう。

 

「いい訳ないだろ!あんな風に言われて悲しかったんだろう?苦しかっただろう?けどさ、そんな苦しみを抱えてでも伝えなきゃいけない事があるんじゃないのか!?フェイトちゃんが持ってる本物の愛情で、伝えるべき事が残ってるんじゃないのか!……危険な場所だけどそれでも立ち向かわなくちゃいけない時じゃないのかよ!」

 

 感情に任せて、俺はフェイトちゃんの肩を掴む。細く、華奢な肩。こんな小さな体でがんばって来たんだろう?それが、こんな形で終わっていいわけないだろ!

 

「起きろよ!立てよ!立ち上がって前に進むしかないんだよ辛くても!それを何度も乗り越えてようやく辿り着けるんだよ、後悔しない人生に………」

 

 俺のエゴかもしれない。けど、フェイトちゃんには後悔して欲しくない……プレシアの事に関しては後悔なんかして欲しくないんだ。自分にとって大切な事で後悔するのはとても辛いって事を俺はよく知ってるから。

 

「…………ちゃんと聞いてるんだろ?フェイトちゃん……」

「…………ごめんね」

 

 そう言って体を起こすフェイトちゃん。意識は最初からあったのかは分からない。けど、何もかも自分の世界が壊れて殻に閉じこもっていたフェイトちゃんでも周りの声は聞こえてただろう。起きたくなかっただけなんだ、辛い現実に。

 

「………慎司の言葉全部聞こえたよ。今の話も……本物だって言ってくれた事も」

「それならどうする?どうしたいフェイトちゃんは?ここでこのまま事件が終わるのを待つのか?それとも………プレシアに会いに行くのか?」

 

 しばしの静寂の後にフェイトちゃんは震える声で言う。

 

「このままここで終わるのを待つのは嫌だ………けど、母さんに会いに行くのも怖いの……また拒絶されたらって思うと……怖いんだ」

 

 辛いだろう。苦しいだろう。俺がわかってあげる事が出来ない辛さや悲しみを今フェイトちゃんは抱えている。それでも、君は立ち上がるべきだ。

 

「会いに行くんだよフェイトちゃん。会いに行かなきゃフェイトちゃんは前に進めない」

「でもっ!……でも……」

「だって、あれだけ拒絶されてもフェイトちゃんはまだプレシアの事を『母さん』って呼んでるじゃないか………まだ、好きなんだろ?愛してるんだろ?母親の事を、その思いを伝えないで終わるのは後悔しか残らない」

「でも、私はアリシアのっ」

「俺はフェイトちゃんに言ってんだよ!」

「っ!」

 

 真っ直ぐに見つめて俺は言葉を続ける。

 

「君は前に進める!進む強さを持ってる!俺が知ってる、君は強い子だって事を。あれだけ冷たくされて、あれだけ辛い思いさせられても尚、他者を愛し続ける強さを持った強い子だって知ってる!」

 

 それは強さなんだ!フェイトちゃんが持ってる強さなんだ。

 

「そして、俺と違って魔法だって使える!あの危険なプレシアの根城に行く力だってもってるじゃないか!行かない理由はないだろ?」

 

 そう言ってフェイトちゃんの手を握る。か細いけど、小さいけど……気高い強さを持つ手を。

 

「もしそれでも前に進むのが怖いなら、俺が応援する、何度も頑張れって言ってやる、背中を押してやる。疲れた時は支えてやる、自分を信じて進めないならまずは俺を信じて前に進んで見ろよ」

「………信じていいの?」

「ああ、俺は魔法を使えないけど……俺の支えはちょっとすごいぞ?俺のおかげで救われたって言ってくれた子もいるからな」

「……迷惑かけちゃうかも」

「おう、かけろかけろ。その内俺が一杯迷惑かけるだろうからな」

「………例えば?」

「そうだな………無理矢理ケーキ食わせるかも」

「あの美味しいケーキ?」

「ああ、なんなら今回頑張ったらご褒美で好きなだけ奢ってやるよ。俺の両親が」

「ふふっ、そこは俺がって言わないと」

 

 何だよ、普段から可愛い顔してるけど笑ったらもっと可愛いじゃんか。……俺がその笑顔をこれからも作ってあげたいな。

 

「……私、行くよ」

「ああ」

「慎司がそこまで言ってくれるなら……頑張らないとね」

「あんまり気負わなくてもいいけどな」

「………ありがとう慎司。あの時の慎司が言ってくれた『本物』って言葉。嬉しかったよ」

 

 少しぎこちないけどそれでも微笑んで言ってくれる。

 

「もう、救われちゃったよ。慎司に一杯救われた………だから、行ってくるね。後悔しない為に」

「ああ、一杯応援してやるから気張ってこい」

「うんっ!」

 

 頷くフェイトちゃん。バルディッシュを掲げて魔導師としての姿に変わる。傷だらけでボロボロになったバルディッシュもフェイトちゃんに応えるように自身の傷を修復させ万全の状態に戻る。

 

「私……これで『本物』になるよ」

 

 逃げないで立ち向かう事でと決意固めた目でフェイトちゃんは言う。だが、俺はそんなフェイトちゃんに何言ってるんだと言うように言い放つ。

 

「バーカ」

 

 バシッと背中を叩いて前に押す。

 

「最初から本物だったろ。フェイトちゃんは」

 

 そう伝える。少し驚いた顔をしながらもフェイトちゃんは力強く頷いてから駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室には俺1人取り残され静寂が包む。そんな静寂はすぐに破られ、フェイトちゃんに入れ替わるように父さんと母さんが医務室に顔を出して来た。

 

「皆行ったのか?」

 

 医務室に俺1人しかいない事を確認すると父さんはそう口を開く。俺はゆっくりと頷く。俺はここで待つ事しか出来ない。一緒に行く事なんか出来ない。行っても足手まといだから。

 

「お前も行くのか?」

 

 その父さんの言葉に驚いて俺はついえっと声を上げる。どうしてそんな事を聞くんだ。行って欲しくないだろうに。

 

「顔を見れば分かる」

「母さんもあんたの事くらいすぐに分かるわよ」

 

 はは、この2人に隠し事は出来ねぇなぁ。

 

「俺、まだやんなきゃいけないことが出来ちまった」

「お前は十分にやっただろう?なのはちゃんを支えた、フェイトちゃんを救った。十分だ、お前はお前にしか出来ない事をちゃんとやり遂げた。父さんは、お前を誇らしく思うよ」

 

 そう言ってくれる父さんの言葉に胸を打たれる。そうか、そう思ってくれるのか。そう言ってくれるのか。俺も、2人が両親で誇らしく思ってるよ。

 

「ごめん、わがままばっかでごめん。俺、それでも行かなきゃ」

「どうして、そこまでするの?慎司、貴方が危険な場所にまで行ってやらなきゃいけない事は……一体何なの?」

 

 母さんの言葉に俺は目を閉じて思案する。俺のやりたい事、やるべき事は多分ないだろう。これ以上関わる事は本当に俺の自己満足で身勝手な理由しかない。けど、どうしても行かなきゃいけない。

 

「俺は、あの人に……プレシア・テスタロッサに伝えなきゃいけないことがあるんだ。直接、言わなきゃいけない事があるんだ」

「それは……フェイトちゃんのため?」

「違う、誰の為でもない。けど言わなきゃいけない事があるんだ」

 

 あのモニターでの対面の時に俺は聞いた。あの哀れな人の魂の叫びを聞いた。絶望を聞いた、苦しみを聞いた。あの人を擁護する事はないけど、あの人の心の傷を聞いたのなら……娘を失った母親の絶望を聞いたのなら…俺は……俺だけしか伝えられない事があるから。

 

「俺にしか、伝えられない事があるんだ。伝えて何も変わらなくても、それを伝える理由が身勝手な自己満足でも……俺は行くよ」

 

 頭を下げる。両親を心配させるのは本意じゃないけど、それを加味しても俺は行かなくちゃいけない。行きたいんだ。

 

「………分かったわ」

 

 ため息をつくように言いながら母さんは懐から何かを取り出して俺に渡す。それは見た事のない拳大くらいのなにかの機械だった。

 

「これは?」

「私が作った特別な転送装置。これを使えばプレシアのいる庭園どころか直接プレシアの元まで転移できる」

 

 それってかなりすごいものなんじゃ?

 

「けど、それは欠陥品なの。場所の座標がなくても魔力空間図面を形成してそれから…」

「ああ、ごめん……意味分かんないから簡潔に頼むよ母さん」

「とりあえず、私が天才だから一度だけ魔力のない人を限界はあるけど好きな場所に転移させられるけど一方通行だから帰りはなのはちゃん達と合流して帰ってねって事」

「わーお、分かりやすいけどどうやってんだそれ」

 

 元々魔力のない物資を届ける為に作ってる試作段階の転送装置を改良した物だそうだ。だから、魔力のない俺しか転移できない。その代わり母さんが把握してその為の作業をすれば好きな場所に転移できる。今回プレシアの元まで直接行けるのもプレシアの根城が判明してる事が前提だそうだ。

 

「けど、さっきも言ったように転移出来るのは貴方だけ。1人でプレシアと対面することになる。魔法を使えない貴方だけが」

 

 この意味、分かるわよね?と母さんは伝えてくる。そうだ、なのはちゃん達はモニターを見る限りプレシアの元にはまだたどり着いてはいない。俺1人でプレシアと会うことになる。今回の事件の首謀者とだ。だが、俺はその事に関しては危険は感じてはないかった。

 

「ああ、危険なのは分かってる。けど、プレシアは俺の事を襲ったりはしないさ」

 

 プレシアは殺戮者とかそう言った類の犯罪者ではない。先遣隊の部隊も全員やられたとはいえ誰一人死んではいなかったらしいしな。だが、だからといって大丈夫という保証はないが。

 

「………覚悟が決まってるなら俺も母さんも止めないよ。今回の事でお前はすごく頑固だって事が分かったからな」

「父さん……」

「今までお前は手もかからないで育ってくれた。その分くらい俺達に迷惑かけろ。それが子供だからな」

「やれるとこまでやって来なさい、母さんも帰りを待ってるから」

「ありがとう……母さん」

 

 装置の使い方を聞き起動させる。これからする行動には今までの行動以上に意味がない物だ。伝えた所で恐らくプレシアが改心するわけでも、事態がいい方向に転がるわけでもない。寧ろ、俺が行く事で足を引っ張る事になる可能性が高い。それでも行かねばならない。

 これは、荒瀬慎司がプレシア・テスタロッサに山宮太郎として伝えなきゃいけない事なんだ。

 

「……行ってくる」

 

 二人に見送られて俺は体が軽くなるような感覚に包まれ医務室から消える。この事件を終わらせる為に、せめてあの哀れな母親に少しの救いを与えられる事を信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界がクリアになり最初に目についたのは辺りに散乱している瓦礫や崩れた岩。崩壊した庭園の最深部というところか。地面の下は虚数空間が広がっていて背中をゾワゾワと震えさせる。なるほど、聞いた話によれば魔導師であっても落ちたら2度と戻ってこれないとか何とか。怖いな。辺りをキョロキョロ見回しプレシアを探す。庭園の奥の端、虚数空間に今にも落ちそうな崖側ギリギリの場所に生体ポッドに寄り添っていた。

 瞳に光は宿ってなくアリシアという幻想をずっと追っている。

 

「プレシア・テスタロッサ!」

 

 俺はあらんかぎり声で呼ぶ。現実に引き戻し話をする為に。

 

「………貴方、何故ここに?」

「裏技使ってここまで一人できたのさ……安心しな、あんたをどうこうしようって訳じゃない。そんな事も出来ないしな」

「ふふ、成る程………モニター越しで散々私に物申した胆力のある子供かと思えば、魔力を持ってない無力な子でもあったわけね」

「否定はしないし出来ねぇよ」

 

 トゲがあるな。まぁ当然か。

 

「それで?貴方は一人で一体何のためにここに来たの?むざむざ私にやられに来たわけでもないのでしょう?」

「よく分かってるじゃないか。俺はただ、あんたと話をしたいだけさ」

「説得かしら?残念だけど……貴方の言葉に揺れ動く事なんかないわ。私はなによりもアリシアの為にアリシアを優先する。他の誰でもないアリシアの為に……」

 

 アリシア……アリシアか。そうだな、聞く耳持たないって言う状態で話すわけにも行かないし最初から核心に触れていこう。

 

「それは本当に……あんたの娘の為なのか?」

「………どういう意味かしら?」

「俺からすれば、あんたの今までの行動全部ただの独りよがりにしか見えねぇって言ってんだよ」

 

 瞬間、魔力の雷が俺を襲った。プレシアの放つ暗い漆黒の雷。規模も威力も恐らくかなり手加減しているのは分かる。本気なら死んでる。それでも

 

「ぐあああっ!」

 

 かなり痛い。なるほど、これが魔力で攻撃された時の痛みか、柔道やってて痛みとかには慣れてるけどそれとはまた違う痛みだ。ていうか、俺リンカーコア持ってねぇんだぞ?大人げねぇ。

 

「ぐっ、くぅぅ………容赦ねぇなおい」

「言葉に気を付けなさい」

 

 バカが、俺の言葉にそうやって怒りで反応するって事は少なからずその自覚があるって事だぞ。

 

「うぅ、はぁ!」

 

 ばちん!と両頬を全力で叩いて意識をしっかりさせる。いや、根性論とか嫌いじゃないけど今回に関しては勘弁して欲しいぞ。根性じゃ魔法には耐えれねぇって。

 

「へへ、図星か?」

「強がるのもいいけど、次はもっと苦しむ事になるわよ?」

 

 うへぇ、それは勘弁。でも、止めるわけにはいかないよな。

 

「あんたがアリシアを失って悲しんで今回の騒動を起こしたのならそれはアリシアの為じゃない。アリシアを失って心の拠り所を失ったあんた自身の為の行動だろうが、蘇らせれば……失った物を取り戻せばいいってか?犠牲や周りの迷惑も厭わずにか?」

「貴方には分からないでしょう、アリシアを失った私の悲しみが、苦しみが。アリシアも……きっと望んでるわ……アルハザード……失われた技術を使って生き返る事を」

「かもな、誰だって死んだら生き返りたいって思うだろうよ」

 

 けどな、けど……それは

 

「それは、何もリスクや他者の迷惑がない事が前提だよ。もしそうなら俺だって思うぜ、また生きたいって……元に戻りたいってな」

 

 本当に……そう思うよ。

 

「戯言を、貴方に何が分かるというの?アリシアの何が?私達家族の事を?」

「知るかよ、知るわけないだろ。ただ、恐らく死んだアリシアならきっと俺と同じ事を思うぜ?」

「何も知らないガキがアリシアを語らないで!」

 

 再び、落雷。さっきよりも威力がある魔力の落雷だった。

 

「がああああああああっ!!」

 

 熱い、熱い。溶ける、体が溶けちまう。熱い、痛い。熱い、痛い。ヤバイ、燃えてるみたいだ。体が、全身が燃えてるみたいに熱く痛い。

 

「がはっ!フー…フー…」

 

 耐えきれず膝をつく。クソがっ、我慢比べしに来たんじゃねぇんだよ。こいつ思ったより容赦なさ過ぎだろ。だが、余裕がないとも言える。やっぱりまともな精神状態じゃない。

 膝を震わせながら何とか立ち上がり俺はプレシアを見る。気づく、口元から血が流れるのが見えた。咳と同時に血が少し溢れ出たのが見えた。

 

「あんた……体が……」

「…………………」

 

 そんな風になってまでアリシアと再会したかったのか。当然か、娘の為と思ってる母親の愛情か。だが、俺は……こう言ってやる。

 

「だから独りよがりだって言ってんだよ」

「………何を…」

「母親のあんたがそんなになってまで復活を望むか?アリシアがそんな事望むか?あんたが一番分かってんじゃないのか?………あんたは娘に再会する為に……娘の母親を心配する気持ちを無視して行動してる。だから独りよがり……一方通行なんだよ」

 

 その末にジュエルシードを奪い、フェイトちゃんを傷つけた。許される事ではない。同情はするがそれは許されざる事だ。

 

「黙りなさい!貴方に何が分かるというの!?」

 

 叫び。心からの叫びを聞く。

 

「アリシアがそう思っていてくれたとしてもそれを知る術がない!話をする事だって出来ない!アリシアは死んでしまったから!」

 

 体が辛いだろうに叫ぶプレシア。あんたも本質はいい母親の一人だったんだろうぜ。それが今じゃ、永遠の別れで狂った魔女だ。

 

「だから私はアリシアを生き返らせる、誰がなんと言おうと関係ないわ!私は、あの幸せを取り戻すのよ!」

「失った者は戻らない!あんたの言うアルハザードとやらも素人の俺でも分かる。そんなの幻だ!そんなものに縋るな!」

「うるさい!お前に、……魔法も使えない貴方に何が分かると言う!ただの子供の貴方に何が分かると言うの!」

「そうさ、俺は分かってやれねぇよ!あんたの悲しみも絶望もあんただけの物だ。分かってやる事なんか出来ねぇ………けど、あんただって分かってねぇよ!」

「一体何を!?」

 

 息を吸う。あらんかぎりの声で叫ぶ。伝える、伝えるんだ。それが……必要なんだ。

 

「親よりも早く死んで……親を悲しませちまった……親不孝者の子供の気持ちだよ」

「………何を……そんなの分かるわけがない」

「だろうな………だが俺には分かる。……その気持ちが……アリシアの気持ちが分かるよ」

「戯言を!貴方に分かるわけが」

「分かるよ、俺は……知ってるよ。その気持ちを」

「っ!」

 

 俺の目を見てプレシアは驚いたように顔色になる。何だろうか、きっと今の俺は子供とは思えないような穏やかで落ち着いた顔をしているのだろう。そうだな、そうかも知れない。何せ今の俺は……。

 

「プレシア………俺の正体を教えてやるよ」

「正体?」

「俺は………」

 

 俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 「一度死んで、別の人間として転生した……転生者だ」

 

 初めて、この告白をした。プレシアは訳が分からないと顔を歪める。意味は理解できたが何を言っているんだと言いたげな顔だった。

 

「世迷言を……それを信じろと言うの?」

「信じる信じないはお前次第だ。だが、そんな嘘をつく為に命がけで今お前と話に来たと思うのか?」

 

 そう言うとプレシアは少し考える素振りを見せてから

 

「転生者かどうかはともかく……貴方が普通の子供じゃないって事は信用するわ」

 

 そう言った。それで十分だ。今までの俺の言動から見てもただの9歳の子供だと思う方が無理だと思うがな。

 

「俺はな、地球……あんたが知ってる地球とはまた違う地球。次元世界とかそんな物をもっと超越した別世界の地球で生きていた」

 

 幸せな人生だった。20年間の俺の人生は親にも友達にも恵まれた最高の人生だった。最後以外は。俺は死んだ、唐突に……何の前触れもなく死んだ。死因は何だと思う?……事故だよ事故。交通事故だ、しかも相手の車が悪いんじゃないんだぜ?ボーッとして信号無視して車道に飛び出した俺が悪い。自業自得、俺の完全な自業自得だ。そんな死に方して、ボーッとしたら死んでたなんて………笑えねぇよ。何やってんだよ俺は。そんな理由で俺は両親より早死にして、悲しませて……親孝行どころか不幸者になって。一生消えない傷を与えちまった。相手が原因ならまだ良かった、誰かを庇ったりしてかっこいい死に方ならまだ良かった。けど、自業自得なんだよ。俺が悪いんだよ。両親だけじゃない、きっと俺を轢いた運転手の人生も台無しにした。想ってくれた親友達の信頼に泥を塗った。

 最悪だ、人生として最悪の結末だ。今でもたまに夢に見る。迫りくる車に轢かれる夢を。皆んなが悲しんでいる姿を、俺は何もできずにそれを眺めてるだけで。ずっとずっと、一生後悔する事だろう。

 

「そんな親不孝者の俺でもな、死んだ身として無責任な言い分だけどさ………せめて俺を想ってくれた人たちは俺の分まで幸せになって欲しいって思うんだよ」

 

 俺は皆んなを不幸にしちまった。俺の死という事実で色んな人を悲しませて苦しませてる。自惚れてると思うか?そんな無責任な事は思わない、俺は誰かの人生に少なからず影響を与えて与えられている。だからこそ、自分の命は大切にしなきゃいけない。自分の命は自分だけの物じゃないんだ。

 

「もしも、俺の両親が……母さんがあんたと同じような事をしてるんだったら俺はこう思うぜ?……やめてくれって、大勢の人の迷惑の上に蘇っても嬉しくない。俺の為に苦しまないで欲しいと、忘れろとは言えないけど……せめて前を向いて生きていて欲しいってな」

 

 ごめん母さん。ごめん、長生きして親孝行する約束破っちまった。貴方より早く死んでしまった。ごめんなさい、けど……せめて俺の死を乗り越えていつか笑って俺の事を思い出して欲しい。貴方の息子の事を思い出して欲しい。無責任な言い分だけど、俺はそう想ってる。

 

「……貴方とアリシアは違う」

「そうだな、俺とアリシアは違う。けど……」

 

 真っ直ぐにプレシアを見る。ちゃんと見たら色々と言葉を失ってしまいそうになる。体が常人より痩せ細っていて顔色も悪く、唇も紫色に変色している。目の下にクマが出来ていて目は輝きを失っている。そんな状態の母親を見たらアリシアって子も浮かばれないだろう。

 だから、言わなければならない。

 

「けど、同じでもある。俺と同じで……優しい親の下で幸せに生きていた事は確かだ」

 

 アリシアの記憶だったフェイトちゃんのプレシアの話。その姿が本来のプレシア・テスタロッサという一人の母親の姿。狂ってしまう前の正常な姿。そんな優しく穏やかな母親の下で育ったアリシアならきっと俺と同じことを思うはず。優しい子だとプレシアが語っていたアリシアならきっと。

 

「そんな優しく微笑んでくれていた母親にアリシアなら俺と同じ事をあんたに言うと思うぜ?そしてそれは、俺に言われなくたってあんたなら簡単に想像できただろうに……悲しみに囚われすぎてそんな事も分からなくなったのか?」

 

 プレシアは何も言い返さなくなる。正直いつまたあの落雷を浴びせてくるか分からないから恐怖で足が竦んでいる。けど、それを無視して俺は続ける。

 

「プレシア、あんたも……乗り越えなくちゃいけないんだよ。前を向いてそれでも生きなきゃいけなかったんだ………いつまでも自分の死に囚われずに前を向いてほしいって……アリシア・テスタロッサもきっと、絶対にそう思ってるはずだ」

 

 落雷は来ない。言い返す言葉もない。ただプレシアは俺の言葉に沈黙した。だが、ここまで言ってもきっと……

 

「そうね、そうかもしれない。アリシアならそう想ってくれていると。優しいあの子なら……それでもね……私は諦めないわ」

「それを分かってもなお、その独りよがりを続けるのか?」

「ええ、だってこの私の中の空いた空白はアリシアと再び会う事でしか埋まらないもの」

 

 そんなプレシアの言葉に俺は嘆息する。分かっていた事だ。俺がいくら言葉を並べても俺にはそのプレシアの空白や苦しみは理解できてない。そんな俺の言葉じゃ響かないと。

 

「貴方、転生者といったわね?」

「ああ……」

 

 唐突にそう問うてくるプレシアに素直に頷く。

 

「なら、もしかしたら」

 

 プレシアの続きの言葉は衝撃音によってかき消され俺の耳には届かなかった。後ろを振り返ると魔法で壁をぶち破って来たクロノの姿が。戦闘の影響か頭から血を流してはいるが見た目ほど重症じゃなさそうで安心する。

 

「全く君は無茶をする」

 

 そう言って俺の隣に立ってプレシアに対峙するクロノ。どうやら両親から通信か何かで俺の事を聞いたのだろう。

 

「へへ、悪いな。心配かけた……なのはちゃん達は?」

「高町なのはとユーノは別行動中だ。あの二人なら心配いらないだろう」

「フェイトちゃんとアルフは?」

 

 ちゃんと合流出来ただろうか、心配だ。そんな俺の言葉にクロノはクイッと顎で自身の後方を示す。素直にその方向を見るとゆっくりとフェイトちゃんとアルフが現れる。よかった、ちゃんと無事だったか。

 

「慎司……」

「たく、心配かけんじゃないよ」

 

 嬉しいね、アルフがそんな事言ってくれるとは。

 

「そんな心配すんなって、現に無事だろ?」

「……本気で言ってるのか?」

 

 ごめんって冗談だよ。服まであちこちこげてるよ落雷のせいで。でも、殺すつもりでやった訳じゃないみたいだからそう言うなって。

 

「慎司、平気?」

「ああ、そんな顔すんな。そんな事より」

 

 フェイトちゃんの背中を押してプレシアの方に少し押す。バランスを崩しておっとと転びそうになる。ごめん、強く押しすぎた。

 

「行ってこい、後ろで見てる。がんばれ」

「……うん」

 

 そう言って決意を固めた眼でプレシアの元にゆっくり近づいていくフェイトちゃん。俺の言葉は届きはしなかった。けど、フェイトちゃん……君の伝えたい事は伝わる事を信じて……俺は後ろで見守る。

 

 

 フェイト・テスタロッサは前に進む為に

 プレシア・テスタロッサは取り戻す為に

 

 

 その2人の想いを聞いた俺は、どんな顔をしていただろうか。せめて、悲劇的な結末だけはない事を願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ママン万能すぎぃ!ちょっとご都合っぽいけどまぁママンはそれほどすごい人ってことで一つ


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結末


 今回は難産でした。焼肉食べたい


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしに来たの?……消えなさい。もう貴方に用はないわ」

 

 開口一番のプレシアの言葉にフェイトちゃんは一瞬悲しみの表情を浮かべるがすぐにそれを消して決意の眼差しを向けて口を開く。

 

「貴方に……言いたいことがあって来ました」

 

 フェイトちゃんの想いを俺たちは静かに聞いた。自分はアリシアじゃない。プレシアに作られた人形なのかもしれないと。それでも、プレシアに育てられたフェイト・テスタロッサという自分はプレシアの娘だとハッキリと告げる。

 

「だから何?今更貴方を娘だと思えと言うの?」

「貴方がそう望むなら」

 

 鼻で笑うかのようなプレシアの言い方にフェイトちゃんは態度を変えず真っ直ぐにそう伝える。プレシアが望むなら、フェイトちゃんは娘として世界中のどんな人からどんな出来事からも貴方を守ると。

 

「私が貴方の娘だからじゃない……貴方が私の母さんだから」

 

 フェイトちゃんの想い。答えを聞いた。自分がどうであろうとプレシアが自分の母親で娘として支えたいと。フェイト・テスタロッサが1人の女の子として………娘として伝えたかった事を聞いた。よく頑張ったと心中に思う。

 ここまで来る道中になのはちゃんと話をしたのだろうか。俺と別れる前よりも逞しく感じた。プレシアは一瞬、一瞬だけ優しい笑みを浮かべてからフェイトちゃんの言葉をこう返した。

 

「………くだらないわ」

「っ!」

 

 拒絶。なのだろうか、分からないがプレシアはフェイトちゃんの想いをその一言で片付けた。彼女の目にはアリシア以外の者は写らないのだろうか。フェイトちゃんは覚悟していたとはいえ悲しそうにプレシアを見つめていた。既に一度拒絶されてからの再びの相容れない結果。

 俺も何かプレシアに叫びそうになったが堪えた。一番悲しいのはフェイトちゃんだ、俺じゃない。そんな真似は出来なかった。2人が相容れる事はない、分かっていた結果とも思える。少なくとも俺はそうなるような気がしていた。それでも、ちゃんと勇気を振り絞ったこの子を褒めてあげたい。

 

「よく頑張ったな、偉いぞフェイトちゃん」

 

 隣に立ち、頭をぽんっと優しく叩く。本当によく頑張ったと思う。

 

「言ったろ?その気持ちは本物だ。胸を張れ、せめて堂々してろ。俯く必要はないから、堂々と」

「……うん」

 

 何も卑屈になる必要もなければ申し訳なく思う必要もない、フェイトちゃん。君が母親だと思うあの人には堂々とした姿を見せてやるんだ。たとえプレシアが拒絶しても、認めなくても堂々と。

 

「プレシア、あんたは自分を不幸な人生だと呪ってるかもしれないが俺はそうは思わないぜ」

「………………」

「こんな誇らしく良い娘さんに2人も恵まれたんだ、その事実だけは幸福とも言えんじゃねぇの?」

 

 俺のその言葉にプレシアは少し間を開けてから高らかに笑い始めた。それは嘲笑か、皮肉ゆえか、愉快ゆえか分からない。だが、俺には笑っているというよりも泣いているようにも見えた。

 

「はは………ははは」

 

 ひとしきり笑ってからプレシアはフェイトちゃんではなく俺に視線を投げる。もう、彼女の心情は読めない。今、何を考えているのか分からなかった。プレシアの中で心境の変化が垣間見えた気もしたのだが彼女はフェイトちゃんを拒絶した。そんな彼女は、今更俺に何かあるのか?

 

「………貴方の名を聞かせてくれるかしら?」

 

 そのプレシアの言葉に面食らった。そんな事聞いてどうする気だろうか。しかし、言わない理由もなく俺はハッキリと伝える。

 

「………荒瀬慎司だ」

「その名前じゃないわ」

 

 ここにはクロノやフェイトちゃんもいる。2人はプレシアのその言葉に意味を見いだせず首を捻る。俺は何を言いたいのかすぐ分かったがフェイトちゃん達がいる前でこれを言うのは少し憚れる。が、真剣な瞳で問うてくるプレシアを見て、俺は迷いを捨てて答えた。

 

「山宮太郎だ」

 

 俺の言葉にプレシア以外は更に疑問を抱くような顔をした。意味は分からないだろうけど教えるつもりもないから出来れば流してほしいし気にしないで欲しい。

 

「そう………」

 

 俺の返答にプレシアは満足気に頷くと穏やかな表情を浮かべた。そんな表情で一瞬フェイトちゃんを見つめるプレシア。しかし、それはほんの瞬きの間で瞬時に冷たい仮面をかぶったいつものプレシアの表情に戻る。そして、覚悟を決めたような真剣な眼差しに変わったかと思うと自身の杖で足元を強く叩く。瞬間、庭園の崩壊と共に全体に地響きが走った。

 

「うわっ!」

 

 突然の現象にバランスを崩して膝をつく。隣のフェイトちゃんも俺と同じようにバランスを崩していた。これは………恐らくプレシアの仕業だろう。しかし、いったい何をするつもりだ……ここを崩壊させたら俺たちどころか自分だって……。 

 

「慎司っ!フェイトっ!」

 

 後方にいるクロノの声が耳に入るが俺はプレシアから視線を外す事なかった。

 

「私は向かう、アルハザードへ………そして全てを取り戻す。過去も未来も…たった一つの幸福も!」

「まだそんな事を!」

 

 過去は取り戻せない!なかった事にはできないんだよ!そして、幸福は一つじゃない。

 

「これから作っていける!俺みたいに……作っていける……だからっ!」

 

 その先の言葉は続かなかった。プレシアの足元が崩れて彼女は逃げる事なく、重力下に晒され落ちた。

 

「母さんっ!」

「フェイト!」

 

 フェイトが落ちるプレシアを助けようと身を投げ出しかねない勢いで走るがアルフがそれを止めた。が、俺はフェイトちゃんより早く走り始めていた。体が勝手に動いてプレシアに手を伸ばしていた。

 

「ぐおおおっ!」

 

 間一髪、プレシアの手を掴む。小学生の体だがプレシアの細身の体を支えて掴むくらいの腕力はあると信じたい。鍛えてるし、しかしいくら小学生の体とはいえこれは重すぎるぞ。おかしい明らかに。

 

「……離しなさい」

「お前こそ離せよ……」

 

 プレシアは俺に掴まれた手とは逆の手でアリシアの生体ポッドを掴んでいた。おいふざけんな、それ人が持ち上げるものじゃないだろ。何こんな時に火事場の馬鹿力使ってんだよ!

 

「……囚われ続けるのか!過去に、アリシアに……前に進まないでずっと後ろを向いてる気かよ!」

「ええ、私はそれでいい。それでいいのよ……」

 

 クソがっ!このアマ……このままだと俺も落ちちまう。ヤベェ。

 

「慎司!」

「この馬鹿!」

 

 アルフとフェイトちゃんが慌てて俺を落ちないように支える。しかし、生体ポッドが重すぎる。アルフとプレシアをよく分かんない液体も入ってるし…なんで持ってられるんだプレシア。そんな腕力あるなら自力で登って来やがれ。いや………

 

「お前、このままアリシアと一緒に落ちる気かよ!」

「そうよ、だから邪魔をしないで」

「そんな事みすみす見逃すと思うのかよ!」

 

 あんたは死んじゃダメだ!このまま死ぬ事は許されない。罪を償って前を向いて生きなきゃダメなんだよ!それがアリシアの望みでもあるはずなんだから!フェイトちゃんだって、こんな別れはダメだ!離さない、絶対に離さない!

 

「………世話が焼けるわね」

「っ!!」

 

 プレシアの手を掴んでいた手に衝撃と痛みが伴った。手に力が抜けてプレシアは次元の狭間にアリシアと共に落ちていく。魔力弾だ、プレシアが俺に放った魔力弾。

 

「クソがっ!!」

 

 再び体を乗り上げて手を伸ばすが届くはずもなく。落ちていくプレシアを見る事しか出来ない。フェイトちゃんも呆然とプレシアを見つめる。落ちていくプレシアの表情はどこか穏やかで悲し気で……儚い。初めてフェイトちゃんと出会ったときのように。………やっぱり親子だよあんたら。

 

「母さんっ!」

 

 チラッとフェイトちゃんを見つめてすぐ視線を俺に戻すプレシア。そして、小さく口を動かして呟いた。俺に聞こえるか聞こえないか、それくらい小さな呟き。恐らく……フェイトちゃんにも届いた。

 

「……フェイトをお願い」

 

 そう言ってすぐにアリシアの生体ポットを愛おしく手を添えて、俺たちにはもう用はないと言わんばかりにこちらを見る事なく落ちていった。何だよそれ……フェイトちゃんの事どうでもいいとか言っておいて……本当にどうでもいいと思ってるくせに……心配してないくせに!

 

「最後の最後で何でそんなこと言うんだよ!」

 

 ふざけんなよ!ちくしょう………ちくしょう。助けたかった……余計にそう思っちまうじゃないかよ!

 崩壊が始まり崩れる庭園。その最中の俺の叫びはプレシアには届かなかった。彼女は、前を向くことなく……ただ1人の最愛の娘の事を思って消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩壊した庭園で命からがらクロノ達と俺は転移でアースラに帰還した。なのはちゃんとユーノともその際に合流を果たし全員軽傷で済んだ。帰還して俺はすぐに治療室に運ばれ魔法による治療を受けた。プレシアも手加減した攻撃だったが魔力を持たない俺にはやはり危険だったらしく念の為の治療だった。といっても、怪我自体はたいした事はないのでほんの数十分くらいで終わりとりあえずみんなの所に行こうと思った所で治療室にクロノとユーノが入室して来た。

 

「治療は終わったようだな」

「大丈夫かい?慎司」

 

 クロノは頭に、ユーノは腕にそれぞれ包帯を巻いていた。見た目ほど大きな怪我ではないようだがやっぱり魔法ってのは命が関わる危険なものなんだと再認識させられる。

 

「……他のみんなは?」

 

 クロノから軽く説明を受ける。なのはちゃんはまだ治療を受けていてリンディさんやエイミィさんは事後処理。俺の両親はその手伝い。

 

「フェイトちゃんとアルフは?」

 

 2人は特に心配だ。フェイトちゃんに関しては目の前で母親があんな事になってしまったのだ。心中は計り知れない。

 

「2人は………」

「適切な治療を施した後隔離中だ」

 

 言い淀むユーノに代わりクロノがハッキリとそう告げる。……仕方ないか、今回のゴタゴタの重要参考人だ。無罪放免なんて事は虫の良い話だろう。

 

「君も納得はいかないだろうが管理局として対応は慎重にしなければならない。悪く思わないでくれ」

「分かってる、仕方のないって事は理解してるよ」

 

 俺がそう言うとクロノはホッとした表情を見せる。俺が猛反対して騒ぎ出すとでも思っていたのだろうか。

 

「それにしても、慎司が一人でプレシアに会いに行ったって慎司の両親から通信が入った時は驚いたよ」

「全くだ」

「ははは、悪かった悪かった」

「笑い事じゃないぞ」

 

 いや、ホントごめんて。

 

「でも………どうしても伝えなきゃいけなかったんだ」

 

 アリシアが思ってるだろう事を、置いていった人間が置いていかれた人間に対して言わなきゃいけなかった。

 

「まぁ、結局……あんな結末で終わっちまった」

 

 情けねぇ。説得できるなんて思ってなかったけど、改心させるなんて思ってなかったけど……それでも悲しみが残る終わり方になってしまったのはやはり悔しい。

 

「慎司はよくやったと思うよ……」

 

 ユーノの言葉に俺は首を振る。よくやったじゃダメなんだよ。よくやっただけじゃ……ダメなんだ。何か結果がともわなければ、意味がないんだ。

 

「よくやっただけじゃない。ちゃんと結果を残してるよ慎司は」

「ユーノ?」

「なのはを励まして立ち上がらせた……フェイトの心を救って前へ進ませた。これは凄い功績だって僕は思うよ。皆を巻き込んだだけの僕とは大違いだよ」

 

 そうやって自虐的に笑うユーノ。ジュエルシードが散らばった原因となった事にユーノの一族が関わっている事は聞いてはいるがそんな風に俺は捉えてなかっただけにユーノのそう言い分を反射的に否定する。

 

「そんな風に思った事きっと誰もねえよ」

「そうだね、皆んなならそうだと思う。それと同じで慎司が何も残せなかったって思ってる人はいないよ」

 

 だから、そんな後ろ向きに考えないで僕と一緒に前を向いて行こうよ。そう言ってくれるユーノの言葉につい笑みを漏らす。前に進むか、俺がプレシアにそう言ったくせに俺が後ろ向きじゃダメだよな。

 

「そうだな、最近ずっとクヨクヨしてばっかで男らしくなかったな」

 

 今回の事も、プレシアの事もクヨクヨして下を向くのはやめよう。前を見て行かなきゃな。そう言ったんならよ。

 

「……ユーノ、お前良いやつだな」

「そ、そうかい?それはありがとう」

「ああ、フェレット姿に乗じて女湯に侵入した変態とは思えねぇよ」

「変態じゃないよっ!?」

「ユーノ……お前そうなのか?」

「クロノも引かないでよ!あれは……事故っ!事故なんだよ」

「けど見たんだろ?裸の女の子」

「頑張って目閉じてたよ!必死に!」

「嘘つけ変態フェレット擬き」

「ひどいっ!?」

 

 ちょっとした照れ隠しだ。ありがとよユーノ、感謝はしてる。そう言ってくれて。だから許せ、お前なのはちゃんに負けないくらい揶揄い甲斐のある奴だし。

 何て考えているとユーノの動きが急にピタっと止まる。何だ?

 

「おい、どうした?」

「念話でリンディさんに呼ばれたんだ。僕は一足先に戻ってるよ」

「そっか」

 

 そう言ってユーノは駆け足で医務室を出ていった。なんか手伝い事かもしくは事後処理に向けてユーノと話でもあるのか。まぁ、どっちでもいいか。

 

「俺たちもとりあえず司令室に行くか?クロノも元々迎えに来てくれたんだろ?」

「ああ、その通りだ。治療も終わってるなら僕達も戻ろうか」

 

 立ち上がって俺もクロノに続いて医務室を出る。ゆっくり歩いて向かう道すがら、クロノが口を開く。

 

「質問なんだが、いいか?」

「なんだ?構わんぞよ」

 

 わざわざそんな前置きしなくてもいいのに。

 

「………プレシアとの会話で言っていた『山宮太郎』というのはどう言う意味なんだ?」

 

 君の名前は荒瀬慎司だろうと付け加えてそう俺に問うてくる。まぁ、気になるよなぁ。クロノとあとフェイトちゃんとアルフの前でそう言っちゃったし。軽率な気もするが、プレシアにはちゃんと伝えるべきだと思ったんだ。俺念話使えないし言葉にするしか無かった。

 しかし正直に前世の名前ですなんて言ってもしょうがないしな。

 

「深い意味はねぇよ。言葉遊びみたいなもんだ………あんまり気にしないでくれ」

「………そうか、分かった」

 

 適当な事言って話を切ったがクロノはあまり掘り返して欲しくないと察してくれたのか潔く引いてくれた。悪いな、でも話す訳にいかねぇ。前世云々の事はやっぱり秘密にしよう、軽率な事をしないように気をつけないとな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロノと共に司令室に赴くと勢揃いだった。リンディさんに治療を終えたなのはちゃん、俺の両親にクロノとエイミィとユーノ。フェイトちゃん達とアルフは恐らく何処かの部屋で隔離されてるのだろう。

 とりあえず全員で今後の事を話し合う。事件は結末はどうあれ終息へと向かった、リンディさん達アースラの組員達はここで事件後処理やら何やらでしばらくは艦にとどまるらしい。父さんと母さんは今回の事件の報告の為一旦管理局本局の方に向かうと言う、父さん達も立派な当事者となってしまったしなにより

 

「俺もうまい事言ってフェイトちゃん達の処遇に便宜を図れるよう動かないといけないしな」

「慎司も、そうした方がいいでしょ?」

 

 母さんのその言葉に俺は笑顔で頷いた。ありがとう、本当に。今回はこの2人に世話になりっぱなしだった。頭が上がらないよ。

 

「ありがとう、2人とも」

「気にするな、息子なんだから。………お前にこう言うのも変だが……成長したな慎司」

 

 そう言って頭を撫でてくる父さん。正直俺としては精神年齢も考えるとかなり恥ずかしかったがまぁ、素直に撫でられておこう。2人は話を終えるとすぐにアースラから転移していった。

 俺となのはちゃんとユーノはあの突入の最中次元震?とやらが起こったらしくその余波が鎮まるまで大事を取って数日アースラで過ごす事に。待て、つー事は父さん達横着して転移してったのか?

 そう言うとリンディさんは困った顔をしながら

 

「報告も便宜を図るのも早い方がいいから」

 

 と諦めたように言っていた。いや、父さん、母さん……自重しようよ。息子のために体張りすぎだよ。先程無事に着いたと通信があったとの事なので一安心だ。

 

「昔からああなのよねあの2人」

 

 そう呟くリンディさん。古い付き合いなのかな?そういえば連絡先も知ってる見たいだったし知り合いではあったみたいだからなぁ。

 あの反応を見る限り色々両親にこれまで振り回された事が沢山あるのかも。なんかごめんなさい。

 

「とにかく、これからなのはちゃんとユーノ君だけでなく慎司君も数日アースラで過ごしてもらう事になるから……ゆっくり休んで頂戴」

 

 そうさせてもらおうかね、ここ数日は怒涛すぎて流石に疲れた。濃密な時間だったよ。

 

「とりあえず一旦解散とします。皆んなそれぞれ今日は部屋で休んで下さい。慎司君は、残っててもらえるかしら?」

「ん?はい、分かりました」

 

 そう言われ俺だけ残ることに。なのはちゃんが俺を気にするようにチラチラとこっちを見ていたがユーノに促されるように部屋を出て行く。そういえば、アースラに帰還してからまだまともに会話できてねえな。

 

「ごめんなさいね、疲れてるところ」

「いいえ、全然。それで。何か俺に話でも?」

「ええ、少し……お説教をね」

 

 ですよねー。父さん達が許してくれたとはいえ俺がした事はとても危険で下手をすればアースラの皆んなも危険に晒したかもしれない行動だ。

 

「慎司君、貴方は賢い子だから自分がどれだけ危険な事をしたのか理解はしていると思います」

「……はい」

「それを理解した上で貴方は危険を冒して一人でプレシア・テスタロッサの元に向かった。魔法も使えない貴方が……無謀にも」

 

 あえて厳しい事を言うリンディさんには申し訳なかった。厳しく叱責する事で俺の為に言っている事はすぐに分かる。

 

「その件に関しては……謝ります。軽率な行動でした……大変申し訳ございません」

 

 素直に頭を下げる。俺のわがままであった事に変わりはない。両親の代わりにとの思いもあるのだろう、両親はそれを許した都合上叱る事は出来ないだろうから。

 

「ですが、貴方も巻き込まれた立場でなのはちゃんやフェイトちゃんの為に尽力した功績は私達アースラにとっても非常に助かりました。それを考慮してお説教は短くしておきましょう。………本当にありがとう、荒瀬慎司君」

 

 そう言って頭を下げてくるリンディさん。ユーノも、リンディさんも俺は役に立ったと言ってくれる。それはとても嬉しいけど、何だかモヤモヤした気持ちも抱く。自分にとっては納得いってないからなのだろうか。

 

「それで、プレシア・テスタロッサは最後に何と?」

「…………彼女は、最後までフェイトちゃんを否定していました。俺の言葉も、フェイトちゃんの想いも……あの人には届かなかった」

 

 プレシアは本心でフェイトちゃんを拒絶した。それは間違いない、本心で否定してその考えは変わる事は無かった。けど、節々に見せた穏やかな表情と最後の言葉。

 

「最後、次元の狭間に落ちた時『フェイトをお願い』って言っていました」

「……そう、最後にそう言ったの」

「ええ、正直わかんないです。プレシアは最後の時もフェイトちゃんの事を娘だと思ってなかったと思います」

 

 その証拠に、彼女は最後までアリシアに寄り添っていた。最後の瞬間も俺達に視線をよこしただけでアリシアと共に落ちた。フェイトちゃんに向ける視線とアリシアに向ける視線もかなり違った物だった。だからこそ、拒絶して、どうでもいいと吐き捨てたフェイトちゃんの事を俺にお願いと託すように彼女は言葉を発した。

 俺には、どういう意図があったのか分からなかった。

 

「……難しく考える必要は無いと思うわよ慎司君」

「……というと?」

「彼女が最後に何を思ってそう言ったのかは彼女以外誰も分からないわ。けど、少なくてもそう言わせる何かしらの心境の変化があったのよ。たとえフェイトちゃんを自身の娘と認めなくても、そう言わせるだけの変化を。そしてその変化を起こしたのは……きっと慎司君…貴方よ」

「俺が?」

 

 そうとは限らない。フェイトちゃんの真摯な想いを告げた結果だと思う。少なくても赤の他人俺よりは可能性が高いだろう。

 

「まぁ、私の勘だから……あまり気にしないで頂戴」

 

 そう言ってからリンディさんは席を立って

 

「話はお終いよ。時間を取らせてごめんなさいね、ゆっくり休んでからちゃんと前を向いて頂戴」

 

 と述べる。俺は頷いてから礼を言って退席した。最後の言葉は………リンディさんなりの励ましだろうか。

 リンディさんから自身の部屋の場所を聞いてそこに向かう。とにかく疲れたな、本当に。まだ眠るに早すぎるが寝てしまおうか。

 

 

 

 

 

 割り当てられた部屋に辿り着いて入室する。殺風景な部屋だった。まぁ、普通か。ベッドがあるだけで十分だしな。ベッドにダイブして枕に顔を埋める。このまま寝れそうだけど俺は色々考えを巡らせる事にした。

 

「………正しかったんだろうか」

 

 俺の言葉は、行動は正しかったんだろうか。前を向けと言った、今思えばプレシアの絶望を真の意味では知らない俺のその言葉は酷く無責任な言葉だ。

 後悔はしてない、あの言葉も行動も。それでも正しい事をしたのか……正解だったのかは分からない。それを知る術もない。ため息が出る。ユーノに発破をかけられて前向かなきゃと思いはしたがやはりそう簡単に切り替える事は出来なかった。自分の手を見つめる、プレシアを掴んでいた俺の手………助けれたかもしれない俺の手。後悔してないなんて嘘だ、きっと俺は救えなかった事に後悔している。何でもできる完璧な人間なんていないのに、そう思うのは傲慢だと理解しているのに……その気持ちは消えない。

 自分で勝手に考えて憂鬱になっているとコンコンとノック音が。

 

「どうぞー」

 

 寝転がる体勢からベッドに腰掛ける形に体勢を変える。誰だろうか?

 

「し、失礼しまーす」

「何でそんな緊張気味に入ってくんだよ、なのはちゃん」

「にゃはは、いつもと違う部屋だから何となく緊張しちゃって」

 

 俺の家の俺の部屋に入る時はノックも何もしないで入る癖に。まぁ、気持ちはわからんでもないが。

 

「まぁいいや、そこに立ってないでどっか座りなよ」

「う、うん……」

 

 妙によそよそしいな。俺の隣に座ったなのはちゃんだったが何だかモジモジとしていて落ち着かない様子だ。

 

「んでどうしたんだよ?何か用があるんだろ?」

「う、うん……用っていうかお話って言うか…」

 

 煮え切らないな。本当にどうしたんだろうか。

 

「………怪我は平気か?」

 

 とりあえず一回雑談でもして落ち着かせよう。話が進まなそうだ。足に巻いてる包帯とか気になるし。

 

「あ、うん。見た目ほど大きな怪我じゃないから平気だよ。慎司君は平気?」

「ああ、たいした事ないよ」

 

 よかったと呟くなのはちゃんを盗み見る。一言二言言葉を交わしただけだけど、落ち着い様子だ。一応もう少し挟んでおこう。そう思って適当に何か喋ろうとした時だった。突然、体に重みを感じる。隣にいたなのはちゃんが急に俺の肩を掴みながら頭を俺の胸に当てて体を預けてきたのだ。

 

「……なのはちゃん?」

 

 突然の事に少し驚きつつもどうしたんだよと一言添える。引き離すのは忍びなく感じてそのまま俺はなのはちゃんの好きにさせる。

 

「本当に……よかったよ……無事でよかったよぉ……」

 

 肩を握る手に力が込められる。

 

「私……慎司君が1人で向かったって通信で聞いた時心配で……心配でぇ……」

「あーあー、泣くなよぉ……」

 

 胸に顔を埋めるなのはちゃんの頭を撫でる。顔を見えなかったけど声が完全に涙声だった。庭園でなのはちゃんと合流したのは脱出する時のほんのひと時だけ……言葉を交わしている余裕は無かったし、なのはちゃんは別の場所すべき事をしていた。けど、それまでずっと俺の心配をさせてしまっていたのか……結局迷惑かけっぱなしだったな。

 

「うぅ……泣いてないもん」

「何でそこで強がるんだよ」

「もぉー、心配だったんだから本当にー!」

「急に怒るなよ、悪かった……ごめんな心配かけて」

「………ううん、いいの。慎司君だって理由があってそうした事は分かってるし」

 

 さりげなく目元を拭いながらなのはちゃんはようやく俺から身を剥がす。

 

「にゃはは、ごめんね?やっとちゃんと無事を確認できて気が抜けちゃったみたい」

 

 そんなに心配させてしまってた事に少し罪悪感を抱く。ごめんな、まさかそこまで心配するとは思ってなかった。けど、なのはちゃんの言う通り譲れない理由があっての事だったから俺としても複雑な心境だ。

 

「……ありがとな、なのはちゃん。そんな心配してくれて」

「ううん、わたしこそありがとうだよ。慎司君のおかげで最後まで頑張れたから」

 

 それは自分の実力だよと言いたかったが無粋になりそうなんでやめておいた。そう言ってくれるなら俺も頑張った甲斐があるしな。

 

「………ねぇ慎司君?」

「ん?」

「………責任を感じてるの?」

「……っ」

 

 なのはちゃんの鋭い指摘にビクッとする。いや、俺があからさまになってたのかもしれない。

 

「………フェイトちゃんのお母さんの事は残念だったけど……慎司君のせいじゃないよ」

「あぁ……」

「そう言っても、慎司君はきっと責任感じたままだもんね。慎司君は実際に自分のせいじゃないって分かっててもそう思っちゃうんでしょ?」

「……ははっ、鋭いななのはちゃんは」

 

 心を見透かされてるのかと疑いたくなるくらいドンピシャだよ。

 

「俺の心の弱ささ……情けねえ」

「ううん、違うよ」

 

 俺の言葉をなのはちゃんは即座に首を振って否定した。そして、真っ直ぐ俺を見つめて自信満々に言う。

 

「それは慎司君の優しさだよ」

「優しさ?」

 

 どう言う事だろうか?

 

「慎司君が本気で本心でプレシアさんを救いたかったから……そんな優しい気持ちで頑張ったからそう思っちゃうんだよ。慎司君が本気で頑張ったからそう感じちゃうんだよ」

 

 そう言うとなのはちゃんはベッドから離れて立ち上がる。軽快にクルッと回ってこっち見て言葉を続けた。

 

「ねえ慎司君……私ね、思うんだ」

「何が?」

「今回の騒動を解決できたMVPは……慎司君だって思うんだ」

「それは……流石に気を使いすぎだろ」

 

 明らかに違うじゃねぇか。なのはちゃんやアースラのみんなだろ。フェイトちゃんだって頑張った。

 

「ううん、この気持ちはね……私の本心だよ」

「嘘こけ」

「嘘じゃないもん、ホントだもん」

「………何でそう思うんだ?」

 

 俺がそう聞くとなのはちゃんはニヤニヤしながら嬉しそうに、聞いちゃう?それ聞いちゃう?と機嫌良さげに言う。ちょっとキャラ違くないかなのはちゃん?

 まぁ、一緒に遊んでる時楽しくて変なテンションになるのはややあるけども。

 

「なら、私がそう思う理由全部言ってくね」

 

 マジかよ。

 

「慎司君はなのはの事沢山励ましたり応援してくれたよ、そのおかげで私は今回の事件最後まで頑張れたよ?」

 

 そのまま考える仕草もしないで続けるなのはちゃん。

 

「フェイトちゃんの心を救ったよ、私が庭園でフェイトちゃんと合流した時ね……すごい清々しくて力強い顔つきをしてたんだ。いっぱい感謝してた……。それも、慎司君のおかげ」

 

 皆そう言ってくれていた。なのはちゃんを救った、フェイトちゃんを救った……だから俺は良くやったって。だけど、俺にとって重要なのは助ける事の出来なかったプレシアの事だ。

 だから、次になのはちゃんから飛び出た言葉には驚きを隠せなかった。

 

「………そして、プレシアさんの心も救った」

「っ!」

 

 つい立ち上がる。掴みかかりそうになるのを抑えて、必死に大きくなりそうな声も抑える。

 

「そんなの!………分からないじゃないか……それに救ったなんて言えないっ!あの人は……もういない。心を救うどころか、俺は掴んでた!助けられたかもしれなかったのにっ!」

 

 本心が飛び出る。罪悪感とか責任とか色んな感情がごちゃ混ぜになって言葉も整理できない。そんな俺の狼狽した態度にもなのはちゃんは怯まずに俺を真っ直ぐに見つめていた。

 

「ごめんね?リンディさんと慎司君がさっき2人で話してる時、扉越しで隠れて聞いちゃったんだ」

 

 なのはちゃんは言わないだろうがリンディさんが恐らく念話で手を回したのだろう。あの人も、俺に気を使いすぎだ。

 

「私ね、慎司君が言ってたプレシアさんの最後の言葉と態度を聞いてね……きっとプレシアさんは昔の自分を取り戻せてたんだと思うんだ」

「けど、あの人は自ら落ちた!もしそうなら、その行動はおかしいだろ!」

「そうだね……なのはもその理由は分からないけど……でも自信を持って言えるんだ……プレシアさんの心を慎司君はきっと救えたって」

「どうして!?」

「……慎司君だからだよ」

「えっ?」

「慎司君だから、救えたよ……絶対。慎司君が救おうって、慎司君が頑張ったなら絶対救えたよ。慎司君は………そんなすごい事をなし得ちゃう優しい人だってなのはは知ってるもん」

 

 そんな盲目的に俺を信用するな。俺はそんなすごい人間なんかじゃない。

 

「俺はそうは思わないよ」

「慎司君がどう思っても関係ないよ、だってなのはがそう思ってればいいんだもん」

「………無茶苦茶だな」

「うん!無茶苦茶だけどそれでいいんだよ」

 

 笑うなのはちゃんに釣られて俺も笑みが溢れる。本当に、太陽のような笑顔だ。そんな顔をもっとして欲しかったから……俺は頑張ってのかもしれない。

 

「だから、慎司君………慎司君の言葉を借りて私もこう言うね?」

 

 改めて俺を真っ直ぐに見つめて、さっきよりも可愛らしく輝くような笑顔でこの子は言う。

 

「下を向いてる慎司君より、前を向いて進んでる慎司君の方が私は大好きだよ!」

 

 そう言って手を取ってくる。暖かくて、小さくて、優しい手だ。強くなったな、なのはちゃん。本当に強くなった。

 すごいよ、君はやっぱり凄い子だ。

 

「………そうだな」

 

 色んな人に、こうやって励まされたら。何が何でも前を向かなきゃな。ユーノがそう言った、リンディさんがそう言った、なのはちゃんもそう言った。前を向けと。俺も、言った……前を向けと。そうあるべきだって思う。いい加減本当にウジウジするのはやめだ。前を向こう、俺もこれから色んな人にそう伝えれるように。

 

「前……向くよ。ありがとうなのはちゃん、スッゲー嬉しかったよ」

「えへへ、それから最後に一言言わせて……まだちゃんと言えてなかったから」

 

 何だろうか?もう既に話す事はないと思ったが。

 

「優勝……おめでとう!慎司君」

 

 その言葉に面食らった。……ははっ!たくっ、なのはちゃんは……。

 

「………ありがとう」

 

 もう、この感謝は伝えきれないよ。2人で笑い合って俺達はその日を過ごした。久しぶりに2人でこんな長く話した気がする。俺も、気づかないうちにいっぱい助けられたんだろうな……。お互い様だよな。これからも一緒にそうやって過ごせたらいいなって思えた。

 

 

 

 

 

 プレシアが最後、救われたのかどうかは永遠の謎で俺を時折悩ませるだろうけど……けど、俺を信頼してくれているなのはちゃんの言葉を信じてみてもいいなって思える。 

 真実は分からなくても、俺は救えたかもって……1人の女の子のおかげでそう考えれるようになった。前を向いてな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浮遊感に身を任せて落ちていく。悲痛な表情で私を見つめて手を伸ばすボウヤと人形が見えた。彼には悪い事をした……どうか自分を責めないで欲しいと最後に残った良心で今更ながらそう思う。滑稽だ、そういう風に思う資格すら私にはないと言うのに。人形……フェイトを見る。あそこまで拒絶して否定してもまだ私にそんな表情をするのね。

 貴方がどんなに私を思っても……私は貴方を娘だと思う事はないというのに………全く。私にとって娘とはアリシアただ1人。フェイト、貴方に同じ感情を抱く事はない。

 

 

 

 そう思っている、本心でそう思っている。

 

 

『フェイトちゃんの愛情は、本物の筈だろ!』

 

 何故だかボウヤのあの言葉が頭の中で反響する。……彼の言葉にはつい耳を傾けてしまったけど、それでも気持ちが変わる事はない。ないのだが……。

 

「……フェイトをお願い」

 

 自分でもびっくりした事だった。勝手にそんな事を言っていた。誰であろう山宮太郎に。何故だろうか。何故そんな事を言ったのか。私は人形の事などどうでもいいと………。

 いや……どうでも良くはないのだ。今わかった……フェイトを初めて拒絶した時は本当にどうでもいいと思っていた。どうなろうと知った事ではないと。しかし、それからフェイトを否定する言葉を発するたびになんだかモヤモヤした感情を感じていた。

 気のせいだと思った、非情になりきれない甘い女なだけかとも思った。2つとも違う………娘だとは思っていない……思ってはいないのだが………せめて幸せに。そう……思ってしまった。

 そんな資格はないけども……私が生み出してそこで存在して生きているのなら……フェイト・テスタロッサとして生きるのなら、せめて不幸ではなく幸福に生きて欲しい。そのために何かするわけではないけど、せめてと。そんな風に情を抱いてしまった。

 この心境の変化は恐らく2人のせいだろう、フェイトと太郎……あの2人の言葉に絆されたからだろう。全く、私も甘く弱い人間だ。けど、そう思ってしまったのだから仕方ない。

 きっと、太郎なら貴方のこれからの人生に彩りを与えてくれるでしょう。だから、太郎………私とは赤の他人で血の繋がりも何もない…親子でもないけど……私の為に頑張ってくれた哀れな優しいこの娘の事を………どうか。

 

 

 

 

 やめよう、今更そんな事を思う資格は無いのだから。2人から視線を外してアリシアを見る。彼は自身を転生者と明かした。もし、それが真実なら………本当に存在する現象ならば……。

 

「一緒に行きましょう……今度は離れないように」

 

 もしかしたら、私達はまた……再会できるかもしれない。

 そんな夢物語を抱いて意識が消失していく感覚に襲われる。終わる時が来た。しかし、何故だろうか………私は許されない事をした。罪を犯した。しかし、何故だろうか………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、最後の瞬間………小さな希望を抱いて……暗い意識に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが真実である。荒瀬慎司が成し遂げた功績である。しかし、これは誰にも知られる事のない事だ。荒瀬慎司にも、誰にも知られる事のない事実。だが、少なくとも……プレシアは最後の瞬間…救いはあったのだと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 次回にて無印編本編完結。その後数話ほど蛇足書いてAs編になる予定です。閲覧ありがとうございました。


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誓い


 無印編本編最終回!


 

 

 

 

 

 

 アースラでの数日は暇を持て余す生活だった。ここには勿論俺のゲームや遊び道具なんかはなく出来る事と言えば体を鈍らせないようにトレーニングをするのみ。と言っても柔道そのものは出来ないのでさらにやれる事は限られる。

 しかも1日中ずっとやれるスタミナもあるはずもなくそれ以外の時間はボッーとしているか暇な人を見つけて雑談にふけるばかりだ。アースラの仕事を手伝えればそうしたかったのだが俺にできる事は皆無なのは分かっていたので開き直って過ごしていた。

 正直退屈すぎてずっとユーノとなのはちゃんとついでにクロノにちょっかいかけてばっかな気がした。そんな数日も過ごせばあっという間で、アースラ内の食堂でなのはちゃんとユーノと一緒にご飯を頂いているとリンディさんとクロノ、エイミィさんが同席してきた。そこでリンディさんから明日には地球に帰れるとの言葉を貰う。ちなみにユーノは自身の故郷に帰れるまでまだまだ時間がかかるそうでその間は今まで通りフェレットとして高町家の世話になるそうな。

 

「そうですか……クロノにちょっかいかけれるのも今日で最後か……」

「僕はようやく君から解放されてせいせいするよ」

 

 そんなクロノの言葉にエイミィさんが寂しいならそう言えばいいのに〜と揶揄うように口を開く。クロノは少し慌てて反応した。あれま、嬉しい反応。

 

「何だよ何だよ、嬉しいじゃないの。時間があればまたちょっかいかけにいくから寂しがんなよ〜」

「昨日もそうだが本当に鬱陶しいな君は」

「ちなみに昨日は何されたんだい?」

 

 そうユーノに聞かれたクロノはげんなりしながら

 

「…………書類作業をしてる僕の横でずっと筋トレしてんたんだこのバカは」

「だって暇なんだもの」

「だったら誰の邪魔にならないところでやらんか馬鹿者」

「親交を深めたくて」

「どうして親交を深めたいのに僕をイライラさせるんだ」

「…………ツンデレ?」

「どこにもそんな要素なかったよ慎司君」

 

 クロノの代わりに見かねたなのはちゃんがそう俺にツッコム。なぁに、ちゃんと本気で怒らせないうちに退散したよ。

 

「そっか……クロノも大変だったね」

 

 ユーノもクロノと同じようなげんなりとしてそう言う。

 

「何だユーノ?お前も慎司の被害に遭ったのか?」

 

 被害とは失礼な。ユーノもそんな顔するなよ、別に大した事してないだろうに。……してないよね?

 

「僕は……どっちかが100勝するまで終わらないエンドレスあっち向いてホイっ勝負してた」

「本当に君は何をやってるんだ」

 

 いやだから暇だったのと親交を深めたくて。いやね?最初はユーノもノリノリだったのよ?最初の10戦くらいは男同士はしゃいで楽しんでたさ。途中で遠い目をして闘ってたけど男として一度言い出した以上おわれないじゃん?

 

「全く慎司にも困ったものだ、まさかエイミィや艦長にまでちょっかいかけたんじゃあるまいな?」

「あら、心配してくれてるの?クロノ」

「揶揄わないで下さい」

 

 親子だけどちゃん公私混同しないクロノ。まぁ、ぶっちゃけ節々親子なんだなぁって思っちゃう会話何度かしてる時あるけども。

 

「えっと私はねぇ……徹夜で作業してる時に冷えピタと肩揉んでくれてたね」

「私もお茶入れてくれたりしてくれてたわよ?」

 

 リンディさんお茶に砂糖入れるからな………ようやくリンディさんが喜ぶ適量分かってきたところよ。

 

「女性には優しいんだな君は」

「待ってクロノ君、私そんな風に労ってもらってないよ」

 

 クロノの発言になのはちゃんが異を唱える。

 

「私慎司君に肩揉んでもらってないよ!」

「おい小学生」

 

 お前肩凝る歳じゃないだろ。

 

「いいじゃん!揉んでよ!」

「ほれっ」

「うにゃー!引っ張らないでよー!」

 

 しかもほっぺだしー!と言いギャーギャーするなのはちゃん。あ、今日もすべすべで触り心地最高だね。

 

「なんかあれだな……ほっぺ伸びてるなのはちゃん見てると思うんだけどさ……」

「え?何?」

「コイキングみたいだな」

「明らかにおかしいよね!?」

 

 コイキングじゃないもんっとポカポカして抗議してくるけどいかんせん。例の如く全く痛くない。

 

「不満か?ケンタロス」

「変わってるしせめて人型にしてくれないかなぁ!」

 

 そんな感じでふざけつつアースラで食べる最後の夕食を終える。今生の別れというわけではないが寂しさを感じる、数日ちょっかいかけたのも実はそんな気持ちを拭う為でもあった。いい歳こいた大人が恥ずかしいとも思ったが……気持ちには正直なっていた。

 

 

 

 

 

 一晩寝てすぐに俺となのはちゃんとユーノはすぐに地球へと帰還する事に。別れ際、アースラのスタッフの皆さんに見送られて別れの挨拶をしつつクロノがフェイトちゃんの裁判やら便宜に尽力を注いでくれると約束してくれた。俺の父さんと母さんも既に動いてくれているから心配はいらないと頼りになる事を言ってくれる。仕方のない事だがアースラにいる間、ひと目もフェイトちゃんを見る事は叶わなかったがフェイトちゃんなら大丈夫だろう。

 心配もなく俺は地球へと帰還出来そうだ。転移装置の前に立ち一歩進めば地球に帰るというところで

 

「なのはさん、ユーノ君……そして慎司君も」

 

 リンディさんの言葉が合図だったのかスタッフ全員がリンディさんがそう言い終えると綺麗に敬礼を始める。

 

「今回の事件への助力に感謝と敬意を称します。本当に……ありがとう」

 

 少々面食らったが俺達3人も拙いながら敬礼を返して地球へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球へと帰った俺達を待っていたのは平凡な日常であった。たかだか数日の出来事であったがこんなゆったりした時間を謳歌するのは何だか久しぶりに感じた。帰って早々俺がしたことといえば大会で応援に来てくれていた高町家の面々とアリサちゃんとすずかちゃんへの謝罪だった。大会を終えて、ひったくるように賞状とメダルを受け取ってからロクな説明も連絡もできずに俺はなのはちゃんの元へ飛び出してしまったため、要らぬ心配をかけてしまっていたのだ。しかし、そんな謝罪に帰ってきた返事は拍子抜けた物だった。

 

「あら、慎司君……家族との優勝記念旅行は楽しかったかしら?」

「んんっ?」

 

 桃子さんの言である。お土産ありがとうねなんて言いながら何かが入った紙袋を持ち上げる。んんっ?んんんっ?アリサちゃんとすずかちゃんも同じ反応であった。

 どうやら父さんと母さんの仕業で俺が地球にいない間は家族と遠くへ旅行に行ってたことになっていた。大会も終えてすぐに居なくなったのは父さんが飛行機の時間を間違えて早くチケットを取ってしまったからだと言うことになっていた。俺が連絡できなかったのは出先で携帯を壊してしまった事になってるという徹底ぶり。せっかく両親が用意してくれた言い訳が出来たのでそれに乗って話を合わせた。いや本当に両親には頭が上がらない。家には書き置きが置いてあってしばらく帰ってこれないようだが……帰ってきたらちゃんとお礼しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで数日ぶりに学校に顔出せばクラスメイトから優勝おめでとうとのお祝いの言葉を頂きつつ、アリサちゃんとすずかちゃんはなのはちゃんがようやく悩み事に決着がついた事を聞いて喜んでいた。ようやく、全て元どおりになったような気がして俺も笑みを零す。

 

「なのはちゃんの悩みが解決したなら……慎司君となのはちゃん、今日時間あるかな?」

 

 何だろうか、俺となのはちゃんはお互いを目を見合わせつつ別に平気だと答えた。

 

「よかった、私とアリサちゃんも今日お稽古もなくて時間あるんだ……良かったら私のお家に来ない?」

「2人ともNOとは言わせないわよ」

 

 そんなアリサちゃんの言葉に苦笑しつつ俺となのはちゃんは勿論OKと返事を返す。すずかちゃんの家かぁ……またメイドさん見れるな…。

 いいなぁ……メイドさん。

 

「慎司君、どうしたの?なんか凄く嬉しそうだけど」

「メイド服欲しいな」

「ちょっと黙っとこうか」

 

 なのはさんきっついよ。切り返しきっついよ。メイドの話になるといつも酷い目に合うからってそんなバッサリ切るなよ。

 

「あ、それと2人共大丈夫だったら夕飯もうちで食べてってよ」

「いいのか?」

「勿論だよ」

 

 今日は楽しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すずか邸に到着してすぐに俺もなのはちゃんはアリサちゃんとすずかちゃん背中を押されてこっちこっちと急かされ歩く。なんなんだか一体。ていうかこれから遊ぶんだろ?そっち確か食堂じゃなかったか?なんて疑問を抱きつつ食堂の扉まで到着するとアリサちゃんが俺となのはちゃんに2人で扉を開けろと指示してくる。

 何だ?何がしたいんだ本当に。2人で疑問を抱きつつ扉を開ける。飛び込んできた中の景色に心底驚いた。

 

「マジかぁ」

「わぁ……」

 

 俺となのはちゃん、2人で感嘆の声を上げる。食堂の中は少し豪勢な食事とメイドさん達が綺麗に並んで出迎えてくれていた。そして、奥の垂れ幕に

『なのはちゃん、お疲れ様&慎司君優勝おめでとうの会』

 

 と書かれていた。俺が驚いてその場に動けないでいるとアリサちゃんが隣に立ち

 

「すずかが言ってたでしょ?慎司の大会が終わって、なのはがちゃんと戻ってきたらパーティでもしようって」

 

 確かに聞いた覚えがあるがまさかこんなサプライズじみてやられるとは思わなかったので驚きを隠せない状態だ。

 

「なのはちゃんも元気に戻ってきて、慎司君も頑張って優勝出来て……本当に良かったよ!」

 

 輝くようなすずかちゃんの笑顔に俺は照れ臭くて頭を掻き、なのはちゃんは感激して少し涙ぐんでいた。

 

「驚かせちゃってごめんね?でも、びっくりさせたくて……」

「あんた達も喜んでくれるかなって思って2人で計画してたのよ……その、感謝しなさいよね」

「すっごく嬉しいよ、すずかちゃん……アリサちゃん…ありがとう!」

 

 なのはちゃんの言葉に2人は笑顔になり、そして今度は俺の方を向いてどうかな?という目で見てくる。バッカおめえ……

 

「超嬉しいに決まってんじゃねぇかよ!!」

 

 感極まって俺はアリサちゃんとすずかちゃん、近くにいたのでついでになのはちゃんも含めた3人を抱き抱える。3人とも驚いてジタバタしてるが俺はそんな事気にせず続ける。

 

「ありがとな!!本当にありがとう!」

 

 俺には、勿体ない友人達だ。そんな友人達と過ごすこの日常を……俺は大切にして行こう。前世以上に、大切に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件もなく、ゴタゴタもなく。ただただゆっくりとした平和な日常をしばらく謳歌していた。柔道の練習にも復帰して、次の目標に向けて努力を始めている。この間の大会で優勝しても俺の柔道人生はまだ終わるはずもない、今度はもっともっと大きな大会で結果を残す為前に進んでいる。

 そんな俺の元にとある連絡が来たのは早朝、アースラのクロノからだった。え、俺の携帯に連絡できるんだすげぇなミッドの技術。なんて感心しつつ電話に出るとクロノから聞かされた話は寝ぼけた俺を目覚めさせるには十分な内容だった。

 

「本当か?クロノ」

「ああ、フェイトは今日にでも本局に移動して後に裁判を受ける事になるがほぼ間違いなく無罪になるはずだ。君の両親の信治郎さんやユリカさんが頑張ってくれたおかげで僕もスムーズに話を進められたよ」

「そうか!よかった……ありがとなクロノ」

「いいんだ、当然の事をしただけだ」

 

 それでも、ありがとうと一度伝える。地球に戻ってからもフェイトちゃんの事を考えない日はなかった。両親が頑張って便宜を図れるよう動いてくれていたのは分かっていたがそれでも心配だったのだ。

 時空管理局とやらの組織をよく知らない俺からすれば当然の事だった。父さんと母さんも先日くたびれた様子で帰ってきて、やれる事は全部やったから安心しろとは言ってくれたがこうやってクロノから正式に報告を受けてようやく心配が晴れた。

 

「それでだ、慎司……今から出られるか?」

「あ?……まぁ平気だけど」

 

 休日だから学校もねぇしアリサちゃんとすずかちゃんは用事で遊ぶ約束も出来なかったし。トレーニングでもしてからなのはちゃんの家に遊びに行こうかななんて昨日考えてはいたけど。

 

「そうか、実はな……フェイトが本局に移動する前に君達に会いたいと言っているんだ」

「………会えるのか?」

「出発までの少しの時間だけだがな」

「分かった、準備してすぐ行く!場所は?」

 

 俺は大慌てで準備して、連絡がいっているであろうなのはちゃんにも電話をして先に行ってるように伝える。俺はクロノが指定した場所には遠回りになってしまうが一度翠屋に向かって走る。途中翠屋に電話してケーキ予約をするのも忘れない。息が絶え絶えになりつつ店に飛び込むと桃子さんが驚きつつ

 

「はい、用意できてるわよ……持ってて」

「ありがとうございます!」

 

 代金を渡してケーキのセットを受け取る。よし、目当てのものゲットできた。落とさないように気をつけないとな。そう思いつつも俺は全力疾走で指定の場所に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だはぁ!着いたぁ」

「遅いぞ慎司」

 

 待っていたクロノがそう言ってくるが先に切らした息を整える。普段トレーニングしてた事が功を奏したのか思ったよりもかなり早く到着できた。綺麗な海が見渡せる海鳴臨海公園……そこが指定場所だった。既になのはちゃんとフェレット姿のユーノは到着しており、今は少し離れた所でフェイトちゃんとなのはちゃんは2人で何か話をしている。今はとりあえず2人にしておこう。ユーノとクロノ、そしてアルフは3人でまた一緒にいる所を俺が合流した形だ。

 

「よっ、アルフ。元気だったか?」

「ああ、おかげさまでね」

 

 アルフの憑物が取れたような微笑みに安心する。よかった、とりあえずは何事もないようで。

 

「あんたには本当に世話になったねぇ」

「うん?まぁ……俺がしたくてやった事だからよ」

 

 気にすんなや。

 

「でも、あのゴタゴタの後ゆっくり話すこともできなかったからさ……言わせておくれよ」

 

 トレードマークの獣耳と尻尾をバタバタさせながらアルフは言う。

 

「ありがとう慎司、フェイトを助けてくれて」

 

 面と向かって言われるとどう返事をすればいいか分からず俺は頭をかく。

 

「まぁ、とにかく……色々良いように収まってよかったよ。裁判の方は平気なんだろ?クロノ」

「あぁ、心配しなくていい」

 

 頷くクロノの一言に再び安心する。それにしてもだ。

 

「アルフ、お前またそんなセクシーな格好してんのな?」

「え?おかしいかい?」

「おかしくないよ、むしろ似合ってるけどさ……」

 

 腹出し、肩出し、太ももから下も無防備。確かにスタイルいいから似合うけども。

 

「……やっぱり痴」

「噛みつかれたくなかったからそれ以上は言わない方が身のためだよ」

「……ごめんて」

 

 そんな怒んなよ。さっきまですごい優しい顔してたやん。唐突の変化にびっくりですよ私。ていうか痴女って言葉俺のせいだろうけど気にしてたのね。ごめんなさいね。

 

「でもよでもよ、周りの目も気にした方がいいぜ?ユーノみたいにずっと胸凝視するむっつりスケベだっているんだからよ」

「ふーん?」

 

 ジト目でフェレット姿のユーノを見るアルフ。フェレット姿でも分かるくらいの大慌てぶりだ、今頃念話で慌てて違うと言ってるだろう。弁明を終えたのだろうかユーノは俺への抗議として指に噛み付いてきた。

 

「誤解は解けたかムッツリ」

「〜〜〜〜っ!」

 

 ああ、怒るな怒るな。冗談だっての。そんな風にふざけてると遠くで俺に気づいたフェイトが手を振っていた。

 

「行ってやんな」

 

 アルフに背中を押され、頷いて俺はフェイトちゃんもとへ走った。なのはちゃんと手を繋いで手を振るフェイトちゃんの顔は以前見た時とは印象が全然違う顔をしていた。明るく、年相応の可愛い笑顔だ。

 

「……ちょっとぶりだな、フェイトちゃん」

「うん、会えてよかった……慎司」

 

 ああ、俺も会えてよかったよ。

 

「なのはちゃん、フェイトちゃんとの話は終わったか?」

「まだ、話し足りないけど⋯⋯話したい事は話せたよ」

「そっか」

 

 こうやって面と向かって改めて会うと何を話したらいいのか分からない。俺は、あの時伝えたい事は全て伝えたし……フェイトちゃんはちゃんと乗り越えてここにいる。今更、俺から言うことはあまりない。そうだ

 

「ほれこれ……約束のケーキだ」

「約束?」

「言ったろ?頑張ったご褒美に翠屋のケーキ奢るってよ」

「………両親の奢りで?」

「ありゃ冗談だよ」

 

 まぁ、両親から貰ってるお小遣いだからある意味両親の奢りかね。俺が稼いだ金じゃねぇし。まぁ、どうでもいいや。

 

「あ、チョコケーキ」

「俺のお気に入りだ」

「慎司君よく頼むもんね〜」

 

 3回に一回はお店にお邪魔した時に注文する。これがうまいんだまた。

 

「嬉しい、ありがとう」

「おう、道中でゆっくり食ってくれ」

 

 その言葉で暫し沈黙。本当にこういう時何話せばいいのか分からん。照れが少々入っててうまく口が回らない。

 

「………次に会えるまでは……長くなりそうなのか?」

 

 一番気になる事を聞いてみた。まぁ、予想はついているが。

 

「うん……数ヶ月とかそんな単位じゃ済まなそうなんだ」

「そっか……」

 

 仕方ない。日本でも裁判ってやつは長くなるものだし……フェイトちゃんも無罪みたいなものとはいえ事件自体は大きな物なんだろうし。

 

「まぁでも、2度と会えなくなるわけじゃないんだよな?」

「うん……」

 

 ならいい。また会えるなら……それでいい。

 

「フェイトちゃん、君に………伝える事がある」

 

 そうだ、あの事を伝えないといけない。プレシアが最後に放ったあの言葉について。

 

「なのはちゃん………」

「うん………2人でゆっくり話してて」

 

 なのはちゃんは察して離れて俺とフェイトちゃんの2人にしてくれた。すまないな、まだ話したい事あったろうけど。

 

「プレシアのあの最後の言葉……聞こえたか?」

「うん、慎司に私の事をよろしくお願いって言ってた事だよね?」

「ああ」

 

 母親の事を思い出させるの酷だが、仕方ない事だ。話すべきだと思うから。

 

「母さんのあの言葉は……正直よく分かってないんだ」

「分かってない?」

「うん、母さんは……最後まで私の事……フェイト・テスタロッサの事を娘だと思ってなかった。ただの他人だって思ってた」

 

 俺もそう思う。プレシアの気持ちは変わらなかった筈だ。

 

「だから……どうして最後に私を想ってくれるような言葉を残したんだろうってずっと思ってたんだ」

「…………」

 

 その答えは、今もそしてこれから俺もフェイトちゃんも知る事はない。知る事が出来ないし、答えを確認する術もない。けど、俺は俺なりの答えを持つ事にしたんだ。なのはちゃんや皆んなに励まされてそう思う事にしたんだ。それを、フェイトちゃん伝えたい。

 

「……その答えはきっとずっと分からないままだ」

「…………」

「けど、俺は前を向くって決めた。フェイトちゃんやプレシアにそう生きるべきだって言ったんだから……俺だって前を向いて生きていくって決めたんだ」

 

 そんな前を向いた俺なりの考えを伝えよう。都合のいい想像でしかないけど、それでも可能性はゼロじゃない答えを。

 

「そんな前を向いた俺の考えはよ、こう思うんだ……」

 

 確かに、プレシアの心は変わらなかったかもしれない。彼女は最後までフェイトちゃんを娘としては否定した。けど、最後のあの言葉……フェイトちゃんをお願いと言ったあの言葉にはきっと複雑な感情が混ざってた筈だ。

 フェイトちゃんは娘としては認めない。そもそも、どうでもいい人形と断じたプレシアから出る言葉ではない筈だ。だが、自身の娘はアリシアだけ……その考えは変わらなかった。けど、変わったものもあったんだと思う。

 フェイトちゃんは娘じゃない、けどどうでもいい人形では無くなったんだ。少なくとも、最後のあの瞬間これからのフェイトちゃんの未来を心配してああ言ってしまうほどの情が沸いたんだ。ただのアリシアの代わりの人形からフェイト・テスタロッサという1人の女の子のこれからの未来を思っての言葉だったんじゃないかって思う事にした。都合のいい、俺にとって都合の良い答えだけど。

 

「俺は、そう思う事にしたよ……フェイトちゃんにとっては複雑かもしれないけど」

「ううん、そんな事ない。母さんがそう思って贈ってくれた言葉なら……私も嬉しい」

 

 もしそうなら、きっとフェイトちゃんの愛情と決意が動かした結果だと思う。俺はきっかけを与えただけ、フェイトちゃんの頑張りの成果だ。

 

「だったら、私も慎司みたいにしないとね」

「俺みたいに?」

「……前を向いて、これからの私の人生を歩んでいくよ。慎司やなのはみたいに……前を向いて、胸を張って」

「そうか」

 

 フェイトちゃんの口からこの言葉が聞けただけでも、俺は報われたような気持ちになる。頑張ってよかった。痛みに耐えてプレシアに言葉を紡いてよかった。

 

「本当はね、慎司に会ったらいっぱい話そうって思って色々考えてたんだけど……うまく話せなくて」

「ははっ、俺も最初はそうだったな」

「テロリスト呼ばわりされたのは衝撃だったよ」

 

 そしてその後のクリスマス云々の嘘話を信じたことも衝撃だったよ俺には。フェイトちゃんに改めて聞かれるまでネタバレしないでおこう。絶対面白い。

 

「……慎司と知り合ってからちょっとしか経ってないけど一杯慎司に助けられちゃったね」

「そう思うなら、これからも元気でいてくれよ。それが俺にとって一番嬉しいお礼になるからさ」

「うん、勿論」

 

 潮風に髪をなびかせて真っ直ぐにこっちを見つめるフェイトちゃん。あぁ、何度も思ったけど本当に強い子に変わった。公園で見かけた自信なさげなあの顔をしてたフェイトちゃんとはもう違う。

 

「慎司、色々いっぱい言いたいことがあったけどうまく言えそうもないから……一つだけ言わせて欲しい」

 

 そう言うとフェイトちゃんは太陽に照らされた輝くような微笑みを添えて

 

「ありがとう……慎司。ありがとう……私を救ってくれて」

「……………ああ」

 

 怒涛の日々だった。魔法の存在を知って、なのはちゃんも関わっていて、巻き込まれたような形だったけど関わる事に決めて。短い期間とはいえとても大変で、辛くて、悲しい事も多かったけど。その笑顔とありがとうの言葉を聞くために……俺は頑張っていたのかもしれない。報酬は、十分に貰った。報われたよ、俺は……十分、報われた。

 

「それでね?慎司、お願いがあるんだ」

「お願い?」

「……これから裁判とかそういうのでずっと会えなくなると思う。寂しいけど、仕方ない。それでね?さっきなのはと友達になれたんだ」

 

 そっかそっか、それはいい事だ。

 

「慎司が良ければ………その、裁判とか色々な事が終わってまた慎司と会える日が来たら……友達になって欲しい」

 

 その言葉に少し面食らう。お前、マジか。

 

「ダメかな?」

 

 いや、その……。まず根本的な勘違いを正そう。

 

「………とっくに友達だろ。俺達」

「え?」

「最初に公園で会った時からずっと友達だろ?」

 

 何を言ってるんだ全く。友達なんてそんな感じで出来るもんだろ。まぁ、フェイトちゃんはこれまでプレシアとアルフとしか関わってこなかったからそこら辺仕方ないのかもだけどさ。

 

「友達……だったの?」

「少なくとも俺はそう思ってたよ」

 

 あまり表情に出さないようにしているが結構あたふたしているのが分かった。結構勇気を出して友達になって欲しいと言ったのだろうか。その勇気をいやいや、既に友達だろ?なんて返されたらそりゃびっくりだわな。

 

「ははっ……まぁ、これからその辺の事も学んでけばいいだろ?友達とか、そういうのをさ」

「うん、そうするよ」

 

 フェイトちゃんの本当の人生はまだ始まったばかりだ。これから沢山の事を知って、沢山の事を体験するだろう。悲しみや苦しみに襲われる日もあるだろう。けど、喜びや楽しさを感じられる日もある筈だ。そうやって、幸せに生きて欲しい。その幸せな人生を俺も一緒に支えてあげたい。そうやって、一緒に生きていきたい。

 

『……フェイトをお願い』

 

 ああ、任せてくれプレシア。あんたのその情に免じて、あんたのこれまでの行いには目をつむって、あんたの本当の優しい母親としての姿を信じて……貴方のそのささやかな望みを叶えるよ。

 いつまで一緒にいられるか、いつの日か別れの日がくるかもしれない。人生っていうのは何が起こるか分からない。けど、せめて一緒にいられる間はフェイトちゃんの事を支え続けるよ。だから、どうか……安らかに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間だ」

 

 その後はなのはちゃんも交えて少しばかり談笑していたがクロノのその一言で現実に引き戻される。重い空気が流れるが仕方のない事だ。仕方のない事だけど、俺にはまだフェイトちゃんとの約束を果たしていない。

 

「なぁクロノ、少しでいいんだ………どうにか出来ないかな?」

「し、慎司……」

 

 フェイトちゃんが大丈夫だからと口を開きかけるのを制してクロノを真っ直ぐに見る。

 

「僕もそうしてあげたいがこの面会も特別な処置なんだ。これ以上は……」

「頼む、少しでいい。1時間くらい欲しい」

「結構大きい要求だぞそれは」

 

 分かってる。けど、1時間くらいないとちょっと短いんだ。

 

「俺が言うのもなんだけど今回の外部協力者としてに免じてダメかな?本当に1時間有ればいいんだ。責任なら取るから………俺のパパンが」

「そこは自分って言いなよ」

 

 うるさいぞなのはちゃん。俺にそんな責任能力はねぇんだよ。父さん頼みなんですよ。そうやって頭を下げるとクロノは、はぁ…とため息を交えつつ

 

「分かった……1時間だ。1時間だけ許可しよう」

 

 少々苦笑いしながらもクロノはそう言ってくれた。苦労をかけてすまないとお礼をする、クロノは気にするなと言ってくれたが。

 

「大丈夫なのかい?」

「平気だ、1時間くらいならいくらでも言い訳がきく」

 

 アルフの問いかけにクロノはどうとでもなると言っているが俺は少々申し訳ない気持ちになる。ごめん、わがまま言ってばっかだな俺。この恩はちゃんと返そう。絶対に。が、それは後日だ。今は、せっかくクロノが与えてくれた時間、有効に使おう。

 

「よっしゃ!」

「わわっ!」

「わぁっ!」

 

 フェイトちゃんとなのはちゃんの手を取って引っ張るように走り出す。目指すはすぐそこにある公園。臨海公園は広くて遊ぶには申し分ない場所だ。ここでなら、短い時間だけど約束を果たすなら絶好の場所だ。

 

「遊ぶぞ皆んな!残り1時間休みなしでノンストップだ!」

「あ……うん!そうだね慎司君!遊ぼう!」

 

 すぐになのはちゃんは体勢を整えて俺と並走する。俺のノリにすぐ合わせられる所は付き合いの長いだけある。フェイトちゃんはまだ状況が飲み込めず戸惑うばかり。

 

「し、慎司?」

「言ったろフェイトちゃん!今度会った時はもっと話してもっといっぱい遊ぼうってよ!今度は沢山遊ぶ番だ、死ぬほど地球の遊びってやつ教えてやるよ!!」

「っ……うん!」

 

 嬉しそうに頷くフェイトちゃんも一緒になって走る。

 

「おーい!アルフ、クロノ、ユーノ!何ボッーとしてんだよ、お前らも来いよー!」

 

 全員で遊ぶんだよ!人数多い方がたのしいだろうが。

 

「お前らにも地球式に面白い遊びをしっかり教え込んでやるよ!」

 

 そう言うと3人は互いに見あってやれやれとしながらもこちらに走って向かってくる。1時間という短い時間だったけど俺たちははしゃぎにはしゃいで遊んだ。フェイトちゃんの楽しそうな笑顔を脳裏に焼き付けて、アルフの幸せそうな表情を焼き付けて、クロノの何だかんだ楽しんでくれてる笑顔も焼き付けて………それなりに長い間会えなくなるけど……それでも俺たちは笑顔を添えて別れを済ませた。あの笑顔を、脳裏に焼き付け……強くて尊い眼差しに変わった気高く優しい子。彼女のこれからの人生に……どうか幸あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別れを済ませた後、臨海公園には俺となのはちゃんとユーノだけが残された。何となく帰るのは寂しくて3人で海沿いの塀に座って海を眺めていた。太陽に照らされた海は輝きを放ちフェイトちゃん達の新たな旅路を祝福してるようにも感じた。

 

「行っちまったな……」

「うん……」

「それ、似合ってんぜ」

「えへへ、ありがと」

 

 別れ際、フェイトちゃんとなのはちゃんは自身が使っていたリボンをそれぞれ交換した。なのはちゃんはフェイトちゃんの黒いリボンをいつものツインテールの髪型で結んで使っている。普段使っている桃色のリボンとはかけ離れた色だけど意外と似合ってる。

 

「……………」

 

 静かに海を眺めてると何だかセンチメンタルな気分になってくる。そんな気分で色々考えてしまう。今回の事件の事、フェイトちゃん達の事、魔法の事。色々頭によぎって色々考えて俺は一つある事を思いついた。

 

「決めた……っ」

「え?何が?」

 

 俺は立ち上がって大きく息を吸い込んで海に向かって叫ぶ。

 

「救うぞ!今度こそ俺は救ってみせる!!」

 

 これからの人生、まだまだ俺を沢山の荒波が襲うだろう。苦痛や悲しみが襲いかかるだろう。今回のように手を差し伸ばしたけど助けれなかった命があったように。だから、下を向かず……前に進み続けるために誓おう。俺は、誓おう。

 

「これから起こる全ての出来事は、全部完全無欠のハッピーエンド!!そうしてみせる!それを掴んでみせる!!俺は……それができる男になってみせる!!」

 

 小さなことでも、今回の事のように大きな出来事でも俺が目指すのは完全無欠、ご都合主義上等のハッピーエンドだ。それ以外は目指さない、それ以外認めない。それを掴む事の出来る強い男になる。それをここで今誓う。

 

「俺は!荒瀬慎司は……もっともっと強くなる!頼れる男になるぞおおおおおおおお!!!」

 

 叫ぶ、在らん限りに感情をぶつけるように叫ぶ。それは悔しさもあったろう。けど、それ以上に俺は決意の感情を込めて叫んでいた。

 

「なのはも!なのはももっと強くなるよ!!」

 

 なのはちゃんも俺の隣に立って叫ぶ。一緒になって大声で叫んだ。

 

「慎司君と一緒にもっと頑張って強くなる!!」

「ああ、一緒だ。これからも一緒に頑張ろうぜ!!」

 

 子供2人、内1人は大人だが。そんな2人は周りを気にせず叫んで叫んで叫び続けた。フェレット姿のユーノはそんな様子を微笑ましげに見守っている。

 ハッピーエンドとはいかなかった今回の事件。だからこそ、同じような事が起きたのなら今度こそ俺は救うよ。ハッピーエンドを目指して救うよ。この誓いを胸に抱いて。

 俺達は忘れない、今回の事件も、フェイトちゃんの涙と笑顔も。プレシアの絶望と優しさも。俺達は忘れることはないだろう。それを抱えて、前を向いて……今日も明日に向かって進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 無印編本編はここでひとまず終了であります。次回A's編に入る前に蛇足(日常編)を数話挟みます。ひとまずはここまでお付き合いいただきありがとうございました!これからも閲覧等よろしくお願いします!

 これまで閲覧、評価や感想、誤字報告など皆様の応援に感謝を込めて。


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幕間
得意技と波乱の予感




 蚊取り線香の電気で繋がるやつ。あれマジ万能、超おすすめです


 

 

 

 

 

 

 

 フェイトちゃん達と再会を約束したあの別れの日から数ヶ月。元の日常へと戻った俺達はあいも変わらず楽しい日々も送っている。学校の授業に柔道の練習。友達との交流と日常の幸せを噛みしめて日々を過ごしている。

 さて、今日は日曜日。時間は夕方、俺は今高町家が経営している翠屋に足を運んでいる。実は今日、規模が小さいながらも柔道の大会がありそれに出場して優勝できた俺はそのお祝いで最早恒例と化した翠屋を貸し切っての俺の祝勝会に招かれている。とても嬉しいしありがたいことなんだけど毎回毎回こうやって開催されると申し訳なさと恥ずかしさも強まってくる。特に今日なんかは先日優勝を果たした県大会規模の大会よりも一回りも二回りも小さな大会なのだ。

 

「優勝おめでとう!慎司君」

 

 お酒を掲げて俺の持ってるジュースのコップをコツンと当てて祝杯をしてくれる士郎さんに頭を下げつつ周りを見回す。

 今日の大会の応援も最早毎回来てくれている俺の両親となのはちゃん達高町家、それとすずかちゃんとアリサちゃんも一緒だ。いや、本当に嬉しいんだけど毎度毎度来てもらっては申し訳ない気もするがまぁ、それは口に出さないで素直に祝福を受けることにした。そんな祝勝会もいつもと明確に違うのは俺の指導をしてくれている相島先生が参加してくれていることだろう。毎回士郎さんと俺のパパンの誘いを遠慮していたのだが今回は無理矢理連れて来ちゃったなんてパパンが言っていた。

 

「相島先生、お疲れ様です」

「おう慎司、お前も今日はお疲れ様だったな。優勝おめでとう」

「ありがとうございます、先生の指導のお陰です」

 

 来てくれた相島先生に挨拶も欠かせない。なんだかんだ料理や士郎さん達と柔道談義で楽しそうにはしていたので一安心だ。

 

「慎司……本当に強くなったな」

「ありがとうございます」

「だがそれ以上に、前よりも楽しそうに柔道をやるようになったな」

「そ、そうですかね?」

「ああ、今の調子で無理しすぎない程度に精進しろ。分かったな?」

「は、はいっ!」

 

 相島先生からの褒め言葉に胸が熱くなる。この人は練習日以外にも道場に顔を出して俺の自主練に付き合って指導してくれている。俺が前回の大会も今回の大会も優勝できたのはこの人の存在が大きい。日頃から感謝の気持ちを忘れないようしている。さて、せっかく皆さんが用意してくれた会だ。俺も思う存分楽しむとしよう。

 

「慎司君、はい。慎司君の分のケーキだよ」

「ありがとうすずかちゃん」

 

 すずかちゃんから取り皿に盛られたケーキとフォークを受け取り舌鼓。うーん、うまいなぁやっぱり。桃子さんのケーキ最高。本当、ケーキ作りの神様だよ。これが食べれるんだから幸せだ。フェイトちゃんも、俺が渡したケーキ美味しく食べてくれてるだろうか。

 

「慎司、あんた本当にすごいわねぇ………これで3回目の優勝じゃない」

「ははは、ありがとアリサちゃん。でも、今回は規模が小さい大会だったし。まだもっと凄い大会で結果を出さないと」

「でもそれでも凄い事だよ。今日なんか慎司君凄く余裕そうに全試合一本勝ちだったし」

「すずかちゃんにはそう見えたの?」

「うん、落ち着いてるなぁって感じたよ」

 

 ふむ、そう見られているのは意外に感じた。そりゃいくら小さい大会でも多少なりとも緊張やら何やらはしてるし。あたふたしていた訳でもないがそんな凄く冷静でいられた訳でもないと思ってたけど。

 

「何はともあれ優勝した事はめでたいんだから慎司も素直に喜んでなさいよ」

「そうだよ慎司君、私達も試合見てて凄く楽しかったから」

「おう、いつも応援に来てくれてありがとな」

 

 友達とはいえ毎回毎回こうやって応援に来てくれた子は前世でも皆無だった。それは別におかしな事じゃないし普通の事だけどこの2人の純粋な応援の気持ちはいつも試合で励まされている。ここ3回の大会は俺だけの優勝じゃない。皆んなの優勝だって思ってる。

 

「で、なのは……あんたいつまでそれ見てるのよ」

 

 一旦ジュースを飲んで喉を潤してからアリサちゃんが少し離れたテレビの前で微動だにしないなのはちゃんにそう声をかける。

 

「あと一回!あと一回だけだから!」

「それさっきも言ってたよなのはちゃん」

 

 とすずかちゃんは苦笑い。なのはちゃんはずっとあんな感じでテレビに釘付けなのである。何を見てるのかというとテレビで放送している番組ではなくテレビに繋いで出力したビデオカメラの映像だ。パパンが用意したもので、今日の俺の試合データである。俺の試合の1回戦から決勝まで全て何度もリピートしてずっと見ているのだ。一度この祝勝会が始まってから俺の試合の反省会も兼ねて相島先生と2人で見ていた時になし崩し的に全員で鑑賞する事になった。だから、一度皆んな目を通して各々談笑して食事を楽しんでいるのだがなのはちゃんは今現在に至るまでずっと1人で何度も見ている。

 何がそんなに楽しいのだろうか、一度見れば十分だろうに。

 

「前もそんな感じだったよな、なのはちゃん」

 

 俺の言葉に2人は苦笑い。前の大会、フェイトちゃんとの対決で俺の試合を見れなかったなのはちゃん。後日映像を見たいとゴネてくるのでちょうどいいってんでアリサちゃんとすずかちゃんも誘って試合の映像を見せたのだ。その時のなのはちゃんも

 

『わあ!わあ!すごいすごい!!』

『キャー!やった!一本っ!一本だよ慎司君!』

 

 と目を輝かせながら見ていた。いや俺らは皆んな知ってるしどうなったかもなのはちゃんに教えたじゃんかという俺の指摘は耳に入ってなかった。かく言う今回も

 

「やたー!また一本だ!慎司君の払腰やっぱりすごいよー!」

 

 この調子である。いや、もう何周も見てるのに何でそんな新鮮な反応なんだよ。怖いし恥ずかしいよ、俺が恥ずかしいからマジやめろって。

 

「今度は大内刈!流石慎司君かっこいい〜!!」

「…………くそがっ」

 

 くそぉ、強く言えない。あんなキラキラした目で言われてると恥ずかしいけど純粋にそう思ってるみたいだからなおたち悪い。

 

「うふふ、ごめんね慎司君。なのは慎司君の影響で本当に柔道好きになっちゃったみたいだから」

 

 見かねた桃子さんが俺にそうやって困ったように笑いながら口を開く。確かに前にもそう聞いたが更に拍車がかかってきた気がする。

 

「そんなに好きなら柔道始めないんですか?」

 

 アリサちゃんの最もな疑問に桃子さんうーんとうなりながらも

 

「確かに柔道は好きみたいだけど、純粋に見る事が好きみたいなのよね。特に慎司君が柔道してるのを」

 

 完全に影響されてんじゃねぇか俺に。そういえばゲームとか前よりやるようになったのも俺に影響されてだった気がする。最近またスマブラ強くなってたし、アリサちゃんやすずかちゃんもまた影響受けてきたしな。

 

「まぁ、確かになのはちゃんが柔道してるのは想像つかねぇな」

 

 俺のその言葉に3人ともうんうんと頷く。なのはちゃん、どちらかと言うと運動音痴だしな。柔道で怪我をしない為の受け身の練習で怪我をしそうだ。

 

「まぁでも、本当に柔道好きみたいなのよ。この間も柔道の世界大会録画してみてたのよね」

 

 おい、ガチじゃねぇか。まだまだ加速しそうじゃねぇか。俺もうこれ以上辱めを受けるの辛えよ。泣くぞ本当に。恥ずかしくて泣くぞ。

 

「にゃはは、ごめんね待たせちゃって」

 

 やがて満足したのかホクホク顔のなのはちゃんが戻ってきた。何でだよ、今回の映像なんか生でも見てたろ。何でそんな満足気なんだよ。

 

「俺が一体何をしたって言うんだなのはちゃん!!」

「なにがっ!?どうして泣いてるの!?」

「お前が俺を泣かせたんだよぉ!!」

「とんだ濡れ衣だよ!?」

 

 濡れ衣でも無いんだよなぁ……。もういいよ好きにしろよ。今後も俺を誉め殺してしまえよ。

 

「あはは、なのはちゃん満足した?」

「うん、すずかちゃん!やっぱり柔道してる慎司君が一番カッコいいよね〜」

 

 お前は俺の恋人か。惚気みたいに言うな。

 

「確かに慎司は柔道してる姿が一番男らしいわよね」

 

 アリサちゃんが俺の方をニヤニヤしながらそう言ってくる。なんだ?揶揄ってるつもりなのか?

 

「だよねだよね!柔道やってる時が一番輝いてるよね!」

 

 そう言うことかテメェゴラァ!煽るな!その暴走機関車を煽るんじゃない!

 

「柔道着着てる時雰囲気が一変するもんね。確かにあれはかっこいいかも」

「分かる〜、すずかちゃんもそう思うんだ!」

 

 おいすずかちゃんこら、やめなさいよ。本当にやめなさいよ。やめろって恥ずか死ぬって。俺の2度目の人生死因恥ずか死になっちゃう。

 

「おいやめろ、マジやめろ」

「ん?何、慎司君?」

「ほっぺ伸ばすぞコラァ!!」

「えっ!何そのテンション!?」

 

 貴様が原因じゃバカタレェ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ〜、ひどいよ。なのはが何したって言うの〜?」

 

 ほっぺをさすりながらそう言うなのはちゃん。つい力が入ってしまったのはごめんだけどまぁ、俺の恥ずかしさも分かってほしいところである。まぁ、そうやって褒めてくれる事は嬉しいんだけどね?照れがね?ちょっとね?今回だけ勘弁してくださいな。

 

「なのはちゃん、桃子さんが言ってたけどプロの柔道の試合も見たりしてるんだってね?」

 

 すずかちゃんの言葉になのはちゃんはうんっと頷く。実際柔道にはプロという言葉は不適当だがまぁそこら辺は何も言うまい。

 

「本格的に好きになったのね、ちなみに見てて好きな技とかあるわけ?」

 

 あ、それは俺も気になる所だ。アリサちゃんナイス質問、俺からじゃなんだか聞きづらいような気がして聞けなかったんだ。

 

「うん、と言ってもその技は柔道選手の試合見て好きになったわけじゃないんだけどね」

「というと慎司が使ってる技ね?」

「その通りだよ、私が一番好きな技はね………前回の大会の決勝戦で一本を決めてた『一本背負い』だよ!」

 

 ピクッと心臓が跳ねた。……そうか、一本背負いか。よりによってその技か。

 

「応援に行けなかったからビデオの映像でしか見れなかったのが残念だったけど、すっごいドキドキして興奮しちゃったんだ。慎司君の一本背負い」

「そういえば慎司君、今日の試合じゃ一回も使ってなかったね」

「今日どころかこの間の決勝戦以外じゃ見た事ないわよ」

 

 そして、今世では練習ですら一度も使った事は無かったはずだ。あの時の決勝戦、とにかく必死だった事しか覚えてない。俺もビデオを見てようやくどんな試合展開だったか細かく思い出せたくらいだ。終了間際、優勝したくて。俺の優勝がきっとなのはちゃんも元気付けられるかもしれないって思って、そう思ったら体が勝手に動いていた。前世では数え切れないほど練習して試合で発揮した一本背負いだが今世では一度も使った事は無かった筈なのに、あの強敵相手を投げれる程の威力を発揮していた。他の技や技術は体が変わった事によって改めて鍛え直す形になったのに一本背負いだけはすんなりと出来た。勿論、最後の終了間際の相手の油断と奇をてらった形になった事も一本を取れた起因にはなっているだろうけど。

 それでも不思議な事だった。

 

「慎司君は、どうして一本背負いあんまり使わないの?」

 

 なのはちゃんのもっともな疑問に思考を止めて答える。

 

「あの時はたまたま使っただけだよ。普段使ってない技が運良く決まっただけだ」

「そうかしら?素人目だけど慎司が使ってるどの技よりも一本背負いが綺麗でカッコよく見えたけど?」

 

 ぐっ、アリサちゃん鋭いな。流石に下手な嘘じゃ誤魔化せないか。

 

「そ、それはだな………」

 

 言葉が出なくなる。一本背負い、俺の得意技で決め技で相棒みたいなモノ。しかしそれは前世の話だし、使わなくなったのも理由があるにはあるが何て説明したらいいのか。前世の話だから素直に話すわけにもいかないし。

 

「まぁまぁ、慎司君がどんな技を使うのかは慎司君が決める事だもん。一本背負いもたまたまだったみたいだし」

 

 俺が言葉に詰まっているのを見てすずかちゃんがフォローするようにそう口を開く。その言葉にアリサちゃんはそれもそうねと納得してくれてそれ以上追求してくる事はなかった。

 

「でも、慎司君の一本背負い本当にカッコ良かったからもう一度見てみたいなぁ………」

 

 空気を読んでか読まずかそんな事を言うなのはちゃん。

 

「慎司君には一本背負い似合ってるような気がするんだ。ごめんね?勝手にそんな事言って」

「ああ、いいんだよ。なのはちゃんがそこまで言うなら使えるように練習する事も検討してみるよ」

「本当?慎司君がカッコ良く一本背負いで投げる姿見るとね?何だか勇気づけられるような気がして胸が熱くなるからいいなぁって思ってたの。あ、でもでも……慎司君が合わないなって思ったなら全然なのはの事なんか気にしないで練習しなくていいからね!」

「ははは、分かってるよ。そんな気負わなくていいから」

 

 と言っても、俺が自発的に柔道に一本背負いを取り入れる事は今世では無さそうだけどな。何せ、前世で柔道を続けないで辞める事になったきっかけもその一本背負いだったんだから。

 

「さて!腹も膨れてきたし………ゲームでもすっか!」

 

 流れを断つように手をパンと叩いてそう言う。3人とも口を揃えてさんせーい!と声を上げてくれる。大人達は大人達でまだまだ盛り上がってるみたいだし俺たちは俺たちでこの祝勝会を楽しませてもらおう。

 祝勝会は大いに盛り上がり夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、なのはちゃんがビリねー」

「あー!また負けた〜」

 

 とある日の放課後、柔道の練習はなく俺も定期的に体を休める為に自主練もこなさない日である。というわけで予定も合ったので俺の家でいつもの4人でトランプで遊んでいた。崩れ落ちるなのはちゃんを見やりつつトランプを再びかき集める。ちなみにやっていたのはババ抜きでなのはちゃんの三連敗である。悲惨である。

 

「何で皆んなババ引かないのー?」

「なのはちゃん、表情にでやすいし」

「ババに指置くたびに肩ビクッてさせられたらそりゃ分かるわよ」

 

 すずかちゃんとアリサちゃんにそう言われて自分でびっくりしているなのはちゃん。いやいや、まさにその通りだから。俺の方見たって同じだよ。

 

「し、慎司君もそう思うの?私分かりやすいかな?」

 

 そんなうるうるした目で見るなよ。実際に分かりやすい事はわかりやすい。この2人の観察力も小学生とは思えないほど良いとは思うけど、それでも負けの原因はなのはちゃんの分かりやすさだ。

 

「うーん、まぁ分かりやすいというより……」

 

 ここは慎重に言葉を選ぼう、なるべく傷つけないように。そうだな、うーん。

 

「単純だな。シンプルってやつだよ」

「………あれ?それ馬鹿にされてる?」

「恐らくな」

「何で疑問系なの!」

 

 間違えたんだバカやろう。ごめんなさい。

 

「単純っていうのは間違えたな。そう……お茶目だお茶目」

「お茶目とはちょっと違うと思うけど……」

 

 じゃあ何て言えばいいんだ……。

 

「……やっぱり分かりやすいんじゃない?」

「諦めないで!色々考えてたでしょ!?悪くない言い方!頑張って!」

「ポンコツ」

「よりひどい!?」

 

 がっくしとorzになるなのはちゃん。いや、そんなショック受けるなよ。そうでなくてもトランプなんか勝率悪いだろ。

 

「まぁでもそんなポンコツなのはちゃんだって俺やすずかちゃんとアリサちゃんに負けてない所があるさ」

「そうだよなのはちゃん、そんながっかりしないで」

「うぅ……ありがとうすずかちゃん。慎司君、またポンコツって言ったぁ……」

 

 そこは引っ張るなよ。

 

「なのはが私達に負けてないところ………そうね」

 

 アリサちゃんうーんと首を傾げて考える。

 

「勉強は……全体的な成績は俺達の方が上だしな」

 

 うぐっと何かに刺されたような動作をするなのはちゃん。2人は規格外だし俺は前世の知識があるからそれはしゃーない。

 

「運動は……なのは苦手だしね」

 

 アリサちゃんのぼやきに全員苦笑い。それはもう諦めよう。仕方ない。人間良し悪しあるもんだし、それに改善出来なくもない事だ。頑張ろうなのはちゃん。

 

「うーん、ゲームもどちらかと言えば負けの方が多いもんね……」

 

 なのはちゃんトランプゲームとかは基本弱いし、スマブラとかポケモンとかのジャンルならある程度強くなってたけどそれ以外はなぁ……。

 

「あれ、私もしかして本当にポンコツ?」

「おまえあれだ……きっとこれから見つかるっていい所」

「諦めないでよっ!?慎司君だけが頼りなの!」

 

 そう言われても……魔法って言う才能はあるけどここで言うわけにはいかないし。

 

「あっ!あるじゃんなのはちゃんが俺達よりいい所」

「え?何何!どんなの?」

「素直で騙されやすい所!」

「叩くよっ!?」

「それは主に慎司に対してでしょうが」

 

 アリサちゃんのそんな呟きはなのはちゃんが怒ってポカポカして騒ぐもんだから全く耳に入らなかった。

 

「あー、怒るな怒るな。はい、これ飲んで落ち着けって」

「えっ?あ、ありがとう…………何これ?」

「プロテインの粉」

「せめて水混ぜてよぉ!」

「粉を飲む事に変わりはないかと思って」

「変わるよ!飲みやすさとか味とか色々!」

「……貴様プロテインに喧嘩売ってんのか?」

「なんでそうなるの!?」

「……私とすずかの飲み物もプロテイン混ぜた奴なの?」

「いや、2人は違うよ……豆乳」

「……いや嫌いじゃないけど普通こういう時に出す飲み物とは違うんじゃないかな」

「とろうぜ、タンパク質」

「この脳筋め……」

 

 いやちょうどお茶とジュース切らしちゃってそれしか無かったのよ。今ママンが買い物ついでに買ってきてくれると思うから。

 

「ほれほれ、飲み物飲んで少し休憩したら続きやろうぜ」

「このままじゃ飲めないよ……」

 

 水に溶かしてやるからそんな悲しそうな顔するなって。

 日常の特別に面白いわけでもない。特に平凡なちょっとした一コマであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある場所のとある研究所内。コツコツと足音だけが反響している。慣れ親しんだ道を迷う事なく進み目的の部屋にノックもせずに入る。先客が1人、机に資料を広げて文字を何度も書き殴りうなりながら何事か考えている。

 

「ユリカ、そろそろ帰ろうか。慎司もそろそろ練習から帰ってくる頃だぞ」

「あら、もうそんな時間?」

 

 壁の時計を見やるとギョッとした顔をしてすぐに乱れた髪と服を整える。研究者として恥も外聞もない乱れ切った外見からきっちりとした母親としての顔に切り替える。

 

「ごめんなさいね信治郎さん、わざわざ迎えに来てくれて」

「いいさ、どうせ転移ですぐだしな」

 

 資料を簡単に片付けてさて家に戻ろうかと言うところでふと机の上にある資料とは別に大事に保管されてあるガラスケースを見る。中にはそれを保存する為の培養液にその液の中で浮かぶ小さくて丸い光った物体。

 

「………慎司に話さなくてよかったのか?」

「言えないわよ………最終的にどうなるか分からないんだもの」

 

 ケースを改めて大事に仕舞い込んでユリカはそう言う。まぁ、確かに不確定な事を言って変に考えさせるのは父親としてもしたくなかった。魔法の事はバレてしまったがそれでも慎司にはまだこの事は話せない。

 

「それよりもこれ、見てちょうだい」

 

 妻から手渡される資料を受け取り目を通す。これは………。資料を持つ手が自然と力んだ。

 

「闇の書………もう既に新たな主に元に顕現したのか?」

「分からないわ、ただ部下にずっと闇の書の魔力を観測させていた中で微弱とはいえ反応があったのは確かなのよ。と言ってもこの程度じゃ計器の誤作動の範囲内なんだけどね」

「そうか………」

 

 それならば例え顕現していたとしても何処に現れたのかは掴めない。次元世界すら超えて現れる代物を探すのは不可能だ。

 

「また後手に回ってしまうのか」

「まだ顕現したかどうかも分からないわ。焦らないで」

「ああ……そうだな」

 

 次こそはと思いつい冷静さを見失いそうになる自分を戒めつつ、過去の記憶が蘇る。

 

「……クライド提督」

「……………」

 

 静寂が訪れる。自身が尊敬していた戦友であった男の名前。そして、闇の書が原因でその命を失ってしまった男の名前でもある。

 

「………久しぶりにリンディさんとクロノ君に顔を合わせたが……それなりに元気にしてるようでよかった」

「……そうね」

 

 ふうと息を吐き出して悲しみに包まれた思考を振り払う。

 

「ありがとう、とりあえずこのデータはグレアム顧問官にも見せてみるよ。あの人なら何か探っているかもしれない」

「分かったわ………さて、慎司が帰ってこないうちに私達も戻りましょうか」

「ああ」

 

 この先、何か波乱の出来事が起きそうな予感がする。しかし今は、慎司とユリカとの家族の時間を過ごそう。自分にとってなによりも大事なのは……かけがえのない家族たちなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 あと一話だけ挟んでその次から闇の書編となります


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メイド騒動

 途中で何度も俺は一体なにを書いてるんだ……と思って筆を置いたせいで難産に。まぁ、くだらなくてツッコミ所満載の話ですけど慎司君らしいといえばらしいのでたまにはこんな変な話もあると言う事で一つよろしくです。


 

 

 

 

 割と都会な街並みを人混みに紛れて歩く。俺が通ってる大学の近くは都会ほどじゃないにしろ建物も多く人も多い。今日の分の大学の講義が終われば時間さえあればいくらでも遊びに出かけるのには困らないくらいは色々充実している。人をかき分けつつ当てもなく歩いていると退屈そうにしていた友人がふと自身のスマホを覗いて。

 

「あ、葉月もこっち向かってるってよ。あと30分くらいでつくってさ」

「そっか、その間適当にカフェでも行って休んでようぜ」

「そうだな」

 

 俺の提案を友人はすんなり受け入れる。するとあっと何か思い出したようで

 

「そういえばよ、ここの近くに新しいカフェ出来たの知ってるか?」

「いや、知らん」

「ならそこ行ってみようぜ」

「別にいいよ」

 

 ぶっちゃけカフェなんて座ってお茶できるなら何処でもいい。

 

「それにしても優也、よく知ってたなそんな情報」

「バーカ、太郎が気にしなさすぎなんだよ」

 

 そうなのかな?まあ、別にどうでもいいけどさ。とりあえず葉月にその新しいカフェで待ってる事をメールで伝えておこう。

 

「あったあった、あそこだよ」

 

 優也に連れられ歩いて数分ほどで目的のカフェに着いた。確かに比較的綺麗で新しく見える。中に入って店員に案内され席について注文を済ます。そこまで終わったところで俺は優也に言わずにはいられなかった言葉を放つ。

 

「何で店員さん皆んなメイド服なんだよ」

「店のコンセプトらしいぞ」

「どんなコンセプトだよ」

 

 メイドカフェとは違うんだろうな。あのキャピキャピしてる感じじゃなくあくまで店員がメイド服の格好をしてるだけだ。と言ってもお店のレベルが高いのか所作や動作一つ一つが上品に感じた。飲み物を待ってる間に談笑してると優也がそういえばと前置きをして

 

「お前の例の大会の決勝戦の相手、復帰してもう柔道の大会にも出てるらしいぞ」

「………何でお前が知ってるんだよ」

「俺の知り合いがたまたまそいつの知り合いでな。話を聞いたんだよ」

 

 本当かね全く。まあ、いいけど。

 

「………マジな話さ、お前がもう決めた事だから余計なお世話だとは思うけどさ」

 

 少々口籠もって言い辛そうにする優也だが、ハッキリと俺に告げる。

 

「もう結構なブランクになっちゃったけどよ、今からでも柔道始めてもいいんじゃないか?」

「…………………」

「あんだけ頑張って結果も残してたんだし。いやごめん、無神経だった………忘れてくれ」

「いいんだ、心配して言ってくれてるのは分かってる。ありがとな」

 

 優也とは葉月同様中学からの長い付き合いになるが、ハッキリと大切だと思った事は口にするタイプだ。あいつなりに大切な事だと思ったのは理解していた。

 けど今から再開してもこのブランクはでかい。それこそ、中途半端に辞めた自分を恨むだろう。だからこそあの日その決断を下した俺の為にも柔道着に袖を通す事はないだろう。

 

「……まぁ、俺としてはお前が柔道やらないならこうやってつるめる時間も増えるからいいんだけどよ」

「何だよそれ」

 

 恥ずかしい事言うなって。

 

「おーす、お待たせ」

「お、葉月早かったな」

「でしょでしょ、ちょっと時間盛ったから」

「何でだよ」

 

 注文したコーヒーより早く来てんじゃねぇか。お前が30分かかる言うからここに寄ったのに。

 

「にしても優也も太郎もメイド服に興味あったの?私が今度着てあげよっか?」

「いや、いい」

「吐きそう」

「はっ倒すぞ」

 

 こえーよ。たまたまそうだっただけと話がめんどくさくなりそうだったのでそう告げて折角なので葉月もコーヒーを注文する。

 

「お待たせしましたご主人様」

 

 結構本格的なのな店員さんも。先に頼んでいた俺と優也の珈琲を目の前で上品に注いで最後に優雅にごゆっくり……と告げて去っていくメイドさんに目を惹かれた。

 

「太郎、何ずっと店員さん見てるの?」

「ストーカーみたいな目してるから止めとけよ」

「いや…………いいな、悪くないぞメイドさん」

「うわ、キモイ」

 

 葉月の割とマジな呟きに少々傷ついたのは内緒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メイドさん雇いたい」

「まーた始まった」

 

 アリサちゃんがため息混じりにそう呟く。場所はすずかちゃん邸。すっかり通い慣れた印象になったすずかちゃん邸。いつもの4人でお茶会的な事とゲームしたり動物と触れ合ったりと遊びに来たところである。ちなみに今はお茶を頂いてゆっくりしてる所だ。だがこうやって毎度すずかちゃんの家にお邪魔するとどうしても思ってしまうのだ。

 

「メイド服……カチューシャ……」

「どんだけメイドさん好きなのよ」

「アリサちゃんには分かるまい……俺がどれだけメイドさんを渇望してるか」

「分かりたくもないわよ」

 

 ああいいなぁ、メイドさん。上品な振る舞いでお茶のおかわりとお菓子の補充をしてくれる月村家のメイドのノエルさんをチラッと見る。所作も完璧、寡黙で綺麗なイメージだ。理想のメイドさん像。

 

「ノエルさんノエルさん、知り合いにフリーのメイドさんとかいません?」

「申し訳ありません、フリーのメイドの知り合いはいないですね」

「フリーのメイドさんって何?」

 

 なのはちゃんのツッコミは適当に流しつつ、それよりもメイドさんである。

 

「慎司さ、メイド雇うのにどれくらい掛かるか分かってるの?」

「知ってるよ調べたもん」

「調べたんだ……」

 

 すずかちゃんなんでちょっと引き気味なんだよ。いいじゃん調べたって興味あるんだから。

 

「そりゃ俺みたいな子供じゃ、というか普通の稼ぎの大人でも雇うのは厳しいのは分かってるさ」

 

 そもそもメイドさん雇うのだってすずかちゃんやアリサちゃんみたいな豪邸に住んでいる人が広すぎて家事や身の回りに手が回らないから雇ってるのであって普通の家じゃ出番なんてほとんど無い。よほど家事やるのが嫌な人くらいだろ。

 

「でも憧れないか?自分だけに尽くしてくれる自分だけのメイドさん」

「慎司君の場合お金の関係だけどね」

「おいその言い方やめろ」

 

 なのはちゃんそんな廃れた物言いするなって。なんか目が死んでるし。まぁ、いつも俺がメイドの話をするとそんな目してるけど。

 

「自分だけのメイドさんに上品な仕草で『コーヒーのおかわりはいかがですかご主人様』って言って欲しい」

「はい慎司、おかわりいる?」

「台無しだよ」

 

 あー、所作もクソもない入れ方で注いでくれちゃってまぁ。ありがとうアリサちゃん。

 

「なのはちゃんなのはちゃん、ちょっとやって……」

「やだもん、絶対やらない」

「まだ言い切ってないだろ」

「もう慎司君に乗せられてメイドさんの真似なんてしないもんだ。どうせまた揶揄うんでしょ?」

「まぁその通りだけど」

「否定してよ!」

 

 しばらくそのノリには付き合ってくれなさそう。ちょっと以前にからかいすぎたかな。まあ仕方ない。そんなこんなでメイド談義をして今日はお別れをした。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、学校に登校して授業を受けても俺の頭からメイドさんが離れなかった。昨日ちょっとメイドの話題を長く話しすぎたせいだろうか。将来どうやって雇おうかとかうまい方法ないだろうかとか自分でもアホな事だと思うことを考えていた。

 

「じゃあこの漢字の読みを……荒瀬君、答えてください」

「メイドです」

「正解です。これは『冥土』と読みます。すこしイントネーションがおかしかったですが荒瀬君よく出来ました」

 

 あっぶね!奇跡的に正解したけど今何も考えずにメイドっつってた。ヤバイぞ、今日の俺はなんか変だ。いつも変だけど今日は特にヤバイ。頭からメイドさんが離れない。

 

「慎司君、授業中もボッーとしてたけど大丈夫?」

 

 休み時間、なのはちゃん達3人が俺を心配して様子を見に来た。

 

「いや、大した事じゃないんだ。ちょっと考え事しててな」

「悩み事?慎司君がよかったら相談に乗るよ?」

「あんた1人で考えたってろくな事思いつかないんだから素直に話しなさいよ」

 

 そう言ってくれるすずかちゃんとアリサちゃんの友情に涙が出そうになる。

 

「慎司君、大丈夫だよ。なのはも力になれる事ならいくらでも協力するから」

 

 うぅ、いい奴だなお前ら。持つべきものは友達だな。ここまで言ってくれたんだ。俺も正直に話すのが筋だろう。

 

「実はな?メイドさんについて何だけど」

「「「解散っ!」」」

「え〜?」

 

 まぁ予想はしてたよ。3人とも綺麗にはもって席に戻っていったよ。なんやねん。けど本当にさっきからメイドさんが頭から離れない。なんだ?洗脳されたのか俺は?ンなわけねぇけど。

 別の事を考えようにも気がついたらメイドさんの事を考えている。ああ、まだ見ぬ俺のメイドさん。果たして未来で会えるのか?

 …………いややべえって。本当に今日の俺おかしいって。言ってるそばからだよ。助けて。メイドに洗脳されてる。

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になっても脳内メイドさん談義は続いていた。何だろう、モヤモヤする。根本的になんでこうなってるか分からないとずっとこうな気がする。

 

「はぁ……帰ろ」

 

 ため息つきつつ帰り支度をする。今日は3人とも用事で俺は1人で帰る。なんか久しぶりな気がする。練習も相島先生が所用で急遽休みになったし自主練する気も起きないからさっさと帰ろう。

 そう思い帰路に急いで廊下を早足で歩いていると

 

「あなた、メイドさんの事を考えていますね?」

「誰だお前」

 

 知らない奴に話しかけられた。学校の制服着てるからここの生徒だろうけど、眼鏡をかけた細身の男だった。

 

「失礼、私は『明 土太郎』と申します。貴方と同じ三年生です」

「めい……どたろう?」

 

 そんな面白い名前の同級生いたのか。いや、人の名前をそう思うの良くないけど。

 

「んで?土太郎、俺になんか用かよ?」

「ふふふ、先ほども言ったでしょう?メイドの事を考えていますね?」

「………お前、なんで分かった?」

 

 え?初対面の子に思考見破られてんだけど。しかもめちゃくちゃ恥ずかしい思考してる時に。

 

「当然です、貴方からメイドの波動を感じましたからね」

「メイドの波動て」

 

 一瞬魔法の関係者を疑った俺がアホだった。こいつはただの中二病だ。ほっとこう、俺もそう思われるのはごめんだ。

 

「そかそか、んじゃ俺は帰るんで」

「待ちなさい」

 

 肩を掴まられる。軽く振り払おうとするが……え?こいつ力強い!?

 

「な、なんだよ?」

「荒瀬慎司君」

「どうして俺の名を?」

「貴方この学校では結構有名ですよ?」

 

 あ、そうなんだ。へぇ、まぁ柔道でも結果とか出してるし友達も結構増えたしその影響かね?いや違うな、多分クラスメイトとかと大人数で色々やったからな。悪い事じゃないぞ?学校辞めちゃう先生にサプライズとかそう言うの。

 割と結構目立った学校生活歩んでんな俺。

 

「貴方、気持ちを抑えていませんか?」

「な、なんの事だよ?」

「メイドさんを愛するその心です」

「お前、何なんださっきからメイドメイドって」

 

 俺も人の事言えんけど。

 

「ふふ、何を隠そうの明土太郎……貴方と同じメイドさんを愛してやまない者なのです」

「ピッタリな名前だなおい」

「そして、私はずっと探していたのです……私と同じ志を持った同志を!」

「それが俺だと?」

「その通りです!」

 

 ビシッと俺を指差して土太郎は続ける。

 

「貴方には才能があります!この思想を広める才能が!」

「いらんわそんな才能」

 

 どうせなら柔道か魔法の才能がいいわばかたれめ。

 

「私は確信しています!荒瀬君!君なら世界を変えれると、すべての人をメイド好きにできる世界に!」

「悲惨な世界だなおい」

 

 何だこいつは、何が目的なんだ?

 

「その思想広げてどうしたいんだよ?」

「私はただ同志が欲しいだけですよ。メイドさんを愛する同志がね」

 

 危険な宗教みたいじゃねぇか。確かに俺もメイドさんは好きだが、そこまで広めたいとかそんな思想はねぇから。

 

「盛り上がってるとこ悪いが俺はそこまで自分の考えを広めたいわけじゃねぇよ。同志探しなら他を当たりな」

「……貴方の悩みを解決できる……そう言ってもですか?」

「は?」

「貴方の頭からメイドが離れない、悩んでますね?その事に」

「だからなんで分かるんだよ」

「メイドの波動です」

「お前凄すぎるだろ」

 

 怖いよ。本当に怖いよ。けど、その悩みが解決出来るってのは興味深い。

 

「どうすれば悩まずに済むんだ?」

「簡単です、その気持ちを我慢せず解放すればいいのです」

「解放?」

 

 土太郎曰く、俺が頭からメイドさんが離れないのはその気持ちを発散できてないからだと言う。溜まりに溜まったその思いが俺の頭を支配してるのだそう。長い期間発散できないとそうなるらしい。なんだそれ、メイド好きの宿命なの?けど少し俺も一理あると思ってしまった。何故ならば俺のメイド好きは前世から続いているのだ。前世からの気持ちも含めて溜まりに溜まったと言われると納得する部分もなくはない。

 いやねぇよ、何でだよ。でも実際頭からメイドが離れてないのも事実。

 

「解放するって言ってもどうすれば?」

「単純にメイドさんを雇ってその欲望を解放する事です。しかし、子供の身である私達にはそれは難しい事でしょう。ですので、もう一つの方法を取る必要があります」

「もう一つの方法?」

「はい、それはですね………」

 

 俺はその方法を聞いてすぐに実行に移す事を決めた。なり振り構ってる場合じゃない。とにかく早く頭の固定されたメイド思考を追い出したかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に翌日。朝。

 

「あれなのは、慎司は?」

「うん、何か慎司君のお母さんが先に朝早くもう出ちゃったって。何か学校に用事でもあったのかな?」

「そうなんだ、後で慎司君に聞いてみようよ」

「そうね」

 

 確かに気になるところではある。高町なのはは少し疑問を抱いていた、別に朝早く自分達より早く出た事はいい。しかし、意外にしっかり者の慎司なら事前にメールで連絡くらいしてくれそうなものだと思ったからだ。

 よほど切羽詰まってたのか、単純に忘れてしまったのかは分からないが。まぁ、すずかちゃんの言う通り学校で会ったら聞けばいいかと頭の隅に置いた。他愛のない話をしながら3人で学校に向かう。校舎が見えてきた所で妙に騒がしいのと学校が異様な雰囲気に包まれている感じがした。

 

「な、何だろう?」

「妙に騒がしいわね」

 

 3人とも怪訝な顔で校舎に近づくと騒ぎの中心に誰がいるのかすぐに分かった。

 

「皆さん!!メイドです!世の中にメイドさんは必要なんです!気付いてください、メイドの素晴らしさに!!」

「………………」

「………………」

「………………」

 

 絶句する。校庭で騒いでいる慎司を見て3人は絶句した。メガホン片手にビラらしきものを配りながら訳のわからない事を叫んでいた。頭を抱える。ああ、何をやっているんだあのバカは。

 

「ちょっと慎司!うるさいわよ朝っぱらから!!」

 

 こう言う時に頼りになるアリサちゃんがずかずかと慎司君に近づいてそう大きな声で伝える。

 

「おおアリサちゃんおはよう!今日もいいメイドさん日和だなぁ」

「何わけ分かんない事言ってんのよ!いいから辞めなさい、先生に怒られるわよ」

「アリサちゃんも着てみないか?メイド服」

「話を聞け!」

「メイドを知れ!」

 

 あぁ、いつも以上に話が通じない。なんだ、とうとう頭でも打ったのだろうか。メイドさんを欲しすぎておかしくなったのだろうか。

 

「ああ〜!あのバカ一体どうしたのよ!?」

 

 イライラした様子で戻ってきたアリサちゃんをすずかちゃんがまぁまぁとなだめる。

 

「でもおかしいね、こんなに騒いでるのに先生が誰一人止めに来ないなんて」

 

 すずかちゃんの言葉に確かにと頷く。結構な大声だ、学校中には響いているだろう。けど誰かが止めに入る気配はない。ちょうど通りかかった女性の先生に事情を聞いて見ることにした。

 

「ああ、あれね」

「どうして誰も止めないんですか?」

「うーん、実はね校長先生直々に好きにやらせてあげなさいって職員全員に通達があったのよ」

「えぇ………」

 

 どう言う事だろうか?校長先生が許可をした?この意味の分からない演説を叫ぶ事を?

 

「そう言えば荒瀬君が配ってるあのチラシをホクホク顔で眺めてたわね」

 

 先生がそう言葉を漏らすのですずかちゃんがさりげなく慎司君にバレないようにチラシを受け取って戻ってくる。すごいすずかちゃん、忍者みたいだった。3人でチラシを覗き込むとそこにいかにメイドさんが素晴らしい存在なのかという題目でイラスト付きで長々と語られていた。

 一瞬興味ないはずの私達も引き込まれそうになる程の文章力で戦慄した。

 

「校長先生……慎司君に抱きこまれたのかな?」

 

 私のその言葉に2人は苦笑いでおそらくそうだろうと頷く。ああ、元々その素質があったのかは分からないが慎司君のせいで校長先生がメイド愛に目覚めてしまったようだ。

 

「うう、やだなぁ……幼馴染が変な人間なのも嫌なのに更に醜態を晒されると私まで鳥肌立ってくるよぉ」

「な、なのはちゃんちょっと口悪いよ……」

 

 そうは言ってもねすずかちゃん。本当に頭を抱えてしまうような事態なんだよ。このまま、まさかずっとあんな調子でいられたら私まで狂ってしまいそうだ。

 

「まあ、すぐに収まるわよ。誰も見向きもしてないからね」

 

 そう言って先生は校舎のほうに戻っていった。確かに先生の言う通り慎司君はかなり目立ってるが話をまともに聞いている生徒はほとんどいない。ふざけてチラシを受け取っている子も何人かいたがあの調子だとゴミ箱行きだろう。

 

「まぁ、たまにおかしくなるのも慎司らしいし……」

「アリサちゃんの言う通りだよ。確かにいつもより……その……変だけどそんな深刻にならなくてもいいんじゃないかな?」

「うーん、そうだよね」

 

 どうせすぐに元に戻るだろう。チラシにも書いてあったがただメイド好きの同志を広めたいと書かれていた。この意味不明な演説で人が集まるとも思えないし慎司君も飽きたら元に戻るだろう。相手にするのも疲れるので今は放っておこう。

 私達3人はそう結論づけてとりあえずは慎司君の好きにさせることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後

 

 

「えぇ………」

「人……増えてるね」

「いつの間に……」

 

 朝の登校。ここ数日は慎司君は演説で一緒に登校はしていなかった。なので、3人で学校に赴くとどうしたことか昨日まで慎司君ともう1人……明土太郎君?だったかな?この2人で演説していたのが今日は一気に増えて数十人規模で演説をしていた。

 ここ数日は学校が始まるまでは演説をして休み時間にも毎回各学年のクラスを回って広報。その情熱はもっと別方面に向けて欲しい。放課後も自身の柔道の練習に間に合うギリギリまで演説と忙しない日々を送っていた。柔道の練習はちゃんとこなしていた事は何故だかとっても安心した。

 

『メイドさんは素晴らしいんだ!とても尊い存在なんだああああ!!気付いてくれ!皆んな!メイドさんの素晴らしさにいいいいいいい!!!』

『おおおおおおおおメイドおおおおおお!!』

『メイドたーん!メイドたーん!!』

『僕にコーヒー入れてくださーい!』

『ご奉仕してくださーい!!』

 

「「「地獄だ」」」

 

慎司君を含めたメイド好きに目覚めてしまった人たちの演説内容だ。ほとんど演説になっていなかったがそれはどうでもよかった。

 

「ね、ねえ?どうしよう、このままもっと増えたりしないよね?」

「さ、流石にないよ。あ、あはは…」

「そろそろ慎司も……あ、飽きるわよ…ね?」

 

 アリサちゃんとすずかちゃんは不安げだ。私も不安だ。どうしよう、このまま知らないフリをしたい気持ちを頑張って抑えて私は慎司君を止めるべく演説をしているあの集団に近づいていく。

 

「な、なのはちゃん!」

「危ないわよ!」

 

 すっかり危険集団扱いされている。いや、私もそれは否定できない。とりあえず、慎司君と話をしないと。

 

「し、慎司君!」

『メイドおおおおお!!』

『メイドたーん!』

『萌え萌えキューン!』

「あ、おはようなのはちゃん!チラシ新しくしてみたんだ!いるか?」

「い、いらないよ!そうじゃなくて!」

『メイド!メイド!メイド!』

『ぼくちんはメイドと触れ合う為にうまれてきたんだ!』

「えぇ?なんだって?よく聞こえねぇよ!」

 

 外野がうるさいんだよ!もうバカの一つ覚えみたいにメイドメイドって!もう慎司君の分身にしか見えなくなってきたよ!

 

 

 

 

 

……………………。

 

「うぅ、ダメだったよ」

「仕方ないよ、誰にも止められないよ」

「よく頑張ったわよ、なのはは」

 

 そもそも会話が出来ない。これは……本当にどうしよう。慎司君の暴走は止まる事を知らずさらに数日が経つと

 

「また……増えてるわね」

 

 もう一学年ほどの規模になっていた。メンバーは全員男の子だけど同学年だけに留まらず後輩も先輩も巻き込んでいた。そしてさらに数日。

 

「もうデモだよコレ」

 

 すずかちゃんの言葉に全力で頷いた。規模も勢いも既に最初の面影はなく学校の全男子が参加してるんじゃないかと錯覚しそうになるくらいの人混みだ。そしてその全員がメイドとメイドと何かしら叫んでいる。どうしてこうなった。

 なのに、慎司君の演説内容は変わらずメイドさんがどれだけ素晴らしいのか、そしてそれを一緒に知って同志になろうと誘うだけ。最早カルト教団である。

 

「ど、どうしよう?このままだと学校どころか海鳴市まで巻き込みそうだよ?」

「すずかちゃん、ま…まさかそんなには……なりそうだね」

「海鳴どころか日本中まで巻き込みかねないわよあのバカ」

 

 否定できない。日本中の人があんな事を叫んでいると想像するとげんなりする。海外逃亡も辞さない。

 

「とにかくもっと大きくならないうちに止めないと!」

「で、でもどうすれば?」

「お困りのようですね?」

 

 だ、誰?って見覚えがあった。メガネをクイっと上げてニヤリと笑みを浮かべている細身の男の子。初日から慎司君と一緒に演説していた明土太郎君だ。

 

「あんた!隣のクラスのメイド太郎ね!」

「違う!ぼくは『明 土太郎』です!」

「どっちでもいいわよ!知ってるんだからね、あんたが慎司を焚きつけたこと!」

 

 あ、そうなんだ。

 

「そ、それについては反省しているんです。だからこうしてお声をかけたのですよ」

「でも、土太郎君が焚きつけたのなら今の状況は土太郎君にとって都合がいいんじゃないの?」

 

 私のその言葉に土太郎君は難しい顔をしながらうーんとうねる。

 

「確かに僕は荒瀬君にメイドの波動を感じたので、同志と思い声をかけたのです」

 

 メイドの波動ってなんだろう。もう、ツッコムのも疲れたから何も聞かないけど。

 

「そしてあの荒瀬君ならもっと同志を増やせるのでは?と思い今回の活動を提案したのです。荒瀬君の悩みも解決できるので利害が一致したんです」

 

 どんな利害があったのかは気になるがどうせ頭の痛くなるような案件な気がしてそれも聞くのはやめておいた。

 

「しかし、荒瀬君の影響力を侮っていました。予想以上に人が増えすぎました。僕としてはメイド好きの4、5人のグループでも出来ればいいなぁって思ってただけでしたので」

 

 何ともかわいい目的である。内容は全然可愛くないけど。

 

「それなら何で途中で止めなかったのよ?」

 

 アリサちゃんの最もな意見に土太郎君は困ったような顔をして

 

「いやその………思ったより成果が凄すぎて現実味がなかったというか……ハイになってしまったというか」

「勢いでとことんやっちゃえ……みたいな感じになっちゃったんだ」

 

 すずかちゃんの言葉に土太郎君はそんな所ですと同意した。何ともはた迷惑な話である。

 

「今の荒瀬君もきっと同じような状態です。冷静さを失って止めどころが分からず突き進んでしまっているのでしょう」

「そんな状態の慎司とあの連中をどうやったら止めれるのよ?」

 

 アリサちゃんの問いに土太郎君は待ってましたと言わんばかりにメガネをクイっと上げて難しい事ではありませんとニヤリと笑いながら言う。

 

「止めるのは荒瀬君だけで問題ありません。荒瀬君と一緒に盛り上がってるあの連中は荒瀬君に影響されてメイド好きの皮を被った偽物ですからね。メイドの波動を感じないのが証拠です」

 

 そんなものを証拠として堂々と語らないで欲しい。

 

「ですので荒瀬君の活動さえ止めれば自然とこの運動も終結します」

「でも慎司君だけ止めればいいって言っても……」

 

 広報活動をしている慎司君達に目を向ける。異様な盛り上がり様だ。少なくともこの集会中に止めるのは無理がある。そもそも、暴走状態の慎司君が果たして言葉だけでこの活動をやめてくれるかどうかも怪しい。

 

「でも、休み時間とかだと私達が止める間もなく演説してるし……」

 

 そうなのである。すずかちゃんの言う通り慎司君を説得しようと授業が終わるタイミングで捕まえようと実は何度もチャレンジしているがいつのまにか消えているのである。もしかして転移してる?と口を滑らしそうに何度もなった。メイドを原動力にしている時の慎司君はとても危険だ。

 

「荒瀬君を止める方法はただ一つ、彼の欲望を発散させてあげるのです」

「発散?」

「端的に言えば彼の満足するメイドさんを体験させれば彼の活動は止まるでしょう」

「そんな事で止まるの?」

「はい、間違いなく」

 

 何を根拠に自信を持ってそんな事提案できるんだろうと疑問には思ったけど訳の分からない行動を止めるには訳の分からない行動なんだなと思考放棄してそう思うことにした。

 

「メイドを体験させるって言ってもさ、慎司にそれ見せるにはあの連中も一緒って事でしょ?」

 

 アリサちゃんの言う通りだ。慎司君が1人になる機会を狙えない以上あの大勢の前でそのメイドさんを披露しなければならない。地獄だ。

 

「それは仕方ありません、彼ら全員の前でそれを披露するしかないでしょうね」

 

 慎司君が満足するメイドさんをあの大勢人の前で披露するってそんな恥ずかしい事絶対にしたくないなぁ。

 

「善は急げです、こちらに僕が持ってる子供サイズのメイド服が1着だけあるので荒瀬君と仲が良い貴方方3人の誰かがメイドさんを演じてください。その方が成功率が高いと思われます」

 

 そう言ってメイド服を手渡してくる土太郎君、私達3人は心底軽蔑の視線を土太郎君に向けつつどうしようかと悩む。

 

「どうしようか?」

「でも、これしか方法ないみたいだし……」

「となると適任は……」

 

 すずかちゃんとアリサちゃんが無言でジッと見てくる。

 

「えっ!また?またなの!?」

 

 また私がやるの!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メイドおおおおお!!』

『メイド服うううううう!!』

『メイドドメインんんんんん!!!』

 

 地獄の光景を作り出すメイド好き集団。もうメイド好きじゃないよ、皆ただのバーサーカーだよ。その中心で俺はめげる事なく演説を続ける。

 

「あの純粋に主を想うその気持ち!それこそが主従の絆なんだ!!そんなメイドを好きになって何が悪い!!」

 

 正直俺も困っている。もうやめてもいいんじゃないかな?あ、でもここまできたらやれるとこまでやりたいな。うん、頑張ろう。何か大事なものを失いつつある気がするけどやってしまおう。

 

『コラーーー!!バカ慎司ーーー!!』

 

 演説を続けているとスピーカーメガホンで大声をあげるアリサちゃんの声が耳をつんざく。皆驚いて言葉が止まった。

 

『こっち向きなさいーー!!』

 

 声の方に振り向けば威風堂々としたアリサちゃんとスピーカーを重そうに持ち上げるすずかちゃんとメイド服を着たなのはちゃんがいる。………メイド服のなのはちゃん!?

 

「な、なのはちゃん?」

 

 ど、どうした?頭打った?え、なに?え、俺のせい?いや確実に俺のせいだよな。そんなパニックになってる俺を尻目になのはちゃんはゆっくりと一歩一歩俺達に近づいてくる。突然のメイドの出現に俺たちは固唾を飲んで見守っていた。俺との距離僅か数メートル程まで近づいてなのはちゃんは深呼吸を一度してから決意を固めた顔を一瞬挟んで

 

「おかえりなさいませ、ご主人様!コーヒー淹れましょうか?」

 

 と仕草やら所作を加えて可愛げな顔をして俺達メイド好き軍団大勢の前で披露して見せた。だんだん恥ずかしくなってきたのか徐々に赤面していくなのはちゃん。

 よくやったよなのはちゃん。俺を止めるためにやったことはよく分かった。けど、相手が悪かった。ここにいるのはにわかとは言えこだわりあるメイド好き達。全員の好みに合うなんて事は勿論、そして本物じゃないと満足しない俺相手だ。

 

『帰れー!』

『引っ込め高町ーー!』

『来世からやり直せー!』

『メイドを侮辱するなーー!』

『バーカwバーカw』

『このメイドの恥さらしーー!』

『もっと成長してからやれちんちくりん!!』

 

「ちょっと!?ちんちくりんって言ったの誰!!?」

 

 あ、俺です。まぁ、こうなるよなぁ。なんかごめんね?

 

 

 

 

 

 

 結局泣きそうになりながらアリサちゃん達に慰められたなのはちゃん。その後すずかちゃんが臨時で雇った本物の俺好みのメイドさんによって俺の目は覚めて自然とこの活動も終結を迎えたとさ。最初からそうすればよかったのに言ったらなのはちゃんが泣きだしかねないので黙っておいた。

 勿論、この騒動のあと俺はアリサちゃんとすずかちゃんとなのはちゃんにボッコボコのボッコボコにされてしばらく平謝りの生活だった事は言うまでもないだろう。反省である。余談だが、その後本当の目的はただ同じ趣味の友達が欲しかっただけだった土太郎とは一応友人?としての関係は続いていたりする。

 

「荒瀬君、頭の中のメイド思考は消えましたか?」

「あ、そういえば治ったな。土太郎の言う通りだったんだなぁ」

「ふふん、メイドの波動に不可能はありませんからね」

 

 いや本当なにもんだよお前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒動からしばらく経って、放課後のランニングに勤しんでいる俺。いつもとは違うコースをハイペースで走っていると車椅子に乗った同い年くらいの女の子とすれ違った。

 

「あっ!」

「うん?」

 

 声に反応して後ろを振り向けば車椅子の女の子が買い物袋を落としてしまった様で周りに中身が散乱としていた。頑張って拾おうとしているが車椅子だからかうまくいかない様だ。

 

「ほらよっ」

「あ……」

 

 余計なお節介かなと思ったが見てられなかったので全て拾って袋に詰めて女の子に手渡す。

 

「……ご親切にありがとなぁ。ほんま助かったわ」

「どういたしまして……もしかして関西の方の子?」

「まぁ、そんなとこかな。初めて訛り聞いたん?」

「いや……そういうわけじゃないけどさ」

 

 なんかこう、関西弁聴くとうずうずしてくる。こう、真似したくなると言うか。言っちゃう?あれ言っちゃう?

 

「なんでやねんっ!」

「なにがやねんっ」

「「イェーイ」」

 

 おお綺麗にハマった。気持ちいいね。

 

「あはは、面白い子やね」

「はは、お前もな」

 

 さてと

 

「悪い、ランニングの途中だったんだ。じゃあな、今度は落とすなよ!」

 

 そう言ってランニングを再開する。

 

「あっ………ありがとー!ホンマに助かったでー!」

「おう!」

 

 手を振って別れる。少し離れてから心配になってチラッと様子を見てみるがさっきまではいなかった優しげな雰囲気の女性とキリッとした雰囲気の女性と楽しげに話していた。よかった、サポートしてくれる人がいるなら安心だ。家族かな?それにしては似てないけど。まぁ、どうでもいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 これが俺と八神はやての出会い。そして、一生忘れる事のない衝撃的な出来事の幕開けだ。

 

 

 

 

 

 





 次回からA's編です。

 なお、今回登場した名前付きキャラの明土太郎くんは幕間以外では一切出てきません。ごめんね土太郎くん


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A's編
出会い




 エース編開始ですが時間軸は原作の1話少し前。守護騎士達がはやての前に現れてから少し経った頃です。


 

 

 

 

 

 

「しゃあああ!!」

 

 気合と共に相手を畳に叩きつける。技は払腰、相手を自分側に崩し片足に重心をかけさせその重心を足で払い上げて腰で浮かせて投げる技だ。故に払腰と呼ばれてる。技のレパートリーも前世と引けを取らないくらいに増えてきた。力や技術が子供に戻ってしまって四苦八苦していたが前世で培った知識のおかげで通常よりも技術の向上が見られるのはありがたいし使える技が多ければ戦略や戦い方も広がるというもの、相変わらず一本背負いは封印したままだがそれに頼らずとも大会の結果は安定してきたし更に成長を感じている。

 

「よし!今日の練習はここまで、各自ストレッチをしてから整列して解散だ」

 

 はいっと練習生全員の元気な返事で返す。今日も今日とて変わり映えのしない練習の日々、季節は夏の一歩手前という所。気温が上がって暑日が続くがその分練習の熱も上がるというもの、割と暑いのは得意な俺には好きな季節とも言えよう。フェイトちゃんと別れてから既に数ヶ月、ユーノも故郷に帰る為とフェイトちゃんの裁判や魔法関係の手伝いでアースラに戻ってしまい今はいない。あれから皆んなとは会えない日々が続いている。

 時折寂しく感じる日もあるがまぁ、その内会える事は分かっている。焦らずゆっくりその時を待とう。

 

「慎司、今日は居残り練習は無しだ」

「はい。ちゃんと体を休めます」

「それでいい……適度に完全休日の日もちゃんと設けるんだぞ」

「分かりました。……それでは、失礼します」

 

 そう言って道場にも一礼してから後にする。俺も精神は大人だ、ちゃんと線引きをしてオーバーワークにならないように気を付けている。まぁ、試合前の追い込みとかはその限りじゃないけど。誰よりも練習して、ちゃんと効率よく休日を設けてバランス良くやるのが強くなる近道なのは分かっているからな。ガムシャラに頑張るのではなくあくまで効率なんだ、現実的な考えでないと今度の大会だって上には行けない。さて、柔道のことばっか考えてないでさっさと行かないと。

 練習終わりに翠屋に行く事になっているのだ。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいましたー!」

「あら慎司君、いらっしゃい。練習お疲れ様」

「ありがとうございます桃子さん」

 

 出迎えてくれたのは桃子さん。既に翠屋店内には高町家全員と俺の両親が談笑しながら料理をつついていた。今日は高町家と一緒に夕飯の約束だったのだ。すっかり家族ぐるみで仲良くなった荒瀬家と高町家、こうやって一緒にご飯するのも定期的になっている。特に父母同士が仲が良くとても楽しそうだ。息子としては嬉しい限りである。

 皆んなからの出迎えの言葉を返しつつ定位置のなのはちゃんの隣に腰を落ち着かせる。今日も豪勢だなぁ、ちゃんとパパんがお金払ってるらしいけど家計は平気なのだろうか。まぁ、管理局ではある程度有名らしいパパンだ。懐も暖かいと信じよう。

 

「慎司君、練習お疲れ様」

「おうなのはちゃん、ありがとよ」

「はい、慎司君の分」

「サンキュ」

 

 面倒見のいいなのはちゃんである。

 

「あ、なのはちゃん…ほっぺにご飯粒ついてる」

「え、本当?……って、騙されないよっ。また揶揄うんでしょ」

「………なら俺が取るよ」

「え?あ、ごめんね?」

 

 疑ってしまった事を申し訳なかったのか素直に謝りつつ俺にほっぺを差し出すなのはちゃん。俺は手を伸ばしてご飯粒を取る。目の前に座ってる美由希さんのほっぺから。

 

「イェーイ、騙されたー」

「あーん!また引っかかったぁ……」

「美由希さん、ご協力あざます」

「いえいえ、慎司君の頼みだからねー」

「また仕込みなの!?」

 

 いい加減気づきなさいよ貴方も。まぁ、引っかかっちゃう所がなのはちゃんの可愛い所でもあるのでそのままのなのはちゃんでいてください。引っかかった事が悔しかったのか頬を膨らませて俺の肩をポカポカしてくるなのはちゃん。片手でポカポカを捌いて膨らましたほっぺを押して空気を押し出してからほっぺをびろーんと伸ばす。

 

「前より伸びるようになったな、お餅みたい」

「ひんしふんのへいでひょー!」

「なに?もっとやってほしい?ドMかよ」

「ひがうー!!」

 

 あっははは。やっぱり楽しいのうなのはちゃんと一緒は。高町家の面々も皆んな大好きですとも。しばらくほっぺを伸ばしているとなのはちゃんがあっ!と何か思い出したようなのでそのタイミングで手も止める。

 

「そういえばね慎司君、フェイトちゃんからビデオメールの返事が届いてたよ!」

「おっ、マジか。待ち兼ねたぜ」

 

 実は別れてから俺たちはフェイトちゃんにビデオメッセージを送っているのだ。俺となのはちゃんだけでなく紹介したいという事でアリサちゃんとすずかちゃんも一緒に。無論魔法の事とかそういうの伏せて海外の俺となのはちゃんの共通の友人って事になっている。

 それからフェイトちゃんも返事はビデオメッセージを送ってくれていていつの間にかビデオメールでやり取りする事が日常化している。高町家も海外の友人っていう事にして伝えていて事情を知っている俺の両親もそれに合わせてくれている。

 

「明日、アリサちゃんとすずかちゃんも呼んで一緒に見ようぜ」

「うん!楽しみだなぁ……元気にしてるかなフェイトちゃん」

「元気さ、きっとな」

 

 クロノ達も動いてくれてるし悪いようにはなっていない筈だ。そこは全く心配していなかった。アリサちゃんちゃんとすずかちゃんも返事が届いている事を伝えたら喜ぶだろう。メールしても良かったけど明日直接伝えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「届いたのね!待ち兼ねたわよ」

 

 早速4人で一緒の登校時に返事が届いた事を2人に伝える。アリサちゃんもすずかちゃんも嬉しそうだ。

 

「フェイトちゃん……いつになったら会えるのかな?楽しみだなぁ」

「そうね、会ったらいっぱい話したい事あるし」

「今すぐは無理でもそう遠くない日に会えるさ。それまでビデオメール続けようじゃないか」

 

 俺の言葉に2人は勿論っと答えて笑顔を浮かべる。互いを知ってる俺となのはちゃんとしても紹介できる日を心待ちにしている。まだ先だろうけど今から楽しみだ。

 

「つーわけで、今日の放課後……一緒に見ようぜフェイトちゃんからのビデオメール」

 

 俺がそう言うとアリサちゃんとすずかちゃんはあちゃーとした顔をして互いに目を合わせる。おっとこれは?

 

「あ、今日習い事の日だっけ?」

 

 俺の問いに頷く2人。あちゃー、そういえばそうだった。どうしようかと考えていると隣のなのはちゃんも何か思い出したようにあっと声をあげる。

 

「ごめん慎司君、私も今日放課後用事あるの忘れてた……」

「こんのドジっ子め」

 

 お前昨日ノリノリで放課後一緒に見ようって言ったらうんっ!て返事してただろうが!

 

「ちなみになのはちゃんはどんな用事?」

「塾の副講義……長期で休んだ分の補講しないといけないの」

 

 あぁ、アースラで頑張ってた時のか。そりゃ仕方ない。

 

「んじゃあどうするか……なのはちゃん、ビデオは持って来てんだろ?」

「え?う、うん、慎司君が持って来いって言うから……学校に持っていって大丈夫かな?」

「平気だよ、アニメとかドラマのビデオ持って来てる訳じゃないし。昼休みに飯食った後に事情説明して視聴覚室借りてみんなで見ようぜ」

「それは……早く見たい私達にはありがたいけどそう簡単に貸してくれるかなぁ?」

「大丈夫だよすずかちゃん、校長にメールしとくから」

 

 携帯を取り出して早速メールを打つ。

 

「慎司、なんで校長先生のメール知ってるのよ」

「いや、メル友だし」

「なんでよ」

「メイド好き同盟、俺と土太郎と校長先生」

「やめて、それトラウマだから」

 

 俺とアリサちゃんの会話を聞いていたなのはちゃんが青い顔をしてそう言う。確かにあの時のなのはちゃん傑作だったな。俺のせいだけど。

 あ、返信きた。

 

「校長先生オッケーだってさ」

 

 俺の言葉に3人は苦笑を浮かべて返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しゃあ!飯も食ったしビデオ見るぜぇこの野郎!」

「慎司うるさい」

「慎司君黙って」

「慎司君静かに」

「3人とも当たり強スギィ!いいじゃん俺だって楽しみにしてたんだから!」

 

 そんなやり取りを挟みつつ視聴覚室のビデオデッキにセットしてモニターに映し出す。再生ボタンをポチッとな。写し出されたのは部屋の真ん中で緊張気味に立っているフェイトちゃんの姿。もう何度か送り合ってるんだからいい加減慣れなさいよ。冒頭は俺たちに向けてのいつものビデオのお礼と近況の報告。と言ってもフェイトちゃんもアリサちゃんとすずかちゃんが見る事は承知しているので魔法の事とか裁判の事とかややこしい事は上手く誤魔化してどれくらいでこっちに来れるとかそう言う報告だ。

 

『あ、それと慎司……同封して送ってくれた物、ありがとね』

 

 俺たち一人一人に俺達が送ったビデオメールの返事をコメントしてくれるフェイトちゃん。俺の番になった時にそう言って笑ってくれるフェイトちゃんが映る。

 

「あんたなに送ったのよ?」

「仮面ライダークウガのDVD全巻セット」

「あんたの趣味全開じゃない……」

「フェイトちゃんをどうしたいの?」

 

 いやぁ、特撮オタ仲間に。アリサちゃんとすずかちゃんは知らないけど裁判を受ける身であるフェイトちゃんはかたち上の勾留を受けてると思ってな。暇してる時間もあるのかもだと思って送ったのさ。俺の私物だから俺の趣味になるのは許せ。

 

『せっかくだから全話全部見たよ』

「マジで!?」

「なんで慎司君が驚いてるの」

 

 いやぁなのはちゃん、ちょっとしたジョークのつもりで送ったのもあったから。趣味に合わないだろうなと思ってたのが本心だし。気を使わせたかな?

 

『あ、気を使って無理してみたわけじゃないよ?見始めたら思ったより楽しくてついつい全部見ちゃったんだ』

 

 フェイトちゃん、君は天使だ。同じく過去に勧めなのはちゃんは「うーん……」って趣味に合わなかったようで数話見て見るのやめてたなのはちゃんとは大違いだ!

 

「………私と比較してないかな?」

「イヤシテナイヨ」

 

 なんでわかんだよ。

 

「でも意外だね、フェイトちゃんの表情から見ると本当に面白くて見たみたいだし」

「すずかも私も面白さ分からなかったしね」

 

 すずかちゃんにもアリサちゃんにも勧めたけどやっぱりこれくらいの年頃の女の子には中々合わないんだろうな。それも重々承知だったけど。

 

『面白くてついつい二周しちゃった』

「おい、ガチでハマってんぞ」

「良かったじゃない」

「複雑だよ」

 

 全話連続で二週ってガチファンでも中々いないぞ。

 

『慎司みたいにカッコよかったなぁ……ン・ダグバ・ゼバ』

「「「「クウガじゃないんかい!!」」」」

 

 おま、あれを俺みたいと言うのか?確かにファンも多いし姿もカッコいいけど性格とかいいもんじゃないぞ!!

 

『あとね、あとね……あの人もお気に入りなんだ……一条刑事』

「「「「クウガじゃないんかい!!」」」」

 

 おい、見事にハモるぞツッコミが。

 

『でもでも、やっぱり第二話の教会での変身がカッコいいよね!』

「わかるっ!」

 

 この娘ガチだぁ。ガチで好きになってくれてるぅ…。

 

「慎司君、泣いてるの?」

「うん、ようやく巡り合えた同志に感涙だよ」

『慎司も柔道頑張ってね、クウガみたいに』

 

 意味分かんないけど分かったよぉ!!

 

 

 

 

 

 後日俺の家の住所宛にクウガのDVDが送り返されて来ていた。ふむ、次のビデオメールで一緒にアギト送ろうと決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、3人は朝も言ったように用事なので今日は真っ直ぐ家に帰る。柔道の練習も今日はないから自主トレでもするかね。

 

「ただいまーっと」

 

 家に帰るといつもは出迎えてくれるママンの姿がない。電気も消えてる、留守か?どうしたものかと家を彷徨うとリビングの上のテーブルに書き置きとお金を発見。

 書き置きにはパパンもママンも管理局のお仕事で今日は帰れませんって事と謝罪文と共に冷蔵庫の中も空だから夕飯は置いてあるお金で好きにしてくれって事が書いてあった。ていうかママンは管理局辞めたんじゃないのかよ、最近はこういう事がちょくちょく増え始めた。俺としては精神的にはほぼ30歳だし別に家で1人なのは辛くも何ともないが普通に両親が心配である。

 両親も俺の事は理解してくれているからこうやって1人でも安心だと思ってくれているのだろうけど。

 さてどうするか………冷蔵庫の中を見てみたが確かに空も同然の状態だ。外食もいいが……たまには自分で自炊でもするか?大したもの作れんけど。よし、そうしよう。なればいつもより遠くのスーパーまでランニングついでの買い物だな、そうと決まれば早速準備しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 片道走って30分程のスーパーまでハイペースで走る。スタミナ作りに心肺機能上げるならやはりペースは早めでないといけない。帰りは荷物もあるから走れなくなるしな。息が上がってまともに呼吸できなくなっても耐えて耐えてペースを落とさずにスーパーの前まで走り切る。呼吸を整えて立ったまま軽くストレッチをする、とりあえずこれ終わったらスーパーで買い物しようかと思っていると

 

「頑張ってるなぁ、また会ったね」

 

 車椅子に乗った少女に話しかけられる。後ろには付き添いなのか車椅子を押している優しげな雰囲気のお姉さんと目がキリッとしていて何だか警戒心を持ち合わせた目で見てくる赤髪の少女の姿もあった。

 

「貴様は……悪代官!」

「よいではないか〜よいではないか〜……ってちゃうわ」

 

 流石関西出身、いいノリツッコミ。

 

「えっと……どちら様でしたっけ?」

「誰か忘れとるのにボケて来たん?」

「冗談冗談、この間ぶりだな。えっと……」

「八神はやて言うんや……よろしゅうな」

 

 八神のはやてさんね。覚えた覚えた。とりあえず握手をば。

 

「俺は荒瀬慎司、またの名を遠山の金さんってんだ」

「どっちなん?」

「荒瀬慎司」

「よろしゅうな慎司君」

「おう、こちらこそはやてちゃん」

 

 関西少女とかこの辺じゃ珍しいな。車椅子の事もあるし色々事情がありそうだ。まぁ、どうでもいいか。そんなの関係ないし。

 

「んでんで?そちらのお二人さんは?家族か?友達か?誘拐犯?」

 

 俺の冗談に2人はギョッとしながらもはやてちゃんは笑いながら家族やと答えてくれる。似てねぇなぁ……それもどうでもいいけど。

 

「ほうほう、さっきも言ったが改めて……俺は荒瀬慎司…そちらのなんでやねんさんとたった今友達になったもんです」

「誰がなんでやねんやねん」

「いや、言い辛いな……省略して省略」

「なんでやねん」

「なにがやねんっ」

「「イェーイ」」

 

 パンと両手でハイタッチ。

 

「「いや意味分からん!」」

「それはこっちのセリフです!」

 

 お姉さんからの渾身の叫びで笑い合う俺とはやてちゃん。あぁ、この子とは……なのはちゃん達と同じで波長が合って心地がいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 てなわけで、自己紹介もほどほどにスーパーに。はやてちゃんも夕食の買い出しで同じスーパーに用があった模様。ちなみ、お姉さんの名前はシャマルさんで赤髪の女の子はヴィータちゃんと名乗ってくれた。ヴィータちゃんは何故かブスッとした態度を取っていた、何か気に触る事でもしただろうか。まぁ、初対面だし致し方なし。

 

「慎司君もお夕飯の買い出しなん?」

「ああ、いつもは俺じゃないんだが今日はたまたまな」

「そうなんや今日は一人で夕飯?」

 

 そうそうと頷く。いつもは違うだがなー。さてさて、なにを作ろうかなと。お、新しい味のカップ麺見っけ。

 

「……まさかそれが今日の夕飯?」

「おう、これとプロテインが俺の夕飯で唯一作れる料理よ」

「それは料理とは言わん」

 

 まあその通り。と言っても前世の頃から料理はからっきしなのである。今世でも改善されずそのまま。まぁ、やる気がないんだからそりゃ上達はしないわな。

 

「せや、なんなら今日ウチで一緒にご飯食べへんか?御馳走するで?慎司君がよければ」

「え?そりゃ嬉しい申し出だけど迷惑じゃないか?」

「えぇってええって、一人増えた所で手間は変わらんし人数は多ければ多いほど楽しいやろ?それに、カップ麺とプロテインが夕飯って聞かされたらうちのプライドにかけてそれは許せへんしな」

「…………ママ?」

「せめてオカンって言え」

「関西のおばはん」

「あっははは……はっ倒すぞハゲ」

 

 怖い!?あとハゲじゃない!

 

「2人もそれでええよな?」

 

 食材を選んでるシャマルさんとヴィータちゃんに目を向けてはやてちゃんは同意を求める。

 

「ええ、勿論です」 

「あたしは……別に」

 

 2人は特に難色を示さなかった。

 

「ウチもこない間の親切してくれたお礼しとらんかったし……な?」

「大袈裟だなぁ……」

 

 ま、せっかく友達にもなれたし。ヴィータちゃんやシャマルさんそれに……はやてちゃん曰く家にもまだ家族がいるらしいしそのみんなとも仲良くなって友達になりたいなと思ったり。

 

「……んじゃ、お言葉に甘えてご馳走になろうかな」

「ホンマ?やった、そんなら1人分追加やね」

「あーそれと、その分の追加の料金は払わせておくれよ。そうした方が俺もはやてちゃんの料理気兼ねなく味わえるからさ」

 

 両親から預かったお金だけどな。でもそう言う事はキチッとした方がいい。

 

「別にええのに。まぁ、慎司君がそう言うなら素直に受け取るわ」

 

 そうしてもらえると助かりますよ。ちなみに今日の八神家のメニューはカレーらしくその為の買い出しをしつつ俺は3人の案内で八神家に足を運んだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慎司君、ランニングしとったやろ?準備してる間シャワーでも浴びてな」

「え、いいのか?」

「かまへんよ。ヴィータ、案内したって」

「うん………」

「悪いな、ありがとう」

「いえいえ〜」

 

 まぁ、汗臭いままみんなの前で食事するのも失礼だしお言葉に甘えよう。途中シャマルさんとヴィータの他に以前にも見かけたキリッとした雰囲気で桃色の髪色をポニーテールで束ねた女性とアルフの獣形態を彷彿とさせる犬?狼?らしき動物を見かけたのでそれぞれ会釈だけしておいた。

 

「お風呂は…ここだ」

「ありがとうヴィータちゃん」

「……別に」

「あ、それと俺の荷物にヴィータちゃんが食べたそうにしてたアイス買って来たからさ冷凍庫に入れておいてくれる?みんなの分もあるから食後に一緒に食おうぜ」

「え?は?」

「スーパーで食いたそうにしてたろ?俺も好きなんだアレ」

 

 結構チラチラ見てたからすぐにわかった。遠慮してたのだろうか、しかし俺が準備してしまえば問題なかろうと思いついつい買ってしまった。溶かすのも勿体無いし皆んなに食べてもらわないと。

 

「お前、何でだよ」

「何が?」

「何でわざわざそんな事……」

 

 ヴィータちゃんが驚きの表情を浮かべてそう言っている。そんなに驚く事だろうか?少し疑問を抱きつつ俺はなんて事ないと答える。

 

「ヴィータちゃん達と仲良くなりたいからな、そのための親切みたいなもんさ。別に驚くような事じゃないだろ?」

「……そう言うものなのか?」

「そう言うもんさ」

 

 さて、体も冷えて来たしシャワーでスッキリさせてもらうとするか。

 

「案内ありがとねヴィータちゃん。んじゃ、また後で」

 

 そう言って扉を閉める。

 

「……………変なやつ」

 

 1人取り残されたヴィータちゃんがそう静かに呟いたのは勿論聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うめえええええええええ!!このカレー超うめええええええ!!」

「なんやそんながっつかれると照れるなぁ。カレーは逃げへんからゆっくり食べなって」

 

 苦笑気味のはやてちゃんにおうっと返事をしつつペロリと皿を空にする。シャワーを浴びてから服を借りてそれに着替えた後八神家の面々に自己紹介をしあった。ヴィータちゃんとシャマルさんはスーパーでも名前は聞いた。後の1人と一匹、キリッとした雰囲気で何だかカッコ良そうな女性がシグナムさん……犬(狼?知らね)の方がザフィーラとの事。そして八神はやて。今この面々で共同生活をしているとはやてちゃんは語った。家族全員似てないとか違和感感じまくりだけど突っ込むの無粋だし家族の形はそれぞれだ、その事に口出す権利もあるわけでない俺はその言葉を信じた。はやてちゃんはなんて事ないって顔しながら話してるけど他の皆んなは何だかそわそわしている様子だった。

 俺がいる事に何かあるのかそれとも別の理由があるのかは知らんけど。まぁ、そんな事気にせず俺はいつも通りの態度でいる事にする。

 

「慎司君まだ食い足らんやろ?いっぱい作ったからおかわりしてな」

「マジで?なんか悪いな」

「慎司君おるからついつい作りすぎてしもうてなぁ………残すのも勿体無いし遠慮しないで食べてぇな」

「なら遠慮なく」

 

 というわけで皿を持っていこうとするとシャマルさんが「私がやりますよ」と笑顔でよそってくれる。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうシャ……マルさん」

 

 おいおい、デカ盛りじゃねぇか。フードファイターじゃないぞ俺は。

 

「いくら何でも多くないか?」

「加減しろよ」

 

 シグナムさんとヴィータちゃんが苦笑気味にそう言うとシャマルさんはあわあわしながら

 

「ご、ごめんなさい」

「ええやんか、慎司君ならそれくらい食べれるやろ?」

「………おう、任せろ」

 

 そう言ってスプーンを手に取りカレーをかきこむ。

 

「流石男の子やな、ええ食べっぷり」

「そりゃどうも」

 

 まぁ、これくらいなら食べれなくはない。柔道の体作りの一環で普段からご飯は人より多く食べてるしな。

 

「……初めて会った時もランニングしとったし、見かけによらず体もがっしりしとるけど何かスポーツでもやってるん?」

「ああ、柔道やってんだよ」

「へー、そりゃカッコええな」

 

 どうもどうも、なんか照れるな。

 

「「「柔道?」」」

 

 そう首を傾げるシャマルさんとシグナムさんとヴィータちゃん。おや、知らないのかな?まぁ、外国人っぽいしおかしな事じゃないか。日本語流暢なのは気にしないでおこう。

 

「日本の国技だよ………えっとな…」

 

 げっ、俺がやってる試合の動画しかない。まぁいいか。

 

「ほら、こういうやつ」

 

 携帯に保存していた俺の試合の動画を見せる。ビデオで撮った動画を移行しているのだ。手持ち無沙汰の時に研究できるからな。ちょいと恥ずかしが。はやてちゃんも含めて皆んな食い入るように見つめる。お、ザフィーラまで後ろで見てるよ。

 

「これ、慎司君とちゃうか?」

「そうそう、右側が俺」

「おぉ……おぉ!すげぇ……」

「これは……見事な動きだな」

 

 ヴィータちゃんとシグナムさんの言葉に若干照れる。やめろって、自慢してるみたいだから。

 

「すごいですね……」

 

 シャマルさんまで……。俺が一本を取って試合が終わった所で携帯を返してもらう。皆んな少し興奮気味だ。

 

「慎司君すごいなぁ……めっちゃ強いとちゃうん?」

「まさか、まだまだだよ俺は」

「しかし、素人目だが目を見張る技の冴えだ。正直驚いたよ」

「ああ、シグナムの言う通りだ。カッコいいなお前」

「だははは、まぁありがとう。悪い気はしないよ」

 

 恥ずかしいからここらへんで話題を切っておきたい。が、はやてちゃんの次の一言で場の空気は少し固まる。

 

「ええなぁ、うちはこんな足やからスポーツ出来ひんからなぁ」

 

 俺もまだ未熟だった。そこで軽口でも返しておけばはやてちゃんに気を使わせずに済んだがつい言葉を止めてしまった。はやてちゃんもハッとした様子で

 

「ご、ごめんなぁ……失言やったわ、気にせんといて。慎司君も気を使って聞かないでくれたのにごめんなぁ」

「謝る事じゃないだろ別に」

 

 何とか言葉を絞り出す。ここでこの話を終わらせても良かったけどここまではやてちゃんが言ってしまったのならあえて聞くのもありだろう。

 

「いつから何だ?その足」

「……ちっちゃい頃からや。もう慣れたから気にせんといてなホンマに」

 

 つーことは、恐らく治る見込みはほとんどないってやつなのか。親と思われる人もいないのを見ると孤児なのだろう察しもつく。シグナムさん達はよく分からないけど。

 

「そっか……」

 

 スポーツどころか歩く事も出来ないこの女の子に俺が何を言っても傷付けるだけだ。励ましも同情もこの子にとっては辛いものだろう。だったら、俺は気にしないままでいよう。だからこそ、こんな提案する。

 

「だったらさはやてちゃん、今度俺の試合見に来てくれよ」

「慎司君の試合?」

「ああ、まだ少し先の話だけどさ…まぁまぁ大きい大会に出るんだ。暇だったら見に来ないか?」

「え、ええんか?」

「勿論、確かにはやてちゃんは普通のスポーツは出来ないかも知れないけどさ、スポーツの楽しみ方ってする事だけじゃねぇだろ?見る事だって楽しめるのがスポーツだよ。…………俺が、はやてちゃんを楽しませる試合を見せてやる」

「あはは、大きく出たなぁ……そんな事言って平気なん?」

「おう、約束してやんよ。ぜってぇ生で見てよかったって言わせてやるよ」

「慎司君男らしくてカッコええね、惚れてまうわ」

「嘘つけ、笑い堪えてんじゃねぇか」

「あ、バレた?」

「「あははははは」」

 

 2人して笑う。俺の友達は皆んな笑顔がよく似合う。その方がいい。笑ってる方が……いい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後はアイスでも食べながらはやてちゃんと中心に話をした。実は関西出身じゃないって言われた事が一番驚いた。嘘だろおい、関西弁なのは両親の影響だという。その両親も既に亡くなっている事も教えてくれた。シグナムさん達の事は何だかはぐらかされたが別に無理して知りたいわけでもないしな。

 はやてちゃんだけじゃなくてヴィータちゃんやシグナムさんとシャマルさんとも結構お話できたと思う。シグナムさんはしっかりしてる人だって事がよく分かった、シャマルさんは割とお茶目な所もある事を知った、ヴィータちゃんはムスッとしてるけど優しい子だって事を理解した。今日で割と皆んなと仲良くなれたと自負している。ああ、楽しい1日だった。

 

 時間を見てはやてちゃん達に別れとまたお邪魔する事を約束して八神邸を後にする。新しく出来た友人達に心を躍りながら帰っていると後ろから荒瀬……と声をかけられる。振り返るとさっき別れたばかりのシグナムさんとシャマルさんにヴィータちゃん、ついでにザフィーラがいた。はやてちゃん以外の面々が勢揃いだ。

 

「あれ?何か忘れ物でもしたかな?」

 

 所持品を確かめるが忘れ物は特になさそうだが。

 

「荒瀬……ありがとう」

 

 突然シグナムさんからお礼を言われる。

 

「ある………はやてにはお前のような同世代の友人がいなくてだな。またはやてとこうやって会いに来て欲しい」

 

 何だそういう事。家族思いの優しい人達だ。

 

「当たり前よ、俺が会いたいくらいさ……今日はめちゃ楽しかったからな」

「そうか……それならよかった」

 

 それだけだとシグナムさんが言うと皆んな踵を返そうとする。

 

「待てよ!何か勘違いしてるみたいだけど……俺ははやてちゃんに会いに行くんじゃないぞ?皆んなに会いに行くんだからな!」

 

 俺のその言葉で止まる一同。意味が分からなそうな顔をしているから改めて言葉にする。

 

「だーかーらー、はやてちゃんだけじゃなくてシグナムさん達と一緒なのも楽しかったって言いたいんだよ」

 

 全員に近づいて俺は宣言するように口を開く。

 

「お前らがそう思ってなかったとしてもこれからははやてちゃんだけじゃなくて皆んなも勿論友達だからな!今日は何か遠慮してあんまり話に入ってこなかったけど次はちゃんとお話ししてくれよ」

 

 笑顔を見せて約束だからなと伝える。今日のこの3人の態度には違和感があった。別に俺を邪険にしてるわけではなかったけどなるべくはやてちゃんと話をさせようとしたりとかそんな素振りがあった。気を使ったつもりだろうがとんでもない、俺ははやてちゃんも勿論皆んなと仲良くなりたいのだ。

 

「それと!荒瀬じゃなくて慎司でいいよ、いやそう呼んでくれ。その方が親しみあんだろ?」

 

 俺の言葉に3人は驚きの表情を浮かべる。フェイトちゃんもそうだったけどどうしてか俺の友達になろうって初めて言われたみたいな反応する子多いんだろう。

 

「あ、もちろんザフィーラもな。お前も友達だぞ、忘れんなよ」

 

 そう言って大きすぎるこの大型犬を撫で回す。それにしても大人しいな、嫌がるそぶりも喜ぶそぶりも見せねぇ。

 

「そうか……なら私の事もシグナム……そう呼んでくれ。その方が………親しみがあるんだろ?」

「あ、それなら私もシャマルって呼んでくれるかしら?」

「アタシも……ヴィータって……」

「ああ!改めてよろしくな、シグナム、シャマル、ヴィータちゃん」

「おい、アタシだけ変わってねーぞ」

「ヴィータちゃんはヴィータちゃんの方が親しみあるししっくり来るんだよ」

「まぁ……それならいいけどよ」

 

 ああ、よろしく頼むな。こうやって仲良くなっていけたら嬉しい。

 

「んじゃ、今度こそまたな。今日は本当に楽しかったよ!」

「私達も今日はお前と会えて楽しかった。また私達の家に遊び来てくれ、慎司」

「またね」

「またな」

「ワン」

 

 おお、ザフィーラが鳴いた。にしても下手くそなワンだな、返事を返してくれたのは嬉しいけど。お前本当に犬か?まぁいいけどさ。

 手を上げて別れを告げる。踵を返して歩を進め3人と一匹に見送られて帰路に着いた。後ろを向いた俺には分からなかったけど、何にも事情を知らない俺には知る由もなかったけど…………

 

 

 

 

 守護騎士達は今日、主はやての前以外で初めて心の底から笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 





 
 さぁ始まりましたエース編。頑張ります!


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応援とエールと励ましと



 眠いぜ、暑いのはしょうがない。寝にくいのはしょうがない。ただし蚊よ、てめーはダメだ


「甘いぃぃ!!砂糖をたっぷりのコーヒー牛乳より甘いぞヴィータちゃんんんん!!」

「や、やめろ!それだけはやめてくれ!」

「ふふふ………シールドブレイクされてピヨっちまったら最後……これの餌食だぁ!!」

 

 

 ファルコン……パーンチ!!

 

 

「あああああ!!また負けたぁー!」

 

 頭を抱えてorzになるヴィータちゃん。ただ今絶賛八神邸で俺が持ってきたスマブラをプレイ中。ふふふ、俺にタイマンで勝とうなんざ100年早いぜヴィータちゃん。

 

 八神家族と知り合ってから少し経ってあれから何度もお邪魔をしている。ゲーム持っていって皆んなでプレイするのも今日が初めてじゃない。最近前にも増して両親が家を空けるようになりそれを聞いたはやてちゃんはその時は一緒にご飯しようとせがまれてしまったのでこうやって甘えている形である。

 いや本当に感謝です。両親にそんなに忙しくて大丈夫なのかと一度話をしたが2人とも大事な用事だからしばらくこんな感じになってしまうと謝っていた。謝る必要はないけど子供としては心配だ、何事もない事を祈ろう。

 

「くそっ、慎司もう一回だ!」

「いいねいいね!もっと悔しさに顔を滲ませてやろう」

「どんなキャラやねん」

 

 プレイ画面を見ていたはやてちゃんからそんなツッコミが飛んでくる。

 ふふふ、負けず嫌いのヴィータちゃんだ。こんくらい煽れば料理もしやすくなると言うもの。よし、俺は永遠の二番手で行こう。ちなみにヴィータちゃんはデデデをよく使う。今回もそれだ。何が気に入ったのだろう?ハンマーかな?まさかな。

 

「この!この!この!」

 

 あーあー、動きがまだ単調だなぁ。まぁ、始めてからそんなに経ってないし仕方ない。問答無用で吹っ飛ばす!

 

「復帰阻止メテオじゃオラァ!」

「あー!ずるいぞ!!」

 

 ずるくなーい。テクニックと戦略でーす。

 

「くそぉ……慎司強すぎだろ」

「年季が違うからね年季が」

 

 こちとら前世からやってるんじゃ、そりゃ負けれねぇですわ。

 

「んで?まだやる?」

「………今日はもういいや」

「ごめんて、拗ねんなよ」

「拗ねてねぇ!」

 

 あー、怒んなって。

 

「それなら今度は私が相手となろう……ポケモンでな」

「お、シグナム……やっとメンバー選び終わったのか?」

「ああ、慎司からアドバイスを貰ってポケモンを育て直した。今度こそは負けないぞ」

 

 よーしいいだろう。スマブラの電源をOFFにして今度はポケモンを起動する。ちなみにシグナム達は皆んなそれぞれポケモンをゲーム機本体ごと持ってるらしい。俺のせいで八神家ではゲームがちょっとしたブームになってるらしくはやてちゃんが笑いながら自分の分も含めて全員分のセットを買ったらしい。なんかごめん、家計平気かな?何かはやてちゃんの亡くなったお父さんの知り合いから結構な援助を受けてるって言ってたけど。

 はやてちゃんは殆ど余って使い所に迷っていたらしくちょうど良いとは言っていたけども。

 

「よし、三対三のシングルバトルでいいな?」

「ああ、それでいい」

「やっちまえシグナム」

「頑張りー2人とも」

 

 ヴィータちゃんの私怨の応援に苦笑しつつ俺もポケモンを選んで対戦スタートさてさてどんな構成にしてきたかな?俺の初手はとくこう速攻型のブーバーン。シグナムは………

 

「おっ!ギルガルドか!」

 

 中々手強いポケモンだぞ。けどうまく使いこなせるのか?ギルガルドは攻守切り替えの出来るポケモン。攻撃形態になれば攻撃が上がるけど防御は下がる、キングシールドという固有技を使って自身を守りつつ防御形態に戻れば基本的には殴られ強い。セオリーなら、防御形態でパラメータを上げる技を使いチャンスを見て攻撃を仕掛けるのが理想だが。

 

「ちょ、バカお前」

 

 初手でかげうちやって来やがった!バカ!このバカ!かげうちは素早さが遅くても先制を取れる素早さが遅いギルガルドには選択としては悪くない技だが使うタイミングがおかしい!攻撃技選んだら攻撃形態になって次のターンまではそのままだからパラメータ上げられる前に攻撃技選択した俺のブーバーンが

 

「なっ!?」

 

 なっ!?……じゃねぇよ!当然だよ!みそっかすのとくぼうで俺のブーバーンの火炎放射くらえば終わりだよ!とくこうに努力値全振りしてんだから!しかも効果抜群だし。

 

「なぁ、シグナム。参考までに今のギルガルドの技構成教えてくれよ」

「ああ、ええっと……かげうち、アイアンヘッド、せいなるつるぎ、ギガインパクトだな」

 

 ドアホー!攻撃技しか入ってねぇ!つるぎのまいどころかキングシールドすらいれてねぇ!完全にギルガルドの個性殺しにかかってんじゃん!何がしたいんだお前は!

 ………まぁ、ゲームっていうのは好きにやるもんだしとやかく言うものじゃ無いけどそれにしたって酷い。

 

「まぁ、気を取り直して次だ。このポケモンは今のようにはいかないぞ慎司」

 

 不敵にニヤリとするシグナム。意外とポンコツかこいつ?しっかりしてそうでポンコツか?

 

 

 

 

 

 予想通りポケモンの個性を殺しにかかってるシグナムの戦い方は俺の相手にならず無残な結果に。我慢できずに俺も苦言を呈した。

 

「まずギルガルド!キングシールドないのは論外!あっても初手かげうちなんてするのはお前くらいだよ!」

「し、しかし先制攻撃が」

「出来ても威力弱いから意味ないの!その後無防備にやられる確率の方が高いの!その為のキングシールドとつるぎのまいなの!」

「……ちまちました闘いは性に合わなくてな」

「その流れだけでちまちま言うな!」

 

 戦闘狂かお前は!

 

「とにかく!ギルガルド育てなおせ、せめて技くらいはやり直せ」

「ぐっ………分かった。慎司に負けっぱなしなのは嫌だしな」

 

 俺が言うのも何だけどゲームだからそんな深刻に考えられても困るけど。

 ちなみにその後自信満々にシャマルさんからポケモン勝負を挑まれたが編成がピクシー、ハピネス、プクリンとなんとも偏った編成だった。ていうかまん丸ピンク系ポケモンが好きなだけだろ。とりあえず、八神家の皆んなゲーム下手なのがよくわかった。まぁ、今後とも鍛え上げるつもりで遊ぼう。うん、あまりに酷いからね。何だかんだ楽しんでくれてるしいいだろう。

 

「ほな、そろそろご飯にしよか」

 

 いつの間にか台所で料理を終えていたはやてちゃんにそう呼びかけられる。わお、いつの間に。以前手伝おうとしたのだが頑なに断られたなぁ。カップ麺を料理言うやつには安心して任せられへんだって。酷いよね、その通りだけど。あ、今日はシチューだ。皆んな席に着いたところで全員でいただきますと手を合わせてから料理を口にする。

 

「うおおおお!やっぱりうめぇなぁはやてちゃんの料理」

 

 俺だけじゃなくシグナム達も満足気に口に料理を運ぶ。やっぱり場数をこなしてるはやてちゃんの料理の腕は同い年とは思えないほど美味しい。

 

「やっぱオカンだよはやてちゃん」

「あはは、全然嬉しくない言葉やね」

「………ママ?」

「それを慎司君に言われるのは嫌やなぁ」

「くされ外道」

「なんでやねん」

 

 はやてママのツッコミは今日もキレッキレである。あ、ヴィータちゃんがちょっと笑ってる。楽しめたのならなにより。

 

「慎司君、今日も練習やったんやろ?大変やなぁ」

「大変じゃないさ。勝つ為の努力だからな、練習はキツいし疲れるけどその為だったら惜しくないさ」

 

 スポーツにおいての努力は所詮試合に勝つ為の努力だ。試合の勝つのが全てではない……俺もそうは思うが柔道家として一番の目的は試合に勝って強くなる事なのだから全てではなくても勝てなければ意味はない。

 それが現実だ。その事を俺はよく理解している。

 

「んで慎司、お前が言ってた試合はいつなんだよ?」

 

 シチューを呑み込みつつヴィータちゃんがそう問いかけてくる。そういえばまだ教えてなかったか。

 

「2週間後だよ」

「そっかぁ、2週間後かぁ、楽しみやね皆んな」

 

 はやてちゃんの言葉に皆んなうんうんと頷いている。

 

「私達もお前の活躍を見れる日を楽しみにしている。頑張れよ、慎司」

 

 シグナムからのエールにおうっと答える。約束したんだ、情けねぇ試合は見せられねぇ。そうじゃなくても、今度の試合はいつにも増して負けられないからな。

 

 

 

 

 

 ご飯もご馳走になり少しだけ八神家でゆっくりしてから皆んなに見送られ帰路につく。またすぐに来ることになりそうだ。世話になりっぱなしなのは申し訳ない気もするが、シグナム達との約束もあるししばらくはこんな感じでいいだろう。

 

「にしても、はやてちゃんには参ったなぁ」

 

 1人そうぼやく。別に悪口ではない、ちょっと困った一面を先日聞いたのだ。はやてちゃん達と知り合って何度も遊んで交友を深めたのでそろそろいいかなとなのはちゃん達を紹介しようと考えていたのだ。シグナムが俺と知り合う前は同世代の友達はいないって言ってたしきっと皆んなともが仲良くなれると思ったから。そう思いシグナム達にも相談したんだが

 

「私もそれには賛成だ。しかしな……」

 

 乗ってくれると思ったのだが以外にもシグナムは苦い顔を浮かべる。なんだ?何か問題が?

 

「……見てもらった方が早いだろう」

 

 そう言って八神家の台所に案内される。

 

「これを見てくれ」

 

 そう言ってそこにある冷蔵庫を開いて見せるシグナム。

 

「………なんじゃこりゃ」

 

 中には食材という食材がこれでもかとギュウギュウに詰め込まれていた。確かに八神家はザフィーラを除いて4人、冷蔵庫の中は必然と多くなるものだがそれでは説明できない程の量だ。

 

「これだけじゃない」

 

 そう言うとシグナムはもう一つ同じサイズの冷蔵庫を開ける。

 

「あれ?冷蔵庫って2つもあったっけ?」

「我がある………はやてがな最近買い足したんだ」

 

 我が……なんて言おうとしたんだ?まぁいいか。それにしても何故?そしてこの冷蔵庫にも恐ろしい量の食材やら何やらが埋め尽くされていた。自然と顔が引きつる。

 

「こういうことだ」

「どいうことですかねぇ?」

 

 シグナム曰く俺が足げに通うようになってからすぐに冷蔵庫を増やして食材はそれはもう必要以上に買い込むようになったらしい。その時はやてちゃんは

 

『慎司君は柔道もやってるし一杯食べさせたいからなぁ。これくらい必要やろ?』

 

 多すぎです!バカか!何でだよ、俺のためって言われると罪悪感だよ逆に!お金は!?生活平気なのほんと?

 

「そこら辺は心配しなくていい。蓄えは本当に余ってるみたいなんだ」

 

 だからって……うーん。

 

「こんな事は初めてでな。我々も正直戸惑っている、恐らくだが初めて出来た同い年の友達にテンション上がって暴走しているのだろう」

「暴走の域を超えてるよな絶対」

「とにかく、はやてに慎司の友人を紹介するのは少しの間待って欲しい。今の状態で同い年の友達が増えたら……何をするか分からん」

「皆んなと過ごせるようにもっと大きい家買うとか言い出さないだろうな?」

「………………」

「否定してくれ」

 

 とにかく、はやては根はしっかりしてる子だからしばらくすれば落ち着いて冷静にまともになってくれるだろうとシグナムは言う。それまでは待っててくれとの事。勿論今まで通り八神家には顔を出して欲しいとシグナムからお願いされた。

 いや、本当……金尽きる前にちゃんと頼むよ?本当。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは、はやてちゃんも中々面白いな」

 

 そんなやり取りがあった為なのはちゃん達を紹介する事になるのは先になりそうだった。まぁ、慌てる事じゃないし気長に待とう。八神家の財産が心配だがまぁ本当に大丈夫だって言ってたし心配するのも野暮か。さて、明日も学校だし帰ったら支度してさっさと寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、学校の休み時間。

 

「ねぇねぇ慎司君、試合……いつだっけ?」

「……2週間後」

「そっか、ありがとう」

「おう」

 

 そう言って自分の席に戻っていくなのはちゃん。しかしそわそわしだしたかと思うとまた席を立ってこっちに来る。

 

「ねぇねぇ慎司君、今度はどんな大会?」

「……割と大きい大会。この間なのはちゃんが来れなかった試合と同じくらいの規模かな」

「そうなんだ、分かった。ありがとう」

「ああ」

 

 そう言ってパタパタと席に戻るなのはちゃん。しかし、またそわそわしだし先程と同じようにこちらに戻ってくる。

 

「ねぇねぇ慎司君、会場はどこかな?」

「県立武道館、なのはちゃんも応援に来てくれた時に何回か来たところ」

「あの大きい武道館なんだ、わかった!」

 

 軽い足取りで自分の席に戻るなのはちゃん。席に座った瞬間にまた立ち上がってこちらの席に

 

「ねぇねぇ慎」

「だぁ!!何でお前が俺よりそわそわしてんだよ!」

 

 俺の叫びになのはちゃんがピクッと驚く。

 

「そ、そんな事ないよ!」

「そんな事あるよ!しかもまだ2週間前だぞ?俺だってそんなそわそわしてねぇよ!」

「しょ、しょうがないじゃん!なのはだってすごい楽しみなんだけどなんだか緊張しちゃって……」

 

 なーんでお前が緊張するんだよー?

 

「まぁまぁ2人とも落ち着いて、ね?」

「そうよ、なのはが慎司の柔道の事になると挙動不審になるのなんか今更じゃない」

「挙動不審!?」

「まぁ確かに」

「納得しないで!?」

「いやするだろ」

 

 一部始終を見ていたアリサちゃんとすずかちゃんはうんうんと頷く。だってよぉ

 

「なのはちゃんこの間の大会の前日も私とアリサちゃんに夜中にずっとメールしてきたし」

「緊張して寝れないーって私達に言われても困る内容をね」

「うぅ……ごめん。なんかテンションがおかしくて」

 

 何してんだ本当に。

 

「それに、桃子さんから聞いたぞ、いつも俺の大会の近くになると……高町家の道場で正座で暴れ回ってるってな」

「「奇行!?」」

「ち、違うもん!ちょっと柔道の動きとかマネしてるだけだもん!」

 

 どちらにしても奇行だよ。影響受けすぎだってなのはちゃん。

 

「なのはちゃんが慎司君の柔道応援したい気持ちが大きいのは分かるけど……少し落ち着いた方がいいよ?」

 

 すずかちゃんにハッキリと言われなのはちゃんは涙目になりながら

 

「うぅ、気をつけます……」

 

 と綴った。まぁ、応援してくれる気持ちは毎度のこと嬉しいけどさ……。

 

「でも、慎司最近優勝続きで調子が良いんだし今回の大会も楽勝でしょ?」

 

 確かに小さな大会が続いていたとはいえ優勝という結果が安定してきたが油断は出来ない。それに、今回は今までの大会で一番優勝が過酷になると思う。

 

「そうはいかねぇさ、勿論優勝する気で出場するけどさ……今回の大会はアイツもいるんだ」

「アイツ?」

「『神童隼人』………なのはちゃんが来れなかった大会の決勝戦の相手だよ」

「あぁ!あのすごい強かった人だね、覚えてるよ」

 

 すずかちゃんの言う通り俺が今世で相手した柔道家ではこの神童が1番の強敵だった。後から知った事だがアイツは全国クラスの選手だ、正直言ってアイツにとってはこの間の県大会レベルの大きな大会も肩慣らし程度の気持ちだったのだろう。しかし、接戦とはいえ俺の勝利に終わった。無警戒の相手だった俺に負けたのだ、目を付けられたのは確実だろう。

 一度勝った相手には初戦より次から勝つ方が難しい、それに前回は俺が優勝するには必然的に当たる事は分かってたから映像なんかを調べて研究もしていた……今度は五分五分の条件になるだろう。正直、厳しい勝負になると思う。無論俺も努力はしている……前より質の高い練習をこなし自主練も減らさずサボりもしないで勝利の為に貪欲に頑張っている。だから、負けるつもりは毛頭ない。

 

「確かに強かったけど……」

 

 少し不安げな顔をするアリサちゃんにニコリと笑顔を向ける。アリサちゃんまでそんな顔しなくていいんだよ、気を使いすぎだ。

 

「そんな顔すんな、負けるつもりはねぇ。一度勝った相手に負ける訳にはいかねぇからな」

 

 と言っても簡単な相手じゃないのは確かだ。油断なんて以っての他。俺のベストを出し尽くさないといけない。

 

「慎司君なら大丈夫だよ!」

 

 満面の笑みでそう言うなのはちゃんに俺はどこからそんなハッキリ言える自信があるんだよと苦笑しながら言う。しかしなのはちゃんは笑顔を崩さないで

 

「だって、慎司君だもん。慎司君なら勝てるよ、私は慎司君が負けるなんて思ってないもん」

 

 表情を変える事なくそう言い切るなのはちゃんを見て俺達3人は視線を絡ませて苦笑してみせる。

 

「えっ?私変な事言ったかな?」

「ううん、なのはちゃんの言う通りだよ」

「そうよ、なのはの言う通り慎司が負けるなんて思わないわよね」

 

 お前らさぁ………。まぁ、ありがとよ。

 

「そんなら、俺はその3人の期待に応えないとな」

「勿論よ、負けたら承知しないんだから」

 

 ああ、と頷く。自然と、強張っていた思考が何となく解きほぐれたようにリラックス感覚に変わっていた。いつも、大会でいい結果出せてるのは3人の支えもあるんだなって思えた。

 

「頑張ってね慎司君!いっぱい応援するから!」

「はは、おうよ。けど、まだ気が早いよ」

「にゃはは、そうだった」

 

 そんな感じで試合が近くになると3人からの激励も毎度の事だったりするのだがそれで勇気づけられるのは確かだった。しかし、その数日後………

 

 

 

 

 

 

 

「え?試合来れないのか?」

「うん………私だけじゃなくてお父さんとお母さんも……あとお兄ちゃんとお姉ちゃんも」

 

 学校でなのはちゃんからそんな言葉が飛び出た。高町家全員か、今までそんな事無かったから驚きだ。なのはちゃんから詳しく事情を聞いてみると何のことない翠屋で団体のお客様のお相手をしなくちゃいけないそう。しかも、団体と言っても翠屋の席が全て埋まる規模で貸し切りとなるそう。いつも俺の応援の為に社員に任せて高町ご夫妻は店を空けるそうなのだが今回は大切なお客様らしくそうも行かなくなったらしい。そもそも俺の柔道の応援よりお仕事の方が大事なのだ。

 あまりに忙しくなるのでなのはちゃんもお手伝いに回るそうな。高町家総出のお仕事になるそう。

 

「ごめん〜。私慎司君の応援行きたかったんだけどお父さん達も人手が欲しいみたいで」

「きにすんなって、そもそもそっち優先した方がいいに決まってんだから。俺は高町家の皆には十分応援されてるからさ、ちゃんと優勝してくるからなのはちゃんも頑張れよ」

「うん……」

 

 と言ってもなのはちゃんは残念そうだ。本当に楽しみにしてくれてたんだなって思うと嬉しいような申し訳ないような感じだ。

 

「なのはも来れなくなっちゃんたんだ、慎司の応援」

 

 俺となのはちゃんが話しているとアリサちゃんとすずかちゃんもその輪に入ってくる。

 

「なのはもって……もしかしてアリサちゃんも慎司君の応援来れなくなっちゃったの?」

「うん、私だけじゃなくてすずかも」

「すずかちゃんも?」

「うん……実はそうなんだ」

 

 なのはちゃんが来れなくなった話を聞く前にアリサちゃんとすずかちゃんも来れなくなったって話をしていた所だった。アリサちゃんもすずかちゃんも習い事関係でどうしても外せない用事が出来てしまったと謝ってきた。謝る必要はないんだけどな、俺の事より自分の事を優先して欲しい。というかそれが当たり前なんだよね、皆俺の事優先しようとしすぎだよ。嬉しいけどさ……。

 

「そっかぁ………アリサちゃんとすずかちゃんも行けなくなっちゃったんだね。それだと今回の応援は慎司君のご両親だけなんだ」

 

 俺と同じようにアリサちゃんから事情を聞いたなのはちゃんがそうぼやく。

 

「あー………」

「どうしたの慎司君?困った顔して」

「あ、いや……すずかちゃん、困ってる訳じゃないんだけどさ」

 

 実はな……両親も来れないんだよね。今回の大会。理由はお察しの通り最近ずっと家を空けてる理由と同じだ。パパン男泣きしてたな。泣くなよ恥ずかしいから。

 

「えー、じゃあ今回慎司は1人なの?」

 

 そんな俺の両親の事情も簡単に説明を聞いたなのはちゃんはそう不安そうに聞いてくる。

 

「んな事ねぇさ、いつも通り相島先生も来てくれるし同じ道場の皆んなも一緒だ。1人って事はねぇさ」

 

 それに………なのはちゃん達には都合上まだ紹介できないから言えないけど今回は八神家も応援に来てくれる。会場で鉢合わせた時にはどうしたもんかと少し悩んでいたのだが望まぬ形でその事については悩まずに済むようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っ!」

 

 組み手争い。柔道の試合において最初に始まる攻防、これの結果でその後の試合の流れが決まると言ってもいい。相島先生と直々の組み手の実践練習でレベルの違いを感じつつも何とか食らいついて励む。今回の大会で優勝するには必ず当たる事にはなるだろう神童隼人には一瞬の隙も見せる事は許されない、最初が肝心とはよく言ったものでこの組み手では絶対に完敗されるような事態には出来ない。技の精度を高めるのも大事だが組み手も試合における重要な技術なのだから。

 練習は苛烈さを増していた、俺がその神童を意識するが故だろう。自然と熱も力も入る、途中何度か相島先生に落ち着けと忠告されるが落ち着かない気分は抜けなかった。組み手争いだけではない、立技の練習においても寝技の練習においてもこれでもかと気合を入れて練習に励む。

 

 

 

 

 道場の練習が終わりその後の相島先生と自主練を終えても気持ちが落ち着かない。大会前はいつも神経質になりがちな俺ではあるが今回はそれの比ではなかった。そして帰り支度をする俺に相島先生が俺に話があると真剣な面持ちで言われ俺は手を止めて相島先生に連れられ別室に。向かい合って互いに椅子に腰かける。

 

「悪いな、疲れてる所」

「いえ……」 

 

 わざわざ話があると前置きをしてきたという事はそれなりに真面目な話だろう。予想はつくが。

 

「話っていうのは『一本背負い』の事だ」

 

 やはりか。そろそろ言われる頃合いかなと危惧していた。

 

「お前がどんな技を使おうがお前の自由だ、ちゃんと精度を高めて実践向きに仕上げるのならな……そのために必要なら勿論俺も協力する」

 

 俺が今、多くの技を使えるよう指導してくれたのは相島先生だ。この人の協力なしで俺のこれまでの功績はなかっただろう。

 

「あの大会でお前が見せた一本背負い……あれ以来練習でも大会でもお前は使わなかった。理由を尋ねてもお前はだんまりだしな」

「…………すいません」

「いや、それはいいんだ。全く一本背負いの練習をしてなかったお前になんであんな熟練とした一本背負いが出来たことやなんでそれを使わないのか色々気にはなっているが慎司が話したくなければそれで構わないんだ。大会も近づいてきたからな、俺が聞きたいのは一つだ……今後慎司が一本背負いを使うのかどうかだ」

 

 息をのむ。自然と体が強張り力が入ってしまう。落ち着け……落ち着け……。この問答には相島先生の中で今後の俺への指導方針にも関わっていると思われる。使うか使わないか……答えは決まっている。

 

「使いません」

 

 淀みなくそう答えられた。そもそも例の大会でも一本背負いを使ったのは本意ではなかった。朦朧とする意識の中で負けるわけにはいかないと心で叫び続けていた俺が前世で一番使い一本をもぎ取ってきた一本背負いを無意識でかけてしまったのだ。本来なら今世ではずっと使うつもりがなかった技だったのだから。

 

「そうか……わかった」

 

 慎司がそう言うならと相島先生はなにも聞かないでそう飲み込んでくれた。

 

「しかしな慎司……」

 

 先生は俺を真っ直ぐに見つめて強い口調で言い放つ。

 

「神童隼人は全力を出さなければ絶対に勝てない相手だぞ」

 

 それだけ言うと相島先生は大会も近くなってきてるから早めに休むようにと俺に言いつけて話を終えた。俺は一礼してから道場を後にして帰路につく。………そんな事は俺だってよく分かってますよ、相島先生……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしたの慎司君?貴方の番よ?」

「えっ?あ、ごめんごめん」

 

 シャマルに呼ばれボッーとしてた意識が覚醒する。練習の後また八神家にお邪魔してご飯を頂いたのだ。食後には皆んなで丸くなってトランプのババ抜きを嗜んでいた。慌ててシャマルが構えていたカードを引き抜く。げっ、ババだ。

 ゲームはそれとなく進んでいき最終的には俺が最下位となって終わる。

 

「あーあ、負けた負けた」

 

 そう言って乱雑に置かれたトランプを整理して元に戻す。軽くシャッフルしながら次はどうする?と皆んなに問いかけると何故だか難しい顔をしていた。手を止めて俺は

 

「皆そんな顔してどうしたんだよ?」

「いや………慎司が負けんのが珍しいからよ」

 

 ヴィータちゃんがそう言い淀む。確かにこのメンツだとそうかもだけどそんな驚くことでも無いだろうな。何か別の事を言いたげな様子だ。

 

「ヴィータちゃんらしくないなぁ……ハッキリ言えって照れ屋さん」

「……茶化すなって」

 

 あー、ごめん。シリアス嫌いなのでね。

 

「……お前なんか変だぞ?」

「変?」

「変ていうか……ボーッとしたりいつもより考え事してる気がする」

「うーん……」

 

 まぁ、相島先生とのやり取りで色々思うことがあったのは事実だがそんなあからさまに態度に出てたのか。俺もまだまだ子供だな。

 

「まあ、大したことじゃねえよ。それより続きだ続き」

 

そう告げてトランプを配って話を終わらせる。せっかく皆で楽しんでるんだ、少しでも空気が変わるような内容は避けたかった。

 

 

 

 

 

 少しトランプやらゲームやらを皆で楽しんだ。そんな中でも頭の片隅には今日相島先生に言われた言葉がよぎっていた。もう決めたことをぐちぐち考えてもしょうがないけどな。それでも、つい考えてしまうのは俺の意思が弱いからかね。

 今俺はゲームで俺に連敗して悔しくて俺抜きで特訓しているシグナムとヴィータちゃん、シャマルをはやてちゃんが用意してくれたお茶をソファに腰掛けすすりながらボーッと眺めている。そんな俺の隣にはやてちゃんがよっこらせとおじさん臭いことを呟きながら座る。

 

「皆楽しそうやね」

「はやてちゃんも特訓すれば?」

「ウチは勝てなくても一緒にやれればそれでええんよ」

 

 そんなもんか。まぁ、勝ち負けよりは皆んなでやる事の方が大切だもんな。

 

「なぁ慎司君」

「うん?」

「試合前でちょっとピリピリしてるなら……無理してウチに来んでもええよ?」

「………すまん、迷惑だったかな?」

「ちゃうちゃう、何でそうなるんよ。じゃなくて、ウチに気を使わんで家で1人で落ち着きたかったらって意味よ。慎司君が来るのはウチはいつも楽しみにしてるんよ?迷惑なんて思った事ない」

 

 すまんすまん。わかりきってた事だよな。無理して来なくて良いってはやてちゃんのセリフじゃないだろうに。色々世話になってるのは俺なのにな、俺の友達はいい子ばかりだ。

 

「迷惑じゃなければ……試合前でもお邪魔させてくれないか?皆んなとこうやって楽しんでる方がリラックス出来るんだ」

「勿論、大歓迎よ。皆んなも」

 

 ゲームに熱中してる自身の家族を愛おしそうに眺めながらはやてちゃんはそう言う。あ、ヴィータちゃん負けて悔しそうに地団駄踏んでる。

 

「………皆んなも慎司君が心配なんよ」

「心配?」

「うん、ウチらを試合に誘って変にプレッシャーを与えてないかって」

「……俺が自分で誘ったんだぜ?」

「それでもや、ウチら皆んな楽しみにしとるけど……楽しませる言うてくれた慎司君がウチらのせいで悩むのは本意じゃないんよ」

「…………試合前は少々ナイーブになりがちなんだよ毎回。はやてちゃん達が来てくれるのは寧ろ気合いが入って助かってるんだ」

「そかそか、それならええんやけど」

 

 そんな風に勘違いさせてしまったのか。それは悪い事をした。心ももっと強くならないとな……俺。

 

「まぁ、素人のウチからは慎司君に何言うても仕方ないけど……これだけは言わせて欲しいんよ」

「何だよ?」

「………頑張れって」

「………」

 

 照れ臭そうにはやてちゃんが微笑んだ。その一言はありきたりだけど誰かを応援する気持ちを伝えるのには1番の言葉。頑張れ……か。そうだな、何を思おうと悩もうと試合で出来る事はただ一つ。全力で頑張る事だけだ。一本背負いがどうとか神童がどうとか関係ないよな。分かってるはずなのに分かってなかった。俺はただ、全力をぶつけるだけでいいんだ。一本背負いを使わなくとも、神童と当たる事になろうとも……ただ全力で柔道をするんだ。

 

「……あぁ、頑張るよ」

 

 俺はとても穏やかな気持ちでそう告げた。……誰かに励まされてばかりな俺だけど、それは柔道で返そう、カッコいいところを見せてやろう。すごい所を見せてやろう。爽快な一本を見せてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間も時間なので八神家を後にして帰路につく。先程とは打って変わってとても穏やかで落ち着いた気分だ。吹っ切れればなんのその、試合までの残り期間全力で練習に取り組んで準備しないとな。

 少し歩いた所で後ろから走ってくる足音と俺の名を呼ぶ声が聞こえた。ヴィータちゃんだった。

 

「あれ?どうしたのヴィータちゃん?」

 

 結構全力で走ってきたみたいだけど意外と体力あるのか息切れ一つせずに俺に手に持ってるものを手渡してくる。

 

「ほら、忘れもんだよバーカ」

 

 あ、携帯!しまった、はやてちゃんの家に落としてたのか、あっぶねぇ。気づかなかったぜ。

 

「すまんすまん、助かったよ。ありがとな」

「おう、気を付けろよ」

 

 そう言ってムフーとするヴィータちゃんに苦笑しつつ携帯を受け取る。一応連絡とか特に来てないことを確認してからポッケにしまう。

 

「わざわざありがとねヴィータちゃん、そんじゃまた」

 

 立ち去ろうする俺をヴィータちゃんが「なぁ」と一言で呼び止める。その表情は何だか落ち着いてない様子でつい考えなく呼び止めてしまった事が窺える。

 

「どうした?」

 

 落ち着けという意味も込めてゆっくりと穏やかにそう告げるとヴィータちゃんは照れ隠しのように頭をかきながら口を開く。

 

「その……何だ、お前の試合……アタシ達皆んな楽しみにしてるからよ。頑張れよ」

「………ああ、勿論だ」

「……慎司は勝つか負けるかで色々その……考えてるかもだけど……その、何て言ったらいいのかな」

 

 頭を捻って考えて考えて言葉を紡ぐヴィータちゃん。しかし思うように言葉が出なくて「ああもうっ」と堪えずにそう吐き出す。そんな様子が面白くて自然と頬が緩んだ。

 

「と、とにかく!何かその……悩み?とかそういうのあったら言えよ!アタシが聞いてやるからさ」

 

 今日の俺の様子に敏感に反応していたヴィータちゃん。ヴィータちゃんは結局俺の内心なんぞ分かる訳もなく少しトンチンカンな事を言って来る。けど、言いたい事はよくわかった。分からないけど、どうすれば、何を言えばいいか分からないけどとにかく何かあるなら力になると。俺の様子を見て心配になってそう言ってくれてるんだ。

 

「ははっ、ありがとうよ。でも大丈夫だ、心は決まったよ………心配してくれてサンキューな」

「し、心配なんかしてねぇよ!その………友達なんだろ?アタシ達、それなら当然だろ」

「…………どっちにしろ心配してくれてんじゃんそれ」

「うっせぇな!用は済んだからさっさと帰れっ、しっしっ!」

 

 そんな照れて怒らなくてもいいのにー。

 

「………ヴィータちゃん、ありがとう」

「………おう」

「またな」

「………バイバイ」

 

 互いに手を振って別れを告げる。結局は励まされてばっかりだったな。情けねぇ……けど、嬉しかった。なのはちゃんやアリサちゃん、すずかちゃんには背中を叩かれて、はやてちゃんから励まされて、ヴィータちゃんから不器用だけど心温かいエールを貰った。それだけじゃない、皆んな……皆んなが俺を応援してくれてる。なら、俺の勝利の姿を届けたい。それが、俺が出来る恩返しなのだから。明日も頑張るか……そう呟いた言葉は夜の空に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 余談ですが、お話の中でゲームのネタ、ポケモンとかそういうのは慎司君の主観のお話ですので「いや、そんな事はないだろ」と思ってもスルーしていただけるとありがたいです


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意地のぶつかり合い






 

 

 

 会場には選手や関係者、応援に来た人達によって埋め尽くされていた。明らかに観客席は定員オーバーだ、その惨状を見てこの大会が小さいもので無いことを実感させられる。規模的には俺が神童に勝った大会と同じ県大会規模なのだが参加者数はより多いみたいだ。大会にも知名度やかけられる資金の差で同規模の大会でもこうも差がつくのか。

 小学生の大会は中学生や高校生の大会みたいに柔道連盟が定めた県大会や全国大会のような方式の大会は無くどれも各自治体や柔道協会によって大会が開催されるから差が出るのは当然だ。そんな理由もあって細かいルールなんかも変わって来ることが多い。

 試合時間やロスタイム、延長戦の有無。場合によっては結果に響くような内容だ。ちなみに今大会は通常小学生の大会の試合時間である2分では無く3分を採用している。その代わり審判が待てを掛けてもタイマーの時間は止まらない流し方式を採用している。そして大きく気をつけなければいけないのはGS(ゴールデンスコア)方式では無く旗判定方式。

 補足するとGSとは延長戦の方式の名称で時間内で決着が付かなかった場合時間無制限の延長戦が始まる。その延長戦で先に一本でなくてもポイントを先取した時点で勝利となるやり方。世界大会などの公式の大会はこのルールが採用されている。逆に旗判定方式は決着が付かなかった場合延長戦を行わずに主審1人、副審2人による多数決で勝敗を決める。材料はどちらが積極的に攻めていたとかポイントに近い惜しい場面がなかったかとか様々だ。多数決の際に3人の審判が同時に赤白で分けられた勝ったと思う方の選手の色の旗をあげるやり方から旗判定と言われている。

 

「………」

 

 深呼吸を一つ。大会というのは何度経験しても緊張してしまうものだ、適度な緊張は試合での集中を高めてくれるが度を超えた緊張は体が固くなってよくない。俺はどちらかといえば緊張しすぎてしまうタイプだ、会場入りしたらまずやることはいつも深呼吸。よし………よし……、大丈夫だ。大丈夫、沢山練習した。対策も何度も練って考えた、信じろ。自分の努力を信じろ。大丈夫だ。

 

「よしっ」

 

 少し落ち着けた。会場スタッフから大会のトーナメント表を受け取りすぐに小学三年生の部のページを開く。俺の名前は……あった、少し間が空くな。アップのタイミングに気を付けないといけない。神童の名も見つける、当たるのは……決勝戦だ。他にも警戒が必要な選手の名前も確認して把握する。確認を終えたらすぐに柔道着に着替えて開会式が始まる前に準備体操とストレッチを入念に行う。汗をかくのは少し間があくから後にしよう、とにかく入念に行う。……いつもなら、そろそろなのはちゃん達三人が発破をかけに声をかけに来てくれる頃合いなんだが今日は三人ともいない。高町家も俺の両親も……なのはちゃんにはああ言ったけど正直少しさみしく感じた。いかんいかん、こんな弱音を吐くようでは勝てる試合も勝てない。気合を入れ直すべく両手で自身の頬を思いっきり叩く。

 

「わっ、気合入ってるなぁ……」

 

 背後からそんな声がしたので振り返ると八神家一同がいた。ザフィーラは……流石に留守番だろうか、ペット入場不可だしな。

 

「約束通り皆で応援にきたで慎司君」

 

 シャマルに車いすを押してもらいつつ楽しそうにそう言うはやてちゃん。普段こういう場所には縁遠いからか少しうきうきしているようだ。

 

「ああ、来てくれてありがとな」

「うん……。慎司君の柔道着姿、生で初めて見たけど……かっこええなぁ…凄い似合ってる」

 

 ありゃ、そうだったか?そりゃどうもと軽く返しつつストレッチはやめない。

 

「……ごめん、お邪魔やったかな?」

「え?あー、ごめんな……試合前はいつもこんな感じなんだ。皆がよければ開会式まで時間あるからちょい話し相手になってくれよ」

 

 俺の反応の鈍さで勘違いさせてしまったことを謝りつつそう提案する。まだ俺の試合は先だから今は皆と話してリラックスでもしていたい。俺の提案に皆は勿論と快く頷いてくれた。

 

「んで、どうだ?初めての柔道の会場は?」

「いやーびっくりしたで、思ってたより人も多くて圧巻や」

「そうかそうか、人ごみで怪我しないようにな?」

「大丈夫や、皆もおるし」

 

 まあ確かにシグナムやシャマル、ヴィータちゃんもついてるし大丈夫か。

 

「それにしても参加人数も多いみたいだな、いつもそうなのか?」

「いいや、今回の大会は割と大きい規模だからな。人数も多くなるんだ。大会によってはこれより少なかったり多かったりするよ」

「ふむ、そういうものか」

 

 シグナムの疑問に答えると納得といった様子で頷いてくれる。神童に勝った大会の後にも何度か大会に出場したがこれまで見かけなかったのは単純に規模の小さい大会には出場してないからだろう。神童所属の道場がそもそも名門と呼ばれている道場だしな。

 

「そや慎司君、今日もご両親は留守なんやろ?」

「ん?ああ、また一段と忙しいみたいだよ」

 

 本当に大丈夫だろうな?過労死とかしないでくれよ。

 

「それなら今日もウチに寄ってかへんか?大会終わったら慎司君のお疲れ様会やりたいねん」

「え?いいのか?」

「当たり前や、来ない言うたら泣くで?……ヴィータが」

「な、泣かねぇよっ」

 

 顔を赤くして否定するヴィータちゃんに謝りながら冗談だよと笑うはやてちゃん。そうか、そんな計画立ててくれてたのか、試合はこれからだし気は早いけど楽しみだ。それなら、笑顔でそのお疲れ様会を送れるように尚更優勝しないとな。はやてちゃんに大会を終えたら寄らせてもらうと告げる。はやてちゃんだけでなく皆が笑顔で頷き返してくれた。すこしだけ話をして、そろそろ観客席に行くからとシグナムからの言葉で一旦別れることに。

 

「頑張りや」

「頑張れ」

「頑張って」

「頑張れよ」

 

 4人からのエールにああと力強く頷いて返す。十分落ち着けたと思う。皆んなのおかげだ、ありがとう。………よし、そろそろ開会式も始まるだろうし試合場にそろそろ向かうとするか。

 

「っ!」

「っ」

 

 ふと振り返って歩みを進めようとすると誰かに見られていた事に気付いて視線を交わす。10メートルくらい離れた所に柔道着姿の神童隼人がこちらを見ていた。たまたま目があってしまい互いに視線を逸らさなくなる。あちらも別に睨んでたとか厳しい視線を送ってきてるわけじゃ無かった。たまたま俺を見かけて見てしまっただけのようだ。しばらく無言のまま見合っていると会場全域に開会式をまもなく始めるとアナウンスが流れる。そのアナウンスで神童はハッとしたようで俺から視線を逸らして背中を向けて会場の方へ向かっていった。

 

「……………」

 

 体が震えていた。恐れではない、武者震いだ。視線が少し絡んだだけだが分かる。以前とは大違いだ。同じように挑んだら瞬殺される、そんなオーラを感じた。別にこっちに殺気を向けてきたとか怒りを向けてきたとかそんな見当違いな事はしてこなかった。ただ、通りすがりで目があっただけだ………それだけだったが俺は神童に柔道家としての強者のプレッシャーを感じた。これは……本当に油断できない。一度深呼吸をして落ち着いてから俺も会場に向かう。柔道家として闘志を燃やすような気持ちと同時にプレッシャーによる恐怖も湧き上がっていたことは気づかないフリをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初戦、自分の番は思ったよりも早く訪れた。十分にアップは済んで体は温まっている。問題はない。会場スタッフから名前を呼ばれる緊張を飛ばす気持ちで大声ではいと腹から声を出した。一礼してから畳の上に上がり所定の位置に立つ。再び一礼、開始線まで歩みを進めて初めてそこで対戦相手と目が合う。初めて試合をする選手だが俺は相手選手の事を知っている。神童とまではいかないもののそれなりに結果を出してきている選手だからだ、映像も見た事はある。名のある選手の映像はチェック済みだ、普通は小学生の試合でそこまでする事は無いんだが俺は勝つためならそう言う事もする。実際に高校生まで行くとビデオで相手の事を研究したりするのもおかしくない。映像なんかも小学生とはいえある程度有名な選手ならネットなんかで探せば大体見つかる。

 視線を背けぬまま互いに再び礼をして開始線から一歩ずつ踏み出す、すぐに審判から開始の合図が告げられた。

 

「っしゃこい!!」

 

 いつものように始まりにはこの声をあげる。前世でも今世でも。組み手争い……は無かった。この選手は組み手に関しては基本受け身だ、少しだけ抵抗するが基本的に相手にある程度組ませてから自分の組み手を行うのだ。理由は単純、それでも最終的に自分の組み手に持ち込める自信があるからだ。普通組み手は先に自分の組み手に持ち込めば相手が立て直さないうちに好き放題に仕掛けられる。そこでやられた方は逃げに徹すればマイナスとなる反則を受けたりする。しかし、この選手の映像を見ると最初は組ませてから中途半端に自分の組み手……とりあえず持てる場所を持つようなそんな感じの組み手をする。そこから力で強引に無理矢理相手の組み手をねじ伏せつつ自分の組み手に持っていくと言うスタイルだ。

 このスタイルは珍しくない、重量級が軽量級の相手をする時にやる選手も少なくはない。相手も力に自信があるから故なんだろう。組ませてくれるのなら話は早い。

 

「っ!」

「くっ!?」

 

 ガッツリとこっちの組み手で組む。相手は待ってましたと言わんばかりに組まれた後から俺の組み手を切り崩すべく力で押さえつけようと中途半端な場所を掴む。………確かに力は強い。それを持ち味にするのは寧ろベストだよ。だがな

 

「っ!?」

 

 全員が全員お前より力が無いわけじゃねぇ。筋トレなんかしてなくても柔道に必要な筋力は柔道をたくさんする事で鍛えられる。一度掴んだら離さない握力もそれを長時間維持できる前腕の筋肉も。そしてなにより、組み手を崩されない掴み方のテクニックだってある。力だけじゃ、柔道は勝てない。だから、いくら力があろうが最初の組み手を疎かにしては上では絶対に勝てない。

 俺に組み手を好きにさせたのが甘かったな、悪いけどお前の力じゃ俺は振り解けねぇよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来た!チャンスや!!」

「いけー慎司!!」

 

 観客席で慎司を見守る八神家の面々。はやてとヴィータが慎司のチャンスを見て声を上げる、シグナムは冷静に試合を見守っているが自然と拳に力が入っていた。シャマルはビデオカメラを手に録画をしつつ静かに応援をしていた。

 

「がんばれ……がんばれ!」

 

 相手が焦った顔をして振り解こうとしているのは分かるが慎司に完全に組み手で押さえ込まれて何も出来ない。はやての心臓はバクバクと脈打っていた。これから起こる期待に、慎司が見せてくれた試合の映像と同じようなあの爽快な………一本を。

 

「っ!!」

 

 完全に身動きが取れなくなった相手に慎司が仕掛ける。相手を崩しで振り回し始める、前後左右斜め。その際の慎司の体勢や動きに淀みはない、綺麗な動きだった。素人目でも技術の高さが窺える。

 

「よしっ!いけ、やれ慎司!」

 

 ヴィータのその言葉が合図だった。相手は振り回されたままだと消極的な体制と思われ反則を取られてしまう。それを嫌がり慎司が相手を後ろに押して崩した所で抵抗するべく踏ん張った。踏ん張っただけだった、押し返した訳じゃない、僅かに前に向かって体重をかけただけだ。それが慎司相手には命取り。

 

「おおおおおおっ!!」

 

 慎司の気迫が観客席にまで響く。浮いた、相手が宙に浮いていた。慎司から試合に誘われた時にはやては少しだけ柔道について勉強していた、だからたまたまあの慎司の技を知っていた。『体落とし』、相手を右前隅に崩し自身の体の脇から斜めに投げる技。相手の体勢崩し、右足を横に伸ばして相手に引っ掛けるだけ。落として投げるイメージだ。だが、慎司の熟練故かまるで宙を舞ってるかのように相手は畳に落ちた。

 

「一本!」

 

 審判が告げた一本の宣告に八神はやてだけでなく一緒に応援していた全員の心が沸いた。

 

「っしゃ!!すげぇぞ慎司!」

 

 ヴィータはまるで自分が勝ったかのように豪快なガッツポーズを見せる。

 

「よしっ」

 

 シグナムは真っ直ぐと立っていた状態からつい身を乗り出すような形でそう声を上げる。

 

「やった!すごいです!」

 

 シャマルは撮っていたビデオカメラを興奮のあまり見当違いな方向に向けてしまうほど。

 

「………すごいなぁ……慎司君」

 

 はやては感動していた。柔道自体はテレビのニュース映像とかで見た事はある。選手が豪快な技で一本を決める映像もニュースなんかではよく流れる。しかしだ、はやては小学3年生レベルの試合であるにも関わらずそれ以上の感動を覚えた。彼とはまだ出会ってちょっとしか経ってない。だが八神はやては知っている、彼の柔道への思いも彼がいかに真剣だったのかも。疲れた様子で我が家に訪れる慎司、小学生にしては筋骨隆々な体つき、真剣な面持ちで柔道の映像を見て研究する姿。

 全ての努力を結集して今の感動を覚えるほどの一本勝ちを八神はやては知った。

 

「カッコええよ……ホンマに」

 

 彼は言った。楽しませる試合を見せてやると。もう既にその約束は果たされた、この一回戦ではやては十分にそれを感じた。生で試合を見たからでも、友達の試合だからでもない。勝つ為の努力を怠らなかった荒瀬慎司の試合だからそう感じれたのだ。だから、後は自分の為に頑張ってほしい。

 

「頑張りやー!慎司君!!」

 

 既に一回戦は終えたけどついそう声をあげてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一旦終わりだっての」

 

 はやてちゃんの大声が耳に入ったのでついそう溢す。まぁ、そうやって応援されるのはやはり嬉しいし力になる。今の試合、楽しんで見てくれただろうか。自分の為に試合をしている俺だが片隅にははやてちゃんを感動させたいなんて気持ちもあった。だが、そんな余裕はすぐなくなるだろう。試合は始まったばかり、これからどんどん強敵に当たる。そして、別の試合場では神童隼人の試合が行われていた。遠目だが問題なく見える。対戦相手は………知っている選手だ。あの選手もレベルの高さで有名だ、しかし試合の展開は一方的だった。神童が一方的に組み勝ち好き放題に攻めている、相手は逃げの一手しか打てず2度の指導を受ける。指導とは反則をした際にうける物でこれが3度行われると反則負けとなってしまう。相手選手は後がなくなり攻めの一手にかける、しかしそれを難なく神童がかわしてその僅かな隙で技を披露する。

 

「一本っ!それまで」

 

 審判の号令が俺の耳にまで届く。華麗な『背負い投げ』だった。神童隼人の得意技でもある。俺も試合をした際に分かってても何度も投げられそうになった。神童はどちらかと言うと華奢な体つきだ。身長も平均よりやや小さい、俺も大きい選手ではないが身長体重は俺に劣る。それは柔道では基本的にハンデだ、だから中学生になると体重別で分けられる。大会で体重関係なしでやる試合が基本なのは小学生の間だけだ。だからこそ奴はすごい選手だ、ハンデと言っても結局は実力が上の選手が勝つのが柔道。その中で全国クラスと言われるまでの評判を持っている神童隼人は天才ともいえるだろう。いや、天才だけでは至らない境地だ。想像以上の努力をしているのだろう。だからこそ負けられない、俺の努力か神童の努力か。意地のぶつかり合いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後一回戦から準決勝……合計6回の試合を経て俺は決勝戦に臨む。はやてちゃん達の応援のおかげで危なげなくオール一本で勝ち進めて来れた。対する相手は予想通り神童だ、奴も圧倒的な一本を全ての試合で見せつけてここまで上ってきた。アナウンスが3年生の部の決勝戦の始まりを告げて互いに名を呼ばれる。いよいよだ。

 

 

 

 

「慎司君……」

 

 観客席でははやて達は固唾を呑んで様子を見守っていた。4人とも素人ながら試合を見ていたからよく分かっていた。慎司の実力の高さを、そして相対する神童も負けず劣らずの実力がある事を。

 

「我が主、大丈夫です。慎司ならきっと」

「……うん」

 

 そうはやてを励ますシグナムも落ち着かない様子だ。ヴィータもシャマルも今までの試合より落ち着かない気分になっている事は自覚していた。だが4人とも信じていた、荒瀬慎司の勝利を

 

「頑張れ……慎司君頑張れ……」

 

 自分を落ち着かせるようにはやてはひたすらそう呟く。そしてついに

 

『はじめっ!』

 

 試合開始の宣言が下された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

 組み手争いの応酬。防ぎ防がれの繰り返し。互いに妥協せず、組み手の攻防で既に息が上がるほどだった。いくら組みにいっても掴めない、逆に相手の組みには敏感に反応して防げた。既に何分も経過したんじゃないかと錯覚を起こすほどだった。審判の待てがかかる、チラッと時計を盗み見るとまだ10秒ほどしか経っていない。互いに審判から消極的として指導が下される、珍しくはない展開だ。そしてすぐに始めと再開の宣言。

 再び組み手の攻防……とはならなかった。

 

「(速いっ!?)」

 

 すぐ様に片腕で袖を掴まれる、くそっ!体を捻って組み手を切ろうとするががっしり掴まれて切れない。切ろうとしてる間に襟を掴まれる、しかし俺も簡単にはさせない。切ろうとした時の体の反動で無理やり自身も袖と襟を掴む。若干襟を掴んだ位置が神童よりも低くなってしまったが何とか持ち直す。

 

「しっ!」

 

 仕掛けてきたのは神童だ、軽く崩しを加えての大内刈り。牽制みたいなもんだ、それは軽くかわす。今度は一瞬払腰の構えをとりすぐ様に体勢を変えて大外刈り、フェイントだ。が、体が十分に崩れてない今ならしっかりと落ち着いて体捌きと組み手の動きで防げる。瞬間

 

「っ!?」

 

 大外刈りの際に使う吊り手側の手を離し一本背負いと同じように俺の右肩を掴んで抱え込む、腕は一本背負いの形だが技は大外刈り……大外刈りの変形技だ!これもフェイントか!

