間桐で女はアカンて! (ら・ま・ミュウ)
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原作前
蟲の中で


突然だが、転生した。

と言ってもトラックに轢かれたとか、低腰の自称神様に好きな世界を聞かれたとかチャチなもんじゃない。

もっとこう……複雑と言うか何と言うか、

始まりは日々の学生生活で溜まりに溜まった鬱憤を性欲と共に排出すべく性転換リョナ物(エロ本)を広げ、白濁液を下腹部にて精製している時だった。

 

「ふっふっふぅー!」

 

とてつもない快感が背筋から脳髄へと駆け上がり、頭が真っ白になって―――気付けば赤ん坊になっていたのだ。

それも女の子である。恐らく人生最後であったであろう排出行為は不発に終わり「(こんな導入なんてエロ漫画みたいだ。)」

産まれてから数ヶ月、ボンヤリとした頭でそう呟く。

 

 

コツコツ……コツコツ…

今は夜だろうか。

祖父だと思われる老人の腕に抱かれ気付けば暗い階段の上を歩いていた。

 

そしてヌチャヌチャと、全裸の女性が蟲に喰われていた。

………………Why?

今度こそ頭が真っ白になる。

 

「――目が覚めたか」

あの紫色の髪は―――知っている。()()()()()()()()。この数ヶ月、オシメを替え体を洗われ、その形のよい乳房から乳を貰って四六時中側にいたのだから見間違う筈がない。

少々粘着質だったと言っても言い…まるで離れる事を恐れているような、余程私を大切に思っているのか、それにしてはずっとビクビクしていて、私の前で一度も笑った事のないくせに異常な執着を見せていた…そんな彼女が2日前からパッタリと消息を断ち、てっきり祖父に任せ旅行にでも行ったのかと思えば……だ。

 

鋭い顋を突き立てる子犬ほどの昆虫が皮を啄まみ、全身の毛を毟った土竜のような幼虫が眼球を掘り出し、頑丈な頭蓋骨を酸のようなもので骨で溶かしシワだらけの脳ミソに群がる膿虫達。

 

「人間だった頃の儂と同じかそれ以上、クククっ最後に面白いモノを孕み落としたな」

 

その腰ほどまで伸びる艶やかな紫色の髪がなければ気付けなかったかもしれないほど無惨な姿。

ネットのグロ画像なんかでは表せない…リアル。

息をするだけで辛く乳房に吸い付き無我夢中で命を繋いで…やっと目が見えるようになったあくる日の夜。

 

私が何処に、そして私を抱き上げる老人が誰であるか……正直会った時点で薄々と…きっと他人のそら似だと現実逃避していた部分もあるが完全に理解した。

 

「母の最期が見れて満足であろう、ユヅキ」

 

どうやら私は間桐の長女として転生したらしい。

 

 

 

間桐で女はアカンて!

 

 

 

 

 

 


間桐ユヅキ

間桐属性:水/風 束縛・吸収

魔術回路 量:A 魔術回路 質:A

起源 不明

 

間桐臓硯が女として産まれていたらこんな感じであっただろうという才能の化け物。

正に容姿は若かりし臓硯をそのまま女性体にしたようであり、間桐の特徴ともいえる紫髪は宝石のように輝いている。

Fate/Zero時には桜の一つ下(五歳)。

臓硯が長い間保管してあった父の精液と優秀な魔術師の母体から誕生。



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犠牲者

「……こいつがぼくのいもうと」

 

絹のような乳児服に首から下をすっぽりと覆われ、気の抜けるような顔を晒したその赤ん坊。

今は寝ているのか、生ぬるい吐息が寒々とした室内の中で白い煙となって舞い上がり消えていく。

 

最近いつの間にか産まれていたらしい妹の部屋に通された少年――間桐慎二は思いの外、自分に似ていた事に小さく驚いていた。

 

この藤色の髪をした赤ん坊は間違いなく血の繋がった妹で、男親として間桐臓硯の父の遺伝子(精液)を使って造られた『腹違い』ならぬ『種違い』の兄妹と聞かされており、ならば血の繋がり自体は薄くとも表れるだろうと無意識のうちに思い込んでいたのだ。

 

これは、間桐ユズキが臓硯と非常に近い遺伝子構造を持ち、間桐慎二が祖父似だった事に関係しているのだが、皺くちゃ…処か蟲で体を取り繕う“今”の臓硯と似ているかなど、当時を知る人間以外に気づける訳がない。

 

「――むにゃぁ」

 

「……かわいい」

 

屋敷の金を使い狂ったように酒を呷る父、

当主の座を放棄し海外へと逃げた叔父、

死んだ目をした母と間桐臓硯(ばけもの)という子供が健やかに育つには難が在りすぎたこの屋敷。

誰にも頼る事が出来ず一人ぼっちだった少年はぽつりと呟いた。

 

そうか、こいつは……ぼくのいもうとだもんな。

まもってやらないと…な。

 

ふわさらの髪を撫で心底安らぎを得たようなそんな笑みを彼は浮かべる。

守りたいと思い、自分は一人じゃないと分かったからか。

凍えきった大地に一筋の光が差し込んだかのように、孤独に絶望しきっていた慎二はまだ何物にも変化していない藤色で無色な妹に希望を見いだした。

――僕はもう一人じゃないんだ。

 

 

 

 

(……慎二リリィだ)

 

そんな彼を未成熟な瞳を強化し視界に納める彼女。

 

前世の型月知識や己に秘められた魔術の才能を咀嚼するように織り交ぜ、産まれて初めて魔術式を組み上げると、何故か成功させてしまったユヅキちゃん(生後一ヶ月)である。

 

流石は全盛期の間桐の体という訳だろうか。

この慎二の代では廃れてしまったが、昔の臓硯は下手なサーヴァントよりも強かった…なんてネットの記事で読んだことがあったがあながち嘘ではないのかもしれない。

 

私の父は臓硯の父(名称不明)。母は慎二と同じ女性(名称不明)。

こんな本編描写の一切ない二人が両親だと臓硯の口から垂れ流された時には、顔を真っ青にして心が押し潰されそうな眠れない夜を過ごした物だが、多分魔術回路の本数が三桁に届いてる……気がする。

現状で開く事が出来るのは十本が限界だけど……なんとなく分かる。

 

この体、無駄にスペック高い。

それこそ遠坂凛やイリヤスフィールに比肩するぐらいだ。

 

ただ日に日に思考が冷めていくのは、何と言うか気持ちの良いものではないな。

前世の私はもっとおちゃらけた性格だったんだが、今ではこの様だ。臓硯が魔術的な処置を施している影響とは考えられないし、間桐の血が私に影響を及ぼしているのか。

数年後には自我が消失してユヅキという完全に別種の人間に意思が統一される可能性もあり得る……あ、なんか冷静に話している自分がマジで怖くなってきた。

だ、大丈夫だ……俺。魂は一緒。性転換物でよくある体に精神が引っ張られる的なヤツだから。俺は消えないし死なない!

 

……五次聖杯戦争で生き残る為に今は鍛える!

マスター権なんてお前にやるよワカメ!!つまりお前が変わりに犠牲になるんだよ!桜ちゃんを虐めるコイツに人権なんてねぇ!オーケー?オーケー!!!!

よし、勝ったな。寝よう!

 

 

 

 

 

 

そして月日が流れるのは早いもので…

 

「今日からお前の姉となる桜じゃ」

 

慎二が海外へ留学し、胎盤目的ではないのか処女膜こそ食い破られず、定期的に蟲風呂に浸かる事となった。

未だ魔術師らしい修練を臓硯が始める様子はない。

暇な時間は適当に書庫から魔術書を拝借して、読書に更けている。

 

第四次聖杯戦争の時期も近づき霊脈の調査やら大聖杯の確認と少しだけ忙しそうにしている臓硯から呼び出された。

 

「……間桐ユヅキです。宜しくお願いします」

「……桜です」

 

遠坂桜が間桐に養子に出されたのだ。

 

時系列的に桜は四歳。私の一個上。

恐らく魔術の魔の字も教えられないまま姉と引き離され、あのナルシスト髭男爵に「才能あるから別の家行けや」的な本人の意思を一切合切無視した言いつけでこの蟲の温床に送り込まれたに違いない。

 

……うん。魔術師という生き物は真の合理的主義者かつクソ野郎だね

 

しかし、臓硯のヤツ……アインツベルンの最高傑作がイリヤなら間桐の最高傑作は私であろうに、父の精液も私で使いきってしまった今、桜を使って何を産み出そうとしているのか。

間桐ユヅキとしては大変興味深いが……“俺”は桜ちゃんが蟲レイプされるのは嫌だね。初代PC勢としては是非とも士郎君と幸せになって欲しい。

 

まだレイプ目ではないロリ桜は私の斜め後ろにちょこんと腰掛け、まだ文字も読めないだろうに殺虫魔術について書かれている魔導書を背後から覗き見ている。

 

うむ、可愛いは正義だ。

 

この三年で益々間桐っぽく内面含め染まってきた感があるが……まぁいい。

 

ユヅキは袖の下から極小の蟲を解き放ち桜の髪に忍ばせる。

 

これは自身に危険が迫った時、蟲から蟲へ伝染する死病を振り撒く特殊な呪術を施した使い魔だ。人体には無害だが蟲の体のヤツが近づけば――まぁヤツからすれば単なる嫌がらせアイテムだな。体を取り繕う蟲共は全滅するかもしれんが初見殺しには変わらない。

実際に放り込まれた場合を想定して別の方法も考えるか。

 

「……ん?」

 

ユヅキは強化された聴覚から伝わる彼女の心音に違和感を覚える。

 

「どうかしたの?」

 

余裕に満ちた微笑を潜め、少し苦々しい顔を浮かべるユヅキはそっと彼女の左胸に手を当て―――心臓にしがみつく一匹の蟲を感じ取って「はぁぁぁ~」盛大なため息を吐く。

 

それは――人を捨てた臓硯の成れの果て。

これが桜の心臓に宿された具体的な時期はハッキリと明記されていなかったが、まだ桜が間桐家に来て半日だと言うのにもう仕込んでいたというのか……どれだけ仕事が早いんだよ。

 

現状では手の出しようがないと、彼女は項垂れた。



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このスペックで四次は舐めてるよ

おや……主人公の様子が?


現在私が使える魔術の数は少ない。前世の知識(型月ファン)と間桐最高峰の血統(才能)が奇跡のように噛み合わさり自分でも驚くほどの速さで成長しているという実感はあるが……水と風、二重属性を持つ者としては今一火力に欠けている。

 

今現在最も使い勝手のよい魔術が水に投影の特性を加えたランスロットの『己が栄光の為でなく』を模倣した変身能力であることから分かる通り、剣からビームだの空想具現化などの大魔術は――後々習得出来るかもしれないが、攻撃に特化した魔術の習得速度は乏しい物だった。

 

間桐臓硯は超一流の魔術師であったが、彼はあまりに蟲使いとして振り切ってしまっていた為、蟲や支配の魔術以外に関心を抱こうとしなかった。歴代の当主達もそれに習い、進んで他の系統に手を伸ばさなかった事から……そういった魔導書を収集しておらず、何も残されていなかったのは想像以上の痛手である。

 

(……!愚か者どもめ、一芸を極めるのもよいがそれ以外の全くを疎かにするようではただの道化であろう!)

 

やはり、危険性を覚悟した上で時計塔に留学するべきだったか。

なまじ時計塔の恐ろしさを理解しているせいで躊躇っていたが、原作知識と超一流の才能ごときで魔術の再現が出来るほど『型月』は単純ではない。

 

基礎を知り、分解し、理論を構築し、魔術を行使する――小説やアニメでぼかされていた空白が今の彼女には決定的に欠けていた。

 

間桐ユヅキは学舎を渇望している。

一を学び十を知る人間でも、一がなければ零のまま。四次やその十年後に起きる滅茶苦茶ヤバい五次を生き残るには、最低でも全盛期の間桐臓硯位には魔術師として完成しておきたい。

○○○○は平穏な生活を。

間桐ユズキは根源を。

生き残る目的は微妙に違うが本筋は同じだった。

 

 

 

―――あと、一時間ぐらいか。

蟲風呂に浸かるユヅキは瞳を開け、眼前に渦巻く蟲の群れを払い除ける。

 

このような場所で落ち着いた精神状態でいられる彼女は端からみれば――かなり狂っているのだろうが、仕方ないじゃないか。

魔導書に目を通すときは集中せねばならないし、夜は夜泣きの激しい桜を慰めるので忙しいのだ。

私、間桐ユズキの尽力によって蟲風呂に放り込まれていない彼女は年相応の感情を持ち、年下の私を心の支えにしてしまうほど()()()()()()()()という強いストレスで今はかなり危うい状況にある。

 

本当ならその道のプロに任せたいが、精神的なケアを勤められるのは屋敷の中では私しかいないし、だからと言って臓硯に委ね、桜の心をぶっ壊すような畜生に堕ちる気は一切ない。

 

現状生き残るという目的には足枷にしかなっていないが……縛りプレイ、ゲーマーの血が騒ぐだろう?

 

桜のグッドEND

プレイヤーの生存

 

同時進行で進め“桜の側に居る”や、“慰める”コマンドを打つと『魔術師』の成長スピードが落ちて行く。時計塔留学(ボーナスステージ)も禁止になる。

死にゲーしかもノーコンが条件でそんな事をするなんて狂っている?

それでクリアするのが真のゲーマーさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――まぁノベルゲームしかやったことないがね!




現在の間桐ユヅキ
近接戦闘に持ち込まれると詰む。
蟲使いでもあるが臓硯のように極める気はない。其処らの蟲を即席の眷属として索敵や諜報をさせる程度。
変身能力がある。(直感スキル持ちには一瞬で見破られる可能性アリ)
ウェイバーが使えるような初歩的な魔術なら一通り使えるが一歩踏み出すと使えたり使えなかったりとムラが大きい。
魔力は五次の遠坂凜以上。

次回から『四次聖杯戦争』


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第四次聖杯戦争
英霊召喚


万全を期してもまだ足りぬ。それが聖杯戦争である。

現存する最高位の魔術師が、時計塔の栄えあるロードが、魔境と化した工房を築こうと準備に準備を重ねたとて、一度(ひとたび)その戦場に足を踏み入れれば命の保証は出来かねる。

命が惜しくば逃げるがいい。

――だが心しておくんだ。聖杯に参加者と認められ令呪を授かった時点で君はこの聖杯戦争、戦いの場に足を踏み入れてしまっているという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ聖杯戦争も間近となり、肩を怒らせた間桐雁夜が間桐家へと帰って来た。

目的は語るに及ばない。桜の間桐家からの解放だ。

本来の歴史ならば、雁夜は臓硯に自分が聖杯戦争で聖杯を獲得することを条件に桜解放の約束を取りつけ、そこから己の寿命を使い潰す勢いで魔術師として鍛え始めるの……だが、

 

「残念だが、雁夜。此度のマスターは我が妹に任せておる」

「――妹だって?お前、自分が何百年生きてると思ってんだ」

 

この四次には魔術師の天敵のようなマスターと最古最強のサーヴァントに征服王など、豆腐メンタルのアホ毛と馬鹿な人…を除き化け物揃い。

聖杯製造に関わった御三家は参加権を優遇される為、間桐()()()()である私に令呪が宿るのはある意味必然であった。

 

「会うのは初めてであろう。揺月(ユヅキ)、挨拶せい」

 

光を閉ざす薄暗い廊下から小さな足音が断続的に響き、視線を移せば彼らの腰ほどのシルエットが浮かび上がる。

魔導書を片手に少女を侍らせ薄ら寒い笑みを浮かべるのは彼女の機嫌の悪さからか。

 

「――あぁ、面倒だ」

「なっ!桜ちゃん!?」

 

雁夜は口を大きく開き間抜けな声を漏らした。

てっきり臓硯の手で酷い目にあっている――と思い込んでいた遠坂桜…今は間桐桜だが、彼女は想像に反してとても楽しそうに花色の笑みを浮かべ、さらに魔導書を片手に持つ幼女のもう一方の手をとってステップを踏んでいる。

此方をみた途端、慌てたように幼女の背中に隠れてしまったが髪の色は――黒であり、一目見た感じでは怪我があるようにも隠しているようにも見えない。

 

「雁夜叔父さん……いや、孫なのか?

――間桐揺月。揺れる月と書いてユヅキだ」

 

声がする方に目を向ければ、桜ちゃんよりも一回り小さく少し前まで赤ん坊だったであろう幼女が此方を見上げていた。

顔立ちは整い髪は鮮やかな紫であり、キラキラと宝石のように輝いている。

 

(この子が、あのジジイの妹なのか?)

 

「魔術的に保管された精液を私の母の卵子に受精させたんだ。混乱するのも無理はないだろう」

 

まるで雁夜の思考を読んだかのようにユヅキが補足し臓硯が頷く。2020年では人工受精の概念は魔術よりも科学の方が先んじているのだが、この時代ではまだ早かったようだ。

 

雁夜はこめかみを押さえ、鼻歌を歌い出す桜とジジイに呼ばれたから来ただけで自分には興味がないのか手元の本に視線を落とすユヅキを交互に見つめ声を震わして言葉を紡ぐ。

 

「……これは、どういう事だ」

 

どうもこうも私がマスターなんだ。

悪いね間桐雁夜。君は聖杯戦争の部外者になったんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ヘタレめ」

 

あの後、間桐雁夜は聖杯戦争が終結するまで冬木に留まる事をその場の全員に打ち明け、ご丁寧に私にだけ自分が泊まるホテルの住所を教えてきた。何かあったら頼ってくれとの事。

全く…復讐に囚われるのも変な正義感に駆られるのも勝手だが、それならこの屋敷に留まるぐらいの漢気を見せてほしいというものだ。

 

だから好きな人に想いを伝えられないばかりか凡才ナルシスト男爵なんかに取られるんだよ。

 

観測次元の魂はそんな彼を見て不憫に思っていたようだが、私はあんな未来の見えない若造を進んで救うほど破滅願望に溢れてはいない。

この街に留まればマスターでなくとも聖杯の泥や他のマスター(切嗣とか切嗣とか)に殺される可能性だって十分ありえるのに……馬鹿な人。

 

「――されど汝はその瞳を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」

 

しかし雁夜がマスターになる可能性も考えて臓硯がバーサーカー適性のある彼の触媒を用意していたのは僥倖かな?

 

「……!揺月、貴様ァ!?」

 

まだセイバークラスが召喚されたという報告は聞いていない。臓硯は私が“彼”をセイバーとして召喚するものと思い込んでいたのだろう。

教えた覚えのない一節を加えると珍しく動揺したような声を漏らし詠唱を中断させようと動くが――気付いているだろう?

 

私が天才だと……。

 

『久しいな、我が仇敵よ』

 

「――何故…」

 

事前に仕込んであった術式を起動しユスティーツァの幻影を投影する。所詮作り物だが、声や原作から予想できるおおよその口調や態度、髪の毛一本一本に至るまでかなり精巧に編まれた偽物の前には如何に臓硯といえど一瞬たじろぐ。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

その間に詠唱は終わる。

 

「Arrrrrrrr!!!!!!」

 

掲げられた令呪が血のように輝いたと思えば、とてつもなく大きな魔力が渦巻き説明不要の突風が魔法陣の中心から発生する。

 

バーサーカーのサーヴァント。真名『ランスロット』

彼の召喚を私は成功させた。




狂スロを選んだ理由は後々分かります。


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最終準備

遠坂家の監視をさせていた眷属からアサシンがアーチャーに討たれたという映像を入手した。

十中八九、あのヤらせだろう。

映像を見分して画像解析までしてみたが、アサシンはハサンだし、『百貌のハサン』の一体に違いなかった。

逆光で顔を収める事は出来なかったが、無数の剣や槍を投擲するあの攻撃方法は『ギルガメッシュ』で間違いない。

私という異物が存在している時点で彼の観測した並行世界とは別物であることから何らかの相違点――バタフライエフェクトの影響を考えていたが、大まかな流れは今の所問題なさそうだ。

 

ただでさえ制御の利きにくいバーサーカーを使役している現状でノーリスクで手に入れたこれらの情報が活かせるのは非常に喜ばしい。

……んっ

言葉に違和感があるだと?

 

 

今さらかもしれんが、私の中にある観測次元の溢れ玉……佐嶋(さとう)加穂留(かおる)の意思が表に出ることはもう二度とない。彼の知識で云うなら……乗っ取り返し、落ちた種子は器にあわず腐り始めたその末路。

むしろよく五年も持ったものだろう。只でさえ低次元に落ちた魂は酷く摩耗し不完全な状態にあった。

彼の記憶や知識は我が魂の下へと吸収され私という自我の形成を大幅に早めてくれたが……なに、そこまでしてくれた恩人を無下にはしないさ。いずれ何らかの形で恩は返そう。

 

『Arrrr……』

「――どうした。バーサーカー、アサシンの気配でも感じ取ったか?」

 

前触れもなくバーサーカーが獣のように唸り、それを見下ろすユヅキは首を傾げる。『臓硯には及ばない(自慢じゃない)』が私の支配系統魔術は時計塔でも通用するほどかなり高位だ。その類の書物が間桐家に多く残されていたのが原因だが、令呪で縛らなくとも私ならある程度は御しきれると踏んでいた。

流石にバーサーカー(ランスロッド)セイバー(アーサー王)を見てしまうとそれも難しくなるだろうから別の対応策も用意している。とは言え、四六時中間桐家にはりつくアサシン程度に支配を乱されるほど生易しい術式は仕込んでいないが、はて?

 

パッと見、術式に異常はなく、とても逆らえる状態には見えない。

魔力が急激に抽出されるような感覚もないし……いや、それでもいきなり声を上げるなんて事、何処かしらに狂いがある筈だ。

後で工房で詳しく調べ直さねば……と、ユヅキは頭の片隅に思考をやりながらバーサーカーを召喚したのは間違いだったのか。

一瞬、くだらない考えをして切り捨てる。

 

対ギルガメッシュ用にバーサーカーの宝具は必須だ。

散々頭の中で最善を模索した結果だろうと己を叱咤する。

欲を言うならエルキドゥやソロモンを召喚したかったが、彼らを召喚できるだけの触媒を用意することは不可能だった。アキレウスやヘラクレス等の大英雄を召喚する為の触媒は用意することも出来たが、ギルガメッシュ相手だとどうしても不安が残る。何より下手に理性を残すサーヴァントを召喚して離反でもされたらたまった物ではない。故に多少のリスクを冒してでも狂スロを召喚する方が適切だと私は判断した。

 

時計の針は午前の終わりを告げ、鐘が鳴る。

今宵、流れが同じなら聖杯戦争の幕があける。

 

「私は勝つ……勝って根源に到達するついでに君を元の次元へ戻して上げよう」

 

妖しく微笑む間桐揺月は、窓の外に広がる快晴の空を見上げそう囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『沖田さん大勝利~!』

 

「グガッ!??」

 

そんな彼女とバーサーカーの前に映し出されるのは桜セイバーこと沖田総司。観測世界の魂から記憶を取り出し言うに及ばず揺月が投影した幻影である。

 

「――チッ、やはりアルトリア顔を見せると支配が揺らぐな!」

 

これは決してふざけてやっている訳ではない。

彼女の支配に逆らってその幻影へと飛び付かんとするバーサーカーの制御に集中している揺月を見て分かる通り、セイバー(アルトリア)を目にしたバーサーカーが暴れだした場合を想定したシミュレーションである。

 

「私に従え!」

 

揺月の魔術回路が熱を帯びたように激しく回転し、伏せをした犬のようにバーサーカーが踞る。

その視線こそ沖田さんから離れてはいないが、主の言葉には逆らう意思はないという訳か、魔力を吸い上げようとする不快感は感じない。

 

『ノッブ、死すべし!』

 

「……Arrrr」

「桜セイバーはokのようだな」

 

揺月は額の汗を拭い懐から一枚のチェックシートを取り出した。

そして青セイバー、黒セイバー、セイバーリリィ、赤セイバー、ルーラー、桜セイバー、ヒロインX、ヒロインX(オルタ)、槍王、グレイ―――等々、アルトリア顔に該当するメンバーの一つ、桜セイバーの欄にチェックマークを付ける。

 

正直かなり面倒な事をやっているという自覚はある。間桐の支配術だけではやはり限界があるため、令呪を温存できるように昨晩から試行錯誤を続けていて、今宵の戦いまで半日以上の時間はまだ残っているのだが、ヒロインXあたりからどうしても支配が揺らいでしまうのが現状であった。

 

いっそのこと、教会の監督役を殺害し大量の令呪を奪って令呪による束縛で雁字搦めにしてしまおうと言う案もあるが、原作知識の無力化やバレてしまえば他のマスター達を一気に敵に回してしまう等の危険性もあり、行うにしても終盤あたりが理想と見ている。

 

「地道にやるしかないか……」

 

肩を落として投影の準備を始める揺月。

そんな彼女を無表情に観察する黄金の後ろ姿があった。

 

 

「よもや、そこまで大成しておったか」

 

彼の王は宝物庫から取り出した――おおよそ現代の魔術師には探知出来ない『真実の鏡』の原典とも云われる姿見にて間桐揺月の行動を映し出す黄金の鎧を纏う男。

四次聖杯戦争―アーチャーのクラスで召喚されたギルガメッシュ王だ。

 

(オレ)の時代に生まれていれば間違いなく囲い込んでいたものを」

 

彼は感嘆のため息と共に姿見を撫で頬をつり上げる。

 

 

この時点で揺月の有する原作知識に綻びが生まれ始めているが、それが後の聖杯戦争にどう影響するのか……。

聖杯戦争の開始まで後――数時間。




主人公のイメージは吉良吉影。他人を信じず魔術師としては当然の根源(平穏)を求める、しかし魔術師としては異端な『情け』という甘さを抱かずにはいられないキャラ。
しかし、情けは罪(人間的弱さ)だとしっかり認識しており、それを直す事が出来ない自分を歯痒く思っている。

間桐桜を助けてしまう自分が嫌い。ぼろ切れみたいな魂に恩を返そうとする自分が嫌い。


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絶望という答え

大型クレーンの真上から倉庫街の戦闘を見下ろす間桐揺月は、背後に漂う揺らぎないバーサーカーの気配に何とか調整が間に合ったようだと小さく笑みを浮かべていた。

 

現在倉庫街には二騎のサーヴァント

セイバー、真名をアルトリア・ペンドラゴン

ランサー、真名をディルムッド・オディナ

強化した視界の中でも手先の見えない両者が繰り広げる熾烈な戦いに――いつ介入するのか、アサシンに警戒しながらも観測次元の魂の記憶から手に入れた並行世界のタイミングと出来るだけ合わせるべく神経を尖らせ意識を集中していた。

 

『ランサー、宝具の開帳を許す』

 

セイバーとランサーが接触しランサーの宝具により利き腕に癒えぬ傷を負ったセイバー。

これでは令呪の後押しでもない限り正確無比なあのエクスカリバーは放てまい。Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤという名の並行世界で、衛宮士郎という人間はその剣は片手だけで振るえる物でないと断言していた。

真名解放こそ可能であろうが、照準のぶれる銃口など(魔力)の無駄遣いに過ぎない。

セイバーのマスター衛宮切嗣(原作と同時期に入国を確認したので間違いない)はイリヤスフィール等のような馬鹿げた魔力生産量を持つ訳でもないし、数撃ちなんて暴挙には出れない筈だ。

 

「双方、武器を収めよ! 王の御前であるぞ!」

 

 我が名は征服王イスカンダル。此度はライダーのクラスにて現界した!

