<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~ (折本装置)
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地を進む狼、相対するは天翔ける蛇
あなたは、何のために遊戯をしますか


よろしくお願いいたします。


 □???

 

 

「これは……」

 

 

 周りを見ながら俺は思う。

 湿った土の感触。

 どこか青臭い草木の匂い。

 あたりを覆うキラキラした霞。

 近くにあった花の香り。

 空気が肌をなでる感触。

 

 

 --そして、何よりあの落下した時の感覚。

 間違いない、と俺は実感した。

 これこそ、これこそがまさしく俺が探していたもの。

 そう、すなわち。

 

 

 

「クソゲーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

 

 

 俺は先ほどと全く同じ叫びを繰り返した。

 

 

 □とあるゲーマーについて

 

 

 2043年7月15日、無限の可能性をうたう<Infinite Dendrogram>が発売された。

 のちに世界を席巻するVRMMOとなる<Infinite Dendrogram>ではあったが、発売日当日に買っていたプレイヤーは極々少数派である。

 陽務楽郎もまた、その極々少数派の一人であった。

 

 

 彼が購入した理由はいたって単純、「クソゲーだと思ったから」、それだけである。

 発売日前日まで一切の情報がなく、内容は誇大広告もいいところ。

 全世界単一サーバーや時間常時三倍加速など、かのシャングリラ・フロンティアですら行われなかったことを、実現できるとは思えない。

 VRゲーム黎明期に作られた<NEXT WORLD>同様、誇大広告の張りぼてだと解釈したのである。

 まあ、理由はどうあれ、彼は行きつけの店であるロックロールで<Infinite Dendrogram>の専用ハードを購入した。

 購入した時も、「専用ハード?まさかフルダイブですらないマジもんの偽物か?」と考えたものの、結局購入した。

 万が一の健康被害を考えて、悪友二人には<Infinite Dendrogram>を購入したことをメールで説明し、トイレと水分補給を済ませてからログインした。

 ちなみに、「どうせパチモンなんだしわざわざそこまで備えなくてもいいか」と考えて糖分やカフェインは補給していない。

 そうして彼はログインし、チュートリアルを始めた。

 そして、自身の予想がある意味で正しかったことに気付いた。

 またある意味では外れていたことにも気が付いた。

 となると、やることが()()ある。

 彼はそう判断し、一度ログアウトした。

 

 

 □陽務楽郎

 

 

 「まじかよ」

 

 

 ログアウトしてすぐ、携帯端末の時間を見て驚愕した。

 マジで三倍速で時間が進んでやがるのか。

 どうなってんだ。シャンフロも大概やばかったが、今回はそれ以上にやばい。

 まあ、いいや。

 とりあえずさっさと用事を済ませよう。

 

 

 ◇

 

 

 一つ目の用事を済ませて、再度ログイン。

 

 

「やあ、遅かったね。早く済ませておくれよ、時間が勿体無いからね」

 

 

 そんな風に不機嫌そうな声で俺に話しかけたのは白い二足歩行のウサギ。

 名を、管理AI十二号、ラビットというらしい。

 俺のチュートリアルをやってくれるんだとか。

 声から、少年、と言うかオスだなと推測される。

 ベストを着て、懐中時計を手に持っている。

 時間に几帳面なのか、かなりの頻度でその懐中時計を見ている。

 まあ、時間に対してストイックなのはいいことだよな。

 ちょっと油断するとピザ留学になってしまうからなあ。

 

 

「……チュートリアルを始めてもいいかな?」

 

 

 考え事をしている俺を見かねてか、ラビットが声をかけてくる。

 俺は薄く笑ってこう返す。

 

 

「おう、なにをすればいいんだ。さっさと始めようぜ、時間が勿体無いからな」

「…………」

 

 

 おっ、苛ついてる苛ついてる。

 ていうか煽られて反応するとか、ここのAI優秀すぎません?

 一周回って逆にアホな気がするまである。

 まあ、こいつのキャラ設定は大体つかめた。

 時間が勿体無い。

 時間を無駄にする相手じゃなく、自分の時間が削られるのが嫌なタイプ。

 わかるよ、俺も作業系で時間を無駄にしていく感覚はトラウマものだったからなあ。

 探して、探して、桃桃もももももももももももも……はっ!

 

 

「本当に君、大丈夫かい、頭」

「大丈夫だ、問題ない」

「……そうかい、じゃあプレイヤーネームを設定しても」

「サンラク」

「わかった」

 

 

 このウサギ、いっぺん絞めてやろうかな、という思考とは裏腹に、口はスムーズに動く。

 まあ、当然といえば当然かな。

 ずっと使ってきたプレイヤーネームだし。

 最近は別の名前も……いや、今はカボチャのことは忘れよう。

 というか、ウサギって懐かし……いや、今はヴォーパル魂のことは置いておこう。

 

 

 

「じゃあ次は、この世界の容姿を設定するよ。さっさと決めてくれるとありがたいかな。時間が勿体無いからね」

 

 

 俺の思考を置き去りにして、ラビットはチュートリアルを進めていく。

 

 

「ふむ……」

 

 

 シャンフロをはじめとするほとんどすべてのゲームでそうだったんだが、俺はキャラクターのアバターと現実の肉体は別にする派だ。

 ……しかし、ここまでバリエーションが多いと逆にめんどくさいな。

 外道鉛筆と違って、俺はキャラクリにそこまで力入れてないしなあ。

 え、なにこれ、動物型とかにもできるの?バリエーション広すぎでしょ?

 

 

「これ、動物型にしたりすると補正とかかかるの?」

「いや?ステータスは変わらないし、スキルが付くとかもないよ。ああ、ついでに実体験から言うと動物型は慣れるのに時間がかかると思うよ。人の体とは全く違うからね」

「……やめとくか」

 

 

 どうやら、GH:Cのような動作のアシスト補正とかはないらしい。

 時間三倍速が実現しているあたり、予算とか技術の問題じゃなくて、コンセプトーーリアリティを追求した結果なんだろうな。

 しかしそう考えてしまうと、このゲーム一周回ってクソゲーでは?

 

 

「ああそうだ、本来の姿を基にしたほうが楽だと思うよ。時間が勿体無いからね」

「おう、じゃあそうするわ」

 

 

 迷っている俺を見かねたのか、ラビットがアドバイスをしてくれたので、それに乗ることにした。

 まあ、顔を大幅にいじれば問題ないだろう。

 その後、肌を黒くしたり、手足を伸ばしたり、顔のつくりをいじったりして、俺のアバターは完成した。

 これならまず、俺だとはわからないだろう。

 名前込みだと危ないかもしれないが。

 

 

 その後は、適当にアバターにあった軽戦士風の装備を選んだ。

 武器はナイフにした。

 あと、視界選択とか言われたけど、現実視にしておいた。

 いや、ここまでやっといて今更変更するっていうのもね。

 それに、なんとなく()()ならこうする気がしたから。

 

 

「それじゃあ、所属国家を最後に決めてもら「レジェンダリアで」理由を聞いてもいいかな?」

 

 

 アンケートみたいなもんかな?

 これ、答えるのちょっと恥ずかしいんだが。

 

 

「……幾星霜の議論の果てに」

「……?まあいいや、これにてチュートリアルは完了。あとは君の好きにするといいよ」

「それは、どういう?」

「だから、言ったとおりだよ。この本物の世界、<Infinite Dendrogram>では君たち<マスター>は自由だ。できるなら、何をしたっていいのさ」

 

 

 先ほどまでとは、比べ物にならないほど、真剣な声音だった。

 なるほど、リアルな世界で自由に、がこのゲームのコンセプトなわけだ。

 ん?<マスター>?なんだそれ?

 

 

「その左手の甲にある、<エンブリオ>とおなじさ。これから始まるのは、無限の可能性」

 

 

 あ、ほんとだ、いつの間にかなんかついてる。

 いや、ちょっと待て、ちょっと待って。

 <エンブリオ>?<マスター>?ひょっとしてなんか大事なことすっ飛ばしてるんじゃ。

 

 

「ああ、そういえば、<エンブリオ>の説明忘れてた、まあいいか。どうせもう、時間がないし」

 

 

 そうラビットが言った直後、地面が消失して。落下した。

 このゲームの核といってもいいであろう、情報を忘れていた管理AI(ポンコツ兎)に対して、俺は落下しながら、叫んでいた。

 

 

「クソゲーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

 

 

 かつて何度も叫んできた、この言葉を。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 かくして、物語は冒頭へと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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なぜ赤面するのかって?てめえの血は何色だよ

感想、評価、誤字報告等ありがとうございます。
励みになるので本当にありがたいです。


□七月一六日

 

 

【旅狼】

 

 

鉛筆騎士王:さーて皆さん、<Infinite Dendrogram>は、もう買ったかな?

サンラク:購入して、チュートリアル終わったところ

サンラク:あ、レジェンダリアな

サイガ‐0:同じく、です

秋津茜:私は天地にしました!これから楽しみです!

オイカッツォ:何とかオークションでゲットしたよ。これから始めるとこ

サンラク:オークションですか!すごいですね!何万円使ったんでしょう!俺の何倍使ったんですかああああああ!

オイカッツォ:オッケー便秘で待ってる

サンラク:当分このゲームに注力するって決めてるし、もうチュートリアル終わってるんで

ルスト:これだから外道は

モルド:あ、ぼくたちはまだ買えてない、少し遅れることになると思うよ

鉛筆騎士王:あ、カッツォ君。今から始めるんなら、アルター王国にしてよ。

鉛筆騎士王:私もそこにするつもりだし

オイカッツォ:別にいいけど、なにするつもり?王国乗っ取り?

鉛筆騎士王:んー、まだ始めてすらいないからね。まだまだこれからだよ。

サンラク:それ暗に肯定してるんだよなあ

京極:それもいいかもね、僕が聞いた話だと、天地では内乱しょっちゅうらしいからね

サンラク:お、京ティメット先週はどうも

京極:君ほんと覚えてなよ……

オイカッツォ:また囮にしたのか

秋津茜:ひょっとして、京極さんも天地ですか!よかったら、一緒にパーティー組みませんか?

京極:え、あ、うん、いいけど

秋津茜:わあ!ありがとうございます!

サンラク:ああ、また外道が浄化されてしまう

ルスト:仲間が減るのはさみしいよね、サンラク

鉛筆騎士王:ルストちゃん何気に容赦ないよね!そういえば、サンラク君と、妹ちゃんはレジェンダリアだよね?

サンラク:そうだけど

鉛筆騎士王:別にい、ただこっちが遠慮してわざわざ面白政治体系国家避けてあげたんだから、二人で楽しんできたらいいよ、と思ってるだけだよ

鉛筆騎士王:善意善意

サンラク:おい、まさかおま

オイカッツォ:悪意しか感じられないんだけど

サンラク:だれから期待?

ルスト:察した

京極:知ってた

鉛筆騎士王:誰から期待、もとい聞いたと思う?

モルド:誤字まで煽りに使うんだ……

秋津茜:?

 

 

 

 

 

 □陽務楽郎

 

 

「まじかあ」

 

 

 え、なに、ばれてるの。やばいどうしようめっちゃ恥ずかしい。

 これ文字通り一生ネタにされるやつじゃん。

 これはアカン。

 いや、もう親同士の顔合わせも済んでるからもう後戻りできないし、するつもりもないんだが、生涯同じネタでいじられるのはさすがに無様すぎる。

 

 

「楽郎君」

「うおおおお!」

「ふひゃああ!」

 

 

 急に声をかけられたので、びっくりして変な声が出てしまった。

 俺に声をかけたのは、同居人だ。

 ダブルベッドの上に寝転がって、端末をいじっていた俺のすぐ隣に座っている。

 

 

「ああ、びっくりした。叫んじゃってごめんね、()

「い、いえ、急に話しかけてすいません、楽郎君」

 

 

 いや、同居人という言い方は不適切だな。

 他人行儀が過ぎる。

 彼女、斎賀玲はーー俺の恋人なんだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 俺がこのゲームを購入し、本物のVRゲームであると理解した時、真っ先に考えたことは二つ。

 一つには、言うまでもなくこのゲームをプレイすること。

 あのシャングリラ・フロンティアと同等か、それ以上というオーバーテクノロジーの代物であることが、チュートリアル(・・・・・・・)だけでわかるほどのバカげたゲーム。

 正直、当初の目的からすれば想定外の方向で期待外れではあるものの、やってみたいという気持ちにさせられるゲームだった。 

 まあ、今熱中しているクソゲーがちょうどなかったというのもあるが。

 

 

 そして二つ目は、玲のことだった。

 もとよりゲームをきっかけに付き合うようになったのが俺たちだ。

 このリアリティあふれるゲームを、彼女と一緒に楽しんでみたかった。

 チュートリアルを中断してまでしてログアウトしたのは、専用のハードをもう一台買うためだ。

 玲は用事があって外出していていつ帰ってくるかわからない状況だし、彼女に任せるより、サクッと買ったほうがいいと思ったのだ。

 たぶん、これが本物(・・)だと知れたら、すぐ売り切れて、転売が始まるだろうからな。

 オークションになっても、彼女の実家の財力ならあっさり買えるのかもしれんが、安く買えるに越したことはない。

 というか、転売屋から買ったのばれたらマジで岩巻さんに刺されかねない。

 何というか、こう、あの人たまに闇を発してくるからな。

 で、すぐさまロックロールへと向かい、二台目のハードを購入。

 彼女がたまたまハマってる乙女ゲーがなかったのは幸いだったな。

 

 

 意気揚々とマンションの俺たちの部屋に戻った俺は、気づいてしまった。

 すでに玲が帰宅していることに。

 彼女の傍に見覚えのあるハードの入った、新品の箱が二つ置いてあることに。

 

 

「ははっ」

「ふふふっ」

 

 

 どうやら、ネットニュースでデンドロが本物であると知り、二人でプレイするためにロックロールとは別のゲームショップで購入したらしい。

 二人とも同じことを考えて、同じことをしたのが嬉しくて。

 どうしようもなく幸せすぎて、二人とも笑ってしまった。

 そのあとお互いチュートリアルを進行させた。

 所属国家は、事前に話し合ってレジェンダリアにした。

 理由?ちょっと最近メルヘン系のクソゲーやりこんでたからな。

 リベンジだリベンジ。

 

 

 ちなみに、玲のチュートリアル担当はクイーンというとても親切丁寧な管理AIだったらしい。

 玲は普通に<エンブリオ>の説明もしてもらったようで、管理AIによってチュートリアルの内容も違いがあるらしい。

 何でも、他人とは思えないレベルで波長があったのだとか。

 ……何か共通点でもあったのか?

 

 

 ◇◇◇

 

 

「それで玲、どうしたの?」

「あ、すいません。折角ですし、今からしようかと思ったのですが」

「え」

「え?」

 

 

 どうしよう。これ、どっちの意味と捉えるべきなんだろうか。

 俺的にはどっちもありなんだけど。

 

 

「あー、その、ゲーム、だよね?」

「あ、はい、<Infinite Dendrogram>のことです、が」

 

 

 どうやら、俺がナニを考えていたか、向こうも察したらしい。

 トマトもかくやというレベルで赤面している。

 ああ、そういえば昔は常時赤面してたっけ。今思い返すと照れるな、何か。

 というか、そんなこと考えてる場合じゃねえ、何とかしねえと。

 ええい、黙れ脳内ディプスロ!

「やっちゃえ!サンラク!」じゃねえよ!とりあえず脳内ディプスロを縛っておこう。

 

 

「あ、う、その、したいですか?」

「ん?」

「あ、あの、楽郎君が望むなら、私今しゅぐでも」

 

 

 あ、噛んだ。

 もともと赤い顔が、さらに赤くなってる。

 というか、え、いいの?

 いやまあ、一応行くところまで行ってるんですけど。

 でも、その、昼間っからっていうのは未経験ですよ?奥さん。

 いやいや待て待て落ち着け落ち着け。

 げ、脳内ディプスロが縛られたまま「脳内に私がいるから、緊縛3Pだねえ。お姉さん、張り切っちゃうぞお!」とかぬかしやがった。

 こいつほんと燃やし……ても無駄だな。

 悦ぶだけだ。

 

 

「……楽郎君?他の女の人のこと、考えてませんでしたか?」

「ははは、なにを言ってるんだそんなわけないじゃないか。俺は玲一筋だぞ」

 

 

 後半が嘘じゃないからね、言いやすいよね。

 というか、照れ顔してたのに、今氷みたいな表情になってるんだけど。

 怖い。

 

 

「と、とにかく、早くやろうか、デンドロ」

「あ、はい、そうですね!」

 

 

 そう、とりあえず大体のことはゲームしてみれば解決するし、乗り越えられる気がしてくる。

 大学の課題やバイトだって、クソゲーに比べれば、余裕すぎて、へそで茶を沸かせられるレベルだ。

 本当に、ちゃんと真面目に講義受けてれば、ちゃんと働いていれば、平時なら単位なり給料なりが入ってくるからね。

 ユナイトラウンズとか、デフォルトでクソ乱数に左右されて、結果的にあんな外道王朝が誕生したわけだし。

 

 

 水分補給を済ませてから、二人とも同じハードを持って、ベッドに横たわる。

 

 

「楽郎君」

「うん?」

 

 

 こちらのほうを向いて話しかけてくる玲。どうかしたのだろうか。

 彼女は、俺の手を取って。

 

 

「なんかいいですね、こういうの」

「……そうだね」

 

 

 そんな真っ赤になった笑顔で言われたら、それしか言えないでしょ。

 俺は、何かを隠すようにハードを頭にセットする。

 ああもう、現実逃避現実逃避!

 物音で、全く同じタイミングで、彼女もハードを装着して、スイッチを入れたのが分かった。

 ゲーム、スタート。

 

 

 To be continued

 

 




補足説明
楽郎と玲は大学に進学、同棲してます。

余談
鉛筆:まだキャラクリ終わってない。いつもよりパーツ多いな。
ルスモル:誰からとは言わないけど、余ったから送ってもらえる。
ケッツォ:今からチュートリアル。
京ティメット:リアルと耳以外ほとんど変わらんから、キャラクリはすぐ終わった。
秋津茜:専用ハード1万円は安いですよね。今度は髪と瞳の色変えたから大丈夫です!


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失った時はじめて、人は其れの有難さに気が付く

UAが1000を超えました。ありがとうございます。

また、お気に入り登録、感想、評価、誤字報告ありがとうございます。
大変励みになっております。



 □アムニール・〈光輝の広場〉サンラク

 

 

 ログインすると、霊都アムニール内のセーブポイントの一つである、〈光輝の広場〉にいた。

 草むらの中心に噴水があるだけの広場だが、どうやら待ち合わせスポットとしてそれなりに価値があるらしく、それなりの人が集まっていた。

 この一見ただの草むらにしか見えない広場、なんと夜になると草が発光するらしい。

 すでに俺たちより先に行っているプレイヤーが書き込んでいた情報だが、彼らは「謎の光空間」とか呼んでいた。

 まあ、こっちでは時間が三倍速で進んでるから、早く始めるというのはアドバンテージであり、そういう人たちから得られる情報はありがたいのだが……そういう下ネタって恋人が隣にいるとすごい気まずいんだよね。

 夜、光空間、深夜アニメ、くっ、待て、バカな考えはよせ!

 くそっ!いつの間に拘束から抜け出したんだ脳内ディープスローター!

 やめろ!脳内で光魔法を応用したムーディーな間接照明を作り出すんじゃない!

 ……割とマジな話、玲と付き合いだしてから、脳内ディプスロの出現頻度が増してるんだよね。

 一線超えた日の夜なんて、夢の中で一晩中「すごいねえ、最大速度(スピードホルダー)、すっごく早いんだねえ」とか散々煽られ……いや、この話はいいだろう。

 割とゲームに向いていた精神が玲に、一人の女性に向いているからだろうな。

 つまりだ、クソゲニウムに侵食されている俺の精神を保護しているメガミニウムが玲から放出され、俺を癒してくれているわけだ。

 あれ、そういえば付き合う前に俺、玲に向かって……。

 

 

「さーて、レイはどこにいるのかな?」

 

 

 黒歴史?過去は振り返らない。

 AGI型は過去のカスダメを引きずらないのだ。

 あ、他プレイヤーにやられた恨みは別だよ?

 なにせ天がちゃんと覚えてるからね、仕方ないね。

 

 

 彼女のプレイヤーネームはすでに本人から聞いている。

 シャンフロ同様、サイガ‐0だそうだ。

 そう、だからとりあえずサイガ‐0という名前を探し、て?

 

 

「表示、無くね?」

 

 

 無い。無いのだ。

 探せども探せどもプレイヤーネームの表示がない。

 何人かプレイヤーと思しき、左手に卵をくっつけた連中は見かけるのだが、どいつもこいつも名前の表示がない。

 噴水の淵の上で、横たわって寝ている線の細い美少年。

 噴水の側に陣取り、なぜかその辺の草をむしってマヨネーズをかけながら食っている男。

 こういうやつらはプレイヤーであり、草むしり野郎を止めようとしている衛兵っぽい恰好をした犬顔の男は、多分NPCだ。

 え、なにこれ。マジでプレイヤーとNPCの見分けつかなくね?

 いや、話しかけてみれば分かるんだろうけど、左の手の甲見ないとマジでわからん。

 初期装備のグローブが、手の甲露出するデザインになってるわけだよ。

 

 

「多分、プレイヤーネーム見ようと思ったら、専用のスキルがいるんだろうな」

 

 

 どこで取れるのかもわからんし、そんなことしてたら彼女と合流できなくなる可能性もある。

 やべえ。どうせプレイヤーネームがわかるから大丈夫だろ、とかたかをくくって外見聞いてないし言ってないんだ。

 何ならレイの場合、性別すらわからんから絞りようがない。

 そもそもここ、人が多すぎてよくわからん。

 叫んでも、聴きとってもらえない可能性が高い。

 ……今も、「ふひょおおおおおお、エルフだあああ!」とか「幼女!幼女!幼女!」とか叫んでるプレイヤーっぽい奴がそれなりにいて、ああもう、うるせえ!

 こうしている間にも、レイのほうが俺を探して変なところに行ってしまう可能性もゼロではない。

 

 

「となると、あれしかないか」

 

 

 俺は広場の噴水の傍にいるプレイヤーの中から一人の男の傍まで行き、声をかける。。

 

 

「ハロー兄弟。ちょっとそれもらえないかな。代金は払う」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ら、サンラク君。あの、レイです」

「おお、よかったレイ。合流できたね」

「は、はい。ですが、あの、ごめんなさい」

「え?ああ」

 

 

 いわれて俺は、レイがどこを見ているのかを察する。

 俺が脱ぎ、手に持って掲げたジャケット。

 そこには、マヨネーズ(・・・・・)で「サンラク」と書かれていた。

 たまたまマヨネーズを持っているプレイヤーがいたので買い取ったのである。

 ちなみに草むしり野郎は、俺にマヨネーズを売るやいなや、懲りずにアイテムボックスからケチャップを取り出し、衛兵らしき犬顔の男(?)にめちゃくちゃ怒られていた。

 うわあ、このジャケットもう使えないな。

 というか、気持ち悪くて使いたくない。あとで売り払うか、もしくは捨てることにしよう。

 

 

「気にしないで。俺が勝手にやったことだし」

 

 

 そう言って、俺は噴水の淵から飛び降りて着地する。

 ほんとはマジックと看板があればよかったんだが、そんなもの都合よく落ちてなかったからな。

 マヨネーズで代用するしかなかった。

 

 

「ていうか、むしろ俺こそごめん。見苦しいとこ見せちゃって」

「え、いえ!大丈夫です!見苦しくありませんから!」

「そう、ならよかった」

 

 

 マヨネーズ人間、もといマヨラクになってしまったわけだが、好感度がダウンしたわけではないならよしとしよう。

 

 

「あの、サンラク君。私のほうこそ変じゃないですか?」

「え、全然変じゃないよ。むしろ、その、いいと思う」

 

 

 レイのアバターは、俺と同じリアルをベースにいじったもの、わかりやすく言えばシャンフロの女性アバターだった。

 体型は、おそらくリアルから全くいじってないのだろう。

 何で分かるんだって、それはまあ、うん。

 服装が魔法使い系なので、それが少々意外だろうか。

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 変な話だが、こうして赤面して喜んでいる顔を見ると、ああ、(レイ)なんだなって改めて思う。

 いやほんと、二人きりでよかった。

 と、レイが何かアナウンスが来たらしく、ウィンドウを操作している。

 

 

「あ、あのすいません。電話みたいです」

「ん。そっか。しばらくここで待っておくよ」

 

 

 そういえば、このゲームではハードと端末を同期させることで、メールや電話の着信を知ることができるらしい。

 あと、リアルで何かあると【空腹】や【来客】などのアナウンスが出るらしい。

 多分、実家からの連絡なのだろう。

 あわただしくログアウトしてしまった。

 とりあえず、できることもないし、しばらく待つことにするか……ん?

 

 

「おお、何だこれ、光ってる?」

 

 

 俺の卵、もとい<エンブリオ>が輝き始めた。

 これはレイから聞いた話ーー彼女もクイーンから聞いたーーだが、<エンブリオ>はマスターのパーソナルを解析すると孵化するそうだ。

 その後は<マスター>の経験やパーソナルをもとに進化していくらしい。

 で、<エンブリオ>自体はオンリーワンだが、カテゴリーはあるらしい。

 

 

 結界型のTYPE:テリトリー。

 住居型のTYPE:キャッスル。

 乗騎型のTYPE:チャリオッツ。

 魔物型のTYPE:ガードナー。

 武器型のTYPE:アームズ。

 

 

 何でも、他にも一応レアカテゴリーや上級カテゴリーはあるらしいが、基本はこの五種だとか。

 

 

 俺のパーソナルから生まれる<エンブリオ>、一体何が出るかと俺は期待に胸ふくらませ。

 

 

 ーー次の瞬間、俺の衣服がすべて膨らみ、否、破裂(・・)した。

 

 

『…………』

 

 

 はあああああああああああああん!?

 

 

 To be continued

 




【■動戦■ ■■■■■■■ル】
 TYPE:アームズ
 能力特性:■■力


ついにサンラクの<エンブリオ>が孵化。
詳細は次回、というか明日。


補足説明
この世界戦では、「シャングリラ・フロンティアは円満にサービスを終了した」ということになっています。
あと、デンドロ一話の「成功といえるゲームは一つもなかった」というのを「デンドロほどのリアリティがあるゲームは発売されなかった」という風に解釈しています。

辻褄合わせがありますが、どうぞよろしくお願いします。
何か感想、ご意見、異論反論口答え等ありましたら、感想欄によろしくお願いします。


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逆風吹けども、歩みを止めることなかれ

ついに、サンラクの<エンブリオ>が!


□サンラク

 

 

 えーと、はい、状況を整理してみましょう。

 <エンブリオ>が孵化しました。

 そして半裸になりました。

 ホワイ?

 あ、半裸と言うのはインナーとアイテムボックス、それに武器として選んだナイフが残っているからだ。

 要するに、防具が全部吹っ飛んだ形だ。

 状況がリュカオーンの呪い以上にひどいんだけどどうしよう。

 いやまあ、バフを弾いたりはしないと思うけど。……しないよな?

 

 

「サンラク君」

 

 

 しかしマジでどうしよう。

 これ<エンブリオ>が原因だと思うんだけど、デメリットをもたらすとか滅茶苦茶なんだよなあ。

 せめて何かメリットが欲しいところだ。

 とりあえずヘルプを読んで。

 

 

「サンラク君!」

『え?』

 

 

 いつの間にか、レイの顔が目の前にあった。

 やばい全然気づかなかった。

 

 

『あー、レイこれはその』

 

 

 まだ原因が完全にはわからないが、とりあえず俺の意志で服を脱いだとかではないことを伝えないと。

 恋人に変態とか頭おかしい人だと誤解されてしまうことだけは避けなくてはならない。

 しかし俺が言い切る前に、レイは心配そうな顔で。

 

 

「サンラク君。その、頭、大丈夫ですか?」

 

 

 ……ショックで死にたくなった。

 外道共じゃなくて、レイに言われたのもつらいんだけど、悪意無く心配そうな顔で言われると、本当に死にたくなるんだなこれが。

 知りたくなかったよ、そんな真実。

 

 

『ごめん、死にたいので帰りますね』

「え、あの、ああ違うんですサンラク君!その頭じゃなくて、鳥の(・・)!」

『鳥?』

 

 

 ちょっと待ってほしい。いったい何の話をしているのか。

 そう尋ねようとして、彼女の目を、きれいな瞳を見て気づいてしまった。

 彼女の瞳に、鳥頭の人間(・・・・・)が映っていることに。

 慌てて噴水の水面をのぞき込むと、やっぱり白い羽毛の鳥頭がこちらを見ている。

 なぜか目だけが爬虫類のそれだが、鳥頭である。

 いやいや、いくらなんでもこれが俺のはずが

 

 

 もふっ(顔に伸ばした手が、羽毛に触れる音)

 もふもふっ(手を伸ばしても人の顔の感触はなく、ただ羽毛に手が当たる音)

 

 

 

『なんじゃこりゃあああああああ!』

 

 

 さすがに俺も叫ばずにはいられなかった。

 ……シャンフロに寄りすぎじゃないっすかね、俺の<エンブリオ>。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「なるほどなあ」

 

 

 俺は『詳細ステータス画面』を見てすべてを理解する。

 いや、させられてしまったというべきか。

 

 

【機動戦支 ケツァルコアトル】

 

 

 TYPE:アームズ

 到達形態:Ⅰ

 

 

 ステータス補正

 HP補正:G

 MP補正:G

 SP補正:E

 STR補正:F

 END補正:G

 AGI補正:C

 DEX補正:G

 LUC補正:G

 

 

 ここまではいい。

 AGI補正が高いのは実に俺好みだ。

 ついでにいうと、左手の甲にある「羽毛の生えた蛇神」の紋章も悪くない。

 だがここから、<エンブリオ>の<エンブリオ>たる所以、固有スキルに問題があった。

 

 

 【蛇眼鳥面】

 

 装備攻撃力:0

 装備防御力:50

 

『保有スキル』

・《風の如き脱装者》Lv1:自身の<エンブリオ>以外の防具を失う代わりに、AGIに莫大な補正を与える。

 このスキルはオフにできない。

 パッシブスキル

 

・《風除けの闘走者》:自身の速度に応じて、自身の攻撃の反動を軽減する。

 パッシブスキル

 

 

『尖りすぎだろ……』

 

 

 ため息をつきたくもなる。

 防御完全に捨ててんじゃねえか。

 何なら羞恥心も捨ててるまである。

 ちなみにだが、防具を失うというのがデメリットであるため、武器やアクセサリーの類は壊れないようだ。

 ……まあ、俺は現状アクセサリーを一つも持ってないわけだが。

 防具の一種である【蛇眼鳥面】--覆面型の<エンブリオ>を除けば何の防具もまとえない。

 装備枠の半分を潰すだけあってかなりAGIは上がってるみたいだが、オワタ式極まりすぎて割に合わない。

 それに、もう一つのスキルも別の意味で謎だ。

 ……まさか、このゲーム攻撃による反動があるのか?

 殴れば自分の拳も痛めるってのは、リアリティ高すぎてクソゲー案件だぞ。

 

 

 ええい、やめやめ。ネガティブシンキングばっかしてても気が滅入るだけだ。

 名前から言っても、スキルから考えても、特性は機動力なんだろう。

 それならまあ、俺のパーソナルから生まれた<エンブリオ>としては納得できる。

 装甲捨てて速度に特化するビルドがほとんどだったからなあ。

 はたから見れば、ただの変態なんだろうが。

 とりあえず気分を変えよう。

 

 

『ところでレイ。もう電話は終わったの』

「あ、そうでした。そのことなんですけど、その」

『どうかしたの?』

「実は、仙姉さんからで、祖父が体調を崩したから、実家に帰ってきなさいと」

『……まじかあ』

 

 

 俺たちにとって仙さんは頭の上がらない相手だ。

 なにせ同棲について反対意見をすべて封殺してくれたのが彼女だし。

 そうでなくても、そもそも斎賀祖父が体調を崩したとなれば戻ったほうがいいだろう。

 最後にあったときは、元気そうだったけど。

 

 

「本当にごめんなさい。だから、もうログアウトしないといけなくて」

「大丈夫。っていうか、俺は行かなくてもいいの?」

「楽郎君は、今のところ来なくていいらしいです」

 

 

 まあ、今のところ俺は斎賀家の一員というわけでもないし、そう言われてしまうと着いていくわけにもいかない。

 

 

『わかった。でも、状況が変わったり、なんかあったら連絡してね。すぐ行くから」

「はい。名残惜しいですけど、もう行きますね」

『わかった。行ってらっしゃい。気を付けて』

「はい、行ってきます」

 

 

 寂しそうな顔をして、レイはログアウトした。

 

 

『まじかあ』

 

 

 正直辛い。

 レイと二人で遊ぶことを楽しみにしていたので、俺としてはかなりきつい。

 ああもう。

 目的の一つである、レイとゲームすることは、短期間とはいえできない。

 なら、全力で楽しもう。

 

 

『とりあえず、レベル上げすっかあ!』

 

 

 己の精神を奮い立たせるため、大声で叫ぶ。

 全力で楽しんでいるあなたの姿が好きだと、彼女が言ってくれたから。

 

 

 

 

 

 □七月十七日・【旅狼】チャットルーム

 

 

 鉛筆騎士王:ようやくチュートリアル終わったよー。いやーキャラメイク大変だったな

 オイカッツォ:同じく。とりあえず二人とも<エンブリオ>も孵化してないから適当なジョブについたとこだよ

 京極:具体的には?僕は【野伏】だけど

 鉛筆騎士王:まだ内緒

 オイカッツォ:【騎士】と【死霊術師】だね

 鉛筆騎士王:へいへーい、さらっとネタばらしするのはどうかと思うな

 オイカッツォ:お前には言われたくない

 オイカッツォ:お前らにリアルばらされたこと忘れてないからな

 秋津茜:私は【忍者】です。あ、<エンブリオ>も孵化しました!

 京極:僕もだよ

 京極:詳細は教えないけど、TYPE:アームズとだけ言っておく

 オイカッツォ:基本的に五種類のカテゴリーに分類されてるんだっけ?

 鉛筆騎士王:ところでサンラク君と妹ちゃんはどうなの?もう<エンブリオ>孵化した?

 サイガ‐0:あの、すいません

 サイガ‐0:私今実家に戻ってて

 サイガ‐0:ゲームができる状況ではなくて、<エンブリオ>もまだ孵化してません

 鉛筆騎士王:あー、そういえば百ちゃんもそんなこと言ってたなあ。おぜん立てしてあげた意味なしか

 鉛筆騎士王:で、サンラク君は?

 サイガ‐0:えっと

 ルスト:まさか噂のレアカテゴリー?

 サイガ‐0:そういうわけではないのですが

 京極:ひょっとしてもうデスペナルティ食らったとか?

 ルスト:指名手配されてる可能性も無きにしも非ず

 モルド:そ、それはさすがにないんじゃ……

 サンラク:おはよう

 オイカッツォ:今午後一時なんだよなあ

 サンラク:あたまいたい、ねぶそく

 鉛筆騎士王:気持ち悪いときはさ、吐くとすっきりするよ

 オイカッツォ:な、ゲロって楽になっちゃえよ

 モルド:この人達呼吸するように無茶苦茶なこと言うよね……

 サンラク:裸です

 京極:は?

 鉛筆騎士王:え?

 ルスト:?

 モルド:はい?

 秋津茜:え!

 オイカッツォ:どういうこと?

 サイガ‐0:あの、多分デンドロの話です

 京極:ああ、そういうことなら……いややっぱりおかしいよそれ

 鉛筆騎士王:待ってその状況めっちゃモルドえるんだけど

 オイカッツォ:モルドえる(形容詞)

 サンラク:<エンブリオ>のスキルのデメリットで防具が全部はじけ飛びます

 サンラク:半裸です。

 鉛筆騎士王:ある意味リュカオーンよりひどいじゃん

 ルスト:ちなみにカテゴリーは?

 サンラク:アームズ

 サンラク:鳥の覆面

 オイカッツォ:ただの変質者じゃん

 サンラク:まあ、そっちはレジェンダリアだとあんまり目立たんけどな、亜人多いし

 秋津茜:なるほど!

 モルド:……なんか謎の単語が増えてるんだけど

 ルスト:モルドには申し訳ないけど、ちょっと面白い

 

 

 To be continued

 

 




 ヒロインちゃんファンの皆さん、本当にごめんなさい。
 ちゃんと、見せ場作りますから、ご勘弁を。


 余談
・ケツァルコアトル
 能力特性は機動力。
 《脱装者》はスケルトンのAGI版みたいなもの。
 割合強化だけど。
 《闘走者》はクロノみたいなことにならないためのスキル。

 モチーフはアステカ神話の羽毛の生えた蛇神。
 風、水、命、冶金、農耕などの神。


 スキル特化型なのでお楽しみに。

追伸 活動報告上げてます。


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マイナスにマイナスをかける

 □【闘牛士(マタドール)】サンラク

 

 

 レイがログアウトした後、とりあえず装備を整えた。

 防具が装備できないとはいえ、装備枠は他にもある。

 まずは武器。

 俺は結構二刀流で戦うことが多かったが、デンドロの初期武器は双剣や二刀という選択肢はなく、もう一本ナイフを購入した。

 覆面で半裸の変態が武器を買おうとしていることについて、何か言われるかもしれないと思ったが、何も言われなかった。

 まあ、何か言われても困るから、それ自体は別にいい。

 むしろ驚いたのはスルーされたことではなく、スルーのされ方(・・・)だ。

 ちらりと俺を見て、驚きを目の奥に浮かべながらも、指摘しなかったし驚きを極力表に出すまいとしていた。

 つまり、俺の格好が異常であることに気付き驚いたうえで、気遣いをもって、見なかったことにしたのである。

 

 

 『どんだけ、高性能な、AI積んでるんだか』

 

 

 これがストーリー上重要なキャラならともかく、どう見てもモブだったからな。

 続いて俺は別の店で回復アイテムを購入。

 ここでも似たような対応をされた。

 続いて市場で【空腹】や【渇水】を防ぐために食料品と水を購入した。

 最後にジョブに就き、カフェインを摂取して朝までレベル上げにいそしんでいた。

 ちなみに、就いたのは闘士系統派生下級職である【闘牛士】である。

 回避前提のジョブであり、AGIの補正が高く、回避が成功するごとにステータスが上昇するスキルもある。

 他には《殺気感知》や《看破》なども取れる。

 問題点が三つほどあるが、順調といってもいいだろう。

 --今も。

 

 

『はっはあ、どうしたどうしたあ!』

 

 

 そして今現在も、レベル上げと狩りにいそしんでいる。

 俺の目の前にいるのは、水色の熊、【マジックレジスト・グリズリー】という名のモンスターである。

 というかこのゲーム、プレイヤーの名前は表示されないくせにモンスターの名前は表示されるんだよな。

 逆じゃないのか普通?

 まあギリギリこれのおかげでNPCとモンスターを間違えてうっかりペナルティ、っていう事態は免れたけどな。

 なんでゴブリンはモンスターなのに、オークはNPCなんだよ。

 明確な基準を示せ基準を。

 ちゃんとチュートリアルで説明すべきでしょいろいろ。

 ヘルプ読んでね、って投げるのよくないよ。

 プレイヤーやNPCキルしたら普通にペナルティあるんだろうし。

 

 

『はっ!こ熊さんこちら手のなるほうへ!』

 

 

 ちなみに手は鳴らしていない。代わりにナイフを打ち合わせている。

 《看破》がまともに機能していないあたり、俺よりステータスは全体的にかなり高いようだが、速度の差はそこまででもない。

 俺より早いが、リアルの山登り(原因:母)とゴリライオンで培った対動物先読みで対抗できる。

 そもそもステータスが高いからか、動きが単調だし、ブレスのような範囲攻撃も持っていない。

 魔法耐性が特性らしいが、俺は物理オンリーだから特に意味はない。

 このまま戦い続ければ、俺は十中八九こいつを倒せる。

 

 

「GOOOOOOO!」

『あっ!』

 

 

 だが、問題はある。

 それも、俺がこいつを、こいつらを倒せない超ド級の問題が。

 

 

『あークソ、また逃げやがった』

 

 

 そう、デンドロのモンスター、結構な割合で勝算がないと悟ると逃げるのだ。

 これが格下か、同格相手ならばいい。

 AGIに振り切った俺から逃げられる道理がないから、そのまま倒せる。

 だが、俺よりもステータスが格上の手合いとなると話が変わる。

 さっきの【マジックレジスト・グリズリー】にしたって、逃げられないように徐々に足を削っていったにもかかわらず普通に逃げられた。

 別におかしなことはない。

 サバイバルにおいて、勝利とはすなわち生存。

 だから、命の危険を回避するのは当然だ。

 当然なのだが、正直な感想としては「クソゲーでは?」という思いもある。

 何というか、NPCといい、モンスターといい、リアルに近すぎるのだ。

 先ほどの俺の行動にしても、そうである。

 デンドロは、リアルのような部位破壊、そしてそれに伴う出血などの状態異常があることに気付いたから、足を潰そうとしたのだ。

 

 

『まあ、別にいいか』

 

 

 結局、AGIを上げてあいつより早くなれば何も問題ないわけで。

 むしろ、別の問題のほうが深刻で、《殺気感知》いいいいいい!

 

 

『またお前か……』

 

 

 やせいのすらいむがあらわれた!

 先ほどからこの【ミニ・レッド・スライム】をはじめ、何度かスライムに遭遇している。

 で、このスライムだが物理攻撃が一切効かない。

 スライムには三パターンある。

 一、クッソ弱い雑魚。すぐ死ぬので物理でさっさと殴るのが最適解なパターン。

 二、基本的に物理攻撃が効かないが、コアがあるのでそれを壊せば倒せる、などといった「物理に強いが、物理職でも倒せる」パターン。

 そして三、物理攻撃完全無効な物理職お断りパターン。デンドロのスライムはこれに分類される。

 いや本当に、この事実を理解するのに結構時間がかかった。

 

 

『刺突、斬撃、打撃は全部だめ。バラバラにして踏みつぶしても、コアは見つからずすぐに再生』

 

 

 だってさ、ここ霊都のすぐ近くだよ?

 いわゆる初心者狩場だよ?

 そんなところに物理が一切効かないモンスター配置するって運営……。

 まあ、攻撃は体当たりオンリーだし、そんなに早くもないから、負けはしないけどさ。

 まあ、とりあえず、対処法は一つ、逃げるしかない……いや、もう一つの俺の抱える問題、というか弱点を考えると、イケるか?

 

 

『さて、どこにいるのかな』

 

 

 上を見上げて、目的のものがいるかどうかを探る。

 もちろん、そばにいるスライムの体当たりを躱すことも忘れない。

 

 

『あ、いたわ』

 

 

 俺の目に映ったのは、飛行モンスター、【トキシック・バット】という名前がついている。

 俺たち人間と同じくらいの大きさの蝙蝠だ。

 

 

『おーおー、やってるやってる』

 

 

 

 相手はどうやらプレイヤーらしい。

 鎧で防御を固める重戦士だろうか?

 もしかすると、そういう<エンブリオ>なのかもしれない。

 どうやら、俺と同様近接メインらしく、飛行モンスターという存在に苦しめられているようだった。

 ただまあ、名前からしても多分こいつは、本当に厄介なタイプだけどな。

 あ、【トキシック・バット】が口を開けようとして

 

 

『ここだ!』

 

 

 いまだ追いかけてくる、スライムをつかむ。

 消化液でも出してるのか、わずかに俺のHPが削れるが気にしない、コラテラルダメージ!

 つかんだスライムを、放り投げた。

 それと同時、【トキシック・バット】が紫色の霧状の「これは毒です」みたいなブレスを吐き出した。

 逃げ回っている間にわかったことだが、このスライムはある程度の固さ、というか弾力を持っている。

 ピンポイントに投げるのは無理でも、STRがレベルアップで増えてる状態なら、ブレスのどこかに当てるぐらいはできる!

 《看破》してみると、スライムもプレイヤーも【毒】の状態異常にり患している。

 

 

『よーし、まず第一段階クリア、と』

 

 

 俺に攻撃手段がないなら、よそから借りればいい。

 これで、弱点(マイナス)の一つは攻略した。

 さて、次だが、あ、やばい。

 

 

「SHAAAAAAAAAA!」

『やっぱそう来るよなあ』

 

 

 【トキシック・バット】が俺に気付いてターゲットを変え、紫色のブレスを、今度はこっちに吐きかけてきた。

 そうして、毒霧に隠れて奴が飛来して、衝突した。

 そして、血が飛び散った。

 

 

「SHA、SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 

 俺ではなく、【トキシック・バット】の血が。

 こいつが突っ込んできたとき、俺は《殺気感知》で見えずとも、こいつの位置を知ることができた。

 あとは、それに対してカウンターでナイフを突き出すだけ。

 加えて、これはいい意味で誤算だったが、毒霧は覆面をしているせいか、俺には効果がない。

 さらに言えば、俺の攻撃はそれだけにとどまらない。

 蝙蝠は、飛び上がり、距離を取ろうとして、失敗した。

 

 

「SHA?」

『お前の敗因は、一つだけだ』

 

 

 俺は、蝙蝠の首にしがみついていた。

 顔をナイフで刺された際に、減速したのを見逃さず、何とか飛び移れた。

 蝙蝠は、飛翔に失敗して落下する。

 そして、更にここから詰めに行く。

 

 

『俺の間合いに入った、だからお前の負けだ』

 

 

 当初の予定では、スライムのドロップを回収したら逃げるつもりだった。

 アウトレンジから一方的に攻撃してくる飛行モンスターには、本当に打つ手がなかったから。

 だが、こいつはその選択肢を取らなかった。だから、俺が勝つ。

 

 

『ほんとに、絞まるんだな。よかった』

 

 

 やがて、地に落ちた蝙蝠は、落下ダメージと窒息で死に、ポリゴンへと変わる。

 俺は、ドロップを回収すると、茫然としている鎧のプレイヤーの目の前に【解毒薬】と【HP回復ポーション】を置いて、走り去った。

 そうして、ドロップアイテムを売却したのち、その日はログアウトした。

 

 

 □■【高位■■■】???

 

 

「ふーん。なかなか面白そうな、パパのお眼鏡にかないそうな人材ね」

 

 

 その言葉は、本人にしか聞こえなかった。

 

 

 To be continued

 

 

 

 




Qなにしたの?

A視界が効かない中、大まかな方向だけで、カウンターしてひるんだすきによじ登って絞めて倒したんだよ。

補足
サンラクは【窒息】の状態異常は知りませんでしたが、【空腹】や【渇水】は知ってたので、多分【窒息】もあると踏んでいました。

余談
重戦士「すごい、あんな種族がいるんだ……」


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閑話:とある日の斎賀家

今回短めです。
もうかなりかつかつなので、更新止まったらお察しください。


 □某所

 

 

「はあ」

 

 

 斎賀家ーー実家に戻る電車の中で、彼女はため息を吐く。

 祖父のことーーではない。

 命に別状はない、と電車に乗ってから仙から連絡があった。

 ゆえに、楽郎は呼ばれていないのだろう、と考えたし自分が呼び出されている理由も、電車に乗ったであろうタイミングで命に別状はないと連絡があった理由も、想像はつくし、自身に非があるのもわかる。

  

 

「だからと言って、なんでこのタイミングで……」

 

 

ここのところ、彼と同じゲームをプレイできず、というか彼がはまっていた「メルヘン・ワールド」というゲームに自分が適応できなかったのだ。

 低予算ゆえに時々視界がランダムなタイミングでブラックアウトする、というバグを修正できずに発売されたこのゲームは、「見えへんワールド」と揶揄されている。

 彼女はどうしても適応できずに挫折し、サンラクも、クリアはしたものの好事家の間では割と評判の良かったエンディング映像が、流れだした瞬間ブラックアウトしてしまい、「二度とやらない」と断言していた。

 

 

 そんなときに、<Infinite Dendrogram>が発売された。

 そうして彼はそのゲームをいたく気にいり、二人でプレイしよう、という話になったのだ。

 また、リアリティの高さは玲にもチュートリアルの段階で分かったため、彼女自身も楽しみにしていた。

 

 

 そんな矢先に、呼び出されたのである。

 玲にしてみれば、「何でよりにもよってこんな時に」、と考えるのも無理はない話である。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「だって貴方、こうでもしないと帰ってこないでしょう?お正月もあちらで過ごしたようですし」

「…………」

 

 

 実家に帰って、仙に理由を聞いたところ、返ってきたのはこれである。

 そして、図星である。

 この斎賀玲という女、正月でさえも実家に帰省せず、楽郎と共にあることを選んだ筋金入り。

 大晦日も初詣も半ば強引に彼の実家で過ごしたのである。

 そもそもが、付き合うまでの時点でこっそり住所を特定していたような女である。

 ブレーキなど、あるはずがない。

 

 

「百もそうですが、たまには実家に帰ってきてください。心配なのです」

「……はい」

 

 

 家族が自分を心配してくれていることはわかっているので、玲も反論するつもりはなかった。

 ……家族のタゲがむしろ、恋人も作れずリュカオーンの陰を追い求めて様々なVRゲームをやりこみ、現実を捨てている次女のほうに向いているから、というのもあったが。

 つい先程まで、それはもうこの世のものとは思えないレベルのお説教をされていた。

 今頃、彼女は母から見合いについての話をされているのだろう、と玲は推測した。

 

 

「ですが、それはそれとして、よく頑張っていますね、玲」

「はい?」

「楽郎君とのことですよ。私も、あなたたちがうまくいくことを心から願っています」

「仙姉さん……」

 

 

 それは紛れもない事実だ。

 彼女は本当に、妹の恋を応援してくれている。

 誰よりも、二人の同棲を後押ししてくれたのも彼女だし、異性と交流する際の様々なマナーを教えてくれたのも彼女だ。

 後半については、どちらかというとロックロールの店主の貢献が大きいかもしれないが、それでも今の玲と楽郎との関係性は、仙の協力あってこそだ。

 

 

「これはそのために、あなたと彼との関係をより良いものとするために、あなたに渡そうと思っていたものです」

「……仙姉さん」

 

 

 彼女が例に渡したのは一つの箱。

 中身はわからないが、綺麗に包装されている。

 それが彼女の善意によって用意された、極めて重要なものだと理解した。

 

 

「開けてもいいですか?」

「はい、どうぞ」

 

 

 言われるままに開ける。

 中身が何かは分からずとも、姉の気持ちと贈り物には感謝したし、嬉しかった。

 

 

「仙姉さん」

「はい?」

「これは、一体、何で、しょうか?」

 

 

 中身を、取り出して、玲は仙に聞いた。

 

 

「“不良品”です」

「……失礼しました」

「待ちなさい、待つのです、玲」

 

 

 ”不良品”いや、”細工品”とでもいうべき品物ーーいわゆる避妊具を残して、玲はその場を離れることにした。

 

 

(早く帰りたいな。早く、楽郎君に追いつかないと(・・・・・・・)

 

 

 そんなことを考えながら。

 

 

 To be continued




 今回のことが、ヒロインちゃんのスタイルにかなり影響します。


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まるでどこかで以前見たような気がする何か

日刊ランキング50位になったり、お気に入り登録者数が200を超えたり、UAが5000を突破したり、PVが15000を上回ったりと色々すごすぎてビビっています。
改めて、デンドロとシャンフロがどれほど愛されているかを感じています。

また、感想や評価などもありがとうございます。

今後とも、皆さんのご期待に沿えるよう、頑張っていきたいと思います。


 □七月十七日・陽務楽郎

 

 

 十二時を過ぎてから起きた俺は、【旅狼】のグループチャットで連絡を取り、それから食事をとって、コンビニに行くことにした。

 フルダイブVRゲームはどうしても体力が衰えてしまうので、体を動かさなくてはならない。

 高校時代からの習慣である、三つ先のコンビニまで行くというのは、今も継続している。

 そして、そんな自分ルールを定めた自分を恨むのも、継続している習慣、否、習性である。

 

 

「……あっつい」

 

 

 まだ七月中旬ではあるが、逆に言えばもう七月である。

VRで灼熱の環境にさらされることはあるが、そういうときはHPが減りこそすれ、この肌をじりじりと焼かれる感覚や熱感は無いか、あってもリアルほどではないものが多い。

 というか、鯖癌などのごく一部を除いて痛覚がリアルと同じということはまずない。

 発狂する奴が出かねないし、適応したとしても、適応したからこそ言えることだが、まず間違いなく健全ではないのだろう。

 まあ、健全かどうかなんて気にしてたら、クソゲーマーなんてやってないけどね。

 最近も、ゲーム内で反響定位の練習ばっかりやってたからなあ。

 自分が普段どれだけ視覚に頼って生きてるかよくわかる、素晴らしいゲームだよな、見えへんメルヘン。

 そのすさまじさのあまり公式SNSは大炎上しているからなあ。

 クソゲーにはよくあることだけど。

 ……とまあ、暑さをごまかそうといろいろ考えていたが無理!

 くそっ、こんなことなら朝早くにコンビニ行ってから寝ればよかった。

 それならまだ暑さもマシだったのに。

 

 

「ここは天国か……」

 

 

 いいえコンビニです。

 やはり冷房は最高だよね。

 フルダイブゲーマーにとって冷房は命だ。

 気づかないうちに脱水症状、とかいうことになりかねないし、同じ姿勢を維持することもあいまって血栓ができるかもしれない、とは武田氏の言葉である。

 そういえば、大学でぽろっとあの人の名前だしたら教授たちがめっちゃざわついて……よし、考えるのはやめよう。

 えっと栄養補給用のゼリーと、エナドリはおっ、ライオットブラッドがある。

 でもなあ、これ日本産なんだよなあ。

 昨日は日本産のライオットブラッドを飲んでプレイしたのだが、効果がなかったように感じる。

 何というのか、調子が悪いわけではないのだがいつも通りというか、まるでカフェインを摂取しなかった(・・・・・・・・・・・)かのような感覚なのだ。

 

 

「やっぱり海外製のを通販で取り寄せるしかないか」

 

 

 やっぱり日本製はだめだな。

 海外製じゃなかったから、効き目が薄かったんだろう。

 そうに違いない。

 他に、何か買ったほうが良さそうなものは、お?

 

 

「おーおー、取り繕っちゃってまあ」

 

 

 俺が手に取ったのは、一冊のゲーム雑誌。

 「週刊プロゲーマー」の最新号であり、表紙を見たことのある人物達が飾っている。

 

 

「日米トッププロゲーマーの対談、ねえ」

 

 

 つい最近、ようやく全米一の怪物に単独(・・)で土をつけたプロゲーマーと、三回勝負だったので残り二回で総受け魚類をフルボッコのフルボッコのフルボッコにした人力TASの対談である。

 こいつら中身はさておき見た目はいいからやっぱり映えるよなあ、けっ!

 

 

 あとはあれだな、玲と付き合う前ぐらいからたまに読んでる、というか読まされてるファッション誌。

 表紙はガワだけはいい外道鉛筆で、あ、これ前瑠美が載ってるからって前に買った奴だ。

 ……もう一冊買っとくか。

 

 

 結局、栄養補給用のゼリーをいくつかと女性向けファッション雑誌を持ってコンビニのレジの列に並ぶ。

 ゲーム雑誌はちらっと見たが、さすがにまだデンドロ関連の記事はないみたいだからな。

 そういえば、シャンフロ始めたばっかりの時もこんなことがあったな。

 暑い中コンビニに行って、食料やら買って、外道が載ってる雑誌を見て、他にもなんかあったような。

 ああそうだ。

 玲が、話しかけてきたんだ。

 --彼女は、あの時から俺のことを、その、そうだったのだろうか。

 だとしたら、嬉しいけど。

 いつから好きだったのかって訊いても、頑なに教えてくれないんだよな。

 まあ、無理に聞くつもりはないけども。

 

 

「お、噂をすれば」

 

 

 玲から、メッセージが来た。

 今実家を出ました、もうすぐ帰りますということが書かれていた。

 何というか、口角が上がっているのが自分でわかる。

 多分、今の表情見られたら、外道共にはめちゃくちゃイジられるんだろうな。

 

 

「すいません、次のお客さまー」

「あ、すいません」

 

 

 危ない、ぼーっとしてた。

 慌ててレジの前まで移動し、財布を取り出した。

 

 

「早く、帰ってこないかなあ」

 

 

 そんな呟きは、きっと誰の耳にも入らなかったと思う。

 

 

 

 

 □【闘牛士】サンラク

 

 

 コンビニから帰って、水分補給その他を済ませてログイン。

 ドロップアイテムを換金したことで、懐にはそれなりの金銭がある。

 とりあえず、装備を整えるべきだ。

 いくら防具が使えないからと言って、いや防具が使えないからこそ、他の装備枠を無駄に使うべきではない。

 まあ、特殊装備品……車や船舶なんかはどうしようもないけどね。

 高いし、現時点では使い道もないし。

 そんなわけで、いまだ買えていないアクセサリーと、蝙蝠との戦闘で破損してしまったので、替えの武器を買わなくてはならない。

 物理無効の対策もしないといけないから、武器はどのみち買い替える必要があったわけだがな。

 さて、どの店がいいのかな。

 

 

「へい、そこの鳥頭の兄ちゃん」

『おう?』

 

 

 鳥頭ってのは俺のことなんだろうが。

 ふと見ると、足元にシート広げて座っている男がいる。

 どうやら露天商らしい。

 このゲーム、露天商もいるんだな。

 昨日はそんな奴らいなかったような……ん?

 

 

『入れ墨あるってことは、プレイヤーか?』

「正解。良かったらなんか買っていかないか?」

『ふむ』

 

 

 男の前に置かれた商品と、その説明を見た。

 ふむ、普通のナイフや剣に、指輪やネックレスなどのアクセサリー、加えてマジックアイテム(というかMPを流すことで魔法攻撃を可能にする剣や槍など)まである。

 感想。

 

 

『安くね?』

「まあ、そうだな。俺の<エンブリオ>は生産に向いてるからなあ。それのおかげで、そんな値段になってるってわけだ」

『なるほど……』

 

 

 生産するときに、コストをカットするとかそういうスキルか。

 《看破》でジョブが【鍛冶師】だってのはわかる。

 俺の所持金ではマジックアイテムは手に入らないと思っていたが、これならギリギリ買える。

 

 

『よし、これ下さい』

「はいよ」

 

 

 そうして商談は成立ーー

 

 

「待ちなさいよ、そこの犯罪者」

『「え?」』

 

 

 --しなかった。

 俺と【鍛冶師】以外の、第三者が割り込んでいたからだ。

 いったいいつ現れたのか、わからなかった。

 先ほどまで全く気配がなく、されど現れた今となってはどうして気づかなかったのかわからないほど特徴的な容姿をしていた。

 茶色の髪と、赤色の瞳。

 そしてロップイヤーのうさ耳とモノクルをつけている。

 身長は、かなり低い。

 せいぜいで百三十センチほどだろうか。

 一見仮装した小学生のように見えるが、なぜだろう。

 子供のようには見えない。

 しかし、刺青がないから、NPCで間違いない。

 

 

「おいおい嬢ちゃん。いくらなんでも、露出狂呼ばわりは可哀そうだぜ。なあ兄ちゃん?」

「違うわ。あたしは犯罪者予備軍なんて言ってない。あんたに言ってんのよ、この詐欺師」

 

 

 犯罪者予備軍と呼ばれていることについては、非常に遺憾であるが、今はそれよりも重要な、聞き逃せない発言があった。

 

 

「おいおい、なんの話だ嬢ちゃん。俺は詐欺なんて……」

嘘は言わないほうがいいわ(・・・・・・・・・・・・)

「…………」

 

 

 えーと、どういうこと?

 今の発言に、何か意味が?

 というか詐欺って言った?

 後、一応下着で隠すところは隠してるからセーフでは?

 

 

「説明するより、やってみたほうが早いわ。これ付けてみなさい」

『おう?』

 

 

 差し出されたモノクルを、鳥面の目の部分に着ける。

 ちゃんと見えてるの、改めて考えるとすごいよな。

 さて、付けたうえで縮こまってる男と、買おうと思った魔剣が目に入ったわけだが……なるほど。

 

 

『ふーん、(スティールソード)、スキルなし、かあ。自分で生産したものの表示を偽装できる<エンブリオ>か?』

「……ふん、だったら何だってんだよ。プレイヤー同士なら、なにしても罪には問われねえし、ペナルティもねえんだぞ!」

『え、マジで?』

「そうよ。法律で定められてるわ。あんたたち不死身の<マスター>同士のいさかいには、一切の罰は生じないわ」

 

 

 なるほど。

 つまり、こいつは俺をだましても罪に問われない。

 

 

「あがあ!」

 

 

 ーーで。俺はこいつをPKしても、問題ないってわけね。

 ドロップと金銭を残してポリゴンに変わった悪党を成敗。

 いやー儲かった儲かった。

 

 

「……あんた、思い切りがいいわね」

『え、まだいたの?』

「いるわよ。こっちはあんたに用があるんだから」

『え?』

「あたしはステラ。ちょっと付いてきなさい」

 

 

 うさ耳少女は不敵な笑みを浮かべ。

 

 

「--あんたの求めるような装備が手に入る、うまい話があるわ。ついてきなさい」

 

 

 そんなことをのたまった。

 

 

 

 




ヒロインちゃん「……なんだか嫌な予感が」

モノクルは高レベルの《鑑定眼》です。
出てきたモブ<マスター>は、再登場の予定は特にありません。


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光星に導かれ、工房に招かれ、攻防を見せる

日間ランキング19位、週間ランキング54位になってました。
皆さんのおかげであり、原作二作品の力です。
ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。


 □【闘牛士】サンラク

 

 

『で、どこへ行くんだ』

「ついてくればわかるわよ。悪いようにはしないわ」

 

 

 俺の目の前をすいすいと歩いていく、うさ耳少女こと、ステラはつっけんどんに言い放つ。

 正直無視したいところなんだが、腕のいい職人に合わせる、と追加で言われてしまえばついていくしかない。

 ひょっとすると、何かしらのイベントが発生するフラグを踏んだのかもしれないし。

 もし罠だったら、まあその時考えよう。

 

 

「ここよ」

「……え?」

 

 

 彼女が指したのは、建物の壁だった。

 いや、こんなところどうやって、ってすり抜けたあ!

 彼女に続いてはいると、そこで見たものは。

 

 

『鍜治場?』

「それ以外の何に見えるの?」

 

 

 鍜治場、あるいは工房。

 炉が一つあり、そこから少し離れたところに、巨大な箱がいくつか置いてある。

 おそらくあれはすべてアイテムボックスで、中身は全部素材ってところか。

 

 

『今のって……』

「幻術発生と、隠蔽の効果があるマジックアイテムよ」

『幻術?』

「天属性の、光魔法と音魔法によるものよ」

『ひょっとして、さっきも?』

「正解。鳥頭にしては賢いようね。私は【高位幻術師】についてるの」

 

 

 ふむ。

 デンドロの幻術、というのは精神に作用するとかではなくそっちらしい。

 まあ、フルダイブでは設定はともかく実態はそうであるパターンがほぼすべてだけどな。

 それはともかく。

 

『んで、腕のいい職人ってのはどこにいるんだ?』

「ほへひゃ、にゃにすんほひょ!」

「よう、俺のこと呼んだかい」

 

 

 ちょっとイラっとしたので、ステラの頬を引っ張って遊んでいるといつの間にか、小さい男が目の前にいた。

 ひげ面の筋肉質な小男。ドワーフか?

 黒と青が混ざった、奇妙な色合いのマントを手に持っている。

 さっきまで、それの装備スキルで身を隠してたのか?

 

 

「パ、父さん!」

 

 

 え?親子?

 あーそうか、ドワーフと獣人のハーフで、それで幼女体型、もとい背が低いのか。

 しかし、ベタではあるが、ドワーフってことはつまり。

 

 

『もしかして、ステラの言ってた腕のいい職人って……』

「それほどでもねえさ、俺は超級職を一つ持ってるにすぎねえからな」

『……超級職』

 

 

 聞いたことあるな。

 確か、上級職の先にある最上位職にして、ただ一人しかつけないユニークジョブ。

 おいおいおいおい、これは大当たりを引いたんじゃないか?

 間違いなくイベントNPCと言い切っていい存在。

 それを味方につけられれば、ずいぶんなアドバンテージになる。

 ーーさっきの入り口を見る限り、どうやら門は狭いみたいだからな。

 

 

「ステラ、こいつか?お前が言ってた見込みのあるやつってのは」

「ええ、そうよ、パ、父さん」

 

 

 見込み?

 まさか、先ほどカモられかけていたことではないだろう。

 となると、おそらくこっそり戦闘しているところを見られてたってところか。

 

 

「ふうん。お前、名前はなんていうんだ」

『サンラクです』

 

 

 あれ、なんか固まった?

 地雷踏んでないよな?

 なんで学食のメニューで特製オムライス頼んだらバッドエンドなんだよ。

 こだわりとか言って、ピザソース使ってんじゃねえよと言いたい。

 マジであんときは切れそうだったからな。血管が。

 しかし、どうやら杞憂だったらしい。

 固まっていたのはほんの一瞬。

 ドワーフは、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

「サンラク、か。いい名前だな」

『……どうも』

 

 

 

 自分でつけた名前褒められて悪い気はしないんだけどさ、多分あの変態みたいなクソネーム付けても同じセリフ吐くのかなって思うと微妙な気分になっちゃうんだよね。

 だが、俺の内心など知るはずもなく、小男は言葉を返す。

 

 

「俺は【神器造(ゴッドメイド)】ルナティックだ」

『よろしくお願いします、ルナティックさん』

「おう。早速だが、お前の適性を見てえ」

 

 

 そういって、ルナティック……長いな、ティックでいいか、ティックは手前に置いてあったアイテムボックスを取り出し。

 

 

「ちょっとここじゃ何だから、場所変えるぞ」

 

 

 そんなことを言って、工房から出て行った。

 え。まじで。

 ここじゃなくてわざわざ場所変えるの?別にいいけど。

 さて、俺の実力を見るための試験なんだろうが、どんな感じなんだろうな。

 そんなことを考えながら、俺とステラもティックの後を追った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □■アムニール・闘技場

 

 

 レジェンダリアは王国ほど決闘が盛んというわけではない。

 しかし、その質は現時点では王国より高い。

 それは、亜人の国だからだ。

 適性や素質の偏った亜人が、己の全力をぶつけ合う戦い。

 のちの闘技場でランカーの多くが一芸特化であることからわかるが、

 どこかの脳筋をはじめとして、心躍らせるものが多いのは無理のない話である。

 ちなみに、サンラクが【闘牛士】に転職したきっかけもこの闘技場だ。

 サンラクは闘士達の試合を見たわけではないが、試合を見ずともどういうカードが組まれるかを知ることはできる。

 闘技場だけあって闘士系統を取るものはそれなりに多く、(レジェンダリアは多腕の亜人がいるので、なおさらである)その派生である【闘牛士】を修める者も稀にいた。

 サンラクがたまたまそんな人物を目にし、『これ、俺にピッタリでは?』と思い、転職した次第である。

 さて、そんな闘技場だがお金を払ってレンタルすれば、訓練場として使用できる。

 レジェンダリアはギデオンほど闘技場の数に余裕がないため手続きが複雑だが、ごく一部の特権を持った者はその手続きを省略できる。

 マジックアイテムの生産で、レジェンダリアに貢献している、魔法武器生産特化超級職【神器造】ルナティックもそのごく一部の一人だった。

 

 

「俺は武器や、マジックアイテムを作るんだが、量産はしねえ」

『なるほど』

「一人一人の要望や適性、スタイルに合わせた武器を作っていく。それが職人ってもんだ」

『そうですね』

 

 

 サンラクは内心、「俺の要望聞くつもりがあるならさっさと武器作ってくれねえかな」と思ったが、こういう職人気質の手合いは機嫌を損ねるとまずいことが多いと、彼の経験が訴えるので口には出さなかった。

 

 

「というわけで、お前の実力と適性、スタイルを見極めるためにこいつと模擬戦してもらう」

『なるほど』

 

 

 そういって、ティックは右手の甲にある宝石を掲げた。

 宝石と戦う、というわけではない。

 多分、あの中にモンスターが入ってるパターンか、とサンラクは推測したし、それは正しかった。

 【ジュエル】と呼ばれるアイテムであり、モンスターを格納することができる。

 昔、モンスターをボールの中に入れて育成するゲームがあったらしいが、それに近いものだろうと推測した。

 今でも、それをパクったVRのクソゲーがポンポン出て来ているから、彼もそのゲームの存在は把握していたのである。

 なお、クオリティの低さと権利関係の問題から、それを発売したゲーム会社はすべて消えている。

 何なら、検索してもデータが残っていない会社さえある。

 そんなことをサンラクは思い返していた。

 

 

「まあ、ステータスと適性の有無はもう見てるからな。あとはスタイルと、技術ぐらいだな。覚悟はいいか?」

『もちろん。いつでもどうぞ』

 

 

 覆面の中で誰も見えていないが、サンラクは不敵な笑みを浮かべる。

 戦闘の結果次第で、ルナティックが何を作るか決まる。 

 場合によっては、作ってもらえない可能性すらあるだろう、とサンラクは推測した。

 基準ははっきりとはわからないが、一つだけわかっていることがサンラクにあった。

 こういうシチュエーションは、非常に燃える(・・・)

 そんなサンラクの様子を見てか、あるいは関係がないのか、ルナティックも笑みを浮かべ。

 

 

 

「じゃあ行くぜ、《喚起》、全員(・・)

『え?』

 

 

 サンラクは、そういわれた時、反応が遅れた。

 目の前に現れた、五羽の怪鳥に驚いたからだ。

 場所が場所だし、思い浮かべたゲームがゲームであるだけに、完全に一対一の決闘だと思い込んでいたのである。

 

 

「「「「「GYAAAAAAAAA!」」」」」

『マジでか』

 

 

 ネームは全員、【ブリザード・スターリング】であることを把握し。

 飛行モンスター、たくさん、名前からしてブレス攻撃持ち。

 そんな思考が、彼の頭の中を駆け巡り。

 

 

『せめてまず一対一でうおおおおお!』

 

 

 開戦からわずか五分後、サンラクのHPは削り切られたのだった。

 

 

 To be continued

 




むしろよく五分持った、ぐらいのスペック&数&相性の差。


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彼の真価と進化

週間ランキング52位になってました。
ありがとうございます。



 □【闘牛士】サンラク

 

 

「ま、悪くはねえな、合格だ」

 

 

 たった今の闘争を、というか逃走をティックはそうやって締めくくった。

 やっぱり負けても合格だったのか、よかった。

 まあ八割型そうだろうとは思ってたけどな。

 

 

「ステータスはひよっこだが、技巧は悪くねえ。【超騎兵(ロウファン)】以上【修羅王(イオリ)】未満ってところか。加えて心もつええな。普通食いちぎられたら、闘技場でも消耗するんだが」

 

 

 ロウファンやらイオリというのが誰かは知らんが、それなりに俺は評価されてるらしい。

 後半については、痛覚がOFFってのもあるんだろうけどな。

 ……俺の場合、ONでもOFFでも変わらないんだが、わざわざ設定を変えるのがめんどくさいんだよなあ。

 というか、俺より技術の高いNPCがいるのか、まあいるだろうな。

 TASに勝てるとは思わんし。

 

 

「<マスター>ってのは強いって昔から知ってたけどよ、レベルも碌にあげてねえのに面白い奴がいるとは思わなかったな」

『それはどうも……あれ?』

「どうしたの?」

 

 

 なんか紋章が光ってる?

 え、なんで?

 <エンブリオ>関連なのはわかるけど、どういうこと?

 なんでだ、まさか進化か、進化なのか!

 <エンブリオ>は孵化した後も時々進化する、とは聞いてたけど。

 え、もしかしてマジでこのタイミングで進化するの?

 ちょっと待ってまだ心の準……あっ、発光が終わった。

 これで進化したってことだろうから、とりあえずステータスを見て確認を。

 

 

『あれ?』

 

 

 何か足に違和感が、ってなんか増えてる。

 というか、履いてる。

 

 

『靴?』

 

 

 触ってみると顔はそのまま、足元を見れば靴が生えていた。

 ふむ、ステ補正は特に変化なし。

 あ、でも《脱装者》のスキルレベルが二になってて、AGIは上がってるな。

 んで、ちょっとだけ装備防御力が上がってるな。

 他は、あ、なんか新しく増えている。

 

 

【水蛇皮靴】

 

 

 装備攻撃力:10

 装備防御力:50

 

 『保有スキル』

 《配水の陣》

 周囲に結界を展開する。

 アクティブスキル。

 

《回遊する蛇神》

 戦闘時間に比例して速度を上げる。

 なお、加速により発生する空気抵抗を無視できる。

 パッシブスキル。

 

 

『防御スキル?』

 

 

 速度と機動力特化だと思ってたのに、ここで防御スキルってのはよくわからん。

 下手に防御スキルなんてあっても使い道がないと思うんだけどな。

 二つ目のスキルは、有用だと思えるだけになおさらである。

 まあとりあえず使ってみるか。

 

 

『というわけで、ステラ、何でもいいから攻撃してみてくれ』

「……ほんとにあんた変態だったの?」

 

 

 おい、ちょっと待て。

 なんで俺が変態みたいに言われなきゃならんのだ。

 ただちょっと、普通の服着てなくて、半裸で、鳥の覆面をつけてて、たった今蛇革のブーツを身に着けているだけで、ああすいません変態にしか見えませんね。

 

 

『そういうことじゃなくて、強度を試したいんだよ。結界の』

「結界?ふーん、とりあえず出してみなさいよ」

『それもそうだな』

 

 

《配水の陣》、展開っと、お。出てきた。

 ただ、なんというか……。

 

 

「なにこれ。小さくない?」

 

 

 そう、目の前に現れた結界は小さかった。

 バックラーという円形の盾や、あるいは扇風機の丸いところくらいの大きさしかない。

 青色の魔法陣みたいな見た目はすごくいいと思うし、ステータスを見る限りMPの消費もほとんどない。

 悪くはないけど、これあんまり使い道がないような。

 出した後動かせるわけでもないみたいだし。

 いやいや問題は強度だ。

 

 

『まあいいんだよ。とりあえず、ちょっと叩いてみてくれ』

「……わかったわ」

 

 

 まあ、割れることはないと思うけどな。

 デンドロって魔法職は物理ステータスほぼ伸びないらしいし。

 

 

 ぽかっ

 パリンッ

 

 

「「『は?』」」

 

 

 いやいやそんなはずはない。

 何かの間違いだろう。

 とりあえず、もう一枚出して……あ、これある程度出す位置決められるんだ。

 

 

 ぺちっ(デコピンの音)

 パリンッ

 

 

「「『…………』」」

 

 

 も、もう一枚出して。

 

 

 つんっ(指で軽くつく)

 パリンッ

 

 

 はああああああああああああああ!?

 

 

 ◇

 

 

『マジでなんなのこれ……』

 

 

 結局色々調べたが、結界の強度はカスという結論にしかならなかった。

 一瞬何かに防がれている感覚はあるものの、普通に壊れてしまう。

 STRの上昇はほぼない魔法職のステラでさえ、ワンパンであっさり壊せてしまう。

 いやほんとマジでどうしよう。

 

 

「ところでよ、サンラク。武器の話をしてもいいか?」

『え、あ、はい』

 

 

 嫌なことが続いたが、新装備ってなると話が変わる。

 さて、どんな武器が手に入るのかな?

 

 

「まあ、結論から言うとお前の武器を作るのにはかなり時間がかかる」

『…………』

 

 

 イイハナシ、ドコ?

 俺の態度が顔には出ずとも表に出ていたのか、ティックは説明を続ける。

 

 

「いいか、俺の実力ならお前のスタイルに合った装備品や、すごい装備品を作ることはたやすい。それだけならそう時間はかからん」

 

 

 そうなの?

 

 

「だが、お前が使える装備を作るのに時間がかかる」

『……なんで、ですか?』

「レベルがまだ低いからな。お前のレベルでも使えるようにカスタムしなきゃならねえから手間がかかる」

『なるほど』

 

 

 そういえば、このゲーム装備品はレベル制限あったっけ。

 アクセサリーはレベル制限ないらしいけど。

 

 

「……済まねえが、アクセサリーは専門外でな。作れねえわけじゃねえが、上級奥義程度のもんしか作れねえよ」

 

 

 なんかさらっと俺の心に受け答えしてるな。

 やっぱり、こっちの思考とか読み取ってるのか?

 あと上級奥義程度って、十分じゃないのか?

 

 

「まあ、レベル上げはやったほうがいいと思うわ。レベルが低いと、ステータスや装備品の他にもデメリットあるし」

『例えば?』

「わかりやすいので言えば、ここの結界ね。レベル五十以下はすり抜けちゃうから、決闘に参戦できないのよ」

 

 

 ふむ、決闘に参加できない、か。

 それは確かにデメリットっちゃデメリットだよな。

 結界がすり抜けるってのはあれかな。

 つまり弾き飛ばされたら壁のシミにはならずに、リングアウトするってことで……ん?

 

 

『この結界、触れるタイプなの?』

「レベル五十超えてればね。というか、攻撃の余波とか、闘士本人が飛び出すのを防ぐ壁の役目も担ってるのよ」

『なるほどな』

 

 

 それもそうか。

 元来闘技場は、観客が絶対安全な高みの見物ができるという前提に立って初めて運用できる娯楽だ。

 ……高みの見物ができる状況を作ったうえで、あえて闘士を煽り、結局自爆してすべてを吹っ飛ばす外道からの受け売りだけど。

 ユナイトラウンズ第三弾作るのやめーや。

 閑話休題。

 そんでもって、ようやく合点がいった。

 理解できた。 

 つまり……あれはそのため(・・・・)のものってことか。

 

 

『ティックの旦那、ちょっとお願いしたいことがあるんですが』

「……なんだよ?」

 

 

 あ、やべ、ついに口に出しちまった。

 まあいいか。

 これからいうのは、まああれだ。

 こうしたほうが、結果を示したほうが、好感度が上がるかもしれないし。そうそう今後のため今後のため。

 --だから。

 

 

『もう一回あいつらにリベンジしたいんですけど、いいっすか?』

 

 

 やられっぱなしっていうのはさあ、やっぱ腹立つんだよなあ!

 

 

 ◇

 

 

 【ブリザード・スターリング】五羽。

 勝利までの、挑戦回数五回。

 所要時間、合計一時間三十八分。

 …………やったぜ。

 

 

 To be continued

 

  




さらっと流されたけどやばいのは《回遊》のほうです。
追記
サンラクの<エンブリオ>は複数の形態を同時に使えるタイプです。
ちょっと違うけどスィーモルグに近い。


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獅子と蛇、要約すると変態と変態

 □【闘牛士】サンラク

 

 

 かなりの時間をかけて、クソ鳥五羽を始末(比喩)した後、俺はまた狩場に戻っていた。

 いや、厳密には俺というのはおかしいか。

 俺達(・・)というのが適切だろうな。

 

 

【サンラク、そこから西方向三百メテル。狼系モンスター、【ブレイズウルフ】が四体いるわ】

『了解っとお!』

 

 

 ステラの指示通り、モンスターを目指して走る。

 今の(・・)俺の速度からすれば、三百メートルなどあっという間だ。

 瞬時に距離を詰め、まず勢いのままに赤い狼のうち一体に体当たりして、一匹。

 

 

「「「GAUUUUU!」」」

『くたばれやあ!』

 

 

 続いて、叫んで動きを止めてる間に首筋に切りつけ、もう一度切りつけて二匹。

 そうして、逃げようとした二匹に追いつくと。

 

 

「逃がさん!」

 

 

 一直線に走りながら、二刀を狼にぶち当てて胴体を切り裂く。

 それで終わり。

 全員ポリゴンとドロップアイテムに変わって消えた。

 よし、牙、牙、牙、毛皮、あ、やべ。

 

 

【サンラク!上空に】

『わかってる!』

 

 

 上空に、一羽の怪鳥……名前は【クリムズン・ロックバード】。

 うん、口を大きくあけまして?

 

 

「KIEEEEEEE!」

 

 

 歌声、というか奇声とともに火炎放射してきた紅い怪鳥。

 さっきまでなら死んでたんだろうな。

 さっき(・・・)まで(・・)なら。

 

 

『空を跳ぶ(・・)なら()にもできる!』

 

 

 《配水の陣》、発動!

 結界を足場にして跳びあがり、地をなめるような軌道の火炎放射をギリギリでかわす。

 ああっ躱せてない!

 余熱でちょっと削れた!

 まあ、死ななければコラテラルダメージだコラテラルダメージ!

 

 

「KIEEEEEE!」

『待てよ焼き鳥!ぶつ切りにしてやる!』

 

 

 《配水の陣》を連続で起動して、足場を形成!

 距離を取ろうとする【クリムズン・ロックバード】にむかって全力で駆け出す。

 今ならば、俺のほうが早い!

 おら、喰らいやがれ投げ【スティールソード】!

 

 

「KIEEEEEEEEE!」

 

 

 【クリムズン・ロックバード】の目に突き刺さり、血が噴き出る。

 あれ?こいつケガしてんな。

 まあいいか!

 こいつは今、俺の獲物だ!

 

 

 ◇

 

 

 「……まさか、亜竜クラスを倒すとは思わなかったわ」

 『まあ、お前のサポート込みだけどな。ありがとさん』

 

 

 いや、ほんとこいつのサポートがマジでありがたい。

 こいつの助け合ってのことなので、回復アイテムを覆面のくちばしを開いて飲みながら礼を言う。

 

 

 俺たち二人は模擬戦の後、レベル上げのために狩場に行った。

 まず回復アイテムなどを買い、ログアウトして帰ってきた玲を迎えた。

 玲さんも含めてレベル上げしようとも思ったのだが、今回はお願いして勘弁してもらった。

 ステラの協力の条件が、「俺以外に自分たちの能力を教えるな」だったというのが、理由だ。

 役割としては、俺が戦闘をし、ステラは索敵と補助を務めている。

 幻術師系統は光と音の細やかな操作が得意であり、それを応用した探知が可能であるらしい。

 で、それを俺が今つけてる【テレパシーカフス】を通じて伝えてもらっていたわけだ。

 ちなみにだこの覆面、はずせる、というかそもそも<エンブリオ>は紋章にしまえるらしい。

 そんなわけで耳に着けるアクセサリーもつけることができる。

 謎の光の霞のせいで、視界が利かないので彼女の存在はとてもありがたかった。

 レベルもだいぶ上がってるしな。

 ……ちなみに、『俺の迷彩もできないか?』と思い訪ねたのだが、回答は「速すぎて追いつけないし、そもそもMP消費がやばいから無理」だった。

 仕方ないね。

 

 

「それでもすごいわ。普通上級職相当のモンスターなのよ、これ」

『そうなんか』

 

 

 まあ、俺の場合は《回遊する蛇神》の戦闘時間比例速度強化のおかげだけどな。

 モンスターとの戦闘を行い、一度戦いが終わるや否や、すぐにステラのナビ通りに別のモンスターのところに走って、また戦闘開始。

 そんなことやってるせいか、あの焼き鳥とやりあうときには、速度がすさまじいことになっていた。

 まあ、あまり調子に乗りすぎると自分で制御できなくなって、地面の血のシミになるわけだが。

 闘技場では何回かそれで死んだからなあ。

 あ、血で思い出した。そういえばあの鳥なんでケガしてっ!

 

 

『ステラ!』

 

 

 とっさに抱えて横に跳んだ。

 直後、俺たちがいたところを、矢が通り過ぎた。

 そして、矢がそのまま近くの木を貫通して、大穴を開けた。

 今の矢の速度は、俺より速かった(・・・・)

 クールダウンして《回遊》がリセットされたとはいえ、只者ではない。

 クソ、誰だ?プレイヤーか?

 光の霞のせいで相手はよく見えない。

 

 

 現れたのは、一人の男。

 金色の長髪と糸目が特徴の、整った穏やかな顔立ちをしていた。

 それでいて、どこか肉食獣の獅子(・・)のような雰囲気を身にまとっていた。

 しかし、むしろそれ以外の部分のほうが特徴的であるだろう。

 左手に装着した、クロスボウが付いた手甲。

 両手にはそれぞれ俺と同じ【スティールソード】が握られている。

 手にはいくつかの指輪がはまっており、モノクルをつけている。

 そして、ボクサーパンツを履いており。

 

 

 --それ以外は、何一つ身に着けていなかった。

 先刻俺を攻撃したのであろうその男に対し、俺が言うべき言葉は一つしかない。

 

 

『「変質者(・・・)」』

 

 

 なぜか、お互いに発した言葉は同じだった。

 解せぬ。

 

 

「……どっちもどっちでしょ。っていうか早く下ろしなさいよ!」

 

 

 お姫様抱っこされたまま、顔を赤らめたステラの叫びがあたりにこだました。

 

 

 ◇

 

 

『つまり、俺をモンスターと間違えた、と?』

「……うん、本当に申し訳ない」

 

 

 俺の目の前で今、体をくの字に折っている男ーーフィガロというらしいの説明によると、こうだ。

 フィガロは狩りをしている最中に、【クリムズン・ロックバード】に遭遇した。

 弓矢を使って手傷は負わせたが、飛行モンスターゆえに逃げられてしまった。

 探していたところ、いかにもモンスターらしい人影が見えたので攻撃した。

 《透視》のモノクルをつけていたが、距離があったためはっきりとは見えなかったようだ。

 

 

 ちなみに、今モンスターはこの辺りには来ない。

 モンスター除けの結界アイテムをステラが使用しているからだ。

 ちなみに、先ほどまでの狩りでも使用していたとのこと。

 というか、普段からモンスター除けアイテム、《気配操作》付きのマント、幻術による視覚、聴覚的な隠蔽で身を守り、罠を仕掛ける、同士討ちさせるなどでレベル上げしているそうだ。

 ……性質(たち)悪くない?

 閑話休題。

 

 

『いや、別にいいよ。それより、武器を三つ装備してたのは何かのスキル?』

「うん。【闘士】のスキルでね、武器スロットを増やせるんだ」

『へえ……』

 

 

 これはいい情報を聞いたな。

 装備枠が限られている俺にとって、装備スロットを増やせるジョブは貴重だ。

 そんなスキルがあるなら【闘牛士】カンストしたら取ってもいいかな。

 

 

 その後も、しばらく三人で話していたが、フィガロはもう戻るつもりらしく、狩りを続けるつもりだった俺達とはそこで別れることになった。

 それにしても、いろいろ有意義な時間だったよ。

 NPCはティアンって呼ぶとか、<アクシデントサークル>とか知らなかったからなあ。

 危ない危ない。

 ステラとか「そんなことも知らないって、あんたほんとに人間?」みたいな目で俺のこと見てたからな。

 そういう「知っていて当たり前」のことはNPCは説明してくれないっぽい。

 人に近いAIっていうのも考えもんだよな。

 

 

 そのあとは、暗くなるまで狩りをして。

 陽が落ち始めたタイミングで、ステラが「夜になると魔法によるサポートが難しいし、危ないからもう帰りたい」と言い出したので、俺もステラを送るために町に戻ることにした。

 二人で門をくぐり、そのあと門の前でログアウトした。

 

 

 

 □■???

 

 

「……誰ですか?」

 

 

 一人の女性がつぶやいた。

 銀色の髪につり目。

 魔法職が着るようなローブを羽織り、体の線が見えにくいようになっている。

 ……それでも、隠しきれてはいなかったが。

 キャラメイクで容姿を自由に変えられる<Infinite Dendrogram>であったが、それでも彼女の見た目は美しい部類に入るだろう。

 付け加えれば、リアルの彼女もそうなのだが。

 だが、容姿に優れているからこそ、違和感と怖気が先に立つ。

 街中で、なにを狙うでもなく長大な狙撃銃を構えている。

 加えて、銃口は地面に向けられている。

 地面に獲物でもいるのか、重すぎて支えられないのか。

 --あるいは、狙撃が目的ではなく、何か別の用途で持っているのか。

 彼女はどこか、蛇を連想させる狙撃銃のスコープをのぞき込み、固まっていた。

 なぜなら、彼女にとって信じられないものを見てしまったから。

 スコープ越しにスキルを使って、サンラクと、その近くにいたステラを見ていたから。

 

 

「……あの女は、誰、ですか?」

 

 

 その呟きを聞く人間も、答える人間もいない。

 なぜなら、彼女が放つ、女性特有の威圧感を百倍に濃縮したような怨念が、人間を遠ざけてしまったから。

 

 

『不明瞭。ティアンか<マスター>かの区別も困難。人間であることは確定』

「そんなことはわかっています」

 

 

 だが、その言葉を聞き、答えるモノ(・・)はいる。

 それに返す女性の声にはいら立ちが混ざっていたが、それを気にした様子もなく。

 

 

『提案。門の手前まで赴き、ログアウト地点をターゲットと同じところに設定するべきと愚考します』

「……そうですね」

 

 

 そうして、彼女はサンラクがいた門のところまで歩いていき、そこでログアウトした。

 彼女の手には、狙撃銃と、魔法カメラ(・・・・・)が握られていた。

 

 

 To be continued




やらかした。
プロットよりフィガロの出番が減ってる……。

武器とアクセサリー、ボクサーパンツのイケメン半裸&鳥の覆面と蛇革のブーツはいた半裸。

どっちが不審者っぽいんだろう。


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とある部屋にて起きたこと

UAが一万を超えていました。
ありがとうございます!
今後ともよろしくお願いいたします。


 □とあるマンションの一室

 

 

「では、質問を変えましょう」

「…………」

 

 

 斎賀玲と陽務楽郎が同棲しているマンションの一室。

 基本的に、そこには甘い雰囲気が漂い、穏やかな空気が流れる楽郎にとって最高の憩いの場である。

 ゲーマー、特にクソゲーマーにとって重要なのがモチベーションの管理である。

 言ってしまえば時には現実逃避(ゲーム)からさらに逃げる場所が必要なのである。

 大体の楽郎の趣味に付き合ってくれることだけではなく、そういった癒しの空間を作り出してくれるという意味でも、楽郎にとって斎賀玲という人物は最高のパートナーだった。

 

 

「どうして、二人でいたんですか?」

「いや、さっき言ったようにNPCとレベル上げをしていたのであって……」

 

 

 ただし、今は甘い雰囲気は微塵もない。

 凍り付いた空気と、それ以上におどろおどろしい威圧感を発した玲が恐ろしい、と楽郎は思った。

 

 

「どうして、女性と二人きりでレベル上げしていたんですか?」

「いや、だからそれは」

「楽郎君、確か『大事な用があるから一緒にレベル上げはできない』って言いませんでしたか?」

「いや、それは」

「言いましたよね」

「……はい」

「女の子とデートするのが、大事な用事なんですか?私とのデートよりも?」

「…………」

 

 

 楽郎は内心「なるほど、これが修羅場というやつか。やっべえ」と思っていた。

 VRゲームや、リアルで美女美少女に耐性のあるだけあって浮気はしたことがない、どころではなく浮気心すら抱いたことのない楽郎。

 そして趣味:陽務楽郎と言い切れるほど一途であり、恋愛関係がきちんと成立していればまず動じることのない玲。

 これまで一度も修羅場になど発展する要素はなかったのである。

 だが、今日この日は違った。

 

 

 彼のすぐ後にログアウトしてきた玲が、携帯端末に表示した画像が問題だった。

 サンラクとステラが、二人で門をくぐったところである。

 たまたま見かけた所を何らかのアイテムで撮影し、こうしてリアルの端末にダウンロードしたのだろうな、と楽郎は推測した。

 ……実際には若干事情が異なるのだが、楽郎がそれに気づくことはない。

 ……実際には、斎賀玲の行動は浮気以上にまずい、かつては法に触れかねない行動すらしているのだが、楽郎がそれに気づくことはない。

 閑話休題。

 あるいは写真を見せられた直後に、サンラクが正直に全てを話せばすぐに場は収まったのかもしれない。

 だが、すべてを話そうとした時、彼の頭に浮かんだのはステラとの約束である。

 ステラ曰く、あの光学探査は彼女()が改良を施したものであり、【閃光術師】ーー光属性魔法特化上級職のスキルよりも優れた代物であるらしい。

 サンラク、陽務楽郎という人間は、約束は基本的には守る。

 それこそ、それは相手が外道であっても変わらない。

 ゆえに、約束した相手がNPCであったとしても、恋人に問われたとしても、わずかな時間、全てを告白することにためらいが生じた。 

 

 

 斎賀玲という人間は、勘が特別鋭いわけでもないが、楽郎のことをもっとも深く理解している人間の一人である。

 ゆえに、彼が他の女のことを考えていることだけは察した。

 そして、「何かを隠そうとしている」と理解した。

 そうして、「何かやましいことがあるのでは」と、彼女は誤解してしまった。

 そんな二人のすれ違いが原因となって、今現在この修羅場は形成されているのである。

 

 

「…………」

 

 

 斎賀玲は動かない。

 弁明であれ、謝罪であれ、楽郎の返答を待っている。

 

 

「…………」

 

 

 楽郎も動けない。

 選択肢を間違えれば、関節が外れると理解していたから。

 両者とも動けない中、先に動いたのは楽郎だった。

 それは正解である。

 時間がたてばたつほど、彼にとっては不利だからだ。

 いつ爆発するかわからないのだから、爆発を防ぐために行動するタイミングは早いほうがいい。

 楽郎の脳みそは高速で回転し、彼にとって、実現可能な最適解を探し出していた。

 

 

「玲」

「えっ」

 

 

 サンラクは、間合いを詰めて、玲を抱きしめた。

 予想外の行動に玲が硬直する。

 

 

「あ、あの、楽郎君?」

「玲、俺には君だけなんだ」

「へあっ!」

 

 

 玲の顔が一瞬でトマトのように真っ赤になる。

 楽郎がとった方法、それは真実を伝えること。

 嘘やごまかしをするから疑われる。

 恥じらいも、虚飾もすべては遠く、ただ心のままに言葉を紡ぐ。 

 

 

「俺にとって恋人でいたい女性は、玲だけなんだ。玲以外に興味ないんだ」

「あ、ああ、あの、あああ、あの」

 

 

 はっきりと、顔を上げて目と目をあわせる。

 真剣な顔で、自分の偽りない本心を告げる。

 

 

「これからも、ずっと一緒にいたい、お互いに好き同士でいたいと思ってる。それは、信じてほしい」

「……はい」

 

 

 とりあえず、誠意は伝わり、一応玲としては納得した。

 ただし。

 

 

「ふきゅう……」

「ちょ、玲!大丈夫!」

 

 

 文字通り茹で上がり、煙を出さんばかりに赤面している玲を見て、楽郎は狼狽することとなる。

 なおその後、楽郎は自分の発言を思い返し、羞恥心と後悔で赤面することになる。

 更にそんな風に言われたことを、うっかりのろけた玲が外道鉛筆に漏らしてしまい、生涯残るレベルの黒歴史になるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 □■???

 

 

 レジェンダリアには、多くの英雄と呼ばれるものが現れる。

 もっとも有名な者は、【妖精女王】だが、それ以外にも多くの英雄と呼ばれたものがいる。

 レジェンダリアには、適性が優れた、あるいは偏った亜人も多く、そういった傑物が生まれやすい国ではあった。

 その中には、”神殺の六”と呼ばれたものがいる。 

 主な功績としては、超級職を多数含む秘密結社の殲滅や、神話級UBMの討伐がある。

 

 【幻姫】サン・ラクイラ。

 【杖神】ケイン・フルフル。

 【超騎兵】ロウファン。

 【修羅王】イオリ・アキツキ。

 【泥将軍】ルーピッド。

 

 

 --そして、【神器造】ルナティック。

 彼らのうち何人かは死亡、あるいは行方不明になったこともあって、今では”神殺の六”の称号はさほど有名でもない。

 しかし、彼らのうち一人は、今でもレジェンダリアにとどまっていた。

 

 

「頃合いかねえ」

 

 

 ルナティックはそんなことをつぶやく。

 誰に聞かせるでもない、独り言だ。

 

 

「ほんとは、ステラに殺させるつもりだったんだが、そもそもあいつとロウファン(・・・・・)は相性が悪いからなあ。サポートがいると思ったんだが」

 

 

 彼の目の前にあるのは、一つの部屋の扉、否、箱の蓋(・・・)である。

 大きさで言えば、学校の教室、という表現が適切であろうか。

 地属性魔法で強化された神話級金属で構成され、海属性や聖属性の結界が使われており、囚われてしまえば、古代伝説級UBMでさえ脱出は難しい。

 魔法武器製造に秀でた【神器造】が作り上げた檻。

 銘を【四封の牢獄】という。

 ルナティックは、あらかじめ設定してあるコードを打ち込み、【四封の牢獄】の蓋を開ける。

 

 

「マジで居やがらねえのか」

 

 

 ーーそして、中身は空だった。

 本来、この【四封の牢獄】はとあるモノを封印するために使われていた。

 しかし、【幻姫】の協力を得て作った監視装置に捕獲対象が映らなくなった。

 何らかの手段で、抜け出したと考えるのが自然だった。

 彼がそれを確認するために開け、もぬけの殻であることを確認したのである。

 

 

「……どうやって、いやそれよりも。どこに行ったかのほうが重要か」

 

 

 ルナティックは脱出方法を考えるのは無意味と判断した。

 相手が相手だ。

 脱出するためのスキルを、いつ獲得してもおかしくなかった。

 それを見過ごし、アレを殺す日を先延ばしにしてきたのは他ならぬルナティックの責任だ。

 

 

「こりゃ、殺り方にまでこだわってられねえな」

 

 

 一つ、ため息を吐くと彼は上を見上げる。

 自分では殺したくなかったから。

 娘に壁を越えさせてやりたかったから。

 だから、終わらせることをしなかった。

 だが、自分のエゴが原因で、自分一人で収拾できない状況になった今、手段を選んではいられない。

 

 

「とりあえず、【妖精女王】と、冒険者ギルドに報告しとくか」

 

 

 国の力、冒険者ギルド、可能な限りのつては使おうと考える。

 それでも、無理だったなら。

 

 

「--俺が終わらせるしかないのか、ロウファン」

 

 

 その言葉を聞くものは、いなかった。

 それは、誰かに向けた言葉ではなかった。

 

 

 To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




余談
”神殺の六”の現状

【幻姫】:既に死亡
【杖神】:行方不明
【超騎兵】:行方不明
【修羅王】:行方不明
【泥将軍】:既に死亡
【神器造】:レジェンダリア所属

【幻姫】さん、一体誰の母親で、誰の嫁なんだ……。


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地を進む狼、相対するは天翔ける蛇 其の一

ようやく、ここまで書けました。
これからも頑張ります。


 □【闘牛士】サンラク

 

 

 人生で初めての修羅場を無事終えた後、俺はデンドロにログインしていた。

 あの後、玲にはちゃんと、NPCに彼女の手の内について口止めされていることと、その関係で連れていけなかったことを話した。

 で、ステラがいないし夜の狩りに誘おうと思ったのだが、なんかもう玲がトリップしてしまっており、今日一緒にゲームするのは無理そうだなと思った。

 「結婚、ずっと一緒……」などと幸せそうな顔をしたまま、うわごとを言っているのが聞こえてくるので、ちょっと選択肢を間違えたのかもしれない。

 というか、勢いに任せてかなりやばいことを口走ってしまった気がする。

 やらかしたな俺。

 これ外道共にばれたら、未来永劫イジられるレベルの黒歴史だと思う。

 

 

「さて、やるか!」

 

 

 人生にリセットボタンはない。

 なら、前へ前へと現実逃避するだけよ!

 ステラから【暗視のコンタクト】という、夜でもはっきり見える装備を借りている。

 おかげで、夜間戦闘が可能になっている。

 

 

『とはいっても、割と光源はあるんだけど』

 

 

 あたりにある、自然魔力によるものらしい、光の霞を見ながら独り言ちる。

 何というかな、都会の深夜レベルの明るさだ。

 《暗視》スキルはいらないわけじゃないけど、これがなくてもギリギリ戦えなくはないかなってレベルだからな。

 実際昨日までは無しで戦ってたからな。

 妙に光ってるのって、ゲーム的な配慮だと思ってたんだが、フィガロから聞いた話だと、他の国ではなさそうなんだよなこの光。

 他の国では、また別の配慮があるんだろうか。

 まあ、明るくするための設定に、<アクシデントサ-クル>なんて罠を組み込んでる時点でいろいろだめだよなって思う。

 何というか、リアリティがある割にゲーム的な部分は雑なんだよな。

 リアリティを持たせるために、意図的にゲーム部分を雑にしているんじゃないかとすら思える。

 要らんわそんな配慮。

 

 

『おっまただな』

「KYUUUUUUUUU!」

 

 

 急降下してきたのは、一匹のカナブンか?

 【エメラルド・バグ】とかいう名前のモンスターがかじりつこうとしてくるが。

 はい、跳んでよけつつ、カウンターで柔らかい翅切りましたあ!

 残念!跳べなくなったので逃げられませんね。

 ありがとうございまあす。

 

 

『んー、索敵要員がいなくなったのは痛いな』

 

 

 ドロップを拾い集めつつも、そんな愚痴がこぼれる。

 いや本当にね、ステラがいるといないで大違いなんだよね、効率が。

 特に俺の場合、ステラがいない状況だと、一度戦闘が終わるごとに《回遊》が解除されてしまうので、戦闘能力が半減してしまうのだ。

 だから、比較的都市から近い場所、モンスターがさほど強くない場所でしか動けないということでもある。

 昼間に戦った【クリムズン・ロックバード】だって、今戦ったら間違いなく負けるだろう。 

 まあ、あれはフィガロによって怪我してたってのもあるだろうけど。

 

 

『モンスターをおびき寄せるのも、囲まれるとつらいしなあ』

 

 

 なにせ俺のビルドは防御力と防具を犠牲にしたビルド。

 かすれば、それだけで死にかねない。

 実際、結構危なかったしなあ、火炎放射。

 まあ、ヘイト系のスキルもないのに、どうやっておびき寄せるんだって話もあるんだが、こんだけリアルだと普通に叫んだだけできそうなんだよね。

 おっ、次のモンスター発見!

 とりあえず、《看破》、を。

 

 

『これは……』

「UOOOOOOO」

 

 

 見えたのは、四足歩行の地竜。

 鎧のような甲羅に覆われており、アンキロサウルスを連想、いやハンマーがないからサウロペルタか?

 【メイル・ハイドラゴン】という名のモンスターだった。

 うーん。

 確かステラが言ってた限りでは、モンスターにはランクが存在する。

 亜竜級、【クリムズン・ロックバード】などが該当し、上級職一人分の強さを誇る。

 純竜級、上級職六人分に相当する強さを誇る。

 上位純竜級、更にその上。

 確か、更にその上もあったような気がするけど、まあいいや。

 

 

『無理ゲーでは?』

「UOOOOOOOOOOOOO!」

 

 

 あの焼き鳥七羽分くらいの強さとしても、死ぬ未来しか見えん。

 ……そういえば、このゲームのデスペナルティってアイテムのドロップだけなのかな?

 そのはずだよ、多分。

 うん、なにか特殊なペナルティがあったら、さすがにチュートリアルで説明されるはずだし。

 

 

「来いよデブトカゲ!」

「UOOOOOOOOO」

 

 

 死ぬのだって時には覚悟の上!

 素寒貧上等!

 こういう状況で逃げて、背後をつかれるのが一番腹立つんだよ!

 

 

 ■【■■■■ ■■■■■】

 

 

 それは、長い間封じられていた。

 【■■■■ ■■■■■】と世界によって認定された直後からずっと。

 数多の封印結界と、神話級金属の強度ゆえに、脱出することはかなわない。

 しかし、それ自身に脱出方法がなくとも、脱出できる可能性はあった。

 転移魔法というものが、この<Infinite Dendrogram>には存在している。

 何者かが、転移魔法を使って、【四封の牢獄】から連れ出すことは可能である。

 だが、それは理論的にはあり得ても、現実的にはあり得ない話だ。

 転移魔法はそのコストの重さと、難易度の高さゆえに習得しているものが十人といない、魔術の秘奥。

 なにより、【■■■■ ■■■■■】の存在を知るものの中に、それを外に出そうとする者はいなかった。

 だから、【■■■■ ■■■■■】を連れ出しうる生物は、それ自身を含めて存在しない。

 

 

 --だが、この世界(・・)には連れ出す手段があった。

 レジェンダリアでよく起こる、自然魔法現象、<アクシデントサークル>。

 起こる魔法すらランダムだが、比較的転移魔法の割合が大きいことはよく知られている。

 基本的に、レジェンダリアにある物体や生物をどこかに送り出すことが多いが、その逆も稀にある。

 地球人にもわかりやすく説明すれば、召喚魔法といってもいいだろう。

 たった今(・・・・)、サンラクと【メイル・ハイドラゴン】の周りで起こった<アクシデントサークル>も、その一つである。

 

 

 ◇

 

 

『…………は?』

「UO?」

 

 サンラクは、たった今起こった現象に驚愕していた。

 戦闘を開始してから早くも十分。

 速度が遅いために、サンラクは一度も攻撃は受けていない。

 しかし、サンラクの攻撃もまた、一度も傷をつけることが出来ていない。

 【メイル・ハイドラゴン】のENDの高さと、ダメージ減算系のスキルゆえである。

 

 

 しかし、お互いに勝算があった。

 サンラクは《回遊する蛇神》の戦闘時間比例速度強化を生かした攻撃をすれば、いずれは攻撃が通るようになると踏んでいた。

 一方、【メイル・ハイドラゴン】もまた、直撃にこそ至っていないものの、蹴り上げた土くれで、サンラクのHPの三割を削っていた。

 お互い、勝負はここからというところで、周囲の光の霞が一段と濃くなり、サンラクと【メイル・ハイドラゴン】が気づいた時にはすでに遅く。

 <アクシデントサークル>が、二人の近くで発生して。

 

 

 

 ーーそして、それは唐突に表れた。

 それは、狼のようなシルエットをしていた。

 それは、十メテルほどの体長の、巨大なモノだった。

 それは、【スケルトン】のように、骨がむき出しで、眼下には赤い光が瞬いていた。

 それは、禍々しくも毒々しい、黒紫色のオーラを骨の内側に持っていた。

 

 

 かつてレジェンダリアで、”神殺の六”と呼ばれた者の一人。

 ”狼王”と呼ばれた、元レジェンダリア決闘ランキング三位の英雄、【超騎兵(オーヴァー・ライダー)】。

 その成れの果て。

 伝説級<UBM>【霊骨狼狼 ロウファン】が、長きにわたる封印から、たった今解き放たれた。

 

 

 To be continued




第一章【地を進む狼、相対するは天翔ける蛇】

余談。
とある時代の、レジェンダリア決闘ランキング。
一位【修羅王】
二位【杖神】
三位【超騎兵】

【修羅王】>【杖神】≧【超騎兵】
後の三人は、そもそも出てません。


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地を進む狼、相対するは天翔ける蛇 其の二

日頃、誤字報告、お気に入り登録、感想、そしてご愛読ありがとうございます。
今後も、頑張っていきたいと思います。
作品をよりよくしていくため、ご意見等いただけると嬉しいです。


 ■管理AI四号作業領域

 

 

 そこは、暗闇に青白く発光するウィンドウがある場所だった。

 そこには、誰もいなかった。

 ただし、何もいないわけではない。

 そこでは確かに作業をしているモノがいた。

 ソレは、一見すると眼鏡をかけた成人男性のようだった。

 しかし皮膚はところどころ竜に似た鱗や、獣のような革に変化し、頭部には悪魔じみた角が生えている。

 人に似たモンスターといった風情だったが、顔にかけている眼鏡によって、ギリギリ人間よりの印象になっていた。

 ソレーー管理AI四号ジャバウォックは、とある<UBM>を映したウィンドウをじっと見つめている。

 

 

「……よもや、このような偶然が起きるとは」

 

 

 それが見つめているウィンドウには、【霊骨狼狼 ロウファン】と銘を与えられたモンスターがいた。

 ジャバウォックは、<UBM>を管理する管理AIである。

 当然、ティアンによって【ロウファン】が幽閉されていることは知っていた。

 しかし、「それもまた良し」とジャバウォックは放置していた。

 もとより、数多の<UBM>がティアン最強格の怪物によって黄河の宝物庫に封印されている。

 たかが<UBM>の一体や二体程度、封印されていたところで誤差の範疇。

 そもそも、ジャバウォック自身が大量の<UBM>を投下せず封印しているのだから、なおさらだ。

 むしろ、探知能力に秀でた<マスター>が見つけて討伐し、<超級>に至る足掛かりとなってくれるのではないかとさえ思っていた。

 しかし、実際にはそうはならず、こうして初心者狩場といえる場所に出没している。

 

 

「……偶然とは、面白いものだな」

「他人事みたいに言わないでよー」

 

 

 彼の背後に現れたのは、ジャバウォックの同僚である、管理AI十三号のチェシャ。

 ジャバウォックに比べると、ずいぶんと可愛らしい見た目をしている。

 仮にもし、彼のぬいぐるみが発売されれば、大ヒット間違いなしだろう。

 ……もっとも、そんなことなど、運営側である彼らは全く考えていないのだが。

 

 

「まったく。君と帽子屋は雑すぎるんだよー。今までの<UBM>、特に<イレギュラー>でどれだけ僕やドーマウスが苦労したと思ってるのー。もし今後、何かの間違いで<イレギュラー>が誕生したら、困るのは<マスター>の皆さんなんだからねー?」

「熟知している。で、本題は何だ、十三号」

「うーん。本題はクイーンからの伝言でねー。『あんな無意味なグソクムシを認定するくせに、私の改造モンスターを認定しないのはどういうつもりだ』って言ってたんだけどー」

「……その件は忘れてくれ」

 

 

 己の黒歴史を追求され、ジャバウォックは珍しく冷や汗を流した。

 

 

「それよりさー。この<UBM>まずくないー。こんなに都市の近くにいたら、どれだけの被害が出るか」

「それならば、それでいいだろう」

「え?」

「試練を乗り越えてこそ、百の<超級>が揃う。ならばこれもまた、良き試練になるはずだ」

「…………」

 

 

 チェシャは、反論ができない。

 ジャバウォックは確かにおのれの仕事を果たしている以上、チェシャが割って入る隙はない。

 また、トム・キャットとして動くことも、舞台がレジェンダリアである以上はできるはずがない。

 加えて、「最悪【妖精女王】が何とかするだろう」という心算もチェシャにはあった。

 

 

「私は、そろそろ仕事に戻る」

「……じゃあ、僕も戻るよー」

 

 

 そうして、この世界の(管理者)は各々の持ち場に戻る。

 結末がどうなるかは、彼らにさえももわからない。

 

 

 □【闘牛士】サンラク

 

 

『……なにこれ』

 

 

 眼前に突如現れた【霊骨狼狼 ロウファン】というモンスターを前にして、サンラクはそれしか言えなかった。

 サンラクの知る限り、今まで見た中で最も強いモンスターは、【メイル・ハイドラゴン】だった。

 だが、それさえも目の前のモンスターは比較にならない。

 根本的に、何かが、規格やジャンルが違う存在だと確信できる。

 

 

「UOOOOOOOOOOOOO!」

 

 

 【メイル・ハイドラゴン】が【ロウファン】に向かって突進した。

 もちろん【メイル・ハイドラゴン】もまた、【ロウファン】の強さを感覚的に察知していた。

 わかっているからこそ、突撃を敢行した。

 上位純竜の中では比較的AGIが低いため、逃げることは不可能だと判断した結果である。

 当たれば、伝説級モンスターでさえただでは済まない突貫に対し、【ロウファン】は。

 

 

「WOOOOOOOOOOOOON!」

 

 

 咆哮を以て、それに応えた。

 それは、【ロウファン】の固有スキルの一つ、《狼王咆哮》。

 【ロウファン】の叫び声を聞いたものを、【恐怖】の状態異常にするスキル。

 アンデッドであることと、【霊骨狼狼 ロウファン】だったものが生前有していたスキルに由来する。

 サンラクは、【恐怖】にかかり、満足に動けなくなった。

 そして【メイル・ハイドラゴン】は。

 

 

「UOOOOOOOOO!」

 

 

 かからなかった。

 上位純竜の莫大なステータスゆえか。

 あるいは【ロウファン】のスキルが、単体集中型ではなかったからか。

 とにもかくにも、【メイル・ハイドラゴン】は、その勢いを落とさないまま突っ込み。

 

 

「UOOOOOOOOO!」

 

 

 【ロウファン】を吹き飛ばし、その骨を砕いた。

 体当たりによって狼の頭部の骨は粉々に砕け散り、吹き飛ばされながら地面を転がったことで肋骨や背骨にもひびが入っている。

 また、踏ん張ったことで、手足の骨が胴体からもげていた。

 単なる狼系モンスターであれば、三度は死んでいるだろう。

 対する【メイル・ハイドラゴン】は無傷だ。

 耐久特化の上位純竜であり、STRとENDは五桁に迫る。

 加えて、ダメージ減算系にスキルまで有している。

 カウンターとして、【ロウファン】も【メイル・ハイドラゴン】に噛みついたのだが、結果として傷一つつけられていない。

 サンラクは、これはさすがに【メイル・ハイドラゴン】が勝っただろうと考えた。

 首から先が砕け散り、他の部位も壊れている。

 首のあたりからは、禍々しい瘴気が漏れ出ている。

 先ほどまで、口内にもあったので当然ではあるだろうが。

 

 

 これで勝敗は決したとサンラクは考えた。

 【メイル・ハイドラゴン】もそれは同じ。

 ゆえに、二人はこれからどうするかを考えていた。

 

 

 --そして、それは【ロウファン】も同じだった。

 

 

「WOOOOOON」

 

 

 【ロウファン】は、声を上げていた。

 自身の頭部から(・・・・)、声を出していた。

 

 

『……はあ?』

「UO?UO、OOO」

 

 

 サンラクは、いつの間にか完全に再生した(・・・・・・・)【ロウファン】に困惑し。

 【メイル・ハイドラゴン】は地に倒れ伏していた。

 サンラクはレベルと、《看破》のスキルレベルが低いので知る由もないが、見る者が見れば気づいただろう。

 【メイル・ハイドラゴン】が、いつの間にか【呪縛】と【吸命】の状態異常にかかっていることに。

 

 

「UO、UOO、UO」

 

 

 そこからは一方的だった。

 【ロウファン】は【メイル・ハイドラゴン】をひっくり返し、喉を食いちぎった。

 一度では噛み切れなくても、何度も、体勢を整えたうえで噛みつけば、少しづつ傷がつき、最終的には動脈をちぎることができる。

 本来なら、そんな悠長なことはできないはずだが、相手は完全に動けなくなっている。

 寝首を掻くのは、たやすいことだ。

 

 

 そうして、【メイル・ハイドラゴン】のHPが削れて、光の塵へと変わり。

 変わった瞬間、サンラクが動いた。

 動かずとも、《回遊する蛇神》はいまだ発動している。

 《回遊》抜きでは、一瞬で追いつかれるのが確定であるため、戦うしかない。

 サンラクは、覚悟を決めて、【ロウファン】に挑んだ。

 

 

 ◇

 

 

「WOOOON」

『くっそ……』

 

 

 それから五分後、足を潰されたサンラクは【出血】によるスリップダメージで死ぬのを待つばかりとなっていた。

 【恐怖】によるランダムな動きの強制停止。

 加えて、わずかに作った傷さえもすぐに修復してしまう。

 現時点のサンラクには、勝ち目がない。

 

 

『おい、クソわんこ、聞きやがれ』

 

 

 現時点では。

 

 

『俺は強くなって、絶対にお前に勝つ』

 

 

 だが、未来にもそれがいえるとは、断言できない。

 それはサンラクとて同じこと。

 エンドコンテンツといっても過言ではない<UBM>。

 レベルを上げても、<エンブリオ>が進化しても、勝てる保証などどこにもない。

 また、他のモンスターやティアン、<マスター>に倒されないという保証もどこにもない。

 それでも。

 

 

『次、俺に会う時が、お前にとっての命日だ』

 

 

 サンラクは宣言する。

 --お前を必ず倒して見せる、と。

 【ロウファン】は、サンラクを無言で見ていた。

 そしてサンラクのHPが尽きて、光の塵に変わり始めた刹那。

 

 

「WO、WO、WO」

 

 

 首を縦に振りながら、どこか満足げな声を上げた。

 その声を聴いた直後、サンラクはデスペナルティになった。

 

 

 □陽務楽郎

 

 

「あれ?」

 

 

 いつの間にか、リアルに戻ってきていた。

 HPがゼロになって、リスポーンしたのかと思ったが、違うらしい。

 強制ログアウト?なんで?

 

 

「うーん、ハードのほうになんか問題があったかな?」

「あ、楽郎君。ログアウトしたんですね」

「あー、レイ。なんかちょっとハードに問題があるみたい、で」

 

 

 俺はハードの側面にある、文字が見えてしまった。

 【ペナルティ期間中です。あと二十三時間五十九分二秒】

 

 

 ……えーと。

 

 

【ペナルティ期間中です。あと二十三時間五十八分三十八秒】

 

 

 …………いやいやいやいくらなんでも、何かの見間違いに決まって。

 

 

【ペナルティ期間中です。あと二十三時間五十八分五秒】

 

 

 …………。

 

 

「玲、ちょっと出かけてくる」

「え?あ、はい、行ってらっしゃい」

「く」

「え?」

「く」

「あ、えーと気をつけてくださいね?」

 

 

 そうして、玲に見送られて部屋を出て、マンションを出て。

 

 

「クソゲーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

 

 

 俺は、歩道を全力疾走しながら叫んだ。

 どうしようもなく、叫んだ。

 おそらく周りの人間はぎょっとしたかもしれんが、知らん!

 デスペナルティが二十四時間ログイン制限とか、クソゲーじゃねえかああああああああああああ!

 

 

 To be continued




ちょっとストックがやばいので、次回は閑話、というか外伝入れます。


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双狐奇譚 其の一 無闇の始まり

番外編です。
五万PV突破しました。ありがとうございます。



 □■天地 征都

 

ここ、天地の国とは修羅の国である。

常に内乱を起こしており、名目上【征夷大将軍】がトップに立っているものの、ほんの少し何かがあれば、それすら取って代わられかねない。

 数多くの戦闘系超級職を、常に国のどこかで誰かが持っている。

 殺し合いになり、超級職に入れ替わりが特に多いのもこの国の特徴である。

 かの【覇王】でさえ、天地を落とすのは難しかったのではないか、と言われているほどだ。

 さて、そんな血の気の多い天地だが、常に戦闘ばかりしているわけではない。

 生きるために、食料やアイテム、装備品を生産したり。

 --諜報活動をしたりする。

 

 

「ご注文は?」

「伊達巻一つ」

「酒はいるかい?」

「いらないよ。水をおくれ」

「……よし、一番奥の席にどうぞ」

 

 

 彼女ーー柚葉も、その一人だった。

 とある大名家の子飼いの忍者団、その一員。

 すでにカンストした身であり、一部の超級職に就いたものを除けば、絶対的な強者である。

 ただし、天地でなければ、という枕詞が付くのだが。

 

 

 そうして彼女は席に座ると、壁を押した。

 直後、いわゆるどんでん返しといわれる仕掛けが発動し、彼女は隣の隠し部屋へと移動する。

 普通に考えれば気づきそうなものだが、隠蔽の魔術やスキルがふんだんに使われており、看破や探知に秀でた超級職でもなければまず見つけられない。

 加えて、仕掛けが発動している姿を見られることもない。

 彼女のメインジョブは忍者系統派生上級職【女忍(クノイチ)】。

 女性であることに加え、【忍者】と【隠密】を極めることが、条件であるレア上級職。

 偽装や幻惑による諜報と、強力な忍法による奇襲を得手としている。

 

 

 この隠し部屋は、彼女をはじめとして隠形を修めた者たちが作り上げたもの。

 これを突破できるものはいないと、柚葉は考えていた。

 

 

「きゃあ!」

 

 

 --そして、その考えは、不正解だった。

 

 

(馬鹿な!何者!一体どうやってここを!)

 

 

「わわ、すごい!どんでん返しだ!」

 

 

 入ってきたのは、一人の少女だった。

 はちみつを連想させるような、綺麗な金色の髪を後ろで一つにまとめており、瞳も同じく金色。

 ただし、顔立ちは天地のもののそれである。

 端的に言えば、「東洋人がカラーコンタクトをつけて、髪を染めた」ように見える。

 厳密にいえば、リアルをベースにキャラメイクしようとして、髪と目の色だけ変えた、というのが正解だ。

 とっさに《看破》した柚葉だったが、その結果に驚く。

 彼女は、ジョブにすらついていない。

 《偽装》している、とも思えない。

 自分たちとは真逆、闇の無い(・・・・)存在なのだと、一目でわかった。

 そうして、彼女は気づく。

 少女の手の甲にある、刺青に。

 

 

 

「貴方、<マスター>?」

「あ、はい、そうです。私は安芸紅音(あきあかね)といいます!よろしくお願いします!」

 

 

 マスターなら口封じも不可能。

 かといって隠れ家を変える権利は自分にはない。

 そもそも<マスター>は規格外の力、<エンブリオ>を行使する化け物。

 隠れ家を変えてもまた今回そうしたように、その力で特定してくるだろう、と柚葉は考えた。

 実際がどうかは別にして、完全に手詰まりだった。

 この秘密を広められないためには、

 

 

「紅音、あなた忍者になりなさい」

「……え?」

「返事は?」

「は、はい!ありがとうございます!」

 

 

 忍者になりたかった紅音は、快諾した。

 

 

 それが、彼女の始まり。

 のちに忍者系統超級職へと至るもの。

 ”無闇”の二つ名で呼ばれる者。

 

 

 一人の少女の物語が、ここから始まった。

 

 

 To be continued




秋津茜ちゃんをすこれ!
秋津茜ちゃんカワイイヤッター!

by人気投票で秋津茜ちゃんに入れた人。









ほうれん草「……僕は?」
続きも書きたいですね、いつになるんだろう。
次回は本編に戻ります。


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地を進む狼、相対するは天翔ける蛇 其の三

五月七日十七時十六分、いくらか加筆しました。


 □陽務楽郎

 

 

「……しんどい」

 

 

 あれから、真夏の炎天下、大声で叫びながら走り回った俺は、フラフラになりながら、公園のベンチに座り込んでいた。

 あー、走った後の炭酸は格別だあ!

 しかし、最近、高校時代と比べて体力というか回復力が落ちている気がする。

 武田氏にも、俺のやり方は「十代だからできる」みたいなこと言われてた気がするし。

 あと付け加えるとまあ、最近は、夜更かしする理由がゲーム以外で増えて……いや、何でもない。

 

 

「どうしたもんかな」

 

 

 とりあえず、今日一日デンドロができないわけで。

 他のクソゲーをやるか、別のことをするかの二択なわけだが。

 幕末と……クソゲーではないけどネフホロは誘いがかかってたしなあ。

 でも、今は幕末もネフホロも大きなイベントはないはずだし。

 

 

「……掲示板か、公式の世界観設定でも見るか」

 

 

 今は、他にできることがあるわけでもないし。

 さーて、まずは公式のホームページを……。

 うわ何これ。

 設定量多すぎません?

 時間が溶けていく音がするんだけど。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □【闘牛士】サンラク

 

 

 デスぺナから二十四時間後、俺はアムニールの〈光輝の広場〉でログインしていた。

 二十四時間の間に、デンドロの情報を整理したり、家事をしたり、玲とまったり過ごしたり、玲と……いや、ここから先は語るまい。

 デンドロでは、ログイン地点を最後に登録したセーブポイントか、ログアウト地点から選ぶことができる。

 ただし、デスペナルティによる強制ログアウト後のログインだけは例外だ。

 選択肢が最後にセーブしたセーブポイント一択になってしまう。

 デスペナルティというのは、そういう意味もあるのかもしれない。

 というか、リスポン地点が固定されてるの、このゲームだとまずくない?

 PKへのペナルティが発生しないから、リスキルし放題ってことでしょ?

 やっぱデンドロはクソだわ。

 

 

『とりあえず、ステラのとこ行くか』

 

 

 あれ?どっちだったけ?

 えーと、マップマップ。

 

 

「ちょっと、どこに行くつもりなのよ」

『え?』

「パパ曰く、「あんたの反応が三日前に途絶えた。多分死んでるからセーブポイントまで迎えに行って来い」ってさ」

『え?そんなんわかるもんなの?』

 

 

 発信機でもつけてたの?

 あるいは光魔法とやらで見てたとか?

 

 

「あたしにはよくわからないけど、【テレパシーカフス】のテレパシー魔法を逆探知(・・・)するそうよ」

『マジかよ。すげえな』

 

 

 そんなことを話しているうちに、昨日とは同じところにやってきた。

 そのまま壁、のように見える入口を抜けて以前と同様、工房に入る。

 

 

「よう、サンラク、三日ぶりだな」

『お久しぶりです、ティックの旦那』

「ちょっと、あんた、その呼び方止めなさいよ!」

 

 

 あんまり騒ぐなよ。

 耳に響くだろ。

 

 

「フハハハハ、いいじゃねえか、ステラ。こりゃ傑作だ、フハハハハハ」

 

 

 だが、ティックは特に気を悪くした様子もなく、むしろなぜか嬉しそうだった。

 ……なんか、俺知らないところでフラグ踏んだ?

 まあいいか。

 

 

「そういや、なにがあった?上位純竜とでも出くわしたか?」

『出くわしたことは出くわしたんですが、それが死因ってわけじゃないんですよ。【ロウファン】っていうモンスターにやられまして』

「--ほう」

 

 

 突如、ティックから放たれる気配が変わる。

 それまでとは明らかに違う、莫大な威圧感が発せられる。

 何かフラグを踏んだとしか思えない反応だ。

 

 

「なるほどなあ、ちょうどお前と出くわしたってわけか」

「『……え?』」

 

 

 言葉の意味がよくわからない、俺とステラに対して。

 

 

「<UBM>、【霊骨狼狼 ロウファン】は、最近まで俺が保管してたのさ。逃げられたけどな」

『「…………はあ?」』

 

 

 今度こそ、理解不能なことを言ってきたのだった。

 

 

 ◇ 

 

 

「というか、お前ら”ロウファン”って名前に心当たりはねえのか?俺が言うのもなんだが、かなり有名なはずだぞ?」

「え?パパ、父さん、ロウファンってあの(・・)ロウファンなの?」

『どのロウファン?』

「……サンラク、あんたまさか知らないの?”神殺の六”のことを?」

『……今初めて聞いた』

「ええ……」

 

 

 おい、なんでそんな、やばい奴がやばい発言をしたみたいな目で俺を見るんだ。

 仕方ないだろ。 

 デンドロを始めて、というか始まってまだ一週間もたってねえんだぞ。

 そんな過去の設定とか知らねえよ。

 デスぺナ中に、公式サイト見たけど、そんな細かいことは書いてなかったし。

 

 

「<マスター>だし、その辺はしょうがねえだろ。それよりサンラクに訊きたいんだが」

『……なんですか』

「あいつと闘ってみてどう思った?」

 

 

 どう思った、か。

 

 

『まあ正直、強かったです。あの時の俺では、どうやっても勝てないっていうくらいに強かった』

 

 

 圧倒的な力の差があった。

 こちらの攻撃はまともな傷をつけられず、対してあいつは一蹴りで俺の脚を吹き飛ばして、勝負を決めた。

 速度さえ、あいつのほうが勝っていたかもしれない。

 

 

『けど』

「けど?」

『--次は、負けません。あいつは、俺が倒します』

 

 

 ありのままを宣言した。

 ティックは、無言のまま俺のほうに歩み寄り。

 

 

「フハハハハハ!言うねえ!いいぞ、いい!」

 

 

 バシバシと俺の背中をたたいて来た。

 ちょっと!

 叩かれて俺のHP減ってるんだけど!

 

 

「そうかい。なら、俺が手伝ってやるよ」

『……まじですか?』

「ああ。俺はあいつを殺そうとは思わねえ。だが、誰かがあいつを終わらせるってのならそれを手伝うことはできる」

『さっきから思ってたんですけど、生前のお知り合いで?』

 

 

 どう見てもアンデッドだったからな。

 この妙なリアリティがあるデンドロのことだ。

 おそらく、アンデッドにも生前がある。

 

 

「ああ。昔はつるんでたのさ」

「父さんと”狼王”ロウファンは、神話級<UBM>を討った伝説のパーティ”神殺の六”のメンバーだったのよ!」

『ほーん』

「反応薄っ!」

 

 

 いやだって、神話級<UBM>ってどの程度の強さかわからんし。

 【ロウファン】とどっちが強いんだ?

 いや、【ロウファン】と同格のやつが五人いて、それで倒せたんだとしたらそれはやばいな。

 

 

「厳密には違うけどな。【泥将軍(ルーピッド)】のジョブスキルや、他のメンバーのスタイルの問題で、パーティーは組めねえから、チームって言ったほうが近いだろう」

 

 

 待て待て、ルーピッドって誰だ。

 今思い出したけど、前はイオリとか言ってたし、混乱してきたぞ。

 

 

「ま、とりあえず行くぞサンラク。ステラは留守番な」

『行くって、闘技場ですか?』

「いいや、違う。その逆だ」

 

 

 逆ってどういうことだ?

 決闘、戦闘の反対って、教会とか?

 王国にはあると鉛筆から聞いてるけど、それ以外の国にもあるのか?

 

 

「俺のおすすめの、秘密の狩場に行くぞ。レベル上げだ」

『……なるほど』

 

 

 これはありがたい。

 いいね、そういう格差大好き!

 

 

 ◇

 

 

 □<陽月の工房>・一階内部

 

 

「はあ」

 

 

 留守番を任されたステラは、ため息を吐いた。

 二人はつい先程、ステラさえも知らない秘密の狩場へといってしまった。

 ステラにしてみれば、不本意だった。

 彼女にとって、ルナティックが閉じ込めていた<UBM>ーーステラは名称を今日まで知らなかったーーは、越えねばならない壁であり、目的達成のための手段だった。

 幻術師系統超級職【幻姫】の条件の一つである、強敵撃破の達成のためには【ロウファン】の存在はうってつけである。

 

 

「あたしに倒せるとは、倒せるようになるとは、パパは思ってないんだろうなあ」 

 

 

 彼女が、母親(・・)の後を継ぎたいといった時、父は反対した。

 --お前じゃ足りねえ。

 それはきっとおおげさなモノではなく、本心からのものだったのだろう。

 誰よりも、”幻兎”と謳われた、彼女のことを知っているから。

 自分の娘のことをよく知っているから。

 ほぼ間違いなく、その過程で命を落とすだろうとわかっているから。

 

 

「どうすればいいんだろう」

 

 

 彼女自身も、自分の非才を感じていた。

 彼女の母は自分の年齢の時はすでに超級職だったのに対して、自分は二十歳でありながら、未だ三〇〇にも届いていない。

 そうして、彼女が一人で出口のない悩みを抱えていたところに。

 

 

「反応途絶ポイントは、ここですか」

 

 

 そこに、何かが入り込んできた。

 

 

「っ!」

 

 

 とっさに《瞬間装備》した杖を構えたが、時すでに遅かった。

 相手は武器をこちらに向けていた。

 魔法を使うより早く、撃たれるだろう。

 

 

「貴方は、彼と一緒にいたティアンですね。お聞きしたいことがあります」

 

 

 蛇を思わせる、深緑の魔力式狙撃銃を突き付けて、魔術師風の格好をした銀髪の女性が問うた。

 

 

「サンラク君は、今どこにいるんですか?」

 

 

 愛する男を探す追跡者(ストーカー)が、サンラクへと迫っていた。

 

 

 To be continued




すいません。
マジでストックがやばいので、多分明日には間に合わないと思います。
ごめんなさい。
なるべく早く更新いたします。


余談。
”幻兎”【幻姫】
ルナティックの嫁であり、ステラの母。
ドワーフの父と獣人の母を持った結果、合法ロりうさ耳獣人が誕生した。


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閑話:外道達が行く!

すいません。
どうしても間に合わなかったので、今日も閑話です。


 □アルター王国・ノズ森林

 

 

 アルター王国にあるノズ森林。

 ここは、いわゆる初心者狩場の一つである。

 

 

「UUU、UUUUUUUUUUU」

 

 

 初心者狩場といっても、一応はボスモンスターがいたりする。

 ここノズ森林で言えば、熊型のモンスターである。

 そんな熊のボスモンスターの一体が、悲惨な状況になっていた。

 四つある手足がすべて、地雷でも踏んだかのように吹き飛ばされており、動けない。

 加えて、目をはじめとした敏感な場所を攻撃されている。

 

 

「うーん、結構たまってきたかな」

「UUUU、UUU、UUUUU」

 

 

 地面に倒れ伏した熊を見下ろしているのは、一人の女性。

 下半分だけでも端正だとわかるそのマスクの上半分を、白い仮面で隠していた。

 服装は、動きを阻害しない軽装鎧であり、手にした短槍で、熊の目や鼻を突き刺している。

 

 

「「「AAAAAAAAAAAAA」」」

「「「「OOOOOOOOOOOOOOO」」」」

 

 

 加えて、彼女の傍には何体かの【スケルトン・ソルジャー】や【リビングアーマー】が武装しており、それらも攻撃に加わっていた。

 そして、彼女の体を、オーラが覆っていた。

 オーラといえば、この世界では《竜王気》というスキルが有名だが、それとは違う。

 彼女の纏うオーラは、雄々しい赤ではなく、禍々しい黒紫色だった。

 そして、それはスキルではなかった。

 --それは、【怨霊支配 ディストピア】という銘の<エンブリオ>だった。

 真昼間でありながらアンデッドが動けているのも、彼女の<エンブリオ>--配下運用を能力特性の一つとするーーのスキルゆえである。

 

 

ペンシルゴン(・・・・・・)。周辺のモンスターは片づけたよ』

「了解、カッツォ君」

 

 

 体高五メテルほどの、機械仕掛けの人型から、声が聞こえてくる。

 機械の国ドライフを連想させるが、違う点がいくつかあった。

 一つ、パワードスーツである【マーシャル】と比べても大きすぎる点。

 二つ、なぜか四つものカメラアイが前方に取りつられている点。

 三つ、それがTYPE:チャリオッツの<エンブリオ>である、という点。

 

 

『随分と、色々得られたよ』

「PKしてもペナルティがないって面白すぎるよねえ、このゲーム」

『外道だ……』

「お互い様でしょ」

 

 

 その二人の名は、アーサー・ペンシルゴンと、ソウダカッツォというプレイヤーネームの二人組のパーティーだった。

 

 

「ああ、そうだ。カッツォ君、回復魔法お願い」

『……本当に悪趣味だなあ。《セカンドヒール》』

 

 

 ソウダカッツォが自身の<エンブリオ>の腕を倒れ伏した熊に(・・・・・・・)向け、回復魔法を使った。

 それでHPがいくらか回復したが、部位欠損まで回復するわけでもない。

 当然、動くことも反撃することもできない。

 そのまま、何度もペンシルゴンによって短槍で突かれ、嬲り殺された(・・・・・・)

 

 

「うんうん。結構貯まったね」

 

 

 結界型の<エンブリオ>に取り込んだ怨念(・・)の量を見ながら、ペンシルゴンは満足げにつぶやく。

 

 

『本当に外道だよね……ペンシルゴンってさ』

「いやいやしょうがないじゃーん。そういうスキルなんだから」

『そういう<エンブリオ>になるってことは、お前の性格がそうだってことでしょ』

 

 

 そんな軽口をたたきあいながら、仮面の死霊使いと四つ目の機人はレベル上げと、コスト集めを続ける。

 もう一人の外道と、この世界(ゲーム)で会える日を、心の底から楽しみにしながら。

 

 

 To be continued




【怨霊支配 ディストピア】
TYPE:テリトリー系列
 能力特性:配下運用・???