 

「ぐっ!」

 

 フェイントで体が少し崩れる。そうなったら最後、相手の技に巻き込まれていく……体幹に力を込めても耐えれない。

 

「ああっ!!」

 

 必死に背中は付かないように体を捻った。しかし、完全には防げず

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 神童の雄叫びと共に畳に沈む。

 

「技ありっ!」

 

 判定は技あり。会場が沸いた、体を捻ったおかげか一本は免れた。だが試合は止まってない、すぐ様に寝技の攻防が始まる。俺はすぐに寝技で抑え込みを狙う、しかし神童も速い。既に寝技の防御姿勢の亀になっていた。技を仕掛けてみるが岩のようにびくともせずすぐに待てがかかった。

 立ち上がって開始線に戻りながら思考する。やられた、とられちまったものはしょうがない。どう取り返すかだ。考えずに攻めたってダメだ。考えろ、俺の技量と神童の技量を考えて、どうすれば一本を取れる?どうすればいい。奴が苦手なやり方……探せ。ビデオで研究しても圧倒的な試合ばかりで参考にできたものはない、それでも探せ、今からでも見つけろ。思考を止めず、勝つ為の最大限のことをし続けるんだ。

 

「始めっ!」

 

 再開の宣言。すぐに仕掛けに行く、俺の左手……柔道で言う引手側で相手の袖を掴む。あっさりと掴めたのは位置を妥協したからだ、人にもよるが基本的に理想の位置は相手の肘より若干下くらいの場所。そこが相手によく力が伝わる場所だ、しかし俺は相手の手首あたりを掴む。そうやって位置を妥協するだけで掴みやすさは変わってくる、しかしその分相手に力は伝わりにくくなるがそれでいい。俺は掴んだ瞬間にすぐにその引手で相手を引き寄せながら技を仕掛ける。

 

「っ!」

 

 びくっと大げさに反応する神童。そうだよなぁ、片腕だけで仕掛けてきたらあの技を警戒するよなぁ。今の俺の状態からでも万全に仕掛けられてなおかつ前回それでやられてんだったら一本背負いだと思うよな、ポイントをとられた直後なら焦って仕掛けてきてもおかしくない。その警戒心が命取りだ。足運びも体の捻りや入り方も確かに途中までは一本背負いだ、しかしここからだ……一本背負いなら相手の腕を自分の釣り手側で挟んで絡めに行くところだが俺は釣り手を神童の背中に持っていく。

 

「なっ!?」

 

 大腰だ。神童は投げられる側に先回りして一本背負いを無効化しようとしていたが俺が背中を捕まえて引き寄せることでそれを封じる。

 

「ぐっ!!」

 

 しかし流石神童、すぐにフェイントに気付くと自身の後ろに体重をかけてそれを体幹を発揮する。全力で俺の大腰を耐える腹積もりだ。けど、甘えよ。そうやって反応できると思ってたよ、俺は神童が後ろに体重をかけた瞬間すぐに反転して持った背中と袖はそのままに大内刈りをかける。ここまでは防がれると読んでいた、体重をかけてまで防ごうとしちまえばもう動けない、後ろに向かって耐えるなら後ろに向かう技で投げる。基本中の基本、それをいかに相手に当てはめるかだ。

 

「おおおおっ!!」

 

 自然と口から出る気合。神童に防ぐ手立てはなく畳に押し倒す。もらった!!

 

「ぐううっ!」

 

 なにっ!後ろに向かって飛びやがった!ここにきてまだそんな反応できんのかよ!倒れることは防げなくても少しでも俺と距離を取ることで背中を捻る猶予を作りやがった。どんっと畳に衝撃、しかし自分でもすぐに理解できた。一本じゃねえ。

 

「技ありっ!」

 

 これで仕切り直しだ。一本は取れなかったが何とかイーブンには持ち込んだ。寝技の攻防をしつつ気持ちに余裕ができる、すぐに待てがかかり服装を整えながら呼吸も整える。ちらっとタイマーを見る。まだ始まって一分も経っていない。チャンスはまだある、今の連携は使えないが弱気になるな気持ちで負けるな。相対する神童からさらに闘志を感じた。いいじゃないか、俺も同じだよ神童。お互いに負けられねぇよなぁ!!再開の号令とともに激しく攻防を始める俺たち、息が切れても、腕が重くなってきても、互いに動きが鈍くなることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 応援席でシグナムは固唾を呑んで慎司を応援していた。正直、想像以上の代物だとシグナムは感じていた。シグナムはこれまで守護騎士としてはやての前に現れる前から別の主人の元でその力を振るっていた。命のやり取りを何度もした、人外の胆力と魔法で何度も窮地を脱してきた。そんなシグナムからすれば命の危険もない、魔法もない地球のスポーツにここまで気持ちを振り回されるとは思っても見なかった。そんな風に思っていた自分を恥じた。

 情熱と情熱、意地とプライドのぶつかり合い。柔道に限らずそれらに全力で魂を燃やしてぶつかり合う試合と言うものはここまで人を熱くさせるものなのかと感嘆した。そう認識を改めたからこそわかる、今試合を繰り広げている慎司と神童がいかに凄い試合を展開しているかと言う事を。他の学年、年上の5、6年生達とも引けを取らない、そして互いに柔道に燃やす情念はこの会場にいる選手達よりも随一だと言う事を。

 

「………………」

 

 隣を見ればヴィータとシャマルも同じように緊張した面持ちで試合を見守っている。主人であるはやてに至っては両手を合わせて慎司の勝利を祈っていた。試合が苛烈すぎて頑張れの一言も口から出てこない。あの強い慎司から見事な技術で技ありをもぎ取った神童も、そんな神童からすぐに技ありを奪い返した慎司も素人目でも分かるほどすごい選手だ。

 

 

 

 シグナム自身もきっと、この大会の後に慎司に感謝するだろう。素晴らしい試合を見せてくれたと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てっ!」

 

 審判の待てで試合が止まる、残り30秒を切った。ロスタイムは取らずに流しだ、すぐに互いに開始線に戻る。あれから幾度も攻防を繰り返したが直接ポイントに繋がる事は無かった。どの技も神童には通じず、逆に神童の技も何とか防いだ。息は絶え絶え、後ワンプレーで恐らくタイマーはゼロを示すだろう。ここで決めなきゃ判定になる、正直どっちが判定的に優勢なのかは判断出来ない。それくらい互角の勝負だった。

 決めなくてはならない、残りの時間で何としても。神童もそう思っているようで鋭い目をこちらに向けていた。怯むかよ今更、上等だ。

 

「始めっ!」

 

 互いに一瞬で間合いを詰めて組み合う。互いに防ぐ余裕はなくお互い五分五分にがっしりと掴み合った。崩したくてもこうもがっしり組み合ってたら崩せない。しかしこのまま時間を浪費するわけにもいかない。

 

「くっ!」

 

 先に仕掛けてきたのは神童、焦りからか最後の賭けか崩し無しの内股を仕掛けてくる。崩しもしないで投げる事はもちろん可能だ、相当の技術量がいるだろうが。しかし目の前の神童はその技術を兼ね備えた選手だ、俺はすぐに体捌きと体幹でそれを防ぐ。その過程でたまたま俺の右手が外れた、左手は相手の袖を……右手は自由に、相手は技を防がれ戻りぎわのチャンス。

 脳裏に浮かぶ………ここは一本背負いだと。

 

「っ!!」

 

 体が勝手に一本背負いを仕掛けに行ったが俺はそれを反射的に理性で止めた。何もしないのはまずい、判定にも影響が出る。止まってしまった体を慌てて動かすが

 

「それまで!」

 

 無情にもタイマーのブザーが鳴り響き審判が終わりを宣言する。

 

「………くそが」

 

 誰にも聞こえないようそう呟く。何をやってるんだ俺は、くそっ。いや切り替えろ。試合は終わったがまだ判定がある。柔道家らしく、堂々と結果を待つんだ。互いに開始線の前に戻ると審判団が判定の準備をする。副審2人と主審1人、各々が赤白で分けられた旗を上げて多数決で決める分かりやすいやり方だ。赤が神童で白が俺だ。

 

「判定!」

 

 その宣言とともに上げられる旗、副審2人はそれぞれ赤と白に一本ずつ。これで一対一、主審で決まる。主審が上げた旗の色は……赤だった。

 

「優勢勝ち」

 

 そう言い神童の方に手をあげる審判。…………あぁ、負けちまった。それを理解したのは礼法を終えて畳から降りた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 柔道だけで1話を使ってしまうとは……


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悔しさを胸に



 現在他の作品と同時執筆となりますので以前ペースより頻度は遅くなると思われます。どうか長い目でお待ちいただければ幸いです


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畳を後にしてとぼとぼと会場から出る。同じ道場の仲間達や相島先生からの励ましや叱咤を受けるがどこか他人事のような感覚だった。ボッーとした感覚のまま歩みを進めるといつの間にか会場の外にまで歩いていた。フワフワとして何故だが現実味がなかった。

 結果を受け止められないとかそんなやわな理由じゃない筈だ。負けたという事実は覆らない。それを受け止めて、反省を促して次に活かす。今度は負けないようにより一層努力する、そうあるべきだしそうすべきだと自分でも思考は固まっていた。

 まだ他の仲間の応援もある、会場に戻らないと。そう思って引き返そうとするが足が鉛のように重くて動かない。なんだよ、動けよ。どうしたんだよ。動くどころから足から力が抜けて立っていられなくなりつい膝をつく。

 

「………え」

 

 泣いていた。自然と涙が溢れていた。何……泣いてんだよ俺は。

 

「情けねぇ……くそ、止まれよ……」

 

 情けない、情けない、情けない。涙するなんて情けない。負けたのは誰でもない俺のせいだ。努力不足、思慮不足、全部だ。全部俺の責任だ。泣いてる暇があるなら立ち上がって次の努力をすべきだ。なのに情けない……情けない。試合に負けて1人こうやって不貞腐れて泣くなんて………。いや、違う。違うんだ……情けない理由はそうじゃない。負けたから情けないんじゃない。分かってる、自分が一番分かってる。この涙の理由も、さっきから現実感がないのも、自分が情けないって思う理由も………。

 

「……………くそがっ!!」

 

 地面を拳で強く打ち付ける。痛い、だがその痛みは罰だ。自分の意志の弱さの罰だ。俺は……あの決勝で、最後のあの一瞬。一本背負いをかけようとしていた。チャンスだった、決めれる自信があった。それはいい、俺は柔道家だ。チャンスがあれば、勝ちに行くためにそう思ってかけてしまいそうになるのは仕方ないと割り切っている。けど俺は自分で自分に課したんだ、一本背負いは使わないと、だから理性を働かして俺は慌てて技を止めた。結果最後には何も出来ずに試合を終えてしまった。仕方ない、そうなったのは仕方ない。けど、俺は………後悔していた。………最後のあの瞬間に一本背負いをかけなかった事に。

 

「……………」

 

 自分で勝手に誓ったんだ。そんな身勝手な誓いすら俺は自分の都合で破ろうとしてあまつさえ破らなかった事を後悔した。自分で決めたくせに、自分でそう課したくせに。それが情けなくて情けなくて、悔しくて。

 柔道だって本当は始めるつもりはなかった、けどそれに後悔した事に気付いて、今世では後悔しない人生を送りたくて柔道をまた始めたんだ。その代わり、俺は一本背負いを封印した。だって、俺に一本背負いを使う資格はない。一本背負いで1人の選手の柔道生命を奪いかけた俺は本当は柔道だってしちゃダメだって思ってたんだから。だから、一本背負いは使わない。一つのケジメとして使わないってそう決めたのに。なのに俺は……なんて情けない事を思ったんだ。

 

 

 

 

 

 どれくらいそうしてたかは分からない。しかし、往来の真ん中で1人膝をついてしゃがみ込んでいれば目立つのも必定だ。………はやてちゃん達が俺を見付けるのもおかしな話じゃない。

 

「慎司君っ!」

 

 車椅子を自分の手で動かして俺に駆け寄るはやてちゃん。声をかけられようやく俺はハッとして自身の状況を客観的に理解する。

 

「………だ、大丈夫?慎司君……」

「ああ、ごめんはやてちゃん……なんでもねぇんだ」

 

 そう言って立ち上がろうするが何だかまだ足が覚束ない。ふらつきながら立とうする俺を見かねてシグナムが寄り添って支えてくれる。

 

「しっかりしろ慎司、とにかくそこのベンチに行こう」

「ああ、ごめんなシグナム」

 

 お言葉に甘えてベンチまで肩を貸してもらう。ベンチ座って一息ついて落ち着いた所でようやく俺のフワフワとした現実感がなかった感覚も消えて体にも力が入るように戻っていた。全く、つくづく情けない。ショックであんな醜態まで晒してちゃ世話ない。

 

「ふぅ………ごめん。もう落ち着いたよ」

 

 そう言って何とか笑いかけてみるが4人は渋い顔をした。どうやらうまく出来なかったようだ。

 

「……………………」

 

 静寂。お互いに何を言えばいいのか分からず静寂がお達を包む。俺は空気を変えようと言葉を紡ごうとするが何を話せばいいか分からなくなってしまっていた。対するはやてちゃん達もかける言葉が見つからないようだった。

 

「………せっかく来てくれたのにごめんな?優勝出来なくて」

 

 何とか発した言葉はそんな内容だった。それも何て返事すればいいのか分からず困ったような雰囲気になる4人。馬鹿かよ俺、余計気まずくさせてどうすんだよ。

 

「…………私達からお前に何を言ってもその悔しさは晴らせないだろう」

 

 ようやく口を開いたのはシグナムだった。

 

「存分に悔しむといい、その悔しさはきっと本当に全力で努力した者しか味わえないものだ。本当に頑張った者だけの物だ」

 

 だから、今は全力で悔しがれとシグナムは言う。違うんだシグナム、たしかに試合の結果は悔しいし悲しい。けど、俺がショックを受けてるのは自分の意志の弱さが露呈した事なんだ。そんな事言えないけど、でも何でだろうか?何だか、その言葉は重く俺の心にのしかかった気がした。

 

「………慎司君」

 

 車椅子を転がして俺の目と鼻の先まで近づくはやてちゃん。真っ直ぐに俺を見つめてはやてちゃんは一呼吸置いてから

 

「………シグナムの言う通り、ウチが何言うても慎司君を逆に傷つけるだけかもしれへん。けど、それでもやっぱり伝えたいんよ」

 

 笑顔で、それはもう笑顔ではやてちゃんは言った。

 

「試合……見にこれてよかった。いっぱい、感動した。胸が高鳴ってドキドキした。………慎司君のおかげで柔道って言うスポーツ……楽しめたで」

「はやてちゃん…………」

 

 そう言えば、はやてちゃんには絶対に楽しませてやるって大見得切ってたんだっけか。それが本心ならせめてそれが達成できた事だけは嬉しく思う。

 

「ウチら先に戻ってお疲れ様会の準備しとくから。美味しい料理を沢山用意するから……気持ちの整理が出来たら、ちゃんと来てな?」

「……ああ、ありがとうはやてちゃん」

 

 そうお礼を言うと優しい笑みで頷くはやてちゃん。皆んなを促してこの場を後にする。別れる際にシャマルが俺の背中を励ますように何度かさすってくれた。

 

「………カッコよかったよ、お前」

 

 ヴィータちゃんはぶっきらぼうにそうとだけ伝えてそそくさと皆んなと一緒に歩いて行った。

 4人ともそう多くは語らなかった。俺の為のその優しい気遣いに、心配して励まそうとしてくれた4人の心が身に染みる。俺を1人にしてくれる優しさに感謝をした。嬉しくて、悲しくて、悔しくて、少しだけ涙が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会は正午過ぎには小学生の部が終わったため表彰式だけ済ませて帰宅した。はやてちゃん達にはメールで夕方過ぎ頃に行くと伝えてある、それまでは家でゆっくりしていよう。家には両親も仕事でいない、1人になりたかったから丁度よかった。家に着くなり鍵もかけずに鞄をそこら辺にほっぽり投げて自室のベッドに沈む。

 気持ちの整理はまだちゃんとつけれていない。何より自分の意志の弱さを認めたくなくてみっともなく気分が沈んでいるのだ。

 

「………はぁ」

 

 ため息を一つ。俺がこんなにも落ち込んでいるのはさっきも思った通り一本背負いを使わなかった事を後悔した事による意志の弱さの露見だ。けど、何だかそれだけじゃないような気がしてならない。自分で言うのも何だが俺は気持ちの切り替えは不得意ではなかった。少なくとも柔道に関しては、前世でも試合に負けて落ち込む事はあってもすぐに立ち直りポジティブに頑張ろって思えた事が多かった。

 現に、一本背負いの云々の事は情けなくて辛いが今度こそはそう思わないでちゃんと一本背負いと決別するんだと考え始めている。思っちゃったものは仕方ない、ならば次はもう一本背負いに頼る必要が無いほど強くなるんだと帰路についている途中でそう結論を出した筈だ。けど、気分は晴れなかった。

 試合に、神童に負けた事も悔しい。だから、気分が沈んだままなのか?けど、今ままで負けても落ち込む事は沢山あったけどここまで気持ちが追い込まれたような感覚はなかった。だから、戸惑っている。

 

「こんな落ち込んだ気分のまま八神家に行くわけにも行かないんだがなぁ」

 

 余計に心配させてしまう。ただでさえ励まされたばっかだ。せめて皆んなの前では楽しく飯くらい食いたいな。

 

「………はぁ」

 

 自然とため息が出る始末。情緒が変だ。自分で自分の気分が分からない。そんな感じでボーッとしていると自宅のチャイムが鳴り響く。誰だ?荷物か何かだろうか。無視する訳にもいかずいそいそとベッドから飛び出て玄関へ。

 

「あっ……」

「………なのはちゃん?」

 

 扉を開ければもう一度チャイムを押そうとしているなのはちゃんの姿が。どうしたのだろうか、今日は翠屋の手伝いに駆り出された筈だが。

 

「えっと、急にごめんね慎司君……上がっていいかな?」

「あ、ああ……どうぞ」

 

 本当は一人でいたかったがと口に出しそうになったのは内緒だ。そんな失礼な言い草をしてしまいそうになるくらい今の俺は不安定だった。

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず俺の部屋に案内して適当にジュースでも入れて持っていく。なのはちゃんはありがとうとそれを一口くちにする。何しに来たのだろうか、今日は試合があった事は知っていた筈だし翠屋の手伝いは大丈夫なのだろうか。

 

「……試合、お疲れ様」

 

 最初の一言はそれだった。表情から察するに既に結果は何処からか聞いているようだ、相島先生辺りだろうか。どうでもいいけど。

 

「…………ありがとう。なのはちゃんはどうしてここに?翠屋の手伝いは終わったのか?」

 

 そう聞くとなのはちゃんは困ったような顔をした。詳しく聞くと未だ翠屋は団体のお客さんの対応に追われてるそうな、ちょっとの休憩の合間を見てネットで試合結果が載ってないか調べたらしいのだがある程度大きな大会だからか小さなサイトであるが結果や進行状況を載せている所があったらしくそれで結果を知ったらしい。

 いてもたってもいられなくなったなのはちゃんはもう大会を終えて帰宅してると予想してここまで来たらしい、ちゃんと士郎さんと桃子さんの許可をとった上で。

 

「私が慎司君に会いに来ても慎司君困っちゃうかもって思ったんだけど……その、どうしても会わなきゃって何でか思ったんだ」

「………そうか、何か心配かけたみたいでごめんな?」

「ううん、私が勝手に来ただけだから」

 

 優しいなのはちゃんの事だ、とにかく励ましたくて来てくれたんだろうな。そんな気持ちに感謝しつつ俺はどうしたもんかなと思う。

 

「まぁ、心配して来てくれた所悪いけど思ったよりも元気だから大丈夫だよ」

「…………本当?」

「ああ、結果は残念だったし悔しいけど課題も見つけれたし反省もした。それをバネにしてもっと強くなろうって丁度切り替えられた所だからさ。平気だよ」

 

 嘘をついた。平気じゃない、前になのはちゃんに俺は明確な嘘は基本的につかないって会話した事がある。冗談を言う事はあるけど、後ろめたいことや隠したい事があって嘘を言う事はなかった。けど、俺は今初めてそんな嘘をついた。

 

「……………」

「そんな顔すんなって、クヨクヨしてたってしょうがないだろ?だから————」

 

 言葉の途中でなのはちゃんによって遮られる。ギュッと力強く頭を抱き締められた、顔も何だか必死そうな表情でギュ〜と力を込めて俺の頭を胸に抱くなのはちゃん。

 

「なのはちゃん?どうした?」

 

 戸惑いを抱く。急にどうしたんだろうか、そんなチカラを込めて抱きしめて。痛くはないけど、一体何の騒ぎだろうか。

 

「…………平気じゃないくせに」

「………………」

「嘘、下手なんだね慎司君。初めて嘘付いた所見たかも」

「………ははっ、バレたか」

 

 なのはちゃんは離してくれない。

 

「………慰めてくれてるのか?」

「分かんない、分かんないけど………今の慎司君見てたらこうしたくなっちゃった」

 

 ペットか俺は。

 

「………悔しいんでしょ?」

「…………………」

 

 確かに悔しい。気持ちの切り替えはちゃんと出来てない、けど気分が沈んでるのはきっと一本背負いの事で

 

「………みっともないって思ってるんでしょ?」

「………」

 

 一本背負い云々の事はなのはちゃんは知らない筈だ。前に一本背負いを褒めてくれたくらいでそう言う事情は知らない筈だ。だから、その言葉は俺の意志の弱さで情けないと思ったことの事を言ってるんじゃない。なら、何の事を……。

 

「私ね、慎司君が毎日朝早く起きて一杯練習してる事知ってたよ」

 

 ピクッとつい体が動いた。

 

「汗をすごいかいて、死んじゃうじゃないかってくらい息を切らして頑張ってる所を一杯見てたよ」

 

 後から知った事だがなのはちゃんも魔法の練習と称して朝早く起きて自主トレーニングに励んでいるらしい。その時によく俺を見かけたと言う。

 

 シャドー打ち込みをしながらのダッシュ。基礎体力作りと柔道技術の向上は柔道家としての永遠の命題だ。それは体を壊さないギリギリのラインをしっかりと見極めて死ぬほど真剣にやるしかない。

 

「身勝手な事言うとね、慎司君なら絶対優勝するってなのはは思ってた。あれだけ頑張って、あれだけ真剣に打ち込んで、あれだけ柔道に情熱を向けてたから負ける筈ないって思ってた」

 

 常に柔道の事ばかり考えて生活していた訳ではない。けど、やはり一日中ふと考える事は柔道の事ばかりだった。対戦相手の対策、自身の分析、どう練習するか、どう改善すべきか。暇があれば試合の映像ばかり見ていた。体が元気なら追加で練習に励んだ。そうだ、本当に出来ることは全部やったって自負があったんだ。だから………だから……驕っていた。

 

「ごめんね慎司君。私は慎司君にこんな事言う資格は無いけど、柔道の事については素人同然だけど………悔しいよね。すごく頑張ったのに、自分の納得いく結果にならないのは」

 

 勝てると思ってた。負けないって思ってた。前世の最後の現役時代より頑張ってた、頑張れた。それはやっぱり前世での経験を活かせていたから。頑張らなきゃ勝てないって事をよく知っていたから。

 だから、頑張ったんだよ。正直に言えば辛かったよ、頑張るのは楽しいし充実するけどその分辛くて苦しいんだ。何度も何度も今日くらいいいかな、1日くらいサボっても平気かなって考えがよぎった。けど、そんな弱気を無理やり飲み下した。全力で、全力で、後悔しない為に全力でやると決めた。

 

「……………ちくしょう」

 

 そうだ。だからだ。だからこんなに…………悔しかったんだ。意志の弱さとかそんなのはこの悔しさに比べたら些細なものだった。逆だ、悔しくて悔しくて。これだっけ頑張っても勝てなかった事を受け入れられなくて、だから見当違いな事を考えて誤魔化してた。ああ分かってる。俺は、負けた。けど、ちゃんと理解してなかった。ちゃんと受け入れてなかった。受け入れたフリをしていただけだった。だからこんなに……悔しいんだ。

 

「ちくしょう……」

「………うん」

 

 分かったらもう止められなかった。涙が浮かぶ、止まれと念じても止まらない。

 

「勝ちたかったっ………勝てるって……思ってたんだ」

「うん……」

「ちくしょう……くそぉ……」

 

 努力が足りなかったなんて思いたくない。けど結果が全てだ。一本背負い云々も関係ない。俺の実力が足りなくて負けたんだ。

 

「…………慎司君」

 

 優しい声に呼ばれ正気を取り戻す。慌ててなのはちゃんから離れる。ずっと頭を抱かれたままだった。

 

「私の知ってる慎司君はね……すごく強くて頼もしいんだ」

「………………」

「今はいっぱい悔しがって、いっぱい泣いていいと思う。けど、最後にはちゃんと前を見て立ち上がってほしいな」

 

 ……そうだな。涙を拭って、鼻水を乱雑にゴシゴシと拭いて。かすれた声で、けどハッキリと告げる。

 

「…………次は、負けねぇ」

 

 そう強がりでも言い放って見せた。

 

「うん、私の知ってる慎司君だ」

 

 なのはちゃんも、何故だか少し一緒に泣いてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん……服汚しちゃったな」

「にゃはは、気にしないでよ」

 

 胸あたりが俺の涙やら何やらで少し湿っていた。少し落ち着いてお茶でも飲んで一息した頃には俺の心はすっかり落ち着いてた。焦燥感とか悔しさは綺麗さっぱりとは行かないけど気分がはすごく軽やかになっている。

 

「わざわざありがとな、来てくれて」

「うん、慎司君も私が来て欲しいって時に来てくれるから」

「そっか……」

 

 なら、お互い様か。

 

「…………冷静になって来ると思うんだけどさ」

「うん?」

「………めっちゃ恥ずかしい」

 

 その言葉になのはちゃんは苦笑いだ。なのはちゃんから見ると同級生が試合に負けて悔しくて泣いている所を励ましたと言う所かな。しかし俺からすると実年齢30にもなる俺が小学生に慰められると言う奇天烈な展開だ。恥ずかしさ通り越して死にたい。

 

「死にたい」

「お、大袈裟だなぁ」

「埋まりたい」

「だ、大丈夫だよっ!ちょっとかわいいなって思ったくらいだから!」

「埋まっちまえ」

「ひどいっ!?」

 

 そこで2人揃ってあははっと笑い合う。

 

「………ありがとうなのはちゃん、本当に」

「うん」

「………もっと頑張るよ」

「無理にしないでね?」

「ああ、そこは弁えてるさ」

 

 強くなるには……勝つための練習を効率よくだ。今日は、試合までの準備期間の疲れを取ろう。そして、明日から再出発だ。今度こそ勝つ為にな。

 

「あ、そういえばなのはちゃん」

「うん?」

「戻らなくて平気なのか?途中で抜けてきたんだろ?」

「…………ああ!」

 

 大慌てで帰り支度を始めるなのはちゃん。アワアワしている姿を微笑ましく感じながら玄関まで見送り。

 

「そ、それじゃまた明日学校でね!」

「おう、気をつけてな」

「うん!ばいばい」

 

 小走りで駆けていくなのはちゃんを見据えて思う。この子は、わざわざ俺のためにこうして励ましにきてくれた。その事実が、嬉しくて胸が一杯になって申し訳ないような、それでも感謝を感じている。だから、ちゃんともう一度言おう。

 

「なのはちゃん!」

 

 俺の声で足を止めて振り向くなのはちゃん。俺はさらに声を張り上げて伝えた。

 

「ありがとう!!」

 

 ちゃんともう一度、言葉にしてしっかり伝える。君のおかげで前を向ける、君のおかげでまた頑張れる。そう思いを込めて、そして今度は俺が君を助ける。そうやってそれを繰り返して俺達は支え合う。そういうあり方でいいんだ、俺となのはちゃんは。

 

 なのはちゃんは俺の言葉を聞いて笑顔で手を振ってまた駆け出していった。

 

「さてと……」

 

 とりあえず、もう少しだけゆっくりシャワーでも浴びてからはやてちゃんの家に行こう。ちゃんと応援してくれた事のお礼もしたいしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八神家では少し気の重い雰囲気に包まれていた。言うまでもなく慎司が原因であった。かなり落ち込んでいた事は見てすぐ分かったし、半ば強引に励ましたくて家のちょっとしたパーティーに誘ったが来てくれるだろうか。

 まぁ、約束した手前慎司の事だから来てはくれるだろうが果たして自分達で励ます事は出来るだろうかと八神はやてはそんな事を考えていた。しかし、答えの出ない問答をしている程暇ではない。とにかくパーティーの食事を一心不乱に作っていた。

 彼は普段から何でもかんでも美味しい美味しいと食べてくれるから何が好物なのかリサーチできていないはやてだがそこはそれ腕の見せ所である。パーティー映えのする料理をいくつも用意して過去に一番反応が良かった料理の用意も抜かりない。

 

「ヴィータちゃん、あの垂れ幕片付けた方が……」

 

 シャマルがそう言って指差すものは『優勝おめでとう』とでかでかと書かれた派手な垂れ幕。ヴィータが慎司は優勝するからと先に用意していたものだ。しかし、優勝出来なかった慎司がこれから来るのだからあれのそのままにしておくのはまずいだろう。

 ヴィータは慌てながらそれらを強引に引っ張り上げて片付ける。テーブルの支度やら料理の配膳をしているシグナムはどこか落ち着かない雰囲気だ。狼の姿に扮しているザフィーラも耳をパタパタとさせて忙しない様子。

 

 皆慎司をどう励まそうか、どうすれば喜んでくれるのか必死なのだ。はやてちゃんから見ても守護騎士達から見ても初めて出来た家族以外の大切な存在、自分達を友と呼んでくれる慎司の事が心配だった。付き合いは浅いかもしれないがそれでも皆んなそれぞれ慎司を大切に思っている。

 

「来るかな………あいつ」

 

 ポツリと漏らすヴィータの呟き。皆んなそれを聞いてすぐには返答できなかった。彼の落ち込み振りをみて簡単に来るとは言えなかった。だが、自分達が慎司に出来る事はきっとこうやって楽しませるイベントを用意してあげる事だけだ。作業を黙々と続けた。

 

 しばらくして、ちょうど準備が終わった所でインターホンが鳴る。全員、ホッとしたような表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 一言そう告げてから扉を開けて玄関に押し入る。一応インターホン鳴らしたけど既に何度も通っている八神家なら返事が来る前に入ってもいいかと思いそのままお邪魔する形に。

 すぐに居間から皆んなが慌しい様子で俺を出迎えてくれる。

 

「いらっしゃい、慎司君」

「おう」

 

 車椅子に乗って俺をそう笑顔で迎えてくれるはやてちゃんに俺は作り笑いではなくちゃんとした笑顔でそう返した。

 

 皆んなに引っ張られるように居間に通されるとそこには豪華な料理の数々が、家庭でここまで出来るとは流石はやてちゃんとその一家だ。素直にすごいと言葉を送ると皆んなは嬉しそうに笑っている。俺のためにこんなに沢山の用意をしてくれた事に不覚にも泣きそうになりながらパーティーは始まった。

 俺も皆んなも思い想いに料理を口に運び、談笑に花を咲かせ楽しく過ごす。はやてちゃんは楽しそうにしながら皆んなに料理を取り分けて、ヴィータちゃんは俺にちょっかいかけながら料理を美味しそうに頬張り、そんなヴィータちゃんを苦笑いしながら注意するシャマル、珍しく自分から俺に話を振ってくるシグナムに俺の背中に寄り添いながら横になっているザフィーラ。皆んなが皆んな、俺を労い気を使ってくれていた。

 誰も、柔道に関係する話をしてこなかった。

 

「ちょっとトイレ借りるわ」

 

 そう言って一度席を立った。皆んなが俺に気を使ってくれているのはなんだか申し訳ない。せっかく用意してくれた楽しいイベントを皆んなにも気兼ねなく楽しんでほしい。

 だから、ちゃんと今の自分の心情を伝えなければ。用を足しながらそう決意して居間に戻る。皆んなと声をかけようとするとふと気づく。

 

「何だこれ」

 

 部屋の隅に隠すように置いてある巻物のような物が目につく。垂れ幕かな?こんな物この家にあったっけ?なんてそれを手に取って興味本位で開く。

 皆んなが慌てた様子でそれを止めようとしていたが俺は構わず開いた。

 

「あっ…………」

 

 ついそう声を漏らした。垂れ幕には大きな字で『優勝おめでとう!!』とでかでかと。俺が優勝すると信じてくれた八神家が用意してくれた物だとすぐに理解した。  

 重苦しい空気が八神家を包み込む。ぶっちゃけこれ俺が見ちゃあかんやつだし。皆んながおろおろしてるなか俺はあえて笑顔で。

 ちょうどいい、俺はもう大丈夫だって皆んなに伝えないと。

 

「ははっ、これとっといてくれよ」

「え?」

 

 呆けるはやてちゃんや皆んなを真っ直ぐに見つめて

 

「………次は、今度こそ勝つからさ。優勝するから、それまでとっといてくれよ」

 

 俺はもう次に向けて頑張るつもりだからさと付け加えてそう告げた。ありがとう、俺のために色々考えてくれてありがとう。気を遣ってくれてありがとう、そういう感謝の気持ちも込めて俺は言葉を紡いだ。

 

「だから次も、全員で応援に来てくれよ。頑張るからさ、俺」

 

 その言葉に皆んなはホッとしたような素振りを見せた。よかった、立ち直っていると……そう思ったのだろう。まだ、パーティーは始まったばかりだ。今日は英気をしっかり養って明日からまた全力疾走だ。

 

「強いんやね、慎司君は」

 

 そう告げるはやてちゃんに俺は首を振って答える。

 

「いや」

 

 俺が強いんじゃない。

 

「お節介で心配性で、優しい皆のおかげさ」

 

 ここにいる皆んなと、今頃翠屋の手伝いで奔走してるあの子の顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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不穏な知らせ


 気温が暑いから寒いへ。体に気をつけている作者です


 

 

 

 学校の昼休み、いつものように昼食を4人で囲んで和気藹々とした雰囲気で過ごす。先日の柔道の大会から数週間、最初こそはアリサちゃんやすずかちゃんに励ましの言葉をかけられてはいたが既に落ち込んではいられないと前を見てる俺を見て背中を押すように応援してくれたなんて出来事を経た。

 2人にももちろんなのはちゃんや八神家の皆んなには感謝しかない。それに報いるためにも何より自分の為にも次は優勝を届けてあげたい。再出発して、もっと努力をして、一本背負いなんか頼る必要のない俺に生まれ変わってもっと強くなるのだ。

 

 さて、それはさておき。

 

「もう届いたかな?ビデオメール」

 

 話題はフェイトちゃんについての事だった。先日のビデオメールの返事をようやく録画出来たので1週間ほど前に郵送したのだ。俺となのはちゃんはともかく魔法の事を知らない2人にはフェイトちゃんを外国に住んでいる子だと説明しているので届くのに時間がかかると思っている。

 実際地球にいないフェイトちゃんに届けるのだがそも魔法というのは便利なものでおそらく既にフェイトちゃんの手元にあるのではないかと思われる。

 

「届いてるさ、今頃見てくれてんじゃねぇの?」

「…………」

 

 俺の言葉を聞くとなのはちゃんは暗い表情を浮かべる。絶望だ、絶望の表情だ。

 

「どうしたなのはちゃん?暗い顔して」

 

 まぁ、理由は分かってるけど。

 

「う……」

「う?」

「うわああああああああん!!!」

「泣いた!?」

 

 号泣である。まぁまぁと慰めるアリサちゃんとすずかちゃん、オロオロとする俺。

 

「やっぱり撮り直そうよ〜!」

 

 悲痛な叫びをあげるなのはちゃん、ビデオメールの事である。撮り直した所で既にもう送ってしまっているので手遅れなのだが。

 

「何がそんなに不満なんだ、フェイトちゃんも喜んでくれそうなビデオメールが撮れたじゃないか」

 

 そうたしなめる俺をジトッーとした目でなのはちゃんは見る。

 

「それ慎司君が言うの!?そもそも………そもそも慎司君があんなイタズラしなきゃこんな事言わないもん!」

 

 プンプンと怒るなのはちゃんに苦笑する俺。まぁ、怒るのも無理はない。実はビデオメールの撮影の前にうっかり昼寝をしたなのはちゃんの額に『神』とマジックで落書きをしたのだ。

 面白かったので撮影を始めても俺は何も言わずアリサちゃんとすずかちゃんにはそういう演出だからツッコマないでと先回りして伝えてそのまま撮影をした。

 

 そのまま解散してなのはちゃんが落書きに気づいたのは帰ってからしばらくして鏡で自分の顔を覗いた時。俺は既にデータをダビングしてビデオを送った後である。

 

「ちょっとほっぺに猫の髭とかの落書きならまだいいよ?それくらいじゃなのはは怒らないもん」

 

 ホントかなぁ?

 

「でも『神』って何!?しかも額にでかでかと!」

「なのはちゃんらしい落書きかなと思って」

「どこが!?」

「……………………」

「せめて何か言ってよ!」

「ガム食う?」

「いらないよ!!」

 

 ビシッと関西人ばりのキレのあるツッコミを披露するなのはちゃんに関心しつつどう宥めようか考える。ふーむ、ちょっと悪戯が過ぎちゃったかな?そこは反省反省。

 

「安心してよなのはちゃん」

「いや、自分の事を神って公言してるかのような映像を見られてるんだよ?安心できないよ……」

「きっとフェイトちゃんだって馬鹿じゃない、すぐにイタズラされてるんだなって思うって」

「そ、そうかなぁ?」

「まぁ天然なところもあるからもしかしたら痛い子だなぁって思われてるかもだけど」

「安心させる気ないでしょ慎司君!?」

 

 結局この日も機嫌が治るまで平謝りであった。

 

 

 

 一方フェイトちゃんはと言うと

 

 

 

「……………」

「……………」

 

 じっとビデオメールの映像を真剣に見つめるフェイトちゃんとアルフ。再生が終わり、彼らからの温かい声と気持ちを胸いっぱいに受け止めて笑顔を浮かべる。

 

「………うん、ありがとう皆んな」

 

 そう呟いて記憶ディスクを取り出し大切にしまう。そして、今度はダンボールで届いた沢山のディスクを取り出して笑顔でアルフに

 

「じゃ、今度は慎司がまた送ってくれた『仮面ライダーアギト』……一緒にみよう?アルフ」

「そ、そうだね……」

 

 ルンルンとしながらディスクを入れ替えるフェイトちゃんを微笑ましく見つめつつアルフは呟いた。

 

「まぁ、どうせ慎司のイタズラか」

 

 ちなみに次のフェイトちゃんからのビデオメールで気を使って落書きに関しては全く触れてこなかった事に逆になのはちゃんは頭を抱える事になるのはまた少し後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまーっと」

 

 しっかり練習で体を限界までいじめ抜きはやてちゃんに夕飯をご馳走になってから帰宅。あれ?家の電気が付いている。

 

「ああ、おかえり慎司」

 

 出迎えてくれたのは母さんだった。

 

「あれ、母さん仕事は?平気なの?」

 

 今日も帰れないからと連絡があったのだが

 

「うん、ちょっと資料だけ取りに戻ってきたのよ」

 

 そう言う母さんの顔は少々疲労の色が見られた。詳しくは聞けてないが父さんも母さんも無理を押してでもやらなくちゃいけない案件らしく管理局を辞めたはずの母さんが父さんの手伝いでここまで家を開けるのは今までなかった事だ。

 それほど大事な事なら息子としては無理をしないで休んでと無責任な事は言えなかった。

 

「そっか、まぁ倒れない程度には気をつけてよ。俺は大丈夫だからさ」

 

 管理局所属という役職がどれほど大変かは分からない俺はそう言う他なかった。

 

「うん、それじゃあお母さん行ってくるから。慎司には悪いけど明日も慎司に家の事任せっきりになっちゃうけど……ごめんね?」

 

 いいっていいってと答えて母さんを見送る。さてと、家の掃除機かけてから風呂入って寝るとしようか。そう思いとりあえず居間を通るとテーブルに紙の書類が置いてあった。

 ありゃ、母さんの忘れ物か?興味本位に覗いてみると日本語じゃない文字の羅列と一枚の写真が切り抜きされた書類だ。

 

「………本?かな……。もしかして魔導書とかそう言うやつかな?」

 

 魔法使いじゃない俺には何か全く分からないがこれについて調べているのだろうか?写真の本が何となく気になってまじまじと見る。

 

「俺が見たってしょうがないか……」

 

 とりあえず、母さんは恐らく転移で移動しただろうから追いかけて渡す事は俺には出来ない。通じるか分からないがとりあえず携帯に連絡を入れておいた。

 すぐに慌てて取りに戻ってきた母さんはちょっと印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある日、俺はもう何度目かも分からない八神宅に夕飯をご馳走になりにきた。流石に甘え過ぎかなと何度も思っていたが結局の所はやてちゃんに来て欲しい来て欲しいとキラキラした瞳で言われては断れなかった。

 練習を終えた後に来ているので既に日は沈み、辺りは暗闇に包まれている。……ん?

 

「電気……ついてないな」

 

 はやてちゃんの家から灯りが全く漏れていなかった。いつもならカーテン隙間から灯りが漏れ出たりしているのだが今日は全くそれがない。

 

「留守か?」

 

 試しにドアに手をかける。………開いてるな。顔だけ覗いて声をかけてみるが返事はない。番犬のザフィーラもいない。家の中は真っ暗だ。鍵をかけ忘れたのだろうか?

 事前に連絡はしてあった筈だが急用でも出来たのか?

 そんな事を考えているとポッケの携帯が震える。メールだ。確認してみると送られてきたのははやてちゃんの携帯からだ。しかし、文面からしてこれを送信したのははやてちゃんじゃなくて別の誰か。恐らくシャマルさん辺りだと思われる。

 

「……っ!」

 

 メールの内容を読み終えた瞬間俺は駆け出していた。冷や汗がツタリと背中を伝う。全力疾走をしても不思議と無限に走れるような気がして俺は病院に向かった。

 

 

 メールには、はやてちゃんが倒れて病院に運ばれたと書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院の救急所に赴き事情を説明して病室に案内される。チラッと覗くと病室のベッドには元気そうな様子のはやてちゃんの姿と八神家の面々が。ザフィーラまでいる。

 とりあえずはホッと胸を撫で下ろしつつ一応扉は開いていたがノックしながら声をかける。

 

「よっ、大丈夫か?」

 

 努めて明るい声でそう告げる。

 

「し、慎司君……ごめんなぁ」

 

 はやてちゃんは開口一番謝罪の言葉を口にしてきた。俺は謝る必要はないだろと笑いながら答えてそれをやめさせる。

 

「体は平気なのか?」

 

 そして一番気になっていた事を口にした。はやてちゃんは苦笑しながらただの貧血だと言う。皆んながあんまり大袈裟なんだと心配してくれた事はうれしそうにしつつもそう口にした。

 

「そっか………」

 

 と、再び胸を撫で下ろす。貧血なら少し休めば大丈夫なはずだ。貧血ならな。実際顔色は悪くないみたいだしとりあえずは安心していいだろう。

 

「ウチは大した事あらへんから慎司君は帰って休んでな?ご飯もウチのせいでまだやろうし………」

「なんだよ、折角来たんだ。もっとお話しようぜ?」

 

 どかっとまだ帰る気はないと言うように無遠慮に備付けの椅子に座る。ふふふ、逃さんぜぇ……。

 

「それよりもさ、聞いてくれよ。今日実はな………すごいもん見ちまったんだ」

「すごいもん?」

 

 俺がそう切り出すとはやてちゃんも一緒にいる皆んなも興味深そうな顔をする。

 

「学校から帰ってる途中にな………いたんだよ」

「いたって何が?」

 

 焦らす俺にそう早く言えと言わんばかりにそう問うヴィータ。小さく生唾を飲み込んでいた。

 

「………ト○ロ」

「トト○!?」

 

 ガタッと椅子から立ち上がるシグナム。意外と食いつきがいい。

 

「って、んなわけないやん。もうちょっとマシな冗談言ってや〜」

「いたもん………」

「えっ?」

「トトロいたもんっ!!」

「それ言いたかっただけやろ」

「まあな」

 

 脈絡ないのが俺ですから。

 

「そんな冗談よりももっと他の事話そうや」

「ゆ゛る゛ざん゛!!」

「うっさいな!」

 

 そんなやり取りで高らかに笑う俺とはやてちゃん。いや、心配したけど元気そうだし心配無用だったな。ははっ

 

 

 

 

 はやてちゃんの体は既に命の危機にまで迫っている事を知らなかった俺はそんな無責任な事を思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それかしばらく経ったある日、学校が終わりなのはちゃん達と別れて帰路に着いている途中だった。はやてちゃんが倒れたあの日を境に俺は八神邸に遊びに行く回数を減らして控えていた。

 

 理由は勿論先日倒れた事が起因している。病院から出た後深刻な様子のシグナムに呼び止められた。その時シグナムにはやてちゃんが本調子に戻るまで前みたいに頻繁に来るのは控えてほしいと申し訳なさそうに言われた。

 

 シグナムがはやてちゃんを心配しての事だから俺は二つ返事で了承し、いきなり全く会わなくなるのも逆に気を使わせてしまうので1週間に一度くらいのペースで会いに行っていた。

 貧血とはいえ心配になるのも分かるがシグナムの表情からただ事じゃないと俺は思ったが心配するなと言ったシグナムの言葉を信じて追求する事はしなかった。

 

「そろそろなのはちゃん達を紹介しようと思ってたんだがなぁ」

 

 それもはやてちゃんがちゃんと元気になるまでお預けだな。残念だが仕方ない。が、残念な事ばかりではなく嬉しい知らせもある。

 

「そういえば近々フェイトちゃんが来るんだよなぁ」

 

 感慨深いとはこの事だ。その連絡はビデオメールで知らされた。俺もなのはちゃんは勿論、アリサちゃんとすずかちゃんも大騒ぎになった。正確な日程は分からないが楽しみで仕方のない状態だ。

 

 さてと、家帰ったら準備して道場に行くか。次の目標に向けてまだまだ頑張らないといけないからな。

 と、家に到着したところで気づく。母さんが帰ってきている。

 

「ただいまママン、今日は管理局行かなくていいの?」

 

 台所で料理をしているママンの背中にそう声を掛けると。俺が帰ってきた事に気付いてなかったようで少々驚くような反応を見せた。

 

「お、おかえり慎司。今日は練習でしょ?ご飯用意して待ってるから、慎司が帰って来る頃にはお父さんも戻ってきてると思うわ」

「お、久しぶりに全員でご飯食えるね」

 

 ここの所帰ってこれる頻度はますます減っていたから2人の体の心配をしていた俺。母さんは少し疲れた顔をしているがそこまで深刻な程では無さそうで少し安心した。

 

「まだまだ時間かかりそう?その大事な案件は」

 

 俺のその他意のない質問に母さんは苦笑を浮かべながら「そうね」と短く答えた。

 

「ここの所母親らしい事出来なくてごめんね、慎司」

「ん?いやいや、大事な案件なんでしょ?それなら俺は応援したいからさ気にしないでよ」

 

 当初、これから帰りが遅くなって一緒に過ごす事が出来なくなると告げた時のパパンとママンの顔を思い出す。2人とも俺に申し訳なさそうな表情をしつつも瞳に宿るその目にはいつもとは違う覚悟のような物を感じた。少なからず因縁がある物なんだろう。

 なら、それに全力を向けてほしいと思った事は本心だ。全く寂しくないと言えば嘘になるが本当の子供ってわけじゃない俺には問題ない。それに

 

「一緒に晩ご飯食って過ごしてくれる新しい友達達も出来たからさ。心配しないでよ」

 

 今は、会う回数を意図的に減らしてはいるけど。

 

「この間言ってた子ね?色々落ち着いたら家に招いて頂戴。私もお父さんもお礼をしたいから」

「勿論、んじゃ俺ちょっと練習行ってくる!」

 

 すぐに支度を済ませて家を出る。

 

「車に気をつけなさいよー」

 

 毎度毎度トラウマ掘り起こすのやめて欲しいなぁ母さん。知らないから仕方ないけどさ。

 

 

 

 

 

 その日俺は練習が終わった後真っ直ぐ帰宅し、久しぶりの一家団欒に花を咲かせた。父さんも母さんも楽しそうにしてくれていた。明日にはまた忙しい日々に2人は戻ってしまうけど今はただ休んでほしい。

 そしてまた頑張ってほしい、頑張れ。

 

「あ、帰ってきた時に書類が散乱してたから適当に纏めて部屋に置いておいたから明日忘れないでね」

「あらそうだった?ありがとう」

「慎司、書類読めるのか?」

「まさか、日本語じゃないから無理だよ。悪いけど順番は適当だから勘弁してね」

 

 他愛もない会話一つ一つを楽しんだ。その夜、俺の預かり知らぬ所で一つの事件が発生していた事が分かったのはそのすぐ後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロノっ!」

 

 指定された場所に赴くとクロノが既に俺を待っていた。つい数十分前の事、突然携帯にクロノから連絡が入った。フェイトちゃんの事についてかなと思い、クロノからの久しぶりの連絡に胸を躍らせつつ電話を取った俺はクロノが発した言葉に耳を疑った。

 

『高町なのはが何者かに襲われて今管理局の施設で治療を受けている』

 

 それから先の言葉は耳に入らなかった。とにかく管理局の施設に転移をさせてやるから指定した場所に来いと言われて無我夢中で走って来た所だった。

 少し前にもはやてちゃんの事でこうやって走った事を思い出す。こんな立て続けに嫌な事が起こると何かの予兆のようで怖かった。

 

「慎司!こっちだ、すぐに転移する」

 

 再会を喜ぶ暇もなくクロノに促されその肩に触れる。瞬間目の前の景色が一瞬で変わり見た事のない場所に移動した。ここは?いや、今はそんな事はどうでもいい。

 

「クロノ、なのはちゃんは?なのはちゃんは無事なのか!?」

「慌てるな、電話でも話しただろう?怪我自体は軽い物で命に別状はない」

 

 そ、そうだったのか。焦って話が全く入ってこなかったらつい聞き逃してしまっていた。自身を落ち着かせるために一度深呼吸をして冷静になる。

 

「そうか……けど、なんだってそんな事に?」

 

 クロノから話を聞くとなのはちゃんを襲ったのは魔導師だったという。海鳴の町で複数人の魔導師の襲撃に遭い、怪我は軽いものの魔力の源であるリンカーコアから無理やり魔力を奪われたと語る。

 ふむ、どこのどいつらかは知らんけど命まで奪わなかったってことは元々魔力を奪うのが目的だったのだろうか?

 

「詳しくはまた後で話す。君をここに呼んだのは高町なのはの事もそうだが別件の用事もあるんだ」

「別件?」

 

 魔法関係で俺に用事が?

 

「それも後で話す。今は顔を見せてやったらどうだ?高町なのははこの先の奥の部屋で休んでいる」

「そ、そうか。分かったよ」

 

 その別件とやらが気になるがとりあえずはなのはちゃんだ。クロノに促され言われた部屋に押し入る。

 

「なのはちゃん!」

 

 部屋に入るとびっくりした様子で俺を見つめるなのはちゃん。パッと見た所目立つ外傷などは見つからず軽傷という話は本当のようで安心した。

 

「し、慎司くん?なんで……」

「クロノに呼ばれてな、それより……体は大丈夫か?」

「う、うん。怪我は大した事ないから大丈夫だよ」

 

 そう語るなのはちゃんの顔は少し優れない。そりゃそうだろう、いきなり襲撃されたと言うんだ。明るい顔をしろと言う方がおかしい。

 

「そ、そうだ慎司君、ここにフェ……」

 

 なのはちゃんが何か言いかけた所で病室の扉が開く。反射的にそちらを向くと俺はそこに立つ予想外の人物に驚く。

 

「あっ………」

 

 その人物も俺を見て驚いた様子で立ち尽くす。忘れるわけもない、ずっと再会を望んでいた。聞きたい事は沢山あった。

 

 元気だったか?調子はどうだ?そんな言葉ご浮かんで口にしようとするがうまく出来ない。その金色の髪は相変わらず綺麗に輝いていて、黒から桃色のリボンに変えた姿はよく似合っていた。

 

「…………フェイトちゃん」

「…………?」

「その……」

「……………うん」

「…………太った?」

「……………」

 

 一応補足して言うと別に見た感じは太ってはいない。何を言えばいいか分からずとにかく何か言おうと思って飛び出た言葉がそれだっただけである。

 

 それだけである。

 

「…………慎司」

「うん……」

「………久しぶりだね」

「うん………うん?」

 

 あれ?結構酷い事言っちゃったけどスルーしてるのかな?スルーかな?

 

「会えてすごく嬉しいよ」

「太った?」

「…………」

 

 思ってないよ?太ったなんて思ってないよ?俺の失言だしごめんなさい何だけど何だろう、見事なスルーだったからあえてもう一度地雷を踏みに行きたくなってる。

 なのはちゃんも絶句である。大口開けてとっても絶句である。

 

「慎司」

「はい」

 

 おっと、声にドスがかかってるぞー。

 

「………太ってないもん」

 

 かと思いきや今度は若干涙目でそう抗議してくるフェイトちゃん。一気に罪悪感が俺を支配する。

 

「ごめーん!?フェイトちゃんごめん!冗談だから!本心は全然そんな事思ってないからぁ!!」

「太って……ないもんっ!!」

「そうだね、太ってないよっ!全然太ってなんかない!ちょっとなのはちゃんと見間違えちゃっただけだからっ」

「ちょっと慎司君っ!?どう言う意味かなぁ!!」

「太ってないもんっ!!」

「再会して早々カオスだねぇ!!」

「「君のせいでしょ!!」」

 

 フェイトちゃんとなのはちゃんは久しぶりに会っても息ぴったりに俺にツッコミをしてくれましたとさ。フェイトちゃんも今後ツッコミキャラに育成するの意外とアリなのでは?

 

 

 

 

 

 

 

 

「慎司、私ね……すごくね、すごーく会えるの楽しみにしてたの」

「うん、俺もだよ」

「でもね?会って一言目にあんな事言われるとね?……何だろう、叩いていいかな?」

「いいよ」

「え、いいの?」

「うん、なのはちゃんをね」

「なんでよ!」

 

 なのはちゃんに怒られて正座中の俺、フェイトちゃんよりもプンスカとしているなのはちゃんにタジタジしつつも本当に怪我は大した事無さそうでよかった。

 

「はぁ、でも慎司も変わらず元気そうで良かった。また会えて嬉しい」

 

 ため息をこぼしつつそう笑みを浮かべて言ってくれるフェイトちゃん。まぁ、開始早々てんやわんやになっちゃったけど……ちゃんと言わないとな。今なら冷静になって変なこと言う心配もない。

 

「俺も会えて嬉しいよ、フェイトちゃん」

 

 互いに笑みを浮かべて破顔する。釣られてなのはちゃんも笑顔に、俺たち少しの間離れ離れになっていた時間を埋めるように他愛のない話に花を咲かせた。

 襲撃者の存在とか、フェイトちゃんの手首に巻かれていた包帯なんかをあえて無視して。

 

 

 

 

 

 

 一旦病室を退室した俺、今は2人で仲良くお話ししているだろう。病室の前で待っていたクロノに声をかける。

 

「で?色々説明してくれるんだろうな?」

 

 今回の襲撃の事と俺が呼ばれた別件についての事だ。

 

「ああ、歩きながら話そう」

 

 そう言うクロノの隣を歩きながら俺は詳細を聞く。まず襲撃の件だが実は最近魔導師に対しての連続襲撃事件が発生しているらしい、その一端ではないかと管理局は見ているようだ。

 

 襲撃の目的は恐らくリンカーコアからの魔力蒐集、なのはちゃんも含めて被害者は命は取られていないものの皆んな魔力を奪われている。なのはちゃんもしばらく回復するまで魔法は使えないとの事。

 

 なのはちゃんの襲撃の時に駆けつけてくれたのがフェイトちゃんやまだ会っていないアルフとユーノだったと言う。フェイトちゃんの包帯の理由はそれか………。色々もっと詳しい情報を求めたがクロノは

 

「今回の件は君は無関係だ。前回と違っておいそれと情報は言えない」

 

 と渋られる。仕方ないか、前回はフェイトちゃんと顔見知りだった事と直接巻き込まれた事……それらが重なってクロノ達との同伴を許されたのだ。リンガーコアのない俺に協力できる事はない。それは仕方ないと割り切る。だが

 

「それなら、何でクロノは俺をここに呼んだんだ?」

 

 今更だが、ここは前みたいなアースラではなくもっと凄い大きな施設だ。アースラは戦艦だったがここは完全にそれらを管理する大きな基地と思われる場所。時空管理局本局と呼ばれる場所だ。そんな御大層な所に俺を呼ぶ用事が思いつかない。

 

「ああ、これから慎司にはなのはとフェイトと一緒に面接を受けて欲しい」

「面接?」

「そんな構えなくていい、形式上面接と呼んでいるがそんな厳かなものにはならないと思う」

 

 何で俺が?とクロノに問うと理由は2つだった。一つ、この面接の目的はフェイトちゃんが今後自由に生活するための面接だそう。面接官はフェイトちゃんの保護監察官なのだ、そしてあの事件に深く関わりつつ事情を知っている友人として俺となのはちゃんは元々呼ばれる予定だったそう。

 

 もう一つは地球人として魔法という神秘を知っている俺の人柄を確認すべきという声があったらしくそのついでだ。確かに魔法の存在は知っているが直接管理局に協力してるわけでもなければそもそも魔導師ではない俺の立場は微妙なものだ。

 

 形上、面接はすべきだとクロノは語る。

 

「ちなみにどんな人なんだ?その監察官は」

「安心しろ、僕もお世話になった人でとても優しいお方だ。心配はいらない、それに……君の両親とも知り合いでもある」

 

 え、そうなの?そんな事突然聞かされたら逆に緊張するんだけど。俺のそんな戸惑いをよそにクロノの歩は変わらない速さで進んでいった。

 

 

 

 

 

 面接までまだ時間があるとの事で先にこの施設にいるアルフとユーノに会うかとクロノに問われ俺は勿論と返答した。クロノに案内された部屋に通ると何かしら作業をしているユーノと缶ジュースを片手退屈そうにしているアルフが。

 2人とも獣姿ではなく人間の状態だった。

 

「よっ、久しぶりだな」

 

 開口一番そう告げると2人は驚いた様子で俺の名前を呼ぶ。

 

「久しぶりだねぇ、元気だったかい?」

「そっちこそ」

 

 アルフと拳を突き合い。

 

「ユーノも、また会えて嬉しいぜ」

「うん、僕もだよ」

 

 ユーノとは肩を組み合う。フェイトちゃんと続いての再会に喜びを感じながら俺達は言葉を交わす。話は尽きないがあんまりゆっくりしていられる訳でもなく少し話しているといつの間にか退出していてたクロノがなのはちゃんとフェイトちゃんを連れてきた。

 

 なのはちゃんは既に襲撃された時にアルフとユーノとも会っていたようだがここでしっかり再会を互いに噛みしめ合っていた。

 

「慎司、なのは、フェイト……そろそろ…」

 

 クロノの言葉にドキッとしつつ俺は誰にも気付かれぬよう軽い深呼吸をする。クロノは形式上の者だと言っていたが俺の発言や行動でフェイトちゃんの今後が関わると思うと緊張するなと思う方が無理だ。

 

 構え過ぎるのも良くないが、軽く考えるのも頂けないだろう。俺達3人が頷くとクロノにここから少し離れた奥の応接室らしき所に連れ行かれる。クロノが先導してノックをしてから扉を開ける。

 

「失礼します」

「クロノ、久しぶりだな」

「ご無沙汰しています」

 

 初老の感じの良い男性がこちらに振り向いて人の良さそうな笑顔を浮かべる。

 

「初めましてだね、フェイト君、なのは君」

 

 2人を見てそう言う男性は今度は俺の方へ向くと

 

「……大きなったな。君は覚えていないだろうが久しぶりだね、慎司君」

 

 優しそうな雰囲気を醸し出しつつどこか大物さを感じる……実際大物らしいこの人が時空管理局顧問官、ギル・グレアムさんか。ああやばい緊張する。

 

 どうしよう……どうしよう、失礼のないように!失礼のないようにしないとっ!

 

「ごめんなさいっ!記憶にございませぇぇん!!」

 

 グレアムさんとのファーストコンタクトはジャンピング土下座から始まったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ようやく原作での1話です。余談ですが柔道には座礼という正座状態で頭を下げる礼法がありまして、まぁぶっちゃけ見た目は土下座に近い者ですがそんな事もあって慎司君の土下座のフォームはまぁ綺麗なフォームです


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約束

 



 アナザーエデンが面白くてハマったりしてる作者です


 

 

 

 土下座からの面接はグレアムさんが「面白い子に育ったなぁ」とぼやきつつ互いに対面に座った所で始まった。最初はフェイトちゃんの今後の身の振り方についてのお話しだった。

 

 といってもグレアムさんは「保護監察官と言っても形上だけのものだから」すぐに俺達を安心させるようにそう言ってくれた。監察官としてフェイトちゃんの人柄やら何やらを報告として受け取っていたグレアムさんはそう口にする。

 

「約束して欲しい事はひとつだけだ。友達や自分を信頼している人たちの事は決して裏切ってはいけない」

 

 それさえ守ればフェイトちゃんの行動について何も制限をかけないと。そのグレアムさんの言葉にフェイトちゃんが真剣な面持ちで頷くとグレアムさんは満足そうに笑っていた。結局、フェイトちゃんの今後の話は簡単に終わり俺となのはちゃんからフェイトちゃんについて聞かれる事はなかった。

 

 無駄に緊張して土下座までしたのに……。

 

「なのは君は地球の日本出身なのだね。懐かしいな」

 

 手元の資料を覗きながら感慨深そうにするグレアムさん。驚いた事にグレアムさんも元々地球出身の人だという。イギリス人で魔法との出会い方もなのはちゃんとそっくりだと笑っていた。

 地球人は基本的にリンカーコアを持たないが稀に天才的な才能を持った子が生まれるというのは以前聞いたが。

 

「さて、慎司君。最後は君だ」

「はい」

 

 表情を引き締める。雰囲気で何となく真面目な話をする事は予感できた。

 

「君の素行については何も疑っていない。君が地球で魔法の存在について吹聴している様子もないようだ。それに、先の事件の君の活躍も耳にしているよ」

 

 流石はあの2人の子供だと嬉しそうに笑うグレアムさん。

 

「父と母はグレアムさんとはどういう?」

 

 一番疑問に思っていた事を聞いてみる。まぁ、大方想像はつくが。

 

「君のお父さん、荒瀬信治郎は私の元部下でね。お母さんのユリカさんと結婚する前から共に頑張っていたんだ」

 

 懐かしむグレアムさんの顔は何故だか切ない感情を浮かべていた。何をかんがえているのだろうか、まるで既に死に別れてしまった人を想うように。父さんも母さんも健在なのに不思議に思った。

 

「君が生まれてすぐの頃に信治郎は私に君を抱かせてくれてね。よく覚えているよ」

 

 そうか、それで久しぶりだと。

 

「今では私は信治郎と別々の道を歩んではいるが交友はあるんだ。慎司君の話をよく聞いていたよ」

「そうです…か」

 

 何だか照れくさい。パパん余計なこと言ってないだろうな。

 

「話が逸れてしまったね。それで私から慎司君に伝えたい事は2つだ。1つは前のような無茶は絶対にしない事、君は本来魔法に関わる事は出来ない人間だからね」

 

 フェイトちゃんの時のような行動は控えるようにと告げられる。といっても早々俺が関わる事態にはなるような事はないと思うがな。理由がないし。

 この注意喚起も恐らく形上物だろう、本気で俺が関わるような事態になるかもなんてお偉い様も思ってないだろう。

 

「もう一つ、これが一番大事な事だ」

 

 ゴクリと生唾を飲み込む。何だろう、あと何を言われるのか検討がつかずつい身構える。

 

「君が友人として、なのは君とフェイト君を支えてあげなさい」

 

 思わぬ言葉に吐息を漏らす。

 

「これからなのは君とフェイト君は管理局で魔法というものに関わっていく。その道は君達が想像している物より過酷で大変な道だ」

 

 その言葉に年長者ならではの重みを感じる。地球出身のグレアムさんもきっと沢山の大変な思いをしてここまで登り詰めたのだろう。

 

「だから、君が支えてあげなさい。2人の友人で秘密を知る君が」

「勿論です」

 

 支えてあげたいっていう気持ちはグレアムさんに言われるまでもない。俺はそうしたくてフェイトちゃんとなのはちゃんのために自分なりに頑張ったんだ。

 

「即答か、信治郎とユリカさんの息子らしいな」

 

 満足そうに笑うグレアムさんに

 

「………」

「………」

 

 照れ臭そうに笑うなのはちゃんと恥ずかしそうにするフェイトちゃん。

 

「面談は以上としようか。お疲れ様」

 

 グレアムさんのその言葉でその場は締めとなる。はぁ、何だか無駄に緊張したな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 面談を終えて用が済んだ俺はすぐに帰ることになった。なのはちゃんはフェイトちゃんは今後の事を踏まえて話が残っている為帰るのは俺だけだ。

 

「一旦お別れだな、またすぐに会えるんだろう?」

「うん、数日後には会えると思う」

 

 フェイトちゃんのその言葉に笑顔で楽しみにしてると答える。

 

「なのはちゃんも、気をつけてな」

「うん、慎司君も。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

 

 

 

 

 

 

 2人に別れを告げて再びクロノに案内される形で本局内を歩く。地球に転移するため転移装置に向かう道中でエイミィさんとリンディさんに出くわした。

 

「あら慎司君、久しぶりね」

「面談お疲れ様」

「お久しぶりですリンディさん、エイミィさん」

 

 今日は再会づくめですな。

 

「もう帰るところかしら?」

「ええ、今回は前みたいに事件に積極的に関わる理由もないですし」

 

 リンディさんはそこまで聞いてきた訳じゃないけど一応安心させるべくそう告げる。 

 しゃしゃり出て迷惑かけるような真似は俺だって本意じゃないのだ。前回は譲れない気持ちがあったとはいえその時だってそんな気持ちだったのだから。

 

「そう………それなら道中気をつけて。なのはさんが襲われたのは地球っていう事実に変わりはないわ。リンカーコアがない慎司君は狙われる心配はないと思うけど」

「ええ、一応気を付けておきます」

 

 そう言われふと気づく。そういえば地球でなのはちゃんが襲われたのなら襲撃者は地球に潜伏してる可能性があるのか?魔法で次元世界間を転移出来ることは知っているが個人で転移するには限界があって専用の機械を挟んだりしないと限界があるとか。

 現に個人の転移では地球からこの本局までは転移できないとさっきクロノに聞いた。もしそうなら地球を根城にしてる可能性は消して低くない。

 

「あの、質問なんですがその襲撃者は既になのはちゃん以外も襲ったりしているんですか?」

「慎司っ」

 

 俺が今回の事件について聞こうとするとクロノは少しカッとした様子で俺に詰め寄る。

 

「君は今回の件には関わらないのだろう?そんな事を聞いてどうする?」

「いや、別に他意はねぇよ。ただ、気になっただけだって」

 

 何だかクロノが妙に反応する。俺が事件に関わるのを避けさせたいようなのは一目瞭然なのだが理由が分からない。

 いや、恐らくは簡単な理由なのかも知れないが。

 

「クロノ、俺を心配してくれるのは嬉しいけどそんな過敏になるなって。本当に事件に関わる気はないしさっきも言った通り理由が無い。前回みたいに邪魔はしないよ」

「そんなつもりは……」

「はは、まぁ困らせたくはないし大人しく帰るよ。多分このままクロノ達アースラの皆さんが今回の事件も担当するんだろ?」

 

 俺のその言にクロノは肯定を示す。やっぱりな、リンディさんやエイミィさん達皆んなが出張ってきてるからそうだと思った。

 

「それならクロノ達も気をつけて頑張ってくださいな」

 

 そんじゃと手を振って転送装置に向かう。地球に帰ったらさっさと寝よう。色々あって何だか疲れてしまった。3人の別れの挨拶を受けながら俺は地球に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロノ君、慎司君を心配するのは分かるけどあんなに強く言わなくてもよかったんじゃない?」

 

 慎司を見送ったあとクロノ達3人は本局内を歩きながら話をする。エイミィが先程のクロノの態度をやんわりと注意したのだ。

 エイミィはクロノのぶっきら棒な態度には慣れたものだがだからと言って共通の友人でもある慎司に強く言い過ぎなのでは?と思ったのだ。

 

「エイミィ、だから僕はそんなつもりで」

「照れなくてもいいじゃない」

 

 小馬鹿にするようにからかうエイミィにクロノはムッとしながらも息を吐いて冷静になる。そして神妙な顔つきになってから言葉を紡いだ。

 

「………ジュエルシード事件であいつは笑っていたが本当はいつ死んでもおかしくない状況だった」

 

 クロノのその言葉にエイミィもリンディも押し黙る。彼は独断で単身プレシアの居城に乗り込んだ、彼の母親であるユリカの技術がなきゃ辿り着けなかったとはいえ彼は1人危険な場所に命をかけて向かう事が出来ると証明してしまったのだ。

 

 クロノはこの時あまり慎司に苦言を呈さなかった。巻き込む選択を取ったのは自分だし慎司にそこまでさせてしまった自分に不甲斐なさを感じたからだ。

 

 ジュエルシード事件の解決に大いに貢献してくれたとクロノは慎司に本心で感謝している。フェイトを救い同じく解決に大きく貢献したなのはの事をずっと励まし支えた慎司の功績はまさしく本物だ。だからこそ、魔法を使えない、そして本来なら知るべきではなかった慎司にそこまでさせてしまったのは不本意と言わざるを得なかった。

 

「あの時、本当は慎司を巻き込むべきじゃなかった、今日だってグレアム顧問官との面談がなければ呼ぶつもりも無かった」

 

 理由は簡単だ、エイミィにも慎司本人も言われた通り心配なのだ。クロノは荒瀬慎司が心配なのだ。友人として、心配なのだ。前回はたまたま運良く命は助かったがまた巻き込んでしまった時にそうなるとは限らない。

 

 だからクロノは徹底して関わらせないつもりだった。なぜ、こんなにもクロノは過敏に思うのは勿論他にも理由がある。

 

「今回の件と、これまで起きている同様の襲撃事件は恐らく闇の書が関係している」

 

 クロノ・ハラオウンとリンディ・ハラオウンの腕に力が籠る。この2人にとっては因縁のある名称だ。それを知っているエイミィの体も強張る。

 

「そして、慎司の両親……僕の父と同じ部隊で親友だった荒瀬信治郎さんと荒瀬ユリカさんも今独自で調査をしてくれている」

 

 2人にとっても闇の書は因縁のある物だ。それだけじゃないとクロノは続ける

 

「慎司の友人のなのはは襲撃されフェイトも関わる事になった」

「そ、そうだけど……慎司君だって言ってたじゃない。関わる気はないって、理由がないからって」

「エイミィ、それは裏を返せば慎司にとって理由が出来たら問答無用で首を突っ込むという事だ」

 

 徐々に周りに慎司が関わってしまう理由が出来ている。慎司はああは言っても前例がある以上クロノは気が気でなかった。

 

「今はその気がなくてもあと一つ、決定的な出来事があれば慎司は首を突っ込む………ような気がする。それこそ、前みたいに自分の出来ることを全てやり尽くして」

 

 そのクロノの言葉にエイミィもリンディも否定出来なかった。しばらく沈黙が訪れたが先に口を開いたのはリンディだった。

 

「クロノの心配も分かったわ。あんまり考えすぎだとは思うけど慎司君には極力関わらせないようにしましょう。エイミィも、いいわね?」

 

 リンディのその言葉にエイミィは頷く。確かに魔力を持たない慎司をそう易々と事件に関わらせるのは良くないとそこはエイミィも納得していたからだ。

 

「とりあえず今後の話をアースラの皆んなとなのはちゃんとフェイトちゃんにも話をしないと。エイミィ、皆んなを会議室に呼んでもらえるかしら?」

 

 リンディからの指示に返事をしつつ通信機を起動して各々連絡を取り始めるエイミィを尻目にクロノは慎司が帰っていった転送装置の方を向く。

 

「………まさかな」

 

 そう1人呟く。クロノは考えた、慎司がもしこの事件に関わると決めるような理由は何だろうと。前回は事件の容疑者として追われていたフェイトと顔見知りだった事が一つの理由に挙げられる。

 

 まさか今回もと邪智したが早々そんな事はないかとかぶりを振ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここを開けろおおおおおおお!!御用だ御用だぁ!!」

「うるさいわ!近所迷惑やろ!?」

「逮捕じゃあああ!!」

「じゃかしゃああ!!」

 

 玄関でワーワーしながらお出迎えされつつお邪魔する。管理局の本局に呼ばれて翌日の夜。柔道の練習を終えてシャワーを浴びてから八神宅に訪れた。先日病院に運ばれたはやてちゃんであったが今は普通に退院していつも通りの生活に戻ってはいる。

 

「貴様らぁ!俺ちゃんの登場だオラーん!」

「家の中でくらい静かにしたらどうだ?」

「あ、すんません」

 

 リビングに赴き開口一番テンションを上げて突撃して見たものの何だかいつも物静かなシグナムがさらにそんな雰囲気に深みを増しながらそう言われ反射的にピタッと背筋を正してしまった。

 

「何でぃシグナム、何か不機嫌か?」

「いや、そんな事はない」

「そっか、ならいいけど」

 

 とさらりと流すが違和感は消えない。不機嫌……て訳じゃないけど何だろうか。まるで真剣勝負をした後でまだその余韻が残ってる見たいな?

 俺も試合でよくあるんだが一度試合を終えた後に次の試合が控えている時に一度気分をリセットしたくて前の試合の余韻を必死に抑えようとする時がある。

 

 その試合が接戦だったりすると尚のことだ。今のシグナムからそんな似たような感覚を感じた。考えすぎかもしれないが。

 

「あ、慎司君いらっしゃい」

「よぉ」

 

 奥の部屋から俺の声を聞きつけシャマルとヴィータちゃんも顔を出す。2人からもシグナム程ではないしろ何か違和感を感じた。

 

「おっすおっす、お邪魔してますわ。お?何だザフィーラ?撫でてほしいのかぁ?」

 

 珍しく俺の足元に寄ってきたザフィーラを少し強引にモフモフと撫で回す。見た目によらずちゃんと躾けられてるよなぁ、吠えないし噛まないし基本大人しいし。

 それにしても相変わらずでかいなザフィーラは、下手な大型犬より全然大きい。……ホントに犬かお前?

 

 チラッとアルフの顔が浮かんだのは内緒だ。

 

「そういえば今日はこれ持ってきたぜぇ」

 

 ザフィーラを十分に堪能した後、満を辞した感じでバッグからそれを取り出す。

 

「じゃん、『ヒロアカ 』の最新巻!今回も熱かったぜぇ」

 

 と、漫画を一冊取り出すとシグナムとヴィータちゃんが「おぉ!」と大袈裟に反応する。やっぱり違和感は気のせいだったかな?

 

「待ってたぜ!続き気になって仕方なかったんだよ」

 

 ルンルンとした様子で俺から漫画を受け取るヴィータちゃんと興奮している自分を抑えるべく冷静に振る舞うシグナム。ちょっと面白い。

 

「シャマルさんにはこれ!『俺物語』の続きも出てたよ!」

「あ、本当ですか!ありがとうございます!」

 

 この方、雰囲気通り恋愛漫画を好むのだが俺が集めている恋愛漫画でハマったのがまさかの俺物語。剛田武男の漢気にキュンキュンしている。まぁ気持ちは分かる。

 

「へっへっへ、さあ感謝で咽び泣きながら読むがいい!!」

 

 皆んな漫画に夢中で誰も聞いてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はやてちゃん?何か手伝おうか?」

 

 漫画を読む邪魔をするのも悪いので厨房で夕飯の準備をしているはやてちゃん所に。

 

「ああ慎司君、ええよええよ。ゆっくりしててやー」

 

 暇なんだよね。まぁ、はやてちゃん手際いいし俺が無理に手伝っても邪魔か。料理運ぶ時に手伝いすればいいかね。

 

「んじゃ話相手になってけろ。皆漫画に夢中だからの」

「いつもありがとうなー、皆趣味とかないからどうしようか悩んでたんよ」

「ふっふっふ、この調子で八神家総オタク化計画を進めてやるぜ」

「何がしたいねん」

 

 共通の趣味があれば楽しいじゃんか。

 

「………ホンマ、ありがとうな」

「ん?」

 

 急に真面目な顔してどうした?

 

「慎司君が来てくれるようになってから皆毎日が楽しそうしてくれとる。慎司君に会う前から家族で楽しく過ごしてたんやけど知り合ってからはますます楽しそうにしてくれてて嬉しいんよ」

「飯食わしてもらってる俺が礼言うべきだけどな」

「あはは、それでもや」

 

 ふむ、まぁ本当にそうなら嬉しい限りだけどな。友達冥利に尽きる。

 

「………最近、来てくれる回数減ってしもうたけどやっぱりウチが倒れたのを気にしてるん?」

 

 唐突にそう問われ回答に困る。意図的に減らした事をはやてちゃんは知らない。俺とシグナムの間で決めた事だった。体調が万全になるまでって言ってたしシグナムから何か言われるまではそれを続けるつもりでもあった。

 

 だが、はやてちゃんも馬鹿じゃない。恐らく確信を持ってそう言ってきてる。下手に誤魔化すのはダメだろう。

 

「正直に言えばそれもあるけど、両親がよく帰ってきて来れるようになったってのも理由の一つだよ」

 

 嘘ではない。一応な。

 

「皆心配症やな、別に平気なのに……」

「そう言うなって、そう思うなら早く万全になってくれよ」

「もう万全やって」

「番宣?」

「万全」

「安全?」

「万全っ」

「満漢全席」

「もう跡形もないやん」

 

 それなっ。

 

「もう、慎司君は……ホントに……おも……ろ……」

「はやてちゃん?」

 

 急に頭を押さえてふらつくはやてちゃん。そして持っていたお玉を手放してふらり崩れ落ちる。

 

「はやてちゃん!?」

 

 倒れる前に抱き留める。お玉が地面に転がり厨房に響く落下音。騒ぎを聞きつけリビングから慌てた様子で雪崩れ込むシグナム達。

 

 突然の出来事に戸惑うが一度冷静になりまずは部屋に運んで寝かせる。とりあえずシャマルに看病を任せてヴィータには栄養剤やら必要になりそうな物を買いに行かせた。俺とシグナムはリビングで対面になって座り話をしていた。

 

「病院に運ばれてからずっとあんな感じなのか?」

 

 率直に聞いてみるがシグナムは首を振った。

 

「退院してから体調に問題があるようには見えなかった。先程シャマルに診てもらったが恐らくたまたま今日は疲れていただけだと言っていた」

 

 前にシャマルが医療に理解があると言っていたからその診断はとりあえず信じておこう。

 

「だがこの間の事もある、少し心配だな……」

 

 そうぼやくとシグナム俺の肩に手を置いて首を振った。何だ?どいうことだよ?

 

「お前は何も心配するな。主はやての事は私達に任せてほしい、慎司にはこれまで通りはやてに会って笑顔を届けて欲しい」

 

 お笑い芸人じゃないぞ俺は。てか主はやてって、まさか普段そう呼んでんのか?いや、今その事に突っ込んでる場合じゃない。

 

「……大丈夫なのか?」

「ああ、深刻に考えなくていい。私達に任せておけ」

 

 何か引っかかる言い方だが家族のシグナムがそういうならそれを信じよう。

 

「慎司君」

 

 納得するように何度も頷く仕草をしている俺にシャマルさんが静かな声で俺を呼ぶ。シグナムに視線を向けると行ってやれ、と言うように顎ではやての部屋を指し示す。

 

 そう言う事だろう、用があるのはシャマルではなくはやてちゃんだ。

 

「体調の方はとりあえず大丈夫ですから、心配しないでください」

 

 再三シグナムに言われた事を反復させるようにすれ違いざまのシャマルに耳打ちされる。そこまでしつこいと逆に不安になる。分かったと俺も同じように耳打ちしてからはやてちゃんが横になっている部屋に入る。

 

「平気か?はやてちゃん」

「うん、たまたま今日は疲れてただけなんよ。ホンマ心配せんといてな?」

「………ああ」

 

 短くそう答える事しか出来ない。

 

「謝りたくて呼んだんよ。ごめんな?また慎司君に迷惑かけてもうて……これで2回目や」

 

 あははと心なしか弱々しく笑うはやてちゃん。本当に大丈夫だろうな?確かに顔色とかそういうのは平気そうに見えるけど何だかいつものような生気を感じない気がする。

 幽霊に呪われてる訳じゃあるまい、なんだか不安な気持ちが過ぎる。

 

「謝らなくていいから、明日元気になれるように今日はもう休みな。寝るまで側にいてやるからよ」

「ホンマ?慎司君独占や、ラッキーやなぁ」

「だろ?」

 

 何て言って見せて2人で笑う。睡眠の邪魔にならないようにゆっくりと静かに他愛もない話をする。眠たくなるまで付き合ってやるつもりだった。

 

「…………何で、側にいて欲しいって分かったん?」

 

 話の途中にはやてちゃんは唐突にそう問うてきた。そんなの、簡単だよ。

 

「顔に書いてある」

「え?ホンマ?」

「まぁ、そんな分かりやすい表情じゃないけど俺はやてちゃんの倍以上生きてるからさ、分かるんだよ」

「わたしと同い年やんか」

「実は30歳くらいだったりする」

「嘘つけ〜」

「はっはっは」

 

 嘘じゃないだなぁこれが。

 

「…………最近な、ずっと幸せなんよ」

「いい事じゃんか」

 

 話を聞く。はやてちゃんが言うにはシグナム達とこうやって一緒に過ごすようになったのも実はそんな前からではなく割と最近の事らしい。

 何だかどういう出会いだったかははぐらかされたけどまぁいいだろう。それまでは家ではずっと1人で寂しく感じていた正直な気持ちを俺に伝えてきた。

 

 分かりきってた事だけどこの八神家の家族達に血縁関係はない。俺がそれを理解していて何も言わないでくれたからとはやてちゃんは今こうして話してくれているらしい。

 

「家族の形なんて血縁が全てじゃないし、互いに家族だと思い合ってるならそれはもう家族なんじゃねぇの?知らんけどさ」

「うん、わたしもそう思う」

 

 なら尚のことそれでいいじゃないか。何をそんな………そんな不安そうな顔をしているんだよ。

 

「皆んなと一緒に過ごせるだけでも十分幸せやった。それなのにな?まだ幸せな事が待ってたんよ」

「幸せな事?」

「君や君、慎司君と出会えた事や」

「っ」

 

 胸が締め付けられるようなそんな気持ちになった。なんだよ、何でそんな事今言うんだよ。

 

「慎司君と友達になってな?わたしもっと幸せなんよ。シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラも皆そう思ってる」

「大袈裟だなぁ」

「大袈裟やない、だって慎司君はわたし達にとって初めて出来たかけがえのない友達なんやから」

 

 曇りのない笑顔を向けてそう言うはやてちゃんの視線から何だか気恥ずかしくて頭をかいてそっぽを向いてしまう。

 恥ずかしい奴め、こんなの照れちゃうに決まってるだろうに。

 

「幸せ過ぎてな、逆に不安なんよ」

 

 と、思いきやくぐもった声ではやてちゃんは笑顔からいっぺん不安そうな表情をまた浮かべる。

 

「もしかして、わたしはもうすぐ死ぬのかなって。だから神様が最後くらいこうやって幸せにしてくれてるかなって」

「まさか、はやてちゃん……」

「ああ、勘違いせんでな?ただわたしが勝手にそう思い込んでるだけなんよ。病気とかそう言うんじゃなくて、それくらい幸せやって事だと思う」

 

 そうは言ってもはやてちゃんの顔は何だか切なげだ。本当に違うんだよな?ヤバイ病気とかそう言うのじゃないんだよな?散々シグナムとシャマルも言っていたけどそういうのじゃないんだよな?心配いらないんだよな?

 

 とめどなく溢れる俺の不安な心の声を何とか外に漏らさずに押さえ込む。

 

「だから、わたしがこのまま眠ったらもう目覚める事のないまま……ってそんな突拍子もない事考えてまう」

 

 それで、側にいて欲しかったのか。さっきから少し眠そうにはやてちゃんは目を擦っている。けど、それに抗い眠らないように気を張っていた。

 

 こういう時どう言えば安心してくれるだろうか。気にしすぎだとか、馬鹿な事言ってんなとか思う事はあるけどどれも今送るべき言葉じゃない。

 はやてちゃん真剣にそれに悩んで苦しんでいるのだから。

 

「じゃあさ、不安で眠れないなら約束しようぜ」

「約束?」

 

 あぁ、そうだ。約束だ、バカな俺が頭を捻って言葉を並び立てた所で薄っぺらい想いのこもってない言葉が飛び出るだけだ。

 今、俺が言いたい事したい事を伝える。それが正解なのか不正解なのかは関係ない。突拍子のない事を言うのが、するのが俺なんだから。荒瀬慎司、なのだから。

 

「そう、約束。もしもはやてちゃんが目覚めなくて、全然起きてくれなくなったらさ……俺が意地でも叩き起こしてやるよ」

「ど、どうやって?」

「そうだなぁ………頭突きでもかましとけば起きるんじゃね?」

「また適当な」

「けど起きるまで辞めねぇぜ?血が出ても、痛くても、頭が変形しても起きるまでやめない」

「そら怖いなぁ」

「怖いだろ?それが嫌ならちゃんと起きるか、起きれなかったら一発目の頭突きで起きるか。よし、そう言う約束にしよう」

 

 はやてちゃんの手を取り俺の小指とはやてちゃんの小指を絡ませる。

 

「俺ははやてちゃんがもし目覚めなくなったら頭突きする、どんな状況でも容赦なく。はやてちゃんは、俺に頭突きされたらちゃんと起きる。これ約束な」

「無茶苦茶や」

「そうだな。けど、ないよりいいだろ。約束ってのは守る為にあるんだ、約束したんだからはやてちゃんは例え眠ったままになっちゃっても俺が頭突きしたら起きれるよ」

「何を根拠に言うてるねん」

 

 いつも突っ込みのような感覚ではやてちゃんは笑うが俺は笑顔を崩さず言ってみせる。

 

「約束ってそう言うもんだろ?」

「………………」

 

 約束するんだ、だからはやてちゃんは起きれる。はやてちゃんは約束を守れる子だって俺が信じている。それでいい、根拠のない子供の理想論すらも厳しく聞こえてしまうような甘い幻想だ。

 

 けど、そんな突拍子もない俺のバカみたいな励ましでも

 

「……なら、頭の形が変わる前に起きんとなぁ」

 

 心が少しでも、気持ちが少しでも晴れやかになってくれるのならそれでいいんだ。

 

「だから、安心して寝な。ゆっくり休んで明日には元気になるようにな」

「…………うん」

 

 微笑を浮かべて目を閉じるはやてちゃん。やっぱり眠たかったのだろう、すぐにでも眠ってしまうような雰囲気だ。

 

「慎司君、ありがとう……なぁ………」

 

 そう言ってはやてちゃんは微睡に身を投げる。規則的な呼吸をしているのを見届けてから。俺は部屋を出る。扉を開ける直前、つい俺はもらしてしまう。

 

「俺はまだ、何もやってあげれてないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋が重苦しい雰囲気に包まれている。慎司は先ほど私達に別れを告げて帰路についた。流石にこれから夕飯という雰囲気でもなくなってしまい、主はやてを励ましてくれた後にすぐに帰ってしまった。

 

「シグナム……」

 

 重々しく口を開くシャマル。顔色は悪い、シャマルの体調には何ら異変はないのにその顔色は悪かった。慎司の前でよく隠し通せたと思う。

 

「闇の書の進行が予想よりも早いわ……」

「そう……か」

 

 沈黙。

 私達が出来る事は主はやてとの約束を違えて魔力を蒐集すること。それが唯一はやてを救える方法、例え許されぬ犯罪行為であっても私達は迷う事はない。

 

「私は蒐集に出る。はやてを頼んだぞ、シャマル」

「……分かったわ」

 

 はやてが用意してくれた地球での服から騎士甲冑に姿を変える。魔法を知らない慎司には見せれないな、だから当たり前だがはやての体の事も魔法の事も秘密だ。

 慎司には、これまで通りはやてに友人として接して欲しい。そして、やましい事をしている私達の荒んだ心にも安らぎを与えてくれる。大切な友人だからこそ言えるわけも無かった。

 

 それが私達ヴォルケンリッターの総意でもある。慎司、次はいつ会えるだろうか。出来るだけ速く憂を断とう、はやての事で心配をかけないようにしてやる。だから、どうかそれまでは………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慎司と守護騎士達、そう遠くない日に訪れる決別の日は近い。

 

 

 




 閲覧どうもです。感想、意見等よければよろしくお願いします!


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不和


 デイズゴーンが面白い。ゾンビゲーはたまにやると面白い


 

 

 

「デッケェ部屋だなぁ」

 

 訪れたその場所を見てそう溢す。ここはなのはちゃんの家の近所にある高級マンションのその一室。部屋は当たり前に広く家賃を想像するだけで震える。ちなみになのはちゃんも来ていて今はフェイトちゃんと2人でお話中。

 

「あら慎司君、来てたのね」

「お邪魔してます」

 

 声かけてきたのはリンディさんだ。ここはリンディさんとクロノ、エイミィさんにフェイトちゃんが暮らしている。フェイトちゃんが地球に来る事は分かっていたがまさかこの4人で暮らし始めるとなるとは思わなかった。

 事前に事情を知るなのはちゃんから話は聞いていたが。

 

 今回の襲撃者の事件はやはりアースラの面々が対応する事になったらしく地球での拠点圏指令室としてここを利用するらしい。下世話な話だが管理局のお金かなぁ。

 

 ちなみになのはちゃんの家の近所なのも理由があり名目上は外部協力者のなのはちゃんの保護だと言うがまぁ恐らくはフェイトちゃんとなのはちゃんを喜ばせる為なのもあると思う。

 

「クロノとエイミィさんは?」

「奥の部屋で色々今後の準備をしてるわ、悪いけど邪魔しないでもらえるかしら?」

 

 申し訳なそうに言うリンディさんに了解ですと告げる。ちぇっ、ちょっかいかけようと思ったのになぁ。まぁ、俺に色々関わらせないようにしてるのか。今後の準備って多分調査とかそ地球での活動の事だろうし。

 リンディさんはごめんね?ともう一度言葉を紡ぐと別室に引っ込んでしまった。

 さてこれからどうしようかと考えているとフェイトちゃんに声をかけられる。

 

「慎司、どうかな?似合う?」

「うん?おう、ばっちりだぜ」

 

 とサムズアップしてみせる。今日はとりあえず引っ越し……とはちょっと違うけど引っ越し祝いと言う事で急遽プレゼントをフェイトちゃんに用意したのである。

 

 それを身につけるとフェイトちゃんは恥ずかしそうにしながらも身につけた姿を見せてきてくれる。

 服?アクセサリー?ノンノン、そんなありきたりな物じゃないぜ。フェイトちゃんの好みはまだリサーチ出来てないから下手な物買えないし。

 

 俺が用意したものは。

 

「ほ、ホント?嬉しいな」

 

 クウガの変身ベルトである。あ、勿論子供用のDX版ね、大人用のCSMは流石に用意できない。それを身につけて嬉しそうにしているフェイトちゃんは何だかシュールだ。

 いやまぁ、嬉しいですけどね?フェイトちゃんも仮面ライダーファンになってくれてさ、俺のせいだけど。

 

「フェイトちゃんが喜んでるならいいけど、女の子のプレゼントとしてはどうかと思うよ?慎司君」

「俺もそう思う」

 

 なのはちゃんに同意だ。ぶっちゃけボケたつもりだったんだけどな。まさかあそこまで嬉しそうにするとは想定外。複雑な気分である。

 

「折角だし変身ポーズやってみなよ」

「え?は、恥ずかしいよ……」

「勿体ないぜ?折角着けたんだし、俺もプレゼントしたからには一回は見たいなぁ……」

「う、うぅ……慎司がそう言うなら」

 

 フェイトちゃんが恥ずかしそうにポーズを取り始める。てかやっぱり覚えてるのね、連続で全話二週しただけのことはあるよ。

 なのはちゃんもドキドキとした様子で見守っている。俺はポーズを取り始めた段階で携帯を取り出していた。

 

「………へ、変身!」

 

 ベルトの変身待機音をしばらく響かせだ後、そう叫んでポーズを取る。ベルトからは変身音声が鳴り響く。一時の沈黙が訪れ

 

「はい、録画完了。永久保存します」

「わああああああ!!」

 

 魂の叫びと共に頭を抱えるフェイトちゃん。そんなに恥ずかしがらなくても可愛らしい映像だから気になさんな。本人はそう思えないだろうけど。

 まさかフェイトちゃんの黒歴史の立会人なれるとは光栄だ。

 

「け、消して慎司!お願い、は、恥ずかしいからぁ!」

「やなこった」

「そんな事言わないでぇ」

「なのはちゃん、データいる?」

「うーーーーーん………ごめんフェイトちゃん、ちょっと欲しいかも」

「なのは!?」

 

 ふむふむ、なのはちゃんとフェイトちゃんがじゃれ合ってる姿を見て眼福眼福と手を合わせているとフェレット姿のユーノと子犬姿のアルフが歩いてきた。………子犬姿?

 

「アルフ、お前なんだそれ?」

「新形態の子犬フォームだよ」

「なのはやフェイトの友達の前ではこの姿じゃないと」

 

 ユーノがそう代弁して確かになと納得する。いまアリサちゃんとすずかちゃんはこのマンションに向かってるんだ。

 ユーノはアリサちゃんやすずかちゃん達の前じゃフェレット姿しか見せてないしそもそも魔法も知らないし。

 アルフは逆に前の狼姿だと色々不都合だ。前にアリサちゃんが怪我をして拾った経緯もあるし説明がめんどくさい。

 

「なのは、フェイト、慎司……友達だよ」

 

 噂をすれば何とやら、クロノが来客の知らせをしにきてくれた。おいでなすったな2人とも。早速3人で出迎えに、フェイトちゃんは2人とははじめてのご対面だ。

 

「初めまして……てのも何か変かな」

「ビデオメールでは何度も会ってるもんね」

 

 玄関先でそう困ったように言うアリサちゃんとすずかちゃん、そうは言っているが2人は感慨深げだ。

 

「うん、でも会えて嬉しいよ、すずか……アリサ」

 

 フェイトちゃんも顔を赤くしつつ嬉しそうにそう言葉にする。フェイトちゃんもずっと楽しみにしてくれていたのだろう。共通の知り合いの俺は何だか嬉しくて胸が熱くなる。

 

「よしっ!折角皆んなで集まったんだ、外に繰り出すぞ!」

「何するのよ?」

 

 と肩をすくめるアリサちゃん。そうだな……

 

「とりあえずこのマンションの部屋一つ一つにピンポンダッシュして誰が最後までバレないかゲームするぞ」

「絶対嫌」

「何馬鹿な事言ってるのよ」

「フェイトちゃんの新生活を崩壊させる気かな?」

「慎司、悪い事は良くないよ?」

 

 冗談だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………。

 

 

 

 

 結局本当に外に繰り出すことになり近くの高町家が経営する翠屋に向かう事に。引っ越しの挨拶と言うことで俺達4人だけでなくリンディさんも一緒だ、既に前回の件でなのはちゃんをアースラで預かる時に挨拶はしていた(魔法の事は勿論黙秘しつつ)リンディさんはなのはちゃんの両親とは顔見知りだったため筒がなく行われた。

 

「うめえええ!桃子さん、今回の新作ケーキも最高です!!」

「慎司君がいつも美味しそうに食べてくれるから私も張り切って作れるわ、遠慮しないで一杯食べてね」

 

 言われるまでもなくぅ!頂きます!

 

「あんた、もうちょっとゆっくり味わいなさいよ」

「くぅぅ!ありがてぇ!トロットロッにとろけてやがる!犯罪的だ!」

「聞いちゃいないね」

 

 呆れ顔のアリサちゃんとすずかちゃんには目をくれずケーキを貪る俺。いやだってマジで上手いんだから、本当に。これ絶対ギネスいけるって。世界一美味いケーキで。

 

「フェイトちゃんどうかな?お母さんのケーキ」

「うん、凄く美味しいよ。前に慎司が食べさせてくれた時からお店に行くのずっと楽しみにしてたから」

 

 2人は2人でちゃんと楽しんでくれてるようでなりよりだ。そんなこんなで各々食事とおしゃべりを楽しんでいると見覚えのある人が何かが入った薄い箱を小脇に抱えてこちらに近づいてくる。

 あれは……確かアースラの組員の人だ。

 

 組員の人は俺達に会釈しながらフェイトちゃんその箱を渡して

 

「はいこれ、今日届いたから届けにきたよ。詳しい話はリンディさんにね?」

 

 そう言ってすぐに立ち去って言った。全員状況が飲み込めずとりあえずその箱を開けてみると

 

「あ、これ……」

「俺達の学校の制服だな」

 

 いやはやリンディさん、粋な事をするね。

 すぐに4人で桃子さん、士郎さんと立ち話をしているリンディさんの元に。

 

「あの、リンディさんこれって……」

 

 戸惑いながらフェイトちゃんが渡された制服をリンディさんに見せる。

 

「転校手続き取っといたから、週明けからから4人とクラスメイトよ」

「聖祥小学校ですか、あそこはいい学校ですよ。なっ、なのは?」

「うん!」

 

 事態を理解した士郎さんがそうなのはちゃんに問う。俺とアリサちゃんとすずかちゃんも同意だと頷く。

 

「よかったわね、フェイトちゃん」

 

 そう笑顔で桃子さんに言われてフェイトちゃんは

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめて制服の入った箱で顔を半分隠しながらそう嬉しそうに言った。

 

「よっしゃ!入学祝いじゃあ!!なのはちゃん!フェイトちゃんに生ビールを!俺の奢りじゃあ!!」

「いい雰囲気が台無しだよっ!?」

「あ、やべ!フェイトちゃんとこのマンションに携帯忘れたから取りに戻るわー!」

「やりたい放題かっ!」

 

 アリサちゃんのツッコミを背中に受けながらも俺は慌てて来た道を戻る。フェイトちゃんが数日後には俺達の学校に転入してくるならすぐにでも連絡してやりたい事ができたからだ。

 ふっふっふ、折角だし色々仕込んでやるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

「おーいクロノ、俺の携帯見なかったかー?」

 

 お邪魔して声をかけてみるが返事がない。奥の部屋か?そういえば奥の部屋で今後の準備をしてるとか言ってたか。

 事件の捜査とかそう言うのだろうからとりあえず邪魔しないでおこう。しかし部屋を隈なく探してみるが携帯が見つからない。

 あれ?俺がいた場所は全部探したよな?うーん……しょうがないよな?奥の部屋の扉をノックして部屋に押し入る。

 

「忙しいとこ悪いクロノ、俺の携帯見なかったか?」

「っ!慎司か……」

 

 俺の来訪に気付くとクロノは慌てた様子で魔法でプロジェクターのように映し出された映像を消す。一瞬だけ映像が見えたが他は殆ど分からなかった。

 やっぱり、クロノは今回の件は徹底的に俺に関わって欲しくないんだろう。まぁ、その意は汲むつもりだからいいけども。

 

「携帯なら僕が預かってたんだ、ホラ」

「お、サンキュー」

 

 クロノから携帯を受け取り、礼を言ってすぐに退室する。扉を閉める瞬間にクロノから安堵のような溜息が聞こえたが聞こえないフリをした。

 

「…………」

 

 最初に部屋に押し入った時にわざとではないがモニターの画面についつい目がいった。見えたのは一瞬だったが俺はその時見た映像が気になっていた。

 

「あの本………」

 

 映像にあった装飾が施されている大きい本。魔導書なんてイメージがつくその本には見覚えがあった。両親が今調べている何かしら重要な事項の書かれた書類にあったものと一緒だった気がする。忘れ物として届けた時や乱雑に置かれていたのを整理した時に目についたのを覚えている。

 クロノ達が追いかけている襲撃犯と両親が調べているものは一緒なのか?または関係しているか。

 思考の海に浸かる前に頭を振って考えを消す。今回はしゃしゃりでないと決めたんだ。余計な事を考えるのはよそう。

 

 そんなことよりもだ、今のうちにいろんな奴に連絡せんとな。ふっふっふ………。

 

 

 

 

 

 

 

……………。

 

 

 

 

あっという間に数日が経ち、いよいよフェイトちゃんが俺達の通う小学校に転校してくる日がやって来た。とりあえず俺達4人は先に合流しフェイトちゃんのいるマンションに。

 

「あ、皆おはよう」

 

 何だか少し緊張気味のフェイトちゃんを出迎え、リンディさんに見送られて学校に向かう。道中は他愛もない会話をしながら楽しげに登校するフェイトちゃんだが学校が近づくにつれやっぱり少し緊張してきたようで。

 

「そんなに緊張しなくても平気よ、私達も色々手助けするから」

 

 アリサちゃんの一言にありがとうと笑顔でフェイトちゃんは返すがやはり表情は硬い。ふむ、そろそろ仕掛けるか……こっそりと携帯を操作しメールを送る。

 するとすぐに動きがあった。

 

「慎司っ!」

 

 俺たちの後ろから慌てた様子で声を掛けて来たのは俺たちのクラスメイトの男の子だ、俺も割と仲良くしている子でもある。

 

「大変なんだよ!」

「どうした?」

「とにかく一緒に学校に来てくれ!」

「お、おう?わかったよ。悪い、先に行ってるな?」

 

 そう4人に声を掛けて足早に2人で学校に向かう。4人が見えなくなったところで

 

「良い演技するじゃん慎司」

「うっせ、お前は逆に不自然だよ」

 

 何だよ大変な事って、もっと他に連れ出せる理由あるだろ。まあいいけどさ。

 

「とにかく準備しないとな、何とかギリギリ間に合いそうだぞ」

「本当か?よかった」

 

 完成さえすれば問題ない。

 

 

 

 

 

 

「大変な事って何だろうね?」

「慎司が関わってるならどうせくだらないことよ」

「あはは、そうかもね」

 

 取り残された4人のすずかとアリサとなのははそう言葉を交わしていたがフェイトの表情は相変わらず緊張した面持ちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝のホームルームの時間。既に教室には生徒が着席し先生の話をきくところなのだが、明らかにおかしい今の状況に女性の担任の教師は頭を抱えながら一言呟く。

 

「どうして男子が誰もいないのよ……」

 

 そう、既にチャイムが鳴り生徒は既に教室にいなければいけない時間なのだがこのクラスの男子が誰一人教室にいないのだ。

 

「また荒瀬君の仕業かしら……」

 

 頭を抱えながらそう悲壮に教師は漏らす。それを聞いたなのはとアリサとすずかは苦笑いを浮かべていた。今廊下に控えているであろうフェイトちゃんの折角の晴れの日に何をしでかすつもりなのだろうかと。

 

「まぁ……いいわ。今日はこのクラスに転校生がやって来ます、皆拍手でお出迎えしましょう」

 

 よくはないのだが教師は予定通りに話をホームルームを進めた。既にこの手の事で慎司が過去に色々大掛かりな事を何度もしている。

 既にこの教師も慎司に毒されもうどうにでもなれと言った感情だった。

 クラスの半分がいない拍手は少々盛り上がりに欠けつつもおずおずとした様子でフェイトが入室する、緊張した面持ちで注目を浴びつつ自己紹介を終えた時だった。

 ガラガラと乱暴に教室のドアが開かれそこにはまだ席についてなかったクラスの男子生徒が1人。教師が注意するがそれに意を返さずただ呟く。

 

「………天使だ」

「え?」

 

 フェイトの方を向いてそう言うその男子生徒はフェイトが疑問の声をあげるとダッシュで目の前まで移動してどこからかカーネイションを取り出しながら

 

「3秒前からあなたが好きです!俺のお嫁さんになってください!」

「「「えええええええええっ!??」」」

 

 素っ頓狂な声をあげたのはなのは達3人。残る他の女子生徒も勿論黄色い歓声ではなくええっ……というドン引きの声だった。

 

「えと、あの……そんな急に」

 

 どう返答したものかとフェイトが悩んでいると再びガラガラと乱暴に教室の扉が開く。

 

「ちょっと待ったーー!」

 

 カーネイションを持った別のこのクラスの男子生徒が叫ぶと同時に今度はバラの花束を取り出しながら

 

「僕は今日、たまたま職員室で見かけた18分前から君の事が好きです。結婚はしなくていいから僕の子供を産んでください!」

「「「大胆な告白だーーーー!?」」」

 

 なのは達の絶叫が響くなか、先に告白をした男子が

 

「お前!先に告白をしたのは俺だぞ!」

「ふん、馬鹿め。恋とは先に告白したかどうかが重要じゃない、重要なのは……恋した時間と渡す花の量だ」

 

 んなわけあるかと内心みんなツッコんだ。仮にそうだとしても時間に関してはたかが10数秒違いである。

 

「ぐぐ……くそっ!」

 

 そう言われ先に告白をした男子は悔しそうに膝をついた。

 

「待って!それを理由に諦めるの!?」

 

 なのはの至極真っ当なツッコミが飛んでくるが男子は変わらず悔しそうだ。

 

「というわけでフェイそんさん」

「フェイトだよ」

「僕の想いを受け取って貰えるかい?」

 

 どこか聞き覚えのある間違いを指摘しつつフェイトは考える。ぶっちゃけ振る以外の選択肢はない。名前間違えてるし、初対面だし、しかしどう言えば円満に話を進められるか残念ながら社交性がまだ低いフェイトには思い浮かばなかった。

 困った様子のフェイトを差し置いてバラの花束をズイズイと差し向ける男子は続けた。

 

「結婚はしなくていい、けど僕の子供は産んでくれないかな?フェイトたそとの子供だけ欲しいんだ」

 

 ああこの人絶対に振ってやるとフェイトは思った。あとフェイトたそってなんだ。もう手酷く振ってやろうとささやかな決意をしたフェイトだったが実行に移る前に再び教室のドアが騒がしく開けられた。3人目の男子だった、無論このクラスの。

 しかしその男子の格好は普通ではなく全身様々な花を身体中に気持ち悪いほどくっ付けているいわば花男と言うモンスターのような外見だった。全員絶句である。

 

「エイト・エスプレッソさん!」

「もう私の名前の原型が殆どないね」

 

 何者だその人は、コーヒーか。あとその格好はなんだろうか。フェイトの頭の中は疑念ばかりとなる。

 

「君の事は未来予知で知っていた、14日前から好きです。僕ごと花を受け取ってください」

 

 嫌ですと反射的に出かけた言葉をフェイトは呑み込んだ。未来予知ってなんだ嘘つくな。何を言っているんだこの人は、まさかクラスの男子一人一人にこの訳の分からない告白を受けるのか。そうなる事を想像してフェイトは戦慄する。

 

「俺も好きだー!フェイスさん!」

「僕もだー!フェルさん!」

「いや僕ちんの方が好きだ〜!フェイフェイ!」

「いいや!俺の想いこそが本物だよ。ね?フェーンさん」

 

 次々と扉から、ロッカーから、窓からこのクラスの男子が叫びながら一様の花を持ってフェイトに迫る。何がどうしてこうなった、そして誰一人私の名前を言えてないと内心フェイトは突っ込んだ。

 

『くぉら!この軟弱どもがああああ!!気持ちを伝えるならこんぐらい花を使いやがれえええええれ!!』

 

 突如、外からスピーカーを介した声が響く。この教室の窓からは学校のグラウンドが見下ろせるようになっておりそこが音源だった。

 

「この声は!?」

「まさか!」

「あいつなのか!?」

「あいつだ!あの大馬鹿野郎にちがいねぇ!」

「皆んなあそこを見ろ!」

 

 教室の男子が芝居がかった動きとセリフを言いいながら外を指さす。教室にいた女子も、教師も窓からグラウンドを見やると感嘆とした声をあげる。

 

「フェイトちゃん、こっち!」

 

 訳がわからなくオロオロしてるフェイトを外を見ていたなのはが嬉しそうにしながら手招きをして呼び寄せる。なんとなくおっかなびっくりといった感じでフェイトはゆっくりとグラウンドを見下ろす。

 

「あっ…………」

 

 そこにはグラウンドの真ん中に決して無いはずの花々。薄い紫のような綺麗な花々が並んでいた。よく見るとそれらは植木鉢でそれを沢山並べているのだ。そしてただ乱雑に並べられているわけではなくちゃんと意味があった。

 正確に言うならば上から覗くと文字になるように。

 

『かんげい』

 

 歓迎、ひらがなでそう並んでいた。そして花々の前にスピーカーメガホンを持った男が一人。

 

「慎司……」

 

 フェイトの口からそう漏れる。言わずもがな慎司の差し金なのは分かった。そして協力者はクラスの男子全員、下のグラウンドのぐったりとしている教室にいない残りの多数の男子がいた。

 教室に変な告白ばかりしてきた人たちはいわば時間稼ぎ。ホームルームが始まって誰もグラウンドより先生の方を注目しているうちにグラウンドの倉庫に隠してあった花を並べ、足りない時間は教室の男子達が注目を浴びて稼ぐ。

 

 こういった段取りだったのだ。

 

「ようこそフェイトちゃん、俺たち皆んなフェイトちゃんを歓迎するぜ!!」

 

 イェーイと教室の男子もクタクタになっている慎司を含めたグラウンドの男子も歓迎ムードでフェイトちゃんに手を振ったり声援を送る。慎司からの転入祝いのちょっとしたサプライズだった。

 

「あら、荒瀬くんも洒落てるわね」

 

 そうぼやく担任の教師にサプライズがですか?と問いかけるアリサ。教師はそれもだけどと前置きを置いてから続けた。

 

「あのグラウンドの花、アゲラタムっていう花なんだけどね?あれの花言葉の一つで『楽しい日々』っていう意味があるのよ」

「楽しい日々………」

 

 そう反復するフェイトを穏やかな目で見つめながら教師は微笑みを交えて

 

「荒瀬君なりのメッセージじゃないかしら?テスタロッサさん、あなたにこのクラスで楽しい日々送りましょうって言う」

 

 そう教師に言われてフェイトは恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに顔を赤く染めながら慎司にもそして協力した男子達に感謝の気持ちを大きな声で伝えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「反省文の時間だよクソがぁ!!」

「口が悪いよ慎司君」

 

 机に突っ伏しなが叫ぶ俺をなのはちゃんがそう宥める。いやはや、確かにホームルームの妨害行為にはなったけどだからってこんなに反省文書かせなくてもいいじゃない。

 既に学校の授業を終えて放課後、紅い日差しが教室に差し込んでいた。これが書き終わるまでは帰れない俺はせっせと作業を進める。ちなみに俺以外の男子は俺が主犯なので罰は免除してもらっていた。

 

「なのはちゃんもフェイトちゃんも先に帰っていいんだぜ?」

 

 既にアリサちゃんとすずかちゃんは習い事があるので既に学校を後にしている。なのはちゃんと俺からのサプライズで用意した花の一部を花瓶に生けて上機嫌な様子でそれを見つめるフェイトちゃんにそう声を掛けるが急ぎの用事があるわけではないから待つとの一点張りである。

 

「それにしても本当にびっくりしたよ、あんな沢山のお花どうしたの?」

「町中の花屋さんから強奪した」

 

 俺のその言葉を鵜呑みにしたフェイトちゃんがギョッとしながら花瓶の花と俺を何度もキョロキョロと見比べる。

 

「町中の花屋さんにお願いして手配してもらったんだ」

 

 まぁそう言う事だ。ちゃんと汚さず枯らさずに殆どは返したし。色々クラスの皆んなで花屋さん手伝ったりしてバイト代みたいなもんで貰ったのもあるし。数日で用意するのは大変だったけどな。 

 ていうか何で通訳してんだよなのはちゃん怖いよ。

 なのはちゃんのその言葉を聞いたフェイトちゃんが安心してホッと胸を撫で下ろしてるのをみて軽く吹き出してしまう。純粋と言うか何というか。

 

「ね、慎司。この花大事にするから、本当にありがとう」

「その礼の言葉今日でもう8回目だよ」

 

 嬉しいのは分かったから。そのうち枯れるまでは大事にしてくれるならそれで十分ですがね。

 

「慎司君慎司君、私も何かサプライズして欲しいな」

「あっ、なのはちゃん足元に黒光りするGが!」

「え!嘘っ!?」

「嘘ピョーン」

「そういうサプライズじゃない!!」

「勝海舟?」

「無理矢理間違えないでよ!」

 

 俺となのはちゃんのやり取りにフェイトちゃんは堪えきれずに吹き出して笑っていた。

 結局その日は不満そうに頬を膨らませるなのはちゃんと花を大事そうに抱えながら持ち歩くフェイトちゃんに挟まれて帰ったとさ。

 

 そんな風に穏やかな日常が何より幸せな事だっていうのはよく分かっていた。そして、今は色々心配なはやてちゃんともそんな穏やかな日常を取り戻せるって何となく思っていた。 

 俺は、何も知らなすぎた。関わらない事が正解な時もある。だけど、今回の事は俺はもっと早く行動を起こすべきだったと後悔する事になる。俺にとっての日常は崩壊し、苦悩して選択を迫られる時が来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

「何だよ……コレ」

 

 この日、俺は八神家にお邪魔していた。シグナムに大事な話があるからと呼ばれたのだ。はやてちゃんは今のところ体調に問題がないらしいが大事をとって自分の部屋で休ませているらしい。

 一応顔を出してみたが気持ちよさそうに眠っていたのですぐに退出しようとした。だが、見てしまった、視界の端にたまたま捉えた。はやてちゃんの部屋の本棚、その端に隠されているように置かれている見覚えのある本を。

 

 心臓が跳ねた。記憶が呼び起こされる。母さんが見ていた資料の端々に載っていた装飾が施された魔導書のような物、クロノ達の部屋にお邪魔した際にたまたま映像に写っているのが見えてしまった同じ本。

 手に取る、それと同じ物だった。本を開こうとするが怖くなって辞めた。元の位置に戻して部屋を出る。

 

 リビングではシグナム達が神妙な面持ちで俺を待っていた。明らかに見た目ははやてちゃんと血縁関係がないシグナム達。この人達は何者何だろう、深く考えてなかった疑問が膨らむ。

 いや、たまたまだ。たまたま同じ見た目の本を持っているだけなのかもしれない。そうだ、きっとそうだ。

 

「なぁ、話ってなんなんだよ?」

 

 平静を取り繕ってそう皆んなに問いかける。シグナムが代表して俺に告げる。

 

「しばらく、私達と会うのを控えて欲しいんだ」

「えっ………」

 

 呆けた声が出る。それは予想外の言葉だった。けど冷静になって考えてみる、何故……俺を皆んなと、そしてはやてちゃんから遠ざけようとする?

 

「理由は……はやてちゃんの体の事か?」

「それもある、だが勘違いしないで欲しい。お前は私達にとってもはやてにとってもかけがえないの友人だ、それは変わらない」

「じゃ、なんで……」

「詳しくは……話せない」

「何だよそれっ」

 

 つい声が大きくなる。俺に、隠し事があるって事か。何か大きな隠し事が。そう、例えば……この間の夜。なのはちゃん達を襲ったのはシグナム達……とか?

 いや、と心中でかぶりを振る。その考えはいくらなんでも飛躍しすぎた。考えすぎだ、落ち着け。

 

「すまない、しかしはやての為でも慎司の為でもあるんだ。詳しくは話せないがそれは信じて欲しい」

「……………」

 

 そんな風に言われては何も言えない。

 

「約束する、全て解決したら慎司に全てを話す。だから、今だけは私の言葉を信じて欲しい。何も聞かずに言う通りにしてくれないか?」

「………くっ」

 

 踵を返して玄関に向かう。納得はいってない、疑問も疑念も多々ある、何より………あの本の事も聞けてない。しかし、俺はそれ以上考えるのが嫌になって玄関に向かった。

 

「………すまない」

 

 背中からシグナムの悲痛な小さな声を受け取る。軽く振り返って皆んなを見る。シャマルは目を伏せ悲しそうな顔をしてヴィータはどうしていいか分からず寂しそうなに顔を伏せ、ザフィーラは心なしか耳までぺたんと垂れていた。そしてシグナムは何かを抑えるように震えるほど拳を握っていた。

 

「……………」

 

 俺は何も言わず八神家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで……良かったんですよね」

「ああ、万が一でも慎司は巻き込めない。この間の件で管理局に本格的に目をつけられているだろうからな」

「…………」

「ヴィータちゃん?」

「ああ、くそっ………分かってるよ」

「………全て終わったら誠心誠意謝ろう。理由はどうあれ私達は慎司を傷つけてしまったから」

 

 シグナムの言葉に全員が頷く。慎司が出て行ってすぐにそんな会話が繰り広げられていた事を肩落として逃げるように帰路につく慎司には知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 





 ウルトラマンの動画ばっかり見てる。ぼーっとしすぎていきなり慎司がスペシウム光線を打ってる描写を描いた時は驚いた←マジです


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荒瀬慎司は立ち上がる


 シンウルトラマンの予告映像見た。絶対見に行きたい。


 気分が優れなくて俺はその日学校を休んだ。なのはちゃん達にメールで体調を崩したと伝え学校への連絡は母さんがしてくれた。今頃珍しく学校を休んだ俺に驚いている頃だろう。

 気分が優れないと言っても体調的な意味ではなく本当に気持ちとか気分が悪い。昨日のシグナム達に告げられた突然の決別………は言い過ぎか、距離を置いてくれと言われたのが堪えたのは事実だがそれだけではない。

 疑念は晴れてないのだ、あのはやてちゃんの部屋で見つけたあの本についての。

 

 ベッドから飛び降りて家を出る準備をしているママンを盗み見る。今は朝食の後片付けをしてくれている所でパパンは俺が起きた頃には既に家にいなかった。

 片付けに夢中のママンにバレないようにリビングのテーブルの上に置かれている書類をバレないように適当に数枚拝借して部屋に戻る。運良く一枚だけ目当ての物が載っている書類だった。

 

「やっぱり同じ……だよな」

 

 何かの勘違いかと期待したが容易く打ち砕かれる。やっぱりはやてちゃんの部屋にあった物と同じ本だ。クロノ達と俺の両親はこの本を追っている事は関係者じゃない俺でも想像はつく、そして状況的に考えてこの本の所有者がなのはちゃん達を襲撃した張本人の可能性が高い。

 はやてちゃんが?いや、何とも想像しづらい。シグナム達……はやてちゃんからは何で一緒に生活しているのかとか経緯は全く聞いてないから断言は出来ない。

 

 何にせよ材料が足りない。とにかくこの胸のモヤモヤを早く消し去りたい。消すには俺のこの想像が間違いだと証明できればいい。八神家が襲撃に関わってるなんて俺の妄想だと。その為には………襲撃者の顔は割れてたはずだ。クロノ達に直接聞きに行くか?

 

「いや、ダメだ」

 

 かぶりを振る。あいつらは俺を事件に関わらせるのを嫌がっている、理由もなく情報を教えてはくれないだろうしかといって理由を言えば真っ先にシグナムたちに白羽の矢が立つだろう。それは…避けたかった。真実はどうあれそれは嫌だった。

 パパンとママンに相談してみるか?同じあの本を追ってるなら情報も持っているだろうし。適当な言い訳をしてなんとかその襲撃者の顔がわかる映像でも見せてもらえれば……。ママンはまだお片付け中だ、聞くなら今しかない。俺は再び部屋からこっそりとリビングに行き、拝借した書類を元に戻しつつ何食わぬ顔でちょうど片付けを終えたママンに声をかける。

 

「なのはちゃんを襲った犯人の顔を知りたい?」

 

 俺のお願いにママンは難しい表情を浮かべる。

 

「慎司まさか、一人でその犯人を捜そうって魂胆じゃないだろうね」

「違うさ、ただなのはちゃんが襲われたのは海鳴なんだろ?という事は俺もたまたま見かける可能性だってあるじゃないか。顔を知っとけばいざって時クロノや母さん達に連絡できるだろ?」

 

 もっともらしい理由を告げてみるがママンは難しい表情をしたままだった。

 

「確かにその通りだけど……なんだって急に?」

「急じゃないよ、前から考えてはいたんだ。大事をとって学校休ませてもらってるからトレーニングは控えなきゃだし、かといって何もしないのもさ、正直暇つぶしな面もある」

 

 あははと愛想笑いを浮かべて苦しい言い訳を述べる。ママンも俺がまさか一人で事件を追おうとするだなんて思うまい。俺だって確認して安心したいだけさ、シグナム達は事件に関係ないって言う確認を。

 

「はあ、しょうがないわね」

 

 ため息を交えつつママンはリビングから書類を取り出して俺に手渡す。

 

「あんたどうせミッドの文字は読めないんだしこの中からその襲撃者の映像の切り抜きがあるから探してみなさい。コピーは別にあるから部屋でゆっくりと見てなさいな」

「あ、ありがとう……」

「言っとくけど、遊び半分な気持ちで見ていいものじゃないからね。もしもの時のためって事を忘れちゃだめよ」

「わ、わかってるよ」

 

 ならよしと頷いてママンはさっさと支度を済ませて家を出た。玄関先で昼食は冷蔵庫にあるからチンして食べなさいと言い残して。俺はそれを見送ってすぐに部屋に戻った。

 

「大丈夫、大丈夫だ……」

 

 そう言い聞かせて震える手で書類をめくる。心臓が早鐘を打つ。違うきっと違うはずだ。目当ての書類はなかなか見つからない。じれったくなる気持ちを抑えて一枚一枚丁寧に確認していく。そして……

 

「あ……あああ……」

 

 見つけた。文字は何が書かれているかさっぱりだが写真の切り抜きがある。バリアジャケットを身にまとい臨戦状態のなのはちゃんと相対しているハンマーらしき物を持った見覚えのある子を。見たことのない表情でハンマーを振りかぶりなのはちゃんに襲いかかっている……ヴィータちゃんの姿を。

 

「違う、嘘だ…」

 

 さらに資料をめくる、次に切り抜かれていたのはフェイトちゃんに対峙する剣を持ったシグナムの姿。互いに戦っている最中なのは映像じゃなくてもわかる切り抜きだ。

 

「嘘だ……嘘だ…」

 

 次に切り抜かれていたのは魔法陣を展開して何らかの魔法を行使しているシャマルの姿と見覚えのない筋骨隆々とした体つきの男。咄嗟にザフィーラの姿が思い浮かんだ。アルフの一例を知っている俺はすぐに答えに結び付いた。

 

「嘘だあああぁぁぁぁぁ…………」

 

 かすれたような情けない声が漏れ出る。違う、違う、こんなの……絶対に間違い…じゃないのは明らかだった。言い訳もできない彼女らがなのはちゃんを襲った襲撃者でありアースラが両親が追っている事件の容疑者だという事の。

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな

 

「クソがぁ!!」

 

 ドンと拳を机に叩きつける。知りたくなかった、こんなこと知りたくなった。知らないほうがよかった、見て見ぬふりをしたかった。そんな現実逃避を考えたがそんなことをしても状況は変わらない。冷静になれ、とにかく落ち着くんだ。そうだ、よく考えるんだ、俺は知ってるはずだ。シグナム達が私欲が理由でそんな犯罪行為に手を染めるとは思えない。

 管理局が知らない皆のこころ優しい一面を知っている。試合を精一杯応援してくれたことも、俺を励ましてくれたことも。はやてちゃんに対する親愛を俺は知っているんだ。だからきっと、仕方のない理由があるはずなんだ。そう、信じたい。だから考えろ、振り絞って考えろ。

 

 

 まず、はやてちゃんの事だ。この子がどう関わっているかだ。襲撃に関わっているのか否か、恐らくだが俺ははやてちゃんは襲撃どころか魔法にすら無縁なんじゃないかと思う。証拠があるわけではないが俺が今まで見てきたはやてちゃんの姿を思い浮かべるとそう考えたほうがしっくりくる。

 仮に、はやてちゃんが襲撃に関わってないとして、さらには一連のことを知らないとしてどうしてシグナム達と共に暮らしているかだ、これは全く思い浮かばない。

 そしてシグナム達があのような行動をしている理由、それについては推測ではあるが心当たりがあった。

 

『お前は何も心配するな。主はやての事は私達に任せてほしい、慎司にはこれまで通りはやてに会って笑顔を届けて欲しい』

『すまない、しかしはやての為でも慎司の為でもあるんだ。詳しくは話せないがそれは信じて欲しい』

 

 シグナムが口にしていたことを思い出していた。詳細な理由はつかめてないが事件を起こしている理由ははやてちゃんの為、俺を遠ざけたのは巻き込まないため。そこまでは推測できる。しかしそれ以上の事はわからない。俺は本来この事実をクロノや両親たちに真っ先に告げるべきなのだろう。しかし、それはそれで何か取り返しのつかないことになりそうな嫌な予感がしてならない。ただ単にシグナム達を庇いたいだけなのだろうが、それでもこのことを報告するのはちゃんとした理由が判明してからでもいいはずだ。他の被害者が出る前に急がなくてはならないが、詳細が分かれば平和的な解決だって望めるかもしれない。俺じゃなくても両親やアースラの面々がシグナム達と管理局に間に立って話し合いで事を済ませれる可能性だって甘い考えだけど出来るはずだ。

 

 そのためにも、なんとかして理由を突き止めなければならない。俺しか知らないこれらの事実を結び合わせれば可能性はある、そのためにも俺はまずは知らなければならない。基本的なことはまるっきり分かってないんだ。特に、この本のことについては。

 資料を見る、写真の切り抜きに俺がシグナム達を疑ったきっかけとなった例の本が載っている。この周りに記されている文字を解読できればこの本について何か分かるかも知れない。恐らく鍵を握っているのはこの本だろうから。両親達に聞く手もあるが怪しまれるのは避けたい。クロノ達アースラの皆も同じく、シグナム達に聞くのも言わずもがな論外だ。

 

「そういえば……」

 

 パパンは地球出身の魔法使いって前にリンディさんから聞いたな、だけどこの文字読めてるみたいだし、それにママンはミッドチルダ出身だけど普通に日本の文字つかえたよな……。もしかしたら二人の書斎に翻訳書があるかもしれない。

 そう思い至りすぐに二人の部屋をあさる。数十分ほどかかってしまったが二人の部屋からそれぞれ別の翻訳書らしきものを見つけた、そしてその二冊ともそれぞれパパンとママンが用意したであろうさらに分かりやすく、詳しく書かれたノートが挟まれていた。そう、まるで次誰かが勉強するときにはかどるように。

 

「……………」

 

 多分だが、もしかしたら両親は俺が魔法の道を進みたいと思った時の為に用意してくれていたものなんじゃないかと思う。結果的に俺はリンカーコアを持たず生まれたから俺が生まれる前に用意してくれていたのかもしれない。二人の愛情に感謝しつつ俺はそれらを自身の部屋に持ち出して早速翻訳作業に移る。

 言語の勉強をするわけではないからとりあえずこの件の本について記されていそうな資料だけでも翻訳書と見比べて翻訳するしかないだろう。初めて見る文字だし両親の解説書付でも時間がかかるが仕方ない。俺は昼飯を食べるのも忘れて作業に没頭した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翻訳作業を進めて数時間、おかしな文体になったりどうしてもわからなくて穴抜けしたりしているがある程度の概要は分かった。まずあの本は管理局では『闇の書』とよばれる魔道書で他者のリンカーコアから魔力を奪い吸収してページを埋めるのだという。クロノからなのはちゃんが襲撃されたときに身体的な外傷は軽微だがリンカーコアから魔力を奪われたと言っていた。つまり、襲撃の目的は魔力を闇の書に吸収させることで間違いないだろう。そこまでは分かったが因果関係が分からなかった。そうやって魔力を補充してページを埋めてどうなる?それがどうはやてちゃんの為になるのか?

 大事なことはさっぱりだった。これは……もう少し翻訳を進めないといけないだろう…。ため息を堪えて俺はさらに作業に没頭した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば辺りはすっかり暗闇に包まれていた。色々関係のありそうな資料を翻訳しては見たが闇の書とは違う情報だったりと空振り続きだった。おかげで今回の事件で俺の知らなかったことも分かったがほしい情報はつかめなかった。今日も両親は帰ってこない、作業には気にせず集中出来るのが幸いだった。軽く食事をしてからさらに翻訳を進める。

 そうだ、ここで俺が原因を突き止められればもしかしたら全部うまくいくかもしれない。俺はプレシアの事があった時に誓ったはずだ。目指すのは……

 

「完全無欠のハッピーエンド」

 

 ただそれだけだと。その為なら俺は、こんなもの苦と感じない。そう威張るような気持ちで臨む。もう後悔するのは……嫌なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝、寝ずに作業を進めたおかげで預かった書類の半分ほの翻訳は拙いながらも終わった。しかし最後に翻訳した闇の書についてのある記述が俺をここまで進ませたことを呪わせた。

 

「ふざけんなっ!!!」

 

 叫ぶ。当り散らすように書類を叩きつけ机をなぐり頭をかきむしる。どうしようもない事実が俺を苦しめた。いくら俺が暴れようがいくら叫ぼうが何も変わらない。けれどそうするしか無かった。こんな現実を受け止めるなんて出来なかった。

 

「何で!なんでなんだよ!!」

 

 くしゃくしゃにした書類を改めて見る。

 

「あの子が一体何をしたって言うんだ!!」

 

 翻訳の間違いでも見間違いでも読み間違えでもない。そこに記された残酷な記述。闇の書は魔力を補充しないとその持ち主の体を蝕む。補充しない魔力を己が主から奪うのだ。その行為は体に障害を起こさせ、やがて心臓にまで影響が出て死ぬ。

 はやてちゃんは、足が麻痺で動かせない。それは唐突に訪れたと言う。理由も分からず、治療も出来ていないと言う。なぜ?

 分かりきった事だった。闇の書の主人ははやてちゃん、そして最近になって倒れたり、体に不調をきたす事が多くなった。なぜ?闇の書が主であるはやてちゃんから魔力を奪っているからだ。

 

 ならばそれをさせない為に魔力を蒐集すればいい、他人なんてどうでもいい。はやてちゃんが助かるなら………だがそれもはやてちゃんを救う道とはならない。

 闇の書の完成……魔力によって全てのページを埋めた時、闇の書は暴走すると言う。なぜか?原理は?それは素人の俺には分からない。しかし、事実として闇の書が完成すると暴走し破壊の限りを尽くす悪魔の魔導書と化す。そしてそれは主であるはやてちゃんを命もろとも取り込んでしまうと言う。闇の書の主は魔力を集めようが集めまいが死の運命しか先にはない。

 残酷な真実だった。

 

 はやてちゃんは自分が望んで主になったわけではない。闇の書は完成と共に大災害を引き起こし、再び空白のページとなった闇の書がランダムに素質のある主人の元へ転生するふざけた機能がある。つまりはやてちゃんはそのランダムで選ばれたのだ。

 

 シグナム達が襲撃者を初めて起こした事件よ日付とはやてちゃんが倒れて運ばれた時期は一致する。蒐集をしているのは間違いなくはやてちゃんを助ける為だ。

 しかし蒐集して完成させても悲劇しか待っていない。それを分かってて一縷の望みにかけているのか、それとも完成させた場合の結果を知らないのかは分からないが理由はハッキリした。だが………解決策なんて見つかる訳がなかった。

 資料を見て過去に管理局が闇の書の破壊や封印に何度も失敗している記録も見つけた。俺なんかがどうにかしようなんてそんなの土台無理な話だった。

 恐らく………時間が……ない。はやてちゃんの命が尽きるまで余裕はない。どうすればいい?俺は、どうすれば?

 

「うわああああああ!!!!」

 

 叫ぶ。膝から崩れ落ちる。きっとずっと寝てなくて、作業に没頭しすぎて水もまともに飲んでなかったから掠れきった声だった。叫んで、涙が出てきて、溢れて止まらなくて、情けなく、みっともなく、恥も外聞もなく醜態を晒す。

 

「ああああああああああああ!!!!」

 

 死んで欲しくない、友達が死ぬなんて嫌だ。嫌だ、そんな思いしたくない。初めて俺はちゃんと自分の罪深さを理解した。山宮太郎として早死にして、俺は友人や家族にこんな苦しみを与えたことに。

 

「嫌だあああぁぁぁ…………」

 

 はやてちゃんがいなくなる何てそんなのは嫌だった。前世で、人の死を見送ったのは一度も無かった。父方も母方の親戚も俺が死ぬまでは皆んな健在だったし友人も不幸にも亡くなった子はいなかった。だから、俺は前世も含めて初めて自分にとって大切な人の死の恐怖に怯えている。

 

「うううう………うううぅぅ……」

 

 絶望。何も出来ない自分に絶望した。こんなの……どうすればいいんだ。

 

『…………最近な、ずっと幸せなんよ』

『慎司君と友達になってな?私もっと幸せなんよ』

 

 はやてちゃんが伝えてくれた言葉が頭に木霊する。暖かくて、そんな言葉をくれた事が嬉しくて、俺はこの子をもっと人生楽しませて歩ませてあげたいって思ったんだ。

 笑顔を見た、寂しそうな顔を見た、泣きそうな顔を見た。はやてちゃんだけじゃない、シグナム達だって……。

 おい………荒瀬慎司、お前はここで泣くだけか?何もしないで諦めてまた後悔するのか?まだ俺は何もやっていないだろう、試しても実行もしてない。ただ最悪の結果を見て勝手に諦めて悲しんでるだけの奴に一体何が出来るって言うんだ?何のために俺は荒瀬慎司として精一杯生きようとしてるんだ?山宮太郎と同じ失敗をしない為だろうが。

 

「ぐっ、くぅ………」

 

 泣くな……いや、泣いてもいい。けど膝を折るな。絶望はするな。心は折れても魂は燃やせ。前と同じだ、俺は無力だけど出来る事は全てやるんだ。

 

「おおおおっ……」

 

 気持ちが悪い、頭が痛い、視界がぼやけて足もふらつく。それでも………諦める事は許さない。山宮太郎が許さない。後悔は………したくない。救う、救うために。シグナムを、ヴィータちゃんを、シャマルを、ザフィーラをそしてはやてちゃんを救う。その為に最善を尽くせ、お前が出来ることをし尽くせ。山宮太郎には無理でも荒瀬慎司はそれが出来る。荒瀬慎司は例え絶望しても………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 管理局で妻のユリカと闇の書事件の調査の洗い直しをしている時だった。突然慎司から連絡があった。

 

『大事な話があるから、母さんと一緒になるべく早く家に帰ってきて欲しい』

 

 この時間は学校にいるはずだ。昨日は気分が優れないとかで学校を休んだらしいがどうやら今日も休んでいるらしい。慎司の事だからズル休みとかそう言うものではないと思うが。

 とにかく、慎司からそんな風に告げられたのは初めての事だったから自分とユリカは急いで作業を済ませようと努力したが作業が難航しキリのいい所で切り上げられたのは一度日付が跨いだ朝になってからだった。既に慎司には遅くなってしまうことを伝えたが

 

『分かった、俺は俺でやる事があるから大丈夫だよ』

 

 そう伝えられ自分達は慎司が心配になり転移で家路を急いだ。2人でただいまと告げながら家に入ると慎司がおかえりと出迎えてくれる。しかしそこで自分達の動きは止まる。

 

「慎…司?」

 

 息子の姿に驚愕する。髪はボサボサ、目の下には薄いが隈ができ、心なしか頬も少しこけたように見える。しかしそんな状態にも関わらず目だけが死んでいなかった。何か決意を固めた、燃えるような瞳だった。視線に射抜かれると言うのを本当の意味で味わった気がした。

 

「慎司!あんた一体どうしたの!?」

 

 堪らずユリカが慎司を抱き寄せる、怒ったような悲しいような顔を浮かべて。

 

「ごめん、色々あって飯も喉を通らないし寝れなくてさ。2人が来るまでずっと資料の翻訳してたんだ。話が済んだらすぐ休むから」

 

 声音は特に問題ないように話す慎司だったが心配は尽きない。本来なら話など後回しにしてすぐに休ませるか大事をとって病院に連れて行くべきだ。しかし、それを慎司が受け入れる様子がないのは眼で分かった。先に話が済むまで恐らくテコでも動かなそうだと親だからか自分とユリカはそう感じ取れた。

 ならばすぐにでも慎司のその大事な話とやらを聞くのが先決だろうと話は纏まった。それに気にもなった、たった数日で年齢とは分不相応なしっかり者の慎司をここまで追い込んだ理由を………。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 両親からの心配の視線を受けながら俺は事情を話した。俺が書類を翻訳して粗方の事情は理解している事、父さんと母さんが留守の間一緒にご飯を食べて仲良くなった友人達が襲撃事件の犯人であった事。さらに1人の少女が闇の書の主人に選ばれ既に命の危険がある事。襲撃犯は恐らくその主の命を救う為に蒐集をしている事。

 俺が皆んなと過ごして感じたあいつらの人柄、優しい一面。決して悪い奴らではない事。俺が助けたかったけどどうしようも出来なくて、縋るように話している事も、曝け出した。だが、八神家の居場所やその詳細だけは伝えなかった。俺の話を両親は驚愕の表情を浮かべながらも黙って頷きながら聞いてくれた。

 

「頼むよ……父さん、母さん…」

 

 俺じゃ、何もできない。魔法の才能も、天才的な頭脳も、誰かの心を動かせるほどの高潔さも何もない。俺だけの力じゃ俺の望みは叶えられない。

 

「このまま蒐集をさせたらこの町どころかこの世界そのものが危険な事になっちまうのは分かってる!止めるべきだって分かってる!けど……蒐集を止めれば近い将来にあの子も死んじまう……どちらにしろあの子はこのままじゃ死ぬ!そんなのは嫌だ、嫌なんだ……」

 

 シグナム達に蒐集を辞めさせて、はやてちゃんの命も救う……そんな都合の良いハッピーエンドを迎える為に……

 

「俺が皆んなを救う為に、これ以上誰も悲しまない、誰も涙しないそんな結末の為に……俺に力を貸してください。俺を………あの子を助けてくだざい」

 

 頭を下げて涙ながらに俺は伝えた。自分の情けなさ、みっともなさを荒瀬慎司としてここまで曝け出したのは初めてだった。父さんと母さんは互いを見合って難しい顔をしていた。今2人の頭の中にはきっと色々な物事を天秤で測っている事だろう。管理局の関係者で闇の書を追っている2人だ、本来なら俺から情報を聞き出して今すぐにでもとっ捕まえに行きたいと思っているかもしれない。

 だが、話すしかなかった。俺は魔法については分からないけど俺が望んでる事はとても険しい道のりだと言う事だけは分かっている。だからこそ、信頼できる2人の力が必要なんだ。

 

「………お前の言いたい事は分かった」

 

 重々しくそう口を開いたのはとうさん。真っ直ぐに俺を見つめて続ける。

 

「………お前のその頼みの答えは…お前がちゃんと体を万全にしてから伝える。俺とユリカにも考える時間を欲しい」

 

 父さんの言葉に母さんも同意だという意味で頷く。出来れば今すぐにでも返答をして欲しかったが仕方ない。そう簡単に決めれる事じゃないのは素人の俺でも分かりきってる事だから。

 

「分かった………」

 

 そう言って俺は自分でも引くほど体に不調をきたしている自覚はあったので素直に応じる。両親が俺の頼みを受けてくれるにしろ断って犯人逮捕を優先するにしても俺自身が万全じゃないと出来ることも出来ない。

 2日ぶりにシャワーで体を清潔にして、抱えていた事を打ち明けれたからか食事も何とか喉を通り、その後気絶するように寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慎司、眠ったみたい」

「そっか」

 

 リビングでソファに背中を預けながら荒瀬信治郎は疲れたように息を吐いた。実際連日の調査で疲れは溜まっているのだが今はそんなことが気にならないくらい慎司の話に衝撃を受けていた。

 

「………どうするの?」

「俺もユリカも答えはもう決まってるだろ?」

「………そうね」

 

 信治郎とユリカは慎司が生まれる前から闇の書について調査を行い続けてきた。ユリカが特別技術開発局長を辞任して家に専念したのも慎司だけでなく闇の書事件についての調査を中心に活動する為だ。

 管理局の局員としての仕事ではなく友であるクライド・ハラオウンの仇を取る為に。信治郎にとって闇の書は憎き存在だ、だが闇の書の欠陥性を理解している信治郎は好きで選ばれた訳ではない主や命令に逆らえず蒐集を行う守護騎士プログラムについては完全に許せる訳ではないが同情的な感情を持てるほど冷静に考えてもいる。

 

「けど、慎司が望むような結果を得る為には……方法が」

「………ユリカ、きっと慎司だけじゃなく俺達も覚悟を決める時なんだと思う」

「信治郎さん……」

「慎司にはずっと隠してきた魔法の事も、自分が魔導師になれない事実もあいつは受け入れて前に進んできた」

 

 息子ながらよく出来た子だと信治郎は思う、そんな息子が縋るように頼りにしてきたのなら力になりたいと思うのは当然の事だった。

 

「答えを決めるのは慎司だ。だけど、もうこれ以上アイツに隠し事をするのはあいつの覚悟を穢す事になる」

「でも………」

「分かってる、ユリカが慎司のためにずっと大切にして頑張ってきてくれた事は分かってる。けど、やっぱり『アレ』は慎司の物なんだ。どうするか慎司に決めさせるべきだよ。あいつはもう……立派な男の子なんだ」

「……成長が速いって言うのも困りものね」

 

 ユリカは瞳に涙を見せる。その涙は悲しみに溢れているようにも見えたが信治郎には息子の立派な成長を見れて嬉しく思う母親の涙に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 

「お前の話に乗るよ、慎司」

 

 半日以上眠ってしまい慌てて飛び起きてリビングに駆けつけると真っ先に父さんにそう言われる。

 

「いいの?」

「ああ、俺も母さんも……お前の頼みは断れないよ」

「慎司が求めてる事はとても困難な道よ。正直私達も上手くいくなんて自信を持って言えないわ。けど、貴方がそれを掴みたいなら全力で応援する。私、慎司のお母さんだしね」

 

 2人とも………、俺のこんなわがままを聞いてくれるのか。協力してくれるのか。

 

「ありがとうっ」

 

 頭を下げて心の底からの感謝の気持ちを伝える。ありがとう父さん、母さん。俺も、俺に出来る事を全力する。

 

「さて、早速詳しい話を……と行きたい所だけどその前に…」

 

 父さんが手を伸ばして空中で静止させる。

 

「あら、年甲斐もなくそんな事するの?いいけど」

 

 母さんが何かわかったように同じように手を伸ばして父さんの手に重ねる。え、もしかして円陣的な?

 

「こういうのは大切なんだよ慎司、恥ずかしがらないでお前も重ねろ」

「ああ……」

「といっても言い出しっぺはお前だからな、お前がなんか言え」

「おい大黒柱」

 

 そこ俺に丸投げするのかよ。まあ、いいけど。うん、じゃあ………。今度は、1人じゃない。誰よりも頼もしい味方がついてくれている。安心できる、まだ何も始まってないけど俺の気持ちは今立ち上がって前に進んでいる。だからこそ大声で。

 

「荒瀬一家の底力を、見せてやらあああ!!」

 

 

 

 

 荒瀬慎司は絶望したって、立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 仮面ライダーとウルトラマンどっちが好きかって?馬鹿者がっ!両方最高だよ!!


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日常との狭間で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっはー!慎ちゃんだよー!よろぴく!」

「吐きそう」

「まさかのすずかちゃんからの毒舌ぅ!」

「毎度毎度朝からうるさいわねっチンパンジー!」

「アリサちゃんも辛辣ぅ!」

 

 とある日、荒瀬一家の誓いから翌日。学校の登校中だ。両親とは一度詰めた話をして今後の方針を相談したがとりあえず目下にすべき事は魔力蒐集をさせずどうはやてちゃんを救うか、その方法を模索するため一度時間をくれと両親からの提案だった。その方面のアプローチは今まで考えてもいなかったらしく、とりあえず何とか見つけるまで待てと言われてしまった。

 その間、俺は事件の事を資料で調べる許可は降りたが条件としてちゃんと普段の生活をしっかりと両立させる事を約束させられた。この間みたいに身も心もボロボロにして書類と睨めっこなんて論外だとそこは説教を受けたから仕方ない。はやてちゃんの体を考えると焦る気持ちが芽生えるが俺があたふたしても出来る事はない。

 

 今は父さんと母さんを信じて俺は俺の出来る事をしなくては。そしてちゃんといつもの日常を楽しむ事も俺がすべき事で出来る事だり

 

「し、慎司君?体の方は大丈夫なの?」

 

 俺の様子を伺いながらなのはちゃんがそう問いかけてくる。一応昨日のうちに学校への無断欠席については学校側にもそして心配でメールを送ってくれていたなのはちゃん達にも体調不良と色々とタイミングが悪くて連絡出来なかったと上手く言い訳はしていた。

 

「ああ、大丈夫だよ。数日休んだおかげで元気になったぜぇ」

「珍しいわよね、あんたが体調崩すなんて」

「まぁなー、俺がいなくて寂しかったかぁアリサちゃん?」

「はぁ?久しぶりに静かな学校生活過ごせて幸せだったわよ」

「とか言ってるけどアリサちゃん、慎司君の事ちょっと心配してたんだよ?」

「ちょっとすずか!」

 

 照れ臭そうに顔を赤くするアリサちゃん。ほーん、やっぱり可愛い所あるなアリサちゃん。

 

「………何ニヤニヤしてるのよ」

「べっつにー?」

「腹立つ〜」

 

 俺が病み上がりだと思ってるからか口ではそう言うがいつもみたいに手を出してこないあたりやっぱり優しい子だなぁアリサちゃん。将来の旦那さんにはきっちり俺が面接してあげないと。

 

「そういえば、フェイトちゃん。どうだ?もうクラスには馴染めたか?」

「うん、皆んな仲良くしてくれてるから。楽しく過ごせてるよ、慎司」

「そっかそっか。んなら、そろそろクラスの皆んなに披露してもいいんじゃないか?」

「何を?」

「クウガの変身ポーズ」

「や、やめてよもう!恥ずかしかったんだから……」

「恥ずかしいってこれか?」

 

 言いながら携帯でその動画を再生する。勿論大音量で、辺りにフェイトちゃんの『変身っ!」の声が響き渡る。ちょっと言い方を主人公に寄せてるのは慎司的にポイント高い。

 

「あー!あー!あー!」

「うるさいなぁフェイトちゃん」

「慎司がうるさくさせてるんだよっ」

「学校中にばら撒いていい?」

「駄目だよ!?」

「どうしても?」

「どうしてもだよっ」

 

 そんなこんなで楽しく登校する。後ろでなのはちゃんが俺を心配するような目をして見ていたのは気付くことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 教室につけばクラスメイト達が元気だったかと各々声を掛けてくれた。そういえば最初はなのはちゃんとアリサちゃんとすずかちゃんしか友達出来なかったけどこの3人のおかげで俺は自分の実年齢を気にして距離を置くような態度をとっていた事をあらためる事が出来たんだよな。

 おかげでクラスメイトの友達なんかも沢山できた。30歳には退屈であろう小学校のんて場所も楽しく過ごせていた。そんな当たり前の日常を、はやてちゃんにも憂いなく過ごしてほしい。

 

「それじゃあこの問題を……荒瀬君、答えれる?」

 

 ん?俺か。いつの間にか授業が始まっていた。ちょっと考え事でボーッとし過ぎたな、気をつけないと。えっと黒板には………算数の計算か。余裕余裕。

 

「216です。ちなみに先生の誕生日だ、皆んなテストに出るから覚えとけよー」

「出ません、そして正解です。あと誕生日なのも当たりです………何で知ってるの?」

「いや、適当に言いました」

「………次からは答えだけ言うように」

「保証は出来ませんけど、分かりました」

「分かってないわね」

「プレゼントは何がいいですか?」

「気持ちだけ受け取っておきます」

 

 座りなさいと呆れた様子の先生。ぶっちゃけ俺のこんな応対慣れたもんだから先生も楽しんでる節あるよな、口には出さないけど。

 それにしても相変わらず授業は退屈だ。なにせ小学生の問題だからな、俺も大学まで通ってたし流石にもう忘れたなんて事態には陥ってないから基本的に授業は聞いてない。あと目をつけられないように騒ぎすぎないようにもしてる。とりあえず、せっかく出来た空き時間は全部今後について考える時間にしよう。

 こっそり鞄から母さんが日本語訳をしてくれた書類を取り出して教材で上手く隠しながら読み進める。とにかく俺も少しでも役に立てるように基本的な情報は自分で抑えておきたいからな。

 

 

 

 

 

 

 

…………………。

 

 

 

 

 所変わって時間は昼休みに。屋上に5人で弁当を囲んで舌鼓を打つ。うむ、上手いなぁ。忙しくても学校の弁当はいつも作っておいてくれてるママンには頭が上がらない。感謝感謝なり。

 

「え?明日音楽のテストなのか?」

「そうだよ、昨日先生が言ってた……って慎司君お休みだったもんね」

 

 しょうがないねと苦笑するすずかちゃん。まじかー、音楽の歌のテストかー、歌うのは嫌いじゃないけど得意じゃないんだよなぁ。

 

「課題曲は?」

「ここの校歌だよ」

「あ〜、確かサビが『燃える闘魂〜いざ進めー!我らが地上を支配する〜!聖祥小学校〜!』って感じだったけ?」

「えっ、そうなの!?」

「フェイト、慎司の戯言よ」

 

 フェイトちゃん毎回反応してくれるからいいねぇ。もう他の3人は全然反応鈍くなっちゃってるから心が洗われるよ。でも、待てよ?フェイトちゃん歌のテスト平気なのか?転入したばっかだろ、校歌なんて歌った事ないだろうに。

 

「うん、だから少しでも練習しないとっ」

 

 フェイトちゃんは張り切ってはいるが、よしならここは人肌脱ごう。

 

「ならば俺が今お手本を見せてやろう……んんっ!」

「あんた別に歌得意じゃないでしょ」

 

 アリサちゃんの辛辣な言葉は咳払いしつつ流して

 

「『ファーーーーwwアリサちゃんwwホッペにご飯粒ついてるーーwww』」

「う、嘘!?」

「『嘘だよw引っかかったww引っかかったww』」

「ぶっ殺す!」

「『ちょっwアリサちゃんwwマジギレは勘弁w』」

 

 ちょっ、ちょっとした冗談じゃねぇかそんな怒んなよ!あ、やべ捕まった。ぐへっ!?まて、お前昼飯直後に腹パンはまずい、出るから!色々出るからぁ!!

 

「もはや歌じゃない事にはツッコまないんだね、アリサちゃん」

 

 すずかちゃん……そんな解説いいから、アリサちゃんを止めてぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 放課後、帰り道。皆んなと帰るといつも比較的近所のなのはちゃんとは最終的に2人になっていて今がその状況なのだが、何だかいつもよりなのはちゃんの口数が若干少ない。というか学校でも少々考え事をしていて口数が少なかったイメージ。

 悩みとかそんな感じでは無さそうだからあんまし触れなかったけど。

 

「ねぇ、慎司君」

 

 何て考えているとなのはちゃんの方から声を掛けてきた。

 

「んー?どった?」

「………無理してない?」

 

 軽快に返事はしたがなのはちゃんからの返答は重苦しい口調だった。………なるほど、考え事は俺についてだったか……。

 

「どうしてそう思った?」

「分かんないけど……何となく…かな?」

「直感かよ、流石なのはちゃん。俺の取扱説明書役だ」

「……………」

 

 とちゃらけるがなのはちゃんはちゃんと返事を聞かせろと目で訴えてくる。…………分かったよ。

 

「無理はしてない……けど、明るく振る舞おうって意識はしてた」

 

 正直に、告白した。両親の協力を得たとしてもショックな事実を知ってからまだ数日。流石に綺麗さっぱりに切り替えれてはない。だから、学校を楽しもうって。少しでも気持ちを明るくさせようと考えていた事は事実だ。

 

「ちょっとショックな事があってさ、最初はみっともなく情けない気持ちでいっぱいになってたんだ。けど今は俺は前を向いてる、それに向き合って頑張ろうって思えてる。だから、そんな自分を発破する意味でも元気にしようとは思った。けどそれだけだ、無理とかじゃなくて前に進む為の行動だよ」

「……そっか。私の余計なお節介だったね」

「んにゃ、心配してくれてありがとな」

 

 その俺の言葉になのはちゃんは頷く。だが、まだ聞きたい事があるようでそれを隠す事なく口に出してきた。

 

「……私に出来る事はあるかな?」

「…………………」

 

 返答に少し困った。なのはちゃんに例の件を話す事は考えたがそれは両親に反対された。いわば俺の望みは管理局側と相対する場合があり、要らぬ邪魔を受けるからと。せめて話すのは解決策を手に入れてからだと聞かされた。

 なのはちゃんが俺の話を風潮するとは思ってないけどいつどこで誰に聞かれているとは限らない。ましてや魔法なんて未知数なものが存在するんだ。自分の想定以上に警戒するべきだ。だから、俺の正直な気持ちを述べた。

 

「あるよ。なのはちゃんに出来る事、頼りたい事はある。けど、今じゃない」

 

 そう、今じゃない。勘違いしないで欲しい。俺は誰かを信用してないわけでも信頼できない訳でもない。なのはちゃんが頼りになる子だと言うのは俺は出会った頃から分かっている。クロノだって、アースラの方々だって話して頼りたいくらいだ。だが、俺のこの情報。闇の書の主と襲撃者の情報は闇の書を目の敵してる連中に漏れる事は防ぎたい。

 過去に何度も顕現して災害をもたらした闇の書、それを憎悪の対象にしている人は少なくないだろう。そしてそんな人に俺の情報が渡ったら……考えたくもない想像が膨らむ。だからこそ、完全な解決案が出来るまで徹底的に俺達は俺達で行動する。荒瀬一家が踏ん張らなきゃいけないんだ。

 

「その時になったらなのはちゃん、俺を助けてくれ。俺は君を…頼りしてるから」

 

 なのはちゃんは嬉しそうに「勿論だよっ」と照れ臭そうに顔を赤くしながら言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 帰宅後すぐに道場に赴き練習をこなした後、道中で外食しつつ家に帰宅。汗をシャワーで流した後俺はすぐに資料と睨めっこを始める。両親からの連絡はまだ無い。何とかして方法を見つけるとは言ってくれていたが流石に1日ですぐというわけにもいかないか。そんな簡単に見つかるなら闇の書なんてとっくに管理局がどうにかしてるだろうし。

 

「……ふぅー」

 

 落ち着け、あまり時間がないかもしれないとは言え俺がソワソワしたところで仕方がない。とにかく俺は少しでも自分で知識は蓄えろ。分かった事はかなり増えた、おかげ闇の書とその関連の事件についての話にはついていける。

 それを踏まえた上で俺に何が出来るかを考える、といっても俺がこなせる重要な役割は一つ。八神家側への接触、つまりは説得だ。俺が、俺だけがあいつらと知り合って長い。こんな言い方は嫌だが説得者としては一番条件が合うのは俺だ。本当なら俺は今すぐみんなの所に赴いて説得しに行きたい。

 

 俺を信じてくれと、俺達にチャンスをくれと。しかしシグナム達の行動原理はあくまではやてちゃんだ。はやてちゃんの命が掛かっている以上、そんな話は聞く耳持たない。一度説得に失敗したら二度とチャンスは訪れないだろう。寧ろ会うことすら出来なくなる。それは避けたい。やるなら確実に相手を説得できる材料を手に入れてからだ。それを両親が見つけてくれるかどうか、そして見つけられたところでそれを実行できるかどうかだ。

 一つ、方法としてはやてちゃんに接触して全てを話すという選択肢もある。恐らくはやてちゃんは闇の書とかシグナム達がしている蒐集は認識していないだろう、しているならはやてちゃんの事だ……自分がどうなってもいいからと皆んなを止めるだろうから。だからはやてちゃんに事情を話すのもありだ。

 しかし、その行為は反則とも取れる。何も知らないはやてちゃんに魔法についてから全て説明するのは危険な行為だ。何よりシグナム達の反感は必ず買うだろう。はやてちゃんの命を救うのが最優先だが蒐集そのものを止めなければ意味がない。シグナム達とはやてちゃん、両方を納得する形になるよう俺は行動しなければいけない。

 はやてちゃんが納得してシグナム達を止めるようにいってくれてもそれにシグナム達が従うとは限らない。自分達が嫌われてもはやてちゃんを救う道になると思う事を選択するだろう。

 

「となると、1番の肝はやっぱりシグナム達だ……」

 

 説得する上であいつらはどう言う思惑で動いてるのかを知りたい。勿論はやてちゃんを助ける為なのは分かってるが闇の書は本来、完成させてもさせなくても主の命を奪う。それを分かってて、完成させて一縷の望みにかけているのか、単純に完成させないとはやてちゃんから命を奪う事だけは分かっていて完成させた後の事を分かってないのか。このどちらかだ。シグナム達がどう言う存在かと言うのは資料を穴が開くほど見た俺には既に分かっている。

 シグナム達は闇の書が有する守護騎士プログラム、ヴォルケンリッターと呼ばれる存在。闇の書が生み出している主人を守るための防衛機構、つまるところ少し違うが使い魔のような者だろう。闇の書が生み出した存在なら闇の書のそのふざけた機能も知ってるはずだと思うんだが………どうにもきな臭い。完成させても死ぬと分かってて他に望みがないからと完成を急ぐような真似をするとは思えない。そこら辺はっきりできればいいのだが。

 

「うーん、とりあえず現状じゃ出来る事は限られるよなぁ……」

 

 そもそも出来ることが少ない俺には進展がなければ本当にすべき事を見つけれない。無意味かもしれないがとにかく現状分かる事でも見直しておこう。出来ることをとことんやるって決めたのだから…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

「やはり、この方法しかないよ。ユリカ」

 

 管理局本局で2人だけに与えられた特別な作業室。そこでいつもこもって妻と共に事件を追っている荒瀬信治郎は妻のユリカにそう伝える。

 

「………………」

「それが君の夢だったのは分かるよ、だけど選ぶのは慎司だ。そして慎司はその方法を求めてる。俺達はちゃんとこの事を慎司に伝えるべきだ」

「私の夢なんてどうだっていいの!」

 

 ユリカの叫びが部屋にこだまする。ユリカがこのように取り乱すのは珍しく信治郎は面食らうがすぐに自分を取り戻す。しかし、ユリカの慟哭という名の叫びは止まらない。

 

「私の夢なんかより慎司の安全の方が大切なのよ!確かに私が考える上で慎司の望みを叶える為の一番可能性が高い方法はこれしかないわ、けど!失敗すれば慎司がどうなるか分からないわ!それに、慎司にそれをさせる事自体が危険なのに!この方法だって決して分の良い方法じゃない!」

 

 ユリカの言葉をしっかりと胸に留めるように信治郎は聞いた。そして、色々と考えた上で信治郎は

 

「そうだ、最優先は慎司の安全だ。だけど、慎司は望んでるんだ。助ける事を、救う事を!その想いに俺達は答えるべきだ」

「それで慎司が危険な目に合うくらないなら私はっ」

「慎司は俺やユリカが思ってるほどヤワじゃない。あいつならやり遂げる」

「私だってそう信じたい!でも、命には変えられないのよ………」

 

 主張は平行線、拉致が開かないと2人は感じていた。しかし、互いに譲る事は出来なかった。

 

「慎司は絶対にこれを実行する。その為に自分を擦り減らしてでも努力する、それは……素晴らしい事だけど……心配だってするわよ……」

「そうだな、俺もこうは言ってるけど本心じゃ慎司には今回の事は関わって欲しくなかったし今だって辞めてほしいと思ってる……けど」

 

 けど、そう。信治郎もユリカも分かっている。他に方法はなくそして例え慎司に方法は見つからなかったと伝えて何もさせなかったらきっと

 

「あいつはこの先の人生を全て不幸な感情を抱いたまま歩むだろう。それは……悲しいし死んだも同然だ」

 

 既に慎司は根が深い所まで関わった、そして救うと決意した。その時点でもう手遅れ、慎司をこの先幸せな人生を歩ませるには慎司に委ねるしかない。選択させ、行動させるしかない。危険な事でも、大変な事でも、慎司が決めて歩ませなければいけないのだ。

 

「それに………いい加減これも慎司に返さないと」

 

 2人でデスクの中央に大切に保管されてるガラスケースを見る。この作業室でいつも目にし、この中身をいつか慎司に託す為に妻のユリカは局長としての立場を捨てた。

 それは管理局の為の行動ではなく自分の達の事であったからそれにかかりきりになる為にケジメとして管理局を辞めたのだ。タイミング悪く闇の書が再び顕現した事で管理局でまた行動してはいたが。それでもユリカにとってそれはとても大切な事で夢だった。

 

「ユリカは頑張ったさ、慎司も分かってくれる。そして慎司は強い、きっと良いように進んでくれるさ、なんせ俺の息子でユリカの息子だからな」

「………………そうね」

 

 ユリカの表情は笑っていたが、瞳からは少なくない涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

 

 

「なのはちゃんのスケベ!!変態!」

「誤解を招く事を大声で言わないでよ!!」

 

 翌日、学校の休み時間。顔を赤くしてそう言うなのはちゃんを見て満足げにする俺。ふむふむ、そんな反応も新鮮で楽しいぞよ。

 

「まーた慎司が訳のわからない事言ってる」

「いつもの事だよアリサちゃん」

 

 もうこの2人の反応はやさぐれている事が多いのは悲しい。すずかちゃんもアリサちゃんももうちょっと食いついてくれてもいいじゃない。

 

「だ、駄目だよ慎司。なのはが困ってるから……」

 

 オロオロしながらそう言うフェイトちゃんを俺は真っ直ぐに見据える。

 

「どうしたの?」

 

 可愛く首を傾げるフェイトちゃんに俺は叫んだ。

 

「フェイトちゃんっ!!君は異世界転生に興味はあるかい!?」

「え?な、無いけど」

「今なら何と!蜘蛛、サソリ、ゴブリンから選べるよ!」

「せめて人間がいいな」

「インゲン豆?食材になりたいとかレベル高いなフェイトちゃん………」

「もう、疲れたよ慎司………」

 

 やさぐれフェイトちゃんにならないで!これ以上反応鈍くされると俺のキャラ的に困るから!

 

「慎司君!私スケベでも変態でもないよ!」

「うるさいぞ山本!」

「誰っ!?私高町なのはだよ!知ってるでしょ?」

「来世は勇者の敵になるゴブリンの魔王になるって噂の高町なのはちゃん?」

「私転生したら魔王になるの!?」

「今世でもなれるべ、なのはちゃんなら」

「どう言う意味かなぁ!!」

 

 転生しても魔王だった件、アニメでありそうだ。なのはちゃんにポカポカされながらも俺もほっぺをびろーんとする。ついでにフェイトちゃんのほっぺもびろーんとしてみた。

 

「あっ、えへへ………」

 

 なんか照れて喜んでる。お前もドMだったのか。その反応まるで俺に惚れてるみたいじゃないか、やめろよ照れるぜ……。でも俺ロリコンじゃないのよ。すまんな

 

「フェイトちゃん、俺と結婚するか?」

「えっ?急に?うーん……なんかやだ」

「あ、冗談で言っただけなのに泣きそう……」

 

 凹む俺になのはちゃんはザマァみろと言いたげに俺にポカポカを続けてくる。なんか、癒された事は内緒にしよう。あと八つ当たりでアリサちゃんとすずかちゃんのほっぺもびろーんっと

 

「何すんのよっ!」

 

 痛っ!?普通に殴られた!そしてすずかちゃんに至ってはなんか一瞬残像を残すほどのスピードで躱されたんだけど!?何その反射神経!前から思ってたけどあなた全体的に運動能力えぐいな!

 

「あんた、人のほっぺを引っ張る癖前からなの?」

 

 アリサちゃんに呆れ顔でそう問われると何となく俺もいつからだったかな?と思案する。うーん……とうねりつつ手持ち無沙汰になのはちゃんのほっぺをびろーんとした所で思い出す。

 

「そうだ、なのはちゃんと友達になってからだ。肌スベスベだったから楽しくてついやっちゃうんだよね」

「え?そ、そうだったんだ……」

 

 スベスベと言われたからかちょっと照れ気味に喜ぶなのはちゃん。

 

「今じゃ見る影もないけど」

「そんな事ないもん!?」

 

 今度は泣きながらポカポカしてきた。しまいには「ほら引っ張ってみて確かめてみて!今もきっとスベスベだからぁ!」と騒ぎ始める。いや、冗談だから……ごめんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 てな感じで学校生活も楽しみつつ考える事、やるべき事は可能な限り続けていた。どうしても思考に意識を手放して心配されたりもしたが何とか他の子には怪しまれずに過ごせている思う。柔道の練習も欠かせない、しっかりとこれまで通りの事をして生活する事を条件で親の協力を得られたのだ。しかし、やはり普段の生活をしていると焦燥感とかそういうのが俺を襲う事が多々あった。

 

 給食を食べてるときや今現在のように家で一人で夕飯を済ませた時なんかは八神家でのご飯を思い出す。ご飯は勿論美味しく、八神家独特のあの雰囲気を味わ得得てない事に寂しさと悲しさを積らせる。

 

「会いてぇな………」

 

 あれから八神家の面々から連絡は来てない。事情を知らない筈のはやてちゃんからも来てないとなるとシグナムあたりが上手く説明したのだろうか。またあのひとときを取り戻す事は出来るのだろうか?

 山宮太郎としての人生は紆余曲折あっても平凡な人生だったのに荒瀬慎司としての人生は波瀾万丈過ぎる。けど、幸せな事も多い。だから頑張ろう。そう改めて決意を固めると家の玄関から扉の音が。来客じゃないな、両親が帰ってきたようだ。

 

「おかえり」

 

 出迎えると二人は少しお疲れ気味のようだった。片手に自分達の分なのかコンビニ弁当らしきものが入った袋を提げていた。時間もとっくに夕時は過ぎている。

 俺の心配の言葉に2人はちょっと時間掛かっただけだから平気だよと俺に告げてきたそしてそれよりもと前置きを置いて

 

「慎司、方法を見つけてきた」

「えっ……それって」

「お前の友達を救う方法だ」

 

 家の壁時計がちょうど動いてカチリと音を鳴らした。時は来た……と言う表現は大袈裟だが待ち望んでいた言葉だった。そして、その方法を俺は知らされる。事細やかに、そして俺のすべき事が見つかった。

 はやてちゃんをシグナムをヴィータちゃんをシャマルをザフィーラを救うために俺がすべき事を。

 

 

 

 

 命を、俺の全てを賭してまでしなくてはならない事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝の学校、教室。高町なのははキョロキョロと教室中を見渡していた。朝、いつものように合流する筈の荒瀬慎司が来なかったからだ。

 昨日の夜に明日は先に学校に行っててくれと連絡があったのだ。何か学校に用事でもあって先に行ったのだろうかと思っていたのだが教室にその姿はなかった。

 

 アリサやすずかも同様に探してみるが見つからない。フェイトは慎司のいない教室を見て少しだけ残念そうな顔をしていた。

 

 チャイムが鳴る、ホームルームの時間だった。皆席について姿勢を正して先生を出迎える。アリサの号令で朝の挨拶をして担任の教師は難しい顔をしながらも淡々と告げた。

 

「今日から荒瀬君はしばらくご両親の都合で学校を休むそうです。どれくらいの間になるかはまだ分からないそうですが心配はないとのご連絡をいただきました。なので皆さん、荒瀬君がいなくても心配しないで真面目に授業を受けるように」

 

 その言葉にクラス中がざわつく。ただでさえクラスの中心人物と言っても過言ではない慎司が1日休むのさえ珍しいと言われるくらいの慎司がしばらく詳しい理由は不明で休むと言うのだから。

 なのは達はそれぞれ驚いたように見合わせる。誰も何もそれについての事情は聞いていない。

 

「慎司君………」

 

 自然となのははそんな呟きを溢していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 苦しい、吐き気がする。頭がガンガンと響くように痛い。こんな感覚なのか……柔道とまた違った辛さだった。けど、もう一度………もう一度だ。時間は限られている、ならば全てをかけてそれに取り組む。

 

「ぐっ!このっ!」

 

 駄目だ、駄目だこんなんじゃ。救えない、救えない。このままじゃ何も成せない。

 

「まだ……まだぁ!!」

 

 振り絞れ、足掻け、続けろ。続けろ、納得のいくまで……いや、それでも足りない。苦しくてもやれ、辛くてもやれ……柔道と同じだ。苦しんで苦しんで努力してようやく勝利という物を手にする。そう言うことには慣れたもんだろ?なぁ、荒瀬慎司。

 意味のある努力を続けてようやく俺の掴みたいものが掴めるんだ。

 

「ああっ!!」

 

 気合いの声と共に再び行う。努力だ、皆んなを救う為の努力だ。

 努力、努力、努力、努力。体が辛くても、心が苦しくても。

 

「おおおっ!」

 

 俺が諦めない限りは……俺の心が燃えている限りは………ハッピーエンドの為の道は潰えなどしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 シリアスが続くぅ!日常中心の話は事件が終わるまで難しいかもしれない。まぁ、日常回好きな方ごめんなさいって感じでここは一つ


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それぞれの想い



 モンハンライズ、ポチりました。楽しみや、あとアギトのcsmもポチりました。出費が


「えっ、なのはちゃん達がシグナム達と交戦した?」

 

 滝のように吹き出た汗をタオルで拭いながら母さんからの現状の報告に俺は驚きを隠さなかった。

 場所は父さんと母さん用に与えられたと言う管理局の作業室の一室。その多目的スペースというべきか、とにかくその広い部屋で休憩中だった。

 

「だ、誰か怪我とかしたのか?」

 

 俺の問いに母さんは首を振る。良かった……アースラの皆んなもシグナム達の誰かも怪我をするのは俺にとっては不本意だ。それにしても……交戦か、俺がシグナム達の事をアースラに報告していれば起きなかったかもしれない……考えても仕方ないか。

 もしクロノ達に伝えてシグナム達を捕まえられなかったらきっとシグナム達は俺が知らない何処かへ消えてしまう。それは俺が皆んなを説得してはやてちゃんを救う機会を失うという事だ。良心は痛むが今は母さん達以外には言えない。手遅れになる前に一刻も早く事を進めないと。

 

「慎司、睡眠以外でほとんど休んでないでしょ?休憩ついでにお父さんも混ぜて情報を整理しない?今回の交戦で気になる事があったのよ」

「いや俺は………」

 

 俺が断ろうとするがかぶりを振った。焦るな、がむしゃらにやる事は必要だが酷使し過ぎるのは逆効果だ。ちゃんと自分の体に見切りをつけて効率的に動かないとな、急がば回れだ。

 

「そうだね、一回汗を流したらすぐにそっちの部屋に行くよ」

「えぇ、あんまり目立たないようにね」

 

 ああ、分かってるよ。今回は誰にもバレずにいかに事の準備を進めるかが大事だ。移動ひとつも注意しなければならない。とりあえず備え付けのシャワーを借りてから俺は母さん達が待つ作業室に向かった。

 既に資料を広げて議論している2人に加わる形で俺は席に着く。

 

「さて、丁度慎司も来たし……もう一度今回の交戦についてまとめようか」

 

 頷く俺と母さんは父さんから説明を受ける。今回はなのはちゃんとフェイトちゃん、加えてクロノも現場にて交戦。シグナム達もザフィーラとヴィータちゃんにシャマルも加わって戦闘となったらしい。

 双方目立った外傷はなくシグナム達はなのはちゃん達の追撃を振り切り逃げる事に成功したようだ。その際に新たな事案が発生したという。

 

「こいつは?」

 

 父さんに見せられた映像の切り抜きに俺は首を傾げて疑問の声をあげる。そこには仮面を付けた青年らしき人物が映し出されている。見覚えは全くない、どこの誰だろうか?

 

「そうか、慎司も知らないか……」

 

 俺の反応に父さんは難しい顔を浮かべる。話を聞くとこいつは追撃するクロノに奇襲をかけシグナム達を手助けしたと思われる行動に出たらしい。シグナム達のように闇の書が生み出したプログラムでもなく管理局のデータベースにもいない人物で正体不明だと語る。

 

「目的も正体も不明、事実としてシグナム達を手助けした行動は起こした」

 

 シグナム達の反応も聞くが映像では驚いていた様子だったと父さんは言う。ふむ、シグナム達にとってもイレギュラーな存在となると現状じゃいくら考えてもダメそう。

 

「仮面の男も気になるけど今はそれにかまけてられないな。俺はそろそろ戻るよ」

 

 そう言って席を立つ。ある程度は休憩できた、そろそろこっちも再開しないと。

 

「ああ、無理しないでな」

「慎司、分かってるわよね?」

 

 2人の視線にうっと唸りつつも

 

「ああ、学校休ませてまで取り組ませてくれてるんだ。そこは弁えるよ、ちゃんと」

 

 じゃあと軽く手を振り俺は退室した。ああ、無謀な無理はしない。けど意味のある無理はする、そうじゃなきゃきっと間に合わない。俺は、失敗できない。それだけは常に頭の隅に置いておく。心配させてしまうがそれでも俺は突き進むしかないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ………」

 

 慎司が部屋から出て行ったところで荒瀬ユリカはため息をついた。信治郎もユリカの気持ちは分かるため何も言わない。

 

「あの子、誰に似たんだが………」

「頑張りすぎるところはユリカじゃないか?」

 

 と信治郎はツッコむ、ユリカも覚えがあるため何も言い返せなかった。

 

「あの子に闇の書の解決を託すと決めたんだ、今更引き戻せないぞ?」

「分かってるわよ、私だって覚悟は決めたんだから」

 

 そう言って再び議論と調査に乗り出すべく2人は行動を開始する。状況は刻々と変わっていくが荒瀬家の行動も素早く遅れを取り戻すべく全員が颯爽としているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シグナム?」

 

 地球にて、夜中。誰もが寝静まってあたりは静寂に包まれている。八神の家の前に外の空気を吸って黄昏ているシグナムの背中にシャマルは声をかけた。シグナムは振り返る事なく深く息を吐いた。

 

「今日の事を考えていたの?」

 

 今日の事とは蒐集中に管理局に遭遇してなのは達と交戦した事だった。それもあるがシグナムは首を振ってそれだけじゃないと答える。

 

「主はやてを悲しませた事だ」

 

 今日、実ははやてと約束をしていた。シグナム達が預かり知らぬ所ではやては新たに友達を作っていた。名は……すずかと言っていたか、その子を交えて皆んなと鍋をやろうと約束をしていた。しかし、イレギュラーな出来事が連続して起こし結果的に約束をすっぽかしてはやてとその友達と2人で寂しく鍋をさせてしまったのだ。

 真相を言えずシャマルが当たり障りのない理由をつけて謝罪をしたらはやては仕方ないと許してくれたが罪悪感が募っていた。さらには

 

「慎司を巻き込まない為に私達の勝手で主と慎司を引き裂いた事を今更後悔している。結果的にはやてに寂しい思いをさせてしまった」

 

 結局すずかという新しい友達が出来たことは喜ばしい事だがもう巻き込まない為に慎司と同じようにその子を遠ざける事が出来ない、これ以上はやてを悲しませるのはしたくなかった。自分達が上手くやるしかないのだ。

 

「慎司君……怒ってるかしら……」

 

 切なげな表情でシャマルはそう溢す。私達は慎司を突き放して傷つけた。ちゃんとした理由もつけず一方的に。自分達を初めて友と呼んでくれた慎司をだ。

 当初は守護騎士全員罪悪感で押し潰されそうになっていた。ヴィータはしばらく不機嫌な態度が取れずシャマルはしきりに小さく溜息をつきザフィーラは寡黙ながらも拳をギュッと握って手を震わせシグナムは蒐集中に一度注意力散漫になりかけた程だ。

 自分達にとってとても大きな存在になっていた事に戸惑っていた。

 

「怒っている……かもな。だが、今私達から慎司に接触するのは危険だ。本音を言えば一刻も早く会って謝りたい所だが」

「私も一緒よ」

 

 2人して寂しげに微笑む。友よ、今すぐにでも会いたい。皆そう思っている、あの輝かしい日々を取り戻したい。そのためにも、シグナム達は修羅の道を進むと決めたのだ。だってあの楽しかった日々をかけがえないの無い大切な思い出として今も胸に刻まれている。

 だから、今だけは許して欲しい。心の中の弱音を許して欲しい。都合良く想わせてほしい、すぐにでも会ってまた楽しい事をしたいと思う正直な気持ちを。

 

 

 

 

 それでもはやてを救う為に止まれない自分達を許して欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も慎司は来なかったわね」

「うん……」

 

 学校の帰り道にアリサちゃんがそうぼやく。いつもの下校の時間でも慎司君がいないだけで賑やかさがだいぶ違う。勿論、少し寂しく感じるだけでアリサちゃん、すずかちゃん、フェイトちゃんと過ごす時間はすごく楽しい。

 けど、すこし物足りなさを感じるのもまた事実だった。既に慎司君が学校をお休みし始めてから五日ほど経っている。

 

「慎司君、メールは遅れて返信してくれてるけど……」

「事情を聞いても親の都合としか言わないし…」

 

 すずかちゃんは困ったような顔をして、アリサちゃんは納得がいかないといった様子だ。二人の言う通り別に音信不通とかではなく連絡自体は普通に出来ている。電話は一度したときに随分忙しそうだったのでそれからは遠慮しているが。

 

『慎司のご両親の都合なら何か魔法の事とか関係してるのかな?』

 

 念話でフェイトちゃんがそう問いかけてくるが内心首を傾げながら

 

『うーん、どうだろうね?それなら私やフェイトちゃんにも隠さなくていいと思うし……』

 

 率直な疑問を伝えるとフェイトちゃんはうーんと考え込む。結局クロノやリンディさんにご両親から何か聞いてないかを聞いてみようという事で私とフェイトちゃんで話はまとまった。

 

「…………」

 

 アリサちゃんが次慎司君に会ったらどうしてやろうかと画策するのをすずかちゃんが微笑みながら聞いていてフェイトちゃんは苦笑していた。ふと、この間の慎司君の言葉を思い出す。

 

『その時になったらなのはちゃん、俺を助けてくれ。俺は君を…頼りにしてるから』

 

 きっと慎司君は今、何かをすごく頑張っているんだと思う、それがなんなのか…自分達に関係しているのかは全く分からないけれど………そして今は多分自分じゃ力になれないんだろうけど……『その時』が来たら自分の全霊を持って慎司君を助けるんだ。

 

 

 

 

  慎司君の力になるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐうぅ……おええ」

 

 我慢しきれず胃液をぶちまける。頭がぐるぐると振り回されるような感覚と単純に気持ちが悪くて先ほどから嘔吐を繰り返していた。俺が管理局に籠ってからどれくらい経過しただろうか。一週間は経った気がするが正確な所は分からない。

 口元を拭って震える体に鞭打ちながら立ち上がる、まだ完成には程遠い。急がないと、急がないと……。

 

 

 

 

 再び同じ感覚に襲われて胸を押さえながらえずく。すでに吐き出すものは胃の中にはなく、吐くようにえずくのを繰り返す。うめき声をあげながら立ち上がろうとするが力がうまく入らず立てない、もがく俺を見かねずっと見守っていた父が「今日はここまでだ」と俺に告げる。

 

「まだ……やれる」

 

 ぼそっとした声でそう告げるが父は首を振って

 

「これ以上はお前の身にもならない、無駄に体を壊すだけだ。お前も理解できてるはずだ、冷静になれ」

 

 そうだ、父さんの言う通りだ。冷静になれ、冷静に。急ぐからこそ、適切に事を運ばなければいけない。効率だ、考えなしのがむしゃらな努力だけでは間に合わない……効率を考えろ。今はもうやめて休んで次はもっと集中して、がむしゃらに、ひたむきに、考えて行うんだ。

 

「……………分かった」

 

 俺の呟きに父さんは頷いて立てない俺を抱きかかえて備え付けのソファに寝かせてくれる。

 

「落ち着くまでそこで休んでるんだ、今母さんがその症状に効く薬を持って来てくれる」

 

 あー、それは助かる。気分が悪くて寝れもしない………駄目だ。こういう時大抵悪い事ばかり考えてしまう、間に合わなかったらどうしよう、説得出来なかったらどうしよう、失敗したらどうしようと頭の中でぐるぐると駆け回っていた。

 こんな辛い思いをして本当に意味があるのか?そんな事まで考えてしまう。それは……よくない、駄目だ。楽しい事を考えよう、そうだ。皆で笑って、遊んで、くだらない事をして盛り上がる。俺が目指す未来を考えよう。

 それを現実で見る為なら………あぁ、俺はまだ頑張れる。

 

 いつの間にか、意識を手放して寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

「信治郎さん、慎司は……大丈夫かしら」

「大丈夫じゃないさ、正直無茶な事をやろうとしているんだ。辛いと思う、けど同時に目は死んでない。せめてその目に火が灯ってる内は好きにやらせてあげよう。そう決めたんだから」

「えぇ、今になってようやく息子に振り回されるなんて思っても見なかったわ」

「あいつは赤ん坊の頃から手がかからなかったからな………」

 

 2人でゆっくりと休む慎司を優しい目で見守る。本当は今すぐにでもやめさせたいが、慎司は覚悟を決めてここにいる。それを邪魔する事はたとえ親としても出来なかった。

 無茶を要求したのは百も承知だった、そしてそれを慎司は理解して受け入れて血反吐を吐いて頑張っている。それを本当の本当に限界まで見守って協力する事も、家族としての愛情だと信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1日1日を費やして、初日よりは明らかに形になってきた。しかし、目標までの到達は未だ見えず。それでも確実に前には進んでいる、俺は諦める事も手を抜く事もしないで何とかここまでやってきた。体調は……万全とまではいかないがそれでも最初のように頻繁に吐き気を催す事も無くなり心にも余裕が出てきた。

 しかし、気を緩む時間はない。期限は限られているのだから。今日は既に俺の体調面とかその他もろもろを加味していつものトレーニング……と言っていいのだろうか?とにかくそれは終了して体を休めながら魔法についての資料や教科書を読み漁っていた。

 完璧とまでは程遠いがミッドの文字も翻訳書を使う頻度が少なくなってきてスムーズに読めるようになってきた。母さんも近くで資料を見ながら魔法で何かしらの作業をしている。父さんは今はここにはいないで管理局内を練り歩いてると思われる。…………学校、どれくらい行ってないっけ?皆心配してるかな?なのはちゃん達に少しずつメールは返しているがその頻度も徐々に少なくなって来ている。

 ある意味では集中していると言う事だが心配かけない程度には連絡を続けないと。そう思い携帯を取り出そうとした時だった。

 

「あー!やっぱりここにいたよユリカ」

 

 唐突に扉が開かれ元気な声を上げる女性の姿が。あ、猫耳と尻尾を確認。誰かの使い魔かな?アルフもそうだが使い魔っていうのは獣耳が常識なのだろうか?

 

「お疲れ様、ユリカ」

 

 続けて最初の女性と双子のようにそっくりさんの対象的に落ち着いた雰囲気女性も登場。

 

「あら、アリアにロッテじゃない」

 

 知り合いかね、アリアにロッテ……と呼ばれた女性は母さんと一言二言交わすと同時にこちらを向いてジッーと見てくる。な、なんだ?ていうか本当に瓜二つ、違うのは雰囲気と髪の長さくらいだ。話を聞いた感じは髪がショートで元気な方がロッテで髪はロングで落ち着いているのがアリアか。

 

「あの……なにか?」

 

 俺が声をかけても変わらず注視してくる2人。え?何?恋に落ちたの?割と美人さんだし山宮さんとしてはウェルカムだけども

 

「君、もしかして………」

 

 ロッテがそう言って母さんに視線を移すと母さんは笑って頷く。

 

「嘘っ、慎ちゃん!?大きくなったねー!」

「えっ、うわっ!」

 

 ロッテが興奮気味に俺を抱き寄せてめちゃくちゃにしてくる。え?何?パニックよ?てか慎ちゃんて俺の事かい。

 

「もうー!こんなに可愛くなってー!うりうり〜」

 

 あ、ちょっといい匂いする。前世の親戚の綺麗なお姉さんの顔が浮かんだ。

 

「相変わらずアリアは元気ね」

「我が双子ながら時々計り知れん事はあるね」

 

 そんな事どうでもいいから止めてもらっていいですか?ちょっと貞操の危機なんですけど。あ、やばい。色々やばい。………女って怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、突然押し掛けてごめんねユリカ」

 

 俺を十分堪能してほくほく顔のロッテは悪びれもなくそう言う。色々落ち着いて何処のどなたかは聞いたのだが何と前に一度面談をした父さんの元上司のグレアムさんの双子の使い魔だと言う。よりにもよってグレアムさんの使い魔か………失礼のないようにしないと……と思いたかったのだが最初にもみくちゃにされたからブスっと明らかに不満ありありと顔に出していた。

 

「慎ちゃんごめん〜、機嫌直してよ〜」

 

 と言いつつ懲りもせず俺の頭を撫でながら抱きしめてくるロッテ。おいクソが、いい加減にしろ。

 

「それにしても、慎司は本当に成長したな。君は私達の事を覚えてないだろうが」

 

 アリアも俺を微笑ましげに眺めながらそう言う。そうなのである。グレアムさんが生まれたばかりの俺を抱いたと言っていたがその時にこの猫姉妹も一緒で抱いてくれたそう。俺が自分を転生者と自覚してこの世に生を受けた時から意識はあったがあの時はパニックの方が大きくてあの時期の事は全く覚えてないが。

 

「それで?私に用があったんでしょ?」

 

 母さんがそう言うとロッテはそうだったと俺に構うのを止める。同時にアリアが懐から何か書類の束を母さんに手渡して

 

「頼まれてた資料と許可証だ。律儀だね、ユリカは」

 

 律儀?何の事だろうか。

 

「いくら父親が管理局員だって息子を無断でここに置いてくわけにもいかないでしょ?」

「ユリカと信治郎なら顔利くんだからいらないと思うけどねー」

 

 成程そう言う事。俺魔法とは無縁の一般人だしね、ここに理由なく滞在するのは不味いもんね。許可証を取るのにも多分適当な理由をでっち上げたのだろう、ならそれに話を合わせないとな。

 

「それにしても慎ちゃんも真面目だねぇ、管理局で本格的に魔法について学びたいからってわざわざ」

 

 ロッテが尻尾を振りながら俺に詰め寄ってそう言う。この野郎、また俺をもみくちゃにしようとしてやがる。それにしても、成程そう言う事にしてるのね。とりあえず適当に相槌をうっておこう。

 

「だが慎司は確かリンカーコアが……」

「まぁ、魔導師にはなれなくても管理局で働く事だって出来るんですよね?将来の選択肢を増やしたかったんですよ」

 

 まぁ、これが妥当な言い訳だろう。アリアの疑問にはとりあえずそう答えておく。アリアは微笑みながら「偉いね」とロッテとは違く優しく頭を撫でてくれる。

 

「それしても慎ちゃん固いよ?そんな敬語なんか使わなくていいのに」

「おおそうか、そっちはもっと距離感保て」

「えー?もしかして嫌われた?」

「ロッテにはこれくらいが丁度いいって母さんが」

「息子に冤罪をかけられる日が来るとはね」

 

 てな訳で、なんやかんやいくらか雑談してこの猫姉妹ことリーゼロッテ、リーゼアリアとはなんだかんだ仲良くなれたんじゃないかと。

 

「何か分からない事があったら遠慮なく聞くといい。仕事の合間になるが手は貸すよ慎司」

「慎ちゃんまたね」

「あーい、ロッテは次菓子折り持って来てね」

「お礼に食べさせてくれるならいいよー」

「あ、マジ勘弁ごめんなさい」

 

 2人を見送ってからうーんっと体を伸ばす。いやいい休憩になったな、新しく出来た友達?でいいよな、友達に感謝しつつ再び作業に戻る。あんまり、ここで人と会うのは避けて方が良いんだろうけどな。どんな形でアースラの方々の耳に入るか分からない。

 要らぬ誤解と面倒はかけたくない。まぁ、母さんも直接ここに来るとは思って無かったみたいだし想定外だったみたいだけども。

 

 それにしても………ふとアリアとロッテとの雑談を思い出す。話の勉強の一貫という設定で闇の書について調べてると話のタネとして喋ったのだがその時ロッテとアリアが見せた一種の表情。

 怒りのような、悲しみのような……そんな二つの感情がごちゃ混ぜになって滲み出たようなそんな顔を一瞬浮かべていたのだ。気のせいかもしれないが……。

 

 頭を振る、今はそんな事を考えても仕方ないか。さて、時間は有限なのだか有効活用しないと。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 そろそろ寝ようか。今日も結構遅くなってしまった。だいぶ前に父さんも作業室に戻って来ており家族3人でずっと書類の睨めっこと議論をしていた。といっても解決策の方法は見出しているので後は俺次第なのだからこの議論はさらに成功率を高める為か見落としや他に方法がないか思い付くかなのだが。

 まぁ、無駄にはならない事を願おう。俺だけでなく両親も連日ずっとこの調子だから疲労の色が強い。雰囲気的にも就寝の時間だ。

 

 管理局に来てからはずっと仮眠室で家族3人川の字で寝ている。寝る支度を済ませて3人で横になった所で気が抜けてしまったせいか俺は前から気になっていた事をつい口にしてしまった。

 

「何で父さんと母さんはずっと闇の書についてそんな神経擦り減らしてまで追っかけてるの?」

 

 俺が闇の書の存在を知るずっと前から2人は帰りを遅くしながら闇の書をどうにかする為奔走していた。その執念を目の当たりにするとただ管理局員の仕事って訳でないのは分かる。きっと深い事情があるんだなって予感はしていた。だから聞かないようにしていたが何故か俺は口に出してしまっていた。

 

「そう……だな、お前にも知って欲しい事だ。ちゃんと話すよ」

 

 父、荒瀬信治郎は語った。自身の直属の上司でありクロノの父親でもあるクライド・ハラオウンの物語を。今から11年前、父さんと母さんが地球に新居を構える前の事だ。当時父さんはクライドさんが提督を務める次元航空艦の副艦長を務めていたという。上司であり、気の合う兄弟のような関係だったららしい。

 

 父さんとクライドさんが指揮する艦船で見事、件の闇の書を捕らえる事に成功し、移送中の出来事だった。突如船が闇の書に制御を奪われ暴走、船員全員の命の危機となった。すぐに事態を把握しクライドさんと父さんは船員を緊急避難船を用いて脱出させ船員の安全を確保。父さんもその時にクライドさんと共に脱出すると他を優先させたが本人に諭され先に避難したと言う。

 事態は急変、船を乗っ取った闇の書が船の最大火力砲撃を用いて共に隧道していたクライドさんの上司、グレアムさんの船を攻撃しようとチャージを始めたのだ。

 最後の通信でクライドさんは自身が避難する猶予はなく砲撃のチャージが終わる前に自身ごと船を破壊しろとグレアムさんに懇願。父さんを含めた避難中の船員と自身のクルーの命を守る為グレアムさんは苦渋の決断を下した。

 

 その日、クライド・ハラオウンという1人の父親が家族を置いて旅立った。父さんは自分を呪い続けたという。そして、母さんもクライドさんとは父さん繋がりで仲も良かったという。そう、2人にとって闇の書は仇敵、怨敵なのだ。

 

「……………」

 

 言葉が出なかった。そして同時に安易に聞いた事を後悔した。

 

「なら、何で俺に協力してくれるんだ?」

 

 疑問が浮かぶ、確かに俺の目的ははやてちゃんを救いつつ闇の書をどうにかするという目的だ。しかし同時に俺は闇の書のプログラムでもあるヴァルケンリッターの皆んなも救いたいと言っている。父さんと母さんにとって4人は仇と一緒だ。

 こういうのは理屈じゃないっていうのは何となく分かる。本来関係のないはやてちゃんだって闇の書の主に選ばれた時点でよく思ってない事だって不思議じゃない。なら何で俺に協力してくれるだろうか?親だから……なんてそんな事では無い気がした。

 

「俺は救えなかった。クライド提督を救えなかったんだ、ずっとずっと後悔してるし多分この先忘れる事なんか出来ない」

 

 そうだろう、忘れる事なんか出来ない。俺も、前世のあれこれを死んだ後だってきっと忘れる事なんて出来ないんだから。

 

「だから慎司、お前は救え。救いたいと思ってる人がいるなら救え。助けて、支えて、希望に連れ出してあげるんだ。身勝手だけど、俺は慎司……お前に救って欲しいんだよ。お前にとって大切な人達を」

 

 父から子へ託される想い。同じ気持ちを味わって欲しくない、後悔をして欲しくない。それもあるだろう、だがそれだけじゃない。自分が救えなかった、その事実を慎司に塗り替えて欲しいのだ。身勝手だと信治郎は自覚がある、それでもそれが理由の一つでもあったのだ。

 

「…………」

 

 そうか、俺は託されていたんだ。いろんな想いを心中で託してくれていたんだ。くやしさも、怒りも、飲み込んで救えと言ってくれるのか。火が灯る、魂に。心が燃える。熱い衝動に体が包まれる。

 頑張る理由が増えたな………上等だ。

 

「任せろよ、父さんだけじゃ出来なかったんなら……俺が父さんと一緒に救うよ」

「……ああ、流石は俺の息子だ」

 

 もう止まる事はない、決してない。救う為の努力は……努力ってやつは……俺の一番の得意技だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 病院の待合室で車椅子に乗った少女がふぅと溜息ような息を吐く。足の定期検査の後だった。今一緒に来てくれているシャマルが受付でお会計を済ませてくれている頃だろう。

 担当医の表情は何だかいつもより固かった、ここ最近急に意識を失ったりとゴタゴタしていたが足の麻痺も関係しているのだろうか?だが自分の体の事だから何となく分かっていた。今、自分の体は確実に悪い方向に進んでいる。

 もしかしたら、命の危険もあるかもしれない。そんな予感があった。怖くなって、一度大事な友人の前で弱音を吐いた……彼は励ましの言葉とお馬鹿な約束をしてくれた。まぁ、約束については本気にはしてないが。……いや、本当にやりかねないなと少女は一人で苦笑する。

 その友達とはここの所ずっと会えていない、彼と知り合ってからこんなに会わないのは初めてだ。

 

 シグナム達は何か事情を知っているようだけど「今はそっとしておいてあげて欲しい」切なげな表情でそう言われたら少女も寂しかったが納得するように心がけた。メールを流すのも電話をするのも何だか気が引けてしまっていた、彼からまた連絡がある事を、会いに来てくれる日を待とうと決めた。

 

 きっと、事情は分からないが今大変なんだろうと漠然に思う。会いたい、会いたい、また笑わせて欲しい……また、ご飯を一緒に食べて欲しい。前まで一緒の事が多かったから寂しさは余計に感じた。

 

 最近友達になったすずかちゃんを紹介したい、そしてまた私とすずかちゃんを楽しませて欲しい。思えば思うほどそんな吐露が止まらなくなった。自分だけではない、シグナムもヴィータもシャマルもザフィーラもすごく寂しそうなのが痛いほど伝わってくる。「八神家をここまで振り回すなんて慎司君も罪な男やね」っといつものようにからかう言葉が自然と出ていた。

 

『俺は存在自体が罪と罰だからなぁ!』

「っ!」

 

 幻聴だ、すぐにわかった。自分の今の呟きに対して慎司君が言いそうな言葉が幻聴になってまで聞こえた。重症だ、全く。惚れた訳でもなし、純情な乙女のような事になってる自分に笑えてくる。

 ああ、けど本当に…………

 

「会いたいなぁ………」

 

 その呟きに対しては幻聴も返答も無く、ましては誰も聞いている事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 仮面ライダーディケイドが好きな作者です。ネオディケイドライバーと21ケータッチを迷わずポチり。本当に出費が………


 感想意見、よろしくです。次回くらいから展開が動いてくはず……


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望まぬ邂逅


 ひぐらしのなく頃にの新作が衝撃の展開が多くて疲れたので癒しに新しいはたらく細胞を見たら中々のブラック案件でしまいにリゼロを見たら心を抉られた作者はここです。


「……そっか、携帯買ったんかフェイトちゃん」

 

 昼食を取り軽い食後休みに昨日ぶりに携帯を覗くと知らないアドレスからメールが届いていた。フェイトちゃんからだった、少し前になのはちゃん達同伴で携帯を契約したらしく俺のアドレスを聞いてこうやってメールをしてくれたみたいだった。

 文面には慣れてないからかたどたどしい文章で俺への心配と励ましの言葉が書かれていた。何故ずっと学校を休んでるのか、何故何も教えてくれないのか、そんな事は一切聞かずにただただ

 

『頑張れ』

 

 随所にその言葉が囁かれるように書かれている。胸を熱くしつつ俺はメールで簡単にお礼のメールを返信して息を吐く。ああ、折れてない。俺はまだ折れてない、まだ頑張れる。そして、たどり着くんだ…ハッピーエンドに。

 フェイトちゃんからの激励に背中を押されて立ち上がる。

 

「さて、やるか」

 

 血反吐吐きながらでも形にしなきゃ。後悔は二度としたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 繰り返した、何度も何度も同じ日を過ごすかのように毎日同じ事ばかりの日を繰り返す。汗を垂れ流し、汚物をぶちまけ、身体中の痛みを堪えて、頭が割れるようなそんな症状にも耐え何日も何日も繰り返す。

 毎日泣きたくなった、毎日こんな事やめてやるって脳裏によぎった。けどダメだった、諦めるなんて出来なかった。何でこんな事をしてるんだろうって自問自答を繰り返す。

 

『後悔したくないから』

『失いたくないから』

『失わせたくないから』

 

 毎日明日はこんな弱音は吐かないって気力でこなす、けど毎日弱音を吐いた。俺は特別じゃない、魔法の才能も柔道の才能もなかった。だから努力が必要だった。

 

 携帯を見る。アリサちゃんから早く学校に来いってメールがあった。すずかちゃんから悩みがあるなら力になるってメールがあった。涙が滲んだ、頑張らなきゃ……頑張らなきゃ……。

 

 はやてちゃんからメールがあった。『会いたい』。その一言

 

 

 

 ………………救わなきゃ。俺が……俺にしか出来ない事なんだ。

 

 

 

 繰り返す。繰り返す。何度も何度も。何回も何回も。泣いて吐いて我慢して堪えて狂って戻ってまた泣いて。

 

 またなのはちゃん達はシグナム達と交戦した、その時フェイトちゃんが例の仮面の男の介入でリンカーコアの魔力を奪われたと聞いた。これ以上誰かが傷つく前に。早く、早く、早く。俺を見て母さんが泣いていた、父さんが辛そうにしていた。止めるなと説得した。

 

 

 迷いなんかとっくに消えていた。

 

「……………何とか…ここまでは形にしたか」

 

 これ以上は無理だ。いや、無理じゃない、まだだ。まだ、もっと…もっと完成形に……。

 

 

 

 久しぶりに、笑みをこぼせた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な予感はしていた。フェイトから慎司が学校をしばらくお休みすると学校の教師から伝えられたらしい。理由は?と問い詰めてみると両親の都合としか聞かされなかったらしい。逆に何か聞いてないか?と問うて来た。

 僕は知らないと答えた。……両親の都合……。彼の両親は独自で闇の書の調査をしてくれている。僕達とも連携してくれている筈だ。もし本当に両親の都合なのだとしたら……慎司は今事件に関わっている?