 

そうこう考えているうちにイスカンダルが舞台に登場し、そこにギルガメッシュが現れればいよいよ――私の初御披露目となる。

 

「なぁ、バーサーカー。この姿では舐められると思うか?」

『……』

 

答えなど端から期待していないのか、年相応のイカっ腹に手を置き憐れみを向けられるのは好まないと眉間にシワをよせる。もっとこう、十年後には相応しい体つきになっているだろうが、今のままでは締まりがない。並行世界の記憶が頼りにならなくなる頃には同盟だって結ばざるをえない状況に陥る可能性もあるのに、一々見た目でとやかく言われるのはあまりに不都合だ。

 

「――あぁ、そうだ。良いことを思い付いた」

 

魔力を回路に巡らせ彼女は指を軽く弾いて、自身の肉体を芯に魔術的な処置を施す。

90cmほどだった私の身長は160cmほどまで伸び、幻影であるから直接の視線は変わらないものの鏡でみた胸の膨らみは――英霊だとセミラミスぐらい。

藍色の着物を纏う妙齢の女性へと姿を変えた。

 

しかし、これは付け焼き刃に過ぎず、()()()()()()()()()()には見破られるだろう。

 

「工房に戻ったら人形師の真似事でもしてみようか。」

 

子供が浮かべる無邪気な笑みとはほど遠い艶かしい声で頬をつり上げる彼女は、

万人を魅了するような色気を放ち舞台を目指して足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

〔切嗣side〕

 

おかしい……。

 

倉庫街を覗く衛宮切嗣はセイバー、ランサー、ライダー、そして黄金のアーチャーが出揃った今、未だ姿を見せない間桐のサーヴァントに嫌な焦りを覚えていた。

 

聖杯作成に関わった御三家は参加権を優遇される。

遠坂は現代当主の遠坂時臣が、アインツベルンは僕が代表として令呪を授かった。

けれど、最後の御三家の一つ『間桐』

あの家系から誰がマスターとして排出されたのか、又は僕みたいに外部から代理を雇ったのか、全くといっていいほど情報が掴めなかった。

間桐鶴野は数年前に病死していたし、間桐雁夜は魔術回路すら開いていない正真正銘の一般人だ。

だからと言って参加権を放棄したとは考えられない。教会には確かに間桐の参加は告げられていた。

 

「今回で姿を現してくれると思ってたんだがな」

 

残されたサーヴァントはキャスターとバーサーカーの2つだが、わざわざ制御の利かないバーサーカーを選ぶとは思えない。間桐ほど聖杯戦争に精通している家系ならばキャスターを選んでくるのはほぼ間違いないだろう。

奇策や搦め手に長けたキャスターの対策だけでも骨が折れるというのに……正体の掴めないマスター。戦術戦略何もかもが闇に閉ざされている。全く、やりにくい相手だ。

 

 

『やぁ、聖杯戦争の参加者諸君、ご機嫌よう』

 

 

そんな切嗣の愚痴に答えるよう。間桐の貴婦人は冷笑を浮かべ、聖杯戦争の表舞台に舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦争には似つかわしくないあまりに美しい妙齢の女性の前に、英霊やマスター達は言葉を忘れ静まりかえる。

 

「――綺麗な人」

 

最初に口を開いたのはアイリスフィールだった。

 

「ユスティーツァの面影を残すホムンクルスにそう言われるのは光栄だね」

「貴方は……え、えっと、」

 

まさか答えが返ってくるとは思っていなかったアイリは一瞬たじろぐが、この場に現れ、そしてユスティーツァの名を口にしたことで、聖杯戦争に関わりがあるものに違いないと警戒心を上げる。

 

「キャスターかバーサーカーのマスターってことでいいのかしら?」

「あぁ、そうだとも」

 

その言葉にセイバーが私を背にして、敵であったランサーすらも呑み込まれるような美しさに唾をのんで槍を構える。

唯一先ほどから変わりないのは黄金のアーチャーぐらいで、ライダーは石になったように固まり、そのマスターは顔を赤らめて、ハッと下腹部を慌てて押さえる。

 

――ただ現れただけで空気を変えた。

 

アイリは額に汗を浮かべ切嗣に指示を仰ごうかと考えるが、その女性は口を弧にしてセイバーを見つめる。

 

ゾクリっ

 

直接目を合わせた訳でもないのに足をすくませる絶大な恐怖が全身を駆け巡る。

箱入り娘だったアイリにはソレが何であるか分からなかった。

しかし、アルトリアはそれが人が戦場でみせる本気の殺気であると気付いていた。

いや、気付いてしまった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()がそんな感情を放つなんて信じられなかった。咄嗟に前に出たが、“幼子”、アルトリアの中で揺月の立ち位置は見た目そのままだった。

 

――だからこそ、アルトリアは致命的なまでに隙を作った。

 

「やれ、バーサーカー」

 

「なっ!?」

 

「Arrrrthurrrrrr!!!!」

 

一体何時からか潜んでいたのだろう。

地面の狭い配水管を突き破った黒い騎士が電動ノコギリをセイバーの腕に突き出し手首から先を切断する。エクスカリバーは風の加護を失って地面に突き刺さり、

 

アルトリアはその光景がとてもゆっくりにみえた。

そして理解する。霊核や心臓でも破壊されない限り、英霊は回復出来る。

しかし、敵を前にしてこれ程の隙は見逃す訳がない。

思えば、私以外の彼女に対する反応の違いで気づくべきだった。彼女は初めから私を―――

…………天晴れだ。

彼女はマスターに申し訳ないと思いつつ敵を称賛した。

 

「エクスカリバーを強奪しろ」

「―――え?」

 

スローだった時間の流れが元に戻り、斬りつけられる訳でもなく無様に尻餅をついたアルトリアはそんな気の抜けた声を漏らす。

 

黒い騎士はそんな彼女を一度だけ見つめ、地面に刺さるエクスカリバーの柄を両手で握った。

 

「……Arrrr」

 

漆黒の稲妻がエクスカリバーを駆け抜け、どす黒い何かがエクスカリバーを侵食していく。

 

「なに、を……」

 

バーサーカーの力がこもり、地面からエクスカリバーが持ち上がる。

それは、祖国の救済を願う彼女を全否定するような――まるで、お前は王の器ではないと宣言されるようで、未知の恐怖が彼女の肺から空気を絞り出す。

 

「止めてくれ、止めろォォォオ!!!!」

 

「Gaaaaaaaaa!!」

 

その願い虚しく地面から引き抜かれたエクスカリバーは新たな主を喝采するよう膨大な魔力をもって一陣の突風を巻き起こす。

 

アルトリアが呆然とし一同が目を細める中、バーサーカーに抱えられた揺月は倉庫の上に飛び上がり、

 

「……申し遅れた。バーサーカーのマスター間桐揺月、揺れる月と書いて揺月だ。以後お見知りおきを」

 

風で宝石のような長髪を揺らし、月の光に当てられ神秘的な雰囲気すら纏う彼女は、消え去った。



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セイバーと剣

〔アイリスフィールside〕

 

「これでどうかしら?」

「……問題ない、感謝するアイリスフィール」

 

アインツベルン城、アイリ専用に調整された工房の中。

切断された両手首から先の治癒を終え、その感触を確かめるべく握ったり開いたりを繰り返すセイバーの少女。

その姿は何ら異常ないようにみえる。しかし、彼女は確かに聖剣を失っている。そしてそれだけの誇りをも。

 

――あの倉庫街で間桐のマスターの策略に敗れ、もはや他のマスター達に狩られる運命を待つばかりだった私達を救ったのは、迷いなく令呪という切り札をきった切嗣の機転だった。

 

『今回の件でセイバーの真名は全ての陣営に明らかとなるだろう。宝具を失い、僕が令呪を使ったせいで勘の良い奴なら君がマスターではない事に気づくかもしれない。状況は最悪を越して絶望的だ』

 

現在、彼はこの城を離れ間桐のマスターを追っている。

バーサーカーが消滅してセイバーの元にエクスカリバーが戻るかは五分五分らしい……が、何もしないよりはマシだろう。

 

「――ねぇ、セイバー

貴方から見て、間桐のマスターはどう見えたの?」

 

今の私に出来る彼の役に立つ事。

それは頑なにセイバーと口を聞こうとしない彼の代わりに立って間桐の情報を少しでも得ようという……本来の聖杯戦争のマスターとサーヴァントの関係では、まず考えられないぐらいに意味不明かつ非効率な物だった。

 

 

 

 

 

〔セイバーside〕

 

「―――ねぇ、セイバー

貴方から見て、間桐のマスターはどう見えたの?」

 

アイリスフィールのその言葉に、今は無い剣を思い浮かべ素振りするアルトリアの手が止まる。

 

私から見たあのマスターがどう見えたか。

 

「……私は彼女を侮っていたのでしょう」

 

妖精のように空から舞い降り、天真爛漫な笑みを浮かべ、英霊達をぐるりと見渡す。まるでおとぎ話の幻想郷に迷い混んでしまった幼子のような彼女を見て私の心はひどく和んだ。

警戒はしていたし、彼女の口からマスターであると言われても、それはむしろこのいたいけな少女が他のマスターの毒牙に掛かってしまうのではないかと心配する気持ちが勝ってしまった。

 

正直な話。聖剣を奪われた今でも彼女があのバーサーカーのマスターであることが信じられない。

 

「アイリスフィール、彼女は純粋だ。純粋ゆえに何をしでかすか分かったものではない相手だが、気を許してしまう」

 

「つまり、セイバーは間桐の幻術はむしろ私達が掛けられた物だと言いたいの?」

 

それは近いようで正解ではないと首を横に振るう。

 

「高い対魔力スキルを持った私だけに幻術をみせる相手。切嗣は間桐とキャスターが同盟関係にある可能性も視野に入れているが、それは間違いだ。

 

あの少女――いやあの幼女は、誰の力も借りず聖剣を奪い取った」

 

こんな話は誰も信じられないかもしれない。

だが――違う。

間桐のマスターは私にだけ容姿を幼く見せる幻術を掛けたのではない。

私を含めた全ての者に対して己を成熟して見せる幻術を掛けたのだ。

彼女の幻術が効かない相手をあの場で堂々と探り、私の視線が他の者達より低い事に気付いて…初めて私を倒すべき敵として認識したのかもしれない。

 

「あの者には命を捨てる覚悟と生き残る知恵と才能がある。魔術師としての腕はマーリンに遠く及ばないかもしれない。だが、彼女以上に私を追い詰めた魔術師はいない」

 

次、相対した時。どちらかが必ず命を落とすだろう。

そう神妙な顔で締め括るアルトリアにアイリスフィールは冷や汗を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エクスカリバーを奪ったものの、間桐揺月はこの結果を失敗と捉えていた。いや、そう認識せねばならぬほど状況は切迫していると言うべきか……

 

「儂の蟲達が!?」

 

屋敷に帰ると巨大な火柱が立ち、呆然と膝をつく臓硯と桜の姿があった。

 

この光景には見覚えがある。

ライダー…イスカンダルの仕業だ。

FGOという世界の『こらぼ、いべんと』なる物で彼の大王は間桐邸を自慢の戦車(チャリオット)で破壊し尽くし、それは偶然にも間桐雁夜の手助けとなっていた。

……正直私の中でアレは並行世界に位置付けられる物ではない。

そもそもが特異点という歴史のシミから生まれた物だということもあるが……仮にも聖杯作成に関わった御三家の一人の意見として言わせて貰えば――あんな世界、どう転がろうと存在し得ない。

それ故、観測世界から得られた知識としてその価値は低く、間桐邸をライダーが襲撃する等と……考えもしなかった。

 

「さてさて、どうした物かな?」

 

冷静に考えてみるがこれはとても不味いんじゃないか。

民宿やホテルにでも泊まろうものなら衛宮切嗣にとって格好の的だろう。

野宿なら衛宮切嗣にとって……所ではない。そんなヤツ、私なら真っ先に殺している。

 

「……仕方ない、プランBでいこう」

 

揺月は万が一、早期にギルガメッシュと敵対してしまった場合、間桐邸を離れ身を潜める次なる拠点として期待していた場所の名を上げる。

 

「…地下水道」

 

緊急事態として妥協するしかない。

ウェイバー・ベルベット(三流魔術師)に見付かるような工房と言われれば不安が残るが、衛宮切嗣(魔術師殺し)でさえ見付ける事が出来ない場所としてあれ以上に理想的な所はない。

幸いにも令呪で撤退したセイバー陣営のお陰で、未だあの狂人は聖女の復活を願望器に掲げ海魔の増殖にでも勤しんでいるのだろう。

 

「……揺月ちゃん?」

「桜か、よく分かったな」

「どこ行くの」

「お化け屋敷。ついて来るか?」

 

「うん。だってお爺様、私を道具としてしか見ていないもの」

 

軽く脅してみると、驚くほど冷めた瞳で彼女は言った。

 

私は観測世界の住人の記憶を奪い取ることで自動的に精神的な成長を迎えたが、桜はその不幸な生い立ちから同世代とはかけ離れた精神性を手に入れたらしい。

 

壊れる心配をして慰めていたのは杞憂という訳か。

 

「――フフッならばこの手を取るがいい。間桐は君を歓迎しよう」

 

大人の姿をした揺月は手を差しのべ、それを取った桜の髪色が黒から紫へと変化する。

揺月が桜の髪に触れ、髪染めの魔術を施したのだ。

 

「遠坂の名残など、今の君にとってはもう必要ないだろう?

「……?」

――我が最初で最後の弟子にして()()()

「……!」

 

思わぬ言葉に目を見開く間桐桜。

それに構わず揺月は彼女を抱き寄せ耳元で囁く。

 

「嬉しいか?嬉しいんだろうなぁ、何たって私がお前の師匠になるわけだ。それはつまり根源到達者の弟子という事に―――」

 

ホロリと大粒の涙が溢れた。

 

「……は?」

 

「……お義母さん」

 

「ど、どうしたんだ桜?確かに私は君を養子に入れるつもりだが」

 

(何が起きた?桜の雰囲気が変わった?)

 

氷のように冷たい瞳はまるで溶けてしまったかのようにポロポロと涙を流す桜の姿に揺月は戸惑いの声を漏らす。

 

「うぅぅぇぇええ!!!お゛義゛母゛さ゛ん゛!!!!」

 

(号泣!?一体どういう事なんだこれは!?)

 

混乱した彼女は変装魔術を解き必死に桜を宥める。

そんな自分よりも一回り小さい揺月に桜はしがみつき、お義母さん、お義母さんと泣き叫びながら……疲れて眠ってしまうまで決して離さなかった。

 

 

「……子供と言うのは、よく分からん」

 

ボサボサになった髪と服を整えながら彼女はとてもしんどそうにそう呟く。

もう子供を分析するのは止めよう。

これはきっと正解が存在しない類の物だ。




セイバーの勘違い
揺月は全員に幻術を掛けた×
魔力を纏って肉体を繕った○
気づくには対魔力ではなく直感スキルが有効。

間桐揺月の勘違い
急に雰囲気が変わった×
何気なく放った揺月の一言が桜の深い所にあった心の傷を癒し感情のダムを決壊させた○


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聖女の言伝て

魔術師という物は子を弟子に取り、何れ家督を継がせるべく幼少期から研鑽を積ませるらしい。

そもそも子供を孕める年齢ではない私からすればそれはずっと先の事だろうと思っていた。しかし、桜という金の卵を改めて知覚した時―――。

 

私は根源を目指している。しかし、聖杯という手段が穢れ、またそれを元通りにしたとしても――到達出来なかった可能性という物は常に考えていた。

揺月は延命はするつもりだが、臓硯が望んだような永遠の命には興味がない。

ならば根源到達の夢を託すは次代の間桐になる。

(私が出来なかったのだ。私より劣る子孫が根源になど到達出来るとは思えない)

 

間桐は臓硯の代で限界だった。

ヤツと同じ父を持つ私にとって、それは他人事では済まされないことかもしれない。

男と女の違いがあるため、同じ道を辿るとは言い切れない。双子の子供がそれぞれ産んだ孫まで同じ顔をしてはいないように、遺伝子という物はたった一つ一マイクロの違いで如何ほどにも化ける。無限に等しい可能性を有しているのだ。

――けれど、一度盛り返した間桐が再び私の代で緩やかな滅びの道を辿る事になるとしたら?

 

………老いの恐怖を語るには生きた人生が短すぎる。しかし、今この金の卵を手放していいものだろうか?

 

「――フフッならばこの手を取るがいい。間桐は君を歓迎しよう」

 

揺月は気がつけば手を伸ばしていた。

家庭や家族なんて物は望んでいない。ただ単純に魔術師として――。

 

「お義母~さん!なぁにしてるの?」

「……お義母さんは止めなさい」

 

大人の姿になった己の腰にしがみつき、その頭を仕方なしに撫でる私がいた。

この姿で同盟相手と話すのだ。握手ぐらいは出来ないと不味かろうと少しばかりの質量を足してみたが、それが仇となって桜は親に甘えるという感覚を完全に思い出してしまったらしい。

 

地下水道を拠点とする上で障害となるキャスター陣営の対策に向け、着々と準備を進めていく私の気を引こうと桜は邪魔ばかりしてくる。

まぁ撫でてやればそこまでではないので無視してやっているが、地下水道攻略時に恐怖で叫ばれでもしたら面倒だ。桜の体内に仕込んだ蟲から監視しているであろう臓硯に任せる―――なんて馬鹿な事はしない。眠らせてバーサーカーにでも守らせておこう。

 

敵陣にたった一人で飛び込むのは危険だが、今回ばかりは問題ない。キャスター…真名をジル・ド・レェ。ヤツの攻略法は掴んでいる。

 

「あーあー、」

 

『グガッ!?』

 

バーサーカーはその顔に反応し、僅かに支配が乱れる。

……このレベルの“アルトリア顔゛本物と比べれば乱れる波はほんの僅かだ。

 

(しゅ)よ、この身を委ねます」

 

旗を振るい揺月は立つ。大人の姿から毛先は黄金へ、顔は凛々しくも慈愛に溢れ、青い衣を纏う純潔の聖女へと変化して。

 

 

「おぉお!おおおおお!!!!!やはり!あの小娘は間違いだった!あんな情けなくも尻尾を巻き、敵に背中を見せ逃げる下郎が彼女の筈がない!おのれ、匹夫めがァァァ!我が愛を惑わせようと愚かしい真似をォ!

……しかし、我が愛は試練に打ち勝ったのだ!!!この方こそが、このお方こそが!凛々しく美しきっ本物!!!!!すぐお迎えに上がらなければ、お待ち下さい我が聖処女よ!」

「…あぁ?旦那の知り合い?」

 

その光景は倉庫街から監視を続けていた二人の狂人に見られていたことを彼女は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウェイバーは今、激しい憤りを感じていた。

これ程強い感情は時計塔のロード『ケイネス・エルメロイ・アーチボルト』に自信作であった論文をゴミのように捨てられた時以上の物であった。

 

「どうしたんだよお前!なんかバーサーカーのマスターを見てから、全体的におかしいぞ!」

「うぅむ…こりぁ参った」

 

燃える屋敷の上で彼は言う。

………これで、五軒目だ。

ライダーが突拍子もなく家々を破壊し回り、家の中をくまなく調べてがっかりと項垂れるのは。

 

魔術師は神秘の秘匿を大事とする。それは魔術師の子供が一番最初に教わる常識みたいな物だ。この聖杯戦争では、聖堂教会の協力もあって多少の漏洩は見逃されるのだろう。

ウェイバーも命のやり取りをしている最中に神秘の秘匿とやかくでサーヴァントと揉め事を起こす気はなかった。

 

「けど、こういうのは()()()()()()()()()()!」

 

もう我慢の限界だった。この戦争に大それた願いなどウェイバーにはない。そもそもがケイネスへの腹いせに参加したのだ。

願いも実力も半端者……それでもこのライダーの暴走をおかしいと判断してそして止める力が僕にはある!

 

「――令呪をもって命ず!」「ッゥ!?ま、待て坊―」

「ライダー!英雄として生きろ!!!!

 

三画の刺青のような赤い一画が溶け、ウェイバーの拳がライダーの顔に走る。少しの衝撃と同時に強い何かが身体中を駆け回る感覚を感じる。雷気を纏う二匹の神牛はライダーの意思に関係なく戦車とともに消滅し二人は空間で投げ出された。

その高さは三十メートルはあろうか。いくら英霊と言えど打ち所が悪ければただでは済まない。況してやマスターのウェイバーは重症か死か。

 

「……全く、面白い奴よのぉお主は」

 

令呪の硬直から解かれたライダーは憂鬱そうな顔から一変、豪快漢という言葉が相応しいニヤリとした笑みを浮かべウェイバーを脇に抱えると腰の剣を空に振るい、再び二匹の神牛が戦車を引く彼の宝具『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』を呼び出した。

彼はウェイバーとともに戦車に飛び乗るとかなり荒い運転で勢いを殺し地面に着地する。

 

「惚れた女をこの手に略奪せんと暴れまわるクソ野郎の鼻っ柱をぶん殴って止めるとは、とんだ度胸を見せられたもんだわい!

英雄として生きろか……ハハハ!!確かに先程までの余は英雄らしくないわなぁ!」

「は、はぁぁぁ!!!?」

バーサーカーのマスターに惚れて探し回っていた。

下らないにも程がある理不尽な理由にウェイバーはまた叫んだ。

 

「誠にすまんかった!!!!」

 

だがそれも戦車を降りたこの大男が何の躊躇いもなく頭を下げたことで熱が冷める。

 

「……もう、いい。頭を上げてくれ」

 

一国の王が僕なんかに頭を下げている。恐らく僕が何も言わなければ頭を下げ続けたまま彼は謝罪を口にするのだろう。

イスカンダルというそれは大層な重みを背負って。

 

「征服王イスカンダルは女に目がないヤツだった…人間、誰だって欠点はあるさ」

「……だがなぁ、余はお前の示した勇気に応えなければならん」

「だったら!言葉じゃなくて、行動で示せよな!一々小言を言われるのは時計塔で飽き飽きなんだよ!!!」

 

ウェイバーのそれとこれとは違うだろうという感情の吐露に一瞬きょとんとするライダーは、くしゃりと顔を歪めて豪快に笑い彼の背中を力強く叩いた。

 

「よかろう!このイスカンダル!王として、一人の戦士として、そして、なにより古今東西森羅万象あらゆる英傑達にも負けぬ最強最高の英雄としてマスターを勝利に導こうではないか!!!」

「…ったく、やっといつもの調子に戻ったな」

 

偉大なる王とそんな彼でも道を違えそうになった時、正してくれる勇敢な従者(マスター)

聖杯戦争、ダークホース誕生の瞬間だった。




キャスターの勘違い
セイバーはジャンヌではない○
聖女が自らの姿を偽るのを止めた×
揺月が聖女に化けた○


ちなみに、イスカンダルの破壊行為で犠牲となったのは、ろくな研究をしていない(人や小動物を主に使う黒魔術の類)野良魔術師達だから冬木の人達にとってはプラスだね!
――えっ?
蟲の翁は……是非もないよね!