【■■機人 ■■■■】
 TYPE:チャリオッツ
 能力特性:???・???


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地を進む狼、相対するは天翔ける蛇 其の四

感想、誤字報告、お気に入り登録、評価、そしてご愛読本当にありがとうございます!
これからもよろしくお願いします。


 □【闘牛士】サンラク

 

 

 ティックに連れられて、俺はアムニールを出た。

 そうして、ティックの有する小型陸上船ーー彼自作の【三界船舶】に乗っている。

 陸上、空中、海上など(・・)を進むことができる上に、兵装や、迷彩のスキルまでついているらしい。

 

 

『ところで、これからどこへ行くんですか?』

「ん?ああ、もう使われなくなった廃鉱山だよ」

 

 

 曰く、すでに鉱山を取りつくした廃鉱山に、経験値効率の良いモンスターがいるらしい。

 廃鉱山ゆえに、人が寄り付かないため、いわば穴場となっているんだとか。

 ありがたいなあ、こういうの。

 一番いいのは、レイを誘うことだったんだが、まあ仕方ないよな。

 秘密の狩場だし。

 

 

 ◇

 

 

「着いたぜ」

 

 

 言われておりたのは、坑道の入り口だった。

 いや、ほんとにすごいよな。

 空中にバリア展開してその上を進むって、しかも強度は船一隻が乗ってるだけあって、かなり高い。

 これなら水上でも問題なく動けるだろうな。

 

 

『しかし、ほんとに人が来ないんですね』

 

 

 狩場というのなら、プレイヤーはともかく、高レベルのティアンとかが来そうなもんだが。

 しかし、今現在周囲には一人も人がいない。

 というか、モンスターの気配すらない。

 

 

「まあ、ここは俺の山だからな」

『なるほど……は?』

 

 

 今なんて言った?

 

 

「だから、この山は俺が買い取ったんだよ。鉱石をあらかた取りつくした後だったから、そこまで高くなかったけどな」

『……ちなみにいくらぐらいで?』

「うん?そうだなーー」

 

 

 ティックの口から出た金額を聞いて、思った。

 デンドロの生産系ってやべーな。

 

 

 ◇

 

 

『これは?』

 

 

 鉱山から入ってすぐのところにある、モノを見て、俺は正直戸惑いを隠せなかった。

 

 

「ああ、<マスター>にはあんまりなじみがねえか?レジェンダリアにはめったにないしな」

『いや、見たことはあるんですけど……』

 

 

 魔法と亜人のいるメルヘンな国で、こんなもん出すかね。

 俺の目の前にあるのは、エレベーターの扉(・・・・・・・)だった。

 正直、びっくりである。

 機械の国ドライフなら分かるんだけどさ、よりにもよって空飛ぶ箒や、歩いて(・・・)茶を入れるポットがあるレジェンダリアでそれやっちゃうのっていう。 

 

 

「地属性魔法を使った魔法エレベーターだな。結構作るのも大変だったんだぜ?」

 

 

 ……何でも魔法付ければいいとか思ってないか?

 チュートリアルが最たるものだが、いろいろ雑だぞ、デンドロの運営。

 

 

 チーン(エレベーターが開くときの音)

 

 

 あ、こっちでも、そんな音するんだ、エレベーター。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『なにこれ』

 

 

 エレベーターで降りて、着いた場所。

 そこの光景を一言でいうなら、金属。

 色とりどりの金属がそこにはあった。

 銀色、銀色、銀色、銅色、黒鉄色、金色、銀色、銀色、銀色、銅色、瑠璃色、銀色、銀色……。

 え、なにこれ、廃鉱山だよね。

 なんでこんなにたくさん金属があんの?

 おかしくない?

 

 

「おい、触るなよ?」

『え?』

 

 

 鉱石を拾い集めようとした俺に対して、ティックが警告する。

 その警告と同時、俺がちょうどつかもうとした金属塊が、俺の手をすり抜けた(・・・・・)

 まるで、水でも掴むかのように、するりと抜けてしまった。

 

 

『っ!』

「よく見てみな」

 

 

 ティックがそういって、ルーペのようなものを差し出してくる。

 言われて使ってみると。

 【ブロンズ・スライム】、【シルバー・スライム】、【ファイアレジスト・メタルスライム】、【ライトニングレジスト・メタルスライム】……。

 え、なにこいつらもしかして。

 

 

『ここにいるのは、全部金属スライムなのか?』

「そうだぜ。まあ、大半のやつは攻撃する気もねえし、ごく一部の例外も俺たちの付けてる隠蔽効果のアクセサリーで、気づけねえよ」

 

 

 あ、工房を出る前に貸してもらったバッジは、そういう効果があったのか。

 スライムたちは、そのほとんどが身動き一つせず、俺たちの気配に気づく様子はない。

 この分だと、他の人間がスキル等を使って、俺たちの存在や所在に気付くこともないだろうな。

 

 

「知らねえかもしれんが、金属系のスライムは素材や経験値が豊富なんだ」

『いえ、知ってます』

 

 

 しかし、そういう経験値多いメタルなスライムは素早くて逃げ足速いってのがお約束だが、そんな様子もない。

 バッジの効果か、あるいはそういう仕様なのか。

 ティックは、アイテムボックスから液体の入ったガラスのビンをいくつか取り出して、渡した。

 

 

「その中には、酸が入ってる。金属系のスライムは魔法に強いから、酸で殺すしかねえ奴が多いのさ。固定ダメージは、大体コストがかかりすぎるからなあ」

『なるほど。でも、いいんですか』

「いいんだよ。もともとルーピッドに頼まれてわざわざ地下数千メテルまで掘ったんだ。メタル系のスライムをテイムしたいとか言ってな」

 

 

 その当の本人も、逝っちまいやがったしな、とティックはどこか寂しそうにつぶやいた。

 その話を聞いて、気になったことは二つ。

 正確にはどうでもいいことと、重要なことが一つずつ。

 どうでもいいことは、「降りるのに時間がかかってるとは思ってたが、まさか数キロも潜ってたのか」ということ。

 まあ、こちらは別にいい。

 大事なのは、もう一つのほうだ。

 

 

『ちょっと聞きたいんですけど』

「なんだ?」

 

 

 酸をスライムどもに撒きながら、俺は尋ねる。

 おっ、本当にスライムなんだな。

 おお、レベルがどんどん上がってる。

 いや、そうじゃなくて。

 

 

『旦那と、ロウファンは”神殺の六”っていう仲間だったんですよね?ロウファンってどんな人だったんですか?』

 

 

 俺が気になったのは、それだ。

 ロウファンは、話を聞く限りは人間だったのだろう。

 だが、俺の前に現れた【ロウファン】はどう考えても人間ではない。

 スケルトンタイプのアンデッドだとしても、生前の姿が、人間のそれではないはずだ。

 骨格からして元々、四足歩行の動物だったはずだ。

 あくまで聞きかじった知識だが、人間の定義は二足歩行であることと、道具の使用。

 肉や皮がついていたとしても、あの前足では、どちらも不可能だろう。

 

 

「…………」

 

 

 俺の質問に対して、ティックは押し黙っている。

 うーん、亡くなった仲間のことだし、思うところがあって躊躇するのはわかるけども。

 正直こういう回想イベントは、サクッと巻いてほしいっていう気持ちもあるんだよな。

 

 

「……お前は」

 

 

 何とかティックが口に出した、最初の一言は。

 

 

「お前は、【ロウファン】を強い、といったな?」

『はい』

「……昔のロウファンは、今より強かった」

 

 

 まじかよ。

 あれより強いってやばすぎるだろ、”神殺の六”。

 

 

「あいつは、まっすぐで不器用な奴でよ、だから全部あいつらだけで解決しようとして、結果的に死んじまった」

 

 

 実直な性格、か。

 あれ、今何か……。

 あいつら(・・・・)

 

 

「俺がそれを知って駆け付けた時、すでにアンデッド……<UBM>になっちまってた」

 

 

 やはり、死後アンデッドと化した結果らしい。

 

 

「【超騎兵】のジョブについててな、あの狼野郎、かつてはレジェンダリア最速なんて言われてたこともあったぐらいだ。強かったぜ」

 

 

 騎兵系統、となると、あの骨格はロウファン本人ではなく、騎獣の骨格か?

 確か、ごくまれにモンスターのドロップアイテムに全身骨格や全身遺骸が出ることがあるらしいって、ペンシルゴンがチャットで言ってたな。

 本人の遺体はどうなったのかっていう疑問はあるけど。

 お、このドロップアイテムスゲー。

 

 

「あ、そのドロップアイテムは、俺によこせよ」

『……了解です』

 

 

 だめかあ。

 まあ、レベルアップのためにここにきてるわけだし、こいつも生産職だからなあ。

 

 

「そんな顔すんなよ。ちゃんとお前の武器の素材にするからよ」

『ありがとうございます!』

 

 

 いやーマジでぱねえっすわティックの旦那!

 あざーすっ!

 

 

 To be continued




余談。
時々、ティックがサンラクの表情を読んだような言動をするのは、表情の読めない亜人(ロウファン含む)などとの付き合いで磨いた観察眼によるものです。

・【三界船舶】
 ティックの作品の一つ。
 陸・空・海のいずれの移動も可能な小型船。
 加えて、形態を変化させることで、地下や海中も移動が可能。
 大砲などの武装も積んでおり、純竜クラスなら勝てるぐらいの火力に加え、陸上、水上、空中に限り最大亜音速での移動も可能。
 欠点としては、装備する際の要求レベルとDEXが異常に高いこと。
 万能型ゆえにMPの消費が激しいこと。
 そして、形態変化はパーツを入れ替えることで行われるため使わないパーツをしまうアイテムボックスを船内に入れている。
 つまり、アイテムボックスにしまえないことである。


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地を進む狼、相対するは天翔ける蛇 其の五

ストックゼロのまま月曜を迎えます。
さすがに更新が途切れると思いますが、これからもよろしくお願いします。
感想、お気に入り登録、誤字報告など大変ありがたく思っています。

追記
《ラスト・スタンド》周辺のもろもろを修正。




 ■【霊骨狼狼 ロウファン】について

 

 

 【ロウファン】の素体となった、ロウファンという男は、レジェンダリア北部……王国との国境近くの小さな集落に生を受けた。

 彼らは人狼種の亜人であり、集落で暮らす、他の人々もそうであった。

 両親を早くに亡くし、残されたものは、生まれたばかりの妹と、もう一つ。

 両親が番犬として飼っていた、一体の狼型のテイムモンスターであった。

 ロウファンは生きていくため、そして妹を養うため、彼は身一つで、否、身二つで成り上がることを決意した。

 ……そうでなければ、この集落で生きていくことはできないと知っていたから。

 彼は、アムニールまで出稼ぎに行き、ジョブに就き、冒険者となった。

 才能があったのか、彼は頭角を現していった。

 誰ともパーティを組まないこともあって、ロウファンを疎むものも多かったが、それでも彼はそれすら乗り越えた。

 

 

 ◇

 

 

 そうして、狩りをしてレベルを上げ、技を磨き、闘技場で決闘をして金を稼ぎ、稼いだ金を仕送りする。

 そんな生活を数年ほど続けたのち、彼らは大きく変わった。

 騎兵系統超級職ーー【超騎兵】の座に就いたのである。

 同時期に、テイムモンスターも【ハイエンド・ハウリングウルフ】、最上位純竜クラスモンスターへと成り上がっていた。

 そうして、彼は【妖精女王】の目に留まり、国に仕える立場となった。

 その後、彼はルナティック達とともに、”神殺の六”として様々な仕事をこなし、生涯金銭に困らず生きていけるほどの金銭を手に入れた。

 その時、彼は軍を退役し、妹をアムニールに呼んだ。

 ロウファンの妹は生まれつき病弱だったが、心根の優しい少女だった。

 妹に心配をかけたくなかったがために、今までほとんどあっていなかったが、もう働く必要すらなくなった今なら、問題ないと考えた。

 だから、彼らはそのまま、幸せに暮らせるはずだった。

 はずだったのだ。

 

 

 

 

 

 ーーロウファンの妹が、自らの意志で行方をくらませるまでは。

 ロウファンは、妹の失踪を知った時、彼女が何のために、どこに行ったのかわかってしまった。

 彼女は。

 

 

「……ふざけるな」

 

 

 故郷に帰ったのだ。

 

 

「ふざけるなあ!」

 

 

 --山の神、【螺神盤 スピンドル】の生贄になるために。

 そう、それを防ぐことこそが、ロウファンの目的。

 親もなく、体の弱い彼女が、間違いなく真っ先に生贄にされるとわかっていたから。

 だから金を稼いで、仕送りをし、定期的に様子を見に行った。

 「妹を殺したら、金はやらない」というメッセージを集落の者たちに伝えた。

 そして、満を持して妹をようやくアムニールに迎えたというのに。

 

 

「絶対、死なせねえ」

「WOON」

 

 

 彼女の部屋には、彼女宛の手紙が残されていた。

 内容は、「生贄として、集落の子供を差し出すことが決まった。代わってやってはくれないか」というものだった。

 ロウファンは、彼女宛の手紙を読むのはプライバシーの侵害だし、危険物が入っているわけでもないから、検閲しなくてもいいだろう、と考えていた過去の自分を殴りたかった。

 彼は考えた。

 彼女が自分の意志で動いている以上、彼女を止めることはできない。

 ならば、【スピンドル】を殺すしかない。

 ロウファンは、一人ではどうにもならないと考え、誰かの力を借りようと思った。

 しかし、誰も手を貸してはくれなかった。

 【妖精女王】や【泥将軍】ルーピッドは、「国を守る立場として、王国との国境の防壁として利用できる、【スピンドル】は討伐できない」「生贄は、国のための必要な犠牲だ」と、冷たく言い放った。

 【幻姫】サン・ラクイラと【神器造】ルナティックは、ちょうど折悪く、国から任務を受けて動いており、連絡が取れなかった。

 【杖神】ケイン・フルフルと【修羅王】イオリ・アキツキに至っては、それぞれ、神話級<UBM>討伐直後にレジェンダリアを出奔しており、どこにいるかさえわからない。

 

 

 結局彼にできたのは、騎獣とともに、駆け付けることだけだった。

 そうして。

 この上なく、急いで。

 バフスキルをありったけかけて。

 騎獣にも「ポーション」を振りかけながら急いだ。

 騎獣である、【ハイエンド・ハウリングウルフ】もまた、幼い家族のために全力で走った。

 誰よりも速く、レジェンダリア最速のスピードで駆け付けた彼等が見たものは。

 

 

「……あ」

 

 

 ちょうど最後の生贄が、妹が、食い殺された瞬間だった。

 

 

『ウマカッタ』

『ソウダナ』

『泣キ叫ブ顔ト声ガ、楽シカッタ』

 

 

 そんな戯言を口にする、円盤の声が遠くから聞こえた。

 

 

「殺してやる!」

「WOOOOOOOOOOOON!」

 

 

 一人と一頭は、山の神に戦いを挑んだ。

 ジョブスキルを、最上位のモンスターとしての力を、戦いの果て得た特典武具をはじめとした装備やアイテムを、すべてこの戦いに投じた。

 ……そのわずか一分後、戦いは、決着した。

 【超騎兵】の座が、空位に戻るという形で。

 

 

 しかし、ロウファンは、そこでは終わらなかった。

 それは、いくつかの鍵が起こした出来事だった。

 

 

 一つ目の鍵は、()

 ロウファンの就いている【超騎兵】には、HP回復効果のあるジョブスキルがあった。

 そのスキルを生かすために、回復する前に傷痍系状態異常等で死ぬことを防ぐために、彼は【殿兵】というジョブに就き、《ラスト・スタンド》というスキルを取得していた。

 

 

 《地形回転》で一人と一頭のブローチを砕かれて、敗北を確信し。 

 《生命回転》で、破裂して死ぬ刹那、《ラスト・スタンド》が発動。

 彼はせめて最後の家族を守ろうとして、【ハイエンド・ハウリングウルフ】を《解放》した。

 しかしながら、解放されたモンスターもまた、《空間回転》によって、死亡した。

 死後、ドロップアイテムとして【全身骨格(・・・・)】を残して。

 それは、ありえないはずだった。

 テイムモンスターは、ドロップアイテムにはならない。

 【ハイエンド・ハウリングウルフ】の力量を考えれば、野にあれば<UBM>に認定されてもおかしくない。

 解放された直後に死んだがゆえに起こった、運命のいたずらともいえる偶然。

 

 

 二つ目は、怨念。

 【スピンドル】の周囲には、多くの怨念があった。

 かつて、食い殺された、数多の子供たちの怨念。

 子供たちを救うためか、あるいは己の力を試すためか、【スピンドル】に敗れた武芸者の怨念。

 何より、目の前で家族を殺されたことで生まれた、新鮮な怨念。

 これらが、骨格に宿り、アンデッドと化した。

 

 

 そして三つ目は、世界(・・)だった。

 この世界の管理者が、その特異性から、ソレを<UBM>として認定。

 【霊骨狼狼 ロウファン】が誕生したのである。

 

 

 ◇◆

 

 

 それから、事情をルナティックが知ったのは【霊骨狼狼 ロウファン】が誕生してから一週間後のことである。

 彼は急いでそこまで足を運び、【ロウファン】を封印して、帰還した。

 放置しておけば、負けるのは【ロウファン】のほうだとわかっていたから。

 それから二十年間、ルナティックはかつての仲間を封じ続けた。

 そして今、【ロウファン】は解き放たれた。

 

 

 ◇◆

 

 

 山の神に蹂躙された、人の怨念と、獣の骨で作られたモンスター、それが【ロウファン】である。

 そんな【ロウファン】の目的は、強者打破である。

 自分たちをあざ笑い、踏みにじり、殺した存在と同じような、圧倒的強者を倒すために、【ロウファン】は、彼を動かす怨念たちの総意として動き続ける。

 ゆえに、【ロウファン】の関心は、近くにある最も強い気配に向いていた。

 すなわち、レジェンダリア最強の人類、【妖精女王】。

 彼女を、圧倒的強者への「復讐」を求めて、【ロウファン】はアムニールへ入ろうとしていた。

 

 

 To be continued

 

 



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地を進む狼、相対するは天翔ける蛇 其の六

日刊三十一位、二万UA、評価1000突破など、いつの間にか達成してました。
ありがとうございます。
ストックが最早ないので、これからは三日に一回ほどを目途にやっていくつもりです。
これからもよろしくお願いします。



□【闘牛士】サンラク

 

 

『……なんともまあ』

 

 

 俺はティックから事の真相を聞かされ、何とも言えない気持ちになっていた。

 話を聞く間は、レベル上げができなかったって言うのが一番俺の中ではでかいのである。

 酸が地面に落ちる音とメタルなスライムを溶かす音がうるさくて、聞こえなくなるんだよなあ。

 しかも、何か空気的にスキップできないっぽいし。

 聞いてはいたんだが、なんというか攻略の手掛かりになりそうな情報はいくつかあった気がするし、まあいいか。

 気になることもあったし、聞いておくか。

 

 

『あの』

「なんだ?」

『さっき、昔のほうが今より強いって言ってたじゃないですか。でも、人間の時負けた相手に、負けてなかったんですよね?【ロウファン】は』

 

 

 ティックの話では、【超騎兵】がどの程度持ったかどうかはわからないらしいが、アンデッドとなった以上、敗北し、死亡したことには疑いはない。

 いや、【ロウファン】の強みは、あの修復能力にある。

 だとすると。

 

 

「ロウファンが、生きてた時なら、俺はあいつを封印できなかっただろうな。おそらく、アンデッドになったことで、ジョブスキルが失われ、AGIをはじめとしたステータスも落ちたんだろう。加えて、まず間違いなく技術も落ちていやがるな」

 

 

 淡々と語るティックの目は、奇妙だった。

 悲しみと、懐かしさと、落胆と、様々な感情が混ざり合った複雑な目。

 見ていると、正直違和感がある。

 いや、その表現もおかしいか。

 まるで、普通のものを、色眼鏡で見てしまっているから変に映るような、そんな感覚があるのだ。

 もともと、ティアンたちに対して感じていたことではあるが。

 

 

 それともう一つ。

 考えねばならないことがある。

 アンデッドには、二種類の分類がある。

 前世の影響を受けている奴と、受けてないやつだ。

 前者は、往々にして強力なアンデッドであることが多い。

 生前の記憶や技術があったり。

 アンデッドになる前からあったスキルを使ってきたり。

 まあ、おそらく雑魚アンデッドにまで背景を用意するのがコストパフォーマンス的に無理があるということなんだろうけど。

 しかし、強力であるはずの【ロウファン】は今のところそのような様子はない。

 ティックから聞いた話もそうだし、掲示板から得た情報もそうだ。

 俺以外にも、それなりの人数のプレイヤーが、アムニール周辺で奴に遭遇。

 その多くが、デスペナルティになっているらしい。

 

 

『そんな目撃情報なんですが、気になることはあります』

 

 

 

 一部の例外は、あってすぐ逃げた手合いらしい。

 ……思えば、あいつ俺に対しても、積極的ではなかった。

 俺を敵とも、餌ともみなしていない。

 ただ、煩わしい羽虫を追い払うかのような態度だった。

 俺やプレイヤーには興味を示さず、【スピンドル】なる<UBM>や【メイル・ハイドラゴン】には、むしろ好戦的だった。

 その違いは、おそらく。

 

 

『強い奴にしか、奴は興味を示していない』

「正解だ」

 

 

 俺の仮説を、ティックは肯定した。

 結局、その日はかなりレベルが上がり、カンスト目前というところまで上昇した。

 そこでルナティックが、今日はここでやめておこう、と言い出したので狩りは終了となった。

 リアルの問題もあるので、俺は一度ログアウトすることにした。

 

 

 □【神器造】ルナティック

 

 

 サンラクがログアウトした直後、彼はしばらくそこにたたずんでいた。

 サンラクのレベルアップはうまくいっている。

 メタル系のスライムの経験値の多さに加えて、彼がサンラクに経験値ブーストのアイテムを使っていたからだ。

 それを切らしてしまったのが、切り上げた理由である。

 ちなみに経験値ブーストのアイテムは値が張るが、メタル系スライムの値段に比べれば、誤差の範疇だ。

 パワーレベリングは、本来技術の向上を妨げるので、やらないほうがいいのだが、サンラクに限っていえば問題ない、とティックは考えていた。

 さすがにイオリやケインのように【神】に届くほどの技量ではないが、現時点で既に戦闘系超級職の域に達している。

 槍と双剣では、比較が難しいが、武器の扱いではかつての、全盛期のロウファンを上回っているだろうと、ルナティックは考えた。

 

 

「とはいえ、あいつらの強みはそこじゃなかった」

 

 

 ”狼王”の強みは、騎乗や槍などの技術や、超級職として積み上げた、高いレベルやステータス……などではない。

 彼らの真価は、両者に結ばれた絆だった。

 それがない今、おそらく人でなくなった【ロウファン】ならサンラクでも勝てる。

 あるいは、他の<マスター>でも勝てるかもしれない。

 あるいは、【妖精女王】や【弓神】、【双神】、【蟲将軍】といった、ティアンが討伐するのかもしれない。

 それでもいいと、ルナティックは思う。

 彼は、【ロウファン】の行動原理を理解している。

 いまだ健在の【スピンドル】のいる北ではなく、このアムニールにとどまっている時点で、攻撃対象が「圧倒的強者」にすり替わってるのだろう、と。

 かつての彼の精神は、すでに残っていない。

 自然発生の……特に怨念式のアンデッドにはよくあることだ。

 

 

「誰でもいい。だから、早く」

 

 

 --終わらせてやってくれ。

 そう思いながら、彼は、転移魔法のマジックアイテムを起動する。

 使用者の魔力を消費する上に、使用者以外は転移できない代物であり、サンラクといるときは使えなかったが、一人でアムニールに帰る分には問題がない。

 

 

「ただいま」

 

 

 工房に戻ったティックは、あたりを見渡したが、ステラは帰ってきていないようだった。

 ただ、机の上に一通の手紙が置いてあるだけだった。

 彼女に着けている【テレパシーカフス】から逆探知すると、南方の、レベル上げがしやすい狩場に行っていることがわかった。

 どうして、とは思わなかった。

 

 

「お前にゃ無理だって、あれほど言ってるのにな」

 

 

 そんな苦笑がこぼれる。

 レベルを上げ、超級職へ至ろうと無理をする娘を止めたいと思ったし、実際に諫めもした。

 それは幻術師系統への適性が妻ーー先代の【幻姫】よりも劣っていたというのもあるし、純粋に父親として、危ないことをしてほしくないという気持ちもあった。

 しかし。

 

 

「俺がサンラクに声をかけたせいで焦ってるのか」

 

 

 見込みのあるものに対して武具を作り、それをただで渡すという行為は彼にとってさほど珍しいことではない。

 ロウファンをはじめとした仲間はもちろん、多くの武芸者相手にルナティックはそんなことをやっている。

 もっとも、最近自身を訪ねてきた人馬種と牛頭種と鬼人種のハーフの二人組に対して、「お前らに武器を持つ資格はねえ」と突っぱねたように、相手を多少選びはするが。

 だが、ステラにすら教えなかった狩場を教えてレベルアップに協力するなど、特別扱いしていることが、焦りのきっかけになっているのかもしれなかった。

 手紙を、手に取った。

 

 

「なるほど」

 

 

 そこには、【ロウファン】を賞金首として認定したことが書いてあった。

 誰であっても、誰かが【ロウファン】を終わらせるのは、もはや確定しつつあった。

 

 

 □陽務楽郎

 

 

 ログアウトすると、ちょうど玲はインしたままだったので、栄養を補給しつつ、端末で情報を集める。

 シャンフロではそこまで積極的に情報収集していなかったが、デンドロはまだ情報も碌にないうえに、何よりクソゲーだ。

 情報を得ておかないと、何が起こるかわからないからなあ。

 まあ、情報を得ていても、何が起こるのかわからんのがクソゲーだからな。

 一番わかりやすいのは幕末だな。

 初心者をリスキルしまくるために、プレイヤーが結託して、和気あいあいとしているかのように擬態してるのやばすぎるんだよなあ。

 実際、京ティメットはあっさり騙されてたわけだし。

 ああ、そういえばこの間もまた、ランカーごと爆散させたからブチギレてたなあ。

 菓子パンとライオットブラッドがおいしいなあ!

 閑話休題。

 ふむふむ、「アルター王国にて宗教団体<月世の会>本部、設立」、ペンシルゴンが言ってたやつだな。

 レジェンダリア国内のほうが、優先度高いよな。

 他には、「レジェンダリアにて児童慈善団体クラン<YLNT倶楽部>設立、同志求む!」「アムニールにて乱□パーティやります。イキたい人大歓迎!」……本当に、うちの国変態多いよな。

 ほかほか、もっとちゃんとした、真面目な記事はないのか?

 お、これはまじめな記事だな。

 ふむふむ「アムニール周辺の<UBM>討伐隊、参加者募集!」か。

 なるほどなるほど真面目だ真面目、実にいい!

 

 

 ……うん?

 えーと。

 

 

「……これ、まずくね?」

 

 

 To be continued

 

 

 



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地を進む狼、相対するは天翔ける蛇 其の七

先日、日刊ランキング21位とかだったらしいです。
ありがとうございます。
これからも応援よろしくお願いします。


 □陽務楽郎

 

 

「というわけで、俺は【ロウファン】の討伐隊に参加するつもりなんだけど、玲も良かったら一緒にどう?」

 

 

 掲示板で募集の案内を見た後、玲がログアウトしてきたのでそれについて説明し、玲を誘った。

 別に討伐隊に必ず参加する、というわけではない。

 これはあくまでも保険だ。

 討伐隊が行動を起こすまでには、まだしばらくある。

 逆を言えば、期間を設けるほどの大規模な討伐隊だ。

 加えて、合計レベルが五十以上というラインを設けているので、質もそう低くはないだろう。

 【ロウファン】が討伐される可能性は高い。

 となると、取るべき選択肢は限られてくる。

 討伐隊に参加するか。

 討伐隊が本格的に動く前に、【ロウファン】を探し出して殺すか。

 後者を選びつつ、探すのに失敗した時のための、最後の保険として、討伐隊に参加の打診だけはしておいたのだ。

 

 

「ごめんなさい。参加したいのはやまやまなんですが、難しいかもしれません」

「マジで?」

 

 

 何でも、割と遠方まで狩りに行ったらしく、短期間では戻れるかどうかわからないそうだ。

 行きは、同行者がマジックアイテムを使っていったらしいが、帰りには使えないらしい。

 普通、帰りにだけ使えるのが相場だと思うんだが、まあそういうこともあるだろう。

 

 

「なるべく早く、移動しますので」

「うん、わかった。玲のこと、信じて待ってるから」

「ふきゅっ!」

「玲?」

 

 

 また顔色がやばいけど、大丈夫か?

 

 

「いえ、大丈夫、です」

「そう?」

「大丈夫です。ーー必ず(・・)追いつきます(・・・・・・)から」

「あっ、はい」

 

 

 何か、すごい迫力だ。

 一瞬とはいえ、こないだの修羅場と、同等レベルだったぞ。

 俺とゲームをするのを、本当に楽しみにしてくれているらしい。

 なら、俺もやるべきこともやるだけだ。

 

 

 □【闘士】サンラク

 

 

『そういう事情で、急いでレベル上げしないといけなくなりました、旦那』

「なるほどなあ、わかったぜ」

 

 

 鉱山の地下数千メートル、スライムの巣窟にログインした俺は、ティックに事情を説明した。

 

 

「そういうことなら、俺は戻るぜ」

『え?』

「さっさとお前の武器を作らなきゃならねえんでな。ここでぼんやりしてるわけにもいかねえ」

『ありがとうございます』

「気にすんな。素材はメインとして、スライムのドロップメインを使うしな」

 

 

 期待が重い……。

 ドロップアイテムまで回してくれるって、本当にティックにとっては利益ゼロなのでは?

 

 

 ◇

 

 

 ティックは、すぐに転移のマジックアイテムで工房に戻った。

 ……正直、俺もあれで移動できたら楽だったんだがな。

 なんでも、彼しか転移できない仕様らしく、また特殊装備品の類も大きすぎて運べないので、俺との移動には使えなかったらしい。

 あと、強酸だけではなく、経験値をブーストしてくれる使い捨てアイテムもくれた。

 ほんとに至れり尽くせりだな。

 そうまでして【ロウファン】を俺に倒してほしいのか。

 俺の、クソゲー仕込みの技術を見込んでのことか。

 あるいは……他に何らかの目的があるのか。

 ……まあ、どっちでもいいや。

 レベル上げの時間だぜ!

 

 

 ◇

 

 

 いやー上がった上がった。

 二職目に【闘士】を選んだんだが、割ともうカンスト寸前だ。

 やべーよメタルなスライム。

 これ、もしかして最速でカンストできるのでは?

 《装備拡張》をはじめとした闘士系統のスキルや、武器系のスキルも取得した。

 装備スロットが増えるのは、俺にとっては非常にありがたい。

 おまけに【闘牛士】のスキルも全部使えるし。

 

 

「とはいえ、この辺が潮時かな」

 

 

 こちらの時間で三日間ほど、この狩場でレベル上げをしてきた。

 びっくりするぐらいレベルが上がってきたし、これならいけるかもしれない。

 後は、ティックの武器を受け取るだけかな。

 いったんログアウトして、またアムニールにログインすればいいか。

 そうして俺は、いったんログアウトしてからティックのもとに向かい、準備を整えた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □【闘士】サンラク

 

 

 さて、ログインしたはいいが、待ち合わせ場所はどこだったかな。

 えーと、マップマップ。

 デンドロのマップは、プレイヤー自身が歩いて埋めるか、あるいは地図を買って埋めるらしい。

 ただし、例外的に首都の地図だけは最初から与えられている。

 ……まあ、ティックの工房、民家ってことになってるっぽいけど。

 お、あそこに人が集まってるっぽいな。

 大体三十人ってところかな。

 あれが討伐隊かあ。

 結局、レベル上げとかしてたら、探す余裕なかったというね。

 

 

「みんな、よろしく!俺がパーティーリーダーのキングだ」

 

 

 参加者たちの前に現れたのは、魔術師の服装をした、二枚目の男。

 ……まあ、キャラメイクできるから大体のやつは、二枚目なんだけどね。

 例外は、俺含めた不審者みたいな外見のやつなんだが……そういえば、結構いるよなレジェンダリア。

 こないだも、緑色の服着て仮面付けてる不審者とか、半裸のレスラー風の男とか、半裸のフィガロとか見かけたし。

 

 

「今日は、集まってくれてどうもありがとう!」

 

 

 キングの後ろには、三人の人間がいる。

 キングと同じく、魔術師風の格好をした、長い髪の女。

 生産職と思しき、つなぎを着て眼鏡をかけた女。

 いかにも司祭風の見た目をした、おそらくは支援職の男。

 キングの取り巻きっていうか、仲間かな?

 この四人が、俺達への募集をかけた感じか?

 その後、キングは後ろに控える三人を紹介した。

 名前は、それぞれMU、シンカー、ガッツというらしい。

 

 

「それでは、こうして集まってもらった理由を説明しよう!集まったほうが、お互いのためになるからさ!」

 

 

 どういうこと?

 と一瞬おもったが、どうも話を聞くと納得のできる理由だった。

 どうも、メンバーの一人である【指揮官】ガッツの<エンブリオ>に由来するらしい。

 彼の<エンブリオ>の固有スキルは、パーティー枠の拡張なのだとか。

 俺は知らなかったが、支援系スキルの多くはパーティーメンバーと自分にしか使えないらしい。

 なるほど、いかにも支援職らしい恰好をしているだけはある。

 

 

「ほかのメンバーも、多数とパーティを組むことで、価値を見出せるビルドのメンバーなんだよ!」

 

 

 なるほど。

 単体では強くない、四人だけでもそこまで強くないメンバーだから、あるいはだからこそ、こうして募集を呼び掛けたわけだ。

 これは心強い。

 いまだに俺たちは、ステータスが圧倒的に不足してるからな。

 そういう支援職や、支援系の<エンブリオ>の存在はありがたい。

 まあ、合計レベル五十以上が参加できるラインらしいから、まだこの集団は比較的ましだろうけどな。

 

 

「作戦といえるものは特にない!僕たちが君たちを強化するから、あとはパーティー単位なり、個人なり好きに動いてくれていい!」

 

 

 うーん。

 意外と指示そのものは適当だな。

 誰か指揮役が必要なんだが、まあでも初対面の相手を下手に動かそうとするより、好きにやらせたほうがまだましってのはわかる。

 俺も、そのほうが動きやすいし。

 

 

「そこの不思議な鳥頭さん、ちょっといいかな?」

『なんでしょう?』

「良かったら、このアクセサリーはいかが?」

 

 

 声をかけてきたのは、つなぎの服を着た眼鏡の女。

 名前はえーと、シンナーじゃなくて、シンカーだったか。

 はなはだ失礼な物言いだが、アクセサリー?

 言われてみてみると、彼女が持っているのは、黒と赤の二色で構成された、首輪だった。

 何というか、すごい色だな。

 

 

『これはどういう効果で?』

「HPが回復するよ。あと、ステータスも上がる」

 

 

 周りを見ると、どうやら俺以外にも勧めていたらしく、何人かが首輪をつけていた。

 ただまあ。

 

 

『すいません。俺、もうアクセサリー埋まっちゃってるんで』

「え?そうなんだ……。じゃあ、こっちのマントはどうかな?アクセサリーと全く同じ効果が」

『すいません。<エンブリオ>の固有スキルの関係で、防具付けられないんですよ』

「……ええ?あ、そういう……」

 

 

 おい、ちょっと待て何に納得したんだあんた。

 確かに<エンブリオ>は、<マスター>のパーソナルを反映しているのかもしれないけどさ。

 別に俺、露出狂とかじゃないからな?

 そんな「納得したけどそれはそれとしてうわあ……」みたいな顔で、距離をとるんじゃありません!

 

 

「ま、いいけどな」

 

 

 HP自動回復とステータスアップは便利だが、正直俺にはあまり意味がない。

 加えて、アクセサリーは、ティックにもらったものが複数あるから変えようがないのだ。

 高レベルの《看破》のついた、モノクル。

 聖属性による与ダメージを引き上げる効果のある、指輪。

 そして、値段が怖くて聞けない二つのアクセサリー。

 状態異常を確実に防ぐ代わり、確率判定で壊れる【健常のカメオ】。

 致命ダメージを確実に防ぐ代わり、確率判定で壊れる【救命のブローチ】。

 はっきり言ってトンでもアイテムすぎる。

 使い捨てのアイテムばっかりで、期待が重い!

 

 

「見えてきたね」

 

 

 キングは、見た目通り魔術師らしく、後方に陣取っている。

 よく見ると、キングも、シンカーがさっき勧めてきたアクセサリーをつけている。

 あれは、ブレスレットか?

 逆に、シンカーや、あとの二人はつけていないようだが。

 と、それどころじゃないな。

 

 

「WOOON」

「ようやく会えたな、クソワンコ」

 

 

 悠然と、自然体で歩いてきた【ロウファン】が、俺の目に映っている。

 見せてやるよ。

 あの時とは、俺は何もかもが違うってことを。

 レベルやステータスも。

 お前に関する情報も。

 そして、<エンブリオ>も。

 

 

「リベンジマッチだ!」

「WOOOOOOOOOOOON!」

 

 

 俺と、【霊骨狼狼 ロウファン】の、最後の戦いが、始まった。

 

 

 To be continued

 




モブマスターの設定考えるの、かなりしんどいけどちょっと楽しいですね。


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地を進む狼、相対するは天翔ける蛇 其の八

原作オマージュ、「手が滑ったので更新」。

日頃、感想、評価、誤字報告、お気に入り登録、ご愛読ありがとうございます。

作品に関するご意見等、お待ちしております。


 □【闘士】サンラク

 

 

 久しぶりに見た【ロウファン】は以前と見た目が変わっていた。

 わかりやすく説明すれば、白骨化したというべきだろうか。

 ……説明になってないな。

 具体的に言えば、骨の内側、口内や肋骨の内側にあった黒紫色の瘴気が消えている。

 前回と違い、今は夕方だというのも関係しているのかもしれない。

 ティックやペンシルゴンから聞いてはいたが、アンデッドは日光に弱い。

 それは、日中は基本的に全力を発揮できない手合いが多いということを意味する。

 ……本来なら、昼間にやっておくべきだったんだろうけどな。

 この夕方っていうのには、何か意味があったんだろうか。

 

 

「あれが<UBM>?」

「で、でけえ……」

「モンスターってあんなでかいのか……」

 

 

 大半の連中は、初めて「ロウファン」を見たらしく、かなり驚いている。

 というか気圧されている。

 とりあえず、現状を確認しとくか。

 俺の装備は、まず自分の<エンブリオ>、【機動戦支 ケツァルコアトル】。

 俺の不審者ファッションの元凶なんだが、まあこの際、それはいい。

 今の俺にとっては、ある意味メインウェポンだからな。

 続いて、ティックからの頂き物。

 【救命のブローチ】をはじめとするアクセサリー……これさ、多分終盤で手にはいる装備だよね。

 そして、俺のために作ってくれた、聖属性が付与された剣。

 今はまだ、アイテムボックスにしまわれている。

 ここで出すと、万が一が怖いからな。

 セキュリティも含めて、いろいろな意味でロストしかねない(・・・・・・・・)し。

 パーティーメンバーのバフスキルで、強化されているが、相手が相手なので誤差でしかない。

 俺以外は、あのアクセサリーでさらに強化されてるんだろうが……。

 やっぱりおかしい……何で、あいつらはつけてないんだ?

 

 

 

「MU、頼むよ」

「ええ、わかったわ。解除(・・)

 

 

 ん?

 解除?どういう意味だ?

 直後、【ロウファン】に向けられたものではない、悲鳴が巻き起こった。

 え?ちょっと何?

 見れば、俺ではない、アクセサリーやマントをつけている連中が、悲鳴を上げている。

 魔法職や支援職など、動けずにうずくまっている。

 とっさに《看破》して気づいた。

 彼らのステータスが、上がるどころか、下がっていることに。

 特にHPなど、回復どころか今も継続して減少している。

 

 

「計画通りだね」

 

 

 いや、ただ一人。

 赤と黒の腕輪をつけたキングだけは、特に異常がないようだった。

 ステータスダウンも、継続HP減少もない。

 

 

『お前、何をした?』

「うん?付けてないやつもいたのか」

 

 

 なるほど。

 大体は察した。

 俺が感じていたいくつかの疑問、それがすべてつながった。

 

 

『利用した、いや、嵌めたわけか』

「うん、そうだよ。MUの『パーティーメンバーへのデバフを一時的に逆転させる代わりに、解除すると、デバフの効果が強まる』という<エンブリオ>のスキルと、呪具作成に特化したシンカーの<エンブリオ>のコンボだよ」

「ちなみに、呪具の効果は、ステータスダウンと、パーティーメンバーからのHP吸収だよ」

 

 

 一切悪びれずに教えてくれるキングと、同じく罪悪感など感じず、淡々と説明するシンカー。

 そういえば、デンドロってPKへのペナルティはないんだったか。

 だが、PKしてどうする?

 エンドコンテンツかつ、ユニーク要素でもある<UBM>を放置して、それでもPKなんてことをやる理由ってのは、何だ?

 

 

「ああ、ちなみにいうと、これもすべて<UBM>を倒すためなんだよ」

『なに?』

「みんなから吸収したHPは、全部この腕輪ーー呪具の本体に貯まる。それを、僕の<エンブリオ>イブニングデモンでMPに変換するのさ」

 

 

 ちょうどその時、周りにいる、呪具付きプレイヤーたちが、光の塵になった。

 確か、ステラが前に言ってたな。

 魔法系のスキルは、魔力を上乗せすることで、出力を上げることが可能だと。

 

 

「さて、頃合いか。目標は動いてないし、最高だね。ああ、サンラク君、かな?君はもう帰っていいよ。邪魔するなら殺すけど、四対一で勝てると思うほど、バカじゃないだろ?」

 

 

 正直、人数差があろうが、肉体系のステがゴミな奴が四人いたところで、普通に勝てるとは思うが、まだ、俺は動かない。

 こいつらにPKされることを恐れたから、ではもちろんない。

 俺が、妙な違和感を感じていたからだ。

 【ロウファン】は、このゲームのエンドコンテンツといってもいい存在だ。

 なのにあまりにも、とんとん拍子に行き過ぎている。

 それに何より、攻撃されるというのに、焦りもない。

 単にアンデッド化して知性がなくなったから?本当に?

 むしろ、俺への態度といい、こいつらはーー

 

 

 □アムニール南部・某狩場

 

 

「キング、さっさとやれよ!」

「わかっているさ。《夫は妻をいたわりつつ》」

 

 

 莫大なHPを、キングの<エンブリオ>の力で、すべてMPに変換する。

 ふつう本来透明なはずの魔力だったが、イブニングデモンという<エンブリオ>で生み出されたそれは、まるで夕焼けのような、赤色の魔力だった。

 種子島の民話をモチーフとするこの<エンブリオ>は、夕方になると、その出力を増大させる。

 もちろん、それだけでは終わらない。

 

 

「《シルバー・ショット》」

 

 

 イブニングデモンによって生み出された魔力、六桁にもなる、超級職相当のそれが、ただ一つ、下級の聖属性攻撃魔法に上乗せされる。

 銀色の弾丸を生み出す魔法であるはずだが、もはや込められた魔力の大きさのあまり砲弾、あるいはミサイルのようである。

 その威力は、限りなく超級職の奥義に限りなく近いものだ。

 まして、聖属性魔法は、アンデッドである【ロウファン】にとって、致命的な弱点である。

 与ダメージのみに言及するならば、超級職の奥義さえも、上回る。

 

 

「くらえ!」

 

 

 そうして、迫りくる、キングの銀色の攻撃を。

 【ロウファン】は、よけなかった。

 避けられなかったのか、あるいは避ける気がなかったのか。

 いずれにしても、銀の弾丸、否、ミサイルは見事【ロウファン】に命中した。

 

 

「WOOOOOOOOOOOON!」

 

 

 【ロウファン】は、苦痛を感じているのか、叫び声をあげ、焼き尽くされた。

 キングが攻撃した、アンデッドは、確かに骨のかけらも残さず、そのHPを全損したのである。

 キングは確信した。

 これで勝ちだと。

 だから、気づけなかった。

 

 

「……え?」

「WOOOON」

 

 

 目の前にいる、無傷の骸骨狼ーー【ロウファン】が、いつの間に再生したのか、気づけなかった。

 

 

 

「バ、バカな、なんで死んでいない!」

 

 

 キングは戦慄する。

 確かに消し飛ばしたはずなのに、と。

 そうやって動揺していたから、気づけなかった。

 

 

「キ、キング、後ろ!」

「え?」

 

 

 仲間、本当の意味での仲間であるMUの呼びかけで、振り向いて、ようやく気付いた。

 

 

「は?」

 

 

 そして、ソレに気づいた時、本当に混乱した。

 本当に、理解不能に陥った。

 目の前にいたのは、黒紫色の瘴気だった。

 その瘴気は人の形をしていながら、頭部だけが狼のそれだった。

 それだけならば、まだ驚いただけで済んだだろう。

 王国ほどでないが、霊体型のアンデッドはレジェンダリアにも一定数いるからだ。

 彼が理解できなかったのは、突然現れたことでも、そのモンスターの存在でもなく、ソレの名前。

 ソレは、【スピリット】などという名前ではなかった。

 ソレは、【霊骨狼狼(・・・・) ロウファン(・・・・・)】という名を冠するモンスターだった。

 

 

「え、いやいやなんで?」

「WOO」

 

 

 あまりの衝撃に忘我したキングを。

 その【ロウファン】は、腕を伸ばし、キングを突き刺した。

 

 

「……あ?」

 

 

 直後、キングは【呪縛】にかかったことにより、その場から一歩も動けなくなる。

 加えて、継続HP減少の効果を持つ呪怨系状態異常、【吸命】によって彼の少ないHPがどんどん削れていく。

 

 

「な、なんで、こんな」

 

 

 キングは、動けない体で喚く。

 こんなことは、理不尽だと、叫ぼうとして。

 --黒紫色の亡霊と、目が合った。  

 厳密には、赤い色の輝きでしかない。

 だが、キングは確かにそこに見たのだ。

 あくまで、AIに過ぎないモンスターのはずなのに、リアルで見たどんな悪感情より強う感情を見た。

 --彼らを突き動かす、強い怨念が見えてしまった。

 

 

「--ひぃっ、た、助けてくれえ!」

 

 

 恐怖で悲鳴を上げながら、光の塵に変わるキングの姿は、彼が先ほど生み出した大量の被害者と、まったく同じものだった。

 

 

 ◇

 

 

『マジでやばい……』

 

 

 光の塵になっていくキングたちを見ながら、サンラクはつぶやく。

 サンラクは、ようやく理解できた。

 理解できてしまった。

 あれは、断じて狼の骨と霊なんじゃない。

 狼の骨()、狼人間の霊なのだ。

 

 

 

「「WOOOOOOOOOOOOOOOOON!」」

 

 

絶望をもたらす怨霊が、その隠された牙をむいた。

 

 

 To be continued

 




次回も、多分明日更新します。


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地を進む狼、相対するは天翔ける蛇 其の九

 □■霊都アムニール周辺・狩場

 

 

「なんで、なんでこんなことに?」

 

 

 シンカーは、そんなことしか言えなかった。

 確実に殺したはずだ。

 木っ端微塵、どころか欠片が残らぬほどに焼き尽くしたはずだ。

 だが現実はどうだ。

 突如現れた第二形態とでもいうべきモノによって、リーダーであるキングが殺され。

 既に動き出した骨の狼に、MUとガッツが噛み殺された。

 こんな不死身の化け物、勝てるはずがない。

 こんな理不尽なゲーム、誰も攻略できるはずがない。

 

 

「--あ」

 

 

 次の瞬間、骨の狼に跳ね飛ばされて、シンカーもまたデスペナルティになった。

 

 

(やってられるか、こんなクソゲー)

 

 

 そんなことを、思いながら。

 

 

 ◇◆

 

 

『マジでかあ』

 

 

 サンラクは、それしか言えない。

 シンカーやキングのように、訳が分からないゆえの困惑、ではない。

 訳が分かっているからこその、感想だ。

 

 

『あいつら、二体で一体のパターンかあ。片方潰しても、すぐ再生する奴』

 

 

 当初、彼は見た目、というか骨格から完全に騎獣がメインだと思っていた。

 しかし、それは間違いであることにようやく気付いた。

 騎兵であるロウファンと、その騎獣、双方の成れの果てであるのだと、考えた。

 

 

『霊体、骨体とでも呼ぶべきなのかね』

 

 

 彼の、現在の推測は正しい。

 高位のアンデッドほど、過去、生前の影響を受けやすい。

 精神系状態異常【恐怖】を与える、《狼王咆哮》は【ハイエンド・ハウリングウルフ】の持っていたスキルがもとになっている。

 しかし、【霊骨狼狼 ロウファン】には、もう一つだけ、生前に影響を受けたスキルがある。

 それこそが、【ロウファン】の不死身の要である、《双狼一体》。

 【超騎兵】のパッシブ奥義である、《人騎一体》に影響を受けたスキルである。

 

 

 【メイル・ハイドラゴン】との戦いで砕かれ、そして先程のキングから受けた聖属性魔法攻撃では、灰も残らぬほどに消し飛ばされた。

 それでも、瞬く間に骨体を修復できた破格のスキルだ。

 ゆえに、骨体のみ破壊しても、倒せないのである。

 ……弱体化したように見えるので、今回も含めて攻撃されることも多々あったが。

 

 

『さて、まあ、能力が大体わかったところで、やりますか』

 

 

 いまだレベルは三桁にも達しておらず。

 ステータスは、最も高いAGIでさえ、【ロウファン】には遠く及ばない。

 

 

『となると、検証すべきは、どっちか(・・・・)だな』

 

 

 こちらに向かってくる、骨体を《配水の陣》を足場にして、空中に逃れる。

 すぐ霊体がサンラクを追って、浮遊するが、その動きは遅い。

 ただし遅いといっても、骨体と比較しての話である。

 サンラクよりは速い。

 その体が、サンラクに触れる刹那。

 

 

『触んな!』

 

 

 《瞬間装備》した、銀色の十字剣【シルバー・ブレット】を、霊体に向かって振るった。

 聖属性が付与された剣は、霊体型のアンデッドにとっては弱点であり、斬り裂いてダメージを与える。

 

 

「WO、WOOOOOOOOON!」

『さて、どう出るかな?』

 

 

 サンラクが検証したかったのは、『ひょっとして霊体が本体で、こちらを潰せば勝てるのではないか』という仮説だ。

 果たしてその仮説は。

 

 

「WOON」

『ダメか……』

 

 

 即座に修復した霊体を見て、その仮説は間違っていると理解した。

 それと同時に、サンラクの持っていた【シルバー・ブレット】が砕け散る。

 それは、《脱装者》の効果による爆散とは違う。

 そもそも、《脱装者》には、武器破壊の効果はない。

 これは単純に、終わっただけ。

 【シルバー・ブレット】という剣の耐久値を、使い切っただけの話である。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □三時間前・【闘士】サンラク

 

 

「ほらよ、これがお前の剣だ」

 

 

 そういって、ルナティックが渡したのは、三本の十字剣。

 いずれも白銀色であり、どこか神聖な雰囲気があった。

 

 

『これは、聖属性のマジックアイテムですか?』

「ただのマジックアイテムじゃねえぞ。属性付与の剣だ」

『どう違うので?』

「普通のマジックアイテムは、MPを流し込むことで魔法を発生させる。これはな、物理攻撃のダメージを属性攻撃として判定させる」

『ほう……』

 

 

 え、なにそれ。

 ぶっ壊れアイテムでは?

 割とマジで魔法職が死ぬやつじゃん。

 加えて、ケツァルコアトルのスキルと組み合わせれば……悪だくみができそうだ。

 

 

「それ、一度使ったら、壊れるぞ」

『え?』

「使用可能なレベルを下げるのに四苦八苦してなあ。低レベル用に装備を作るとかしたこともなかったから、結果として耐久値が犠牲になっちまった」

 

 

 ……悪かったですね、低レベルで。

 とはいえ、確かにこれらは低レベルのやつらが使うような武器でもないのだろう。

 まさに、使い捨ての【シルバー・ブレット(銀の弾丸)】といえるだろう。

 三本とはいえ、あいつに大きなダメージを与えられる、素晴らしい武器だ。

 

 

『何から何まで、ありがとうございます』

「いいってことよ。その代り、あいつを倒して、またいろいろ話聞かせてくれや」

『わかってますよ。俺が、あいつを倒します』

「……そうかい」

 

 

 そう言った直後、アナウンスが流れる。

 

 

【クエスト【討伐ーー【霊骨狼狼 ロウファン】 難易度:八】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 

 このタイミングでアナウンス来るのかー。

 まあ、いいけどね。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □■アムニール南部

 

 

 さて、一本目は砕けてしまい、残った【シルバー・ブレット】はあと二本。

 

 

「WOOOOOON」

『おい、何だその目は』

 

 

 二体の狼の、目つきが変わる。

 キングに向けていたのと同じ、怨念のこもった目つき。

 今までは、敵としてすら認識されていなかっ()ということであり。

 ーー今はもう、殺すべき、強敵(・・)として見られているということだ。

 

 

『っ!』

「WOOOOOOOOOON!」

 

 

 骨体によって、《狼王咆哮》が発動する。

 【恐怖】にり患すれば、サンラクは満足に動けなくなり、【ロウファン】に勝つことは、ほぼ間違いなく、不可能となる。

 --罹患すれば。

 

 

『お披露目だぜ!《暴徒の血潮(ライオットブラッド)》』

 

 

 サンラクが、第三形態で獲得した<エンブリオ>のスキルを使用する。

 それはつけていた、最後のアクセサリー、【命脈注射】によるもの。

 それは、首輪であり、三本のアンプルがついている。

 アンプルには、紅い液体が入っている。

 《暴徒の血潮》の効果は、動作に制限を与える状態異常の一時的な無効化だ。

 

 

『どうやら、効果はないみたいだなあ!』

「WOOOOOOOOOOOOOOOON!」

 

 

 追いかけてくる、【ロウファン】に対して、挑発しながら距離を取る。

 

 

(まずいな。マジでやばい)

 

 

 サンラクには、言葉ほどの余裕がない。

 既に、サンラクは《双狼一体》のカラクリを看破している。

 両方を同時に倒さない限り、永遠に修復し続けるスキルである、と。

 サンラクの推測は、正しい。

 《双狼一体》の効果は、『一方の損壊状況を基準に、もう一方の体を修復する』というもの。

 つまり、片方を傷つけても、HPを全損させたとしても、もう片方が無事ならば即座に修復される。

 

 

(俺一人だけじゃ、手が足りねえ)

 

 

 どちらかを倒しても、即座に修復されるならば、同時に二体を倒すしかないという結論になる。

 そしてそれは、範囲攻撃の類も、数をそろえる手段も持たない、サンラクには不可能なことなのだ。

 サンラク、個人では。

 

 

 

 

 □■某所・???

 

 

「急いでください!早く!」

「無茶言わないでよ!あたし、【従魔師】じゃあるまいし、竜車の扱いなんてわからないわよ!」

「じゃあなんで運用できてるんですか!」

「幻覚見せて無理やり動かしてるのよ!」

 

 

 To be continued




最後、一体何テラと何インちゃんなんだ……。

余談
《双狼一体》
 わかりやすく言うと、《猫八色》の劣化版。
 優れている部分も二つある。
 一つ、修復速度がはるかに速い。
 二つ、片方が物理無効。本編では、霊体が地面に潜り、日光で焼かれる骨体を修復しながらしのぐのが日中のスタンス。キングを襲ったのも、地下から地上に出ただけ。
 ちなみに、このスキル一つ欠点はありますが、それは追々、というか次回。


《人騎一体》
 【超騎兵】のパッシブ奥義。
 これのやばいのは、シルバーとかヘルモーズみたいな機械でも騎乗してれば普通に修復できること。
 弱点としては、騎乗していないとき、つまり体が離れると解除されてしまう。
 《地形回転》で落馬……もとい落狼してしまったのがロウファンの敗因。

余談
《魔神の領域》
 【神器造】のパッシブ奥義。
 効果は、『全魔法属性の完全適性を獲得する』。
 マスターにとっては、ぶっちゃけ意味ない。
 ただティックの場合、地属性以外はそこまで適性高くなかったうえに、天地海以外の属性の適性が皆無だったので、だいぶ助かってる。
 


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地を進む狼、相対するは天翔ける蛇 其の十

間に合った……。
違うユニバースに触発された、シャンフロ三周年記念、五話連続投降まであと一日……。
感想、誤字報告、評価、お気に入り登録、愛読誠にありがとうございます。
頑張ります。


 □【闘士】サンラク

 

 

『やばいやばい時間がない……』

 

 

 サンラクは、【ロウファン】二体を相手に既に二十分近く戦闘を続けていた。

 その結果は、両者ともに無傷。

 サンラクがつけた傷はすべて、《双狼一体》によって修復されている。

 【ロウファン】はサンラクに対して一度も有効打を与えられていない。

 《狼王咆哮》は、《暴徒の血潮》によって無効化されている。

 骨体による物理攻撃は、《配水の陣》で空中に逃げればどうとでもなる。

 また、霊体の呪怨系状態異常スキルである、《狼王瘴気》も触れられていないので発動しない。

 本来であれば、空中戦では自在に浮遊できる霊体のほうに分があったはずだが、そうはなっていない。

 なぜか、霊体がある程度の高度まで上昇すると、追うのを止めてしまうからだ。

 

 

 (距離に制限があるパターン。これまでの行動から考えて、射程は十メートルってとこか)

 

 

 サンラクの推測通り、《双狼一体》には、有効射程十メテルという弱点がある。

 そもそも、もとになった《人騎一体》は騎獣と主の接触が前提であったので、いくらかましにはなっている。(なお、《人騎一体》はSPやMPも回復するが、《双狼一体》にこの効果はない)

 その射程の短さゆえに、最初はとらえられず、《回遊》の効果もあって、サンラクはすでに霊体が射程を無視したとしてもとらえられない速度に達している。

 だが。

 

 

『っ!もう時間がねえ!《暴徒の血潮(ライオットブラッド)》!』

 

 

 サンラクは考える。

 《回遊する蛇神》を考慮に入れたとしても、時間がたてばたつほど、不利になっているのは自分だと。

 そう、スキルの制限を背負っているのはサンラクも同じ。

 第三形態で獲得した《暴徒の血潮》には、いくつかの制限がある。

 一つ目は、ストック制であること。

 スキル使用に必要なアンプルが三つしかなく、そのストックは二十四時間に一つしか回復しない。

 二つ目は、時間制限があること。

 アンプル一つにつき、十分間しか効果がない。

 たった今サンラクは二本目を使い切り、三本目を使用した。

 そして、あと十分もすれば完全にストックが尽き、《暴徒の血潮》は解除される。

 【健常のカメオ】があっても、長くはもたないだろう。

 そもそもあれは判定の基準が緩いから、単発式の呪いぐらいにしか使えない、とサンラクはティックからも言われている。

 あたりを見回しながら、サンラクは思考を巡らせる。

 

 

(プランB、無理!周りに霞が全然ない!都市部に近いからか?)

 

 

 プランB--「<アクシデントサークル>に巻き込んじゃえ大作戦」は周囲に魔力の霞があまりないことから、不可能と判断する。

 プランA--「一直線大作戦」も何度か試みているのだが、どうやらそちらは読まれているようで、対応されてしまう。

 

 

『あっやべ』

「WOOOOOON」

 

 

 だが、均衡が崩れる時が来た。

 サンラクが、足場にした結界の上で足を滑らせたのだ。

 それは、二十分以上の気が抜けない戦闘による疲労ゆえか。

 《回遊》の速度に、サンラクが対応できなくなったためか。

 あるいはMPポーションの服用も含めた複数のことに、思考を割いていたからか。

 いずれにせよ、ちょうどそこに骨体の牙が迫ってくる。

 

 

(あー、これは無理かな)

 

 

 いまさら、武器を《瞬間装備》しても間に合わない。

 【ブローチ】で一度は防げるだろうが、体当たりと咀嚼の両方は防げない。

 サンラクは、間に合わないと判断し、それは事実だった。

 サンラクの行動は間に合わない。

 ーーサンラクは(・・・・・)

 

 

「WOOOOOOOOOON!」

『え?』

 

 

 サンラクが噛み千切られる刹那、骨体に炎の弾丸が命中した。

 炎弾は一発にとどまらず、何発も、骨体の頭部に命中した。

 サンラクは骨体がひるんだ隙に《配水の陣》を起動、【ロウファン】から距離を取る。

 

 

(漁夫の利狙い?いや、もしかして、これは、まさか)

 

 

 サンラクは魔弾を放った者が誰かを察した。

 ただし。

 

 

『--全弾命中。ただし即修復されました』

「了解しました。このまま狙撃を続けます。ステラさんも、観測をお願いします」

「んぐんぐっ、無茶言わないでよ!飲んでも飲んでもさっきから回復追いつかないんだけど!」

 

 

 間に合った者たちの声は、さすがにサンラクには聞こえなかった。

 

 

 □とある<エンブリオ>について

 

 

 斎賀玲の<エンブリオ>、その銘を【追火蛇姫 キヨヒメ】という。

 この<エンブリオ>の能力特性は、追尾と追撃。

 現在第二形態にまで進化しているこの<エンブリオ>は、二つのスキルを持つ。

 一つ目は、《追い焦がれる想い(フレア・ストーカー)》。

 スコープをのぞきこむことで、指定した相手の位置を突き止めることや、相手の様子を見ることができる。(指定できる相手は、彼女が見た生物に限られる)

 また、スキルの対象に指定した相手を、キヨヒメの撃った弾丸が当たるまで追尾しつづける。

 ただし、一度相手を指定すれば、最低一週間は相手を切り替えることができない。

 ……本来は、サンラクを絶対に逃さないためのスキルなので、それで十分ともいえるが。

 先ほどまで、サンラクを対象に発動していたが、たった今、対象を【ロウファン】へと切り替えた。

 

 

 二つ目は、《燻る情火(ディレイ・ボム)》。

 魔力式銃器としてのスキルであり、MPをあらかじめチャージして、火属性魔法の弾丸を作り、ストックするスキル。

 ただし、弾丸を作るのには最低でも一分間のチャージが必要である。

 チャージしている間は、弾丸の発射はできない。

 また、キヨヒメはこれ以外の攻撃スキルがないので、ストックが尽きてしまえば銃器としては使い物にならなくなる。

 ただし、弾道距離に応じて、弾丸の威力が上昇する効果もある。

 

 

 時間という制限を設けることで、出力を上げる<エンブリオ>である。

 それは、サイガ‐0、否、斎賀玲という人物像を<エンブリオ>が解析した結果だ。

 自分の願い(初恋)をかなえるために、異常なまでに時間をかける、その在り方。

 恋心によって突き動かされ、時に住所特定などといった、手段も選ばないその精神性。

 なにより、かつては現実で抱いていた、サンラクに追いつかなくてはならないという危機感(・・・)

 それらの総合的な結果が、キヨヒメというモノ。

 「どれだけ時間をかけても、追いかけ続ければ、いつか必ず目的を果たせる(勝てる)」という特性の、TYPE:メイデンwithアームズの<エンブリオ>である。

 

 

「こちらに来てるわね……」

 

 

 光学探査を使うステラは、【ロウファン】が自分たちの方向に走ってきていることを察知した。

 ついでに言えば、霊体が地面に潜っていることも潜る瞬間を見たため察知しており、それも伝えている。

 

「……幻術か何かで、足止めできませんか?」

「無理よ。あいつら目で見てるんじゃなく、あたしたちの発する怨念を追ってるんだもの」

『質問。先ほどレベル上げで使われていた【ジェム】は使えないのですか?』

 

 

 自身も、【ジェム】に近いスキルを持つキヨヒメが質問する。

 最近まで、利害が一致したため南方の狩場でレベル上げを行っていた三人(?)だったが、その時ステラはよく攻撃手段としてジェムを使っていた。

 

 

「もう、攻撃系のジェムは使い切ったわ……」

『了解。使えないようですね』

「……それどっちの意味?」

 

 

 狙撃銃に暴言を吐かれ、ステラは少し不機嫌になる。

 

 

「あの、ステラさん、先ほどまで移動に使っていたモンスターは?」

「あんた《看破》持ってないの?あの子無理しすぎて、【混乱】、【恐怖】、【衰弱】、【疲労】、【飢餓】……制限系や精神系の状態異常山盛りだし、HPもほとんどないのよ?どのみち逃げ切れないわ」

 

 

 幻術を見せて無理やり走らせてきたのはステラなので、キヨヒメは内心『どの口が言ってるんだろう』と思ったが口には出さなかった。

 そんな余裕もないと、わかっているから。

 

 

「まずい!」

 

 

 すでに、骨体が目の前に迫っていた。

 せめて、ティアンであり、リスポーンができないステラだけは守ろうとレイはその小さな体を抱きかかえる。

 しかし、彼女の行動は無意味であり、いまさら回避も間に合わず。

 

 

『危ない危ない。ギリギリセーフ』

 

 

 --彼の行動は、間に合った。

 レイは気づく。

 奇妙な浮遊感と、しかして守られているという安心感に。

 誰かが、自分を抱きかかえて、回避したのだということに。

 そして、その誰かは。

 

 

『大丈夫か、()?』

 

 

 サイガ‐0はようやく理解する。

 彼がレイをお姫様抱っこしていることを。

 自分でも、脈拍が上がっていくのが、レイには理解できた。

 

 

「ら、らく、サンラク君!」

『おう。早速で悪いが、状況はわかるか?』

「ひゃ、はい!……あの、【ロウファン】というモンスターを倒すんですよね?」

『そういうことだ。さっさと終わらせて、うちに帰ろうぜ』

「はい!」

 

 

 既に二人の目は、前を向いている。

 前方に立ちはだかる、高い壁を見すえている。

 

 

『そういうわけだ。クソわんこ。いいか、冥途の土産に聞いておけ』

 

 

 

 サンラクと、サイガ‐0は宣言する。

 

 

「『お前(貴方)達は、俺達(私達)が倒す』」

 

 

 自分達が、終わらせるのだと。

 

 

 To be continued




ステラ「あたしは?」

・キヨヒメ
モチーフを思いついた時、筆者が「これだ、これしかない」となったエンブリオ。当初は純アームズの予定だったが、いろいろ考えて今の形に。
安珍清姫ってどの程度の知名度何でしょうね。


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地を進む狼、相対するは天翔ける蛇 其の十一

間に合いました。
感想が百を超えてました。ありがとうございます。
そして、シャンフロ三周年、本当に本当におめでとうございます!


 □【闘士】サンラク

 

 

 さて、ここで【ロウファン】に立ち向かういかれたメンバーを紹介するぜ!

 まず俺、装甲と羞恥心を捨てて機動力に特化したビルドと、あと二回しか使えない大ダメージ聖属性斬撃が持ち味だ。

 次、【狙撃手】サイガ‐0。

 ジョブ自体は事前に聞いてたし、今の攻撃と看破したステータスで<エンブリオ>がどんなものかも代替把握した。

 近接戦だと力を発揮できない、典型的な後衛特化だな。

 ただ、その分攻撃力はかなりのものだった。

 そして、【高位幻術師】ステラ。

 なんでこいつここにいるの?感がすごいが、レベルも高いらしいし、役に立たないってこともないだろう。

 今は、がっちりと俺の首にしがみついている。

 やはり置いてきたほうがいいのでは?

 あ、やばい。

 

 

「WOOOOOOOOOON!」

 

 

 さっきから使ってる【恐怖】のスキルだ。

 俺は《暴徒の血潮》で無効化し、レイは俺がとっさに着けた【健常のカメオ】で耐える。

 あ、【カメオ】が壊れた。

 ステラは?あっ《看破》したけど無事みたいだ、良かった。

 ……たぶん、レベルが高いからだろうな。

 

 

「「WOOOOON!」」

 

 

 ほう、やっぱり骨体だけで通じないと判断すると両方出てくるのか。

 もう、陽が沈んで夜になったっていうのもあるんだろうけど、好都合だな。

 あれが狙える。

 たった今思いついたプランA´を使えば、やれるかもしれない。

 

『玲、それからついでにステラ』

「は、はい!」

「ついでに!」

 

 

 お願いしてみよう。

 

 

『俺があの黒紫を倒す。だから、二人にはあの骨を任せたい』

「わかりました。任せてください」

「やってやるわ!」

 

 

 よっし言質はとった。

 じゃあ、始めるか。

 プランA´ーー「天翔ける蛇大作戦」を!

 

 

『じゃあさ、ちょっと(・・・・)速いけど舌を噛むなよ?』

「「え?」」

 

 

 俺は、ステラを背負い、レイを抱えたまま走り出した。

 

 

『ほらほらほらあああああ、追いつけるもんなら追いついてみろお!』

「いやあああああああああ!」

「『…………』」

「「WOOOOOOOOOON!」」

 

 

 

 さて、ここからが本番だ。

 

 

 □■アムニール南部・狩場

 

 

【ロウファン】は怒っていた。

 目の前に立ちはだかる敵、奇妙な覆面をつけた半裸の人間を仕留められないことに腹が立っていた。

 銃を構えた女や、獣人の魔法職など問題ではない。

 今まで一度もいなかった。

 <UBM>になってから、何のダメージも与えられなかった相手などこれまでいなかった。

 目覚めたとき眼前にいた自分より格上の<UBM>でさえ、かすり傷ぐらいはつけられた。

 自分を封じた超級職のドワーフには、纏った防具の上から深手を負わせた。

 だというのに、目の前の人間に対しては一ポイントたりともダメージを与えられずにいる。

 速度はもはや彼等よりも速く、亜音速を超えて超音速の域に達しようとしている。

 AGIが生前より落ちており、騎兵系統の強化スキルも失った、亜音速どまりの今の【ロウファン】では追いつけない。

 それを、【ロウファン】は許容できない。

 なぜなら、それが【霊骨狼狼 ロウファン】というモノの在り方だったから。

 強者に殺されていった、武芸者の無念。

 山の神に弄ばれた、子供たちの嘆き。

 そして家族と自分達の命を奪われ、絶望と憎悪を抱えたまま死んでいった一人と一頭。

 圧倒的強者に蹂躙され、それを憎む者達の成れの果てだったから。

 

 

「「WOOOOOOOON!」」

 

 

 かといって、唯一の遠距離攻撃手段である《狼王咆哮》は奴には効かない。

 ついでに言えば、他の二人にも効かない。

 それはわかっている。

 【ロウファン】は少ない理性を集めて、どうやってこいつを倒そうかと考えて。

 目の前に何も持たずに現れた、鳥頭の男を見た。

 

 

「「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」」

『はっ、よく吠える』

 

 

 男は、一直線に、こちらに走ってきた。

 

 

 --愚か。

 

 

 【ロウファン】は、そう判断する。

 自分に直接ぶつかってくれるのならば好都合。

 あるいは、また霊体を斬り裂いた剣を使うのかもしれなかったが、両方が斬られなければどうとでもなるし、そもそもあの程度のダメージでは致命傷にはならない。

 そうして、【ロウファン】の骨体が彼に衝突しようとして。

 

 

『《配水の陣》、起動』

「「WO?」」

 

 

 ーー目の前から消えた。

 サンラクは、ぶつかる刹那《配水の陣》を起動して足場を形成、直角に跳びあがったのである。

 

 

 『ほらほらあ、どうしたあ!遅いなあ!』

 「WOOOOOON!」

 

 

 挑発に激高し、霊体が浮き上がる。

 だが、直後動きが止まる。

 上空十メテルーー《双狼一体》の効果範囲ギリギリに達したためだ。

 上空をにらみながら、その場から動かない。

 たとえ怨念によって突き動かされる怪物であっても、その一線だけは違えない。

 あるいは生前の怨念で生まれたからこそ、生前の絆を守ろうとするのか。

 --しかしその在り方は、致命的な隙だった。

 

 

『ここら辺が限界かな』

 

 

 その声は、【ロウファン】には聞こえなかった。

 あまりに遠すぎて、聞こえなかった。

 彼は音速に近いスピードで、【ロウファン】の上空を駆け上がった。

 多少酸素が薄くなっても、毒ガスも通さない【蛇眼鳥面】と、レベルアップや【闘牛士】など(・・)のスキルで上がったステータスならば問題はない。

 --高度一万メテルでも、かろうじてギリギリ、問題はない。

 四十秒程度でたどり着いた。

 そして、サンラクは。

 

 

『そこで待ってろ、すぐに行く』

 

 

 《配水の陣》を起動しながら、駆け下りた。

 自由落下に任せても空気抵抗を無視できる《回遊》の効果を考えれば、超音速に達する。

 ましてや、もともと超音速に近いものが、さらに駆け下りれば一体どうなるのか。

 --音をはるか彼方に置き去りにする、鉄砲玉(シルバー・ブレット)の完成である。

 

 

「WOOOO……」

 

 

 これはまずい、と判断した霊体は横か下に逃げようとした。

 その瞬間、下で爆炎が上がった。

 

 

「WOOOO、OOOOON!」

「WOOO!」

 

 

 やったのは、サンラクによって遠くに移動させられた、サイガ‐0とキヨヒメ。

 やられたのは、【ロウファン】の骨体。

 遠距離から飛来した炎弾は、地球ならありえない角度で骨体に命中し、その足を、頭部を、砕いていく。

 《双狼一体》の効果で即修復されるが、その間にも次々と爆破され、追いつかない。

 その中には、先ほどの弾丸より威力の高いものも混じっている。

 是非もなし、今の彼女が放つ弾丸には、一分間以上チャージした、高威力の弾丸も混じっている。

 最低で一分、しかしMPがもつ限り上限はない。

 《燻る情火(ディレイ・ボム)》の有する、恐ろしさの一つである。

 

 

「WOOOOOON」

 

 

 霊体は、迷う。

 骨体が足の損傷で動けない以上、横に動けば射程から外れ、半身を見殺しにすることになる。

 かといって、炎弾が飛来する下に逃げるのも、自殺行為に等しい。

 

 

『終わりだな』

 

 

 そして、迷って止まることこそが、この状況での最悪手である。

 既にサンラクがすぐ真上まで来ている。

 その手には、【シルバー・ブレット】が握られている。

 物理ダメージを聖属性攻撃に変換するこの武器は、落下による運動エネルギーさえも、変換する。

 その威力は、計り知れない。

 

 

「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」

『ぶったぎれろおおおおおおおおおおおお!』

 

 

 十字の聖剣が、振った衝撃と握力で破損した。

 サンラクが、燃え盛る大地に着地し、炎熱と落下ダメージで【救命のブローチ】が砕け散った。

 【ロウファン】の霊体は斬撃で真っ二つになった。

 そしてーー

 

 

 ◇◆◇

 

 

「WO、O、ON」

 

 

 聖属性の斬撃と、数多の炎弾を受けて、それでもなお【ロウファン】は生き残っていた。

 HPは最大値の一割もない。

 サンラクによる斬撃で、体積の大半を消し飛ばされた霊体と、ほぼすべてが焼け焦げた骨の塊が落ちているのみ。

 それでも、【ロウファン】は終わらない。

 《双狼一体》以外にもアンデッドとしてごくわずかではあるが修復能力を持っている。

 これでHPが回復し、体積が戻れば、今度こそ圧倒的強者の気配がする、アムニールへ向かおうと考えた。

 

 

『あぶねえ。ステラが【ジェム】でステータスアップと属性防御の魔法かけてくれなかったら死んでたな』

 

 

 しかし、その思考は一人の男によって妨げられる。

 男ーーサンラクは《瞬間装備》した最後の【シルバー・ブレット】を持っている。

 ここまで戦った強敵であり、生存能力に特化したアンデッド。

 ゆえに、生き残る可能性を、サンラクは見逃さなかった。

 

 

『今度こそ、終わりだ!』

 

 

 サンラクは、骨の塊を、遠くに蹴り飛ばし。

 白銀の聖剣を彼は振るう。

 最後の聖剣が、霊体とともに砕け散り。

 

 

「キヨヒメ!」

『了解』

 

 

 最後の《燻る情火》が【ロウファン】の骨体を完全に焼き尽くした。

 

 

「「WOO、WO、WON……」」

 

 

 そうして、銀の弾丸と、赤い弾丸が、最後のHPを削りきり。

 【霊骨狼狼 ロウファン】は、本当に、今度こそ消滅した。

 ほんの少しの怨念さえも、残さずに。

 強者への怒りに燃えた怨念の怪物は、皮肉にも、自分達よりはるかに弱い者達が力を合わせることによって、討伐された。

 あるいは、それは、ロウファンが成し遂げたかった事に、少しだけ似ていたのかもしれなかった。

 

 

 To be continued



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エピローグ 双つの狼、二つの蛇

わがまま言っちゃだめですか?
一章に一度の、二話更新です。
会長は(ry

原作オマージュ、二話更新。
いろいろ拾い切れてませんが、それは追々。


 □【闘士】サンラク

 

 

【<UBM>【霊骨狼狼 ロウファン】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【サンラク】がMVPに選出されました】

【【サンラク】にMVP特典【双狼牙剣 ロウファン】を贈与します】

 

 

『終わった……』

 

 

 【ロウファン】が光の塵になると同時、アナウンスが鳴り響き、俺は地面に倒れこんでいた。

 あーだめだこれ、動けない。

 HPどんどん減ってるし、これはデスぺナかな。

 と、バシャリ、という音とともに何か液体が降りかかる。

 同時、徐々にHPが回復していくのを感じる。

 どうにか、上を見上げると。

 

 

「サンラクさん!」

「大丈夫みたいね」

 

 

 ポーションの入った瓶を持ったステラと、銃を構えたままのレイが心配そうな顔でこちらをのぞき込んでいた。

 どうやら、何とか勝てたらしい。

 どうにか、目線を玲に合わせる。

 

 

『勝ったよ』

「はい」

『レイのおかげだ。ありがとうな』

「い、いえ、そんな」

『俺たちの永遠のきずなの勝利だ!』

「もひょっ!」

 

 

 あれ、レイがまた固まった。

 とりあえず、さっきのアナウンスの中身を確かめるとしましょうか!

 

 

 □■管理AI四号作業スペース

 

 

【擬音色獣 サウンドカラレス】討伐

 最終到達レベル:35

 討伐MVP:【暗殺者】ゼクス・ヴュルフェル Lv33(合計レベル:33)

 <エンブリオ>:【始原万変 ヌン】

 MVP特典:逸話級【無音明套 サウンドカラレス】

 

 

【針竜王 ドラグスティンガー】討伐

 最終到達レベル:33

 討伐MVP:【超操縦士】カーティス・エルドーナ Lv521(合計レベル:1021)

 <エンブリオ>:なし

 MVP特典:伝説級【針衝暴死 ドラグスティンガー】

 

 

【黒召妖狐 ノワレナード】討伐

 最終到達レベル:29

 討伐MVP:【忍者】安芸紅音 Lv50(合計レベル:69)

 <エンブリオ>:【黄金皮 エルドラド】

 MVP特典:伝説級【漆黒狐面 ノワレナード】

 

 

【一攫獣 バリスケ】討伐

 最終到達レベル:46

 討伐MVP:【杖神】ケイン・フルフル Lv894(合計レベル:1394) 

<エンブリオ>:なし

 MVP特典:伝説級【一握掌 バリスケ】

 

 

【霊骨狼狼 ロウファン】討伐

 最終到達レベル:21

 討伐MVP:【闘士】サンラク Lv41(合計レベル:88)

 <エンブリオ>:【機動戦支 ケツァルコアトル】

 MVP特典:伝説級【双狼牙剣 ロウファン】

 

 

「ようやく、<マスター>にも<UBM>を討伐するものが出てきたか」

 

 

 ジャバウォックはウィンドウを見ながら、嬉しそうに言った。

 これまではティアンに狩られるかほかのモンスターに狩られるかだった<UBM>だが、今は違う。

 確かに、<UBM>は試練として機能している。

 

 

 <エンブリオ>の特殊性で初見殺しを成し遂げた、悪人。

 多くの味方とともに、自らが最前線に立って、見事タンクとして活躍した、少女。

 策を弄し、完膚なきまでに嵌め殺した天才(ハイエンド)

 己を最大限まで高め、正面から打ち破った、逸材。

 そして、巧みな連携と、何より異常なまでの技量で打ち勝った……化け物。

 

 

「なんにせよ、全員、これからが楽しみだな」

 

 

 そういって、ジャバウォックは仕事を再開した。

 

 

 To be continued




サンラクがMVPになったのは、四海走破と同じ、戦闘時間の差。

活動報告上げました。


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閑話:挑まんとするもの

書いててこれいいのかなって思ったけどとりあえず上げますね。

追記
五月二十三日大幅修正
サバイバアルファンとエタゼロファンの皆さんごめんなさい。


 □■某マンション内にて

 

 

『それで、どこの国で始めたの?』

 

 

 とある高級マンションで一人暮らしをしている青年に対し、一人の女性が電話をかけている。

 アメリカから海原を超えてきたその声は、いい回線を使っていることもあってラグもノイズもなしに耳に入ってくる。

 

 

「えーと、君は?」

『私は黄河で始めたわ!アイライクチャイナアンドカンフー!』

「ああ、最近中国拳法の動きにさらに磨きかかってるよね」

 

 

 つい最近、やっと個人で勝てたと思ったら、中国拳法の動きにシフトしてフルボッコにされた試合を思い出し、青年は憂鬱になった。

 

 

『それで、ケイはどこ?』

「……アルターだよ」

 

 

 嘘が外道二人の口から洩れたら面倒になると判断し、青年ーー魚臣慧は正直に答えることにする。

 

 

『そう、なら私もそちらに向かうわ』

「えーと、無理しなくてもいいんだよ?反対側だし」

『大丈夫、すぐ行くわ!』

「あ、うん、わかった」

 

 

 

「あ、これ止めても無駄だわ。というか止めるの無理だ」と言うことを慧は理解し、そしてあきらめた。

 その後いくらか雑談して、電話が終わった。

 

 

「はあ……」

 

 

 通話が終わった後、慧はため息を吐く。

 別に彼女のことが嫌いなわけではない。

 ライバルや目標という認識はあるものの、最近までご近所さんとして一緒に生活していたし、彼女を人間として嫌ってはいない。

 また、どこぞの外道鉛筆と違い、恋愛対象として「こいつだけはダメだ」とまで思っているわけでもない。

 ただ、彼女といるとどうにも精神が削れるのだ。

 彼女といい変態半裸といい、テンションファイターの連中は自分の中にリズムを持っており、それを変えないから付き合うほうが合わせざるを得ない。

 大体二人きりで朝まで(ゲームをして)過ごすことになるのだ。

 体力的にも楽ではない。

 

 

「はい、もしもしメグ?……ああ、うん、君もか。え?もって何って、あーうん、俺も始めたよデンドロ」

 

 

 電話終了直後、別の女性からの、ほぼ同じ内容の電話を受けて、対応に苦慮することとなった。

 ……なおその後、両名とデンドロで合流して慧は胃を痛め、他の外道からは散々に煽られることになる。

 加えて、リアルの悩みとは無関係な騒動に、<Infinite Dendrogram>で巻き込まれたりすることになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■アムニール・???

 

 

「ここだな。ここで間違いない」

 

 

 男はアムニールのセーブポイント、<光輝の広場>にてぽつりとつぶやいた。

 ゲームが発売された日、彼はその存在を知らなかった。

 知っていたとしても、それが本物であると知るまでは買わなかっただろうが。

 しかし、初日組から「このゲームは本物だ」という情報が伝わった。

 「<Infinite Dendrogram>は可能性と、あなただけのオンリーワンを提供します」という、謳い文句とともに。

 

 

「ここなら、見つかるのか?俺の理想が、俺だけの理想が」

 

 

 現実ではだめだった。

 自分の求めたものを与えてくれるはずの人は与えてくれず、代替品を探しても見つからない。

 ならばと仮想現実に手を出しても、代替品でしかない。

 神ゲーと謳われたシャングリラ・フロンティアでも、オンリーワン(・・・・・・)は手に入らなかった。

 

 

「ーー魂が、オギャっているぜ」

 

 

 男ーーエターナルゼロもまた、このゲームをスタートする。

 

 ◇

 

 

 同時刻、まったく同じタイミングでログインしていた人物がいた。

 その人物は見た目は女性だった。

 背は高く、引き締まった肉体をしていたが、間違いなく女性の体だった。

 しかし、観察力に優れたものがいれば、理解できただろう。

 外見こそ女性のそれだが、中身はまるで別物であるということに。

 その立ち振る舞いが、暴力的な野生に生きる獣のような雰囲気は間違いなく女性のものではなかった。

 

 

「ここが、理想郷か……」

 

 

 その人物はリアルとは違うハスキー声でそんなことをつぶやく。

 サバイバアルというプレイヤーネームをしたこの人物は、理想を求めてこのゲームを始めた。

 

 

「ーーガイアが俺に、ロリを探せとささやいている」

 

 

 この時、二人の変態がレジェンダリアに降り立った。

 それがどのような結果をもたらすのかは、まだ、誰も知らない。

 

 

 To be continued 




次回は三日後に更新します。


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楽園にて、深遠なる殺戮者と呼ばれたもの

タイトルからしてお察しです。

いつの間にかPVが十万突破していました。
ありがとうございます。
今後とも、ご愛読、ご意見等よろしくお願いします。


 □■???

 

 

 それはサンラクが【ロウファン】を討伐してから<Infinite Dendrogram>の内部時間で一週間ほど後のことだった。

 

 

「ふんふん。あれ以来なかなかいい情報が見つからないねえ」

 

 

 とある建物の内部で、女性が何事かをつぶやく。

 彼女の手には買ったばかりの新聞が握られており、それを読んでいる最中だった。

 それに加えて、どこかからか入手した映像を録画した魔法カメラの映像も見ている。

 同時に二つのものを見るなど普通ならば不可能だが、彼女には可能だ。

 並列思考を得意としている彼女にとっては、左右の目で別のものを見ることなど、造作もない。

 

 

「せっかく一から仕組んだ『オークのNPCにプレイヤーを追いかけさせるR18計画』も失敗に終わったしねえ」

 

 

 厳密にいえば、失敗したというのは言い過ぎだ。

 確かにオークのティアンは、彼女の口車に乗せられた、とあるプレイヤー四人のパーティと交戦状態になったし、そのパーティーメンバーはメンバー全員デスペナルティに追い込まれたのだから。

 ……単に、彼女の目論んでいた、いかがわしい展開には転ばなかったというだけの話である。

 

 

「まあ、キングたち四人組(・・・・・・・・)にはいい薬になったでしょ。特典取られたからって散々悪く言ってくれちゃってさ」

 

 

 彼女は、少し声の調子を変える。

 それにはいくつもの感情が込められていた。

 大切なものを踏みにじられたことを思い出しての苛立ちと、それを上回る侮辱した者たちを制裁できたことへの暗い喜び。

 --そして何より、最重要なモノを見つけられた、満足感が込められていた。

 

 

 この<Infinite Dendrogram>の謳い文句ーー「<Infinite Dendrogram>は、新世界とあなただけの可能性(オンリーワン)を提供いたします」を聞いた時、彼女が欲しいと思ったのは一つだけだ。

 その一つをあぶりだすために、キングたち四人を使った。

 ()の性格を考えて、こういったトラブルを起こせば、必ず網に引っかかるだろうと思ったから。

 彼女の口車がなければ、互いのリアルすら知らない四人が連携するなどありえなかっただろう。

 ともかく、彼女は目的を果たした。

 そしてついでに、彼とパーティーを組んでいたためにMVPを知って、愚痴を言っていた四人を粛正したのである。

 もっとも、そのMVPの情報こそが彼女の知りたかったことなのだが。

 

 

「代替品を眺めて過ごす日々にももう飽きたしね。そろそろ動きたいところだよ」

 

 

 彼女の周囲、工房の内部には複数の人の形をしたものがいる。

 しかし、それらはどう考えても人間ではない。

 【縫製職人】の作ったハシビロコウの覆面をかぶり、黒い噛みあとのような傷をつけた男。

 特に装備品としての効果もない、見た目だけの黒い喪服のようなドレスに身を包んだ女。

 二つのワンドを持ち、魔法少女風のこれまたデザイン重視の服に身を包んだ少女。

 頭から骨をかぶり、どろりとした赤い絵の具をこぼした男。

 すべてが、とある人物を模してこの女性が【錬金術師】のスキルで作ったホムンクルスである。

 彼らは人の形をしていても、人間ではないモンスター、いわばまがい物だ。

 そして、彼女にとってはまた別の意味でもそうだった。

 

 

「やっぱり、本人を手に入れないとだめだ。そのためには何をしようかな。どこまでやればいいのかな。本人の正確な所在も掴まないとね」

 

 

 彼女は、まだ彼に接触するつもりはない。

 彼を得るためには、まだ準備ができていないと考えているから。

 今はまだ、情報収集とした準備の段階だと考えているから。

 

 

「--会えるのが楽しみだよ、サンラクくうん」

 

 

 かつて別の世界で、ディープスローター(・・・・・・・・・)と呼ばれた女は、笑う。

 いずれ必ず来る、再会の時を心待ちにして、笑う。

 そしてきっと、再会するときは、そこまで遠くはない。

 

 

 To be continued

 

 



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双狐奇譚 其の二 憧れは止まらない

今月最後の更新です。
というか、これで閑話終わりです。


 □■征都周辺狩場・<黒狐の庭>

 

 

 征都周辺には、いくつかの集落がある。

 そこは基本的にはどの大名の支配下にもない中立地帯。

 逆を言えば、どの大名の庇護もない土地でもある。

 政策によって、カルディナのように中継地点として生き延びたり。

 あるいは、レジェンダリア北部の集落や、ここ<黒狐の庭>のように強大な力によって支配されるという方法もある。

 <黒狐の庭>は【黒召妖狐 ノワレナード】が支配する土地。

 【ノワレナード】は定期的に生贄を求める代わりに、周囲のモンスターを討伐して治安を維持する。

 時折腕に覚えのあるものが【ノワレナード】を討伐しようと<黒狐の庭>の外から出向いたが、結果として未だ【ノワレナード】は健在である。

 【ノワレナード】が求める生贄は、集落の最年長者ーー老い先短い老人である。

 老人の肉が好きだから、という話ではなく、純粋にそのほうがレベルが高くリソースが豊富だからだ。

 老人が、自ら生贄になるために赴くことが多く、集落は表面的には回っていた。

 

 

 しかし、全ての住民がそれで納得するわけでもない。

 先日生贄に選ばれた老人の孫であるティアン数名が、最近増え始めた<マスター>とともに反乱を企てた。

 もとより天地とは戦乱の地。

 気性の荒いものが多く、そこがレジェンダリアとは違う点かもしれなかった。

 ましてや、<マスター>は各々が自分の意志で動く。

 <UBM>を倒し、特典武具を欲するもの。

 生贄という制度が許せない、正義感の強い者。

 単純に強いモンスターというのがどんなものか知りたい、好奇心が強い者。

 たまたま見かけた金髪光属性美少女忍者とお近づきになりたいもの。

 そして、努力する誰かを手伝いたいと願うもの。

 かくして、【ノワレナード】討伐のクエストが始まり、紅音たちは討伐へと赴いた。

 ほどなくして【ノワレナード】のほうから出向いてきたので交戦し、今に至る。

 

 

「ええい!いい加減どけ、この雑魚があっ!」

「っ!」

 

 

 黒い十メテルを超える巨躯の狐が、忍者服の少女ーー安芸紅音をその前足で弾き飛ばす。

 純竜と同等以上のステータスを持つ【ノワレナード】の一撃は、重い。

 紅音はHP上限の十倍以上のダメージを喰らって吹き飛び、しかしHPを一残している。

 それは彼女の二つ目のジョブである【殿兵】の《ラスト・スタンド》の効果。

 しかし、さほど意味がないスキル。

 数秒食いしばったとしても、効果が切れれば彼女のHPは尽きる。

 加えて、HPを回復したとしても、攻撃で負った【内臓破裂】などの重篤な傷痍系状態異常までは回復できない。

 もはや、彼女の死は避けられないだろう。

 ーー普通ならば。

 

 

「《再始動(リスタート)》」

 

 

 紅音がスキルを宣言した瞬間、彼女から黄金の輝きが生じる。

 そして、光が収まったとき、彼女には変化が生じていた。

 HPが完全に回復している。

 加えて、傷痍系状態異常も回復しており、無傷である。

 通常のジョブスキルでは考えられない超回復。

 それこそは、彼女の<エンブリオ>ーー金粉で書かれたような線が走る、皮膚によるもの。

 世にも珍しい人工皮膚型(・・・・・)の<エンブリオ>、TYPE:テリトリー・アームズ【黄金皮 エルドラド】の力。

 不屈を能力特性とするこの<エンブリオ>の唯一の固有スキルが、《再始動(リスタート)》。

 その効果は、「受けたダメージをカウントし、一時間以内のカウントをHP上限の十倍÷スキルレベル分消費することで自身を回復させることができる」というもの。

 第三形態である今は、スキルレベルは三。

 ダメージは、目の前にいる圧倒的強者からいくらでも補充できる。

 ゆえに、この状況において、彼女は不死身といっても過言ではなかった。

 幾度も弾き飛ばされてボロボロになってしまったので、《瞬間装着》で替えの服に身を包み、彼女は再び立ち向かう。

 

 

「はあっ!《火遁・炎天花》!」

「ぬう、小癪な!」

 

 

 花びらを連想させる形状の火炎を放ち、【ノワレナード】の視界を奪う。

 忍者系統は隠密系統とは異なり、外国人の考えたNINJAのような存在である。

 つまりは派手な忍法ーー魔法系スキル(・・・・・・)を駆使するジョブだ。

 今使ったのは、効果範囲と派手さの割に威力の低い火属性魔法スキル。

 そう、だからこれは目くらましにとどまり。

 

 

「天誅!」

「発射あ!」

 

 

 それを目くらましにした隙に、火力に自信のある、鎧を着てランチャーを構えた男と、狐耳をはやした女剣士の<マスター>二人が近づく。

 二人は<エンブリオ>であるミサイルを発射し、黒一色の直刀を突き込む。

 加えて、ティアンたちが上級職の攻撃スキルで追撃する。

 そうして、目の前のノワレナードのHPが尽きて。

 光の塵に変わっていき、周囲に一瞬弛緩した空気が流れて。

 

 

「--無駄だ」

 

 

 無傷の【ノワレナード】が現れた。

 空気が、一瞬で凍りついた。

 

 

「……え?」

 

 

 紅音でさえ、驚きのあまり絶句した。

 あまりに理解を超えていたから。

 彼女や、通常の回復魔法のようにエフェクトがあったわけでもなくただいつの間にか、現れた。

 

 

「これが<UBM>……」

 

 

 そう、<UBM>とはこういうモノ。

 規格外のスキルを駆使する化け物。

 いまだ<マスター>が頭角を現していない状況下では、最悪の初見殺しにして規格外である。

 紅音は、それでも止まらない。

 止まってはダメだと思っているから。

 どんな壁にぶつかっても、壁のシミになったとしても止まらず、頑張り続けられる人を知っているから。

 そう、何度死んだとしても彼はリスポーンと試行錯誤を繰り返して……。

 

 

(あれっ、私今何か……)

 

 

 大事なことを思い出そうとして、しかし思い出せずに再び弾き飛ばされる。

 今度はぶつかった衝撃で首が折れ、発声もままならない。

 そしてHPが猛烈な勢いで削れていき、《ラスト・スタンド》が発動し。

 --再び紅音が黄金の光に包まれた。

 《再始動》はスキル宣言なしでも発動可能なスキルであり、それによってまたしても彼女のHPと傷痍系状態異常が全快する。

 

 

「まだまだあっ!《雷遁・雷鳴光》!」

「しつこいぞ、餓鬼共があ!」

 

 

 【ノワレナード】の苛立ちは、決して紅音一人に向けられたものではない。

 いまだ折れていない、この場にいる全員に向けられている。

 圧倒的な強者を前にして、未だ士気は高い。

 一人一人が弱くても、それらが合わされば純竜クラスのステータスを持つ【ノワレナード】のHPを一度ならば削りきることもできている。

 それはひとえに紅音の功績である。

 彼女がどれほど傷ついても、前を向いて走り続けるから。

 彼女がどれだけ強大な壁を前にしても、諦めない、諦められないから。

 安芸紅音ーー隠岐紅音という人物は、そういうものだから。

 また、それがわかっているから、彼女が倒れれば皆の心が折れるとわかっているから、【ノワレナード】は彼女を重点的に狙い続けた。

 それ故に彼女はタンクとして機能し、戦線はいまだ崩壊していない。

 そんな紅音だったが、敵の名前を見ているうちに、ふと思い出した。

 

 

「ノワレ……ノワルリンド?」

 

 

 とあるNPCのことを思い返し、同時に、彼女にとっても印象深いゲームを思い出す。

 そして、彼女は連想する。

 黒()妖狐 という名前。

 そして、何度も復活し続ける、体。

 ーーまるで、ゲームの仮初の肉体(アバター)のように。

 とある巨大な建造物から生み出された、仮初の肉体を秋津茜だった少女は思い返した。

 つまりーー【ノワレナード】は。

 

 

「行ってきます!」

「紅音ちゃん!」

「え、ちょ、どうして?」

 

 

 紅音は走り出した。

 【ノワレナード】のいる方角とは、無関係な場所に向かって。

 周りの<マスター>たちは、なぜと思い。

 ティアンは逃げたのかと考え。

 以前から彼女を知る、一人の<マスター>はまさかと思い。

 --【ノワレナード】は、血相を変えた。

 

 

「莫迦な、なぜ!」

「見つけました!」

「っ!」

 

 

 彼女が見つけたのは、小さな(・・・)黒狐。

 大きさはリアルの狐と同程度でしかないだろう。

 隠蔽系のスキルを有しており、超級職の探知系のスキルを使っても探知できるかわからないモノ。

 それを紅音が見つけたのは単なる偶然か。

 【ノワレナード】の分身体(・・・)の位置取りや動きから直感的に位置を察したのか。

 あるいは、その両方か。

 いずれにしても、彼女は見つけた。

 強力な分身を呼び出す、【黒召妖狐 ノワレナード】の本体(・・)を。

 

 

「ちいっ!解除!《黒狐召来》、再展開!」

 

 

 分身体を生成するスキルを解除、それと同時に紅音と己の間に分身体を再度召喚し、壁とする【ノワレナード】。 

 【ノワレナード】は、自らの弱点を知っている。

 確かに【ノワレナード】は強力な召喚スキルと隠蔽スキルを使いこなし、また魔法系超級職に相当するMPを有しているが、本体の肉体ステータスは決して高くない。

 それこそ魔法系の超級職とさほど変わらず、まともに戦えば前衛の下級職でも負けの目がある。

 まして相手が規格外にして詳細不明の能力を有していれば、なおさらだ。

 ゆえに分身体を使って足止めし、逃亡しようとする。

 だがそれは。

 

 

「逃がすかあ!」

「天誅!」

「ぶっ殺す!」

「紅音ちゃんを援護しろ!」

「服……全損してくれないかな」

 

 

 紅音に続いて本体に気付いた、メンバーが攻勢に加わることによって阻止される。

 戦いは続いて。

 何人もの<マスター>がデスペナルティになって。

 多くの時間が流れて。

 

 

 ◇

 

 

【<UBM>【黒召妖狐 ノワレナード】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【安芸紅音】がMVPに選出されました】】

【【安芸紅音】にMVP特典【漆黒狐面 ノワレナード】を贈与します】

 

 

 ーー狐と、人間の戦いが決着した。

 <マスター>十三人中、八人デスペナルティ。

 ティアン三人、うち二人軽傷、一人重症。

 ティアンの死者、ゼロ。

 それがこの戦いの結末である。

 

 

 To be Next Episode

 




・【黄金皮 エルドラド】
 能力特性:不屈
 エルドラドそのものではなく、あきらめずにエルドラドを目指し続けた者たちがモチーフ。
 現状、《再始動》はMPやSPまでは回復しない。
 コル・レオニス同様置換型のエンブリオである。

・【忍者】軽・魔法戦士みたいなイメージで書きました。
 ※原作の忍者とは異なる可能性があります。その際は修正します。

活動報告上げました。


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爪牙を振るえ、獣共、
客観的に見れば親子連れ


お待たせしました。
第二章、スタートです。
これからは週一投稿になると思われます。
今後ともよろしくお願いします。


 □【猛牛闘士(ブル・ファイター)】サンラク

 

 

「美味。やはりコーヒーはブラックが一番」

『……そうなのか』

「当然。ミルクや砂糖を入れるのは甘え」

「えっと。そこまでいわなくても」

 

 

 とある喫茶店では、俺は二人の人と食事していた。

 一人は、言わずと知れたレイ。

 俺のパーティーメンバーであり、リアルでは恋人。

 こちらでは銀髪で、魔法職のようなローブを羽織っている。

 もう一人は、随分とませたことを言いながら、コーヒーを飲む、幼女。

 蛇を思わせるような先が二つに分かれた長い舌を持ち、ところどころに鱗がある。

 銀髪は腰のあたりまで伸びており、瞳は炎を連想させる赤色だ。

 そんな一見すると、十歳の亜人にしか見えない彼女は、人間ではない(・・・・・・)

 彼女の名は、キヨヒメという。

 レイの<エンブリオ>であり、少女(メイデン)としての形態と、兵器(ウェポン)としての形態を併せ持つレアカテゴリーにして、ハイブリッドカテゴリーの存在らしい。

 中身がどうあれ、この見た目でブラックコーヒーはすごい違和感あるんだが。

 

 

「母上。コーヒーのお代わりを頼んでもよろしいですか?」

「はい、いいですよ。何杯でも」

 

 

 なんか、呼び名もすごいことになってるし。

 まあ、<エンブリオ>は<マスター>から生まれてくるものだから間違いではないんだろうけど。

 こいつのことを知ってもうリアル時間でも三週間くらいになるが、未だによくわからないことも多い。

 

 

 ◇

 

 

 俺達が【ロウファン】を倒してから、もうずいぶん経つ。

 現実時間でも一か月が過ぎた。

 その間に俺やレイにはいろいろ変化があった。

 二人とも上級職に就き、<エンブリオ>も第四形態にまで進化した。

 下級職は三つカンストしたしな。

 第四形態以降を<上級エンブリオ>と呼ぶらしいので、一線級に至ったと考えていいのだろう。

 

 

 ロウファンを倒した直後、特典武具の確認をして、ステラとともにアムニールに戻ってからログアウトした。

 ヘルプと、ステラから聞くところによれば、特典武具とは<UBM>討伐における最大の功労者に与えられるアイテムである。

 基本的に得られるのは<UBM>一体につき一つのみ。

 しかも特典武具は譲渡も売却もできない。

 他者に奪われることもない。

 特典武具は、例外なく<UBM>の性質を受け継ぎ、同じものは一つとしてないオンリーワン。

 ……この時点で、相当やばいよな。

 性能を見たときもはってなったし。

 装備攻撃力だけでも【シルバー・ブレット】より上。

 加えて、装備スキルも今使える(・・・・)ものが二つある。

 これを手にしたとき思ったね。

 「ああ、ここの運営ゲームバランスとか何も考えてねえな」って。

 閑話休題。

 ログアウトした後、二人とも睡眠をとり、起きてからログイン。

 そのまま俺はティックのところまで挨拶に行った。

 クエストはクリアになってたけど、話を聞かせるよう言われてたからな。

 お礼も言うべきかなと思ったし。 

 

 

 ティックは俺たちが討伐し、俺がMVPになったことを話すと、「そうか」と言った。

 その言葉には、どこか安堵するような響きがあった。

 そのあと、特典武具を見せるように言われた。

 ティック曰く、特典武具は通常のドロップアイテムとはまるで違うモノらしい。

 もとになった<UBM>の概念を核としてできるものであり、ロウファンの成れの果てである、ということを言っていた。

 近い設定なら何度か聞いたことあるな。

 もちろん別ゲーの話だが。

 「しゃべったりするのか?」と聞くと、「そういう特典もある」とのことだった。

 マジかよ。

 いきなり叫んだりしたら、ちょっと嫌だよなあ。

 いや、戦闘中はともかく逃走中や潜伏中とかに叫ばれたらマジで詰むから。

 そんなやり取りの後、クエストクリアの報酬ということで俺とレイはかなりの金銭をもらった。

 正直もらいすぎでは、と思ったがまあ貰えるものは貰っておいた。

 ……さすがに罪悪感があったので、金銭については無理やりレイに全額受け取らせたけど。

 いや、あれだけサポートしてもらえば、ね?

 効率考えたらサポート受ける一択なんだけど、だからといってそれへの罪悪感が全くないわけじゃないし。

 「また、作ってほしいものがあったら素材もってきてくれよ。作ってやるから」というありがたい言葉を受けて俺たちはティックのもとを辞去した。

 いい素材が集まったら、また来ようかな。

 

 

 ◇

 

 

 それから、俺はレイたちと狩りをしたり、討伐系や採取系のクエストを回している。

 時々ステラが加わることもある。

 索敵や隠蔽ができるから、結構有能なんだよな。

 特に採取系は、俺らのシラン知識も持ってくれてるので、非常に有用だ。

 俺とステラ二人の時は課題だった火力不足も、レイとキヨヒメのおかげで解消されてるし。

 割と隙のない構成である。

 

 

「質問。父上はコーヒーは飲まないのですか?」

『カフェインは、エナドリで十分足りてるから……』

「は?」

 

 

 おい、キヨヒメ。

 そういう目で俺を見るのやめーや。

 というか、ある意味生みの親であるレイのことはともかく、マジでなんで俺までその呼び方?

 <エンブリオ>は、<マスター>のパーソナルに基づいているから、俺たちのリアルについても把握してるってことか?

 まあ、実態はともかくとして、客観的に見ると……

 

 

 

『何か、本当に親子みたいだな』

「ほきゅっ!」

「母上!」

 

 

 今日も、いつも通り平和だ。

 クソゲーとか、なんだかんだ言ってもこのゲームは楽しい。

 リアリティがありすぎて血の臭いがひどいし、<アクシデントサークル>のせいか、そこにいないはずのモンスターが時折現れるが、あるいはだからこそ、俺たちはこの<Infinite Dendrogram>を楽しんでいた。

 こんな毎日がずっと続けばいいのに。

 --なんて、そんなフラグみたいなことを俺が思ってしまったからだろうか。

 

 

 ◇

 

 

 【旅狼】

 鉛筆騎士王:サンラク君、妹ちゃん

 鉛筆騎士王:ちょっとギデオンまで来て貰えるかな?

 

 

 ◇

 

 

 ……悪夢が、始まる。

 

 

 Open Episode【爪牙を振るえ、獣共、】




キヨヒメの食癖は、「火を通したものじゃないと食べない」です。
つまりジュースが飲めないし、サラダもダメ。


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文房具からの招待

HAPPY BIRTHDAY 鉛筆!


 □某チャットルーム

 

 

【旅狼】

 

 

鉛筆騎士王:サンラク君、妹ちゃん

鉛筆騎士王:ちょっとギデオンまで来て貰えるかな?

サンラク:いやだ

サンラク:信用できない

鉛筆騎士王:酷くない?

オイカッツォ:罠にしか見えない

ルスト:サイガ‐0を盾にして動きを封じてからPKするつもりと見た

モルド:さ、流石にそこまではしないのでは……

鉛筆騎士王:そういうリアクションはぶっちゃけ妥当だと思うけど、ひどくない?

鉛筆騎士王:ちょっとギデオンでやりたいことがあるんだけど、手が足りないから手伝ってほしいだけだよ

サンラク:カッツォは?

オイカッツォ:所用でドライフに行ってる

サンラク:なんでカッツォを引き留めずに俺を呼ぶ?

鉛筆騎士王:弾は必要に応じて補充するものでしょ?

サンラク:それは説明になってないんだよなあ

サンラク:ほんとに受け臣にはどんな手を使って外道から逃れたのか教えて欲しい

モルド:どう考えても聞く意思がないような……

オイカッツォ:おい待てふざけんな、何言ってやがる

オイカッツォ:ここで言ったらダメだろ

サンラク:毒も喰らわば皿までだよ

オイカッツォ:ほとんどの連中にバレてるんだから、どうせ一緒って?そういうことじゃないんだよ

鉛筆騎士王:大丈夫大丈夫

鉛筆騎士王:カッツォ君にも 用事が済んだら戻ってきてもらうから

オイカッツォ:うん

サンラク:用事?

オイカッツォ:半分はビルドの探求

オイカッツォ:もう半分は、リアルが絡んでるから言えない

サンラク:大体わかったけどさ……どっち?

オイカッツォ:……両方

サンラク:両手に花だね!すばらしい!

鉛筆騎士王:全男性の夢だね!おめでとう!

オイカッツォ:言わなきゃよかった

サイガ‐0:すばらしい夢なんですか?

サンラク:あっ

モルド:よくわからない

ルスト:よくわからないけど、外道なのはわかった

サイガ‐0:すばらしい夢なんですか?

京極:どうしたの?えらく噛みついちゃって

サイガ‐0:そういうの今いいので、説明してください

鉛筆騎士王:えーっとねえ、まあ本人に訊けばいいんじゃないかな?

サイガ‐0:わかりました

サンラク:……やばい

ルスト:これはひどい

京極:完全に自業自得、いや、むしろ自業自爆だね

秋津茜:?

 

 

 ◇

 

 

「楽郎君」

 

 

 氷のように冷たいオーラが、俺の傍で自身の端末を見ていた玲から放たれる。

 あれれ、おかしいな。

 俺は玲の入れてくれたホットなお茶を飲んでいたはずなんだが。

 これ、アイスティーになってない?

 俺の記憶ガバ?

 そうでないなら、この嫌な予感と悪寒は何なのか。

 ……いや、分かっている分かっているのだ、原因が何かなんて。

 

 

「ーー説明してください」

 

 

 

 ひえっ

 これはあかんやつや。

 

 

 ◇

 

 

 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 いやーやばかった。

 マジで死ぬかと思った。

 あの外道共、本当に、許さん。

 リアル方面で攻めるのは反則だろうが。

 自爆?それは違うぜ。

 本当に悪いのは自爆した奴じゃなく、自爆させた奴なのよ。

 自爆特攻してきたキャラがそういう境遇になってしまった遠因が、その台詞を吐いたキャラじゃなければ素直に受け取れたんだがなあ。

 そういうとこだぞ、フェアリア(アバズレ)……。

 思い出したら殺意が湧いてきたけど、それは置いといて、だ。

 正直行ってみたい気持ちはあるんだよね、ギデオン。

 せっかく七つも国があるんだし、他の国もどんなもんか見てみたい。

 玲も、別に異論があるわけではないらしい。

 とりあえず、ギデオンに行ってみるか。

 鉛筆に手を貸すか、貸さないか、邪魔するかは行った後に考えよう。

 最悪、レイを担いで最速で離脱、距離を取ったうえでログアウトして、レジェンダリアのセーブポイントで再ログインすればいいだろう。

 そういえば。

 行く前に、挨拶しといたほうがいいよな。

 用事もあるし。

 

 

『というわけで、明日レジェンダリアを立ち、ギデオンに行きます』

「なるほどなあ、ギデオンか」

 

 

 ティックはうんうんと納得したようにうなずいた。

 

 

「あそこには、決闘が盛んで【猫神】を筆頭に強者ぞろいだからなあ。修行にはもってこいだと思うぜ」

『なるほど』

 

 

 別に修行のために行くわけじゃないです、とか言ったら殺されそうだな。

 俺のレベル上げを手伝ってくれていたことといい、こいつは俺が強くなることを期待している節がある。

 今でも期待しているのは単に、俺たちが【ロウファン】を倒したからなのか。

 --あるいは、まだ俺に強くなってほしい理由(・・)があるのか。

 おっと、大事な用を忘れるところだった。

 

 

『ティックの旦那、以前お願いした装備(・・・・・・・)はもう完成してますか?』

「おうよ。ばっちり出来上がってるぜ」

 

 

 ティックに作ってもらった装備品を受け取った。

 代金?なんか余剰分の素材を渡せば代金はタダにしてくれるみたい。

 これはティックだけでなく、ほとんどの生産職がそうらしいけど。

 さて、俺のほうはこっちでの準備が整ったし、レイの準備が済んだらギデオンに出発だな。

 

 

 

 □陽務楽郎

 

 

 ログアウトした後、俺はパソコンで調べ物をしていた。

 さっきは玲を沈静した後、まだ怖かったので逃げるようにログインしたが、今なら調べ物をする余裕だって十分にある。

 調べているのは、もちろんギデオン、そして王国に関する情報だ。

 ゲーマーにとって、情報を集めていくことは大事だ。

 特に外道鉛筆を相手にするとき、知らなかったという言い訳は許されない。

 あいつは無知をついて嵌めてくるし、知ってたら知ってたでそれを逆に利用してミスリードに使って嵌めてくるし……。

 あれこれ詰んでない?もう出会い頭に斬りかかるしか……いや、玲に遠距離から狙撃してもらえば……。

 いやいや、さすがにまだデンドロ内ではなにもされてない状況でそれやるのもなあ。

 とにかく、あいつが具体的なことを話してくれない以上、こちらで情報を探るしかない。

 ふむふむ、「ギデオンが誇る決闘ランカー”凌駕剣”と”無限連鎖”の試合。勝つのはどっちだ」「決闘王者”化猫屋敷”について語ろうスレ」……。

 ティックも言ってたけどやっぱり決闘が盛んな場所なんだな、ギデオン。

 しっかし、やたらかっこいい通り名だよな。

 シャンフロだとUMAか変態扱いかの二択だったし、こういうカッコいい通り名がついたら嬉しいけどな。

 

 

「でも、二つ名がつくほど目立つと手の内ばれるだろうし、別にいいかな」

 

 

 闘技場の試合に出るという行為は、どうしたって自分の手の内にさらすことになる。

 外道二人から、一方的に露出狂だの言われてる純真な俺だが、自分の肌をさらす性癖もなければ自分の手の内をさらす趣味もない。

 特に、この<Infinite Dendrogram>はユニークの要素が強いからなおさらだ。

 プレイヤー全員が持つオンリーワン、<エンブリオ>。

 そして俺に限って言えばユニークアイテムである特典武具を所有している。

 賞金がもらえることを含めても、二つ名がもらえるほど有名になるのはデメリットのほうが強いだろう。

 変な二つ名……後々黒歴史になるようなやつだけつかなければ、それでいい。

 あれ、これフラグじゃないよな?

 

 

「まあいいや、他に何か情報は……」

 

 

 お、PKとか、いわゆる闇よりの情報が出てきたな。

 PKにペナルティがない自己責任な環境で、あいつらならそっちに走るんじゃないかと思うんだが……。

「野党クラン<ゴブリンストリート>の情報求む!」「二人組のPK"嬲り殺し””嵌め殺し”について語ろう」……この辺はPKかな。

 というか、もう大体わかった気がする。

 でもまあ、あいつらの情報だけ見ればいいってもんでもないし、うん?

 まだいろいろアングラ寄りの情報があるみたいだな。

 どれどれ。

 「【悲報】<月世の会>の悪口を書き込んだデンドロブロガー、消える……。あっ(察し)」「幼女アンド王女誘拐犯のクソ野郎、ゼクス・ヴュルフェルを許すな」「王国西部、南部にて、行方不明者が続出。<UBM>の仕業か?」……。

 …………。

 いや、変な記事多すぎるだろ、王国。

 

 

 ◇

 

 

 サンラク:なあ、ホントに行かなきゃダメなのか?

 サンラク:嫌な予感しかしないんだが

 鉛筆騎士王:手が滑って、瑠美ちゃんに変なメッセージ送っちゃったらごめんね?

 サンラク:外道め……

 

 

 ◇

 

 

 目指すは、アルター王国の決闘都市ギデオン。

 同行者は恋人と、その娘(?)。

 待ち受けるはーー魔王。

 ……不安しかねえ。

 

 

 

 To be continued




Q:カッツォなにしたの?
A:銀金(とポテト)とのごたごたに巻き込まれたくない、そとみちおねえさんの指示でドライフでの様子をスクショして二人に送った模様。


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閑話:錆と黴と叡智

すいません。
本編はどうやっても間に合わないので、閑話入れます。
来週は本編更新します。


 □■皇都・ヴァンデルヘイム付近

 

 

 ドライフ皇国は端的に言えば、機械の国だ。

 しかし、リアルの機械とは異なっているし、ロボットアニメのようなフィクションの機械とも実態が異なる。

 人間の魔力を、電力などといった他のエネルギーに変換する動力炉を用いて、機械を運用するのが現実との差異。

 そしてフィクションとの差異は、いわゆるロボットが存在しないことである。

 皇国が作っているのはパワードスーツや戦車がほとんど。

 特殊装備品の人型ロボットは原則この国にはない。

 あるいは、のちに人型ロボットが産み出される日が来るのかもしれない。

 しかし、今はほとんど(・・・・)ない。

 逆を言えば、例外といえるものが少しはある。

 例えばロボット型のTYPE:チャリオッツの<エンブリオ>であったり。

 例えばどこかに埋まっている遠い過去の遺産であったり。

 --例えば、今ここを走っている一体の機体であったり。

 

 

『背後に地竜が一体、速度はこちらがやや上』

『了解』

「VAMOOOOOOOOO!」

 

 

 機体の後ろから追ってくるのは、【三重衝角亜竜】。

 特殊なスキルこそ持たないが、ステータスは亜竜の中でもかなり高い。

 そして、それよりもわずかに速度で勝る、体高五メテルほどのロボット。

 

 

『近接用ブレード【火事刃】、展開』

 

 

 真紅(・・)の巨大ロボットは、同じく紅く塗装されたブレードを抜いた。

 それと同時、ブレードからケーブルが飛び出して、機体に接続される。

 魔力を消費して【火事刃】に熱量が宿り、刃が赤く発光する。

 そのブレードを構えて、【三重衝角亜竜】に立ち向かった。

 そして、何度か交錯して、三本角の地竜が倒れ伏した。

 直後、竜の体は光の塵へと変わり、ドロップアイテムだけを残した。

 亜竜の中でもステータス最上位のモンスターが、機械仕掛けの人型に敗れ去った。

 

 

『どうやら、亜竜クラスでも相性次第では問題なく倒せるみたいだね』

『うん、操作性も悪くない』

 

 

 機体のスピーカーからは二人の声が、ルストとモルドという名前の<マスター>の声が漏れていた。

 この機体は、マジンギアではない。

 そしてどちらかの<エンブリオ>そのものでもない。

 【高位操縦士】ルストの<エンブリオ>であるヘパイストスが作った、【万死染紅】という名前の複座戦闘機である。

 機械式特殊装備品の生産を能力特性の一つとする、TYPE:キャッスル・ルールの<エンブリオ>。

 いまだ第四形態でありながら、いくつかの理由によってすでに亜竜級の戦闘能力を持つロボットを作ることができる。

 のちに皇国最大のクランとなる<叡智の三角>でさえこの時はまだ達成できていないというのに、だ。

 

 

『でもルスト、本当に出て行っちゃってよかったの?』

『問題ない。フランクリン(・・・・・・)の了解は得ている。それにちゃんと設計図の類も残している』

『あの設計図、僕の<エンブリオ>前提だから役に立たないと思うんだけど……』

 

 

 

 そんな風に、彼らが話している場所ーーコクピットこそが【高位通信士(ハイ・オペレーター)】モルドの<エンブリオ>。

 TYPE:アドバンス、【双頭一心 オルトロス】。

 複座コクピット兼、動力炉の<エンブリオ>である。

 彼女らがいるコクピットの後部には赤い宝玉が取り付けられており、それが動力炉になっている。

 機体そのものだけではなく、【火事刃】のエネルギーも賄っている。

 これがなければ、ヘパイストスのみで亜竜クラスのロボットを作ることはできなかっただろう。

 稼働時間に制限がないことも含めて、【万死染紅】は亜竜と同等の戦闘能力を誇る。

 そして《操縦》をはじめとするジョブスキルによる強化を含めれば、その性能は軽く亜竜を凌駕する。

 

 

『モルド』

『そうだね、まだ夕食の準備までには時間があるし、このままテストと狩りを続けようか』

 

 

 そうして、二人を乗せた真紅の機人は、性能テストを続行した。

 この後、どこかのプロゲーマーと遭遇したりトラブルに遭遇したりと、二人にもいろいろあるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 □■ドライフ皇国内部・某所

 

 

「ねえフーちゃん?ほんとによかったの?」

「なにが?」

 

 

 

 とある安普請の木造の小屋で、二人の人物が会話していた。

 一人は、露出の多い恰好をした赤髪にメッシュの入った美女。

 服装も赤であるため、ド派手という言葉でも言い尽くせないほどだ。

 もう一人は、白衣を着て眼鏡をかけ、白衣を着た痩身の男性。

 マッドサイエンティストという言葉がぴったりな外見だ。

 

 

「ルストちゃんとモルド君のことだよ」

「……ああ」

 

 

 女性ーーAR・I・CAの指摘を受け、白衣の男ーーMr.フランクリンは納得する。

 <叡智の三角>を脱退するものは多いが、ルストとモルドに抜けられるのは大きく思える。

 カサンドラの危険予知を含めれば、<叡智の三角>最高のパイロットはAR・I・CAである。

 だが、純粋な操縦技術ならばルストのほうに軍配が上がるかもしれない。

 さらに言えば、彼女たちの<エンブリオ>はいずれも<叡智の三角>に多大な貢献をしてくれていた。

 しかし。

 

 

「仕方ないわ。彼女たちの目的ーー巨大ロボット創造は果たされているんだもの。うちに留まる意味はないし、最後に手土産まで残してくれたしね」

「まあそうだねー」

 

 

 その<エンブリオ>こそが彼女たちの脱退の理由だ。

 もとより<叡智の三角>は自由な創造を目的とするクラン。

 縛り付けることなどできるわけがない。

 【万死染紅】をはじめとした設計図や、町の外での動作テストで獲得したドロップアイテムを残していった。

 

 

「それに」

「それに?」

「いつまでもあの子たちがいたら、クランが崩壊しかねなかったもの。このほうがよかったのかもしれないわ」

「あー」

 

 

 

 AR・I・CAはフランクリンの言葉の意味を悟った。

 問題があるのはルストとモルドの人格ーーではなく、彼女たちの<エンブリオ>。

 特にヘパイストスは、その欠点(・・)ゆえに、<叡智の三角>の存在意義すら揺るがしかねない。

 最も、ルスト個人には何のデメリットもないため、欠点というより仕様といったほうがいいかもしれないが。

 

 

「さて、せっかくだし何とか試してみようかねえ、この設計図の案」

「オッケーフーちゃん。テストパイロットは任せてね!」

「ええ。お願いするわ」

 

 

 そうして二人は今後のプランの詳細を詰めながら、本拠地を出て歩き出した。

 ……厳密に言えば、フランクリンが話すのを、AR・I・CAが聞いていただけだったのは、ご愛嬌である。

 

 

 ◇

 

 

 後に量産型亜竜級ロボット【マーシャルII】を作り出すことに成功し、ドライフ皇国最大のクランに成り上がる〈叡智の三角〉。

 彼らがそれを成し遂げるのは、もう少し先の話である。

 しかし、彼らがその名をとどろかせた後も、とある二人組の<マスター>の大きな貢献はあまり知られていない。

 彼らの協力と最後に残した設計図がなければ、【マーシャルⅡ】の誕生はひと月は遅れていただろうというのに、である。

 ルストとモルド。 

 彼らが”双宿双飛”の二つ名で呼ばれ恐れられるのもまた、もう少し先の話である。

 

 

 To be continued




余談。
オルトロスは、ある程度サイズ調整できるし、モルドがログアウトしても残すこともできる。
ただし、モルドがログアウトしてる間はサイズは変えられない。


・【通信士】
 操縦士系統派生職、視覚強化等のスキルに寄ったジョブです。


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再会は必ずしも喜ばしくないとは限らない

 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

「ふきゅう……」

「……母上」

『大丈夫?』

「だ、大丈夫れす……」

『まだ無理っぽいかな……安静にしててね』

「は、はい……」

 

 

 俺は今、顔を真っ赤にして目を回して、寝転がっているレイを介抱している。

 隣には、そんなレイを心配そうな表情で見ている、キヨヒメがいる。

 さて、どうしてこんなことになっているのか。

 ぶっちゃけ言えば、要因はおおむね俺である。

 俺はジョブのレベルアップに伴うステータスと、<エンブリオ>の補正とスキルの効果の相乗によりそこらの亜竜クラスを優に上回るAGIを獲得している。

 さすがにレイをお姫様抱っこした状態では速度は落ちるが、それでもそこらの乗り物より断然早い。

 そう判断した俺は、竜車に乗るなどということはせず、自分の足で移動することにしたのである。

 なお、両手がふさがっているので出てくるモンスターは基本的に避けている。

 どうしても避けきれない場合は、レイが倒す。

 彼女の今のメインジョブーー【狙撃魔手(マジック・シューター)】で獲得した追尾系のスキルや威力を上げるパッシブスキル。

 これらとキヨヒメの火力が組み合わされば、AGI型のモンスターなら耐えられない。

 大体一発で死んでいった。

 むしろその後、ドロップアイテム回収のほうが手間取ったくらいだ。

 耐久型のモンスターなら耐えられるかもしれんけど、鈍足モンスターは俺の足で振り切れるからなあ。

 そんな感じで順調に進んでいた俺達だが、ついに一つの壁にぶつかった。

 お姫様抱っこされていたレイが、ついに限界を迎えたのである。

 

 

「……す、すみましぇん」

『いやいや、大丈夫大丈夫』

 

 

 以前、【ロウファン】と戦うためにお姫様抱っこした時もギリギリだったからなあ。

 それにレイがバグるのは今に始まったことでもない。

 むしろ今までよくもったよなという感じだろう。

 とはいえ、どうしようかな。

 レイにお姫様抱っこによる移動を提案した時、彼女がすごい乗り気だったから、他の案は考えてなかったんだよな。

 何らかのテイムモンスターとか買えばよかったかな?でも俺並みの速度で動けるモンスターってめっちゃ高いんだよなあ。

 三百万リルはあかんて。

 いくら狩りやクエスト順調にこなして、かなり儲かってるって言っても買う気にならんわ。

 

 

「提案。私が母上を背負っていけば」

『キヨヒメってAGIどれくらいなの?』

「五十。下級職カンストした程度」

『それだとあんま意味ないかな……』

「それなら、俺のバルドルに乗っていくクマ?」

『お、乗り物乗れるのはありがた……』

 

 

 あれ?

 今……。

 俺たち以外に、もう一人いた。

 だが、それを人間と呼んでいいのだろうか。

 いつの間にか俺の背後にいた、二足歩行の、黒い狼を。

 

 

『っ!』

 

 

 とっさに後ろを向いて、《瞬間装備》した武器を向ける。

 

 

『おっと、俺は怪しいものではないワン。ただの着ぐるみ愛好家ワン』

 

 

 着ぐるみ?

 いや、確かにモンスターにしては愛嬌がある。

 それに、モンスターがしゃべるとも思えない。

 最強格と思える<UBM>でさえ、しゃべってる様子がなかったし。

 手の甲が見えないからプレイヤーなのかNPCなのかもわからん。

 指名手配犯とか、正当防衛以外でNPCをキルすると指名手配されちゃうからなあ。

 

 

「俺はシュウ・スターリング。<マスター>ワン。よろしクマー」

 

 

 どうやら、目の前にいる着ぐるみの中身は<マスター>であるらしい。

 《真偽判定》はもっていないが、プレイヤーを騙るNPCがいるとも思えないし、事実だろう。

 実際《看破》したところ、名前は本当みたいだしな。

 ジョブは……【破壊者】?

 え、何そのカッコいいジョブ。

 AGI死にきってるSTR特化はロマンがあるよな。

 そういえば、さっきバルドルとか言ってたな。

 確か北欧神話の神だったはずだから、それがこいつの<エンブリオ>だと思っていいのだろう。

 とはいえ、信頼できる相手には見えない。

 

 

「質問。あなたは熊なの?犬なの?」

『おっと。これは狼の着ぐるみワン。最近までクマのぬいぐるみだったから、まだ癖が抜けてないワン』

 

 

 そもそも、着ぐるみ着たからって、そんな語尾をつける必要はないんだが……まあ、ロールプレイをいちいち指摘するのもあれだし、別にいいだろう。

 話を聞けば聞くほど、信頼できる相手には見えなくなってるんだが……。

 まあ、<マスター>っていうことのは間違いないだろうし。

 

 

『最悪キルすればいいか』

「父上、心の声が漏れています」

 

 

 おっとしまった。

 つい「<マスター>同士なら何しても罪に問われない」っていう本音が漏れてしまった。

 

 

『ははは、まあ初対面の着ぐるみが信用できないのもわかるが、ちょっと考えてみるワン。俺がお前らに何かするつもりなら、気づかれる前に背後から襲ってたはずワン』

『確かに』

 

 

 ぶっちゃけ声かけられるまで気づけなかったからな。

 王国、変人多すぎでは?

 いや、変人というより達人の類かな?

 俺みたいにVRゲームをやりこんでるタイプか。

 --あるいは、リアルでの戦闘経験があるタイプか。

 おっと下手に詮索すんのはマナー違反だな。

 

 

『信用されないのは、仕方ないワン。でも俺は、単にお前らを町に送り届けたいだけワン』

『……じゃあ、お願いします』

『おう、頼まれたワン』

 

 

 まあ見るからに変人だが、多分悪い人ではないんだろう。

 

 

 

『ところで、やっぱりサンラク達はレジェンダリアから来たワン?』

『そうだな』

『その面とか、全部<エンブリオ>ワン?』

『そうだな。<エンブリオ>のスキルのせいで、他の防具きれないからな』

『……フィガ公といい、レジェンダリアはこんなのばっかか』

 

 

 おいコラ。

 こんなのってどんなのだ。

 俺はレジェンダリアのそこら中にいる変態とは違うぞ。

 俺は単に効率と強さを重視した結果として、鳥の覆面をつけて、上半身裸で、首輪付けてて、腕輪付けてて、蛇革のブーツ履いてるだけのただの……ただの……結局ただの変態じゃねえか!

 ああクソ!クソゲー!

 パーソナルの一部が切り取って晒されるって、よくよく考えたらただの罰ゲームじゃねえか!

 ……というかフィガ公って誰だよ?

 

 

 ◇

 

 

『思ったより早く着いたな……』

「ありがとうございました」

『気にするなワン。どのみち俺もギデオンに戻るつもりだったから、そのついでワン』

 

 

 シュウは、結局何かをしかけてくることはなく、俺たちは無事ギデオンにたどり着いた。

 単に裏表のない親切だったらしい。

 人の厚意を疑っちゃだめだよな。

 やはり、人を見た目で判断すべきではない、ということなのだろう。

 

 

『じゃあ俺は友達と会うから、ここまでワン』

『ありがとうございました。あと、なんかすいません』

『いいってことよー』

 

 

 

『サンラク?』

 

 

 後ろから、名前を呼ばれた。

 うーん、男性の声っぽいしカッツォか、な、あ?

 

 

『はっ?』

 

 

 振り返ると、ライオンの着ぐるみがいた。

 王国じゃなくてここは夢の国なのだろうか。

 そういえば最近そんなクソゲーもあったな。

 

 

『君もいたのか。久しぶりだね、サンラク』

「サンラク君。お知り合いですか?」

『人違いです』

 

 

 いや、こんな着ぐるみ知らんし。

 マジでなんで俺の名前知ってるんだ?

 まさか天下の天音永遠や魚臣慧が、着ぐるみなんて珍奇な格好をするとは思えないし。

 いや、性能次第じゃありえるか?

 隠蔽系の装備を付けてるらしく、《看破》も《鑑定眼》も効果がない。

 もしかして:ゴリライオンの人とか?

 

 

『ああ、そうか。この格好じゃわからないよね』

 

 

 彼がそういった直後、ライオン着ぐるみを、光が包み込む。

 おそらくは俺も持っている《瞬間装備》の同類、防具を一瞬で着替えるスキルなのだろう。

 さしずめ《瞬間装着》とでもいったところか?

 スキルの使用直後、彼の外見は一変していた。

 青色の、外套。

 金属質なグリーブ。

 上半身の軽装鎧に、下半身は袴。

 両手には、いくつかの指輪がはまっている。

 --そして、見覚えのある長髪と、糸目の整った顔立ち。

 

 

『……フィガロ』

「うん、そうだよ。改めて久しぶりだね、サンラク」

 

 

 悪友に呼ばれてギデオンへとたどり着いた俺たち。

 そんな俺達を待っていたのは、予定外の再会だった。

 いや、こんなことってある?