 

 疑念は疑問となり、自分の師匠でもあるリーゼと再会を果たした時に確信に変わった。

 

「そういえば、管理局で荒瀬慎司に会ったよ。管理局について勉強したくてわざわざここで寝泊まりしてるんだってクロ助も知り合いなんだろ?」

 

 この時、僕はきっと表情を強張らせていただろう。すぐに信治郎さんとユリカさんにコンタクトを取ったが忙しいの一点張りで会えなかった。何か隠しているのはすぐに分かった。

 ならば、彼らが作業している部屋に赴こうと思ったがタイミング悪く闇の書の調査の進展や問題が発生してそれどころではなくなった。

 

 そして今、ようやくその作業室の前にたどり着いた。今も自分自身切羽詰まってる事に変わらないが彼が関わっている以上きっと彼は無茶をする。出来ることを全てやろうとするのが彼の美徳でもあり欠点でもある。

 ならば、止めるのも友人としての務めだ。礼儀としてノックをしてから返事を待たずに扉を開け放つ。

 

 驚くように目を見開いてこちらを見つめる彼は震える声で

 

「ク、クロノ……」

 

 そう呟いた。何だその姿は。何があったらそうなるんだ。最後に会ったのいつだったか、地球に居を構えた日だったか。ある程度の日数は経ったがそれから何があったらそうなる。

 

 目の下には濃い隈が、髪は伸ばし放題でだらしなく見える。頬はこけ、少しだが痩せたように見える。いや、やつれたという方が正しいか。顔色も良くない、だがそんな体の状態で何故君は……眼だけはそんなに輝いているのか。前を見据えて進んでいる者の眼だ。

 

 心は荒んでない、そう分かるほど眼だけは慎司らしく力強いままだった。君は何をしてる、何をしようとしている。答えろっ。答えろっ慎司!

 

 

 

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

「何で……ここに?」

 

 突然扉が開いたと思ったらこちらを睨むように凝視しているクロノ姿が。何となく察する、俺が事件に関わり始めた事がどういう形かクロノにバレたのだ。

 

「ここで何をしている?答えろ慎司」

 

 声音は冷たい、言い訳は許さないと言われてるようだった。言い訳も誤魔化しも無理だと悟る、俺は観念するしかなかった。

 

「………俺がすべき事、したい事をしてるだけだ」

 

 瞬間、体が引っ張られ体制が崩れる。かと思ったら胸ぐらを掴まれる形で体を少し持ち上げられる。

 

「ふざけるな!」

 

 怒声が耳につんざく。驚いた、確かにクロノには悪い事をしたと思ってるし怒りを買う事は仕方ないと思ってる。俺の詳しい事情は知らないんだろうがクロノにとって闇の書の案件は父親の仇だ、そんな大事な案件に勝手をされては怒るのも当然だ。だけど、その怒りの声とは裏腹に表情は何だか辛そうに見えた。

 

「君はただの一般人だ!安易に魔法に関わるのは危険だと伝えただろ!ジュエルシード事件はたまたま運が良かっただけだ、またあの時のように関わるつもりなら命がいくつあっても足りない!」

 

 そうだろうな、もしかしたら今回はあの時より危険かもしれん。なにせその世界の命運が関わる代物でもあるんだから。だけど、俺だって……俺だって!

 

「安易なんかじゃねんだよ!」

 

 こっちも大声になる。

 

「俺だって……俺だって関わりたくなんかなかった!こんな形でこんな辛い想いなんかしたくなかった……」

 

 クロノが俺の言葉で驚愕を覚え、自然と胸ぐらを掴む手の力が緩む。

 

「知りたくなんかなかった……けど放っておく事も俺には出来なかった!見て見ぬ振りなんか出来なかった!」

 

 死んで欲しいわけがない。生きて欲しいに決まっている、元気でいて欲しいに決まっている。その為には俺が身を粉にして頑張るしかなかった。けど、そんな信念を持っても俺は何度ももう辞めたいって思った。

 自分の情けない所、汚い所を何度も何度も突きつけられて頭が狂いそうになった。でも、それでも後悔したくないから俺は!

 

「お前が怒る事は仕方ねぇ、俺はお前に嘘をついたしそれを隠してた。だが、邪魔はさせねぇ。お前がどれだけ怒りを感じても辞めるわけにはいかないんだよ!」

 

 クロノはゆっくりと胸倉から手を離して目を閉じる。俺の言葉を一身に受けてクロノは少し考える素振りを見せながらも真っ直ぐに俺を見て言葉を紡ぐ。

 

「僕は、お前が僕に隠して事件に関わった事自体は大して怒ってなどいない」

 

 その言葉に俺は驚きを隠さなかった。

 

「慎司……お前は理由ができれば、そうしなきゃいけないと思ったら迷わずそうする男だ。お前が今回の事に関わると決めたのならそれ相応の理由があったんだと理解するし納得はする」

 

 眉を少しひそめつつもクロノは冷静にそう語る。……そうか、そうやって俺の事を理解してくれようとしていたのか。俺は何だか恥ずかしくなった。なら、何でそんなに怒ってるんだ?

 

「僕が君に対して怒っているのは……別の理由だ。君に対して真っ先に言いたい事は………」

 

 そこでクロノは言葉を詰まらせる。何て言えばいいのか、自分でもどう言葉にしていいか迷ってるように見える。

 

「今の君は……体がボロボロで不調をきたしているのだろう?」

 

 優しい声音に変わるクロノの言葉。

 

「眠れなくなるくらい悩んでいるのだろう?そんな状態になるまで追い込まれていたんだろう?何故……何故そうなる前に僕に助けを求めなかったんだ!!」

「それは………」

 

 だって俺がやろうとしている事はお前の父親の仇を助けようとしてるんだ。そんな事をしようとしてる俺がクロノに助けを求めるなんて出来ないだろうがっ

 

「その顔を見れば分かるぞ、どうせ僕に申し訳なくて話せなかったんだろう?君が何をしようとしてるかは知らないが僕の答えを勝手に決めるな!僕は……僕と君は友達なんだろ?慎司……友達の助けになりたいと思う僕はおかしいのか?」

「………」

 

 何も言えない、色々な事情があって家族以外には話さなかった。情報がどこから漏れるか分からない、中には闇の書憎しと過激な考えの人もいるだろう。情報の拡散は最低限にしなければならなかった。

 けど、それでもこうやって真っ直ぐに俺の力になると言ってくれてるクロノを見て俺はどうすれば正解だったのか分からなくなる。

 

「僕も深い事情は知らないから、僕の言っている事は的はずれかどうかも分からない。だが、君を助けたいと思ってる気持ちに偽りはない。慎司、僕は頼らないか?頼りにならないか?」

「そんな事は……」

「なら僕に話してくれ、君が知っている事、困ってる事、助けて欲しい事全てを……」

「………………」

 

 話すべきだろう。ここまで言われて問い詰められたら隠し通せない。だが、どこまで話していいか……。

 

「それくらいにしてやってくれクロノ君」

 

 いつの間にか両親が部屋に入っていようで、唐突に父さんの言葉が部屋に響く。クロノはびっくりつつも

 

「やはり、信治郎さんそしてユリカさんも慎司と共犯ですか」

「ええ、ごめんなさいね」

「いえ……」

 

 互いに気まずい雰囲気になる。が、このままでいるわけにもいかず父さんはとりあえず座って話そうとそう言い別室に移動する。俺も汗やら何やらを始末してから向かった。

 

 結局父さんが主導でクロノにはある程度の事情を話した。俺が闇の書の主と思われる人物と友人となりその守護騎士達とも友人になった事。偶然が重なり闇の書の存在とそのふざけた副作用を知ってしまった事。

 俺の目的を、しかしはやてちゃんの情報は言わなかった。

 

「誰なのかは……教えてくれないのか…」

「教えてたら……すぐにでも捕縛するだろ」

「………ああ」

 

 クロノは正直に話した。

 

「当然手荒な事はしない、事情を話して解決策を模索する」

「闇の書の主人を犠牲にしてか?」

「……………」

 

 クロノは黙り込む。はやてちゃんを捕らえた所で闇の書ははやてちゃんの命を奪う。主人がいなくなった闇の書は再び別の主人の元へ転生して悲劇が繰り返される。

 

「慎司の話が真実なら闇の書の主は自らの意思で魔力の蒐集を行なっているわけではない。つまりは現状凶悪な次元犯罪者ではなく善良な一般市民だ、僕もそんな人物を犠牲にしようだなんて考えてない」

「……すまん」

 

 ちょっと冷静さを欠いて噛み付くような形になってしまった。素直に謝る。

 

「仮に闇の書の主を手中にしてもその守護騎士達は主人を救うためにより一層管理局と敵対体制をとるわ。そうなれば説得は愚か余計な被害を招く恐れもある。慎司が私達にしか話さなかったのはこれが理由よ」

 

 俺を庇うように母さんはそう口を開く。確かにその通りだ、クロノ達仮に情報を話しても行動を起こしてるシグナム達を説得しなければ平和的に話は進められない。

 

「慎司の目的は分かった。守護騎士達を説得し、闇の書の呪縛から主人を解放する事………それは願ってもない解決方法だ。しかし、方法はどうするつもりだったんだ?」

「それは………」

 

 一通り母さんが説明をする。全て聞き終えて頃にクロノは机を叩きながら立ち上がる。

 

「バカなっ!慎司にそれをやらせるつもりなんですか!」

「慎司にしか出来ないのよ。慎司も覚悟は出来てるし止めたって慎司はやるわよ……クロノ君はそれを痛いほど分かっているでしょう?」

「くっ……だからといって……」

「別に命を犠牲にするわけじゃないし、失敗したって俺の人体には影響はないだろう」

「そう言う事じゃないだろう。君は鏡を見てないのか?このまま無理をすればそれこそ君が潰れる」

 

 心配してくれるのは嬉しい。友人として本当に感謝している。さっき怒ってくれてことも諸々含めてクロノには感謝している。けど

 

「クロノ、俺は覚悟は出来てるって言っただろう。邪魔をするなよ、弱音は何度も吐いたし泣きたくなった事も何度もある。けどようやく形にはなってきた、その成果を無駄にする気はねぇししたくない。俺が闇の書をどうにか出来るってなら俺がやるべきだ」

 

 力強くそう言い放つ。例え誰に止められようが俺は続けるぞ。成功率を少しでも高める為に。

 

「………分かった」

 

 ため息をつきながらクロノは納得してくれた。

 

「しかし、もうそんなに猶予はないと思った方がいい。動き出すならすぐにでもだ」

 

 クロノは服装を一度正してから俺を真っ直ぐに見つめて

 

「3日……いや5日だけ待つ。それがタイムリミットだ。それまでに少しでも完成させろ。それ以上は待てない、拒否するなら君から情報を無理矢理にでも聞き出して僕達は僕達で動く事になる。5日後に君から情報を話してくれたのなら僕は君の目指すそのハッピーエンドの為に全力で協力する事を約束する」

 

 手を差し出して

 

「だから君も僕を信じろ」

 

 俺は少し戸惑ったが迷う事はなくその手を取る。俺を信用し助けてくれると言ってくれた友達の手を取った。

 

「信じるよ、クロノ。そしてお前の信頼にも応えて見せるよ」

 

 この握手は信頼の証。クロノのこの決断に報いる為にも俺はまだ……頑張らねばならない。

 

 

 既に猶予は残されていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

 2日が経過した時だった。汗だくの中、さらに完成度を高める為俺は作業をぶっ通しで続けていた。

 前にも言ったように形にはなってきた、上手くいく可能性は0ではなくなった。しかし、まだこのままでは分の悪い賭けくらいの完成度だと思う。しかし、あと3日では劇的な変化は無い。現実的に無理だ、既に無理に無理を押し通して体はボロボロだ。意地を貫き通すのも限界だった。俺がそれを痛恨している事を分かっていたかそうでないかは分からないが見守っていた父さんがパンっと手を叩いて

 

「ここまでだ」

 

 そう俺に告げる。服の袖で汗を拭いつつ俺はまだ出来ると目で訴えるが父さん口から出た言葉は俺の想像外の事だった。

 

「いや、ここまでだ。今日だけの話じゃないぞ?これ以上研鑽しようとしても残り数日じゃすずめの涙も上達しない、約束の期日に万全に望めるように残りの期間は体の回復に努めるんだ。作業は間隔を忘れない程度にとどめておけ」

 

 なっ、と声が自然と漏れる。

 

「そんな、このままじゃまだ可能性が低い状態だ!納得できないていない」

「慎司、勘違いしてないか?お前の目的はそれを完全に出来るようになる事じゃなく友達を助ける事だろ?残りの期日でいざ本番で成功させる為に必要な事は無駄な努力じゃなくお前の体を少しでも休ませる事だ。万全じゃない状態で臨む事がどれだけ足を引っ張る事かくらいお前も理解できるだろう?お前の今の体調と残りの時間を考えると最適解はこれだ」

 

 そう有無を言わせない雰囲気に押され俺は歯を食いしばる。くそ、くそ、確かに形にはなったがまだ熟練度は低い。時間が圧倒的に足りなかった。

 

「そう暗い顔をするな、正直ここまでやれるとは思ってなかったよ」

「えっ…?」

「数日では成長の見込みがないって事はそこまで熟練出来てるって事だ。俺も母さんもお前がこの期間でここまでモノに出来るなんて思ってなかったんだ。正直、賭けにもなるかならないかってくらいだと思ってたんだ」

 

 父さんの目は優しさを帯びていた。俺より詳しい父さんが言うんだ、今はその言葉を信じて言う通りにしよう。

 

「ここまでよくやったな慎司、ここまで頑張れるお前ならきっとうまく行くさ」

 

 そう言って俺の頭に手を乗せる父さん。ああ、そうか……俺、ちゃんと頑張りきれたんだ。まだ何も始まってはいないけどけどその為に俺はちゃんと全てをぶつけて来れたんだ。

 多分クロノも、俺達から何をしようとしてるのか話を聞いて、俺が万全に休む為に5日という時間をくれたんだろう。そう思えば合点がいく。そういえば約束の期日の日は奇しくもクリスマスイブの日だ。今年は皆んなとワイワイ出来なさそうだ。

 

「……ありがとう」

「ああ、その言葉は母さんにも伝えてやれ。すごく心配しつつも頑張ってたからな」

 

 うん、勿論だよ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の夕方、体をしっかり元に戻すべく睡眠と食事を繰り返して過ごしていた。少し細くなった体を取り戻すべく無理矢理にでも飯をかきこむ。ずっと例のアレで嘔吐を繰り返していてまともに食事をするのが億劫だったが休息となれば話は変わった。

 昨日と今日でだいぶ顔色は良くなったと思うし体調も良い。体の不調に自覚があまりなかったがこうやって少し健康さを取り戻すとどれだけ自分がひどい状態だったかようやく理解できた。確かに父さんの言う通り今俺がする最善は休む事だったなと共感できる。

 

 といっても全く体を動かさないのもまた良くない、軽いストレッチと柔軟くらいはしておこう。………ずっと柔道着に袖を通してないな、この期間でライバル達に差をつけられてしまった事は否めない。……全部終わったらまた気を引き締めて頑張らないと。前向きに考えよう、そうだ前向きに。

 

「あ、慎ちゃんいた」

「お邪魔するよ慎司」

 

 ちょうど柔軟を終わらせたタイミングでロッテとアリアが入室してくる。あれ、ここには俺だけで父さんと母さんはいないぞ?ほの有無を伝えるとアリアが首を振って

 

「慎司に会いに来たんだよ」

 

 そう告げてくる。2人がわざわざ俺に?

 

「慎ちゃんと遊びに来たんだよー」

「暇かよ」

 

 ロッテの言葉に反射的にそう返していた。いや、ロッテはもう遠慮とかいいだろ。ついでにアリアにもかしこまる事もないだろうし。前回話した時はそれで何も言われなかったしむしろ嬉しそうだったからいいよな?

 

「遊ぶつってもなー、俺疲れてるからあんまり激しいのは……」

 

 そう言いかけるとロッテが任せろと言わんばかりにどこからかトランプを取り出して見せる。ミッドにもトランプが存在するのか。

 

「信治郎から慎ちゃんが暇してるから相手してあげてって言ってたからわざわざ用意したんだぞ~」

 

 なるほどパパンの差し金か。まあ、ボケッとしてるよりは健全か。ロッテからトランプを受け取ると慣れた手つきでカードをきる。ふむ、とりあえずババ抜きから行こうか。三等分に配ってゲーム開始。割と白熱したのは意外だった。ロッテはババを引くと顔に出るしアリアもアリアでババに触れるとちょっと嬉しそうに尻尾が揺れるので分かりやすかったりするが。

 神経衰弱やら簡易ポーカーやら色々遊ぶ中で他愛もない話をしていた。

 

「それにしても慎ちゃん今日は元気そうで良かったよー」

「そうね、少し前に会った時は何だか元気がなさそうに見えたからね」

 

 あー、あん時初対面……でもないけどほぼ初対面の2人でもそういう風に見えてたのか。ロッテのあの過剰なスキンシップも励ましのつもりだったのだろうか。いや、それは考えすぎか。あれは素だろうな。

 

「あはは、元気だよ。こう見えて意外と心は強い太郎ちゃんなんです」

「太郎ちゃんって誰よー?」

「あっはっはっは」

 

 笑って誤魔化しておいた。そんなこんなで割と長い時間遊んでいた。2人はそろそろお暇すると言い出した。扉越しで見送るが、俺は少し気になっていた事を聞いた。

 

「2人はどうして、俺に良くしてくれるんだ?」

 

 率直な疑問だった。俺の両親と親しい仲だったのは伺えるが俺が赤ん坊の頃に一度あっただけでそれから大体10年程経った頃にたまたま再会しただけの関係だ。無論、子供相手の俺に気を使ってるだけかもしれないがそれだけでは無いような気がする。

 俺のそんな疑問に2人は少しだけ照れ臭そうな顔をして言うのだ。

 

「……慎司は覚えてないだろうけど、まだユリカが地球に越す前に色々あって慎司のお世話をしてた時期が少しだけあるのよ」

「2人でわちゃわちゃして慎ちゃんのお世話したんだよ。と言っても慎ちゃん全然手のかからない子だったけどね」

 

 色々……ね。俺も生まれてしばらくの頃の記憶は曖昧だ。物心ついた時には既に自分が転生者でそれを受け入れていた。だからそんな事実は全く持って知らなかった。

 

「変な話だけどさ……弟が出来たみたいで楽しかったんだよね、慎ちゃんのお世話するの」

 

 照れ臭そうに言うロッテにそれに同意するかのように同じく照れ臭そうにするアリア。俺が粗相をして困らせたことや寝顔は可愛かった等色々2人には思い出として残っていると語る。地球に越してしまった後は気軽に会いに行けるわけもなく気づけばそんなに時間は経っていたと言う。

 

「だから構いたくなるのさ、慎司に迷惑だろうけど私達にとっては弟みたいなものだからね」

 

 そっか……。

 

「じゃあ、2人は俺の姉ちゃんみたいなもんか……」

 

 そっか、それなら……実際今日なんかはそうやって何も出来なくてヤキモキしてた俺の気を紛らわしてくれたしな。なら、言うべき事は言わないと。

 

「それならさ、今日はありがとう。また遊んでくれよ、アリア、ロッテ」

「そこはお姉ちゃんって呼んでよー」

 

 やだね、恥ずかしくてそんな事は言えねぇさ。けど、俺には姉も兄も弟も妹もいないけど俺を弟として想ってくれてる人がいるって事が分かった。

 それだけで、十分励まされたよ。2人はきっと……いい人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに翌日早朝、クリスマスイブの日。俺は一度地球に戻り久方ぶりに学校へ行く準備を始めていた。昨日の夜に俺の顔色を確認した両親は行ける時に行っておいた方がいいと言い、学校に行くことを勧めた。明日には約束の期日となり、クロノに報告してすぐにでも動く事になると思われるからまた休む事にはなるんだが俺も久しぶりに皆んなに会いたかった。

 夜になのはちゃん達に1日だけ顔を出すと連絡をしておいた。きっと学校で会ったら質問責めに合うだろうがそこはうまく乗り切ろう。さて、そろそろ出るか。

 

 

 

 

 

「このバカ死ねぇ!!」

「凄い出迎えかたぁ!!」

 

 休み時間に少し遅れて教室に入れば出迎えたのはアリサちゃんのローキック。あ、怒ってる。思ったより怒ってる。

 

「ああ!もう何なんのよあんたは!!なのはの時よりタチが悪いわね!」

 

 ギャーギャーするアリサちゃんをすずかちゃんとなのはちゃんが必死に抑える。俺はとにかく心配かけて悪かったと平謝りだ。メールも返信をしなくなっていたし事情を聞かれてもはぐらかされてばかりならそりゃ頭にキても責められん。

 

「慎司……ちょっと痩せた?」

 

 フェイトちゃんのその一言でアリサちゃんの怒りは静まった。やっぱり数日じゃ完全には元に戻らんよな。それでも全然マシになったと母さんは言っていたが。アリサちゃんの瞳はバツの悪そうに心配する色に変わっていた。すずかちゃんもなのはちゃんもフェイトちゃんも。

 

「ま、色々あってな。ちょっと頑張り過ぎちまったけどもう少しで元の生活には戻れそうなんだ、だからもうちょっと待っててくれよ」

 

 ちゃんと終わったら事情も話すからさと付け加えて。だから今日は……明日はきっと大変だから、いつも通りに過ごさせてくれ。俺のそんな想いが伝わったのかアリサちゃんは怒りを完全に収めて、他の皆んなも俺が学校を休んでいた事の理由やらは聞かないでくれた。

 

「慎司君……」

 

 なのはちゃんが俺を呼ぶ。ああ、心配してくれてるのは分かる。だから俺は笑顔を浮かべてなのはちゃんにしか聞こえないように言う。

 

「もしかしたら……もう少しで助けを求めるかも」

 

 そう告げる。ていうか、明日クロノに話す前になのはちゃんとフェイトちゃんには筋として話すつもりだった。クロノがアースラが動いてくれるのならなのはちゃんとフェイトちゃんも一緒の筈だから。

 タイミングは、学校が終わった後でゆっくり話せばいいだろう。

 

「うん、待ってる」

 

 なのはちゃんは少し微笑んでそう言ってくれた。

 

 

 

 

 

 学校ではいつものようにふざけていたらすぐに放課後に。楽しい1日は時が過ぎるのは早い。さて、フェイトちゃんとなのはちゃんには例の話をしないと、とりあえずアリサちゃんとすずかちゃんと別れてから切り出そう。

 そう考えていた俺にすずかちゃんから放課後のお誘いがあった。

 

「新しく出来た友達のお見舞い?」

「うん、実は今日サプライズで4人で病院に行くつもりだったんだ。慎司君の事紹介してあげたかったし良かったら一緒に来ない?」

 

 話を聞けば俺が学校を休んでいる間にすずかちゃんが女の子の友達が出来たらしく仲良くしていたそうなのだがその子が最近になって体を悪くして入院してしまっているらしい。既に俺以外の4人は何度かお見舞いに行き顔を合わせているらしいが今回は相手にも予告なしでサプライズで元気付けるために計画しているらしい。一瞬はやてちゃんの顔が浮かんだ、彼女の体の方も心配だった。

 

「そういう事なら勿論協力するぜ?俺の100連仮面ライダーモノマネを披露してやる」

 

 2人に話すのはそのサプライズが終わってからでも遅くはないだろうし。

 

「せめて通じる奴にしときなさい」

「慎司、私それ見たいかも」

「フェイトちゃん!?」

 

 アリサちゃんがやれやれと言った様子で呆れる中フェイトちゃんの反応にびっくりするなのはちゃん。うーんと困ったように笑うすずかちゃんが口を開いて

 

「参考までに一個だけ見せてもらえる?」

「オンドゥルルラギッタンデスカー!」

 

 却下されたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 学科帰りに直接その病院に向かう。見覚えのある病院だった、というか来たことがある。前にはやてちゃんが倒れたと聞いた時に運ばれた病院で俺も慌てて駆けつけた所だ。

 と言っても海鳴市内に大きめの病院はここぐらいだからなぁ、変な偶然ってわけでもないんだけど。はやてちゃんはやっぱりまだ病院の世話になってるんだろう、闇の書の影響で症状が悪化してるのなら入院している可能性もある。シグナムたちに鉢合わせないように気をつけないとな、まだ説得する為の言葉の準備が足りない。

 

 前に来たはやてちゃんからの会いたいと言っていたメールは何て返せばいいのか分からず返信のタイミングを逃してしまってそれっきりだ。…………俺も早く元気な姿のはやてちゃんに会いてぇよ。

 

「慎司君?すずかちゃんが受付済ましてくれたよ?」

 

 なのはちゃんからそう声を掛けられ意識を取り戻す。俺は頷いて皆んなの後ろについてく形で歩く。エレベーターに乗って入院患者がいる病棟まで移動し長い廊下を歩いている途中で俺はそういえばと思いすずかちゃんに

 

「そういえば、これから会う子はなんて子なんだ?」

 

 大事な事を聞きそびれていた。これから元気付けてあげる子の名前くらい知っておかないと。

 

「あ、言ってなかったね」

 

 そう言って病室の前に立ち止まって扉をノックするすずかちゃん、扉のネームプレートが視界に入ったのととすずかちゃんから聞かされた名前が耳に届いたのはほぼ同時だった。

 

「はやてちゃん……って言うんだよ」

 

 病室からどうぞと聞き覚えのある声が聞こえる。

 

「まっ……」

 

 扉が開かれる。皆んなが予告なく来たからか驚きと喜びを表した表情で出迎えるはやてちゃんと険しい顔をしたシグナムとヴィータちゃんの姿、それと気まずそうにするシャマル。そして扉の前で動けない俺をはやてちゃんは見つけてしまう。

 

「えっ……慎司…君?」

  

 はやてちゃんの言葉にシグナム達3人も反応し俺を見る。浮かべる驚愕の表情

。事情を知らないすずかちゃんは「知り合い?」と疑問の声をあげたがその問いには誰も答えない。

 

「………慎司」

 

 シグナムが罰の悪そうな表情を浮かべる。

 

 

 

 ああ、クソ。明日になる前にこんな想定外の形で会うなんて。最悪だ。

 

 

 

………最悪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 闇の書編のクライマックスまであともう少し……頑張ります。5話くらいで纏められるかなぁ。無理そう


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出来ないだけ

 もっとこう、簡潔にまとめられる文才がほしいと思う今日この頃。それ以外もまだまだ未熟。

 日々精進でがんばります


 

 

 

 気まずい空気が病室内を覆う。はやてちゃんは楽しそうにアリサちゃんとすずかちゃんと話をして時折久しぶりに会った俺に喜んでくれているのか話を振ってくる。

 

 シグナムとシャマルは取り繕い平静を保っているが忙しなく指をトントンとさせているのが丸分かりだ。ヴィータちゃんは完全に周りに分からないようになのはちゃんとフェイトちゃんを睨み付けている。たまに複雑そうに俺に視線を移してくるのがまた俺も何だか悪い事をしている気分になる。

 

 当のなのはちゃんとフェイトちゃんはどうしていいか分からず困惑気味だった。どうやら2人はすずかちゃんとの繋がりでたまたまはやてちゃんと友達にはなったがシグナム達のことは知らなかった様子。そこはうまくシグナム達が鉢合わせないように立ち回っていたことが予想できる。が、今回はサプライズで事前予告なしで押し掛けた結果こうして鉢合わせた訳だった。

 俺もはやてちゃんの見舞いだと知っていたら適当に理由をつけて断っていた所だ。非常に不味い状況だった。

 

「それにしても慎司君もひどいなぁ、急に会いにこれなくても連絡一つくれればええのに。心配したんよ?」

「あ?あぁ、悪かったよ。ちょっと色々あってな」

 

 心配なのは君の体だろうが、入院までしてるって事はそれほど症状が重くなっていると言う事。楽観視してた訳ではないが俺が思うより猶予は残ってない。

 

「まぁ、もう少ししたら前みたいにいっぱい遊ぼうぜ?皆んなでさ。その頃には俺の事もはやてちゃんの体もよくなってるさ」

 

 無責任にそんな言葉を口にする。だが、それが俺の目指す未来なんだ。だからこそ口にした。チラリとシグナムの顔を覗けば若干表情が強張っているように見えた。彼女らもきっと焦っている、時間がない事を理解してきっと無茶な蒐集を繰り返していた事は簡単に想像がつく。

 

「そうやね、うちも楽しみにしてるわ」

 

 はやてちゃんのその笑顔は逆に俺を不安にさせた。結局面会中は何事もなくお開きとなった。別れ際にはやてちゃんに

 

「慎司君が何をがんばってるかわからへんけどウチは応援しとるよ」

 

 と、逆に励まされてしまった。俺はありがとうと笑顔を作って伝える。多分、うまく笑えてなかったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

 場所は変わり屋上。アリサちゃんとすずかちゃんとは別れて俺たちは引き寄せられるようにそこに来た。対峙する形で互いを見つめあうシグナムとシャマル、なのはちゃんとフェイトちゃん。俺は真ん中に立って何を言ううべきか悩んでいた。ヴィータちゃんははやてちゃんの護衛のつもりか病室からは出てこなかった。

 

 奇しくも俺から話すことなくシグナム達の事情を察した二人はシグナム達の言葉を待った。

 

「ふふ、まさかお前を遠ざけたのが裏目に出るとはな……」

 

 自虐的に笑うシグナム。

 

「シグナム、俺は…」

「皆まで言うな、分かっている。この状況は私達にとってただの不運が重なったという事は」

 

 不運、不運か………確かに今の状況は不運な状況だろうな。シグナムにとっても俺にとっても…。

 

「しかし、その顔を見ると後ろの2人だけではなく慎司も私達がこれまで何をして来たのか知っているようだな」

 

 シグナムのその言葉に驚きの声を上げるフェイトちゃんとなのはちゃん。同時になのはちゃんは何だか得心がいったような顔をする。俺の行動を振り返って納得した部分があったのだろう。

 

「ああ、俺は魔法の使えない一般的な地球人の1人なんだがな。前に一度たまたま魔法に関わった事があって存在は知っていた。出会った時はまさか、シグナム達が魔導士だと思っても見なかったけど」

「なら何故?」

 

 自分達がして来た事を知っているのかと、そう問いかけてくる。

 

「俺の中の疑惑がたまたま絡み合って真実を知っちまったんだよ。それこそ不運の中の偶然だよ」

 

 何も知らない方がどれだけ呑気でいられたか。

 

「そうか……お前も事情を知っているなら、止めてくれるな。全ては我が主はやての為だ、慎司……お前とて邪魔はさせない」

 

 やはり、あいつらは闇の書の完成がはやてちゃんを助ける唯一の手立てだと思っている。完成させた時の悲劇の真実を知らないみたいだ。何故だ、闇の書が使役する守護騎士だと言うのなら何故そこを理解してないんだ?だが、これで道筋は見つかった。何とかシグナム達にその情報を教えて信じてもらうんだ。そうすれば、説得も出来るかもしれない。

 

「慎司君も、そしてそこの2人も私の通信妨害区域から出す訳にはいかないわ」

 

 いつもおっとりとした印象を受けてたシャマルも今ばかりは俺の知らない魔導士としての顔をして強い口調で言い放つ。そしてシグナムはバリアジャケットを纏い剣を構えた。

 確かにな、なのはちゃんとフェイトちゃんがこの事を知った以上シグナム達からすれば敵対する管理局に報告されると思うだろう。それをされればシグナム達は一巻の終わりだ、例え逃げおおせても蒐集もままならなくなるしはやてちゃんを直接的に巻き込むのは本意じゃないだろうから。

 

「口封じか?俺を殺して、なのはちゃんとフェイトちゃんも殺して……取り返しのつかない事を続けるのか?シグナム!」

「………全ては大切な家族のためだ。慎司、お前を傷つけたくはない……全て見なかった、知らなかった事にして秘密を守ると約束してくれるならお前を信じて見逃してやろう」

 

 上から抑圧するように俺にそう言うシグナムだがその声は震えていた。バカが、本当は優しくて他人を想いやれる人間の癖に悪ぶってんじゃねぇよ。

 

「……出来ねぇよ、それになのはちゃんとフェイトちゃんも俺にとってシグナム達と一緒で大切な友達だ。……そんな皆んなが傷つけあう姿は見たくねぇ……」

「…………慎司、お前では私達は止められない」

 

 だから諦めてくれとそう懇願するように見つめるシグナムを俺は真正面から受け取って言い返す。

 

「確かにな、俺は無力だ。力づくでお前らを止めるなんて出来やしない、だが俺はお前らと争いたい訳じゃない……救いたいんだ、はやてちゃんもシグナム達も」

「簡単に言うな!主はやてを救う手段はもはや闇の書の完成に他残されていない!そんな方法があるならとっくに私達だってっ!」

 

 シグナムの慟哭に似た叫び、他に方法があるなら誰が好き好んでこんな事をするかとそう言ってるよう俺には聞こえた。シグナムだけじゃない、シャマルだってヴィータちゃんだってきっとザフィーラだってだれも喜んでそんな事をしている訳ではない。

 そう、この状況は度重なる不運の連続なんだ。不幸の連鎖なんだ、その強固な連鎖を断ち切らないといけないのだ。

 

「待って!ちょっと待って!」

 

 割り込むように声を大きく上げたのはなのはちゃんだった。ずっと俺とシグナムのやり取りを見守ってくれていたなのはちゃんだったがすぐにでも伝えたい事があるとそんな表情を浮かべて

 

「話を聞いてください!闇の書が完成したら……はやてちゃんはっ!」

 

 なるほど、そこら辺の事情はなのはちゃん達アースラも把握しているのか。俺がそれを理解し、その事実をなのはちゃんが突きつけようとした時その言葉を紡ぎ切る事は出来なかった。

 

「はぁ!!」

「っ!?」

 

 空からの奇襲、ハンマーを振り下ろしてなのはちゃんに襲いかかるヴィータちゃん。はやてちゃんの病室から出て来たな!

 

「ああっ!」

「なのはちゃん!」

「なのは!」

 

 間一髪魔力の障壁のようなものでハンマーを受け止めたが衝撃で後方に吹っ飛ばされ鉄柵に叩きつけられる。そんななのはちゃんを心配する暇もなくヴィータちゃんのその攻撃が開戦の合図だったかのようにシグナムが剣を携えてフェイトちゃんに襲いかかる。

 

「くっ!」

 

 飛んでそれを避けつつ杖を出現させ臨戦態勢を取るフェイトちゃん。不味い、闘いが始まってしまう。

 

「やめろ2人とも!お前達がやろうとしていることはっ」

「邪魔……すんなよ慎司……」

 

 ヴィータちゃんの鬼気迫る表情に言葉が詰まる。そんな顔をしているヴィータちゃんなんか見たくない。

 

「もうあとちょっとで助けられるんだ、そうすればはやてが元気な姿になって私達の元に帰ってくるんだ、必死に頑張って来たんだ……」

 

 瞳に涙が浮かぶ、彼女らの行動原理は全てはやてちゃんの為。その命を救う為に、たとえ他人に憎まれようと蒐集という行動を起こした。友達と言ってくれた俺を引き離してまで、自惚れなんかでは無くきっと俺にした事も罪悪感を感じていただろう。

 それを飲み込んで、いろんな迷いを飲み込んでここまでやって来た。やって来てしまった。

 

「もう後ちょっとなんだから……邪魔すんなぁぁ!!」

 

 衝撃が襲う。叫びと共になのはちゃんにハンマーを振り下ろすヴィータちゃん、その攻撃で炎が上がる。まずい、なのはちゃんが!俺は駆け寄ろうとするがその炎の中からバリアジャケットを纏い杖を手に持ったなのはちゃんが表情を引き締めながら出てくる。

 くそ、なのはちゃんまで臨戦態勢だ!仕方ない状況だがこれはまずい。俺の説得どころではなくなってしまう。

 

「シャマル、お前は下がって通信妨害に集中してるんだ」

 

 シグナムの言葉にシャマルが頷いて少し離れた所に避難する。

 

「慎司、お前もだ。お前を管理局に行かすわけにはいかないが手を出すつもりもない。今は巻き込まれないように下がっていろ」

「くっ……」

 

 闘いとなれば俺は何も出来ねぇ。俺の土俵じゃない、ならばどうする?大人しく引き下がるか?はっ、冗談だろ?俺は何のために血反吐吐いて行動して来たんだ?どうにかしててでも説得しなければならない。

 

「お前ら、分かってんのか?それを完成させる事の意味が」

「私達はある意味闇の書の一部だ」

 

 そう言うシグナムの声は冷たい。確かに、事実としてはシグナム達守護騎士は闇の書のプログラムの一つだ。そう言い換えるのはおかしくない。なら尚更疑問だった。

 

「だから、私達が1番闇の書について理解している」

「…………」

 

 そうか、そう言うことか。おかしいと思っていた、闇の書の事を理解しているというのなら闇の書を完成させてはやてちゃんを危険な目に合わせようとするのはシグナム達がしようとしている事の真逆になる。

 矛盾だ、しかし考えろ。何故そんな矛盾が起きているのか、何故それがはやてちゃんを救う手立てだと思っているのか。その矛盾の答えを

 

「なら何故それを1番理解しているお前らは……その本を『闇の書』と呼ぶんだ?」

「何?」

 

 怪訝な表情をするシグナムに構わず俺は続ける。

 

「何故、本当の名前で呼ばないんだ?」

「本当の……名前だと?」

 

 シグナムの反応を見て俺は確信した。間違いない、そう考えればこいつらの行動にも納得がいく。喉に引っかかった小骨がようやく取れた気分だった。

 記憶障害……いや、記憶の欠如を、シグナム達守護騎士は起こしている。俺は父さん達との闇の書での話を思い出す。

 

 そもそも闇の書は元々『夜天の書』と呼ばれていた真っ当な魔導書だったと言う。しかし、幾人の主に代替わりする度そのプログラムは悪意と共に改変され続けてバグを起こし、今の呪われた本に変わってしまった歴史があると言う。バグを起こした本のプログラムで起きる事は機械と同じで不具合だ。そのプログラムであるシグナム達に起きた不具合が記憶の欠如……その可能性は十全にあり得る。

 推理に過ぎないが俺はこれがきっと正解だと確信していた。そして、そうなら……それが説得の突破口だ。脳をフル回転させろ、適切な言葉を選んでそして心の赴くままに語れ。それが説得に必要な事だ。

 

「シグナム、シャマル、ヴィータちゃん……俺の話を聞いてくれ。友達からの一生のお願いだ、そしてはやてちゃんを救う為の大事な話だ……だから頼む」

「慎司……」

 

 頭を下げる俺に戸惑うシグナム達。しかし、臨戦状態のままだ。

 

「フェイトちゃん、なのはちゃん……俺を信じて武器を下げてくれ」

「え、……でも」

「………頼む」

「……分かった」

 

 フェイトちゃんとなのはちゃんは頷き合うとシグナム達から少し距離を取ってから武器を下ろす。俺はありがとうと告げてから再びシグナム達を見やる。

 

「聞く価値がないと思ったらすぐに俺を人質にでも取ってなのはちゃん達を捕まえればいい、だが話を聞こうとはしてくれ……後悔はさせない」

「慎司君……私達は…」

「シャマル、俺は何のために今ここに立っていると思う?……皆んなを救う為だ、そしてその皆にははやてちゃんもシャマル達も含まれてる」

 

 ここに立っている以上既に覚悟は出来ている。今ここでシグナム達に襲われる事も全くないとは思わなかった。命を掛けて俺は行動すると決めたのだ。そうじゃなきゃ救えないと思ったから。

 

「だから、俺の話を聞いてくれ……頼む。俺を信じてくれ、荒瀬慎司が絶対にお前達を救って見せる」

 

 手を差し伸ばす。そうだ俺はその為にここにいる。本当はもっと準備をして、ちゃんと説明具体的な説明をできる人を伴って話をしたかった。けど、こんな状況になってしまった以上俺がやるしかないんだ。固唾を呑んで俺を信じて見守ってくれているなのはちゃんとフェイトちゃんの為にも。

 

「闇の書の完成ははやてちゃんを救う方法にはならない、むしろ逆だ。はやてちゃんを殺してしまう道なんだ」

「何をっ!」

 

 構わず残酷な真実を告げた俺に3人は明らかに動揺した。口から出まかせと言われれば今この場には証拠がある訳じゃないから言い返せないがそれでもそれを聞かせて俺の話に持ち込む。

 

「俺はシグナム達と会わなくなってすぐに色々あってこの事を知った。それから今日までの期間の間俺が何もしてこなかったと思うか?目を背けたと思うか?……出来なかった、だから必死になって探して方法を探したんだ!信頼出来る俺の家族と一緒にそれを見つけて実現する為に俺は妥協しないで努力して来た!!」

 

 胸を張って堂々と自信を持って言える。俺は、一切手を抜かず、ここまで走って来た。弱音は吐いても、気持ちが折れそうになっても踏ん張って来た。その結果が今の俺の態度を形成できる。

 そんな俺の言葉でシャマルが小さく声を上げる。

 

「慎司君……貴方…、体が」

 

 今までそれどころじゃなくて気づかなかった様子の3人が俺の顔を見て反応を見せた。

 

「……やつれたな、慎司」

「ああ、それだけ必死だったんだわ」

「どうして……そこまで出来るんだ」

「八神一家は俺にとって大切な友達だからだよ、だから守りたいんだ。だから頑張れんだ。だから、救いたい。笑っていて欲しいんだ、そんな顔を見たくないんだよ」

 

 俺だって聖人君子じゃない、知らない人間の為にここまでは出来ない。友達だからここまで出来たんだ。

 

「頼むよ、俺に皆んなを助けさせてくれ」

 

 再び頭を下げる。手を差し伸ばして

 

「また、一緒にご飯を食べよう」

 

 俺の言葉にシグナムもシャマルもヴィータちゃんも力が抜けたように武器を下げる。葛藤はまだ残っている様子だった。けど3人は互いに目配せをしながら覚悟を決めたように代表としてシグナムが俺の目の前まで移動し

 

「詳しい話を聞こう。慎司、友であるお前の言葉なら……信頼出来る」

 

 俺の手を取ろうと差し伸ばしてくれた。顔を上げて俺は表情を崩してシグナムを見る。

 

「はっ?」

 

 音も何も無かった。小さな呻き声がいくつか聞こえる。目の前のシグナムが、俺の手を取ろうとしていたシグナムは魔力で形成された縄のような形状の物を体中に巻かれ拘束されていた。

 

「シグナムっ!?」

 

 シグナムに駆け寄る暇もなく後方から前方からも驚くような声が。拘束されたのはシグナムだけじゃない、シャマルもヴィータちゃんも同じ物で拘束されていた。さらにはなのはちゃんとフェイトちゃんまでも。俺以外の全員が拘束されていた。

 これは……バインドってやつか!近くのシグナムに駆け寄りバインドに手を掛けるがびくともしない。くそっ!こういう時には本当に俺は役立たずだ。

 

「誰だっ!出て来やがれクソ野郎!!」

 

 大声で辺りに俺の声を響かせる。するとそれに応じたのか人影どこから現れ屋上に降り立つ。こいつは……

 

「お前、仮面の……」

「……………」

 

 映像でしか見てないが何度かシグナム達の手助けをしに現れたかと思えば消えていなくなる正体不明の仮面の男だった。こいつか!一体何がしたいんだ!

 

「皆んなを離せコラァ!!」

 

 その男に向かって駆けるが瞬時にまた俺の目の前に現れる仮面の男、ついその足も止まる。しかし、先程の位置にも仮面の男は変わらず佇んでいる。

 

「ふ、2人?」

 

 状況を飲み込めてない俺に代わりなのはちゃんが疑問声を上げた。仮面の男は元々2人いたってことか?ああクソ訳わかんねぇ!けど考えてる場合じゃない!!

 

「このっ!野郎っ!」

 

 目の前の仮面の男に殴り掛かるがヒョイっと軽くかわされる。くそ、小学生の体じゃなきゃまだマシだろうがどっちにしろ力でどうこう出来る相手じゃなさそうだ。けど、何とかしないと。今動けるのは俺だけなんだ!

 

「クソがぁ!!」

 

 がむしゃらに暴れ回るが全ていなされる。くそっ、くそっ!俺にも魔法が使えれば!

 

「……大人しくしていて」

 

 そう呟くと俺の右手首が空中で固定されたように動かなくなる。バインドだ、みんなと違って俺の拘束は手首に魔力を一巻きされただけの軽い物だがこれでさえ俺の動きは止まる。俺じゃこれだけで十分ってかクソっ!

 

「これだけの人数のバインドでは通信妨害も長く持たん、早く頼む」

「ああ」

 

 仮面の男同士でそう会話をすると俺の相手をしていた方がどこからか夜天の書を取り出す。

 

「っ!?いつの間に!」

 

 驚きの声を上げたシャマル、こいつら……あれを奪ってどうしようってんだ?

 

 仮面の男は闇の書を掲げると何かを呟きながら魔力を込め始めた。呪文ってやつか?その動作と同時に3人から苦悶の声が上がった。シグナム、シャマル、ヴィータちゃんだ。

 

「っ!?何をしてんだテメェ!!」

 

 明らかに仮面の男の差し金だった。程なくして苦しそうに声を上げる3人の胸元から光り輝く小さい球体のような物が浮かび上がる。リンカーコアだ、まさかアイツら……シグナム達から魔力を奪う気か!

 

「やめろ!やめてくれぇ!!」

 

 シグナム達は夜天の書の守護騎士プログラム。資料によれば普通に生身の身体も存在するが構成されている元は魔力。つまり、仮に魔力を全て奪われれば………死ぬのと一緒だ。体を形成する魔力がなくなり霧散してしまう。最悪の考えが浮かんだ。

 

「やめろ!!やめろっつってんだろうがあ!!」

 

 俺の声など聞く耳など持ってる筈もなく無常にも闇の書に魔力を吸収させる仮面の男。ヴィータちゃんが、シャマルが、シグナムが、その存在が徐々にあやふやになるように薄くなっていく。

 

「おおおおお!!」

 

 咆哮と共に衝撃が。突如白髪の筋骨隆々とした男が現れ仮面の男に殴り掛かる。しかし、それを最も容易く魔力障壁で仮面の男は受け止めた。

 今殴り掛かったあの男は……人間状態のザフィーラか!

 

「もう一匹いたな……奪え」

「っ!ぐあああ!」

 

 ザフィーラの胸元にヴィータちゃん達と同様にリンカーコアが浮かび上がり魔力を奪われる。ザフィーラは必死の抵抗で再び攻撃を仕掛けるがまたもそれは簡単に塞がれる。攻撃に魔力を消費したからかザフィーラは既に半透明になったように消えていく。

 

「ザフィーラぁぁ!!」

 

 俺の叫びにザフィーラが驚きつつも優しい眼をして俺を見つめてくる。そしてパクパクと口を動かして何かを伝えてくる。そしてそれと同時にその体は粒子となって跡形もなく消え去った。

 

『すまなかった』

 

 それがザフィーラの俺への最後の言葉になってしまった。

 

「ザフィーラぁぁああ!!」

 

 情けなく涙が浮かんだ。救えなかった。皆んなを救う為に俺は頑張ったのに……一体何のためにっ

 悲しんでる暇などなく今度はシャマルの体が消える寸前な状態になっていた。必死に名前を叫ぶが俺はそれしか出来ず、助ける事は出来ない。

 

「慎司君……」

 

 か細い声で俺の名を告げてシャマルは申し訳なさそうに、悲しそうに、そして寂しそうに俺に告げる。

 

「ごめんなさい……本当は私も……もっと貴方と…楽しく……」

 

 その言葉を最後にシャマルはザフィーラ同様消えていった。

 

「シャマルぅ……シャマルぅぅ………」

 

 ただ見ているだけだ。友が消えていく姿をただ見ることしか出来ない自分にどうしようもなく情けなさと無力感を味わう。腕が空中で固定されている為膝をつくことも許されない俺に何が出来るというのか。

 

「しん……じ」

「シグナム!!」

 

 目の前にいるシグナムも、もう風前の灯火だった。すぐにでも消えてしまいそうだった。

 

「シグナム、頼む……消えるな、消えないでくれぇ!!」

 

 情けなくそう懇願することしか出来なかった。

 

「……慎司、ありがとう……」

 

 シグナムから出た言葉は感謝の言葉だった。何言ってるんだ俺はまだ何も出来てない、してやれてない。何も……何も…。

 

「お前と友として歩んだあの日々は私達にとってかけがえのない宝だ。だから、私達は主とそしてお前と歩むあの日々を取り戻したかったんだ……。だが結果的にお前を追い詰める事になるとは思ってもみなかった……」

「そんな事、いいんだよ!友達なんだ!友達ってのは互いに嬉しい事も悲しい事も一緒に感じて一緒に歩いていう人の事を言うんだ!だから、俺を遠ざけた事も秘密にしてた事も謝る必要はないんだよ、お互い様なんだ。だから俺はまだまだお前達と一緒に未来でも歩いて行きたいんだよ!皆んながいなきゃダメなんだよ!だから、消えないでくれよぉ!!」

 

 涙はとうとうぽたりと地面に打ち付けられる。俺は、俺は……何て無力なんだ。

 

「……そうか、私の為に泣いてくれるのか……慎司、すまなかった……私もお前と一緒に未来でも……共に歩んで……行きたかった……」

 

 弱々しくそう呟いてシグナムは消えた。ダメだ……俺はもう…ダメだ。

 

「シグナムうううううううううう!!!」

 

 その名前に反応してくれる友は、もういなかった。

 

 

 

 

「うわああああ!!」

「っ!」

 

 ヴィータちゃんの叫びが耳につんざく。くそ、ヴィータちゃんは……ヴィータちゃんだけでも助けないと!!

 

「ぐうう!この!動けよ!!動けえ!!」

 

 右手はコンクリートが敷き詰められたように動かない、体を使って捻っても引っ張ってもびくともしない。怒りがふつふつ沸き立つ。自分の無力さとシグナム達から魔力を奪いその存在を消したあの仮面の男達に。

 

「殺してやる!!お前ら2人とも殺してやる!ぶっ殺してやる!!」

 

 怒りが勝り、普段では絶対に口にしないその言葉を発する。しかし、弱い犬ほどよく吠えるというが今はまさにそれが俺だった。

 

「慎司君……」

「慎司…」

 

 なのはちゃんとフェイトちゃんの憐れむような悲しそうな呟きも怒りに支配されてる俺の耳には届かなかった。

 

「慎……司」

「っ!ヴィータちゃん!!」

 

 既に消えかけのヴィータちゃんが俺に向かって手を伸ばしていた。俺も必死に伸ばす。しかし、あまりに遠い。お互いに動けない身である以上その手は決して届かない。

 

「待ってろ!俺が……俺が助けてっ」

 

 せめてヴィータちゃんは!ヴィータちゃんは!!

 

「………逃げ……ろ」

「ふざけんな!!俺は諦めねぇ!諦めてたまるか!」

 

 あがけ、あがけ、せめてあがけ。何も出来ない俺でも足掻かなければ。暴れる、刃物であればこの拘束されてる腕を切り落としてでも助けに行きたい。だが、それすら出来ない。俺が暴れ回るのを見かねてか仮面の男の1人が俺の目の前まで再び瞬時に移動してくる。そして俺に向かって手をかざすと

 

「………諦めて、ここから立ち去れ。荒瀬慎司」

「っ!!!」

 

 そう告げると俺の体に感じた事のある浮遊感と独特な感覚が走る。周りの景色がぐにゃりと歪みそれが正常に戻る頃にはまた再び別の景色が俺の目に写る。

 

「なっ………」

 

 ここは……俺はさっきまで屋上に居たはずじゃ。明らかに屋上じゃなく地上の道路の真ん中に俺はいた。辺りを見渡すと少し離れた所にさっきまでいた建物の屋上が見える。転移か!あの野郎俺を転移させやがった!おまけに手の拘束は解け体は自由に動く。

 辺りはいつもの結界により空間が剥離され人っこ1人いない。そうだ、ここまで離れればあの通信妨害とやらの影響から外れてるんじゃないか?携帯でクロノか両親に状況を……と思いポッケを弄るが取り出した携帯は無残な姿に変わっていた。なんで?まさか、仮面の男が転移の瞬間に壊したのか?通信させない為に。

 

「クソがっ!!」

 

 走る、とにかく戻らないと!ここにいてもできる事はない。戻っても足手まといにしかならないがとにかく戻るしかない。走れ、とにかく走れ。手遅れになる前に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………。

 

 

 

 結構遠くに飛ばされたようで走ってもなかなかあの建物には辿りつかない。体感で10分ほど走った所だろうか、ようやく近くまでたどり着いた時だった。屋上に尋常じゃない衝撃と禍々しい魔力の奔流を見る。足が止まる。分かる、魔法を知らない俺でも分かる。雰囲気が変わった、謎の悪寒に襲われ体が震える。

 

「そん……な」

 

 闇の書の……復活。そしてそれの意味する事は、魔力を吸収されたヴィータちゃんの消失とはやてちゃんが闇の書に取り込まれたという事。そしてこれから暴走が始まる。この地球を飲み込んでの暴走が。俺がやろうとしたはやてちゃんを助ける手段はとても復活した闇の書の前じゃ行使できない。……俺は、失敗した。

 

 がくりと膝をつく。そんな……そんな。皆んなを助けるどころか皆んなを見殺しにしてしまった。俺は……プレシアの時から何も変わってないじゃないか……。くそっ、くそぉ!!

 なんでだ、なんでいつも俺は肝心なところで役立たずなんだ。そんな自分が嫌で頑張ってきたのに結局こんな……。

 

「ぐっ……くう」

 

 力が入らない。何もできない、何もしたくない、現実から目を背けて楽になりたい。けど、そんな事できないってことは自分でも分かっている。それができる人間なら当に行動など起こしていない。俺はきっと諦めない立派な人間なんじゃない、諦めることが出来ない人間なだけなんだ。だから、膝を折っても……絶望しても…もう一度立ち上がる。

 まだ何か希望があるかもしれない、方法が残されているかもしれない、一縷の望み以下の願望だ。だが、俺がそう思えているうちは………

 

「まだ………終わってない!」

 

 

 諦めることなんて出来やしないんだ。

 

 

 

 

 

 




 早くシリアスを終わらせてほのぼの回書くまで作者は止まらねぇからよ……
だからお前(やる気)も……止まるんじゃねぇぞ……

\キボウノハナー/
 



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幸せな夢の中で


 
 飲むヨーグルトの飲み過ぎには注意しましょう。お腹痛い


「あれは?」

 

 上を見上げると、そこにはどうやってか自由になったなのはちゃんとフェイトちゃんが空に浮かんでいた。よかった、無事だったか。ホッと胸を撫で下ろしつつ2人の表情がかなり険しい事に気付く。視線の先には見覚えのない白髪の女性の姿が……あれは誰だろうか?

 背中に禍々しい黒い翼を生やし、瞳の色は深淵で闇深い。何だか吸い込まれそうなそんな錯覚に陥る。

 

「うわっ!」

 

 急に辺りに衝撃が走る。その白髪の女性が魔法で攻撃を行なったのだ、禍々しい黒い球体が辺りを飲み込むように徐々に広がっている。待て、あれ俺にも届きそうだ。

 

「やべっ」

 

 慌てて引き返す、あんなんに飲み込まれたら魔力のない俺はひとたまりもねぇ!しかし、その魔法は俺の足なんかよりも断然早く俺を飲み込もうと眼前にまで迫っていた。

 

「慎司っ!」

「慎司君っ!」

 

 頭上から俺を庇うように降り立つなのはちゃんとフェイトちゃん。無事だったかと声を出す暇もなく2人は俺を守るため魔力で障壁を張る。魔力の奔流に飲まれつつも2人は呻き声を上げながら踏ん張って耐える。

 

「2人とも……」

 

 その背中を見つめることしか出来ない俺はもう何度目かも分からない無力感を再び味わう。やはり、俺は足手まといだ。しゃしゃり出ること自体間違っていたのかもと思ってしまう。

 

 しばらく耐え続けた2人はその魔力の奔流が収まると俺を抱えて飛んで一目散にビルの影に身を隠した。

 

「ごめんな……2人とも」

 

 一旦一息ついたところで俺はたまらずそう述べる。足手まといにはなりたくなかったが……結果的にやはりそうなっちまってる。

 

「ううん、謝る必要なんかないよ」

「それよりも、無事でよかった」

 

 2人の言葉に頷き返しつつ。俺は今の状況を問いただす。俺が転移されてからどうなったのかを聞いた。

 

「……………」

 

 なのはちゃんが俯いて悲しそうな表情を浮かべるの見て俺はそれで大体分かってしまった。

 

「ヴィータちゃんは………」

 

 なのはちゃんが首を振る。ああ……くそ。改めてその現実を突きつけられ目眩を起こす。それで魔力を揃えて終わって晴れて夜天の書ならず闇の書が復活したか……。

 

「あのおっかねぇ魔法を放った人は?」

「誰かは分からないけど……はやてちゃんが本の魔力に飲みこまれたらあの女の人に姿を変えてたの」

 

 ふむ、よくわからないがあれも闇の書のプログラムの1人なのだろうか。はやてちゃんはその魔力に飲み込まれたというのなら……今は果たして無事なのか……ダメだ分からない。しかし……闇の書は復活したらその次元世界を滅ぼすほどの暴走を起こすと言っていたが今のところそんな世界規模の行動は起こしてない。もしかしたら……まだ猶予は残されているかもしれない。

 

「っ!慎司!」

「ユーノ?アルフも」

 

 ビルの影に隠れてたままの俺たちの後方から人形態のユーノとアルフが、俺がいる事に驚きつつも思わぬ援軍に少し気が楽になった。

 

「慎司、あんたなんでここに……」

 

 アルフが俺に問い詰めようとした瞬間再び魔力の奔流のような衝撃が俺たちを巻き込んで辺りに響く。しかし、今度は攻撃ではない。俺達を通り過ぎ、ずっと遠くを覆うように形成された魔力が現れる。

 な、なんだ今のは?

 

「ちっ、しまった。閉じ込められた!」

 

 アルフが焦ったように早口でそう告げた。結界魔法ってやつか、閉じ込められたという事はすなわち外からも閉め出されたという事。援軍を絶たれたか。

 

「やっぱり、私達を狙っているんだ」

「どういう事だ?」

 

 フェイトちゃんに発言に疑問が浮かぶ、無作為に暴れてるわけじゃなく狙いはフェイトちゃんとなのはちゃんだと言う。理由が分からないが。闇の書の意思なのか仮面の男による誘導か、本人達もよく分かっていないようでとにかく今は2人が狙われているという事実が問題だ。

 

「今、クロノが解決法を探してくれてる……それまで僕達でなんとかするしかない」

 

 ユーノの言葉に俺以外が頷く。しつこいようだが魔法となると俺は何も出来ないからな、かといって何もしないのは忍びないが。

 

「慎司は安全な所で隠れてて、相手は危険だから」

「うん、私達に任せてほしい」

 

 フェイトちゃんとなのはちゃんの言葉に一瞬表情が歪みかけたのを何とか堪えて俺は頷く。……どうせいても足手まといだ、俺が今すべきことはしゃしゃりでることじゃない。それを十分に理解しているからこそ、悔しい感情が湧き上がる。

 それじゃあ…と、とりあえず俺はこの場から少しでも離れるべくユーノによって転移されようとした時だった。

 

「っ!皆避けて!!」

 

 それにいち早く気づいたなのはちゃんが叫ぶ。転移は中断され俺はフェイトちゃんに抱えられたまま空を疾走する。黒色の無数の魔力弾が俺達を襲ったのだ。言うまでもなくそれを放ったのはあの白髪の女性だろう。感情のない表情でこちらを見つめているのが遠目からだが確認できた。

 くそ、隠れてもすぐバレるみたいだ。

 

 一瞬散り散りになりつつもすぐにすぐに合流するが追撃は止まない。くそ、ここじゃ転移をする暇もないし俺を抱えたままじゃフェイトちゃんも闘えない!

 

「慎司、少し速く飛ぶよ。しっかり捕まってて!」

 

 フェイトちゃんもそう考えたか一度完全に離脱するため俺を抱えたまま猛スピードで空を舞う。なのはちゃんがフェイトちゃんを逃すため魔力弾で闇の書を牽制しているのが見えた。ユーノやアルフもサポートにまわっている。よし、とりあえず俺だけでもここから離れられれば少なくとも足手まといには……そう思った時、フェイトの持つバルディッシュが自身を点滅させながら何事か言語を発する。……生憎俺には何を言っているのか分からなかったがフェイトちゃんはその言葉を聞いた瞬間飛ぶのを中断するほど動揺した。

 

「ど、どうした?」

 

 状況が分からない俺にはそうフェイトちゃんに問いかけるしか出来なかった。フェイトちゃんは少し焦燥感を滲ませた顔をしつつ努めて冷静に答える。

 

「結界内に閉じ込められた民間人がいる……それも2人」

「何?……」

 

 2人だと?真っ先に一足先に帰ったあの2人の顔が浮かぶ、アリサちゃんとすずかちゃん。まさか…な?しかし、2人じゃないにしろ放っておくのはまずい。フェイトちゃんは念話でいち早くその事実をなのはちゃん達に伝えて行動を開始する。フェイトちゃんは俺を抱えたままその民間人と合流、ユーノもそれに合流し俺ごとその民間人2人を一旦戦場から離れた所に転移させる。結界からは出れないがそれが一番安全だ。

 なのはちゃんとアルフで闇の書の足止めとなる、心配だが今は任せるしかない。すぐにフェイトちゃんはバルディッシュが示すセンサーに従いその民間人の元に。

 

「……マジかよ」

 

 すぐに目的の場所に着くが運悪く俺が想像した通りになってしまった。巻き込まれた民間人2人はアリサちゃんとすずかちゃんだったのである。するとタイミング悪くなのはちゃんもそこに合流した。

 足止めをしてくれてた筈だが闇の書は一度姿を眩ませて見失ってしまったと言う。いつ襲撃してくるか分からない状況だ。

 

「なのは……ちゃん?」

「フェイトなの?」

 

 2人の格好や空を飛んでいる所を間近に見て呆然とするすずかちゃんとアリサちゃん、そして違和感なくそれを受け入れている俺を見て尚更混乱している様子だった。

 説明してる時間もなければアリサちゃん達が理解する時間もない。ユーノが遠目からこちらに合図を送ってきているのが見えた、転移の準備が出来たのだろう。

 

「ユーノ!俺ごと2人を転移させろ!」

 

 そう言って俺はアリサちゃんとすずかちゃんの側に寄り、離れないように手を取る。困惑している2人を無視して足元には転移の魔法陣が展開される。とりあえず、闇の書が俺達を見つける前に少しでも離れないと。

 

 転移される時の特有の浮遊感が俺を襲い、安堵の吐息を漏らした時だった。

 

「慎司!危ない!!」

「っ!うわああ!!」

 

 ユーノの警告を理解する前に転移される直前に俺は突然地面を割って現れた触手のような物に捕らえられ、転移の魔法陣から引き離される。同時に転移が発動しアリサちゃんとすずかちゃんは俺を残して遠くへと転移された。

 

「くそっ!何だよこれ!」

 

 ジタバタと暴れるが全く解ける気がしなかった。

 

「慎司君!」

「っ!!」

 

 なのはちゃんとフェイトちゃんが俺を助け出そうしてくれるが更に現れた闇の書の白髪の女性がそれを阻む。くそっ!この触手もこいつの魔法か。2人はこの人からの触手や魔力弾を受け俺に近づけない。

 

「この!離せよ、この野郎!」

 

 暴れながらそう叫ぶ俺を女性は首を曲げて俺を見つめる。初めてまじまじとこの人の顔を見た。こんな時だと言うのに白いその長髪は綺麗で幻想的に見える、しかしその瞳は暗く深い。そして……

 

「何で……泣いてるんだ」

 

 涙を、流し続けていた。瞳に色はなく感情を映し出してはいない。その涙が、止めどなく溢れ続けるその涙がまるで自身の悲しみを訴えるように。

 

「もう少しで、私の意識は消え暴走が始まる……」

 

 その言葉に俺は生唾を飲んだ。逆に言えば、まだ暴走していないと言う事だ。そして、この人はまだ話が通じるかもしれない。

 

「……はやてちゃんはどこだ?」

「………私の中で、幸せな夢の中で眠っている」

 

 よく分からないが死んでないって事だな?それなら、まだ助け出せるかもしれない。どうにかしてコイツを説得できないだろうか。

 

「暴走が始まる前に、私は主の望みを叶えたい……」

「望み?……」

 

 さっきからコイツがしているのはなのはちゃんとフェイトちゃんを狙った攻撃だ、それをはやてちゃんが望んでるとでも言うのか?くそ、訳わかんなくなってきた。

 

「慎司君っ!今助けるから!」

「慎司!」

 

 2人が女性の攻撃を潜り抜け接近する。女性は無言で手を差し伸ばすとまた何かの魔法を発動しなのはちゃんとフェイトちゃんを襲う。

 

「くっ!きゃあ!!」

「なのはちゃん!!」

 

 なのはちゃんがその衝撃に巻き込まれるがフェイトちゃんはなのはちゃんが引きつけたその攻撃を掻い潜りバルディッシュの魔力刃を振り下ろす。

 

「慎司を、離せ!!」

 

 瞬間、女性は何かぶつぶつと呪文のようなものを呟いて障壁でフェイトちゃんの攻撃を難なく受け止めた。

 

「お前も……我が内で眠るといい」

 

 その言葉と同時にフェイトちゃんが光の粒子に包まれて薄くなっていく。まるで魔力を奪われて闇の書に取り込まれたシグナム達のように。

 

「フェイトちゃん!」

 

 なのはちゃんの叫びが響く。フェイトちゃんは自分でもどうなっているのか分からず驚愕の表情を浮かべたまま光の粒子となって消える。そしてその粒子は女性に取り込まれるように胸の中に吸い込まれていった。

 

「おまえっ!よくもぉ!!」

 

 俺もたまらず叫ぶが拘束されたままでは身じろぎも取れない。くそっ!くそっ!フェイトちゃんまでみすみす見殺しにしてしまった。絶望に打ちひしがれる暇もなく女性は再びなのはちゃんを触手と魔法攻撃で動きを制限させその隙に俺へと近づいてくる。

 憎しみの目を向ける俺に対して女性は諦観の涙を浮かべたまま俺を見つめる。そして、その表情は変わらないままだったがゆっくりと愛おしいように俺の頬に手を当てる。突然の行動に俺は驚いて声すら発せなかった。

 

「荒瀬……慎司」

「っ……」

 

 体が震える。俺も……取り込まれるのか?今の俺に魔力はないから取り込んだ所で何の意味もないのに。

 

「私も……貴方と…一緒に…」

 

 そう呟く、心なしか悲しさと切なさを無表情のその顔から感じた気がした。

 

「お前…まさか……」

「怖がる必要はない荒瀬慎司……これ以上貴方に絶望はさせない。世界の終焉を味合わせなどさせない。主も……そう望んでいる。せめて、私の中で全てを忘れて幸せの夢の中で眠っていて」

「なっ!?」

 

 俺もさっきのフェイトちゃんと同様、光の粒子に包まれ体が消えかかり始める。不思議と痛みも恐怖も湧かない、温かな光だ。だが、それを受け入れたら俺は……。

 

「慎司君っ!駄目、消えちゃ駄目!」

 

 なのはちゃんの必死の叫びが聞こえるが返事もできない。女性に向かって手を伸ばす。しかし、消えかけの俺の腕は空を切るのみ。

 

「ま……だ……俺は」

 

 何も…………出来ていないのにっ!

 

 

 

 

 

 

 意識が消失し、俺は消える。響くのは世界の崩壊の亀裂となのはちゃんの叫び声だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、貴方でしたか……グレアムさん」

 

 アースラ内の応接室では重苦しい空気が辺りを包んでいた。言葉を発したのは慎司の父親である荒瀬信治郎、対面に座るギル・グレアムに厳しい目で見つめていた。信治郎の隣には妻であるユリカとクロノ・ハラオウンも同席し、対するグレアムの後ろにはリーゼロッテ、リーゼアリアが控えていた。

 

「信治郎、お前だってあの本の恐ろしさは分かっていただろうっ」

「貴方だって……私達と同じ悲しみを背負った筈だ」

 

 アリアとロッテが責めるように信治郎に詰め寄る。が、それを主人のグレアムが止めた事で矛を収める。そもそも、この状況はクロノが仮面の男を捕らえた事で起きた状況だった。闇の書が復活する直前に仮面の男に扮していたロッテとアリアを捕らえアースラに自分ごと転移させた。

 そして、信治郎とユリカが慎司から得た八神はやての情報を元に、八神はやての亡くなった父親の古い友人を名乗り金銭的援助をしていたグレアムに辿り着いたのだ。

 

 3人の目的は闇の書の永久封印、転生を繰り返す闇の書を逃さない唯一の方法として永久的に封印する術を見つけたグレアムがアリアとロッテを使い仮面の男として暗躍させたのだ。

 その封印方法は闇の書を暴走させる必要があり、暴走が始まったその瞬間に主人ごと闇の書を永久的に凍結封印させる。はやてに援助をしていたのはせめてのもの償い。偽善だがなとグレアム本人が自虐的に笑った。

 仮面の男の行動原理はこれであった。しかし、クロノと荒瀬夫妻により3人の暗躍は暴かれた。そして、今この場が設けられている。

 

「……グレアムさん、アリアにロッテも、確かに私とユリカはクライドさんの仇を討ちたくて長年闇の書を追ってきた。以前の私なら……グレアムさんと同じ事をしていたかもしれない……」

 

 そう語る信治郎の顔は苦悶に満ちていた。忘れなかった日などない、いつか必ず仇は取る。ずっとそんな事を片隅に考えて生きてきた。グレアムが起こした行動もアリアとロッテがそれに反対しなかったのも全部理解できた。しかし、信治郎は迷いを捨ててこう答える。

 

「慎司が言ったんです、『救いたい』と……」

 

 忘れない、信治郎は忘れない。あの時、慎司から助けを求められたあの日の事、頬はこけ目に隈を作り憔悴しきった慎司の姿。だが、その目は死んでおらず迷いなく息子は言ったのだ。

 

『皆んなを救いたい』

 

 きっとあいつが言った皆んなとはヴォルケンリッターや八神はやての事だけじゃない。それらに関わっている全ての事に対して言っていたのだ。暴走をする闇の書そのもの、その事件に巻き込まれたなのはやフェイト、解決の為に動くアースラ。全てに対して彼は救いたいと言ったのだ。

 

「慎司は……息子の眼は真剣にそう言っていた。子供の都合のいい戯言と切り捨てられる言葉だった、しかし親というのは自分の子供には弱いもんでね……息子を信じたくなった」

「ふざけるなっ、慎司は魔力も持たない無力な子供だ!そんなあの子を巻き込んだのか」

 

 そう怒りを表すロッテ、仮面の男としてあの場で遭遇した時は度肝を抜かれた想いだった。結果的に彼にはとても恨まれている事だろう。ロッテもアリアも既に割り切り、心を無にして行動していた筈だが荒瀬慎司に関しては心を痛めざるを得なかった。

 

「確かに今のあの子には魔力も何もないわ、けど…きっと3人も度肝を抜かれるわよ。あの子はきっと……今回の事もいい方向に事を運んでくれるって」

 

 既に結界内で闇の書が復活し慎司や高町なのは達が巻き込まれてしまっているのは全員分かっている。しかし、ユリカも信治郎も信じていた。あの眼をしたあの子が『救いたい』と言ったのなら彼は意地でも何でもそれを成し遂げると。

 

「ははは……慎司君はよほどみんなに信頼されているみたいだな」

 

 グレアムも荒瀬慎司についてはジュエルシード事件の時の行動を報告でしっている。ただの普通の子供ではないと理解はしていた、しかしまさか今回のこの闇の書もどうにかすると目の前にいる慎司の両親は言うのだ。それは盲目的に子供を信じる親の目でも、現実逃避をしているわけでもない。

 確信しているのだ、慎司なら成し遂げると。何故彼をそこまで信じられるかグレアムには理解できなかった。

 

「クロノ、貴方もそう考えているの?」

 

 アリアの言葉にクロノは少し息を吐いてから答えた。

 

「八神はやてには現時点で何の罪もない。そんな八神はやてを巻き込んで封印するやり方には賛成出来ない。例え世界を揺るがす闇の書の話であってもだ」

 

 自分の悲しみや個人の悲しみで他者を巻き込む権利はないとクロノは語った。そして、今度は笑みを浮かべて

 

「僕も2人と同じで荒瀬慎司を……僕の友達を信じている。……きっと、これから3人も何で僕達がそう思えるか理解できますよ……」

 

 そのクロノの言葉に3人はただただ戸惑うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつからだっただろうか、前世のことを頻繁に思い出さなくなったのは。いつからだっただろうか、死んだ後悔や苦しみに向き合えるようになったのは。今世で意識を自覚したとき、戸惑いよりも悲しみが湧き出てきたのをよく覚えている。二度と会えない、友人にも家族にも。そして悲しませた、くだらない死因で悲しませた。呪った、自分自身を呪った。ぐちゃぐちゃな感情がずっと俺の中で渦巻いていた。どれだけ時間が経っても、どれだけ今世に幸せを感じても……忘れることなんてできるはずなかった。

 時々だが夢を見る。前世の夢だ、夢の中で『山宮太郎』は家族や友人に囲まれて幸せそうに生きているんだ。幸せがあふれる世界で生きているんだ。そこでは柔道もやめてなくて、何から何まで俺にとって都合のいい世界なんだ。けど、夢の世界ではいつも……最後は車に轢かれて目を覚ます。起きると俺はいつも汗だくで呼吸が乱れていて、夢であったことに安堵しながら同時に夢じゃないことに頭を抱える。今は幸せだから前世の未練も薄まっていくと思ってたけどとんでもない……幸せに過ごせば過ごすほど前世の未練も戻りたいと思う気持ちも大きくなっていた。薄情な男なのさ、俺っていう人間は。だから……こうなるのは必然だったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」 

 

 目覚める。意識の覚醒とともに飛び起きると全身に鈍痛が響く。痛ってぇ……。ここは…病院か?俺は今まで気を失っていたのか?皆は?なのはちゃん達はどうなった?それにしても体が痛い、あのよくわからない魔法に巻き込まれたからか?それならよく無事だったな俺。そうだ、だれか人を呼ばないと。痛みをこらえて身じろぎをする。何だか体に違和感を感じた。なんだ?あれ、俺ってこんなに腕長かったっけ?足も長くなってる気がする。俺が疑問を抱いているとだれか入室してきた。ああ、そうだ。今はそんなことはどうでもいい、この人に事情を聴いて……

 

「え……」

 

 入室してきた人を視界に捉えると俺は固まった。そしてその人も俺を見ると驚いた様子で固まる。俺はこの人のことをよく知っている、知らないはずがない。

 

「太郎?……意識が戻ったの?」

 

 俺は曖昧に頷くとその人は感極まったように俺のことを抱きしめてきた。よかった……よかった…と涙ながらに呟きながら。俺は何だか現実感がなくて、ふわふわしたような気分で思考がうまくまとめられなかった。しかし、今すぐ確認しなくてはならないことができた。

 

「『母さん』……鏡を貨してくれないか?」

 

 確か母さんはいつも鏡を持ち歩いていたはずだ。母さんは戸惑いつつもはいっとすぐに渡してくれる。震える手で鏡を覗き込む。そこには俺がいた……俺が写し出されていた。……山宮太郎がいたんだ。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐに母親が主治医を呼んでくれ俺は検査を受けた。検査を受けながら病院の先生に話を聞くと、俺は例の車の事故から約一か月間昏睡状態だったらしい。そう、事故から一か月しか経ってないのだ。俺は……そもそも死んでなかったって事なのか?それじゃああれは……あの世界の出来事は昏睡中に見た長い夢だったとでも言うのか?なのはちゃん達との出会いや思い出も全部夢だったとでも言うのか?

 ダメだ、今は頭の整理が出来ない。なされるがままに検査を受ける、先生曰く検査結果が良ければすぐにでも退院できるよとのこと。検査が終わり病室に戻ると連絡を受けて慌てて仕事を抜け出してきた様子の父さんの姿が。父さんは俺の姿を確認すると

 

「よく目覚めてくれたな……頑張ったな太郎…」

 

 震える声でそう告げて抱きしめてくれる父さん。母さんも涙ぐんで一緒に抱き着いてくる。ああ、心配をかけてしまった。申し訳なさとうれしさがこみあげてきて俺も涙が溢れてきた。喜ぶべきなのだろう、けど…素直に喜ぶことが出来ないでいた。頭の片隅では、今の状況を受け入れることが出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 一晩病院のベッドの上で考え込んでようやく冷静に今の状況について深く思考することが出来た。といっても答えは一つでやはり俺は死んでなくて荒瀬慎司としての今までの出来事は全て夢だった……それ以外の結論は思いつかなかった。状況的に見てもそれ以外の結論は考えられなかった。けど、今までのなのはちゃん達との出来事が全部夢だったと思うのも違和感があった。夢にしては事細やかにハッキリと覚えていることがたくさんある、それにあそこで俺が抱いた感情すべてが夢での出来事なんて感覚的に違和感が残る。しかし、いくら御託を並べても答えはやはり夢。そう考えるのが妥当だった。

 結局碌に寝れずに……まあ、一か月も寝ていたのだから眠くはなかったのだが寝ないで一晩を明かした。今日の午後には検査結果がわかるらしく異常なければ一晩だけ様子を見て翌日には退院できると聞いた。味気ない病院食をいただいてからベッドでのんびりしていると来客が。

 

「太郎っ!」

「っ!!」

 

 葉月と優也だった。実際は一か月なのだろうが感覚的には10年近くぶりの再開だ。二人は意識がある俺の姿を確認して慌てていた表情から一変、安堵の顔を浮かべて気が抜けたように脱力する。

 

「心配させやがってこのっ」

 

 震える声で優也は俺を軽く小突く。

 

「ホントだよ……マジで心配したんだからぁ……」

 

 葉月に至っては俺に縋るように泣き出してしまった。そっか、ずっと心配させちゃってたんだな。

 

「ごめんな、2人とも。もう、大丈夫だから」

 

 そう口を開くと同時に涙が溢れる。

 

「太郎?どこか痛いの?大丈夫?」

「先生呼んでくるか?」

 

 2人の心配の言葉に俺は頭を振って否定する。違う、違うんだ。もう、会えないと思ってたから。あの夢の中で、荒瀬慎司という人間として生きた夢の中で何度も何度も皆んなに会いたいって願った。

 

 けど、それは叶わなくて……二度と会えないって何度も何度も絶望して。けど、それはきっと夢の出来事で俺はこの山宮太郎としての現実に帰って来れた。それがたまらなく嬉しかった、ここが……この場所が俺のいるべき世界だって思えた。2人を抱きしめる。体は1ヶ月も昏睡してたからうまく力が入らないけどそれでもぎゅっと力を込めて。

 

 嗚咽を漏らして、みっともなく涙を流しながら……

 

「また、会えてよかった……っ」

 

 俺の溢れる想いを2人も再び泣きながら応えてくれる。二度と離さないと誓うように2人は俺を抱き返してくれる。

 

「わたじ……も、太郎が生きててくれてよがっだよぉ……」

「ああ、俺もそう思うよ……。太郎、ずっと一緒だぞ俺達っ」

 

 頷く。何度も何度も頷く。

 

 

 『最中葉月』、『高山優也』

 

 

 俺こと山宮太郎の唯一無二の大親友。ずっとずっと一緒にバカをやっていたいと思えるかけがえのない大切な存在だ。

 ああ、やっぱり俺は……『山宮太郎』だ。そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 以前にもまして文が雑になってきてる。しっかり気を引き締めます


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親友


 筆が進まなかったのも、肩こりがひどいのも全部モンハンライズって奴の仕業なんだ……。


 50周年記念で発表された『シン・仮面ライダー』。楽しみだぜ


 幸せだ。幸せだ、俺は今それを噛み締めている。幸福の絶頂。何もしてないけど、失ったと思っていたものを取り戻し俺は幸せな世界で暮らしている。少しの間リハビリを受けて退院し、大学にも復学。

 少し大変だけど頑張れば留年は免れるそうなので万々歳だ。

 

「おい太郎、飯行こうぜ飯」

「見てわかるだろ、溜まった課題やってんだよ」

「葉月もわざわざバイトの後に来るって言ってるぜ?」

「……しゃあねぇ、行くか」

 

 あいつが来る時に行かないと後でうるさいからな。

 

「サンキュー、課題はなんだかんだ俺と葉月も手伝ってくれるさ」

「あぁ、助かるよ」

 

 そういえば中学とかで病気で学校休んだ時とかいつも律儀に俺の分のノートとか取ってくれてたっけ2人とも。

 そんな事を思い出しつつ優也と2人で大学から地元の飯屋に向かう。昔から3人で集まる時は大体その店だったので優也と葉月の飯食いに行こうぜは基本的にこの場所なのだ。

 

「あ、こっちこっちー」

 

 店に顔を出すと既に葉月が席を陣取って一人でポテトを摘んでいた。あいついつもあれ食ってんな。とりあえず注文を済ませて飲み物が来たところで

 

「んじゃ、太郎の退院祝いって事で乾杯ー!」

「おっ、いいなそれ。乾杯ー」

「いやそしたら退院祝い4回目だどんだけやんだよ」

 

 それを口実に何度も誘ってきている。まぁ、楽しいからいいんだけどさ。ひとしきり飯を摘みつつ他愛のない話をして過ごす。

 なんて事のない2人との時間、一度それを失ったと思ったからそれも今は特別に感じる。やっぱり、ここが俺のいるべき………

 

 

 ドクンっ

 

 

 

 心臓が跳ねる。同時に浮かぶ俺が昏睡している時に見ていた長い夢の中の住人。夢というのは覚えていられないもので、もうどんな顔をしていたかも思い出せない。母親譲りの栗色の髪と笑顔が似合う女の子……なんて名前だったかなぁ。まぁ、夢の出来事だ…考えていても仕方ない。仕方ないのに……何だろうか、俺はそれを忘れていっていることに何だか焦りを感じでいる気がした。

 そんな必要ないのに、そんな重要な事じゃないのに……何で俺はこんな焦燥感に充てられてるんだ?俺は……夢での俺は何て名前だったけ?

 

「太郎?どうかしたか?」

 

 優也の顔でハッと意識を戻す。軽く頭を振って思考を放棄する。そうだ、ここが現実なんだ。夢の事を考えていたって仕方ないだろう。俺は「何でもねぇ」と短く返す。

 

「うん?そっか…ならいいけどよ」

 

 優也も特に追及はしてこない。そうだ、今はこの時間を楽しもう。もったいないじゃないか。

 そんなやり取りをしたが葉月は気にしない素振りで何か思い出したように口を開く。

 

「そういえばさ、太郎はいつから柔道復帰できんの?」

 

 は?

 

「そうそう、俺も気になってたんだよ。実際の所どうなんだ?」  

 

 優也まで……何を言ってるんだ?

 

「お前ら……何言ってんだよ?俺はとうに柔道は……」

 

 辞め…て……。

 

 思考にノイズがかかる。考えが浮かんでは消えていく。俺はあの最後の試合で……そうだ。相手選手を……一本背負いで…。

 

 事故が……あって。相手は運ばれて、大怪我で、選手生命の……。

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

「まだ激しい運動はダメだって病院の先生がな、だから今はリハビリの延長のトレーニングして体を取り戻してる所だよ。完全復帰はまだ先になりそう」

 

 そうだ、大学で俺は柔道部に所属していたじゃないか。それなりに有名な所でもっと強くなるために切磋琢磨をこれまでしてきたじゃないか。高校最後の夏のインターハイでの雪辱を果たすために……果たすために……。そうだよ、事故なんて無かった。

 インターハイ予選は事故もなく無事に勝って本戦に俺は出場したじゃないか。そのはずだ。なのに何で俺は………柔道を辞めたと思っていたのだろう?

 

 感じた違和感はすぐに消えてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

「なのは危ない!」

「っ!」

 

 ユーノからの警告で高町なのはは間一髪で相手の魔法を跳んで避ける。一度距離を取って態勢を整えるが息は絶え絶えで疲労の色が見えていた。既にフェイトと慎司が闇の書に取り残されてからある程度時間は経ちその間なのはとユーノとアルフは諦めずに闘い続けていた。

 

「なのは、このままじゃっ」

 

 アルフの言葉になのはは理解するように苦い顔をする。既に闇の書の暴走や兆しが始まりつつある。世界を飲み込まんと辺りが崩壊を始めているのをなのはは感じていた。

 

「くぅぅ!!」

 

 魔力を放つ、白髪の女性はそれを簡単にいなして逆に反撃に転じてくる。しかし、なのはも負けてはいない。その反撃すらも自分の動きの中で躱していく。

 

「お前も……もう眠れ」

 

 諦めろと彼女は告げる。確かにこのままではこの人に嬲られるか世界の崩壊に巻き込まれるかその二択だ。既にアースラとも連絡がつき向こうも対応を始めているが間に合わない。絶望的な状況だ。しかし、高町なのはは首を振って言う。

 

「私は……諦めない」

 

 杖を構えて、疲労の色が強いその表情を引き締めて吠える。

 

「フェイトちゃんもはやてちゃんも慎司君も絶対に私が助けるんだ!私は絶対な諦めない、諦めない事のカッコよさをずっと見てきたんだから!」

 

 浮かぶのは親友の顔。いつも隣で支えて笑わせてくれる親友の顔。彼は自分が知らない間にずっと苦しんでいた、辛い思いをしていた事を知った。けど、彼は諦めないで頑張っていた。今回もフェイトちゃんの時も。知っている、彼の凄いところは決して諦めない事、彼はきっとそれを否定すると思う。

 

 そんな大層な事じゃないって言うと思う。けど私は思う、彼はカッコいい、彼は凄い。私は、荒瀬慎司を誰よりも尊敬している。そんな尊敬する人が諦めないで頑張っていたんだ。だったら私だって

 

「諦める事なんかできるもんか!!」

 

 不屈の少女は気高く吠える。助けるために、救うために。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「太郎、ボッーとしてどうしたんだよ?」

「ん?ああ、何でもないよ」

 

 あれ?今何してたんだっけ?何日だっけ?どこかの道を3人で歩いている。

不思議な感覚だった。俺はこの世界に満足している。幸せ溢れるこの世界に、俺がいるべきであるべき場所。優也もいて葉月もいて、父さんと母さんもいる。山宮太郎が歩むべき人生がここにあるんだ。

 だけど、何でだろうか。ここにいてはいけないと心が叫ぶ、お前のいるべき場所じゃないと心が叫ぶ。そんわけない、だってここは山宮太郎が生きてきた世界でこれからも生きるべき世界なんだ。

 

 何でそれを俺の心は否定するんだ?なんで邪魔をするんだ。何で……何でっ!

 

『慎司君』

 

 君は何でそうやって俺じゃない名前を呼び続けるんだ!何度も頭の中を反芻する声。夢の中の君、夢の中で誓い合った親友、夢の中で仲良く歩み続けた大切な人。

 

『慎司!あんたいい加減にしなさいよ!』

『慎司君はいつも楽しそうだね、いいと思うよ?』

 

 勝気な性格で思った事はハッキリと告げてくれる女の子と穏やかで優しい微笑みがよく似合う女の子。2人とも親友だった。

 

『ありがとう……慎司。ありがとう……私を救ってくれて』

 

 そう言ってはにかんで俺に感謝の気持ちを伝えてくれた女の子。皆、覚えている。忘れられない。覚え続けている。

 けど、それは夢の出来事のはずだ。だから気にしたって仕方ない、仕方ないのに………。どうしてこんな気持ちになるんだ。

 

「太郎?本当に大丈夫?」

 

 心配そうに俺の顔を覗き込む葉月と優也。だって、夢の中の出来事じゃなかったら……俺は……この幸せな世界は嘘になってしまう。山宮太郎は……既に死んでしまった事になってしまう。それはつまり、またこのかけがえのない2人の親友と永遠に別れるという事だ。そんなのは嫌だ。嫌なんだよ。

 

『慎司君』

『慎司』

『慎司君』

『慎司』

『慎司』

『慎司』

『慎司』

 

 荒瀬慎司を呼ぶ声が響く。違う、違う!俺は、俺は山宮太郎なんだ!俺はっ!

 

『慎司君と出会えてな?私もっと幸せなんよ』

 

 あ……………。

 

 

 

 

 ………待ってる。あの子が、皆んなが待ってる。待ってくれてる。俺はまだ……何もできてない。

 

 

 

 

 俯いていた顔をあげると2人は少し驚いた声を上げる。心配の言葉をよそに俺は震える声で、堪えることのできない涙を流しながら。2人には絶対に言いたくない言葉を紡ぐ。

 

「ごめん…優也、葉月。お別れだ……俺、行かなきゃ……」

 

 ひどく、みっともない顔をしていると思う。鼻水も涙もだらだらと流れる。

 

「何……言ってるの太郎?お別れって何?」

「そうだぞ太郎、急に何を言い出すんだ」

 

 2人は明らかに動揺する。だけど俺は言葉を続けなくてはならない。

 

「俺……死んでるからさ。本当は、だからここにいちゃいけないんだ。お前らとは……いられないんだよ」

 

 涙声でうまく言葉を発さない。だけど伝えなきゃ。伝えなきゃ。

 

「何言ってるんだよ太郎!お別れなんて嫌だぞ俺は!これからだろ?俺達これからずっと一緒に楽しくやってくんだろ?」

「出来ないだよ優也!俺もそうしたいけど……出来ないんだよ!」

「意味わかないよ太郎!太郎は不満なの?私達といるのが不満なの?柔道だって続けられてるこの世界が不満なの!?」

「不満なわけないだろうがぁ!」

 

 葉月の言葉につい大声を出す。

 

「俺だって!俺だってお前達もっと一緒にいてぇよ!ずっとずっと一緒に生きていきたかったよ!!柔道だって続けたかった!!こんな未練を残してお別れなんて本当はしたくなかった!!けど……」

 

 そうだ。嫌だけど、絶対に嫌だけど。この世界に許されるならずっといたいけど。それはきっと……荒瀬慎司も山宮太郎も許さない。

 

「無かったことにはできないんだ。あんな事があって、柔道を辞める選択した俺の臆病な決意も!俺の自業自得で死んだ事も!!全部山宮太郎の恥ずべき最期だったけど……無かったことには出来ないっ」

 

 たとえ目を覆いたくなるような恥晒しな最期であってもそれは山宮太郎の20年という生涯の幕を閉じた出来事で歩んできた道の最終地点なんだ。その事実を受け入れるしかないんだ、そしてそうじゃなきゃ……俺はいつまで経っても荒瀬慎司として前には進めない。

 

「だからお別れなんだ。お前達と一緒にいられないのは嫌だ、このままお別れなんて嫌だ……けどそうやって人生の幕を閉ざしたのは俺の責任だから……皆んなを悲しませてしまった事も含めて俺の人生なんだ」

 

 だから俺はそれを背負い続けなきゃいけない。背負って、それでも普通ではありえない第二の生に真剣に向き合って生きていかなきゃいけない。そうじゃなきゃ

 

「『山宮太郎』は居た堪れないままだから……俺は行かなきゃいけない。夢から覚めて、現実を生きなきゃいけないんだ」

 

 例えそれが……どんな幸せな夢であってもだ。

 

「それは……お前が決めた答えなのか?」

 

 優也の問いに俺は強く頷いて

 

「ああ、『山宮太郎』の答えだ。そして『荒瀬慎司』の望みだよ』

 

 そう言う俺に2人は涙を堪えるように上を向く。鼻をすする音と共に葉月は俺に抱き付く。

 

「嫌だよっ……せっかく会えたじゃん!ここならまたこうして楽しく一緒にいられるのに……お別れなんてっ」

 

 ぐずる葉月を優也が後ろから肩を置いて涙ながらに口を開く。

 

「葉月……太郎を困らせるなよ。……これもあいつらしい答えじゃんか」

「優也は……それでいいの?」

「嫌に決まってんだろ。親友に会えなくなるんだぞ?俺だって嫌だよ。けど………」

 

 俺を真っ直ぐに見つめて

 

「太郎は……前を向こうとしてるんだ。それを止めるのも……親友として嫌なんだよ」

「…………」

 

 3人とも子供のように涙を流し続ける。皆答えは一緒だ、別れなんてしたくない。けど、俺は行かなきゃいけない。今の現実に、俺を待ってくれてる人がいるんだから。

 

「……分かった」

 

 そう呟いて俺から離れる葉月。顔はぐちゃぐちゃで化粧も落ちてしまっている。優也も俺も大の男がベソかいて鼻水を垂らしている。悲しいけど、それほどまでに俺との別れを惜しんでくれている2人に感謝の気持ちが湧き上がる。………決意が鈍る前にいかないと。

 

「………ごめんな、そしてありがとう。俺は……行くよ」

 

 2人に背を向けて歩き出す。せめて、胸を張って。

 

「太郎……」

 

 ふと呼ばれる。葉月の声だった。

 

「私達……死んでも親友だよね?」

 

 ……バカヤロウが。

 振り向いて涙を流し続けつつも笑顔で俺は告げた。

 

「バーカ、死んで転生したってずっと親友だよ」

 

 走る、これ以上は本当に決意が鈍ってしまう。走馬灯のように2人との思い出がよぎる。出会いは中学生の頃。何となく仲良くなって一緒につるむようになった。一緒にバカやって教師に何度も怒られた。3人で同じ高校に通って、一緒に旅行とかして、葉月の恋の応援をしたり優也の勉強の応援をしたり俺の柔道の応援をしてくれたりと支え合ってきた。

 一緒にいるのが当たり前で、大学生になって一度別々の道に歩んでもやっぱり毎日ように会っていた。

 優也……葉月。ありがとう、山宮太郎の親友でいてくれて。お前達のおかげで俺の人生は悪いものだけではなくなった。後ろから声がする、大声で2人が俺へと言葉をかけてきてくれる。感謝の気持ちをエールを送ってくれていた。

 

 俺はそれから振り返る事なく走り続けた。

 

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 少しだけ息を切らしながらたどり着いたのは山宮太郎の実家だ。ここを出る前に俺はまだしなきゃいけない事がある。玄関を開けて

 

「ただいま」

 

 そう告げる。山宮太郎が最後まで言えなかった言葉だ。出先で轢かれた俺にただいまを言う事は出来なかった。そして、それをまた繰り返す。リビングで談笑している両親。俺の顔を見て驚く2人に俺は間髪入れずに告げる。

 

「俺、また行かなきゃいけない。もう帰って来れないから、だから言わせてくれ」

 

 謝罪の言葉を口にしようと思った。死んでしまって、親不孝な事をしてごめんって。けど、それよりも俺は伝えたい事があったんだ。

 

「俺を産んでくれてありがとう。2人の息子でよかった………行ってきます」

 

 2人が止める間も無く走って実家を後にする。ただいまはいえないけど、ちゃんとこの『行ってきます』という言葉を噛み締めて俺は再び走る。この夢から覚めるにはきっとあそこに行かなければならないから。

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 何の変哲もないちょっとした繁華街の歩道を走る。横を何度もすり抜ける様々な車の風圧を感じながら目当ての場所まで走ってようやく辿り着く。

 

「ここだ……」

 

 そこにあるのは普通の道路とそれを挟む横断歩道、歩行者用の信号が赤から青に代わり周りの歩行者がそれを渡るべく歩き出す。それを少し遠巻きで見つめる。

 

「……ふぅ」

 

 息を吐く。心を落ち着かせる為に。心臓がバクバクと脈打つのを感じる、体が震える、嫌な汗が噴き出てくる。そう、ここは俺が死んだ場所。山宮太郎の生涯が終わった場所だ。ここで俺はボッーとして赤信号に変わっている歩行者信号に気づかず道路に飛び出して轢かれたのだ。

 

「よしっ」

 

 歩行者信号が青から赤に。俺は一歩を踏み出す。

 

 

 

 突然、時間が止まったように世界が停止する。車も、人も、風も何もかもが止まって何も感じない。唯一変わった事はさっきまで誰もいなかったはずの俺の背後に白髪の女性が立っていた事だ。

 そう、さっきまで町で大暴れしてくれたはやてちゃんと入れ替わるように夜天の書から出現した女性だ。

 

「……本当に出ていくのか?」

「ああ」

 

 短く答える。今、この場所は恐らく夜天の書ないし闇の書の中。俺はそこに取り込まれてこの幸せな夢を見せられていた。それはもう自覚している。記憶も鮮明に思い出している。

 

「何故だ?ここはお前が一番望んでいる世界だ。お前の記憶を読み取り、感情を読み取り構成されたお前のための幸せな夢だ。現実はどうせ私によって滅びる。それなら、この幸せな夢の中で眠っていればいいのに」

「滅びないよ、滅びなんかしない」

 

 淀みなく俺はそう言えた。皆んながいる、荒瀬慎司の父さんと母さんもアースラの皆んなもなのはちゃん達も。そんな簡単に滅んでたまるかよ。

 

「それに、結局はそれは夢なんだ。夢じゃダメなんだ、夢で得た幸福を噛みしめたって山宮太郎の罪は償えない」

「罪?」

「罪さ、自分のポカで勝手に死んで俺を大切に想ってくれた人達の心に一生残る傷を負わせたのは罪だよ。それはきっと贖えない、本当だったら贖えない。それでも俺は本当なら得られないであろう新しい人生を得たんだ」

 

 俺はどうして前世をもってこの世に生を受けたのか。何か意味があるのか?神様の気まぐれか、そんな答えは一生分からない。けど本来得られない人生をまた得られたのなら

 

「今度こそは頑張って後悔のない幸せな人生を送る事がせめてもの償いだ。俺はそう信じてる。だから、夢で俺の人生を完結させる事なんか出来ねぇよ」

 

 夢の中で再会した大切な人達は存在しない空想だ。つまり、本人達に俺は再会できた訳じゃない。ちゃんと別れを済ませないままなのは変わってない。俺の記憶で構成された親友と両親だったとしてもそれでも

 

「大切な人達に顔向けできる人生を歩みたいんだよ俺は」

「ここを出た所で滅びの運命は変わらない」

 

 そう言う女性の顔はなんだか悲しみの色に染まっている。やはり、この人は……。

 

「安心しろよ、今はお前の中で眠ってるはやてちゃんも……そして貴女の事も……」

 

 ああ、ずっと情けない顔ばかり最近していた気がする。それなら、この言葉を述べるなら俺は俺らしい顔を。荒瀬慎司らしい満面の笑顔で

 

「2人まとめて俺が救ってみせる」

 

 だから、俺はここをでる。

 

「その邪魔をすんな!」

 

 走る、瞬間止まった時間は動き出す。白髪の女性は「あっ」と短く声を上げて俺へと手を伸ばすがそれに答える事はない。前に進め、俺がいつも言ってる事を俺が曲がるわけにはいかない。なぁ、そうだよな?葉月、優也、父さん、母さん。

 

 道路に飛び出した俺へと浴びせられる大きなクラクションの音と急ブレーキ。偶然か必然か猛然と迫るその車は俺を轢かせてしまった車と同じだった。衝撃と一瞬の痛み。視界は暗転し、何も感じなくなる。今再び、山宮太郎は決別する。幸せな夢を壊して、現実という可能性の世界へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わーお!戻ってきたと思ったら空中とか無理ゲーじゃねえええええかあああああ!!!」

「えっ!?し、慎司君!?」

 

 現実に戻り、意識を取り戻した瞬間から始まった自由落下に度肝を抜かしつつも慌てた様子のなのはちゃんが受け止めてくれる。わー、女の子に抱き抱えられるって恥ずかしいな。

 

「なのはちゃん?俺を腕だけで持ち上げられるとか力持ちじゃん、ゴリラかよ」

「開口一番にひどいね!落とすよ!?」

 

 いや、それは洒落にならんて。ちなみに魔力で身体強化的なのがかかっていると俺は推測する。とりあえず俺を連れて一度件の女性から離れて地面へと移動するなのはちゃん。

 

「慎司!」

 

 俺を見て安堵するように息を吐きながら一度集合する、アルフとユーノ。

 

「悪いな、心配かけた。今どういう状況か聞いていいか?」

「う、うん」

 

 短く説明を受けると俺が取り込まれたあと3人は根気強くあの闇の書と戦闘を続けていたらしい。既にアースラとも通信が取れているが打開策がなくジリ貧の状況だ。それに、既に世界の崩壊の予兆が始まっている。証拠にあちこち地面から火の柱が噴いたり形が崩れている箇所が目立つ。

 交戦中に闇の書の動きが急に止まりしばらく警戒して様子を見ていたら急に俺が現れたとなのはちゃんは語る。フェイトちゃんはまだ戻れていないようだ。

 

 闇の書の方をチラリと覗くと止まっていた体がピクリと動いて再び行動を開始しようとしている。すぐにでもまた動き出すだろう、さてどうしたものか。

 

『慎司君、聞こえてる?』

「その声は……リンディさん?」

 

 なのはちゃんの通信端末からだった。

 

『状況はこちらも把握してます。とにかく、無事でよかったわ。今、ここに貴方の両親もいるわ』

『慎司っ!よかった……よかった無事で』

「母さん……」

 

 リンディさんに変わって通信越しから母さんの声と安堵する声を上げる父さんの声が。俺は2人の声を聞けたことに安心しつつ

 

「ごめん、俺がモタモタしたせいでこんな事になっちまった。もっと早く行動していれば……」

『今更後悔したって仕方ないさ。それにいったろ?お前がしていることはずっと最善だった。事をなす為の最善の行動しかしていなかったんだ。それを謝る必要はない』

「うん、ありがとう父さん」

 

 よし、十分に励ましてもらった。んなら、後は頑張るだけだ。

 

「リンディさん、俺もなのはちゃんから状況はある程度聞いた。アースラからの援護はあいつが張った結界で介入は無理。今は俺達でどうにかするしかない……だろ?」

『ええ、その通りよ。けど暴走の兆候が出ている闇の書は強力よ。現状の勢力で力押しは厳しいわ』

「倒す必要はないですよ。……ようは、主人を呼び戻せればいい……そうだろ?」

『確かにそうだけど……そんな方法は……』

「ある」

 

 断言するように俺は告げる。その場になのはちゃん達も驚きの表情を隠せなかった。

 

「ありますよ、その方法」

『一体……どういう?』

「正直に言えば、理論もへったくれもない無茶苦茶な方法で理由も正当じゃない方法です。けど、俺はその方法がきっと…夜天の書の主を…八神はやてっていう俺の大切な友人呼び戻せる方法だと信じてる」

『そんな方法……』

「賛成は出来ないでしょうね、けど俺はやりますよリンディさん。諦めてください、俺は自分がやるべきでやりたいと思った事は必ずやり遂げる人間ですよ。この方法を提案した理由も……感情論が先走ってる感じだけど俺はやるよ」

『…………慎司』

「クロノ?」

 

 再びまた別の声が通信から聞こえて来る。すぐにクロノと分かった。

 

『……今はこちらからは何もできない。……だから君達に任せるしかない』

 

 重々しい声で告げてくるクロノ言葉に俺はああ、と頷く。

 

『……無茶は…お前の事だからするんだろうな。だからこう言うよ……死ぬなよ、慎司』

「任せなって、死んでも生き直す男だぜ俺は」

 

 また訳のわからない事を……と少しだけ笑いながらクロノはそう言って通信を切った。

 

 

 

 

 

 

「信治郎……ダメだ、慎司君が危険だ。今からでも止めるんだ」

 

 アースラ内。グレアムの言葉に信治郎は目を閉じて思案しながらも諦めてように息をついた。

 

「まあ、止めたい所ですけどあの眼をした慎司は言って聞くやつじゃないですからね。うまくいくよう祈るしかないんですよ」

 

 アースラではモニターで状況は確認できる。船員もリンディもエイミィもクロノも彼の行動を固唾を呑んで見守っている。

 

「信治郎っ!お前の息子だろ、何かあってからじゃ遅い。あの子をこれ以上巻き込むのはっ!」

「ロッテ、私達が……言える事じゃない」

 

 掴み掛かろうとするロッテをアリアが制する。2人とも苦虫を噛み潰したような顔をする。既に罪悪感で一杯なのだ、2人は。

 

「とにかく今は見守りましょう?」

 

 そう言って場を落ち着かせるユリカ。自身も心配で気が気でないが息子を信じてモニターを眺め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 さてと、大見得を切ったはいいけど今からやる事は正直俺1人じゃ無理だ。俺がはやてちゃんを救う為にずっと訓練をしてきた物とはまた別の無茶苦茶な行動だ。

 それをなすにはこの3人に説明して同意と助けを求める必要がある。そろそろ闇の書も動き出すだろう。俺は真剣な顔をするなのはちゃん達3人にその方法と理由を説明した。………各々困った顔をしていた。

 

「慎司……それはいくらなんでも」

「あんたねぇ……そんな事でどうにか出来るとは思えないけど」

「それに……それ実行するのもすごい大変だよ」

「まあまあそう言うなって」

 

 確かに無茶苦茶だし難しいしなんなら正直これした所で何も変わらないかもしれない。ていうか変わらない可能性の方が高いよな。けど、俺はそれをするしかないんだ。何たって………なぁ?

 

「これやるのは俺1人じゃ不可能だ。ていうか俺のわがまま全開だけどちょっと手を貸してくれよ?どうせ他に有効打ねぇだろ?なぁなぁドッグフードやるからさぁアルフ」

「バカにしてんねあんた」

「今度エロ本やるからさユーノ」

「殴っていいかな?」

「オラ、助けろやなのはちゃん」

「私だけ雑だ!?」

 

 さてまぁ冗談はさておき。

 

「なのはちゃん………今がそん時だよ」

「え?」

「俺を……助けてくれ」

「あ……」

 

 

 

『その時になったらなのはちゃん、俺を助けてくれ。俺は君を…頼りしてるから』

 

 

 

「それは……ちょっとずるいよ慎司君」

「ははっ、ごめん」

 

 けどそういうなのはちゃんは……嬉しそうに笑っていた。

 

「ふふ、でもいつもの慎司君らしくて嬉しいよ。分かった……慎司君の頼みだもんね。それなら私はいくらでも力になるよ。慎司君を……信じてるから」

 

 なのはちゃんの真っ直ぐに見つめてくるその瞳がとても綺麗でかっこよかった。そうか、君はそうやって俺に応えてくれるのか。嬉しいよ、親友。

 

「なのはちゃん………それダジャレ?」

「ちょっとは空気読んでよ!!」

 

 ごめん、照れ隠し。

 

「もう……ユーノ君、アルフさん。私からもお願い……慎司君を助けてあげて」

 

 なのはちゃんにそう言われて2人は困ったように互いに目を合わせながらも

 

「まぁ、慎司の事だからどうにかしてくれそうだし」

「フェイトの時もやらかしてくれたしね、分かったよ」

 

 そう言ってくれた。

 

「ありがとう……3人とも」

 

 荒瀬慎司は恵まれているな。こんな誇らしい友人が沢山いるんだから。

 

「さあてと!」

 

 手のひらに拳を打ち付ける。気合十分、やる気十分、根性十分!びびって震える体を無視して俺はとうに動いて行動を開始しようとしている闇の書を見つめる。

 

「待ってろよ、度肝を抜かしてやるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 中々話が進まないがもう少しだ。もう少しで終わるはずなんだ!!ちくせう!!


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約束を果たしに


 お酒沢山飲みたい今日この頃、作者はビール党ですので焼き鳥が食べたいどす


 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおっ!死ぬううううううう!!」

 

 荒瀬慎司、9歳(29)。全力で走ってます。迫るのは魔法の暴力、魔力弾やら砲撃やらから全力で逃げ惑う。いや、ちょっと待ってこれは予定外。

 

「何であの野郎俺が取り込まれる前より殺意MAXなんだよおおお!?」

 

 そうなのである、いざ作戦を結構すべく各々役割を果たそうとするが再び動き出した闇の書はさっきと打って変わって俺を魔法で狙い撃ちしてくる。

 

「え、おこなの?せっかく取り込んだの逃げ出したからおこなの?ねぇ今どんな気持ち?」

 

 頬に魔力弾が掠れる。

 

「ごめんなさいいい!」

「ふざけてないで早く逃げてよ!」

 

 辛うじて俺が無事なのは、なのはちゃん達が横から闇の書を攻撃して邪魔をしてくれているからである。とにかく足を止めずに俺は走り続けるしかない、俺がやろうとしている事はとりあえずあの闇の書の女性に近づく必要がある。今はチャンスを窺うしかない。

 

「鬼さんこちら!手のなる方へ!フォーリンラーブ!」

「……………」

「あ、無言で迫ってくるのは怖いからやめてね!!」

 

 つーかあの野郎やっぱり強いんだな。なのはちゃん達がいくら攻撃しても平気な顔して防ぐし、俺には魔力を感じたりする事は出来ないけど何となく雰囲気で別格と言うのは理解できる。

 

「もう、眠れ……大人しく眠ってくれ……」

「ざっけんな、現実から目を背けて寝てられるほど大物じゃねぇよ!」

 

 静かに俺をそう誘う闇の書の言葉を跳ね除けて俺はとにかく走る。また捕まったら今度はどうなるか分かったもんじゃない。とにかく逃げろ、今の俺に出来ることはそれなんだ。

 結界内に取り残された建物を挟んでうまく逃げる。しかし、ただ走るだけな俺と空を飛んで追いかけてくる闇の書じゃすぐに追いつかれてしまう。

 

「くそっ……」

 

 再び迫る闇の書、しかし

 

「このぉ!!」

 

 闇の書の死角から拳を握りしめたアルフが殴りかかる。衝撃と激音が響くが闇の書はまるで動じずに障壁を張って防ぐ、しかしその足は止まった。

 

「すまねぇアルフ!」

 

 そう言い残し再び走る。アルフは闇の書の動きを止めるためさらに拳を重ねてそれを塞がせる。しかし、すぐに闇の書は構成した魔力をアルフにぶつけてアルフは苦悶の声を上げて吹き飛ばされる。そして再び俺に追いすがる。

 

「荒瀬慎司……お前は……お前にだけは世界の終焉を見させるわけにいかない……それが我が主人の望み。暴走する前の私が果たせる唯一の願い……」

 

 その闇の書の言葉に俺は頭に血が上る。走る動きはやめず俺は顔だけ向けて叫んだ。

 

「余計なお世話だ!お前にそこまで世話されるいわれはねぇよ!!」

 

 頼むぞ皆、信じてるからな。皆んなを信じて息がどれだけ上がろうと走り続けてやる!!

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 暗い、暗い、暗い深淵。辺りには暗く何もなく、ただ孤独な深淵の中。車椅子に乗った少女は眠そうに目を少しだけ開ける。

 

「ここは……どこ?」

 

 記憶が曖昧だった。何かを考えようとしても強烈な睡魔のようなものが襲いかかりそれに身を委ねそうになる。

 

「ウチ……なにしてたんやっけ……」

 

 ノイズが走る思考、それよりも眠い……眠くて仕方ない。このまままた眠ってしまおう。そうだ、きっと心地いい……。

 

「そうです……そのままゆっくりと眠ってください。辛い現実よりも幸せな夢を見ていてください。貴方の望みは私が叶えます」

 

 いつの間にか見覚えのない白髪の女性が目の前に立ちそう言葉を発してくる。辛い現実……辛いのは…嫌だと少女は思った。望み……私の望みは……何なんだろう?と。

 

「……………」

 

 目を閉じる。再び意識が遠のく。大切な事を忘れている気がしたがそれよりも今はこうやってゆっくりと穏やかに眠っていたかった。白髪の女性はそれを表情を変える事なく見守っていた。しかし、何故だろうかその目に映る瞳はなんだか悲しい色をしているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……くそがっ」

 

 どれくらい走り続けただろうか、滝のように吹き出る汗を拭いながら呼吸を整えるように意識する。足は鉛のように重く膝をついてしまう始末。一歩を踏み出すのさえ一苦労だ。しかし、そうなるまで走り続けてもなお

 

「………………………」

 

 数メートル先には闇の書の女性が佇んで俺に立ちはだかる。なのはちゃんとアルフが俺を守る為にずっと闘ってくれていたが途中から走る事に夢中だった俺は今皆んながどうなっているのかは分からない。

 やられてはいないにしても痛手を受けて動かないのかもしれない。とにかく、ここまでなんとか逃げてきたが……そろそろ詰みだ。

 

「暴走までもう猶予はない……その前に荒瀬慎司、貴方だけでも再び安らかに私の中で主人と共に眠れ……」

 

 そう言って闇の書をかざす女性、再び俺は光に包まれ意識が遠のいていく…………ふざけるな。

 

「………なぁ……あんた」

「っ?」

 

 俺の言葉が気になったのかかざしていた闇の書を下ろして魔法を止める女性。

 

「あんた言ったよな?はやてちゃんはお前の中で眠ってるって」

「そうだ、そして貴方もそうなる」

「世界が滅びるから、その惨状が起こる前にせめて安らかに……てか?勝手に決めてんじゃねぇよボケナス」

「っ!」

 

 疲れた体に鞭打ちながら立ち上がる。ふざけんじゃねぇよ、世界が終わるとか何とか……勝手ばっかり言いやがる。

 

「滅ぼされてたまるかよ、この世界も……この世界に住む俺の大切な人達も……お前の暴走なんかで滅ぼされてたまるか」

「貴方がいくら吠えようとも結末は変わらない、闇の書の暴走でこの世界は滅びる。私が顕現した以上その運命は変えられない」

「勝手に諦めて勝手な事を言ってんなよ、俺は……俺達は諦めねぇよ。この世界もはやてちゃんを取り戻す事も諦めやしない」

「………今の貴方には……どうにも出来やしない」

「出来るさ、諦めないことは出来る。そんで何とかしてみせる……約束もまだ果たしてない」

「約束?」

 

 首を傾げる女性に向かって俺は息を吸って吠える。

 

「約束さ!それを守る為に俺は今ここにいる!お前みたいに何もかも諦観して諦めるほど物わかりはよくなくてなお前と違って!」

「何を……貴方に何が分かる…」

「分かるさ、あんたが諦めて無責任に世界をはやてちゃんを見捨てようとしているのは分かるさ」

「っ!」

 

 初めて、大きく女性の表情が変わる。

 

「私は……見捨てるなど……」

「同じことだよ、諦めて何もしない事は見捨てるのと同じだ」

「………どうしようもないんだ。私にはどうしようも……」

「どうしようもなくても諦めない奴らを俺はいっぱい知ってるぜ」

 

 前世でも、今世でもな。

 

「だから俺も諦めない。自分が無力って分かってても役立たずでも諦める事はしたくない」

「貴方に……私の苦しみは理解できない……」

「なら……俺に助けさせろよ」

 

 今度は俺が手を伸ばす。差し出した手に俺のありったけの思いを込めて。

 

「自分でどうにか出来ないなら誰かに助けを求めるんだよ。それも立派な諦めてない奴の行動だって俺は思う。だから俺に、はやてちゃんも貴方のことも丸ごと助けさせろ!」

「っ!好き勝手な事をっ!」

 

 返答は俺の手を取る事なく闇の書自ら俺との距離を取って空へ飛ぶ事だった。俺を捕らえるのが目的のはずの闇の書の矛盾した行動を見て、俺の言葉は効いていると確信する。

 

「私は主人の願いを叶える。それが暴走する前の私が出来る唯一の希望………お前こそ、その邪魔をするな!」

「ぐっ!うわあああああ!!」

 

 四方八方から俺に向けて放たれる魔力弾。それはどれも俺に直接命中する事は無かったが足元に魔力弾を叩きつけられその衝撃で俺は吹っ飛ばされ地面を転げ回る。

 

「ぐっ……くうう」

「もう楽になれ、既に足にもガタがきている事は分かっている。もう立てないだろう?苦しみから解放してやる、安らかに眠れ」

 

 足はプルプルと震えてうまく動かせない、体中に痛みが走り俺の動き一つ一つを軋ませる。どれだけ頑張っても、どれだけ必死になっても出来ない事は沢山ある。俺はそれをよく知っている。だからこそ今ここで足掻くのは無駄な苦労なのか?無駄な努力なのか?……………拳を思いっきり地面に打ち付ける。

 

「うるせぇ!!」

「っ!」

 

 吠える。血反吐を吐くように、自分を鼓舞するように………前を見据えて吠える。誰かに、俺の思いを伝えるように。誰かじゃない……皆んなに

 

「余計なお世話だってんだよ……苦しみから解放してやるだの安らかに眠れだのしつこい奴だ。いいか、人生っていうのは苦労の連続だよ」

 

 立て、膝をつくな。寝ている場合か?立て、立て。

 

「苦しみのない人生なんて存在しない、生きている限りどんな選択をしても苦しみは付き纏うからだ」

 

 足が震えてもいい、フラフラでもいい。

 

「だから苦しみのない現実から目を背けたって待ってるのは苦しみもなければ幸せもない幻想だ。夢は夢でしかない、幸福をただ見せられてる夢に意味なんてない」

 

 上を向いて立ち上がり続け、そして

 

「苦しみしかなくても俺達は現実を生き続けれるんだ……けどそれは不幸な事じゃない」

 

 前を向いて、進み続けろ。

 

「苦しみの先に本当の幸せが待ってるからだ!だからそんな夢見てないで戻ってこい!はやてちゃん!!」

 

 そうじゃなきゃ、人生なんて言えない!

 

「……何故そうも立ち上がる。辛い思いをしてまで」

 

 微かに震え声でそう告げる闇の書に向かってさらに吠える。

 

「その先の俺にとっての幸せを掴む為だ!そして、約束と誓いを果たす為だ!!」

 

 走れ。

 

「っ!来るな……」

 

 走る、闇の書に向かって真っ直ぐに。動揺した闇の書は俺の足を止める為に魔力弾を放つ。頬をかすめた、後ろに炸裂して衝撃で足がもたれるが耐える。足の感覚はない、疲労なんてとっくに限界を超えてる。ずっと柔道の練習を休み続けたツケはきている。

 

 だが走れ、約束を果たす為に走れ!

 

「おおおおおおおおおおっ!!」

 

 それは咆哮。荒瀬慎司が放つ死力の咆哮。それに押されるように闇の書は僅かに表情を歪めて

 

「来るなぁ!」

 

 始めて大きく感情を発露させた。そして放たれる魔力弾は俺に真っ直ぐに向けられた。当たれば魔力のない俺にはひとたまりもない、しかし足を止めず、避ける事もせず全力で走る。

 魔力弾が俺へと直撃するほんの一瞬前

 

「ユーノおおおお!!」

「君は本当に無茶ばっかりだよ!」

 

 一瞬で霧散し消える俺、魔力弾は対象を失いそのまま地面に当たり消え失せる。ユーノが仕掛けた転移だった。ユーノは俺が逃げ回っている間この場所にすぐにでも転移を行えるように仕掛けと魔力を練って準備をしてくれていた。なのはちゃんとアルフの協力でこちらに闇の書を誘導出来る様に協力をしてもらいながら俺は走っていたのだ。遠回りしてさらにユーノに準備の時間を与える為に。

 俺の演説も本心であり時間稼ぎの面もあったんだ。

 

「くはっ!」

 

 地面から一瞬で闇の書から十数メートルほど離れた頭上の空に投げ出される。

 

「っ!?」

 

 闇の書は驚愕の表情を浮かべようやく俺が転移した事を理解した。そうだ、これだ。この状況だ。俺が望んだのは闇の書のあの女性に接近する事。しかしただ接近するだけではダメだった。俺が再び捕らえれるのがオチだからだ。不意を突いて彼女に近づく必要があった。一ノ矢は放った、次は二の矢。

 

「アルフ、やれ!」

「アンタは本当に……」

 

 転移先に待っていたのは先回りして闇の書にバレないように待機していたアルフ、俺を両手で抱えて振りかぶり

 

「無茶苦茶だよ!」

 

 闇の書に向かって投げ飛ばす。落下のスピードも合わさりかなりの速度で闇の書へと空から接近する。気づいた闇の書に対応されないための二の矢だ。

 

「っ!!うわぁ!」

 

 しかし、その努力も虚しく闇の書は僅かに数メートルくらいの所で何なく地面から生やした触手で俺を空中で捕らえる。一切身動きが取れなくなった。

 

「無駄な足掻きだ……諦めろ」

「くっ!」

 

 その言葉に俺は苦悶の表情を浮かべる………が、その後すぐに笑みを浮かべて見せた。

 

「……?何を……」

「さぁ、三の矢だ」

 

「やああああ!!」

 

 衝撃が走る。闇の書の背後からなのはちゃんが接近して魔力を込めたレイジングハートを叩きつけたのだ。闇の書は障壁を一瞬で構成して対抗するもの不意打ちの一撃は完全には防げずダメージを受ける。すると同時に俺を捕らえていた触手もその影響か消える。

 俺が切り札を見せたと見せかけた所で闇の書は俺を捕らえるだろう、それを確信して本当の隠し球のなのはちゃんを最後まで待機させてたのだ。

 

「行け!慎司君!」

 

 ああ、任せろ!!

 

 

 

 触手が消えてそのまま空中に投げ出され落下を再開する、真っ直ぐ闇の書へと。なのはちゃんからの攻撃で闇の書の動きは一瞬よりも多い時間動きを止めた。十分だ。

 

「約束を果たしにきたぞ……はやてちゃん!」

「くっ!?」

 

 闇の書の彼女は語った。はやてちゃんは今、自分の中で眠っていると。それがはやてちゃんの意思なのかそれとも俺みたいに夢を見せされているのかは分からない。どっちでもいいんだ。俺はただはやてちゃんをこの現実に引き摺り出す。それは俺の役目で無ければならないんだ。だって……

 

 

『もしかして、わたしはもうすぐ死ぬのかなって。だから神様が最後くらいこうやって幸せにしてくれてるかなって』

 

 

 だって……

 

 

『だから、わたしがこのまま眠ったらもう目覚める事のないまま……ってそんな突拍子もない事考えてまう』

 

 

 

 だって……約束したんだ。

 

 

『もしもはやてちゃんが目覚めなくて、全然起きてくれなくなったらさ……俺が意地でも叩き起こしてやるよ』

 

 

 誓ったんだ。あんな風に寂しい顔をもうさせたくないって。意地でも俺が笑わせてやるんだって。その為に俺は……戻ってきたんだ!!

 

 

『俺ははやてちゃんがもし目覚めなくなったら頭突きする、どんな状況でも容赦なく。はやてちゃんは、俺に頭突きされたらちゃんと起きる。これ約束な』

 

 

 

 

 だから!!

 

 

 

「さっさと起きろぉ!このねぼすけ女あああああああああああ!!!」

 

 

 ゴンッ!

 

 

 と頭と頭を打ち付けるには大き過ぎる鈍い音が響き渡った。

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

「……………」

 

 微睡の中、再び八神はやては目を開ける。その目はまだ眠そうに虚な輝きだが意識をしっかりと繋げた。

 

「………眠ってください。そうすれば夢の中で貴方が望んだ幸せの世界にいられます」

 

 再び現れる白髪の綺麗な女性。この何もない空間で唯一八神はやてが認識できる存在。

 

「望んだ……幸せ?」

 

 八神はやてはぼーっとする頭で考える。自分が望んだ幸せとは何だったんだろうか。

 

「健康の体、愛するもの達とのずっと続いていく暮らし……その幸福を夢の中で永遠に味わえます」

 

 その言葉に誘われるように八神はやての瞼はまた重くなる。眠い……眠い……。でも、このまま眠ってはいけない。そんな気がする。けど、どうしても頭が回らない。その誘惑に逆らう事が出来ない。眠りたくないのに……眠い、夢に逃げたくないのに……逃げたい。矛盾した感情が押し寄せる。

 

「私は………」

 

 思考の海と共に瞼が完全に閉じられる手前だった。頭にとんでもない衝撃ご襲ってきた。

 

「ふぇ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げるはやてに何が起こったのか分からず困惑する白髪の女性。頭の衝撃に意味が分からず困惑する八神はやてをさらに混乱させる現象が起こる。

 

『さっさと起きろぉ!このねぼすけ女あああああああああああ!!!』

 

「うひゃあ!!」

 

 今度は脳裏に響くとんでもない大声。頭への衝撃と大声量の叫びで眠気など一瞬で吹っ飛んでしまった。未だ困惑する八神はやては少しだけ息を吐いて心を落ち着かせる。そして先程の声の主を、聞いた事のあるその声の主の名前を呟く。

 

「慎司………君」

 

 ああ、そうか。君か、君なら本当にやりかねないと思ったけど。まさか自分を安心させるためについたあの突拍子もない約束を果たしてくれたのか。はやてはすぐに理解した、そして今現実では何が起きてるのかをしっかり認識する。眠りながらでも聞こえていた慎司君の声を思い出す。

 

「………ほんなら……ウチも約束守らんとな」

 

 頭突きをされたら起きなければ。そういう約束だったのだから。八神はやては首を振って意識をしっかり覚醒させて先程の女性の言葉について答える。

 

「せやけど……それはただの夢や」

 

 八神はやては既に答えを得ている。幸せな夢よりも可能性の現実を選び取る強さを持っている。

 

「私、こんなん望んでない……貴女も同じはずや」

 

 はやてのその言葉に女性は淡々と答える。

 

「私の心は騎士達の感情と深くリンクしています、だから騎士達と同じように私も彼を……荒瀬慎司に深い友情を感じ貴女を愛おしく感じます」

 

 だからこそ、はやてを殺してしまい慎司の世界を壊す自身の力の暴走を止めれない。そう深く悲しそうに語る女性にはやてもまた語る。自分が闇の書の覚醒の時に今までの事が分かったという。悲しみの連鎖の過去を。

 望むように生きられない悲しさ、そして自分もそれは分かるしそれはシグナム達も一緒だ。ずっと悲しい思い、寂しい思いをしてきた。

 

「せやけど忘れたらあかん」

 

 強く優しい目ではやてはその女性に温もりを与えるように頬に手を当てる。女性は目を見開き驚く。

 

「貴女のマスターは今は私や、マスターの言う事はちゃんと聞かなあかん」

 

 足元に照らされる白い魔法陣。それは女性が発現させたものか八神はやてによるものか。おそらく後者だろう。

 

「名前をあげる……」

 

 もう闇の書とか、呪いの魔導書とか等言わせない。私が言わせないと八神はやては強い口調で言葉にする。女性に目に浮かぶのは……今初めてこぼしたような温かな涙。

 

「私は管理者や、私にはそれができる」

「無理です……自動防御プログラムが止まりません……管理局の魔導師が闘っていますが……それも」

「止まって……」

 

 目を閉じそう呟くはやて。そして…………

 

 

 

 

 

 

 

「痛ってえええええええええ!!あの野郎結構石頭だ!」

「自分で頭突きかましといて自分が痛がるなんて世話ないねぇ」

 

 現実では荒瀬慎司は頭突きをかました直後、地面に落下する前に回収して地面に降ろしてくれたアルフの呆れた声にげんなりしつつ先程から頭突きを受けてから変わらず冷たい目でこちらを見つめてくる白髪の女性を見据える。

 

「くそっ、やっぱりそう上手くいかないのか?」

 

 やっつけ感満載で実行した命懸けの頭突きだったがやはり無意味な行動だったのだろうか、そう思いかけた時だった。女性の様子がおかしい事に気づく。動きが鈍くなっていた。まるで壊れかけのカラクリのようにギギギっと軋むような、一つ一つの動作がそうな風になっていた。

 

「っ!はやてちゃん?」

「えっ?」

 

 突然そうぼやくなのはちゃん。俺がどういう事だと声を上げるがなのはちゃんからの反応はない。まるで心中で会話してるかのように無言で表情を変えたり頷いたりしている。それはアルフとユーノにも見てとれた。念話か!くそ、俺には聞こえねぇよ!しばらくもやもやしている気分になるが念話を終えたなのはちゃんは俺の方に向き直って簡単に説明してくれる。

 

 今はやてちゃんの声が聞えてきた事、目の前にいる白髪の女性とは魔導書と本体とのコントロールを切り離したが今のままでは管理者権限が使えないからその子を止めて欲しいと。今目の前にいるのは自動行動の防衛プログラムだけとのこと。急に動きがロボットみたいになったのはそういう事か。

 

 だが、俺の胸は高鳴った。はやてちゃんがまだちゃんと生きてる事と闇の書が完成してからも主であるはやてちゃんの意識があるという事。それは俺が調べた限りの記録には無い新たな局面。俺の頭突きは役に立ったかは分からんがこれは悲劇の結末を覆す前兆に感じた。

 

「それと慎司君に伝言……戻ったら頭突きの事覚悟しぃや……だって」

「えー……」

 

 困ったようにそう言うなのはちゃん俺は再びげんなりとする。いや確かに女の子に頭突きとかかなり非道だけど今回はしょうがないだろ。

 なのはちゃん達がやる事は決まったらしい、とりあえずあの防衛プログラムとやらを魔法で全力で叩きのめすという事だ。

 

「んじゃ、俺のすべき事は一つだな……」

「え?何かな?」

「応援だよ、フレー!フレー!なのはちゃんー!がんばれー!がんばれー!なのはちゃーん!」

「ちょっ、慎司君すごくやり辛いよぉ」

「がんばれがんばれやれば出来るあきらめんなよお前自分を信じれば不可能はないネバーギブアップだちんちくりん!」

「うるさいよ!?あとどさくさに紛れてちんちくりんって言ったね!?」

「はよ行ってこいって」

「もう〜〜〜、応援するならちゃんと応援してよぉ……」

 

 だよねぇ、んま最近なのはちゃんいじれなくて寂しかったからついね。なのはちゃんの背中を優しくポンっと押すように叩いて

 

「ちょっくら俺の分までかましてこいよ。がんばれなのはちゃん!」

「……うんっ!今度は私の番だもんね!任せて!」

 

 機嫌良く飛んでいったなのはちゃん見送る。ユーノとアルフもそれに続いた。さて、言うまでもなく動きが緩慢になった防衛プログラムではなのはちゃん達にに太刀打ち出来るわけなく。

 全力全開のなのはちゃんの砲撃を浴びる羽目となった。

 

「うわー、容赦ねぇー」

 

 遠巻きに見守る俺もついそうぼやいてしまうくらいだった。砲撃の爆破と衝撃で、周りは光に包まれる。いや、砲撃の影響によるものじゃない。防衛プログラムとやらがいた場所は暖かな光に包まれ収束していく。

 そんな景色に見惚れるてる中ふと視線をずらすと

 

「っ!フェイトちゃん!」

 

 フェイトちゃんが何事もなかったかのように空に佇んでいた。俺の視線に気づいたのかフェイトちゃんはこちらに軽く手を振り問題ないと俺を安心させるように笑みを浮かべていた。………また、強い目になったな。闇の書の中で何があったか知らないが彼女が成長する何かがあったんだろう。

 フェイトちゃんの無事を確認したところで辺りに地響きが起こる。

 

「な、なんだ!?」

 

 地面の上にいる俺はとてもじゃないが立ってられないほどだった。異変が起こってすぐにフェイトちゃんが俺の元まできて抱き抱えて一緒に空へと運んでくれる。

 

「わーお、フェイトちゃんも軽々俺を腕だけで持ち上げるねぇ………ゴリラかよ」

「っ?………ドラミング…する?」

 

 …………ちょっと見てみたいかも。

 

「冗談はともかく……無事でよかったよ」

「うん、慎司が外で大活躍してたの……何となくだけど私にも伝わってきたから」

 

 そりゃまた恥ずかしい。なんて会話をしつつなのはちゃん達とも合流、互いに無事なのを喜びつつも地響きは収まらず今度は禍々しい黒くて巨大な円状の魔力が出現する。なんだありゃぁ……

 

『皆んな気をつけて!闇の書の反応はまだ消えてないよ!』

 

 通信越しからエイミィさんの声とさらに大きな地鳴りが耳をつんざく。さて……どうしたものかな。

 

 

 

 

 

 

 決着の時は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 さぁ!終わりが見えてきましたぞ!


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最後じゃない


 ウマ娘ちょびちょびやってます。スズカとスパとテイオーが当たらなくて発狂中


 禍々しい魔力の奔流にゴクリと生唾を飲み込む。エイミィさんが通信で言うにはまだ闇の書の魔力反応は消えていないと言っていた。つまり、まだ終わってはいないという事。

 

『皆、あの黒い淀みが暴走の始まる場所になる。クロノ君が着くまで無闇に近づいたらダメだよ!』

 

 クロノが向かってくれているのか。しかし、世界を飲み込む暴走が始まると言うのなら戦力はいくらあっていい。俺は確信していた。きっと大丈夫だと……なぜなら

 

「こいよ、はやてちゃん」

 

 彼女は彼女の意思で現実へと目覚めて戻ってくるのだから。魔導師として覚醒した彼女がきっと頼もしい援軍として現れると。

 

 瞬間、黒い淀みとは別に白く輝きを放つ魔力が閃光として炸裂する。衝撃と光に瞬間的に目を覆う。そして視界を取り戻した時には

 

「シグナム!」

「ヴィータちゃん?」

 

 フェイトちゃんとなのはちゃんが驚きながら口にする。炸裂し、円の形を維持している白い魔力を守るようにそれを取り囲む4人の人影。みすみす見殺しにしてしまった大切な友。ヴィータちゃん、シグナム、シャマル、ザフィーラの姿が。

 

「あいつら……」

 

 そうか、守護騎士は魔導書によって構成されたプログラム。つまり主が望めばその修復も可能なんだ。そして円状の白い魔力が砕け散り中から出てきたのは杖を持ち近くに闇の書と呼ばれた魔導書を浮かせた魔導師姿のはやてちゃん。魔導師らしく宙に浮き凛々しい姿で舞い戻ってきた。変わった点は髪の色、茶髪からあのさっきまで相手していた白髪の女性と同じ白の色に。まるで彼女と一つになったかのように。

 はやてちゃんと守護騎士4人の登場に俺は目頭が熱くなる。彼女らも感動の再会を………してはいなかった。

 

「痛った〜〜〜〜っ!現実に戻ってきたら痛覚も戻ってきたのか頭が痛った〜〜〜」

 

 えぇ………、頭抱えてその反応かよ。もっとお前ら再会を喜び合えよ。俺関西弁じゃないのになんでやねんって言いそうになるわ。あ、ようやく八神家で再会を喜び合ってる。なんか積もる話も済み終わった後にとりあえず俺達もはやてちゃんの元に合流する。

 

「なんでやねん!」

「なにがやねん!」

「「いえーい!」」

 

 もはや合言葉である。てか結局言っちゃったのと相変わらずノリがいいなはやてちゃん。またこうやってふざけれて嬉しいぞよ。

 

「…………慎司君」

「おう」

「ありがとうな?慎司君のおかげで戻ってこれたよ……」

「ああ……」

「あとな?」

「うん?」

 

 ニッコリするはやてちゃん。そのニッコリ笑顔のまま

 

「もうちょっと加減してやっ!普通に痛ったいわ!」

 

 と分厚い魔導書で俺の頭をはたく。なのはちゃん達もまさかのはやてちゃんの行動にあんぐりとしていた。頭がぐわんぐわんとする。いや、だから非常事態だったんだから許してくれよ。

 けどまぁ……いててと頭をさすりながら俺はそれでも

 

「けど、一瞬で眠気なんて吹き飛んだろ?」

 

 と、笑みを浮かべてそう言って見せる。それにはやてちゃんも笑顔で

 

「まぁ……せやけどね。……約束、守ってくれてありがとう」

「はやてちゃんもな、お互い様さ」

 

 2人して笑い合う。そうだ、笑ってくれ。君に似合う最高の表情はその笑顔だ。

 そんな感じではやてちゃんと再会を喜びあい次はその後ろで気まずそうにしている4人だ。

 

「おいグッさん」

「………まさか私の事か?」

 

 そうだ貴様の事だシグナム。

 

「気まずそうに距離作ってんじゃないよ、今後もグッさんって呼ぶぞ」

「それは……困るな」

 

 ああ、俺もそんな呼び方は嫌だ。だからよ、

 

「シグナム、ヴィータちゃん、シャマル……ザフィーラ…だよな?」

 

 一応人間状態のザフィーラと対面するのは初めてなので確認する。苦笑しながら頷くザフィーラを確認してから俺は全員を巻き込むように抱きつく。

 

「慎司?」

 

 ヴィータちゃんが困惑気味に俺を呼ぶ。しかし俺はそれに答えない。ただぎゅっと腕により力を込める。ああ、4人がここにいる。助けれなかったと思った4人がここにいる。二度と会えないと思った、もう笑い合えないかと思った。けど……ここにいる。

 

「生きていてくれて、また会えて……よかった…」

 

 絞り出すような霞んだ声で俺はそう零す。無惨にも俺の前で消えていった守護騎士達。すれ違い、一度袂を別つような事になったけど。それでもここにいま存在してくれている事に感謝できた。

 

「……ああ、私達もまたお前と会えて……嬉しく思う」

「……ありがとう慎司君、私達を助けてくれて」

 

 シグナムとシャマルの言葉に涙が滲みそうになる。それでも、俺は堪えた。まだ……おわってはいないのだから。

 

「……もう、皆んなと会うのを控えろなんて言わないだろ?」

「ああ、勿論だ」

 

 その返事を聞いて4人を解放する。腕に残る4人分の温もりを噛み締めて、再会の喜びで浮かれている気持ちを息を吐いて落ち着ける。さて、どうしたものか。

 

「君はやっぱりとんでもない大馬鹿者だ、慎司」

 

 そう悪態をつきながら上空からこちらに合流してきたのはクロノだった。結界も解けてようやくクロノもこちらに来れたのだろう。

 

「そう言うなって、何とかなったろ?」

「頭突きでどうにかなると思ってた君の思考回路が怖いよ僕は」

 

 俺はチラッとはやてちゃんに視線を逸らしつつ

 

「……約束、だったからさ」

 

 そう穏やかに答えてみせた。

 

「………まあ、君らしいと言えば君らしいか。……無事でよかった」

「ああ、心配かけて悪かったよ。ありがとな、色々と」

 

 俺の言葉に頷くクロノ。そして切り替えるように表情をキリッとさせて俺達全員を見つめて言葉を紡ぐ。

 

「さて、時間がないので今の状況を簡潔に説明する」

 

 クロノから語られる説明を俺達は固唾を飲んで聞く。

 

「あそこの黒い澱み…闇の書の防衛プログラムが後数分で暴走を開始する、僕らはそれを何らかの方法で止めないといけない。停止のプランは2つだ」

 

 数分か、本当に時間がない。そしてそのプランの一つがクロノがカードのような物を取り出してそれを使っての極めて強力な氷結魔法で闇の書を停止させる方法。

 そしてもう一つが軌道上に待機してるアースラの超強力魔導砲、アルカンシェルで消滅させる方法、この二つだと語る。

 

「これ以外に他にいい手はないか?闇の書の主とその守護騎士に聞きたい」

 

 クロノ問いかけにまずシャマルが控えめに片手を軽く上げて発言する。シャマルが言うには氷結魔法の方法は難しいと言う。主のない防衛プログラムは魔力の塊みたいな物だからと言う、さらに凍結させてもコアがある限り再生機能は止まらない。主と繋がっている状態で主ごと凍結させれば停止出来たのかと俺は心の中で思いつつ、もしそうなったらと背中がヒヤリとした。

 

 さらにヴィータちゃんがアルカンシェルでの消滅方法も難を示した。仮に消滅する事は出来ても少なくても街への被害は海鳴市だけでは収まらないという。成程、アルカンシェルというやつはそこまでやばい威力なのか。

 

「そ、そんなにすごいの?」

「発動地点を中心に百数十キロの範囲の空間を歪曲させながら反応消滅起こさせる魔導砲……て言えば分かりやすいかな?」

 

 なのはちゃんの疑問にユーノがこれまた分かりやすく説明する。いや、待て待て。それはシャレにならんて。核爆弾じゃねぇんだぞ。

 

「まるで寝起きで機嫌が良くない時のなのはちゃんだな」

「ちょっとどう言う意味!?あと私寝起き悪くないもん!」

 

 久しぶりのなのはちゃんからのポカポカを笑いながら受け流す。まぁこうやって、頬を膨らませてポカポカしてくるなのはちゃんはアルカンシェル級に可愛らしいかもしれない。……言い過ぎかな?

 

「……出来れば僕も艦長も使いたくはない」

 

 そりゃそうだろが方法が他にないのが現状か。皆んな頭を捻って考える。守護騎士達もこんな事例は始めてだからいい案があるわけでもなさそうだ。アルフが頭を掻きむしってイライラするように

 

「皆んなで魔法を撃ってズバんと解決ってわけにはいかないのかい?」

 

 そんなアルフにユーノが苦笑いでそんな単純な話じゃないと語るが。さてさて、問題点を整理しよう。有効打はアルカンシェルという砲撃、しかしここで撃っては地球に甚大な被害が及ぶ。例え海に誘導しても海ですら影響は及ぶ。つまり地球では撃てない。それなら………地球で撃たなければいい。

 

「なぁ、魔法に全然詳しくない俺が言うのも何だけどよ。その暴走プログラムをどうにか軌道上……撃っても問題ないであろう宇宙で待機してるアースラの射線上に転移させる事とか出来ないのか?」

 

 俺の言葉にクロノがうーんと難しい顔をする。あんな巨大な物を転移させるには準備と防衛プログラムを守るバリアを破らなければならないと言う。

 

「それならそこで例の氷結魔法の出番だろ?さらに言うなら転移を成功させる確率を高める為に皆んなが魔法でバンバン攻撃して防衛プログラムの魔力の塊とやらを削る……そして転移させてアルカンシェルで蒸発させる……あれ、意外といい案?」

 

 なーんて、素人の俺が口出す話じゃないよなごめんと告げるが各々ハッとしたような顔をしていた。え、マジ?

 

「艦長っ!」

 

 クロノが通信を繋げる。

 

『何ともまぁ……流石2人の息子と言うか、流石慎司君というか……』

『あははは、リンディさんったらそう誉めないでよ』

 

 いや、若干皮肉の色もあったぞ多分。母さん喜んでんじゃないよ。

 

『ですが、計算上ではまた実現可能って言うのが怖いですね』

 

 エイミィさんまで何言ってるのよ。

 

「ほんなら……方針は慎司君の案で決まりかな?」

 

 はやてちゃんの言葉に俺以外全員頷く。おい、マジかよ。割と適当な意見だぞ。

 

「個人の力頼みでギャンブル性の高いプランだが……やる価値はあると判断した。アースラもその案に賛成だ」

 

 魔法でゴリ押しに削ってゴリ押しに転移させて、最大火力で蒸発させる……

 

「なら、発案者権限で作戦名を命名する。名付けて、『ゴリゴリ蒸発作戦』だ!」

「「「壊滅的なネーミングだ!」」」

 

 なのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃんから総ツッコミを受ける。ふむ、不服かね。ならば

 

「別名、『ゴリゴリなのはちゃん!!』」

「ホントにいい加減にしてね!?そろそろ本気で怒るよ!」

 

 ごめんごめん。とりあえず方針が決まったんなら俺のすべき事はただ一つ。

 

「んじゃ、今回は本当に役立たずの邪魔になっちまうから俺はアースラに避難するよ」

 

 俺の言葉に皆んな少し表情を落とす。皆が言いづらそうにしていたのは何となく感じていたから、ちゃんと俺が言わないといけない。今必要なのは優秀な魔法を使える魔導師達。そもそも本当は俺はお呼びじゃない状況で俺のわがままでずっと皆んなに心配をかけた。俺がいますべき最善は皆に心配をかけないように安全な所にいる事だ。

 

「エールは十分に送ったつもりだ。まあ、最初から俺は皆が失敗するなんて思ってないからさ……さっさと終わらせて帰ってきてくれよ。皆、俺にとって大事な友達だからさ……」

 

 背を向けて照れ臭さを隠すようにそう告げる。皆がどんな反応をしているかは分からないけど俺のその言葉を真剣に受け止めて各々頷いてくれていたと思う。

 

『慎司君、アースラで受け入れの準備は出来たよ。すぐに転移装置を起動するからね』

 

 通信越しで俺の言葉を聞いていたエイミィさんがすぐに準備をしてくれた。ありがとうございますと告げてからもう一度皆んなの方に向き直り俺は努めて笑顔を浮かべて

 

「んじゃ、後は任せた。暗くなる前に帰ってこいよー」

 

 そう言い残して俺は転移特有の独特の浮遊感に身を任せた。

 

 

 

 

 

「もう、夜だよ慎司……」

 

 と、フェイトはクスクスと可笑しそうに笑みを浮かべる。それに釣られてその場に残った荒瀬慎司の友人達も笑う。既に彼ら彼女らの心に荒瀬慎司のからのエールは刻まれた。言葉だけでなく荒瀬慎司が起こした行動によっても。

 誰かはその献身に胸を打たれた、誰かはその勇気に励まされた、誰かはその不屈の心を受け取った。

 

 眼下の黒い淀みを見下ろす。すぐにでも決戦が始まる。各々、拳を握りしめ自らの得物をしっかりと持つ。

 

「ほんなら……行こか」

 

 全ては自分達と荒瀬慎司の世界を守る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイムショッカー!!」

「戻ってきて早々やかましいわよ」

 

 転移でアースラへと飛んだ俺を出迎えてくれたママンに軽く小突かれる。隣の父さんからはよくやったなと優しく頭を叩かれる。

 場所はブリッジ、以前にもいたアースラのクルーたちにエイミィさんとリンディさんの姿も。俺は一応会釈だけしておく。積もる話は後だ、これからアースラも作戦成功の為に行動を開始するだろうから。

 辺りを見渡すと何故か船内にグレアムさんとリーゼ姉妹の姿が、姉妹と目が合うと2人は気不味そうに目を背ける。………何か、あったんだろう。今はとりあえず声をかけるのはやめておいた。

 

「父さん、母さん、アースラの船内にトレーニング場があったよね?今すぐそこに一緒に来てくれないかな?」

 

 俺の言葉に父さんと母さんは少し驚きながら

 

「構わないが……見届けなくていいのか?」

 

 なのはちゃん達の事を言っているのはすぐに分かった。

 

「必要ないよ、失敗するだなんて思ってないし心配もしてない、皆んななら世界の一つや2つサクって守ってくれるさ」

 

 そうは言っているが全く心配してないなんて嘘だった。だけど信じている事も本当だ。皆んなにらきっとうまくやってくれる。だからこそ

 

「俺は皆んながたどり着かせてくれるであろう明るい未来を一片の曇りのないものにしたいんだ」

「お前……まさか」

「ああ、何となくだけど予想はつくよ……このままじゃ完全無欠のハッピーエンドにはならない。また、約束しちゃったからさ……」

 

 2人を救うって。はやてちゃんだけじゃない。あの人の事も俺は……救いたいんだ。

 

「相変わらず分の悪い賭けになるけど元々やろうとしていた事とは殆ど変わらない。そして、時間も待ってくれない。………父さんと母さんには申し訳ないけどやっぱり俺は……魔法を捨てるよ」

 

 皆んなが笑顔で明るい未来を歩んでいく為に。そして何より、俺がそうしたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 決着はついた。荒瀬慎司が信じた通り高町なのは達は見事に防御プログラムの破壊に成功、地球の破壊を防いだのだ。

 作戦の成功を喜ぶ束の間、直後に八神はやては疲労からか倒れてしまい全員すぐにアースラへと帰還。八神はやてはすぐに医務室に運ばれ守護騎士とはやてとのユニゾンを解き自由に動けるようになったリインフォースはそれに付き添った。

 

「あれ、慎司は?」

 

 はやてが運ばれるのを見送ってから船内を見渡すフェイトがそう声を上げる。本来なら真っ先にでも出迎えてくれそうだと思っていただけにその場にいなかったことはすぐに分かった。

 

「艦長、慎司は?」

「それが……慎司君は両親と一緒にいつの間にかどこかに行ってしまったのよ。クロノ達が転移で戻ってきた時とちょうど入れ替わりにどこかに転移してしまったわ」

 

 リンディのその言葉にクロノが難しい顔をする。何故だ、既に慎司の望みは叶った。この場から人知れずどこかへ行く理由が分からなかった。

 

「後で私が連絡してみるね、心配だし」

「頼むよ」

 

 なのはのその提案で一度その話題は区切りを付ける。

 

 

 

 翌日、はやての安否に問題は無いことが分かり各々がホッとした矢先。なのは達の耳に悲しい情報が入る。クロノは夜天の書の完成プログラム……リインフォースの進言があったとなのは達に語る。

 

 夜天の書の破壊をすべきとの。何故か、防御プログラムは破壊し問題は解決した筈だとなのはは口にするがリインフォースが言うに防御プログラムは破壊し今は穏やかな夜天の書も歪みそのものが治ったわけではなくすぐに新たに防御プログラムを作成し始めると述べたのだ。

 

 夜天の書の歪みは既に元の形の記録さえ消えて治す手段がなく、このまま放っておけば今度こそはやてが死ぬ。そうなる前に、防御プログラムが消えた今なら夜天の書を破壊するのは容易い。

 

 リインフォースは自身を破壊すべきだと申し出たという。本来ならその行為で守護騎士プログラムであるシグナム達も消滅してしまう筈だが、リィンフォースは事態を予見し防御プログラム破壊と同時に守護騎士プログラムを本体から解放し今は自律しているため消滅には巻き込まれないのが不幸中の幸いだった。

 

 そして、リインフォースは自らの破壊をなのはとフェイトにお願いしたいと。そして荒瀬慎司に見届けてほしいと。この3人に深く感謝しているリィンフォース故の指名だった。そして更に翌日、雪の日。地球の海鳴が見渡せる景色のいい丘の上。そこで、リィンフォースを空に返す日がやってくる。

 

 しかし、その日になっても八神はやては目覚める事はなく荒瀬慎司は消息不明のままだった。しかし、時間に猶予はない。防御プログラムの再生の前にケリをつけねばならず予定通り実行されようとしていた。辺りは雪で覆われ美しい白色で覆われるなか、悲しそうに杖を構える2人とそれを見届ける守護騎士の4人。礼と謝罪を述べてリインフォースは笑顔で………

 

「リインフォース!!皆んな!あかん!やめてぇ!!」

 

 涙ながらに必死に車椅子でそれを止めようと八神はやては息を切らしながら現れる。

 

「大丈夫や!ウチが抑えるから……こんなもん全然平気やから…そんな事せんでええ!」

「主はやて……よいのですよ」

 

 そんなはやての必死の訴えにリインフォースは穏やかに笑いながら首を振る。良いことなんかないと涙声で叫ぶはやてちゃんに対してリインフォースはあくまで穏やかに満ち足りた表情で

 

「随分と長い時を生きてきましたが、最後の最後で私は貴方に綺麗な名前と心を頂きました。………騎士達も貴方の側にいます、何も心配はありません」

「心配とかっそんなの!」

 

 2人の話は平行線だった。リインフォースははやてを守る最善を選ばせてくれと、はやては自分が絶対に何とかするから止めろと。しかしはやての言葉は現実問題それは危険な選択だ。今度こそはやては死に地球も滅んでしまう。リインフォースもなのはもフェイトも守護騎士達もそしてはやても理解はしていた。こうするしかないのだと。

 

「ずっと不幸でようやくこれから幸せに……幸せに生きられるのにこんなのってないやんか……」

「いいえ、私はもう世界で一番幸福な魔導書ですから……」

「後悔は…残るやろ?」

「後悔など………いえ、一つだけ後悔というよりはお願いが」

 

 リインフォースは笑みを浮かべて目を閉じる。思い出すような語る。

 

「最後に荒瀬慎司に伝えてください、私は貴方の勇気と行動のおかげで救われたと……笑って逝けると。彼とはもっと言葉を交わしたかったですが……それでも彼と主はやてが私に言ってくれた言葉で私の胸は満ち足りています。だから、荒瀬慎司には私の分まで幸せに前を向いて生きて欲しいと」

 

 それはリインフォースなりの荒瀬慎司への謝意とエールだった。ただ1人、慎司の心を覗き慎司の秘密を知っているリインフォースだからこそ出た言葉だった。

 

 術式が発動する。もう間も無くリインフォースは消滅を始めるだろう。

 

「(いいのかな?このままで)」

 

 なのはは思案する。本当にいいのかと。リインフォースの決意は固い。彼女のこの高潔な想いと決意を邪魔するのは侮辱となってしまう。けど、自分は荒瀬慎司と誓ったのだ。完全無欠のハッピーエンド、それを目指して生きていくと。リインフォースの消滅は完全無欠のハッピーエンドと言えるだろうか?

 

 そして、慎司がいない。リインフォースは慎司に看取って欲しいと願ったが肝心の慎司とは連絡がつかない。彼の携帯の残骸が決戦場となった街で発見されたのだ。あの街で走り回ってる時かそれより前かは分からない。しかし、現実問題連絡が取れていない。彼に同行した両親も連絡はつくが今は邪魔しないでくれの一点張りである。探そうと思えば探せたのだろうが時間がなかったのだ。

 せめて、慎司がいてくれればと内心思う。

 

「(慎司君……このままじゃ慎司君も後悔しか残らないよ。後悔しない為に頑張るって言ってたよね?だからきっと慎司君は……)」

 

 絶対に来る。

 

 

 

 

 

 瞬間、リインフォースを消滅させるため発動しようとしていた術式が弾ける。同時にそれに上書きされるように別の術式が近くで発現する。

 

「転移?」

 

 自身も使い手であるシャマルは即座にそれがなんの術式か把握した。全員予想外の事態に目を見開く。

 最初に現れたのはクロノ、神妙な面持ち現れる彼の眼は何だか疲れていた。次に現れたのはユーノとアルフ。2人もクロノと似たような様子だった。本来この3人はリインフォースの最後を見届けるのにあまり大人数では遠慮していたのだ。静かに穏やかに見送るための配慮だった。しかし、その3人現れた事になのは達は驚く。そして次に現れたのは人物達にも驚いた。

 

「貴方は……っ」

 

 そう声をあげたのはシグナム。転移の光に晒されながら現れたのはグレアムとその使い魔のリーゼ姉妹。守護騎士達とリインフォース、はやてとは浅からぬ因縁の相手の登場に更に動揺が走る。しかし、それらはどこからか聞こえた声によって更に驚愕に塗り替えられた。

 

「勝手な事言ってんじゃねぇよ、リインフォース」

 

 守護騎士達は目を見開き、フェイトはホッとしたように息を吐く。リインフォースはその声が聞くことができた事に胸を撫で下ろしはやては堪えられなくなっていた涙を流しながら縋るようにその声の主を探す。そして、高町なのはは

 

「……やっぱり……来た」

 

 期待を裏切らない親友に胸を熱くする。荒瀬信治郎と荒瀬ユリカ、そして2人に見守られるように一緒に姿を現したのは

 

「………俺だけじゃねぇよ。お前もこれから俺達と一緒に前を向いて生きてくんだ」

 

 最後に言葉を交わしたのほんの2日前。しかし彼の形相は変わっていた。いつぞやのように疲れた顔をしていた、薄く目の下に隈を作っている。しかし、何故だろうか、皆んな感じていた。彼の眼は今まで見てきた荒瀬慎司の中で一番強く頼り甲斐のあるの眼をしていた。

 

「荒瀬……慎司」

 

 リインフォースは今すぐにでも慎司と言葉を交わし、触れ合いたい。その衝動に駆られるように手を伸ばす。彼と交わした言葉は少ない、彼にとって自分はどういう風に思われるてるかなんて分かるわけもない。しかし、守護騎士達と同じ友情を荒瀬慎司に感じているリインフォースは最期の時に彼に会えた事に強く喜びを感じる。慎司は黙ったままリインフォースに近づきその手を取る。

 

「よかった……最後に貴方ともう一度会いたかった。もう、会うことは出来ないから……」

 

 そう語るリインフォースの言葉を否定するように握った手に少し力を込めて首を振る。

 

「最後じゃない……」

「荒瀬慎司?」

「最後じゃないよ、リインフォース。俺は言っただろ?はやてちゃんとお前を……リインフォースを2人まとめて助けさせろって」

 

 荒瀬慎司は認めない。言い方は悪いがあえて悪く言うのならば犠牲の先にある未来を。どんなのに不可能と思えるものでも彼は救いたいと助けたいと思ったらあらんかぎりの最善を尽くすと。

 

 彼はどこからか円柱状の片手でぎりぎり持てるくらいの大きさのポッドを取り出す。中には液体と共に浮かんでいる球体、それを彼はそのポッドから取り出す。野球ボールくらいの大きさのそれを。

 

「ようやくだ、ようやく俺はハッキリと言えるよ」

 

 本当ははやてちゃんに言おうとしていた言葉だった。しかし、対象が変わっただけでやるべき事は彼にとって変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

「リインフォース、俺が俺の力で……あなたを助けにきた」

 

 

 荒瀬慎司はやって来た。友を助ける為、その友情に報いる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 恐らく次回でエース編は最終回です!


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未来

 まとめきれなかったのエース編最終話は次回に持ち越しです。執筆頑張りマッスル


 

 

 

 

  時は遡る。まだ病院ではやてちゃん達と再会をする前。俺が偶然の重なりでシグナム達の秘密を知り勝手に一人で抱え込んで自暴自棄になっていた頃。家族に助けられ立ち上がった翌日。

 

 

 

「これは?」

 

 俺が望む結末を迎えるための方法について提案があると父さんと母さんと対面する形で話をする。目の前には厳重に機械でロックされて中身が分からない円柱状の何か。それを急に見せられても理解は出来なかった。

 

「慎司、これの中身を見せる前にお前に話さなければいけないことがある」

「……どういうこと?」

 

 話が全く見えてこない。俺は、はやてちゃんとシグナム達を助ける方法を話すのかと思ったがどうやら今は違うらしい。この目の前の円柱状の代物が重要なのは分かるが。

 

「以前、お前は生まれた時からリンカーコアがなくて魔法の才能に恵まれなかったと話をしたな?」

 

 頷く。それがなんだというのか、今更魔法を使えないことをに対して2人を責める気持ちなんて最初からないしそれは仕方のない事だ。口惜しい時もないと言えば嘘になるが俺はその事実をとっくに受け入れている。

 

「すまない、実はそれは嘘なんだ」

「嘘?……」

「そうだ、お前は生まれた時……ちゃんとリンカーコアを持って生まれたんだ」

「なっ!?」

 

 まさかの事実に開いた口が塞がらなかった。どういう事だ?俺はリンカーコアを持って生まれた?魔力という物を持って生まれた?そんな、バカな

 

「そんな馬鹿な、なら何で俺は魔法が使えない?今この体内にリンカーコアは存在しないんだ?」

 

 以前にもアースラで検査を受けた時にリンカーコアの持たない一般人って判別されてた筈だ。という事は、生まれた時にはあったはずのリンカーコアは今の俺の体にはないって事なのか?

 

「何なんだ?ちゃんと説明してくれよ」

「そうカリカリしない、ちゃんと説明するから」

 

 強くなりかけた口調を母さんに収められつつ2人はゆっくりと話始める。俺が、荒瀬慎司が生まれる約9年前……ミッドチルダの病院で母子ともに良好に生まれた俺には先程2人が言った通り2人の血を受け継ぐように立派なリンカーコアを持って生まれたそうだ。

 2人が俺の生誕を喜ぶのも束の間、数日後の検査で俺の体に異常が発見されたそうだ。異常とは様々、生まれたばかりの赤ん坊ではありえない数値の血圧やら脈の動き。とにかく何もかもが正常じゃない状態に追い込まれ死の淵を彷徨ったそうだ。

 

 原因はすぐに分かったと言う。リンカーコアだ。

 

「これが一般的なリンカーコアだ」

 

 そう言って父さんはなのはちゃんが闇の書によってリンカーコアを体から露出させられ魔力を奪われた時の映像を見せられる。そのリンカーコアはビー玉よりももっと小さく、淡い光を放っていた。

 

「そしてこれが慎司のリンカーコアよ」

 

 母さんが大事そうに包装していた円柱状の小さなポッドを俺に見せる。その中には何かの液体と共に野球ボールほどの大きさの球体が浮かんでいる。この球体が俺のリンカーコア?しばらく観察するとその球体は強い光を放ちながら輝き始める。そしてまたしばらくすると落ち着いたように輝きをなくし元に戻る。

 

「デカくない?俺のリンカーコア、あとなんかめっちゃ光ったし」

「だから貴方の体から摘出したのよ」

「お前の命を助ける為にな」

 

 成程、話が読めて来たぞ。

 

 2人曰く、俺のリンカーコアはかなり特殊なものだったそうでそのサイズだけではなく吸収する魔力とその濃密度と量が異常だったと言う。本来リンカーコアとは大気に混ざる魔力を少しずつ吸収しそれを体にとどめ行使すると言う。例外も色々とあるらしいがとにかくそう言う事らしい。

 

 しかし、俺のリンカーコアはその吸収と言う行為が俺の体を蝕んだと言う。吸収する魔力の量、速度が余りにも常軌を逸した。それだけならまだ問題はなかったそうだがそれを問題たらしめたのは更に俺のリンカーコアだけが持つ特製だ。

 

 本来リンカーコアは吸収し留めておける魔力の量はリンカーコアによって決まっておりそれらは個々のリンカーコアによって異なるらしい。そのリンカーコアの器に収まる魔力が体内にある分には問題ないのだが

 

「慎司のリンカーコアはね、魔力を無限に吸収し続けるのよ」

「無限に?」

 

 無限って……そんなのありえるのか?

 

「無限っていうのは少し語弊があるけれどそう言っても過言じゃないのよ」

 

 母さんが言うには俺のリンカーコアは吸収した魔力を増殖させ圧縮し留めてしまうと言う。その増殖と圧縮が問題で魔力というある意味実体の持たないエネルギーを無限に圧縮し続けるせいで体にどんどん魔力が溜まっていくという。そして圧縮した魔力はもちろん消える訳ではなく超高密度な魔力エネルギーとして体内存在し続ける。

 その結果が体に異常を起こさせた事。薬も過剰摂取をすれば毒になるのと同じで常軌を逸した高密度な魔力無限に体に溜められては体にガタが来るのも当然だ。

 

「外部から魔力を放出させても魔力を増殖する速度が速すぎてとても追いつけない事が分かった俺達は仕方なくお前の体からリンカーコアを摘出したのさ」

 

 摘出手術は成功し俺は健康体に戻りそこからすくすくと育ったという。後は俺の知ってる通りか……。前に地球に引っ越したのは魔力を持たない俺の為と言っていたが魔力を持てなかったことにもそんな理由があるなんて驚きだ。

 

「私はずっとそれから貴方にどうリンカーコアを戻せるか研究してきたのよ……本音を言えばね慎司、貴方に魔導師としての道も考えさせてあげたかったのよ」

「何でまた?」

「貴方のリンカーコアは特別過ぎるのよ。体に悪影響を及ぼす問題さえ解決すれば貴方は魔導師として大成する道が約束されたも同然の特別な力を持つ事が出来たから」

 

 魔法の事は相変わらず専門外だが確かにそうだなと思った。無限の魔力の貯蔵に尽きる事など考えられない速度での魔力増殖。魔力切れの心配もなければその高密度な特別な魔力を使えばきっと誰にも出来ない凄い魔法も使えたかもしれない。

 俺も自分の子供がそんな力に恵まれたのならそれに進ませるチャンスを与えたいと思うだろう。

 

「母さんはずっと……俺の為に頑張ってくれてたんだな」

「いいのよそれは、私が勝手にした事なんだから……」

 

 多分、母さんが管理局の特別技術開発の局長を辞めたのも管理局の仕事とは関係ない俺のリンカーコアの研究に専念する為だったんだろう。今ならすぐに理由も察せられた。

 

「俺のリンカーコアについては分かったよ、それでその話とはやてちゃんを救う方法とどう繋がるんだ?」

「お前に分かりやすく説明するなら……そうだな。まず最大の問題点をまとめようか」

 

 と一度闇の書についての厄介な部分に触れる。一つはその再生能力だろう、破壊しても破壊しても再生し続ける。そして暴走をして役目を終えても復活を果たす転生機能。この場合肝となるのはやはり再生能力か、暴走した後に起こる転生能力は暴走を防ぐ為に行動するからには転生機能の事は一度置いておいていいだろう。

 

「そうだ、再生能力。それをどうにかしなくちゃいけない」

 

 闇の書が生み出す世界の滅亡の原因は暴走プログラムと呼ばれる代物だ、それが闇の書を狂わせ破壊の歴史を繰り返してきた。ならばその暴走プログラムを破壊しなければならない。再生をして蘇る暴走プログラムをだ。

 

「仮に、暴走プログラムをコアごと完全に破壊出来たとしてもユリカの予測だと闇の書は再び一から暴走プログラムそのものを作り出してしまうという結果が出たんだ」

「えっ?」

 

 何だよそれ、八方塞がりじゃん。ていうか流石母さん、そんな事まで分かるんだ。母さんは実際の所はただの予測だけど自身が調べたデータと思考の結果そう結論づけたと言う。なら、尚更どうすればいいのか。

 

「そこでお前のリンカーコアを使うのさ」

「俺のリンカーコアを?」

「ああ、だがちゃんと説明する前に言っておくがこの方法を成功させてものさせなくても試したら最後………お前は本当に魔導師としての道は失われる」

 

 その言葉に俺は息を呑んだ。それは……試すかどうかは俺の一存で決めていい事じゃないと思ったからだ。母さんは、管理局の自分の立場を捨ててまで俺に魔導師としての道を示す為にずっとずっと俺のリンカーコアを研究してくれていた。きっと寝る間を惜しんだ日も少なくなかっただろう、俺が想像しているよりもずっと頑張ってきてくれたんだろう。 

 すぐに、それでもいいと俺は言えずつい母さんを見る。

 

「……いいのよ、あなたがしたい事をしなさい。それが私の1番の望みなんだから」

「母さん……」

 

 俺の望みは決まっている。

 

「………俺は、俺の力ではやてちゃんを救う。魔導師として歩む未来より皆んなと歩む未来を俺は望むよ。だから父さん、母さん、教えてくれ……どうすればいいのか」

 

 とうに覚悟など出来ているのだから。父さんと母さんは満足そうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

「慎司君の……リンカーコア?それが?」

「そうさ、そしてこいつを使えばリインフォースを消滅させずに済ます事ができる」

 

 雪色の景色に包まれながら俺は驚くなのはちゃんにそう返す。皆んなの前で取り出して見せた野球ボールくらいのリンカーコア。既にこれがどんなものかの説明は済ませた。俺がリンカーコアを持っていたという事実に皆んな一様に驚いていた。

 

「いったい、どうするつもりなんだ?」

 

 シグナムの疑問に俺は簡単に説明する。

 

「こいつの特性はさっき言った通りだ」

 

 俺は元々これで闇の書の暴走を起こさないようにしてはやてちゃんを助けるつもりだった。けど、事情が変わった。闇の書としての暴走プログラムは皆んなのおかげでコアごと破壊された、がそのプログラム自体を破綻した闇の書が再び作成してしまう。それを防ぐ為にリインフォースが消滅の道を選ぶ羽目になってしまった。ならば、

 

「このリンカーコアを破壊してその破片を夜天の書の……リインフォースの中に埋め込む。暴走プログラムを破壊し続ける術式を組んでな」

 

 これはリインフォースの為に使う。そしてそれがその方法。再生し続けるのなら破壊し続ける。暴走プログラムが強大な取り返しのつかないほどに組み上げられる前の段階で破壊と再生を繰り返し続けるのだ。本来その術式を組んだところですぐに魔力切れを起こすのが関の山だが俺のリンカーコアならそれが可能だ。

 しかし俺のリンカーコアを他人に埋め込むのは拒否反応を起こす可能性ご高いのとそもそもそれを埋め込んだら俺が赤ん坊の頃に味わった体へのダメージを起こしてしまう。

 その為にリンカーコアを破壊しその一欠片……リンカーコアとしての機能を殆どなくしただ魔力をものすごい速度で供給し続ける物体と化させそれ自体に暴走プログラムにのみ反応する破壊魔法の術式を組ませる。無茶苦茶なやり方だがこれが1番の可能性が高い方法だ。

 

 無茶苦茶なやり方な分不確定要素も多くそれを実行するにしても難易度が高すぎる。緻密な魔力コントロールが必要だからだ。さらに俺のリンカーコアだからそれに介入できるのは俺のみ。つまり全て俺がやらなければならない。更に一度壊して術式を組む為に俺は一度このリンカーコアを再び体内に戻さなくてはならない。といってもその為に血反吐を吐いて俺はずっと努力してきたんだ。

 

「そ、そんな事……させられない。荒瀬慎司、考え直すんだっ」

 

 俺のその方法を即座に否定したのはリインフォースだった。俺の肩を掴んで、落ち着いた印象のイメージを崩すように少しばかり声を荒げて。

 

「貴方は……悔いていたではないか、魔法を使えない自分を……救えなかった命をっ。私は貴方の心を見たから分かる、貴方はずっと心の奥底で求めていたじゃないか!魔法の力を…特別な力を……それを犠牲にするなど…」

 

 その言葉に即座に思い起こされたのはプレシア・テスタロッサの顔だった。フェイトちゃんも理解していたのか俺の方を見て少し悲しそうに表情を落とす。彼女の命を救えず悲しい結末を迎えたジュエルシードを巡ったあの闘いをきっと俺は時折思い出しては胸を締め付けられるような気持ちを味わうのだろう。

 後悔は沢山した、悲嘆もした。励まされ、前を向いて歩き始めた今でもやはり後悔の念は消えない。願った、あの出来事から何度も願った。俺も魔法の力が欲しい、いらないと思っていた魔法の力が……誰かを助ける事の出来る魔法の力が欲しいと。

 

「あんたの言う通り俺は欲してるさ、魔法の力を求めてる」

「なら何故、今は貴方に体に害をなすものでもそう遠くない年月できっとそれは管理局の技術者が解決出来るはず。貴方はきっとその特別な力で多くの人を救える、貴方が願う後悔のない人生を歩める。それを捨てて私の為に使うなんて……」

「リインフォース、勘違いしてんじゃねぇよ」

 

 リインフォースの言葉を遮るようにそう告げる。確かに俺は喉から手が出るほど欲しい。そのリンカーコアでなのはちゃんやフェイトちゃんのように誰かを助けたい。その想いに嘘はない。けど、けど……っ!

 

「俺が今一番欲してるのは魔導師として生きる俺の未来じゃない!お前と皆んなと一緒に生きていける未来なんだ!」

「どうして……どうして私にそこまで……私と貴方はまだ僅かな時間でしか言葉を交わした事がない……そのような関係の私にどうして」

「だからこそだろうが、まだ俺とリインフォースの間には何も始まってない。だからこそこれから始める為に一緒に生きて欲しいんだろうが。リインフォースは俺をどう思ってるか知らないけどさ……俺はリインフォースと友達になりたいと思ってる、シグナム達と一緒にさ漫画読んだりゲームしたり一緒にご飯を食べたりふざけあったりしたいって思うんだよ。だから……俺にお前を助けさせろ」

 

 『私も……貴方と…』。あの時そう切なそうな顔で呟いていた彼女の顔を思い出す。あの言葉の真意は分からない……分からないけど俺に何かを求めての言葉だったのなら、俺はそれに応えたい。

 俺の言葉に彼女の瞳から一筋の涙が溢れる。俺は続けた

 

「リインフォース、お前はどうしたい?もし何も憂うことなく貴方がはやてちゃんと守護騎士達と……皆んなと一緒に未来を歩める方法があるなら……そんな都合のいい事が出来るならリインフォースはどうしたい?」

 

 優しい口調でそう問いかける。聞かなくても答えは分かる、周りのことなんて考えないでただ自分の本心はどうしたいのか?そう問われたのなら誰だって、自分にとって大切と思える人がいる人なら……そう思える心がある人なら

 

「……私も……未来を歩みたい…主はやてと荒瀬慎司と……皆んなと一緒に………」

「ああ、なら俺に任せろ。俺が……全部まるっと解決してやるよ」

 

 はやてちゃんを見る。彼女は涙を拭い俺を真っ直ぐに見つめて……

 

「お願い……慎司君…リインフォースを、ウチの家族を……」

「ああ、安心しろよ。俺はやる時はやる男なんだぜ?」

「うん……よう知っとるよ」

 

 守護騎士達を見る、彼女らは何も言わずに頷く。任せたと、そう言われてると感じた。フェイトちゃんを見る、彼女はエールを送るように笑顔を俺に向けた。なのはちゃんを見る

 

「……いいんだね?」

「ああ、俺ならそう決めるってなのはちゃんも分かってるだろ?」

「ふふ、まあね………がんばれ、慎司君」

「おうともさ」

 

 ユーノもクロノも俺をみて各々反応してくれる。グレアムさんとリーゼ姉妹も頷いてくれる。父さんと気合を入れるように拳を打ちつけ合い母さんには

 

「ごめん、母さん。でも……今まで俺のリンカーコアをありがとう」

 

 きっと母さんが頑張って解析してくれたから俺のリンカーコアの特性も理解できた今回の方法を取れる。だから、ありがとう。母さんは少し涙を浮かべて頷いた。さあ、覚悟は決まった。腹も括った。あとは……実行に移すのみ。

 

「………くっ!」

 

 俺のリンカーコアを自身の胸に押し当てる。するとコアは眩い光を放ちながら徐々に俺の胸の中に入り込むように沈んでいく。実際に体内に押し込んで取り込んでいるのだ。

 

「ぐっ、ああああ!!」

 

 コアを完全に体内に取り込むと同時に襲いかかる体への不快な感覚。まるで血管全てに異物を押し込まれるかのような激痛に脳が沸騰するかのように熱くなる。視界はぼやけ吐き気を催す。

 

「ぐっ!ううううっ!」

 

 耐え切れず膝をつきそうになるが踏ん張ってそれに耐える。俺の様子が急変した事になのはちゃん達は驚きながら心配の声を上げる。しかし俺はそれを何とか笑顔を浮かべて心配いらないと呟く。

 これでも最初に比べたらマシなもんだ。なんたって初めてじゃない、学校を休んでまで時間割いたのはこのリンカーコアが俺に与える体へのダメージに慣れる為だ。最初はすぐ意識を失った、次は10秒も持たず泡を拭いて倒れた。その次は記憶が朧げだが俺の悲惨な悲鳴で両親が慌てて止めた。

 数えきれないほど何度もリンカーコアを体内に入れては取り出すを繰り返した。

 

 克服できない事は最初から分かっていた。だから力業で慣れるしか無かった。まずはリンカーコアを体内に入れて俺は魔法を使わないといけないんだから。何度も何度も血反吐を吐いてようやくここまで耐えれるようになった。肉体がボロボロになって一度痩せこけたのはそれが原因だった。

 

「アリア……ロッテ……頼む」

 

 俺の言葉に2人は頷いてから俺を心配するような面持ちのまま、各々俺の肩に手を置く。するとどうだろう、しづらかった呼吸が元に戻り少しだが痛みもやわらぐ。相変わらず頭はぐわんぐわんと揺れているような感覚が残っているがそれでもさっきより集中しやすくなった。

 2人を連れてきたのはこれからリンカーコアに編み込む為の術式作るのに集中しやすくする事だ。コアが俺の体内蓄積されて体が壊されるのが原因ならば2人が俺の体から直接魔力を外へ放出させてくれてるのだ。魔力コントロールの上手さを買っての父さんの起用だった。

 

 吸収する速度が早すぎる為それでも雀の涙程度の効果だがありがたい。

 

「荒瀬……慎司」

「待ってろよリインフォース、今お前を救ってみせる」

 

 リインフォースに下手くそな笑顔を向けて俺は集中を開始する。今の俺には体内に魔力がある。一時的に魔導師となってるんだ、破壊魔法の術式自体は既に母さんが作ってくれた。あとは俺がそれをリンカーコアに編み込んでからはコアを破壊して効能を細分化させる。

 それはリンカーコアの持ち主である俺にしかできない。それもリンカーコアに慣れる特訓と共にやって来た。しかし、成功は一度もしていない。そもそも本番でしか壊さない。万が一ちゃんと術式を編み込まずコアを破壊でもしてしまったらやり直しは聞かないだ。何とか俺自体の魔力コントロールの能力を高める事だけが本番までの準備だった。

 

「………はぁー」

 

 息を吐き、目を閉じて集中高めて術式を体内コアに精密に編み込む。少しでもズレがあればコアを壊した後の破片に計算された必要な効能が残らない。それを込での母さんの計算だから1ミリのズレも何も許されない。

 

 皆が固唾を飲んで見守る中俺は振り返る。コアを体内に入れた状態で長時間魔力コントロールの訓練を行った。胃の中ものをぶちまけ血を吐き、涙を流さなくながら何度も何度も。何日も、何日も。そういえば、前世で柔道を一番頑張っていた時もこんぐらい必死だった。

 だから知っている、俺自身が知っている。自分の努力を、逃げずにやり続けた執念を。俺だけが知っている。だからこそ思う、失敗なんか……してやらないと。

 

 

 

 

 

「出来た………」

 

 俺の呟きに両親が息を吐く。成功だ、あとは………リンカーコアを再び体内から取り出して、手に収める。それをあとは粉々に壊すだけだ。リーゼ姉妹はそれを見届けると俺から離れる。

 

 そうだ壊すだけだ、それをリインフォースの体内に埋め込めば助けられる。けど今更になって手が震える。成功はしてる筈だ、心配いらない。けどもし俺の気づかないミスがあればもう助けられない。

 

「慎司君………」

 

 いつの間にかなのはちゃんが俺の隣に立っていた。

 

「なのはちゃん………」

「大丈夫、慎司君だもん。きっと大丈夫だよ」

 

 ああ、君はいつも……俺に勇気をくれる。掌に収めたリンカーコアを見る。そして告げる。

 

「ごめんな、ちゃんと使ってやれなくて……けど、ありがとな」

 

 そうコアに告げて、破壊の術式の魔力を込める。瞬間光と共に砕け散る野球ボールほどの俺のリンカーコア。この破壊魔法はリインフォースの体内の暴走プログラムを破壊する為だけじゃなくリンカーコアそのものを砕くための術式でもあったのだ。砕け散ったコアの破片はそのまま地面に落ちる事なく母さんが魔力でそれらを大きく包んで回収する。その中から本来のリンカーコアよりもずっと小さいかけらを一つだけ摘んで俺に渡してくれる。

 

「大丈夫、この破片が最適の効能を残してるわ。プログラムを破壊し続ける術式に使う魔力とこのサイズで魔力を吸収する速度なら相殺できる。……成功よ慎司………それとこれ」

 

 もう一つ、今度は前者よりももっともっと小さい破片とも呼び難い塵とも表現したくなるほどのコアの残骸を俺に渡す。

 

「完全に機能してないただの破片部分。魔力の吸収も出来なくなるほどの壊れた部分よ」

「ありがとう」

 

 ここに来る前に俺が頼んだのだ。そのような残骸があるなら渡してほしいと。それを俺はさっきのように胸に沈める。元々体にあったものだからか機能を無くしても俺の体にはすぐに取り込まれた。

 取り込んだ後も体の不調はない、ただコアの残骸を体に入れただけなんだから当たり前だ。せめてと俺は自分の体にリンカーコアの残骸でもいいからと体内に残したかったんだ。

 両親が産んでくれたこの体……両親がくれたものを少しでもちゃんと残して置きたかったから。

 

「さ、ここからは私がやるわ。貴方はリインフォースさんにコアを」

 

 母さんの言葉に頷く。このリンカーコアとも呼べなくなった代物なら俺じゃなくても扱いは可能だ。大きめの破片ならただ周囲の魔力を吸収無限に留め続けるだけの代物。そこから本来のように誰かがその魔力で魔法を使う事は出来ないが砕く前に編み込んだ破壊魔法なら魔力がある限り行使し続けると言った寸法だ。リインフォースの体に適応させるようにコントロールするのは母さんの役目だ。

 

 リインフォースの前に立ち俺はその破片を彼女の胸元の前に持っていく。

 

「生きよう、これからも皆んなと一緒に」

「荒瀬慎司……」

「慎司でいいよ。長ったらしいだろ、その呼び方は」

 

 笑みを浮かべてそう告げる。彼女は少し驚いたような顔をしつつも

 

「………慎司」

 

 そう遠慮がちに呼んでくれる。

 

「私は……生きていていいのか?また、慎司に迷惑を……」

 

 ちょっとムカついた俺は彼女に結構強めのデコピンを喰らわす。無反応気味におでこを抑えるだけのリアクションを取るリインフォースを真っ直ぐに見つめて俺は言った。

 

「ならこれから生きて迷惑かける以上に俺達を助けてくれよ。それなら俺達もまたリインフォースを助けるさ」

 

 友達ってそう言うもんだぜ?と加えて告げる。

 

「………始めるぞ」

 

 そう言って俺は彼女の手を握りながらコアのカケラを体内に取り込ませた。スゥーと抵抗なく体に入っていくカケラ。よし、流石にここまで粉々にすれば拒否反応も起きない。そもそもリンカーコアですら無くなった代物だから当然か。

 などと考えるていると俺の頭に何かが流れ込んでくる。 

 

 これは……声?かどうかも分からないほど弱々しい何かぎ頭に響く。元気のいい声だった気もするし、なんだか尊大な声のような気もしたし、儚げな大人しい声だったような気もした、後……もう一つ大人しそうな優しい声も。リインフォース……夜天の書から俺に流れてきてるのか?

 そんなよく分からない感覚が襲う、そして頭に浮かぶ四つの光。水色、赤、紫、赤紫。その光が助けを求めるように訴えかけてきてるようなそんな気がした。

 

 分からない、感覚的なもので何が何だか分からなかったけど。俺は念じた。

 

 

 行き場がないならとりあえず俺の中にでもいろよ。

 

 

 そう念じるとその不思議な間隔は消えた。いったい何だったんだろうか。

 

 

 

 

 

「成功よ、慎司。いまリインフォースさんの体の中で破壊魔法が発動しているわ。ちょうど暴走プログラムを構成していた最中みたいでね、永遠にこれで破壊と再生を繰り返し続けているわ」

 

 母さんの言葉で思考の海に浸る前に現実に戻る。そしてそう告げた母さんを皮切りに歓声が上がる。はやてちゃんとリインフォースは泣きながら抱き合う。それに加わる守護騎士達。満足げにため息をつくクロノにユーノにアルフ。憑き物が落ちたように微笑むグレアムさんにリーゼ姉妹。

 

 フェイトちゃんとなのはちゃんは俺の近くまで寄って俺の頑張りを讃えてくれる。

 

「慎司?」

 

 返事のない俺に様子がおかしいと思ったのかフェイトちゃんが声を上げる。それは俺の耳に届く事なくゆっくりと俺は近くにいた母さんに体を預ける形で崩れ落ちる。

 

「慎司君っ」

 

 駆け寄る2人、しかしそれを母さんが手で制して口元に人差し指を当てて

 

「大丈夫、安心して寝ちゃっただけだから。この子ずっと休まずに頑張ってきたから。不安で眠れない日もあったみたいだし………今はゆっくり休ませてあげてくれる?」

 

 母さんの言葉に静かに頷く2人。父さんは俺を背負って満足げによくやったなと小さく告げる。そして背負われた俺に向かって2人も呟いた。

 

「お疲れ様、慎司」

「カッコよかったよ、慎司君」

 

 深い眠りについた俺にそれらの言葉も届く事はなかったが、それで十分報わられたと荒瀬慎司は思うだろう。

 

 

 

 これこそが完全無欠のハッピーエンドなのだ

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回で確実にエース編の最後になります。彼の頑張りで迎えた先の世界をお見せできればと思います。そして、いつも誤字報告や閲覧、感想ありがとうございます。
 


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明日は続く


 エース編最終回です!


 

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおっ!!」

 

 バシンッ!と相手を畳に叩きつけるように投げる。技は内股、綺麗に弧を描いて相手は畳に沈む。

 

「一本!それまで!」

 

 審判のその宣言と共に俺の道場の応援席からは歓声が上がる。その歓声を全身に浴びて喜びを噛みしめる。顔と態度にはそれを出さないようにしながら礼をして会場を後にする。今の試合は今日の大会の決勝戦。小学中学年の部に置いて優勝を決めた所だった。先生から反省点と労いの言葉を頂いてから応援席のみんなの元に。

 

 今日は前回、神童に敗れたあの大会ぶりの出場だ。小規模ながらも参加人数の多い大会で中々にやりごたえのあった試合ばかりだった。もっともこの大会までの期間でサボっていた分をようやく元に戻せたというくらいだから俺としてはまだ努力が足りないと思っている。それに、今回の大会はあの神童は出場していない。

 遅れた分を取り戻すのはよほど頑張らなければいけない。まぁ、後悔はないが。

 

「お疲れ様慎司君!優勝おめでとう!」

 

 真っ先にタオルと飲み物を差し出しながらそう興奮気味に駆け寄ってきたのはなのはちゃん。相変わらず柔道の観戦が大好きだからかいつもこの調子だ。

 

「まあ、慎司なら当然よね」

「そう言ってアリサちゃん必死に応援してたね」

「す、すずかぁ!」

「あはは、3人ともサンキューな」

 

 いつも応援来てくれる3人には感謝しかない。取り戻した日常を俺は噛みしめる。あの雪の日から2ヶ月が経った。最初の数週間は色々慌ただしかったが今は平穏な日常を歩めている。

 アリサちゃんとすずかちゃんにはあの時魔法を見られてしまっていた事で全てをなのはちゃん達が打ち明けた。2人は驚きながらも理解を示してくれ、いつも通りに接してくれている。これでなのはちゃん達も隠し事がなくなって心も軽くなった事だろう。

 高町家も全員参戦しているから全員お礼を言い回る、一応俺の両親にも。ひと段落した所でちょんちょんと俺の肩を誰かが叩く。

 

「ん?お、フェイトちゃん、応援ありがとな」

「うん、慎司もお疲れ様。初めて慎司が柔道をしている姿を見たけど、すごいカッコ良かったよ、惚れ惚れしちゃった」

 

 と、いつもより若干テンション高めでそう言ってくれるフェイトちゃん。そんな風に言ってもらえるなら俺も頑張った甲斐があった。ともかく、また目先の目標に向けて頑張らないとな、せっかく応援に来てくれてるんだ……カッコいい姿を見て欲しいからな。

 

「あ、慎司…はやて達が来たよ」

 

 フェイトちゃんの言葉で振り返るとこちらにゆっくりと向かってくるはやてちゃん達の姿が。未だ車椅子でシャマルに押してもらっているが暴走プログラムの影響は消えたため朝の麻痺も徐々に良くなり既に歩けるようになるためのリハビリを頑張っている。

 続ければまた立って歩けるようになるのはほぼ間違いないと医者のお墨付きだ。

 

「お疲れ様慎司君、優勝おめでとう……見ていて楽しかったで」

「おう、はやてちゃんの応援の声バッチリ聞こえてきたぜ。相手選手に向かって「死に晒せーー!」って言い出した時はびっくりしたけど」

「あっはっは……捏造すんなやあほ」

 

 軽く小突かれる。けど、はやてちゃんは楽しそうに笑っていた。

 

「見事だったぞ、慎司。私も感服した」

「まぁ………カッコよかったんじゃねーの?多分」

「そうね、カッコよかったわ。とっても」

「ワン……」

 

 シグナム、ヴィータちゃん、シャマル、ザフィーラも各々優勝を讃えてくれる。ごめんザフィーラ、獣形態でも会場じゃ目立つから。しかも人がいるから喋れないからって鳴くフリやめろ。笑っちゃうから。てか、よく入れたなおい。

 

「………ああ……とてもいい試合だったと思う」

 

 そして、最後に。長い白髪を靡かせながら遠慮がちに……リインフォースもそう言ってくれた。

 

「へへ、どうだったよ?初めて見た柔道は」

「そうだな、まだいまいちルールなどは理解できていないが……慎司の試合をこれからの未来で見れるのなら少し勉強しておくとするよ」

 

 そう微笑んで告げるリインフォースに俺は満足げな顔をして「そうかい」と短く返事をする。そうだよ、そうやって未来の事を考えて……したい事をして、皆んなと一緒に生きていく。………それをリインフォースは歩める。こんなに嬉しい事はない。

 

「……そういえば昨日は定期検診だったよな?問題なかったか?」

「ああ、お前が私の為に使ってくれたカケラは私の中で今も私を助けてくれている」

 

 胸を押さえながらそう言うリインフォース。俺のコアのカケラを使って暴走プログラムの作成を永遠に破壊し再生を繰り返させる事で実質暴走を無効化したこの方法。だが、成功させたはいいが今後も滞りなく安定してカケラ作動してくれるかどうかはやはり分からないことも多く俺の母さんがリインフォースを定期的に検査している。

 といっても母さん曰く心配はいらないと胸張っていた。あの様子だと俺を安心させる為の嘘でも無さそう。定期検診そのものも管理局にリインフォースの不安定さ故の心配を解消する為の理由の方が大きいと言う。

 確かに、正常にカケラが作動しなければ再びリインフォースは暴走し今度こそ取り返しがつかないだろう。管理局の心配はもっともだが流石技術開発の天才の母さん。データやら自身の知識を使って安全面とリインフォースが存在する事で管理局のメリットをプレゼンし父さんが水面下で上層部とも話をつけてくれたそう。その時にグレアムさんの力もあったとか無かったとか。3人にはちゃんと礼は済ませてあるが感謝は尽きない。

 

「慎司、貴方のおかげで今の私が在る。貴方が自分の魔法を捨てて私を助けてくれたおかげで主はやてと……大事な家族と共に未来へ進める今が在る。貴方の勇気と努力に敬意と感謝を……私はこの大恩を忘れない。ありがとう……慎司。かけがえのない友よ」

 

 リインフォースの真っ直ぐな謝意に照れ臭くなりつつも俺はゲンナリとした。だってよ……

 

「そんな感じの言葉はもう何度も聞いたよ。十分伝わったからいいって、俺がそうしたかったからそう行動しただけなんだ、あんまりそうやって言われるのも照れるよ。それに言ったろ?もし申し訳なさを感じるってんならそれ以上に俺を助けてくれればそれでいいって」

「ああ、勿論だ。私は必ずいつかこの大恩を返してみせる、貴方の望みを叶えてみせる………私にして欲しいことは、何かないのか?」

「うーん……」

 

 急にそう言われてもな……

 

「………とりあえずおっぱい触らせて?」

 

 言った瞬間に冗談にはならない失言と気付く。やべ

 

「??別にそれくらい慎司なら構わないが」

「おいマジかよ……やめろ。胸を突き出すな、冗談だから。ごめん、ごめんて……はやてちゃんも引くなって冗談だから。ホントに。リインフォースもおい胸を近づけるな、まずは常識を学べバカタレ」

「そうだね、リインフォースさんもだけど慎司君も常識を学んだ方がいいね」

「急に後ろから現れないでなのはちゃん、冗談だからそんな顔すんなって。フェイトちゃんも、そんな胸を抑えながら距離取らなくていいから。やらないから、ジョークだから。太郎さんジョーク」 

「……触らないのか?慎司」

「おいお前黙れ、もっとややこしくなるからぁ!」

 

 皆の視線が痛かったでござる。まぁ俺の失言だし反省反省。………リインフォースの中で前世の夢でも見たからか親友同士のいつもの冗談が自然と出てしまっていた。皆んなも親友だけど年齢が……ねぇ。

 せっかく優勝したけど皆んなからネチネチ変態と言われ続けたのはきっといつかいい思い出として語り続けるだろう。……………いや無理だわごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

「来てくれてたんですね、グレアムさん」

「君は……慎司君」

 

 会場の人気のない誰も通らない場所で黄昏ていたグレアムさんとその足元で心配そうに見つめる猫二匹。アリアとロッテか。まあ、人気が少ない場所とはいえ流石に猫耳に尻尾がついてる人形態になるわけにもいかないもんな。

 

「父さんと母さんが3人の事を話してるのをたまたま聞いちゃったもんで、もしかしたらって思って」

「ははは、君は中々鋭いな」

 

 コホンと咳払いをしてからグレアムさんは俺に向き合う。

 

「信治郎に誘われてね、君の試合を見に来たんだ。優勝おめでとう慎司君、私は柔道の事は良くは知らないが見事な試合だったよ」

「あ、ありがとうございます」

「………そんな事を聞きに来たんじゃない、そんな顔をしているね」

「い、いえそんな……」

 

 まぁ、確かにその通りだけど。この人とリーゼ姉妹がした事は既に俺も聞いている。はやてちゃん達も既に耳に入れて和解をした筈だ。本人の胸の内は分からないが少なくともはやてちゃんは既に許している。そしてグレアムさんは最近、責任として管理局を自主退職と言う形で辞めた事も。

 

「………これから、どうするんですか?」

「故郷のイギリスでゆっくり余生を過ごすつもりだよ。はやて君の援助も彼女達がしっかりと自立するまでは続けるつもりだ。なんの罪滅しにもならんがね」

 

 そう自虐的に笑うグレアムさんを悲しそうな目で見つめるリーゼ姉妹。

 

「しかし、慎司君は私達に怒っているかもしれないが……私は君に感謝している」

「俺に……感謝を?」

「ああ、私は非常な手段でしか大事な部下の仇を……闇の書を止めようとする事しか出来なかった。それは仕方ないと思った、割り切って考えていた。アリアとロッテにも辛い役目を負わせてしまった」

 

 その言葉に2人はそんな事ないと首を振るがグレアムさんは構わずに続けた。

 

「だが君は違った。君は全てを救おうとしていた、それが不可能に近い手段と理解していても、それが自分にどれだけの負担を与えると分かっていても……君は諦めずに努力し続けてそしてやり遂げた。君のおかげで私は取り返しのつかない事をせずに済んだ、君のおかげで私は………救われたよ」

 

 その言葉に余計俺は理解できなくなる。俺は別にグレアムさんに何かしたわけではないはずだ。ただ必死にはやてちゃんやリインフォースを救おうとしただけで。

 

「君は言ったね……」

 

 

 

『苦しみのない人生なんてない、生きている限りどんな選択をしても苦しみは付き纏う』

『けどそれは不幸じゃない、苦しみの先に幸福が待っているからだ』

 

 

  と。

 

 

「その言葉を聞いて私はようやく理解したんだ。私は苦しみから逃げ続けていたと、クライドという大事な部下を失った悲しみとそれをみすみす見殺した己自身の無力さに」

 

 だからどんな手を使っても闇の書を封印する。そう思っていたとグレアムさんは語った。

 

「だが君のおかげで私は苦しみと向き合う勇気を貰った。その先に幸福が待ってなくても私はクライドの事も……自分自身とも向き合うよ。君や君の両親のようにね」

 

 そう笑うグレアムさんに俺は何だか切ない気持ちになる。前を向いてくれたのは嬉しい、しかし彼は恐らく自身を罰するという意味でも田舎に引っ込んで俺達と関わる事を極力しないつもりなのだろう。なるほど、父さんと母さんが心配そうに話していたのはその為か。なら、俺はいつも通り正直な気持ちをぶつける。

 

「……一つ、訂正して欲しいことがあります」

「む、何かな?」

「俺……怒ってないですよ、貴方が抱いた悔しさや怒りは貴方だけのものだ。その感情は否定できない。やり方は間違っていた、それは反省するべきだ。けど成し遂げようとしていた事は間違っていない」

 

 闇の書の封印そのものはそもそも間違いじゃない。犠牲があるのがダメなだけで、それはこれ以上の悲しみを広げないためのグレアムさんなりの正義だったと俺は信じている。だから、今は怒りなどない。

 

「そうか……君は強いだけではなくて優しい心も持っているんだね。なのは君やフェイト君が君を信頼している理由がよく分かった気がするよ。慎司君と話していると少し不思議な気分なる。まるで、成熟した大人と話しているようだ」

「ははは、そうだとしても俺はただの小学生ですよ」

 

 そう、俺こと荒瀬慎司は小学3年生のひよっこだ。山宮太郎じゃない。たとえ記憶にあっても、たとえどれだけ大切な前世でも、ここにいる俺は荒瀬慎司なんだ。それを俺はあの夢の中で再確認したんだ。

 

「……ですんで、たまにはあいさつにでも来させてくださいよ。そこの猫姉妹ともこれでお別れなんて寂しいですから」

 

 俺の言葉に驚くように俺を見上げる猫2匹。ああもう煩わしい

 

「ここなら人は来ないだろうからさっさと人の姿になれよ、アリア……ロッテ」

 

 そう言うと2匹の猫は目を閉じると薄らと光りながら人形態に変化する。俺の知ってるリーゼアリアとリードロッテの姿があった。2人は潮らしい態度で下を向く。元気な性格のロッテすらも。罪悪感を感じているのは一目瞭然だった。

 

「………慎司、お前は私達を許すのか?お前を裏切った私達を………」

「慎ちゃんに辛い思いをさせた私達に許される権利なんてないよ……」

 

 2人はあの仮面の男に化けて暴走を促進させた。そしてその時、俺の目の前で友人であるシグナム達を消滅させて俺の心に傷を負わせた事を気にしているのだろう。現に俺は感情に任せてぶっ殺してやるなどと怒声をあげてしまった。それも相まって尚更罪悪感が募っている。

 

「………俺に辛い思いをさせたのは、仮面の男だよ、2人じゃない」

「そんなのは詭弁だよ慎ちゃん……」

「詭弁でもいいじゃないか、だって俺はこのまま2人と疎遠なんて嫌なんだ。このまま仲直りしないままなのは嫌なんだ」

「私たちは慎司にひどいことをした、なのにどうして私たちを切り捨てないんだ……」

 

 そんなの……決まってんだろうが。

 

「確かに2人のした事は酷いことだったかもしれない。いや、酷いことだ。だけど俺は2人が酷い奴じゃないことを知ってる」

 

 そう言いながら俺は懐から一枚の写真を取り出す。そこに映し出されてるのは泣いてる赤ん坊を愛おしそうにしながらも少し慌てた顔で抱くアリアとその赤ん坊をあやそうとあたふたしているロッテの姿。

 

「2人は昔生まれたばかりの俺を事情があって面倒見てた時期があったって言ってたよな?俺のリンカーコアのせいで父さんも母さんも俺に構える時間がなかった時だって何となく想像は出来た。だからもしかしたら写真の1枚くらいはって思って母さんに聞いたらさ一枚だけあったよ。2人が俺を大事にしてくれてる写真がさ」

 

 その写真を見て2人は静かに涙を零す。その涙は悔恨の情か別の感情か。

 

「俺と再開した時ももう10年近く前だってのにすぐに俺だって気付いてくれたな。何となくだけど2人が俺を想ってくれてたのは伝わってたよ」

 

 写真の2人を改めて見る。この2人が赤ん坊の俺の面倒を見てくれた。ただ知り合いの息子という俺を。短期間とはいえきっと大変だったろう、手はかからなかったとは言っていたがまだ俺が転生を自覚して意識を手に入れる前の事だ。相応の大変さはあったろう。

 

「……そんな2人だから俺は憎いだなんてホントに思ってもないし、ずっと繋がりを絶やさないでいて欲しいって思ってる。………あの時怒ったのだって2人って分かってなかったからだよ。元々2人に対しては怒ってない……。だからさ、そんな自分に厳しくしないで素直に俺の気持ちを受け取って欲しいんだ」

 

 俺の言葉に2人は従順しつつもやはり首を振る。よほど、今回の事は俺に対しては申し訳なく思ってるんだろう。だから俺は、まだ伝わってない俺の気持ちを強くぶつけるために両手で2人を抱きしめる。身長差のせいでまるで姉に甘える弟のような情けない見た目だが……ある意味は正しいかもしれない。

 

「慎司…」

「慎ちゃん…」

 

 

『変な話だけどさ……弟が出来たみたいで楽しかったんだよね、慎ちゃんのお世話するの』

『だから構いたくなるのさ、慎司に迷惑だろうけど私達にとっては弟みたいなものだからね』

 

 2人は前にそう言ってた。だから……そうだな。

 

「……一度しか言わないからな?よーく聞けよ」

 

 抱きしめたまま静かに口を開く。照れくさいけど、やはり素直に正直に気持ちを打ち明ける。それが……2人をきっと安心させる、

 

「………俺、2人のこと大好きだからさ。こんなお別れはやなんだよ。だから……俺を置いて行かないでくれよ『アリア姉』、『ロッテ姉』」

 

 俺の言葉に目を見開く2人、そして決壊したかのように静かに流していた涙が滝のように溢れ出てくる。俺を強く抱きしめ返す2人に俺も応える。そうやってしばらく抱き合ってから離れると2人は涙声で言った。

 

「本当に……立派になったね、慎ちゃん……」

「体も…心も……強くなった……慎司」

「へへ、2人のお陰でもあるよ」

 

 そんな俺の声もまた軽く涙声だった。そしてずっと黙って見守っていたグレアムさんは満足そうに頷いてから2人を連れて会場を後にする。………きっとこの先も俺達の心は繋がったままだ。

 今ならそう断言できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 その後、もはや恒例の高町家での俺の為のお疲れ様会。いつもと違うのは八神家の皆んなも総動員で参加している事だ。大人数だが翠屋を貸切で使わしてくれてるので問題ないみたい。

 既にパパンと士郎さんは肩を抱き合いながら酒をラッパ飲みし、ママンと桃子さんは優雅にグラスを傾けながらも顔は赤かった。早いよペースが、暴れないでねホントに。

 

「ほら慎司君、遠慮しないで食べな」

「私も手伝ったんだからね〜、味には自信あるよ」

「うっす、いただきます。恭弥さん、美由希さん」

 

 よそって貰ったご馳走を食らい尽くす。いや、ホントにうまいな。高町家の料理もホントにうまいしはやてちゃんの料理も負けずに美味かったなぁそういえば。俺の周り料理上手が多いのかも。ちなみにママンの料理も最高よ、だから怪しむように後ろからジッーと見ないでママン。

 

「…………慎司君にはまた感謝しないといけないな」

「ん?何のことでしょう?」

 

 首を傾げる俺に笑顔を浮かべながら恭弥さんは続けた。

 

「もう慎司君も知ってるだろうけどこの間のクリスマスになのはの秘密……魔法の事を聞いたんだ。なのはが魔法で頑張って来れたのも慎司君がずっと助けてくれてた事もな」

 

 そうなのである、あの騒動からすぐのクリスマスになのはちゃんはご家族に自分の魔法という秘密をリンディさんも交えて打ち明けたのだ。魔法の存在は高町家の知る所となり、これから魔法の道を本気で歩みたいと望むなのはちゃんの考えを聞かされた高町家の面々は驚きつつもなのはちゃんの望みなら頑張りなさいと背中を押してくれた事をなのはちゃんは嬉しそうに俺に語っていた。

 

「そうだね、慎司君と出会ってからなのはよく笑うようになってたし……いつも口を開けば慎司君が慎司君が〜ばっかりだしね」

 

 美由希さんからの言葉に少々照れ臭くなる。懐かれるのは嬉しいが何ともまぁ……。ていうかそれ絶対俺に言っちゃ駄目でしょ。まぁ面白いからいいや。

 

「まぁ、恭弥さんと美由希さんがそう言うなら素直にお礼は受け取っておきますね。けど………」

 

 少し離れた所でフェイトちゃん達を巻き込んで今日の試合の映像をいつものように楽しそうに見るなのはちゃんを見ながら俺はぼやく。

 

「きっと……俺がいなくたってなのはちゃんは頑張って成し遂げられる子ですよ……高町家の1人何ですから」

 

 しっかり者の兄と姉と父と母の血を受け継いでるんだから。きっとそうに違いないさ。

 

「きゃー!ほら見てフェイトちゃんっ!今のが慎司君がよく使う内股って技なんだよ!すごいよねっ!すごいよねっ!相手の人ぐるんって回ってたよね!!」

「う、うん………なのは、それもう4回目だよ?」

 

 フェイトちゃんのたじたじな様子にアリサちゃんはため息をすずかちゃんは苦笑いを浮かべていた。また始まった…と言わんばかりの表情である。

 

「…………くそがっ」

 

 俺のぼやきに当の本人の兄と姉はただただ困ったように笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 1人みんなと少し離れた所でゆっくりしていると人影が。

 

「や、慎司君楽しんどる?」

「おう、飯も美味いしゲーム大会も白熱したし最高だぜ」

 

 なのはちゃんをほっぺぐるんぐるんの刑で憂さ晴らしをした後、八神家と聖小メンツでゲーム大会に興じた。くじ引きの結果スマ○ラ大会となったのだがある1人を除いて皆んな熟練者だったので随分白熱していた。

 そしてその1人はリインフォースで初戦で勝負事には厳しいなのはちゃんと当たりボコボコにされて涙目になっていたのはご愛嬌。ちなみにリインフォースが使っていたのはガオ○エンで理由を聞くと

 

『慎司に……似ているから』

 

 と恥ずかしそうに言っていた。どう言う意味だコラ。

 

 そして今は皆んな疲れてしまって各々ゆっくり飲み物でも飲みながら雑談中だ。

 

「何黄昏てるん?」

「んにゃ、そんなつもりはねえけどよ」

 

 皆んなを眺めていたところを見られたのかはやてちゃんはそんな事を言ってきた。

 

「………慎司君が守り抜いたものなんやね、今の景色は」

「俺だけじゃないさ、皆んなが守り抜いたものだよ」

「けど、慎司君がいなかったらきっとうちら八神家はこの景色に無かったと思う」

 

 シグナムもヴィータもシャマルもザフィーラもと次々と名前を挙げるはやてちゃん。

 

「リインフォースも……ウチも、皆んな慎司君に感謝してる。もう聞き飽きてしもたと思うけど皆んなありがとうの気持ちでいっぱいなんよ」

「それをわざわざ言いに?」

「いやぁ、ついでかな?ちょっと聞きたい事があるんよ」

 

 ん?何だよ?と少し気怠げに俺は返事をする。

 

「……どうして、そんな無茶や苦しい思いをしてまで諦めないで頑張ってくれたん?」

 

 はやてちゃんは勘違いしないでほしいと慌てて付け加えた。助けてくれた事には感謝してるし嬉しく思っていると。

 

「友達だから助けるのは当然……とかそう言う事じゃないんだよな?」

 

 頷くはやてちゃん。振り返る、俺の原動力。そこまで頑張ったきっかけ。諦めてたまるかと思え続けた理由。

 

「……はやてちゃんがこのままだと死んじゃうって分かった時さ……俺みっともなく1人で泣いてたんだ」

 

 1人で資料を翻訳してその事実が分かった時、何も出来ずにはやてちゃんを死なせてしまったその先を想像した時、俺は泣き叫んだ。そんなのは嫌だと……そんな未来は見たくないと。俺は前世で大切な人を失った悲しみを味わった事はなかった。大事な友人や両親との死別も離別もなかった。俺が誰よりも早く死んだから。

 そして俺がどれだけ罪深い事をしたのかも理解してしまった。

 

「大事な友達を失いたくなかった。そんな気持ち味わいたくなかったんだ、それともう一つ……」

 

 そうだ、失う気持ちを味わうなんてまっぴらごめんだ。けどそれ以上に

 

「はやてちゃんに、誰かを悲しませる後悔を抱かせたくなかったんだ」

「……どう言う事なん?」

 

 上手く言葉に出来ないながらも俺は言葉を紡ぐ。前世の事は言えないけど、うまく伝えようと努力する。

 

「………そんなつもりじゃなくても自分のせいで自分の大切な人達が悲しんだり不幸になったりしたらさ……その人達だけじゃなくて自分自身もすごく苦しい事なんだよ。それは例え自分が死んだ後も苦しみとして残り続ける……と思うんだ。そんな永遠の苦しみと後悔をはやてちゃんにさせたくなかったんだ」

 

 はやてちゃんにとっては突拍子もない意味不明な理由だろう。けど俺が知っている、その苦しみも後悔もこの第二の生で一生背負い込まなければならない事だ。自分が死んでも誰にも影響を及ばさない人なんて存在しない。

 だからせめて人生をしっかりと全うしてから人は死ぬべき何だと俺は思っている。……諦めることも、見捨てる事もしちゃいけないって思ったんだ。

 

「……まるで自分がそれを味わってるみたいな言い方やね」

「……………………」

 

 無茶苦茶な俺の理由にもはやてちゃんは真剣な目と声でそう言ってきた。その指摘に俺は何も言えない。

 

「ま、ええわ。聞きたい事は聞けたし……ごめんな慎司君、でもどうしても慎司君がどう言うつもりでそこまでしてくれたんか知っておくべきと思ったんよ私は」

「……どうしてだよ?」

「………慎司君がそう言う気持ちでウチらを助けてくれたんやったら私達も今度は同じ気持ちで慎司君を助けたいんよ。……私は、八神はやては荒瀬慎司君に後悔をさせない為に……いつか私達が慎司君を助けるよ」

 

 そう笑顔を浮かべるはやてちゃんは何だか輝いて見える。彼女はずっと孤独だった、足も動かず、家族もいない家で1人で過ごす日々。だがとある日彼女は家族と呼べる存在と出会えた。幸せな日々は続き彼女は笑顔を浮かべて幸せな未来を想像して止まなかった。

 友人も出来た、他にはもう何もいらないと本気で思っていた。しかし未来に待っていたの悲劇の予兆と悲しみの連鎖。体は徐々におかしくなり死ぬ事を何度も想像した。しかし、悲劇はみんなの力で祓われ待っていたのは可能性のある未来。それから幸せの未来を掴むのかどうかはこれからの彼女次第だ。

 

 そんな運命に振り回されながらも彼女の笑顔は輝いていたままだった。なんて事はない、彼女は元々強い子だった。俺なんかいなくてもきっとこの事件はこの子の頑張りで解決していただろう。

 

「……ああ、期待してるよ」

 

 けど俺はそう答えた。卑屈になるのはとはまた違う。俺の行動にそうやって感謝してくれているのなら素直にその気持ちは受け取っておきたかった。車椅子の上の彼女の足を見る。こんなに笑っていてもきっと今も辛いリハビリを頑張ってる事だろう彼女に俺は

 

「足治ったらさ……俺が教えてやるよ、外を思いっきり走り回る楽しさを」

「ホンマ?ほな楽しみにしとるわ……慎司君は言った事を全部守ってくれる頑張り屋さんやから」

 

 そう照れたように言う彼女に俺は任せとけと胸を叩いて告げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 パーティーも終わり、皆んなそれぞれ楽しさの余韻を残しながら帰っていった。俺の両親も既に帰路についたが何となく余韻が冷めなくて俺は近くの公園で星を眺めてたそがれていた。

 

「頑張ったよな……俺」

 

 そう呟く。皆んなを振り回しちゃっただけな気もするけど結果的にリインフォースを救う事が出来た。その事実は俺の胸を熱くさせ誇らしさが包む。無駄じゃなかった。俺の頑張りは無駄じゃなかった、そう思える事が幸せに感じていた。

 

「すごく頑張ったよ、慎司君は」

 

 ふと後ろから聞き覚えしかない声。振り向けば、ニッコリと笑顔を浮かべているなのはちゃん。「隣、座るね?」と返事を待たずに隣に腰掛ける。

 

「もう夜だぜ?こんな時間に抜け出してきて大丈夫なの?」

「にゃはは、バレたら怒られちゃうから内緒だよ?」

 

 んなら何でわざわざここに?と、問うてみるとなのはちゃんは俺と一緒に星を見ながら

 

「何となく……慎司君が居そうだなって思って」

 

 なるほど、エスパーか。将来はユリゲラーを名乗るといい、高町・ユリゲラー・なのは。悪くない。

 

「慎司君こそ、こんな時間にこんな所でどうしたの?」

「ユリゲラーなのはを待ってたのさ」

「ユリゲラーなのはっ!?」

 

 意味わかんないよ〜っと困った顔をするなのはちゃんに俺は、何となくそんな気分だったからだよと答える。理由なんてない、こんな風にボッーとしたくなるのも人間だろうて。

 

「………慎司君は、ちゃんと有言実行したんだね」

「何の事だ?」

「『完全無欠のハッピーエンド』……私と一緒に頑張ろうって宣言したの覚えてるでしょ?」

「……まぁな、その為に頑張ったんだ」

 

 プレシアを助ける事が出来なかったあの時立てた誓い。遠回りな事をした気もしたけど果たす事が出来てよかった。そしてこれからも俺はそれを目指し続ける。皆んなが笑って未来を進める明日を築いてその日々を全力で俺が皆んなを楽しませるのだ。そしてそれを俺も楽しむ。そんな日常を送りたいのである。

 

「私も慎司君に負けないくらい頑張る。……尊敬する慎司君に負けないくらい……ね?」

「俺なんか尊敬してたら碌な事にならねぇぞ?」

「たとえば?」

「ピーマンが食べれなくなる」

「それ慎司君じゃん」

「ジャガイモにするぞこの野郎!」

「沸点が訳わかんないよ!」

 

 そう言い合って2人で笑う。そういえばいつも何かあったらなのはちゃんと2人で笑い合ってる気がする。

 

「……頑張るのはいいけどほどほどにしておけよ?」

「ううん、いっぱいいっぱい頑張るって決めたもん」

「……そうかい」

 

 ま、頑張り屋さんのなのはちゃんらしくていいか。ちょっと心配だけど。

 

「そういえば慎司君」

「ん?」

 

 思い出したかのようにハッとするなのはちゃん。

 

「少し気になってたんだけど、慎司君がリインフォースさんに捕まった時どんな夢見てたの?フェイトちゃんのお話は聞いたんだけど慎司君からは聞いてなかったなぁって思って」

 

 戻ってきた時の慎司君、すごく顔つきが変わって元気になってたから気になって……と付け加えるなのはちゃんに俺は遠く見ながら笑みを浮かべ答える。

 

「………別に、遠い親友達に背中を押されただけだよ」

 

 そう満足げに答える俺になのはちゃんは首を傾げではてなマークを頭に浮かべるだけだった。

 

 

…………俺は元気にやってるよ、優也……葉月。願わくばそんな俺の想いが2人に届きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

「あれ?優也?」

 

 とある地球、とある場所のお墓の前で知っている顔を見つけた1人の女性はその名前をつい呼ぶ。優也と呼ばれた男性は

 

「葉月……」

 

 と驚くような表情を浮かべる。女性も男性の前にあるお墓の前まで行き2人で手を合わせて祈る。そんな2人の左手の薬指には同じ指輪が着けられていた。

 

「……急に出かけるなんて言ってどこいったのかと思ったらここにきてたんだね」

「葉月も来るとは思わなかったけどな……」

 

 2人は毎年、この墓の主の命日にここを訪れる。しかし、この日はその命日でもなければ何かの節目でもなかった。だからお互いにこの場所にいる事に驚いた。

 

「何かさ……夢の中で太郎に会った気がしてさ」

「優也も?実は私も何だ」

 

 2人して驚いた。全くの偶然だろうが何かに惹かれたように2人はこの場所に来た事になる。

 

「あんまし覚えてないんだけどね?夢の中で俺は元気にやってるって言ってたような気がした」

「俺も同じだよ、死んでるくせに元気ってなんだって思ったけどな」

 

 男性の言葉に2人で笑い合う。そして墓を見る、ほかの墓石と比べて目立った汚れがないのはきっと彼の両親が足げに通ってる証だろう。

 

「………太郎、私達が結婚したって聞いたら驚いたんだろうね」

「……かもな。んで、すごく全力で祝ってくれてたと思う」

 

 2人でつい瞳に涙を浮かべた。親友を失った心の傷は深い。今もたまに感傷的に思い出し涙をこぼす事もある。しかし、涙を浮かべつつも今の2人には笑顔があった。

 

「全く、死んでも夢の中でも人騒がせな奴だな」

「ホントだよね……ふふ」

 

 なぜか2人は笑えていた。夢の中で何を見たか聞いたか、殆どは覚えてないはずだったけど。それでも、2人は笑みを浮かべて山宮太郎の顔を思い出す。

 

 そんな自分達を笑ってみてくれているような気がした。そう思えたのだった。

 

 

 

 高山優也、最中葉月、そして……山宮太郎(荒瀬慎司)。3人それぞれにも終わる事ない輝く明日は続いていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




  

 というわけでエース編もこれで終わりです。いや、時間かかってしまいました。ここまで根気よく読み続けてくれた読者さん、誤字を丁寧にしてしてくれた方々、感想、評価をしてくれた方々皆さんに感謝を。

 さて、次回から幕間を挟んでからの空白期編となります。マテリアルズの話ではないのであしからず。ここまで付き合ってくれた皆様に改めて感謝を。

 よろしければエース編の感想をお聞かせてかれればと思います。本当にありがとうございました!