ライダーとの絆が161.8000増えた


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優雅たれ

「……まさか、間桐があれほどの才女を隠していたとは…雁夜の帰国はフェイクだったのか」

 

遠坂時臣は、長らく国を離れ魔術世界と縁を切ったと思われた間桐雁夜が、聖杯戦争目前になって帰国したという情報を得ていた。恐らくは使い捨て、もしくは数合わせとして間桐は彼をマスターの席に座らせるのだろうと推測していたが、その予想は裏切られた。

 

「師よ、アサシンを向かわせますか?」

「いや、間桐には聖杯戦争以前に浅からぬ恩があるんだ。繋がりは強いとはいえないが、恐らく桜の義母に当たるだろう当主を殺してしまうのは不味い。」

 

倉庫街での一戦を思い出して彼は頬をつり上げる。

あれは実に素晴らしい物だった。

過去、現在、未来。人類史にその名を轟かせる英雄達を前に一歩も引かず、最優のセイバーを道化のように手玉に取る……など、強力だが扱いの難しいバーサーカーを意のままに操ってみせた彼女は俗に云う一流の魔術師であることは明らか。「……桜は幸運だ。あれほどの存在に教えを乞う事が出来るなんて。」

時臣は娘がそのような存在の後継者に選ばれた幸運に感謝し、この戦いが落ち着いた後、ぜひ彼女と魔術談義に花を咲かせてみたいと夢を膨らませていた。

唯一解せないのは、二十歳は迎えているであろう彼女を間桐が秘匿し続けていたことだが、それだけ今回の聖杯戦争に掛ける思いが強いのだろうと彼は皮肉げに笑う。

 

あのバーサーカーは他者の宝具を強奪する能力を持っている。

彼の王のように無限に等しい財を持たない英霊達からすれば脅威だが、逆に彼の王だからこそそれは脅威にはなりえない。

いくら間桐のマスターが策略や謀略に長けようと、此度のアーチャーとバーサーカーでは相性は最悪に近い。

一つ、二つ奪われた程度で此方は億という手札を残している。さらには(いち)英霊が持つにはあまりに強力で星ですら破壊しかねない至高の武器(エア)も。

 

「……今は好きに動くといい間桐の当主。この戦い、我々の勝利は揺るぎない」

 

 

 

「(……間桐揺月。お前は何者だ?)」

 

勝利を確信する時臣の後ろ姿を眺める言峰綺礼は、あまりにも情報が少ない……時臣が語るバーサーカーの宝具すらもあくまで限りなく信憑性の高い()()でしかない、謎につつまれた女への興味を一人昂らせていた。

 

もしかしたら彼女は自身が長年求めてきた“答え”を知っているかもしれない。

人類最高峰の叡智を持つと豪語しながらも、夜な夜な酒に興じ妙な鏡を眺めてばかりのアーチャーや、初戦でサーヴァントの宝具を奪われ、さらには伴侶の危機によってマスターが擬似餌であることを露見させてしまった衛宮切嗣には期待を裏切られたと感じていた。綺礼は突如現れた間桐のマスターに淡い希望を寄せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここが入り口か」

 

1990年代、未だポケベルの全盛期の現代において、スマホなど存在しなければ、当然マップ機能の搭載された手持ち用電子機器が市場に並ぶのも当分先の話である。

間桐揺月は冬木の地図を頼りにキャスター陣営が工房を築く地下水道の捜索を開始したが、ひとえに天才といっても、産まれてこの方一度も日の目を拝んだ事のない彼女に土地勘があるわけもなく、また狂気に侵されたとはいえ元は軍師として活躍したキャスターが一般の地図に記されるような場所を拠点に選ぶ訳がなかった。

 

「おや、お嬢さん。こんな夜道にお一人でどちらへ?」

 

事態は思いの外難航し、夜道を歩く揺月に一つ声が掛かる。観測世界の記憶でも現実でも聞いた事のない年若い女の声。

つまり――一般人(モブ)だ。

勿論、変装した魔術師の可能性もある。

まぁ冬木の街でサーヴァントも連れずに夜道を歩く事がどれだけ危険な事か、まともな精神と少しばかりの生への執着さえあれば家で大人しくする者が多数であろうが。

(……いや、この声は)

と、思い出す。

あまりに重要度の低い人物だったせいで一瞬忘れていた。どうも自分は信憑性に欠ける記憶だと忘れやすくなる質らしい。

「――少なくとも君よりは年上に見えないかね?」

「うわっ!スッゴい美人!女優さんですか!?」

振り返ればポニーテールが特徴的な茶毛の少女から気持ちの良いぐらいの褒め言葉を贈られる。

この女は今の時期だと高校生だったな――特典映像なるものに登場したきりで流石に頭から抜けていたよ。

 

今は部活帰りなのか、ジャージ姿の『藤村大河』に揺月は出会った。

 

 

 

 

「そうなんすか!道に迷ってたんすね!」

「ふむ、そうなるが別に案内を必要とするほどでは」

「生まれも育ちも冬木の虎の子!この大河に案内は任せて下さい!」

「……成る程、まるで話を聞かないタイプか」

 

これで、地下水道の場所を知っているのであれば万々歳だが、試しに地図を渡してみると眉を八の字にして悲しそうに唸るのですぐに取り上げた。

普通この流れなら「力になれず申し訳ない」等の短い言葉を交わして別れるものだろうに、「ならば用心棒を!」と食い下がり、彼女は懲りずについてくる。

他の陣営に見つかりでもすれば被害に遭わないという保証はないだろうに、此方側の事情を知るよしもない傍迷惑なお節介だ。

 

「(…暗示をかけて家に帰らすか)」

 

揺月は古典的な魔術の一つとして相手と自分の額を合わせ超近距離で瞳を覗きこみながら囁くように暗示をかける。

――互いの息遣いが聞こえるほど抱擁するかのように密着し、乾いた汗の酸っぱい匂いが鼻孔を擽った。

 

大人しく家に帰れ

 

「……ふぁぁ、了解したであります」

 

これは目線さえ合わせればいいので顔を近づける意味はないが、抵抗(レジスト)されたか?されてないか?

この形が一番分かりやすい。演技でもされたり中途半端に掛かった状態だと後々、不安要素を残すことになる。

 

虚ろな目をした大河は踵を返して歩き出した。

 

「まさかこの出会いが―――なんて三流小説のようにはなりたくないのでね。私と出会ったという記憶は消去させてもらったよ」

 

声が届く筈もなかったが揺月は何気なくそう口にする。

少々頬を赤くしていたのは気になるが、部活帰りなのが影響しているのだろう。術中に嵌まったのは間違いない。

 

「全く、世話の焼けるこ――」

 

 

「ほお、これまた珍妙な事よ。魔術師が只の人間に慈悲をかけるか」




あくまで現時点での揺月の魔術師としての腕は時臣以下です。


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ギルガメッシュは容赦ない

「ほお、これまた珍妙な事よ。魔術師が只の人間に慈悲をかけるか」

 

アーチャー……ギルガメッシュは霊体化していたのか、揺月には直前まで気配を察する事が出来なかった。

 

私は一つ思い違いをしていたのかもしれない。この時点でアーチャーと時臣の主従関係は決裂するほどでなく、従えるに値せぬといえど、臣下として忠義を尽くす時臣の意に反するような行動は取る筈がないと。

またギルガメッシュの宝具の真価がなんたるか露見するのを忌避する時臣がこのような状況を許す筈がない、と。

 

「……抜かった」

 

下唇を噛みしめ己の失策を呪う。

この《英雄王》が常識とかマスター等に縛られる訳がない。

まさに、(オレ)がルールだ。

人類最古のジャイアニストとは良く言った物だよ…!

 

「我が令呪を持って命ずッ」

 

掲げた利き腕に銀色の矢が刺さる。

 

「おおっと手が滑った」

「あがぁぁぁ!!!?」

 

次の瞬間、脳髄が焼き切れるような痛みが駆け抜けた。

 

(――クソッたれ!クソッたれだ!英雄王!!!!!

私の至高の肉体に傷を付け()()()()()()()()()くれたな!使えない!

まるで只の刺青になったようだ。解呪の魔術はまだ取得していないというのにこんな序盤で切り札を潰されてしまった!)

 

苦渋に顔を歪め、噴水のように血が噴き出す手の甲を片腕で必死に抑えた。

 

「おいおい、どうした魔術師の小娘。その程度の傷で何故幼子のようには泣き叫ぶ?」

 

「黙っ…れぇぇぇ!!!!!」

 

血が止まらず、意識が混濁としてきて咄嗟に不味いと思い元素魔術の応用で傷を焼いて塞ぐ。

 

(――痛覚遮断……使えない!なら治癒は、使えない!血が流れ出す!焼いて止め…あ゛あ゛あ゛あ゛痛過ぎる!!!?)

 

未熟ゆえ麻酔に変わる魔術を使えず、ガンガンと打ち付けるような痛みが波のように押し寄せた。

 

(何なんだこれは?何なんだあれは?

まるで厄災ではないか。こんな化け物に勝てる訳が―――)

 

「やれ、少し静かにしてやろう」

 

黄金の波紋が周囲を取り囲む。

 

「―――あ」

 

バーサーカーが呼び出せない今、対処は不可。

即ち、死

 

 

 

 

 

「――なんてっ保険をとっておいて正解だったよ!」

 

黄金の息吹きが波紋を弾き飛ばした。

ギルガメッシュはその光に目を細め、そして現れたのは偽りの騎士王。その手に握られた聖剣は漆黒の稲妻に半身を侵し不気味な波動を放ちながら、それでもなお失われる事のない聖なる輝きを宿し続ける。

 

「切り札は使わない。出し惜しみしよう……だからって一画もまだ使ってないわけないだろう?」

 

玉粒の汗を拭い、再び掲げた()()()()利き腕には二画の令呪が宿っていた。

 

「英霊から所有権を借り受ける。如何なる魔術を以てしても不可能なそれを、令呪で以て強引に通したという事か。

……未熟だが知恵は回ろう。

フハハ、哀れよなぁあの騎士王も。自らの臣下に王たる証を奪われ、王とは無縁の魔術師に使われておる」

 

「ハァ…ハハッ全くの同意だ」

 

「貴様はオレを見るに値する。顔を見せよ魔術師の小娘」

 

揺月は言われた通り変装魔術を解いて顔を上げる。

そこには憎たらしいぐらい笑顔を浮かべたギルガメッシュが腕を組んで嗤っていた。

 

 

 

 

ギルガメッシュと会談する事になった。

事実上の強制で、断れば文字通り只ではすまない。私の利き腕に空いた矢の穴が証明だ。転移魔術で逃げよう物なら天の鎖で縛られるか串刺しにでもされるのか。

……話を聞くしかなかった。

 

「さて、貴様は実に面白い事になっているようだが……魔術師の娘、傾聴を許す―――オレの民となれ」

 

そしてこれか。話が飛躍し過ぎて意味が分からない。

第一、ギルガメッシュと私が出会うのはこれで二度目だ。

と言っても一度目は倉庫街で互いの顔を見る暇はなかった。

あの行いは未熟な私の戦力強化の為に観測世界の記憶の流れを乱してまで強硬した苦肉の策だ。

初めての外で少し舞い上がってしまったとはいえ、顔を見られる事すら不快に感じるギルガメッシュの(かんばせ)を態々盗み見るような真似をするわけがない。

結果的に今の生存へと繋がったのだから、アレには確かに価値があったのだろう。

 

「意味が分からない……です」

 

「―――オレが視た未来では貴様はイギリスにいる」

 

「……はぁ?」

 

「貴様は差し詰め、滅びゆく辺境の魔術師一派に麒麟児が産まれ、お前という点から面に栄えた可能性の一つ」

 

「おま、貴方様が未来を見通す非常に高度な千里眼の持ち主だと言うことは分かりました。しかし、魔術的な観点から言って未来視とは無限に等しい並行世界の観測だ。

私が今、マスターとしてここにいるか、イギリスで……恐らく生徒として時計塔に通っているかは似てるだけであって全くの別物。視た別の未来が訪れる事は多々在った筈」

 

この英雄王……間違いなく何か感づいている。

その私と今の私との違和感。観測次元の記憶を手に入れたか否かのifを提示してくる時点でもう殆ど確信に迫っているといっていい。しかし、まだバレるわけにはいかない。

この記憶のアドバンテージを失う事は令呪を失う以上に痛手だ。彼には何とかして誤魔化し――

 

「貴様は次の聖杯戦争でオレのマスターとなった」

 

……何だと。

 

「言峰めが貴様の娘に喰われたのでな。興が乗ったというヤツだ。」

 

娘に喰われた、あの言峰神父が?

「それは桜に聖杯の欠片が埋め込まれたという事か!!!」

 

Heaven's_Feelという最悪の記憶。

思わず取り乱して声を荒げる揺月にギルガメッシュは笑みを深める。

 

「やはりオレの視た貴様とは何かが違う。だがまるっきり違うという訳でもない。

我が近未来のマスターよ。オレが何故貴様を欲するか理解したか?

つまらぬ言葉で汚すようなら、」

 

ここで死んでおけ。

言葉にはしていないがそう物語るギルガメッシュの雰囲気が体を震わせる。

 

 

 

 

「私はとある偶然によって観測世界の魂を手にいれた」

 

罪を懺悔する罪人とは今の私のようなものなのだろうか。

まるで何かを必死に堪え、抗うべからずと己に叱咤するよう重々しく、胸に秘めた真実を吐露するその心境はハッキリ言って最悪だ。

 

「外部からの接触があったのは事実。しかし、それが神と呼ばれる高次元の存在なのかは分からない。

ただ、彼方の意図としては私という自我を完全に塗り潰し、その観測次元の魂に間桐揺月という存在をプレゼントするような感じだった」

 

佐嶋加穂留の記憶は新しければ新しいほど不鮮明で、逆に古ければ古いほど克明に映る。元々、記憶力の良い人間だったのだろう。

新しい記憶が不鮮明なのは何らかの封がなされているからと予想した。でなければ古い記憶ほど鮮明に覚えているなんてあり得ない。

 

彼の観測次元での最後の記憶は濃い靄が掛かったようで見づらかったが、白いローブを羽織った巨人が数刻の間をおいて杖を振るう瞬間。

 

『この娘の体をお前にやろう』

 

思い出しただけでも鳥肌が立つ。

そして同時に狂おしいほどの怒りを感じる。

 

……ふざけるなよ。私は私だけの物だ。

 

異常なほど早い自意識(怒り)の芽生え。それが観測次元の魂を揺月の体に根付かせず、むしろ揺月本来の魂が記憶という養分を吸い取り急速に成長を早めたばかりか、放置されていた魂は低次元という環境が悪かったのか器の中が最悪だったのか、次第に腐っていった――と、話が逸れたな。

 

「私は、これから数十年先までの、幾つかの並行世界の記憶を保持している。この世界の記憶はないが、それに非常に近い並行世界の記憶を頼りにここまで都合良く盤上を進める事が出来た。

……これで満足か英雄王?」

 

ドーパミンが大量に分泌されたのか利き腕の傷の痛みが気にならなくなっていた。

計画が全てダメになったという自暴自棄な気持ちもあるのだろう。慣れない敬語を止め、まるで対等にでもなったかのような口調で話す。

 

「フハハハハハ!!!!!」

 

……爆笑か。

意味が分からんな。

揺月は聖杯戦争が終わったら真面目に心理学を学ぼうと胸に刻んだ。

 

「貴様はそれがどれだけの偉業かまるで理解してないようだな。

観測次元の魂を拒絶した?むしろ腐るまで利用し尽くしてやっただと?

それを成せる英雄がどれだけいる事か!」

 

そもそも、観測次元。上から下に進んで堕ちるような馬鹿がいないから例外もクソもないだろう。

大手を広げて自らを誇れ!と人間讃歌を謳う英雄王を彼女は諦めにも似た冷めた目で見つめる。

 

「この時代の人間は弱すぎる……と、悲嘆に暮れていた矢先に貴様が現れた。

神秘なき今、神に打ち勝つような存在がな」

 

そう言えばこいつ。神絶体殺すマンだったな。

意図せずとはいえ観測次元の神の目論みに泥を塗った私を見れば――人の可能性を信じて神と袂を別ったほどだ。そりぁ嬉しいだろう。

 

「今の人間にも希望はある……しかし、今の人間はあまりに増えすぎた」

 

「……間引きか」

 

頷くギルガメッシュに揺月は目を細める。

脳内には聖杯の泥が冬木の街を焼き尽くす地獄絵図が浮かび上った。

 

「決断を下すにはまだ早かろう。しかし我が眼に現代がどう映るかじっくりと見定め―――もし必要なしと決断するような事があれば全ての人間は自らの悪意を前に立ち向かわなければならない。」

 

受肉した後の行いはこの世界でも変わらない。つまりそういう事だ。

ギルガメッシュがこの時代の人間社会を“不要”と判断すれば聖杯の泥で世界を満たし大量虐殺という名の選別を始める。

自らが王として君臨し泥に打ち勝った人類(強者)を導いていくのだ。

私をスカウトしにきたのは、既に『この世全ての悪』と同等かそれ以上の観測次元の魂の侵食に抗うという偉業を成したから。

 

「……お断りだ。お前の悪政に興味はない」

 

どちらにしろ私の生涯は根源到達に捧げている。

その目的の為に聖杯は必須で、ギルガメッシュがいかにも優れた王であり人類をあるべき正しい道に導いてくれるのだとして……それがどうした。

ヤツは根源への障害であり邪魔者は排除する。それが私――間桐揺月(魔術師)だ。

 

たとえここで無惨な死に様をさらすことになろうと、この心情だけは曲げるわけにはいかない。

 

「「………………」」

 

両者は猛禽類のようなギラつく瞳でにらみ合い、意外にも先に引いたのはギルガメッシュだった。

 

「ならば、示せ。この時代の英雄たる資格を持つ者よ」

 

彼は王の財宝から一振りの杖を出し傷ついた利き腕に振るう。

すると魔力の流れが途絶えていた令呪の封印が解かれ火傷で強引に止血された風穴は綺麗さっぱり消えてしまう。

 

そしてギルガメッシュは霊体化してこの場を離れた。

 

 

「―――良いだろう。私はお前を殺すよ英雄王」

 

揺月はそうポツリと呟いて歩き出した。




決してそれは正義ではなく、私欲に塗れた選択である


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狩りの時間

※現在、十三話の内容を再調整中


冬木市に立地する高級ホテルの最上階。

ケイネス・エルメロイはお気に入りの銘柄のワインが注がれたグラスを揺らし、膝を折って座するランサー……ディルムットに世間話でもするかのように口を開いた。

 

「ランサー……貴様はバーサーカーに誉れある戦いを穢されたと愚痴を溢していたな」

 

「ハッこのディルムッド・オディナ。次こそはあの狂犬めの首を主の下へと――」

 

「ならぬ。昨日を以て我が陣営とバーサーカーのマスターとは正式に同盟関係になった」

 

「なっ!?」

 

「……驚いたか。まぁ貴様の足りない脳では無理もない」

 

胸ポケットを探りピンク色の液体が揺れる小瓶を取り出す。

 

「まさか、辺境の魔術師に後れを取るとは」

 

これは、ディルムット・オディナの異性を虜にする黒子。それに対特化された霊薬の一つ。

この聖杯戦争が始まる前に聖杯製造に関わった御三家の間桐から同盟を持ち掛けられ、先日ようやく形になったらしい――それをケイネスが同盟を条件に譲り受けたのだ。

 

「バーサーカーのマスターとはある盟約を交わしていた。

私の心の闇を晴らす事が出来れば同盟を結んでやろう、とな。」

 

まさか、完成させるとは思わなかった。

この天才の私ですら不可能だと膝を屈し、時計塔で己と比肩する腕を持つ知り合いの魔術師達にも掛け合ったが、より強い『霊薬や呪い()』で上書きすることは出来ようとも打ち消す事は出来ないと言葉を残されていた。

……それでは意味がない。ケイネスはソラウという想い人の顔や声に惚れた訳ではない。あくまで彼女が彼女だからこそ惹き付けられた。

故に、純白のキャンバスを黒い絵の具で塗りつぶすような行いを彼は許せなかった。

 

「主よ……奥方様の姿を昨日の晩からお見かけいたしませんが」

 

「フンっお前の知るところではない」

 

この男から彼女(ソラウ)の話題が出された事に露骨に顔を歪め、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

バーサーカーのマスターには借りを重ねるようで癪だが、欲をいえば対英霊用の自白剤でも用意してこいつの豚の糞のように醜い本性を剥き出しにしてやれば良かったと今になって後悔していた。

 

「(いや、彼女の錬金術師としての腕は時計塔としても目を見張る物…私の講義を受けたいと然り気無くだが言葉を漏らしていた……分家と結ばせるか?)」

 

いっそのこと親戚関係になって彼女の才能を我がエルメロイ家に取り込むのもありかもしれない。

 

 

「バーサーカーのマスターと交わした同盟は互いが最後の二騎となるまで不可侵を貫くこと。

……支度しろ。ランサー、手負いの獣狩りの時間だ」

 

バーサーカーの評価もそこそこに、

ランサー陣営はセイバー陣営への攻略を開始した。

 




何故、ランサーの『愛の黒子』を打ち消すような霊薬を揺月は作れたのか?
――とある日、間桐の蔵書室から顔を真っ赤にして出てきた事があった。「えっちぃのは嫌いです!」※当時一歳
《その手》の資料が数多く残されていたらしい。
↑慎二がHeaven's_Feelで媚薬を持っていた理由?


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ランサー陣営の時間

取り敢えず修正完了。


冬木最高峰の霊地であり、私の工房として現在改良中の間桐の屋敷が焼き払われた。

 

幸いにも自身を核にした投影魔術に一時的な実体を持たせる事を目的に作成した魔術礼装や、間桐が保有する土地の契約書等の類は私が肌身離さず身に付けていたり、脱出の際に臓硯が持ち出していたので完全には失う事はなかった。

回収出来たのは9割といった所。別に残り1割を切り捨ててよいというわけではないが、

……エルメロイや遠坂次期当主の貧乏症の煽りを此方まで受けてしまっては目も当てられんからな。

魔術殺しと言えど……と、我が工房の質を過信するのではなく、アイツならばセイバーの宝具で屋敷ごと塵に返しかねないと用心に用心を重ねておいて正解だった。

 

その為のエクスカリバー強奪でもあった訳だが、結果はライダー陣営の漁夫の利……しかし今回は初陣だ。詰めが甘かったと素直に征服王の実力を讃え、以降の糧とすればよいではないか。

 

聖杯戦争は始まったばかり、サーヴァントの真名や宝具の能力を隠し通しセイバー陣営の大幅な戦力ダウンを果たせただけで、今は上々としよう。

 

――なに、魔術世界で換算すれば()()()数千万の損失など、数年もあれば取り戻せるとも。

 

 

 

「……さて、本当に何処にあるのだろうな」

 

キャスター工房の捜索を開始してから六時間が経った。月は傾き初め、遠くの空がうっすらと赤みを帯びて行く。

 

其処らの虫を即席の眷属にして捜索範囲を広げているが、一向にそれらしい影は確認出来ない。道ゆく人に道を訪ねるが分からない。

 

虫に各地の水を運ばせ、ウェイバー・ベルベットの手法で探してみたが、ヤツが本格的に動かす時期はまだ先であるのか魔術の残り香は感知出来なかった。

つまり私は宛もなく外国人の装いをして夜道をさ迷っているという事だ。

――決して私が方向音痴とかではないぞ?