 

 

 To be continued




ついにクマニーサン登場。

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再会は必ずしも喜ばしくないとは限らない、わけがない。

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 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 フィガロと想定外の再会をした直後、俺たちはシュウのおすすめのカフェで食事をとっていた。

 レジェンダリアのようなメルヘンさはアルターにはないが、だからこそ真っ当に美味い。

 基本的にリアルよりこちらのほうが飯はうまい。

 レジェンダリアは特にそうだったが、デンドロは現実とは異なった食材が多数存在する。

 中には、原理を追求するとやばそうな「うまいと感じさせる」食材まである。

 さらにはレストランなどの建物には、建物内部での食事の味への補正をかけるスキルが備わっている。

 どこの店に行っても、現実でのトップクラスの料理を食べられるというわけだ。

 最近は、デンドロダイエットとかいう言葉も聞くようになった。

 うまい飯はデンドロで食って、リアルでは最低限の栄養補給をする、という。

 正直、それ倫理的にどうなのかと思わないでもないけど、まあ、食いすぎて健康を害したりするよりはいいということだろう。

 俺?いや、玲の作る飯のクオリティが高すぎて……。

 料理漫画超えてるんじゃないかってレベルだからな。

 ほんとに何でもできるんだよな、レイは。俺の彼女、マジですごい。

 苦手分野とかたぶんないんだろうな。

 少なくとも、俺には心当たりがない。

 いや、結構長く一緒にいるけど本当に見当たらないんだよね、欠点。

 閑話休題。

 俺たちはカフェで積もる話に花を咲かせていた。

 

 

「なるほど。サンラクも<UBM>を討伐していたんだね。すごいや」

『まあ、俺一人じゃなくてNPCやレイの力があってこそだけどな』

 

 

 ステラとレイの協力がなければ勝てなかったし、それ以前にティックの様々な形での援助がなければ勝負にすらならなかっただろう相手だ。

 加えて、一度会敵して負けていたことや、あの四人組、えーと、リングだったっけ?

 あれらが原因で、初見殺しを回避できていた。

 

 

『ま、そういう手段があるってのも含めて自分の力ってことワン。それに<UBM>は強敵だからな。単独討伐した<マスター>なんて、現状フィガ公とスライムぐらいしか知らんク……ワン』

『マジかよすげえなフィガロ』

 

 

 あんなの単独討伐ってどうやったんだ?

 レベル上げまくって下級職三つカンストして合計レベル二百とかになってるけど、今の俺でも単騎で【ロウファン】に勝てるかと言われたら無理だと思う。

 いや、ケツァルコアトル第四で得た(・・・・・)スキルを使えば……いや、流石に俺だけじゃ無理だわ。

 純粋に火力が足りん。

 ……というかスライムってなんだよ?

 見たことないけど、TYPE:ガードナーの<エンブリオ>か何かか?

 

 

「どうだろう。<UBM>に、遭遇すること自体が難しいとはよく聞くけどね」

「王国とレジェンダリア以外で、<UBM>は出ていないのでしょうか?」

「そういえばグランバロアでも、<UBM>が出たらしいワン。近くにいた<マスター>が撃退したけど、逃げられたらしいワン」

『へえ……』

 

 

 シュウ曰く、その<UBM>はまるでメタルなスライムのような見た目をしていたらしい。

 銀色の流動的何か、だそうで、うんメタル系スライムですね間違いない。

 液体金属系スライム、結構倒したからなあ。

 あそこにいるのはともかく、普通の金属スライムは逃げ足速いみたいだし。

 と、そういえばキヨヒメさっきから一言もしゃべってないな。

 人見知りか?

 

 

「質問。どうしてそんなに変なしゃべり方なの?」

『おい待て、訊いてやるなよそういうの』

 

 

 喋ったと思ったらこれだよ。こいつ俺とレイ以外には結構辛辣なんだよな。

 とはいえ、ロールプレイの類は面と向かって指摘されると恥ずかしい奴もいるから突っ込んだらダメなんだよ。

 俺も、正直今思い返すとウッ、頭が。

 いや、状況に応じて攻略のためにいろいろやってきたからなあ。

 

 

『ははは、気にするなワン』

 

 

 あ、シュウは気にしないタイプか。

 それならいいけど。

 ……まさか、これが素じゃないよな?着ぐるみリアルでも着てないよな?

 

 

『いや、リアルでは着ぐるみ着てないし、こんな口調でもないワン』

 

 

 しれっと心読まれたんだが。

 さてはこいつ、レイと同じリアルチート側の人間じゃな?

 ま、リアルの話してもあれだし話題を変えよう。

 

 

『そういえば、今フィガロはこっちで何してるんだ?』

「今は、決闘かな。死んでも死なないし、とても楽しいよ」

 

 

 ほほう。

 決闘かあ。

 

 

『ひょっとしてランカーだったり?』

「うん、そうだよ」

『”無限連鎖”のフィガロって呼ばれてるワン。ちなみに俺が考えたワン!』

 

 

 あー、そういえばどっかで聞いたことあるなあ。

 掲示板漁ってる時、目にしたっけ?

 

 

『決闘ランカーってことは、やっぱり有名なんだな』

「うん、そうだね。だからお忍び用として着ぐるみを着ているのさ。着ぐるみなんて変な恰好、普通はしないからね」

 

 

 なるほど。 

 変な恰好しているなと思ったら、そういうことか。

 確かに、《看破》を防ぐ装備もつけてたみたいだしなあ。

 

 

「質問。犬もランカーなの?」

『いやいや、俺は違うワン。俺が着ぐるみを着ているのは……』

『「「着ているのは?」」』

『聞くも涙、語るも涙の話ワン』

「了解。なら、別に話さなくていい」

『クマーっ!』

 

 

 シュウが頭を抱える。

 そんな風におどけるシュウの様子がファンシーで、俺とレイは思わずそろって吹き出してしまった。

 その後も、和やかにいろいろと話してから、フィガロが後数時間ほどで試合ということで、俺たちは分かれた。

 別れ際には、二人とフレンド登録もした。

 いやあ、再会って良いもんだな。

 

 

 ◇

 

 

 さて、あらかじめ約束してあった、ペンシルゴンとの約束の時間にはまだ余裕があった。

 そのままレイたちと一緒にギデオンを観光してもよかったんだが、せっかくなので狩りをすることにした。

 結論から言えば、楽なもので、それなりに順調なレベル上げができていた。

 王国のモンスターは、比較的常識的なものが多い。

 その辺の木や石が突如ゴーレムに変じて襲ってくることもないし、霧が出てきたと思ったら実はエレメンタルでした、なんてこともない。

 特に後者はホント許せん。自然魔力の霞と区別つかないとかマジでクソ。

 あとエレメンタルといえば……っ!

 

 

『レイ!』

「え?」

 

 

 とっさにレイのところまで駆け寄って、盾ーーティック謹製ーーを《瞬間装備》して構える。

 直後、盾の表面で爆発が起こった。

 

 

「っ!」

『レイ!構えて!』

「は、はい!」

 

 

 とっさに、周囲に降ってきた爆弾(・・)をバックラーではじきながら、指示を出す。

 俺一人なら躱せる程度の弾幕だが、機動力の無い玲をかばうためには、俺自身が動いて弾くしかない。

 

 

「キヨヒメ!連射!」

『承知』

 

 

 ジョブスキルを使用したうえで、レイが襲撃者を狙い撃つ。

 

 

『無傷。全弾、周囲にいる配下に止められました』

 

 

 配下……テイマー系列か?

 あ、また。

 

 

「KYAAAAAAAAAAA!」

『くそっ!』

 

 

 これは、自爆特攻モンスター?

 レジェンダリアには度々いたモンスターだ。

 確か、どういう理由で存在してるのかはわかってなくて、掲示板では「妙なところで設定が雑」と書かれてたな。

 王国にいたとしても、不思議ではないが……いや。

 跳んでくる自爆モンスターは、《看破》できない。

 ならこいつはおそらくTYPE:ガードナーの<エンブリオ>。

 そして自爆モンスターの<エンブリオ>。

 

 

 つまりこいつは。

 飛んできたほうを見やる。

 

 

『キヨヒメ、メイデン体に戻ってくれ。十秒だけ、俺の大切なもの(・・・・・)を預ける!』

「ふにゃっ!」

「了解」

 

 

 

 メイデン体に戻ったキヨヒメに、盾を預けて、俺は攻撃を仕掛けている相手のほうに駆け出す。

 《配水の陣》起動、オラオラ邪魔なんだよぶんぶん飛び回りやがってハエ共がよお!

 はい残念!俺には当たりませんでしたあ!

 ……あ、今自爆生物同士がぶつかって誤爆した。

 よし、はっきり見えるぞ。

 あー、これはがっちりスケルトンとかに固められてるな。

 これじゃレイとキヨヒメには突破は無理か。

 あるいはキヨヒメが第四形態で獲得した、あの特殊弾(・・・・・)を使えばワンチャンあったかもしれんが、まあいいだろう。

 レイには突けない、この場において俺だけが突ける隙。

 

 

『上ががら空きなんだよなあ!』

 

 

 アンデッドの壁を飛び越えて、ようやく敵手の眼前へと降り立つ。

 敵手は、一人の女性だった。

 片手に細い槍を持ち。

 整っていると一目でわかるマスクの上から仮面をかぶり。

 禍々しい、黒紫色のオーラをまとい。

 多くの【スケルトン】に囲まれた、女暗黒騎士風の人物。

 《看破》によって、襲撃者の名前と正体が暴かれる。

 

 

 --その名は、【死霊騎士】アーサー・ペンシルゴン。

 

 

『…………』

「やあどうもサンラク君、お久しぶりんふふふふっ!」

『ねえ、キルしてもいい?』

「あはははははは!何それ、また変態ファッション、ふふふさっきまで笑いこらえてたけどもうダメあはははははっは!」

『遺言は辞世ってほしかったんだが』

「い・や・で・すうううう。京極ちゃんじゃあるまいし、なんで私まで幕末ルールに染まらなきゃ……あ、ちょっと待って、さっきのは挨拶代わりの冗談だから、お願いだからその禍々しい短剣向けないで!君のことだからマジでやばいやつなんでしょ!」

 

 

 うむ、先ほどの言葉は全面的に撤回しよう。

 再会なんてものは、マジで碌なもんじゃねえ。

 たった今あいさつ代わりに爆撃を仕掛けてきた外道文房具(悪友)を見ながら、俺はそう再認識するのだった。

 

 

 To be continued




やっと魔王出せました。


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お前、マジでそういうとこやぞ

祝!
七夕&レイ・スターリング誕生日&……
「シャングリラ・フロンティア」週刊少年マガジンにて、コミカライズ決定!
本当におめでとうございます!

記念して早めの更新です!


□【猛牛闘士】サンラク

 

 

「では、改めて自己紹介しようか」

 

 

 先ほどまでシュウやフィガロと談笑していたカフェで、俺達とペンシルゴンは相対していた。

 ペンシルゴンは仮面は外さないままでニコニコしている。

 傍から見れば様になってるんだろうが、俺からすると普通に気持ち悪い。

 それは他の二人も同様であるらしく、雰囲気は先ほどの面影もなくギスギスしている。

 特に、キヨヒメは親の仇を見るような目で鉛筆をにらんでいる。

 実際生みの親(レイ)爆殺(キル)されるところだったので、さほど間違ってはいないだろうが。

 

 

「私はアーサー・ペンシルゴン。今は【死霊騎士】っていうジョブに就いてるよ」

『いや改まられると気持ち悪いんだが』

「覆面半裸に言ったんじゃないし、言われたかないよ、この変態闘牛士」

『よっしゃわかった、三日後またよろしくな』

 

 

 PKへのペナルティの無い状況を踏まえ、いかに効率よくこいつをキルしてやろうかというチャートを組む。

 そうだな、お互いにペナルティがない以上、泥試合は避けられない。

 こいつのリスポンのタイミングを公式SNSを見ながら特定し、リスキルを延々と続けるしか……。

 あ、その前に配下っぽいアンデッドを全部潰さないと……。

 まず骨の入ってるアイテムボックスをぶっ壊して、それからキルする流れだな。

 

 

「停止。父上、いったん落ち着いて」

「あ、キヨヒメ。大丈夫ですよ……多分」

「そうだよ、キヨヒメちゃん、だっけ?いつもこんな感じだから」

「確認。常に憎しみをぶつけ合う仲?」

「そういうのではないかなー」

 

 

 ハハハハハ、憎みあってるわけじゃないよ。

 ただ、息を吸うように煽りあって、反射的に拳が出るだけだよ。

 

 

『それはともかく、意外だったな』

「何が?」

『王都じゃなくて、ギデオンでお前らが活動してるところが、だよ。国家転覆でも企みそうなのに』

 

 

 てっきりまたユナイトラウンズするために準備してるのかと思ったんだが。

 外堀埋めていく感じか?

 今回の件はその下準備を手伝わされるパターン?

 直接手を下さない下準備だけならレイもそこまで罪悪感を感じずに済むだろうから、組み込みやすいし。

 が、ペンシルゴンは、「不正解」とでも言いたげに深いため息を吐いた。

 え、なんで?

 

 

「王都は無理だよ……」

「そうなんですか?」

 

 

 嘘だろ……。

 ペンシルゴンでも無理、となるとこいつ以上のフィクサーがいるのか、あるいは幕末みたいに修羅してるのか。

 いずれにしてもエグイな。

 こいつが諦めてノータッチ決め込むっていったい何が。

 

 

「あそこ、<月世の会>がいるから」

「……なるほど」

『普段自爆がどうのとか言ってるくせにビビってるの笑うわ』

「リアルの残機は一つしかないんですう!」

 

 

 しかし<月世の会>ね。

 存在自体は前々から聞いて、知っていた。

 VR業界に出資しまくってる上に、ギャラトラの廃人共に、お世話になってる方がいたからなあ。

 VRシステムと生命維持装置つけたまま延々とベッドの上っていう、俺からしてもドン引き案件なご老体の方が結構いらっしゃるんですなあのゲーム。

 まあそれはともかくとして、正直リアルバレしなければ無敵なペンシルゴンに対して、リアルの宗教団体は天敵だ。

 VRゲームを真なる魂の世界、と捉えるという意味不明すぎる宗教となるとなおさら性質(たち)が悪い。

 実際、デンドロで敵対した連中をリアルでどうにかしてるっていううわさもあるらしいし、鉛筆は本当に関わりたくないんだろう。

 最悪出資してきたVR会社経由で履歴読み取られて公表、社会的死、というコースまであり得る。

 なるほどこいつが王都をあきらめたのは理解したし、納得もした。

 しかしまあ、それはそれとして。

 

 

『チキン魔王(笑)が』

「顔面バードの面白変質者に言われたくあーりーまーせーんー!」

 

 

 結局レイとキヨヒメに止められてしまい、その場では決着はつかなかった。

 命拾いしたなあ!

  

 

 ◇

 

 

「質問。結局何の要件だったの?」

「おっとすまないねキヨヒメちゃん。そこの半裸に遮られたせいで言えてなかったから、今から説明するよ」

『悪いなキヨヒメ、こいつのお家芸は自爆と自滅でな。しかもそれを人のせいにする汚い奴なんだ、許してやってくれ』

『「…………」』

「あの、二人とも、落ち着いてください、ね?」

 

 

 まあ、そんなこんなで鉛筆から事情を聴いてみると。

 曰く、ギデオン周辺にとある野盗クランがある。

 そいつらは、隊商を襲って積み荷をアイテムボックスごと奪ったりするのが常套手段だった。

 <マスター>の増加後、つまりはデンドロのサービス開始後もそれは変わらなかった。

 賞金目当てか彼らを狙う<マスター>もいたが、すべて討たれた。

 しかし鉛筆たちはそれを討とうとしている。

 まあ要するに。

 

 

「野盗クランへのカチコミかあ」

「嫌なら不参加でも構わないよ?」

『は?』

 

 

 はいちょっとタンマ。

 緊急会議スタート。

 俺とレイは顔を近づけて、

 

 

『レイ、アレは本当にペンシルゴンなのか?偽物な気がしてきた』

「確かに、姉さんから聞いた話やシャンフロでの振る舞いとは全く違いますね。罠でしょうか?」

「はーい、そこのバカップル、いい加減にしてよね。お姉さん怒っちゃうぞ?」

「ばっ!」

 

 

 レイがマグロの赤身みたいな顔色になっているんだが、大丈夫か?

 あ、キヨヒメがなだめてるから大丈夫そうだな。

 本当に親子感あるなあ。

 どっちがどっちかまでは言わんけど。

 さすがにちょっと怒られそうだし。

 

 

「一応言っとくけど、本当に今回は無理やり参加させる気はないよ。サンラク君も、カッツォ君も、レイちゃんたちも無理やり参加させようとは思ってない」

『脅迫まがいのことやって呼び出しといて、か?』

「拒否権は与えてあげてもいいけど、何も言わずに逃げる権利は与えられないんだよねえ」

『この期に及んでなお、上から目線なのが腹立つんだよなあ』

 

 

 それなりに長い付き合いになるはずだが、こいつの意図がさっぱりわからない。

 こういう時は脅迫であれ報酬であれ、俺たちを確実に参加させるための手段をとってきていた。

 では、今回は俺たちの協力はいらない?

 いや違うな。それなら俺たちを呼び出す理由がない。俺たちをギデオンに集めることそのものが目的?

 あー、ダメだ全然こいつの考えがわからん。

 わからないが、こいつが本当に俺たちを無理やり参加させる気がないことだけはわかった。

 まあ、どのみち。

 

 

『俺は参加するぞ』

「いいの?」

『別に参加しない理由もないだろ』

 

 

 何を遠慮しているのか知らんが、折角ここまで来たんだ。

 やってやろうじゃないの。

 それにこいつのことだ。

 俺が参加しなかったら後々ねちねち煽ってくるだろうしなあ。

 カッツォも、俺が参加しないって言ったら間違いなく煽るためだけに参加してくる。俺には分かる。俺は詳しいんだ。

 外道の考えることは、まるでさも自分のことのように読み取れる。

 いやあ、外道に巻き込まれる純朴な一般人ってのはいつも苦労するなあ!

 

 

「私も、サンラク君についていきます」

「追加。私も、父上と母上についていきます」

 

 

 レイ達も参加するつもりらしい。

 正直心強い。

 ただ、ペンシルゴンはどうにもまだ躊躇うようなそぶりを見せている。

 まるで何かに迷っているかのような。

 

 

「サンラク君」

『うん?』

「サンラク君はさ、ティアンを……」

『ティアン?ああNPCのことか』

 

 

 俺がそう言うと、ペンシルゴンは目を見開いて、じっとこちらを見つめてきた。

 仮面をしているから完全に表情を読むことはできないが、それでも何となく驚き、同時に納得しているのはわかった。

 なぜなのかは、わからないが。

 

 

「いや、何でもないよ。気にしないで……君はそういう奴だもんね」

『……そういういい方されるとかえって気になるんだが』

「そういう状況に追い込んどいて、あえて言わないっていうのも面白いよね」

『お、やるか?』

 

 

 マジで野盗クランよりこいつをキルしたほうがいい気がしてきた。

 正義は我にあると思うんですよ。いやほんとに。

 

 

 ◇

 

 

「まあ、ざっとこの程度かな」

『「「…………」」』

 

 

 俺達は、鉛筆から渡された野盗クランの情報を読み込んでいた。

 結論から言うわ。

 引いた。

 いやマジでどんだけ調べてんだよって話。

 

 

「称賛。良くこれだけの情報を集められたなんて」

「うーん、ま、情報源がいるからね?」

『情報源?』

「まあ、その野盗の中にちょっとネ、いるのがわかっているというか」

『何が?』

「……愚弟」

 

 

 え。

 

 

『おま、まさか、その野盗クランを潰そうとしている理由って』

「ソンナコト、ナイヨ?」

 

 

 いや、うーん。

 ……お前、マジでそういうとこやぞ。

 リアルの関係性をゲームに持ち込む邪悪を見ながら、俺はそんなことを思った。

 やっぱり参加するのやめようかな?さすがに弟君が気の毒だし。

 

 

 To be continued




Q魔王なにしたの?

A実家に帰る→弟を話術で転がして暗証番号を聞き出す→弟の携帯端末を見て情報を探る(そういうとこやぞ)


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閑話:SF×ID〇

祝・シャンフロコミカライズ発売記念&<Infinite Dendrogram>発売日!
すいません。
本編間に合わなかったので今回は閑話です。



 □■某月某日・N県N市・椋鳥玲二

 

 

 八月も半ばに差し掛かっていた。

 いわゆるお盆シーズンという奴が来ており、帰省ラッシュ真っただ中だったが、俺は受験勉強のためそういった行事には参加していない。

 俺が目指している大学が大学であることや、そもそも、長男の兄が東京から戻ってきていないこともあって、俺が参加していないことが問題になるわけでもなかった。

 ……姉に至っては、今どこで何をしているのかもわからないし。

 まああの姉のことだから、少なくとも生きてはいるだろうけど。

 正直姉を死なせるような何かがいたら、正直この世の終わりなんじゃないかと思ってしまう。

 あ、でもアマゾネスの女王は姉と互角だったっけ……嫌なことを思い出してしまった。

 それはともかく、今は俺を含む受験生にとっての天王山。

 娯楽もそれに関する情報含めて封印し、受験勉強に集中する時期だ。

 兄から電話がかかってきたのはそんな時だった。

 

 

「よう、玲二。元気か?」

『大丈夫だよ、ありがとう兄貴。あ、プレゼントもありがとうな』

 

 

 先月――七月七日は俺の十七歳の誕生日だった。

 さすがに東京から帰ってくることはなかったが、ちゃんと誕生日プレゼントは送ってくれたのである。(なお、プレゼントはボールペンだった。割と助かったが、値段は怖くて訊けなかった)

 ちなみに、姉も俺が希望した通りのお菓子の詰め合わせをプレゼントとして送ってくれていた。

 確か、あれは南米からの宅配便だったが……まああの姉にはよくあることだ。

 

 

「おう、どういたしまして。ところで玲二、<In」

『いやデンドロならやらないぞ。今が受験生にとっての頑張り時なんだからな』

「食い気味クマー」

『何度も言ってるけど、俺は受験終わるまで娯楽断ちしてるから』

「ハハハ、それもそうだな」

 

 

 この兄貴、ここひと月の間、ことあるごとにデンドロを薦めてくる。

 何なら俺の分のハードまで発売日に買っていたらしい。

 初期組だけあって、兄は相当にこのゲームを楽しんでいるようで、時折俺に電話で薦めてきたりする。

 多分だけど、今年実家に帰ってきてないのも、デンドロに夢中になっているからだろう。

 実家はともかく、道中はゲームできないからな。

 ひょっとして、兄貴ってもしかしなくても廃人だったりするのだろうか?

 

 

『まさかとは思うけどそれだけのために電話してきたのか?』

「バレちゃしょうがねえな」

『おい』

 

 

 <Infinite Dendrogram>は俺も楽しみにしているけど、受験勉強のために娯楽断ちすると決めているので曲げられないぞ。

 そんなに薦めてくるあたり、相当楽しんでるんだろうが。

 

 

『まあいろいろあったんだよ』

「色々とは」

『半裸なライオンと出会ったり、しゃべる狼と出会ったり、悪いスライムと出会ったり、鳥頭で半裸な蛮族風のやつと出会ったりしたのさ』

「どういうこと!?」

 

 

 変なモンスターばっかり出てくるじゃん!

 もっとこう、普通のモンスターはデンドロにはいないの?

 ていうか悪いスライムって何?グラサンかけて黒服でも着てるとか?

 デンドロって初めてすぐ、そんな変な格好のやつと関わり合いになったりするの?

 

 

『とまあ、興味がわいてきたと思うんだが……』

「まあ楽しんでるのはわかったし、興味はあるよ」

 

 

 何それ?とも思ったが、なぞと同じくらい興味も深まった。

 既存のVRゲームとは違う本物だと、兄含めて何人かから聞いてはいたが、具体的な情報はシャットアウトしていた。

 だからこそ、断片的な情報と言えど好奇心をくすぐられる。

 

 

『だろ?で、興味がわいたお前に』

「そうだな。一年半後、気分よくデンドロするためにも勉強頑張るよ」

『……そうだなー』

 

 

 そんな残念そうに言っても、やらないものはやらないから。

 

 

 ◇

 

 

 □椋鳥修一

 

 

 デンドロの話に加えて、少しだけ雑談してから俺は電話を切った。

 

 

「おっ、結構大きく載ってるな」

 

 

 MMOジャーナルには、昨日のフィガ公の決闘の勝利が報道されている。

 相手――フォルテスラが強いこともあって、この二人のカードは本当に盛り上がる。

 ま、フィガ公がトム・キャットを倒せば盛り上がりはこれの比にはならんだろうけどな。

 今はまだ相性差を覆せていないが――フィガ公ならばいずれはそれが可能なはずだ。

 携帯端末を机の上に置き、俺はヘッドギアを装着する。

 ふと、先ほどの玲二との会話がよみがえる。

 付随して、それ以前の記憶も。

 

 

「…………」

 

 

 ああして誘ったりするが、内心玲二が受験を投げてデンドロを始めるとは俺は微塵も思っていない。

 昔から、そういう奴だった。

 自分の望む可能性をあきらめず、曲げない。

 そうなったのはあのトラック事故の時か、あるいはそれより前からか。

 玲二に度々電話するのは、確かめたいのかもしれない。

 あいつが持っている強い心を。

 俺の果たしたい願い(・・・・・・・)が、果たせるかどうかを。

 

 

「さて、そろそろデンドロにログインするか」

 

 

 今日は狩りでもしようかな、と思いながら俺ーーシュウ・スターリングは<Infinite Dendrogram>へといつも通りログインする。

 今日、自分が何に巻き込まれるのかなど知らないままに。

 

 

 To be continued

 

 




あえてシャンフロのキャラを出さないスタイル。
とりあえず7月は水曜日に更新していきます。
あ、文字数が十万字オーバー、PV20万突破、UA5万突破、そして感想が150件突破しました。
今作を、今後ともよろしくお願いします。


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動き出すものたち。

お久しぶりです。


□【猛牛闘士】サンラク

 

 

「そういえばさ、サンラク君のそれって<エンブリオ>だよね?《鑑定眼》効かないし」

『露骨に話そらそうとするなよ』

「で、どんな能力なのかな?見た目はただの変態ファッションだけど」

『先にお前のほう説明しろ自爆モンスター』

「あっはっはっ、嫌だよ鳥蛮族」

『「…………」』

 

 

 まったくこれだから外道は。

 鉛筆は、周りで誰も聞いていないことを確認してから話し出した。

 というか、いつの間にか俺らの周りだけ人がいないな。

 こいつ……なんかしたのか?

 

 

「口で説明するより見せたほうが早いんだけどねえ。まあ三人とも察してると思うんだけど、さっきの自爆モンスターが私の<エンブリオ>--TYPE:レギオン・テリトリー、【怨霊支配 ディストピア】、サ」

 

 

 まあそれは知ってる。

 後<エンブリオ>の銘も驚くに値しない。

 かつて反理想郷の女帝(ディストピア・エンブレス)と呼ばれたこのド外道には似合いの名前である。

 

 

「何か言いたいことがあるなら言ってもいいよ」

『言ったら粛清されそうだなって今思いました』

「よーし出血大サービスだ!爆殺か刺殺か選ぶといいよ!」

 

 

 

「質問。具体的な説明を求める」

「うーんとねえ、まず自爆生物ーー《爆死体(スーサイド・コープス)》には今のところ四つのバリエーションがある。さっき君たちに撃ったのは威力が落ちる代わりに飛行能力と速度の秀でたものだよ」

『え、強くない?』

 

 

 詳細は不明だが、バリエーション増やしてそれはヤバい。

 似た能力のキヨヒメにしても、追尾にリソース振ってるとは言え弾は二種類しかないのだ。

 おまけにバカスカ撃ってたところを見るに、コストは相当軽いんだろうし。

 

 

「ま、コストが重いからねえ。自前じゃないだけいいんだろうけど」

『は、マジで?』

 

 

 コスト重いの?

 自前じゃないことでそれを解決してるんならぶっ壊れ案件では?

 

 

 ◇、

 

 

 

 鉛筆曰く「まだ仕込みが終わってないし、カッツォ君もまだギデオンに着いてないから」とのことで、本格的な攻撃はしばらく先とのこと。

 とりあえず俺たちはそのままログアウトすることになった。

 

 

 ログアウトしたうえで、ペンシルゴンからもらった資料を見る。

 中身はくだんの野党クランーー<這いよる混沌>に関する情報だ。

 うーん。

 メンバーのうち、オルスロット君も含めて大半の<エンブリオ>やジョブ構成、スタイルが割れてるなあ。

 あ、彼がリーダーなのね。

 <マスター>を相当やってるみたいだし、そこから情報を得たのか?

 あ、これ後半はティアンの情報っぽいな。

 まあいいだろこれは別に見なくても。

 山賊のNPCが強かったり特異な能力を持ってるとも思えんし。

 リーダーが、あのオルスロ某な時点で部下の質はお察しだし。

 しかし変だな。

 これだけ情報があるなら情報屋にでも売ってしまえばいい話なはずだが。

 そもそもこいつがオルスロットを潰すために動いている、という状況がまずおかしい。

 あの時、シャングリラ・フロンティアで鉛筆は確かに目的のために弟を売り飛ばしはした。

 そう、あくまでも目的のために(手段として)、だ。

 少なくともペンシルゴンがわざわざ目的にする相手ではない。

 可能性は二つ。

 外道が進行し、ついに身内すらも本格的につぶそうと考え始めたか。

 そうでなければ。

 

 

「俺達には言えない、別の目的があるのか」

「楽郎君」

「うおっ!」

 

 

 いつの間にか玲が背後に回っていた。

 びっくりした。

 それにしてもこの気配を感じさせない立ち回り。

 さすがはリアルストロング・玲というべきか。

 とりあえず用があるのは間違いないので、彼女のほうを向く。

 

 

「ところで、玲、どうしたの?」

「何を考えていたんですか?」

「え?」

「正直に、答えて、くださいね?」

「あ、はい」

 

 

 

 隠す理由も特になかったので、俺は正直に伝えた。

 ペンシルゴンの狙いが何かわからない、ということを話したのである。

 すると、玲の答えは単純だった。

 

 

「大丈夫だと思います、だって」

「うん?」

「楽郎君に何かするつもりなら……私が殺しますから」

 

 

 最後にぼそりと付け加えられた言葉は、聞かなかったことにした。

 まあ、どうにかなるでしょ。

 

 

 

 

 

 □■ギデオン周辺・某所

 

 

 この<Infinite Dendrogram>で山賊行為が行われることは滅多にない。

 いや、厳密にいえば最近急速に減っている。

 理由は、<マスター>の存在である。

 <マスター>は不死身であり、恨みを買うような真似をした場合のリスクは大きい。

 ましてや<マスター>に限らずこの世界の人間は、ジョブシステムゆえに見た目では戦闘能力を判断できない。

 それならば、殺せば死ぬ上に、大きさで格をある程度判断できるモンスターを狩ったほうがまだましである。

 そう考えるのが普通だ。

 しかし、普通でない者もいる。

 例えば、<マスター>で構成されている野盗。最近頭角を現してきた野党クランの<ゴブリンストリート>のように、<マスター>ゆえに<マスター>を恐れない手合い。

 例えば、熟練のティアン。不死身の存在を敵に回してもどうとでもなると考える、相応の実力と自信がある手合い。(余談だが、天地に特に多い)

 例えば、<クルエラ山岳地帯>にいる数多の山賊団。成功報酬が大きすぎるがゆえに、リスクを度外視してしまう手合い。現時点では、冒険者ギルドにとっても大事な収入源である。

 

 

 では、問題の野党クラン、<這いよる混沌>は、その三つの中のいずれかであろうか。

 --答えは、否である。

 

 

「オーナー」

「どうした?」

 

 

 クランメンバーである<マスター>の一人が声をかけ、オーナーと呼ばれた、いかにも悪役といった風な黒い軽装鎧を身に着けた青年が顔を上げて応える。

 キャラメイクしているからか、あるいは元がいいのか、整った顔立ちをしていた。

 彼の名は、オルスロット。

 <マスター>であり、この<這いよる混沌>の二大オーナーの一人である。

 もともと<這いよる混沌>は、ティアンのみで構成されたクランだった。

 そして<マスター>をクランに迎えるにあたり、オルスロットを二大オーナーの一人とすることになったのである。

 通常のクランはオーナーは一名のみだが、<這いよる混沌>は国家所属のクランではない。

 ゆえに問題はない。

 最も、彼らのやっている行為は問題でしかなかったが。

 

 

「いや、メンバーから通信があって。収穫を持って帰ってくるらしいです」

「そうか」

「あ、でもメンバーのうち二人が<マスター>と交戦してデスぺナったみたいです」

「なるほど。三日後には復帰できる(・・・・・・・・・・)んだよな?」

「あ、はい、それはもちろん(・・・・)

 

 

 <這いよる混沌>は強盗を現在の収入源とするとするクランだ。

 当然だが、強盗は指名手配に類する犯罪だ。

 しかし、オルスロットたちは指名手配になっていない。

 それはこのクランの方針ゆえだ。

 もともと<這いよる混沌>は<マスター>が来る前からあったクラン。

 ゆえに強盗自体は、もう一人のオーナーも含めたティアンが行う。

 そして、護衛やあるいは偶然そこに居合わせた<マスター>をたたくのがオルスロットたちの役割だ。

 <マスター>を<マスター>が殺傷したとしても犯罪ではない(・・・・・・)ため、オルスロットたちはほとんどノーリスクで強盗ができる。

 この話を持ち掛けられたとき、オルスロットたちは何とうまい話だと思ったものだ。

 

 

『おや、オルスロット君。こんにちわー』

「よう、トゥスク。どうかしたのか?」 

 

 

 近づいてきたのは、奇妙な風貌の男だった。

 口から牙をはやした、レジェンダリアにいる亜人のごとき容貌。

 だがそれ以上に奇妙なのは、蓋をした荷車(・・・・・・)を手で押していることだろうか。

 彼の名は、トゥスク。この<這いよる混沌>のもう一人のクランオーナーである。

 

 

『今週分のお薬を渡しに来たんだよ。ちゃんとクランメンバー全員で飲んでね』

「助かる。それと、三日後クランメンバー二人への手術(・・)を頼む」

『あー、また死んじゃったんたんだね。わかった、ちなみに誰?』

「キルルとねじーろだな」

『ああ、その二人ならタロンを中心に素材もかなり集めてるし、すぐに取り掛かれるよ』

「そうなのか?」

『うん、ティアンの死体がほとんどだからね、どうにかなるよ』

「そうか、よろしく頼むぞ【生命王(・・・)】」

『うん。<マスター>の撃退以外は任せてよ』

 

 

 オルスロットはもう一人のオーナーを、あえて彼のジョブで呼んだ。

 <這いよる混沌>、その正体は。

 <マスター>ゆえに<マスター>を恐れない者。

 実力者のティアンーー<超級職>ゆえに、<マスター>を恐れない者。

 双方を兼ね備えた、現状最悪の野党クランである。

 

 

 ■???

 

 

 ソレは待っていた。

 あの時からずっと待ち望んでいた。

 いまではない、その時を。

 今動いてしまえば、ソレの願いはかなわない。

 ゆえにソレはまだ動けない。

 ソレはいまだに待ち続けている。

 されど、ソレは信じていた。

 ソレが動くときは、ソレの目的を果たすときは、そう遠くはないのだと。

 

 

To be continued



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かくして、獣たちは戦場へと集う

8月3日日刊ランキング34位だったそうです。
ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。

感想、お気に入り登録、誤字報告、評価など大変ありがたく思っています。
これからも頑張ります。

8月9日 修正


 □某月某日・地球

 

 

【旅狼】

 

 

鉛筆騎士王:さっきカッツォ君と合流できました。

鉛筆騎士王:というわけで、あらためてぶっ潰しに行きます

鉛筆騎士王:まあ資料とかはすでに送ってあるので

鉛筆騎士王:特にいうことはないけどね

鉛筆騎士王:とりあえず集合時間に遅れないこと

サイガ‐0:はい

オイカッツォ:了解

サンラク:わかってる

 

 

 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 レイと一緒にログイン。

 とりあえず、ペンシルゴンと合流しなきゃならん。

 さっきペンシルゴンからカッツォと合流したという連絡も受けているので、全員で合流して<這いよる混沌>にカチコミかけることになるのだろう。

 俺とカッツォを前衛として特攻させたうえで、俺たちごとあの外道の自爆ガードナーで爆破するつもりだろうか。

 やっぱり先にあいつを始末するべきでは?と思ってしまうが、流石に一度協力するといった手前、何もなしで裏切るのもな。

 やるなら、あいつが明確にこっちをはめた後だな。

 そのうえで、どう対処すべきか……。

 あ、そうか。能力の関係上、レイも後衛に回るからいざとなったら銃殺してもらえばいいだけの話か。

 

 

「……父上、母上」

「どうかしましたか、キヨヒメ?」

「あれらは何?」

 

 

 それら奇妙なものだった。

 端的に言えば、三匹の獣。

 どうやら足早に移動しようとしているみたいだ。

 しかもそのうちの二匹には見覚えがある。

 見覚えのあるのは犬とライオン、まあフィガロとシュウだな。

 そして見覚えがない方の獣は、モグラ(・・・)だった。

 それもシュウやフィガロのような着ぐるみではない。

 むしろステラをはじめとした、レジェンダリアで見てきた獣人に近い。

 モグラ人族?

 ていうか紋章がないからティアンっぽいな。

 

 

「……質問。シュウとフィガロ、どうしたの?」

『うん?ああ、キヨヒメとサンラクとレイか』

 

 

 だいぶ慌ててるみたいだけど、ひょっとしてクエストかな?

 だとすると邪魔になりかねないが。

 ライオン着ぐるみ、もといフィガロも俺達に気付いて話しかけてくる。

 

 

「どうもついさっき、妹さんを拉致されたそうだよ。<這いよる混沌>とかいう野盗クランにね」

『それマ?』

 

 

 ちょうど狙ってるクランの名前が出てきてびっくりなんだが。

 え、マジで?

 ティアンを拉致することもあるとは聞いてたけど、こんな偶然ある?

 

 

『マジだぞ』

「あいつら、妹を!さらったんですモグ!」

『んで、今から俺達で奪還しに行くワン。サッサとしねえと取り返しがつかないしな』

 

 

 つまり、NPCを護衛しつつ別のNPCを奪還するクエストか。

 正直面倒な類のクエストだ。

 この世界は妙にリアルだし、報酬も期待できないだろう。

 というか。

 

 

『フィガロ、シュウ、お前ら<這いよる混沌>の居場所分かってるのか?』

「実は知らないんだ、何しろ僕は初めて聞いていたからね……シュウは?」

「一応知ってはいるし、情報も買ってきて、目星はついてるよ……能力はリーダー格のやつしか知らねえけどな」

『そうか……なら、<這いよる混沌>の情報教えようか?』

『いいのか?』

『条件はあるけどな』

「『条件?』」

「じょ、条件ってなんですモグ?何でもしますモグ!」

 

 

 難易度の高いクエスト。

 俺はそういうのは嫌いじゃないんだよ。

 外道に連れまわされて、野党クランを潰すよりも。

 

 

『フィガロ、シュウ。俺にもクエスト手伝わせてくれ』

 

 

 こう言うシチュエーションのほうが、俺は断然燃える(・・・)んだよ。

 

 

「僕たちは構わないけど、いいのかい?」

『ああ、そっちの方が楽しそうなんでな』

 

 

 どうせ後々<這いよる混沌>とはぶつかる予定だったんだ。

 早いか遅いかの違いでしかないなら、今やったほうがいい。。

 後ぶっちゃけ戦車乗せてくれたシュウと、いきなり爆破してきた鉛筆と、どっちを手伝いたいかって言われたら、ね?

 

「サンラク君。私もやります」

「……同意。私も父上と母上についていきます」

『レイ、ありがとう』

 

 

 毎度自分のやることに巻き込んでしまっているのに、そうやって付き合ってくれる、支えてくれるのが本当にありがたくて、嬉しい。

 今度デートでもして埋め合わせしようかな。

 

 

【クエスト【救出――エリーゼ・モール 難易度:九】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 

 お、クエスト発生のアナウンスが……レイのほうを見ると、彼女にも来てるみたいだな。

 なんにせよ、クエストが発生してるんならなおさら手伝わない理由はない。

 難易度九……あの【ロウファン】討伐以上の難易度なのは気になるが、それでビビってたら多分デンドロはできない。

 何ならゲーマーもやってられない。

 

 

『じゃ、このメンツで行くワン』

「うん」

「……ご協力、感謝しますモグ」

「やりましょう」

「よし、行こうぜ」

 

 

さあ、クエストの始まりだ!

 

 

 ◇ 

 

 

 さて、行くことが決まったので具体的にどうしようかという話になる。

 

 

『とりあえず、アジトまで行くための移動手段は俺に任せろワン』

『あー、バルドルか』

 

 

 シュウの<エンブリオ>、喋る戦車のバルドルだ。

 詳細は知らないが、TYPE:チャリオッツ系列の<エンブリオ>だと思われる。

 その移動速度はかなりのものであり、俺とレイを乗せてもかなりはやかったと記憶している。

 しかし、そもそもなんでバルドルなのに戦車なんだ、と思わないでもない。

 せめて同じチャリオッツにしてもフリングホルニーー船じゃないかと思うんだが。

 光の神らしく、戦車の砲から光弾でも撃つのだろうか。

 

 

「五人も乗って大丈夫なのかい?」

『問題ないワン。そもそも普通の戦車でもそれくらいの数なら乗れるはずワン。バルドル、第四形態』

「READY」

 

 

 シュウの言葉にこたえ、彼の<エンブリオ>が呼び出される。

 俺たちを乗せて、戦車は動き出した。

 <這いよる混沌>の本拠地を目指して、獣たちは向かう。

 

 

 ■<這いよる混沌>本拠地

 

 

「オーナー」

「何だ?」

「なんか人がアジトに近づいてきます。数は五名。近づき方からして、アジトが割れてるみたいです」

 

 

 <這いよる混沌>のクランメンバーの一人ーーレーダー型の<エンブリオ>をもつーーはオーナーであるオルスロットに対して、シュウたちの接近を知らせた。

 その場には数名の<マスター>がいたが、その多くが動揺した。

 今まで一度もこの本拠地を襲撃されたことはなかったので無理もないが。

 しかし、動じない者もいる。

 

 

「わかった。迎撃しよう、俺も出る。他の連中にも連絡しておけ」

「了解です。けど、大丈夫ですかね?アジトの位置割り出してるし、少数とはいえ結構ヤバい相手なんじゃ」

「問題はない」

 

 

 心配する部下とは裏腹に、オルスロットは落ち着き払っている。

 それは、虚勢ではなく彼なりの根拠あってのものだ。

 オルスロットは不敵な笑みを浮かべ、座っていた椅子から立ち上がる。

 

 

「俺がこのゲームの中で、誰かに負けたことがあったか?」

 

 

 いまだこの<Infinite Dendrogram>での対人戦で無敗を誇る男は、自信に満ちた顔でそういった。

 <這いよる混沌>は、獣たちを迎える準備を始めた。

 

 

 □同時刻・地球

 

 

 【旅狼】

 

 

 

サンラク: というわけで先に行ってきます

サンラク: そういうことでよろしく

モルド:もしかしてめちゃくちゃ言ってない?

ルスト:ペンシルゴンが見ていない可能性は考慮していないのか

鉛筆騎士王:サンラク君!

鉛筆騎士王:あー、書き込んだ時間的にさてはもう間に合わんな?

 

 

 

 

 To be continued 




あ、このモグラ兄弟はあれです。
ブローチの妹ちゃんとその兄です。


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爪牙を振るえ、獣共、混沌の神を討つ為に 其の一

間に合わなくて申し訳ありません。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

「まずは、僕が一人で行ってもいいかな?」

 

 

 <這いよる混沌>本拠地の前に到着する前、バルドルで移動しているときに、そうフィガロに言われて、正直何を言われているのかわからなかった。

 ちなみに俺たちは戦車の上に座っている。

 フィガロはなぜかあたりに矢を放っているがそれはいい。問題はさっきの問題発言だ。

 どう考えても、一人で突撃は非合理的な選択肢に思えた。

 俺たちがあまりにも混乱した顔をしているからか、フィガロは補足してくれた。

 何でも、フィガロは周囲に味方がいると、異常に動きが悪く(・・・・・)なる(・・)らしい。

 よくわからんけど、つまり周りに人がいると勉強に集中できないみたいな感じだろうか。

 いまいちよくわからん感覚なんだが、まあそれは別にいいだろう。

 

 

『フィガ公の欠点もそうだが、一番の問題はどうやって奪還するかワン。問題の子供を人質に取られたらどうしようもないワン』

「……?それは、人質を害されるより早く全員倒せばいい話じゃないの?」

「『『『「…………」』』』」

「あれ、なにか変なことを言ったかな?」

「フィガロさん、流石にそれはやめていただきたいですモグ……」

 

 

 やっぱりこいつに任せるのはまずいんじゃないか?

 野盗クランは壊滅しても、救出対象死亡でクエスト失敗しそう。

 言い方はあれだが、救出クエストとか護衛とか一番向いてないタイプだ。

 外道、とは違う。脳筋、というか大雑把。

 というか、こいつあれじゃな。さっきの発言も含めて考えると、根本的に団体行動とか苦手なタイプでは?

 

 

『要は、人質にとるという選択肢を与えなきゃいいワン』

『まあ、そうだな』

『俺に考えがあるワン』

 

 

 そしてシュウは、一つの策を提案した。

 俺たちは了承した。

 

 

 ■<這いよる混沌>本拠地

 

 

「いますよねえ、前方に五人」

「ふうん、向こうは探知されてることに気付いてねえのかな」

 

 

 レーダーの<エンブリオ>によって、サンラク達が近くまで来ていることは把握されている。

 轟音が響いた。

 同時に煙幕が立ち上る。

 それは基本がファンタジーな<Infinite Dendrogram>ではまず見ないもの。

 それは砲撃だった。

 

 

「なんだ?戦車でも向こうはもってるのか?」

「ダメです!見えません!」

「くそっ!《光学迷彩》の類か?」

 

 

 前方から、アジトに向かって何発も砲弾が撃ち込まれていく。

 どこか一か所を狙っているのではなく、やたら滅多ら打ち込んでいるらしい。

 撃ち込まれた際に爆炎と煙が上がっているので、被害がどの程度かはわからない。

 

 

「どうやら人質奪還を狙ってるわけじゃなさそうだ」

「『こいつがどうなってもいいのか?』っていうの一回やってみたかったんだけどなあ」

「いや、それ言った直後に殺されるやつじゃないか?」

 

 

 彼らの中には、純粋に悪役ロールを楽しむものも多い。

 <這いよる混沌>に所属する<マスター>の仕事が<マスター>との戦闘に限られていたこともその一因かもしれなかった。

 砲撃が収まり、彼らはお互いの生存確認に動いた。

 

 

「全員無事か?」

『あーだめですね、二人デスぺナってます』

「こっちは全員揃ってるよ」

「俺達もだ、がっ!」

 

 

 ステータスウィンドウでパーティーメンバーの無事を確かめること自体は、間違っていない。

 しかし、彼らはそれによって、見るべきものを見逃した。

 拠点から出ていたものの一人が、頭を矢に射抜かれて倒れた。

 遅れて、彼らも気づく。

 襲撃者の中には、王国屈指の有名人(・・・)がいることを。

 

 

「おい、あれ!」

「ふぃ、フィガロだあああ!決闘ランカーのフィガロがいる!」

 

 

 彼らも当然、フィガロのことは知っている。

 ギデオン屈指の有名人。

 複数の特典武具を獲得し、決闘ランキング上位にまで上り詰めている男。

 また、ダンジョン探索者としても有名でありソロでありながら、最も深く<墓標迷宮>に潜っているのではないのかとうわさされている王国でも指折りの実力者。

 そもそもここにいるのは大半が対人勢。

 決闘ランカーの顔触れはすべてチェックしている。

 

 

 そうして、戦闘は始まった。

 彼らのだれもが気付かない。

 砲撃とフィガロに気を取られて気づけない。

 何かが、煙にまぎれて突破していったことに。

 

 

 ◇

 

 

『砲弾の命中を確認』

『ひとまず、作戦の第一段階はうまく言ったワン』

「だ、大丈夫なんですモグ?」

『安心しろ、あれはブラフ用の威力の低い砲弾だから大丈夫だ』

 

 

 戦車の上で、狼の着ぐるみを着た男ーーシュウ・スターリングは呟いた。

 彼が考えた作戦はこうだ。

 バルドルの砲弾の中で、比較的威力の低く、かつ派手な砲弾を撃つ。

 こうすることで、向こうは自分たちがさらわれた者たちの奪還に来たとは思わないだろうと推測し、実際その通りになっている。

 砲撃が終わった後に、決闘ランカーとしてよく知られたフィガロが前に出る。

 敵は、決闘王者に迫る戦闘能力を誇る彼を放置できない。

 その隙をついて、サンラクとレイが突入、救出に向かう。

 懸念があるとすれば、本当に煙幕だけで他者の目を欺けるかどうかだったが、サンラクがとある伝手で幻術系のジェムを複数持っていたため無事解決した。

 

 

「あの、本当にここからでなくていいんですモグ?」

『ああ、むしろ絶対にバルドルの中から出ちゃダメワン』

 

 

 戦車の中から話しかけてくるモールにこう答える。

 

 

『あんたの頼みとは別に、俺も俺でやることがあるワン。ちょっと手伝ってほしいワン』

「というと?」

『さっき言ったが、さらわれた人間が――エリーゼちゃんだけとは限らない』

「…………」

 

 

 それは、作戦立案の時、シュウが説明したこと。

 確かにさらわれたのが一人だけとは思えない。

 いや、実際被害は多数出ているのだ。

 彼らの主要な活動が強盗であるというだけで。

 

 

『あんたには何の得もない話だが……救出用の馬車を運ぶのを手伝ってほしいワン』

「わかりました、やりますモグ」

『ありがとな』

「いえ」

 

 

 もとより合理的な選択だけで動いているのなら、この場にはいない。

 <マスター>に任せきりにして、妹を助けに来たりはしない。

 実際そうしようとした二人に、連れていくよう頼んだのは彼自身の選択だった。

 だから今も、彼は非合理的な選択をする。

 

 

「とりあえず、《クリエイト・アースゴーレム》。これで馬車を移動させましょうモグ」

『助かるワン』

 

 

 モールの地属性魔法によってゴーレムが生成され、馬車を動かし始める。

 それを見て、何かを思いついたシュウは彼にもう一つお願いをした。

 

 

 ◇

 

 

「ちいっ!」

 

 

 力士風の<マスター>が前に出る。

 瞬間、彼に三つの変化が生じる。

 まず、雷光が彼の全身にまとわりつき。

 続いて、彼の皮膚が紫色に変じ。

 煙を上げながら、皮膚が高速で再生を開始した。

 それは「全身に低コストで雷光をまとう代わりに自分もダメージを負う<エンブリオ>」と、「再生能力に秀でたモンスターの皮膚」のシナジー。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 また別のマスターは、背中から腕を追加で四本生やし、同時にすべての腕から火球を発射する。

 加えて、その<マスター>の体内には、MPタンクとして生贄の脳髄が埋め込まれている。

 

 

(なるほど。これが、前々から聞いていた「改造人間」か)

 

 

 フィガロは、改めて<這いよる混沌>の強さの理由を思い出していた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 【命術師】というジョブがある。

 【病術師】や【毒術師】同様、錬金術師から派生したジョブの一つであり、ホムンクルスなどといった生物の扱いに特化している。

 そんな【命術師】のジョブスキルの一つに、《生体改造》というものがある。

 文字通りモンスターからとれるアイテムやティアンを素材として埋め込み、モンスターや人間を改造するスキルである。

 無論、欠点はある。

 全く違うものを埋め込もうとすれば拒絶反応が出てしまい、それで死ぬことも珍しくない。

 そしてそれを防ごうとすれば、コストがかかってしまう。

 つまるところ、真っ当に運用するなら、《生体錬成》や《モンスター・クリエイション》などのスキルで一から作ったほうが手っ取り早い。

 それこそ、超級職の《生体改造》よりも上級職のそういったスキルのほうが効率がいい程だ。

 しかし、当代の命術師系統超級職ーー【生命王】だけは話が別だ。

 

 

 彼は<マスター>増加後、《生体改造》を改造して新たなスキルを生み出した。

 その名を、《主体改造》。対<マスター>限定の改造スキルである。

 《生体改造》と比べて、遥かに低コストだが本来ならば二つのデメリットを有する。

 一つ目は、寿命。

 メンテナンス用の薬剤を投与しても、せいぜいで三年しか生きられない。

 とはいえ、これは<マスター>にとっては大した痛手ではない。

 そもそも戦闘前提のゲームで、三年以上の間ノーデスで生きられると考える者は少ない。

 二つ目は、痛み。

 このスキルを使用されたものは、尋常ではない激痛に常時さいなまれることになる。

 ティアンやモンスターであれば、即発狂しかねないほどの激痛。

 また、なぜか麻酔なども効果を発揮しない。

 しかし、この重すぎるデメリットも、痛覚の無い(・・・・・)<マスター>には問題がない。

 かくして、<マスター>との共同戦線はうまく回っていた。

 

 

 ここで一つ、質問を出そう。

 <超級職>が手掛けた改造人間。

 それは、フィガロを倒すに足るものだっただろうか。

 答えは否だ。

「ごばばばばっば!」

「莫迦な、こいつ速すぎグベア!」 

 

 

 

 彼の<エンブリオ>、【獅星赤心 コル・レオニス】のスキルが一つ、《生命の舞踏》。

 戦闘時間比例強化による、装備品の性能強化。

 移動中、フィガロは弓矢でモンスターを狩っていた。

 言い方を変えよう。彼は移動中(・・・)ずっと(・・・)モンスターと戦っていた。

 それによって装備品は格段に強化され、どうしようもないほどに強くなっている。

 

 

 ◇

 

 

「これで終わりかな?」

 

 

 光の塵を眺めながら、フィガロがつぶやく。

 

 

「くそぉ、こうなりゃあの人を呼んで……」

「待て」

「オーナー?」

「あいつは俺がやる」

 

 

 圧倒的な蹂躙の光景、それを前にして名乗りを上げようとする者がいる。

 オルスロットが、前に出た。

 それは蛮勇か否か、とにかく名目上のトップが姿を現したのだ。

 

 

「フィガロ!決闘しよう!かかって来い!」

 

 

 それはあからさまな挑発。

 ましてフィガロはオルスロットのおおよそのスタイルをサンラクから聞いて知っている。

 決闘で、オルスロットに勝つのは至難であると。

 普通ならば、背後にいる仲間(シュウ)に砲撃してもらうのが最上の策。

 しかし。

 

 

「いいね」

 

 

 フィガロは、それを選ばない。

 真っ向から戦い、小細工もしない。

 また、仲間とくんで戦うこともできない。

 彼もまた、全力を発揮できるのが決闘であるがゆえにあえて彼の挑発に応じ、接近して斬りかかる。

 そして彼らの戦いは始まり。

 

 

「《世界は数多の人が作る(クトゥルフ)》」

 

 

 オルスロットが、第四形態で獲得した自らの<エンブリオ>の必殺スキルを宣言し。

 直後、世界(ワールド)がフィガロとオルスロットを飲み込んだ。

 

 

 To be continued



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爪牙を振るえ、獣共、混沌の神を討つ為に 其の二

ついにPV数が25万突破しました。
いつも感想、誤字報告、お気に入り登録、評価などしてくださっている方、そして読んでくださっている方ありがとうございます。
これからも頑張ります。



 □■???

 

 

「……ここはどこかな?」

 

 

 オルスロットのスキル宣言の直後、フィガロは奇妙な空間に立っていた。

 あたり一帯は玉虫色であり見覚えのない空間だった、しかしフィガロはそれを奇妙と感じたわけではない。

 むしろその逆といえるかもしれない。

 このような場所は訪れたことはないはずなのに。

 その形自体には見覚えがあるからこそ、奇妙だと思ったのである。

 円形の床。

 透明な結界。

 周囲に設置された数多の客席。

 そう、まるで。

 

 

「……闘技場?」

「正解だ」

 

 

 いつの間にか、一人の男が立っている。

 黒一色で固めた、いかにも悪役という格好の男。

 周りが極彩色であるために、よく目立っている。

 

 

「端的に言えば、俺とお前はここ――俺の<エンブリオ>TYPE:ワールド・ラビリンス、【混沌神話 クトゥルフ】の内部で戦う。そして負ければデスペナルティになる」

「それは僕が勝てば、君がデスペナルティになるということ?」

「ああ、そうだ。勝てれば、な」

 

 

 オルスロットの言葉には、「俺が負けるはずはないけどな」という意味が込められていたが、フィガロは気づかない。

 リアルの事情から人づきあいが足りておらず、相手の言葉の裏を読むことはフィガロにはできない。

 最も、仮に読めたとしても関係はない。

 なぜなら。

 

 

「そっか。……五分くらいかな」

「何?」

 

 

 ただ、彼の思うが儘に行動するだけ。

 

 

「五分以内にここを出るよ。ぐずぐずしていられないからね」

「」

 

 

 それは、ただ彼の予定を告げただけの言葉。

 早くこのスキルを解除して戻らなければ、仲間たちがどうなるかわからないが故に。

 煽っているつもりなどなく、彼の赤心(・・)が漏れてしまっただけ。

 

 

「余裕ぶってんじゃねえぞクソがあ!今ここでぶち殺してやる!」

 

 

 オルスロットがそれをどうとらえるかは別の話だが。

 憤怒の形相で武器を構えるオルスロットに対して、フィガロも武器を構える。

 

 

「ーーやろうか」

 

 

 ただ一言そう言って、獅子は混沌に牙をむいた。

 

 

 ◇

 

 

 戦闘開始直後、先手を取ったのはオルスロットだった。

 

 

「《ファイアーボール》」

 

 

 【賢者】をメインジョブにしているオルスロットが初手で放ったのは初球の火属性魔法。

 しかし、大した威力もなく、速度もでていない。

 《詠唱》などのスキルで強化されているのならともかく、下級職の最初に覚えるような魔法スキルなど、上級前衛職についたものならそのステータスだけで躱す、あるいは受けとめることはたやすい。

 ーー上級前衛職のステータスがあれば(・・・)

 

 

「っ!」

「はっ!耐えたか。やはり特典武具で固めているだけはある!」

 

 

 フィガロは、躱せなかった。

 加えて耐えはしたが、無傷でも軽傷でもない。

 装備補正でかなり防御力が上がっているはずだが、それでもダメージを受けてしまっている。

 加えて【火傷】の状態異常になり、HPがじわじわと削れている。

 

 

「これは……」

 

 

 もろもろの状態から、考えられる可能性は一つしかない。

 フィガロは自身のステータスを確認し、納得に至った。

 フィガロが墓標迷宮を中心にレベルを上げて積み上げてきたステータス。

 それがーー大幅に下がっていた。

 それこそ、魔法職とほとんど差がない(・・・・・・・・・・・・)ほどに。

 さらにウィンドウの他の項目を見れば、いくつかのスキルが使用不可能になっていた。

 ーー例えば、コル・レオニスの保有する二つのスキルなどが。

 

 

(デバフスキルに類するんだろうけど、いくらなんでも効き目が強すぎる。何らかの条件があるはずだ。多分、ステータスのほうは彼自身のステータスと同じところまで引き下げる、といったところなんだろうけど……)

 

 

 フィガロの推測は間違いではない。

 オルスロットの<エンブリオ>の必殺スキルの効果はクトゥルフ内に引きずり込んだ相手を自分と同じステータスにまで弱体化させること。

 加えて、相手はオルスロットの知っている(・・・・・・・・・・・・)スキルしか使うことができなくなる。

 フィガロの場合、ジョブスキルや装備スキルの大半は決闘で手の内が読まれているため使用できるが、<エンブリオ>のスキルは使用できない。

 最も、これは彼の手落ちではなく、手の内をさらけ出さないというのは定石以前に常識だ。ただ相手が悪すぎたというだけの話である。

 同等以下のステータスまで相手を貶めスキルを削ったうえで、相手を手札の多い【賢者】のスキルで一方的に蹂躙する。

 それがオルスロットの戦術である。

 しかし、それが彼の<エンブリオ>のすべてではない。

 そもそも、彼の<エンブリオ>の能力特性は単なる弱体化ではない。

 まったく別のものだ。

 

 

 ◇

 

 

 クトゥルフとは、ラブクラフトという人物が産み出した神話である。

 しかし、それだけではクトゥルフ神話を語ることはできない。

 ラブクラフト以外の数多の人間が、ラブクラフトの作り出したクトゥルフという世界を軸にしながら、さまざまな物語を展開していった。

 いまでも、ライトノベルなどでモチーフとされることは少なくない。

 数多の者に承認された(・・・・・)、いわばシェアワールドといわれるものである。

 【クトゥルフ】の能力特性は、そのシェアワールドである。

 多くのメンバーの同意を得ることで、その出力を引き上げることができる。

 具体的には、大幅に必殺スキルの制限時間を延ばし、クールタイムも大幅に短縮できる。

 逆に言えば、オルスロット一人では必殺スキルをごく短時間……三十秒程度しか維持できない。

 加えてクールタイムも最低で一日、相手の強さに応じて変化していく。

 仮に対象がフィガロであれば、本来のクールタイムは一週間程度であろうか。

 オルスロットが敗北した場合、同意者はペナルティを受けるが、逆に言えば負けなければペナルティはない。

 そして彼の仲間は、未だペナルティを受けたことはない。

 

 

 それはーー【クトゥルフ】は彼が望んだ力。

 所謂「俺TUEEEEE」による圧倒的な無双を求めた、否、無双したうえで数多の者に畏れられ敬われ、承認される(・・・・・)ことを望んだ彼の心から生まれた力。

 そしてそのような<エンブリオ>から生まれた力は、強者を潰すのにこれ以上ないほど優れていた。

 今この時、闘技場の獅子を追い詰めているように。

 

 

「《魔法多重発動》!《ファイアーボール》!」

「くっ!」

 

 

(避けられない。防御態勢を取っても、いずれ負ける)

 

 

 魔法職相手ならば近づいて接近戦に持ち込むのが定石だが、近づけない。

 フィガロよりオルスロットの方が早いからだ。

 フィガロとオルスロットのAGIは現在同速だ。

 しかしそれはあくまでも素のAGIの話。

 装備補正を勘定に入れれば、オルスロットのほうが速くなる。

 フィガロとて【不縛足 アンチェイン】などの装備補正でAGIは引き上げているが、それでも届かない。

 なぜならそれらの装備はあくまで割合強化(・・・・)だからだ。

 現在100にも満たない彼のAGIを割合強化で引き上げても限度がある。

 対してオルスロットは固定値のステータスアップ装備で固めているからステータスでフィガロを上回っている。

 故に未だフィガロはオルスロットに追いつけない。

 

 

「…………」

「ハハハハハ、どうした、手詰まりかあ!」

 

 

 手詰まりではない。こんな状況下でも、フィガロに手はある。

 この状況を打開する方法はある。

 うまくいく保証はないが。

 それでも、フィガロの直感はそれしかないと告げていた。

 ならば可能性を信じるのみ。

 フィガロの頭に浮かぶのは、着ぐるみを着た友人と、覆面をかぶった友人の顔。そして、助けたい少女の顔。 

 ここで自分が倒れれば、ここに来た目的を果たせなくなる。

 なら、勝利の可能性に向かって進むしかない。

 

 

 

「行こうか。《断命絶界陣》」

 

 

 フィガロはーー己の切り札を展開した。

 かつて【絶界虎 クローザー】が編み出しフィガロに使用した切り札。

 オリジナルのそれに劣りはするが、MPはオルスロットを下回っており唯一弱体化しなかったため、問題なく展開できた。

 

 

「……?」

 

 

 オルスロットは疑問に思う。

 《断命絶界陣》そのものに対してではない。攻性斬撃結界自体は彼にとっても既知のもの。

 そもそも彼にとって既知でなければこの世界では使えないが。

 直接ではないが、フィガロの試合を見たことがある故に。

 わからないのは、何故それをここで使うのか、だ。

 あの結界は確かに広域をカバー出来るが攻撃力に欠ける。

 実際AGI型超級職であるトム・キャットのHPを削り切れていなかった。

 ならばこれを守りに使い距離を詰める気だろうか、とオルスロットは考える。

 

 

「甘いわ!《ヒート・ジャベリン》」

 

 

 彼が出せる最大火力の魔法。

 今のフィガロには耐えられない。

 また、広域に展開した結界では単体集中型の攻撃は防げない。

 当たれば確実に死ぬ。

 しかしそれでも、フィガロは止まることはなく。

 

 

「そこまで行くよ」

 

 

 結界を足場に駆け出した。

 

 

「……っ!」

 

 

 オルスロットはフィガロに向かって魔法を撃とうとして、フィガロをとらえられずに魔法を外す。

 速度が落ちているはずなのに、多数の足場を利用し、自由自在に跳ね回るフィガロをオルスロットでは目で追えない。

 さらには《魔法多重発動》で複数魔法を乱射しても当たらない。

 相手がフィガロでなければ当たっていたはずだが、悉く避けられる。

 撹乱した上で弓で射撃するのか。

 あるいは接近戦に持ち込むつもりかとオルスロットは考え、手を打つ。

 

 

「《クリエイト・フロストゴーレム》」

 

 

 オルスロットは、氷結の守護者を呼び出す。

 だがそれも、意味をなさない。

 自身に鎧のごとく纏うならともかく、三次元機動で接近してくる相手にモンスターで受けるのは難しい。

 自身もモンスターも鈍足であればなおさらだ。

 加えて、かく乱するためか、フィガロの動きは読みづらい。

 ただ単に最短経路をかけるのではない。

 むしろ、不規則に走り、跳躍し、時には腕を使って移動する。

 人というより、サルの移動方法に近いかもしれない。

 まさに獣のふるまいだが、フィガロはそれを気にするような手合いではない。

 戦いのためなら、ちぐはぐ装備だろうが半裸にだろうが、なる男だ。

 見栄えを気にするはずもない。

 だんだんと彼我の距離は縮まり、ついに。

 

 

「ーー追いついた」

「くそっ!」

 

 

 フィガロは完全に、間合いへと入った。

 それは接近戦を可能とする距離。

 オルスロットは逃げようと、距離を取ろうとする。

 

 

「《ファイアーボー」

「させないよ」

「がっ!」

 

 

 《瞬間装備》した槍による攻撃。

 攻撃力が足りず、HPを削り切るには至らない。

 また先ほどの結界の展開でMPは尽き、装備スキルも発動しない。

 しかし、それは的確に相手の喉を突き、スキル宣言と動きを止めた。

 

 

「--■■■!」

 

 

 フィガロは槍を捨て、同時に《瞬間装着》で防具の大半を捨て、鉤爪のついた手甲を装着する。

 特典武具でこそないが、彼が扱う武具の中でも最高レベルの品。

 先日伝説級の虎を討伐した時、報酬としてもらった素材で製作された代物、それを今、身に着ける。

 刹那、フィガロの目が赤く光る。

 《フィジカルバーサーク》、アクティブスキルを使えなくなる代わり、ステータスを大幅に引き上げるスキルを起動する。

 SPも下がっているため今この時まで使用していなかった。

 

 

 そして今この時こそ、使うべきだとフィガロは判断した。

 

 

「ヒィッ!」

「-ー■■■」

 

 

 事ここに至ってなお、オルスロットは往生際悪く逃げようとする。

 しかし、足が動かない。

 フィガロの攻撃による生理的な怯み以前に、完全に気圧されてしまっている。

 それもそのはず。

 彼の<エンブリオ>による戦術は、一切の想定外を許さないというもの。

 それ自体は強力な戦術であり、それこそ王国内でも彼に勝てるものはまずいなかっただろう。

 しかし、それにもかかわらず、フィガロは彼の才覚とひらめきによって彼に想定外をもたらした。

 反応も対処も、できるはずがない。

 自身の対人戦術が通用しない(フィガロ)に対して、心がすでに負けてしまっている。

 速度と攻撃力に特化した今のフィガロを振り切ることもしのぎ切ることもできはしない。

 そうして、フィガロの爪がオルスロットのHPをすべて削り切った。

 

 

「……アア」

 

 

 自身の死によって、クトゥルフもオルスロットのアバターも、光の塵へと変わっていく。

 散り際に彼ーー天音久遠が思ったことはただ一つ。

 

 

(理不尽だ……)

 

 

 

 To be continued




ちなみに《クトゥルフ》敗北時のペナルティは一定時間のステータスデバフです。
デスぺナしても無駄です。
またカウントされます。


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爪牙を振るえ、獣共、混沌の神を討つ為に 其の三

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 □■<這いよる混沌>本拠地手前

 

 

 フィガロがオルスロットによって引きずり込まれた時、シュウたちはすでにアジトに止めてあった馬車を強奪していた。

 フィガロによって構成員の大半がデスペナルティになったことで、邪魔が入らなかったのは救いである。 

 

 

『何とかなりそうワン』

「そうみたいですモグ」

『あとは、サンラク達と合流して――バルドル』

『了解』

 

 

 突如、シュウの指示によってバルドルが砲撃を再開。

 ただし今度は狙いをきちんとアジトの入り口に定めた状態でかつ、最も威力の高い徹甲弾でだ。

 当たれば、亜竜どころか純竜さえ無事とは言えないだろう攻撃。

 

 

「おーう、これはすごいねえ。戦車なんて初めて見た」

 

 

 しかしそれは当たる前に、<這いよる混沌>本拠地の入り口から出てきた何者かによって弾き飛ばされた。

 それは一人の男だった。

 顔がトラに似た肉食獣の顔であることから、おそらくレジェンダリアやギデオンに多くいる亜人の類なのだろうとシュウは推測する。

 シュウは眼前のものに《看破》を使うが。そのステータスは見ることができない。

 相手のレベルが相当に高いのだろうということがわかる。

 いや、そうでなくても相手の身のこなしや雰囲気でわかる。

 わかってしまう。王都アルテアで、王国最高戦力とされる同類(・・)を見たことがあるから。

 <DIN>やサンラクから得た情報だけでは不足だったのだと。

 

 

「二人いたのか――<超級職(スペリオル・ジョブ)>」

「正解。俺は【掻王(キング・オブ・スクラッチ)】のタロン。短い間だろうけどよろしくな」

 

 

 爪拳士系統超級職であると宣言した男は、爪を付けた腕を伸ばして(・・・・)攻撃してきた。

 

 

『っ!バルドル!』

『了解』

 

 

 戦闘開始と同時、主の意をくんだ戦車(バルドル)は砲撃を加える。

 戦闘開始から動かぬ【掻王】の体ではなく、シュウ自身へと。

 

 

「ほう……」

『ハッ、どうよ』

 

 

 砲撃の直後、タロンは彼の腕が千切れ飛んでいることに気付いた。

 タロンは慌てることもおびえることもなく状況を分析する。

 

 

(おそらく【救命のブローチ】のような致命ダメージ回避アイテムを使って生存、なおかつ【ブローチ】を警戒して俺の腕を捥ぎに来た、か。やられたな)

 

 

 一見【救命のブローチ】を破損したシュウのほうが不利にも思えるが、《タイガー・スクラッチ》のような多段判定攻撃を使う彼を相手にするならブローチはほとんど用をなさないのだ。

 加えて彼が両手に装着していた爪――伝説級特典武具が破損してしまっている。

 いずれ修復するにせよ、今この状況では使えない。

 ゆえに最初の一合はシュウに軍配が上がる。

 

 

「ま、腕は無事(・・・・)なんだがなあ」

 

 

 

 しかし、【掻王】の途中でちぎれた腕は再生(・・)した。

 彼の腕は【生命王】トゥスクがほどこした《生体改造》によって改造が施されている。

 寿命を削るわけにもいかないため《主体改造》ほどではないが、それでも<超級職>のスキル。

 腕の伸長と、腕限定の形質復元能力を与えている。

 他の部位はともかく、腕は切り落とされようが燃えようがたちどころに修復する。

 

 

(さて問題は、あいつらがこっから何をするつもりなのかだなあ)

 

 

 特典武具という自身の手札を一つ潰されたにもかかわらず、タロンには危機感はない。

 彼は理解しているから。

 一度限りの戦闘ならば、<マスター>程度には負けないだろうと。

 彼らは基本的に万能の適性と固有スキルである<エンブリオ>、そして不死性を持つ。

 しかしそれはいずれも脅威になりえない。

 <エンブリオ>の種はおおよそ暴いた。MPの供給なしに動かせる戦車は強力だが、どうとでもなる。

 不死性は言うまでもなく一度きりの交戦では脅威にならず、万能の適性があろうとも上級職相手ならどうとでもなる。

 加えて、不死身だからか、<マスター>は誰もかれもが技巧が稚拙だ。

 自分にかなうはずがない。

 それこそ一度きりの戦闘に限れば、【猫神】相手でも負けるとはタロンは思っていなかった。

 

 

 それは実力に由来する自信。

 この身はただ一人……かつてレジェンダリア最強と呼ばれた男(・・・・・・・・・・・・・・・)以外に負けたことなどないのだから。

 両腕を切り落とされ、HPの大半を削られて、それでも逃げ延びた。

 【生命王】とは、タロンの目的は違う。

 彼はただ強さを。

 そのために彼に協力していた。

 

 

 □■<這いよる混沌>本拠地内部

 

 

 シュウの砲撃と、フィガロの存在。

 それらによって生じた隙を突き、サンラクは見事レイを抱えて本拠地内に潜入した。

 ステラから安く買い取った幻術の【ジェム】を使うことで他者の目を欺いたこと、そもそも常人では反応できないほどに速度が速かったことから気付かれずに済んだ。

 なお、レーダー系の能力を持った<マスター>がいたが、不運にも状況を報告する前にどこかの戦車による流れ弾でデスペナルティになっていたため、サンラク達の侵入は発覚せずに済んでいる。

 ある程度の人数がいることはわかっていたはずだが……戦車が複数人で運用するものという常識にとらわれていた、<マスター>たちは気づけなかった。

 

 

『《製複人形(コンキスタドール)》』

 

 

 サンラクがスキルを宣言すると同時、腕輪ーー彼の<エンブリオ>が輝き、半裸の鳥頭はレイ達よりも少し先に進む。

 そして、彼等は随分と広い部屋に出た。

 

 

『発見。捜索対象と思われる子供を発見』

「《看破》によると、この子で間違いないみたいですね」

 

 

 サンラク達は縛られた人間の集団を……その中にいる目的の少女を発見していた。

 《看破》で見る限りは話に聞いていた、救助対象の子供で間違いないだろうと判断できた。

 

 

『なんというか、思ったほどモグラっぽくないな。チョウチンアンコウみたいに性別で見た目違う感じか』

『疑問。その例えはどうなのですか?』

 

 

 見た目どころか大きさが別の生物ではないかと思えるほど異なる生き物を例に挙げるのはどうなのかとキヨヒメは思った。

 ちなみに地球はおろか海すら見たことのないキヨヒメだが、チョウチンアンコウについては知識としては知っている。

 レイの記憶から……もとい彼女が陽務家に押しかけた際に食したチョウチンアンコウとその場で聞かされた蘊蓄がその情報源だ。

 斎賀玲の中にある魚の知識の九割がたは楽郎とリンクしているのでさもありなん。

 

 

「とりあえず、全員運びましょうか」

『同感。私も手伝いましょうか?』

「薬で眠らされてるなら、一応解毒薬はありますけど」

 

 

 状態異常への対策の重要性を把握しているーーどこかの<UBM>と交戦したことで把握させられたレイたちはある程度の備えはしている。

 

 

『いや、いったんおいていこう』

 

 

 サンラクだけが反対した。

 鳥面の目は、前方の扉を見ている。

 

 

『まだ、問題のリーダーに出くわしてない。そいつを倒してからでも遅くない。というか、多分あそこにいる』

 

 

 

 サンラク達の視線の先は、最奥部の部屋に向けられていた。

 

 

 ◇

 

 

「やあやあどうも。ちょっとそこをどいてもらえるかな?これからちょっとここを出る予定だからさ」

 

 

 最奥部の部屋を開けたその先。

 まるで、日常会話のような気軽な声だった。

 サンラク達の目の前にいるのは、奇妙な男。

 荷車を押す、牙を生やした亜人と思しき人型の異形。

 紋章はなく、間違いなくティアンだとわかる。

 

 

「貴方がここのリーダーですか?」

「うん、そうだよ。自分は<這いよる混沌>のオーナー、【生命王】トゥスクさ」

 

 

 男はあっさりとそう名乗る。

 自分が野党クランの長であると。

 そしてその直後、トゥスクは行動を起こす。

 

 

「《喚起》ーー【五色頭竜】、【捕食泥濘】」

「え?」

『レイ!とりあえず特殊弾を――』 

 

 

 宣言と同時、荷車から二体のモンスターが出現する。

 男に呼び出された二体のモンスター。

 それらは、いずれもキメラだった。

 地竜を素材とする胴体と天竜を素材としている五つの頭を持ち、それがすべて別のドラゴンから構成されている、ドラゴンベースのキメラである【五色頭竜】。

 体積の大半をスライムで構成しつつも、内部には小型のゴーレムが存在し、子宮の中にいる胎児のようなキメラの【捕食泥濘】。

 五つ首のキメラが、その首の一つをレイへと伸ばしーー。

 

 

『あ』

 

 

 咄嗟にレイをかばって突き飛ばした、半裸の鳥頭が食いちぎられて木っ端みじんにーー光の塵になった。

 

 

 To be continued





カッツォ誕生日おめでとうございます!(なお出番)


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爪牙を振るえ、獣共、混沌の神を討つ為に 其の四

 ■PAST・とある犯罪組織について

 

 

 <Infinite Dendrogram>内部においても、犯罪組織というものは数多存在する。

 有名なものは黄河にあるマフィア<蜃気楼>だが、それ以外にも天地の野党やグランバロアの海賊など、国地域を問わず様々な犯罪組織がある。

 歴史をさかのぼれば、国や地域を問わず様々な犯罪者が徒党を組み、数えきれないほどの犯罪組織を生み、そしてその大半が消えていった。

 モンスターや国軍などの様々な理由で消えていった犯罪組織の中の一つが、<混沌の神々>というレジェンダリアの犯罪組織である。

 彼らは数も多かったが、何より多数の実力者ーー超級職に就いたティアンを有しているのが最大の長所であり、討伐しようとするレジェンダリアの国軍からすれば最悪の難点だった。

 他者の蹂躙と自己の強さの顕示を何よりも望む驕慢の殺人鬼、【搔王】。

 強者との斬りあいを望み、強者とみれば人もモンスターも関係なく挑む【剣姫】。

 ただ姉の【剣姫】を慕い、敬愛を以て付き従っていた【超戦士】。

 呪術の研鑽を信条かつ最優先事項とし、そのために実験台やコストとして数多の命を犠牲にしてきた【呪術王】。

 レジェンダリアの政治体制に反発し、国家転覆を望んだ【闇王】。

 生命の改造や創造を己の最上の趣味とし、遍く生物を弄ぶ研究者であり生命の神秘を探らんとする探究者、【生命王】。

 

 加えて、超級職についていない者の中にも、実力者が多数いた。

 それこそ五〇〇レベルをカンストしたものも十名を超えている。

 本当に、国を亡ぼすことができたかもしれないといえるほどの戦力がそろっていた犯罪者集団。

 それこそが<混沌の神々>であった。

 

 

 しかし、その<混沌の神々>は二十数年前に壊滅している。

 たかが六人のティアン(・・・・・・・)の手によって。

 ”幻兎”【幻姫】サン・ラクイラ。

 ”濁流統制”【泥将軍】ルーピッド。

 ”狼王”【超騎兵】ロウファン。

 ”愚者”【杖神】ケイン・フルフル。

 ”六大発明”【神器造】ルナティック。

 そして何より――”六刃””魔境最強”など様々な通り名で呼ばれ、畏れられた【修羅王】イオリ・アキツキ。

 ”神殺の六”と呼ばれた一組のチームによって、当時国内、いや世界最大規模の犯罪組織は滅ぼされたのだ。

 

 

 ”神殺の六”の攻撃によって、構成員の九割以上が死亡。

 <混沌の神々>は壊滅してしまった。

 ごく一部生き延びたものの中に、【生命王】トゥスクと【掻王】タロンも含まれる。

 彼等二人は誓った。

 いずれレジェンダリアにーー”神殺の六”に復讐しようと。

 

 

 トゥスクは理解している。

 別にタロンはレジェンダリアや”神殺の六”が憎いわけではないのだろうと。

 彼はただ殺しがしたい、そして戦果をひけらかせる仲間が欲しいという理由で<混沌の神々>に所属していたし、組織名と制度が変わった今でもそれは変わっていない。

 しかし、その点では、トゥスクも彼と大した違いはない。

 

 

 彼は人もモンスターの区別もなく、生命の神秘に触れるのが好きだった。

 人はそれを狂気と呼んでも、彼は止まれなかったし止まる気はなかった。

 そうして研究を極め超級職へと至り、いきついた先で、彼は仲間を得た。

 誰もかれもがろくでなしで、狂っていた、混沌の集団。

 それが居心地がよくて、そこでずっと研究を続けられれば良かった。

 だから、それが壊された時。

 研究で生み出したキメラやホムンクルスがすべて【神器造(ルナティック)】の作り出し運用する兵器によって塵と化し。

 仲間の大半は、【泥将軍】と【幻姫】の広域制圧・殲滅戦術によって蹂躙され。

 【呪術王】は【杖神】に殺され。

 リーダーでもあった【闇王】は【超騎兵】によって討たれ。

 【掻王】、【剣姫】、【超戦士】は【修羅王】に三人がかりで敗れ、姉弟は諸共斬られた。

 【掻王】はどうにか逃げ延びたが、両腕を切り落とされていた。

 あの時、

 思ったのだ、許せないと。

 誓ったのだ、報復してやると。

 あの時からさらにレベルを上げ、スキルを開発し、加えて強力な手駒をそろえた。

 オルスロットたちと組んだのも手段の一つだ。

 不死身の<マスター>と組んだことで、より効率が上がった。

 今ならば、”神殺の六”に報復できると考えた。

 

 

 ◇

 

 

「よう、トゥスク。オルスロットが今<マスター>一人と戦ってるなあ。決闘ランカー、来た奴らの中のエースだろ多分」

「……そうか。潮時だね」

 

 

 オルスロットなら決闘ランカーであろうと勝つ可能性は高かったが、この時点でオルスロットの勝敗は問題ではない。

 むしろ、このアジトの位置が割れてしまっていることこそが問題だ。

 ここで<マスター>たちを撃退したとして、すでに位置が割れているのならば討伐や強奪のために<マスター>や冒険者が来るだろう。

 最悪、あの”化猫屋敷”が来てしまう可能性もある。

 正々堂々の決闘ならともかく、何でもありの野戦でかの増殖分身の使い手に勝つのは不可能だとトゥスクは見ていた。

 ……タロンはそう思っていないかもしれないが。

 

 

「侵入者撃退後は、待機していてよ。準備を済ませたら私も出る」

「いいのか?」

「構わない。契約ももうすぐ切れるタイミングだったからね」

 

 

 裏切り防止のためにトゥスクとオルスロットの間で取り交わされた【契約書】は、一週間ごとという有効期限が設定されていた。

 それは状況に応じて契約内容を修正するため、というのもあったが、本命はこうして都合が悪くなった時に逃亡するためでもある。

 こうして所在が割れている以上、もうここでの活動は無理だ。

 オルスロットには場所を伝えて本人が望むならば合流。

 望まないならば、王国を離れて別の場所で活動する。

 あくまで協力関係ではあるが、それでも彼にとっては仲間であり、彼等の不利益になるような行動はとりたくなかった。

 

 余談ではあるが、長期間王国やカルディナで、それも人目を避けて隠れ住んできた彼らは”神殺の六”が壮健であることを疑っていない。

 彼は”神殺の六”の多くが死んでいるまたは消息不明であることを知らない。(そもそも【超騎兵】と【幻姫】については公になっていない部分も多いので知るはずもないが)

 ゆえに彼らの復讐は完全に実を結ぶことは絶対にあり得ないのだが……その様なことはトゥスクには知る由もなかった。

 

 

「うーん、まあ何とかなるだろう。何しろ三体とも伝説級相当のモンスターだし、迎撃には十分でしょ」

 

 

 生命の支配者は、気楽にそう独り言ちた。

 半裸の鳥頭たちが彼のいる部屋に突入したのは、それから一分後のことだった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「キヨヒメ!」

『ーー承知。特殊弾発射』

 

 

 半裸の鳥頭が吹き飛ばされた直後、サイガ‐0は即座に動いた。

 魔力式狙撃銃(キヨヒメ)を構えて、サンラクの指示に従い上級進化で手にした特殊弾を発射。

 五頭の竜には着弾し、泥濘のキメラには《魔力吸収》によって吸収された。

 レイは、とりあえず距離を取ろうとするがそのままキメラが攻撃しようとして。

 

 

『隙ありなんだよなあ!』

 

 

 サンラクが(・・・・・)、トゥスクに対して強襲をかけた。

 

 

「ぶあっ!」

『おらあっ!』

 

 

 半裸の鳥頭――サンラクが両手に持った双剣を振るう。

 喉を裂き、心臓を貫き、目を切り裂き、同時に蹴り飛ばす。

 トゥスクは部屋の奥にぶつかって止まった。

 明らかに致命傷だった。

 対して――サンラクは無傷、どこにも怪我はない。

 そのままレイの傍まで戻る。

 

 

「サンラク君!」

『おう、レイ』

 

 

 

 種を明かせば、サンラクの<エンブリオ>のスキルによるものだった。

 ケツァルコアトルが第四形態で獲得した金色の腕輪ーー【形厄輪】のスキルは一つ。

 《製複人形(コンキスタドール)》は、複数の効果を併せ持ったスキルだ。

 第一に、サンラクそっくりなデコイの生成。

 見た目はもちろんのこと、《看破》さえも偽れる。

 ただし攻撃力は一切なく、さらに言えば一撃でも喰らえば砕け散ってしまう。

 AGI(機動力)のみが本体と同等だ。

 二つ目は、本体の隠蔽。

 本人の存在を隠蔽する。

 強力なスキルではあるが、欠点もある。

 一つ目はコスト。

 スキルを一度発動するために、HP上限の半分をコストとする必要がある。

 かなり重い条件ではあるが、そもそもHPの少ない彼にとっては大したことでもない。

 むしろMPやSPではないため有難いくらいだった。

 二つ目は、痛覚。

 スキルを発動している間、痛覚をオンにしなくてはならないという条件がある。

 そして痛覚は分身のほうに移る。

 つまり、デコイが破壊されるとき、体がバラバラに砕ける(・・・・・・・・・・)痛みを感じるということだ。

 それこそ常人なら発狂しかねないほどの痛み。

 本来ならばとても使えないが、サンラクであればそのデメリットはないといってもいい。

 かつて致命傷が当たり前の、痛覚ありのゲームをプレイしていたのだから。

 そして結果として、新たに獲得したスキルがはまり、トゥスクをぶっ飛ばすことに成功していた。

 しかし。

 

 

『あれ、本体ぶっ飛ばしてもモンスター消えないな』

「どちらも無傷ですね……」

『屋内。屋外なら【火傷(・・)】しやすかったでしょうが』

 

 

 サンラクの想定では使い手を倒せば、どうとでもなると思っていたのだが当てが外れてしまった。

 いまだに二体ともこちらに敵意を向けている。

 先ほどのデコイと攻撃を警戒しているのか、こちらに攻撃をしてくることはないが、それで安心できる状態ではない。

 サンラクは理解している。目の前にいる相手がどちらも伝説級ーーあの【ロウファン】と同等かそれ以上の相手であるということに。

 さらにサンラクは先ほどの攻防でHPの半分を失っている。

 状況はすこぶる悪いが、それでも。

 

 

『レイ、キヨヒメ』

 

 

 レイは気づいていた。

 覆面を付けていて、表情などわかるはずがないのに。

 そもそも、前を向いているから顔が見えないのに。

 それでも彼の表情がわかる。

 だって、それが彼だから。

 彼女が欲し、求め、何より憧れた人の在り様だから。

 

 

 

『ーーやろうぜ』

「はい」

『了解』

 

 

 鳥面の怪人は、不敵に笑って怪物に挑む。

 

 

 To be continued




・《製複人形(コンキスタドール)
 わかりやすく言うと「みがわり」。
 ちなみになぜこんなスキルになったかといえば、ケツァルコアトルが冶金の神でもあるから。
 鉱石などから有用な金属を生成することで金属を生成することを冶金というが、そこから派生して、「良いものと悪いもの(奇抜な見た目と痛覚)を分けるスキル」が生えた。
 いうまでもなく元ネタは【ウツロウミカガミ】。

・”神殺の六”
 また出てきたけどこいつら色々やってるトンでも集団。
 その中でも飛びぬけてヤバいのが【修羅王】。
 詳細は追々。
 
 


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爪牙を振るえ、獣共、混沌の神を討つ為に 其の五

感想、評価、誤字報告、お気に入り登録などありがとうございます。
二日連続更新です。
明日も更新できるよう頑張ります。


 □■<這いよる混沌>本拠地最奥部

 

 

『推測。あのバリアは、魔法を素通りさせていました。おそらくは物理防御に特化した、キメラ特有のENDの低さを補うバリアだと推測します』

『そっか、となると俺じゃキツイか……。レイ、ドラゴンは任せた。俺は赤ちゃんもどきを倒す』

「任されました!」

『承知』

 

 

 いや、球状の液体ん中入ってる人型ってもうあれにしか見えんのだよ、とサンラクは内心でつぶやきながら、【捕食泥濘】へと向かっていく。

 

 

「「「「「GUUUUUUUUUU」」」」」

 

 

 そちらを無視して、【五色頭竜】はサイガ‐0へとブレスを吐こうとする。

 それは、異なる属性のブレス。

 物理防御バリアを張る中央の首以外は、すべてが異なる属性のブレスを使用する。

 炎、雷、闇、風の四種類。

 それら一つ一つが純竜と同等かそれ以上の出力である。

 後衛ゆえ肉体的ステータスの貧弱な彼女では、かすめただけでも死に至る。

 レイを狙うのは、その肉体ステータスの弱さを見抜かれたか。

 あるいは、先ほどの特殊弾でダメージを負わなかったことから、弱いと判断して先に消そうと判断したのかもしれない。

 いずれにせよ当てれば必殺のブレスが、まさに放たれようとして。

 

 

「「「GUU、A?」」」

 

 

 放たれる前に、左側二つの首が爆発し、胴体も含めて左半身が炎上した。

 

 

「「「GU、GUAAAAA!」」」

 

 

 残る二つの首も体の大半が破壊し炎上する痛みに発狂し、ブレスを吐くどころではない。

 かろうじて物理防御のバリアは保たれていたが。

 【五色頭竜】は残った三つの脳をフル回転させて原因を探る。

 いったい、何をされたのか。

 遅効性の爆発魔法でも仕込まれていたのか。

 こちらの観測できない手段で何らかの攻撃を加えたのか。

 そもそも物理防御力を犠牲にしてまで得た魔法や炎熱への耐性をどうやって突破したのか。

 何もわからない、わかるはずもない。

 【五色頭竜】の炎上の原因の半分が、自分自身の攻撃――自爆(・・)であるなどわかるはずもない。

 

 

 

 

 突然の自爆、しかしそれはキメラの不具合ではなく、別の原因によるもの。

 そしてそれこそが、キヨヒメが上級進化で獲得したスキル。

 その名を、《恋獄降火(メルト・ダウン)》という。

 《燻る情火(ディレイ・ボム)》同様、事前にMPを込めておくことで生成される魔力式の弾丸だが、まるで中身が違う。

 《恋獄降火》は相手に対して一切のダメージを与えるものではない。

 ただ単に――炎熱への耐性がなくなる(・・・・・・・・・・・)というだけの話だ。

 のちに王国の中でも最も恐るべき<超級エンブリオ>に至るものと同じ、耐性の消去。

 まして《恋獄》は炎熱耐性の消去に特化しており、その点においては<超級エンブリオ>のスキルをしのいでいる。

 熱への強力な、それこそ上級奥義を軽症でしのぐほどの耐性を持つはずの竜であっても、自らの炎のブレスで自爆する。

 屋外であれば、日光に耐えきれず大抵の者が【火傷】の状態異常になる。

 さらに複数打ち込めば、体温に耐えきれなくなり自壊する。

 追尾と追撃を能力特性にしている<エンブリオ>にふさわしい能力だ。

 魔力を魔法へと変する魔力式銃器としてはあり得ない効果のように見えるがそうではない。

 これもまたあくまで魔法の一種。

 【呪術師(ソーサラー)】などが使うデバフ魔法に分類されるのだから。

 

 

 それは、彼女が望んだ力。

 前衛を務めるサンラクのために、より火力で貢献したいと欲して得た力。

 

 

「貴方たちがどれほど強いかは知りません」

 

 

 それは事実。

 彼女程度の《看破》では彼らの実力を測れない。

 ドラゴンが五体つながっているのだから、恐ろしく強いことはわかるが。

 

 

「ですが、どれほどスキルや肉体で強く繋がろうと、私たちにはかなわない」

 

 

 それは、レイとキヨヒメだけの話ではない。

 そもそもがキヨヒメはレイとサンラクの絆故に生まれたもの。

 だから。

 

 

()は、何にも負けません」

 

 

 

 サイガ‐0は、己の在り方を突き付けた。

 そして、キヨヒメを構え、炎熱の弾丸を撃ち込んだ。

 

 

 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 さて、多分あっちのドラゴンはなんとかレイが処理してくれてるらしい。

 うわ、爆発した。

 この部屋めちゃくちゃ広い……それこそ二体のモンスターが普通に収まる程度には広いんだが、それにしたってブレスとか爆発とか……崩壊したりしないよな?

 俺たちはともかく向こうのティアン達がつぶれたら最悪だぞ。

 正直、避難させるべきなんだろうが……。

 

 

『そりゃ無理かあ!』

「SYUOOOOOOOOOOO!」

 

 

 赤ちゃんもどきとの戦闘は、長期戦の様相を呈し始めていた。

 なにせ相手は半分、というか八割がスライム。

 攻撃は変幻自在、液状の体を触手のように動かして攻撃してくる。

 さらに、液状の体を本体から放して様々な方向から攻撃してくる。

 どうも距離に制限がある――一メートルくらいか?本当に短距離しか分かれられないみたいだな。

 あと数にも制限あるっぽい。

 だから避けるのは楽なんだけど。

 

 

『物理無効と魔法無効の両立はバグだろ!』

「「「SYUOOOOOOOOO!」」」

 

 

 ええいうるさい一度に喋るな! 

 

 

 さて、こいつの攻略法は二つある。

 一つ目、抜け穴を探る。二つ目、抜け穴を行く。

 何を言ってるのかわからないし俺もわからないが言わせてもらおう。

 一つ目は、ギミックの打破だ。

 物理無効と魔法無効の両立、それはスライムの物理無効とゴーレムの持つ魔力を吸収するスキルによるものだ。

 確か、レジェンダリアでステラが言ってた気がする。ゴーレムは大気中は地脈の魔力を取り込んで動き出すものがほとんどだと。

 で、スライムの物理無効は確認した通り。

 だからコアになってるベビーゴーレムを物理でぶっ壊して残ったスライムを魔法で削り切る、これが一つ。

 ただこれは不可能。少なくとも俺一人じゃ無理だわ。

 このスライム、消化能力が半端ない。

 普通に斬りつけた双剣が溶けかけてるし、俺のENDじゃ奥のゴーレムに届かない。

 武器を投げても多分届かないだろうな、STR低いし。

 レイにも物理攻撃手段はないし、だから俺が担当してるんだが。

 で、二つ目の攻略法は、今やってるんだが……全然当たらんなこれ。

 

 

『もう十五回目だぞおらあ!はい十六う!』

「SYU」

 

 

 うん?

 あれ、これはもしかしてついに。

 

 

「SYUUUUUUUUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」

『はっはあ!急に焦ってどうしたのかなあ!』

 

 

 

 【双狼牙剣】のスキルの一つ、《呪怨狼牙》は右手の剣で攻撃した相手に【吸命】の状態異常を確率で付与する。

 いやいくら十%とはいえ、試行回数十六回でようやく成功とか、やはり乱数はクソだよクソ。

 【恐怖】になる《恐慌狼牙》はとっくに発動してたんだけどな。

 おかげでだいぶ楽に回避できてるっていう。

 こいつらスタンするときは分体も一緒にスタンするタイプだな。

 多分本体が操ってるんだろうが、正直恐怖抜きでも躱せるくらい単純になってるからよろしくないよな。

 さて、《回遊》による速度強化も含めて、これはもう勝ったといっても。

 

 

「SYUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」

『あ』

 

 

 最悪だ、やりやがった。

 本体が、大量に分体を四方八方にぶちまけた(・・・・・・・・・・・・・)

 一メートルが限界というのは、ブラフではない事実。

 今人間やめたレベルのAGIで動体視力も上がってるから見える、飛び散った分体は離れた傍から消えてる。

 だが、消える前に俺に降りかかる。

 多すぎて、人に躱せるものじゃない。盾を使っても全部は防げない。

 俺が溶けて、デスぺナになれば、レイも死んで、クエストも失敗して、それは。

 

 

『させるかああ!』

 

 

 

 最後の切り札あ!《暴徒の血潮(ライオットブラッド)》起動!

 人に躱せない弾幕をどうすれば躱せるのか、答えは簡単だ。

 人間をやめればいい。

 

 

 種も仕掛けもない。

 ただ単に人間の関節の可動域を超えた挙動をしただけだ。

 それでは体に負荷がかかり、【脱臼】などで動かなくなる。

 その制限を《暴徒の血潮》で無理やりかき消す。

 このコンボによって理論上便秘のような動きも可能になって……いやあそこまでは無理だな。

 デンドロでは飛び散った肉片まで動かせんし。

 

 

「SYOOOOOOO」

『はっ』

 

 

 で、まあ盾と関節をお釈迦にして回避したわけだけど。

 お、ラッキーだね。

 

 

『随分減ったな(・・・・)?』

 

 

 悪いがそこまで体積減ったら、もう削り切っちゃうよ?

 まあ、これ以上何かされてもアレだし……終わりにするか。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ■□???

 

 

 確かに【生命王】の作った怪物は強かった。 

 伝説級UBMと同等以上の存在。

 スペックで言えば、彼等に勝てる道理はなく。

 しかし、それでも。

 

 

 光の塵へと変わっていく二体の怪物。

 そして、すべてを出し尽くして、倒れる男に駆け寄る女と少女。

 どう見ても、それは戦闘の決着

 彼らの勝利だった。




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補足
サンラクの特典武具は確立になるかわり耐性ガン無視します。
普通に【呪術王】の耐性とかも貫通する。
余談
0.9の15乗は大体0.2。


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爪牙を振るえ、獣共、混沌の神を討つ為に 其の六

今回短めです。
次回更新はしばらくお待ち下さい。

感想、誤字報告、お気に入り、評価、ご愛読ありがとうございます。


 □<這いよる混沌>本拠地手前

 

 

 初撃が不発に終わったシュウはすぐに別の策をとる。

 

 

 

『バルドル!煙幕!』

『了解』

「!」

 

 

 戦車が放出した砲弾は、煙幕弾だった。

 あたり一帯にまき散らし、白色の煙が散布される。

 とっさに毒物の可能性を警戒し、タロンは【快癒万能霊薬】を飲む。

 

 

(まあ、いきなりまき散らしたあたり、毒物ではないと思うがね)

 

 

 あの着ぐるみが防毒の可能性もあるから一応飲んではいるけど。

 催涙ガスなども防げるので、本当にこの煙の影響は視界のかく乱だけだ。

 かく乱して距離を置き、遠距離戦に持ち込むつもりだろうか。

 その選択肢は悪くはない、とタロンは思う。

 迷えば、かく乱されれば行動は遅くなる。

 そうすれば絶望的な速度の差を埋めることができるかもしれないのだから。

 実際、【快癒万能霊薬】の服用や思考に回した分も含めて三十秒は稼いでいる。

 だがしかし。

 

 

「無駄無駄無駄あ!」

 

 

 彼は、腕を伸ばして、やたらめったら振り回す。

 視覚ではなく、触覚で、戦車の位置を探り当てる。

 

 

「そこか!」

 

 

 彼は戦車の位置を特定――先程から位置を変えていないことを確認して、戦車の上に登る。

 そこに、着ぐるみとその仲間がいるだろうと信じて。 

 

 

 

「なんだこれは……」

 

 

 そこに穴の開けられたーー誰も中にいない戦車を見た。

まるで、とても強い力で殴った(・・・・・・・)かのように人が通れそうな穴が開いている。

 その穴の意味をタロンが解釈すると同時、バルドルのスピーカーから音声が聞こえる。

 

 

『自爆まであと五秒です。五、四、三』

「くそがっ!」

 

 

 穴を掘って脱出し、なおかつ戦車ごと爆発させる腹積もりなのだと。

 とっさにAGI型超級職ゆえの俊敏さで距離を取ろうとして。

 そうしなかった。

 

 

「浅えよ」

 

 

 背後から迫る人影――狼の着ぐるみに向きなおる。

 そしてその腕を伸ばし、その首をあっさりと跳ね飛ばした。

 そうして、彼は戦車の近くにも空いた穴を見る。

 

 

「なるほど、囮か」

 

 

 音で、動きがわかる。

 そもそもよく考えてみれば、自爆することを教える意味がないのだ。

 自爆戦車は囮。

 本命が近接攻撃なのだ。

 加えて、あの狼人間は、【破壊者】……近接攻撃オンリーのジョブだった。

 遠近両方に対応しているということなのだろうが、それは悪手。

 さらに言えば土と人の匂いがしたから確定。

 おそらくは穴を掘って脱出し、奇襲してきたのだろうが浅知恵でしかない。

 既に意識は穴を掘った着ぐるみの仲間と、オルスロットの交戦相手であるフィガロのほうに向いていた。

 

 

「ーー双砕」

 

 

 だから、背後からの攻撃に気づけなかった。

 それが、致命的な失策であるというのに。

 

 

「あ、え?」

 

 

 一瞬衝撃と声に驚愕し、

 

 

「腕が、無」

「木断」

 

 

 シュウ・スターリングの諸手突きによって両腕が肩から粉砕されたのを知覚して、それでも次攻撃に対する対応は取れず。

 彼の蹴撃によって下半身と上半身を永遠に分かたれた。

 

 

「あ、ぐ!」

「お前のその伸びる腕……肩から生えてるよな。肩ごとぶっ壊せばやはり再生しないか」

 

 

 一度砲撃によって千切れた腕を再生した時の状況から、継ぎ足されたものだとシュウは察した。

 シュウの推測通り、再生は腕のみであり、根元から引きちぎれば再生はできない。

 《看破》でようやくタロンは気づく。

 突如攻撃してきた、インナーのみを身に着けた、鍛え抜かれた肉体を持った長身の男。

 その正体が、先ほどの着ぐるみ、その中身が眼前の長髪の男であるということに。

 

 

 

「お前、どこから?」

「さあな」

 

 

 正解を言えば、シュウが開けた穴の中だ。

 シュウがバルドルをスキル込みの打撃で破壊し、モールが地属性魔法で穴を整形、その中に2人は隠れた。

 そしてさらに穴を拡張し、ばれないよう更なる細工をした。

 

 

「さっきのは、……土人形かよ!」 

「そうです、モグ」

 

 

 もう安全になったことを確信して、戦車から毛むくじゃらのモグラのような男が出てくる。

 それが先ほどのデコイの種。

 地属性魔法の応用として、ゴーレムを作り出すスキルは存在する。

 地属性魔法の秀でたジョブに就いていることを《看破》で知る。

 最も、そんな高尚なものではない。

 ゴーレム――生物を生み出すのではない。

 ただ土を着ぐるみの中に詰めて、無理やり魔法スキルで動かしているだけなのだから。

 一度、偽の策を見破らせ油断を誘い、STRを生かした跳躍で高速移動を行って穴から脱出して、攻撃した。

 

 

「ちくしょお、雑魚が、小細工を……」

「もう勝負がついてるから言うが、お前の敗因はそれだぜ?」

「何?」

「お前は、最初から俺達をなめてかかってた。俺たちに自分の力を見せつけるように、いや見せつけるために悠長な舐めプとプレミ三昧」

 

 

 最初の砲弾をよけずに弾いた時点で、シュウは相手の性格を読んでいた。

 そして、彼の信条である「あらゆるものを使って勝利をつかむ」という言葉通り、仲間である土竜人や相手の弱点さえ利用した策を立てた。

 偽の策を一度見破らせるという、相手の傲慢さを利用した奇襲を。

 初見殺しに特化した<マスター>のことを、タロンは見抜けず、見抜こうともしなかった。

 対して、シュウは完ぺきに見抜いて、それをうまく使って見せた。

 同行者である土竜人が迷わず彼に従ったのも大きい。(付け加えれば、そもそもタロンは他のメンバーが全滅するまで出てこなかったのであり、それも失敗だった)

 それが勝敗を分けたとシュウは言った。

 

 

「さて、これで終わりだな」

 

 

 シュウはすでに変形させたバルドル――腕大砲を装備している。

 ひび割れているものの、最後の一撃ーー《ストレングス・キャノン》を放つには事足りる。

 

 

「ひっ、クソ、クソクソオ!」

 

 

 迫りくる自身の終わりを前にして、しかしタロンには何もできない。

 もとより足を吹き飛ばされ、両腕は引きちぎられている。

 両腕がないからジョブスキルの類は使用できないし、特典武具も、今使用できるものは一つもない。

 【ブローチ】は残っているが、【出血】のスリップダメージでそう長くはもたない。

 実際、【カメオ】はすでに壊れてしまっている。

 彼が詰んでいるのは、誰の目にも明らかだった。

 

 

■???

 

 

 それはどう考えても決着の光景だった。

 【生命王】の作った伝説級モンスター、【五頭色竜】と【捕食泥濘】は死亡し。

 【掻王】は両手足を欠損して戦える状態ではなく。

 さらにほかの構成員たちも既に死亡……光の塵になっている。

 だから。

 ソレは思った。

 ソレは考えた。

 ソレは答えを導き出した。

 ()が、その時(・・・)だと。

 

 

 To be continued



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爪牙を振るえ、獣共、混沌の神を討つ為に 其の七

 ■???

 

 ソレは今まで待っていた。

 ソレの固有スキルの一つ、《固着擬態》によって誰にも気づかれまま。

 目的を果たすには、条件が必要だったから。

 グランバロアである日突然、何の前触れもなく広範囲爆撃を受けて、何とか逃げ延びた。

 その傷をいやすために陸地に潜伏し、さらに身を守るための力を求めていた。

 そして、ソレは力を得るための手段を二つ見つけた。

 ようやく、それを手に入れられる時が来た。

 

 

 □■<這いよる混沌>本拠地・最奥部

 

 

 サンラク達が放置していた乳母車。

 それは木製であり、中が見えないように蓋がされていた。

 中はジュエルや、アイテム等が入っていたアイテムボックスなどだろうとサンラクは推測していたが、中を開けて盗ろうとはしなかった。

 レイやキヨヒメがいる手前……というのもあったが、それ以上にクエストの達成を気にしてのことだ。

 万が一にもフィガロ達が敗れて出入り口をふさがれれば全滅してアウト。

 挟み撃ちが最悪だったために【生命王】達とは交戦したが、撃破した以上、長居は無用だ。

 極論、子供たちを安全な場所まで逃がした後でこっそり回収すればいいのだから。

 閑話休題。

 そんな放置されていた乳母車の蓋をこじ開けて、一人の小柄な男がはいだしてきた。

 童顔も相まって、見た目だけで言えば、子供にしか見えない。

 <マスター>の言葉で言えば、ハーフリンクと呼ぶのが適切だろうか。

 

 

「いやー危なかった、【大将偽装】がいなかったらまずかったね」

 

 

 そう言って、本物(・・)の【生命王】トゥスクは死地から生還したような、安堵の笑みを浮かべた。

 無理もない、本当に間一髪だったのだから。

 彼は、ずっと乳母車に隠れてやり過ごしていたのだから。

 それを達成したのは、彼が身に着けた隠蔽効果の装備品、そして一体のモンスターである。

 

 

 

 彼の保有する三体目の伝説級改造モンスター、【大将偽装】。

 トゥスク本人と同様に見えるよう、ステータスを偽装するスキルと異常な生存能力を持ったモンスターである。

 【双狼牙剣 ロウファン】の状態異常スキルにり患しているにもかかわらずいまだに命脈を保っているのがその証左だ。

 ちなみに、【大将偽装】に戦闘力はほぼない。

 生存力と偽装に秀でた関係上、攻撃力に限れば非戦闘職であるトゥスクと同等なのだ。

 このモンスターは、【修羅王】をはじめとした、「それ以外ならともかく接近戦だと絶対勝てない」相手を欺くためのものだ。

 サンラクたちでは見破れるはずがない。

 

 

(それにしても、とっておきのモンスター二体を失ったのは痛かったなー。流石<マスター>というべきだね)

 

 

 正直、最大戦力のモンスターをあっさりと失ったのは痛い。

 初見殺しとはいえ、さすがマスターというべきか。

 因みにタロンのことは心配していない。

 通信アイテムが壊れたのか通じないのは不可思議だが、あそこにいるのは恐らくあくまで陽動。

 その程度の手合いに後れを取るとは思っていなかった。

 ステータス表示で、生存は確認できているから。

 このまま脱出してタロンやオルスロットと合流すればいい。

 アイテムや前の部屋に放置していた素材(・・)は惜しいが、逃げ延びることが最優先だ。

 それならば、逃げ切れる。

 またやり直して、”神殺の六”への復讐の準備を整えればいい。

 実際ーータロンも含めて動けるものが彼以外にいない現状――それが可能かどうかは別として、トゥスクはそう考えていた。

 そう考えて、歩き出そうとして。

 

 

「うん?」

 

 

 ーー歩けなかった。

 がっちりと左足を拘束されてしまっている。

 サンラク達ではない。

 その束縛は、人間の手によるものではない。

 そう、手によるものではない(・・・・・・・・・・)

 彼の動きを封じているのは、()だった。

 床ごと地面を突き破って生えている、一本の足。

 骨のない弾力のある質感。

 そこには丸い吸盤がびっしりとついている。

 ぬめぬめとした粘液を身にまとっている、それはタコの足だった。

 【生命王】の体に、いつの間にかタコの足が絡みついていた。

 いや、それをタコの足と呼んでいいのだろうか。

 銀色の金属光沢のある、切り株のように太いそれを。

 

 

 いや、それは問題じゃない。

 いったいどこから現れたというのか。

 なぜ今まで気付けなかったのか。

 索敵特化のモンスターも元々あちこちに配していた。 

 それに亜人由来の感知能力を持つタロンだっている。

 なのにどうして、こんなものがいるのか。いながら気付けなかったのか。

 

 

「……え?」

 

 

 トゥスクは気づく。

 タコの足に、裂け目がある。

 いや違う。裂け目ではない、口だ。

 なぜ口があるとわかったのか。

 それは、口が開いたからだ。

 では口がなぜ開いているのか、それは。

 そこまで考えたところで、【生命王】トゥスクは触手に噛み砕かれて(・・・・・・)

 彼の意識はそこで永久に途絶えた。

 それはサンラク達のすぐそばであった。

 

 

 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 そこそこの人数が囚われていたらしいが、何とか無事運び出せそうだ。

 というか、あれだよな。

 さっきのモンスターとか考える限り、多分マッドサイエンティスト的なあれだろ【生命王】。

 放置してたらキメラの材料にされてたんじゃないか?

 そういうの、あるあるだからなあ。

 というか、お願いだからキメラにされた村人の死に顔を踏みつけながら死を悼むようなセリフを吐くんじゃねえよ邪神(フェアカス)がよお……。

 思い出したら腹立ってきた。落ち着け、落ち着け、ソークール。

 とまあ、そんなことを考えながら、アジトの出口が見えてきて。

 その時感じたのは、いやな予感。

 《殺気感知》の類ではない、自身の経験と感覚によるものだ。

 とっさに後ろを振り返ると。

 巨大なタコの足――触手が地面から飛び出していた。

 

 

「これは……」

『レイ!いったん走って!』

 

 

 理由はわからんが、とりあえずここから出たほうがいい。

 子供を抱えて、撤退した。

 直後、穴の奥から、咀嚼音(・・・)が響いた。

 さらに、触手が伸びて俺達を通り過ぎ、転がっていた瀕死のティアンをとらえた。

 そして触手は戻っていき。

 

 

「その触手を潰せ!」

『了解』

『え?』

 

 

 聞き覚えのある声とともに、触手に砲撃が加えられる。

 しかし、バルドルの砲火では断ち切れず、俺達がその言葉に反応するより早く触手は戻っていき。

 また咀嚼音と、今度は悲鳴が聞こえた。

 外にいたのは、フィガロ、土竜人、そして黒い長髪の男。

 多分シュウだろうな。

 

 

『フィガロ、それにシュウ……だよな?何があった?』

「そうだな。色々あったが、今はそれについて語る余裕はない。非常にまずいことになった」

「まずい、と言うのは?」

 

 

 シュウは、今まで見たことはない程に深刻そうな顔と声音だった。

 まあ、今まで顔を見たことはなかったけど。

 雰囲気だよ雰囲気。

 

 

「<Infinite Dendrogram>にはな、リソースっていう概念がある。まあざっくり言えば経験値のことなんだが、いろいろ説明を省略するとティアンは経験値効率がいいらしい」

『ああ、らしいな』

 

 

 それ自体は、ティックから聞いて知っている。

 経験値を稼がせてもらった時、ついでみたいな口調で言ってたからな。

 まあ、流石に都合よく指名手配のティアンがいるわけでもなかったので、その手段はとれなかったわけだが。

 だからモンスターは人を襲うことが多いのだとも聞いたけど・・・・・・あれ?

 そもそもこういうパターンってゲームでお約束のパターン。

 

 

『なあ、もしかしてなんだけど』

 

 

 

 猛烈に嫌な予感がするなと思いながら、俺はシュウに尋ねる。

 着ぐるみを脱いだことによって露になった整った顔立ちに、苦い表情を浮かべて説明を続ける。

 

 

「サンラク、多分その予想は当たってると思うぜ」

「どういうことだい、シュウ」

「つまりだな」

「もし莫大な経験値(リソース)をレベルとして蓄えている超級職のティアン、そいつを捕食したモンスターがいるとしたら」

「『『「…………」』』」

「しかも元から俺達に気配を悟られないほどの強力なモンスターだとしたら……どうなると思う?」

「『『「……………………」』』」

 

 

 シュウがそれを言い終わると同時、アジトが崩れた。

 そして、アジトだった瓦礫の山から、そいつ(・・・)が現れた。

 

 

 ■???

 

 

 突如、サンラク達にとっては突如現れたソレは巨大な怪物だった。

 金属光沢で覆われた、八本の足。

 それらの先に付いた、丸い頭部。

 一言で表せば、巨大な蛸。

 しかし、決してソレはそのような言葉だけで片付けていいものではない。

 ソレの名前は【擬混神 エンネア】、伝説級の<UBM>ーーだった(・・・)もの。

 今は違う。

 

 

「……最悪だな」

「これは、すごいね」

『……クソが。なんで、よりによってこのタイミングで強化イベント系特殊行動があるんだよ……!』

「…………」

『……怪物』

 

 

 ソレを見たものへの感想は様々。

 されど、ソレの評価はみな同じ。

 今のソレは、<超級職>のティアン二人を狙い通り喰らったソレは。

 古代伝説級(・・・・・)<UBM>、【擬混沌神 エンネア】 。

 --この場にいる誰にとっても、未だかつてないほどの強敵(化け物)がここにいた。

 

 

 To be continued



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爪牙を振るえ、獣共、混沌の神を討つ為に 其の八

間に合いました。
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 □■数分前・<這いよる混沌>本拠地手前

 

 

 つい先日まで王国最大の野盗クランであった<這いよる混沌>。

 多くの戦闘能力に秀でた<マスター>を抱え、さらに二人の超級職がいる。

 いまだ超級職にも<超級エンブリオ>にも至った<マスター>がいないアルター王国では間違いなく最強の犯罪者集団であった。

 しかし、もはや見る影もない。

 多くの<マスター>は主に二人のランカーの活躍でデスペナルティに追い込まれ、二人の超級職ティアンさえも撃破されてしまっている。

 

 

「…………」

「あの、この人、死んだんですモグ?」

「死んじゃいねえよ、まあ、もう何もできないだろうけどな」

 

 

 腕を失い、下半身を砕かれて。

 【掻王】タロンは、既にその意識を手放していた。

 心が折れたのではない。

 大量の【出血】により【気絶】したのだ。

 常人よりは高いENDとHPでかろうじて死亡は免れているが、<マスター>とは違い精神保護もないティアンの身ではもはや何もできはしない。

 

 

「お、あいつも終わったみたいだな」

「?」

 

 

 シュウは何かを察したのか、入口の方を見る。

 つられたモールも状況がわからないままそちらを見る。

 何もないところから、虹色の光があふれる。

 光が収まると、そこには一人の男ーーフィガロがいた。

 どうやらかなりのダメージがあるようで、ポーションを体に振りかけながら亜音速でシュウのほうへと駆け寄ってくる。

 

 

「待たせてしまったね、ここはもう片付いたのかな?」

「おう、そっちも大変だったみたいだな。お疲れフィガ公」

「うん、なんとか勝てたよ。シュウも勝った……ということでいいのかな?」

 

 

 フィガロは、シュウと近くに倒れているタロン、そして周囲に彼ら以外誰もいないことを気配で察してから確認する。

 ちなみにフィガロを見た直後、シュウはバルドルを紋章に戻している。

 それはフィガロが戻ったからだけではなく、《看破》したタロンの残りHPがもはや死の間際だったからだ。

 撃たなくても、もう死ぬだろうし死ぬ直前に何かできる様子もない。

 【出血】の副作用なのか、もう意識もはっきりしていないようだ。

 であれば、タロン以外に対応するために形態をリセットする必要があった。

 戦いは、ここだけで終わるとは限らないから。

 シュウは本拠地を見ながら、フィガロに指示を出した。

 

 

「とりあえず、フィガ公、モールと一緒にここを任せる。あの馬車の管理もな、子供を救出した後に送り届けるためのもんだ」

「わかったよ。でも、シュウはどうするの?」

「……サンラク達のカバーに入る。今のところデスぺナにはなってないみたいだが、まだ戻ってきてないからな」

「なるほど……それなら君一人で行くのが最善かな」

 

 

 奥にどれだけ戦力が残っているのかシュウも完全に把握できていないので、ここでの戦いが決着した時点で援護に入らなくてはならない。

 最悪の場合、サンラク達が内部の戦力に敗れたケースまで想定しなくてはならないから。

 そうなった場合、シュウが内部の敵を打倒したうえで子供を救出しなくてはならない。

 また、フィガロに任せるわけにもいかない。

 十中八九、未だサンラク達は戦闘中であり、援護に向かった時点でも戦闘が決着していないかもしれない。

 その場合は仲間との連携が不可能なフィガロは全く戦力にならない。敵の隙をついて救出することさえ難しいだろう。

 シュウが一人で向かう以外の選択肢はなかった。

 収納したバルドルはまだ出さない。

 相手や状況によってどの形態が必要なのかわからないからだ。

 あまりにも仕組みが形態の変更に時間がかかるのは多機能型のバルドルにとって大きすぎる欠点だった。

 屋内ではまず間違いなく戦車や固定砲台は使えないので、第一形態か第二形態のガトリングを使うことになるだろうが。

 

 

「とりあえず、行って来る」

「わかっ!」

 

 

 その時、彼等は振動を感じた。

 地震か、と一瞬シュウは考えて……違うと気づく。

 リアルでーー地震の多い国日本で体験したことのある自然災害による振動と、これは明らかに異なる。

 むしろこれは、彼がリアルで体験した別の記憶に近い。

 天災ではなく、むしろ人災。

 まるで「ビルさえも破壊できる人外レベルのステータスを持った生物」が「地下一階程度の深さで暴れている」かのような揺れだ。

 だがそれとも少し違う。

 シュウは状況と過去の経験則、そして直感から総合的に判断して、結論を下す。

 

 

「……これは」

 

 

 この状況を、端的に言い表すなら。

「ビルさえも破壊できる”巨大”な怪物が地下一階程度の深さで暴れている」というのが正解だ。

 

 

「まずいね、シュウ」

「えっと、これどうなってるんですモグ?」

「わからんが、多分何か巨大なモンスターが暴れてるんじゃねえかな。それも、相当強力……<UBM>と同格クラスのやつらが」

「「…………!」」

 

 

 そう言われて、フィガロとモールが思い浮かべたのは、一頭の青い虎。

 土竜人では歯が立たず、フィガロにとっては今までで最強クラスの敵。

 だが、だからこそシュウは今ここにいるソレが【クローザー】たちと同等以上だというのだ。

 類まれなる戦闘経験や直感を持つ自分やフィガロでさえ、今の今まで気配にさえ気づけなかったのだから。

 フィガロは武器を取り出し、構え、シュウは紋章から最も対応力のある第四形態を呼び出す。

 【エンネア】が<這いよる混沌>本拠地を破壊して飛び出してきたのは、その直後のことだった。

 【エンネア】はそのまま、タロンを捕食したのだった。

 

 

 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 どうすんのこれ……。

 え、いやマジでどうしよう。

 大きさから言っても威圧感から言ってもまず間違いなく【ロウファン】より格上。

 考えるべきは、どっちを優先すべきか。

 正直、この化け物に挑みたいという思いはある。

 勝てるか勝てないかは別にしても、デンドロの<UBM>が退屈させてくれないモンスターであることはわかり切っているのだ。一ゲーマーとしては挑みたい。

 しかし、今俺たちはクエスト中だ。それを放り出して突撃するのもいかがなものか。

 とりあえず手もふさがってしまうし、子供たちをどこかに……。

 

 

「サンラク!とりあえずあの馬車に子供たちを乗せてくれ!フィガ公!」

 

 

 言われたとおりにレイ達と一緒に子供たちを抱えて奥にあった馬車に乗せる。

 乗せた直後、フィガロが土竜人を抱えて、馬車の御者台の上に乗った。

 そして。

 

 

「すまない。ここはまかせるよ」

「任された」

 

 

 そういえば、こいつは確か集団での戦闘ができないといっていた。

 これほどの強敵を前にして、一人で戦うという選択肢は取れないのだろう。

 誰かと戦うことはできない。だからこうして退場しつつ、子供や土竜人を逃がすという選択肢しか取れない。

 

 

「サンラクも、ごめんね」

 

 

 その顔は、どこか申し訳なさそうな顔だった。

 だから、俺は友人に向かって不敵に笑ってこう言うのだ。

 

 

『何言ってんだ、ここは俺たちに任せて先に行けよ。お前にはお前の役割があるだろ』

「サンラク……」

「安心しろよ。あんな奴カリッとタコ焼きにして、さくっと二つ目の特典武具獲ってやるから覚悟しやがれ』

「そうか……。うん、わかった、ありがとう。僕と並ぶのを楽しみにしているよ」

『え……今なんて?』

 

 

 うっそだろお前。

 何?特典武具最低でも二つはもってるってこと?

 羨ましい……!羨ましいぞお!

 俺も一つ持ってるけどさ、そういうことじゃないじゃん?

 それはそれ、これはこれで羨ましいじゃん?

 あ、ちょっと待て爆速で走り去る前にもうちょい詳しく!

 

 

「サンラク君!動いてます!」

『うおっ!』

 

 

 危ない危ない。

 あれ、何か動いてるというか、あいつフィガロ達が行った方に向かってない?

 あるいはギデオンに向かってるのか。

 いずれにせよ、目的が何かははっきりわかる。

 それをわざわざ放っておく手はないだろ。

 リセットできないオンラインゲームでバッドエンドは選ばない。

 そのためには。

 

 

『レイ!捕まって!』

「ひゃふっ!」

 

 

 以前【ロウファン】戦でも使った、レイをお姫様抱っこして移動式固定砲台とする戦術。

 正直色々どうかと思うんだが、まあ恋人同士なのでその辺大目に見てもらえるとありがたいですね。

 あの時はその場のテンションと

 俺自身が攻撃できなくなるというデメリットこそあれ、基本が機動力特化した俺と火力特化のレイの長所を伸ばし短所を補い合える最強戦術だからな。

 見た目は半裸の変質者が美女を抱えている光景(悪夢)なのだが。

 

 

「キヨヒメ!」

『バルドル!ありったけ撃ちまくれ!』

 

 

 あれ、触手の何本かが赤くなって、キヨヒメの弾丸を弾いた。

 うーん、あれ炎熱の耐性がアップした感じかな。

 多分銀色の時は物理攻撃に耐性があるんだと思う。

 あ、砲弾が頭に当たってるけど全然通ってない。

 

 

 

「サンラク君、ダメみたいです、攻撃が通りません」

「特殊弾は?」

 

 

 特殊弾こと《恋獄降火(メルト・ダウン)》を使えば相手の耐性や防御力を無視できるはずだ。

 

 

『不可能。《恋獄降火》は一発当たりの範囲が狭いです。今ある弾数では体の四割も覆えないでしょう。というか、おそらく大半は触手に弾かれます』

『触手をかいくぐって主要器官に攻撃しないといけないってわけか』

「それなら、俺に任せてくれないか?」

『シュウ、何か手があるのか?』

 

 

 今んとこ、こいつも銀だこ相手に打点なさそうだが。

 戦車の砲弾は全く通ってないし。

 なんか切り札でもあるのか?

 

 

「俺の奥の手、つーか第一形態を使えば主要器官は吹っ飛ばせる」

 

 

 それは、単なる断言。

 自分の一撃は確実にあの怪物を倒せるという証言。

 そして。

 

 

「一分間、隙を作ってくれさえすればーーあの蛸のどてっ腹、この俺が破壊してやる」

 

 

 【破壊者】シュウ・スターリングとしての、宣言である。

 

 

 □???