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幕間2
燃えろ!運動会


 脚注機能使ってみました。便利や


 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の書事件から早くも半年以上が経過した。俺たちは小学3年生から4年生へと進級、と言っても変わり映えのない日常を送っていた。季節は秋の始まる頃、夏の暑さを残しつつも秋の紅葉をチラリと覗けるくらいの時期だ。

 色々あったゴタゴタも今では遠い昔のように感じる、クロノやリンディさん達は管理局員としての日常に戻りユーノはそこで役職を与えられたらしく正式の管理局員に。何て言ってたかな……無限車庫とか何とか。フェイトちゃんは変わらず聖小の生徒として通い続けるなか魔導師としての仕事もこなしている、それはなのはちゃんも一緒だ。ちなみにフェイトちゃんの為にクロノやリンディさんが拠点として使っていたマンションの部屋はそのままであるらしい。ちゃんとリンディさん達もなるべくフェイトちゃんと一緒に過ごすようにしているそうな。

 はやてちゃんは日々をリハビリを頑張り続けた結果万全とは言えないがもう松葉杖を使って歩けるくらいには回復した。まぁ、歩けなかった期間が長かったからその分弱った筋肉を取り戻すのも時間がかかるがそれももう少しと言ったところだ。

 

 シグナム達守護騎士達は襲撃事件の罪を贖う為、管理局員として世のため人の為に頑張っている。といっても馬車馬のように働かせられてる訳ではなくちゃんと一管理局員としてだ。

 リインフォースに関しては立ち位置があやふやな為、基本的にはやてちゃんにつきっきりだ。その当のはやてちゃんも魔導師としての道を志している為必然的に管理局員という形になるだろう。

 

 俺はと言うとあいも変わらず皆んなとの日常を楽しみつつ柔道の練習の日々だ。あれから神童との対戦は叶ってないがリベンジを果たすべく俺は邁進している。

 さて、皆んなのその後はさて置き。この秋の初め頃という時期になれば小学生の一年に一回の一大イベントがある。

 

「はい、というわけで明日は皆んなも楽しみにしていた運動会です。明日に備えて遅刻しないように皆んな早めに寝るのよ?」

 

 はーいと元気よく教室にクラスメイトの返事が響き渡る。担任の教師が言った通り明日は聖小の運動会である。聖小の運動会はセオリー通りの各学年のクラス毎にチームを赤組と白組で別れて競技で争うというもの。

 中には低学年のダンスや高学年の組体操やら色々あるが皆んな各々自分の組こそが勝つと意気込んでいる。かく言うウチのクラスも盛り上がりっぷりは負けてないだろう。

 

「明日の運動会、楽しみだね慎司君」

 

 ニコニコしながらそう俺に話しかけてくる隣の席のなのはちゃん。まあ、運動会なんて元気が有り余ってる小学生からしてみれば一大イベントの一つだ。皆んなのテンションが上がるのも分かるさ。俺もそうだったしな。

 

 という訳で、俺を含めたいつもの5人で放課後の下校時も明日の運動会の話になる。

 

「楽しみだな、運動会……」

「そういえばフェイトは初めてだもんね」

 

 呟くフェイトちゃんに対してアリサちゃんがそう言えばと言葉を返す。確かに去年転校してきたフェイトちゃんだがその時にはすでに運動会が終わった後だ。初めてとなれば楽しみにもなるだろう。

 

「ふふっ、魔法使っちゃダメだからね2人とも」

「「勿論だよ」」

 

 すずかちゃんの言葉に綺麗にはもる2人。仲良きかな、皆んなやっぱり楽しみにしてんな。

 

「はやてちゃんも家族みんなで見に来てくれるって」

 

 はやてちゃんは聖小じゃなくて今は普通の公立の小学校に通ってる。まあ、足の件もあるから徐々にだろうけど。

 

「あら、それなら皆んなで絶対に白組に勝たないといけないわね」

 

 ウチのクラスは赤組だ、特にアリサちゃんが対抗意識を燃やしてる。

 

「慎司も明日は頼むわよ、こういう時しかアンタ役に立たないんだから」

「えっ?照れるぜ……」

「別に褒めてなかったよ?慎司」

 

 分かってるよフェイトちゃん、そんな心底不思議そうな顔を浮かべるな。

 

「にしてもなんか今日の慎司はいつもより落ち着いてるわね、アンタの事だから運動会に向けて騒がしくするかなって思ってたのに」

「おいおい、俺を何だと思ってんだアリサちゃん」

 

 確かに運動会は楽しみだが精神年齢はもう30歳ですよ?そこは大人らしく余裕の態度で楽しむのが肝なんだよ。

 

「当日はそんな風に騒がしくしたりしないで落ち着いて余裕を持った態度で勝負に臨むのさ。それこそ俺達赤組が勝つための秘訣さ、伊達に柔道で勝負事ばかりしてきた訳じゃないんだぜ?」

 

 と、少しドヤ顔でキメてみるがフェイトちゃん以外皆んなの視線は何だかえっーって顔をしている。フェイトちゃん可愛らしくキョトンとしていた。

 

「ん?何だよ?」

「にゃはは……と、とにかく当日は楽しみだね慎司君」

 

 なのはちゃんの困った笑顔が気になりつつも俺はそうだなと冷静に返す。ふむ、何を不思議がってんだろう……まあいいか。明日は頑張るか。

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

「よっしゃああああああああああああ!!!テメェらぁ!!死ぬ気でついて来いヤァ!!」

 

 

 おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

 

 こだまする雄叫び。運動会当日、冷静さとは余裕さとは何だったのかと言いたくなるほどの光景が広がる。荒瀬慎司を筆頭に咆哮を上げる赤組の男子生徒たち。慎司より上級生のはずの5、6年生の面々も彼に続いていた。赤組の女子生徒たちは皆んな引いていた。

 ちなみにまだ運動会は正式に始まっていない。開会式の全校生徒入場の場面である。そう、競技中ではない。

 

「いいか貴様らぁ!!死ぬ気で勝つぞぉ!!」

 

 うおおおおおおおおおおおおおお!!

 

 慎司が何か言うたびに盛り上がる赤組男子。もはや止められない、

 

「はぁ……何が落ち着いた態度なの慎司君」

 

 以前のメイドカルト教団の事件を思い出し頭を抱えるのは高町なのは。まあ、こうなる事はフェイト以外の荒瀬慎司と仲のいい面々は予想できていた。だって毎年この調子なのだから。毎年彼は運動会になると熱くなる。某天候を操るテニスプレイヤーの如く熱くなるのだ。

 

「そ、それでは続いて赤組代表生徒の選手宣誓です。代表者は前へ」

 

 慎司が騒ぐ中も開会式は滞りなく進んだ。ちなみに教師が誰一人騒いでる慎司を注意しないのはもはや聖小の名物と化しているので公認みたいなものであるからだ。………それでいいのか私立小学校。

 

「よっしゃあああああああ!!!」

 

 雄叫びを上げながら前へ出るのは赤い鉢巻を額ではなく腕に巻く荒瀬慎司。

 

「えっ、何で慎司?」

 

 フェイトがそう声をあげるのも無理はなかった。開会式等は既に予行練習などで何度も全校生徒がこなしているが選手宣誓の代表は赤組も白組も最上級生の6年生の先輩が勤めていたはず。現に先に選手宣誓をしていた白組は予行練習時と同じ人だった。

 前に出ながら慎司はどこかへ親指を立てながら頷いていた。その先を見ると本来代表で前へ出るはずだった先輩がこれ以上ない笑顔と親指を立てて頷き返していた。なるほど合意の上で交代したのか。……それでいいのか6年生。

 

「宣誓!我々赤組は………勝利をもぎ取ります!!」

 

 

 うおおおおおおおおおおおおお!!

 

 

「精一杯頑張ればいい?負けても全力を出せばいい?そんな軟弱な考えの奴は我が赤組にはいらない!!我々は勝利以外は許されない!勝つ事にこだわり、勝つ事だけを考えて、貪欲に白組から勝利という美酒をもぎとるのだ!!」

 

 

 うおおおおおおおおおおおおお!!

 

 

「いいか貴様らぁ!!我々赤組の誓いの言葉を思い出せぇ!……白組は!?」

 

 

『『『ぶちのめす!!』』』

 

 

「それを邪魔するものは誰であろうと!?」

 

 

『『『ぶっ飛ばす!!』』』

 

 

「しかし女の子には!?」

 

 

『『『蝶を愛でるように優しく!!』』』

 

 

「だが勝利の邪魔をしてきたら!?」

 

 

『『『それでも優しく!!』』』

 

 

「惚れた女に!?」

 

 

『『『いいところを見せたい!!』』』

 

 

「よしよく言った軟弱ども!!その願いを叶えたければ俺に黙ってついてきやがれぇ!!」

 

 

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!

 

 

 ボルテージは最高潮に、赤組は気魄によって雄叫びをあげ続け開会式を続行不可能にした。

 

「もうやだこの学校」

 

 なのはちゃんの言葉に赤組の大半の女子が同意を示すように頷いた。

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 さて、ここからは各競技をダイジェストでお送りしたいと思う。

 

 

 

 

 赤白対抗 応援団による応援合戦

 

 

 

「犬畜生どもがあああああ!!!ギッタンギッタンにしてやるからかくごしろやああああああ!!!」

 

『うおおおおおおおおおおおお!!!』

 

「あれ応援じゃなくて宣戦布告だよね?」

「フェイト、慎司の言う事にいちいち疑問を抱いたらキリがないわよ」

 

 

 

 

 

 学年別綱引き対決

 

 

 

「オラ野郎ども!死ぬ気で引っ張れぇ!!これは運動会じゃなく俺達の聖戦だ!ぶち抜くぞおおおおおおお!!!」

 

 

『うおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 

「あ、相手の白組の選手ごと引っ張られたね」

「もう慎司君だけでいいんじゃないかな?」

「他の学年の男子もあんな感じだもんね」

「あ、けど負けちゃってるとこもちらほらあるみたいだよ?」

「流石にガッツだけじゃ勝てないわよ」

 

 

 

 

 大玉転がし

 

 

 

「オラァ!ふっとべや!!」

「慎司君!玉を転がす競技だよ!?ゴールに向かって投げ飛ばす競技じゃないからね!?」

「ていうかよくあんな大玉をゴールまで投げれたわね」

「………柔道やってるからかな?」

「多分関係ないよフェイトちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで各々なんだかんだと楽しみながら運動会の競技は進行していき、進行が半分まで進んだ所でお昼休みが宣言された。生徒は皆んな待ってました言わんばかりに家族の待つテントやレジャーシートへ走っていく。さて、俺らも行くとしようか。

 

「よっしゃあ!午後にも決戦は控えてるからなぁ!ここで英気を養うぞおおおおおお!!」

「うるさいで慎司君」

「あ、すいません」

 

 俺の両親と高町家と一緒に応援に来てくれたはやてちゃんに反射的に頭を下げる。そんなはやてちゃんは少々げんなりしていた。

 

「………いつも慎司君は運動会だとああなん?」

「そうね、いつもよりかなりうるさくなるわ」

「うるさいというか騒音というか公害というか」

 

 アリサちゃんとすずかちゃんが辛辣である。ていうかすずかちゃん公害って何だよ。ちなみにすずかちゃんとアリサちゃんの両親はお仕事の都合上来れてない、いつもの事だと2人は涼しげだ。まあ、すずかちゃんの姉の忍さんは恭弥さんに会いに行くついでに応援に来てくれている。

 

「でも、いつもより元気な慎司のおかげで何だかんだ皆んな楽しそうだよね」

 

 辺りを見渡しながらフェイトちゃんがそうぼやく。確かに最初は女子達や挑発されてる白組はげんなりとしていたが俺の熱気に釣られてか俺達と同じように盛り上がっていたとは思う。

 

「そうか?普通だろ?」

「絶対普通じゃないよ慎司君……」

 

 そうかななのはちゃん?皆んなこれくらいは楽しむもんだろ。

 

「あ、リインフォース。そこのお弁当広げてくれへんか?」

「はい、すぐにでも」

 

 一緒に来たリインフォースも何だかルンルンである。まあ、リインフォースからしてみれば物珍しい催しだろうし見ていて楽しいのかもしれない。

 

「何だか楽しそうじゃんかリインフォース?」

「ああ、見ていて楽しい。特に慎司がはしゃいでる姿が愉快でな」

「あれ?貶された?」

「…?そんな意図はないが?」

「いとおかし」

「いとようじ」

「いとおしむ」

「いと………」

「はい、リインフォースの負けー」

「むぅ……」

 

 言葉遊びで俺に勝とうなんざ100年早いぜ

 

「ねぇねぇはやてちゃん……リインフォースさんどんどん慎司君に毒されてない?」

「あ〜、まぁ本人が楽しいそうやからええかなって……」

「…………不安だ」

 

 ひそひそとなのはちゃんの耳打ちに困ったように笑うはやてちゃんを見てそうぼやくなのはちゃんであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休憩も終わり運動会は後半戦へ。赤白両軍とも接戦に接戦を重ねて互いの得点はほぼ同点と言った所に。最後の学年対抗別リレーにて決着は委ねられる事となった。そして、俺たち4年生の番に。ここで勝って得点を重ねたい所だ。

 

「うっしゃあ!!いくぞ野郎ども、足がちぎれてでも走るんだあああああああああ!!!」

 

 

『おおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

 

「ねね、荒瀬君荒瀬君」

 

 気合を入れてる所にクラスメイトの女の子に肩をツンツンとされる。

 

「ん?どしたの?」

「私達も参加するリレーだよ?野郎っていうのはちょっと……」

 

 まさかの苦情である。

 

「………………よっしゃあ!!我がクラスメイト達よ!!相手をぶちのめしてでも先にゴールするぞおおおおおおおお!!!」

 

 わあああああああああああああ!!!

 

 上がる歓声、今度は男女共に。女の子は満足げにしながら歓声に参加する。ていうかフェイトちゃんの言った通りなんだかんだ女の子達も俺達と一緒に盛り上がってくれてたようでよかった。

 

「……うう、胃が痛い」

「だ、大丈夫だよなのはちゃん、いくら今の慎司君でも運動が苦手で足が遅いなのはちゃんには優しくしてくれるよ」

 

 すずかの容赦のない言葉だった。

 

「抜かれたやつ、距離をさらに離された奴は覚悟しておけぇ!!地獄送りだぁ!!」

 

「…………多分」

「すずかちゃぁん………」

 

 高町なのは、涙目である。今のところ本当に慎司が競技で誰かが負けて制裁を下す所は勿論なかったしむしろ励まして気にすんなっ……なんて言っていたが勝負のかかってるリレー競技となると特に走るのが苦手な高町なのははお腹を押さえるくらいはプレッシャーを感じた。

 

「俺の前の走者はなのはちゃんだったな、しっかり頼むぜ!」

「う、うん……アンカーの慎司君にちゃんとバトンを繋げられるように頑張るよ……」

「……どした?お腹痛いのか?」

「だ、大丈夫大丈夫。ちょっと緊張してるだけ」

「まあ、いくら運動苦手ななのはちゃんでもまさ凄い大差つけられるって事はないだろうから気楽にいけよ?」

 

 ちょっと心になにかが刺さった。

 

「う、うん……頑張る」

「まぁ転ぶとかバトンを落とすとかポカしなければ大丈夫さ」

 

 プレッシャーは倍増した。

 

「………そ、そうだね…」

「とにかく頑張ってくれればいいか、追い抜かれても距離を離されても俺が何とか……できる範囲で頼むぜ?」

「ねぇわざとやってない?」

「あ、今更気づいたの?察し悪いのうなのはちゃん」

「ちょっと!?またからかったね!!」

 

 ポカポカポカポカ、対する慎司はほっぺをびろーん。クラスメイト達はまた始まったというかのようにやれやれとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パァンと空気砲の破裂音を響かせながら4年生の対抗リレーが始まる。4年生は全部で4クラスと大所帯なので見応えのある人数だ。俺のクラスともうひとクラスが赤組で残りの2クラスが白組ではあるが対抗リレーではそんな事は関係なく各々自分達のクラスが一位となるべく熾烈な争いを繰り広げる。

 

「おっしゃあ!!いけぇアリサちゃん!ぶちぬけぇ!!」

「うっさいわねぇもう!!」

 

 とか言いながらも好スタートを切り1位でリードを広げるアリサちゃん。

 

「いいぞすずかちゃん!いつも思ってたけどなんでそんなに身体能力高いんだ!?プロテインか!?」

「慎司君後でお話ししようね!!」

 

 それなのはちゃんのお家芸と思いつつなんだかんだ途中抜かれてしまった分を取り戻すすずかちゃん。

 

「フェイトちゃん!今の君はファイズアクセルフォーム*1だ!10秒間だけ無敵だぞ!」

「………魔力を使えば何とか…」

「ダメ!それはダメだ!?」

 

 フェイトちゃんの足の速さは標準といったところだった。

 

 

 

 接戦接戦が続き4クラスともほとんど並走の状態でアンカーの手前の走者にバトンは渡される。俺達のクラスは鈍足のなのはちゃん。なのはちゃんはちょっと緊張した面持ちでバトンを受け取って走り出す。とはいえっても急に足は速くなるはずもなく他の3クラスに徐々に引き離されていくが。

 

「頑張れ高町!」

「高町さんがんばれー!」

 

 クラスメイト達の必死の応援に応えようと思ったよりも食らいついて頑張っている。俺が想定してるより引き離されないで頑張っていた。しかし

 

「あっ」

 

 それが祟ったのか不明だが足をもつれさせて前に転んでしまう。顔を打たないように両腕でガードしたのとバトンを離さなかったのは流石と言うべきか。そしてへこたれずにすぐに立ち上がり走る。転んだのは仕方ない、頑張った証拠だ。

 

「気にするな高町!頑張れぇ!!

 

 俺達のクラスメイトもそんな事全く気にしていない。しかし勝負のかかっている対抗リレー、俺達ならともかく他の学年の赤組の生徒たちからは悪気はなくてもつい落胆の声をあげてしまう子もいた。

 それも仕方ない、ただでさえリードされてる中での転倒だ、わざとじゃなくてもそう声を上げてしまうのは仕方ない。

 

 既に俺以外のアンカーはバトンを渡されスタートしたところだ。遅れてなのはちゃんも俺に渡そうと腕を伸ばす。かなりと言わずとも少しリードを取られた。俺がアンカーなのはクラスで一番足が早かったからだがそれは他も同じ、追いつけるかは分からない。けど

 

「ごめんっ!」

 

 そう、ちょっと申し訳なさそうにバトンを渡してくるなのはちゃんを見て俺は。

 

「ふぇ?」

 

 なのはちゃんがとぼけた声を上げる。そりゃそうだろう、俺はバトンごとなのはちゃんを横抱きにする形で持ち上げたのだから。

 

「……嘘でしょ慎司君?」

「一緒にゴールするぞなのはちゃん!!」

「やっぱり〜〜〜!!!」

 

 なのはちゃんの叫びをbgmに走り出す。周りの観客や生徒達からは驚きの声。

 

「わっはっはっは!!こういうのは楽しんだもん勝ちじゃボケェ!!!」

「序盤と言ってる事違うよ!?」

 

 といっても勿論負けるつもりは毛頭ない、なのはちゃんを抱えたまま全力で走る。アンカーは他の走者の2倍の距離を走る、そこに勝機はある。

 

「流石慎司だ!」

「おれたちにできない事を平然とやってのける!」

「そこにシビれるあこがれるゥ!」

 

「頑張れ荒瀬君ー!」

「高町さんと一緒にだよー!」

 

 クラスメイトの面々も俺の行動を良しとしてくれる。

 

「アンタそこまでやるなら一位取りなさいよー!!」

「なのはちゃん振り落とされないよに気をつけてね!!」

「頑張れ慎司!今の慎司はン・ダグバ・ゼバ*2……だよ!」

 

 3人の応援も糧にする。てか待ておい、フェイトちゃんまだそれ言ってんのかいい加減にしろ。

 

「ダメだよ慎司君!私を抱えたまま走ったら追いつけるのも追いつかなくなっちゃうよ!」

「そうだな!!ちょっとなのはちゃん重いな!太ったかな!?」

「大声でなんて事言うの!?成長期!太ってないもん……太ってないもん!!」

「ごめんて!確かに成長期だな、けど重くなったもの事実だから気をつけろよ?」

「私に対してはほんっとにデリカシーないね慎司君!!?」

 

 怒りつつも俺の走りを邪魔しないようにか頬を膨らませるだけで済ますなのはちゃんにほっこりしつつも足は緩めない。なのはちゃんの言う通りこのまま走るのは本来出せるスピードを出せないことになる。

 しかし勝算はあった、一つは俺の肉体。確かに小学生4年生の肉体の俺だが実年齢は30の元スポーツマン。どうすれば効率的かどうすれば効果のあるトレーニングになるかその知識を持って日々トレーニングを重ねてる俺の肉体は年齢に比べれば一線を画してると自負してる。いくらなのはちゃんを抱えながらとは言っても短時間なら重さなど感じないに等しい。

 

 足の速さも言わずもがな、クラスどころ学年ではタイムは一番速い。そしてさっきも言った距離、皆んなより倍の距離もあるのならチャンスはある。そら、他のアンカー陣は顎が上がってきて減速し始めたぞ。俺のスタミナはこんなもんじゃ切れないぞ!

 

「ふはははは!!さらに加速じゃああああああ!!!」

「ちょっ、速い!?速いよ慎司君!?」

 

 なのはちゃんの悲鳴を無視してさらに足を動かす。もっとだ、もっと早く。なのはちゃんと一緒に一位でゴールするんだ。

 

 ゴールまで20メートル、1人抜いた。10メートルでまた1人……あと1人だがもうゴール直前っ。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!!待て貴様あああああああああ!!!」

 

 俺の雄叫びにビクッとびっくりして一瞬動きを止める前の走者。そんなつもりなかったけどこれは好機だ。その一瞬が命取り。

 

「いけぇ慎司!!」

 

 誰かの声援に後押しされ紙一重の差で俺は……最初にゴールテープを切る。なのはちゃんを抱えたまま、俺は一位をもぎ取った。

 

 

 

 

『うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

『すげぇ!!』

『流石は荒瀬慎司だ!』

『転んだ女の子を抱えて一緒にゴールなんてロマンチックだ〜〜』

 

 辺りは歓声に包まれる。それに俺は笑顔と腕を振って応える。

 

「ほれ、なのはちゃんも手くらい振れよ」

「えっ……あ、うん……」

 

 少し呆然としているなのはちゃんにそう声をかけて遠慮がちに手を振るなのはちゃん。チラチラとこっちを見て何か言いたげななのはちゃん。

 

「どうした?」

「いや……なんかごめんね。私の為に気を使わせて」

「バーカ、んなんじゃねぇよ」

 

 なのはちゃんが転んで悲しそうにしてたからああいう無茶苦茶な行動を取ったのかと言われれば全くそうじゃないとはいえない。そんな悲しそうな顔を吹き飛ばすほど驚かせてやろうと思ったのは事実だから。けどそれよりも

 

「ああした方が盛り上がるし楽しそうだったろ?」

「も、もう……」

 

 困ったようにするなのはちゃんに笑顔を向けつつ思う。俺の行動理念なんてそんなもんだ、俺はこの第二の生を全力で楽しむ決めているのだから。

 

「………でも、ありがと」

「おうよ、ちゃんと運動しておけよ?」

「それは運動音痴だから?それとも体重の話?」

「いや、後者に決まってんじゃん」

「叩くよ!?」

 

 なんて会話も楽しんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに勝敗は奇跡的に赤白同点で荒瀬慎司は

 

「延長戦じゃああああああああああ!!!」

 

 と大騒ぎを始め収拾がつかなくなったのはまた別の話である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
仮面ライダーファイズの強化フォーム。10秒間だけ凄く速くなる

*2
仮面ライダークウガのラスボス。フェイトは以前自分なりの感性で慎司に似ていると評したが普通に悪役なので慎司からしたら不名誉である




 次回も幕間です!


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八神一家の退屈しない1日

 短めなのと出来は良くないが勿体なので投稿。もっと、質を上げれるよう精進します


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに入れ歯があるじゃろ?」

「何でそんなもん持ってんだよ」

「これをこうして……こうじゃ!」

「あっおい!頭に乗せんなよ!」

 

 慌てて手で叩いて入れ歯を落とすヴィータちゃん。場所は八神家、守護騎士達は管理局の仕事やらで家を空けることが多い中珍しく皆んなの休みが重なったというので飛んで来たのだ。ちなみになのはちゃん達は予定が合わず来れたのは俺のみ。

 

 ヴィータちゃんの慌てっぷりが面白くてプギャーと笑うと怒ったヴィータちゃんから頭突きが飛んでくる。それは見事に俺の鼻を潰し激痛を走らせた。

 

「ぬおおおおお!?鼻がっ!鼻が潰れた!?あ、鼻血だティッシュとってヴィータちゃん」

「おう」

 

 一瞬の争いはどこへやら素直にティッシュを手渡してくれた事に礼を言いつつ鼻に詰める。

 

「そんな怒んなくてもいいじゃんか、誰かの使用済みとかじゃなくて新品だぜ?」

「何でお前がそんな新品の入れ歯なんか持ってるんだ」

「ウチの学校の校長先生から貰った」

「大丈夫かお前んとこの学校?」

 

 だって土太郎と俺と校長でメイド談義してる時に何か悪戯に使えそうなものないです?って聞いたら笑顔で未使用の入れ歯渡してくるんだもん。使わない手はないでしょう。

 

「慎司、この間借してくれた漫画読み終わったから返すぞ。礼を言う」

「おうシグナム、確かに受け取ったぜー」

 

 数十冊の漫画を受け取る。確かシグナムに貸してたのは………そうだそうだ、ドラ○ンボールだ。バトル漫画の金字塔のこれならシグナムも喜ぶと思ったんだ。

 

「どうだった?好みにあったか?」

「ああ、大満足だ」

「ダニィ!?」

「……どうした突然?」

 

 すまん、ネタ通じないわな。あれアニメの映画のネタだし。

 

「慎司君、これ返しますね。ありがとうございます」

 

 今度はシャマルが登場、また貸してた漫画を返してもらう。さてさてシャマルには……

 

「どう?悪役令嬢物の短編集」

「面白かったんですが……どれも同じ展開ばかりで……」

「ああ……」

 

 大体どれも婚約破棄から始まって最終的に見返して終わりだしな。まあ、スカッとして面白いんだがいかんせんそんな内容ばかりの短編集などもはや詐欺だ。

 

「そんなシャマルさんにはこれをお勧めしよう」

「……また短編集ですか?」

「おう、今度はいわゆる追放物ってやつ」

「慎司君のオススメならまた後で読ませて貰いますね」

 

 にこやかに受け取るシャマルに苦い顔を浮かべるのはヴィータちゃん。先にヴィータちゃんに読ませて洗礼を受けたからだろう。あれは確かに面白いが流行りに乗るのにも限度がある。まぁ、それでも名作は多いからどんどん増えて欲しいって気持ちもあるがな。どうでもいいけど

 

「はやてちゃん〜、この間貸した漫画どうだったよ?」

 

 昼食の支度をしてくれているはやてちゃんにそう声をかける。

 

「でんじゃ○すじーさん?」

「そうそう、どうだった?」

「中々面白かったで〜」

「普段のはやてちゃんの方が面白いけどな」

「………ウチそんな愉快かな?」

「誘拐されそうなくらいは」

「なんでやねんっ」

「なにがやねんっ」

「「……………このやり取り飽きたな」」

 

 と言う事である。せっかく八神家に遊びに来てもグーたらしてることの方が多い。一緒にゲームやって漫画読んで談笑してはやてちゃんの美味い飯をご馳走になって帰る。まぁ、そんなくだらない事が楽しくてしょうがないのだがな。

 

「慎司……来てたのか」

 

 ひょっこりと姿を表すリインフォース。何だか少し眠そう。普段もゆるふわな雰囲気だからわかりづらいけど眠たそうだ。

 

「何だリインフォース、寝不足か?」

「いや……何でもない」

「リインフォース、昨日から慎司君が来るって聞いてソワソワしてたやん」

 

 ニコニコと笑うはやてちゃんの暴露に「あ、主っ……」と顔を赤くして俯く。いや、可愛いかよ。ていうかキャラ変わりすぎだろ。いくら純粋無垢だからって変わりすぎだよ。 

 この間なのはちゃんにリインフォースさんに変な事教えないでよ?何て言われたけど俺が原因じゃないだろうな?まぁ、と思いつつもそんな美味しいネタがあるのに揶揄わない選択肢はないだろう。

 

「ほほう?リインフォース、そんなに俺に会いたかったのか〜?」

 

 なんかスケベジジイみたいな言い方になったのはご愛嬌という事で。

 

「どうなんだ?ん?ん?」

「……………た、楽しみにはしていた」

「素直かっ!」

 

 ぺちんと軽く突っ込む。いや、ホントやめて。1番からかいにくいタイプじゃんか。

 

「ちくせう!俺は本来ボケなんだ!ツッコミなんてさせるなよ」

「ならボケてみぃや」

 

 お?挑発かはやてちゃん?乗ったるぞ。

 

「よし、ザフィーラ。ちょっちこっちこい」

 

 狼形態のまま事の成り行きを尻尾を振りながら見ていたザフィーラを手招きする。素直にこちらまで来るザフィーラを膝の上に乗せ口を開かせ俺の手で表情を作り自分はザフィーラの後ろで顔を隠して渾身に本物の声を真似て

 

『黙れ小僧!貴様にサ○が救えるか!!』

 

「「ブフォ!」」

 

 何人かお茶を吹いたので俺の勝ちって事で。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うめええええ!!素麺ってこんなうまかったけ!?うおおおおお、箸がとまらなええええええ!!」

「お前騒がないと飯も食えんのか」

 

 ヴィータちゃんに冷静なツッコミを受けつつもズルズルと素麺を啜る。うめぇなぁ……なんでかこんな美味く感じるんだろうなぁ。

 

「うめぇよはやてちゃん、流石だよ!何か隠し味とかあんのか?」

「隠し味?強いて言うなら……食べてくれる人の事を考えながら愛情を持って作ることやね」

「いや、そう言うのいいから」

「結構ええ事言ったやん」

「大阪のおばはんの戯言?」

「おうコラ、表出るか?」

 

 怖えぇよ普通に。意外とドス効かした声も様になるのねはやてちゃん。本気で怒らす前に話変えたろ。

 

「で、どうなんだよシグナム達は?管理局の仕事」

「む、私達か?」

 

 素麺を行儀良く食べながらシグナムは淀みなく答える。

 

「そうだな、最初は周りも私達に思う所があるからか馴染めずにいたんだが……」

「だが?」

「今は上手くやれている、管理局の仕事にやり甲斐を感じるくらいはな」

「デスソース取ってリインフォース」

「話の腰を折るな」

「これか?」

「何で持ってるんだリインフォース」

 

 シグナムの二連ツッコミに「お〜」と拍手を送りつつ俺はそのデスソースを自分とリインフォースの素麺のつゆにかける。

 まぁ、そうやってシグナム達が上手くやれてるってことはちゃんと仕事で見返したと言う事だろう。正直彼女らは言い方悪くすると元犯罪者だし忌避されてしまうのは仕方ないっちゃ仕方ない。しかしまあ、何にせよよかったよかった。

 

「辛っ!!誰だデスソース入れたの!?」

「「「お前だよっ!?」」」

「うるせぇ煮干しにするぞゴラァ!!」

「「「逆ギレだっ!」」」

 

 結局全員で騒がしくする面々であった。ちなみにリインフォースはデスソース入りの素麺を美味そうに食べていたとかいなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「叩いてかぶってジャンケンポンしよう」

「突然どしたん?」

 

 素麺を美味しく頂いてから皆んなでテレビでも見ながら雑談をしている中、俺はそう立ち上がって言う。

 

「いや、食後の運動代わりさ。いつもみたいにトランプとかでもいいけどたまにはこう言うゲームも楽しいぜ?」

「まぁ楽しそうやから何でもええけど」

「なら決まりだ」

 

 そう言って懐からヘルメットを取り出す

 

「どこから出してるんだよ、てか何で持ってるんだよ」

 

 ヴィータのツッコミを無視してさらに画用紙で作った本気で叩くとかなり痛いお手製ハリセンを取り出す。

 

「だからどこから出して何で持ってるんだ」

「俺の懐は四次元ポケットだからな」

「ならタケ○プターでも出してみろ」

「あるよ」

「あるの!?」

 

 ねぇよバカ。

 

 

 

 

 

 

 というわけで

 

「第一回!八神家プラスαによる情け無用の叩いてかぶってジャンケンポンっ大会!開催じゃあああああああ!!」

「どんどんぱふぱふ」

「ありがとうリインフォース」

 

 無表情ながらも体の動きと言葉で乗り気なリインフォースにお礼を言いつつ俺は皆んなにルール説明。まぁ、簡単なゲームだしな。ルールもクソもないんだが。

 

「内容は総当たり戦で1番敗北数が多い者は1番勝利数が多い者に何でも命令できる!これなら燃えるだろ」

 

 俺の言葉にうーむと首を傾げる八神家一同。

 

「何だ?不満か?」

「いや、不満はないんやけど……仮に慎司君が勝ったらどんな命令されるんか心配なんよ」

 

 どういう意味かなそれは?

 

「なあに、そんなひどい命令したりはしないさ。ちょっと恥ずかしい事してもらうくらいだと思うぜ?」

「例えば?」

「マヨネーズを天に掲げながら『太陽ぉぉおおっ』って叫びながら町内一周」

「社会的に殺す気まんまやないかい」

「特別ルールでお手付きした奴は即刻今の命令を実行してもらおうかな」

「よりハードにすな」

 

 ちなみに冗談じゃないぜ?本気でこのルールでやるぞ。と宣言すれば皆んなの顔付きが変わる。そうそう、遊びでも勝負は真剣にやろうぜ。それが全力で楽しむって事よ。

 

「ちなみにザフィーラは狼形態から戻る気なさそうなので審判をやってもらいます」

「あ、ずりぃ」

 

 ヴィータちゃんの一言にザフィーラはどこ吹く風の態度だ。まあ、禍根を残さない為にも審判はいるし勘弁してやろう。  

 

「というわけでまずは第一戦は……よし、シグナムとシャマルで行こう」

 

 どんどん対戦を進めていく。ちなみに皆んな動きはぎこちない、せっかくジャンケンに勝ってもハリセンを取ろうとする動きは鈍い。お手付きの罰を恐れてるのだろう。八神家同士の勝負はどれも長期戦となるほどだった。

 

「ジャンケンポン!」

 

 勝った!

 

「死に晒せえええええ!!」

「いてっ!?」

 

 かく言う俺は躊躇いなく動く。ふははは!これで3連勝じゃい。俺に勝つには3年早いぜヴィータちゃん。

 

「くっそー」

「ふははは、このままじゃ俺が全勝だなぁ諸君」

 

 天狗になりそうな勢いで煽る。

 

「慎司君以外集合や!」

 

 ここではやてちゃんの号令により八神家会議へと発展する。一応バトルロイヤルだけど俺対策会議かな?うん?

 

「(不味いで皆んな、このままじゃ慎司君が優勝してまう)」

「(しかし主はやて、慎司は一般人とは思えないほど強いです)」

「(そうだな、さっきもシグナムよりも速くハリセン取って叩いてたし)」

「(私もあっさり負けました……どうして慎司君は遊びとなると規格外になるんでしょう……)」

「(…………舌がひりひりする)」

「(それはデスソースのせいやねリインフォース)」

 

 一応密談っぽいので俺は聞こえないように離れているが会議したところで無理だろうなぁ、チーム戦じゃなくて個人戦だし。だがどうしても俺が勝つのは嫌なのだろうか頑張って作戦を練ろうとする5人。暇なのでザフィーラと遊ぼう。

 

「お手」

 

 パシッ

 

「おかわり」

 

 パシッ

 

「バァン!」

 

 どて

 

 あれまやられたフリまでやってくれるとは。プライドないんか貴様。

 

「なぁなぁザフィーラ、いつも狼形態だけど人間状態にはならんの?」

 

 首を振るザフィーラ。魔力リソース的な話は前に聞いた。その姿の方が節約なのだと。そういえばアルフも普段は子犬モードだったな、まさかザフィーラも将来そういう感じにするつもりなのだろうか。それはなんか嫌だな。

 

「チンチン」

 

 ……………

 

「あ、それはダメなんだね」

 

 ここまで来たら見たかったけどいいか。と暇をつぶしていると会議は終わったのかゾロゾロとこちらにくる5人。

 

「慎司君、お待たせ」

「お、もういいのかいはやてちゃん?」

「うん、結局普通に勝つしかないって結論になっただけなんやけどね」

「ケツをロンだ」

「意味わからへんわ」

 

 大丈夫、俺もわからん。

 

 

 とまぁボチボチと続きをやってくがあいも変わらずお手つきを恐れてる皆んなは不退転の覚悟の俺に遅れを取り気づけばあと1人勝てば優勝確定という事に。そうなればビリは例の罰ゲームが確定するのでなんとしても防ぎたいと思ってるはやてちゃんが最後の相手だ。

 

「ふっふっふっ、お前のまつ毛を全剃りしてくれるわ!!」

「叩いて被ってジャンケンポンするんよね?」

「ついでにすね毛も全剃りじゃぁ!」

「失礼な!生えてへんわ!」

「俺のすね毛をなぁ!」

「だから意味分からんことばっか言わんといてよ!」

「ジャンケンポンっ!」

「あ、ずるいねん!」

 

 とっさにジャンケンをするとパーを出す確率が実は高い。咄嗟に最初はグーのグーに勝とうとするらしい、って校長先生が言ってたそれを実践すると偶然か必然かはやてちゃんはパーを出し俺はチョキで勝利。認識するのと同時にハリセンに手を伸ばす。はやてちゃんはまだ反応出来てない、この勝負貰った!

 

「リインフォース、今やで!」

 

 ダニィ!まさか何か企んでたのか!?邪魔されるわけにはいかない。俺は咄嗟にリインフォースの方を向くと

 

「バルスっ」

 

 まさかのモノマネであった。

 

「ブフォww」

 

 集中力が切れ動きが一瞬止まるがすぐに立て直し視線を戻しながら手を動かす。

 

「あっ」

 

 しかし俺が触れたのはハリセンではなく何故かヘルメット。はやてちゃんが俺の目がリインフォースに釘付けになってる間にヘルメットをハリセンの上に移動させていたのだ。うわ、卑怯だ。だけどルール違反じゃない、モラルに問題はあるけどルール違反じゃない。

 

 はやてちゃんはしたり顔だ、しかしただで死ぬ俺ではない。

 

「えっ?」

 

 咄嗟にザフィーラが俺に反則負けを宣言する前にもう片方の手ではやてちゃんの手を掴んで引っ張ってハリセンの持ち手に持っていき触れさせる。沈黙が訪れる。

 

「…………」

「…………」

 

 ポンと前足俺とはやてちゃんの肩に乗せ首を振るザフィーラ。さて、お手付きの場合は例の罰ゲームを強制的に執行される訳だが。

 

「慎司君……ずるいわぁ」

「そっちも大概だったろ」

 

 外野からの妨害など誰が予想できるか。恨みを込めてリインフォースに視線を向ける。まだやってるよあいつ。

 

「命乞いをしろ、3分間待ってやる」

「……ワロス」

「ごめん、無理にボケさせてすまんかった」

 

 リインフォースの口からワロス何て聞きとうなかった。あ、でも恥ずかしがって顔を赤くしてるのは可愛らしいなおい。

 

「さてと……」

「慎司君……流石に…冗談やね?」

「ヴィータちゃん、マヨネーズふたつとって」

「いやや!そんなんやりたくない!」

 

 駄々をこねるはやてちゃんを車椅子に乗せて玄関から外へ

 

「慎司、流石にそれは……」

 

 シグナムが止めようと口を開く。ヴィータちゃんも流石にはやてちゃんが気の毒に思ったのか無しにしてもいいと言い出す。だがちゃっかりマヨネーズは渡してきた。一つははやてちゃんに渡しもう一つは俺の手に。片手で空に掲げて片手で車椅子を押しながら

 

「太陽おおおおおおおお!!!」

「あかーん!誰か止めてーーー!」

 

 全速力で駆け出した。お慌ててで止めようと追いかける守護騎士たち。涙目のはやてちゃんを無視して叫びながら車椅子を押す俺。いつの間にか隣に併走して一緒にマヨネーズを掲げるリインフォース。お前は本当に何がしたいんだ。

 

「さぁ!はやてちゃんも一緒に!」

「いやや!」

「罰ゲームはちゃんとしないと!」

「騙した事謝るから許してぇな!」

「はいせーの!」

 

「「太陽おおおおおおおお!!」」

 

 

 大騒ぎをしながら結局全員が町内一周する羽目に。しばらく外は出歩けないと嘆くはやてちゃんに俺は言ってやった。

 

「俺カロリー気にしてっからもうマヨネーズには、まぁ、用ねーっす」

 

 マヨネーズだけにな。

 

 

 分厚い魔導書で叩かれたとさ。こんな1日もまぁありだろ。え?なし?えー?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回で幕間2は最後です


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メイド騒動2 〜エイジ・オブ・メイドロン〜

 



サブタイは特に意味はありません………ありませんっ!(スペちゃん風


 

 

 

 

 とある日の平日の朝、麗かな陽射しを浴びながら高町なのははベッドで目を覚ます。何だか今日はいつもより寝起きが良い、心なしか清々しい気分だった。すぐに身支度を済ませて家族で朝食にありつける。

 

 時間に余裕を持って家を出て学校へと向かう。通りすがりの近所のおばさんに挨拶をしてなのははるんるんとした気持ちで登校する。いつもの待ち合わせの場所に荒瀬慎司はいない。昨日の夜にメールで先に行ってて欲しいと連絡があったのだ。すこし残念に思いつつも登校途中でフェイト、アリサ、すずかと合流し楽しくおしゃべりをしながら学校へ向かう。

 

 相変わらず気分よく、体に力がみなぎるように調子がいい。何だか今日はとてもいい日になりそうだとなのはは心の中で笑う。学校が見えてきた、さて今日も一日頑張ろうと楽しくなりそうな今日一日に胸を躍らせながら校門をくぐる。

 おや、何だかグラウンドの方が騒がしい。興味本位で視線を向けると

 

 

 

 

 

「メイドがぁ!1番!尊い存在なんだ!!そうだよなぁ皆!!」

「そうだそうだ!!」

「メイドこそ至高の存在!」

「メイドが世界を救うんだ!!」

 

 荒瀬慎司を筆頭に第二次メイドカルト教団が誕生していた。

 

「いやああああああああああああああ!!?」

 

 高町なのは、急転直下の絶叫!蘇る黒歴史!清々しい気分なぞ何処へ、楽しくなりそうだと思っていた一日は最悪の日へと早変わり。何故だ、何故こうなった!高町なのはの悲痛な叫びは残念ながらカルト教団には届かない!

 

「なのは!?どうしたの!」

 

 親友の豹変に戸惑うフェイト、状況を察して苦い顔をするすずか、またかとため息をつくアリサ。

 

「おかえりなさいませと言われたいよなぁ!」

『言われたい!』

「ご主人様と呼ばれたいよなぁ!」

『呼ばれたい!』

「ならば俺達の崇高なるこの気持ちを世間に訴えるんだ!俺達はメイドの味方!そしてメイドの敵を破壊する者!全ての人間にメイドによる幸福を!」

 

 自分でも何を言ってるのかよく分からなくなってきた荒瀬慎司。そんな彼のそばで1番のサポートを担う明土太郎がメガネを妖しく光らせる。そして慎司に毒されたにわか信者達。しかし彼のカリスマを侮ってはいけない。今宵、メイド宗教は新たなステージへ駆け登るのだ!

 

 

 

 

 

 

 なお、意外にもちゃんと全員授業は受けていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み、魂が抜けたようにどよーんとする高町なのはを尻目に屋上で弁当をつつき合いながらアリサ、すずか、フェイトはどうしようかと首を傾げていた。

 

「あれが話に聞いてたメイド騒動だったんだね、想像より凄くてびっくりしちゃった」

「でも今回は前回の比じゃないくらい騒がしかったわよフェイト」

 

 そうなの?と少し困惑するフェイトにアリサはため息をつきながら語る。

 

「今日の朝……初日からもうあんな人数になってるからね。前回は何日もかけてあんな人数に膨れ上がってだけど時間が経てば経つほどどうなるか分かったもんじゃないわよ」

「前回みたいに慎司君に本物のメイドさん宛がって見たけど今回は収まらなかったもんね……」

 

 苦笑するすずか、既に前回の解決策となった方法は試してみたが同じ手は通じないのか慎司が元に戻る事はなかった。やっかいすぎると再びため息をつくアリサとすずか。屋上からグラウンドを覗けばあのカルト教団が布教活動をしているのが見える。というか声も普通に聞こえてくるからフェイト以外はげんなりとしていた。

 

「………私、慎司と話してみるよ」

 

 そんな空気を感じ取ったフェイトは立ち上がりながら決意を固めた表情でそう告げる。

 

「や、やめときなさいフェイト!今のアイツに話は通じないわよ!」

「そうだよ、フェイトちゃん。フェイトちゃんが犠牲になる事はないんだよ!」

 

 何だかこれから戦場に向かうのを止められるかのような形相でフェイトを止める2人。フェイトはちょっと大袈裟だなぁと思いながらも首を振って決意が堅いことを示す。

 

「なのは!あんたもずっと魂抜けた顔してないで止めなさいよ!」

「……大きな光が点いたり消えたりしてる……彗星かな?……いや違うね……彗星はもっとバーって動くもんね…」

「それやるなら宇宙に行ってきなさいよ!」

 

 2人もどんどん慎司に汚染されてる事は言うまでもないだろう。

 

それはともかくとして

 

「2人ともありがとう、でも私なら大丈夫。慎司なら話を聞いてくれればきっとやめてくれるよ」

「いやだから、今の慎司に話は通じな」

「私、話すことがとっても大切な事だって慎司やなのはに教えてもらったんだ。だから大丈夫」

「あなたが話を聞きなさい」

 

 聞く耳持たずはこういう事かもしれない。結局フェイトは決意を固め眼下にあるカルト教団の元に悠々と向かっていった。それを屋上から見守るアリサとすずか。

 

「あはは〜、鶏とペンギンが翔んでる〜」

 

 もう放置プレイのなのは。

 

「あ、フェイトちゃんが慎司君に向かって何か叫んでるよ」

「ここからじゃフェイトの声はよく聞こえないわね……」

 

 何かを伝えようと叫んでるフェイトの声は届かないが、対して教団の声はよく聞こえてくる。

 

『テスタロッサさんだ!あの天使と名高いテスタロッサそんが降臨なさったぞー!!』

『ありがたや!ありがたや!どうかこのメイド服を着てくださーい!』

『フェイそんさんー!』

『フェイたそー!』

『ファーーww』

 

 全員精神崩壊を起こしてるのではないかとアリサは本気で思った。そしてフェイトは教団の異様な空気を浴びて少しタジタジに。それでも負けじと必死に慎司に訴える。

 

『俺を止めても無駄だフェイトちゃん!』

『そうだそうだ!』

『大人しく好きな仮面ライダーでも家で見てろー!』

『何だったら変身ポーズしてもいいんだぞー!』

『好きな事に夢中になれる事はいい事だしな!』

『そうだ!俺達はその好きな事に一途なだけなんだよ大天使フェイそんさん!』

 

 大天使フェイそんとは誰だ。そしてここで考え込む素振りをみせるフェイト。え?嘘でしょ?あれでまさか納得するの?とすずかとアリサは本気で心配をした。そしてトドメと言わんばかりに慎司がフェイトに近づいて何か耳打ちをする。

 

 フェイトは今日1番の輝いた笑顔を慎司に向けてから頑張ってね!とでも言ってそうな雰囲気で別れて屋上に戻っていった。あいも変わらずカルト教団の活動は継続されたままである。屋上までるんるんで戻ってきたフェイトはアリサ達に

 

「慎司達も好きな事に一直線に頑張ってみたいだから……」

 

 と自らそれを受け入れて止める事をやめたと告白する。それにアリサは腕組みをしながら

 

「それで?耳元で慎司に何て言われたのよ?」

「今度やる仮面ライダー龍騎の映画のペアチケットを用意してくれるって!一緒に見に行く事になったんだっ」

「モノで釣られてるじゃないのよ!!」

 

 アリサの全力のツッコミが披露されたであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局その日は慎司を止める事は出来ず1日が終わった。それから数日間、撃つ手がなく週末を挟んで月曜日の登校の時間、4人はため息をつきながらも慎司について話し合う。

 

「どうするのよ、日曜日にアイツの家いってもお母様から『布教活動で忙しいって言って出かけちゃったのよ』って言ってたけど……」

「まさか学校外でも活動してたのは予想外だったよね……まさか柔道も休んでたりしてるのかな?」

「あ、それは大丈夫みたいだよすずか。柔道の練習も普段からやってる自主練習はちゃんとやってるみたい」

 

 すずかの疑問にフェイトが否定するがだからどうしたという結論に。結局のところあのカルト教団がある限りこの4人に平和な日常は訪れないだろう。

 

「………もういっその事、魔法で砲撃してから『お話』した方がいいと思うの」

「な、なのは……それはダメだよ?ね?」

 

 すっかり元に戻ったなのはだがこの話題になると基本辛辣である。結局いい解決案も浮かばないまま学校につく。校庭にはどうせあのカルト教団が待ち構えてると思うと4人は更に深い溜息をつくが……。

 

「あれ?」

 

 なのはの間の抜けた声が響く。校庭には登校中の生徒しかおらず例のカルト教団の姿がなかった。まさか、今回の騒動はこれで終結したのか?なんて思うほど彼女らは楽観視していない。伊達に荒瀬慎司と友達をやってない4人だ。何だか嫌な予感がして冷や汗がダラダラと流れるのを感じていた。その予感は的中した。

 

 突如放送が流れる。しかし、これは学校の校内放送ではない。海鳴市内全域に流れる行政防災無線の放送だ。

 

『これより我らメイド教団による決起集会を行う!!場所は聖小のグラウンドだ!!野郎ども、今すぐ集まりやがれえぇええええええ!!!』

 

 ガチャっと雑音を残しながら放送は終わる。4人の冷や汗は加速した。そしてもうこのまま帰ってしまおうかと誰かが言いかけたが何とか踏ん張った。

 

「今の声慎司君じゃないよね?慎司君じゃないって言ってフェイトちゃん!」

「なのは、全然慎司の声だったよ?」

「無茶苦茶だよいつも慎司くん!!」

「今に始まった事じゃないけど今回は本当にヤバいわね……」

「それにちゃんと名前あったんだね、メイド教団……って」

 

 すずかの言葉に全員『カルト』が抜けてるじゃないか?と思ってが口には出さないでおく。そんなやり取りをしているとすぐに色んな方向からこちらに向かってくる人の集団が。あ、まずいと4人は走って校舎に逃げ込む。

 

 すぐにグラウンドは人に溢れた。それは他校の生徒であり、知らないサラリーマンの集団だったり高校生だったり中学生だったりと様々だ。ちなみにみんな海鳴市民である。そして校庭の台座の上にはいつの間にか荒瀬慎司の姿が。なのは達は教室の窓からその姿を固唾を呑んで見ていた。

 

「聞け!同志諸君!俺達メイド教団はついに海鳴市を支配した!だが俺達はまだ止まらない、次は隣の町!その次は更に隣の町と勢力を拡大していく!!いずれは日本を!世界を!異世界すらも俺達メイド教団が支配するんだ!!」

 

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 

 

 

「朝から大騒ぎだね!」

 

 なのはちゃんのツッコミなどもはや届かなかった。ていうかまさか世界征服でも目論んでるのかあのアホはと内心思った。そもそもあのメイド活動はメイド好きな仲間を増やす事じゃなかったのかと。もはや規模が大きくなって目的を見失ってるなぁとなのはは思った。

 

 というか今異世界と言ったか?まさかミッドチルダまで狙っているのか?もしそうならやめてほしい、本当に地球を征服されたらミッドに逃げるつもりだったなのははそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 さてどうしたものかと昼休みに屋上に集まって4人はいつものようにお弁当をつつき合いながら話し合う。

 

「まさか週末で海鳴市内まで巻き込むのは予想外だったわ………」

 

 アリサの言葉に全員がうんうんと頷く。

 

「やっぱり私がえいって砲撃を……」

「なのは、落ち着いて」

 

 親友がダークサイドに落ちそうになるのをフェイトは必死に止める。とりあえず学校外で慎司がどう活動してるのか見に行こうと言うことに。

 

 

 そして訪れた放課後。チャイムと共になのは達が声をかける暇もなく光の速度で教室を出た慎司を4人は必死に追いかける。校門を出ると出迎えたのは慎司を信仰する教団員。もう何も言うまいと4人は突っ込まなかった。よく見たら朝のサラリーマンや学生達の姿も、まさか朝からここで待ってたのだろうか?

 

「暇かよ」

「え、すずか?」

「え?あ!ううん!何でもないよフェイトちゃん」

 

 お嬢様のすずかさえ絶対普段なら言わない口調になるほど困惑した。さて、4人は騒がしい教団についていくとやってる事は学校で行ってる事と変わらず意味不明な事を演説しながら町中を闊歩していた。

 

「メイド!!俺はメイド好きの荒瀬慎司でぇす!!幼稚園の頃の将来の夢は仮面ライダー!!今の将来の夢はメイドを従わせるご主人様です!うおおおお!!宝くじの当たりを探せええええええええ!!!」

「ロト7はどこだああああああああ!!」

「俺はワン○ーススクラッチを探すぞおおおおおお!!」

「僕は競馬場に行って稼いでくるぜええええええ!!」

「お前!抜け駆けは許さないぞ!うまぴょいするのは俺だああああ!!」

 

 

 カオスである。そしてうまぴょいとはなんだとなのは達は思った。

 

「あらら、今日もやっとるなぁ慎司君」

「あれ?はやてちゃん?」

 

 いつの間にかなのは達のそばで遠巻きに慎司を眺めていたはやての声に少し驚く4人。片手の松葉杖で支えながら歩くはやての付き添いにはシャマルとシグナムとリインフォースの姿。各々こんにちはと挨拶を交わしつつ

 

「今日もってことは……」

「うん?そやね、昨日と一昨日の土曜日と日曜日もおんなじ事してたで?」

 

 買い物の道中に見かけたんよ〜と語るはやての言葉を聞いてやっぱりかとなのはは頭を抱える。はやてはこのアホみたいな騒動なんなのかとなのは達に事情聞く。前回のメイド騒動の件とその原因と解決、そして今回はその解決策が通じなかった事も。

 

「はぁ〜、昨日話しかけても全く話にならなくて困っとったんやけどそんな災害みたいなことしとるんやね慎司君」

 

 災害という言葉に深く頷いてしまう全員。彼はもはや人間認定から外されそうになっていた。

 

「そういえば今日はザフィーラとヴィータは?管理局の方なの?」

 

 ふと疑問に思ったフェイトがそう口にするがそこで八神家4人はあー……っと困った顔を浮かべていた。

 

「ザフィーラは管理局の方なんだけど、ヴィータちゃんは………」

「家で塞ぎ込んでる」

 

 言い淀むシャマルの代わりにシグナムがそう答えた。何かあったのかと問うなのはにはやてが語る。実は昨日買い物中に慎司を見かけた時はヴィータも一緒だったのだが慎司の様子を見たヴィータが果敢に止めに行ったという。

 しかし結果は話が通じないばかりか何故か大勢に囲まれて服の上から無理矢理メイド服を着せられるという奇想天外な状況に。しかも無理矢理着せられたヴィータは顔を赤くして恥ずかしそうにするなか

 

『ちょっと幼いんじゃないか?』

『ばか!だからいいんだろうが!』

『ロリコンかお前はっ!』

『違う!フェミニストと言え!!』

 

 と、教団員内でヴィータメイド反対派と擁護派の激しい言い争いが勃発したという。しかも本人の目の前で幼いなどなど言われ実は少し気にしてるヴィータは

 

『クソ慎司!!今度ゲームでけちょんけちょんにしてやるからなぁ!!うわあああああん!!!』

 

 と慎司はもはや勧誘活動でヴィータがいた事すら気づいてないのだが慎司に呪詛を吐いて今家で般若の形相でゲームをしているという。もうやだ、慎司と一緒の国にいる限り平穏はないのかと割と本気で頭を悩ませるなのは。

 

「ああ、よかった。やっと見つけました……」

 

 途方に暮れているなのは達に前に姿を表したのは目が血走ったボロボロ姿の明土太郎、前回のメイド騒動の主犯の1人でもあるメイド好きだった。

 

「土太郎君!?どうしたの?」

 

 人の良いなのはは心配そうに駆け寄るが、土太郎は問題ないですとなのはを手で制す。そしてメガネを怪しく光らせながら指でクイッと上げてから

 

「お願いします助けてください」

 

 音速を超える勢いで土下座をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、今回はどういう経緯でこうなったのよ?」

「あ、あはは………嫌だなぁバニングスさん、そんな強く拳を握りながら聞かなくても」

「いいから早く答えなさい」

「はいっ」

 

 哀れ土太郎、アリサに恐怖を抱きつつもぽつぽつと語り出す。

 

「前回は僕が荒瀬君のメイド不足をメイドの波動から感じ取って彼を焚き付けたのが原因でしたが…」

「ちょっ待って?色々ツッコミたいやんけど?」

「はやてちゃん、もうそういうものだと思って受け入れてくれる?多分私達じゃ一生理解できない事だから」

「さ、さよか」

 

 なのはがダークサイドに堕ちそうだったのではやても余計な茶々を入れるのはやめる事にした。

 

「今回は僕と荒瀬君と校長先生とでメイド談義をしているのが始まりでした」

 

 もう色々と気にするのは辞めようとはやてちゃんを含む八神家は思った。そもそも慎司のメイド好きを知ったのは初めてだったしさらにはこんなおかしな事をするのかとも思った。

 いや、彼ならそれくらいしそうとも納得した。そんな心情を梅雨知らず土太郎は事の発端を話す。

 

 

『荒瀬君には幼馴染はいるかね?』

『どしたんですか校長?急に』

『いやね、君たちとは色々なメイドについて語ってきたけど結局近しい関係の女性にメイドをしてもらうのが1番かと思ってね』

『僕は胸が大きい子なら基本嬉しいですけど』

『土太郎君は黙ってなさい』

『幼馴染かぁ……まぁいるにはいますけど。前にその子のメイドの格好見たんですけどビビッとくるものはなかったんですよねぇ』

『ほほう?それはまだ君がその子のありがたみに気づいてないからじゃないのかい?』

『と言うと?』

『思い出してみるんだ、その子にしてもらった数々の親切や想い出を。それを胸一杯に蓄えた時にその子のメイド姿を目に焼き付ければきっと……メイドの境地にたどり着けるのではないのかい?』

『ふむ……まぁ確かにその子には色々感謝してますけど……でもなぁ、メイド服嫌がるだろうからなぁ』

『前回はどうしてその幼馴染君はメイドの格好をしたのかい?理由があるならその時と同じ事をすればいいんじゃないのかい?』

『同じ事………ふむ』

 

 

 

 

 

「その後、いつの間にかメイド集会が始まっていつの間にか僕は参謀として参加していました。まさかここまで大きな規模になるとは思いませんでしたが………」

 

 土太郎から聞かされた事の経緯に全員が絶句した。咄嗟にはやてはシグナムとリインフォースとシャマルを守るように自分の後ろに下がらせた。ついでに自らの絶壁も片腕で隠した。

 

 アリサ、すずか、フェイトは一斉になのはを見つめる。慎司の幼馴染といえば1番付き合いの長いなのは、メイド服を披露した事があるのもなのは。もはや該当者は1人だけであった。

 

「またなの!?どうして世界は私にメイド服を着せようとするの!」

「そんな大きな規模の話じゃないわよ」

 

 アリサにはボケに聞こえたこの発言も本人には至って真面目だ。しかし他に止める方法はない。既にプロのメイドをあてがっても止まらなかったのならやはり事の原因とも思われる会話から察するになのはがいくしかないのだ。

 

「高町さんどうぞ、貴方のサイズに合った慎司君好みのメイド服です」

「私、土太郎君ともちゃんと『お話』した方がいいと思うの。色々と聞きたい事と問い正したい事がいっぱいあるんだけど」

「慎司君を止めてくれたら罰は甘んじて受けますから………」

 

 しぶしぶといった感じでメイド服を受け取るなのは。既に前回の件でこの服装にはトラウマを抱えているが慎司が自分のメイド服姿を見たくてこんな事をしているのかと思うと少し可愛いところがあるなと慎司と長く一緒にいたせいで感覚がずれ始めたなのはは思った。

 

「はぁ……もうしょうがないんだから……」

 

 ため息一つ。なのははいそいそと近くのトイレで着替えるのだった。

 

「ちょっと嬉しそうに見えたのは気のせいだよね?」

「きっと気のせいよ。そうじゃなくてもそう思いましょ」

 

 すずかとアリサのそんな会話は幸いなのは耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで既に放課後から始まった布教活動もそろそろ日が完全に落ち始める頃合い、町の真ん中で止めに来た警察官もメイド好きに変えて止めるものが居なくなってしまった慎司を筆頭にした教団の前にメアド服を着たなのはちゃんが立ちはだかる。

 

 少し離れた所で見守るフェイトやはやて達。

 

「なのは……ちゃん」

 

 慎司の驚愕の感情に釣られてかあれほど騒がしかった教団員も静かになる。慎司は教団員に道を譲られながらゆっくりとなのはちゃんに近づく。

 なのはちゃんも段々注目されてるのが恥ずかしくなったのか顔を赤くしつつも何とか耐える。そして慎司が目の前まで来たところで土太郎に言われたセリフと所作を行った。

 

「お帰りなさいませ、ご、ご主人様ぁ……。ご飯にします?お風呂します?それとも……じゅ・う・どう?」

 

 もう訳が分からないとはやて達は思った。そして何故か興奮した様子でガッツポーズを取る土太郎。おい、胸の大きい子が好きじゃなかったのか。しかし、なのははあいも変わらず恥ずかしげ、教団員はなのはのセリフの後から急に全く音を上げなくなり静寂と化していた。

 しかし慎司は恥ずかしそうにするなのはに優しい笑顔を向けてから肩にポンっと手を置く、

 

「なのはちゃん……」

「し、慎司君っ」

 

 やった、満足したのか。これで平穏が戻るとなのはは表情を明るくする。

 

「お前何言ってんだ?ていうかやっぱりビビッと来ないわ〜」

 

 なのは側の空気がビシリっと凍った。そしてその慎司の言葉を皮切りに

 

『まだまだメイドとして甘いぞ高町ー!』

『背伸びしたい年頃なのかなー?うん?うん?』

『メイド舐めてんじゃねぇぞコラァ!!』

『メイドの爪の垢煎じて飲んでろみょうちくりん!!』

 

「話が違うじゃん!!そしてまたこのパターンなの!?」

 

 うわああああんっと叫びながらフェイトによしよしされにいくなのは。フェイトの方が雰囲気はメイドにあってるかもなと慎司は思った。口には出さなかったが。

 

 

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 結局慎司はなのはのメイド服姿を見ても布教活動は止まらなかった。こうなってくるとそのビビッとくるメイドとやらが見れるまで止まらなそうだった。

 

「仕方ありません、とりあえず数打って彼のメイド欲を発散させるしかありませんね」

 

 土太郎のその言葉にアリサ達殺意を覚えたがクール系天然美女と慎司に命名されたリインフォースが

 

「慎司が喜ぶかもしれないなら……私が着よう」

 

 そう立候補したのだった。しかし土太郎も流石に大人のサイズのメイド服は持ち合わせておらず仕方なく持ってる中で1番大きいメイド服を渡した。………かなりパツパツだった。どこがとは言わないが、何処がとは言わないが。辛うじて隠す必要がある所は隠せているのがまた扇情的だった。しかしリインフォースは全く恥ずかしげもなく慎司達に近づく。

 まさかの登場に全員が一斉に動きを止めた。慎司はリインフォースを一瞥して……もう二、三回一瞥してから教団員に告げた。

 

「よし貴様ら!!今回はもう解散だ!!!二度と集まるんじゃねぇぞ!!」

『『『押忍っ!!』』』

 

 メイド騒動は終結と相成った。

 

 その様子を見ていたなのはは隣で

 

「やはり胸が大きいのが効きましたね」

 

 と満足げに頷いていた土太郎を音もなくしばいてから叫ぶ。

 

「もう絶対っ!ぜえええったいに!!二度とメイド服なんか着ないからーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 と、その叫びは海鳴全体に響き渡ったと言う。

 

 

 

 

 

 蛇足だが、その後慎司とついでに土太郎とさらについでに校長先生は関係者各所全員に再起不能になるまで袋叩きにされたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

「…………やっぱり胸なのかな?」

「何がだ?」

「り、リインフォースさん!?な、何でもないです!」

「ん???」

 

 その後よくなのはに胸を凝視されるようになったと慎司に伝えられてそれで散々揶揄われるのは後日談だったり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 相変わらずこれは難産でした。もうこれ幕間で毎回書くのかなぁ、次はサブタイ、メイドウォーかなぁ。あ、次回から空白期編です。いつも感想評価誤字報告、感謝感謝です。

 ぜひ今後とも感想等よろしくお願いします


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空白期編
日常と過去と




 空白期編スタートです!


 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、夢を見ているなとすぐに分かった。次々と頭に浮かび上がる映像。それは過去の記憶、荒瀬慎司……としてではなく山宮太郎としての記憶。柔道着姿の高校生時代の俺が必死に練習をこなす日々。

 

 名門と呼ばれる学校ではなく、あくまで公立高校の柔道部に所属していた俺は並み居る強敵達に勝つ為に必死に努力をした。勝つ為に、負けない為に。部活を終えても強くなる為の努力と勝つ為の努力を続けた。1年、2年はその努力に報われず結果は乏しいままだったが最後の3年の代。俺は快進撃を始めた。

 

 春先の練習試合や小規模な試合も連戦全勝、今まで勝てなかった相手にも苦戦する事なく圧倒し結果を残し始めた。今の俺なら勝てる!夢であるインターハイも現実味を帯びていた。

 そして夏のインターハイ予選に臨んだ俺はそこでも快進撃を続けた。俺の県のインターハイ予選は全国屈指のレベル、そこで優勝出来ればインターハイの優勝も確実視されるほどだ。だから、どうしても勝ちたかった。高校最後の俺の柔道人生を賭けた試合、いつもよりも気合は入っていたし緊張もしていた。

 

 そして決勝まで勝ち上がり、相手は名門の中の名門のエースと呼ばれていた有名な選手。過去に一度だけ対戦したことがあるが手も足も出なかった。しかし今は違う、恐怖を振り払い俺は果敢に挑んだ。

 

 試合は互角、攻めて攻められ。ポイントを取り取られの繰り返し。暑さで意識が朦朧としても気力と意地が俺を動かし続けた。そして、試合は互角のまま本戦が終わる目前。誰もが延長戦かと思った時、俺は一本背負いを………

 

 

 

 

 試合終了のブザー共に響くガシャン!!という柔道には似つかわしくない音。ざわつく観客とチーム。目の前には………血を流した相手選手。

 

 

 

 違う、違う!わざとじゃない!

 

『この卑怯者!!』

 

 そんなつもりじゃなかった!!俺は正々堂々とした気持ちで!

 

『お前のせいだ!』

 

 だって、だって……こんな事になるなんてっ

 

『お前に柔道をやる資格はない』

 

 

 あ……………

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………くそがっ」

 

 久しぶりに、最悪の目覚めだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平和な時間が長いとそのありがたみが薄れていくというが未だ何事も心配がない穏やかに日々を噛み締めている俺。闇の書時間から既に年月も経ち俺達は小学5年生となり季節は夏の終わり頃、数日で夏休みも終わり学校が再開されるのだが今俺は柔道の練習の帰り道。居残り練習をしすぎたせいか既に夜道だから急足で帰っていた。

 

 夏休みの間になのはちゃん達とも沢山の思い出を作ったと同時に沢山柔道の練習に励んだ。成長を感じてる自分を誇らしく思いつつも今頃管理局の仕事を頑張っているであろう3人の事を考えていた。

 

 去年の小学4年生に上がる頃と同時期になのはちゃんとはやてちゃんとフェイトちゃんは管理局に正式に入局した。はやてちゃんもリハビリを頑張り、今や何も問題なく歩く事も走る事も出来るまで回復したのだ。そんな3人は毎日の学校の忙しい合間を縫って既に管理局で必要な勉強や訓練を行いながら魔導師としての仕事をこなしている。

 

 ちゃんと働いた分のお給料までもらっており、小学生ながら社会人デビューを果たしたのである。だがその影響で一緒にいられる時間は少なくなってしまった、正直寂しい気持ちもあるが3人がそれぞれ自分のやりたい事に頑張っているのなら俺が柔道を応援してもらってるのと同じで俺も応援すべきだ。そんなこんなで色々と3人にとっては目まぐるしい変化であったろう。

 

「あり?なのはちゃん?」

 

 家の近くの景色が見え始めた頃にふと足を止める。うろうろしてるなのはちゃんを見つけたのだ。確か今日は管理局の方のお仕事で夜も向こうにいると聞いていたが……こんな所でどうしたのだろうか?

 

「へーい!そこのイカしたツインテール!略してカールさーん!」

「ふぇ?って慎司君?私カールじゃないよ!」

「そんな君にコーラをやろう」

「え?あ、ありがとう」

「中身は空だがな」

「ゴミだけ渡さないでくれる!?」

 

 とっ、たまたま近くにあったゴミ箱にポイっとしながらツッコむなのはちゃん。文句言いつつも育ちの良さを見せつけてくるのは流石ですな。

 

「んで?なのはちゃんはこんな所で1人で何してんだ?ちなみに俺は練習帰りだが」

「お疲れ様、私は管理局の仕事が早く終わったからちょっとお散歩してたんだ」

 

 夜に1人でか?危ないよなのはちゃん、魔導師っていてもまだ5年生のガキンチョなんだから。

 

「おうコラチビなの、一緒に家まで帰ろうぜ。荷物持たしてこき使ってやる」

「夜道は1人じゃ危ないから送ってくれるの?ありがとう慎司君」

「お主心強いな」

「慎司君のせいでね」

 

 そりゃごめんなさいね。あ、ちゃんと荷物は自分で持ちますよ勿論。とりあえず、もうそんな長い距離じゃないがなのはちゃんの家まで一緒に歩く。こういう時割と家同士が近いから助かりますね。道中他愛のない話をしながら帰路につく。

 

「知ってるか?ここら辺幽霊出るんだぜ?」

「え、そうなの?」

「ひじきジジイって言ってな」

「まさかひじきを投げてくるとか言わないよね?」

「いや、ワカメを投げてくる」

「それワカメおじいさんじゃなくて?」

「作り話なんだからそんなマジにツッコむなよ」

「知ってるよ、慎司君の口から出る話3割は冗談だもん」

「おいおい誤解を招くようなこと言うなよ、なのはちゃんに対してだけだろ」

「なおタチ悪いよ!」

 

 だって君が1番揶揄い甲斐があるから……なのはちゃんがいけないんだぜ?そんないじられレベルが高いのが。何て言ったら怒りそうなので口に出さないでいるとなのはちゃんの携帯がなる。なのはちゃんがポッケから取り出して確認するとすぐにしまって目つきが変わる。

 

「ごめん慎司君、私行かないと」

「え?どこに?まさか今から管理局の仕事か?」

「ちょっと緊急みたいなの!ここまで送ってくれてありがとね!」

 

 そう言ってすぐにセットアップすると空を舞ってどこかへ飛んでいってしまった。

 

「マジかよ管理局……」

 

 そういえば夏休み中はチャンスだからって普段よりお仕事頑張るつもりだってなのはちゃん言ってたっけ?けどまだ小学生の女の子にそんなに仕事させるか?……いや、地球とはきっと価値観が違うんだろうな。なのはちゃんくらいの子の年齢が魔導師として活動してるのは珍しいとリンディさんは言ってたけどあくまで珍しい止まりなんだろう。

 

 ちゃんと学ぶべき事を学びながら無理のないように管理局はしてくれるから心配いらないと以前俺がクロノに忠言したした時に言われた。と言ってもなのはちゃんが望んで、率先して頑張りたくて引き受けてるんだろうなぁ………。頑張るのはいい事だけど無理や無茶やスポーツも仕事も逆効果だぜなのはちゃん。………まあ、なのはちゃんならちゃんとそれくらいの線引きは出来るか。

 気にしすぎるのもなのはちゃんに失礼だな。

 

「………さっさと帰るか」

 

 1人取り残された形になった俺はなんだか寂しく感じて足早に歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日経って夏休みも終わり新学期が始まった聖小、始業式を終えて訳1ヶ月ぶりに見慣れた5年生の教室でいつものメンバーで談笑して先生を待つ。

 

「あれ?慎司君ちょっと肌が焼けちゃってるね?」

 

 と、俺の腕を見て気づいたように声を上げるすずかちゃん。ああ、確かに結構焼けちゃってるなこれ。柔道は室内スポーツだから太陽に晒される事はないんだけど夏という体力強化が図れるこの期間を利用して海辺の砂浜ダッシュとか外でも頻繁にトレーニングしてたからなぁ………それをそのまま伝えるのもなんだか嫌だったのでボケることにした。

 

「これか?ちょっと海で知り合ったイカしたちゃんねぇとザギンでシースー食いに行ったらお金なくてイカ二貫しか食えなくてよぉ、イカしたちゃんねぇだけになぁ!!」

「なのはちゃん、お願い」

「お外でいっぱい柔道のトレーニングしてたんだって」

「そうなんだ、流石慎司君だね。えらい」

「おい、流れるようにボケを潰すな」

 

 そんな調子で来られたら俺の存在意義がなくなるだろうが。ボケ1つ考えるのだって大変なんだぞ。俺は君達を涙目になるまで抱腹絶倒させてやるのが密かなる目標なんだぞ!

 

「そういえば、慎司はもう少しで試合なんだっけ?」

 

 俺達の会話を聞いてフェイトちゃんがそう切り出す。

 

「そうだよ、今週末にあるんだ。中規模くらいの大会だけどね」

「それならまた私達が応援にいってあげるから絶対勝ちなさいよね」

「ははは、いつもありがとなアリサちゃん」

 

 素直に礼を言うとふんっとしながらも笑顔を浮かべるアリサちゃん。本当にこの子からツンを取ったら学校中の男子からモテにモテまくるよなぁ……気も使えるし友達思いだし、少々暴力的なのが全て台無しにしてるけど。

 

「バーニングアリサちゃんの応援があれば百人力だぜ」

「ふんっ!!」

「掌底っ!?」

 

 いい所に入ってしまったので机に突っ伏して悶える。そう言う所だよホントに。

 

「慎司君、そう言う所だよ?」

 

 なのはちゃんにそうたしなめられてしまった。解せぬ。

 

「そんな軽口叩けるなら当日は余裕そうね」

 

 プンスカするアリサちゃんを苦笑しながらなだめるのはフェイトちゃんだった。

 

「まあまあアリサ、慎司大丈夫?保健室行く?」

「………慰めてほしい」

「うん、おいで」

「ぬうおおおおおお!!フェイトちゃああああああん!!」

「あ、そんな感じで来られるのはちょっとごめん無理」

 

 かわされたっ!?なら……

 

「すずかちゃああん!」

「…………」

「……には、その笑顔の圧が怖いからやめとくね」

 

 ちょっとふざけて飛びかかろうとしただけやないか。ぴえん。もうこうなったら最後の手段だ、

 

「なのはちゃん……」

「え、私?嫌だよ」

「…………」

「そんな悲しそうな顔されても嫌なものは……」

「…………………」

「嫌……だか…ら……」

「……………………………」

「…………………………おいで慎司君」

 

 ガバッと横からなのはちゃんの肩に顔を埋めておーいおいおいと泣いてみる。なのはちゃんはなんだかんだ母性溢れる表情をしながらよしよしと頭を撫でてくれる。

 

「………元気出た?」

「ちぇ、やっぱりフェイトちゃんより包容力が足りないなぁ」

「いい加減叩くよっ!?」

 

 ポカポカ、ポカポカ。相変わらず痛くない、そしてそんな様子にホカホカしつつなのはちゃんにいつものほっぺびろーん。お、今日はいつもよりなんかモチモチしてる。相変わらずすべすべだなぁ、すべすべだからもっとびろーんと伸ばしてやれ。

 

「いひゃいっ、いひゃいよひんじふんっ!」

「筋肉?……プロテインを所望かな?」

「ふぃらないよ!!」

 

 あーだこーだとやってる俺達を尻目にアリサちゃんは優しいため息をつきながら

 

「あの2人、大人になってもあんな感じの事してそうね」

「してるんじゃないかな〜、なのはちゃんと慎司君は」

「………私ももっと伸びるかな…」

 

 と、自身のほっぺを軽く引っ張って遊んでいる所を俺に見られたフェイトちゃんも餌食になるのだった。

 ちなみになんだかんだいつもの事だからほっぺを引っ張られてる時の2人はなんだか楽しそうだった。やはりドMか。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

「そらなのはちゃんも怒るわ、慎司君はなのはちゃんには厳しいなぁ」

「厳しいってか弄りやすいんだよなのはちゃん、ちゃんと反応も基本的にはしてくれるから」

 

 メイドの話になると目が死んでるけどね。仕方ないね。

 

 所変わって放課後、柔道の練習の帰りにそのまま八神家に直行してお邪魔して夕飯を頂いている。いい加減食費をについて相談したが。もう定期的に八神家にご馳走になってしまっているが最早今更な気がする。いつも楽しませてもらってるからそのお礼だとのことと、グレアムさんからの援助も過剰なくらいだから気にするなとまた言われてしまった。

 なら俺がお返しできるのは八神家に笑顔を届ける事だ、という訳で

 

「なあザフィーラ、モフモフさせてくれ」

 

 無言で俺のほうへとことこ近づいて立ち止まるザフィーラ。軽く撫でる、おお……相変わらずいい毛並みだ。顔を埋めたいくらいだけど中身いかつい筋肉お兄さんだから絵面的にちょっと嫌なのでそれは我慢。

 

「いつも触らせてくれてありがとな〜、そんなザフィーラにお礼があるんだ」

 

 そう言ってカバンから取り出したのは一冊の本。中身は知能ある人間みたいなもんだし狼形態のままでも読めんだろ。タイトルは

 

『番犬の心得』

 

 それを見たザフィーラ以外の守護騎士はとても微妙な顔をしていた。俺もふざけ90%のつもりで渡した。しかし、ザフィーラは怒る事なくそれを器用に口に咥えて部屋の隅に移動して腰を落ち着かせながら前足で器用に本をめくって読み始める。ちなみに尻尾を左右に楽しそうに揺れていた。

 それでいいのか夜天の書の守護騎士さんよ。

 

 と、ここでもボケを潰されるのかとげんなりしていると自然と目がはやてちゃんの首にかけられているものに目がいく。

 

「それ、まだ特に反応はないのか?」

「うん……まぁ気長に待つよ」

 

 そうはやてちゃんが優しい笑顔を向けるそれはリィンフォースが残そうとしていた自身のカケラ。リィンフォースはあの雪の日に覚悟を持って自身の消滅を望み、残していくはやてちゃんを今後支えてくれる者として自身のカケラを用意していたのだ。

 

『ゆっくり時間をかけて周囲の魔力を貯めて、いずれは私のように自我を持った存在として生まれるんだ………私の代わりと思って用意したんだが慎司のお陰で私は今ここにいる。しかし、せっかく新たに生まれるもう1人の私だ……よければ生まれさせてあげたい』

 

 そう語っていたリィンフォースの言葉に応える形で今そのカケラは首飾りにしてはやてちゃんが持っている。まあ、気長に新しい八神家の仲間を待つとしよう。

 

「ほんならそろそろ片付けよか」

 

 そう言って食卓から食器やらを持ちながらはやてちゃんは淀みなく、不安定さもなく両足でスッと立ち上がる。

 

「……どしたん慎司君?そんなジロジロ見て」

「いや、すっかり歩けるようになったなって思ってさ」

「……そやね、今でも信じられへんよ。ずっとこのままやと思っとったから」

 

 そう笑顔で語るはやてちゃん。足は完全に元に戻り外で全力疾走しても問題ないくらいにまで回復した。普通に暮らしていけば落ちた足の体力も元に戻っていくだろうと医者の太鼓判つきだ。

 

「初めて慎司君の前で松葉杖無しで歩いて見せた時は大変やったね」

「そ、そうだっけか?」

「とぼけたらあかんよ?」

 

 苦笑を浮かべながらも楽しそうにはやてちゃんは思い出す。

 

 

『あ、歩いた!はやてちゃんが歩いたぞおぉ!!』

『うん、うん!慎司君のお陰や、ありがとうな』

『うおおおおおおお!!よかったなぁ!よかったなぁ!こうなりゃ祭だ!あ、そこお方聞いてください!この関西腐れ外道さんが歩けるように』

『ちょお、恥ずかしいからやめてぇな!ていうか関西腐れ外道ってなんやねん!!』

 

 

 

 

「て感じで騒いでたくせにー」

 

 ジト目でそう告げてくるはやてちゃんに俺はアハハと弱々しく笑うしかなかった。あれからはやてちゃんを無理矢理背負いながらご近所さんに走り回りながら報告してなんなら街の放送局ジャックして海鳴市全体に報告したからね。うん、ごめんね。テンションあがっちゃってね、その後守護騎士達にやりすぎだと笑顔で説教で食らってたんだけどね。皆んなも嬉しかったくせに。

 

「お前は本当に行動がメチャクチャなやつだな」

「そんな俺にフォーリンラブなんだろシグナム」

「気持ちが悪いな」

「普通に酷えな」

 

 お前この間ヒロ○カの続き待ちきれずにコンビニでジャ○プを買うか葛藤してたの知ってんだぞ。結局本誌は進みすぎだから泣く泣く我慢してたのも含めてぶち撒けるぞこら。

 

「慎司、そういえば近く柔道の試合があると言っていなかったか?」

 

 今までずっと隅っこ本を読んでたリィンフォースが思い出したかのように本を閉じてそう問うてくる。あいつ何読んでたんだ?…………ボボ○ーボボーボボ?……マジかあいつあの作品を部屋の隅っこで表情ひとつ変えず読んでんのかよ。怖いわ。あ、でも表情出ないだけで心は大爆笑なのかも。あいつはもうクールの皮を被ったただの天然だからな。

 

 とと、んな事考えてる場合じゃない。リィンフォースの問いに答える。

 

「おうよ、今週末に試合あるからそれに向けて頑張ってるところだぜい」

「そうか、よかった。ちょうど全部揃えられたんだ」

「揃えた?何をだよ?」

「これだ」

 

 そう言ってリィンフォースは色々かちゃかちゃとと自分の体に身につけ始めた。まず鉢巻、白い鉢巻になのだが真ん中にでかい文字で『一撃必殺』と書かれている。両手にはライブ会場とかでよく見るサイリウム(赤色)。背中には戦国時代の武将が掲げてそうな旗。旗には『弱肉強食』と血文字のようなデザインで。胴には襷、そこにもデカデカと文字が………『慎司LOVE』。

 

「お前……まさかその格好で会場内で応援するつもりか?」

「そうだが?」

 

 首をこてんとさせて何か問題が?みたいな顔をするリィンフォース。問題しかねぇよ色々間違ってるし混ざってるよ投げ飛ばすぞこのヤロウ。

 

「お前天然もいい加減にしろよ胸揉みしだくぞコラ」

「構わないが……触るか?」

「あ、ごめんなさい。俺の負けです」

 

 お前ほんっと……ほんっとにそう言うとこだぞ!

 

「ほんならウチの胸でも揉んどくか〜?」

 

 ふざけたようにそう告げてくるはやてちゃん。ちょっとムカッとしたので

 

「うるさい貧乳」

 

 いつか間にか病院のベッドに運ばれてそこで目覚めたのは数時間後の話である。ちなみにちゃんと謝って和解したよ?うん……うん。何で俺は偶にボケで胸に走っちゃうんだろうか?………男だからか。

 

 なんか、真理を得た気分になったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ!」

「よし、今日はここまでだ慎司。明日から試合までの3日間は調整練習に抑えて備えておくんだ」

「はぁ……は、はい!」

 

 呼吸を何とか整えながら返事をする。試合4日前、普段の道場での練習が終わった後いつものように相島先生とワンツーマンでの居残り練習で体に追い込みを重ねる。相島先生がこれに付き合ってなかったら俺はいつも大会で勝つ事は出来なかったであろう。感謝してもしきれない。

 

「………ここまで妥協せずに努力したんだ、今回の大会は油断しなければ優勝できるだろう」

 

 既に大会当日のトーナメント表が各参加道場に配られている。それを見て先生はそう言ってのけた。

 

「はあ……ふぅ。………しかし、俺の本当に勝ちたい相手は今回の大会にはいません」

「神童君の事か」

 

 頷く。彼とは最後に負けてから一度も試合をする機会が無かった。俺が闇の書事件解決の為に動いている時、仕方がなかったとは言え柔道を疎かにしてしまっていた間に神童は小学生の全日本強化選手に選出されてワンステージ上で活躍している。あまり俺が出るような中規模な大会に出なくなってしまったのだ。今回の大会も、ある程度大きな大会ではあるのだが……

 

「恐らく、3ヶ月後に控えてる全国小学生強化選手権大会に備えてるんだろう」

 

 相島先生の言葉に内心そうだろうなと同意する。いわゆる小学生の全国大会は学年別で振り分けられる。6年生なら6年生だけの部で、1年生なら一年生だけの部で。しかし、強化選手大会となると話は変わる……まず大会に出場できるのは全日本柔道協会に選ばれた強化選手と大会運営に指名された数十人の選手のみ。全国から本当の強者だけが集まり学年問わずの小学生による本当の全国大会なのだ。この大会に勝つ事が小学生の柔道家で1番の栄誉と言っても過言ではない。

 そして神童はその強化選手に選ばれているので出場は決まっている。そこに専念するのは当然の事だ。

 

「しかし、誰が出ようと全力でやって来い。今のお前はそうする事が強くなる1番の道だ」

「はいっ!」

 

 それは勿論だ。神童が出ようが出ないが全力を尽くして試合に臨むまでだ。今はもっと強くなって勝ち続ける事が神童と闘える近道なのだから。

 

「慎司……」

「はい?」

 

 そう心の内で決意を新たにしてるところに相島先生は厳しい顔つきで口にした。

 

「やはり……一本背負いは使わないのか?」

「っ!」

 

 心臓がどきりとする。先日に嫌な夢を見たばっかりだったからなおさら過剰に反応してしまう。動揺を悟られないよう平静を保ちつつ俺は「はい」声を出して頷いた。

 

「そうか……いや、お前が使いたくないならそれでいいんだが勿体無いと思ってな」

「………自覚はあるつもりです」

 

 荒瀬慎司として一本背負いを使ったのはあの時のフェイトちゃんと闘うなのはちゃんを優勝して勇気づけようと必死になっていたあの時の大会の神童との決勝戦が最初で最後だ。その後は試合はおろか練習でも使った事はない。以前にも相島先生には一本背負いについて指摘されたがそれから改めて言われたのは今日が初めてだ。

 しかし、ハッキリと言える事がある。今、荒瀬慎司として持ち得る努力し続けて試合で使えるように、熟練度を上げるようにと磨き続けた数々の技より前世から魂にまで刻まれた一本背負いの方が強い武器になる事だ。

 

 それは例え、今世に置いて一本背負いの練習をしてなくても俺はハッキリと言える。一本背負いが俺の得意技であり決め技である。それでも使わない。いや、使えない。

 

「まぁ、いい。お前も何か思う所があるようだしな、変な事を聞いてすまない、しっかりストレッチをしてから帰るんだぞ」

 

 そう言って相島先生は奥の部屋に行ってしまった。一礼してから俺はしっかり体をストレッチで温めてから着替えて帰路に着く。道中ぼんやりと一本背負いについて考えてしまう。

 

「俺だって使いたいさ」

 

 これが本心だ。正直に言えば使いたい。しかし……しかし。一本背負いだけはダメなんだ。下らない理由かもしれない、俺がみみっちいだけなのかもしれない。それでも……俺とっては胸が痛くなるくらい、苦しいくらいの理由なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

『何でだよ!逃げんなよ!お前がそうやって逃げる事の方があの選手にも失礼な事だろうが!!』

『うるせぇんだよ!お前に分かるかよ!殺しかけたんだぞ!?俺の……俺の技で……一本背負いで!』

『っ!だからって、それは試合中の不慮な事故じゃないか!代表の辞退どころか柔道を辞めることはないだろ!』

『俺だって嫌だよ!嫌に決まってんだろ!!何のために血反吐吐いて俺はっ。人を傷付ける為に頑張ったんじゃないのに……何でこうなるんだよ!くそがっ!』

『し、慎司もっ、優也も落ち着いてよ!ね?2人で言い争ってたってしょうがないじゃん!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんな2人とも……俺はまだ、2人に顔向けできる人生は歩めてないみたいだよ」

 

 

 そんな呟きは、夜風に流れて消える。9月で未だ夏の暑さが残ってる筈なのに。練習後だからまだ体温は高くて暑い筈なのに……何だか背中が寒くて震えるようだった。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 前にも書きましたが空白期編はマテリアルズ編の話ではなく全く別物です。新章開幕と思うと書き手の私もいつもわくわくします。

 皆さんにとっては些事ですが作者にとっては嬉しい出来事があったので1つ報告を。既に消えてしまってますが、7月1日に短い間でしたが日間ランキング19位にランクインしてました。過去に80位くらいに入ってた時には目ん玉飛び出るくらいびっくりしましたが今回19位は周りにすごい作者さん達とは比べるのも烏滸がましいほど格に差がある当作品で一瞬でも入れたのは作者にとってはとても嬉しかったのでご報告させて頂きます。

 こんな嬉しい気持ちが味わえたのも皆さま読者様のおかげです、本当にありがとうございます。累計ではなく日間ランキングですし入ったのも1日、2日だけなので大した事ではないのかもしれませんが重ね重ねお礼を述べさせて頂きます。


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努力を続けて



 俺の愛馬が!!サイレンススズカが!!当たらない!!


そしてfgo6章後半も終了!だから執筆が進まなかった。いいね?全てはfgoごいけないんだ!


 試合当日、数日前に一本背負いの件でモヤモヤとした気持ちを抱えてしまったものの翌日にはしっかりと切り替えて試合に向けて準備を進められた。気分は……悪くない。程よい緊張感と集中出来ていることが実感できる。いつも通り自分がしてきた努力を信じるだけだ。試合前の控え室のような場所で小道場が隣接してる、俺はそこでストレッチをしながら自身の試合を待つ。

 

 今日も俺の両親と高町一家と八神家の面々、フェイトちゃん達友人達にアルフも。何と今日は時間がたまたま合ってクロノとリンディさん、エイミィさん、ユーノも駆けつけてくれている。4人とも応援に来てくれた事は初めてではないのだが4人揃うのは珍しい。既に皆んなとは挨拶は済ませてある、こんなに集まってくれたんだ……無様な試合は出来ない。

 

「荒瀬選手、5試合後に出番なので会場までお願いします」

 

 会場スタッフにそう告げられ返事をして会場に向かう。まずは初戦……やるぞ!

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 相対する初戦の相手は初めて見る顔だった。少し細身の印象だが身長が高い、後腕も長いし足も長い。こういう手合いは間合いに気をつけないとその体を利用して大外刈なんかで狩られる危険がある、そこを警戒しないとな。礼法を行い前に出る。

 まあまあ広い会場の筈なんだが観客席から皆んなの声が聞こえて来た。……ありがとう、その応援がいつも俺の背中を叩いて励ましてくれてる。

 

「始めっ!」

 

 主審の開始の合図と共に間合いを詰めるべく組み手を仕掛ける俺。あんな腕が長いんじゃ下手に間合いを置いたらその長さを利用されて俺が届かない距離を陣取って組み手を封じられてしまう。それを回避するためだ。

 しかし、相手はその対応に慣れてるのだろうすぐに反応して自身は距離を離すべくまず後ろに下がった。

 

 だが、それは悪手だよ。

 

 相手が後ろに下がろうとしたところで俺は一歩を踏み出して一気に距離を詰めた。

 

「っ!?」

 

 相手の一瞬驚いた顔に内心ほくそ笑む。油断したな、最初に距離を詰めようと動いた時はわざと遅く動き出して相手がどう動くか確認したかったのだ。そして後方に下がろうとするのならその動きに合わせて一瞬で距離を詰める。所轄フェイントに近い。

 そして相手が後ろに体重を乗せてる間に一瞬で俺は両手を理想の組み手で持つ。左手は相手の右手の肘下に、右手は相手の襟……理想とされる耳の下くらいの位置。そのまま相手の体重移動を利用して後ろに倒す技、大外刈を仕掛けるように左足を相手真横に踏み出す。

 そこで相手が冷静さを取り戻して大外返しを行う動きに入った。足が長い選手は足に対して直接掛ける技、それこそ大外刈や大内刈に対して受けが強い。足が長いのはそう言う利点もあり強さだ。中でも厄介なのは大外返し、投げるつもりで仕掛けたら速攻に返されて逆に投げられるなんて事はよくある事だ。

 

 恐らく相手もその高身長で数々の返しを行なってきたのだろう、実際に上手くて感服する所だ。しかし、勝ちは譲らない。相手が後ろに掛かった体重を無理やり前へと体を移動させた時は俺は大外刈を仕掛けるように見せかけた踏み出した左足をそのまま、体を寄せた所で瞬時に相手に向かって前へも投げる支釣り込み足へとシフトチェンジした。

 

 いわゆる連携技、相手が大外刈に反応して前へと体重をかける事を見越しての切り返しだ。相手はそれに反応できず綺麗に回転しながら前へと背中で倒れ込む。

 

「一本!それまで!」

 

 なのはちゃん達の応援席が湧く。普通、支え釣り込み足だと一本にはなりにくいんだがここまで綺麗に決めれたのは一重に技の練度を上げれた証拠だろう。自身の努力による成果を目の前にして心の中でガッツポーズをしながら礼法を行って畳を後にする。

 

 チラッと相手選手の様子を窺う。悔しそうに瞳に涙を溜めて体を震わせながら会場を後にしていた。………勝った選手は負かした選手の想いも背負って次の試合にも臨まなければいけないと前世で言われた事がある。それには完全に同意だ、しかし………それを分かってて俺は逃げちまったんだな。あの時。………情けねぇ。

 

 雑念を振り払うように俺も一度小道場に戻って次の試合に備えるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

「やあああ!!」

「くっ!」

 

 相手選手の気合と共に繰り出される背負い投げを体感と体重移動で耐える。しばし力のせめぎ合いが続き先に折れたのは相手選手、前に倒れ込んだ所を寝技を仕掛けるが既にガッチリと防御を固められて手の施しようがなかった。俺はすぐに仕掛けるのをやめて立ち上がり試合が膠着したと見せて審判に『待て』を促す。

 

 通じたようですぐに待ての宣言をすると、俺と相手選手は開始線に戻る。互いに道着の乱れを治すように主審に支持され道着を整えて帯を締め直しながら考えを巡らせる。

 

「(くそ、流石決勝戦だ。やっぱり一筋縄ではいかないか)」

 

 一回戦の後から続く2回戦から準決勝まで危なげなく勝ってきたが決勝戦は既に残り時間を1分となる所だった。このままだと両者ポイントが無いので延長戦に突入してしまう。スタミナには自信があるから問題ないがわざわざ延長戦まで持ち込ませる事もない。

 

「(さて、どう攻めるか)」

 

 技は通じてはいると思うが受け方が上手く中々ポイントに結びつかない。既に色々な技を繰り出して仕掛け続けているが警戒されてしまってる。ならば……よし。次の攻めの方向性を固めた所です両者共、道着の乱れを直し終わりそれを確認した主審は『始め』と宣言した。

 

「っ」

 

 強引に掴みかかってきたのは相手選手。俺はそれに応じる形で捌く事なくお互いにガッチリと組み合う。しかしそこで俺が行ったのは技へ繋げるための動きではなく。

 

「ふっ!!」

 

 相手を振り回す事だ、腕が体捌き、体のあらゆる力全てを使って相手を翻弄させ振り回す。やっぱりな、ずっと相手は攻めよう攻めようと躍起になっていたのでそろそろ足にガタが来ていたようだ。最初なら相手も俺が力で振り回そうとした所で体幹で耐えれただろうが今までに無い俺の行動で警戒してなかったのも相まって俺に好きに振り回されている。

 

 しかし、これでは技には繋げられない。相手が大きく崩れすぎなのだ、これでは逆に技を掛けれない。

 

「ぐっ!!」

 

 相手はここでようやく力を込めて俺に抵抗を示した。その瞬間相手は完全に力んで体に力が入るが懐は甘くなった。

 

「(今、すごい一本背負いのチャンスだったな)」

 

 反射的にそう考えてしまったが、動きには出さず俺は相手の抵抗する力を上回る力で相手を下に引き落とす。結構柔道力を鍛えるためのトレーニングだってやってんだぜ?

 

 たまらず相手は膝をついて前に倒れ込む。その一瞬だ、相手がしっかりとした寝技の防御態勢になる前に俺は左手は離して右手の襟を掴んだまま相手の背中に覆いかぶさるように密着する。そして自分の体ごと相手を横回転でひっくり返す。こうもたやすくひっくり返せたのは俺が仕掛けるのが早かったことと相手の襟を掴んでる右手が効いてるからだ。

 

 そのまま逃げようとする相手を流さず相手の上になって抑え込みに入る。横から相手に乗って押さえ込む横四方固めだ。

 

「抑え込み!」

 

 審判のその宣言と共に抑え込みタイマーが始動する。一本にするには20秒間相手を逃さず抑え込む必要がある。しかし、かなりガッチリと抑え込んだので逃がさない自信があった。相手も必死に逃げようとするが立技だけでなく寝技の修練も欠かせなかった俺の抑え込みを逃げるのに20秒じゃ足りねぇよ。

 

 ブザーがなり20秒が経過した事を知らせる。審判からの一本の宣言を聞いてから俺は体の力を緩めて相手を離す。そのまま開始線に戻るが相手は悔しそうに涙を浮かべて寝そべったまま天井を見上げて中々立ち上がらなかった。

 やがて審判に促されてようやく立ち上がって互いに礼法をしてから畳みを後にする。

 

「ふぅ………」

 

 ため息のような安堵の吐息をもらす。これで……小学5年生の部の優勝は俺に決まった。……うしっ。練習の成果は十分に感じられた。また一歩前進だ、これからもっと実績を上げて強化選手に選ばれるのを目標にまた頑張ろう。そう決意を新たにしているとどたどたと騒がしい音が。なんだ?と思いそこへ振り返ると

 

「優勝おめでとう慎司君!!」

 

 なのはちゃんを皮切りに友人達が俺を祝福すべく取り囲む。お疲れと肩を叩いてくれたり、いい試合だったと満足げに言ってくれたり、感極まって興奮したように抱きしめてくる。最後のはなのはちゃん、このアホは何度優勝してもいつもこんな感じなのだ。

 

 大人達は遠目から微笑ましげにそれを眺める。あ、クロノとエイミィさんもそっち側だった。

 

 皆んなに揉みくちゃにされた後ようやく解放されてから応援してくれた大人達へ頭を下げに行く。皆んな口を揃えてかっこよかった、いい試合だったと言ってくれる。そんな中、後ろから声をかけられる。この声は……リィンフォースだな?そういえばさっきから見ないと思ってたら

 

「どうしたんだリィンフォー……す?」

 

 振り返りリィンフォースの姿を認めると俺は言葉を詰まらせた。

 

「いい試合だった。とてもかっこよかった。流石慎司だ、私の心も嬉しくてキュンキュンだ」

 

 そんなよく分からんことを口走るリィンフォースの姿は昨日の珍妙な装備のうち一つの襷だけを身につけていた。実はあの時、俺はめんどくさくなってせめて一つに絞れと言った。確かに言ったがよりによって襷か。あいも変わらず慎司LOVEと書かれた襷を選んだか。………クソがっ。

 

「リィンフォースこの野郎、お前襷の文字せめて変えろや」

「む?気に入らなかったか?なら……これならどうだ?」

 

 そう言うとリィンフォースは襷を身につけたままひっくり返した。そこにも文字がありそこには『慎司しか勝たん』。襷のリバーシブルなんて聞いたことねぇよ。ていうかもう内容も意味不明だよだれか助けてくれ。

 

「あ、うん。もうそれでいいや」

 

 襷つけてても目立たないようにしてくれてれば人の目も引かなかっただろうし俺も恥ずかしい思いをしなくて済んだろう。

 

「応援席の真ん中で立ち上がって大きな声で応援してくれてたんだよ?リィンフォースさんにちゃんと感謝してあげてね?」

「バッファ!!?」

 

 驚いて変な言語が出た。くそ、目立ってたんだろうなぁ……色んな人の目に触れたんだろうなぁ……慎司LOVEがみんなの目に触れたんだろうなぁ。リィンフォースぇ……

 

「リィンフォーステメェ心中するぞコラ」

「うん?それは駄目だ、死ぬのはわたし1人だけでいい。慎司は生き続けてくれ」

「ああ?テメェも死ぬなよ生きろよ」

「ならば共に生きよう」

「「えんだああああああああ!!いやあああああ!!」」

 

「いや騒がしいよ2人共!?」

「あかん……想像以上にリィンフォースがどんどん慎司君に毒されとる」

 

 なのはちゃんとはやてちゃんがなんか嘆いているが気にしない事にした。

 

 

 皆んなで優勝の喜びを分かち合うようにふざけつつも俺はチラリと会場の出方の方を見る。既に決勝の相手の姿はない。彼は負けた事実に悔し涙を浮かべていた。涙を浮かべるのはそれだけ本気だったという事、きっと今頃人目のつかない所で大いに泣いているだろう。……俺もそんな経験は沢山してきた。そして勝ったものはその人の掛けた想いも背負って今後も頑張り続けなきゃいけない。全身全霊を持って……全力で……。

 

「………くそ」

 

 誰にも聞こえない声でそうぼやく。試合には勿論全身全霊を掛けた、全力で取り組んだ。……一本背負いを使わないでの全力だ。そのような事実がある中で俺は本当に負けた人の想いも背負えているのだろうか?………仕方ないだろ?好きで使ってないわけじゃない。……じゃないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 大会から1週間、気持ちを切り替えて再び柔道の練習へと打ち込む日々を送る。次の出場予定の大会はおよそ1ヶ月。この間の大会よりも小規模の大会だが出れる大会は全て出て経験を積むのも大きな大会で勝つ秘訣だ。

 

 そして、今は小学生の本分として学校で授業を受けている最中だ。しかし、今に始まった事じゃないが小学生の授業となるとやはり退屈である。別に前世は学力は高い方では無かったがいくらなんでも小学生の授業内容を忘れてるほど不真面目に取り組んではいなかったからな。しかしまぁ、サボって先生に目をつけられるのも嫌なのでしっかり受けてるふりはする。

 

 既に目はつけられているがこう言う授業とか普段の生活態度を良くしておけばいざって時ふざけてもある程度は許してもらえるのだ。大人としての知恵である。しかし、ちょっと退屈だから隣の席のなのはちゃんでも茶化してやろうかと視線を送る。

 

「………すぅ」

「……マジか」

 

 あの真面目な……真面目で真面目ななのはちゃんがうつらうつらと居眠りしそうになっている。かくんっと頭が下がりそうになるのを堪えて持ち直してまた下がっての繰り返しである。

 

「(そういえばここのところ眠そうにしてた時も何度かあったな)」

 

 ふとそう思った。この間の大会の優勝祝いのいつものパーティーも途中で眠そうにして早めに休んでたし、夏休みが明けてから……いや始まる前くらいからよくあくびをしているのを見かけた気がする。俺も何度かそれを指摘して揶揄ってた覚えがある。

 いくらなんでも……ちょっと多いんじゃないか?寝不足?疲れてる?

 

 パッと浮かんだのは管理局での仕事。やはりいくら魔法の才能があるからって小学生の体にはキツい部分もあるんじゃないか?いやしかし管理局もそんな小学生相手に鬼のように仕事させてるとも思えないしな……。俺が考えた所でしょうがないか。授業中に寝ちゃうほど疲れてんならこのまま寝かせてあげよう。

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 

「なんて事が最近多くてな、フェイトちゃんは大丈夫なのか?」

 

 放課後。アリサちゃんとすずかちゃんは車でのお迎えでそのまま習い事に、なのはちゃんは管理局に行かないといけなかったらしく慌てて先に向かっていった。

 フェイトちゃんと2人きりの帰り道になのはちゃんがここの所疲れてる様子が多々あった事を伝えて実際管理局のお仕事はどうなんだ?って所を聞いている。フェイトちゃんはうーんと少し唸った後に分かりやすく教えてくれた。

 

「実際お仕事って言っても私もなのはもはやてもまだ管理局員としては新米?って言うのかな……だからお仕事をしながら管理局で必要なお勉強や訓練もしてるんだ」

 

 そう言うフェイトちゃんの言葉に俺はなるほどと思う。そりゃそうか、いきなりあなた魔法使えるから実戦で頑張ってください……ってわけにもいかないのか。

 ジュエルシードや闇の書の時のケースは特殊だからなのはちゃんやフェイトちゃんはガッツリ関わっていたけど管理局員として正式に入隊するのならちゃんと段階的にやる必要はあるよな。色々慣れない勉強や訓練で疲れてる中での実戦演習という形の管理局の仕事。フェイトが言うにはちゃんと周りの先輩局員達のサポートもある中でとは言え命に関わる事もしていく魔導師ならそれくらい厳しくする必要はあるって事なのだろう。

 

 まぁ、それにしたって万が一があるのだからなのはちゃんには疲労を感じてるならちゃんと落ち着いて休息も取ってほしいところだけど。

 

「なのは、慎司に負けられないからって凄く頑張ってるから」

 

 そう言って微笑ましそうにするフェイトちゃんを見て俺もあんまり外野からガヤガヤ言うのは避けた方がいいかなって思った。心配するのも結構だが過度に干渉してなのはちゃんの努力を邪魔する形になってしまうのは嫌だから。なら俺はなのはちゃんを信じてもう少し様子を見る事にしよう。何、本気でヤバそうな時に余計なお節介をさせてもらえればいいだろ。

 そう心に決めて俺は一旦この話を終える事にした。

 

 

 

 

 

 

 ………………………。

 

 

 

 

 

 日々は過ぎていく。俺は柔道を、なのはちゃんは魔法を。努力を重ねて、重ねて、頑張る。辛い思いをしながら成長をしていく。『生きてる』って感じがしていた。充実した気持ちで俺はいられた、一本背負いの事で後ろ髪を引かれるような気持ちになる事はある。けど、やりたい事で頑張り続ける事の幸せを、尊さをよく知る俺はそう在れる今が凄く荒瀬慎司としての生を全うできると感じていた。

 

 そうだ、頑張り続けるんだ。柔道も、何もかも全部。

 

 

 

 

 

「ペペロンチーノだこの野郎!!」

「いきなりどうしたの!?」

 

 びっくりした様子のなのはちゃんを見て満足しながら俺は桃子さんが作ってくれたケーキに舌鼓む。場所は翠屋、練習帰りに寄ったのだ。そしてなのはちゃんも一緒である。うめぇ、相変わらずうめぇ。なんでこんなに美味しいの?天才かよ。

 

「桃子さんケーキめっさ美味いです。あと5000くらいいけます」

「あらあら、食べ過ぎは体に悪いからもう3個だけよ?」

「お母さんお母さん、その時点で食べ過ぎだよ。あと慎司君、私の耳元で奇声を発した件は見逃さないからね?お詫びに慎司君の一口ちょうだい」

「あげませんっ!!」

「あむっ……そう言いながらいきなり口に突っ込むのは危ないからやめてね?」

 

 ジト目でそう言いつつも満足げにケーキを頬張るなのはちゃん。桃子さんはそんな様子を見て嬉しそうに微笑むように笑う。練習の日々を過ごしてあっという間に数週間が経ち、あと1週間と少しくらいで次の大会が控えてる今日この頃。

 

 リフレッシュも兼ねて翠屋に1人でご飯を食べきたがたまたまなのはちゃんもいたので一緒に……と言った流れに。ちなみに俺の両親は管理局の方に出向いてる。母さんは本当は辞めてるはずなのにこうやって駆り出されたりしている。やっぱり技術者としては天才なんだなぁ。その分給金踏んだくってくるって張り切っていた。

 

「あ、なのはちゃんクリームついてる」

「え?ど、どこに?」

「ここだよ、額」

 

 と、俺の額を指差して教える。

 

「え!?嘘っ、そんな所に……」

「んなわけねぇだろアホめ」

「シンプルにひどい!?!久しぶりだから騙されちゃったよ!」

 

 ポカポカとしてくるなのはちゃんにいつも通りほっぺびろーんをお見舞いする。ワッハッハ、一度見抜けるようになったからって油断しちゃダメなんだぜなのはちゃん。

 

「いつもいつもなのはを揶揄って〜、今日という今日は許さないからね!」

 

 プンスカとするなのはちゃんがそう言って取り出したのはゲーム機とポケ○ン。ほほう、ポ○モンバトルで俺を負かそうってか、

 

「俺に勝とうなんざ100年早え!」

「そう言ってられるのも今のうちにだからね!」

 

 負けられない闘いがここにある。

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

「ずーるーい!ずーるーいいぃ!!」

「ずるかねぇよ立派な戦略だよ」

 

 ただちょっと小さくなるとテッペキを4段強化したツボツボで毒でじわじわ倒しただけやなかい。ちゃんとバトンタッチ使って場を整えてからね。

 

「うぅ、もういいもん。慎司君のバカ」

 

 珍しく子供っぽくプイッとして拗ねてしまったなのはちゃん。なんだか妹に甘えられてる気分になる。俺はなのはちゃんの視線に入るように回り込んでから今度は顔をぐにゃぐにゃして遊び出す。

 

「にゃにすりゅにょ〜」

「なのはちゃんの顔どれだけブサイクに出来るか選手権」

「にゃんてことすりゅの!?」

 

 再びギャーギャー言い出すなのはちゃんとわちゃわちゃと戯れ合う。次第にそんな事ばかりしてたら2人してくたびれてしまい、テーブルに突っ伏する。そして顔はお互いに向けたままで見つめ合う。

 

「………どうだ?魔導師の方は順調なのか?」

 

 ふと、見つめ合ったままそうこぼした。いつも俺が応援してもらってるなら魔法の事を応援したいと思うのは当然の事。疲労が溜まってる事について心配だった事もあるが俺は自然とそう聞いてしまっていた。

 

「うん……まだまだ頑張らなくちゃいけないけどね」

 

 そう笑って言うなのはちゃん。頑張りすぎるなよ……と言葉が出かけたが飲み込んだ。それを言ってしまったら次々と余計な事まで言ってしまいそうだったから。

 

 無理してないか?

 頑張りすぎじゃないか?

 ちゃんと休んでるか?

 

 心配の感情に支配されて一方的に捲し立てるのは嫌だったから。前に頑張りたいと言っていたなのはちゃんの言葉を尊重したかった。

 

 

 何度か疲れた様子を見せていたのは気になったが。だからこそ、俺といる時くらいは楽しそうにはしゃぐか、ぐでっとゆっくりしてほしい。だから、言葉の続きは見つけられず俺は何となくなのはちゃんのほっぺを優しくツンツンとする。

 

「ふふ、もう何〜?」

 

 くすぐったそうにしながらも嫌そう顔をせずに寧ろ楽しげに笑うなのはちゃん。…………なんだよちくしょう、可愛いじゃねぇか。

 

「………また揶揄ってるの?」

「んにゃ、相変わらずほっぺ気持ちいいなと思って」

「すべすべ?」

「ベトベトン」

「殴るよ?」

 

 おうふ、とうとう叩くから殴るに進化した。

 

「なんでそんな揶揄ってばかりなの?」

 

 それは怒って言ってるわけじゃなく単純に気になって聞いてきたような声音だった。実際そうなのだろう。俺は少し返答に迷った。なんで揶揄うの?と聞かれればそれは反応が楽しいからである。そしてなのはちゃんもその事自体は日常の一つの交流として楽しんでくれてるからだ。

 しかし、それを言ってしまうと絶対否定されるし今後揶揄いにくくなる。それは避けたい。上手いこと言おう。

 

「反応が楽しいから」

 

 死ね俺の語彙力。

 

「うわぁ、それ言っちゃうんだ」

 

 なのはちゃんもちょっと引き気味である。しかしまぁ、事実だしな。けど実はそれだけじゃないんだぜ?

 

「後は……そうだな、なのはちゃんを笑わせたいんだな」

「いや、笑うどころか憤慨してる事が多いよ?」

「そうじゃなくて……」

 

 そう、なんて言うんだ?そうだな……

 

「…………心を笑わせたいのさ」

 

 そのまま表情として笑わせたいんじゃなくて、いや表情も笑わせるのが1番なんだけど。日常の一つの出来事として、ありふれた1日の1ページの一コマとして、俺とのやり取りや想い出を思い出すことがその時のなのはちゃんの心を温めるものであって欲しいんだ。

 

 あの時あのバカはあんなアホな事を言っていたな

 相変わらず訳わかんない事ばかりやっていたな

 

 そんな他愛もない事をふとした瞬間に思い出して、俺って言う存在が、俺と言う男との思い出が何となく楽しかったなって、退屈しなかったなって思って欲しい。

 その時だけじゃなく、ずっと先もなのはちゃんの心を温めて笑わせているものであって欲しい。揶揄って反応を見るのもちゃんとそう言う意味合いもあると言えば殆ど無いけどゼロじゃ無い。そう言うやり取りの方が思い出に染み渡るものだから。正直俺が楽しいからって言うのが1番の理由だけど。

 だからまぁ、この心情は表に出さないで俺は意味ありげにドヤ顔をしておく。

 

「意味わかんないよー、あとその顔なんかやだ気持ち悪い」

 

 はっ倒すぞこの野郎。とりあえずさっきよりほっぺグニグニの刑に処した。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 翌日、学校が終わり真っ直ぐ家に帰ってからすぐに道場に向かう。今日は練習はないが相島先生が時間を割いてくれて今日もマンツーマンで特訓だ。いつもなら俺が先に来て道場の清掃をやって準備しておくのだが今日は相島先生が既に来られていた。道場に入る前に一礼して相島先生に声をかける。

 

「おう、慎司か」

「はい、今日もよろしくお願いします」

「道着に着替える前にこれを見てくれ」

「はい?」

 

 間髪いれずにそう告げられ渡されたのは一枚の紙。うちの道場宛……相島先生宛に送られてきた通知書。………日本柔道協会から!?驚きを隠すことが出来ないまま俺は通知書の内容を読み進める。その文面に俺はさらに驚く事になる。

 

「これ………2ヶ月半後の…」

「そうだ、全国小学生強化選手権大会の推薦選手の通知だ……。お前が選ばれたんだよ慎司」

 

 驚いてもう声が出なかった。全国小学生強化選手権大会、前回の大会の前に相島先生との会話で話題にあがった例の小学生柔道家が誰もが夢見る舞台。いつもはある学年別ではなく、柔道協会が認めた真の実力者である強化指定選手と強化選手ではないが実力はあると認められた協会が推薦する選手しか出られない小学生の本当の日本一を決める大会だ。

 正直それに出られる事だけで名誉な事だ、強化選手は全国の選りすぐりの強さを持つ選手しかいないしその中で参加を認められるのも今後強化選手として指名されたも同然なんだ。あの神童も強化選手だからこの大会には出場する筈だ。

 

「……っ、しゃあ!!」

 

 喜びの感情がようやく落ち着いて全身を震えさせる歓喜に声を上げる。努力を続けた、大会にも出場し続けて結果を残してきた。前世でも選ばれる事はなかった強化選手。やった、やったぞ!俺の努力の証明が形になって俺の元にやってきた。

 

「目標は全国制覇……やれるな?慎司」

「……っ!はいっ!!」

 

 声を張り上げる。夢の舞台の切符を手に入れた、それから俺に出来ることはその切符を落とさないよう握りしめ続けて走り続ける事だ。………今度は負けねぇ、神童にも……全国屈指の選手達にも負けねぇ。勝って、俺は俺の人生に胸を張るんだ。それが、前世の失態から顔向けできる俺なりの証明だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………有頂天になったものには基本的にそれを叩き落とす何かが起こるものだ。そして荒瀬慎司にも……高町なのはにもそれは例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 魅力的なアプリが多くて困る。作者は指揮官でマスターでトレーナーでドクターで騎士君で黒猫の魔法使いでさらに指揮官ですからね。いい加減絞んないと死ぬほんとに


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それは唐突に




 当作者、学生時代柔道を中心だった故、オリンピック柔道全試合をテレビにて観戦。

 流石世界はレベルが違う。感服仕る。……いや皆んな強すぎワロタ。


 それは唐突に起こった。高校生最後のインハイ予選、男子73kg級決勝。試合は一進一退の攻防でギャラリーも大盛り上がりを見せていた。試合時間残り30秒を切り、お互いに決勝まで上り詰めるのに何度も試合をしてスタミナを削られてる中での決勝。

 

 夏の暑さも相まって意識が朦朧としていた。それでもこの試合は夢のインターハイへの最後のチャンスなんだ。負けれない、負けたくない、勝ちたい。俺の努力をここで負けて終わらせたくない、結果だ。求めていたのは勝ちという結果だった。

 延長戦なんか体が持つわけがない、何が何でもこの30秒で投げなければ勝機はない。互いにガッツリと組み合って牽制しつつ機を伺う。

 

 残り20秒を切った、焦って下手に仕掛ければ返されて逆に終わる。そんな相手だ、全神経を集中させて相手の隙を窺いつつ崩し回る。それは相手も同じ。時間なんかもう気にしてられないくらい気を抜けば何もなくても倒れそうなほどだった。

 互いに動き回りいつしか試合上の場外間際、そんな事も今の俺は気付かない。場外はどちらかの体が完全に外にはみ出ないと待てはかからない。残り────

 

 

 時間切れのブザーが鳴り響く。本来ならここで一度試合が止まって延長戦に入る。しかしそうはならなかった。

 

 

 

 ブザーの音と同時に繰り出される俺の得意技であり、決め技であり、相棒とも呼べる一本背負いを仕掛けた。ルール上、ブザーが鳴ってもその直前に技が仕掛けていれば技が潰れるか中断されるまでは試合は続行になるがタイミング的には微妙なところだった。

 しかし、そもそも俺はブザーが鳴り響いた事すら朦朧とする意識の中では気づいていなかった。チャンスだと思った、今なら決めれると確信して技を仕掛けた、それが相手選手の時間終了間際による気の緩みだったかブザーが鳴った事で力が抜けてのかは今となっては分からない。相手は浮いた、完全に一本背負いが入り込み綺麗に相手は浮いた。

 仕掛けた俺がする事はただ一つ、そのまま相手を畳に叩きつける事。

 

 しかし相手が叩きつけられたのは畳ではなかった。ガシャんと響く投げた時には決して発生しない音。不幸が重なった。試合終了間際、場外近くにいた事。その場所がたまたまタイマー係や審判補佐、記録係などのスタッフが長机を利用して鎮座する場所に近かった事。

 世界大会でもない、国内のインハイ予選ともなれば特に珍しい光景ではない。決勝戦だから多少離れた所に鎮座していたが技の勢いと投げるまで技を止めなかった結果相手選手は頭からその長机に叩きつけられてしまった。

 

 そして何より………仕掛けた本人がそこが危険な場所だと()()()()()()()()

 

「………えっ」

 

 角にぶつけて頭部が切れたのか血が滴る。そして投げた俺だけが気づいている事実。長机にぶつかった時にガシャンとは違う音。骨が折れたような……そんな音が耳に残っていた。

 

「……え……え……」

 

 状況が理解できず、いや理解を拒み俺は間抜けな反応をするだけ。だが観客や審判団はそうはいかず徐々に状況を理解して騒がしくなる。誰かが悲鳴を上げていた、誰かは俺に向かって怒鳴っていた、誰かが慌てた様子で電話で救急車を呼んでいた。

 俺は立ち上がる事も、大会ドクターに応急処置をされている選手から目を離す事も出来なかった。………俺が、俺がやったのか?

 

 違う……だって、俺分かんなくて……わざとじゃなくて………。

 

 相手選手は、到着した救急車に病院まで運ばれていった。結局、俺は流されるままに相手の試合続行不可能により不戦勝となる。望まぬ形でインターハイの切符を手に入れたのだ。…………その後、表彰式が終わってよそよそしい態度の柔道部の仲間たちと共に帰る最中でも、帰って寝床についても、体の震えとあの時の出来事が映像として頭から離れる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いじゃない!おめでとう慎司!」

 

 学校にて、昨日相島先生に伝えられた全国大会出場の権利を得た事を4人に報告した。珍しくアリサちゃんが興奮気味にそして素直に称賛してくれる。畑が違うとはいえ音楽やら何やら色々と習い事をしているアリサちゃんは全国という重みと凄さをよく知っているからだろう。

 それに俺の影響でかいつも学校で一緒にいるこの4人は強化選手とかそう言う制度の事も理解している。

 

「よかったね、ずっと頑張ってきた慎司君だから得られたチャンスだよ」

「うん、慎司がそんな風に周りに評価されてたのは友達として私も鼻が高い……かな」

 

 すずかちゃんとフェイトちゃんもいつもより分かりづらいが少々興奮気味に祝福してくれる。俺も昨日は興奮して中々寝付けなかったほど嬉しかった。それくらい名誉な事なんだ。そんな風に3人がわいわいと祝いの言葉を送ってくれる中なのはちゃんはプルプルと体を震わして下を向いていた。

 

「なのはちゃん?」

「なのは?」

 

 俺とアリサちゃんがどうしたのかと声をかけるが反応はない。

 

「す………す……」

 

 あ、ようやくなんか喋った。

 

「すっっっっごいよ慎司君!!!」

 

 かと思えば溜めに溜めてクラス全員がこちらを振り向くほど大声で興奮した様子で身を乗り出しながらそう口にする。

 

「………おっ、おう?」

 

 俺もびっくりしてそんな反応になってしまう。

 

「全国強化選手大会ってあれだよ!?ホントに今まで沢山結果を出してきた柔道家しか選ばれない強化選手か柔道協会に実力を特別に認められたすっごい選手しか出場出来ない小学生柔道で一番大きな大会なんだよ!それに出られるだけで今後ずっと柔道協会が目を掛けてくれるし今世界で活躍してる選手も沢山の人がその大会を足がかりに活躍してるくらい名誉な大会なんだよ!?しかも強化選手としてじゃなくて慎司君みたいな特別推薦枠は必ず選ばなきゃいけないわけじゃないからその年によっては0人の場合もあるから選ばれた慎司君は本当に実力を認められてて注目されてるって事なんだよ!すごいよ!!すごすぎるよ!!流石慎司君だね!皆んなーー!聞いてーー!慎司君がねー!慎司君がねー!」

 

 えっ?ちょっ、え?何この暴走機関車。興奮どころか目が血走ってるように見えるくらいテンションが天元突破してんだけど。

 

「ちょおま!やめろぉ!!恥ずかしからやめろぉ!!」

「海鳴町の誇りだよー!未来のスター選手だよー!」

「やめろってんだろボケナスなのはちゃん!」

「あはは!照れちゃってもー!可愛いんだからー!」

「え、まじで何そのテンション!?」

 

 いつからそんな近所の気のいいお姉さんみたいなキャラ掴んだの?

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「で?何か言う事は?」

「いたく反省しております」

 

 俺仁王立ち。なのはちゃん正座の珍しい構図。いや貴方本当に柔道に関すると性格変わる病気なの?二重人格なの?太郎さんもう何が何だか分からないよっ。

 クラスの皆んなは俺となのはちゃんのいつものやり取りの延長線上かと思ってからかってくる始末だしフェイトちゃんはちょっと微笑ましそうにしてるしアリサちゃんは何が面白かったのか爆笑してるしすずかちゃんも釣られてお腹を抑えながら笑ってる。

 

「………ま、まぁ…喜んでくれたのは嬉しかったけどよ。もうちょっと落ち着きなさいよチミィ……」

「あはは、面目ないです」

 

 全く………いやいんだけどさ。そうやって我が事のように喜んでくれるのは本当に悪い気はしないし。頑張ってきた甲斐があったってもんだ。

 

「えへへ、なんか変な感じになっちゃったけど……本当におめでとう慎司君。全国大会……一杯応援するからね!」

「……ああ」

 

 最初からそうやって普通に言ってくれればいいものを……全く。照れ臭いじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「ほへー、ウチは柔道そんか詳しくないけどすごい事だってのは理解したわぁ……おめでとな慎司君。もっと早く言ってくれればもっと豪勢なもん作ったのに」

「はは、ありがとなはやてちゃん。豪勢な料理は俺が全国で勝ち抜いた時に頼むわ」

 

 その日の夜、はやてちゃん達に報告も兼ねてお邪魔している。両親には既に昨日報告していたのだが管理局にいるため電話越しだった。電話越しでも喜んでくれてたのは伝わっていたのでそれで十分だったが。

 それもあってはやてちゃんの家で夕食を共にしに来たのだが、夕食よりも俺の報告で八神家は盛り上がってくれていた。

 

「よく分かんねぇけど、慎司はとりあえず強い奴が集まる大会に選ばれたって事だよな?」

「端的にいえばそうだな」

 

 ヴィータちゃんの疑問にそう答える。

 

「………んじゃ、すげーじゃん。頑張れよ」

「そうだな、慎司の努力が身を結んだのなら我々も鼻が高い」

 

 ヴィータちゃん、続いてシグナムの賞賛に頬を掻いてありがとうと伝える。シャマルとザフィーラも祝辞の言葉を述べてくれる。

 大会の結果でもいつもこんな風に言ってくれたりする友人達に感謝の気持ちを抱きつついい加減ツッコもうと思い俺は口を開いた。

 

「んでおめーは何してんだ」

「む?」

 

 八神家の天然担当であるリィンフォース大先生である。彼女はいま頭にうさぎのカチューシャをつけてサングラスをかけ、フラフープを片手に佇んでいた。お前はサイコパスか。

 

「………今回はどういう意図かね?」

「慎司が柔道ですごい事を成し遂げたのだろう?急で何も用意できなかったからな、近くにあるものでお祝いの気持ちを表現しようと思ったんだ」

「1ミリも伝わってこねぇよバカヤロー」

 

 俺の言葉にショックを受けたのかリィンフォースは「そうか……ダメか…」と呟きながら両手両膝をつきショックを受ける。おいそんな本気で凹むなよ、俺が悪いみたいじゃないか。

 

「ほんなら、その全国大会に向けて数日後の試合は出場は見直すん?」

「いや、俺も悩んだんだけど次の大会くらいは出ようかなって。実戦が1番の練習だからな」

 

 まあ、全国大会の選手に選ばれたからじゃないが怪我だけには注意せねばなるまいて。

 あ、リィンフォースが今度は三角座りをして床に人差し指で何事かなぞって書いてる。そんなリィンフォースを狼形態のザフィーラが前脚で慰めるように頭を撫でていた。君ホント面白いね、太郎さんそう言うの好きよ。そのままの君でいてね。

 

「そか、じゃあ全国大会前にまた慎司君のかっこいい所観れるんやね。楽しみやわ〜」

「俺はいっつもカッコいいだろ?」

「耳障りやわ〜」

「普通に悪口はワロタ」

 

 はやてちゃんは俺に対してだけ容赦ねぇ気がするぜ。泣けてくるんだぜ。そしてリィンフォースはまだ三角座りをしていた。ていうかチラッ、チラッと俺の方を見てくる。え?俺待ち?俺に何かして欲しいと?よし、太郎さんに任せなさい。

 

「そんなショック受けるなって、ほらこれでも飲めよ」

「し、慎司……すまない」

 

 隣に寄り添って優しく語りかけながら俺はマヨネーズを渡した。ちなみにカロリーオフのマヨネーズである。リィンフォースは躊躇なくそれを口に加えて飲み物のように飲む。

 

「慎司……」

「どした?」

「おかわり」

「うっそだろお前」

「冗談だ。……喉が痛い慎司」

「俺のツバでも飲んどけよ」

「いいのか?」

「何で乗り気なんだよ」

 

 この変態め。

 

 

 

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 八神宅からウチへ帰る途中、遠回りになってしまうが何となく翠屋に顔を出しに行った。店の手伝いをしてた恭弥さんに出迎えられて俺がいつも一人で来た時に必ず座るカウンター席へと案内される。あり、桃子さんはいないのかな?士郎さんは奥の厨房で食器洗いしてるけど。

 いつも顔を出すと何かご馳走されそうになるのであらかじめ既にご飯を済ませてお腹いっぱいだという事を伝えて、コーヒーをオーダーする。コーヒーくらいなら今の自分でも払えるからな。

 

「慎司君、なのはから聞いたぞ?全国大会の出場選手に選ばれたんだってな。おめでとう」

「へへ、ありがとうございます」

 

 ここでも祝福の言葉を貰う。まいったな、そんなつもりで来たわけじゃなかったんだけど。気持ちは嬉しいので俺は笑顔を浮かべた。

 

「恭弥さんがいつも基礎トレーニングを視てくれてたおかげです」

  

 実際柔道を始めて間もない時は体そのものを鍛えるトレーニングに付き合ってもらって基礎体力をついたのもこれまでの勝利の要因だ。恭弥さんには頭が上がらないのだ。

 

「よしてくれ、慎司君の努力の成果なんだから」

 

 そう言いつつも笑顔を浮かべてくれる恭弥さん。この人本当に身体能力高いからな、あと士郎さんも。そして美由希さんも道場で恭弥さんに剣術の稽古をしてもらってたのを見た事あるけどあの人も大概だった。なのはちゃんはどうしてああなってしまったのか不思議でしょうがない。

 

「やあ慎司君、いらっしゃい」

 

 なんて事を考えていると皿洗いを終えた士郎さんがカウンター前まで足を運びに来てくれた。今はもう夕食時も終わりお客さんも俺以外殆どいないからな。今は俺と話しに来てくれるくらいは余裕なのだろう。改めて士郎さんにもおめでとうと言ってもらう。そして歳の差はあるが男3人で雑談をする、この2人との会話は割と楽しかったりするのだ。他愛もない話ばかりだがそういうのがいいのだ。

 こういう時は自身の精神年齢に感謝する。

 

「そういえば、最近なのはちゃんの様子はどうですか?」

「様子かい?」

 

 ついそう聞いてしまった。その俺の問いの意図が分からず士郎さんは少し困ったような顔を浮かべる。

 

「えっと……魔法の事で大変そうにしてるとか疲れてないかとか……」

 

 既に高町家は皆なのはの秘密を知って、その道に進む事を容認しているのだ。一緒に過ごす時間が多い家族に、学校では時折……いや、最近は頻繁に疲労の色を見せるなのはちゃんが家ではどういう様子なのか気になったのだ。

 

「なるほど……。慎司君はいつもなのはの事を心配してくれてるんだな、ありがとう」

 

 まず出てきた言葉はお礼だった。そして俺の問い自体には士郎さんは難しい顔を浮かべながら答える。

 

「正直に言うと、家でも疲れたような顔をしているのは多いよ。家族である私達も心配しているんだ」

「そうですか……」

 

 学校でもあんな感じなら家でもそうだよな……。なのはちゃんの頑張りの邪魔はしたくないけど……度が過ぎるようなら何か取り返しのつかない事になる前になのはちゃんと話でもしたいのだが。

 

「慎司君がなのはの心配をしてくれてるのはありがたいが、今は慎司君もこれから大事な時期だろう?全国大会も2ヶ月後に控えてるし、週末にも大会だ。今は自分の事に集中したほうがいいだろう?」

「そう……ですね」

 

 恭弥さんのその言葉に俺は頷くしか無かった。実際全国大会に向けて直近の大会の後に本格的にそれに向けた練習に勤しむのだ。ただ練習を頑張るだけじゃない、相手選手のデータを調べてその対策を練り、実際にその動きをする為の研究練習。勝つ為には何でもしないと、それくらいしなきゃ今の俺が全国大会で優勝するのは困難だ。

 

「なのははもう少しだけ様子を見て酷くなるようだったら私達で家族会議でも開いてお話しするさ。なのはも慎司君に負けられないからって頑張ってるみたいだからあんまりめくじら立てるのは可哀想だと思ってね」

 

 士郎さんも俺と同じような考えだったか。なのはちゃん、本当に俺の事を見てそうやって言ってくれてたんだな。俺を手本のように言ってくれてるなのはちゃんからそれは頑張りすぎじゃないかって、無理してるだろって簡単には言えない。

 

「だから慎司君は自分の事に集中する事だ。慎司君が結果を出したらなのはもきっと元気になる」

「あはは、そうですね。それなら頑張らないとですね」

 

 あの柔道オタクならそれで本当に疲れなど吹き飛びかねない。そうだよな、そもそも俺がなのはちゃんにお節介焼いて無理しないように見守ってあげようなんて烏滸がましかった。

 俺の悪い癖だ。俺となのはちゃんは友達だ。荒瀬慎司と高町なのはは同い年で対等な友人なのだ、山宮太郎が大人ぶって上から目線で物を言う事はおかしいんだ。今の俺がするべき事は自分の努力、それがなのはちゃんを元気付ける事になるならそれで十分じゃないか。闇の書事件でちょっと上手く立ち回れたからって調子に乗っちゃいけない。

 

 そう、深く思った。

 

「あれれ?慎司君?」

 

 と、内心で色々考え込んでいたら桃子さんと美由希さんに連れられたなのはちゃんの姿が。3人それぞれ買い物袋を両手から下げている。なるほど、3人で買い出しに行ってて帰ってきたところなのか。

 

「やほー、慎司君」

「うふふ、いらっしゃい慎司君」

 

 美由希さんと桃子さんに挨拶を返して俺は席を立つ事にした。

 

「もう行っちゃうの?」

「ああ、もういい時間だしな。帰ってきた所で悪いな」

「ううん、練習帰りだったんでしょ?お疲れ様、ゆっくり休んでね」

「おう、また明日な。コーヒーご馳走様です」

 

 と代金を士郎さんに渡して翠屋を後にする。少し店から離れてから一度振り返って中の様子を伺う。楽しげな雰囲気で家族とお喋りしているなのはちゃんの姿が見えた。

 

「やっぱり、いらないお節介だったかな」

 

 そう呟いて俺は今度こそ帰路についたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の得意技、『一本背負い』。前世のケジメとして俺はそれを使わないと決めて柔道に取り組んでいる。しかし、あの時の試合……なのはちゃんとフェイトちゃんがぶつかり合っていたあの日の試合で俺は試合終了間際に一本背負いを披露してあの神童に勝利した。

 

 あの時は記憶が朧げなほど集中していて事細やかな展開は思い出せない。覚えているのはこの勝利がなのはちゃんの励ましになればと、その為にも絶対に負けられないと心で叫び続けていた事。それのせいなのかそれとも魂レベルにまで習慣づけられて一本背負いをかけてしまったのかそれは定かではない。とにかくその時に俺は自分の意思に反して一本背負いを使った。

 

 次に一本背負いが頭に浮かんだのは神童に負けた時の試合。はやてちゃん達と出会ったばかりで初めて応援に駆けつけてきてくれた時の試合。神童との決勝でまたしても試合終了間近に俺は一本背負いをかけようとした。その時は一本背負いのチャンスで確実に獲れると理解した故に反射的にかけようとしたが途中で体が動きを止めて不発に終わり、結果的に俺は判定負けを期した。

 

 その時に俺は違和感を覚えていた。一本背負いの不発、最初は使わないと決めていた俺の理性が体の動きを止めたのかと思っていた。試合に負けた悔しさでそこまで深く考えれなかった。

 しかし、心身ともに落ち着いてきた頃に俺は違和感を覚えた。その時の試合が終わって数日後の時の事、試しに1人で自主練習をしている時に一人打ち込みで一本背負いの動きをしようと試みた。

 

「っ……」

 

 結果、最初の一歩目で体がコンクリートで固められたように動かなくなり不発となる。もう一度、もう一度と何度も試して見るが全て最初と同じ結果だった。

 

 特定の技術や動きでのみ起こる運動障害……いわゆるイップスだったのだ。

 

 

 

 前世で柔道を辞めてから転生して神童に勝った時まで一度も一本背負いを使ってこなかった事でこれまでずっと気がつかなかった。イップスは精神的な事が原因で起こる症状だ、それなら前世でのあの出来事で間違いないのだから俺は転生する前から既にイップスであった事に間違いはないだろう。

 しかし、それならばなぜあの神童に勝った試合の時一本背負いを披露できたのかぎ分からなかった。無我夢中だっからか?そんな事でイップスは克服できたりしないし実際に克服出来ていない。疑問は残るが俺は正直ショックではあったものの俺はすぐに受け入れて切り替える事は出来た。

 

 どうせ封印したいと思っていた代物だ、イップスなら丁度いい。症状が出るのは一本背負いを掛けようとした時だけだからそれ以外の動きには支障はない。変わらず柔道は出来ると思ったからだ。

 けど、自分にはどうにもならない喪失感というものがあった。大切な体の一部が、心が欠けたようなそんな感覚。都合のいい奴だと自分を嗤う。………本当に、どうしようも無い奴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、明後日には全国大会が決まる前から出場予定だった大会ご開かれる。おそらく全国大会前に出場する大会はそれが最後になるだろう。一層気を引き締める。

 

「慎司君、聞いてる?」

「ああ聞いてるよ、なのはちゃんが知らない人を川に突き落とした話だろ?」

「違うよ!?私そんな事しないもん!」

 

 昼休みはいつも通りの面子で弁当を囲う。なのはちゃんは……元気そうには見えた。とりあえずよかった、やっぱり気にしすぎたんだな。なのはちゃんがギャーギャーいつもみたいに抗議してそれを見てフェイトちゃん達も笑ってる。こういう光景はやはり胸に染み入る、明後日の大会も全国大会も勝ち抜いてもっと皆んなを笑顔にしてやろう。

 そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?なのはちゃん急ぎか?」

「うん、ごめんね。管理局で……ね?」

 

 学校が終わり、急いだ様子で帰り支度をしていたなのはちゃんにそう問うと、小声で耳打ちしてくるなのはちゃん。そっか……。俺達は頑張れと急足で帰るなのはちゃんを見送ってからそれぞれゆっくり帰っていった。アリサちゃん、すずかちゃんと途中で別れ、フェイトちゃんと2人になった所でちょっと聞いてみた。

 

「フェイトちゃんは今日は管理局で任務はないのか?」

「うん、私は任務も訓練も今日はないよ。なのはやはやてとは訓練はともかく任務が一緒になる事の方が少ないからね」

 

 そりゃそうか。当然だろうな、一応まだ新人扱いだろうしその人達同士で組ませる事はあんまりないか。

 

「あ、でも今日はヴィータと一緒の任務だって言ってたかな。なのはもヴィータも凄い頼りになるから心配しなくても大丈夫だよ慎司」

「いや、まぁ……心配してるわけじゃないけどさ……」

「そう?慎司は優しいから管理局でお仕事してる私達の事ずっと心配してたから不安なのかなって思ってた」

「いやまぁ、全く無いわけじゃないけど……」

「ふふっ……ほら、やっぱり優しい」

 

 そう言って嬉しそうに笑顔を浮かべるフェイトちゃんに何も言えなくなり、照れ隠しのように俺は頭を掻くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、フェイトちゃんとも別れ帰宅。今日と明日は調整練習だから大して疲れる事はない……明後日だしな、練習まで時間あるし軽くジョギングでもいくか。試合前だし、体力が落ちないようにする程度で軽く。すぐに準備をして外に出る。

 

 しばらくスローペースで走っていると車通りの多い場所に入る。いつものランニングコースなのだが景色の良い場所に行くために一度ここを通らないといけないのだ。

 交差点の横断歩道で青信号になるのを待つ、車通りも多ければ人通りも多い、俺以外にも何人かそこにいる。すると一緒に信号を待っていた小学生低学年か幼稚園児くらいの子供だろうか。その男の子が持っていたサッカーボールがするりと手から離れてそのまま道路に跳ねながら転がる。

 

「あっ」

 

 男の子は慌てた様子でそのボールを拾おうと横断歩道に飛び出した。………そこに一台の車が迫っている事も気づかず。

 

「っ!!!」

 

 一瞬、俺が轢かれて死んだ時の事が走馬灯のようによぎった、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りは白い雪景色。地球での現在の季節では決して見られないがここは地球とは違う次元世界。魔導師としては珍しいものでは無かった。その雪景色に2人の少女の姿がある。

 

 1人は赤いバリアジャケットを身に纏い、必死の形相で何かを叫ぶ。もう1人は白いバリアジャケットを身に纏った女の子。その子は今はその雪に倒れ伏しその体を中心として白雪を赤色の染めていく。それは滴り、止まる事を知らないように赤色を広げていく。

 

「なのは!しっかりしろなのはぁ!くそっ!くそぉ!!」

 

 赤色のバリアジャケット……鉄槌の騎士ヴィータは涙ながらに叫ぶ。必死に血を止めようと、自分の知識を総動員させ応急処置を行う。

 

「救護班!早くしてくれ!!」

 

 そう通信で叫ぶ。白色のバリアジャケット……高町なのはの瞳は閉じられたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああっ!!!」

 

 体が勝手に動いていた。バイクの接近に気づかないままボールを拾おうとしてる少年に向かって走り出し、俺も道路を飛び出す。そしてそのまま少年を思いっきり前へと突き飛ばした。

  車はすぐ目の前にいた。

 

 

 

 

 くそっ!くそっ!!またこんな形で……死んでたまるか!!

 

 

 少しでも衝突を避けるために体を動かす、足が一本動いた。それが生死を分けた。

 

 

 

「くっ!!?」

 

 衝突。しかし、死んだ時ほどの衝撃はなく左足に激痛を感じたのみだった。衝突したのは左足のみ、車が小型車だったのが幸いだった。しかし、スピードを落としても無かった車に左足だけでもぶつかればその衝撃で俺はそのまま吹き飛ばされて中を舞う、そして左足の激痛で受け身を取る事が出来ず俺は右肩から全体重を乗せて地面に叩きつけられた。

 

「があああ!!」

 

 その際にも激痛が走った。車は俺を轢いてからようやく止まり、俺の安否を確認してから急いで救急車を呼んでいた。激痛で顔を歪めながらも俺は辺りを見回す。俺に突き飛ばされた少年は何が起きたか分からずわんわんと泣く。彼が追いかけたボールはコロコロと転がり、ようやく路肩でその動きを止めたていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 現役時代、作者は柔道競技で骨折した事があるのですがあれは痛いですね。右肩が骨折したのにあまりに痛くて関係ないのに立てませんでした。

 ちなみに原因は作者が技をかけた時にそのまま畳に右肩から突っ込んでしまうという恥ずかい自爆だったり。


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悲劇は2つ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謝りに行ったんだと思う。あの時俺は、自分が起こしてしまった事に現実感が湧かずどこかふわふわとしたような感覚に陥りながらもとにかく居ても立っても居られず、その選手が入院してる病院まで制服に着替えて菓子折りを持って謝りに行った記憶がある。

 

 少し曖昧なのはその時ショックな事があったからだ。その事はハッキリと覚えている。その時の俺はまだ試合中の事故だ、わざとじゃないと、俺は悪くないと自信がないながらも内心そう言い聞かせて何とか事故のあった試合から数日なんとか普通に過ごせてたと思う。

 

 しかし、同じ柔道部の仲間が俺に気を使って俺がいないところで会話していた事をたまたま聞いてしまったんだ。

 

「聞いたか?あの太郎の相手の怪我」

「ああ………手術が必要なんだろ?今後柔道に復帰できるかどうか厳しいんだってな?」

「うん、出来たとしても復帰までかなり時間がかかるし前みたいに柔道出来るかもそいつの努力次第だからなんとも言えないらしいよ」

 

 ガシャんと俺の心中で何かが砕けた音がした。そんな……俺はなんてことを……。

 ……行かなきゃ。俺が行く事は間違ってるだろうけどそれでも行かなきゃ……。

 

 

 そんな経緯があって俺は病院まで足を運んだ。受付を済ませて場所を聞いてから誰にも見つからないように縮こまりながら歩いていた。その選手の知り合いが仲間が家族がもしかしたらお見舞いに訪れているかも知れない。俺を見たら何を言われるか分からない。

 それが怖くて、情けないながらも怯えながら病室まで移動する。扉の前で何度か深呼吸をした。………今俺は会って何を言えばいいんだ。俺を憎んでいるかもしれない人に会いに行ってどうするんだ。相手を不快にさせるだけじゃないか。けど……ここまで来たらこのまま戻る気は起きなくて。

 そう、分かっていた。俺がここに来たのはその選手に申し訳ない気持ちがあったからのもある、けど1番の理由はもっとクズな理由。

 

 

 許しが欲しくて、安心が欲しくて俺は厚顔無恥にもここに足を運んでいたんだ。ノックをする、室内からどうぞと入室を促す声が。しかし、それは女性の声だった。………本人以外に誰かいるのか。俺は再び深呼吸をしてから失礼しますと一声かけてから扉をゆっくりと開けた。

 

「あなた………は……」

「………」

 

 俺を見て驚愕の表情を浮かべるのはベッドの横で座る女性の姿。ベッドの主は点滴に繋がれ、頭に包帯を巻かれ、首を保護する医療器具を身につけたまま安らかに寝息を立てていた。

 

「………何をしに来たんですか?」

 

 その声はどこか刺々しい。その女性には見覚えがあった。俺と決勝で当たり今はベッドで眠る選手は県内どころか全国的に有名な選手だ。そしてその有名な選手の試合で必ず熱心に応援をしているその選手の少し歳の離れた姉がいる。

 

 応援があまりに熱心で激しい事とその選手が有名な事も相まって県内で試合をしている高校生柔道家なら大体の人が知ってるほどだ。誰かに聞いたか、その姉も元柔道家で既に現役を退いた身だったらしいがそこそこ有名な選手だったらしい。

 

 その姉が、今俺を鋭い目つきで見つめてきている女性なのだ。

 

「その………謝罪に…伺いました」

 

 その目つきに気圧され、言葉が途切れ途切れになりながらも何とかそう伝える。しかし、女性の目つきはさらに鋭さを増した。

 

「……弟は、手術が終わったばかりでまだ麻酔の効能が続くそうです。しばらくは目覚めないと」

「そう……ですか」

 

 それは……すこし出鼻を挫かれた気分だった。

 

「あの……、自分……その……」

 

 落ち着けと自分で念じながら何とか言葉を絞り出す。

 

「大変……申し訳ございませんでした。自分のせいで、このような事になってしまって……」

 

 家族であるその女性にも謝るべきだと思い頭を下げた。

 

「………けないで…」

「……は、はい?」

「ふざけないでっ!!」

 

 怒号が俺の体を貫く。突然のことで思考がまとまらず「えっ?え?」と声を漏らす事しか出来ない。

 

「謝りにきた?申し訳ございません?よくもそんな事が言えるわねこの恥知らず!!」

 

 女性の怒号は止まらない。

 

「事故で起きた事だけど罪悪感があるから謝りにきたってとこかしら?よくもぬけぬけとっ」

 

 俺の醜い感情の部分を見抜かれて動揺する。

 

「それに……あなたまさかあれを事故だって思ってるのかしら?自分は悪くないと思ってるのかしら?」

「ち、違っ、そ、そう言うわけでは……」

「違わないわよ、病院まで1人で来て謝りに来たことがそう思ってる証拠じゃない」

 

 …………それは。

 

「貴方の周りではどう言われてるか知らないけどね、私はあれは事故だなんて思ってないわ。貴方が原因で起こった人災よ」

 

 それは、言葉が過ぎると思った。けど、勢いに呑まれて言い返す事が出来ない。

 

「私、柔道経験者だから分かるわ。勝ちたかったのよね?弟に、優勝したかったのよね?あの場外側の最後の貴方の一本背負い、確かにルール上場外に出る前に技を仕掛ければその時の技をかけたまま場外に出ても試合は継続される」

 

 その通りだ、だから俺は意識が朦朧としたままだったけど技を放ったのだ。

 

「けど、私から見れば技はブザーが鳴ってすぐ後に掛けられてたわ。その時点で時間終了で投げてもポイントはない。けどあの時弟も貴方も必死だったからね、集中し過ぎてブザーに気づかなかったかもしれない。けど貴方ほどの柔道家なら分かってたはずよ………」

 

 冷や汗がだらりと吹き出てくる。なんだ?どうした俺は?何でこんなに焦ってるんだ?

 

「……何に、でしょうか?」

「とぼけないで、技をかけたあの一瞬に違和感を覚えたはずよ。………不自然に弟の懐に簡単に入れた事と力が抜けてた事に」

「っ!」

 

 それは、確かに思ったさ。今思えば相手はブザーの音に気付いて一度脱力して力を抜いた。つまり隙だらけになった。そしてブザーの音に気づかなかった俺はタイミングよくその瞬間に技をかけた。

 

「貴方もその時一瞬で分かったはずよ。おかしいって、妙だって……『時間切れかも』って疑問に思ったはずよ」

 

 …………思わなかったとは言えなかった。

 

「そして同時にこう思ったんじゃないかしら?投げてもポイントはないかも、でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってね!」

「なっ………それは本当に違っ………」

 

 本当に違うのか?俺は本当に全く1ミリもそう思わなかったのか?………絶対に違うと自信を持って言えなかった。それほど俺はあの時に勝利に執着していた。

 

「そして投げ抜いた結果がコレよ。ブザーの音にも気づかなかったものね、周りが見えてなくてそこが危険な場所だって気付いてなかったんでしょう。けど、貴方が欲を出さずに勝ちに拘らないでスポーツマンシップに則ってればこんな事にならかった。弟がこんな重症を負うことも無かった!!」

 

 違う、確かに欲は出したかもしれない。勝ちに拘っていたのも事実だ。けど怪我をさせるつもりなんてなかった。必死だったんだ。気絶しそうになるくらい頑張ってたんだ。ただ俺は……俺の夢を実現したくてっ

 

「お前に柔道をやる資格はない!!」

 

 ガラスが割れたような音が体の中に響き渡った事は覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ…………」

 

 目が覚める。またあの一連の出来事を思い出していた。全く、いつまでも引きずっている自分が嫌になる。もう何年経ってると思っているんだ。

 ………まあいい、とりあえず起きないと。

 

「っ!」

 

 体を動かそうとすると左足と右肩に激痛が走った。声なく悶える。そしてその痛みで全部思い出す。そうだった……俺、また交通事故に…。そうか、救急車で運ばれていた途中で痛みに耐えかねて失神したのか。そしてここは病院のベッドの上か。情けない、けど生きててよかった。咄嗟の出来事だったとはいえ無謀にもあの少年を助けようと動いた自分に少し反省する。

 突き飛ばすのではなく後ろに引き込めば俺も巻き込まれずに済んだかもしれない。もっと冷静に対処すれば上手くやれたかもしれない。しかしまぁ、起きてしまった事を悔いても仕方ない。今はとにかくこの第二の人生がまたこんな形で終わらなかった事に感謝だ。

 あれ?誰かいる………ロッテとアリア?

 

「っ!慎ちゃん!」

 

 目があったからか俺が起きた事に気づいたロッテがそう声を上げる。それに釣られアリアも俺が起きた事を確認するとホッと胸を撫で下ろすように息を吐く。

 

「私は信治郎とユリカを呼んでくる。ロッテは慎司を見てあげてて」

「うん、分かった」

 

 アリアはそう言うと急足で病室から退室する。俺はまだ少しだけボッーとする頭を何とかクリアにしようと息を吐く。

 

「……慎ちゃん、何があったか覚えてる?」

「………うん、覚えてる。車に轢かれたんだよな?俺は」

 

 ロッテが伏し目がちに頷く。右肩は辛うじて動かせるが痛い、左足は完全に駄目だ。少しでも動かそうとすると激痛が走るし多分動かせない。……こりゃ折れてるな……。

 

「………ロッテとアリア、わざわざイギリスから来てくれたんだな。ありがとう」

「何言ってるのさ、私達は慎ちゃんのお姉ちゃん何だから当然じゃない」

 

 2人は今、故郷のイギリスで隠居生活を送っているグレアムさんと一緒の筈だ。俺の事故の連絡を受けて転移で飛んで駆けつけてくれたんだろう。そんな風に考えていると程なくして俺の両親とグレアムさん、ついでの白衣を着たお医者さんが訪れる。

 

「慎司っ!」

 

 俺の意識が戻った事を確認するや否や母さんは優しく俺を抱きしめてくれた。

 

「ほんっとに……心配ばっかりかけてっ」

「ごめん母さん、ごめん………」

 

 もう1人の母親の涙に俺は謝る事しか出来ない。父さんも目を赤くしながらポンポンと俺の頭を撫でる。父さんも心配だったのだろう。こういう風に心配かけるのは本意じゃなかった。グレアムさんも安心したかのようにその光景を微笑を浮かべて見ている。

 

「……巻き込まれそうになってた男の子は?無事なのか?」

「ああ、擦り傷程度で済んだらしい」

「……そっか」

 

 よかった……。これでその子まで何か重大な怪我なんてしてたら居た堪れない。

 

「………改めて、ごめんなさい。咄嗟の事とはいえ自分の命を危険に晒すような真似をして。心配かけてごめんなさい」

 

 それから俺は頭を下げる。あの小さな男の子を助けようとした行動だった。しかしだからといって自分の命を軽々しく危険に晒していいかと問われればそれは間違っている。どんな理由であれ、俺の行動は間違っていたのだ。見捨てる事が正解だったと言っているのではない。

 しかし、一度命を失って多くの人を悲しませた俺が……その罪深さを知ってる俺がまた取り残しそうになった事がいけないのだ。だから誠心誠意謝る。

 

「いや、いいんだお前が無事なら……無事ならそれでっ」

「っ?」

 

 父の言葉に少し違和感を覚えた。言ってることはおかしくないんだけど何だろうか?俺の命が助かった事を喜んでくれている言葉なのにその声音や表情は酷く重いものだった。まるで、まだ別の不安事があるかのように。

 

 とりあえずは俺の謝罪を全員驚きながらもそれを受け入れ、命が助かった事を喜んでくれた。そうだ、俺はこんな形では死ねない。もう、死ねないんだ。天寿を全うして死ぬ事が俺の罪滅ぼしなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 その後、覚醒した俺はお医者さんに連れられ精密検査を受けた。俺が失神してる間に検査はしたらしいが念のためだと。結果的には脳に異常なし、その他内臓機関に特に問題は無かった。

 しかし、内臓になくても包帯の巻かれている左足と右肩は大怪我を負っていた。特に左足はギブスで強く固定されている。やはり、骨折だった。医者によれば複雑骨折とまではいかなくても綺麗にポッキリと折れてしまっているという。しかし、その方が後遺症が残りにくくむしろ運がいいとまで言われた。

 

 右肩は骨にヒビが入ってしまっており、しばらくは絶対安静だという。右肩は全治1ヶ月半、左足は全治3ヶ月と宣告された。…………つまり、全国大会には間に合わないという事だった。

 

「はぁ………」

 

 病院のベッドの上でついため息を吐く。精密検査から戻ってきた時には既に病室には誰もいなかった。時計を見ると昼時だ、ご飯でも食べに行ったのだろうか?………事故にあったのが夕方だから、俺は日付を跨いで失神して眠ったままだったのか。証拠に両親が病室に置いておいてくれた携帯を見れば翌日の日付になっている。

 

「………仕方ないよな、クヨクヨしてもしゃあねぇ」

 

 と、落ち込んだ気持ちを吐き出すように強く深呼吸をする。全国大会……無茶すれば出場自体は出来るだろうけど勝つどころか怪我を悪化させるだけで終わるだろう。スポーツ選手が1日休んでから元の状態に戻すのに3日かかると言われている、大会までまともに練習できずに出場すれば結果は目に見えている。

 自業自得だし、諦めるのが賢明だ。それに、俺はまだ5年生。1年後までに再出発して実績を上げて再び大会のメンバーに選出されればまだチャンスはあるのだ。

 

 その為にも今は早く怪我を治して、柔道に復帰できるよう努めるのが俺のすべき事だ。そう、何度も考えて俺は自分を律しる。そうだ、効率だ。俺が柔道を復帰してすぐ実力を取り戻す為に必要な事を効率的にするのだ。それが大会を諦める事だ、今後の事を考えたら今は我慢して復活をしてさらに腕を上げるよう努力する事がどうしたって正解なんだ。

 そう考えれば俺は今回のこの全国大会を諦めるという選択肢を本心で受け入れる事が出来た。

 

 退院したら、相島先生に謝らないとな………。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 その日は結局病室で1人一夜を過ごした。今日は何も連絡なかったけど明日には多分友人達が俺の現状を聞いて連絡ひとつくれるかもしれない。いや、優しいアイツらの事だからきっとくれるし何なら病室まで突撃してくるだろうな。

ちゃんと切り替えて前を見ている事を伝えてあげないと。心配かけたくないしな…………。

 

 

 

 

 翌日、正午を過ぎた頃だった。再び両親が病室に訪れてきてくれる。しかし、その両親の表情に違和感を覚えた。表情は優れない、昨日の父にもそんな雰囲気を感じ取ったが今日は更に増して感じた。

 

「………どうしたの?何かあったの?」

「……………」

 

 父は何か言葉を口にしようとするが躊躇って結局閉ざしたままだった。俺は母親に向き直る。母親も躊躇いがちではあったがゆっくりと……俺にある事実を告げた。

 

「……………は?」

 

 それを聞いた俺はそう間抜けに声を発する事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移で家族と共にその病院の入り口まで辿り着く。俺は歩けないし松葉杖も使えないので車椅子を父に押してもらって病院内を移動する。バクバクと心臓が忙しなく脈打つのが意識をしなくても感じ取られるほど焦燥感に俺は苛まられている。

 

『なのはちゃんが……管理局の任務中に重症を負ったの…』

 

 母のその言葉に俺はグラリと視界がボヤけた程にショックを受けた。聞けば俺が事故にあった日と同じ日になのはちゃんも重症を負ったらしい。しかし、重症と言っても俺が負った重症とは比べ物にならない程の怪我だった。

 いや、怪我なんて表現は生優しい。俺が失神してる間は意識不明の重体……一歩間違えれば死んでいたという。

 俺が想像してた最悪の事が起きてしまったのだ。

 

 コンコンと父がノックしてから返答を合図に扉を開ける。車椅子を押されてその病室に踏み入るとまず目に入ったのは病室のベッドで眠っているなのはちゃんの姿。身体中のあちこちに血が染まった包帯が巻かれているて、幾つか点滴のようなものまで繋がれられている。………よっぽどの重症だった事は素人の俺でも分かった。

 

「慎司……っ」

 

 ベッドの横にはフェイトちゃんの姿が、その目の下には薄く隈が出来ている。心配で眠れなかったのだろう。

 

「………よう」

 

 俺は小さくそう答えてから車椅子をなのはちゃんの近くまで押してもらう。弱々しいが呼吸は正常にしているようだ。しかしあちこち巻かれた包帯が痛々しい。眠っている顔は穏やかなようで死んでいるみたいに一切変わらない。フェイトちゃんと言葉を交わすことなく俺はただなのはちゃんを静かに見つめる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 その後、既に何度も来ている高町家のご家族と俺の両親だけを残して俺とフェイトちゃん2人は病室を一度退出して俺は車椅子でそのままに近くのベンチにフェイトちゃんを腰掛けさせて息を吐く。

 病室内で人数が多すぎるのも良くないだろうし大人達で真面目な話もあるだろう。邪魔にならないよう2人して一旦出て行ったのだ。

 

「…………慎司は、具合はどうなの?」

 

 重苦しい空気の中、先に静寂を破ったのはフェイトちゃんだった。俺は正直に足の骨折の事と右肩の骨のヒビが入ってる事を告げて明日出場予定だった大会はおろか2ヶ月先の全国大会も出ることは叶わない事を告げる。

 

「そう……なんだ。残念だな……慎司が活躍する姿、なのはも見たかったと思うし……」

 

 そう涙声で語るフェイトちゃん。俺の心配をしてくれたのはありがたいが正直フェイトちゃんはそれどころじゃない。なのはちゃんの怪我は本当にシャレにならないレベルの重症なのだ。

 部屋を出る前になのはちゃんの怪我の詳しい事を高町家から聞かされた。詳しい怪我の内容は省くが、とりあえず命は助かったもののこの先魔導師として跳ぶ事はおろか普通に歩く事すら難しくなるくらいの後遺症が残る可能性があると。辛いリハビリが必要で、どれだけ頑張っても元のように生活が出来るかどうかは分からないと医者に言われるくらいだったという。

 

「……ぐすっ」

「フェイトちゃん……」

 

 俺もショックで今すぐ泣きたい。しかし、そうした所で状況は変わらない。今はなのはちゃんが起きるのを待って、これから辛い思いを沢山するであろうなのはちゃんを支えなくてはならない。そして、なのはちゃんの事で悲しんでる目の前の親友も支えてあげなくては。俺の怪我など、試合に出られない事も今はどうでもいい。………それどころじゃ……ないんだ。

 車椅子から身を乗り出して俺は問題なく動かせる左手で泣いてるフェイトちゃんの頭に乗せて優しく撫でる。

 

「ごめん……慎司も大変な目にあって辛いのに……私…」

「いいんだよ……気持ちは分かる。けど、今沢山泣いて悲しんだ後はさ……俺とフェイトちゃん……皆んなでなのはちゃんを励ましてやろうぜ。怪我なんて目じゃないってくらい元気付けてやろうぜ」

 

 そう告げるとフェイトちゃんは静かに涙を流した後優しく俺の左手を手に取って俺の膝の上まで戻す。ありがとうと俺に小さく告げてから。

 

「うん……なのはと……慎司も励ますから」

「はは、俺はいいってのに」

 

 俺に励ましはいらないよ。

 

 

 

 

 

 

……………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここよ」

 

 あの後フェイトちゃんとも一旦別れて、病室から戻ってきた母さんに車椅子を押されて病院内を練り歩く。この管理局の病院に母さんが技術者として管理局で働いてる時からの知り合いお医者さんがいるらしい。

 その先生に特別に俺の怪我の治療をしてもらうという。本来なら魔法の関わりがない地球出身の俺に治療は規則で受けられないらしいのだがそこは母さんのコネを使ったようだ。まぁ、これくらいは目をつぶってもらおう。

 

「地球じゃ時間のかかる怪我でも魔法の治療を受ければすぐとは言わなくても治癒力が高まって普通より早く治るわよ。………大会にも十分間に合うくらいにわね」

 

 そう母さんに告げられた時に本当は病室で絶対安静の俺を連れ出したのはそういう理由があったのかと納得する。以前にも魔法の治療……プレシアに単身突撃した後に受けた事があるが擦り傷や軽い火傷なら跡が残らないくらい綺麗に治った事があった事を思い出した。

 その時治療を受けた後もクロノなんかは包帯を巻いてたりしてたから万能ではないにしても地球での治療だけで終わるよりは遥かにマシなのは分かる。………その魔法の治療を受けてもなのはちゃんがあんな状態である事にゾッとしてしまう。

 

「やぁ、ユリカ。待ってたわ、その子ね?」

「ええ、忙しい所申し訳ないけどお願い」

「お安い御用よ」

 

 目的の部屋に入ると待ち構えていたの母さんと近い歳の女性の医師だった。そう軽いやり取りで2人は会話を済ませて、医師は車椅子の俺に近づいてそのまま何か魔力を込めて薄く光る自身の手を俺の怪我の部位に触れていく。

 

「うん………?」

 

 そう声を漏らす女性、何だか表情が固くなったような。最後に俺の額に熱を測るように手を添えつつ何かを思案するように目を閉じながら。しばらくそうしてると目をぱちっと開いてから額から手を離して軽く一息。

 そしてさらに難しい顔をした。なんだ?何か問題でもあるのだろうか?

 

「…………ユリカ、それに息子さんの慎司君……だっけ?ごめんなさい、貴方…魔法の治療を受けられない状態だわ」

「……?どういう……ことですか?」

 

 それはおかしい、俺は一度過去に魔法での治療を受けている。聞いた話によればリンカーコアの有無も関係なく魔法の治療自体は受けれる事も聞いていた。そんな事あるのかと問うように母に視線を向けるが母さんも驚きの表情を浮かべている。

 

「……理由は分かるの?」

「推測だけど……」

 

 母親の静かな問いに医者は頭を整理するように自身の額に指をトントンと叩きながら話す。

 

「慎司君、2年前に一度体から摘出していたリンカーコアを体内に再移植したのよね?そして例の闇の書事件の時の解決策に利用する為にそれを犠牲にした事は事前にユリカ……貴方のお母さんに聞いているわ。間違いない?」

「はい…」

 

 頷く、しかしそれがどうしたというのだろうか?

 

「そして貴方はその事件までずっとリンカーコアとは無縁の生活を送っていて再移植した際に魔力の扱いを初めて行った……それも間違いないかしら?」

 

 これも頷く。何だなんださっきから、勿体ぶらないで確信についてさっさと述べてくれ。

 

「……正直に答えてね?貴方、体内にリンカーコアを移植した時に失敗しないように初めて魔力を扱うのにいきなり無茶や頑張りすぎたりしなかった?」

 

 その言葉に少しドキりとする。あれは……自分で言うのも何だがかなり無茶をしたと思う。そもそも俺のリンカーコアは特別で体内に取り込むだけでも毒になる代物。だからそれを扱う練習のためにリンカーコアを移植して時間がないため血反吐を吐きながら魔力コントロールの特訓。終われば摘出、特訓のために再移植……これを幾度となく繰り返した。

 

 俺はその内容を正直に話す。それを聞いた医者は少し驚いたような表情を浮かべて首を振る。

 

「………何て無茶を……流石2人の息子だわ」

 

 そうため息をつきながら。

 

「………恐らく理由はその無茶と無謀とも取れる体に負担をかけすぎた魔力慣れする為のトレーニングのせいね。今は貴方の体は魔力そのものに拒否反応を起こしてるわ」

「拒否反応?」

 

 曰く、9歳になるまで体内魔力を一度も取り込んでなかった体にいきなり大量の魔力コントロールを行う特訓にあろうことか魔力を扱うリンカーコアの摘出と移植の短時間での繰り返し。魔力を知らなかった体がいきなりそんな負荷をかけられてびっくりしないわけなく体が魔力そのものを害あるものと定めて拒否反応を起こしていると言う。

 魔力を体内に込めたら体が壊死するとかそんな症状が出るわけではないが治療の為の魔法も体が受け付けてくれず本来の効能を発揮しないと言う。

 

「それじゃあ……慎司は生涯魔法による治療は受けられないの?」

 

 母さんの心配する声に医師は首を振る。

 

「それは大丈夫よ。慎司君が微量な……本当に微量なリンカーコアの欠片を体内残したままだったおかげでね」

 

 なんだ、そんな事まで母さんから聞いてるのか。確かに、元々体内にあって両親から授けてもらったリンカーコアだから。体に害がない、機能が殆ど失った一欠片を体内に取り込んではいるけど。

 

「カケラといってもリンカーコアはそもそも魔力の結晶みたいなもの、それを体内にあるおかげで少しずつだけど体が魔力そのものに徐々に慣れていってるわ。といっても私の見立てだと完全に体が魔力を受け入れられるようになるまで数年はかかるわね」

「そう……ですか」

 

 まぁ、一生魔力に拒否反応を起こす体と言われるよりは全然マシだろう。折角だからこの事故による怪我の治療は受けておきたかったのは本音だが。目が覚めたなのはちゃんに俺のために余計な心労を増やしたくなかったし、大会出て結果を出せば勇気づけられるかもって思っていたから。

 仕方ない、あの時無茶した事に後悔はない。そのおかげでリィンフォースは今ここにいるのだから。だから、後悔はない。仕方ないんだ。

 

 医師に礼を言って退出して再びなのはちゃんの病室に戻る。道中、母さんに「期待させたのにごめんね」と謝られたが俺は仕方ないよと答えるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 その後フェイトちゃんともう一度合流して、事の経緯を話す。フェイトちゃんは残念がっていたがこればかりは仕方ない。一応治療を受けれない理由は八神家の皆んなに伏せて欲しいことを伝えて了承を得る。

 気にする必要はないのに彼女らは優しいからきっと理由を知ったら罪悪感を覚えるだろうから。

 そして、再びフェイトちゃんと共に病室に入室して眠るなのはちゃんの顔をずっと眺めてから俺は自分の病院に戻った。

 

 

 

 

……………なのはちゃんが目覚めたのは、それから3日後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 冒頭の相手のお姉さんの言い分ですが、柔道経験者目線だと時間切れの際にすぐに脱力した相手選手も良くなかったという意見があります。時間切れと同時に油断してポイントはなくても相手を投げてしまう事例は多々ある事なので本来そこでも気を抜いてはいけないと言う教えを基本的に受けると思います。

 勿論、太郎君が全く悪くないと言うわけではありませんが競技中に起こった故意ではない事故ですから本来どちらも良い悪いはないと思うんです。

 しかし、経験者のはずのお姉さんも大切な弟の重症で取り乱して冷静な判断が少し欠けてしまってる事と怪我をさせてしまった太郎君が客観的にそういう風に捉えられず間に受けてしまうことは双方理由があると作者は解釈してます。

 疑問に思われる方もいると思ったので後書きにて少し作者の考えを書かせていただきました。要らぬ世話だとは思いますが、お目汚し失礼しました。

 他に疑問点や質問が有れば是非感想欄にて、答えれる範囲でお答えします。閲覧ありがとうございました。、


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残酷な現実

 なのはちゃんが目覚めた翌日。俺はそう親から伝え聞いただけでまだなのはちゃんに会いに行ってはいない。理由は2つ、目覚めた事で色々体の事をまた詳しく検査する為、病院に行ってもしばらくは会えないから。

 もう一つは俺も一応絶対安静の身であるからだ。両親に頼めばバレないように転移で病院を抜け出せる。前回管理局の病院に行った方法もそれだ。そして、俺が眠ってるはずの病院には俺がゆっくりと眠ってるように見える簡易的な幻術魔法を母さんが組んでくれたのだ。

 

 まぁ、そんな要因で未だなのはちゃんとは話せてないのだ。ソワソワする気持ちはあるがまぁ仕方ない。明日には面会できるそうなので両親に頼んで転移で向かう予定だ。そんな事を考えながらボーッとしていると扉からノックが。おや、先程来てくれた両親はもう帰ったが。とりあえずどうぞと入室を促す。

 

「お、何だみんな。全員で来てくれたのか」

 

 入ってきたのは八神家の面々だった。病院内で獣形態は流石にまずいだろうからザフィーラも珍しく人形態である。

 

「……ごめんなぁ、お見舞い遅くなって」

 

 そう口を開いたはやてちゃんの言葉はやはり元気がなかった。なのはちゃんが目覚める前に多分皆んなも一度なのはちゃんの顔を見に行ったのだろう。そして、どう言う状況かは聞いてる筈だ。

 元気よく俺に声掛ける余裕がないほどショックな事だ。

 

「そんな事気にする必要ないよ、来てくれただけで凄い嬉しいからさ」

 

 だから、とりあえずは普通にそう応対する事にした。わざわざ話題にする事もあるまい。

 

「フェイトちゃんから聞いたで………大会には間に合わへんって……」

「はははっ、そんな顔すんなって。確かに出れないのは残念だけどまだ来年にチャンスはあるし、もうそれは受け入れて切り替えてこれからどう早く復帰するか考えてるくらいだよ」

 

 なのはちゃんの事で、大会の事を考えるのなんか二の次だからってのもあると思うけどな。

 

「それに、怪我をしたのは自業自得だしな。仕方ないさ」

「仕方ないなんて……そんな事ない。慎司君は事故から1人の命を救ったんよ?自業自得なんてウチは思わん」

「はは、まぁそれで俺が怪我しちゃ世話ないけどな……。でも、ありがとよ。そう言ってくれて」

 

 はやてちゃんはなんて事ないと首振る。目元に泣いたような跡が見えた。……多分、なのはちゃんだけじゃなくて俺についても相当心配させたのだろう。皆んなからしてみればなのはちゃんの任務中の重症と俺が事故に巻き込まれたっていうショックな出来事が立て続けに起きたんだ。心労を重ねさせてしまったのは言うまでもない。

 

「果物買ってきたんよ、いっぱい食べる慎司君には病院のご飯だけじゃ物足りないやろうって思うて」

「マジか、それは助かるよ。ありがとう」

「これくらいええよ、今切り分けるからちょっと待っててな」

 

 そう言ってわざわざ持ってきてくれたのか簡易まな板と果物ナイフを取り出してリンゴを切り分け始めるはやてちゃん。マジお母さんやん、バブバブしてしまう。

 おっと思考がバグった冷静になれ俺。

 

「フェイトちゃんから聞いたわ、慎司君魔法の治療も受けられないって………」

 

 シャマルの言葉に少しドキりとするも平静を装う。フェイトちゃんには理由は口止めをお願いしておいたが魔法の治療が受けられないのまでは隠せないからな、仕方ない。

 

「ああ、俺も専門じゃねぇからよくわかんねぇけど体質?の問題らしいぜ。でも、一時的らしいからたまたまそれが今回の怪我と重なっちまったってだけさ」

 

 とりあえず尤もらしい事を適当に並べて誤魔化す。それを聞いて皆んな残念がる、やっぱり俺が大会に出られなくなった事を気にしてるみたいだ。本人の俺より残念がってる気がする。

 

「はい慎司君、リンゴ剥けたから食べてな」

「おおサンキュー、美味そうだな」

「近所の八百屋さんが持たせてくれたんよ、治ったら一緒にお礼しにいこか?」

「ああ、是非頼むよ」

 

 リンゴ咀嚼しつつ俺は皆んなとなのはちゃんの話題を避けて談笑する。なるべく楽しい話題を話していた。そんな中、ずっと皆んなの後ろであんまり会話に参加してこないヴィータちゃんが気になっていた。

 

「どしたヴィータちゃん、元気ないじゃんか。一緒に話そうぜ」

「………お、おう」

 

 そうぶきっちょに返事はしてくれるがやはりヴィータちゃんの会話は弾まない。そういえば……なのはちゃんが重症を負った時の任務にはヴィータちゃんも一緒だったんだっけか。

 車に轢かれる前にフェイトちゃんからそう聞いたのを思い出した。そうか……当事者なんだよな…。ヴィータちゃんも別の意味で今、心に傷を負っているのか。

 

「そういや、親がおやつにってアイス置いておいてくれたんだよ。ヴィータちゃん食うか?」

「……いらない」

「えぇ、遠慮しないで食えよ。アイス食わないと夜しか眠れないって言ってたじゃんか」

「そんな事一言も言ってねぇし正常じゃねぇか」

 

 たくっ……と軽く息を吐いてからヴィータちゃんはベッドから離れて扉の方へ歩き出す。

 

「うん?どしたんヴィータ?」

「ちょっと……トイレ」

 

 そう言ってトイレとは逆方向に歩いて出て行ったヴィータちゃん。ちょっとお節介が過ぎたか……。今はそっとしておこう。皆んなも何も言わなかったが同じように考えていたと思う。

 

 

 

 

 

「じゃあ、ウチらはもう行くな。慎司君もちゃんと安静にしてないといかんよ?」

「ああ、分かってるよ。来てくれてありがとな皆んな」

 

 あれから少しばかり談笑してヴィータちゃんも顔は優れないままだったものの戻ってきた。それからまた少し談笑してからはやてちゃんは名残惜しそうにそう言って立ち上がる。皆んなからお別れの言葉を貰って見送る。はやてちゃんが出て行く直前

 

「………余計なお節介やと思うけど、慎司君も今は自分の事を優先してな……」

 

 それはどういった意味で言ってきたのかはわざわざ聞くまでもない。俺は、何も言わず軽く会釈をするだけだった。

 

「リィンフォース?」

 

 皆んなが続々と出て行くなかリィンフォースだけここから動こうとしない。……何か話でもあるのだろうか。

 

「ごめんな慎司君、ウチらは先に帰ってるけどリィンフォースの相手してあげてくれへん?リィンフォースも慎司君にあんまり迷惑かけんようにね?」

「……はい、我が主」 

 

 はやてちゃん達はその言葉を最後に病室を後にした。残されたのは患者の俺とリィンフォースだけだった。

 

「どうしたんだ?まだなんか話し足りないのか?」

 

 一応さっきまで普通に談笑に加わっていたようには見えたんだが。感情をあんまり顔に出すタイプじゃないからな。何か思うところがある事を見抜けなかったのかも。

 まぁ、思う事があるのはきっと皆んな同じか。

 

「…………慎司は、きっと私に気を遣って隠したのだと思う。すまない、その気遣いを無碍にしてしまう」

 

 的を得ないその言い方だけでリィンフォースが言わんとしている事が分かった。

 

「慎司が魔法の治療を受けれないのは……私や主人の為に体を酷使したからなのだろう?」

「………誰かから聞いたのか?」

「少し考えればわかる事だ。それに私は一度……慎司を私に取り込んだ。その時に慎司がどれだけ私達の為に頑張ってくれていたか、記憶を読み取ってしまったから……それを知っていたからすぐにその原因に結びついた」

 

 俺に幸せな夢を見せる為に俺の記憶からあの前世の夢の世界を作ったのだ。俺の記憶という名の過去の出来事を知っているのは道理か。

 

「………すまない、私は慎司から大切な夢を奪ってしまった。慎司の前世からの夢である大切な想いを……そのチャンスを逃させてしまった」

「そんな風に謝って欲しくて俺はお前を救う為に頑張ったんじゃねぇんだぞ」

「分かっている、私が今している行いは慎司の行動を否定している事だ。それは私にも理解できる、頭を下げるのは私達を助ける為に覚悟を決めてくれた慎司に失礼だと、だから謝るべきではないと………しかし、言わずにはいられなかった。私は……貴方の過去を知っているから……どうしても言わずにはいられなかった」

 

 そう悲痛に言葉を並べるリィンフォースは泣きそうな顔を浮かべていた。彼女はこの世界において唯一俺の前世の事を知っている。山宮太郎の人生を知っている、山宮太郎の散り際を知っている、山宮太郎の叶わなかった夢を知っている、山宮太郎の消えない後悔を知っている。

 だから彼女は俺の事になると色々と過剰に反応する所がある。言葉にしなくても分かっていた。全国大会の出場を報告した時も彼女はうきうきしていた。いつもそんな感じでふざけた事をしている時はあるけどあの日はリィンフォースも本当に嬉しそうだった。

 

 俺が叶えられなかった夢を知っていたから、柔道を辞めて叶うことのなかった全国で勝つという夢。インターハイではなく小学生の大会だけど、それでも全国大会に代わりはない。だからリィンフォースは今とても苦しんでいるんだ、自分のせいで魔法の治療を受けれず大会を諦める選択肢を取らせてしまったと。

 

「リィンフォース、お前は優しいから何言っても自分を責めると思う。だから嘘は言わないでおくよ、正直に言えば今回大会に出られなくなったのは凄く悔しいし残念だと思ってる」

「…………」

「けど後悔はない、俺は皆んなを助ける為に無理をして今、魔法の治療を受けれない状態になってしまった事、子供を庇ってそもそも怪我しちまった事も後悔はない。…………結果的に救えたからだ」

 

 単純な話だ、行動を起こさず一生後悔するよりは全然マシなのだ。確かに残念だ、もっと上手く出来なかったのかと思う所はある。しかしそれだけだ、後悔なんかしてない。

 

「それに俺は諦めちゃいねぇよ。まだ来年もある、さっさと復帰して体を戻してもっともっと実力をつける。中学や高校だって柔道は出来る、夢を掴むチャンスはまだあるんだ」

「…………慎司は強いな」

「そんな事ないよ、能天気なだけさ」

 

 そう左肩だけをすくめて言って見せた。

 

「それに今は俺の事なんか気にしてる場合じゃないだろ?……なのはちゃんの事もある」

 

 あえて、ずっと避けていた話題を今引っ張り出す。なのはの名前を聞いた瞬間リィンフォースは悲しそうに目を伏せた。

 

「……マジな話、今は俺よりなのはちゃんだよ。俺が完治した頃もなのはちゃんはまだ病院のベッドの上……それくらいヤバい怪我なのは素人でも分かる。だからリィンフォースもなのはちゃんを俺達と一緒に支えてやってくれよ、俺もさっさと治してなのはちゃんを元気付ける為に今度は頑張りたいからさ」

 

 俺の言葉にリィンフォースは思う事があるような表情をしつつも頷いてくれる。気を紛らわすように少しばかり談笑してからリィンフォースは帰っていった…………。

 

「くそがっ」

 

 1人、満足に動かせる左腕でベッドに拳を振り下ろす。俺は強くなんかないよリィンフォース、いつまで経っても過去の事を引き摺ってる臆病者。口ではああ言っても1人になれば悔しさが込み上げてきて悪態をつく。

 そんな自分が心底情けなく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………。

 

 

 

 

 翌日、病院の味気ない朝食を済ませて痛み止めを飲み終わりゆっくり横にならながら今日の事を考える。午後、昼食を済ませてから母さんに連れられてなのはちゃんのお見舞いに行く予定だ。ようやく許可が降りたので会いに行ける。なのはちゃんにはびっくりさせて傷に触らないように既になのはちゃんのお母さんである桃子さんに俺の事故の事をそれとなく伝えてもらってるはずだ。

 治ってから会いに行く事も考えはしたがやはり居ても立っても居られない。なのはちゃんが今回自分の身に起きた事をどう受け止めてるのか分からない以上、今なのはちゃんに掛ける言葉を考えたところで意味はないがどうしても考え込んでしまう。

 

 そわそわしているせいか妙に時間が経つのが遅く感じる。テレビでも気を紛らわすか……とリモコンに手を伸ばそうとした時、扉がノックされる。誰だろうか?昼まで看護師さんは来ないし母さんもなのはちゃんの元へ向かうまでは来れないと言っていたが。とりあえず入室を促す。

 

「失礼しまーす」

「お邪魔するわよ」

 

 入ってきたのはすずかちゃんとアリサちゃん。あれ?学校は……って今日は祝日か。学校休みなんだな、わざわざ来てくれたのか。やっぱり、クラスの皆んなにはもう俺が事故に巻き込まれた事は知られてるよな。学校には両親が報告してるだろうし。

 

「よっ、わざわざ来てくれたんだな」

 

 俺の言葉に2人は揃って当然だと答える。

 

「学校で慎司君が車に轢かれたって先生に聞いた時はびっくりしたよ」

「でも、思ったより元気そうでよかったわ。……試合に出れなくなっちゃったのは残念だけど……」

 

 とりあえず2人を座らせて事の経緯を話す。事故の事と怪我の具合と試合には間に合わない事。2人からは俺がいない間の学校の事を聞く。といっても俺がいない学校はいつもより静かだとアリサちゃんからお決まりの言葉を貰ったのだが。

 

「あ、これ預かってたんだ。クラスの皆んなから」

 

 すずかちゃんに手渡されたのはクラスの皆んなからの寄せ書き。男子連中の熱苦しいメッセージと女子達のデコレーションされた文字に彩られたそれは見ていてつい笑みをこぼす。

 全く、ありがちな贈り物だけどなんでぇ、嬉しいもんだ。

 

「ありがとう2人とも、クラスの皆んなにもお礼言っといてくれ」

 

 俺の言葉に2人は満足そうにする。アリサちゃんからは俺が休んでる間の授業のノートを俺用に別に取っといてくれた物を貰う。なんだかんだ面倒見の良いアリサちゃんに感謝しつつ空いてる時間にノートくらい写しておくかと心中に思う。せっかくアリサちゃんが用意してくれたのだ、ちゃんと使わせてもらう。

 

「慎司、ちょっと聞きたい事があるんだけど……」

「ん?」

 

 談笑しつつ2人に見舞品で貰ったゼリーを頂いてると少し聞き辛そうにアリサちゃんがそう口にする。そんなアリサちゃんを見かねてかすずかちゃんが続きの言葉を紡ぐ。

 

「……慎司君は、なのはちゃんの事は詳しく知ってる?」

 

 何のことと惚けるのは憚れる。俺と同じくなのはちゃんも学校を休んでいるのだ。既に学校にも魔法の事は隠して伝わっているだろう。

 

「学校で先生は、事故で大怪我を負って海外の病院で入院してるって言ってたわ」

「………魔導師としての任務中の事って言うのは2人は知ってるのか?」

 

 逆に俺が問う。2人は既にフェイトちゃんから任務中の出来事だと言う事は聞いているみたいだった。魔法の事を俺とフェイトちゃん以外でクラスメイトで魔法の存在を知っているのはこの2人だけだ。だからフェイトちゃんもその事は伝えたのだろう。

 

「けど、どれくらい酷い怪我なのかとか……そう言うのはフェイトちゃんも詳しくは分からないって……」

 

 嘘だ、フェイトちゃんは知っている。しかし言えなかったんだろう。あまりにもショックが強い。それくらいの重症だ。だからフェイトちゃんはそう誤魔化したのだろうとすぐに分かる。

 

「………俺も詳しくは分からないけど、俺より酷い怪我って事は間違いないよ」

 

 俺の言葉に2人はショックを隠しきれない。

 

 2人は俺と同じ地球出身の一般人だ。また、俺みたいに両親が魔法の関係者だとかそう言う繋がりはないから俺のようにスムーズに管理局の病院には連れて行って貰えないだろうが遠くないうちにおそらくリンディさんあたりが許可を出してお見舞いに連れて行ってくれるだろう。けど怪我の具合の事はその情報だけで留めておいた。

 今隠してもすぐに分かってしまう事だから隠したって仕方ない。けど俺の口からじゃとてもこの2人には伝えられない。もしかしたら以前のように魔導師として跳べるどころか歩く事すら困難になる可能性もあると言われてるなんて。

 

「だから、お見舞いにいけるようになったら励ましてあげてくれ。きっと喜んでくれる」

 

 そう告げることしか俺には出来なかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 すずかちゃん、アリサちゃんと別れた後時間までゆっくりしてから俺は母さんに転移で連れられ管理局の病院に訪れる。ちゃんと母さんが幻影魔法で俺が病室で寝ているように見せるのも忘れない。

 相変わらず車椅子での移動でなのはちゃんの病室まで母さんに押してもらう。目的の病室の階のベンチで見知った顔を見つけた。

 

「っ!慎司……」

「よう、クロノ」

 

 クロノにユーノ。エイミィさんにリンディさんだ。そうか、4人もなのはちゃんの見舞いに来てたのか。様子を見るのに見舞いを終えて病院から去るつもりだったのだろう。

 

「これからお前の所に向かうつもりだったのだが……入れ違いにならなくてよかった」

「ははっ、心配させちまったみたいだな。ありがとよ」

 

 笑顔を浮かべて見せる。後は他の皆んなと同じようなやり取りをする。怪我の具合と柔道の事。もう、気持ちを切り替えてる事も。クロノ達もやはり心配の言葉と安堵の言葉を投げかけてくれるが俺は礼を言いつつもそんな事よりとなのはちゃんの事を聞く。

 

「なのはちゃん……様子はどうだった?」

「やっぱり……ショックだったみたいで……」

「…………そうか」

 

 ユーノの短い言葉で大体察する。そうだよな……元気なわけない。傷も痛むだろうし既に自分がこれからどうなるか分からない事も告げられてるはずだ……心の強いなのはちゃんでも彼女はまだ小学生なんだ…普通でいられるのは無理だ。

 

「今の慎司だって本当は励まされる側だけど……なのはの事……頼むよ」

「ああ、任せろ」

 

 そう短く答えて皆んなと別れ病室に。ユーノのあの縋るような顔……きっと自分の無力さを感じたのだろう。医者じゃない限り誰だって病人の前じゃ皆無力だ。それは俺もユーノも変わらない、けどあんな顔をするって事はやっぱり………。なのはちゃんの容体について考える事はよそう……俺までどうにかなりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 病室の前まで行くと母さんは「ゆっくり話しなさい」と言い残してどこかへ歩いて行った。ここまでくれば片腕でも車椅子の移動は問題ない。ノックをする。返事はなのはちゃんの声では無くフェイトちゃんの声、成程…アリサちゃん達と一緒じゃないのかと思ったら朝からなのはちゃんの所にいたのかもしれない。

 一度深呼吸してから扉を開けて車椅子を押して部屋に入る。状況は……数日前に来た時と変わってない。ベッドの周りには色々な医療器具がなのはちゃんの体に繋がれている。なのはちゃんはベッドに横になったまま、寝ているのだろうか?

 

「……しん……じ君?」

 

 酷く弱々しい声だった。なのはちゃんの声だ。だけど本当になのはちゃんの声なのかと疑ってしまうほどそれは掠れていて弱々しく痛々しい。

 

「お、おう………なのはちゃんの大好きな慎司だ」

「…………」

 

 冗談に反応する余裕もないみたいだ。フェイトちゃんが俺の側まで寄りなのはちゃんの顔が見えるようにベッドの真横に車椅子をつけてくれる。やっぱり体に巻かれた大量の包帯はそのままで顔に全く巻かれてなくちゃんと表情をみれるのが違和感を感じるくらいだ。

 

「……えへへ、慎司君…来てくれて……ありがとう」

 

 いつもよりゆっくりとした口調でそう笑みを浮かべてなのはちゃんは言う。そんな姿に俺はきっと上手く笑って返せなかった。

 

「……具合は、どうなんだ?体は痛んだりしてないか?」

「うん……大丈夫だよ、痛み止めのお薬飲んでるから………平気」

 

 逆に言えば痛み止めを飲まなきゃ体が痛むほど酷い状態なんだ。言いたい事、聞きたい事が沢山あった。けどいつものように自然と言葉は出ない。俺が話しかけるだけで容体が悪化してしまうんじゃないかって、そんな風に思ってしまう。

 こんなに弱々しいなのはちゃんは初めてで俺もどうすればいいのか分からない。

 

「………」

「なのはちゃん?」

 

 ふと、ゆっくりと……ゆっくりと、なのはちゃんが滑らせるように右腕を動かす。それは自分が寝てるベッドを離れ、車椅子に乗せられギブスが巻かれた俺の左足を優しく撫でるように動かす。数秒ほど俺の左足の上に手を乗せたままなのはちゃんは口を開いた。

 

「…………よかった」

「え?」

「事故に巻き込まれたって……聞いたから、心配してたんだ……。慎司君が試合に出られなくなっちゃったのは……すごく残念だけど……けど、生きててくれてよかった……よ」

「っ!……こんな時までっ」

 

 そんなになってまで俺の心配してんじゃねぇよ!!

 

「俺の事は……いいんだよなのはちゃん。なのはちゃんこそ………いきていてくれて……よかった……っ!」

 

 涙が、流れる。よかった何て事はなかった。生きててくれても、これからなのはちゃんが待ち受けるのは辛い現実。体は元に戻るのか、日常生活を問題なく歩めるようになるのか、そんな懸念がある重症。後遺症の心配もない怪我を負った俺なんか心配してる場合じゃないんだ。

 ずっと心配で、これからなのはちゃんに元のような笑顔をさせなきゃってそんな風に考えてて。最悪の考えが夜に何度も浮かんで、それでも俺が泣いても仕方ないと堪えてきた涙が溢れてきた。

 

「くそっ……なんで……なんで、なのはちゃんなんだよっ。ちくしょうっ、くそっ……あんまりだろ……」

 

 ただ頑張ってただけなのに。必死に頑張ってただけだったのに!それが間違ってたって言うのかよ。そんなの……ねぇよ。おかしいだろ……

 

「……泣かないで……慎司君……」

 

 俺の怪我した足に上に乗せられた腕を持ち上げて俺の涙を拭おうとするなのはちゃん。そんな風に動かすのも多分体に良くないはずだ。

 俺は涙を流しながらも優しくなのはちゃん手を両手で優しく包み込む。力を込めたら今にも壊れてしまいそうな、そんななのはちゃん腕を。

 

「大丈夫だ………俺は大丈夫……」

 

 自分に言い聞かせるようにそう呟く。俺が……しっかりしなきゃだろうが。

 

「…………俺も大丈夫だし……なのはちゃんもきっと大丈夫だ」

 

 無責任にそう言うことしか出来ない。それでも、マイナスな事を告げるよりは遥かに良いはずだ。とにかく今は白々しくても励ます言葉を送る、それがすべき事だと思ったんだ。

 

「………うんっ」

 

 なのはちゃんは、柔らかく笑みを浮かべて頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、なのはちゃんは眠ってしまった。しばらく眠っている様子をフェイトちゃんと2人で見守ってはいたが当分起きないだろうと思い一度フェイトちゃんに車椅子を押してもらいながら病院内の休憩スペースで一息つく。

 

「フェイトちゃん……」

「うん?」

「…………なのはちゃんは、何であんな事になっちまったんだ?」

 

 任務中の怪我というは知っている。俺は魔導師ではないが魔導師という人達は時には命懸けで仕事をこなす事は分かっている。しかし、まだ管理局に入隊して2年目のなのはちゃんにそんな結果及ぶような任務をさせた管理局に怒りを覚えてしまう。その怒りは、きっと間違っていると分かっていても。

 

「………任務自体は危険が少ない偵察任務だったんだ。けど、偵察中に……不測の事態が起きた……」

 

 フェイトちゃんは語る、任務自体はヴィータちゃんとなのはちゃん2人でも十分問題ない物と判断されていたらしいし実際にそうだった。しかし、その途中に襲撃を受けてしまったらしい。

 

「いつものなのはなら問題なく対処出来たんだと思う……けど」

「けど……なんだ?」

 

 フェイトちゃんは少しだけ躊躇うように言い淀む。しかし、隠しても仕方ないと思ったのか意を決して言葉を紡ぐ。

 

「………なのはは、今までの無茶と疲労が祟って……その反動で動きが鈍って……それでっ」

 

 それはなのはちゃんの主治医と一緒に診てくれたシャマルさんの原因としての診断結果でもあったという。魔法に出会うまでごく普通に友達と遊んで過ごしてきた女の子が突然魔法と出会い大きな闘いばかり繰り広げてきた。

 ジュエルシード事件で体に負荷が掛かり自身の力不足を補う為トレーニングに勤しむなのはちゃん。それはジュエルシード事件が終わってからも変わらなかった。

 

 闇の書事件はリンカーコアから直接魔力を蒐集されながらも完治後すぐに復帰。それだけじゃなく更に強くなる為、体に更に負担が掛かるデバイスに改良したのだと言う。それは魔法についてはからっきしの俺にはよく分からない物だったがとにかくそれで更に負担と疲労が増えた。

 そして管理局に入局、魔導師として更に邁進しようとなのはちゃんはずっと……ずっと、頑張ってきた。

 

『私すごく頑張る、慎司君に負けないように』

 

 そう言って笑うなのはちゃんの顔を思い出す。ああ、ああ…………

 

「そんなの………残酷すぎるだろ……くそがっ」

 

 頑張り続けた結果がこれか?誰かを助ける為に必死になってやった結果が?そんなのふざけてる。ふざけてると思う……けど、現実だ。自分の体を顧みないで頑張り続けた残酷な現実なんだ。

 

 柔道だってそうだ、魔法と変わらない。オーバーワークは強くなるどころか逆効果だ。子供でもわかる事だ。だから……なのはちゃんは間違えてしまったんだ。迷惑なんか考えず体を休めるべきだった。自分自身体に違和感は感じ続けていた筈だ。そして、なのはちゃんの意思を尊重しようなんて止める事を止めた俺も間違っていた………。本当に……残酷だ。

 

「……今はなのはが前を向いて上げれるように私達も頑張ろう?慎司も、早く怪我を治してなのはを支えてあげてよ。なのははきっと慎司がそうしてくれることが1番嬉しいと思うから……」

 

 誰にも向けられない、怒りとも違う説明し難い感情を溜め込んだ俺にフェイトちゃんはそう言った。フェイトちゃんの顔は、曇ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 フェイトちゃんはやはり朝からこの病院にいたみたいでこのまま今日は帰ると言う。なのはちゃんが怪我を負ってますフェイトちゃんの任務が無くなるわけじゃない。気をつけてくれと告げてフェイトちゃんを見送った。

 母さんと一度合流しなきゃいけないなと思い特に集合場所を決めてた訳じゃなかったから一度なのはちゃんの病室に戻る。

 

 一応ノックしてみたが返事はない。まだ寝てるのだろう、俺が出てからさほど時間は経っていない。扉を開けてベッドの側まで車椅子を移動させるとやはりなのはちゃんはまだ死んだように眠っている。

 

 俺は先程と同じようにベッドの横についてなのはちゃんを見守る。

 

「うぅ………うぅ…」

 

 ふと、なのはちゃんが少し苦しそうに呻きだした。……少し動揺してしまう、医者を呼んだ方がいいか?それとも寝苦しいだけなのか……

 

「………嫌……だよ」

「………っ」

 

 寝言……か、何か悪い夢でも見ているのだろうか。励ましになればと左手でなのはちゃんの手を優しかったぎゅっと握る。けど、なのはちゃんは苦しそうにする顔に変化はない。

 

「……私…まだ……飛びたいよ……」

「…っ!……なのはちゃんっ」

 

 くそっ……くそっ。どこかでなのはちゃんならきっと前を向いてくれると思っていた。強いなのはちゃんならと……けど、それは俺が勝手に抱いたことで……なのはちゃんは今不安で不安で一杯なんだって思い知らされる。

 

「………ちくっ……しょうっ」

 

 何もできない、してやれない自分自身に心底腹がたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 サマーポケッツやってます。流石Key作品、涙が止まらねぇ。まだクリアしてないので執筆は少々遅れるかもです


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決意を固め、覚悟を決めて




 空白期編はなるべく短く纏めたいと思ってます。といってもいつもそう思って思ったより長くなるんですがね!