キャスターの手腕が想像以上に高く手こずっている。それだけだ。

 

「ちょっとそこの君――」

「“私の目を見ろ”」

 

既に何回目となるパトロール中の警官を手慣れた様子で撒きながら、帰って休みたい。いや、帰る家など存在しないのだが……深く息を吐いて近場のベンチに腰をおろした。

 

「……ハァ」

 

今では白紙になってしまったが、プランAとも言うべき倉庫街の戦闘を恙無く終えた後の予定では、私は暫く工房に隠りアサシン、キャスター、ランサー、ライダーが脱落するまでは穴熊を決め込むつもりであった。

その後、宝具返還を条件に此方が一方的に有利な条件でセイバー陣営と同盟を結び、アーチャーを打倒した後はバーサーカーの真名を明かして動揺したセイバーの隙をつき、首を討ち取って晴れて聖杯戦争の勝者となる。

 

宝具を奪われたセイバー陣営が早期退場する可能性は、魔術殺しの機転や近代武器を容赦なく投入する我々(魔術師)にはない発想力、アインツベルンの手もあるため、限りなく低いと判断した。

それに、あのセイバーには戦闘用の宝具が遺されていないわけではない。

 

その気になれば()()()()()()()()アイツベルンなら造作もないだろう。

 

聖杯は汚染されているが根源到達の足掛かりになることは確か。じっくり調査して問題ないようならそのまま使用し、無理のようなら泥の浄化に掛かる。

障害となるのは、此方を覗き見る魔術協会の下銭な者共。そして抑止力(=代行者)ぐらいだと思っていた。

 

 

しかし、現状はランサー陣営―魔術的、相性的な問題で不可侵の同盟状態。

ライダー陣営―確執が生まれ、キャスター陣営―未接触、アサシン、セイバー陣営―おおよそ予定通り、アーチャーとの関係は予定する未来図の中で最悪に近い。

拠点を失い、予想だにしない強敵の出現か。

「いやはや、子供に容赦ない戦いだね」

 

この姿をしていれば彼方から勝手に迎えにくるかもしれないと淡い期待を寄せていたが、ここまで上手くいかないとなると、五次のキャスターの真似事をした方がよかったかもしれないな。

 

「お迎えに上がりました、ジャンヌ」

 

 

 

 

……どうやら私の運命力も捨てた物じゃないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ケイネスside》

 

自らの婚約者であるソラウをランサーの『魅了の黒子』から解き放ち、すぐさま本国へ帰らせたケイネスは、ソラウの抜けた穴を埋めるよう魔力供給の負担を背負い、一人の魔術師として十全な戦闘を行う事が難しくなっていた。

 

 

夜中、聖杯戦争のルールに則りアイツベルン城に襲撃をかけたケイネスらランサー陣営は、森の中で分断され、ケイネスはセイバーのマスターと思わしきホムンクルス、その付き人と相対することとなった。

 

「成る程、セイバーのマスターはホムンクルスか…アイツベルンの錬金術は興味深い。鉱石科においては何か通ずる物があるやもしれんな」

 

と言っても攻撃魔術に毛が生えた程度の術式しか構築出来ない錬金術師と片や魔術行使すら覚束ない女一人。

魔力分配のハンデこそあれどケイネス・エルメロイに敗北の二文字はない。

 

白銀の魔鳥が水銀の網に絡み取られ地に落ちる。すかさず次の魔鳥を銀の糸で編み始めるアイリに魔術礼装と化したナイフを投擲しながら牽制する舞弥。

ケイネスは水銀の壁でそれを防いで、真上から飛び出したアイリの魔鳥が鋭い嘴で彼を襲う。

 

―――両者が互角に戦っているように見えるのはケイネスが単に残量魔術を気にしているからで、魔術師としての決闘に準じていたからだ。

 

「失礼、アイリスフィール!」

 

「舞弥さん!?」

 

しかし、薄氷の上に立つような均衡においての話である。

イリヤのように髪を媒介にする事が出来ないアイリの銀の糸は着実に数を減らしていき、舞弥のナイフはついに残数が尽きた。

 

最後の魔鳥が水銀の海に呑まれて壊れ、

最早、手段を選んでいられなくなった久宇舞弥は閃光弾をケイネスの眼前に投げ込み、眩い光にケイネスが警戒を強める中で、アイリにセイバーを呼ぶべきだと助言する。

アイリはそれに素直に従ったが、よりによって『それ』がケイネスの逆鱗に触れた。

 

「おのれ魔術師としての決闘に下賤な武器を持ち込むなど!」

 

閃光弾の残骸を握り潰し、額に青筋を浮かべながら怒気を表にするケイネス・エルメロイ。

舞弥とて、切嗣から渡された資料の中で生粋の魔術師である彼が近代兵器を嫌い、魔術師同士の正々堂々とした戦場でそのような反則行為に手を出せば反感を買うだろうことはリサーチ済みだった。

 

エルメロイ家に代々受け継がれてきた魔術刻印に唸るような魔力が流れ出す。

嫌な予感に一歩下がるも、アーチャーを思わせる水銀の波紋がアイリ達を囲い込み無数の槍を象った。

 

「これ以上、無様な様を晒してくれるなよ!」

 

「切嗣…使わせてもらいます」

 

ケイネスの怒号を涼しい顔で流して

アイリを背に舞弥は大型拳銃に一発の弾丸を込める。

並の弾丸ならば、あの水銀の波を突破出来ない。

槍の数からして次弾を装填する暇もないだろう。それに加え、急な襲撃もあって現在持ちうる武器は御守りのように常に身に付けていたこの弾丸のみ。

誰もが生を悲観する状況…まさに現状がそれだろう。

しかし、この弾丸――彼の魔術礼装だけはその絶望から一筋の活路を見いだす。

 

水銀の槍がこちらを串刺しにせんと迫りくる瞬間、彼女の切り札

【起源弾】は放たれた。

 

 

 

 

《ランサーside》

 

ランサーはこの無益な戦い、本来なら呆気なく勝敗が付くだろうと思っていた。

手負いの獣。それが魔獣ならば恐ろしいだろう……が、牙を失った獅子とも言えぬ二足で立つ事がせいぜいの相手。

油断していた。それは否定出来ない。

武勲を立てるのを焦っていた。それもある。

この聖杯戦争は、常に我が前世の非業の追体験をさせられているような不快感があった。主の婚約者の心を奪い、不信を買い、我が主への忠義を示そうと私は冷静さを見失っていたのだろう。

 

森の中でマスターと分断され、我が槍を前に“英霊は神秘なき物では傷つかない”が故、急揃えの概念礼装を構えて対峙したセイバーの嘲笑。

 

「どうしたランサー、手負いの獣に怯えるか?

それとも、野獣の猪にでも怯えているのか?」

 

「舐めるなセイバー。この俺が敵を前にして恐れおののくなどっ!」

 

明らかな誘いにも関わらず腸が煮えくりかえる感覚を抑えられないランサーは荒い息を繰り返す。

 

――あぁ、ダメだ。やはり此度の聖杯戦争は俺の生前の闇を強く意識させられる。

ランサーは片手で額を抑え、早く終わらせなければ怒りで我を忘れるような気がして二本の槍を構える。

 

「そう言えば―――、」

 

さてはセイバーは時間稼ぎでもしているのだろうか。

ランサーの闘志にも涼しい顔をして口を開く。

 

「フィン・マックールという男は女にだらしなく、我々英雄の恥だと思わないか?」

 

……ランサーは手の皮が剥げるほど槍を握る手に力が入った。

 

「セイバー、貴様……騎士の誇りを捨てたか」

「私は騎士になるために『騎士王』となったのではない。祖国を救う為に『王』となったのだ。

騎士としての誇り(聖剣)を失った今、私に残されたのは王として責任だ。ランサー、私は国の為ならどれ程の非道にも堕ちてみせよう。」

 

「ならば、その減らず口を我が槍の錆とするまでよ!」

 

二双の魔槍が轟音を発てて火花を散らす。

宝具を受けた剣は激しく撓んで、亀裂を作る。完全に砕けてしまう前にセイバーは高密度の魔力を流し込んで剣を爆発四散させ、風の魔力で予めガードしていたセイバーとは違い鋭い鉄片がランサーの肌の表面を傷付けた。

 

「――――くっ」

 

ランサーが一瞬細めた視界の中で見たのは二本目の剣を何処からともかく取り出すセイバーの姿であった。

 

 

それを卑怯とは言うまい。

しかし……何が手負いの獣か。

こんな冷酷な眼をした者が国の頂点にあっていいものか。

 

ランサーの手足は怒りとも未知の恐怖とも区別がつかぬ震えに襲われ、槍を握る力が鈍るように感じた。




感想でご質問いただいたので。
Q,ギルガメッシュの勧誘に乗ってたらどうなった?

分岐は多々あれど、魔術師としてのプライドを折った揺月は最終的には抑止力に消されます。つまり生存Zeroです。
ギルガメッシュの勧誘に乗ると、強制『Heaven's_Feel』ルートになり、桜生存の場合は遠坂凛に、
桜死亡の場合は衛宮士郎と対決して何れも死亡します。

唯一の根源到達を諦めた条件での生存ルートは士郎との間に子を成して、その子供を間桐の後継として育てる事に新たなる希望を見いだしたルートです。
その場合、男でも女でもその子供は“確実”に根源に到達します


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キャスターとジャンヌ

「ていっ」

「アアゥ!!!!?」

 

キャスター……真名はジル・ド・レェ。

この狂人は話術に長けるが、精神汚染というスキルのせいで会話が成り立たない。

聖剣という自衛の手段こそ持ち得ているものの、バーサーカーの宝具によりランクがダウンして真の力は解放出来ない現状、望ましいのは対話による相互理解だ。

―――故に刺した。

 

「おぉ、これぞ正しく飛び出しがちな私の眼球を隙あらば諌めてきたジャンヌの目潰し……」

 

涙とも血涙とも取れる熱い液体を頬から流すジルド・レェ。

 

藤村大河との出会いで思い出した話だ。

特典映像なる世界でアイリスフィールが彼の目玉を指で突き刺し、原因は不明だかジル・ド・レェの狂気は鳴りを潜めた。

眼球を指先で圧しただけだというのに関係性は観測世界の知識、間桐の魔術をもってしても解読不可能。

子供の探求心というヤツだろうか。

……分からない。解らない。判らない。

故に面白い!

 

ぶすりっと5ミリほど沈んだ眼球から指を離し、ハンカチで拭う。

 

アアッァァァァ!!!!!

 

ジルは顔を抑えて絶叫している。

神秘なき物では英霊が傷付く訳がないのにわざとらしい…

と、幼子の臓物を高級な織物のように両手で抱える雨生龍之介が一歩二歩と下がり、ぶちまけられた脳髄に滑って尻餅をついた。

 

「さっすが、旦那の知り合い…出会い頭に目玉突き刺すなんて最高にクールだぜ」

 

頬を上気して……殺人鬼の思想など読める自信はないが、好感触なのか?

 

良くも分からず、首を傾げる。

取り敢えず、雨生龍之介の犠牲となった死体達を一ヶ所に集めて火を着けて処理しようと動いていると、雨生は驚いたように声を上げる。

「そりゃあ、勿体ないよ姉御!」

 

「勿体ない?

……これ以上、死後を辱しめてなんとなるのです?」

 

揺月からすれば、この肉塊達に使い道など存在しない。

死霊使いでもあるまいに、腐食も激しい、生前の原型すら留めていないこれらを態々芸術品のように取り扱う考えが理解出来なかった。

むしろ、変な病気になったらどうする。

 

「確かに……臭うのはちょっとやだし、綺麗だった芸術ちゃんが腐っていくのは見ていて気持ちのいい物じゃないし……あら?」

 

「(悪霊が湧いても面倒だし)この子達の亡骸は私が預かっていいですね?」

 

「あーうん、別にいいや。そろそろ新しい玩具を捕まえようって旦那と話してた頃だし、もう要らない」

 

「……そうですか」

ジャンヌ(ゆづき)は壁に縫い付けられた一人一人を丁寧に集め、聖句を読み上げながら炎を灯す。

聖堂教会に属した覚えがないが、観測世界の記憶のお陰という訳だ。

ある程度の経験は知識と出来の良さで埋める。

 

初めてであるにも関わらず、まるで本物の聖職者のように彼女は紡いだ。

 

「――主は我が魂を甦らせ、御名のために我を正道へと導かん。」

 

 

 

 

 

炎は青く不純を浄めるよう燃え上がり、やがて鎮火する。

 

無関心な者と瞳を閉じて沈黙を語る軍師に見守られながら。




眼球ダブルクリック


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聖杯問答に参加しませんか?

短め


「ランサー陣営はこれで終わりだ」

 

あの後、セイバーとランサーの戦闘は互いが攻め手に欠けるジリ貧状態に持ち込まれ、マスター同士の対決は舞弥の切り札が決め手となってケイネス・エルメロイは瀕死の重症を負い、見事撤退まで追い込むことが出来た。

 

――全て、衛宮切嗣が立てた計画通りだ。

 

「しかし、切嗣。貴方の起源弾の真の能力は不発に終わってしまった」

「……流石は時計塔の天才と言った所か」

 

バルコニーでセイバーからの報告を聞き、返事も返さず切嗣は煙草の煙を空に吹かした。

 

対象の魔術回路を全て切断し出鱈目に嗣ぐ。

ケイネスの右太ももに命中した弾丸は彼の下半身の魔術回路をズタズタに傷付けた。魔術師にとって魔術回路は生命線だ。擬似神経である魔術回路を失えば魔術行使は勿論、最悪命すら落とすこともある。しかし、今回は魔術師として看板を降ろすほどではなかった。どうやったか切嗣にも不明だが、

ケイネス・エルメロイは――全身の魔術回路を破壊されるのだけは阻止し、令呪を使ってアインツベルン城を脱してみせた。

 

「どのみち、ランサーのマスターは後悔するだろう」

 

二度と歩く事の叶わないだろう障害を負い令呪は最後の一つ。

英霊の裏切りを警戒すれば、その手札を容易に切れる訳もなく……今回のような強気な策は、行使出来なくなった。

恐らく彼らが打って出るのは今回で最後だ。

孤立したランサー陣営は工房が街中にある分、セイバー陣営からして丁度良い魔除けになるだろう。

 

「間桐揺月、お前は一体何処へ消えた?」

 

切嗣は目先の敵がいなくなった所で、最大の脅威であるバーサーカーのマスターに思いを巡らせる。

セイバーの宝具の強奪やライダーの屋敷破壊から全く途絶えた足取り。

ハッキリ言って彼女の行動は僕の思考を遥かに先んじている。

間桐の屋敷ほど優れた霊地を進んで手放したとは考えられないが、完全に予想外の筈だったライダーの襲撃からここまで上手く立ち回られるとこれも計算の内ではないのかと勘繰ってしまう。

 

「酒盛りには姿を現すだろうか……そもそもライダー陣営はヤツの居場所を掴んでいるのか?」

 

切嗣の帰還後、間も無くしてアイリとセイバーを前に酒盛りの約束を強引に取り付けたライダーの提案が頭に浮かぶ。

ライダーは愉快そうに「バーサーカーのマスターも誘うつもりだ」と口にしていたが何処にいるかも分からない相手をどうやって誘うつもりなのか?というのは、切嗣のみならずセイバー陣営共通の疑問であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーサーカーのマスターは一体何処に隠れおった?」

 

空を駆ける牛車の手綱をたわませるライダーは困ったようにポリポリと頭をかいた。

 

過去現在そして未来。数多ある時代にてその名を轟かせた勇者達に万能の願望器を掛ける願いはなんたるか酒の席で問うてみたいと今回の催しを企てたのに、既に脱落したアサシンは仕方ないとしてバーサーカーの居場所が分からないのは面白くない。

 

「キャスターも未だ姿を見せんし、かー!バーサーカーのマスターめ!あやつはどれ程に余の心を掻き乱せば気がすむというのだ!」

 

膝を叩いて大きく笑うライダー。

 

「いや自分勝手が暴発してるだけじゃないか!」

 

ウェイバーは責めるように叫んだが、その言い分も無理はない。

何せ、バーサーカーのマスターはライダーに対して文字通り()()()()()()()のだ。

ライダーが勝手に惚れて自宅を破壊し、酒盛り開くから来い等と……。

 

「(僕なら絶対罠だと思っていかないぞ)」

 

恨み辛みはあっても食事を囲める仲でないことは確かだ。

……まさか忘れてるんじゃないだろうな?

ウェイバーは己のサーヴァントの記憶力が本気で心配になるのであった。




if.イスカルダルが揺月のサーヴァントだった場合
イスカルダル「聖杯への願い……それは、我が妃と永遠の愛を誓い合う事よ!」
揺月「ファ!?」



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聖杯問答と間桐の魔術師

――アインツベルン城

 

「やっぱり来なんだか……」

 

ライダーが略奪した酒樽を囲っているセイバー、アーチャー、ランサーそして『キャスター』を前に彼は項垂れる。

誘う事も出来なかったのだ。当然来る訳が……来れる訳がない。

 

「あやつとは、殺り合う前に一度腹を割って話してみたかったんだがのぅ~」

ライダーはマスター達が適当に見繕ってきた肴の中で、イカのゲソ焼きを摘まみ、並々と注がれた酒を流し込むように呷った。

 

「まぁこれも運命!勇者達よ、今この瞬間だけは己らが敵同士であることを忘れ、存分に語り合おうではないか!!!」

 

 

「さて、先ずはお前からだ、キャスター」

 

柄杓を渡しそれを受け取ったジル・ド・レェ。

 

「是非に問いたい、貴殿が聖杯に掛けるほどの大望とは何ぞ?」

 

「…………(わたくし)の願いですか。

そうですねぇ既に“叶った”と言えばそれまでですが、そういう答えを求めているわけではないのでしょう。

詳細は私の真名へと繋がりかねないので省かせて頂きますが、私の聖杯への願いは受肉です。」

 

「ほぉ、余と同じか」

 

「あのお方の生涯を今度こそ……最後まで見届ける事こそ我が願い」

 

ジルは柄杓の酒を飲み干してライダーに差し出す。

 

「そして、神などと……ふざけた盲信に取り憑かれた者達の目を覚まさせるのも吝かではありません。」

 

「成る程、成る程。」「ハッ」

 

ライダーは楽しそうに次なる酒を汲み上げ、

アーチャーは面白い物を見るような目でキャスターに顔を向ける。

 

「じゃあ次はランサー、お前が言ってみろ」

 

ランサーはライダーからの柄杓を受けとる。

 

「我が聖杯に掛ける願いはただ一つ。我が主の傷を癒すことだ」

「えらく短いな、もっとこう…自分に対してはないのか?」

「――ない」

 

ランサーは迷いなくそう告げて柄杓を返す。

 

「むむぅ……まぁ良いだろう。ならば次は余の願いといこうではないか!」

 

「――待て」

 

ライダーが持ち上げた柄杓をアーチャーが咎める。

 

「何だ、アーチャー。まさか先に語りたいと言うのか?

それならば別に構わないが…」

 

「戯け、オレがそのような安酒で満足する物か。」

 

「そうかぁ、この土地の市場で仕入れた内じゃあ、こいつはかなりの逸品だぞ」

 

「それは貴様が真の酒を知らぬからであろう」

 

アーチャーは黄金の渦から赤ワインような液体の注がれた金の器を取り出し夜空の月を映して揺らす。

 

「おおっ」

「最上の酒には最上の肴があってこそだとは思わんか?」

 

ライダーがそれを物欲しそうに見つめるが、アーチャーはあろう事かそれを真後ろへと放り投げてしまう。

 

「なぁ、魔術師(ユヅキ)

 

(わたし)を肴になんて、随分と贅沢ですね」

 

そして、その器を取った者がいた。

宙に飛散する酒を一滴溢さずそれに回収し、婉美な微笑みを浮かべながら庭園を跨ぐ和服美人。

 

「バーサーカーのマスター間桐揺月。後れ馳せながら宴へ参加したく参りました」




……大人版、揺月のキャラが安定しない


「龍之介っいいですか!神は存在しないのです!」
「でもよぅ、旦那ぁ……」
「存在しません!」


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愉悦

時は少し前に巻き戻る(Fate/strange Fakeネタ)


聖杯問答に参加する前にやっておかなければならない事がある。

それは、我々の儀式を盗み見る時計塔の無粋な魔術師達への返礼であり、近い未来、不良品とは言え聖杯戦争を利用する愚者共への応酬である。本来ならこの役目は臓硯が任される筈だったのだが、何事にもイレギュラーという物はある。大量の蟲を失ったとは言え、ヤツでも時計塔の魔術師への対処が不可能とは思えないが、荷が重いのは確かだろう。

 

Fate/strange Fakeという並行世界の知識で、奴等が聖杯問答の時期にアインツベルン城へ使い魔を放ち映像を記録していたのは知っていた。

 

将来の学舎を共にする同士の中でも一人。

誠に遺憾ではあるが、《彼女》には魔術師として面子に泥を塗られたも当然の行いをされている。

魔術師としての己に誇りを持ち、先々代も前から受け継がれてきた聖杯戦争をある種の神聖視……とまではいかなくとも一定の感情を持っていた。

神造兵器と英霊を自由に動かせる私が臓硯の代わりに御三家代表として彼女と対面するのは、所謂避けられない運命というヤツだった。

 

 

 

 

 

▼▽▼▽▼

 

「う~ん。ここが聖杯戦争が行われる霊地か」

 

揺月の視線の先に一人の少女が立っていた。

四六時中傘を持ち歩いていそうな奇怪なメイクとゴスロリ服が印象的な十代半ばの少女――名はフランチェスカ。

 

我が肉親、臓硯と同じく二割、三割と跳んで九割ほど人間を止めたも同然の化け物であり、その生きた年月は百年を優に越える。

 

それに一度死を超越した存在だ。

こことは違う並行世界で英霊の座より己を呼び寄せるという変則的な行動を取ったり、粗悪品とはいえ大聖杯を造った神才。

英霊という精霊化した彼女よりはマシであろうが、聖剣やサーヴァントを持たない今の揺月が相対すれば、間違っても勝算などあり得ない相手だ。

 

(……決めるなら一撃だな)

 

聖剣を強く握りしめ、バーサーカーに合図を送る。

バーサーカーは近場の軍事基地から拝借したガトリング銃を茂みの中で構えた。

 

「――何か、来る?」

 

フランチェスカがそう呟いた瞬間である。

彼女は魔術回路をフルで回し結界を張る。二重三重と恐ろしい速度で並の魔術師なら脳が焼ききれる術式を構築して――殆どが無意識であった。

ただこうしなければ自分は確実に死ぬ。

《あの時》や、『あの時』とは違って偽りの死ではなく文字通りの死。いや、表舞台で目立ち過ぎた私の死後は英霊の座に招かれるだろうから――永久に人理の駒として星に利用される筈だ。

かつてない悪寒と恐怖が全身を駆けずり回る。

 

そして弾丸の雨を前に目を見開いて驚いた。

 

(…只の弾丸じゃない)

 

その通りである。

その弾丸の雨の大本であるガトリング銃は、バーサーカーの宝具【騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)】によってDランク相当の疑似宝具と化している。

本来の威力とは比べ物にならないほど強化された弾丸は、直撃であれば英霊であろうと消滅の危機を免れない。

よって雨細工のように砕けた結界と間をおかずに蜂の巣になるフランチェスカ。

 

「……違うな」

 

暗殺や毒殺が日常茶飯事の時計塔だ。流石にそこまで柔ではない。

決して余裕ではない鬼気迫る笑みを浮かべた彼女は、バーサーカーを見下ろせる建物の上に立っていた。

 

「まさか、私を警戒している参加者がいるなんて思いもしなかったなぁ」

『…Arrrrrrr』

「しかも、バーサーカーのマスターとはこれまた想定外。こんな魔力だけを無駄に喰う駄犬を使いこなすなんて、ロードエルメロイ以外はこの辺境の島の現地人の筈でしょう?」

 

フランチェスカは拡声の魔術を使って周囲に聞き渡るように口を開いていた。

バーサーカーのマスターが何処に隠れ潜んでいるか探しているのだろう。もしくは監視しているマスターの『使い魔()』を潰そうと躍起になっているのかもしれない。

人を小馬鹿にしたような口調とは裏腹に、震えが混じるその声は、心が死の恐怖に囚われていると明らかにしていた。

 

『らしくないですね、フランソワ』

「…ッゥ!その声はまさかジャンヌかい?」

 

予想だにしない女の声にフランチェスカは息を呑んで問い掛ける。

 

『貴方がジルに会いに訪れる事を私は知っていました』

 

拡散の魔術で居場所をはぐらかされた馴染み深い声。

何故、ジャンヌが魔術を使えるのか。フランチェスカにはこの際どうでもよかった。問題は何故ジャンヌがここにいるのか。

 

(調停者(ルーラー)として召喚されたのか?それともジルが呼び出した?)

 

聡明なフランチェスカの脳内で様々な憶測が飛び交う。

その中に《このジャンヌの声が偽物である》という可能性は存在しなかった。自分がこの聖処女の声を聞き違う筈がない。それに我が友の名をそんなに慣れ親しそうに呼べる存在なんて限られている。

激しい焦燥故の誤った思い込みというヤツだ。

その時の彼女は、永劫に人理の奴隷として使われる恐怖と、存在する筈がない相手の出現のせいで酷く混乱していたのだろう。

 

「つ、ツレナイなぁ。久しぶりの再会なのに声だけなんて、姿を現してはくれないのかい?」

 

『私は今の貴方と過度に関わりを持つつもりはありません。去りなさい』

 

ジャンヌの声は冷たい拒絶を告げる。

 

「そんなの嘘だ!君なら分かるだろう!今の()が聖堂教会にとってどれだけ異端な存在か!神の奴隷である君が僕を見逃す訳がない、きっと後ろを見せた途端にそこのバーサーカーに攻撃させるにきまってる!」

 

フランチェスカは逆にそうであって欲しいのか声を荒げて髪を掻き毟った。

それを遠目にジャンヌの姿をした揺月は口元を弧に歪める。

 

精神的な余裕を崩された人間はここまで脆いのかと、黒い衝動に感情を抑えられずにいた。

 

(…あぁ、そうか。この沸き上がる衝動こそが…愉悦か)

 

知識では知っていたが、己にこのような嗜好があるとは。

臓硯や言峰綺礼が好むのも無理はない……愉悦とは一種の麻薬ではないか?

愉悦を知った揺月には、フランチェスカを中心に世界が輝いて見えた。

そして同時に、ここで殺してしまうのは惜しい。

彼女の恐怖と絶望はより熟成させるべきではないか?

そんな妙案が頭に浮かんだ。少し前の揺月なら非効率的だと断じていた考えだった。しかし、愉悦という快楽に一度浸かってしまった彼女は“遊び”を覚えたのだ。

 

『ならば、私の手で神の身元へ貴方を送って差し上げましょう』

 

それは幼子が虫を潰して笑うような残酷な物なのだろう。

言葉を聞いて絶望したように傘を取りこぼし恐怖のあまり失禁するフランチェスカ。その瞳にはガトリング銃を構えるバーサーカーと旗を掲げた聖処女が此方を目指し歩いてくる姿。

 

「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!?」

 

ジャンヌ・ダルクに殺される。その盲念に取り憑かれたフランチェスカは自らの粗相を気にしようともせずに走り出す。

 

(ここで逃げ切ってもヤツの言葉なら聖堂教会だって本気で動いてくる。時計塔から出てはいけない。魔術協会に見捨てられれば僕は終わりだ!)