 

 

「本当に、やってくれるよねえサンラク君」

『そうだよね、抜け駆けの罰としてどうやって責任を取らせようかな』

「とりあえず、例の格好のまま王都の噴水前で土下座かな。当然スクショありで」

『鬼かな?』

「そこまで言うなら、君の意見は?さぞかしマシな提案があるんだろうね?」

『パーティー組んで経験値均等配分に設定したうえで、デスぺナ前提特攻十連で』

「外道かな?」

 

 

 二人の外道が笑う。

 笑いながら、彼らがどこへ向かうのか。

 そして向かった先で何をもたらすのか。

 それは神のみぞ知る……否、神さえも予想しきれぬことだ。

 

 

 To be continued



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爪牙を振るえ、獣共、混沌の神を討つ為に 其の九

遅くなりましたが、硬梨菜先生誕生日おめでとうございます。


 □■アルター王国・<這いよる混沌>本拠地跡

 

 

「IIIIIIIIIIIIIIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

『変な声出してんなあ。イアイアってか?』

 

 

 【擬混沌神 エンネア】は多数のスキルを保有している。

 獲物を捕捉するためのリソースを探知するスキルや、もともと持っていた水中に適応するためのスキルなど様々だが、その中でも<UBM>としての固有スキルは二つのみ。

 一つは「自身が動いていない間のみ、自身の存在を隠蔽する」効果を持つ《固着擬態》。

 さらに言えば《固着擬態》を使っている間はエネルギーの消費をほぼゼロに抑えること。

 かつて海中で生活していた時には、普段から使っていたスキルである。

 もうひとつのスキルは、【エンネア】の戦闘における根幹ともいえるスキル、《皮革擬態》。

 タコが岩などに擬態して身を隠すことをモチーフにジャバウォックがデザインしたスキル。

 文字通り、皮膚を【エンネア】が見知ったものに擬態するスキルである。

 見た目や質感のみならず、コピー元が有する耐性などの性質さえも獲得できる。

 普段は海中で見かけた液体金属系スライムに擬態して物理攻撃への強力な耐性を有している。

 それこそ<上級エンブリオ>であるバルドルの砲撃さえもほぼ無傷で耐える。

 キヨヒメの炎熱魔法弾を受け止める際には、陸上で見かけた炎熱系のエレメンタルに触手の何本かを擬態させて防いでいる。

 あちらこちらで見かけて、知って獲得した数多のモンスターの耐性は、ほぼすべての物理攻撃と魔法攻撃を無効化できる。

 隠蔽能力と、強力な耐性スキル。

 それが【エンネア】が<UBM>たる所以である。

 通常、これを突破するのは容易ではない。

 しかし、シュウ・スターリングには、いや彼等には突破口があった。

 

 

「サンラク、いけそうか?」

『空中ジャンプありで、触手は八本しかないんだぞ?余裕だ、よっと』

 

 

 

 サンラクに抱えられたシュウの問いに、《配水の陣》を使って【エンネア】の頭部に近づきながら回答する。

 シュウが考えた作戦は、シンプルだ。

 サンラクが、シュウを抱えて接近し、シュウが最大火力の一撃を叩き込む。

 レイとキヨヒメはあくまで銃撃で遠距離からけん制する。

 問題は、サンラクがほぼすべてのヘイトを集めたうえで接近する必要があることだが、問題なく実行できている。

 また、砲撃の無効化もされない。

 シュウは見抜いたのだ。

 あれの耐性は、内部には適用されないと。

 

 

「IIIIIAAAAAAAAAAAA!」

「《ストレングス・キャノン》」

 

 

 くちばしの奥、体内に砲撃が撃ち込まれる。

 それこそは、彼の筋力(STR)を基準とした、一日に一度限りの必殺の一撃。

 彼のSTRは現状五〇〇〇前後。

 そして第四形態ではSTRの二十倍のダメージ。

 つまりは、十万ダメージ、<上級エンブリオ>の必殺スキルに迫る威力。

 たとえ相手が古代伝説級の<UBM>であろうとも、コア一つ砕くには事足りる。

 放たれた光弾は、たやすく露出した【エンネア】のコアを砕き。

 内臓の詰まった胴体を丸ごと吹き飛ばした。

 そして。

 

 

「「「「「「「「IIIIIIIIIIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAA」」」」」」」」

『は?』

「バルドル!第四形態!」

『了解』

 

 

 【エンネア】の叫び声が辺り一帯に響いた。

 それは吹き飛んだ胴体にあった嘴からではない。

 八本ある触手。

 そのすべての先端部に口があり、ぱっくりと開いている。

 八つの口全てが叫んで、否、嗤っていた。

 彼等の努力は無意味だと八つの口で嗤っていた。

 サンラクはとっさにレイのいるところまで後退する。

 

 

「マジかよ……」

「再生、してますね」

『コア潰しても倒れないの、控えめに言ってもクソでは?』

 

 

 触手から盛り上がって、胴体が修復されていく。

 さらには、嘴や眼球なども再生している。

 破壊されたコアを除けば、すべてが再生していく。

 

 

『ふと思ったんだけどさ』

「どうした?」

『タコって、なんか頭が九個あるっていうのを聞いたことがあるんだけど』

「あ」

「くそっ!そういうことか!」

 

 

 シュウは何かを悟ったように頭を押さえる。

 

 

「何由来かもわからん奴もあるくせに、今回はちゃんと意味があるのか!やらかしたクソ!」

『どうかしたのか?シュウ』

「あの、サンラク君。……今思い出したんですけど、エンネアって確かギリシア語で『九』って意味だったと思います」

『……つまり、九ってのはもしかして』

「……あいつ、触手八本全部にコアがある。多分それを全部潰さないと殺せない」

 

 

 

 【擬混沌神 エンネア】の<UBM>としてのスキルは二つ。

 しかし、それ以外にも数多のスキルを保有している。

 その一つが、キメラ特有の高い再生能力。

 九つある頭部(コア)のうち一つでも残っていれば再生できる。

 コアそのものは再生しないが、彼等の意識は一つだ。問題ない。

 コアの一つは、先ほどシュウが潰した。

 そして残り八つは、すべて触手の中にある。

 

 

「バルドル!炸裂弾に切り替えろ!」

『了解』

「キヨヒメ、特殊弾!それと《追い焦がれる想い(フレア・ストーカー)》の対象を【エンネア】に変更してください」

『承知』

 

 

 シュウが戦車を起動して、後に跳び。

 レイもまたキヨヒメを構えて、射撃を開始する。

 しかし、彼等だけでは耐性を突破できない。

 だから、それ以外の火力が必要だった。

 

 

「《自爆兵(スーサイド・コープス)》」

『炸裂弾、発射』

「「「IA?」」」

 

 

 数多の飛来物によって【エンネア】が火炎に包まれた。

 飛来したのは、数多の砲弾と弾丸生物。

 それらはすべてが【エンネア】に着弾し、爆発する。

 それ自体は、大したダメージはない。

 せいぜいでかすり傷程度だ。

 だが、問題は威力ではない。

 

 

「サンラク君、これは……」

『はは……やっと来たか、流石ラスボスだわ』

 

 

 レイとサンラクはそのスキルを知っている。

 先日自分たちを攻撃してきたその弾丸生物を知っている。

 だから、彼女らが来たとわかる。

 

 

「ヤッホー、サンラク君、レイちゃん、キヨヒメちゃん。お姉さんが先走った挙句苦戦してる残念な鉄砲玉を拾ってあげに来たよ?」

『いやはや随分と装備がボロボロだね、サンラク……おっと失敬、半裸なのは元からだったよね、露出狂』

『外道共め……』

 

 

 砲撃を撃ち、サンラクにあおりを入れてきたのは、二人組。

 まず目に入るのは、身長五メートルほどの人型の機械。

 右手には先ほど砲弾を撃ったのだろうランチャーを持っている。

 銀色の機体色と、前方に四つ取り付けられたカメラアイが特徴的だが、逆に言えばそれ以外これといった特徴はない。

 《鑑定眼》が聞かないので、<エンブリオ>であることは確定だが。

 むしろ、左手に乗った女のほうが特徴的だろう。

 白い仮面をつけ、細い槍をその手に持ち、黒紫色の禍々しいオーラをまとっている。

 

 

「というわけで【死霊騎士】アーサー・ペンシルゴンと」

『【高位操縦士】ソウダカッツォ、助太刀いたすってね……太刀はもってないからランチャーしかないけど』

『カッツォ、面白くないから減点一ポイントな』

「いやいやマイナス十ポイントでしょ」

『あれ、なんでいつの間に二対一にされてるの?』

 

 

 彼らは、元々先ほどまでギデオンに待機していた。

 しかし、サンラクからのメッセージを知ってあとで『お前ら抜きでも行けたわ』と悪友にドヤ顔されるのを嫌がり――もといサンラクを援護するために援軍に駆け付けたのだ。

 結果として、二人が相手取ることになったのは<這いよる混沌>の<マスター>や超級職ではなくなぞの巨大な蛸であったが、それはさておき。

 

 

『ま、なんにせよやろうぜ』

『分かったよ。あれが噂の<UBM>でしょ?サクッと討伐して特典武具ゲットだぜってね』

「人のユニークに乗っかって楽しい?ユニーク自発できないマン君?」

『この状況でそれ言うのペンシルゴン!お前も似たりよったじゃん!』

「あー、こいつら援軍ってことでいいのか?随分と濃い(・・)メンツだが」

「あ、はい、そうです。あの、すいません」

 

 

 いずれにせよ、役者はそろい、そして。

 終わりが始まる。

 

 

『さて、クソダコ。俺達にタコ焼きにされる覚悟はいいか?』

「「「「「「「「「IIIIIIIIIIIIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」」」」」」」」」

 

 

 サンラク達と、【擬混沌神 エンネア】との最後の戦いが始まった。

 

 

 To be continued



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爪牙を振るえ、獣共、混沌の神を討つ為に 其の十

ボスキャラの前に全員集合させてからボスの倒し方を考えたバカがいるらしいですよ。
折本装置っていうんですけど。


 ■【擬混沌神 エンネア】

 

 

 【エンネア】と名付けられたそれは、生まれた時から<UBM>だったわけではなかった。

 しかし、自然に生まれたモンスターでもない。

 それはもともと、とある<無限エンブリオ>によって作られたモンスターだった。

 <UBM>担当管理AIジャバウォック……ではなく、モンスター担当のクイーンである。

 彼女がデザインした【エンネア】のもとになったモンスターは、あくまで普通のキメラだった。

 タコのような外観をして、九つの頭部をもったモンスター。

 蛸に似せて造ったためか水中への適応力と、微弱な皮膚の硬化能力程度しか特徴がない、普通のモンスター。

 クイーンにしても、どこぞの誰かに褒めてもらいたくて――もとい<UBM>に認定させるために大量に作ったモンスターの一体に過ぎない。

 特に期待はしていなかった。

 しかし、別の管理AI--ジャバウォックは可能性を見出した。

 ■■■■■を投与されたキメラは、それに適合し、大きく変容した。

 巨大化し、ステータスが向上した。

 《固着擬態》、《皮革擬態》といった固有スキルを獲得した。

 何より、<UBM>--世界唯一のモンスターであると認定された。

 

 

 そして、【エンネア】になって。

 ジャバウォックによってグランバロア周辺に放流されて、百年以上たって。

 【エンネア】は特にこれといって何かした、というわけではなかった。

 近くにいたモンスターは襲って食らったが、人を喰らったことは一度もなかった。

 強大な力を持ちながら、伝説級<UBM>としては驚くほどに、【エンネア】は大きな害をもたらさなかった。

 《固着擬態》を使っている間はエネルギーの消耗が抑えられるため、さほど動く必要もなかったといえる。

 狩れるときに、狩れる獲物を狩る。

 そういうスタンスであるがゆえに、これといって目立たない<UBM>だった。

 あるいは、もしかしたら。

 何もなさないまま、誰も傷つけないまま、寿命が尽きるまでの長い時間を過ごす可能性もあった。

 

 

 しかし、状況は最近になって一変した。

 <マスター>の増加がその変化の原因である。

 海上での運用が前提となる尖った、されどそれゆえに強力な<エンブリオ>の数々。

 さらにはジョブに対する万能の適性と不死性ゆえに、彼等はグランバロアの発展に大いに寄与した。

 それでも、【エンネア】にとってはまだ問題はなかった。

 そこらの<エンブリオ>なら耐え抜けた。

 それこそ、「海水を爆薬に変質させて辺り一帯爆破する」などという戦術をとってくるとち狂った<マスター>でもいなければ。

 そんな異常極まりない<エンブリオ>の爆撃を偶然喰らってしまい、【エンネア】はかなりのダメージを負った。

 それでも、伝説級だけあって何とか逃げ延び、陸に近い場所で傷をいやした。

 なぜ陸に近い場所まで来たのかは、もはや語るまでもないだろう。

 それに語られるべきはそこではない。

 

 

 (強く、ならねば)

 

 

 死にかけたことで、【エンネア】はそれをーー自分の中にある使命感を強く自覚した。

 それが、ソレの作られた意味だったから。

 キメラ(作られた命)である【エンネア】にとって果たさねばならない使命だったから。

 もとより、管理AI二体によって選別のために作られた<UBM>にはそういう在り方しか、本来はなかったといえよう。

 強くなろうと決めてからのソレの行動は早かった。

 <UBM>としてデザインされた際に、リソースを探知するスキルを得ていた【エンネア】は大量のリソースを得ようと動き始めた。

 普通ならば巨大な生物が移動すれば気づかれそうだが、《皮革擬態》の応用で光学迷彩を使って切り抜けた。

 そして、ギデオンの近くまでたどり着いた。

 その後も、すぐに食おうとは思わなかった。

 生まれてから戦闘経験が全くといっていいほどないのだ。

 慎重になるのも無理はないだろう。

 そして待ち続けて、ようやく好機を得た【エンネア】は二人の<超級職>を捕食し、異常なほどの力を手にした。

 そして、今はギデオンを目指している。

 【エンネア】は、二つのことを学習した。

 一つは、人間は経験値効率がいいこと。

 もう一つは、今回の大物食いは奇跡的なものであったということ。

 <超級職>が孤立しているというのは

 もはやこれほど簡単に大物を喰らうことはできない。

 ならば、小物をたくさん(・・・・・・・)食べようと【エンネア】は考え、行動を始めた。

 それはどうしようもないほど当然の発想で。

 だからこそ――彼らは立ち向かうのだ。

 

 

『かかって来いやおらあ!』

「IIIIIIIIAAAAAAAA」

 

 

 挑発に乗ったわけではない――もとより人語を理解できないーー【エンネア】だったが、目の前に餌があらわれれば食いつくのが彼の選択。

 【エンネア】は先ほど飛び回っていた男であると理解している。

 先ほどの砲撃は脅威だった。

 しかし、それは別の長髪の男によるものであって、この鳥頭には何の力もない。

 だから、一本の触手を伸ばして、しかし捉えきれない。

 次々と触手の数を先ほど同様四本まで増やしても、追いつけない。

 

 

「IIIIIIAA」

 

 

 苛立ち、触手の数をさらに増やす。

 先ほどまでは移動するために使っていた触手さえもサンラクの攻撃にあてる。

 上下左右三百六十度、あらゆる角度から振り下ろされる触手は、一度としてとらえられない。

 古代伝説級としては低い方だが、それでも鞭のように振りぬかれた触手の速度は超音速に達しているはずなのに。

 何本かは、光学迷彩で隠しているのに。

 一度たりとも、彼には当たらない。

 ほんの僅かであっても、かすりさえすれば【エンネア】の攻撃力で目の前の矮小な男は死ぬ。

 それこそ、<UBM>になる前であっても同じだろう。

 当たりそうになっても、遠くから飛んでくる砲弾で触手の軌道をわずかにずらされる。

 そしてそこに生じたごくわずかな隙をついて、鳥頭は【エンネア】の攻撃を回避するのだ。

 

 

 

「すっごいよねえ」

 

 

 ペンシルゴンは呆れ交じりの声を上げる。

 サポートに回っているソウダカッツォの支援系スキルと長髪の彼の砲撃も的確ではあるが、それ以上に彼の立ち回りが的確に過ぎる。

 相手とて、触手をすべて使っているのが悪手であることはわかっているはずだが、そういう行動をとらされてしまっている。

 彼女の目では追えないほどの速度で八本の触手は動いているが、それでもわかることが二つある。

 嵐のような猛攻に対して、一度も彼は被弾していない。

 そして、彼は一度でも失敗すれば負けるこの状況を、心の底から楽しんでいる。

 先ほどサンラク達から説明を受けたうえでドン引きレベルの作戦を彼女が提案し、それを聞いて外道呼ばわりしつつも笑って引き受けた彼だから。

 

 

「変わらないよねえ……」

 

 

 もうそれなりに長い付き合いになる悪友を見ながら――目で追えてはいないが――ペンシルゴンは呟く。

 彼女の目には、複数の感情が渦巻いている。

 その感情の組み合わせと裏にある理由は、彼女本人以外は知らないことだ。

 

 

「ま、私も心の準備しときますか」

 

 

 隣で最大限に集中しているらしきレイを見ながら、彼女もまたタイミングを見計らう。

 その時(・・・)が来るまで。

 そしてその時は、すぐに来た。

 

 

「キヨヒメ!今です」

『《恋獄降火》』

 

 

 炎熱耐性を消去する特殊弾を放つ。

 狙うはただ一点のみ。

 集まってしまった八つの触手の先端部。

 その一点こそが、彼等の勝ち筋。

 それと同時に、動き出すのは二人。

 

 

 

『《暴徒の血潮(ライオット・ブラッド)》、《配水の陣》!』

 

 

 三本目(・・・)の動作制限解除スキルを発動して速度を維持、否さらに加速したサンラクが【エンネア】の嘴の中に飛び込み(・・・・・・・・)、噛み砕かれながらも体内に突入し。

 

 

「《自爆兵(スーサイド・コープス)--工作兵》、起動」

 

 

 それを確認した、アーサー・ペンシルゴンが彼女の<エンブリオ>、【怨霊支配 ディストピア】のスキルを発動した。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 【ディストピア】の能力特性は、二つ。

 一つは、配下運用。

 アンデッドの弱点を緩和するスキルなどもあり、とあるゲームでは”反理想郷の女帝”とまで呼ばれた彼女には相応しいだろう。

 ただ、ディストピアの本質はそちらではない。

 もう一つの能力特性は、怨念変換。

 彼女のスキルのコストはすべて周囲から集めた怨念であり、それなくして機能するスキルは怨念を集めるスキルだけだ。

 ディストピアのメインとなるスキルは、《自爆兵》。

 蓄積した怨念を糧に自爆特攻生物を量産するスキルである。

 威力はそれなりに高く、第一形態から使っているスタンダードな歩兵型や、先日サンラクに使った歩兵型などバリエーションも豊富だ。

 コストが重いことが唯一の欠点だが、そのコストも周囲から集めれば――搾取すればいいから問題ない。

 そして今回使った工作兵は――寄生型。

 同意を得る必要はあるが、ペンシルゴンが爆破を命ずるまで体内に潜伏している。

 

 

 ただし、内部には大量の生物が寄生している事実は変わらない。

 先ほどからずっと、サンラクは【内出血】しており、【内臓損傷】などの重篤な状態異常も発症している。

 ソウダカッツォが遠くから回復しているが、完全にはカバーしきれていない。

 それでも、サンラクは止まらない。

 しかし、噛み砕かれたことでHPは尽きようとして――一だけ残った。

 

 

『こんな場面で役に立つとはな……』

 

 

 くちばしで噛み砕かれて。

 それでもまだ、サンラクは死んでいない。

 それは、偶然ではないただの必然。

 誰かの<エンブリオ>の固有スキルによるもの……でもない。

 ただの《ラスト・スタンド》という、ほんの五秒間食いしばりをするだけの【殿兵】のジョブスキルだ。

 【闘士】と【闘牛士】をカンストした後に、ルナティックの勧めでとった三つ目の下級職。

 本来は「AGIが高く、死んでも生き返る<マスター>ならば最後の五秒間を活かし、運用できるのではないか」という意図があってのもの。

 だがその五秒間で十分だ。

 ”嬲り殺し”アーサー・ペンシルゴンの最大火力を発揮するには事足りる。

 

 

『はっ、趣味が悪い』

 

 

 最後に一言そう呟いて、直後。

 体内にいたムカデ(・・・)が一斉に体表に出現し、同時に爆発した。

 サンラクは極大の爆発と同時に光の塵へと変わる。

 それは、サンラクのみにとどまらない。

 アーサー・ペンシルゴンが集めた怨念は膨大。

 それをすべて使い切っての一撃。

 其の火力は《ストレングス・キャノン》とさえ比較にならない。

 古代伝説級の怪物であろうと、当然その身の大半が燃え尽き、灰になる。

 

 

 

「「「「「「「「IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」」」」」」」」

 

 

 固定ダメージのように衝撃が伝播するわけではなく、触手の先端まで、爆破されたわけではない。

 それでも、空気を通じて熱が伝わり、残った八つのコアさえもが溶け落ちる。

 

 

「I、A、A」

 

 

 光の塵に変わる寸前、【エンネア】は何を思っただろうか。

 恐怖か、憎悪か、悲しみか、あるいは……後悔か。

 誰にも理解されないままーー混沌の神は討伐された。

 

 

【<UBM>【擬混沌神 エンネア】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【サイガ‐0】がMVPに選出されました】

 

 

 To be continued




次回はエピローグです。


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エピローグ 爪牙を振るう、獣共

二章ようやく完結です。
感想、誤字報告、お気に入り登録、評価、ここすき、ご愛読本当にありがとうございます。
本当にありがとうございました。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 あの後、外道産のムカデ爆弾で吹っ飛ばされた俺は当然、デスペナルティになった。

 で、すぐ後にログアウトしてきた玲と、煽りを交えてメッセージを送ってくる外道共から事情はきいた。

 <UBM>は倒せたし、特典は玲が獲得したらしい。

 話を聞く限りだとキヨヒメのスキルがコアを八つぶっ壊したらしいので妥当ではあるか。

 さらに言えば、フィガロが子供たちを送り届けたことで、クエストも達成済みのようだ。

 土竜人からは、達成報酬としてかなりのアイテムや金銭をもらえたらしい。

 俺と玲の分ということで、報酬の半分を受け取ったんだとか。

 加えて、<這いよる混沌>をぶっ潰したことで冒険者ギルドから多額の賞金がもらえたそうだ。

 これに関しては、なんと全額俺達が受け取ることになったらしい。

 シュウもフィガロもそちらには興味がないらしかった。

 

 

 それと、玲は特典が少々……いや、かなり癖が強いものだったので、扱いに困っているらしい。

 正直、俺も詳細を聞いてそれどうすればいいんだ、と思った。

 まあ、ティックに相談すればどうにかなるかな?と俺は思っている。

 それに類する話を、確か本人から聞いた気もするし。

 

 

 その後俺たちは丸一日ゲームなしで過ごした。

 俺にしては珍しいが、まあこんな日がたまにあってもいいだろう。

 うん?ゲームをせずに何をしてたかって……いや別に俺達が何しようが別にいいだろ、プライバシーの侵害だぞ。

 騒ぐな脳内ディプスロ。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 んで、デスぺナが明けて速攻でログインしたわけなんだが。

 

 

「どっちが勝つと思う?」

「うーん、初見同士ならさすがにサンラク君じゃない?サンラク君に十万リル」

「甘いねペンシルゴン。二人は共闘しているはずだから、ある程度手の内は割れてるはずだよ。フィガロに十万リル」

「お、賭けか?じゃあ俺はフィガロに二十万リルだ!」

『ビシュマル……。前々から言おうと思っていたが、お前は賭け事に向いていない。止めた方がいいと思うぞ』

「いや!今日はいける!そんな気がする!」

「団長……。あの人?何かな?変態?」

「ネイ、失礼だぞ。……《鑑定眼》が効かないから<エンブリオ>かな?」

「サンラク君!が、頑張ってください!」

「……応援。父上が勝つように応援しています」

『それじゃお互い、準備はいいクマ?』

「うん、僕はもう大丈夫だよ」

 

 

 なあ、誰か教えてくれ。どうしてこうなった?

 いや、ログインした後、ギデオンでフィガロと再会したはいいんだけどさ。

 フィガロから決闘してくれって言われたんだよね。

 まあ、決闘ランカーだし、対人戦が好きなのはわかっていたけどさ。

 この状況でやるの?

 なんか結構俺も知らん人がいるんだけど。

 多くないか、見に来てるやつ。

 あくまで闘技場の結界をレンタルしてるだけで大会とかでも何でもないはずなんだが?

 こんな大勢の前でやるとか聞いてないんだが?

 

 

「おやおやあ、サンラク君。どうしたのかな?へいへいピッチャービビってるー!」

「いやいや、あいつはむしろ投げられる側でしょペンシルゴン」

『お前ら後で覚えとけよ……』

 

 

 デンドロではPKのペナルティないからな。

 こいつらさっき知ったけど”嵌め殺し”だの”嬲り殺し”だの呼ばれる有名なPKらしいし容赦する必要はない。

 外道死すべし慈悲はないのだよ。

 

 

「サンラク……大丈夫かい?」

『ん、ああ大丈夫だよ』

 

 

 ま、こいつと決闘ってのは嫌じゃないし、楽しそうだしな。

 知らないやつらとか、知りすぎてる外道共とか、そういう奴らはとりあえず置いといて、さ。

 ふと、俺のほうを見ているレイと目が合う。

 こちらを一心不乱に見つめる目は、少しだけ照れくさくて、それ以上に頼もしい真剣な目だ。

 

 

「ごめんね、随分といつの間にか、人が集まってしまったみたいで」

 

 

 フィガロはすまなさそうに謝ってくる。

 まあ別方向に視線を送ってれば邪魔者と取っていると思われても仕方ないか。

 そうでもないんだけどな。

 

 

『いや、気にすんなよ。大事なのは今この瞬間、向かい合ってる俺とお前だ。そうだろ?』

「……うん、そうだね。楽しもうか」

 

 

 そう、あの時、今目を輝かせてこちらを見ている彼女が言ってくれたように。

 今はただ、この瞬間を楽しもう。

 

 

「さあ、やろうか、サンラク!」

『ああ、やろうぜ!フィガロ!』

 

 

 フィガロは爪を、俺は双剣を持って駆け出す。

よし来い!

 ぶっ飛ばしてやる!

 

 

 To be Next Episode  




ここまで読んでくださってありがとうございます。
この後は、いくつか閑話を上げようと思います。
三章は随分先になってしまうと思います。
活動報告上げてます。


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閑話・様々な思惑

三十万PVアンド十五万字突破!

これも読者の皆様あってのものです。ありがとうございます。
これからもぼちぼち頑張ります。


 □■地球・某掲示板

 

 

 名無しの【大戦士】:結局、ギデオンに現れた<UBM>って誰が討伐したんだろうな

 

 名無しの【記者】:たまたまとってた映像ですね

 

 名無しの【記者】:[***]

 

 名無しの【闘士】:は?

 

 名無しの【盗賊】:!?

 

 名無しの【守護者】:?

 

 名無しのマスター志望者:これ何どうなってるの?

 

 名無しの【魔術師】:前衛のことはよくわからんけど、なにこれクッソ速く動いて飛び込んで自爆したってこと?

 

 名無しの【闘士】:肌色多いし決闘ランカーのビシュマルじゃね?はっきりとは見えないけど、もうちょいいい映像無いの?

 

 名無しの【生命術師】:ギデオンにいたのか、捕捉した

 

 名無しの【記者】:これ、本人に許可とってないのでぼかすしかないんですよね

 

 名無しのマスター志望者:は?バカでは?デンドロにそんなルールないだろいいから公開しろ公開しろ公開しろ

 

 名無しの【記者】:【記者】は報復PKが怖いんですよ、戦闘できないんで

 

 名無しの【記者】:まあ<DIN>にしかるべき報酬を払っていただければ公開いたしますので

 

 名無しの【剣士】:エアプ勢にその返しは酷すぎて笑う

 

 名無しの【司教】:ほんまに速いなー、AGIに特化した<エンブリオ>なんかな?

 

 名無しの【大闘士】:ああこんな感じだったんだ、やっぱり彼はすごいね

 

 名無しの【剣士】:<UBM>か、俺も出会いたいものだな

 

 名無しの【剛槍士】:そういうことは上級職になってから言おうか、な?

 

 名無しの【剣士】:ぐはっ

 

 名無しの【大闘士】:?

 

 

 

 

 □■管理AI四号作業所

 

 

 【千本鎖蔵 チェーンスモーカー】

 最終到達レベル:42

 討伐MVP:【茶木術師(ウッドマンサー)】ファトゥム Lv63(合計レベル 213)

 <エンブリオ>:【無渇聖餐杯 グラール】

 MVP特典:伝説級【武操鎖 チェーンスモーカー】

 

 

 【回旋曇 ラディッシュホース】

 最終到達レベル:23

 討伐MVP;【提督】醤油抗菌 Lv89(合計レベル 189)

 <エンブリオ>:【大炎醸 アブラスマシ】

 MVP特典:逸話級【すーぱー着ぐるみシリーズ ラディッシュホース】

 

 

 【制空犬 ドッグファイト】

 最終到達レベル:33

 討伐MVP:【矛槍者】ソウ・イーグレット Lv62(合計レベル 112) 

 <エンブリオ>:【巨討槍姫 ゼウス】

 MVP特典:伝説級【支配翼 ドッグファイト】

 

 

 【擬混沌神 エンネア】

 最終討伐レベル:53

 討伐MVP:【狙撃魔手(マジック・シューター)】サイガ‐0 Lv69(合計レベル 119)

 <エンブリオ>:【追火蛇姫 キヨヒメ】

                      *

                      *

                      *

                  

 

「……フム、なるほど」

 

 

 モニターを見ながら、ジャバウォックは呟く。

 

 

「これほど早く古代伝説級<UBM>が倒されるようになるとは想定外だ。素晴らしい……とばかりも言えんが、面白くはある」

 

 

 ジャバウォックは、<超級エンブリオ>を増やすための試練として<UBM>を作り、配してきた。

 そう、<UBM>とは本来第六形態<エンブリオ>への試練。

 その手前で打破されてしまうのは本来の役割にはそぐわない。

 

 

 とはいえ、<UBM>自体は大量に作っているし、配置している。

 

「このサイガ‐0というプレイヤー、地球時間でひと月前にも見て……ああこれだ」

 

 

 引っ張り出したログに示されたデータは記憶にもジャバウォックの記録にも新しい。

 【霊骨狼狼 ロウファン】と、サンラク。

 かなり印象に残る<UBM>と<マスター>だった。

 <UBM>の方は、ごく普通の一ティアンが封印していたのであり、それが管理していたジャバウォックにとっても偶然で暴れだした。

 <マスター>……サンラクの方はといえば、ほとんど初めてといっていい<UBM>を討伐した<マスター>だ。

 フィガロやゼクス・ヴュルフェルのように単独で倒したわけではないにせよ、彼等が会敵したのはいずれも異常なほどの恐ろしい偶然の産物。

 そんな者たちと出会い、勝利してきたこと、そして何より異常な彼らの技巧にジャバウォックは少し期待を寄せた。

 

 

「さて、そろそろ作業に戻るか」

 

 

 そう独り言ちて、ジャバウォックは仕事を再開する。

 あの<UBM>【ロウファン】についてはいささか問題だったかもしれない、などとジャバウォックは考えることはなかった。

 どのみち、他にもっと強い(・・・・・)ものがあの工房にはいるから気に掛けるほどのことでもない……というつぶやきは彼の口から洩れることはなかった。

 

 

 □■レジェンダリア某所

 

 

「ふうむ」

 

 

 薄暗い、部屋の中で、一人の男がつぶやいた。

 一人の男が、紙の束に目を通している。

 紙の束は資料だった。

 それも<マスター>に関するもの、レジェンダリアとその周辺で活躍している<マスター>に関するもののみだ。

 

 

「何しているの?」

 

 

 背後から、女性の声がかかる。

 彼女の見た目を端的に表すならば、小さな兎。

 兎種の亜人に近く、しかしそうとは思えないほどに……ドワーフのように小さい。

 服装は魔法職のようなローブを羽織っている。

 

 

「うん、いやなんでもねえよステラ」

 

 

 娘に資料を見られないようにアイテムボックスにしまうと男ーールナティックは立ち上がって娘のほうに向きなおった。

 

 

「なんでもないことはないでしょう。<マスター>についての資料?」

「バレちゃしょうがねえな」

 

 

 背の低い娘とさほど変わらない高さにある頭を掻いて、ルナティックは苦笑を浮かべた。

 身に着けていたアクセサリーの効果で《真偽判定》はごまかせても、彼女の直感まではごまかせないようだ。

 

 

「ひょっとして、サンラクの情報もあった?」

「ああ、また<UBM>を倒したらしい」

「……そっか」

 

 

 ステラは、一言だけ返して、すぐに工房を出ていった。

 また狩り、というかレベル上げに行ったのだろうとルナティックは察する。

 サンラクと関わってから彼女はより一層レベル上げに精を出すようになった。

 おそらくは焦っているのだろう。

 つい最近までジョブに就いていなかったような人間が、単独でないとはいえ<UBM>を複数撃破すれば焦りもするだろう。

 一応、陰ながら魔道具で見守っているが、それでも万全とは言えない。

 レジェンダリアは環境が不安定だし、この間の【ロウファン】のように突如<UBM>に遭遇しても何ら不思議はないのだから。

 

 

「ロウファンの件は失敗だったな……」

 

 

 最近起きた、ともすればレジェンダリアに大打撃を与えかねなかったことを思い出し、ルナティックは自省した。

 最大の問題は……ギリギリまで【妖精女王】や冒険者ギルドに報告していなかったことだろう。

 そして同じ過ちを繰り返したくないのならば(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、今度こそ報告するのが当然(・・・・・・・・)というものだろう。

 

 

「……それはできねえ。それだけはできねえ」

 

 

 このことを伝えれば、間違いなくソレは処分されてしまう。

 危険度が、【ロウファン】と比しても比べ物にならないからだ。

 危険ならば処分すればいいと人は言うだろう。

 だが、それはできないのだ。したくないのだ。

 【四禁封牢】は、”六大発明”の傑作としてうたわれているが、特典素材を使っているわけでもないので複数生産できる。

 その中の一つが、時間停止効果のあるアイテムボックスに入っている。

 【四禁封牢】だけではソレを拘束しきれないからだ。

 アイテムボックスから出せば一時間と持たないだろう。

 

 

 それほどの者が中に眠っている。

 ”六大発明”ルナティックの最高傑作にして、最低の失敗作。

 彼の未練の成れの果てであり、後悔。

 彼が造ったモノであり、暴走して<UBM>になったモノ。

 そして彼が作り上げた兵器の大半をなげうち、三日三晩かけて、全霊を以て封印したモノ。

 神話級(・・・)UBM(・・・)>【七神天生 サン(・・)ラクイラ(・・・・)】。

 今はまだソレ自身とルナティック、そしてこの世界の管理者以外存在を知らぬ怪物は、箱の中で眠り続ける。

 けれど。

 ソレがいずれ解き放たれる日は、きっとそう遠くはない。

 その時、自分はどういう選択をするのか。

 どういう選択をするべきなのか。

 どういう選択をしたいのか。

 ティックはいまだ、答えを出せていない。

 

 

 

 To be continued




多分次は三章です。

期間を開けてしまうと思いますが、気長にお待ちください。











名無しの【生命術師】……いったい誰なんだ?()


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双狐奇譚 四人組珍道中 前編

今回は閑話です。
秋津茜ちゃん回。
三章はもう少しお待ちください。


 □天地・某所

 

 

 天地は七大国家の中で最も小国である。

国土を基準とすれば天地よりも小さいグランバロアという特殊な事例もあるが、国としての大きさを考えれば天地に軍配が上がる。

 

 

 そんな天地にも、かなりの数のセーブポイントがある。

 面積に対してはむしろほかの国と比較しても多い方かもしれない。

 その結果、というだけではないが、天地の住民は多くの勢力に分かれて日々争いを繰り返している。

 あるいは、この世界を管理しているモノたちは争いを助長するために多くのセーブポイントを作ったのかもしれない。

 

 

 そんなセーブポイントだが、<マスター>にとっては見方がティアンのそれとは異なる。

 デスペナルティが明けた後の復活地点であるという側面が一つ。

 もう一つは復活地点であるということもあって、待ち合わせ場所として非常にメジャーであるということ。

 その様に待ち合わせしているであろう三人組が、セーブポイントである広場の一角にいた。

 三人はそれぞれが異様な風体をしていた。

 

「まだかなあ、早く人斬りに……クエストに行きたいんだけど」

「いや、集合までまだ時間あるからなあ」

 

 

 一人は、狐の耳をはやした京(アルティメット)というプレイヤーネームの女剣士。

 顔立ちは整っており、和服を着て、刀を持っている姿は美しくもあろう。

 腰に佩いているのではなく、抜身の刃が黒い直刀を所持しているのでなければ。

 加えて彼女の視線はちらちらと他の<マスター>やティアンに向いている。

 今にも斬りかかろうとする肉食獣のような視線に対して、周囲の<マスター>は「こいつもしかしてリスキル狙いのPKなのでは?」「殺すべきでは?」「疑わしきは罰せよ」などと考えている。

 実際、彼女は今回の待ち合わせさえなければ嬉々としてそこらの<マスター>やティアンに斬りかかっていただろう。

 それだけならばこの修羅の国天地では、そう怪しい人物でもなかったかもしれない。

 

 

「まあでも楽しみってのは同意だな、ハハハハハハハハハハ」

「うわ笑い方気持ちわるっ」

 

 

 その隣に居る男二人も奇妙だった。

 一人は、鎧の男ーープレイヤーネームはダブルフェイスという。

 全身鎧を着て、両腕に銃を持っているーーのは大した特徴でもない。

 天地で武装しているものなど珍しくないからだ。

 銃口からは奇妙な笑い声が漏れ出しており、それも不気味ではあるが、まあ<マスター>なら仕方がない。

 問題は、当の本人がピエロメイクという鎧武者姿と絶妙にマッチしていない格好でへらへらと笑っていることである。

 有体に言って、通報されてもおかしくない状態だった。

 

 

「足首、太腿、うなじ……」

「「…………」」

 

 

 極めつけは、もう一人の小柄な男。

 プレイヤーネームをトーサツという。

 頭部をVRシステムのヘッドギアのような巨大なヘルメットで覆っており、顔の上半分が隠れている。

 そしてそのヘルメットには無数の眼球がついていた。

 そしてその目線はぎょろぎょろと落ち着かず、しかし規則性を持って動いていた。

 例えば、通りすがりのティアンの女性のうなじ。

 例えば、リスポーンしたばかりの露出度高めの女性<マスター>の太腿。

 例えば、同行者である狐耳女剣士の頬や指先、尻、脚。

 付け加えれば、彼の口の端からは唾液が漏れ出ている。

 不審者三人衆ーーを通り越してもはや犯罪者三人組である。

 あんまりにあんまりな三人を見て、「<マスター>だしペナルティないからとりあえずやっとく?」と考えた過激派が行動を起こそうとして。

 

 

「お待たせしました!すいません皆さん!」

『ふむ、壮観であるな』

 

 

 一人の存在によって、阻まれた。

 彼らに駆け寄ってきた待ち合わせ相手は、彼ら不審者の対極を行く存在だった。

 真っ先に浮かぶ印象は、光。

 ポニーテールにした金髪と丸くて大きい金色の瞳がキラキラと輝いている。

 頭には黒い狐面を乗せている。

 AGI型の全速力でかけてくるその姿は、愛らしい子犬を幻視させる。

 彼女の名は、安芸紅音。

 このパーティーのリーダーである。

 

 

「いや全然待ってないよ」

「俺達が速く来過ぎただけだからなあ」

「……ばるんばるん」

「なるほど!」 

 

 

 そんな紅音を見て、彼ら彼女らの雰囲気はふっと柔らかくなる。

 変質者から(ひとりのHENTAIを除いて)「変わった格好の人たち」程度にグレードアップした彼らを見て、天地の武芸者たちは振り上げかけた拳を下したのであった。

 

 

 ◇

 

 

 ちなみに今は集合時刻の十五分ほど前である。

 リアルで暇を持て余している鎧の男(ダブルフェイス)と、楽しみ過ぎて早く来てしまった残る二人が待っていただけである。

 

 

「じゃあ、全員揃ったしクエストいこうか。確か護衛依頼だったよね?」

「はい、そうです!」

 

 

 なぜ彼女らがクエストを受けることになったかといえば発端は先日の【ノワレナード】戦にある。

 MVPを獲得した紅音はもちろんのこと、この場にいる四人はすべて件の<UBM>討伐に参加した者達である。

 もともと別のゲームで知り合いだった京極と紅音はもちろん、あとの二人も【ノワレナード】を討伐した後、紅音と互いにフレンド登録をし、いずれまた一緒にクエストをしようと約束していた。

 彼女が自分一人でこなしきれないと思われた護衛のクエストをティアンから依頼されたのはその数日後のことである。

 ちなみに依頼されたのも<UBM>を討伐した<マスター>として紅音が有名になっていたことが理由だ。

 依頼者自身、身を守る手段はあったが、都市間の移動の際に初見殺しの塊である<マスター>への対応を<マスター>に任せたいらしい。

 実際<マスター>の中には野盗もいるので<マスター>に打診した依頼主の判断は間違っていない。

 それはともかく、「一人で多数を守り切るのは難しいですね!」と判断した紅音は交流のあった三人に協力を打診。

 そして。

 京極には、対人戦を前提としたクエストに参加しない理由はなく。

 ダブルフェイスには、唯一のフレンドに誘われた以上断るという選択肢はなく。

 トーサツにしてみれば付いていくか、尾行(つけ)ていくかどうかの違いでしかない。

 彼らは紅音の頼みを聞き入れ、二つ返事で引き受けた。

 

 

「それでは頑張りましょう!えいえいおー」

「「「おー」」」

 かくして、光属性忍者美少女と不審者三人によるクエストが始まったのである。

 

 

 To be continued 




秋津茜ちゃんをすこれ!


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双狐奇譚 四人組珍道中 後編

お待たせしました。
ハッピーハロウィン!
更新です。


 □天地郊外

 

 

 紅音をはじめ、京極やダブルフェイスも探索系のスキルはほとんどない。

 では、索敵は誰が担当するのか。

 

 

「……索敵は任せて」

 

 

 その言葉と同時、トーサツのヘルメット――<エンブリオ>から多くの目が分離し、散開する。

 それこそがトーサツの<エンブリオ>。

 銘を【百目機 アルゴス】という。

 TYPE:カリキュレーターに分類される<エンブリオ>であるアルゴスは本体(ヘルメット)に取り付けられた多数の子機()を飛ばすことで、索敵を行う<エンブリオ>である。

 また、あらかじめ目にSPを注ぐことで《看破》や《鑑定眼》などの目に関するスキルを子機でも使うことができる。

 さらにため込んだSPを消費することで「目」を隠蔽するスキルもある。

 彼のメインジョブである【高位瞳術師】と組み合わせることによって、幅広い応用力を持ったビルドとなっている。

 欠点は直接戦闘能力を持たないことと、瞳術師系統も含めてMPほどSPに特化したジョブがないので貯蓄量の制限がシビアなことだ。

 

 

「それにしても、本当に来るのかな、全然襲ってくる気配もないけど」

 

 

 京極は少し残念そうな口調でぼやく。

 彼女にとって最優先事項は対人戦であり、それができないならばここにいる意味が半減する。

 さすがに、パーティーを組んでいる紅音から離れるつもりもなかったが。

 

 

「まあ、いつ来てもおかしくはないだろお。なにせ<マスター>の犯罪者や野盗だけでもそれなりにいるじゃねえかハハハハハ」

「そうですね!」

『滾るのう』

 

 

 <Infinite Dendrogram>は自由を標榜するゲームであり、プレイヤーの中には当然アンダーグラウンドな道に進むものも多い。

 特に戦乱がおこりやすく、治安も悪い天地はその傾向が顕著だ。

 野盗クランを率いる”骨喰”狼桜や“破壊拳”餓鬼道戯画丸などは有名であるし、犯罪者ではないが”断頭台”カシミヤの様なPKも多い。

 最近では、あちこちで騒動を引き起こす”不定”という二つ名の<マスター>が注目を集めている。

 何でもかの人物は、所在も性別も不定(・・)であり、犯罪者を追うティアンや<マスター>も彼女を討つどころか、見つけることさえ困難なのだとか。

 閑話休題。

 

 

「……前方に人がいる。七、八人くらい。武装はしてない。……全員男」

「距離はどのくらいだあ?」

「……一キロメテル、だいたい」

「<マスター>かな?それともティアン?」

「紋章があるから全員<マスター>だよ、多分」

 

 

 武装をしていないなら、敵意はないのだろうか。

 つまり問題はないのだろうかと紅音は考えかけて。

 

 

「……あ、後方にも人がいるね。一人だけだけど」

「おい」

「それは……まずいね」

「え?」

 

 

 どういうことかと紅音は聞き返そうとして、しかし聞き返す暇は与えられなかった。

 もっと言えば聞く必要がなかった。

 すぐにわかることだったから。

 

 

「ーー《封牢結界》」

「ーー《哺爪展開》」

 

 

 <エンブリオ>のスキル宣言と同時、大量のモンスターが現れた。

 怪鳥、狼、牛、蛙、狐などなど多種多様だが、そのどれもがこちらを向いて突撃してくる。

 

 

 

「敵襲!敵襲だあ!」

 

 

 こうして、戦闘が始まる。

 

 

 ◇

 

 

「うん。たくさんいるね。テイマー系の<エンブリオ>かな?」

 

 

 【将軍】もかくやというほどの軍勢で迫ってくるモンスターを前にして、京極は状況を分析する。

 おそらくは、モンスターの運搬と即時展開に秀でた<エンブリオ>のスキル。

 キャッスルかテリトリーか、あるいはそのハイブリッドだろうか、と京極は推測したし、それは正しい。

 しかし推測が当たる外れるに関係なく、いずれにせよこれはまずい。

 天地のティアンは強者が多いが、それも大半は個人戦闘型。

 京極と紅音はどちらも個人戦闘型であり、数に対応する能力は低い。

 トーサツならば数に対抗できるが、純粋な火力はほとんどない。

 実際今も、《瞳術》を試用して足止めしているが、逆に言えば足止めにしかなっていないのである。

 だから。

 

 

「まあ、カモだよね」

 

 

 京極は剣をーーTYPE:アームズの<エンブリオ>を構えて特攻した。

 それは敵手からすればただの自殺にしか見えなかった。

 そもそも彼女は野伏系統のジョブに就いており、直接戦闘は不得手のはずだ。

 しかしそれは。

 

 

「やろうか」

「やりましょう!」

「ーー上のやつらはは任せろよお、ハハハハハハハ」

「「GYAHAHAHAHAHAHAHAHAHA」」

「……頑張ってね」

 

 

 二丁拳銃を構えた鎧武者の道化(ダブルフェイス)と、彼の<エンブリオ>が笑う。

 ダブルフェイスの<エンブリオ>、TYPE:ウェポン【双星器 ポルクス・カストル】

 右手に持つのは、防御力無視の固定ダメージ光弾を放つ《一ノ兄》。

 左手に持つのは、AGI型の長所を潰すレーザーを放つ《二ノ弟》。

 欠点としてはコストが少々特殊であることと、二つの銃が同時に使えないことだろうか。

 今回は、遠距離の飛行モンスターを打ち落とせる《二ノ弟》を使用している。

 

 

「クソっ!どうなってるんだ!亜竜級は?」

「いや、もう出したんだけど」

「じゃあなんでまだ潰せてないんだ?」

 

 

 彼らの戦術はシンプルだ。

 まず結界で後ろをふさぎ、モンスター生産の<エンブリオ>で作った大量の雑魚モンスターを別の<エンブリオ>で強化したうえで突撃させて消耗させる。

 そのうえで亜竜級のモンスターで圧殺するはずだが、それらが二人のモンスターに切り捨てられて破綻していた。

 一人は、安芸紅音。<エンブリオ>による蘇生で消耗は一切ない。

 もう一人は京極。消耗こそあるものの、その攻撃は緩まない。

 むしろーー少しづつ攻撃力が上がっている。

 それは彼女の<エンブリオ>、【戦黒武装 ダーウィンスレイブ】のスキル《吸血の牙》。

 一時間以内に殺した数に応じて、装備攻撃力に補正をかけていくスキル。

 すなわち殺せば殺すほど、彼女は強くなる。

 最初から強力なモンスターを向かわせておけばよかったが、それも後の祭り。

 もはや耐久特化の超級職であろうと、彼女の攻撃を無傷で耐えることはできない。

 ましてや亜竜級のモンスターでは到底受けきれない。

 

 

「くっそ!切り札を出す!《喚起ーー【アンイクアレッド(絶倫)・ボア】!」

「GYABOOOOOOOOOOOOOOOOO!」

 

 

 リーダー格の男が呼び出したのは、猪に似た化け物だった。

 体長は二十メテルに達しており、体格も通常の猪とは違っていた。

 無理やりに筋肉を肥大させたような、筋肉を詰め込んだように、不自然に筋肉が盛り上がっている。

 最近悪名をはせている”不定”なる人物から買い取った純竜級改造モンスターだ。

 いかに彼女が、<マスター>であろうと、あるいは忍者系統上級職の中で最も火力に秀でた【炎忍】であろうとも、一人で倒せる相手ではない。

 ついでに言えば他の面々でも火力が足りない。

 あるいは、上級に進化したことでさらに強化されたエルドラドのスキルを、《再始動(リスタート)》を使えば彼女だけは生き残れるかもしれない。

 しかし、それでは彼女がそのような<エンブリオ>に目覚めた意味も、ここにいる理由も消失する。

 彼女一人では火力が足りない。

 彼女一人では守り切れない。

 

 

「行きますよ!」

『承知した』

 

 

 そう、一人(・・)では。

 だから。

 

 

「《黒白分命(ノワレナード)》!」

 

 

 スキル宣言の直後、彼女の隣に一人の少女が顕現する。

 漆黒の狐面。

 動きやすいようカスタムされた忍者装束。

 金色の髪と瞳。

 そして伝説級の、威圧感。

 紅音と同じ服装で、容姿で、しかして雰囲気はまるで別物。

 紅音が光の少女なら、その隣の少女が放つ空気はまるで野獣。

 かつて人食いの<UBM>であった【黒召妖狐 ノワレナード】、そのなれの果てである。

 ああ、なるほどシンプルな話である。

 紅音一人で状況を打開できないのならば。

 彼女一人ではかなわないのであれば。

 

 

「やりましょう!ノワレナードさん!」

「無論だ」

 

 

 ーー彼女達二人で戦えばいいだけの話である。

 

 

「紅音よ、今回もあれ(・・)でいいのか」

「はい!あれをやりましょう!」

「心得た」

 

 

 【漆黒狐面 ノワレナード】が保有する最大のスキル、《黒白分命》。

 効果は大きく分けて二つ。

 一つは、紅音自身と全く同一の能力、外見の分身の生成。

 《看破》などのスキルをもってしても見破ることはかなわない。

 欠点としては、【漆黒狐面】以外の装備品は再現しているのは見た目のみであり、装備補正や装備スキルは反映されない。(それでもジョブや<エンブリオ>のステータス補正、加えて【漆黒狐面】の高いMP補正も乗るので十分すぎるともいえる)

 もう一つは、ノワレナードによる分身の操作。

 【漆黒狐面】は意思のある特典武具であり、普段から紅音たちと会話することも可能であるし、実際にしている。

 死してなお、<UBM>の意識が特典武具に現れるという事例ははほとんどない。

 しかし可能性としてないわけではないし、事実【漆黒狐面】や……のちに現れるとある特典武具(・・・・・・・・・・・・・)はそうなのだ。

 紅音自身のステータスを基準としていることと、制御機能がないために消費MPも召喚スキルとしては低い。

 制御する機能がないため、紅音本人に牙をむく可能性もあるが……すでにそうならないほどの絆を結んでいるため心配はいらない。

 

 

「《火遁--」

「《合技ーー」

 

 

 二人の宣言に伴い、魔力が熱量に変換され、その熱量がコントロールされる。

 アーキタイプシステムによるものではない。

 ノワレナード、彼女の技術によるものだ。

 ノワレナードは、もともと魔力で構成した分身を自在に操作する<UBM>.

 自身のAGIが100程度であるにもかかわらず、亜音速の分身を動かしていたほどの技術である。

 魔力の操作という技術は、<UBM>でなくなった後もいまだ健在だ。

 その技量と、紅音の魔力で行われる合技。

 

 

「「――合火球》」」

 

 

 すなわち、合体魔法である。

 その魔法は、とても小さかった。

 ゴルフボールの、その半分程度の直径でしかない球。

 極小の知性でその程度なら問題ないと判断して【アンイクアレッド・ボア】は突撃を続ける。

 本来の二倍、否、ノワレナードの魔力コントロールによってそれ以上の威力を発揮した豪火の球。

 それは西方の魔法系超級職の奥義に限りなく近い、極小の太陽であり。

 

 

「GYABO?」

 

 

 突進してきた【アンイクアレッド・ボア】を正面から貫き、絶命させ、光の塵に変えるには十分だった。

 襲撃してきたモンスターと<マスター>が全滅したのはその五分後だった。

 

 

 ◇

 

 

 それからほどなくして護衛のクエストは無事に終わった。

 その後も彼らは固定でパーティ―を組むことになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 To be Next Episode




読んでくださってありがとうございます。
今年中に三章始められたらいいなあって感じです。
気長にお待ちください。

余談
・瞳術師系統
忍者系統派生職
超級職の奥義は天照的な何か。

・【炎忍】
天属性攻撃魔法に寄ったジョブ。
超級職の名前は……お察しください。

・【ノワレナード】
二人は!プ□きゅあ!的な感じです。
割となついてるよ。
ちなみに機嫌損ねると償還した傍から殺される可能性もあるけどそこは隠岐紅音ちゃんなのでノープロブレム。


















???「”ふてい”ってなんか背徳感あるよねえ?」


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砂海にて望むもの
プロローグ 此岸


陽務楽郎、サンラク、誕生日おめでとうございます。

というわけで記念に更新かつ三章開始です。


□ドライフ皇国・某所・数か月前

 

 

 ドライフ皇国に所属する<マスター>である、ルストとモルド。

 つい最近、<叡智の三角>を脱退し、己の道を歩む二人一組の<マスター>である。

 彼女達のデンドロ内における時間の使い方は、概ね二つに収束する。

 基本的に機体の改造や新機体の生産と、それらのテストとコスト集めを兼ねた狩りの二つだ。

 今はレンタルした工房の内部で、資料の山とにらめっこをしながら前者――つまり新機体開発の真っ最中だったが……。

 

 

「モルド、これを見て」

「うん、わかった」

 

 

 ルストの漠然とした指示を受け、一度モルドは思考を打ち切る。

 うずたかく積まれた紙の山から当然のように「これ」が何かを看破した彼は一枚の紙を取り出して広げる。

 

 

「カルディナの、トーナメント?」

「そう」

 

 

 その紙に書かれている内容を簡単に説明すると、こうだ。

 曰く、カルディナの決闘都市でトーナメントが開かれる。

 曰く、参加できるのはカルディナに所属していない<マスター>のみである。

 曰く、優勝者は莫大な賞金と副賞としてレアアイテムを得ることができる。

 曰く、複数の部門を設けている。

 曰く、参加賞として出場者全員にカルディナへの所属を認める。

 さらに言えば、副賞の一つは……。

 

 

「その優勝賞品、ぜひとも欲しいところ」

「ああうん、なるほどね」

 

 

 厳密には副賞であり、メインは賞金だったが、そこは彼等にとってはさほど重要ではない。

 彼らにとって重要なことは、今自分たちが求めているものを得る手段があるということだ。

 

 

 

「……サンラク達も来るかな」

「それはないんじゃない?あの人たち今はアルターにいるみたいだし」

 

 

 それでもモルドは思う。

 そうだったら面白いかな、と。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □【旅狼】チャットルーム

 

 

 鉛筆騎士王:というわけで、みなさん

 鉛筆騎士王:カルディナで行われるトーナメント、ぜひ参加しようね

 サンラク:は?

 オイカッツォ:ええ……

 京極:ちょっと難しいかなあ、天地って国外に出るのが難しくってね

 秋津茜:今から急げば間に合うかもしれません!頑張りましょう!

 京極:わかったよ

 京極:やるだけやってみよう

 鉛筆騎士王;甘々だねえ

 オイカッツォ:順調に浄化されてるね

 サンラク:単なるメッキだぞ

 サンラク:幕末に汚染された奴らはみんなメッキを纏う、中身はサイコパスだぞ

 鉛筆騎士王:隙あらば自分語り、そういうとこだよサンラク君?

 サンラク:は?かかってこいよ

 ルスト:語るに落ちてる

 京極:君もリアルとゲームじゃ全然違う癖によく言うよ

 京極:随分と甘々な日常を過ごしてるみたいじゃないか

 サンラク:おいまてきょうてぃめっと

 サンラク:そのへんのはなしはここでしたらせんそうだろうが

 京極:幕末で受けて立つよ

 オイカッツォ:動揺してるなあ

 サイガ‐0:あの、京極ちゃん

 サイガ‐0:その話はここではやめてもらえると……

 サンラク:レイさん?!

 鉛筆騎士王:夫背後から伏兵が!

 サイガ‐0:おっ!

 サイガ‐0:とっ!

 サンラク:ペンシルゴン、そういうのやめようね

 鉛筆騎士王:いや今のは普通に誤字だから、ごめんね妹ちゃん

 秋津茜:よくわからないけど楽しそうですね!

 サンラク:まあともかく

 サンラク:本題に戻ろう

 サンラク:カルディナならまあ何とか行けると思う

 サイガ‐0:そうですね、走ればそこまで時間はかからないと思います

 鉛筆騎士王:なお私はすでに、会場となる<闘争都市>デリラにいます

 モルド:僕たちもすでにカルディナにいるよ

 ルスト:サンラク

 ルスト:楽しみにしている

 サンラク:あー

 サンラク:やっぱり知ってたか

 ルスト:まあ目立つし

 鉛筆騎士王:変態の国民だからねえ

 サンラク:お、やるか?

 

 

 ◇

 

 

 □■???

 

 

 暗く小さな部屋だった。

 壁も床も天井も黒く、それでいて広さはビジネスホテルの一室程度しかない。 

 ただ一つだけある、魔力式のランプだけが唯一の光源だった。

 加えて、なぜかどこにも出入り口が存在しない。

 扉はもちろん、小窓すらない。

 暗く、昏い、そんな小部屋の中央にいるのは、一人の女だった。

 ウィンドウを見ながら、何事かを思案している。

 やがて、思索は終わったらしく、彼女はウィンドウを閉じる。

 

 

「さあて、情報や手駒もそろったしそろそろ大丈夫かな」

 

 

 女は、笑う。

 少し先の明るい未来を想定して、笑う。

 だってずっと待っていたから。

 あちらこちらを渡り歩き、情報やコストを集めた。

 間違いがないように、彼について入念に調査した。

 彼が求める対価を得るために、様々な手を打ち、人脈を張り巡らせた。

 ――そして、時は来た。

 

 

「必ず手に入れるよお、待っててねえ、サンラクくうん」

 

 

 そのすべては、ただ別の世界で出会った彼を求めて。

 想い人を得んとして、魔女が動き出す。

 

 

 カルディナの砂漠を舞台として、数多の思惑が動き出そうとしていた。

 

 

 Open Episode 【The things which they want in desert】

 




10時にもう一話上げます。


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プロローグ 彼岸

短いので、二話更新です。


 □■とある親子

 

 

「あたしも、カルディナに行くわ」

「……サンラク達の許可はとったのかよ?」

「得てないわ」

「あん?」

「サンラク達の許可なんて関係ない。あたしは一人で行くって言ってるの」

「…………」

 

 

 ルナティックは固まった。

理解できない。いや、理解はしている。

 彼女はサンラク達と出会って変わった。

 彼女なりに考え、工夫し、レベルもサンラク達と組んでのレベル上げによって既に四百を超えてカンスト寸前だ。

 さらに言えば、彼女が何のためにカルディナに行こうとしているかははっきりわかっていた。

 言葉で説得はできないだろう。

 止めようとすれば、力ずくで拘束する外はない。

 ーー彼が現在進行形で、自分の妻にしているように。

 

 

 

「…………好きにしろ」

「言われなくてもそのつもりよ」

 

 

 そんな選択肢は、人間の家族に対して取れるはずもなく。

 ルナティックは、ステラを止めることは出来なかったし、しなかった。

 そうして、一人の少女もまた、己の目的のために砂漠へと赴くことになった。

 そこに、何がいるか、何が来るのかを彼女は知らないままに。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■カルディナ東部・砂漠

 

 

 カルディナには様々な呼称、側面がある。

 曰く商人の国。

 文字通り、商業がもっとも盛んな国である。

 曰く物流の国。

 各国の特産物がーーそれこそ公的には輸出していていなはずのものまで――金を積めばすべて手に入る。

 曰く金の国。

 「金銭の多寡が貴賤を決める」などと言われるほど、金の影響力が強い国。

 身分などを買うこともできるし、犯罪の刑罰を帳消しにすることだってできる。

 それこそ殺人のような重罪でも、莫大な金を払えば無罪になる。

 まさに地獄の沙汰も金次第、である。

 逆に言えば、金がなければ文字通り、すべてを失う魔境でもある。

 そして――砂の国。

 カルディナ名の国土の大半は砂漠であり、ごく一部のオアシスに居住区が設けられる。

 例外は、国内のあちこちを移動しながら討伐されないとあるモンスター(・・・・・・・・)くらいのものだろうか。

 

 

 魔法職と思しき杖を持ち、ローブを着た男。

 ピンと尖った耳は、彼がレジェンダリアなどで見かける亜人種であることを示していた。

 外見年齢は十代に見えるが、長命種の可能性も大いにあるため実年齢を判断するのは難しい。

 彼は無言で竜車の座席に座っていたが。

 

 

「……邪魔だな、虫が」

 

 

 ふいに一言呟いて、竜車の左側に目をやった。

 直後、砂が盛り上がり一帯のモンスターが姿を現した。

 ダンゴムシを巨大化させたかのような見た目の魔蟲。

 

 

「SHUUUUUUUUUUUUUUUUUU」

「に、逃げろおおおおお!」

「くそっ!あれ純竜クラスじゃねえか!なんでこんなところに!」

 

 

 そのモンスターの名は、【メイル・ドラグワーム】。

 雑食性の魔蟲であるこのモンスターは、耐久力に特化しており、その甲殻は物理魔法共に防ぐ高い耐性を持つ。

 AGIが一〇〇〇程度、純竜クラスの中ではかなり低いという欠点はあるものの、それでもこの竜車で巻くのは困難な相手だ。

 最も防御の薄い腹部でさえ、戦闘系上級職の奥義を複数回あててやっと、というほどに硬い。

 さらに言えば、突進による攻撃力も純竜クラスでは上位を誇る。

 本来はこのような安全なルートを通るはずもないモンスターだが、<Infinite Dendrogram>ではこういったイレギュラーも珍しくない。

 予想外の強者による奇襲によって弱者が狩られるという、ありふれた話だ。

 

 

「お、おいあんた何やってんだ?」

「排除する」

「は?」

 

 

 亜人の男が、いつの間にか立ち上がり、ワームの方を向いていた。

 男は、杖を【メイル・ドラグワーム】に向けた。

 

 

「SHUUUUUUUUUUUU」

「《キネティック・サプライズ》」

 

 

 ただ一言。

 杖を向けた上でのスキルの宣言。

 直後、【メイル・ドラグワーム】は光の塵になった。

 純竜クラス最上位の耐久力を持つ【メイル・ドラグワーム】がただの一撃で死んだのだ。

 それを為したローブを着た男は、何の感慨もなく、また竜車の座席に座り込んだ。

 まるで、今純竜上位のモンスターを倒したことが、ごく当たり前のことであるかのように。

 否、実際彼にとっては当たり前のことなのだ。

 彼にしてみれば、ハイエンドでもない純竜クラスなど雑魚でしかない。

 残酷に思えるほどに、シンプルな話だ。

 予想外の強者(・・・・・・)による奇襲で、弱者(・・)が狩られただけの話である。

 

 

「お兄さん、さっきのすごいですねえ。ありがとうございます」

「どうも」

「どこまで行くんです?」

「デリラまで」

 

 

 彼の隣にいた男性のティアンが話しかける。

 それに対して、男も淡々と答えていく、もとい流している。

 

 

「デリラってことは、決闘に出るんですか?」

「いや、ちょっとした観光でね」

「ああ、<マスター>のトーナメントですかい?いやあ実は私もなんですよ!」

「なるほど」

 

 

 そうして適当に会話をやり過ごしながらも、彼の脳は別のことに意識を割いていた。

 彼が考えるのは、デリラに向かう目的と、それに対する期待。

 

 

(楽しみだな。各国から集まる<マスター>同士による決闘。大いにスキル開発(・・・・・)のためのサンプルになるだろう)

 

 

 彼の名は――【杖神(ザ・ケイン)】ケイン・フルフル。

 かつて、レジェンダリアで英雄と呼ばれた男もまた、己の目的を求めて<闘争都市>デリラへと赴く。

 

 

 To be continued

 




此岸……こちら側、この世

彼岸……あちら側、あの世

三章は毎週土曜日更新予定です。


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機械仕掛けの鎧の巨人

日間ランキングで10位に入ってました。
皆さんありがとうございます。

これからも、感想、お気に入り登録、評価、誤字報告、そしてご愛読よろしくお願いします。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 ギデオンでの銀だこ討伐から、早くも八ヶ月が経過。

 俺が<Infinite Dendrogram>を始めてから九か月が経過したことになる。

 俺とレイは、相変わらずレジェンダリアを主な拠点として活動し、まあいろいろあった。

 クリスマスイベントでサンタを狩りまくったり、正月は実家に帰りつつ干支モンスターを狩ったり、バレンタインイベント中にアムニールに現れた大根脚のPKを討伐したり……いや色々ありすぎだろ。引くわ。

 聞けば件のPK,リアルの痴情のもつれをデンドロに持ち込んで報復PKしたらしい。怖いわ。

 

 

「まあ、俺も人のふり見て我がふり直すべきかねえ」

 

 

 そこまでひどいことをやらかそうとしたわけではないのだが、結果的にやらかして何度かあわや骨抜きされそうな状況に陥っている。

 いや、まあステラの件とか完全に俺の不手際なんだけど。

 閑話休題。

 そんな日々を過ごすうちにシステム的な面でも、俺たちは相当に強くなったと思っている。

 <エンブリオ>は第六形態まで進化し、ジョブのレベルもかなり上がって俺もレイもすでにカンストしている。

 今はお互い<超級職>への転職条件を探しているところだ。

 レイは、狙撃手系統超級職を目指し、俺は……何系統にしようか迷っている。

 ……【超闘士】は埋まっちゃったしなあ。就いた奴が奴だけに納得しかない。

 いや、俺も決闘ランキング一位目指そうとはしたんですよ?

したんですけどね、正直あれは無理だわ。

初手で装備剥かれたら、俺含めて闘士系統は何もできんよ。

そもそも俺は正直フィガロ達ほど決闘に精を出してなかったので、しゃーないという話ではある。

 脱がせ魔みたいに、デンドロは対人ガチ勢はそれに即した<エンブリオ>になってくることも多いからなおさらだ。

 だから素直におめでとうって、英語でメールしたよ。

 悔しかったけどね!いややっぱりアルターに移籍しとけば……よし、やめやめ!

 ティックやステラとのつながりもあって、どちらかといえばデンドロではモンスター討伐が主軸になっている気がする。

 基本レイ、キヨヒメ、ステラと一緒にステラやティックのおすすめ狩場に行くことが多い。

 その後大半のドロップアイテムを売却して、一部をティックに預けて装備を整えて……っていうのがルーティーンだ。

 デンドロ始めた時からあんまりやってること変わらんな俺。

 例外も二つくらいあって、一つはレイがいない時。

 一応大学は同じではあるが、それでも常に予定が合うわけではない。

 授業も、出席番号の関係で違うことがあるしな。

 は行とさ行でちょうどきれいに分かれちゃうんだよね。

 それは二回生になっても変わらないらしい。

 

 

「……いっそ、入籍すればクラス離れずに済むか?」

 

 

 まずレイに提案して同意を得ないとだし、仙さんにも相談しないとだけど。いや、もう二回生のクラス決まっちゃったし今更遅いかな。

 三回生以降は選択科目も増えるし。

 まあそれは置いておくとして、レイがいない時は、大抵ソロであちこち突っ込んでいく。

 もう一つは、ティックがたまについてくることがある。

 割と奥のほうまで行くときに限るので、ステラを心配してのことかもしれない。

 一回<UBM>と遭遇したからなあ。

 旦那抜きでも逃げられたかどうかは微妙だ。

 その間、レイの特典がいろいろとすごいことになったり、ステラやティックと一緒に<UBM>と戦ったりもした。

 しいて言うなら、ティックの戦闘能力は頭がおかしいよって。

 うん、攻撃の余波で森のあちこちにクレーターができてたからなあ。

 メルヘンな国なのに大砲バカスカ撃ちまくるから、自然環境と世界観がデストロイ。

 レイや俺の装備を含めて、なんでかメカ寄りになってるんだよな。特に、レイの防具。あれはヤバい。素材自体は、メカ寄りでも何でもなかったのに。

 俺としては好きなんだけどね、機械。

 というかこっちの魔法系の道具はヤバすぎる。

 なんでポットに足が生えて給仕してるんですかね、妖怪かな?

 一応こっちを巻き込まないように気は使ってたみたいだけど、それでもなお生きた心地がしなかったぜ。

 まあそれで倒しきれなかった<UBM>も大概だが。

 最終的には、何とか倒せたからよかったけど、俺だけじゃなくてレイまでデスぺナしてしまった。

 勝てば得られるものも多いんだけど、いきなり襲撃してくるのはクソゲー過ぎるので勘弁してほしい。

 俺たち<マスター>はともかく、NPCはリスポーンしないからね。

 NPCがリスポーンしてしまうとリアリティがなくなるってことなのかもしれないけど。このゲームホントにリアリティ重視だからな。

 シャンフロもリアリティ重視のゲームだったが、デンドロのソレはもはやリアリティというものを超越してしまっている気がする。

 臓器とか断面みたいなグロい絵面……もといグロフィックはともかく、アンデッドの腐臭とか、ゲーム的に普通再現しないだろ。小学生とかトラウマもんだぞ。

 まるで一つの世界を、「これはゲームですよ」と無理やりに脚色したかのような……。

 

 

「ははっ」

 

 

 自分でそんな想像をして、思わず笑みがこぼれる。

 異世界に行きたいとは思っていないし、思ったことはない。

 ただ、俺はゲームを、スリルを楽しみたいだけだ。

 おっと、周りの視線が痛い。

 ええい止めろ、不審者みたいな目で俺を見るんじゃない!

 そこのティアンの親子!「ママー何あれー!」「しっ!見ちゃいけません!」じゃねーよ!

 そんな不審者でもないだろ?

 俺なんてただ鳥頭で、半裸で、突然笑い出しただけでーーそれだけのーー結局ただの不審者じゃねーか!

 

 あれだな、濃い連中ーー緑ずくめのロリコンだの、野性的ロリコンだの、赤ちゃん返りだの――と関わりすぎて、感覚がマヒしているのかもしれない。

 クソゲニウムの過剰摂取と同じ、時にはカミゲニウムで中和しなくては精神がすさむばかりだ。

 さて、こうして待っているわけだけど……お、ちょうどインしたみたいだな。

 

 

『あの、サンラク君』

 

 

 おっと、俺が待ち人を見つけるより早く見つかってしまった。

 こうして待ち合わせするのも、もう何度目か。

 リアルでもゲームでも数えきれないほどあっていると思う。

 なんとなく、向こうは数も把握しているような気がするのは買い被りだろうか?……さすがにそこまで覚えてないよね?

 その人物を一言で言い表すならば、鎧の巨人。

 白銀色を基調とした、全身鎧ーー【エンネア・タンク】を身にまとっている。

 その鎧も、西洋風の騎士が着るような甲冑ではなく、武士が身に着けるようなものとも違う。

 むしろ機械じみており、パワードスーツというのが適切な表現であろうか。

 体高は鎧も含めれば、二メートルに達するだろう。

 当然、サンラク(俺のアバター)よりも大きいので、俺はその頭を見上げる形になる。

 両手に持っている蛇のような意匠(・・・・・・・)の狙撃銃も相まって、「SFのラスボス」という表現が一番しっくりくる。

 

 

 

『すいません。遅れてしまって』

 

 

 しかしてその巨体から発せられるのは、その外見に反して高い、女性の声だ。

 俺にとっては、聞きなれた身近な声だが。

 

 

「え?全然大丈夫だよ。レポートで忙しかったんでしょ?レイ(・・)のせいじゃないし」

『あ、はい?なんとか終わりました、サンラク君』

 

 

 さて、彼女――サイガ‐0――とも合流できたので、あとはティックに挨拶して、ステラと合流するだけ。

 

 

「――いざ、カルディナへ行かん、ってな」

 

 

 さーて、デリラだかゲリラだかゴリライオンだか知らんが、ひと暴れしてやるよ!

 

 

 To be continued

 




Q.八月から翌年の四月ってめっちゃ期間空いてない?
A.作劇場仕方ないので許してください。


 余談
【双壊砲】
ルナティック作の魔力式大砲。
右は、耐久型を無為とする闇属性、左は、回避不能の光属性魔法。
使用者のDEXを参照した自動照準機能が搭載されている。
生産系超級職でないと満足に扱えない代物。
というか、ルナティック本人が戦うために作ったもの。
某犯罪組織殲滅の際にも使われている。
しかし、「物理も魔法も防ぐバリアを展開する」<UBM>相手には足止めにしかならなかった。


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親の心、子が知っているのかどうかさえ知らず

UA9万突破しました。
ありがとうございます。
これからも頑張ります。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

「あら、もう来たのね」

 

 

工房にいつも通り入ったところで、声をかけられる。

 声の主は、背の低いうさ耳の亜人の少女――ステラだ。

 ショートパンツを履き、その上から魔法職らしいフード付きのローブを羽織っている。

 腰にワンドを佩き、ウエストポーチ型のアイテムボックスを身に着けている。

 今回、カルディナへの旅路に同行したいらしい。

 厳密には、彼女も別でカルディナに用事があり、たまたま俺達がカルディナに行くのでどうせなら一緒に言ったらどうか、とティックから提案された形だ。

 俺達には特にそれを断る理由も思い当たらなかったため、快諾した。

 一人で行かせて死なれでもしたら、後味悪いしな。

 デンドロにおいて、NPCの死は珍しいことではないらしいしな。

 最近だと、どこかの<マスター>が何万単位でNPCをジェノサイドしたらしい。

 その<マスター>も超級職――【疫病王】だったかーーについていたらしいし、やっぱり<超級職>の恩恵はでかいということだろう。

 最近では、フィガロも含めて<超級職>や<超級エンブリオ>をもつ<マスター>も増えてるし、やっぱり超級職獲得は急務だよな。

 

 

『おう、ティックの旦那は?』

「奥にいるわよ。なんか作業してるから、もう少し待ったら?」

 

 

 とりあえず、そのまま奥の工房にいけばいいか。

 声かけなきゃ邪魔にはならんだろうし。

 ンで、そんなこんなで三十分くらい待って、ようやく作業の終わったらしいティックがこちらを向いた。

 うーん、これ狩りに行った方がよかったかな。

 

 

「よう、サンラク。頼まれてたもんならできてるぜ」

『ありがとうございます』

 

 

 ここ九か月、俺は何度も装備更新を行っている。

 <這いよる混沌>との戦いで壊れた盾は、また素材を持ち寄ってさらなる強化を施してもらい、生まれ変わった。

 他にもいくつか<エンブリオ>の新たなスキルに対応した武器も作ってもらったので旦那には足を向けて寝られない。

 マジでありがとうございます。

 しかも、素材を余った分の素材を代金として引き取ってくれるんだから、本当マジで感謝。

 これは他の生産職もやってるらしいんだけど、こいつほどの代物を作れるのは少なくともレジェンダリアにはいないだろうな。

 

 

『じゃあ、行ってきますね』

「……サンラク」

『はい?』

「娘を……頼む」

 

 

 ティックが、頭を下げていた。

 え?何急に?

 

 

「俺は、レジェンダリアから離れられねえ。自分の責任を果たさなきゃならねえからな」

『…………』

 

 

 ティックの「責任」というワードの意味は、正確にはわからなかった。

 ただなんとなくはわかる。

 おそらくはそれがルナティックというNPCの核であり、存在意義なのだろう。

 あるいは俺を強くしようとしているのも、それが理由なのかもしれない。

 なら、俺がやるべきこと(演じるべきロール)なんて決まっている。

 俺のよりも頭一つ分以上に、低い位置にある彼の肩に置いて不敵に笑う。

 ……いやまあ、顔見えてないけど。細けーことはいいんだよどうでも。

 大事なのはどんだけ没入できるか、キマるかだ。

 

 

『任せてください。絶対一緒に……全員で帰ってきますから』

「……ああ、頼むぜ、本当にな」

 

 

 レジェンダリア最高の生産者は、安堵したような声を出した後、にやりと笑った。

 なんとなく、俺が笑ったのも、伝わったような気がした。

 

 

 それにしても、ティックもなんだかんだ父親だよな。

 

 

『俺も、子供ができたらああなるのかな』

「こどっ!」

 

 

 あ、またバグった。

 

 

「こ、こどっ!こどっ!こどっ!」

「……提案。母上、落ち着いてください。あと父上、その物言いは心に刺さります」

 

 

 

 □■<闘争都市>デリラ

 

 基本的にカルディナに行こうとするのならば、案内人が必須だ。

 金をケチって自分だけで行こうとすれば、ワームにすりつぶされるか、狡猾な野盗に命ごと財産を奪われるのがオチだ。

 そんなことをステラに延々と説教され、サンラク達も予定を変更、安全な、というか普通の方法を選択した。

 結果として、それなりの出費になったが、サンラク達にとっては払えない額でもないし、それどころか払うのを躊躇う額ですらない。

 かくして、サンラク達は無事<闘争都市>デリラに着くことができており。

 

 

「いやあ、よく来てくれたねえ。思ったより遅かったケド」

 

 

 ”嬲り殺し”アーサー・ペンシルゴンと久しぶりに再会していた。

 

 

『いや道案内探すのに手間取ったんだよ。というか事前に教えてくれてもよかったんじゃねーの?』

「案内人のこと?ああ、てっきり知ってるだろうと思って言わなかったんだケド。まあどのみち、サンラク君に言っても無駄でしょ、すぐ忘れちゃう鳥頭だし?」

『ああそうなのか、良かったよ。てっきりボケて言い忘れたのかと思ったからさ、もう年だからな』

「『あっはっはっ』」

 

 

 お互いに、調子を合わせたように笑って。

 サンラクは、《瞬間装備》した【双狼牙剣 ロウファン】を構え、ペンシルゴンは黒紫色のオーラ――ディストピアを展開する。

 

 

『あ、あのサンラク君、ペンシルゴンさん、落ち着いてください、ね?』

『父上、ストップ』

「あんたたち何やってんのよ……」

 

 

 レイ達が止めに入ったので、なんとかその場は収まった。

 なお二人とも、その後も口では散々に煽りあっており、それを初めて見たステラは「なにこれ?子供の喧嘩?」と思ったが、口には出さなかった。

 とばっちりを喰らいそうだったからである。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 サンラク達一行が、ペンシルゴンと合流した後。

 ステラは、調べたいことがある、と言ってどこかに行ってしまった。

 元々一人で行くつもりだった、とティックから聞いているのでまあそういうこともあるだろうとサンラクは納得した。

 一応パーティーメンバーからは外れてないから、ステータスに異常があればすぐにわかる。

 

 

「さて、それでは試運転と行きますかあ!」

 

 

 ティック謹製の装備。

 説明はあらかじめ受けているものの、本番でいきなり使用するのは不安が残る。

 アイテム集めも兼ねて、カルディナのワームで試し切りするのがいいだろうと判断した。

 《配水の陣》を起動、空中をかけながら、ワームを探して。

 見つけた。

 ワームを、そして探してもいなかったものを。

 

 

 

 「うん?」

 

 

 ワームに囲まれている十歳くらいの女の子と、二十代と思しき成人男性。

 男の方が手甲を付けているため分からないが、少女の方は左の手の甲が見える。

 サンラクはサブジョブでとった【斥候】の《遠視》で、多少距離があろうとものをはっきり見ることができる。

 刺青も何もない、小さな左手の甲が見える。

 

 

「あれは……ティアンか?」

 

 

 To be continued

 

 

 

 




冷たい方程式面白いですねえ。

追記
9時38分
やべーミスを修正しました。
報告してくださった方、ありがとうございました。


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砂の上で、鳥たちが集う

遅れてすいません。



□【猛牛闘士】サンラク

 

 

 ティアンの女の子と、<マスター>の男。

 ……一瞬「事案か?」と思うが、そんなことを考えている余裕はないみたいだな。

 お、男の方が分身した。

 《影分身の術》みたいなジョブスキルか、と思ったけどジョブを《看破》したら【砕拳士】って出たし<エンブリオ>のスキルか。

 あ、実体はないのか幻影かな?

 紋章は……なんだあれ、ドラゴン?羽毛の生えた竜?始祖鳥か何かか?モチーフが全然わからん。

 神話や伝説、童話なんかがモチーフらしいんだよね<エンブリオ>って。

 分身で相手をかく乱しながら、拳で殴るってスタイルみたいだな。

 ティアンの方は、ジョブにもついていないらしい。

 ステラがあんな見た目なので実感しづらいけどティアンって子供はジョブに就かないのが普通らしいんだよな。

 さっさと子供の内にレベル上げといたほうがいいんじゃないかと思うが、どうやら子供の内にレベルを上げると体の感覚が追いつかないので危険なのだそうだ。

 言われてみれば、ステータスが全然違う人たちが握手したり……ナニかしたりしてもステータスの低い側がダメージ受けないのってすごいことかもしれない。

 最初は戦闘時と非戦闘時でダメージ計算が違うのかと思っていたが、子供がそうでないならどういう基準なんだ?

 他人のイベントに干渉するのはどうかと思うんだが、まあティアンはリスポーンしないみたいだし。

 

 

『それはちょっと後味悪いから、な』

 

 

 《配水の陣》から飛び降りて、ムカデのようなワームの一体に着地。

 ハイハイ皆さんご注目!種も仕掛けもありますねえ!

 これより使いますのは、たった今《瞬間装備》しましたティックお手製の両手斧【ミニマムアックス】と、普段使いの【双狼牙剣 ロウファン】、そしてなによりケツァルコアトルが第五形態で獲得した【豊穣戦帯】、そのスキル!

 

 

『《豊穣なる伝い手(アイビーアームズ)》!』 

「GYOOOA!」

 

 

 うーん、足場が不安定だな。

 ハイとりあえず防御力無視のスキルを持つ【ミニマムアックス】でクソムカデの頭部を粉砕。

 光の塵へと崩壊を始める足場から移動するための一手を既に打っている。

 俺の履いている腰蓑――【豊穣戦帯】から、深緑色の蔦、もとい二本の触手を射出する。 

 なんか「すごいねえ、触手プレイだねえ!」とか聞こえた気がするんだが、気のせいだよな?

 脳内ディプスロは戦闘シーンではただただ邪魔なだけなのでどっかに行っててくれ。

 クソっ!止めろ「放置プレイも好きだよお」じゃねーんだよ!死ね!燃えろ!骨も残らず消えろ!

 《豊穣なる伝い手》を高みの見物決め込んでる蜂型のモンスターに向けて射出する。

 深緑の触腕が蜂型のモンスターに巻き付き、焼失しかけていた足場から飛んだ俺を巻き取る。

 

 

「KYU」

『遅えんだよなあ!』

 

 

 蜂が何らかの対応をするより早く、斧で両断する。

 

 

「PYUUUUUUUUU!」

 

 

 おっと、背後から何か来てるな。

 キーキー叫んじゃってまあ。

 まあ《配水の陣》使って避けてもいいんだけど、さ。

 

 

『こういう殺り方もあるんだよなあ!』

 

 

 もう一本の触手が背後に対して円周運動。

その勢いと武器の攻撃力によって、先端に握られた【双狼牙剣】が羽虫の翅を切り落とす。

 状態異常でHPを削られながら、落ちていくウスバカゲロウを視界の端で確認。

 これで終わりかな。

 うーん、必殺スキルや三番目のスキルは、出番なしか、歯ごたえなかったな。

 

 

『下の方も片付いたっぽいな』

 

 

 二人とも無事みたいだ。

 男の方は多少傷負ってるが、まああの程度ならアイテムで回復できるだろ。 

 あいにくと俺はほとんどHP回復アイテムはもってないから、渡したりは出来んけどな。

無い袖は振れんよ。

さて、袖の下を稼ぐためにもドロップアイテム、とついでにあの二人も回収しますか。

 

 

「私は、シオンといいます」

「……グライ・ドーラ。さっきは助かった、あんたが来なかったら危なかった」

 

 

男の<マスター>がグライで、女の子のティアンがシオンか。

 

 

 

 

『とりあえず、町まで行こうぜ。ここは危ない』

「あ、ああ。ありがとう」

「……お願いします」

『ああ、ドロップアイテム回収してからでもいいか?』

「構わない。何なら俺が倒した奴も持って行っていいぞ」

 

 

 え、いいのマジで?

 いやー太っ腹だなあ!ゴチになります!

 とまあ、狩り場に出てきて早々町までUターンすることになった。

 まあ、またもう一回戻ればいい話だしな。

 町の中に入れば、ワームに襲われることはないだろうから。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 いやー良かった良かった。

 ドロップアイテムの中には、結構いいのもあったから本当に儲けものだよな。

 そういえば、グライだっけ、フレンド登録しとけばよかったかな。

 ま、別にいいか。

 おや、何か向こうにワームの群れがいるなあ。

 こっち来てるみたいだし相手してやるかあ!

 でもなんかこいつら変だな、まるで逃げてるみたいな。

 

 

『あ』

 

 

 目の前のワームの群れが、爆炎によって吹き飛ばされた。

 文字通り、飛来したミサイルによって消し炭になった。

 

 

『……誘導ミサイル、全弾命中』

『いや、今のもう少しで人にあたるとこ……あれ、彼もしかして……』

 

 

 虐殺を為したのは、紅い鳥。

 血のように赤い、それでいて生物ではない。

 それは【赤人天火】という名前を冠する機械の鳥。

 既視感を覚える機体の外見と、ネーミングセンス。

 何より――空を飛ぶ魔蟲が相手にもならない、その唯一無二のプレイヤースキル。

 あいつらだ。

 

 

『サンラク、久しぶり』

『……お久しぶり』

 

 

 あー、その声は。やっぱりか。

 現実でも一回聞いたことのある声だ。覚えている。

 スピーカー越しでも、彼女達だと判別できる。

 何ならいまだに、例のイベントでのネフホロ激推し動画残ってるからな。

 

 

『あー、ルスト、モルド、久しぶり』

 

 

 こうして、 半裸の鳥頭()ネフホロ(別ゲー)最強の比翼の鳥が、カルディナの砂漠で再会した。

 

 

 To be continued

 



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火の鳥、火蓋を切って落とす

いつも感想、誤字報告、お気に入り登録、ここすき、評価、ご愛読ありがとうございます。


□【猛牛闘士】サンラク

 

 

「モルド、そのチョコケーキ半分ちょうだい。私のショートケーキ半分あげるから」

「え、半分……?ああ、うん、半分だね。あ、おいしい」

『このウナギケーキも割といけるぞ』

「……何そのゲテモノ」

「あ、そこからそうやって食べるんだ……」

 

 

 強面な風貌で、それでいてなよっとした雰囲気が隠せない長身の男。

 褐色白髪で男の半分しかないのでないかと思えるほど背が低い女。

 そして、その二人組と向かい合う半裸の男、俺。

 自分で言うのもなんだけどキャラ濃いなあ、このテーブル。

 

 

 ◇ 

 

 

 場所を変えて、俺たちは<闘争都市>デリラ内にある喫茶店でお茶していた。

 ちなみに三人ともケーキ一つと紅茶だけ頼んだんだけど、めちゃくちゃ高い。

 レジェンダリアやアルターとは比べ物にならない。

 砂漠にある国だし、食料が高いのは仕方ないんだけど、それだけじゃなくて全部高いんだよカルディナ。

 なんだろうな、カルディナだけ値段設定がテーマパークのソレなんだよな。

 ほら、ああいうところって普通なら考えられないような粗悪品が信じられないほど高価な値段で売られてたりするじゃんそんな感じ。

 まあこの辺はちょっと深入りするとやばい気がするので考えないようにしよう。

 

 

『それにしてもアバターがシャンフロと変わらんな、お前ら』

「サンラクがそれ言うの?」

「鏡を見て」

 

 

 いやまあそれはそうなんだけど。

 相変わらずリアルの姿の2Pみたいなネットリテラシーが心配なアバターと、いかなるゲームでも、さらにはリアルでも変わらず覆面で顔を隠した不審者の俺。

 フェアクソやシャンフロから始まって、デンドロでも覆面生活を送っているしリアルでもすることがある。

 こないだも大学のミスコンでお面かぶって出たしなあ。

 いや違うんだよ。数合わせのネタ枠で出てくれって頼まれて軽い気持ちで引き受けたら、招かれてもない癖になぜか変装したモデルとプロゲーマー(外道共)が遊びに来たんだよ。

 で、顔バレしたくなかったからとっさに天狗のお面をかぶっていろいろと一発ギャグをかましまくってだなあ。

 ウケはそこそこよかったかな。

 まあ爆笑してた外道二人は許さんけどな。

 あ、これ俺の方がやばいな。ただのヤバいやつじゃん。いや俺は悪くないんだよ。あいつらが悪いんだよ。

なんで俺に黙って入ってくるんだろう。

 ちなみに言うまでもなく【蛇眼鳥面】は外してないよ。

 いやこれ、なんと嘴のところが開閉できるんだよね。

 戦闘時には不要な機能だからだいたい閉じてるけど、食事するときにこうやって開閉するときもある。

 あ、でもポーション飲むために開いたりしてるから戦闘中は無意味ってわけでもないか。

 MPはほとんど上がってないからちょっと気を抜くといつの間にか空になっちゃうんだよね。

 

 

「それじゃあ、本当に最近着いたんだね」

『ああ、今日着いたんだよ』

「セーブポイント設定した?しないと逆戻りになってしまう可能性があるけど」

『いや、さすがにそんなへまは……シナイヨ?』

「あっ」

「ええ……」

 

 

 あっぶねー。完全に忘れてた。

 セーブポイント更新してなかった。ルスモルがいなかったら、もしかして死んでたかもしれん。

 大会が三日後だし、最悪デスぺナしても大会間に合うだろ、とか思ってたわバカかな?バカじゃん。

 まあカルディナの別の都市に戻るだけだから間にあわ……ないよなさすがに。

 

 

 

 

『ところであの鳥は、<エンブリオ>じゃないよな?』

 

 

 皇国では、マジンギアなる人型ロボットの開発に成功しており、それに近いものだと思える。

 ただし、マジンギアとは明らかに違う。

 掲示板で見たマジンギアは機械仕掛けのヒト型であったはずだ。……断じて機械の鳥ではない。

 そもそも、マジンギアはせいぜいで亜竜級であり、<叡智の三角>メンバー用のワンオフオーダーメイド機体でさえ純竜級がせいぜいといわれている。

 ルスモルの乗っていた機体は、その速度と火力から言って間違いなく純竜クラス。

 もちろん本人の《操縦》といったスキルによる強化もあるんだろうが、それでもマジンギアの規格からは大きく外れている。

 あるいは、それ以上(・・・・)かもしれない。

 機体の性能を強化する《操縦》などのスキルの影響もあるんだろうが、それにしても尋常ではない。

 

 

「機体の情報は、今は教えない」

 

 

 ルストは不敵に笑う。

 笑って。

 

 

「――知りたいのなら、私たちと戦って確かめればいい」

『へえ……』

 

 

 挑戦状を叩きつけてきた。

 まあそれはそうだよな。

 オーダーメイドの機体ならなおさら、情報を明かす道理がない。

 当然の話だ。

 上等だ。

 

 

『上等だ。かかって来いよ、鳥刺しにして、優勝祝いの肴にしてやる』

「……残念。優勝するのは私」

『ま、結果は当日分かるってな』

「そうだね」

 

 

 

 

 

「ところで鳥刺しって何?」

『そこ訊く!?』

 

 

 いや、そうか知らん人は知らんのか。

 あれは美味い、美味いが……合法なのか否かわからないあたりに怖さがある。

 あれ、現行の法律ってセーフだったけ?アウトだったけ?どっちだ?やべえ忘れた。

 というか調べようと思って毎回忘れる奴だこれ。

 まあ食べたのもだいぶ前――小学生の頃だしいいか。

 なんであれ食べたんだっけ?確かあのときは親せきの趣味で鶏狩ってるおっちゃんが出してくれたんだったか。

 ゴミ捨て場に鳥の頭が鎮座してたの、軽くトラウマものなんだよなあ。

 まあその後、鯖癌やらなんやらでもう慣れちまったけど。

 ニワトリどころか、人の生首が転がるからなあのゲーム。

 まあ一番の死因は生肉食ったことによる中毒死とかなんだけど。

 ……寄生虫に腹食い破られて死んだのは忘れない。ほんとマジで何なんだあのゲーム。

 

 

 

「……私達も、当日は全力で戦う。楽しみにしてて」

「よろしくね」

『おう』

 

 

 この日は、それで別れた。

 しかし、今日濃い一日だったな。

 何か忘れてるような……あ。

 

 

『大会の申し込みして無くね?』

 

 

 やばいやばいやばいやばい。

 えっ、待って待って待って。

 もしかしてレイも、申し込みにいったとか?

 あ、やばい助けて。まずい。

 これヤバい多分時間切れ寸前じゃねえか!

 ウオオオオオオオオオオオやべえ全速力でスキルと足を稼働。

 急げばまだ間に合うか!

 

 

 ◇◆◇

 

 

「今回は厳重注意で済ませるけど、もうしないようにね」

『……すいませんでした』

 

 

 ……ええと。

 警吏に職質されちゃいました。

 まあ半裸鳥頭が爆走したら不審者ですよね。

 というか、申し込みできてない。

 終わったのでは?

 

 

 ◇◆◇

 

 

 申し込みに関しては結局レイが二人分申し込みしてくれてたおかげで事なきを得ました。

 ありがとう。本当にありがとう。

 これは足を向けて寝られませんわ。

 まあ同衾してるから向けようがない……いやなんでもありません。

 

 

 そして三日後、ついにトーナメントが開幕した。

 さーて、軽く優勝してやりますかあ!

 

 

 To be continued

 




誰とは言わないけど、キャスしてくれるの有難いですね。


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頂を目指す狼と

あけましておめでとうございます。
遅れて大変申し訳ありません。
週に二回投稿を目指していきたいと思います。
今後ともシャンドロをよろしくお願いします。


 ■【鎧巨人】フリーザ

 

 

 カルディナにある<闘争都市>デリラで行われるトーナメント。

 このトーナメントだが、当然予選と本戦がある。

 俺も含め、ある程度のラインそれこそレベルカンストを達成しているような奴らにとってはカルディナに移籍できるだけでもありがたいイベントである。

 加えて、上位者には報酬まで出るとなってくれば出たいと思わない方が珍しいだろう。

 本戦に出場するには、予選で五連勝する必要がある。

 ここまで既に四勝。あと一戦で、本戦に出場できる。

 本戦で勝ち上がれるかどうかはわからない。

 <超級>や準<超級>には勝てないだろう。

 さらに言えば、同格……俺以外の<上級>だって決して楽な相手ではない。

 俺は戦闘特化のビルドだが、相手も同じはずだからだ。

 油断はしないし、過剰におびえることもしない。俺の必殺を相手に何かされる前にぶつけてしまえば、必ず勝てる。

 

 

 ……王国では、俺の力は通用しなかった。

 圧倒的な力をもった<超級>や準<超級>に加え、相性の悪い上級がいたこともあり決闘ランカーには成れなかったのだ。

 だが、ここカルディナでは話が別だ。

 この国では決闘はさほど盛んではない。

 決闘設備がギデオンと比べると貧弱であることや、元々ティアンが弱すぎて決闘が盛り上がらなかったというのもあるのだろう。

 そこまで無理に世界観を作りこまなくてもよいと思うのだが、まあそれ故にリアリティの高さが生まれているので文句は言うまい。

 だが、準<超級>や<超級>は、手厚く扱われているはず。

 であれば当然、わざわざカルディナに移籍する意味は薄い。

 【闘神】、【殲滅王】を始めとした元々いるカルディナの<マスター>も参加しない。

 だから、勝ち目はある。

 やってみせる。今度こそ、王国ではかなわなかった目標を成し遂げてみせる。俺は決闘ランカーになってみせる。

 

 

 いや、今は目の前の試合に集中だな。

 さて、次の試合の相手は……え?

 

 

「なんだあれは?」

 

 

 対戦相手の姿を見た瞬間、驚愕した。

 そいつを、いやそれを端的に言ってしまえば、半裸の男(・・・・)

 腰蓑を巻き、両手には短剣を一本ずつ手にしている。

 首には、試験管のようなものが取り付けられた首輪をはめ、腕に金属製のリングを付けている。

 足は「どんな趣味してるんだ?」、といいたくなる不気味な靴を履いている。

 極めつけに蛇のような不気味な目をした鳥の面をかぶっている。

 結論を言おう、こいつは変質者、変態の類だ。

 

 

 そして……よく見ているうちに俺は気づいてしまった。

 この半裸の変態のことを俺はよく知っている(・・・・・)

 対策として調べた情報の中には七大国家の国の二つ名持ち<マスター>の情報もあるから。

 王国での<這いよる混沌>及び【擬混沌神 エンネア】討伐事件、そしてレジェンダリアの【霊骨狼狼 

ロウファン】事件など様々なトラブルの渦中にいた存在であり、解決における最大の功労者。

 

 

「“怪鳥”サンラク……」

 

 

 未だ上級の身でありながら、複数体<UBM>を討伐した、MVP特典を手にしたレジェンダリアの猛者の一人。

 <UBM>の存在は、この<Infinite Dendrogram>においては非常に大きい。

 得られる特典武具というオンリーワンのアイテム、それによって得られる名誉。

 さらに従来のモンスターとは大きく異なり、

 <超級>や準<超級>でさえ、一体も討伐していない者もいると聞く。

 一介の上級がそれを為している、というのは大きい。

 奴が持っている双剣、あれが《鑑定眼》によれば特典武具であるらしい。

 

 

 では、俺はこいつに勝てないのだろうか?

 

 

 答えは――否だ。

 特典武具?二つ名持ち?それがどうした。

 俺とて条件がそろっていれば<UBM>を討伐することは出来る。

 そもそも特典武具の性能がどうであれ、当たらなければどうということはない。

 あてられる前に――俺の必殺で潰す。

 

 

「試合、開始!」

「領域――展開」

 

 

 試合開始とともに、闘技場に俺の<エンブリオ>を同時に展開する。

 そしてそれと同時に――奴が消失する。

 何だこいつは、早すぎる。

 まるで見えない。

 俺は耐久型だが、【斥候】や【盾士】などのサブジョブでAGIがそこそこ上がっているから亜音速の純竜の動きにだって追いつけないにしても目で追えるし、対応はできる。

 つまりこいつはそれよりも……上級職の限界よりも速いということ。

 

 

(……超音速機動)

 

 

 ごく一部……あの【超闘士】や【猫神】と同程度かあるいはそれ以上の速さ。

 <超級>や準<超級>といったごく一部しかたどり着けない、ステータス五桁の至高の領域。

 俺自身、耐久特化の構成だが<エンブリオ>の補正込みでも未だにENDが五桁に達していない。

 だが例外も存在する。それは、圧倒的な速度に至ったもの。

 特典武具などの装備による補正か、あるいは<エンブリオ>のスキルか。

 二つ名持ちでありながら、”怪鳥”はさほど情報がない。

 しいて言うなら、速度特化の前衛であるということだったが……ここまで速いのは想定外だ。

 

 

「いや、それがどうした!」

 

 

 たとえ相手が俺より速くても関係ない!

 速度に特化しているなら、なおさら耐久が死んでいるということ。

 それこそ一撃でもあてればこいつは死ぬだろう。

 何でもありならいざ知らず、この闘技場の結界から出れないという条件なら、俺でも勝てる(・・・)

 俺と、俺の<エンブリオ>の必殺スキルを組み合わせれば、確実に勝てる。

 

 

 すでに俺のテリトリーに入っているのだから。

 

 

「《凍える世界(キオネ)》」

 

 

 出し惜しみはせず、俺の<エンブリオ>の必殺スキルを宣言する。

 俺の<エンブリオ>【白銀展界 キオネ】の能力特性は、氷結。

 それに特化した<エンブリオ>の必殺スキル。この闘技場の内部……半径百メートル程度なら、簡単に凍結させられる。

 欠点はクールタイムが二十四時間と長いことに加え、使用中はAGIが半減してしまうこと。

 さらにいえば、自分以外を対象外に指定することもできない。

 しかし、だ。いずれも一対一の決闘においては問題にもならない。

 耐久型の構成にしているのは発動まで耐えるのが目的。自分を中心に発動する仕様上、動き回る速度型とは合わないというのもある。

 後は、凍り付いた変態を粉砕して……。

 

 

「え?」

 

 

 凍り付いた氷像はない。

 いや、ある。奴は凍り付いている。

 空中で、凍っている。

 凍っているのに、凍ったままなお動いている。

 何かの特典武具か、あるいは〈エンブリオ〉のスキルか。

 敗北の二文字が頭をよぎるが。

 

 

「まだだ!」

 

 

 近距離でカウンターを当てればまだ勝機はある。

 両手に持った盾を構えて。

 直後、幾多の攻撃が俺を襲った。

 奴の手によるものではない、奴の腰からいつの間にか生えた触手と、それが掴む武器によって、だ。

 

 

「化け物だ……」

 

 

 それが、HPを全損する直前の、俺の最後の言葉だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

『いやー、危なかった。《暴徒の血潮》と触手がなかったら負けてたな』

 

 

 トーナメント予選。

 【猛牛闘士】サンラクの戦績、五戦五勝。

 サンラク、予選通過決定。

 

 

 ◇

 

 

「お疲れさま、ルスト」

「全然疲れてない。雑魚ばっかり」

「え、えっと周りに人がいるからそういういい方は……」

「突破できない程度の連中なら気にするだけ無駄」

 

 

 【疾風操縦士】ルスト、予選通過。

 

 

 ◇

 

 

「フー、何とか勝てたな」

 

 

 体高五メテル程度の、黄色の体色をした四つ目の機械巨人。

 そこからハッチを開けて、一人の幼女が姿を現している。

 ピンク色の髪に銀のフレームの眼鏡をかけている。

 彼女――否、彼の名はソウダカッツォ。

 

 

『それにしても苦戦したな。メグのキュクロプスがなかったら負けてたかも』

 

 

『まあ、なんにせよ。今度こそぶっ飛ばしてやる。首を洗って待ってなよサンラク』

 

 

【装甲操縦士】ソウダカッツォ、予選通過。

 

 

 ◇

 

 

『AGI型が多かったですが、むしろ助かりましたね。手の内を多くさらさずに駒を進められました』

『確認。私は、役に立ちましたか?』

『ええ、もちろんです。キヨヒメと、サンラク君のおかげ(・・・・・・・・)ですよ』

『納得。良かった』

 

 

 得意げに喜ぶキヨヒメを腕に抱きながら、鎧の巨人は一人の男のことを考える。

【狙撃魔手】サイガ‐0、予選通過。

 

 

 ◇

 

 

 次々と狼は決勝へとその足を進める。

 されど。忘れることなかれ。

 何も強者は……旅する狼のみにあらず。

 

 

「予選突破は出来たわ」

 

「フフフ、戦えるのが楽しみだわ!」

 

「ケイに、名前隠しに、そしてーー顔隠し(ノーフェイス)!」

 

 

【■■■】AGAU(アガウー)、予選通過。

 

 

 To be continued




ちなみに自信満々だったのに予選落ちした人がいるらしいっすよ。
一体、どこの何ーサ―・ペンシルゴンなんだ……。


???「いや、あの私のビルドだと近接戦がきつくてさあ。そもそも私ってどちらかと言うと魔法職なわけで決闘だと本領が(略」


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英雄再臨

この作品をきっかけにシャンフロ、デンドロにはまったという感想を見ると、すごく励みになりますね。
もちろんそれ以外の感想もありがたく思っています。
これからも頑張ります。


八話

 

 

□【猛牛闘士】サンラク

 

 

 とりあえず予選突破かあ。

 正直どいつも楽な相手ではなかったけどね。

 カンストした廃人プレイヤーも決して珍しくはないし、もうすでにそのまま超級職についてその倍のレベルに達してる奴も<Infinite Dendrogram>にはいるのだからさもありなんといった感じではある。

 超級職とは当たらなかったからまだラッキーかもしれんけどな。

 レベルキャップ解放の手段が、オンリーワンのユニークジョブのみって結構きついと思うんだよなあ。

 せめてアプデとかで増やしてくれればいいけど、放置運営として有名な運営がそんな気の利いたことをしてくれるわけがないし。

 大体何を聞いても仕様です、としか返ってこないらしいからな。

 許せねえよ……。

 頼むからデスぺナに関しては修正して短縮してほしい。

 後ほら、<アクシデントサークル>はマジで勘弁してほしいんだけど。

 俺一回それが原因でデスぺナってるからな?本当にふざけるのはやめていただきたい次第である。

 

 

「おーい」

 

 

 というかあの後気になって調べたら、<アクシデントサークル>でひどい死に方した例が結構な数出てきたんだよな。

 やれ「海底に転移して溺死した」だの、「気づいたらモンスターの口の中にいた。興奮した」だの、「【妖精女王】の部屋の中に飛ばされて、ティーカップを盗んだら他の<マスター>に討伐された」だの……いや、最後のは全面的にプレイヤー側の問題だわ。

 ただの変態じゃねえか。

 まあ正直レジェンダリアって俺やレイみたいなまともな奴はほとんどいないからな。

 そういえば、そんなことを言ったらカッツォには鼻で笑われ、ペンシルゴンには大げさな身振り手振りとともにため息を吐かれたあと、「いや、そもそも妹ちゃんも大概……ごめんやっぱ何でもない」とか意味不明なことを言われた。

 とりあえず腹が立ったので、魔境スレ最新版のリンクと婚活サイトへのリンクをそれぞれに送り付けたのはいい思い出だな。

 

 

「ちょっとー」

 

 

 カップねえ。

 そういえば、レイって俺が飲んだ後のカップをじっと見てることがあるんだよな。

 まあ、洗い物してくれるのは助かるんだけど、なんか気恥ずかしいんだよね。

 いや、違うんだよ。俺も家事やったほうがいいのはわかってるんだけどさ。

 なんか俺がやろうとする前に、いつの間にか終わってるというか。

 うん、ホントに手際がやばすぎて入り込む余地がないといいますか。完璧人間だといわれるだけのことはありますよ。

 

 

「話聞けや鳥頭」

『おっと』

 

 

 いやなんかペンシルゴンが槍突き出してきてるんだけど。

 ちょっとー、酷くなーい、刺そうとするのやめてもらえますー?

 危ない危ない、殺気感知――スキルではなく直感の方――が発動しなかったらマジで死んでたかもしれん。

 いくら魔法職メインだからって槍で刺されたら俺の耐久力じゃ普通に死にかねないんだよ。

 

 

『で、何だよ予選敗退女』

「今ここで君が私にデスぺナされたら、君も実質予選落ちってことになるけど」

 

 

 そう、そうなのである。

 このアーサー・ペンシルゴンとかいう女、元【旅狼】面子の出場者の中でもた・だ・ひ・と・り予選落ちした人でーす!

 はー、予選開始前はあんなに自信満々だったのになあ!

「本戦で燃料にしてあげるよ」とか言ってた癖になあ!

 

 

『いやいやそんな、やる前から結果が明示されてる勝負なんて、面白みに欠けますぜ姐さん?』

「うーん、そっかあ、鳥頭には高度な勝敗予測は不可能だよね」

『へいカッツォ、高度な予測とやらを駆使する、二つ名持ちのPKがいるらしいぜ?しかもこの<闘争都市>デリラにいるらしい』

「おいおい、それはまずいよサンラク。そんな奴とトーナメントで当たったら、一体俺たちどうなっちまうんだ?」

『そうだよなあ、もしトーナメントで当たることになったらと思うと震えが止まらなくて、フフフ腹筋がねじれそうだぜ』

「よーし分かったお姉さんが張り切って全部吹っ飛ばしちゃうぞお?」

「『お姉さん?』」

「……………………は?」

『「…………」』

 

 

 …………。

 うん、あのごめんなさい。

 

 

 その後普通にレイ(とキヨヒメ)にも怒られた。

 カッツォも……夏目氏、かなあれ?に怒られてた。

 いやあのね、違うんですよ。つい口が滑ったといいますか、ほら予選突破が嬉しくってはいすいません女性に言っちゃダメな奴でしたね申し訳ありませんでした。

 

 

 ◇

 

 

 鉛筆が予約を取ったレストラン。

 カルディナの特色として価格が高価である代わりに、どの国の特産品も得られるというものがある。

 で、このレストランも例にもれず割高ではあるがどの国の料理も食べられるらしい。

 俺はグランバロアの海鮮を使ったパスタを注文しているし、レイは天地の和風定食を選んだようだ。

 いずれグランバロアにもいってみたいんだよな。

 海しかない国ってのも生態系が独特で面白そうだし。

 ティックからもいろいろ聴いてるしな。

 【海竜王】とかいうのをはじめ、とにかく強いモンスターがポンポン出てくるらしい。

 いずれは海上の<UBM>とも戦ってみたいものだ。

 あと、天地もいいな。

 いつ行けるか分からんけど。

 

「え―では、諸君らの予選突破を祝って、乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」

『ペンシルゴンにも乾ぱ……おっと失礼』

「悪いねえペンシルゴン、自分だけ暇になったから音頭取ってもらっちゃってねえ」

「まだいうかなー君たち。あんまり言うと、顔隠し×魚臣慧の同人誌を手が滑ってグループに貼っちゃうぞ?」

『「それはやめて」』

 

 

 秋津茜やレイにそんな魔境の暗黒面を見せたくねえよ。勘弁してくれ。

 せめて外道だけのグループにして

 書かれること自体は俺としてはノーダメージなんだよな。

 お、カッツォくーんどうした?目が死んでるぞ?

 周囲に悟られないようにアイコンタクトのみで煽ると、なぜか掴みかかってきた。

 全く、はしたないことはやめなさいよカッツォちゃん。

 

 

「ケ、カッツォ、この鳥頭と天音……女が?」

「あ、うん。お察しの通りだよ。あ、それと武器ありがとうね、メグのおかげで勝てたよ」

「そ、そう私のおかげ、なんだ」

 

 

 ほーん。カッツォ未だにあの二人とあんな感じなのか。けっ。

 いや違うんだよ。

 彼女がいるだろとかそういう話じゃないんだ。

 今の俺の境遇に関わらず、内なる俺がカッツォをボコせとささやいているんだよ。

 決勝トーナメント楽しみにしておけよ!

 

 

「お、ようやく来たようだね」

「あら、こんにちは」

「「え」」

『あっ』

 

 

 それは、長身の男性だった。

 そいつは、星を象ったようなゴーグルをつけており、金色のベルトを腰に巻いている。

 それは、ぴっちりと体に張り付くようなラバースーツを着て、マントを羽織り、どこか金属質な瑠璃色のブーツを履いている。

容姿も相まってそいつは、とあるアメコミのヒーロー(・・・・・・・・・・・・)によく似た格好をしていた。

 ……。

 

 

 さて、ログアウトの処理をっと。

 

 

「サンラク君?何をしているのかな?」

『いや、ちょっとアレがアレで……』

「逃げようとするのはよくないなあ、俺たち、親友だろ?」

 

 

 

 ええい放せ!肩を組んでくるなバカヤロー共、ログアウトできねーだろが。

 何が親友だよ。

 地獄に引きずり込もうとするんじゃない!

 全くこれだから外道は。

 

 

「なんだか、随分と楽しそうね?ケイ達」

「……いや、君が原因で楽しいことになっているんだけどね」

「ほらほらサンラク君、あんまり暴れるとまた憲兵が来ちゃうよ?」

「……質問。こいつは誰?父上たちの知り合いなのはわかっているけど」

『ん、まあ別ゲーの知り合いかな?』

「……?」

「あの、もしかしてサンラク君、この人は」

『うん、レイの想像通りだと思うよ』 

 

 

 最近また日本の番組で共演したからなあ。

 大学もあるし、そんなポンポン呼び出さないでほしいんだけどね。

 レポートとクソゲーとクソゲーとクソゲーで忙しいんですよこっちは。

 

 《看破》で見えるそいつのこの世界での名は、AGAU(アガユー)

 しかし、その名は、そいつの本質ではない。

 

 

「久しぶりね。会えてうれしいわ、顔隠し(ノーフェイス)

『久しぶりだな、全米一(ゼンイチ)

 

 

 世界最強のプロゲーマー、シルヴィア・ゴールドバーグがそこにいた。

 

 

 To be continued

 



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怪鳥の宣言、怪人の妄言

感想ありがとうございます。
励みになっております。
今度ともよろしくお願いします。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 最強のプロゲーマー、シルヴィア・ゴールドバーグとの再会。

 最後に会ったのは確か……ああ、大学受験が終わった直後にゲーム系の番組に呼ばれたんだっけ。

 オイカッツォとの三つ巴になり大乱闘になったのがいい思い出だ。

 ま、それはともかくとして、だ。

 

 

『こいつも来るなら先に言ってくれよカッツォ』

「いや、それ言ったらお前来ないでしょ?」

『来ないけど?』

「だからだよ」

『ええ……』

「ええ……」

  

 

 いやそりゃ来ないだろ、怖いんだから。

 毎年当然のように俺を引き抜こうとしてんじゃないよスターレイン……。

 お歳暮貰っても行かないものは行かないから。

 後シンプルに怖いから。

 いや、送ってくれるもの自体は普通に重宝するからありがたいんだけど、それが逆に怖いんだよ。

 どうやってこっちのニーズを把握してるんだろうって話だ。

 個人情報も何もあった者ではない。

 まあそれはスターレインに限らないけど。

 爆薬分隊も含めていろいろ送ってくるのマジで怖すぎる。

 あと、ガトリングドラム社な。頼まれても新製品のCMには出ませんのでどうぞお引き取りください。

 あといつもありがとう、今後とも活用させていただきます。

 今んとこプロとか将来のことは特に考えてないんだよなあ。

 将来といえば、斎賀家も割と圧を発してるんだよな。

 こう、我能さんとか仙姉さんあたりが割と婿養子的なことを遠回しに言って来る。

 まあそっちは別にいいんだけどね。

 仮に反対されても結婚しないつもりはないから。

 

 

「旅は道連れ世は情けっていうじゃないか」

『情けないメス堕ち野郎が言うと説得力がありますわ』

「お、やるか?」

 

 

 何が旅は道連れ世は情けだよ。

 情けという概念をこの世に持ち込んでいない外道が言うことじゃないんだよなあ。

 

 

「久しぶりね!デンドロでもシャンフロみたいなヘンタイファッションなのね」

『そっちもGH:Cまんまじゃん』

 

 

 そのゴーグルとか何?ひょっとしてオーダーメイド?

 声はなぜか元のままなのもなんかシュールだよな。

 あ、蒼いブーツだけ《鑑定眼》効かない、<エンブリオ>かな。

 

 

『まあ、楽しみにしてろよ』

「それは、宣戦布告と受け取ってもいいの?」

『Of course《もちろん》』

 

 

 当たり前だよなあ。

 前会った時も、結局勝ち越せてないし。

 相手にするに不足はない。

 

 

『ここは、GH:Cとはユニバースが違う。勝つのは俺だぜ、ヒーロー(全米一)

「いいえ、勝つのはワタシよ、ヴィラン(ノーフェイス)

 

 

「随分盛り上がってくれてるようだけど、俺も負けるつもりはないよ」

「……私も」

「わ、私も頑張ります」

 

 

 レイやルスト、カッツォもやる気十分だ。

 いいねえ、それでこそ楽しめるってもんよ。

 

 

「……質問。ペンシルゴン、大丈夫?」

「そうやって素直に心配されるのが一番心に来るからやめてほしいなあ、キヨヒメちゃん」

 

 

 うーん?一人混ざりたそうにこっちを見ているのがいるなあ。

 なんで混ざらないんだろう?不思議だなあ?

 あー、困ります敗北者様!

 自分が予選で負けたからってだけの理由で、そっちを見て顔をカクカクさせて煽ってるだけの純朴な青年に向かって攻撃をするのはおやめ……おいやめろ、グラスを投げようとするんじゃない!

 出禁にされるだろ!

 

 

 ちなみにモルドは会話の間も我関せずでルストの分の料理を取り分けていた。

 お前も大概だよな。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 お、決勝トーナメント票が発表されてるじゃん。

 えーと。

 ルストと一回戦で当たる

 んで、シルヴィアとカッツォは……準決勝かあ。

 どっちかは俺と当たる前に負けるわけか。

 カッツォが負けたら盛大に煽り散らかすとしよう。

 まあとりあえず優勝は狙うにしても

 うん?なんか視線を感じるような……。

 デンドロを始めてから、前よりもそういうのに敏感になった気もするな。

 うーん、気のせいか?

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■???

 

 

「いやあ、ヤバいヤバい、目が合っちゃったなあ、バレたかと思った」

 

 

 カルディナの路地裏で、一人の女が独り言を発していた。

 魔法職が着ているようなローブを羽織り、紅い髪をウェーブにしている。

 両手に手袋をはめており、手の甲にはモンスターなどを収納するためのジュエルがつけられている。

 

 

「まあ、見てたのはバレたかもしれないけど私だとは気づいていないだろうしね。気づいているにしても、それはそれで別にいいし」

 

 

 

 しかし、そんな彼女の思索を邪魔するものがいる。

 

 

「おいおいそこの姉ちゃん、ちょっといいかあ」

「命が全部ほしけりゃ有り金全部、おいていけえ!ギャハハハッハ!」

「体で払ってもいいんだけどなあ?なあ?」

 

 

 いつの間にか、女はいかにもチンピラでござい、という人間に囲まれてしまっていた。

 彼らは欲にまみれたギラギラした目を

 カルディナは、治安のよい国ではない。

 アルターなどと違い、賄賂などで警吏が腐敗しているこの国では、治安が破綻してしまっている。

 はっきり言えば、一人でか弱い女が路地裏にいれば何もかもをゴロツキにいただかれて(・・・・・・)しまう。

 

 

 

 そんな彼らに対して、彼女は何を思ったのか。

 何を思ったにせよ、発したのはただ一言。

 

 

 「おい、てめえ話を聞いてん」

 「うるさいな」

 

 

 その場にいた誰も、彼女の動きに反応できなかった。

 彼女の腕がぶれて、消えたように、男たちの目には見えた。

 直後、彼女の正面にいた男が首から血を噴き出して倒れた。

 致命傷であり、HPが削れて息絶える。

 その傷口は……まるで何かに食いちぎられたよう(・・・・・・・・・)だった。

 

 

「え、あ、兄貴?」

「え、いや兄貴って上級の戦闘職で」

 

 

 仲間たちは、理解が追いつかない。

 リーダーが死んだ、だけではない。

 彼らは見てしまった。

 彼女の顔と、口元を。

 いやその言い方は正しくない。

 補足しよう。

 彼女の氷のように冷徹な表情と……先程野盗の一人を噛み千切った両手の平にある(・・・・・・・)口を見てしまった。

 

 

「ひ、あああああああああ!」

「ば、化け物オオオオオオ!」

 

 

 自分達が何を相手にしているのか実感した男たちは散り散りに逃げていった。

 ただしそれはーー

 

 

「うるさいって言ってるだろ――《喚起》」

 

 

 ーー彼女から逃げ切れることを意味しない。

 

 

「KOOOOOOOOOROOOOO」

 

 

 それは、見るも悍ましいドラゴンベースのキメラだった。

 天竜種の胴体をベースしており、両腕と下腹部、尾から頭が生えている。

 【エクスタシー・ドラゴニックキメラ】、

 その口のすべてが、光り輝く。

 勘の悪い野盗たちでも気づく。

 それが、自分達にとって危険な、致命的なものであると。

 

 

「待っていやだ」

「助けてっ!」

「あ」

 

 

 ゴロツキの一人一人が、全ての口から放たれるレーザーに貫かれて絶命する。

 あまりに圧倒的な殲滅。

 さながら、光域殲滅(・・・・)とでもいうべきだろうか。

 

 

「人払いの結界、張っておくべきだったかな?」

 

 

 平然とした顔でキメラをジュエルに収納し、あたりを確認する。

 彼女のすぐそばにある死体にも、半ば焼け焦げた遺体にも興味を示さない。

 

 

「一応、素材として回収しておくか」

 

 

 何の感慨もなく……あくまで電脳上のデータだとしか考えず、ティアンの死体をアイテムボックスに収納する。

 彼女の心を占めているのは、別のこと。

 それを邪魔されたから、潰しただけ。

 彼女が見ているのはただ一人。

 

 

「私も君の活躍と苦難を見るのが楽しみだよ、サンラクくうん」

 

 

 魔女もまた、明日のことを考えて、笑う。

 

 

 To be continued

 



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鉄砲玉VS翠緑玉

ハッピーバレンタイン!

皆さんはチョコいくつ貰えますか?
筆者はたぶんゼロです。


チョコの代わりに感想とか、貰えるとありがたかったりします。
地震には気をつけましょうね。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 さて、しばらく仮眠をとり、もうすぐ本戦開始。

 俺はレイとキヨヒメとともに控室の前まで来ていた。

 正直ここまで来るのも迷ったけど、まあレイのおかげで何とかなった。

 デンドロではいろいろガバやらかしてる気がするんだが、割と彼女が補ってくれている。

 

 

『お互い頑張ろうね、レイ』

「は、はい!がんばりましゅ!」

『……全力。私も全力で頑張ります』

 

 

 うん、和やかな風景だ。

 

 

『……補足。ただし見た目は鎧を着こんで、銃を持った大柄な人物と半裸の覆面人間が会話している図です』

『心の声に突っ込んでくるのやめーや』

 

 

 いやまあ事実なんだけどさ。

 

 

 

 ◇

 

 

「東!【疾風操縦士】ルスト!西!【猛牛闘士】サンラク!」

 

 

 わかってはいたけど、まさか一回戦から知り合いと当たるとはなあ。

 まあ本戦に上がる前に当たらなかったからまあそんなに珍しくないかもだけど。

 

 

「今日は負けない」 

『こっちのセリフだな』

 

 

 試合開始前の言葉は少なくていい。

 終わった後に言い訳を聞けばいいからなあ!

 

 

「試合!開始!」

 

 

 アナウンスが鳴り響くと同時、俺とルストは動く。

 俺は武器を構えて、展開する。

 ルストは重厚な黄色のパワードスーツを《瞬間装着》、同時にアイテムボックスからグレネードと自身の機体を《即時放出》する。

 多分「乗る前に倒される」のを防ぐための方法なんだろうが。

 とりあえず爆炎に巻き込まれないように距離を取る。

 

 

 直後、爆発とともに煙が上がる。

 一応ガスマスクの役割も果たせる【蛇眼鳥面】で毒ガスの類は防げるが、視界をふさがれてミサイルやらで範囲攻撃されたらまずいな。

 とりあえず煙のない方向に退避、と。

 どういう仕組みなのか煙が上に行くでも横に広がるわけでもなく、発生した場所に固まっている。

 以前読んだ、休載で有名な古い漫画のキャラクターが使っていた能力に似てるな。

 あの漫画をパロったと思われるクソゲーがいくつか出てるからな、俺は詳しいんだ。

 ちなみに思われる、というのは制作会社が説明をしなかった、できなかったからだ。

 あれは凄かったぞ。大炎上していつの間にか会社が蒸発したり、あまりにも売れなさ過ぎて会社がつぶれたり、とにかく説明責任を果たす前に責任がなくなったっていう。

 漫画の方が、コアなファンも多い作品だったから仕方ないかもだけど。

 

 

『先手は譲ってやるよ』

 

 

 そうでなきゃつまらないしな。

 

 

『なら、ここからはずっと私のターンだね』

『言ってろ……っ』

 

 

 煙の中から、一つの機械が現れる。

 ルストの声は、機体の内部からスピーカーを通して聴こえてくる。

 緑色のボールのような形状。

 直径は五メートル程度だろうか。

 体積だけで言うならカッツォの<エンブリオ>やドライフのマジンギアより上だろう。

 【衛庫星翠】という名前、この前の赤い鳥と同じ、奴自身、いや奴ら自身のオーダーメイド機体だろうな。

 翼がないなら空中戦用ではない、陸戦特化の機体か?

 

 

『《ジャイロ・ボール》、起動』

『《配水の陣》!』

 

 

 球体にあるブースターを吹かして回転し始め、回転エネルギーのままに高速で移動する緑色の球体。

 とっさに上に退避したのは正解だった。

 直後、機体が回転を始める。

 移動速度は俺よりも、速い。

 三半規管が狂いそうだが、そうならない内部機構があるのか。あるいは彼女自身のスペックか。

 普通にあいつ自身のスペックでデメリット解決してそうで怖いんだよな。

 

 

『空中にいれば大丈夫そうだが……っ』

 

 

 とっさに回避する。

 避けたのは、《殺気感知》などのスキルによるものではなく本当に単なる勘だ。

 俺が先ほどまでいたところを無数の弾丸が通り抜ける。

 

 

『いや……なんで?』

 

 

 驚いたのは、攻撃されたからではない。

 ルストとは別の方向から(・・・・・・・・・・・)、攻撃されたからだ。

 攻撃してきたのは、いつからそこにいたのか。

 十体(・・)の、人間サイズのロボット。

 頭部からガトリング砲が生えており、両腕にはブレードが取り付けられている。

 それらすべてに、《鑑定眼》で【黄子皆制】という名前が見える。

 一体でも十分脅威となるが、それが十体。

 頭部があるはずの部分にはマシンガンが取り付けられており、そこから弾幕を浴びせている。

 

 

 性能が高すぎるな……。

 ルストとモルドの二人で生産したにしても、強すぎる。

 何より、ルストもモルドも昨日会った時《看破》で確認したが生産職がメインじゃない。

 何か、条件でもあるのか?

 

 

 □■とある<エンブリオ>について

 

 

 【高位操縦士】ルスト。

 ドライフにてモルドとともに、”双宿双飛”の二つ名で知られるコンビでもある。

 彼女の<Infinite Dendrogram>におけるスタイルは使う機体を状況によって使い分けているというもの。

 回転することにより防御力と速度を両立する代わり、遠距離攻撃手段が一切なく近接戦しかできない【衛庫星翠】。

 パワードスーツ(コントローラー)で多数の子機(ロボット)を操作することで数に対応できる制圧型の【黄子皆制】。

 ミサイル、レーザー、熱量ブレードなど様々な兵装を取りそろえ、亜音速での飛行も可能である代わりに耐久性に難がある【赤人天火】。

 他にも機体を有しており、状況に応じて最適な機体を選び戦うのが、ルストとモルドの戦術だ。

 

 

 そんなルストたちの使うロボットを作っているのは、たった一つの工房、彼女の<エンブリオ>である。

 その銘を【自家戦窯 ヘパイストス】という。

 TYPE:キャッスル・ルールに分類されるこの<エンブリオ>の能力特性は二つ。

 一つは、戦車を作っていたギリシャ神話の神にちなんでいる、機械式特殊装備品の生産。

 それ以外のものは作れないが、逆に言えばそれに特化しているゆえに作られた機体の性能は非常に高い。

 だが、それだけでは機体の性能の高さを示す理由として不十分だ。

 第二の特性こそが、ヘパイストスの本質。

 

 

 第二の能力特性ーーそれはルスト専用機の生産(・・・・・・・・・)

 それは単にオーダーメイド、オンリーワンということではない。

 ヘパイストスの与えた法則(ルール)は、所有権の譲渡を許さない。

 ヘパイストスで造られた機体はすべて、ルストから所有権が離れた時点で自壊する(・・・・)

 《窃盗》対策の施されたアイテムや譲渡売却が完全に不可能な特典武具よりも強力で、凶悪。

 時に自らの発明品を装備し戦った逸話のある、ヘパイストスにふさわしい能力特性と言えるが、生産系の<エンブリオ>としてはある意味で致命的な欠陥ともいえる。

 何しろ、自分しか扱えないのだ。

 <叡智の三角>オーナーであるフランクリンが危惧したのも、「彼女しか乗れない機体に趣味人共が殺到したら、大義名分を失ってクランが崩壊しかねない」ということだった。

 結果として所属する必要のなくなったルストが脱退したことで、クランが崩壊する事態にはならなかったが、それでもルストの<エンブリオ>が生産系として破綻していることは疑いようがない。

 

 

 だが、ルストにとってはそれでいい。

 彼女は、生産者として名を馳せたいわけではない。

 ましてや、この財を築き上げたいわけでもない。

 ロボが好きで、それを作りたい、それに乗りたい、それで遊びたい。

 ただそれだけ。

 だから彼女にとって、ヘパイストスのデメリットはデメリットにはなりえない。

 彼女にとってはただ高性能の機体を作ってくれる工房でしかない。

  

 

 最高の機体と、最高の操縦士。

 それに対してサンラクは。

 

 

『――舐めプが過ぎるぜ、ルスト』

 

 

 現時点で……それらを欠片も脅威だとは思っていなかった。

 

 

 To be continued

 




余談
・【黄子皆制】
 なぜ、同時に二台の機体を運用できるのか。
 それは、装備枠の問題がある。
 【黄子皆制】は特殊装備品ではなく、その拡張パーツ、副砲だからである。
 頭が砲なのは機械の科k超パーツとして承認させるため。
 なお子機十体の操作自体は、パワードスーツの親機がコントローラーの役割を果たす。
 普通に難易度頭おかしいが、ルストは普通にこなす。



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紅と赤

いつも応援ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 なるほどなるほど。

 まあ無尽蔵の弾幕と、同時に高速で逃げ回る本体っていうのは脅威に見える。

 一見脅威に見える。見えるけどさあ。

 結局それって。

 

 

『舐めプしてるタイプのボスじゃね?』

 

 

 自分を安全な場所に置いたうえで、遠距離から部下に戦わせるタイプのボス。

 戦力を分散させてしまえば、本来の力を発揮できない。

 ストーリー的に王道かもしれんが、対戦でそれやるのは悪手だろ。

 

 

『見物料として、俺も手札を見せてやるよ』

 

 

 【豊穣戦帯】から《豊穣なる伝い手(アイビー・アームズ)》を展開。

 緑色の触手が腰蓑から飛び出る。

 それはSPを注ぐことで伸長できる。

 それを全身に巻き付けて(・・・・・・・・)、鎧と化す。

 

 

『気持ちわるっ』

『おい』

 

 

 おい、今どっかから罵倒が聞こえたぞ。

 ふざけやがって。何が気持ち悪いだ。

 これは自分(AGI特化)の肉体より強度のはるかに高い<エンブリオ>で全身を覆うことによって、速度と防御力を両立する高等応用技術なんだぞ。

 見た目は全身触手の変態そのものだが。

 後ぶっちゃけいくら速度が落ちないといってもそれはあくまでもAGI……数値上の速度に限る。

 実際若干動きづらいから、

 とはいえ、これで威力の低い弾幕はもはや問題にならない。

 そのまま、両手に持った武器……【ミニマムアックス】を構えて突っ込む。

 狙いは弾丸の雨を降らせてくる【黄子皆制】ではない。

 【衛庫星翠】……厳密に言えば中にいるルスト本体だ。

 【黄子皆制】の詳細はわからない。

 どうして二体の機体を同時に運用できているのかも全く分からないが……機体の仕様がどうであれ、この闘技場の結界内部においては互いのHPを全損させればすべてが終わる。

 

 

 序にスクラップにしちまう修理費も兼ねて……あ、闘技場だとそういうの全部回復するのか。

 

 物理防御無視に特化した大斧、【ミニマム・アックス】を緑の大玉にぶつける。

 スイカ割りが難しいのは当たるまでだ。

 当たらなければどうということはない、それは戦闘系のゲームにおける格言であり、俺のモットーでもあるが、逆もまたしかり。

 攻撃が当たってしまいさえすれば、どうということはない。

 

 

『《ミニマム・エンデュランス》!』

 

 

 防御力を無視する斧のスキルによって、たやすく翠緑の装甲が砕け散る。

【衛庫星翠】の装甲が砕け、内部回路が露出するが、構わず斧を振るう。

 内部にいるルストを切るまで、止まれない。そもそも内部でパワードスーツを着込んで武装しているのは確定しているのだから。

 そして緑ボールのコクピットが露になって。

 ――その中には誰もいなかった。

 操縦かんがロープで固定されており、自動で走るようになっている。

 武器を投げるなどして体から離しても、装備スロットから外れていなければ装備品として扱えるしスキルも乗るのは知っていたが、特殊装備品にも適用されるとは知らなかった。

 いや、そこは問題じゃない。

 問題はここにルストがいないという意味。本人の所在。

 

 

『……これも囮か』

 

 

 黄色のロボットと緑色のボール、いずれもが囮。

 では、本人はどこにいるのか。

 ……いや、まあ、どう考えても一か所しかないわな。

 いまだに晴れていない煙の塊を見る。

 時間制限があるのか、煙が晴れて。

 一つの機体が姿を現した。

 

 

『……お待たせ、サンラク』

『チャージ完了。【赤人天火】、行動可能』

 

 

 それは先日にも見た、機械仕掛けの赤い鳥。

 そうだ、それでいい。それがいい。

 ルストを相手にするならそれに勝たなきゃ意味がない!

 

 

『《ミサイル・ランチャー》、《レーザー・シューター》』

『うわやべっ!』

 

 

 ミサイルはともかく、レーザーまであるのは聞いてねえ!

 とりあえず避けろ避けろ避けろ避けろー!

 一発でも当たったら確実に死ぬから!

 

 

 □■【赤人天火】コクピット内部

 

 

 初手、とりあえずはルストの策は成功したといっていい。

 彼女が最も警戒していた「【赤人天火】に乗り込む前にやられる」という事態は避けられた。

 オーダーメイド機体を二つ囮にして、隙を作った。

 そして現時点で使える最大戦力である【赤人天火】の起動には成功し、有利な状況を作ることができた。

 それでも決して楽な相手ではない。

 そもそも並みの相手なら【黄子皆制】と【衛庫星翠】だけで倒せるはずだし……実際に予選はそれだけで突破している。

 それはサンラクの実力もあるが、それ以前に彼女自身のMPの問題がある。

 ルストの保有している、ヘパイストスで造った機体。

 それらはすべて、モルドの<エンブリオ>であるオルトロスのMP供給があって初めて全力を出せる。

 例えば、【衛庫星翠】はバリアを周囲に展開しつつ、ブースターを噴射して高速移動するというのが基本戦術だし、【赤人天火】にしても、レーザーやエネルギーブレードなどMPをコストにした様々な兵装が持ち味だ。

 しかし、それを十全に使うにはルストではMPが足りない。

 【黄子皆制】だけは、子機にMPをあらかじめ貯めておく仕様であるがゆえに運用できているが、他の機体は何かしら制限がついて回る。

 特に、切り札である【酷死無蒼】ーールストとモルドが製作した最強の機体ーーに至っては燃費が最悪であり、オルトロスの必殺スキルがあって初めて運用できる。

 ルストの魔力では、運用はおろか起動すら難しく、この場では使えない。

 加えて、海戦特化の【海闘藍魔】のように、魔力を抜きにしてもこの場では使えない機体も多い。

 ゆえに現時点で使えるのは【赤人天火】のみ。

 本来ならば、モルドの存在を前提としない決闘向けの機体を製造するべきだったのだが……あいにくと開発期間が足りていなかった。

 できたのはオルトロス抜きで操作できるようにするためのコクピットの製作と、【衛庫星翠】の単純な自動操縦用の制御装置のみ。

 そもそもルストの魔力で運用できる機体のスペックが低く、彼女を満足させるには至らないというのもある。

 それでも亜竜級相当の出力はあるのだが。

 

 

『……回避してくる』

 

 

 ミサイルはあらかじめ作ったストックを吐き出す仕様だが、問題はレーザーだ。

 ルストのMPを消費するゆえに、さほど連発ができない。

 

 

『……っ!』

 

 

 サンラクからの反撃。

 サンラクが担いでいるのは、ガンランスだ。

 背負っていたものを捨て、それと同じガンランスを構える。

 使い捨てゆえに出力が高いタイプだろうと察した。

 

 

『ーー逆に利用できる』

 

 

 ミサイルと衝突し、破片が飛び散る。

 同時、レーザーを打ち込む。

 飛び散ったミサイルの破片が、サンラクのマスクをとらえて。

 サンラクが減速した。

 【蛇眼鳥面】が破損したことによって、《脱装者》によるAGI強化がなくなり、サンラクの速度が亜音速程度にまで落ちる。

 そしてそれを見逃さない。

 

 

『《ミサイル・ランチャー》』

 

 

 【赤人天火】からミサイルが射出される。

 一発一発が亜竜クラスにも大ダメージを与えるものであり。

 一度に射出できる最大数である六発、それらがすべてサンラクに追いつき。

 爆発した。

 

 

(仕留めた……?いや、まだ!)