 無印編より短くしたいなとは思っています。


 

 

 

 

 

 

 

 

「待てよ太郎!話はまだ終わってないぞ!」

 

 優也に肩を掴まれるがすぐに俺はそれを振り払って睨みつけるように優也を見据える。

 

「話す事なんかねぇよ、俺が柔道を辞めようが辞めまいが優也には関係ないだろ」

「そうだけど……辞めることはないじゃないか!確かにお前の相手の選手は怪我しちまったかもしれないけど……ここで辞めるのは間違ってる。インターハイはすぐなんだ!お前の夢じゃなかったのかよ!」

「俺には………出る資格ないよ」

 

 場所は高校の帰り道。俺が柔道部を退部した事を聞いた優也が俺を心配して葉月と一緒に呼び止めてきたのだ。親友である2人は俺がどれだけ柔道に打ち込み、どれだけインハイを目指して努力をしてきた事を知っているからだ。

 

「何でだよ!逃げんなよ!お前がそうやって逃げる事の方があの選手にも失礼な事だろうが!!」

「うるせぇんだよ!お前に分かるかよ!殺しかけたんだぞ!?俺の……俺の技で……一本背負いで!」

「っ!だからって、それは試合中の不慮な事故じゃないか!代表の辞退どころか柔道を辞めることはないだろ!」

「俺だって嫌だよ!嫌に決まってんだろ!!何のために血反吐吐いて俺はっ。人を傷付ける為に頑張ったんじゃないのに……何でこうなるんだよ!くそがっ!」

「た、太郎も優也も落ち着いてよ!ね?2人で言い争ってたってしょうがないじゃん!」

 

 間に入る葉月に止められお互いに少しばかり冷静になる。俺は息吐いてから

 

「………心配してくれてるのは分かってる……けどごめん。俺は決断を変える気はない」

「……っ、ふざけんなよ……絶対に後悔するぞ、太郎っ」

「だとしても……俺はもう柔道は出来ないよ…」

「……………」

 

 踵を返して2人から離れる。今は……1人になりたかった。

 

 

 

 相手選手の姉にああ言われてから少しばかり精神的に参ってしまった。いくら何でもメンタルはそこまで弱くなかった筈だが……どうやら俺自身直視するのが辛い出来事だったんだろう。

 柔道着を身につけ、練習しようとしても……遠巻きの誰かにこう言われるてる気がして

 

『卑怯者』

『クズ』

『柔道家失格』

 

 そんな事言われてる筈はない。分かっている、俺の不安定な心が聴かせてる幻聴だと理解はしている。しかし分かっていても本当にその通りなんだと思ってしまい練習に身が入らなかった。技をかけようとするとあの時の事がフラッシュバックして前のようなキレが無くなった。

 俺は焦った、夢にまで見たインターハイはもう1週間を切っていたから。俺がやってきた柔道の練習が全て無意味なモノになってしまった。そんな感覚に襲われた。

 

 耐えれなかった、努力を全て否定された気分だった。頑張っても頑張っても、頑張った先に待っていた結末は相手に怪我をさせた挙句自分はまともに柔道を出来なくなったと言う悲劇にもならない喜劇。

 

 ただ負けるだけならまだ良かった。きっと努力が足りなかったと俺は思ってその先も柔道を続けられた。けど……これは違う、こんなのは違う。柔道をやるのが……無意味なモノに思えて、大好きだった柔道は俺の事を嘲笑うかのように俺を否定してきたような気がした。

 

「……………辞めよう」

 

 もう、やりたくない。そう思ったら最後、気力すらも完全に抜け落ちた。これ以上大好きだった柔道で醜態は晒したくなかった、どんどんキレがなくなっていく自分の技を見たくなかった。優勝者としての責任なんぞ微塵も感じなかった。インターハイ……出たかった。勝ちたかった、けどダメだ……きっと後悔する、また柔道をやりたくなる。けど……もうダメなんだ。

 

 高校3年の夏、俺は柔道を引退ではなく辞めた。それから死ぬまで、どこか灰色な生活が2年間続いた。優也と和解してこれまで通り仲良くしてくれたのが幸いだった。そうじゃなきゃきっと灰色どころか色すら失った人生だっただろうから。

 

 

 ………………だから、本当は荒瀬慎司として柔道をやるつもりは無かったんだ………。

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…………」

 

 ため息を一つ吐く。なのはちゃんのお見舞いに行ってから2日、俺は自身の病室のベッドで無為に過ごしていた。1日をこんな風にボッーと過ごす事は初めてかもしれない。

 けど、する事がないとどうしても考えてしまう。

 

『…………飛びたいよ……』

 

 唇を噛む。あれは……きっとなのはちゃんの心情だろう。彼女は心が不安で押しつぶされそうになっている。彼女の事だ、お見舞いに来てくれた友人や家族には笑顔を浮かべて平気と答えるだろう。俺も含めて。しかし、心はきっと今にも押し潰されそうなんだと思う。

 何故そこまで大袈裟に考えるのか?決まっている………()()()()()()()()()()からだ。

 

「…………くそっ」

 

 次に会った時、何て声をかければいいのか分からない。彼女の笑顔の裏の心情を知ってしまった今、俺はいつも通りでいられるだろうか。再びため息を付いたところで扉にノック音が、母さんだろうか?どうぞと声を掛けると部屋に入ってきたのは相島先生だった。

 

「見舞いが遅くなってすまなかったな」

 

 相島先生は一言目にそう言うとベッドの横の椅子に腰掛ける。

 

「いえ、わざわざご足労いただきありがとうございます」

「ああ、怪我の内容はご両親から聞いたよ。残念だが、今回の全国大会には間に合わない」

「はい……申し訳ございません」

「謝る必要はないだろう?とにかく今は静養して速く怪我を治す事だ、復帰してからまた一緒に頑張ろう」

「……ありがとうございます」

 

 頭を下げる。この人の期待にも応えたかった。俺が荒瀬慎司としてここまで柔道で結果を出せたのはこの人のお陰なんだから。

 

「来週に柔道協会で会合あってな、その時に大会の辞退を報告しとく。一応慎司にもちゃんと確認しておかないと思ったんだ。それでいいな?」

「はい………」

 

 ここで嫌だと駄々をこねても許しては貰えないだろうしな。どっちにしろ完治もしないで大会に出るのは論外だ。怪我が悪化して復帰が遅れるのは目に見えてるからな。

 相島先生と復帰後の事も話し合ってから先生は帰っていった。

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 その後、アリサちゃんやすずかちゃん、八神家の何人かもお見舞いに来てくれて少し話をした。やっぱりなのはちゃんの話題は出てこない。怪我人である俺の前で話さないようにしているのは一目瞭然だった。

 

 午後に母さんに頼んで再びなのはちゃんのいる管理局の病院まで転移してもらった。2日前、なのはちゃんのあの本音を聞いてしまってから会いに行くのは初めてだ。会って何を言えばいいか、何を話せばいいか分からなかったけどとにかく顔を出しに行きたかった。

 母さんは病室の前まで俺を運んでくれると再び2人きりにしようと何処かへと行ってしまう。まぁ、いいか。ノックしてから返事を待たずに入室する。万が一なのはちゃんが起きていた場合大きな声を出させるのも負担になると思ったからだ。

 

 病室にはベッドの上のなのはちゃんだけ、相変わらず色んな医療機器がなのはちゃんの体に繋がっているが2日前と違って今日はベッドの上体を上げて体を起こしている。

 

「あ、慎司君……来てくれたんだ」

 

 そして前回よりも言葉がハッキリとしていた。2日しか経ってないがその時よりだいぶ元気そうに見える。しかし依然として身体中巻かれた包帯は痛々しい。意識なんかがハッキリしてるだけで体の方はまだまだこれからと言う所だろうか。

 

「おう、病室で1人は暇だからさ。気持ちはわかんだろ?」

「もう……、ダメだよ?ちゃんと慎司君もベッドで安静にしてなきゃ」

「無敵な太郎さんは平気だからいいの」

「太郎さんって誰なの?」

 

 笑いながらそんなやり取りをしつつ車椅子でなのはちゃんの横まで移動する。ぱっと見元気そうに見えるがやはりいくらか表情はいつもの笑顔とは程遠い。

 

「とりあえず、平気なら話し相手にでもなってくれよ」

「うん、私は大丈夫だよ?」

 

 平気な顔してそんな事言ってるが流石にいつものようになのはちゃんを弄るような会話は出来なかった。あくまで、ゆっくりと歓談をするような会話をする。結局、俺のできる事は元気付ける事だ。今は怪我の事は置いておいて楽しくお話でもしよう。

 

「テレビで見たんだけどよ、かき氷のシロップあるじゃん?あれ匂いと色が違うだけで味は一緒らしいぞ?」

「へぇ……そうなんだ。慎司君、お祭りとかの出店でいつも悩んでたもんね何味にするか」

「そうだよ、なんかバカらしくなっちゃってさ。次からシロップ無しで食うわ」

「それはただの氷だよ慎司君」

 

 クスクスと少し笑うなのはちゃん。……本当に平気なんだろうか。不安はないか?と聞いてしまいそうになる自分を律して今は他愛もない事をずっと2人で話していた。

 

「手裏剣欲しい」

「何で?」

「魚を捌くからさ」

「包丁使いなよ……」

 

 ずっと俺ばかり話しているが今はそれでいい。とにかく会話を途切れさせないようにした。

 そんな事をしていれば意外と時間はあれやこれやと過ぎていく。そろそろ夕暮れという時間で携帯のメールで母さんからそろそろこっちの病院戻るよと連絡があった。名残惜しいが今日はここまでだ。

 

「そろそろ行くわ、長居しちゃって悪かったな」

「ううん、慎司君と一緒なの楽しいから平気だよ」

「そっか……」

 

 片腕で車椅子を上手く使いながら病室を出る。直前

 

「………ありがとう」

 

 なのはちゃんが小声でそう呟いていたのは聞こえないフリをした。

 

 

 

 

 

 翌日も同じ時間になのはちゃんの病室にやってきた。今日は俺1人だけでなくはやてちゃんとフェイトちゃんもいる。だったら、4人でお話しタイムだ。

 

「プッチンプリンはなんでプッチンプリンか知ってるか?」

「ややこしいなぁ……一応聞くけどなんでなん?」

「プッチンだからだ」

「やっぱり適当やんけ」

「プッチーン、怒ったぞ」

「そこはプッツンやろ」

「私は正直どっちでもいいや」

「フェイトちゃん、意外と辛辣だね……」

 

 くだらない話を沢山しよう。

 

「慎司、何してるの?」

「俺の左手が俺の右手に負けられねぇと囁いてるから1人ジャンケンをしてるんだ」

「決着つくの?」

「つかない」

「せっかくやし皆んなでジャンケンでもしよか」

「負けた奴は全力で変顔披露でいいか?」

「待って慎司君、女の子の私達にはちょっと嫌な罰ゲームなんだけど」

「じゃあ今日一日語尾に『ごわす』をつけるでゲソ」

「それはいやで……ごわす……」

「ジャンケンやる前からやるなよなのはちゃん、意外にノリいいよなチミィ」

 

 どうでもいい事をしよう。そうやって……今の現状から少しでも目を離させた。何も解決にならない事だ。そうする事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風に3日連続でなのはちゃんの病室まで通った。高町家のみんなとも会ったし、お見舞いの許可を貰ってリンディさんと一緒にやってきたアリサちゃんとすずかちゃんとも遭遇して一緒にお話しをした。根本的な事はまだ何も変わっちゃいない。まだなのはちゃんは絶対安静でリハビリどうこうの話にもならない。

 懸念があるまま今日もなのはちゃんの病室までやって来た。ノックをしようと手を出した時に病室から話し声が聞こえてつい動きを止める。なのはちゃんに……なのはちゃんのお母さんの声と……後は知らない人の声…恐らく病院の先生だ。

 

「正直、後遺症が全く残らないでの完治は難しいと思われます」

 

 医師のその発言に俺は部屋に入らずつい聞き耳をたてる。皆んなが周知していた事実を今更突きつけられた気がして頭が痛くなる。どうやら今後の話をしているみたいだった。途切れ途切れだが何を話しているかは大体わかった。

 

「リハビリはとても辛いものになります」

 

 覚悟がいると医師は語る。

 

「頑張っても……最悪元のように歩けるようになるかは分かりません。しかも決して可能性が低い訳ではなく……」

 

 最悪のケースは本当に起こるものと……決して可能性の低い話ではないと冷徹に告げる。

 しかし、伝えねばならないと苦しい声音だった。医師を責める気にはなれなかった。

 

 話は終わったようで医師が退室する気配がしたので慌てて扉から離れてたった今来たと言う体制を作る。一瞬が目が合うが互いに会釈だけして医師は何処かへ歩いていった。再び扉に近づく、桃子さんとなのはちゃんが今度は2人で何事か話していた。桃子さんは優しく励ましの言葉を、なのはちゃんは鼻をすすりながら返事をしている。………ここでこうしてても仕方ないと思い俺はノックしてから扉を開けた。

 

「あら慎司君、今日も来てくれたの。ありがとう」

 

 桃子さんは何事もないように俺に笑顔を向けてそう告げる。俺はいつもみたいに陽気な声で応えることが出来ず「どうも……」と頭を下げるだけだった。

 

「し、慎司君……ごめんね?ちょっと目にゴミが入っちゃってて」

 

 流した涙を拭ってからなのはちゃんは笑顔を浮かべる。痛々しくて見ていられず、俺はつい言ってしまう。

 

「………ごめん、お医者さんとの話し………聞いちまった」

 

 隠してはいられなかった。

 

「そう……なんだ」

 

 なのはちゃんの笑顔が崩れる。けど昨日みたいに楽しげに話すことなんて今の俺には出来なかった。本当ならあのまま立ち去って1人にしてあげるべきだったかもと今更ながら思う。けど、体が勝手に動いていた。なのはちゃんの隣にいなきゃと心が叫んでいた気がしたんだ。

 

 ベッドの横まで移動して互いに沈黙する。俺は桃子さんに目配せ試みる。2人にしてくれと。桃子さんはちょっと考えるそぶりをしながらも

 

「慎司君が来てくれたし、何か甘い物でも買ってくるわね」

 

 そう言って意図を組んでくれた。病室で2人きりになりますます空気が重くなったような気がするがグッと堪えて俺は口を開く。

 

「…………きっと大丈夫だ」

「え?」

「………大丈夫だから……だから頑張れ。なのはちゃん、頑張れ」

 

 左手でなのはちゃんの手を取る。無責任な事しか言えない、それが悔しくて情けなくて……けどそう思ってるのは本当で。ぐちゃぐちゃな感情で上手く言葉にできない。

 

「………俺は……応援してるから。なのはちゃんがいつも俺を応援してくれてたように」

「慎司君………」

 

 取った手を握り返してくれるなのはちゃん。その手は少し震えていて、なのはちゃんのこの先を憂う不安な気持ちが痛いほど伝わってくる。

 

「……正直ね、怖いの………」

 

 なのはちゃんの口から弱音を聞いたのは出会った時以来かもしれない。だが、驚きはしなかった。。不屈の心を持つ少女、けど不屈なんて無い。不屈と思えるほどなのはちゃんは強いってだけで。

 

「いっぱいリハビリ頑張って、痛いの我慢して、辛いの乗り越えて、その先が……跳ぶことが出来なくなるかもしれない未来なのが」

 

 震えはさらに強くなった。少しだけ力を込めて握り返す。その震えを止めたくて。

 

「頑張るのが……怖いの。頑張ったのに、私はこんな事になっちゃって……頑張っても元のように生活できるかは分からない……私が頑張り方を間違えたから……私がいけない……けど。でも、頑張ってもまたそれに裏切られるのが怖いの……」

「………………」

 

 俺は今どんな顔をしているだろうか。なのはちゃん本当の気持ちを吐露されて俺は何も言えなかった。なんて事はない、努力は裏切らない……その言葉の詭弁さをなのはちゃんは身を持って味わいそして絶望した。

 頑張りが報われず、結果が伴わず、悪い方向に転がる事を恐れるようになってしまった。

 

 俺が思っている以上に、なのはちゃんの心と体は傷だらけだったのだ。俺は……言葉が出なかった。仮初の励ましは出来る。けどそんな空虚な言葉に意味はない。何よりその絶望を俺は知っている。

 知っているからこそ、その気持ちを理解できるからこそ俺は気休めに言葉を掛けれない。努力は人を裏切る、必ず努力に見合った結果なんか手に入らない。寧ろ少ない。頑張る事は当たり前だ……なんて事を口にするがそんな事はない、頑張る事は大変で頑張り続ける事はもっと大変なんだ。そんな思いをしたのに俺は………山宮太郎はあんな事になっちまった。

 

 絶望をして、柔道を辞めて、その選択にもまた後悔と絶望をした。そして、荒瀬慎司として未だに柔道に縋っている。そんな俺が、なのはちゃんにどんな言葉をかけられると言うんだ。

 

「っ……」

 

 不安そうな彼女の顔を見てるだけ、結局肝心な時に何も言えなきゃ意味がない。手を握る事しか出来ない。今まで、無駄だとしても俺に出来る事は何でもやるんだと……そんな思いで魔法に関わってきた。けど、今は……何も出来る気がしなかった。

 

「………困らせてごめんね」

「えっ?」

 

 沈黙を破ったのはなのはちゃん。

 

「……情け無い姿を見せてごめんね、慎司君の前ではカッコいい私を見せたかったんだけど……でももう大丈夫……慎司君がこうやって手を握ってくれるだけで私頑張れるから……大丈夫……だからっ」

 

 そんな嘘を……つかないでくれよ。そんな平気そうな顔見せないでくれよ。平気じゃないくせに、今にも泣き崩れそうなほど辛いくせに。不安で不安でたまらないくせに!こんな時にまで強がりやがってっ。だけど……

 

「そっ……か。なら、俺も一杯応援するからよ」

 

 白々しくそうとしか言えなかった。きっと、俺は全然笑えていなかった。ああくそっ……、くそっ……。本当に俺はどうしようも無い奴だと思い知らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

「………太郎、柔道辞めてからやっぱり元気ないよ?インターハイは終わっちゃったけど今からでも復帰すれば大学でだって……」

「ありがとう葉月、けど俺は大丈夫だよ。まだ柔道のない生活に慣れてないだけだから」

『平気じゃない、心が軋む、辛い、柔道が出来ないのは辛い』

 

 

「………ま、太郎もそう言ってるしせっかく時間が出来たんだ。太郎とは部活で中々一緒に遊べなかったしよ。高校を卒業するまで目一杯遊ぼうぜ?な?葉月」

「そうだね……優也の言う通り太郎と今まで遊べなかった分思いっきり遊ぼうよ!」

「ああ、ありがとう。頼むよ」

『遊ぶ……か、こいつらと遊ぶのは楽しくて…幸せだ。けどサボってる間にも俺の体は衰えていく。柔道をしなければ弱くなっていく。でももう柔道を辞めた俺には関係ない。けどいやだ、せっかく努力した力を失うのは嫌だ』

 

 

「太郎?ほら、行こうよ」

「ああ……」

『嫌だ、これじゃあ俺は一体今まで何のために?何もかもを犠牲にして柔道に捧げた結果がこれか?何故だ、おかしいだろ。あってはならないだろ、あんなに頑張ったのに、あんなに努力したのに、あんなに辛かったのに、どうして。どうして、どうして、どうしてっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なぁ太郎、今はそんな気起きなくてもさ……どんなに時間が掛かってもさ、また柔道やりたくなったらやればいいじゃんか」

「え?」

「そうだよ、優也もあたしも太郎と一緒にいるのは楽しいけどさ……柔道頑張ってる太郎の事を見るのも楽しいんだ。だから、今はゆっくり休んで……その気になったらまた頑張ればいいじゃん………そんな暗い顔しないで今はまた頑張るための準備期間だと思ってさ」

「優也……葉月……。でも、俺にそんな資格は……」

「資格なんて必要ないよ、太郎がやるかやらないかだけだよ?」

「そうだぜ太郎、お前がやるか……目を背けるかだよ」

「2人とも…………」

 

 違う……違うんだ。俺はもう……きっと折れちまってるんだ。だからもう……

 

「太郎が頑張れないなら俺達が太郎が頑張れるように応援する、太郎が柔道をやるのに文句言ってる奴がいたら俺達だって邪魔すんな言ってやるよ」

「………」

「太郎が本当に嫌なら無理してやる必要ないよ?それでも私達は変わらず親友だもん、だから……何が出来るか分からないけど太郎が柔道をやりたくなったら……頑張りたいなら私達が側にいて背中を押してあげるから。そんな風に太郎が思えるまで……待ってるから」

「……だから今はゆっくり休めよ親友、俺達も気にしないでそれまで目一杯一緒に遊ぶからよ」

 

 2人に笑顔でそう告げられ……涙が溢れる。ああ……ああ、今は自分がまた柔道を始めるなんて……そんな想像出来ないけど。多分来ないと思うけど……そう言ってくれた2人の想いを俺は……決して忘れないって思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 目を開ける。病室で目を覚ます、外はまだ薄暗い。時計を見るとまだ朝の4時頃だった。昨日、なのはちゃんの病院から帰ってきて病院で味気ない夕食を済ませてすぐに眠ったんだ。だからこんな時間に起きてしまったのだろう。………なのはちゃんの心情を聞いたからか、また夢を見た。残酷で、辛い日々を送る俺に光を与えてくれた親友達の夢を。

 

「そうだよな………」

 

 結局死ぬまで俺は2人に期待には応えられず柔道を始める事はできなかった。けど、今こうして柔道をやれてるのは2人のおかげなんだ。俺が今世で柔道を始めたきっかけ……小学生に入学してからしばらく経った頃、何かやりたい事はないのかと父さんに問われた時……たまたまその時テレビで柔道の中継が目に飛び込んできたあの瞬間。

 俺は2人の言葉を思い出した。親友達から貰った大切な想いを思い出した。

 

『これ、始めたい』

 

 自然とそんな言葉を紡いでいた。あんなに柔道をやるのは罪だと感じたのに、もう頑張るのは懲り懲りだと思っていたのに。けどまた俺がこうやって柔道をやって頑張ってこれたのは前世の記憶が残り、後悔した事を知っていた事と親友達に後押しされたからだ。そんな特殊な事情で俺は今こうやって柔道を再開できた。

 一本背負いは未だにイップスで出来ないけど、それでも柔道はやれた。汗を流し、体をいじめ抜いた先にある勝利の味を思い出した、それでも負ける悔しさを思い出した。大切なものを取り戻せた。

 

「今俺が、なのはちゃんにしたい事……」

 

 励ます事、元気付ける事………背中を押してあげたい。どれもしてあげたい事だがピンと来ない。いや、あえて言葉にするのなら。

 

「取り戻させてあげたい」

 

 彼女のあの輝かしい心を。元気で、優しくて、歯を食いしばって頑張る事ができるあの子の心を。

 

「俺に出来る事……」

 

 言葉じゃ伝わらない。いや、伝える事が出来ても響かなくては意味がない。それほどなのはちゃんの心は今絶望の最中にある。ならば、伝えるだけで足りないのなら……それを示すのだ。彼女は頑張るのは怖いと言った。気持ちは分かる、痛いほど分かる。けど……

 

「頑張らなきゃ、望んだ未来を得る事は出来ないんだよ」

 

 結果が必ず伴う事はなくても頑張らなければ可能性はゼロのままなんだ。だから俺は頑張り続ける事を選んだ。なのはちゃんにも……それをどうか分かって欲しい。そして気づいて欲しい

 

「頑張る事は……時に不可能と思える事をやり遂げるんだよ」

 

 それを……俺が証明する。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 時間は流れる。荒瀬慎司が高町なのはの本音を聞いてから1ヶ月と3週間ほど。実に約2ヶ月が経過した。場所は高町なのはが未だ入院している病院。あれから高町なのはの体の傷は回復傾向にあるが、未だベッドから離れずの生活だ。といっても数日後になのはは医者に宣告されたリハビリ開始日が迫っていたのだ。

 心は不安のまま、都合の良い未来を未だ描けずなのはの心は暗いままだった。そんな調子で辛いリハビリに耐えれるだろうか……そんな気持ちを抱き続ける。どちらにしろやるしかないのだがなのは自身頑張れるか分からなかった。頑張るのが怖い……そう荒瀬慎司に告げてからも気持ちは変わってない。

 

 そして荒瀬慎司はあれから病室には一度も訪れていない。困らせてしまったかなとなのはは思った。頻繁に電話やメールをしてくれてはいる、その時に慎司自身、今は早く復帰できるようにリハビリに集中したいからと会いに行けない事を謝罪していた。

 

 慎司の怪我……右肩の骨にヒビと左足の骨折。肩は少し前に完治したと聞いていたが足の方は確か全治3ヶ月と聞いたから未だ松葉杖での生活を余儀なくさせているだろう。

 慎司事だから、予定よりも早く治しそうだなとなのはは思う。まぁ、それでもよくて1週間ほど早まるくらいだろう。自分の事を心配するより慎司自身の事に目を向けていると思ったらなのははホッと一安心した気分だ。

 

「なのは?入るわよ」

「はーい」

 

 母親の声に反応してなのはは元気よく返事をした。もうこれくらいの声を出しても体に響かなくは流石になった。母親を出迎えると隣にはリンディさんの姿が。いつも母は1人ではこの管理局の病院には来れないので慎司君の両親や今日みたいにリンディさんと一緒に来ることが多い。

 しかし、いつもよりなんだか表情が硬いようになのはは思った。それに関係があるのかリンディの脇にはパソコンと酷似した管理局の通信端末をを挟んでいた。

 

「……それは、何ですか?」

 

 物そのものではなくどうしてそれを持ってきたのか、そういう意味でなのはは問う。普段はそんなもの持ち込んでないからだ。

 

「………これを見てくれるかしら?ちゃんと最後まで目を背けないで」

 

 母と2人頷き合うとリンディは急にそんな事を言ってくる。なのはは戸惑いながらもはい……と頷いた。その端末をなのはの前に置いて少し操作すると何やら画面に映し出される。

 画面の右上にはLiveと今現在の時間、生放送であると告げる目印が。映像を見る感じ誰かがその場所でカメラ……おそらくデバイスだろうか、それをカメラのように映像でこちらに送ってきてるのだ。これは……どこかの会場の中?……柔道場に、柔道着を着た人が映し出されていた。会場正面の方に目を向けると遠目ながらも辛うじて横断幕の文字が見える。

 

「全国小学生……選抜大会?」

 

 それは、慎司が優勝を目指した小学生規模では1番の大会。残念ながら怪我で断念したがどうして今その映像を?そんな疑問を浮かべて映像を見る。

 

「えっ……」

 

 と、ついそう声をあげる。会場を二つに分けて既に大会は進行していくなか手前の会場の出場選手が目に止まる。何故?何故?なんで………

 

「何で……そこにいるの?……慎司君っ」

 

 彼が柔道着を着て、今まさにこれから試合に臨もうとしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決意は固めた、覚悟は決まった。後は……頑張るだけだ

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 少し時間が飛びましたが、次回は大会に出るまでの過程となるので再び時間は戻ります。ウマ娘、ライスシャワー当たりました。俺がお兄さまだ


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曲がる事ない意思を

 

 

 

 

 

「ダメだ」

 

 頭を下げて懇願する俺に相島先生はピシャリと言い放つ。場所は病院、午後から前に話していた柔道協会の会合に発つまえに病室に来てもらったのだ。

 

「急に話があると呼ばれて来てみれば……全国大会に予定通り出させてくれだなんて……」

 

 困ったように頭を掻く相島先生に申し訳ないと思いつつも俺は主張を変えずに言い放つ。

 

「お願いします先生、全国大会に出させてください」

「………それが無茶な事は慎司、お前が1番理解してるだろ?お前は聡い子だ、自分の体の状態だって分かってるはずだ」

 

 ぐうの音も出ない正論に言い負かされてしまうがここで引くわけにはいかない。全国大会に出場するには所属する柔道クラブや道場の先生の許可ご必要なのだ。先生の意見を無視して大会には出れない、ここで先生を説得しなければこの後の会合で正式に俺の欠場が受理されてしまう。

 

「………お願いします、無茶を言ってるのは承知の上です。けど、俺は今その無茶を通さなきゃ行けないんです」

「一度はお前も今回の欠場に納得してたじゃないか、何故今になって?」

 

 相島先生にお願いする以上、ちゃんと俺の思惑も話さなくては筋違いだ。魔法の事は伏せつつも俺は俺の想いを吐き出す。

 

「なのはちゃん………高町なのはの事は先生もご存知ですよね?」

「ん?ああ……一生懸命お前の事をいつも応援していたし練習も見学しに来たことがあるからな、ちゃんと覚えてるが」

「その子が……今大怪我を負って入院しています」

「そう……なのか。それは、大変だな」

 

 急な告白に相島先生は戸惑う。仕方ない、相島先生はなのはちゃんと接点は殆どないからな、急にそんな事を聞かされても反応に困るだろう。

 

「まさかお前、その子を元気付けるために出場する……そう思ってるのか?」

「そうですが少しだけ違います」

 

 そうだ、大会に出て優勝できれば多少なりとも元気付けれるかもしれない。しかしそうじゃない、ただ大会に出て優勝して元気付けれるなら完治した後の小さな大会だって構わないんだ。だけど、この全国大会で……怪我の完治が間に合わないし、優勝どころか出場すら出来ないと思われてるこの状況なのに意味があるんだ。

 

「彼女は今、今後歩けるかどうかも分からない……リハビリ次第でどうにかするしかないとそう宣告されています。辛い事に立ち向かって頑張らなきゃいけない時なんです。けど、なのはちゃんは今訳あって頑張る事を恐れています。……絶望しているんです、努力っていう行為に」

 

 目を閉じて相島先生は真剣に聞いてくれている。だから俺も真っ直ぐに正面から伝える。

 

「なのはちゃんは頑張り屋の女の子です。そんな女の子が努力を恐れて何もしないで最悪な結末をもたらせるなんてそんな事させたくないんです。取り戻させてあげたいんです……彼女の頑張り屋の心を……そして教えてあげたいんです、努力は頑張りは………時に不可能と思われるもの成し遂げるって」

 

 それで結果的になのはちゃんの背中を押せればそれでいい。そう思っていると告げる。相島先生はしばらく考え込んでから口を開く。

 

「それで、怪我をして出場すら危ぶまれてる状況でお前は優勝を目指すと?」

「その通りです」

「………一つ聞くが、その頑張りは高町さんに本当にさせるべきだと思うのか?」

「え?」

「努力を怖がってるという事はそれで何かあったという事だろう?事情は知らないから何とも言えないが恐らく怪我の原因でもあるのだろうな。そんな経緯があった彼女に慎司、お前は努力を強いるのか?頑張らないで辛い想いをしないようにする事は心を守ってる事であるんだ、もし頑張ってもまた最悪な結果を生めば彼女の心はどうなる?お前はそれを理解しているのか?」

 

 相島先生の思慮深く聞こえる言葉を受け止める。しかし、俺は返答に詰まる事なく口を開く。

 

「理解しています、しかしそれでも俺はなのはちゃんは頑張るべきだと思っています」

「それは何故?」

「このまま目を背けても彼女は絶対に後悔すると、そう断言できるからです」

 

 相島先生はなのはちゃんの事情を知らない、だから自分なりに考えてくれてああ言ってくれたのだろう。俺の為ではなくなのはちゃんの為に。しかし俺は知ってる、彼女はまだ跳びたいと願っている事を、そして自分が指し示した道を諦める事の絶望をよく知っている。

 例え苦しくても、向き合わなければならない。例え望んだ結果を得られないかもしれなくても頑張らなければならない。人生ってのはそんな頑張りを続けても幸せになれるかどうかは分からない。

 だが、頑張らなければ幸福な人生は歩めない。

 

 互いに睨むように見合う。しかし相島先生はふうっと息を吐いてからもう一度俺を見つめ直して

 

「最後にこれだけは聞いておきたい、正直に答えろ」

 

 生唾を飲み込みながら俺は頷く。

 

「………お前は決してヤケになってそう提案した訳じゃないんだな?自分の怪我に耐えられなくて言い出した事じゃないと、ちゃんと本当に真剣に試合に臨んで勝算があって言ってるんだな?」

 

 その問いは、俺を試してるように聞こえた。この返答を間違えれば先生は認めてくれないと、そう感じるのだ。しかし、取り繕った答えなど意味はなく……結局の所本心を告げる事しか俺には出来ない。

 

「ヤケになったつもりはありません、大会までに出来る準備を最大限にして本気で優勝を目指すつもりです。ですが、勝算は正直薄いと自覚はしてます……」

 

 柔道をやってるからこそ分かるし、どんなスポーツだって1ヶ月以上のブランクを背負って全国大会を勝ち進めるほど甘い世界じゃない。問われるのは自分の元々の地力と残り時間でどれだけ試合に繋げられる事が出来るかだ。

 無茶なのは承知、完治も間に合わない以上不可能とも思えるのも承知、けど………俺はニヤリと不敵に笑ってみせる。

 

「けど………俺、負けるつもりはありません……勝ちますよ」

 

 強がりでいい、今はそれでいい。最終的に口からの出まかせにならなければいい。

 

「……完治もしないで試合に出れば恐らく……いや、確実に怪我は再発する……下手をすればもっと深刻な怪我にもなりかねない。それでも覚悟の上なんだな?」

「はい、なのはちゃんの為にも……そして、自分の為にも出した俺の決意と覚悟です」

 

 伝えたい事は伝えた。これ以上の問答は無駄か困ったようにため息を吐く相島先生。おもむろに立ち上がり俺に背中を向けて

 

「協会には予定通り参加の申請をしておく………言い出した以上手を抜く事は許さん………全力でやってみろ」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 頭を下げる。俺の礼の言葉に先生は雑に手を振って応えてから病室を後にした。恐らく最後まで反対だったのだろうが理解して折れてくれたのだろう。俺はもう一度相島先生が出て行った扉に向かって頭を下げる。……負けられない理由が、また一つ増えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 これで大会には出られる、後は両親にも話を通さないとならない。2人に連絡して病室に来てもらって相島先生に話した事を同じように語った。2人は魔法の事もなのはちゃんの事情も知っているからより明瞭に。

 なのはちゃんの心を、恐怖と絶望から救ってあげたいと。必死に頭を下げた。しかし2人はあっさりと俺にOKサインを出したのだった。そんなあっさりと……と思ったが2人は笑って言う。

 

「どうせ反対したって強引にお前は事を進めるだろ?」

「もう慣れたわ、好きにしなさい。けど……なるべく、自分の体はちゃんと労ってね」

 

 約束は出来ないけど2人になるべく心配をかけないようにしたいと思った。この無茶をやり通そうとして時点で心配をかけているがそれでもだ。それなら……これからようやく行動に移せる。出来る事を全力で……そうだよな?葉月、優也……。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 現状、俺がまずすべき事はなるべく大会までに怪我を回復させる事。完治は無理でも出来る限り自身のパフォーマンスを向上させる為にはやはり治せる分は治さないといけない。

 基本中の基本だがまずは栄養バランスの取れた食事と睡眠。元々自堕落な生活をしてきた訳じゃないが更にそれを徹底する。特に骨を作る栄養素のカルシウム、タンパク質、コラーゲンを作るビタミンCの体に取り入れなければならない。入院して間は病院食と共にサプリメントの錠剤なんかで賄う。勿論そこも緻密に計算して取り入れる。

 前世で柔道の為に素人ながら筋力向上や体づくりのために栄養の勉強もした。今それを生かす時だ。

 一朝一夕ではなく毎日継続すれば怪我の治りも変わるはずだ。根性じゃ怪我は治らないからな。

 

 しかしベッドでそのまま無為に過ごすのではダメだ、ただでさえマイナスのスタートで迎える全国大会で優勝出来るわけはない。親に頼んでまず用意して貰ったのはパソコン、これで大会出場者の全てのデータを頭に叩き込む。いわゆるビデオ研究だ。大会出場者は全員名のある選手達だ、ネットでいくらでも試合の映像は手に入る。

 体を動かさない以上勝つためには何でもする。いつもなら強くなるのを優先で体を鍛えて試合前にしかビデオの研究は相手の技の確認くらいにしかしてなかったが今回は大会までの間は毎日ビデオ研究で相手を知り尽くす。パソコンの映像を何度も何度もチェック、一度で済まさず同じ映像を穴が開くほど見続ける。更に用意したノートに選手毎に分けてデータをまとめる。

 

 事故からほぼ1週間、既に右肩のヒビはある程度動かす分には痛みをともわなくなり文字を書く分には問題ない。……そろそろ病院の先生と相談して肩のリハビリについて相談するか、なるべく早く筋力を取り戻せるように。

 

 流石に一日中パソコンの前に張り付くのは集中力が持たない、集中が切れてる時に研究しても無駄だ。パソコンを閉じる。今度は簡易トレーニング器具をカバンから取り出す。これも両親に用意して貰った物だ。

 

 現状、怪我に響かないトレーニングというのは存在しないが今はとにかく力が落ちるのが死活問題の為になるべく響かない部分のトレーニングに勤しむ。柔道で相手の襟や袖を掴み続ける為に必要な前腕と握力、これを右肩と左足響かせないように注意しながらハンドグリップでゆっくりとトレーニングを行う。

 前腕がパンパンになっても続ける。握力を維持する為のトレーニングではなく更に向上させるつもりでやるのだ。完全に力が入らなくならまでこなしたら軽くマッサージをしつつプロテインで栄養補給。筋肉の超回復に骨を治す為の栄養を使われる訳には行かないのでトレーニングしたら必ず栄養補給だ。

 

 トレーニングを兼ねた気晴らしも終えた所で再びパソコンを取り出して研究に勤しむ。消灯時間まで研究続けて、就寝に入る。ぐっすりと眠ったらまた今日の繰り返しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、寝ながら更に試合の為に準備できる事はないかと考えて一つ案を思いついたので実行に移す。朝早く母さんに連絡して目当てのものを持ってきて貰った。

 持ってきた貰ったブツは低酸素マスク、その中でも1番キツイやつだ。これをつける………うわ、意識的に呼吸しても苦しく感じるな。今日からこれをずっとつけて昨日からのメニューや準備をこなす。

 怪我でスポーツが出来ない間、ブランクが出来て困る事は多々ある、技術そのものも錆び尽くし何よりスタミナの低下も死活問題だ。低酸素マスクは本来筋トレの時につけて効能を上げる代物だが肺活量も鍛えれる効果がある。日常的につけた所でスタミナを高める効果はないがスタミナの低下を少しでも減らせる事が出来るかもしれないと思ったのだ。

 これを眠る時、食事等以外の時は常につける。眠る時に外す理由は睡眠の質が下がってしまう為だ、怪我を少しでも治す為質の高い睡眠には安定した呼吸が必要だからだ。

 

 常に考えて、考えて、考え続けてどうすれば効果的か、無駄がないか、効率的か計画を組み立てて実行していく。最初は低酸素マスクのせいで研究の集中にも支障が出たが半日もすれば多少は慣れていった。この調子で俺は大会までの準備に当たっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備を始めて数日、医師との相談の末昨日から肩のリハビリも始める。医師に嫌な顔をされるまで詳しくやり方や効果的な方法を聞き出して、治療に支障の出ないギリギリの範囲でメニューを組んでもらった。

 低酸素マスクも忘れない、研究をして、可能な部位での筋トレをやり、肩が冷えてきた所で再びリハビリ。入院までの時間、ゆっくりしている時間を作る事を許さなかった。

 長期的に見れば休みがないのは非効率的だがこんな特殊な状況で優勝を目指すのだ、そんな事は言ってられない。大会まであと1ヶ月と二週間を切った、休んでる時間なんてないんだ。こうしてる間にも、俺はどんどん弱くなってるのだから。

 

 

 

 

 また今日も同じようにメニューをこなす。精神が摩耗しているのがよく分かる。柔道そのものをして準備ではなく、あくまで大会に勝つためだけの準備だ。ただでさえ体が動かせない中、不安が募る。本当にこれだけで大丈夫か?やはりこんな事では優勝どころか柔道をまともに出来るかすら怪しいんじゃないか?

 しかし、俺は出来る事を淡々と真剣に取り組むしかない。俺は何の為にこんな事をしているのかを思い出す。そうだ、なのはちゃんに取り戻してもらうために、何より俺が自分の柔道を、誇りを取り戻す為でもある。俺が努力し、不可能を可能にして俺の前世の頑張りだって間違いじゃなかったと、回り道をしてしまったけど今こうやって柔道をし続けた事に後悔はなかったと思う為だ。

 

 …………なのはちゃん、待ってろよ。当日は、度肝を抜かしてやる。

 

 

 

 

 また何日か経った頃、フェイトちゃんが病院まで顔を出してくれた。今は邪魔されないように両親から俺の友人達に見舞いは控えてもらうよう連絡してもらった筈だが……。フェイトちゃんの表情はどこか真剣で俺は手を止めざるを得なかった。

 

「……何やってるの?」

「ここに来たって事は……俺の両親から事情を聞いたんだろう?」

「うん…」

 

 頷くフェイトちゃんにやっぱりかと心の中でため息をつく。両親は責めれない、あの2人も俺の事を心配してる身だからな、とても隠し通してはいられなかったんだろう。負担をかけてるのは俺なんだ、文句なんか出よう筈はない。

 

「慎司、本気なの?そのまま試合に出るって……」

「本気じゃなきゃここまでやらないよ」

 

 フェイトちゃんが俺の病室全体に視線を見やる。乱雑に置かれたノートの束、色々なサプリメントやプロテイン、簡易なトレーニング器具の数々など病室には似つかわしくないものばかりが溢れている。しまいには変なマスクをつけて一日中何かしてる俺だ、そんな顔にもなるか。

 

「慎司がなのはの為に決めた事なら応援したいよ?したいけど……それは自分の身を顧みなさすぎるよ……分かってるの?何か間違いでも起きたらまた慎司はっ」

「勘違いすんなよフェイトちゃん、確かになのはちゃんの為に始めた俺の独りよがりだ。けどな、これは俺の問題でもあるんだ……」

「慎司の……問題?」

「俺はよフェイトちゃん、もう後悔はしたくないんだよ」

 

 ジュエルシード事件の折、フェイトちゃんを諭した時に俺は後悔しないように人生を歩みたいとそう告げた事があった。フェイトちゃんはそれを思い出し何も言えなくなるが、それでも言葉を紡ぐ。

 

「それでも……今は慎司はなのはの側に居るべきだよ。それがなのはにとっても慎司にとっても必要な事だよ」

 

 確かに言い方は悪いが傷の舐め合いだって心を癒す事に必要な事だと俺は思う。けどそれじゃダメなんだ、それじゃなのはちゃんの本当の心も俺の誇りも取り戻せない。

 

「リスクなんか誰よりも理解してるし無事に済むとは思っちゃいない、とんだ無茶だって自分でも思う。でもその無茶を今通さなくちゃいけない時なんだよ」

 

 無茶や無謀は本人に何も益をもたらさない唾棄すべき事だ。しかしそれでも意地を通さなくちゃいけない事が人生ではあるんだ。そして、俺にとってそれは今なのだ。

 

「ごめんよフェイトちゃん、けど俺はフェイトちゃんが何を言おうと意思を曲げるつもりはない………一緒にって約束破っちまってごめんな。俺の分までなのはちゃんの側に居てあげてくれ………あの子は今俺達が思ってる以上に追い詰められてるから」

「………………慎司が急に来なくなったらなのは寂しがるよ?どう説明する気なの?」

「電話で上手いこと俺が伝えておくよ。今はなのはちゃんのお見舞い行く時間すら惜しい、だけど連絡はちょこちょこ入れるようにするからさ」

 

 冷徹に聞こえるようだが今はそうは言ってられない。限られた時間で俺は優勝する為の行動をし続けなければならない。正直言えばこうやってフェイトちゃんと問答してる時間でさえ惜しいのだ。

 

「………………分かった。慎司の事はなのはに私からも上手くフォローするから………だからっ」

 

 言いかけてフェイトちゃんは俺を優しく抱きしめてくれる。フェイトちゃんからそんなスキンシップは珍しく少々驚いてしまうがフェイトちゃんは構わず震える声で告げる。

 

「………………ちゃんと、笑ってなのはの所に戻ってきてあげてね」

 

 この言葉に、どれほどフェイトちゃんの想いが募っているだろう。怪我しないでねとは言えなかった、俺が大会に出る時点で怪我をする事はほぼ確定だ。そんな中で勝ち進なきゃいけないのだから。頑張れとも言えなかった、フェイトちゃんの本心は頑張ってほしくないから、その顔を見れば分かる。フェイトちゃんは俺の事だってずっと案じてくれてたのだから。

 どれも言えなくて、必死に必死に何かを伝えたくて。口下手なフェイトちゃんはそれでもそう言ってくれる。せめて笑顔で大会を終えてほしいと、それで戻ってきて欲しいと。フェイトちゃんの優しさに心を癒される、早くも影が差し始めていた心が奮い立つ。………ごめんな、君にも心配をかける。いつもごめんな……いつも、ありがとうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は反対ですっ」

「まあまあシャマル、ここ病院やで?落ち着いてな?」

「落ち着いていられません!」

 

 また数日ほど経つと、今度は八神家の皆んなが連れ立って姿を現す。恐らくフェイトちゃん辺りから聞いたのだろう。フェイトちゃん的には俺の友人として聞かせるべきだと判断したに違いない。

 中でもシャマルは少し興奮気味だった。彼女は医療に心得がある、俺の容体を医学的に俺より理解してるし知識がある。

 

「慎司君のカルテ、ここのお医者さんにお願いして見させて貰いました……確かに左足の骨は綺麗に折れて幸い後遺症を残すこともないでしょう……けど貴方が完治もしないうちに試合に出れば今度こそ後遺症を残す怪我に繋がるかもしれないんですよ?歩けなくなる……なんて事はないですけど……動きが鈍くなったり動かしづらくなったり、なのはちゃんの為とはいえそんなリスクがあるのにどうして……」

「シャマル、フェイトちゃんから聞いてると思うけど何を言おうと俺は大会に出る、そんで優勝して全部取り戻す」

「慎司君が優勝したって……なのはちゃんの容体には直接影響しないですっ。それでもっ」

「それでも、やるんだよ。賛成して欲しいとも応援して欲しいとも思ってない、ごめん。心配してくれてるのは嬉しい、けど俺は今覚悟を決めて事に当たってる……その邪魔はしないでくれ……」

「優勝なんて……無理です。不可能ですよ……」

「それを実現させるのに意味があるんだ」

 

 シャマルさんの立場から言えばそりゃ賛成なんて出来ない。俺も病院の先生には大会に出る事なんか勿論隠してる。絶対に反対されるからだ。

 

「シャマル、な?落ち着いて、な?」

 

 はやてちゃんがシャマルを宥める。シャマルは軽く深呼吸をしてから落ち着くと、ゆっくりと口を開く。

 

「はやてちゃんは……慎司君が大会に出る事には賛成なんですか?」

「そんなん勿論反対や、絶対あかんって思ってる」

「それなら………」

 

 何故止めないのかとシャマルはそこまでは口にしなかったが皆んな言いたい事は分かっていた。はやてちゃんは困った顔を浮かべつつも笑って答える。

 

「せやけどシャマルも分かるやろ?今の慎司君の顔、見覚えあるやんか」

「それは………」

「ウチらを必死になって助けてくれた時と同じ顔しとる……そんな慎司君を止められる訳ないって」

 

 諦めたようにはやてちゃんはそう告げた。止めたいとは思っている、反対もしている。けど、自分たちがいくら何を言っても止める事は出来ないとはやてちゃんは理解している。

 

「……………」

「シャマルの意見には賛成しとるよ?けど、あんな顔して必死にやってる慎司君見せられたら……また奇跡を起こしてくれるって信じたくもなるんよ。なのはちゃんを勇気づけてあげられるって……」

 

 はやてちゃんも分かっている。なのはちゃんは表面上元気にしているが内心は不安だらけで苦しんでる事を。そして、今の自分では真の意味で背中を押してあげる事が出来ないことも。唇を噛むシャマルを見ていられずシグナムも口を開く。

 

「シャマル……私も主人はやてと同じ意見だ。友人として心配なのに変わりない、慎司には安静にしていて欲しい……が、私達では止める事は出来ない。だからせめて、大事ないように見守っていたい。それがせめて私達に出来る事だと思う」

 

 シグナムの言葉をシャマルは受け止めるように目をつぶって思案する。納得はしてない、医者としての目線で見たら何をどうしても止めなければと思っている事だろう。しかし、それをグッと飲み込んで

 

「……分かり…ました。もう、止めませんから……」

 

 そう言ってシャマルはゆっくりと出て行ってしまう。俺は内心でごめんなさいと一度だけ謝ってから手が止まっていた研究に再び着手する。その様子を見てはやてちゃん達も病室からぞろぞろと退出し始める。

 

「…………ああは言ったけどやっぱりウチは心配してまうよ。だから……絶対に聞き入れてくれないと思うけど言わせてや、あんまり無茶せんといて……」

「ああ、皆んなもありがとうな………」

 

 出て行く皆んなを見送る。リィンフォースは何か言いたげにしていたがやはり何も言わずに出て行く。

 

「ヴィータちゃん」

 

 出て行く直前、病室に来てから一度も口を開かなかったヴィータちゃんの背中に声をかける。ヴィータちゃんは振り返らないで足を止めるだけだったがそれでも構わず俺は続けた。

 

「俺は前を向いて進むぞ、なのはちゃんもそうしたいと足掻いてると思う。だからヴィータちゃんも……いい加減一緒に前を向こうぜ」

 

 そうだけ言って俺は作業に戻る。ヴィータちゃん表情は伺えなかったが握った拳に力が入っていたのはわかった。

 自業自得とはいえ、心配してくれて人達を拒絶するような態度を取る事に胸は痛んだ。しかしそれを飲み込んで俺はやるべき事に没頭する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 退院の日が決まった、3日後だ。ちょうど大会まで1ヶ月とちょっととなる日。焦りは募る。相変わらずまだ両足で立つ事もままならない。現状本当にそんな状態で試合が出来るか不安になるが。

 とにかく今は早く治す為にすべき事、大会までに勝つ為にできる事を全力で取り組むしかない。

 

 その日、シャマルさんが1人で再び顔を出してきた。あんな態度を取ってしまって怒らせてしまったかと思っていたがそんな気配は無かった。

 病室に入ってきて早々シャマルは俺に一冊のノートを渡してくる。

 

「これは……」

 

 言いつつノートを開く。中身は綺麗に俺の怪我の具合についてと、その回復状況による適切なリハビリや筋肉の動かし方、回復状況の確認方法など病院の先生からは得られなかった情報やリハビリのやり方など事細やかに分かりやすく記されていた。驚いてシャマルの顔を覗くとその目の下には若干疲労の色が見えた。

 

「シャマル……どうして……」

 

 感謝の言葉よりも先に疑問の声をあげてしまった事に咄嗟に恥じる。しかし、そうしてしまうほど驚いた。あんなにも俺の行動に反対の意を示していたのにこれでは俺に協力してくれたのと同じだ。

 

「私なりに考えたんです、どうすれば慎司君が怪我をしないようにさせられるか。本当は止めるのが1番なんですけど……それが出来ないならせめて少しでも怪我の治療のサポートを出来ればって思ったんです。といってもそこまで変化をもたらせられるから分かりませんけど…」

 

 少し照れ臭そうに笑うシャマルに俺は頭を下げる。

 

「……ありがとう」

 

 ノートの中身わ一目見ただけで分かる。書き直した後も何箇所もありシャマルが考えに考えを重ねて俺の怪我と体に合わせて作ってくれた物だとすぐに分かるほど分かりやすく作られている。何度も言うようだが本当は俺を止めたいと思ってるのに、それでも俺が少しでも試合で動けるようにと作ってくれたのだ。

 

「………今でも正直に言えば試合に出ようとするのは反対です。ですが……慎司君が優勝できるよう願ってもいますから」

 

 そう言ってシャマルは足早に出て行ってしまう。俺は再び頭を下げてそのノートを穴が開くほど読み上げる。今まで手が出せなかった治療途中の左足のリハビリ、シャマルさんのおかげで着手する事が出来るようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 病院を退院して学校に久方ぶりに登校をする。それでも俺がすべき事は変わらず出来ること全てに時間を費やす。登校は左足の事もあるため車を推奨されたが俺はそれを断りいつもより家から2時間以上早く出て松葉杖で登校する。既に右肩は8割ほど回復して徐々に失われた筋肉を取り戻すためにトレーニングにも取り入れている。

 ただ松葉杖で移動する訳ではなく怪我した左足にも怪我に影響が出ないように負担させながら移動する。多少の痛みもあるがシャマルのノートのお陰でどれくらいの負荷までなら痛みを伴っても骨の治癒に影響を起こさせないで少しでも筋力の低下を防ぐ運動ができる。痛みと闘いながら2時間以上かけて学校に到着する。

 既に体は汗にまみれている。一応カバンに着替えを持ってきてよかった。

 

 

 教室につけばクラスメイト達が俺の復帰を祝ってくれる。俺はそれを笑顔で受け止めながらその裏で学校内ではどうするかと思案する。色々考えていると俺の机までアリサちゃんとすずかちゃんとフェイトちゃんが来てくれる。

 3人とも退院おめでとうと祝福の言葉をくれるがそれだけだった。フェイトちゃんとすずかちゃんはまた後でと笑顔で別れるがアリサちゃんは少しご機嫌斜めだった。

 

 実は入院中、俺が行動を始めてから3人でまた見舞いに来てくれたのだ。その時に事前に事情をフェイトちゃんから聞かされたであろうシャマル同様アリサちゃんは自分の体を労われと俺の為に怒ってくれたのだ。そこで俺が折れなかった為喧嘩してるわけじゃないが少し硬い空気になってしまっている。関係修復に力を入れたい所だが俺はアリサちゃんに普通に接するだけでそれ以上の事はしなかった。

 今は、自分のことで手一杯なんだ。

 

 授業は殆ど聞く耳持たず携帯で先生にバレないようにしながら柔道の映像を見る。そして授業のノートを取るフリをして研究した内容をノートにまとめる。既に何十回も同じ映像を見てるがそれでも選手一人一人の癖や技の傾向や対応の仕方など全て見落とさないようチェックする。

 

 体育の時間は完全に俺のトレーニングとリハビリに先生の許可を貰って費やす。昼休みはご飯を食べながら研究しつつ軽いリハビリを交える。いつもなら皆んなと楽しげに話す時間だがそれすらする時間も惜しかった。

 入院してる時とやってる事は殆ど同じだ。

 

 そんな日々を送ってると少しずつ変化が、まず朝の登校にアリサちゃんとすずかちゃんが何も言わずに俺を見守るように一緒についてくるようになった。時間はだいぶ早いはずなのに毎朝とある場所で俺を待ってそれから一緒に登校する。2人は多くは語らなかったが道中汗を拭いてくれたり水分を手渡してくれたりと至れり尽くせりだった。

 

「ありがとう………」

「いいのよ……」

「うん、私達も応援するから」

 

 この会話だけで全て伝え伝わる。ありがとう親友たち、ありがとう。

 

 学校ではフェイトちゃんが授業中携帯を見てる俺が先生にバレないようにサポートしてくれるようになった。先生が近づけばトントンと軽く叩いて教えくれる、さされればバレないようにどの問題か素早く教えてくれる。

 フェイトちゃんだけでなくクラスメイトのみんなが何かと気にかけてくれるのだ。

 

 そうだ、簡単な事を忘れていた。頑張りや努力ってのは確かに1人で続けなきゃいけないものだ。だけど、多くの人に支えられてそれらは継続できる場合もある。

 

 試合に勝てるか不安に押し潰されそうになれば誰かが俺と一緒に笑ってくれた。精神的にどんどん疲れて心が摩耗してきても誰かが励まして背中を押してくれた。そうやって支えられて人は頑張れるのだ。努力できるのだ。

 

 それで、人は不可能と思われた事を成し遂げるのだ。俺は今、その為に頑張ってるし頑張れるのだ。クラスメイト達も、アリサちゃんやすずかちゃんも、フェイトちゃんや八神家の皆んなも、家族も、皆んなが俺を支えてくれた。

 

 1ヶ月、他にも様々な事に取り組んでついにその日を迎える。柔道着に袖を通す。試合の映像は今頃フェイトちゃんのデバイスからなのはちゃん所に送られてるだろう。

 無様な姿は見せられない。さぁ、始めよう。

 

 

 

 

 

「勝つぞ……なのはちゃんっ」

 

 人知れずそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 ウルトラマントリガーかっけえ。月姫おもしれぇ。ウマ娘あたらねぇ。
近々fgo水着イベントが……石(意思)が飛ぶ


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手負いの獣



 リリカルなのはなのに柔道描写が多い?それは本当にすんません。まぁ空白期編におけるメインの話ですので……お付き合い頂ければと。

 話の中で柔道の事で疑問があったらぜひメッセでも感想でも。頑張ってお答えします!


 

 

 

 

 

 荒瀬慎司として柔道をして、神童に反射的に出した一本背負いで勝利した時。俺は嬉しさのあまり雄叫びをあげていたと思う。確信がないのはあの時の試合は壮絶すぎて記憶がとびとびで曖昧だからだ。ただ嬉しかった事は覚えている。

 勝った喜びもある、フェイトちゃんと闘っているであろうなのはちゃんとお互いに勝つと誓った約束を果たせた嬉しさもある。けど、何よりその雄叫びを発しさせたのは一本背負いで勝った事だった。

 

 許された気になった、意識的に使わないようにして技。それをずっと練習もせず錆びつかせていた筈の一本背負いが当時のキレそのまんまで使えた事、それは前世で一本背負いによって引き起こしてしまった事件に負い目を感じていた俺に神様は使っていいんだと言ってくれたような気がしたからだ。

 

 あの時、本当は俺は再び一本背負いと共に柔道人生を歩もうとしていたのだ。ジュエルシード事件が終息して普通の暮らしに戻ってすぐに俺は早速と言わんばかりに道場に赴き1人で一本背負いの練習をしようとした。

 そこで俺のイップスが発覚した。許されたなんて思い上がりだった、前世の呪いに未だに俺は縛られていた。

 イップスは精神的な作用で起こる病気だ、俺が前世の事でイップスを引き起こした事は言うまでも無い。未だに何故あの時だけ一本背負いが出来たのかは分からないが。

 

 だから、結局また諦めて一本背負いを捨てようと思った。一本背負い無しでも勝てるようにと努力した。しかし、柔道をしてれば何度も何度も一本背負いがチラつく事が多かった。この瞬間、今チャンスだったと。相手は無警戒だから一本背負いで投げれるななんて無意識に考えてしまっていた。

 前世で愛用していた一本背負いは前世の俺を超えて今世の俺の魂にですら刻まれたままだったのだ。

 結局諦めきれず何度か克服を試みていた時期はあった。しかしどうやっても使おうとすると、相手無しで動きだけ真似ようとするだけでも体が鉛のように重くなり動かせなくなる。

 柔道をしているのに……前世の後悔を解消する為に柔道をまた始めたのに柔道をしている気はしなかった。

 

 荒瀬慎司は未だに山宮太郎に囚われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう……事ですか?」

 

 高町なのはは震える手を抑えながらなんとかそう言葉を絞り出す。渡されたモニターには今まさに試合をしようとしている荒瀬慎司の姿がある。怪我は治ってないはず、何故試合に出ている?色々な疑問全てが詰まった言葉だった。

 リンディがその問いに答えようとするが母親の桃子がそれを手で制して頷く。どうやら自分から話すと言いたいらしい。断る理由がなくリンディは口を閉ざして成り行きを見守る事にした。

 

「………見た通りよ、慎司君がこれから試合なのよ。映像越しだけど応援してあげて?」

「違うよお母さん……慎司君、大怪我してるはずじゃ……」

「そうよ、まだ完治してないって聞いてるわ」

「ならどうしてっ」

「………分からない?」

 

 悲しげに優しい微笑みを浮かべて桃子はそう言う。その表情には様々な感情が見え隠れしていた。嬉しいような、悲しいような相反するはずの感情が混じり合っていた。

 

「……私の、為?」

 

 桃子は肯定も否定もしなかった。しかし高町なのはは聡い、粗方の理由も含めてすぐに理解してしまう。

 

「そんな、私そんな事……ダメだよっ!ねぇお母さん、慎司君を止めて?今からでもまだ間に合うからっ!もっと酷い怪我しちゃう前にっ」

「止めたかったわよ、私だって止めたかったわ………」

 

 そう悲しげに告げる桃子になのはは何も言えなくなる。リンディの方に顔を向けるとリンディもダメだったと言うように首を振った。

 

「確かに慎司君がしてる事は無謀よ。止めるべきだった、だけど……慎司君の性格はなのはの方が良く分かってるでしょ?」

 

 そう言われて納得してしまう。彼はとても優しい男の子だとなのはは思っている。彼は人を笑わせる事ができて人を楽しませる事ができて色々な魅力がある男の子だけど高町なのははなによりもその優しさが1番の魅力だと思っている。

 自分の命や体の事を顧みないで誰かを救う為に行動してしまう人なんだ。

 

「でもね、なのはの為だけじゃないって言ってたわ。自分のためでもあるって」

「慎司君自身の為?」

 

 それが周りを気にしないようにさせる為の嘘でない事はすぐにわかる。しかしそれがなんなのかは高町なのはには分からない。

 

「これ、慎司君からなのはにって預かっていたの」

 

 そう言って自らの母親から手渡されたのは綺麗に封された手紙。このタイミングで渡してきたのも恐らく慎司君の希望であるんだろうとなのはは思った。しかし、その手紙を開く前にモニターからの歓声が聞こえてそれに目を向ける。

 ちょうど慎司の試合が始まった。恐らく時間的に考えて一回戦目だ、手紙を開くどころではなくなのは食い入るようにモニターを見つめる。勝たなくていい、取り返しのつかない怪我をする前に負けて欲しいと高町なのはは願ってしまう。

 しかし、今の自分では何もできない。だからなのはは慎司に失礼な事だと分かっていても怪我しないで早く負けて欲しいと言葉に出さずともそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な気分だった。朝に家を出てからも会場入りして準備をしてる最中もずっと緊張と不安で体がガチガチになっていた。その筈なのに、柔道着に袖を通せばそれが綺麗さっぱり感じなくなったのだ。

 心は透き通り、程よくリラックスも出来ている。何故だろうか、何でだろうか。開会式の時に出場している選手を観察していたが皆やはり見ただけでオーラが見える程の強者しかいなかった。

 中でも異彩な雰囲気だったのはやはり神童だ。他の選手も勿論油断なんかする余裕もなく、ましてや恐らく俺よりも技術も体力も上の連中ばかりだろう。

 

 今までここまで大きい大会は出た事はなかったが井の中の蛙を味わっている気分だった。開会式が終わり続々とトーナメントの順番通り試合が進行していく。総出場者数は61名、俺は優勝までに5試合勝ち抜かねばならない。

 そして流石は小学生大会で1番レベルの高く規模の大きな大会、会場の雰囲気も異様で小学生大会ながらテレビ局も来てる。

 そんな事を冷静に考えながら試合の準備をする。俺の順番はそう遠くない、控え室に急ぎ左足にルール状問題ないギリギリでサポーターとテーピングでガッチリと固める。気休めだが何もしないよりはいい。

 

 そして右肩にもテーピングで軽く固定する。右肩は無事完治したがこれも念の為だ。用を済ませて左足を意識しながらゆっくりと歩いて畳の近くに向かう。松葉杖無しで歩けようになったのは一週間と3日前、それからようやく柔道着を身につけて無理なく勘を取り戻す為の練習はした。

 

 分かっていた事だがやはり左足は間に合わなかった。歩けてはいるが本当はまだ松葉杖を使って負担をかけないようにしてないといけない段階だった。柔道なんかしたら簡単に再発してしまいそうな予感があった。それでも恐れずに俺は畳のある会場に向かう。

 

 近くまで来たらちょうど会場スタッフに呼ばれ試合の準備をしておくようにと告げられる。3試合後だそうだ、普段なら打ち込み等して体を温めるのだが足に負担がかかるのでそれもやらない。軽くストレッチをして体を冷やさないようにして待つ。

 

 ふと観客席の方を見上げる。

 

「………目立ちすぎだよ皆」

 

 皆来ていた、両親も、桃子さん以外の高町家、クロノにエイミィさん、ユーノ、八神家全員にアリサちゃんとすずかちゃん、フェイトちゃんも。当たり前だがなのはちゃんの姿はない。フェイトちゃんがデバイスで映像を送ってくれてはいるがそれでも一抹の寂しさを感じる。

 こんなに皆んなが応援に駆けつけてくれてるのに贅沢な奴だと内心思う。だけど、映像越しでもなのはちゃんにカッコ悪い姿は見せられない。

 

「っし!」

 

 頬を両手で叩いて気合いを入れる。あっという間に俺の番だった。呼ばれて畳に入り礼をする前に、畳の外で神童の姿を確認した。こちらをジッと見ている。神童は当たるとしたら決勝戦、トーナメントだと反対側のブロックだ。つまり試合はまだまだ先の筈。それでも最前列で試合を見ていると言う事は……。

 

「(クソが、やっぱりまだ警戒されてるか)」

 

 一度でも負けた相手だ。俺の試合を見ようと言うのだろう。上等だ。

 

 頭を振って目の前の相手に集中するように切り替える。相手選手は県外で不動の一位を確立している有名選手だ。………パターン、癖、技……頭を総動員させてそれらをインプットしてから礼をして相手と相対する。

 

「始めっ!」

 

 開戦の合図と共に相手はステップで俺と距離を取る、対する俺は軽く足を動かして殆どそこから動かず構えるだけに留める。さぁ、来やがれ……。

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

「慎司君、動かへんな」

「動かせないのでしょう、今回慎司が勝ち進むにはなるべく足に負担をかけないで勝たなくてはなりませんから」

 

 はやての呟きにシグナムがそう補足する。周りの友人や家族達は慎司の名を叫んで精一杯応援していた。皆慎司の容態は知っている、慎司を思うなら慎司にはすぐにでも棄権してもらって安静にさせなければならない。しかし全員が勝てと応援していた。

 

「結局皆、慎司君に感化されてもうたね」

「ええ、そうですね」

 

 皆知っている、慎司がどれだけ苦しみながらこの大会の為に努力してきたか、どんな思いでここまで来たのか。心配で皆退院してからも何度も様子を見に行った、しかし誰も結局止める者はいなくなった。あんな顔して、あんな必死に打ち込むところを見せられては止めれるはずもない。

 

「……頑張れ……勝て、慎司っ」

 

 シグナムも自身で自覚なく組んだ腕に力を込めながらそう声を張っていた。

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 中々動かない俺に業を煮やして相手は少しばかり前のめりで組手を仕掛けてくる。そうら来たぞ、お前は少々短気なのはもう分かってんだよ。しかしここでまともに組手争いをさせる気はなかった。

 

「っ!」

 

 移動を最低限に済ませて相手の組み手をいなしていく。流石はトップレベルの選手だ、頭に血が上ってもこちらの組み手を狙う攻めは正確で洗練された動きだ。しかし、そんなレベルの組み手でもこちとら組み手の癖すら見逃さず研究したのだ。対策も何度もシュミレーションしている、本番では全て上手くいくとは思ったないがそれでもこなした研究の数と質はどうあっても俺が1番の自信がある。

 

「待てっ」

 

 互いに組み合えず進行しない試合に審判の待ての手がかかる。互いに開始線に戻ると審判から『指導』を俺と相手も貰う。組み合わないから試合に消極的とみなされたのだろう。俺が組み合わないようにしていたがお互いに組み合う事が出来ないと基本的に両者指導を取られる事が主だ。

 それを見越しての行動だ、今のところ試合運びは俺の思う通り進んでいる。さあ、ここからだ。

 

「始めっ」

 

 再開の宣言と共に相手は今度は真っ直ぐ俺に向かってくる。逃げられる前に組み合おうというのだろう。俺は意識的に左足に負担を掛けないように数は下がって再び組み手争いへと移行する。さっきよりも激しい組み手に相手の指先が頬を掠めて表情を歪めてしまう。

 怯んだ俺に相手はチャンスと覆いかぶさるように俺の襟と袖を奥深くまでガッチリと持ちそのまま密着してくる。それを防げず俺はされるがままだった。ここまで密着され、なおかつ相手の組み手有利となるとピンチだ。そんなチャンスを相手が逃す訳なく密着したまま大内刈を仕掛けてくる。

 

 密着し、完全に俺の右足にかかる大内刈。しかし、その右足を地面から離さないように踏ん張る。さらに相手は体重を俺の後方に向かって体重をかけて倒そうとする。

 ああ、そう来るって最初から読めてたよ!

 

 瞬間、右手は相手の襟を左手は相手の脇の下を掴みながら右足を軸に相手ごと体を反転させる。

 

「っ!」

 

 返し技だ。俺の事を押して倒そうとした相手の重心を自身の体を反転させ捻りながら相手の背中を畳へと叩きつける。

 

「おおおおおおおおおっ!!」

 

 咆哮と共に畳に叩きつける、が

 

「技あり!」

「ちぃっ」

 

 判定は技あり。試合は続行だ、しかし相手の上に乗ったまま投げたのでそのまま抑え込みへと移行。10秒抑え込んで再び技ありを貰い、合わせ一本。息を吐き出しながら抑え込みから相手を解放する。

 

 これで初戦突破だ。

 

 礼を済ましてから畳を降りる。観客席から俺の応援団が歓声を浴びせてくれる。それを背中で受け止めながら辺りを見回す。神童の姿は既になかった。やはり、俺の試合を見に来たのだろうか。そんな風に考えているとふと気づく。

 

「はぁ……はぁ……冗談じゃねぇぞ……はぁ」

 

 今の試合、時間的に1分掛からなかったくらいの時間。俺は技を掛けてはいないし攻めてもいない。せいぜい組み手争いで激しい動きをした程度、なのに………軽い息切れを起こしていた。

 

 やはり、スタミナの低下は恐ろしい程この大会で俺を苦しめる事になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

「はぁ…………」

 

 試合に終わりを見届けて高町なのはは息を吐く。それは安堵か、それとも勝ってしまったのでまだ試合は続くと言う事実に吐き出した吐息が。どちらにせよ、いつもなら慎司が勝てば誰よりも跳んで喜んでいたなのははいつものように素直には喜べなかった。

 

「慎司君、勝ったね」

「うん………」

 

 母の言葉に頷きはするが互いに複雑な表情を浮かべていた。リンディはただ遠くで2人を見守る。リンディと桃子の役目は高町なのはに慎司試合を見届けさせる事。

 しかし、慎司の行いもこの行動も果たしてなのはにとって正しい事なのかはやはり確信は得られない。しかし、慎司の目を見て協力すると約束した以上責任は果たそうと思っていた。とりあえずはまだ桃子に任せよう。自分の役割は今親子のやり取りを見守るだけである。と胸中で思っていた。

 

「慎司君からの手紙……読まないの?」

 

 先程なのはに手渡した手紙を指差しながらそう告げる桃子。さっきは試合が始まってしまった為、手紙を見るタイミングを逃してしまったが初戦が終わった今次の試合まで時間がある。手紙を読むには十分な時間だ。

 

「………っ」

 

 なのはは手紙を開こうとするがその動きを止めて手紙を下ろす。

 

「読めないよ……」

「どうして?」

 

 優しく問いかけてくれる自身の母親になのははポツリポツリと語る。

 

「だって、慎司君は私を励まそうとして無茶して試合に出てる……。勝って私を元気付けようって思って……それなのに私、慎司君に勝ってほしいって思えない……慎司君が心配だからって、負けちゃえって思っちゃった……。そんな風に思ってる私に慎司君が私を元気付ける為に書いてくれた手紙を読む資格なんてないよ………」

 

 彼女は真っ直ぐ人間だ、良くも悪くも自分に嘘はつけない。事実、なのはは今も試合に勝ち進んでほしいとは思っていない。不戦敗になってでも今すぐ止めるべきだと思っている、絶対にこのままでは怪我は再発する。それどころか取り返しのつかない怪我をしてしまう。

 そんな自分のようにはなって欲しくなかったのだ

 

「なのはは、分かってないわね慎司君のこと……」

「えっ?」

 

 母親の言葉につい間抜けな声を上げる。どんな意図があるのか読めなかったからだり

 

「なのはを元気付けたい……そんな単純な理由だけじゃないと思うわ。それも理由の一つではあるんだろうけど、慎司君がどんな顔して試合に臨んでるか見ればそれだけじゃないって言うのは分かるわよ」

 

 その言葉になのはは素直に首を振る。私には分からないというその意思表示だった。それでも桃子は微笑んで

 

「手紙は……今は無理に読まなくてもいいわ。けど試合はお母さんと一緒に見ましょう?なのはの為に必死になってくれてるのもまた事実なんだから……なのはが見届けなきゃいけない義務はないけど、それでも最後まで見届けるべきだと私は思うから……ね?」

 

 本当はこれ以上なのは見るのは辛い。いつ、どのタイミングで慎司が大怪我するか分からないようなそんな不安定な状態での試合。その瞬間をなのはは見たいとは当然思えない。

 しかし、母親の言葉に引き込まれるようになのはは頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 2回戦、この相手もまた県チャンピオン。さらに地方大会でも優勝に輝いた事のある実績者だ。勿論この相手の研究も入念にしている。さらに既に布石も打ってある。

 

 互いに礼をして開始戦の前に出る。

 

「始めっ」

 

 宣言と同時に相手は俺に距離を離される事を恐れて少し前に出ながら組手を仕掛けてくる。先程同様あまり足を動かさないでそれをいなしていく。足が動かせない間は相島先生に可能な限りずっと組手争いの特訓をしていた。並大抵の組手じゃ簡単には取られない。

 

「しっ!」

「っ!」

 

 しかし相手はそんな俺の組手を掻い潜り上から奥の襟を掴んでくる。相手は細身の高身長、手足の長さを活かした組手だ。俺の手では長さが足りず上手く防げない、そして奥の襟から俺を引き寄せながら袖も掴もうとしてくる。

 

 瞬間、俺は待ってたと言わんばかりに両手で相手の両襟を掴む。両襟は相手の袖を取らなくていい分掴みやすいのだが技をかける時なんかは相手の袖を引いたり崩したり出来ないので技が効きづらくなってしまう。

 

 だが両襟でもタイミングや相手の意表をつけば、そのハンデも問題なくなる。

 

「あああああああああああっ!!!」

 

 相手が俺を引き寄せようと体を寄せてきた瞬間に俺は自ら背中から倒れ込む。ただ倒れ込むだけでなく自分の右足の足裏を相手の腹と股関節の間くらいに添え、左足は相手の軸を固定するように相手の右足の膝下に添える。

 

「ぐっ!」

 

 ずきりと左足に痛みが走る。が構わず俺は倒れ込みながら相手に固定した両足で相手を浮かせて自身の後方へ倒す。『巴投げ』だ。意表を突かれた相手は対応しようにも既に俺が両襟と両足で相手をロックした為まともに受ける形に。

 

 相手がその手の長さを利用して奥の襟を掴んでくる事は予想済み、何故なら相手は俺の初戦を見ていた筈だからだ。本来、小学生レベルで相手のビデオを見て研究なんて事は殆どしない。そういうのはせめて中学生や高校生からになってからが多い。

 

 だから相手は初戦……勝ち上がってきた方が自分と当たるであろう俺の初戦を見ている筈だと思った。更にその初戦は俺は逃げ腰で後手に回っていた試合だ。それを見れば相手に逃げられないように果敢に攻めようとするのは当然の選択。

 俺は前世で18歳まで本気で柔道に取り組んできた。勘や体力は年相応になったとしてもその知識や経験は完全に無かったことになる訳もなく。試合の流れを読み、布石を打って次の相手の行動をコントロールする。

 

 そこまでやってようやく満身創痍の俺はこの全国レベルの大会でまともに戦えるくらいなのだ。

 

「一本!それまで」

 

 まともに俺の巴投げを受けた相手は背中を畳に打ちつける一本か技ありか微妙な所だったが審判の判定は一本だ。………さて、もうこの大会じゃ巴投げは通じないな。こうやってどんどん戦略が狭まりながら勝ち上がっていくしかない。

 

 さて、礼を済ませないと。そう思い立ちあがろうとする。

 

「っ……」

 

 やはりまた左足がずきりと痛みが走った。………ああ、クソが。まだ歩けないほどじゃないが行動の節々で痛みが走るようになってしまった。………こりゃ、決勝までもたねぇな。分かっていた事だがいざそれを突きつけられると背中がヒヤリとするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

「………フェイトちゃん、慎司君……本当にずっとまともに柔道やってこれなかったんだよね?」

「すずか、その筈……だよ」

「それなのに……何だかいつもより、なんて言うんだろう?雰囲気が……凄いね」

 

 すずかの言葉に両隣に座って応援していたフェイトとアリサは頷く。いつもより鬼気迫るものを3人……応援に来ていた慎司の友人たち全員感じていた。まるで手負いの獣……そのことわざを体現しているかのように。

 

 いつも試合前に会いに行ったりしていたアリサ達だが今回は声を掛けるの躊躇いそっとしておいたほどだった。

 3人、特にアリサとすずかは慎司の初めての試合から殆どの試合に応援駆けつけている。素人目ではあるが1番生で慎司の試合を見てきた2人には分かる。確実に、怪我する前より……弱くなってる事を。

 

 初戦の返し技、いつもの慎司なら恐らく技ありで相手を逃す事なく一本を取っていただろう。2回戦もそうだ、判定は一本であったが技ありでも文句は出ない微妙な判定。普段の慎司だったらあそこまで決まれば綺麗な一本を取っていただろう。

 二つの試合が指し示すように慎司は怪我からの復帰もしてない、本調子でもなく体も鈍ってしまってるはずだ。それなのに、慎司は今まで1番レベルの高い大会で快進撃を続けている。

 

「気力と言うか根性と言うか……慎司の凄いところってそう言うところなのかもね……」

 

 アリサの呟きに2人は同意するように頷く。3回戦……準々決勝までまだ少しだけ時間がある。喝を入れにってあげようとアリサは思い至っていたのだが今の慎司には邪魔になってしまうと内心で自重する事を決めていた。

 

「なのは、見てるかな?」

「見てるといいね」

「きっと見てるわよ、なのはは心配になって逆に見てるんじゃないかしら」

 

 デバイスを眺めてそう言うフェイトに2人はそう口を開く。同時に親友2人に重大な怪我を負った事を知り、3人は深く悲しんだ。世の中を神様を呪うようなそんな気持ちになった。

 しかし3人は祈る、どうか慎司が怪我をしませんようにと。それはきっと無理だと分かっていても祈る。どうかなのはが元気になってまた一緒に走り回れるようになりますようにと祈る。

 

 そして、慎司の想いがなのはに届く事を願っている。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

 

 

「………ぷはぁっ」

 

 水中から浮かび上がってきた時のような声を上げる高町なのは。実際に彼女はずっと息を止めてモニターを注視していた。

 無論慎司の試合である、ハラハラしていてつい呼吸を止めてしまう程だった。そのハラハラは未だ試合に見入ってと言うよりは慎司の怪我を心配してだったが。

 

 一緒にモニターを覗いていたリンディと桃子も似たような反応をする。見てるだけなのにとても疲れてしまうようだった。

 

「あ……」

 

 しかしなのはは見てしまう。今の試合は3回戦、言い方を変えれば準々決勝だったのだが再び慎司の勝利で終わった。試合はずっと相手のペースで慎司の敗北が濃厚だったのだが終盤に慎司が寝技へと持ち込んで相手をひっくり返して抑え込み一本を取って辛勝と言った感じだ。

 

 殆ど試合終了間際まで闘っていたからか、はたまた試合中に負荷がかかってしまったか、恐らく両方であろうが慎司は礼をして畳をさる際に左足を少しだけ引き摺りながら歩いていた。

 心なしか顔色も青いようなそんな気さえする。

 

 ぎゅとなのはは毛布を握りしめる。やっぱりダメだ、これ以上は本当に取り返しのつかない事になる。母親はなのはの……自分の為だけではないと言ってはいたがこれ以上自分が理由で傷つく慎司を見ていられなかった。

 ベッド横に置いてある自身の携帯を掴む。慎司は今は携帯を手放しているだろうから応援に行ってるであろう友人達に電話掛けて止めて欲しいと説得するつもりだった。

 だがもう一度モニターを覗けば未だカメラは慎司の姿を映している。その慎司は見上げるようにカメラの方を真っ直ぐと見つめていた。カメラ越しで見ているのはきっと自分だとなのはは思う。

 

 そしてその自分を見るその瞳を見て携帯から手を放ししまう。今は手負いの荒瀬慎司、体も鈍り、技術も錆びつき、これ以上ないくらいの最悪のコンディション。だと言うのに……そんな冷や汗をかいてるようなそんな顔色なのに……その瞳は、心は、魂は燃えたままだった。

 

 ジュエルシード事件の時も闇の書事件の時も見た覚悟を決めた時の慎司の瞳だ。しかし、そのどの時よりもその心は熱く燃えたぎっている。映像越しとはいえ慎司のそんなオーラをなのはは肌で感じる。

 

 そんな目をしないで、無理しないで、自分を労って……掛けようとした言葉は行き場を失い、慎司を止めようと思った思考を鈍らせる。……止める事は出来ないとなのはは分かってしまう。

 

 そしてそんな目で自分に何を伝えてるのか感じてもしまう。

 

『見届けてくれ』

 

 そんな優しくも激しく、なのはに向けられる慎司の今の内心。それを拒否する事などなのはは出来ない。

 

 

 

 ボロボロでも彼は止まらない、体が死んでも心が死ぬ事はない。彼を良く理解してるなのはだからこそ分かってしまうのだった。

 

 

 

 

 

柔道におけるペナルティ、組み合わない、逃げ腰、技をかけない、明らかに投げる気のない技の掛け逃げ等の一発で反則負けとはならないものの軽微の反則の際に取られる。ルールの変化で指導の効能が変わるが2021年現在は指導自体にポイントはないが3つ貰うと反則負けとなる。当作品もこのルールを採用してます






 誕生日に友人から隻狼を譲り受けたでござる。死ペナありの死にゲーとか無理でござる


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決別



 


 

 

 

 

 

 

「ヒュー……ヒュー…はぁっ」

 

 準々決勝を終えて控室で座り込んで乱れた呼吸を整えるよう意識しつつ休む。しかし、かれこれ5分ほど経っても呼吸の乱れは治らない。先程の試合、一本で勝ったものの殆どフルの時間を使って試合をした結果このザマだった。

 息苦しさは中々消えず吐き出す汗も止まらない。夏ではないのに首の裏や脇の下にアイシングをしないと溶けてしまいそうな気させした。

 

 呼吸を整えながら今の試合を振り返る。3回戦となるとやはり相手のレベルも初戦のように上手くは立ち回れなかった。相手に2度も試合を見られてる上に2度とも奇をてらった勝ち方をしたせいで相手は最大限に警戒しずるずると試合が長引いてしまった。

 試合が長引けば必然と左足にかかる負担が増える。現に2回戦を終えた後よりも痛みは酷く歩く度に痺れるような痛みが走る。だがまだ俺は歩けている。まだ動ける、我慢が出来る……ならば棄権の選択肢はないし元よりするつもりもない。

 さっきの試合は今まで見せてこなかった寝技での相手をひっくり返す技がたまたまいいタイミング仕掛けられたお陰で勝てはしたがもう次の相手には通用しないだろう。

 

 次は準決勝、相手ももう決まっているが俺が大会前から予想していた選手が勝ち上がってきている。学年は6年生で去年の今大会で5年生ながら第3位という結果を残した沢村という選手だ。

 この選手も小学生の間では有名な選手で神童が名を上げるまではこの沢村が小学生でトップなのではと言われているほどだった。実は沢村は別の大会で神童と一戦を交えて敗北をしている、今大会は打倒神童に燃えて気合十分だろう。

 

 現にこれまでの試合も優勝候補の神童とは見劣りしない程の圧倒的な強さを見せつけている。神童と沢村、この2人がこの大会のキーマンだった。だから入念に入念に研究をした、勝ち上がれば必ずこの選手と当たるはずだと確信があったからだ。

 しかし、いかんせん今日の沢村の試合も待ち時間の間に見させてもらってはいたが冷や汗が止まらなくなるほど圧倒させるような強さを改めて見せつけられた。

 俺がたとえ事故に遭わず、万全の状態で出れたとしても真っ向勝負となると勝てるかどうか……。

 

 ただでさえ今の俺はこれまで使ってきた技は錆び付いていてこんな全国屈指のレベルが集まる大会じゃとてもじゃないが通用しない、さらに左足を思いっきり使えばきっと怪我は再発するだろう。

 だから左足を軸にする技なんかも使えない。そんな状況下で勝つために過剰なまでの研究と対策を練り、試合運びを重要視した。いわゆる今後のためにはならない今大会に勝つためだけの努力をしてきた。だがそれももう限界だ、勝ち進めば進むほど手の内は明かされ、恐らく左足の怪我も既に周りにはバレているだろう。

 

 ただでさえ化け物揃いのこの大会に化け物の中の化け物に勝たなくてはならない。心が折れそうになった、

 

「はぁー……」

 

 ようやく整った呼吸でゆっくりと息を吐く。頭によぎった考えを捨てて吐き出すように。

 

『もう十分頑張っただろう』

『ここまでやっただけ凄い』

『ここで棄権しても恥ずかしくない』

 

 そんな甘言になど乗ってたまるか。弱気は自身を蝕む。そんな物を切り捨ててふてぶてしく笑って前を見据えるんだ。

 

「へへっ……上等だ」

 

 1人そう呟く。やってやる、こんな状況下で勝ってこそ証明になるのだ。寧ろ俺は運がいい、俺の望みを果たす為の最高の舞台が待っているんだから。さあ見てろよ……会場の誰もが沢村と神童の決勝を待ち望んでるだろう、そうなると思っているだろう。

 見てろよ、観客も……応援来てくれた皆も……なのはちゃんも……。全員だ……全員……

 

「度肝抜かしてやる」

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 準決勝、第一試合。その試合は開始数十秒で会場を沸かせてすぐに終わった。神童隼人……小学5年生ながらも小学生最強とまで言われるほど実績を積んでその地位まで上り詰めた男の試合は美しくも華麗に、そして苛烈に一本を決めて危なげなく勝った。

 

 礼法を済ませて神童隼人は監督から試合の感想を頂いてから控え室には戻らず試合場の近くに留まる。次の決勝……自身の相手を決める試合を見る為だ。少し時間を空けてから試合は始まる。神童はその間ふと、ある選手の事を考えていた。

 

『荒瀬慎司』

 

 突如現れ、一度自身を敗北させた選手だ。神童は荒瀬慎司を強く意識していた。無論、神童隼人とてこれまでの荒瀬慎司以外には負けてこなかった訳ではない。頭角を表す前は負ける方が多く、その悔しさをバネに神童隼人は血の滲むような特訓をして今の実力を手にしたのだ。

 結果を残し、勝つのが当たり前になり、あの時も試合も特に決勝の相手であった荒瀬慎司の事など眼中に無かった。あの大会は神童にとって次に控えてる大きな大会の肩慣らし、そのような気持ちしかなかった。

 

 そして敗れた、同時に神童は自身を叱咤した。調子に乗り相手を見損なった自身に相応しい結果だと。その日は悔しさと恥ずかしさで枕を濡らし、翌日から再び気持ちを入れ直して柔道に取り組んだ。反省を促す為に負けた試合のビデオ映像を何度も見直した。

 

 そしてそれを見ていると神童は自身が負けた事を更に納得させるものに気づく。自分から一本をもぎ取った荒瀬慎司の一本背負いだ。神童はそれを見て初めて他人の技を見て感動を覚えた。

 

 なんて洗練された技なんだと、神童には分かる。その技がどれだけ磨かれてそんな美しいものに仕上がったか。本当に小学生が繰り出した技なのか。だが、そんな技を持ってる荒瀬慎司に負けた事に神童は納得した。そして武者震いをした、こんな凄い選手に勝つ為に自分はまた『挑戦者』として頑張れる事に。

 

 その後はまさに血の滲むような日々を神童は過ごした。全ては荒瀬慎司に勝つ為に、全てはあの一本背負い以上に自分の技に磨きをかける為に。そして迎えた再戦のチャンス。これまたその大会の決勝という相応しい舞台で。

 結果を言えば神童隼人は荒瀬慎司に勝利した。判定勝ちではあったが勝ちは勝ち。リベンジは果たされた。しかし、神童は勝利の喜びを感じる事は出来なかった。

 

『何故一本背負いを使わなかった』

 

 神童は荒瀬慎司とまともに言葉を交わした事はない。だから慎司の事情など全く知らない。しかし神童は落胆した、慎司が仕掛けてこないように工夫していたしそれを防ぐ手立ても何度も研究して身につけた。それを防いだのならともかく慎司は仕掛けてくる事すら無かった。

 舐められている?そう感じたが試合中の彼は必死そのものでそんな訳ないと神童はかぶりを振った。だがそれでも自分の中でどこか納得のいかない感情が渦巻く。

 

 大会が終わってからも神童は荒瀬慎司の試合の映像を集められるだけ集めてデータとして見てはいた。しかしどれも一本背負いが使われる事はなかった。神童は思う、もうあの時自分を負かした荒瀬慎司とは闘えないのだろうと。あの誰も真似できないような華麗な一本背負いを使わないという事はきっと理由があり事情があるのだろうと。

 神童は、諦めた。そして、時間と共に荒瀬慎司は頭の片隅程度にまで意識しなくなっていた。

 

 偶然だがそれから荒瀬慎司と大会で会う事はなくなる。神童が強化選手となり、大きな大会しか出なくなった事も要因だろう。しかし彼は再び現れた。しかも、小学生大会で1番の大会と言う大きな舞台に。彼は強化選手には選ばれていない、出場すると言う事は特別推薦枠に選ばれたのだろう。

 この全国大会ならもしや、今度こそあの一本背負いを観れるかもしれない。神童はそう期待してトーナメント的には決勝でしか当たらない荒瀬慎司の試合を初戦から観戦していた。

 

 しかし、神童は荒瀬慎司の最初の試合を見て違和感を覚えた。二回戦目で違和感は疑惑へと変わり準々決勝で疑惑は確信へと至る。

 彼は左足に重大な怪我を負っている。準々決勝を見れば自分でなくても皆分かってしまうほどだった。映像をたくさん観てきた神童からすれば違いは明らかだった。

 

 あんな試合の進め方などしたくなかったはずだ。

 あんなに簡単に息が上がるほど柔なスタミナでは無かったはずだ。

 あんなキレのない技など使ってなかったはずだ。

 

 そんな状態で柔道を、ましてや試合に出るなど武闘家として言語道断だ。しかしそれは彼にも分かっているはずだ。優秀な選手ほど自分の体のことを把握してるものだからだ。しかし彼はそれを押して出場した、何か譲れないものがあるのだろう。

 体は鈍っても感じる気迫や気持ちは今まで感じたものより鋭く強い。しかし気迫だけで勝てるほどこの大会は甘くない、勝つ為に沢山のことをして準備してきたであろうは分かる。

 全国屈指の選手しか出場してないこの大会においてそのような状態でここまで勝ち上がってきた事は奇跡に等しい。素直に称賛する。しかし、その奇跡も通用しないような相手がこれから慎司と闘う沢村だ。何度か神童も試合で闘ったことのある選手だから分かる。そんななりで勝つなど不可能だ。

 

 十中八九沢村が勝つ、本心でそう思う。しかし何故だろうか、神童の頭を掠める予感のような物があった。この大会においての荒瀬慎司の姿を思い出す。ボロボロなのに気持ちと目は死んでなく、這いつくばりながらも獣のように強引に勝利をもぎ取った彼の姿を。

 

『彼ならば、何かを起こす』

 

 そんな予感があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 控え室で会場スタッフに呼ばれる。もうすぐに試合だから準備をして欲しいとの事だった。左足を庇うように立ち上がりながらゆっくり歩いて会場の畳に向かう。

 左足は最初より更にサポーターとテーピングでガチガチに固めて何とか普通に歩いているように見せれるくらいだった。歩くたびに痛みを感じながらも引き摺らないように歩く。観客にも相手にも友人達にもなのはちゃんにも俺は何でもない、平気だと見せつけるように。

 

 既に手遅れなのは分かっているがもはや意地だった。会場にまで足を運び観客に晒されれば湧くのは俺の友人達からの歓声。

 

「頑張れー!慎司!」

 

 流石アリサちゃん、よく通る綺麗な声だ。なんて余裕をかまして考えてみるが畳まで足を運んで見ればそんな虚勢はすぐに剥がれる。相手選手を見据える。噂の沢村選手、対峙するのは初めてだが只者じゃないのは実績と目の前のオーラが物語っていた。

 

「(……やべぇな)」

 

 これまでの対戦相手も皆んな一流と呼べる柔道家でとても強かった。しかし世の中上には上がいるとよく言うがそれにしたって沢村は別格すぎる。礼すらしてないのに冷や汗が止まらない。

 

 自分を奮起させながら歩みを進めて礼法をこなす。開始戦の前に踏み出して審判が互いに準備ができてる事を目で確認してから

 

「初めっ」

 

 開始の宣言、研究をした俺の見立てでは沢村は最初から飛ばして組手から俺に向かってくるかと予想していたが意外にもまずはゆっくりと俺に近づきながら様子を伺ってるようにも見えた。

 大きな大会の準決勝ともなれば流石の沢村も警戒しているのか?いや、違う……コイツ……。

 

「………っ!」

 

 試しに左足に痛みを覚えながらも一本踏み出して軽く仕掛けてみる。沢村は少し驚いた顔をしながらも俺から距離を取って組まれないよう阻止する。俺は追撃はせず一度踏みとどまる。

 

 俺が軽く仕掛けただけであの表情……そして視線はチラチラと俺の足……左足を気にしてるようだった。俺の怪我を気にしている……しかしそれは悪い意味でだ。

 

「……ふっ」

 

 試合中だと言うのに表情を崩して軽く嗤う沢村。間違いない……舐められている。唯一の推薦枠だからか俺の準々決勝までの試合を見て判断したのか……または、怪我の具合を見抜かれて負ける事は無いだろうとたかを括ってるか。

 

 どれにしろいい感情は浮かばない。しかし、俺は軽く息を吐き出して心を落ち着かせるよう努める。ここで挑発に乗っても相手の思う壺だ、沢村が規格外の選手の事に変わりはないし俺の怪我を見抜いたのならそう思われるのは仕方のない事でもある。それに、そう思われてるのなら都合がいい、油断大敵って奴だ。

 

「っし!」

「っ!」

 

 相手が俺の怪我を見抜いてるのならまさか激しく動いてくるとは思わないだろう。左足の痛みを堪えながら俺は果敢に組手を仕掛ける。襟を掴もうとすればそれを弾かれ距離を取られる。それから離さらないようしつつもあまり前のめりにならないよう注意しながら距離を詰める。

 組手の攻防、さすが規格外。全然組ませてもらえない。そして相手の動きを見て気づく、怪我人の俺を見てもコイツは油断なんかしていない、誘われたっ!

 

「ぐっ!」

 

 俺の組手をいなしてカウンターを決めるように先に沢村に組まれる。真っ向での組手勝負で負けた。俺が持ち直す前に見事に俺が見て前へと引き出して崩しを仕掛けてくる。

 反射で両足で踏ん張ってしまいズキリと左足に痛みが走る。

 

「──っ!!」

 

 声にならない叫びを上げながらも苦し紛れに襟と袖を掴むが位置が悪い。ここでは相手に力が伝わらない場所だ。しかも大勢は崩れたまま……来るっ!

 

「やああああああああっ!!!」

 

 沢村の得意技、『払腰』だ。雄叫びとと共に繰り出される洗練された払腰。俺を十分に崩してその流れで掛けられた技、しかも………沢村は左利きの組手、払腰は襟と袖を相手から見て前方へと引き出しながら体を半回転させて自身の腰を相手の胴に当てがい、更に軸足とは逆の足で相手の膝下を払い上げて投げる技。左利きの場合だと払腰は相手の左足を払う形になる。

 つまり、怪我をしている左足に直接衝撃が来る。

 

「ああああっ!!」

 

 喉が裂けてしまうようなそんな断末魔をあげる。激痛で思考が停止しそうになる。痛みで踏ん張る事など出来ず綺麗に体が浮いてしまう。完全な一本コースだった。負ける……

 

「ったまるかぁ!!」

 

 背中から落ちる直前に相手が掴んだ袖を切る、手が離れた事で力が弱まった所で体を捻って背中から落ちるのを回避しようともがく。

 背中半分ほどから叩きつけられ、更に激痛を感じながらもすぐに寝技の防御体勢を取る。一本では無いと信じて。

 

「技ありっ!」

 

 判定は技あり、しかしポイントを取られた事に変わりない。沢村は一本を取れると思っていたようで落胆した様子を見せながらもすぐに寝技に……移行する事はなく立ち上がる。寝技を仕掛ける意思はない事を示しすぐさま審判は待てで試合を止める。

 

「(くそっ……やっぱ強えなぁ……)」

 

 既に荒くなった呼吸を整えるためゆっくりとした動作で立ち上がろうとする。卑怯だがこうでもしないとフルで試合なんか出来ない。

 

「……っ!」

 

 ………左足に上手く力が入らない、というか……

 

「ってぇ……」

 

 力を入れなくても痛みが走り続けていた。まずい、動かせるから折れてはいない筈だがそれでもまずい。痛みで立ち上がれない。

 

「……大丈夫かい?」

 

 中々立ち上がらない俺の様子を見て審判からそんな言葉を掛けられる。俺は大丈夫ですと告げながらもゆっくりと腕と右足を使って立ち上がる。試しに左足を動かして見るが地面につけるとやはり痛みが走った。

 もう意地で隠す事も出来ない、仕方なく左足を軽く引き摺りながら開始戦まで戻る。

 審判から目で続けるのか?と問われているようで俺はこれが返事だと言わんばかりにただ目の前の沢村を見据える。

 呼吸が荒く、汗が尋常じゃないほど体から吐き出している。しかし、多分痛みによる脂汗だ。本格的にやばいと分かる、ここまで激戦に次ぐ激戦でとっくに限界なんか迎えていた。

 そもそもまだ試合に出る事すら許されない段階で強行したんだ。ここまで左足がもっただけで奇跡だろう。

 

「(まずい……まずい)」

 

 ただでさえ規格外な相手とやってんのにこんな状態で勝てるわけがない。研究で打てる手は何個も考えて来てるがそれを実行出来る状態じゃないし組んでみて分かったがそんな付け焼き刃なぞ万全の俺ならともかく今の俺では通用しないと肌で感じる。

 

「(どうする、このままじゃ……負ける)」

 

 絶体絶命、無理だ。負ける……そんな思考で頭が支配される。そうだ、棄権しよう……こんな痛いんじゃ柔道なんか出来ねえって。最初から無茶だったんだって。

 でも……その無茶を通すために俺はここに立ってる。棄権なんて出来ないししたくない。負けたくない……いや違う…、負ける訳にはいかない。勝ちたい、俺の為にもなのはちゃんの為にも。荒瀬慎司、俺は言った事は全部やり通す……そんな俺になりたくて生きていくって決めたんだ。だから、勝つと、優勝すると言ったのならそれを果たす。それが山宮太郎が出来なかった事で荒瀬慎司として成したい事。

 

 だが思ってるだけじゃ勝てない。手立てはない、出し惜しみも別にしてない。本当にそうか?俺は全力で試合をしてる、これ以上アイツに通じる事なんて………

 

「始めっ」

 

 審判からの再開の合図で思考の海から目覚める。沢村は俺の様子を見てもう負けはないと確信しているのだろう馬鹿正直というほどではないが真正面から俺の襟を掴んで俺を後方へと押しながら更に袖を掴もうとする。左足にまた痛みが走った、が。

 

 自然と襟を掴んできた腕の袖を左で掴む。膝よりちょっと下、その部分を弛まなく掴む事で最大限に力が伝わるようにする。俺の右手の袖を掴もうとした相手の手は空を切った。

 

「っ!」

 

 沢村の驚愕の表情を盗み見ながら、俺は仕掛ける。手順はまず右足を相手の足の間に入れ込んでそれを軸にして体を回転。その時に掴んだ袖を相手の脇を開けるように開きながら引くと同時に自由になってる右手を開けさせた相手の脇の下を膝裏で挟み込むようにロックする。

 自身の背中は完全に相手の体と密着し、相手の左手は完全に俺の両腕でロックされそのまま背負い投げの要領で前へと投げる。

 

 

 

 そう、これこそが──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全国大会の一週間半くらい前にようやく立って歩くだけなら左足に痛みも賜わなくなった。右肩のヒビは完治し、既に筋力を取り戻す為に必死にトレーニングをこなしていたが左足はそうはいかない。

 完治は間に合わない以上、筋力を取り戻すような負荷のかかるトレーニングは出来ない。せいぜいなるべく筋肉を使うリハビリをしてこれ以上筋肉が落ちるのを防ぐようにするのが精一杯なのだ。

 

 研究は毎日続けていた、低酸素マスクを起きてる間は常にしてスタミナの低下を軽減し、体の栄養管理もプロ選手より徹底したと自負できるくらいここ一か月以上続けている。

 しかしこれでは勝てない、分かっていた。勝てるわけがない、俺は強くなる為の努力ではなくこの大会で勝ち進む為の努力しかしてない。つまりこの大会に限った攻略トレーニングなんだ。先の事を見据えるなら為にならない、そしてそんなトレーニングでは自分自身強くなる事なんか勿論出来ずそんな事では異次元な規格外の選手には勝てない。

 

 前世を含めて長く柔道をして来たからこそ分かってしまう事だった。ならばどうすればいい?不可能を可能にする為に俺は何をすればいい?

 答えはすぐに出た、俺の前世のトラウマを克服しなければならない。俺の切り札……切り札じゃないな、切り札はとっておきの物ってやつだ。俺のこれは切り札じゃない、常に使い続けそれで相手を薙ぎ倒して来た相棒だ。それを取り戻す事が0を1に変える条件。それがいくら苦しいことでも……もう逃げたくない。

 

 

 

 

 いくら掛けようとしても体が途中で固まって動かなくなる。頭にそれを思い浮かべてると似たような動きをするだけで止まってしまう。それでも無理やり体を動かすように強引にやり続ける。

 

 

 

 数日経ってから強引に技を掛けようとすると過去の記憶がフラッシュバックするようになった。精神的な負担は思ったよりあったようだ。

 

 

 

 あの時言われた数々の言葉や出来事が脳内を駆け巡る。汗を噴き出しながら、時に吐き気を催しながらも止める事なくやり続ける。

 

 

 

 毎日、毎日、毎日、克服する為のトレーニングは数時間どころじゃない。今までやってきた準備に加えて更に精神的な負担をかけたせいか追い込んで追い込みまくってもギリギリで保っていた心が折れそうになる。本当はゆっくりゆっくりと克服するものだ。しかし逃げ続けたツケで猶予はない。荒療治をするほかなかった。

 

 

 

 違うんです、そんなつもりじゃなかったんです。正々堂々やってたつもりだったんです。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………。

 

 

 

 母さんが泣いていた、父さんが俺を止めないように耐えていた。家族団欒のはずが空気は重い。俺のせいだ、これも俺のせいだ………。

 

 

 

 鏡を見る、酷い顔だった。疲労が溜まったとかそういう物じゃない、こんな顔されちゃ両親も泣いてしまうのは納得だ。顔を洗って見てもやっぱり変化はなかった。

 

 

 

 止めてくれ、誰か俺を止めてくれ。今止めてくれたら俺はきっとそれを受け入れる。だから止めてくれ、誰でもいいから俺に言ってくれ……もう十分やったよって………。

 

 

 

 なのはちゃんから着信があった。元気にしてる?ってそんな事を陽気に聞いてきた。自分は今も悩んでてて苦しんでるくせに。そうやっていつもいつも……いつも君は……。

 やろう、頑張ろう。

 

 

 

 何のために俺はこんな事をしてるのか、苦しい思いをして続けてるのか。それを忘れない、片時も忘れないようにする。何故だが涙がポロポロと零れ落ちる。構わず続ける、心なしかまだ体は固まってぎこちない動きになってるけど段々とスムーズになってくような気がした。

 

 

 

 許されなくてもいい、俺を恨んだままでもいい。結局あの時俺が闘った相手もその姉も今は俺にどういう感情を覚えたままなのか知らない。だが例えどうであろう俺は逃げてはならなかった、怪我をさせたのならその相手の悔しさも背負うって耐えて棄権なんてしないで出場するべきだった。

 優也が言っていた事は正しいって理解していたけどようやく自分の心に腑に落ちた。

 

 

 何を言われようと、誰かが赦さなくても俺が柔道をやるかどうか俺自身が決める事だ。続けるにしても辞めるにしてもその理由を誰かに押し付けてはいけなかった。

 俺は罪悪感を感じて逃げた、相手を理由にして逃げた。それを跳ね除けて立ち向かって続ける事から逃げた。悲劇の主人公気取りで好きな事から逃げた。それを後悔してずっとうじうじしていた。

 

 もう逃げたくない、後悔したくない、柔道からも自分の人生そのものからも。うじうじしていた山宮太郎と決別し、そして証明したいんだ………俺が柔道で培った努力は無駄じゃなかったって。あの時、逃げて辞めた時どうせこうなるなら努力なんて意味なかったと思ったあの感情を否定するために。 

 その為に柔道にまた向き合ったんだ!俺は好きだから柔道をやってんだ!そうだ、俺は好きでやりたいから頑張るんだ、頑張れるんだ!そしてそんな頑張りは……努力は例えどんな困難でも立ち向かえる心を培えるんだ。努力に、裏切られる事はあっても無意味な事なんかないんだっ!!

 

 

 そうだよ、俺が柔道やるなら……お前が必要だ。だから、また使わせてくれ、また一緒に闘ってくれよ。なぁ、相棒……なぁ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の………

 

 

 

「一本背負いだあああああああああああああっ!!!!」

 

 ドンっと地震のような強い衝撃。さっきまで騒がしかった会場がシーンっと静まる。

 

「っ!い、一本っ!!」

 

 呆けた審判が慌てて宣言すると爆発するように会場は湧いた。「すげぇ」や「まさか勝つなんて」など俺を……俺の一本背負いを讃える声が耳に入る。それを満足げに聞いてると俺を応援してくれていた観客席からも歓声が聞こえて来る。

 

「慎司ーー!慎司ーーー!あんたすごいわーー!!」

「うん!うん!すごいよ慎司くん!」

 

 アリサちゃん、すずかちゃん、へへ……興奮しすぎだよ。デバイスを俺に向けて映像を送ってくれてるフェイトちゃんを見やると涙ぐんでいた、まだもう一戦残ってるっての。

 デバイスの方へ視線を向けて俺は強がりながらもニヤリと笑って見せた、なのはちゃん……次は決勝だぜ。っと、いつまでこうして座ってるわけにはいかない。沢村は畳に一度拳を打ちつけて悔しそうに歯を食いしばりながら礼のため開始線に戻る、俺も早く戻らないと……っ!くそが………。

 

 試合中よりも左足を引きずって歩く羽目になる。その俺の様子を見てさっきまで湧いていた会場は静まり返った。庇いながら歩いても痛みが走る。それでも何とか開始線に戻り礼を済ませて畳を降りる。

 あーあ、一本背負い使ったからなぁ……一本背負いはどうしたって書ける瞬間は軸足……右足だけの負荷で済むが投げる瞬間は両足にどうしたって負荷がかかる。だから、本当にそれしか手段が無かった時にしか出せなかったのだ。左足が悪化するのが目に見えていたから。

 しかし、一本背負いでなければ沢村には勝てなかった。後悔はない。

 

 ゆっくり……ゆっくりと歩いて控え室へ向かおうと歩みを進める。ふと視線を感じてその方向を見るとジッと神童がこちらを見ていた。次の決勝の相手だ……。神童の表情は……うまく読み取れない、感情が昂って喜んでるような……しかし素直に喜べていないような……後者は決勝の相手が負傷してるって点なのかもしれない。

 

 だから俺は青くなってるであろう自分の顔を無視してもう一度笑みを浮かべ神童を見やる。

 

「………勝負だ」

 

 呟く、神童まで届いたかどうかは怪しい……しかし神童は少し驚きつつもキュッと表情を引き締めて背を向けて歩く。恐らく自身の控え室に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ここまでの怪我で慎司が試合をしてる事に違和感を感じてるかもしれませんがそれだけ慎司君の気迫と根性が異次元なだけという事で一つ。

 オリ主は原作主人公の為ならば何でも出来てしまうのです。
思考停止は良くないので、一応補足すると……自分ではありませんが柔道の現役時代……お世話になった先生である程度その業界でも有名な方だったんですが昔の時代で大怪我でも無理に出た事があったらしく骨折近くの負傷でも試合をして勝ち上がった事があるらしいです。

 無論ちょっとした後遺症が残ってしまったらしいので間違った選択ですし今回の慎司君の選択も柔道家としては大間違えですね。スポーツを嗜む人なら怪我をしないように、怪我をしたならそれを見極めて行動する事、それこそが一流選手だと作者は思っています。

 あれ?リリカルなのは二次で書く後書きじゃねぇや。失礼いたしました


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想い、覚悟

「あ……………」

 

 映像を見てつい声を発する。何で分かったんだろう、今慎司がとてもピンチで足ももう限界を迎えてるような様子で、正直目を覆いたくなるようなそんな状況下で、でもやっぱり目を逸らす事は出来なくて。

 

 そんな中で慎司が相手の袖を持った瞬間高町なのはは理解した、彼が起こそうとしてる行動を、繰り出そうとしてる技を。

 

「一本背負いだ……」

 

 呟くと同時に慎司は流れるような動きで綺麗な一本背負いを繰り出した。柔道は素人ながらも慎司の影響で柔道競技の試合をテレビでよく見るようになったなのはでも今の一本背負いは見惚れるような洗練されたものに感じた。

 彼の一本背負いを見たのはなのはがフェイトとの対決で大会には駆け付けられるずその時も後から映像で確認した時だ。

 

 生ではなく録画としての映像越しとは言えいたく感動した事をよく覚えている。あまりに凄いと思った、言葉に出来ないくらい凄い技なんだって感じた。興奮したなのはは以前、また別の大会で慎司が優勝した時に流れで聞いた事があった、どうして一本背負いを使わないのかと。その時慎司はどこか苦しそうに、そして寂しそうにしながらあの時たまたま使っただけだと言っていた。

 

 それが嘘なのは素人のなのはでも分かった。けれど、どこか触れちゃいけない事なのかとなのはは感じてずっと疑問は持ちつつも気にしない事にしていた。そして、慎司はまた一本背負いを見せてくれた………前回はなのは共に誓い合った必ず勝つという約束を守る為に、今回は……きっとなのはを勇気づける為に……。

 

「慎司君、決勝まで勝ち上がっちゃったわね」

「うん………」

 

 そう言う自身の母親の言葉はどこか重い。試合後の慎司の様子をみれば仕方ないだろう、もう左足を殆ど使えてないと言っても差し支えないほどの様子だった。決勝どころか柔道をする事すらままならない。本来、最初から慎司はそんな状態だったのだが今度という今度は本当に無理だ。

 

「……………」

 

 だが、なのはは知っている。荒瀬慎司と言う人間をよく知っている。彼は出るだろう、その足を引き摺りながらでも棄権はしないだろう。そう考えただけでもういてもたってもいられない。そして、なのはももう限界だった。見守り続ける事なんてもう出来なかった。

 ここまで慎司が勝ち上がってもなのはが考えるのは慎司がこれ以上苦しい思いをしないで欲しい事だった。たとえ自分……なのはの為でも慎司自身の為でもその想いを踏みにじってでも止めるべきだと。

 

 だって……自分のようになって欲しいわけがなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

「だぁ!痛ってぇ!」

 

 控え室、地面に座り込んで決勝向けてテーピングやらサポーターなどをやり直しているのだがその作業でさえ足に響いて痛みが走る。もうこの際大袈裟に叫んでやろうかってくらい痛がりながら足の関節があんまり動かせなくなるくらいガチガチに固める。

 ここまでやってもやはり立ってるだけで痛いがそれでもマシな方だった。こっちの足を刈られる技を掛けられたらと思うとゾクッとする。しかし、試合に出る以上はそれを覚悟せねばならない。

 

 決勝までは空き時間がありあと30分ほど体を休めてから始まる予定だった。既にアドレナリンが切れて左足だけでなく体のあちこちにガタが来ている。まともに柔道をやってこれなかったのに死力を尽くした試合を4度もさせられれば仕方ない。怪我でのガタは左足だが体への疲労感も半端ない、両腕の前腕はパンパンになって力を入れるのも一苦労だし何よりスタミナだ、正直このまま数時間ほど座り込みたいくらいだ。

 

 なんて泣き言を言ってもしょうがないので体の必要な部位にアイシングをして少しでも試合で動けるような残り時間ギリギリまで休む。少しジッとしていると控え室の扉が開き入ってきたのは相島先生だった、俺の状況を見て一度ため息を吐きながらも口を開く。

 

「大丈夫……ではなかったな。ここまで勝ち上がった事を褒めてやりたい所だが……それよりもだ。このまま本当に決勝に出るのか?」

 

 相島先生との病院での話し合いからの再度の問いだった。言いたい事は分かる、少し悪い言い方するなら最後通告だ。その状態で試合をすればどちらにしろ足の再骨折は免れない、もしかしたら既に折れている可能性もある。折れた骨を酷使すればその先は更なる大怪我、神経、靭帯を傷つけ最悪柔道も出来なくなるしよくても長期に柔道が出来なくなり復帰は厳しいものとなる。

 この相島先生からの問いは最後の逃げ道を作ってくれてる優しさだった。だが、俺は言うまでもないと言わんばかりに言葉でなく相島先生の目を見つめて強がって笑ってみせた。

 

 今日は強がってばかりだ……そうでもしないととっくに心は折れてるだろう。

 

「そうか、まぁ分かってた事だ。……なら、俺から言える事は一つだけだ」

 

 くるりと背中を向けて控え室の出口に向かいながら一度振り返って

 

「……勝って見せろ、慎司」

 

 そう笑って告げてくれる。一瞬だけ呆けながらも俺は今日1番の声で

 

「はいっ!!」

 

 と返した。相島先生かは満足そうに控え室を後にする。そして入れ替わるように今度は応援に来てくれた皆んなが顔を出して来た。両親、八神家、なのはちゃんと桃子さんを除いた高町家、アリサちゃんとすずかちゃん、フェイトちゃんの聖小組、エイミィさんにクロノ、ユーノ、アルフ。割と大きい控え室だがここまで人数が集まると狭く感じるな。

 

 皆んな忙しい合間を縫って駆けつけてくれた。応援というよりは俺の心配をしてが大半だろうけど。それでも、声を上げて応援してくれた。それを力にして何とか勝ち上がってこれた。皆んな何か言いたげだった。最初に口を開いたのは両親だった。

 

「俺と母さんからはもう何も言わない、最後まで決めた事をやり通すんだぞ」

「慎司……っ、……しっかりね」

 

 2人の声は震えている、俺の惨状を見て止めたい衝動に駆られただろう。親として正しい行いをしようとしただろう。しかし、それをグッと堪えて俺の言葉を待たずに控え室を後にする。2人の言葉を胸に刻んでせめてその背中を最後まで見送った。  

 

「………最後まで君の覚悟を見届ける。だから……勝つならちゃんと勝つんだぞ」

「ここまで皆んなを心配させたんだから優勝しなきゃ承知しないからね」

「本当は……いや、もう慎司を止める言葉は聞き飽きただろうから……それは言わないでおくよ。頑張って」

「………ま、しっかりやんなよ。どうせ慎司は勝つだろうけど」

 

 クロノ、エイミィさん、ユーノ、アルフ。魔法の事で大変だろうに俺の事で心労をかけさせてしまった事を心の中で詫びる。2人の応援の言葉を聞き、俺は強く頷く。3人は言いたい事は終わりと言って両親に続いて部屋を後にした。

 

「足……見せてください」

 

 問答無用にシャマルに左足を処置される。せっかくやったテーピングとサポートを全て外されて少し触ったり動かしたりして俺の反応を見る。

 

「っ……折れかかってます」

 

 そう悲しそうに告げるシャマル。その先は言わなかったが言葉にしなくても分かる。次で確実に折れると。

 

「強く固めればいいって物じゃないですから……私がやりますね」

 

 再び俺を止める言葉を口にすると思ったがシャマルはサポーターとテーピングを丁寧に適切に左足にあてがってくれる。シャマルの処置を受けてる間に続くように今度はシグナムが口を開いた。

 

「慎司……私は未だ柔道というのをよく分かってはない。しかし、それでも言わせて欲しい……ここまでの試合、見事だった。私だけでなく皆胸を熱くさせていた。最後の決勝……大番狂わせを見せてくれ」

「……へへっ、任せろ」

 

 そう言って拳を打ちつけ合う。今度はザフィーラ、会場で獣形態はまずいから珍しく変装した人間形態だ。

 

「友よ……健闘を」

「おうっ」

 

 言葉は少ないがそれよりも俺を励まそうとしてくれてる想いは感じ取れた。俺がそう返事をするとどこか満足げに頷き返してくれる。

 

「慎司………」

 

 次にヴィータちゃん。なのはちゃんの大怪我を負った事件の当事者でもある為かずっと塞ぎ気味でちゃんと言葉を交わせていなかった。しかし、今はどこか晴れ晴れとしている。

 

「あたしも……うじうじするのは辞めた。慎司、お前と一緒であたしも前に進みたい。もっと強くなって目の前でもう2度となのはみたいな事にはさせない。そう決めた……慎司のおかげだ」

「決めて前を向いたのヴィータちゃんだろうが。まぁ、そういう風に思えるようになったならよかったよ」

「うん、だから慎司も……あたしを立ち直らせたようになのはの事も……頼む」

 

 ヴィータちゃんの切実な想いを聞く。ずっと罪悪感を感じていたんだろう。彼女は優しいから、ずっと自分を責めていたんだと思う。それでもヴィータちゃん再び立ち上がった。その決意を受け取る、その想いを受け取る、その優しい願いを……引き継いだ。次に前に出たのリィンフォース、

 

「………私は口下手だから、今何を言えばいいか分からない。これ以上怪我をしないでくれとも思ってる、慎司の夢を……願いを叶えて欲しいとも思う。私は何を伝えれば正しいのか分からない」

 

 不器用にリィンフォースはそう言葉を紡ぐ。

 

「しかし……私が1番伝えたい言葉は一つだ…………もう『後悔しない』ように頑張ってほしい。私は慎司がしたい事をいつでも応援している」

 

 俺の前世を知ってるリィンフォースのその言葉は強く突き刺さる。悪い意味ではなく、覚悟をさらに深めてくれるものとして。ありがとうリィンフォース、俺の前世を知るせいで余計に心配をかけただろう。けど、ずっと見守ってくれてありがとう。

 言葉には出来ないけどせめて手を握って感謝を示した。

 

「じゃあ私かな……まあ、正直皆んなが殆ど伝えたい事全部言ってくれたし……」

 

 少し困ったように笑いながらはやてちゃんは頬をかく。うーんっと、ちょっと悩みつつも上手い言葉は見つからなかったようで

 

「まぁ、頑張ってな。私は慎司君の優勝パーティーで今まで1番豪勢で美味しい料理用意するつもりやから、楽しみにしててな」

「ああ……、はやてちゃん料理上手だから楽しみだよ」

「ありがとう……それと、そやな………うん。どうか『負けないで』」

 

 自分にも、相手にも……挫けないでくれと。そういう意味ではやてちゃんは俺にこの言葉を送ってくれる。負けないで……か、そうだな。それが1番大切かもしれない。俺はその言葉に笑顔で頷くとはやてちゃんも満足したように頷き返す。

 

「……これで、ちょっと歩くくらいなら少し痛みを抑えられると思います」

 

 ちょうどシャマルがテーピングを終えたようでそう告げてくる。シャマルに手を貸してもらいながら立ち上がって数歩ほど歩く。……驚いた、まだ軽く痛みはするがそれでもさっきとは雲泥の差だ。テーピングの上手さでここまで変わるのか。

 

「分かってるとは思うけど……そのテーピングくらいじゃ激しく動かしたり力を入れたりする事に対しては殆ど意味がないわ……」

「うん、ありがとう。それでも俺の為に……ありがとう」

 

 シャマルは真面目な話をする時俺に対してはいつも敬語だ。それが崩れるくらいシャマルは俺の事で心配をかけてしまってる。シャマルが俺に足の事を気にかけてくれなかったら今頃俺は決勝の舞台には立ててないだろう。

 

 彼女が用意してくれた俺用のリハビリや怪我の治癒を少しでも高めてくれる食べ物と適切な量。それらで支えてくれてなかったら今の俺はない。だから、その事も含めての俺の最大限のありがとうという言葉だ。

 

「っ……………」

「…………」

「……………………応援……しますから」

 

 そう言い残して八神家全員共にシャマルも部屋を後にする。今の間にどれだけの本心を、言葉を飲み込んでくれたのだろう。絞り出した応援すると言ってくれたあの言葉にどれだけの想いと重みが詰まってただろう。俺にはきっと計り知れないしするのも烏滸がましい。

 ………ごめん、でもありがとう。シャマル、君が俺の為にしてくれた事……その想いも背負って俺は決勝に臨まなくてはならない。

 

 控え室に残ってるのは俺とアリサちゃんとすずかちゃん、そしてフェイトちゃんだ。俺が一息落ち着いた所ですずかちゃんが俺に歩み寄る。

 

「慎司君、これ見て……」

 

 そう言って見せてきたのは携帯の画面。そこに映し出されているのは携帯の写真の機能を使って撮った物。それには見覚えのある教室に見覚えのある面々が集合写真のように撮った写真。

 

 クラスメイト達だ、そしてクラスメイト達が用意してくれたであろう黒板に書かれた俺へと向けた数々のメッセージ共に皆んなが写っていた。

 

『がんばれ!』

『ケガしないでね!』

『皆んなおうえんしてる!』

 

 それ以外にも俺の胸を熱くさせてくれるメッセージが黒板にぎっしりと沢山並んでいた。

 

「あいつら………」

「みんな、流石にこの遠い試合の会場までは応援に来れなかったけどせめてって昨日私にこれを送って慎司君に見せてほしいってメールが来てたんだ」

 

 この会場は海鳴から県を何回か跨いでようやく辿り着く場所だからな。皆んながここまでついて来てくれてるのがありがたいし凄いんだ。学校でも授業や皆んなとの時間をそっちのけで試合の為の準備に明け暮れていた。

 だから皆んなも何となく俺がしようとしている事を察していた。邪魔しないようにしてくれてたと今冷静に思い出せばそう思う。

 

「クラスの皆も慎司君を応援してる……勿論私も同じ気持ちだよ?正直心配だけどそれでも……慎司君が頑張るなら、私も精一杯応援するからね」

 

 あんまり普段のすずかちゃんからは見れない強さのこもった言葉だった。すずかちゃんも色々と俺の為に色々としてくれていた。アリサちゃんと一緒に登校する時だって足が不自由な俺を後ろから見守ってくれた。

 集中している俺に車の接近や足元の注意なんかも何度か受けた覚えがある。そんな細かい事を引き受けてくれて俺を支えてくれた。

 

「………すずかちゃん、大会終わったらまたあの立派な家に招待してくれよ。あの美味しい紅茶……また飲ましてくれ」

「うん、勿論だよっ」

 

 いつもよく行っていたすずかちゃんの家もしばらく行ってない。入院やらなんやらでずっとご無沙汰だ。取り戻すんだ、なのはちゃんがを交えたそんないつもの日常を。

 

「………次は私ね」

 

 いつもとは違う少し静かな雰囲気で俺の前に立つアリサちゃん。表には出さないけど人一倍他者の感情に敏感で気遣いの彼女もさぞ俺の事で悩ませてしまったと思う。

 

「…………慎司、勝ちなさい」

 

 余計な言葉は交えずただハッキリとアリサちゃんは告げた。

 

「負ける事は許さないわよ……ここまで色んな人に迷惑かけて、心配かけてきたんだから慎司には勝つ義務があるわ」

「………ああ」

「何が何でも勝ちなさい……何よりも慎司、アンタ自身の為に勝って、私が慎司を止めなかったのは慎司がちゃんと自分を理由にしてたから……だからっ……皆んなに心配をかけた分ちゃんと自分と皆んなを笑顔にさせなさいよっ」

「………ありがとうアリサちゃん。ずっと心配してくれてたもんな、その気持ちはずっと伝わってきた。それでも俺の事を想って我慢してくれてありがとうな、どんなに言っても言い足りないくらいだ」

「っ……」

 

 いつもなら、俺の頭の一つでも叩いて照れながらツンツンしてくるであろうアリサちゃんも今日ばかりはそんな風な返しは来ない。

 少し、泣きそうに笑うだけだった。

 

 

 

 アリサちゃんはあまり今の顔を見られたくなかったようですぐに控室を出る、それに付き添う形のすずかちゃんと一緒に。部屋に最後に残ったのはフェイトちゃん。彼女も俺に言葉を送ろうとしてくれる。

 

「慎司は覚えてる?私と出会ったジュエルシード事件の事」

「忘れる訳ないだろ」

 

 奇跡を起こせず、悲劇に終わってしまった悲しい事件。一生俺の心に突き刺さる傷。

 

「慎司はね、あの時私を救ってくれた……本物だって言ってくれた、最初から友達だったって言ってくれた」

 

 まだ数年程しか経ってない出来事だが遠い過去のように懐かしむフェイトちゃん。彼女はあれからまっすぐ前に進み続けている。過去を振り返る事もあるだろう、大切な母親を思い出し悲しい思いをする時もあったろう、それでもフェイトちゃんは最初に出会った頃とは見違えるくらい強くなったと思う。

 

 友達を得て、成長して、魔導師として活躍して、目標を持って頑張っている。

 

「慎司の事だから大した事じゃないって言いそうだけど私はそうは思ってない。慎司はすごく立派で、頑張り屋で、誰よりも強い人だって私は思ってる。そんな慎司だから私の事を救えて、はやて達の事も助けられたんだって思う」

 

 本当に……本当に魔法と出会ってから俺の第二の人生は本当に濃い出来事ばかり起こる。辛い思いを何度もした、挫けそうに何度もなった。それでも今皆んなと共に在れるのは俺のちっぽけな誇りでもある。そして、そんな俺の誇りをフェイトちゃんも同じように誇らしげに語ってくれる。

 

「だから……そんな慎司だから、奇跡だって起こせる。優勝だってできるしなのは事だって……慎司なら救えるよ」

 

 迷いなくフェイトちゃんはそう言った。いつかの日のなのはちゃんのように。本当に……彼女は強くなった。

 

「………ああ、その信頼に応えてみせるさ」

「うんっ」

 

 背中を押された。そう、最初から迷いは無かったけど……それでもフェイトちゃんの頼りになる言葉で俺は淀みなく決勝に臨める。フェイトちゃんだけじゃない、皆んなの言葉のおかげで。

 

「あと1人、最後に……慎司と話したがってる人がいるの」

「えっ?」

 

 ポッケからフェイトちゃんは自身の携帯電話を取り出した。最初から画面は開かれていてずっと起動してた事が伺える。

 

「………話してあげて、きっと慎司にも必要な事だと思うから」

 

 差し出された携帯電話を受け取り画面を見る、通話画面の名前には『高町なのは』の文字。なるほど……一呼吸相手から耳を当てた。

 

「もしもし?」

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 真っ先に電話をかけたのは親友のフェイトちゃんへだった。慎司君は大会中は携帯の電源を切ってるから出る事はできないと知っているからだった、フェイトちゃんは数コールほどですぐに出てくれる。

 

『もしもし?なのは?』

 

 会場のざわざわとした雑音混じりながらもフェイトちゃんの声はしっかりと聞こえる。咄嗟に電話をかけてしまったので何て言えばいいか分からず少し間をあけながらも言葉を絞り出す。

 

「………うん、私……。フェイトちゃん、ごめんね?慎司君とお話ししたいの……変われるかな?」

 

 私がしようとしている事を理解しつつも一緒の病室にいるお母さんとリンディさんは見守るように私を見つめているだけだった。

 

『…………うん、分かったよ。また掛け直……ううん、このまま切らないで待っててくれる?』

「分かったよ、ありがとうフェイトちゃん」

 

 それを最後に通話中の携帯からはざわざわとした雑音と擦れるような音が響くだけだった。少しすると観客席から出たのだろうかざわざわとした周りの雑音は聞こえてこなくなり布が擦れる音だけが響く。

 

 またしばらくすると今度は話し声が聞こえてくる。目の前のモニターを覗いてみるとまだ映像を送ってるようで会場から控え室のような場所にいる事が確認できた。映像は見覚えのある友人達の背中と遠巻きに座り込んで肩で息をしている慎司君の姿が。

 

 携帯の方に耳を向けると一人一人慎司君に向けて激励の言葉を送っているようだった。少し途切れ途切れで全ては聞き取れないがそれでもニュアンスだけは伝わってくる。

 頑張れ……、負けるな……など決勝に赴く慎司君の背中を押す言葉ばかり。それが普段の慎司君なら間違いじゃない。だけど今の慎司君は大怪我を負っている。今も立つのが辛いから座り込んで足を休めているではないか、どうしてそんな慎司君を止める言葉じゃなくてそんな応援の言葉ばかり皆んな口にするのか自分では分からなかった。

 

 やがて皆んなが皆んな慎司君に言葉を残し終えてようやくフェイトちゃんが私を電話口で慎司君に取りなしてくれた。

 

『もしもし?』

 

 携帯から聞こえる慎司君の声に耳を傾けながらモニターに映る慎司君を見る。テレビ電話をしているみたい、といっても向こうからは私の姿は見えていないけど。

 

「……………もしもし、慎司君……」

『おうなのはちゃん、わざわざ電話してくれてありがとな。次でようやく決勝だ、頑張るからさ……応援してくれよ』

 

 陽気な声でそう言う慎司君。モニターに映る慎司君も笑みを浮かべている。どうして……そんな顔できるの?怪我してるんだよ?痛いんでしょ?辛いでしょ?なんでそんな風に笑っていられるの?

 

 頭に様々な疑問が浮かぶがまずは本題に入らないといけない。私は少し詰まりそうになりながらもハッキリと告げた。

 

「出来ないよ、応援……できない。慎司君……お願い、今すぐ辞めて…棄権してっ」

 

 

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

『出来ないよ、応援……できない。慎司君……お願い、今すぐ辞めて…棄権してっ』

 

 電話口から聞こえるその声は震えていたかもしれない。それを告げる事はどれだけ残酷な事か、想いを踏みにじることだと理解してる故だろう。それをしてでも俺を止めるためになのはちゃんはちゃんと言葉にして俺に伝える。

 

「そっか……ごめんな?心配かけてる事は分かってる、けど俺は棄権をする気はないよ」

 

 自然と穏やかな気持ちと口調になる。そういえば、なのはちゃんの声を聞くのも電話がかかって来た以来か。毎日のように聞いていた声だったからかなのはちゃんの声を聞くと少し落ち着けるようなそんな気さえした。

 

『駄目だよ慎司君……私なんかの為に慎司君の未来を棒に振らないでっ。まだ左足は治ってないんでしょ?右肩だって治ってから間もないのに………これ以上は本当に取り返しがつかない事になっちゃうよ……』

「そうだとしても………俺はここで止まるわけにはいかない。こればっかりは譲れないよ」

 

 なのはちゃんの悲痛な訴えを前にしても俺は頑なにそう答える。最初からなのはちゃんは止めようとするだろうなと予想してた。だからこそギリギリまで隠していたし、試合の映像を見たらすぐに止めに来るかもと覚悟はしていた。

 

 決勝までは我慢してくれたようだがやはりなのはちゃんは止める事を選択した。

 

『どうしてっ!もしかしたら後遺症だって残るかもしれないんだよ!?ちゃんと違和感なく歩けなくなるかもしれないんだよっ!……私みたいにっ』

 

 そして悲痛な訴えは涙の叫びへと変わる。少しだけ本心が見えた、やはり……自身の怪我で少しメンタルが不安定なっている事が伺える。まだ小学生の子供だ、当たり前だ。不屈の魔導師なんて言われていてもやっぱりまだ子供なんだなのはちゃんは。

 

 同時になのはちゃんが頑張る事を恐れて諦めてる事もよく分かった。そうじゃなきゃまだリハビリも始まってないのに自分みたいにと歩けなくなるかもとマイナス寄りの考えになってる。前のなのはちゃんからじゃ考えられない言い方だった。

 

『私みたいに……なって欲しくないの!慎司君には……努力に裏切られて欲しくないのっ……お願い慎司君、私の為ならすぐに試合を棄権して……私こんな事されても、喜べない……心配ばかりで喜べないよっ』

 

 深くなのはちゃんの言葉を胸に染み込ませる。君は優しい、優しいから俺の為にそんな気持ちを乱されてくれる、悩んでくれる。そして君は強い子だ……強いからこそずっとずっと頑張って来れてその頑張りが報われなかった時のショックも計り知れないほど大きかったんだろう。

 

 君のその挫折も絶望もなのはちゃんだけのものだ……分かってあげる事はできない。けど、同じような経験をした俺は分かってあげられなくても答えを見つけてあげる事はできる、示す事は出来る。

 

「うん……心配をかけて本当にごめん。だけどなのはちゃんがいくらそう言っても俺はやめない。例えなのはちゃんの言う最悪な結末が待っていたとしても俺は……無茶してでもやらなきゃいけないんだ」

『………無茶だよ…』

「ああ、無茶だし無謀だ。こんな状態であの神童に勝つなんざ不可能かもな……無茶ってのはよくない。基本的に無茶した先には碌な事が待ってないからな」

 

 今回で言うなのはちゃんの怪我の原因でもあるオーバーワークはプラスどころかマイナスになるし、スポーツの普段の練習でも休みなく無茶して練習したって逆に効率が下がるし怪我のリスクが上がるものだ。

 故に無茶なんざしないのが正解だ。だが、

 

「けどよ……人生っていう限られた時間の中ではどんなに無茶でも譲れない事や大切なものがある。その無茶を通さなきゃいけない時があるんだ。そしてそれが俺にとって今なんだよ。誰がなんと言おうと、どれだけ無謀で無茶でも意地でもそれを通さなきゃいけない時なんだよ」

『どうして………』

 

 疑問しか浮かんでなそうななのはちゃんの声を聞いてつい苦笑する。

 

「……その様子だと、俺からの手紙読んでないだろ?」

『………うん、ごめん。私には読む資格がないから……』

 

 なるほど、大方俺が頑張ってるのにそれを応援できない自分は自分のために用意してくれた手紙なんか読む資格ないって思ったあたりか。

 

「それ、資格とかどうでもいいから読んでくれよ。俺がなんでここに立ってるか、何をしたいのか……全部そこに想いを詰め込んだ。読みたくなかったら別にいい。だけど……読んでくれたら嬉しいかな」

『…………』

「試合、最後まで見ててくれ。頑張るからさ……絶対、負けないから」

 

 じゃあ、とそれを最後に電話を切る。今はこれ以上なのはちゃんと言葉は交わさない。多分、今の状態じゃ読まないだろう。それなら……俺からの手紙を読みたくなるようなそんな試合にしてやる。

 

 フェイトちゃんに携帯を返す。無言で頷いてからフェイトちゃんも観客席にへと戻っていった。控え室には俺1人、決勝の開始までもう10分を切った……あともう少しだけ体を落ち着かせたら会場に向かおう。

 

 精神統一する時間は無くなってしまったがそれよりも大切な事を俺はなのはちゃんを含めた皆んなから受け取ったんだから。精神統一してもそれは手に入らないもの。『勇気』という覚悟。それを受け取ったのだ、負けられない。

 バチンッと両手で頬を叩く。ヒリヒリとした痛みが今は心地いい。

 

「しゃあっ!!」

 

 最後に一声気合を入れてから俺は会場へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 誤字報告ありがとうございます。いつも、感謝しながら修正させていただいております。また、感想や評価、メッセも作者の気持ちを昂らせてくれる着火剤になってます。

 空白期編も佳境に迫っております、頑張って書くぞ!


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荒瀬慎司は諦めない

 ps2を引っ張り出して新鬼武者をプレイ中。懐かしくて楽しい。隻狼はって?……聞くな……。


 

 

 どれだけ強がっても、どれだけ自分を鼓舞しても、どれだけ周りに支えてもらっても、不安というものは完全には消え去らない。なんて事ないって態度で皆んなには見せてみたがやはり左足の事はチラついてしまう。

 今後俺は柔道は出来るのか、後遺症を残さずに済むのか、まともに歩けなくなってしまうのではないか……そんな恐怖を飲み込んで今ここに立っている。たとえ最悪な結果で終わってもきっと後悔はない。全力挑んだ結果なんだから。どれだけ全力で取り組んできたのか誰よりも俺自身が一番知っているから、だから後悔なんてしない。

 その道を選んだ事も、それを実行した事も後悔なんてない。

 

「…………………」

 

 眼前に広がるのは多く観客に注目された決勝という舞台、その畳の上までゆっくりと移動して一礼してから畳に足を踏み入れる。目の前には決勝の相手である神童の姿、こちらを真っ直ぐに見つめる神童に思わず生唾を飲み込んだ。今まで相手してきた選手と明らかにオーラが違う。

 どこぞのバトルアニメみたいに本当に彼の周りだけ空気が異質のようなそんな気がする。準決勝の沢村も化け物じみたオーラを感じ取ったが神童はさらに次元が違う……そう表現するのが正しいくらいその雰囲気だけで彼の強さを感じ取れてしまうほどだった。開始線まで歩みを進めて再び礼。そして一歩前へ。

 

 再び視線が絡み合う、最後に闘ったあの時よりも遥かに強くなっている事は明白で対する俺は満身創痍、なるほどこの状況で勝とうなんて言う奴は本当に狂ってやがる。

 だが、狂ってなければここまでこれなかった。普通じゃあいつには勝てない、ならば俺は狂っていてもいい。………勝負だ、神童っ!

 

「始めっ!」

 

 審判の開始の合図共に観客席からの多くの歓声を浴びながら俺は一歩前へ出て仕掛ける。

 

「くっ!」

 

 左足がズキリと痛む、それを無視して組手を仕掛けるが神童はそれを苦もなくいなす。もう一歩と行きたいところだが思ったより一つ一つの行動での左足に掛かるダメージが大きく動きが止まってしまう。

 

「しっ!!」

「っ!」

 

 そのタイミングで今度は神童が仕掛けてきた、なるべく左足に負担をかけないように右足中心でステップをしながら神童から下がり組手をいなす。と言ってもやはり足を動かすだけで左足は表情では隠せないほどの痛みが伴う。

 

「っ!」

 

 そんな隙を見逃すほど甘い相手ではなく神童はすぐに流れるような動きで自分の組手へと持ち込んだ。

 

「(速すぎるっ)」

 

 いくらなんでもその組み手の動きは早すぎだろ、万全でも対応出来ねぇぞっ。慌てて引き剥がそうとした時にはもう遅すぎる、神童はまた流れるような洗練された動きで体捌きと掴んだ腕を使って俺の体勢を少し、ほんの少しだけ崩す。そのほんの少しが柔道では命取り。

 

「おおおおおっ!!」

「っ!?」

 

 俺の右足を引っ掛けるようにかけた背負い投げと体落としの複合技、背負落としを仕掛けてきた。それはタイミングも技術も申し分なく上手く踏ん張れない俺では耐える事すら出来ず。

 

 バシンと背中半分を前へと投げられる。すぐに腹這いになって寝技を仕掛けられてもいいように防御を固める。一本ではない、一本ではないが……

 

「技ありっ!」

 

 ポイントは文句なし、十分に効いてしまった技だった。神童は寝技を仕掛ける事なく立ち上がり審判の待てを促す。すぐに審判は待ての指示を出して俺もゆっくりと立ち上がって開始線なら戻る。

 

「っっ!」

 

 そのちょっとした移動でさえ脂汗が滲み出るほどの痛みが走る。これは……まずいな。持たないぞ、いつ動かせなくなってしまうか分からない。短期決戦が望ましいがそんな膂力もない。

 何より……今は俺が不利な状況だ。チラッとタイマーを盗み見ると今の攻防でたったの13秒、それしか経ってない。試合時間は残り2分45秒ほど、それまでに技あり以上のポイントを取らないとは負けだ。

 

「始めっ!」

 

 そうこう考えてるうちに再開の合図、ここで慌てても仕方ない。まずは冷静に状況を見定めて……

 

「っ!」

 

 今度は神童から組手を仕掛けてくる。速い、しかし足は動けなくても組まれさえしなければいい。一度経験した分その異次元の速さの組手もなんとか対応して簡単には組ませない。

 

「しっ!!」

「ふっ!」

 

 さらに組手が激しくなる、危ない場面がありつつも組まれてもすぐに相手の腕を襟から切って自分も仕掛ける。しかしそれも同じように弾かれこっちも組手には持っていけない。

 

「っ!」

 

 再び慎司が俺から距離を詰める。反射的にステップで距離を取ってしまう。

 

「くうっ!!」

 

 左足の痛みは徐々耐え難いものとなっていく。たが痛がってるうちに投げられては元も子もない。歯を食いしばって耐えながら神童の組手には応対する。やがて、しばらく攻防を繰り返すと審判から待ての合図。

 これは互いに指導だろう、お互いに組み合わなければどっちかが逃げ越しでも大体のパターンで最初のなら両者に指導が来る。

 

「指導っ!」

 

 予想通り、俺と神童に指導の警告が入る。互いにあと二つ貰えば反則となるがあまり神童には影響はない。勝つ手段としてこちら側から攻めに攻めまくって相手の好きにさせず消極的姿勢とさせて指導を狙う戦法もある。

 しかしこのやり方は左足を負傷して技を沢山掛けれない俺では実行できない。なにより……

 

「はぁっ……はぁ…っ!」

 

 たったこれだけの攻防で胸が苦しくなるほど息切れを起こしてる俺じゃとてもスタミナが足りない。逆に俺が消極的姿勢と見られないように自分から動かなければならない。実際のところそう何度も思いっきり技を掛けれる状態じゃない。本当のチャンスの時にしか技は出せない、じゃないと左足がもたないからな………だが既に技ありを取られてしまった。悠長にも出来ない。

 

「(くそが……)」

 

 とにかく今はまた投げられないように注意しながら機を伺うしかない。

 

「始めっ」

 

 試合が再開される、左足の激痛に耐えながらも俺は咆哮をあげながら小学生柔道界最強の強敵に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………慎司君っ」

 

 モニターで試合を観戦しつつそう自然とその名を呟いてしまう。彼は必死の形相で試合に取り組んでいた。動きは不自然、左足を庇いながら動いてから当然だ。そして試合が進むにつれて慎司君の呼吸はどんどん深く乱れている。

 

 顔色も悪い、不自然なほど汗が噴き出てている様子もモニター越しで伺えるほどだ。それでも、慎司君の眼は死んでない。相手を睨むように見つめて勝つための最善を常に考えながら、痛みに耐えながら柔道をしている。

 

「…………」

 

 隣で同じモニターを覗いてるお母さんも祈るように手を合わせながら試合を見守っている。リンディさんも少し遠巻きにモニターを見て静かに試合を見ている。ここにいる2人も、そして会場で応援してる皆んなもきっと私と同じで今の慎司君が痛々しくて見るのも辛いと思う。

 明らかに体を動かしちゃいけないほどの状態で……今モニターに映し出されてるように少し相手に崩しをやられただけで足が堪えきれず前のめりに倒れ込んでしまう。そうした事を数度繰り返せば……

 

『指導』

 

 慎司君に2度目の指導が与えられてしまう、あと一度貰えば反則負け。慎司君は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべつつも頭を振ってすぐに切り替える。慎司君にその気はなくても消極的、逃げ、そう見られて指導になってしまう。審判もそれは理解してると思う、しかしルール上指導を取らざるを得ない。

 

 必死に足の痛みに耐え、決勝の相手である神童の猛攻に耐えてるのに試合の流れは完全に慎司君の不利な状態。そんな慎司君を私だけでなく皆んなだって見るのは辛いと思う。

 それでも、どうしても目を離す事が出来ない。

 

『しゃあっ!!』

 

 始めの合図と共に慎司君は魂を燃やすような咆哮をあげながら再び神童に向かっていく。どうしてまだそんな声をあげられるのか、どうしてそんな状況でまだ諦めずに必死になれるのか、どうしてその眼は……未だ消えずに燃え続けているのだろうか。

 それは……慎司君だからだろう。荒瀬慎司はそう言う人なんだ。誰よりも優しくて、頑張り屋で、カッコいい男の子なんだ。私は本心でそう思ってる。

 

 だけど、今はそんな慎司君を見るのは辛い。左足が試合の経過と共に動いてる回数が減っている、顔色は更に青く、もう肩で息をしている。立ち上がるのにも時間をかけてゆっくりとしか立ち上がらなくなっている。もう、やめてよ……どうしてそんなに必死なの?その大会は来年だってチャンスがあるんだよ?いつもの慎司君なら冷静になってすぐに怪我を完治させて来年頑張ろうって、それが正しいって分かってるのにどうして?

 

 私を元気付けるため?そうだとしても嬉しくない。慎司君が苦しい思いを、私のような取り返しのつかない事になるならそんな事されても嬉しくない。慎司君はああ見えて賢いからそんな事だって分かってるのになんでっ!

 

 ふと、両手で添えるように持っていた慎司君の手紙を見つめる。まだ封は開けてない。慎司君は読んで欲しいと言っていたけど私には読む資格がない。慎司君をそんな風にさせてしまってる私には慎司君からの暖かい励ましを受け取る資格はない。

 

『あああっ!!』

 

 モニターからの音声に釣られ視線を戻す。叫びのような雄叫びをあげながら慎司君はどうやってそう持ち込んだのか寝技の防御姿勢の神童を上から必死なに寝技で追撃していた。しかし、左足の負傷で寝技ですらいつものキレを発揮させる事はできない、防御は硬く相手がひっくり返りそうな動きもなく審判からの待てがかかった。

 スッと直ぐに立ち上がって何でもないように開始線に戻る神童とは対照的で慎司君は呼吸を大きく乱しながらヨロヨロと立ち上がり左足を引き摺りながら開始線に戻る。審判が慎司君に何事か声を掛けていたが慎司君は首を振って応対していた。

 

 棄権を勧められたのを断ったのだろう。誰だってもう無理だと思う、それでも慎司君の眼は未だ死んでない。彼はいつだってそうだ、誰もが諦めたくなるような投げ出したくなるようなそんな状況に追い込まれても。

 ボロボロになって苦しんでも、辛くても……その眼だけは輝きを失う事はなかった。私とは違う……私は今回の撃墜で絶望し、全部を諦めかけている。いくら頑張っても報われない、リハビリだって……苦しい思いをして頑張っても歩けるようにすら戻れないかもしれない。そんな風に考えてしまったらもう私は何もできない。

 

 慎司君のように……立ち上がれない。私は……慎司君のように強くないんだ。ごめんね、慎司君。慎司君がそうやって頑張ってくれてるのに私は……自分も慎司君の勝利も信じてあげれられない……。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 左足の限界が近い。いや、とっくに限界なんか超えてんだけど本当にもう動かせなくなりそうだ。何もしなくてもずっと激痛が走る、普通こう言う時はアドレナリンなんかが効いて痛みが感じなくなるものなんだが今回はそうはいかないらしい。

 そして試合もピンチのピンチだ、既に指導を二つ貰い試合運びをミスったら即反則負け、技ありも取られ頼みの綱の寝技も左足の不調と相手が相手なだけに全く通じなかった。どちらにしろ技を掛けなければ指導が来て反則負けになる。無理矢理にでも技をねじ込んで投げるしか勝つ術はなく。

 

 といってもそんな事で投げれる相手じゃないんだがなぁ……苦笑するほかない。

 

「始めっ!」

 

 待ってれば指導で負ける、痛みを無視して組手を仕掛ける。

 

「しっ!」

 

 まずは右手で襟を掴みにいくが当然神童もそれを腕で防ぐ、すぐさま右手を仕掛けながら左手で袖を狙う、そうする事で俺の襟はガラ空きになる……。

 

「っ!!」

 

 神童は俺の左手を腕を一度自分の体へと引っ込ませて交わしながらそのまま俺の襟を高速で掴む。ちょっとしたカウンターの様な形で襟を取られるがそれは俺が誘った撒き餌だ

 

「くっ!」

 

 襟を掴まれた相手の右袖を相手が襟を掴むのとほぼ同時に掴む。俺の襟を掴むと言う事は俺に袖を差し出す形になる、それを相手が掴む前に仕掛けるのが柔道の肝だが予めそう来ると予測を立てればその反応をさせる前に袖を掴んで……

 

「っ!?」

「おおおおおっ!!」

 

 袖を持った左手を引き上げながら右足を軸に仕掛けるっ!得意技、一本背負い。袖さえ持てれば片手でも仕掛けられるのが一本背負いの特徴。この入り方を見せるのは今世では初めてのはずだ、そう簡単には対応させない。

 

「ぐっ!!」

「やあああああああっ!!」

 

 掛け声と共に俺の全力の一本背負いが神童の懐に入り込む。後ろに体重をかけて投げられまいと耐える神童と前へと投げようと掛け続ける俺との鍔迫り合い。

 

 ズキリっ

 

 全力で技を掛けて全身の力をフルに使ってるため左足の痛みはこの世のものとは思えないほどの激痛を帯びていた。それを声と共に吐き出して耐えながらも仕掛け続ける。

 

「くああっ!!」

「なっ!?」

 

 瞬間、後ろに体重を掛けて耐えていた神童は一瞬力が抜けたかと思えばそのまま俺に一本背負いで背負われる……事なく前へと飛ぶ勢いを利用して体を反転させながら俺の正面へと自分で飛んだ。

 一本背負いや背負い投げを躱す正当な体捌き。ジリジリと耐えるように見せかけながら一瞬力を抜いて躱す方法へと切り替えるなんてそんな芸当中々……いや、見た事なかった。確かにこれなら仕掛けた側はまさか躱されるとは思えまい、俺も躱された影響で一本背負いは対象を失ってそのまま自分だけ畳に倒れ込む形で不発。

 

「待て」

 

 すぐに待てがかかるが俺は様々な理由で立ち上がれない。一つは全力で技を出した事で左足の激痛が半端ではない事ともう一つは

 

「(今のを……防がれたっ)」

 

 一本背負いが防がれた事により、残る手立てが思いつかない事。適当に掛けて防がれたのならまだいい、しかしタイミングも掛かり具合も決して悪くなかった。その俺の一本背負いが防がれた。左足の影響で既に1番得意な一本背負い以外の技ではまともな威力を発揮できないというのに。

 何とか立ち上がりながら神童を見る。

 

「はぁ……はぁ……はぉ……」

 

 少しだけ呼吸を乱してるいるだけで軽く深呼吸をしてすぐに落ち着かせていた。今の一本背負いの攻防でプレッシャーを与えられたのかは分からないが神童はようやく初めて呼吸を乱したくらいだ。対する俺は

 

「はぁっ!…はぁっ……ぜぇ」

 

 心臓が爆発寸前だと錯覚するくらい呼吸をが乱れっぱなしだ、左足は……痛みはともかくまだ動かせる……まだ折れてはいない筈。

 

 といっても、今のを防がれてはアイツを投げる事なんてとても……

 

 

 

 バチンッ

 

 

「はあっ!!」

 

 開始線に戻りながら人目を憚らず両手で思いっきり自身の頬を叩き、乱れた呼吸を無視して一喝。弱気になるな、諦めるな。まだ試合は終わってない、残り……30秒を既に切っている。それまでに投げれば勝てるんだ、ごちゃごちゃと余計な事を考えるな。

 チャンスは必ずある、なければ意地でも作るんだ。俺の行動に審判は少し驚きつつも再開を宣言、再び俺から仕掛けに行く。左足が痛む、それでも……それでも……諦めたくない、止まりたくない……

 

「ああっ!!」

 

 それは気合による咆哮か痛みによる叫びか、どちらでも構わない。どうせ技術も体力も今の俺では圧倒的に神童には届かない。だが気迫でそれをカバーする、心技体……柔道の本質でもある心だけは負けるわけにはいかない。

 

「っ!」

 

 俺の気迫かしつこさか、神童は初めて俺との組手で顔を歪ませた。残り20秒。

 

「ぐうっ!」

 

 左足の負荷を無視して全力で仕掛け続ければ今のように一瞬体がよろめいてしまう。その隙を神童は見逃さない、俺の右袖……膝の下であるベストな場所を左手で掴む。ぎゅっと握られて俺の右手は自由が効かなくなる。残り10秒。

 

 負ける、負ける。このままでは何もできず終わる。神童はポイントが有利でも最後まで一本を取るべく逃げる事なく果敢に前へと出て柔道家らしく攻めてくる。

 ふと、自由を奪われた右手、神童に袖を取られ封じられた右手を俺はそのまま密着してる神童の左手、肘とは反対側の部分の柔道着の袖を握る。本来俺の右手は右利きの為相手の右襟を掴むのがセオリー、右手で相手の左の袖を掴むのは左利きの組手のセオリーなのだ。

 

 勿論状況でそうなる事もあるが俺がそう持っても技に繋がられる組手ではない。本来なら……

 

「(こりゃ折れるな)」

 

 今から仕掛ける事を思うと自然と心の中でそう思う。しかし、迷いはなかった。残り5秒。

 

「っ!?」

 

 神童の驚愕の表情を盗み見て俺は仕掛ける。本来俺の右利きとしての持ち技では機能しない右手で相手の左手を引き上げる、そして体を回転させ一本背負いを仕掛ける。そう、逆の一本背負いだ。いわば逆回転、左利きがやる一本背負い。

 

 引き上げる腕は本来左手から右手へ、そして軸にして体を回転させる足もまた逆となる。そう、右足から左足へと。構わず左足を軸にして体を回転させる。

 

 ズキリとした痛みが消え、代わりにパキッと綺麗に割れる何かの音と一際すごい激痛を感じた。

 

「っっっっ!!!!」

 

 歯が割れそうになるくらい食いしばる、足の状況など無視して俺は先程よりも深く相手に入り込めた左の一本背負いで神童を振り抜く!

 

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 確かな手応え、神童は完全な予想外の逆一本背負いで宙に浮き体を回転させ畳に叩きつけられる。……くそがっ。

 

「技ありっ!!」

 

 審判の宣告は技あり、その宣言と同時に時間終了で鳴り響くブザー。神童は驚きが張り付いたままの顔をしていて中々立ち上がれない。かく言う俺も立ち上がれなかった。

 

 ………技ありか、これで指導の数は負けてるがポイントでは並んだ。指導はポイント扱いじゃないから判定は同点、このまま延長戦……『GS』だ。

 

 正直延長戦なんて無理だ、今の一本背負いで一本を決めるつもりだった。奇をてらう作戦で1番だったといってもいい。しかし、技ありだ。神童の咄嗟の防御と逃げがあったとはいえだ……原因としては前世で役に立つかもと練習してた事はあったが結局実戦では一度も使われなかったこの技ではなやはり本来の一本背負いほどの威力は無かったことと………

 

「……っ」

 

 左足だろう。今も何も力を入れずに伸ばしてるだけで叫びたくなるほどの激痛が伴っている。完全に左足を軸にした技だ、負荷を1番かけるハメになったんだ……既に限界を超えていた左足は無情にも折れてしまった。動かしたくても激痛でうごかせないしそもそも骨が折れてて動かせるものなのかも分からない。

 左足を犠牲にするつもりで仕掛けたんだ、代償はでかい。一本を取れなかった時点で賭けには負けたのだ。

 

 神童は頭を振ってから切り替えて立ち上がり開始線に戻る。相変わらず冷静に冷淡にな雰囲気は変わってない。

 

「……はぁっ!ひゅう……はぁ!ぜぇ……ひゅう」

 

 俺はと言うと呼吸を整えるのも一苦労だ。いや、完全に整うのには数十分はかかりそうだ。何とか少し持ち直してから俺は立ち上がろうとする……が。

 

「くそがっ」

 

 小声でそう呟く、これは……本当にまずい。痛みで立てない、立ててもそれを維持出来るかすら怪しい。一度力を入れればそれがすぐに分かってしまう。…………絶望が、俺の心を染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

「あっ………」

 

 観客席、応援に来ているみんなは身を乗り出す勢いで慎司の試合に精一杯の声援を送っていたがシャマルが青い顔をして両手で口を抑える。

 

「シャマル……?」

 

 はやてがシャマルの異変に気づく、試合は、慎司は奇跡的に技ありを取り返し延長戦へともつれ込んだ所だった。どうかしたかとはやてが問う前にシャマルが静かに告げる。

 

「折れてます……今ので…足がっ……!」

「なっ……」

 

 はやてだけでなく皆の耳にも届いていたようで全員が少なからず反応を示した。母親のユリカは顔を覆ってショックを隠しきれない、父親の信治郎は静かに拳を強く握る、フェイトは祈るように両手を合わせ、はやては目を背けないように気持ちを強く持った。

 皆んなそれぞれショックを受け、なかには涙を浮かべる者もいた。皆んな知っているから、慎司がどれだけ血反吐を吐きながらこの試合に勝つ為に努力してきたかを知っているから。

 この試合にどれだけ慎司が想いをかけているか見てきたから。骨を折れたら……もう試合は出来ない。物理的に動けないのもあるし骨と一緒に心も折れたと皆んな思った。

 

 慎司は試合に戻る為に立とうともがいているが中々立ち上がれない。会場も異変に気付きざわついて来ている。ここまで闘って来れた事自体がもう奇跡に等しい。慎司は十分に凄いことを成し遂けた……口には出さないが慎司の仲間や家族は皆んなそう思った。だから……もういいんだよ、慎司……。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

「……………えっ?」

 

 誰が発したのかは分からない。だが目の前の光景を見て誰もが似たような反応を示したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

「………慎司君っ……」

 

 高町なのはは悲痛に彼の名前を呼ぶ。モニターに映る彼は確かに奇跡を起こした、その体で神童から技ありを奪うという快挙を。しかしその代償は大きかった、なのはは慎司の影響で多少なりとも柔道は素人より詳しい。

 だから慎司が逆の一本背負いをした時に軸足が怪我をしている足になる事を理解してその後畳の上で足の痛みを堪えてる様子を見てすぐに骨が折れた事をなのはは理解した。

 

 恐れていた事が現実となりなのはの心は悲しみに染まる。慎司はもがいて試合を続けようと立ちあがろうとしてるけどなのはは思う。無理だと、

 

「慎司君……ごめん……ごめんね…」

 

 私のせいで……そう口を開きかけた時になのはは驚きで一瞬声を出せなくなる。

 

「っ!?」

 

 見間違いじゃない。ゆっくり……ゆっくりと、荒瀬慎司は立ち上がる。左足は殆ど使えず右足だけで開始線まで戻る。審判も、相手の神童も驚愕の声を上げる。しかし審判も流石にこれには待ったをかける。

 この大会、国際大会ではないからいわゆるドクターストップ何かも存在しない。審判の一存……では決められないが選手の様子を見てこれ以上の試合は危険だと判断して棄権させることも出来る。

 

『できるっ!!』

 

 モニターからも伝わる慎司の一喝。そしてさらに関係ないと言わんばかりに折れたはずの左足をあろう事か力を込めてドンッと強く足踏みして見せた。

 

『〜〜〜〜〜っ』

 

 痛みを我慢できるはずがなく青い顔をして左足をを抑えて悶えるがそれでも慎司は笑う。余裕の笑みと、笑うしかないという諦めのような笑み。いくら審判を認めさせるためとはいえやりすぎである。

 

『……もう一回……やって見せましょうか?』

 

 慎司の気迫に押されて審判は試合を止める選択をする事が出来なかった。このままGSに入る。審判の再開の合図が出る前に困惑の色を残したままの神童を見かねて慎司は本来ありえない事だがこのタイミングで神童に声をかける。

 

『おい、神童……お前遠慮なんかすんじゃねぇぞ……。本気で俺を叩き潰してみやがれ……』

『っ!』

『………勝つのは俺だ、それが嫌なら全力でかかってこいっ!!』

 

 咆哮、手負いの獣による強がり。しかし、その気迫はやはり常人を逸脱していて神童だけでなく会場の観客ですら震え上がらせる。もっとも神童は恐怖ではなく武者震いの類ではあるが。

 モニター越しであるはずのなのはにもその気迫が伝わりその心が揺さぶられる。

 

「どうして……」

 

 どうしてそこまで強がれるの?どうしてそんなに笑っていられるの?慎司君は……どんな思いでいま闘ってるの?手元の手紙を見る。まだ封をされたままの手紙。

 

「っ!」

 

 なのはは一度目を閉じてから覚悟を決めたように手紙を開ける、同時にモニターでは審判の開始の合図ともに時間無制限のGSが始まる。

 骨を折ったはずの慎司は雄叫びをあげながら果敢に攻める、動きはやはり明らかにおかしく、鈍くなってるがその闘い方に諦めていない事と燃え上がる闘志が伝わる。本当に骨は折れてるの?そう疑問を持ちたくなるがやはり時に左足が持たず何も無いところで足が崩れて倒れそうになる場面もあるがそれを気合でねじ伏せていた。

 まるで獰猛な獣、死地を見つけた武士、極限にまで研ぎ澄まされた武器、例えを上げるならキリがない。

 

 なのはは慎司の試合を気にしながらもその手紙を読む。彼の想いを、信念をなのはは受け取る事になるのだった。

 

 

 

 咆哮をあげ、限界の先の先へ。奇跡を起こせ、努力を示せ、そして想いを、信念を証明するのだ。諦めない心と、自分を信じる努力は決して無駄な事ではないと、不可能を可能にするのだと。

 

 勝つ事でしかそれを体現できないのなら……それを成し遂げる。ただ純粋にその想いで荒瀬慎司は諦めないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柔道における延長戦、ゴールデンスコアの事。GSでは本戦と異なり時間無制限でどちらかが先に技あり以上のポイントを取るか、指導による反則負けになるか決着がつくまで終わる事はない





 次回で決着っ!


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証明

 

 

 

 

 

 

 

 手紙は慎司君の手書きで丁寧に綴られていた。チラリとモニターに目を写すと慎司君はもはや隠す事は出来ず苦悶の表情をしながら試合をしていた。とても骨が折れている人の動きとは思えない。

 慎司君が心配だが今は私はこの手紙をしっかりと読まなきゃいけない、彼が私に送ってくれた想いを受け取らなければならない。私には読む資格は無いって思っていたけど……あれだけ必死な姿を見せられたら手紙を読まない訳にはいかなかった。

 

 

『 なのはちゃんへ

 

 

 今、君がこれを読んでいるという事はもう俺がなのはちゃんに隠れて試合に出場した事を知ってしまっていると思う。それとも、事情を知って自分には読む資格がないなんて思って最後の最後まで中々手紙を開けなかったのかもしれない。

 当たりかな?まあ、読んでくれるのならタイミングはどうだっていいけどね。』

 

 当たりだよ慎司君。私の事、よく分かってくれてるんだね。

 

『なのはちゃんは今きっと俺の事を心配してくれてると思う、同時に自分のせいだって責めてると思う。先に言っておくとそれはお門違いだよ、確かにきっかけはなのはちゃんを元気付けたくて、励ましたくて無茶を承知で大会に出る事を決意した所もある。

 けど理由はなのはちゃんの為だけじゃない、自分の為でもあるんだ。自分の為っていっても大会に優勝したいから、夢を叶えたいから……そう言った理由が主じゃないだ。なのはちゃんは覚えてるかな?前になのはちゃんにどうして柔道を始めたのかって聞かれたときに俺は「後悔したくないから」……そう答えた事を』

 

 覚えている、あの時の私は魔導師になってフェイトちゃんとぶつかって……自分はどうあるべきか、どう向き合うべきか悩んでいる時に慎司君の練習を見学させてもらってその帰りに私がそう聞いた。

 

『そう、後悔したくないんだ。俺の人生には沢山の後悔が残ってるんだ、なのはちゃんも誰も知らない……俺だけが抱えてる消える事ない後悔があるんだ。だから荒瀬慎司の人生にはこれ以上後悔が残るようなそんな人生にしたくないって思ったんだ。柔道を始めたのも、そして怪我を無視して試合に出た事も後悔しない為なんだ。

 俺は過去に、一度とある選択をしてその道を選んだ事を後悔した。自分のこれまでやってきた事を否定する……そんな選択を取ったのに残った物は後悔だけだった。努力を、頑張りを、それに費やした時間も、全て無駄だったんだと切り捨てた……本当はそんな事ないと叫ぶべきだった……俺が本当にしたい事を選択するべきだった。

 だから証明したいんだ……その時取った俺の選択は間違いであったって、俺が全てを費やした努力や頑張りは無駄なんかじゃないって事を証明したいんだ。その為にはこの大会に出て勝ち進まなきゃいけなかった。

 

 正直、なのはちゃんにはふわふわした内容で分かりづらいと思うけど……とにかくそういう事なんだ』

 

 ううん、確かに慎司君のその選択や細部の事は分からないけど……言いたい事は伝わってるよ。

 

『なのはちゃん、君は今とても辛い思いをしてる。人生を左右される重傷を負って、数日後には想像を絶する辛いリハビリが待ってる。しかも、体が元に戻れるかどうかも分からないときた。

 優しいなのはちゃんの事だ、皆んなの前では笑顔を浮かべて大丈夫って言ってるんだろう?心配かけたくなくて強がってる。それは悪い事じゃないけど……見ていて辛い。皆んなも気づいてる』

 

 あちゃあ……慎司君だけじゃなくて皆んなにもバレてたかぁ…。

 

『だけど俺達には応援しかできない。実際に辛い事をするのはなのはちゃんだから……当事者以外は結局はなのはちゃんの辛さを理解できないんだ。

 だけど孤独を感じる必要もない。言った通り応援は出来るんだ、そばに居てやれる。支えてあげられる。友達や家族っていうのはそうやって支え支えられるモノなんだ。それを理解して欲しい。

 …………駄目だな、前置きはここまでにしておくよ』

 

 ここから先の字は少しだけさっきまでの文字より筆圧が強くなっていた。感情が強く篭ってることが伝わる。

 

『なのはちゃん……君は今全てを諦めようとしてる……違わないだろ?』

 

 痛い指摘に心臓が跳ねる。

 

『君が立派な魔導師になって沢山の人を助けたいって思ってすごい頑張っていたのを俺は知ってるよ。朝は早く起きて、夜は遅く寝て、管理局のお仕事は一切手を抜かず真剣に……目標のために、なりたい自分になる為に頑張って頑張って……頑張り抜いた結果が今の状況だ。絶望したと思う、世の中を憎んだと思う。頑張ったのに報われないのは……辛いよな』

 

 そう、辛い。辛いし悲しい……私はすごく頑張ってたと思う。がむしゃらに頑張ってた。後先考えずに頑張った……その結果は自分の体を度外視した報い。分かってる……私は間違えた、やり方を間違えた。ちゃんと自分の体を客観視して適切な行動を取れなかった。

 慎司君はその事をよく分かってると思う。慎司君自身が実践してたことだから、がむしゃらに考えないで頑張るよりちゃんと考えながら努力する事も必要……前に自身の柔道の頑張り方を教えてくれた時にそう聞いた。

 

『嫌になっちゃうよな?もう何もしたくなくなるよな?シャクに触る言い方かもしれないけど俺もその気持ちはすごく分かるんだ。努力に裏切られた気がして俺は逃げた……逃げたんだ。その選択がさっきの後悔した事、自分が本当にしたい事から逃げた事なんだ』

 

 私の知らない慎司君の後悔。柔道を始めてからそんな事あったのかなと違和感を覚えるけどきっと重要なのはそこじゃない。

 

『なのはちゃん、君にはその後悔はしてほしくない』

 

 その一文が私の心を締め付ける。

 

『頑張っても報われないのが嫌なんだろ?また努力に裏切られるのが怖いんだろ?……自分の行動全部が無駄になってしまう気がして体が動かなくなっちまう。だから、どうせ頑張ってもまた歩けるようにはなれない、魔導師として跳ぶことも出来ないなら諦めてしまおうってそう思ってる』

 

 慎司君は私の気持ちが分かる……そう言ったけど確かにその通りだった。今の指摘は心が全部見透かされたように正確だった。

 

『なのはちゃんは皆んなに隠してたみたいだけど……元に戻れるようになるのは凄く確率が低いって話も実は知ってるんだ』

 

 お医者さんに言われた、相当厳しいリハビリになるということ……最初は私も覚悟を決めて頑張ろうって思ってた。けどお医者さんは続けてこうも言った。

 

「……リハビリを頑張っても元のように体が戻るかどうかはかなり確率が低いです。覚悟はしておいてください」

 

 その言葉を聞いて私は体の奥底から震え上がった、頑張っても……辛い想いをしても殆どの確率で報われないと告げられた。撃墜の時のショックな出来事がフラッシュバックした、後は慎司君に言われた通りの考えをしてしまっていた。

 

『だから頑張っても無意味になるなら諦める……賢い選択かもな……だけどそれは愚かな選択だ。だってなのはちゃんの本心は違う、また飛びたいって思ってる、もっと多くの人の助けになりたいと思ってる、それを隠して諦めるのは俺みたいな愚か者の選択だよ』

 

 厳しい言葉に胸がちくりとする。慎司君は、私のためならそうやってハッキリと言ってくれる優しい人なんだと再認識する。

 

『確かに現実は頑張っても必ず報われる訳じゃない、報われる人がいる以上報われない人もいる。………けどな、不可能と思われるような事を可能にするには……確率が低い事をやり遂げるには……頑張るしか方法はないんだよ』

 

 ……無理だよ慎司君、いくら頑張ったって無理な事もある。だからっ

 

『俺が証明する……』

 

 慎司君……

 

『努力が……ひたむきな努力は時に不可能とさえ言われた事も可能にしてしまうって事を俺が証明してやる、今までの俺やなのはちゃんの努力も決して無意味なんかじゃなかったって事を証明してやる。努力と、支えてくれる仲間や家族がいるならどんな困難だってふてぶてしく笑ってぶち壊してやれるって俺が証明する』

 

 ハッとしてモニターに目を映す。慎司君はまだ延長戦で闘っていた、延長戦開始から10分が経過してる。10分、彼は神童からの猛攻に耐え自身の足を顧みず攻め続けてもいる。ありえない、柔道で10分という時間は誰でもスタミナが尽きてしまい泥仕合になる事が殆どのような時間だ。

 あの神童でさえ肩で息をして辛そうにしている。慎司君は延長戦が始まる前からスタミナも足も満身創痍だ。正直見ていられないくらいフラフラしてる、それなのに折れた左足の激痛を受けながら試合はなお続いている。

 そしてそんな状況下で、誰よりも辛くて苦しいそんな状況で……彼は下手くそに、そして好戦的に笑っている。

 

「……慎司君」

 

 ポタリと、手紙の端に一雫涙が落ちる。

 

『俺がこんなバカみたいな体で全国大会っつう夢の舞台を努力と皆んなの応援で優勝してみせる、いつも俺を応援して誰よりもカッコいいって言ってくれてたなのはちゃんの言葉通りのカッコいい『荒瀬慎司』を見せてやる。だから……君も俺の言葉を信じて見せて欲しいんだ。そんな荒瀬慎司が誰よりも不屈で、優しくて、気高く強い信念を持ってると認めてる高町なのはは……奇跡を起こすのなんか造作もないって事を』

 

「あはは……ははっ…」

 

 いつもの慎司君みたいに無茶苦茶言い分だった。そんな……都合の良いことなんて……そう思ってるのに溢れる涙が止まらない。

 

『この程度の壁、簡単にブチ破れるってことをさ……大丈夫だ、俺も一緒に……君と一緒にいる。今度こそ側で支えてあげたいんだ、俺だけじゃない…皆んなだっている、君を大切に思う皆んながいる。これだけ揃えば後はなのはちゃんの頑張りで簡単に奇跡だって起こせる。それを信じて欲しい、信じられないなら俺が勝って証明して信じさせる。君の努力は無駄にはならない、させない……俺に任せろ。辛かったら背中を支えてやる、もつれたら手を引いて一緒に歩こう……例え君が信じられなくても俺は、荒瀬慎司は高町なのはの強さを信じてる』

 

「くっ…ううっ……しん…じく…んっ」

 

 溢れる涙は止められなかった。拭っても拭っても止まらない、涙と共に溢れ出す感情に支配される。悲しさとか、悔しさとか……嬉しさとか。

 

 

 

 

 私は思い出す、慎司君と初めて出会ったあの日の事を。これまでの慎司君との思い出を

 

「何してんの?こんなとこで1人で泣いて」

 

 これが最初に聞いた慎司君の言葉。お父さんが事故で入院していて、家族はお父さんがいない間の翠屋を守るために必死に働いて、私ができる事は皆んなの負担にならないように手間をかけさせないように1人で過ごす事。

 お母さんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも私も気遣ってくれてはいたけどやっぱりお店が忙しくてそう上手くは行かなくて。5歳の私は孤独に耐えるのに必死だった。公園でいつものように1人で退屈な時間を過ごして涙を流す私に声をかけてきてくれたのが始まりだった。

 

 その場で慎司君は私と公園で一緒に遊んでくれた。はちゃめちゃな遊びを私にさせて沢山びっくりした事を覚えている。今思えば、孤独を紛らわそうとしていたのかもしれない。……いや、半分は自分も楽しんでだかも、困ってる私を見て爆笑してたもん。

 とにかくそれから慎司君との関係が始まった、殆ど毎日幼稚園が終われば慎司君と一緒に遊んで慎司君の家でお夕飯をご馳走になった。慎司君の両親も私に優しく接してくれた、寂しい思いをさせないようにギリギリまで家に居させてくれて毎日全員で私を自宅へと送ってくれた。

 

 荒瀬家の皆さんに色々な事で助けられて、お父さんも無事に退院して元の高町家戻ろうとしていた頃……私は寂しさを覚えた。

 

「(終わっちゃうのかな……慎司君との関係……)」

 

 5歳の頃の私はそう考えた、元の生活に戻るという事は荒瀬の家にお世話になる必要がなくなると言う事。私はそれが慎司君との関係が終わるようなそんな気がして怖かった。だから、荒瀬家を今までのお礼を込めて高町家に招待した時私は慎司君に言ったんだ。

 

「これからも、友達でいてくれますか?」

 

 これからもこれまで通り毎日のように会ってほしい、友達として一緒にいて欲しいと私はそうお願いした。

 

「んなの当たり前だろ。覚悟しろよ、なのはちゃん……なのはちゃんが嫌がってもずっと付き纏って一緒に遊んでもらうから」

 

 なんて事ない、慎司君も私と同じ気持ちでいてくれたんだ。私を友達として想ってくれたんだ。そう照れ臭そうに言われて私はとても嬉しかった。

 

 それからもずっと慎司君と一緒だった。幼稚園を卒園して2人で一緒の小学校に通う事になって、アリサちゃんとすずかちゃんとも友達になって、2人から4人で遊ぶ事が多くなった。

 その頃、慎司君が柔道を始めて努力し始めていた。最初は頑張り屋さんだな……偉いなぁ…なんてそれくらいにしか想ってなかった。

 

 それから魔法と出会って私はジュエルシードを集める事に奔走するようになった。ある時、大きな失敗をして街一つに大きな被害を出してしまった事があった。私の魔法に対して向き合う気持ちの甘さを突きつけられ落ち込んでいた時に、慎司君ご来てくれた。偶然だった、慎司君は私の様子がおかしい事にすぐに気づいて多くは語らなかった。

 ただ手を握ってくれた事はよく覚えてる。そして、慎司君が柔道に対してすごく真剣に取り組んでる事、それがとても凄くてカッコいい事だってちゃんと気づけて私は励まされた。

 

 慎司君のように、私も魔法に対して本当の全力で向き合いたいと思えた。

 

 そう決意してもうまくいかない事は沢山あって、学校でも元気のない姿を見せちゃって、それでも慎司君は変わらない。私をいっぱい笑わせてくれて私の手を引いて元気付けてくれた。

 そんな慎司君に私は救われた。

 

 フェイトちゃんとの真剣勝負の時、ピンチの時に現れたのも慎司君だった。その日大会で取った金メダルと賞状を掲げて彼は私に叫んだ。

 

「なのはちゃんも勝て!負けんな!!」

 

 時に大切な人からの声援が力になる事を知った。慎司君は私が苦しい時に私が1番言って欲しい言葉をいつもくれるんだ。

 

 闇の書事件の時もそう、彼ははやてちゃんたちを助ける為に1人で努力していた。苦しくても、辛くても彼は止まらず前に進み続けた。どんなピンチでも彼は考える事をやめない、行動を止めない、決して諦めない。

 

 リンカーコアを持ってない一般人のはずの彼が闇の書の暴走を止めるのに大きく貢献したんだ。そして、誰の犠牲も出させないで彼はハッピーエンドを掴み取った。

 そんな慎司君をずっと間近で見て私は慎司君のことを大切な友人であると同時に1番尊敬する人だって思うようになった。私も慎司君のように強く在りたいと、友人であるからこそ私も負けられないと思うようになった。

 

 がむしゃらに頑張った、頑張って頑張って頑張って頑張って。慎司君のように誇れる私になりたくて必死に頑張った。けどその結果は過度な疲労が原因での撃墜。一時は意識不明の重体になるほどの怪我。

 

 そんな絶望を味わい、心中では腐ってしまった私。それでも慎司君は言う、私は強いと、私を信じてると、私の為に同じく重傷を負った慎司君は勝つと言った。

 

 

 手紙に視線を戻す、最後の文章だった。

 

 

『なのはちゃん、最後まで見届けてくれ。俺は、勝つよ……そしてその勝利と共に君に会いに行く………そのバトンを受け取ったら一緒に頑張ろう。ずっとずっと……たとえどうなろうと、俺は君の隣で君を支え続ける、隣で笑って君も笑わせてやる。諦めない限り、可能性はゼロじゃない……それを体現した俺がずっと隣にいるから。

 

        なのはちゃんの親愛なる親友の1人、荒瀬慎司より  』

 

 まるで告白のような宣言に私は心を温める。何でだろう、とっても安心する。冷え切ってた筈の心が温かくて、絶望して下を向いていた筈が今は前を見据えている。

 慎司君、君は本当にすごいよ。どうしてそんなに私を喜ばせられるの?いいの?いっぱい甘えちゃうかも、いっぱい弱音吐いちゃうかも、いいの?そばにいてくれるの?こんな簡単に諦めちゃうような私が隣にいていいの?………ありがとう。

 

 慎司君は本当に……本当にいつも私を内側から励ましてくれる。そんな慎司君が今必死に闘っている。動きはもう壊れかけのロボットのよう、延長戦が始まって既に15分経過。まだ、慎司君は指導を取られることも投げられることもなく戦い抜いている。左足の内側はきっともうボロボロな筈、それでも彼は立っている。

 

 私を支える為に頑張ってくれている、自分の努力と私の努力の証明のために頑張っている。私の言葉通りのカッコいい男の子になるって言ってくれている。奇跡を本気で起こそうとしている。体の動きとは正反対にその瞳はますます赤く燃えている。慎司君は言った、沢山の努力とそれを応援して支えくれる大切な人達がいれば不可能も可能に出来ると。そう言った。

 

「リンディさん……」

 

 鼻を啜り涙を拭いながら私は決意を固めて言った。

 

「お願いがあります……」

 

 私は高町なのは、慎司君が信じてくれている私になる為に。これくらいの事はやり遂げて見せる。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界は霞み、ずっと耳鳴りのような音が頭に響く。周りの音はどこか遠く聞こえ、心臓が破れるんじゃないかと思うくらい鼓動は激しく痛い。

 足は感覚を失ったかのようにどこか自分の体とは思えない異物感を覚え、その割には激しく形容し難い痛みだけはハッキリと感じ続けている。

 ハッキリとしない意識のまま体を動かす。左足の激痛を伴っても止まらない、次第に何故自分をこんな事をしているのか分からなくなってくる。こんなに辛いなら辞めてしまおうとそんな思考がよぎる。

 だが同時に心は叫ぶ、止まってはならない、倒れてはならない、負けてはならないと。

 

 一つの影が俺に襲いかかってくる、相手に組まれて振り回されながらも俺はそれを気迫で持ち堪える。影は何か技をかけてくる、もう何をやってるのか目で追いかけることも出来なかった。

 ただ、倒れてなるものかと必死に堪える。

 

「ああああああっ!!!」

 

 気迫ではなく苦悶の叫び。何か行動を移すたび、何かを耐えるたびこんなに叫んでしまうような痛みが俺を襲う。何とか投げられる事なく堪える。追撃の手はなく影と2人してそのまま前から地面に倒れ込む。

 

「待てっ」

 

 もう何度聞いたかもわからない宣言。その声で少しだけ意識が回復する。そうだ、試合中だ……気をしっかり持たないと……。

 慌てて立ちあがろうとすると疲労と痛みで足をもたらさせて転びそうになる。満身創痍という表現が生易しか感じるくらいの状況だった。

 

 しかし、それは神童も程度は違えど同じであった。彼も既に肩で息をしてスタミナはとっくのとうに切れている。柔道は本来、数分で行われる試合。長時間常に全力で集中して全力で力を行使するのは無理だからだ。よってこのGS方式では10分も長引けばどんなにスタミナを鍛えた者でもボロが出てしまうもの。

 

 さっきの攻防で技の追撃がなかったのもその為だろう。しかし、そうは問屋が許さないのが神童という選手だ。肩で息はしつつも技の力強さや素早さは変わらない。未だに投げられないで耐え続けているのが不思議なくらいだ。

 こっちはもう、技を掛ける気力すら残ってない。既に俺が技を掛けないで待てがかかったのが2回連続で続く。

 次あたりそんな事になれば俺はおそらく指導をもらってしまう。そうなれば3つ目の指導を受けた俺は反作負けになってしまうだろう。技を掛けたくても神童を投げるような技はもう仕掛けられない。というか出来ない、左足は完全に壊れ全力で技をかけようとすれば痛みで崩れ落ちてしまうほどだ。

 今俺が取れる選択肢は……ない。心は折れずに立ち向かい続けるがそれでも圧倒的に俺の敗北が濃厚なのは変わらない。

 

 荒瀬慎司はただ無謀に挑み続ける愚者と化している。それでも……俺は闘う事はやめたくない。例え倒れても、死んでも、俺は諦めない。

 

「…………はぁー」

 

 自身の呼吸困難気味な症状を自覚されつつも、一度無理矢理にでも息を吐く。まだまだ、まだまだ……だっ。

 

 ゆっくりと立ち上がり開始線に戻る。負けていない限り……立ち止まる事は俺自身が許さない。ふと虚空を見上げる、まだ俺の目は死んではいないだろうか?燃え続けているだろうか?

 観客席からの歓声は既にない、俺の痛々しい姿をずっと見せられたんじゃ声援なんか送れないだろう。俺の応援先からも声はない。多分、両親なんかは見ていられなくて泣いてるかもしれない。ごめん、皆んな…皆んなの反対を、気持ちを踏みにじって出たのにこんな所を見せてごめん。

 

 だけど………もう俺は……

 

 

 

 意識が再びだんだんと遠のいていく。足から力が抜ける感覚、立っている状態を維持できなくなりそうになる。まずい、今倒れたらもう俺は……きっと立ち上がれない。

 

 くそ……がっ!

 

 視界は黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慎司君っ!!!」

 

 その大声に意識を戻される。静かになった会場にその声はよく響く、倒れ込む前にギリギリ踏み止まれた、同時に驚愕する。その声はこの会場では決して聞こえないはずの声、聞こえてはいけない声。

 声の元へ視線を持っていく。観客席の入り口付近、そこに2人の大人……リンディさんと桃子さんに抱き抱えられながら必死の決死の表情で俺を真っ直ぐに見つめる1人の少女の姿。

 

「なの…はちゃん?」

 

 小声で呟く、なんで?どうしてここに?そんな、そんな無理して大声をあげたら……っ!

 

「っ!……っ!!」

 

 なのはちゃんはどこか苦しそうに自身の体を縮こませる。リハビリ開始前まで回復しているとはいえなのはちゃんの体は元々重体なんだ。その大声だけで体に響く筈だ。だけどなのはちゃんは同じくらい大きな声で言葉を紡いでいく。

 

「…っ!負けないで!!!」

 

 色々な感情が籠もった言葉だった。その声はどこか悲しそうで苦しそうで、だけど嬉しそうで。他にいっぱい言いたい事がある、だけど短い言葉に伝えたい事全てを籠めるようになのはちゃんは言い放つ。

 

「私っ……頑張るから!!もう諦めないからっ!!」

 

 痛みを伴ってもその眼は光が点っている。高町なのはの眼には綺麗な光がある。絶望をしていたあの暗い眼ではなかった。

 

「だからっ!そう思わせてくれた君をっ……信じさせてっ!!貴方が誰よりもかっこいい人だって、言ったこと全部やり遂げる人なんだって!……奇跡も起こせる人なんだって……信じさせて欲しいのっ!!だから──」

 

 

 

     ──────勝って慎司君っ!!!

 

 

 

 ああ……なのはちゃん

 

 

 

 

「っ!始めっ!」

 

 試合を長く中断させないように審判は慌ててそう宣言をする。今度こそ終わらせると殺気すら放つ神童が俺に迫る。

 

「任せろおおぉぉ!!」

 

 そんな殺気は気迫で吹き飛ばす。

 

 鼓動する心臓が俺の血脈を沸騰させるように全身が熱く滾る。力を失ったはずの体に有り余るような余力を感じる。

 

 なのはちゃんが、1人の女の子が自身の体を顧みず俺に心の叫びを見せてくれた。俺に勝てと言ってくれた。そんな声援を受けたなら……なぁ荒瀬慎司?1人の男としたら……応えない訳にはいかねぇよなぁ!!

 

「あああっ!!」

「何っ!?」

 

 この試合で、この大会で1番速い組み手の動きを披露する。何故に今になってそんな事が出来るのか?理屈じゃねぇ、心の有り様だ。

 驚きつつも流石神童、左襟を掴もうとする右手は弾かれた。ああ、だけど慌てて弾いたからかいつもは警戒されて取れない、お前の右袖は隙だらけだ。

 左足で高速に一歩踏み出す、激痛がどうした?そんなもんで止まってたまるか。

 

 踏み出すと同時に左手で右袖を奪う、俺の右手はフリー……この形は一本背負いの形だ。

 

「しっ!!」

 

 仕掛ける、相手の動きを利用するでもなく相手の裏をかくでもなく、相手が一本背負いが来ると最大限に警戒する中で一本背負いを仕掛ける。真っ向勝負だっ!

 

「ぐうっ!!」

 

 神童隼人はあくまでも冷静だった。相手の組み手の形で一本背負いは最初から警戒済み、そして仕掛けてきた一本背負いを体捌き、体重移動、組み手に力を込めて突っ張りを入れての妨害、あらゆる一本背負いを受ける上での最適な防御手段を披露して見せた。

 

「っ!?」

 

 が、体の胴は綺麗に俺の背中と密着し、俺の右手は完全に神童の左脇を挟んで捉える。一つ、教えておいてやるよ神童……

 自分にとっての柔道における……決め技ってのはな…。自分が1番やりやすい、得意な技って意味じゃねぇ……本当の決め技ってのは、相手がどれだけ警戒して対策してもそれをぶち壊して投げちまう技を言うんだっ!!

 

 神童の両足が畳から離れて浮く。左足は全力で技をかけた事によりもうあり得ない痛みを伴う、それでも途中で崩れるようなヘマはしない。

 

 何の為に俺は勝たなきゃいけない?何の為に俺は苦しんででもやり遂げなきゃいけない?最初から分かりきってだ事だ。なのはちゃん、俺は奇跡を起こすよ、君が信じてくれた荒瀬慎司は奇跡を起こすよ。

 だから君だって奇跡を起こせる、努力と、絆と、諦めない心で奇跡は起こせるんだ。それをっ……俺が!

 

「証明してやらああああああああああああああ!!!!」

 

 体を捻って持ち上げた神童を俺自身を巻き込みながら前方へと投げる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

 浮かされても必死に抵抗する神童を捻じ伏せて俺は、ここまで全力で闘ってくれた尊敬するライバルを畳へと沈める。

 

 バシィッ!と畳に綺麗に叩きつけられる音が会場に響く。僅かばかりの申し訳程度の声援すらも聞こえない静かな会場に。

 

「い、い、……一本!!それまでっ」

 

 その宣言とともに静かだったはずの会場は大爆発を起こしたような歓声に包まれた。

 

 

 

 

 柔道という武道において、他のスポーツと違ってガッツポーズは恥じるべき行為とされる。礼に始まり礼に終わる武道においてその行為は相手を貶める行為と昔ながらの考え方があるのだ。多くの柔道選手はそれに納得しガッツポーズなんかも取る人は基本的に少ない。

 しかし、大きな事を成し遂げた時人間はその喜びを全身で表現してしまうものだ。荒瀬慎司も例に漏れない。

 

 控えめだが、腕は下げたままで拳を作りぐっと握り噛み締める、そして歓声に包まれながら勝利の咆哮をあげた。

 

 

 

 だが、それを責めるものは誰もいないだろう。努力によって成し遂げた彼の功績を知っている者なら特に。

 

 彼は荒瀬慎司、山宮太郎の意思を受け継ぎその想いを持っていたとしても。彼はこの世界において1人の女の子の為に全身全霊に行動を起こし成し遂げることのできるカッコいい男、荒瀬慎司なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ここまで、なんとか、書ききれた……。全国大会編の感想よろしければお聞かせください、そして誤字報告や評価、ブクマ等感謝です。これからもよろしくお願いします!


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奇跡は2つ

 

 

 

 

 

 

 

 親友である山宮太郎が逝ってしまってから2年後の春、未だその傷が癒えない太郎の2人の親友である優也と葉月は彼が眠る墓前へと来ていた。今日は別に命日でも何でもない日、2人は親友の死の現実を受け入れつつもこうやって何でもない日に墓へ足を運んでしまうくらいには引き摺っている。

 

「………………」

「………………」

 

 無言の時間が続くなか、2人の頭を駆け巡るのは3人一緒で幸せだったあの日々。彼の笑顔を思い出す、彼の優しさを思い出す。

 

「……ぐすっ、たろうぉ……」

 

 葉月はたまらず涙を流して膝を抱え込むようにしゃがむ、背中をさすってそれを慰める優也もまたその瞳は潤んでいた。

 

 

 

 

 

 しばらくそうしてからそろそろ帰ろうと2人して立ち上がるとふとこちらに向かってくる2つの人影が見えた。他のお墓ではない、明らかに山宮太郎の墓に向かってきている。太郎の両親だろうかと一瞬優也と葉月は思ったがすぐに違う事が分かる。

 男性と女性が1人ずつ、男性の方は年も自分達とそう変わらないくらいの年齢だと思われた。両手で丁寧に花を持ちながら2人で喪服を着ていた。

 

「こんにちは」

「ど、どうも……」

 

 男性の方に挨拶され、たじたじになりながら2人も返す。葉月も優也もこの2人の男女は誰だったかと必死に頭を捻るが思い出せない。

 

「失礼ですが……お二人は、山宮さんの?」

「ええ、親友です」

 

 何を聞かれているのか即座に理解し、優也がそう答える。

 

「それで、貴方は?」

「ああ、失礼しました。私は、過去に彼と柔道の試合で闘った者です」

 

 そう言われ優也も葉月もこの男性の事を思い出す。あの高校3年生の太郎の柔道人生を狂わせてしまったあの大会で決勝戦を闘った相手だ。そして隣の女性はその男性を必死に応援していた人であることも思い出す。

 優也と慎司大事な親友の大事な最後の夏の大会で応援に来ていたのだ。だから思い出せた。

 

 男性は2人の驚きの表情を受けながらも、頭を下げてから墓前に立ち花を供える。そして女性と2人で黙祷し手を合わせた。しばらくしてから目を開けて再び頭を下げてから優也と葉月に向かい合う。

 

「あの、失礼なんですが……どうして?ここに?」

 

 葉月がそう疑問を浮かべるのは最もだった。太郎と目の前の男性は同じ競技で闘っただけの相手だ。同じ学校の友人でもなければ仲のいい柔道仲間でもない。ハッキリ言うと繋がりは薄いはずなのだ。

 

「確かに、そう思いますよね」

 

 言いながら男性は山宮太郎の名が刻まれた墓を見る。

 

「………親友であるお二人なら彼がインターハイを棄権して柔道を辞めてしまった事は知っているでしょう。自分としては、それはとても残念な事でした。お互い真剣勝負をして、あんな結果になってしまったので、お互いに納得のできる終わり方が出来ませんでしたから、怪我を治して大学で頑張って今度こそ勝とうと決意した矢先に聞いたものですから」

 

 しかし、深い事情を知らないし交流があるわけでもない自分にはそれを止める権利なんかあるわけなく。心は納得出来ないつつも一度は山宮太郎の事を忘れて復帰できるようリハビリに専念していた。

 だが、病院を退院する直前。復帰の目処が立ってきた頃に彼は知ってしまった。姉が、もしかしたら山宮太郎が辞めてしまった原因の一旦を担ってしまったかもしれない事を。

 

 きっかけは見舞いに来てくれたチームメイトから前にも見舞いに来てくれた時にこの病院で決勝を闘った山宮太郎を見かけたと言われた事だった。詳しく日にちを聞くとその日は自分は怪我の手術で麻酔が効いて半日以上眠っていた日だった。

 そのチームメイトもそれで見舞いを諦めて帰ったらしい。その日は姉がつきっきりでいてくれたからそれとなく山宮太郎が来なかったかと問い詰めると姉は強い言葉を使って追い返した事を白状した。

 

 この時既に山宮太郎がインターハイを辞退し柔道を辞めた事は噂になり自分達の県の高校柔道界隈では有名な話になっていた。姉もそれを耳にしたそうで自分のせいで他人の柔道人生を狂わせてしまったかと思い罪悪感を感じていたらしい。

 

 姉は自分を大切に想ってくれてた分山宮太郎事を許せず、心配だった自分の手術後の時でもあったため普段より気が立っていたのだ。一瞬姉を責めそうになるがそれは抑える。

 姉が彼に言った事は間違っていたとはいえ自分を想っての事だと言うなら頭ごなしに姉を責めるのは解決にはならない。しかし、彼に謝りに行こうにも既にインターハイは終わり高校も卒業まで間近と言うシーズンだ。怪我が深刻だった為入院はここまで長くなってしまっていたのだ。

 進路も決まってるであろうこの段階では山宮太郎に今更謝らないって説得しようにも全てが遅い。それに、彼のその決断は姉の言動も一因にはなっただろうがそれが全部というわけではないだろう。

 

 1番の理由は恐らく………自分との試合そのものだ。張本人である自分がしゃしゃり出る事は出来なかった。

 

 それから男性は復帰して大学での推薦を受けた柔道部でマイナスからとはいえスタートを切った。必死だった、彼は自分で勝手に山宮太郎の分も頑張らないといけないとその無念を背負う事を選んだ。

 そうして必死にやり、選手として復活した彼に待ち受けていたのは山宮太郎の訃報だった。少なからずショックを受けたがそれでも柔道を頑張り続ける事を選び彼は大学2年にして日本チャンピオンにまで上り詰めた。

 

 今日ここに来たのはそれの報告と一つのケジメとしてだったと言う。

 

「自分は、これから世界の頂点に立つ為に今まで以上に柔道漬けの毎日を送ります。簡単にここに来れなくなる前に、ちゃんと自分の中で燻っているこの未練……山宮選手ともう一度雌雄を決する闘いがしたかったこの想いと決別しに来たんです」

 

 自分はもうただの柔道選手では無くなる。沢山の人の思いを背負って柔道をすることになる。だから、一度ここに足を運び……山宮太郎と決別しなければいけない。余計……とは思ってないがもういい加減この未練は捨てなければならないと思ったのだ。

 

「……………」

 

 彼の姉は弟が事情を話している中、時折太郎の墓に視線を送っていた。彼女は本来弟想いの優しい女性である。しかし、太郎には様々な不幸とタイミングの悪さで強く当たった事を彼女は未だ後悔しそれは一生とは言わずとも長い年月の間彼女の心に影を差すだろう。

 

 本当は優しい人だと知っているから、弟の男性は一緒に着いてこさせたのだ。少しでも罪悪感と向き合って自分と一緒に前に進んで欲しくて。

 

「……………」

 

 彼も事情を話し合えてから再び墓に視線を送る。彼は思う、もし山宮太郎に来世というものが訪れたのなら……再び柔道をやっているのなら、自分とは違う素晴らしいライバルに恵まれてほしいと。

 そんな突拍子のない事を考えていた。

 

 4人は再び黙祷し手を合わせて彼の冥福を祈った。4人が彼を慈しむ心に嘘はない、祈りを捧げる4人に春の暖かい風が吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳴り止まない歓声に後押しされながら何とか立ち上がる。ゆっくり、ゆっくりと開始線に戻り審判から勝利の宣言を貰って一度礼をする。いつもならここで畳の端まで下がり再び礼をするのだが足の痛みで倒れ込んでしまう。

 

「ぐううっ」

 

 痛みで悲鳴が上がるのを堪えつつ再び立ちあがろうとするが出来ない。シャレにならない、体はガタガタで足はもう完全に力が入らない。尋常じゃないくらい紫色に腫れ上がった左足を見て苦笑すらでなかった。

 

「く、そ……」

 

 最後までちゃんとカッコよく終わりたい。勝ったとしてもしっかりと礼をして柔道家らしく終わりたかった。だが、本当にもう自分の体は糸が切れたように上手く力が入らなかった。

 

「うん?」

 

 もがいて這いずるように体を動かしていると誰かに体を支えられながら立たせて貰う。そのまま左足に負担をかけさせないように俺の左側から肩を組んで松葉杖の代わりをしてくれる人が。

 

「神童……」

 

 息を切らせながらその人の名を呟く。神童は黙ったまま俺のペースに合わせて一緒に端まで移動し共に礼をする。会場はそのスポーツマンシップある行動に拍手が沸き起こっていた。 

 礼をしてからも畳の外まで運んでくれ会場備えの担架が来るまで俺を支えてくれていた。担架が俺の元まで来て医療スタッフに俺を受け渡すと同時に無言を貫いていた神童は俺にだけ聞こえる声で言った。

 

「………とてもいい試合だった、とても素晴らしい技と心意気だった。……次は負けない」

 

 そう振り返って俺から離れる神童の眼には悔しさから涙が滲んでいた。彼もまた全力勝つ為に努力を怠らなかった者なんだ。

 俺は言葉に出さずとも心の内で思う、最後まで俺に全力で試合をしてくれた事、怪我をした俺を侮らないでいてくれた事。素晴らしい最高のライバルで在ってくれた事に俺は深く感謝しながら担架に運ばれていった。

 

 

 

 

 それから先の事はよく覚えていない、担架で俺はすぐに意識を失ったからだ。限界の先の先までスタミナを使い切り、そもそもこの大会の準備期間で体も精神も酷使してきた事もあるだろう。さらに、試合を全部終えた事で張り詰めていた気力も切れた。

 次に俺が目覚めたのは病院のベッドの上、試合の為に固定したテーピングは外され代わりに固定具とぐるぐる巻にされた包帯。俺が事故した直後より厳重だった。更に固定具と包帯だけじゃなく俺が眠ってる間に手術でもしたのか太い針金のような物が足に何本か突き刺さってるし点滴も繋げられていた。

 針金は折れた骨が正規な位置からずれてしまってる時それを元に戻して固定する為の物だ。

 

 病院の病室というかこの空気にも見覚えがある。間取りは違うが恐らくなのはちゃんが入院していた管理局の病院だ。どういう経緯か地球の病院ではなく管理局の病院に運ばれたらしい。

 

 倦怠感を覚えながら上半身を起こすと体の節々に痛みが走る。情けないながらこれは酷い筋肉痛だ。まぁ、仕方ないか……数ヶ月ぶりにまともに柔道をしたからな。

 

「俺……やり遂げたんだよな」

 

 決勝戦を思い出す、意識は朦朧としていたけどあの時確かになのはちゃんは言ってくれた。もう諦めないと、頑張ると。そして俺は約束通り優勝を果たした。奇跡を起こした、沢山の人に心配をかけて中には泣かせてしまった人達もいたがそれでも俺はやり遂げたんだ。

 

「勝ったぜ、優也……葉月」

 

 この勝利は、2人の親友にも届けてあげたかった。ずっと俺に柔道を辞めることを反対して後押ししてくれようとしてくれていた親友に、俺の勇姿と2人への感謝の印として。だが、その思いは届かない。それでもいい、今の俺は胸を張ってこう言えるのだから。

 

「………俺は、胸張って生きてるぜ。これで少しは2人にも顔向け出来る俺になれたよ」

 

 山宮太郎としての人生悔いは消えないけどそれを取り戻せたと思えることを成し遂げた。それだけでも十分満足なのだ。

 

 

 感慨に耽っていると扉からノックが。俺はまだ眠っていると思われたのか返事をする間もなく開けられる。

 

「あら……」

「あっ…」

 

 訪問者は2人、車椅子を押す桃子さんとそれに座るなのはちゃんだ。

 

「よっ、なのはちゃん」

 

 感動的な対面と思うが俺はいつもの調子でそう軽げに口を開く。対するなのはちゃんは色々感情が溢れて面白い表情をしていたがそんな俺の態度を見て全く…と言った様子で息を吐いてから

 

「………おはよう、慎司君」

 

 そう、穏やかに言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 桃子さんは俺の両親に連絡と医師の先生を呼んでくると言って一旦部屋を出た。しかしまぁ、あの表情を見るに積もる話もあるだろうからしばらく2人っきりにするわね♪って感じの雰囲気出してたからしばらくは戻って来なさそう。

 そう言うわけでなのはちゃんも2人っきりなわけだがいかんせん何から話していいか分からない。とりあえず現状を聞こう。

 

「ここは、なのはちゃんが入院してる病院だよな?」

「……うん、慎司君が眠っちゃってからは慎司君のご両親が直接ここに連れてきたみたい」

 

 魔法での治療は恐らく例の拒否反応とやらでもう少し時間が経ったら受けれると聞いたがまだそれは先の話だろう。まぁ、ここに連れてきた理由はおおよそ予想がつくが。

 

「慎司君、丸3日も眠ってたんだよ?」

「え、マジで?」

「マジだよ」

「でじま?」

「でじま」

 

 それは予想外、長くて一日くらいしか経ってないと思ってたが。更に話を聞くとやはり俺は足の手術を受けたらしい。なのはちゃんは詳しく聞かされてないのでどういう手術でどうなったかはよく分からないが少なくとも車に撥ねられた直後より酷い状態というのは間違い無いだろう。

 

「ははっ、まぁ……しばらく頑張りすぎてたし……いい休養にはなったか…」

 

 そう思う事にする。これから俺もこの怪我と向き合って色々しなくちゃいけないだろうがそれはともかくだ。3日も経ったのならもうなのはちゃんのリハビリが始まってる筈だ。

 

「リハビリ、もう始まってるんだよな?」

「うん……今日のリハビリは終わって戻ってきた所だったんだ」

 

 そう言うなのはちゃんはちょっと不器用に笑う。言うまでもなく辛いだろう。俺の骨折時のリハビリとはえらい違う筈だ。痛みも辛さも異次元だろう。それでも、不器用でも笑顔を浮かべるなのはちゃんを見ると全くそれに挫けてはいなかった。

 まだまだこれからだと言いたげな雰囲気でもあったのだ。安堵のため息が溢れる。まだ始まったばかりだけどきっとなのはちゃんは最後まで頑張れる、元々なのはちゃんは強い子だ。俺の余計な事をしなくても1人で勝手に立ち上がってたんじゃないかって思う。

 

「………」

「………」

 

 

 無言、しかし居心地が悪いわけでなく互いに何を言うべきか何を聞くべきか考えてる。俺の起こした行動についてまだ2人で突っ込んだ話を出来てない。互いに気恥ずかしいのだ。

 

「…………慎司君」

 

 そっと手を握られる。するとなのはちゃんは車椅子からベッドの俺に体を預けてきた。照れるわけでもなく、ただ穏やかにそうやって甘えるように。

 

「………私ね?慎司君が無理して試合をしてる所見てる時不思議だったんだ」

「何が?」

「どうしてそんな風に笑っていられるんだろうって、どうしてそんなに強がれるんだろうって」

 

 体を預けたまま優しい口調でなのはちゃんは言葉を紡ぐ。

 

「でもね、今なら分かるんだ。慎司君は強がってたんじゃなくて、強いからそういう風にいられたんだって」

「…………強いかどうかはともかく、いつも俺は強い人で在りたいとは思ってるよ」

「ふふっ、もう十分過ぎるくらい強いよ慎司君は」

 

 この口調はどこか誇らしげだった。

 

「………慎司君が目を覚ましたら言いたい事いっぱいあったの」

「言いたい事?」

「うん、どうしてそんなに無茶するのっ、とか……謝りたかったりと色々」

 

 でもね、となのはちゃんは続ける。

 

「どれも何か違う気がして、慎司君に私が伝えたい事は何だろうってちゃんと考えたらね。わかったんだ、だから聞いてくれる?」

 

 俺に何を伝えたいか。何を言うべきか。俺は断る理由は勿論なく笑みを浮かべて頷く。

 

「私はね……高町なのはは慎司君が思ってる私より強くないと思う、心も体も……でも……私は慎司君の想像以上に強くなってみせる」

 

 そう言うなのはちゃんの顔は決意に満ちていた。重傷を負い、体も心も傷を負っていたなのはちゃんとはえらい違いだった。

 

「ただがむしゃらに頑張るんじゃなくてね、普段の慎司君みたいにちゃんと考えて頑張るの、今回の事は反省して、この失敗を次に活かす……そうやって私は成長してみせる。それでね?夢もできたんだ……」

「夢?」

 

 以外な単語につい聞き返してしまう。

 

「私は魔導師としてこれからどんどん強くなって、どんどん成長して、沢山の人を助けて、沢山の事を経験する。そんな私の失敗や経験を、沢山の人に教えてあげたいの」

「教える……魔導師の学校の先生みたいな?」

「うんっ!私ね、教導官を目指そうと思うの」

「教導官……」

 

 地球の警察学校なんかでよく聞く言葉だ。新米魔導師……新米じゃなくても自身の経験を伝え、教え、学ばせて成長を促し、その魔導師のこれからの活躍の足掛かりを作ってあげる。

 

「……いい夢じゃないか」

「慎司君?」

 

 そう、呟く。自然と何故か涙が溢れた。何でだろう、何で……なのはちゃんのこれからの目標を聞いただけなのに……何で涙が……。ああ、そうか……未来の話を聞いたからだ、なのはちゃんが語った自分の夢……その過程も全部、その内容は自分の体をちゃんと治して元通りになった事が前提だった。

 つまりだ……わざわざ言葉にしなくてもなのはちゃんは今の現状を乗り越えるつもりというより、乗り越えるとそう言いたかった部分もあったんだ。

 

 今のこの苦しみや辛さは夢を追う自分阻む壁でそれを乗り越えて未来を歩むと言ったんだ。

 

「ああ、よかった……」

 

 会場でなのはちゃんの誓いは聞いた、だけど……そうやってもうなんでもないそんな風に強がってくれるなのはちゃんを見て俺は自分の行いが本当に報われたと実感したんだ。だから、それが嬉しくて涙が止まらない。努力の先に……掴むことが出来た結果がここにあるのだ。

 ………苦しい日々だった、けど頑張ってよかったっ。

 

「慎司君……」

 

 俺のそんな気持ちを汲めたのかなのはちゃんは俺が突然涙を流した事に驚きはせずに俺の頭を抱えるように抱きしめてくれる。慰めるべきはまだ俺の筈だが、俺は流れる涙を止められなかった。

 

「こうやって夢を持てたのも………今頑張ろって思えるのも……全部乗り越えて未来で私が元のように歩いて、魔導師として翔べることも……全部全部、慎司君のお陰だよ?慎司君が頑張ってくれたから、私に見せてくれたから、私にとって1番カッコいい人になってくれたから………ううん、今回だけの事じゃない」

 

 なのはちゃんの声は少し震えて涙声になる。

 

「あの時、初めて出会った時に私に声をかけてくれたから」

 

 あの出会いは、俺だって忘れないだろう。

 

「私に、いつも寄り添って支えてくれたから」

 

 どこか放っては置けなくて、お節介でもなのはちゃんを支えてあげたいって思ってたんだ。

 

「励ましてくれて、助けてくれて、側にいてくれて………救ってくれて、ありがとう……」

 

 俺もなのはちゃんも泣いていた。

 

「私が今こうやって笑っていられるのも、頑張ろうって思えるのも全部慎司君のおかげです……カッコいい慎司君が私を想ってくれたおかげです…」

 

 俺だってなのはちゃんのおかげで、頑張れてるんだ。君が俺に温かい言葉で励ましてくれるからいつも俺は頑張れるんだ。俺だって君にありがとうと伝えたいんだ。

 

「………いくら言っても伝え足りないくらい感謝してます……ありがとうっ……ありがとうっ……慎司君、ありがとう……………………大好きっ」

 

  俺達は、ただ涙を流して抱きしめ合う。そこには邪な考えなど一切なく、ただ互いを想い合う親友同士の触れ合いがあった。

 

 俺は確信していた、なのはちゃんはきっと大丈夫だ。奇跡の復活を遂げるだろうと。頑張った先にまた未来は決して自身が望んだ結果とは限らない。しかし、自身が望んだ結果を求めるならやっぱり頑張ることは必要なのだ。

 

 例え報われなくても努力は決して無駄にはならない。必ずその頑張りは何かの形で報われる。綺麗事だろう、しかし俺はそれを信じてるし信じられる。人は頑張る生き物だ、頑張り続けた先にしか望んだ未来がないから皆頑張って生きてる。

 一日一日を精一杯に生きてるのだ。それは確かな事で事実だ。だからなのはちゃんは、大丈夫だ。そう本心に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 それからしばらく経ってお医者さんと両親が駆けつけてくれた。医師は事故をした時に俺の怪我を診てくれた母さんの知り合いの先生だった。すぐに俺は色々な精密検査を受けて容体を聞く事になる。

 

「左足の骨は前回の事故の治りかけがまた綺麗に同じ箇所が折れたみたい。それだけなら良かったんだけど無理に左足を使ったせいで俺な骨は正しい位置からだいぶ外れてたわ。足に刺さってる針金はそれを固定した手術の結果ね。骨が固まるまではそのままよ」

 

 と、少し怒気を含んだ声で言われる。まぁ医者として俺が行った事は許し難い事だろうから仕方ない。両親もよく絞られたようで苦笑を浮かべていた。こうやって俺は自分勝手な行動をしたツケを今後は払わないといけない。

 怒られるのもそう、俺のせいで迷惑をかけた人達に謝るのも、悪化した怪我と向き合うのも。

 

「それと、折れた骨が周囲のあちこちの神経を傷つけていたわ。幸い靭帯とかには影響ないけど歩けるようになるまでかなり時間がかかるから覚悟してください」

 

 と、言われてしまう始末だった。重度なものはなくても最悪軽微な後遺症は残る可能性はあるらしい、と言ってもほんの少し間接が固くなるとか動かすのにそこまで気にならないほどの違和感を感じるとかその程度。

 といっても、なのはちゃんにああ言った手前俺も勿論完全治癒を目指して頑張るつもりだ。よく食って良く寝て、来るべきリハビリも頑張る。大人しくしなきゃいけない間はなのはちゃんのそばでなのはちゃんの頑張りを応援しよう。

 

 退屈な入院生活に逆戻りと思ったが、病院側の配慮でなのはちゃんの病室と真隣な為互いに車椅子に乗せてもらいながらしょっちゅう会っていた。見舞いに来てくれる皆んなも2人一緒に出来て一石二鳥というやつだろう。

 そうそう、俺が病院に担ぎ込まれてすぐの頃。見舞いに来てくれた皆、応援してくれた皆んなにはちゃんと詫びをいれた。特に怪我をよく理解してるシャマルに泣きつかれてしまったのは心が痛かった。

 彼女は最後の最後まで俺の体を気遣い本心では試合に出る事に否定的だったんだ。だから俺はシャマルに言った。

 

「約束するよシャマル、俺は絶対にこの怪我を後遺症も残さずに治す。必ず復帰して完全復活を果たしてまた来年の全国大会も優勝してみせる。絶対だっ」

 

 口先だけの言い分だけどそれでも俺にはこの約束を守らなきゃいけない理由がある。それを果たす事で本当の意味でハッピーエンドなんだ。俺だって犠牲になるような形にするのはごめんなんだ。絶対に治す、自分と皆んなに対して誓ってみせた。やっぱり皆んな仕方ない奴だと苦笑を浮かべている。

 

 諦めてくれ、俺はそう言う人間だ。だけど、必ず皆んなを曇らせた分の笑顔は取り戻す。荒瀬慎司の人生には俺と俺にとって大切な人達との笑顔が必要なんだから。

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月日は巡る。

 

 今日もなのはちゃんはリハビリを頑張っている。両手で手すりを支えにしながら脂汗を流して必死な脚を使って歩く。数メートル進むのに10分くらい掛かるがこれでもかなり速くなったのだ。1時間かけてもダメな時はあった。しかし彼女は歯を食いしばって毎日毎日頑張っている。諦めてたまるかと気迫を見せながら。そんな彼女の首には病院には似つかわしくない立派な金メダルを下げている。

 全国大会で俺が勝ち取った金メダルだ。俺がお守り代わりに体が治るまで預かっててくれと渡したものだ。病室にでも飾って励ましにでもなればいいと思っていたのだが彼女はリハビリの時にいつもその金メダル首に下げる。なのはちゃん曰くこれを身につければ喝を入られてる気分になるからと。

 

 なのはちゃんがそう思えるならそれでいい。俺は変わらずそばで応援するだけだ。

 

「頑張れなのはちゃん!なのはちゃんなら出来るぞ!!負けるな!自分に打ち勝て!ファイトォーーーっいっぱぁーーつ!!」

「荒瀬君、一応病院なんだから静かにしてください」

「うおおおおおおおおお!!!気合じゃあああああああああ!!!」

「慎司君っ、恥ずかしいよぉ……」

 

 叩き出されたのは言うまでもない。しかし俺は毎日のリハビリに顔を出して声援を送り続けた。医者も俺の声援を受けた方がなのはちゃんのリハビリの調子がいいらしく、仕方なく煩くなるまでは放置してくれてる。

 

 そんな風に毎日をなのはちゃんやお見舞いに来てくれた皆んなとと過ごし俺にもリハビリを解禁される日が来る。なのはちゃんに比べたら屁でもないと嘯いて俺も必死に努力した。

 

 互いに応援し合い、励まし合い、多くの人に支えられ、多くの人に助けられて俺たちは頑張り続けた。約束を守るため、自身の努力を信じてただただ前を見て。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い月日が経ち俺たちはとうとう小学校を卒業する。クラスメイト達と卒業式の感傷に浸りながらも学校を後にし、俺達は帰路を歩く。すずかちゃん、アリサちゃん、フェイトちゃん、なのはちゃんと学校は違うけどわざわざこっちの卒業式にまで顔を出してくれたはやてちゃんと小学生としての思い出を語りながら。ふと、なのはちゃんが時計を見て慌て出した。

 

「あ!私もう行かないとっ!」

 

 なのはちゃんは卒業式の日まで管理局の任務があるようだ。慌てた様子で淀みなく走るなのはちゃん。まぁ、中学も今度ははやてちゃんも交えて一緒な訳だしクラスメイトも殆どが一緒だ。寂しさは感じない。

 

「気をつけて行ってこいよ」

「うんっ!慎司君も練習頑張ってね!」

 

 俺の言葉に笑顔でそう返すなのはちゃん。走って、きっと転移して任務先でまたいつものように空へと羽ばたくだろう。後遺症も残さず完全復活を果たした高町なのは今日も絶好調だ。

 

「慎司、気をつけてね。また事故に巻き込まれたらダメだよ?」

「おうフェイトちゃん、流石にあの時は脚を虐めすぎたからな。体はちゃんと大切にするさ」

 

 そう言って俺もなんとなく走り出して道場へと向かう。その足は真っ直ぐに淀みなく、なんの違和感も障害も感じず。

 

 

 

 奇跡は起こせる……いや、奇跡じゃない。頑張った分の報酬を俺たちは受けとっただけなんだ。頑張ったから今の俺たちがあるんじゃない。今の俺たちを取り戻すまで頑張る事を辞めなかった………ただそれだけなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 終わりっぽい雰囲気ですが空白期編はもうちょっとだけ続きます。数話くらいで済むかな?その後はいつもの幕間を挟んでからsts編に移行します。

 今話、最後の方駆け足になってしまったのは反省反省。

 なのはちゃんは原作と違い慎司君の応援パワーと励ましと気合で後遺症残らなかったって事で一つ。まぁ、気持ちって大事なんだぜって事でまた一つ。


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乗り越えた先に

 桜吹雪が舞う季節、出会いと別れの季節、春は様々な表現があるが学生である俺はやはり後者の方が馴染み深いか。とは言ってもエスカレーターで聖小から聖中に上がっただけなんでクラスメイトも9割は馴染み深い面子だ。そして奇跡的にいつものメンバー……アリサちゃん、すずかちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃん、なのはちゃんも同じクラスと相なった。中学校生活一年目の出だしはこれだけで快調である。

 入学式を終えてから教室で先生が来るまでクラスメイト達は思い思いに会話を繰り広げている。俺達も集まって雑談に興じていた。

 

「慎司君、新しい制服よく似合ってるよ」

「ワハハ、ビリビリに引き裂いてやるゼェ」

「何でちょっと猟奇的なの?」

 

 そう言う気分なのフェイトちゃん。

 

「何か、周りにいるメンバーが変わらなさすぎて中学生になったって感じしねーなぁ」

 

 しかも俺2回目だし。

 

「でも、ほら…今度ははやてちゃんとも一緒だよ?」

 

 なのはちゃんが嬉しそうにはやてちゃんを見る。はやてちゃんは少々照れながらもたははと笑いながら頭を掻く。

 

「受験、無事に受かって良かったね。慎司君が勉強見てあげたって聞いたけど?」

「そやね、慎司君意外と勉強できるからびっくりやったよ……しかも教え方も上手いし……その分邪魔もいっぱいされたけど」

 

 と、はやてちゃんはジト目で俺を見る。いいじゃんべつに、はやてちゃんの元々の学力なら問題ないって分かってたし。小学生の勉強くらいだったら全然教えられるし。

 

「ちなみに慎司はどんな風に邪魔したのよ?」

「大した事はしてないぜ?はやてちゃんの筆箱の中身全部消しゴムに変えたり勉強してる横で大声で叫んだりしてただけだよ」

「とんでもなく邪魔してるじゃないのよ!」

 

 アリサちゃんからツッコミの腹パン。うぼぉ、成長したからか以前より効くなぁ。腹筋もっと鍛えとこ。

 

「そのおかげかは分からへんけど試験会場でなんや些細な事では集中切らさずに済んだんよね。いや、邪魔されてたのは腹立つけど」

「腹出る?太ったのかはやてちゃん?」

「しばくぞコラ」

 

 てな感じでしばらく話してると教員が姿を表してたので全員指定された席に着く。クラス1人1人の顔を見て今日からよろしくお願いしますと丁寧に挨拶をしてくれる。

 一度俺を見て目元がぴくっと反応してた事は見逃さなかった。ははーん、小学校の方で俺の噂を聞いてるな?安心してくれ先生、同じくらい好き放題にさせてもらいますから。

 クラスで1人1人自己紹介をして先生から明日の予定を聞いてから本日は解散。本格的な授業やらは明日からだ。自己紹介も顔を知らないのははやてちゃん以外のほんの4、5人だけ外部受験で入った人のみだ。まぁ、楽しいクラスにしてやろうじゃないの。聖小からの付き合いの奴らも俺と一緒で喜んでくれてたしな。

 

 そんな感じで先生も教室から出てって俺達も帰り支度をしている時だった。突如乱暴に教室のドアが開けられ見覚えのない男子生徒がズカズカと入ってくる。誰だ?学年カラーが配色されてる上履きを見ると俺達と同じ色だった。なんだ、同級生か。その男子は教室を見渡しこっちの方を見ると足早と俺の机まで寄ってきた。なんだ?俺に用か?