 

口調はジャンヌの影響か男の物へと変化し、涙ならがに生き残る道を模索するフランチェスカ。

追わない鬼と逃げる人。最早どちらが化け物なのか分からなくなっていた。

 

 

「思ったより時間が掛かってしまいましたね」

 

ハックしたクルーザーを走らせるフランチェスカを見送り変身を解いた揺月は愉しげに呟く。

 

これからアインツベルン城へ向かって聖杯問答には間に合うだろうか?

 

ライダーの宝具が明らかとなりセイバーの傷心が加速するのを加味しても自らが赴く理由などはない。

だが、絶望する騎士王の顏を覗き見たいと思ってしまうような今の私は――奇怪しいのだろうか。

彼女の表情には無垢なる物ではなく禍々しいまでの邪悪な笑みが浮かんでいた。




(成長イベント)


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世界は貴方を嫌う

ギルガメッシュ視点
※前話と今話は聖杯問答に繋がるまでの物語です。


――古代ウルク

 

(…皮肉な事よ、何者にも成れる才を有しながら魔術師として生きる道しか存在せぬとは)

生前の頃、ギルガメッシュはほんの気紛れで未来の己自身を対象に「並行世界を含めた未来」を最高ランクの千里眼で見通してみた事があった。

 

聖杯戦争。万能の願望器『聖杯』を求め“マスター”と呼ばれる参加権の令呪を与えられた魔術師達が過去の英雄をサーヴァントとして召喚し、最後の一人になるまで奪い合う殺し合い。

ギルガメッシュは目を細めて一人の魔術師を眼下におさめる。

間桐揺月…辺境の魔術師。神が世界の裏側へと撤退し神秘薄れた現代において、神代全盛期の魔術師らを思わせる、この時代には過ぎた才を秘める少女。

彼女は五回目の聖杯戦争で、例外的に八人目のマスターとしてギルガメッシュと共に戦場へ赴くことになった。

 

 

 

 

 

「――何故だ揺月、何故遠坂を桜に殺させた!!?」

 

「フッ……ふはははははは!可笑しな事を言うな赤毛の小坊主!私を笑い殺す気か?

桜はライダーのマスターでアレはアーチャーのマスターだ。ちと、手を貸してやったがこれで桜は根源へと一歩近づいた。なんとも喜ばしい事ではないか!悲観すべき点など何処を探せば見つかると言うのだ!」

剣の丘で高々と笑い声を上げる揺月。

 

「お前ッ遠坂や桜の気持ちも知らないで!」

 

「他家の考えなど知らんよ。私が知るのは間桐の者だけさ。ほらっお前もあの笑い声は聞いていただろう?桜は喜んでいたよ」

 

赤毛の青年の脳裏には赤の刺繍が施された黒いロングドレスを纏い、厭らしく顔を歪めて嗤う少女の姿が過った。

 

「あんなのがぁ……あんなのが!桜の本当の気持ちな訳があるか!」

 

感情(かてい)なんて、どうだっていい…重要なのは結果(こんげんとうたつ)だけさ!」

 

揺月の叫びと共に飛来する黄金の剣。

 

「ッゥ!?」「贋作作成が自分の専売特許だと思わないことだ」

 

譲れない信念がぶつかり合い、これから始まるは神秘薄れた世には時代錯誤の英雄の戦い。

数多の剣とその頂にある黄金の剣。全てが偽り、全てが模倣。

ただ本物は己の心のみ。

 

それを美しいと思ったのはオレだ。

 

「――あ……ぁ、やはりこうなるか」

 

「…………」

下唇を噛みしめ揺月の胸元から血の滴る剣を握りしめる赤毛の青年。

 

『ふん、下らん』

 

そして、勝敗を汚したのはオレだ。

 

未来にあったのは戦士として誇り高く戦った臣下の遺体をゴミのように屠る下衆の自分。

この日ほど、己に怒りを覚えた事はない。

 

老い先短いギルガメッシュ王には揺月があまりにも不憫に思えて……ざっと数億。このオレがあんな雑種にも劣る畜生に堕ちる物かと間桐揺月を対象に未来を見通した。

(たった一つの例外を除いた)そのどれもが根源を目指し、世界から消え去るか、道半ばで挫ける物だった時にはギルガメッシュも目を見開いて驚く。

 

情に絆されやすいと言っても根源への二の次。腹を痛めて産んだ子が根源への足掛かりになるのなら喜んで首を絞めようという女。

老成して国を建て直したばかりのギルガメッシュは、その愚直なまでの信念には尊敬の念すら抱いた。

…だが、この魔術師の人生には“遊び”という物が抜けている。

それは世界を知らぬ若者だからと言うではなく、『生涯』『あらゆる可能性』をおいて変わりない。

 

例えば性欲。

愛を知らずに種馬と交わり快楽を知らずに子を得る。

 

例えば食欲

決められた量を決められた時間に摂取し満腹という感覚を知らない。

 

例えば睡眠欲

記憶の整理と肉体の疲労回復のために体を横たえベッドの温もりを知らない。

 

……魔術師という概念が人間性を獲得したと言われた方がしっくりくる(魔術師としての野望を抜きにすれば)無欲な存在。

 

どう動こうと揺月が人間らしく生きる道はない。

あれは生まれながらの奴隷なのだ。如何なる世界であろうと解き放たれる事も報われる事もない。

根源ですら、アレの救いにはなり得なかった。

 

――それを哀れと思うのは他人の勝手だ。

 

この時は知るよしもなかったが、外宇宙の神が干渉した影響で、この世界の未来はギルガメッシュの千里眼を以てしても見渡せない。

 

(間桐揺月……名は覚えたぞ)

 

臣下としての忠義を全うしながら死んだ世界があって、相容れぬ野望の衝突ゆえに対決した世界もあった。

だが、いつの世も彼は彼女を道具として扱い見て、非情に打ち捨てた。

 

何が英雄の中の英雄だ。何が賢王だ。

真にその名を名乗るならば、臣下一人にすら報いずして何が英雄王か!

……ギルガメッシュ王、最後の心残りはこの魔術師が人としての生を歩めるかと言うことだった。

 

 

 

そして、四次聖杯戦争が始まり。

生前のようにこの世界限定で千里眼が使えない事に不便を感じたギルガメッシュであったが、同じ時なら他にやりようがあると宝物庫から千里眼と似たような能力を持つ財宝を取り出して、(大筋の世界では)時計塔にいる筈の揺月を見た。

 

「よもや、そこまで大成しておったか」

 

この世界の未来が見通せぬ理由はその一瞬で理解した。

 

(神ですら、こやつが魔術師として歩む道を変える事は出来なかったか……)

 

そして感嘆とも呆れともとれる深いため息をついた。

 

外宇宙の神からの侵食を撥ね付けるほどの傲慢、その『在り方』はどうしようもなく魔術師然として固定され、オレの全てを以ても変える事が出来ない哀れな人間。

――その認識自体が誤りだった。

「これは、最早呪いではないか」

 

何が何でも世界はこの魔術師を消し去りたいらしい。

その為なら根源への蓋を開いてやるのも仕方ないと、その時代には過ぎた存在が故に抑止の刃すら向けられる。

 

(オレ)の時代に生まれていれば間違いなく囲い込んでいたものを」

 

オレの時代なら問題ない。

だが、彼女は生まれるのがあまりにも遅すぎた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だから魔術師としての夢を見ている内に、歳を重ねて心変わりなどせぬ内に、成人間も無くして世界から消える(しぬ)

 

つまるところ、あらゆる並行世界のギルガメッシュはそれを理解し、同時に諦めた。

肉体としての死か根源の先まで上り詰めて帰らぬ存在となるか。

どのみち、世界はヤツが存在した全てを焼却する気である。

 

『何も遺せず消えるのならオレが覚えていよう。』

 

その大義名分を以て各並行世界のギルガメッシュは揺月に非道な行いを…時には進んでしていた。

オレという存在の中に間桐揺月が確かに存在していたという証拠として




余談
この士郎君は抑止力のブーストを受けてエミヤよりも強いです。
そして――最後に止めを刺したのはギルガメッシュ。
「さて、諸君。第二ラウンドと行こうか」
……胸を刺し抜いた――士郎が勝ったとは言ってない。


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認識変換

短め


「随分と遅かったではないか?」

 

ギルガメッシュは新たに取り出した杯に酒を注ぎ、揺月の前に差し出す。

乾杯でもしたいのかと思ったが、私の顔を映した酒を一飲みにした彼は地面に尻を付けるのをやめて宝石のちりばめられた安楽椅子に腰を下ろした。

 

「宴は終わりだ」

 

「……はぁ、そこまで遅かったんですね。それは残念です」

 

アーチャーと揺月は二人で笑い合う。

意図が読めないのは彼ら二人以外の全員である。

ライダーは、「これから面白くなるのではないか」と声を上げた。

仮にも戦争中、それに同意するような酔狂な者はこの場にいなかったがスコープ越しに此方を覗く切嗣にとっては、もう少し敵の情報を得たいというのが実情だった。

 

「――ですが、このままではあまりにも味気ない。ライダー様、『出番』を譲っていただけないでしょうか?」

 

「……出番?

よく分からんが、それは余と一戦交えるという事ではないのであろう」

 

「えぇ、少しばかり……見せ場でしょうか?

貴方様のご活躍を拝見することが出来ないのは非常に悲しく、非常に勿体ない話ですが、この私が神代の魔術師にも負けぬ力量を持つと証明するには良い機会かと」

 

「神代の魔術師とは大きく出たな」

 

「正直に申せば、私は数百年ほど生まれる時を間違えたのだと思っていました。けれど――、それにしては彼女は弱すぎた。

いずれ、私の力は神代ならずば人という枠に留まれぬ領域にまで上り詰めるでしょう。」

 

「確かにお前さんの美貌と度胸は余の時代においても“普通”ではないな。それを含めた力か――興味深い。良かろう、出番とは何の事だがさっぱり分からんがお主に譲ってやる!」

 

ライダーは快く快諾し、揺月は丁寧に頭を下げて礼を言う。

 

「おいっライダー、本当にいいのかよ!」

 

「おおよ、それにあの娘の底を知る良い機会ではないか」

 

「底って、そもそも何をするか分からないのに――」

 

その言葉を遮るように甲高い金属音が耳元で弾け、端に居た筈の間桐揺月が真横に居たことにウェイバーは目を見開く。

 

「伝説の暗殺者がこんな野蛮な方法をとるとは……ハサンの名が泣きますよ?」

 

彼女の手にはセイバーから奪った聖剣があり、その視線の先にはアーチャーにやられて消滅した筈のアサシンが大量に存在していた。

 

「うそ……だろ?

こいつら、一騎一騎がサーヴァントなのか?」

 

今しがた敵のマスターに命を救われ、聖杯戦争でサーヴァントは七騎しか召喚出来ないという前提をひっくり返したアサシンの軍団、二つの異常事態がウェイバーの口から気の抜けた声を引き出した。

 

『我ら群にして個。個にして群。百の貌持つ千変万化の影の群』

 

「会話する気はありません……と言うことでよろしいのでしょうか?」

 

ウェイバーの瞳には飄々とした態度でアサシンらの前に立つ間桐揺月の姿はとても奇異な物に映った。

ナイフを弾き飛ばしたようだが戦争とは曰く数の勝負だ。

あれだけのアサシンの群れの前には英霊ですら対処が難しいと思われるのに、「……アイツ、狂ってやがる」

バーサーカーも喚ばず鼻歌を歌いながら歩み始めた揺月を見てウェイバーは呟いた。

 

 

 

「ふんっふんっふ~ん♪」

 

鼻歌を歌う揺月は凪ぎのように、それでいて背筋に一本の筋が通った迷いない足取りでアサシンの軍団へ歩み寄る。

 

『サーヴァントも連れずに自殺志願者か?』

 

数百のアサシン。

その正体は生前、多重人格の病を患った十九代目のハサン・サッバーハが英霊となり、そして得た宝具にて人格の数だけ分裂することが出来るようになったという物。

 

『怪腕』の異名を持つ、アサシンの中でも一回り図体の大きなアサシンが揺月の前に立った。

 

「貴方達の能力は実に素晴らしい物ですね。

多数の人格を引き裂き、個に昇華させるとは。貴方個人の力でなし得た成果でないことは残念に思いますが、その発想は我々魔術師には想像もつかなかった。だって病気なんですよ?

普通は病院に行きます。

もしや英霊になることも折り込み済みだったのですか?」

 

『何を言う……我らが宝具【妄想幻像(ザバーニーヤ)】は生前に完成された物だ。英霊になってから得ただと?勘違いも甚だしい……』

 

「確か、歴代のハサン・サッバーハはオリジナルの《ザバーニーヤ》を創るんでしたか?

己こそが最強の《ザバーニーヤ》の使い手だと誇る為に……実際、我が家に残されていた過去の聖杯戦争の資料でもハサンの宝具の名は《ザバーニーヤ》でした。

……それにしては奇妙な話だ。魔術師でも錬金術師でも、神から恩恵を授かった訳でも、はたまた魔神をその身に収めた訳でもない貴方が一体どうやって個の分裂などやってのけると言うのか。

――理解に苦しむ」

 

『何を……』

 

「だから言っているでしょう?

英霊になってから【妄想幻像(ザバーニーヤ)】を星から得た(貰った)のではないのか。

生前に完成していたと言うがそれは嘘だろう」

 

次の瞬間、怪腕は自慢の豪腕を振るい、揺月は身を捻ってそれを回避し聖剣で切りつける。

 

『………くっ!』

 

「今ので右腕の腱を切りました」

 

『下がれ、怪腕。俺達がやる』

 

すると彼の背中に隠れていた小柄のアサシンが三体飛び出してナイフを投擲。揺月はそれを素手で掴もうと――して止め、聖剣で弾き飛ばす。

 

「その程度で――」

 

『キシャァ!!!』

 

揺月の後ろから気配遮断で忍び寄ったアサシンがアイスピックのようなナイフを突き伸ばす。

――何故、声を出したのだろうか。それさえなければ気づかずに刺されていたかもしれないのに。

揺月は聖剣に魔力を流し込んで突風を起こし、そのアサシンを吹き飛ばした。

 

『ゴバボッ』

 

ただ飛ばすだけでなく地面に転がっていたナイフを足蹴にして腹や喉にナイフを突き刺し、血を吐いたハサンは当たりどころが悪かったのか霧状に消え、一体目の消滅を確認する。

 

「あまりに呆気ない」

 

猫背になった揺月は欠伸をしている余裕すらあった。

アサシンは只の魔術師ごときに人格を一体やられた事によほど激しく動揺したのか、全員が硬直するというのだから笑える。

 

揺月はふと後ろを振り返り、目口をだらしなく開いてポカーンとする英霊共々マスター一同に苦笑する。

 

「皆様、このくらいで驚いているようじゃ心臓がもちませんよ

メインデイッシュはこれからなんですから♪」

そう言葉に彼女の姿は幻影に消える。

 

 

 

 

 

最初に異変に気付いたのは他ならぬハサンの一人であり、十九代目ハサンに初めて芽生えた自我として増え続ける人格の纏め役を任され、生前最も肉体の主導権を得ている時が多かった彼女。

 

『鐘の音が聞こえる……』

 

この山の奥で非常に小さくだが鐘の音が響いている。

ゴーン、ゴーン、と回数を重ねるごとに重低音のある音は大きくなっていき、

『これは……』『……懐かしい』『あぁ……』『――我々は間違えたのか』

それは他のハサン達にも聞こえるほど大きくなっていた。

 

とても懐かしい鐘の音だ。

同時に畏しくもはあったが体が震える事はなかった。

思わず平伏したくなるほど甘美な音色……。

 

「晩鐘は今、汝を指し示した」

 

『……初代、様』

 

その姿、その威光――まさに『死』

始まりのハサン・サッバーハであり、歴代のハサン・サッバーハの首を真に襲名した証として頂戴し、また道を違えたハサン・サッバーハを裁く処刑人。

 

「汝、教示を忘れ………誇りを忘れ……死して尚、満たされぬ己が欲の為に“ハサン・サッバーハ”の名を穢す者…………」

 

無骨な長剣を引き抜いた骸骨の騎士を目に、彼女達は己の罪と愚かさを知った。

 

『我々は間違えたのだ』『聖杯に頼るべきではなかった』

『マスターを出し抜くなど…誇りなき外道そのもの』『死した今、真なるハサンになることを望みながら分裂の宝具を使うのなど矛盾している』『初代様、申し訳ない』『どうか我らが首に断罪を』

 

一人一人が罪の告白をして平伏する。

後は初代様に首を切られるのを待つのみ。そうすることがハサン達にとって正しい事だと思い込んでいたし、歴代のハサンの誰もがそれが正解と答えるだろう。

それは場所を問わず、戦場であろうと変わらない。

 

けれど、待てども待てども断罪の刃は降りなかった。

 

もしや、宝具を解いて一つに戻れという思し召しかと思い、纏め役の元にハサン達の霊騎は集合し、生前と同じく一個にして軍隊となった。

 

『……さぁ初代様これで――』

 

顔を上げた纏め役の彼女の視界は全ての人格と共有される

 

 

「ばーか」

 

 

ハサン・サッバーハが最後に見たのは卑しく嗤う童女の満面の笑みであり、その瞳に映った“暗殺者(アサシン)の英雄”と言うにはあまりの間抜け面を晒したハサン・サッバーハの姿であった。

 

『(謀られた!?しかし何故初代様のお姿をこんなヤツが()()())待っ!!?』

 

「アズラ、イール」

 

聖剣がアサシンの首を切り飛ばす。




新生愉悦部員『間桐揺月』現る


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愉悦の先導者

「これは……予想以上だ」

 

アインツベルン城上空に待機させていた使い魔の視界と同期させ水晶球に映し出した光景の一部始終を観察し終えた時臣は、沸き上がる興奮を抑えきれず、水でも呷るようにグラス一杯に注がれたワインを飲み干した。

 

「素晴らしい……まさか、魔術師がサーヴァントに勝ってしまうとは。

――綺礼、君から見て彼女の戦いはどう映ったか聞かせてくれないかい?」

 

元々、酒に強い方ではないのだろう。

頬をよりいっそう赤くした時臣は上機嫌に言峰の方へ振り替える。

 

「…………」

 

言峰綺礼はその問いに困った。

 

魔術師がサーヴァントに勝った。

それはとても凄い事だと言うのは理解出来たが、正面から下した訳でもなく結果だけ見れば策に嵌め落としたという感じだ。だから言峰は困った。

あの骸骨の騎士は何なのか。何故あれを見た途端にアサシンの戦意が消失したのか。前半の演舞めいた剣技は自分の技量を越える物を感じたが、何故初めから骸骨の騎士を出さなかったのか。

そして、アサシンの首を跳ねる瞬間に変幻を解いて、仮面越しにも分かるほど狼狽と困惑を極めたアサシンの顔を―――

 

「君が笑う姿を見るのは初めてだな」

 

「―――!?」

 

時臣の言葉にハッとなって口を抑える。

 

(何だ……今のは)

 

初めての感情だった。未知の感覚であった。

妻が死ぬ時でさえ崩れる事のなかった表情筋が崩れ、あんな強者の傲りとも言える無意味な行いに笑みを浮かべるなんて…馬鹿な。

自らの愛はあれに敗れたのか。

あれは――私が探し求めていた答え…なのか?

 

魔術師ではない言峰綺礼には彼女の為した偉業がどれ程のものかは分からない。

けれど、最後のあの瞬間だけは何故か理解できた気がした。

 

(…間桐揺月、やはり私はお前に問わなければならない)

 

「…………あー、綺礼?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その蹂躙を前に誰も何も言葉がなかった。

 

「嘘……だろ?

バーサーカーのマスターは魔術師としての腕だけでなく戦士としても一流なのか!?」

 

ライダーのマスターの小僧の言葉を皮切りに場の沈黙は破られる。

 

「底が見えん」

 

「あの剣を私は――」

 

「バーサーカーのマスターか」

 

「流石です」

 

「あんなの……反則じゃない……」

 

畏敬の念を抱く者や畏怖や恐怖心を覚えた者。

 

「これにて、余興は終了でございます」

 

「フハハハハ!!!」

 

此方を振り返り舞台役者のような礼を払う揺月に、アーチャーは拍手喝采を送り黄金の波から一つの杖を取り出す。

 

「褒賞を賜わす。受けとるがよい」

 

ネジくれた木製の杖に色鮮やかな布が巻かれている。

どことなく魔術師マーリンの杖と酷似している気もするが、揺月は有り難くそれを受け取り、今の彼女の腰ぐらいはあるそれを持ち上げ軽く振るってみた。

 

「なんて言うか……似合うな」

 

ウェイバーはその姿がお伽噺に出てくる魔法使いのようで、とてもしっくりときた。まるで彼女が初めから持っていたみたいだ。

 

「それはありがとう」

 

「っぅ!?」

 

声が届いていたのか彼女は女性経験のない少年にはいささか刺激の強い蠱惑的な笑みを向ける。

ウェイバーは茹で蛸のように真っ赤になった。

 

「今宵はとても楽しいものとなりました。次会うときは敵どうしですが、この記憶は生涯色褪せる事はないでしょう。それでは皆さんごきげんよう」

 

揺月は来た方向と同じ方へ体を向け……そして帰るのだろうとこの場の誰もが思った。

 

――――パスッ

「……今何か」

 

 

「――――と、ととと。」

 

乾いた音がして彼女は躓いた。着物の一部分に先ほどまでなかったシワが出来ていた。

……でもそれだけだ。

他のマスター達に見送られ間桐揺月は森の中へ姿を消した。

 

 

 

 

 

「…………起源弾が、効かない……」

 

衛宮切嗣の喘ぐような悲鳴が夜空に溶ける。



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鏡花水月

「――さて、工房の準備も先ず先ずといった所だろう」

 

藍色の着物を纏う間桐揺月は満足げに頷いて椅子に腰掛ける。

 

最低限の清掃だけ済ませたこの薄暗い場所は、何の変哲もない、とある廃屋の地下室だ。

地下水道に居座る予定だった彼女が何故そんな場所にいるかと言えば、キャスターの助言を受けたからに他ならない。

 

『貴方のようなお方が糞尿にまみれた地下水道に身をおく等私が許せないっ!』

 

妄信的な狂気から少し感情の荒い状態まで持ち直したキャスターは地下水道にジャンヌが身を置くのを酷く反対し、彼女が持ち込んだ地図を舐めるように見渡すと一点を指差し、ここ以上に安全な場所はないと太鼓判を押した。

 

「お義母様、バーサーカーが帰ってきた!」

 

瞳の色を輝かせる桜がぴょんぴょんと跳ねる。

工房の調整も丁度終わった頃だし、タイミングの良いことだ。

彼女は桜の頭を撫でて、バーサーカーを出迎える。

 

私は、揺月……汝は間桐……私は、根源を目指し……私は……晩鐘の音は……私は

 

そんな彼女の前に現れたのは、霊基改造により【狂化】スキルを強引に下げることで可能となった宝具《己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)》によって間桐揺月の姿をとったバーサーカー。

 

「これは随分と……術式が壊れかけているじゃないか。

ご苦労だったね、バーサーカー」

 

彼女は片手を払って、自らが植え付けた術式と記憶を破壊する。これと同時に狂化スキルのランクも元に戻ってしまうのは難点だが、

約束された勝利の剣(エクスカリバー)》《ギルガメッシュから賜った杖》を握りしめていたバーサーカーは変身を解いてその二つを揺月へ献上する。

 

「ほぉ、単純な魔術の強化と刻まれた九十九の魔術を持ち主の魔力を動力に発動する魔術礼装・限定礼装、両方の性質を持った杖とはギルガメッシュ王も粋な事を」

 

「Arrrrrr……」

 

「あぁ、術式が壊れかけていたのは起源弾を撃ち込まれたのか。セイバーの直感スキルを突破する技量を持たないが為の宝具だったが、これはこれで正解だったな」

 

彼女は杖を壁に立て掛け、先の潰れた弾丸を手の上で転がし裾のポケットに仕舞う。

 

「それにしても……『バーサーカーのマスターは魔術師としての腕だけでなく戦士としても一流なのか!?』だったか。

あんな節穴小僧でも何れは時計塔のロードにまで登り詰めるのだから運命とは数奇な物だ」

 

剣を一度も握った事のない人間が英霊相手に敵う訳がなかろうに…

 

「フランチェスカ迎撃後に思い直して引き返したのは正解だったな。

我が間桐の策に彼ら全員が踊らされているとは夢にも思ってはいまい」

 

揺月は果実水の注がれたグラスを指で挟んで持ち上げる。

 

「――我々が表舞台に立つのは今回で最後だ。

以降は影に潜み魔術師らしく漁夫の利でも狙おうではないか」

 

「かんぱーい!」

 

「あぁ……乾杯」

 

桜に促され互いのグラスを軽く打ち付ける揺月。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その次の日、間桐揺月の死体がキャスターの工房で発見された。