 

 

 倒したのであれば、結界が解除されるはず。

 そうなっていないのは、まだ何らかの手段で攻撃を耐えしのぎ、生きているからだ。

 だがそうやって耐えているのか。

 

 

こっちのも(・・・・・)お披露目してやるよ、ルスト』

『……それは!』

 

 

 体高十メテルほどの、機械仕掛けの巨人。おそらくは《即時放出》したものだろう。

 ただし、装甲がほとんどない。

 ミサイルの直撃でほぼすべての装甲が脱落している。ごく一部残った装甲は、白銀色。

 コクピットに至っては装甲どころか内部が焼け落ちており、まともに操縦できそうにない。

 それ以外は細く白いフレームで形作られている。

 サンラクは、そんな状況で生きていた。

 

 

(直撃は機体の装甲で受けて……余熱はそういうこと(・・・・・・)か)

 

 

 灼熱地獄のはずだが、サンラクは凍り付いていた(・・・・・・・)

 腕にあるのはいつの間にか握られていた一本の短槍。

 その銘は、【ブリザード・アクセル】。

 効果は、槍で攻撃した相手と……自身への凍結。

自身に反動がある――反動を防ぐセーフティーがないゆえに威力は高い。

 基本的にはデメリットを《暴徒の血潮》で相殺して、運用するが、今回はデメリットの方をメインに活用した。

 炎熱地獄を紅蓮地獄ーー寒さで皮膚が敗れて血が流れる地獄――で相殺した形だ。

 しかし、それでもまだサンラクが不利。

 AGIで劣っているのだから。

 だから。

 

 

『《白き皮、紅き骨(プリズンブレイカー)》』

 

 

 マスクにさえぎられずに、不敵な笑顔を見せて、たった一言宣言する。

 それは、スキル発動の宣言。

 伝説級特典武具――【甲剥(こうはく)機甲 プリズンブレイカー】、唯一にして最大最強のスキルの宣言。

 宣言と同時、白かったはずの機体が赤熱し紅く染まる。

 

 

  

 

 赤と紅、双つの機体が向かい合う。

 地に立ち、天を見上げる赤熱の巨人。

 天から、大地の巨人を見下ろす紅の機械鳥。

 

 

『《ミサイル・ランチャー》、《レッグ・ガトリング》、《ブレイズ・ブレイド》!』

『《配水の陣》!』

 

 

 ーー衝突。

 

 

 To be continued

 




【暴竜王】、ティラノだといいなあ。


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燃え上がれ、我が刃

10万UAいってました。
ありがとうございます。
またお気に入り1100突破、してました。ありがとうございます。

今後とも頑張りますので、感想、お気に入り登録、誤字報告、評価などしていただけるとありがたいです。




 □■とある<UBM>について

 

 

【甲虫禁具 プリズンブレイカー】という<UBM>は、元々レジェンダリアの森林に住まうカブトムシ型の魔蟲だった。

 モンスターの中では比較的温厚な方であり、自分から争いを仕掛けることもない。

 せいぜいで、縄張りに入ってきた外敵を始末するくらいだ。

 あるいは、もう少し好戦的な性格をしていれば、古代伝説級に成り上がっていたかもしれない。(それでも暴れすぎれば超級職のティアンなどに目を付けられていた可能性が高いので、今まで生き残れたかどうかはわからないが)

 しかし、結果として【プリズンブレイカー】は伝説級どまりであり、そこでサンラク達と遭遇してしまった。

 【プリズンブレイカー】にしてみれば、自分の住処の近くに来た珍妙な侵入者を――強者の気配を放つ者たちと戦わない選択肢はなく。

 サンラク達の側からすれば、ゲームのレイドボスであり、街に近い危険な生物を討伐しない理由がない。

 結果として、サンラク達四人、によって半ば相打ちの形で討伐された。

 後衛を担っていたルナティックとステラが無事だったのは幸いだったが。

 【プリズンブレイカー】のスキルは主に二つ。

 一つは、MPを消費して超硬度のバリアを展開するスキル《白甲展開》。

 超級職であるルナティックが作り出し、魔力を込めた砲撃でも壊れないほどの耐久力。

 もう一つは、プリズンブレイカーの名にふさわしいスキル《装紅剥離》。

 バリアを破壊、飛散させると同時、自身のAGI、STRを大幅に引き上げるスキル。

 強力ではあるが、使ってしまうと二十四時間《白甲展開》が使えなくなってしまうというデメリットを抱えた諸刃の剣でもある。

 

 

 そして【甲剥機甲 プリズンブレイカー】となった際、《白甲展開》……バリアスキルはオミットされ、《装紅剝離》をもとにしたバフスキル《白き皮、紅き骨(プリズンブレイカー)》だけが残った。

 理由は二つある。

 一つは、サンラクという人物の経歴。

 MVP特典武具は、本人の経歴やスタイルなどを参照して最もアジャストしているであろう武具になることが多い。(なお、そのアジャストが必ずしも本人の希望に沿うわけではなく、それに対して不平を言う着ぐるみもいたりするが、運営にはスルーされている)

 では、参照されるサンラクのスタイルとは何か。

 それは「防御を捨てて機動力に特化する」ことである。

 触手による防御などもあるが、あれはあくまで副産物。

 最初のスキルである、《脱装者》に始まり、基本的に彼のスタイルには防御という概念がない。

 それゆえにバリアはシステムによって不要と判断された。

 もう一つの理由は、コストとなりうるリソースの不足。

 超級職の砲撃をもってしても貫けないほどの強固なバリアを展開するには、当然膨大なMPが前提となる。

 そんなものはサンラクにはなく、短時間であってもコストを賄いきれない以上どうしようもない。

 ゆえに、サンラクにアジャストしたものとなっている。

 耐久値を犠牲にすることで、機体の速度と攻撃力をサンラクの速度の二倍の数値にする能力だ。彼の今のAGIとSTRはジョブによるステータス補正に加え、【猛牛闘士】の回避成功回数に応じてステータスを上げるパッシブスキル、更には<エンブリオ>による補正もあってすでに五桁に達している。

 それ故に、今のサンラクは一撃でもあてれば勝てる状態ではある。

 ――当てれば。

 

 

 《白き皮、紅き骨》は機体の耐久値を犠牲にして運用されるスキル。

 それ故に稼働に制限が生じる。

 まして、スキル発動以前にルストによる爆撃で耐久値が大幅に減少している。

 後三十秒も持たずに、完全に【甲剥機甲】は完全に自壊する。

 

 

 赤き巨人が拳を振りかぶり、紅の機械鳥が赤熱させた翼、熱量ブレードをぶつける。

 正面からの激突、勝ったのは、【赤人天火】。

 サンラクのこぶしに合わせて、ブレードを肘の関節部分に差し込む。

 【プリズンブレイカー】の右肘から先が切り飛ばされ、そこから崩壊が加速して右腕が完全に崩れていく。

 

 

『っ!』

 

 

 が、【赤人天火】も無事ではない。

 隙をついて【プリズンブレイカー】が右膝を【赤人天火】に打ちこんでいた。

 右膝の装甲がはがれるが、膝蹴りで【赤人天火】の脚部が折れ、ミサイルの発射口もつぶれる。

 

 

 だから、ここで終わりだ。

 最後のMPを振り絞り、【赤人天火】からレーザーが放出される。

 工作の直後、レーザーが撃ち込まれる。それはサンラクをもってしても回避できず。

 

 

『これで、終わり!』

 

 

 機体のコクピットが爆破されて。

 今度こそ終わったとルストは確信して。

 

 

『悪いけど、今回はそっちは囮だ』

 

 

 サンラクが彼女の――彼女の乗る【赤人天火】の後ろにいた。

 ひどいありさまだった。

 体は焦げ付き、身にまとう<エンブリオ>(装備)は半壊しており、HPも最大時の二割程度。

 それでも、切り札を切ってここに立っている。

 それは、予選含めて一度も使っていなかったスキル。

 闘牛士系統上級職である【猛牛闘士(ブル・ファイター)】の奥義、《逃非行(アウトロー)》。

 端的に言えば、相手の背後に転移する(・・・・・・・・・)スキルである。

 使用する際に、相手の攻撃を一定回数以上回避しなくてはならないという使用条件がある。 

 トーナメントでも今までは使えなかったし、使う必要もなかったスキル。

 無数のガトリングによる砲火、それに加えてレーザーやミサイル。

 それを回避し続けたことにより、チャージは十分。

 ごく短距離の……五メテル程度ならばサンラクの限りなく少ないMPであっても転移できる。

 【赤人天火】は多数の火器を、兵装を有しているが、一つだけ死角がある。

 それは【赤人天火】本体。

 当然、それは兵器としては、人が搭乗し操作する機械としては当然の話だ。

 しかし、何者かに飛び乗られてしまえば、何もできなくなるという弱点でもある。

 

 

『大盤振る舞い、最後のカードも見せてやるよ』

 

 

 瞬間装備で装備したのは、一本の紅い刃の太刀。

 一撃で、今にも折れてしまいそうなほどに薄い。

 その刀の名は、【レッド・バースト】。

 以前サンラクがルナティックに作ってもらった【シルバー・ブレット】の改良版である。

 サンラクが討伐し、獲得した上級モンスターの素材、そして超級職であるルナティックの技術を込めた瞬間火力特化の装備。

 一度振るえば壊れてしまうが……そもそもそれを問題視していない、一撃の火力は上級奥義など軽く飛び越える。

 ましてやここは闘技場。

 傷つこうが、跡形もなく粉砕されようが、自壊しようが関係なく決闘が終わればHPも装備も元に戻る。

 ゆえに、今この瞬間、彼に躊躇う理由はなく。

 

 

『グッドゲームだったぜ、ルストーー《アームド・ラーヴァ》』

 

 

 スキルの宣言と同時、刀身が爆ぜ、爆炎の斬撃をサンラクが振るい。

 そして、炎熱攻撃によって紅い機体の装甲は貫かれ。

 コクピットは蒸発していた。

 中にいた、パイロットであるルストも巻き添えにして。

 

 

「そ、壮絶なる決着!勝者!【猛牛闘士】サンラクうううううううう!」

 

 

 直後、闘技場の結界が解除される。

 それが決着だった。

 <闘争都市>デリラにおけるトーナメント、本戦。

 一回戦 サンラク対ルスト。

 勝者、サンラク。

 

 

 

 □■???

 

 

 観客席はすべてが埋まっているわけではない。

 <闘争都市>デリラはギデオンほどには興行が盛んではないことが理由だ。

 ギデオンに比べて、カルディナのティアンは弱かった。

 それこそ七大国家最弱であっただろう。

 それゆえにカルディナでは決闘はさほど盛んではない。

 あるいは表に出せる興行は盛んではない、といったほうが正しいかもしれないが、それはこの際問題ではない。

 その中に、ぱちぱちと拍手を送るものがいた。

 

 

「なるほど、装甲を犠牲にして、出力を上げているのかあのマスク」

 

 

 魔法職を思わせるフード付きのローブを着た男、名をケイン・フルフルという、【杖神】の座についている男だ。

 

 

「スキル開発の参考になりそうだ。これだから<マスター>は面白い。研究のし甲斐がある」

 

 

「そういえば、彼の装備には見覚えがあるな。ルナティックのものか、元気にしているようで何よりだね」

 

 

「さて、問題になるのはもう一つの方かな」

 

 

 ケインは、左手の中にあるレーダーのようなものーーレーダー型の特典武具ーーを見ながら、考えを口にする。

 そのレーダーは、危険なモンスターを探知するものだ。

 

 

「ハイエンドか、伝説級か、いずれにせよ厄介なことには変わりない。後者の方が得られるものが多くてありがたいが」

 

 

「いずれにせよーー俺の糧になってもらう」

 

 

□■???

 

 

「もしもし、うん、今はトーナメントに参加した<マスター>を見てるよ。何人か面白い人もいるね」

 

「わかってるよ、すでに町の中と町の外、全部の(・・・)UBM(・・・)>の現在地は把握済みだとも。君の予測通りだよ、ラ・プラス」

 

「そのうえで、今夜起きる騒動(・・・・・・・)に関しては放置しておけばいいんだろう?私達の目的のためにもね」

 

「ああ、そうそう思い出した。私たちの今後のために、どうしても絶対に確認しておかなければならないことがあってね。それを訊きたいんだけど」

 

 

「うん、実はねーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デリラのお土産は、何がいいかな?これといったものが見つからなくて」

 

 

To be continued




本日、シャンフロのグッズが発売するそうです。
興味のある方は公式ツイッターをチェックしてみてください。

・余談【甲虫禁具 プリズンブレイカー】について。
ムシキン……いやなんでもありません。

まあぶっちゃけると原作のプリズンブレイカーが某仮面ライダーのオマージュと聞いて、それをさらにオマージュした形です。

余談2
《逃非行》
発動条件がクッソ重い。100÷スキルレベル回ターゲットの攻撃を避けないと使用できないので、実質産廃。(サンラクは5)
今回はミサイルめっちゃ打ってくる相手だからうまくハマった形ですね。


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その者、【■■■】

前話のあとがきに、サンラクに関する補足を加えております。
良ければご覧ください。


40万PV達成していました。
後、今回で20万文字突破しています。
今まで支えてくれた方々には感謝しています。

感想、誤字報告、評価、ここ好き、ご愛読、いつも大変励みにしています。
本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。







 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 ルストとの決闘で勝利した後、ルストとはいくらか話した。

 いろいろ負け惜しみ言ってたけど、無言で顔をカクカクさせて返した。

 顔真っ赤にしてたの面白かったなあ。

 

 

『サンラク君、お疲れさまです』

『ありがとう』

 

 

 んで、今はレイやキヨヒメと、合流して客席に向かっている。

 ちなみにレイの試合はまだ始まっていない。

 ていうか、だいぶ後だな。

 

 

『あ、見てましたよサンラク君の試合、その、すごかったです』

「……同意、流石父上」

『いや、割とぎりぎりだったけどね』

 

 

 何とか勝てたなって感じ。

 正直、危なかった。

 完全に舐めプだろうと思って油断があったのかもしれないが、ぶっちゃけ相当追い込まれていた。

 ケツァルコアトルの必殺スキル(・・・・・)を使ってもよかったが……正直あれはまだ制御が不完全だったから、少しでもレーザーに当たれば死ぬ状況であれは切れなかった。

 というか……【蛇眼鳥面】がない状態で使えるのかあれ?

 検証したことないから何とも言えねえ。

 さて、と。

 

 

『確かこの後は、カッツォとシルヴィアの試合があるんだっけ』

『あ、そうですね』

「質問、父上はどちらが勝つと思いますか?」

『わからん』

 

 

 どっちが勝つのかはわからん。

 カッツォのビルドはよく知っているが、逆にAGAUの情報はまるで分らん。

 しいて言うなら、<エンブリオ>はあの青いブーツ、TYPE:アームズ系列であるということぐらいか。

 後多分徒手空拳でやるスタイルだとは思う。

 ミーティアスのコスプレ(あんな恰好)している奴が武器や飛び道具を使っているとは考えづらい。

 

 

『ひとつ……気になることがあってさ』

『?』

『昨日会った時、全米一の装備は《鑑定眼》で見たんだけど、本人のステータスは見えなかったんだよな』

 

 

 考えられるのは、二つ。

 一つ、何かしらの強力な《隠蔽》効果のある装備を持っていた、しかし、それでは《鑑定眼》が通じているのが理屈に合わない。

 二つ目は……単純にレベルが違う(・・・・・・)可能性。

 レベル差があるから、ステータスに差があるから、《看破》が十全に機能しない可能性。

 もし、そうだとしたら。

 この試合の勝敗は。

 

 

『おいおい……』

「これは」

 

 

 俺はもちろん、レイにも試合の内容は見ることができる。

 闘技場の結界には低速化して見れる効果もあるため、AGIが多少低い者でも安心して試合を観戦し、楽しむことができる。

 俺やレイ(・・・・)には、関係ない話かもしれないが。

 

 

 閑話休題。

 ゆえに、誰もがはっきりと試合の状況を理解できる。

 ーーそれは、あまりに一方的な試合だった。

 カッツォの駆る黄色のロボットーーTYPE:ギアの<エンブリオ>は、ソウダカッツォという名の<マスター>は、決して弱いわけではない。

 同格であるはずの上級<マスター>を次々と葬って、本戦に出ているのだから。

 砲弾、魔法攻撃、バトルナイフによる斬撃等々、今も巨大な武器兵器を運用して、あるいは<エンブリオ>の固有スキルで多種多様な攻撃を仕掛けている。

 そして、それらが一度もAGAUに対して、まともに当たっていない。

 理由は二つ。

 一つ、両者のプレイヤースキルに差があるから。

 カッツォの<エンブリオ>はロボではあるものの、思考入力で動くラグがない仕様らしくその動きはなめらかだ。

 相手の動きを読んで、炸裂弾をランチャーから発射している。

 超音速機動が可能であっても、避けられるものではない。

 そもそも弾頭もまた超音速で動いているのだから。

 

 

 だが、やつ(・・)はそれを回避している。

 

 

 やっていること自体は単純だ。

 ブレーキをかけることによって自身の勢いを殺し、更にそのブレーキによる反動を利用して軌道を変えることでカッツォの攻撃にとらえられないように動き続けている。

 そのうえで、彼女はカッツォに接近してダメージを確実に与えている。

 既に装甲は半ば脱落しており、AGAUの優勢、いや勝勢は揺るがないようにも思える。

 が、それでもカッツォはまだ別の兵装を出そうとして。

 

 

『うん?』

 

 

 あれ?今消えた?

 あ、結界が解除されてる。

 ってことは。

 

 

「あーとっ、これは一体何がどうなっているでしょうかあ?見えない、見えないまるで何が起こっているのかわかりません!でした!しかしこれだけはわかる、勝者は、【神壊僧(ゴッドブレイク)】AGAUウウウウウウウ!」

 

『ええ……』

 

 

 解説になってないじゃんそれ。

 いやあこれはさすがにカッツォを煽れんわ。まあ煽るけど。

 

 

 ◇

 

 

 あ、あの眼鏡ロリのアバターは確か。

 カッツォだな。

 発見発見。

 あ、こっち向いた。

 向こうもこちらに気付いたようでこちらに歩いてくる。

 

 

「いやー、残念ながら負けちゃっ」

『おーす、本戦の一回戦負け、どうもお疲れさまでーす!』

「即落ち二(コマ)だったねえ、流石カッツォ君(同人受け)

「君たちは、本当に腹立つことばっかり言ってくれるねえ!」

 

 

「サンラク」

『なんだよ?』

「シルヴィアの動き見たか?」

『ああ、なんとか速度型だから目では追えてるよ。基本的には』

「だよね、見えない瞬間があったよね」

 

 

 十中八九俺の《逃非行》と同じ、短距離転移のスキル。

 ただ俺より射程が長いっぽい。

 ジョブスキルじゃないし、<エンブリオ>のスキルでもないだろうから……たぶん特典武具かな。

 俺の方の転移は条件が複雑だから、それに対応できるがどうかわからん、いや多分無理だな。

 使われる前に近づいて、大火力の攻撃で仕留めるしかないか。いやでも接近戦が得意なのは向こうもなんだよな。

 

 

『カッツォ、お前がシルヴィアにリベンジするとしたらどうする?負けた雪辱を果たすためにリベンジするとしたら』

「何でリベンジって二回言うかな……。まあなんとか距離を取って中遠距離で戦うことにするかな、原則接近戦だと不利だろうからね」

 

 

 まあ、普通はそうなる。

 転移にしても射程より遠い距離から戦えばどうとでもなるからな。

 それも一つの方法ではあるが……それでカッツォ(プロゲーマー)が倒せなかった以上、それが絶対的に正しい解というわけでもないのだ。

 

 

『【神壊僧】ってどういうジョブなんだ?』

「聖職者よりのジョブだね。僧兵系統派生上級職の【破戒僧】ってジョブがあるんだけど、それの超級職みたいだ。特性としては、他者の回復ができなくなる代わりに、自分の回復やMP、SPの自動回復スキルを得る。ステータスは耐久よりの魔法職って感じかな」

『……壊れ職業かな?』

 

 

 ラスボスに回復機能を持たせるんじゃねえよ。

 クソゲーと化すだろ。

 ああ、バグでボスが無限リスポンするゲームを思い出した。

 もしかしてそれで転移のコスト賄ってるのか?だとしたらどうしようもない気はするが。

 

 

「【破戒僧】への転職条件がそもそも厳しいんだよね。何しろ「生涯に一度も他者やモンスターを回復しない」って知らないとどうにもならない条件があるからね」

『それ良くクリアできたなあいつ』

 

 

 元々がちがちのソロプレイだったってことなんかね。

 あ、でもシャンフロでもそんな感じのビルドだったけか。

 戒律を破る通り越してゴッドをブレイクする(破る)のマジでやばすぎないか?

 全ての元凶たるギャラクセウスぶっ殺してそうだなヒーロー。巡り巡って全部神に原因があるっていう世界設定よくよく考えるとクソ過ぎるんだよなあ。

 神の一存ですべてがどうにかなってしまう世界観は、神ゲーじゃねえんだ、邪神ゲーなんだ。

 俺達クソゲーハンターが挑まんとするタイプのやつなんだ。

 

 

「訊きたいんだけど、さ」

『うん?』

「サンラクは、勝てるの?」

『勝つさ』

 

 

 相手は世界最強の人力TASなプレイヤースキルを持った人間。

 おまけにこの世界(デンドロ)では、レベルやステータスも格上、実質無尽蔵のHPとMPを持っている。

 正直文字通り、ラスボスといっても差し支えない。

 だが、それがどうした?

 死ぬまで殴れば死ぬし、死ぬまで避け続ければ、俺の勝ちなんだよ!

 

 

「…………なるほど、サンラクらしいね」

『だろ?』

「……カクカクさせるのやめてくれない?腹立つから」

(カクカクカクカク)

 

 

 無言でアサルトライフル取り出すのやめ―や。

 

 

 To be continued




本日、AT-Xにて<Infinite Dendrogram>のアニメが6:30より再放送されます。

観たことがないという方が、もしいらっしゃいましたらこれを機会に見ていただけると嬉しく思います。



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戦士たるもの、休めるときに休め

今月最後の更新。


感想、お気に入り登録、評価、ここ好き、ご愛読どうもありがとうございます。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 さて、シルヴィアたちとの試合に備えて今後どうすべきが問題となってくる。

 町の外で狩りをしてくる……というわけにもいかない。

 万が一にもデスぺナすれば、大会には参加できなくなってしまう。

 そんなことがあればどうなるのか。

 外道共には散々に煽られ、まず間違いなくルストにはぶちぎれられた挙句、決闘を挑まれるのが目に見えている。

 下手をすると、ネフホロ2に引きずり込まれるかもしれない。

 シャンフロシステムが組み込まれたこともあって過疎ゲーどころかユーザーは大量にいるんだから、わざわざ俺を引きずり込まなくてもいいだろうに。

 まあ、やってはいるんだけどさ、やっぱりメインにはしてないんだよね。

 クソゲーは常に量産され続けている。

 俺は定住せずにあちこちの仮住まい(クソゲー)を渡り歩く、いわば渡り鳥ならぬ渡り蠅だ。おいこら誰が蠅だよ。

 それはともかく、とにかく無理やり引きずり込まれるのは勘弁していただきたいところだ。

 さらにはシルヴィアには別の機会に決着を付けようといわれ、よくて日本で顔隠しをやることになりーー最悪の場合はアメリカまで引きずられていくことになる。

 ましてや俺は紙装甲の速度特化。

 範囲攻撃に長けたモンスターに出くわせば一瞬でデスぺナしかねない。

 

 

 そもそも現状、俺はレベルカンストした状態である。

 つまるところ、いくら狩りをしたところでレベルが上がるわけでもない、ということだ。

 

 

 そういうわけで、俺にできるのは、街中を歩いて武器を発掘しに行くことぐらいなんだが。

 

 

『ねえなあ』

「そうですね」

「……同感、わざわざ買うほどのものはない」

 

 

 おいやめろキヨヒメ、こっちがあえて悟られないようにうまいことぼかしてるんだから余計なことを言うんじゃない!

 ああ、向こうの武器屋、無言でこっち睨んでるよ顔が怖いんだよ。

 いや、武器があるにはあるし、上等な武具もないわけではないのだ。

 さすがはカルディナというべきか、闘士系統を治める中で習得した《鑑定眼》を使って視てみれば、確かに高品質の武具が販売されている。

 なんなら、

 だがしかし、無いのだ。

 俺が満足できるような武具が。

 

 

「そりゃそうでしょ、パパがアンタのために作ったオーダーメイドの武具と同等のものなんてそれこそ特典武具くらいよ。もう少しアンタはパパの偉大さを実感しなさい」

『はいはい、実感してる』

 

 

 とりあえず、カルディナで素材乱獲してまた装備造ってもらおう。

 レジェンダリアとはまた違った素材があるからね。

 昨日狩りをしたときに大半は売りに出したんだけど、いくつかいいものは残してあるんだよな。

 

 

『あれ』

 

 

 あの二人は確か。

 おっとどうやら向こうもこっちに気付いたっぽい、こっちに歩いてくる。

 

 

「ああ、昨日の。確か、サンラクだったか?」

「こんにちは、鳥の人」

『ああ、どうも』

 

 

 おい、シオンよ。鳥の人ってなんだ?

 まあ鳥のお面かぶって空中を移動してたら、鳥の人扱いもされるか。

普通の人間は空を飛べないからなあ。

 こっちには基本的に飛行機もないし。ああでも、ルストの【赤人天火】は飛行機に近いかな。逆に言えばあれくらいしか見かけない。

 何でも、航空機の類は飛行モンスターに対抗できないから、というのが主な理由らしい。

 逆に言えば、あいつのーーあいつらの兵器は飛行モンスターさえもものともしないってことだ。

 実際当たり前のように砂漠でモンスターを狩っているのを見たし。

 純竜クラスのモンスターとかもぼこぼこにしてたからなあ。

 決闘ではルストに勝ったが、多分あいつらの本領は、決闘では十全に発揮されていない。

 彼女が手を抜いていたわけではないし、そこは微塵も疑っていない。

 初手で奇襲を仕掛け、囮として二機を使い捨て、おそらくは最強と思われる機体で決戦を仕掛けてきた。

 

 一対一では、三割も発揮されていないだろう。

 いずれ機会があれば、二対一で挑みたいものだ。

 

 

「あー大丈夫か?」

『いやいやごめんごめん、ちょっと意識が空に飛んでただけ』

「そ、そうか、まあ<マスター>ーー常識の埒外にいる人間ならそれが普通か?」

「やっぱり……鳥の人」

 

 

 鳥の人って……もしかして名前覚えられてないんか?

 別にいいけど。

 

 

『あの、サンラク君、こちらの方々は』

「ひっ」

 

 

 いや、ひっていったかシオン。

 そりゃあ確かに一見いかつい鎧戦士に見えるかもしれないが、中身は可愛らしいんだぞ。

 まあいいや、そこを追求すると墓穴掘りそうだし。

 

 

『レイ、この二人は昨日ばったり会ったんだよ。男が<マスター>のグライで、女の子がティアンのシオン』

「グライ・ドーラだ、昨日サンラクに助けられたんだよ」

「シオンです、先日はありがとうございました」

『あ、ええと、私はサイガ‐0と言いまして、彼のパーティーメンバーです』

「……挨拶。私はキヨヒメ。母上……サイガ‐0の<エンブリオ>」

「ステラよ、同じくパーティメンバーね」

 

 

 ◇

 

 

 立ち話もなんだから、と俺たちはカフェに行くことになった。

 いや値段高っ!え、ジュース一杯でこんなにするのかカルディナ。

 やっぱこっちの物価には慣れんわ。

 グライは、店に着くなりトイレに行ってしまった。

 

 

『それで、あんたらはトーナメントの観戦してたのか?』

「いいえ、私がその、見たくないと無理を言ったので」

『あー』

 

 

 いやよく考えてみればそれもそうだ。

 キヨヒメとかと行動してて麻痺してたけど、よく考えたら、こいつは子供だもんな。

 普通に考えて、そういうのを見るのには抵抗があるものだ。

 今でこそ、尋常ならざるグロ耐性を獲得している俺だが、そうなるには長い訓練が必要だった。

 辛かったなあ、魚の捌き方を教えてくる父親。

 辛かったなあ、虫の捕食シーンを「面白いでしょ?」とキラキラと目を輝かせながら見せてくる母親。

 俺そのとき七歳とかだったんだけど。

 まあ、結果として今はもう何も思わんけどな。

 鯖癌でゴア描写の類は慣れた感ある。

 あれはまあ、一一グロ描写にビビっていられないというか、自分でグロ描写を生み出すゲームなのでさもありなん。

 いくら傷が治るとはいえ、血は出るし骨や内臓が見えるとかざらだし。

 闘技場にそういった法制度があるのかわからないが、リアルで考えればR15だ。

 見たくないと思っても無理はないだろう。

 

 

「実は、故郷が地竜に襲われまして」

『え』

「それで、私以外の家族や、村の人たちはみんな殺されてしまって」

 

 

 シオンはうつむいていたから、一体どんな顔をしているのかはわからない。

 ただその声は、震えていた。

 シチュエーション自体はありふれているはずだが……その声はありふれているとは思えなかった。

 

 

「ですがその時、グライさんが、助けてくれたんです」

 

 

 おや? 

 なんだかシオンの様子が。

 

 

『グライが?』

「はい!地竜の群れから私を救い出して、さらには私をここまで連れてきてくださって……」

「……素敵」

『素晴らしいですね』

 

 

 あ、なんかレイとキヨヒメの目がキラキラしてる。

 何かしら二人のセンサーに反応するような、共感できることがあったのだろうか。

 ちなみにレイは兜外してます。

 俺は鳥面付けっぱなしだけど。

 

 

 

「私、グライさんは神鳥様だと思っているのです」

『カミトリさま?』

「私のいた村に伝わる話です」

 

 

 昔、村と神鳥たちとで盟約が交わされた。

 村人は、神鳥を傷つけず、彼等の住処であるオアシスを必要以上に侵害しない。そして定期的に祭りを開き、神鳥に貢物を送る。

 神鳥は、村人たちを他のモンスターから守る。

 

 

「あの人は、私をずっと守ってくれた人なんです。だから……神鳥様なんだって、私は思います」

『なるほど、ねえ』

 

 

 ログアウトとかあるだろうしずっとは無理だろうけどな。

 いやもしかするとこいつが寝ている間にログアウトしていたのか、もしくはギャラトラの廃人のおじいちゃんたちみたいに無理やり生命維持しながらログインしているのか。

 もしかすると、グライがトイレに行ったのは、今までシオンを守るためにトイレに行く(ログアウトする)余裕すらなかったのかもしれん。

 あるいはーーいや、別にいいか。

 その可能性に言及するのはまずい。当たっていても外れていてもいい結果にならないだろうから。

 シオンは、このNPCはグライに救われているし、その事実だけで十分だ。

 後まあ、これ完全にあれだな。いわゆる恋愛感情を持っているパターンだよな。

 グライがそれを知ってるかは別にして、な、ペッ。

 

 

 そういえばデンドロでは、プレイヤーとNPCがガチで恋愛したり結婚したりもできるらしいな。

 王国だと確かフォルテスラ氏がそうだったか。

 あの人、王国にいた時何度か模擬戦したんだけど……あんまり話してないんだよな。距離感がわからんくて。

 たとえじゃなく、実際に友達の友達だからね。

 

 

 To be continued




ダイパリメイク嬉しいですね。
筆者はたぶんブリリ買います。


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休息を喫するもの、すなわち戦に備えるもの

間に合いました。
クマニーサン、誕生日おめでとうございます!
(全くデンドロキャラが出ていない事実から目を背けながら)


感想、評価、ここ好き、お気に入り登録、誤字報告、ご愛読どうもありがとうございます。
今後も気軽にしていただけると嬉しいです。


□【猛牛闘士】サンラク

 

 

「すまんな、店に入って早々トイレに入っちまって……なんで俺の方を見ながらニヤニヤしてるんだあんたら?」

「……否定。ほほえましい目で見ているだけ」

「別にアンタ一人を見てるわけでもないわよ」

「…………」

「ええ……何を話してたんだ?シオン?」

「え、あ、いえ!なんでもありません!」

 

 

 うーん、これは確定だ。

 完全に恋する乙女のムーブだ。

 もはやテンプレが過ぎるぞ。ギャルゲーの主人公になりつつあるんじゃないか?

 ああ懐かしきピザ留学、どうして初対面でぐいぐい迫ってきたキャラクターまでもが約束の時間より十五秒早く来ただけでピザ留学するんだよ。許せねえよ。

 理不尽な理由でギャルゲーには苦手意識があったりする。

 

 

『あー、あれだ、あんたらの馴れ初めってやつだな』

「なれそめ?」

「鳥の人さん!」

「あ、あのシオンさん、サンラクさん、ですよ?」

 

 

 いや、レイ。気持ちはありがたいけど大丈夫だよ、今更気にしてないから。

 身内に鉄砲玉だの悪食だの露出狂だの変態だの言われたい放題だからね。いまさら感がある。

 別ゲーでもツチノコだの、バニーの変態だの、サイレント・キル・幼女だのとあれな通りにで呼ばれた俺だ、今更何も言うまい。

 大半は俺自身に非があるのがつらいところだ。

 いやまあ、デンドロ半裸なのは<エンブリオ>のせいなんだけどな。

 街中では<エンブリオ>をしまってもいいじゃないかって?

 デンドロでは街でのPKが禁止されてないんですよ。どこにPKやモンスターがいるかわからない以上、気は抜けないんだよな。

 

 

 

「……なるほどなあ」

『そう言えば、お前らは今後どうするんだ?』

 

 

 

 こいつらは別に、トーナメントに参加するためにここに来たわけでもない。

 実際出てなかったみたいだしな。

 だからこの後もデリラにとどまるつもりなのかな、と思ったりもしたのだが。

 

 

「いや、シオンをドラグノマドの孤児院に送り届ける。そこでお別れだな」

「え?」

「「え?」」

 

 

 あ、そうなの?

 というかなんでシオンはともかく、レイやキヨヒメもがっかりしてるのはなぜなのか。

 やっぱり二人そろって恋愛脳らしい。

 まあ気持ちはわかるけども。

 さっきまでのシオンを見てれば、ね。

 

 

「あ、あのグライさん」

「何度も言ってるはずだぞ、シオン。あそこは間違いなく、カルディナで一番安全だ。おまけに今は比較的近い」

 

 

 それはともかく、マジで気づいてないのかこの男。

 

 

「まあ、お前の気持ちはわかってる」

「え」

 

 

 お?

 

 

「お前が、あの街をよく思っていないのはわかっているが、そこは割り切ってくれ」

「……はい」

『ええ……』

 

 

 いや全然違うんだよなあ、どう解釈すればそうなる。

 うっそだろお前。

 まあいいけどね。

 さすがに人のプレイスタイルに口出しする気はないからまあいいけど。

 

  

 ◇

 

 

 しばらくして、二人は勘定を払って出ていった。

 というか、俺たちの分まで出してくれてる。

 いい奴ではあるんだよな、グライ。いろいろアレではあるけど。

 

 

「あの二人、大丈夫ですかね?」

『さあなー』

 

 

 正直、あくまでNPCとプレイヤーだから、しょうがない気はするんだよね。

 ただ。

 さっきまで一緒にいた二人。

 少し気まずい雰囲気ではあったものの、その後は楽しそうで。

 あの後、空気を変えるためかレイとキヨヒメが話を振って、シオンが今までに旅路について語って。

 そうしてグライがほほえましいものを見るような目で、相槌を打つ。

 俺の目から見ても、あの二人はどうにもお似合いに見えて。

 あいつがどう(・・)であれ、幸せな結末にたどり着くのは難しいかもしれないけど。

 できれば、バッドエンドにはならないことを願いたいものだ。

 

 

「おや、サンラク君じゃないか」

『何でお前らまでここにきてるの?ストーカーか何か?』

「いやいやあ、私()そんなことしな、あ、待って妹ちゃん落ち着いて、引っ張らないで!」

「このカフェしゃれてるね、『バーサーク・バザール』にもこんなのがあったかな」

『何それ』

「最近話題の格ゲーなんだけどなあ……」

「悪くはないけど、やっぱりGH:Cには及ばないよ!」

「ま、まあシャンフロシステムが搭載されてないから、多少はね?」

 

 

 おいおいおいおい、夏目氏と全一もいるのかよ。

 両手とケツに花がぶっ刺さってるじゃないかカッツォ。

 ケツに刺さってるのは彼岸花だろうけど。

 

 

 ◇◆◇

 

 

『あの三人さあ、はたから見ると幼女に迫る二人の女って構図なんだよな』

「実態はただのフラグたてまくり鈍感野郎だけどね」

『……あいつデスぺナする?』

 

 

 善悪ではない。

 正しいとか間違っているとか、そんなことは問題ではない。

 とりあえずこいつをボコさねばならないと、俺の魂が俺に告げているんだよ。

 

 

 

「いいねえ。街中なら<エンブリオ>に搭乗する前にサンラク君ごと爆殺できそうだし」

『しれっと俺含めるのやめてもらえません?』

「リア充爆発しろっていうじゃん?」

『あれ、鉛筆って去年のクリスマス予定あった?』

「……仕事だったけど?」

『あ、そっすか(笑)』

「…………」

 

 

 いやー独身女性の嫉妬は見苦しいものがありますなあ。

 まあ、しょうがないかなああああ?

 

 

 

「……鎮静。落ち着いてペンシルゴン」

「あ、あの落ち着いてください、ね?」

 

 

 レイが止めても逆効果な気はするが……。

 あ、普通に鎮静化してるわ。

 自分は俺の方にだけキレるの理不尽じゃない?キレるならカッツォだけにしとけよな。

 理不尽が過ぎるんだよなあ。

 

 

「はあ、疲れた」

『あーわかるよカッツォ、負けた時って精神的にキツいもんな』

「なるほど……そういえばサンラクの試合は見たけど、結構いいアイテム持ってたよね」

『いやいやそれほどでも……お前の装備もいいもの使ってたじゃねえか。売ればいい額になりそうだな』

『「…………」』

 

 

「アンタ達、友達なんじゃないの?」

『いやいや、わかってないなステラ。これは一般人が外道と付き合うための由緒正しきコミュニケーション方なんだぜ』

「そうだね、俺みたいな一般人にとってはこういう対応が外道に対する最適解なんだよね」

「『あっはっはっは』」

 

 

 六割削れた。PKのペナルティがないからってえげつなすぎる。

 店内だと避けられないんだよなあ。

 

 

 To be continued



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煌めく蒼い星

 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 外道共に理不尽にしばかれたり、そのあとレイやキヨヒメ、ステラと買い物を楽しんだりしながら昨日を過ごし、そして今日。

 俺はトーナメント本戦二回戦に出ている。

 ちなみに日をまたいだというのは、あくまでゲーム時間だ。

 三倍加速時間はありがたいし、それを作った奴にはぜひとも感謝したいが、時々混乱することもある。

 さて、それはともかく。

   

 

 

「こうして向かい合うのは、久しぶりね」

『そうだな。あー、例のイベント以来か』

「そうね。昨日のことみたいだわ、顔隠し」

『その呼び方止めろよ全一……』

 

 

 そう、今日の相手はシルヴィ……もとい、なぞのゲーマーAGAUである。

 最後にあったのいつだっけ?

 いや、何かしらのイベントであったのは間違いないんだよな。

 じゃあいつだったかといわれると……やっべえ思い出せねえ。

 まあいいか。しょうがない。

 どうせバレへんやろ、適当に話合わせとけ。

 

 

『ま、前回も負けたんだよな』

「いい試合だったけど、ね」

『まあ安心しろよ、今日の試合では俺が勝つ』

「上等!」

 

 

「試合!開始!」

 

 

 

 開始と同時、俺は地をかけ、遠距離武器を構えて。

 あいつは、天を翔けた。

 彼女の履く青いブーツから蒼い炎が噴き出す。

 そして、彼女は空を飛ぶ。

 サンラクと同じ、超音速起動。

 

 

『これが、カッツォの言ってたやつか』

 

 

 さてはあの星形ゴーグル、単なるファッションってわけじゃねえな。

 カッツォやルストの就いてる操縦士系統のように、AGIが低くても高速移動に適応できるよう動体視力を引き上げるスキルがあるのだろう。

 そうでなければ鈍足耐久型のジョブで、自分の動きを制御できるはずもない。

 俺も以前、《回遊》の速度強化をかけすぎて制御を失って死んだことがある。闘技場の中での話だったから運がよかったけどな。

 スキルの練習として、あの場所はいい。

 欠点が金がかかることだけだからな。

 デンドロでは公的機関に預けてさえ置けば、デスぺナで金銭をロストしないことも大きい。

 

 

 空を翔けるのは、俺だけではない、ということだろう。

 AGAUの見た目は、完全にヒーロー、ミーティアスのそれだ。

 ブーツから炎を噴射して移動する、それは直線的な移動のはずだ。

 しかし、カッツォの試合でもそうだったように、至極滑らかにカーブしている。

 ロケットエンジンから噴き出して直線に移動し、ブレーキを掛けつつ停止、そして別の方向に移動することによって、まるで流れるように自在に動く。 

 

 

『やっぱやべえなあいつの<エンブリオ>と、プレイヤースキル』

 

 

 □■ある<マスター>について

 

 

 万能型に類するAGAUという<マスター>。

 彼女の<エンブリオ>は、TYPE:ウェポン、【蒼双狼脚 シリウス】という。

 その能力特性は、炎熱噴射。

 ブーツ型<エンブリオ>の噴射口から青い炎を吹き出してロケットのように推進力とする。

 その性能はすさまじい。

 超音速機動を行うことができるうえに、必殺スキルを抜きにしても上級炎熱魔法職相当の熱量攻撃ができる。

 速度と火力、その双方を両立した高性能な<エンブリオ>である。

 しかし、それゆえにシリウスは二つの大きな欠点を抱えている。

 一つは、シリウスの制御がすべてマニュアル(・・・・・・・・)であること。

 常人であればまともに飛行できない。

 それどころか、両足がバラバラの方向に動き、文字通り真っ二つに裂けてしまうだろう。

 しかし、AGAUならば――シルヴィア・ゴールドバーグならばそれができる。

 彼女こそは、世界最強のプロゲーマー。

 それは、少なくとも公的には世界中の誰よりもプレイヤースキルが高いということ。

 彼女ならば制御できるとシステムが判断したからこそ、シリウスはマニュアル操作になっている。

 もう一つは、コスト。

 速度と火力を両立している仕様上、MPの消費が膨大であり、上級カンスト魔法職でもそれを補うのは難しい。

 シルヴィアの技量をもってしても、システム上のコストはどうしようもない。

 だから――彼女はジョブシステムを使ってその問題を解決した。

 【神壊僧(ゴッドブレイク)】――破戒僧系統は自己回復と自己支援に特化した職業である。

 回復魔法は自分にしか使用できず、パーティーにおける回復薬にはなりえない。

 ソロプレイヤーに有利なように見えるが、AGIとSTRの伸びが全くと言っていいほどないので、ソロプレイとして使うには火力が足りない。

 ではタンクとしては、どうか。

 これもダメだ。聖騎士という、タンクとしての上位互換がいる上にあちらには攻撃力がある。

 結論を言えば、【破戒僧】というジョブは今まで転職条件の難易度の割には扱いづらい、存在価値がなく、誰も就こうとはしないロストジョブ寸前のジョブだった。

 条件が残っていたのが奇跡といってもいい。

 

 

 だが、AGAUはそんなジョブにこそ、可能性を見出した。

 火力がない?<エンブリオ>で攻撃すればいい。

 速度が足りない?<エンブリオ>で動けばいい。

 仲間が回復できない?基本的にソロだから問題はない。

 彼女ならば、このジョブの本領発揮することが可能だった。 

 

 

 特に、シルヴィアが着目したのはMP、SPの自動回復スキルだ。

 【破戒僧】の時点で取得可能であり、超級職になった今スキルレベルはEXである。

 ジョブに由来する耐久力と持久力、<エンブリオ>に由来する攻撃力と機動力。

 彼女のスタイルは、いわゆる万能型といわれるものである。

 

 

 それに対抗する方法は二つ。

 何かしらの尖った能力でごり押しするか。彼女と同じ純粋な戦力でごり押しするか。

 あるいは――どちらも(・・・・)やるか。

 

 

「いいね、それを使ってくれるんだ」

『これ使わんと、削り切れねえからな』

 

 

 サンラクがアイテムボックスから《即時放出》したのは一体の機械の巨人。

 伝説級特典武具であり、最強の切り札。

 それに乗り込む。

 AGAUはスキル発動を妨害しようとするが、それは触手と遠距離攻撃によって一瞬遅れる。

 

 

 

『《白き皮、紅い骨(プリズンブレイカー)》』

「ハハッ来たね!顔隠し!」

 

 

 サンラクのスキル宣言に呼応して、白銀の巨人が赤く染まり、動き出す。

 速度と火力、そして防御力を両立した最強のサンラク。

 速度と攻撃力が通常時の倍になり、防御力も伝説級武具のそれ。

 機体の耐久値を犠牲に驚異的な力を手にする、極端なスキル。

 しかして、それこそがAGAUを超えられる方法。

 

 

「速い、ね、プリズンブレイカー(・・・・・・・・・)!」

『そりゃそうだろ!今は脱獄中(・・・)だからな!』

 

 

 ルスト戦ではミサイルで耐久値の半分以上が削れて

 しまっていたうえ、【蛇眼鳥面】が壊れていた。

 それゆえに、本来の出力を出せていなかったが――今は違う。

 STRとAGIが二万オーバー、防御力も数値に換算すれば五千はある。

 速度も攻撃力の双方で、AGAU(アガウー)を超えるための唯一の手段。

 

 

 サンラクの打撃に耐えきれず、ガリガリとAGAUのHPが削られていく。

 空中に逃げ切ろうにも、サンラクも《配水の陣》による空中戦が可能であるうえ速度で負けているので、避けられない。

 サンラクが完全に優勢に回ったかに見える。

 

 

『オオ!』

「ふっ!」

 

 

 だがそれは。

 あくまでお互いの手札を出し尽くしていれば、の話である。

 

 

「《渡り鳥(ミーティア)》」

 

 

 【凶星天衣 ミーティア】ーーベルト型の伝説級特典武具の効果。

 その効果は、自身の転移。

 コストがかかる代わりに射程は《キャスリング》や《逃非行》よりもはるかに長く、条件も非常に軽い。

 そのコストも、彼女のMPと《MP自動回復》を考えれば、あってないようなもの。

 お互いに、手札を切った。

 

 

 

『あー、これは仕方ないわ』

 

 

 そんな言葉を、サンラクが漏らして。

 

 

「《蒼星(シリウス)》」

 

 

 シリウスの、必殺スキルの宣言と同時。

 彼女の<エンブリオ>のブースターから出た蒼く、太い、炎の柱が【甲剥機甲 プリズンブレイカー】のコクピットを完全に消し飛ばした。

 

 

 To be continued 



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暴風雨が流星を隠す

評価、ここ好き、お気に入り、誤字訂正、ご愛読ありがとうございます。

感想、いただけると大変うれしく思います。


□【猛牛闘士】サンラク

 

 

『あー、これは仕方ないか』

 

 

 しゃーない、どうしようもない。

 いくら【プリズンブレイカー】といっても、転移と必殺スキルのコンボには耐えきれないだろう。

 そもそも、こっちは速度に突出してるんだよ。

 瞬間移動されたらどうしようもないだろ。

 こっちは《逃非行》のチャージもまだ終わってないし、《豊穣なる伝い手》でもシルヴィアの必殺スキルは防げない。

 だから。

 

 

『必殺スキルを使う以外に、仕方がないよな』

 

 

 出来れば使いたくなかった。

 身近なところではレイがそうだが、必殺スキルはデメリットが大きいものも多く、負け筋にもなりえる。

 俺の必殺スキルもデメリットが大きく、今まで使ってこなかった。

 使う場面は、本来なら来ない方がいいくらいだ。制御難しいし。

 だが、そんな甘いことを言っていられる相手ではない。

 

 

 

『《風神乱舞(ケツァルコアトル)》』

 

 

 俺は、ケツァルコアトルの必殺スキルを起動した。

 

 

 □■<闘争都市>デリラ内部・闘技場

 

 

 

「これは、どうなってるの?」

 

 

 AGAUは戸惑っていた。

 《渡り鳥(ミーティア)》と《蒼星(シリウス)》のコンボを使い、盤面を優勢、否、勝勢に持ち込んだはずだった。

 必殺スキルの《蒼星》は、脚部のブースターから火炎を放射する大技だ。

 その威力は、超級職の奥義である《真火真灯爆龍覇》に匹敵する。

 その代わり、一度使えば使用したほうの(・・・・・・・)ブースターは数分間機能しなくなる。

 また、通常のスキルと比べて、MPの消費も大きい。

 火力面でも、コスト面においても、短期決戦用のスキルである。

 

 

 左足のブースターはもう動かないが、まだ右足のブースターがまだ機能している。

 しかし、それが問題だった。

 

 

 まだ左足のブースターのみが動いていないということは、闘技場の結界が解除されていないということ。

 サンラクはまだ、生きている。

 【殿兵】の《ラスト・スタンド》で残っている可能性はーーない。なぜならすでに必殺スキル使用から五秒は経っている。

 では、どこにいるのか。

 

 

「っ」

 

 

 それが、いつからのことかはわからなかった。

 いつの間にか、全身に傷ができている。

 【出血】、【吸命】、【恐怖】の状態異常になっている。

 目にもとまらぬ速さで攻撃されたのだと、知る。

 さらに、ブースターが壊されて、上手く飛べない。

 とりあえず、重力にしたがってAGAUは地面に降りる。

 

 

 そして見た。見えてしまった。

 自分を攻撃したものの正体が。

 

 

 

「まるで暴風雨(ハリケーン)、ね」

『いい得て妙だな』

 

 

 ソレ(・・)を、なんと表現するのが正解なのだろうか。

 ソレは、人と台風と鳥を混ぜたような何か。

 首から上は、鳥の覆面で覆われ、腰蓑と蛇革のブーツ以外は身に着けていない。

 そして、全身が所々、渦巻いている。

 まるで人の体と竜巻が融合している。

 ソレこそがーーサンラクの切り札、《風神乱舞》。

 

 

 ◇

 

 

 サンラクの<エンブリオ>、TYPE:ルール・アームズ、【機動戦支 ケツァルコアトル】。

 その能力特性は、機動力。

 装備枠を犠牲に、速度を引き上げる《風の如き脱装者》。

 自身の速度に比例して、自身の攻撃の反動を軽減する《風除けの闘走者》。

 円盤状の結界を展開して足場を作り、空中戦を可能にする《配水の陣》。

 戦闘時間に比例して速度を引き上げる《回遊する蛇神》。

 自分の分身を作り出し、本体を隠蔽することでよりいっそう自由な動きを可能にする《製複人形(コンキスタ・ドール)》。

 腰蓑から触手を展開して、行動の補助とする《豊穣なる伝い手(アイビーアームズ)》。

 それらはサンラクの速度特化、機動力特化のスタイルを参照して決定されたものだ。

 そしてそれは、この必殺スキルも例外ではない。

 

 

 必殺スキルは、全ての<エンブリオ>において、例外なく今までの<エンブリオ>の集大成。

 それゆえに、ケツァルコアトルの必殺スキルもまた、機動力に特化したもの。

 《風神乱舞(ケツァルコアトル)》の効果は、風になること(・・・・・・)

 アルター王国の決闘ランカーには、自分の体を炎熱に変える<エンブリオ>の<マスター>がいる。

 《風神乱舞》もこれに近いスキルだ。

 今、サンラクの体は人間と風のエレメンタルの中間のような存在になっている。

 自重を極端に軽くすることで、AGI以上の速度を出すことが可能。

 その速度は、AGIに換算すれば、五万を優に超える。

 <エンブリオ>でかろうじて超音速起動している彼女では対応できない。

 

 サンラクは、【プリズンブレイカー】を展開すると同時、すぐさま《製複人形》を使用。

 自身は身を隠しつつすきを窺っていたが、結果としてすぐに《製複人形》が破壊されてしまったので、必殺を切っての正面突破に切り替えた。

 

 

「まるで、ハリケーン、ね」

 

 

 風のように動きながら、弾幕の雨をまき散らしてくるサンラクは、なるほどハリケーン、或いは暴風雨(・・・)のように見える。

 

 

 

 

 

「《渡り鳥》」

 

 

 【凶星天衣 ミーティア】のスキル。

 闘技場の端まで移動する。

 

 

『やっべバレてる』

 

 

 《看破》によって、見切られたのだろう。

 この必殺スキルの使用をためらっていたのは、闘技場での使用すらためらわざるを得ないデメリットがあったからだ。

 《風神乱舞》は、わずか一分間しか使用できない(・・・・・・・・・・・)

 なぜならば、スキルのコストとしてSP上限が削れていき、一分間でゼロになる。

 一分間しか使えなくなることに加え、SPが減れば当然ほかのスキルを使用できなくなる。

 だから何とか追いつこうとして、直線距離を移動して。

 

 

 

「最後に笑うのは、ヒーローだよ、顔隠し(ヴィラン)

 

 

 読まれた、とサンラクは気づく。

 ヒーローが、その足を高く掲げた。

 見えていた、知っていた。

 彼女は、必殺スキルを左足のブーツで撃っていた。

 それはつまり、右足のブーツは無事であるということ。

 それを危惧し、確かに右足のブーツも狙い、大破させたはずだった。

 すでにボロボロ、飛行もできない。

 だが、一度業火を放つだけならば十二分。

 

 

「《蒼星(シリウス)》」

 

 

 宣言と同時、ブーツが右足ごと爆ぜる。

 それによって蒼い炎が拡散し、飛び散る。

 爆散し、拡散した炎は、サンラクはもちろん放った本人も巻き込む、地獄の業火。

 しかして。

 

 

『耐えた、な』

「お互い、さまだね」

 

 

 触手を全身に巻き付けて。

 HPの大半を失って、それでもまだサンラクは生きている。

 シルヴィア・ゴールドバーグも無事ではない。

 爆発によって右足を失い、全身が燃えている。

 本来なら回復すれば済む話だが……。

 

 

「回復、いや、間に合わない!」

『おおおおおおおおお!』

 

 

 回復される前に、サンラクが超音速機動で突っ込む。

 お互いのHPは残り少ない。

 一撃でも当たれば、それが互いの致命傷となる。

 

 

 サンラクの、《瞬間装備》して手に持った紅い打刀ーー【レッド・バースト】が。

 シルヴィアの左足一本による飛び膝蹴りが。

 

 

「ごふっ」

『ぐえっ』

 

 

 お互いに命中した。

 さすがの最強プロゲーマーと言えど、片足一本では、サンラクの攻撃をかわしきれず。

 サンラクも、予想だにしなかった彼女の蹴撃を避けられなかった。

 お互いが与えた攻撃は、まず間違いなく致命傷。

 今の一合だけ言えば、或いはサンラクの負けといえるかもしれない。

 勝ちに近づいていたはずの盤面を、ひっくり返す、それが最強だといわんばかりに。

 

 

 二人のHPゲージが急速に減っていき、ゼロに近づいていって。

 彼女のHPはゼロになり。

 ーーサンラクのHPは1だけ残った(・・・・・・)

 サブジョブとして入れていた【殿兵】の《ラスト・スタンド》。

 食いしばるだけのスキルであり、その食いしばりもわずか五秒。

 されど、その値千金の五秒が勝敗を分けた。

 

 

 <闘争都市>デリラ、トーナメント本戦、二回戦。

 サンラクVSAGAU(アガウー)

 勝者、サンラク。

 

 

 

 

 To be continued

 




お金に余裕がないので、シャンフロ特装版だけ買いますかね。

そろそろ三章終わります。



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竜と鳥、砂の海で漂う 其の一

日間ランキング15位になってきました。
ありがとうございます。
今後も頑張ります。
ついに、三章が本格化します。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 いやー、ギリギリだった。

 ルストもそうだけど、本当に負ける可能性もあったからな。

 最後何?どうやったのあの飛び膝蹴り。

 瞬き1フレームに差し込まれたのか?

 やはり人力TASじゃったか……。

 道理でいまだに格ゲーじゃ勝てないわけだ。

 

 

「グッドゲームだったわ、顔隠し(ノーフェイス)!」

『ああ、こちらこそグッドゲームだといわせてほしい』

 

 

 勝ったほうが言うと上から目線に聞こえてしまうかもしれないが、本心だ。

 いや正直、本当に、マジで危なかった。

 HP残り1で食いしばる、《ラスト・スタンド》がなかったら負けてたからね。

 確実に勝てる様に、初見殺しの塊で詰めていったのに。

 《製複人形(コンキスタ・ドール)》と《風神乱舞(必殺スキル)》を使って奇襲を仕掛け、ブーツを破壊して機動力を奪うところまで完璧だった。

 それでも最後、ダブルノックアウト寸前まで持ち込むんだから、やはり全一は全一だと思える。

 最後の交錯に関しては、俺の負けとさえいえるだろう。

 

 

「うん、いい試合だったね」

『お、おう』

 

 

 シルヴィア・ゴールドバーグはにっこり笑って俺の手を握ってくる。

 え、何なんかこわい。

 にこにこ笑ったまま、がっちりと俺の手を掴んでいる。

 というかあれだ、目がまったく笑ってない。

 シンプルにアカン奴や。

 

 

「また、やろうね?この後で」

『あ、はい。またな……』

 

 

 リベンジしたいという心意気は俺も理解できるんだが、圧がすごいんだよ。

 ええい、がっちり手を掴むな!

 STRが低いとはいえ、振りほどきにくいんだよ。

 怖い怖い。

 というか今日は初見殺しだから勝てたんであって、次やったら勝てるかどうかわからん。

 多分あと三回、いや二回やったらもう勝てなくなってる。

 格ゲーと違って、こっちではステータスの合計値に差があるから、初見殺しで意表をついてそのまま押し切るしかないのだ。

 

 

 ◇

 

 

「お疲れ―、サンラク」

『おう、二回戦突破サンラクですよ。何か言うことはありませんか敗者の皆さん』

「すごいよね―サンラク君、順調にトーナメントを駆け上がっていって、バカと鳥頭は高いところが好きって本当なんだね」

「ダメだよペンシルゴン、事実でも言っていいことと悪いことがあるってもんじゃないか。バカとか言っちゃかわいそうだよ」

『ああ、まあ負けたからってそこをねちねち言うのもよくないよな、いくら敗者だからって』

「お、やるか?」

「うーん、王国有名PKの力、見せてあげようかな?」

 

 

 そろそろデスぺナしたほうがいい気はするんだよな、こいつら。

 「もうデスぺナのリスクがなくなったから」とかいって当然のようにPKしてるらしいし。

 とはいえ、俺にも理性はある。

 こいつらとやりあうと多分、というかほぼ間違いなく相打ちになる。

 そうでなくても装備とか破損するだろうし、できれば今は戦いたくない。

 ペンシルゴンとか絶対こっちに最大限の損害を強いる戦い方をしてくるだろ。

 デンドロでも、他のゲームでも、結局プレイヤーの命より重要なものがあるのだ。

 

 

『というか、PKかなりしてるらしいけど、コスト面とか大丈夫なのか?』

 

 

 本人から聞いたから知っている。ペンシルゴンはコストを大量消費するタイプのビルドだ。

 カッツォもペンシルゴンほどではないが、それでもかなり蓄積に頼る短期決戦型のビルドのはず。

 

 

「私は大丈夫かなあ、何しろここではコストが尽きることがまずないからねえ」

『そうなのか』

「うん。ここの道外れにもいっぱいあるからねえ。一番ヤバいのはコルタナだけど」

「……あー、あれはねー」

『?』

 

 

 よくはわからないが、どうやら鉛筆のコスト面は大丈夫らしい。

 

 

「俺も必殺スキル切ってないから、コスト面は問題ないかな。ときどきメグに武器のメンテをお願いするくらいで、コストはあってないようなものだよ」

「……サンラク君、こいつ一回シメたほうがよくない?」

『同意』

「えっちょっと待って、おかしくない?今俺にヘイトが向く要素あった?」

 

 

 そういうところだよカッツォ。

 

 

 ◇

 

 

『サンラク君、本当におめでとうございます』

『ああ、ありがとう。でも、レイも突破したんでしょ?』

『ええ、サンラク君とキヨヒメのおかげです』

「……当然。私達の力をもってすればこれは当然」

「実際強かったわね、よく見えなかった(・・・・・・・・)し」

 

 

 レイやステラ、キヨヒメと道を歩いている。

 あらあら可愛らしい、キヨヒメちゃんドヤ顔してる。

 レイも無事、相手を撃破して勝利したのだ。

 相手も普通に強かったんだが……まあ彼女が強すぎるんだよな。

 天地にいる京ティメットと秋津茜はわからないが……それ以外の元旅狼メンバーの中では、総合的に考えておそらく彼女が一番強い。

 それこそ、AGAU(全一)よりも強いかもしれない。

 超級職についていないにもかかわらず、だ。

 あれ、あそこにいるのは。

 

 

「お、あんたらは」

『お、また合ったな』

 

 

 シオンと、グライだった。

 

 

『もしかして、もう行くのか?』

「まあな、もう食料品の類は買い込んだし。ここにとどまる理由はもはやない。ちょうどすぐ近くまで来ているドラグノマドを目指す」

『そうか、じゃあせっかくだし門の手前まで送っていってもいいか?』

「それは構わない。むしろ、そうしてくれた方がありがたいくらいだ」

 

 

 門の手前まで、送っていくことになった。

 手前で歩きながら楽しそうに話しているシオンとレイ達を見ながら、俺とグライは話していた。

 

 

『シオンに会うまで、普段はどんな活動してたんだ?』

「ああ、まあ俺はカルディナで活動しているんだよ、ずっとさ」

『ああなるほど。シオンを送り届けたらどうするんだ?ドラグノマドに残ったりしないのか?』

「それはない」

 

 

 断言しちゃったよ。

 シオンがさすがに不憫だよ。

 

 

『なあ、何で、シオンを助けたんだ?』

「それは……」

 

 

 こいつのスタイルは、いまいちよくわからない。

 そもそもシオンを護衛することのうまみは、ほぼゼロに等しいだろう。

 こいつが何を考えているのかまるで分からない。

 無論、世の中には俺のように効率を鑑みずにプレイするNPCに入れ込むタイプがいることは知っている。

 実際、こいつの振る舞いはそんな風に見える。

 じゃあドラグノマドに放置する理由ってなんだ?となる。

 まあ別にいいけど。

 単なるロリコンの可能性もあるし。うん、そんな気がしてきた。

 

 

「似ていたから、かもな」

『ほーん、似ていた?』

 

 

 どのあたりが?

 

 

「境遇が、な」

『……そうなのか』

 

 

 あんまり触れないほうがよさそうだな。

 お、ちょうど門の手前に着いたな。

 

 

『ここでお別れだな』

「ああ、そうだな。ありがとう」

 

 

 お別れしようとして。

 

 

「ーー《引力掌》」

 

 

 それは、誰の声だったか。

 俺の声ではない。

 レイでも、キヨヒメでも、ステラでも、シオンでも、グライでもない。

 誰かの声。

 そのスキル宣言に従って、ふわり、とシオンの体が浮き上がって。

 引き寄せられる。

 引き寄せられた方向には、誰だあれ?

 レジェンダリアの亜人だろうか。

 魔法職のようなローブを着て、杖を構えた男がいた。

 

 

 

「シオン!」

「――《サプライズ・インパクト》」

 

 

 グライが反応してシオンを抱きとめて。

 それと同時。

 スキル宣言と同時、グライの体が、ぐらりと傾いて。

 何かが、固いものが砕け散る音が聞こえた。

 

 

 To be continued




感想、評価、ここ好き、お気に入り登録、誤字報告、ご愛読ありがとうございます。


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竜と鳥、砂の海で漂う 其の二

日間ランキング11位になってました。
UA11万突破しました。
そして評価2000超えてました。


これも皆さんのおかげです。
今後ともよろしくお願いします。

感想、評価、誤字報告、ここ好き、感想、ご愛読ありがとうございます。


 □■<闘争都市>デリラ・門の手前

 

 

「――《引力掌》」

 

 

 瞬間、シオンがふわりと浮き上がって。

 あらぬ方向に移動する。

 まるで、見えない何かに吸い寄せられるように。

 

 

「シオン!」

 

 

 とっさに反応したのは、グライだけだった。

 俺とは違う、NPCを守るクエストを負っている、というその意識の差。

 だが、しかしそれは致命的な隙であり。

 

 

「《サプライズ・インパクト》」

「……っ」

『ん?』

 

 

 グライ・ドーラの【ブローチ】が砕け散った。

 何かしらの攻撃を受けたらしい。

 それも一撃で死ぬはずの致命打を、だ。

 

 

『ここは任せた!』

 

 

 シオンたちを置き去りにして、攻撃を仕掛ける。

 やられる前に倒す!を流儀としている。

 銃を撃たれる前に、矢を放たれる前に刀で切れば解決って幕末でも言ってた。

 なおそれを言っていた本人は、心理学と医学と数学と統計学をがちがちに使いこなすバリバリの理論派だった。

 ギリギリランカーになれてない、くらいの人なんだがだからと言って舐めてはいけない。

 斬った張ったの関係性なのだから。

 

 

「《ミニマム・エンデュランス》!」

 

 

 接近すると同時に《瞬間装備》したのは【ミニマム・アックス】。

 相手が何であろうとその強度を無視してぶった切る、攻撃力に欠ける俺のために作られた武器。

 街中でNPC奇襲してきたんだ。

 さすがにおいたが過ぎるだろう。

 確か、犯罪者相手や正当防衛の場合は殺しても問題ないっていうのが<Infinite Dendrogram>というゲームだからな。

 

 

「なるほど、強度無視攻撃か、厄介な」

 

 

 刃が素通りして、俺の【ブローチ】が砕け散った。

 

 

『っ!』

「ふむ、やはりね。防御を無視できるのは刃が通ったときだけ、《剣速徹し》と同様の原理だったというわけだ」

 

 

 こいつ、やってくれやがった。

俺の超音速の斬撃を受け流して、そのうえでカウンターを決めやがった。

 俺よりも遅かったのに(・・・・・・・・・・)

 今の一合で分かった。

 こいつのAGIは亜音速か、それより少し速い程度。

 速い部類ではあるが、俺が勝てない相手ではない。

 だがわかる。純粋な技量で、こいつは俺を上回っている。

 ゲーマーではなく、武術家としての技量だろうか。

 

 

「こ、このひと、もしかして」

『質問。この人物について何か知ってるの?ステラ』

「し、知ってるもなにも」

 

 

 わなわなと震えながら、ミステリさながらのごとく指をさしてステラは叫んだ。

 お前そのポーズ、ヒステリーな女感がすごいな。

 ノベルゲーでちょっとミステリーもやったからな、俺は詳しいんだ。

 ガチでなぞ解きをさせるミステリークソゲーがあってなあ、あれの何がクソって内容じゃないんだよ。

 なぜかゲームをするのに「絶対にネタバレをしません、やったことが発覚した場合罰金を払います」という膨大かつ意味不明な誓約書を書かされることなんだ。

 たしかにネタバレ抜きでなぞ解きを楽しんでほしいという気持ちはわからんでもない。

わからんでもないが、それで新規客が入ってこなかったらネタバレもくそもないだろ。

 ちなみに、クオリティ自体は高かったものの、入手難易度の高さから、まったくといいほど売れなかった伝説のクソゲーだ。

 誓約書以外に面接までやってくるの頭おかしいよ。

 大学生で、比較的自由な時間があったからよかったものの。

 

 

「なんで、ここにあなたがいるの?“神殺の六”【杖神】ケイン・フルフル!」

「おや、俺のことを知っている人がいるんだな」

 

 

 “神殺の六”?何だったっけ?

 まるで思い出せないが、ステラの知り合いってことだろうか。

 つーかこいつNPCなのか、気づかなかった。

 倒してしまうと面倒なことになりそうだ。変なイベント発生してステラやティックとの関係が悪化するのだけはごめんこうむりたいんだが。

 

 

「ああ、その容姿、なるほどなるほど」

 

 

 問題のケインとかいう奴は、何かに気付いてようにステラに目線を向けているが……その実露骨に距離を取って警戒している。

 

 

「君はルナティックとサンの娘か。二人とも元気にしているかな?」

「……お前!」

 

 

 あ、よくわからんけどステラの地雷踏みやがったぞケイン。

 しっかし杖使いが(ケイン)か。

 覚えやすくていいけど。

 あ、そうだ思い出した、こいつティックとかロウファンの昔の仲間ってやつか。

 他には確か、【泥将軍】とかいうスライム操っている奴と……アキ、アキ、秋津茜?みたいな感じのやつがいた気がする。

 思い出せないけどまあいいや。

 しかし、ティック以外は全員死んだと思ってたんだがな。

 【泥将軍】なんかは老衰で亡くなったらしいってティックから聞いてるし。

 何でも死の間際に「好きにしてくれ」と、配下であるスライムの多くを託されたらしい。

 冷静に考えると大概外道よな。普通に考えて、自分のペットを死ぬ前に肉屋や革屋に「好きにしてくれ」って頼むか普通っていう話なんですよ。

 余り考えても意味はないかもしれんが、もし俺のお袋が死ぬ前に虫を託す、とか言ったらどうしようかなあ。

 日本にいる奴は逃がすとして、海外系のやつはペットショップで買い取ってもらえればいいか?

 しかしあまりにマニアックな奴は買い取ってもらえないだろうし。

 いや、あの人多分死ぬ前にどうにかするだろうな、多分。

 【幻姫】サン・ラクイラも、不慮の事故でなくなったらしいとステラが言っていた。

 ティックはそれについては触れてなかったしそれ関係のイベントがあるのかもしれんが、まあどうでもいい。

 

 

「君たちに訊きたいんだけど、なぜそいつに肩入れする?<マスター>なら、そいつに肩入れするなどありえないはずなんだけどな。少なくとも、俺の調べた範囲でそういう行動をとる<マスター>はいない。もしかして、気づいていないのか?」

『なんの話ですか?』

 

 

 レイも不機嫌そうだが無理もない。

 攻撃を仕掛けてきたのは向こうの方なのだから。おまけに何か自分には大義がありますって顔と口調なんだよな。

 <マスター>を攻撃するのならともかく、ティアンを襲った時点で法的にアウトだ。

 なのになぜ?

 

 

 彼はアイテムボックスから一つの指輪を取り出した。

 それは【拡声の指輪】といわれるアイテムであり、自分の声を周囲に届けるためのものだ。

 ちなみに機械を通しているわけではなく単純に自分の声を拡大しているだけなので、《真偽判定》に引っかからないという特徴がある。

 それ故に、演説などに向いている、と鉛筆から聞いた。

 いったいなぜその効果を把握しているのか、どう使ったのか、何のために使ったのかあいつは全く言わなかった。

 正直聞きたくもないが、それはともかく。

 まあ結論を言ってしまえば。

 真実を暴露する、まき散らすために活用されるアイテムであり。

 

 

「聞け!ここに<UBM>がいるぞ!」

 

 

 そんな風に大声で叫べば、町中に伝わってしまう。

 

 

『は?』

『レイ』

『はい、サンラク君』

『……《真偽判定》に反応はあった?』

 

 

 彼女は、彼女にしては珍しく言いよどむ。

 時折見せるようにバグるでもなく、普段のようなしっかりと答えるでもなく。

 しかし、おもむろに口を開いて。

 

 

『ありません』 

 

 

 《真偽判定》には、反応はないと断言した。

 ――そしてそれこそが問題だった。

 

 

「どう、いうこと、ですか?」

『…………』

 

 

 シオンも戸惑っているのが見て取れる。

 いや、彼女の戸惑いはたぶん俺たちの比じゃないだろう。なにせ一緒に過ごしてきた時間が違う。

 戸惑っているのは、なにも把握できていないからか。

 あるいは、俺と同様に、ある結論に到達していたからか。

 それはつまり、ここに<UBM>がいるということだからだ。

 俺やレイ、キヨヒメではない。<マスター>や<エンブリオ>は<UBM>にはなれない。知っている、わかっている。

 NPCとして長くかかわってきたステラでもないし、NPCであることが確定しているケインでもない。

 NPCも、人間である限りはーージョブに就いている限りは<UBM>になりえないと知っている。

 さらにシオンでもない。

 もしそうであれば、彼女は話した過去は何であったのか。

 《真偽判定》に反応があったはずである。

 では、人間であると確定していないのは誰か。

 それは。

 

 

「グライさん?」

「…………」

 

 

 正体を乱入者によって暴かれた<UBM>は、何も言わない答えない。

 ただただ、黙ったままだった。

 

 

 To be continued

 




・【杖神】

 詳細は追々ですが、彼はステラの母が死んだことを知りません。
 彼は煽りとかではなく普通に訊いてます。
 まあステラはそうは思わなかったんですが。

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竜と鳥、砂の海で漂う 其の三

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 ■???

 

 

 ソレらは、街の外にいた。

 ソレらには、街の中に狙っているものがあった。

 ソレらは、本来ターゲットが街の外に出てから狙うこともできたはずだった。

 されどソレらには、そういった手段を選ぶ権利はなかった。

 だから……ソレらは街に攻め入らなくてはならなかった。

 

 

□【猛牛闘士】サンラク

 

 

 

『何でだ?』

 

 

 おかしい。あまりにもこの状況はおかしい。

 疑問が声に出てしまう程度には、奇妙だ。

 それは、グライに対してのものではないし、【杖神】に対してのものでもない。

 この場にいるものに対しての疑問ではない。

 

 

『何で誰も来ない?』

「同感だ」

 

 

 いきなり襲ってきた奴に共感されるのは不服だが、それはいいだろう。

 そう、【杖神】も疑問に感じている通り、誰も来ないのだ。

 それなりの声量で、こいつの言葉ーー真実の証言が響き渡った。

 ここに<UBM>がいるという情報が響き渡った。

 なのに、誰も来ない。

 普通に考えれば、ありえない。

 <UBM>はゲームとして考えれば、倒すべきコンテンツだ。

 それは倒して特典武具を得るべき、という一人のゲーマーとしての意見であり、同時に、街中に潜伏するモンスターがいたら、倒すのが自然なんじゃないか?という一人のMMOプレイヤーとしての思考だ。

 だが実際は誰も現れない。

 <UBM>を殺そうとする者も、特典武具争いにおいて、邪魔者である俺やレイを排除しようとする者も、事態を傍観しようとするやじ馬も、ティアンを守ろうとする介護勢も、誰も来ない。

 【杖神】が何かした、ということはないと思う。

 こいつの狙いは、おそらく不特定多数を呼び込むことによる攪乱、そして邪魔者(俺達)の排除が目的。

 俺たちがその言葉を聞いて、<UBM>を守る意思を失えば、それでよし。

 失わなければ、呼び込んだ特典目当ての<マスター>が邪魔ものと判断して、サクッとキルしてくれるって寸法。

 「<UBM>をかばっている」とこいつが証言すれば、だれもこいつを疑わないだろう。

 

 

 だから、純粋な疑問。

 どうして、誰も来ない?

 

 

「あー、なるほど」

 

 

【杖神】は、腕時計のようなものを見て、どこか納得している様子だった。

「こりゃ増援は望めない……。自分で何とかするしかないね」

『それはどういうっ!』

 

 

 レイが聞き出そうとした瞬間、あたりが暗くなった。

 陽が沈んだわけではない。

 単純に、見えなくなっているだけだーー何かが影になって。

 

 

『なんだ、あれは?』

 

 

 それは鳥ではない。

 それは羽虫ではない。

 ましてや、ロボットでもない。

 それは……空にいる生き物としては違和感が強い生き物だった。

 それは、空を飛ぶクジラだった。

 

 

『レイ、名前は見える?』

『確認できました、サンラク君。あれはーー<UBM>です』

 

 

 《遠視》のスキルを使って俺も確認する。

 【保鯨仙雲 プリュース・モーリ】、ね。なるほど間違いなく<UBM>だ。

 あの鯨は街の外にいるが、俺達もその近くにいる。

 場所が近いゆえに、声を聞いた連中があっちにいる<UBM>と混同したんだろう。

 それでこっちには誰も来ない。

 多くの<マスター>が鯨雲を討伐しようとしているようだが、高所にいるからか、攻撃がそもそも届いていない。

 多分、あっちの<UBM>に意識が向いてるせいだろうな、人が来ないの。

 もしかしなくても勘違いされてない?

 あいつが【杖神】の言う<UBM>だと思われてない。

 

 

「とりあえず、特典が先だな――《ロンゲスト・ステッキ》』

 

 

 ケインの杖が伸びていた。

 伸びた、ではなく、伸びていた、という表現が正しい。

 ただ伸びるのではない。気づけば、長さが変化していたという感じ。

 バグ技みたいだな。そういえば、ティック曰く、戦闘系の【神】は空間操作系のスキルを発明し、使うことがあるらしい。

 つまりはバグ技を生み出すわけだ、便秘かな?

 それが導き出すのはどういうことか。

 すなわち、不可避の速攻であり。

 

 

「くおっ」

 

 

 グライは今度は致命打を負わなかったらしい。

 というかなんだあれ、何かで杖の攻撃を止めている。

 あの赤いオーラ、これがこいつの<UBM>としての固有スキルってやつか。

 ただ、明らかに大ダメージを負っている。

 

 

「っ」

 

 

 とっさ、グライがシオンを見る。

 なんで今そっちを見る?

 レイがキヨヒメを抱えて何発か射撃をするが……全部弾いてやがる。

 俺の攻撃もまるで通らない。

 追尾してくる魔法の弾丸はすべて弾いて、触手と俺の腕を使った斬撃や打撃は全部受け流される。

 速度は俺達の方が倍近い差があるはずなのに、だ。

 戦闘系の超級職は技術が化け物とは聞いてたが……本当にバケモンだな。

 これに純粋な技術で勝てるのは、リアルだと故・竜宮院富岳氏か、あるいはレイドボスさんくらいのものだろう。

 

 

 俺のコンディションが万全ではないというのもあるのだろうが。

 

 

 そもそも、俺が今やっていることは正しいのだろうか。

このゲームのシステム的に、<UBM>の特典武具はオンリーワンのアイテム。

 俺はもうすでに複数持っているが、そんなユニークアイテムなどいくつあっても困らない。何ならぶっちゃけあと二つ三つ欲しいまである。

 このゲームのコンセプトは、「あなただけのオンリーワン」。

 <エンブリオ>をはじめ、異常なほど種類のあるキャラメイクやジョブシステムもそれを後押ししている。

 だからここで<UBM>討伐を優先しないのは、このゲームの理念に真っ向から逆らう形になる。

それに加えて、下手な立ち回りを見せれば、重要NPC――ステラがロストする危険性もある。

 だから、本来グライ・ドーラを倒すべきで。んごごごごごごごごご。

 

 

『サンラク君』

 

 

 そういわれて、とっさに振り向いた。

 見えているのは、

 以前、自分がくだらないことでうじうじと悩んでいた時と同じ。

 違うのは、その鎧の奥に()の顔が見えていることだろうか。いやまあイメージだけど。

 

 

『楽しみましょう、サンラク君』

 

 

 ――ああ、そうだ。

 彼女はいつだって、俺が迷っている時、それを言い当ててくれる。

 

 

『ハハハハハハハハ!』

 

 

 やることが、決まった。

 

 

『レイ!いったんステラとシオンたちを連れて退避してくれ』

『わかりました。サンラク君は』

 

 

 レイが、シオンやグライを連れて超音速で走り出す。

 

 

『俺はこいつをぶっ飛ばす!』

「舐められたものだな」

 

 

 俺の斬撃をまた受け流そうとして。

 流しきれずに、逆にその身を真っ二つに斬られる。

 

 

 刹那、【杖神】のブローチが砕け散る。

 

 

「っ、《斥力掌》!」

 

 

 手袋から斥力が発揮されることによって、俺の体が弾かれ、後退する。

 

 

「小細工を……」

『どっちかっていうとごり押しじゃね?』

「そうかもな……先程より速い」

 

 

 何のことはない。

 俺がさっきより速く動いたから防ぎきれなかった、ただそれだけの話。

 あいつは、向かってくるこちらの攻撃を完璧にさばき、さらにはカウンターまで決めていた。

 それは見事な技術ではあるが……逆に言えば、俺に対しては相手を待ってカウンターすることや、防御することしかできないということだ。

 交錯の直前、《暴徒の血潮(ライオット・ブラッド)》と《フィジカルバーサーク》を同時に起動。

 先ほどと同等か、それ以上にキレのある攻撃を、早送りでやればどうなるか。

 少なくとも、初見で捌けるはずもない。

 

 

 まあ、多分二度目は通じないんだろうけどな。

 

 

「なぜ、そいつらを庇う?人としての大義や心はないのか?」

『子供を殺そうとした外道が、大義とかいうの?』

 

 

 いや、マジで意味わからんのだけど。

 こいつ本気で言ってんの?

 

 

「あれは、あの餓鬼を使って隙をつく必要があったからだがな。それで、お前は何のためにそれをする?」

『俺はこのゲームを楽しむために来た』

「?」

 

 

 ああ、そうだろう、わかるまい。わかるはずもない。

 ティアンには、リアルのことなんてわかるはずもない。

 ここがゲームであることを知るはずもない。

 それでいい。

 

 

『それが、俺の自由でわがままだ。道理とか大義とか知らん』

「……なるほど」

 

 

 ケインは、うんうんとうなずいてる。

 

 

「これだから、<マスター>は」

 

 

 どうやら、話し合いはできないらしいとこいつ()悟ったようだ。

 当たり前だよな、当然最後は肉体言語だな。

 互いに戦意をむき出しにして、向かい合う。

 俺は触手を展開して、無数の武器を展開し。

 【杖神】ケイン・フルフルは体にまとった無数の特典武具のスキルを起動して。

 

 

「【杖神】ケイン・フルフル」

『”怪鳥”サンラク』

 

 

 一人は、己の就くオンリーワンのジョブの名を。

 もう一人は、自身のオンリーワン(スタイル)に由来する通り名を口にして。

 

 

『「勝負!」』

 

 

 開戦。

 

 

 To be continued 




・《サプライズ・インパクト》
空間を操作して、杖による衝撃(・・・・・・)を転移させるスキル。
チャージ時間が必要であり、なおかつ特定の座標に攻撃するためかわされる可能性もある。

・《ロンゲスト・スティック》
空間を操作して杖を伸ばす。
《空間希釈》に近い。
ただ杖を伸ばすのとは違い、ノータイムで杖が伸びる、「伸びた状態になる」ため、回避が難しい。
普通は長いと折れやすくなるけど、そうはならない。

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竜と鳥、砂の海で漂う 其の四

「317の日に間に合いませんでした」のプラカードを首から下げている。

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これからもよろしくお願いします。


 □■<闘争都市>デリラ

 

 

「やってくれるじゃねえか、先にお前からやるか、モンスターもどき!」

『ハッ、子供をいきなり襲ってくるやつに言われたくねえよ!』

 

 

 別ゲーで似たようなことは俺もやったけどな!とサンラクは内心でつぶやくながらも攻撃の手を緩めない。

 先ほど以上の速度とキレ、何より文字通り異常な手数(・・)で繰り出される攻撃を、ケインは防ぎきれない。

 

 

「《ロンゲスト・ステッキ》」

 

 

 スキル宣言、サンラクは回避行動をとろうとして、違うと気づく。

 動こうとするも、間に合わない。

 杖の先端が向いたのはサンラクではなく、地面。

 如意棒のように推進力として、距離を離した。

 

 

 

『させるかよ!』

「《引力掌》」

 

 

 続いてケインは、最近獲得した特典武具である、【一握掌 バリスケ】のスキルを発動する。

 もととなった<UBM>【一攫獣 バリスケ】は、引力と斥力を自在に操って人を手玉に取る<UBM>だった。

 それに由来する《引力掌》は、左手のひらを向けた生物を引き寄せるスキル。

 直接ダメージを与えるわけでもないが、隙は作れる。

 

 

 

「《サプライズ・イン》」

『させるかよお!』

 

 

 サンラクは《製複人形(コンキスタ・ドール)》を発動。

 先に人形が突っ込んだことで、わずかながら、杖先がぶれて狙いがそれる。

 ケインも杖で人形を叩き割るが、サンラクはその隙をついて、そのまま攻撃を仕掛ける。

 

 

 

『その技のネタは読めてるぜ、杖による攻撃の当たり判定をズラすバグ技なんだろ?』

「…………?」

『え、違うの?』

 

 

 ケイン自身はサンラクの言葉の意味が分かっておらず困惑している。

 だが、サンラクの指摘はおおむね正しい。

 《サプライズ・インパクト》はケインの装備した杖の起こす衝撃を転移させる、空間操作系のスキル。

 

 

(随分、あっさりと対処してきた。<マスター>としては技巧が高いとは思っていたが)

 

 

 サンラクは、<Infinite Dendrogram>において、空間系スキルを使えるわけではないし、見たこともない。

 しかし、便秘を始めとした数多のクソゲーでバグ技になじんでいるサンラクにとって、ある意味でそういうたぐいの技は慣れ親しんだものである。

 現状、彼が使える空間系スキルはほとんどないが……使えないにしても対処はできる。

 

 

「圧倒的速度、ティックお手製の武器、なにより手数(・・)、やってくれるな、またやみそうだぜ」

『はっ、こっちのほうが速けりゃ対処はできるんだよ!』

 

 

 ステータス、AGIという一点においてサンラクは【杖神】を上回る。

 未だ上級職とはいえ、彼には<エンブリオ>のステータス補正や、スキルによる速度強化がある。

 もはやアクティブスキルを使わずとも超音速機動ができるサンラクは、見方によってはすでに準<超級>の域に達していた。

 対して、ケインのAGIは5000程度。

 長年超級職として鍛え上げてきた彼の合計レベルは1400近い。

 しかし、【杖神】がまんべんなくステータスが低く伸びるタイプのジョブであったため、レベルほど肉体ステータスは高くはない。

 

 

『っ!』

「誰が、俺より速けりゃ対処できるって?」

 

 

 サンラクの左腕が、肩口から吹き飛ばされる。

 

 

「あいにく、俺は俺より速い奴の対処にも慣れてるぜ?」

『上等!』

 

 

 そうして彼らの戦いは続く。

 

 

 

 ◇

 

 

【エンネア・タンク】には四本のサブアームがついている。

 それらが、ステラをキヨヒメ、そしてグライを掴んでいた。

 彼女は、そのまま超音速(・・・)でかけている。

 グライは、運ばれていることとは別の、一種の気まずさを感じていた。

 

 

「その」

『ひとまず、シオンさんを避難させます。……あなたのことはそれから考えましょう』

「……わかった」

 

 

 レイとしては、積極的に<UBM>を狩るつもりはなかった。

 サンラクがそうしたいならば、共闘して特典武具を狙うのもやぶさかではなかったが、そうでないならば特に心惹かれるコンテンツでもない。

 そして、レイ個人としても、争わないほう方がいい。

 メイデンの<マスター>として、なにより恋する乙女を応援する一人の人間として、シオンやグライと争いたくはなかったのだ。

 しかし、争う必要はなくなり安堵しており。

 --その隙を突かれた。

 

 

『レイ!』

『っ!』

 

 

 地中からの奇襲(・・・・・・・)はさすがに対応できなかった。

 彼女もサンラク同様【ブローチ】を付けているので無傷だったが、逆を言えば襲われたのにもかかわらずノーダメージなのは【ブローチ】が壊れたからだろう。

 ちなみにステラとシオンは地面に転がった衝撃でブローチが割れて助かった。 

 

 

「GUUUUUUAAAAAA!」

『土の中を泳いで?』

 

 

 それを見てレイが真っ先に連想するのは二つの事柄。

 一つは、サンラクから聞いた壁抜けなどのバグ。もう一つは、そういうモンスター、シャンフロで出会ったマッドディグというモンスター。

 あれは沼地を泳ぐモンスターだったはずだが、水のない砂海さえもまるで沼のように泳いでいる。

 さらに一瞬見えた名前。

 

 

『【潜回竜 ミーヌス・ドラコーン】、こいつも<UBM>、どうなって』

 

 

 町の外にいた<UBM>は一体だけではない、二体いるのだ。

 空を泳ぐクジラ、【保鯨仙雲 プリュース・モーリ】

 そして地を泳ぐ海竜、【潜回竜 ミーヌス・ドラコーン】。

 それら二体が全く同じタイミングでこの<闘争都市>デリラに攻めてきたということだ。

 

 

 おまけに厄介なこともある。

 地中にいるモンスターへの対抗策がまずないことだ。

 せいぜいで地上に出てきた瞬間を狙ってカウンターすることぐらいだが……超音速で動く生き物を相手にカウンターができるのかどうかは不明。

 ここで、レイはミスをした。

 次々と湧き出る<UBM>や超級職ティアンといった敵を前にして、「どうやって倒すか」に思考が偏っていた。

 それ自体は間違いではないが、正解でもない。

 <UBM>自身には闘争する気がない。

 だから、何を狙うのか、把握していなかった。

 捕食者は、一番弱いものを狙うことを失念していた。

 地を進む海竜がその口を開けて、シオンに迫る。

 

 

 

「シオン!」

「GUA!」

「ぶごっ」

 

 

 とっさにグライが割り込んで【潜回竜】を阻む。

 超音速の動きに、なぜか(・・・)反応していた。

 わずかに体勢を崩され、結果として竜のアギトは彼女を食い損ねた。

 だがグライも無傷ではない。純粋なパワーで押し負けたことに加えて質量に差があったこともあり見てすぐにわかる傷を負っていた。

 

 

「あ、あのグライさ」

「すまない、シオン」

 

 

 戸惑いながらも、彼女を助けてくれたことに礼を言おうとしたシオンを遮って、グライは謝罪する。

 

 

「約束は、守れなくなった」

「っ」

 

 

 約束、それはかつて、初めて会った時に交わした、約束。

 彼女を守りドラグノマドの孤児院に送り届けること。

 それを守れなくて済まない、と。

 

 

「GUUUUUUUAAAAAAAA!」

『おい、後ろお!』

 

 

 隙があると見て取ったか、【潜回竜】がシオンとグライのほうめがけて突撃してくる。

 超音速の突撃は、たまたままぐれ当たりでもなければ何も対処できない。

 そのはずだ。

 仮に運よく反応できても、どうにもならない。

 伝説級<UBM>のSTRは五桁にいたる。

 並大抵の防御力では防げず、攻撃力でも打ち勝てず押し負けるのがおちだ。

 実際、グライも先程たやすく力負けしていたではないか。

 だがしかし、それは。

 

 

「《偽身暗技》――解除」

 

 

 彼が<UBM>としての全力を出していないからに他ならない。

 自身のステータスを制限する代わりに、自身の肉体を変貌させるスキルを解除する。

 瞬間、爆発的に腕が膨張する。

 彼の腕は爬虫類を思わせる鱗と、鳥を連想させる羽毛で覆われていた。

 何よりその腕は竜や巨人のように太く、大きかった。

 その腕で、突進する竜を受け止めた。

 今度は、押し負けなかった。

 

 

「GU、GUUUUUAAAAAAAA」

「逃がさねえよ」

 

 

 【潜回竜】も、今度は危機感を感じたのか彼の元を離れようと、地中に逃げようとする。

 だが逃げられない。

 【潜回竜】の《地中潜入》は、何者かと接触状態にある場合は使用できず、グライが彼をつかんでいるため機能しない。

 振りほどこうにも、彼と同等の筋力しかない以上は逃げられない。

 じたばたと暴れることによって、グライの体にはいくつも傷ができているが……それでもしっかりつかんで離さない。

 

 

『シオン、俺は、人間じゃない』

「……はい」

 

 

 それはもう彼女にもわかり切っていた。

 彼女のようなティアンの子供でも、いやティアンの子供だからこそ《真偽判定》の重要性と信頼性を知っていたから。

 そして、目の前で変貌していくグライが見えているから。

 変形は彼の腕だけにとどまらない。

 足が、胴が肥大化していく。

 頭部も卵型――人間のソレから、本来の形へと変じていく。

 顔の形が人のソレから離れたせいか、声さえもくぐもったように変わっていく。

 あるいは変じていくという表現も適切ではないかもしれない。

 ーー本来の姿に戻っているだけなのだから。

 

 

『ましてや、お前を救う神鳥でもない、その逆だ』

「……?」

 

 

 その様を一言で説明するならば、羽毛恐竜(・・・・)

 四肢は鱗と羽毛で覆われ、強靭な鉤爪が生えている。

 骨格は人と比べて猫背気味であり、鞭のような尾が飛び出している。

 頭部は、肉食恐竜のソレになっている。

 何よりそれらすべてが赤いオーラ――《竜王気》に覆われている。

 そう、グライ・ドーラというのは偽名である。

 少し補足しよう。

 彼が、彼の世界に名付けられた真名をもじって(・・・・・・・・・・・・・・・・)付けた偽名である。

 そう、彼の真名こそは。

 

 

「【偽竜王 ドラグライ】――お前の村を滅ぼした元凶だ」

 

 

 To be continued




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竜と鳥、砂の海で漂う 其の四・五

今回短めです。

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□■【偽竜王 ドラグライ】について

 

 

 【偽竜王】がまだ【偽竜王】ではなく、ただのドラゴンの子供であった時。

 彼の母と、父は死んだ。

 

 

 そして、その抗争の発端は彼だった。

 彼が――地竜と怪鳥のハーフであったがゆえに。

 地竜と怪鳥種は敵対関係にある。

 かつて、怪鳥種が飢餓に耐えかねて地竜の子供を食料にしたことが原因とされているが、怪鳥種の方は歴史の継承もしていないのでさほど理由は重要ではないかもしれない。

 とにもかくにも、地竜と怪鳥は仲が悪い。

 それこそ、テイムしてもなお、お互いに言い争いを止めないほどだ。

 しかしながら、地竜や怪鳥の中でも、そういった嫌悪感を持っていない変わり者が全くいないではなく、【偽竜王】の両親もそうだった。

 【ファントム・イーグル】の父と、【クロウ・ドラゴン】の母。

 <マスター>がその話を聞けば、「ロミオとジュリエット」を連想したかもしれない。

 もっとも、彼等の場合は自殺ではなく、地竜たちによって粛清されてしまったのだが。

 普通ならば、そこまでの事態には至らない。

 天竜種とは違い、地竜種や海竜種は魔獣や怪魚などとのハーフも多く、異種族と交わったところで問題にはされない。

 ただ、怪鳥種だけは話が別だ。

 特に、長い時を生き、未だ恨みを忘れていない、発言力の強い【竜王】の意志もあって、特に関係のない地竜までもが粛清に加わった。

 

 

 そこで、彼の命は終わるはずだった。

 

 

「GI?」

 

 

 しかし、死の間際、彼は奇妙なモノを見つけた。

 ソレが何なのか、彼にはよくわからない。

 いや、ソレの形を視認することさえできない。

 そんなものでありながらソレーー■■■■■――から目が離せず、口に含み嚥下した。

 

 

 そして、彼は【偽竜王 ドラグライ】になった。

 偽りの竜王、彼以外の同族を持たない、小さな王として。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 <UBM>になってから三日、彼は当てもなくさまよっていた。

 なお、さまようといっても本来の竜の姿でではなく、人の姿で――グライ・ドーラとして、である。

 本来の姿で地竜に見つかれば、まず間違いなく殺されるし、怪鳥種に出くわしても同じことだ。

 既に、並の地竜や怪鳥なら恐れるに足りないほどの力量を持っていたが、三日前まで無力な、それこそレベルアップのための器さえない子供だったので、自己評価が低かった。

 

 

『あ……』

 

 

 気づいてしまった。理解した。

 聞いたことがあった、知っていた。

 彼らの住処、その近くに村がある。

 小さなオアシスに根差すその村には……ある風習があった。

 それは、【ファントム・イーグル】への信仰。

 土地神のように祀っており、【ファントム・イーグル】を土地神のように扱い、酒や料理を貢ぎ、舞をささげる。

 彼等もまた、それにこたえて周辺のモンスターを間引いたりする。

 

 

 そして、どういう経緯か知らないが……それを知ったものがいるのだろう。

 つまり。

 この村は……自分たちを殺すついで(・・・)に襲われているのだと。

 

 

「――」

 

 

 何を言っていたのかは、わからない。

 

 

 ただ、両親に取りすがっている彼女が。

 どこかの小さなモンスターに重なってしまったから。

 彼女を、放っておけなかったから。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオ!」

「GYA?」

 

 

 幻影で作った分身を大量展開。

 竜をかく乱したまま、少女を抱えて走る。

 戦闘よりも、少女の救出が優先だ。

 そのまま、逃げだした。

 

 ◇

 

 

 そうして、逃げおおせた後。

 

 

「お前、名前は?」

「シオン、です」

「そうか……。俺は、グライ・ドーラだ」

「<マスター>なんですか?」

 

 

 <マスター>。

 それは異界からくる強い人間のこと。

 そう思ってもらった方が、いいかもしれない。

 だって、自分の正体もまた、彼女たちを襲った「竜」と同じなのだから。

 とっさに、左手の甲に紋章を偽装して、彼女に見せる。

 

 

「俺は……<マスター>グライ・ドーラだ」

 

 

 とりあえず、彼は少女を都市まで送っていくと決めた。

 だって、――見ていられなかったから。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 道中、モンスター、鳥頭の<マスター>、<超級職>などいろいろとアクシデントはあったものの、何とか一人の少女を都市まで送っていくことには成功した。

 金の国カルディナではあったが、村から持ち出した物資を使えば彼女一人はなんとかできるだろう。

 そう思っていたのに。

 そう思っていた時に。

 奴らが来た。

 このままでは、約束を、そして彼女を守れない。

 だから。

 彼は、「竜」の姿をさらした。

 

 

 To be continued




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竜と鳥、砂の海で漂う 其の五

感想、評価、誤字報告、ここ好き、ご愛読ありがとうございます。

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追記
3/23
大幅に修正。
申し訳ありません。




 □■二体の<UBM>達について

 

 

 【潜回竜 ミーヌス・ドラコーン】という名の<UBM>は、元々地竜と水棲モンスターの混血種だった。

 基本的に、表には出ない。

 リスクは侵さない。

生存競争においてそのほうが有利だからだ。

 異母兄弟である、【保鯨仙雲 プリュース・モーリ】とともに、海や陸を渡って生き抜いてきた。

 今回は、とある事情から、仕方なくリスクを冒しているが、そうでなければ人里には入らなかっただろう。

 人間はモンスターと違ってジョブで強化される仕様上、見た目で強さがわかりづらいために襲撃にはリスクが付きまとっているのだ。

 

 

「GUUUUUUAAAAAAAA!」

 

 

 超音速機動で、地中を動き回る。

 通常なら不可能なことだが、伝説級<UBM>としてのステータスと固有スキルである《地中潜入》はそれを可能にしている。

 自分周辺の土のみを液状化させる法則(ルール)を適用して、水中を泳ぐかのように遊泳する。

 加えて、地上の生体反応を探るスキルもある。

 だから、安全と判断して上に脱出しようとして。

 

 

『どうした?』

「GUA?」

 

 

 【偽竜王】が鉤爪の生えた腕を振り下ろす。

 《竜王気》の込められた爪で鱗を引き裂き、明確なダメージを与える。

 

 

『GYAAAAAAAAA!』

「GUUUUUUAAAAAAAAAAA!」

 

 

 【潜回竜】はまた地中に潜り、逃走。

 しかし、また上にいる。

 再度潜行、そしてまた地上に顔を出す。

 

 

 しかし、【ドラグライ】が出た瞬間、目の前に出現する。

 すぐさま潜るが、また出待ちしている。

 同じ伝説級<UBM>である、【偽竜王 ドラグライ】の超音速機動を振り切れないから、ではない。

 たしかに彼は超音速起動は可能だが、比較的脚は遅い。

 さらに、【潜回竜】の移動速度は伝説級<UBM>の中では、最上位といってもいい。

 AGIが高いことに加えて、《地中潜入》で抵抗を消しているのでAGI以上の速度が出る。

 

 

 しかし、それを翻弄しているのが、【ドラグライ】の第二の固有スキルーー自身の幻影を作り出す、《幻鳥生成》である。

 親である【ファントム・イーグル】から受け継いだ幻術の素養。

 それが発露した固有スキルで生成したホログラムの分身。

 実態こそないが、看破などでも見破れない。

 多数の幻影で広範囲をカバーして追い詰める。

 それが【ドラグライ】の狙いであり、戦術である。

 

 

 さらに言えば、【潜回竜】には致命的な欠陥がある。

 地中を潜入するスキルはあり、強力な奇襲性能を誇っているが、地中で呼吸(・・・・・)することは出来ない。

 だから体を地上に出して、定期的に呼吸する必要がある。

 だから、この戦術が通用している。

 

 

 またしても出てきた、【潜回竜】を、幻影で追い立てて。

 直後。

 彼の体を、爆撃が襲った。

 

 

『GYA?』

 

 

 咄嗟に《竜王気》を纏うことで防いだが、防ぎきれずにダメージを受けている。

 直後、幻術で構成された分身がすべて霧散する。

 それは、【潜回竜】からの攻撃によるものではない。

 下からではなく、上から(・・・)の攻撃。

 何による攻撃かと上を見上げて、気づく。

 攻撃してきたのは、一頭の白い鯨。

 だがそれを鯨といってもいいのだろうか。

 胴体から、数多の大砲(・・・・・)が出現している。

 戦艦といっても違和感はない。

 

 

「KYUUUUHUUUUUUUU!」

『……厄介だな』

 

 

 <闘争都市>デリラ。

 海竜が地下をうごめき、鯨が天上で嗤う。

 

 

 そして――もう一つ。

 さらなる悪意が、彼を襲った。

 

 

 ◇

 

 

 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

『いやいや、あれヤバいだろ……』

「すさまじいな」

 

 

 何あれ。

 鯨じゃないじゃん。

 空中戦艦じゃん。 

 ひどすぎるだろ。

 

 

 さっきから本当にひどい。

 鯨戦艦の爆撃であたりが燃えに燃えている。

 これ、<UBM>を倒したとして、その後この町大丈夫なのか?

 復興できるとは思えんのだけど。

 

 

 まあ、それは心配することでもないか。

 問題は【杖神】をどうするか。

 そして、上にいる鯨戦艦をどうやってぶっ壊すか、だな。

 都市がぶっ壊れた場合、トーナメントどころかセーブポイントがどうなるのかさえもわからん。

 完全に壊れる前に俺も壊しにいかねえと。

 

 

「ーー《斥力掌》」

『っ!』

 

 

 とっさに衝撃に備え、躱そうとして、違うと気づく。

 ケインが右手袋のスキルを使用したのは、自分自身!

 俺から離脱する気か。

 逃がすわけ、いや、待てよ。

 飛んだ方向が、まるきりレイ達と真逆、都市の外側だ。

 グライを狙う心算なら、そちらに行く道理がないので、そこから考えられることは。

 

 

『あいつも、タゲが鯨に移ったか』

 

 

 俺との戦闘が長引いているからと、別の<UBM>の方に逃げやがった。

 とはいえ、グライを襲う気がないなら、俺の方にはあの魔法職もどきとやりあう気はない。

 思うに、あの恰好、魔法職と思わせて油断を誘って近接戦闘してくるタイプだ。

 GH:Cでそんな奴いたんだよな。

 ティンキー☆!

 懐かしいんだよな。

 あれでカッツォをはめて煽り散らかしたのは、いい思い出である。

 割とすぐに対策されたりしたのは、いやな思い出なんだけどな。

 

 

 じゃあとりあえず、レイのところに戻って。

 とりあえず、ステータスを確認しないと。

 

 

 え、あれ何?

 なんで町中に恐竜がいるの?

 

 

 あれは、羽毛恐竜?ディノニクスとかラプトル系の恐竜をそのままでかくした感じ。

 昔やったクソゲーで、恐竜は散々見たから知ってるんだよな。

 ネズミーー厳密にはネズミではないかもしれんが知らんーーネズミのアバターで恐竜世界を生き抜くというリアルすぎるクソゲーだった。

 恐ろしいのは、バグやラグといった技術的な問題がまずなかったくせに、仕様がゴミだったことなんだよな。

 強いて言うなら捕食されるシーンだけカットされてリスボンする仕様だが、あれは仕方ない。

 多分倫理的にじゃなくて技術的に足りなかったんだな。

 あまりにリアルすぎる割にゴールが隕石が落ちるまで耐えるっていう耐久ゲー。

 しかも隕石が落ちるまでのスパンも乱数というのが、このゲームの一番クソなところだ。

 いつになっても、いつまでやってもまるで終わらない。

 やっと隕石が落ちたと思ったら、隕石衝突から生き残れるのも確率判定があるんだよな。

 それで死んだときは、丸一日何もする気が起きなかった。

 後で聞いた話だと、隕石が落ちても八割の確率で耐えるらしいんだが……リアルによせすぎてひたすら確率を導入してくるのはホントにクソ。

 デンドロにしても「ぞうもり」にしてもそうなんだが、技術的には不満がないのに、リアルによせすぎた結果、「ゲームとしては問題がある」ゲームができてしまうことはままある。

 まあデンドロの場合は、一応表面上はゲームゲームしてるからそこまで評価はひどくない。

 ゴア対策もあるしな。

 

 

 

 閑話休題。

 あれはまずグライだな。

 とりあえず合流すべき、で。

 

 

『やばくね?』

 

 

 《看破》して、気づいた。

 ーーあいつのHP、二割も残ってない。 

 

 

 □■ある<マスター>について

 

 

 とある<マスター>がいた。

 彼は、特に目立つ容姿をしているわけではない。

 戦闘用の服装は街中では奇妙かもしれないが、<マスター>の中では特に目立たない。

 まして、今は街に<UBM>に出現している非常事態。

 戦闘態勢に入っていない者の方が、かえって非常識といえるだろう。

 

 

「はあ、どうしようかな」

 

 

 <UBM>の攻撃で町が崩壊しているが、彼は、特に取り乱しはしない。

 暑さは不快ではあるが、積み上げたステータスもあってそこまで問題にはならない。

 彼は遊戯派であり、特に町が壊れても思うところはなかった。

 せいぜいで、セーブポイントがなくなったらどうしよう、どうなるんだろう、くらいのもの。 

 では、遊戯派らしく、<UBM>の討伐に挑むのかといえば、そうでもない。

 理由は明白、勝てるビジョンがわかないからだ。

 一体は、空の上にいる白鯨。

 彼は高所に移動するすべも、遠距離攻撃手段も持たないビルドであり、文字通り手も足も出ない。

 

 

「ま、攻撃できても意味なさそうだけど」

 

 

 《望遠》で見れば、攻撃を鯨に浴びせている<マスター>らしき者達もいる。

 赤い機械鳥は、鯨の周囲を飛び回りながらミサイルやレーザを打ち込んでいる。

 奇妙なゴーグルをかけた、アメコミヒーロー風の男は脚部のブースターを吹かせて蹴撃を見舞った。

 一髪一発が上級奥義を上回る連撃で、鯨の白い体が綿あめのようにちぎれ飛ぶ。

 ーーそして、すぐ再生する。

 【保鯨仙雲】は、火力と再生能力のみに特化した<UBM>である。

 

 

 

「そして、もう一体もどうしようもない、と」

 

 

 【潜回竜】に至っては、攻撃する手段がほぼない。

 時々、地上に出てくるが、超音速で動き回るモンスターをどうやってとらえればいいのか。

 超音速で追いつけるもので、なおかつ伝説級<UBM>の防御力を突破して満足なダメージを与えられるものはほぼいない。

 地下にいるときを狙えればいいのかもしれないが、地下深くに届く攻撃手段を持つものがどれだけいるというのか。

 例えば、デリラにいる中でトップクラスの戦闘能力を持っている元【旅狼】メンバーでも、それができるのは、ディストピアの地下穿孔特化弾頭を使えるアーサー・ペンシルゴンと、もう一人(・・・・)くらいのものである。

 

 

 

 つまり、どうしようもない。

 彼も含めて多くの<マスター>にとっては、できることはない。

 

 

「あれ?」

 

 

 ーーそのはずだった。

 何度かの爆炎で、それに気づいた。

 

 

「お、おい、あれ」

 

 

 彼も、彼の周りの<マスター>も、周りではない<マスター>も、一斉にそれ(・・)を見る。

 【偽竜王 ドラグライ】の姿を、見た。

 それは、翼を持ちながら、空にはいない。

 それは、地下の海竜とは異なり、地中には逃げない。

 それは、無傷ではない、手負いだ。重症だ。

 

 

「「「「「――殺せえ!」」」」」

 

 

 それが、その場にいた大多数の<マスター>の総意だった。

 直後、何十何百の攻撃が、斬撃が、投擲が、矢が、魔法が。

 たった一体の<UBM>に殺到した。

 

 

 To be continued 




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竜と鳥、砂の海で漂う 其の六

遅れて申し訳ありません。
これからも頑張ります。


 □■【偽竜王 ドラグライ】について

 

 

 思えば、彼の生はわからないことだらけだった。

 どうして、父と母は種族が違うのか。

 どうして、父と母は死ななくてはならなかったのか。

 どうして、地竜と怪鳥は争わなくてはならないのか。

 どうして、自分達の近くの人間の村まで襲われなければならなかったのか。

 どうして、あの時、自分はあの子を助けようとしたのか。

 どうして今、自分の命を見限ってでも、あの子を守ろうとしているのか。

 まるでわからない。

 わからないことだらけだ。

 無理もない。

 彼は、子供の竜が■■■■■で無理やりに成長した<UBM>。

 本来ならば、まだ親からも離れ切っていない小竜である。

 肉体的にはともかく、精神的にはまだまだ未熟である。

 そんな彼でも、明確にわかっていることが二つある。

 一つは、守るべきもの。

 なんとしてでも、理由はわからないけれども、シオンを守らなくてはならない。

 守りたい。

 死んでほしくない、幸せになって欲しい。

 そして、もう一つは。

 ーー彼は、もうすぐ死ぬであろう、ということだ。

 

 

『これは、どうにもならないな……』

 

 

 自分に攻撃の矛先を向けてくる数多の<マスター>を見ながら、【ドラグライ】は諦観とともにそうつぶやく。

 冷静さを失っていないのは、そもそもこの状況が彼にとって想定内だった(・・・・・・)から。

 街中で、モンスターが暴走(・・・・・・・・)すれば人間たちが防衛のために対処しに来るのは当然のこと。

 【ドラグライ】には、街を破壊したり人を襲ったりするつもりは全くないが、それを言ったところで信じてもらえるとは思えない。

 というか、言う余裕すらない。

 今この瞬間にも、彼のHPは減少を続けている。

 

 

 

「おらあっ」

『っ!』

 

 

 

 一人の<マスター>が、大鎌の<エンブリオ>を振るって突撃してくる。

 【ドラグライ】は《竜王気》を纏った拳でその<マスター>を迎え撃ち、うち砕いてその<マスター>をデスペナルティにする。

 直後、防御スキル無視を特性とする鎌と打ち合ったことで彼の右手の骨が砕ける。

 既に左手も別の<マスター>の攻撃で使えなくなっている。

 

 運の悪いことに、今<闘争都市>デリラでは、トーナメントに参加するための上級<マスター>が多数滞在しており、質の高い戦士が大勢いた。

 むしろ、よく持っている方だ。

 【ドラグライ】にとっては想定外だったが、これについては当然である。

 【ドラグライ】は、<UBM>である彼は、殺すことによる利益が発生すること、人に殺されれば特典武具になり果てることを知らない。

 だから、特典武具を得られるMVPを狙って<マスター(・・・・)同士での潰し合い(・・・・・・・・)が起きている理由が理解できない。

 足を引っ張りあっていることは理解できても、そうなる理由までは理解しきれない。

 潰し合わずとも、連携がまともに取れないから一対一を何度も繰り返すことになってしまっており、数的有利をほとんど生かせていない。

 そもそも、街に損害を与えている鯨と海竜を放置して【ドラグライ】に攻撃しているような連中が、自分のこと以外を考えられるはずがない。

 それゆえに未だ【ドラグライ】は生き残っていた。

 だが、それでもHPは残り一割程度しかなく、MP、SPも似たようなもの。

 《竜王気》と《幻鳥生成》を何度も使っていればそうなるのも当然。

 だから、こうして瀕死まで追い込まれている現在も、そう遠くないうちに来るであろう自身の死も、彼自身の立場と行動がもたらした必然であり、当然の結果だった。

 だが、これでいい。

 もとより、自分が死ぬのは全く怖くない。覚悟はとうに決まっている。

 

 

(もう大分、距離は離した。シオンたちは安全だ)

 

 

 目的である、シオンを逃がすことには成功している。

 あの場であえて倒さず逃がし、《幻鳥生成》で【潜回竜】を追い立てたのは、確実にシオンを安全圏まで逃がすためだ。

 サイガ‐0とかいう<マスター>がどの程度信用できるかはわからないが、少なくとも自分達をケインから逃がそうとしてくれた以上、彼女にシオンが害されることはないだろうと判断した。

 彼は、自分の死を恐れていなかった。

 それが犠牲になることで、得られる結果と、そして償い(・・)ができることに安堵していた。

 

 

 

「ーーグライさん!」

 

 

 だから、その時になって初めて恐怖を感じた。

 その声を聞いた時、冷や汗が伝うのがわかった。

 その声は、自分にとって最も馴染みのある人間の声。

 しかして、今一番聞きたくない声だった。

 ティアンの乱入で、周囲からの攻撃が止む。

 万が一にも当たれば〈監獄〉行きだからだ。

 だが、そんなことは彼にとって吉報になり得ない。

 夢幻ではなく、今一番、危険地帯(ここ)にいてほしくない者が、ここにいることの証明になってしまったから。

 

 

『……シオン?どうして!』

 

 

 それは、一番起こって欲しくない状況だった。

 どうやってここに来たのか。

 レイたちは一体何をしているのか。

 自分を使ってモンスターとシオンの距離を離したはずだが、シオンがここにきてしまえば完全に無意味。

 一体なんのためにここに来たのか、【ドラグライ】にはわからなかった。

 

 

「グライさん、一緒に逃げましょう!」

「それは、できない」

 

 

 彼女の願いを叶えるのは、無理だ。

 どうしようもない。

 人は彼をターゲットとして見定めた。

 だから、彼は〈マスター〉たちから逃げられない。

 彼らは指名手配を恐れてシオンには何もしないだろう。

 だが、大火力の攻撃に巻き込まれる可能性はある。

 何より、彼の心が認めていない。

 

 

『俺は偽竜王ーードラゴンだ』

 

 

 それは単なる種族の説明ではない。

 二人にしかわからない事象の確認だ。

 

 

『俺の同族たちの争いに巻き込まれて、お前の村は滅ぼされた』

「…………」

『そして、争いの発端は、俺のーー地竜と怪鳥のハーフの存在だ』

 

 

 【竜王】は、種族の王である。

 しかし【ドラグライ】については例外だ。

 なぜなら、彼に同族はいない。

 そもそも 存在がタブーかつ特殊な存在。

 まして、家族も全滅している。

 同族も、家族もいない、ただ独り立つ偽りの王。

 

 だから、彼は偽竜王なのだ。

 偽りの、竜の王だと、世界に認定された。

 

 

『俺のせいでお前らの家族は死んだ。だから、俺にはお前を守る責任があるし、ここで死ぬ責任がある」

「違います!」

 

 

 シオンは、否定する。

 彼の責任を、覚悟を否定する。

 

 

「一人は、いやなんです!もう、一人になりたくないんです!」

『…………』

「だから、私と一緒に生きてください!」

 

 ただ、己の願いのために。

 

「いなく、ならないで」

 

 

 その声は、小さくて、か細くて。

 炎の音にさえぎられて、消えてしまいそうだった。

 それでも、どうしようもなくその言葉は、心に残った。

 

 

『シオン……』

 

 

 ああ、そうだったと、【ドラグライ】は気づく。

 あの時、どうして彼女を助けたのか。

 一人は、いやだったから。

 家族を殺され、いつの間にか同族のいない化け物になって。

 もう、一人は嫌だったから。

 一人になるのも、一人にしてしまうのも、いやだから。

 

 

『わかった』

 

 

 では、この状況をどう切り抜けるのかが問題となってくる。

 問題となるのは、モンスターと<マスター>の攻撃だが。

 

 

『あれは……』

「グライさん?」

 

 

 空にいるのは、鯨。

 そして、最近知り合った一羽の怪鳥。

 

 

『モンスターは、あいつらに託すか……』

 

 

 【偽竜王】は人間からの逃走に専念することに決めた。

 

 

 To be continued

 

 

 

 



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竜と鳥、砂の海で漂う 其の七

更新遅れて大変申し訳ありませんでした。



 □■<闘争都市>デリラ

 

 

 【ドラグライ】を狙う<マスター>たちは、止めた攻撃の手を再開していなかった。

 止めたのは、シオンに当たる可能性を考慮したから。

 火力の高い攻撃では、弱く脆い子供である彼女を巻き込みかねなかった。

 しかし、近接攻撃ならば可能だ。

 まさか、剣で切り付けるときに間違えて隣の生き物にあてたりはしまい。

 では、攻撃を再開しない理由は何か。

 それは、別の要因(・・・・)が立ちはだかったからだ。 

 

 

『すいません、よろしくお願いします……』

「いいってことよー」

『どうせ俺達じゃ、上の鯨や地下の海竜には手が出ないし』

「いや、私はできることあるよ?一緒にしないでほしいなあ」

『は、やるか?』

 

 

 百を超える<マスター>の前に立ちはだかるのは、三人の人物。

 一人は、四本の足を生やした機械甲冑(パワードスーツ)に覆われた一人の女性。

 長大な、蛇柄模様の狙撃銃を手に持っている。

 パワードスーツが巨大であることも相まって、恐ろしい風格が漂っている。

 

 

 二人目は、槍を構えた一人の女性。

 黒紫色のオーラを体から噴出し、オーラからは黒紫色のアンデッドが噴出している。

 また、自身を【スケルトン】などで囲っている。

 

 

 

 三人目は……体高五メテルほどの機械巨人。

 黄色い体色の機体に、なぜか四つの目がある奇妙な特殊装備品(<エンブリオ>)

 中にいる人物の声は、スピーカー越しだったせいか些かくぐもっている。

 

 

 

 彼らは、目的も意思もばらばらの三人。

 自分にとって誰より大切な、恋人の願いを叶えたいもの。

 スキルのコストを集めることと、街中での破壊を楽しむもの。

 純粋に対多数における対人戦をしたいだけのもの。

 

 

 それでも、彼等のやることは同じ。

 

 

『すいませんが、グライさんたちには手出しはさせません』

「ここを通りたくば、私を倒していけ、ってね?」

『それ死亡フラグだよペンシルゴン……』

「悪役の私達には似合いでしょ」

『悪役なの?』

「一応、運営的には<UBM>は倒すべきボスモンスターだからね。それを助けるってことは悪役なんじゃない?」

 

 

 

 飄々とした二人と、かしこまった一人に対して、邪魔をされた、数多の<マスター>が殺到する。

 彼らは一人一人が、純竜クラスと同等以上の力を持った存在。それが百人。

 そんな数と暴力に対して、彼ら三人は。

 

 

「《自爆兵(スーサイド・コープス)ーー飛行兵》」

『《トリガー(・・・・)ハッピー(・・・・)》、《ストーム・ドライブ》、《プロテクト・ドライブ》』

『キヨヒメ、《煉獄降下》、《燻る情火(ディレイ・ボム)》』

 

 

 ペンシルゴンが、【ディストピア】によって生み出された蝙蝠の翼の生えた自爆モンスターを展開して。

 ソウダカッツォが、彼の<エンブリオ(・・・・・)によって獲得したスキル(・・・・・・・・・・・)を起動して。

 レイもまた、キヨヒメのスキルによって作られた魔法弾丸をまき散らす。

 

 

「ぎゃああああああ!」

「なんだこれ、炎熱への耐性が……なんで防げないんだ?」

『あれ、こいつらもしかして”嬲り殺し”と”嵌め殺し”……』

「クッソなんでだよ、たった三人しかいないのに!」

 

 

 

 彼らは、この<闘争都市>デリラに各国から集まった熟練の<マスター>である。

 ジョブレベルはカンストなど当たり前。

 〈エンブリオ〉は個人差もあるが、大半が第六形態に至り、必殺スキルも習得している。

 装備品は特典武具や生産系超級職の作品などといった類のものを除けば最高級のオーダメイドやカスタム品。

 本戦に出場できなかった者が大半とはいえ、一人一人が純竜クラスかそれ以上の強さを持っている。

 さらに、一人一人が予測不能な固有スキルを持っている。

 いくら彼らの連携が不完全といっても、それだけなら三人は数で潰されていただろう。

 そうならないのは、ひとえに三人が優れているからだ。

 

 

 ◇

 

 

 サイガー0、彼女のメインジョブは【狙撃魔手】、魔力式銃器による狙撃に特化したジョブである。

 ステータス上昇はMPとDEXに偏っており、〈エンブリオ〉のステータス補正も似たようなもの。

 典型的な後衛であり、AGIをはじめとした肉体ステータスは低い。

 サブに置いたジョブも概ねそんな感じであり、彼女の素のAGIは100程度しかない。

 

 

 しかし、彼女は超音速で駆けている。

 それは今、この瞬間だけではない。

 <闘争都市>デリラにおけるトーナメント、予選、本戦問わず全試合。

 デリラに向かうまでの道中。

 そして、レジェンダリアでサンラク達と過ごしている間。

 ずっと、彼女は超音速の領域に身を置いていた。

 それは、ジョブや特典武具によるものではない。

 彼女の<エンブリオ>ーーキヨヒメによるものだ。

 それこそは、キヨヒメが第五形態になった時に獲得したスキル、

 キヨヒメ第一のスキルである《追い焦がれる想い(フレア・ストーカー)》から発展したスキルであり、「《追い焦がれる想い》の対象になった生物のAGIをレイ自身に足しこむ」というもの。

 そして、《追い焦がれる想い》の対象は基本的にサンラクである。

 つまるところ、レジェンダリアにいる数多のマスター、その中でもトップクラスの速度を持ったサンラクのAGIをコピーできるということ。

 今は対象をサンラクからとある生物に移してはいるが、それでもそのターゲットが超音速で動けるゆえに、超音速機動を継続している。

 

 

 

「まとめて吹き飛べええ!」

 

 

 範囲攻撃を得意とする〈マスター〉が、〈エンブリオ〉による広域爆撃を見舞う。

 速度に特化していても躱しきれないほどの範囲攻撃であり、レイの耐久力では耐えきれないはずだったが。

 

 

「バカな、なんで無傷アグハア!」

 

 

 しかして、レイにはほとんどダメージが徹らない。

 無傷のまま魔法の弾丸を放ち、<マスター>を撃ち殺す。

 無傷なのは、彼女の纏う鎧である【エンネア・タンク】によるもの。

 ルナティックが設計した彼女のAGIに対応して動く四本のサブアームに加えて、【擬混沌神 エンネア】の固有スキルを受け継いだ耐性スキルがある。

 そうでなくても伝説級特典武具と同等以上の防御力がある。

 特化上級職と同等以上の防御力と速度を両立できている。

 範囲に特化した攻撃では彼女を貫けず、かといって威力に秀でた攻撃は彼女に回避される。

 加えて、<エンブリオ>によって遠距離攻撃も可能にし、火力がある。

 さらに、《恋獄降火》によって相手の耐性も無視できる。

 "災害火力"サイガー0と、レジェンダリアで呼ばれる所以である。

 

 

「ああああ!俺の足が!」

「くそっ、こんなところになんで地雷が……」

「おいいいいいいいい!なんで自爆してるんだ!」

「ウッソだろおおおお!なんでHPがこんな削れて」

 

 

 そこは、地獄だった。

 地雷に気づかず、足元を掬われた〈マスター〉がいた。

 ムカデ型の工作兵に寄生されて、仲間ごと爆破された〈マスター〉がいた。

 《恋獄降火》で耐性を消去され、爆炎の余熱で溶けるものがいた。

 

 

 それはまさに、ディストピアと呼ぶにふさわしい光景だった。

 

 

「ふんふんふーん、結構怨念集まってるねえ。これなら収支はプラスになりそう」

 

 

 この惨劇を鼻歌交じりに起こしているのは、【死霊騎士】アーサー・ペンシルゴン。

自らの<エンブリオ>である【怨霊支配 ディストピア】によって作り出した自爆特攻アンデッドモンスターたちを用いて、大混乱を起こしている。

 

 

 だが、それだけであったならば。

 彼らの強さの理由が本当にそれだけであったならば、この結果はなかった。

 相手の<マスター>たちにも、予想をたやすく超える理不尽な<エンブリオ>由来の固有スキルがある以上、対処しきれないことがある。

 特に、ペンシルゴンの方は想定外のアドリブに弱い。

 “嬲り殺し”などと王国で呼ばれ、有名PKとしておそれられるペンシルゴンだったが、彼女単体で言えば、<Infinite Dendrogram>においてはPKには向いていないとさえいえるかもしれない。(彼女自身にとっては、負けることさえも予想の範疇なのでそういう意味では向いているといえるが)

 サイガ‐0にしても、純粋に強すぎる存在ゆえに、特殊性に特化した不意打ちが刺さるのである。

 だから、この二人ではすべての<マスター>を完封できない、どこかの誰かに崩されかねない。

 

 

『……順調だね、二人とも』

 

 

 だから、この状況を支えているのは、もう一人。

 

 

『さーて、ここらで僕の本気を見てもらおうかな』

 

 

 砂の海、数多の<マスター>を前にして。

 機械巨神に乗ったプロゲーマーが、不敵に笑う。

  

 

 To be continued



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竜と鳥、砂の海で漂う 其の八

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 □ある<マスター>のプロローグ

 

 

 彼が、<Infinite Dendrogram>を始めた理由に、明確なものはない。

 なんとなく、自分の悪友二人が始めたり、別ゲー時代の他の知り合いが始めたことで後を追うように始めただけ。

 そのゲームの仕様上、おそらくこれで仕事(・・)をすることもないだろうし、

 キャラメイクをするときから、なんとなく自分のやり方は決めていた。

 「アバターはどれほど大きくしても小さくしても、ステータスとかスキルに変化はないよー」というチュートリアルを担当した猫の言うことを参考にしながらアバターを作る。

 「当たり判定小さくして、重量落とそう」と考えてアバターを幼女にした。

 なぜ幼()なのかは彼自身にもわからない。ただ、そのことで外道二人に煽られたことだけは事実である。

 

 

 そんな風に、なんとなくでスタートした<Infinite Dendrogram>ではあったが、彼がやりたいことだけは明確だった。

 管理AIから、この世界ではプレイヤーは自由であり、何をするのも自由だといわれた。

 だから、彼は訊いたのだ。

 

 

「PKってやっていいの?」

「いいよー。このゲームにおいて、PKのペナルティは特にないから」

「……マジで?」

「本当だよー。あ、ちなみにNPCの方は殺すと指名手配されるし、復活もしないからおすすめはしないかなー。別にそれでも運営によるアカウント停止とかはないし、あくまで君の自由だけどー」

 

 

 PKで報復されるリスクもあるしねー、とチェシャが付け加えるが、それは別にわかり切っていることだ。

 PKすれば、されるのは当たり前。

 それをデメリットとは言わない。

 PKにデメリットがないゲームなど、対人戦をメインでやるゲームくらいではないだろうか。

 説明を聞く限り、どうもそういうコンセプトではない。

 シンプルに、自由度に特化しているゲームというものだろうか、とカッツォは考えた。

 そういえば、行動が突飛な方の友人がそういう自由度の高いゲームをクソゲー判定して好んでいたような気がする。

 いや、発売一週間でここまでヒットしているのだ。

 クソゲーなわけがない。

 迷いを振り切り、カッツォはキャラメイクや国家選択を終えて、<Infinite Dendrogram>の世界に降り立った。

 

 

 ◇

 

 

 ペンシルゴンとの約束通り、騎士の国アルター王国をスタートに選んだ。

 その後、ペンシルゴンーーデンドロでもプレイヤーネームはアーサー・ペンシルゴンだったーーと合流しパーティーを組んだ彼は、最初は【騎士】のジョブについた。

 理由としては、王国で最もポピュラーな職業だったことと、万能寄りのジョブだったことがあげられる。

 さらに言えば、ペンシルゴンが後衛職についていたことも一因か。

 しかし、<エンブリオ>が孵化したことでジョブについて大幅な変更をせざるを得なくなった。

 <エンブリオ>とのシナジーを考慮して、隣国のドライフまで赴き【操縦士】、【高位操縦士】などについた。

 その過程で、リアルの知り合いでもあるAGAUやナツメグとひと悶着あったりもした。

 

 

 では、そんな<エンブリオ>に対して、彼がいい感情を持っていないかといえば、断じて否だ。

 むしろ彼のパーソナルから生まれただけあって、これ以上の<エンブリオ>はないだろうと断言できる。

 そしてその思いは、孵化した時から今日までまるで変わっていない。

 

 

 ◇

 

 

 ソウダカッツォの、TYPE:ギア・カリキュレーターの<エンブリオ>。

 その銘を、【学習機甲 ソウケツ】という。

 中国で、学問の神様と呼ばれた偉人をモチーフにした<エンブリオ>。

 プロゲーマーである魚臣慧にアジャストして、思考入力(・・・・)で動く特殊装備品(ロボット)だ。

 ロボゲーが苦手な彼も、ソウケツについては「ラグがないならいいや」と納得した。

 加えて、ソウダカッツォは特に意識していないが、マジンギアと違って彼自身のMPを使わなくても自力で動力を賄える。

 だが、ソウケツの本質はそこにはない。

 <エンブリオ>の本質は、固有スキルにある。

 ソウケツの能力特性は、分析と対策。

 第一のスキル、《四神慧眼》は相手のステータスやスキルをつまびらかにするスキルだ。

 欠点として、《看破》に比べて解析に時間がかかることがあげられるが……逆に言えば、時間さえかければ誰でも何でも解析できる。

 ただし、相手のレベルやステータス、、<エンブリオ>の到達形態、《偽装》スキルの有無などによって解析にかかる時間は左右される。同格以下なら、さほど時間はかからない。

 そして、解析できるのはジョブなどだけではなく、<エンブリオ>も含まれる。

 PKにとって大きな課題である、初見殺しの塊である<エンブリオ(固有スキル)>の対処法を持っているということだ。

 それによって今この瞬間も初見殺しを予見できる。

 第二のスキルは、《四神掌握》。

 《四神慧眼》によって分析した数多のジョブスキル(・・・・・・)をラーニングするスキルである。

 今この瞬間も、【炸裂銃士】の奥義である《トリガー・ハッピー》や、【装甲操縦士】、【疾風操縦士】の奥義を同時に使用している。

 もちろん、制限はある。

 同時に使用できるジョブスキルの数は四つしかないし、MPなどのスキルのコストは自前で用意する必要がある。

 逆に言えば、コストさえ用意すればどんなジョブスキルでも使えるということでもある。

 《慧眼》による分析と、《掌握》による無数の対策。

 それが、彼の戦術である。

 

 

 ◇

 

 

 『んー、もう使えなくなったか、次』

 

 

 両手に持ったオーダーメイドの【ケイズ・ハンドガン】を、否、ハンドガンだったものを捨てて、新しいハンドガンを《即時放出》によって取り出し装備する。

 これですでに七度目の交換である。

 

 

 製作者はナツメグという名前の【高位錬金術師】である。

 彼女の<エンブリオ>、TYPE:エルダーキャッスル、【巨報工房 キュクロプス】の能力特性は巨大武器製造(・・・・・・)

 基本スキルの《ウェポン・マス・プロダクション》を始めとしたすべてのスキルが巨大武器・兵器の製造に特化している。

 巨大にすればするほど、同体積当たりのコストを削減できる効果もある。

 そしてその極致である必殺スキル、《この小さな手、あなたの大きな手のために(キュクロプス)》も同様。

 必殺スキルで造られた製品は、巨大な物しか作れないことを除けば、超級職のオーダーメイド製品と遜色ない。

 それらのスキルを活かして、否、魚臣慧に活かされるためだけに(・・・・・・・・・・・・・・)生まれたスキルによって今ソウダカッツォは戦うことができている。

 

 

「おおおおおおおおおおお!」

 

 

 近接戦に特化したマスターが突っ込んでくる。

 <エンブリオ>の固有スキルで転移して肉薄するのが彼の戦闘スタイル。

 一見それは有効な戦術に見えるがそれは。

 

 

「ご、ぶ」

『ほい、いっちょ上がりっと』

 

 

 文字通り、致命的だった。

 いつの間にか《即時放出》した五メテル以上ある長大な【ケイズ・バトルナイフ】で、<マスター>を切断していた。

 ソウダカッツォにはわかっていたのだ。

 彼の、<エンブリオ>の転移スキルにあらかじめマーキングしなくてはならないという条件があったこと。

 そして、マーキングの位置。

 それらを《四神慧眼》で看破して転移する位置を予測し、【バトルナイフ】を合わせて真っ二つにした結果である。

 

 

 

『ここを通りたくば、俺を倒していけ、か。それはそうだね』

 

 

『ただし、気を付けることだね。プロの壁は、そう簡単には通れないよ?』

 

 

 <エンブリオ>のコクピットで不敵に笑い、ソウダカッツォは蹂躙を継続する。

 制圧と殲滅に長けた自爆PK、すべてが高水準の個人戦闘型、そして、あらゆる状況に対応できる万能の者。

 それがもたらす結果は、一方的な蹂躙。

 そのすべてが終わるのには、それほど時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 ■【杖神】ケイン・フルフル

 

 

 

 俺にとって、強くなることは人生の意味だ。

 強くなるためには、何でもするべきだ。

 レジェンダリアで、国に仕官して生産系超級職とのコネを作り、【賢者擬装】などといった装備を作ってもらった。

 レジェンダリアを出奔した後は、天地にわたって修行を積み、レベルを上げつつスキルを開発した。

 魔法職のような恰好をして、ステータスを弱く偽装して油断させ、近接戦を挑んでくるティアンを殺してレベルを上げた。

 特典武具を得るために、パーティーを組んで<UBM>を討伐した直後、MVPの判定が出るまでに他のパーティーメンバーを皆殺しにして特典武具を得た。

 すべて、強くなるためだ。

 そして、今日もそうだ。

 <闘争都市>デリラが滅ぼうと、どれだけ犠牲が出ようと知ったことではない。

 俺が特典武具を得て、更に強くなれればそれでいい。

 とりあえず、速すぎるドラゴンと再生能力が高すぎる鯨はどうしようもないから、最後の一体を引き続き狙うしかない。

 

  

「見つけた」

 

 

 特典武具のレーダーがあるからすぐわかる。

 あの男と、ティアンの子供。

 移動しているようだが、子供を抱えて走っているらしく、全速力ではない。

 気づかれていないようだし、このまま奇襲を仕掛けるしかない。

 

 

「《サンド・ホールド》」

 

 

 それは、予見できなかった。

 足元の砂が蠢き、彼の足に絡まる。動きが止まる。

 これはまずい。

 

 

 

「――《斥力掌》!」

 

 

 【一握掌 バリスケ】の特典武具のスキルを使用して、拘束から逃れる。

 だが、それであの【ドラグライ】には気づかれたらしい。

 その時点で奇襲は失敗だ。

 

 

「やってくれたね、ルナティックの娘」

「あっさり足元掬われたのね、”神殺の六”」

 

 

 奇襲を仕掛けた張本人、《看破》ではステラ・ラクイラと出ている少女は、俺を見下ろしていた。

 ジョブは、親とは違う……【灰塵術師】になっている。

 もともとそうなのか、あるいは最近取り直したのかどうかは知らないが、大した腕前だ。

 ただ、そんな彼女はどこか冷めた目をしていた。

 まるで、期待外れだ、と言いたげな目。

 どうにも、嫌なことを思い出して苛立つ目だ。

 魔法職にその目で見られるのは、どうにも嫌だ。苛立つ。

 ーー殺したくなる。

 

 

「《ロンゲスト・ステッキ》」

「《竜王気》!」

 

 

 

 また、邪魔が入る。

 いや、今度はありがたい。

 獲物が自ら突っ込んできた。

 逃げられないから、共闘するつもりのようだ。

 ならば、まとめて殺すだけ。

 まとめて、俺の糧にするだけだ。

 

 

 

「”愚者”【杖神】ケイン・フルフル」

「【灰塵術師】ステラ・ラクイラ」

「……【偽竜王 ドラグライ】」

 

 

 

 

「「「勝負!」」」

 

 

 ◇◆◇

 

 

 今日、<闘争都市>デリラで行われる戦いの中で、決して目立つものではない。

 されど、唯一<マスター>のいない戦いが。

 今、始まった。

 

 

 To be continued




ソウケツ……さすがにこれはマイナー過ぎましたかね?
知ってる人いるんでしょうか。


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竜と鳥、砂の海で漂う 其の九

今回少し短いです。

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 □■<闘争都市>デリラ

 

 

 

「《サプライズ――」

 

 

 【杖神】ケイン・フルフルが初手で狙ったのはステラでも【ドラグライ】でもない。

 彼らのすぐそばにいた、シオンだった。

 彼女を狙えば、【ドラグライ】に隙ができることはすでに分かっている。

 後は上級魔法職のステラだが、はっきり言って大したことはない。

 そこまで考えての、彼の初手は。

 

 

「《アッシュ・ウィンド》」

 

 

 ステラによって妨害された。

 彼女のスキル宣言と同時、砂塵の竜巻がケインのいる場所を中心に巻き起こる。

 【灰塵術師】の奥義であり、砂の竜巻で相手を拘束しつつダメージを与える魔法だ。

 今までついてきた、【高位幻術師】とはまるで違うジョブ。

 しかしそれでも、今の彼女のメインジョブである。

 

 

 【灰塵術師(アッシュマンサー)】というジョブは、地属性魔法、その中でも特に砂塵の扱いに特化した上級職だ。

 同格の【黒土術師】などには汎用性で劣るが、精緻性でいえば、他の魔法職に引けを取らない。

 彼女は、魔法における細かい調整を得手としており、それを活かせるジョブに就いた。

 元々幻術に特化していた【幻姫(母親)】とは異なり、ステラは地属性魔法の適性の方が高かった。

 彼女が伸び悩んでいたのは、幻術師系統にこだわっていたというのも大きかった。

 しかし、万能の適性を持ち、自由奔放にふるまうサンラク(<マスター>)に振り回されるうち、彼女の中で考え方が変わった。

 母親に憧れて、ただそれを追い求めていた。

 だが、そもそも強くならなければ届かないという当たり前の事実に気づいた。

 より強くなるために、さらなる飛躍を求めて転職を決めたのだ。

 そしてデリラで転職し、レベル上げを重ねた。

 カルディナは砂が多い、もっと言えば砂とそこに棲むワームくらいしかいない国だ。

 それこそ、グランバロアで【蒼海術師】のレベル上げが楽なのと同じで、<闘争都市>デリラにてレベル上げを楽に行うことができた。

 

 

 今の彼女のレベルは、すでにカンストしている。

 上級職一人と、伝説級<UBM>。

 対するは、超級職。

 その戦いは……互角だった。

 

 

「クソッ!」

 

 

 今【ドラグライ】は人の姿でケインと殴り合っている。

 その動きは、【杖神】よりはいささか速い。

 いくらケインが特化していない【神】とはいえ、亜音速。

 本来は、そうはならない。

 《人化の術》などで人の姿を取るモンスターは多くいるが、基本的には本来の姿よりステータスを大幅に落とす。

 彼らは基本的に本体を別空間に格納して、人間としての脆弱な肉体を作り出すことで人化しているからだ。

 しかし、彼の固有スキルである《偽身暗擬》は違う。

 己を偽り歪めるスキルであり、本来の姿の形を変えているだけ。

 だから、ステータスもそのまま。

 まして、この姿の方がシオンとともに過ごし、戦ってきた時間が長い。

 だから、この姿の方が竜の姿よりよほど戦いなれている。

 とはいえ、それだけならばケインには勝てないだろう。

 彼には、特典武具やジョブのスキルに加えて、積み上げた技量がある。

 しかし。

 

 

「《サンド・バインド》」

「邪魔を……っ!」

 

 

 【ドラグライ】は一人ではない。

 ステラの拘束魔法によって、一瞬ケインの動きが止まる。

 魔法職である彼女には、亜音速で動き回る彼らを完全には目でとらえられない。

 しかし、超音速で動き回る”怪鳥”の動きを見続けてきた経験から予測は可能であり、拘束魔法を置くことが可能である。

 連携が取れているのも、サンラクにステラが合わせていた経験によるものだ。

 彼に比べれば、むしろよほど楽だ。

 【ドラグライ】がケインの動きを縛っているのだから、なおさらだ。

 しかし、互角でしかない。

 伝説級の怪物が、ティアンの手を借りてもなお、超級職は倒しきれない。

 むしろ、《竜王気》に使っているMPやステラの残りMPを考えれば、こちらが不利だ。

 このままでは、いずれ負ける。

 

 

 

 

 

 ーーだから、ここで【ドラグライ】は詰めに行く。

 

 

「《幻鳥生成》」

 

 

 【ドラグライ】の姿が五体に増える。

 その中の一体が本物で、四体は幻影。

 しかし、それは。

 

 

「無駄だ」

 

 

 ケインには幻影が通じない。

 なぜなら、彼の腕には腕時計型の特典武具がはまっている。

 その効果は、モンスターの位置を探るレーダー。

 それを見れば、幻影には意味がない。

 確実に、杖が本体を捕らえた。

 そしてーー【ドラグライ】の攻撃が、ケインに命中した。

 

 

「……は?」

 

 

 攻撃でHPを減らしながら、バランスを崩しながら、ケインはどうにか状況を理解しようとする。

 杖で殴ったと同時に、幻影に殴られた。

 その正体が、少し遅れて理解する。

 

 

「《竜王気》……っ!」

 

 

 

 幻影で飛ばした《竜王気》を隠して攻撃した。

 戦いの中で、新たに成長した。

 

 

 幻影を消し、【ドラグライ】は《竜王気》で包んだ拳を振りかぶる。

 一万を超えるSTR、それを《竜王気》でさらに攻撃力を強化した乾坤一擲の一撃。

 耐久に特化している超級職でなければ、耐えられるものではない。

 つまり……ケインの耐久力では耐えきれない。

 

 

「……っ」

 

 

 拳が胴にめり込み。

 はるか遠くへと吹き飛んでいった。

 それが、決着だった。

 

 

 

 彼らに立ちはだかる、人はすべて倒した。

 ーーしかして、未だ脅威は天上と地下に残る。

 空にいる鯨は、大火力の砲撃を放ち、どれほど傷を負おうともすぐさま再生する。

 地を泳ぐ海竜は、超音速でデリラ中を動き回りながら、人を食わんとして隙をうかがう。

 だが、それに立ち向かうものが二人。

 

 

『鯨肉って結構うまいんだよな。独特で』

 

 

 

 天上の鯨に怪鳥が迫り。

 

 

 

「もう、私たちだけでも行けそうだねー」

『サイガ‐0さん、準備できた?』

『大丈夫です、いつでも行けます』

『……完了。必殺スキル(・・・・・・)の準備完了。いつでも行ける』

 

 

 地下の海竜に蛇が牙を剝き、熱視線を向ける。

 <闘争都市>デリラを舞台にした、最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 To be continued




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竜と鳥、砂の海で漂う 其の十

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 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 さてと、どうしてあんなことをしたのか。

 なぜ、こんなことをしているのか。

 なんだろうな。

 俺はゲームというのは、楽しむためにするものだと思っている。

 効率を求めるのは楽しむためだし、勝とうとするのも楽しむためだ。

 効率化も、勝利も、手段であって目的ではない。

 

 

 んで、ここからが本題。

 だから、大勢で寄ってたかって。

 モンスターとはいえ、女の子を守ろうとしているやつなわけで。

 そんなやつを、フルボッコにして安全に特典を得ようとするのは……さ。

 

 

『それが面白いか、って話だよ』

『サンラク、何か言った?』

『いいや何でもない。こっちの話だ』

 

 

 上空でスピーカーを通して語りかけてくるルストの声を適当に流す。

 大したことじゃない。

 俺のちょっとしたこだわりが、漏れ出ただけ。

 俺たちプレイヤーと違い、デンドロにおいてNPCはリスポーンできない。

 それはゲームとしては間違いではない。

 ただ、ただである。

 それで俺個人が納得できるか、といわれればそんなこともなく。

 言ってて何考えてるのかわからなくなってきたが、まあ要するにあれだ。

 

 

『ぶった切る!』

 

 

 わあい!鯨肉だあ!