 

「おいお前」

「ん?」

「お前だよお前」

 

 自身の後方に首を回す。

 

「俺の後ろには誰もいないけど?」

「お前だっつってんだろっ!?」

「え?ダッツ奢ってくれんの?俺ストロベリー味がいい」

「ぶ、ぶっ殺すぞテメェ!」

「ブロッコリーは苦手かなぁ」

「このっ!」

 

 この手の輩は相手にしたくなかったからちゃらけてたら余計怒らせてしまったらしい。胸ぐらを掴まれる。うん、分かるよ。中学生になったばかりだもんね、背伸びしたいよね。俺も昔は似たような気持ちを抱いたから分かるよ?こんな物騒な事はしなかったけど。

 

「し、慎司君っ!」

 

 慌てた様子で駆け寄るなのはちゃんと続く友人達だが俺はそれを手で制す。いや、大丈夫大丈夫。どうせポーズだから。カッコつけたい年頃だから。

 

「お前?荒瀬慎司だろ?」

「遠山の慎司さんとは俺の事だが」

「はぁ?」

「何だ知らないのか……」

 

 残念、といっても俺もよくは知らんけど時代劇は。

 

「まぁどうでもいい。お前、俺と勝負しろ」

「え、何で?」

 

 普通に意味不明なんだけど。勝負って柔道じゃないよな?喧嘩のこと言ってるんだよな?

 

「お前柔道で全国大会優勝したんだろ?だったら喧嘩もつえーだろ?お前に勝てば一年では俺が1番強いって事になる。だから勝負しろっ!」

 

 と強気な言葉を使ってわけわからん事を言う男子生徒。てか誰やねんお前、あといい加減胸倉離してくれませんかねぇ……。当の男子生徒は顔は俺の方を向きつつも視線はチラチラとさっきから忙しないし……。

 待てよ?………ははーん……そう言うことか、お兄さん分かっちゃったぞ?

 

「柔道と喧嘩は違うしそんなくだらない事に付き合うのやなんだけど」

「う、うるさい!いいから俺と勝負しろ!」

 

 やっぱりな、またさっきのように何かを気にしながらチラチラと視線は俺から外れてる。視線の先をよく観察して見るとそこには今の状況を見て困惑した表情を浮かべているクラスメイトの女子生徒。

 自己紹介の時に確か外部受験の子だったと聞いた。何だかこの状況かもだけど俺の胸倉を掴んでる男子生徒を見てさらに驚いてるよう。

 

「まあまあ落ち着けよっ」

「うわっ!?」

 

 胸倉を掴んできた腕を柔道の上手の要領で切って強引に肩を組む。必死に引き剥がそうとしてくるがいかんせん体格的にスポーツもやってなさそうな見た目通り力は普通の中学生程度しかなく日々鍛えてる俺を振り解けやしない。

 肩を組んだまま俺は周りに聞こえないように耳打ちする。

 

「そんなカッコつけ方したって意中の子は振り向いちゃくれないぜ?」

「な、なにをっ」

 

 顔を赤くして純真なやつだ。おかしいと思ったんだよな、不良ムーブかましてくる割には要所要所にいい子ちゃんな部分が垣間見えてたし喧嘩慣れもしてない。さらには不良みたいな態度を取るなら普通格好から入るものなのにこいつと来たら校則通りに制服のボタンは全部閉めてるし着崩れやらもしてないでピチッとしてるし。

 

「……うちのクラスの川野さんが気になってるんだろ?」

「な、なんで?」

 

 分かったんだ?と、その男も小声で話す。川野さんとはさっきこいつの視線の先にいた女子生徒の事。何、簡単な事だ。小学生時代の同い年の連中の顔を全員覚えてる俺が見覚えないって事はこのなんちゃって不良君も外部受験の子だろう。さらに言うならおそらくコイツと川野さんは多分知り合い……同じ小学校じゃなかったのかなと思う。コイツと女子生徒の反応から多分そうだろう。

 

 そしてこの川野さん、さっき自己紹介で格闘好きで部活はどこかの格闘系の部活のマネージャーをしたいとも語ってた。そこで俺の登場である、ぶっちゃけ柔道は格闘じゃなくて武道なんだがこの際それは置いておいてだ。小学生からこの男子生徒が川野さんを淡い恋心を抱いてるとしてだ。格闘好きの川野さんと同じクラスになった柔道で全国大会優勝者の俺。

 馬鹿みたいな考えだが恋は盲目と言った所だろう、俺に取られると危惧していてもたってもいられなくなったんだろう。

 

 結果こんな馬鹿げた行動である。俺に勝てば川野さんに振り向いてもらえると思ったのだろう。ほんとバカだ、けどそんな情熱的なバカな行動は嫌いではない。やり方は完全に間違ってるが。

 

「いいか?本当にカッコいい男ってのはな?乱暴な奴より真面目で優しい奴のことだよ。言っとくけどお前の行動は逆効果だぞ?冷静になって周りを見てみろって」

 

 これも耳打ちで告げる。男は恐る恐ると言った様子で素直に周りを見た。すると冷静になって状況を理解したのか顔を青くしてしまう。本当に勢いでこうどうしたんだなぁ……思い切りの良さだけはかっこいいんだけどなぁ。なんで、そうなっちゃうのかなぁ……。まぁ、これが思春期か。……それで片付けるのもどうかと思うけど。

 

「ど、どうしよう……」

 

 どうしようじゃないよ。ていうか素はやっぱり真面目な感じなんだね。うんうん、そっちの方がかっこいいとお兄さん思うよ?。

 

 さて、どうするか……一時の過ちで片付けるには少々教室がざわついちまってる。先生とか駆けつけられたらコイツは入学早々腫れ物扱いされてしまうだろう。かと言ってこのまま連れ出しても意中の川野さんどころか同じ学年からも距離を置かれて暗黒の3年間させてしまうのも忍びない。

 行動はぶっ飛んでるけど好きな女の子を取られたくないって思ってここまで勢いでやってしまう馬鹿さ加減というか実直というかそこら辺は好感は持てるし。そこだけだけど。

 

 仕方ない、慎司お兄さんが人肌脱いでやろう。

 

「お前名前は?」

「えっ?」

「名前だよ名前っ、皆んなに怪しまれる前に早く教えろって」

 

 いつまでも肩組んでヒソヒソ話してるから誰かが先生やらを呼びにくる前に早く!

 

「お、奥原……」

「下の名前もだよっ」

「奥原…信明」

「信明だな。よし、ここは俺に任せておけよ」

「えっ?」

 

 呆ける信明無視して俺は肩組みを離して今度は信明の腕を掴んで自身の腕と共に大きく大袈裟に掲げてから

 

「テッテレ〜っ!!入学早々サプライズドッキリ大成功ーー!!」

 

 と叫んだ。これはドッキリでした〜で押し通すハイパーゴリ押し作戦である。普通なら通用しなさそうだがここにいる殆どクラスメイトは小学生時代から俺の餌食にあってきた腐れ縁達である。詰まる所

 

「何だよ慎司、マジでびっくりしたぞっ!」

「そうだよ荒瀬君〜、あーあ心配して損したぁ」

「初日からいきなりやらかすとは流石俺達の慎司だぜっ!」

「そこにっ!」

「痺れるっ!」

「憧れるぅ!」

「by高町さん」

「ちょっと!?私に押し付けないでよ!」

 

 最近はクラスメイトにすらツッコミをさせられるなのはちゃんを見て笑いながら悪りぃ悪りぃと皆んなに大雑把に詫びる。いやぁ、何かそんな気無かったけど洗脳してる気分だぜ。いやほんとに。

 

「びっくりさせて悪かったな!コイツは信明だ、さっき友達になってな……無理言って演技をお願いしたんだよ。だからコイツの事、勘違いしないでくれな?」

 

 と、信明のフォローも忘れない。こう言えばきっと俺をよく知るクラスメイトの連中なら……

 

「よろしくな信明!」

「初日から慎司に巻き込まれるとは災難だったな!」

「違うクラスだけどよろしくね〜」

 

 皆好意的に見てくれる。ふむふむ、信明はあまりの皆んなの反応の変わりように

 

「えっ?え?あ、うん……よろしく…」

 

 戸惑いながらもそんな風に反応していた。件の川野さんも俺をよく知らないから困惑気味だが他のクラスメイトが俺という人物を軽く説明してなるほどと笑ってくれていた。そんな寸劇に付き合った自分の知り合いにも笑っている。悪い意味ではなく良い意味で。

 そしてそんな意中の人を自分が笑わせられたと思い分かりやすく表情を明るくする信明。チョロ……まぁ万事解決って事でいいだろう。

 

「いやぁ、本当にびっくりさせて悪かったなっ!俺はこんな奴だけど、聖小上がりの皆んなは引き続き……今日知り合った外部受験の皆んなも3年間よろしくなっ!」

 

 そんな風に締めくくってちょっとしたプチ騒動は閉幕したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「慎司、あんたさっきの何だったのよ?」

 

 学校が終わり帰り道。今日は柔道の練習も休みでアリサちゃん達の習い事も休み、なのはちゃん達管理局組も任務がないという中々ない全員揃っての休みの日なのでこのまますずかちゃんの家でお茶でもしようという事に。

 全員を乗せれる大きなリムジン車に揺られているとアリサちゃんが唐突にそんな事を口にする。

 

「何だったって、普通に皆んなを驚かせただけだけど?」

「嘘つくんじゃないわよ、信明……だっけ?今日は朝からずっと私達と一緒にいたのにいつその子と知り合って友達になる暇があったのよ?」

 

 まぁ当然の疑問か。あのあとはこっそり信明から謝罪の言葉を受け取って俺からも多少の説教を述べて勘弁してあげた。その際信明の恋も応援してるから頑張れよと告げたら彼は嬉しそうに笑っていた。

 やっぱり素直な真面目な子なんだろう、行動がぶっ飛んでたのはこの際若気の至りで片付ける事にした。

 

「まあまあアリサちゃん、慎司君の事だし何か理由があったんだよね?」

 

 なのはちゃんがアリサちゃんを宥めつつこちらに言葉を求める。

 

「まぁ、信明の名誉もあるし詳しい話は内緒で頼むわ。本人根はいい奴みたいだから勘弁してやってくれよ」

 

 てな訳で、皆んな疑問に思ってたみたいだが信明の恋心を悪戯に広めるのも可哀想だし皆んなといえど隠す事にした。悪いことしたわけじゃないしいいだろう。そんな事よりすずかちゃん宅まで暇だからなのはちゃん揶揄おう。

 

「あ、なのはちゃん……髪の毛に芋けんぴついてるぞ?」

「ついてるわけないじゃん……」

「いやマジだって」

「流石の私でもそれは引っかからないよ……」

「え、俺の言葉はそんな信じてくれないん?」

「そ、そんな顔したって……」

「……………」

「……………」

「……………」

「…………(髪の毛に手をやる)」

「ぷはwチョロすぎww」

「ちょっと言い方!?叩くよ!」

 

 いつも通りのポカポカ、ポカポカ。中学生になっても全く痛くない。

 

「慎司となのはは本当にいつも楽しそうだよね」

 

 微笑ましいを見るような顔をしてそう言うフェイトちゃん。

 

「楽しんでるのは慎司君だけだよ!?」

「そう言うお前だって楽しんでるだろ?マゾなのはちゃん」

「マゾって言ったね!?」

「大魔王ゾーマって言ったの」

「それドラ○エのラスボス!なお悪いよ!」

 

 何で知ってるんだよ………俺が教えたんだった。

 

「それが嫌ならミルドラースだな……はやてちゃんがなぁ!!」

「あれウチ巻き込まれた!?」

「フェイトちゃんはガルマッゾだなぁ!」

「……仮面ライダーにそんなの出てたっけ?」

「「「ド○クエだよ!!」」」

 

 まさかのフェイトちゃん以外全員ツッコミと相なった。

 

 とまぁ、中学生になっても荒瀬慎司は絶好調である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで中学生生活にも慣れた頃、俺は八神家へお邪魔していた。定期的に来ているが今日は皆んなの目当ての漫画の続きが手に入ったのでそれを貸しに来たのだ。

 

「開けごま塩おおおおおおおおおおおお!!!」

「いらんわそんな合言葉!」

 

 いつもの調子で玄関を開けてもらう。あ、お隣のおばさんこんにちわー。今日も元気だね?はい、それだけが取り柄です。ありがとうございます。え?飴ちゃんくれる?そんなぁ気を使わなくても……おばさん、これ飴ちゃんやない……ハイチュウや。でも好きだからいただきます。

 

 

 

「おっす邪魔するぜぇ」

「あ、慎司さんですっ」

 

 と少し舌足らずな言葉で嬉しそうに妖精をイメージさせるようなサイズ感の女の子が宙に浮いて俺のほっぺに突撃してきた。あ、ちょっと痛い。まぁいいけど。

 

「よぉ、ちみっこ……元気にしてたかー?」

 

 俺のほっぺに頬ずりしてくるこの可愛い生き物に人差し指の腹で頭を撫でる。この子はいったい誰なのかを説明せねばなるまい。

 この子は以前にも話したリインフォースが自身が消滅した時に後継として残そうとしていたリインフォース自身のカケラである。自分が消えた後にはやてを支える者として自身のカケラを残してはやてに育てて貰おうと思っていたのだが生憎俺がその邪魔をしたので必要なくなってしまった。

 

 しかしリインフォースたっての願いで折角宿す命を積む事もないとリインフォースの姉妹機として誕生させる事に決まったのが以前まで話した事だと思う。その後はやてちゃんの管理の元、周囲の魔力とはやてちゃんのリンカーコアを分け与えられとうとう生まれたのがこのミニリインフォースである。

 リインフォースから生まれたこの子は見た目もリインフォースをそのまま幼くしたような感じでリインフォース的には娘というより妹と言う感覚が近いらしい。

 

 このミニリインフォース、名をリインフォース・ツヴァイ。リインフォースと被ってしまうので皆んなからはリィンと愛称で、リインフォースからはツヴァイと、俺は何となくちみっこで通してる。

 可愛いじゃん、ちみっこ。

 

 ちなみにこのちみっこ、根本の人格としてリインフォースから生まれたからリインフォースの人格や記憶を元に構成されているのだが……初めて俺と会った時からこの調子であった。性格は生まれたばかりなのもあり感情を隠さない子供のような一面が多いのだがリインフォースは自分の人格が元と周囲も分かっているため、自身の恥ずかしい本音を常に暴露されてるような気分らしく今も俺に甘えてくるちみっこを見て端で顔を赤くして震えながら悶絶してる。

 

 滅茶苦茶面白い。と言ってもこれから様々な経験をしてリインフォースとは違った性格や考え方も手に入るだろう。しかし、現状はまだほぼリインフォースと同じ考えを持つのだ。揶揄わないなんて逆に失礼だろう。

 

「ちみっこー?俺と会うのそんな楽しみにしててくれたのか?」

「はいっ、慎司さんが来てくれるまでずっとそわそわしっぱなしでした!」

「………っ」

 

 リインフォース、隠してるみたいだが聞き耳立てて反応してるのはバレバレだゼェ?

 

「俺のことそんなに好きなのかぁ?」

「大好きですっ!!」

「…っ!……っ!」

 

 めっちゃおもしれぇんだけど。リインフォース、感情表現が前より豊かになったからか顔を隠して悶絶してるだけなんだけど頭の中じゃきっとベッドの中をゴロゴロしてるくらい恥ずかしがってるのが見え見えだ。

 

「どんくらい好きなんだ?」

「こ〜〜〜のくらいっ!!こ〜〜〜〜〜〜〜〜のくらいです!!」

「〜〜〜〜〜〜っっ!!!」

 

 体全部を使って大袈裟に表現してくれるちみっこを見てとうとうリインフォースも床をゴロゴロと転がって悶絶していた。姉妹揃って可愛らしい。

 

「はははっ、ありがとなちみっこ。ほれ、お菓子持ってきたからはやてちゃんに怒られない程度に食べな」

「わーい!ありがとです」

 

 俺からひったくるように受け取るとちみっこ専用に用意されてる小人サイズの椅子で行儀良く美味しそうにお菓子を頬ばる。一応はやてちゃんから魔力を多めに消費してしまうが普通の子供サイズくらいにはなれるらしい。と言っても今くらいの方がちょうどいいような気もするが。

 

 さてさて、羞恥心で体を震わせてるリインフォースにトドメでも誘うかな。ゆっくりと近づいて床にうつ伏せで顔を隠すリインフォースの耳元で囁くように言ってやる。

 

「んで?リインフォースは俺のことどんくらい好きなんだ?」

「っっっっ!!!??」

 

 いやびっくりし過ぎだろ。あ、やめてあばれないで。羞恥心に耐え切れないでヘッドバンキングしようとしないで君そんなキャラじゃないでしょ!

 

「慎司………殺してくれ……」

「やだよ、何の為にお前助けたんだよ」

「…………慎司」

「これからもっと揶揄って楽しむ為だぞ」

「慎司」

 

 冗談だよ、珍しくちょっと不貞腐れるリインフォース。いやぁ、ホント感情表現豊かになったなぁ。なんだか嬉しいぞ。

 

「悪かった悪かった、これやるから機嫌直せって」

「……これは?」

「俺が使ってた消しゴムの残りカス」

「………ありがとう」

「え、嘘だろ。なんで嬉しそうなんだよ」

「お前からもらった者ならなんでも嬉しい」

「頭バグってんのか貴様」

「バグっていたのは私の防衛プログラムだ」

「ブラックジョークすぎんだろお前!言っとくけどまだそれ解禁じゃねぇからなっ!!」

 

 せめてあと3年は待てバカタレ。

 

「それそうと慎司」

「お、おう?切り替え早いな…」

「足はなんともないか?平気なのか?」

「おいおい何度も言ったろ?ちゃんと後遺症残さず完治したって」

「そうは言うがやはり心配だ……シャマルに診てもらったほうが」

「もう治ってから1年くらい経ってるんですけどね!

 

 と言うがリインフォースの表情は憂いの色があった。まあ、彼女のこれは今に始まった事じゃない。前々からちょくちょくこんなやり取りをしている。それもこれも恐らくは………

 

「必要以上に心配すんなって、俺は大丈夫だよ」

 

 そう言って優しくデコピンする。

 

 彼女は俺の秘密を唯一知っている。そしてそれに罪悪感を覚えてるし、俺の事になると過敏になっている。前世の俺の死因、事故死。人とは突然亡くなる事をリインフォースは俺の前世を通して学んだと過去に言われた事がある。

 俺の無念を知り、俺の後悔を知っている。だからこそ、あの全国大会……怪我を押して出たあの大会で勝利をもぎ取った時リインフォースは泣いていたとはやてちゃんから聞いた。

 

 前世からの夢を叶えた事を、前世からの後悔を断ち切った事を知っているから。たまに思う、不可抗力とはいえ俺の秘密を知ってしまったリインフォースの重荷になってしまってるんじゃないかって。

 リインフォースは俺の大事な決断や行動を起こす時、事あるごとに前世の事を引き合いにだす。今までずっと俺が前世に縛られ苦しみながら生きていた事さえ知っていたから。

 

 けどリインフォース、もう大丈夫だよ。

 

「リインフォース……」

 

 おでこを抑えて俺を見つめるリインフォースを見つめ返す。俺も、ちゃんと言わねばならない。

 

「俺は本当に大丈夫だから。俺は、ちゃんと荒瀬慎司だから」

「………そうか、すまない。お節介が過ぎたようだ」

 

 左足の事ではなく前世の事は乗り切ったと伝える。これから俺は、本当の意味で荒瀬慎司として生きていくのだ。既に決意して俺はそのつもりで日々を生きている。

 

「慎司……いつか、私がお前の力になれたとき聞かせてくれ。お前の……太郎の生き様を」

 

 周りに聞こえぬよう小声で告げてくる。

 

「別にそんな報酬みたいにしなくても聞かせてやるぜ?」

「いや、そう言う形がいいんだ。まだ私はお前の大恩に応えれてはいない、ちゃんと慎司と対等になった時……その話を聞いてもいいと思えるから」

「お前がそう言うなら別になんだっていいけど」

 

 そんなずっと例のことを気にしなくても……いや、リインフォースの意思がそう思ってるならあんまりとやかく言う事もないか。俺に恩を返すなんて正直いつものように俺と話して遊んでくれればそれで十分なんだがリインフォースがもっとそう言う分かりやすい何かを求めてるなら。

 

「それとは別でなんだが慎司……」

「おん?今度はなんだ?」

「以前にも聞いたが……いつ私の胸を触るのだ?」

「お前いい加減にしろよコノヤロウ」

 

 何故か八神家の皆んなからは痛い視線を浴びる事になるのだった。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 次回で空白期編最終回!


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そして……



 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるっせぇぞ3人娘どもがぁ!!」

「「「いきなり何!?」」」

 

 学校の昼休み。中学校でも俺たちは屋上を陣取り弁当をつつく。小学校とは違いはやてちゃんも加わり俺も含めれば6人の大所帯だ。

 

「びっくりしたよもう……皆んな普通に話してただけだったよ?そもそも3人じゃないし……誰に言ったの?」

「……内なる波動を感じてな……」

「そんな訳わからない理由でびっくりさせないでくれるかなぁっ!」

 

 ごめんごめん、ついねつい。叫びたくなるじゃん。俺だけ?

 

「慎司の奇行は今に始まった事じゃないしね」

「いちいち相手にしてたら疲れるで?なのはちゃん」

 

 割とフェイトちゃんもはやてちゃんも辛辣である。まあ、しょうがない。びっくりさせた事を今一度全員に謝罪しつつおかずを摘む。ふむ……今日の卵焼きは甘いな……。

 

「まるでフェイトちゃんだ」

「卵焼きを見つめながら何を口走ってるのよ」

「一歩進めばアリサちゃんだな」

「何をどう一歩進めば私が卵焼きになるのよ!」

「そう言うとこだぞアリサちゃん」

「うがああああああ!!」

 

 俺に襲い掛かろうとするアリサちゃんをすずかちゃんが必死に止める。いやぁ、いつも迷惑をかけます。

 

「放しなさいすずか!今日と言う今日はその意味わかんない言動を矯正するんだからぁ!!」

「落ち着いてアリサちゃん!慎司君はいつの日か絶対私が屠るから!」

「さらっととんでもない事言ってて笑うわー……え?冗談だよね?」

 

 すずかちゃんの人間離れしてると錯覚する身体能力考えると割と実行できるから怖いんだけど。てかすずかちゃん最近俺に当たり強くない?元々強かったけど最近また増してない?

 

「慎司君がふざけてすずかちゃんに疲れさせるような事ばっかさせてるからだよ…」

 

 俺の顔を見て何を考えていたか察したのかなのはちゃんがそんな事を言う。て言ってもなー、すずかちゃんだってちょっと楽しんでる面ある癖にー。

 

「慎司君はいつか絶対私が………するからアリサちゃん落ち着いてー!」

「おい、今ボソボソと何を言った?白状しなさい……あ、ごめんなさい嘘です。言わなくていいです聞きたくないです。ちょっと寒気がするから誰か温かいものを恵んでください」

「ほいっ、ウチの体温いるか?」

「メイド服着てもうちょっと成長してから出直せエセ関西めっ!豹柄の服ばっか着やがって!」

「持ってないし偏見がすごいなぁ!」

 

 だって大阪のおばちゃんは皆んな豹柄の服着てんだろ?違うの?

 

「………なのは、お弁当美味しいね?」

「これだけ周りが騒いでてもいつも通りのフェイトちゃんに安心感を覚えるよ」

 

 だいたい俺のせいで騒がしくなる事は言わないでおいた。

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

「うーす、ただいまーっと」

「あっ、おかえり慎ちゃん!」

「帰る」

「ここが家でしょ!?」

 

 学校から帰ってきたらイギリスにいるはずのロッテに出迎えられたでござる。出て行こうとする俺の手を取って引っ張ってくる。

 

「な〜ん〜で〜いる〜〜!!」

「慎ちゃんが中々来てくれないから遊びにき〜た〜の〜」

 

 力では使い魔のロッテには敵わずあっさりと引き込まれて俺の顔を自分の胸に押し付けながら抱きしめてくる。うん、最初は役得かなぁなんてちょっとした下心もあったけどここまで来るともはや生まれる感情は無である。

 

「あぁもう慎ちゃんまた大きくなったねー!でも相変わらず可愛いんだからっ」

 

 やめて、胸で窒息死する。ちょ、抱き締める力強すぎだから。マジで、マジでっ!死ぬから!

 

「ぬぬぬっ!苦しいわぁ!!」

「わぁ、ごめんごめん」

 

 何とか無理矢理引き剥がすと悪びれる気持ちは全くない様子でそう言うロッテ。まぁ、彼女に会ったらいつもこうなのだ。いい加減慣れよう。

 

「ふぅ……んで?何でいるんだよ?」

「慎ちゃんが全然会いに来てくれないから来ちゃった」

「数ヶ月前に会いに行ったじゃないか……」

 

 転移って便利だからね。イギリスまでひとっ飛びですよ。俺魔法使えないから親同伴なのが条件だけど。まぁ、両親もグレアムさんとは旧知の仲だから頻繁に会いに行くついでに俺もついてってるだけだしなぁ。

 

「ロッテ、慎司は帰ってきたばかりなんだ。ゆっくりさせてやりなよ」

「お、アリアもやっぱ来てたか」

 

 見かねたように家の奥から顔を出してそうため息混じりに声を掛けるアリア。となると、グレアムさんはイギリスでお留守番かな?まぁ、隠居生活満喫してるらしいし1人でゆっくりするのも偶にはいいのかも。

 

 アリアの言葉にロッテは素直に従い一緒に居間まで通す。2人によれば母さんは今頃夕飯の買い出しに行ってるそうで今日は2人もその席に一緒するそうだ。それで少しゆっくりしてから帰るらしい。何だよ、本当に俺に会いに来ただけかよ。

 またなんか管理局絡みかなって思ったけど考えすぎだったようだ。そもそもグレアムさんの使い魔である2人はグレアムさんの管理局引退と同時に2人も管理局を退職した形になったらしいしなぁ。もはや2人も老後の主人に寄り添って日々を過ごしているって感じだし。

 

 管理局やら何やらとはもう本当に無関係になったのか。そう思うとこうやって刺激を求めてやって来てるのかもなぁ。それなら相手してやるのもやぶさかではない。

 

「んじゃ、母さんが帰ってくるまで……そうだなぁ、ゲームでもすっか?」

「うん、慎ちゃんと遊べるなら何でも」

「私も参加したい」

「勿論3人でだよ」

 

 ちょうど柔道も休みだ、今日はとことん付き合ってもらうとするか……。

 

 

 

 

 

 

 3人で騒ぎながら楽しんで、家族と一緒に夕飯も一緒して他愛のない話で盛り上がる。すっかり俺のどこかの親戚のお姉さん感が板についた2人だった。食後はゆっくりと談笑して過ごす、俺はすっかり遊び疲れてロッテに抵抗する気も起きず好きなように愛でられている。

 アリアも羨ましがってちょこちょこ控えめに撫でてきたりスキンシップをして来たり。マスコットか俺は。父さんと母さんがそれぞれ席を外して居間に3人になったタイミングで俺を好き放題していた手を止めたロッテがおもむろに口を開いた。

 

「………慎ちゃん、新しい学校楽しい?」

「……ああ、楽しくやってるよ」

「ならよかった、慎ちゃん私たちが知らない間にまた色々無茶したって聞いてから心配してたから」

 

 俺が怪我を無視して全国大会に臨んだ件だろう。あの事はリーゼ姉妹とグレアムさんには事後報告という形になっていた。別に隠していた訳じゃないがわざわざ無茶する事を宣言する訳にもいかず、そろそろ俺の足も完治しただろうとお祝いに来た筈の3人が余計に重傷を負ってまた入院したと知った時の驚きようは可笑しかったな……。

 

「完治したと聞いたが……それから体の魔力の拒否反応の件も解決したのか?」

「何だよ、ロッテだけじゃなくてアリアまで……その件も解決してるよ」

 

 何で知ってるんだ?って俺の両親から聞いたのか。別に不自然じゃないな。俺の体が魔力に対して拒否反応を起こし治癒魔法やら何やらが一切受け付けずそれも一因して大会に完治が間に合わなかった訳だが。

 そもそも拒否反応を起こした理由が闇の書事件の際、今まで魔力のまの字も知らなかった体に短期間で急激に濃密に魔力を酷使した事で起こった一時的な弊害なのだ。元々時間と共に解決するものだったからな、ちょうど最近定期検診で体の拒否反応も収まったと管理局の医者から太鼓判を押された所だった。

 

「何だ何だ2人して?どうしたんだよ?」

「いや、もう平気ならいいんだ……」

 

 そう言うアリアの顔もロッテの顔も少しだが優れない。しかし、俺はすぐに理解した。

 

「………言っとくけど、体の魔力の拒否反応の件は俺の自己責任だぞ?2人のせいだなんて思ってたらそれはお門違いだ」

 

 だからそうきっぱり否定した。俺が勝手に無茶して体を酷使したからそうなったんだ。断じて2人が事件の裏で暗躍したからとかそんな理由ではない。

 

「……けど私達が変に掻き乱してなければ……慎司にあそこまで無茶をさせずに済んだかもしれない」

「無茶をしなかったら慎ちゃんが事故をした時、すぐに魔法の治療を受けれたんだよ?そしたら大会だって万全で………」

「たらればの話したって不毛なのは2人ならわかる筈だろ」

 

 間髪入れずにそう言ってやる。本当はふざけるなと言ってやりたかった、例え本当にそうだったとしても俺の覚悟を、俺が頑張って勝ち取ったものがその先にはあった。そしてそれに俺は満足してる。だからそれを否定するのは俺にとっては違うのだ。

 だが口に出さなかったのは2人がそう言う立場だからこそそう考えてしまうって事を理解していたからだ。根は優しいのは知っている。非常になりきれず俺の前では姿を変えて変身してもボロを出していたくらいだから。

 

「それにその件はもう終わらせただろ」

 

 あの時、俺の事を泣きながら優しく抱き締め返してくれたのは嘘じゃない筈だ。

 

「………そうだね、ごめん。ちょっとナイーブになっていたかもしれないね」

 

 ロッテの言葉にアリアも頷いて謝罪の言葉を述べる。しかしまぁ、この間はリインフォースもだが今更過去のことを掘り返すのは何なんだろうか。何かの予兆かと変に勘繰ってしまう。考えすぎだろうけど。

 

「ま、2人は優しいからな。どうしても罪悪感やら何やらが消えないってんならさ………いつか俺に恩を返してくれればいいさ」

「どう返せばいい?」

 

 そう言われても特に思いつかない。俺は今幸せな日常を過ごしてるからな、そんな風にパッとは浮かばない。

 

「さあな、今は特に必要ないけど……俺の人生まだまだこれからなんだ。そのうち2人の助けが必要になってくるだろうぜ。そん時助けてくれよ、そうすりゃ流石に罪悪感なんて消えちまうだろ?」

 

 そう笑って答える。別に返さなくていい恩だ、もっともっと時間が経てばきっと本当の意味で前を向いてくれるだろうさ。けど、今だって俺は気にしないで欲しいと思ってる。だから、そう提案する。ふわふわとした内容だけどそれは確かな約束でもある。

 その約束を胸にいい加減余計なもの取っ払って前を見て欲しいと思うから。

 

「俺はこれからだって頑張るんだ。きっと壁にぶち当たって挫けそうになる事も何度だってある。その時、2人に出来る事があるなら俺を助けてくれ………それでいいんじゃないか?」

 

 適当に言葉を繋げて見たけど案外いい提案じゃないか?俺の言葉に2人は少しキョトンとしながらもすぐに切り替えて表情を引き締める。そして居住まいを正してから真剣な口調で

 

「……親愛なる主人の使い魔としてリーゼアリアの名において荒瀬慎司に誓う……これから先、貴方に困難が訪れた時…必ず助けになると」

「同じくリーゼロッテの名において誓う……荒瀬慎司の大恩に必ず報いると」

 

 少し神々しさすら感じる2人に少々戸惑う。しかし、そんな風に真剣にやられてはこっちも同じように返さなければ失礼だろう。俺は咳払いをしてから2人に告げる。

 

「その誓い受け取った。いつかその日が来たら……頼るよ……『姉さん』……」

 

 俺の言葉を皮切りに3人で笑いあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学校生活もついに2年生となってから半分以上が経過した。春を終え、夏を終え、秋の終わり頃。俺は両親と共に地球ではない別の管理局のある次元世界へと来ていた。

 その場所は自然の温もりを感じられる穏やかな場所でその中心に教会のような施設が見える。実際に教会らしく管理局内の宗教団体、『聖王教会』という所らしい。なんか色々複雑で説明を聞いてもよく理解出来なかったが管理局という大きな括りの中でも権威がある団体とか。

 

 さて、なぜ俺がそんな所に連れられてるというとだ。原因は俺の一言。

 

『バイトしたい』

 

 これだけである。いやね?中学生はバイト出来ないじゃん日本じゃ。けど中学生になると色々入り用なのよ、皆の誕生日時は凝ったもの用意したいし仮面ライダーグッズは集めたいし漫画だってゲームだって金かかるし。

 柔道の練習?俺ちょっと肩怪我して大事をとって静養中で暇なのよ。動かせはするしやろうと思えばできるけど過去の経験上そんな事すれば痛い目を見ると死ぬほど分かってるからなぁ。

 

 てな訳で管理局ならなのはちゃん達も働いてるし今の俺でも務まる短期バイトくらいあるんじゃね?と思ったわけだ。そしたらちょうど両親が聖王教会に用があったらしくついでに仕事ないか連絡して聞いてくれたら俺でも務まる雑用が慢性的に人手不足だから大歓迎との事。

 て事で2人に連れられ転移でここまで来た訳だ。両親からその聖王教会の責任者の初老のシスターさんに紹介されて笑顔で迎えられる。とりあえず今日一日指示された雑用をこなすという事で俺は教会内を案内されながらやって貰いたい事を教えてもらう。なるほど、基本的には掃除やら洗濯やら……食事の用意の手伝いに子供を預かる託児所的な事もやってるそうでその相手。

 

 そんなこんなで両親は用事を終えて先に戻って行った、夜に迎えにきてくれるそうなのでそれまでお仕事頑張りますか。早速取りかかる、まずは掃除。魔法のある世界だから掃除なんかも魔法でちょちょいのちょいかと思ったけどそこは地球と変わらず箒やらマップやらで綺麗にしていく。

 広い建物だけど今日の所は指定された場所だけでいいとお達しがあったのでそこだけをこなす。次に洗濯……ってうわ、教会ってそこに所属してるシスターさんの洗濯かよ……俺一応男だぞ?いいの?……え?君なら平気?まだ子供だから?いやいやいや……。

 

 君の事は聞いてる…?ジュエルシード事件と闇の書事件の功労者として?え?俺ってそんな有名なの?………一部の人しか知らないんだ、俺の両親と仲がいいから知ってるだけなんだよかったよかった……。いや、俺の知らないところで目立つのやだし普通に。とりあえず洗濯しますよ?いいんですね?何か可愛らしい柄のパンツとかもあるけどいいんですね!?

 わっかりましたー!!うおりゃーー!!………しかも手洗いかよぉ……。

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 そんなこんなでそこに務めるシスターさん達に挨拶しながら仕事をこなす。洗濯干しも終わったし先程昼食の準備を終えた。さてさてお次は……あ、どうも責任者さん。

 

 え?昼食?俺も一緒に?昼休みだし丁度いいでしょって?あ、はい……確かに用意はないですけど……じゃあお言葉に甘えて。

 

 

 

 

「もう見かけた方もいると思いますがこの方がバイトの荒瀬慎司さん。これから時間のある時に来てくれます。元気の良い子ですから皆さんも目をかけてあげてくださいね」

「ど、どうも!荒瀬慎司です!元気だけじゃなく仕事もちゃんとやりますんでよろしくお願いします!!」

 

 食事の席で教会のシスターさんに紹介をされてしまった。ていうか本当に女性しかいないのかここは……老若問わずシスターさんとそれに近い服装をした教会騎士と呼ばれる人でいっぱいだ。元気な子と紹介されては仕方ない、元気に挨拶する。俺くらいの年頃の子がいるのは珍しいらしく皆さんからも暖かく出迎えられる。今日一日バイトきただけなのにこんな風に扱ってもらえるのは嬉しい。よし、午後も頑張るぞ。

 

「地球出身なんでしょう?偉いですね、そんな若さで働こうなんて」

「いえ、知り合いで同い年の魔導師もいますんで自分なんてまだまだ甘んちゃんです」

「魔導師ではないのでしょう?それにしては引き締まった体つきね……教会騎士団目指してみない?」

「うっす!鍛えてますから!でも魔法使えないんで地球でがんばります!」

 

 色々な人に質問攻めを受けたり世間話をして交流を深める。話していても分かるが割と好意的に受け入れられてるようでよかった。

 

 

 

 ……………………………。

 

 

 

 

 午後からは託児所で子供の面倒を任された。面倒と言っても一緒に遊んだり話したりするだけだ。ちゃんとしたお世話やらはシスターさんのお仕事。しかし俺くらいの男は子供達にも珍しいらしく始めて会ったのもあってか引っ張りだこになってしまう。

 

「しんじ!しんじ!もっかい、もっかいやって!」

「よーし、よく見てろよー……ライダー……変身っ!…とおっ!!」

「かっけえええええ!!」

 

 もうこの変身ポーズをこなすのは10回目である。子供恐るべし。まあ1号の変身ポーズカッコいいもんね。仕方ないね。え?他のやつ?じゃあ次クウガね。

 

「しんじ、しんじ!おままごとしましょ?」

「おう、いいぞ。俺は何したらいいんだ?」

「家庭環境が崩壊したけど健気にがんばってる薄幸少女が所属してる魔導師隊で大活躍するたびに後ろで『この子はわしが育てた……』って顔をしながら腕を組んでる上司の人!」

「後方腕組みおじさん!?」

 

 何てとんでもない役やらせようとしやがるこのお嬢さんは。ていうか設定もいちいち重いんですけど。君は平気かい?何か辛い事でもあったのか?……え?別に平気?お父さんとお母さんも仲良い?甘々すぎてブラックコーヒーも砂糖まみれな味がする?

 君その年でブラックコーヒーなんか飲んでるの?普通の飲み物じゃ糖分過多になっちゃうから?そっかぁ。

 

「しんじー!おにごっこしよ!」

「ちがうよ!管理局ごっこするのー!」

「おままごとだよっ!」

「あーこら喧嘩すんなよ、順番で全部やってやるからおれについてこいやぁ!!」

「「「おおっー!」」」

 

 こうなりゃヤケだ片っ端からやってやるぜぇ!………え?全仮面ライダー変身ポーズ耐久もやってほしい?倒れるまで?………よしっ、俺に任せろやぁ!!………でも順番は最後にしてお願いだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「や、やり切ったぞ…………」

 

 数時間ほど相手をして俺は糸が切れたように倒れ込む。子供達はお昼寝の時間となり今頃ぐっすり眠っている所だろう。全く小さな子供達というのは恐ろしい、遊びとなると無限の体力を持ってるんだから。お世話係りのシスターさんには先程お昼寝の間は休んでていいと言われたのでお言葉に甘えさせて貰う。

 いやー、本当に疲れたぜ。俺にもあんな時期があったってんだからなぁ。つか、俺一応今はまだ中学生だしそんな風に考えるのは早いか。

 

「あら、お疲れのようですね?」

 

 と、疲れてだらーんとしてる所で声をかけられる。シスターさんだが今日初めて見る顔だ、歳も多分近い。同じか少し上かと言った所。シスター服のベールから垣間見える綺麗な金色の髪が特徴の綺麗なひとだった。

 その人は人の良さそうな笑みを浮かべながらどうぞとコップに入ったお茶を差し出してくれる。

 

「お、ありがとうございます」

 

 素直に受け取りすぐに飲み干す。ちょうど汗もかいたから水分が欲しかったんだ。ふぅ、生き返る……。

 

「いやー、助かりました。小さな子供ってのは元気に溢れてるもんですね、こっちが振り回されちゃいましたよ」

「ふふっ、ですが大人気だったじゃないですか。子供の相手……お上手なんですね?」

「ははは、まぁ嫌われるよりはいいですからね」

 

 少し世間話を交えて話す。何だか少し距離感が近いような気もするがここのシスターそん皆こんな感じだから別段不思議とういわけでもあるまい。

 

「ああ、一応もう知ってるかも知れませんが俺、荒瀬慎司ってもんです。どうぞよろしく」

「ご丁寧にありがとうございます。私は、カリム・グラシア……お話ははやてからよく聞いていました」

 

 え?

 

「はやてちゃんと知り合いなんです?」

「ええ、個人的な友人なんですよ」

 

 そっか、あいつらももう一端の管理局員なんだしこっちにも人脈やらが広がるのは当然事だよな。にしてもこんな綺麗な人が友人とは羨ましい限りだ。

 

「ちなみにはやてちゃんからは何と聞いてます?俺のこと」

「それは……」

「あ、すいませんやっぱりやめてください。どうせ禄でもない事聞かされてると思うんで」

 

 はやてちゃんの事だ、めちゃくちゃな奴とか言われてそう。

 

「いえいえ、そんな事はありませんよ?貴方のことを大切な友人と言っていました。そして正しき信念を持ち、それを行動に移して成し遂げられる尊敬できる人とも」

「は、はやてちゃんが?」

 

 まじかぁ、あいつ……そんな風に思ってくれてたのか。素直に照れてしまうぞ、いやぁ……俺ってば罪作りな男だぜ。

 

「『というのはレアな慎司君で普段の慎司君はアホボケ変態野郎やからカリムももし会ったら気ぃつけてなっ!』っと、とてもいい笑顔で言ってましたよ?」

「あのエセ関西人めぇぇえ!!」

 

 上げて落とすとはいい度胸じゃねぇかコラァ!!鼻の穴からデスソース染み込ませるぞボケナスがぁ!!

 俺が怒りで震えてるのを愉快そうに見つめるカリムさん。いやはや、この人もどうして分からん人だ。

 

「はぁ……それで、アホボケ変態野郎の俺に何で声を掛けてくれたんです?」

 

 そのイメージもはや最悪だろうに。

 

「そうですね……個人的にも興味はありましたので…」

 

 あ、アホボケ変態野郎ってのは否定してくれないのねぴえん。というか興味って、何でまた?

 

「はやてからいつも話を聞いていたのもありましたけど……貴方が今まで残してきた功績を知っているから……ですかね」

「功績?」

「ジュエルシード事件において関係者のメンタルケア及び解決に大きく貢献、闇の書事件においては大立ち回りをして救えない筈だった命を救いその暴走と禍根を解消。貴方の功績は情報規制で知っている人は関係者と上層部でもほんの一握りの方のみで殆どいませんが私ははやてから直接聞いていたので」

 

 一度会って話をしてみたいと思っていたんですとカリムさんはつけ加える。はへー、俺の事ちゃんと情報規制されてるんか……そういえば父さんと母さんからそんな話を聞いていたような?魔力を持ってない俺が大立ち回りしたという事実があるだけで不味い事もあると……まぁ、想像はつくけどな。

 そこらへんはお堅い役柄の人達に任せよう、変に俺に誰かが接触してきても困るしな。

 カリムさんは知ってしまってるけど情報は相当に強く規制されてるらしく例え上層部の物でも知らない人はずっと知らないままとの事。父さん達もきっと信頼出来る人にしか教えてないだろうし。はやてちゃんも口が軽いんじゃなくて信頼出来るからカリムさんに話したんだろうし。

 

「それで?噂の荒瀬慎司を見てどう思います?」

「ええ、とても愉快な方だと思いました」

「馬鹿にしてる?」

「いいえ?」

 

 ついタメ口になってしまったが、愉快な人と来たか。そこはせめて面白い人と表現して欲しかった。いや、どっちもそう変わらんか。

 

「どうか今のように気軽な口調でお話しください、その方が親しみがありますから」

「んじゃカリムもそうしてくれよ。今日から友達な!俺達は」

 

 手を差し出して笑顔でそう告げる俺を見てカリムは少し驚くように表情を変えるがすぐに微笑んで俺の手を取る。

 

「ええ、そうさせてもらおうかしら」

「改めて、荒瀬慎司だ。よろしくなカリム」

「カリム・グラシアです。こちらこそ、よろしく……慎司さん」

 

 こうして俺はミッドチルダにて聖王教会教会騎士団であるカリムとの知己を得たのであった。

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

「え?カリムの魔法って予言が出来るの?」

「ええ、といっても予言は古代ベルカ……大昔の言語で記載されるので翻訳の解釈の関係上よく当たる占い程度のものだけど」

「いや、それでもすげーじゃん。それがあれば未来の脅威やらを事前に教えてくれたりするって事だろ?対策練れるだけすげぇありがたいじゃん」

 

 もはやチートだね。俺もそんな能力あれば異世界チートハーレムできるやんけ。興味ないけど……いやほんとにないからっ!

 

「興味があるなら過去の予言でも見てみる?」

「あるのか?」

「ええ、教会が管理してるし魔法の発動者は私だから自由に閲覧出来るわ。機密が必要な物は見せれないけど」

「すげぇ興味あるわ、子供達のお昼寝の時間まで暇だし見せてくれよ」

「分かったわ、ついてきて?」

 

 そんなこんなでカリムと世間話やら何やらして残りのバイトをこなしてその日は帰った。以降、中学生の間に何度もここに世話になりに行くことになる。バイトとしてと友人に会いに。

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 月日は流れるのが早い。中学生らしい3年間を過ごして俺達は卒業の日を迎える。そして、俺達はそれぞれの進路に向かって別々の道へ前に進み始める。アリサちゃんとすずかちゃんはこのまま聖祥大附属高校へ、フェイトちゃんとはやてちゃんとなのはちゃんは本格的な管理局員として勤務する事になる。

 そして、俺は……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慎司君遅いね」

「大事な用があるらしいからちょっと遅れる言うてたで?」

「全く!最後まで人騒がせな奴なんだから、折角今日は卒業記念のパーティーするってのに。今日まで自分の進路先は内緒だなんて勿体ぶってたくせに」

「まぁまぁアリサちゃん、すぐ来るよきっと」

 

 アリサの悪態をすずかが宥めるいつもの光景。そんな中フェイトは疑問を口にする。

 

「なのは、慎司は折角中学でも全国大会優勝したのに推薦全部断っちゃったんだってね?」

「うん、慎司君夏の最後の大会以降練習もしてないみたいだし……何か新しくやりたい事が出来たなら応援してあげたいんだけど…」

「あ、噂をすれば来たみたいだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 こっちこっちと皆んなが手を振って出迎えてくれる。俺はそれを息を切らせながら走って向かう。俺の大好きな友人、大切な親友達に迎えられる。ああ、皆んなには感謝してる。俺がこの第二の人生において、こうやって生きていけてるのは……皆んなみたいな仲間に恵まれたからだ。家族に恵まれ、仲間に恵まれ、荒瀬慎司として……生きられている事を俺は誇りに思う……だからっ

 

「待たせた皆んな、俺のこれからの道が正式に決まったぜ」

 

 だから………

 

「俺は……春から管理局員になるっ!」

 

 皆んなとても驚いた表情を浮かべて騒ぎ出す。ああ、期待通りのリアクションだ。へへ、やっぱり俺はこうでなくちゃ。皆んなを驚かせ続ける人でありたい。楽しませる存在でありたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、この先どんな困難や絶望が訪れても。俺が皆んなを守って見せる。

 

 

 

 

 

 continuation of strikers

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 この続きはstrikers編となりますがまずは幕間を挟みます。幕間編は描けなかった中学生時代の日常を中心に描く予定です。

 また、ちょうど切り目もいいのとリアル事情で一旦執筆をストップします。元々投稿頻度は全然なのでわざわざ報告するほど止まるわけじゃありませんが一応ご報告させて頂きます。

 空白期編は以上になります。いつも感想、評価、誤字報告大変感謝しております。作者の燃料にもなりますのでこれからもよろしくお願いします


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幕間3
燃えろ!体育祭!!




 リアルが落ち着いたので執筆再開であります。かなり期間あげながら執筆してたのでちょっと内容がグダグダになってしまった。反省なり


 

 

 

 

 

 

 中学1年生、夏。俺は今、月村邸に招かれいつものメンバーでお茶を片手に談笑している。今日は皆んな時間もあるのでここでこの後全員で夕食を共にする予定なのだ。名目は中学生最初の夏の大会を終えた俺のお疲れ様会。

 優勝おめでとう会じゃない理由は言わなくても分かるだろう。

 

「惜しかったね慎司、あと一勝で全国大会だったのに」

 

 そう言うフェイトちゃんの言葉に頷く。夕食を待ってる間の談笑会は俺の柔道の話が中心だった。大会を終えてから既に一週間、勝っていれば今頃全国大会に向けて調整中だったのだが………言っても仕方ない。既に悔し涙を浮かべ俯いている時間は終わりもう次の準備の為に励んでいる事を皆んなは知ってくれているからこうやって遠慮せずに負けた試合の話をしているのだ。

 

「慎司の事だし次はそいつに勝つわよ。そうでしょ慎司?」

「あー………」

 

 アリサちゃんの励ましに歯切れを悪くする。俺も是非もう一度闘って雪辱を晴らしたい所なんだが実はその相手は3年生……最終学年なのである。夏の大会を最後に引退してしまうのだ。少なくとも公式戦では中学生の間で闘えることはないのだ。その事を告げるとアリサちゃんは関係ないでしょっ!と声を張る。

 

「試合する事は出来なくても来年慎司が全国大会出てその人よりいい成績取ればいいじゃない!その人より凄い試合すれば慎司の方が強いってことじゃない」

「そう言う事にはならんと思うけど……」

「あー!もー!とにかく来年こそはカッコよく勝ちなさいよ!あんたがカッコいいところ見せれるのは柔道くらいなんだからっ」

 

 ふんっと腕を組んでそっぽを向いてしまうアリサちゃんに苦笑する。いや、もうなんだかんだ短くない付き合いだからアリサちゃんの嬉しい激励だと言う事は分かる。そっぽを向いてるのも照れ臭くて顔を見れないと言う可愛い理由なのも理解してる。理解してるからこそ言ってしまうのだ。

 

「いや、ツンデレかよ」

「ツンデレってゆーな!!」

 

 希少価値高いんだからそんな怒らなくてもいいのに。

 

「でも、慎司君が柔道部に入ってから学校の雰囲気すごく変わったよね」

 

 すずかちゃんの呟きに皆んながうんうんと頷く。元々聖祥附属学校は私立なだけあって学業を重きにおいた学校だ。本当は俺みたいなはしゃぎ回ってばかりの奴は異端児なのだ。まぁ上手いこと小学校はやって来れたけど。

 中学でも俺のスタンスはやっぱり異端児で勉学より柔道を優先して過ごしている。一応柔道部はあるにはあったのだがやはり俺のような熱意でやってる人より、とりあえずカッコ良さそうだから、運動をした方がいいと思ってくらいの熱量の子ばかり。それは別に仕方ない、全国を目指すような強豪学校を選ばなかったのは俺なのだから。

 

「そうだよね、何か………熱血な人増えたよね」

 

 遠い目をしてそう言うなのはちゃんの眼はなんだか悲しそうだ。

 

「そうかぁ?別に普通だろ?」

「私達が入学したばっかりの時は毎日朝練して声を張り上げてる部活もなかったよね?」

「いい事じゃん」

「そうだけど〜」

 

 なのはちゃん的にはあまりお気に召さないらしい。何でかな?活発に活動する事自体はいい事なのに。

 

「限度があるんよ慎司君…」

 

 なのはちゃんに変わって困った顔をしてそう答えたのははやてちゃん。

 

「思い返してみてや、最近のウチらが登校してる時の学校の雰囲気」

「俺朝練でいつも早いから分かんないよ」

「こんな感じや」

 

 

 

 

 

 

 

『走れヤロウどもおおおおおおお!!陸上部が柔道部に足でも負けてたまるかぁ!!外周追加ぁ!!』

『おおおおおおお!!!』

 

『こんなんじゃ柔道部に置いてかれるぞぉお!!バット素振り千回追加じゃあ!!!』

『おおおおおっす!!』

 

『まだまだぁ!!我らボディービル部がこなしてる筋トレより慎司のトレーニングの方が質が高いぞ!!負けられるかああああ!!プロテインを追加ダァ!!』

『バナナ味ぃぃぃぃ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい事じゃん」

 

 ボディービル部あったんだウチ。主張も意味わからんかったけど。

 

「怖いのぉ!」

 

 耐えきれずなのはちゃんが叫んで俺に縋りついてくる。

 

「毎朝毎朝こんな感じなんだよ!?4月の内はたまに朝練やってる部活があって頑張ってるなぁって遠巻きに見てるくらいだったのに5月にはどこもかしこもこんな感じじゃん!」

「いい事じゃん」

「げ・ん・ど!があるの!毎朝右向けば筋トレ!左向けば筋トレ!後ろ向いても筋トレ!教室内じゃ部活入ってない子も授業始まるまで筋トレ!!偏差値じゃなくて筋肉指数あげてどうするの!?」

「いい事じゃん」

「よくな……いことはないけど!先生が言うには不思議に成績も皆んな落ちてないらしいし……でも、でも、圧がすごくて耐えられないのぉ……」

「いい事じゃん」

「話ちゃんと聞いてるの慎司君!」

「いい事じゃん」

「聞いてないね!?だと思ったよ!」

「辛子いる?」

「なんで!?いらないよっ!」

 

 俺の胸をぽかぽか、ぽかぽか、こっちはほっぺをぐにっーと引っ張る。あ、また一段と伸びるようになったかもしれない。あはは、おもしろーい。

 

「まぁ、確かになのはちゃんの言う通り毎朝アレに出迎えられるのはしんどいなぁ……慎司君どうにか出来へん?」

「んー……やる気あって頑張ってる奴らを削ぐような真似はしたくないんだがなぁ……」

「それに部活動を盛り上げてるのは慎司が筆頭だし、慎司が他の部活を注意するのは無理なんじゃないかな……」

 

 フェイトちゃんの言葉通りだ。別にそんなつもりはなかったけどある意味この状況を引き起こしたのは俺が原因だと思う。叫びながら部活に励むアイツらも柔道部と俺の名前を連呼してるわけだし。

 

「最初は慎司君が部に入った影響で柔道部が凄く活発になったよね」

「そうだね、最初は慎司君の一人相撲だったけどだんだんみんな引き込まれていって………」

 

 なのはちゃんとすずかちゃんが語る通り当初は俺くらいの熱量はなかった部員達もどんどん俺についてきてくれるようになった。先輩達もだ、俺が小学生での実績があったのも理由の一つだろう。最初はうざがられた俺も今じゃ皆んなと同じ目標で真剣に取り組める環境に漕ぎ着けたのが4月の最後の方。

 

 そっから勉強中心の私立中学じゃそんな熱血柔道部もよく目立つわけで……。

 

「一時は学校の皆んなから応援されてたよね、柔道部」

「まぁなぁ……それで部員のやる気も上がってたから渡に船だと思って特に何もしなかったんだけど……」

 

 それがいけなかった。そんな応援をしてくれる中でも顕著だったのが俺を知ってるクラスメイト達や他の女子生徒達。別にアイドル扱いされてる訳じゃ勿論ないけど泥臭く一生懸命頑張る男ってのは悪いようには見られない。モテるモテないの話ではなく応援したくなるものだ、そしてその応援を一心に受ける柔道部員を見て他の男子中心の部活はどう思うだろうか?

 嫉妬までとは言わないがちょっとした羨望だ。そして安易にこう思う、頑張れば自分達も注目されると言う思考。まだ中学生の子供だ、俺だって本当の中学生時代もあるし気持ちは分かるからそれはいい。それはいいんだが既に柔道部が注目を集めてる中で再び注目するにはどうするか?結果なのはちゃん達が感じた圧……つまるところ過剰なアピールだ。

 

「理由はどうあれ頑張る事はいい事だしなぁ……」

 

 聞こえないようにそう呟く。だからさっきも言ったようにやる気を削ぐような事は言いたくない。だがなのはちゃん達が迷惑してる以上何とかしないとなぁ。ちなみにクラスの連中が筋トレし始めてるのは別の理由。まぁ俺のせいなんだけどね、それは別問題として。

 

「まぁ、やる気を無くさせずに今みたいな状況を改善する方法はあるけど……」

「え?どうやるん?」

「あー……」

 

 アイツらが何であんな事してるのか理由を理解してないはやてちゃん達にわざわざ言う事ないよなぁ……本当に気持ちは分かるからさ。分かるよ思春期、モテたいよね?分かる分かる。

 

「まぁ、結果を楽しみにしとけって。一週間もしないうちにマシにはなるよ」

 

 苦笑してそう答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 てな訳で、そんな話をしてから一週間ほど経過した普通に学校がある日。例の目立っていたアピール集団はあいも変わらず朝から汗を流して頑張っているが各々ちゃんと自分達に設けられた決められたグラウンドやトレーニングルームで迷惑をかけないようにやってくれている。柔道部なんかも元々柔道場とランニングで学校の外周走るくらいだったから変わらず練習している。

 

「慎司君何したの?」

 

 ホームルームが終わり次の授業までの空き時間になのはちゃんがそう問うてくる。

 

「別に大した事はしてないよ、ただ……」

 

 と言いかけた所で数名女子生徒に呼ばれる。全員同級生で同じクラスメイトだ。

 

「お願いされた通りにしたけど……何であんな事を?」

「まあまあ、あんまし気にしないでくれよ。それよりほれ、お礼にこれやるから」

 

 と、持参してきたちょっとしたスイーツを手渡す。

 

「え?いいの?やった、ありがとー!」

「あれくらい荒瀬君お願いなら別にいいのにー」

「また、何かあったら何でも言ってねー」

「ああサンキュー、先生にバレないように食えよー」

 

 と、各々席に戻っていく。

 

「とまぁこんな感じ」

「分かんないよ……」

「別に変な事させてないから気にすんなって。他の部活やってる連中も同じ男として気持ちはわかる部分もあるからさ……な?」

「まぁ……解決したならそれでいいけど……」

 

 実際あの子達にやってもらったのは他の部活のメンバー達の前でとある世間話をしてもらっただけだ。まとめると

 

『頑張ってる人は応援したくなるけどあんまりアピールしてるのはカッコ悪いよね』

『黙々と目標に向かって頑張ってる姿がかっこいい』

 

 みたいな感じの事をそれっぽく会話して貰ったのだ。流石にあの子達にだけじゃ大変なので他のクラスメイトの子や他のクラスの子、2、3年生の先輩方にもお願いした。後で同じように全員にスイーツを配る予定である。出費が………。

 え?何で皆んな引き受けてくれたのかって?この学校での俺の顔の広さ舐めんなよ。今の先輩達の殆どは小学生時代の俺の事も知ってる人達だからな。

 

 とまぁそんな感じの会話を聞けば単純な事にすぐに沈静化して普通に努力を続けている。それを継続出来れば大会である程度の結果はすぐに残せるだろう。それで自分達がやっている努力の成果を味わえばすぐに邪な気持ちが一切なく本当の意味での努力をして本当にカッコいいって呼ばれるような人になれるさ。

 それに、見てるやつはきっと見てくれてる。だから、このまま頑張っていて欲しいと思う。勿論学業は疎かにしないようにな?

 

「ふっふっふ………」

「……何で急に笑ってるの?」

「いや、何でもねぇ何でも」

「………ちょっと気持ち悪いからやめた方がいいよ?」

 

 珍しく……でもなく辛辣ななのはちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 とまあ実はこんな事があったのが1ヶ月半前。それから俺たちの中学は部活動も活発のまま日々勉学に励んでいた。そう、先程のちょっとした事件は今から始まる、後にこの中学で何十年も語り継がれる事になる伝説3年間のイベントの前日譚。夏の暑さが残る中、秋の紅葉を覗かせ始めた時期にある学校のイベント。

 

「おっしゃテメェらぁ!!死ぬ気で俺についてこいやあああああああああ!!!!」

 

 『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 そう体育祭である。しかもここの中学生としての体育祭は今回が初めてだが普通とは一味違う。今年から校内で開催される普通の体育祭ではなく隣町の中学校2校を呼んで3中学にによる学校対抗戦というスーパー大型企画なのだ。なんでこんな無茶な企画が通ったのかといえば無論俺の仕業である。

 俺についてくるような形でメイド同士である聖小の校長がこの中学の校長に赴任したのだ。その校長に口添えをしてもらい今回の企画が叶ったのだ。

 

 何でそんな事したのかって?そっちの方が燃えるじゃないか!

 

「いいかぁ!これはただの学校対抗の体育祭じゃねぇ!!我ら聖祥中のプライドを賭けた聖戦だ!……え?…2位じゃダメなんですか?ダメっですっ!!」

 

 ちなみに現在は既に開会式の途中である。他の2校がポカーンとしている空気を無視して各校一人ずつ代表に出て選手宣誓をするプログラムで俺は進行役の先生からマイクを奪って演説中だ。

 

「3位、2位なんかいらない!目指すは優勝のみ!!いいか!?必ず俺たち聖祥中を優勝に導くぞおおおおおおおお!!!」

 

 おおおおおおおおおおおおお!!

 

「いいぞ慎司ー!!」

「それでこそ慎司だー!!」

「「「慎司っ!慎司っ!慎司っ!」」」

 

 俺達聖中のボルテージは既にMAX。残りの2校は若干引き気味だ。他校の先生なんかは俺を見て震えてる。ごめんね?慣れてない人はほんとごめんね?でもどうせ対決方式でやるなら君らもそんな感じで来て欲しいわけです。ちなみに赤、白、青の色分けで俺達聖中は赤だ。

 

「何か……あの時慎司君が嬉しそうにしてた理由が分かったかも」

「え?どうしたのなのは?」

「ううんフェイトちゃん、何でもない」

 

 高町なのはは空を仰ぎ見る。今回は聖中としての最初の体育祭だ。流石の慎司君も大人しいかな?と安心しきっていた昨日の自分を責めたくなった。一年生なのに代表として前に出てるのも誰一人としてツッコミがないのがもはや洗脳されたようで恐ろしい。むしろ皆んなが慎司君以外誰がやるの?みたいな顔していた。

 

「はぁー……いつも観客として慎司君の暴れっぷり見てたけど参加者として一緒やと熱気がすごいなぁ」

「私達はもう慣れちゃったわよ」

「アリサちゃん、多分慣れちゃいけないやつだよ……」

 

 そう言うすずかは困り顔だが自身もある程度慣れてしまって以前ほど色々突っ込みを入れる事がなくなってきている事に気づいてない。言うまでもないがこんなテンションの体育祭は不自然である。

 もはや洗脳された軍隊である。だけど彼らにとって運動会や体育祭はこんなものなのだ。荒瀬慎司のせいで。

 

「まだまだぁ!!気合いが足らんぞ軟弱ども!!お前らの覚悟を問う………敵は全員っ!?」

『ぶちのめす!!』

「審判諸共っ!?」

『ブッ飛ばす!!』

「お昼休憩は!?」

『天の恵みと作ってくれた人に感謝してお弁当をいただきます!!』

「おにぎりの具は!?」

『梅!昆布!鮭!』

「おかかを忘れるなぁぁぁああああ!!!」

 

 学校どころか街全体に響き渡るスピーカー越しの慎司の声。そんな盛り上がりに釣られて関係のない人達も野次馬で来る始末で本当に規模がどんどん大きくしまっていた。

 

「何か、無事に終われるか心配になってきたよ……」

「諦めなさいなのは、絶対何か一波乱はあるわ」

「一波乱で済めばいいけどね……」

「アリサちゃんもすずかちゃんも脅かさないでよ〜……」

 

 しかしそんな悪い予感というのは当たるものである。

 

 

 

 

 

 

 ケース1 対校応援合戦

 

 

 

 

 

 

「声が小さいぞ軟弱どもぉ!もっと声を張り上げんかぁ!!」

 

 

 うおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

 

「足りん!まだ足りない!!お前らの気概はこんなもんなのか、あぁ!?もっともっと魂で叫べゴラァ!!そんな体たらくでこの戦争に勝てると思ってるのか!!」

「戦争じゃなくて体育──」

「俺達の気合いで敵を怯ませるんだよぉ!!声張り上げろボケナス!!」

 

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!

 

 

「もうやだこの学校」

 

 ツッコミを遮られてガクンと項垂れるなのはちゃん。一緒に応援合戦をしていた2校の応援団は「ヒェッ」と声をあげていたが俺達には届くわけもなかった。

 

 

 

 

 

 

 ケース2 棒倒し

 

 

 

 

「オイコラぁ相撲部!!テメェら絶対ぇその棒倒されんなよ!」

「「「おっす!!!」

「倒されたらテメェら全員ちゃんこ鍋にしてやるからな!!分かったかぁ!!」

「「「おおおおおっす!!!」」」

 

 

 

 

 

「なぁフェイトちゃん、ウチの相撲部ってあんなに本当のお相撲さんみたい体の大きい子ばっかやったか?」

「ううん、みんなただ入部してるだけの幽霊部員だって聞いてたけど……」

「半年でどうすればああなるねん」

 

 

「活躍したらまた美味いプロテインの作り方教えてやるからなぁ!!」

「原因近くにおったわ」

 

 

 ちなみに我が校の棒は日々沢山四股踏みをして足腰を鍛えている相撲部により微動だにしなかったという。

 

 

 

 

 

 ケース3 代表自由演舞(得点制度あり)

 

 

 

「他の2校はダンス部とか体操部がかっこよく演技してたけど………」

「仕上がってるねぇ!」

「キレてるねぇ!」

「肩に小さい冷蔵庫乗せてんのかい!」

「はいっ────」

 

『サイドチェストぉおおおおお!!ヒューっヒューっ!』

 

「何でウチはボディビルなのよ!!?」

 

 アリサちゃんの魂の叫びである。

 

「うおおおお!我慢できねぇ!俺も出る!!」

「ちょっ、慎司君やめて!?お願い!これ以上私の胃腸に負担を与えないで!!」

「俺の肉体美を見ろおおおおおお!!」

「誰か止めてえええええええ!!」

 

 なのはちゃんは泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 とまぁ、言うまでもなく体育祭は混迷を極めていた。もはや競技ではなく闘争。最初はひよっていた隣町の2校も負けてたまるかとやる気を出してきて案外盛り上がってはいるのが幸いだった。

 

「ふむふむ、いいじゃないの……」

 

 1人得点掲示板を眺めながら俺はそう呟く。ほぼ点差は無く同点と言っていいだろう。しかしこれでも十分な成果なのだ。そもそもの話俺達聖中は本来なら他校を交えた体育祭なんかしても相手にならないのだから。向こうの2校は一般的に部活動が盛んな中学、対するこっちは進学校……勉強中心の学校だ。

 生徒全体を見たら恐らく俺達の学校の運動能力平均は最下位になるだろう。しかし、一部の部活に熱を出し……最初は不純な理由でも今や一端のアスリートとして日夜努力してる俺を含めた連中がその不利を互角に持ち込んでいるのだ。むしろ善戦している。

 

 しかしまぁ……手元のプログラム表を見て少々苦い顔を浮かべてしまう。

 

「午後からはキッツイなぁ……」

 

 午後の競技は代表競技ではなく学年毎や全生徒を巻き込んだ競技が多いのだ。生徒全体の運動能力の平均が低い我が校は更に不利になるだろう。まぁ、皆んなの前ではああ言った手前勿論勝つ気でやるがな、うん。

 まぁ最悪皆んな楽しんでくれればそれでいいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラアアアアアアア!!!鉢巻寄越せゴラアアアアアア!!」

 

 何て事を考えていたが昼休みで弁当を食べてからそんな事は綺麗さっぱり忘れて相変わらずの様子で競技に臨む俺。ちなみに今は全一年生によるバトルロイヤル騎馬戦。学校3校分の一年生となるとやはり規模はでかい。ちなみに俺はなのはちゃんを乗せて真ん中の下である。左右は一年生でも屈指の足腰を持つ相撲部である。

 

「慎司君っ!大きい声出さないでよ!相手の人達皆んなびっくりして怯えてるよ!?」

「身ぐるみ剥がすぞゴラアアアアアア!!」

「聞いてよ!ていうかもっと酷くなった!?」

 

 正々堂々?ああ、ルール違反しないで勝てばそれでいいんじゃボケェ!!

 

「うう……ごめんなさい〜」

 

 とか何とか言いながら何だかんだそんな相手の隙をついて鉢巻を奪うなのはちゃん。相変わらず運動は苦手だけど現役魔導師だからか勝負勘は強いんだよねこの子。

 

「よっしゃこっちが優勢だぞ!この勢いのまま俺達に続けぇ!この『NAA』になぁ!」

「NAAって私達の騎馬のことだよね?何の略?」

「なのはちゃん、頭、アッパラパー」

「アッパラパー!?」

 

 抗議の意思を両手が塞がってる俺の頭をポカポカと叩く事で伝えるなのはちゃん。痛い、痛いってば。

 

「アッパラパーに続けぇ!!」

「アッパラパーに遅れを取るなー!」

「アッパ………なのは、今行くね!」

「フェイトちゃん!?後でお話だからね!最初の2人は後で校舎裏だからね!」

 

 怖えよなのはちゃん。2人に何するつもりだよ。そしてフェイトちゃんも砲撃受けた時の事思い出したのかちょっと顔青いよ。

 

「クソォ……アッパラパーに負けてたまるかぁー!」

「慎司君のせいで向こうの学校の人も言い出してるんだけど!?」

「いい事じゃん」

「んにゃああああああ!!!」

 

 うわ!ひっかくな、ひっかくなって。

 

「高町さん前!前から敵が来てる!」

 

 右を支える相撲部が慌ててそう言い出すとなのはちゃんはもうどうにでもなれという感じで叫んだ。

 

「うわああああん!私アッパラパーじゃないもん!!」

「パッパラパーだもんな!」

「慎司君のバカァ!!」

 

 怒りを力に変えるなのはちゃんはさぞ強かった。ちなみにおかげでこっちが勝ったよやったね。でも競技終わった後なのはちゃんに叩かれたのは言うまでもない。相変わらず全然痛くないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 その後も競技は一進一退で続いた。部活動対抗リレーは相撲部とボディビル部は頑張ってくれたが不利は覆らず敗北。その後の綱引きで汚名返上をしていたが。最後の競技を残して得点差はほぼ互角。この競技を制した方がこの大体育祭の優勝を飾る事になるだろう。

 そんな大事な最後の競技は恒例ならリレー……とかなのだが今回は違う。

 

『さぁ!最終種目は各学校から選ばれた代表者3名によるアームレスリング対決だーーーー!!」

 

 おおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

 最終種目は実況付きだった。盛り上げる全生徒達。

 

「何でやねん」

 

 冷静に最終種目が腕相撲なのに疑問を抱くはやてちゃん。いや、まぁ俺もおかしいとは思うけどね?決めたの俺じゃないしとりあえずは従うのみよ。

 

『得点は3校ともほぼ互角!この対決で勝利を飾った学校がこのイカれた体育祭の優勝校に選ばれるぞ!!これは負けられない!!』

 

 おおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

『そんなイカれた代表者達を紹介しよう!まずは青組代表者……その肉体はもはや高校生を飛び越えてプロ選手レベル……日本ラグビー協会からも注目されてるスーパー中学生!!3年生、ラグビー部所属……巻波大吾郎だぁーーー!!』

「うおおおおおお!!ラグビー部の鋼鉄の肉体の凄さを見せてやるぞ!!」

 

 青チームの学校から歓声が上がる。それに答えるように大吾郎も拳を掲げて雄叫びを上げる。うわ、確かにすげえ体だ。沢山努力をしてきて者しか辿り着けない境地までいっている。

 

「すごいなぁ……あれで本当に中学生なのかな?」

「気持ちは分かるけどフェイトちゃんちょっと言い方悪いで?」

「うーん………スーパーマッチョ君?」

「ちゃう、そういう事やない」

 

『次は白組代表!……中学の部活に何であるのか!?アームレスリング部全国レベルを誇るその学校のエース!!その腕は鉄を砕き、相手の腕さえも粉砕してしまうだろう!!……2年生、アームレスリング部所属!!大野武雄ーー!!』

「俺の剛腕で貴様らを捩じ伏せてやろう!はっーはっはっは!!」

 

 今度は白チームの学校から歓声が上がる。またキャラ濃い奴来たよ。でもあそこまで言うだけはある、バケモンみたいな腕してやがるぜ。ていうか存在するんだアームレスリング部、普段どんなトレーニングしてるか気になるな……今度調べてみよ。

 

「最後に赤組代表!!……そいつの異名は数知れず!曰く……『海鳴市の未来を担う者!』。曰く、『世界一の変態メイド好き!』。曰く、『常識の破壊者、混沌の権化!!』。曰く、『柔道頑張りすぎじゃね?』。曰く、『いつも可愛い女の子達とつるんでて羨ましいぞこのヤロー!』。しかしやる時はやる男!我らが聖中の希望の星!……一年!柔道部所属!……荒瀬慎司ーーーーーーーーーー!!!」

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

「「「慎司っ!慎司っ!慎司っ!慎司っ!」」」

「やったれ慎司ぃーー!!」

「粉砕!」

「玉砕!」

「大喝采!!」

「荒瀬君かっこいいよーーー!!」

 

 実は聖中はカルト教団化したのかもしれないとなのはは本気で頭を抱えてそう思った。

 

「何か慎司君の時だけ実況の熱量凄かったね」

「すずか、ほらあれ……よく見たら放送席に座ってる男の子隣のクラスの奴よ」

「やっぱり慎司君が代表かぁ……もう違和感ないねんなぁ…」

「なのは?どうしたの?頭痛い?」

「ううん、大丈夫。色々、もう吹っ切れたから」

 

 そういうなのはの目は何だか濁っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまぁ、ここまで来たら俺が代表だろう。皆んなを巻き込んで盛り上げたのだから最後に花を飾るのも俺がやらねばなるまい。

 

「テメェら!俺が勝つとこよく見とけよーー!!」

 

 うおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

 よっしゃ、この歓声に応えてやるぜ。テンション上がってきたぞ、元々今日に関しては振り切ってるけど。

 

『さぁ!3人にはくじ引き順番を決めてから、総当たりでアームレスリングをしてもらい勝ち星が多い選手の優勝になります!勝ち星が並んだ場合は……あっ!』

 

 と、実況が説明をしてる途中で俺はそいつからマイクを奪う。

 

「面倒だ!ようは2人に勝てば優勝なんだ、俺が先に2人に勝ってとっとと決着つけるから俺からやるぞ!!」

 

 ちょっと口が悪いように聞こえるが相手の2人を貶すつもりは全くない。体育祭という特別なイベントなんだ、これくらいの演出があってもいいだろう。そして流石はスポーツは違えど優秀な選手である2人だ。

 俺の言動を挑発とすら受け取らず不敵に笑っている。

 

「よかろう!その言葉に乗ってやろうじゃないか!」

「どうやろうが勝敗は変わらない……どちらにしろ勝つのはアームレスリング部の俺だからな、依存はない」

「よっしゃいい度胸だ、かかって来いヤァ!!」

 

 全体のボルテージも最高潮。いいねいいね、熱いね!そうだよ、人生こんくらい盛り上がんなきゃだめだよなぁ!

 

「なのは、慎司すごく楽しそうだね」

「……うん、元気な慎司君がやっぱり慎司君らしいね」

 

 人知れずフェイトとなのはがそんな事を言っていたがそれは周りの歓声にかき消されるのであった。

 

「よし、まずはこのラグビー部の大吾郎が相手だ!あれだけ大口を叩いたんだ、簡単には負けてくれるなよ?」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ」

 

 互いに不敵に笑いながら用意されたアームレスリング専用の台に腕を乗せて掴み合う。周りから見たら互いに筋肉質な腕だが大吾郎とやらは全体にウェイトが大きい分いささか有利に見えるだろう。だが……

 

「スタート!」

 

 審判の合図、そして……

 

「えっ?」

 

 惚ける大吾郎。決着は一瞬、大吾郎の手の甲は無慈悲にも台のクッションに沈み負けを示していたのだ。

 

『な、なんとー!?荒瀬慎司、一瞬でケリをつけた!!お前は一体何なんだーーー!?』

 

 通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ。一度言ってみたかったんだけどなぁ……。

 

「ば、バカな……ラグビー部で鍛えたこの肉体が負けるだと……」

 

 無論ここまで圧倒したのには理由がある。アームレスリングは本ちゃんでやってわけじゃないからよくは知らないがただ力があればいいってもんじゃない。俺が大吾郎に勝てたのはスタートが大吾郎より一瞬早かった事。

 全神経を研ぎ澄ませて審判がスタートと言うために軽く息を吸い込む音を拾って言うのとほぼ同時にしかけたのだ。

 さらに言うならそもそも柔道で普段の組手で自然と前腕が鍛えられるてるし、筋力トレーニングだってしてるしな。

 

「へへっ、悪いな……相性が良かったみたいだぜ。さぁ!次はお前だ、大野武雄!」

「中々やるようだが……俺の勝利は揺るがないっ」

『さぁ!ここで荒瀬選手が勝てば赤組聖中の勝利となるが……果たしてどうなるのかーー!?』

 

 ボルテージは最高潮へ。今日1番の騒ぎようだ。

 

「いけー!武雄!負けんじゃねぇぞ!」

「アームレスリング部の意地を見せてやれー!」

 

「荒瀬君頑張れー!」

「慎司!かましてやれー!」

 

 各々の学校がはちきれんばかりの声で仲間を応援する。

 

「負けたら承知しないわよ!頑張りなさい慎司っ!」

「頑張れー!怪我しないようにねー!」

 

 その熱に浮かされたアリサちゃんとすずかちゃんも声を張り上げる。

 

「ここでいいとこ見せれたらホンマもんの漢やで!頑張りー!」

「仮面ライダーみたいな慎司なら勝てるよ!頑張ってー!」

 

 フェイトちゃん、仮面ライダーみたいってなんだよ。君本当に趣味に侵されすぎよ?でもそんなフェイトちゃんが可愛いからOKです。はやてちゃん、漢って言葉意外と似合うなぁ。

 

「頑張れ慎司君!慎司君なら絶対負けないよ!」

 

 流石なのはちゃん、断言するねぇ………任せとけよ!

 

 皆んなの声援を受けて手を握り合いセット。審判の合図を待つ。うおお、やっぱりすげえ腕だなぁ……専門の奴に勝つのは厳しいが……燃えるじゃないか。

 

「スタートっ!」

 

 互いに力が入ったのはほぼ同時だった。そうなってくると純粋な力比べになると思っていたが。

 

「沈め荒瀬慎司ーー!」

「ぐぬぬぬぬぬぬっ!!!」

 

 やべぇ!こいつは強えぇっ!単純に力関係も推されてるが俺の知らないアームレスリングにおいての技術も総動員しているのだろう、あっという間に俺の手の甲は触れたら負けを示すクッションまでギリギリとなる所まで追い込まれる。ここまで来ると逆転は不可能だ。

 

「おのれ!負けを認めろ!」

「負けてたまるかぁっ!」

 

 諦めないでやり切るのが俺の流儀だ。くそったれ、このままじゃ絶対ぇ終わらせねぇぞ!

 

「あかん、やっぱり本職の人は別格や」

「ど、どうしよう……慎司負けちゃう…」

「だ、大丈夫だよフェイトちゃん……慎司君ならきっと……」

 

 そう言うなのはだが語尾が少々弱かった。仕方ない、基本的に腕相撲やった事あるなら分かるがあそこまで追い込まれたら巻き返すのは無理なのはすぐ分かる。

 

「慎司君、諦めないでー!………アリサちゃん、どうしよう?」

「ぐぐ……任せなさいすずか、私にいい考えがあるわ!」

 

 そう言うとアリサはなのはの耳元で何事かを伝える。なのはは顔を赤くしながらびっくりして

 

「ええっ!?やだよ!そんな事恥ずかしくて言えないよ!?」

「それしかないのよ!慎司が負ける姿を見たいわけ?」

「うぅ……でもぉ……」

「もじもじしないの、大丈夫よ。普段はああは言ってるけど本当は慎司だって……うん、見たいと思ってるかもしれないわよ……多分」

「ほ、本当にそれで慎司君頑張れるの?」

「かもしれない……だけど…」

「うぅ……うぅ〜」

『ああっーと荒瀬選手危ない!ここで終わってしまうのかー!?』

「ううううう……わ、分かった!やってみるよ」

 

 なのはひそう言うと走ってアームレスリングのステージに可能な限り近づき慎司から見える位置に移動して大声で叫んだ!

 

「し、慎司君っ!」

「ぬおおおおおっ!……な、なのはちゃん?」

「か、勝ったら……慎司君が勝ったら……一日だけ慎司君だけのメイドさんになってあげる!だから頑張れーーーー!」

 

 時が止まった。まぁ色々と時が止まりましたよ。応援の声で埋まってたはずの騒がしさはシーンとして、一応アームレスリング自体は力は緩まず続行中。いやもうね、爆弾発言だよね。あれか?ご褒美用意して俺を応援する作戦か?バカタレめ。

 

「うるせぇ!なのはちゃんがメイドを語るのはまだ10年早い!ちんちくりんな間は別に望んでねぇしご褒美でもねぇよ!もっと色んな所が成長してから出直せーーー!!」

「ほらやっぱりこうなったぁ!!」

 

 うわああああああああああああんと叫びながらフェイトちゃんの胸に飛び込むなのはちゃん。いつもより口が悪いのは許して欲しい、今ちょっと余裕ないから。

 

「これで終わりだ荒瀬慎司ーー!!」

「ぬおおおおおおおお!?負けるかぁーー!」

 

 歓声は再び元に戻るがなのはちゃんのショックはそのままだった。ご褒美作戦は悪くないと思ったが失敗してしまったアリサちゃん達一行。アリサちゃんも責任を感じてかフェイトちゃんと一緒に謝りながら慰めている。

 そんな中、はやてちゃんはふと思いついた。そして声を張り上げる。

 

「慎司君!勝ったらリィンフォースが慎司君専属のメイドさん1日だけやらしたる!私が約束するで!」

「舐めるなはやてちゃん!そんな下衆な提案で……俺が揺れると思うなよ!?」

 

 とは言ったものの突如完全に敗北濃厚だった慎司の右腕が復活したかのように武雄の腕を押し返し始めた!

 

「めっちゃ効いてるやないかい!」

「なっ!?何だ?きゅ、急に力が!」

「メイドぉぉっ!リィンフォースのメイドがどうした!?そんなもので元気になると思うなよおおおおおおおおおおお!!!」

「ば、馬鹿な!?アームレスリング部のエースである俺が!?」

「だらっしゃああああああああああ!!!!」

 

 そしてあっという間に武雄の手の甲がクッションに叩きつけられる。一瞬の静寂、しかしすぐに爆発し慎司の勝利を讃える声。

 

「うおおお!慎司っ!!流石俺達の慎司だああああ!!!」

「やる時はやる男!それが荒瀬慎司だぁ!」

「一生ついていくぞ慎司ぃ!!」

 

 慎司コールがグラウンドに響き渡る。俺はそれに応えるため再び放送先からマイクを奪って声を張り上げた。

 

「見たかぁ!俺達の勝ちだ!俺の周りには貧相な体の子しかいないから気を遣って黙ってたけど俺実は巨乳の方が好みなんだ!」

 

 うおおおおおおおおおおお!!

 

「流石慎司だ!」

「器もデカければ好みもデカイんだな!」

「こんな所でカミングアウトするのも流石慎司だ!」

 

 荒瀬慎司、テンション上がって暴走中。周りもテンションがおかしくなって突然の暴露にも動じてなかった。

 

「うおおおおおお!巨乳メイド最高おおおおおお!!

 

「後でしばく」

「後でしばく」

「後でしばいたる」

「巨乳ってどれくらいからが巨乳なんだろう?」

「後で『お話し』後で『お話し』後で『お話し』後で『お話し』後で『お話し』後で『お話し』」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで異色な体育祭は慎司率いる聖中が勝利を手にし、聖中だけでなく参加した他の中学生全員が満足と充実と一生残る思い出を手にしたのだった。

 

 

 

 

 

 翌日、何故かボロ雑巾になった慎司を一日中メイド服姿でるんるんと看病してるリィンフォースが目撃されたとかされないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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メイド騒動3 〜メイドウォー〜

 だから、サブタイには特に意味はありませんってばぁ!


…………あ、僕はアイアンマンが好きです


 夏の日差しが辺りを照らし、騒がしい蝉の鳴き声が響き渡る。中学2年の夏、高町なのははうだるような暑さの中でも爽やかな気持ちで歩みを進めていた。学生の夏といえば夏休み、なのはは管理局員としてより一層任務に励みつつも折角の夏休みだから思い出作りにも積極的だ。

 いつものメンバーだったりそれに加えて普段あんまり来れない人達も交えたりと様々だ。海に行った、プールにも行った、キャンプもした、旅行もした。あれ?凄く遊んでる。よく考えたら全部発案者は慎司君だった、彼ならそんな過密スケジュールもうまく運んで楽しませてくれたのは流石の一言だ。

 

 そんな彼も珍しく柔道の練習から一旦離れて休みを謳歌している。夏休み前に中学生全国大会に臨んだが決勝でライバルである神童に敗れてしまった。凄く悔しがっていたけどとても清々しい顔をしていたのを覚えてる。今は全国大会の為に追い込みに追い込みをかけた体を休めて再出発するための休みと言っていた。

 

 夏休みも中盤に入り管理局から1週間の休みを命じられたのが昨日の事。労働基準とかそういうので有給が溜まっていた私はそれを消化させる為に強制的に休みを言い渡された。ならばみんなと時間を合わせて遊びたいなとまだまだ13歳のなのはは思う。

 

 ちょうどよく今日は夏休み期間中にある一度だけの登校日だ。通学路でフェイトちゃん達と合流して談笑しながら登校する。慎司君はちょっと野暮用で遅れるから先に行ってくれと連絡があった。なんだか既視感を覚えたけど気にせず言う通りにする。

 

「今日も暑いねー」

「ねー」

 

 他愛もない話をしつつもなのはは思う。ああ、充実してるなと。充実した夏休みを過ごせているとなのはは自負があった、それはそうだろう昨日までは一生懸命に任務に励みながらも皆んなと沢山遊んだ。今日からはしばらく管理局の任務もお休みで皆んなとの思い出作りが待っている。

 慎司君の事だ、きっとまた何か楽しい事を提案してくれるに違いない。それだけは謎の信頼感があった。

 

 学校に近づいてくると見知ったか顔をチラホラと見かける。クラスメイトの子だったり知ってる同級生や後輩や先輩だったり、男子は日に焼けてる肌がよく目立っていた。私も大丈夫かな?と、今更ながら腕やらを確認する。そんな事をしていればあっという間に学校に到着、教室についてもみんなと談笑して時間を待つ。

 

「慎司君はどないしたんやろな?」

「用事って言ってたけどどうせ登校日の事忘れてたんじゃないの?」

 

 呆れた様子でそう言うアリサちゃんに私もそうかもなんて思っていた。時間は迫るが慎司君はまだ来ない。

 

「連絡……もまだ来てないね、遅刻しちゃうのかな?」

「珍しいね、慎司は遅刻しそうで基本的には絶対しないし」

 

 あんなにちゃらんぽらんに見えても実はしっかりしてる慎司君。そのギャップにいつも振り回されてるけど珍しい事に遅刻しそうなのだとすると大丈夫かな?と、少し勘ぐってしまう。

 結局先生が教室に入ってくる頃にも慎司君は来なかった。

 

 

 

 登校日はホームルームで終わりだからすぐに解散となるだろう。元々学生達がハメを外し過ぎてないかチェックする為のものだ。だから慎司君は遅刻どころか欠席になっちゃうかなと思っていたその時だった。

 

 ガラガラガラと乱暴に開け放たれる教室の扉。そこに立っているのは紛れもなく慎司君だった。よかった、欠席にはならずに済んだと胸を撫で下ろす。しかし慎司君の様子がおかしかった。

 

「………………いだっ!」

「え?」

 

 よく見たら慎司君の後ろ……廊下に何か沢山人がいる。それはここの生徒だったり先生だったり……なんでスーツを着た知らない人がいっぱいいるの?絶対この学校の関係者じゃない人も混ざってるよね?

 あれ?嫌な予感。

 

「メイド革命だああああああああああああああああ!!!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

「うにやぁああああああああああああああああ!!!」

 

 なのはは奇声をあげて卒倒した。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 高町なのはは激怒した。必ずかの………かの……何だっけ?と、とにかく!

 

「もういつもみたいな事にはさせないんだから!」

 

 高町なのはは燃えていた。いつもかのメイド騒動の際に1番の被害に遭っていると過言ではないと思っている。主に精神的に色々っ!

 

「なのは、もうああなった慎司は放っておいた方が……」

「ダメだよフェイトちゃん!慎司君が変な事しないようにさせるのも幼馴染の役目な気がするから!」

「え?なにその使命感」

 

 ちょっとびっくりするフェイト。場所は保健室からグラウンドへ向かっていく所。メイド教祖慎司の出現でホームルームは即刻終了し、ショックで気絶したなのはをフェイトは保健室に運んだ。ちなみにアリサちゃん達は慎司の監視をする為今は別行動中。程なくしてなのはは目覚めて事態を理解するともういつもの二の舞にはならないぞと燃えていたのだ。

 

「慎司君から借りた漫画にそんな感じの事書いてあったの!『ざまぁ』系作品って言ってた。幼馴染の女の子が主人公の男の子をこっ酷く振るところから始まるの!」

 

 なんてもの読ませてるんだあのバカはとフェイトは思う。ちなみになのははまだ序盤しか読んでないがその後その幼馴染は転落人生を歩む事になり酷い目に遭う。慎司はその時どんなリアクションするのか気になって貸したのだ。

 それはともかく

 

「で、でもなのはいつもこういう時酷い目に遭ってるしほとぼりが冷めるまで……」

「ううん、今回の私は一味違うから、あれから私だって成長したんだもん。もう慎司君に色々言われたってへっちゃらだもんね!」

 

 この間の体育祭で私に泣きついてきたのはどこの誰だったか、フェイトはでかかった言葉を何とか飲み込んだ。というか何でなのはこんなにも積極的なんだろう?ついていきながらなのはの顔を覗き見る。

 あ、目がすごく濁ってる。見なかったことにした。

 

「いつもは後手に回って酷くなってるからね!先手必勝、規模が大きくなる前に叩くよ!」

 

 今は管理局の任務中じゃないよなのは。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいかぁ!!これ以上奴らの侵攻を許してはならない!俺達メイド教団に地球の未来がかかってるんだ!!」

『うおおおおおおおおおおおお!!!』

 

 学校のグラウンド、今回も規模が大きく慎司は謎の演説に勤しんでいる。

 

「俺達に求められてるのは団結力だ!!誰一人気持ちが揺らぐような事があってはならない!そこのお前!名を名乗れ!」

「はっ!自分、山下達郎!27歳独身!」

「達郎!何か元気がないじゃないか?どうした?」

「先日……恋人と別れたばかりなんです」

「そうか、それは大変だったな。どうしてそんな事に?」

「彼女と交際して数年が経ち……自分は打ち明けたのです……メイド服を着て御奉仕してほしいと!!」

「よく言った!それで?」

「ですが……彼女は私の気持ちを理解してくれずそれどころか……ううっ!」

 

 サラリーマン風の格好をした達郎は泣き崩れるように膝をつく。ちなみにこの男、今日は会社を無断欠勤である。

 

「そうか……辛かったな。しかし俺達はお前の勇気を称える!皆んな!達郎にはエールを!」

「よくやったぞ達郎ー!」

「そうだよ!お前みたいな奴が同士でよかった!」

「きっとお前のメイド好きを理解してくれる女だって見つかるって!」

「み、皆んな……おおおおおおお!!ありがとう皆んな!ありがとう教祖慎司!」

 

 おおおおおおおおおおおおおおっ!

 

 

 

 

「なぁにこぇれ?」

「アリサちゃん?」

「はっ!目の前の光景が謎すぎて一瞬頭がバグってたみたい」

「うん、気持ちは分かるから私も否定できひん」

 

 何だこれはとアリサとはやては思う。隣のすずかはもはやツッコムのを諦めて何も言わない。いや、言いたくないのだ。少しでも関わったら自分がおかしくなってしまうと恐怖を感じていた。

 

「今回も長くなりそうね……」

「せやなぁ……流石にあそこに飛び込むのは嫌やなぁ…」

 

 ちなみに前回の解決策となったメイド服姿のリィンフォースは既にはやてが連絡をしてこさせて試している。結果は見ての通り効果はなかった。何か今回はそういう事じゃないんだ!っと慎司が叫んだ事を思い出す。

 どうしたものかと考え込んでいると

 

「コラーーーーー!!慎司君ーーー!!」

 

 さっき一瞬でログアウトしたはずのなのはが勇足で慎司達に近付きながら叫ぶ。

 

「あれ?なのはちゃん、起きたんや」

「でも何か様子が変よ?」

「何かフェイトちゃんが必死に止めようとしてるけど……全然止まる気配ないなぁ」

「あ、フェイト諦めてこっち来たわよ」

 

 困り顔のフェイトを出迎えてどうしたのと事情を説明してもらう。ただ説明と言ってもただなのはが目覚めたら何故か慎司を止めるという使命感に燃えていたとしか言えない。

 

「ははーん、メイド騒ぎについてはなのはちゃんも相当ご立腹のようやね」

「後なんか慎司から借りた漫画に影響されてるみたい」

「漫画?」

「うん、女の子の幼馴染が出てくるざまぁ系って聞いたらしいけど」

「あー………」

 

 はやては心当たりがあるようでちょっと苦い顔をした。幼馴染の女の子が主人公の告白をこっ酷く振っておいて今までのように付き纏おうとする奴だったか。こっ酷く振った割には主人公には自分がいなきゃダメって謎の使命感を覚えてる奴。

 あの感じだとなのはちゃんは最後まで読んでないなとはやては睨んだ。なぜなら最後は幼馴染は主人公の大切さに気づいて告白をし返すのだけど既に主人公には自身を慰めてくれた別の女の子と交際しておりショックを隠しきれない幼馴染に「もう遅い」と言い渡し、その後の幼馴染の人生は悲惨なもので終わる。

 何で悲惨になったかはよく分からなかった。とりあえず作者からはこいつは絶対に不幸にしなければならないと怨念めいた者を感じたのは確かだが。昨今はそんな感じの作品が流行ってるって慎司君言ってたけど本当だろうか?とはやては思う。家でシャマルが楽しげに読んでたのは見なかった事にしておこう。

 

「って、漫画の事はええねん。なのはちゃん大丈夫か?」

 

 と、勇足で慎司達の集会の輪に入っていくなのはを一同は見守る。

 

「慎司君!ダメだよこんな所でまた騒いで!中学生になったんだからいい加減お馬鹿な行動は控えないとだよ?」

 

 おお、真っ当な事言ってちゃんと注意してるなと感心する。一方慎司達メイド教団は目を閉じて考え込むように難しい顔をしていた。

 

「慎司君、別にメイド好きな事を怒ってるんじゃないんだよ?慎司君の趣味だもん、私がどうこう言う権利ないしそういうのは人それぞれだってちゃんと理解はあるつもりだよ?………ね?だからこんな事やめて解散しよ?偶にだったら私も頑張って慎司君のメイド談義聞いてあげるから」

「………………」

「そ、そんなに難しく考えなくていいんだよ?何もメイド趣味やめてって言ってる訳じゃないから。どうしても…どうしても我慢出来なくなったら誕生日とかお祝い事の時とかに私が……着てもいいよ?」

 

 結構勇気ある事を言ったなとフェイト達は思った、しかしこの流れは不味い。基本的になのはがメイド服云々の話になると大抵泣かされてるのだ。

 

「………あ」

 

 慎司は突然目を見開いてポツリと声を漏らす。なのははグッと体に力を込めて警戒した。

 

「(くるっ……でも大丈夫だもん。いつもの慎司君達ならちんちくりんとかそんな事ばっか言ってくるけどもうそんな言葉じゃ動じない、高町なのはは成長したんだ。皆んなに支えられて、そして目の前の慎司君にも支えられて、そのおかげで今の私があるんだ!だから、何を言われたって今の私には不屈の心が……)」

「あれ?なのはちゃんいたの?」

「うわあああああああああああああああああああん!!!」

 

 成長とは何だったのか。脱兎の如く駆け出してフェイトの胸に飛び込んで泣き叫ぶ高町なのは。あ、ちょっと胸が大きくなってる羨ましい……と変な思考に一瞬引っ張られるがやはり泣き叫ぶ。

 

「私勇気出したのにいいいい!!本当はすごい嫌なのにメイド服着てあげるとか言ってあげたのにいいいいいい!!」

「あ、やっぱり嫌だったんだね」

「嫌だよぉ!慎司君にはああ言ったけどメイド好きの趣味とか本当はちょっとやめてほしいもん!」

 

 なのはの本音にフェイトは苦笑しながらよしよしと頭を撫でる。不屈の心とはなんだったのかさっきの威勢はどうしたのか色々問いたい事が沢山あったが親友であるフェイトは聞かないであげる事もその人にとって大切な事だと理解していたり。

 

「うわあああああんっ!!慎司君のおたこなすーーーー!!おばかー!!ばかぁーー!!」

「悪口の語彙力の無さはなのはちゃんらしいなぁ」

 

 皆で、うんうんと頷いて同意したのであった。

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 結局集会は止められる事なく続いてる。しかし妙だと一連の流れを見てきたアリサは思った。いつもなら街へ繰り出し人数を増やしてくるのだが現状は学校のグラウンドに留まり演説をしている、かと思えば時折考え込むように黙ったりも。

 アリサだけじゃなく遠巻きで慎司を見張ってる全員が思っていた。すると学校の外から慌てて慎司の元へ走ってくる見知らぬ人の姿が見えた。

 

「大変だ大変だ!!教祖慎司!大変だぁ!」

「なんだ!?どうしたんだ!」

「奴らが……奴らがここまで来たぁー!!」

「なんだと!?」

 

「奴ら?」

「誰の事だろう?」

「何か……嫌な予感がしてきたわ……」

 

 アリサ達も何だか異様な空気を感じ取る。

 

 程なくしてグラウンドに向かって軍隊の行進のように大人数で向かってくる謎の集団が見えて来る。全員白を基調としたスーツのような物を身に纏い規模に関しては慎司率いるメイド教団よりも大きい。

 しかしメイド教団と同じで集まる人々の年齢層はバラバラであった。その異様な集団を率いるのは神輿のようなものに担がれた同じく白いスーツを着たサングラスでスキンヘッドの男性。

 歳はおおよそ20台真ん中くらいと言ったところから。見た目は完全にヤクザであった。

 集団はメイド教団と相対する形で立ち止まりサングラススキンヘッドは神輿から降りると叫ぶ。

 

「俺達は『バニーガール推進組』!俺は組長の宇佐田耳雄(うさだみみお)だ」

 

 見た目に反して名前の響きは可愛かった。

 

「俺はメイド教団教祖、荒瀬慎司だ」

 

 対して慎司も前に出て宇佐田と相対する。

 

「お前が荒瀬慎司か、噂は聞いている。生意気なガキが勢力を広げてるって噂をな」

「お前こそ、俺達の領土にそんな大人数で土足で踏み込むとはいい度胸じゃねぇか。宣戦布告と捉えられても言い訳できねぇぞ」

 

 

「え?何?バニーガール?」

「今度はバニーガールかぁ……」

「あかん、日本の未来が心配になってきたわ」

 

 バニーガール推進組と名乗り、そのリーダーである宇佐田耳雄は慎司の言葉を鼻で笑う。

 

「それに最近のお前達の噂だって聞いてんだぜ?不可侵条約を破ってあちこちで強引に活動してるってな。『ナース服の女の子に治療されたい団』と『女性警察官に取り調べされたい団』が泣きついて来てたぜ?」

 

 

「どんなグループやねん」

「類は友を呼ぶ……」

 

 はやて達のドン引き具合は天元突破しそうである。というか不可侵条約とか言ってたけど何?そんな感じの団体がまだ日本中のあちこちに存在するのか?そう考えたら身の毛がよだつ思いだ。

 

「はっ!不可侵条約だと?甘い事を抜かすな、貴様らが仲良しごっこしてる間に俺達は日本の半分をもう支配した………残る大きな勢力メイド教団だけ……貴様らも飲み込めば日本は『バニーガール推進組』が支配するのだ!!」

 

 

 

「半分はもう支配されてるらしいよ」

「海外逃亡……いや、もうミッドに引っ越そうかな……」

「なのは、まだ早いよ。中学卒業までは地球にいないと……」

 

 もうなのは達は話についていけなかった。というか聞きたくもなかった。

 

「そんな事はさせない、人は自由だ……お前らにように個人の好みを捻じ曲げて同一化させるような布教のやり方に待ってるのは地獄だよ。洗脳と変わらない」

「ふん、そんな悠長な事を言っているから……お前は自身の仲間もやられるのさ」

「何?」

「おい!アイツ連れてこい」

 

 耳雄が下っ端にそう指示すると数人係で誰かが連れてこられ乱暴に地面に投げ捨てられる。

 

「うぅ…」

「ど、土太郎っ!?」

 

 慎司はすぐに土太郎に駆け寄った。土太郎は外傷はないものの憔悴しきった表情をし何より見てくれは完全に違和感があった。なぜなら………

 

「土太郎……何で……何で、生粋のメイド好きのお前が……バニーガールを着てるんだああああ!!」

 

 

「うわぁ………」

 

 もう勘弁してくれと言いたげにすずかは本気で嫌そうな声をあげた。

 

「すいません……教祖慎司…僕は……僕は…、耐えたんです。奴らの拷問に、誘惑に耐えたんです……僕は教祖慎司の同志……同じメイド好きだから……」

「土太郎……」

「ですが奴らは……そんな僕に業を煮やして…無理矢理……バニーガールをっ…」

「土太郎……っ!くそっ!貴様らああああああ!!!」

 

 咆哮、仲間を気付けられた、仲間の誇りを尊厳を踏み躙った奴らへの怒りの咆哮。

 

「バニーガールは……衣装はあくまで着ている姿を見るが趣味なのに……お前らはメイド好きの土太郎にバニーガールを着せたのかっ!そうまでして……そうまでして自分達の支配下におきたいのか!」

「そうさ、我々バニーガール推進組は日本を支配する。そして全ての飲食店、キャバクラ、ガールズバー、そんな他関連店を全てバニーガール専門店に変えるのだ!」

「させねぇ……メイド好きのみんなの為に……他の趣味趣向で生きている奴らの為にも!お前の好きにはさせねぇ!」

 

 慎司の言葉に呼応してメイド教団は雄叫びをあげる。しかし人数だけで言えばメイド教団は圧倒的にバニーガール推進組に負けていた。その事実で余裕の態度を崩さない耳雄は馬鹿にするかのように口を開く。

 

「ふはははっ!負け犬の遠吠えにしか聞こえんなぁ!今俺達がお前と争った所で勝敗は見えてる………このまま潰すのもいいが俺もそこまで鬼ではない」

「何?」

「明日、指定した場所に来い……そこでお前の答えを聞こう荒瀬慎司。大人しく隷属するか……メイド教団の尊厳をズタボロにされて殲滅されるかをな」

「くっ!」

「せいぜい賢明な判断をするがいい………おい!引き上げるぞ」

 

 それを合図にバニーガール推進組はグラウンドから出て行く。残されたのは絶望に染まったメイド教団と拳を力強く握る荒瀬慎司とバニーガールを着せられた土太郎と………もうどこから突っ込めばいいのか分からず現実逃避している5人娘達。

 

「きょ……教祖慎司…、僕達はどうすれば……」

「……今はとにかく土太郎を介抱してやってくれ……」

 

 団員の不安げな声を遮りそう指示する慎司。慎司も、どうするべきか悩んでいた。望みが薄い反抗か隷属か……。

 

「くそっ………俺にもっと力があればっ」

「いやいやいやいやいや、なんかめっちゃシリアスやけどおかしいって……絶対おかしいって……」

「はやてちゃん……笑い事じゃないんだぞ!」

「笑ってるつもりはないけどくだらないやんか!」

「どこがだ!このままあいつらの好きにさせたら……日本中どのお店でも格好がバニーガールになるかもしれないだぞ!」

「そんなわけ……」

「下手をすると飲食店に限らず、葬式や結婚式……学校の制服だって全部正装がバニーガールに塗り替えられるかもしれないだぞ!」

「それは大事やな!ぜっったい嫌や!」

 

 まさか自分達にまで直接的な被害が来るとは思ってもいなかったはやて達は戦慄する。いやだ、バニーガール何て絶対着たくない。

 

「嫌だなぁ……バニーガール嫌だなぁ」

「そうだろフェイトちゃん。メイド服の方が断然いいだろ?」

「どっちもどっちかなぁ……」

 

 露出度的な意味ではメイド服の方がマシだがメイド服も種類によっては露出度エグいのでやはりどっちも嫌だった。

 

「やっぱり闘うしかないか……」

「しかし教祖慎司それは……」

「隷属を選んだ所で俺達のメイド好きの尊厳が踏み躙られるのは変わらない。反対の者は逃げても構わない。俺は1人でも行く……」

 

 団員の言葉を受け止めつつ慎司は覚悟を決めた顔をする。そう、慎司がその顔をする時彼はどんな困難にも立ち向かうのだ。ちなみになのははその覚悟を決めた時の表情が自分の為に全国大会を闘ってくれた時とほぼ変わらない事に複雑な気持ちだった。それでいいのか荒瀬慎司。

 

「いいえ!俺も行きます!俺達メイド教団はいつだって教祖慎司と心は1つだ!」

「そうだそうだ!!」

「教祖慎司のある所に我らあり!!」

「メイドの風が吹く時……我々のメイド神も応えてくれる!」

「お前達っ……無理しやがって…。分かった!お前らの覚悟、受け取った!バニーガール推進組、ぶっ飛ばしてやろうぜ!!」

 

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

 

「ねぇフェイトちゃん、全員病院連れてこうよ。絶対それで収まるよ」

「なのは、なのは、魔法はダメだよ。あと黒いオーラださないの」

 

 

「アリサちゃん、すずかちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃん、なのはちゃん、お前達も協力してくれ……日本をバニーガールの魔の手から救う為に」

「「「「「いやだっ!!」」」」」

「お前達の助けがいるんだ!頼むっ!アイツらを止められなかったら本当にさっき言ったみたいな事が起こりかねないんだ!それくらい影響力のある奴らなんだよ!団員には警察の上層部や国会議員も紛れ込んでるんだ!奴らの野望を阻止しないといけない!」

「日本ピンチだっ!?」

 

 そんなわけで、5人の協力も得られ。慎司達は明日を待ち、指定された場所へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「来たか………」

 

 教団となのはちゃん達を引き連れてやってきた俺を見て、耳雄はそう呟く。俺は歩みを耳雄と相対する形まで止めずに進む。

 

「答えを聞こう……」

 

 その言葉に俺は不敵に笑って答える。

 

「聖戦だ………ここはいわば関ヶ原…この戦いで日本の運命が決まる」

 

 そんなわけないと言いたそうななのはちゃんの視線は気にしないようにする。

 

「つまりだ……大人しく尻尾巻いて帰るのはテメェらの方だバニーガールバカどもがっ!!」

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

 俺の宣戦布告に教団員は大盛り上がりを見せる。そうさ、なのはちゃん達のドン引きの視線が何だ!メイドに生きるんだ俺達は!

 

「ばかめ……自ら破滅の道を望むか!我々のと闘って勝てるわけがなかろう!」

「やってみなくちゃ……わかんねぇだろうが!!」

 

 それが決戦の合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 いや、殴り合いとかそういうのじゃないよ?そんな物騒な事はしませんよ。ええ、俺達はあくまで自分達の趣味を布教するだけの健全な軍団。バニーガール推進組だって別に雰囲気ヤクザだけどモノホンのヤクザじゃないし。

 不可侵条約とか強引な手段は使うけど暴力とかそういうのはやってないよ。じゃあ俺達のこういう場合の闘いってなんなんかって?それはな………

 

「見ろぉ!!これが網タイツバニーガールだっ!足の肌色が眩しいだろぉ!」

「ぐうううっ!何て綺麗な足なんだ!……だがこっちだって!……これは袴メイド服!和と洋の見事な融合を果たしたメイド服だ!どうだぁ?健全故にお淑やかで眩しいものを感じるだろぉ!!」

 

 布教合戦ですよそりゃあ。互いに横断幕のような感じのものでそのメイド服を着た美人な女の子の写真を見せ合い布教する。そして相手の趣味に堕ちた方が負けなのだ。

 え?人数関係ない?こまけぇこたぁいいんだよ!

 

「ナニコレ」

「シラナイ」

「シリタクモナイ」

 

 片言で話すアリサちゃんとすずかちゃんとなのはちゃんの視線も気にしないようにする。

 

「ぐおおおっ!大和撫子!?」

「追加でこれだ!フレンチメイド服!肩出し、更にはこっちも網タイツっ!どおおだぁ!健全の次に見せられるエロスは最高だろぉ!」

「ぬおおおおおっ!」

 

 

「ハレンチメイド服の間違いやないか?」

「あ、ちょっと上手いねはやて」

「そんなん褒められても嬉しくないねんフェイトちゃん」

 

 俺の攻勢に耳雄は自分の体を抱き耐えるようにのたうち回る。ふはは、布教合戦で俺に勝とうなんざ100年早い!

 

「ぐっ、やるな荒瀬慎司………しかしこれならどうだぁ!」

「な、なにぃ!お前……それは…」

「フハハハハっ!そうさっ!いわゆる際どい奴さぁ!」

 

 まさかの禁じ手である。奴が用意した特性画像巨大横断幕確かにバニーの格好をした女性が映し出されているがそれは大事な所や見えちゃいけない所、つまりは露出がとんでも無いことになってるギリギリR18にはならないと言ったくらいの際ど過ぎる写真だった。

 バニーガールよりそっちの方に男は目がいってしまう。

 

「お前!それはバニーの布教じゃないだろ!自分の誇りまで失ったか!」

「フハハハハっ!勝てばいいのさ勝てばぁ!そうは言ってもお前もお前の仲間も目はそっちの方に向いてるようだがなぁ」

「ふざけるな!俺はそんな物に屈しない!」

 

 

「慎司君、慎司君……どこ見てるの?」

「思いっきりアレを見てるわね」

「ていうかセクハラで訴えれば勝てるよね私達」

 

 うるさい!屈しないったら屈しないんだい!

 

「お前らがそう来るなら!こっちも切り札を出すしかないようだな!」

「何?」

「土太郎!準備しろぉ!」

「お任せあれ!」

 

 復活した土太郎に例のものを準備させる。

 

「さぁ、5人分のサイズのメイド服がここにあります。後は頼みます」

「え?私達に着ろって事?」

 

 なのはの問いに首を縦に振る土太郎。

 

「ふざけんじゃないわよ!何で私達がそんな事……」

「バニングスさん!今は教祖慎司の言う通りにしてください、平和を取り戻す為にっ!」

「ぐぬぬ……」

 

 気が強いアリサもいい加減この状況に巻き込まれるのは嫌だった。というか土太郎のメイド服の気持ちの圧に気圧され全員しぶしぶ首を縦に振った。

 

「あちらに簡易着替え所あるのでよろしくお願いします」

「準備いいわね、慎司もアンタも覚えておきなさいよ」

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

「宇佐田耳雄っ!これを見ろ!!」

「な、何だとぉ!?」

「こっちは写真じゃなく実物のメイド服を着た可愛い女の子を召喚するぜ!まず1人目!気は強いが気遣いが出来るツンデレメイド!オーソドックスなヴィクトリアンメイド服のアリサちゃんだっ!!」

「アイツ絶対ぶっ殺す」

 

 

「うわああああああ!?滲み出る強気な女の子のオーラに意外にもメイド服がマッチしてるだとおおおおお!?」

 

 耳雄だけでなくバニーガール推進組全員が悶絶する。

 

「続けて2人目っ!お淑やかなお嬢様がメイド服に身を包めた、主人としても召使いとしても上品な雰囲気を持つクール系に見せかけた腹黒メイドっ!シスター服と奇跡の融合を果たしたシスターメイド服のすずかちゃんだっ!」

「……………慎司君後で屠るからね」

 

 

「ぬわあああああああっ!お嬢様なのに!メイド服っ!更にシスターっ!?駄目だ……懺悔してしまううううううう!!」

 

 

「まだまだこれからだぜ、3人目はこの子っ!隠しきれないなんでやねんオーラを持ちつつも意外と似合ってる関西ボケ子、巫女メイド服のはやてちゃんだぁ!」

「ああん?誰が関西ボケ子やねんハゲ」

 

 

「巫女服とも…調和が取れてるだとおおおお!?」

 

 

「4人目!最近ではこっちの方がメジャーかな!?お店でよく見かける?人気である証拠なんだよ!彼女の綺麗な金色の髪にもよく似合う!ミニスカメイド服、フェイトちゃん!!」

「す、スカート短いよ慎司……は、恥ずかしい」

 

「ぬおおおおおおおおっ!照れてる姿がまたいいっ!心が浄化されるうううう!?」

 

 

「最後を飾るのはこの子でこのメイド服っ!……モデルの子はともかくメイド服は最高だ!バニーガールとメイド服の超融合!バニーメイド服と、今後の成長に期待したいなのはちゃんっ!」

「どういう意味かな!ねぇ!どういう意味かなぁ!!私だって成長してるんだからねっ!」

 

 

「こ、これは……バニーとメイド服の奇跡の融合……」

 

 感動に打ち震える耳雄に俺は肩にポンっと手をやる。

 

「な?バニー以外にもコラボメイド服、中々良かったろ?趣味は人それぞれ、仲間を増やすために布教するのはいい。だけど違う趣味の奴らを否定したり捻じ曲げたりしちゃいけない。手を取り合えばこんな奇跡だって生まれるんだよ」

「おおおおおっ……俺は……俺は間違っていたのか……」

「ああ、だがやり直せる。また1からやり直せ、そして本当に胸を晴れる日が来た時にまた俺のとこに来い。存分に互いの好きな事で語り合おうじゃないか」

 

 俺の言葉を受け入れ、耳雄はバニーガール推進組を組織として解散を宣言。その場にいた団員は誰一人反対する事はなくメイドウォーはこれにて終幕したのだった。

 

 

 

 

 

 

 平穏を取り戻した聖中のグラウンドには2名の男子生徒が数日間ボロボロの姿で磔にされていたのはメイド服を着た5人組の仕業という噂が流れていたが真実を知る者は少ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ちなみに作者は数年前にバニーガールのお店に行った事があります。その日は10月の末日、いわゆるハロウィンで仮装で誰一人バニーガールの格好をしていませんでした。解せぬ。


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そんな日もあるし彼はそう言う人間だ



 ウルトラマンティガが出た!ティガが出た!うおおおお!!って感じで最近テンションが上がった作者です。


 

 

 

 

 

 

「うるせぇ!静かにしやがれ4人娘っ!!」

「誰も騒いでないし5人だからね!?」

「おおっとこれから道場の方の練習だから先に失礼するぜっ!」

「相変わらず自由だね!?行ってらっしゃい!」

 

 慎司を見送って残されるいつもの5人、場所はアリサの家。聖中での授業も終わり放課後に皆んな時間があったからティータイムと洒落込んでいたのだ。しかし慎司は練習の時間が迫っていたので途中で帰った所。

 5人はまだ時間があるのでこのままティータイムを続行。

 

「それにしても慎司君は相変わらずだね、毎日練習練習で」

「そうだね、部活の後にはいつもの道場で練習する日も頻繁にあるみたいだし」

 

 すずかの言葉にフェイトも感心するように付け加える。もうそれなりに付き合いの長くなった5人ならば荒瀬慎司という人間をそれなりに理解している。柔道に対して彼はとても真摯だ、手を抜く事を一切なく頑張っている。

 しかし本気で取り組んでいる彼を全力で応援したいと思っている反面、今のようにこうやって一緒に過ごす時間が減っているのは寂しく感じている。慎司が調子に乗るから絶対に本人の前では口にしないが。

 

「あれで勉強もそれなり出来るって慎司君は結構優秀やからなんか納得いかへんけど」

「まぁ、気持ちは分かるわよ」

 

 はやてとアリサは知らないが慎司が勉強を出来てるように見えるのは前世の記憶で土台が出来てるからである。今は自習等などしなくてもテストで点数を取れているが高校あたりでボロが出る事だろう。

 

 もっとも、彼の場合は山宮太郎時代から勉強にも真面目に取り組み必要なら自習をしてしっかりとした準備をしてテストに臨む意外としっかりとしたタイプだったから土台が役に立たなくなっても一定の成績はちゃんと保持するだろう。

 

「それでちょっと変だけど根は優しいし、一応皆んなからも人気者だし周りを楽しませる事も出来る………慎司君は天才かな?」

 

 なのはは自分で言っといて何だが首を縦に振りたくない気持ちになる。それは仕方ない、慎司の負の部分……は悪く言い過ぎだが大抵のからかいやら何やらの餌食になってる本人だからだ。

 

「何であんな変態がそれを帳消し……にしてるくらいの優秀さを兼ね備えてるか不思議でしょうがないわ」

 

 アリサの言葉に一同は思う、逆に言えばその優秀さがなくなったら変態しか残らないと。ありがとう神様、彼を変態だけの人間として生まれさせなくてありがとうと本気で感謝した。

 

「何か……慎司君がいなくなった途端慎司君の話ばっかりしてるね私達」

 

 困った顔をしてそう言うすずかにため息をつきながらアリサが口を開いて

 

「いなくても私達の言動に影響を及ぼすんだからホント困ったヤツよ」

 

 アリサの言葉に皆んな笑って頷くのだった。ちなみに、慎司がいないときに彼の話題で盛り上がるのは割と結構あったりする5人である。

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 その後も雑談をしてるとふとはやてが思い付いたかのように一つ話題を提供する。

 

「そういえば、慎司君って誰かと喧嘩とかしたことあるかな?」

 

 ふとした疑問だった。意外にも彼は結構大人だ、まぁ5人は知らないが一応実年齢は前世と合わせたら成人どころかもう中年なのだが。それを知らない5人からすると慎司は何だかんだゆとりある性格をしている。

 彼だって今を生きる一人男の方、生きていれば色々な事に出くわす。それは理不尽な事だったり普通だったら怒りを露わにする様な事だったらと様々だ。

 しかし彼はそう言う場面に出くわしても笑って冷静な対応をする。

 

 前にいきなり因縁をつけられた時なんかもそうだ、普通突然胸倉なんて掴まれたら一発触発の雰囲気なりそうな物たが彼はそれを笑っていなしてあろうことか因縁をつけた相手にも気遣い、双方に恥をかかす事なく事を収めた。

 

「どうだろう……ちょっとした言い合いなんかも慎司からしたら多分じゃれてるつもりなんだろうし」

「私も慎司と喧嘩って言うほどの事には発展した事ないわね」

 

 性格が大人しめなフェイトはともかく、少々気の強いアリサでも長い付き合いとなるが喧嘩というほどのものは一度もない。

 

「なのはちゃんはどう?慎司君が喧嘩してる所見た事ある?」

 

 すずかがこの中で1番慎司と付き合いの長いなのはにそんな風に疑問を投げかける。なのははうーん……と少し考え込みながらも

 

「私も見た事ないかな……皆んなも知ってる通り慎司君ってああ見えて結構大人だし、私と知り合ってる時からもあんな感じだったから」

 

 自分で言葉にしてなのははふと思う。

 

「(そういえば、慎司君と出会った5歳の時も今とほとんど性格が変わってないよね……)」

 

 それは口調だったり雰囲気だったり。昔から彼は今のようにふざけて今のように大人な面を垣間見せてきた。まるで、あの時からすでに精神はある程度の成長を終えていて確立したものであったかのように。

 

「慎司君のご両親から聞いた事があるんだけど、3歳くらいの頃にはほとんど泣く事も無くなって迷惑をかけなくなったって言ってたかな…」

「へぇ……ホンマに慎司君は謎だらけやなぁ」

「慎司が聞いたら『ミステリアスな男の方がカッケーだろ?』とか言いそうだね」

「あはははっ!確かに言いそうね。フェイト、慎司のモノマネ中々上手じゃないっ!」

 

 大笑いするアリサに釣られて皆んなも笑う、慎司が預かり知らぬ所では基本的にこんな会話をしている5人であった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 

 そんな他愛のない話をしたのが数週間前。現在、場所は聖中の慎司達の教室。本来なら今は登校時間で生徒達はホームルームが始まるまで教室で和気藹々としているのだが今日は違った。

 教室内は異様な空気に包まれてクラスメイト達の視線は一点に注がれて困惑しながら現状を見守っていた。

 

「……………………」

「……………………」

 

 視線を浴びているのは席が隣同士の荒瀬慎司と高町なのは。二人は特に口も開かずただ静かに座っているだけである。別段それがおかしいわけではない、仲良しの2人で隣で座っていても互いに黙っている事なんて別に普通だ。

 しかし普段絡むことの多いアリサ達やフェイト達だけでなくクラスメイト達も感じ取っていた。

 

『何か二人ともめっちゃ不機嫌ー!!』

 

 二人に漂う空気が異様だった。絶対に雰囲気が悪いと誰もが思うほどピリピリとしている事が伝わった。

 

「ど、どうしたんや2人とも?何かえらい不機嫌……やなぁ?」

 

 何とか冷え切った場を温めようとはやてが意を消してそんな風に声をかけた。

 

「はっ、誰かさんのせいでこっちは朝から憂鬱だよ」

「……それ私のセリフだけどね」

「(怖いっ!?)」

 

 はやてはそれ以上話を広げなかった。というか普通に怖くて声も出せなかった。あんなに怒りの感情を露わにするなのはは初めて見たしつい先日に大人な性格をしてる慎司は喧嘩もしないっていう話をしたばかりの慎司も大人気なく不機嫌さを前面出している。

 

「あんな2人を見るん初めてや……明日は雪が降るで」

「はやて、明日の天気予報雪だよ?」

「そないなことはええねん」

 

 ちなみに今は冬である。

 

「よし、今度は私が頑張るよ」

 

 ふんすっという感じで胸を張って今度はフェイトが2人に歩み寄る。え?まさか順番に挑戦しなきゃいけない感じ?とアリサとすずかは思った。

 

「慎司、なのは……二人が喧嘩なんて似合わないよ、仲直りしよ?ね?」

「別に喧嘩なんかしてねぇよ」

「うん、喧嘩なんかじゃないよ。慎司君が一方的に悪いんだから」

「は?」

「何かな?」

 

 その状況はもはや喧嘩でしかないとフェイトは思ったが口にはしなかった。というか待ってほしい、想像以上に2人の雰囲気は険悪である。喧嘩と言っても2人の事だからいつものじゃれあいがたまたまちょっと強く作用してるだけだろうと楽観視していたフェイトは内心で焦る。

 ちなみにフェイト以外のクラスメイトは最初から雰囲気で只事じゃないと理解していた。そのあたりフェイトはまだ空気を読む慣れが必要そうだ。

 

「わ、私2人がいがみ合ってる所は見たくないな……話だけでも…」

「くっっっだらない事だから話す必要ねぇよ」

「そうだね……くだらない事だもんね?」

「お?」

「何かな?」

「(怖いっ!)」

 

 デジャブである。

 

普段は穏やかななのはが、不機嫌さを表に出すようなことをしない慎司がここまで互いを煽るようなやり取りをするなんて誰が想像したか。そしてそうなった経緯も二人が言ってくれないと全く分からない。

 

「全く皆んな心配しすぎなんだよ、別に何かあったわけじゃねぇから気にすんなって」

「そうそう、別に何でもないから。気にしないでね?」

「うんうん、何でもない何でもない」

「そうだね、何でもない何でもない」

「…………………」

「…………………」

 

 

 

「「何だよ(かな)?」」

 

 睨み合いながら言う2人を見て皆一様に思う。喧嘩してもやっぱり仲良しかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 結局何も解決はされず先生が教室に訪れて学校での1日がスタートした。流石に授業中は先程のようにちょっとした言い合いはしてないようだが2人から滲み出る負のオーラはクラスメイトだけでなく教師の胃もキリキリとさせる。

 

「そ、それじゃあ荒瀬君?ここの問題答えられるかしら?」

「なのはちゃんが分かるそうです」

「っ!?」

 

 ここでまさかのキラーパスである。

 

「うん?うーん……先生は荒瀬君に答えて欲しいなぁ…って」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「……高町さん、お願いします」

「先生っ!?」

 

 穴が開くほどジッと怖いくらいに慎司に見つめられた教師は折れた。というか瞬きを一切しないで一切こちらの目を離さず見つめてくる慎司に関わり合いたくないと恐怖を感じた。

 

「え、えと………」

 

 虚をつかれたなのははすぐには問題に答えられなかった。ちなみに科目は数学である。

 

「うーん……」

「点Pは動きませーん」

「………」

「円周率のπはおっぱいのぱいって言い出した奴誰なんだろうな、まじでくだらねー」

「…………」

「えいっ、えいっ……怒った?」

「怒ってるよ!?邪魔しないで!」

「わー、なのはちゃん短気ー」

「誰のせいかなぁっ!」

 

 ぐぬぬという感じに悔しがるなのは。やはりリアル精神年齢の高い慎司の方が揶揄ったりするのは一枚上手であった。

 

「こ、こら!2人とも授業中ですよ!」

 

 教師の言葉に慎司の目がギラリと光る。

 

「そういえば先生……」

「な、なんでしょう?」

「この間合コンに行ったそうですね?」

「ど、どうしてそれを!?」

「俺のこの街での情報網を甘く見ないでください」

 

 お前は一体何者なんだ。

 

「上手く行かなかった事も聞いてますよ、ですがそんな先生にプレゼントがあります」

「プレゼント?」

 

 慎司は一枚の紙を手渡す。

 

「こ、これは!?」

「そうです、明日開催のお金持ちが多く集まる婚活パーティーの招待状です」

「ど、どうやってこれを?」

「俺のこの街でのコネを甘く見ないでください」

 

 だからお前は一体誰なんだ。

 

「パーティーは明日、今日のうちに色々準備するものもあるでしょう。これで……狙っちゃいましょ?」

 

 悪魔のような慎司の囁きに教師は生唾を飲む。

 

「………玉の輿を…ね」

「今日は自習にします!」

 

 教師はそう言い残して飛び跳ねるように教室から出て行った。荒瀬慎司恐るべし。

 

「さ、流石俺達の慎司だ!」

「俺達がで、出来ない事を平然とやってのける!」

「そこにシビれる憧れるぅ!」

 

 もはや慎司の取り巻きかも分からないいつものクラスメイト三人組も流石に困惑した様子だ。というか前から思ってたけど君達も一体何者よ?いつも同じ事しか言わないけど。

 

「さーて、邪魔者はいなくなった……やるか?なのはちゃん」

「本当はいけないけど……慎司君をコテンパンにする為だもん……受けて立つよ」

 

 真面目なのはも今の状況を受け入れてそう言う。再び一発触発な雰囲気にクラスも息を呑む。

 

「慎司君?なのはちゃん?……暴力は……」

 

 ただ事じゃないと思ったからかそう心配するすずかの声に被せるように慎司が懐からどうやって出したのかとあるものを机にドンっと置いて言う。

 

「よっしゃ!じゃあこれで決着つけるぞ!!黒髭危機一髪を改良した『なのはちゃん危機一髪』で!!」

「望む所……ってちょっと!?また私で変な改造したね!」

 

 慎司の常套手段である。始まりはトランプのジョーカーになのはの顔を落書きしてその後も様々なゲームでなのはの心を乱す為色々やった。某ポ〇モンの対戦でマタ〇ガスに『なのは』と名付けて憤慨させていたのも割と最近の事だ。

 そして今回のなのはちゃん危機一髪は単純に黒ひげ人形の顔部分の顔になのはが涙目になってる顔の写真を雑に貼り付けているだけである。ちなみにこの時の写真は数年前になのはが間違えて慎司がいたずら用に勝った激辛ソースを間違えて使って勝手に自爆した時の写真である。偶然起きた出来事だが慎司がしめたとるんるんで激写しまくったのは想像に難くない。

 おでこにペンで『魔王』と書いてあるのも慎司的にポイントだ。

 

「ぐぬぬ……いいもん!私が勝ったらもろもろ全部慎司君にごめんなさいしてもらうからね!」

「おお?いいぜ、なら俺が勝ったらなのはちゃんにコイキ〇グのはねるの物真似してもらうからな!」

「いいよ!勝つのは私だもん!」

「よし、言質とったからな。反故にすんなよ?」

「慎司君こそ後で後悔しないでよね!」

 

『勝負だ!!』

 

「あれ?喧嘩してるんだよね2人?ちょっと仲直りしてない?」

「それでもやっぱりまだ言葉に棘があるから仲直りまでは行ってないわね」

「2人の中では本気の喧嘩なんだろうけどそれでも一緒に遊ぶんだからやっぱり根は仲良いよね2人」

 

 フェイト、アリサ、すずかの言葉にクラス一同うんうんと頷く。ふとはやてが教室の窓から外を覗く。さっきまで教室にいた先生が軽い足取りでスキップをしていた。とりあえず見なかったことにした。

 

 さて、内容はただの黒髭危機一髪なのだが。そんなこんなで白熱とするであろう2人の負けられない闘いが始まったのだ。

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 決着は付いた。敗者は地面に膝をつき不条理を噛み締めている。対する勝者は呆然としていた。勝負を初めてから1分………そう1分も経っていない。じゃんけんで先行を決めて初手は慎司からとなりゲームスタート。

 

「よっしゃ!最初は飛ばしていくぜぇ!!」

 

 と、こんな感じのテンションで慎司は一本目を適当な場所に指す。黒髭ならぬなのはちゃん人形は飛ばない。流石に初手となると飛ばすほうが難しい。

 

「よし、次なのはちゃんな」

「うん、よーし今日こそ慎司君をギャフンと言わせてやるんだから!」

 

 と、なのはも慎司に負けず迷いなくプラスチックの剣を刺す。

 

 

 ポンッ

 

 と小気味のいい音を鳴らしながらなのはちゃん人形が一瞬宙を舞いそのまますぐにコロンと地面に落下し無惨にも転がっていく。後攻1ターン目で高町なのはまさかの敗北。某カードゲームなら見慣れた後攻ワンキルである。今回後攻が負けてるが。序盤の序盤だからなのはも慎司もまさか飛ぶとは思っておらず互いにしばらく呆然とする。

 クラスメイト達もどんな白熱した勝負を見せてくれるのかと期待していた分肩透かしを食らい教室は微妙な空気に包まれる。

 

「………………」

 

 誰も何も言えない状況が続くとなのははようやく現実を理解してゆっくりと膝をついてorzこんな感じに。

 慎司ももっと白熱として盛り上がる勝負を期待していた分まさかの結果に困る。慎司的には勝敗はともかく面白い勝負がしたかったのでこの状況ではふざけても「いえーいw俺の勝ちーw」とは流石に言えなかった。

 

「ふ、ふふふ………」

 

 慎司がどうしたもんかと考えてると不気味になのはが笑い出す。

 

「な、なのは?」

 

 様子が変になり始めた親友に本気で心配になり名を呼ぶフェイトだが当の本人は返事をせずただ不気味に笑う。

 

「………慎司君、『はねる』をすればいいんだよね?」

「うん?あ?ああ……そうだな」

「………………」

「………………」

「悔しいいいいいいい!!」

 

 高町なのは狂乱。最大限に悔しさを表現しながら教室の地面でピチピチとコイキン○のはねるを見事に再現してみせた。いや、何してるの主人公。慎司も適当に言った罰ゲームだったのでこいつマジでやりやがった……と引き気味である。

 

「ふー…ふー…ふー」

 

 満身創痍ながらもやり遂げたなのはの背中は悲壮感に満ちていた。慎司も自分が言い出したけどなんだか気の毒に思えてしまう。しかし、一度罰ゲームをこなしてしまえば怖いものは無くなってしまったのか悲壮感を抱えたままなのははギョロリと慎司の方に目を向けて

 

「このままじゃ……このままじゃ終わらないよ!次はこれで勝負だよ慎司君!」

 

 まさかの再戦要求だった。ちなみに自身のカバンから取り出したのはトランプ。優等生のなのはが学校にトランプを持ち込むのは違和感を感じるが完全に慎司からの悪影響なので気にしない。

 

「ほほーん、なのはちゃんがそんな風に好戦的になるのは珍しいじゃんか」

 

 と、感心する慎司になのはは告げる。

 

「今日だけは絶対負けるわけにはいかないもん!私が勝ったら私の言う事一つ聞いてもらうからね!」

「さっきよりハードル上がってんじゃねぇか」

「ちなみに私が勝つまでやるからね!」

「勝つまでに俺からの罰ゲーム受けすぎて精神崩壊起こさなきゃいいなぁ?」

 

 と慎司からの煽りに少したじたじになりそうになるがそれでもなのはは挫けず勝負を要求する。流石は不屈の少女、諦めを知らない。別の所で発揮して欲しいが。

 

「なのは、なのは、絶対やめた方がいいよ」

「うん、もはやフラグにしか聞こえへんし」

 

 フェイトとはやての忠告など上の空。意地になったなのはの耳には届かない。

 

「んで?トランプの何で勝負するんだ?」

「スピードだよ、私最近上手くなったの」

「ああ、よりによって慎司が得意な身体能力系のゲームを選ぶのね」

 

 呆れるアリサだがなのはには勝算があった。実は気分転換に練習していたりしたのだ。理由?スピードが得意な慎司にいつかは勝ちたいと闘志を燃やしていたからである。よく慎司と遊んで様々なゲームをするなのはだが勝率はハッキリ言って悪い。殆ど慎司に辛酸を舐めさせられている。

 なのはも高町家の末っ子、負けず嫌いなのだ。

 

「よし、配り終わったな……だったら……お前が開式の宣言をしろ、磯野!」

「ガッテンだ慎司!………デュエル開始ぃ!!」

 

 ちなみに3人組の『流石俺達の慎司だ!!』の担当の子である。

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

「はっはっはっ!スピードでちょっと練習したくらいで俺に勝とうなんざまだまだ甘かったようだなぁなのはちゃん!」

「うぅ………ボロ負け」

 

 結果は結局散々。なのはは涙目、フェイト達は言わんこっちゃないと苦笑を浮かべる。

 

「さぁて……罰ゲームは……」

 

 先程罰ゲームでなのはのメンタルをブレイクしたばかりである。流石にここは慎司も軽めの罰ゲームにする事だろう。

 

「皆んなを笑わせられる一発芸を全力で」

 

 訂正、この男鬼畜である。

 

 クラスメイトはうわぁ……と戦慄する。ちなみに慎司みたいになのはには宴会芸のような持ちネタなんて勿論ない。すごく嫌だが言い出しっぺの自分がここで拒否するわけにはいかず、なのはもはや悔し涙かそれとも悲しみの涙かは分からない涙を浮かべながら自身のトレードマークである左右のツインテールの先端を鼻の下に持っていき。

 

「…………髭ぇ……」

 

 と涙声で言った。哀れ高町なのは、笑わせる所かもはや同情の視線を浴びせられている。当の元凶はというと。

 

「あっはははは!!!最高だぜぇなのはちゃん!!」

 

 煽り散らかしていた。この男、やはり鬼畜である。もはや皆んなの知ってる荒瀬慎司ではなかった。

 

「流石俺達の慎司だ!」

「俺達が出来ない事を平然とやってのける!」

「そこにシビれる憧れるぅ!」

 

 もはやそれ言っておけばいいと思ってるだろ君達。

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 結局、なのははそれ以降も意地になって様々な勝負を慎司に仕掛けるがどれもコテンパンにされ罰ゲームを受ける羽目に。授業?他の教師が教室に何度か来たが荒瀬慎司という生徒をもう理解している教師達は慎司の様子を見て即座に帰っていった。それでいいのか進学校。

 

「今から1時間語尾にゲソな」

「また負けた〜……ゲソ」

 

 

 

 

「変身ポーズ……そうだな、BLACK RXの」

「で、出来ないよ……」

「嘘つけ、散々俺の見て覚えただろ?」

「お、俺は太陽の子!仮面ライダーBLACK!RX!」

「え、普通に上手い」

「慎司君のせいでね!」

 

 

「わ、私も負けられないっ」

「どこで対抗意識燃やしてるねんフェイトちゃん」

 

 

 

 

 とまぁ、こんな感じで学校が終わる時間まで勝負は続いていた。

 

 

 

 

「くやしぃー!くやしぃいいいい!!」

「いや、負けすぎだろワロタ」

 

 ワイトもそう思います。

 

 ではなく、

 

「いい加減諦めろよ?もう罰ゲームも辛いだろ?ぶっちゃけ考えるのもめんどくさくなってきたレベルだし」

「わ、私は……諦めないもん!」

「別のとこで意地張れよ」

「次は………、じゃんけんで勝負だ」

「もう思いつかなくなってんじゃねぇか、まあいいけどさ」

 

 今日はツキのないなのはには負けないだろうと軽い気持ちでジャンケンポンっとテキトーに出す。

 

「あれ?」

「え?」

 

 慎司がチョキ、なのはがグー。あっさりとようやくなのはは勝利したのだった。

 

「や、やったああああ!!勝ったーーー!慎司君に勝ったー!!」

 

 別に勝ったのは初めてではないのだが今日は負けっぱなしだったせいか宝くじに当たったかのように喜ぶなのはにクラスの皆んなもほっこりとする。いや、本当に途中からはマジで可哀想になってきたからね。

 

 ちょうどよく学校が下校の時間を知らせるチャイムが鳴り響く。

 

「はぁー、やっと解放される。んじゃ帰るか」

「待ってよ慎司君」

 

 そそくさと帰ろうとする慎司の肩をガシッと掴むなのは。

 

「言ったよね?」

「早めのパブロン?」

「私が勝ったら言う事一つ聞いてくれるって」

「いやツッコめ」

 

 慎司の体から冷や汗が大量に噴き出る。罰ゲームの仕返しを恐れてる訳ではない。慎司は最初から分かっていたのだ、なのはが勝負に勝って自身に何をさせたいか。

 

「いやー、流石になのはちゃんの負け越しが過ぎるし……」

「言ったよね?」

「…………」

「…………」

「………………言ったけどさ」

 

 目が怖かったので慎司は潔く肯定した。どんな事を言い出すのかクラスの皆んなは固唾を飲んでなのはを見守る。

 

「……私と一緒に行こっか………歯医者に」

 

 ずこーっと慎司となのは以外の全員がずっこけた。

 

「は、歯医者ってあんた……慎司だって小さな子供じゃないんだからわざわざ命令権使ってまで………」

 

 呆れた様子だったアリサだが慎司に視線を移すと言葉が止まる。

 

「………………」

「めっちゃ嫌そうな顔しとるやん慎司君」

「嫌だヨォ!!」

 

 荒瀬慎司、狂乱。

 

「やーだー!歯医者やーだー!!」

「駄々こねないの!約束なんだから大人しく一緒に行くよ!」

「お、俺1人で行くからいいよ………」

「ダメっ、どうせまた行かないで誤魔化すんでしょ?」

 

 ここでぽんっと手のひらに拳を当ててなにかを思い出した素振りですずかが口を開く。

 

「まさか、朝から2人とも雰囲気悪かったのって………」

「私は慎司君が昨日行くはずだった歯医者さんをサボったからだよ」

「俺は普通に虫歯が痛くて。朝は特に痛いんだよ」

 

 何て事を言い出した。いや、貴様らふざけんなとクラスメイトは思った。

 

「もう!慎司君がちゃんと歯磨きサボってないのは知ってるけど、虫歯はなる時はなっちゃうんだからこれ以上酷くなる前に行くよ!」

「やだぁ!歯医者いやぁ!!痛いもん!」

「左足の怪我の時よりマシでしょ!」

「それとこれとは話が違う!」

「一緒だよ!」

 

 うわあああああっと悲痛な叫びを上げながら慎司はなのはに引き摺られる形で連行されたのであった。嵐が去った後に教室に取り残されたフェイト達とクラスメイト。

 

「結局喧嘩だったのかな?」

「あれは喧嘩は喧嘩でも痴話喧嘩やね」

「夫婦漫才の間違いじゃない?」

「ある意味いつも通りだったかもね」

 

 フェイト、はやて、アリサ、すずかは好き放題にそう言う。いや、本当に人騒がせである。もっとも、やっぱり2人は相も変わらず仲がよろしい事でと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 余談ではあるが、慎司は後々今日の事を振り返ってげんなりするのだが同時によかったと思う事もある。実年齢34となった彼だが変わらず皆んなと同じ目線で自分は日々を過ごせていると。あの朝の態度は今思えば大人気なかったと思う慎司だが逆に言えばああやって真っ直ぐになのはだけでなく皆んなとも対等だと思って彼は皆んなと接することが出来たと認識したのだ。

 

 彼にも罪悪感とまでは行かなくても負い目はあるのだ。自身が転生者、皆んなとは違ってそう言う実年齢とかの問題が態度に出てないかとか。しかしそれは最初から杞憂である。荒瀬慎司は本当に少年のままで大人でもある。そんな事にようやく気づけてそれが馬鹿らしくて彼は笑っていた。

 

 急に一人で不気味に笑うもんだから今度はなのはに精神科に連行されそうになるのはその数日後であった。

 

 

 

 

 






 執筆が前より遅くなったのはリアルが忙しいからです。ええ、それだけです。決して忙しい中での貴重な自由時間を最近買った『G線上の魔王』というpcゲーに費やしてるからでは決してありません!!


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おまけ


 本編ではありません、ごめんなさい。

 作者が忘れないようにまとめていたキャラクターの解説やら内面やらの覚え書きをこれように書き直したものです。

 原作キャラは慎司に対してどういう感情を抱いているか、ある意味の好感度表てきな何かというか怪文書というか。

 オリキャラはキャラについての深掘り。まぁ、正直文才が届かず伝えきれなかったキャラ達の内情をここで見てくれっ!ていう作者の願望ですがよければ見ていてやってください。


 アリサ・バニングス

 

 

 割とコイツウザいな……と思ったりもしているが憎めない良き友人と思ってる。最初は友達になった高町なのはの友達だし仲良くしておこうくらいしか思ってなかったが普通によく分からない行動が面白いのと思いやりのある男の子だと分かって今では割と気に入ってたりする。恋愛感情?皆無です。

 魔法の存在を知りなのは達が関係者だと知った後は自分達と同じ立場なのに秘密を共有していた慎司に最初は複雑な感情を抱いていたが後になのは達から慎司の抱いた葛藤や苦悩。そしてそれを乗り越える為に行った努力や行動を知り、結局は慎司の事をさらに信頼するようになる。彼女は魔法なんて知らない、その事についてはどうしても蚊帳の外だ。だけど自分は何があろうとみんなの友達で自分しか出来ない事で皆んなを支えてあげようと思う健気な心はきっと皆んなにも伝わっている。

 

 

 

 

 

 月村すずか

 

 

 基本的に印象はアリサと一緒。しかしながらたまに来る過剰なかまちょ行動は少し可愛らしい行動だなと微笑ましく思ってたりもする。しかし過剰なスキンシップはやめて欲しい……いや本気で……本気で。

 基本的には物静かなすずかは慎司と相性が悪いようにも見えるが意外と気があったりする。自分には出来ない周りの雰囲気を楽しくさせてくれる慎司の事はやっぱり友人としては好感を持ち柔道を全力で頑張る姿は素直にカッコいいとも思ってる。魔法の秘密を知った後、すずかはすずかなりの葛藤があったのは言うまでもないがアリサと同じ友達として見守り支えたいと思っている。

 

 

 

 高町恭弥

 

 

 慎司の事は妹を何度も助けてくれた好少年という印象。なのはを揶揄うおふざけ行動も互いに信頼してるからこそ出来るものだと理解してるためどんどん弄ってあげて欲しいとすら思ってる。道場に顔を出して基礎トレーニングをつけてあげた時代に感じた努力に対する姿勢は素直に尊敬している。 

 実は結構慎司に対しても面倒見がよく弟のような存在に思っている。

 

 

 高町美由希

 

 

 妹の面白い友達。父親が入院して高町家が大変だった時期になのはの現状を気にしていたのでなのはと友達になり寂しい思いをさせないようにしてくれてたのは本気で感謝している。絡みこそなのはほど多くはないものの高町家には頻繁にお邪魔してる慎司とはよく喋るし遊ぶ。いつか絶対タイマンでスマブラ勝ってやると内心闘志を燃やしてる。

 

 

 

 高町士郎

 

 

 入院時期に荒瀬家にお世話になった時に荒瀬家全員に最上の感謝の気持ちを抱いているので慎司にも最大限感謝してる。子供ながらも人間として信頼しているしずっと娘の親友でいて欲しいと心の底から思っている。なお、もしも男女の中になるなら俺を倒してからにしろ。え?そんな感じじゃない?え?それはそれでつまらない………

 

 

 

 高町桃子

 

 

 え、何この子とってもいい子すぎ……てくらい褒め称えてる。いつも美味しそうにケーキを食べてくれるのでついつい餌付けのようにご馳走しちゃう。なお、本当にうまいうまいと叫ぶだけなので味の感想自体参考にならないのはすこし苦笑している。娘との関係?え、どうせどんな関係性であれずっと一緒にいるんでしょ?

 

 

 

 リンディ・ハラオウン

 

 

 問題児……と思ってはいるがその芯の強さや行動力は両親譲りだなぁと思いつつ感心している。魔導師の道が閉ざされた事に少し残念と思ってはいるが自分の道を自分なりに進んでいって欲しいと願っている。ちなみにお茶を用意してくれた時に自分の味の好み完全に把握していたので専属のお茶汲み当番になって欲しかったり。

 

 

 

 エイミィ・リミエッタ

 

 

 面白い子。リンカーコアないのに魔導師相手に色々やらかすのは本当に頭おかしいんじゃないかって思ってる。そして件の全国大会での事でやっぱり頭のネジが一つ外れてると認識してる。しかしながらあの堅物のクロノを友達としてあそこまで態度を軟化させたコミニュケーション能力は普通にすごいと思ってる。ふざけ行動が目立つ慎司だが意外にもかなり気遣い屋で周りをよく見る事に長けてる事に気づいている。

 例を挙げるならアースラに一時滞在してた時飲み物欲しいタイミングで用意してくれてたり肩が凝ったなと思った直後に「マッサージしましょうか?」と声をかけてくれたり。しかも結構上手…………ねぇ、助手にならない?

 

 

 

 クロノ・ハラオウン

 

 

 無二の友人。頭痛のタネだし、普通にウザいときもある。なんなら基本的に意味わからない言動の時は関わり合いになりたくない。不満も負担も後を絶たない存在だがそれでも本人にとってかけがえのない友人。

 クロノにとっての彼のマイナス面が気にならなくなるほど彼の魅力をクロノは理解してる。それは強さであったり優しさであったり信念であったり、口には絶対に口には出さないが色々な面でクロノは内心慎司の事を尊敬している部分がある。………困った時はいつでも力になる。

 

 

 

 ユーノ・スクライア

 

 

 素直に良き友人だと思っている。がしかし、おふざけでよく振り回されるのは本気で困ったりしてるが振り返れば笑って思い出せる範囲なのでユーノ的にはそこまで気にしてない。ジュエルシード事件、闇の書事件と色々共に解決に当たっていたが彼の心の底力を羨ましく思っている。

 

 

 

 アルフ

 

 

 主人を救ってくれた恩人と共に割と初めて出来た友達なので好感触なイメージ。学生時代のフェイトが楽しそうにその日の慎司のおバカ行動を聞くのは密かな楽しみでもある。だが過去に痴女扱いしてきたのは未だに少し根に持っている。少し……うん少しだけだ。うん、絶許。

 

 

 ギル・グレアム

 

 

 年齢に合わない言動に少し戸惑ってはいるがこれからの成長をとても期待して楽しみにしている。闇の書事件の時の事は未だに罪悪感を持ちつつも慎司に対しての感謝の気持ちを忘れてはいない。自分の元部下で慎司の父親である信治郎から送られてくる慎司の柔道の試合映像は全てチェックしている。

 

 

 リーゼロッテ

 

 

 かわいいかわいいかわいい弟分。何故そんなにかわいいのか?どうしてそんなにかわいいのか?実は10年近くぶりの再会の時のスキンシップもあれでものすご〜く我慢していた。闇の書事件の後の和解後は完全にタカが外れてわざわざ転移で会いに来てくれた時はもうとんでもない。撫で回すのは当たり前、抱きしめるのは当たり前、添い寝しようとするのも当たり前、一緒にお風呂に入ろうとするのも躊躇はない。毎度そのせいで慎司が会いに来てくれる頻度が減っているのは気づいてない。

 

 

 

 リーゼアリア

 

 

 ロッテとは対照的で理知的な彼女もロッテのように表に出さないだけで慎司を溺愛する弟分のように想っている。ロッテの過剰なスキンシップから逃げる慎司を微笑んで見守りつつ落ち着いたところで頭を撫でたり程度の軽いスキンシップを抵抗力がなくなった時にちゃっかりとしている。これぞ孔明の罠なり。

 

 

 

 ヴィータ

 

 

 ゲーム仲間兼趣味仲間。基本的にテレビゲームはいつも一方的にボコボコにされているのでかなり根に持っている。態度には決して出さないが闇の書事件で自分と家族を救ってくれた事に深く感謝している、そしてなのはの撃墜事件時に心に傷を負った自分にも優しく声を掛けてくれた事をヴィータは忘れない。おちょくられてる事が多い気がするがヴィータにとって荒瀬慎司はやはり良き友人なのだ。だから、初めて出会った時に貰ったアイスの味は今もこれからも思い出の味だ。

 

 

 

 シグナム

 

 

 大切な大恩ある友人。これからもずっと友人として共に在りたいと願っている。慎司の持つ闘う力とは違う強さ。心の強さ、諦めない強さ、前を見据えて進み続ける強さ、それを目の当たりにしたシグナムはそれを糧にして日々精進している。彼の友人として恥じない人になりたい、シグナムは常日頃そんな風に考える。それはともかくヒロ○カの新刊はまだか?まだか……そうか……そうか。

 

 

 

 シャマル

 

 

 実はあんまり態度に出さないが八神の家に慎司が遊びに来る事を毎度すごく楽しみにしている。勿論慎司と過ごすのが楽しいのもあるが最近はもっぱら慎司が持ってきてくれる趣向品にワクワクしている。現在のマイブームはゴブ○ンスレ○ヤーと転生したらス○イムだった件。慎司の漫画が待ちきれず原作に手を出し始めている。闇の書事件時にお世話になったので手料理を振る舞おうとしたら全力で拒否られたのでお給料から慎司の好きな仮面ライダーの映画ペアチケットを渡した。ちなみにそのチケットはフェイトと一緒に見に行ったとか。

 慎司が大怪我をした時、誰よりも彼の決意を反対したのはシャマルだった。しかし自分では止められない事も理解していたからせめて少しでも負担が軽減できればとサポートしたのは彼女にとって苦渋の決断だった。それでも奇跡を成し遂げた慎司を目の前にしても彼女は無茶をした慎司を思い出しては叱り続ける。医者として本当の意味で慎司を想い、心配し続けていたのは紛れもなくシャマルだから。

 

 

 

 ザフィーラ

 

 

 基本的に会う時は狼形態である事が殆ど。人間形態で会話を交わしたのはほんの数度である。自分がどのような形態であれ友である慎司と共に過ごせればそれでいい。飼い犬のように撫で回されるのも別に構わない。というか慎司がどちらかと言えば狼形態の自分の方が毛並みやらモフモフやらを楽しめるように配慮してる部分も多少はある。

 

 

 

 リィンフォース

 

 

 実は本人も初めてもつ慎司という友人の距離感の取り方に未だに戸惑っている部分がある。距離感バグってたのはその為。今後は慣れてきて適切な距離感に………なる訳もなくきっとずっとこんな感じである。態度の端端に慎司LOVEっぷりを見せてはいるが恋愛感情とかそういうのではなく好きなアイドルに対して大好きですと叫んでる熱心なファンの感覚に近い。

 そう、リィンフォースは慎司に友人として親愛を持ちつつ彼という人間のファンでもあるのだ。彼のそのあり方に、その心に、その勇気に惹かれた慎司のファンなのだ。彼女が唯一、慎司が前世を持って転生した人間だという事実を知っているのも要因だ。その為、彼を支えてあげたいと思う感情は非常に強い。

 余談だがずっと慎司が冗談のつもりで言っていた闇の書事件のお礼は胸を揉ませる……という言葉をずっと本気にしており未だにいつ揉んでくれるのだろうか……と呟く姿を八神家でちらほら目撃されている。どうしてこうなった、どうしてこうなった。

 

 

 

 八神はやて

 

 

 ツッコミ兼ボケ役の相棒。初めて出来た男友達、会うたび楽しくて胸が弾んでいた。もしかしてコレが……恋?……にはならず慎司のふざけっぷりが面白い子認定されて距離感の近い異性の親友という感じに。今後もその感情が恋に結びつく事はない。だってそっちの方が楽しいから。慎司はいつも楽しい事を何かの形で提供して共有してくれる。

 だから彼女も楽しい方が好きなのだ。それは慎司が人生を思いっきり楽しもうと歩んでいる姿に少なからず影響されているのかもしれない。闇の書事件についてはとても感謝をしているが実はその時にリィンフォース越しに頭突きされた部分がなんの因果かたまに疼く事がある。痛むとか傷が残ってるとか後遺症とかではなく多分気持ちの問題。ふと思い出してはその頭部の疼きを感じてはやては笑みを溢す。

 だってそれは彼が自分の為に必死に果たしてくれた約束の証明でもあるのだから。

 

 

 

 フェイト・T・ハラオウン

 

 

 原作キャラで1番慎司のせいで趣味趣向に影響が出た。仮面ライダー?毎シリーズ全部録画しながら見ていますけど?劇場版も慎司と一緒にいつも見に行っている。そもそも大事な親友が薦めてくれた物だ、根が真面目なフェイトはとりあえずちゃんと全部見る。結果はご覧の有り様だが。

 公園で初めて会った時にテロリストと言われた事は今でも忘れない。彼女にとって衝撃的でショックな出来事だった。

 慎司の事どう思ってるか?と聞かれたら彼女は迷いなく大好きな親友と答えるだろう。大好きは大好きでも友人としてである、フラグはいっぱいあったがそれをことごとくへし折ってるのは慎司である。

 ジュエルシード事件の時に慎司が語ってくれた『本物』の話は今もこれからもフェイトの心を支える大事もの。何か困った時はそれを思い出し彼女は立ち上がれるだろう。なんて言っても大好きな親友が胸を張って自分を認めてくれた言葉なのだから。

 余談だが、趣味趣向だけでなく好物にもちょっとした影響を慎司に与えられている。翠屋に行ったら彼女は基本的にいつも同じケーキを頼む、それは慎司と会って間もない頃彼女を励ます為に慎司が食べさせてくれた物と同じケーキである。

 

 

 

 高町なのは

 

 

 

 言葉じゃ言い表せない程の感謝の念と尊敬の念を抱いている。日々の生活でふとした拍子に考える事は慎司のことである事が多い。例えば美味しいご飯の店を見つければ「今度慎司君にも紹介しよう」と思い、何か面白い事や楽しい事があれば「慎司君にこの事を話そう」と無意識にそんな風な思考に結びついている。

 無印前、無印、A's、空白期編を経て1番慎司と関わり1番絆を深めた当作品の正ヒロインな立ち位置な原作主人公ではあるが持ち前の不屈の心は現在である。空白期編にて絶望に突き落とされたなのはだが慎司がいなくても彼女は原作通り多くの仲間に支えられながら立ち上がり後遺症を残しつつも奇跡の復活を果たしていた。作中では慎司君慎司君ななのはではあるが別に依存をしてる訳ではなく幼い頃からの付き合いであるため距離感が近い。なつき度は既にカンストして限界突破みたいな感じ。

 

 かと言って慎司に恋心を抱いてるかと聞かれればなのははそういうものではないと首を傾げる。幼い頃の出会い方も過ごし方も少々特殊だったためもはや大事な友達で家族のようなものなのだ。いつか明確な答えは出るであろう。しかし、今はとりあえず慎司の事は普通に友人として家族として大好きである。それでいいのだ。

 

 彼女はいつも慎司に送られた大切な物を心にしまってある。それは言葉であったり想いであったり。初めて出会った時の彼の優しさをなのはは忘れない、ジュエルシード事件の際にずっとずっと気遣ってくれて支えてくれた事をなのはは忘れない、闇の書事件の際の彼の努力と強さ、信念をなのはは忘れない、絶望に堕とされても、暗闇に飲み込まれてもずっとずっと自分の光でいてくれた事に、起こしてくれた奇跡を、温かな優しさと強さを彼女は胸に刻み前を向く。そしてそれは、必ず高町なのはをずっと強く支えてくれる物であるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒瀬慎司(山宮太郎)

 

 

 

 当作品の主人公、山宮太郎としての人生は20歳を迎えて暫くしてから亡くなる。当時大学2年生。高校の出来事で柔道を辞めてしまったが大学の専攻は柔道整復師に活かせる学科だった事を考えると未練はタラタラであった。

 死因である交通事故は本人の語っている通り自業自得で赤信号に変わってる事に気付かずにぼーっとして車道に侵入した太郎が原因の一つだ。ボッーとしてしまった理由に特別な理由はない。その時の太郎の体調、精神状態と考え事が不幸にも重なっただけ。

 

 転生した直後は生まれたての赤ん坊だった為意識はあるのに赤ん坊の脳では思考が出来ず記憶はあやふや、リーゼ姉妹やリンカーコアを抜かれた事を覚えてなかったのはこの為。数ヶ月ほどでようやく自我が芽生え山宮太郎であるという自覚を得る。それから最初は状況を冷静に飲み込んで赤ん坊のフリをしながらも前世の最後を思い出しては絶望する日々が続く。

 もうどうにでもなってしまえとある程度喋れる年齢になった頃に見た目の年相応の行動をする事をやめて開き直る。当世の両親は寛大な心で他の子共とは違う自身の息子を受け止めた。

 

 前世に絶望しながらも時間が山宮太郎を荒瀬慎司と自覚させつつ、しこりは残しつつも前世とは違って後悔のない人生にしたいと決意する。その決意からそう経たないうちに彼は高町なのはと出会った。

 

 持ち前の元気さや明るさは前世の山宮太郎の性格を引き継いでいる。いわば素である。しかし実年齢のギャップがあるためどうしても一歩引いて周りを見る事もあるが基本は荒瀬慎司はその時その時を全力で楽しんでいる。

 メンタルは強いように見えるがそれは彼の人生が2度目だからである。一度死んでしまった彼の精神は常人と一緒な訳がない。現に彼は前世でメンタル面の影響で柔道を続ける事が出来なくなり荒瀬慎司としてイップスを引き起こさほど影響を及ぼした。

 元々はそんなに強い方ではない。しかし彼は成長する事が出来る人間だ、前世を経て彼は当世でそれを真摯に向き合い続けた。ジュエルシード事件でも闇の書事件でも、大怪我を負った時も何度絶望しても何度も立ち上がり続けられたのは持ち前の強さではなく彼がその時その時勝ち取った成長のお陰だ。

 

 後悔だけはしたくない……彼のこれまでの行動理念の根幹はこれだ。後悔が残る辛さを誰よりも知ってる彼はその理由だけでこれまでのような功績をあげてしまう。手を差し伸ばし、必要なら手を引いて、隣で彼は笑うだろう。楽しむ事が人生で1番大切な事だと思っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最中葉月

 

 

 山宮太郎の親友の1人。仲良くなったきっかけは中学時代で優也も含めて全員が初対面だったが3人とも席が近くて自然と良く話す事が多かった事がキッカケ。

 見た目は割と派手なファッションや髪型で性格も当時のTHE現代っ子という感じだが基本ベースは友達想いの優しい子である。とにかく3人でいる事が好きで太郎と優也を遊びに誘ったり計画したりするのは葉月が多かった。

 

 学生時代、実はモテモテだったりしていて恋人が出来ると太郎も優也も喜んでお祝いしていた。しかし同時にうまくいかず別れる原因となっていたのも太郎と裕也が関係していた事が多く、2人との関係であらぬ誤解や快く思うず関係を絶ってほしいとその時の恋人に言われると葉月は烈火の如く怒った。恋人も大事だが葉月にとっては親友2人もとても大切な存在だったのだ。

 紆余曲折あって太郎の死後5年後に優也と葉月は結婚し幸せな家庭を築いている。

 

 どんなにそれが原因で嫌な事があっても葉月にとって太郎は大事な親友で死んでもそれは変わらない。最中葉月は人生の最後の最後まで山宮太郎を覚えて泣きながら色んな人に彼の話をする。どれだけ彼が温かな人間で、優しくて、強くて、思いやりのある自慢の親友だった事を知って欲しいから。

 

 

 

 

 高山優也

 

 

 太郎の親友。キッカケ等はほとんど葉月と同じ、しかし実は最初は太郎の事をあんまりよく思っていなかった。優也は勉強が得意でそれを自信として誇りを持っていた。だから彼は静かに勉強をする事が好きだった。だが当時の太郎はどちらかと言うと騒がしいクラスメイト、その気は無いのは分かるが勉強の邪魔と感じる事は少なくなかった。

 

 しかしそんな考えが変わったのは彼と葉月でよく話すようになった時。彼は良くも悪くも真っ直ぐだ、優也が勉強を好きだと知ればすごいすごいと素直に言ってくれるし静かに勉強をする事が好きだと知ると自分がうるさかった事を自覚して頭を下げて謝った。

 その行動だけで裕也にとっては好感が持てた、そして友達になってから更に太郎の魅力を知る。それは頑張り屋な事であったり騒がしかった件があるとはああ意外と気遣いができる面もあった。

 

 後は単純に一緒にいる時は楽しかった。そう、優也は太郎と一緒にいるのが楽しかったのだ。太郎と葉月と3人でいる事が、親友といる事が。彼の死後、優也は親友の喪失感を未だ完全には消せてはない、この先も消える事はない。だが優也はそれでいいと思っている、それが悲しく負の感情であったとしても太郎をずっと想っているという事でもあるからだ。

 

 

 

 

 荒瀬信治郎

 

 

 荒瀬慎司の父親、地球生まれの魔導師。他の地球出身組と同じように偶然魔法と出会い、偶然魔法の素質があった事をきっかけに魔導師に。訓練校時代に成績は上位でエリート魔導師として注目される程だった。いくつかの部隊を転々とし最終的に同じ地球出身で目にかけてもらっていたギル・グレアムの部隊に身を落ち着かせ、エリートとして恥じない戦果を残しそれなりに有名人だった。部隊の参入時にクロノの父、クライドと現在の妻ユリカと出会う。

 クライドの殉職後、グレアムが前線を退いた後に部隊の後任として更に戦果を挙げまだ前線としてやっていける年齢ではあったが後任に部隊を託し本人も前線から退いた。その頃、ユリカと籍を入れ紆余曲折あって地球に転居。

 前線を退いた大きなひとつの理由である闇の書を独自調査する日々が始まる。

 

 息子である荒瀬慎司の事を自慢の子供だと彼は鼻高々に思っている。慎司が赤ん坊の頃本性を表し歳と分不相応な行動を取るようになっても多少の違和感を覚えただけで愛情は変わらなかった。 

 慎司が望んで魔導師として生きる事を選択したのならと父親である彼は様々なサポートをする為に色々な準備をしていた。しかし、慎司が本当に望む事ならそれは魔導師でなくてもいい。ただたった一人の息子に自由に、好きに、そして後悔のないように生きてほしいと常々彼は思っている。

 

 

 

 

 荒瀬ユリカ

 

 

 荒瀬慎司の母親、作中でも語られてるが技術者としてはかなりすごい人。管理局に勤めて異例の速さで出世をして彼女が設立した特別技術開発局は今も管理局の魔導師を支えてる新技術を生み出すため奮闘している。

 夫である荒瀬信治郎との出会いは元々ユリカが信治郎のデバイスメンテナンスの担当になった事から始まる。エリートとして第一線で活躍する信治郎にはそれ相応の技術者であるユリカが当てられそこから交流を深めていく。

 

 息子である慎司には好きな道を歩んでほしいと思っている反面、親としては自分達と一緒に管理局の魔導師になってほしいと言う願望もおった。慎司のリンカーコアを守り日夜それの研究に明け暮れていたのもそう言う気持ちがあったから。

 リンカーコアの制御さえ出来れば息子の将来の安泰は約束されたようなもの、それほどまでに慎司のリンカーコアは特別だった。しかし、慎司の選択によりリンカーコアは砕け微細なカケラだけは慎司の体に残し残りの破片は丁重に専用のケースに管理されている。それを預かっているのも慎司だ。

 

 ユリカは慎司が魔導師になれなかった事は残念だと思ってはいるがそこまで深刻には考えていなかった。息子が見せてくれた数多の功績、それを知り、見てきたユリカは慎司の未来が明るい事を信じて疑わない。親バカかもしれないがユリカは思う、慎司は自分達の息子はきっと凄い人間として語られるような成功を収めると。なんて言ったってユリカと信治郎の子なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 次回からstrikers編です!今後ともよろしくお願いします!!


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StrikerS編
始動




 sts編スタートです!


 太陽に照らされた道を悠々と歩く一つの男の人影、機嫌が良さそうに口笛を吹きながら止めていた自身のバイクまで歩くと跨ってエンジンを掛けると辺りにバイクの排気音が響き渡る。

 

「相変わらずうっせぇな!ちょっとは静かにしてろ!」

 

 男の周りには誰も居なかったはずだがそう少し大きい声で叫ぶ男にたまたま通りかかった人はギョッとして奇異の目を向ける。通行人は思った、まさかコイツ自分のバイクのエンジン音に言ってるのか?

 だとしたらとんでもないキチガイだと。真実は分からないが。そんな風に通行人に思われてるとは知らず男は右手の腕時計を覗く。

 

「っべぇ、超遅刻じゃん」

 

 慌てた様子でヘルメットをつけてバイクを走らせる。バイクのエンジン音はその男の好みなのか純正品よりは少々大きい音であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 中学卒業から4年、俺こと荒瀬慎司は19歳になった。管理局入りしてから本当に色々あって今まで忙しい日々を送っている。いや本当に忙しい。まあそれは置いておいてだ。今バイクを急ぎめで走らせて向かってる場所は聖王教会、カリムと会う予定なのだが約束の時間を過ぎてしまっているため少々慌てている。あ、でもちゃんと安全運転よ?前世の最後交通事故だからね、そこら辺は人よりしっかりしますとも。

 ………おっとー!コーナーで差をつけてやるぜえええええ!

 

 冗談だ冗談。ともかく、ちょっと遅れて俺は聖王教会にたどり着く。

 

「やぁやぁ、遅れてすまん。久しぶりだな〜カリム」

「あら、慎司。そんなに遅れてないのだから気にしなくていいのに。それに久しぶりって……先日会ったばかりじゃない?」

「あれ?そうだっけか?」

「忘れん坊ね、シスターシャッハに早口言葉勝負仕掛けてたじゃない」

「あー、そんな事したなそういえば」

 

 教会でバイトしてた時に知り合ったけどアイツもアイツで結構負けず嫌いなとこあるからなぁ……シグナムと剣友って聞くしあんななりで勝負事には好戦的だしなぁ。ちなみにシャッハは青巻紙赤巻紙黄巻紙で噛んで負けてたな。いや、遊びに行った訳じゃねぇよ?ちゃんと仕事の一環で訪問したけど前回のトランプに負けたのが悔しかったらしいから付き合ってあげたのよ。

 

「そんなシャッハは今日はいないのか?」

「ええ、別件でちょっと出てるのよ」

 

 ほう、カリムの側にいるイメージが強いから珍しいな。また遊んで負かしてやろうと思ったけど別の機会だな。どっちにしろゆっくりしてる時間ないし用事を済ませよう。

 

「ほらこれ、今回の遠征の報告書な」

 

 カリムに紙の書類を何束か手渡す。データで送るのもありなんだが直接こっちに来る用事が他にもあったからついでだ。

 

「確かに受け取ったわ……こっちでも慎司の頼み通り調整しとくわね。どう?お茶でも飲んでいく?」

「おう、いつもながら助かるよ。いや、この後六課の編成式もあるからもう行かないとなんだ。アイツ呼んできてくれるか?」

 

 俺がそうお願いするとカリムは通信で何事か告げる。恐らく教会のシスターにお願いしたのだろう。数分ほど待ってると小走りでこちらに向かってくる少女の影が。

 

「ご主人様、お待たせしました」

「…………貴方この子にそんな呼ばせ方してるの?」

「待て誤解だ、俺は別に強制はしてないっ。勝手にそう呼んでくるだけだ!」

 

 少女の一言にカリムからあらぬ疑いの視線を投げかけられる。その少女はと言うと俺が困っていると言うのに顔色一つ変えずキョトンとしている。綺麗な黒髪のショートボブに前髪はギリギリ眼を隠さないくらいの長さ。歳は恐らく15、6くらい。恐らくなのは正確な年齢が分からないから。それより下かもしれないし上かもしれない。見た目的にはそれくらいだ。

 

「おい、ソフィ……お前からも何か言ってくれよ」

「ご主人様が常日頃から私にメイド服を着させてる事をですか?」

「お前が勝手に着てんだろうがっ!」

 

 名をソフィア、ソフィは愛称だ。体型は小柄で少しちんまりとしてる感じ、雰囲気は常時ダウナー系。ダウナー系だが言う事はハッキリ言ってくるし今のように普通に俺に生意気言ってくる事もしばしば。立場はちょっと難しいが俺の部下と言うのが一番正確だろう。ちなみに着用してるメイド服は英国風のクラシカルメイド服、露出が無くオーソドックスな俺の一番好きなメイド服。

 

「たくっ、用事は済んだんだろ?行くぞ」

「はい」

 

 俺がそう言うと素直に俺の後ろをテクテクとついてくる。元々ソフィを迎えに来たのが用事だったのだ。俺は振り返ってカリムに視線をよこし

 

「んじゃ、世話になったな。また来るよ」

「ご協力感謝致します。それでは失礼いたします」

 

 俺はぷらぷらと軽く手を振って、ソフィは深くお辞儀をして教会を後にする。カリムは「いつでも待ってます」と笑顔で2人を見送る。慎司がソフィをバイクの後ろに乗せて走り去ったのを見届けてからカリムは1人呟いた。

 

「……いよいよ……ね」

 

 その呟きは風に乗せられ誰にも聞こえる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 バイクを六課の宿舎の駐車場に止めてゆっくりと歩いて編成式が行われてる場所へ向かう。

 

「ご主人様、既に編成式は始まっております。お急ぎしなくても?」

「平気平気、俺達はメインスタッフじゃないしいてもいなくても変わんないからな。はやても俺が遠征帰りなのは知ってるし遅れる事は先んじて伝えてあるから」

 

 いやー、それにしても今回の遠征も参ったなぁ……酷く疲れた。

 

「今回私はついて行けませんでしたが、その様子だと上手くやれたようで何よりです」

「ああ、と言っても今回は数日間の短期遠征だし遠征自体ももう数えきれないほどやってるしなぁ。ソフィがいないのは色々と大変だったが」

「恐縮です」

 

 こいつ作法やら態度はメイドとして完璧なんだよぁ、たまに生意気言ってくるのは困るが別にそれはいいし。

 

「私の体が常に必要だなんてそんな滅相もない……」

「言い方なお前。あと過剰評価すんなよみょうちくりん、言っとくけどその貧相な体どうにかしない限り誘惑もクソもないぞ」

「傷つきました」

 

 だったらもっと傷ついたって顔しろ。相変わらず昔のリインフォースより表情筋が死んでやがる。

 

「プロテイン飲むか?」

「なぜですか?」

「栄養補給」

「…………考えておきます」

 

 あ、ちょっと体型の事は気にしてるんだねごめん。と、くだらない言い合いをしながら暫し歩いてると編成式を行ってる広場が見えてきた。そこでソフィは立ち止まると俺に一礼してから告げる。

 

「それでは私はここで一度失礼します、宿舎の方で準備作業がありますので」

「ん?おお、そうか……だったらここまで歩く必要なかったんじゃないか?」

 

 バイクで宿舎の駐車場に止めたんだから目と鼻の先だったろうに。ソフィの六課の役職は一応宿舎の管理とそれに関わる雑用とかだからなぁ。まぁ、俺の仕事を手伝うのが優先にはなるだろうが。勿論ソフィの役割は他のスタッフもいるわけだし。

 

「ご主人様をお見送りしたかったので。では、また後で……失礼いたします」

 

 そう言ってもう一度深くお辞儀をしてからソフィは小走りで来た道を戻っていった。全く……

 

「可愛い奴め、調子狂うんだよ」

 

 と、頭を掻きながら俺も釣られて小走りでその広場に近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 広場には既にこれから六課を運営していくだろうスタッフや魔導師が列を成して壇上ではやてちゃんが立ち編成式が行われている最中だった。ん?ソフィと同じ宿舎の雑用スタッフも編成式参加してるじゃん、ははーんあの野郎サボり………じゃなくて一足先に仕事しに行きやがったな。

 ふむ、こういう光景を見ると学生時代の集会なんかを思い出す、よくなのはちゃん達に悪戯してしばかれてたなぁ……。さてさて、このまま真っ正直に列に加わるのは帰って目立って仕方ないな……さりげなく少し遠くから編成式を眺めるとしよう。

 

 それにしても、今日まで忙して六課設立の準備やら何やらを皆んなに任せっきりだったから知らない顔が多いな。まぁ、一つの大きな部隊なんだし人も多い。部隊長のはやてちゃん、実績と実力を兼ね備えてるなのはちゃんフェイトちゃんに守護騎士達の指揮官陣に俺たちよりも若い4人のFW陣、2人は知ってる顔だな。もう2人は知らん。一応事前に送られてきた六課についてのデータにメンバーの名簿もあって顔と名前くらいはある程度覚えたけど。

 後はメカニックやバックヤードのスタッフ達も数多くいるが殆ど知らないな。まぁ仕方ないね、俺の仕事上他とは交流少ないもんね。友達ここでいっぱい作ったろ。

 と、はやてちゃんの話を聞き流しながら色々観察していると……やっべ、はやてちゃんと目があった。俺の方を見ながら器用に話を止めずにニンマリとしていた。あれは何か良からぬ事を考えてる時の顔だなあのエセ関西。

 

「長い話は嫌われるんで私からはこれくらいで……」

 

 と、自身の話を終えると拍手が送られる。その拍手が止むのを待ってからはやてちゃんは再び口を開き

 

「最後に六課の一員として皆さんに紹介しなければいけない人がいます。ここにおる皆んなは事前の準備や顔合わせである程度のメンバーは把握してると思いますが皆んなと同じ六課のメンバーとして加わるのに今日まで一度も顔を出さなかったアンポンタンが1人います」

「誰がアンパンマ○だ」

「誰もところ構わず顔を削いでパンを渡すヒーローとは言ってないねん」

 

 耐えきれず観念して俺も壇上にあがりそう返すと条件反射ではやてちゃんもツッコミを入れる。皆んなの目の前なので一瞬しまったっという顔をしつつも咳払い一つ交えて場を整えてから

 

「紹介します、荒瀬慎司……六課では特別支援隊長として皆さんを支えてくれる事でしょう」

 

 はやてちゃんは俺に何か言うように目配せをしてくる。まぁ、はやてちゃん的にもこれから一緒にやっていくんだしちゃんと部隊の一員として皆んなに挨拶くらいはしろという事だろうな。

 ここまで顔を出せなかったのも他の隊員からすれば面白い話ではないしな。しかしまぁ俺としてはあんまり目立つような事は避けたいんだが……六課の中なら平気か。

 

「あー……改めまして。俺が荒瀬慎司だ、今日まで顔を出せなかった事……申し訳なかった。殆どの人は俺の事を知らないと思うが一応この部隊の隊長陣達とは子供の頃からの付き合いでな、こいつらに何か不満があったら遠慮なく俺に言ってくれ……間に立ってやる」

 

 ふむ、もう少し話しておこうか。ジュエルシード事件から敷かれている俺の情報規制で皆んな俺の事は本当に知らないし。

 

「俺はリンカーコアが体内に存在しない、管理局員としてはかなり致命的ではあるが俺の出来る事は全力でやる。だから何かあれば俺を頼って欲しい、必ず力になる………込み入った話は皆んなと仲良くなってからかな。これからよろしく頼む」

 

 最後に言わねばならない事もある。

 

「最後に、俺は楽しい事が好きだ!皆を部隊の一員として、仲間として皆んなを楽しませる存在になる。だから皆んなも楽しんでこの部隊で一緒に頑張ろうぜ!」

 

 と締め括る。急な俺の登場となってしまったが隊員達から笑顔で惜しみない拍手をもらう。うん、これで俺の顔は覚えてもらえただろ。俺もなるべく早く全員の顔と名前を覚えるようにしなくちゃな。

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで編成式は終わり、この後早速機動六課を稼働させるため各々準備に入るのだがその前に少しの間自由時間を設けた。殆どの人は今日ここに来てこれから自分たちが住むであろう宿舎を自分色に染める作業があるだろう。なるほど、ソフィのやつそれで編成式でないで一足先に宿舎に準備しにいったのか。

 

 俺は宿舎には行かず編成式が終わって雑談に興じてる久しぶりに会う友人達の元に。

 

「よう、遅れちまってすまんな」

 

 と、片手を上げながら告げる。なのはちゃん、はやてちゃん、フェイトちゃんにシグナム、シャマル、ヴィータちゃん……あとちみっこも、ザフィーラも機動六課入りしたはずだが今はここにはいないようだ。

 

「全くええ度胸やな……今日まで一度も顔見せにこおへんで」

 

 と、冗談ぽく怒った素振りをするはやてちゃんにすまんすまんと言い返す。

 

「慎司、久しぶりだね……半年くらい会えてなかったよね?」

「うん?まぁなー……まぁ基本は遠征続きだし」

「そっか、でも元気そうでよかったよ」

 

 フェイトちゃんも相変わらずのようだ。

 

「おす、なのはちゃんも……直接会うのは久しぶりだな」

「…………………」

「なのはちゃん?」

「…………ねぇ慎司君」

「おう、どうした?」

「この間私に荷物送ってくれたよね?覚えてる」

「覚えてない」

「嘘だねっ!何あれ!?段ボール一杯に秋刀魚のキーホルダーと真ん中に佇む等身大の秋刀魚の置物!」

 

 と、デバイスに画像を表示させて俺につきつけるなのはちゃん。大きい段ボールの中にガッチリと無数の秋刀魚のキーホルダーとそれに囲まれる形で中央に等身大の秋刀魚の置物(自立型)が。あ、あぁ……あー、あれか。

 

「そういえばそんなもん送ったなぁ」

「本当に覚えてなかったの!?というか何で秋刀魚をあんなに送ってきたの!」

「いやぁ、思いつきかなぁ……反応は見れないけど定期的になのはちゃん弄らないとアレルギー反応出ちゃうからさ」

「そんなアレルギーはないよ!」

「はぁ!?あるし!」

「逆ギレしないでくれるかなぁ!」

 

 いやまぁ本当に思いつきだったんだよね。思いつきというかキッカケがあったというか。ちょっと秋刀魚のキーホルダーを大量に入手する機会があったからさ。………嘘じゃないよ?

 

「私が全部もっててもしょうがないし、捨てるわけにも行かないからお子さんのいるご近所さんとか職場で配りまわったんだからね!」

 

 ご近所さんと行っても地球の高町家ではなく機動六課に出向する前まで住んでたミッドの家のことだろうなぁ。

 

「お前……そんな事して変な噂立たなかったのか?」

「たったよ!ご近所さんからは秋刀魚の高町さんとか言われてたもん!」

「そういえば管理局で一時だけなのは、秋刀魚のエースオブエースとか言われてたな」

 

 と、思い出したのかヴィータちゃんがそう口を滑らせて俺は思わず吹き出す。

 

「笑わないでよ!誰のせいだと思ってるの!?」

「処理の仕方を間違えたなのはちゃん」

「ああ、納得いかないけど言い返せない!」

 

 と、ポカポカしてくる。19になっても揶揄ったらそんな反応してくれるなのはちゃん、マジでショックです。あざといけど可愛いからOKです。

 

「何年経ってもこの2人はこんな感じのやり取りをするのだな」

「まぁ、分かってた事だし」

「うぅ〜〜、うらやましぃです!」

 

 シグナムとシャマルも元気そうでなにより。ちみっこは相変わらずである。こいつ生まれてからもう8年くらい経つのに結局俺への接し方はあんまり変わらなかった。ついでに言うとここにはいないがリインフォースも変わってない。貴様ら少しは成長してくれ。

 

「さぁさぁ、ここで慎司君となのはちゃんの痴話喧嘩見るのも楽しいんやけどそろそろウチらも色々準備せなあかんね」

 

 と、流石は部隊長。しっかり見極めて仕切りを入れる。

 

「ウチとフェイトちゃんはこの後上層部で機動六課について説明をしに行かなあかんからその前に慎司君は部隊長室まで来てくれるか?今まで忙しくて仕方なかったとはいえ部隊の資料の説明だけじゃ流石にあかんやろ?」

「ん、そうだな。ちゃんと俺にも役割やら何やらある訳だしな。頼むわ」

 

 そんな訳で、皆んなとの再会もそこそこにして管理局員として仕事もこなす事に。各々自分の持ち場やこれから必要な準備に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

「実働部隊はなのはちゃんが隊長、ヴィータが副隊長を務める『スターズ』とフェイトちゃんが隊長、シグナムが副隊長を務める『ライトニング』、この2つが主に実戦に赴く事になると思う」

「ふむ、けど場合によっちゃはやてちゃんとかも前線に出たりはするんだろ?」

「もちろん、けどウチは一応部隊長やし……本当に必要な時やないと出られへんね」

「そういうもんか………」

 

 部隊長室ではやてちゃんと2人、俺の為に機動六課について最終確認を行なっている。事前に送られたデータを3Dホログラムに表示させながらそれと照らし合わせながらはやてちゃんにより詳しく説明を受ける。

 ちなみに、データを表示させてるのは俺の専用デバイス。リンカーコアのない俺のデバイスはなのはちゃん達が持ってるデバイスと違って自律型じゃない、つまりはしゃべりもしない完全に地球のスマートフォンのようなデータデバイスと同じ感覚で使ってる物だ。

 

「スターズは……スバル・ナカジマにティアナ・ランスター…ね。この2人は今日が初対面になるし後で個人的に話すとして……ナカジマってのはあのゲンヤ・ナカジマさんの?」

「そう、娘さんやね。慎司君は相変わらず顔が広いなぁ、ナカジマ三佐とも交流があるん?」

「まあな、あんまり深くはないけど」

 

 人脈っての言うのは大切だからね。それに個人的にあの人いい人そうだから関わりは持っておきたい。

 

「ライトニングはエリオとキャロやね、この2人は慎司君も知っとるやろ?」

「ああ、エリオはフェイトが世話してる時から関わりがあったしキャロもエリオほどじゃないが何度か会ったことがあるよ」

 

 引き取られたばっかでツンツンしてた時のエリオが可愛くてなぁ、いつの間にか慎兄なんて呼んで慕ってくれたっけか。

 

 それ以外にも人材の確認、六課に携わる関係団体と後見人……必要な情報は全て聞いておく。小一時間ほど話し込んでようやくひと段落ついた所ではやてちゃんが打って変わって引き締めた表情をして俺に問いを投げ掛ける。

 

「慎司君は……カリムとも友達やったね」

「ああ、そういえば機会が中々出来なくてはやてちゃんと3人で会ったことはまだ無かったな」

 

 3人とも忙しい身だからな。

 

「慎司君は、機動六課を設立した目的は分かっとるよね?」

「ロストロギア、『レリック』の回収とそれを追う謎の組織についての調査及び捕縛……ってとこかな」

「カリムから『予言』の事については?」

 

 心臓がどきりと跳ねる。俺は視線を窓から見える綺麗な景色に向けながら答える。

 

「……詳しくは知らん、けどその予言の内容と六課の設立が深く関わってる事は知ってる。だからカリムが六課の後見人として名乗りを上げてくれた事も、率いてる聖王教会が六課に援助してくれてることもな」

「そっか…その詳しくは……いつかちゃんと慎司君にも他の皆んなにも話すつもりや。だから今は慎司君の胸に留めておいてくれると助かるんやけど」

「大丈夫大丈夫、俺口堅いから」

「……なんか不安やな…」

 

 そう言うなって、そういう事の秘密はちゃんとするぜ俺は。それに、それを知っても知らなくても俺がはやてちゃんないしこの部隊の為に動く事は変わらないしな。

 

「ま、慎司君のことやから何だかんだしっかりしてくれてるし平気やね。それでどうなん?慎司君の方の任務は」

 

 引き締めた雰囲気を取り除いてはやてちゃんは、今度は友人としての雑談としてそんな事を切り出す。俺は少しうーんと唸りながら

 

「やっぱり長期の遠征の時なんかはキツイよなぁ、余裕で数ヶ月間船の中だし」

「あはは、今聞いてもやっぱり信じられへんよ…、慎司君が入隊して一年もしない内に次元航行艦の提督やなんて」

「それはお前……成績が優秀なのと両親の七光の賜物よ」

「ちょっとは悪びれんかい」

「でもちゃんと実績を出してるのが俺らしくてカッコいいだろ?」

「まぁ……そうなんやけどね。でも腹立つわ〜」

「俺は使えるものなんでも使う主義なの。事故にあった時もなりふり構わなかっただろ?」

 

 そう、本当になりふり構わず使えるもの使っとくのが得だぜ。後ろ指刺されようが親のツテだって使わなきゃ。じゃないと本当に掴みたいものは掴めないからね、あの全国大会の時に学んだ教訓だからね。テストに出るから覚えておきなさいな。

 

「そういえば慎司君はそうやったね………リインフォースはいつ頃こっち来れるんかな?」

「数日以内に来るはずだよ、俺がこっち早めに来る代わりにリインフォースに後処理任せちまったからさ」

 

 リインフォースは今は俺が所属する次元航行艦の隊員……俺の部下なのだ。本当はせっかく助かった命、はやてちゃんの元で自由にさせたかったのだが未だにリインフォースの暴走を恐れてる上層部は定期検診を義務にさせている。変わらず定期検診をしてるのは俺の母である荒瀬ユリカなのだが、俺の入隊と共に管理局に復帰した母さんもとある理由で俺の次元航行艦に同乗する事が多くまた数ヶ月船の中なんて事も珍しい話じゃないからな。

 

 それを理由にリインフォースが検診を受けないのは許さないとのお達しで俺が形上目付け役となり母さんの定期検診を受けさせている。もう暴走の心配なんて皆無だし主人であるはやてちゃんのそばにいた方が仮に何かあったら時はその方がいいのだがいかんせん、どこの世界も上層部というのは頭が固いのだ。

 

「ま、リインフォースならさっさと終わらせて明日にでも来るかもなぁ」

 

 俺といる時はなんかぽやぽやしてるけど魔導師としても隊員としても彼女は優秀だ、俺が思ってるよりは早く来そうだ。

 

「そか、そんなら機動六課スタッフ本当の意味での全員集合はもう少し先になりそうやね」

「だな、て言っても残りは俺の部下2人だけだしな」

 

 リインフォースと……アイツか。まぁ、さっきも言ったように2人とも数日以内には合流できるはずだ。と、そんな話をしてたら時間はあっという間に過ぎているもの、チラッと時計を確認する。

 

「はやてちゃん、時間大丈夫なのか?」

「うん?おっと、そろそろ行かへんとな。ウチとフェイトちゃんはもう出るけど慎司君、留守は頼んだで?」

「はいはい、さっさと言ってこい。俺もそろそろFW連中の所に顔出さないとな」

 

 そう言ってはやてちゃんとは一旦別れ、俺は今頃訓練場でなのはちゃんにみっちりしごかれてるであろう新人4人の元へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

「やってるなぁ」

 

 訓練場が見えてくるとと遠巻きながらも訓練の風景も見えてくる。訓練のように構成された街並みを新人4人が走り抜けながらガジェット相手に悪戦苦闘していた。ガジェット……今回機動六課が追う犯罪グループはガジェットを用いてくるそうだから主にそちらの戦闘に訓練をするんだろうな。

 ガジェットの厄介な所は魔力を無力化するアンチマジックフィールド、略してAMF。これにどう対処するかだろうな。

 悪戦苦闘する4人を観察しながら真剣にデータを取る教導官としての顔をしたなのはちゃんが見える。

 

 彼女はあの時俺に宣言したように教導官を志し見事それを叶えた。ちゃんと目標を成し遂げたのだ。今では前線でも教導官として活躍し、これまでの功績を讃えられ不屈のエースオブエースなんて呼ばれちゃいるが。

 

「………………」

 

 俺が近くまで来た事に気づくと子供のように破顔しながら俺の名前を呼んで手を振るなのはちゃん。そんななのはちゃんを見るとあの時からなんら変わらない人懐っこい女の子のままでもあるんだって思えた。

 

「話は終わったの?」

 

 訓練中の新人達には目を離さないまま隣に立つ俺にそう問いかけてくるなのはちゃん。話は変わるけど本当に中学から考えると大きくなったよな色々。ちょっとおっさんぽい感想になってしまうが所轄いい女になった言いたくなるような成長っぷりだ。

 

「デカくなったよなぁなのはちゃん」

「急に貶された!?」

「いやいや、そういう意味じゃ……なくもないか?」

「ちなみにどこを見てそう思ったの?」

「ケツ」

「セクハラ!?それ私以外には絶対言っちゃダメだからね!」

 

 逆になのはちゃんに言っていいんだ?と揚げ足を取るとややこしくなりそうだから自重しておく。

 

「全くもう……訓練が終わったら改めて慎司君を皆んなに紹介しないとだね」

「頼むわ、エリオとキャロは面識あるけどスバルとティアナって子は完全に初対面だし」

 

 と言葉を交わしつつなのはちゃんと一緒に訓練を眺める。

 

「うーん、位置取りは悪くないんだけど今一歩突破力と冷静さが欲しいところだな……」

 

 なんて、青髪のスバルって子の動きを見ながら独り言を呟く。いやね、俺よりは魔導師として全然優秀だからどの口がってなるけど感じるものは感じるからね、仕方ないね。

 

「………驚いた、慎司君魔導師じゃないのに私と同じ事考えてた」

「うん?いやまぁ確かに実戦なんかした事ないし出来ないけど戦術論とか穴が開くほど書類と教科書見て学ばないと提督にはなれんって」

「だとしてもだよ、慎司君が管理局員になるって聞いた時も提督になった時も凄くびっくりしたけど努力家の慎司君だから一杯勉強したんだなぁって」

「ははっ、褒めても何もでねぇよ高町教導官殿」

 

 それにそういう戦術やら何やらの着眼点や知識は本職のなのはちゃんには負けるさ。俺が呟いた独り言だって少し知識があれば感じる感想だし。

 

「………高町教導官…か」

 

 俺がふざけてそう呼んだ言葉を噛み締めるようになのはちゃんは呟く。

 

「どうした?」

「え?ああ……今私がこうやって教導官になれたのも前線で空を飛んで闘うことが出来るのも慎司君のお陰なんだなぁって思い出してたの」

「それ、前にも聞いたぜ?」

「それくらい感謝してるって事なんだよ」

 

 悪い気はせんがよ……ここで俺が「なのはちゃんが頑張ったからだよ」って返すのも何度も言い返した言葉だ。同じ事ばかり繰り返すのはつまらないな、どうせなら違う言葉……何か面白い事を言い返そう。

 

「梅干しとパセリってどっちが左利きなのかな?」

「え?今時空歪んだの?」

 

 キングクリムゾンは発動してないぞなのはちゃん。

 

 

 

 なんて、俺が照れ隠しで適当にふざけた事を言ったのをお見通しのなのはちゃんはあえて指摘しないでニッコリと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ちょっと進みが遅いのはご愛嬌で。数話くらいは時間を進めながら慎司の現在の状況の説明やみんなとのやり取りを挟みながら進行していく形になると思います!


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変身、雑談、再会



 サブタイトル今まで1番適当な件ワロタ


 

 

 

 

 きっとそれは必然だったし運命だったんだと思う。辛かったさ、ああ辛かった。辛かったけどそうするしかなかった。しょうがないじゃないか、もう他に選択肢なんてなかったんだから。

 

 けど、辛い事でもそれでも俺は楽しく生きていきたい。辛い事を抱えていてもふてぶてしく笑い、どんなに苦しくても些細な楽しみを、喜びを全て拾って前に進む。そんな人生を歩み、そんな未来を夢見たい。険しい道なのは分かってる、それでも………止める事はない。今度こそ俺は、最後……人生の最後を飾る時、死ぬ間際……今度こそこう思いたいんだ。

 

 

 全力で生き抜いた、後悔はない、楽しい人生だった。生きていてよかったって。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「皆んな、お疲れ様。いい動きだったよ」

 

 シミュレーション訓練を終えて、舞台となったビルが立ち並ぶ街並みで肩で息をする新人達に駆け寄りながらそう褒めるなのはちゃん。やはり、教導官としての顔は普段俺と2人といる時じゃ絶対に見せない顔を見せてくれるのでなんだか新鮮である。一言二言さらに交わした後なのはちゃんは咳払いをしてから

 

「さてと、さっきの編成式でも皆んなに自己紹介してたけど今後機動六課では皆んなとも直接関わる事になるから、私の方から改めて紹介するね。私の幼馴染でもある、『荒瀬慎司』君だよ」

 

 と、背後を振り返りながらその方向に手を向ける。

 

「…………あれ?」

 

 だが残念。背後には俺どころか人っ子1人いない。

 

「あれ?あれぇ?さっきまで一緒にいたのに?」

 

 オロオロとするなのはちゃんを見て状況が飲み込めず困惑する4人。さて、あんまりなのはちゃん困らせるのも可哀想だしそろそろ行くかな。

 

「はーはっはっはっ!!!俺はここだぁ!!」

 

 と、皆んなに聞こえるように叫ぶ。場所?皆んながいる場所のすぐ隣にあるめちゃくちゃ高いビルの屋上です。今そこにいます、あ、高いな。高所恐怖症じゃないけどここ結構怖い。

 

「し、慎司くん?」

 

 なんでそこにいるんだっていう疑問とどうやってそんなに早く移動したんだという疑問で頭がこんがらがっているようだ。あ、頭を振って立て直した。慎司君だから考えてもしょうがないなんて思ってそう。

 

「そこのお前らぁ!よく見ておけっ!………ライダー………変身っ!とお!!」

 

 と、原点にして頂点である初代仮面ライダーの変身ポーズを取りそのままビルから跳んでダイブ!

 

「なのはちゃんーー!!俺飛べないし着地も無理だから受け止めてーーー!」

「何やってんの本当に!?」

 

 慌てながらセットアップして地面から10メートルくらい上でなのはちゃんにキャッチされる。あ、体柔らかい。大人になったなぁ。

 

「っぶねぇ!なのはちゃん、もう少し遅かったら俺死んでたぞ?しっかりしてくれよ〜」

「だったら危ない事しないでよ!」

「なのはちゃんを信じてたんだよ」

「そうじゃなくて……ああもう!そう言われたら怒れないよ……」

「相変わらずチョロいな」

「蹴るよ!?」

 

 とか言いつつ上空から着地して俺をおろしながらバシバシと軽く手で叩くだけに済ますのもやっぱり優しいなのはちゃんらしい。それにしてもつい子供の頃からのノリで安易に体触っちまったけど流石に控えないとな。俺は気にならないしなのはちゃんも俺とは長いせいか気にしてないみたいだけどモラルを考える年だしな色々と。

 どこの世界でもセクハラやらパワハラやらには敏感ですからね。

 

「え、えっと………」

 

 俺となのはちゃんのやり取りに4人は唖然としながらも短髪の青髪ちゃんが何とかそう声を絞り出す。えっと……そう、君はスバルちゃんかな。写真でも一応確認したのでわかるわかる。

 

「ん?俺が誰か気になるって?」

「いや、お名前はもう伺ってますが」

「気になるんだな?」

「いや、ですから………」

「ならば答えよう!」

「あ、話聞かない人だこの人」

 

 いきなりそんな事を言われたら太郎さん泣きそうだけど昨日から考えてた演出を俺はやめたくないんだ!

 

「ライダー……変身っ!とお!」

 

 と、今度はその場でもう一度先程の変身ポーズを披露してちゃっかり着ていたジャケットの下に隠していた大人用の仮面ライダー1号の高級変身ベルト(約5万円)を見せる。

 

「おおっ!おおおおおっ!!慎兄それ買ってたんですね!」

 

 テンション上げてくれたのはエリオだけである。スバルはさらに苦笑を浮かべてオレンジ色の髪がトレードマークの……ティアナちゃんか、その子はもう意味が分からないと頭を抱えている。

 キャロは最後に会った時と印象が変わらんな。相変わらずおっとりとした天然な雰囲気を感じる。そういえば割とドジっ子だった気がしたなこの子。そんなキャロは俺の体を張った演出を見ても

 

「あ、慎司さんだ」

 

 と呟くだけである。料金取るぞこの野郎。

 

「出たなショッカー!」

「しょ、ショッカー?」

「おのれゴルゴム!ゆ゛る゛ざん゛!!」

「ゴル……ゴム?」

「ええい!誰もネタについて来れんのか軟弱者!教育してやる!!」

「長いしいい加減にしてね本当に!」

 

 と、流石になのはちゃんに怒られて渋々とベルトを外して大切にケースにしまって仕切り直すべく咳払いを一つ。……もう一度ケースを開けてベルトに傷等ないか確認する……うん、ないな。保存用観賞用布教用実演用で計4つあるがそれでも傷は許されない。だって高いもん。ついでにさらに咳払い。

 

「コホン、あー……さっきも編成式で壇上に上がって紹介したが……今日から機動六課特別支援隊長として皆んなをサポートする事になった荒瀬慎司だ。気軽に慎司って呼んでくれ」

 

 と、改めて自己紹介をする。俺の名乗りを受けて困惑していた2人も気を取り直して1人1人自己紹介をしてくれる。

 

「わ、私はスバル・ナカジマ二等陸士です!」

「ティアナ・ランスター二等陸士です!」

「おう、スバルちゃんにティアナちゃんだな。よろしく」

 

 と、敬礼して厳かな態度を取る2人に固くならなくていいという意味で苦笑を浮かべて握手をする。

 

「エリオとキャロちゃんは久しぶりだな、2人とも元気だったかー?」

「はい、慎司さんお久しぶりです」

「勿論元気だったよ慎兄」

 

 わはは、そうかそうかそれはなによりだ。2人ともちょっと身長伸びたかな?

 

「さて、交流を深める為にも色々とおしゃべりしたい所だが……なのはちゃん?訓練はもう終わりでいいんだろ?」

「え?うん…とりあえず初日だし今日はここまでかな」

 

 そっか、時間は……平気だな。

 

「んじゃ、ここにいてもしょうがねぇな。皆んなも訓練後だしシャワーでも浴びたいだろうから宿舎まで歩きながらでも話すか」

 

 と、提案するだけで元気よくはいっ!と返事が返ってくる。いいねぇ、体育会系っぽい感じ。柔道部時代を思い出す。

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

「へぇー、エリオもキャロも慎司さんと知り合いなんだ」

「はい、僕の兄みたいな人です」

「私も色々いっぱいお世話になったんです」

「わはは、嬉しい事を言ってくれるじゃないの」

 

 場所は変わり宿舎の談話室。宿舎までの道のりである程度皆んなの人となりご分かるくらいまでは雑談をした後解散。皆んなそれぞれ訓練の汗を流した所俺となのはちゃんが揃って休憩している所、FW4人が親交を深めようと談話室に集まって来たため流れで合流して先程の雑談の続きとあいなったのだ。

 

「スバルちゃんとティアナちゃんも仲が良さそうじゃないか、同期なのか?」

「ええ、腐れ縁みたいな感じですけど」

「えぇー?仲良しって言ってくれたっていいじゃんー」

「ああもうひっつくな!」

 

 これはこれは色々な意味でいいコンビだなぁ。ティアナちゃんはツッコミ型が俺のボケでどんどん才能に磨きをかけてやろう。

 

「あの、気になってたんですけど……聞いてもいいですか?」

「うん?何だい何だい、遠慮せずに聞けよ」

「あの……慎司さんの特別支援隊長っていうの具体的にどういうものなんです?」

 

 と、スバルの疑問にずっこけるような仕草をするティアナちゃん。「あんた失礼でしょ!資料見てなかったの?」と叱られる始末である。

 

「まあまあティアナちゃんいいから……特別支援の事を聞きたいんだな?」

 

 俺の問いにスバルちゃんは何度か頷く。チラッとなのはちゃんを見る、目が合うと私から説明しようか?と視線で言ってくれたので俺は頼むわと目で返した。

 

「特別支援ていうのは機動六課が本来必要な物資……食料だったり部隊を運営するのに必要な備品だったりを管理して必要に応じて発注と支給をしてくれたり、部隊の実戦時の民間避難の誘導などの支援……とにかく機動六課のあらゆるサポートをしてくれるのが慎司君の部署なの」

「ええっと……つまり?」

 

 いや、それで分かれよ。

 

「つまりまぁ機動六課専用の便利屋さんだよ。各部署でも人手が足りなかったり痒い所の手が届くようにしてあげたりするのが俺の役目……そうだな、実戦部隊でいう遊撃隊の支援バージョンって感じかな?」

「なるほど〜」

 

 ようやくわかってくれたか。まぁ、実際の所は支援が主だけど重要なのはそこじゃないんだけどなぁ……普通なら『特別』なんて頭につけないからな。まぁ、そこらへんはまた説明すると長くなるし知らなくても問題ない事だからいいかな。

 

「私からも一ついいですか?」

「うん、ティアナちゃんもかい?どうぞどうぞ、遠慮しないで」

「はい……六課の支援部隊を担当なさったという事は管理局でもそれと似たような部隊の所属だったんです?」

「うーん……いや、そういう訳じゃないな」

「差し支えなければ慎司さんは元々どこの所属だったんです?」

「所属も何も俺は次元航行艦の提督職だよ、ひよっこだけどな」

 

 俺がそう告げるとティアナちゃんは「提督っ!?」と驚いていた。だよなー、親のコネの力もあるから自慢は出来ないけど提督って相当地位が高くないとなれないし本当に優秀な人じゃないととてもとても試験なんか受からないし。勉強マジで死ぬほどやったからなぁ。

 

「て、提督……提督の慎司さんが六課の支援部隊を?」

「おかしな話じゃないさ、俺は支援や物資の搬送を行える人員と手段を持ってる……そんな人材を俺の大切な友人達が求めていた。だからここにいるだけさ」

 

 特別支援隊とは俺のみを指すものではなく勿論俺が持ってるもの、つまりは部下だったり船そのものだったりだ。それらを含めて特別支援隊なのだ。部隊一つに次元航行艦隊一つは過剰戦力じゃないかって?

 そのためにわざわざ『特別』支援部隊って言ってるんでしょうが。支援が主、つまりは現場やら何やらには直接関わらない。まあ、上の連中に嫌味を言われない程度には現場にも手を出すつもりだけどな。

 

「友人達っていうのは……なのはさんやフェイトさん…はやて部隊長の事ですか?」

「ああ、有名だからスバルも知ってるだろうが地球出身組のエース魔導師のなのはちゃんとは幼馴染でフェイトちゃんとはやてちゃんとも長いしその守護騎士……六課の管制サポートのちみっ……リインフォース・ツヴァイ、医療担当のシャマル、副隊長陣のヴィータとシグナムと使い魔のザフィーラは俺の大切な友人達だ」

 

 俺の言葉に今日初めて会ったスバルちゃんとティアナちゃんは少し驚いたような反応を見せる。当のなのはちゃんは俺の言葉を聞いて照れ臭そうに頬をかいてにゃははと笑っていた。可愛い奴め。

 

「だから皆も色々目的やら目標があってこの部隊に来たように俺も目的があってこの部隊に来たんだ、俺にはお前達のように闘うことは出来ない。リンカーコアのない一般人だからな。だけど出来ることは、やれる事は全てやる。その全てで親友達を、そしてこれからきっとかけがえのない仲間になるお前達を支えたい……その為に来たんだよ」

 

 そう包み隠さず話す。遠回しな言い方になってしまったがようは仲良くやっていこうぜって言いたかっただけなんだがなぁ。まぁ、お互いを知る為に色々話すのも必要な事だ。

 

「はは、まぁいきなりこんな事話されても困るか。とにかく、仲良くやっていこうぜ期待の新人共」

 

 きっとこれから、こいつらとは仲良くやっていける。そんな絶対外れないような予感を感じたのだった。

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 その後、もう少しだけ雑談をしてからいい時間になったので解散した。なのはちゃんは明日からの訓練メニューや方針をまとめる為。俺は六課の支援物資の確認と取引先の選定と予算の選定をする為2人してデスクワークだ。これらはだいぶ決まっているが多くあって困る訳じゃないからな、調整をしておく。

 それと……六課とは別で次元航行の計画もしなければ。

 

 談話室で皆んなにも話したが六課の支援部隊になっても俺の次元航行艦の仕事が無くなる訳じゃない。六課の仕事に専念できるように任務の実績を増やし数そのものを多く達成したがそれでも全くのゼロになるわけじゃない。加減はされるがそれでも六課を一度離れ遠征に行く事もしばしばあるだろう。流石にもう長期の遠征はないだろうがな、俺が今日までにアホみたいにこなしたから。

 ごめんね部下達、ちゃんと働いた分以上の給料は渡してるから許して。でも慕ってくれて着いてきてくれてるのは嬉しいよありがとう。あ、俺の次元航行隊のグループチャット(プライベート用)にメッセージが。

 

『兄貴ぃぃ!寂しいっすううう!!』

『うるさい』

『仕事しろ』

 

 あいつ他の部下達に袋叩きにされててワロタ。全く……。仕事の話になるので俺は次元航行隊のグループチャット(業務連絡用)を開き直してメッセージを飛ばす。

 

『明日には合流できるのか?』

『勿論っす!リインフォース副艦長があっという間に必要な雑務を終わらせてたんで!』

『そっか、リインフォースありがとうな』

『╰(*´︶`*)╯♡』

 

 あいつ可愛いな。こんな顔文字使うとかギャップがもうね。いや、すでに最初の頃のクールなリインフォースはすでに消え去ってるからギャップも何もなかったわ。

 

「慎司君?どうしたの?」

 

 端末を見て笑っていた俺を気になったのかなのはちゃんが不思議そうにそう聞いてきた。

 

「うん?いやさ……可愛いと思ってさ」

「え?わ、私の事?」 

「うるさいぞチキン南蛮」

「チキン南蛮っ!?」

 

 いやー、急に食いたくなってきたな。食堂の夕飯はなにかなー?

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 六課設立の初日ももう終わる。まだ寝るには早い時間だがな。なので

 

「遊びに来たぞゴラァ!」

「何事っ!?」

「あ、慎司いらっしゃい」

 

 てな訳で、宿舎でなのはちゃんとフェイトちゃん2人の相部屋に颯爽と登場。すでに部屋でゆっくりしてたのか2人とも寝巻き姿である。ちなみに俺も寝巻き姿である。着用してるのは甚平、かっこいいよね甚平。

 

「もう、子供じゃないんだから部屋くらい静かに入ってよ……」

「少年の心をいつまでも持ち続けたいと思っている荒瀬慎司です」

「慎司の行動は少年というよりただの奇行だけどね」

 

 うるさいぞ仮面ライダーのヘビーファンことフェイトちゃん。フェイトちゃんの影響でエリオまで同じようになっちまった。俺としては同じ趣味の仲間が増えて嬉しいがね!