 

「なんだとぉぉ!!?」

「何でッお前が!?」

第一発見者となったのはライダー陣営のイスカンダルとウェイバー・ベルベット。

 

「よくも、よくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくも!!!貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!?」

 

その状況で現れたキャスターは血涙を流し、そして亡骸を抱き抱える。

 

――さぁ狂気に身を委ねろ。




一体いつから―――目に見える間桐揺月が“本物”だと錯覚していた?
読み返して確認してみるといい……節々にある“違和感”を。


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対極に歩く二人

バーサーカーのマスター死亡の知らせは教会を通じて瞬く間に他の陣営へと知れ渡った。

 

しかし、昨夜の宴に参加した者達の反応はかなり悪く、直接死体を目にしたライダー達でさえ懐疑的思考を振り払う事が出来ずにいた。

「目的はキャスター暴走か」

衛宮切嗣が真っ先に疑ったのは、監督役の神父から続けて語られたキャスターの討伐要請であり、対価として提示された令呪の補充を狙っての物かと考えた。

 

聞けばキャスターはバーサーカーのマスターの死を目撃したのが発端で、あのような怪物を生み出したらしい。

あのサーヴァントは外面上は思慮深く、宴でも真名に繋がるようなボロを出すことはなかったが――他者の死が原因で人が変わってしまった等の逸話を残すなら、バーサーカーのマスターがそれを利用したとして違和感はない。

 

問題の方は死体だが――――、

 

「……残念だけど魔術の残滓は感じないわ」

 

「だが、アイリにバーサーカーの霊基が返還されていない現状でバーサーカーの消滅は現実的にあり得ない。利き腕を切断され令呪を抜き取られたような形跡はあるが、魔術を用いなくても偽の死体を作る方法ぐらい幾らでもある」

 

切嗣は別の魔術師、又はマスターに闇討ちされてバーサーカーを奪われたというより、それ自体がフェイクであると言う。

 

「――しかし、切嗣。それならば本当に死んでいる可能性も考えるべきだ。あえて存在しないかもしれない敵に注意を割くより、目に見える敵に集中する方が理に叶っている。」

 

「……アイリ、セイバーに伝えてくれ。あのマスターに背中を晒せば今度こそ僕たちは終わりだと」

 

「え、あっはい」

 

キャスター工房跡地にセイバー陣営の姿はあった。

セイバー弱体化を補う為に本家に連絡して護衛用のホムンクルスを寄越してもらい、計五体の戦闘用ホムンクルス達に囲まれたアイリは少し居心地悪そうにしている。

セイバーは今さら切嗣の言動にとやかく言うつもりはないらしく口を閉じて、弾の残数や所持武器の確認をし終えた切嗣はリュックを背負って立ち上がる。

 

「結界を破壊され、全ての陣営に明らかとなったあの城に身を置くことは出来ない。これから予備の拠点へ向かうよ」

 

「え、キャスター討伐は参加しないの?」

 

「あぁ、聞くところによるとアレは出鱈目な再生力を誇るらしい。聖剣のない騎士王様はお役ごめんさ」

 

「ちょっと……切嗣そんな言い方!」

 

「落ち着いて下さい。私は気にしてなどいませんから」

 

前を歩く切嗣の肩を掴むアイリをセイバーが諌める。

彼はアイリの手を振り払うような事はしなかったが、セイバーに謝罪する気は更々ないらしくアイリだけを見て「気を付ける」……などと。

 

 

良くない雰囲気だと、アイリは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『生前伝え忘れていたことがありました、貴方と共に戦えて私は幸せでしたよ』

 

今の私は騎士ではない、私は青髭と恐れられる悪なる者。

夜な夜な子供を拐い、そして殺し。

個として完全なる負の存在として確立している。

故に狂わざるをえない。どれだけ己を否定しようと根本を覆すことなど不可能だ。

 

「貴方様のお言葉ですら……私の内の狂気を祓う事はできなかった」

 

あぁ……何故、私は青髭として喚ばれてしまったのか。

 

 

 

「伝達者よ、申し訳ありませぬ」

 

 

その言葉を最後に、怪物は理性を失った。




FateZero風予告
「さぁ再び集え、共に最果てを見た猛者達よ!
抉れ!ゲイ・ジャルグ!
新しいバーサーカーのマスター!?
ジル、私は偽物なんですよ?
……貴方は本物だ」

次回『真理の扉』


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ランサーとライダーの時間

―数時間前―

 

「なんだあれ」

「さぁ?」

 

雑多な住宅街の一角から一望出来る未遠川の異変。

最初は幾つかの気泡がポツポツと浮き上がり、霧が少し出てきた程度であった。

それが、次第に獣の呻き声のような物が聞こえ始め、複数の蠢く影を見ただの異臭がする等、近隣にある街の住人達は不審に思って水道業者に連絡を入れ、二人の整備士が現場に向かった。

 

「猫でも溺れてんのか?」

この歴二十年となるベテランの整備士は獣の呻き声にそう言葉を漏らした。

 

「それにしては多すぎやしませんか。鳥の群れでも溺れてるんじゃないですかね」

欠伸をする気だるげな整備士の青年はペンライトを左右に振る。

 

ビタビタビタ ビタビタビタ ビ

 

「今何か……蝙蝠かな」

 

光を避けるように散らばるナニカ。青年は近づいて確認しようと―――

 

「あ?どこ行った田中の奴」

 

ベテラン整備士が気付いた頃には青年の姿は消えていた。

 

 

 

地下水道に繋がる配管を通じて大量の怪魔が地上へ溢れ出した。聖堂教会から遣わされた監督役『言峰璃正』は直ぐ様事の究明と神秘の秘匿、そして事態の収集に急いだ。―――が、調べて間も無くして明らかとなる数百を越える怪魔の軍団やその大元と思われる巨大な怪物の姿。少ないが既に犠牲者も出ているらしく……そのあまりの規模に個人では手におえないと悟った。

 

過去の聖杯戦争で回収された未使用であった令呪を監督役という立場から預かっていた璃正は、その令呪を報酬に全マスターの協力を呼びかけ、怪魔の根絶とその親玉の討伐を要請した。

 

「ハァァッ!!!」

「AAAAlalalalalalaie!!!!!」

現在、その波を食いとどめるのはランサーとライダー。河原から溢れだし、異常を異常と認識出来ずたむろう一般人に向かって移動する怪魔にランサーの槍が走る。

「どうするランサーのマスター!このままでは、ジリ貧だぞ」

紫電が走り抜け数十の怪魔が黒こげとなる。

 

それをホテルから眺めていたケイネスは煩わしそうに舌を打つ。

セイバーのマスターの護衛にしてやられ、下半身部分の魔術回路の大部分を切り離す事となったケイネス・エルメロイ。下半身麻痺という最悪の事態こそ避けられた彼は今、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を硬質化させた杖を突いて思考を巡らせる。

 

(ヤツが宝具の使用を躊躇っているのをみるに、余程燃費の悪い物かランサーと同じく対人に特化しているのか……クソッ怪魔の群れならまだしもあの化け物には届かない!)

 

予備の回路を回し宝具の使用を極限まで抑えているが、傷の回復に魔力を配分する余裕すらなく、血の滲んだ包帯を巻くケイネスはランサーの宝具を撃てて一発、良くて二発といった所だろうと当たりをつけ、吐き捨てるように念話を送る。

 

「ライダー!我がマスターは術者を探る為に時間稼ぎをしろとの事だ!」

「ハァ!?そいつはどれぐらいになる!」

「早くて三十分だそうだ!」

 

これ程の大魔術、個人のマスターで賄える訳がない。魂喰いか龍脈から直接魔力を吸い上げているとでも云うのか。どちらにしろ、目立った“跡”がある筈だ。ケイネスはなけなしの魔力を使い、複数の魔術礼装を起動する。

 

「神秘の秘匿もせぬ、魔術師の面汚しめ!

貴様が如何に人理に讃えられる栄光の魔術師(キャスター)であろうと、このケイネス・エルメロイを舐めるなよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「三十分か。なぁ……坊主、余はちと無理をしようと思う」

 

戦車を走らせ怪魔の群れを蹴散らすライダーは落雷を放ち、神妙な面持ちでウェイバーを見る。

 

「宝具を使うぞ」

「はぁ……はぁ……勝手にしろッ!」

 

良くも悪くも魔力消費が少なく、魔力回路を半分近く失ったケイネスだが、残された回路本数は未だ一流の域にある。そんな彼でさえ、魔力残量を気にするのだ。

まして、その域に及ばぬウェイバーの顔は病人のように青ざめ、呼吸は荒く不規則。

この状態での宝具の使用はマスターにとってあまりに負担が大きい……。

 

それでも尚、ウェイバーが撤退や令呪を切らないのは『覚悟』を決めているからであろう。

アーチャーやバーサーカーのマスター等の強敵を目の前に彼は、今の自分達では勝ち残る事は不可能と理解し、令呪の補充は多少のリスクを乗り越えてでも手にいれるべきだと決断を下した。

 

それは、ウェイバー・ベルベットがロード・エルメロイⅡ世へと変わっていったように。

しかし決定的な違いとして彼はライダーに絶対的な安心よりも、女の美しさに我を忘れるという心の隙を見た。

彼は臣下でも従者でもなく同じ景色を見る友としての道を選択し、臆病な精神は屈強な軍師の卵へと進化したのだ。

 

「僕は、こんな所で死ぬつもりは……更々ないぞッ、ライダー!お前が必要だって思うなら、僕もそうなのかと考えて、そして必要だと判断した!……思う存分暴れてこい」

 

ライダーはニヤリと笑みを深める。

未来永劫、この少年が王の背を追う戦士達の一端に加わる事はないだろう。これはある種、運命への決別と言っていい。未来ある大軍師を征服王はみすみす逃してしまった。

 

だが、何と言うか、こういうのも……悪くない。

 

「立て、()()()()。我が夢見た最果てを見せてやろう」

 

夜の闇を裂いてある筈もない日の光が辺りを照す。

乾いた大地と水辺を失いジタバタと暴れる怪魔達。その眼前の先にあるライダーとウェイバー

――そして

 

「さぁ再び集え、共に最果てを見た猛者達よ!」

 

数百、数千……数万はいよう屈強な戦士達。

(固有結界に英霊の連鎖召喚だって……?)

魔力に余裕さえあれば大声でも上げて驚いたのだが、これほど大規模な大軍、いや対軍宝具の真名解放を前に意識は朦朧として、気を保つので精一杯だ。

 

「やっぱ、スッゴいなお前……僕もお前を支えられるぐらい強くならないといけないのに、壁は厚いよ」

 

ウェイバーは改めて知る大王の偉大さに目を細めた。

 

 

 

 

 

「疑似サーヴァントの実現にはやはりデータが足りないか」

 

暗がりの中、デスクトップに映る奇怪な魔術式を眺める彼女は眉間のシワを指で解す。

 

「現状では霊基に干渉することも叶わず、魔術で焼きばめた偽の記憶による制御調整が限界である。

また本来起源弾ごときの神秘で英霊が傷つく訳もなく……あれもまた不完全には変わらない、と」

 

生まれて初めて書き上げた論文をファイルに保存し、電源を落とす。

 

「桜、紅茶を頼めるかな」

 

「いいけど、またお腹壊しちゃうよ?」

 

「構わないとも、だが充分冷ました状態で頼む」

 

闇に潜み、思わぬ時間を得た間桐揺月。

この時代で最先端のタワー型PCを入手した彼女は幾つかのスーパーコンピューターを経由して気紛れに衛星にハッキングし、カルデアの研究データを盗み出そうとしていた。

しかしこの世界でカルデアは存在しないのか、はたまた独自のネットワークを築き、完全に孤立しているのか南極へ定期的に魔術協会から調査員が派遣されていること以外の情報は掴めなかった。

 

暇を持てあました彼女はこれまでの成果を論文へまとめる事で時間潰しに勤しむ。

 

「……ん?」

 

「どうしたのお義母様?」

 

たった今、盗聴防止の結界が発動した。

 

「いや、何でもない」

 

桜が持ち上げるお盆から紅茶のカップを受け取り口に当てる。

 

(……愚かだ、ケイネス・エルメロイ。貴様はこの瞬間セルフギアススクロールの誓いを侵した。

絶対不可侵という至極単純故に境界の曖昧なそれを知って、まさか広範囲の探知魔術を行使するとは……もう馬鹿としか言えん)

 

嫌悪感に満ちた顔で紅茶を飲み干す。

 

今頃、彼の魂は破壊されているのだろう。彼にはキャスター討伐まで生き残って欲しかったが、焦りで冷静さを欠いたと言うならそれはもう策とも呼べん愚行に過ぎない。

 

「どれ程優れた魔術師であっても終わりというのは呆気ない」

 

ライダーだけでキャスター討伐は可能だろうか?

遠坂時臣ならアーチャーに乖離剣の使用を令呪で命じるかもしれんな。

魔術師のお手本として見習う所が多かった……尊敬していたとも言える相手の無様な最後。

いつか彼の講義に参加する事を秘かに楽しみにしていたというのに――興醒めだ。

 

「次は我流の概念受胎の術式についてまとめてみるか」

 

胸の蟠りを紛らわそうと彼女はキーボードに指を走らせる。

 

 

 

 

 

間桐揺月が自らの考案した魔術理論を整理している中、ケイネスは自爆したかに思えて……又もや、ギリギリで生を繋いでいた。

 

「ハァッ……ハァ…ハァ…ハァ…」

 

間桐揺月との間に立てたセルフギアスクロールの内容を誰よりも知る彼は、此方にその気がなくとも広範囲に働く探知魔術など使えば不可侵を破ったとして呪いが発動する物だと言うのは理解していた。

 

セルフギアスクロールの呪縛から逃れると言うのは容易ではなく、前代未聞である。

保険に掛けていた魔術礼装が上手く作動してくれた。

心身共にボロボロとなった彼は一か八かの賭けに勝った事実に拳を握りしめ、ランサーに念話を送る。

 

―術者はあの怪物の中央だ!―

 

その待ち望んでいた一言に震えるランサー。

 

「今こそ、我が主に忠誠を示すとき!」

 

二双の槍はこれ迄にない魔力を帯びる。

20メートルの距離を一瞬で0に、空に跳び出す。途端に四方から襲う触手の群れを切り裂き時には足場にし、宙を駆けるが如く疾走する。

 

「抉れ!破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)!」

 

そして破魔の槍先が怪物の胸元を抉り

 

「オノレオノレオノレオノレオノレオノレ!!!!!!」

 

憤怒に顔を歪めたキャスターは雄叫びを上げる。

 

「穿て!必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)

 

必殺の一撃がキャスターの霊核を貫いた。




揺月「約束破ったな!はいっ死刑ー!」
ケイネス「私は魔術礼装を身代わりとして特殊召喚する!」


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キャスターの退場

怪物の中に潜んでいたキャスターはランサーの槍に霊核を砕かれた。

キャスターは苦しそうに唸り、苦痛に歪めた顔でランサーに手を伸ばすも…途中で力なく地に伏した。一冊の魔本が手から滑り落ちて灰となる。

「…………やったか」

 

ランサーは地面に傾くように振動する怪物の上から消え行く怪魔共の姿を見下ろし、そしてもう一度キャスターを見る。

死人のように白濁とした瞳から線を描く乾ききっていない涙跡。ライダーと接触した際にバーサーカーのマスターの亡骸を抱き上げ泣き叫んでいたというが……あれからずっと泣いていたのだろうか。

 

だとすれば、このサーヴァントにとってあのマスターはとても大切な存在だったのか。

 

(……それもまた愛の形か)

 

キャスターの肉体は霊子の粒子と散り始め、ランサーは何とも言えぬ顔をしてそれを見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勝ったな」

「まさに完勝よ!」

 

小さな切り傷から打撲傷まで魔力もすっかりカラカラになってしまった二人は、地べたに寝そべり笑い合う。

 

(ここまで、心踊る戦場はいつぶりだろうか)

 

人と怪物――王たる自らも剣を取って最終的には槍を構えたウェイバーまでも巻き込んだ大乱闘。生前にやっていればスキルの一つ二つ加わってもおかしくない怪物殺しを彼らはやり遂げた。

 

星屑のように空を舞う怪魔達の霊子の残骸を眺めながら彼は思う。

 

(そうさな、女一人にうつつを抜かしているようではこの夢を見る事が叶わんかった―――あぁ、楽しかった。)

 

余の心象風景を映し出した世界が怪魔共の血の海に沈み、我が戦友達の誰だったか「これが、オケアノスか!?」なんて叫ぶものだから内心笑い転げ、そいつはヘファイスティオンにぶん殴られていたんだったか……。

 

ライダーは憑き物が落ちたような晴れやかな顔をして起き上がる。

 

「どうだ、ウェイバー。余の臣下達は」

 

「最高だよ」

 

「なら、どうだ?今からでも余の臣下に加わる気は?

剣士としては論外で、槍兵としてなら使えん事もないが……度胸だけなら我が戦士達に比肩する。何より余が気に入った!今から厚待遇で迎えいれるぞ」

 

「……お前、やっぱり勧誘とか才能ないな」

 

「中々……痛い所を突くの」

 

「それに言ったろ、後ろ姿を追うばかりじゃ見えない物もある。女性一人を追いかける王の背中に続く部下達の気持ちも考えろよな?

……僕は、そういった時に道を正せるような……“先生”みたいな存在になりたいんだ」

 

ウェイバ―は鉛のように重い腰を上げて座り込むライダーの横に移動する。

 

「僕が歩くのはお前の横だ」

 

照れ隠しのつもりか視線は上へ向き、ライダーもつられて上を見る。

 

「この戦いが終わったら時計塔に帰って一からやり直さなきゃ――なんだ?」

「やはり生きておったか」

 

二人は無数の何かが蠢く羽音を拾い、飛蝗のような蟲の大軍の上に立つバーサーカーを発見する。

英霊はマスターなしで現界し続ける事は出来ない。

死んだかに見えたバーサーカーのマスターは生きていて、キャスターが討たれるまで機を窺っていたという……つまり、そう言う事だろう。

 

「マスター、いざと言うときは迷いなく令呪を使え。ヤツを相手に令呪の一つや二つで済むと言うならお釣が来るぐらいだ」

「あぁ、分かってる。だけど……あの爺さんは?」

 

バーサーカーの横に立つ腰を曲げた老人。

間桐揺月の姿も見えず正体不明の老人に二人が疑問を抱く中、ウェイバ―はその老人と目が合う。

 

「成る程……お主がライダーのマスターじゃな」

 

「誰だお前」

 

「カカカ!威勢のいい小僧じゃ。儂が誰か知りたいとな?ならば教えてやろう。」

老人は右手を、赤い刺青の施された一画の令呪を掲げる。

 

「まさか新しいバーサーカーのマスター!?」

 

「如何にも、バーサーカーのマスター間桐臓硯とは儂の事よ」

 

 

 

 

「先ずは頼まれた物を優先させるとするかの」

 

臓硯はバーサーカーに命令を下し、キャスターを内包する怪物の亡骸へと向かわせる。

大量の蟲がバーサーカーの足元へ移り、空を滑るようにバーサーカーは動いた。

 

「さて、小僧、ライダーのサーヴァントよ」

 

蟲達は四散するように臓硯の足元から消えて地に降りる。

不気味な笑みを浮かべた彼は杖をついて彼らの顏を覗きこんだ。

 

「サーヴァントなしで僕達とやり合う気か」

 

その引き摺り込まれそうな雰囲気にウェイバーはこの間桐臓硯という老人が只者でないと悟る。間桐揺月のような得体の知れない不気味さは感じられないが、魔術師としての腕は自分を遥かに上回るだろう。いや、もしかすればケイネス・エルメロイすら越える逸脱者かもしれない。

 

ウェイバーはゴクリと唾を飲んで思考を巡らせる。

――だけど、いくら強くたって英霊には及ばない筈だ。

何でだ?何でこいつは、こんなタイミングでバーサーカーと離れた?

……戦闘する気はないとか?

いや、それにしたって無防備過ぎるような……

 

「まさかッ」

 

その閃きには確かな根拠があった。

英霊に臆さぬ度胸、それを裏付けるアサシンを相手どるほどの技量、騙し討ち――高度な幻影魔術。そうだ。自分は何を悩んでいたのだろうか。

ウェイバーはライダーに念話を送る。

 

(ライダー、僕はアイツが変装した間桐揺月なんだと思う)

 

(……うぅむ、まぁヤツほどの強者が易々やられるとも思えんしサーヴァントを奪われるなんて死んでも侵しそうもない失態だが……)

 

その意見には概ね肯定的だが、如何せん確証が無さすぎるとライダーは半信半疑らしい。

ウェイバーとて間桐揺月が態々間桐臓硯なる者に化ける意味も真意も見出だせず、謎に思う部分はある。

 

(お前って真名がバレると不味い弱点とかあるのか?)

 

(生前の死因とかだったか?

英霊になってから樽一杯ぐらいは酒を飲んだが平気だったからなぁ~思い当たる節はない)

 

(そうか)

 

もしかしたらアサシンのように生前の弱点となる存在が間桐臓硯と関連するかと思ったが違ったらしい。

アサシンを倒した時に見せた骸骨の騎士の幻影は、恐らくアサシンにとって崇拝する神や従える王のような存在であった事はあの場にいる誰もが察する事が出来た物だが、今回はそういった物ではないようだ。

 

本当に間桐揺月は殺されてサーヴァントまで奪われたのだろうか。

姓は同じだから臓硯という存在は親族に当たる存在なのだろう。親族という心の隙をついて背後から襲えば……やはり無理では?