 おいしそうだなあ!

 

 

 

 おー、遠くから見ると鯨なんだけど、近くから見ると完全に戦艦だな。

 しいて言うなら、上部はほとんど兵器がなくて、下部と側面から砲が生えていることが特徴か。

 ターゲットはほとんど下にいるんだから、当たり前なんだが。

 逆に言えば、それは上部は隙だらけってことで。

 

 

 

 

 【双狼牙剣 ロウファン】をアイテムボックスから取り出す。

 右の黒い刃は、【吸命】。

 左の白い刃は、【恐怖】の状態異常を確率で与える。

 

 

 これで、やつを切り刻む。

 

 

 砲弾が飛んでくる。

 その上に飛び乗って回避。

 さらに砲弾の数が増えて……。

 対応できない。

 躱せない。

 躱せないなら、すり抜ける!

 

 

『《風神乱舞(ケツァルコアトル)》!』

 

 

 【機動戦支 ケツァルコアトル】の必殺スキルを起動。

 文字通り風になったことで、速度がAGIを優に上回り、さらに加速する。

 加えて風のエレメンタルのごとき状態になることで、物理攻撃を無効化する。

 だから、弾幕が当たらない。当たっても意味がない。

 大量の砲を出現させ、

 それは素直に強いと思うんだけどさ。

 

 

『近づかれると、というか上に乗られると何もできないだろ?』

 

 

 【双狼牙剣】を振るう。

 一髪、二発、三発、四発、五発、六発……ねえ、まったく発動しないんだけど。

 確率二割だぞ?

 七十五パーセントで発動するはずなんだけどな。

 乱数はクソ。

 あ、【吸命】引いた!

 はい最高!

 確率の女神マジで最高だわ。

 靴舐めまーす!

 あ、【恐怖】も引いてくれてるわ。

 とはいえ、あんまり意味なさそうだけどな。

 【吸命】のHP減少がほとんど意味ないし、【恐怖】もそもそも動かないやつには関係ないんだよな。

 発動準備には、時間がかかるけど。

 

 

 

 □■<闘争都市>デリラ上空・千メテル

 

 

『使うのは、闘技場以外じゃはじめてか』

 

 

 あまりに代償が大きすぎるために、使ってこなかった最大最強のスキル。

 ――だが、それだけでは足りない、届かない。

 

 

『火力不足、か』

 

 

 それは当然、眼前の<UBM>は、防御と回復に特化したモンスター。

 ましてやサンラクの必殺スキルは、機動力に特化したもの。

強化変身に分類されはするものの、攻撃力を上げるわけではない。

時間が過ぎれば、コストとなるSPも文字通り底をつき、サンラクはまともに戦えなくなるだろう。

 

 

『最後の仕上げと行こうか、ロウファン』

 

 

サンラクが《瞬間装備》したのは、【双狼牙剣 ロウファン】。

だが、それだけでは殺しきれないだろう。

確かに耐性を突破して状態異常を与えられるかもしれないが、決定打にはなりえない。

 

 

『《餓狼顛征(ロウファン)》』

 

 

 【双狼牙剣】で、【吸命】と【恐怖】を与えることが発動条件となる第三のスキル。

 それを使うために、双剣はその形を、在り方を変える。

 右手に持つ黒い刃は、長く、薄く伸びて一本の打刀に。

 左手に持つ白い刃は、分厚く広がり、穴が開き、一つの白い鞘となる。

 

 

 それはもはや双剣ではない。

 【霊骨狼狼 ロウファン】が二体で一つであったかのように、二本で一つの刃となる。

 それこそが、サンラクの切り札。

 

 

 スキルによって形を変える可変武器(・・・・)

 ーー【双狼一刀 ロウファン】。

 

 

 ◇

 

 

 【霊骨狼狼 ロウファン】。

 咆哮による精神系状態異常を与える骨体と、接触による呪怨系状態異常を与える霊体という二つの体が組み合わさった<UBM>。

 しかし、【ロウファン】の特性はその二つだけではない。

 第三の特性はーー双狼一体。

 霊体と骨体が共にあることを条件に無限の再生能力を手にする《双狼一体》。

 お互いがそばにいるからこそ、全力を発揮できる。

 

 

 そして、《餓狼顛征》はその第三の特性に由来するスキル。

 双剣が鞘と打刀に姿を変え、一つになったとき、使用できる抜刀スキル(・・・・・)

 【霊骨狼狼 ロウファン】も、【双狼牙剣 ロウファン】も持つ【呪縛】の状態異常。

 《餓狼顛征》は、【呪縛】の上位互換、あるいはその先。

 斬りつけた相手の、全細胞の機能停止(・・・・・・・・)である。

 再生能力があろうと関係ない。

 心臓が、脳細胞が、【保鯨仙雲 プリュース・モーリ】の肉体を構成する全てが止まる。

 かつて、バリアを抜きにしても強靭な肉体を持つ伝説級<UBM>、【プリズンブレイカー】を打ち破ったスキル。

 それを喰らって。

 

 

「ーーーー」

 

 

 

 最後の断末魔さえ、あげられず。

 【保鯨仙雲 プリュース・モーリ】は光の塵になった。

 それが決着。

 それで決着だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『《蛇神の果て(キヨヒメ)》』

 

 

 サイガ‐0が必殺スキルの宣言を行った時。

 【潜回竜 ミーヌス・ドラコーン】には、地上の様子を探るスキルもあった。

 だから、見えていた。

 捉えることができていた。

 パワードスーツに身を包み、蛇柄の銃を構えたサイガー0、ではない。

 人ではない、生物でもない。

 一発の紅い球(・・・)だった。

 小さな球で、銃弾一発程度の大きさしかない。

 巨体を持つ彼にとっては、それこそ芥子粒程度のものだ。

 しかし、わかる。

 彼にはわかる。

 ーーあれを侮ってはいけない。

 あれはまずい。

 逃げなくてはいけない。

 スキルによるものではない。直感による判断。

 逃げようとして、

 どういう理屈なのか、弾丸は地面を何もないかのようにすり抜けて【潜回竜】に迫ってくる。

  

 

 着弾。

 

 《蛇神の果て》は、単なる弾丸ではない。

 実体のない熱量を運ぶ(・・・・・)弾丸。

 しかして、《蛇神の果て》の恐ろしさはそこではない。

 弾速は、標的の速度(AGI)を元の速度に足しこみ。

 標的に当たるまで、永遠に追尾し続ける(・・・・・・・・・)ことだ。

 絶対に逃がさない、逃げられない。

 追尾と追撃を能力特性とするキヨヒメの集大成それが、《蛇神の果て》である。

 もちろん、欠点はある。

 まず第一に、必殺スキルの対象になるのは《追い焦がれる想い(フレア・ストーカー)》の標的だけである。

 先ほど、レイは【潜回竜】にはね飛ばされた際に、《追い焦がれる想い》のターゲットをサンラクから【潜回竜】に変更。

 だから、この欠点に関しては問題ない。

 二つ目は、チャージ時間。

 スキル使用には、五分間のチャージを要する。

 その間は、他のスキルも使えない。

 これも、<マスター>を一掃したことで余裕ができた。

 そして三つ目のデメリットもスキルを使用した後のものであり、彼女は、彼女も既に覚悟も決めている。

 

 

 

 【潜回竜】は、伝説級<UBM>の耐久力で耐えられ……ない。

 制限やデメリット、そしてコストをふんだんに積んだ<エンブリオ>の必殺スキル。

 その威力は、超級職の奥義にも匹敵する。

 ましてや、《蛇神の果て》は対象者の体内で(・・・)起動する。

 耐えられる道理がない。

 

 

「GUA……」

 

 

 

 【潜回竜】は、光の塵になる。

 

 

 

『……っ』

 

 

 

 同時に、キヨヒメが崩壊する。

 メイデン体に戻るために、光の塵になるのではなく、スキル使用の反動だ。

 第三のデメリットは、キヨヒメの完全破壊。

 当然修復されるまでキヨヒメのスキルは二度と使えない。

 まるで、清姫が安珍を殺した後に死ぬかのように自壊する。

 それでも、彼女たちはこのスキルを切った。

 

 

 ーーこうして、<闘争都市>デリラを襲った<UBM>は二体とも討伐された。

 

 

 

 

 To be continued




次回エピローグです。


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エピローグ 砂地獄

何とか三章完結です。
後、今回で25万字突破です。
ここまで読んでくださった方ありがとうございます。
今後とも感想、評価、お気に入り登録、ここ好き、誤字報告、ご愛読よろしくお願いします。


 □■【■■■】???

 

 

「さーて、そろそろだねえ。いいものも撮れたし」

 

「タイミングを見誤らないようにしないと」

 

「絶対に、逃がすわけにはいかない。チャンスは一度しかないからねえ」

 

 

 

 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

『…………』

 

 

 《餓狼顛征(ロウファン)》を使用し、【保鯨仙雲 プリュース・モーリ】を討ち果たした直後。

 俺は、高度千メテルの高さから落下していた。

 別に突然紐なしバンジージャンプがしたくなったわけではない。

 ぶっちゃけもう別ゲーでやったから飽きてるまである。

 そんな心理的な理由ではなく、シンプルにシステムの問題だ。

 今の俺のステータスウィンドウには、【呪縛】の状態異常が表示されている。

 《餓狼顛征》のスキル使用後の反動だ。

 しかも、耐性スキルによるレジストや回復魔法での回復も不可能ときた。

 たしか【プリズンブレイカー】に使った時は、落下したところにたまたま岩があって死んだんだよな。

 乱数はクソとしか言いようがない。

 まあ、今回は硬度を鑑みて確定で死ねるからまだ悔いは残らないかな……いや残るわ。

 【ブローチ】が無事ならワンチャンあったし。

 まあ、もうどうしようもない。

 このまま落下死するほかない。

 ……ん?

 なんか落下が止まったような。

 気のせい、じゃないな。

 誰かが俺を抱えている。

 体が重くて、目を開けていなかったが、触覚でわかる。

 

 

「へ―イ、顔隠し(ノーフェイス)、グッドグッド!ジャパニーズサムライ!」

『あ、おう』

 

 

 お前か全一。

 目を開けてみれば、先ほども視界の端に移っていた

 しっかしあれか。

 こいつらでも【プリュース・モーリ】は倒せなかったのか。

 本当に【ロウファン】があってよかった。

 それから数分間かけて、俺は地上へと帰還した。

 

 

 ◇

 

 

『楽郎君、大丈夫ですか?』

『あ、レイ』

 

 

 地上に戻って三十分は経っただろうか。

 俺はレイと合流していた。

 何だろう、すごい圧を感じる。

 あ、全一から抱っこ担当がレイに移った。

 まるで、母親が赤子を父親から取り上げるようだ。

 俺とレイにも、子供ができたらこんな風になるんだろうか。

 いや、流石にそうはならないだろうと信じたい。

 まあとりあえずは就職して、結婚しないとね。

 プロゲーマー?

 いや、まあそれは色々制約があるから……。

 あ、三十分経った。

 とりあえず、地面に降りる。

 久しぶりだな大地君。

 元気だったかい?俺は元気じゃなかったよ。

 

 

『サンラク君も?』

『ああ、倒したよ。特典武具もゲットした』

 

 

 

 キヨヒメがいないあたり、おそらく必殺スキルを使ったのかな。

 たしかに、あれはヤバい。

 一度試し打ちで闘技場で喰らったことはあるが、正直あれはどうしようもない。

 本人を倒すか当たって耐えきるしかいないんだよな。

 《製複人形》の隠蔽も貫通して追ってくるしどうにもならない。

 

『そう言えば、グライたちはどうなった?』

 

 

 <UBM>は倒したのはいいが、あいつらは無事だろうか。

 レイやステラに任せたから大丈夫だとは思うが。

 

 

『大丈夫だったみたいですよ。さっき一緒に挨拶に来ました。二人で、どこか村に行くそうです』

『そっか』

 

 

 それならよかった。

 シャンフロみたいに、後味の悪い思いをせずに済んだ。

 まあ、どう考えてもあの二人(?)はくっつくフラグ立ててる感じだったし、良かったんじゃないかと思う。

 幾多の(クソ)ゲーで学んできたことは無駄ではなかったということだ。

 現実の恋愛にも適用できる、ラブクロック型の恋愛チャートは今も俺の脳内にある。

 ちなみにこの話をしたら、カッツォには鼻で笑われ、鉛筆には憐みの目を向けられた。

 解せぬ。

 

 

 ◇

 

 

 

 さてと、そろそろログアウトして寝るか。

 そう思っていた。

 そんな時だった。

 

 

「ーー捕まえた」

 

 

 --声がした。

 その声は、ねっとりとした熱を含んだ声。

 脳が焼ける、溶ける、爛れる、そんな声。

 そして何より、別ゲーで知っている(・・・・・)声だった。

 

 

『……っ!』

 

 

 そして、聞いた時にはもう遅かった。

 いつの間にか、本当にいつの間にかだ。

 俺たちの足元には、黒い影の穴が開いていた。

 そして、俺だけが(・・・)穴に沈んでいく。

 

 

『楽郎君!』

 

 

 レイが阻もうとするが、止められない。

 黒い穴のもたらす法則が、俺だけを飲み込んでいく。

 それからほどなく、俺の体は沈んだ。

 

 

□【猛牛闘士】サンラク

 

 

『ここは……』

「お久しぶりだねえ」

 

 

 真っ黒くて狭い一つの部屋。

 そこには、俺ともう一人(・・・・)がいた。

 魔法職のような風貌。

 赤く長い髪。

 そして恐ろしいほど、それこそ俺程度の洞察力をもってしても簡単に看破できるほどに熱のこもった視線。

 いや、わかっているのだ。

 そんな情報がなくたって、嫌なくらいわかり切っている。

 こいつの声を聞いた時点でわかっている。

 知っている。

 

 

 

「久しぶりだねえ、サンラクくうん」

『二度と会いたくなかったよ、ディープスローター(・・・・・・・・・)

 

 

 いや、なんでホントいるのおまえ。

 マジでふざけんなよ。

 二度と会いたくねえってスぺクリでいったのに二度あることは三度ある状態になってるじゃねえか。

 

 

『というか、ここは……?』

「ここはねえ、私と君の愛の巣ってところかな?別名ヤリ部」

『いや、今からお前の墓場にするから安心しろ』

 

 

 こいつ倒せばここから出れるし、一石二鳥だな。

 

 

「わああああああ待って待って!私を倒しても出れないから!」

『え?』

 

 

 マジで?

 どう考えてもこれこいつの<エンブリオ>だし、ぶっ殺せば解除されると思ったんだが。

 《真偽判定》とっとけば良かったかな。

 レイやステラが持ってるからいいかなと思っちゃったんだよな。

 まあ、この変態とデンドロでもかかわることになるとは思ってなかったんだが。

 

 

「私の<エンブリオ>――アンダーワールドの仕様でねえ、わたしが死んでも維持できるんだよねえ。ついでに言うとログアウトはできないし、君が死んでもまたこの場所に戻ってくるだけだよ」

「クソかよ」

 

 

 悪意と変態性に満ちすぎだろこいつの<エンブリオ>。

 名前まできわどいラインとか嫌がらせの極みなんだよなあ。

 

 

「ふと思ったんだが」

「何かな?」

「その説明だと、お前をキルしてもデメリットは無くないか?」

「…………」

 

 

 よし、やろうか!

 

 

「待てよサンラク君。ちゃんと<エンブリオ>とは別に俺っちがいることのメリットは用意してるんだぜえ?」

『キルしても心は痛まない存在、とか?』

「都合のいい女扱いッスかあ、まあそれもいいッスけど、もっといい話ッスよ」

『?』

「【闘牛士】、【闘士】、【猛牛闘士】、【大闘士】、【狂戦士】……そしてえ【殿兵】」

 

 

 こいつが言ったのは、すべて俺がついているジョブだ。

 サブジョブを見るスキルでもあるのか。

 あるいはずいぶん前から俺のことを監視していたのか、あるいはその両方か。

 

 

「超級職、なかなかつけなくて苦労してるんだよねえ、知ってるよお、ずっと見てたからねえ」

『通報していいか?』

 

 

 なるほど監視してたかこのディープストーカー。

 

 

「別にいいけどここの放置プレイ運営、ゲーム内のことでは動かないよ?ま、それはそうとして闘士系統はもちろん、狂戦士系統の超級職も埋まっている現状、サンラク君的にはなかなか厳しい」

『……そうだな』

 

 

 ていうか何?え、もう狂戦士系統取られてるの?

 マジかよ掲示板見た感じ未だに難航してるっぽかったんだが。

 しかしとなると、どの超級職を取ればいいのか……。

 

 

「実はネ、君が条件の大半を満たしている超級職がある。モチロン空位の、ネ」

「…………は?」

 

 

 いやいや嘘だろ?

 そんな超級職があるのか?

 狂戦士系統、闘士系統はすでに埋まっている。

 いろいろ節操なしに使ってるから武器系の【神】ではないだろうし。

 いや、一つだけまだ試してない系統が……。

 

 

「殿兵系統にして、複合系統超級職」

『…………!』

「【修羅王(キング・オブ・バトル)】ーー私と一緒に目指さないかい?お姉さんが手取り足取りアレ取りで教えてあげるからさあ」

 

 

 俺を連れ去った、変態悪魔からの提案。

 それは俺にとって、新たなる強化イベントの幕開けだった。

 

 

 To be next episode

 




次回は、いくつか閑話を上げてから四章になります。
 
四章については気長にお待ちください。

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閑話・砂海の黒幕

今日で投稿はじめて一周年らしいです。
これからも頑張ります。

感想、評価、誤字報告、お気に入り登録、ここ好き、そしてご愛読よろしくお願いします。


活動報告上げました。


□■【■■】■■■■■

 

 

 人が住めるとは思えない砂漠の上に、一人の男が立っていた。

 アラビア風のターバンを着ており、露出した肌は浅黒く、顔立ちは整っている。

 そんな男だった。

 男は、左手の甲に刺青があったが――それでも見た目ではわからなかったかもしれない。

 何しろ男の服装はカルディナでは普通そのもの。

 着ぐるみを着ていたり、ちぐはぐ装備だったり、十二単だったり、補助脚の着いた鎧だったり、覆面半裸だったりはしない。

 いい意味で、<マスター>らしくない格好だった。

 言動も、普通の<マスター>のソレのように、奇天烈だったりはしない。

 

 

 

「《魔法活動加速》――ノータイム、《魔法隠蔽》、《魔法発動隠蔽》、《魔法範囲拡大》、《魔法射程延長》に百五十万ずつ投入(・・・・・・・・)で」

 

 

 

 そう、普通の(・・・)マスター(・・・・)の言動ではない(・・・・・・・)し。

 普通の生物の言動でもない(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

「《グランド・ホールダー》」

 

 

 男は、初級の地属性魔法を唱えた。

 とても、気軽に、本当に初級魔法を撃つように。

 

 

 ■カルディナ砂漠上

 

 

 カルディナの砂漠、<闘争都市>デリラから数十キロメテル離れた砂漠の上。

 そこに一体、人の女性に似た形の生き物がいた。

 されど、ソレは人とは根本的に異なっていた。

 蝙蝠のような翼をはやし、ねじれた山羊のような角を生やし、細く先のとがった尾がついている。

 何より、頭の上にはモンスターであることを示すネームが表示されていた。

 

 

「ハーッ、クソがよ、最悪最悪」

 

 

 ソレは、不機嫌そうに言葉を発する。

 ソレ自身の立てた計画が破綻したことを嘆いているからだ。

 ソレの名は、【搾生魔神 トップ・オブ・カースド】。

 淫魔を元として、ジャバウォックにデザインされた古代伝説級<UBM>である。

 【搾生魔神】の保有する固有スキルは、《絶対女王制(カースド・カースト)》。

 他者を【魅了】し、支配するスキル。

 加えて、魅了した配下から経験値やHPを搾取する効果もある。

 <UBM>担当管理AIであるジャバウォックからその性質上「神話級、いやその先にも至る可能性がある」とまで言われるほどのポテンシャルを秘めていた。

 そんな彼女だったが、昨日はじめて失敗という経験をした。

 たまたま彷徨っている<UBM>二体を配下に置いたはいいが、それで増長した。

 <UBM>二体を近くの都市ーーデリラに送り込んで経験値を稼ごうとしたのだ。

 結果は全滅。

 <UBM>二体がいればどうとでもなるだろう、と思ったがそうはならなかった。

 

 

「ま、いっか」

 

 

 とはいえ彼女は、そこまで堪えていない。

 少し苛立ったが、それだけだ。

 人間の感覚で言えば、「消しゴムなくしちゃった、まあまた買えばいいか」というもの。

 最強の手駒である<UBM>二体を失ったが、それでもまだ上位純竜クラスのモンスターは複数体いる。

 さらには、下は亜竜クラスまで含めれば軍団の数は一万に近い。

 バフスキルこそないが、単純な戦力で言えばそこらの【将軍】を優に凌駕する。

 

 

 そう思い、自分の下にいる配下を見下ろそうとした。

 そしてできなかった。

 彼女の身に何かあったから――ではない。

 彼女自身には何もない。

 何もなくなった(・・・・・・・)

 

 

 彼女の部下が、いつの間にやら砂の海に消えていた。

 一万を超えるモンスターがすべて、だ。

 従属キャパシティの状態から、全滅したと悟る。

 

 

「っ!」

 

 

 【トップ・オブ・カースド】は危機感を感じて翼で飛翔する。

 彼女は、気づく。

 地中から五本の柱が生えている。

 そして伸び続けている。

 【トップ・オブ・カースド】は直感する。

 あの柱に追い抜かれたら、死ぬ。

 しかし。

 

 

「抜かれっ」

 

 

 もとより、彼女のステータスは低い。

 あっさりと抜かれてしまう。

 そして、彼女は抜かれて気づく。

 柱だと思っていたものが、五本の柱だと思っていたものが……単なる五指(・・)でしかないということに。

 

 

「こ、これほどの地属性魔法、ま、まさか事前に調査した情報の中にあった【地」

 

 

 まるで、釈迦の手で弄ばれる孫悟空のごとく。

 古代伝説級最上位の怪物は、砂で造られた手の中で握りつぶされた。

 神によって作られた腕で。

 

 

□■【地神】ファトゥム

 

 

 

「特典武具は……まあ、やっぱり【魅了】の効果付きの武具だね。あまり使い道はなさそうかな」

 

 

 ターバンの男――【地神】ファトゥムはため息を吐くと特典武具をアイテムボックスにしまった。

 古代伝説級の特典武具など普通なら泣いて喜ぶはずのものだが、彼にとってはそう珍しいものでもない。

 

 

「あ、でもレベルは上がってるね。数が多くてよかったな」

「それにしても、今回は残念だったな。せっかく【搾生魔神】を神話級になるまで放置してきたのに、完全にご破算だ」

 

 

 当初の計画では、【搾生魔神】を放置し神話級あるいはその先まで至らせ、世界損害を増やす計画だった。

 成長性の高い<UBM>であり、なおかつ本人の戦闘能力は低いので、その気になればたやすく始末できる。

 彼等にとって利用し易い存在とファトゥムたちは踏んでいた。

 だが、ファトゥムの妻であるラ・プラス・ファンタズマの予測は外れた。

 【搾生魔神】はデリラ襲撃及びリソースの獲得に失敗し、遅かれ早かれ高確率で神話級に至る前にカルディナの<マスター>……<超級エンブリオ>の<マスター>によって討伐されるだろうと予測した。

 それゆえにファトゥムが「どうせなら討伐しよう」と考えて討伐した。

 魔女とも妖怪とも称されるほどの高度な予知能力を持つ彼女だが、欠点もある。

 演算開始以前に、この世界にいないものは予測できないうえに、ジョブに就いていないものも対象外だ。

 今回は、ジョブに就いていない(・・・・・・・・・・)シオンが予想外の行動をとってしまったがゆえに、結果が狂った。

 取るに足りないはずの子供が、一つの都市の命運を変えたのだ。

 そんな歯車の狂う過程を、彼女は少しだけ面白いと思った。

 それによって生み出された結果は少しも面白くなかったが。

 

 

「とはいえ、得たものも少なくはない」

 

 

 少なくとも、今回の件で完全にデリラは自分たちの手中に収まった。

 市長とその家族が不幸にも(・・・・)いつの間にか死んでいたからだ。

 元々彼らの計画が成功していれば確実に死んでいたので、不遇ではあるかもしれない。

 

 

「さて、そろそろ帰ろうかな。妻が待っているからね」

 

 

 そういって、“魔法最強”はゆっくりと歩きだす。

 彼の目に、彼等の目に何が見えているのかは、まだ彼等しか知らない。

 

 

 To be continued




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最速へと至らんとす
プロローグ 新天地


お久しぶりです。
四章開始です。



今日は、小説家になろうにてシャンフロが四周年らしいです。
めでたい。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 黒くて狭い、密閉された空間、【アンダーワールド】。

 その中に俺達二人はいる。

 その空間からは、俺の意思では出られない。

 

 

 俺達を閉じ込める、黒い空間が、ゆっくりと開いていく。

 アンダーワールドは、黒い空間だが、どうにも狭いんだよな。

 ラブホテルと同等か、それ以上に狭いかもしれない。

 なんでそれを知ってるのかって、いやまあ……別にいいだろそんなことは。

 

 

 さて、外は……森だな。

 それも、レジェンダリアのそれとは雰囲気が違う。

 日本の森に雰囲気が近い。

 木々の種類とか、湿度とか。俺にはわかる。

 昔々、母親に散々あちこち連れまわされたからな。

 国内国外問わず幼少期には両親にあちこち連れまわされていたんだよな。

 虫を捕獲した経験が、カブトムシになるクソゲーをプレイするときに活きたりもしたんだが、それはまた別の話。

 人外になるゲームはあまりに特殊過ぎて、自分でも体がわけわからんことになる。

 体を動かす感覚になじむ必要があるのだ。

 デンドロはハイスペックなゲームだが、むしろリアリティがありすぎて……本当に体を動かすのと同じ状態になっている。

 体型の変化にアジャストしてくれるようなシステムがない。

 シャンフロのような、至高のゲームとはまるで違う。

 究極の現実、それがデンドロの本質であり、クソゲーポイントであると俺は考えている。

 ゆえに、体を動かすにも慣れが必要であり……酷いのだと引退直行コースだとか。

 因みに、アバターを後から整形などして変えることは出来るらしいが、デスぺナすると元に戻る。

 まあ、流石にそんなことをわざわざしている奴は見たことがない。

 いるとしたら、そいつは相当の狂人だろう。

 

 

 

『それで、ディプスロ、ここはどこだよ?』

「うーん、今はアンダーマテリアルだよお?」

『……その名前マジで気持ち悪い』

 

 

 何なんだよマジで。

 いや本当に最悪だ。

 (アンダー)ネタ(マテリアル)ってそのまんま過ぎるだろうが。

 言いたくないし、記憶に入れたいと思わない。

 まだディプスロとかナッツクラッカーの方がいくらかましだったんだよなあ。

 下ネタ変態女の集大成になってるじゃねえか。

 

 

『あ』

 

 

 というか、こんな奴に訊かなくてもそもそもメニューでどこかわかるじゃん。

 ミスった。

 ガバでこいつとの会話を増やすだなんて何たる失態。

 恥ずかしい限りである。

 穴があったら入りたい……いや変な意味ではないぞ。

 

 

「ねえ、正直気持ちいいし私をサンドバッグ(慰み者)に使うのはいいんだけど、なんで私今殴られたの?」

『なんとなくだよ』

「DV彼氏だあ。すごおい」

 

 

 脳内ディプスロが暴れだしたので、ついでに本体もぶっ飛ばしておいた。

 分裂するボスモンスターって、本体があってそれを潰せば止まるケースが大半だからな。

 全部潰すまで止まらなかったり、本体が入れ替わったりするパターンもあるけど……つまるところ両方叩けばノープロブレム。

 今は脳内ディプスロを崖から突き落として

 えーと、メインメニューメインメニュー、と。

 天地・<修羅の谷底>って書いてるな。

 なるほどなるほど。

 ……うん?

 天地?

 

 

「【修羅王】は、天地の超級職だからねえ。当然、転職するにも天地にあるクエストを受けなきゃならないわけさ」

「なるほど」

 

 

 天地かあ。

 たしか秋津茜と京ティメットがいたんだったか。

 ログアウトしたら連絡とってみようかな。

 

 

 それにしても、天地か。

 ……随分遠いところまで来たな。

 このゲーム、移動するのにかなり障害が多い。

 原因は一つ、モンスターだ。

 都市部から離れれば離れるほどモンスターは強力になり、数も増える。

 狩りに行くときは、高レベルのものほど都市から遠い狩場に行くのがセオリーだし、マナーとされている。

 実際、近場で狩っても経験値効率悪いからな。

 まあこれは相手がモンスターなら、の話だが。

 人間相手を狩るとなると……これは見極めが難しい。

 何しろ、人気があるところでは狩りが困難であり、しかしてあまり人のいないところでは人がいないのでPKがはかどらないし、モンスターの横やりが入る。

 いやこっちでは何もしていないよ?

 ただ、単純にPKしに来る奴らを返り討ちにしてただけだよ。

 あとまあ、そもそも別ゲーで学んだことだったりする。

 ともかく、デンドロにおいて移動は面倒であり、それを解決してしまえるのが転移スキルだ。

 

 

 

 

 俺も一応転移スキルを習得しているからわかるが、この<Infinite Dendrogram>において転移におけるコストは非常に重い。

 それを解決するにはいくつか方法がある。

 一つ目は、膨大なコスト。

 聞いた話では、転移魔法はごく一部の魔法系超級職のみが使うものらしい。

 すなわち、超級職の膨大な魔力があって初めて実現可能であるということ。

 さらには、超級職のMPと自動回復があってようやく達成できるシルヴィアの【ミーティア】もそうだ。

 二つ目は、条件式。

 複雑な条件を達成した時のみスキルを発動できる。

 条件さえ達成してしまえば、コストは比較的少ない。

 俺の【猛牛闘士】の奥義による背後の転移がそうだ。

 あれは、特定の条件を達成したうえで、なおかつ既定の条件しか飛べないという面倒なスキル。

 三つ目は、制御の撤廃。

 レジェンダリアの<アクシデントサークル>が引き起こす転移がそうだ。

 あれは、膨大なコストとどこに跳ぶのかわからないという制限をもって長距離転移を可能にしている。

 この変態の転移ゲート型<エンブリオ>がどういうギミックで長距離転移を可能にしているのかどうかは知らんけど。

 

 

 

 

 □現実

 

 

 

 【旅狼】

 

 

 

 サンラク:とまあ、そんなこんなで今天地にいます

 

 サンラク:次会う時は超級職になってるんでよろしく

 

 鉛筆騎士王:うーん

 

 オイカッツォ:どこからツッコめばいいのかわからなくなった

 

 

 秋津茜:え、天地にいらっしゃるんですかサンラクさん!

 

 秋津茜:良かったらお会いしませんか!

 

 京極:秋津茜さん、サンラクも大事かもしれないけど、僕たちクエストもあるから……

 

 秋津茜:はっ、そうでした

 

 京極:まあ、多分会えるとは思うけど

 

 ルスト:?

 

 鉛筆騎士王:それにしても、女性と二人旅なんて

 

 鉛筆騎士王:罪な男だね、サンラク君

 

 サンラク:いや

 

 サンラク:アレを女と定義するのはちょっと……

 

 サイガ‐0:サンラク君

 

 サイガ‐0:お話があります

 

 サンラク:あっ

 

 サンラク:いやあの違

 

 サイガ‐0:お話があります

 

 サンラク:あ、はい

 

 オイカッツォ:愉悦

 

 鉛筆騎士王:まあ今回は君が悪いよ

 

 鉛筆騎士王:しっかり怒られなさい

 

 サンラク:それはそう

 

 ルスト:反省しなさい

 

 

 この後めちゃくちゃ怒られました。

 いやまあ、自分で行くことを選択したらそうなるよね。

 過程がどうあれ、超級職に就くためにそうすると決めたのは俺だから。

 

 

 

 □天地・征都

 

 

 天地。

 七大国家唯一の島国であり、戦を続ける修羅の国。

 

 

「断頭台やら、〈兵どもが夢の跡〉もいるらしいからね、楽しみだなあ」

 

 

 

 京極。

 対人戦へのノウハウを、この四人の中で最も持っている人物。

 元々別のゲームでPKをしているだけあって、対人戦の何たるかを理解し、実践できる。

 実力も、状況次第では準<超級>の領域に届きうる逸材である。

 

 

 

 二人目は、無数の目を付けたヘルメットをかぶった男。

 ぎょろぎょろ目は動いており、半数が索敵に向かっている。

 ちなみにもう半分は、京極に向いている。

 見られている当人は、刺すかどうか迷っていた。

 一人欠けた状態だと、リーダーが残念がるかもしれない。

 

 

 三人目は、ピエロフェイスの鎧武者。

 腰からは二丁の拳銃型<エンブリオ>を下げている。

 へらへら笑っている様子は、殺人鬼のように見えるし――実際そうである。

 

 

 そして、最後の一人は。

 

 

「皆さん、おはようございます!今日も頑張りましょうね!」

「あ、おはよう」

「おはよう、リーダー」

「今日もシコい」

 

 

 安芸紅音。

 太ももと二の腕がまぶしい忍者服を着て、頭に黒い狐を付けた少女。

 腰には、四つの動物のお面を付けている。

 このパーティのリーダーであり、曲者揃いのこのメンツの中で最強の人物である。

 〈エンブリオ〉こそ第六形態だが、三人は彼女ならば超級にも勝てる、と考えていた。

 自分たちも準<超級>クラスではあるが、彼女は別格であると。

 

 

 

 今回のクエストは、<修羅の谷底>での調査依頼だ。

 そこでの生態調査が、彼等のクエスト。

 伝説級<UBM>が跋扈しているといううわさもある場所だ。

 実力者であると評判の彼らに依頼が来たのも、逆に言えば彼らほどの実力者でなければ任せられないからだ。

 

 

 さらに言えば、その周辺では指名手配犯の<マスター>の情報がある。

 京極や、ダブルフェイスにとってはある意味クエストより重大である。

 

 

「……そういえば、その指名手配犯の名前なんて言ったっけ?」

 

 

 トーサツは、さほど指名手配犯に興味はない。

 だから名前を把握していない。

 彼の興味が向くのは、性別:女性のみ。

 性別不明の指名手配犯には、これといって興味がなかった。

 

 

「ええと、なんていう方でしたっけ」

「"不定"のアンダーマテリアル」

 

 

 天地という国。

 そこは修羅の国、騒乱の国。

 安全な場所など、安寧を得られる状況など存在しない。

 そんな場所で。

 天地最強クラスのパーティが、サンラクたちにたちはだかろうとしていた。

 

 

 Open Episode【最速に至らんとす】




Q.ディプスロなにしたの?
A.超級職の情報得るために、強盗とか殺人とか。


シャンフロ二次創作を最近書きました。
良かったらこちらも読んでいただけると嬉しいです。
https://syosetu.org/novel/252036/

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ゲームの条件って、知らぬ間にクリアしてることそれなりにあるよね

4章は週二投稿目標で行きます。

日間ランキング32位いってたらしいです。

ありがとうございます。



 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 

「さあて、とりあえず【修羅王】になるまでのルートを説明しておくね」

『その情報ってそもそも確かなのか?』

「大丈夫だよお。全力であらゆる手を使ってこの私が調べた情報だからさ」

『お前の発言の八割は聞くにも値しないけどな』

「ひどおい!」

 

 

 

 お前の話す内容の二割に価値を見出してるだけ温情と思ってくれ。

 まあ実際、こいつの話は基本的に聞くに値しないんだが……こういう情報では手を抜かないのがこの変態の厄介なところだ。

 人間としては最悪なのに、プレイヤーとしては最高レベルに有能なのだ。

 ともかく、話をきかなければ始まらないか。

 

 

『まあいい。さっさと話せ』

「まったく、しょうがないなあ。サンラク君だけ、特別DA・ZO?」

『…………』

「待ってサンラク君、首はまずい。傷痍系状態異常で死ぬから」

 

 

 大丈夫だ問題ない。

 骨に当たる前に止めたからな。

 出血してるけどまあ大丈夫だろ。

 

 

「さてと、【修羅王】への転職には、大きく分けてツーステップあります。サンラク君、何かわかるかな?」

『転職条件のクリアと、転職クエストの達成、だろ?超級職はたいていそうだって聞いてる』

「正解。前戯を済ませないと、本番には入れないんだよねえ。マナーは大事」

『よし、喉を潰すか』

「なるほどディープスロートってことあぶふっ」

 

 

 ビンタ一発!

何でもかんでも下ネタに結び付けるんじゃないんよ。

 こいつほんとに大丈夫か?

 大丈夫じゃないな。

 もはや心配になってきた。

 

 

「【修羅王】の条件は三つ。一つ目は、ステータスの合計値が自身の三倍以上ある生物のソロ討伐数が百体以上。これは満たしているね」

『……そうだな』

 

 

 俺のステータス合計値は、低い。

 AGIこそ五桁だが、他のステータスは高くて四桁。

 低い火力をティック謹製の装備で補いながら、機動力であちこち動き回って蹂躙するのが俺の<Infinite Dendrogram>における基本的なスタイルとなっている。

 合計値で言えば、二万程度しかない。

 対して、モンスターなどは純竜級でも耐久型ならHPだけで六桁に達するものもいる。

 だからこの条件自体はさほど難しいものでもない。

 

 

「その二、三十種類以上の武技系スキルの熟練度が一定以上に達する」

『あー』

 

 

 そういえばそうかもしれない。

 何しろいろいろ使ってきてるからな。

 メインウェポンである双剣をはじめ、両手剣、弓矢、盾、斧、銃、打刀、槍、ガンランス、ショットランス、鎌、爪etc……。

 闘士系統がオールラウンダーなジョブであることや、腕のいい職人のつてがあることも手伝って、扱ってきた武器は数知れない。

 というか、なんで俺が把握していない俺のことをお前が把握してるんだ?

 やっぱり通報システムが存在してないのクソだと思うんだが。

 

 

 

「その三、ステータス合計値が自身の百倍以上(・・・・・・・)ある生物のソロ討伐」

『ええ……?』

 

 

 あ、これは満たしてないわ。

 というか、今後も達成できるか?

 今まで<UBM>も含めていろんなモンスターを相手にしてきた記憶がある。

 その中には、結局耐久が高すぎて削り切れなかったモンスターもいる。

 それでも、そんなやつ見たことない、と思うんだが。

 俺の百倍だから、ステータスの合計値が二百万以上。

 耐久特化の<UBM>でも、いるかどうかは怪しい。桁が違う。

 そして最大の問題は、仮にそんなモンスターがいたとして、俺の独力でどうにかなるのかということだ。

 

 

「そうだねえ、普通に考えれば、そんなモンスターはいないよねえ」

『……何か心当たりがあるのか?』

 

 

 ひょっとして、これから狩りに行くということだろうか。

 ここは天地。

 ひょっとするとそういうモンスターもいるのかもしれない。

 

 

「そうだねえ、まあサンラクがどうしても知りたいって言うのなら、お姉さんが優しく教えて」

『いいからさっさと話せ』

 

 

 お前はいちいち前置きが長いんだよ。

 下ネタを入れればいいってものではないのである。

 

 

「つれないなあ。まあ、それはともかく、《喚起》」

 

 

 ジュエルから呼び出されたのは、一体のモンスター。

 クリーム色の肌をしており、骨格は判然としない。

 眼球が1ダースほどあちこちに点在している。

 外見は、なんというかあれだな。

 でかい、馬鹿でかいツミレって感じだ。

 多分クジラよりでかい、超巨大眼球入り異形ツミレ。

 

『でっか』

「私の作ったキメラモンスターでねえ、HPに特化して造ったやつさ。ステータスの合計は三百万ってところかな」

『そんなの作れるのか、すごいな超級職』

「これでも、生物製造特化の超級職、【生命王】だからね。ほらほらもっと褒めてもいいんだよ、ワンワンハッハ」

『お座り!』

「キャイン!」

 

 

 ちょっと評価した直後に気持ち悪いこと言うことでマイナスに振り切れるのやめろ。

 後、変に犬の鳴き真似上手いのが腹立つ。

 いやほんとに座るのやめ―や。

 しゃがむな。土で汚れるだろ。

 デンドロって普通に汚れとかもつくんだよな。

 なぜかログアウトすると全部落ちるんだけど。

 

 

「うーん、できれば早く倒して欲しいかな」

『え、何?暴走するギミックでもあるの?』

 

 

 <Infinite Dendrogram>、時間経過で強くなる奴が多いイメージ。

 俺の《回遊する蛇神》の速度強化もそうだし、何ならフィガロの《生命の舞踏》は戦闘時間に比例して装備の性能を上げる。

 一回それで負けたんだよな。

 まあ、俺にとっては《武の選定》の方がきつかったりする。

半裸になられて、急激にAGI増加されて俺より速く動かれたらもうどうにもならんのよ。

 多機能と出力両立しているのは、普通にズルいよな。

 俺も大概ではあるんだけど、あくまで機動力に特化してるだけだからな。

 

 

「いやあ、とにかくステータスの合計値だけを意識して無茶な作り方しちゃったから……ただでさえキメラは脆くなりがちだし、ENDとか100切ってるんだよね」

『……それで?』

「だからたぶん後五分くらいほっとくと自壊が始まって十分ぐらいで死ぬ……」

『それを先に言え――!』

 

 

 《豊穣なる伝い手(アイビー・アームズ)》起動!

 武装展開!

 タイムアタックするときは心の準備が必要なんだよ!

 これ本当に削り切れるか?

 

 

『ツミレの処理はトラウマ案件ー!』

「何があったの?」

 

 

 簡潔に言うと全部父親が悪い。

 タイムアタックの結果、四分五十八秒。

 ティックの武具をあらかた使いまくってこれだよ。

 本当に危なかった。

 そして。

 

 

 

【ステータス合計値が自身の百倍のモンスターを単独で撃破しました】

【条件開放により【修羅王】への転職クエストが解放されました】

【詳細は、【修羅王】への転職可能なクリスタルでご確認ください】

 

 

 

 マジだったのか。

 いや、九分九厘マジだと思っていた。

 わずかに疑いはないでもなかったが。

 シャンフロでもそうだが、こいつは味方にすると強力極まりない。

 遺憾だが、大変遺憾だが、大変助けになる。

 とにもかくにもとりあえず、行ってみなければ始まらんな。

 

 

 ◇

 

 

『結構近いところにあるんだな』

「まあすぐ近くになるように、アンダーワールドの出口を調整したからね」

『……じゃあ、行って来るわ』

「はあい、行ってらっしゃいあ・な・たあああああああ待って死んじゃう、死んじゃうからあ!」

 

 

 うーん、HPが高いせいで全然削れない。

 別にいいけど。

 試し斬りも終わったことだし、そろそろ突入しますか。

 

 

 

【転職の試練に挑みますか?Yes or No】

 

 

 もちろん、イエスだ。

 目指すは、超級職、【修羅王】への転職。

 試練(クエスト)開始(スタート)ってな!

 というわけで、ボタンを押して、と。

 

 

 ◇

 

 

 

 あれ?

 ここ、どこだ?

 

 

 To be continued



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青い世界で

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多分明日上げます。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 転職の試練を受けるべくジョブクリスタルに触れて。

 俺がたどり着いたのは、端的に言えば青い空間(・・・・)だった。

 

 すべてが青い結界で覆われた空間。

 何というのだろうか、ぶっちゃけ青いガラス張りの部屋の中にいるというのが一番正解だと思う。

 お、何か空中に文字が浮かんでる。

 通常のウィンドウとも違う。

 ゲーム的なサイバー感あふれるウィンドウではない。

 石板に彫られるような武骨な文字だけが浮かんでいる。

 まるで、別ゲーであるかのように世界観が分かれている。

 ふと思ったんだけど、デンドロって世界観担当とゲームシステムの担当が違うんじゃないか?

 前者は緻密なのに後者は通報やチャット、垢BANシステムがなかったりとガバが多い気がする。

 特に面倒なのはチャットだ。

 わざわざSNS使わざるを得ないからね。

 さて、書かれている文字は。

 よく考えると、日本語でもない文字を翻訳して読めるようにするっていうシステムなんだけど、普通に考えて気持ち悪くね?

 どんだけ設定練ってるんだよ。

 その割に言語はどこでも同じらしいけど。

 どこかの何かが、言語を統一したのか?

 デンドロにもバベルの塔はあったのか?

 最近はクソゲーで海外ニキを煽るため、割と真面目に英会話の勉強をしているんだが……ここまで技術が進んじゃうとなんだかなと思う。

 まあ、俺のやるようなクソゲーでは、今後も決してバベルシステムが搭載されることがないだろうけどね。

 さてさて、内容は、と。

 

 

【【修羅王】転職への試練】

 

【先代の【修羅王】を撃破せよ。貴殿が死ぬか、先代が死ぬか、二つに一つである】

 

【いずれかの条件が達成されるまで、この空間は解放されない】

 

【試練を開始しますか?YES or NO】

 

 

 思ったより、シンプルな内容だな。

 他の条件がちょっと複雑だっただけに、とてもありがたい。

 とはいえ、ある種納得はできる。

 【修羅王】は、天地に根差した超級職である。

 そしてその天地の特色は、内乱。

 日々ティアン同士での超級職を取り合う争いが絶えなかったと聞く。

 むしろ、他の国ではそこまで争いがなかったって言うのは

 多分、撃破対象は……あれ(・・)だな。

 

 

 この空間には、二人の人物がいる。

 一人は俺であり、もう一人はーー俺が来る前からこの空間にいた。

 

 

 着物を着崩しており、たくましい上半身が露出している……つまりは半裸、変態である。

 さらに、何故か頭部だけを兜で覆っており、その容貌は見えない。

 兜の正面は、金属の板で覆われており顔が一切見えない状態だ。

 つまりは、不審者である。

 お前が言うなって?

 いやいや俺はあくまで<エンブリオ>のせいだし、そもそも仮に俺が変質者だったとしてもそれがあいつが変質者じゃないことにはならないし、糾弾する権利がなくなるわけでもないと思うんだよ。

 さらに、奇妙なことに和風の和の字もない金属板で覆われたブーツを履いており、その腕の半数には、刀が握られていた。

 もう少し、わかりやすく言い換えてみよう。

 刀を三本(・・)持っており。

 腕は、六本(・・)生えている。

 レジェンダリアの亜人に、似たようなやつがいたのは知っているが、ここまで珍妙な恰好はしていなかったと思う。

 他の手には、斧が握られていたり、爪が取り付けられていたり、短刀が握られていたりと様々だ。

 俺と同等か、あるいはそれ以上の異形。

 

 

 それが未知のものだったからではない。

 別ゲーで見た、とかでもない。

 いや、6本腕のキャラクターとかは別ゲーでも普通にみるんだけど、そう言うことではない。

 <Infinite Dendrogram>内において、既知のものだったということだ。

 

 

 

 

 俺は、そいつのことをよく知っている。

 ルナティックから聞いていた。

 ステラからよく聞かされていた。

 レジェンダリアでは、伝説に近い存在となっていた。

 知っている。

 そいつの名前を。

 そいつの強さを。

 やってきたことを。

 

 

 曰く、神話級〈UBM〉討伐における最大の功労者。

 曰く、犯罪結社との抗争において超級職を一人で何人も斬りふせた。

 曰く、かつての闘技場における絶対王者。

 

 曰くーー"魔境最強"。

 

 

『【修羅王】イオリ・アキツキ』

「…………」

 

 

 反応は、無い。

 どういう仕様なのか、《看破》でも反応しない。

 

 

 レジェンダリアを去ったのち、行方不明になったとは聞いていたが、死んでいたか。

 ゲームで行方不明のキャラクターって割と死んでる率が高かったりする。

 特に「最強」とか呼ばれてたりしたら、もう役満である。

 死んでいても不思議ではないが……死後にこうして相まみえることになるとは予想だにしなかった。

 

 

 だがまあ。

 

 

『それと戦えるなら、面白い』

 

 

 戦闘系超級職の技量が、ステータスが尋常でないのは知っている。

 技量は、【杖神】ケイン・フルフルとの戦闘で。

 ステータスは、同等といわれる伝説級<UBM>との何度かの戦いで。

 ある程度知ってはいる。

 だが、目の前の相手はそれ以上。

 同じプレイヤーでも、センスやモチベーション、積み重ねてきたものによって差が生まれるように。

 戦闘系超級職も同じく、差がある。

 先日やりあった【杖神】に一度も負けなかった男。

 数多の<UBM>や超級職を単独で斬ってきた者。

 それが、どれほどのやつなのか。

 挑んでみたい。

 だから。

 

 

『ーーやろうぜ』

「ーー勝負」

 

 

 俺の言葉が皮切りになったか、奴の様子が変わる。

 やろうぜ最強。

 俺の最速はちょっとばかしーー消えるぞ(・・・・)

 

 

 To be continued



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最速に至りし者

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 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 俺と【修羅王】イオリ・アキツキの戦い。

 最初に仕掛けたのは、やつの方だった。

 

 

「ーー《望月の型・参式・月輪》」

 

 

 平坦かつ重苦しい声で発される、スキル宣言と同時。

 持っていた刀のうち、一本を無造作に、俺に届く間合いでもないのに横なぎに振るう。

 とっさに、屈んでよけながら、前進して接近する。

 直後、空が裂けた(・・・・・)

 空気も、俺達を囲む、俺が先ほど破壊不能であると断じた結界さえも、紙細工のように裂けていく。

 斬撃を飛ばすスキルかと思ったらそうではなく、空間ごと切り裂くスキルだったか。

 

 当たったら即死とかひどすぎるだろ……。

 いやまあ、俺はいつもそうなんだけど。

 カンスト前衛でありながら、いまだに防御力が四桁行ってないやつがいるらしいですね。

 まあ碌に服すら着てないのでしゃーなし。

 因みに、先ほどの斬撃に関しては問題ではない。

 だからこうやってつまらないことに思考を割く余裕がある。

 

 

 変態女の情報によれば、【修羅王】はAGI、STR型の超級職らしい。

 攻撃力と、速度、そのいずれもが五桁に達する超人。

 俺の耐久が低いのもあるが、耐久型でも恐らく上級職程度なら喰らえば即死だろう。

 しかし、逆に言えば、それは俺にとってむしろ相性がいいということでもある。

 強力であっても一点に特化していないのであれば、速度で俺が有利をとれる。

 ジョブや<エンブリオ>によるステータス補正。

 【ケツァルコアトル】の《脱装者》によるAGI上昇。

 これだけでも、五桁に達する。

 さらに回避することでステータスを引き上げる【猛牛闘士】のスキルや、戦闘時間比例速度強化スキルの《回遊する蛇神》によってさらに速度が上がっていく。

 おそらく【修羅王】も超音速機動ではあるようだが、戦闘開始時点で俺の方が若干速い。

 そして、その差はどんどん広がっていく。

 さらにいえば、AGI、STR型であれば防御力は低いということ。

 俺の、ティック産装備や特典武具に頼り切っている、素の貧弱な攻撃力でもおそらくダメージを与えることが可能だ。

 先ほどの空間を断ち切る斬撃も、普通に考えれば有効だが俺の防御力基準で考えれば、はっきり言ってただ斬撃を飛ばすスキルでしかない。

 結論から言えば、こいつは現時点で俺にとってはカモだった。

 

 

 

『とはいえ、それはあくまで現状の話だよな』

 

 

 相手は超級職。

 一体どんな装備品や、スキルを持っているのかわかったものではない。

 ティックもそうらしいが、一部の優れたティアンは自分でスキルを編み出せるらしい。

 何でも、<マスター>の中にも一部そういう手合いがいるとか。

 “魔法最強”とか呼ばれているらしい。

 そりゃおまえがナンバーワンですよ。

 とにかく、こいつの手札がわからない以上、選択肢は二つ。

 一つは、持久戦で相手の手札を暴く。

 悪くはない。

 何度も挑み、時間をかけて、相手の手札を暴き、最適なチャートを組んで仕留める。

 間違ってはいないが……この<Infinite Dendrogram>のサンラクにとっては間違いだ。

 このクエスト、一度失敗(デスぺナ)すると次受け(リスポンす)るのに三日かかる。

 ディプスロが情報をどうやって手に入れたのかは定かではないが……俺たち以外の<マスター>がすでに情報を得ていないとも限らない。

 俺がデスぺナっている間に、他の誰かに先を越されようものなら、ディプスロには「早漏?早漏なんですかあ?」と煽られ、外道共にもネタにされるだろう。

 そもそも、デスぺナのログイン制限を抜きにしてもそういう攻略は俺は好きじゃない。

 できるまでやる、いつかできるってのは今日できる可能性を放棄するってことだ。

 それは俺の望みではない。

 今日ここで勝って、超級職になる。

 それだけだ。 

 

 

 確実に勝つためにも、まずは一枚手札を切る。

 

 

『《製複人形(コンキスタドール)》』

 

 

 

 HPの半分を捧げて起動する分身生成のスキル。

 同時に、俺の体は、消失する。

 隠蔽効果によって、俺の体は奴から見えない。

 

 

「《望月の型・弐式・朧月夜》」

 

 

 奴の体が不自然に蠢く。

 動くじゃないぞ。

 骨格が人と違う生き物が、自由自在に刀剣を、その他の武器を振り回す。

 俺が操作する《製複人形》はかろうじて応戦するが……分が悪いか?

 変幻自在に動き回る怪人に対して、俺自身ではない《製複人形》では対応しきれない。

 正直、どこかに無理がある。

 壊される前に、俺がとどめを刺さないと。

 

 

「《朔月の型・壱式・叢雲》」

 

 

 刹那、《製複人形》がポリゴンになって消える。

 

 

『…………?』

 

 

 今、やつの動きが見えなかった。

 俺のAGIは超音速に達している。

 多少加速しようが、俺の目でとらえられない道理がない。

 どういう原理かは、一度見ただけではわからない。

 仮説はいくつかある。

 《製複人形》のような隠蔽・幻惑のスキルを用いて隙をついた。

 空間操作系のスキルで腕と刃を飛ばした。

 あるいは。

 いずれにしても、俺の打つ手は変わらない。

 

 

 

『《風神乱舞(ケツァルコアトル)》!』

 

 

 

 <Infinite Dendrogram>のプレイヤーサンラクにとって、最大の切り札を切る。

 今の俺のAGI、さらに《回遊》と必殺スキルによる加速で俺の速度はAGIに換算すればーーおそらく十万といったところ。

 これより速いのは――<Infinite Dendrogram>内部でも数名しかいない。

 ……数名はいるあたりホントインフレだなデンドロ。

 分身に隠蔽、さらに加速による隠蔽。

 すなわち、二重の偽装。

 それを見切って、俺の攻撃を防げるかな、“魔境最強”。

 

 

 

 最速に達したまま、《瞬間装着》で装備を切り替える。

 両手に持つは、紅蓮の刀。

 ティック製武器の最高作品、【レッド・バースト】。

 耐久性は俺以下のゴミクズだが、文字通りの瞬間火力はお墨付き。

 一度使えば文字通り墨屑になり果てる、一撃にすべてを費やす乾坤一擲の剣。

 こいつの耐久力では受けきれない。

 俺の速さに、こいつのAGIでは対処できない。

 

 

 これで終わり。

 確実に最大火力である【レッド・バースト】の斬撃を叩き込むだけの簡単な。

 

 

「ーー《朔月の型・参式・三日月の舞》」

 

 

 ーーはずだった。

 

 

 スキル宣言と同時、勝負はついた。

 いや、違う。

 俺がそれを聞くより速く、勝負はついた。

 俺が奴を攻撃するよりはるか先、俺の腕と首が飛んでいた(・・・・・・・・・)

 先ほど、《製複人形》が斬られたのと同じように、首を落とされてしまっている。

 

 

 いつの間にか、そう本当にいつの間にかだ。

 刀を持っていないほうの、三本の腕。

 先ほどまで、武器が握られていたはずの手には。

 三本の、鞘が握られている。

 鞘自体は普通のものだ。

 特典武具でもない、質がいいのはわかるがこれといったスキルも特にはないだろう。

 取り出したのも、特に大した仕掛けではない。

 俺が使っているアイテムボックスと同じで《即時放出》のスキルがあるのだろう。

 先ほどまで握っていた武器も、足元に落ちている。いや、たった今落ちたのか。

 俺の首と同時に。

 重要なのは、そこではなく、こいつのやったことだ。

 

 

 俺は、先ほどまで俺とこいつの相性はいいと、比較的やりやすい相手だと考えていた。

 ステータスでは俺に勝るが、相性と奇襲でどうにかなると。

 違っていた。わかった。

 こいつと俺の相性は……すこぶる悪い。

 

 

 

 俺は、こいつと戦ったのは今日が初めてだ。

 だから、こいつが今どうやって俺を斬ったのかわかるはずがない。

 本来は。

 だが、ネタはもう割れている。

 俺は、それを知っている。

 知っていて、信じられない。

 そんなこと(・・・・・)があるのか?

 あり得るのか?そんな馬鹿な話が。

 ティックからもそんな話は聞いたことがなかった。

 ここが天地であると知ったあと、リアルで天地についてリサーチしたから。

 そして、あるランカーのスキルを知っていたから。

 そのスキルは。

 

 

『……《神域抜刀(・・・・)》』

 

 

 【抜刀神】の奥義。

 本来、【修羅王】--別系統の超級職が使えるはずのないスキル。

 しかして、たった今こいつが使ったスキル。

 光の塵になって消えゆく直前、俺はそいつを見た。

 そいつは、悔しいかな、間違いなく俺のことを見ていなかった。

 

 

 これが、【修羅王】イオリ・アキツキ。

 かつてのレジェンダリア最強にして……世界最速(・・・・)の存在。

 

 

 --次は、勝つ。

 

 

 そんな俺のつぶやきは、俺の心の中だけでしか発されなかった。

 

 

 To be continued




 最速に至らんとするのは、未だ最速ではないからだ。
 








・《修羅道》
 【修羅王】の奥義。
 「サブに置いた戦闘職のスキルをすべて使える」スキル。
 ぶっちゃけ、サブ超級職の取得前提のジョブ。


・《修羅ノ門》
 【修羅王】のスキル。
 「装備スロットを入れ替える」スキル。
 例えば、アクセサリーや防具のスロットを減らして武器を増やすなどといったことができる。
 いつも特殊装備品のスロットは何かしらでつぶれている。

・秋月流
 イオリ・アキツキ一代限りの流派。
 抜刀をメインとする朔月の型と、二の太刀などを主とした望月の型、そしてその先にある第三の型(・・・・)で構成されている。

・イオリ・アキツキ
 メインジョブ:【修羅王】
 サブ超級職:【抜刀神】、【斬神】


 しばらく更新できないかもしれません。


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関係性によって、関係をつなぐ手段も変化する

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大変助かります。



 □陽務楽郎

 

 

 いや、やられた。

 しまった。

 本当に最悪だ。

 あれは、何だ?

 まるで意味が分からない。

 バグかな?

 超級職は、同系統でなければ使えないという縛りがある。

 バグではなく仕様、というのなら可能性としてはいくつかある。

 一つは、コピー。

 誰かしらの能力をコピーして使う。

 ラーニング系統の<エンブリオ>に心当たりはある。

 奴がそれであっても何ら不思議はない。

 二つ目は、サブに【抜刀神】が置かれている可能性。

 これがシンプルで、なおかつ一番いやな可能性だ。

 サブジョブの奥義も使えるのは、そういうスキルなのだとしたら。

 あり得る。

 キング・オブ・バトルなんて言われている以上、サブに置いた戦闘系のジョブスキルは全部使える、そんな仕様があってもまるでおかしくない。

 <Infinite Dendrogram>は世界に寄り過ぎたゲームではあるが、逆に言えば、世界としては破綻がない。

 いずれにしても、手段は問題ではない。

 

 

「百万か……」

 

 

 

 奴のAGIはせいぜいで一万程度。

 俺のほうが速いが、抜刀モーション時はその法則が覆る。

 加えて、一太刀しのげば勝てるという話でもない。

 奴の腕は、六本、三組ある。

 一組で抜刀、もう一組で納刀、最後の一組は予備。

 それが奴のスタイルであり、《三日月の舞》とやらの正体。

 奴にしかできない、永遠に途切れぬ連続抜刀。

 《剣速徹し》と奴のSTRを考慮すれば、防御も不可能。

 道理で一度も負けないわけだ。

 【杖神】もロウファンも、勝負にすらなっていなかったことだろう。

 むしろなんで死んだのか(・・・・・・・・)が気になるところだ。

 噂の神話級や<イレギュラー>辺りにでも喧嘩売ったんか?

 では、俺はこいつに勝てるのだろうか。

 圧倒的理不尽、答えは決まっている。分かり切っている。

 

 

「ーー勝つさ」

 

 

 これがもし、異世界であったなら。

 俺は勝てないだろう。

 実際もう一回負けてるし。

 だが、これはゲームだ。

 どれだけ理不尽であろうと、バランス調整をミスっていようと、それこそバグがあったとしても。

 俺の中の熱が尽きない限り、俺には勝つ可能性がある。

 だから後は、その可能性に追いつくだけ。

 

 

 そのためには、まず。

 俺のやるべきことは。

 ……メールします。

 

 

 メールなんて高校以来だな。

 いや、待ってほしい。

 どうしてこんなことをするのか。

 ちゃんと説明する。

 俺も含めて普通はSNSでやりとりをするのが、ネット上の友人に対しては普通だと思う。

 それこそ、メールでやり取りをするなんてのは高校時代の俺くらいのものではないだろうか。

 しかし、今回は事情が異なる。

 相手は友人ではない、下ネタ女だ。

 この変態にSNSのIDを教えるのは、いろんな意味で危険すぎる。

 何をしてくるか予想がつかない。

 最悪……俺のアカウントが下ネタで汚染されてしまうだろう。

 脳みそだけでも汚染がひどいのに、心の外にまで汚染をまき散らすわけにはいかない。

 汚染物質は厳重に保管しなければならないのだ。

 ミーム汚染も人に見せてはいけないのである。

 だからこいつと連絡を取るためだけに、わざわざ捨て垢のメールアドレスを作ったのだ。

 そんなに警戒せざるを得ない相手ならば、そもそも連絡先を教えるなという話なのだが、どうにもこの<Infinite Dendrogram>ではチャット機能が存在しない。

 そのためこうやってメールなどでの連絡が必須なのだ。

 それくらい実装してくれてもいいと思うんだけどな。一応手紙を出すことは出来るらしいが、それだと意味がないんだよな。

 

 

 ちなみにそんな捨てメアドをデンドロ内部で受け取った本人は「それって都合のいい女、セフレってことお?」、「つまりこのメアド、私のためだけに作ってくれたわけか、愛人用みたいだねえ?」などと散々にほざいていた。

 HP三割で許した。

 オレ、ガマンデキル。

 オレ、ジヒブカイ。

 オレ、ヒトノココロアル。

 閑話休題。

 

 

 

 

 『件名:デスぺナった。

 

 転職クエストにて先代【修羅王】と交戦。デスペナルティになった。

 とりあえず丸一日ログインできないので連絡しておく。』

 

 

 『件名:Re:もうイッちゃった。

 

 

 イクの早すぎるよお。まあ了解したよ。

 やっぱりお姉さんが手取り足取りナニ取りで教えてあげないとだめだよねえ。

 とりあえず、また三日後(・・・)ね。楽しみに待ってます』

 

 

 

 

 件名が絶妙に腹立つせいで、本文の下ネタはそんなに腹が立たないのバグかよ。

 いやこれあれじゃないか?詐欺のテクニック。

 確か、えーと、ドア・イントゥ・ザ・シャドウテクニックだっけ?

 なんか違うというか、混ざった気がしないでもない。

 まあなんでもいいや。

 なんにせよ、こういう悪意ある件名はやめていただきたい。

 これだと俺が下ネタ言ったみたいになるからやめろ。

 次あったらしばく。

 二十四時間後が楽しみだなあ。

 

 

 

 後、一応こっちでも言っとくか。

 

 

 【旅狼】

 

 

 

 サンラク:デスぺナったわ

 

 サイガ‐0:お疲れさまです

 

 サンラク:ありがとう、レイ

 

 鉛筆騎士王:確か、超級職への転職クエストだったっけ?

 

 サンラク:そう

 

 オイカッツォ:どんな感じなの?

 

 サンラク:先代【修羅王】とのタイマン

 

 サンラク:倒すか、死ぬか

 

 オイカッツォ:どんな性能してるの?

 

 サンラク:AGIとSTRが五桁

 

 京極:うわきっつ

 

 サンラク:後、他の超級職のスキルも使えるっぽい

 

 サンラク:【抜刀神】の奥義使ってきた

 

 オイカッツォ:ラーニングかな?

 

 京極:【抜刀神】のスキルって確かさあ、AGI百倍

 

 サンラク:うん

 

 サンラク:なんも見えねえ

 

 秋津茜:わあ

 

 鉛筆騎士王:速度特化ビルドかつ、君の技量でも対処できないのクソゲー過ぎない?

 

 サイガ‐0:ほかの超級職に就いているのが前提なのかもしれませんね

 

 サンラク:あー

 

 

【サイガ‐0】

 

 サイガ‐0:ところで、デスぺナしたということは

 

 サイガ‐0:今日は一日暇ということでしょうか

 

 サンラク:あ、うん

 

 サイガ‐0:すぐに家に戻ります

 

 

【旅狼】

 

 サンラク:わかった、ご飯何か作ろうか?

 

 オイカッツォ:え?

 

 鉛筆騎士王:お?

 

 サンラク:あ

 

 サンラク:戦略的撤退!

 

 鉛筆騎士王:囲め!

 

 

 

 撤退撤退!

 ええい!通知音がうるさい!

 とりあえず、【修羅王】のことを考える。

 そもそも他の超級職に就くことが前提ではあるのかもしれない。

 あの時は何とも思わなかったが、そもそもタイマンで超級職に勝たなくてはならないという条件がそもそもおかしい。

 俺達プレイヤー、<マスター>はいいだろう。

 <エンブリオ>のスキルや補正があるからステータスの差がそこまで脅威にならない。

 何より、プレイヤーは不死身だ。

 相打ちになったとしても、一応【修羅王】への条件は達成できる。

 だが、ティアンはどうか。

 <エンブリオ>もなければ、リスポーンもしない。

 超級職でもなければ、超級職に対してどうすればいいというのだろうか。

 そう考えると、設定的に超級職の取得が前提と考えた方が無理がない。

 まあ、それについては考えても仕方ない。

 俺はプレイヤーで、<マスター>なのだから。

 

 

「さて、塩焼きでもつくるか」

 

 

 その日は、デンドロ以外の雑事にいそしみ、玲と一緒に課題をやったりなどしました、丸。

 リアルを置き去りにしてゲームをすることは出来ない。

 大学があり、仕事があり、家族がある。

 ゲームが現実逃避できる素晴らしいツールではあっても、現実と自分を切り離してくれるわけではない。

 一時的に現実を忘れられる、打ち込めるものがゲームだと思っている。

 

 

 それができたとしても……俺はたぶんそれを選ばない。

 異世界のようなゲームを遊ぶのはいい。

 けれども、異世界に行きたいとは思わない。

 それは、家族がいるからだったり、親せきがいるからだったり、友人がいるからだったり、悪友がいるからだったりーー恋人がいるからだったりする。

 何のことはない。

 俺は、遊戯(ゲーム)が好きなだけであって、現実(リアル)が嫌いなわけではないのだ。

 だからもし、現実が嫌いで、避難の手段としてゲームをしているのだとしたら、それは楽しいのだろうか。

 

 

 例えば、異空間を作って、そこに自分と人を閉じ込めるような。

 そんなシェルターのような<エンブリオ>を生んだプレイヤーがいるとしたら、どうか。

 ……まあいいか、別に。

 

 

 

 

 To be continued 




エミリーちゃんかわいいなあ。


・余談
【修羅王】の試練。
 初代修羅王さんの相手は、伝説級悪魔だったらしい。

ツイッターやってます。
https://mobile.twitter.com/orihonsouchi


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修行パートはグダりがち

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 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 なんやかんやで一日ぶりにログイン。

 さーて、どうしたもんかね。

 とりあえず、普通に色々調べたわけなんだけど、一日かけて色々天地に関して情報を集めた。

 俺がアンダーマテリアルに飛ばされた場所についても調べたしな。

 

 

 正直、ログインするのは気が進まなかった。

 別に【修羅王】に恐れをなしたわけではない。

 むしろ、戦いたい、勝ちたいという思いが強い。

 有り体に言えば先日の俺は、試練を舐めていた。

 無論本気ではあった。

 一度使えば砕け散る【レッド・バースト】や必殺スキルまで使った。

 手を抜いていたわけでは、決してない。

 しかし、全力ではなかった。

 ティアンならともかく、〈マスター〉である俺ならばどうにかなるクエストだと判断していた。

 もっと言えば、俺はイオリ・アキツキを通過点としか見ていなかった。

 一握りしか就けないユニークジョブである超級職。

 単なるそれを手に入れる為の壁だと。

 その結果がアレだ。

 だから、次やる時は全力でやる。

 超級職に至るためではなく、勝つために。

 俺に出せる全ての力を、イオリ・アキツキを倒す為に使い切る。

 

 

 そんな俺のモチベーションを下げるのは、俺が今いる場所と、その元凶(・・)である。

 関わりたくない変態がそばにいるというのは、どうにも落ち着かない。

 そう、デスぺナが明けても俺は、黒くて小さいアンダーワールド(こいつの世界)にログインしている。

 厳密には、こいつの必殺スキルである、《去る者はおらず、来るものを拒まず(アンダーワールド)》の効果らしい。

 セーブポイントが能力特性の一つ(・・)という世にも珍しい<エンブリオ>、【耽殉冥界 アンダーワールド】。

 必殺スキルの効果は引きずり込んだ対象のセーブポイント強制変更(・・・・・・・・・・・)

 引き込んだ対象が今までのセーブポイントをどこに登録していようと関係なく、アンダーワールドをセーブポイントにする。

 対象となったプレイヤーは<エンブリオ>と接触しているのでログアウトできず、なおかつ<自害>しても、アンダーマテリアルをデスぺナしても、このスキルからは絶対に逃れられない。

 さらには、アンダーマテリアルがスキルを解除しない限り、セーブポイントは絶対に変更できない。

 なので、転職クエストを受ける際に、隙をついて脱走……という手も使えない。

 一度入ったが最後、どうあがいても離れられない最低最悪の檻。

 冥界をモチーフにしているだけのことはあるというべきか。

 別にいいけど、これ<マスター>以外に何の意味もないんだよな。

 NPCやモンスターはリスポーンしない。

 まあ、カッツォみたいに対人戦が好きな奴らが対<マスター>となるスキルを獲得するのはよくあることらしいが。

 <エンブリオ>の性能も見通せるのやばいわ。

 

 

 多分、こいつがNPCやモンスターを生き物として認識していないんだろうな。だから、プレイヤーを閉じ込めるなんて能力になる。

 俺も似たようなものだと思うが。

 だとしても、何でプレイヤーを閉鎖空間に閉じ込めるなんて<エンブリオ>になるのか。

 こいつの内面はわからないしどうでもいいが、碌な性格してないことだけはわかる。

 そんなイイ性格をした変態は、くるり、と満面の笑みでこちらを向く。

 そして。 

 

 

「そうろ」

『よし死ね』

「あひいん!」

 

 

 とりあえず、下ネタへの制裁として、今日一発目の顔面パンチ。

 早漏じゃねえんだわ。

 克服したんだわ。

 大丈夫だ、スキルの補正抜きの俺のパンチじゃこいつのHPは削り切れない。

 というか、ENDもそれなりにあるせいでほとんどダメージが入らない。

 何でか知らんが、こいつHP以外もやたらステータス高いんだよな。

 《看破》によれば、ちょっとした因縁のある【生命王】という超級職に就いているらしい。

 なんとなく、魔法職についているイメージがめちゃくちゃあったからそれ以外のジョブに就いているのはちょっと意外だった。

 【賢者】とかについてそうなもんだが……そういえば賢者系統超級職は王国のティアンが持っているんだっけ。

 フィガロやシュウがそんなこと言ってた気もする。

 いずれにせよ正直どういうギミックでこいつの肉体ステータスが上がっているのか全く分からない。

 

 

 

「どうしたの、私の顔を見て。今夜のオカズのことでも考えてたのかな?」

『多分カレーじゃないかな』

 

 

 冷蔵庫の中身的に多分そうだ。

 今日は玲の当番だから正確なことはわからんけど。

 あー、でも玲は結構凝るからな。

 冷蔵庫の中身では決まらないか。

 正直家事は玲の方が完全上位互換だからな。

 見ただけで魚の捌き方体得した時はリアクションに困った。

 できる方に任せると全部玲の仕事になるので、非効率と知りつつも俺が半分担当しているのだ。

 なるほど、これが社会か。

 

 

「それでえ、負けちゃったけどどうするんだい?二回戦する?一発抜く?」

『まあ、もちろん挑みはするんだけど、その前にちょっとトレーニングだな』

「トレーニングなら、前みたいに俺の息子(モンスター)を使っていいぜ、壊れるまで使っていいからねえ?」

 

 

 

 判定は、ギリギリ、ギリギリセーフ。

 いや残念そうな顔してんじゃねえよお前な。

 グレーゾーンな部分にまで反応してられんのよ。

 MPやSPも無尽蔵じゃないし。

 あんまり殴りすぎるとデスぺナになっていろいろ面倒だし。

 こいつがいないと、アンダーワールドの出口を開けないんだよな。

 それはともかく、だ。

 言い方と人間性の最低さはさておき、こいつの提案は、まあわかるのだ。

 【生命王】は錬金術師から派生したジョブであり、その中でもモンスター製造に特化したジョブらしい。

 モンスター製造に特化した超級職が造るモンスター、決してバカにならない。

 普段生産系超級職のお世話になりっぱなしだから、超級職の偉大さは身に染みている。

 キメラとかホムンクラスとかいろいろ作っており、それを売ったりして生計を立てているんだとか。

 戦闘特化のものは超級職と同等かそれ以上。

 それは練習台としては悪くない。

 

 

 ーー悪くはないが、ぶっちゃけ多分、その程度じゃ足りない。

 あれは、超級職だと思わない方がいい。

 今まで出会った超級職などのティアン、<UBM>をはじめとするモンスター。

 それらすべてを天秤の片方においても、釣り合うことはないだろう。

 それほどまでに、格が違う。

 <マスター>を天秤に乗せれば、結果が違うんだろうが。

 それこそ、正面から勝てるのは音に聞く<超級>くらいではないだろうか。

 それこそ、地形変えるとかザラらしいからね。

 シュウとかフィガロが言ってた。

 どんだけだよ。

 とりあえず、やれることを全部やらなければならない。

 そのために、やるべきこととは。

 

 

『“断頭台”【抜刀神】カシミヤと戦いに行く』

「うん?」

 

 

 あの技、《三日月の舞》は一度見ただけでは対応できない。

 何度か見る必要がある。

 音速の先、超音速の先のさらに先。

 AGI数十万オーバーの領域。

 その世界に対抗するには、二つの手順がある。

 一つ、俺がその領域に至ること。

 二つ、俺がその速度に慣れること。

それを鍛えようと思ったら、本人に挑むか、【抜刀神】に挑むほかない。

 

 

「つまるところ、私は君の逢瀬の邪魔が入らないようにすればいいんだよね?」

『そうだな』

「浮気を許す恋人感がすごいねえひおん!」

 

 

 ハイ、首筋に一発。

 おい、くねくねすんな。

 ええい、頬を染めるな!

 顔色変わって、くねくね蠢くって化け物の絵面なんだよな。

 こいつを雑に使うことには、正直一切心が痛まない。

 何しろそもそもここにいること自体元はと言えば、完全にこいつの都合だし。

 脱出できない空間に引きずり込んでくるとか、クソゲーのバグなんだよ。

 もはやクソゲーだと仕様みたいなとこあるけど。

 中ボス倒した後も閉じ込められて、そこから先に進めないとかな。

 

 

『さっさと行くぞ』

「はいはーい」

 

 

「ああ、ちなみに焦る必要はないよ。誰も気づかないように証拠は隠滅してるし、試練に挑もうとするやつは全部殺すからねえ」

 とかアンダーマテリアルは言っていたが、どこまであてになるかは未知数だ。

 少なくとも、ぼろを出して指名手配犯(・・・・・)になっているあたり、こいつの能力を信じすぎるのも考えものだろう。

 

 

 

 

To be continued



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兎を追いかけて狼に出会って、兎を見つけた

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 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 

 俺たちは、今走っている。 

 いや違うな。

 走ってるのは俺だけだ。

 俺が超音速機動で走りながらアンダーマテリアルを背負って走っている。

 自分と同等の重量のものを持ちながら走っているが、リアルとは比べ物にならないSTRがあるのでどうということはない。

 そういえば、普段はあまり意識してないけどプレイヤーはジュエルにしまえないらしいな。

 しまえたらもう少し軽くて楽だったのだが。

 ジュエルには時間停止効果のあるものもあるらしいので、入れたら逆に問題だろうけどな。

 そういえば、闘技場の結界もなんか時間停止の設定が可能らしいんだが、そう言う時ってプレイヤーはどうなってるんだろうな。

 まあでも、デンドロは基本的に健康被害が出ないことでも話題になったゲームだし、そこらへんは大丈夫なんだろうけど。

 

 

『こっちであってるんだよな?』

「問題ないねえ、今の速度ならあと三十分ってところじゃないかな?」

 

 

 俺達が向かっているのは、征都に近い狩場だ。

 征都には、様々な設備がある。

 その中の一つが闘技場だ。

 それゆえに、多くの闘士達が集い、その中には【抜刀神】カシミヤもいる。

 そして彼にとって行きつけの狩場が、征都からいくらか離れたところにある。

 そこで、カシミヤとコンタクトをとる。

 その後どうするか、どうなるかは……まあ出たとこ勝負だな。

 

 

 ◇

 

 

「着いたね」

『よっし』

 

 

 おんぶ状態のアンダーマテリアルを地面に置く。

 直後。

 ーー何かが、体を通り抜けた。

 

 

『……?』

「あーこれは」

 

 

 これは?

 なんだか違和感がある。

 が、特に不快なものではないし、ステータスにも変化がない。

 HPはまるで減っていないし、状態異常にもなっていない。

 

 

「ーーこれ多分《生体探査陣》だね」

『あー、あれか』

 

 

 

 体を何かが通り抜ける違和感の正体は、魔法スキル。

 名前からして、ソナーのようなスキルだろう。

 このゲームにおいて、魔力というのは単なる数値ではない。

 何かに変換される、万能の燃料である。

 それによって、

 《生体探査陣》、【陰陽師】のスキルだったか。

 直接相手を攻撃するタイプの魔法ではなく、文字通り生物の位置を調べるというもの。

 

 

「多分だけど、これ《詠唱》で範囲めちゃくちゃ拡張してるねえ。経験上、あと魔力波の角度的にも広範囲すぎるよ」

『なるほど』

 

 

 まあそこはあまり気にしていない。

 問題は誰かしらに俺たちの位置がバレたこと。

 そして、誰かしらが何をしてくるのか。

 どこまでやるのか。

 

 

「うーん、とりあえず、逃げる?」

『いや、多分もう……』

 

 

 逃げ切るのは、間に合わない。

 そう言い終わる前に。

 攻撃が来る。

 

 

「「「《五月雨矢雨》」」」

 

 

 

 少し離れたところから聞こえる、複数人によってなされるスキルの宣言。

 大量の矢が、雨のように降り注ぐ。

 

 

 広域に降り注ぐ矢の雨。

 その一撃一撃が、俺にとっては致命傷になりえる。

 しかしそれは。

 あまりにも、遅い。

 

 

 とっさ、アンダーマテリアルを抱えて退避する。

 矢の雨が、寸前まで俺達がいた地面に降り注ぎ、突き立つ。

 超音速機動が可能な俺にとってはどうということはない。

 数が頼りの矢。

 一発も当たらなければ何の意味もない。

 何かこの変態、硬直してるな。

 何かあったか?

 まさか今更お姫様抱っこした程度で動揺するやつでもないだろうに。

 普段からあんだけR18な発言しかしてないやつだ。

 メルヘンチックな要素はないだろ。

 まあでも、メルヘンはそういう要素も多いってこの女がいつか言ってた気がするな。

 こいつと過ごしているとそういうどうでもいい知識が増えるんだよな。

 

 

 

 

『おい、起きろ変態女』

「んひいっ」

『見たとこ、敵の数は多い。お前のモンスターとやらで対処しろ』

「り、りょうかあい。《喚起ーー【スプラッシュ・エレファント(射出象)】、【プレイ・ケルベロス(三祈禱犬)】》」

 

 

 

 ディプスロのスキル宣言通り、ジュエルから現れたのは二体のキメラ。

 体より長い鼻を持った象と、三つの首がそれぞれ赤、黄、青色の三頭犬である。

 おそらくは、いずれも広域殲滅に長けたモンスターなのだろう。

 象が、雄たけびを上げてその鼻を上に向けて。

 放水した。

 大量の水が、遠距離にぶちまけられて。

 その水に触れた傍からものが溶けていく。

 木も、地面も、岩も、そしてーー隠れていた<マスター>も。

 <マスター>らしきものが、ポリゴンになって消えていく。

 

 

 さらに、三色ケルベロスは、口からそれぞれ炎、雷、冷気のブレスを放つ。

 こちらはかなり速い。

 亜音速で動き回りながら、ブレスを放出して回っている。

 あれじゃ、弓とか魔法とか使ってる後衛職はどうしようもないだろうな。

 実際、あちこちでポリゴンができてるし。

 

 

 さて、これでとりあえず遠距離攻撃を使ってくるやつらは大体片付いた。

 問題は、近接攻撃を仕掛けてくる手合いだ。

 野盗やPKが遠距離攻撃のみということはあるまい。

 ここで、近接戦に長けた奴らが攻撃してくるはずだが。

 どこから、どこから来る?

 

 

 

『《天下一殺》』

『――っ!』

 

 

 ソレは、完全に躱せなかった。

 白い槍の穂先が俺を貫き。

 【ブローチ】が砕け散る。

 これはやられた。

 どこから来るかを警戒していては、既に来ている(・・・・・・)奴には対処できない。

 《潜伏》に類するスキルを使っていたのだろう、と察せる。

 

 

 俺に奇襲をぶちかましてくれた相手は、骨の化け物だった。

 ドラゴンの骨を人型に組み替えて、それを纏っている。

 外骨格の隙間から見えるのは、一人の筋肉質な女性。

 というか、槍や鎧に《鑑定眼》が通じないので、下手人は<マスター>らしい。

 これは確か、カシミヤ周りを調べるときに情報にもあったやつだ。

 

 

『”骨喰”狼桜』

『おやあ、あたしのこと知ってくれてるのかい。光栄だねえ、まあ』

 

 

 

 ”骨喰”【伏姫】狼桜。

 カシミヤと何度も交戦している準<超級>だ。

 野伏奇襲特化理論、だったか。

 初撃奇襲に特化した、ただ一撃の攻撃力に秀でた戦術。

 うろ覚えだが、かつては最強と呼ばれていたビルド。

 西方でも、【襲撃者】が流行ってたっけ。

 俺は闘士系統をメインにするとジョブスキルが使えなくなるから取ってなかったんだけどな。

 完全に襲撃者系統に切り替えても良かったんだけど……いかんせん普通の戦闘で弱すぎるのがなあ。

 まあそれはともかく。

 目の前の相手は、今もなお

 今でこそ【ブローチ】などで廃れたが、こいつは超級職のステータスで今もなお敢行しているらしい。

 かつて最強と言われた戦術、その頂点に立つもの。

 それに対して、俺は。

 

 

「ここは僕に任せて先に行くといいよお、サンラクくうん、多分あっち(・・・)だ」

『了解。じゃあ任せた』

 

 

 超音速で、変態に任せてそのまま駆け出した。

 

 

 ◇

 

 

「うふふ、足止めは任せてね、サンラクくうん。ーー《喚起》」

『その奇怪なモンスター、ハハアなるほど、アンタがあの”不定”ってわけかい』

「そう呼ばれてるねえ、背徳感があるだろう?」

『……?まあ、指名手配犯だからねえ』

「ここは通さないよ。彼のためだ」

『通るさ、こっちにゃぶっ飛ばしたいやつがいるんでね』

 

 

 竜骨の化生と、異形を支配する怪人。

 片方は、槍を構え。

 もう片方は、手のひらサイズの水晶(・・)を砕く。

 準<超級>のアウトロー同士の、戦闘が始まった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「ーーすいませんなのです」

 

 

 ぞわり、とした。

 アンダーマテリアルの時とは違う、感覚。

 あれが禍々しい呪具や毒を塗布された異様な形の武装のような感覚だとすれば、こいつはその逆。

 一切の装飾のない、一本の澄んだ白銀の打刀。

 子供の好奇心のように純粋な、闘気と殺意。

 

 

「その手の甲、加えて《看破》から<マスター>ではないかとお見受けするのです」

『…………』

 

 

 羊毛を思わせるふわふわのコートに、巨大な大太刀が二本。

 兎と鮫を模したチェーンで支えられている。

 先程子供のように、と言ったが、どうやら真実子供であるらしい。

 その子供は、口を開く。

 そこから出た言葉は。

 

 

 

「これから、あなたをPKしたいと思うのですが、よろしいですか?」

『…………ええ』

 

 

 

 ……ええ?

 いや、マジか。

 そういう奴だと聞いてはいたが、改めてみると衝撃がある。

 天地にはこういう手合いがいるらしい。

 とは知っていたのだけど。

 震える。

 

 

 

『ちょうどよかった。よろしく頼むわ』

「ーー」

 

 

 

 ーーあまりにも、都合がよすぎて。

 

 

『「いざ、尋常に」』

 

 

 俺は、【双狼牙剣 ロウファン】を始めとした武装を展開し。

 カシミヤも、鎖と鞘を操作して、【抜刀神】にとって最強である、抜刀の構えをとる。

 

 

 

『「勝負!」』

 

 

 開始。

 

 

 To be continued



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骨喰と不定

先にこっちからやります。

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前話を若干修正してます。


 □■征都周辺・狩場

 

 

『おおお!』

「っ」

 

 

 

 アンダーマテリアルと、【伏姫】狼桜の戦い。

 それを端的に言えば、片方の防戦一方の一言に尽きる。

 その片方とは、言うまでもなく。

 アンダーマテリアルの方であった。

 

 

 

『はっはああ!』

「やっば」

「「《ダーク・ブレード》」」

 

 

 アンダーマテリアルは、両手の口ーー【生命王】のスキルで自らに改造を施した結果ーーによって耐久力を無視して攻撃する魔法スキルを宣言。

 同時、MPが魔法という現象へと変換され、黒い大剣が二本、狼桜へと射出される。

 それは、速度型ビルドである狼桜のHPを大幅に削り、致命傷を与えるだろう。

 ただしそれは。

 

 

『だからどうしたあ!』

「これも普通に、避けられるかあ」

 

 

 あくまで当たればこその話である。

 漆黒の刃は超音速機動で動く狼桜に躱される。

 さらに、その隙をついてアンダーマテリアルお手製のキメラが突貫する。

 一体一体が純竜クラス。

 それが、五体。

 たやすく超級職ですら押しつぶせるはずの戦力で、狼桜を囲み。

 

 

 

『はああああ!』

 

 

 

 それらが、狼桜によって文字通り吹き飛ばされる。

 それもスキルの類ではない。

 シンプルなステータス差、力の差で押し負けている。

 本来、ジョブとしての【伏姫】のSTRは決して高くない。

 奇襲時の火力は高く六桁のダメージをたたき出すが……逆に言えば初撃限りの奥義でも六桁の域を出ない。

 そしてそれ以上に、攻撃に比重を置いたジョブであるがゆえに耐久力が低い。

 だが、それはティアンの【伏姫】の話。

 <マスター>である今代の【伏姫】、今の彼女のSTRやENDは五桁に達する。

 それは、彼女の<エンブリオ>の必殺スキル、《兵どもが夢の跡(ガシャドクロ)》によるもの。

 耐久型の純竜クラスの髑髏を使用し、STRやENDは五桁、HPは六桁に達する。

 一見、ジョブと<エンブリオ>がシナジーしていなように思われるが、それは誤りだ。

 ジョブも<エンブリオ>も、純粋な強さを求めた結果。

 相手がどれほどいようとも、瞬間火力とステータスで道を切り開く。

 それが、”骨喰”。

 数多の生者を骨に変えてきた者の在り方である。

 ゆえに、そんな圧倒的強者に対して、アンダーマテリアルは攻め手を欠く。

 

 

 

(粘ればすぐに勝てるって思ってたんだけど、厳しいな)

 

 

 アンダーマテリアルの今の戦法は、魔法スキルでけん制しながら、キメラモンスターで押しつぶすというもの。

 それ自体は間違っていない。

 生産職である彼女のステータスは低く、それは彼女のジョブスキルで強化してもなお、前衛職の<マスター>に比べれば高いとは言えない。

 ゆえに、純竜クラス以上のモンスターを前に出す戦術こそが、最も彼女に適したものである。

 それが、成立していない。

 彼女の速度でも当てられるような光属性魔法は、彼女の防御力を抜けない。

 かといって、防御を突破できる闇属性魔法は超音速機動で回避され、牽制程度でしかない。

 さらにいえば、純竜クラスのキメラモンスターたちも彼女の前にはサンドバッグ以上になりえない。

 今の彼女はステータスだけ見れば古代伝説級の怪物。 

 《魔物強化》で強化されているとはいえ、純竜クラス程度では勝負にならない。

 

 

(さて、どうしたものか)

 

 

 アンダーマテリアルにとって、この場で生き残ること自体は容易だ。

 彼女本来の戦い方である個人生存型としての立ち回りをすれば、確実に勝てる。

 狼桜の必殺スキルには時間制限があり、テイムモンスターが通じずとも<エンブリオ>がある。

 自身はアンダーマテリアルの異空間に逃げ込んで粘ればそこまでひたすら粘り続ければ後はモンスターの波状攻撃で押し勝てる。

 

 

 しかし、今その戦法は取れない。

 その戦法ができるのはあくまで彼女が一人の時だけ、生き残るために戦う時だけだ。

 今この瞬間はできない。

 普段やっている個人生存型の立ち回りは彼女だけが生き残ることに特化しており、それでは狼桜の進撃を止められない。

 時間を稼ぐことができない。

 

 

 (おそらく、今頃は”断頭台”と鉢合わせているころだね)

 

 

 <兵どもが夢の跡>が武装しているこの状況。

 十中八九標的は”断頭台”カシミヤ。

 彼女たちが、自分達を打ち負かしたカシミヤに粘着しているのは有名な話。

 この場所は、”断頭台”がよく出没する場所であり、彼女たち以外にも彼と戦いたい<マスター>が出没する場所だ。

 最も、アンダーマテリアルたちもその目的で訪れたのだが。

 

 

(どれくらいかなあ、状況が動けば撤退するけど)

 

 

 アンダーマテリアルが狼桜を足止めしているのは、サンラクを守るためではない。

いや、

 カシミヤを消耗させないためだ。

 カシミヤは天地でも指折りの実力者ではあるが、唯一欠点がある。

 彼は、準<超級>の中でも指折りにスタミナがない(・・・・・・・)

 【抜刀神】というジョブはステータスがほとんど上昇しないため、彼のSPは低く、長時間の戦闘はできない。

 いかにカシミヤといえど、耐久型の外骨格を纏った今の狼桜は簡単には突破できない。

 SPの消耗を強いられてしまうのは目に見えている。

 

 

(消耗したカシミヤでは、サンラクくんにとって恐らく練習台にはならない)

 

 

 道中、先代【修羅王】についての情報はサンラクから聞いている。

 だからわかる。

 サンラクは、【修羅王】はカシミヤより強い(・・・・・・・・)と考えている。

 そして、彼がそう思っている以上、それは事実だ。

 それならば、万全のカシミヤで練習したいはずだ。

 だから何があっても、絶対にこの邪魔者の介入は阻止しなくてはならない。

 つまるところ、彼女の目標は狼桜の必殺スキルが切れるまでの時間稼ぎではなく――戦闘による障害物の排除である。

 

 

「これでいいかな」

 

 

 アンダーマテリアルが取り出したのは、一本の杖。

 白銀色であり、先端以外には特に装飾はない。

 先端には、手足の生えた卵のようなオブジェがついていた。

 基本的に、彼女は杖を使わない。

 彼女のスタイルの都合上、使う意味が少ないからだ。

 しかし、使わなくてはならないときがある。

 この杖を使わなくては、叶わない願望がある時。

 例えば、今がその時である。

 

 

「さあて、切り札切っちゃおうねえーー《進撃の守護者(ベビードール)》」

 

 

 彼女の手の中の、銀色の杖ーー【機杖威 ベビードール】が、ぼんやりと鈍く輝いて。

 それと同時。

 戦闘開始直後に、【ジョブクリスタル】を【生命王】からサブジョブへと切り替えていた【賢者(・・)】アンダーマテリアルによる、スキル宣言がもう一つ。

 

 

 

「ーー《モデル・チェンジ》」

 

 

 

 そのスキルの効果は――。

 

 

 To be continued




・《生体改造》
 命術師系統の基本スキル。
 生物を素材を用いて改造するスキル。
 ディプスロさんは口を増やしてます。
 あと、体全体も改造してるのでステータスもかなり高いです。



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進撃の守護者

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 □征都周辺・狩場

 

 

『…………?』

 

 

 狼桜は、《モデル・チェンジ》というスキルに聞き覚えがなかった。

 そもそも、彼女はアンダーマテリアルのビルドをまるで理解していない。

 メインジョブの【生命王】をはじめ、彼女のジョブは基本的には西方のジョブ。

 環境上、西方のビルドと戦う機会がまるでない狼桜にとって、彼女の使ってくるスキルはすべてが未知。

 しいて言うなら、「おそらく魔法系のスキルだろう」程度の推測しかできない。

 そんなスキルの発動直後、狼桜は、妙な違和感を覚えた。

 ダメージが徹ったわけではない。

 実のところ、彼女は全くダメージを受けていない。

 それどころか、ステータスさえも変化していない。

 いや、それは少し違う。

 ステータスが変化したどころ(・・・)ではない。

 

 

 

『なんだい、これは?』

 

 

 狼桜の見た目(・・・)が変わっている。

 先ほどの女と同じ、赤い髪、魔法職のローブ、そして銀色の杖。

 自分の、筋肉質な見た目とは明らかに違う。

 ましてや、今の彼女は必殺スキルで人ならざる姿へと変貌している。

 断じて、そんな女性らしい姿ではない。

 咄嗟に自分の体に触れたところ、形までは変わっていない。

 槍も、外骨格もそのまま。

 あくまで見た目だけの変化。

 どういうことなのかと思った瞬間。

 

 

『……っ!』

 

 

 攻撃を喰らった。

 それは、アンダーマテリアルによるものでも、キメラによるものでもない。

 攻撃を加えたもの、それはゴーレム(・・・・)

 体高五メテル程度の大きさで、白銀一色の体。

 そして、両腕にはブレードが付いている。

 

 

『おおお!』

 

 

 混乱したまま、されど彼女は一級の戦士。

 狼桜は、右腕の槍を眼前のゴーレムにたたきつける。

 しかし、ゴーレムは、ブレードをたたきつけて防ぐ。

 

 

『……ほう?』

 

 

 今の一合で、彼女が理解できたのは三つ。

 一つは、相手の速度。

 超音速機動で動いている狼桜に対応できる。

 彼女と同等か、あるいは少し遅い程度。

 二つは、相手の攻撃力。

 彼女の攻撃を、ゴーレムは攻撃をぶつけることで相殺。

 ゴーレムの攻撃力としての発揮値が、彼女の数万に達する攻撃力に匹敵するということ。

 そして三つ目、武装の原理。

 彼女の槍が熱を帯びている。

 つまり、このブレードは炎熱による攻撃を行うためのもの。

 赤熱していないあたり、熱量への耐性が相当高いらしいが、今の交錯で半ば割れている。

 物理への耐性はそれほどでもない。

 結論――今の彼女なら勝てる。

 そう考えた。

 

 

 

『――《武装変更》』

『?』

 

 

 ゴーレムから、音声が流れるまでは。

 スキル宣言の音声と同時、ゴーレムの両腕が変形する。

 熱を帯びたブレードから、回転する機械式の、全長5メテルほどのドリルに。

 振り下ろしてくるドリルに対して、彼女は合わせようとしてーーいやな予感がして飛びのいた。

 わずかにかすめたガシャドクロの外骨格をたやすく貫いた。

 

 

(物理防御無視!そういう手合いかい)

 

 

 

 【機人変刃 ベビードール】という名の伝説級<UBM>。

 それはもともと、とある超級職によって造られたゴーレムだった。

 

 それはもともと天地にいた<UBM>であり、アンダーマテリアルによって討伐された。

 その特性は、二つ。

 

 

 一つは、武装変形。

 腕の部分を自在に変形させて多種多様な武装を作り出す。

 物理防御を無効化する貫通特化のドリル、炎熱で敵を断ち切るブレード、遠距離攻撃用の大砲など様々だ。

 複数体の化身に対抗するための手段として、汎用性を求めた。

 

 

 もう一つは、<エンブリオ>の探知。

 なぜならこの<UBM>は元々化身ーー<無限エンブリオ>を倒すために先々期文明時代に造られたゴーレム。

 化身とそうでない生物を見分け、化身だけを殺し続ける兵器。

 当然、そういう機能を有している。

 いろいろあった末、そのゴーレムは稼働せず、のちに<UBM>に認定され、たまたま近くを通ったアンダーマテリアルに討伐された。(余談だが、この戦闘で数億リルほど飛んでしまい、彼女は金策に奔走する羽目になり、脚が付いて指名手配された)

 

 

 さて、《進撃の守護者》は、その伝説級<UBM>【機人変刃】のスペックを完全に再現した召喚スキルである。

 

 

 それもそのはず。

 この《進撃の守護者》には致命的な欠点がある。

 この召喚された【機人変刃】は、コントロールができない。

 通常の召喚モンスターとは異なり、一切の操作を受け付けない。

 そして、所有者であるはずのアンダーマテリアルを攻撃する(・・・・・・・・・・・・・・)

 それ以外の行動は一切取らない。

 あまりにもどうしようもないデメリットだ。

 

 

 

 

 《モデル・チェンジ》とは、幻術師系統などが使う魔法スキルである。

 その効果は、見た目を入れ替える,ただそれだけ。

 だが、それが《進撃の守護者》との間にシナジーを生む。

 【機人変刃】は元々、<エンブリオ>を探知する力を持っている。

 逆に言えば、それ以外の探知能力はそれほど優れていない。

 光学センサーがあるだけだ。

 

 だから、アンダーマテリアルの見た目をして、<エンブリオ(化身)>の反応があるのであれば。

 【ベビードール】は、それをアンダーマテリアルであると認定し。

 ――殺しにかかる。

 

 

 

 

『くおおおおおおおお!』

『《武装変更》』

 

 

 ”骨喰”狼桜と【機人変刃】との戦いは互角だった。

 それは至極当然だ。

 基本的に、準<超級>と伝説級<UBM>は互角。

 むしろ、アンダーマテリアルの援護射撃があるにもかかわらずいまだに互角を保てている狼桜が異常なのである。

 対カシミヤ用に耐久特化上位純竜の髑髏を用意し、必殺スキルを切った。

 速度特化の髑髏を用いてもなお、カシミヤには追い付けないことは、今までの経験則からわかっている。

 それならば、耐久と火力に特化した髑髏を使って衝撃波による

 彼女には、味方の状況を完全に把握するすべはない。

 彼女は単独での奇襲を役割としているため通信機の類を使わない。

 しかし、先ほどまで暴れていた気味の悪いモンスターによって多くのメンバーが討たれたのは察していた。

 だからこそ、狼桜はカシミヤではなく、モンスターが出たと思われる場所を先に襲撃したのだ。

 ちなみに……問題のモンスター二体は、戦闘開始早々にHPの大半を失ってジュエルに帰還している。

 

 

 有利なはずのアンダーマテリアル、その顔色は良くない。

 それは眼前の光景が理由。

 求めるものに向かって、全力であがく自分(・・)の姿。

 それを客観的に見るのはーー彼女にとってはどうにも不快だった。

 

 

 ゆえに、彼女はここでさらに詰めていく。

 持っていた杖を足元に置き、両手を広げ、両手の内部の口も広げる。

 そして、顔にある口を開き、《詠唱》を始める。

 

 

「「「我は、求めるもの」」」

 

 

 

「「「それは、遠くにありてされど近く」」」

 

 

「「「望んで、欲して、されど何処にあるのかもわからず」」」

 

 

「「「ああ、それでも求めずには居られない」」」

 

 

 

 《詠唱》は言葉を発した時間によるものでありその内容はまるで問われない。

 ゆえに、彼女の言葉はただ彼女の赤心を現しただけのもの。

 

 

 

「「「何処にあるのかわからない、されどその何処かが此処であって欲しい。此処であってはくれまいか」」」

 

 

「どおおおおおらああああああ!」

 

 

 一か八かと狼桜の投げた、アイテムボックスから出した予備の槍。

 それを彼女は、すんでのところで体をひねって回避する。

 それはわずかに服を割き。

 腹部にある、4つ目の口が露出する。

 そして、最後の口が宣言する。

 

 

 それこそは、彼女だけが使える、彼女だけの魔法スキル、否、魔法体系。

 《四重詠唱(4P魔法)》と、彼女が呼ぶ、彼女にしか扱えない技術。

 

 

 「《ピアッシング・オーバーヒート》」

 

 

 

 従来の魔法を、本来の《詠唱》とは比べ物にならないほどの自由度で改ざんする魔法。

 加えて、彼女のMPは超級職のそれに匹敵する。

 

 

「「「「輪姦モノみたいだねえ」」」」

 

 

 アンダーマテリアルの放った拡散貫通自動追尾炎槍(・・・・・・・・・・)によって、狼桜は文字通りハチの巣になった。

 

 

「さて、あちらはどうなってるかな?」

 

 

 光の塵になって消えたことを確認した後、アンダーマテリアルは遠くを見る。

 

 

 そこには、二人の生命反応。

 【生命王】のスキル、《生命掌握》で、おおよその反応が感じ取れる。

 そして、反応が一人になった。

 

 

 To be continued



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一羽と一羽

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これからもよろしくお願いします。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 多人数が参加するゲームにおいては、基本的にセオリーというものが存在する。

 ごく少数のみでやるような同人ゲームや過疎ゲーならともかく、大勢が参加するゲームであれば数多の思考と嗜好と試行によって、定石というものが構築されていく。

 古代より、将棋やチェスなどの盤上遊戯でもそうだったし、コンピューターゲームやTRPGでもメジャーなものはそうだ。

 そして、フルダイブ型のVRゲームというカテゴリーについても同様。

 数多の人が知恵を絞り、アイデアを出し、試行錯誤を繰り返してセオリーを編み出し環境が回ったりする。

 将棋なんかだと、数十年前に古いと淘汰された定石が最近見直されたりするとか、ボドゲマニアの親せきが言ってたな。

 セオリーの内容は当然ゲームによって違う。

 あるゲームでは、「ゴリラ以外は全部ライオンの下位互換」だったりするし、また別のゲームでは「協力ゲームだけど、とりあえず周りのプレイヤーとかNPC襲って強奪しような」だったりする。

 そして、<Infinite Dendrogram>においてもセオリーがいくつかある。

 「NPCのAIが尋常ではないので、人として接したほうがむしろ効率的」だったり、「前衛はAGI型か、END型にしておかないと生き残れない」などと言われていたりもする。

 AGIによって主観的な時間の進みさえもが変わりうる<Infinite Dedndrogram>においては、AGIを上げることのメリットは大きい。

 そして、それに対抗しようと思えばそれを上回る速度で殴るか……耐久型になって耐えてカウンターを放つかの二択となっている。

 つまるところ、デンドロの戦術とは基本的に「速度や奇襲で強襲するか、それに対して耐えてカウンターをするか」の二択しかない。

 AGIの差がほかのゲーム以上に大きいために、それしかないのだ。

 だから、俺のとる戦術もそれ。

 

 

 

『《風神乱舞(ケツァルコアトル)》!』

 

 

 カシミヤとの戦闘開始と同時、俺の<エンブリオ>、ケツァルコアトルの必殺スキルを切る。

 目の前のこいつが抜刀の構えをとるまで、ほんの一瞬。

 《看破》したところ、あいつのAGIは5000程度。

 俺の速度なら、先制攻撃は難しくない。

 しかし、一度抜刀モーションに入った時点で、やつのAGIは俺をはるかに上回る。

 それまでの間に、こちらの切り札を切らなければ何もできなくなる。

 相手と俺の速度には圧倒的な差があるからだ。

 《神域抜刀》によってカシミヤのAGIは五十万に達する。

 それを切り抜けるには、最低でも《風神乱舞》が必須だ。

 《回遊する蛇神》による加速も手伝って、今の俺の速度はAGI換算すれば十万近い。

 逆を言えば……まともにやると俺は自分の五倍の速度の攻撃に対処しなくてはならない。

 こいつに勝つには、二つ。

 一つは、圧倒的速度の差を活かし、こいつが抜刀モーションに入る前に倒す。

 二つ、五倍の速さで動くこいつに対応して正面から勝つ。

 どちらも難しい。

 後者の難しさは言うまでもなく、前者も一瞬あるかどうかのスキを突かなくてはならない。

 

 

『あっ』

 

 

 というか、無理だった。

 まずいまずい、もうモーションに入ってる入ってる。

 

 

 

 ……本当はもう少し穏便に交渉したかったんだが、正直無理っぽい。

 状況が悪かったのはあるが、それ以上にこいつの気質の問題だ。

 所謂バトルジャンキー、話が通じるが、結局根が戦闘に染まっているタイプの人種だ。

 幕末によくいるタイプだな……でも幕末だと抜刀は対多人数戦に対応できないから使われてる人がいない印象がある。

 基本的に、あそこは対多人数戦闘、そしてそれ以上に対少人数戦闘を学ばなくては生き残れない。

 乱戦上等なので、居合はほとほとあそこには向いてないような気はする。

 格ゲーとかならいけそうだけどバトルロイヤルはなあ。

 それこそ《神域抜刀》なんていう反則じみたスキルがなくてはとてもじゃないがやっていけないはず。

 少なくともランカーではいなかった。

 でも刀一本縛りのランカーとかいるし、人によってはどうにかできたりするのか?

 俺は二刀流スタイルだからやらないけど。

 

 

 

 

 とりあえず、すでに《製複人形(コンキスタドール)》は起動してある。

 体力の半分を糧に、分身によって俺の存在が隠される。

 【伏姫】たちの襲撃もあっていろいろと予定外ではあったが、ここまでは概ね予定通り。

 【ブローチ】が壊れたことで、正直HPを削るデメリットももはやなくなった。

 だから、確実に戦う布石は整った。

 まずは一度目、これであの太刀筋を捌けるかどうかの練習を。

 

 

「ーー《閃》」

 

 

 瞬間、《製複人形》の首が落ちる。

 分身がポリゴンと化し、本体()の隠蔽が剥がれ落ちる。

 

 

「《鮫兎無歩(コートムーブ)》」

 

 

 俺が知覚するよりも速く、早く、カシミヤは俺に一足一刀まで間合いを詰める。

 超超音速で刀を一度振るう。

 ただそれだけで、俺は終わる。

 本来は、居合使いは一度抜けば隙ができる。

 そこをつくのがセオリーだが、その定石、常識に【修羅王】やこのカシミヤは当てはまらない。

 多数の腕や、鞘の取り付けられた鎖を活かして、連続で切れ目を作らず抜刀できる。

 それが奴らの強み。

 さらに、カシミヤは納刀状態で動ける《鮫兎無歩》というスキルを使ってくるらしくーーらしいという情報を調べていたので、遠距離にいても無駄。

 それは、野盗クランを一人で斬りつくした逸話からもわかる。

 では、どうするのが正解なのか。

 

 

 俺の選んだのは、差し込むこと。

 こいつのスキルの一つに、《剣速徹し》というものがある。

 AGIの分だけ刃筋の軌道上のENDを減算するというものだ。

 こいつのスキルレベルとAGIを踏まえれば、ENDによる物理防御力は意味をなさない。

 だが、それはちゃんと刃筋が通っていればの話だ。

 例えば、パリィしてしまえばその前提は覆る。

 俺はこいつよりも遅い。

 逆に言えば、こいつよりも遅く動くことは出来る。

 居合で首を狙えば、腕に触手が当たるように配置する。

 そして、その一瞬居合が止まれば。

 俺のほうが速い!勝てる!

 

 

『おらあ!』

 

 

 素早さが逆転するのはゼロコンマ何秒だろうか。

 答えはわからない。

 ただひとつわかるのは、俺の主観時間においてはこれが値千金ってことだけだ!

 速度だけでなく体感時間も変わるせいで、若干クールタイムがわかりづらいのは正直微妙だな。

 斬って突いて殴って斬って突いて殴って斬って斬ってえ!

 とにかく思いつく限りのあらゆる近接攻撃を叩き込む!

 

 

 □■征都周辺・狩場

 

 

 ーー厄介な相手。

 それが戦闘開始直後の、カシミヤのサンラクに対する感想だ。

 これまで、カシミヤが勝てない人間などほぼいなかった。

 スライムやアンデッドといった物理攻撃が効かないモンスターに苦戦を強いられることはあったが、逆に言えばそういう相手でなければ基本的に不利にはならない。

 <超級>を含めても、対人戦に限れば彼は天地でも最強格といっていい。

 それでも……彼がいまだ勝てない者もいるのだが。

 

 

 相手は速度型だが、カシミヤより遅い。

 それは取り立てて珍しいことでもない。

 しいて言うなら、素のAGIでは負けていることが珍しいくらいだが、それも珍しいわけでもない。

 カシミヤの素のステータスは低く、AGI補正の高い<エンブリオ>の<マスター>であれば、速度で上回ること自体はたやすい。

 技巧と、妙な発想でこちらを突いてくる。

 幸いにも、彼の攻撃は天地の武具やコートで守られたこちらの防御を完全に抜くほどではない。

 あるいは、大火力の攻撃をチャージする時間がないだけか。

 いずれにせよ、劣勢には立たされたが、決して敗勢でもない。

 

 

 だが、それだけならば。

 相手が、こちらの虚を突いてくるのであれば。

 こちらも虚を突けばいい。

 

 

 《瞬間装備》を発動。

 普段使いのそれとは違う、鞘にはまった打刀。

 それを手に持ったことで《神域抜刀》が発動。

 

 

 それと同時に、もう一つ。

 カシミヤの意思に呼応して、鎖――イナバが動く。

 そしてその鎖を足場にして、カシミヤの体が地面に平行に、なおかつ本来の在り方とは垂直に、鎖上に立つ。

 《神域抜刀》、それに加えて《居合》が発動。

 これによって、カシミヤのAGIは百万に達する。

 嗚呼、その斬撃こそが文句なしの。

 

 

『やば』

「ーー《閃》」

 

 

 世界最速の刃が、サンラクめがけて放たれて。

 ーーそして。

 

 

 To be continued



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一羽が去って

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 □征都周辺・狩場

 

 

 《神域抜刀》などのスキルにより、AGI一〇〇万の領域に達した【抜刀神】カシミヤ。

 そして、神速の居合が発動。

 刃は、狙いたがわずサンラクの首を捉え――。

 

 

『自前転倒!』

「――?」

 

 

 捉える前に、サンラクによって、回避される。

 幕末を乗り切るために開発したサンラクの秘技。

 それによって、わずかに狙いがそれ、首ではなく左腕を切り落とすにとどまった。

 あるいは、本来ならばカシミヤも寸前で軌道を変えることができたかもしれない。

 しかし、空中で尋常ならざる体制で居合をするのは未知の経験であり、修正がわずかに遅れた。

 逆に言えば、修正すること自体は出来ているうえに、未経験の不自然な体勢でも抜刀を難なく実行しているということなのだが。

 

 

(やばい)

 

 

 回避には成功したものの、状況はまるで好転していない。

 左腕が切り落とされたことで、【出血】によるスリップダメージが入ってしまい

 絶体絶命に追い込まれて、されどサンラクは思考を回し続ける。

 もう一本の刀が、未だ鞘に収まっている。

 すなわちそれは、まだ神速の居合を放てるということ。

 また差し込みをするのは無理だ。

 二度目が通じるとは到底思えない。

 さらに言えば、もう抜刀状態である以上、次の瞬間には首が落ちている。

 抜刀モーションに入る前に攻撃することもできない。

 もうすでに入っている。

 せめて【ブローチ】があれば……と思わないでもないが、それは仕方がない。

 乱戦である以上、ああいうイレギュラーがあるのは当然。

 むしろ、現時点で割り込みがないだけいい、とサンラクは割り切る。

 

 

「っ!」

 

 

 カシミヤは、想定外の避け方に戸惑いながらも次の刀を構え、抜刀モーションを続ける。

 一度躱せたとしても、次はない。

 今度こそ確実に仕留める。

 仮に仕留められずとも同じように腕を捥ぎ、肉をそいでいく。

 そういう風に考えている。

 しかしながら。

 

 

 ーーそう考えてるのは、お前だけじゃないんだぜ?

 

 

 カシミヤの抜刀。

 それは、非常に正確で合理的だ。

 抜刀の間は、彼には自分以外のほぼすべてが止まって見える。

 それ故に、彼の居合は基本的に首を狙ってくる。

 それならば。

 なおかつ、サンラクより五倍速い程度(・・)ならば。

 

 

 彼にはーー対応できる。

 

 

 角度を、タイミングを、間合いを、全てを把握していれば。

 右腕に、白い短剣を持ち、振るう。

 決して強い力ではない。

 大振りではない。

 それでは間に合わないから。

 読みと、計算と、直感で。

 弾く。

 

 

 ーー弾いた。

 

 

「これは……!」

『ハハッ!』

 

 

 勝ち誇るのは、

 今度は、カシミヤが狙いを変えてきた。

 右腕が切り落とされる。

 これで後は、<エンブリオ>の触手と、あと一つ。

 

 

「また……っ」

『くははっ』

 

 

 仮面の嘴で短剣をついばみ、それで居合を弾く。

 今度は、カシミヤの体勢が崩れる。

 今度こそ、彼の《神域抜刀》が解除される。

 

 

『オオ!』

「ーー」

 

 

 サンラクは、今度こそ、一点攻勢を仕掛けようとして。

 

 

 

「《閃》」

 

 

 カシミヤの刃が、今度こそサンラクの首を刎ね飛ばした。

 

 

 不意に現れた刃。

 《瞬間装備》のクールタイムが終わっていないはずなのになぜそんなことができるのか。

 それには、確かな種と仕掛けがある。

 それは、カシミヤの<エンブリオ>、【自在抜刀 イナバ】の力。

 否、彼の必殺スキル《意無刃(イナバ)》の力。

 その効果は、「あらゆるアクティブスキルのクールタイムを無くす」というもの。

 それは、《瞬間装備》も例外ではない。

 またしても、打刀を手元に装備する。

 ソレに反応はできるはずもなく。

 完全に、カシミヤの勝利だった。

 

 

「なんとか、勝てましたね」

 

 

 本当に強かった。

 適応能力が高すぎた。

 必殺スキルという切り札がなければ敗れていただろう。

 しかし、勝利には変わりない。

 遠方でいくらか戦闘音がするのは把握していた。

 相手の出方次第では戦うことになるだろう。

 パキリ、と何かが砕ける音がした。

 

 

「これは……?」

 

 

 白い、骨のような短剣。

 伝説級特典武具、【双狼牙剣 ロウファン】。

 それが、背中に砕いて脊椎を砕いている。

それと同時、懐に入れていた【ブローチ】がダメージの超過判定で砕け散る。

 

 

「なぜ、どうして攻撃できるのです?」

 

 

 天地には、【死兵】というジョブに就くティアンが存在する。

 それゆえに、天地で活動する<マスター>はほとんどが【死兵】というマイナーなジョブを知っている。

 そしてそれと紐づけして、【死兵】に似たとあるジョブを把握している。

 その名は、【殿兵】。

 そのジョブのスキルは、《ラスト・スタンド》。

 どれほどのダメージを受けても、肉体が損壊しても、五秒間はHP残り一で生存できるスキル。

 わずか五秒。

 それは本来ならば問題にもならない。

 生き残るといっても、攻撃によるダメージを無効化するわけではなく首が胴体から離れれば、何もできなくなり指一本動かせなくなる。

 されど五秒。

 首が体から外れても彼の<エンブリオ>は動かせるし、スキルである《豊穣なる伝い手》は使える。

 だから、攻撃が可能だった、それだけの話。

 彼の使う、触手を短剣に巻き付けて突き刺したのだ。

 そして。

 

 

 それが限界だった。

 サンラクのアバターが、《ラスト・スタンド》の効果時間と蘇生時間限界を超えて光の塵になる。

 

 

「…………」

 

 

 カシミヤは、思案する。

 結果だけ見れば、間違いなくカシミヤの勝利だっただろう。

 だがしかし、前提条件が違っていればどうだったろうか。

 戦闘開始時点で、サンラクは【ブローチ】を持っていなかった。

 金銭などの問題でもともと持っていなかったのか、あるいは二十四時間以内に誰かによって壊されていたのか。

 いずれにせよ、彼は万全には程遠い状況だったということ。

 これがもし、彼が【ブローチ】を装備していれば、どうなっていただろうか。

 あるいは、この戦いが決闘であれば、最初からお互いがブローチ抜きの戦闘であればどうだっただろうか。

 

「なるほど、やはり苦手ですね。人外(・・)の相手は」

 

 

 サンラクとの一瞬に満たない時間の激闘を、カシミヤはそう言って締めくくった。

 その口元には、年不相応の獰猛な笑みが浮かんでいた。

 

 

 “断頭台”カシミヤVS“怪鳥”サンラク。

 勝者は、カシミヤ。

 しかしーー。

 

 

 お互いに、何かしらの得る物はあった。

 

 

 To be continued 




決着。
とりあえず六月はこれで終わりです。


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暁 其の一

お久しぶりです。
何とか更新していきます。
よろしくお願いします。

今回は短めです。


 □【猛牛闘士】サンラク

 

 

 敗れた。

 負けた。

 また負けた。

 ……【ブローチ】があれば、などというのは言い訳にすらならない。

 あれは、あくまで野試合。

 本来なら闘技場などで

 いつどこから横やりが入ったとしてもおかしくない状況であり、実際【伏姫】の奇襲を受けた。

 そして、【ブローチ】を失い、カシミヤに遭遇した。

 そのうえで、一騎打ちを行い、俺は負けた。

 俺の牙はカシミヤを殺すには至らなかったし、奴の刃は俺の首を刎ねた。

 それは紛れもない事実だ。

 

 

 しかし。

 それでも。

 俺が得たものは、確かにあった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『――というわけで、今日は【修羅王】に挑む』

「任せてえ、君がビンビンになるように手取り足取りナニ取りでサポートするからさあ」

 

 

 とりあえず、顔面に右フック一発。

 お、いいのが入った。

 ちなみにストレートはダメだ。

 鼻に当たると、鼻血で手が汚れるから。

 さらにこの変態から「あなたのテクすごおい、君の右手が私の体液でぐしょぐしょだねえ」などと最低の下ネタを聞かされるおまけ付きだ。

 いつだってこいつは俺の中の最低ラインを更新し続ける……!

 なぜか恍惚とした表情でゴロゴロとアンダーワールドの中を動いているが無視。

 あ、壁にぶつかった。

 いや本当に何してるんだよ。

 幼稚園児かな?あれくらいの年の子は下ネタ好きと聞くし、納得ではあるかもしれない。

 いや納得できねえよ。

 ふざけんなよ。

 そんなディープな下ネタ言う幼稚園児がいるか。

 

 

『じゃあ、行って来るわ』

 

 

 

 そんなことを言って、ウィンドウを操作してから眼を開けると、なるほど、前回と同じ蒼い世界だ。

 同じ場所、俺の正面に【修羅王】イオリ・アキツキがいるのも同じ。

 違うのは、俺の方。

 手段を選ばず、こいつに勝つための対策を立てた。

 そう、だから、もう一つ前回と違えるべきものがある。

 

 

 

『決着といこうぜイオリ・アキツキ!《風神乱舞(ケツァルコアトル)》!』

「ーー《朧月夜》」

 

 

 結果は前回と同じではない。

 さっさとぶっ飛ばして、【修羅王(キング・オブ・バトル)】の座を襲名させてもらうぜ!道場破りじゃー!

 

 

 

 

 □■天地・<修羅の谷底>

 

 

「さあて、サンラク君は試練に挑む頃かあ」

 

 

 試練に挑み、異空間に消えていったサンラクを見送った後、アンダーマテリアルはポーションを飲みながらひとりごちる。

「行ってらっしゃいあなた、帰ってきたらご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?」という発言を試練開始直前にしたことで殴られた傷をポーションで直していた。

 

 

 

「ダメだった場合は、まだ放置しておくとして……問題は無事サンラク君が突破した場合だねえ」

 

 

 【生命王】アンダーマテリアルは、基本的にはサンラクの味方である。

 サンラクが彼女をどう思っているかはさておき、全力で彼が超級職に就くことをサポートするつもりである。

 今までの行動だけを見れば、転職できるクリスタルまでの案内、条件達成の協力、その他のサポートなどなど、彼女が尽くす女だと言えた。

 ただしそれは。

 

 

 

「できれば早く、アレ(・・)とサンラク君をぶつけてしまいたい」

 

 

 彼女が、彼のために行動していることを意味しない。

 彼の都合のいい存在になりたい、彼に尽くしたいという想いも、それはあくまで彼女自身の願い(エゴ)でしかないから。

 

 

 アンダーマテリアルの左手には、紙の束が握られている。

 それは、【修羅王】について調べる過程で、彼女が手にした情報。

 【修羅王】とは全く関係のない情報。

 

 

「闘技場の結界と違って、【修羅王】の転職クエストでは死んだらそのままデスペナルティになる。当然、生き残ってもダメージを負えばそれもそのまま残るわけだ」

 

 

 熱のこもった声で、独り自分の思考を垂れ流している。

 

 

 彼女は、杖を取り上げる。

 それは、【機杖威 ベビードール】という名の特典武具。

 ここ、<修羅の谷底>にて、守護者として君臨していた<UBM>。

 それは、《進撃の守護者》という名のスキルにも表れている。

 では。

 であるならば、その守護者は。

 一体何を守っているというのか。

 

 

 

 アンダーマテリアルの左手にある古い書類。

 【修羅王】への転職条件を探すためにあちこち駆けずり回った挙句、

 それには、とあるモンスターの情報が書かれている。

書かれているのはソレのカタログスペックと、黄金の龍(・・・・)のような見た目。

 そしてーー所在。

 場所は、<修羅の谷底>。

 

 

 

神話の災厄(・・・・・)、さあて、サンラク君はこれを見たときどうするのかな、何を私に見せてくれるかなあ?」

 

 

 

 独りよがりの怪人は、笑って、嗤って、わらって、笑う。

 彼女の願いが成就するかどうかは、未だわからない。

 

 

 ◇

 

 

 そして、もう一つ。

 全く別の勢力によって、サンラクも、アンダーマテリアルにも予想できない事態が、起ころうとしていた。

 

 

 ◇

 

 

 

「もうすぐ着きますね!<修羅の谷底>!」

「そうだなあ。トーサツ、見つかりそうか?」

「敵性生物は確認できず。太腿、よし」

「後半は訊いてないんだよねえ」

 

 

 To be continued




次回は明日です。
基本的にはまた週二に戻していきます。


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暁 其の一・五

感想、評価、誤字報告、ここ好き、お気に入り登録、ご愛読ありがとうございます。

今回閑話です。


 □■秋月伊織について

 

 

 イオリ・アキツキーー秋月伊織という人間。

 その人生を一言で語るなら「修羅」である。

 彼は、天地の生まれだった。

 彼の心は、決して特殊な性質を持っていたわけではない。

 しかし、彼の体は異形だった。

 六本ある腕、人より遥かに高い背丈。

 異様な存在。

 レジェンダリアの亜人のような種族としての異形ではない。

 まして先祖返りでもない。

 原因不明にして、一代限りの突然変異。

 かの【グローリア】や【モビーディック・ツイン】のような、一代限りの奇形。

 モンスターには珍しくもないが、ティアンにもそういう存在は生まれうる。

 レジェンダリアの亜人も、自然魔力などの環境変化によって変異したものたちの子孫なのだから。

 そんな異形として生まれた彼は、周囲から忌み子、異常な存在として扱われた。

 無理もない。

 腕が三本以上あるものなど、レジェンダリアと最も遠く離れた天地では彼以外に見つからない。

 ゆえに伊織は誰からも嫌われ、疎外された。

 もとより天地では、親子で会っても殺し合いの絶えない環境だったというのもある。

 とにもかくにも、彼には生まれた時から味方と言えるものがいなかった。

 そんな彼は、身を守るため、生き抜くために幼少期の時点でジョブに就いた。

 そうして修行を積み、その過程で秋月流という独自の剣術を編み出す。

 彼が編み出した一代限りの技でありながら秋月流と名付けたのは、少しでも何か家族とのつながりを感じたかったからかもしれない。

 六本の腕を活かした

 その剣術を極める過程で、レベルはカンストし、さらには【斬神】や【抜刀神】についたりもした。

 さらには、様々な条件を乗り越えて、三つ目の超級職である【修羅王】にも至った。

 天地を出る前の時点で、彼の合計レベルは優に一〇〇〇を超えており、天地内でも超一流の武芸者と言っていい存在だった。

 

 

 ある時、彼は天地を出てレジェンダリアにわたった。

 理由は、自分と同じ存在を見つけるためだ。

 様々な亜人が共に暮らすレジェンダリア。

 そこならば、自分の居場所が見つかるのではないかと思った。

 天地には、彼に居場所はなかった。

 家族も、最初は彼を疎んでいたが、今では強くなった彼におびえるばかり。

 家族以外はどうかと言えば、秋月家がもともとそれなりの武芸者の家系であるということから、敵にしかなりえなかった。

 天地とはそういう国。

 常に内乱を起こす。

 誰もかれもが争いを続ける。

 そんな国。

 

 

 彼はある時、思った。

 ――ここにはいたくない。

 ーーどこか遠くに行こう。

 

 

 

 当時、天地では最強格であった彼にとって、天地を出て海を渡ること自体は難しくはない。

 海上でも、モンスターに襲われることはあったが、特にこれと言って問題もなく海の向こう側、黄河にたどり着いた。

 その後も、モンスターや野盗を討伐して旅費を稼ぎながら、黄河やカルディナを経て、彼はレジェンダリアにたどり着いた。

 そこで、彼は同族であると思われる多腕族と交流しようとした。

 しかしーー彼等と打ち解けることはなかった。

 

 

「お前は、俺達とは違う」

 

 

 それが彼らの言い分であった。

 無理もない。実際、彼はあまりにも多腕の亜人たちとは違っていた。

 伊織が天地の顔立ちをしているということもあるし、彼等が四本腕を基本としている亜人であったことが大きい。

 種族としてそうである彼らと違い、彼の場合は単なる変異である。

 誰とも違う、誰とも同じになれない、誰とも繋がりのない存在。

 由来すらわからない、一代限りの奇形(バグ)の怪物。

 拒絶されるのも無理はなかった。

 加えて、彼があまりにも強すぎたのも理由の一つである。

 

 

 そこで、彼は闘技場に参加してトップランカーに駆け上がった。

 それが【妖精女王】らの目に留まり、軍に所属することになった。

 

 

 軍に所属したはいいものの、彼は戦力ほどの働きは出来なかった。

 彼が、集団戦術に向いていなかったからだ。

 人生で一度も他者と連携をしたことがない。

 連携してくる相手を逆に返り討ちにした経験はあったので、連携を理解できないわけではない。

 人とかかわりのないわけでもなかったので、集団で動くことで、後に現れるとある<超級>のように彼のパフォーマンスが低下するわけでもない。

 だが、絶妙にかみ合わない。

 彼が強すぎて、作戦や戦術を必要としていない。

 

 

 そんな彼を見て――否、彼等を見て【妖精女王】は一計を案じた。

 それは、一組のチームの結成。

 

 

 集団で戦うのには向かない者たちを、チームとしてまとめる。

 魔法職のような見た目をしながら、【神】としての技巧による奇襲に秀でている【杖神】ケイン・フルフル。

 広域に敵味方問わず幻術を掛ける【幻姫】サン・ラクイラ。

 強力な兵器を作り運用できるが、本人の戦闘能力は絶無の【神器造】ルナティック。

 勝利のために味方すらコマとしか見ない冷徹な指揮官、【泥将軍】。

 愛狼との連携を活かした立ち回りが得意だが、逆にそれ以外の生物との連携が一切取れない【超騎兵】ロウファン。

 そして、単体戦力として強すぎるがゆえに、連携の必要がない者。

 【修羅王】イオリ・アキツキ。

 

 

 

 その六人によって、構成された【妖精女王】直属のチーム。

 のちに、“神殺の六”と呼ばれるものたち。

 

 

 

 ときに、他の者達の手に余る超級職たちによる犯罪結社を壊滅させたり。

 ときに、国を盛り立てるためと闘技場での興行試合をロウファンやケインと行なったり。

 ときに、ルナティックとともにアイデアを出し合いながらマジックアイテムを作ったり。

 ときに、仲間二人の結婚式に参列したり。

 ときに、神話級<UBM>と戦い、討伐したり。

 

 

 彼にとっては、初めての経験。

 共に戦う、仲間を得た。

 仕事を超えて、プライベートでもかかわる友人を得た。

 大切な人たちとの、多くの温かな思い出を得た。

 そしてーー十年ほど過ごして。

 彼はレジェンダリアを去ることに決めた。

 

 

 

「もう行くのかよ?」

「…………」

 

 

 鍜治場にて、二人の男が座って話していた。

 片方は、寡黙。

 鎧兜に身を包み、刀を腰や肩に刺している。

 もう一人は、作業着に身を包んだドワーフの男、ルナティック。

 彼の問いかけに対して、伊織は何も語らず、首肯で返す。

 

 

「天地に帰るのか?」

「…………」

 

 

 

 今度は、首を横に振って返す。

 

 

 

「あちこち国をめぐるってことか?」

「…………修行」

「なるほどなあ」

 

 

 

 あちこちの国を回って修行するつもり、と伊織は言いたいらしかった。

 ルナティックにはどうして彼がそれを決めたのかわからなかった。

 わからないが、止めても無駄だということはわかった。

 

 

「ま、気が向いたら戻って来ればいい。他はともかく俺とサンはいつでも歓迎するからよ」

「…………」

 

 

 

 伊織は、首を縦に振って応じる。

 兜で覆われているため表情は見えない。

 彼は、元々人と関わってこなかったためコミュニケーションが苦手だった。

 それこそ天地では刃を交えた応酬くらいのもの。

 こちらでもそれはさほど変わらない。

 ”神殺の六”以外では、まるで人と関わってこなかったから。

 

 

 

 それでも、ここでの日々がかけがえのない者であったことには変わりない。

 そうして、彼は修行の旅としてレジェンダリアを出た。

 【杖神】に激高されたり、他のメンバーに呆れられたりといろいろあったが、それは割愛する。

 

 

 

 

 

 その後、彼は生きてレジェンダリアの地を踏むことはなかった。

 彼がその後どのように生きて、どのように死んだのか。

 それを示す記録は一切残っていない。

 彼は、死ぬときなにも残さなかった。

 武器も、遺体さえも。

 ただ一つ、彼には心残りがあった。

 もしも、叶うのであれば――。

 

 

 To be continued

 

 




・イオリ・アキツキ

 生まれながらの武芸の天才&異形。
 幼少期は疎まれ、青年期は畏れられ、碌に友人もできなかった。


・余談
 伊織と仲間との関係性。
 
 【神器造】ルナティック:友人。結婚式にも呼んだ。
 【幻姫】サン・ラクイラ:友人。結婚式にも呼んだ。
 【超騎兵】ロウファン:同僚。ロウファン側が家族と相棒以外に一切興味がなかったため。
 【泥将軍】:同僚。プライベートの交流はなし。筆者が名前を思い出せない。
 【杖神】ケイン・フルフル:一方的に、伊織をライバル視していた。ギリギリまで筆者が存在を忘れていた。


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暁 其の二

 □陽務楽郎・前日

 

 

 

「まあ、こんなもんだよな」

 

 

 このゲームの裏ボスをクリアした、感想がこれである。

 高校生の時、一度クリアしたゲームだ。

 ゲーム、というのは少しおかしいか。

 厳密には、VRの教材だからな。

 その裏ボス、龍宮院富岳に挑むのが俺にとっての一時の目標となっていたわけだ。

 そういえば、京ティメットも挑んでたらしいけど、クリアできたんかね。

 知らんけど。

 とにもかくにも、クリアは出来た。

 いやまあ、前回同様完全にルール無視の反則技で勝っただけなんだがな。

 とはいえ、今日この教材をデスペナルティを喰らっている二十四時間の間にやるのは、あくまで確認のためだ。

 明日受ける試練のためには、この確認が欠かせないのだ。

 

 

 

 □【猛牛闘士】サンラク 

 

 

 【修羅王】への転職クエスト。

 この試練について俺は、一つ疑問があった。

 先代の【修羅王】を倒す。

 それがクエストの内容。

 なるほど、一見当然に見えるかもしれない。

 殺しあいと内乱が絶えない修羅の国天地、

 難易度としては高いものの、字面だけ見ればまだ納得できる領域だ。

 だが、その字面に対してどうにも

 昔は、どうだったのだろうかという疑問だ。

 少し補足しよう。

 初代【修羅王】の時は、どうだったのだろうか、という疑問だ。

 初代【修羅王】がクエストに挑む時点では、今まで一人もいなかったはずである。

 では、初代の試練とは何か。

 おそらく、その代わりに何かしらを撃破する必要があったのだろう。

 この閉ざされた空間の中で。

 まあそれはいい。

 

 

 

 そして、もう一つの疑問が生じた。

 それは、俺が戦った【修羅王】は本当に【修羅王】だったのか、という疑問だ。

 最初の転職クエスト時点で【修羅王】でなかったのであれば、今回のクエストにおいても、撃破すべき対象は【修羅王】ではなく……それによく似た何か(・・・・・・)なのではないだろうか。

 例えば。

 スペックだけをコピーしたAIとか、な。

 そもそも、【修羅王】イオリ・アキツキについては最初からおかしかった。

 

 

 カシミヤとやりあった時……あいつは初手で居合を放ってきた。

 それは、奴にとってそれが最強の型であり……なおかつそれをするデメリットがなかったからだ。

 通常、

 こいつもカシミヤも、居合を放ってもなお隙を作らないようなバトルスタイルを確立している。

 だからこいつも、初手で居合を使ってくるのが最善の行動のはずだ。

 だというのに、それをしない。

 あえてそれをせずに、《神域抜刀》の恩恵を受けずに戦っている。

 そして追い詰められたときになって、初めて抜刀の構えをとる。

 これはおかしい。

 舐めプが過ぎる。

 少なくとも、最善の手ではない。

 というか無駄の極みではなかろうか。

 無駄無駄無駄あ!とか叫びながら盆栽している親せきを思い出した。

 庭一つ全部そのためだけに使っているのはやばいだろ。

 それこそ無駄な気がしないでもない。

 さて閑話休題。

 このリアルなゲームで、それでティアンは生き残れるのか?