 

「それで、慎司はこんな時間にどうしたの?」

「いや、皆んなも本格的に管理局入りして俺も何だかんだで忙しかったから俺達滅多に遊ぶ時間なんてなかったろ?」

「私達は普通に休みは取れてたけど慎司君は提督になってから休みなんてほとんどなかったもんね」

 

 まぁ実際にはあったんだがやる事が多くてなぁ。休日もフルに使わなきゃいけなかったのよ。

 

「つーわけで、六課が稼働してる間だけだが昔みたいに一緒にいる時間も長くなる訳だし……」

 

 と、手さげ袋に入れて持ってきたトランプやらゲームやらジェンガやらの遊び道具を掲げながら

 

「出来る日は久しぶりにこんな遊びもしようじゃんかよ」

 

 と提案。2人は顔を見合わせてから吹き出すように笑って

 

「慎司君らしいね、うん…いいよ」

「こういう感じも久しぶりだね」

 

 と嬉しそうに部屋に招き入れてくれる。たまに会っても昔みたいにこんなゲームやらで遊ぶ機会は無くなってしまったからな。けど、こういう子供時代から遊ぶものも大人になったって楽しいもんだ。

 

「はやて達も呼んでみようか?」

「もう皆んなには声かけたんだけど残念ながら2人以外は仕事中だったよ。また時間ある時に誘うさ」

 

 FW4人も誘いたかったんだが今頃初訓練後で疲れてそうだし無理に付き合わせるのも悪いからな。

 

「それじゃあ、最初は何する?トランプ?」

「プロレスごっこ」

「何で!?」

 

 なのはちゃんのツッコミも単純ながらキレが上がったよなぁ。フェイトちゃんもたまに鋭いツッコミしてくれるし嬉しい事だ、遠慮なくボケれるし。

 

「とりあえずフェイトちゃんがなのはちゃんにラリアットかます所から始めよう」

「え、嫌だよ」

「オンドゥルルラギッタンデスカー!」

「お願い、人間の言葉を話して」

 

 一応今のも人間から発せられた言葉なんだよなぁ。

 

「オンドゥル語はなのはには無理だよ慎司」

「オンドゥル語って何フェイトちゃん!?」

 

 しまった、フェイトちゃんもたまにボケ枠になるんだったわ。

 

 

 

 

 

 

 何とも締まらない感じで機動六課の初日を終えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「お前がケーキになるんだよぉ!!」

「え、朝から何なん?」

「昨日夜遅くまで頑張ったはやてちゃんに栄養たっぷりミックスジュースの差し入れじゃあ!」

「ケーキやないんやね、まぁでもありがとう」

 

 翌日、遅くならないうちになのはちゃんとフェイトちゃんの部屋を後にして部屋で残りの作業をしてから就寝をした俺は食堂で眠たそうに朝食を食べていたはやてちゃんにフルーツを直搾りしたジュースをプレゼント。いやぁ宿舎に持ってきてよかったジュース用ミキサー。

 

「慎司さんおはようです〜」

「おはようさんちみっこ、ホレお前の分」

 

 と、ちみっこ用のミニサイズこも用意してあるのでそれも渡す。

 

「ありがとです、慎司さん大好きです〜」

 

 ちみっこは朝ちょっと弱いからな。生まれたての時ほどところ構わず好き好き言わなくなったとはいえ寝ぼけてるとすぐこれだ。すかさずちみっこにバレないように端末で動画を回す。

 

「ちみっこ、荒瀬慎司の事は好きですか?」

「ふわぁ……慎司さんですか?勿論好きですよ〜」

「あくびも可愛らしいねちみっこ」

「そんな、慎司さんにそう言われたら照れちゃいますよ〜てへへ」

 

 何この子めっちゃ可愛いんだけど。後で動画見せて悶絶させてやろ。後部下達のグループチャットにも送ってやれ。

 

『今日の朝の副艦長の人格を元に生まれた副艦長の妹の様子です』

 

 あえて羞恥心を煽る為説明口調に。

 

『相変わらずリインちゃん可愛いですね〜』

『あくびも可愛らしい〜』

 

 ちみっこはうちの女性スタッフにも人気なのである。

 

『ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘』

『(〃ノдノ)』

 

 リインフォースは隅っこまで走って悶絶してるらしい。相変わらずチャット内でも可愛いやつである。

 

「そういえば、リインフォースから連絡あってな……今日の昼過ぎくらいにはこっちに来れる言うてたけど聞いとる?」

 

 俺とちみっこの絡みを微笑みながら観察してたはやてちゃんは思い出したかのようにそう口を開く。

 

「ああ、聞いてる聞いてる。一応俺が出迎えるよ、リインフォースだけでなくもう1人の部下も一緒だからな」

 

 一応特別支援部隊として行動を起こすのは俺の次元艦隊メンバー全員ではあるのだが名前を六課に籍を置いて宿舎でも実際に皆んなと隊員として過ごすのは俺とリインフォースとその部下だけなのだ。

 全員を籍を置いたら規模がさらに大きくなっちまうからな。上層部にケチをつけられるのも嫌なので他の部下達は外部協力者として扱っている。ちょっとしたズルだけど大きな問題にはならない程度だ。こういう細かい事もしておかないと後で困るしな。

 

「ほな、それじゃあ慎司君にその2人に六課の案内も頼めるか?慎司君も来たばっかりで再確認するのもちょうどええやろうし」

「はいよ任された。一応到着したらメールでも送っておくから顔を出せるようなら出してくれよ」

 

 まだ稼働したばかりの機動六課、部隊長のはやてちゃんもてんやわんやの忙しさだろうから来れないだろうけど一応そう告げておく。俺のせいでリインフォースははやてちゃんと過ごす時間は減ってしまっているから何となくそんな事を言ってしまっていた。

 

 そんな俺の中途半端な気遣いを知ってか知らずかはやてちゃんは美味しそうに俺が用意したジュースを飲んでいた。

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 雑務をこなしていると端末に連絡があった。リインフォース達は予定通りの時間に六課の時間に着くそうだ、時間を確認する……もう少しか。ギリギリまで雑務を進めてから俺は上着を羽織って2人を出迎えるべく外へと繰り出す。

 

 出迎え場所まで来る、まだ誰か来た様子はない。端末でこの後の予定を確認しながら待っているとすぐにこちらに向かってくる人影が見えた。しかし、それはリインフォース達ではなく

 

「何だソフィ、お前も出迎えに来たのか」

 

 部下のソフィアだった。相変わらず指示もしてないのにメイド服を着用して六課の一員として俺の艦隊の一員として働いてくれている。ちなみに今日は昨日と違ったメイド服である。

 

「はい、ご主人様。私も艦隊のスタッフではありますから」

 

 六課での普段のソフィの仕事は宿舎等の施設の清掃、管理、他のスタッフサポートなんかが主だけど俺の部下としては秘書に近い役割をしてくれている。それに、次元艦そのものの清掃と管理もしてくれている有能な部下だ。正直俺には勿体無いくらいの部下である。

 

「どうだ?1日しか経ってないけど六課での仕事は?」

「業務には問題ありませんが、次元艦で生活してる時のようにご主人様のお世話をする時間がないのが残念です」

「やめろよマジで、頼んでないのにあそこまでやられたらまた別に給金払わなきゃいけないし」

「私はいつも結構だと言っていますが……」

「俺が気にするのー、とにかくそういうのは控えてくれ」

「善処します」

「絶対しないだろお前」

 

 こいつが部下になってからしばらくして何に影響を受けたのか知らんが頼んだ業務以外にも俺の世話……まるで俺を本当にご主人様に見立ててハウスキーピングならぬルームキーピングやらコーヒー淹れてくれたりやら料理作ってくれたりやらまさにメイドの仕事もするようになったからなぁ。

 念願の自身に奉仕してくれるメイドだけど経緯が経緯だから素直に喜べん。

 

 とまぁ、そんな雑談をしてるとようやく目当ての2つの人影が見えてきた。こちらに向かってくる2人に俺は手を振ると向こうも応じる。

 

「よう、待ってたぜ」

「慎司……久しぶりだ、会いたかった…」

「3日前までずっと一緒にいたけどな、感覚バグってんぞ」

「バグっていたのは私の暴走プロ……」

「その自虐ネタはもういい」

 

 リインフォースめ、たしかにもうかなり時間が経ってるしブラックジョークとしては解禁だがいかんせんこいつ味を占めたのかちょこちょこ使ってくるんだよな。

 

「押忍!兄貴!!お待たせしました!貴方の一番弟子、ただいま参上いたしました!!」

「お前も相変わらず暑苦しいなー、まぁ無事に合流出来てよかったよ。リインフォースと一緒に報告処理頼まれてくれてありがとな、『マックス』」

「いえ!慎司の兄貴の頼みですから!ドンとこいっすよ!」

 

 この元気で暑苦しい少年は『マックス・ボルグハルト』。次元艦隊の俺の部下で六課に名を置き一緒にやっていくもう1人のメンバーだ。髪は短髪のウルフカットに濃い赤色でよく目立つ。歳は17と俺より少しだけ下、こいつは兄貴兄貴と慕ってくれてはいるが公の場でも兄貴と呼ぶもんだから度々注意してる。

 俺の一番弟子をよく名乗るが別に弟子も取ってないし何も教えてないし勝手にそう言ってるだけである。まぁ、別にいいけどね。

 

「マックス様、リインフォース様…道中お疲れ様でした。こちらへ、宿舎へと案内いたします」

「ああ、ソフィありがとう」

「流石ソフィさんっす!気遣いの化け物っすね!!」

「マックス様うるさいです」

「たはー!たまに口が悪くなるソフィさんも素敵っす!」

 

 ちなみにマックスは年下だろうが年上だろうが誰にでもこんな調子である。何だろう、おちゃらけてる訳じゃないんだけど大真面目でああいう言動だからなぁ。面白いからいいや。

 

 淡々と歩くソフィを先頭に元気よく忙しないで周りをキョロキョロと見渡すマックス。そして俺の隣で一緒の歩幅で歩くリインフォース。案内はソフィで十分だろうがはやてちゃんにも頼まれたしせっかく迎えもしたから一緒に着いて行く。

 

「さて…と……」

 

 俺がそう呟くとソフィもマックスもリインフォースも足を止める。なんだかんだそれなりに長く一緒に艦隊メンバーとしてやってきてる仲だ、俺が何かを告げようとしてる事をすぐに察してくれる。

 

「これで六課に艦隊からの派遣って形でなら主要メンバーは揃った。残ってるメンバーも引き続き動いてくれているが今回の六課での俺達の目的を果たせるかどうかはこの4人に掛かってる………ソフィ」

「はいっ」

「マックス」

「うすっ!」

「リインフォース」

「うん」

 

 各々、俺を見つめて顔を引き締める。仲良いのはチームワークとしていい事だが俺は提督としての顔を作り今は厳かに3人に告げる。

 

「未踏次元世界特別探査艦『アークレイン』艦長として告げる……全員適度に楽しみながら気を引き締めてかかれ!」

 

 俺の命令に力強く頷くメンバー。さぁ、ここからが本当の始動……機動六課でも楽しんでやっていこうじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 話が進まないのはご愛嬌で。

 strikers編にて慎司の部下として名前付きのオリキャラを投入しました。作者は個人的に二次創作を読む時あまりに沢山オリキャラが多いと読む手が鈍くなってしまうタイプですが今回strikers編の慎司君を描く上で必要なキャラ達なのでどうぞお見知り置きを。

 慎司君だけでなく今回出たオリキャラ達と原作キャラ達の掛け合いも楽しく、もちろんこれまで通り慎司君と原作キャラとの掛け合いもオリキャラが混ざる事によってさらに楽しく読んでもらえるよう頑張ります!


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始まったばかり

 

 

 

 

「そう、とりあえずは今のところ何事も無く業務に就いてるのね」

「そんなところだ……シャッハ、お茶おかわり」

「かしこまりました……」

 

 わーお、納得いかない顔してるわ。

 

「慎司、あんまりシャッハをいじめないであげてよ?」

「人聞きの悪いこと言うなよカリム、負けの罰ゲームをあんな軽い奴に済ましてるんだから寧ろ感謝してほしい」

 

 六課設立から1週間、特に六課が出撃するような案件は無く比較的穏やかな日々が過ぎていた。俺がいる場所は聖王教会、今日はカリムと会談があって訪れたのだ。もっとも、すでに必要な話は終わったから少しの間だけ談笑に花を咲かせているわけだが。

 

「お待たせしました……」

「ついでに語尾にニャンとつけてもらおうか?」

「お待たせしました…………ニャン」

「そんな顔すんなって、似合ってるぜうさぎ耳」

 

 うさぎ耳で何で語尾にニャンをつけさせたのかって?知らねぇよ、思いつきだし。

 

「あんまり調子に乗らないでくださいっ!」

「勝負挑んでおいて惨敗したのはシャッハじゃんか、あとニャンを忘れてる」

「だからって、変な罰ゲームを条件にしてっ!……ニャン」

「その方が燃えるだろ?」

 

 ちなみに勝負内容は番犬ガ○ガオである。見事に音鳴らして吠えさせてたなぁ。

 

「シャッハ、そんな恥ずかしがらなくてもちゃんと可愛いわよ?」

「カリムまで……ううん……」

「カリムもつけてみるか?後は地球の節分っていうイベント用の鬼の面があるけど」

「何でそんなもの持ち歩いてるのよ………ねぇ?私が鬼みたいって言いたいの?」

「それは自意識過剰だよ」

「あらやだ、ごめんなさい」

「鬼も裸足で逃げ出すだろ」

「慎司?」

 

 冗談だよ冗談。だからそんな怖い顔すんなって美人が台無しだよ。とっ、端末から通信音が鳴る。俺はすまんとカリムとシャッハに一言告げてから通信を開く。

 

『兄貴ぃぃぃぃぃ!!どこにいるんすかあああああ!!?』

「うるせぇ!!もう少しでそっち戻るからちょっと待ってろ!」

 

 と、間髪入れずに通信を切る。マックスの野郎……メンヘラ彼女じゃあるまいし…。慕われてると思えばいいのやら。

 

「ふふ、マックス君も相変わらず元気みたいね」

 

 やり取りを見ていたカリムは楽しそうに微笑みながらお茶を一口。カリムは俺が艦長を務める『アークレイン』艦隊の後見と支援をしてくれているから俺の部下達とも多少なりとも面識はあるのだ。

 

「元気過ぎて困りもんだけどな……まぁ、今日もなのはちゃんにしごかれてるだろうしその内大人しくなるだろ」

「……彼も訓練に?」

「ああ、マックスもアークレインでは前線担当の魔導師なんだ……六課として前線に出るのは中々出来ないだろうけど訓練くらいは受けさせないと」

「でも彼は……」

「分かってる、だからこそ訓練に参加させてんだよ」

 

 それは、マックスも望んでる事だしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 聖王教会を後にしてすぐに六課に戻る。時間は昼前くらい、なのはちゃん達とFW陣とマックスは今頃午前の訓練を終えて昼食でもとっている頃合いだろう。俺も宿舎の食堂に向かい昼食を取る事にした。

 

「兄貴!待ってたっすよ!」

 

 と、食堂に訪れればいち早くマックスが気づいて元気よく手を振ってくる。子供かお前は……いや、17歳もまだ子供か。感覚が麻痺してんな。FW4人もお疲れ様ですと声をかけてくれたので俺も応じてお疲れ様と返す。

 

「慎司君お疲れ様、どこに行ってたの?」

 

 食堂のおばちゃんから昼食を受け取り空いていたなのはちゃんの隣に座るとそう声を掛けてくる。

 

「ああ、そっちもお疲れ。ちょっと艦隊の方の用事で聖王教会に行ってたんだよ」

 

 一応こう見えて提督だからなぁ、色々足を運ばなきゃいけないのさ。

 

「マックスの面倒も見てくれてありがとうな、訓練の方はどうなんだ?」

 

 大食らいのスバルちゃんに負けじと飯をかき込むマックスを苦笑しながら観察してなのはちゃんにそう問う。マックスの訓練はFW陣とはまた違うものになってるはずだ。4人には個々のスキルアップだけでなく六課にいる間はチームとなるのだから連携の訓練も必要になってくる。

 そうなると正直マックスは蚊帳の外だ。それに……マックスとFW4人とは同じレベルの訓練は出来ないだろう。

 

「スバル達もマックス君もよく頑張ってるよ。FWの皆んなは連携も初めて何とか体に染み込ませてくれてる。マックス君は……」

「気を使わなくていい、正直に言ってくれ」

「……マックス君は、根本的にまだ土台が出来てないから教科書通りの基礎訓練と私なりにマックス君に必要なメニューを厳しめに組んでやってもらってる。彼なりには頑張ってくれてるよ」

「そうか……」

 

 やっぱり、そうなのかマックス……。

 

「……聞かないのか?未熟なマックスを何で俺が艦隊のメンバーに組み込んで今回もここに連れてきたのを」

「………気にはなるけど、慎司君が考えなしにそういう事するとは思えないし、マックス君は慎司君を誰から見ても分かるくらい慕ってるし慎司君も慎司君でマックス君を信頼してるみたいだから特に問題はないと思ってる。だから、わざわざ聞かなくてもいいかなって」

 

 なのはちゃんは何でもないような顔をして料理を口に運ぶ。なんか、なのはちゃんも貫禄出てきたなぁ……歴戦の魔導師は余裕があって羨ましい。

 

「それに、マックス君の事より……」

 

 と、なのはちゃんが何か言い掛けた所でさっきまで少し離れた所で賑やかにスバル達と食事をしていたマックスが俺となのはちゃんの目の前まで来た事により言葉を止める。そして詰め寄るようになのはちゃんに顔を近づける。

 

「ま、マックス君?どうしたの?」

「俺、思ったんすよ!」

「距離とボリュームが反比例してるよマックス君」

「なのはさんは兄貴の幼馴染なんすよね!?」

「あ、この子慎司君に似てて話聞かない時は聞かない子だ」

 

 馬鹿野郎、俺はもっとまともだよ。え?そんな事ない?似たようなもん?えー?そんなー。

 

「だったら俺はなのはさんじゃなくて『姉貴』っ!と呼んだ方がいいんじゃないかって!」

「やめて、本当にやめて」

「それなら『姉御』はどうですか!?」

「やめて」

「アナゴでいいんじゃね?」

「慎司君!?」

「アナゴさん!午後の訓練もよろしくっす!」

「アナゴちゃん、そこの醤油とって」

「ああああっ!慎司君が2人いるみたいで眩暈がするよ!?」

 

 まるで俺が厄介な存在みたいな言い草だなショックだよ。真っ当な人間に対して言うセリフじゃないだろそれ。

 

「マックス、なのはちゃんはどうやらそれも気に入らないらしいからこの際候補を合体させようぜ」

「なるほど!『アナゴの姉御』って感じっすかね!」

「『アナゴネキ』とかでいいんじゃね?」

「それいいっすね!流石兄貴っす!」

「よくないよ!?いい加減にしないと私も怒るからね!」

 

 と、本気で怒る前に食事を済ませて退散する俺とマックスであった。俺は完全に揶揄ってたけどあれでマックスは悪意ゼロってのがまた逆に厄介だよなぁ。面白いからいいや。

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

「慎司、お昼にまたなのは揶揄ったでしょ?なのはちょっと拗ねてたよ?」

「でもフェイトちゃん、なのはちゃん満更でもなさそうだったろ?絡みとしては」

「…………まぁでも、ほどほどにね?」

「ああ、勿論ほどほどにはするさ」

 

 なのはちゃんもちゃんと楽しいやり取りとして楽しんではくれてるからね、そこは長年の信頼関係が為す信頼よ。俺もラインはちゃんと弁えてるしな。まぁ、そんな調子でずっと俺に揶揄われてるせいでなのはちゃんの中の許容範囲がもう取り返しがつかないくらい広くなってるような気もするけど。

 

 フェイトちゃんは苦笑しながらも作業を再開する。今、俺とフェイトちゃんと他の何人かのスタッフは事務室でデスクワーク中だ。地球で言うパソコンをミッド技術でホログラム化してなおかつ触って操作できるもので管理局員は事務作業をする。

 デバイスがあればいつでもどこでも手持ちを軽くして作業ができる、嬉しくないけど。まぁ基本的に勤務中は事務室で作業だよなぁ、管理局もブラック……とまでは行かないけど中々に忙しいし負担も多い。機動六課の試験運用が終わったら労働基準局でも作ってやろうかなクソがっ。

 

「なあフェイトちゃん」

「んー?」

 

 2人して手を止めず画面からも目を離さないで声をかけ合う。まぁ、当たり前だけど普段なら俺達は同じ管理局員でも一緒の空間にいる事なんて滅多にない事だが六課という一つの部隊の元に集まればこうやって同じ空間で仕事をするのも当たり前になる。

 勿論仕事はちゃんとするけどやはり気分はいいよな。てな感じで雑談しながら互いに作業を進める。

 

「今回の仮面ライダーも見てんのかー?」

「勿論」

「変身音どう思う?」

「コンボの歌?最初はどうかと思ったけど慣れちゃったらかっこよく聞こえてきたかな」

「それなっ」

 

 俺も最初はそうだったんだがなぁ、もはやカッコいいよなコンボの歌。ちなみに俺はサゴーゾコンボが好きなのよ、ドラミングっぽい音が挟まってるのがいいね。

 

「ん?お前らもいたのか」

 

 と、しばらく今のような会話を続けていると一仕事終えたのか六課の制服姿のヴィータちゃんも事務室にやってくる。俺とフェイトちゃんはお疲れと声をかけるとヴィータちゃんは「そっちもな」と短く答えて俺とフェイトちゃんの近くの席に腰を下ろして俺達と同じようにパソコンのモニターを表示させる。

 

「ヴィータちゃんはまた別件の任務か?」

「おう、大した相手じゃなかったけどな」

「流石ハンマーブ○ス」

「誰がハンマー○ロスだ」

 

 あいつ地味に厄介だよね、ジャンプしてハンマー投げてくんの。

 

 六課に出向という形で所属しても俺と同じようにヴィータちゃんもフェイトちゃんも元の役職や仕事が全部消える事はない、フェイトちゃんは執務官としてヴィータちゃんは部隊の応援として任務に駆り出されたりなどは高頻度で無くてもあるのだ。

 多分ヴィータちゃんはまたどこかの部隊の任務の応援にでも言っていたのだろう。きっとあのハンマーでどこぞの犯罪者に制裁を加えたに違いない。

 

「にしても慎司が一緒の空間にいるってのは何か変な感じだな」

「何だよ藪から棒に、俺が学生の時はよく遊びに行ってたんじゃんか」

「正確には中学の途中までな、変な風に感じるってくらいお前めっきり仕事仕事で遊べなかったじゃねーか」

 

 子供っぽく拗ねたように言うヴィータちゃん。ヴィータちゃんとはよくタイマンで色んなゲームで対戦してたからなぁ、多分色々練習したりしてたけど俺が中々会えなくてそれを発揮できなかったのが複雑なんだろうな。

 

「悪かったよ、色々落ち着いたら新作のポケ○ンで対戦でもしようぜ?」

「あれバグだらけで進行不能になったからやってない」

「その内修正くるからそれ待つんだな」

 

 外注とはいえちゃんとしてくれよポケモ○。

 

 

 と、そんな感じでヴィータちゃんも交えて3人で雑談しながら書類作業。小一時間ほど進めて互いにキリがいい所まで進んだのか同時に体を伸ばす。

 

「ふぅ……ちょっと休憩するか、コーヒーでも淹れてくるわ」

 

 そう告げて席を立とうとするとスッとコーヒーが入った3つのマグカップが乗ったお盆を突然差し出される。

 

「え?ソフィ?」

 

 差し出してきたのはソフィだった。いつの間にコーヒーを準備してここに来ていたのか、気配を消すのはびっくりするからあれだけ止めろと言っているのに。

 

「ご主人様、どうぞ……そろそろ飲みたくなる頃かと思い勝手ながら準備をさせていただきました」

「お、おう………相変わらず手際がいい事で」

 

 ちなみに今日はミニスカメイド服である。お前まさか世のメイド服コンプリートする気じゃあるまいな?

 

「フェイト様とヴィータ様も、どうぞ」

「おう」

「ありがとうソフィアさん」

 

 俺がコーヒーを受け取ると2人にもそう言ってコーヒーを渡すソフィ。一応皆んなにはマックスとソフィを六課への出向ををきっかけに紹介はしたが未だにメイド服姿のソフィには2人とも慣れてないようだ。

 とりあえず3人でコーヒーに口をつける。

 

「……うん、美味い。いつの間にかコーヒー淹れるのも上手になったなソフィ」

「恐れ入ります」

 

 そういつものように表情は一切変えずに畏まるソフィ。うーん、愛想は本当にないけどメイドとしての仕事っぷりは完璧だ。………いや、別にメイドとして公認で雇ってる訳じゃないからそれはそれで困るが。

 

「あ、美味しい……」

 

 フェイトも少し驚いたような顔をしてコーヒーを飲む。ヴィータちゃんも一口飲めば気に入ったようで頻繁に口をつけていた。

 

「フェイト様は控えめな甘さとそれに最適なコクのある豆を、ヴィータ様は甘めの味の分コーヒーとしての味そのものを感じやすい豆を使わせて頂きました」

「って、お前アタシ達一人一人の味を変えてるだけじゃなくて豆まで違うのか?」

「はい、勿論です」

 

 当然でしょう?という雰囲気を滲ませるソフィに2人も俺も苦笑いだ。ソフィはいざメイドとして働く時は一切妥協しない。掃除は埃一つ残さず、奉仕する相手の好みやら何やらを全て把握しまるで思考を覗かれてるかのように色々してくれる。

 いや、ホントのメイドじゃないんだからそこに力入れられても困るんだってば、助かってるけど。

 

「すごいね、もう私とヴィータの味の好みまで把握したんだ?」

「はい、ご主人様と近しい方たちのは全て把握済みです。もう少し時間をくだされば機動六課スタッフ全員の趣向を把握できると思います」

「あ、あはは………」

 

 と珍しく困惑気味に笑うフェイトちゃんを見て俺はどういう顔をしていいか分からずため息のように息を吐く。ソフィの奴、1ヶ月くらいで本当にやり遂げるだろうからなぁ。

 

「………なあソフィア、聞いてもいいか?」

 

 満足げにコーヒーを飲むヴィータちゃんがふと口を開く。ソフィは相変わらず表情を変えぬまま

 

「はい、何でしょうか?」

 

 と上品な所作で振り返る。

 

「………何でこのバカの事ご主人様何て呼んでるんだ?」

「あ、それ私も気になってたんだ」

 

 フェイトちゃんも同意するようにそう口にする。あーそれね、そりゃ気になるよねー。

 

「慎司に聞いても『俺も知らねぇ』って言うだけだしさ、何で何だろうなって思ってたんだ」

 

 ヴィータちゃんだけで無く旧友からは問い詰められるようにそう聞かれたが実際知らないもんは知らないから答えようがない。俺だってソフィに聞いても「私がしたいからです」としか答えないし。

 皆んな俺がメイド好きだから立場利用して無理矢理やらせてるんじゃないかってあらぬ疑惑を抱くから困ったもんだ。まぁ、それは自業自得だけども。

 

「理由ですか……強いて言うならば」

「言うならば?」

「ご主人様がそれを求めていたので」

「ブーーーー!!」

 

 ゴリゴリの捏造に思わず飲んでいたコーヒーを吹く。この野郎、やりやがったなクソが。それはもう戦争だぞ。

 

「おいテメェ、話が違うじゃねぇか」

「そうだよ慎司、無理矢理そんな事させるなんて最低だよ」

「待て待て、ソフィの狂言だから。むしろ頼んでない仕事してるのにちゃんとその分の給金を払ってる良心の塊だから俺」

 

 あるかそんな話が、バカタレ。

 

「私は嫌だって言ってるのに……ご主人様が無理矢理っ…」

「見損なったよ慎司!」

「ガチで騙されてんじゃねぇよ天然フェイトちゃん!ソフィも言い方紛らわしくしてんじゃねぇ!無理矢理お金払うってどんな状況だボケ!」

 

 あーもう収集が付かなそうなややこしい事言いやがって!

 

 

 結局あれこれ誤解を解くのに随分と時間がかかった。ソフィは無表情だけど雰囲気はしたり顔である、お前後でお仕置きだからな覚えておけよ。

 

「はぁ……で結局本当の所はどうなんだよ?」

 

 疲れた様子を見せながらヴィータちゃんは最初の質問の話に戻す。どうしてメイドとして俺の世話してるのか……冷静に考えると変な質問だ。

 

「私がそうしたいからです」

 

 ソフィは淀みなくそう答えた。それ以上の理由はないと、そう言うようにキッパリと言い放った。俺が同じように聞いた時も彼女は今と同じように答えていた事を思い出す。

 

「それ……だけなのか?」

「はい、私はただご主人様を支えたい。どのような形であれご主人様の力になりたいとそう思っています」

 

 恥ずかしげもなく、表情は変わらないまま真っ直ぐにソフィは言う。ヴィータちゃんは予想とは違う答えで困ったように頭をかく。フェイトちゃんは嬉しそうに俺に笑顔を向ける。良い部下が出来たね、と表情でそう言っていた。

 …………………だったら良かったんだけどなぁ。

 

「ソフィ……」

「はい……」

「……………」

「……………」

「今更媚びってもさっきの件のお仕置きは無くさないからな」

「バレましたか」

 

 台無しである。いやまぁソフィらしくて良いけども。

 

「ちゃんとお仕置きは受けてもらうからな……今夜は寝かせねぇぜ?」

「そ、そんな……」

 

 俺の言葉にソフィは困ったように顔を赤く……はしてないなこの能面。しかしフェイトちゃんが顔を赤くしながら

 

「し、慎司……ソフィアさんに何する気?」

 

 と聞いてくる。俺はキョトンとした顔で言った。

 

「俺が満足するまで『機動戦士ガン○ムVSガンダ○エクストリームバーサス』の協力プレイ対戦に付き合ってもらう」

「あっ……だよねぇ」

 

 と、フェイトちゃんは顔を赤くてして暑いのか手でパタパタと顔を仰ぐ。そんな様子がおかしくて俺は言うつもりはなかったけど口を開いて言い放った。

 

「意外とフェイトちゃんムッツリだよな」

「っ!!?!??!?!!?」

 

 久方ぶりにフェイトちゃんの面白い反応が見れたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

「それでフェイトちゃん様子が変やったんやねぇ」

「あははは……今もベッドの上でゴロゴロしてるかも」

 

 よほど俺にムッツリと言われた事がショックで恥ずかしかったのかも。まぁ年頃の女の子何だからそれくらいでそんな初心な反応見せられると太郎さん今後が心配だよ。

 皆んな今日の業務を終えて夕食を頂いた後各々自由に過ごしている。俺はソフィアが用意してくれた食後のコーヒーに舌鼓をしながら談話室でゆっくりとしていた。はやてちゃんとなのはちゃんも一緒だ。

 

 さっきの出来事を話した所だったのだが当の本人はなのはちゃんの言った通りまだ悶絶してるのだろう。追撃しにいっても面白そうなのだが流石に可哀想なので自重する。

 

「フェイトちゃんはともかく私もソフィアさんの事は気になってたんだよね」

 

 と、若干ジト目で俺を見ながらなのはちゃんは口を開く。いやはや濡れ衣だからそんな目で見んなよ、メイド云々で1番迷惑かけてるのはなのはちゃんだけど………。

 

「そういえば昼飯食ってる時何か言いかけてたけどソフィの事だったのか?」

 

 俺がそう言うとなのはちゃんは頷く。

 

「確かになー、慎司君の部下言うからどんな人なのかと思いきや随分個性的な子を連れてきたなぁ」

 

 と、これまた俺と同じようにソフィが用意してくれた飲み物を美味しそうに飲みながらはやてちゃんは楽しそうな声音で発する。ちなみにはやてちゃんとなのはちゃんはホットミルクである。

 

「2人とも……」

 

 「うん?」と呆けた返事をする2人の飲み物を凝視しながら伝える。

 

「………牛乳だけじゃフェイトちゃんみたいに大きくはならんぞ?」

「そんなつもりじゃないんだけど!?」

「分からへんやろ!ワンチャンあるかもしれへんやん!」

「はやてちゃん!?」

 

 特に小さいはやてちゃんは必死の形相である。どこがとは言わないよ?どこがとは。まぁはやてちゃんは見た感じ小ぶりなだけでちゃんとあるにはあるみたいだしなのはちゃんに関しては小さい訳じゃない、出るとこしっかり出てる……と思う。

 フェイトちゃんのはもはや突然変異だから、仕方ない。うん。

 

「まぁ、頑張れよ。それ以上の成長は見込めないだろうけど」

「シバいたろか?」

「司馬懿太郎か?」

「誰やねんそのエセ軍師みたいな奴」

 

 もはや名前の構成からして某三国志とは程遠いけどな。もはやツッコムまい。

 

「まぁ冗談はともかく、アレであの2人も俺の艦隊じゃ必要な人材なんだ。六課でも可愛がってやってくれよ」

「それは別に疑ってへんけどね最初から」

 

 まぁ俺の人選だしな。皆んなも俺を信頼してくれてるからそこら辺は最初から気にしてないのだろう。

 

「私はソフィアさんのメイド姿を見ていつ慎司君が暴走するか心配で仕方ないけどね」

「人を狂ったメイド好きみたいに言いやがって」

「事実でしょ?」

「捏造だ!」

「そうでもないけどね!」

 

 何て一幕もあったりしたのだった。

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

「ふぁ……眠い…」

 

 なのはちゃん達と別れた後、俺はまだ仕事が残ってたので残業がてらまた指標に齧り付いて作業をしていた。終わらせた頃には皆んなはもう寝静まっているだろうくらいの遅い時間になってしまっていた。明日もあるし早いとこ部屋に戻って寝てしまおう。

 

 六課の本部から宿舎に向かう道中ふと星空を見上げる。今日は空は機嫌がいいのかいつもより星が綺麗にハッキリと見えた。しばらく歩きながらその景色に目を奪われていると宿舎の建物の屋上に同じように星空を見上げている人影が見える。

 

「おーい、リインフォース」

 

 そう声をかけるとリインフォースは俺に気づいたようで屋上から落ちるように跳んで俺の元まで駆け寄ってくる。

 

「慎司、まだ起きたいたのか。体に障るぞ?」

「それはお互い様だろうが、俺は残業だけどお前は何してたんだよ?」

 

 そう問うともう一度美しい空模様を見上げるリインフォース。彼女と最初に対峙した時の儚げな雰囲気を彷彿とさせる。

 

「少し夜風に当たりたくなっただけだ。私ももう戻るよ」

 

 そう言って2人でとぼとぼと宿舎に向かって歩く。リインフォースは今日、アークレインの方に行ってもらっていたのだ。俺がデスクワークで動けないからリインフォースはそういった時、遠征がなくても年中忙しい次元航行艦の仕事に赴いてくれてる。

 遠征がない間は俺がいなくても残ってるスタッフだけで回せるだろうが副艦長のリインフォースは様子を見にいって発破をかけてくれてるのだ。

 

「艦隊の皆んなの様子はどうだった?ていってもまだ1週間しか経ってねぇけど」

「その1週間でもう皆んな寂しがっていた、忙しいと思って慎司に気を使ってメールも控えてるようだ」

 

 そういえば前までは年がら年中グループチャットで誰かが必ず話してるのにここのところそれはなかった。別に気にせんでもいいのに。……時間ある時は俺からメール飛ばしてやらないとな。

 

「慎司から見てマックスとソフィアはもう機動六課に馴染めたか?私と慎司は主人や友人達がいるから心配はないが」

「大丈夫だよ、何だかんだ上手く馴染んで上手くやってるよ」

「そうか、それならよかった」

 

 こうしてリインフォースと部下のことを心配して話し合うのは何度もしたなぁ。アークレインを立ち上げてからずっと副艦長として俺の隣で支えてくれていたリインフォース。

 仕事はちゃんとしてるし魔導師としてもピカイチに優秀。うちの艦隊のエースだ。よくぽやぽやしてるけどな、そのおかげか艦隊の皆んなからは半分マスコットみたいな扱い受けてるけど。

 そういえばこの間も艦隊で休憩時間の時にどういう経緯か知らんが罰ゲームで皆んなに一発芸やらせてたな。舐められてはいないだろうけどちょっと心配にはなる。艦隊のスタッフ達がよくなんかの遊びをしてるのは完全に俺の影響なので悪しからず。

 

「まだ慎司とゆっくり話していたいがもう時間も遅い、おやすみだ…慎司」

 

 談笑しながら歩いていればあっという間ですぐに宿舎にはたどり着く。当たり前だがリインフォースは女性用の宿舎に、俺は男性用の宿舎なのでここでお別れだ。

 

「ああ、リインフォースもゆっくり寝るんだぞ?」

 

 そう言うとリインフォースは微笑んでああと頷く。ソフィにもリインフォースを見習って欲しいところではある。リインフォースも最初は表情に乏しい子だったがあれでよく表情を変えるようになった。それでも1人より変化には乏しいが最初に比べたら天と地の差である。

 ソフィは未だ全然だからなぁ……機動六課といあまた別の環境で何か起こる事を期待しよう。

 

 そんな事を考えながら俺は部屋に戻ってすぐにベッドに横になる。しっかりと日々睡眠を取らないと体を壊してしまうからな、寝れる時はなるべく寝ないと。

 柔道をしていた時も睡眠には気を使っていた。しかしながら管理局に入ってからは寝る間を惜しんでしなければならない事が沢山あった。そしてこれからもそんな事ばかりだ。

 ため息を吐きそうになるが途中で堪えて吐き出すのをやめる。ため息は良くない、まるで現状を嘆いてるいるようでだめだ。それでは俺は今人生を楽しみてないようなそんな気がしてしまう。

 柔道をやってた時も…………と思考の途中でふと思う。

 

「そういえば………」

 

 掌を広げてそれをしばらく見つめ、そして頭に浮かんだものを振り切るようにギュッと力を込めて握りながら

 

「もう何年も…………柔道着触ってないや」

 

 そう部屋でぼやく。それを最後に、意識が途切れる。深く、深く……眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

 機動六課の日常はまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




  

 fgoのレイド戦が油断ならなくてワロタ。更新時間に張り付いて狂ったようにレイドボスを狩り尽くしてるのは僕です。

 


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太郎さんとキャロ



 あけましておめでとうございます。

 正月休み超堪能した作者です、また執筆がんりまっする


 六課設立から2週間が経つ。その間も六課が特に大きく動く事はなく忙しさに目を回しながらも穏やかな日常続きであった。俺はと言うと3日前から一度アークレインに戻り短期遠征へと赴いていた、今回は既に俺達が新たに発見したいくつかの次元世界の追加の現地調査という名目だ。

 観測してるのと現地に赴くのじゃ全然印象が変わるからな、もうずっと前から管理局が管理している次元世界ならともかく俺達アークレインが新たに発見、及び既に存在が確認されていてもたどり着く事の出来なかった次元世界の踏破に成功した世界はここ何年で数知れず。

 仕事を頑張り成果を上げれば上がるほど忙しくなるという悪循環である。てな訳で、その短期遠征からつい今しがた六課へと戻ってきたのである。

 

 時間はまだ早朝明けぐらい、皆んな本格的に業務に専念し始めた頃合いである。

 

「あ、荒瀬さんとソフィアさんおかえりなさい」

「おう、ただいま」

 

 六課本部の管制室まで赴くとそこのスタッフにそう声をかけられたので応対する。一緒にいるソフィはペコリと頭を下げる事で返答としていた。ちなみに今回の短期遠征は六課からは俺とソフィだけ参加しリインフォースとマックスは留守番をさせていた。

 流石にこっちの人員を全員連れて行くわけにもいかないからな。

 

「お、慎司さんじゃないですか、帰ってたんですね」

「荒瀬さん、この間の件アドバイスありがとうございました!」

「よう荒瀬、お疲れさん!」

 

 1人に声をかけられれば芋づる式のように管制室にいたスタッフの皆んなに声を掛けられる。2週間もすればスタッフ全員とはもう交流はしてある。皆んな気のいい連中だ。

 

「荒瀬さん、おかえりなさい。ちょうど報告したい事があったんです」

「うん?ああ、この間の相談事かよ?」

 

 また1人、なんだか機嫌が良さそうな女性オペレーターに声をかけられる。

 

「んで?どうだったんだ?上手く行ったか?」

「はい、荒瀬さんの言う通りにしたらまたお食事しましょうって約束してくれました!」

「おうそうか、よかったよかった」

 

 この子は俺が遠征に出る前に休憩室で同僚に今度食事をしに行く事になった気になる男性事で相談していたのをたまたま俺が通りかかり一緒に話を聞いてあげたのだ。

 

「荒瀬さんのおかげです、ありがとうございました!」

「いいのいいの、またなんかあったら遠慮なく声かけろよ?」

「ありがとうございます!」

 

 まぁぶっちゃけ男女2人で食事に行く時点で両方とも気がある可能性が高いからな、俺はただ足踏みしていた彼女の背中を押しただけである。

 

 そんな感じで皆んなに声をかけられながら部隊長席で隊員達の様子を見守っていたはやてちゃんのところまで赴き

 

「よっす部隊長、遠征からただいま戻りましたで候」

「皆んながいる前なんやからウチに対してはもうちっと態度に気を遣って欲しいんやけどなぁ」

「今更だけどなぁ」

「ほんまそれなぁ」

 

 と軽く笑い合う。

 

「にしても流石慎司君やね、もう六課の皆んなの人気者や」

「ただ皆んなが仲良くしてくれてるだけだよ」

 

 その方が楽しいし、いいことづくめだからな。学生時代もクラスメイトだけじゃなく学校の生徒皆んなと仲良く出来るように意識してたし。そういうのは人生を楽しく生きるのに必要な事だと思う。

 地球の皆んなは元気にしてるだろうか……。

 

「んで一応今回の報告書な、ソフィ」

「はい、ご主人様」

 

 と、今回の遠征の報告書をまとめた書類をソフィからはやてちゃんに渡してもらう。機動六課の運営には直接関係ない体の物ではあるが六課に身を置いてる間は報告義務があるからな。そういうのは友人とか関係なくちゃんとしないと後々困るのはお互いだからな。

 

「はい、確かに受けとりました。2人ともお疲れ様やね、今日はゆっくり休んでても……ってそうもいかへんか」

 

 俺達に気を使ってそう提案しようとしてくれるが俺の普段の忙しさを知ってるはやてちゃんはそれが出来ない事を理解しため息をついてくれる。勿論六課の特別支援隊としての仕事もあるがやはりネックなのは提督としての俺だよな。

 赴かなきゃいけない所、作らなきゃいけない書類、確認しなきゃいけない事項。死んでしまえ管理局、とは口には出さないが休みくれ。まぁ忙しいのは自業自得っちゃ自業自得だから文句は言うまい。

 

「ああ、俺もソフィも勿論皆んなも忙しいんだ。なに、そんな心配そうな顔すんなよ。根は詰めないようにするからさ」

「あはは、そやね…忙しいのはお互い様やし。2人ともちゃんと身体に気をつけて引き続き業務の遂行をお願いします」

 

 と、ちゃんと部隊長らしく言ってくるはやてちゃんに俺とソフィは敬礼して了解と頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 その後ソフィとは一度別れて俺は機動六課の施設見て回る。今日はデスクワークではなく各施設の必要物資等の調査と現場スタッフの声を聞くためである。優先度なんかも全体の意見を聞いて決めないといけないからな、見回りはこまめに少しずつやってはいるのだ。

 だからこそ数ある六課のスタッフの皆んなと交流できたのだからありがたい事だ。

 

 通りがかりで遠目で訓練場が見えた、なのはちゃんがFW4人とマックスを厳しく指導しているのが遠巻きでも見て取れた。

 

「頑張れよ………」

 

 そう呟いて俺は目的地まで足早に向かうのだった。

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 

「あ、慎司さんじゃないすか」

「ようヴァイス、調子はどうだ?」

 

 訪れたのは六課の整備庫、移動手段に使われるヘリなんかを保管し整備をして万全に期するための施設。ヴァイスはそのヘリのパイロットと可能な範囲での整備を担当している。基本的に六課の出動時に使われるヘリもヴァイスがパイロットとして操縦するため結構責任重大な役職を任せられている。

 

「まだ前線での出動には使われてないですからね……最新型ですし今のところ不備も故障もないので差し当たって必要な物はないっすね」

「そうか、んじゃこの2週間のヘリの稼働時間を大体でいいから後でメールで送ってくれるか?」

 

 それで必要な燃料と魔力を算出して追加の物資としてまとめておきたい。ヴァイスは了解っすと軽い口調ではあるが返事を返す。この2週間でしっかり仕事をこなすタイプだと認識してるので忘れたりする事はないだろう。

 

「そういや慎司さんがこの間教えてくれたバイクの店行ってみたんスよ」

 

 ヴァイスも趣味程度にバイクを乗るらしくこの間その手の話で盛り上がったのだ。

 

「ああ、ミッド郊外の…どうだった?目当ての掘り出しもんはあったか?」

「ありましたありました、ドンピシャでしたよ。いやー、慎司さんが教えてくれたお陰でようやくパーツが揃いました」

 

 と、その話をするヴァイスの顔は少年のように楽しそうだ。まぁこれくらいはお安い御用だ。

 

「今度カスタム終わったら一緒に乗りましょうよ」

「ああ、鬼のようなこの仕事量を片付けたらな」

 

 と、冗談ぽく答えたのだがヴァイスはあーと声を出して苦笑を浮かべる。あらまちょっと冗談ぽく聞こえなかったかもしれない。いかんいかん、なのはちゃん達とは違ってまだこの間自己紹介をしあったばかりだからな。

 気をつけないと。

 

「そのバイクの店以外にもにも結構知られてない掘り出しもんが見つかりやすい店いくつか知ってるからよ。バイクでそこ巡るのもいいかもな」

「ああいいっすねぇ……慎司さんとバイクの話できるとは思わなかったんですけど俄然楽しみになってきましたよ」

 

 空気を変えるためにそんな事を提案したのだがヴァイスは乗り気である。まぁ、その内連れて行ってやるとしてだ。

 

「さて……と、他も回らなきゃいけねぇからそろそろ行くよ。他に必要なものがあったら遅くなってもいいからメールでもなんでも連絡くれや」

「うっす、お気遣いありがとうございます」

 

 手をひらひらとさせながらヴァイスの元を去る。……にしてもアイツはパイロットなのか、俺の眼にはどこかの武装隊にでも所属してそうな雰囲気を感じてはいたんだが……うーん、まあいっか。

 

 

 

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

 

 その後もいくつか部署を回ってリストアップした資料をリインフォースに渡す。とりあえず簡単に優先度と必要数はまとめて置いた、最終的な発注はあの資料を元にしてリインフォースが選定したもので問題ないだろう。

 後は……と、腕時計で時間を確認して思案する。ふむ、訓練の様子でも見てくるか。そう思い立ち訓練所へと足早に向かう。

 

 到着した頃には訓練は佳境に入っていたようでFW4人はなのはちゃんとのシュートイベーション……まぁ模擬戦に近い訓練を、マックスは参加してしまうと4人の連携の訓練にならなくなってしまうので見学か。 

 一応実戦形式を見るのも訓練のひとつだからな、ちゃんと目を凝らして観察をしている。おっと、そんな事を考えている内にシュートイベーションも終わりをエリオの一撃で終わりを迎えたようだ。

 なのはちゃんに集合をかけられ5人は小走りでなのはちゃんの元に、訓練内容と今後の事を話してるようなので終わったのを見計らって顔を出す。

 

「やぁやぁ、早朝訓練お疲れ様皆の衆!」

 

 と声をかけながら手を挙げる。皆んなぼろぼろだなぁ、なのはちゃんは相変わらず厳しくやってるようで。

 

「兄貴ぃぃぃぃい!!かえってきてたんですねぇ!!」

 

 とテンション上げながらにじり寄ってくるバカをアイアンクローで動きを止める。無論手加減もしない。

 

「ぐおおおおっ!!流石兄貴ぃ……握力ぱねぇっす!」

 

 こいつ気持ち悪いな。

 

「す、すごいわねマックスさん。あんなになのはさんにしごかれたのに慎司さんを見たら疲れなんて無いみたいに元気に……」

 

 とティアナちゃんが若干引き気味にそう呟く。

 

「慎司君も遠征ご苦労様、おかえりなさい……かな?」

「ああ、今回も無事何事もなく終わったよ」

 

 なのはちゃんはわりかし心配性だからな、そう言ってちゃんと何も問題もなかった事を伝える。

 

「にしてもFW4人とも……俺は魔法使えないし実戦経験皆無の素人意見になっちまうけど随分動きがよくなったなぁ。特にエリオ、最後の一撃中々カッコよかったぜ?キャロも支援魔法のタイミングと速さも完璧だったな!」

 

 と、マックスのアイアンクローを解いて2人の頭を両手で撫でる。

 

「ありがとう慎兄!」

「ありがとうございます、慎司さん」

 

 2人は気持ち良さそうにしながらそれを受け入れてくれた。いやぁ、可愛らしいな2人は。久しぶりに見た時は身長伸びて大きくなったななんて思ったけどやっぱりまだ子供だなぁ。

 

「スバルちゃんとティアナちゃんのコンビネーションも抜群だったな!なのはちゃんが期待してるのも頷けるよ。………だが2人とも大丈夫だったか?2人が使ってるローラーブーツとアンカーガン、ガタがきてるみたいだったけど?」

「え?あ、は……はい」

「後で……メンテスタッフの方に見てもらいます、はい…」

 

 そう指摘したのだが2人は少しポカンとして生返事だった。

 

「うん?どうしたよ?」

「い、いや!慎司さん自分で素人って言ってる割には……」

「戦闘訓練よく見えてるなぁって……」

 

 ああなるほどね、失礼にならないように気を使わせてしまったようだ。

 

「まぁ、こう見えても提督だからな。戦術論なんかは本に穴が開くほど、ストレスで胃に穴が開きそうになるほど読んだからこれくらいは出来ないといけないんだよあっははははは!」

「慎司君、皆んな引いてるよ」

「引き際も肝心だぞ皆んな」

「上手い事まとめようとしないで」

 

 無理だったか………。

 

「まぁとにかく俺みたいな奴の目でも分かるくらい皆んなすごく成長してるなって感じてるってそう言いたかったわけだよ、な?なのはちゃん」

「確かにその通りだけどあんまり褒めすぎちゃダメだよ慎司君?」

「鬼教官の代わりに褒めてあげなきゃ可哀想だろ」

「誰が鬼教官だって?」

「豆投げつけるぞコノヤロウ!!」

「逆ギレしないでよ!?」

 

 なのはちゃんと会うたびにこんな会話をしてる気がするが今更か。なのはちゃんがストレスで胃に穴を開けさせないように気をつけないといけないな。

 

「もう……でも慎司君が言った通り皆んなが訓練頑張ってついてきてくれたから実戦用の新デバイスに切り替えようって話をちょうどしてたんだよ」

 

 なるほどね、流石にいつまでも訓練用のデバイス使ってるわけにもいかないもんな。何てなのはちゃんと話してるとアイアンクローの痛みから解放されたマックスがこれまたワクワクというかなんかうずうずした様子だ。こいつまためんどくさい事言わないだろうな。

 

「ワッハッハっ!どうだ驚いたっすかFWの諸君!俺の兄貴兼師匠はこんなにも優秀なんすよ!!」

「お前ちょっと黙れよ」

 

 あと弟子にした覚えもねぇよ。

 

「兄貴!俺一生兄貴についていくっす!」

「それもう何百回も聞いてんだよ」

 

 兄貴〜と気持ち悪くじゃれてくるマックスをいなしているとなんだかスバルちゃんが楽しそうにしながら

 

「あはは!やっぱりマックスさんと慎司さんって凄く仲良しなんですね!」

 

 と、すこし的外れようなそうでもないような事を言い出すもんだからマックスが胸を張って

 

「当たり前っすよ!!」

 

 と空に響き渡る声で叫ぶのだった。とりあえずうるさくて耳が痛かったのでキン肉バ○ター掛けておいた。え?人の事言えない?それはそれ、これはこれよ。

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 とりあえずは一度訓練を終えた5人にシャワーでも浴びせてそれから実戦用のデバイスを受け渡そうという流れになる。訓練場から徒歩でシャワールームがある宿舎に迎い俺となのはちゃんは楽しげに話しながら歩いている5人を見守るように後ろからとぼとぼとついていく。

 …………マックスは、ちゃんと馴染めているようで安心した。元気溌剌なマックスは同じく元気なスバルちゃんと気が合うみたいだしティアナちゃんはスバルちゃんがもう一人増えたような感じでやれやれとしながらも面倒をかけてくれているみたいだし、エリオとキャロもなんだかんだで懐いてくれている。

 

「……マックス君の様子を見に来たんだね?慎司君は」

 

 俺が笑みを浮かべて5人の様子を観察していると隣歩くなのはちゃんも笑みを浮かべながらそう口を開く。俺は「まあな」と短く答えて再び5人の楽しげなやり取りを見守る。

 マックスの存在は正直に言ってしまえばFW4人も戸惑っている事だろう。自分達は六課の前線部隊としてチームを組んで訓練に明ける、そんな中で同じ六課の所属とはいえだ………前線に立つ事も出来ない、そのために全部同じ訓練をするわけじゃないマックス。魔導師と名乗るにはきっと未熟すぎるくらい土台が足りていないように見えるマックスの扱いは正直迷うだろう。なのはちゃんはマックスも強くする為に本気で訓練メニューを考えて受け入れてくれてはいるが4人と馴染めるかは心配だった。杞憂で終わってよかったと心底思う。

 

「マックス君は元気な子だからね、ああいう感じがティアナ達にも元気を分け与えてるみたいで皆んな仲良くやれてるみたいだよ」

「ああ、そうみたいで安心したよ」

 

 ちゃんとアイツを理解してくれる人が増えるのは、まぁ上司としては嬉しいからな。

 

「慎司君のお仕事の方は平気なの?」

「平気じゃないけど……まぁ大丈夫さ。興味あるからデバイスの方も皆んなと見にいくよ」

「そっか」

 

 道中車に乗ったフェイトちゃんとはやてちゃんと遭遇する。どうやらはやてちゃんをカリムの教会本部まで送り届けるみたいだ。一言二言会話を交わしてから別れて俺達はそのまま施設に向かった。

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 5人がシャワーを浴びてる中なのはちゃんは先にデバイスメンテルームに顔を出すと言って一旦別れた。俺もついて行こうと思ったが皆んなが来るまでゆっくりしておこうと備え付けのベンチに背中を預けてふぅ……と一息入れる。何も考えず、何もしない時間っていうのは必要だ。じゃなきゃすぐに人間てのは潰れちまう、しばらくぼーっとしてるとシャワーを浴びた後で顔を少し上気させてるキャロがひょこっと顔を出した。

 

「あれ?慎司さん」

「よおキャロ、とりあえず座れよ」

 

 と、隣に座るよう促す。なのはちゃんは一足先にデバイスを受け渡す場所に待ってる事を伝えて他のみんなが来るまでゆっくりしてろと告げる。

 

「ティアナちゃんとスバルちゃんは?」

「お二人はまだシャワールームです」

 

 あー……まぁ女の子がシャワーや風呂が長いのはどこの世界でも一緒か。キャロの場合はまだ子供だから早かったのか……まぁそんな事考えても仕方ないか。そうなると男性陣遅いな……ああ、エリオだけならともかくマックスもいるからなぁ……アイツのはしゃぎに付き合わされて遅くなってるんだろう。哀れエリオ、めんどくさいから助けにいかない俺を許せ。

 

「……………」

「……………」

 

 このまま黙って待ってるのもキャロは退屈か、何か話を…と思った所でふと思い出す。

 

「そう言えば、キャロと2人きりで隣り合って座るのも初めて会った時以来か?」

「え?……あ、はい。そうですね、それ以来ですね」

「ははは、忙しくて中々会えなかったけど何だかんだキャロと出会ってから何年も経つんだな。覚えてるか?その時の事」

「あはは、流石にアレは忘れられないですよ……」

 

 キャロが楽しそうに笑っているのを見ながら当時の事を思い出していた。

 

 そもそもキャロは第6管理世界アルザスという地方の少数民族出身だ、その民族は魔法で竜を使役する民族らしくキャロもその力を使う事が出来るらしい……らしいのだがどうやらキャロのその力は中でも類稀なる才能を持っていたらしくその力を恐れた故郷のリーダーに集落を追われてしまったのだという。

 キャロが使役する竜こそは今頃エリオのと共にシャワーを浴びてにいるであろうミニマスサイズにまで落とし込まれているミニ竜こと『フリードリヒ』、訓練なんかでもキャロをサポートする為口から火炎弾みたいなの吐き出したりしてくる。

 

 そしてそんなキャロは集落を追われ各地を転々てしている時に管理局に保護されたという。管理局は彼女の持つ竜を使役する才能……レアスキルに着目しキャロの意思をしっかりと聞いてから入隊を勧めたキャロも応じたが配属された部隊でキャロはフリードリヒの真の力を解放する魔法『竜魂召喚』を発動させるが制御できずフリードリヒは暴走。

 甚大な被害を出してしまった。管理局はキャロ強大すぎて制御できないキャロの力を持て余している時に事情を知ったフェイトちゃんがキャロを引き取って面倒を見る事になる。そして、その直後に俺はフェイトちゃんから紹介される形でキャロと対面する事になったのだ。

 

『忙しい所ごめん慎司、近々会えないかな?力を貸して欲しいんだ』

 

 そんなメールが届いたのがキャロと会う3日前の事だった。詳しく事情を聞いてキャロ・ル・ルシエという少女の話を知り俺は何とか時間を作ってフェイトちゃんの元に駆けつけた。

 

「初めまして、俺は荒瀬慎司だ。君がキャロちゃん……でいいのかい?」

「は。はじめ……まして…キャロ・ル・ルシエ…です」

 

 初めて見たキャロは何かに怯えてる様子で俺と目を合わす事も困難な状態だった。かと言ってフェイトちゃんとの距離感も測り切れてないみたいで孤独を感じていることはすぐに見てとれた。

 

 俺はフェイトちゃんから連絡が来た時にこう聞いた、『どうして俺なんだ?』って。フェイトちゃんは俺に言ってきたのだ、キャロの閉ざされてしまった心を開いてほしいと。孤独に潰れそうなこの子を助けてほしい。

 勿論俺に出来る事なら協力する、けど俺なんかの力を借りなくてもフェイトちゃん1人でキャロという少女の心を救う事は出来るだろうと。だから聞いたのだ。するとフェイトちゃんは照れ臭そうに笑ってこう言っていた。

 

「だって、私の心を救ってくれたのは慎司だから……キャロもきっと慎司になら1番の笑顔を見せてくれるって思ったから」

 

 そう言われちゃ、俺は胸を叩いて任せろ…と、そう言うしかなかった。そんな感じで招かれてフェイトちゃんを間に立たせて俺はキャロと対面したのだがさて、どうしたものか……。

 

「キャロちゃん……そうだな、キャロって呼んでいいか?」

「は、はい……」

「ありがとう、キャロはファイトちゃんからは何て聞かされてるんだ?今日のこと」

「フェイトさんからは……その、自分の友達と会って欲しいと、それだけで……」

 

 キャロに分からないようにフェイトちゃんをジロリと見る。

 

『お前、俺にもキャロにも説明不足が過ぎるぞ!』

『ごめん、ごめん!勢いもあったから!』

 

 付き合いの長いフェイトちゃんとならこんな感じのアイコンタクトもお手の物である。いや、そんな事言ってる場合ではなく。この子の苦悩を分かってあげる事なんか出来ない、俺が最もらしい事を言い聞かせてもこの子の心には響かない。

 それなら……。ふと、初めてなのはちゃんと出会った時の事を思い出す。そうだ、烏滸がましい事なんか考えるな。今日初めて会ったキャロの心の傷を癒してあげるなんて出来るはずはない。俺がするべきは俺がしたい事するべきと思った事。つまりはいつも通りなのだ。だから、

 

「よっしゃキャロ」

 

 俺はキャロの手を取る。キャロは少しびくりと反応するが安心させるように俺は笑顔を浮かべて伝える。

 

「遊ぶぜぇ、めっちゃ遊ぶぜぇキャロ!」

「……ふぇ?」

 

 何だ間抜けづらして、可愛いじゃないか。とまあ、俺がそんな事を言い出せばいつものごとく俺が持ってる全てを使って楽しませる。トランプ、ジェンガ、ボードゲーム、テレビゲームなんでもござれ。時にフェイトちゃんも交えて俺は最大限にキャロを楽しませるべく、そして俺も一緒に楽しむべくはしゃぎ回る。

 最初は戸惑っていたキャロも途中からは楽しそうな笑顔を浮かべてくれていた。そうだ、子供なんて遊んで笑ってメシ食って寝る、それが1番だ。

 

「きゃあああ!怖い!怖いです慎司さん!」

「大丈夫だキャロ、落ち着いてやれば平気だよ」

「きゃあああああああ!!」

「はっはっは!!」

 

 だからキャロに無理やりバイ○ハザードやらせて叫びながらライフルを連射して地味にヘッドショットにしてるキャロの技量をみて高笑いしてる俺も許される筈だ。ちなみにフェイトちゃんは

 

「ゾンビ…ゾンビ怖い……怖いぃ……」

 

 プレイ画面すら見る事もできないみたいでソファで丸くなってる。かわいいかよ、つかそんな貧弱耐性でよくトラウマシーンも割とあるクウガなんて見れたなおい。そんなこんなでキャロには色々楽しんでもらってもうお別れの時間となる。玄関で2人に見送られながら後にしようとすると軽く袖を引っ張られるような感触が。

 

「えっ、あ!ご、ごめんなさい!」

 

 キャロだった。自分でも無意識に俺の袖を掴んでしまったようで、基本ベース大人しい子だからあんまり分からないけどやっぱり彼女は色々と寂しさや苦悩を日々感じているのかもしれない。だから、余計なお節介だけど……俺は屈んでキャロと目線を合わせながら言葉を紡ぐ。

 

「キャロ、今日楽しかったか?」

「は、はい!楽しかったです……」

 

 なら、よかった。

 

「そうか、その楽しかったことはな?これからキャロ次第でいくらでも作れる。俺とだけじゃない、フェイトちゃんやこれからキャロと出会うであろう多くの人達と作れるんだ」

 

 俺の言葉に真剣に頷きながら聞いてくれるキャロの頭に手を乗せて優しくぽんぽんと叩く。

 

「だから、そんな日々を送れるように前を向くんだよキャロ。すぐには無理かもしれない、けど下を向いてちゃ楽しい日なんて作れない。前を見続けていつか絶対に出会う未来の大切な人達を見つけるんだ、キャロならきっとそんな人達と楽しい日々を送れるさ」

 

 集落を追われ、保護されるまで1人放浪してきたキャロ。孤独を感じ疎外を感じ居場所というものに飢える。けど大丈夫、孤独と思ってるのは基本的に自分だけなんだ。転生して、勝手に世界でたった一人ぼっちだと勘違いしてたとあるバカだって孤独なんかじゃなかった。キャロにだって、まだ出会ってないだけで孤独じゃない。フェイトちゃんが手を差し伸ばしくれたここからキャロが輪を広げるんだ。

 

「……はい」

 

 赤い顔をして微笑む少女を見て俺は満足げに頷き返してからフェイトちゃんとのキャロと別れた。後日フェイトちゃんから連絡があって管理局の自然保護隊にフェイトちゃんの紹介で勤務となりそこの仲間達と明るく頑張ってると、根本的な竜魂召喚の制御についてはまだ解決してないままでもきっとキャロなりの一歩を歩んだと伝えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからキャロとは頻繁とはいかなくても本当にたまに会いに行ったりはしていた。当時はエリオにも会いに行ったりしてたから中々前みたいに一日中ガッツリ遊ぶなんて時間が取れなかったのが悔やまれる。俺の忙しさどうにかして、いやどうにも出来ないことは分かってるけどね。言ってみただけよ。

 

「あはは、あれから自分でゲームとかもやってみたりしてたのか?」

「はい、自然保護隊の皆さんと……」

「うんうん」

「バ○オハザードやったりしてます」

「うん……うん?なんですと?」

「バイオ○ザードです」

「自然保護隊のみんなで?」

「ゾンビ撃ってます」

 

 何でだよ自然保護隊。お前ら自然保護の為ならゾンビも殲滅するのか、いや、ゲームとはいえギャップ凄いのよ。多感な時期にキャロにやらせたのは失敗だったか……まいいか。楽しそうにやってたのならそれが1番だしな。10歳の子が笑いながらゾンビ撃ってたとしても。

 

「ま、キャロたちFWは将来有望なんだ。バイオハ○ードもほどほどにな?」

「……………」

 

 と、くだらない事を考えている頭を振り払う為適当な事を言ってみたらキャロの顔が一瞬曇った事を俺は見逃さなかった。太郎さん実年齢39歳よ?そういうとこ敏感に見つけれるのよ残念だったな。

 

「何だキャロ、何か悩みでもあるのか?」

 

 こういう時は直球でいいだろう、俺もキャロも知らない仲じゃないんだしな。

 

「いえ、そんな事は…」

「キャロ、俺を誰だと思ってるんだ……山宮さんだぞ」

「誰ですか?」

「冗談だ、とにかくバレバレなんだから話すだけ話してみろって。こう見えて頼りにしかならない荒瀬慎司さんだぜ?」

 

 と言うとキャロは観念したように少し笑ってからぽつぽつと語り出す。

 

「皆さん、訓練でどんどんすごくなっているんです。エリオもティアナさんもスバルさんも……」

「それはキャロだって同じ事だろう?」

「でも私……まだフリードを制御してあげられません……ずっと窮屈な思いをさせてしまってるんです。私が未熟だから……皆んなはどんどん成長してるのに」

 

 そこまで深刻になる程苦悩はしてないにしろキャロなりに思うところはあるという事か。正直俺の見立てじょキャロの実力なら既に制御できる筈だと思っている。俺は魔法に関しては実戦経験のないトーシロだが普段のキャロが使う支援魔法やら色々総合的にみて実力は問題ない筈だ。

 

 となると心……気持ちの問題だ。これに関してはデリケートだ、焦らす必要はないが……本人が本格的に焦りを感じる前に言っておかねばなるまい。

 

「なぁキャロ、これは俺の持論なんだがな」

「はい?」

「そう言う大事な力って大事な場面で覚醒するって相場は決まってるんだよ。キャロがいま使ったら絶対カッコいい瞬間、それこそアニメみたいな展開の時にキャロは成功させるんじゃないかな?」

 

 馬鹿みたいな事をふざけた顔して答える。真剣に打ち明けてくれたキャロには失礼な物言いだ。しかし、それくらい今のキャロが考えても仕方のない事だと思う。焦っても仕方ないのだから。

 

「あはは、そうだったらいいんですが……」

「まぁ、今のは冗談にしてもよ。結局はキャロ次第だからな、俺は力になってやれない。やれないけど……そうだな。もし……」

 

 もし………。

 

「もし、キャロがどうしてもそれを使わなくちゃいけなくて、挑戦しなくちゃいけなくて、失敗出来ないっ!……って時が来たらさ、その理由を考えるんだ」

「理由?」

「そう、理由だ。何のためにその魔法を使うのか、失敗した時また被害があるかもしれないのに挑戦せねばならないのか。その時は絶対にいつか来る、自分の不安や恐怖を飲み込んででもやらなくちゃいけないその時。どうして自分はそんな思いをしてまで使おうとしてるのか失敗できない理由をよく噛み締めて考えろ」

 

 プレッシャーになる?違う、キャロにとってそれはプレッシャーじゃなくて鼓舞になるもの。キャロに限らず魔導師を名乗り命懸けの仕事をしている彼らは皆そういう人種だ。

 

「極めつけは……まぁどうしても不安だったら俺に通信でも繋げてみろよ。頑張れ〜って言ってやる」

「頑張れ……ですか」

「ああ、無責任な応援の言葉に聞こえるかもしれないけどそう口にする奴の殆どは純粋に頑張って欲しいとその成功を願って口にしてるんだ。それに、何となくいざって時のキャロにはそれで十分な気がするからよ」

 

 最後にそう言って俺はベンチから立ち上がる。エリオ達と残りの女子グループの姿が遠くから見えた、このまま合流してデバイスルームに行くのだろう。俺も一緒しようと思ったけどなんか変な感じになっちゃったし適当になのはちゃんには用事できたって連絡して溜まった業務でもするか……。

 

「んじゃ、キャロ俺は行くけど午後の訓練も頑張ってな」

 

 そう言ってエリオ達が来る方向とは真逆の方へ歩き出す。

 

「慎司さん!……ありがとうございます。また、元気な気持ちにしてくれて」

 

 背中を向けたままだったからキャロがどんな表情してるか分からなかったけど、まぁ声の感じだと本当に少しは気持ちが紛れてくれたようで何よりだ。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 適当にぶらついてから事務室に戻ろ。休憩がてらの散歩だ、しばらく考え事をしながら歩いていると……六課全体にけたたましく鳴り響く警報。その音に足を止める……ついに来たか。六課にとってのファーストアラート、初の実戦任務である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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ファーストアラート、終結







 

 

 

 

 

 

「兄貴ぃ!俺達は出動待機ってどういう事ですか!?」

 

 アラート警報により六課全体が慌しい雰囲気に包まれてる中、俺を含めたアークレインのメンバー4人は作戦控え室に集まっていた。

 

「どうもこうもねぇ、言葉の通りだ。大人しく業務こなしてろ」

「でも兄貴!」

「マックス、お前だって分かってるだろ。俺達アークレインのメンバーが六課に所属出来てる理由を」

「それは……」

 

 前にも語ったようにただでさえ戦力過剰気味の機動六課に一応は次元艦隊の艦長、提督を務めてる俺にその副艦長のリインフォースに及び2名。この追加の人員は機動六課という組織を弾劾するには十分な材料になってしまう。明らかに1部隊が持つ戦力としては過剰だと。

 それを避けるため俺達アークレインはあくまで支援部隊、戦闘の支援ではなく六課を維持するための食品やら部品やらの物資の支援部隊として席を置いてる。

 

「ここで下手にお前だけでもアークレイン隊のメンバーが前線に出張ったら今後俺達は動けなくなる。本当に必要な時、六課を追い出されても構わない……そんな状況か見極めなければならないんだ。気持ちは分かるが落ち着け」

「……うっす、すんません」

 

 そう嗜めるとマックスはあからさまにがっくりと肩を落とす。FW陣としては初の出動だし心配なのは分かるが心配してるだけじゃ駄目なのを俺はよく知ってる。

 

「ソフィ、リインフォース……状況は聞いてるか?」

「はい、こちらが周辺図になります」

「リアルタイムの映像も届いてる、今データを送ろう」

 

 2人から二種類のデータを送りそれを眺めながら状況を整理する。今回の出動は教会本部……カリムがトップの聖王教会が抱える教会騎士団が追跡調査していたレリック……表向きの機動六課立ち上げの目的とも言えるロストロギアがと思わしき物を発見、場所はエイリム山岳丘陵地区。その山岳リニアレールで移動中との事。

 移動中……つまりそのリニアレールが内部に侵入したガジェットによってコントロールを奪われているとの事。内部のガジェットの数は最低30、一応それ以上と見積もっておいた方がいいだろう。その他にも飛行型や大型等の未確認タイプの存在も警戒すべきか……。

 

「リニアレールの最高速度が………猶予はあまりない……地上戦を得意とする新人どもがリニアレールに侵入するには…………こっちの戦力は………」

 

 ぶつぶつぶつぶつと現状の情報を頭に叩き込み対策、作戦を練るが結局は現場に向かってリニアレールに突入……ガジェットを破壊しながらレリックの回収を目指す。この単純な作戦しか方法はない。リニアレールで移動中というのが厄介だ。

 

「アイツらには新デバイスでいきなり実戦か……いや、訓練通りやれば平気だ。なのはちゃんならそこまでちゃんと仕上げてる筈………六課の基地からグリフィスのパイロット能力ならこのリニアレールがこのポイントを通過される前に間に合うか?」

「あ、兄貴ぃ……」

「マックス様、ご主人様は思案中です。お静かに」

「お、押忍……」

 

 あれこれ考えるがなのはちゃんと遅れてフェイトちゃんも合流して出撃する、現場管制もちみっこがやってくれるのだ。あの3人なら心配はないが………

 

『あはは、そうだったらいいのですが……』

 

 直前の不安そうなキャロとの会話を思い出す、…………よし。データを一度閉じて3人を見据える。

 

「俺とソフィは管制室に行く。ソフィは管制スタッフのサポート、出来ること手伝える事を探せ最悪落ち着かせるためのお茶汲みして飲ませるのもいい。前線メンバーだけでなくスタッフ全員が機動六課としては初めての任務だ、浮き足立たせるのは避けたい」

「かしこまりました」

「リインフォースは平気だと思うが山岳地帯から1番近くの街まで移動して待機、街にいるだけならお偉い方も何も言ってこないからな。状況次第では飛行許可を無視して助けに入れ。責任は取る」

「分かった、合図は慎司に任せる」

「ああ、どうせ出番は無いと思うから適当に寛いでおけよ」

 

 冗談でそう言うとリインフォースは苦笑してすぐに移動を始める。

 

「マックスは後処理の準備だ。アイツらならきっと何事もなく解決してくれるだろうが救護隊と事後調査隊の手配と待機を、いつものツテを使っていい。準備が済んだらお前もそこに合流して俺の連絡を待て」

「了解っす!!任せてください!」

 

 騒がしいアイツを今管制室に連れてったらスタッフにも酷だしな。まぁ、実際に必要な事だから任せるだけだけど。

 ソフィと頷きあってから駆け足で管制室に向かう。道中通信を繋げる。

 

「ああ俺だ………データは送ったからそっちもちゃんとリアルタイム映像での調査を頼む。………ああ、未確認タイプも恐らくあるだろうから慎重にな」

 

 通信を切る。さて、細かい所はこんな所か、スタッフ達が慌しく行き交う管制室を前に俺は一度深呼吸をする。………やはり、こういう時の無力感というのは慣れない。言っても仕方ないがどうしても……な。頭を振る、切り替えねば。管制室に足を踏み入れ辺りを見渡す。……教会に行ってたはやてちゃんはまだ戻ってきてはいない、今頃超特急で向かってるんだろうが。

 

「グリフィス!」

「っ、慎司さん?」

 

 グリフィスは六課の指揮官補佐、はやてちゃんの副官を担当している。既にこの二週間で何度か交流も重ねている。

 

「状況は聞いている、出動したFW陣は?」

「基地から出発したなのは隊長達はまだ現場からかなり離れた空を飛行中です。フェイト隊長はなのは隊長達より少し遅れる見込みです」

「なのはちゃん達を乗せたヘリの正確な場所は?」

「こちらになります」

 

 地図を写し出させ場所を確認。……ふむ、この飛行速度で現場までこの距離なら……。頭の中で軽く計算しヴァイスに通信を繋げる。

 

『こちらヴァイスです、慎司さん?』

「ヴァイス、その速度を保って今から15分後にヘリの魔力障壁を起動させるんだ」

『しかし、リニアレールまでまだ距離がありますしリソースが……』

「大丈夫だ、今から起動させても現場近くでの飛行待機で最低でも2時間は持つ。俺の見立てじゃ任務遂行には十分な時間だ、敵さんにどれだけ警戒されてるか分からない以上どこから仕掛けてくるかも分からない。念には念、さらに念をかけるのが命を守る秘訣だろ?」

『………まぁ、提督してる慎司さんの見解なら信じます。15分後ですね?』

「ああ、リソース過多の報告が必要になったら俺に言え。どうにかするから………頼んだぞ」

 

 通信を切る、さてさてお次は……

 

「監視班!リニアレールの状況は変わらないか?」

「依然として走行したままです!」

「そうじゃない!速度や外装の話だ!常に気を配れ、僅かな変化でもあったら迷わず報告しろ!」

 

 命をかけている任務なのだ、こっちだって少しの気の緩みも許さない。

 

「グリフィス!ボッーとしてんな、どれもはやて隊長がいない時にお前が気を配る所だぞ!」

「は、はい!」

 

 よし、発破かけるのはこれくらいでいいだろう。今回は初出動だからな、余計なお世話は最初の一回で十分だ。こいつら優秀だし要らぬ世話だろうが。

 

「ソフィ、データは?」

 

 一度司令室の席から離れてソフィに耳打ちする。

 

「こちらの機材でもやはり得られる結果は同じかと」

「構わねぇ、後でこっちでも見返せるようにバック取っておけ」

「かしこまりました」

 

 後は………見守るだけかな。

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、はやてちゃんは六課へと戻ってきて指揮官を務め始める。既にヴァイスは何事もなく現場へと到着しなのはちゃんはリニアレールを守護する未確認の飛行型ガジェットを合流したフェイトちゃんとともに次々と撃破していく。

 

「………………相変わらずすっげぇな」

 

 司令室の隅でモニターを眺めながらそんな事を呟く。子供の頃から天才だエースだなんて持て囃されてたけどそれに見合う以上の実力を持つ2人。管理局の提督を務めるようになったからこそ真に理解出来る2人の凄さ、ホント……強えなぁ。

 そして新人4人も実戦をデバイスを巧みに使いこなしリニアレールへ突入、襲い掛かるガジェット達を撃墜しながらレリックを捜索している。今のところは順調だ……だが、このまま終わるってことはないだろう。

 

「ライトニング3!ライトニング4!8両目でエンカウント!大型の未確認タイプです!」

 

 管制官のその報告が耳につんざく。来たか………。恐らくレリックもそのガジェットの先にあるだろう、スバルとティアナは……別車両でガジェットと交戦中、動けないだろう。エリオとキャロの2人でいけるか?

 エリオが肉弾戦、キャロが少し離れたところで支援魔法をかけガジェットに挑む。しかし………

 

「くそが……」

 

 内心舌打ちをかます。大型の未確認タイプのガジェットはその見た目通り耐久性やら何やらが基本的なガジェットより群を抜いているがそれだけじゃない、魔法を無力化する機能……AMFの能力も格段に上昇していた。証拠に肉弾戦をして接近していたエリオだけでなく離れて支援をしていたキャロの支援魔法すらも無効化する。

 魔法を無力化されたエリオは善戦するが破壊力も増してるガジェットの手により気絶させられそのままリニアレールの外……崖の下へと放り投げられる。そして必死の形相で叫び声を上げながらエリオを助けるべくリニアレールから飛び降りるキャロ。俺はそれを震える拳をギュッと握りしめて見守っていた。いや………見る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 自分は恵まれてる方だと思う。少女キャロはそんな事をふと思う。

 竜召喚の力を使えると分かって私は生まれ育った故郷を追い出された。なんで?どうして?そんな疑問を抱えながら1人放浪していた。ある日管理局に保護され、彼らは私の力を知り管理局の色々な部隊に所属させて私の力を見定めようとした。

 結果は知っての通り散々、竜召喚は活躍するどころか暴走して同じ部隊の仲間を傷つけてしまう始末で私は期待のレアスキル持ちからレアスキルを制御出来ない無能の烙印を押されてしまう。

 

 その後は色々な部隊を盥回しにされ挙げ句の果てには使えものにならないとまで言われてしまった。ここにも……私の居場所はない。幼い私にはキャロに重すぎる事実が突き刺さる。しかし、そんな暗いところから手を取って引っ張り上げてくれたのはフェイトさんだった。

 

 あの人は私を引き取り、家族同然に接してくれた。暖かい言葉と暖かい想いをくれた、それでも長く孤独を味わい続けた私は上手く心を開く事が出来なかった。何日かぎこちない態度のままフェイトさんと過ごし、私はまた見放されるのではないかと恐怖した。そんな私の恐れを知ってか知らずかフェイトさんはある日私にこんな事を言ってきた。

 

「ねぇキャロ、私の親友と会ってみない?」

 

 そう笑顔で、私は突然の提案で困惑したが恐らく首を縦に振っていた。変に断って困らせるのを恐れていたのかもしれない。私の返答を聞くとフェイトそんは早速その親友の人と連絡を取っていた。その人が私に会いに来たのはその役1週間後、その間に私はその親友と語る人はどんな人なのかとフェイトさんに尋ねてみた。

 

「慎司がどんな人かって?………うーん、説明するのはちょっと難しいかも」

 

 そう言って困ったように笑うフェイトさんは何だか嬉しそうだった。

 

「とりあえず、とってもうるさい人なんだ」

 

 いきなりうるさい人と評される人ってどんな人なんだろう。

 

「とってもおバカさんで私と同じ歳なんだけどキャロくらい子供っぽい人かも」

 

 私はそんな人とこれから会うのか、ちょっと不安になった。

 

「でも………頼りになって、かっこよくて……私を、皆んなを助けてくれた大事な親友なんだ」

 

 最後にそう語るフェイトさんの顔はやっぱりとても嬉しそうだった。

 

 そんな経緯がありつつもその人、荒瀬慎司さんはやってきた。最初は私に対してどんな態度を取っていいのか戸惑っているようには見えた。だけど慎司さんはすぐに少年のような爽やかな笑顔で

 

「遊ぶぜぇ、めっちゃ遊ぶぜぇキャロ!」

 

 そんな事を言ってきた。戸惑った、戸惑いしかなかった。遊ぶって何だろう?困惑してる私を慎司さん無理矢理遊びに巻き込んだ。トランプというカードゲームをやった、ジェンガという積み木遊びをやった、テレビゲームというものに初めて触れた。

 フェイトさんが涙目で慎司さんにスマ○ラっていうゲームでコテンパンにされていた。私もコテンパンにされた、ちょっと大人気ない。

 

 最終的に迫る怖い化け物を倒して進んでいくゲームを無理矢理やらされた。泣いた、怖かった。フェイトさんはクッションを抱き抱えて部屋の隅に逃げていた。ずるいです。

 でも、でも……いつの間にか私は心に抱えていた不安や寂しさを忘れて純粋に楽しいという感情しか生まれないひと時を慎司さんのおかげで過ごせた。フェイトさんが慎司さんの事をあんなに信頼してる理由が何となくだけど分かった気がした。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り慎司さんは帰っていった。帰り際に言われた言葉を私は心中で反芻する。楽しい日々を送れるのは自分次第、下を向いてちゃそれは出来ない。前を向く……前を向いて………。

 

 

 

 それから私はちゃんとフェイトさんに向き合えていたと思う、私を支えてくれる母親というよりは姉のような存在、私に手を差し伸ばしてくれたお礼を言った……フェイトさんは笑ってくれていた。

 その後フェイトさんの紹介で私は管理局自然保護隊の一隊員としての一歩を踏み出す。慎司さんの言葉を忘れずに前を向いて、そこで出会った私に優しくしてくれる信頼できる人たちをちゃんと見る。私も信頼されるように頑張り今では時間があれば一緒にゲームをしたりする仲だ。そして、今度は機動六課という新しい居場所で恩返しするんだ。

 

 だから私は恵まれている、私に優しく接してくれている人達がこんなにもいる。フェイトさん、慎司さん、機動六課の仲間たち……ティアナさん、スバルさん………エリオ君。

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 落ちるエリオ君を助ける為にリニアレールから飛び降りたのは殆ど反射的な行動だった。しかしこうやって列車から……強力なAMFを発するガジェットから距離を取る事でその範囲から逃れる事に結果的に成功する。今なら、ベストなコンディションで魔法を行使できる。

 

 落下していくエリオ君に何とか追いついて抱き止める、そして魔力を解放して自分の周りを自身の魔力光である桃色の魔力で包み宙に浮かせて落下を止める。自由に飛び回る事は出来ないがぷかぷかと浮かばせる事は何とか出来た。後はここからこの状況をどう打開するかだった。ただ助かるだけならこのまま救助が来るまで待てばいい。しかしそれではダメだ、リニアレール内に残ってるスバルさんとティアナさんが危ない。あの大型ガジェットはとても強力だった、何とかしてエリオ君と一緒にリニアレールに追い付いてどうにかしないといけない。

 

 …………分かっている。方法はあると、私の竜召喚の力を使えばいい。フリードを真の姿に進化させるあの魔法を使えばリニアレールに落ち着く事もあのガジェットを倒す事も出来るかもしれない。でも……

 

「…………っ」

 

 頭にチラつくのは失敗してフリードを暴走させてしまった時の事。悲鳴が聞こえた、燃え盛る業火に包まれそうになる人達。原因は私、そう……失敗させた私。ああ、私は弱虫なままだ。このまま何も出来ずに後悔する………それは嫌だ、嫌だけど……。今ここで一度も成功させた事の無い魔法を使うのは危険だ、失敗は許されないし出来ない。失敗出来ないのに……失敗…出来ない……

 

 ふと思い出す、とある日の慎司さんとの会話を。さっきまで一緒にお話をしていた時の事を。

 

『もし、キャロがどうしてもそれを使わなくちゃいけなくて、挑戦しなくちゃいけなくて、失敗出来ないっ!……って時が来たらさ、その理由を考えるんだ』

 

 理由……失敗出来ない理由。どうして失敗しちゃいけないの?それは……失敗したら大変な事になるから……だって……だって。失敗したら、また……違う。そうじゃない、そうじゃないんだ。失敗したらまた自分の居場所が無くなるから?違う、失敗したってここにいる優しい仲間達は私を追い出したりしないだろう。

 そうじゃないんだ、私が恐れてるのは……失敗出来ないのは……。

 

「守りたいっ!」

 

 ここで失敗すればエリオ君もリニアレールに取り残されたティアナさんとスバルさんも守れないからだ。私は守りたい。私を暖かく迎え入れてくれた、居場所を作ってくれた皆んなを守りたい。

 だから、絶対に失敗出来ない……なにより

 

『極めつけは……まぁどうしても不安だったら俺に通信でも繋げてみろよ。頑張れ〜って言ってやる』

『頑張れ……ですか』

『ああ、無責任な応援の言葉に聞こえるかもしれないけどそう口にする奴の殆どは純粋に頑張って欲しいとその成功を願って口にしてるんだ。それに、何となくいざって時のキャロにはそれで十分な気がするからよ』

 

 そう言ってくれた慎司さんの言葉を嘘にしたくない!

 

 拳をギュッと握る。覚悟を決める。迷いはない、恐れもない。だけど……そうだ、だけど……もう平気だけど。必要はないけど甘えさせて欲しい。踏み出し始めた一歩、前の目になってる背中をさらに押して欲しい。それくらいは……いいよね?

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 緊張が走る管制室に一つの通信端末が着信を告げて電子音を響かせる。俺はそれを胸元から取り出して相手が誰かを確認するとフッと笑みを浮かべる。映像には出さず音声だけを流すようにし携帯の要領で耳に当てて俺は通信に出た。

 

「よう、甘えん坊の欲しがりさん……」

『あはは、ごめんなさい』

 

 相手はキャロ。今、エリオを抱き抱えて何とか空中を滞空しているキャロからの通信だった。管制モニターからも状況は見えてる。

 

「いや、謝らなくていい。……通信してきたって事は腹は括ったって事でいいんだな?」

『……はい。けど、やっぱり欲しいなって思っちゃって』

「ははっ、素直で可愛らしいじゃないの」

 

 事態が事態なだけに世間話をする様に会話する俺とキャロをスタッフやはやてちゃんは怪訝そうな表情を浮かべるが俺は気にせず続けた。

 

『慎司さん、お願いします。応援…してくれますか?』

「ああ、耳かっぽじってよく聞いとけよ」

 

 リニアレールは今だって暴走中だ、こんなやり取りで時間を食ってる場合ではない。だけど、必要な事なのだ。儀式なのだ。殻に閉じこもり、本当は綺麗な蝶なのにそれを信じられなくて蛹のままだったキャラが羽ばたく為の儀式。

 

「見せてくれキャロ……アニメみたいにカッコよく活躍する所を………頑張れっ!!!キャロぉ!!!!」

 

 腹からの声でエール、それくらい気持ちを込めた。いや、声の大きさでは表現できないくらいの想いを込めて俺は言葉を紡いだ。

 

『はいっ!!』

 

 その返事は、声色だけで分かるくらい自信に満ちた物だった。

 

 

 

 そして、俺は目にする事になる。フリードの真の姿を、竜がはばたくその瞬間を。

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 端末を言えば、見事『竜魂召喚』を制御したキャロと、途中で目覚めたエリアの活躍によって大型ガジェットは撃破。残りのガジェットを掃討し見事レリックの回収に成功。

 新人達は任務を完璧に全うしたのだった。正直、目を見張るほど見事なものだった。真の姿を見せたフリード、それに乗り天空に羽ばたくキャロとエリオ。強力なAMFを機能停止に追い込むくらいの火力を見せたフリードの火炎弾にキャロからの更なる強化を得て見事ガジェットを両断したエリオ。実に凄かった、すごいね。本当に10歳近くの子供達なの?

 

 今世はともかく前世のその頃の俺なんて柔道以外はアッパラパーな人種だったからなんだか恥ずかしさを感じる。中身おっさんのどうでもいい独白はともかくだ、リニアレールを空から防衛していた飛行型もなのはちゃんとフェイトちゃん達によって殲滅された。

 いやはや、色々心配していたがやっぱり取り越し苦労で終わったようで何より。さあ、現場の皆んなが頑張った後はこっからは俺達の仕事だ。マックスに手配させていた調査隊と合流、マックスと共にリニアレールの現場検証調査とガジェットの残骸回収へ向かう。

 もしもの時の為に近くの街に待機させてたリインフォースは任務完了後すぐに戻るとまた上層部に怪しまれるのでしばらくそこで遊んでろと指示。ソフィはこれから帰ってくるFW達前線組の帰還後のケアの準備と同伴をお願いしておいた。

 

 俺が止まったリニアレールに辿り着くと現場引き渡しの為前線メンバーはまだ帰還はしておらず逆に俺達を出迎えてくれる。

 

「ふふっ、大活躍だったね慎司君」

 

 ニコニコしながらそう言ってくるなのはちゃんに俺は「はぁ?」と本気の疑問を返す。大活躍だったのは君達だろうに。

 

「今日の慎司の通信……全部六課用のオープンチャンネルになってて筒抜けだったよ?」

「え?デジマ?」

「うん、マジだよ」

 

 フェイトちゃんの言葉に慌てて通信端末を確認するとうわぁと手で顔を覆う。マジだ、こんな最悪なミスするとは……。いや、普通皆んな指摘するだろそこは。六課用のオープンチャンネルだから簡単に敵に傍受される訳じゃないけど迂闊だったわぁ……。

 

「慎司君が真剣な時の声、久しぶりに聞けたからなんか満足だなぁ私」

「死ねなのはちゃん」

「直球すぎない!?」

 

 うわーんといいながらポカポカと今度は頭突きを俺の胸に食らわせてくる。いや任務の後なのに元気だな流石だよ。

 

「でも流石提督……艦長を務めてるだけあるね慎司は、最初は的確な指示っぷりだった」

 

 感心するように言うフェイトちゃんの言葉に頭を掻く。まぁ、そもそも皆んなの前で管理局員として一緒に仕事するのは今回の機動六課が初めてだしね。だからちょっと美化されて見えるのだろう。

 

「それに、キャロの事もありがとう。あの時、慎司にキャロをお願いしてよかった」

「バーカ、今日たまたま助言した男よりキャロを支えてくれてたのはフェイトちゃんじゃないの、そこ履き違えんなよ?」

 

 うん、と満足げに返すフェイトちゃんに俺も笑顔を浮かべる。遠くでは新人4人はくたびれた様子で座り込みつつ、マックスのうるさい労いの言葉に苦笑を浮かべながら談笑していた。ホント、キャロだけじゃなく皆んな本当にお疲れ様だ。さて、と

 

 パンっと切り替えるように手を叩いてから遠くの新人達にも聞こえるような声で

 

「よし、んじゃ調査は俺達が引き継ぐから皆んなはさっさと帰って報告書上げて休めよ!皆んな大活躍だったからな、今度色々荒瀬のおじさんがご馳走してやろう!」

 

 そう言うと目を輝かせるスバルちゃんとエリオ、そういえばアイツら結構な大食らいだったっけ。まぁ大丈夫だろ、提督だから割と給料高いし。

 

 そんなこんなで皆んなは帰還準備に入り、俺は俺で調査開始のための準備すると袖を引っ張られる感覚を覚え振り返る。いつかの時のように遠慮がちなキャロがそこにいた。

 

「よ、今日のキャロは大活躍だったな」

「ありがとうございます……」

「…………なんか用か?」

 

 そう聞くとキャロは少し恥ずかしそうにしながらも意を決して口を開く。

 

「お礼を言いたくて、私が勇気を出せて成功させられたのは慎司さんの……」

「違うよキャロ、俺が居なくたってキャロは上手くやったさ。俺は元々上手くやれたキャロに向かってエールを送っただけだよ」

 

 最後まで言わせずそう口を挟むがキャロは「そうだとしても」と強く気持ちを込めるように

 

「そうだとしても……慎司さんにお礼が言いたいんです。まだ、ちゃんと言えてなかったから」

「言えてなかった?」

 

 それは一体どう言う事なのだろう。

 

「今日も私を応援してくれて、励ましてくれて嬉しかったです。それとあの時も……初めて会ったあの時も……」

 

 キャロの姿がまだ出会って間もないころのフェイトちゃんの姿と重なる。そうだ、あの時のフェイトちゃんと同じようにキャロは胸を張って前を向いて……

 

「私の気待ちを……心を救ってくれてありがとうございます。ずっとずっと感謝していました」

 

 その真剣なお礼を受け取らないわけにはいかずに俺は「ああ…」と頷く。こんな感じでわかりやすく成長する物なんだなぁ、子供ってのは。

 

「ほら、皆んな待ってる……もう行きなさい」

 

 つい出てしまったおじさん口調でもキャロは違和感を覚える事なく頷いて皆んなが待つヘリの元へ。夕陽に照らされて六課へと帰還していくヘリを見送りながら俺は思う……前世でも今世でも俺に兄弟という存在はいなかったけど、それでもそう思う。

 

「たく、可愛らしい妹分じゃないの」

 

 そんな言葉をつい出てしまうくらいそう感じていた。

 

 

 

 

 

 後日、時間ある時に折角だからと割といいお店に4人を連れて行って好きなだけ食えと豪語するものの想像の10倍は食べたスバルちゃんとエリオによっ持ってきたて財布がすっかり軽くなって少し後悔したのは内緒である。……次は食べ放題の店にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

「ちっ、くそっ」

「何だ?機嫌が悪そうじゃないか?レリックを回収されたのがそんなに気に入らないかね?」

 

 薄暗いとある研究室のような場所で白衣の男2人は視線絡めて言葉を交わす。

 

「違う、あんなものいくらでも取り返せる。イラついてるのは狙撃型を試せなかった事だ」

「ふむ……君が最近生み出した狙撃特化のガジェットかい?確か相手の戦力削減のついでに奇襲でヘリを狙う手筈と言っていたが?」

「そのつもりだったがどうやら慎重な奴がいるみたいでな、リニアレールからまだ離れてると言うのに既に魔力バリアを張ってやがった。そのまま撃っても良かったがヘリを堕とせずに情報だけ漏れるのはこっちが損だ、また別の機会にする事にしたんだよ」

 

 忌々しげに語る白衣の男1人、比較的若く見えるその男は自分の予定通りに出来なかった事がどうやら気に食わないようだ。それを分かっているもう1人の白衣の男はくつくつと笑いながら

 

「なに、そこまでイライラする事はない。君が私とは違う観点で生み出してくれるガジェット達は素晴らしい玩具だからね……まだまだ取っておくのも悪い事じゃないか」

「………分かっている。とにかく新しく奴らのデータも取れたんだ、また俺は自分の研究室に籠るとするよ」

「ああ、後で娘達に食事でも届けさせるよ」

「必要ない」

 

 そっけなくそう答えると自身の研究室に戻っていく若い白衣の男。その後ろ姿を見届けながらもう1人の白衣………ジェイル・スカリエッティはまた楽しそうにくつくつと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 








 まだ色々ゲーム溜まってるのにファイアーエンブレム風花雪月買っちゃった。シリーズファンは厳しい声多かったけど初めての作者は普通に楽しんでる。
 けど思ったよりストーリー重めだったから割と面白い、初回はイングリットちゃんに指輪を捧げるのだ


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進展、友情



 ちょっと話が無茶苦茶な気がする。落ち着け、落ち着け俺!


 

 

 

「行くぜマックス!」

「おっす兄貴!」

「「とおっ!」」

 

 2人で同時にジャンプし空中でくるっと一回転して対峙する相手に向かって決める!

 

「「ライダー……ダブルキック!!」」

 

 レジェンドライダー2人による連携キックを再現してそれを相手に浴びせようとするが

 

「えいっ」

「「あひゃあ!?」」

 

 対峙している相手……なのはちゃんの魔力弾であっさりと防がれしばかれる俺とマックス。くうう、やっぱり無茶だったか。いてて……

 

「もう、慎司君だけジャンプ台用意するから何するのかと思ったら……」

 

 なのはちゃんは呆れたように溜息を吐く。いや、マックスは一応曲がりなりにも魔導師だし身体強化で威力はともかく動きの再現は出来るけど魔力無い俺にはそんな芸当出来ないからな。俺だけジャンプ台使わせてもらったわけだが

 

「そんな風に言うなよ、ジャンプ台ありでライダーキックするのも結構練習したんだぞ?」

「そうなの?」

「ああ、俺が次元艦にいる時の空き時間全部それに費やすくらいには」

「何やってるの!?」

「ジャンプ台は管理局の訓練施設から借りパクしてきた」

「本当に何やってるの!?」

 

 だって誰も使ってないし。魔導師の訓練施設でそんなもん使う奴いないだろスポーツじゃないんだから。そもそも何であったのかも謎だよ。

 

「兄貴!姉御!今度は3人でトリプルキックっといきましょう!」

「やらないよ!あと姉御呼び禁止だって言ってるじゃないマックス君!」

 

 ぷりぷり怒るなのはちゃんに俺は苦笑を浮かべる、そもそも何で俺がマックスと2人でなのはちゃんと模擬戦……には殆どなってなかったけど模擬戦紛いな事をしていたかと言うとだ。今日の朝にまで時間を遡る必要がある。

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

「なんじゃこりゃああああああ!?」

 

 と、様々な感情を込めた見事なまでのその叫びを披露したの我らが六課の部隊長、はやてちゃん。まぁ気持ちは分かる、リニアレールの騒動からしばらく経ったんだが俺は数日前からまた次元艦『アークレイン』艦隊の艦長としての次元世界への短期遠征に赴いて帰ってきた所。

 

 その日はとある理由で直接六課の訓練場に向かい、たまたまその日は新人FW4人となのはちゃんだけでなくフェイトちゃんとヴィータちゃんが教導に加わわっていた。マックスは俺と一緒に遠征だったので訓練中じゃなく今は俺の隣にいる。そしてちょうど俺が到着した所で、何の気無しに訓練の様子を見にきたはやてちゃんとちみっこ。来て早々先程の叫びをはやてちゃんがあげたのである。

 

「な、なんやねんこの大所帯は!?」

 

 はやてちゃんが驚くのも無理はない。訓練場には俺が秘密裏に連れてきた人、人、人、人、人。文字でゲシュタルト崩壊を起こしそうなほど人が集まっていた。しかもただの人じゃない、とある人は中世を彷彿とさせる騎士甲冑の者、とある人は中世の貴族のような格好をした令嬢風な女性、恐らくはその者らの部下の歩兵隊やら何やらが混じっている。 

 まるで流行りの異世界物語の舞台から転移してきましたと言わんばかりの風貌の者ばかりだった。異世界物好きのシャマルなら今頃狂喜乱舞してるだろう。こちらに気づいた訓練場にいたメンツも全員「ふぇ?」って顔をして驚愕している。

 

「し、慎司さん……まさかこの人達は……」

 

 ちみっこが体を大袈裟に震わせながら絞り出すように言う。俺が短期遠征の帰りだから色々と察したのだろう。

 

「………え?嘘やろ慎司君?」

 

 はやてちゃんも察したのか目を見開いてそう口を開く。俺は片目を閉じてお茶目なポーズとりつつわざとらしく舌を出しながら

 

「連れてきちゃった☆」

「このっアホーーーー!!!」

 

 炸裂する頭部への分厚い魔導書の一撃。いや、記憶飛ぶって。

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、そんな感じで怒るはやてちゃんと事態を理解したなのはちゃんとただただ苦笑を浮かべるフェイトちゃん。まぁ怒るのも無理はない、何故ならこの大所帯の人間全員俺が別の次元世界から連れてきた住人達なのだ。管理局は様々な次元世界を管理、監視、介入している。管理世界はいわゆるミッドチルダや既存の魔法が存在する世界……キャロの故郷の集落があった場所もミッドチルダとは違う別の管理世界だな。そう言う所はそこの住人達も管理局を認知し、互いに助け合っている。これらは思いっきり介入してる世界だな。

 

 さらに組み分けるなら無人世界と呼称されるのもある、その名の通り地球のような一つの次元世界が存在するものの人のような知性ある生き物がが存在せずまだ生まれたばかりの世界だったり荒廃し滅んだ後だったりと様々。これらはだいたい管理局は管理と監視をしてる。大きな動きはないかの監視、無人世界によっては次元犯罪者を捕えた後に送られる収容施設として使われ管理されてるかだ。

 

 そして問題なのは管理外世界、俺達の故郷もそれに当たる。これに認定されるのはその次元世界に知的生命体がおり尚且つ魔法が存在しないか、その次元世界の住人が管理局を認知してるか……まぁ魔法がない世界では基本的に管理局を認知する所か地球のように自分達の世界だけで殆どの住人達の世界は完結する。

 管理外世界は基本的に介入はせず観測のみ。観測はどこかの次元犯罪者にその世界を乱させないように監視しておく為、介入しないのは下手に管理局の存在や魔法の存在をバラして秩序を乱させないためだ。勿論闇の書事件やジュエルシード事件の時のような事態の場合は存在を秘匿させつつ介入する場合もあるが。

 簡単に想像つく事だろうが地球にもし魔法の存在や管理局を認知させたら世界は混迷を極めるだろう。大袈裟な話じゃない、場合によっては戦争だって起こる可能性もある。だから管理外世界では地球と同じようなスタンスを取る、俺達がなんの考えなしに魔法の存在や管理局の存在を認知させるのは絶対にしてはならない事。

 

 前置きが長くなったがつまりは俺が管理世界でもない次元世界の住人をミッドチルダに連れて来てる事がそもそも問題でそれでみんなは頭を抱えてるのだ。

 

「このアホ!このアホ!」

「バカっ!バカっ!慎司君バカ!」

 

 悪口の語彙力ないエセ関西人と砲撃魔王なのはちゃん2人からチクチクと色々されつつも俺はまあまあとなだめる。

 

「あーもう……あんな慎司君?慎司君から六課に入る前にアークレインの活動の報告を全部開示してもらったから知っとるけど……慎司君が遠征してる所の次元世界は全部管理外世界か認定審査待ちの次元世界しかないやん……こんなんバレたら処罰されてまうよ?」

「大丈夫大丈夫、信頼してる奴しか話もしてないし連れてきてないし」

「何も安心できないし流石に多すぎるよ!?」

 

 それなっ!俺もお前らの立場からしてみればそう思う。

 

「まあまあ2人とも……慎司だよ?ちゃらんぽらんしてるけど多分ちゃんと考えあっての事だから」

「いやー、皆んながミッドチルダ来てみたいって言うからつい連れてきちゃった☆」

「ちょっと殴っていいかな?」

 

 フェイトちゃんが珍しく激おこプンプン丸でござる。

 

「待ってくれ!私が無理を言ったのだ、我が友を責めないでほしい」

「ええ、どうか怒りをお沈めになってください」

 

 3人に説教される俺の助け舟を出すように豪華な騎士甲冑を纏った男と貴族の豪勢な格好をした女性。連れて来た次元世界の住人達の代表である。ちなみに2人ともまた別々の次元世界の住人でつまり今ここには2つの次元世界の住人が入り乱れてる訳だがまぁ言ったらややこしくなりそうなので黙ってよう。

 

「ああ、紹介するわ。友達になったよくある異世界現地主人公物の本人みたいな平民から努力で王国騎士団長に成り上がった通称カイ君と勘違いで悪徳令嬢として断罪されそうになったけどチート能力に目覚めて絶賛人生快進撃中の貴族令嬢のミィちゃん」

「ああ!慎司君の影響で何言ってるか大体分かる自分が恨めしいわ!」

 

 ちなみになのはちゃんも割と理解してしまって苦笑してる。フェイトちゃんははてなマークを頭上に浮かべて首を傾げていた。君仮面ライダーしか見ないもんね、仕方ないね。

 

「慎司よ!我が友よ!ミッドチルダとやらは素晴らしいな!」

「ええ!ええ!見た事ない物ばかりで興奮が止まりませんわ!」

「だろぉ!俺も最初来た時はそう思ったんだよ!」

 

 と、子供のようにはしゃぐ3人を見て怒るに怒れなくなる3人であった。

 

 

 

 

 

 結局3人はとりあえず慎司をしばき倒した後、次元世界から来てしまった住人の代表2人に強く……それは強く一緒に来た人たちの口止めと元の世界でそれらを広めない事を固く固く約束させ、慎司に責任持ってアークレインに届けさせ元の次元世界に帰らせた。

 正直いきなりこんな事になってびっくりな3人だが……まぁ慎司は人の見る目あるし……とかある意味慎司らしいしまぁいっか……という感じに考えがまとまりそうな自分達も随分と慎司に毒されてるなぁと自覚しつつ何がしたかったんだと頭を抱える。

 

 まぁ慎司の場合意味あるように見える行動も突発的だったり無計画だったり楽しいからなってしまおうというな感じだったりするので考えるのは無駄だろう。多分今回は後者だろうし、困った物だが。

 

「まぁでもこれはこれ、それはそれだもんね……」

「な、なのはちゃん?」

 

 高町なのは清々しいくらいの笑顔を慎司に向ける。

 

「慎司君?あんな大勢な人連れてくるほど今日は暇だったんだよね?」

「え?別に暇ってわけじゃ」

「だったんだよね?」

「暇です、ついでにマックスも共犯です」

「兄貴ぃ!?」

 

 流石にこれらを管理局に報告は出来ない、つまりはある意味共犯者にされてしまったのでなのは達はそれはそれでお仕置きしないといけないと考える。

 

「模擬戦……しよっか?」

 

 慎司は今世に生を受けて初めてやりすぎたと後悔したのだった。

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 そんな馬鹿みたいな流れでたくさんボコボコにされた後にライダーキックも失敗すると言う恥を晒した訳だが。まあ、気分転換も含めた運動だと思えばいいかね……良くないけど。息を吐いてから服についた汚れを叩いて立ち上がる。そんな姿をなのはちゃんはジッと見つめてくる。うん?

 

「何だよ?どうかしたか?」

「いや、お仕置きとはいえマックス君の訓練にもなるから模擬戦したんだけど慎司君……魔法は使えないけど動きはちゃんと実戦向けだったなぁって。やっぱり体動かしてる時の慎司君も楽しそうだったし」

「そりゃお前、魔法を前にしたら意味ないって言っても曲がりになりにも管理局員で提督なんだ……体だって鍛えてるし基本的な体術くらいは身につけてるさ、それに体が動かすの好きじゃなきゃ柔道だってあんなに出来ないよ」

 

 つっても管理局でも形式でやる体術だから実戦になんて魔法前にしたら意味ない代物だからな。俺にはそれしか出来ないからやってるだけで。魔法を使える皆んなの方が圧倒的に実戦向けだし強い。隣でさらにしばかれてノびてるマックスを起きろっ!と叩いて起こしつつ呆れた顔して見学してたFW4人に宿舎まで運ぶのを頼んだ。

 

「さぁてと、おふざけの時間も終わりだ。皆んな大好きデスクワークの時間だぜ、あーめんどくせぇ」

 

 と、気怠げに声を上げてから俺は宿舎の方へと歩き出す。変な騒ぎ起こしたせいで忘れそうになったが遠征帰りだから色々書類やらまとめなければならないし忙しいのだ。忙しいのに何であんな騒動起こしたの?ていうツッコミは受け付けない。

 

「慎司君……」

 

 なのはちゃんに呼び止められる、何だ?お仕置きはもう勘弁して欲しいんだけどな。

 

「何で……柔道辞めちゃったの?」

 

 俺となのはちゃんの間に強い風が吹いてなのはちゃんの髪を靡かせる。近くにいるはやてちゃんとフェイトちゃんもなのはちゃんの言葉に顔を強張らせる。それは………俺が管理局に入隊してから一度もされなかった質問だったから。はやてちゃんも、フェイトちゃんも、アリサちゃんもすずかちゃんも何となく聞きにくかったのだろう、俺もそれに乗じて自ら理由を説明することは無かった。

 そんななのはちゃんが今、その俺たちの中ではもはや禁句とも感じてしまう事を聞いて来たのだ。

 

「っ……ごめん、私……」

「いいんだ、謝る必要はない」

 

 当然の疑問なんだから。そしてそれを説明する事なく皆んなの察しの良さと気遣いに甘えて説明してこなかった俺が悪い。俺が下手に『柔道』なんて口にしたんだ。自然にずっと気になって疑問を口にしてしまうのは仕方ないと思う。

 

「………勘違いはさせたくないから言うけど…」

 

 そう呟いて空を見上げる。晴れ渡る綺麗な青空だ、そんなよく見る光景に目を細めて懐かしさを覚えつつ

 

「俺は、夢を諦めたわけじゃないんだよ……」

 

 3人にそう言い放って俺はとぼとぼと訓練場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからまたしばらく経って業務に追われる日々を少し送る。あの後別になのはちゃん達とはギクシャクするような事はなく平常運転だ。あれだけのやり取りで態度に出るほど安い付き合いじゃないしなのはちゃん達も今はそれだけ聞ければいいってそん感じの事を目で伝えてくれていたからまたそれに甘える事にした。

 さて、そんな俺の事何かで頭を使ってる場合じゃなくいい加減色々皆んなも俺も切り替えた所でだ。先日のリニアレールの一件で回収したガジェット達の調査を任せていたフェイトちゃんとシャーリィ……シャリオ・フィニーノから連絡があった。どうやら進展があったらしくそれについて隊長陣と一部のスタッフのみで緊急会議を開くと連絡があった。幸い俺はアークレインではなく六課に勤務中だったおかげで会議には問題なく参加できる。

 といっても他の面々がまだ揃うまで時間が掛かりそうなので俺は時間潰しに物資の見廻りついでの散歩に興じる事にした。

 

 

 

 歩きながらあれこれ考えてると後ろから尻を軽く蹴られるような感覚がしたので慌てて振り向くと

 

「ヴィータちゃん?」

「よう、なに深刻そうな顔してんだ」

 

 ムスッとした様子のヴィータちゃんがいた。何だか機嫌が悪い?

 

「あれ?何か怒ってる?」

「アタシが今お前に何回声かけたか分かるか?」

「1582回?」

「4回だ!先に大きい数字出して怒りにくくしようとしてんじゃねぇ!」

「ちなみに1582年は本能寺の変があった年って言われてるらしいぜ」

「知るかっ!」

 

 ええー、日本の歴史が大きく動いた瞬間とか言われてんだから少しは興味持てよー。俺は興味ないけど。

 

「たくっ、それで?何回も声かけられても気付かれないくらい何考えてたんだよ?」

「オムライスを発明した人って偉大だなぁって」

「何だそれ」

 

 と、ヴィータちゃんは呆れるように少し笑う。

 

「…………お前が色々と何を抱えてんのか知らねぇけどあんまりなのは達を心配させんなよ?」

「そんな風に見えるか?」

「見えるさ、そうじゃなきゃお前そもそも管理局員になんかなってないだろ」

 

 まぁ、否定はせんけど。管理局に入隊するなんて俺も思っても見なかった事だしなそもそも。

 

「そんな色々抱えてると思ってる俺にヴィータちゃんは何を言いたいんだ?」

「別に、慎司は無理するなって言ったって無理するし隠し事するなって言っても隠し事する奴だってのはアタシだけじゃなく長い付き合いの皆んなはそう思ってるからな」

「あれ?めっちゃ厄介な人認定されてね?」

「それ抜きでもお前は厄介な人だよ」

 

 それはひどい。俺が一体何をしたと言うんだ、ただちょっと色々騒動起こして楽しんで生活してただけだろう。それがいけない?そんなぁ

 

「だから別にどうこう言いたい訳じゃないよ、慎司は厄介な友達だけど同時に信頼できる友達だからな。アタシも皆んなも慎司の事を信頼してるから何も言わない聞かないって事は慎司も分かってるだろうし。ただちょっと考え事してるお前みたらムカついただけだよ」

 

 わー、無茶苦茶な事言ってそうでめっちゃ嬉しいことも言ってくれてる。感動で泣きそう、ヴィータちゃん結婚しよ?

 

「結婚する?」

「キモいなお前」

 

 あ、普通に傷つく。泣きそう、泣きそうだけどヴィータちゃんらしくて嬉しいや。けど泣きそう。でも、そんなやり取りだけで互いに笑い合える関係ってのは本当に大事なものだ。

 

 ひとしきり2人で笑ってから俺は一呼吸終えてから

 

「んじゃ、会議終わったら久しぶりにやるか?」

「お、ポケ○ンか?それともスマブ○?」

「バト○ドーム」

「お前そんなん待ってたか?」

 

 超!エキサイティング!!なゲームは全部持ってるだよなぁこれが。ちなみに結局会議の後にはできなかったけど翌日の休憩時間にヴィータちゃんと本当にやったけどヴィータちゃんの感想は「微妙」の一言だった。ちなみに俺もそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるせえええええええ!!喧嘩すんなああああああああああ!!!!」

「誰も喧嘩してへんけど!?」

「うおおおおおおおおおおお!!」

「黙らんかいこのアホ!!」

 

 分厚い魔導書で頭を叩かれる。痛い、普通に痛い。

 

「会議中に何騒いでんねん!中学生か!?」

「バカにすんな!中学生だって会議中に騒いだりしない!!」

「じゃあお前は何なんだ!?」

 

 通りすがりの仮面………いや、今じゃないな。もっと大事な場面でこのセリフは取っておきたい。原作はめっちゃ使ってたけど俺はこの好きなセリフをここだっ!所に使いたいのだ。ならばここで言うべきセリフは

 

「やっちゃえ○産」

「地球での自動運転はまだ先の話やで、って何の話してんねんっ」

 

 流石エセ関西人、ナイスノリツッコミ。

 

「もう、慎司がいると話進まないよ……」

 

 と、壇上に上がり皆んなに説明している途中だったフェイトちゃん。ヴィータちゃんとの談笑で時間を潰してから予告通り緊急会議の最中だ。まぁ、騒いだのは許してくれ我慢できなかったんだ。

 ちなみに会議の参加者ははやてちゃんになのはちゃん、フェイトちゃんのいつもの3人にそれぞれの副隊長を務めるヴィータちゃんとシグナムにシャマルと相変わらず獣姿のザフィーラ、リインフォースにちみっこと昔からのいつもの面々と言った所か。

 

「ごめんごめんフェイトちゃん、続けてくれ。この後焼肉の話だっけ?」

「もう黙ってね流石に」

「ごめんなひょい」

 

 隣に座るなのはちゃんが首にかけたレイジングハートをチラつかせながらニコッとした顔でそう言う。やめて、もう魔力弾あびるのは懲り懲りよ。

 

「それじゃあ仕切り直して……」

 

 フェイトちゃんは友人である俺達を前にしてもちゃんと部隊の会議という雰囲気を保つため丁寧にそれに似合った口調で残骸ガジェットの調査で分かった進展を説明してくれる。そう、俺達が追っているレリックを狙う謎の組織……そう呼称するしか無かった大元の人物を。

 

「ジェイル……スカリエッティ…」

 

 静かにそう呟く。ジェイル・スカリエッティといやぁ罪状が数え切れないほどある超広域指定されてる一級次元犯罪者の名前だ。んで、まぁフェイトちゃんの出自とかでも因縁がある相手だ。とにかくそのジェイル・スカリエッティが大元なら……なるほど、フェイトちゃんがスカリエッティのデータをモニター化してくれた物を見ると明らかだが彼の白衣の姿を見る通り強い力を持った魔導師としての次元犯罪者というよりドクター……研究者としての力を持った犯罪者なのだ。彼が件のガジェットを開発し差し向けていると思えば納得もいく。

 まぁ、同じ研究者の俺のママンが聞いたらめちゃくちゃ激怒しそうだけど。けど多分……スカリエッティだけじゃないだろうなぁ…黒幕はスカリエッティでも様々な協力者や他にも………うん、そうじゃなきゃ俺の中で色々説明がつかないからな。

 

「レリックを追っている次元犯罪者がスカリエッティだと確定するとしてだ……奴の目的には心当たりはあるのか?」

 

 と、素朴な疑問をフェイトちゃんに投げかけるが

 

「色々考えられる事はあるけど……どれも推測の域を出ないんだ。正直何とも言えないって言うのが現状かな」

「そうか、まぁマッドサイエンティストの男を理解する事なんか無理だろうしな。仕方ねぇ」

 

 フェイトちゃんは何年か前からスカリエッティを追っていたと聞いたから何か分かるかなと思ったが流石に無理な注文だったようだ。だか、スカリエッティが関わっていると分かっただけでも大きな進展と言えるだろう。

 

「それじゃ、今後の機動六課はジェイル・スカリエッティの捕縛を目標に今後動いていく……改めてそう言うに風に定めて動いていこか?」

「そうだね、他に手掛かりもないしスカリエッティが関わってるのは間違いないと思うから」

 

 はやてちゃんが纏めるようにそう発言するとなのはちゃんの言葉を筆頭に皆んな頷く。一応確認として俺ははやてちゃんに向かって言葉を紡ぐ

 

「他のスタッフにはいつ周知させるんだ?」

「すぐ……と言うわけにもいかへんからね、もう少し話を纏めて上層部に報告してからになるかな」

「まぁ妥当か…」

 

 早いに越した事は無いがちゃんと順番っていうのは踏まないといけない。組織特有の息が詰まるような手順だがまあ仕方ないか。俺も参加してるリインフォース以外のアークレインメンバーにはその時一緒にこの事は話すとしよう。

 

「それじゃ、今日はもう遅いし明日もあるから解散しよか?」

「ああ待て待て、俺から一ついいか?折角皆んな揃ってんだ……リインフォース、例のものを」

「分かった」

 

 わざとらしく指をパチンと鳴らそうとするが綺麗にならず変に鈍い音が響く。それを見て微妙な顔をするなのはちゃんに威嚇しつつリインフォースから少し重みを感じる綺麗に包装された袋を受け取る。

 

「それは?」

 

 フェイトちゃんの疑問に俺は言葉は発しないで表情をニヤリとだけして返す。ふふん、まぁ洒落たものでも無いけど前々から皆んなに渡したかった物なんだよね。

 

「コイツさ」

 

 と、袋から一つ取り出してみんなに見せる。それは小瓶、小さい頃星の砂とかそう言うのが入ってお店で売っていたのを見た事あるだろう。それくらいの小さな小瓶。それに引っ掛けられるように丈夫な紐をつけた物だ。中身も一応ある物が入ってる。「ほらっ」とその一つを1番近くにいたなのはちゃんに投げ渡す。慌ててキャッチするなのはちゃんはその小瓶の中身をジッーと見つめてからハッとしたような顔をして

 

「これ、もしかして……」

「流石なのはちゃん、察しがいいな。そうだよ、それは俺の……『リンカーコア』のカケラだ」

 

 俺の特別なリンカーコア……最後まで正しい方法で使ってやらなかった俺の体の一部。リインフォースを救う代償でこれは粉々に砕け、その残骸を母さんが魔法で綺麗に集めてくれてずっと特別なケースに保管をしてた。現状俺のリンカーコアの破片やカケラ、中には砂状になってる物も含めるとリインフォースの体の中、そして殆ど効能を失った一欠片が俺の体の中にある。それ以外の破片をこのままずっと保管しておくのもどうかと思ってこうやって小瓶に少しずつ詰めたのだ。

 

「その小瓶に少しずつ俺のリンカーコアのカケラが入ってる。小瓶も魔力で頑丈になってる特別性だ。皆んなには……これを持っていて欲しいんだ」

 

 そう言って皆んなに一つずつ渡す。リインフォースにも用意するつもりだったのだが彼女は事前にそれは要らないと言ったのだ。

 

「私の体の中に未だ私を救い続けてくれてるお前のカケラがあるんだ……私はそれで十分だ」

 

 そう嬉しそうに言ってくれたリインフォースの顔を思い出す。ちなみにちみっこにはちゃんとちみっこ用のサイズに合わせた物を用意してるので抜かりない。

 

「うん、慎司君がそう言うならありがたく貰うね。けど……どうして突然?」

 

 なのはちゃんの当然な疑問に皆んなも同意なようで頷いてる。まぁ、急にこんなの渡されたら困惑するもんな。だから俺も正直な気持ちで伝える。

 

「俺はさ、やっぱり皆んなと一緒に前線に立って闘う事はできないからさ……せめて俺の一部を、俺の思いを持ってて欲しいんだ。邪魔じゃなければ、出来れば肌身離さず、闘いの場でも持ってて欲しい。俺と一緒に、俺の想いと一緒に闘って欲しいんだよ」

 

 女々しいくらいに俺はいつも一緒に闘えない自分を恨めしく思う時が何度もある。自らその道を閉ざしたくせに、未だそれに悩む俺がいるのだ。どうしようもないって理解してる、だからこそ今までだって俺が出来る事を最大限にやってきた。それでも、同じ管理局員で同じチームとして皆んなとやっていくなら……どうしても……。

 

「まぁ、御守り代わりとでも思っててくれよ。俺からの皆んなへの餞別みたいなもんさ」

 

 俺がそう語ると受け取ってくれたみんなは頷きあってその小瓶それぞれ体に身につけてくれる。首にかけたり、腕に巻いたり様々だった。そして笑顔でみんな俺に言ってくれる。

 

「これがなくても私はお前と一緒に闘ってるつもりだったのだがな……慎司がそれで安心してくれるなら喜んで持っていよう」

 

 シグナムのまっすぐな言葉に笑顔を向けて

 

「ありがとうございます慎司君……大事にしますね」

 

 優しくそう告げてくれるシャマルに「おう」と照れ臭く返事をして。みんながみんながそうやって俺の想いを汲んでくれた。ずっと……ずっと寂しかった、管理局員になって提督になってから俺はずっと寂しい想いを抱いてた。自ら選んだ道だったけど、やっぱり全然皆んなと会えなかったのは寂しかったから。

 なのはちゃんでさえ半年に一回会うかどうか。地球にはずっと帰ってない。アリサちゃんやすずかちゃんと再会した時にはめちゃくちゃ怒られるんだろうな。高町家の皆んなとも会いたいし、地球でのクラスメイト達とだって会いたい。それを押し殺して頑張ってるんだから………なぁ、まだ頑張れるよな俺。

 

「慎司君、慎司君がどう思っていても私達はこの機動六課で一緒のチームで仲間で友達だよ。どんな所でも、どんな戦場でも、闘いじゃない場所でだって私達は一心同体で頑張るから……慎司君も同じ気持ちでいてくれると嬉しいな」

 

 そうニコッと可愛らしい笑顔を俺に向けながらレイジングハートと一緒に俺の小瓶を首に掛け、その想いを胸に抱くように服の内側に持っていくなのはちゃん。ああ、ありがとう。君はいつも、そうやって俺を勇気づけてくれる。

 

 まだしばらく俺は頑張れそうだ、みんなのおかげでな。

 

「よっしゃ!皆んなも受け取ってくれたし……最後に言わしてくれ」

 

 清々しい気持ちだ。皆んなの想いを受け取って、俺の想いを受け取ってもらって……ああ、ずっと会えなくてもやっぱり俺達は大切な友達なんだ。そんな当たり前だったはずの想いを胸に抱いて俺は言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2980円になります」

 

 

「「「「「「いや金取るんかい!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 いつもの照れ隠しなのでご愛嬌で。

 

 

 

 

 

 






 いつも閲覧ありがとうございます!

 作者の近況は最近仮面ライダーアギトの大人用ベルトが届いて最近はずっと変身遊びをしております。カッケーぜやっぱり


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ホテル・アグスタにて

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様、こちらお着替えになります」

「おう……ってソフィ、お前なんで俺の部屋にいるんだよ出てけ」

「私は常にご主人様と共にあります」

「嬉し恥ずかしい事を相変わらず無表情に言うねお前は、こらズボンに手を掛けるんじゃない。着替えくらい自分でする、折角だからコーヒーでも準備しててくれ」

「かしこまりました」

 

 指示すればちゃんと遂行してくれるから普段の俺への舐め腐りっぷりを許してはいるけど流石に最近酷い気がするぞソフィ……口では言わんけどさ。………まぁ、甘えたい年頃か。そんな事を考えつつ俺はいつもの六課の制服に着替えて早朝の準備をする。

 ジェイル・スカリエッティの捕縛を目標と定めてからまたしばらく経ったある日、今日は機動六課の総がかりでの任務だ。この間のアラートのような緊急任務ではなく上からの要請があっての任務となる。

 

 そんな今回の任務は『ホテル・アグスタ』で行われる骨董美術品オークションの会場警備と人員警護となる。このオークションでは取引が許可されているレリックと同じロストロギアもいくつか出品されるらしくその反応をレリックと誤認してガジェットドローンが出てくる可能性が高いと危惧され機動六課に白羽の矢が立ったのだ。

 

 まぁ、こう言うオークションなんか禁止品の密輸なんかの隠れ蓑なんかにされたりするからなガジェットを抜きにしても任務としては気を張らないといけない。

 

「ソフィ、お前は準備出来たか?」

「はい、滞りなく」

「いや、メイド服で行く気かお前」

「なるべく上品な物を選びました」

「無表情なりにムフーっとした雰囲気感じるぞお前……メイド服って言ってもなお前……いや、ある意味そっちの方がいいか?」

 

 キャピキャピしたメイド服じゃないし、お手伝いさんと言うよりはお付きの人って言う印象を持てるかも。でもメイド服だしな……まぁいいか、目の保養になるし。今回の潜入警備にもあってるかもしれん。

 

「堅っ苦しいなタキシードは、よくこんなの着てられる人がいるもんだぜ」

 

 ソフィが用意してくれた着替えを身につけた感想である。今回俺とソフィ、シグナムとヴィータちゃんは前線メンバーよりも1日早く現場入りだ。ヴィータちゃんとシグナムは六課の制服で堂々と巡回と警備を、俺はオークション参加者の金持ちとして、ソフィは俺の付き人として2人で内情の警備だ。前日入りする理由は予め俺がそのオークション品をチェックするからである。さっきも言った通りレリックを追う俺たちの本来の任務とは別に普通に犯罪抑止の為の任務でもあるからな。

 てな訳で非戦闘員である俺とソフィが選ばれた。明日のオークション当日にははやてちゃんも含めた前線メンバーが合流してくれるがリインフォースとマックスは留守番というか今頃アークレインの任務の次元遠征に行ってるだろう。また調査と言う名の監査だろうな、最近また新しく次元世界発見しちゃったからなてへぺろ。

 どちらにしろ戦力過多と思われないようにする為に2人は連れてけなかったが。

 

「よし、んじゃそろそろヘリポートにいくかソフィ。ヴァイスも待ってるだろう」

「かしこまりましたご主人様」

「………ホテル内では絶対そう呼ぶなよお前」

「なんならおぼっちゃまと?」

「ご主人様でいいよくそが」

 

 結局潜入するならそのほうが違和感ないじゃないかちくしょうめ。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

「うーす、お待ちしてましたよ慎司さん……中々似合ってるじゃないすか」

「そう思うなら笑いを堪える必要はねぇよなヴァイス?」

「お、怒らないでくださいよ……違和感はないっすから平気ですって」

「たくっ……ほら、さっさと行くぞ」

 

 そう言いながらヘリに乗り込む。

 

「ヴァイス様、よろしくお願いいたします」

「あいよソフィアさん、なるべく快適な空の旅にしますんで」

 

 人のいい笑顔でそう言うヴァイスにもソフィは相変わらず無表情で頭を下げるだけだった。ヴァイスもいい加減ソフィの愛想の無さとだからと言って心が冷たい訳ではない事は分かってくれてるようで機嫌を損ねた様子もなくヘリを出発させた。

 

 ヘリはいつものゴリゴリの軍用ヘリではなくいかにも送迎用の高級感があるヘリだ。まぁ、ちゃんと魔力が編まれた装甲持ちのヘリではあるが。いつものヘリで行ってしまったら管理局の関係者ですっ……て堂々と宣言してるようなもんだしな。それが理由でヴィータちゃんとシグナムも別ルートでアグスタに向かっている事だろう。

 

「昨日もこっちは慎司さんの話ばかりでしたよ、ヘリの整備しながら皆んなで」

「へぇ、どんな?」

「先日沢山の六課スタッフ巻き込んでゲーム大会開いてたじゃないすか、あれの話とかその前の……」

「あぁ……ピコピコハンマーで隊長陣どれだけどつき回せるか大会か?」

「それっすそれっす、皆んな最初のシグナムさんで捕まってボコボコにされるだろうなって予想してたんですけど」

「その予想を裏切って1日掛けて隊長陣全員に10回は叩いたからな俺」

「いやぁ、皆んな流石慎司さんだって大笑いしてましたよ」

 

 その後だいぶ皆んなから酷い目にあったけどね。まぁ楽しかったからいいけど。反省も後悔もしないのが荒瀬慎司クオリティである。ただのお子ちゃま?そんなぁ。

 

「マックスも慎司さんといる時はよく面白い事やらかしてくれますし、リインフォースさんは天然で笑わせてくれますし、ソフィアはいつもメイド服だからそれだけで面白いですし。いやぁ、アークレインのメンバーは皆んな笑わせてくれて毎日楽しいですよ」

「おいおい、ウチはお笑い芸人事務所じゃねぇんだよ」

 

 まぁ俺らとの時間を楽しんでくれてるのなら何よりだけどよ。そんな感じでヴァイスの隣で談笑しながらアグスタに向かう。それにしても未だにタキシードを着ている違和感が拭えない。破っちゃおうかな

 

「そういえば前から気になってたんすけど」

 

 そんな下らない事を本気で実践しようとしていた矢先にヴァイスが少し声を抑えて後ろにいるソフィをチラッと見ながらそう口を開く。ソフィは俺達が楽しそうに話していても表情を変えないままヘリから見える空の景色を眺めていた。

 

「ソフィアの事皆んな全然知らないんですよね」

「……まぁアイツは自分から色々話すタイプじゃないからな」

 

 あの愛想の無さは出会った頃から変わってないしな。

 

「出身地も魔力値も、経歴全部知らないっスからね。本人が話したがらないなら別に分からなくてもいいんスけど」

 

 ヴァイスなりの気遣いなんだろうな。わざわざ俺にこうやってその話をするのは。

 

「慎司さんは、どこでソフィアと?」

 

 まぁ、気になるようなぁ。アークレインのメンバー以外は誰もしらないし。

 

「ソフィは……ちょっと訳ありなんだよ」

 

 俺はそう言うだけでそれから特に言葉を追加しなかった。彼女がどうして俺とアークレインのメンバーとして働いてくれて、どうして俺の下について来てくれてるのか……そんなの理由や経緯なんてどうでもいいんだ。大切なのは理由じゃなくてそうしてくれてる事事態なんだから。

 

「なるほど、それじゃあしょうがないっすねぇ………」

 

 ヴァイスが静かにそう呟き、俺はそれから会話を再開させる事なく目的地まで移動する。多分ヘリの中の騒音じゃ俺達の会話なんか全く聞こえなかっただろうけどソフィは最後まで表情を変えずに外の景色を眺めているだけだった。

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 ヴァイスにお礼を告げてアグスタに降り立つ。ヴァイスはこのまま六課に戻り明日にはなのはちゃん達をここまで連れてくる事だろう。さて、こっちは一足先にお仕事開始といたしますか。

 

「行くぞソフィ」

「はい、ご主人様」

 

 結局ホテルでもご主人様呼びかよと内心思いつつ他の富豪達に混じってホテル内を散策する。オークションは明日だけど参加する富豪達も前日にホテルに訪れ出品予定の品々を見定めている、まぁメインの出品物は流石に当日まで表に出す事ないだろうがな。色々珍しい光景だからキョロキョロと落ち着かなく見渡したくなる衝動を抑えてあくまで景色に溶け込むように振る舞う。

 

「さて……と」

 

 ソフィを少し離れた所に下がらせて周囲を見てるように指示する。既に潜入捜査は始まってるからな、俺が出品物を検閲してる間に怪しい者がいないか観察させる。流石に今ここであからさまに怪しい奴を見つけるのは難しいだろうがそれを釣り上げるのが俺たちの仕事だ。

 どれ、餌でも撒いてみるか。とある出品物に手を伸ばして触ろうとするフリをする……が上手く違和感がないように動かして考え込むように手を顎の下に持っていく。こちらから視認できたので俺が手を動かした瞬間にピクッと反応していたのがホテル側が用意した管理局とは関係ない一般警備員数名。この人達の反応は問題ない。どれ、もう少し釣り糸を深く垂らしてみるか

 

「………」

 

 ジッーとその出品物を凝視する、見た目は価値のありそうな壺陶器の骨董品。が、他のオークション品と見比べると少々見劣りを感じる代物だ。このオークションの一つの出品物としては少々荷が重い気がする。

 一眼見たときから気にはなっていたのだ、こんな物に頼るのは良くないが言うなれば直感だ。色々頭の中で考えながらも俺はその骨董品を目を離さず眺め続けながら感嘆としたような声をあげるフリをする。まぁ、美術品を見る目を持ってないからこれが本当に骨董品として素晴らしい物なのかどうかなんて分かるわけないが。だが、その動作で俺がその骨董品に興味を持ったと勘違いする物がいたようで

 

「失礼、こちらに興味がおありで?」

「………ええ、何故だが惹かれるものを感じるんです」

 

 まんまと餌に釣られたスーツを着た男性に声をかけられる。男性はにこやかな表情を浮かべて俺の言葉を聴くと一瞬ぴくりと瞼が動いた………よし。

 

「貴方はオークションの主催者側の関係者で?」

「はい、よく分かりましたね」

「いえ、わざわざ声を掛けるのは主催者側の方でしょうから」

 

 ボロを出したな……悪いがオークション関係者の顔は既に全員頭の中に叩き込んでんだよ。念のためにな。タキシードのネクタイの皺を直すように結び目に触れて軽く調整する。合図だ、その合図を送った後さりげなくソフィを見るとソフィはハンカチを取り出してそれを額を拭うように動かす。

 ややこしいが合図を確認したソフィからの合図だ。これで釣り糸の引き合いは十分だろう。あとは一気に釣り上げるだけだ。

 ソフィが席を外した事を確認しつつ俺は自然に言葉を紡ぐ。

 

「この品を観察してる時にわざわざ声をかけたという事はこの品について何か?」

「ええ、貴方様が大変興味深そうにこちらをご覧になっていたのでお節介とは思ったのですがこれについて説明しなければならない事がありまして」

「ふむ、今回のオークションの出品物の情報は一応調べてはあるのですが」

「本当はオークション当日に発表される事なのですが、そちらを気に入った様子でしたので特別に……と」

「なるほど…………」

 

 思案するようなポーズを取り考え込む素振りをする。………………これくらい時間が経てば充分だろう。

 

「分かりました、ここでは少々騒がしい……そうですね、静かな所でその話を聞かせてもらえませんか?」

「ええ、構いません。ご配慮痛み入ります」

 

 そう頭を下げる男性だがいかんせん下げる直前に耐えきれないように口元が緩み好都合だと言わんばかりの表情を読み取れた。全く……そんなんで隠してるつもりかよ。

 

「話に適した場所に覚えがあります……こちらへ……」

 

 そう言って少々不自然だが俺が先導して2人で歩き出す。まぁ、これくらいの相手ならこんな形で平気だろうな……。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………。

 

 

 

 

 

 

「クソ!放せ!お前らこんな事してっ……」

「大人しくしてろって……あったあった、通信端末」

「くっ!」

 

 その後男性を人気のないホテルの裏に誘導した後そこに待ち構えていたシグナムとヴィータちゃんによって男は取り押さえられ、ホテルの来賓室に人目を忍んで連行する。いやぁ、管理局と理解した瞬間のこの男の顔は傑作だった。

 

「おい慎司、お前が言うからこの男を取り押さえているが大丈夫なのか?もし潔白だったら大変な事になるぞ」

 

 男の関節を極めて涼しげな顔して身動きを封じてるシグナムに大丈夫だよと返す。ていうかその動きの封じ方はもはや完全に信じてくれてるって事じゃないか。信用は嬉しいがもっと手心を加えてやれよちょっと可哀想だろ。

 

「ははあ、やっぱりな」

 

 こういう色々甘い奴は念のためって行動を全然しないからな。やっぱりログが残ってる、密輸組織との個人的なやり取りのログが。自分が捕まるなんて全く考えなかったようだ、ってことはあの骨董品はガワだな。

 

「ヴィータちゃん、責任者に事情を説明してあの壺みたいな奴持ってきてくれねえかな。こいつ密輸に加担したアホ犯罪者だ」

「分かった、ちょっと待ってな」

 

 小走り部屋を出て行くヴィータちゃん見送る。しばらく待っている間男の罵声が耳についたがソフィが入れてくれたコーヒーに舌鼓をしてるとヴィータちゃんはすぐに帰ってきた。

 

「ホレ、持ってきたぞ」

「サンキュー」

 

 と、ヴィータちゃんから受け取った壺の骨董品、俺はそれを指先でトントンと軽く叩く。芸術の感性は乏しいからそんな事しても何か分かるわけではない、俺は仕方ないかと諦めてそれを地面に叩きつけた。陶器が粉々に割れる音が部屋に響き渡る。

 

「バッ……何やってんだよお前……」

 

 呆れた様子のヴィータちゃんに平気平気と手をひらひらさせて陶器の中にあった円形のよく分からない物体を手に取る。これは………

 

「ロストロギア……やっぱり密輸だったか」

 

 これをオークションを介してどうするつもりだったかは様々な予測がたてられるがそれはこいつを取り調べ官に引き渡して完全に投げればいいとしてだ………これを購入しようとした奴を見つけるのは……。

 

「ちっ、ログにはないか」

 

 こいつの仕事はあくまで怪しまれないようにオークション品としてロストロギアを隠した骨董品を依頼者に売りつけること。端末に依頼主の情報はないしこいつも教えられてないだろう。トカゲの尻尾切りだ。

 その依頼主がわざわざオークションを利用したのはまぁ色々と考えられる理由があるが。こいつはどこかのタイミングで俺が割った壺の中にロストロギアを隠し、明日のオークションで依頼主が落札するまでこれを見張ってたわけだ。

 俺に声を掛けたのは壺を気に入ったと思っている俺という入札のライバルになり得る存在をどうにかして入札を諦めさせるか、あるいは実力行使で物理的に入札させないようにしたか………依頼主にはなるべく安く落札させる為の措置だろうな、密輸の報酬にも関わってるんだろう。それで捕まるんじゃ世話ないがな。

 

「この分だと探せばまだ証拠は見つかるだろうな………シグナム、さっきここに知り合いの本局の密輸対策班呼んだからそいつらにこのアホ突き出しといてくれよ。騒ぎにならないように裏口に一般人に扮して来るから間違えないようにな」

「む?分かった、随分手際がいいな慎司は」

「これくらいできなきゃ提督なんてやってられねぇよ」

 

 と、気障ったらしく肩をすくめて見せる。

 

「俺はまた潜入警備に戻るから2人とも後は頼むな……ソフィ、行くぞ」

「はい、かしこまりました」

 

 2人して部屋を後にし無言で人気のない廊下を歩いてしばし思案する。………それにしてもいくらなんでも雑過ぎないか?密輸を実行するには余りにも目立つ。それに大型オークションの品に紛れさせて禁止品を依頼主の元に輸送するっていうやり口はよく聞くがそれにしたって粗さが目立ちすぎる。

 さっきの工作班は素人に毛が生えた程度のレベルだし自身に端末を持たせてさらにはログを残しておくなど特大な爆弾を抱えてるのと一緒だ、捕まえてくださいっていてるようなものだし新手の自白かとも思うほどだ。

 

「………考えすぎか?」

 

 しかし……いや、考え過ぎなのが丁度いい。如何なる事態にも、陰謀にも備えなきゃいけないのだから。

 

「ソフィ、戻る前にいいか?話がある」

「っ?また、念の為ですか?」

 

 立ち止まったソフィは無表情のままそんな事をいう。多分心の中ではため息混じりな表情を浮かべてそうだが。

 

「ああ、念の為だ。ちょっち耳貸せ」

「ひゃあん、息がくすぐったいです」

「そんな棒読みの『ひゃあん』初めて聞いたぞ」

 

 真面目に聞け変態メイドが……いや、変態じゃなくてソフィなりのジョークだろうしそもそも本当のメイドじゃないし。それはいいんだ全く。俺はゴニョゴニョとソフィに伝える、途中また棒読みで喘ぎやがったので流石にデコピン3発くらいかましておいた。

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではよろしくお願いします」

「はい、お疲れ様です」

 

 慎司の知り合いだという密輸対策班の中年ほどの魔導師に件の男を引き渡して敬礼で見送る。その人が見えなくなった所「ふぅ…」とシグナムとヴィータは2人して気が抜けたような声を出す。

 

「あいつ、管理局にどれだけ知り合いいるんだよ」

「そうだな……まあ慎司らしいと言えるだろう」

「だとしても多すぎだろ」

 

 と呆れた様子のヴィータにシグナムも同意するように呆れ顔を披露する。この間は……何だったか…。

 

「あいつ六課のスタッフの何人かが誕生日だって言って食堂占拠してやりたい放題やってただろ?」

「ああ、その後主はやてに叱られていたが」

「あのどんちゃん騒ぎにいたメンツ、慎司が場を盛り上げるために連れてきた本局の魔導師も混じってたんだよ」

「見覚えのない者がいるとは思っていたが……」

「ちなみに管理局の上層部の人間も混ざってたって言ってたぞ」

「何をやっとるんだアイツは……」

 

 ちなみにその人物は地球のメイド服という文化にさぞ興味を示したらしい。慎司の知り合いとなったきっかけと大いに関係しているのは言うまでもないだろう。

 

「まぁ、アイツが何処でどんな交友関係を築こうが知ったこっちゃねぇけどさ」

「何だヴィータ、嫉妬か?」

「んなんじゃねぇよ!」

 

 冗談めかしてシグナムはそう言うがヴィータは少々語気を荒くして答える。一呼吸おいて自身を落ち着かせてからヴィータは「ただよ……」と続ける。

 

「この4年間……いや、アイツが中学を卒業する前から6年くらいめっきり会う機会減ったじゃねぇか」

 

 ヴィータの言う通りある時を境に慎司は自身の忙しさを理由に人と会う時間を減らしていた。共に学校に通うメンツは変わらずほぼ毎日顔を合わせていたがそれ以外の友人達は会う機会がめっきり減ったのだ。そしてそれは卒業後まで続いた。

 

「柔道を本気で頑張ってたからそれが理由なら分かる……けど、急に分かりやすいくらい遊びに誘っても乗らなくなったら戸惑うだろ?」

「まあ、確かに私も正直に言えば寂しいと感じたが…」

 

 いつも周りを楽しませてくれる存在で自分達も共にあることを楽しんでいたのだから急に会わなくなれば寂しさも感じるだろう。しかし、柔道が原因であると思えばおそらく違うと言うことは察せられた。証拠に彼はあれだけ熱を入れていた柔道に……中学最後の大会で再び全国制覇を成し遂げたのにも関わらず彼は柔道界から姿を消し管理局の局員という道を歩み出した。

 

「いくら慎司でも、入隊して一年で提督なんて馬鹿げてる。アイツの両親の口添えがあったからって異常だ。多分、俺達とめっきり会わなくなった時からもう準備を始めてたんだろうな……」

 

 その事は口にしないだけでヴィータだけでなく古い付き合いの皆は全員何となく察していた。それでもその短期間で提督になるのも十分異常だし、それをしながら全国制覇をしてしまうのも頭おかしいよなってヴィータは笑いながら言う。無茶苦茶な所はやっぱり変わらないと。

 

「それでアタシ達と会わない間、アイツはアイツで交友……めちゃくちゃ友達増やして楽しんでる。悪い事じゃないけどなんか……なんか気に入らなねえんだよ」

「なんだ、やはり嫉妬じゃないか」

「嫉妬じゃないー!」

 

 そんな風に言うシグナムであったがなんとなくヴィータの気持ちは分かっていた。ヴィータのそのモヤモヤは嫉妬ではない。嫉妬などではなく心配してるのだ、慎司が何かを抱えて行動を起こしてる事は明らかだ。そして、それを私達にわざと打ち明けない事も理解している。

 だからヴィータはモヤモヤしている、慎司が純粋に心配なのとどうして自分を頼ってくれないのかとちょっとの怒りを覚えて。シグナムも似たような気持ちを抱いているから分かる。そして恐らく、ヴィータも何となく自分の気持ちは理解してるはずだ。言葉にしないだけで。なら何故自分達はその感情を、想いを慎司にぶつけないのか。

 自分とヴィータだけじゃない、昔馴染みの全員はそれを理解しつつ直接それを慎司ぶつける事をしないのは勿論理由がある。

 

「……だが、それでも信頼してるのだろう?」

 

 ヴィータに向けて放った言葉が全てだった。今更自分達は慎司を疑う事などない、妄信してるわけではなく確信してるのだ。慎司が打ち明けないのはちゃんと理由がありそしてそれは身勝手な理由ではなく必要な事だという信頼。

 そして何かを成し遂げようとしている慎司なら絶対に失敗などしないと言う信頼。皆それを慎司に抱いてるからこそ何も言わない。

 言葉にしなければいけない事はある、きっと慎司もそれは理解してる。けど、それを分かってて慎司は言葉にしない。言葉にしちゃいけないのか、それとも分かってくれると期待してるのか。どちらにしろ慎司を信頼してる自分達は……

 

「慎司がちゃんと言葉にしてくれるのを待つ……慎司相手ならそう思える。だろ?」

「………たりめーだろ」

 

 やっぱりヴィータはどこか拗ねたようにそう言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、俺は改めてオークション品やら施設を散策するようにして警備システムなんかを見て回ったが特に収穫なし。そこらへんは明日合流するなのはちゃん達も見て回る事だし簡単でいいだろう。それならば潜入警備として一応の役目を果たすために、目立たない程度にもう少し歩いて見て回るとしよう。

 

「ソフィ、もう少しだけ見て回るぞ。疲れてないか?」

「はい、問題ありません」

「よし、ならその調子で一歩下がって俺について来い。あくまで今日のお前は金持ちの男の従者なんだからな」

「普段から私はそのつもりですが」

「俺はそんなつもりねぇんだよ」

 

 と、怪しまれないようにそんな会話をしつつもう少し歩き回る。しばらくして、人が多い所はもう全て観察し終わった所で俺は時間を確認して考え込む。うーん……明日もあるしそろそろ人がまばらになる時間だ。潜入警備を任されてるからにはこれ以上目立つのは避けなきゃな。ソフィに今日はここまでだと告げて一人でホテルであらかじめ取っておいた部屋に戻るように言う。

 

「ご主人様は?」

「ちょっと野暮用だ、男同士で積もる話もあるんだ」

 

 そう言ってソフィを一人で部屋に帰す。さて……と。俺も行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 ホテルの関係者室に赴く。ちなみに無断である、管理局の人間だと言えば許可は取れるだろうが今の俺はあくまで潜入中、一般人を装う。俺の事を怪しんでる奴はいなさそうだしここまで来ればとりあえずは気を抜けても平気だろうが。実はさっき知ってる顔の後ろ姿を見つけたのだ、オークションの資料の関係者一覧には載ってなかったからびっくりしたがなるほど……確かに今回のオークションには適任の人物だろう。てな訳で、そいつが入って行った部屋をノックもせず乱暴に蹴り開ける。

 部屋にソファで休憩してるその人物は「うわっ!?」と素っ頓狂な声をあげてこちらを見てさらにびっくりする。

 

「し、慎司!?」

「よう!フェレット・スクライア!元気だったかー!!」

「ユーノだよ!わざとやってるよね!?」

「んな事聞くまでもないだろ淫獣」

「淫獣!?」

 

 そう、ユーノ・スクライア。かれこれ彼と会うのは数年振りなってしまったがそれでもずっと変わらない友人だ。

 

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

 

「まぁ、相変わらず元気そうで何よりだよ」

 

 苦笑いを浮かべながらユーノは俺にコーヒーを差し出してくれる。俺はユーノの対面に座りコーヒーに舌鼓しつつ積もる話で盛り上がる。

 

「それで?どうしてここに?」

「聞いてないか?明日のオークション、警備に機動六課が入る。俺は前日入りして潜入警備だよ」

「そっか、だからタキシードなんだね」

「どうだ?意外と似合うだろ?」

「全然」

「投げ飛ばすぞこの野郎!」

 

 ここで二人で笑い合う。いや、普通にユーノに会えたのは嬉しいな。ずっと会えなかったから。ちなみにユーノは今回のオークションの鑑定士として呼ばれてるらしい。

 ユーノは管理局の無限書庫の責任者として、さらには考古学者としての実績を上げて日々頑張っている。ただでさえ俺も忙しくて会えなかったがさらにユーノもアホみたいに忙しい身だからそれがさらに加速して数年という期間が空いてしまったのだ。

 

「まぁ、明日はユーノも六課もお仕事本番だからな。ユーノがなのはちゃん達ともゆっくり話せるのはオークションが終わった後か」

「そうだね、まぁ楽しみにしてる」

「スケベな目で女性陣見んなよ?」

「見ないよ!僕を何だと思ってるんだ!」

「斉藤さんだぞ」

「誰っ!?」

 

 頭の薄い面白い人だよ。

 

 

 そんな感じでついつい話し込んでしまい時間も時間なので俺はユーノに一言礼を言ってから自分の部屋に戻ろうと退室しようとする。

 

「慎司」

 

 直前、ユーノに呼ばれて振り返る。彼は何だか疲れた顔をしてる……いや俺のせいかごめん、からかいすぎた。

 

「……久しぶりに会えてよかった。色々聞きたい事も本当はあるけど……うん、僕が言えるのはこれだけだ」

 

 

 

…………………頑張ってね。

 

 

 

「……………ああ、お前もな」

 

 そう言い残してユーノと別れる。

 

「たくっ、アイツは……」

 

 そういえば、ジュエルシード事件の最後でもアイツの言葉に救われたっけなぁ……。全く……会えてよかったよ。

 ああ、そうだな…お前に頑張れって言われたんだユーノ。俺は、まだまだ頑張れる。お前のおかげで………俺はこの先もきっと頑張れるし踏ん張れる。些細なその言葉でも十分俺の励みだ。

 

「………頑張るよ、ユーノ」

 

 そう呟いてから緩んでいた顔を引き締める。さぁ、明日はいよいよオークション当日だ。気を引き締めてかかろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ポケモンレジェンズ今更予約した。楽しみやー


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動き出した物



 時間空いちゃった。アルセウス捕まえるのに時間が掛かったのとアナザーエデン を再開したせいだ断じて俺は悪くない。悪くない………体に負荷がかからない都合のいい精神と時の部屋が欲しいです。


「本日は晴天なりいいいいいいいい!!!ドレスコーデの3人娘のおなあああああああああありいいいいいいいいいいい!!!」

「「「うるさっ!」」」

 

 てな訳でオークション当日である。場所は六課用に用意してもらってる控え室、ここなら騒いでも平気だ。俺のテンションも爆上がりである、いやね?今冒頭で叫んだように3人娘……分かると思うがはやてちゃん、フェイトちゃん、なのはちゃんの事だが今日は3人ともなんとドレス姿なのである。しかもちゃんと似合ってると言う。

 いやぁ、太郎さん別に3人の保護者じゃないし。かと言って年上気分で見守ってきたつもりは全然なかったんだけどいざこうやって分かりやすい大人の服装をしてしかもちゃんと着こなしてる姿を見るとなぁ……ホントに成長したなぁ………うん、色々成長したなぁ。

 

「ねえ?どこ見てうんうんって一人で頷いてるの?」

「なのは、言うまでもなく胸だよ。遠慮なしで胸見てるよこの助平」

 

 いつになくフェイトちゃんも辛辣である。えー?そんなに怒ることもなくない?ドレスとはいえそんな胸元見える服着てるんだからしょうがないだろ。

 

「まぁ、流石の慎司君もウチらの成長した美貌にはイチコロやった言うわけやな?」

「うるせぇさらに潰すぞその小さい胸を」

「アァん??なんやワレやる気かコラ」

「ヤクザかお前は」

 

 普通に怖かった。手遅れだけど失言には気をつけよう、うん。

 

「にしてもなぁ……」

 

 3人を見比べるように視線を彷徨わせる。

 

「な、何?どうしたの?」

 

 ちょっと顔を赤くして戸惑うなのはちゃんにやっぱりまだ初心だなぁと内心ほっこりしつつ

 

「差が出来たよなぁ…」

 

 と呟く。3人は珍しく何の事?と、同時に首を傾げるもんだからちょっと吐き出しつつも

 

「フェイトちゃんはなんか胸だけわがままボディになったし」

「…………」

「はやてちゃんはまぁあるにはあるけど……うん、って感じだし」

「ほう?」

「なのはちゃんも胸も成長したしスタイルも悪くないけど何だろう……逆に特徴ないし」

「へぇ………」

 

 っと、失言には気をつけようって思った矢先に結構地雷を踏み抜いた気がするがまぁいいか。優しい3人ならそこまで怒らな

 

「何でデバイス取り出してんの3人とも」

「いやなぁ」

「流石の慎司でもそれは」

「デリカシーなさすぎ……だから、お仕置き……ね?」

 

 ………わーお。

 

「……なのはちゃん最後に一つ言わせてくれよ」

「何かな?」

「おふざけとかなしに普通に皆可愛いし似合ってるぜ、ドレス……」

「え、あ、え、えと………うん、あ……ありがとう」

「ちょっろ」

「もう絶対許さない」

 

 さあて、替えのタキシードをソフィに用意させなきゃなぁ……多分俺ごとボロボロにされ

 

 

 

 記憶が飛んで後の事は覚えてない。

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

「てな訳で、取り敢えず表に出されてた出品物は問題なさそう。昨日とっ捕まえた密輸犯のグループも流石に仕掛けては来ないだろうから当初の予定通りガジェットに対して最大限気を配ってればいいと思う」

 

 流石におふざけが過ぎたのであちこちにたんこぶやらアザを作りつつ昨日俺が得た成果を3人に報告する。

 

「ホテルの警備自体も思ったよりしっかりしてる、もしもの時には侵入を封じるシャッターなんかも各自配備されてるからな。外の連中だけで十分対処可能だと俺は見てる」

 

 ちなみに配備的には中の警戒はなのはちゃん達3人に俺とソフィ。ガジェットが外を警備及び防衛するのはFW4人に守護騎士4人、個人的には念には念を入れた十分すぎるくらいの戦力だ。

 また上の連中から過剰戦力だ何だと言われるかもしれないが六課のスタッフの誕生日会に呼んだ上層部の友人にそこは上手く立ち回ってもらおう。

 

「うん、慎司君の見立てならそれを信じるよ。油断は出来ないけど……ちょっと安心した」

「まぁ、ウチらは本当にヤバい時じゃないと出撃する事はあらへんしなぁ、慎司君の言う通り外の皆んなに今日は全部任せる事になると思う」

 

 アイツらには負担をかけるが、まぁ被害が少ないのが1番だからな。

 

「慎司はこの後どうするの?」

「俺は昨日と同じように参加者として潜入してる。内部に怪しい奴がまだいるかもしれないからな、オークションの参加者として会場の真ん中で金持ち気分味わってるさ」

 

 そう冗談めかして言うがフェイトちゃんはその冗談に反応してくれなかった。

 

「うん、それなら無理しないようにね?怪しい人がいても一人で深追いしないように…私達にすぐ連絡して」

「心配しすぎ……って言っても説得力ないか。どちらにしろ無理はしねぇよ」

 

 こんな所じゃ……な。

 

 フェイトちゃんの言葉になのはちゃんとはやてちゃんも同じ心配の気持ちを抱いてるようなので強くそう言った。まぁ、俺の性格を知ってるからだろうけど。

 

「よし、とりあえずいつまでもここにいてもしょうがねぇ。そろそろ本格的に警備始めるか」

 

 オークション開始までまだ数時間以上あるが警戒するに越した事はない。

 

「ああそうそう、ちゃんと言ってなかったけどよ」

 

 部屋を出る前にふざけてしか言ってなかったから本当に思った事だからちゃんと言っておこう。

 

「ドレス、冗談抜きに似合ってるよ。皆綺麗になったな」

 

 んじゃ、と言い残して足早に部屋を出る。あんまり言い慣れないこと言うもんじゃないな、こっちが恥ずかしい。

 

 

 

 

 

「……全く、最初からそういえばええのに」

「ふふ、慎司なりの照れ隠しだったんだよ。ね?なのはもそう思……なのは?」

「え?あ、え?」

「顔赤いよ?もしかして嬉しかった?」

「……なんか、ああ言う感じで褒められるの初めてだからちょっと恥ずかしくて……」

「そやね、慎司君も急にあんな事言うんやから……でも」

 

 3人は顔を見合わせて耐えきれずに笑いながら

 

「「「言ってる側が恥ずかしがってちゃダメだよね〜」」」

 

 全部お見通しなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 オークションの開催が近づく中、そろそろこれ以上歩き回っては参加者として扮してる俺としては怪しまれてしまう頃合いを見てオークション会場の近くで壁に背を預け辺りをさりげなく観察しつつじっとしていた。

 

「ご主人様、オークション開始まで30分です。そろそろ……」

「分かった。行ってくる………」

 

 今日もソフィと共に行動してるがここからは俺一人だ、オークション参加者として潜入するが見たところ誰も付き人連れてる人なんていないからかえって目立ってしまうのを避ける為だ。

 勇足で会場の席について時間を待つとオークション関係者が壇上に上がりマイクを手にして何事か喋り始める。それと同時に耳につけた小型イヤホン通信機音声が。なのはちゃんからだった。

 

「…………………」

 

 俺は返事をせずなのはちゃんからの報告だけ聞いて通信を切る。皆んなには事前に怪しまれるから今回は基本的に通信時の返答はしないと伝えてある。そしてなのはちゃんからの報告は既にアグスタにロストロギア反応を誤認したガジェットが迫っていて防衛組が既に交戦してるとの事。とりあえずはシグナム達守護騎士もいるし問題はないだろうが主催者側は参加者の避難とオークションそのもの中止は困るから取り敢えず時間を伸ばして様子を見るとの事。

 さっき壇上に上がった関係者もガジェットの事は伏せて適当な理由をつけて時間を延ばすことを告げていた。

 

 一応さりげなく周りを見渡して怪しい奴がいないか監視してるがこうも人が多いと意味を成してるか分からん。離れた所からなのはちゃん達やソフィも監視に加わってるだろうからそこまで過敏にならなくてもいいかもしれんがな。とりあえず大人しく皆んなの無事を祈ってるとしよう。

 

 ……………しばらく色々考え込む。まだオークション自体の動きはない、まだアイツらは交戦中か……。少し心配になる気持ちを抑えるために軽く息を吐き出した時だった。

 

「どうも、隣失礼しても?」

「ええ、どうぞ」

 

 たまたま空いていた俺の席の隣に腰掛ける俺や参加者と同じようなタキシード姿に身を包む男性。歳はおおよそ20代半ばくらいか、顔に見覚えがないがその男性髪の色がつい気になってしまう。

 肩まで伸ばした長い白髪……白は白でも元々の色ではなく髪の色が脱色してしまったかのような寂しい白。そしてそれに充てられてかその男性から感じる雰囲気もなんだか悲壮に満ちてるようなそんな感覚を覚える。

 

「すみませんね、たまたまこの席が空いてるのが目についたもので」

「いえいえ、ご遠慮しないでください」

 

 他にも空席はあるんだがこの席だけたまたま……ねぇ?

 

「困ってしまいますね、オークションを楽しみにしてきたのですが……このまま中止なんかにならないといいのですが」

「何か目当ての物でも?」

「ええ、目当ての物……一目見てみたくてですね」

 

 見てみたい……ただ野次馬に来ただけってか?

 

「開始するにしてもまだ時間がかかるようですし……どうです?暇つぶしに私と話でもしませんか?」

「ええ、構いませんよ。暇つぶしに…ね」

 

 考えすぎじゃないといいが。どうやら昨日の密輸犯の件……釣ったのではなく釣られたのかもしれないな………。

 

 

 

 

 

 

……………………。

 

 

 とにかく最初は中身のない話を適当にしていたと思う。オークションの事、その出品物について。話していても不気味な感覚に囚われないよう平静を取り繕う。

 

「そういえば、あなたのお名前を聞いていませんでしたね」

 

 少しの間会話を交わしたところで男性はそう口を開く。随分とまぁ踏み込んでくるじゃないか。

 

「………山宮太郎です、しがない投資家ですよ」

 

 偽名は無駄だろう、調べられればすぐにわかる事だからな。……ていうかよく考えたら偽名じゃなくないか?どうでもいいけど。

 

「貴方は?」

 

 こちらもそう問いただすと男性はふっと口元を緩める。一瞬思案するような顔をしながらもすぐに彼は答えた。

 

「ハーヴェイ……ただのハーヴェイです」

 

 ハーヴェイ……色々記憶を引っ張り出してみるがその名前に聞き覚えは全くなかった。偽名かそれとも本名か…、さっぱりだ。 

 

「太郎さん、貴方は人生っていうのはどういう物だと思います?」

「人生?」

 

 唐突にそんな哲学的な質問をされ少々困惑する。なんだ?何の意図があって会って間もない俺にそんな事を聞く?

 

「私はね、人生と言うのはやり直しの効かないもの……そう思っています」

「やり直しの……効かないもの?」

「ええ、死んだら2度同じ人としての人生は歩めないのは勿論ですが例えば人生の中でドン底に落ちるような出来事、日々を一度送ると2度とその絶望からは這い上がって来れない物です。だから、やり直しの効かないもの」

「そのドン底って言う状況が無くなっても?」

「勿論です、例えその状況が改善されても一度ドン底まで堕ちた事に変わりはない。一度それを味わえば残りの人生そのドン底をずっと引き摺って歩いて行く事になるのです…………そうですね、仮にこの世に生まれ変わりがあったとしてもきっと永遠とそれを引き摺ってそれ相応の人生を歩む。それは人格だったり人生に対する目的だったりと様々です」

「……………………」

 

 急な語りにやはり困惑は付き纏うがそれよりも耳に痛い話ではあった。前世と言うものを持ってる俺からすれば何となく言いたい事も分かるし理解できる。けど………

 

「俺はそうは思わない」

 

 この男……ハーヴェイを名乗るこの男のその言葉を肯定する事は出来なかった。

 

「確かに人生はやり直しの効かない事がある。その方が多いだろうな、しかしそのドン底から這い上がって引き摺りながらでも笑って前に進む事だって出来る。自分の力だけじゃなく周りの環境や仲間や家族に支えられて」

「……綺麗事だ」

「だが事実だ」

 

 お互いいつの間にか丁寧な言葉は鳴りを潜め睨み合うように視線を交わす。ハーヴェイの眼はどこか暗く、吸い込まれるような深い闇深さを感じる。………一体どんな人生歩めばこんな目をする事が出来るんだ。

 

「大変お待たせしました!開始の目処が立ちましたので準備出来次第オークションを開始いたします!しばらくお待ちください!」

 

 と、いつの間にか先程と同じ関係者が壇上でそう宣言していた。釣られてそちらに視線を送ると耳の小型イヤホンから前線メンバーがガジェットの撃退を終えたとの情報が入る。これから事後調査に移るところだろう。

 

「下らない話に付き合い頂き感謝するよ………山宮太郎」

「っ!!」

 

 振り向くが既にそこにハーヴェイの姿は無かった。ちっ!人が多いな!俺はオークション開始と聞き更にざわざわしだした参加者の合間を縫って会場を抜けながら通信を繋ぐ。

 

「ソフィ!聞こえるか?俺の隣に座っていた野郎を上から見なかったか!?」

『………いえ、人が多く判別できません』

「白髪で目立つ髪色をしている!いないか!?」

『…………ダメです、見当たりません。既に会場の外に出た可能性があります』

「……分かった。監視はもういい、現場の事後調査の手伝いに向かってくれ」

「承知しました」

 

 通信を切る。足早に会場の外、更にはホテルの外に出てみるがやはりハーヴェイはいなかった。あんなに早く姿を消す手段があるならもう既に手遅れなのは予想できた。

 

「……くそがっ!」

 

 吐き出す。野郎……。それを分かってて俺に接触してきた、しかし分からない……一体何故?理由は?恐らくスカリエッティの一味なんだろうがわざわざ危険を冒して俺に接触してくる理由など分からなかった。そもそも何でアグスタに足を運んだ?何か目的があったのか、それとも俺と接触するのが目的だったか。

 考えれば考えるほど答えはでない、そもそも理にかなった行動をしてるかどうかも怪しい………。

 

「もしかしてとは思ったがまさか本当に……」

 

 釣られていたのは相手ではなく俺だった。恐らくだが……昨日とっ捕まえた密輸犯の下っ端が餌だったか……迂闊だった。もしそうならそれを捕まえた俺が潜入している管理局員だと気付かれた。今アグスタで潜入警備までしているのはガジェットを警戒する機動六課……という組織かどうかを掴めてるかは知らないが少なくとも先日のリニアレール襲撃を邪魔した者達……つまりは自分達を仇なす敵がいる事を察知していたのだろう。

 だとしてもここまで危険を犯す行為に対してリターンが少なすぎると思うが………。とにかくいっぱい食わされたのは確かだ………息を吐き出して一度思考をクリアにする。数度繰り返して落ち着けと言い聞かせる。

 

「くそが、絶対いつかぶっ潰してやる」

 

 少々過激な事を口にしてしまうくらいには自分のやられっぷりに腹が立ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

「さぁ!事後調査も張り切ってやりましょうねぇ!前線組おつかれちゃあああん!!」

 

 とりあえず切り替えてガジェットの残骸やらを調査、回収の為しばらくしてからホテルに出て皆んなに元気よくそう声をかけて合流する。が、何だか空気が重かった。あり?何この感じ?俺今超ヴィータちゃんに空気読めって感じで睨まれてる。

 

「おいおいスバルちゃん?なんかあったのか?」

 

 近くにいたスバルちゃんに声をかけるが

 

「えっと……あはは………」

 

 と気まずそうに苦笑いを浮かべるだけで要領を得ない。さて困ったな、ヴィータちゃんに聞こうにもちょっと気が立ってるみたいだから声かけづらいし。とっ、服の袖を引っ張られる感覚。振り返ると獣姿のザフィーラが軽く咥えて引っ張っていた。

 

「お、ザッフィーお疲れ。ちょっとモフモフさせておくれよ」

 

 ああ……相変わらずいい毛並み……。アルフはこう言う事やらしてくれないからザッフィーはホント癒しだ。人間態の時あんなに筋骨隆々なのが信じられないくらいだ、多分俺に用は無いのだろうけど困ってる俺に気を使ったのだろう。ザフィーラを好き放題してると「慎司君」とこちらに近づきながらシャマルも声をかけてくれる。

 

「やあシャマルお疲れさん」

「ええ、慎司君も警備お疲れ様。昨日から大変だったみたいね?」

 

 密輸犯捕縛の事だろう。まぁアレは罠だったんだがそこら辺の報告は六課に帰ってからでいいか。とりあえず話を合わせておこう。

 

「お互いにな………なぁシャマル、防衛中に何かあったのか?」

 

 声を潜めてそうシャマルに問う。するとシャマルも声を潜めて俺にある程度耳打ちで空気が微妙に重たい理由を教えてくれた。

 

「なーるほどね」

 

 聞き終わってまず出た言葉がこれである。言ってしまえばティアナちゃんの過信ゆえのミスが起きてしまったという。ガジェットを掃討するため放った魔力弾、その魔力弾の数を自身が安全にコントロール出来る許容の範囲を超えて撃ち放った結果敵を引きつけていたスバルちゃんに誤射しかけたという出来事が起きてしまったらしい。

 間に入ってスバルちゃんを助けたのがヴィータちゃんでティアナを叱りつけたのもヴィータちゃん、だからちょっとピリピリしてたのか。スバルちゃんが説明しづらさそうにしてた理由も分かる。

 

「………ま、起きちまった事はしゃーないだろ。ヴィータちゃんがちゃんと叱ったんだし多分今頃なのはちゃん辺りがフォローしてくれてんじゃないのかな」

「ええ、私もそう思うわ」

 

 シャマルの言葉に「だよな」と返して俺も調査に加わる事にした。後にこのティアナのミスから六課で一波乱があるのだがこの時の俺にはそれは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

「てな訳でこんな事があったとさ」

「軽々しく報告する事じゃないんやけどなぁ」

 

 その日の晩、事後調査やらユーノを交えての皆んなとの談笑やらを終えてから俺はいつもの隊長陣と守護騎士メンバーを集めてアグスタの潜入警備中に起こった出来事を報告した。

 密輸実行犯らしき男を確保した事、しかしそれは潜入中の管理局員を誘き寄せる餌で俺が釣られてしまった可能性が高い事、そうして得た情報から謎の男が俺に接触して来た可能性が高い事。

 

「既に端末で撮った顔写真からと偽名かもしれないが名乗ってきた名前を管理局のデータベースにアクセスして探ってみたが驚く事に何の情報も得られなかった」

「何一つも?」

「ああ」

 

 俺の言葉にフェイトちゃんが少し驚く。無理もない、管理局という情報統制をとった組織が管理してるこのミッドチルダで犯罪経歴がなかったとしても普通の経歴どころか名前、年齢すら掴めなかったのだから。善良な一般市民でもデータベースを使えばすぐに調べられるというのにだ。

 

「とにかく、今回はただ俺にちょっかいをかけただけにしろタイミングからしてスカリエッティの一味だ。少ない情報だが写真だけでも皆んなで共有して警戒しておいてくれないか?」

 

 とりあえず伝えれるのはこれくらいだろう。話はこれだけだからと席を立とうすると

 

「ちょっといいかな?」

「ダメ」

「何で!?」

 

 と、なのはちゃんが行気良く手を軽くあげるので反射的にそう返してしまう。会議つっても知らない仲じゃないんだからそんな風にしなくていいのに。

 

「冗談冗談、どうした?」

 

 なのはちゃんはその場で立ち上がって俺を真っ直ぐに見つめてから俺がモニターに映し出してるハーヴェイを名乗る謎の男の写真に視線を移してから口を開く。

 

「慎司君の言う通りその……ハーヴェイって人が慎司君に接触してきたのなら私達も警戒が必要だと思うけど、その人がスカリエッティと繋がってるって断言するのは少し早計じゃないかな?」

「……続けてくれ」

「勿論その可能性は十分あり得るけど慎司君が状況だけでそう断言してるから少し気になって……なにか確証があるのかな?」

 

 誰にも聞こえないように俺は息を吐いて思考を落ち着かせる。そうか、そうだよな……皆んなにはそう感じさせてしまうよな。確証はないけど俺はそいつがスカリエッティの一味だとすぐに思った、勿論理由はある。あるんだがそうか、分からないと早計に思えてしまうか。

 

「確かになのはちゃんの言う通りだな、すまんすまん。言い方を間違えただけなんだ、どっちにしろ警戒は必要だからそれだけ頼むってそう言いたかっただけなんだよ」

 

 そう言って、俺の話はその場で締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 結局ハーヴェイを名乗る謎の男は部隊で情報を共有して警戒をする事にし、調査等は俺達特別支援部隊が受け持つ事になった。六課の調査隊スカリエッティの調査で手一杯だしな、まぁ奴がスカリエッティの一味ならハーヴェイの情報も手に入るだろうしいいだろう。

 さて、いい時間になったし明日も相変わらず忙しいからな……そろそろ休むか………いや、どうせすぐには寝れないしちょっと散歩でもするかな。あてもなくフラフラと考え事をしながら六課の敷地内を歩く。

 

「それにしても最近はいつにも増してゴタゴタしてるなぁ、やっこさん本格的な動き出したと見るべきなのかねぇ」

 

 1人そう呟く。

 

「…………へいへい無理はしないよわーてるって」

 

 ていうか1人でこんなぶつぶつ呟いてたら俺なんか変人みたいじゃんか気をつけよ。

 

「今更手遅れ?そんなぁー」

 

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 どれくらい歩いただろうか、訓練場近くの雑木林以外は何もない広場にまで赴いていた。そこでなんだか物音を感じ俺は自身の音を殺して近づく。

 

「…………ティアナちゃん?」

 

 自分にしか聞こえないようにそう呟く。その雑木林の真ん中でティアナちゃんが自身の拳銃型デバイスを展開して激しく動き回りながら的を狙って撃つ姿が。自主トレというやつだろう、本当なら感心感心と褒めてやりたいところだが。あの表情とホテルアグスタでの出来事を結びつけて考えると……

 

「……たく、どうしたもんかな」

 

 そう乱暴に頭を掻くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

「……………ふむ、荒瀬慎司か…」

 

 白衣を着た若い男はその長い白髪を揺らしながらモニターに表示されたアグスタにてちょっかいを掛けた男を見つめる。名前はスカリエッティのアジトに戻ってから調べすぐに情報を洗い直した。しかし、経歴からは正直なところ親の七光にあやかった不出来な息子という印象しか得られない。

 

「リニアレールで私を出し抜いたのはこの男かと思ったが見当違いか?……どちらにしろ気にするほどでもないつまらない男だったが警戒は必要か」

 

 顎に手をやり思案しながらそう呟く、自身の計画の障害となる人物だと思ったがどうやら見当違いだったようだ。

 

「ハーヴェイ様」

 

 その男に音もなく近づく女性の影が。

 

「む、君か……スカリエッティの調整はまだ先だろう?こんな所でふらついているのは感心しないな」

「申し訳ありません、しかし体が疼いて仕方ないのです……ああっ!私は誰を壊せばいいのですか?ハーヴェイ様!私は誰を!?ぐちゃにぐちゃに引き裂いて苦悶の声を上げさせれば良いのですかぁ!?」

 

 急に別の人格に変わるように狂乱しだした女性は吐き出した欲求に縋り付くようにハーヴェイに迫る。ハーヴェイは内心溜息を吐きながらもそれを表には出さずあくまで冷静に言葉を紡ぐ。

 

「我慢だ、君の出番はまだ先だ。スカリエッティの娘達の調整が優先なんだ、君はその後。私の刃、私の懐刀……『サスティーナ』、今しばらく時を待つのだ……私の目的の為にね」

「ああ、ハーヴェイ様……はい……はい、サスティーナは貴方の道具、貴方の刃……この命はハーヴェイ様の物。ハーヴェイ様……貴方がそうおっしゃるなら私はこの衝動に耐えます……耐えられます……」

 

 そうハーヴェイに縋り付き恍惚の表情を浮かべるサスティーナの呼ばれた女性。その内に宿した狂気を抑えながら彼女はしばらくハーヴェイに寄り添っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ちょっと執筆そのものも空いちゃったのでリハビリがてら本編から外れる回を書こうか悩み中。まぁ両方描いちゃうかな。


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思い出すのは



 マジ精神と時の部屋よこせ


 

 

 

 

「もうだめだ、おしまいだぁ……………」

「なのはちゃん、あのアホは何で死んだ顔して横になってるん?」

シティーウォーズがサービス終了しちゃったんだって」

「ああ、だからフェイトちゃんも今朝会った時顔が青白くなってたんやね」

 

 とある日、何だかんだ機動六課との面々とも交流を深めてきた頃。とりあえずショックな事があったので寝込む俺にため息混じりに苦笑するはやてちゃんと同じく苦笑しながらもよしよしと頭を撫でて慰めてくれるなのはちゃん。

 今頃フェイトちゃんとついでにエリオにもキャロが同じように慰めている頃だろう。

 

「そんながっかりしなくてもええやんか慎司君、まぁお金の問題とちゃうんやろうけどそんなにお金かけてたん?」

「月500円」

「超微課金!?」

 

 俺は色々と物入りだから無駄遣いはあまりできんのよ本当に。

 

「俺の人生の癒しの時間がぁ……」

「また大袈裟な……」

「おおげさなもんかよぉ……はやてちゃんだってポケ○ンGO配信終了したら泣くだろぉ?」

「あかん鳥肌立ってきた」

 

 君結構プレイしてるもんねぇ。

 

「ちなみになのはちゃんはこの間モ○ストのガチャ爆死して涙目になってたね」

「え、ちょっとなんで知ってるの!?あと別に泣いてないもん」

「マックスが俺が喜ぶと思って写真付きで教えてくれた」

「マックス君!?」

「そして数日後諦め切れなくてちょっとだけ課金してまたガチャ引いたけどまた爆死して泣いてたのも知ってる」

「なんで知って……それは私自室で1人でしたはずなのに…」

「張り込みしてたソフィが報告してくれた」

「ソフィアさん!?忍者か何かなのかな気づかなかったよ!」

 

 いやー、聞いた時は爆笑したのぅ。今も思い出して堪え切れずに笑ってるがな。

 

「あはははっ!」

「私を指差して笑う前に部下の行動咎めてよ!」

「いや、命令したの俺だし」

「何してるの!?」

「画像は俺の艦隊メンバーの共有チャットにも送っておいた」

「なんて事してくれたの!?」

 

 憤慨しながらいつものポカポカ……じゃない結構力入れてる張り手してきた痛い痛い。

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 前世においても今世においても柔道という一つの競技にひたむきに努力をしたと胸を張って言える。誰よりも勝つ為の努力をしたし誰よりも柔道の事に頭を回して思考錯誤をしてきたとそんな風に思えるくらいの努力をした。

 そんな俺だからこそ努力は努力でも正しいものそうで無いものがあるのを理解しているつもりだ。

 

 例えば努力の適量……柔道の練習だったり研究だったりを時間をたっぷりと掛けて倒れるまでやればいいのかというと分かりきってる事だがそれは間違い。適度な時間を濃密に質の良い練習、研究を行う。その日その日を倒れるまで仮にやっても長持ちはしないし途中からは身にもつかない無駄な努力になるだろう。

 その場では進歩になったとしても後々には何も意味もない行為になる。学生のテスト前日の一夜漬けと変わらない。テストの点数を取る為の努力ではなく知識を広げる努力をしなきゃならないのだ。

 

 今世の俺が小学生の時に事故にあい無理に大会に出るために始めた1ヶ月と少し……あの時の努力とは名ばかりの大会勝つ為だけの対策を死ぬほどやった時がいい例だ。あの行為は大会にどうしても勝たなければならなかったから俺は分かっててそれをしたが結局後々の俺の柔道としての技術やら強さには何も進歩をさせない努力だったから。ただあの時の俺の体であの大会にだけ勝つ為の努力だった。

 負けれない、譲れない何かの為にその時だけの努力や無茶をする事は否定しない。しかし、それを履き違えて間違った努力をするのは見過ごせない。俺のこの話はスポーツだけでなく魔法の訓練でも同じ事だ。

 

「やる気満々じゃないかティアナちゃん」

「し、慎司さん?」

 

 汗だくになって肩で息をしてるティアナちゃんにそう声を掛ける、そう思うからこそ俺はここに赴く足を止める事はできなかった。

 

「やる気あるのはいい事だ、努力もいい事だ。けど、ちょっと色々目に余る部分もあるように見えてな……この間のミスを気にしてるのかは知らないけど焦った努力は意味のある努力とはいえないぜ?」

 

 そう軽口のように言うがティアナちゃんは「いえ、大丈夫です!」と聞く耳持たずな感じだ。うーん……もうちょっと落ち着いてからの方がいいかな?まだアグスタの一件から日も浅いし。止めるべきだけど少しは好きにやらせてやってから色々と説くのも必要なやり方だしな。

 けどそれより……

 

「まぁ、そう言うならあんまりうるさくは言わないけどさ。身体はちゃんと大事にするんだぞティアナちゃん。太郎さんとの約束な!」

「すいません、慎司さんの軽口に付き合う余裕はなくて。心配していただいてありがとうございます」

「あ、はい」

 

 なーんか、ちょっとばかしトゲというには大袈裟だが以前よりも距離を感じるんだよなティアナちゃんと。何もしてないとは思うんだが……うーん。俺に構わず自主練を黙々と続ける彼女にとりあえずちょっかいをかけよう。

 そういう所じゃないかって?俺のアイデンティティだぞ。

 

「うわーん!ティアナちゃんが冷たいよー!」

「冷たいと言えばアイス食いたくね?ティアナちゃんなにがいい?チロルチョコ?」

「って、それはアイスじゃないやないかい!」

「どう?はやてちゃんに似てない?」

 

 

「ふっ!はっ!やぁ!」

 

 全無視である。流石に聞こえてない事はないはず。

 

「よーし、なら慎司さん応援しちゃうぞ!」

 

 

「パワー!やー!パワー!やー!」

 

 

 

「パワあああああああああああああああああああ!!!!」

 

「いや普通にうるさいからどっか行ってくれませんかね!?」

 

 普通に怒られたぴえん。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

「てな事があったとさ」

「私に言われましても」

「お前も冷たいなソフィ」

「いいえ愛してます」

「温度差酷っ」

 

 てな訳で仕方無く仕事に戻って書類作業しながらソフィに話を振るが特にいい案が思いつくわけもなし。それにしても相変わらず君のコーヒーは美味いね、もうカフェ開きなマジで。ちなみに

 

「ぬおおおおお!書類!今日こそ!君を!終わらせる!」

 

 暑苦しいこのアホも俺と一緒に書類作業中である。誰だこのアホに書類任せたの、俺だった。

 

「マックス、もちっと静かにやれんのか」

「おっす!静かにしまああああああす!」

「ソフィ」

「かしこまりました」

 

 一声ソフィを呼ぶと彼女は俺がどうして欲しいか分かったらしく……ってうわ、どうやってんだあれ?って言う形をした関節技をマックスにキメる。

 

「ぬおおおおおおおおお!!?ソフィさん!ギブ!ギブっすううう!!」

 

 痛めつけてもうるさいので結局解放させる。

 

「はぁ全く………」

 

 ため息混じりに呟く。ティアナちゃんの件もあるしこっちはこっちで忙しさで愚痴りたくなる。うまくいかない事ばかりなのが人生だがそう割り切れないのが人間の性か。例のハーヴェイを名乗る男のことも考えねばならないし頭が痛い。まぁ、下を見てもしょうがない一つ一つ取り組んでいこう。

 そう言うわけでまずはティアナ事だな。

 

「マックス、お前アグスタの一件からFW達の様子はどうなんだ?」

 

 マックスはアークレイン隊の中で1番FW達と距離が近いし仲がいい。実戦任務とアークレインの任務以外は基本的に六課でFW陣と行動を共にしている。以外にも結構仲良くやっている所はちらほら見かける。

 

「FW陣ですか?そうっスねぇ……アグスタの一件からずっとティアナさんの自主練にみんな付き合ってる感じっすね」

「みんな……お前は付き合ってないのか?」

「いや、師匠俺は……」

「ああそうだったな、すまんすまん」

 

 マックスのじゃ自主練付き合えないよな。何のためになのはちゃんにマックスだけの訓練メニュー組んでるんだって話になっちまう。皆んなとは実力が違うんだからそりゃな。

 

「なんで、自分なりにっスけどあんまり根を詰めすぎないように見張ったりケアしたりしてるっす。具体的にはパシリとか」

「悲しくないかそれ」

「ティアナさんにも逆に『もうやめてくれ』って言われたっす」

 

 こいつが何をしでかしたか想像に難くない。どうせ事あるごとに『お茶持ってきたっす!』とか『マッサージします!』とか『子守唄歌います!』とか言い出したんだろうな。分かるぞ、経験者だからなクソが。

 

「毎回自主練も見張ってたんスけどそれはヴァイスさんがやってくれてるのでお任せしてますッス」

「ヴァイスが?」

 

 そっか、ならヴァイスにも話を聞いておいた方が良さそうだな。

 

「なるほど、ありがとよマックス。とりあえずお前はお前でティアナちゃんや他のみんなを助けてやってあげてくれよ」

「うっす!師匠に言われなくてもやるっすよ!」

「はいはい、てか師匠じゃねえって言ってんだろこのボケ」

 

 意外とちゃんと色々物事を考えてるマックスなのである。それにしてもそうならそうで普段の態度どうにかならんか?面白いからいいやそのままで。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠!今日の俺は気合い入ってるっすよおおおおお!!」

「うるせぇ!考え事してる時は大声出すなって言ってんだろがぁ!!」

「師匠ぉ!?関節技は痛いっすうううううう!?」

 

 翌日、アークレインの艦内にて提督席で物思いに耽っている時にアホが騒がしかったので制裁する。今日は皆んなが寝静まっている内にアークレイン隊に合流しこっちでの今後の動きについての会議をする予定だ。本当はティアナちゃんについてヴァイスとあとなのはちゃんとも話をしたかったんだがまぁ仕方ない。会議が終わってからだ。

 いつもの遠征ではないので方針をある程度決めて会議を終わらせればすぐに六課に戻る予定だ。艦員達には朝早くから負担を掛けるが六課でもやる事は山積みなのであまりゆっくりはしてられない。

 

「たくっ……ソフィ、そろそろ始めるから全員を会議室に集めてくれ」

「かしこまりました」

 

 そう告げてから俺は一足先に会議室に向かう、そこの定位置の席に座り皆んなを待つ。数分もしない内にゾロゾロとアークレインのスタッフ達も会議室に訪れてきていた。

 

「あ、艦長お久で〜す」

「よう、相変わらず態度が軽いな。少しは上司を敬え」

「またまた〜、艦長はこんな感じの方が好きなくせに〜」

「お前オペレーターとして優秀じゃなかったら女でも折檻してやる所だぞ」

 

 冗談混じりにそう言うと少し俺の歳下の少女は「それは勘弁です〜」と言いながらヒラヒラと手を振って自分の席に座る。

 

「あ、提督!お疲れ様です!」

「よう、朝早くから元気だなお前」

「提督は時間外労働はちゃんと手当て出してくれるんで!俺金欲しいんで!こういうの大歓迎なんです」

「正直な奴だな、そこは安心していいからささっと座れ」

 

 今度は別なオペレーターの男とそんなやり取りをする。いや、こんなフランクな職場にしたのは俺だけど君達ちゃんと公の場というか他の人の目がある所ではちゃんとしてよ?

 

「慎司さーん、彼ピッピとのデートの時のおみやげです。どぞ」

「おうサンキュー」

 

「提督さん提督さん、眠いです帰っていいですか?」

「有給が減っても構わないんだったら帰っていいぞ」

 

 以降もそんな感じで隊員達にフランクに絡まれる。いやぁ、一つの艦隊を束ねる提督としては失格だなこりゃ。まぁ、俺は気にしないからいいけどな。にしてもいつの間にか本当にアークレインは曲者揃いになったなぁ。勧誘とかは殆ど自分でやってたけどなんでだろ。

 

「慎司、全員揃ったぞ」

 

 なんて事を考えてるといつの間にか副艦長のリインフォースも到着して皆んな既に俺の号令を待って席についてる所だった。管制スタッフ、整備スタッフ、調査隊員、実戦スタッフ、その他ソフィとマックスも含めて諸々全員だ。なんかこんな大人数のリーダーを務めるとか俺も出世したもんだよなぁ。親のコネもあるけど。

 

「よし、アークレイン隊全員揃ったな。今日は今後の俺達の動きを決める重要な会議となる。各々しっかりと参加するように」

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

「よし方針はこんな感じだ、変更があればまた通達する。次回の遠征も俺は不在だからな、リインフォースを中心に選ばれたメンバーはしっかり頼むぞ」

 

 ある程度決めるべきところは決めた所で心の中でひと息つく。曲者揃いの部下達だが皆優秀だ、真面目にやるところはしっかりやってくれるので有意義な会議となったろう。

 

「それと、これは軽い注意だが最近業務連絡用のグループチャットで私事会話が散見されてる。プライベート用のグループチャットがあるんだからちゃんと分けて活用するように」

「えー?艦長だってよくそっちに関係ない事発信してるじゃないすかー」

 

 と、1人のスタッフがわざとらしく口を尖らせたの皮切り他の隊員からも声が上がる。

 

「馬鹿野郎!副艦長のリインフォースの萌え萌えシーンを発信してほしいって言ったのはお前らだろうが」

「慎司……?」

 

 え?私?って顔をしてるリインフォースを無視して続ける。

 

「それをプライベート用のグループチャットに送ればいいじゃないですか」

「分かってないなぁ諸君」

 

 と、俺はわざとらしく指を立ててチッチッチと口ずさむ。

 

「業務連絡用で拡散させるからリインフォースが更に羞恥な顔をしてくれんだろ?」

「慎司」

「「「それじゃあ、仕方ないっすね」」」

「お前達」

 

 ちなみにリインフォースはアークレイン内では頼れる副艦長とも共にかわいいマスコット扱いされてるのは内緒である。バレバレだろうと一応内緒なのである。そう仕立て上げたのは俺なのも内緒だ。

 

「さあさあ、冗談はこれくらいにして会議も終えようか。各自持ち場に着くように」

「慎司、ちょっと先程の件で話が」

「今日もプリティだなリインフォース。次回の遠征の調整と準備もあるから後は艦隊に残って皆を頼むぞ?」

「プリティ………ああ、任せておいてくれ」

 

 と、リインフォースはポワポワした雰囲気で上機嫌にスキップしながら持ち場に向かっていった。チョロ、ていうかあいついつか詐欺に会わないだろうな?めちゃくちゃ心配になるぞ……まぁああ言うところがマスコットとして扱われる所以か。

 

「さてと……マックス、ソフィ、俺達も六課に」

「あ、艦長すいませんー」

 

 と、伸びをしてそう言い掛けたと所で先程の態度の軽いオペレーターの少女に声かけられる。

 

「どうした?本局からの呼び出しの通知が来てます。いつものやつです」

「あー………」

 

 めんどくせぇ、行きたくねぇなぁ……。

 

「いつもならソフィがついてくるところだが……ふむ」

「あ、なら師匠!俺がついていくっすよ!」

「お前は1番適任じゃねぇよ大人しく六課に戻って業務に勤しめ」

 

 そう吐き捨てるとマックスはおよよ〜と大袈裟に膝をついてがっくしとしていた。それはソフィがいつもの無表情ながら背中をさすって慰めている。

 

「1人は付き人として部下を付けないとまた煩いからなぁ……よし、ついでだ。お前も一緒に来い」

 

 と、報告してくれたオペレーターに頼むことに。

 

「え、私ですか?嫌ですよ」

「気持ちは分かるが頼むよ。ていうかたまには上司の顔を立ててくれ頼むから」

「う〜ん、お昼ご飯で手を打ちましょう」

「上司にたかるんじゃねぇアホ。まぁ、ウナギくらいなら奢ってやっから」

「いや、豚骨ラーメンでいいです」

「あ、そう?」

「メンカタメアブラオオメアジコイメがいいです」

「気が合うな、トッピングもつけてやろう」

「マジすかやったぜ」

 

 でもお前以前よりお腹が弛んで……言わぬが花?口は災いの元?はーい、黙りまーすはーい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 本局に呼び出されるのはまぁ割とある事だ。言っちゃあなんだが俺は割とお上の連中には目をつけられているのだ。悪い意味で。

 コネで異例の速さで提督にのし上がりしかも魔力を持たない落ちこぼれ、本局内で俺を知らない者からの評判はまぁひどい。誹謗中傷なんて当たり前、まぁ俺自身の事だし確かに荒技を使って卑怯な真似してのし上がってきた事は事実なので仕方ないと割り切れるのだが俺を知る者達、俺を想ってくれる人達にもきっとその現状は耳に届いている事だろう。

 

 俺に言わないだけできっと皆んなも俺の現状を聞いて自分の心も痛めている。罪な男だ俺は。だから、あんまりゆっくりはしてられないんだ。こんな風に……

 

「報告書は読んだ、また実績をあげるとはやるじゃあないか荒瀬慎司君。今度は一体どんな手を使ったんだい?」

 

 俺をわざわざ呼びつけ嫌味を言う為に話をする目の前の男に時間を取られてる場合じゃないのだ。

 この恰幅のいい中年の男は様々な艦隊を管理しているお偉いさんだ。数ある管理員の中で運悪く俺の艦隊を担当し俺はこいつに業務の活動報告、問題があれば指導やら何やらが入る。初対面から嫌味な奴ではあったが言動の節々から俺が気に入らないのを隠そうともしないしなんなら粗を探してこけ下ろそうとしている。

 

 そんなストレスを部下に与えたくなく1人は部下をつけて報告に来るようにと毎度の指示を一度だけ無視し一人で呼び出しに赴いた事もあったがそれに漬け込んで艦隊に直接部下を詰りに来たこともあった為仕方無く毎度誰か1人は伴ってきている。いつもなら大体慣れているソフィに同行させるのだがソフィは六課での活動があるのでこの普段ならへらっとした雰囲気のオペレーターを連れて来た次第だ。

 しかし確かに苛つくのは分かるけどいつもと違って能面みたいな顔するのやめて怖いから。

 

「君は……名前はまぁどうでもいい。部下である君からはどうかな?やはり実力と分不相応な役職を任されている上司を支えるのは大変ではないかね?」

「はぁ、まぁ仕事は大変ですが……他の艦隊よりも実績は上げられてるのでやり甲斐はありますよ?」

 

 と、話を振ってきた男にオペレーターは物怖じせず淡々と答える。

 

「ちっ、流石爪弾きにされた連中が集まった魔境の艦隊の『アークレイン』だ。部下の躾もなってないらしい」

「もうその辺でいいでしょう?自分がどれだけ情けない事してるか分かってるんじゃないですか?」

「何を生意気な事をっ」

「まあまあまあ」

 

 ヒートアップし始める前に俺が間に立って諌める。この子を連れてきてしまった手前言いたい事は言わせてやりたいが限度もある。わざわざ敵を作って自分の行動の邪魔はされたくないからな。

 

「おほん、とにかくこれまで通りこっちはちゃんと仕事はこなしてますし実績は上げてます。変な言い掛かりをつけられても何も言う事はないですよ。これ以上は仕事に差し支えるのでこれでお暇させてもらいますね?」

 

 と、有無を言わせぬよう圧迫感を出して言い放つ。男は気に入らなそうな顔をしていたが旗色が悪い事はちゃんと理解してるようでようやく俺たちを解放してくれた。

 それにしても毎回毎回自分が言い負かされて終わるのに飽きもせずよくこんなくだらない事してくれるもんだぜ全く。

 

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

 部屋を退室して六課に戻る為本局内を歩く。オペレーターの顔は少々不機嫌そうだ。

 

「悪かったな、嫌な思いさせた」

「いえ、私こそ……我慢できずにすいません」

 

 珍しく塩らしい態度をとるの乱雑に頭に手を置いて撫で回す。

 

「ちょ、やめてくださいよ」

「らしくない態度とるからだよ……お前が謝る必要はねぇ、俺達のために怒ってくれてありがとな」

 

 そう伝える。しばらく今度は優しく慰めるように頭を撫でてやる。こんな嫌がらせの呼び出しに応じるのも俺達の活動の為でもある。アークレインだって結局は管理局の一艦隊の一つでしかなくある程度自由に動く為にはそれなりの実績と各方面で良好な人脈を作り世渡り上手に事を運ばせる必要がある。

 あの嫌味なアークレインの管理担当の上司も俺達が実績を上げなければ適当な理由をつけてすぐにでも解体命令を出しかねない。

 それを避ける為にも癪だがある程度……嫌味を言われる事くらいは甘んじて受けねばならない。

 それはアークレインのオペレーターを務めるこの子も他の隊員達も分かってくれているが、だからといって甘えてるばかりにはいられない。それに報いる為に行動を止めるわけにはいかないのだ。

 

「よし約束通り飯奢ってやるよ、ラーメンでいいのか?」

「ですです、いやー2杯くらい食べちゃおうかなー」

「お前体壊すなよ?」

「二杯くらい余裕ですよ〜」

 

 マジかよお前。

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 本当にオペレーターのあの子はラーメン二杯をペロリと食べた事に戦慄しつつも俺は六課へと戻る。ていうかあいつトッピングも並々だったよな?10代半ば近くの少女の胃袋にどうやって収まったのか謎すぎる。

 それはともかく、早速六課に着いた所でいち早く駆けつけた所ヘリの整備をしてるヴァイスの元だった。

 

「ああ、ティアナの事っすか……」

 

 ここに来た理由を説明するとヴァイスは苦笑して頭を掻く。本人曰く、ほっとけないが説得して止めるようなタマでもないから仕方なく遠巻きに見守ってくれているようだ。

 

「ヴァイスから見てどうだ?」

「どうっていうのは?」

「ティアナちゃんと達の様子だよ、なんかティアナに協力しようってスバルちゃんなんかも一緒に動いてるみたいでさ」

「あー……ていってもやってる事は自主練に付き合ってるのと戦術議論っぽい事をしてるくらいですかね」

 

 ………戦術議論ねぇ。大方、教官のなのはちゃんには隠しておきたそうな事だろうな、びっくりさせてやろうとか見返してやろうとか。そういう風に思う事は悪くないんだがまさなのはちゃんの指導を無視した上じゃない事を願おう。………なんて甘く見積もってたら痛い目見そうだな、お互いに。

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

 

 

「という訳でやって来たよ。教導官本人から説明を要求するぜへいカモン」

「唐突にやって来て第一声にそんな事を言われても困るんだけど……何かな?」

 

 夕方、なのはちゃんを探しにあちこち六課内を歩き回りようやく談話室でゆっくりコーヒーを飲んでる姿を見つけた。そこにはなのはちゃんの姿だけでなくフェイトちゃんとシグナム、ヴィータちゃんに六課オペレーターのシャーリーの姿もついでにコーヒーのおかわりの準備をしてるソフィもだ。

 

「求む!説明!」

「えっと……何のこと?」

「だから!説明を!!」

「だから何の事をだってば!?」

「下唇が腫れちゃった時の対処法だよぉ!!」

「私が知る訳ないでしょ!?」

「あと仕事のストレスで胃がキリキリしてるから良い胃薬紹介して!」

「え?大丈夫なの?ごめん、私ストレス感じてないからそういうの詳しくなくて分からないや」

「ストレス与える方だもんな!」

「訂正するよ慎司君からストレス感じてるかも!!」

「何だとゴラァ!!」

「何でそっちがキレてるの!?」

 

 途中で止まらなくなって収拾がつけられなかったので俺がヴィータちゃん「長いっ!」と怒られながら尻を思いっきり蹴られてようやくこの言い合いは終わるのであった。

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

 

「ティアナについて教えてほしい?」

「そうそう最初からそう言ってるじゃん」

「言ってなかったよね!?」

 

 めんごめんご。ちなみに聞いてみればちょうど俺が談話室に突撃してくる前に同じくヴィータちゃんからも同じような事を聞かれてこれから話すつもりだったらしい。ヴィータちゃんもアグスタの一件からティアナの焦りの感情がただならぬ事だと感じて気になっていたらしい。

 

 俺がなのはちゃんを訪ねに来たのもティアナが今焦っている理由……というよりそもそものその行動の根幹について知らなければ諭す事も出来ないと思ったから。過去に何かあったのだろうと予想はつくしデータで調べればすぐに分かる事だけどそれは何か抵抗があって知ってそうななのはちゃんの元を訪れたという訳だ。

 ちょうど良かったので大人しくヴィータちゃん達と共になのはちゃんからティアナちゃんについての話を聞く。そしてそれは俺が思ったいるよりも俺の心に重くのしかかるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

「死別……か」

 

 話を終えてから1人夜風にあたりながらそう呟く。なのはちゃんの話によればティアナちゃんには唯一の肉親である兄の存在があったがそれも既に故人。名をティーダ・ランスター、執務官を目指していた1人の立派な管理局魔導士だったが任務により殉職。その後心無いティーダの上司にティーダの名誉を落とすような心無い発言をされ当時幼かったティアナちゃんは深く傷ついた。

 

「…………」

 

 あの強気な性格は肉親がいない故の寂しさの表れか、そんな事を邪推してしまう。彼女が今この間のミスがキッカケで周りからの劣等感が強まり焦り、無茶な事をしだしたのも何となく理解できた。しかし、それよりもだ。

 

「悲しみだけを残して逝った奴からはティアナちゃんに何も言えねぇよな」

 

 俺はティーダと同じ、誰かの心に傷を残して死んだ者。置いていかれたのではなく置いていった人間だ。転生者として生きてもう少しで20年、未だに人の生き死にには過敏に心がざわつく。

 そんな奴からの言葉に意味なんかあるのだろうか?いや、だとしても良くないとわかっている事をそのままにしておく訳にはいかない。

 

「はぁ………」

 

 ため息を一つ、そして………

 

 

 

「みんな……元気かなぁ……」

 

 向こうの両親と無二の親友達の顔が浮かぶ。そんな俺の呟きは夜風と共に流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダーが登場するゲームアプリ。何故終了したし






 ゆる〜いペースですが執筆頑張りますわよ。パクパクですわ


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すれ違いと友情と



 最近寝不足気味。サンブレイク気持ち良すぎだろ


 

 

 

 

 

「おはよう!ございます!!今日もいい天気っすね!!」

「うん!マックスさんもおはよう!!」

 

 早朝、天気は快晴。今日も早朝訓練の為早起きをして来たFWメンバーとオマケのマックス。朝から元気なマックスとそれと同じような元気さで応対する親友のスバルの様子を見ながらティアナはため息混じりに口を開く。

 

「貴方達……朝からうるさいわね」

「ティアナさん!おはようございます!!」

「うるさいって言ってんでしょうが!?」

 

 そんなやり取りにティアナはまたため息をつく。エリオとキャロはそんな既に見慣れたやり取りを苦笑して眺めつつ朝の挨拶を交わした。

 

「ティアナさん!ため息ばかりついてると幸せが棒に当たるですよ!」

「それ色々混ざってるじゃない。どんな状況よ」

「あれ?兄貴に教えてもらったんですけど何て言ってたかなぁ……スバルさん分かります?」

「多分あれじゃないかな、『犬も歩けば棒に当たる』!」

「そっちじゃないわよ」

「それだぁ!」

「使い方間違ってるじゃない!?」

 

 と、軽快なやり取りをしながらも軽く体を伸ばしたりして準備運動を各々する。そんな中ティアナはチラリとマックスの事を観察する。先日、過度な自主練だと荒瀬慎司に咎められてから慎司とはその事についての会話を出来ていないティアナ。ティアナからしてみればまだまだそれでも足りないくらいだと思ってるくらいだったので慎司に強く当たってしまった事自体は普通に反省していた。

 慎司とは顔を合わせても業務連絡と軽い世間話だ、避けられている訳じゃないが一悶着あった2人の出来事について何も言がないと逆に気になってしまっていた。慎司の部下……弟子?いまいち立ち位置がよく分からないマックスは慎司と違って積極的に自身の自主練を応援してくれている。マックスから何か言われるのでは無いかと危惧していたがそんな様子もない。

 と言っても口が裂けても言えないがマックスは正直魔導師としての実力はないに等しい、だから応援と言ってもスバルのように自主練に付き合うとかそういうのではなく

 

『ティアナさん!お疲れですね!肩揉みます!!』

『ティアナさん!お茶いかがっすかあああああ!?』

『洗濯物とか諸々やっておきましたよ!え?下着?もちろん全部です!』

 

 つい手が出たのは許して欲しい。だが厄介なのはマックスには全く悪気がない事だ。常識が無いというか真っ直ぐすぎると言うか。魔導師としての実力もなく何か特別な力がある訳でもないのにどうしてそうやって毎日明るく元気に頑張れるのだろうか。その能天気さは羨ましいと感じてしまう。

 

「おいっちに!おいっちに!うおおおおおおおおお!!!」

 

 準備運動に獣の如く咆哮をあげるこの生き物には何かと辟易とさせられる事はあるがティアナはマックスの事を仲間としてはとうに信頼感を覚えていた。経歴やら何やらは不明だが慎司の弟子と名乗るだけあるのか裏表を感じさせない真っ直ぐな性格は自身の親友とも重なる所がある。真っ直ぐというかただのバカなのでは?と思ってしまう事もあるが。

 そしてそれはティアナだけでなく他のFW、スバルやエリオ、キャロも同じような感情を覚えている。彼はあくまで慎司が率いるアークレインから出向してる外部協力者、殆ど六課のメンバーと言っても差し支えないが書類上ではそうなってる。

 さらにマックスは上述したように魔導師としての実力は乏しい。何故アークレインの管制官スタッフじゃなく戦闘員メンバーとして参加してるのか。教導官のなのはもわざわざマックス用に別の基礎訓練メニューを組んでるくらいだ。

 

 まぁ、正直謎は多いがティアナは自分が思ってるよりも存外にマックスの事は気に入っているのだ。

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

「みなさーん!お茶淹れてきたっすよー!!」

「マックスさん、私の仕事を奪わないで下さい」

 

 訓練後、早朝、午前、午後と立て続けに訓練を終えたら六課に戻ってデスクワークの時間となる。いつも、と言うわけではないが今回たまたまティアナ達FW陣も書類作成に勤しまなければならない。こんな形式だけの報告書類を作る暇なんかないとティアナは内心では悪態をつきつつも隣で四苦八苦してる親友に助言をしながら自分の書類をテキパキと作っていく。

 そんな中大声をあげて飲み物を持ってきたマックスと言葉通り仕事を奪われて不満げなソフィアがゲシゲシとマックスの太もも蹴りながら入室してくる。

 

「ああマックスさんありがとー。ついでにここ教えてくれると助かる〜」

「気合いっす!」

「分かった頑張る〜」

 

 スバルに謎のアドバイスを送って満座げなマックスにその謎のアドバイスを受け取って切り替えて書類と睨めっこするスバルに苦笑しつつティアナはそんな様子を微笑ましげに覗く。最近気を張ってばかりなせいかマックスの元気の良さが癒しとなってしまってるのは疲れているからだろうか。

 

「スバル様、この書類は……」

「あ、なるほど……流石ソフィアさん、ありがとう!」

「いえ、これくらいお安い御用です」

 

 マックスのアドバイスを見かねてから同じくアークレイン所属のソフィアがスバルに助言する。ティアナはソフィアが何故いつもメイド服を着用してるのかという疑問を飲み込んで観察する。

 年は……自分と同じか下くらいだろうか。役職は不明、前に話をした時には私達FWの前でご主人様……荒瀬慎司のメイドですと答えた時には慎司にデコピンされていた事を思い出す。マックスと同じ謎の多い人だ、もしかして荒瀬慎司の艦隊って変人の集まりなのでは?ティアナは訝しんだ。

 

「……ティアナ様、どうかされましたか?」

 

 視線を送っていたのがバレたようでそう声をかけられるがティアナは何でもないと返して誤魔化す。視線には敏感なのだろうか、前にも少し観察しただけでどうしたのかと声を掛けられた事を思い出す。

 

「やっぱりティアナさん疲れてますか!?任せてください、このマックスがティアナさんの疲労を吹っ飛ばしてしまうような特製プロテインを」

「やめなさい暴走機関車、そのプロテインはご主人様のですよ」

「あいたたたたたたっ!?」

 

 メイド服を来た細身の女性に関節決められるマックスを見てティアナは少々吹き出しながらも

 

「ふふっ、何やってるのよ……」

 

 そう微笑を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「という感じです」

「うーん……」

 

 ソフィが入れてくれたコーヒーを舌鼓しつつ唸る。近々のティアナの様子を報告してもらったのだ。特に変わり映えはしてないようだが相変わらず焦ってはいるようだ。

 

「……よいのですか?」

「うん?」

「マックスの事です。ティアナ様とも良好な関係を築けているようですしマックスからティアナ様に陳言させるのも一つの手かと思うのですが……」

 

 苦いコーヒーに合う甘味を用意しながらそう口を開くソフィ。言いたい事は分かる、確かにマックスは俺よりもティアナに近しい存在……友人と言っても差し支えない存在になっているようだ。しかし

 

「マックスがそうすべきと思ったならアイツはとっくにそうしてる。してないって事はアイツなりに考えがあるんだろうさ。俺がマックスに命令してティアナを説得させようとしてもそんな空っぽな言葉じゃ友人とは言え人の心は動かないよ」

「……そうかもしれませんが」

 

 マックスもソフィも俺と初めて出会ってから随分と人の感情について理解をしてくれたと思う。当初は色々人格も何もかも問題があったからなぁ。ソフィは未だに表情は変わらないがそれでもマシにはなったしマックスに関しては言うまでもなくあんな感じだ。感情豊かになってくれて嬉しい限りだよ。

 

「ま、とにかくマックスの好きにさせよう。例えティアナを咎めず応援するような行動でもあいつなりに思う所はあるはずだ。それに、俺は俺で動いてみるさ」

 

 だからこの話は終わりだと伝えてソフィが用意してくれた甘味を口に入れる。丁度良い甘さで色々思考を重ねて疲れた脳に染み渡るような味だ。

 

「また料理の腕上げたな、才能あるんじゃないか?」

「いえ、旦那様のメイドとしてこれで満足はできません。まだまだ腕を上げます」

「軽率に俺のメイドとか名乗るなよ?本当に、他の人に聞かれたら弁明するの大変なんだぞ?」

 

 と苦笑しつつそう伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「てなわけで、緊急会議じゃオラァ!」

「やかましいわ」

 

 一度ソフィと別れた後部隊長として忙しそうにしていたはやてちゃんと執務官として別件の仕事に当たっていたフェイトちゃんと教導官としてメニューの見直しやらその他諸々仕事していたなのはちゃん3人の首根っこ掴んで六課を離れて隣接する町の喫茶店へ連行した。ちなみにここには初めて来たのだが俺の声が大きすぎてマスターに睨まれたのは見て見ぬ振りをした。

 ごめんなさいね。

 

「もう……急に小脇に抱えられてここまで連れてこられて何事かと思ったよ」

 

 そうため息混じりにぼやくなのはちゃんに小脇に抱えられた事自体には言う事ないんだと思いつつもすまんすまんと軽く謝る。

 

「いやね?報連相って大事じゃん?」

「そうだね、当然だね」

「という訳よ」

「真ん中、真ん中を教えて。話が最初と最後しか聞けてない」

 

 フェイトちゃんにまぁ待て待てと焦らしつつまずは注文を。

 

「すんませんマスター、いちごミルクといちごラテとチョコバナナパフェください。あとコーヒー一つ」

「ちょ、勝手に決めないでよ」

「オススメだから飲んでみろって、俺の奢りだぜ?」

「あ、よく来るんだここ」

「初めて来たけど。何言ってんだよ」

「私のセリフだねっ」

 

 なのはちゃんに足をゲシゲシと蹴られる。痛い痛い、辞めなさいよ淑女がはしたない。

 

「慎司君にしかこんな事やらないよーだ」

 

 くそっ、ちょっと可愛いと思っちまった。

 

「結婚しよ」

「急にどうしたの?」

 

 くそ、なのはちゃんにはもう照れないであしらわれるようになったか。

 

「結婚する」

「誰と?」

「フェイトちゃんと」

「私っ!?」

 

 届いたチョコバナナパフェを美味しそうに見つめていたフェイトちゃんがギョッとした顔をする。

 

「はいはい、ジョーダンはええからはよ話進めてや。おふざけする為にうちら呼んだ訳やないやろ?」

 

 俺らのやり取りを見てクスクスと笑いつつもはやてちゃんが話を促す。うんまぁ、その通りなんだけどね。

 

「ちょびっと真面目な話なんだけどよ」

 

 そう切り出して、俺は今のティアナちゃんの現状について話をする。特になのはちゃんからしてみればティアナちゃんが焦りから過度な自主練をして自身を追い詰めている状況は寝耳に水だったようで驚きの声を上げていた。

 

「とまぁ、そんな感じだ。多分……うちのマックスが見てくれてはいるけど同時に応援もしてるみたいだからあんまりアテはしないでくれ」

「ティアナが……」

 

 ティアナちゃんの教導官として苦しそうに呟くなのはちゃん。自身の失態だと思ってるのだろう。だが難しい問題だからなのはちゃんのせいだともそうじゃないとも口には出来なかった。

 

「3人に話したのはティアナちゃんにはもう俺はあしらわれてるから正直手詰まりなんだ。このままって訳にもいかないしさ。どうしたもんかなって」

 

 ようはその事について相談って形で3人には来てもらった訳だ。俺の言葉に一同皆んな難しい顔をする。多分俺も同じような顔をしている事だろう。

 

「言って納得してくれるなら慎司が声をかけてくれた時点でそうなってるはずだし」

「ティアナの場合は過去の辛い経験の事もあるし下手な言葉は余計意固地にさせてしまうかも知れへんし」

 

 フェイトちゃんとはやてちゃんも考えを口にしながら頭を捻るがいい案は浮かばない。そんな中なのはちゃんは目を閉じて口元を押さえながら黙って思案していた。そして何事か思いついたのか目を開ける。

 

「ねぇ慎司君」

「うん?」

「ティアナの事、私に任せてくれないかな?」

 

 そう顔を上げて俺に告げるなのはちゃん。

 

「あ、ああ……そりゃ勿論。なのはちゃんが何か行動するのが1番いいと思うし」

 

 そもそも魔法の事なんだから提督とは言え魔力のない俺が何とかしようとするのも変な話だったし。

 

「何かいい考えでも浮かんだのか?」

「いい考え……っていう訳じゃないけど、今私がすべき事をしようと思うの」

「すべき事?」

「うん、ティアナと……膝を突き合わせてちゃんとお話する事だよ」

 

 『お話』という単語に一瞬ビクッとフェイトちゃんが反応する。フェイトちゃんの顔を覗くが表情に特に変化はなく『何か?』とわざとらしくそんな感じの表情をしていた。ああ、君は別の『お話』をなのはちゃんとしたもんね。大丈夫だよ、今回はそういうんじゃないと思うよ。

 

「砲撃で相手を動けなくしてから言葉を伝えるのは『お話』とは言わないんだぞなのはちゃん」

「分かってるよ!?私そんな事した覚えないよ!」

 

 結果的にそうなった事例があるんだがなぁ。言わぬが花かやめておこう。フェイトちゃんはなのはちゃんの発言に「っ!?」て反応してたけど今度は見なかった事にした。

 

「と、とにかく……ティアナを色々悩ませちゃってるのは教官の私の責任でもある訳だし。教導を通して伝えきれなかった事もちゃんと言葉にして私から伝えなきゃいけないから」

「伝えきれなかった事?」

「ふふっ、慎司君ならよく分かってるはずだよ。私が教導官になった理由だよ?」

 

 そう微笑むなのはちゃんに俺は少し考えて「ああ」っと合点がいく。なのはちゃんは自身の経験……無茶をして命を落としかねない。普通に歩くことさえ出来なくなるかもしれないそんな重傷を負った。そんな重傷を負うような危険を無茶をする必要なんかないように。そんな想いで教導官として後輩たちを指導してきたのだ。

 ティアナにとって、なのはちゃんの教導はどう映っているのだろうか。考えが甘いか?ただ厳しいだけか?そこまで浅く考えてはいないだろうけど少なくとも大事な事は伝わってない。

 

「教導を通して、ゆっくり少しずつ皆んなには伝えようと思ってたんだけど……そうもいかないみたいだから。必要なら話し合うのも教導官として必要な事だし。慎司君も最初に言ったでしょ?報連相は大事だって」

「そうだな……報連相は大事だな。味噌汁にも合うしな」

「それはほうれん草だね。うん、慎司君にしてはあんまり面白くない冗談だったね」

 

 何気ないなのはちゃんのその発言に俺は愕然とした。嘘やろ?結構ドヤ顔キメるくらいの気持ちだったのに。

 

「なのは、慎司なんかすごいショック受けてるみたいだよ」

「まさか結構真面目なボケだったとちゃうん?」

「だとしたら私がなんでもかんでも毎回全力でツッコんであげるほど優しくないって事は分かってくれたかな?」

「え、なんで急にこんな責められてるん?」

 

 慎司ショックなんだが……。え?そんな俺にボケに関して恨みつらみあった?いや、ありそうだけどさ。いやあるね!うん、色々根にもたれるような事したかもね!