 

 

「カカカ!揃いも揃って……愉快愉快!」

 

そんな知恵を振り絞る彼らに嗄れた老人の笑い声が滑稽だと吟う。

 

本体こそ別の所にあるが、間桐揺月の変装ではなく彼こそは正真正銘の間桐臓硯。

五百年の猛念の末、魔術師としての野望は摩りきれ、不老不死を求める魔性にまで落ちた怪物は、とある対価を条件に彼女の提案を受け入れた。

 

「安心せい、儂に貴様らを潰す理由はない」

 

満身創痍ながら闘志を燃やす二人を一瞥し、臓硯は霊核が砕け消滅間近となるキャスターの亡骸を肩に抱えたバーサーカーを呼び寄せた。

 

彼は和服の内から取り出した蠢く肉袋をキャスターの霊核があった場所へと押し込める。

 

「――では、もう二度と会う事もなかろうて。精々悔いのない余生に浸るのじゃな」

 

その言葉と共に地面の影という影から溢れだした蟲が臓硯とバーサーカーを覆い、空に伸びる。

下手に深追いする余力のない二人はそれを見つめ、バーサーカーと衝突したと思われるランサーの下へと急いだ。


 

臓硯「バーサーカーと散歩してきていいかの?」

揺月「ついでにお使い頼んでいい?」

 

Q,五次聖杯戦争時の間桐揺月の実力

 

《観測次元の魂なし》

近接戦士としてエミヤと張り合い、魔術師としてはメディア(サーヴァント)を純粋な決闘で打ち負かす。

根源到達の為なら子を殺める事も辞さない冷酷非道な一面のある一方で、慎二にアトラス院への招待状を用意(盗みだ)したり義姉の桜に虚数魔術の扱いを施す等、意外と面倒見のよい一面もある。

聖杯戦争でも、衛宮士郎に辞退を進めたり、遠坂凛を三度まで桜の姉であるという理由だけで見逃したり――最終的には全員殺すにしても情けをかける優しい場面も見られる。



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生命延長上の祈り

「宝具も消滅し、霊核も砕かれてしまったか」

 

新都を包み込む、柔らかな陽日に照らされ廃病院。

その手術台の上に寝かされたキャスターの亡骸の傍らに間桐揺月はひっそりと佇む。

 

「ジル……私は偽物なんですよ?」

 

ジャンヌ・ダルクの姿でそんな事を言っても死体は喋らない。変装を解いた揺月は冷たくなったキャスターの頬を撫でて薄く笑う。

 

「……貴方は本物だとは言ってくれないか」

 

この器にキャスターの自我は残されていない。

彼女はギルガメッシュから賜った杖を振るい、強固な結界を展開する。それは、戦場から離れた彼の遺体を辱しめないためのせめてもの慈悲か。哀れむような何処か寂しげな表情の窺える揺月は踵を返す。

 

すると、一体どういう事なのだろうか。

 

キャスターの遺体は身を起こし、胸に埋め込まれた消滅防止の為の肉塊が跳ねるように脈動する。

 

『コノ星ノ癌……間桐揺月。貴様ハココデシネ』

 

無機質で機械的な声が彼女の脳内を反芻する。

 

「……なんだと?」

 

揺月が振り返ればキャスターの面影を一ミリも残さない、強いて例えるならば吸血鬼のような二つの牙を生やし黄金の髪と紅色の瞳を持つ二メートルほどの女型の怪物がそこにはあった。

 

「まさか、ガイヤの干渉……いや、この世界でガイヤの力はアラヤよりも弱い筈。何より聖杯には抑止力への対策が施されているのだぞ……ガイヤが動けばアラヤが動く……アラヤの抑止力である英霊をガイヤが使う……?」

 

キャスターのエーテル体を分解し再構築されたと思わしき怪物に、彼女は疑問を抱く。状況的に見れば数多の並行世界で『私』を排除又は追放してきた『星が願う生命延長上の祈り、その無意識集合体たる《抑止力(ガイヤ)》』が、観測次元の魂を取り入れ、あり得ない速度で成長していく私を即座に排除すべき害悪と判断したかだが……今の私は外宇宙からの干渉体でもあると言うのに、観測次元の記録の価値はもはや風前の灯火か。

 

「そんな壊れかけの玩具で私を廃するつもりだと言うなら随分と嘗められたものだ」

 

外見上は怪物のようでも、純粋な英霊としてのスペックはキャスターを少々弱体化させたといった所。

ここは霊地でも何でもない街中の廃墟だ。地脈から魔力を吸い上げるという荒業も使えないこの場所で、私の敗北はありえない。

 

「その体は桜の虚数魔術の実験材料として役立てる為に残したんだ。ガイヤよ、人の物をくすねて人殺しの道具に使おうとは……中々どうして、ムカつく事をしてくれるじゃないか」

 

『我ハ星ノ代行者、星の存命ヲネガウモノ』

 

交渉の席につかない相手への対処とは古来より暴力と相場が決まっている。

魔杖を取り出した揺月は根源到達の障害として排除する事を決めた。

 

「私の魔術回路の鍵はこの名に由来する

――水面に映った月を揺らす。つまりは波紋だ。」

 

天上を見上げ涙する彼女。その瞳から雫がこぼれ落ちた時、爆発的な魔力が全身を駆け回る。

 

「言葉にするのは三流……沈黙を魅せるのが一流だよ」

 

 

此処に、人と星の戦いが始まる。




ジル「あぁ、ジャンヌ。そんなに私の事を…」
揺月「娘の為に用意した実験道具が!」


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最終章~終焉の火蓋~

早朝。

 

「あぁ、セイバー陣営はその提案を受け入れよう」

 

横にセイバーを従えた衛宮切嗣は対面する老人から渡された書類に目を通し、ペンを取る。

 

「カカカ、そう決断を逸るな。聖剣を対価にそちらのホムンクルスを差し出せと、いくら小聖杯の器と言え……気高き騎士王様が許すかどうか。

貴様はサーヴァントの不信を買うだけになるかもしれんぞ?」

 

切嗣のペンを持つ手が止まる。

 

(サーヴァントの不信などどうでもいい……)

 

この決断に至るまで彼は幾度となく思考を働かせた。

アイリを救い、イリヤを救い、そして世界から争いを失くすハッピーEND。

そんな幻想が実現出来る訳がないのだと、衛宮切嗣の人生が物語っているというのに、彼は幻想(いつわり)に縋って現実から目を背け続けてきた。

 

アイリスフィール・フォン・アインツベルンという聖杯の殻はもうあまり長くない。

間桐揺月の手によってアサシンが。

ライダーとランサーによってキャスターが。

漁夫の利を得る事となったこの老人の手でランサーが小聖杯へと変換された今、人としての機能を殆ど失ってしまった。

 

あと二騎のサーヴァントが還元されればアイリスフィールという殻は完全に破壊され小聖杯を呼び水に大聖杯が降臨する。

 

アーチャー、ライダー、バーサーカー。

 

真名の割れているイスカンダル王は勿論、無数の宝具でアサシンの端末を蹂躙したアーチャーに他者の宝具を強奪できるバーサーカー。

ここまで残ったマスター達だ。当然、魔術使いの『暗殺』何て言うお遊びには平気で対処してくるだろう。

――宝具無しで勝てる相手じゃない。

最も勝率が高いそれ故、最も残酷な手段を切るときが訪れた……それだけだ。

 

「構わない。彼女も同意してくれた」

 

暗い瞳をした男は、自らの甘さを綺麗さっぱり払拭してくれた強い女性に感謝する。

もし、彼女が生を惜しんだり、別れを悲しんだりすれば、きっとこの男は冷たい仮面を脱ぎ捨てて何処までも愚かな道を進み、きっと下らない最後を迎えたに違いない。

 

切嗣が自己強制証明(セルフギアス・スクロール)にサインを終えたのを確認して嗜虐に顔を歪めた臓硯は言う。

 

「では、我がバーサーカー陣営とセイバー陣営は打倒アーチャーに向け同盟を結ぶ事をここに宣言しよう」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

《現在の状況》

 

【セイバー陣営】

マスター衛宮切嗣(サポート舞弥、ホムンクルス)

セイバー(真名アルトリア・ペン・ドラゴン)

宝具なし→宝具返還

バーサーカー陣営とアーチャー打倒を目的に同盟を結んだ。

 

自己強制証明(セルフギアス・スクロール)により、同盟状態であり続ける間、バーサーカーとそのマスターに一切の危害を加えられないばかりか、小聖杯の器たるアイリスフィールを奪われ、アーチャー打倒後(同盟解消後)のバーサーカー陣営との戦闘で宝具の真名解放をしないようにと縛り付けられた。

 

【アーチャー陣営】

マスター遠坂時臣

アーチャー(真名ギルガメッシュ)

 

不仲。

 

 

【ランサー陣営】

マスターケイネス・エルメロイ

ランサー(真名ディルムッド・オディナ)

 

最後まで互いを理解し合えなかった故の呆気ない最後。魔術回路の半壊や魔術刻印の欠損を理由に数年後ロードの座を降り、妻のソラウと時計塔から離れた別荘でひっそりと余生を過ごした。

 

【ライダー陣営】

マスターウェイバーベルベット

ライダー(真名イスカンダル)

令呪二画→三画

 

ダークホース。令呪も一画加わり、互いが胸をはって『親友』と言えるこの聖杯戦争で一番仲の良いコンビ。

マスターの魔力不足が難点だが、令呪の使い時さえ誤らなければ……もしかすると、もしかする。

 

【キャスター陣営】

マスター雨生龍之介

キャスター(真名ジル・ド・レェ)

 

友を失った雨生龍之介は晴れて聖杯戦争の部外者となり、今日も殺人鬼として、冬木の街をさ迷う。

 

【アサシン陣営】

マスター言峰綺礼

アサシン(真名ハサン・ザッバーハ)

 

英霊の座で初代様に土下座するハサン達。

言峰綺礼は遠坂邸を離れた。

 

【バーサーカー陣営】

マスター間桐臓硯

バーサーカー(真名ランスロッド)

 

根源到達の夢を持たぬ怪物は五騎のサーヴァントが小聖杯に還元され、大聖杯が顕現した時点でランスロッドを自害させ、六騎分の中身を消費して不老不死を願うつもりだ。

 

 

【抑止力】

アンリマユが受肉しそう……でもしないかも。

間桐揺月があり得ない速度で成長している。早く消さなければ……でも外宇宙の干渉のせいで守護者を召喚出来ない。

 

色々とごちゃ混ぜになって最終的に真祖擬きを送り込んだ。




私の作品は長期化させるとグダり、評価がイエローになった事から今回も読者皆様を不快な思いにさせてしまうような結果となってしまいました。
――よってあと※話で完結させます。


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最後の夜

「うむっバイキングとは素晴らしい文化だ!」

 

最寄りの駅から比較的人目の少ないバイキングチェーン店の中央の席に腰掛け、大皿に積み上げられた料理の数々を腹に納めていくイスカンダル。

痩せた財布を握りしめ、これが食い放題でなかったら……と顔を青ざめるウェイバーは背に腹は変えられぬと涙を飲んだ。

 

キャスター討伐後。

宝具の使用と損傷により大幅に魔力を失ってしまった彼ら二人は森に出向いては狩りを行い、街に降りては食事をして獣や有機物から僅かな魂を少しずつ摂取し魔力供給に充てていた。

 

所詮付け焼き刃に過ぎないが、何もしないよりはマシだろうと他の陣営の動向を探りつつ力を蓄え続け――そして今日。

 

(セイバーとバーサーカーが手を組んだか)

 

顎に手を当てたイスカンダルはパワー馬鹿にみえて意外と戦略にも長ける。伊達に征服王と後世に語られている訳ではないのだろう。彼は恐らくはアーチャーが狙いだと予想を立て、傍らのマスターを見る。

 

実を言うとセイバーとバーサーカーの同盟を見抜いたのはウェイバーの功績だった。

彼自身は魔術師として三流の手だと謙遜するが数少ない手札で最良を得られるというのは戦場で最も求められる物である。

 

(戦士というよりは軍師向きか……)

 

ライダーは才能の片鱗を確かに感じ取り、同時にマスターが他のマスターでなくて本当に良かったと心の底から思った。

彼が言うには本来ライダーはランサーのマスターに召喚される筈で、あんな独善的で戦争を舐め腐った輩の下では勝ち残るどころか序盤でこのマスターに足を掬われていただろう。

 

「ライダー、おいっ。話聞いてるのか?」

 

「……ん?あぁ」

 

話半分に思考に耽ていた。ウェイバーのジト目が刺さる。

 

「まぁ……いい。最後に確認するけど、アーチャーが倒されれば、セイバーとバーサーカーの同盟は解消される。バーサーカーのマスターはセイバー陣営にとって何か不利な契約を結ばせている筈だし、そのまま叩こうとするだろ。そして五騎のサーヴァントが倒された時点で聖杯は降臨するらしい。そしてなにも、根源到達を目指す為じゃないなら七騎全てを聖杯にくべる必要はない」

 

「つまりそれはあれか?」

 

ライダーもその意図を察したらしい。

 

「あぁ、アイツらが必死こいて戦っている間に先に願いを叶えちゃおうって戦法」

 

何も根源到達だけが参加者達の願いではない。

聖杯戦争の暴れ馬共は顔を見合わせニヤリと笑みを作った。

 

 

 

 

 

 

「――おかあさま」

 

黄昏時、魔術的に保護が為された温かいハンバーグをつついて幼女は悲しげに呟く。

 

(……直ぐに帰って来ると言っていたのに)

土産を期待して良い子で待っていろと。確かに彼女はそう言った。けれど、帰って来なかった。

 

二人分に残された揺月の分のハンバーグ。空腹に耐えかねて手を出してしまった幼女はもしや、自分が義母の分を食べてしまったから怒って帰って来ないのではないかと。途端に不安になった。

 

「ごめんなさい……もう食べないから…置いてかないで。もう一人はいやな、の」

 

明るい瞳に暗いものをおとしてポロポロと涙を流す。

それを拭ってくれる姉も母も胸を貸してくれる義母もここにはいない。

彼女はテーブルに俯せ、声が枯れるまで涙を――。

 

「桜……私だ。開けろ」

 

間桐揺月の声が結界の張られた扉の外から響いた。悲しみに暮れた顔を一変して飛び込むように扉を開けた桜。

そんな彼女は息を飲む。

 

「……ギリギリだ。ギリギリ勝ちを拾えた」

 

倒れ込むようにしてソファーに腰掛ける揺月は何処を見ても赤い液体に濡れていて肩は猛獣に喰いちぎられたように抉れている。

――それも、変身が解けた状態でだ。

桜よりも一回り小さい彼女はその体躯から命の危機に瀕するのは想像に難くない夥しい量の血を流して荒い息を溢している。

 

「おかあさま!」

 

桜はパニックになりながらなんとか飛び付こうとする自分を抑える。こんな状態で無理をさせれば、それこそ手遅れになってしまうと無意識に感じとったのかもしれない。

服を握りしめ不安で押しつぶれそうな感情を叱咤し、何かしなければと家の周囲を見渡す。

 

赤と青のステッキ。ホルマリン漬けのヘンテコな生き物。何かの書類の山。七枚のタロットカード。小箱に収められた宝石。でかい鏡。黄金のカップ。盾の置物。黒い拳銃。

 

その中でも黄金のカップに視線を吸い寄せられたような気がした桜はそれをとって揺月の前に立つ。

 

「……龍脈から魔力を結晶化させただけの小聖杯擬きか」

 

力なく目を見開く揺月。気紛れに鋳造したそれは当然ながら願望器としての機能やそれだけの魔力リソースも備えていない。

そんな物を持ってきて何をしようと云うのか。疑問に感じたが、ガイヤからの刺客を相手に想像以上のダメージを負わされた彼女は兎に角、体力回復に努めなければと眠りに落ちた。

 

「見ているんですよねおじいさま」

 

それ故、桜の内に秘めた本性を目にすることは叶わない。

 

『気づいておったか』

 

元々、彼の本体は自分の中にある。お義母様を警戒していたこの人が聖杯戦争が本格化してから不干渉を貫くというのは無理がある話だ。

揺月が施した殺虫魔術により、下手に監視の目をつけることは出来なかったようだが、安全な場所から聞き耳を立てるぐらいの事はしていても可笑しくないと彼女は思っていた。

 

「これでおかあさまを、たすけることができますか?」

 

そして魔術師見習いですらない私なら未だしも、これだけの力があればお爺様なら何とか出来るだろうと考えた。

 

『不可能ではない…だが、移植した魔術刻印は問題なく作動しておる。黙ってみていても問題はなかろう。まぁ四次が終わるまで目を覚ます事はないだろうが』

 

臓硯は今回の聖杯は譲る気はないが、身内の誼みか次の聖杯は揺月に譲ってもいいと考えている。

根源到達にしろ、自分のように永遠を求めようが、何も言うまい。

魔術刻印が問題なく働き治癒魔術を読み上げているから死ぬ事はないだろうし、今下手に傷の手当てをして戦場に舞い戻られでもしたら此方として不都合しかない。

 

「……そうですか」

 

桜は安心したのかほっと息をつく。

 

『えらく落ち着いているな?

揺月の異常性は今に始まった事ではないが、只の小娘であった貴様にこのような一面があったとは。カカカ、揺月が知ればさぞ驚くであろうな』

 

臓硯の言葉を聞き流し、桜はバケツと雑巾を取る。

今の自分には血で汚れた床を掃除するのが精一杯だろうと嘆息し、蛇口を捻った。

 

――ただ、おちついているだけ。もっとかしこく、はやくおかあさまみたいにならないと――

 

 

暗い瞳には小聖杯擬きが映っていた。

 

 

 

 

 

 

時臣邸。

 

当初はあの難攻不落の要塞からどうやってマスターを引きずり出すか考えていた切嗣は苦笑する。前方には聖剣を掲げた騎士王がいて、あれからアーチャーに強襲でもかけたのか黒い稲妻の走った真新しい宝具を脱力して構えるバーサーカー。

既に近隣住民の避難は終えており、戦闘の被害を気にする必要はない。

 

「やれ、セイバー」

 

切嗣は命令する。

 

「了解した」

 

これから行われる悪辣非道な行いに微塵も動揺した様子もなく、彼女の聖剣が光を帯びた。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

目が眩む強烈な閃光が一振りの刃となりて遠坂邸の防衛魔術を塵芥のように破壊していき直撃。

轟音を立てて屋敷は全壊し、予定調和の如く憤怒を滲ませた顔で表れたアーチャーへバーサーカーが一番槍に突撃する。

セイバーは一足遅れてそれに続き、アーチャーの背後に漂う黄金の波紋から射出された宝具の雨を風の魔力で吹き飛ばした。

 

『遠坂時臣の殺害に失敗』

 

切嗣の無線に戦闘用ホムンクルスからの情報が届いた。

 

「状況を説明しろ」

 

『遠坂時臣はアーチャーが展開したと思わしき結界の中で気を失っているのを確認しましたが、既存の武器でその守りを破るのは不可能と判断いたしました』

 

切嗣はスナイパーライフルのスコープからそれを確認する。

 

「全ホムンクルスへ通達する。時臣暗殺の命令を破棄し、ライダー陣営の横槍を警戒しろ」

 

『『ハッ』』

 

無線を切り、今までの分を吸い上げるように消費されていく魔力量に切嗣は僅かな目眩を覚えた。

 

 

 

そして、時を同じく。

 

「――私は、問わねばならぬのです」

「綺……礼?」

 

父の背中を突き抜けた黒鍵の刃。

感情の宿らない顔をした男は血を流し、気を失う父から令呪を抜き取り、傷を塞ぐ。敢えて内臓は避けていた。

その行いに何の意味があったのかは不明である。ただ満足のいかぬ物であったのか、表情を曇らせ鮮血の滴る黒鍵を投げ捨てた言峰綺礼。

 

「……間桐揺月」

 

濁った瞳で月を眺め、人名を呟く。その唇は小さく弧を描いていた。




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決戦と矛盾

アルトリア・キャスターを引いてテンションが上がったので……(気の迷い)


地獄を見た

 

地獄を見た

 

何れ己が至る地獄を見た

 

 

 

 

 

 

「射潰せ!『千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)』『万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)』!」

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)ァァァ!!!」

 

赤き太陽の下で舞う星々の煌めき。

大地を切り裂く大剣が繰り出す地響きと崩れ落ちる家屋。

 

銀色の息吹が空に舞い……

 

「士郎ッ!!!?」「士郎!」

 

その頬を赤い液体がべっとりと濡らす。

 

「あ、あ゛あ゛ぁぁぁ!!!」

 

止まない血の雨。

赤毛の少年の慟哭はその地においてあまりにも小さく…矮小で、誰の耳にも届かない。

 

 

 

 

 

 

 

アーサー王の宝具の真価は解き放たれた。

『約束された勝利の剣』は対城宝具の威力を誇り先制として時臣邸を含む軌跡上、五十メートルの建造物を跡形もなく消し去り――ただ一人、鬼の形相を浮かべたアーチャーだけがその場に佇む。

 

 

「……痴れ者が、天に仰ぎ見るべきこの(オレ)を同じ大地に立たせるか!その不敬は万死に値する!

そこな雑種よ。最早肉片一つ残さぬぞ!!!!!」

 

 

アーチャーの四方から聖剣・魔剣が撃ち放たれ、セイバーの真名解放時から走り出していたバーサーカーはその飛び出した剣を打ち払い、砕けた剣に代わり侵食を開始する。

 

「…Arrrrrr」

「貴様ァァ……」

 

人類最高の叡知を持つアーチャーはその一時で先ほどまでのバーサーカーの得物が只の鉄細工に過ぎなかった事を見抜き――そして血のように赤い瞳に烈火のごとき炎が宿った。

 

「王の宝物を下賤の分際で簒奪したばかりか、この至高の王を前に玩具(がんぐ)で挑もうとは、どこまでもフザケた真似を!」

 

展開する黄金の波紋の数は先の十倍……いや、それ以上か。

思わず踏鞴踏み避けようとするバーサーカーの挙動すら許さず、あらゆる災や呪の込められた財を撃ち出した。

 

アーチャーの手に掛かればバーサーカーの宝具の真の能力が他者の宝具を強奪する物ではなく、手にした物を宝具に変えてしまうと察するのは容易い事。一見彼には相性の悪い相手にも見えるが、奪えきれない量でゴリ押し、また触れた途端に所有者を蝕む呪いをふんだんに詰め込んだ呪具の類いで埋め尽くしてしまえば話も変わる。

 

風王結界(インビジブル・エア)!」

 

だが、史上の聖剣に纏わせた暴風の嵐がそれらを吹き飛ばす。

ギルガメッシュは直ぐ様、あらぬ方向へ飛び散る宝具を回収するが鎌鼬のように鋭い風の刃が彼の首筋を薄く斬りつける。

 

「アーチャー、お前の首を狙うのがバーサーカー一人でない事を忘れるなよ」

 

「………ほぉ」

 

セイバーの挑発。

彼は指で傷の痕をなぞり、静かにセイバーを見る。

 

「英雄ではなく王として、この(オレ)に挑むかセイバー」

 

「故国の救済の為、貴様には死んでもらう」

迷いのない瞳をして青い英雄は、紡ぎ出す。

 

「最早、私自身が王であることに執着はしない。ブリテンが救われるなら、私はどれ程の外道にも堕ち、どれだけの苦行も受け止めてみせよう」

 

「私よりも相応しき王が存在するなら喜んでその座を明け渡そうではないか」

 

その発言は誰よりも民を思い自らを省みぬ自己犠牲の極みであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フッ、ハハハ。フハハハハハハハハ!!!!!!」

 

英雄王の破顔一笑。

まるでお気に入りの道化が披露する芸の一つがツボに嵌まったような、面白くして仕方がないという思いを体現する他を憚らぬ高々な笑み。

 

「よもや、国に尽くすだの……自らよりも相応しき王なら玉座を明け渡す等と……クッッッ貴様!(オレ)を笑い殺す気か!?」

 

全身を震わせる王は顔を抑え、趣に黄金の波紋から粘土版を取り出すと復興期に極めた速記術を用いて彼女の発言を余すことなく記述していく。

 

「何が可笑しい!!!?」

 

騎士王は叫んだ。

 

「セイバー、これが笑わずしておられぬ物か!」

 

彼は飛行船の上に立ってその記述した内容を読み上げる。

 

『最早、己が王であることに執着はしない。ブリテンが救われるなら、どれ程の外道にも堕ち、どれだけの苦行も受け止めてみせよう。

己よりも相応しき王が存在するなら喜んでその座を明け渡そうではないか』

 

「英雄の矜持を捨て、王である責務すら放棄した貴様は何だ?

――国の奴隷か?平和の為の人柱か?

いいや、違う。戦場で四肢を欠損した一兵にも劣る裏切り者よ」

 

「何!!?」

 

セイバーは心外だと顔を歪めた。

黄金の王は「脆く、儚い、騎士王であった頃の方がマシであった」そう言って、その末路を予言する。

 

それに耳を貸すべきではないのだろう。

だが、その男の放つカリスマや堂々たる雰囲気に圧倒されバーサーカーですら剣を下ろしてしまった。

 

「国とは……元より王を必要とせぬ。

王とは矮小な弱者がすがる存在として祭り上げられた根っからの人柱よ。

 

セイバー、王とはな。どれ程優れた治世を働こうと万年の平和を築こうと、疎まれ、蔑まれ、最後は拒絶される生き物だ。

 

故に王たる者はその滅びを受け入れなければならない。先延ばしにする分には構うまい、しかし(オレ)が見るに貴様は何もかもが終わりを迎えている」

 

「違う」

 

「奴らは便利な道具であり、やがて自らを内から食い破る害虫よ。そんな物に救済など与えてやるな、好きなように弄べばよい」

 

「違う!」

 

「王とは喰う者であり、喰われる者。貴様はそのどちらにも立たず中間に立って国をより良くすると言ったが、自らの理想を体現させる偉大なる王か、救済すべき民か、一体どちらの意見を尊重すると言うのだ」

 

「より正しき道を示した方だ!」

 

「王を殺せば理想を失い、民を殺せば国を失う。そこの何処に救いがある。貴様はどちらをとっても裏切り者以外の何者にもなれやしない」

 

アルトリアはその言葉に唇からぷくりと血の玉が出来るほど強く噛みしめ押し黙る。

そしてギルガメッシュは断言する。

 

「お前の在り方は酷く醜い。堕ちるとこまで堕ちたなセイバー」

 




アルトリア「(……泣きそう)」

時臣「おがッ!?」落石により負傷→リアイア
切嗣「うんっ……近づいたから終わりだな」冷静
士郎「…………」ゴゴゴゴ


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結末はair

――――賽は投げられた。

セイバーは声音を震わせ、アーチャーは腹をゆすって哄笑する。元々力量に天と地ほどの差があった両者だ。心まで削がれてしまえばその剣の重みは風の息吹を感じさせず、黄金の波紋から覗く無数の宝具は大地が震撼するほどの巨大な魔力を放ち、その唸りをあげる。

 

「……ここまでか」

 

スナイパーライフルから見通すその光景に一筋の希望すら残されない絶望を見た切嗣はそっと銃を地面に下ろす。

 

「令呪を以て命ずる」

 

撤退だ。アイリの犠牲すら飲み込んで結んだ間桐との同盟――相手の宝具を強奪するバーサーカーの能力と万を打ち払うセイバーの宝具を以てしても、あのアーチャーに弓を引く事は出来なかった。

(……数多の宝具に黄金の鎧。

やはり、生前あらゆる財を納めたとされるギルガメッシュ叙事詩における最古にして傲慢俯瞰の王ギルガメッシュ王に間違いないか)

せめてもの救いはアーチャーの真名が割れた事。

それも現状持ちうる最高の手札をさらけ出して攻略不可能という壁が立ちはだかっては元も子もない。

 

(…こんな、こんな物の為に僕は!)