 恐らく無理だ。

 

 

 

 言い方はアレだが、まるでゲームのボスキャラのように目の前のこいつは悠長が過ぎる。

 あるいは、それは当然のことなのかもしれない。

 だが、この<Infinite Dendrogram>においては別だ。

 リアリティを追求しているこの<Infinite Dendrogram>ではモンスターなどもまた生態系の一部。

 彼らもそう設定されたからではなく、生存手段として他のモンスターを攻撃している。

 普通に負けそうになると逃げたりするので、やはりそこに追いついてとどめを刺せる速度型は神。

 耐久型で遠距離攻撃手段がないと、結構狩りの効率悪くなると思われる。

 <墓標迷宮>などの神造ダンジョンは例外らしいけどな。

 基本的に、モンスター無限にリポップするらしいし。

 ああでも<UBM>だけはさすがに例外らしいな。

 倒した後、同じ<UBM>は再び出てくることはなかったらしい。

 いや……国内に<UBM>潜伏してるの怖すぎない?

 

 

 

 まあ、要するにだ。

 つまるところ、本気を出す前に仕留めればいい。

 

 

 俺は、前回の挑戦よりも速い。

 アンダーマテリアルの協力の下、《詠唱》付きのバフスキルを掛けられなおかつ、自分自身でのバフもかけている。

 闘牛士系統のスキルに、回避成功に応じてステータスを向上させるバフスキルがある。

 強化に上限はあるものの、スキルレベルは最大値まで上げているうえに、かなりの時間避け続けたので強化は十分。

 AGIに限っては、前回の三倍、三万オーバーにも達する。

 必殺スキル抜きにしても俺は速度でこいつを圧倒できている。

 そこに必殺スキルや《回遊する蛇神》による戦闘時間比例速度強化によって速度を大幅に引き上げることで……        その速度は、AGIに換算すれば五十万オーバー(・・・・・・・)にまで達している。

 速度だけなら化け物レベル(カシミヤやこいつに近い)ところまで達している。

 だから、こいつもそれに対抗するには、居合の構えをとるしかない。

 

 

「ーー《叢雲》」

『もう遅えよ!』

 

 

 

 居合が放たれる。

 速度こそ俺と大差はないが、俺の目ではとらえられない。

 今の俺のAGIは三万程度(・・)

 当然、俺には追いきれないし、追いつけない。

 俺の限界は、五十万。

 速度と機動力に特化したビルドを組み、時間をかけて準備を重ね、超級職(アンダーマテリアル)を散々使い潰してもなお、その程度(・・・・)

 これが今の俺の限界。

 上級職のバフも、<上級エンブリオ>にも明確な上限が存在する。

 速度を一度逆転されれば、もうこいつに追いつくことは出来ない。

 

 

 

 だから、超えられる前に勝負を決める。

 <エンブリオ>の触手を纏い、武器を構える。

 

 

 

 

「ーー秋月流・弐の型・《月影》」

 

 

 

 未知の攻撃によって、俺の【救命のブローチ】が砕け散る。

 俺を守っていた触手も全て切り落とされている。

 さらに言えば、起動していた切り札も崩された。

 奴の命は、まだ健在。

 俺の全力、全作戦を足してもなお、奴の首には届いていない。

 しかし……それで十分。

 

 

 

『……剪定って言葉があってな、余計なもんを取り払って綺麗にするのさ』

 

 

 奴の腕が二本俺の攻撃で斬り飛ばされ、宙を舞う。

 そして。

 

 

 

「ーー」

『これで、お互い四本ずつだ』

 

 

 既に断たれた《製複人形》の斬撃が決まる。

 奴の両足が、ボトリと体から離れて落ちる。

 さあ、いよいよ王手だ。

 

 

 To be continued 



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暁 其の三

60万PVいってました。ありがとうございます。
感想、お気に入り登録、評価、ここ好き、誤字報告、ここ好きありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。


 □■【修羅王】転職クエスト用エリア

 

 

 厳密には、サンラクと刃を交えている【修羅王】は、【修羅王】ではない。

 サンラクの想定していた、AIに近い。

 この世界の言葉で言えば、インスタントモンスターなどが近い。

 そもそも、最初はインスタントモンスターそのものだった。

 戦闘能力は、純粋性能型伝説級<UBM>に匹敵するが。

 

 

 

 誰もそれを撃破できず、そもそも試練を受けたもの自体がごく少数だった。

 だが、イオリ・アキツキはその試練を突破しーー初代の【修羅王】となった。

 それによって、二代目以降の【修羅王】は先代の撃破が要求されるようになった。

 

 

 つまるところーー今サンラクと戦っているイオリ・アキツキは本物ではない。

 ジョブスキルや装備、ステータスこそ同一だが……中身は別物。

 そもそも、本人は十年以上前に、武者修行の過程で【海竜王】に挑んで死亡している。

 そうでなければ、サンラクは試練に挑めない。

 今ここにいる【修羅王】が本物の【修羅王】であるなら、この試練自体が成立していないのだから。

 

 

 だが、あえて言おう。 

 仮に、ソレが本物でなかったとしても。

 すべてが偽物だとは限らない。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 これで、勝勢に立った。

 手足を切り落とした直後、そうサンラクが判断したのは、何ら間違っていない。

 サンラクは【ブローチ】を砕かれ、《製複人形》と《豊穣なる伝い手》を破壊されたものの、彼本人は健在。

 HPは大半が失われているが、彼にとってはゼロか否かのみが重要なので特に気にする必要もない。

 一方、【修羅王】は重体だ。

 腕が二本絶たれたことで残り四本。

 そして、両足が断ち切られている。

 まさに満身創痍。

 むしろ生きていることの方が異常である。

 

 

 それは異様で、異形の在り方、歩き方。

 残った四本の腕のうち、二本を使ってサンラクの方を向く。

 そして、最後の二本は高く、高く、上段に構えている。

 その両手は、何も持っていない。

 完全に無手の状態では、《神域抜刀》の発動条件も満たせない。

 どうしようもないほど無防備だ。

 隙だらけのはずなのに。

 

 

 なぜか、サンラクは対処できない。

 

 

「秋月流、一の朔月、二の望月」

 

 

 ぽつり、と。

 声がした。

 それは、この男が初めて発した、スキル宣言以外の言葉。

 サンラクにとっては意味が分からないこと。

 されど、【修羅王】イオリ・アキツキにはわかっている。

 

 

 

「壱と弐、足せば即ち参となる」

 

 

 

「それを為したのは我が友、我が仲間」

 

 

 

「此れこそが、秋月流、参の型」

 

 

 

 何かが来る。

 今この場で、サンラク有利なはずの状況で。

 【修羅王】の勝利で、勝負を決められるような何かが。

 だが警戒も、思考も意味はない。

 それ(・・)はすでに、終わっている。

 サンラクの目に映ったのは。

 言葉を発するイオリと。

 

 

 

「――《暁》」

 

 

 既に振り下ろされていた(・・・・・・・・・・・)、一振りの太刀。

 奇妙な刀だった。

 赤い金属、神話級金属でできた刃は尋常ではないが、それ以上に柄が異様に長い。

 まるで、全ての手で振るうことを想定されたかのように。

 【修羅王】イオリ・アキツキ、彼の編み出した最大火力の攻撃が。

 サンラクにめがけて放たれていた。

 

 

 秋月流、参の型にして奥義、《暁》。

 

 

 それは、抜刀術とその後の二の太刀の合わせ技。

 すなわち、抜刀しながら上段からの振り下ろしを成立させるというもの。

 AGI百万に達する振り下ろしは誰も避けられないし、知覚できない。

 彼は、そのスキルをさらに改造していた。

 

 

 魔法、武技いずれの道を選んだものも、最終的に行きつく領域。

 すなわち、空間操作である。

 転移魔法が最もメジャーだが、【衝神】の奥義などのように武術を極めたものもそこに至ることがある。

 

 

 空間拡張という、もっとも空間操作の中でも多くのものが知っている技術がある。

 アイテムボックスにも使われている技術だ。

 空間を歪ませて、鞘とする技術。

 一歩間違えれば自分を中心に空間が裂けて死ぬ絶技だ。

 さらに、この技は、抜いたのちに真価を発揮する。

 空間の裂け目から抜刀することで……抜刀によって空間が裂ける。

 そして、その副次効果として、前方の空間を全て消し飛ばす(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 参の型は、彼の積み上げたすべての集大成。

 抜刀術の朔月()の型、抜刀後の二の太刀を司る望月()の型の融合。

 そして、それ以上にこれは多くの経験を積んで作ったものだ。

 幼少期から、多くの武芸者に襲われ、火の粉を振り払ってきた経験。

 成長したのち、超級職を求める者達にまたも襲われ、それらすべてを返り討ちにした経験。

 海上で、それまでとは勝手の違う水棲モンスターと戦った経験。

 レジェンダリアまでの道中で、一度も見たことないジョブに就いたティアンの野盗やモンスターに襲われた経験。

 そして、何よりもレジェンダリアにおける経験。

 

 

 闘技場で、【杖神】や【超騎兵】たちと戦うことで得られた経験。

 エキシビジョンマッチとして、【妖精女王】と戦った経験。

 ”神殺の六”の一員として、犯罪組織や神話級<UBM>を討伐した経験。

 

 

 

 

 彼は思ったのだ。

 これを、完成させたいと。

 彼の武術は、ひとえに人との関わりの中で生み出されたもの。

 人に疎まれ、襲われ、人と戦い、心を通わせながら作り上げてきたもの。

 

 

 

 だから、彼は居心地のいいレジェンダリアを去ってまで修行を続けたのだ。

 

 

 自身の剣術を完成させないことは、彼にとって人とのつながりを蔑ろにすることと同義だったから。

 

 

 自身の完成した剣術を【海竜王】にぶつけ……敗れた。

 そして、今この瞬間にも彼は《暁》を放つ。

 

 

 

 

『やばすぎるだろ……』

 

 

 サンラクは、後ろにある空間を見て言葉を失う。

 いや、その説明は適切ではない。

 彼の後ろの、消失した空間を見てといったほうが正しいだろう。

 《暁》は、イオリ・アキツキ最強の技にして切り札。

 斬っても殺せない相手を、確実に仕留めるための広域殲滅の技である。

 現にサンラクも、体の四割を消し飛ばされている。

 彼が死んでいないのは、《ラスト・スタンド》があるからだ。

 

 

 

 そして《ラスト・スタンド》で生き延びているのは、彼だけではない。

 【修羅王】も同様だった。

 

 

 逆に言えば、【修羅王】もまた、満身創痍。

 《ラスト・スタンド》が発動せざるを得ないほど追い込まれている。

 それは、サンラクにて足を落とされたから――だけではない。

 それらは直接的な原因ではない。

 

 

 根本の原因は、《暁》の反動、制御不全である。

 

 

 《暁》は本来、空間の鞘を支えとして、六本の腕で上段から振り下ろしながら抜刀する(・・・・・・・・・・・・)技。

 二本の腕では、空間のゆがみを制御しきれず、結果として自身も空間の崩壊に巻き込まれた。

 

 

 

 ほんのコンマ一秒、先に《ラスト・スタンド》の効果がきれたのはサンラクだった。

 だがーー彼は死ななかった。

 HP回復アイテムと――伝説級特典武具【修業帯 プリュース・モーリ】。

 その効果は、HP回復を伴わない肉体の修復。

 これと《ラスト・スタンド》の三つによるコンボで、条件付きの復活がかなう。

 前回は使う前に、【頸部切断】で死んだが、今回は使える。

 

 

 イオリ・アキツキはそれができない。

 回復アイテムを彼はもっていない。

 生前の彼なら持っていただろうが、再現されるのは装備のみなのでどうしようもない。

 またおり悪く回復系の特典武具もない。

 

 

 だから、もう何もしなくても勝てる盤面で。

 

 

 

『まだだあ!』

 

 

 

 それでも――サンラクはここでは終わらない。

 その終わり方は、格好がつかないと思うから。

 全力で、本気で、勝ちに行く。

 そうしなくては、彼にとってゲームをする意味がなくなるから。

 

 

 

 彼が構えるのは、赤色の打刀、【レッド・バースト】。

 一度振るえば、それだけで砕け散る、【神器造】ルナティック謹製の最大火力の兵器。

 それでも、今これを使うことにためらいはない。

 

 

 

 サンラクは《瞬間装着》を発動。

 鞘を打刀に取り付ける。

 

 

 

『――見様見真似(なんちゃって)、《叢雲》!』

 

 

 それは、《瞬間装着》を使うことで、いかなる体制でも抜刀できるようにと開発された技。

 一度見たことで、サンラクにはそれがコピーできる。

 

 

『剣道は二本先取だからなーー勝負あり』

 

 

 紅蓮一閃。

 赤刀は、【修羅王】の首を切り落として、耐久限界を超えて砕け散る。

 

 

「――見事」

 

 

 それは、彼の口から発せられた言葉、ではない。

 ルナティックによって造られた、発声機構付きの兜。

 口下手で、言葉が出てこないイオリ・アキツキを心配した彼が少しでも助けになればいいと考えて作ったもの。

 

 

 ゆえに、今この瞬間も言葉を発することができた。

 無論、そんな仕組みなど、サンラクにはわからない。

 彼の《鑑定眼》では、そこまでの詳細は見えないから。

 何に見事だと言ったのかもわからない。

 手足を奇襲で斬り落としたことか。

 最後の一撃を耐えきったことか。

 最後の最後で首を切り落としたことか。

 あるいは、そのすべてか。

 答えはわからない。

 

 

 わからないまま、【修羅王】は、光の塵になって消えていった。

 次代の【王】を祝福するために。

 

 

 

 けれど。

 確かにわかることもある。

 

 

 

『俺の、完全勝利だ』

 

 

 

 “怪鳥”サンラク。

 【修羅王(キング・オブ・バトル)】に転職成功。

 

 

 To be continued



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暁 其の四

感想、評価、誤字報告、お気に入り登録、ここ好き、ご愛読ありがとうございます。

三十万字突破してました。
これからも頑張ります。


 □■<修羅の谷底>

 

 

 馬車で、林道を走っている一組のパーティがいる。

 金髪、金色の瞳の、忍者服をまとった少女、安芸紅音。

 眼球の大量についたヘルメットを付けた青年、トーサツ。

 ピエロメイクを施し、二丁拳銃を所持した鎧武者、ダブルフェイス。

 狐耳を生やし、黒刀を装備した女性、京極。

 

 

 彼らは、<修羅の谷底>周辺での調査と、そこで目撃情報のあった【生命王】の討伐を目的として動いている。

 

 

 

 どうやって、本当にいるかもわからないものを探るのか。

 その答えは、トーサツの<エンブリオ>、【百目機 アルゴス】による索敵能力にある。

 【高位瞳術師】のスキルのみならず、《看破》や《鑑定眼》などといった、汎用スキルであっても目を使うスキルであれば強化される。

 それによって、索敵能力に限れば、彼は超級職に片手をかけるほどになっている。

 それゆえに。

 

 

 

「二時方向八メートルに一体、ダブルフェイスお願い」

「りょうかあい」

 

 

 ダブルフェイスが、<エンブリオ>による銃撃を一発。

 複数の動物を混ぜ合わせたような、子猫サイズのモンスターに被弾。

 光の塵になる。

 その正体は、超級職の作った潜伏と情報収集に特化したモンスターだ。

 純竜クラスモンスターの索敵をかいくぐることもできる索敵能力があるが……「見たいものを見る」ことを目的としている彼の前には通用しなかった。

 

 

「だいたい、目標の位置がわかってきた」

「楽しみだねえ」

「はっはっはあ」

「行きましょう!」

 

 

 一行が、彼女のもとにたどり着くまであと三十分。

 

 

 ――何事もなければ。

 

 

 □■【アンダーワールド】内部

 

 

 

「あー、見つかっちゃったかあ」

 

 

 

 深く暗い、そして狭い自らの<エンブリオ>の内部で、アンダーマテリアルは、嘆息する。

 受信した情報から、監視カメラ代わりに仕掛けたキメラモンスターの存在が看破され、なおかつ自分の位置がおおよそ特定されていることを察したからだ。

 追われる身でもある彼女は、あちこちに索敵用のキメラを配置する。

 戦闘能力は皆無な代わりに、索敵と隠蔽、そして情報を送信するスキルを持っている。

 上級職の探知スキル程度ではバレないはずだが……<エンブリオ>が絡むと話が変わってくる。

 

 

(多分、あの眼球すべてに【瞳術師】のスキルが乗ってる感じだろうな。スキルの効力が重複してるから、私の隠蔽が通用しない)

 

 

 これはまずいことになっている。

 本来であれば、彼女を守るための索敵用キメラ。

 しかし、今はむしろ索敵どころか、モンスターの配置でアンダーマテリアル自身の位置が割れ始めている。

 彼女を円の中心としておいた索敵モンスターは、結局中心を知らせるヒントになりえる。

 もとより、見つかることなど想定していない隠蔽にリソースの大半を割いたモンスター。

 移動してアンダーマテリアル自身の特定を妨げることも、ましてや彼女らの攻撃を耐えることもできない。

 

 

 

「面倒だねえ……」

 

 

 アンダーマテリアルにとって、指名手配の自分を追ってくる、<マスター>やティアンは邪魔者でしかない。

 天地のティアンは練磨された戦闘技術によって、<マスター>はオンリーワンの<エンブリオ>によって、自分の命に届きうる。

 ましてや、それが“無闇”の安芸紅音となればなおさらだ。

 彼女のスタイルは、<エンブリオ>による個人生存型。

 どれほど攻撃を重ねても、止まらない不死身の準<超級>。

 彼女は広域殲滅型の<超級>と交戦してもなお生き残っていたとか、幾度も<UBM>に遭遇し、一度も負けたことがないとかいう逸話を持っている。

 生存力では、アンダーマテリアルを上回る。

 加えて、彼女のメインジョブを考えれば、戦闘能力も決して低くはない。

 さらにいえば、彼女の取り巻き三人も面倒な相手。

 そこまで考えると……多くのキメラをサンラクのためにささげた今の彼女では太刀打ちできない。

 《進撃の守護者》も無意味。

 あれは何度殺しても立ち上がる怪物を殺せるような代物では断じてない。

 あの伝説級のゴーレムを動かせるのは、せいぜい(・・・・)数時間が限度だ。

 

 

 そしてそもそもの戦闘を避けるための潜伏も、現時点では難しい。

 アンダーワールドのゲートは、一度マーキングを施して開けば、閉じるまでは空きっぱなしである。

 魔術などによる隠蔽は可能であり、強制的にゲート周辺の生物を引きずり込む《地獄への片道切符(ウェルカム・トゥ・ジ・アンダーワールド)》というスキルを使ってサンラクを連れ去ったときも、隠蔽をしていた。

 なお、件のゲートはサンラクをさらった直後にアンダーマテリアルの意思で解除されているので、どうしようもない。

 しかしそれにしても、今はできない。

 それをすれば、安全圏を失うかあるいはサンラクと合流できなくなる。

 

 

 では、このまま甘んじて死ぬべきか。

 仮に倒されても、彼女は監獄には入らない。

 指名手配されているのは天地のみであり、なおかつ天地でもマーキングが消えない限り再び戻ることが可能となっている。

 マーキングする際には、彼女自身が出向いてマーキングする必要こそあるものの、マーキングを一度してしまえば解除するかマーキングした地点が完全に破壊されるまでマーキングは消えない。

 セーブポイントと転移ゲートという能力特性に特化し、キャッスル系列には珍しく大きささえも捨てきったアンダーワールドの強みである。

 

 

 だが、彼女の心情合理とは異なる。

 デスペナルティは、二十四時間のログイン制限。

 すなわちーー二十四時間もリアルにいなくてはならない。

 それは嫌だ。

 絶対に嫌だ。

 許容できない、許せない。

 リアルを厭うからこそ、彼女はこの世界にいるのだから。

 この世(リアル)に満足できないからこそ、彼女のパーソナルはあの世(アンダーワールド)なのだから。

 

 

 そこまで考えた時、彼女はふと思った。

 今なのではないか?

 もし、やるのであれば、今この時しかないのではないか?

 

 

 躊躇いがないではない。

 サンラクが今回、【修羅王】の転職クエストに失敗する可能性もある。

 一秒後には、彼はデスペナルティになっているかもしれない。

 そうすれば、今まで保存してきた意味がなくなる。

 

 

 だが、うまくいけば。

 

 

「信じてるよ、サンラクくうん。ーー《喚起》」

 

 

 アンダーマテリアルは、キメラモンスターを召喚する。

 怪物を解き放つために。

 

 

 ◇

 

 

 

「さてと、どうにかできるかな。紅音、どうしたあ?」

「あの、あれは、何でしょう?」

 

 

 ふと、紅音が見つけたもの。

 言われて、他の三人もそれを見つけて。

 

 

「「「……何あれ?」」」

 

 

 そうとしか、言えなかった。

 

 

 

 ソレは、何とも形容しがたい見た目をしていた。

 百足の胴体、龍の頭部。

 胴体にも、龍を思わせる鱗が生えているので、一見ドラゴンにも見えるだろう。

 しかして、そのいずれでもなかった。

 その装甲は、どう見ても生物のそれではない。

 塗装されたとしか思えない不自然で、鋼板を連想させる金色の体色。

 極めつけは、竜頭の眼球も。

 赤く瞬く水晶で構成されたそれは、作り物でしかありえない。

 機械然とした、あるいは絡繰り仕掛けの怪物。

 

 

紅音たちは、知らない。

 それがどういうものであるかを。

 アンダーマテリアルのキメラモンスターによって、格納していた遺跡を門番ごと(・・・・)破壊された結果、飛び出してきたモノ。

 彼女が、サンラクにぶつけようと画策していたモノ。

 

 

 それこそは、先々期文明に造られた対化身用兵器にして。

 神話級の<UBM>。

 ーーその名を、【鏖金大殲 メテオストリーム】。

 厄災が、たった今解き放たれた。

 

 

 To be continued




・遺跡
 ベビードールとかいう門番がいたらしい。




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暁 其の五

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四章ももうすぐ終わります。


 □■2000年前

 

 

 2000年前、先々期文明時代。

 一人の天才によって世界は大きく変わった。

 土壌を改良し、死んだ土地を豊饒の土地へと変えるナノマシン。

 どこからエネルギーを得るでもない、無限に稼働し続ける永久機関の動力炉。

 さらには、竜を象った古龍にすら届きうる過剰戦力の兵器。

 そんなものが当然のように世界にはびこっていた、魔導工学時代。

 それから二千年たつにもかかわらず、その時代が最もこの世界において文明が発達していた時代であるほどだ。

 

 

 

 ーーしかし、そんな先々期文明はあまりにもあっさりと滅びる。

“異大陸船”、そして“化身”の襲撃。

 多くの国が滅ぼされ、また大勢という言葉では足りないほどのティアンが死んだ。

 その中には、超級職という超人の中の超人も含まれている。

 本来ならば、それこそ文字通り伝説に残るような怪物たち。

 さらには、神話クラスの特殊超級職はそれこそ世界を滅ぼしうるほどの化け物だ。

 そんな者達さえもが、瞬く間に死んでいく。

 たかが十三体の”化身”を前に。

 どれほどの攻撃でも殺しきれない、無尽の増殖を繰り返す「獣」がいた。

 神話級金属の防御も貫く、無数の矛をばらまく「帽子」がいた。

 物理攻撃もエネルギー攻撃もきかない、全てを虚無に吸い込む「黒渦」がいた。

 誰よりも速く、その姿を捕らえられるのが皆無の、「秒針」がいた。

 それこそ、人類が滅亡しかねないほどの存在だった。

 

 

 

 とはいえそんな”化身”に対して、人類もただ指をくわえて滅びを待っていたわけではない。

 とある【大賢者】は、自身の記憶の保全と、神話を超える決戦兵器の開発を始めた。

 かつての神から世界を託されていたはずの古龍は、ジョブに紛れて存在を保全することを選び。

 そして、他にも動いたものがいた。

 その人物は、一人の超級職だった。

 その超級職の名は、【絡繰王】。

 絡繰人形を扱う超級職である。

 絡繰人形は、西方の機械や、魔法によるゴーレムとは似ているようだがまるで違う。

 その動力は、怨念(・・)

 それゆえに意思を持つこともある。

 彼は、特に歴代でも指折りの【絡繰王】であった。

 かのフラグマンの技術も取り入れたこともあって、彼は歴代最高の【絡繰王】へと至った。

 特に、【ベビードール】と名付けたゴーレムは、伝説級の戦闘能力を持っている。

 彼は、その技巧を使い、対”化身”用決戦絡繰兵器を作ろうとしていた。

 

 

 

 しかし、絡繰にはどうしようもない欠点があった。

 端的に言えば、制御しきれないことだ。

 怨念が集合すれば、統制を失い、結局のところ怨念の総意として暴走と破壊を始める。

 機構で制御しようにも、怨念が多すぎると超級職でも制御は困難である。

 ましてや……今は化身が暴れており、死者生者共に大量の怨念がまき散らされている。

 これをどうやって制御しろというのか。

 死者の総意として暴れまわるだけの怪物など、制御できるはずもない。

 そして制御に注力すればその分戦闘能力は低くなり、神のごとき力を持った”化身”を倒せない。

 フラグマンの広めた魔導工学を取り入れて作った自在変形兵装機能を持った【ベビードール】でさえ、あくまで伝説級。(加えて、プログラムや魔術で制御を試みたにもかかわらず結局暴走されてしまい、<UBM>に認定されている)

 

 

 

 

 

 ーーならば、それ(・・)を制御する必要はない、とその時の【絡繰王】は考えた。

 なぜならば、怨念が集まったとしても起きるのは、怨念の総意による暴走。

 “化身(・・)によって滅ぼされた者たち(・・・・・・・・・・・・)の、怨念の総意である。

 当然、怨念の源は“化身”に対する恨みと恐怖。

 であるならば、たとえ暴走したとしてもその怨念の矛先は“化身”に向けられる。

 つまり、怨念ある限り、ただ化身を壊すだけの兵器が完成する。

 無論暴走状態にあるために多くの犠牲を出すだろうが、構わない。

 【大賢者】フラグマンの作るような、暴走しない精密で正確な魔導機械ではない。

 暴走することさえも前提とした、爆弾といってもいい最悪の兵器。

 この世界において、基本的にはいかなるものであれ制御を撤廃すると出力が上がる。

 ましてや、<超級職>に至ったものの作品。

 果たして、それがどれほどのものになるのか。

ましてや、その時代は、数多という言葉でも足りないほどの犠牲者を出している最中である。

 それによってどれほどの化け物が生まれるだろうか。 

 

 

 

 怨念を動力とした、数多の兵装。

 さらに、複数のコアの設置と、加えて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その答えこそが、今解き放たれた神話の怪物。

 神話級<UBM>ーー【鏖金大殲 メテオストリーム】。

 ”化身”を滅ぼすために、作られた代物。

 対“化身”用、古龍級(・・・)決戦兵器である。

 

 

 

□■<修羅の谷底>

 

 

 突如現れた、神話級<UBM>、【鏖金大殲 メテオストリーム】。

 その全長は百メートルを超えており、胴幅も五メートルは越えている。

 はっきり言って、どこにいたのか、どうして誰も今の今まで気づかなかったのか不思議なほどである。

 それも仕方がないこと。

 元々、”化身”に破壊されないようにティアンが全霊を尽くして隠蔽し、地下遺跡に隠してあったもの。

 常人には、常人でなくとも気づくのは困難だったはずだ。

 ーーもっとも、その隠したかった相手の“化身”にはあっさりと隠蔽を看破され、<UBM>に認定されてしまっているのだが。

 アンダーマテリアルが発見できたのも、門番である【機人変刃 ベビードール】に偶然遭遇し、周囲が崩壊したからで。

 

 

 

「あいつ、街に向かってない?」

「……同意。間違いない」

「やべえなあ。あんなの、<超級>でもきついかもしれねえ」

 

 

 

 挑まずともわかる。

 規格外に過ぎる。

 今まで彼らが相手をしてきた<UBM>を含めるすべてのモンスター。

 それらを天秤の片方に乗せても、なお釣り合うかどうか。

 それほどまでに、格の差が存在している。

 ゆえに、三人は動けず。

 

 

 

「《炎遁・火炎刃》!」

 

 

 

 ーーだからこそ、一人は動いた。

 

 

 安芸紅音のMPをスキル宣言によって炎熱の刃に変換。

 それで、神話の龍の首に斬りつける。

 直後。

  

 

 

『《逆鱗》』

 

 

 

 反撃が、紅音を襲い彼女のアバターが砕け散る。

HPが削れ、致命傷を負う。

 それと同時に。

 

 

『《再始動(リスタート)》』

 

 

 紅音の<エンブリオ>であるエルドラドの完全回復スキルによって、彼女のHPは全快する。

 このスキルと《ラスト・スタンド》によって、彼女は天地有数の個人生存型として活動できる。

 そんな彼女を見て、首が半ば取れかけた龍は。

 特に何の反応も見せず、進撃を続けた。

 ーー瞬く間に、首の傷を治して。

 

 

 

「……《自動修復》」

「そういうタイプかー」

 

 

 再生能力に秀でた<UBM>、殺そうと思えば、基本的にはHPを削りきらないと殺せない。

 それを為せるのは、ごく限られている。

 例えば、ーー火力に秀でた超級職だとか。

 

 

「私に任せてください!」

 

 

 

 彼女は、“無闇”安芸紅音。

 <エンブリオ>に攻撃力は一切ない。

 加えて、特典武具も一つ残らずお面ーーアクセサリーであり、同じく攻撃力は全くない。

 だが、問題はない。

 ジョブと<エンブリオ>のシナジーで、超級職並みの物理攻撃力を出せる京極と、必殺スキルによって望外の攻撃力を見せるダブルフェイスやトーサツ。

 彼等より、紅音の方が攻撃力で優っている。

 火力が欲しいというのなら、ジョブ一つで彼女は完結している。

 

 

 

「頼りにしてるよ、超級職の火力」

「はい!粉骨砕身頑張ります!」

「もう粉骨砕身してるんだよなあ……」

 

 

 

 

「《炎遁・火災龍》!」

 

 

 彼女のスキル宣言と同時に、赤い炎で構成された龍が、【メテオストリーム】の頭部に食いつき、爆発。

 装甲が、無数の歯車が、そして鈍く輝く動力炉が。

 彼ら四人の目にもはっきりと映った。

 

 

 

 彼女は、“無闇”の安芸紅音。

 一点の曇りもない、まっすぐでひたむきな諦めない在り方こそが、諦めない限り突き進める彼女の本質(<エンブリオ>)こそが、その理由。

 これ以上ない程に、彼女にピッタリの名前。

 だがもう一つ、この<Infinite Dendrogram>においては、彼女を示す名がある。

 

 

 それは、彼女の、彼女だけが就いているジョブの名前。

 

 

 忍者系統から派生した、炎忍系統超級職(スペリオルジョブ)

 

 

 ーー【火影(ブレイズ・ライト)】の安芸紅音。

 

 

 To be continued



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暁 其の六

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 □■<修羅の谷底>

 

 

「……拘束する。《並列視》、《緊縛眼》」

 

 

 トーサツの<エンブリオ>、【百目機 アルゴス】によって出力が通常の数十倍にもなった、『眼で見た相手を【拘束】する』スキル。

 純竜クラスのモンスターならたやすく【拘束】できるし、伝説級<UBM>でも短時間なら動きを封じられる。

 それほどのスキルでも、まだ【メテオストリーム】は動いている。

 STRは四万オーバー、伝説級の四倍。

 圧倒的なステータスで、拘束を振りほどく。

 

 

「ーー」

「?」

 

 

 しかして、【メテオストリーム】の動きは、止まる。

 それは、トーサツによるものだけではない。

 しかして、彼以外の者でもない。

 紅音はチャージの真っ最中であり、京極とダブルフェイスはけん制するために動き回っている。

 

 

 

「これは……?」

 

 

 

 【メテオストリーム】の胴体や無数の足に何かが絡みついている。

 それは、【触手百足(テンタクル・センチピード)】という名のモンスター。

 先端にドリルが取り付けられており、

 百足とタコの足、そして機械を一つにまとめたような、異形。

 そして、それが二十体以上、がっちりと【メテオストリーム】に絡みついている。

 それらは、体の半分以上が地中に埋まっている。

 どこから現れたのかまるで紅音たちにはわからなかったが、その目的は見れば明らかだ。

 このワームたちも、【メテオストリーム】を足止めしようとしている。

 それが倒したいからなのか、あるいは単にこの場にとどめておきたいだけなのかはわからない。

 いずれにせよ、その狙いは成功している。

 そしてこれならば、当てられる(・・・・・)

 

 

「皆さん、退避してください!終わりました!」

 

 

 紅音が、味方三人に声をかける。

 スキル発動のための、チャージ。

 その完了の合図。

 そして、大火力攻撃の余波で三人がデスぺナになりかねないから、退避するようにという、警告。

 

 

 

「《起動》!」

 

 

 彼女の宣言に呼応して、チャージされた彼女の膨大なMPが一つの魔法に変換される。

 それは、一見すると花のように見えた。

 五枚の紅い花弁を持つ、花。

 花と違うのは、大きさが人間サイズであるということ。

 その花弁は、高速で回転していること。

 扇風機か、あるいは手裏剣のように。

 そして何より――それが細胞ではなく炎熱で構成されているということだ。

 

 

 それこそは、“無闇”安芸紅音が単独で使用可能な最大火力。

 天属性攻撃魔法の使用に特化した、忍者系統派生超級職【火影】の奥義。

 

 

 

「はあああああああああ!《炎遁・桜花爛漫》!」

 

 

 

 掛け声とともに、焔の花が、西方の《恒星》に相当する一撃が、放たれる。

 《炎遁・桜花爛漫》は、自動追尾機能のついた超火力弾。

 紅色の手裏剣は、【メテオストリーム】の頭部へと飛翔し。

 

 

 

「ーー!」

 

 

 

 着弾、起爆。

 コアがあると思われる、頭部を跡形もなく吹き飛ばした。

 声にならない悲鳴を上げて、【メテオストリーム】は倒れ伏す。

 

 

 

「やったかな?」

「おい、その発言はダメじゃね?」

「……フラグ建築」

「え?どういうこと?」

 

 

 そんなフラグ感満載の京極の発言が原因でもあるまいが。

 瞬く間に、頭部が再生された。

 内部にあるコアが、絡繰り仕掛けを動かす歯車が、内部機能を守るための装甲が、順番に修復されている。

 やがて、完全に元に戻った。

 傷どころか、焦げ跡すらない。

 

 

 

「いやいや、コア壊されてるのに何で倒れないの?」

「さっきのはコアじゃないとかかあ?そもそもコアがないタイプかもしれねえ」

 

 

 京極の疑問はもっともである。

 通常のモンスターであれば、コアが破壊されれば死ぬ。

 しかし倒れないとなれば……何か仕掛けがあるはずだ。

 

 

 

「これ、《透視》で見えた。コアが複数ある。胴体のあちこちにね、後、移動してるね全部」

「つまり……結局丸ごと吹っ飛ばすことになるわけだ」

 

 

 

 《看破》した限りでは、【メテオストリーム】のHPは数百万。

 すべて削りつくそうと思えば、どれほどの火力が必要になるかわかったものではない。

 少なくともこの場の四人だけは到底足りず……<超級>でも、ビルド次第では削り切れない。

 

 

「あと、機械っぽいのに再生するのは木製(・・)だからだね。よく見ると内部に木目が見える。再生力のあるアンデッドに近い理屈だと思うよ。……ゾンビっ娘とかキョンシー娘っていいよね」

「君、もうほんとに黙っててくれないかな」

「ゾンビというか、【絡繰人形】の類だろうなあ。道具でも怨念由来の物は<UBM>になったりするらしいぜ、妖刀とか」

「なるほど!」

 

 

 怨念をコストによって、死んだはずの細胞を無理やり活性化させて修復している。

 【フレッシュゴーレム】などに近い技術である。

 元々、【絡繰人形】は木製のものが多かった。

 それゆえに、フラグマンの魔導工学を取り入れつつも、【絡繰王】は木材を原材料に制作している。

 通常の絡繰人形には再生能力などないが……【メテオストリーム】は別だ。

 使用する燃料が膨大であり……それゆえにありうべからざる修復が可能である。

 さて、そんな怪物への対処法だが……。

 

 

 

 

「……このままでもいいかもしれない」

「といいますと?」

「怨念が弱まってる」

 

 

 トーサツのジョブは、サブも含めてほとんど視覚系のスキルで埋まっている。

 紅音たちと行動するにあたって、中途半端な戦闘能力は不要と判断した彼はビルドのほとんどを索敵に割いている。

 そしてそんな視覚系のスキルの中には怨念を見るものもある。

 なので怨念が弱まっていることも察知できた。

 無理もない。

 頭部を二度も破壊されている。

 超級職の奥義クラスの攻撃を二度も喰らえば、流石の神話級といえども疲弊する。

 さらに傷口から怨念を物理的な衝撃波に変換し、カウンターとして放つ、《逆鱗》も使用している。

 これはいわば誤爆に近いスキルであるため、消耗が激しい。

 もとより、世界が滅ぶことと、それによって全人類の発した怨念をコストにすることを前提とした絡繰仕掛け。

 莫大なステータスを誇る巨体も相まって【メテオストリーム】の燃費は悪く、周囲にある怨念だけではそこまで長く稼働できない。

 

 

 

 

「とりあえず、足止めに切り替えて……」

 

 

 

 トーサツは足止めによるガス欠を狙おうとした。

それが、普通の判断だ。

 現時点でわかっている範囲ではそれが間違いようのない最善手。

 だが、それは。

 ーー普通ではない相手には通じない。

 

 

「ーー《呪慌生誕》」

 

 

 機械音声のスキル宣言。

 それは、【メテオストリーム】から発せられた音声。

 同時に、竜麟が爆ぜ、飛び散る。

 

 

「え?」

「うわ」

 

 

 トーサツは硬直し。

 京極は咄嗟に後ろに下がり。

 

 

「《炎遁・赤屏風》!」

「《石垣》!」

 

 

 

 ダブルフェイスと紅音は広範囲に及ぶ防御用のジョブスキルを展開して味方を守った。

 炎の壁と、タンク特有の海属性結界によって、彼等は無傷でしのぎ切った。

 【触手百足】に被弾したが、こちらの被害も軽微。

 極々軽症であった。

 むしろ、【メテオストリーム】の方が重傷であり、寿命がさらに縮まった。

 これはもはや紅音たちの勝勢である。

 ーーかに思われた。

 

 

「「「「「「「「「「「「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」」」」」」」」」」」」

 

 

「……え?」

 

 

 喧しい音だった。

 赤子の鳴き声の不快さだけを抽出して、圧縮したような声。

 それが、何柔軟百と同時に響く。

 音の発生源は、今もなお【メテオストリーム】にしがみついている【触手百足】だ。

 だが、【触手百足】が叫んでいるわけではない。

 地中穿孔と死角からの奇襲をコンセプトとしてどこかの変態(・・・・・・)に作られた【触手百足】には、発声器官が存在しない。

 いや、していなかった。

 傷口に、顔があった。

 人の顔を無理やり溶かして、紫色に染めたような歪な無数の貌。

 顔の大きさは一つ一つはイチゴほどの大きさしかないが、それらがすべて一斉に喚いている。

 

 

 

 それは、【メテオストリーム】の固有スキルの一つ、《呪慌生誕》の効果。

 飛散させた竜鱗による攻撃を受けると、その部分が、極小のアンデッドに変じる。

 そしてそれらは少しずつ本体からHPを吸い取っていく。

 さらに、その貌は、本体が死ぬまで拡大を続ける。

 それこそが、【メテオストリーム】第一の恐ろしさ。

 存在変質の呪いである。

 

 

 

「そんな……」

「どうしたあ?」

 

 

 だが、それだけが恐ろしさではない。

 このスキルは、矛ではなく盾。

 【メテオストリーム】を守るためのスキルである。

 

 

「怨念が、回復してる……」

 

 

 《呪慌生誕》によって生み出されたアンデッドは、寄生している本体以外には何もしない。

 攻撃する手段がない。

 ただ、泣きわめくだけ。

 それらは喚き、泣き、怨念を生産し、吐き出すだけ(・・)だ。

 それこそが【メテオストリーム】の第二の恐ろしさ。

 周囲に生物が存在する限り、動力である怨念が尽きない。

 怨念を強制的に発生させ、無尽蔵の体力を盾に敵を蹂躙する。

 仮に周囲に生物がいなくても、それならば問題はない。

 外敵がいなければ使う怨念の量など、たかが知れている。

 “化身”を滅ぼすため、止まることはなく進み続ける、古龍級の厄災。

 

 

「ーー進撃再開」

 

 

 瞬く間に鱗を修復したメテオストリームは、弱くなった拘束をほどいて進み始める。

 

 

 竜を模した災害は、未だ止まない。

 

 

 To be continued




・《桜花爛漫》
ざっくりいうと火遁・螺旋手裏剣です。
火力と範囲は《爆龍覇》と《恒星》の中間。

・【メテオストリーム】
 広域制圧型で、個人戦闘型でーー広域殲滅型。


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暁 其の七

今回短めです。

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 □■<修羅の谷底>

 

 

 

「持久戦は無理だあ、となると火力をぶつけざるを得ない」

「だからぶつける必要があるってことだね、全身全霊の火力を今ここで」

「京極、どれくらいかかりそう?」

「そうだね、五分くらいはかかるかなあ」

「やりましょう!全員で、力を合わせましょう!」

 

 

 彼らの意思は一つ。

 

 

「それと、もう一つ」

 

 

 京極は、人差し指をピンと立てて、言った。

  

 

 

「僕の名前は京極じゃなくて、京(アルティメット)だ、間違えないように」

「「…………」」

 

 

 目の前には神話級の怪物。

 にもかかわらず、いつもと変わらない、京極。

 その様子に、二人はそろってため息を吐いた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 既に、ワームの拘束もなくなったことで、【メテオストリーム】は前進を始める。

 それは、超音速機動の類ではない。

 ゆったりとした歩みだ。

 征都には、複数の<超級エンブリオ>が存在する。

 それらは、強力な存在ではあるが……“化身”と比べて反応は薄い。

 なので、特別に急ぐ必要はない。

 そう判断していた。

 さらに、周囲にも微弱な“化身”反応は探知できるが、戦闘能力はともかく反応は薄いのでそこまで真剣に対応する必要性はない。

 

 

 

「《片割れ、片割る(ポルクス・カストル)》」

 

 

 ダブルフェイスは、自身の<エンブリオ>の必殺スキルを起動。

 直後、彼の持つ二丁拳銃。

 その片方が、砕け散る。

 【双星器 ポルクス・カストル】はTYPE:ウェポンの<エンブリオ>。

 右手の銃で、固定ダメージを与える光弾を放ち、左手の銃でレーザーを放つ。

 速度型、耐久型のいずれにも通用する攻撃手段を持ち、加えて彼のようにMPの比較的少ないビルドでも問題なく運用できるほどにコスパもいい。

 矛として、かなり強力な<エンブリオ>だが、当然デメリットもある。

 それは、二丁のうち、同時に使えるのは一つのみということである。

 あたかも、同時にこの世に存在できないがゆえに、片方のみが交代でこの世に存在する双子のごとく。

 そんなポルクス・カストルの能力特性は二者択一(・・・・)

 どちらかの能力しか使えない。

 そういう制限だ。

 ちなみに、装備スロットは両方消費する仕様となっている。

 

 

 そして、必殺スキルの方向性も、その能力特性と違いはない。

 スキル宣言と同時に、片方が破損する。

 そしてそれを代償として……もう片方の銃の出力を一分間だけ大幅に引き上げる。

 今、彼の手にあるのは固定ダメージを放つための銃。

 一分間、ただひたすらに光弾を放つ。

 相手が神話級の<UBM>であろうとも関係がない。

 銃弾が当たった傍から頭部が、胴体が、まるで紙細工のように吹き飛び、崩れていく。

 

 表面の装甲が剥離し、内部の無数の歯車で構築された機構がのぞく。

 さらに、銃弾は止まらず、歯車も破壊していく。

 そして、もう一つ。

 

 

 

「《百眼視(アルゴス)》」

 

 

 

 トーサツの必殺スキルが、起動する。

 その効果は、百ある【百目機 アルゴス】の眼球(ドローン)の一斉起動。

 加えて、必殺スキルが発動している時間にして一分。

 その間のみ、眼に関するスキルのコストを無視できる。

 それと同時に、スキルを起動。

 

 

 

「《灼眼》」

 

 

 それは、【高位瞳術士】の奥義。

 視線に入ったものを、灼熱の炎で燃やすスキル。

 それらすべてが、ドローンから発動され、一点に集中。

 【メテオストリーム】を焼き焦がす。

 

 

 そんな二人の、攻撃に、京極もまた続く。

 

 

 

「チャージ完了、だね」

 

 

 【戦黒武装 ダーウィンスレイブ】の基本スキル、《吸血の牙》。

 一定時間以内の殺害数に応じて武装攻撃力が高まるスキル。

 周囲に転がる【触手百足】と、それらに生えた無数のアンデッド。

 それらを殺して回ったことで、攻撃力は望外の上昇がある。

 ワームはもはや機能していないので、殺しても支障はない。

 それと、奇襲特化ジョブの野伏系統のスキルを組み合わせることによってさらに破壊力は上がる。

 その攻撃力は、<エンブリオ>の必殺スキルにも匹敵する。

 

 

 三人の<上級>による攻撃。

 それは、【メテオストリーム】の装甲を破壊し。

 内部の歯車を燃やし。

 コアを破砕する。

 

 

 

 彼らに会わせて、紅音もまた、最後の切り札を切ろうとする。

 制御が難しく、暴発の危険もある。

 それゆえに使わなかった鬼札。

 だが、この時は使うべき。

 

 

「《黒白ーー」

 

 

 それを使うための準備を整えようとした時。

 

 

「《竜征群》」

 

 

 

 機械音声とともに、【メテオストリーム】が持ち上がる。

 持ち上がる、と言っても竜の頭部ではない。

 百足の尾部のほうだ。

 それが、真上を向いている。

 尾部から、何かが射出される。

 

 

 漆黒の球体だった。

 ダブルフェイスが、固定ダメージ弾を打つも、すり抜けた。

 

 

「これは……」

「こりゃ、まず」

 

 

 どういうものか察して、ダブルフェイスが撤退しようとする。

 だが、わかったところで、全てが遅い。

 黒い球から、小さな黒い球が四方八方にばらまかれる。

 黒い球は、地面や岩、防具には何ら影響を及ぼさない。

 それが及ぼすのは、生物だけ。

 その場にいた人間を、ハチの巣にした。

 

 

 ◇

 

 

 《竜征群》。

 【メテオストリーム】の持つスキルの一つであり、広域殲滅スキル。

 怨念を闇属性攻撃魔法に変換し、尾部から発射。

 球体は空中で飛散し、闇属性魔法を広範囲にばらまく。

 純粋な物理攻撃やエネルギー攻撃の一切効かない“黒渦の化身”対策として作られたスキルであり、今この場でもその恐ろしさを存分に発揮する。

 無数の魔弾は、紅音を、ダブルフェイスを、京極を、トーサツを、貫いていた。

 全損させても、あまりある無数の黒き雨。

 紅音は<エンブリオ>で命をつないだが、スキルはキャンセルされてしまっている。

 

 

 それが降り注いだ後……その場に生き残っているのは、【メテオストリーム】と紅音だけだった。

 他には、誰もいなかった。

 何も、いなかった。

 

 

 To be continued



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暁 其の八

前回百話でした。
これからも頑張ります。

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 □■ある異常者の話

 

 

 あるところに、一人の青年がいた。

 彼は、いわゆる中流階級に属する、普通の人間。

 けれど、少しだけ変わったことが二点あった。

 一つは、弟。

 彼には、双子の弟がいた。

 少しだけ珍しいが、別にそれだけだ。

 もう一つは、彼に暴力的な傾向があったこと。

 中学生まで、彼は暴力沙汰が絶えなかった。

 巻き込まれたからではない。

 自身が巻き起こしたことの方が多い。

 

 

 

 ある日。

 彼が学校から帰ると、ボロボロになった弟がいた。

 彼は、気づいた。

 彼の暴力を振るってきた相手が報復で彼の弟を狙ったのだと。

 彼の行動の結果、家族を巻き込むこともあるのだと。

 

 

 それ以来、彼が暴力をふるうことはなくなった。

 そしてそれから――彼は抜け殻になった。

 対外的に見れば、それはまともに映っただろう。

 素行の悪さがなくなり、真っ当に生きている。

 だが、空虚だ。

 唯一にして最大の娯楽。

 それを失ったことで、彼は退屈しきっていた。

 他の娯楽に手を出しても、満たされない。

 ルールのあるスポーツでも物足りない。

 満たされる方法を取ろうにも、それでは家族が傷つく。

 守るべきもののために、自分を殺す。

 まるで、神話において兄弟を活かすために自らの命を捧げんとした双子のように。

 そんな無味乾燥とした、少なくとも彼の中では退屈な人生だった。

 

 

 <Infinite Dendrogram>が発売されるまでは。

 

 

 圧倒的なリアリティを誇っているという、夢のゲーム。

 そこならば、彼は戦える。

 あるいは、リアル以上に戦える。

 人を殺しても、ここでは法で罰されることも、それによって家族に累が及ぶこともない。

 ここで殺されたとしても、実際に死ぬことはないから家族に迷惑がかかることはない。

 だから、彼は「ダブルフェイス」として、<Infinite Dendrogram>を始めた。

 チュートリアルで最も戦闘がおこっているのは、どこかとネコ型の管理AIに訊くと、天地と答えたのでそこを選んだ。

 天地に入ってから、当然彼は戦闘職を選んだ。

 彼が戦闘の対象に選んだのは、<マスター>ではない。

 死なない<マスター>では満たされないから。

 かといって、無辜の市民でもない。

 ダブルフェイスがターゲットにしたのは、犯罪者のティアンである。

 犯罪者以外を殺すと指名手配され、ティアンのいない(人を殺せない)監獄に送られてしまう。

 長期的に活動するためターゲットを絞った。

 <エンブリオ>の力もあって、ティアンの殺害に成功し……彼は久しぶりに満たされた。

 加えて、ついでに犯罪者の<マスター>や賞金首のモンスターも狙うようになった。

 モンスターを殺したりしてレベルを上げ、<エンブリオ>も進化していく。

 

 

 

 その過程で、彼は彼女に出会ったのだ。

 

 

「速度型だと対集団に弱くなるからな、耐久に振りつつ、速度もある程度伸ばさなねえとな」

「なるほど!やっぱり研究されてるんですね、すごいです!」

 

 

 それは間違いではない。

 戦闘力を捨てているトーサツや、攻撃力と機動力を追い求め、さほど環境を調査せずプレイヤースキルと<エンブリオ>でゴリ押しする紅音や京極とは違い、彼は本気でビルドを練っていた。

 確実に、人を殺すためのビルドを。

 

 

「その努力の方向性が、おかしくても、すごいのかあ?」

「……きっと、努力する方向性に間違いはないんです。努力する限り、過去の自分に誇れるように(・・・・・・・・・・・・)頑張り続ける限り」

「…………」

「どうかしたんですか?」

「いやあ、なんでもない」

 

 

 彼の<エンブリオ>、ポルクス・カストルの能力特性は二者択一。

 それが、彼のパーソナルだから。

 自分の欲望(やりたいこと)家族の平穏(やるべきこと)

 それは、両立することができないから。

 リアルでは、やるべきことを優先し、<Infinite Dendrogram>においては、やりたいことに注力する。

 そのための努力をそれぞれの世界でする。

 その二面性こそが、ダブルフェイスの本質。

 きっと彼女はそんな事情など知らない。

 けれど、それを肯定してもらえた気がした。

 だから、彼は。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 あるところに、一人の少年がいた。

 その青年は、二つだけ変わった点があった。

 一つは……生まれつき目が見えないこと。

 とはいえ、家族からのサポートも手厚く、学校生活も順風満帆ではないものの、何とか送れている。

 彼は、自分を不幸だと思っていなかった。

 ある時期までは。

 

 

 ある時期から、彼は性に目覚めた。

 朝から晩まで、女体のことを考えていないときはなかった。

 食事の時、入浴時、学校でも、家でも、考えないときはなかった。

 「どうして、僕は女体が見えないのだろうか」、などといったことばかり考えていた。

 見たいものが見たい、ただそれだけなのに、それがかなわない。

 誰かに相談してもどうにもならない。

 <Infinite Dendrogram>が発売されるまでは。

 彼は両親に頼んでデンドロを購入してもらい、はじめた。

 開始直後、<エンブリオ>が孵化した。

 「自分の見たいものが見たい」という、彼の純粋な願望が具現化した<エンブリオ>。

 リアルでも、デンドロでも、彼の異常性は変わらない。

 <Infinite Dendrogram>で、彼は当然気味悪がられた。

 通常のゲームのように迷惑プレイヤーを通報するシステムがデンドロにあれば、彼はアカウントを失っていただろう。

 それは、ダブルフェイスや京極さえも例外ではない。

 そして、隠岐紅音は例外だった。

 気づかぬふりをしているのか、あるいは本当に気付かないのか。

 彼女だけは、彼を特別扱いしなかった。

 あるいは、それは彼が心の奥底で臨んでいたことだったのかもしれない。

 リアルでは目が見えないゆえの同情から、デンドロではその奇行に対する嫌悪から、彼は特別な、異常なものとして扱われた。

 ただ、普通の(目が見える)人のようになりたかったから。

 彼女がそう扱ってくれるから、彼は。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 <Infinite Dendrogram>を始めたのに、大した理由はない。

 元々、知り合いが何人か始めたので自分も急いで購入しただけだ。

 天地を選んだのは、和風の国がいいと思ったからだ。

 結果として、修羅の国と呼ばれる場所だったので、彼女に非常にあっていたのは幸いだった。

 特に、紅音と組んでいたことに深い理由はない。

 たまたま彼女も天地に所属していたから組んだだけ。

 彼女は、忍者系統につけるからという理由のみで天地を選んだらしい。

 そんな受動的に始まったデンドロでの生活は……悪くない。

 圧倒的リアリティの高い、今まで京極がやってきたゲームの中でもっともリアリティの高いゲームはシャングリラ・フロンティアだったが、それ以上に高いかもしれない。

 そんな場所で、彼女は戦闘経験を積んでいく。

 今までのゲームよりも、剣道教材よりもリアルな経験を。

 けれども、それだけではなかった。

 京極以上にアグレッシブな紅音に振り回されたり、奇行を繰り返すトーサツやダブルフェイスに呆れたり。

 その中心になっているのは間違い無く紅音だ。

 けれど、彼女はそこを抜けようとは思わなかった。

 方向性こそ違えど、同類だと認識していたから。

 

 

 

 □■<修羅の谷底>

 

 

 

 

 【メテオストリーム】の攻撃によって、三人のHPは全損。

 唯一生き残った紅音も、体勢を崩している。

 だが、攻撃はまだ続く。

 

  

 「まだだ!」

 

 

 

 三人の攻撃はやまない。

 死してなお彼らを動かすのは、《ラスト・コマンド》という【死兵】のスキル。

 死線を潜り抜けてきた、紅音たち。

 それ故に、彼ら三人は各々のビルドを考えた。

 示し合わせたわけでもない。

 ただ、それが必要だと各々が感じたから。

 それが、彼等のパーティー、<デッド・ライン>。

 死線を超えてもなお、諦めることのない者たちの名。

 

 

「《灼眼》!」

「《背外殺し》!」

「《崩鎧》!」

 

 

 

 <エンブリオ>のスキルを。

 ジョブスキルを、ステータスを。

 今まで積み上げた技術を、培ってきた気力を。

 今持てるすべてを、死力を尽くして(・・・・・・・)叩き込む。

 そして、五十秒が経過して。

 蘇生時間も過ぎて。

 互いの、圧倒的火力に全力の攻撃。

 それが終わって。

 

 

 後には、【メテオストリーム】と紅音だけが残された。

 

 

 

『――』

 

 

 

 それと。

 【メテオストリーム】と安芸紅音、そこから少し離れたところにいたはずのもう一人。

 わずか一分足らずの間に、間に合った。

 

 

 

 『よう、久しぶりだなあ』

 

 

 「あ……」

 

 

 紅音は気づく。

 ソレが、自分の知るものであると。

 ソレは、鳥の覆面を被っていた。

 ソレは、蛇革のブーツを履いていた。

 ソレは、首輪を使っていた。

 ソレは、半裸だった。

 ソレは、暁に目の前に立つ、その人物は。

 彼女にとって、憧れだった。

 

 

 

『どうも、知り合いが、知り合いが(・・・・・)なんかやらかしたみたいだからなあ、混ざらない理由はないよな』

 

 

『【修羅王(キング・オブ・バトル)】サンラク、助太刀するぜ』

「サンラクさん!」

 

 

 

 修羅の鳥が、怨念の龍に立ち向かう。

 

 

 

 <デッド・ライン>のトーサツ、ダブルフェイス、京極。

 彼らができたのは一分足らずの足止め。

 それが意味があったのかは、現時点ではわからない。

 ーーこれから証明される。

 

 

 

 To be continued 




四章ラストバトル。

【鏖金大殲 メテオストリーム】VS【火影】安芸紅音&【修羅王】サンラク

ちなみに、京極は遊戯派。他二人は世界派。


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暁 其の九

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これからもよろしくお願いします。


 □【修羅王】サンラク

 

 

 『知らない天井だ……』 

 

 

 いや、知ってるわ。

 普通に転職クエストの青い天井じゃねえか。

 今の今まで【気絶】していたのである。

 多分、【出血】していたことが原因かな?

 ダメージが大きすぎたらしい。

 この<Infinite Dendrogram>においては、アバターが気絶しても俺自身が気絶するわけではない。

 暗い空間に閉じこめられているだけ、という情報は得ていた。

 俺はこのゲームで気を失ったことはないので今まで知らなかった。

 アンダーワールドにいるのと変わらないので、正直若干苛ついた。

 下ネタをささやくな脳内ド変態。

 デスボイスで鼓膜破壊してやるからな覚えとけ。

 特典武具がなかったら死んでた説はある。

いやなんなら、普通に負けてたよな。

 だが、それはそれとして。

 

 

『なった、か』

 

 

 ウィンドウを見れば、メインジョブは【修羅王(キング・オブ・バトル)】になっている。

 いや本当にこれはやばい。

 デンドロにおいて、超級職の存在は大きい。

 とりあえず、出るか。

 

 

 ◇

 

 

「お帰り、おかずにする?ソープにする?それともわ・た・しるっぷああ!」

 

 

 異空間からの帰還早々、飛んできたのは下ネタでした。

 とりあえず、飛び膝蹴りで応じることにする。

 ええい、下ネタうるせえ!

 後真ん中のは公序良俗だろ最早。

 いや全部駄目だわ。

 どの選択肢を選んでも最低だよ。

 もはや地獄でしかない。

 

 

 

 □■<修羅の谷底>

 

 

 サンラクと、【メテオストリーム】との戦い。

 それと同時に、【メテオストリーム】が動いた。

 敵を排しようとする……のではない。

 遠くにいる劣化“化身”。

 それらの障害となる羽虫を除くために、範囲攻撃を放つ。

 

 

 

 「《竜征群》」

 

 

 【メテオストリーム】の口から、機械音声が発せられて。

 同時に、尾から、黒き雨がまき散らされる。

 怨念を、闇属性広域殲滅攻撃魔法へと変換する技。

 広域にまき散らされる魔法は防御も回避も不可能である。

 純竜クラスのモンスターも、耐久に秀でたジョブの<マスター>も殺し尽くす殲滅魔法。

 今まで、倒せなかった相手は不死身に限りなく近い安芸紅音のみ。

 

 

 

『悠長すぎるだろ』

 

 

 

 否、ここに、もう一人いる。

 放たれた黒い球、そしてえぐられた樹木を見て、上から降り注ぐ対生物特化の攻撃であると見抜いた。

 黒い球を破壊するのは無理。

 無数の雨のごとく飛来する攻撃をかわすのは無理。

 さらに、サンラクはこちらに向かう際に【メテオストリーム】が再生する様子を確認している。

 発射口を破壊しようとしても、攻撃は防げなかった。

 

 

 であれば、どうするのが正解なのか。

 

 

『雲の上には、雨は来ない』

 

 

 黒い球が射出されてから発動するまでのわずかな間に。

 サンラクは、遥か高く。

 黒球の上に、《配水の陣》を使って駆け上がる。

 そして、雨が当たらない安全圏まで避難したのだ。

 

 

 《竜征群》がやんだ後、生き残った者は二つ。

 一つは、<エンブリオ>で完全回復を行った紅音。

 そして、サンラク。

 相手の大技を躱し、その勢いのまま【メテオストリーム】の胴体に飛び移る。

 

 

 そして、そのまま【メテオストリーム】の上を走り回りながらその装甲を切り刻む。

 両手には、伝説級特典武具の、【双狼牙剣 ロウファン】。

 状態異常攻撃を駆使する特典武具だが、素の攻撃力も決して低くはない。

 さらに、尋常ならざる速度までもが攻撃に乗り、

 

 

 

 「ーー《逆鱗》」

 

 

 自身の肉体を傷つけられることで発動するカウンタースキル。

 怨念を膨大な物理的衝撃波に変換するスキル。

 斬りつけながら、サンラクはこれを避けていく。

 《脱装者》などの数多のスキルによってAGIが優に五桁に至っているサンラク。

 音よりも、神話の怪物よりも速い域にいるサンラクを捕らえることは、【メテオストリーム】と言えどもできない。

 

 

「――《逆鱗・暴慢》」

 

 

 だが、神話の怪物は、それでは終わらない。

 姿を捕らえられずとも、攻撃を当てる方法はある。

 《逆鱗》をさらに発展させたスキル。

 《逆鱗》は、【メテオストリーム】の装甲がはがれた箇所から衝撃波を放つというスキル。

 だが、これにはその先がある。

 《逆鱗》による衝撃波によってもとより装甲には亀裂が入る。

 そこをさらに発展させる。

 全身の装甲を砕けさせて、全方位に衝撃波をまき散らす。

 それこそが、《逆鱗・暴慢》である。

 これを防ぐには、尋常ならざる物理攻撃耐性が必要であり、直撃を至近距離で喰らったサンラクにはそれはない。

 サンラクは、

 だがしかし。

 それは。

 

 

『隙ありなんだよなあ!』

 

 

 サンラクのスキル補正も何もない拳。

 それが、装甲を完全に放棄した【メテオストリーム】の内部機構へと刺さり、ダメージを与える。

 サンラクはそこで止まらず、耐久の落ちた【メテオストリーム】に対して攻撃を継続する。

 だが、それは今までのサンラクを考えればあり得ない。

 《ラスト・スタンド》によって五秒間は耐えられるものの、ただそれだけだ。

 だが、《ラスト・スタンド》にはさらにその先がある。

 もとより、【殿兵】というジョブは、倒れないことに特化したジョブ。

 致命のダメージを受けてもなお、倒れないスキル。

 死してなお、目的を果たすために突撃する【死兵】とは違う。

 目的を果たすまで、倒れることができない、死ぬことができない兵たち。

 それが【殿兵】の本質であり、それは殿兵系統超級職の、スキルにも表れている。

 

 

 【修羅王】の最終奥義、《修羅場》。

 

 

 【修羅王】への転職と同時に習得するこの最終奥義は、一体、相手を敵と指定して使用するスキルである。

 効果は、指定した敵との戦闘が終わるまで(・・・・・・・・・・・)、サンラクのHPを一のまま保つ(・・・・・・・・・)、というもの。

 本来ならば、どうということはない。

 HPが一ならば、当然傷痍系状態異常になっており、戦闘ができなくなる。

 そして《修羅場》は解除され、死に至る。

 普通に考えれば、何の役にも立たないスキル。

 先代の【修羅王】も、一度として最終奥義を有効活用したことはなくーー【海竜王】との決戦や死後、サンラクとの戦闘でも用いられることはなかった。

 一般的なオンラインゲームでは、いわゆる死にスキルと言われるものである。

 

 

 

だが、サンラクに限ってはその話は当てはまらない。

 実際、神話級<UBM>の捨て身の一撃を《修羅場》によって防いでいる。

 その種は、彼の装備品との組み合わせ。

 【修業帯 プリュース・モーリ】による、HPを伴わない肉体のみの修復。

 HPが残り一になっても、傷痍系や制限系の状態異常を気にせず行動できる。

 加えて、HPが残り一しかないことで、《呪慌生誕》の効果も受けない。

 あれは、HP(存在)をアンデッドに変質させる呪いであり……HPが残り一で固定される以上、サンラクの肉体はアンデッドになることはない。

 因みに、紅音は攻撃を喰らうたびに《再始動》で全快しているため彼女に対しても《呪慌生誕》はさほど問題ではなかったりする。

 

 

『秋津茜!』

「はい!今は安芸紅音です!」

『そうか!大火力攻撃、何かあるか?あったら頼む!』

「あります!やります!」

 

 

 

 先ほど体勢を崩された時に防がれた切り札をーー黒狐のお面に触れる。

 

 

 

「《黒白分命(ノワレナード)》!」

 

 

 紅音は、彼女の持ちうる最大最強の切り札を切る。

 【黒召妖狐 ノワレナード】の能力特性である分体召喚、その集大成であり、安芸紅音と同等の性能の分身を召喚する。

 これで、彼女の準備は整った。

 

 

 ーーそして。

 

 

『こんだけ斬れば、準備は万端ってなあ』

 

 

 それは、サンラクもまた同じ。

 【双狼牙剣 ロウファン】を構える。

 既にもう、準備は終わっている。

 

 

『おもちゃはそろそろお片付けの時間だぜ?ガラクタ』

 

 

 二匹の狐が叫び、一羽の鳥が笑う。

 

 

 To be continued



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暁 其の十

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15万UAいってました。
ありがとうございます。



 ■【鏖金大殲 メテオストリーム】について

 

 

 ーーダメージ過多。

 ーー怨念不足。

 ーー消滅の危機。

 

 

 【メテオストリーム】は、自らの状況を把握していた。

 端的に言えば、窮地、絶体絶命。

 その原因は、周辺の劣化“化身”。

 今自分の周囲を蠅のように飛び回る鳥頭。

 五桁のAGIでも捉えられず、範囲攻撃でも殺しきれない。

 そして、明確にこちらのHPだけが削られている。

 加えて、近くにいる狐面も厄介。

 なにやら、強力な攻撃の準備に入っているように見える。

 先ほどの攻撃でもかなりこちらのHPを削っていた。

 もう一度あれを喰らえば、危うい。

 

 

「ーー」

 

 

 【メテオストリーム】は、撤退の判断を下そうとしていた。

 仮にこれが、フラグマン製の兵器であれば、こうはならなかったかもしれない。

 だが、絡繰人形には、機械とは異なり魂が、自我が備わっている。

 

 

 絡繰の、機械とは違う点がそこだ。

 機械が、燃料(MP)を動力にし、プログラムや人の手で制御するのに対して、絡繰の基本はスタンドアローン。

 怨念を使う都合上、どうしても感情のようなものは生じる。

 そして、だからこそスタンドアローンでの運用が可能になる。

 絡繰の精神を目的に応じてどれだけ制御するかが、【絡繰士】の腕の見せ所である。

 元が絡繰りである以上、【メテオストリーム】にも、感情や思考はある。

 とはいえ、フラグマンの技術も取り入れられており、基本的にそれで何かが変わるわけでもない。

 ただ、在るだけだ。

 そも、【メテオストリーム】の唯一の目的は”化身”の殲滅。

 世界を滅ぼした、人類を虐げた絶対悪への報復。

 だから、自信の感情があっても、目的が揺らぐことはない。

 あったとしても、それは無数の怨念に押し潰されてしまうから。

 怨念が弱まれば消極的になるが、それでも彼自身の目的が揺らぐことなどありえない。

 何より、それが彼のたった一つだけの存在意義だから。

 だから、止まることはない。

 “化身”を滅ぼすために、いかなる残虐な行為にも躊躇はない。

 ただ、一つだけ、彼にも思うことがある。

 “化身”を滅ぼすという目的とは別に、彼が造られた時から、彼自身が願っていたこと。

 誰に言われたことでもなく、命令でもなく、彼の感情で感傷。

 もしも、世界が――。

 

 

 

『逃がすわけねえだろ!』

 

 

 サンラクには、止めるすべがない。

 STR幾万の進撃を止めることは出来ない。

 彼にできるのは、追いつくことだけだが……それではだめだ。

 おそらく、届かない。

 

 

「これは!」

 

 

 いつの間にか現れた、キメラモンスター。

 先ほどより小さい個体がほとんどだが、数は先ほどより多い。

 それが再び、【メテオストリーム】の動きを縛っている。

 

 

『でかしたアンダーマテリアル!安芸紅音いけるか!』

「いつでもいけます!」

『頼んだ!』

「はい!」

 

 

 紅音は、返事とともに。

 

 

「《炎遁・桜花爛漫ーー」

「ーー三連》」

 

 

彼女たちの、最大最強の奥義が放つ。

 

 

『変形』

 

 

 それと同時に。

 【双狼牙剣 ロウファン】が、条件を満たしてその形を変じる。

 黒い刃と、白い鞘の打刀。

 【双狼牙剣】は【吸命】と、【恐怖】の状態異常を付与する双剣。

 それを果たした時、【双狼一刀 ロウファン】へと変じる。

 そして、居合は放たれる。

 

 

『《餓狼顛征(ロウファン)》』

 

 

 紫電一閃。

 《餓狼顛征》は、斬った相手の細胞を全て停止させるサンラク最凶の切り札。

 植物性細胞で構築されている、【メテオストリーム】もまた例外ではない。

 決まれば、確実に再生が止まり、死に至る。

 

 

 ーーしかし、【メテオストリーム】はまだ止まらなかった。

 胴の半分を切り離し、放棄。

 切り離した箇所は死滅するが、もう半分は無事だ。

 逆に言えば、今の攻撃で半身を失っている。

 修復は、できていない。

 《逆鱗・暴慢》、《竜征群》などの怨念を大量に消費する攻撃。

 そうでなくとも、<デッド・ライン>のメンバーやサンラクの攻撃によってHPが削られており、余裕はまるで残っていない。

 

 

「そりゃあああああああああああ!」

 

 

 そこに、炎の花が直撃する。

 

 

 先ほども、【メテオストリーム】の頭部を吹き飛ばした《炎遁・桜花爛漫》。

 炎熱で構成された桜の花弁は装甲を引き裂き、内部の歯車を焼き尽くす。

 

 

 だが、それでも止まらない。

 止まることなどできない。

 “化身”を滅ぼす。

 世界を滅ぼされた恨みを、晴らすため。

 蓄積された怨念を移動のための動力と肉体の修復に回し、今は全力で退避せんとする。

 

 

 だが、それはもうできない。

 

 

「二弾目、命中」

 

 

 もう一つ、【メテオストリーム】の体に花が咲く。

 

 

「三弾目だ、絡繰」

「――」

 

 

 さらに、もう一つ。

 声を上げる隙もない。

 完全に爆散した。

  

 

 成したのは――ノワレナード。

 そして、安芸紅音である。

 

 

 《炎遁・桜花爛漫ーー三連》。

 紅音とノワレナードにとっては最大最強の切り札である。

 紅音が一つ。

 そして、ノワレナードが二つ、《桜花爛漫》と飛ばすというもの。

 奥義を同時に使うなど、普通の人間にはできない。

 だが、長年魔力コントロールの修業を積んできたノワレナードにはそれができる。

 ゆえに、最大火力を三連撃。

 それが、彼女たちの積み上げた最大火力である。

 

 

 サンラクも、紅音も、これ以上ない程に奥の手を出し切った。

 彼ら彼女らの全力は。

 

 

 ■絡繰

 

 

 【メテオストリーム】は、完全には滅ぼせていなかった。

 火力が足りなかったのではない。

 足り過ぎた。

 【メテオストリーム】の本体は全身。

 砕けた破片もまた本体。

 飛散した破片の数は千を優に超える。

 長い時間をかけてまた再構成すればいい。

 爆炎で、たまたま眼球の一つが――特殊な光学センサーが、空へと飛ぶ。

 そして、すでに間近に迫っていた街が見えた。

 そこには。

 

 

(――――)

 

 

 人が、いた。

 

 

 武器を構える人。

 逃げようとする人。

 それらを逃がそうとする人。

 神話級の知らせを受けて、今まさに狩りにいかんとする人。

 爆炎でセンサーを失った【メテオストリーム】にはわからない。

 彼らが、劣化”化身”なのかティアンか。

 もはや判断する知性も残ってはいない。

 けれども、確かに人がいる。

 国がある。

 世界が、ある。

 

 

 ーーもしも、世界が滅びていないのならば。

 

 

 ーーならば、よし。

 

 

 そこまで認識して、感じて。

 【メテオストリーム】は燃え尽きた。

 再生力を、紅音の火力が上回ったか。

 あるいは、怨念が尽きたのか。

 世界が滅んだその後の報復として、作られた龍。

 彼は、世界が滅ぼされていないがゆえに、人の手によって滅ぼされた。

 怨念の一つも、遺さずに。

 “化身”どころかティアン一人さえ殺すこともなく。

 今度こそ完全に、消滅した。

 

 

 To be continued




次回エピローグ。

・【メテオストリーム】
叶わないのは、与えられた使命。叶ったのは、小さな願い。


・要約
 なんもかんも化身が悪い。


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エピローグ 夜明け

四章完結です。


 □■征都近辺

 

 

【<UBM>【鏖金大殲 メテオストリーム】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【安芸紅音】がMVPに選出されました】

【【安芸紅音】にMVP特典【黄金龍面 メテオストリーム】を贈与します】

 

 

 【メテオストリーム】が消滅すると同時に、討伐完了のアナウンスが紅音の脳内に鳴り響く。

 

 

「サンラクさん!ノワレナードさん!やりました!」

 

 

 紅音が、両手を上にあげて、満面の笑みで跳びあがる。

 

 

『落ち着け、紅音。まずは体力の回復が先であろう。貴様の不死身は制限付きのはず、宝物を手に入れたとて、そこで死んでは台無しであろう』

「は、そうでした!」

 

 

 慌てて紅音はポーションを取り出して口を付け、一気に飲み干す。

 そのまま、残りを頭からかける。

 その様は体育会系のそれであり……実際のところ体育会系である彼女にはよく似あっている。

 

 

 

『まったく戯けが……私まで濡れたぞ』

「は!すいません!」

 

 

 どこか、呆れたようにため息を吐いた。

 否、ため息のような音声を発したノワレナード。

 【ノワレナード】は、狐面型の特典武具である。

 そして、世にも珍しい意思が残った特典武具でもある。

 それは、紅音にアジャストしたもの。

 紅音には、生成した分身をアシスト抜きのマニュアルで操作する技術はない。

 それ故に、アジャストしている特典武具である。

 お面にある、【ノワレナード】の意識が《黒白分命》によって作られた分体を操作する。

 そして、それゆえに、【黒召妖狐 ノワレナード】時代の魔力操作技術もそのまま使える。

 そうでなくては、《炎遁・桜花爛漫ーー三連》は使えなかっただろう。

 二連すら、紅音一人ではできない。

 最も、気難しいノワレナードを御せるのは紅音のみであり、彼女でなければ扱えなかっただろうが。

 

 

 

「あれ?」

『どうした、安芸紅音』

「あの……サンラクさんは?」

 

 

 

 いつの間にか、サンラクがいない。

 煙のように、全く痕跡を遺さず消えている。

 

 

『……死んだのではないか?』

「それはないです、ドロップアイテムがないので」

 

 

 サンラクは見た目こそ人外であるものの、れっきとした人間であり、<マスター>である。

 死ねば、世界の法則に従いドロップアイテムをまき散らすはずだが、周囲にそれはない。

 

 

 紅音も、ノワレナードも失念していた。

 この事件には、もう一つ。

 重要な駒が隠れ潜んでいたということに。

 

 

 □■【耽殉冥界 アンダーワールド】内部

 

 

『それで、どういう心算だ?』

「どうするつもりって、それはもちろんナニをするつもりですねえ」

 

 

 あの後、俺は【呪縛】の状態異常になっていた。

 スキルの反動である。

 そのままま死ぬかと思ったが、いつの間にかここにいた。

 多分、カルディナで使ったスキルだな。

 お、時間経過で呪いが解けた。

 

 

『訊いていいか?』

「スリーサイズはねえ」

 

 

 訊いてねえよ。

 さて、どっから追求しようか。

 俺と安芸紅音に任せっきりでほとんど自分は出てこなかったことか。

 それとも今吐いた下ネタについてか……それはいったん置いておこう。

 それより訊きたいことがある。

 

 

『お前、あの<UBM>について知ってたよな?』

「うん、知ってたよ」

『なんで言わなかった?』

「訊かれなかったからねえ」

 

 

 なるほど。

 確かに訊きはしなかった。

 俺は、超級職になるために注力してきた。

 だから、それ以外には興味を向けていなかった。

 

『伏せていた理由はわかった。じゃあ……倒そうとしなかった理由は?』

「観たかったからねえ」

『なるほど』

 

 

 俺が苦戦する所でも見たかったのか?

 だとしたら残念だったといわせてもらおう。

 俺は勝った。

 まあ特典武具は手に入らなかったが……仕方ない。

 せめて、《餓狼顛征》がもう少し入ってれば結果も違ったんだろうが、俺より秋津茜たちの方が相当長く戦っていたのだろうしまあいいだろう。

 

 

『直接は言えないけど、ありがとう』

「え、なになになになになになになにい!なんかいった?」

『何も』

 

 

 大したことじゃない。

 あのドラゴンもどきと戦うまでに、たまたま見ただけ。

 奴の攻撃の結果と思われる破壊の跡を。

 デスペナルティを示す、三人分のドロップアイテムを。

 彼らの頑張りを知っていた。

 正直特典武具を手に入れられなかったのは残念だが、まあ悪くはない。

 

 

 とりあえず、あとで京ティメットには「デスぺナお疲れさまです!」ってメッセージ送ろう。

 デンドロか幕末か、どっちでも果たし状は受け付けております。

 

 

「さあて、これでサンラク君的には、もう天地に来た目的は果たせたかなあ?満足した?」

『まあな』

 

 

 連れてきたのがこいつであるということだけが難点ではあったが、それによる結果が最上であることだけは認めなくてはなるまい。

 

 

「つまり、もうカルディナに戻りたい?」

『まあそうだな。お前の<エンブリオ>でさっさと戻してくれ』

 

 

 正直、天地は楽しかったが……さっさとレイと合流したいのも本心だ。

 なので、約束通り連れ帰ってもらおう。

 事が済めば、俺たちの関係性は終わりのはずだ。

 

 

 

「いや、それは無理だよ」

『――は?』

 

 

 

 あ、やべ反射で拳が出た。

 ごろごろ転がるのはなんでなんだ。

 とりあえず恍惚とした顔はやめてくれ気持ちが悪い。

 

 

「あの時さあ、君の仲間は私達を取り返そうとしていただろう?」

『そうだな』

「私の<エンブリオ>は逃がさないことに特化していてね、招かれざるものを拒む力はそんなにないんだ」

『確かに、今ここにお前がいるもんな』

「きっついねえ。で、ここからが本題なんだけど」

『?』

「君の仲間にビビって、カルディナのゲートをリセットしちゃった」

『おい』

 

 

 とはいえわかった。

 そういう話なら理解はできる。

 納得はできないが。

 

 

「ま、他にまだゲートが大陸に残ってるからね、そこから移動すればいいんだよ」

『なるほど』

 

 

『それで、どこに行くんだよ?』

 

「残ったセーブポイントで、最もカルディナに近いところ」

 

「つまり、ーー黄河帝国さ」

 

 

 

「もう少しだけ、ご一緒させてもらうよサンラクくうん?」

『…………いいだろう』

 

 

 悪魔からの提案。

 俺は、承諾せざるを、得なかった。

 

 

 

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五章はちょっと待ってください。


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世界の始まり、遊戯の終わり
プロローグ 遊戯の始まり


硬梨菜先生お誕生日おめでとうございます!



お久しぶりです。
五章開始です。


 □■???

 

 

 

 彼女にとって、このゲームを始めたのは些細な理由だ。

 刺激を、危険を、スリルを、喪失を。

 いつものように、彼女がゲームに求めているものを、この<Infinite Dendrogram>においても求めただけの話だ。

 そうして、願いはかなった。

 ゲームを始めると同時に、彼女はPKとして動き出した。

 <Infinite Dendrogram>では、PK行為に対するペナルティは存在しない。

 チュートリアル時点で、双子の管理AIに確認したので間違いない。

 これは、彼女にとって二つの意味がある。

 一つ目には、いくらPKしてもBANされることはない。

 二つ目には、いつどこで誰からPKされたとしても、文句は言えない。

 彼女にとっては、どちらも都合がいい。

 相手を殺すこと。

 また、相手に殺されて失うというリスク。

 いずれも、彼女にとってはメリットである。

 殺すときは、悪役らしく大いに楽しみ、散るときは悪役らしく盛大に、派手に退場する。

 それが、ゲームをプレイするうえでの彼女のスタンスだった。

 

 

 <エンブリオ>が孵化し、ジョブに就き、仲間や手駒をそろえて。

 彼女はPKに明け暮れた。

 <Infinite Dendrogram>にはよく騒動が巻き起こる。

 多くの者たちが、騒動を引き起こす。

 彼女もその一人。

 ときに一人で。

 ときに、配下モンスターとともに。

 ときに、仲間とともに。

 あるいは、PK以外のクエストを回したり。

 ある時は、<UBM>と戦ったりと、純粋にこの<Infinite Dendrogram>というゲームを楽しんでいた。

 <Infinite Dendrogram>を始めたその日から抱いていた、違和感(・・・)を抱えたまま。

 

 

 □■地球・【旅狼】チャットルーム

 

 

 サンラク:そんなわけで、黄河帝国に行くことになりました

 

 鉛筆騎士王:サンラク君さあ……

 

 ルスト:本当にちゃんと謝るべき

 

 オイカッツォ:?

 

 サンラク:まあ、それはそう

 

 サイガ‐0:大丈夫ですよ

 

 サイガ‐0:埋め合わせはしてもらうので

 

 サンラク:はい

 

 鉛筆騎士王:なるほど

 

 オイカッツォ:個人的には、サンラク達の相手した<UBM>がどうなったか気になるところ

 

 京極:あかねさんがMVPだったね

 

 秋津茜:はい!皆さんのおかげです!ありがとうございます!

 

 サンラク:いいってことよ

 

 京極:サンラク、君はいい加減僕の果たし状を受け取りたまえよ

 

 京極:またそろそろ七夕イベントも始まるよ?幕末

 

 サンラク:いやいや

 

 サンラク:また七面鳥よろしく焼かれるのがオチでしょ

 

 サンラク:鼻で笑ってやるわ

 

 京極:君本当に覚えときなよ……

 

 サイガ‐0:とりあえず黄河には迎えに行きます

 

 サイガ‐0:今度は逃がしません

 

 サンラク:う、うんわかった

 

 鉛筆騎士王:それなら、私達も行こうかな

 

 オイカッツォ:いいね

 

 オイカッツォ:東方のスキルにも興味あるし

 

 秋津茜:え、みなさんもしかして黄河に集まるんですか?

 

 秋津茜:私も行ってみたいです!

 

 オイカッツォ:あ、うん

 

 鉛筆騎士王:まぶしいねえ

 

 京極:僕はいいよ

 

 京極:他の二人も多分嫌とは言わないだろうし

 

 秋津茜:ありがとうございます!

 

 オイカッツォ:今更かもだけど、本当にサンラク天地でいろいろやってるよね

 

 オイカッツォ:超級職にも就いたんでしょ?

 

 鉛筆騎士王:すごいよねえ

 

 鉛筆騎士王:まあ私も就いたんだけど

 

 サンラク:レイも既についてるよね、すごいよ

 

 サイガ‐0:ひゃ。ひゃい!

 

 鉛筆騎士王:あれ?

 

 サンラク:オイカッツォ君、何か言いたいことはある?

 

 オイカッツォ:は?

 

 サンラク:特典武具も超級職も特にないってマジ?

 

 京極:一応、僕は特典はあるから

 

 秋津茜:以前クエスト中に出てきた<UBM>ですよね?

 

 京極:そうそれ

 

 ルスト:私達も、特典はある

 

 ルスト:モルドに預けてるけど

 

 モルド:【酷死無蒼】に組み込んだやつね

 

 オイカッツォ:……

 

 サンラク:カッツォ、君の番だよ?ジョブは何だい?

 

 鉛筆騎士王:教えてくれていいんだよ?君の特典、何級?

 

 ルスト:この煽りである

 

 鉛筆騎士王:君たちもノリノリだったじゃん!

 

 サイガ‐0:あの、ごめんなさい

 

 秋津茜:どうかしたんですか?

 

 秋津茜:あ、ペンシルゴンさん!先日手に入れた特典は神話級でした!

 

 オイカッツォ:…………

 

 サンラク:あーあ、壊れちゃった

 

 モルド:無知って怖い……

 

 

 

 

 ◇

 

 

 グループチャットでひとしきり友人を煽った後、彼女は携帯端末をバッグにしまう。

 もうすぐ休憩時間が終わる。

 そうなれば、すぐに撮影が再開される。

 その前に、考え(・・)をまとめる。

 

 

「うーん、もう頃合いかな」

 

「そろそろ、本格的に動くとしようかね。場所もここでいいだろう」

 

「ドカンと一発、どでかい花火を咲かせようね」

 

 

 

<Infinite Dendrogram>では、日々騒動が起こっている。

 管理AIが、ティアンが、モンスターが……何より自由を手にした<マスター>が、各々の目的と意思をもって騒ぎを巻き起こす。

 彼女も、そんなトラブルメーカーの一人だから。

 平穏よりも、騒乱を。

 安定よりも、冒険を。

 永きにわたり生き延びるより、刹那の歓びを。

 それこそが、彼女の求めているものだから。

 

 

 天音永遠ーー“嬲り殺し”【死将軍】アーサー・ペンシルゴンが動き出す。

 

 

 

 

 Open Episode 【世界の始まり、遊戯の終わり】



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穴を抜けた先が、望む場所とは限らない

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 □【修羅王】サンラク

 

 

 【耽殉冥界 アンダーワールド】は、暗く、黒い壁で形成されている。

 蠟燭やら松明やら電球やら、とにかく光源があれば中に居る俺達を照らすことは出来るが、壁は黒いまま。

 壁が黒いというより、そういう法則らしい。

 光の届かない、死後の世界をモチーフにしているのだから無理もないのかもしれない。

 <エンブリオ>というのは、その人のパーソナルを反映したものだが、モチーフが本人のパーソナルに合っているとは限らない。

 俺みたいに、そもそも元ネタを詳しく把握していなかった奴も少なくない。

 カッツォも「そうけつって何かと思った」とか死んだ目で言ってたな。

 多分だけど、魔境スレで同音異義語を拾ってしまったんだろう。

 かわいそうに、口から笑みが、おっと違った涙が止まらないよーー笑いすぎて。

 逆に、ペンシルゴンみたいにモチーフが似合いすぎてるやつもいる。

 いくらなんでも、ディストピアはねえ……ピッタリすぎて聞いた瞬間爆笑を禁じえなかった。

 危うく爆殺されるところだった。

 空を跳べなかったら即死だった。

 因みに一緒に笑ったユニークゲットできないマンは空飛べないので弾け飛びました。

 風魔法とかだと、あのでかい機体を支えられないらしい。

 万能型だとカッツォみたいに出力が落ちるか、俺みたいに変な制限がついてきたり、或いはペンシルゴンやレイみたいにコストが重くなったりする。

 

 

 閑話休題。

 とりあえず、問題は自爆外道と爆死外道のことではない。

 この空間が狭くて暗く、隣にいる相手に対して非常に不満があるというだけの話である。

 

 

「ゲートを開くにもコストがかかるんだよお。私の場合、設置の手順とかが複雑な分、まだ比較的軽いけどねえ」

 

 

 まるで使ったことのない俺にはわからないが、この<Infinite Dendrogram>においてワープ機能はコストが尋常なく高いらしい。

 色々問題があるデンドロのシステムだが、その仕様だけは良かったと思う。

 そんなポンポンこのリアルすぎるゲームで使われたらクソゲー待ったなしだ。

 あ、でも【ロウファン】はいきなり出てきたよな。

 レジェンダリアだけどうにかしてくれ運営。

 ついでに、ハラスメント判定で変態どもを全員BANしてくれ。

 いや、それだとレジェンダリアのプレイヤーがほぼ全滅する可能性があるか。

 まともなの、記憶にある限りだとレイと俺くらいだもん。

 フィガロはナチュラル半裸脳筋戦闘狂だし、【超力士】は脱がせ魔だし。

 たまたま見かけたサバイバアルとエタゼロも言うまでもない変態だし。

 アンダーマテリアルもレジェンダリア出身だし。

 因みに知り合いの中で一番ヤバいのは、トップクランのオーナーだ。

 やばすぎて一周回って十八禁にならないのはヤバい。

 やばすぎて語彙力がなくなってる。

 

 

 

 

 

「お、できたよ。穴が貫通しちゃったよ」

『そうか』

「じゃあ一緒にイこうか、イきそう?イキたい?」

『そうだな。お前を逝かせてやるよ』

「なんか竿役のセリフみたいあああああああ待って待って!そのスティックは死んじゃうからあ!」

 

 

 そんな大げさな。

 腹に槍を刺しただけだろうに。

 そもそも、お前のHPほとんど減ってないだろ。

 こいつがどれだけ自分のアバターをジョブスキルでいじってるのかはわからないが……感触からするに耐久型純竜並みに硬い。

 

 

 

 

 ゆっくりと、ゲートを通っていく。

    

 

 ◇

 

 

 その場所を、端的に言えば中華街だ。

 少し中華街と違うのは、ド派手な、龍をモチーフにしているモニュメントがあちこちに飾られている。

 

 

 

『ここは?』

「黄河帝国の帝都、黄京だよ」

『ほーん』

 

 

 黄河帝国は、龍と、特殊超級職である【龍帝】を信仰する中華ファンタジー丸出しの国だと聞いている。

 ジョブも【道士】【僵尸】

 誰から聞いたんだったけ。

 カッツォだったっけ?

 夏目氏だったっけ?

 いや多分、これは全一だな。

 ぶっちゃけ多分正直思い出したくない相手だから、思い出せないんだと思うんだよな。

 嫌ってるとかじゃないんだけど、ことあるごとに海外に移住させようとしてる異常者なので、あんまり会いたくないんだよな。

 最近まで日本にいたらしいので、海外に移住することが大したことないと思ってるらしいんだが、とんでもない勘違いである。

 普通にキツイよ。

 バベルシステムを始めとした強力な翻訳システムがあるとはいえ、日本人にはハードルが高すぎるのである。

 そもそもあれ、元がシャンフロ由来だからなのかゲーム以外の方に全然出回ってこないんだよな。

 だから日常生活では、バベルに劣る翻訳アプリか、脳内翻訳アプリ……もとい地頭に頼るほかないんだよな。

 そんなわけで、未だに英語も第二外国語も単元から外れていない。

 キッツいよお。

 まじめにやってればなんとかなるけど、

 

 

「ところで、私の格好に何か思うところはあるかい?」

 

『いや別に』

 

「え?」

 

 

 《瞬間装着》で着替えたのか、いつの間にか赤いチャイナドレスに着替えているアンダーマテリアルを適当に流す。

 いや、ちらちらスリットを広げなくていいから。

 やめろ気持ち悪い。

 どうせ、見たんでしょ?とかいうためにやってるんだろうが。

 

 

 と思ったが、何やらぶつぶつ言ってんな。

 「どうして?私の必殺が通じないなんて」とか言ってるよ。

 というかそれが必殺ってなんだ。

 

 

「それでえ、エロDM……メールによると確か帝都じゃないんだよねえ集合地点」

『腹八文目は大丈夫理論!』

「ぐへあぅ!待ってサンラク君、八割はまずい。急襲に対応できないから、先っちょだけ、先っちょだけえ!奥はやめてぐひいん!」

 

 

 

 ここまで来たら別にこいつをデスペナってもいい気がしたが……まあさすがに超級職転職最大の功労者を「なんか言い回しがむかついたから」という理由だけでキルするのはなんか違う気がする。

 地面の上でのたうち回り、チャイナドレスに皺が寄るのも特に気にせず、ニヤニヤ笑っているアンダーマテリアルを見ながら――いやこいつ殺しといたほうがいい気がしてきた。

 スカートの中身を見せようとすんな。

 セクハラで運営に通報できないから殺すぞ。

 PKはともかく、そういうハラスメント系にはちゃんと対策を示して欲しいものだ。

 そういうこと(・・・・・・)ができる以上、いやまあ別に実体験とかではないがーーそういった問題には運営に真摯に向き合ってほしい所存である。

 ハラスメント対策としては“自害”システムというのがあるにはあるが、あれは普通にデスペナルティになるだけなので、被害者側が一方的に損をする形になる。

 考えれば考えるほど、殺したほうが速い気がしてきたな。

 PKへのペナルティも特にないし、これは本当にアンダーマテリアル抹殺のチャートを組まなくては……問題は、あいつがアンダーワールドにこもって隠れる前に奴を削り切れるかなんだが……今はまだ無理か。

 こいつの手札はあらかた見ている。

 高い水準かつ、多数のキメラによる飽和制圧。

 <エンブリオ>に閉じこもって周囲を隠蔽、隠れ潜む個人生存。

 超級職ゆえの高いMPをサブジョブの魔法職で生かす大火力による殲滅。

 ジョブスキルで改造した肉体と、前述のすべて、そしてこいつの技量を使った戦闘。

 これに加えて、特典武具まで有している。

 そもそも、真っ向からやりあって勝てるのかもわからない相手。

 とりあえず、さっさと行くか。

 

 

 

 

 ◇

 

 

と、そんな風に帝都を出たのが数日前のこと。

 俺達は、追われていた。

 

 

 

『あれ……なんだ?』

「……なんだろうねえ」

 

 

 

 それを形容するなら、動く岩山。

 もう少し正確に言うなら、蠢く岩山。

 岩山のような質感の――蠍ーー【ロックライク・スコーピオン】の群れ。

 

 

 

 

 To be continued

 




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一迅の金色の風

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UA16万突破してました。
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 □【修羅王】サンラク

 

 

 無数の蠍の大群。

 俺自身、動揺は特にない。

 統一感のあるMOB軍団に襲われるのは数多のゲームで経験したこと。

 慣れている。

 蠍の大群に襲われる、というのはシャンフロでも経験した事態だが……あの時とは事情が違う。

 一つ、この蠍はそこまで知性が高くない。

 シャンフロの蠍が、あくまでAIであり、アプデによって日々プレイヤーの動きを学習しつつ進化する。

 一方、デンドロのAIは徹底して生物の再現をしている。

 良くも悪くも、ゲームシステムとしては非合理的な動きが多く、攻撃のパターンもさほど多くはない。

 流石に<UBM>となると話が変わってくるが……そうでもなければ、動き自体は単調。

 そして、もう一つ。

 

 

『今の俺は、空を跳べる(・・・)!』

 

 

 この<Infinite Dendrogram>においてもっとも頼れるスキルである《配水の陣》君を起動!

 いや本当に毎日助けられてます。

 こいつがいないと本当に遠距離攻撃持ってるやつらとか空飛べる連中には何もできないだろうし。

 そのまま爆速で青い結界を跳ねまわり、蠍の攻撃から逃れる。

 あー、何か下の方で悲鳴が聞こえた気がしたけど気のせいだな。

 いや違うな、悲鳴じゃないわ喘ぎ声だわこれ。

 やめろ気持ち悪い。

 虫プレイがどうとか二度と言うな変態女。

 耳をふさごうにも、【蛇眼鳥面】のせいでできないんだよ。

 本当に何でこんなふざけた<エンブリオ>になったんだか……はい、今までの俺の行動の結果ですねすいません。

 レイの<エンブリオ>や、ペンシルゴンのやつと違って、俺の<エンブリオ>はあまりに多機能。

 それ故に扱いが面倒だが……手札は多く、そのすべてが強力だ。

 

 

 さて、蠍群団を見下ろす。

 岩石が蠍の形をしたかのような造形。

 ロックライクってのが、「岩に似ている」という意味なのだろうと思われる。

 地形は岩肌が目立つ、山岳のふもと。

 砂漠ではないが、木々も少ない。

 

 

 《看破》で見るに、ステータスは耐久型の純竜クラス。

 俺は、超級職ではあるが、まだ成り立て。

 STRは決して高くはない。

 火力を補うティック性の装備もおおむね短期決戦型であり、こういう相手には向かない。

 となると、ケツァルコアトルで反動を消して、速度任せに突貫することになるが、これも問題がある。

 速度任せの攻撃は、俺のAGIを乗せてダメージを与える。

 それは、一つの問題がある。

 速度を攻撃力に変換する方法は、直線状に移動しないと、ダメージが乗らない。

 しかし、直線状に動けば、潰したほかのモンスターに飽和殲滅されてしまう。

 アンダーマテリアルを攻撃している、あの蠍共の様子を見ている限り……数で押しつぶすムーブが主体みたいだしなあ。

 とはいえ、戦うのであれば、それ以外に選択肢はない。

 これほど硬い素材が大量に、なおかつ無数にある。

 それを放置して逃げる?冗談ではない。

 そんなことは、一ゲーマーとして許されざる行為ですよ。

 アンダーマテリアルは知らん。

 ああでも、あいつがデスペナってくれればあいつのドロップがゲットできるのか。

 それはちょっと興味があるな。

 と思ったけど、ヌメヌメの触手とかだったら嫌だな。

 あいつのキメラ、だいたいそういう(・・・・)のだし。

 流石下ネタでゲーム一つ丸ごと潰しただけのことはある。

 

 

 いや、それはいい。

 

 

 《配水の陣》を起動する。

 ただし、今度は地面と並行に床のように配置するやり方ではなく、跳ね回るための壁として使う。

 

 

『はっはっはああああ!随分柔らかい岩だなあ!』

 

 

 堅いといっても、あくまでそれだけ。

 スライムやスピリットのように完全物理無効でもなければ、逆に鯨みたいに無限に再生するわけでもない。

 スピードを乗せただけの、純粋物理攻撃で削れる相手。

 このまま跳び回り続ければ、いずれ押し切れるが……ある程度倒したら適当なところで引かないとSPやMPきついな。

 思ってた以上に硬い。

 あ、一体倒せたいっちょ上がり!

 ドロップアイテムを、《豊穣なる伝い手》で回収しつつ、跳躍を継続。

 こいつらが遠距離攻撃を仕掛けてくる気配はないし……あとは。

 

 

『おい変態!サポートしろお!』

「やれやれ、人使い、もとい腰使いが荒いねえ……。ああ!激しいいいいいいい!「ーー《マジック・リジェネレート》」」

 

 

 

 アンダーマテリアルが、下ネタと同時に放ったのは、MP継続回復のバフ。

 というか、今のセリフ顔と腹がつぶれてたから、両手の口で言ってたんだよな。

 眼球も潰れてるはずだが……さては大方どっかに増やしてるな?

 別に人のビルドに口を出す気はないし、否定もしない。

 ましてや、それが強いのであれば、なおさらだ。

 なのだが……こいつに限ってはどうにも嫌悪感が先に立つ。

 

 

 因みにそれをアンダーマテリアルに言ったら、「つまり、私は特別ってことだねえ!」とかなんとか言ってた。

 聞かないし、聴かないし、効かないのがよくわかる。

 

 

「サンラクくうん」

『あ?』

「まずいよお」

 

 おや、蠍の様子が……なになに、岩食って回復してますねえ。

 まずくね?

 

 【ロックライク・スコーピオン】。

 岩のような(・・・)蠍、じゃない。

 岩のような蠍だけじゃない。

 岩が好物の蠍だったんだ。

 通常、蟲に再生能力はない。

 そして、それはこの<Infinite Dendrogram>においても同じこと。

 口角が硬く繁殖能力が高い代わりに、再生力が極端に低く、あっさりと死んでしまうのがデンドロのワームだ。

 あるいは、そうでなくては繁殖しすぎてこの世がワームで埋め尽くされてしまうからかもしれない。

 そう、間違いなく埋め尽くされる。

 さすがに削り切れない。

 

 

『これは押しきれないな』

 

 

 撤退する外ない。

 そう思った時。

 ーー風が吹いた。

 金色の風が、蠍を圧倒的な速度でなぎ倒し、切り飛ばし、貫く。

 光の塵が、量産されていく。

 

 

『――っ』

 

 

 

 風だと思ったのは、金色の刃だった。

 必殺スキルを使っていない俺と同速か、あるいはわずかに遅い程度の速度で動く。

 だが、それより異常なのはその強度だ。

 END換算にして5000を超えているはずの、蠍たちの甲殻。

 それらに幾度となくぶつかってもなお、傷一つない。

 うわさに聞く古代伝説級武具と同等か、あるいはそれ以上の強度。

 それがはるか遠くから伸びている。

 そして、そんな金爪が岩のように堅く、硬い蠍の甲殻を穿ち、斬断していく。

 【符】が設置されている腕からは、熱戦らしきものが放たれており、それもまた光の塵とドロップを量産する。

 これができるのは、戦闘系の超級職か、あるいは……。

 

 

「金色の腕、炎熱魔法、黄河……なるほどねえ」

『知っているのか?』

「まあ、ねえ」

 

 

 足を伸ばして、ここまで来る。

 それは、一人の人物だった。

 アンデッドと思われる青白い肌。

 顔全体を覆う白い札。

 ギザギザの歯が生えた口。

 今まで、俺が出会ってきた面子を思い出す。

 着ぐるみ、半裸、緑の服と下面、半裸マッチョレスラー……そして

 俺と蠍の間に割って入ってきたソレは、

 

 

『あン、なんダ?お前人間カ?それともモンスターなのカ?』

『お前がそれ言うのか?』

「同感だねえ」

 

 

 全長四メートルの化け物キョンシーに言われたくないんだわ!

 

 

 

To be continued. 




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蠍と鳥とキメラとアンデッド

更新遅れて申し訳ないです。


「黄河の<超級>、【尸解仙(マスターキョンシー)】の迅羽だね」

『あア、そいつは知ってるのカ?』

『<超級>……』

 

 

 いつの間にか復帰していたアンダーマテリアルに指摘されて、理解する。

 

 

 <超級>。

 それは、この<Infinite Dendrogram>において特別な意味を持つ。

 数十万を超えるプレイヤー人口の中でも百人に満たないトッププレイヤーたち。

 レベルカンストよりも、超級職よりも、特典武具獲得よりも上の力。

 上級進化、必殺スキル取得、第六形態到達、そういった要素のさらに先。

 第七形態まで、己の<エンブリオ>を進化させたもの。

 基本的に、<エンブリオ>のコンセプトはオンリーワンだ。

 各々の経験や固有のパーソナルを核として生み出される。

 それゆえか、進化条件は不明でタイミングもまちまち。

 プレイ時間が同等でも、レベルが同レベルでも、<エンブリオ>の到達形態が異なっているというのは珍しくない。

 実際、俺と同時期に始めたフィガロやシュウは既に<超級>に至っている。

 最も、あいつらの場合はプレイ時間の差もあるだろう。

 フィガロはまだしも、シュウの方はいつフレンド一覧で見てもログインしていたような気がする。

 俺がいえたことではないが、リアルは大事にしていただきたいものだ。

 まあ、俺も大学が休みの時はほとんどログインしているんだけど。

 デンドロのサービスが開始した夏季休暇はもちろんのこと、

 ゲームの中で眠れてしまうから、ちゃんと準備すれば長時間ログインが可能なのもやばいところだよな。

 

 

 ただまあ一番の問題は完全に<超級エンブリオ>に進化する条件はわかっていない。

 これが、難しい。

 超級職は、クリアすべき条件が設定されている。

 一部の、「どう見てもこれNPC専用のジョブだよな」というの以外は、基本的に誰でもつける可能性があるはずだ。

 噂じゃ、そのNPC専用超級職すらも<エンブリオ>次第ではどうにかなるらしいが……それはさておく。

 さらに、もう一つのオンリーワン要素、<UBM>の特典武具も同様だ。

 あれのMVPの基準は、戦闘主体のクランによって、ある程度解明されている。

 大幅にHPを削ったものが、貢献度が高い。

 ただし、削ったHPも回復されてしまうと貢献度はリセットされる。

 また、貢献度には戦闘時間も影響するため、稀に支援職がとることも十分にあり得る。

 などなど、様々な情報が手に入っている。

 ランダムエンカウントなどの要素もあり理不尽には違いないが……それでもある程度の攻略法は見えている。

 

 

 だが、<超級エンブリオ>だけは違う。

 条件が不明の、最も理不尽とさえ言われる状態だ。

 そもそも、<超級エンブリオ>が超級職以上に強いと一般的に言われていることも原因の一つだ。

 確か、シュウはまだ超級職にはついていない<超級>だが、多くの超級職を抜いて討伐ランカー2位にまでなっているはずなのでなんとなく納得できる。

 因みに、1位は設定上百年以上生きている【大賢者】らしいので、まあ仕方がないといえる。

 

 

 

「それにしても、<超級>がこんなところに何の用だい?蟲姦好き?」

『……?まア、元々向こうで用事があってナ。ついでに、ここまで狩りに来たってわけダ』

『あー、確かにこいつら経験値はうまいな』

 

 

 一体倒しただけだが、かなりの経験値が入っている。

 相手の戦闘力が純竜級であることを考慮に入れても、それでもなお多い。

 鉱石を取り込むという性質があったから、それが原因か?

 レジェンダリアでも、金属系のスライムや異常なほど経験値が豊富だった。

 鉱石由来のモンスターはデンドロにおいてはいい経験値になるのかもしれない。

 あ、おい!逃げるな経験値!

 勝てないからって逃げるからいやなんだよデンドロは!

 

 

 

『いヤ、そっちじゃねえヨ。……来たカ』

『え?』

「おや?」

 

 

『さっさと倒さねえと輝麗達が来ちまうからナ、流石にもう<超級>同士で争うわけにもいかねえシ』

 

 

 

 岩肌を盛り上げて、ソレは出てきた。

 それは、一体の蠍だった。

 黒と金を基調としており、体格も他の【ロックライク・スコーピオン】の数倍ほどのサイズだ。

 さらに奇妙なことに、赤色の発光体が六つ浮かんでおり、それらが円周上に奴の尾の周りを飛び回っている。

 モンスターネームの表示によれば、そいつの名前は【赤星回蠍 リボルブランタン】。

 ーー<UBM>で間違いない。

 

 

 

 

『見たとこ、古代伝説級って感じだナ』

『……そんなのわかる?』

 

 

 <UBM>はステータスが極端に高く、《看破》では性能を把握できないものも多い。

 こいつもその例に漏れず、詳細まではわからない。

 

 

『これでも、<超級>だからナ。正直、経験に裏打ちされた勘ってやつダ』

 

『なるほどね。まあ、俺も同意見だけどな』

 

 

 だてに何度も俺とて<UBM>と戦っているわけではない。

 【ロウファン】よりはいくらか強く、されど天地で戦ったあの機械竜ほどではないことは感覚として理解できる。

 ティックから聞いた話では、伝説級<UBM>と超級職が同等クラスの強さらしい。

 古代伝説級はそれより格上だが……超級職三人なら十分に倒せる相手。

 となれば、一番の問題は。

 

 

『じゃあやるカ。――邪魔はしてくれるなヨ?』

『こっちのセリフだよ!』

 

 

 迅羽が、両腕を伸ばして攻撃を開始する。

 

 

『ハッ、流石に固えナ』

 

 

 黄金の乱舞を浴びてーー黒金の蠍はいまだ無傷だった。

 どうやら、耐久力は段違いらしい。

 

 

「ーー《チャージ》」

 

 

 チャージという言葉には、アクションゲームにおいては概ね二つの意味合いがある。

 一つは、突進。

 だが、突進などしていないし、ちょこまかカサコソと動くその歩き方には突進のとの字もない。

 だからおそらくは違う。

 正解は、おそらく突進ではなくもう一つの、意味。

 つまり、英語を全く知らない五歳児でもわかるほうの意味。

 

 

 

『やっばい、よけ』

 

 

 

 

「――《ファイア》」

 

 

【リボルブランタン】のスキル宣言と同時に、毒が放たれる。

 

 

 

To be continued

 





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【赤星回蠍 リボルブランタン】

しばらく投稿頻度は週一位になります。


PV70万突破してました。
これも皆さんのおかげ、そしてデンドロとシャンフロのおかげでございます。
ありがとうございます。


 □■黄河西部・岩盤地帯

 

 

『おらあっ!』 

 

 

 

 一番速く動いたのは、サンラク。

 AGIの一点に限れば<超級>を超える彼にとって、誰より先に動くのは当然。

 毒のシャワーを避けつつ、加速によって威力を増した攻撃を当てる意図がある。

 サンラクは、ほとんど遠距離攻撃手段を持たない。

 そこらの矢や弾丸など、それよりも速く動けるサンラクにはあまり持つ意味がない。

 魔法攻撃にしても、MPが低いサンラクではマジックアイテムをまともに使いこなせない。

 そもそも、光魔法でもなければサンラクの方がやはり早く、正確だ。(雷魔法は、制御が困難ゆえに、余波でも簡単に死ぬサンラクは使えない)

 普段は、遠距離攻撃持ちの恋人がいたというのもある。

 だが、それでいい。

 それでも、十分に早く、到達する。

 だがそれは。

 

 

『疾っ!』

 

 

 ーー超越者に、先を越された。

 

 

 迅羽の<超級エンブリオ>、【星天到達 テナガ・アシナガ】。

 速度と射程を能力特性としているこの<エンブリオ>は、魔法職である彼女に戦闘系超級職を超える速度を会与える。

 そう、魔法職である彼女に、だ。

 純粋な速度では、わずかにサンラクに劣るものの、両手に張り付けた無数の符から放たれた無数の熱戦が、サンラクの双剣よりも速く【リボルブランタン】を捕らえる。

 その一つ一つが、牽制ではない、致命の攻撃。

 当たれば、亜竜であろうとひとたまりもないだろう。

 しかし。

 

 

 

『――――』

『ハッ、かてえナ』

 

 

 

 

 

 【リボルブランタン】は、健在だった。

 上級の<マスター>程度であれば、ハチの巣になっているであろう熱線を浴びて、それでもなお表面の装甲が焦げ付く程度。

 本体には、さほどのダメージも入ってはいない。

 

 もとより、耐久型の純竜クラスのモンスターが■■■■■で変異したもの。

 耐久力だけで言えば、神話級<UBM>に迫る。

 

 

 

『――』

 

 

 【リボルブランタン】は、更に毒液をまき散らす。

 サンラク達は、それぞれ避けるが、地面に触れた瞬間、地面が消えた(・・・)

 

 

 

「酸性の溶解毒っぽいねえ。服だけ溶かす毒もあるのかな?」

『……オレ(アンデッド)対策だろうナ。普通の毒は効かねえシ』

 

 

 尾から撒かれる毒をよけつつ、ついでに迅羽の攻撃もよけなくてはならない。

 サンラクにとっては、やりづらい状況だった。

 

 

『おイ』

『うん?』

『――ちゃんと避けろヨ?』

 

 

 

 サンラクには、見えた。

 いつの間にか地面にまき散らされている符と。

 歯をむき出しにして嗤う、迅羽の顔を。

 

 

 

 

『《真火真灯爆龍覇》』

 

 

 

 スキル宣言と同時、あたりに散らばった符が一斉に起動。

 それによって、【リボルブランタン】を中心にして、極大の火柱が立ち上った。

 赤色の火柱に覆われて、【リボルブランタン】の姿は見えない。

 

 

「今の、超級職の奥義?ヤッた、ヤッちゃった?」

『そうだナ。チャージに時間はかかるけどナ』

 

 

 

 

『いや、まだだ!』

『《ファイア》』

 

 

 サンラクが違和感に気付くと同時に。

 先ほどの火柱と同等の圧力の光線が、迅羽に向けて、発射された。

 

 

 迅羽の生死はわからない。

 

 

 わかるのは、「敵の状態」。

 【リボルブランタン】は無傷だった。

 そして、赤いオーラ(・・・・・・)を纏っていた。

 【リボルブランタン】の赤い発光体が一つ、砕けて散った。

 それと同時に、赤いオーラも消失する。

 

 

『《彼方伸びし手、踏みし足(テナガ・アシナガ)》』

 

 

 

 一つの宣言。

 【リボルブランタン】の赤いオーラが再展開。

 同時に、発光体がもう一つ、更に砕け散る。

 さらに。

 

 

『チャージ』

 

 

 尾に、再び赤い光がともる。

 

 

『ファイア』

『射線はもう見切ってる!』

 

 

 サンラクは、超音速機動で回避。

 光線をよけきる。

 

 

(さっきより細い?)

 

 

『これでも、HP三十万超えてるんだがナ、あっさり【ブローチ】まで削られタ』

「【尸解仙】は耐久型魔法職だからねえ。それあっさりとイカせちゃうんだあ」

『お前は一回黙ろうな、そして死ね』

「やあん辛辣う」

 

 

 鋏が、発光する。

 先ほどまでと同じような、赤い光で。

 まるで、レーザーを撃とうとしているような。

 

 

『退避――!』

 

 

 

 

 

 古代伝説級<UBM>との戦いは、まだ終わらない。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 【赤星回蠍 リボルブランタン】。

 

 

 【ロックライク・スコーピオン】の変異体であり、なおかつジャバウォックの■■■■によって<UBM>となったこのモンスター。

 

 その特性は、岩を喰らい回復する【ロックライク・スコーピオン】と同様、蓄積である。

 【リボルブランタン】は三つ、固有の性質を兼ね備えていた。

 

 

 一つ、《回蠍調合》。

 今まで取り込んできた鉱物などをもとにして、その場で毒物を合成する。

 そして合成したそれを、尾から噴射するスキル。

 毒に強いアンデッドの迅羽を見て、アンデッドであろうと関係なく倒せる溶解毒をまき散らした。

 速度型でも回避できない毒霧にしなかったのは、それでは薄まるため効果が薄いと判断した結果だが、それ故に回避されるか、防御されるかしてしまっている。

 二つ、《回蠍閃光》。

 二つある鋏から、レーザーを発射するスキル。

 超音速機動でも避けることは出来ない光速の砲撃。

 だが、これにも欠点がある。

 発動が些か遅く、撃ち終わる前に対応されてしまう。

 

 

 そして、最大の脅威が、第三にして【リボルブランタン】最強のスキル。

 

 

 名を、《回蠍転環》。

 尾の周囲にある、赤い発光体(ストック)を消費して発動する。

 効果は二つ。

 一つは、全周防御結界。

 赤いオーラ―を身にまとうことで機能する。

 一度限り、いかなる攻撃のダメージでも吸うことができる。

 例えばそれが、超級職の奥義であろうと、<超級エンブリオ>の必殺スキルであろうと、吸収できない攻撃はない。

 

 

 

 そして、もう一つは、カウンター(・・・・)

 吸収したダメージを、《回蠍閃光》同様、赤色のレーザーへと変換して、尾から撃ち放つ。

 そして、その威力はダメージに比例している。

 

 

 《爆龍覇》によるダメージは、古代伝説級であっても、燃やし尽くすほどのものだった。

 それゆえに、そのカウンターは迅羽を殺すほどの威力だった。

 

 《彼方伸びし手、踏みし足》によって、急所を引きちぎられたダメージは、ダメージとしては軽微であるため、威力は低かった。

 

 

 毒をまき散らし、レーザーで掃討し、致命の一撃を防ぎ、返す刀で殺す。

 どれか一つでも、<UBM>としては、強力なスキル。

 だが、それも無理なし。

 【リボルブランタン】は、数百年の時を経る、蠍の支配者。

 

 

 古代伝説級、最上位のモンスターなのだから。

 

 

 To be continued




光、毒、カウンター。
意図してなかったけど某主人公みたいになりました。

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黒き暴発する怪物

遅れて申し訳ありません。


 □【修羅王】サンラク

 

 

 超級職としての力を試したい、蠍を倒したい、そしてMVP特典が欲しい。

 ゲーマーとして、俺が考えていることは三つだ。

 最重要なのは、この蠍を倒すこと。

 広域にまき散らされる毒、光速のレーザー、そしてあの赤いオーラ―に起因する防御とカウンター。

 いずれも、俺にとっては難敵。

 速度型全般にとって広域殲滅型の攻撃は天敵だ。

 毒ガスならマスクで防げるが、溶解毒をまき散らされたら防げない。

 どうやっても、俺より速いレーザーも脅威だ。

 とはいえ、こちらは射出口がわかっているので、射線を斬れば対処できる。

 

 

『結局、あの防御スキルが問題だよな』

 

 

 特に警戒するべきは、あの赤いオーラ。

 超級職の奥義、《真火真灯爆龍覇》さえも防いで見せた、あの技。

 あれをどうにかしないことには、勝利の可能性はない。

 火力が根本的に足りないのを、ティックや特典武具による大技で補っている俺にとってはどうしてもああいう単発式の防御は苦手だ。

 迅羽の必殺スキル――《彼方伸びし手、踏みし足》とか言ったか、あっさりと防いだ。

 体内に発生する奇襲攻撃、おそらくはレイの必殺スキルに近いものだ。

 それをあっさりと防いだことから考えると、オート防御。

 

 

 絡繰りというか、ネタはわかっている。

 あの尻尾の周りを飛んでいる、発光体が、一つ減っている。

 おそらくは、一度防御スキルを使うごとに、一つあの発光体を消費する。

こういうストックを消費しているタイプの、スキルは<エンブリオ>に多く見られる。

 俺の《暴徒の血潮(ライオットブラッド)》のように、ストック消費している奴らは多い。

 ストック式は便利だ。

 短期決戦においては、あれ以上にいいものはない。

 ストック尽きた後に、連戦になるときついけどな。

 まあ、そこはログアウトできるゲームなのである程度何とかなるけどな。

 あるいは、ログアウトできる<マスター(プレイヤー)>だから、<エンブリオ>にそういうスキルが多いということなのか。

 重要なのは、そこではない。

 

 

 

『アンダーマテリアル、いくつ削れる(・・・・・・)?』

「まあ、三回ならイカせられるかな。切り札(・・・)はまだ晒せないし」

『切り札?』

「とっておきだよ。ちょっと温存しておきたいかなあ。お楽しみは後に……もとい、夜に取っておきたいものだよねえ」

『好きにしろ……。それで三回まではいけるんだな?』

「そうだね、三発は出せるよ……ひぎいん!」

 

 

 うるさい変態バカを殴って黙らせる。

 割とゲージがギリギリになったような気がするが、知らん。

 こいつの場合、MPさえ残ってれば、HPなんていくらでも回復できるからな。

 

 

『だ、そうだ迅羽。あと三回(・・・・)は俺達だ』

 

『どっちが持って行っても恨みっこなしってことカ?いいゼ、やってやるヨ』

 

 

 迅羽は、両手足の爪を伸ばす。

 俺もまた、触手を展開し、そのすべてで俺の牙を構える。

 さて、四つ目の特典武具奪取と行きますかあ!

 

 

 

「《喚起ーー【スプラッシュ・エレファント】、【プレイ・ケルベロス】、【ビッグ・マグナム】》」

 

 

 

 アンダーマテリアルが、ジュエルから手持ちのキメラを召喚する。

 以前も見た象と、ケルベロス。

 それに加えて、異様なキメラ。

 五メートル程度の大きさの人型。

 ただし、腕が一本しかなく、その右腕はそれ以外と同等のサイズか、それ以上のサイズ。

 どう考えても、「一発ぶち込んでやるよ」と言わんばかりの仕様である。

 後、名前どうにかしろ。

 全部下ネタじゃねえか。

 改良として、象に毛を生やしてマンモスにするのやめろ。

 ちょっとそれっぽくなるだろうが。

 

 

 

 象が、鼻から毒液をまき散らし、ケルベロスが炎、雷、冷気をそれぞれ口からまき散らす。

 それらは、動きを阻み、蠍によってまき散らされる毒液を防ぐ。

 さらに、毒で地面が溶けるので、【リボルブランタン】の動きは大幅に阻害される。

 加えて、炎熱と雷撃が、動きをけん制し続ける。

 

 

 

「VIIIIIVOOOOOO!」

 

 

 

 

 その間に、隻腕の怪物が、接近していた。

 冷気で、毒と炎熱と雷撃から守られて、接近できる。

 あれ……なんか腕でかくね?

 さっきまで五メートルぐらいあったんだけど、それが横に膨らんで、長さも倍近くになって。

 黒い皮膚が、腕の部分だけ赤熱して。

 

 

 

「VIIIIIIIIIIIIIIVOOOOOOOOOOOOOOOO!」

 

 

 蠍を、全力で殴り飛ばす。

 

 

『――』

 

 

 それと同時、赤い発光体が点滅し、赤いオーラが蠍を守る。

 赤いオーラで、ダメージがすべて防がれ、ダメージは一切通らない。

 

 

 そして。

 

 

 

『《ファイア》』

 

 

 

 【リボルブランタン】のカウンターとして、極太のレーザーが、隻腕巨人を捕らえ。

 

 

 【ブローチ】によって阻まれる。

 そして、もう一度。

 

 

「VIIIIIIIIIIIIIIIIVOOOOOOOOOOO!」

 

 

 

 赤熱した腕が一閃。

 再び、レーザーが飛んでいくが、これは。

 あ、ケルベロスがブローチを盾に守ったな。

 んー、あの隻腕キメラ、もう腕ボロボロだな。

 三回ってのは、三発打ったら使い物にならないくなるって意味とみていいかな。

 あいつのキメラは、そういう奴らが多い気がするけど。

 使い捨て前提みたいな。

 そうしたほうが瞬間火力が出るってことなんだろうな。

 

 

 

「「「WOOOO!」」」

 

 

 

 そして、三度目。

 また防がれて、赤いオーラが展開、発光体が割れる。

 けれど、それと同じ展開にはならなかった。

 

 

 カウンターのレーザーが当たらなかった。

 正確に言えば、当たる的がなかった。

 

 

 

「VI、VO……」

「やっぱり三発が限界かあ……」

 

 

 赤熱し、肥大した腕が自壊する。

 そしてそれに巻き込まれて、腕以外の部分も崩れて、光の塵になった。

 

 

『た―まやー』

 

 

 なんとなく使ってるけど、これどう言う意味があるんだろうな。

 花火と言えば幕末くらいしか出てこない。

 そういえば京ティメットにイベント誘われてたような気がする。

 まあ、気にしなくてもいいか、始まったら始まったときに考えればいいだろ。

 どうせ始まる直前に、またメッセージが来るだろうし。

 

 

 なんとなく聞いたことを、意味もわからずいうのって今更だけどすごいバカっぽい気がする……やめておこう、その辺考えすぎるとシンプルにダメージがでかい。

 まあ、いいや。

 どうせ誰もきいていない(・・・・・・)んだから、深く考えることはない。

 

 

 

 残りは四つ(・・)、さあどうやってブッ壊すかね。

 

 

 To be continued




???「シャンフロを思い出すねえ?」


・《黒殲》

 【ビッグマグナム】唯一のスキル。
 リミッターを外して、全力で殴る。
 ただそれだけだが、その一撃の威力はクマニーサンに匹敵する。
 なお、反動も大きい。
 キメラ体はつぎはぎゆえに、自身のSTRに耐えられない。

・切り札

 それは、龍であって龍ではない




 しばらく更新不定期になります。
 いろいろ忙しくて、申し訳ありません。
 ストックをため込んできたオリジナルがあるので、良ければそっちもお願いします。

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お前の屍を踏みしめて

お久しぶりです。
リアルの用事や他作品の執筆などで、本当に久々になってしまって大変申し訳ありません。


これからもまったり更新になってしまいますが、良ければよろしくお願いします。


 □■黄河西部・岩盤

 

 

 

 【赤星回蠍 リボルブランタン】との戦いは、迅羽の当初の想定とはまるで異なった様相を呈していた。

 対モンスター戦ではなく、一つの特典武具を三人で奪い合う対人戦(・・・)

 それ自体を予想していなかったわけではない。

 この【リボルブランタン】の情報は、ある程度の金銭やパイプを持っていれば手に入れられる。

 犬猿の中である<輝麗愚民軍>や、広域殲滅特化の【総司令官】、あるいは自由人の権化たる【武神】と遭遇し、奪い合いになる可能性も危惧していた。

 さらに、迅羽の眼中にもない有象無象が来る可能性もないとは思っていなかった。

 いずれの可能性も、とれる対策はしたつもりだった。

 だが、問題なのはどの想定にもない展開が来たこと。

 

 

 魔法の余波や爪でやすやすと殺せるような無名の有象無象ではなく。

 しかして、事前に情報を得ていたランカーや<超級>でもない。

 

 

 無理もない。

 方や、複数の<UBM>を討伐したもの。

 レジェンダリアを中心に、世界を飛び回る準<超級>。

 ”怪鳥”【修羅王】サンラク。

 

 

 方や、修羅の国で超級職多数を殺して指名手配になり、なおかつ追手の追撃を全て逃れた曲者。

 さらに戦闘のみならず、生産や商業でも結果を残してきた万能の実力者。

 ”所在不定”【生命王】アンダーマテリアル。

 

 

 いずれも知名度の割には情報が少ない猛者であり、対策をとることが難しい。

 そもそも黄河にいること自体、知っているのは本人とその関係者のみ。

 迅羽が対策を考えていたのは黄河で活動しているものたちのみで、本来はそれで充分であるはずだった。

 対策などとれるはずがない。

 

 

 迅羽は黄河の中でも最強の一角ではあるが、それでも準<超級>二人を倒しつつ、古代伝説級も撃破できるかと言われればそれは難しい。

 相性次第では負けることもある古代伝説級相手に、そこまでの余裕はなく、ふたりと競争しながら出し抜くのを狙うのが最善手だった。

 

 

 彼女には特典武具などの札は他にもあるが、【リボルブランタン】の《回蠍転環》のストックを消費できるほどの威力を持ったものはない。

 決闘が彼女の主戦場ということもあり、彼女の特典武具獲得数は<超級>の中では少ない方だというのもある。

 ストックを消費できるのは、二つ。

 いまだクールタイムが空けていない必殺スキルと、奥義である《真火真灯爆龍覇》ならストックを削り、致命傷を与えることができる。

 だが、これは難しい。

 必殺スキルのクールタイムが空けるのにはいまだ時間を要するし、《爆龍覇》も撃つのに時間がかかる。

 ゆえに、彼女は《爆龍覇》の準備をしながら、休むことなく攻撃を続けている。

 

 

 

 甲殻の隙間を狙って魔法を集中させ、ダメージを与える。

 幾度となく両手両足の爪をぶつけて、甲殻を傷つけて穴を穿つ。

 的確に、彼女の攻撃は【リボルブランタン】の身を削るが。

 

 

『――』

「ちィ!」

 

 

 

 それらは、元々素体が【ロックライク・スコーピオン】であったことによる再生能力によって再生してしまう。

 

 

 

(これが厄介だ。加えて、もともと再生能力に優れてるモンスターなら、ストックがかなり早く回復してもおかしくない。どれくらいのペースで回復する?)