 

「あはは、ごめんごめん。……とりあえずあらためて、この件は私が預かっていいかな?」

 

 話を戻すなのはちゃんに俺は頷いて返事をする。それが1番いいだろうし何か一発で物事が解決する方法なんて考えつく訳もないからな。なのはちゃんの言った通り自分が行ってる教導についてちゃんと話し合う事から始めるのがベストな筈だ。

 

「うん、それならちょうど明日の訓練は模擬戦の予定だし……終わった後の反省会の時にでも一緒に話そうと思う」

「明日は私も訓練に付き添うしなのはから話しづらい事もあるだろうからその時もご一緒させて貰おうかな」

 

 なのはちゃんの考えにそう提案するフェイトちゃん。ああ、それなら俺も安心だな。明日も例のごとく色々行かなきゃいけない場所があるからなぁ、模擬戦の様子は見に行けないけど心配はいらないか。

 

「それじゃ、慎司君お話はまとまったって事で平気やな?」

「おう、話聞いてくれてサンキューな」

 

 そう言って既に半分ほど飲み終えたコーヒーを口に入れる。悪くない味だが、俺の好みの味を文句なしで用意してくれるソフィのコーヒーが俺にとっては1番だな。

 

「そういや、3人とも無理矢理連れて来ちゃったけど時間平気か?」

 

 今更ながらそんな事を言う俺に3人は苦笑するが各々まだある程度時間があると言う。そうかい、なら

 

「久しぶりにゆっくりこの4人でもう少し駄弁ってるか。皆んなに話す事色々溜まっちゃってるしな」

「あ、いいね。私もそう思ってたんだ」

「うん、私も」

「ウチもや」

 

 4人で顔を合わせて笑い合う。学生時代なんかは少しでも空いた時間があればこの4人とアリサちゃんとすずかちゃんを交えて一緒に過ごしてたんだけどな。話のネタを仕入れても仕入れても足りないくらいだったのに。大人になるとそう言う事も気軽にやるのは難しくなる。

 まぁ、極端にずっと出来なかったのは何度も言ってる気がするが俺のせいだ。ずっと仕事だ何だ、やらなきゃ行けないことが沢山あったからな。

 けど、時が経ってもこうやって変わらずいつでも笑顔で膝を突き合わせて話せる友人ってのは本当にかけがえのないものだ。

 

 俺の話を笑ったり、呆れたり、ツッコんだりしながら聞いてくれる3人を見て俺は感慨深くそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 喫茶店で少し過ごした後、荒瀬慎司は1人用があるとかで自身の艦隊の元へ。残されたなのは達3人は慎司を見送ってからフェイトが運転する車で六課へと戻っている途中だ。

 

「あれ?なのは、何だが嬉しそうだね」

 

 フェイトは運転に集中しながらも隣で鼻歌でも歌い出しそうなくらい機嫌がよさそうななのはにそう声をかける。

 

「あれやろ?慎司君と久しぶりにゆっくり話せて楽しかったんやろ〜」

 

 後ろに座るはやてもフェイトの言葉に便乗するようにニヤニヤしながらなのはの顔を覗き込んでそう口を開く。なのはは困ったように笑いながらも

 

「揶揄わないでよもう〜……まぁ、それもあるけど…」

 

 と、一度言葉を区切り車窓から見える景色を遠く見る。間を開けるなのはに2人は首を傾げつつもなのはの言葉を待つ。

 

「……慎司君からちゃんと相談してくれたのは嬉しかったのもあるんだ」

 

 そうポツリと呟くように言うなのはの言葉に2人は「あぁ…」と納得する。彼は闇の書騒動の時も、なのはが怪我をして無茶した時もなのはには相談せず何とかしようとしていた行動がある。

 それにはちゃんと理由があるしなのはも納得はしている。けど、自分はちゃんと頼りにされてるのか分からないと感じる理由にもなった。全く頼られないと感じてる訳ではないからそう思うのは気のせいだとなのはは理解してるがそれでも相談という形で自分に今回の事を打ち明けてくれたのが嬉しかったのだ。

 

 大きな……なにか大きな隠し事を彼がしてるのは勿論なのはも含めた皆んなは察してるがそれを言わないという事は理由があり彼の事だからきっと飲み込める理由だと思う。けど…………。

 

 

 そんな複雑ななのはの感情をフェイトとはやても理解し共有しているからこそそれ以上話を広げる事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

「ふぅ…………」

 

 体中に大汗をかきながら全身から空気を全て吐き出すかのようにティアナは尻餅をついて脱力する。外は既に暗く、時間も遅くなりつつある。

 

「ティア、明日は模擬戦だし今日だけはこれくらいにした方がいいよ?」

 

 ティアナの自主練に付き合っていたスバルも暗くなった空を見上げながらそう言う。ティアナは額の汗を乱暴に拭いながら息を絶え絶えにしながらも

 

「いいえ、まだよ。スバルは先に帰ってなさい、私はもう少しだけ…」

「いいやティアナさんそれまでッスよ!」

 

 言葉を言い切る前にそれに被せてくるように遠巻きに自主練を見守っていたマックスが大声をあげる。ティアナは不満げにマックスを見上げた。ここのところずっとマックスは夜遅くまでやってる自主練を最後まで何も言わずに遠巻きで見守っている。最初は荒瀬慎司に言われて見張られていると思っていたがそうではないのは既にティアナは理解してる。

 だから少し混乱もした、これまでは今みたいに途中で止めるような言葉は発してきてなかったし寧ろ終わった後はタオルと水を用意して

 

『明日も頑張ってください!!』

 

 と、純粋無垢な眼をして真っ直ぐにそう言い放っていたくらいだから。ティアナは邪魔をするなと視線で訴えるがそれを受けてもマックスは大袈裟に腕でバッテンを作って

 

「明日は大事な模擬戦ッスよ!ティアナさんが頑張った所を見せてやらなきゃいけないんです!全力で力を発揮するためにも今日はもう体は休めるべきです!」

 

 とマックスにしては珍しい正論を言われては流石のティアナも何も言い返せなかった。

 

「ティア、マックスさんの言う通りだよ。本当だったら明日の模擬戦に備えるならとっくに休んでなきゃいけない時間だよ……ね?」

 

 止めに親友にそう諭されてしまったらティアナも首を縦に振ることしか出来なかった。それに、頭を冷やせばそれが正しい選択だというのはいくらなんでも理解できる。

 

「おっす!ティアナさんはゆっくり部屋に戻ってきてください!俺はベッドメイキングしときますんで!!」

「ちょっ!?」

 

 マックスの聞き捨てならない言葉にティアナが声を上げるが聞こえてないのか爆速でマックスは宿舎の方に走り去ってしまった。

 

「はぁ……ベッドメイキングって私達の部屋に普通に出入りしてるんじゃないわよ」

「あはは、今更な気もするけどね」

 

 残されたスバルとティアナは互いに笑みをこぼし合う。最近はマックスに振り回されっぱなしな気がする2人はもう笑うしかない。

 

「もしかしたら……なのはさん達が慎司さんと接するのと同じ感じなのかもね。マックスさんと接するのは」

「苦労が目に浮かぶわ」

 

 慎司の名にピクリとティアナの眉が反応するがスバルに怪しまれないようにやり過ごす。未だ荒瀬慎司とティアナは特に言葉を交わしてなく、ティアナはギクシャクしてると感じてるし慎司も同じように感じている。

 

「……マックスは、何で私にあんなに良くしてくれるのかしらね」

 

 ふと、自然とそんな呟きを溢すティアナ。マックスは荒瀬慎司の部下で慕っているように見える。慎司はティアナの行動を咎めたがマックスはその逆で応援してくれている。

 普段からのマックスの慕りっぷりを見ると荒瀬慎司と同じように止めてくる物だと思っていたから当然の疑問だった。スバルは何となくそう言った意味での呟きだと理解した上で少し笑顔を浮かべて

 

「私も分かんないやー。でもマックスさんなら純粋に応援したいって思ってるだけかも……。模擬戦で成果を見せてなのはさんをびっくりさせたらマックスさんにちゃんとお礼しないとだね!」

「……ええ、そうね」

 

 スバルに笑顔に釣られてティアナも再び笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 勿論勝手に乙女の部屋に侵入したマックスはティアナにしばかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 翌日、やはり用事で色々巡る必要があり訓練を見学する事はできなかった俺はソフィを連れて忙しなく仕事に追われていた。まぁ、模擬戦の後になのはちゃんが話してくれると言ってたしあんまり心配はしてないからいいんだけどね。

 

「ご主人様、メイ家の御曹司様との会談の時間に遅れそうです」

「ああ?あいつの会談なら後回しだ、どうせくだらない事でまた連絡してくるだろうからな。その時にでも話せばいい、キャンセルとお詫びの連絡を頼む」

「かしこまりました、後は……」

「本局の艦隊管理委員会との会議だ、時間が迫ってる。ついでに俺のパパンとこにも寄る」

 

 現役はとっくに引退してるウチのパパンだが管理局ではそれなりの地位の人だ、俺の艦隊の支援もしてくれてるからな。一度顔を出して色々確認しなきゃいけない事もある。

 

「お母様の特別技術開発局には寄らなくても?」

「リインフォースの定期検査の時にママンがまた顔出してくれるからな、午後にもやる事は山積みだ。その時に必要な事は話すからそれもキャンセルだ」

 

 ママンも技術開発局に復帰し俺のサポートをしてくれている。いやー、後ろ盾があるってのはいいね。他の局員からの嫉妬や嘲笑も多いけどね!うん!笑えないね!別にいいけどね。

 なりふり構ってる暇はねぇんだから。

 

 

 そんなこんなで詰め詰めの忙しいスケジュールを何とかこなして六課に戻った。時間は昼を過ぎてそろそろ夕陽が見えてきそうだなと思う頃。とりあえずは忙しさを乗り切って満足げな俺を出迎えたフェイトちゃんから模擬戦と話し合いはどうだった?と軽く聞いてみると

 

「…………何だって?」

 

 模擬戦はなのはちゃんが無茶な戦法と教導を無視した言動をした2人を訓練用魔導弾でティアナを撃墜させ強制的に終了したと告げられた。話し合いなど行えなかったと。

 何があったかは分からない俺はただただ混乱する事しかできなかった。一緒に帰ってきていたソフィも無表情ながら驚いてると言う雰囲気は伝わってくる。

 

「………とりあえず、なのはちゃんに会いに行こう」

 

 そう言ってこの後の夜の予定を全てキャンセルし親友の元へ赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 通勤時は最近ウルトラマントリガーの主題歌ばっかり聞いてる。家に帰ったらコンセレディケイドライバーver2巻きながらサンブレイクしてる作者です。

 使ってるのは太刀と片手剣……楽しいなぁ。休み欲しいなぁ、いやホントに5千兆円くれない神様?


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余計なお節介



 今更ですが公開時にシンウルトラマン見ました。いいですね、ウルトラマン。トリガーダークの変身アイテム買ってタイタンソード予約してアークドライバー予約した俺にはもう失うものなんか無いぜ(金寄越せ)


 

 

 

 

 

 

 模擬戦当日、ティアナもスバルも応援するだけのマックスも気合が十分と言った様子で訓練場で体をほぐして準備をする。教導官のなのはもこの後大事な話をするとはいえ訓練は訓練としっかりと切り替えて臨むつもりだ。

 

 まずはスターズの番と言う事でティアナとスバルがなのはと向かい合い模擬戦は始まる。ライトニングのエリオとキャロ、別枠のマックスは見学。フェイトとヴィータも訓練補佐として3人の隣で見学に加わっている。模擬戦のステージは市街地を想定したビルが立ち並ぶフィールドだった。

 

「2人ともー!ファイトっすよー!!」

「ふふ、マックスがあの2人よりやる気十分って感じだね」

「いやいや!ファイトさん、俺なんかよりティアナさんとスバルさんの方が気合十分っスよ!フェイトッすよー!2人ともー!」

「マックス、逆…逆だよ」

「皆さんフェイトっすよおおおおおおおお!!!」

「やめて!?何か恥ずかしいからやめてくれる!?」

 

 内心フェイトは悪い意味で慎司の弟子を名乗るだけあるなと思ったのだった。大声で叫ぶもんだから遠くのなのは達3人にも声は届き、何となくどういう状況か理解しつつ全員苦笑を浮かべる。

 

「さて!それじゃあ始めようか!」

 

 なのはは仕切り直しに手を叩きながらそう言ってから模擬戦開始の宣言をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 模擬戦の初動は途中まではティアナとスバルによるコンビ戦を意識した戦略と動きでなのはを翻弄しつつ徐々に追い詰める作戦を実行していた。ティアナは遠距離からのデバイス銃を使って魔力弾で牽制し、スバルはウィングロードを展開しなのはの周りを動き回り翻弄する。

 しかし途中でスバルが自身が展開したウィングロードを軽快にローラーブーツで動き回ってなのはを翻弄していたかと思えば急に軌道を変えて真っ直ぐなのはに拳を振り上げ突撃してきたのである。

 なのははここで一つ違和感を覚えた。無論、教えたフォーメーションを完璧にこなして欲しいなどなのはは思ってない。それを軸に相手の動きに合わせて臨機応変に自分達なり動いてみて欲しいしそういう風に指導もしてきた。

 

 自分の思い通りになる方が少ないのだから必要なのは対応力。現時点でのその力量を見るための模擬戦でもあるのだ。しかし今のスバルの突撃にはそう言った対応の為の動きというよりはフォーメーションとはまた別の事を意図した動きにしか見えなかった。猪突猛進、なにも考えずただ相手に攻撃をする為だけの行動。その後の事も何も考えてないようなそんな動き方だった。

 

「っ!」

 

 なのはは冷静にその張り上げられた拳をレイジングハートの杖の先にシールドを展開して鍔迫り合う形に受け止める。

 

「くっ!」

 

 スバルは歯噛みしながらも受け止められた拳の力を緩める事はなく押し切ろうと踏ん張る。しかし、なのは相手にそんな力技は通じる訳もなく力をいなされて逆にライジングハートの杖で弾き返され体ごと吹き飛ばされる。

 

「へっ?うわあああっ!?」

 

 叫び声を上げながらウィングロードから落ちていくスバルに向き直りつつティアナから打ち出された数発の魔力弾には目もくれず左右の簡単な動きだけで交わす。なのはは少々注意するように口を開く。

 

「こらスバルっ。ダメだよそんな危ない軌道」

「っとと……すいません!でもちゃんと防ぎますから!」

 

 別のウィングロードに上手く落下しつつスバルは一応は謝る。なのははそうじゃないだけどな……と内心思いつつ何かの作戦なのは間違いない筈なので気を緩めない。と、スバルの相手をしてるうちにさっきまで魔力弾を撃ち放っていたティアナの姿が見えなかった。首を回し探し回るがティアナを見つけるよりも自身の頬にレーザーサイトが当てられているの気がつく、その根本に視線を移すと先程いた時とはは違うビルの屋上からクロスミラージュに魔力を込めて構えるティアナの姿。

 

「砲撃?ティアナが?」

 

 見学していたフェイトが疑問の声を上げる。これまでティアナは堅実な戦略と手数の多い魔力弾を主に使った戦闘スタイル。なのはのような一撃必殺の高い威力のある魔法は使ってこなかったのだから。

 なのはも同じ疑問を抱きつつも見つけた以上は好きにさせるわけにはいかず狙いをティアナに定めようとした時。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 咆哮と共にスバルが再び真っ直ぐに拳を振り上げ突撃してくる。同じ手を好きにやらせる訳にもいかずなのはは数発の魔力弾をスバルに向かって放ったがスバルは一切スピードを緩めずその魔力弾を交わしきりなのはに肉薄する。

 

 衝撃とと共に再び拳となのはの展開したシールドが鍔迫り合う。ここで動きを止められたなのははスバルの拳を受け止めつつもティアナの砲撃を警戒して視線をそちらに移すが……砲撃の構えを取っていたティアナ姿はまるで最初からそこにいなかったように一瞬にして消え失せた。幻影……フェイクシルエット、ティアナの得意とする魔法である。

 それではティアナの姿は?

 

「はあああああっ!!」

 

 なのはの背後……背中側の上空をウィングロードで駆け巡りクロスミラージュを魔力で構成された刃を纏わせてなのはの背中に襲い掛かる。これが2人の狙い。この状況を作る為の動き。そしてそれは……なのはが教えていた基礎訓練とチームとしての戦略はおろか今まで教導で学んできた戦術全てを無視したものだった。相手を撃墜する為に特化した闘い、そこには自身の負担も相方の負担も考えられていないものだったのだ。

 それを理解したなのはは自身に襲い掛かるティアナには目もくれず呟く。

 

「レイジングハート………モードリリース」

 

 辺りに衝撃が襲う。土煙を撒き散らし遠くで見学してるフェイト達も目を隠すほど。しかしマックスだけは動じず、ただただ視線をティアナ達に向けていた。 

 土煙が晴れた先にはレイジングハートを宝石の状態に戻したなのはが片腕ずつの素手でスバルの拳とティアナの魔力刃を受け止めている姿。既に異様な光景で魔力刃を握る手からは少なくない血が滲んでいた。

 無茶を、無理を、そんな戦術をした2人を諭すようになのはは2人を抑えたまま言葉を紡ぐ。

 

「2人とも……どうしちゃったのかな?」

 

 慎司の忠告は聞いていた筈だった。

 

「模擬戦は…喧嘩じゃないんだよ?」

 

 それでもちょっと頑張り過ぎてるくらいだとなのは思っていた。焦りで過度な自主練をしてるだけかと思っていた。

 

「練習の時だけ言う事聞いてるフリで本番でこんな無茶をするんだったら……」

 

 そう楽観視していたなのは自身を殴りたい気持ちでいっぱいになる。認識が甘かった自分を責める。

 

「練習の意味……ないじゃない」

 

 せっかく……慎司が相談してくれたと言うのに。

 

「ねぇ?私の言ってる事…私の訓練……そんなに間違ってる?」

 

 なのはの問いに2人は何も言えないし動けない。悲しい瞳で自身を見つめてくるなのはを前では何も言えなかった。

 言葉を吐き出すと共になのはは教導官としての職務を全うするべく頭を切り替える。なのはは自身の信念の元、教導官として教え子達を導いている。それを間違いだとなのはは思わない、自身の経験もあるし何より目の前の2人にも必要な教えだと理解しているからだ。

 

 しかしそんななのはの思惑を振り払うようにティアナは再びハッとして動き出す。まだ模擬戦は終わってない、ティアナもティアナの信念の元この模擬戦に臨んでいるのだから。なのはと距離を取り今度は幻影ではなく本物が二丁の銃を構え砲撃を放つべく魔力を構成させる。

 スバルがマックスが応援してくれた……その2人の献身を無駄には出来る筈もない。

 

「私は……もう誰も傷つけたくないから!もう誰も……失いたくないから!」

 

 浮かぶのは立派だった筈なのに……尊敬できる人だった筈なのに…不名誉にいいように言われてしまった兄の顔。

 

「だから……強くなりたいんです!!」

 

 涙と共にその言葉を吐き出すティアナ。そして放つ、自分は間違ってないとそう思い込みたいが為に。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!ファントムブレイッ─────」

 

 ティアナの魔法が発動する、そう思ったその一瞬、

 

「クロスファイアー……シュート」

「─────ッ!?」

 

 それよりも早く打ち出されるのはなのはが放つ魔力弾。奇しくもそれはティアナが放つ魔力弾と同じ魔法。いや、なのはなりの狙いがあったのだと思われる。なすすべなくティアナは被弾し、ティアナは空を力なくダランと浮いているだけだった。

 

「ティアっ!…っ!」

 

 スバルはすぐにティアナを助けようとするがなのはによってバインドによる拘束を受け身動きを封じられる。

 

「大人しくして、よく見てなさい」

 

 なのはらしからぬ厳しい語調だった。そして再びなのははクロスファイアーを展開。

 

「なのはさんっ!!」

 

 叫ぶスバルの声も虚しく再び打ち出された魔力弾を避ける事も出来ずティアナは再び被弾。そのままゆっくりとウィングロードに落下する。既に気を失っているようだった。なのははスバルのバインドを緩め、それに気づいたスバルはすぐにティアナに駆け寄る。ティアナの手には気絶してもなおクロスミラージュが握られたままだった。

 

「くっ!!」

 

 瞳に涙を溜め、歯を食いしばりながらも憧れであるなのはに睨むような悲しそうな複雑な表情を向けるスバル。それでもなのははあくまでも冷静に、淡々と

 

「模擬戦はここまで、今日は2人とも撃墜されて終了」

 

 そう、告げる。

 

 遠巻きに事の次第を見守っていた者たちの表情はそれぞれだった。エリオとキャロは困惑し、フェイトは3人に心配そうな表情を浮かべ、ヴィータは厳しい顔で口を閉ざす。

 マックスはただただ、真顔でギュッと握る拳に力を込めて真っ直ぐにティアナを見つめていたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 

 訓練場の近くでモニターを展開して色々と今後の訓練メニューについての作業をしていたなのはちゃんとは、フェイトちゃんと共に合流して事の顛末を聞いた。まぁ、色々と互いに思う事があり複雑な感じになっちゃったのは仕方ない。

 

「ごめんね……私の監督不行き届きでフェイトちゃんとライトニングの2人にまで迷惑かけて。それに、慎司くんもせっかく私に相談して任せてくれたのに……」

 

 そう言って顔を落とすなのはちゃん。フェイトちゃんは少しオロオロしながらも「私は別に大丈夫」とフォローしているがなのはちゃんの顔は優れない。

 

「謝る必要はねぇさ。俺も、ちょっと相談するのが遅かったしな」

 

 結果論ではあるが、今日の模擬戦までになのはちゃんがティアナと話していればここまで拗れる事は無かったかもしれない。俺がティアナの状況を理解した時点ですぐになのはちゃんに相談すればもっと早く行動を起こせたのかもしれない。

 考え出したらキリがないのは分かるが事実なので仕方ない。

 

「それに……模擬戦でもちゃんと意味のある事はしてただろ。最後の魔法なんか特に」

 

 事の顛末の説明を受けた時、映像に残っていた模擬戦も一緒に見たのだがあのティアナを撃墜した魔法……クロスファイアーシュート。あの一発目はティアナが普段使っているクロスファイアシュートの完成形、基礎を押さえて練度を高めればあそこまでの速さと威力を誇る事見せた。そして2発目は構成した魔力弾のスフィアを一つにまとめて圧縮し砲撃のように威力をさらに増したクロスファイア。

 危険行為で練習を無視したティアナに戒めとしての一撃と元々ティアナに教える予定だった打ち方を先に披露してあげた形だと思われる。さらに言うならばティアナを気絶させたクロスファイアもなのはちゃんが仕上げた訓練用魔力弾に変えた奴だったしな、体に殆ど負担はない筈だ。

 

「でも……」

 

 それでも自分を責めるなのはちゃんに俺は逆に笑顔で

 

「人間ってのは万能じゃねぇんだから。なのはちゃんだっていくら教導官つったってまだ19歳の小娘なんだし何でも完璧に正解を導くなんて無理な話なんだからよ。39歳の俺だってそんな事出来やしねぇよ」

「慎司君、私と同い年でしょ?」

「心は39歳なんだ」

「ふふっ、もう……また変な事言って」

 

 呆れながらも微笑を浮かべたなのはちゃんは少しさっきより顔を上げる。

 

「そうだね、今は落ち込むより挽回しないと」

 

 そうさ、それでこそなのはちゃん。不屈の心を持った強い高町なのはちゃんにはピッタリな姿だ。とりあえず気持ちの整理もひと段落した所でフェイトが俺と会う前に実は既にオフィスで目覚めたティアナとスバルの2人に会ったらしい。2人とも謝りにきたそうだ。

 

「なのはは訓練場だから、明日朝一で話したらって伝えちゃったんだけど…」

「うん、ありがとう……2人の様子どうだった?」

 

 そう伺うなのはちゃんにフェイトちゃんは難しそうな顔をする。まぁ、想像はつくがな。

 

「やっぱりまだちょっとご機嫌斜めって感じだったかな」

「………」

 

 まぁ、向こうにも言い分ってのがあるだろうし仕方ないか。流石に見過ごせない事もあるけどそれも若さ故……って奴だし。一応俺もまだ荒瀬慎司としては若い世代だけども。

 

「まぁ、明日ちゃんと話してみるよ。FWの皆んなと」

「ああ、それがいいな」

 

 俺の返しにフェイトちゃんも同意するように頷く。早い方がいいのは変わらないがもう夜も遅くなってくるし一夜明かして双方冷静になった方がいいだろうしな。太郎さんそういうのも理解あるから、多分。

 

「さて……と」

 

 話がひと段落した所で俺はチラッと時計で時間を確認する。うん……まだ出歩いてるかもな。

 

「んじゃ、俺はもう行くわ。2人も早めに休めよ」

「うん、もう少ししたら私もなのはも宿舎に戻るから」

「わざわざありがとうね、慎司君」

「おうっ」

 

 そう言って俺は宿舎とは違う方向へ、歩き出す。後ろでなのはちゃん達が「そっちは宿舎じゃないよ?」と声をかけてくれたが俺は手を振りかえして大丈夫と答えるだけだった。

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所にいたか」

 

 少し歩き回って、広場のベンチに腰掛け空を見上げていたマックスを見つけてそう声をかける。

 

「あ、兄貴……」

 

 マックスは俺の登場に驚きつつもお疲れ様ですと頭を下げる。そっちもなと返事をしてから俺はマックスの隣りに座って同じように空を見上げる。

 

「ほれ」

「あ、ありがとうございますッス」

 

 道中で買った缶コーヒーを投げ渡す。俺も同じ物を手に取り小気味良い音を鳴らしながら封を開けて喉を潤す。マックスも同じように俺に続く。

 

「ふぅ、やっぱコーヒーはソフィが作ってくれる奴が1番だな」

「間違い無いっス」

 

 それでももう一口喉に通す。心地のいい苦味を感じつつマックスが二口目を飲み終わったタイミングで俺は本題に入った。

 

「どうだ?楽しいか、六課での生活は」

「………はい、兄貴のおかげっス」

「バカ、違うだろ。お前がちゃんと自分で楽しめてるじゃねぇか」

 

 マックスと目を合わせて俺は出会ったばかりのマックスと重ね合わせる。本当に、変われるもんだ人間ってのは。

 

「正直な、マックスを機動六課配属にさせるのは迷ってたんだ。お前が俺達アークレインの連中以外と上手くやって行けるか心配だったからな」

「兄貴………」

「けど、お前はちゃんと1人の人間として……なりたい自分になってここにいる。FWの奴等とも仲間……立派な親友を作ったじゃないか。最初の頃と比べたら本当に成長したし立派だと思う」

「あ、兄貴ぃ……」

「まあ正直人間関係上手く行っても書類作業とかは足手纏いだから何回他のメンバーと交代させようかなって思ったか分かんないけどよ」

「兄貴ぃぃい!?」

 

 冗談はさておき。

 

「だから俺はお前に言ったんだ。ティアナの事、好きなように…お前のやりたいように支えてやれって。お前がちゃんとFW4人の事……ティアナの事を大切な存在だと思ってたみたいだったから」

「けど兄貴……俺は兄貴を…」

「罪悪感を感じる必要はない、裏切った訳でも何でもないだろうが。好きにしろと言ったのは俺だしお前はちゃんとお前なりに考えて行動してたのは分かってたよ。マックスがティアナの行動がなのはちゃんを裏切るような形になるって理解してたのも」

 

 マックスはアホに見える……実際アホだが馬鹿ではない。状況を理解し、ティアナの行動となのはちゃん思惑は分からなくともなのはちゃんの教導と照らし合わせてすれ違いが起きている事に気づいてた。

 だが、マックスはティアナを止めるという選択肢を選ばずまたなのはちゃんに相談する事もなく応援し全力で支える事を選んだ。無茶を肯定はしていない、最後の一線……体をぶっ壊さないように見張りつつもティアナの努力を認め応援していた。

 

「何となくだけどお前が何でそんな事をしたか分かるよ。初めて会った時と一緒だなって、だから理由をあえては言わないけどさ……俺が言いたいのは俺の事は気にする必要はないって事だ」

「………うすっ、感謝します。慎司さん………」

「はっ、そんな顔……皆んな前では間違ってもするなよ」

「うすっ」

 

 たく、しょうがない奴だ。まあ、部下のケアも上司の俺の役目だ。自分の選んだ事を俺の存在が邪魔するのは嫌だからな。けどマックスには……必要なかったかもしれないがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 マックスとの話も一段落した所でマックスにはもう遅いからと部屋に戻るように言った。ティアナはもう目覚めて恐らくは部屋で休んでるって事を伝えたら目の色変えて走り出したのでティアナ達の所に向かったのだろう。

 さて、まだこの件は解決した訳ではないがとりあえず今日の所は余計な事もしない方がいいだろうし俺も大人しく戻るとしよう。

 このゴタゴタで夕方からの仕事とか書類とか全部すっぽかしちゃったから今日は徹夜になりそうだ。慣れたもんだからいいけどさ。

 

「こんな時に限ってまた問題が起きたりするもんだからなぁ、緊急出撃とかな」

 

 なんて言葉にしたら機動六課の連絡用デバイスにアラート表記の警報音が鳴り響いた。

 

「………変な事口にするもんじゃねぇなたくっ…」

 

 こんな状況で緊急出撃かよ……。端末にすぐ情報が送られてくる、なるほど……ガジェットが自由飛行をしてこっちを誘ってるって感じか。データを取るためだろうな。まぁこれなら敵にもよるだろうが恐らくは出撃するのはなのはちゃん達隊長陣でFW達は出動待機だろうな。んでティアナの状態を考えると……彼女だけ出動待機から外されるって感じかもなぁ……それでまた一悶着ありそう。

 明日まで待ってられないかもしれないなこれは。たがちょうどいいかもしれない。警報を鳴らす端末とは別の端末を懐から取り出して通信を繋げる。

 

「俺だ、前線部隊はちゃんと待機してるか?……よし、それなら六課までヘリで頼む……マックスは連れてかねぇよ分かってるだろ?……ああ、そうだ。安心しろ上手くやるさ」

 

 必要な事を伝えてすぐに通信を切る。それから小走りで俺は六課の本部に向かった。さて、余計なお節介といこうか。

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 荒瀬慎司の予想通り、異常を検知した機動六課メンバーはすぐに司令室へと集まり事の次第を把握。部屋で休んでいたティアナや心配で部屋に向かう途中だったマックスも進路を変えて六課本部に向かう。

 航空機型ガジェットの編隊が何も無い海上を当てもなく自由飛行している状況、レリックの反応もなければ海上施設も船もある訳では無いためこちらを誘ってるのは明白。

 恐らくはスカリエッティがこちらの航空戦力を探るために送り込んだデコイのような物だと判断しわざわざ大技を披露して一撃クリアをせず、なるべく情報は出さずにこれまでのやり方と同じように迎え撃つ結論となった。

 なので未だ動きを模索中なのとそもそも空戦となるのでFW4人は出動待機として隊長陣で向かう事に。それも慎司の予想通りとなった。

 

 それを司令本部の屋上のヘリポートにて集まりその方針を後から集まったFW陣になのは達は伝える。さらに遅れてマックスも合流し、後ろで事の次第を見守っていた。そして、荒瀬慎司の姿は未だなかった。

 

「今回は空戦だから、私とフェイト隊長、ヴィータ副隊長で現場に向かうから」

「そっちの指揮はシグナムだ、留守を頼むぞ」

 

 離陸準備を初めてプロペラを回し始めたヘリを背になのは、ヴィータはそうFW4人に伝える。当のシグナムも腕組みをしつつヴィータの言葉に頷く。

 

「「「はいっ」」」

「……はい」

 

 少々返事が生返事となってしまったティアナをマックスは複雑な表情で見つめていた。例の模擬戦からまだ1日も経ってないのだ、仕方のない事だろう。それを見兼ねたなのはは少しだけ表情を引き締めて口を開く。

 

「それから……ティアナは出動待機から外れておこうか」

「っ!「

 そのなのはの言葉にエリアとキャロ、スバルは驚きに声を上げてしまい、ティアナは目を見開き驚きつつ下を向く。

 

「その方がいいな、そうしておけ」

 

 ヴィータは淡々となのはの言葉に同意しつつ隣のフェイトは複雑な感情からか目を逸らすような仕草をする。

 

「今夜は体調も魔力も万全じゃないだろうし」

「言う事を聞かない奴は……使えないって事ですか?」

 

 なのはの言葉を遮るようにティアナは下を向いたままそう吐き出す。なのはは小さくため息をつきつつも厳しい口調で

 

「自分で言ってて分からない?当たり前の事だよ…それ」

「現場での指示や命令は聞いてます!教導だって……ちゃんとサボらずやってます……」

 

 吐き出し始めたら止まらない、徐々に語調が荒くなるティアナを見兼ねてヴィータが一歩前に出るがなのはがそれをティアナから目線を離さないで手で制して止める。

 

「それ以外での努力だって……教えられた通りじゃなきゃダメなんですか!」

 

 瞳には涙が溜まり、抑えていた感情が溢れ出す。止まらない、止められない。冷静じゃないと判断も出来ず子供のように感情を吐き出す。ここ最近の事だけじゃない、死んでしまった尊敬する兄の事も、つまり積もった納得いかない出来事全てをぶつけるように。

 

「私は!なのはさん達みたいにエリートじゃないし、スバルやエリオみたいな才能も……キャロみたいなレアスキルもない…。少しくらい無茶したって死ぬ気でやらなきゃ強くなんか……上にあがる事なんか出来ないじゃないですか!!」

 

 その叫びと共にずっと後ろで控えていたマックスがティアナの肩を掴む。

 

「ティアナさん……っ」

 

 マックスらしからぬ複雑な表情だった。ティアナはマックスの行動に驚きつつも抑えきれなかった感情は止まらない。

 

「離してっ」

 

 その手を振り払い拒絶する。マックスも、それに逆らう事はしなかった。そしてマックスの顔を見た事でティアナは思い出す。荒瀬慎司の顔を思い出す。彼に向けた本心を吐露させる。以前、聞いた。本人の口から、何故魔力も無いし実績もなく提督になんてなれたのか。

 

『ああ〜……まぁ、自慢じゃないけど正直人脈とか力技も使ってるよ。勿論魔法学とか戦術論とかも頑張って勉強したけどな。けど正直言っちゃうと、ズルは色々したよ。多分いつかバチが当たるかもな』

 

 そう困ったように笑って言ってた事を。そして表には出さなかったがその言葉に少しばかり怒りを覚えた事も。

 

「……慎司さんみたいに魔力がなくても提督になれるような……そんな人脈……頼りになる家族だって私にはいないんだからっ!!」

 

 その言葉に隊長達が目の色を変えた。フェイトとなのは悲しみの色を、ヴィータとシグナムは怒りの色を。その言葉はまるで……慎司の努力を、もがきを否定するかのようなものだったから。

 そして目の色を変えるだけでは留まらず行動に移したのはシグナムだった。無論、叫ぶティアナの胸ぐらを掴んで拳を振り上げた。だがシグナムも大人だ、その振り上げられた拳は手加減をしているし慎司の事の発言だけでなくティアナの駄々を諌めるための拳でもあった。

 しかし、無二の友を軽んじられた事も全く理由にならなかった訳ではなかった。

 

 そしてそれを感じたからこそ、男は間に立ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「慎っ」

 

 シグナムが慎司の名を言い終わる前にその拳はティアナを庇った俺の顔面に思いっきりめり込んだ。あ、やばい。結構痛い。

 

「慎司っ!?」

「慎司君!?」

 

 皆んなそれぞれ俺の出現と行動に一様に驚いてる。俺は鼻血を出しながらも

 

「痛って!?痛ってぇ痛ってぇなぁ〜……な、殴ったな!?」

「いや、お前が殴られに来たんだろう」

「に、2度もぶったっ!?」

「待て、堂々と冤罪を吹っかけるな。何もしていない」

「親父にもぶたれた事ないのにぃ!」

「お前それが言いたかっただけだろ」

 

 一度は言ってみたかったんだよね、許してちょ。

 

「ちょっ、誰かティッシュ。ティッシュ頂戴」

「ああ、ちょっと待ってね」

 

 と、小走りでフェイトちゃんが俺に駆け寄りポッケからティッシュを取り出してくれる。

 

「ああすまんフェイトちゃん……」

「いいよ、やってあげるからじっとしてて」

 

 と、片手でティッシュを使って俺の鼻を抑えながらもう片方の手で器用にティッシュを丸めてそのまま優しく俺の鼻に差し込む。あまりの手際の良さに思わず俺は伝える。

 

「……フェイトママ」

「やめて寒気がする」

 

 スンっといきなり能面みたいな真顔をしだしたので目を逸らす。おいマジかよ、普通に怖いよごめんって。

 そんなやり取りをしつつシグナムがため息混じりに慎司を見据えて言う。

 

「慎司、庇う必要はない。駄々をこねるだけのバカはなまじ付き合うからこうなる……」

 

 言い切ると同時にティアナにも視線を向けるシグナム。ティアナは困惑気味な表情を浮かべながらも自身の失言に気付き顔を青くして俯いてしまっていた。まぁ、正直そこまで俺は気にしてないけども。言われ慣れてるし。

 

「お前こそ、教育の為って言ってもグーはダメだろグーは。それに、俺の為とは言え少しでも怒りがこもったらそれは教育じゃなくて暴力だ………ごめんな、俺のせいで」

 

 俺が表情を緩めながらそう言うとシグナムはバツの悪そうな顔をして「お前は何も悪くないだろ……」と小さい声で言う。

 

「兄貴……」

 

 マックスもどうしていいか、なんで言えばいいか分からず俺の名前を漏らすばかり。フェイトちゃんもヴィータちゃんも、ティアナもFWメンバーもこの空気の中何も言えない。ダメよ、楽しく行こうぜ皆んな。

 

「ちと話は変わるんだがな」

「ん?」

 

 ヴィータちゃんが首を傾げたのを視線に入れつつ俺はとりあえず発言する。

 

「最近ゴ○ラとガ○ラの二大怪獣が共闘してる夢見たんだけど相手はキ○グコン○で坂本龍馬が飼ってる奴だった」

「お前は何を言ってるんだ?」

「でも巨大化したなのはちゃんが噛み付いて全員追い返してた」

「あれ?私に飛び火してる?」

「結局フェイトちゃんが砂風呂を堪能して終わってた」

「何がどう言う事!?」

 

 ヴィータちゃん、なのはちゃん、フェイトちゃんにそれぞれ一様の反応を引き出しつつ何を言ってるんだと呆れて笑う3人。シグナムも違った微笑を浮かべ困惑してるのはFW4人とマックス。けど、マックスも釣られてニヤリと笑っていた。

 

「あはは……もう慎司君ってば…」

 

 なのはちゃんがトコトコと俺に近づいて未だ鼻血が止まらない俺の鼻に優しく手を添えてから小さな声で

 

「ごめん……でもありがとう」

 

 そう言う。いいってことよ、けど本番はこれからだ。

 

「お前ら、六課に全員残れ」

 

 俺の言葉に再び皆んな驚きの声を上げる。

 

「バカ、何言ってんだ。これから出撃なんだよ、いい加減出発しないと」

 

 とヴィータちゃんがもっともらしい言葉を述べてる途中で皆異変に気付き空を見上げる。なのはちゃん達を乗せるべくヘリポート上でプロペラを軽く回転させて待機していたヴァイスのヘリとはまた別のヘリの音が響く。六課が所有しているヘリとは明らかに違うそれはヘリポートの近くをけたたましい音を立てながら浮遊する。

 

「あれは?」

 

 フェイトちゃんの疑問に応える形で俺はヘリを背に腕組みをしつつキメるかのように告げる。

 

「もっかい言うぜ?全員残れ。んで、なのはちゃんとFW4人は話し合うんだ、今すぐにな。なのはちゃん本人から話しづらい事もあるだろうからここにいるフェイトちゃん達も一緒によ。ガジェットの討伐は………」

 

 タイミングよくヘリの扉が開き武装した一小隊の面々が姿を見せる。正直余計なお節介だろう。リスクも全くないわけじゃない、けどよ………親友が悩んでるなら助けになりたいと思うだろ

 

「俺達、アークレインが引き受けた!」

 

 そう、高らかに告げるのであった。

 

 






 久しぶりに1ヶ月以内投稿でけた。ペースを大事にしていきたい


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胸に抱く想い



 お久しぶりです。細々と書き進めてますよー、特撮グッズで金がどんどん減ってく助けて


 

 

 

 

 ヘリで六課から出発してから数十分。俺は通信越しではやてちゃんから説教を受けていた。同席してるアークレインの前線メンバーは俺に気を使ってか少し距離をとって大人しくしていた。

 

『あんな慎司君……』

「おう」

『慎司君も知っての通り六課は過剰戦力で他所からも目をつけられてる部隊なんよ』

「お、そうだな」

『それに加えて慎司君の艦隊からも少なからず支援を受けてると思われてるねん』

「実際支援しちまってるしな」

 

 だからあくまで体裁を保つ為、アークレイン隊そのものを六課に組み込むのではなく数名を出向という形を取りさらには戦力増強と思われないよう魔導士としての実力はないマックス、俺、ソフィ。リィンフォースは部隊長が自身の主人であるはやてちゃんだから橋渡しに必要だという方便で無理矢理組み込んだのだ。

 まぁ、方便だけど色々とこの編成は気を使ってはいるのである。しかしまぁそこで今回の俺の行動がはやてちゃんの頭を抱えさせてる。そんな中で出向した俺達ではなくアークレイン隊前線部隊を六課が対処するはずの案件を任せてしまうのは先程説明した方便を無駄にするものである。

 

 そうなると色々と上から痛い所を突かれて機動六課が動きにくくなる可能性がある。それ避けねばならない。

 

『詳しく説明するまでもないけど……今色々と部隊を複雑な状況にはしたくないねん。事情はなのはちゃん達から聞いたで?優しい慎司君らしいわ……けど、もうちょっと冷静に行動せなあかんよ?』

「はは、心配させてごめんな。けど大丈夫だよ、俺だってこう見えて色々考えてやってんだ。ほれ」

 

 端末を操作してはやてちゃんのデバイスに文書データを送る。

 

『これは……』

「まぁ、結構無理矢理感はあるけど俺がうまく言いくるめておいたから今回に限っては平気だよ」

 

 文書データはいわば報告書。有事の際に自身の部隊を出撃させた際に提出する書類。俺の場合は前にもウチのオペレーターと俺に嫌味ばかりを言ってきた例の監督官である。

 その報告書には回りくどく、くどくどとうんざりするような説明書きをして方便を書いてる。内容を要約するならばアークレイン隊の前線メンバーが自主パトロール中にガジェットを捕捉、偵察飛行中の可能性もあったがそのまま破壊行為に及び被害が出る可能性も否めず管轄の部隊との連携を取らず早急に迎撃の対応をとった。

 

 そんな感じの内容だ。色々とツッコミどころ満載で勿論監督官は唾を飛ばすような勢いで通信越しに文句を言っていたがそこは太郎さんの話術でうまくやったというわけで。後がめんどくさいだろうけどな。

 

「少なくとも今回の掃討に六課は関わる前にお節介な部隊がたまたま早期発見と早期掃討に努めた為認知すらしてない……そういう風に手を回しておいてくれよ、先回りして管制室のスタッフにはまだ上へ報告しないよう言ってあるから後ははやてちゃんに任せたわ」

『相変わらず手際が良い事で………でもな慎司君?』

 

 コホンと咳払いをしつつはやてちゃんは少し優しい目をしてから口を開く。

 

『あんまり自分に負担かけんといてな?慎司君は十分ウチらを頼ってるって思ってるんやろうけどもっともっと甘えてもええんよ?』

「……はやてママ」

『あかん、鳥肌立ってきた』

 

 ママ呼び不評だな、流石にキモすぎたか。何処かでなのはちゃんに試して最後にしよ。

 

「すまんすまん、冗談だ」

『……とにかく、自分ばっかり負担をかける事ないようにって言いたかったんよ。今回のだってウチらを気遣う代わりに自分の仕事を増やしとるし……』

「まぁ、どっかで必ずはやてちゃん達には迷惑なくらい頼る事になるさ」

『ふふ、そないな事あればええんやけど。……分かった、慎司君の言う通りに今回は進めておくからこっちは任せて。慎司君も気をつけてな……』

「おう、掃討が済んだらすぐ連絡するさ。じゃ、また後で」

 

 そう言って通信を切る。ふぅ……と一呼吸だけいれて俺は誰にも聞こえないようにボソリと呟く。

 

「バカ言え、頼りすぎてるくらいだよ」

 

 そんな本心の呟きはヘリの駆動音でかき消されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 六課では慎司の計らいにより残されたなのは達が慎司の乗るヘリを見送ってから改めてティアナ達と向かい合う。ティアナは自らの失言の罪悪感で下を向いていた。しかしそんなティアナを庇うようにスバルが前に立って真っ直ぐなのは達を見つめて意を消して言葉を紡ぐ。

 

「なのはさんっ!」

「うん、何かな?」

「その……命令違反は絶対ダメだし、さっきのティアナの物言いとか…それを止められなかった私はダメだったと思います」

 

 声を萎めてしまいながらもスバルは不義理だった点はちゃんと申し訳ないと思っていた。ただ、驚かせたかっただけ。尊敬する高町なのはに自らの成長の証を見せるため、自身の相棒に協力する為、スバルは自分と親友を信じてとった行動だった。

 無論、ティアナの荒瀬慎司を貶めてしまうような発言は良くないと思っている。スバルだって荒瀬慎司のことは嫌いではないし、寧ろ信頼できると思っているからだ。

 

「けど……自分なりに強くなろうとする努力とか、キツイ状況でも何とかしようと頑張るのはいけない事なんでしょうか!?……自分なりの努力とか……そういうのもやっちゃいけない事なんですか!?」

 

 それでも、スバルは我慢ならなかった。ティアナは、親友は頑張っていた、努力をしていた。血反吐を吐くような思いで、努力に努力を重ねた。自分がそれを1番近くで見ていた。だからこそそれを間違っていたかのような言動には納得などいかなかった。なのは達はその想いの丈を正面から受け取る。

 

「…………自主練習はいい事だし、強くなるために頑張る事もすごくいい事だよ」

 

 そして、そのスバルの想いを肯定したのもまたなのはであった。

 

「なら…っ!」

「ごめんね…私が不器用すぎちゃったから」

 

 スバルの言葉を遮ってなのはは頭を下げる。上官にそんな態度を取られスバル達は逆に何も言えなくなる。しかし、なのはは姿勢を元に戻してから構わず続ける。

 

「聞いて、今度はちゃんと……ちゃんと自分の口で伝えるから」

 

 命令違反をしたのは無論間違っていた。しかし、そうさせてしまった自分にも責任はある。ティアナ達だけが悪いのではないとなのはは思っていた。だからもう、間違えたくない。……そう、彼がよく言うように『後悔しないように』。

 

「私が皆んなに伝えたかった事……私の教導の意味、その理由。そして……私が誰よりも尊敬してる、荒瀬慎司君の事を私の口から説明させて欲しいんだ」

 

 真剣な表情でそう訴えるなのはにスバル達は頷くしかなかった。そして、遠巻きで聞いていたマックスもゆっくりとなのはに近づき

 

「自分も……一緒に聞いていいですか?」

 

 そう、口を開く。なのははマックスに「勿論だよ」と微笑みながら伝える。マックスは頭を下げつつも慎司がヘリで出撃していった時の事を思い出していた。

 

『お前は勿論留守番だ………ちゃんとお前はお前でその気持ちに整理をつけるんだぞ』

 

 肩をポンと叩かれながらそう荒瀬慎司に言われた。自分は『魔導師』としては戦力外だから前線について行けない。自分の役割をこなさなければならない。だが今は……慎司の言う通りにするのが正しいという事はマックスも理解していた。

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 

「いいか?偵察機とは言えガジェットに変わりはない、こっちの魔法を阻害するAMFも搭載されてるだろう。基本はツーマンセルの背中合わせ、死角をなくして迎撃に当たれ」

 

 残り10分ほどで接敵するあたりで、俺は簡単なブリーフィングを前線メンバーと行う。まぁアークレインの前線メンバーなら偵察機ガジェットくらい訳ないが、かと言って油断させるわけにもいかない。

 アークレインが誇る前線メンバーとはいえ皆、なのはちゃん達のようなエースと呼ばれる人材ではない。正直実力は一般的な魔導師のレベルの域を出ないがそれでも優秀な奴らだと俺は知っている。例え周りからなんと言われようとだ。

 

「ダンナぁ、そんなに心配しなくてもあんなガジェットくらいならあっしらだけでチョチョイのちょいですぜ?」

「そうそう、慎司さんがわざわざ着いてくる必要なかったですよ」

 

 恰幅のいいイカツイ顔をした男性隊員とそれに負けないくらい威圧の雰囲気を放つ女性隊員がそんな事を言ってくる。2人とも前線メンバーの中での隊長と副隊長を任命してる2人だ。

 

「バカ油断するな、どんな実戦であれ警戒を怠らないのが真の一流だと何度も言ってるだろうが。それとも、魔導師ですらない俺の指令を聞くのは不満か?」

 

 冗談混じりに軽く笑いながらそう言うが2人は慌てた様子で

 

「いやいやまさか!ダンナに不満なんかありませんって。悪い冗談はやめてください」

「慎司さんはアタシらみたいなはみ出し者を拾ってくれた恩人なんだ、文句なんか一つもないですよ」

 

 そんなに卑下することはないだろうに。俺はお前達の実力を認めてスカウトしただけなんだから。当初からそう伝えてはいるんだがなぁ。隊長、副隊長だけでなく他の隊員達も気を引き締めて敬礼してくる始末である。ここは軍隊か!?似たようなもんか!

 

「それなら、いつも通りお前らは目の前に敵に集中してくれ。追って指示は出すからさっきのツーマンセルで行く事だけは忘れるなよ?」

 

 そう言い放ち全員が頷いてくれた所でヘリの操縦士から接敵したとの合図を受け取る。

 

「よし、各々出撃だ!一匹残らず木端微塵にしてやれ!」

 

 昔と変わらず、皆んなの背中を見送る立場なのはいつまで経っても変わらないと内心ため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 なのは達はロビーの広間に移動してそこの休憩所で各々ソファに座り重苦しい雰囲気が漂っていた。なのはにフェイト、ヴィータにシグナムと途中で皆んなが心配で合流したシャーリィとシャマルを交えてその大事な話を始めていた。

 

「私はね、皆んなも知ってる通り地球っていう魔法が存在しない次元世界の出身なんだ」

 

 FW達やマックスはそれくらいのプロフィールなら大雑把に把握していたがなのはがこれから話すのはその細部である自身の生い立ちからだった。魔法に出会ったのは小学3年生、年齢で言うとわずか9歳。なのはの自分の生い立ちの話を補足するかのようにシャーリィが当時の映像をなのはの話に合わせて流していた。

 

 普通の女の子だった高町なのはは偶然にも魔法に出会い、巻き込まれるような形とはいえ自分の意思で魔法使いとしての道を歩み始めた。魔法関連の技術を碌に知らなかった少女が自身のセンスとそれを補うための日々の努力で命懸けの闘いに身を投じる。

  映像と共に当時敵対していたフェイトとの激闘が映し出される。互いに譲れない想いと共にぶつかり合ったその過去に初めて事実を知ったマックスとFW4人驚きの反応を見せた。そして、その小さな体からは想像できない威力を持つ収束砲撃魔法の行使。既にここからなのはの体への負担は始まっていたのだ。

 

 ジュエルシード事件は終息し、フェイトとの和解を経て間を置かずになのははまた闘いに身を投じる事になる。ヴォルケンリッター達のの襲撃と敗北、今の自分では力及ばないと理解したなのはの選択は当時は安全性がなかったカートリッジシステムの導入。更に体に負担を強いる事になる。

 

 そして闇の書事件も大団円を迎えてしばらく経った後、なのははフェイト、はやて共に正式に管理局入りを果たして魔導士としての本当のスタート切った。それからは訓練と任務、そして地球で学校の勉強と目まぐるしい忙しさの中なのはは必死になってそれらをこなしていった。

 

 なりたい自分になる為に、立派な魔導師を目指して。そして何よりも自分が尊敬しているあの人の努力に負けないように。そのひたむきな想いが皮肉にもなのはを間違わせた。自身の体を度外視した酷使に次ぐ酷使、魔導師になってからの積み重ねてきたつもりに積もった体への負担。

 それらは全て最悪の形でなのはに襲いかかる。なんて事はない、いつものなのはならなんて事のない任務だった。なのはには油断も驕りもなかった、ただ積み重なった負担がなのはの動きを鈍らせた。

 命を張り合う戦場での任務にてそれは悲劇を生んだ。

 

「思考を止めて、何も考えないでがむしゃらに無茶をし続けた結果が……これ」

 

 自嘲気味に少し笑ってなのはは自身が生死を彷徨う重傷を負った時の映像を見せた。言葉失う5人、あまりに酷かった。血の滲んだ包帯だらけの小学生の少女、立って歩く事すら出来なくなるかもしれない……そう告げられた苦しい過去。既になのはは乗り越えて前を向いてもトラウマと呼べてしまう過去だった。

 その映像を見て絶句するティアナにシグナムは口を開く。

 

「確かに、魔導師としても無茶を通してでも譲れない場面はあるだろう。だがなティアナ、模擬戦のあの時……あの技……自分の全部を賭けてでも譲れない時だったのか?」

 

 その指摘にティアナは何も言い返す事は出来なかった。

 

 そしてなのはは告げる。自分が皆んなにどんな教導を、どんな想いを持っていたのかを。自分の教導の意味を。皆んなにはしっかりとした土台を作りを優先し根本の地力を大きくしていく、そうする事で皆んなには無茶なんかする必要がないような、例え無茶が必要な時が来ても自分みたいな思いをしなくて済むように。そんな先の先のさらに先を見た訓練。

 だがそれらは必ず皆んなの未来できっと役に立つ物、何かをする上での土台となり助けとなる。それがなのは方針だったのだ。だから、ティアナが中々自身の成長に手応えを感じられず精神的に追い込んでしまったのははひとえに教導官である自身の力不足とケアが足りなかったとなのはは改めて謝罪した。

 

 もっと早くこうやって皆んなに話すべきだったと。

 

 広間は重苦しい空気に包まれる。罪悪感で何も言えないティアナに、自らの過去を晒して真っ直ぐに想いを伝えたなのは。皆んな何を言えばいいか分からなかった。

 

「すごいっスね……姐さんは…」

 

 そんな空気のなか重々しく口を開いたのはマックスだった。いつもなら姐さんと呼ぶなとなのはなら咎める所だがマックスは構わず言葉を続ける。

 

「そんな辛い思いをしたのに、そんな悲しい事を味わってきたのに……姐さんだけじゃなく皆さんも、そうやって乗り越えて真っ直ぐ前を見てここまで来たんですね……。他の誰かに自分と同じ思いをさせないために教導官になって……兄貴が姐さん達のことを誰よりも尊敬してるってよく言ってたの……分かる気がするっス」

「あはは……慎司君は私達の事そんな風に言ってくれてたんだ」

 

 照れ臭そうに頬を掻きながらなのははそう返す。心なしか一緒にいるシグナムやフェイト達も照れ臭そうにしていた。

 

「でもね、私だって下を向いて足を止めてしまった時だってあるんだよ?無茶をして大怪我をした時だってそう。だけど今こうしていられるのはここにいる皆んな……地球からの仲間達と……慎司君のお陰なんだ」

「慎司……さんが?」

 

 つい疑問の声を上げて問いかけるような口調でティアナが口を開く。確かに魔導士としての重傷という名の挫折を味わいそれを乗り越えたというのならそれを支えたのは同じ魔導士であるフェイトやはやてだと言うのは納得できるが魔力もなくその頃にはまだ管理局員でもなかったと聞いている慎司の名前が上がったのは少し違和感を覚えたのだ。

 

「うん、私自身の話はこれでおしまい。今度はね、慎司君のお話を聞いて欲しいんだ。教導の話とはまたちょっと関係がない話だけど……知って欲しいんだ。同じ六課の慎司君の友達として……同じの六課の仲間である皆んなに、ずっとずっと頑張り続けてる慎司君のお話を」

 

 キッカケはティアナの発言だ。しかし、仲間として知って欲しいと元々思ってはいた。なのははティアナのあの慎司に対する発言は純度100%の本心でない事は理解していた。多少思う所があっただけで、それは別に悪い事じゃないとも思っている。だが誤解を解く意味でもある、そして荒瀬慎司についての話はきっと彼女達の背中を押してくれるものだ。なのははそう思えていた。

 

「……………」

 

 優しい微笑みと、慎司のことなのに何故かちょっと照れ臭そうにするなのは。そして慎司の名を聞き、何となく他の隊長達もどこか優しい雰囲気に変わっていた。対するティアナは一度沈黙で返す、皆んなをそうさせる荒瀬慎司という人間、何故皆んなそうやって荒瀬慎司を語る時いつも誇らしげなのか……その理由が分かるかもしれないのならティアナは純粋に聞きたいと思うし何より……勢いとは言え慎司を貶めるような事を言ってしまった自分は聞くべきだと思った。

 

 そしてそれはスバル達も一緒で慎司と同じ艦隊のマックスも是非聞かせてくれといった雰囲気だった。荒瀬慎司という男はあまり自分の事は語らないのかもしれない。

 

「お願いします、是非聞かせてください」

 

 しばらくの沈黙の後そう返したなのはは先程の微笑みを崩さぬまま頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 ヘリの中でモニターを展開させて出撃したアークレイン前線部隊の戦闘を見守り始めてから10数分。順調に偵察飛行からこちらの存在を認識すると襲い掛かってきたガジェットの数を減らしている。目を引く砲撃魔法が使えるわけでも特別なレアスキルを駆使してるわけでもなくあくまでフォーメーションを組み、攻めと守りの見極めをしつつ簡素な魔力弾で確実に。

 なのはちゃん達のような突出したエースのような実力はない一般魔導士の集まりと他所の艦隊に揶揄される彼等だがここまで出来るのだって大したもんだ。

 フォーメーションを組み、作戦を組み、実力があったとしても確実にそれらを実行出来るとは限らない。しかし難なくそれをこなす彼等は我らアークレインが誇る前線部隊だ。この分なら、何のトラブルもなく作戦は終了するだろう。六課のデータを取りたがってたであろうジェイルには悪いが今回の相手は俺たちで勘弁願う所だ。

 

 掃討の終わりが見えた頃、端末に通信が入る。

 

『ご主人様』

「ソフィか、どうかしたのか?」

『一応ご報告が、遠征中のアークレイン艦隊から経過報告が届きました。私が目を通しましたが特に問題はないようです。いかがしますか?』

「ソフィがそう思ったのならその判断でいい。こちらの近況も向こうに伝えて現状遠征任務も変更なしと伝えておいてくれ」

『かしこまりました』

 

 通信が切れたところで軽く息を吐いた、提督業が忙し過ぎてあっと言う間に4年も過ぎてしまった事を思い出す。っと、そんな悠長に感慨に耽ってる場合では無かった。前線部隊の様子をモニターで伺うと丁度最後のガジェットを破壊した所だった、同時に通信が入る。

 

『ダンナ、ガジェット全機破壊しやした』

『そっちで撃ち漏らしがないかスキャンを頼みます』

「もうやってる………掃討完了確認、残機なし。御苦労だった、知り合いの後処理やってくれる調査隊呼んでるから俺達は合流して引き継ぎしたら帰還だ。一応それまでは周囲の警戒は怠らないように」

 

 そう告げてから通信を切りまた息を吐き出す、今度は大きく。とりあえず山場は超えたな……それにしてもスカリエッティの奴、データを取るためとはいえ新型のガジェットをこっちにもここまでお披露するとはな……余力や隠し球は十分に備えてると見て間違いない。

 

 

 たくっ、まだまだ休んだる暇はないなこりゃ。

 

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

「荒瀬慎司君、私と同い年で5歳の頃に出会ったんだ」

 

 詳細に記されたプロフィールと共に映し出される慎司の画像。そのプロフィール欄の魔法の適正について書かれた項目には適正マイナスどころかリンカーコアすらなく魔力も皆無と簡単に書かれている。

 魔力社会のミッドチルダに置いてこの項目を見ただけで慎司を下に見る者も少なくないだろう。実際慎司もそういう面では管理局で苦労している。

 

「私と一緒で平凡な………平凡?平凡だったかな?当時からもう変な子だったかも」

 

 変か変じゃ無いかで言えば間違い無く変な部類とは思うなのはである。聞いている新人メンバーは苦笑を浮かべていた。

 

「慎司君も地球で魔法の存在なんて知らずに暮らしてたんだ。学校では皆んなの中心で、柔道……地球の格闘技を頑張って今の皆んなみたいに汗をかいていたよ」

 

 友人を作り、遊び、学校で学び、柔道を本気で志して日々を過ごしていた。そして、魔法という物に交わった運命の日。

 

「慎司君が魔法の存在を知ったのはジュエルシード事件……私が魔法と出会ってフェイトちゃんと対立してた時の事……いつものように柔道の体力作りでランニングをしている最中にたまたまジュエルシードが暴走して災害を起こしてる現場に居合わせたの、そして魔導士としての姿だった私とフェイトちゃんもそこにいた」

 

 言うなれば偶然に巻き込まれたのだ。その後災害は一旦収まり彼は関係者としてアースラに赴く事になる。彼は苦悩した、自分の友達が魔法という物に出会い命を張って戦ってる事実に、そしてその相手が自分も知っている相手だと言う事に……魔法を使えない自分では何もできないと言う事に。

 

「これも本当にたまたま何だけどね、なのはだけじゃなくて慎司は私とも顔合わせる機会があってね。だからなのはだけじゃなく私まで魔法を使っていた事に驚いていたんだ。だから余計心労を重ねさせちゃったと思う」

 

 そう語るフェイトに皆んな顔は困惑していた。魔法を知らなかった1人の少年がいきなりそんな場面に出くわしてしまったらそれは確かに驚きそして苦悩するだろう。

 

「でもね、慎司君はそれでも顔を上げて前を向いたんだ」

 

 そう言うとなのははシャーリィに目配せをしてとある映像を流し始めた。アースラにて山宮太郎が荒瀬慎司として初めて声を荒げて涙ながらに思いの丈を叫んだあの時の映像を。

 慎司がその時を思い出すのなら、きっと情け無い姿だったと自虐的に笑うだろう。しかし、それは真摯に自身の思いを告げて、自身の無力に向き合った男が足掻くために叫んだ想い。

 

『無茶してどうにか出来るならとっくにやってんだよ!!』

 

『出来なかったよ!今日……あの海で、皆んなが危険な目に遭いながら闘ってる時も!フェイトちゃんが攻撃されて悲鳴をあげてる時も!海に堕ちそうになった時も!俺はその場から動くことすら出来なかったんだよ!!』

 

『だから……自分ができる事は……見守る事くらいは………声をかけてあげる事くらいは……したいんだよあの子にも』

 

 無力な男の非力な断末魔。自分自身の事を理解し、どうあっても力にならない事を冷静に理解したからこそ感情的になった荒瀬慎司。

 

「慎司君はそれでも無謀な無茶をした訳でも全てを諦めて投げ出した訳でもなかった。………自分のできる事、無駄だと分かっていても私とフェイトちゃんの為に行動したいって言ってくれたんだ」

 

 それが正しいと言う訳じゃないとなのはは続けて告げた。それでも思考を止めないで足掻き続けた事を知って欲しかった。

 

「まぁ、結果として慎司君は大活躍だったんだ。慎司君はそんな事ないって言うけど」

 

 当時の映像が順番に映し出される。互いに勝利を約束し、一足先に約束を果たした慎司がなのはを励ます為戦場に赴き大声で応援した事。比喩なくなのははその応援に力を貰った事。

 

 フェイトを庇い、彼女のために彼女の母に大立ち回りをした事。そして誰も犠牲を出さない為に単身プレシアに会いに行き説得を試みた事。悲しい結末に終わってしまったが彼の勇気と行動、言葉に確かに救われた心があった事。

 

「それがフェイトさんが前に仰ってた……」

「そう、慎司が私を助けてくれた時の話だよ」

 

 キャロの合点が言ったような問いにフェイトは笑顔でそう返す。フェイトにとってその時に貰った言葉と想いは今のフェイトを支えてくれる大事なモノ。そうである事をひしひしと感じさせるような綺麗な笑顔だった。

 

「この事件の後……後処理とかフェイトちゃんやアースラの皆んなと一度別れた後慎司君ね、こう言ってたんだ」

 

 

『これから起こる全ての出来事は、全部完全無欠のハッピーエンド!!そうしてみせる!それを掴んでみせる!!俺は……それができる男になってみせる!!』

 

 プレシアの消失という結末を経て、荒瀬慎司は海辺に向かってそう叫んだ。その決意を隣で耳にしたなのはは鮮烈にその事を覚えている。子供が口にした理想論と言えばそれまでだしそんな都合のいい結末など起こらない。しかしそれを彼は本気で目指しさらには……

 

「その誓いを慎司君は今でも胸に抱いてる」

 

 それを高町なのはも他の仲間達も理解していた。話をここまで聞いていた面々……マックスを除いた4人はその覚悟の重さを理解したのか息を呑む。

 

「さて、まだまだ話は続くけど……大丈夫かな?」

 

 なのはの問いに皆んな頷いて答える。ここまで話を聞いて荒瀬慎司という男に皆んな自然といつもより興味を惹かれていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 特撮とか別にダイワスカーレットの例のフィギュア予約しました、死ぬ(貯金が)


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芯を曲げず、忘れてはならない事



 書かなきゃ、書かなきゃって思いながらいつの間にか一年たってしまった。転職してから拘束時間長くなったけどそれは言い訳だ。ゲームハマったりしてるのも言い訳だ。………また執筆頑張ります


 

 

 

 

 

「ただいまああああああ!!夜中でも元気な荒瀬慎司お兄さんだよおおおおおおおお!!!!」

「うるせぇ!」

「痛い!?」

 

 引き継ぎを終えて元気よく六課に帰ってきてまず俺を出迎えてくれたのはヴィータちゃんである。普通に結構な力で尻を蹴られて痛かった。貴様この痛みはちょっと魔力使いやがったな?

 

「何時だと思ってるんだお前は」

 

 一緒にいたシグナムに飽きられつつ俺はなのはちゃんやティアナちゃん達の姿を探したが見つからない。

 

「……話は終わったのか?」

 

 それが気になって仕方なかったのだ。俺が無理言ってアークレインの前線部隊に遊撃を任せてなのはちゃんと新人達を話をさせる機会を設けたからな、正直気が気じゃなかった。

 俺の問いにヴィータちゃんとシグナムは少しバツの悪そうな顔をしていた。え?何?同じような困った顔をしながらシグナムの後方にいたシャマルが俺に近づきながら申し訳なさそうに両手を合わせて口を開く。

 

「ごめんね慎司君……実は…」

 

 は?え?何?

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

「えぇ?俺の話をしたの?なのはちゃんの話だけじゃなく?」

 

 ちゃんとなのはちゃんは皆んなと対話という名の話し合いを行い、しっかりと自分の想いを伝える事が出来たという。しかし何故かその後俺の過去についての話にシフトしたらしい。

 いやなんでやねん、別にいいけどさ。俺の話聞かせたって……まぁなのはちゃんが必要と判断したんだろうしとやかく言うのもやめておこう。

 

「ちなみにどこまで話したんだ?俺が実は改造人間で夜な夜な近所の池を飲み干し回ってる所までか?」

「っ!?……っ!?」

 

 シグナム達といつの間にか合流していたちみっこが驚愕の顔で俺を二度見していた。冗談だよ間に受けるな、でも反応可愛いからそのままにしとこ。

 

「いや、近所の池だけじゃ飽き足らず海水まで飲み始めてるとこまでだ」

「っ!?!?!?」

 

 なんかヴィータちゃんが俺の冗談に乗ってきた。面白いから続けようっと。

 

「まぁ海が潮引く原因って俺が海水飲んでるからだし」

「自然現象じゃなかったですか!?」 

 

 とうとう言葉に出してツッコミを入れてくれるちみっこ。カワイイね、そのままの君でいてね。

 

「実はそうなんだぜちみっこ、はやてちゃんに聞いてきなよ」

 

 適当にそうあしらったら本気にしたちみっこは「聞いて来ますっ!」と言い残して飛んだっ行った。はやてちゃんの困惑した顔が目に浮かぶ、面白いから訂正しないでおこう。

 

「それで?実際の所どこまで話したんだよ?」

 

 冗談に乗って満足げなヴィータちゃんに俺は一旦頭を切り替えてから再びそう問いかける。

 

「全部だよ全部。フェイトとの事、あたしらとの事……ケガして大会に出た事……それ以降の慎司の事はあたし達は知らないからな」

 

 と、ヴィータちゃんは皮肉混じりに口を尖らせてそう言う。俺は苦笑する他なかった。

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

 

「まいったねどうも………」

 

 ヴィータちゃん達と別れてなのはちゃんとFWメンバーを探しあちこちと六課内を歩き回る。ヴィータちゃんの言う全部とは本当の意味で全部でどうやら事細やかに話したようで。当時アースラの映像記録に残っていた俺の醜態も見せながら話したと言う。泣くぞ。

 荒瀬慎司として歩んだ半生を誰かに語られると言うのは些か変な気分ではあった。胸を張って生きているつもりだが俺のこれまでの生き方が果たして悩んでいるティアナに何かの気づきを与えるキッカケになるなんて思わないのが正直な気持ちだ。

 にしても施設内をいくら探してもなのはちゃんもFWメンバーも見つからんな。もしかして中庭とか訓練場とかの方か?

 

「………お?」

 

 と、一旦外に出ようとした所六課内の談話室とはまた別の広場のスペースにティアナちゃん以外のFWメンバーとマックスの姿を確認した。遠目だがとりあえず暗い雰囲気って訳でもなさそうなのが目にとれて少し安堵しつつなるべく軽やかに俺は声を掛けることにした。

 

「よっ!ただいま」

 

「兄貴っ!お疲れ様っス!!」

 

 マックスの暑苦しいお辞儀に釣られるように残ったメンバーも少し大きな声で「お疲れ様です!」と頭を下げて返してくれる。いや、軍隊かっ!似たようなもんか!

 

「畏まんなくていいから、とりあえず特にトラブルも無くガジェットは全機撃墜完了したから大丈夫だよ」

「前線部隊の皆さんは?」

 

 皆と同じ部隊のマックスは少しだけ心配そうにそう口にする。マックスとしても今回の件は自分のせいでもあると思ってるからか急に出撃させた事に申し訳なさを感じてるようだ。

 

「流石に急な出撃させちまったから調査隊に引き継ぎしてから真っ直ぐ帰らせたよ」

 

 流石に俺の我儘で出撃させたから特別ボーナスの支給も約束した。俺の懐が悲鳴を上げそうだがまあ、別に構わん。

 

「そうスか……それならよかったッス」

「あんましそんな顔すんなよマックス、今回の件はお前なりに思うところもあるみたいだけど俺やアークレインの皆んなについては気にする必要はない。俺が勝手に事を大きくしただけだから」

 

 ああやって派手に立ち回って皆んなに話をさせるよう誘導したかっただけだから。

 

「それよりもお前は他に気にする事があるだろ?俺にじゃなくてさ」

「………うっす」

 

 少し俯きつつもしっかり理解してる様子で何よりだ。さて、ティアナちゃんとなのはちゃんを探さないとっ……と?

 

「どうした?スバルちゃん」

 

 踵を返そうとしたら正面に立ち塞がるようにスバルちゃんが真剣な表情で佇んでいた。何か言葉を発したいようなのはわかるがグッと何か堪えるように……いや、なんか腹に力込めて貯めてる?そう変な分析をしてるうちにスバルちゃんはスウッと大きく一瞬息を吸い込んでから

 

「慎司さん!今回の事、本当に申し訳ありませんでした!!」

 

 元気な声で勢いよく頭を下げながらそう言葉を紡いだ。うん……まぁ、不器用なりに誠意は伝わった。と言っても俺には謝る必要ないのでは?ティアナちゃんとは今日に至る前に直接言葉を交わして止めるよう言ったりはしたからティアナちゃんが謝ってくるのは分かる。まぁ、謝る必要ないけど俺が何かされた訳でもないし。

 

 とにかく謝る必要はないとその意を伝えるとスバルちゃんは首を振ってから

 

「私もティアと一緒になのはさんの想いを無視して、慎司さんに迷惑をかけてしまった事に変わりありませんから……だから謝らせて下さい」

 

 と、さらに深々と頭を下げてくる。ふむ、親友と一緒に背負っていきたいんだな今回の反省を。それはとてもいい事だ、自分も糧となる考え方だ。そんなに真っ直ぐな思いで、真っ直ぐな謝罪をしてくれるなら俺も真っ直ぐに伝えよう。

 

「よし分かった。そう言う事ならその謝罪を受け取るよ………許す!」

 

 そっと肩を手でポンポンと叩いてそう答えた。スバルちゃんは安堵したように息を吐いてからありがとうございますと今度は控えめに言葉を発する。

 

「それでその……ティアの事なんですが…」

「ああ、皆まで言わんでいいから……どこにいるか知ってるか?」

 

 そこまで考えて立ち回ろうとしなくていいよ。少なくとも俺とティアナちゃんとの間に生まれちまった溝はちゃんと自分で埋めるさ。俺も悪い所あったからな。

 俺はスバルちゃんから居場所を聞いて礼を言ってから今度こそ踵を返す。

 

「マックス」

 

 まだいつもの本調子に戻ってないマックスに声をかける。まだ少し俯きがちな姿勢を少し戻して俺の方へと顔を向けるマックスに俺は言葉を告げてその場を去った。

 

「お前も整理つけたらティアナちゃんとしっかり話せよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 スバルちゃんに教えられた場所は六課の施設の近くにあるちょっとした自然公園のような場所。その湖の前だ。遠目でティアナちゃんとなのはちゃんの姿を確認して何かしら話してるのが見えたので少し離れたところで様子が落ち着くのを少し待った。 

 ティアナが涙を浮かべ、なのはちゃんに誠心誠意の謝罪をしてちゃんと和解が出来た様だったのでゆっくりと背後から近づく。………ふむ、ある程度近づいても2人は雰囲気に呑まれて気付かないのでなのはちゃんの背後までたどり着いた所で少し勢いよく両手をなのはちゃんの肩に置いて

 

「うらめしやああああああああああああ!!」

「にゃあああああああああ!??」

「っ!?!?」

 

 なのはちゃんがびっくりした悲鳴が可愛かった。録音しとけばよかったと後悔。隣にいたティアナちゃんもティアナちゃんで声上げずにビクッ!!っと結構面白いリアクションをしてくれたのでよしとしよう。

 

「し、慎司君?……っ!もう!もう!びっくりさせないでよ!」

「ぬはははははは!中々可愛い悲鳴だったではないかにゃのはちゃん」

「早速悲鳴と私の名前を絡めて弄らないでくれるかなぁ!?」

 

 ポカポカ、ポカポカ、胸をいつものごとく力強く叩いてるようだが痛くない。ムフーっとドヤ顔で受け止めていたら気に食わなかったのが手の甲をつねってきた。イタタタ!?

 

「はぁ……全くもうしょうがないんだから慎司君は」

 

 ため息混じりで呆れたようにそう言うなのはちゃんだがすぐに表情を綻ばせて微笑むように

 

「……おかえり、色々ありがとう慎司君」

「おうともさ、まぁ勝手にやった事だから気にすんなや」

 

 そう言ってくれるなのはちゃんに俺も笑顔で応える。話し合いもうまく行ったようで何よりだ、やっぱり最初からなのはちゃんに相談しとけば良かったな。もっと早くなのはちゃんに伝えて話し合いの場を早く設けてればこんなに拗れることは無かっただろうから。まぁ、反省はするがクヨクヨせず次に繋げよう。

 

「あの……」

 

 と、なのはちゃんと長年の功で短いやり取りで全部互いの事を伝え終えた所で。俺が驚かしたせいで今までびっくりしたままだったティアナちゃんが平静を取り戻し遠慮がちに声を発する。

 いつもの強気な感じは今は鳴りを潜めている、まぁそうなっちゃうのも仕方ないか。俺だけじゃなくてなのはちゃんがいるのもあってか少し話しづらそうだ。俺はなのはちゃんに軽く目配せをした。

 すぐ意図に理解したなのはちゃんは俺に対して頷いてから

 

「じゃ、ティアナとのお話も終わったし私は先に戻るね」

 

 去り際に俺を前にして少し緊張気味のティアナちゃんになのはちゃんは優しく肩に手を置いて耳打ちするように「大丈夫だから…ね?」と声をかけてからその場を離れていった。

 なのはちゃんが見えなくなるまで離れた所で俺は改めてティアナちゃんに向き合う。さて、なんて言ったものかな……

 

「し、慎司さん……あの……私…」

 

 既に涙の跡がある事が察するに、ティアナちゃんも自分が悪かった部分は多いに反省してなのはちゃんとの話を終えれたようだ。だから、これ以上俺と話をして負担をかけるような事はしたくなかったが……先延ばしは良くないからな。

 

「………俺のことも色々と話を聞いたみたいだけど、どこまで聞いたんだ?」

 

 ティアナちゃんから話を切り出させるのは酷だと感じたのでとりあえず俺からそう口を開く。

 

「え?あ、はい……その…なのはさんが知っている事は全部聞かせてくれたと思います」

「そっか………どう思った?」

「……………」

「答えづらかったら別に言わなくてもいいぞ?」

「いえ………すごいなって思いました……私が慎司さんと同じ立場なら絶対に出来ない事をやってのけてると思いました」

 

 ゆっくりと言葉を慎重に選びながら答えてくれるティアナちゃんを見つめながら静かに聴く。

 

「………自分が恥ずかしいと思いました。私は……そんな慎司さんの事をよく理解せず……あんな事を言ってしまって」

 

 それで完全に言葉が続かなくなった。ティアナちゃんにとって俺に対して抱いてる申し訳なさはあの発言に他ならないだろう。

 

『……慎司さんみたいに魔力がなくても提督になれるような……そんな人脈……頼りになる家族だって私にはいないんだからっ!!』

 

 自分の孤独を曝け出した発言のみならず暗に俺が家族や人脈の力のみでのし上がったと揶揄するような言葉だった。俺はいい、正直に言えば全くショックでは無かったと言えば嘘になる。しかし、自分も努力してないとは言わないがそう言う部分に頼った事があるのも事実だし色々な人に言われ慣れてるからだ。

 けど、俺を大切に思ってくれる友人達はそうはいかない。なのはちゃん達の反応がその証拠、俺だってあいつらを貶されるような発言をされたら我慢ならないと思う。そして今回に限っては同じの六課の仲間からの発言だ。

 勿論勢い任せに言ってしまった事は理解してるし、ティアナちゃん自身も少し引っかかっていたくらいでそんなに気にしてはいなかっただろう。

 色々と重なってしまい出てしまった言葉なだけなのだ。だから俺は最初からその事に関しては引き摺っていない。

 

 だが、冷静になったティアナちゃんは……と言っても失言の後すぐに後悔していた様子だったから最初から謝らなければと思っていたのだろう。俺だけでなくなのはちゃん達も傷付けてしまったのだから。だから、こうやってちゃんと向き合って話さなければと思っていた。

 

「そして、気にもなりました……どうしてあんな風に行動ができてやり遂げられたんだろうって。どうして……自分自身では力になれないと本心で思っていたのにあそこまで出来たんだろうって気になりました」

 

 なのはちゃんの話を思い出すようにそう言葉を絞り出すティアナちゃん。それについて答えて欲しいと俺には聞こえた。……なのはちゃんが必要だと思って俺の過去の話を皆んなにしたのなら俺もちゃんと話そうと思った。

 

 俺はその場に腰掛けてからティアナちゃんにも楽に座るように促す。立ったまま話すのもなんだからな。

 

「………ティアナちゃん、君がなのはちゃんから聞いた話……多分ジュエルシード事件や闇の書事件、あと多分……事故にあって無理に出た柔道の全国大会の事も聞いてると思う」

 

 ティアナちゃんは肯定の意を示すように頷く。

 

「それ全部な………皆んなの助けになりたいとか何もしない自分が嫌だったとかそう言う理由も少なからずあった。けど、俺の中で一番の行動原理になっていたのは………『後悔しない』為なんだ」

「後悔……しない為?」

 

 ああ、と頷く。荒瀬慎司という第二の生を受けて19年。来年には前世の最期の年齢に達する。その人生の中で俺の考えはずっとずっと変わらない、後悔しない為に生きてる。

 色んな事があって前世との向き合い方や、考え方は変わったりしたがそれだけはいつまでも変わらない、変えれない、変えたくない。

 

「ジュエルシード事件も闇の書事件も全国大会も俺が行動を起こしたのは……無力と分かっててそれでも考える事をやめず何かをしようとしたのは後悔したく無かったからだ。何もしないっていう後悔がどれだけ苦しいものかって俺はよく知ってたから」

 

 諦めて何もせず、向き合わず、逃げ続けた先にくだらない事で死んだ俺の前世。向き合うまでは毎日苦しい思いを少なからずしていた。だから自分が無力で苦しむ羽目になったとしても、きっと何にも役に立たないって心から思っても本気でどうにか出来ないか考えて考えて、命をかけてでも行動に移したんだ。そんな苦しみ、消えない後悔の念に比べたら屁でもない。

 

「後悔しない事……それが俺の中の芯になってる考え方だ。その為に無理をした、無茶をした……ティアナちゃんをその事について本当は俺は怒れる立場にないんだ……だけど、あの日あの時の俺は本当に無茶を通してでも譲れない事だったんだ」

 

「譲れない……事。シグナム副隊長も仰っていました、魔導師として無茶や無理を通してでも譲れない場面はあるって……」

「そうか……まあそこらへんに関してはもう散々説教というか話をされたと思うから改めて俺から言う事はないけどさ、とにかく………」

 

 とにかく……上手く言えないけどそうだな……。

 

「俺が今も昔も頑張り続けるのは『後悔しない為』だ。そしてティアナちゃんにも自分自身の芯となってる考えがあると思う。それと向き合ってみるといい、今自分がやっている事はその芯と矛盾してないか、今こそ無茶や無理を通すときなのか」

 

 ちょっと抽象的な感じにはなってしまうけど結局芯の自分を曲げてはダメなのだ。反省をして必要な事は改善して、だけど根っこの部分は最初から最後まで突き通す。

 

「今回の事で色々自分を見つめ直すいいきっかけになったと思う。だからあんまり反省をしすぎずに明日からも頑張ってくれよ」

「……はい」

「それと、ティアナちゃんが俺に対して……まあ謝りたい事があるのは分かってる。だけど先に俺に言わせてくれ………」

 

 そうだ、俺も謝らなければならない。

 

「ティアナちゃんの肉親の事……知らなかったとはいえあんな事言って悪かった」

 

 頭を下げる、そもそも俺が肉親を亡くして心の傷を負ってるティアナちゃんに対して余計な事を言った。やれ親の力を使った、人脈に頼って提督になれた事もあるとわざわざ言わなくてもよかった。少なからず負い目は感じてるからつい口に出した事を俺も反省せねばなるまい。

 

「色々ティアナちゃんには複雑だと思うけど、使えるもの使って提督になったのも後悔しない為にしてる行動の一つだ。だからそれを俺はやめない、けど謝らせてくれ、ごめんな」

「そ、そんな!頭を上げてください!」

 

 俺の謝罪に慌てて立ち上がってオロオロするティアナちゃん。俺もこれが言いたかったのだ。色々言ったけどこれが一番ティアナちゃんに伝えたかったのだ。………仲間との間にわだかまりなんて残したくないから。

 

「私こそ……私の方こそ謝らせてください……あんな事を言って申し訳ありませんでした!」

「ああ、その謝罪を受け入れるよ………また仲良くやろうぜ?俺、仲間のティアナちゃんと気まずいままなんて嫌だったからさ」

 

 そう言って手を差し出す。仲直りの握手だ。ティアナちゃんは少し戸惑いつつもそれに応えてくれる。

 

「はい、ありがとうございます……私も……私も慎司さんやなのはさんのように……ちゃんと考えて……自分の芯に向き合って頑張ります」

 

 ああ、それでいい。その真っ直ぐさがあれば君はいくらだって強くなれるさ。そんな確信めいた事を感じた。

 

「さてと、俺からの話は終わったけど………マックス!いるんだろ?」

 

 少し大声を上げると物陰から俺が話を終えるまで待ってくれていたマックスと……付き添いでスバルちゃんも一緒に出てきた。

 

「マックス……」

 

 驚いたようにティアナちゃんは呟く。なのはちゃん、俺と続け様にはなるがティアナちゃんには今日中に全部のわだかまりを晴らすのがいいだろうからな。

 

「心の整理はついたか?」

「うっす!」

 

 マックスの方に向き直ってそう問いかけるといつもの調子で力強く頷くマックス。うん、それじゃあ後はもう親友同士と言っても過言じゃないこの3人で話すといいだろう。俺は「あんまり遅くならないようにな」と告げてその場を立ち去る。今回の件ではマックスとティアナの間にも色々あったようだがそれを乗り越えてさらに絆を深めてくれる事を願うばかりだった。

 

 3人になったマックスが何をどこまで話すのか、どんな思いを吐露するのかは分からないが………まあ、心配する事はないし何を話すかは心からの言葉を発するのはマックスだからな……俺が色々考えて心配するのも野暮だろう。

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

「ふう………とりあえず一件落着か」

 

 歩きながら1人そう呟く。どうなる事かと思ったがうまいこと収まってよかった、それだけでなく結果的には六課のチームとしての結束が深まったと思うので終わりよければ全てよしと言えるくらいはプラスに働いたと思える。

 とは言っても今回は自分自身の未熟さを突き付けられた部分も感じたから少し腹の中では気持ち悪さが残るような感覚がある。

 

「調子に乗ってたつもりはなかったんだがなぁ」

 

 提督業について………4年か。目まぐるしい毎日を過ごして目的のためにがむしゃらに進んできて多少は成長したかと思ったがまだまだケツの青いガキンチョだったわけで……本当は39歳なんだがなぁ……何やってんだ俺は。

 

「だぁ!くそがっ!クヨクヨすんな俺!」

 

 立ち止まって気合いを入れ直すように大声を上げる。そうだ、下を向いてる時間はない……俺には時間がないんだ……時間が……。だから躓く事があってもすぐ立ち上がらなければならない、立ち止まる事も許されない。………この道を行くと決めた時点で覚悟は決めたはずだろ。

 

「っ……よし!」

 

 と、今度はわざとらしく力強く一歩を踏み出し顔を引き締める。帰って溜まった仕事片付けるかな。……ん?

 

 ふわりと、背後から柔らかな感触と同時に両肩に両手を置かれる。体温の暖かさを感じる、振り返らなくても誰かに背中から寄り添われてるのが分かった。

 

「にゃはは、さっきのお返し〜」

「………なーにやってんだ、なのはちゃん」

 

 両手を俺の肩に置いて背中に体を密着させていたずらっ子のような言葉を紡ぐなのはちゃん。あー、かわいいなクソッタレめ。

 

「なのはちゃんさぁ……もうちょっと自覚持てよ19だろ?昔みたいに色々ひっつくのはやめとけって」

「慎司くんにしかこんな事しないよーだ」

「また、そう言う事言う………襲うぞこら」

「襲ってもいいけど多分返り討ちだよ?」

「あー、その通りだな言い返せねえ」

 

 はたや管理局のエースオブエース、はたや肩書だけは一丁前の魔力なし。力じゃ勝てるわけない。

 

「んで、慣れない事して一体どうした?わざわざ俺を待ってたのか?」

「まぁね、改めて今回の事お礼を言おうと思ってたんだけど………それとは別に今の慎司くんを見て、言わなきゃいけない事出来ちゃったみたい」

 

 そう言ってなのはちゃん両手に置いた肩を俺の胸に回して抱きしめるような形にしてくる。そしてその腕に少しだけ力を込めてさらに自分の体を密着させる。そして頬までも俺の背中に預ける形でなのはちゃんは優しい声で言った。

 

「………肩に力が入りすぎてるよ、慎司君」

「え?」

 

 そう言われてつい体の力を抜こうとしてしまう。だけどそう言う事を言ってるんじゃないとすぐに分かる。

 

「………そう見えたか?」

「うん、今日だけじゃなくて六課で一緒になってからずっとそう思ってた。さっきの自分を奮い立たせてた慎司君を見て言わなきゃって思ったんだ」

「いやん、見られてたか」

 

 冗談ぽい事言ってみるがなのはちゃんは反応してくれなかった。かわりに俺を抱きしめる腕の力が少しだけ強くなった気がした。

 

「ティアナと慎司君のお話……いけないと思ったけど聞いちゃってたんだ……」

「ああ、別に構わないけど」

 

 聞かれて困るような事は言ってないし。

 

「慎司君は小さい頃からずっと変わらず言ってるもんね、『後悔しない』為に頑張るんだって」

「ああ、そうだな」

 

 それだけは、絶対に変わらない。

 

「そんな慎司君を見て私はカッコいいと思うし尊敬もしてる。後悔しない為に頑張る慎司君かま……私は好きだよ。けどね?」

 

 一呼吸置いてからなのはちゃんは真っ直ぐ言葉をぶつけてきた。

 

「前の慎司君の方が後悔しない為に頑張ってた時……辛そうにしてたけどそれでも………その時その時を全力で楽しんでた思う」

 

 言われてつい息を呑んだ。ああ………ああ……。

 

「今の慎司君も一生懸命で素敵だと思うよ?だけど私は……前の慎司君のように不敵に笑って人生を全力で楽しみながら頑張ってた慎司君の方が私は好きだな」

「勘違いさせるような事言うじゃないか小娘め」

「ふふ、勘違いはご自由にすればいいよ…………慎司君が今頑張ってる事、必死になってる事があるのは理解してるけどそれでも前みたいに楽しみながら頑張ってる慎司君じゃなきゃ……きっと私と同じ事になる………私と同じように潰れちゃう。だから、伝えなきゃって」

 

 …………………ああ、なのはちゃん。君は、君はいつも俺に大切な事を気づかせてくれる。俺の行動原理……それは後悔しない事、だけどそれだけじゃない。そうだ、それだけじゃないんだ。後悔しない為に頑張って俺は人生を楽しむんだ、前世を後悔まみれで終わらせたからこそ、俺を大切に思ってくれていた人達を悲しませてしまったからこそ今度は人生を楽しんで、楽しんで、楽しんで…………最後死ぬ時には『楽しい人生だった』と、こう思う為に……だから何事も楽しむんだ。辛いことさえ人生として楽しむんだ。

 

 どんな事でも、何が起きても……それこそ……転生しても楽しむ心は忘れずに。

 

「……日々に追われて忙しいからって忘れちゃいけなかったよな」

 

 1人小さく呟く。そうだ、それだけは忘れてはならなかった。

 

「……高町教導官が導くのは生徒だけじゃないんだな。流石だよ」

 

 優しくなのはちゃんの腕を解いて向き合う。真っ直ぐに見つめて俺は言葉を紡ぐ。

 

「……ありがとう、なのはちゃんはいつも俺に気づきを与えてくれる。なのはちゃんのおかげで俺は今も昔も頑張れる」

 

 心が折れそうな時はいつもなのはちゃんの言葉によく救われていた気がする。なのはちゃんは良く俺に助けられてばかりだと言ってるけどそれはきっとお互い様なんだ。

 

「お互い様でしょ、私だって慎司君のおかげで今も昔も頑張れるんだから」

 

 そして、なのはちゃんも同じように思ってくれていた。………そうだな楽しくやらねばならない。たとえ時間に追われるような事でも、切羽詰まって余裕が無くても、楽しんで乗り越えるのが荒瀬慎司の生き方だ。それなら……

 

「……久しぶりにちょっと夜更かしして2人でゆっくり話すか?」

「奇遇だね、私もそう言おうとしてたんだ」

 

 よく互いの家で泊まりあってた時はしょっちゅうそんな事をしていたな。俺となのはちゃんはゆっくり……ゆっくり過ぎるくらいの足取りで散歩をしながら他愛のない話をしあう。2人とも今日のゴタゴタで仕事が残っているだろうに。

 だけど………きっとそれは正しく頑張り続けるためにお互いにとって必要な時間だった事に間違いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤッベ今日の午前中には提出しなきゃいけない書類あったじゃん」

 

 翌日朝からデスマーチ気分で作業をしてたとしても必要な時間だったはずだ。………結局間に合わなくて提出先に頭を下げたは内緒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 久しぶりに一気に書いて支離滅裂なとこあるかもしれん。ご愛嬌でおなしゃす


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ビースト慎司



 元々幕間用にちょいちょい描いてたものを本編用に書き直しました。最初から半分は書いていたので思ったよりも早く続きを投稿できて満足。

 しかし次からはゼロからや、がんばろう


 

 

 

 

 

「ロストロギアを預かって欲しい?」

 

 とある日、管理局の本部に勤めてる友人に呼び出され本局の談話室で藪から棒にそう持ちかけられた。

 

「ああ、頼むよ。こっちが預かっても解析が出来る人がいなくてな、荒瀬ならそういうツテとか沢山あるし万が一それを狙う輩が現れてもどうにでも出来そうだしさ」

 

「別に構わないが……俺じゃなくて本部に報告した方が結果が出るの早いんじゃないか?」

 

 友人の頼みだし引き受けるのはやぶさかではないが俺に頼む理由が分からない。あとぶっちゃけ暇じゃないから本部に丸投げしたい気持ちもある。

 

「………実はな」

 

「ん?」

 

 友人は周りを気にしながら声を潜めて告げる。ただならぬ雰囲気に俺もつい生唾を飲む。

 

「………今日娘の誕生日だから早く帰りたいんだ」

 

「あー………」

 

 本部にこんな案件持ってちゃうと確かに色々手続きやら調査に同行させられて長い事拘束されるだろうな。結果は早く分かるだろうが用事あるのに帰り遅くなるのは嫌だよなぁそんな日に。ていうかそんな雰囲気で言う事じゃないだろつい身構えちゃったじゃないか。

 

「荒瀬の頼み、色々と融通して引き受けてきただろ?な?恩を返すと思ってさ、頼むよ」

 

 それを言われると弱い。この友人にはアークレイン艦隊の物資や予算を色をつけて流してもらってる。そう言う担当を担う実はちょっと地位が高い友人なのだ。勿論不正じゃないよ、ちょっと緩く手続きとかしてもらってるだけ、ちょこってねちょこっと。

 

「まあ、いつも世話になってるし言った通りツテもあるからな。分かった、引き受けるよ。こっちで輸送隊送るからブツはそいつらに渡しておいてくれ」

 

「助かるよ。いや、ありがとうな」

 

 いえいえこちらこそ、いつもありがとう助かってるよ。

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 てな感じで人と人の繋がりを感じるような一幕を終えつつ、輸送隊には一度アークレインで合流し俺と艦内にいたリインフォースを同伴してそのツテとやらに向かう。

 といっても機動六課だけどね、うんいつも通りだね。今はアークレイン隊は遠征明けで艦隊もメンテナンスしてるからソフィとマックスも六課に居るはずだ。あいつらとも一応合流して改めてはやてちゃんにお願いしにいこう。

 はやてちゃんも俺のお願いなら二つ返事で許可してくれるだろうけど。無理なお願いじゃないし。

 

「慎司、お前にこれを預けた友人というのはどういう繋がりがある人なんだ?」

 

 見た目は普通の乗用車だが魔法での防御を幾重にも張り巡らせた輸送車で六課に向かう道中、リインフォースがそう疑問の声を上げる。運転はアークレインの輸送隊のメンバーなので会話を聞かれても問題はない。といってもやましい事はないので普通に答える。

 

「アークレインだけじゃなく次元艦隊の物資や魔力リソースを管理する部門のトップの右腕ってところかな。仕事のやり取りしてるうちに気が合ってな、こっちの要望になるべく答えてくれるしこっちはこっちで今回みたいに頼まれ事を引き受けたり持ちつ持たれつって感じだよ」

 

「相変わらず色々な方面で顔馴染みがいるんだな慎司は」

 

「まぁ、全く下心無いわけじゃないけど結局は仲良くなれるかどうかだからな」

 

 人脈って言い方だとビジネスな関係みたいな感じになっちゃうけど俺的には皆親しい友人のつもりだしな。

 

「私が知ってる範囲だと……本局の次元艦隊の整備部門の工場長、艦隊の運営計画を決める管理部門の部長………次元艦隊とは関係ない各所の部隊……治安部隊や防衛隊、攻勢専用の武装隊のメンバーや責任者……あげればキリがないな」

 

 リインフォースが上げた面々はほんの一部に過ぎず繋がりがある部署や面々は数えきれないほどある。まぁ、提督という管理局の一員ではあるが、力のない俺は他者に力を借りるしかないんだよな……その代わり俺ができる事で返してはいるんだけど。

 

「なんだ?なんか思う所でもあるのか?」

 

 急にそんな事を言い出したのでそう聞いてみたがリインフォースは首を振る。

 

「慎司は……多くの管理局員に厄介者扱いされてる……私はそれを友人としてとても悲しく思ってる。だから少しでも慎司の良さを理解してくれてる人がいると言うのは嬉しいんだ……」

 

 そう微笑みながら口にするリインフォースはどこかいつかのリインフォースの時のようにどこか神秘的に見えた。いやまぁ中身は当時に比べて完全に面白人間と化してるけど。

 

「前も言ったけどそこら辺の事は気にすんなよ、俺は厄介者扱いされても仕方ない事してんだから」

 

 本当皆お節介なんだから。気持ちは俺も嬉しいんだけどな。

 

「そういえば、慎司……」

 

「ん?」

 

 何かを思い出したように顔を上げるリインフォースに俺は先程の嬉しく思った気持ちの余韻に浸りながら穏やかに顔を向ける。

 

「もう言い始めてからかれこれ9年経ってるが……そろそろいいんじゃないか?」

 

「何が?」

 

「私の胸を揉みたいのだろう?いい加減……」

 

「俺の余韻を返せ」

 

 スッと一気に冷めて能面みたいな表情になっちゃったよ。あ、運転手めっちゃ爆笑してる。アークレインでもこのやり取りのせいで何度か女性スタッフに白い目で見られてるからね、いい加減にして欲しいのはこっちなのよリインフォースよ。

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 そんなやり取りをしながら起動六課に辿り着くと予定通りマックスとソフィとも合流してケースにしまわれてる件のロストロギアをはやてちゃんに見せながら経緯を説明して解析をお願いする。見た目はなんの変哲もない丸い機械仕掛けっぽい球体なのだがどんな能力が秘められてるか分からない以上は危険物扱いなので丁重に扱う。

 

 はやてちゃんは予想通り二つ返事で承諾してくれ六課の技術スタッフのシャーリィに任せる事になった。六課での仕事もある中頼むので今度別途でお礼をしなければならない。

 

 てな訳で、シャーリィは今談話室で休憩中らしいので談話室で合流してから一緒に研究室に向かう事に。流石に曲がり曲がってもロストロギアだからこれからか入念に人を揃えて向かった方がいいだろう。はやてちゃんもそこら辺を汲んで引き渡しまで一緒に着いて来てくれることになった。

 

 

 

 

「あれ?皆お揃いだな」

 

 談話室に赴くとシャーリィだけでなくなのはちゃんとフェイトちゃんとヴィータちゃんにFWメンバー4人、どうやら訓練の合間の休憩中らしい。そういえば今日はなのはちゃんだけでなくヴィータちゃんとフェイトちゃんも教官してるんだっけか、さらにはシグナムとシャマルと狼形態のザフィーラにちみっこも。

 おいおい大所帯だな、聞くと本当にたまたま談話室で一息しようとしたらみんな揃ったらしい。運命かな?皆、結婚しよ。

 とりあえず俺も経緯を説明してロストロギアの入ったケースを皆んなに見せる。

 

「んじゃ悪いけどシャーリィ、これ頼む……っと!?」

 

 やべっ……なんで足元にバナナの皮が!?さっきまでなかったと思ったのに!?転ぶのは何とか耐えたがさらに体のバランスを崩したせいで手を滑らせてケースを地面に落としてしまう。その衝撃でケースが開き中の球体のロストロギアが投げ出されて地面に叩きつけられる。全員、呆気に取られるような反応をしていた。

 

 いやそうよな、そんなベタな事起こるなんて思わんよな。じゃなくて!

 

「っ!」

 

 反射で俺はそのロストロギアを懐に抱え込む。今の衝撃で起動なんかしてみろ、何が起こるか分からなかったから必死にそんな態勢をとる。そして、そんな予感は当たるもんで

 

「あっ……」

 

 俺の間抜けな声とほぼ同時にロストロギアは淡く光出してボフッと変な音を出しながら少量の煙を噴き出す一瞬俺を包んだかと思うとすぐに霧散して消えた。ロストロギアの光も消えて元の状態に戻る。な、なんだったんだ?……ってあれ?何か気分が………

 

 

 

 

 

 

…………………。

 

 

 

 

「し、慎司君!大丈夫!?」

 

 突然の一幕に呆気に取られながらも高町なのはは荒瀬慎司に駆け寄って異常はないか確かめる。少なくとも緊急性があるようなロストロギアではなかったことに安堵しながらも恐らくなにかロストロギアの影響を受けたであろう慎司の様子を見守る。

 

 なのはだけでなくその場にいた全員固唾を飲んで慎司を見守っていた。荒瀬慎司はゆっくりとロストロギアを抱え込んでいた体勢から立ち上がる。ロストロギアの球体をゆっくりと地面に置いてふっと穏やかな微笑みを浮かべて高町なのはに向き合う。

 

 その様子に皆ホッと安堵の息を吐いた所だった。

 

「胸揉ませろこらあああああああああ!!!!」

 

「きゃああああああああああああああ!?!?」

 

 かなり緊急性はあったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何!?何だったのあれ!?」

 

 息を切らせながら高町なのはは近くで失神してる荒瀬慎司を指差す。急に襲いかかってきたのでつい杖の形にしたレイジングハートで思いっきり殴打してしまった。

 

「多分……ロストロギアの影響だろうけど…」

 

 フェイトは困ったような顔を浮かべながら床で大きなタンコブを作って気絶してる慎司をチラリと覗き見る。確かに基本的におかしな行動をとる事が多い慎司だけどこんな直接セクハラをしてくるような事は………ないと思う。フェイトは自分の内心に自信がちょっと持てなく苦い顔をした。

 

「と、とりあえず私は急いでコレを解析してきますね!」

 

 シャーリィはロストロギアをケースに入れ直して早足で研究室に向かった。取り残されたなのは達はさてどうするかと各々顔を見合う。

 

「とりあえず……このままじゃ可哀想だし……」

 

 自身が襲われそうにはなったがなのははフェイトと2人がかりで慎司を近くのソファに寝かせてあげる。慈愛に満ちた心の根の持ち主だ。

 

「………一応動けないように縛っておこうか」

 

 気絶したままの慎司の手足にバインドをかける。………慈愛に満ちてるかもしれない心根の持ち主だ。………持ち主だ。

 

 

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 しばらくして、シャーリィからなのは達に通信が入った。数十分ほどしさ経ってないがすぐに解析結果を出したという彼女の優秀さに頭が上がらない。ちなみに談話室ではまだ荒瀬慎司は気絶したままであり、なのは達面々は誰一人欠けていない。

 正直、めんどくさい事に巻き込まれそうなので談話室から逃げ出したかったのだが何だかんだで慎司が皆心配なのだった。症状がめんどくさそうなのが嫌な予感はしているが。

 

「えっと……慎司さんがあの球体のロストロギアを抱えた時に変な煙みたいなのが出てましたよね?あれが特殊な魔力みたいで……」

 

「特殊な魔力?」

 

 皆んなの気持ちを代弁するようにフェイトが首を傾げる。

 

「それを浴びた人はその……人間の3代欲求を刺激されてその欲求の本能のままに行動してしまうらしくて………」

 

 シャーリィの言葉を聞いて全員が手で顔を覆う。なんて奴になんて厄介なもの浴びさせたんだと。先程の言動的にさっきの慎司は性欲のままに動いたという事だろうか。だとしたら勢いが凄い。

 

 初心なフェイトは少し顔を赤く染めた。何も分からないキャロが心配そうに声をかけるともっと顔を赤くした。カワイイ

 

「時間が経てば元に戻るのでそれまで慎司さんが暴走しないように対策しないといけませんね」

 

 シャーリィがそう言い切るとなのはは軽くため息をつきながら

 

「そうだね、慎司君には悪いけど気絶してるうちにバインドで身動き出来ないようにしちゃおうか」

 

 と、何気に容赦ない事を言うなのはが慎司が眠っているソファに振り向く。が、そこに慎司の姿はなかった。

 

「あれ?慎司君はっ!?」

 

 なのはの声に釣られ全員あちこちに視線を回すが広い談話室に慎司の姿はなかった。

 

「お前コラ服脱げコラああああああ!!!」

 

「え?ちょ、慎司さん!?何やって……きやぁああああああ!?!?」

 

 少し遠くからそんな声が聞こえたので慌てて何人か駆け付けるが時すでに遅し、襲われていたのは管制スタッフの女性である。ちなみに上着を剥ぎ取られただけでそれ以外は特に何もされてなさそうだった。

 制服の上着を脱がしただけで満足したのかなのは達の気配を察知したからか慎司は獣のように四足歩行で脱兎の如く逃げる。

 

「あれ?嘘!?追いつかないんだけど!?」

 

 スピードに自信があるフェイトが魔法で身体強化をして追いかけるが何故か追いつけない。仕方なくフェイトは諦めて皆んなの元に戻る。

 

「あれ人間じゃないよ。動物だよ、獣だよ」

 

「それどころか化け物みたいだったけどな」

 

「馬鹿者でもあるがな」

 

 誰が上手い事言えと。

 

「とにかく被害も出てもうたし、化け物じみた慎司君を止めないとあかん!ウチらも全力で事に当たらんとね」

 

 切り替えるようにそう言うはやてに各々頷くのであった。

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 六課にけたたましく響くアラート音、そのアラート音はそのままに六課の全体放送を使って部隊長のはやては緊迫した様子で言葉を紡いでいた。

 

『先程通達した通り今六課のどこかにロストロギアの影響で暴走しとる荒瀬慎司特別支援隊長捕縛作戦を開始します!なお、この作戦中に限り荒瀬慎司特別支援隊長を『ビースト慎司』と命名し以下これを活用します。戦闘スタッフはただちに2人以上のペアを組んで捜索を、非戦闘員は最短ルートで避難所に向かう事!特に女性スタッフは襲われる前に急いで!』

 

 とんだ大騒動である。実際六課は今緊迫とした雰囲気に包まれている、司令室まで使い管制スタッフも配備されていた。

 

「報告!ペアC班が四足歩行で高速移動しているビースト慎司と遭遇!追跡を開始した模様!」

 

「ペアCのメンバーは?」

 

「シグナム副隊長とヴィータ副隊長です!」

 

 普段慎司なら過剰がすぎる戦力である。頭痛が痛いな構文で失礼。

 

「その2人ならそうそう見失うこともなさそうやね、そのまま誘導して……」

 

「ビースト慎司の反応ロスト!見失った模様です!」

 

「なんでやねんっ!!」

 

 生身で魔法も使って無いくせに隊長クラスの魔導師2人を撒くとか変態か。そう言えば色んな意味で変態だったとはやては思い直す。

 とりあえず追跡隊に通信を繋ぐ。

 

『シグナム副隊長とヴィータ副隊長が追いかけてる最中にビースト慎司がロストした地点……最後に反応してた付近にはペアDのフェイト隊長とエリオとキャロの班や、警戒を怠らないように注意してな』

 

『慎司………ビースト慎司の姿は今の所確認出来ない。捜索を続けます……、ねぇはやて呼び方変えない?呼ぶ方も恥ずかしいんだけど』

 

『フェイトちゃん作戦中や、集中してな?』

 

『うぅ……了解。………なんか大事になっちゃってるなぁ』

 

 フェイトの本音にはやては苦笑しつつも凛とした態度は崩さない。言うなれば慎司自身の為である。こんな事で慎司の名誉が傷付けられるのは友達としては嫌だったからだ………もう既に六課内では本性露呈してるから傷付く名誉が残ってるかは怪しいがとにかくそう言う心情ではあった。

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

「慎司さん、ロストロギアの影響とはいえどうしてあんなにいきなり身体能力が上がったんだろう?」

 

「確かにね………元々魔力は無いはずだから理由が本当に検討つかないわね」

 

 所変わって別の地点の捜索中のペアA班であるスバルとティアナはそんな疑問の声を上げる。

 

「慎司君の事だからあんまり深く考えても無駄だよ。そういう概念だと思わないと」

 

 2人の疑問にそう遠い眼で答えるもう1人のA班である高町なのは。A班はこの3人での編成である、既に通信で荒瀬慎………ビースト慎司が複数の捜索班と接触してるのは把握している。

 

「けど不思議だね、慎司さんが暴走して女の人を襲うならどうして私達には襲って来ないんだろう?」

 

「今の慎司君は理性じゃなくて本能で動いてるから……多分自分じゃ相手にならないと思う人は避けてるのかも」

 

 となのははスバルの問いに適当な事を言ったが実はこれが正解かどうかは分からなかった。今の荒瀬慎司はビースト慎司、文字通り獣と化してるから、獣は本能で自身の行動を決定するから本能が自分では相手にならないと叫ぶならビースト慎司はその通りに行動する可能性はあるが。

 

「恐らく慎司さんを見つけても他の班のように逃げられるのがオチです。他の手立てを考えないといけませんね」

 

「そうだね、ティアナの言う通りこのままだと埒が開かないし……別の方法を考えないと。はやてちゃん?聞こえてる?」

 

 なのははそう言いながら通信を起動させて呼びかける。捜索開始から既に1時間ほど経つが進展はない、別の方法を模索する必要があった。そしてそれは勿論皆んなを司令してるはやても理解していた。

 

『バッチリ聞こえてるで、ウチもちょうどどうしようか考えてたんやけどね。なかなかいい案が浮かばへん』

 

 と、司令室で悩ましげに呟くはやての肩をちょんちょんと一部始終を見守っていたリインフォースが優しく叩く。

 

「ん?リインフォースどないしたん?」

 

「主はやて、私に任せてください」

 

 と、若干ドヤ顔なリインフォースが自信ありげにそう言うのではやてはとりあえず何をするかは分からなかったが任せる事にした。

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 数十分ほど経って、司令室にははやてだけで無く先程まで慎司を捜索していた捜索班全員も集まっていた。

 

「リインフォースの指示でとりあえず捜索班のみんなは撤収させてこっちに集まってもろたけど……そういえばマックス君とソフィアはどこにおるん?さっきから見かけへんけど」

 

「2人とも最初の捜索開始時に一緒にどこかに移動してたよ。一応ソフィアさんも危ないと思ったから避難するように言ったけど大丈夫だからってそのまま」

 

「大丈夫ってどっちの意味やろか……」

 

 なのはの言葉にはやては苦笑する。はやてから見たソフィアの印象は慎司に懐いてる……と言うかすごく心を開いてる。襲われる事はないという意味の大丈夫か襲われてもいいという意味の大丈夫か。

 顔が赤くなりそうになったのではやては慌てて思考を止める。

 

「さてさて、リインフォースはどうやってビースト慎司を……って……」

 

 頭を切り替えて、一人で任せてくれと言って司令室を出たリインフォースをモニターに写した所ではやては少し頬を赤く染めてからことばを失った。

 

 他の面々も似たような表情とリアクションをする。

 

「な、な、な、何やってるんですかあの子は!?」

 

 シャマルが両手で自身の目を覆い隠して恥ずかしながら声を上げるのも無理はなかった。モニター映るリインフォースは施設の広間の真ん中で……何と言うか……かなり際どい格好をしていた。

 上半身は黒のキャミソール一枚、下半身はヒラヒラの黒のショーツのみ。痴女かな?痴女かも。

 

『………来い、慎司……』

 

モニター越しからリインフォースの声もちゃんと届く。はやて達はさらに頭を抱える。

 当の本人は恥ずかしがる様子は一切なく寧ろ両手を少し広げて自分は丸腰だぞとアピールするかのような振る舞いだ。というか完全に慎司を受け入れるのを待っている。

 

『私はずっとこの時を待っていたんだ………慎司、お前が私の胸を揉んでくれるのを……ようやく私はお前に礼を返せる』

 

 お前本当にいつまでそれ言い続けるつもりなんだと昔からの仲間達一同は思う。本気にしてるのお前だけだぞと。

 

「あかん……リインフォースを慎司君に預けたんは失敗だったかな」

 

 とはやてはぼやくが既に自分達が小学生の頃から手遅れだったのでは?フェイトは訝しんだ。口に出しはしなかった。

 

『さあ慎司、遠慮する事はない!ロストロギアの影響で性欲が増してるなら尚のこと……それを私で発散するんだ!いくらでも胸を触っても構わんぞ!』

 

 本当に痴女ではなかろうか?シグナムは訝しんだ。

 年頃の男の子だしそれだけで済むだろうか?ヴィータは訝しんだ。

 あ、明日そういえばゴブ○ンスレイヤーの新刊発売日だった、シャマルは思い出した。

 

「むむ〜、私もお姉ちゃんと同じ格好した方が慎司さんは喜ぶのでしょうか?」

「やめや、リインのサイズやと犯罪の匂いしかしなくなるで」

「犯罪の匂い!?」

 

 仕方ないね、サイズも雰囲気も幼いもんね。

 

『慎司……我慢する必要はない。私は女の魅力というものに理解は無いが……慎司がこういう格好が好きなのは理解してる。………艦船のお前の部屋に置いてあった本の表紙と同じ格好だからな』

「ぶふぉ」

「ぎゃあああ!目がああああ!」

 

 ここでまさかの暴露である。茶番じみて来てたので油断して飲み物に口をつけていたティアナがつい吹き出し見事にスバルの顔にかかった。コントかな?

 

「うわぁ、聞きたくなかった」

 

 一番の慎司の理解者である高町なのはですらドン引きであった。いや、慎司も男の子だしそう言う欲求があるのも理解はあるが長年の親友のそう言う部分を真正面から直視するような形は嫌だったのである。

 ちなみにフェイトは嫌な予感がして暴露が始まる前に子供組のキャロとエリオの耳を器用に塞いでいた。フェイト自身の顔は真っ赤であった。ウブなんだね、君の耳も塞いであげよっか?

 

『他にいくつか肌が露出してる女性の写真が表紙の本はいくつかあったが……私に用意できたのはこれだけだった、許してくれ』

 

 リインフォースの悪意なき暴露は止まらない。モニターの前の慎司の親友達は地獄の雰囲気である。

 ちなみにだがリインフォースの言っている慎司の部屋で見つけた本の表紙は青年漫画雑誌の表紙である。つまりはその月のグラビアモデルが写っているだけで中身はただの漫画雑誌だし慎司中身が目的で購入していた物である。冤罪である。

 言い方に気をつけないリインフォースが勝手に勘違いを加速させている。しかも何がタチが悪いかってリインフォースはその本が漫画雑誌なのを知っている。どうしてわざわざそういう言い方するのかな?悪意ない?じゃあしょうがない。

 

「何だろう、慎司君は何も悪い事してないけどちょっとお仕置きが必要そうだな」

 

 高町なのはよ、冤罪である。

 

「とりあえずお説教は……した方がいいのかな?」

 

 フェイト•T•ハラウオンよ、冤罪である。

 

「慎司君も男の子やもんねぇ……あ、ビースト付けるの忘れてた。面倒いからええか」

 

 それでいいのか部隊長。

 

『っ!慎司……』

 

 リインフォースの言葉に頭を抱えていた面々は即座にモニターを注視する。相変わらず恥ずかしげなくセクシーな格好をしたリインフォースの前にゆらりと慎司が現れる。

 様子は相変わらずちょっとおかしい……。

 

『グルルっ……』

 

 すごくおかしい。本当に獣である。お前マジで次回からビースト名乗っていいぞ。

 

『来い!慎司!思う存分私を好きにするがいい』

 

 大きく手を広げてリインフォースは言い放つ。それに対して慎司はゆっくり、ゆっくりとリインフォースに近づく。なのは達はそれを固唾を飲んで見守る。

 

『っ!』

 

 リインフォースに近づいた所でそっと右手を伸ばす。モニター前の何人かが生唾飲み込んだ。その手はそっとリインフォースの胸を………触れる事はなく肩に手を置いた。その手は、震えていた。

 

『慎司……お前』

 

 まさか、抗ってるのか慎司。なのは達は内心そう感じた。仲間に手出しはしないと本気でロストロギアの力に抗ってるのかと。やっぱり慎司だ、流石だ。皆んなそう思った。

 

『………肩フェチ…だったのか?』

 

 違うそうじゃない。リインフォースよ、天然も大概にしようね。主人のはやては今日一番頭を抱えた。

  

 天然リインフォースはともかく、震えを抑えられず慎司はリインフォースの肩を掴んだまましばらくそのままだった。リインフォースは再び口を開き

 

『さあ、遠慮はいらない。思う存分触れ』

 

『あっ………ああ……』

 

 苦しそうに呻き声をあげる慎司。そして慎司は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

『お腹すいたご飯の時間じゃああああああああああ!!!!』

 

 と、急に叫び出し結局肩以外には一切触れずリインフォースの元からどこかへと走り出していった。

 

『し、慎司……そうか。まだその時じゃなかったのか』

 

 と、orzみたいな体勢で残念がるリインフォース。多分一生その時は来ないからいい加減忘れようね。

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

「それで、一体どういう事なのシャーリィ?」

 

 と、なのはが疑問の声をあげる。この場にはなのはとシャーリィを含め先程のメンバーは全員集まったままである。

 まず慎司はリインフォースには結局手を出さずどこかへと走り去ってしまい現在ロスト中。シャーリィが行ったロストロギアの解析結果によれば今慎司は人間の3代欲求を大いに刺激されあんな事になっていたはずだが………丸腰で受け入れ体勢万全だったリインフォースは何もされなかった。

 ちなみに今リインフォースは軽くショックを受けたままなのであのまま放置したままである。

 

「最初は性欲が刺激されてあのような行動を取っていたと思われますが……どうやら効果が食欲に切り替わったようですね……ですが……」

 

「ですが?」

 

「一度刺激された欲求は、何かしらの形で解消するまで残るはずなんです。仮にロストロギアの影響が性欲から食欲に変わったとしても両方が刺激され両方を求めてしまう状態になると言うカオス慎司さんが出来上がる筈なんですが……」

 

「カオス慎司………」

 

 真面目な顔して変な事呟かないでねフェイトさん。君も天然かな?

 

「けどよ、事実リインフォースのやつは何もされなかったし完全にアイツお腹すいたとか言ってたぞ?」

「そうなんですよねぇ……考えられるのは私達の包囲網を掻い潜っている間に発散させたとしか」

 

 制約の発散天然 ️あの

 

 ヴィータの言葉にさらに唸る羽目になるシャーリィ。しかしだ

 

「けど、慎司君の被害にあったんは最初に上着を剥ぎ取られたスタッフの子くらいしかおらへんで?ちゃんと確認したから間違いはあらへん」

 

 うーんとシャーリィは首を傾げた。上着をはぎ取られたと言っても普通に下に服を着ているので下着姿や裸を見たわけではないから性欲が解消されたというのは考えづらい。理由がわからないままなのはなんだがシャクだったが仕方なく現状を受け入れてこれからの行動を考える。

 というか、慎司の性欲の有無についてなんで真面目に考えなければならんと冷静になって思ってしまった。

 

「と、とにかく!今は食欲を満たすために行動してると思いますので!とりあえず食堂に向かいましょう」

 

 シャーリィの言う通り六課内で食欲を満たすなら食堂一択だ。特に依存はなく全員で食堂へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

「あら皆さん、遅かったですね?」

 

 と、なのは達を出迎えたのは慎司ではなく部下のソフィアであった。彼女は慣れた手つきでおそらくは誰かが獣ように食べ散らかした食器類片付けてテーブルを綺麗に拭いている所だった。

 

「ソフィアさん!また皿割れちまったっすううう!!」

「力入れすぎですよマックス、あと手洗いではなく軽く水で流してから食器用洗濯機に入れてスイッチを押すだけです」

「ああ!蛇口が外れたっすううう!!?」

「脳筋不器用マックス、貴方一体何が出来るんです?」

 

 食堂の厨房ではソフィアが片付けた食器をマックスが悪戦苦闘しながら洗っている所だった。それにしても何をどうすれば力の入れすぎで皿が割れるのか。

 

「ソフィアさんは……どうしてここに?」

 

 なのはが疑問を投げかけるがソフィアは相変わらずの無表情で手を止めぬまま答える。

 

「ご主人様の為、お食事の用意を。マックスは手伝わせる為に連れてきました。食欲旺盛なようでしたので」

「そうなんだ………て、あれ?」

 

 と、ここでなのはだけでなく全員が引っ掛かりを覚えた。ソフィアとマックスが姿を消したのは最初のビースト慎司捜索隊が編成されてすぐの事だった、その時の慎司はまだ性欲が刺激され増幅してた筈だ。ソフィアの言葉は矛盾しているように思えたのだ。

 

「いや、違うだろ。あん時の慎司はエロ魔人状態だった筈だろ?」

 

 と、疑問の経緯を含めてヴィータが代表して声をあげた。いやエロ魔人て……。

 

「??………シャーリィ様がロストロギアの解析を終えてすぐ……あの女性スタッフの方が襲われ……上着を脱がした時点で性欲は解消されてすぐに食欲にシフトチェンジしていましたが?」

 

 さも当然で何でわからない?みたいな雰囲気を無表情のままソフィアは醸し出した。というか分かるかそんなもん、それと何だその小学生が気になる女子のスカート捲りする以下の性欲の満たし方は。純情か。

 

「えぇ………ていうかソフィアさんなんで分かるの?」

「以前私がご主人様に全裸で誘惑しても適当にあしらわれたからです。恐らく性欲はとうに枯れ果ててると思われるので」

「ちょっ!ちょっ?!爆弾発言やめようね!?ソフィアさんだと本当か冗談か分からないから!」

「………………」

「何か言ってよぉ……」

「冗談です」

「どっちも冗談?どっちもだよね?」

「……さあ、どうでしょうね?」

 

 無表情なのに何だが楽しげな雰囲気なソフィアになのははがっくしとするのであった。流石慎司の部下だ、どことなく慎司にあしらわれた時と同じような感覚に陥る。

 

「………性欲云々に関しては……まあロストロギアのもっと詳しい解析結果を見れば私が言うまでもなく分かりますよ」

 

 なのははそのソフィアの言にいまいちピンと来なかったが深掘りはしなかった。それよりももっと重要な事がある。

 

「それで………その口ぶりだと慎司が食欲の赴くままに食べ散らかしたみたいだけど今どこに?」

 

 厨房の料理の後の痕跡を見るにかなり大量の食材を消費した事は伺えた。そしてマックスが悪戦苦闘してる食器類を見るに全て綺麗に空になってるので慎司はかなりの量を食べたのだろう。フェイトはそんな推測をしつつそんな疑問を投げる。

 

「性欲……食欲……と来ましたら残りは一つです。あちらに」

 

 とソフィアが手で示した方に目を向けるとそこは食堂を出てすぐにある休憩室の方向だった。代表してなのはがゆっくり静かに扉を開けると中には室内のソファを独占して静かに寝ている慎司の姿があった。

 ご丁寧に枕と毛布も被っている。恐らくソフィアが用意したものだろう。

 

「………気持ちよさそうに寝ちゃって……もう」

 

 散々引っ掻き回されたので仕返しにほっぺをつんつんとしてみるが何の反応もなかった。かなり深い眠りについてるようだ。とりあえずこちらの様子を気になってるみんなに慎司はもう眠ちゃったことを説明。

 シャーリィから一応3つの欲求は全て解消されたのでロストロギアの影響も慎司が起きた頃にはすっかりなくなってる事だろうと説明を受けて安堵する。

 

「まぁ、慎司君六課に来てからずっと疲れた様子だったし……いい機会だからゆっくりさせてあげよか?」

 

 部隊長のはやての言葉に全員反対意見は出ず、とりあえず変な感じではあるが今回の騒動はこれで幕引きとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ええ、本当に……ご主人様にはいい機会でした………ゆっくりお休みください」

 

 遠巻きになのは達と眠る慎司を視界に捉えながらソフィアは誰に訊かれるまでもなく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん………ペちゃんこ……なのはちゃん…………いや、はやて……ちゃんか?………なのはちゃんは……………ノーコメント」

「離してフェイトちゃん!あれ絶対起きてるよ!レイジングハートで一発えいってやらせて!」

「そやでフェイトちゃん!ウチも流石に我慢できへん!」

「お、落ち着いてよ2人とも!バイタルチェックで間違いなく寝てるって結果出たから!悪意のない寝言の筈だから!」

「フェイトちゃんは……デカパ……イ………太った……のかなぁ……そうかな、そうかも」

「2人ともどいて!私がやる!!」

 

 慎司の本当にたまたまの寝言で一悶着があり、副隊長陣とFW陣が死ぬ気で止める羽目になったのは寝ていた慎司は勿論知らない。ちなみにロストロギアの影響で奇行に走っていた時の記憶も都合よく慎司頭には残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 

「副局長?何故わざわざ解析の済んでいる危険度レベルが低いロストロギアをわざわざあの者に渡したのです?」

「む?不満か?」

「不満というよりは……意図を図りかねます。あれは効果を受けた者の三大欲求を刺激する物………特に体が一番必要だと感じているものを強く刺激しその本能の赴くまま行動させる物です」

 

 つまり、お腹が空いているものが食らえばありえないほど暴食かまし。日々殆ど寝ずに疲れが溜まっているものが食らえば丸一日深い眠りにつくだろうというもの。 

 この2つが揃った健康体なら性欲に強く刺激が発動するかもしれないがそれ以外なら性欲に関しては刺激といっても大したものにはならないだろう。

 

 そう秘書に言われ管理局本局の次元艦隊兵站補給統括局の副局長である慎司の友人は出された紅茶を喉に通してから答える。

 

「ふむ、それもそうなのだろうが不満だというのも顔に出ているぞ」

「………正直に言うならば私は副局長があの荒瀬慎司を懇意にしている事自体が不満です」

「……理由は?」

「荒瀬慎司といえば管理局内でも有名です、史上最年少……管理局入隊からわずか1年というあり得ない期間で提督になった男です。しかしそれはあからさまに両親である本局幹部の荒瀬信治郎と技術開発において第一人者である荒瀬ユリカ口添えであるのはあからさまです。本来あってはならない事です」

 

 副局長は紅茶の入ったカップを置いてから秘書を真っ直ぐに見据える。

 

「ふむ、確かに口添えはあっただろうし前代未聞の珍事だろうな。コネというものはどこの世界にもあるものだが彼の提督就任はコネなんて騒ぎじゃ収まらないものだからね。しかし、その前代未聞が未だにまかり通り彼がずっと提督をしているのは成果を挙げ続けてからだ。君も彼の成果を知らぬわけではあるまい?」

「それは……しかし、荒瀬慎司が指揮する艦隊のメンバーも曲者揃いです。命令違反の常習で処罰を受けた者、碌な仕事もせずサボっているばかりで部隊を追われた者……そのような者達の集まりです。しかも荒瀬慎司がその曲者達をスカウトしたというではありませんか……」

 

 副局長は秘書の心配も理解していた。自分を慕っていてくれているからこそこのような陳言をしてくれているのだ。荒瀬慎司を管理局内ではよく思うものは少ないだろう。側から見ればコネで両親の七光でのしあがっただけの生意気な子供なのだから。

 

「いや、この話はよそう……私もいくら君とはいえ友人でもある彼の悪口は聞きたくない」

「………失礼いたしました。私も配慮が足りなかったです」

 

 秘書は素直に頭下げ謝罪する。意見を変えるつもりはないが確かに少し熱くなりすぎてしまった。

 

「それで?結局なぜあのロストロギアを彼に?」

 

 悪くなった雰囲気を少しでも戻す為先程の気になる疑問を自らの上司にぶつける。

 

「ああ、まだ言っていなかったね。といってもそう難しい理由じゃない、ただ………」

 

 自身の通信端末を覗き見ながら友人に思いを馳せる。彼は荒瀬慎司と顔を合わせて話、行動を共にした事が一度ある。彼の人柄に惚れ込んだ副局長は仕事上の知人ではなく本当に友人だと思い接している。

 通信端末にはその友人の直属の部下……メイド?からだった。どうやらうまく事が運んだようだ、彼女に協力を頼んでよかったと思う。まさかバナナの皮を使ったとは流石の副局長も思わなかった。

 

「そう、ただ………いつも目の下にクマを作ってる彼にたまにはスッキリした顔で会いに来て欲しいと思っただけなのだよ」

 

 

 

 荒瀬慎司は管理局内では確かに厄介者扱いされているだろう。しかし、彼はそれでも色々な友人達によって支えられながら生きているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 書いてて楽しかったけどぐだぐだになった感否めない。精進します


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走り続けるその理由



 相変わらず悪い癖で長くなって全然進まない……テンポのいいストーリーって難しい!小説家の皆さんにマジ脱帽です。




 

 

 

 

 

 忙しげに本局内をあちこち忙しなく動き回っている局員達を横目で流しつつ俺は俺で用が済んだので本局の出口へと向かう。ティアナちゃんとの一件から2週間が経ち現在六課は平常運転である。

 前のようなガジェットの動きもなければ捜索中のレリックの情報も特に上がっておらず訓練組は日々の鍛錬を、調査隊は進展を目指し地道な調査を続けている。

 俺はというと共を連れてアークレイン艦隊の今後の運用方針の説明の為本局へと赴いてようやく先程それが終わった所である。

 

「いやぁ、艦長よくあんな堅苦しい空気平気ですねぇ。自分には無理です……」

「別に平気じゃねぇよ、俺だってできる事ならやりたくないわこんな事」

 

 けど艦隊を運営していく上で必要な事だからやってるだけだ。管理局つっても地球でいうお役所仕事な部分もあるから手続きとかそう言うのは厳しいししっかりしてる。

 

「それに、いつかはお前に丸投げする日だってあるかもしれないんだからな?連れてこられてるってのはそういう事」

「うへぇ、勘弁してくださいよ……」

 

 一緒に連れてきたこの男はアークレイン艦隊のスタッフの1人で主にスケジュール管理をメインに担当してくれている人材だ。スケジュール管理と言ったら簡単に聞こえるが艦隊運行に関わる事全般の管理とも言えるので魔力燃料管理や整備の管理もやってくれているのでこの男がいるお陰で次元航行途中で燃料切れや整備日と遠征日を被らずスムーズにそして無駄なく活動出来ている。

 

 とにかくなくてはならない存在だ。ちなみに歳は荒瀬慎司としての年齢より2つ上の21歳、管理局でもまだ若手と言える。立場上上司なので俺には敬語だし俺もこの男を部下として接している。まあ、ちゃんと締める所は締めているのだ。そういうの大事なのよ。

 

 そういう感じで2人なんで軽口を叩きながら歩いていると。

 

「おい、あれ………」

「え?……あ」

 

 

「よくあんな堂々としてられるよね」

「親の七光のクセに」

 

 聞こえてくるわヒソヒソ話してるのにハッキリと。まぁこれも慣れたもので、言いたい奴に言わせておけばいい。成果を上げて黙らせて見返せばいいのだから。

 

「っ………!」

「よせ」

 

 と、さっきまで軽口を叩いていたのにいつの間にか怒りで拳を握りながらヒソヒソ話す奴らの元へ駆け出そうとする部下を止める。

 

「今ここで何か騒動でも起こしたら余計拗れて動けなくなるだけだ。落ち着け、な?」

 

 と、俺の言葉に少し冷静になったようで小さい声ではいっと返事をして頷くが悔しそうに拳は握られたままだった。

 

「気持ちは嬉しいよ、ありがとう。けど今は我慢の時だ……な?」

「はい……流石艦長ですね。自分をちゃんと律してて」

「はっはっは、褒めても何も出ないぞ」

 

 

 

 

 

「なぁ、一緒にいる奴って確かさ……」

「ああ例のサボり魔だろ?しかも無能って噂の」

 

 

 

 

 プツン

 

 

 

 

「貴様らあああああああ!!俺の部下をなんて言ったこらああああああ!!!」

「ちょっ!自分を律する話どうなったんですか!?」

「うるせぇ!部下を馬鹿にされて黙ってる上司があるかコラァ!!表出ろこの野郎!耳の穴に深めに綿棒刺すぞコノヤロウ!!」

「艦長!大騒ぎ!大騒ぎになってますからーー!?」

 

 

 

 大騒ぎにはなったが一応聞こえるように陰口を叩いたあいつらが発端なので俺はお咎めなしでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うめぇ……地球の牛丼とも引けを取らぬうまさだ……」

 

 本局で一悶着起こして迷惑かけたお詫びに俺奢りで部下にランチを振る舞う事に。本人に何を食いたいか聞いたらここへ連れてこられたのだ。あ、紅生姜追加しよ。

 

「艦長、ちゃんと反省してます?今頃また悪い噂になってますよ多分」

 

 呆れながら牛丼を食べる部下を横目に自分の分の牛丼を素早く平らげて俺はご馳走様と手を合わせる。

 

「言いたい奴らにはいくらでも言わせておけばいい。俺達の目的はアイツらを見返す事じゃないからな、それに俺達が見据える敵はまた別にいる。構ってる暇なんかないだろ?」

「それなら尚の事部下の悪口だって受け流さなきゃダメですよ艦長。艦長の目的を果たす為なら尚更」

「それは……まぁ我慢できなくてついな……善処するよ」

 

 そう言い放つが部下は、こいつまたやるなって顔をしてる。気まずくてつい目を逸らすがまぁ許せ。

 

「艦長、自分は何を言われても平気です。艦長が艦長自身の事を言われても平気なように。それは自分の事を理解してくれている艦長や艦隊の皆さんがいてくれるからです、だから自分も次からは我慢します。だから艦長も我慢ですよ?」

 

 部下の説教に俺はまた目を逸らして善処すると答える。感情の昂りは抑えられんのよ精神年齢低いから。と、部下も牛丼を食い終わったので2人で店を出てここからは別行動だ。俺は六課に、部下は艦隊に戻らないといけない。

 

「なぁ」

 

 軽く挨拶をして背を向けて歩き出した部下をつい呼び止める。

 

「お前の言った通り俺達はちゃんと知ってるから、お前がサボり魔じゃない事も無能じゃない事も。当時お前の優秀さを妬んだ同僚や上司からお前を陥れる為の根の葉もない虚言だった事も。………必ず目的を達成させて俺がお前の奉仕に報いる、お前のその悪評を覆して皆んなを見返させるからな!」

 

 そう、言いたくなって言ってしまった。アイツは平気だと口にしたがそれでも人間と言うのは自分の悪口を100%気にしなていられるほど器用じゃない。少なからず琴線に触れたりはしている。だから、俺はついそう言葉を紡いでいた。

 

「そんな事必要ないですよ」

 

 しかし、部下は俺の言をあっさりとそう返す。

 

「自分は……自分達は艦長に…慎司さんについて行きたいって思ったからここにいるんですよ。それだけで十分です」

 

 そう言い残し背中を向けたまま艦隊に戻って行った。ああ、その信頼には絶対に応えてみせるさ。俺達は……絶対に成し遂げる。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

「さてと………」

 

 六課に戻る前に聖王教会に寄る。カリムに用があるのだ、通信で済ませても良かったがまぁ直接会ったほうが色々と擦り合わせしやすいからな。入り口の警備の人に会釈すればニコッと笑顔をくれて扉を開けてくれる。

 俺が中学時代にちょくちょくバイトで顔出してた時にもいた教会騎士の人だ。すっかり顔馴染みである。教会本部でカリムがいつも執務をしている部屋へ向かう道中シスターシャッハとすれ違う。

 

「よぉ、もうウサ耳はつけてくれないのかい?」

 

 前に一勝負して罰ゲームさせた事を思い出させて揶揄うと露骨に嫌そうな顔をした。

 

「はぁ……慎司提督、今日はなんの用事で?」

 

 クソデカ溜め息とは生意気な。

 

「ちょっとカリムに用事、まずかったかな?」

「いえ、今は特に立て込んでいないので問題ないですよ。ただ来るならなるべく事前に連絡をして下さい」

「へいへい、それは悪かったわ」

「全く………カリムなら執務室に。後で飲み物持って行きますので待っててください」

「おう、お構いなく」

 

 相変わらず真面目だ事。まぁ美徳な点か、それはそれとして今度の罰ゲームは露出多めのメイド服を着させると心に誓ったのであった。

 

 

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

「よお、邪魔するぜカリム」

「あら、慎司じゃない。よく来たわね」

 

 ノックをしてからそう声をかけると執務中だったカリム少し驚きつつも手招きして俺を呼び寄せる。もう何度触ったかもわからない来客用のソファに腰掛けて一息ついてから

 

「急に来て悪かったな?ちょっと色々話す事があってな」

「大丈夫よ、この後予定があるけど今なら。だけど次からはなるべく事前に連絡を入れて頂戴。慎司の為に外せる予定も外せなくなっちゃうから」

「ああ、シャッハにもさっき言われたよ。気をつける」

 

 と、内心本気で反省しつつ俺は封をされた書類をいくつかカリムに手渡す。

 

「これは?」

「一つはいつもの遠征の報告書、それは特に目立った報告はない。残りは前にカリムに相談した例の件での必要な魔力量の演算結果とその貯蓄と収集方法をまとめた書類。それをカリムに確認してもらってから意見が欲しいんだ」

 

 俺の言を受け取ったカリムは慣れた手つきで書類を開いて目を通し始めた。しばらくカリムが紙を擦る音を聞きながら静かに待つ。そう時間をかけずに書類をまとめてから丁寧に置いてわざとらしく溜息をつく。

 

「貴方……本気でこれをやる気なの?」

「ああ、比喩なしで死ぬほど考えて考えて出した結論だ。全貌が見えない脅威に対抗する手段はこれしかない」

「だから貴方はアークレインで…………理論上は可能でしょうけど現実的じゃないわ」

「だがこれくらいやってのけなきゃ………皆んなが……」

 

 続く言葉は自然と小さくなりカリムに聞こえたか怪しいくらいだった。だが俺の一言で明らかに部屋の中の雰囲気が変わる。カリムの目は少しだが鋭くなったり俺もヘラヘラとした表情を止める。

 

「………慎司、友人として貴方のそういう所はとても好感を持てるし尊敬できるわ。だけど……」

「俺が『アレ』に囚われすぎてるって思うか?」

「そうは思わないわ、内容が内容だから………だけどそこまで自分を犠牲にしてはいけない」

「俺は犠牲とは思わない。死ぬわけでも寿命を捧げてるわけでもない」

「……………それでも貴方がしている事は貴方をずっと苦しめてるじゃない……」

 

 カリムは自分なら事じゃないのに苦しいような声と表情でそう言った。カリムは優しい、優しい友人なんだ。多分いらぬ理由で自分を責め続けてる。あの時からずっと。

 

「思ってはいけないと理解していても慎司を見てると時々考えてしまう………あの時貴方に…っ!」

「俺は感謝してる、だから今の俺がある。そして、皆んなを助けれる機会をくれた……そう思わないでほしい」

 

 カリムの言葉を途中で遮り俺の偽りない本心を伝える。俺とカリムのこのような問答も一回二回じゃない、何度も繰り返し行われてる。それはつまりカリムもずっと自分を責め続けてるという事だ。………カリムにこれ以上そう思わせない為にも俺は絶対に失敗してはならないんだ。

 

「……とにかく、書類は確かに渡した。通信でもなんでもいいから改善点があれば連絡頼む」

 

 カリムに背中を向けて執務室の扉に向かう。今日はここで別れた方がいいだろう、喧嘩をした訳じゃないが友人同士でも仕切り直しというのは必要だ。

 

「待って」

 

 扉に手を掛けた所でカリムに呼び止められる。首だけカリムに向けるとカリム真剣な表情で言葉を紡ぐ。

 

「どうして……そこまで出来るの?いくらなんでもそこまでやれるのはきっと慎司くらいよ……どうして?」

 

 投げかけられた問いに俺はふとカリムと友達になってからかれこれ5年ほど経つのかと頭に浮かぶ。多分カリムにも何度か言ったことあるであろう言葉を俺は伝える。分かるしてしまった雰囲気をぶち壊すようにとびっきりの笑顔を向けて。

 

「………後悔しない為だ……2度とな」

 

 俺はまたなっと最後に付け足してから執務室を出る。そのまま教会の出口へ向かう道中お茶請けを用意して持っていく途中だったシャッハと遭遇した。

 

「おや、慎司さん…もう帰ってしまわれるのです?」

「ああ、用意してくれてたのに悪いな。勿体無いからそれだけでも貰うわ」

 

 といい香りのした紅茶を受け取りその場で飲み干した。………火傷した。

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 聖王教会を後にして真っ直ぐ六課に向かい訓練所へ顔を出すが既に間抜けの空であった。訓練自体は既に終了したようでとりあえず六課の本部に向かうと出入り口でいつもの制服姿のなのはちゃんとマックスに私服姿のティアナちゃんとスバルちゃんがヴァイスのバイクを側において言葉を交わしていた。

 

「あ、慎司君おかえりなさい」

「兄貴ぃ!おかえりなさいです!!」

 

 こちらに気づいたなのはちゃんとマックスの言葉に俺もただいまと返す。それに釣られて気づいた残り2人も

 

「「おかえりなさい」」

 

 と、言ってくれたので同じようにただいまと返す。

 

「私服姿なんて珍しいな、どっかいくのか?」

「はい!お休みなのでティアと街へ遊びに」

「ヴァイス陸曹からバイクもお借りして」

 

 休み?と疑問の顔を向けてなのはちゃんに説明を求めた。なのはちゃん曰く早朝訓練はいつも通り模擬戦やらのメニューを、マックスだけはこれまたいつものようにマックス用の別メニューをやったらしく本来なら午前訓練、午後訓練といつものようにみっちり訓練を行うのだが次の訓練は明日でそれまでお休みを取らせる事にしたらしい。

 実は今日はFW陣達の第二段階の見極めテストだったらしくそれに見事合格したエリオ、キャロを含めた4人の労いでもあるし部隊発足からずっと訓練漬けだった事を加味しての事らしい。

 

「そうか………」

 

 この辺で遊びに街に繰り出すとなると……まぁ件の所だろうな………よし。

 

「そういう事ならマックス、お前も今日は休みでいいぞ。お前も毎回じゃないにしても訓練と毎日のアークレインの業務と特別支援隊として休まず頑張ってくれたしな」

「え?でも兄貴……それは」

「いいから休め、せっかくだ……2人が良ければマックスを一緒に連れててやってくれよ。そういう街のこととかはこいつは疎いからな。案内がてら一緒に遊んでやってくれないか?こいつの分のバイクは俺のを貸すし運転も問題ないからよ」

 

 そうティアナちゃんとスバルちゃんに投げかけると2人は見るからに笑顔になる。

 

「はい!勿論です。マックス、一緒に行こうよ!」

「まだ、この間のお礼も出来てないし。マックスがいいならあんたも一緒に行くわよ」

 

 2人の言葉にマックスは嬉しそうに一度俺を見る、俺は頷いて構わないよと意を示す。

 

「はい!ご一緒させて下さい!」

 

 破顔するマックスに釣られ俺も笑顔を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 バイクで街に繰り出した3人をなのはちゃんと見送る。……例のティアナちゃんの件からマックスとティアナちゃんとスバルちゃん、だけでなくエリオとキャロ達の絆を深めたのであろう事は外から見ても一目瞭然なほどだ。

 あの時、俺と別れた後マックスがティアナちゃん達と何を話したのかは聞いてないがきっと互いを信頼できる結果に繋がった事だけはよく分かる。あのまま仲良くしてくれたらマックスを拾って仲間にした俺も嬉しい。

 

「あ、ライトニング隊も2人でお出かけ?」

 

 と、なのはちゃんの声に釣られて後ろに振り返ると同じく私服姿のエリオとおめかしして普段よりも可愛い姿のキャロとその後ろから保護者感出すファイトちゃんが。いや、保護者か失敬失敬。

 

「あ、慎兄!おかえりなさい」

「慎司さんおかえりなさい」

「おう、ただいま」

 

 俺に気づいた2人がそう笑顔を浮かべてくれるので癒されつつ俺も挨拶を返す。後ろのフェイトちゃんには軽く目配せと手を挙げて済ませる。フェイトちゃんも微笑を浮かべて手を挙げて返してくれる。

 

「なんだキャロ、めちゃくちゃ服似合ってるじゃんか。いつもより可愛いぞ?」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 と、照れた様子のキャロにホワホワした気持ちになりつつチラッとエリオの様子を見ると照れた様子のキャロに見惚れたのか顔を赤くしていた。キャロの頭を撫でてから今度はエリオに近づき肘で軽く小突いてから耳元で小さく

 

「ちゃんとエスコートしてキャロと楽しむんだエリオ?」

 

 とちょっと揶揄うように言うとエリオは真面目に「はいっ」と答える。そうじゃないよそこは「やめてよ慎兄」くらい言って照れてくれよ。真面目なエリオらしくてそれも好感持てるからいいけど。

 

「2人も街に繰り出すのか、どんな感じの予定なんだ?」

 

 ふと、この年頃のお出かけってどんな感じだったけかと気になる。勿論自分もそんな時期はあったが今回は地球ではなくミッドチルダだしな、また違うかもしれない。まぁ商業施設なんかは地球とかと殆ど一緒だけど。

 

「シャーリーさんが予定を立ててくれたんです。こんな感じで」

 

 と、エリオが自身のデバイスにホログラムでシャーリーが作ったと言うスケジュールを表示させる。

 

「えっと何々………移動して……ウィンドウショッピングに………話しながら散歩に……夜は景色の良いオシャレな店ってなんだこりゃ?」

 

 シャーリーの奴……自分の願望を想像して渡したんじゃあるまいな?流石に10歳のエリオとキャロにこのプランはキツいって。これ男が意中の女の子をデートで好感度を上げる為に本気で考えるようなプランだぞ。  

 俺まともにデートなんかした事ないから知らんけど。

 

「あ、あはは……」

 

 後ろからさりげなくプランを覗き見たフェイトちゃんも苦い顔をしていた。まぁ、楽しめない事は無いだろうけどせっかく出掛けるのだ。10歳の男女がそれ相応に楽しめるプランにちょびっと修正しよう。

 

「えっと………この道中に確かゲーセンがあって……んでこの建物に確か今日はイベントが…………ご飯の候補もいくつかピックアップしてと……よしっ」

 

 シャーリーのプランを見ながら自分のデバイスで加筆したデータを作ってからエリオに送信した。せっかくシャーリーも……多分善意で組んだプランの筈なので基本的な部分は変えずに立ち寄る施設に2人向けで楽しめるものを羅列したりしただげだが。

 ゲーセンなんかキャロが喜ぶだろうよ、バイオハザード好きならそれとまた違う感覚のゾンビガンアクションとかよくあるし。

 

「何すればいいか分からなかったらそれ見て参考にしな……2人ともちゃんと楽しんでこいよ」

 

 気分は兄気分で2人の頭を撫でながらそう言う。

 

「わあ……ありがとう慎兄!」

「慎司さんありがとうございます!」

 

 曇りのない笑顔に俺もおうっと笑顔で返す。最後に心配性のフェイトちゃんが2人に夜の街は危険だからあまり遅くならないようにと優しく諭して3人でエリオとキャロを見送った。2人が見えなくなった所で少し心配そうな顔をするフェイトちゃんに思わず口を開く。

 

「何だか以前にも増して過保護になったな?フェイトちゃん」

「え?そ、そうかな……?」

「ああ、その様子だと立派に魔導師やって給料貰ってるエリオに足りないと困るからってお小遣いあげようとでもしたんじゃねぇの?」

 

 と、流石にそこまでじゃないかと思いつつ揶揄うつもりで冗談を言うが俺の言葉にフェイトちゃんはドキッとしたように反応して目を逸らす。お前マジかよ。

 

「おいおいフェイトちゃん、大切にするのはいい事だけど過干渉はお前あれだぞ?……ダメだぞ?」

 

 上手く言葉にできずに変な感じで言ってしまうが本当に気をつけなよ?忘れもしない山宮太郎の中学時代……母さん………エロ本は、そっと見なかった事にしてください。散らかした訳じゃないんです、隠してたんです………だから綺麗に本棚にしまうのはやめてください。

 コン○ームもそうです。使った訳ではありません、優也とふざけて買っただけなんです。だからまだ早いとメモ付きで机の上に置くのはやめてください。まぁ、これらは過干渉じゃないんだろうけど。なんかついでに思い出して勝手にダメージを受けてしまった。

 

「過干渉なんてそんな事……ないよ?」

「目を合わせろ目を」

 

 エリオの反抗期が多分重めになるぞ。まぁ、アイツはフェイトちゃんが預かった当初は文字通りバチバチの反抗期を迎えて今のように落ち着きを取り戻した経緯があるけど。

 

「そう言う慎司君はどうなのかな?もしも子供……じゃなくてもフェイトちゃんみたいに当時のエリオやキャロくらいの子供をお世話するようになったらさ」

 

 俺とフェイトちゃんのやり取りを微笑ましそうにしながらずっと眺めていたなのはちゃんが唐突にそう口にする。

 ふむ………前世でも結婚は愚か恋人も柔道みたいなもんで女性とお付き合いする事もなかったから勿論子供もいなかったし、一人っ子だから下の弟妹もいなかったからあくまで想像だけど……。

 

「その子の為に厳しく面倒見るだろうさ、俺は絶対そのタイプだよ」

「え〜?ホントかなぁ」

「慎司は甘やかしなお父さんになりそうだけど」

「フェイトちゃんには言われたくないんだよなぁ………」

 

 中々手厳しいようで。だってその子の為何だから優しく接するのも必要だろうけど厳しさも必要だろうに。まぁ前世の俺の父さんが昔気質の人だったから厳しく育てられたらから………そんな過程があって今の俺がある事を考えるとそっちよりに考えが浮かぶ。まぁ、正直正解なんてないんだけどさ。

 

「うーん、私はフェイトちゃんに言った通り親バカで甘々な慎司君しか想像できないなぁ……」

「ないない!俺はそんな感じにはならないよ」

 

 何て一幕があったりもした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 とりあえず休みを満喫する奴らを見送ったし俺達は一旦六課の本部に戻る。施設の渡り廊下に差し掛かった辺りでなのはちゃんが思い出したかのように

 

「慎司君はこれからどうするの?私達は今日六課で待機してるんだけど」

 

 と、投げかけられる。ふむ……待機といっても有事の際には出動だろうから好き勝手する訳でもなく事務作業でもするのだろう。俺はどうしようか、事務作業も溜まってるがそれよりもだ………。

 

「よお、帰ってたのか慎司」

 

 質問の答えを返そうとした所で向かいからヴィータちゃんとシグナムが。

 

「おう、ちょうどさっき戻ってきた所だ。シグナムもお疲れさん」

「ああ、慎司もな」

「2人は外回りですか?」

 

 フェイトちゃんの問いに2人は頷く。シグナム曰く聖王教会と108部隊……スバルちゃんの親父さんのゲンヤ・ナカジマ三佐の部隊だな。ナカジマ三佐が俺達機動六課の為に合同調査本部を作ってくれるらしく、それについての打ち合わせだそう。

 ヴィータちゃんは向こうの部隊の戦技指導を頼まれたらしくそっちがメインだそう。

 

「教官資格なんて取るもんじゃねぇな」

 

 そうぼやくヴィータちゃんに苦笑で返すしか無かった。それにしても……それならちょうどいい。

 

「それなら俺も2人についてこうかな。ゲンヤ・ナカジマ三佐に用があるんだ」

 

 そう口を開くとそうなの?と疑問を返すなのはちゃん。先程の質問の答えを返すついでに俺は頭を指でぽりぽりとかきながら答える。

 

「ああ、近い内会うつもりだったし今日みたいに六課が稼働してない今のうちに行くのがベストだからな……シグナム、その打ち合わせはまだ先だよな?」

「ああ、あんまり長くならなければお前の用を優先して大丈夫だろう。私から連絡しておく」

「おう、さんきゅ」

 

 さて、と。久しぶりに真剣なお話というか営業というか……説得というか……だな。踏ん張るか。俺はそのままなのはちゃん達と別れ、シグナム達と共に来た道を戻る形で六課を出てナカジマ三佐の元へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、フェイトちゃん……」

「どうしたの?」

「…………ううん、なんでもない」

「……慎司の事、心配?」

「うん、ずっとずっと……私達には分からない何かの為に走り続けてるから」

「……今は、信じるしかないよ。いつか絶対私達に力を求めて来てくれる……それまで」

「そうだね………うん、私も信じてその日が来るのを待ってる」

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

「よお、前に親父さんと一緒に顔合わせした以来か。元気だったか?荒瀬慎司提督?」

 

 急な来訪にもゲンヤ・ナカジマ三佐は懐の広さを感じるように文句一つなく応対してくれた。最後の提督呼びは少々揶揄いも含まれてはいそうだが。

 

「ええ、ナカジマ三佐もお変わりなく。急に来たのに人払までしてくれて感謝してます」

 

 合同調査本部の打ち合わせの前に折りいってお話があると伝えるとナカジマ三佐以外には聞かれたくないと察してくれたのかさりげなく人払いと盗聴などが対策された応接室に案内してくれた。

 

「まぁ、打ち合わせまでまだ時間はある。座りな」

 

 失礼しますと一言告げてからソファに腰掛ける。さて、どう切り出していこうか……。

 

「お前んとこの艦隊、随分噂になってるじゃないか」

「良い意味でですか?それとも悪い意味で?」

「どっちもだ、お前自身も分かってるだろ」

 

 そうハッキリ言われては苦笑するしかなくなる。

 

「未踏次元世界特別調査専用艦隊『アークレイン』……前例のないペースで存在すら知られてなかった次元世界を観測、発見。それだけではなくその次元世界の探索を行い管理局がその次元世界においてどう対処するか判断材料として提供。アークレイン艦隊のおかげで既におおよそ10の次元世界は発見されたと」

 

 発足して3年しか経たない次元艦隊が上げていい成果じゃねぇだろ……と最後に言われ返答に困る。

 

「だが、そんな実績を上げながらも本局内では評判が悪い。理由は……言わなくても分かるだろうがお前さんが入隊してから一年ほどしか経たずに提督になった事、お前さんが集めた艦隊メンバー一人一人が何かしら元の部隊と軋轢があり追い出されたもの達ばかりだ。真実は不明だがそれらの話が蔓延してお前に対して悪い噂を起こさせちまってる」

 

 そうだな、それのせいで今朝も部下に嫌な思いをさせちまってる。だが俺の目的の為にもそいつらにはどんどん俺を嫌いになってもらう。目立つのは避けたいがこればかりは仕方ないだろう。俺の方も嫌われるような事をしている自覚もあるし。

 

「俺もバカじゃねぇし人を見る目はある方だと思ってる。最初に会った時からお前さんは噂通りの奴じゃないと思った。きっと何か大きな物を背負って必死になってる、なりふり構わず行動してるんだろう事はな」

「何故……今そのような事を仰るんです?」

 

 こちらから切り出そうにもナカジマ三佐の俺への言葉は止まらない。辛抱できずそう聞いてしまう。

 

「まぁ聞け、お前さんが今日俺に会いに来た目的も大体は察しはついてる……俺の協力……いや、俺の部隊の協力がいるんだろう?お前さんの目的の為に」

 

 心臓がどきりと跳ね、俺はたまらず勢いよく立ち上がってしまう。そんな俺の様子にナカジマ三佐は眉一つ動かさず言葉を続ける。

 

「おっと、勘違いするなよ?俺はその中身までは知らない」

「………失礼しました」

 

 一度深呼吸をして頭を下げてから再びソファに腰掛ける。落ち着け、このような事だけで動揺していてはこの先やっていけないぞ。落ち着け。

 

「協力するかどうかはお前さんの話を聞いてから判断する。話せない事は話さなくてもいいが……俺を納得させるだけの事はしてくれ。でないと協力するのはなしだ………荒瀬慎司、お前の目的……何を目指して今走り続けてる?どうしてそこまで病的に覚悟を決めてる?」

「俺は………」

 

 何が目的で何を目指してるかだって?そんなの……そんなの……決まってるだろ。全てを捧げてまでやり遂げたい事なんて一つだ。カリムにも言われた、自分を犠牲にし過ぎてると。そうは思ってないけど仮にそうだとしたら……きっと誰もが納得する理由。

 

「俺の大切な人達を……そしてその人達が大切に思うこの世界を……」

 

 心臓の鼓動が激しい、口にするだけでそれはあの時のショックの記憶を呼び覚ます。それでも……逃げてはならない……覚悟を決めて現実と向き合った自分を裏切らない為に……後悔しないために………山宮太郎の為にも……っ!

 

「………俺の愛すべき故郷を………どんな困難や絶望が襲い掛かろうとも……絶対に護る為です」

 

 俺のその言葉に、俺のその声に、俺のその眼にようやく今まで眉一つ動かさなかったナカジマ三佐がようやく僅かに目尻に反応を示した。

 

「…………話せる範囲で詳しく聞かせろ」

 

 

 

  2人は合同調査本部の打ち合わせが始まるギリギリまで話し込んだ。結論としては荒瀬慎司は108部隊にとある協力を要請しそれを約束させる事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 あ、昨日csmムーンドライバー届きました。マジかっけえぞあれ


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ここからが



 話進まねぇ……とかそう言うのあんまり深く考えないようにしました。商業誌じゃあるまい完璧に書こうと思わなくていいと急に開き直る俺。
 
 そもそもそんな技術ねぇと思い直す俺。

 いつも閲覧感謝です。


 

 

 

 

「どうしたソフィ?」

 

 ナカジマ三佐との会談を終え、別れた所でソフィから通信が入る。通信端末を起動させホログラムモニターにソフィの姿を映し出す。ソフィは今日は確かアークレインの方に顔を出してもらってる筈だが……。

 

『お忙しい所失礼しますご主人様、少々報告がありまして』

 

「ん?どうした?」

 

『実は……』

 

 と、ソフィから聞かされた話は要約するとだ。ソフィは実は今アークレイン艦の方ではなく艦内の物品補充の為街まで買い出しに行ってくれているらしい。こう言う細かい所を気づく前にソフィはしてくれるのだ。

 そしてその買い出しの場所が今頃楽しく休日を謳歌してるであろうFW4人とマックスが出かけている街と一緒だと言う。まぁ街といってもかなり広い場所だからバッタリ会うなんて事もなかったらしいがそれよりも珍しいものに遭遇したらしい。

 

『トラックの横転事故ぉ?』

 

 お?なんやトラウマか?前世の俺のトラウマを引きださせようとでもいうんか?俺の場合は普通に赤い車だったけど。こうやって過敏になるくらいはトラウマよ?

 

『その事故が一体どうしたってんだ?』

 

 ソフィの事だ、わざわざこうやって通信をかけるという事はただの横転事故じゃないだろう。

 

『たまたま通りがかったので私も一応現場検証に参加をいたしました、その時妙な物を発見したので』

 

 まぁ、ソフィは一応管理局所属の次元艦隊のメンバーだからな。こういう時身分証と名乗りをあげればこういうトラブルの手伝いをするのも局員1人としては珍しくない。ソフィから送られてきた画像データを見る………これは

 

「ガジェットの残骸と……生体ポッドの残骸か?」

 

『おっしゃる通りです、この事故の現場検証の応援に来た魔導師の方に詳しい話を聞いてくださいませ。今変わります』

 

 ソフィがそう言うとホログラムモニターがまた一つ展開されまた別の顔が映し出される。見覚えがある……この子は確か……。

 

『陸士108部隊、ギンガ・ナカジマ陸曹です。お初にお目に掛かります、荒瀬慎司提督』

 

 と敬礼と共にキリッとし表情で自己紹介をされる。そうだ、スバルちゃんのお姉さんだ。六課のメンバーの資料を見た時にその名前と108部隊に父さんとナカジマ三佐に挨拶に伺った時に見かけたのを思い出す。

 

「そうか、君がスバルちゃんのお姉さんのギンガちゃんか………よろしくな」

 

『ちゃん……?……あ、いえ……はい、よろしくお願いします』

 

「ソフィ……ソフィアが迷惑かけなかったか?」

 

『いえ!特には………最初に音も気配も感じずに後ろから声をかけらた時に驚いたくらいで……』

 

『……実は忍者の家系でして』

 

「無表情で変な冗談言うな」

 

 ギンガちゃんが困ったような苦笑いを浮かべてしまったので咳払いをして場を仕切り直しつつと。

 

「それで?詳しい話を聞かせてくれ」

 

『はい、まず事故の状況ですが……』

 

 ギンガちゃんの説明を聞くに横転したトラックはおそらく何かに襲われて積荷が爆発したらしくそれで事故を起こしたと見られる事。ガジェットの残骸を見るに襲ったのはこのガジェットか、トラックの横転に巻き込まれたか……あるいはまた別の理由か……。

 

「トラックの積荷の中には何が?」

 

『缶詰や飲料水等の日用品です、爆発するような物はありませんでした……しかし……』

 

「ああ、言いたい事は分かる」

 

 ガジェットはジェイル・スカリエッティによって作られ散々俺達の道を阻んでる敵だが……そもそもはジェイルが狙っているレリック反応を検知し回収するようプログラムされてる事は判明している。

 つまりトラックを襲ったのがこのガジェットならばこのトラックには秘密裏にレリックが運ばれていたかたまたま紛れ込んだか……ここにないと言う事は既に持ち出された可能性がある。狙ったガジェットは残骸として発見された、それでは誰が?運転手は今も襲われたショックで混乱状態らしく局員に介抱されてるから残るは………

 

「その生体ポッドの中に入っていた何ものかが持っているか………」

 

 生体ポッドといえば否応にもジュエルシード事件を思い出す。悲劇によって狂ったプレシア・テスタロッサが起こした悲しい事件。クローン技術のプロジェクトFによって生み出されたフェイトちゃん……そして生体ポッドに安置されたアリシア・テスタロッサの遺体……嫌な事を思い出した。そして映像に映し出されたあの生体ポッドは………。

 

『ガジェットが絡んでる時点でレリック案件の可能性がありましたので、丁度現在六課出向中のソフィアさんが現場検証に協力してくれたので荒瀬提督にご連絡した次第です』

 

「なるほどな、ありがとうギンガちゃん。とりあえずこの事を今すぐにはやてちゃんに伝え」

 

 る為にこのままはやてちゃんに同時通信しようとしたタイミングだった。

 

『こちらライトニング4!緊急事態につき現場状況報告します!』

 

 キャロから六課メンバーを対象とした全体通信が入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

「当たりを引いたのか?ジェイル」

 

 とある場所、ジェイル・スカリエッティのアジトにて白髪…ではなく元の髪色が脱色し生気の感じない白色の髪が特徴の青年でスカリエッティの協力者であるハーヴェイはそう声をかける。

 

「やあ、君かハーヴェイ。ここの所研究室に篭りきりだった君がここに来るとは珍しい……」

 

「質問に答えてもらおう」

 

「まだ確定とは言えないが……おそらく君の言う当たりだろうね。今ウーノに私の娘達の中から適任者を選んで向かわせる。後、ルーテシアにもね」

 

「ふむ、そうか……なら私も例のガジェットの調整が終わった……それも投入しよう。ようやくまともなデータが取れそうだ」

 

 と言うとハーヴェイは端末を操作し二種類のガジェットを何機か出撃させた。

 

「あれは……例の狙撃特化と……もう一機は新型かい?」

 

「ああ、調整は既に済んでいたのだがね……披露する機会が無かったのさ」

「確かにね」

 

 ハーヴェイの言葉にジェイルは納得するよう頷いた。ガジェットの戦闘データのついでに機動六課の魔導師の戦闘データを集める為、先日偵察ガジェットで挑発をし誘き寄せたところで新型ガジェットを投入するつもりだったが誘われたのは機動六課ではなく別の隊の魔導師だった。向こうのデータも取れずに逆にこちらのデータを開示するのは合理的ではないと判断し投入は見送ったのだ。、

 

「ガジェットを放てば私達を追っている機動六課が出撃すると踏んだのだがね……あれは私も予想外だった」

 

「その事だが、詳しい事は分からないがどうやら機動六課で内輪揉めがあったらしい。それの解決のために代理で出撃したのがあの部隊だったと言う訳だ」

 

「なるほど………そんな情報どこで手に入れたのかね?」

 

 ジェイルは納得しかける前にハーヴェイがそんな細やかな情報をどこで入手したのか気になった。情報収集をするにしてもあまりに重要でもなさそうな情報まで手に入れていると言う事はそれではまるで………

 

「まだ言ってなかったが機動六課にこちら側に寝返らせスパイをさせている者がいる」

 

「ほう?」

 

 予想外の答えにジェイルは感心したように声を上げる。方法自体は単純な者だがハーヴェイという男がそのような行動をした事に感心したという部分からでた声だった。

 

「君がそのような事をするのは珍しい……新型ガジェットの開発と例のレアスキルによる規格外の量産しか着手してなかったというのに」

 

「機動六課に一応警戒をしている奴がいる、そいつに近しい奴が私と面識があってね………因縁と言うべきか。その縁でそいつを従わせる方法を知っていたのでね。使わない手はあるまい、しかし手を組んだのは最近だがね」

 

「なるほど、その警戒している者というのは?」

「コイツだよ」

 

 と、ハーヴェイは投げやりに端末からホログラム画像を映し出させジェイルに見せる。

 

「彼か……荒瀬慎司、確かに警戒するに越した事はないがね…」

 

「知っているのか?」

 

「ああ、表向きでは権力ある両親にあやかり提督にまで登り詰めた厄介者。そしてこれは管理局の一部の者しか知られていないが過去に2度、大規模な事件を間接的に解決に導いた功労者だ。とは言っても魔導師としての彼自体に特別な力はなくむしろ一般の管理局員よりも弱者だがね」

 

 私の知っているのはこれくらいだと言うように言葉を止めるジェイル。暗にこの程度の存在に何を警戒しているのかと問うている部分もあった。その意を汲んだハーヴェイは視線はジェイルに合わせず端末でガジェットのデータを見ながら

 

「確かに魔力は無く脅威とは言い難い。しかし悉く私の実験の妨害をされてるのは事実でね」

 

 ハーヴェイが言う妨害とは先日のアークレイン前線部隊の介入により断念した新型ガジェット投入の件だけで無く、機動六課のファーストアラートとなったエイリム山岳地帯での闘いの際に六課の主戦力を載せたヘリを狙撃特化型ガジェットで狙い撃つ予定だったがそれもヘリが入念に魔力防御を張っていた為断念した件もある。

 奇しくも両方荒瀬慎司による指示が功を差した訳だが荒瀬慎司本人は念の為の行動を指示しただけであってそこまでハーヴェイにとって腹立たしい結果をもたらしているとは思ってもいなかった。

 

「そして荒瀬慎司はどうやら機動六課の主力メンバーと古い仲だそうだ。精神的支柱と言っても差し支えはないそうだ」

 

「ふむ……彼の存在そのものが機動六課に力を与えていると?」

 

「そこまで大袈裟には考えていないが……全く影響してないと言う事はないだろう」

 

 ハーヴェイの言葉にジェイルは少し目を閉じて思案をしてから

 

「心配なら早い内に彼を叩くかね?提督という身分とはいえ彼自身に力はない。私の娘達に命じればいつでも」

 

「いや、いつでも奴は殺せるからこそ今は泳がせておいていいだろう、下手に刺激をして機動六課の連中を精神的に追い込むどころか逆に火をつけられては敵わない」

 

 ジェイルの提案を遮るようにハーヴェイはそう返答する。結局の所警戒はしているがやはり直接的な敵戦力というわけでもない荒瀬慎司は慌てて手を打つ必要もないと判断した。これ以上的確な妨害が続くならまた考えねばならぬが。

 

「そうかね……まぁ荒瀬慎司についてはハーヴェイ、君に任せよう。そのスパイとやらも上手く使ってくれたまえよ。……実は二重スパイだった……というオチにならぬようにね」

 

「心配はするな、それも勿論念の為織り込み済みだ。それ相応の縛りもさせている」

 

 それにだ……とニヤリと醜悪な笑みを浮かべてハーヴェイは言葉を続ける。

 

「協力者は私に逆らう事はないよ……奴自身の望みを叶えられるのは私しかいないからね」

 

 ただそれは揺るがない事を確信するように、事実だけを淡々と述べるようにそう告げるのだった。

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャロから届いた緊急通信、街で休日を謳歌してる最中にどうやらキャロとエリオのペアはレリックを鎖に繋がれた小さい女の子を発見、保護をしたという事だった。通信の途中で六課用のオープンチャンネルを聴かせるためギンガちゃんとの通信も一時的に今の緊急通信を繋げたのでこの件は既にギンガちゃんとソフィの耳にも届いた。

 

「聞いたな?その事故のガジェットは恐らく今のレリックを追いかけてたガジェットだ!既に捕捉されてるならすぐに新しい追っ手が来る可能性がある。ギンガちゃんはその情報をすぐに六課に知らせて出来るならレリックとその件の女の子の保護に協力をしてくれ!」

 

『分かりました!すぐに動きます』

 

 ギンガちゃんは一旦通信を閉じてその場を動く。レリックの封印処理をすれば遠隔からガジェットに捕捉される事はない。既に見つけたキャロがしてくれてると思うが……。ギンガちゃんは移動しつつこのままはやてちゃんに連絡するはずだ。俺はソフィに通信を繋ぎ直す。

 

「ソフィはキャロが言ってた座標からなるべく民間人を離れさせろ!街の避難誘導マニュアルは分かってるな?」

 

『問題ありません、私もすぐに行動に移します』

 

「マックスには俺からまた指示を出してすぐソフィに合流させる、頼んだぞ」

 

 通信を切断して行き着く暇もなくすぐに今度はマックスに通信を繋ぐ。ついでに俺自身も移動を始める、合同調査本部の打ち合わせを終えた頃合いだろうしそろそろあの2人も今頃聖王教会に集まってるはずだ。合流して知恵を借りよう。

 

『兄貴ぃ!』

 

 ワンコールもせず即通信は繋がり通信にはボリュームが大きすぎる声が耳につんざく。

 

「やかましい!キャロの通信は聞いてたな?一緒にいたティアナちゃんとスバルちゃんは?」

『2人は既にキャロさんの所に向かったっス!自分は………ついていっても足手纏いになるからとここに残って兄貴の指示を待っていました』

「………そうか、冷静でよろしい。お前は民間人の避難誘導だ、ソフィにも同じ指示をしたから合流して2人で協力して当たってくれ。既にガジェットに捕捉されてる可能性がある……すぐにでも戦場になるかもしれない、急げ!」

 

『り、了解ッス!』

 

「それと!」

 

 と、恐らくはすぐにでも走り出そうとしたマックスを呼び止める。急がなくてはならない、時間に猶予はない。それでも、それを踏まえてもマックスにちゃんと言い聞かせるように俺は言葉を紡いだ。

 

「お前の役割は避難誘導だ、マックス・ボルグハルト。お前は魔導師としてはまだ未熟で闘っても足手纏いにしかならない……分かってるな?感情に流されて本来の役割を損なうなよ?」

 

『うっす、肝に銘じます』

 

 それを最後に通信を切る。さて、どう出るか……といっても決めるのはアイツだからな。任せるしかない。切り替えていこう、お次はっと……。

 足は止めず再び端末で通信を飛ばす。

 

『慎司君、話は聞いとるな?』

 

「ああ、特別支援隊としてマックスとソフィには民間人の避難誘導を指示してある。パニックにならないように2人なら上手くやれるだろう。そっちはどう動いた?」

 

 と、指示の重複や食い違いが起こらないよう部隊長のはやてちゃんに通信を繋げた。こういう事はきっちり確認しとかないといけない。

 

『こっちで救護隊を編成してもう既に現地に向かってもろてる』

 

「人員と移動手段は?」

 

『救護担当にシャマル、現地戦力としてなのは隊長とフェイト隊長。ヴァイス君の操縦でヘリで向かってる』

「ヘリか………」

 

 急を要する事態だからやはりヘリの方が手っ取り早いからな……前回のように魔力バリアは……俺が言わなくても街に向かうなら展開してるだろう。それなら、こっちでサポート出来るようにしておこう。

 

「特別支援隊として応援はマックスとソフィしか出せない。リインフォースは今アークレイン艦隊の遠征中だし俺が現場に行くわけにもいかないからな」

 

『分かっとる……さっき108部隊のギンガから連絡が来た。事故とガジェットの件はもう聞いとる、慎司君のおかげでスムーズに進んだよ』

 

「それはなによりだ……状況が動き次第こっちで可能なサポートはするから何かあれば言ってくれ」

 

『うん、頼りにしてるわ』

 

 はやてちゃんの言葉で通信を終了させて足を止めずに思案する。ヘリで移動ならそのキャロが保護してる件の女の子の救護も早く済むだろう。問題はその子を回収してからの移動だな。狙われるとしたらその時の可能性が高い。敵の狙いはレリックだろうが恐らくは生体ポッドから出てきたであろう女の子も敵が追いかけている可能性はある。

 レリックと一緒に居たのなら尚更。俺ならどうするか………狙撃か?ただの狙撃だけならそれでいいが……。

 

「現場にはFW4人とマックスにソフィ……合流したら六課からの救護隊もいる……敵の戦力は……」

 

 ここまで考えて、いやと頭を振る。

 

「考えても駄目だ、ガジェット以外の敵の戦力は未だ未知数……備えるだけ備えなきゃ……」

 

 ファーストアラートの時のようにリインフォースを隣の街に待機させるのはさっきも言った通りいないから無理だ。

 

 かといって六課の特別支援隊としてアークレインから正式に出向してるのは俺とソフィ、マックスにリインフォースの4人のみ。アークレインの前線部隊を駆り出すのは出向してるリインフォースと違い近くに待機させるだけで上層部から機動六課とアークレイン艦隊に難癖をつける良い材料を作ってしまう。

 

 ただでさえ過剰戦力で目をつけられてるのだ、出向してるリインフォースが前線に出向いただけで恐らくはかなりの縛りを言い渡される可能性が高いから本気でヤバい時まで待機させてるのに正式に出向してないアイツらを出向かせるのは危険だ。ティアナちゃんの時のような方便も2度も通じない。となると……

 

 懐から普段使っている端末とは別の端末を取り出す。仕事で使ってるのとはまた別にプライベート用で使い分けている端末だ。こちらでかけたほうがアイツらは絶対に即出てくれる。

 

「よっ、久しぶり………なんだよ、連絡はちょくちょく取り合ってたんだからそんな文句言うなって……。ああ、全部終わったらそっち遊びに行くからさ……うん、頼み事……六課絡みで」

 

 聖王教会に繋がる転移装置の前まで到着し足を止める。念の為辺りを見渡して誰も居ないことを確認する。

 

「ああ、場所と指示をデータで送る……俺の合図があるまで待機しててくれ……ああ、2人とも頼りにしてるよ」

 

 そう言って通信を切り、俺は転移装置で聖王教会に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 場所はまた戻りジェイル・スカリエッティのアジト。ジェイルの協力者ハーヴェイは話を終えた後、また1人自身の研究室に戻り作業に没頭していた。作業を進めて暫し経ち一呼吸置いた頃、ノックもなく研究室の扉が乱暴に開け放たれた。自分の研究室でそのような所業をするのは1人しか思い浮かばずハーヴェイは表には出さず内心溜息をついて扉に見向きもしなかった。

 

「ああ……ぁぁ……ハーヴェイ様ぁ……」

 

「サスティーナ、私は自室で静かに待機しなさいと言ったはずだよ」

 

 サスティーナと呼ばれた女性はトレードマークの尻が隠れるくらいまで伸びた血のような真っ赤な赤髪を振り乱しながら徐々にハーヴェイに迫る。その様子にハーヴェイはまた内心で溜息をついて

 

「またか」

 

 そう聞こえぬよう呟く。サスティーナがこのように発作のような症状で様子がおかしくなるのも珍しくは無かった。少なくともハーヴェイ自身に危害を加える事が無い為ハーヴェイも多少相手をしてやれば収まる物と軽視している。

 

「も、も、も、申し訳ありませんハーヴェイ様………でも……でもぉ………あはっ」

 

 体の震えを必死に抑えるように自身を抱いていたサスティーナだったが、突如興奮したように顔を赤く染めて恍惚とした表情で

 

「あはっ!……あはははは!!ハーヴェイ様ぁ!私は!私は……誰を殺せばいいのですかぁ!?今度はどのように苦しめて、悲鳴を上げさせて殺せば?あなたの邪魔をする存在を引き裂いてやればいいのですかぁ!?」

 

 狂ったように声を上げてハーヴェイに縋り付く。

 

「前に言ったろうサスティーナ?君の調整はまだ済んでいない、スカリエッティの娘達が終わったら君の番だ。それまでの辛抱だよ」

 

「きひっ、きひひひひ!ハーヴェイ様ぁ!でも、でもでもでもでもぉ!いますよねぇ?ハーヴェイ様の邪魔をする不届きものがぁ………ハーヴェイ様を…………ハーヴェイ様の……私の愛しきハーヴェイ様の邪魔を邪魔を邪魔を邪魔を邪魔をした者がぁ!!」

 

「………………」

 

 自身に縋り付くサスティーナの様子にハーヴェイは目を細める。今回の発作はどうやらいつもと違い一筋縄にはいかないと感じたのだ。恐らくは結果的にとはいえ明確にハーヴェイの邪魔をしている存在を認知したからであろう。

 

「サスティーナ、確かに私は君に何度も助けられてきた。私の障害を、邪魔者を何人も何人も君は殺してきてくれたね。だが今は時ではない、私の全ての技術を注ぎ込んで生まれた私の最高傑作の君がスカリエッティの知識と技術の調整を受ければ今までの比ではないくらいの力を得るだろう……それまでの辛抱だよサスティーナ」

 

「あはっ……ハーヴェイ様、私を……私を貴方様の最高傑作と?……ああ……ああ……あああああああああああああ!!」

 

 叫ぶ。耳につんざくのその悲鳴じみた喜びの狂声にハーヴェイはつい片目を閉じて反応する。

 

「やはり……やはりやはりやはりやはりやはり!!!殺さなくては、今すぐ!ハーヴェイ様の邪魔をする全てを!!殺さなくてはっ!殺さなくてはっ!あははははははははっ!!!」

 

「サスティーナっ」

 

 サスティーナはハーヴェイの制止を聞かずハーヴェイに縋り付くのをやめて狂ったように部屋を出る。

 

「ちっ、面倒な……有能な殺人鬼を作るためにああいう風に作ったのが裏目に出たか。機動六課にサスティーナの存在はまだ隠しておきたかったが……」

 

 ああなってはハーヴェイの手ではサスティーナは止められない。ハーヴェイ自身に力ずくでサスティーナを止めるほどの能力持っていないからだ。今までその必要もなかったのだが。

 

「まぁいい……この際戦闘データを取れると考えてしまおうか」

 

 スカリエッティにも連絡を入れておく。本人もサスティーナの調整をする前に性能のチェックと戦闘データが欲しいとぼやいてたから丁度いいだろう、サスティーナなら戦闘で敵にやられると言う心配もいらない。彼女に力で勝てるものなどそうそう居ないのだから。

 ハーヴェイは時をかけずそう考えて納得した。そして既に勝手に出撃したであろうサスティーナの興味など消え失せたように再び自身の作業に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 様々な思惑が重なる中、時は止まるはずもなく状況は動き変わっていく。

 

「いくよ、ガリュー」

 

 スカリエッティのもう1人の協力者である幼き少女とその使い魔は件の街を見下ろし行動を開始する。

 

 

 

 

 

「バイタルも問題ないし危険な反応もないわ……この子とケースはこのままヘリで搬送しましょう。なのはちゃん、この子をヘリまで抱いて行ってもらえる?」

 

「はい、シャマルさん……皆んなはこのまま現場調査をお願い。マックス君とソフィアさんがもう既に民間人を避難誘導してくれてるから」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

 機動六課の新人FW達とエース達も合流。各々の役割を果たすべく動き出す。

 

 

 

 

 

 

「落ち着いて移動してくださいッス!ゆっくり!前の人を押さないように!」

 

 アークレインから出向している熱苦しい男は普段よりも熱苦しい様子で必死に与えられた任務を遂行する。闘えない、闘ってはならない自分を戒めながら。

 

「大丈夫ですよ、お母様はすぐに見つかります。大丈夫です」

 

「ソフィさん!迷子の子にはもっと笑顔に出来ないッスか!?声はすごく優しいの顔に表情ないから不気味でまた泣きそうになってるっス!!」

 

「よーし、よーし大丈夫ですよ、なでなで」

 

「いやだから……無表情をやめ……え、すごい泣き止んだっス」

 

 メイド服を着た奇妙な女も主人の命を果たす為動く。

 

 

 

 

 ある者は機動六課に合流し力を貸すため、ある者は機動六課に敵対しレリックを奪うため。そしてある者は………

 

「きゃはははははははははは!!!荒瀬慎司ぃ!!ハーヴェイ様の邪魔をする不届者ぉ!殺してやる、殺してやるぅ……荒瀬慎司っ!それに連なる者全員っ!!コロスコロスコロスコロス!!」

 

 殺戮の衝動に身を任せ、殺意に満ちた狂気の目を宿し叫ぶ。自身の主人であるハーヴェイは望んでおらず、ただ自分の衝動で行動しているだけなのに気づかずに。

 レリックをめぐる運命の闘い。これまではいわばプロローグ、本当の闘いは、闘争はここから始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、クロノ。この間ぶりだな」

 

「……来ると思っていたよ、慎司」

 

「慎司……?」

 

 聖王教会にてクロノと会談中だったカリムは予想外の来訪者に驚く。今朝に会ったばかりだったがその時と違い額に汗を滲ませてあまり余裕を感じさせない切羽詰まった雰囲気だった。荒瀬慎司は真っ直ぐにこちらに近づき無遠慮にクロノの紅茶を一気飲みした。

 

「ぶはぁ……生き返る…」

 

「行儀が悪いぞ全く」

 

「小言なら後で聞く。2人ももうレリックの事は耳に入ってるな?」

 

 藪から棒にそう問う慎司に2人は頷く。慎司は少し余裕を取り戻して来たのか一度大きく息を吐いてから口を開いた。

 

「俺も動ける範囲で支援してる……けど多分、今回は六課にとっていつもよりも激しい出撃になると思う」

 

「なぜそう思う?」

 

 クロノの返しに慎司は澱みなく答える。

 

「レリックと一緒に発見された女の子とやら……写真でその子が入ってた生体ポッドを見た……ありゃクローン用の生体ポッドだ、プロジェクトF関連でも使われてるのと同じ種類だ」

 

「……生体ポッドを見ただけでそこまで分かるのか。随分詳しいんだな」

 

「詳しい奴に教えてもらって勉強したんだよ、とびっきりの専門家だ。って、そんな事はどうでもいいんだ、とにかくっ」

 

 話題を固定させて慎司は少々言葉の語気が荒々しくなりつつも

 

「レリックと一緒に保管されてた生体ポッドの中にいた女の子だ。レリックを追いかけていたジェイルが探してた可能性もある、そうなると……」

 

「今までのようにガジェットを放つだけじゃなく強力な敵を送り込んでくる可能性が高い……と言いたいわけか」

 

 察したクロノの言葉に頷く慎司。

 

「それで?そう考えている慎司はどうしようと思ってるの?」

 

 カリムがそう疑問をぶつけると慎司は困ったようなそんな顔をした。

 

「それなんだけどよ、クロノにも一応今の内に言っておかなきゃいけない事があってな」

 

 言いにくい事がある時にする仕草をする慎司にクロノはなんだか嫌な予感がした。

 

「……だからよ、呼んじゃったあの2人」

 

「あの2人?………えっ、まさかお前……」

 

 慎司の言葉に何かを察したクロノは提督となってから得た凛々しい態度が崩れる。

 

「まぁ、一応クロノには言っとくわ。最終手段としてもう待機してると思う」

 

 と、そう言う慎司にクロノは何年経っても突拍子もない事をして自分を困らせてくる困った親友に文句を言うように盛大にため息をつくのであった。

 

 

 







 今更ですが更新再開してから新しく感想を書いてくれた方、評価をしてくれた方、登録してくれた方、なにより閲覧してくださった方なら感謝を。
 特にエタッていたのに変わらず感想や閲覧をしてくれて涙が止まらねぇ。作者の燃料になって大変支えられてます。

 今後もよろしくお願いします


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救援と襲撃と







 

 

 

 

 

 クロノと問答してる内に現場は既に動き出していた。レリックを追ってガジェットが動き出したのだ、観測されたのは街の地下水道、街に向かって様々な方角からの海や空から。

 海や空からのガジェットは恐らくヘリのレリックを、地下水道は恐らく少女が移動中に落とした物だろう。地下水道の地上のマンホールで発見されたとの報告だったからそこを移動していたのは既に分かっている。

 

 地下水道にはティアナちゃん達FW4人と途中合流したギンガちゃん。海と空からの敵はなのはちゃんとフェイトちゃんペア、ヘリで一緒に出撃していたちみっこと教導から急遽応援に駆けつけたヴィータちゃんのペアの二手に分かれて迎撃に。現場にたどり着くまで少し時間が掛かりそうだが教会本部に出向いていたシグナムとシャッハも応援に向かっている。

 既に現場入りしている面々はそれぞれガジェットの第一陣を難なく撃墜し戦況は上々と言ったところか。

 

「マックス、ソフィ……既に戦闘が始まってる…本格化する前に避難を完了させて2人も巻き込まれないよう退避してくれ」

 

 2人に通信を繋げる。2人とも一応非戦闘員だ、役目を終えたら避難するのが最善。下手に居座れば前線メンバーの足手纏いにもなりかねないからな。

 

『かしこまりました、避難誘導は終えたのでこのまま私も退避します』

 

 ソフィは二つ返事でそう言いすぐに戦線に巻き込まれないよう離脱。おそらく避難誘導した民間人の元へ向かってケアをしに行ってるだろう。ソフィはそれくらいは言わなくてもしてくれる。

 

『兄貴……』

 

 すぐに従ったソフィとは対照的にマックスには躊躇いの表情が見えた。このまま退避など嫌かマックス?そういえばお前はファーストアラートの時もそんな風な顔をして俺の判断を聞いていたっけか。

 マックスが六課の仲間達を大切に思っている証拠だと思うとこんな時に感慨深い想いが込み上げる。

 

「マックス、2度は言わないぞ」

 

『………了解ッス』

 

 通信を切る。さて、あいつの事だから流石に俺に対して命令違反はしないだろうが……ふむ。とりあえず切り替えよう。

 

「必要な指示は飛ばしたし戦況が動くまで暇だから歯茎で宝石を磨いてブリッジしようぜクロノ」

 

「まだ定期的に意味わからん事を突然言い出す発作は健在みたいだな」

 

「お前の心にブジンソードビクトリーかますぞ」

 

「頻度を増やせとは言っていない」

 

 前世で見た仮面ライダーギーツは最高だったぞ!今世でも早く放送しないかな!

 

「全くもう……慎司、今はふざけてる場合じゃないでしょう?」

 

「そうカリカリすんなってカリムだけに」

 

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 怖えって、普段そんな事絶対言わんだろうに。

 

「………無理にふざけてるのは皆んなが心配だからかしら?」

 

 と、見透かしたように俺を見てそう言うカリム。いやはや、いやはや……降参と示すように両手を上げる。

 

「見抜いてるんだったら口に出すなって」

 

「その心配のせいで私にちょっかい出されても困るじゃない」

 

 それはそうだ、すんませんね。

 

「まぁ、慎司の言った通り起動六課にははやてが特別支援隊には慎司が既に必要な指示は出している。今は状況を見守ろう、慎司も少し落ち着け……不安なら頭に不足の事態が起きた時の対処でも考えておけ」

 

「ああ……」

 

 と、一呼吸置いてから椅子に座り直し現場を写したモニターを注視する。クロノはああ言ったが今どころか常に不足な事態を考えて対策してるなんて事は不粋になるから口には出さなかった。

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

 

 

「おや?」

 

 荒瀬慎司の命を受け戦線から離脱中のソフィアは真反対から前線に向かってゆっくり歩いている2人組の民間人を発見した。取り出そうとしていた普段使いとは違う端末を慌てて戻しながら声をかける。

 

「失礼、この先は現在管理局から避難勧告が出されています。申し訳ありませんが引き返してもらえないでしょうか?」

 

 近づきながらそう勧告するソフィの顔は相変わらず無表情だが内心少し怪訝な感情を抱いていた。その2人組の風体が少々特殊だった為だ、2人とも同じベージュのトレンチコートに身を包み同じベージュの帽子を被っていた。さらには同一人物と言っても差し支えないくらい背丈も同じ、顔を隠すようにマスクとサングラスを装着。これも2人とも同じ物。

 性別は男性のようにも見えるが分からない。しかし怪しさ満点である、一瞬ジェイル陣営が差金た敵かとも思ったがそうじゃないとソフィは雰囲気やらその他諸々の理由で判断できた。

 

「そうか、それなら大人しく引き返すとしよう」

 

 1人が男性っぽい声でそう言うと片割れは頷いてこちらに目もくれず2人とも来た道を引き返して行った。一応見えなくなるまで監視をして警戒したソフィだったが呆気なく2人は素直に引き返した。

 小首を傾げたくなるような気分になりつつもソフィは相変わらず無表情のまま今度こそ自身も戦線から退避していった。

 

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 

 

 しばらくクロノ達とモニター越しで皆んなの動向を見守る、先程改めてギンガちゃんから全体通信がありいくつか言葉を交わした。結論として保護した女の子はやはり人造魔導師の素材として作られた子供ではないかと推測されるとの事だった。

 事故現場に残されていた生体ポッドが人造魔導師計画に使われていた培養器に酷似していた事が1番の裏付けの理由であろう。

 

 「人造魔導師………」

 

 そう呟く。プロジェクトFの一環と言えばいいのか分からないがようは優秀な遺伝子を使って生み出した子供に後天的に投薬やら機械部品を埋め込んだりして強力な魔導師を造り上げる倫理もへったくれもない計画だ。その他予算や現在の技術力の問題もあってよほどイカれてないと手出ししないような計画なんだがなぁ。

 

「よっぽどイカれちまってたんだよな……きっと」

 

 誰に聞かれる事もなく再び小さく呟く。最愛の娘を失い悲劇を呼んだ魔女の姿が頭に浮かぶ。頭を振って今とは関係ない過去を振り払う。さて……そろそろ奴さんも何か仕掛けてきそうな頃だが……。

 

「うん?」

 

 しばらくこちらでも見れるように六課管制室と同期した管制モニターを見守っていたが不可解な事が起こった。既に空と海からの第一陣のガジェットをなのはちゃん達がほぼ撃墜してレーダーには少数しか反応が見られなかったのに急に瞬間移動をしてその場に現出したように増大なガジェット反応を感知したのだ。

 管制レーダーの誤認……?いや、管制室からの共有無線からは誤認ではなく確かな反応との声が聞こえた。現場のなのはちゃん達も目視で確認した模様。これは…………

 

「本物が一瞬でこんなに一気に現れるか?……いや、可能性としてゼロじゃないがしかし……」

 

 ぶつぶつと癖になってしまった独り言で思考するが纏まらない。自分が蓄えた知識の外に出るとてんでダメだ。仕方なく現場のモニターに視線を移して状況を見る………なるほど。

 突如出現した大量のガジェット部隊に冷静に対応するなのはちゃんとフェイトちゃんペア、ヴィータちゃんとちみっこペアを観察していると普通に撃墜しているガジェットもいれば攻撃がすり抜けて霧のようにモヤが一瞬掛かるだけでピンピンしたままのガジェットがいる。つまりは…………

 

「幻影と実機の混成編隊のようだな」

 

 俺が口に出す前にクロノがそう代弁してくれる。こんな大掛かりな事までするという事は……なのはちゃん達をこの場に留まらせる為……だろうな。という事は

 

「ヘリか地下の方に敵の主力が向かってるかもしれませんね」

 

 カリムの言葉にそうだなと頷く。なのはちゃん達というエース達を引き付けて主力で手薄の方を叩く、どちらかと言うと手薄なのはヘリの方か。ヴァイスとシャマルさん、そして保護した少女。がレリックも狙う敵が地下の方も放置するとは思えない。さて…………

 

「なのはちゃん達なら防衛ラインはまず破られないだろうけど……普通に空戦をしてたら時間がかかりすぎる」

 

 敵の幻影を操っている奴を探して叩くか……いや、こういう絡め手の魔法を使うならまず簡単に見つけられない所に潜んでるだろう。探すのに時間が掛かる。なのはちゃん達も敵の意図に気づいてるだろうしどう動くか……。

 と、俺も色々考えていると懐から通信端末が震えるのを感じる。2度のコールと共にそれはすぐに収まる。………2人からの合図だ、いつでも動けるという事だろう……いや、まだ早い。焦るな。

 信じるんだ、皆んなを。………見極めろ。敵の裏の裏を読み取れ。この程度俺の親友達なら難なく壊せる壁だ。

 

「分かってるよ………そう慌てるな4人娘ども……」

 

「慎司?何か言ったか?」

 

「んにゃ、独り言だ気にしないでくれよ」

 

 モニターから視線は離さずクロノにそう言ってすぐに思考の海に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 機動六課で厳しい訓練を受け、努力を怠らなかったFW4人は自身の確かな成長を感じながら襲いかかってくるガジェットを蹴散らしていく。一緒に合流し共に戦闘を行うギンガ・ナカジマも4人に負けず劣らずの活躍を見せて地下に残されたレリック反応の元へ向かっていた。

 地下をかなり進んだ所反応が近いポイントで各々レリックを探しいの一番に見つけたのはキャロだった。

 

「ありましたー!」

 

 キャロの声があたりに響きそれを聞いた面々は少しホッとしたように反応を見せる。その時だった。辺りを激しく踏み潰すような轟音が連続しそれが徐々にこちらに近づいていく。そして………

 

「え?きゃあ!」

 

 黒い魔力弾がレリックの入ったケースを持ったキャロに襲いかかる。直撃は避けたがその衝撃でキャロは吹っ飛ばされケースを手放してしまう。敵の襲撃に一番早く反応したのはエリオだった。

 

「はああああ!!」

 

 槍の形態に変化させたストラーダで魔力弾を放った敵に攻撃を仕掛けるが空振りに。いや、敵は正体を隠すように姿を透明にしていた。エリオが仕掛けた事で直撃はなかったもののその姿を晒させる事に成功、がしかし反撃もくらったようでキャロの元へ着地した時に頬から血が吹き出す。

 

「エリオ君!」

 

 キャロがエリオに駆け寄ろうとするがそれをよそにエリオは敵の方へ向いたまま守るように手を広げてキャロを止める。

 姿眩ましを解かれた敵の姿は人間ではなく人型の鎧のような姿をした者。使い魔であった。

 

「あっ!」

 

 敵に気取られてる間にキャロが手放したケースを紫髪の少女が手に取る。気づいたキャロが慌てて自身とはそう年が変わらない少女に近づくが。

 

「邪魔」

 

 容赦のない言葉と同時に手から自身の魔力の奔流を浴びせキャロは慌ててシールドを展開するが耐えきれずエリオを巻き込んで吹き飛ばされてしまう。

 

「うおおおおお!」

 

 2人に追撃をしようとした使い魔にスバルが横から攻撃、身のこなしでかわされるがさらに横からのギンガからの一撃で使い魔はシールド越しに攻撃を喰らう。

 

 ここで更なる攻防が始まるのだった。

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

 

「本気なんだな?はやてちゃん」

 

 モニターに映る騎士甲冑姿で現場の空で跳ぶはやてちゃんに俺はそう口を開いていた。そう、騎士甲冑姿である。いつもの六課の部隊長制服に身を包んだはやてちゃんではなく魔導師として戦場に赴いたはやてちゃんにそう言葉を紡いでいたのだ。

 

 何故このような状況になっているかと言うと単純に状況の打開のためである。自分達が足止めされている状況にフェイトちゃんは提案として自身の限定解除を行う事を話し出したのだ。

 限定解除をすれば制限された力を解放して高域殲滅魔法でガジェットを一網打尽にする事も出来るしその間になのはちゃんとヴィータとちみっこはここを離れられ救援に迎えるという方法だった。

 

 しかしこの限定解除にも全くこちらにもリスクが無いわけでは無い。お上からの制限を外すと言う事は今後それらに対してより厳しくなると言う事。機動六課にかかる査察も厳しくなりより動けなくなる可能性は大いにある。

 しかし、出し惜しみをして大事なものを失っては元も子もない。様々な事を天秤にかけて、そして何だか嫌な予感がすると言う直感もありフェイトちゃんが提案しているのはよくわかった。

 

 なのはちゃんもその案には少々躊躇いの様子を見せる。限定解除の後のリスクを考えてだろう。答えが出ない2人に割り込む形で通信繋げたのがはやてちゃんだった。

 はやてちゃんがフェイトちゃんの案と限定解除申請を部隊長権限で却下自身が出向き限定解除を行って空の掃除を行うと言うのだ。はやてちゃんの限定解除にはクロノとカリムに一度ずつだけ権限がある。その一つを使う事のリスクを考慮した上でのはやてちゃんの判断だったが念を押すような形で俺は「本気か?」と問うたのだ。

 

『フェイトちゃんと同じで嫌な予感するのは私も同じでな……クロノ君から私の限定解除許可をもらう事にしたんや。使える能力を出し惜しみにして後悔するんわ嫌やからな……そうやろ?慎司君』

 

「ああ………後悔するくらいだったらはやてちゃん自身の……自分の判断を信じてくれよ。無い胸張ってな」

 

『後でしばくぞワレ』

 

 怖えよ、マジでドスの効いた声出すなよ。

 

『オホン……ちゅうコトでなのはちゃんフェイトちゃんは地上に向かってヘリの護衛、ヴィータとリインはFW陣と合流……ケースの確保を手伝ってな』

 

『『『『了解!』』』』

 

 指示を受けた4人はすぐさま離脱、各々の目的地へ向かっていく。クロノから再度はやてちゃんに確認を取りつつ限定解除の許可を行った。一応場所が街中なのもあってフルでの限定解除は許可せず3ランク分……はやてちゃんで言ったらシングルSランク相当が解放される。

 限定解除の承認許諾の取り直しは難しいし時間が掛かる。だが完全開放でない分多少は取り直しも優しくなるかもしれない、気休め程度ではあるがクロノのこの判断は正しいと言えると思う。

 まあ取り直しがこんなに大変なのは地上部隊の上層部がかなり厳しいというのもあるのだが………地上部隊と次元航行隊……海と陸の軋轢も深刻だからな。本当に……厄介極まりない。どっちも。

 

 さて、限定解除でその片方の厄介極まりない奴等が動きそうだし……この件が終わった後俺も対策しないとな。とりあえず今は……機を伺おう。震える端末からのメッセージに俺は何も返さずまだ待機してくれと言う意を送るのだった。

 

 

 

 

 

……………………………。

 

 

 

 

 現場からの動きを常に見張る。はやてちゃんはすぐに広域殲滅魔法を行使してガジェットの数を着実に減らし殲滅していく。地下でレリックを見つけたFW陣とギンガちゃんの所には案の定敵の奇襲があるが何とか対応、レリックを奪われはしたが合流したヴィータちゃんとちみっこの助力もあり地上へ撃退。レリックは奪われたままだったためこのまま追跡を開始している。

 

「なんだありゃ?」

 

 敵は召喚士なのかなんかでかいゴキブリみたいなやつが地ならしを起こしヴィータちゃんたちを生き埋めにしようとしていた。いや、やる事エグい。しかも映像確認したらエリオやキャロとそう変わらない子供だった。後使い魔っぽいのが2人確認。赤髪の小さい奴と……何あれ?闇堕ちした仮面ライダーみたいな奴ちょっとカッコいいな。

 

「変な事考えてるわけではあるまいな」

 

 クロノからの小言は聞こえなかったフリをした。まあ、俺もクロノもカリムも焦ってないのはヴィータちゃん達ならこの程度すぐに脱出出来るであろうと分かっているからだ。………ほら出てきて今度は逆に奇襲を仕掛けケースを奪い返すだけでなく敵の制圧にも成功。

 FW陣とギンガちゃんも連携バッチリ。地下からの敵の主力はこれで対処完了。ヘリは……まだ動きがないな。なのはちゃんとフェイトちゃんはもう少しで到着と言ったところか。

 

 とりあえず一安心、ヘリの方にも敵の主力が向かってると思ったが………目的はレリックだけ?いや、あの生体ポッドの女の子が無関係とは思えない。しかしその女の子を乗せたヘリには何も動きが……待てよ?ヘリというデカい獲物を襲撃するならどんな方法がいい?近づけば敵に警戒され逃げられやすくなるし襲撃そのものが防衛担当の魔導士に邪魔されて成功率は下がるだろう。ならどうする?俺ならどうする?俺なら………

 

「っ!狙撃だっ!ヘリの周囲に徹底探知をっ」

 

 言い掛けた所で映像から轟音が響く。俺の言葉を聞く前にクロノとカリムも突然の事で言葉がでなくなる。

 ヘリから遥離れたビルの屋上から無情にも放たれる狙撃砲撃、威力と規模は見ただけで被弾を受ければひとたまりも無いものと分かるほどのもの。着弾の衝撃と轟音でさらに戦場は揺れる。爆煙によりヘリを安否を確認できない。

 

 視線をヴィータ達の映る方のモニターに移せば狙撃により気を削がれたヴィータ達は地面から現れた敵の奇襲を受けて捕らえた敵をレリックケースごと奪われ逃げられてしまっていた。そして通信から悔しさの声混じりでヴィータちゃんのヘリは無事かどうかと切迫した声が響く。

 

「………………」

 

 気づくのが遅かった。先手を取られた事に奥歯を噛み締める。胸元から震える端末を左手で握る。待機してる2人からの緊急メッセージ………しかし違う。今じゃない。狙撃に気づいた時と同時に俺は探知モニターを見ていた。二つの反応が超スピードでヘリに向かっているのが見えた。俺は知っている、親友達の力をよく知っている。俺の親友達は………管理局のエースと呼ばれたアイツらは。この程度の奇襲で、遅れをとったりなんかしない!

 

 煙が晴れそこに見えたのは、無傷なヘリを背にあの威力の砲撃を自身も無傷で防いだエースオブエース。なのはちゃんの姿。

 

『スターズ1からスターズ2とロングアーチへ、ギリギリセーフでヘリの防御に成功!』

 

 そして頼もしき親友の声に俺は笑みを溢す。なのはちゃんも限定解除を行使しエクセリオンモードでヘリを完璧に守って見せたのだ。そして間髪入れずに狙撃された事で割り出した敵の位置へフェイトちゃんの強襲。敵は2人、1人は狙撃砲を持った女ともう1人のあのメガネをかけた女は………そういえばなのはちゃん達を足止めしようとしたら幻想魔法の使い手はまだ姿を見せてない。恐らく奴だろう、そしてその幻想魔法を使う奴がここにいるという事は……ピンと来たぜ。

 

「………ここだ」

 

 左手の端末を通信状態にして口元に寄せる。俺ならどうするか?俺が敵ならどうするか?どうしてもヘリを堕としたくて、へりの中にいる女の子を回収したくて。念には念を重ねて作戦を立てるなら、油断を誘って襲うならばいつか。 

 前世で柔道の試合でも俺は奇しくも似たような事をしでかした。ブザーがなり、試合終了と思って力を抜いた相手を気付かず投げてしまった。それで相手は大怪我を負った。

 そんな結末を俺が………俺が親友達に遭わせるわけにはいかないだろうがっ!

 

 俺ならどうする?ヘリを守ったと思わせヘリを狙った者を追撃するため手薄になった時にまた別の方法でヘリを狙う。フェイトちゃんとなのはちゃんにさらにはやてちゃんも加わり連携して実行犯の2人を追い詰めようとヘリを離れた瞬間。メガネをかけた女が腕をかざし何かを唱える。同時に探知モニターに映し出される2箇所の反応。ヘリを挟み撃ちをするような位置でおよそ500メートル!2機なら

 

「今だ!ヘリの側面側から2機狙撃反応!500メートル先!撃たれる前に叩け!」

 

 なのはちゃん達の追撃の手が止まらないよう、2人にしか聞こえないこの端末で指示を飛ばす。俺が言い切ったと同時にガジェットの幻想部隊を構成した同じ魔法で現れる2機の見た事のないガジェット。普通のガジェットの一回りも二回りも大きいそのガジェットは見目からしてすぐに狙撃魔法を行うための機体と判断できた。既にチャージを終えようとしているが、あの2人に対してそれは遅い。

 

 一棟のビルから二つの影が超スピードでそれぞれ狙撃ガジェットに迫る。そして片方は魔力を帯びた腕で、片方は魔力を帯びた脚でヘリに狙撃を行おうとしたガジェットを粉砕した。2つの影は珍妙な格好をしていた、同じベージュのトレンチコートに身を包み、同じベージュの帽子を被り、同じマスクとサングラスで顔を隠していた。

 いや、目立たないように待機しろとは言ったがそれは逆に目立つのよ。完全な不審者じゃん。しかも2人同じ格好で。センスないな。

 と、六課の司令塔が混乱してはやてちゃんに報告する前にこちらから全体通信を繋げる。

 

『こちら荒瀬慎司、今現れた二人組はたまたま通りすがった俺の……仲間だ。危険を察知して協力をしてくれた、敵ではないので安心してくれ』

 

 そう一報を入れる。それを合図かのように2人組はヘリを守るように近くに待機する。このままだと素性が分からない2人に急にヘリを守られたってヘリの中にいるヴァイスやシャマルにもいらない心配をかけてしまう。

 

『変身解け、めっちゃセンスないそれ』

 

 脱力するようにそう言い放つと2人の体を魔力が包み姿を変える。やっぱり変身魔法でよかった、買って用意した奴なら本当に引いてた。

 

『しーーーんちゃーーーん!』

 

『やめてやれ、多分慎司嫌がるぞソレ』

 

 モニター越しに大きく手を振ってこちらにアピールしてくるリーゼロッテ、そしてやれやれと手を挙げるリーゼアリア。闇の書事件から………いや、生まれてからずっと俺の姉さんでいてくれてる大切な2人だった。

 

 気まずそうに隣に目をやると、自分の顔を両手で覆い盛大にため息をつくクロノと苦笑いをするカリムが映る。あ、ごめん、マジでごめん。クロノは特に本当ごめん。

 

 

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

 

「悪かったよクロノ、ごめんて」

「……いいんだ。お前の事だから必要な事だと判断したんだろう……だから、気にするな」

「いや、人選的に他にも候補はいたんだけどお前の反応面白そうだなって思って」

「殴るぞ」

 

 冗談だよ。まあ自身の師匠がこんな感じで出てくるのはクロノ的にも胃が痛くなる案件だ。そもそももう管理局員じゃないのに戦闘に介入、機動六課の現場に介入したという事は後見人のクロノにも地上本部から説明が求められるだろう。さらに恐らくこの後その件で顔を合わせなきゃならんだろうからクロノがロッテにもみくちゃにされる未来が見える見える。多分頭を抱える大多数の理由は一番最後のだろうけど。

 まぁ、1番最後以外は俺がなんとか出来るよう準備はしてあるから許して。本当に許して。ごめんて、ため息つくなって。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう………」

 

 一息つく。リーゼ姉妹が加勢してくれたおかげでヘリは無事に戦線を離脱し件の少女を聖王教会の管理する病院へ向かった。リーゼ達には最後まで護衛するよう指示をし同乗させてある。

 しかし、なのはちゃん達3人が追い詰めたと思った敵の魔道師2人は何者かの邪魔が入り取り逃してしまったようだった。

 だが悪い事ばかりじゃない、ヴィータ達とFW達が捕らえていた魔導師にも逃げられてしまったが奪われたレリックのケースは実はカラでFW達が機転を効かせて隠していたそう。さっきそう報告があった、レリックだけは守れた訳だ。

 

 帰ったらキスしてやろう……え?キモい?太郎さんはそんな言葉遣い教えたつもりはありませんよ。

 

 

 まぁ、お陰で現場は呑気な雰囲気で全員集まって調査隊に引き継ぎの準備を始めるべく行動を開始しようとしたところだ。マックス達を呼び戻すか、引き継ぎ作業を手伝わして…………ん?探知モニターに反応が。

 

『敵性反応です!速い!?気をつけて!!』

 

 六課のロングアーチの緊急通信と共に衝撃音が響いた。

 

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 衝撃と共に轟音が響き渡る。ロングアーチからの警告を理解した時には既にこちらまで接近しており反応が遅れた。どんな速度でこちらまで迫ったのか分からないが謎の敵性反応はこちらから少し離れた地面に勢いよく着地しその影響か大きなクレーターが出来るほどだった。

 

 現場の機動六課前線部隊は瞬時に各々の武器を構え警戒態勢をとる。クレーターの真ん中のいる人物は先程交戦した戦闘機人達とは服装の外装は似ていたが纏う雰囲気はどこか一線を画していた。

 見目からして女性、体と同じくらいの長さの血のような深い赤色の髪、目の前のクレーターを作った張本人とは思えない細く華奢な体。

 しかしその目はどこか暗く赤く狂気を感じさせる。

 

「貴方……誰なの?」

 

 その狂気に気圧され緊張気味のFW陣とは対照的に高町なのははあくまで冷静にそう口を開く。

 

「くふっ………くふふふふふふふ!」

 

 しかし帰ってきたら返事は恍惚に顔を染め狂った笑い声を上げるだけだった。この時点で高町なのは達はさらに警戒する。話の通じない相手はどんな危険があるか見当がつかないからだ。

 

「くふふふふっ!ああ………お前達が……」

 

 先程までの恍惚の顔と笑いを止め一瞬で機械のような冷たい声をだす襲撃者。

 

「お前達が……ハーヴェイ様の敵……荒瀬慎司に連なる者…………ああようやく……殺せますわ」

 

 冷たい殺気と共になのは達に襲い掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 日常会超描きたい。次の話の後は数話ほどふざけ回挟んでしまおう


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