 

衛宮切嗣はアイリスフィールの残り少なく……だからこそ何よりも尊き彼女の命が無駄に消費されたという事実に胃を食い破られるような錯覚を覚える。

激しい感情が胃液の逆流を誘った。

このまま全てを吐き出して泣き叫ぶことが出来ればどれだけ気が楽になったか。

 

『――きっと貴方なら私とイリヤをこの運命から救う事が出来る。例え私が死んだとしてもその想いは貴方の心の中には……』

 

全てを切り捨て冷徹な機械になろうとする殺し屋は思わず膝を屈し、折れてしまいそうになる心にここで死ねばお前は彼女の想いすら無駄にするのだと叱咤し立ち上がる。

 

「――セイバーてっ」

 

――その時である。

 

「令呪を以て命ずる」

 

声がした。声がする方に皆が一斉に顔を向ける。

セイバーもアーチャーも切嗣すらもその舞台の中央に立つ存在に注目を吸い寄せられた。

 

「此度の聖杯……あぁ、そうじゃな。アレは使い物にならぬ。

あらゆる悪の根絶に、何よりも我が真なる悲願に、あの怪物は不純物でしかない。勝手に祓うと云うのなら今回ばかりは貴様に譲ってやろう……」

 

虚空を見上げる細身の体躯にして小柄な翁。

嗄れたその喉仏を揺らし一画の赤い刺青を掲げたその老獪。

 

「馬鹿なっ!マスターとしての資格を放棄するというのか!」

 

まるで全てを諦めたような目だ。

切嗣はその一挙一動を見逃さまいと目を凝らすが、それがフェイントであるようには見えない。

あの間桐臓硯という男は間桐揺月から英霊と令呪を奪いそして、あの女が消費したのか三画ある筈の一画のみその右手に宿っている。

 

令呪の全損とは自己の英霊への対抗手段を失うと共に聖杯戦争への棄権を表す事に等しい。

 

まさか自暴自棄にでもなったのかと思ったが、契約を結ぶ時、その紙面一つからでも抜け目のない策略を覗かせていたあの老人。

 

アイリの話を聞くまでは切嗣も半信半疑だった間桐揺月の死――それを納得させる「始まりの御三家の唯一の存命者」その事実。時計塔の魔術師ともなれば多少の延命も可能とはいえ、三百年近く生き続ける人間がいることなど驚愕でしかない。

腐りゆく肉体や摩耗する魂をどうやって生きながらえたと言うのだ、

魔術協会や聖堂教会にとっては色々な意味で無視しようがない。故にしがらみがあった筈。封印指定・神に仇なす大罪人……それを乗り越え未だに人の世を歩いているのだから、あの間桐揺月を降す事も不可能ではないだろうと納得し、同盟を結ぶ為に向かいあったとき、あの女とは全く別種でありながら底冷える圧力に奴もまた化け物であることを思い知ったのだ。

 

自然と流れる汗は困惑か、それともあの老人がこのような自体になって初めて見せる動きに警戒する息づかいが自然と産み出した物か。

 

「変革せよ。王の過ちを咎め、その穢れなき宝剣を以て暗幕を切り開け」

 

 

 

 

一画の令呪が弾け、黒曜の狂戦士の内に吸い寄せられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間桐臓硯は寸前まで此度の聖杯は己が手中に納めるつもりであった。

本来であれば五次聖杯戦争を最後に計画を進めていたのだが、間桐揺月の誕生によってその計画も大幅な修正をせざる終えない状況となり、彼女がその本性を現にするまでは思いもよらぬ最上の器が手に入ったと悦楽に浸っていたのも一変―――――間桐揺月という少女は生まれながらの虚弱体質であり、高熱を出してはよく分からない事を口走り、血を吐いては悦楽に目元を緩め……ある日を境にそれは落ち着いたが、いつ死んでしまうかも分からなかい少女のせいで必要のない筈のスペアまで用意する手間になった。

 

手ずから産み出し娘のようで妹でもあるという奇妙な縁を持つ少女。

 

今でも思い出す。

ヤツの体内に核を埋め込もうとしたとき、口から炎を吐き出して『どうだ臓硯、火という魔術属性のない私がまさか炎を放つとは思いもよらなかったか?』

体の内に火袋でもあるまいに当たり前のように火を吐くその姿はなんと言ったらよいか。

あれは良い意味でも悪い意味でもこの老骨の心を脅かす。

 

 

「――うむ、見よう見まねでここまでやったがこれ以上手を出せば霊基の崩壊を招くか……」

 

「もしやと思い地下室に戻ったが……貴様ァ」

 

ライダーに焼き払われた間桐邸だが、何よりも土地に馴染み数百年と土の下にあった地下室は魔術的健剛さもあって比較的無事であった。アーチャー討伐という来る野望を前に幾つか必要になるであろう魔術礼装を取りに戻った臓硯であったが――そこにはランサーの亡骸をいじくり回す、間桐揺月の姿があった。

 

どんなドジを踏んだが瀕死の体になって仮の拠点で魔術刻印の自動治癒に身を任せている筈だが、臓硯とて本体は桜の体内の神経に紛れてこの状態は意識だけを飛ばした分霊に近い。

 

儂自身……ヤツを手駒にすることを諦めていないので魔術の教えを授けるなど以ての他。

故に間桐揺月の魔術はそのほとんどが儂の支配系統・魔術書を参考にした自己流が殆どで、唯一蟲蔵に放り込み蟲との親和性を高めさせたぐらいだ。

それだけで三流を脱し一流に手を掛けているのだから今さら、分体の一つぐらいで臓硯に驚きはない。

 

視線と表情では怒気を露にしつつ、どこか呆れかえるような思いを圧し殺して問いかける。

 

「未だアインツベルンの器が人の形を保っていられるのも不可解だと考えていたが、キャスターに限らずランサーの肉体までも利用するつもりか?」

 

大聖杯の起動には最低、五基の英霊が必要となる。

つまり二基欠けたとしてギリギリ足りる。

臓硯は小聖杯が手元にある以上……最後まで闘争に付き合うつもりもなく、六騎分の魔力を使って不老不死を願う魂胆であった。

そうだ。セイバー陣営との結んだアーチャー討伐同盟の真の目的はセイバーかアーチャーその片方の敗退。端からセイバー陣営の味方についたつもりなど微塵もなかった。

 

蟲達に命じて彼女の周囲を囲い脅しつける。

 

「――残念ながら、その推測は的外れだ」

 

臓硯は息を飲んだ。彼がそのような顔をしたのを彼女は初めて見たかもしれない。

彼女は麗らかに笑い手の上に転がすナイフを持ち変え――ランサーの霊体に突き刺す。

ヒラリと揺月を覆っていた布が落ちた。

 

「――その体は?」

 

ブリキの人形のような動きをして揺月を指さす。

それは決してありえないと感情で否定する……けれどもしかすると、本当にそうなのかもしれない。

この女に植え付けられた先入観に男の理性は一抹の感情を抱く。

 

『――汝は、なぜ死にたくないと思ったのか』

 

それを人は恐怖と呼ぶ。

雪のような髪を揺らし天女のような衣を纏う若き日に慟哭を生んだ妖精の幻影。

 

「発想の転換というやつだ。只の造り物とは違いこの体には彼女の記憶がある。この場合、私の思考こそ記録と言うべきかな」

 

長い睫毛が閉じてニヤリと笑う様はとても………偽物には見えなかった。

 

「――お前の反応で確信したぞ。我が魔術は一つの到達点に立った」

 

英霊の肉体が粒子となって解けて幻想的な光景が彼女の背後に展開される。

 

「………………ユスティーツァ」

 

個人で第三魔法を証明し、不老でありながら大聖杯の依り衣となって自我を消失させた冬の聖女。

呆然と呟くその言葉は彼女を本物であると認めた何よりの証拠であった。

 

 

「まぁお前の事だ。この魔術が未だ不完全であることは見抜いてしまうのだろう」

 

立ち尽くす臓硯にそんな皮肉げな言葉を送るユスティーツァの姿をしてユスティーツァの口調で話す揺月。

肉体はホムンクルスであることに間違いはなく、いつの間に鋳造したのやら……過去の記憶を遡ってもこの女が聖杯戦争以前に屋敷を出た記憶などない。

臓硯には検討もつかないが、この状況において一つだけ思い当たる節がある。

 

「死者の人格を憑依させたか」

 

肉体だけならまだしも、その纏う雰囲気が彼女に似すぎていた。

置換魔術の応用では似たような物がある。

最も時計塔の降霊科に属する天才達の中で更に一握りと言われる最高峰の人材が半生を掛けて何人到達出来るかどうかの大魔術だが、この女を見るに成功させたのだろう。

 

「私の起源は『偽る』その点においては抜かりないさ。私の人格こそオリジナルの表面を模写して外側に張り付けているのだから、逆に彼女(ユスティーツァ)(揺月)の真似をしているように見えるだろう?」

 

確かにその細かい仕草さ、言い回しは彼女そのものでありながら間桐揺月のように語る様は、やる気のない模倣を見ているようだ。

 

「…………特質して才能が開花したのは己の根源を知ったからか」

 

「如何にも。魔術の修練は知識になかったが起源覚醒者の記録なら“ここ”にあったのでね。私でも想定以上の結果を得られた事に喜びを隠せないでいる」

 

コツコツと額を叩いて胸を膨らませる。

つくづく抜け目のない女だと思う。

この調子では自身が魔術において後れをとる日も遠くはないと臓硯には確信めいたものがあって、

――それ故、今回の聖杯だけは諦める訳にはいかなかった。

 

五回目になる頃にはこやつは儂の実力を越え、六回目には……こやつの子孫が邪魔をするだろう。

四次聖杯戦争は臓硯にとって最初で最後になるかもしれないチャンスだ。

 

「今回の聖杯は諦めて貰おうか」

 

「断る」

 

ユスティーツァの面影を残す揺月は首を左右に振るう。

存在しない心臓がバクバクと激しく脈を打った。

酷く呆れているようだが、この怒りとも歓喜とも区別がつかぬ感情はなんなのか。

 

「根源に到達するだけならこの世全ての悪を受肉化させても問題はないだろうが、臓硯。お前の願いを叶えた後で、あの怪物をどうにかする手立てがあるのか?」

 

第三次聖杯戦争にてアインツベルンの反則により召喚された第八のクラス『復讐者(アベンジャー)』。そのクラスにて召喚されたそれはこの世全ての悪を集約した拝火教の大神アンリマユの写し身となった一人の少年。

 

彼はとても弱く、その戦いでは早々に敗退したが、清らかな清水に一滴の墨汁が染み込むように……無色だった聖杯の在り方を歪め、勝者の願いを悪意ある解釈により叶える等という歪な願望器となってしまった。

 

仮に間桐臓硯が聖杯に不老不死を願えばあの聖杯は悪意ある解釈によって――多くの犠牲が生まれ、結果、彼が思う通りの願いは叶えられないだろう。

 

「不老不死になったとて、死した星に一人ぼっち……なんて苦行、人間に耐えられる訳がない。

私も根源に到達した後の事を考えればあれを好き勝手されるのは困り物でね。聖杯の浄化こそがバーサーカーのマスターとして参加した真の目的なのだよ」

 

恐ろしい事に臓硯が隠していたアインツベルンのホムンクルス『アイリスフィール』から小聖杯として替えの気かない心臓を現在使っているユスティーツァの物と交換し、天の衣まで偽造したという。

 

「こちらの同意など、初めから求めていないと言うわけか」

 

「――あぁ、魔術師に馴れ合いが不要なのはお前の行動が体現している」

 

かつての宿敵の姿をしてヤツが決して浮かべないような笑みを深める女。

臓硯はこの時ほど、生まれて間もない内に殺しておけばよかったと後悔した日はない。

 

「――そうだな。五次聖杯戦争では私が令呪を受けた場合、お前に譲り、適当なマスターを襲って強奪するというのはどうだろう?」

 

分かりやすいハンデをやる。

そう宣ってみせるが、聖杯戦争は六十年周期に行われる。三年足らずでこれだ。五十七年も与えて果たして自分に勝ち目など存在するのだろうか。

臓硯には……何となくだが、本霊ならいざ知らず聖杯戦争の駒として格堕ちしたサーヴァントが彼女に真っ向から挑み、敗北する予感を禁じ得ない。全盛期の臓硯とて相性にもよるが条件さえ揃えば“可能だった”と声に出していえるのだ。

 

「フンッ、そのような世迷い事に耳を貸すつもりはない」

 

彼は提案をはね除けて必要な魔術礼装を回収する。

 

「―――待ちなさい」

 

「くどいぞ揺月!」

 

思わず睨み付けて怒鳴り声を上げた臓硯。

 

「まだ、先ほどの答えを聞いていないぞ」

 

「ッゥ!?揺月き、貴様ァァァ!!!」

 

そこに居ったのはユスティーツァのような間桐揺月ではなくユスティーツァその人。

ヤツは嫌がらせでもしたいのか直前で自己を手放したのだ。

 

「――随分と老いたな」

 

「……不老の貴様にだけは言われたくはない」

 

少し答えるのを躊躇うように顔を歪めて、憎々しげに臓硯は言葉を返す。

 

「人の悪行をあれほど憎んでいたお前が、まさかそのような姿にまでなって生きながらえるとは」

 

昔この女は不老となった弊害からか時間の感覚が曖昧で、数年前の事柄が先ほど起きたように感じると言っていた。

ユスティーツァにとって、若き頃の臓硯と今の己への変化は瞬きするような刹那の出来事なのかもしれない。

 

「しかし、完全に人格が破壊された私をこれほど再現高く復元してみせたあの小娘……確か、マトウ・ユヅキであったか?

まるで若き頃のお前を女にして見ているようで非常に興味深い体験であった」

 

「あれは魔術師であって人間ではない」

 

「確かに……あの娘には根源到達のその先がない。平凡な魔術師ならば根源を知り神になろうと宣うか―――我々のように人が人であり続ける限り悪行がこの世から根絶させる事は不可能であると云うのなら、第三魔法を世界規模で確立し人類をより高次元の存在へ導くという――いや、話ではアインツベルンを除き、その意思を受け継ぐ者は現代に存在しないのであったか……。

手が届かぬから手に入れたいという欲求は人として理解出来るが、あの我を持たぬ異常性……私に近い物がある」

 

「………………」

 

その言葉に思い当たる節があった。

間桐揺月は魔術師ですらない父の遺伝子と胎盤ほどの価値しかない女の遺伝子から、全くの意図しない偶然によって誕生した神児。この女と妙に似たような生い立ちである。

 

「話が逸れたな。

我が仇敵にして、かつては同じ志と足並みを揃えた者よ。汝は、なぜ死にたくないと思った」

 

「……死とは終点であり、人であり続ける限り抗う事の出来ぬ絶望である。不老の貴様には分からぬであろう、この切望が」

 

「何故、この感情を他と分かち合う事が出来ない。

我らが悲願は全人類の救済である。その中には当然お前も含まれていた」

 

「…………そうであったな」

 

「……?

まさか、忘れていたというのか」

 

「いや、忘れる訳があるまいに、ただ……そうじゃな」

 

臓硯は過去の己を振り替えって吐息を溢した。

人間的な感情など当の昔に枯れ果てたと思っていたが、思えば過去を振り替える機会など蟲の体になってどれだけあったか。

 

「…………………………ヤツの根源到達後の願い次第では聖杯を譲る選択も悪くないのかも知れぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間桐臓硯の令呪が消え去り、

直後『彼』の背筋から伸びた2つのワイヤーが激しく火花を散らして黄金の波紋から先を覗かせる宝具に触れていった。

 

「―――何ッ!!!?」

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

パキリ、パキリと不穏な音が彼の周囲で展開し、漆黒の稲妻が駆け抜けたそれらは赤銅色に輝くほど高熱を放って連鎖爆発。

英霊二体を容易に肉片に解するほどの神秘を持った無数の宝具はギルガメッシュの背後で牙を剥き、飢えた猛獣のように彼の背中へかぶり付く。

 

「ガハッ」

 

至近距離のノーガードで受ける核爆発のような力の本流。

飛行船はその一瞬で廃材となり、さしもの英雄王と言えどその直撃を受けては只ですむ訳がなく、全身に火傷と切り傷を負って鮮血を撒き散らし錐揉みしながら地面に落ちていく。

 

アルトリアはその光景に目を見開き、

 

「――アーサー王よ」

 

そして、獣のような雰囲気を潜め、冑を取ったバーサーカーの顏に目を剥いた。

 

「……ランス、ロット」

 

「立てますか?」

 

「あ、ぁぁ」

 

紳士的に手を差し出され、反射的にその手をとって立ち上がるセイバー。

(何故、貴殿がバーサーカーに)

(その力は一体)(狂気から解き放たれたのか)

言いたい事、問いただしたい事は多々あった。

 

「おのれぇぇ……」

 

―――だが、

 

血反吐を溢しながら英雄王は起き上がる。

 

「お互い、確執を残して袂を別った身。つもる話も御座いましょう。ですが、我が王、アーサー王よ」

 

漆黒の騎士はかの王に瞳を細め、温かみのある瞳をして彼女を見た。

 

「我が誓いを再びここに。私は貴方様の剣となり盾となりましょう」

 

形式を省いた騎士の誓い。セイバーは過去の情景とそれを重ねて、たった一つの過ちに気づいた。

 

 

――そうか。円卓は、ブリテンは、私が、私に着いて……。

 

 

彼女が愛し憧憬したブリテンは彼女自身が築き上げたものである。彼女以上にどれほど優れた為政者であっても、それが治めた国が、どれだけ素晴らしくともそれは彼女が愛した国ではない。

 

「…………成る程、視野が狭いのはマスターだけではないという事か」

 

聖剣を再び握る。

風の魔力はそれを覆い、黄金の暴風が吹き荒れた。

 

「雑種ごときがァァァ!!!!!!」

 

「ついて来れますか?」

「無論ですとも」

 

王と家臣は阿吽の呼吸で走り出す。

 

 

ここに騎士王と誇り高き最優の騎士は再誕した。




アイリスフィール「やったわ!切嗣、ここにきてまさかの生存フラグ発生よ!」
切嗣「あっ、僕も泥浴びてないからワンチャンあるぞ!」

アインツベルン城
アハト翁「あの二人死んだよ」大嘘
イリヤ「……」ズーン

ライダー「おぉ、この調子で我が相棒と伴侶と共に虚悪■■■■■を前にして繰り広げた激闘が執筆されるのだな!」
ウェイバー「いや……流石に完結してるんだし次はないだろ。初の五千字ごえの長編。しかも追加描写で色々とボロボロだし」


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答え

――――――

 

 

※柳洞寺

 

 

 

砂利の敷かれた大地。

深々と降り積もる雪の足跡を残したその先に、一人の神父の姿があった。

 

「…………邪魔が入るな」

 

戦車(チャリオット)が奏でる牛の嘶きである。二人の人間が上空から飛び降り、その背後に立った。

 

マスター『ウェイバー・ベルベット』

サーヴァント『イスカンダル』

 

「まさか、僕達以外にも同じような事を考えるヤツが居るなんてな」

 

細身の体を覆うように深緑のコートを纏ったウェイバーは口を開く。

その口調には僅かな警戒の表れがあり、何があっても直ぐに対処出来るようにライダーの横から離れなかった。

 

「……貴様の求める大聖杯ならばこの地下にある」

 

男は小さく呟く。

ウェイバーは目を見開いた。

 

「お前ッ、聖杯が目的じゃないのか!?」

 

「……違うとだけ言っておこう」

 

この冬木の街では最高峰の霊地としてある柳洞寺。聖杯が顕現するような場所の候補として最有力だった。この男の姿を発見した時はいきなり当たりを引いたのかと密かに拳を握りしめたが、どうにも違和感のある男の反応。ウェイバーは思う、怪しい……と。

 

『ライダー、これは罠だと思うか?』

 

『さてな、これが戦場なら拷問して絞り出すのもアリだが』

 

『そんな時間はない』

 

『なら、どうする。先程の光を見るに、もう戦いは始まっちまってるぞ』

 

『あまりやりたくないけど、お前の戦車で強硬突破するのが一番堅実的だ。魔術師が張った罠なら英霊のお前に破れない道理がないからな』

 

不服だが時間的猶予の限られたウェイバーらはその言葉を信じ、この柳洞寺の地下を目指すことにした。

これにはセイバーとバーサーカー、アーチャーのマスター全員の顔が割れていた事で彼個人の脅威を低く感じ、少なくともサーヴァントによる襲撃はないだろうという考えからだが、そんな事など知るよしもないと、男は瞑想し、彼女の到来を待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

冬木の街が振動する

 

 

 

 

 

 

 

「―――ほお、誰かと思えば綺礼か。そんな所で何をしている?」

 

飛行する船から黄金の王(ギルガメッシュ)が見下ろしていた。

 

「聖杯はこの地下にある、既にライダーが向かった」

 

彼が求めた人間ではない。男は表情一つ変えずに指を指す。一瞬、彼の求める器の汚染について教えておこうかと考えたが、その義理もなしと。彼は待ち人を待ち続ける姿勢に戻る。

 

ギルガメッシュは面白い物を見るような目で彼を見つめ、しかし己が『その答え』を告げるのはお役違いであるのに気付くと何も語らずに彼の横を通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

街が揺れた。

大地が脈動し、黒い太陽が空に浮かび上がる。赤い力の奔流と戦車から放たれる落雷がやがて寺を焼き尽くした。

 

 

 

 

 

それから、何日が経ったであろう。

 

 

 

 

 

 

「―――まだか」

 

飲まず食わずで不眠不休。ついに立つことも困難となり、地面に倒れた男は力なく呟いた。

その日は風と雪が激しく、半身は半時間もしない内に埋まってしまった。男はこのまま死んで行くのだろうかと、朧気な思考で考える。

 

「いや、随分と遅くなったようですまない」

 

ふと、幻聴かと聞き紛う、求めた女の声がした。

 

「傷が癒えたのは暫く前になるんだが、何せ君が語らなかった真実に彼が腹を立てて黙っていてね。聞き出すのに時間が掛かった」

 

男はそれが幻聴か本物か分からないほど衰弱している。今この声によって浮上した意識も直ぐにノイズが走り始め……

 

「―――答えを言おう。お前の内に燻る感情は愉悦だ」

 

しかし、その言葉だけは胸の内にストンと落ちた。

 

「……そう、か。これこそが…愉悦か」

 

男は微睡みに沈む。女は続けて言った。

 

――なんて、気味の悪い笑みだと。

 

男の寝顔は頬を吊り上げ、とても愉快そうに嗤っていた。




2/3
次回で最終話


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エピローグ

27話『決戦と矛盾』追加
28話『結末はair』追加 8/22


第四次聖杯戦争が終結した。

五次聖杯戦争への布石として、またその余興として参加しただけに得られる物は少なく、途中で臓硯にマスター権を譲渡した後はむしろ瀕死の重体まで追い込まれるような事態に巻き込まれた間桐揺月。

彼女は自らの天才的な頭脳を持ってしても予想だにしなかったと後に語る。

 

 

「英霊との融合事例。疑似サーヴァントのデータか……ッ成る程、成る程」

 

彼女の思惑により、結局は不老不死を願う事も出来ずに聖杯戦争を終えた間桐臓硯。

彼は彼女が進める一つの研究に目をつけ共同研究者として申し出た。

数年後、円卓の騎士ギャラハットの盾を手に入れた彼らは―――、桜の肉体から蟲が消えたとだけ言っておこう。

 

 

「へぇ、これが魔術協会の総本山、時計塔ですか……」

「頼むから妙な気は起こすなよ!」

「勿論ですよ先生」

 

ウェイバー・ベルベット。此度の聖杯戦争で表向きの勝者となった()()は無事願いを叶え、時計塔へと戻った。

学友であり教え子である間桐揺月は彼の教師としての能力には敬意を払い、エルメロイ家の買収に手を貸し、後に彼をロードまで押し上げた。本人は傍迷惑だと言葉を残している。

 

 

「おじさんはね、魔法使いなんだ」

冬木の大火災により、多くの犠牲が出た。

セイバーの王として在り方もまた一つの王道であると見定めたギルガメッシュ王の本気の一端に触れたセイバーの剣は星をも砕く究極の一の前に折れた。

持ち前の概念礼装により何とか命をとりとめた衛宮切嗣は、何もかも投げ出して叶わなかった悲願に絶望し……被災で家族を失って孤児となった一人の少年を引き取った。

 

 

「COOL!」

 

殺人鬼にして第二のジャックザリッパーと怖れられた彼の最後は呆気なく、野良の魔術師に喧嘩を売って死体すら残さず闇に葬られた。

 

 

ケイネス・エルメロイ

婚約者であるソラウ嬢と正式に籍を入れたかと思えば――婿養子であり、エルメロイ家は激怒した。しかし、彼なくしてエルメロイ家に未来はなく良好とした関係が続けられている。

 

 

 

「……お父様」

 

遠坂凛の介護を受け、起き上がる遠坂時臣。

 

「あぁ、凛ちゃん。おはようございます」

 

彼は屋敷が瓦礫と化す際に強く頭を打ち付け、聖杯戦争後に最寄りの大病院へと運ばれた。

――目覚めた彼は記憶の大半を失っていた。現代の医学の見解では強いストレスにより脳の記憶ホルダーに一時的なロックが掛かっている状態らしく、何かの拍子に記憶が戻るかもしれないが一生戻らないかもしれないという話だ。

幼児退行し、人様に見せられないような姿……という訳ではないが、遠坂家は魔術師としては無知にも等しい彼を当主の席に座らせ続ける事は難しかった。

遠坂凛は代理として当主の座を受け継ぐ事になった。

 

 

 

「このオレを待たせるとは何事か桜!」

「……うるさい」

 

例の如く、何故か受肉していたギルガメッシュ。

身寄りのない彼は、未来のマスターとなる揺月には監督責任があると新生間桐邸に転がり込み、桜を召し使いのように使っていた。

桜はギルガメッシュのことを義母の結婚相手、つまり義父と認識しており、口では煩わしそうしていても内心は喜んでいた。

 

 

 

言峰綺礼は父に代わり教会の神父に就任。




これまで誤字報告してくださった皆様、最後までこの物語にご付き合い下さった皆様、誠にありがとうございました!

何故、揺月が抑止力にボコられる事となったのか、この『冬木の大火災』の元凶、揺月が五次に向けて四次聖杯戦争で行った布石とは―――ご想像にお任せします。


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