 

 

 

 あらゆるダメージを一度限り防げるスキル。

 普通に考えれば、【救命のブローチ】同様、24時間かそれ以上の時間をかけてストックが回復すると考えるのが自然だ。

 だが、相手は古代伝説級。

 常識の埒外にいる存在であり、そこまで考慮すれば今この瞬間にストックが回復する可能性もゼロではない。

 再生力に秀でた個体であればなおさらだ。

 

 

 だが、今の迅羽にはもうこれ以上削るすべがない。

 ゆえに、ここで彼女に出来ることは、可能性を探りながらサンラク達の攻撃を待つようなことであった。

 そして、サンラクもそれに気づいている。

 だから、彼はここで動いた。

 

 

 

 

『《白き皮、紅き骨(プリズンブレイカー)》!』

 

 

 サンラクのスキル宣言と同時、紅き巨人が起動する。

 伝説級特典武具、【甲剥機甲 プリズンブレイカー】の名を冠したスキル。

 彼のAGIを基準に速度と攻撃力を引き上げるスキル。

 超級職に転職し、彼のAGIは<エンブリオ>の補正やスキルも込みで三万オーバー。

 ゆえに、攻撃力も三万を超える。

 さらには、それだけでは終わらない。

 

 

 

『《暴徒の血潮(ライオット・ブラッド)》《フィジカル・バーサーク》!』

 

 

 

 それは、【闘士】系統のレベルを上げる過程で習得したスキル。

 《フィジカル・バーサーク》は肉体の制御を失い代わりにステータスを大幅に引き上げる。

 これにより、更に速度と攻撃力が上がり、【リボルブランタン】は完全にサンラクを見失う。

 

 

 

『――』

 

 

 

 毒液を《回蠍調合》で作りだし、ばらまく。

 毒物は鉱石や金属なども溶かせる溶解毒。

 正体不明の巨人に対して、生物用の毒では効き目が弱いと判断した結果である。

 強度はさほどではない【プリズンブレイカー】では、当然耐えられない。

 だが、耐えきる必要もない。

 

 

 

『全速前進!猪突猛進!』

 

 

 

 端的に言えば、ただの突進である。

 だが、たかが突進ということなかれ。

 攻撃力がただでさえ数万。

 加えて、音の数倍の速度と、人の百倍以上の重量が乗った一撃。

 それは超級職の奥義にさえも匹敵する。

 衝撃に耐えきれず、【プリズンブレイカー】は崩壊をはじめ。

 【リボルブランタン】はストックを一つだけ消費して耐える。

 

 

 

 

『《ファイア》』

 

 

 

 カウンターの光線が【プリズンブレイカー】に命中する。

 

 

 

 

『《逃避行(アウトロー)》』

 

 

 

 【猛牛闘士】の奥義。

 【修羅王】のスキルにより、戦闘系のスキルであればすべて使える。

 ゆえに、これも使うことができる。

 

 

 

『もう一発!』

 

 

 

 

 《逃非行》というスキルは、空間転移だ。

 相手の背後に転移して隙をつくことができるため、間違いなく驚異的なスキルではある。

 転移したからと言って、それまでのことがなかったことになるわけではない。

 転移直前に獲得した速度は、リセットされない。

 そこに《回遊》の効果も加われば、彼は超超音速を体現できる。

 

 

 

「ーー」

 

 

 

 全速力で、返す刀で斬りつける。

 その一撃は、超級職の奥義にすら匹敵する威力であり。

 また、紅い発光体が砕け散る。

 

 

 

 

『《ファイア》』

 

 

 

 

 光線が発射されて、

 《製複人形》が発動し、光線から盾となってサンラクを守る。

 HPの大半を失い、更にスリップダメージでも削れていく。

 サンラクのHPが、一になり。

 そこで止まる。

 最終奥義、《修羅場》の効果だ。

 

 

 

『ファイア』

 

 

 そしてさらにもう一つ。

 

 

 

「やれやれ、相打ちかな。一緒に果てるってエロいよね」

 

 

 

 どうやってたどり着いたのか、【リボルブランタン】の足元にはいつくばっているアンダーマテリアルがいた。

 彼女は、自らの肉体を囮にして、【リボルブランタン】と銀色の巨人ーー【機人変刃】をぶつけたのだ。

 毒が彼女の体を侵すが、それも《ライフリンク》で凌いでいる。

 これで、ついに発光体は、ストックはひとつ残らずなくなった。

 

 

 

 ここから、さらに手を打つつもりだろうか。

 だが。

 

 

『これで終わりダーー《真火真灯爆龍覇》』

 

 

 

 ストックもなくなり、今度こそ致命傷となる一撃を、迅羽が発動して。

 今度こそ、【リボルブランタン】は、光の塵になる。

 

 

 

『よシ!』

 

 

 

 迅羽は、確信する。

 自分が致命傷を与えたと。

 MVP特典を手にするのは自分だと。

 

 

『ア?』

 

 

 

 だが、彼女が目にしたのは思いもよらないものだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 爆炎が晴れると、そこには二人がいた。

 一人は、アンダーマテリアル。地面にはいつくばっている。

 《ライフリンク》で防いだのだろうか。

 

 

 もう一人は、サンラク。

 白と黒で形作られた【双狼一刀 ロウファン】という、対生物即死特化の伝説級特典武具。

 それを振るった後だった。

 だが、どうやって近づいたのか。

 確かに、奴の速度は見切っていたはずなのに。

 そこまで考えて、迅羽は、その絡繰りに気付く。

 

 

 

 ――サンラクが、アンダーマテリアルを踏みつけ(・・・・)にしている光景を見て。

 

 

 

 

『さっきの転移スキルカ!』

 

 

 

 《逃非行》をアンダーマテリアルを対象に使用。

 迅羽が魔法を発動させるより速く、致命の一撃を叩き込んだ。

 つまり。

 

 

 

『ーー俺達の勝ちだ、残念ながらな』

 

 

 

 こんどこそ、獲物の取り合いは決着した。

 

 

 

 【<UBM>【赤星回蠍 リボルブランタン】が討伐されました】

 

 【MVPを選出します】

 

 【【サンラク】がMVPに選出されました】

 

 【【サンラク】にMVP特典【冥鏡死錐 リボルブランタン】を贈与します】

 

 

 To be continued




屍(死んでいるとは言ってない)



最近、小説家になろうで他作品の執筆もしております。
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取り合いが終わって

今回短めです。


 □【修羅王】サンラク

 

 

 

「感謝してよねえ、私のモノをぶっかけてあげたんだからしっかりごっくんしてんぼああ!」

 

 

 

 アンダーマテリアルがほざき始めたその瞬間に、《豊穣なる伝い手(アイビー・アームズ)》の触腕によって吹き飛ばす。

 第三者もいるような状況で下ネタを言うなよ。

 迅羽が下ネタNGかもしれないだろうが。

 いや、そもそも俺も下ネタはNGなんだよ。

 なんでデンドロにおいてGMコールができないんだろうな。

 自害システムはあるのに、通報システムがないのは本当に理不尽だと思う。

 セクハラやらかしてくる相手にぶっ飛ばす以外の対抗手段がないのは本当にどうかしていると思う。

 

 

 

 行動不能状態であっても、触手だけは使えるの地味にいいよな。

 《暴徒の血潮》の効果でも、俺の体自体は動けないから、本当に助かる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それからしばらくして、俺たちはなぜか岩盤に座り込んだまま話していた。

 いや、何でだろう。

 別に、もう争う理由はないんだろうけど。

 

 

 

『あア、お前らは長城都市に行くのカ』 

「そうだねえ。長くて太い街に興味があるんだねえ」

『…………』

 

 

 判定は、セーフ。

 というかスルーだな。

 もういちいち反応するのも面倒になってきた。

 ええい、ちらちらこっちを見るな気持ち悪い!

 

 

『というかもしかして、迅羽はその長城都市から来たのか?』

『そうだナ。ついさっきに出てきたところだゼ』

「……まだ千キロ近くあるはずなんだけどねえ」

 

 

 

 千キロか。

 確か、音の速さが秒速三百四十メートルで……。

 千キロとなると……だいたい三千秒。

 で、俺は音の五倍で動けるから十分程度でたどり着く計算になる。

 何だ、すぐ着きそうだな。

 あってるよな?

 最近電卓アプリだよりであんまり計算してないんだが。

 高校卒業すると、途端に使わなくなるよな。

 昔ならいざ知らず、今は店でも計算を機械がやってくれるところが大半だし。

 

 

「私たち鈍足耐久型からするとちょっとそういう感覚は持てないかなあ。私はまだテイムモンスターがいるからいいけどね」

『そういうもんか』

『アー。まア、わからんでもないナ。オレも、テナガアシナガ抜きだと遅いシ』

 

 

 

 俺と同じ、速度を<エンブリオ>に頼っているタイプか。

 俺は、ジョブも含めて速度と機動力に特化しているが、迅羽は耐久力と魔法攻撃をジョブで得ることによって、弱点を補完する道を得た。

 それは、確かに隙がないが、同時に器用貧乏になりえるということでもある。

 だからこそ、<超級>でありながら、俺にさえも付け入る隙があったのだ。

 

 

 

『ちなみに、迅羽はどうするんだ?』

『それをお前が訊くのかヨ。もうここにいる意味がなくなったし、帝都に帰るゼ』

『あー』

 

 

 

 そうか、そもそもここに迅羽は<UBM>を倒しに来たんだった。

 よりによって、それを言われるのは煽りにしかならないだろう。

 かつて、ソーシャルゲームというシステムと、ガチャというシステムがあったという。

 そこで引いた奴が引けなかった奴にスクショを送り付けるという文明があったらしい。

 いつの世も、人間は素晴らしいという話だよ、と憎悪に燃えた目でどこかを見つめる親せきのことが忘れられない。

 あの人ーーかなり廃れたソシャゲにいまだに金銭をつぎ込み続けるらしいけど、大丈夫かしら。

 いやまあ、俺の親戚は大なり小なりそんな感じだし大丈夫だと思うけど。

 

 

 

『まあ、煽りみたいですまんが、グッドゲームと言わせてくれ』

『あア、結果としては負けだが、楽しかったゼ』

 

 

 

 二対一で、こちら側の札をほとんど切って、それでもなおギリギリだった。

 アンダーマテリアルはともかく、俺は使える札はほぼ全て切った。

 どちらが勝っても、別におかしくはなかった。

 これは、そういう勝負だった。

 それから、一言二言話して、迅羽は足を伸ばして、去っていった。

 

 

 

「じゃあ、サンラク君。行こうか、また抱いてもらって」

『オッケー、地獄まで連れてってやるぜ』

「あ、待ってお姫様抱っこにして!引きずらないでええ!」

 

 

 

 アンダーマテリアルを引きずりながら、俺は<長城都市>防覇に到達した。

 

 

 

 

 




ありがとうございます。


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良ければそちらの方もよろしくお願いします。


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鉛筆と蛇、そして鳥と鎧

二か月ぶりの更新ってマジですか?
とりあえず、もう少し頻度上げられたらいいなあと思っています。
頑張ります。


 □【修羅王】サンラク

 

 

 超音速機動での移動は、妙な感覚だ。 

 AGIはただ移動速度を引き上げるのみならず、体感時間さえも操作する。

 体感時間に干渉するスキルがあるゲームは、デンドロ以外にもある。

 だが、デンドロのすさまじい点は、これがステータスに組み込まれている点だ。

 AGIが上がれば、その分主観時間も伸びる。

 例えば超音速機動で食事をすれば、本人はじっくり味わっているつもりでも一瞬で食べ終わってしまうというわけだ。

 最もいわゆる戦闘モード(・・・・・)に入っていなければそんなことにはならないので、誰かと食事をすることに実害ができるというようなことではないのだけれど。

 とはいえ、一人の食事だとどうしても効率を求めてつい戦闘モードで食べてしまう。

 何が言いたいかと言えば。

 

 

『暇だなあ……』

 

 

 

 集合場所として指定された料理店で、ふかひれスープを飲みほし、杏仁豆腐を食べ終わった俺はそんな言葉を漏らしていた。

 どうやら、少しトラブルで遅れるらしい。

 なので、先に食事をとろうとして、注文してしまってそのまま食べ尽くしてしまったわけだが。

 

『やっぱり、待ってればよかったかな?』

 

 

 一人で食べると、どうも味気なく感じる。

 別に天地ではずっとそんな感じだったはずなんだが。

 約一名、「私を食べて」とかほざいて毎日つるされているやつがいた気がするが気のせいだと思う。

 ちなみに……アンダーマテリアルはここにはいない。

 「面倒なことになる前に退散するよお」と言い残して、どこかに去っていった。

 あいつ、どこに行った?

 いやまあ、別に来て欲しいわけではないし、まあいいか。

 

 

「サンラク君、こちらでは(・・)お久しぶりですね」

『ああ、うん。そうだね、レイ』

 

 

 彼女の姿に変わりはない。

 特典武具のパワードスーツは収納したまま。

 銀髪の女性アバターのままであり、あくまでも威圧感などみじんもない普通のきれいな女性の姿だ。

 だというのに、彼女からは膨大な威圧感が放たれていた。

 おかしいなあ、天使のような笑顔なのに、目が全くと言っていい程笑っていない。

 まあそうだよねえ。

 恋人と一緒にプレイする前提のゲームだったのに、他のプレイヤーと別の国で一緒に行動しているわけで。

 ついでに言えば、あいつは中身は知らんが見た目は女性なわけでありまして……それも火に油を注ぐ結果となってしまっているのだろう。

 

 

『ところで、何で遅れたの?』

 

 

 

 こうなったら、もうカウンターしかない。

 相手の罪悪感をついて、レイの追及をかわすということができるのである。

 どこぞの外道鉛筆から学んできたテクニックの一つだ。

 話を逸らすことで虚を突きつつ、相手にダメージを与えるのが交渉術である。

 よく、討論などで使われるテクニックらしい。

 コミュニケーションに関する手札はほぼすべてペンシルゴンから学んだ。

 戦闘の駆け引きとかだと、また事情が変わってくるんだけどな。

 

 

 

「……遭遇。ペンシルゴンが知り合いと遭遇して、話をはじめた。それゆえに、遅れてしまった」

『久しぶりだな、キヨヒメ』

「……長期。本当に、久しぶりに会えてうれしい」

『あ、うんそれは本当に申し訳ない』

 

 

 

 蛇を連想させる外見の、少女。

 彼女の名は、キヨヒメ。

 レイの<エンブリオ>であり、俺を父のように慕ってくる。

 TYPE:メイデンーー人型であり、ティアンのように人間と変わらない言動をとってくる。

 むしろ、リアルのことをある程度知っているあたり、彼ら以上かもしれない。

 友軍NPCの好感度まで下げてしまっているのも、反省のしどころだ。

 

 

 

 救いを求めて、鳥面を被ったまま視線を宙へと彷徨わせれば、ちょうど店の扉が開いて、人が入ってくるところだった。

 俺は慌てて目を逸らした。

 見覚えのない他人だからではなく、非常に見覚えのある人物だったから。

 というか、できれば関わりを持ちたくない方の人間だったから。

 が、俺の祈りは通じず、その人物は真っすぐかつ腹立つほど優雅に、俺の方へと向かってくる。

 

 

 

 

「やあやあ、お久しぶりだねえ。サンラク君」

『……随分なタイミングで現れたな、遅刻魔王』

「おやおや、【修羅場王(・・・・)】に転職したんだっけ?飯がうまいね」

『口の中にスキルのフルコースぶち込んでやろうか?』

「お、いいね。恋人ほっぽり出して獲得したスキルがどんなものか興味があるよ」

『…………それ言われたらなんも反論できないんだけど』

 

 

 

 いやあの、本当に申し訳ないとは思ってます。

 

 

 

『結局、誰が来るんだっけ?』

「カッツォ君とAGAU(シルヴィア)ちゃん、ナツメグちゃんはこっちに向かってるね」

『ああうん、その三人で固まってるのね』

「あと、安芸紅音さんと京極ちゃんはまだ黄河の東部にいるみたいですよ」

「……追加。ステラは来ない。超級職に転職するために、現在進行形でレジェンダリアで修業中だから」

『ああ、なるほどね』

 

 

 そういえば、そういうイベントもあった。

 この<Infinite Dendrogram>は割と俺たちプレイヤー側の視点から離れたところで、物語が進むことが多い。

 意外と、俺がレジェンダリアに戻る頃にはすでに超級職に就いているかもしれない。

 

 

 どうにもならないんだよな。

 とりあえず謝るしかない。

 俺達の様子をじっと見ていた、ペンシルゴンが何か思いついたような顔で立ち上がった。

 いやな予感がする。

 

 

「まあ、せっかくだしねえ。キヨヒメちゃん、私達はちょっと席をはずそうか」

『……疑問。どうして?」

「まあ、夫婦水入らずの時間も大事だってことさ」

「納得」

 

 

 

 納得するなよ。

 いや、待ってほしい。

 本当に待ってほしい。

 この状況で二人きりになるの?

 リアルでは特に追及されなかっただけに、それが逆に怖い。

 埋め合わせに、現実でデートはしてたけど、それは埋め合わせ関係なくいつもやってることだし……。

 

 

「楽郎君」

『は、はい』

 

 

 レイは、こちらをまっすぐ見つめてくる。

 面影を残しつつ、銀髪がよく似合うその顔でまっすぐ見つめてくる。

 正直、スゴクコワイ。

 何を言われるのか、何を要求されるのか。

 状況次第で土下座するのか、抱きしめるのかの択を迫られている。 

 そんな彼女の提案は。

 

 

 

「今日一日、私とデートしましょう」

『……はい。……え?』

 

 

 

 正直ちょっと、予想だにしていないものだった。

  

 

  

 

 

 To be continued.




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完結したオリジナル作品です。
良かったら読んでいただけると幸いです。


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それが、彼女だから

 □【修羅王】サンラク

 

 

 いつのまにやら、ペンシルゴンとキヨヒメは退店していた。

 ……そもそも、キヨヒメはある程度レイの状況を知ることができるはずだ。

 なので、厳密には二人きりとは言えない。

 むしろ、ふたりだけという体裁を整え、出歯亀することにしているんだろう。

 あいつが考えそうなことだ。

 そんなことするなら、まずおまえ自身の恋愛をだな……。

 いや、やめておこう。

 なんだか寒気がしてきた。

 というか、三十の大台が近づいてきて、割とシャレにならなくなりつつあるんだよな。

 俺やカッツォが煽りのネタに使えない、と言えばどれだけヤバいかということがわかっていただけるだろうか。

 

 

 とりあえず、ほどなく俺とレイは店を出て通りをぶらぶらと歩いていた。

 

 

『レイ、良かったら見ていかない?』

「そうですね、見に行きましょうか」

 

 

 俺とレイは、垂れ幕をくぐった。

 中では、【軽業師】や【曲芸師】などが様々な芸を見せてくれた。

 火を噴く、綱渡りなど、リアルでも見るような芸が基本だったが、リアルの芸をベースにしつつジョブがある分さらに難易度の高い芸が繰り広げられていた。

 火吹き芸で箱を燃やし、箱から脱出するマジックだったり、綱を亜音速で移動していたりとリアルではまずありえないような芸をやってくる。

 あとは、黄河らしい【道士】の魔法スキルを活かした芸もあった。

 風属性魔法を用いて、物体や人を動かしている。

 

 

 

「風属性魔法を使うのは、アンデッドの扱いに秀でた【霊道士】ですね。アンデッドというより、キョンシーの扱いに長けているんだとか」

『キョンシーって、普通のアンデッドとなんか違ったっけ?』

「私もよくは知らないですが、符による特定の操作しか受け付けない代わりに暴走のリスクが少ないそうです。ペンシルゴンさんから聞いた話ですけど」

『あー、あいつそういえばアンデッド系のジョブに就いてたっけ』

 

 

 

 最近、【死将軍】なる超級職に就いたのだと聞いた。

 超級職に就くものが増えたことで、ついてないカッツォに「ついてない」解釈の魔境スレのリンクを送るのが最近の俺とペンシルゴンの楽しみでもある。

 因みに、あいつのついている操縦士系統超級職は既に就いているものがいるらしいので、この煽りはデンドロがサ終するまで続くことになるだろう。

 

 

「ちなみに、サンラク君はああいう芸は出来ますか?」

『うーん、火を噴くのは無理かな』

 

 

 

 他はできるだろうけど。

 綱渡りなら、たぶん超音速でもできると思う。

 脱出は……どうだろうな。極論、超音速で鍵を壊して目にもとまらない速さで視界の外に逃げれば何とかなるか。

 たぶん違うけど。

 そもそもリアルであれのトリックが何か知らないんだよな。

 

 

「楽しかったですね」

『そうだね、リアルじゃあんなの中々ないから』

 

 

 <Infinite Dendrogram>ではNPCでさえもジョブの恩恵を得た超人だ。

 そのせいか、リアルに近い文化でありながらところどころ違ったりする。

 それもまたシミュレーションの結果なのだろうか。

 以前、どこかで見たがこのデンドロは何千年も前からのシミュレーションをして構築された電脳世界であるという。

 

 

 

「わひゃあ!」

 

 

 

 

 

 

「も、申し訳ありません」

 

 

 

 奇妙な女性だった。

 いや、奇妙でないことが奇妙というのが正確な表現である。

 黒いパンツスーツを着て、黒縁の眼鏡をかけた黒髪の女性。

 背丈は小柄であり、リアルのレイより低いかもしれない。

 リアルであれば、目立たないはずのそれが、この<Infinite Dendrogram>だと逆に目立つ。

 左手の甲には、刺青が有ることから<マスター>であるとわかる。

 背後には鎧がいる。<エンブリオ>だろうか。

 

 

 ちなみに、スーツの類も皇国などでは普通にティアンが着ていたりするらしい。

 機械の国だしモビルスーツとかだとばかり思っていたが、そうでもないらしい。

 まあデンドロの機械ってMP消費の観点から長時間の運用ができないらしいし、機械に乗り込むことを想定した服を普段使いする意味もないのだろう。

 

 

 

 

「いえいえ、お気になさらずに」

『ええ、ダメージとかも特になかったので』

「し、失礼します!」

 

 

 女性は、そのまま後ろにある鎧と主に去っていった。

 

 

『うーん』

「どうかしたんですか?サンラク君」

『いやさっきの鎧なんだけどさ、なんかちょっと色変わってなかった?』

 

 

 灰色が、少し黒寄りになったような。

 気のせいか?

 日光の下限だったのかもしれないし。

 あまり気にしない方がいいかなと思う。

 

 

「サンラク君」

『……はい、何でしょう』

「ちょっと、上に行きませんか?」

『あ、はい』

 

 

 

 それ屋上へ行こうぜってこと?

 キレちまったよということでは?

 今すぐにでも逃げだしたいが、逃げたら撃たれそうな気がする。

 キヨヒメは今どこにいるのかわからないが、逆に言えばいつ現れてもおかしくないということである。

 というか、距離の空いた<エンブリオ>って紋章に戻せるんだっけ?

 俺のケツァルコアトルは常に体から離せないのでわからないんだよな。

 常にぴったり体に装備が張り付いた半裸の変態です。

 よろしくお願いします。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『ここは?』

「城壁ですよ。ここは<長城都市>。とても長い城壁が築かれた町だそうです」

『ああ、万里の長城的な感じなのね』

 

 

 

 そういえば、そんな名前だったって聞いたな。

 防覇、だっけ。

 何かから守るために気付かれたのだろうか。

 城壁の高さは間違いなく百メートルはある。

 それこそ、<UBM>でも突破できるかどうかは怪しい。

 

 

『いい景色だね……でも、何でここに?』

「その、サンラク君は今日とても緊張しているように見えたので、リラックスできるような場所はと思いまして」

『あー』

 

 

 

 確かに今日はいつしめられるのかとビクビクしていたからな。

 その緊張が伝わってしまっていたんだろう。

  

 

 

 

「サンラク君は、天地や黄河を旅して、楽しかったですか?」

『…………』

 

 

 

 これ、正直に答えると絶対に角が立つ奴なんだよな。

 でも、レイには正直迷惑と心配をかけてしまったし、せめて正直に答えよう。

 

 

 

『楽しかったよ』

 

 

 

 相方は下ネタの擬人化だったし、トラブルには巻き込まれるし、危うく死にかけたし何ならデスぺナしたんだけど。

 

 

『色々な強敵とぶつかって、試練を超えて、超級職を得て、本当に楽しかった』

 

 

 様々なイベントの過程が、結果が、試練が。

 その全部が、苦労や困難もひっくるめて全部楽しかった。

 

 

 

「それならよかったです」

 

 

 レイは、誰よりも素敵な笑顔で俺に笑いかけてくれた。

 

 

「私は、全力で楽しんでいるサンラク君がその、好き、です」

『え、あ、あ、あ、うん』

 

 

 

 おいおいおいおい、そこで照れるのはズルくない?

 

 

 

「だから、どれだけ逃げても飛んでも追い続けます。それが私のやりたいことだから」

『レイ……』

 

 

 

 ああそうだ。

 咎めるでも、許すでもなく、楽しもうとする、傍にいてくれる。

 彼女はこういう人だ。

 

 

「サンラク君、話してくれませんか?天地でどんなことがあったのか」

『え?』

「リアルでも、あまり話してくれませんでしたから」

『ああ、そうだね』

 

 

 正直、リアルにおいてもあまりにも反応が怖くて天地での様子とかほとんど話していなかったから。

 何があったのか、話しておこうかな。

 

 

『まずはあいつの<エンブリオ>ーーアンダーワールドに捕まって――』

 

 

 

 話し終えるころには、陽が落ちていた。 

 

 

 To be continued




シャンフロ5周年おめでとうございます。


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壁の向こう側を見て、何を思わん

 □【修羅王】サンラク

 

 

 

 レイとデートして、仲直りとも違う、しいて言うならぎくしゃくの解消というべきか。

 いずれにせよ、話したことで雰囲気がよくなった気がする。

 

 

 

『人が多いよな』

「そうですねえ」

「……同感」

 

 

 

 

 黄河は他の国よりも土地が広いというのは聞いていたが、ここまで人口密度が高いとは知らなかった。

 目を凝らさずとも、視力が上がっているので街並みを歩く人が見える。

 中華服を着た人間が多い。

 多分ティアンだろう。

 その一方で、中華的な装いからほど遠い身なりのものも多い。

 こっちは<マスター>だろうか。

 全身に【符】を張り付けて顔も服も一切見えない人物や、RPGで見るような鎧や武具を身に着けた、王国やレジェンダリアでよく見るような服装。

 天地で見るような和装を着たパーティ……あれ、もしかして安芸紅音と京極では?

 まあ、いったん放置でいいかな。

 レイと過ごす時間が最優先だし。

 

 

 

 

「普段はここまで多くないはずだよ。資料によれば、これの半分程度のはずだ」

『……じゃあ何でこんなことになってるんだ?』

「軍事演習だね、端的に言えば」

 

 

 

 言われて、思い出した。

 そういえば、地球でも国防のために万里の長城というのが築かれたんだっけ。

 その当時ではほかに類を見ないほどの大規模な工事であり、犠牲者も多数出たのだとか。

 つまり、この長城都市とやらも本来は国防のために造られたものということか。

 あるいは、この都市自体が万里の長城をモチーフに造られたのだろうか。

 

 

 

『というか、なんでここにいるんだよ』

「あ、バレた」

「……説明。ずっとつけてた。私は反対した」

「いやキヨヒメちゃんもノリノリだったよ?」

 

 

 

 ペンシルゴンは、ごまかすように何やら地図を引っ張り出してきた。

 まあいいだろう。

 多分、キヨヒメが割り込んだからペンシルゴンも潜伏は不可能であると考えて、割り込んだんだろうしな。

 ドヤ顔でこちらを心底馬鹿にしたような声音の厭味ったらしい説明を簡略化すると、こうだ。

 元々、この街はアドラスターという国家との境界に置かれていた守りの要であったという。

 故に、アドラスターが滅んだ今も、軍事演習は恒例行事なのだとか。

 加えて、防覇はカルディナと現在進行形で隣接しているという事情もある。

 で、それ故に人通りが多いんだとか。

 物資や武器防具が大量に運び込まれているらしい。

 

 

「といっても、少し事情が異なるかな」

『?』

「彼らの、そして私たちの目的は軍事演習後の後夜祭だからね」

『後夜祭?』

「……知らなかったのかい?」

 

 

 そもそも、防覇についての情報とか一切なかったし。

 アンダーマテリアルもそこらへん話してなかったし。

 あと、レイと合流出来たらこの街をすぐに去るつもりだったのもある。

 さっさとアンダーマテリアルを振り切って、後顧の憂いを断っておきたい。

 ……BANシステムが実装されてれば、物理的に振り切る必要性はないのになあ。

 実装はよ。

 このゲームは複数アカウントの製作ができないので、そこだけが救いではある。

 

 

 

「それで、軍事演習がいつのまにやらパレードとかもあるお祭りみたいになってるらしくてさ、カルディナと一番近い都市だからってことで交易も盛んだから一大イベントになるらしい」

『ああそうか、最西端だからカルディナの傍になるんだな』

 

 

 

 カルディナは商業大国であり、金と商品が大量に集まる場所。

 そこに近い防覇は、現在外交や交易の窓口になっているらしい。

 時代の流れによって、オブジェクトの在り方が変わるのはゲームでも現実でもよくあることだろう。

 万里の長城も今は完全に観光資源だし。

 あるいは、今後情勢が変われば、ここはまた要塞と化すのかもしれない。 

 <戦争イベント>というのが一応存在はするらしいけど、まだ起こってはないんだよな。

 あるいは、これから起こるのだろうか。

 ここの運営、なんだかんだイベントはちゃんとあるからね。

 

 

『うーん、レイはどうしたい?』

「ええと、できればしばらくとどまりたいですね」

『ふーん、それはどうして?』

「ええと……」

 

 

 レイは少しだけ、口ごもっていたが口をもごもごさせたのちはっきり答える。

 

 

「楽郎君と、一緒にお祭りを楽しみたくて……」

『…………』

 

 

 

 どうしよう、俺の彼女可愛すぎるな。

 ぱしゃり、という音が聞こえた。

 ふと音の方向へ視線を向けると、なにやら水晶玉を持ったペンシルゴンが。

 本人の人柄も相まって、インチキ占い師感が半端ない。

 

 

『それ、何だ?』

「魔導カメラだよ」

 

 

 

 ああ、そういえばそんなのもあったな。

 というか、以前それで一瞬修羅場になりかけたような気もする。

 あまりに怖すぎて記憶から消していたらしい。

リアルで関節を外されるかどうかの瀬戸際だったので、無理もない。

 というか今撮ってたんじゃねえか。

 何てことすんだやめろ。

 

 

「カッツォ君あたりに見せようと思ってね」

『よう、カッツォ。ついさっきまた特典武具ゲットしたんだけど質問ある?』

「じゃあ聞かせてもらおうかな。デスぺナか<自害>、好きな方を選んでよ」

 

 

 

 おいおいカッツォ、お前らしくもないミスだな。

 お前がデスぺナする、という選択肢が抜けてるぞ。

 

 

「また特典武具ゲットしたの?というかこれで何個目だっけ?」

『うーん、何個目だったかなあ。複数取得すると意外と覚えてられないよな』

「……コロス、コロシテヤル」

「ショックでしゃべり方がロボみたいになってない?」

 

 

 

 ええと、あれ何個だったっけ。

 いやいやそんなマジで忘れてるわけが……。

 【ロウファン】、【プリズンブレイカー】、【プリュース・モーリ】、【リボルブランタン】の四つか。

 良かったちゃんと覚えてた。

 いや改めて考えると多いな?

 流石にフィガロやシュウには及ばないけど、それでも多い方のはず。

 そもそも、運がよくないと出会えないし、出会えても一人しか<MVP>になれない。

 <エンブリオ>も進化するごとに装備枠が増えていったし、これは装備枠が足りなくなる時代も近いかもしれない。

 第七形態になれるのかどうかはわからないけどな。

 なにせ、未だに進化条件は不明だし、そもそも<超級エンブリオ>に至ったもの自体が百に満たない。

 何十万というプレイヤーがいる中で、だ。

 

 

 サンプルとしては少なすぎる。

 シュウやフィガロ、【呪術王(HENTAI)】にも聞いてみたけど、共通するトリガーのようなものはわからなかった。

 あるいは……<エンブリオ>ごとに進化条件すらも異なるのかもしれない。

 自由と多様性こそが、この<Infinite Dendrogram>だから。

 

 

 

 それにしてもカッツォも来てたわけか。

 ということは、夏目氏や全一も来てるわけで。

 結局、誰が来てるんだっけ?

 

 

「サンラク君」

『うん?』

「サンラク君は……デンドロをやってみてどう思う?楽しい」

『どうって……』

 

 

 それはさっきも訊かれた質問だけど。

 

 

『楽しいだろ。当たり前じゃん』

 

 

 そりゃあ、運営は放置しかしないし、デスペナルティのログイン制限24時間はいくらなんでも長すぎるし、理不尽なランダムエンカウントはままあるけど。

 リアリティを追求した異世界と見紛うシステムだったり、オンリーワンを叶えてくれる〈エンブリオ〉だったり、次々現れる強敵だったり。

 欠点を加味してもなお、まだ長所が勝っていると思う。

 頼む、迷惑プレイヤーを垢BANする措置をとってくれとは思う。

 PKや初心者狩りはともかく、セクシャルハラスメントとチートはありとあらゆるゲームで許されてはいけないと思う。

 まあ、ここの運営チート対策だけは完璧らしいけどな。

 或いは、ペンシルゴンもそういうことで悩んでいるのかもしれない。

 こいつ例によって例の如く顔はリアルそのまんまだからなあ。

 白いお面付けてるからぱっと見だとわからないけど。

 その辺踏み込むのも躊躇われるから、あんまり強く言わないけど。

 

 

 ◇

 

 

 

 足元に移る、無数の人だかりを見ながら彼女は考える。

 このティアンと呼ばれるものたちは、プログラムの域を超えている。

 今も、一人一人が思考して、行動することで日常を送っている。

 ゲームとして必要のない程の、AIを無数の重要でもないNPCに搭載している。

 本来なら、ゲームの製作者たちはそこまではしない。

 する必要がないから。

 彼らは最初から決められた道筋に従って、動くだけのコマ。

 世界が求めるが故に、或いはクエストを進めるのに必要だから存在するのがNPCだ。

 だから、ここに降り立ったその日、自分は戸惑ったのだ。

 だから、彼女は決めたのだ。

 この街で、彼女が全力を発揮できるこの瞬間に

 

 

 

「決行は、3日後だよ」

『……なんか言ったか?』

「いや、何も?」

 

 

 

 彼女のつぶやきは、彼女以外のだれにも届かなかった。

 けれど、その意味を彼女以外が理解するときは、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 To be continued

 




そろそろ状況が動きます。


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世界の終わり、遊戯の始まり 其の一

更新遅れて大変申し訳ありません。

これからは週一位では更新できると思います。


□■彼女について

 

 

 最初に、自分の<エンブリオ>を見た時、多くのプレイヤーはそれについて納得するだろうといわれる。

 自分のパーソナルから発現したがゆえに、納得できるのは当然だった。

 彼女もまた、その一人である。

 能力も、そのもとになった自分の精神性や思考回路も、全てが納得できるものであった。

 加えて、能力も非常に有用であり、悪だくみが捗りそうだとも考えた。

 その一方で、こうも考える。

 これだけじゃ、足りない(・・・・)よなあ、と。

 

 

 彼女がこのゲームに望んだもの。

 その三つのうち、二つは叶い。

 最後の一つが叶わない。

 

 

 だから、ペンシルゴンは動いたのだ。

 

 

 ◇

 

 

 京極:それで、わざわざ個人チャットで呼び出したってことは何?悪だくみ?

 

 鉛筆騎士王:まあそう警戒しないでよ

 

 鉛筆騎士王:純然たる取引じゃないか

 

 京極:不審すぎるからブロックしていい?

 

 鉛筆騎士王:まあまあ、ちゃんと対価は払うからさ

 

 鉛筆騎士王:もちろん前払いで

 

 京極:一つ訊いておきたいんだけどさ

 

 鉛筆騎士王:何かな?

 

 京極:場所は<長城都市>防覇で、決行は地球時間での三日後でいいんだよね?

 

 鉛筆騎士王:そうだよ

 

 京極:わかったよ

 

 京極:報酬的にも悪くない条件だしね

 

 鉛筆騎士王:でもいいの?

 

 鉛筆騎士王:性格的に、彼女(・・)は間違いなく敵に回るけど

 

 京極:それも含めて、だよ

 

 京極:一度本気で戦ってみたかったんだ

 

 鉛筆騎士王:……なるほどね

 

 鉛筆騎士王:対価については、防覇で渡せばいいかな?

 

 京極:そうだね

 

 

 

 ◇

 

 

 □■防覇周辺・砂漠

 

 

 

 防覇の周辺は、砂漠と岩盤が大半を占めている。

 カルディナに接しているゆえに、当然ともいえる。

 そしてカルディナ同様、魔蟲が多く生息している。

 その中の特に強力なモンスターの一つが、【ロックライク・スコーピオン】。

 砂や岩を喰らって回復する、なおかつ堅牢な装甲を持っているモンスターであり、早々なことでは突破できない。

 加えて速度や攻撃力も高く、隙の無い純竜級のモンスターである。

 【ターミネイション・センチピード】と【ワイヤレス・スパイダー】と並ぶ、ここら一帯における三大強者の一角。

 そんな純竜クラスモンスターの群れが……壊滅していた。

 ミスリルに迫るほどの強度の装甲は、砕け散り。

 周囲の砂や岩を取り込むことによる、実質的に無尽蔵の回復能力も追いつかず。

 数十の蠍によって構成されているはずなのに、物量で圧殺することもできない。

 

 

 

 

『ハハハハハハ!』

 

 

 

 ミサイル(・・・・)が飛んでいた。

 先端が卵のような形状をしていて、なおかつミサイルの信管部分には裂けるような口がついていた。

 他には何もない。

 目も、鼻も、耳も、髪もついていない。

 ミサイルが飛びながら笑っている。

 ミサイルはモンスターに着弾し、爆発。

 直撃した【ロックライク・スコーピオン】一体を吹き飛ばして。

 

 

『《卵尾徒子(ミサイル・マン)》』

 

 

 直後、ミサイルは復活した(・・・・)

 内側から爆発して四散したはずなのに、何事もなかったように、飛び回っている。

 そして、再び別の蠍に着弾して、復活を繰り返した。

 それからしばらくして、そこらにいた五十以上の【ロックライク・スコーピオン】達は全滅した。

 

 

『《卵尾徒子》ーー解除』

 

 

 周囲に敵がいなくなってから、ふわふわと浮いていたミサイルが消失。

 一人の男が、現れた。

 これと言って特徴のない容姿だった。

 ドライフでよくみられるような青い作業着を着て、サングラスをつけている。

 サングラスを含めても<マスター>の中では平凡だろう。

 ただ、彼がたった今引き起こした破壊を踏まえれば、彼を凡百の<マスター>であるとは言えない。

 

 

 

 

「意外と順調だな。さすがペンシルゴンさんだ」

 

 

 作業着の男は、この場にはいない、彼女の名前を上げて独りごちる。

 彼は、ちらりと視線をやる。

 そこには、一体のキョンシーがいた。

 頭部と胴体に一枚ずつ【符】を張り付け、針金のように細長い腕を四本伸ばしている。

 四本の腕は高く上げられており、まるで指揮棒のように見える。

 

 

「さてさて、試し撃ちはこのあたりにしておかねばな。あまりやりすぎて、気取られると都合が悪い」

 

 

 

 そういって、作業着を着ていた<マスター>はログアウトした。

 

 

 ◇

 

 

 中華の雰囲気を醸し出す、そんな長城都市こと、防覇において大半の人間はその場にそぐうような服装をしている。

 ティアンであればほぼ間違いなく中国服だし、<マスター>でさえも半分くらいはそうだ。

 まあ、カルディナなどからの客や、そもそもキテレツな恰好をしている<マスター>がいる以上、百パーセントではありえないが。

 彼女(・・)もまた、そのそぐわない恰好の一人。

 

 

「うーん、どこでしょうかね。ペンシルゴンさん」

 

 

 女性は、黒いパンツスーツを着て、ヒールのついた靴を履き、黒縁のやぼったい眼鏡をかけている。

 背丈は、百五十センチほどだろうか。

 現実世界にならいくらでもいそうな格好だが、この<Infinite Dendrogram>においては逆に奇異にも映る。

 だが、周りの人はあまり気にしない。

 理由は二つある。

 一つは、彼女の左手の甲に”暴れる虎”の紋章がついているーー彼女が<マスター>ということ――だから。

 <マスター>の格好が珍妙であることなどいつものこと。

 討伐トップランカーである【総司令官】をはじめ、それは常識であり、今更<マスター>の服装にとやかく言うものはいない。

 もう一つは、彼女の背後にあるモノが、彼女よりもはるかに目立っているから。

 少しだけ黒ずんだ、白を基調とした鎧であった。

 鎧は、縞模様の彫刻がなされており、まるで虎のようにも見える。

 紅いネイルを指の腹でいじりながら、ペタペタと歩いていく。

 

 

 まるで、ソレの、鎧の存在に気付いていない(・・・・・・・)かのように、彼女は振舞っている。

 

 

「うーん、黄河は人が多いですねえ。それはとてもいいことです」

 

 

 人が多い、と彼女が言うが、正確ではない。むしろ多すぎる。

 そこがたまたま人通りの多い場所であるということもあり、通勤電車に近い状態だった。

 少しだけ、彼女に押し連れられるように触れていた、じんわりと鎧が黒く滲む(・・・・)

 まるで、道行く人の内心を反映するかのように。

 あるいは彼女をか。

 

 

 

「……ペンシルゴンさん、本当にどこに行かれたんでしょう?」

 

 

 

 彼女は、まるで気づいていなかった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

『トゥー、トゥー、トゥ―』

 

 

 

 一人の人物が、建物の屋根の上から民衆を見下ろしていた。

 全身に【符】を張り付けており、容姿も性別もわからない。

 眼さえも見えておらず、何一つ外見的特徴はわからない。

 が、顔の方向からちゃんと見えていることはわかる。

 ふと、顔を上げた。

 まるで、「下の光景をみるのには飽きた」とでも言わんばかりに。

 

 

 ばさりと、符が体から一枚、二枚とはがれ始める。

 魔法系スキルを使っているわけでもないのに。

 そうして、符が全部はがれた時、そこには何もなかった。

 ただ、符が風に吹かれて舞っていた。

 

 

 高度三千メテルほどの上空。

 とあるモンスターが空中にいた。

 それは、【ワイヤレス・スパイダー】。

 文字通り、糸を飛ばさずしての機動が可能であり、それは空中にも及ぶ。

 そして、上空から飛び掛かって獲物を捕食するというわけだ。

 火力と耐久力では【タ―ミネイション・センチピード】や【ロックライク・スコーピオン】に劣るが、速度と機動力ははるかに上回る奇襲特化の純竜級。

 

 

 

「WIIIIIIIIIIIIII!」

 

 

 

 まず、八本の足が全て落ちた。

 どこからともなく現れた魔法が、切り落とした。

 次に、首が落ちた。

 そしてさらに八つに切り分けられる。

 

 

「WI」

 

 

 

 その直後、【ワイヤレス・スパイダー】は光の塵になった。

 そこには、【符】だけが舞っていた。

 

 

 ◇

 

 

 

「キリューちゃん、京極ちゃん、エッグマン、それにアノニマス。全員揃ったね」

 

 

 敵も、味方も、駒が集まり始めた。

 賽は投げられている。

 だから、もはや止まる道理はない。

 どんな結果になったとしても。




次回は明日更新します。

感想などいただけるとありがたいです。


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世界の終わり、遊戯の始まり 其の二

日間ランキングはいってました。
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 □■???

 

 

長城都市、防覇。

 北から南へ細長い都市であり、都市群である。

 防覇の特徴は、長い壁を築き、その東側に人が生活するための街が築かれたことである。

 その成り立ちを説明するためには、600年前までさかのぼる必要がある。

 かつて三強時代と呼ばれていた、実質的にただ二人によって世界が回っていた時代があった。

 一人は西の王、【覇王】ロクフェル・アドラスター。

 この世界に愛されたハイエンドであり、ティアンの中でも最強格とされる存在。

 もう一人は、東の龍、【龍帝】黄龍人外。

 最強に伍する規格外であり、文字通り人の道から外れた存在。

 二人とも、後に世界を揺るがす<超級>と同等以上の存在であり、名実ともに世界を二分していたもの。

 厳密には、第三の強者としてシュレディンガー・キャットという男もいたが……そもそも彼がその時代に現れたのは【覇王】と【龍帝】が原因なので、結局は当時の世界はその二人を中心に回っていたのである。

 そもそも、純粋戦闘力でシュレディンガーは他の二人に二段ほど劣っていたので、なおのこと。

 

 

 そんな西側と東側がしのぎを削っていたそのころ。

 防覇は、黄河帝国最西端の都市であった。

 いや、少し実態は異なる。

 黄河によって、最西端に造られた都市である。

 

 

 その中には、大工系統超級職や、設計師系統超級職などもいた。

 更には、黄龍人外も技術協力を惜しまなかった。

 そうして壁と、侵入者を打ち砕く砲台と、その近くにある町が築かれた。

 その壁は、【覇王】の攻撃を防ぐため――ではない(・・・・)

 そもそも、どれほど強度があろうと、超級職が介入しようと関係ない。

 陸にある時点で、超級職の最終奥義クラスの攻撃をほぼノーリスクで連打できるロクフェル・アドラスターを阻める壁など存在しない。

 ゆえに、この長城も【覇王】の前には壊されてしまう。

 

 

 逆に言えば……黄河の技術のほぼすべてが詰まった壁は【覇王(・・)以外には壊せない(・・・・・・・・)ということでもある。

 つまり、長城が壊れた時、間違いなく【覇王】はそこにいる(・・・・・)とわかる。

 【覇王】が長城都市を攻めた時、【覇王】には多様な術を使いこなす【龍帝】の詳細な位置はわからない。

 だが、攻めれば【龍帝】には【覇王】のおおまかな位置がわかってしまう。

 実力が互角である以上、その差は非常に大きなハンデとなる。

 つまりこの街一つを囮にした、【覇王】に打ち勝つための策である。

 

 

 

 つまるところ、最初から捨て石となるために造られた都市である。

 ゆえに、建設当初、都市機能はほとんどなかった。

 どちらかと言えば職人たちの宿という側面が強い。

 しかして、結果的にはそんなことにはならなかった。

 【覇王】と【龍帝】との決着はつかず、そうなる前に【覇王】が【天神】、【地神】、【海神】の三人によって封印された。

 つまり、防覇は本来の用途を果たせなかった。

 だがしかし、その一方でなお防覇は黄河の最西端に残り続けた。

 理由は二つある。

 一つは、壊せないから。

 もう一つは、壊してはいけないから。

 

 

 壊せないというのは文字通りの意味。

 【覇王】以外には壊せないだろうというコンセプトで造られた都市である。

 ゆえに、そこらの戦闘系超級職の最終奥義でも一発程度なら耐えられる強度の壁が築かれているのである。

 そんなもの、壊せるはずがない。

 少なくとも六百年間の間壊れてもいないし劣化もほとんどない。

 下手に壊すよりも都市として運用した方が効率がいい。

 そう考えた、当時の皇帝によって交易都市としての開発がもくろまれ、壁の東側にあった最低限の町が拡張され、今の長城都市が造られた。

 

 

 壊してはいけないというのも、単純である。

 この都市はカルディナとの交易の要所でもあり、ここが破壊されてしまうと最大の商業国家との取引が滞ってしまう可能性が高い。

 また、先述の通り強度が高い最大レベルの要塞でもあるゆえに、カルディナが攻めてきたとしても守りの要とすることができるから。

 

 

「ということなんだよねえ」

「そんな背景があったんですね」

「ははは、まあ基本的には攻略ウィキに上がっている情報だけどね」

「今日はこうしてお話しできてうれしいです」

「うんうん、私もこうして君と話せるのは楽しいよ」

 

 

 

(ストレス溜めこまれて決行前に爆発(・・)されても困るしね。戦力としては最強格ーー京極ちゃんたちよりも上なんだけど、どうにも扱いづらい)

 

 

 サンラクや目の前にいる彼女等、どうにも情報収集をまともにしないものが知り合いに多い。

 それもあって、彼女は常にアンテナを張らなくてはならない。

 これは彼らをサポートするためというわけでは断じてなく、単純に彼ら彼女らがあてにならないので自分がしっかりしなくてはダメだという判断である。

 

 

 

 

 彼女の名前は、キリューという。

 見た目は、ごく普通の女性である。

 黒いパンツスーツを着て、眼鏡をかけた、黒髪をボブカットにした女性の<マスター>である。

 爪に、紅いネイルーー伝説級特典武具(・・・・・・・)をつけていることをのぞけば日本でもよく見える光景である。

 

 

 

 

「そういえば、この都市において、計画を実行しようとする理由は何なんですか?」

「うーん、まあ結果色々あるけど、人が集まりやすい場所だってのが大きいかな」

「ああ、交易の要所ですもんね」

 

 

 

 

 加えて、この都市には血なまぐさいことも多かった。

 幸いにも人間同士の戦争には至っていないが、モンスターの襲撃は幾度となく受けている。

 それも含めて、ペンシルゴンにとっては都合の良い環境でもあった。

 

 

 

「まあ、祭りは派手であればあるほどいいものだからね」

「なるほどですね」

 

 

 

 彼女は、ペンシルゴンの計画をほとんど理解していない。

 だが、彼女の場合は別にいい。

 そもそも、彼女は手駒がすべてを把握している必要はないと思っている。

 ペンシルゴンがゲームにおいて用いる関係はビジネスライクをベースとしたものが大半である。

 それこそ目の前のキリューは、その一例である。

 ペンシルゴンは彼女に対して、爆発する(・・・・)場を与え、なおかつその爆発力を利用している。

 最も、彼女には爆発している自覚はないのだろうが。

 

 

 ふと、彼女は気配に気づいて振り返る。

 そこには、狐耳を生やした剣士、京極がいた。

 

 

 

「おやおや、本当に間に合うなんてね」

「亜音速で動けばそんなもんだよ」

「あー、うちの配下は鈍足高耐久が多いんだよねえ。速度に特化させると【スピリット】になって結局乗れなくなるし」

「ああ確かに、アンデッドって素早いのはあんまりいないよね」 

 

 

 こつこつ、という音がしたので、ペンシルゴンと京極は話を中断して音の発生源に――ペンシルゴンと会話していた女性に目をやる。

 

 

 

「あのお、私は何をすればいいんですか?ペンシルゴンさん」

「ああうん、キリューさんは何もしなくていいよ。普段通りに(・・・・・)してくれればいいからさ」

「わかりました」

 

 

 ふと、キリューは、京極に見つめられていることに気付いた。

 

 

「……?」

「あの、どうかされましたか?」

「いや、気のせいかもしれないんだけどさ、その鎧、色が変わってるような気がしてさ」

「鎧?何のことですか?」

「君の<エンブリオ>じゃないの?その鎧は」

「すみません、本当に何の話をされているんですか?」

 

 

「…………」

 

 

 

 京極の《真偽判定》には反応がない。

 《看破》に反応がないことから考えても、<エンブリオ>であることは間違いないというのに。

 まだ決行する前から、彼女はこの計画に対して不安を感じていた。

 しかし。

 

 

 

「まあ、僕がその分暴れればいいか」

 

 

 

 そう考える精神だから、彼女はペンシルゴンに与したのだった。

 

 

 To be continued




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世界の終わり、遊戯の始まり 其の三

 □【修羅王】サンラク

 

 

 

『これが、後夜祭かあ』

「あと、の規模ではないですよねえ」

「……群衆。この人込みは、少々辛いものがあります」

 

 

 確かに、親子三人歩いているだけでも普通に人とぶつかりそうになってる。

 というか、本来ならば既にぶつかっている。

 ぞろぞろと歩いているティアン達は、まず鎧を身に着けてないレイや、蛇系の亜人みたいな見た目をしたキヨヒメという二人の美女美少女に目を奪われる。

 そして、その直後に俺を見て「やっべ」という顔をして去っていく。

 おいおい、何だその態度は。

 ただちょっと、蛇眼の鳥面をして、半裸で、触手を腰から生やして、首輪をつけて、なおかつさらに特典武具を複数装備しているだけじゃないか。

 いや、普通に変態だったわ。

 あと特典武具複数持ってたら、それは怖いわ。

 <マスター>でも、カッツォみたいに一つも持ってないやつの方が多い。

 カッツォみたいに。

 大事なことなので、二回言いました。

 何を言われても、これを言っておけばとりあえずはダメージを与えられる。

 

 

「そういえば、サンラク君は他の方とは回らないんですか?」

『……レイ、もしかして俺があいつらと祭りに行く仲だと思ってる?』

 

 

 いやまあ、彼女に対しては二人のことを「友人」としか説明してないもんなあ。

 彼女にしてみれば、友人というのは確かにお祭りを回るものだろう。

 ええと、あの、高校時代のえま、さんだっけ、とかね。

 ただ、俺とあいつらの関係は一般的な友人の枠からは少しずれている。

 あいつらと俺は一緒にいるとき、常に互いに攻撃されるか、攻撃すべきか、誰を盾にするかの三つの要素を考え続けているんだ。

 友人と回るにしても、あいつらはないという話。

 そもそも。

 

 

『……彼女放置して友達と祭り行くのは違うだろ』

「んひょっ」

「……瀕死。母上が瀕死になっています、あと私も尊すぎて死にそうです」

 

 

 おっと、レイがまたフリーズしかけてる。

 まあ、人込みの中にいるだけあってすぐに復活してくれたけど。

 復活しなくても、最悪おんぶしてたけどね。

 鎧つけてないのであれば、運ぶのもそんなに負担じゃないし。

 重量はともかく、でかくなりすぎるから多分運べないと思う。

 

 

 そういえば、この後夜祭をこうやってレイとまわっているわけだが、普通に知り合いに出会ったり見かけたりする事は度々あった。

 カッツォとか、夏目氏……ナツメグの二人に遭遇したり、ルスモルコンビと出会ったり。

 あるいは、秋津茜とその仲間たちと出会ったり。

 京ティメットは、いなかったな。

 別行動らしい。

 まあ、ペンシルゴンとは回っているのかもしれないね。

 いたら幕末の話でもしようと思っていたんだけどね。

 先日、新たに開発した広域殲滅クラスター爆弾式天誅についての感想が聞きたかったんだよね。

 チャットだと、「覚えてろよ……」しか言わないからなあ。

 閑話休題。

 そういえば、ペンシルゴンと京極の姿は見てないな。

 ログイン自体はしているみたいだけど。

 あ、ディプスロも見てない。

 あいつも、ログインはしてるんだよな。

 いつ何をしてくるのか不安ではあるんだけど。

 まあほら、杞憂に終わる可能性もあるからね。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……美味」

「おいしいですね」

『確かに美味い』

 

 

 海鮮と肉の串焼きを食べながら、人込みの中を歩く。

 あっちこっちでジョブスキルと技巧を組み合わせた大道芸が見られたりしてなかなか面白い。

 ああいうの、模倣出来たらまた幅が広がるのかもしれないね。

 もう夜が近い。

 陽が沈みかけていて、それは朱色になっている。

 うむ、うまいうまい。

 何の魚かよくわかってないまま買ったけど、たぶんマグロかな?

 そんな気がする。

 以前父親が持って帰ってくる量を間違って、マグロを一匹まるごと持って帰ってきたときがあってじゃな。

 そういえば、少し前に斎賀家と陽務家で合同食事会が行われた時も、マグロが出たんだよな。

 斎賀家と陽務家の繋がりを考えると、無理もないんだけど。

 因みに、母が虫料理を用意しようとしていたので、それは父と妹と協力して阻止した。

 ひどい戦いだったよ。

 やっぱり、戦闘はゲームの中だけにしておきたいよな。

 

 そんな風に、思ったからでもないのだろうが。

 

 

『――?』

「サンラク君?」

 

 

 妙な違和感を、覚えた。

 視界に、何か引っかかった。

 あちこちに、紙のようなものが舞っていたのだ。

 何だろう、紙吹雪かな?

 いや、これは。

 

 

 

『……【符】?』

 

 

 先日会った迅羽も使っていた、消費型のアイテム。

 【道士】など特定のジョブに就くものが、魔法を行使する際に使用するアイテムだ。

 それが……これ程広範囲に?

 どうやって?

 いや違う。

 問題です、魔法を発動するためのアイテムが広域にばらまかれるとしたら、何のためでしょうか。

 答え。広範囲に魔法を起動するためです。

 

 

『レイ、キヨヒメ』

 

 

 俺が、ふたりに警告しようとした瞬間。

 

 

『《真河真濤ーー水龍覇》』

「っ!」

 

 

 

 

 そんなスキル宣言と同時に、水流が発生する。

 詳細に言うなら、水の竜巻。

 水流というより、水龍と言ったほうがいいかもしれない。

 水の流れは、そのまま家屋に突っ込み、街並みを縦横無尽に破壊していく。

 おそらく、規模とスキル名からして【尸解仙】の奥義である《爆龍覇》と同格。

 これをやったのは超級職と見ていい。

 幸い、こちらには飛んでこなかった。

 パニックが起きている。

 

 

 

『サンラク君……』

 

 

 

 すでに、【エンネア・タンク】を身にまとい、【キヨヒメ】を手にした完全武装のレイが声をかける。

 

 

『これは、一体』

『レイ。あれを見て』

『……感知。あれは、よもや』

 

 

 街の外、街を覆っている長城とは別に存在する柵。

 その向こう側に、無数の何かがいた。

 それらには、熱はなかった。

 それらは、生命反応を示さなかった。

 それらは、生者ではないが動いていた。

 それらは、全てアンデッドだった。

 

 

 

 ◇

 

 

『トゥー、トゥー、トゥトゥー』

 

 

 鼻歌を歌いながら、一人の人物が下を見下ろしていた。

 全身に【符】を張り付け、肌の露出はほとんどない。

 そんな奇妙な人型が、街を見ていた。

 人型の引き起こした洪水によって、家屋が崩れ、パニックに陥った人が逃げ惑うさまを。

 感情はおろか、パーツすら見えない顔を向けていた。

 ただ、声音を聞けばどこか達成感が滲んでいたことに気づけたかもしれない。

 まるで、『一仕事終えた』とでも言わんばかりに。

 

 

『さて、仕込み(・・・)は済ませたな』

 

 

 

『あとは、ペンシルゴンたちに任せよう』

 

 

 人型の体を覆う【符】の一部が変形して、翼のようになり。

 ゆっくりと人型は移動を開始した。

 

 

 ◇

 

 

「まずは、一手目」

 

 

 

「《水龍覇》と、二千体(・・・)のアンデッドによる圧殺。しのげるかな?」

 

 

 

 舞台の裏で、外道が嗤っていた。

 

 

 

 To be continued




次回は来週になると思います。

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世界の終わり、遊戯の始まり 其の四

ぎりぎり月二回投稿を維持できました。
これからもまったり頑張ります。


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 □【修羅王】サンラク

 

 

 

『あいつを探しても無駄だよ』

『……なぜそう思うんですか?』

『うーん。経験則だからとしか』

 

 

 

 幾度となく、あの外道とはぶつかり合ってきた。

 ゲームの種類も、状況もさまざまだったが、だからこそあいつの傾向がわかる。

 あいつの戦闘スタイルは、簡潔に言えば「魔王」だ。

 様々なトラップを潜り抜けて、ラスボスであるあいつにたどり着く。

 あいつは、策を弄し、デバフをかけて弱った蛮勇を仕留めるということをやってくる。

 まあ、RPGと違うのは、あいつ自身が自爆トラップだったりすることなんだけどね。

 それは一番厄介かもしれない。

 街中で自爆されると、どれだけの被害が出るかわかったものではないからな。

 

 

 ともかく、あいつは準備が整うまでは表に出てこない。

 安全圏から、この都市の様子を観察しているはずだ。 

 で、下手にペンシルゴンを倒そうとすると、奴と奴の手駒による挟撃が怖い。

 つまり。

 

 

『あいつより先に、まずあいつの手駒を全部潰す』

 

 

 因みに、ペンシルゴンをデスぺナすることは決定事項だ。

 あいつは一回デスぺナになっておいた方がいいよ。

 ”嬲り殺し”なんて通り名をつけられるくらいに、彼女は殺しすぎている。

 そして、今回NPCどころか都市を丸ごと壊しかねないレベルのことをやろうとしている。

 それを黙って見過ごすのと、この状況を打破してペンシルゴンを切り刻むのと、どっちが楽しいか。

 そもそもが、レイとのお祭りデートを邪魔されたのだ。

 当然ぶっ飛ばさない道理がない。

 

 

『サンラク君、あそこですね。ーーキヨヒメ』

『……了解。《燻る情火(ディレイ・ボム)》、発射』

 

 

 

 

 □■防覇上空五〇〇メテル

 

 レイの持つ、蛇を模した狙撃銃から次々と魔力を帯びた弾丸が射出されていく。

 それら五十を超える弾丸がすべて、【魔撃王】のスキルによって追尾され、ただ一点へと飛翔する。

 キヨヒメの基本スキルである《燻る情火》は飛翔距離に比例して威力を増す。

 さらにいえば、【魔撃王】のパッシブスキルである《魔弾威力強化》はスキルレベルEXである。

 これらの相乗効果によって、今回は一発一発が上級魔法職の奥義、《クリムゾン・スフィア》に等しいか上回るほどの威力にまで達している。

 

 

 それが、空中に浮いていた、とある一体の人物へと飛来する。

 サンラクには、見えていない。

 他の<マスター>にも見えていない。

 《気配操作》をはじめとした複数のスキルを使い、姿と気配を消しているからだ。

 だが、レイにだけは感じ取れる。

 

 

 空中で、《気配操作》効果を持ったアイテムなどを使っていたそれを捕らえたのは、ある装備と【魔撃王】のスキルによるもの。

 それこそは、彼女が所有する特典武具の効果。

 銘を、【千網開械 ミーヌス・ドラコーン】という。

 そのスキルの特性は、探知無効化無効(・・・・・・・)

 《隠蔽》などのありとあらゆる隠れ潜むものを暴くスキル。

 敵の魔力を感知する【魔撃王】のパッシブスキル《コア・マーキング》と組み合わせれば、隠蔽特化の超級職でもその身を潜め続けることは困難だ。

 それ故に、装備のほぼすべてを隠蔽に割いていた、件の人物もまた例外ではない。

 五十発の、《クリムゾン・スフィア》相当の攻撃が命中する。

 

 

『…………?』

『疑問。命中したはずなのに』

 

 

 そこにいたのは、珍妙な人型だった。

 全身に【符】を纏っている。

 【符】の一部が、肩から生えて翼を形作っている。

 そして、無傷だった。

 

 

『そんな……!』

 

 

 超級職に匹敵するほどの火力。

 それを耐えたタネは、すぐにわかった。

 人型の周囲には、青いバリアのようなものがまとわりついている。

 それで、炎弾を防いだのだろう。

 

 

『無傷だなんて』

『悲観することないよ、レイ』

『そうですか?』

 

 

 

 人型は、攻撃をバリアで防いだ。

 おそらくは、海属性のスキルだろうとあたりをつける。

 先ほどの水流を作り出したのも、間違いなく奴だろうとも。

 それはともかく。

 

 

『バリアでわざわざ防ぐのは、バリアで防がないとダメージを受けると言っているようなもんだよ』

 

 

 東方の職業はよく知らないが、デンドロの魔法職は基本的に鈍足、紙耐久、高火力の三拍子だ。

 攻撃をまともに当てれば、確実に倒せる。

 そして、そう考えたのはサンラクだけではない。

 長距離攻撃ができる<エンブリオ>を持った<マスター>たちが次々と攻撃を始めている。

 魔法射程を延長するテリトリーや、貫通能力を持ったミサイルを発射するアームズなどだ。

 彼らは、純粋に祭りを楽しみに来ていた<マスター>たちである。

 楽しんでいた空気に水を差された。

 彼らの怒りは、外の飛んでる魔法職に向かう。

 その中の一つが、バリアを突き破り。

 人型を、貫いた。

 

 

 中身は、空洞だった。

 散った符が、すぐに元に戻る。

 何事もなかったかのように。

 直後、氷槍を、ミサイルを打ち上げたあたりに連射し始めた。

 氷槍が落ちた後、そこからポリゴンが立ち上る。

 

 

『……何でしょうか、あれは』

『多分、<エンブリオ>のスキルだとは思うけどね。遠距離攻撃も厳しいか』

 

 

 もとより、相手もほぼ間違いなく魔法系の超級職。

 遠距離の打ち合いは、あまり分がよくないだろうとサンラクは思考し、打開策を考えた。

 

 

 

『レイ、街に向かっているアンデッドを頼んでもいい?』

 

 

 

 街に到達しかかっている、アンデッドの大群。

 だが、そこに向かっている戦力は心もとない。

 柵を今にも突破されそうというところまで来ている。

 どうやら、上空の敵と、民間人への避難誘導に兵力が割かれ過ぎており、アンデッドにまで手が回っていないらしい。

 それの対処を、サンラクはレイにお願いした。

 サイガ‐0という<マスター>の強みはただの遠距離狙撃のみではない。

 ストックに限りはあるが、それ次第では広域殲滅も可能である。

 まして、アンデッドは本来炎熱に弱いとされている。

 彼女の得意分野には間違いないだろう。

 少なくとも、個人戦闘に特化しているサンラクにはできないことだ。

 レイにも、そこに異論はない。

 ただ疑問はある。

 

 

『サンラク君はどうするんですか?』

『んー』

 

 

 では、サンラクは何をするのか。

 

 

『ちょっと、空中戦(・・・)を仕掛けて、仕留めてくるよ』

 

 

 

 敵手のいる五〇〇メテル先まで行って来ると、その上であの<マスター>を倒すと、そう宣言した。

 そもそも、近づけるのかどうかもわからない。

 加えて、近づいたとして、無敵のように見える敵手を倒せるのかどうかも不明だ。

 多数の攻撃手段を持つサンラクだが、その中に通じる攻撃がなければ、他のマスターのように水葬(・・)されるだろう。

 それをわかったうえで、サンラクは『俺ならば勝てる』と判断していた。

 

 

 レイもまた、そのことに気付いていた。

 ならば、ゲームのフレンドとして、あるいはリアルの恋人として。

 自分がすべきことなど、決まっている。

 

 

『サンラク君、アンデッドを掃討しながら、たどり着けるように援護します』

『……ありがとう。任せた』

 

 

 

 誤射を全く恐れていない返答。

 レイならば、それはあり得ないだろうとサンラクは信じているのだ。

 

 

『さあ、やってやろうじゃないの!魔王退治の前哨戦!』

 

 

 サンラクは、言葉で心を高ぶらせながら、上へと進み始める。

 それに気づいた、上空の人型は。

 

 

『トゥー、トゥー』

 

 

 鼻歌交じりに、氷弾と水流を飛ばして迎撃を始めた。

 

 

 To be continued



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世界の終わり、遊戯の始まり 其の五

感想300件突破しました。
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『これ、イケるな』

 

 

 駆け上がりながら、ぼそりと呟く。。

 《配水の陣》を作り出して足場にしながら、的を絞らせないように縦横無尽に超音速機動で動き回る。

 口に出すと難しそうに思えるが、実際にはさほど苦でもない。

 慣れればこのくらいは誰でもできると思う。

 やっぱり、レイのアシストが大きすぎるな。

 炎弾で、氷槍や水弾を吹き飛ばしてくれる。

 広範囲の、避けようがないない攻撃を部分的に破壊して、穴をあけてくれる。

 その隙をかいくぐって、上り詰める。

 ほんの数秒で、俺は人型の傍までたどり着いた。

 

 

 

『距離をとるってことは接近戦が苦手って言ってるようなもんだよな』

 

 

 直後、《豊穣なる伝い手》を起動。

 本来人の手には余るほどの数の武器を展開、人型を切り刻む。

 

 

(見えた!)

 

 

 

 【符】で作られた、張りぼての人型。

 その内部に、球体(・・)があった。

 球体は、サッカーボールサイズで、亀の甲羅のような文様があった。

 そして、一か所だけ、穴が空いていた。

 まるで、入口(・・)とでもいうように。

 

 

 この球体が俺の狙いだ。

 バリアに、隠蔽効果のある装備品。

 それはつまり、攻撃されたくはないと言っているようなものだ。

 ここまでして、守っているのが単なる囮とは考えにくい。

 どういう<エンブリオ>なのかは、わからないが。

 ともかく、こいつが守っていたのが、その球体。

 攻撃をするための、兵器か。

 あるいは、モンスターのコアのような弱点か。

 いずれにせよ、これを壊せばこいつは無力化できるはずだ。

 【双狼牙剣 ロウファン】を振るう。

 だが。

 

 

『《ようこそ我が、城内へ(ウラシマ)》』

 

 

 

 それは、誰かの声。

 まるで、電話越しに話しているような、少しだけずれたような声で。

 人影が、現れる。

 ごく普通の、これと言って特徴のない青年だ。

 

 

 《看破》をすると、そこには奴の情報が映っていた。

 

 

 ◇

 

 

 水流影

 

 職業:【功夫仙(カンフーマスター)

 

 レベル:723(合計レベル1223)

 

 

 ◇

 

 

 ジョブの名称を見る限り、やはり迅羽同様道士系統超級職である。

 

 改めて、奴の格好を見てみる。

 彼は、インナーを着ていた。

 そして、それしか着ていなかった。

 ……変態だ。

 

 

「“怪鳥”サンラクか……。ペンシルゴンの情報にあった人物だね」

 

 

 どうやら、向こうは俺のことを知っていたらしい。

 

 

『一応聞いとく。何でこんなことしてる?』

「さあ、答える義理はないね!」

『だよなあ!』

 

 

 俺のAGIは<エンブリオ>のスキルなども込みでおよそ五万。

 速度型の超級職であろうとも、まず対応できない。

 ましてや、魔法系の超級職であれば、手も足も出ないはずだ。

 

 

 距離が、縮まらない?

 やつは一定距離を開けたまま、魔法を行使してくる。

 

 

 魔法系超級職が俺と同速?

 いや、ありえない。

 いくらなんでも、そんなことがあるはずはない。

 デンドロのジョブはステータスがどの職業に就くかで決まる。

 魔法職なら、鈍足であるはずなのに。

 

 

『これが、お前の<エンブリオ>のスキルか?』

「ご名答」

 

 

 ■ある<マスター>について

 

 

 黄河の準<超級>の中に、一人の特殊な<マスター>がいた。

 彼の名は、水流影。

 ”流れ者”の二つ名を持つ男である。

 曰く、傭兵である。

 曰く、報酬を用意すればどんな仕事でもうける。

 曰く、正体不明で、職業も、見た目も、<エンブリオ>も不明である。

 曰く、個人戦闘型で、個人生存型で、広域制圧型で、広域殲滅型である。

 曰く、その総合的な戦闘能力は<超級>に匹敵する。

 

 

 そのように謳われる彼の戦闘スタイルの鍵を担っているのが、彼の<エンブリオ>である。

 銘を【時限収納 ウラシマ】という。

 浦島太郎という御伽噺をモチーフにしたこの<エンブリオ>は、カテゴリー上TYPE:キャッスル・テリトリーに分類される。

 その特性の一つは、格納。

 普段、<マスター>である彼自身と、アイテムボックスなど彼の所有物を野球ボールサイズの【ウラシマ】内部に収納できる。

 また、必殺スキルである《ようこそ我が、城内へ》は、【ウラシマ】の半径二メートル以内にいる生物を一体だけ強制的に収納するというスキル。

 付け加えれば、本人を収納した際、【ウラシマ】を介して彼は外界に干渉できる。

 サッカーボールサイズの【ウラシマ】さえ無事なら、水流影にはどうしようもない

 これが、バリアと組み合わせた、彼の防御面における絡繰りである。

 

 

 無論、制限はある。

 まず、彼はスキルの効果で<エンブリオ>の外に出られない(・・・・・・・)

 さらにいえば、<エンブリオ>の破損などで出ざるを得なくなってしまった場合、<マスター>である水流はデスペナルティになる。

 外の世界を<エンブリオ>を介して見ることは出来るが、知覚できる範囲は大きく制限される。

 竜宮城を出た浦島太郎が、一瞬で年老いてしまう。 

 ゆえに、【ウラシマ】もまた外に出たものを生かすことはしない。(なお、必殺スキルで引きずり込んだ生物はこの限りではない)

 

 

 そして第二の特性は、時間操作。

 【ウラシマ】内部限定で、時間の流れを早くしたり遅くしたりと、自由に操作できる。

 彼が超級職に至ったのも、この特性があるからだ。

 道士系統は、コストである【符】の蓄積がものを言うジョブ。

 当然、時間はあればあるほど有利である。

 【符】を大量に生産し、他の<マスター>に抜きんでて魔法を行使した。

 

 

 

 

 

 ここで、【功夫仙】という職業が問題となる。

 【功夫仙】は道士系統の超級職であり、【尸解仙】に近い。

 【尸解仙】が、火属性魔法という火力に秀でた魔法を操り、アンデッドとしての耐性、そして高いENDとHPによる高火力高耐久の超級職である。

 それに対して【功夫仙】は海属性魔法を主体とした耐久型の魔法職だ。

 さらに、ステータス配分も【尸解仙】とは異なる。

 HPはアンデッドでもある【尸解仙】には遠く及ばないが、ENDとAGIは、ともに五桁に達する。

 つまり、【功夫仙】は高速高耐久の職業であり、超音速機動が可能である。

 逆に、物理的な攻撃力はさほど高くないが、サンラクのような紙装甲にはあまり関係がないことだ。

 

 

 <エンブリオ>のスキルによる時間加速によるAGIの実数値は、およそ五万。

 すなわち、今サンラクと水流はほとんど同じ速度で動いている。

 加えて、水流には一万を超えるENDも存在しており、魔術的な防御もある。

 いかにサンラクといえど容易く突破できる相手でもない。

 

 

 さらに言えば、ここは水流のホームグラウンドでもある。

 ウラシマ内部に格納してある多数のアイテムボックスが開いて、中から大量の【符】と水が飛び出してきた。

 

 

(ガンガン大魔法ぶっ放してるとは思っていたが、あらかじめ貯めてたやつを使ってたのか!)

 

 

 水属性や氷属性の魔法はその性質上、水上でしか全力を発揮できない。

 だがその一方で、水さえあればその本領を発揮できる。

 水流はグランバロアにおいて、海水を大量にアイテムボックスに詰め込んでいた。

 その量は、超級職の奥義を使ってもなお、まだ有り余っているほどだ。

 

 

 

『さて……』

 

 

 

 サンラクは、考える。

 この限定された空間の中で、広域殲滅魔法を使ってくる相手。

 並みの使い手ならば、接近戦を挑んで勝てるはずだが、そもそも速度に差がないので距離を詰められない。

 戦えば、戦うほど不利な相手。

 加えて、《修羅場》も無意味。

 【凍結】させられれば、動けなくなる。

 つまり。

 

 

『これなら、勝てるな』

 

 

 To be continued





 新作の投稿はじめました。
 「転生したらVtuberのダミーヘッドマイクだったんだけど質問ある?」
 Vtuberを主題にした作品です。
 よかったら、こちらもよろしくお願いいたします。

 https://syosetu.org/novel/294017/


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世界の終わり、遊戯の始まり 其の六

お久しぶりです。

これからまた更新していこうと思ってます。


 【甲剥機甲 カースドプリズン】を起動。

 五メートル程度の機械巨人が、超超音速で動き出そうとする。

 だが、それをそのまま見過ごせる水流影ではない。

 

 

「《氷龍覇》」

 

 

 再びの、奥義発動。

 氷結によって、巨像が固められていく。

 そして、そこに乗っている俺自身も凍結した。

 凍結してしまえば、もう動かない。

 そう、水流影は判断したのか。

 動きが止まり、さらに魔法を展開して内部のサンラクにとどめを刺そうとして。

 

 

「ぐばあっ!」

 

 

 凍結したまま動き出した(・・・・・・・・・・・)巨像に、吹き飛ばされた。

 <エンブリオ>の効果で、俺とさほど変わらない速度を維持していたはずだが、気が抜けたせいで対応できなかったのだろう。

 自身の周囲に張り巡らしていたバリアと【功夫仙】としての耐久力で致命傷には至らなかったが、吹き飛ばされてウラシマの壁に激突する。

 即座に、追撃を加え、殴り続ける。

 物理耐久に特化したバリアは、超超音速機動のエネルギーを上乗せした攻撃によって破壊された。

 

 

「っ!」

 

 

 が、奴もそのままではない。

 アイテムボックスを砕きつつも、水を吹き出しながら高圧水流を連射する。

 【凍結】状態において、脆くなっていた【カースドプリズン】は水流に耐えきれずに破断する。

 だが、その中から一羽の鳥が、飛来する。

 青い足場を踏みしめて、水流影の方に進撃する。

 両手に握った武器を振るい、一気呵成に攻めたてる。

 双剣で、籠手で、槍で、徐々に相手を削っていく。

 

 

 水流影は、拳と【符】を使って応戦する。

 だが、既に《回遊》の効果で速度が上昇している以上、サンラクが有利だ。

 刃が、水流影の肉を裂き、拳が彼の内臓にダメージを蓄積していく。

 五桁のENDであっても、サンラクの攻撃をすべて防げるわけではない。

 

 

「一体、どうやって、【凍結】を解いた?」

『さあてね、魔法の威力が低かったんじゃないの?』

 

 

 少し、水流影が回顧しようとした隙を見計らって、

 凍結を解除するすべがあったわけじゃない。

 サンラクも、【プリズンブレイカー】も水流影の魔法によって【凍結】したままだ。

 だが、サンラクには制限系状態異常による動作不能を無効化する《暴徒の血潮(ライオットブラッド)》がある。

 これを、水流影は知らなかった。

 そもそも、サンラクの<エンブリオ>についてはほとんど詳細がわかっていない。

 比較的目立つ《豊穣なる伝い手(アイビー・アームズ)》と《配水の陣》はともかく、それ以外はせいぜいでAGIを引き上げるパッシブスキルがある、程度の情報しか出回っていない。

 無理もない。

 

 

 防具を犠牲に、AGIを引き上げる《風の如き脱装者》。

 

 速度を載せて攻撃した際の、反動を消す《風除けの闘走者》。

 

 戦闘時間に比例して速度を増す《回遊する蛇神》。

 

 何よりも脆い足場を築く、《配水の陣》。

 

 制限系状態異常による拘束から解放する《暴徒の血潮》。

 

 手数を文字通り増やす《豊穣なる伝い手》。

 

 そして必殺スキルである《風神乱舞》。

 

 

 第六形態<エンブリオ>の中でも、ケツァルコアトルのスキル数はトップクラスに多く、また機動力を特性にしている以上規則性も見えにくい。

 彼の手の内を全て知っているのは、解析に秀でた<エンブリオ>を持つとある<マスター>と、彼と取引して情報を仕入れたもう一人だけである。

 

 

 

 だから、彼と今日この日まで関わってこなかった水流影には知る由すらなかった。

 

 

 【功夫仙】の最終奥義、《雨滴穿孔》

 功夫とは中国武術で重要視される「練習・鍛錬・訓練の蓄積」、また、それに掛けた「時間や労力」の意であるとされている。

 その効果は、「レベルを消費する代わりに、ステータスを引き上げる」というもの。

 今迄使ってきた、積み重ねてきた時間を全て消費するスキル。

 その消費は、一秒につき一レベル。

 雨だれが石を穿つように、積み重ねた時間が実を結ぶスキル。

 

 

 AGIが一万を超えている彼にとっては、一秒は無限に近い。

 最終奥義ゆえに、そのステータス上昇は膨大であり、サンラクをはるかに上回っている。

 ならば、彼もまた切り札を切るしかない。

 

 

『《風神乱舞(ケツァルコアトル)》!』

 

 

 

 彼の体が、風になる。 

 半透明の風と、青いオーラ。

 両者は、ぶつかり合い、決着した。

 

 

「く、そ」

 

 

 

『相性悪かったな』

 

 

 倒れているのは、【功夫仙】水流影。

 立ったまま見下ろしているのは、サンラクだった。

 

 

 

 両者が打ち合ったのは、一秒にも満たない時間。

 だが、その間打ち合ったのは幾千に達する。

 だが、水流影の攻撃は、ほとんどダメージを与えられていない。

 

 

 サンラクの必殺スキルは、己を風と化すというもの。

 そして、スキルを使っている間は風になっているゆえに物理攻撃が徹らない(・・・・・・・・・)

 なので、肉弾戦においては、一方的にこちらが有利である。

 また、水流影がよく使う水弾や氷結も、それぞれ必殺スキルと《暴徒の血潮》でほとんど無敵化される。

 あるいは、もう少し時間を稼いでいれば、大魔法を放てたかもしれない。

 だが、それは【符】を展開する暇すらない肉弾戦においては、不可能なことでもあった。

 

 

 魔法職でありながら、近接特化のサンラクに接近戦を挑んだ時点で負けていた、ともいえるかもしれない。

 近接戦闘と魔術戦の両方をこなせるジョブであるがゆえに、仕方がなかったともいえるが。

 

 

 最も、物理方面のステータスも向上していたので、ただの物理的な殴り合いならばサンラクもまた水流影を突破できなかっただろう。

 だが、彼には呪怨系状態異常を付与する【双狼牙剣 ロウファン】がある。

 呪怨系状態異常や闇属性攻撃魔法は、海属性防御魔法では防げない。

 ましてや、それが特典武具であればなおさらだ。

 

 

「まだ、だ!」

 

 

 水流影は、スキルを発動して生きながらえようとする。

 回復魔法でHPを回復して、水流操作の魔法で体を動かせばまだ戦える。

 隙を作り、大魔法を叩き込む。

 

 

 物理攻撃を無効化する必殺スキルは、もう使えない。

 《看破》してみれば、サンラクは、HPもSPもほとんど残っていない。

 一方、水流影のHPはまだ半分以上残っている。

 

 

 サンラクが自身の右腕に装備したのは、手甲。

 

 

『Awaken』

 

 

 音声と同時に、手甲が発光し、紅く赤い杭が出現する。

 手甲とは、かけ離れた姿になったそれは、パイルバンカー。

 先日サンラクが取得した特典武具、【冥鏡死錐 リボルブランタン】である。

 【リボルブランタン】の特性はチャージ&ファイア。

 そして特典武具のスキルもまた、同じこと。

 

 

『《紅赤突撃(イクシード・チャージ)》!』

 

 

 それは彼が受けてきたダメージを、スキルで無効化した分も含めて病毒系状態異常に変換(・・・・・・・・・・)して叩き込むスキル。

 チャージ量に応じて、耐性を無視する効果もある。

 今迄の打撃が、魔法が、全てのダメージ分の毒が注ぎ込まれる。

 

 

「あーー」

 

 

 溶けて、崩れて、光の塵になって消滅した。

 

 

『とはいえ、楽な相手じゃなかったな』

 

 

 ドロドロに溶け落ちた【冥鏡死錐】を見て、呟く。

 《紅赤突撃》を使った際、与えたダメージに比例して【冥鏡死錐】そのものにも反動が及ぶ。

 最低限のセーフティとしてサンラク自身に被害が出ることはないが、おそらく数日は使用できないだろう。

 必殺スキルや【救命のブローチ】などの使用が前提となるうえに、一度使えばどろどろに溶け落ちて、修復するのには一週間以上かかってしまうようだ。

 

 

『さて、行くか』

 

 

 すでに、ウラシマは消滅し、サンラクも外に出ている。

 空高くから、《配水の陣》を展開しつつ、ゆっくりと防覇を目指して降りていった。



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世界の終わり、遊戯の始まり 其の七

 □【修羅王】サンラク

 

 

『うーん、結局どうなってるんだろうな?』

 

 

 

 あの【符】人間は倒したけど、地面にいる配下が動いているはず。

 《配水の陣》で駆け下りながら、視線を落として現状を把握しようとする。

 

 

『ふん、どうやら倒せたらしいな』

 

 

 ペンシルゴンが放ったであろうと予想できるアンデッドの群れは、玲をはじめとした<マスター>によって粉砕されている。

 なんというか、レトロゲーの無双ゲーを見ているようだった。

 徐々にエネミーが減っているのを、神様視点から眺めていられる。

 

 

『レイは、いるな』

 

 

 

 街全体を見渡して、超音速で動いているものは限られる。

 その一つが、レイだ。

 <エンブリオ>のスキルによって速度を上げながら、銃撃によってアンデッドを倒していく。

 何体か、かなり大きい純竜クラスと思われるモンスターが混ざっており、それの対処に回っているようだった。

 

 

『うん?』

 

 

 空から見て、防覇での脅威に対処している<マスター>はかなりの人数がいる。

 いるのだが、その数が減っている。

 加速度的に、人が減っている。

 だというのに、減らしているものが誰なのか、俺の動体視力でも感知できない。

 

 

『何が、どうなっているんだ?』

 

 

 答えるものは、いない。

 

 

 

 □■防覇・避難所

 

 

 話は、サンラクが水流影との戦闘を開始する前に遡る。

 

 

「うう、一体どうなっているんでしょう」

 

 

 避難所の中で、一人の女性がつぶやいた。

 彼女の手の甲には、虎の紋章があった。

 彼女は<マスター>だった。

 

 

「ペンシルゴンさんとも連絡が取れませんし、デスぺナにはなってないし、ログインしているみたいなんですけど」

 

 

 フレンド機能で、知り合いがまだいることを突き止める。

 

 

 

「せっかくですし、探しに行きましょうかね。といっても、見つける方法なんてないんですけど」

 

 

 彼女は、索敵能力の類は有していない。

 キリューのビルドは、ほとんどペンシルゴンの指示によるものだ。

 街丸ごと滅ぼした(・・・・・・・・)日に、出会ってから彼女はずっとキリューを導いてくれている。

 すべては、彼女が戦力として活用するためだったが、キリューは知らない。

 彼女は、自身の詳細を理解していない。

 無理解こそが、キリューの本質であるがゆえに。

 

 

「おい、何なんだ!」

「はい?」

「鎧連れてふらふらと、それはあんたの<エンブリオ>だろ!」

「通行と避難誘導の邪魔なんだよ!」

「あ、はあ、すみません」

 

 

 実際、知らなかったのだがキリューと彼女の傍にいる「鎧」は通行の邪魔になっていた。

 とくに「鎧」をなぜかキリューだけが認識できないこともあって、「鎧」が露骨に避難誘導の道をふさいでしまっていた。

 それこそ、焦る<マスター>やティアンにしてみれば、悪意を持っているようにも感じられてしまう。

 まさか、「自分の<エンブリオ>を認識できないパーソナル」などとは普通考えないのだから。

 

 

「うん?」

「どうかしたのかよ?」

「いやこの鎧、ちょっと色が変わったような」

「気のせいだろ」

 

 

 <マスター>の片方が、

 

 

「すみません、ちょっと友達を探していまして。進路を妨害する意図はなかったのですが」

「ん、ああそうだったのか。

 

 

 その瞬間、爆炎が上がった。

 テロリスト側の攻撃か、あるいは防衛しようとする者達の反撃によるものか。

 それを判断するすべはキリュー達には存在しなかったし。

 重要ではない。

 

 

 こつん、と瓦礫の一つがキリューの頭部に命中した。

 しかして、

 

 

 プツン、と切れた音がした。

 精神的なものではない。

 物理的なものだ。

 鎧にまとわりついていた鎖がちぎれるのを周囲にいた<マスター>は見た。

 

【Form Shift-ーTiger Drive】

 

 

 同時に、鎧はその形を変えていく。

 何の変哲もない西洋鎧から、身の丈三メテルを超える大鎧に。

 縞のような文様と、肉を引き裂くことに特化したような爪のついた手甲。

 まるで、虎のような鎧だった。

 

 

「あ、あれ?」

「さっきの女どこに行った?」

 

 

 しかして、彼女の姿を二人の<マスター>の前から消えていた。

 

 

「え?」

 

 

 一人の<マスター>の首が、宙を待った。

 

 

「お、おいなんで」

 

 

 そしてもう一人の<マスター>も胴体を吹き飛ばされてデスペナルティになる。

 

 

「ど、どこからだ!」

「上にいた<マスター>の攻撃か!」

 

 

 <マスター>たちはざわつき始める。

 テロリストたちによる攻撃なのではないかとその場にいた<マスター>たちが判断する。

 間違ってはいない。

 彼女は、ペンシルゴンによって用意された、最大戦力である。

 

 

 幾千幾万の死者の軍勢と爆弾を操る【死将軍】アーサー・ペンシルゴンより。

 

 

 黄河で幾度も準<超級>を破ってきた【功夫仙】水流影よりも。

 

 

 キリューは、強いと彼女達に判断されている。

 それは、かつて一度だけ、彼女が力を振るった結果が。

 

 

 

「え、あ」

「ぐぶっ」

 

 

 その場にいた<マスター>たちは次々とデスペナルティになっていった。

 どこかからわからない爪撃によって首を刎ねられ、胴体を分断され、頭部を潰される。

 しかし、デスペナされた者達は、誰一人として理解していない。

 どこの誰が、攻撃をしてきたのかを。

 

 

 それも当然。

 彼女こそは、都市一つ滅ぼした正体不明の指名手配犯。

 都市にいた幾千幾万の住人を皆殺しにして、家屋を全てなぎ倒し、その場にいた誰にも正体を暴かれなかったもの。

 彼女は、キリュー。

 「人間範疇生物(・・・・・・)を二十四時間以内に(・・・・・・・・・)一万回殺傷する(・・・・・・・)」ことを条件に転職できる職業、【地獄王】についたもの。

 

 

 

 キリューが、我慢の限界を超えて、激発した状態。

 周囲の脅威となる生物を皆殺しにしようと判断した姿。

 

 

 アーサー・ペンシルゴンが、古代伝説級(・・・・・)<UBM>相当であると、判断した怪物である。

 




・【地獄王】
 短期間での大量虐殺を条件とした超級職。
 近接戦を条件にちまちま殺さないといけなかった【殺人王】とは、また別のむずかしさがある。
 ティアンでは、【覇王】か魔法系超級職くらいしか就ける人がいなかった模様。

・【■■■■ ■■■■■■■】
 到達形態:Ⅵ
 キリューの<エンブリオ>。
 ペンシルゴンも、キリュー自身も、その詳細は誰も知らない。
 


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世界の終わり、遊戯の始まり 其の八

ちょっと視点変わります。


 □防覇内部

 

 

 サンラクが高度千メテルの場所で戦闘を行っているちょうどそのころ。

 

 

 

『何なんだ、こいつは』

『ハハハハハハハ!』

 

 

 

 街中に、ミサイルが飛び回っている。

 ミサイルではなく、厳密には一人の人間である。

 

 

 彼のプレイヤーネームはエッグマンという。

 ペンシルゴンに雇われ、黄河でのテロを起こす騒動に加わった。

 今、一つのミサイルとして飛び回りながら、あちらこちらを爆破し続けている。

 

 

(《看破》で見た。やつのジョブは【砲弾王(キング・オブ・ミサイル)】。鉄砲玉(・・・)系統の超級職だ)

 

 

 銃弾を放つ【銃士】や砲撃を見舞う【砲手】などとは違う。

 自身が砲弾のように特攻するジョブ。

 ドライフでのみ就ける職業だが、就いているものは少ない。

 【鉄砲玉】のスキルは《ラスト・スパート》という固有スキルのみ。

 効果は、「自身が身に着けた機械系の装備やアイテムを全て消費して自爆する」というもの。

 

 

 これが問題だった。

 機械は、デンドロにおいて直すことが難しい。

 整備士系統などのスキルも、古くなった部品を新しいものに取り換えているだけであって、回復魔法のように無から有を出せるわけではない。(【器神】など、例外はあるが)

 

 

 つまり、死ぬことのない<マスター>としてもデメリットが大きいスキルだった。

 さらにいえば、【鉄砲玉】をメインジョブにすると《ラスト・スパート》以外の固有スキルが一切使えなくなる。(《ラスト・スタンド》などの汎用スキルは使うことができるが)

 特攻することだけを望まれた、鉄砲玉にふさわしい職業ではあるが、あまりにも使いづらいジョブであり、誰も使おうとする人間はいなかった。

 

 

 

(この俺を除けば、だがなあ)

 

 

 エッグマンの<エンブリオ>は【不和弾道 ゾンビ】という。

 その特性は、置換と修復。

 TYPE:ルール・ウェポンに含まれるゾンビのスキルは三つ。

 第一のスキル、《スーサイド・スレイブ》はエッグマン自身の体をミサイルへと置換する。

 ミサイルは飛翔し、爆発する。

 【砲弾王】のスキルで火力を引き上げられていることもあって、一撃の威力は魔法系超級職の奥義に迫る。

 だが、厄介なのはそこではない。

 

 

 

 そしてエッグマンという<マスター>の根幹である第二のスキルは、《ゾンビ・アタック》。

 自傷ダメージに限り、完全回復するというスキルである。

 逆に言えば他者からつけられた傷は治せないが、傷を負わされる前に自爆する彼には全く関係のないことだった。

 

 

 

 さらに、とある効果を有したゾンビの必殺スキルを使うことによって、彼のビルドは完成する。

 つまるところ、魔法系超級職に匹敵する不死身の化け物が突撃してくるということだ。

 

 

 

『こんなヤバいのは久々かもなあ』

 

 

 

 ソウダカッツォとて、今までPKとして様々な相手と戦ってきたという自負がある。

 その中には、同じ準<超級>や、超級職、さらには<超級>もいた。

 そんな彼の経験が告げている。

 規格外に過ぎる存在である“無限連鎖”や“暗黒心”などの<超級>を除けば最上位であると断言できる。

 

 

 さらに、ソウケツのスキルで相手のスキルを見ているソウダカッツォにはそれだけではないということもわかっている。 

 

 

(こいつのビルド、こいつだけじゃ成立してない(・・・・・・・・・・・・・)。まだ何かタネがある)

 

 

 

 《四神慧眼》で解析できるのは、ソウケツのカメラアイで見た相手のみ。

 エッグマンをサポートしているものが視界に入っていなければ対処は出来ない。

 今ソウダカッツォに出来るのは、スキルで加速してエッグマンを追跡しながら攻撃をすることだけ。

 相手は速度型の準<超級>らしく超音速機動で動いているが、超音速機動ならばソウケツでラーニングしたスキルを使えばソウダカッツォにも可能である。

 まあ、「蒼炎のブースターで三次元起動を行う手合い」や「超超音速機動をやってくる鳥頭」などにはさすがに通用しないが。

 閑話休題。

 

 

 ともあれ、長時間《四神慧眼》で相手を観察してきたソウダカッツォには相手の特性と弱点を看破できていた。

 

 

(あいつ、自分で自分をコントロールできない)

 

 

 そもそも、鉄砲玉系統は自分で動けない。

 支配して、指示された枠の中で動き回る存在。

 そして、その鉄砲玉系統とシナジーがある彼の<エンブリオ>もまた誰かに操作されなければ機能しない。

 エッグマンに出来るのは、自爆と再生だけなのだ。

 ミサイルを飛ばし、誘導している存在を発見し、討伐しない限りはエッグマンもどうにもできない。

 

 

 自由気ままに移動を続けているエッグマンが、ソウケツの方を向いた。

 

 

『邪魔なんだよお!』

『しまっ』

 

 

 

 単純な話だ。

 ずっと超音速で付きまとってくる相手。

 ソレを殺そう、と狙われている側が判断するのは自然な発想である。

 

 

『これは、無理だなあ』

 

 

 

 ソウダカッツォとエッグマンに速度差はほとんどない。

 それはエッグマンがソウダカッツォを振り切れないということではあるが、逆もまた然りである。

 エッグマンの自爆攻撃をかわす手段がない。

 逆に、耐久力で耐えきることもできない。

 ソウケツの装甲は特別硬いわけではなく、超級職の奥義相当の爆撃を耐えきる術はない。

 あるいは【装甲操縦士】や【鎧巨人】などのスキルを使用して耐久に特化すれば耐えきれるかもしれないが、それはそれで機動力を失いタコ殴りになってしまうだけだ。

 

 

『けれど』

 

 

 ソウダカッツォは、全てを諦めたわけではない。

 装備をハンドガンから、単発式のロケットランチャーに持ち替える。

 一撃の火力としては、彼が有する火力の中で最大級のそれを、エッグマンにぶつける。

 飛来するミサイルが、自爆する直前でカウンターを当てて壊しきれば、彼の勝ちだ。

 

 

『ハハハハハハ!』

『はっ』

 

 

 もとより、タイミングを読み切ってのカウンターは、プロゲーマー魚臣慧としての十八番である。

 今日初めて見る相手であり、成功確率ははっきり言って非常に低い。

 

 

 そもそも、カウンターというのは後の先、つまるところ先に準備を済ませて放つからこそ成立する。

 予想外の攻撃に対して、手を伸ばしてもそれはせいぜいで悪あがきにしかならない。

 そうだったとしても、それでもなお倒して見せるとソウダカッツォは――魚臣慧は、吠える。

 

 

 

『やってやるよ』

 

 

 格上ともいえる相手に、ジャイアントキリングとなりえる引き金をひこうとして。

 

 

「うん、やっぱりいいね」

 

 

 そして、どちらにも見えなかった。

 ミサイルを蹴り飛ばした彼女が、見えていなかった。

 いずれも超音速の世界に存在していたはずなのに。

 いつの間にかコマ落としのように、ヒーロー(・・・・)がいた。

 星を象ったゴーグル、風にはためくマント、そして蒼い炎を吹き出すブーツ。

 アメコミのヒーローのような姿を、彼女(・・)のことを、ソウダカッツォはよく見て知っている。

 

 

 気づけなかったのだが、別に、彼らが油断していたわけではない。

 単純に彼女が、【凶星天衣 ミーティア(・・・・・)】という特典武具で、転移してきたというだけの話である。

 

 

 

「来ちゃった!」

『ああうん、ありがとう、AGAU』

 

 

 

 ヒーローが、【神壊僧】AGAUがそこにいた。

 

 

 

『あぶねえええええええええええ』

「あれ、生きてる?」

『多分、何かしらのスキルだね』

 

 

 蹴り飛ばされたはずのエッグマンは、無傷だった。

 まだ見れていない必殺スキルを含めた、何かしらで防御あるいは回復しているのだろうと考える。

 <エンブリオ>の通常スキルは、自傷ダメージのみ。

 つまり、仕切り直しということだ。

 

 

「ケイ、これはどういう相手かわかる?」

『二人一組、もう一人指揮している奴がいる』

「そっち、お願いできる?」

『任された』

 

 

 交わした言葉は少なく、されど長い付き合いゆえにそれで充分。

 機人と英雄は、別の方向へと駆け出した。

 この都市を、理不尽な暴力から守るため。

 そして、ゲーマーとして、己の限界に挑戦するために。

 

 

 To be continued




・【スターゲイザー】
 AGAUのつけている星型眼鏡。
 《動体視力》と《鑑定眼》のスキルがついたオーダーメイド装備。

・【プラネタリウム】
 AGAUのつけている星柄のマント。
 MP・SP消費軽減と《耐火》のスキルがついたオーダーメイド装備。

・【マクロコスモス】
 AGAUのつけている青いスーツ。
 《耐火》、《物理ダメージ軽減》のスキルのついたオーダーメイド装備。


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世界の終わり、遊戯の始まり 其の九

 ■ある男の話

 

 

 男は、武器商人の家に生まれた。

 二〇四五年になっても、武器の需要が絶えたりはしない。

 ともあれ、男は裕福な生まれだった。

 少なくとも、男と男の家族は金銭で不自由したことはなかった。

 しかし、金銭こそあっても自由(・・)はない。

生まれた時から、生まれる前から、彼の将来は決まっていた。

 進路、友人、妻、明日食べるものまで彼の意志は反映されない。

 傍から見ればともかく、彼は不自由だった。

 

 

 生まれながらに、生まれる前から、彼は事業を継ぐことが決まっていた。

 男の両親は子宝に恵まれず、ようやく生まれたただ一人の子供が彼だった。

 それこそ、彼を授かるのがあと半年遅ければ両親はクローン技術に手を出していたかもしれない。

 とびぬけた才覚こそないが、真面目で努力家だった彼は事業を維持する程度のことは可能だった。

 しかし、彼の心は晴れない。

 富を得て、何不自由ない生活をしているように見えても、彼の心が自由ではなかったから。

 

 

 テクノロックという超大手企業がハッキングをしようとして逆にカウンターを食らってしまった。

 そしてそれゆえに、彼の父は息子にそれをプレイするよう命じた。

 

 

 このゲームについて探らせるためか。

 あるいは、爆発的に流行したがゆえに息子に流行遅れになって欲しくないと思ったのか。

 いずれにせよ。

 

 

 

「面白そうだ」

 

 

 娯楽すら自分で選べない状況の彼にも、謳い文句通り自由を与えてくれるのであれば、文句はない。

 

 

 彼は、自由を求めてこのゲームをスタートした。

 自由の意味がなんであるのかを、全く理解できないままに。

 

 

 ◆

 

 

 ゲームを始めてすぐに、彼の<エンブリオ>は孵化した。

 彼は、自分の<エンブリオ>の説明を見て。

 

 

 

「最悪だ……」

 

 

 

 とても、嫌な気持ちになった。

 彼が嫌ったのは、<エンブリオ>のモチーフであり、そこに由来した能力である。

 ゾンビとは、ウードゥ教の司祭が操る動く死体のことだった。

 ウイルスによって人がゾンビになる、という概念はここ最近のことに過ぎない。

 もとはむしろ、呪術によって動かされている死体のことなのだ。

 

 

「これは、ダメだろ」

 

 

 彼の、<エンブリオ>は前提として他者の操作を必要とする。

 誰かに依存し、支配されるための<エンブリオ>など、彼の願望とは真逆のものだ。

 ふれこみと違うのでは、と考えかけて、違うと悟り、うめく。

 

 

「<エンブリオ>は、本人のパーソナルに由来する……」

 

 

 言葉通りだ。

 ゾンビが反映しているのは、彼の願望ではなく、本質。

 なぜなら、彼は自由というものを理解していない。

 生まれながらに、誰かにすべてを決められて生きてきた彼には自由を得た経験が一度もない。

 誰かと共同作業を経験したことのないとある<マスター>がパーティを組むと異常に動きが悪くなるように。

 経験していないことは、本人の中にないことは、一朝一夕で見につくものではない。

 

 

 自由を知らない籠の中の鳥が屋外で生きてはいけないように。

 彼は、誰かに支配されなくては生きられなくなっていたのだ。

 「お前に自由になれる可能性は、ない」と言われた気がした。

 それでも、<Infinite Dendrogram>を辞めようとは思えなかった。

 それは、一種の惰性だったのかもしれない。

 あるいは、命令されたからかもしれない。

 ともかく、やめなかった。

 

 

 ◇

 

 

 彼は、パーティを組みながら戦闘系のクエストを受けた。

 下級<エンブリオ>に過ぎない彼のゾンビのスキルは、操作する相手が必要な代わりに、高火力で自爆するというものだった。

 支援職や回復職のメンバーに操作してもらうことで、それなりの実績を上げることもできるようになった。

 やがて超級職である【砲弾王】にも転職し、準<超級>という一つの到達点に至った。

 それでも、彼の心は晴れていない。

 

 

 

 一つの体制を壊すというのは、「自由」であるのではないかと彼には思えた。

 だから、彼女の提案に乗ったのだ。

 はたして、それが本当に自由なのかはわからないままに。

 

 

 □■デリラ内部

 

 

 

「めんどくせえなあ!」

「君が遅いんじゃない?」

 

 

 

 空を、地を、飛び回る二つの影があった。

 一つは、【砲弾王】エッグマン。

 自身の<エンブリオ>で肉体をミサイルと化して突き進む。

 時折爆発して、また自身の体を再構成する。

 

 

 もう一つは、【神壊僧】AGAU。

 <エンブリオ>のシリウスで飛び回りながら、爆炎の間を縫って攻撃を仕掛けている。

 

 

 両者の戦いは、互角であった。

 AGAUが蹴りや炎熱攻撃を仕掛けようとしたタイミングで、エッグマンは自爆する。

 超級職の奥義に匹敵する自爆攻撃は、耐久型超級職の彼女であってもまともに喰らえばただでは済まない。

 ゆえに、安全マージンを確保する必要があり、詰め切れずにいる。

 だが。

  

 

 

「削り切れないか……」

 

 

 

 エッグマンの攻撃も、AGAUを倒すには至らない。

 もとより、<エンブリオ>と超級職の合わせ技。

 余波を受けるだけでも、本来なら大ダメージは免れない。

 だが、AGAUには当てはまらない。

 自身のビルドの特性上、炎熱耐性を引き上げるアクセサリーを装備しているから。

 何より、ダメージを受けた傍から回復魔法で回復し続けているから。

 

 

 奇しくも、二人とも非なれど似たビルドの持ち主。

 ともに不死身に近い盾と、炎熱の矛をもった<マスター>である。

 

 

「さて……」

 

 

 AGAUは考える。

 

 

(このままだと、私が不利だね)

 

 

 持久戦という分野においても、AGAU、もといシルヴィア・ゴールドバーグは強い。

 決してパフォーマンスが衰えず、相手が疲弊すればそこを的確について押し切ることができるセンスもある。

 ただ、この状況は別だ。

 

 

(装備がいつまで耐えられるかわからない)

 

 

 回復魔法でHPはともかく、装備品の耐久値までは修復できない。

 炎熱に耐性を持たせてはいるが、それも無敵というわけではない。

 シリウスと相手側の攻撃によって上がり続けている熱量に、いずれは耐えきれなくなるだろう。

 そうなったとき、【スターゲイザー】を失ったAGAUでは相手の攻撃を目で追えなくなってしまう。

 

 

 対して、相手のエッグマンはそう言った装備に頼っているようには見えない。

 まるでゾンビのように、底が見えず、無尽蔵に自爆と突撃を繰り返す。

 危ういバランスを乗りこなしているAGAUのビルドとは違う、猪突猛進に攻め続ける戦い方。

 先ほどの奇襲のダメージで自壊してくれればいいかなと思ったが、どうやらそれもなさそうだ。

 つまり。

 

 

「切り札を、切るしかない」

 

 

 

 【ミーティア】とは別のものを、ここで使うしかない。

 

 

「《祈らぬ者(スーパー・ジャイアント)》」

 

 

 

 【神壊僧】の奥義を行使する。

 破戒僧系統は、己の回復や支援に特化しているジョブであり、奥義である《祈らぬ者》もまた自己強化スキル。

 効果は、二つ。

 

 

 一つは、任意の属性に対する一時的な耐性の獲得。

 二つは、ENDとSTRを一時的に交換する。

 今回は、爆炎への耐性を獲得して発動する。

 そして、ENDとコンバートしたSTRは一万を超える。

 

 

 むろん、使用には相応のリスクがある。

 使用後、回復系のスキルが使えなくなる。

 ここで使ってしまえば、彼女のビルドは破綻をきたす。

 ゆえに、今までほとんど使ってこなかった。

 だがしかし、この状況ならば使わない理由もない。

 

 

「まずいっ!」

 

 

 《卵尾徒子》には欠点がある。

 自爆してから、次に自爆するまでにはクールタイムがあり、それまでに攻撃を受けてしまえば爆発して逃げることもできない。

 それでも、まだ対応できた。

 

 

 そもそも、エッグマンのビルドは速度型のジョブと<エンブリオ>のAGI特化。

 最大速度はAGI換算にして五万に至る。

 対して、AGAUのビルドは、速度と耐久を維持できる万能型。

 AGIに換算すれば、ぎりぎり一万程度でしかない。

 どちらも一線級である代わり、特化した同格にはかなわない。

 先日、カルディナにおいてサンラクに敗れたのも、速度に差があったのが原因だ。

 

 

 だが、<Infinite Dendrogram>というゲームにおいて、それだけの速度差は日常茶飯事である。

 ゆえに、彼女は技術を磨いた。

もとより高い技巧を持った、最強のプロゲーマーである彼女がさらに、だ。

 

 

 自分よりも速い相手であっても、早さで相手を上回れるように。

 相手の行動を予測し、反射で最適解を選び取るという技術を、更に高める。

 

 

「くそおっ!」

 

 

 

 自爆して、逃げて、瓦礫を巻き上げて。

 様々な方法で、エッグマンは攻撃を続ける。

 しかし、全てかわされ、受けられ、はたき落される。

 

 

 ーー彼女が、最強であるがゆえに。

 

 

 そして彼我の距離がゼロになり。

 

 

 

「《流星(シューティングスター)》」

 

 

 

 彼女のジョブと<エンブリオ>の力を乗せた、エッグマンを倒すには十分な一撃が、叩き込まれた。

 

 

 To be continued.

 

 




・《流星》
 シリウスの初期スキル。
 炎熱と彼女の攻撃力を乗せたキック。
 奥義と組み合わせれば、AGIがた超級職くらいなら倒せる威力が出る。


・余談
 今回のサブタイ、「自由の奴隷」とかでもよかったなと思った模様。


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世界の終わり、遊戯の始まり 其の十

 

「ぐほおっ」

 

 

 ダメージが限界に達したせいで、《卵尾徒子》が強制的に解除され、ミサイルが消える。

 ミサイルが先ほどまで会ったところには、軽薄そうな男が現れる。

 ガードナーとの融合スキルのように、ダメージが一定を超えると融合は解除される。

 というより、【ゾンビ】がもう限界だった。

 

 

「これで終わり?」

「もうねえよ、切り札の必殺スキルももう使い切っちまった」

 

 

 彼の必殺スキルである《死してなお、解放されず(ゾンビ)》は一度限りの、彼自身の無条件修復。

 先ほどAGAUに奇襲された時のダメージを消すために使用した。

 クールタイムが二十四時間なので、もうこの戦闘では使用できない。

 もう一枚の切り札(・・・・・・・・)も、この状況ではまだ使用できない。

 

 

 あるいは、サポート用に貸し出されたアンデッドがこの状況を打開してくれる可能性も、ない。

 なぜならば、エッグマンはもはや戦闘ができる状態ではないから。

 

 

 まだHPは残っているが、もはや傷痍系状態異常によって、もう時間の問題だ。

 

 

『AGAU、なんとか操っていたアンデッドは倒したよ』

「ありがとう」

「……っ!」

 

 

 エッグマンを操作していたのは、【ハイ・マリオネットレイス】という上位純竜級のアンデッド。

 ペンシルゴンが有する配下の中でも特に強力な五体である、『五虎将』と呼ばれるうちの一体。

 【死将軍】になる前に、パーティ枠五体を使って作り上げられたアンデッドであり、必殺スキルを除けば彼女にとって五本の指に入る切り札。

 数多の素材をつぎ込み、超遠距離から【傀儡】の状態異常をかけて制圧するというシンプルな性能をしている。

 加えて、《物理攻撃無効》でありAGIも超音速に迫る。

 『五虎将』は一体一体が伝説級<UBM>に迫るか、あるいはそれ以上の戦闘力を有しており、そう簡単には負けるはずがない。

 一介の<上級>が倒せる相手ではないはずだったが……。

 

 

『アンデッドの方がこいつよりよほど楽だよ。《聖別の銀光》があるからね』

「……っ!」

 

 

 ソウケツの固有スキルである、《四神掌握》のストック。

 王都にいた近衛騎士団団長のラングレイ・グランドリアから、《グランドクロス》、《聖騎士の加護》、《聖別の銀光》などの優秀な固有スキルをラーニングしていた。

 場合によっては【天騎士】のスキルも使うつもりだったが、その必要もなかった。

 

 

 余談だが、【大賢者】のスキルもラーニングしている。

 が、そちらはコストが足りず、使用することができずにいる。

 ラーニングしたスキルのコストはソウダカッツォがまかなう必要があるという、ソウケツの制限である。

 

 

 

「終わりだな……」

 

 

 今度こそ、望みはついえた。

 組んでいた相方も討ち取られ、彼自身ももはや長くはない。

 HPはみるみる削れており、もうすぐに死ぬ。

 【出血】のせいで、もう体も動かない。

 

 

 

 

「どこまでも、自由は遠いぜ」

「…………」

 

 

 絞り出すように出てきた言葉は、嘆きだった。

 最後まで、どうして自分はこうなのかと内心で自嘲する。

 自由を求めてここまでやったのに、手に入れるどころか、手に入れ方もわからないままで。

 現実でも、ゲームでも彼の願いはかなわない。

 

 

「自由って、私にはあまりわからないんだけどさ」

 

 

 彼女のいた国は、自由の国。

 だが、それは表向きであり、むしろ規制は厳しい。

 権威主義であり、自身の意にそぐわないものは絶対に許さないというのが彼女のいる国の在り方だった。

 例を挙げるならば、国を代表していたゲーム会社が<Infinite Dendrogram>を狙ってハッキングをしようとしたあげく、返り討ちに遭って倒産している。

 

 

「けど、何をもって自由とするかはその人が決めることだと思うけど?」

「――え?」

「誰だって、不自由な部分はあるよ。遊んで暮らしているなんて言われるようなプロゲーマーだって、実際は契約とかスポンサーの意向とか色々あるので」

「何の話だ?」

「ただ、私はゲームをできて楽しいって話かな。あと」

 

 

 

 AGAUはにこりと笑って。

 

 

「それが私の自由ってことだよ」

「そうか……」

 

 

 考えるまでもないことだった。

 自由というのは、己がどうあるかを定めるもの。

 

 

 ーー王になるのも奴隷になるのも、英雄になるのも魔王になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、<Infinite Dendrogram>に居ても、<Infinite Dendrogram>を去っても、何でも自由だよ。

 

 

 

 かつて、チュートリアルでエッグマンが言われた言葉であり、多くの<マスター>が与えられた言葉。

 

 

 <マスター>は、自分の意志で自分がどうあるのかを選んで、決める。

 デンドロを始めるのも、プレイするのも、今回のテロも。

 すべては人に与えられた者であって、自分の意志ではないし、選択もしていない。

 何を自由とするのかという定義が、彼の中にない。

 宝が何か知らない状況で、宝探しをするようなものだ。

 

 

「そうだなあ、自分で見つけなきゃ、手に入らねえよなあ」

 

 

 何を求めるか、何をもって自由とするか。

 その答えを、自分の頭で、意志で決めなければならないらしい。

 こんな当たり前のことになぜもっと早く気づけなかったのかと考え、自嘲した。

 

 

 

 とっさに、AGAUは飛び退いた。

 そして、蘇生可能時間すら終わって、エッグマンの体が消滅して。

 

 

 ーーAGAUの右手首から先が消失した。

 

 

 それこそは、【砲弾王】の最終奥義、《旅は道連れ(ジョイント・スーサイド)》。

 自身を殺した相手に対して、削ったHPの分だけ、エッグマンに近い場所から固定ダメージを与える。

 顔を近づけさせて頭部を消し飛ばすつもりだったらしい。

 さすがは準<超級>。

 最後まで油断ならないやつだと、彼女はため息をついた。

 

 

 直後、彼女の【ブローチ】が砕けた。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

 まるで気づかなかった。

 いつ、どこから攻撃を受けたのか。

 

 

『AGAU!……っ!』

 

 

 そして、【ソウケツ】が半壊した。

 まるで獣の爪(・・・)で抉られたように、壊されていた。

 中にいて、なおかつ体格が小さいソウダカッツォは無事だったが、既に戦力としては役に立たない。

 

 

『警告:脚部大破、腹部中破。カメラアイ下部二つ破損。戦闘能力七十パーセントダウン。戦闘行動に支障が出ています』

『わかってるよ!』

 

 

 ソウケツからのアナウンスに、食い気味で返す。

 【高位操縦士】をメインジョブに置き、<エンブリオ>の存在が前提のビルドであるソウダカッツォはもはや何もできない。

 戦闘要員として、ここで退場せざるを得ないのは自明だった。

 だが、まだできることはある。

 

 

 

「《ブーステッド・ストレングス》!《ブーステッド・エンデュランス》!」

 

 

 【高位付与術師】のバフスキルを、AGAUにかける。

 奥義での強化が残っていた彼女に、さらにソウダカッツォがつぎ込んだMPのほぼすべてを注ぎ込んだバフをかける。

 

 

 

「ありがとう!」

 

 

 

 AGAUはシリウスの脚部噴射で飛び立った。

 炎を噴き出しながら、襲撃者を追う。

 姿も見えないのに、なぜ追えるのか。

 痕跡が、あまりにも派手過ぎた(・・・・・)からだ。

 

 

「これは……」

 

 

 <マスター>も、ティアンも、関係なく、ソレが通った場所の命は、蹂躙され尽くしていた。

 爪が首を刎ね、内臓をばらまき、家屋を破壊した跡がある。

 そしてそれが音より速く量産されている。

 

 

「逃がさないよ!」

 

 

 流星もまた、音より速く追いすがる。

 

 



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世界の終わり、遊戯の始まり 其の十一

 ■とある<エンブリオ>について

 

 

 <エンブリオ>は、<マスター>のパーソナルから生まれる。

 ゆえに、多くの人はその形に納得するといわれる。

 心臓の病ゆえに全力を出せなかった青年が、武装の潜在能力を最大限引き出す心臓を得たように。

 生まれながらに誰かの代替品として作られたモノが、何にでもなれる力を得たように。

 自分を守ってくれる怪獣を求めた少女から、ステータスと質量に特化したガードナーが生まれたように。

 本人の人格や願いに由来するゆえに、「どうしてこうなったのか」を理解するのは<マスター>本人にとっては難しくない場合が多い。

 

 

 

 例外もある。

 自分の願いが、ねじれて歪んで発現した場合。

 既存のVRゲームを批判し続けてきた、しかして夢のVRゲームに憧れを持つライターが、「自分の大事なものを燃やす」という行動から「水を爆薬に変える<エンブリオ>」を手に入れたように。

 あるいは、とある歌手が言語の問題をクリアした結果、「隔たりを失くして耐性を消去する」という願いの余波のような力を発現したように。

 一見、本人ですらも「どうしてこんなことに?」と首をひねる結果になることも多い。

 

 

 しかし、キリューの場合はどちらでもなかった。

 キリューの<エンブリオ>は<マスター>であるキリューのパーソナルが素直に発露したものであり。

 キリュー自身は、全く理解できなかった。

 無理もない。

 彼女の<エンブリオ>の特性は、暴走と消失(・・・・・・)

 キリューが、自分自身の目を逸らしているパーソナルと、そして目を逸らしていること自体から生まれたのが彼女の<エンブリオ>だから。

 

 

 彼女の<エンブリオ>は【盲虎消疾 タイガポエット】という。

 山月記という物語をモチーフとしたTYPE:ウェポン・ガーディアンであるこの<エンブリオ>の特性は――暴走と消失。

 第一形態では、<エンブリオ>の存在をキリューからのみ(・・・・・・・・)覆い隠す。

 キリューにだけは<エンブリオ>が見えておらず、スキルなどでも知覚できない。

 また、ウィンドウでもスキルの詳細を見ることができない。

 ゆえに、彼女は<エンブリオ>が目覚めていることは知りつつも、どのようなものであるかは知らなかった。

 

 

 

 ーー平常時は。

 

 

 

 第二形態は、第一形態の真逆。

 鎧を彼女自身が身にまとい、鎧ごとキリュー自身を覆い隠す。

 見えず、聞こえず、スキルで察知できない。

 そして、彼女のステータスを大いに引き上げる。

 HPは十万、STR、AGI、ENDは二万程度加算される。(実際には、HP・SP・MP特化型の【地獄王】のステータスも足しこむゆえにHPは百万を超えている)

 必殺スキルでもない<上級エンブリオ>のスキルとしては破格のスキル。

 隠蔽能力を持った、伝説級の<UBM>に等しいのだから。

 さらに、【地獄王】のパッシブ奥義である《死屍累々》ーー人間範疇生物のみを対象とした殺人数に応じた防御力・防御スキル無視効果ーーも載る。

 耐久特化超級職であろうと耐えられない攻撃を、不可視かつ超音速の獣が仕掛けてくる。

 

 

 

 ジョブと<エンブリオ>の組み合わせによって、キリューは短期的に古代伝説級<UBM>相当の力を発揮している。

 

 

 これほど強力な力を行使できるのには、理由がある。

 第二形態に移行するのには、彼女が発する怨念がたまり切らなければならない。

 そして、その時こそは彼女がぶちぎれた時である。

 彼女が限界を超えてぶちぎれたのは、この<Infinite Dendrogram>においては片手の指で足りるほど。

 リアルにおいては、ただの一度きりである。

 スパンで言えば、最短でもひと月に一度がせいぜい。

 それも、ペンシルゴンによってさまざまなストレスを意図的に与えられた状態で、だ。

 

 

 当たり前だが、ストレスというものは自分自身ではコントロールできない。

 ゆえに、

 

 

 白かった第一形態の鎧が黒に染まり、キリューは理性を失い破壊をまき散らすだけの化け物に成り下がった。

 いや、成り上がった。

 

 

 

 ◇

 

 

「《流星》!」

 

 

 炎熱と、加速を乗せた襲撃を見舞う。

 奥義によって攻撃力も上がっており、

 見えなかろうと、感知できなかったとしても、関係ない。

 彼女には、それができる。

 

 

 AGAUにとって、シルヴィア・ゴールドバーグにとって、見えざる敵が破壊した跡から今いる位置を予測して(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、攻撃を当てるなどということはたやすいことである。

 彼女の恐ろしいところは、それを感覚でなしえていることだ。

 ノウハウや技術として習得しているのではなく、今この場でとっさに試したらできてしまった。

 

 

 

 ◇

 

 

 VRゲームの中で、<Infinite Dendrogram>以上にリアリティに富んだものは存在しない。

 だがしかし、<Infinite Dendrogram>以外にVRゲームがないわけではない。

 むしろ、それがあるからプロゲーマーという職業は成立している。

 さて、デンドロと他のゲームでは他にも違うところがある。

 その一つが、時間だ。

 普通のゲームでは、AGIが上がったところで、速度は上がっても体感速度は上がらない。

 それは、体感速度が上がった場合の脳の負担を考慮してのことだったり、技術的に不可能であったり、あるいは可能であってもゲーム的なバランスを考えたりと様々な理由で導入していなかった。

 

 

 ともあれ、その仕様は彼女のビルドに利さなかった。

 耐久力と、速度を出すことができる<エンブリオ>。

 一見、万能のビルドだが、欠点も有している。

 一つは、消費が激しく【神壊僧】の自動回復スキルがなければ持久戦ができないということ。

 《祈らぬ者》のデメリットゆえに、もうシリウスのスキルによる移動は長時間維持できない。

 そしてもう一つ、体感速度は常人と変わらないということ。

 動体視力は上がっても、主観時間は変わらない。

 音より速く動く存在を、脳で処理できなければならない。

 常人であれば、対策を練るか、練習を重ねるか、あるいは諦める。

 なれど、最強はそのどれにも当てはまらない。

 気負わず、臆さず、彼女はシリウスが発現したその日から、高速移動とその処理に適応して見せた。

 あるいは、だからこそ彼女の<エンブリオ>はそうだったのかもしれない。

 

 

 

 《流星》による炎熱と、物理的衝撃を合わせた一撃。

 奥義を発動していることもあり彼女の攻撃力は、特化型超級職のそれすら上回っている。

 だが、それでも。

 

 

 

「--っ!」

 

 

 

 

 次の瞬間、彼女がいたところを爪が薙ぎ払った。

 それが示すことは、怪物の生存。

 今の攻撃をもってしても、十分なダメージを与えられていないということだ。

 敵もまた、遥か怪物。

 ダメージを受けこそすれ、致命傷に程遠い。

 彼女が回避できたのは、光の塵が見えなかったことからまだ死んでいないと判断してとっさに上に逃げただけのことだ。

 

 

 

 

 奥義が通じなかった以上、彼女の最大火力をぶち込むしかない。

 だが、それは諸刃の剣だ。

 使えば、<エンブリオ>が機能不全に陥る。

 

 

 だがそれでも。

 彼女は、その怪物にあらがう。

 それは、最強のプロゲーマーとしてのプライドからだ。

 彼女は、最強である。

 敗北したことがないわけではない。

 この<Infinite Dendrogram>でも、ビルドを模索する中での敗北は数知れない。

 それでも、王者として挑戦者から逃げるような真似はしない。

 公式戦で、一対一で負けたことがないのだから。

 

 

 

 

「ふっ!」

 

 

 

 彼女は、ブースターを吹かして土砂を巻き上げる。

 相手の隠蔽能力を無効化するために。

 見えず、聞こえず、感知できず、一度でも当たれば敗北する。

 そんな状況で。

 

 

 

「楽しいね!」

 

 

 

 彼女は、笑って死線の上で戦い続けた。

 

 

 

 To be continued.




余談


「この世界」は、デンドロ以外のフルダイブVRゲームがもちろん存在しています。
ゆえに、カッツォやシルヴィアのようなVRゲームのプロゲーマーもいます。
ただ、シャンフロも含めて、デンドロのような「異世界そのもの」と言えるゲームはなかったという設定になっております。


ゆえに、「夢のゲーム」はデンドロただ一つなのです。


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世界の終わり、遊戯の始まり 其の十二

お久しぶりです。
申し訳ないです。


 □■長城都市・防覇

 

 

<Infinite Dendrogram>の特性の一つは、自由度の高さである。

 グラフィック、システム、すべてがあらゆる既存のゲームを超越している。

 それらはゲームとしては確かに優れた点だが、ことAGAUにとっては必ずしもプラスに働かない。

 

 

 AGAUの得意とする格闘ゲームとはまるで違うからだ。

 格ゲーとは、基本的にゲーム上のリソースは同じだ。

 使えるキャラクターも、それらのスペックも互いに同じ。

 だから、違いは何を選び、スペックをどれだけ引き出せるのかという二点に尽きる。

 さらに言えば、キャラクターの数が限られる格ゲーでは、基本的にどのキャラクターが何ができるかということが分かり切っている。

 プロゲーマー同士であれば、情報の差はほとんどないと言っていい。

 

 

「……さて、どうしたものかな」

 

 

 彼女の能力の一端については、理解している。

 隠蔽に特化した<エンブリオ>、もしくはジョブ。

 そしてもう一つ、推測できることがある。

 それは、彼女が受けてきたダメージによるもの。

 【神壊僧】は元々耐久特化の超級職であり、奥義の代償として防御力が下がっていても、彼女にここまでのダメージを与えられるものはそういない。

 攻撃力に特化した【破壊王】や、ステータスに特化した【殺人姫】なら可能なのかもしれないが、いずれもこの場にはいない<マスター>が就いている以上、その可能性もない。

 

 

 

 では、これはいかなる道理によるものか。

 <エンブリオ>か、あるいは特典武具か。

 

 

 

(いや、多分これはジョブかな?以前流行した野伏ビルドに近い。<エンブリオ>がその補助をしている隠蔽・ステータス上昇効果のスキルを有しているといったところか)

 

 

 

 彼女の推測は概ね正しい。

 彼女の<エンブリオ>は融合した<マスター>のステータスを引き上げ、光学とスキルによる探知を妨げる。

 そこから奇襲を加えるという戦術であることも、間違っていない。

 

 

(それに、攻撃力を引き上げてるって感じでもないね。傷口を見る感じ、ただダメージを受けたわけじゃなくて、不自然にちぎれている。貫通力を上げるか、防御や耐性を消している)

 

 

 

 これも正しい。

 彼女は知らないが、キリューの就いている【地獄王】という職業の効果である。

 

 

 

 ■とある超級職について

 

 

 

 職業、その中でも超級職は特異なものが多いと言われている。

 【勇者】、【聖女】のような特殊な血統を持つものだけが至るもの。

 

 

 何かしらの系統などに紐づけされている下級職、上級職と異なる、何にも属さない超級職も珍しくない。

 

 

 その中に、通称犯罪者系統と呼ばれるものがある。

 下級職や上級職があるわけでもなく、重ねた罪過によっていたる職業。

 純粋な犯罪歴を積み上げて到達する、【犯罪王】。

 近接武器による殺人数で至る、【殺人王】。

 脱獄を重ねることで転職できる、【脱獄王】。

 そして、【地獄王】もそんな犯罪者系統超級職の一つ。

 

 

 

 【地獄王】とは、虐殺特化超級職である。

 一日以内に一万人(・・・・・・・・)を殺害するという条件ゆえに、【殺人王】とは違い、範囲攻撃での虐殺を前提としている。

 それこそ、キリュー以前についていたものは魔法系の超級職である場合が多かった。

 広域殲滅攻撃のコストになりうるHP・MP・SPに特化したジョブである。

 そんな【地獄王】のスキルは奥義と最終奥義の二つのみ。

 

 

 パッシブ型の奥義である《死屍累々》は「殺人数に応じた防御力、耐性を無視する」というもの。

 

 

 キリューも普段は、適当にマシンガンなどを掃射して対象を掃討するという運用をしている。

 だが、鎧を身にまとった結果、彼女のスタイルは完成する。

 光学とスキルの二重迷彩によってとらえられず、伝説級<UBM>に匹敵するステータスを持つがゆえに、並みの範囲攻撃では倒せず。

 そんな規格外の化け物が、誕生したのである。

  

 

 

 ◇

 

 

 

 分析を終えたが、やることは変わらない。

 

 

 それから、一分間の攻防は。

 超音速の二人にとっては、文字通り千を超える交錯をもって行われた。

 AGAUが飛び回り、牽制し、選択肢を与え、仕掛け、罠を張る。

 虎は、それに対応して爪を振るう。

 【神壊僧】の一撃は、物理的衝撃と炎熱を以て確実に装甲を削り取る。

 

 

 

「ぐ、う」

 

 

 

 しかして、無事ではない。

 ダメージが全身に走っており、回復もできない。

 右足がちぎれており、左足一本でかろうじて立っている状態だ。

 むしろ、ここまでキリューを追い詰めたことが、異常とすらいえる。

 

 

 

『OOOOOOOOOOOOOOOO』

 

 

 彼女の目の前には、虎を思わせる鎧があった。

 不可視、スキルでの探知不可能の虎が、その姿を現していた。

 幾度となく表面をあぶられたことで、光学・スキル迷彩がはがれている。

 リソースをステータスなどに割いた結果、隠蔽効果は表面にしかなかったのだ。

 あるいは、どこかの超級ガードナーのように隠蔽に特化していれば、こんなことにはならなかっただろう。

 

 

 なぜ、不可視だった相手に攻撃を当てられたのか。

 それは、もはやAGAU自身もわかっていない。

 立ち回り、直感、経験、その複合によって彼女はキリューを追い詰めた。

 だがそれも、不利を覆すには至らなかった。

 

 

 

(空中機動を確保する装備まで持ってるとは思わなかったな、陸上戦特化だとばかり思ってた)

 

 

 本来、三次元起動によって普通の<マスター>に対しては有利をとれるはずだった。

 だがしかし、キリューの周りに展開された赤色の物体が、足場となって空中戦を可能にしている。

 特典武具か、あるいはオーダーメイドの装備か。

 鎧に装備枠の大半を割いていることを考えると、アクセサリーの類か。

 

 

(しかたがない、これはもう詰みだな)

 

 

 

『手を貸そうか?』

 

 

 はるか上空から、声がした。

 

 

 To be continued.




これから録画したシャンフロ一話観てきます。


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世界の終わり、遊戯の始まり 其の十三

 □■防覇内部

 

 

『《ミサイル・ランチャー》、《レーザー・シューター》』

 

 

 

 ミサイルの爆撃とレーザーが殺到する。

 それは、機械仕掛けの赤い鳥。

 ブースターを吹かし、火器をむき出しにして、見えざる怪物を睨む。

 

 

『えっと、邪魔をしてすみません』

『死にそうだったから援護に回った』

『ちょっ!』

「なるほど、的確な判断ね」

 

 

 実際、客観的に見てもうAGAUは詰んでいる。

 単独で、勝てる見込みはほとんどない。

 あるいは、エッグマンとの戦いにおける消耗がなければ、とも思うが、それを考えても今更無意味な話である。

 

 

 

 

『あ、いいんだ……』

『文句言うならこいつもデスペナすればいいだけの話だった』

『「…………」』

 

 

 声で、AGAUも周囲の状況を察する。

 機体の中にいるのは、二人。

 ”双宿双飛”の名を司る【高位操縦士】ルストと、【高位通信士】モルドである。

 AGAUも、この二人のことは知っている。

 ”闘争都市”デリラにおいての大会で、サンラクと戦っているところを観ていたからだ。

 

 

 

(でも、あっさりサンラクに負けてたような?)

 

 

 

 AGAUの目には、ルストがさほど強いとは思えない。

 複数の機体をうまく使いこなすことで、様々な状況に対応できる<マスター>だったと記憶している。

 だが、使用した機体のすべてをサンラクに真っ向から破られていたはずだ。

 本人の操縦技術はともかく、戦力としては高いとは言えない。

 

 

 それは仕方がないだろう。

 MPに特化したビルドとはいえ、彼女のMPには限りがある。

 ゆえに、闘技場において、彼女一人で戦う分には【高位操縦士】の強化を加味しても純竜クラス程度の戦闘力しか持たない。

 プレイヤースキルが突出しているゆえに、並みの<マスター>なら十分屠れる。

 あるいは、プレイヤースキル次第では彼女一人で準<超級>すら倒しうる。

 だが、ルストと真っ向から渡り合えるプレイヤースキルを持ち、準<超級>のスペックを持つサンラクには通じなかった。

 彼女自身は、準<超級>には届かない。

 ゆえに、AGAUよりも、それを破ったキリューよりも、戦闘能力では劣っている。

 ただしそれは。

 

 

 彼女一人で(・・・・・)戦った場合の話である。

 

 

「ルスト、あれ、出せるよ」

「了解、【赤人天火】で隙作ってその間に換装する」

「了解」

 

 

 

『《レッグ・ガトリング》、《ブレイズ・ブレイド》』

 

 

 

 脚部からガトリング砲を展開し、翼が赤熱する。

 

 

 

 

『《ブースト・アーマー》』

 

 

 そして、もう一つ。

 機体を赤熱させる、攻勢防御スキルを発動。

 ルスト一人では、MPが足りず維持ができなかったスキル。

 同乗者であるモルドのMPをもってしても、なお足りない。

 しかして、ここにはもう一つ、エネルギーの供給減がある。

 

 

 モルドの<エンブリオ>であるオルトロスは、動力炉のエンブリオ。

 先々期文明の動力と同様、接続した機械にMPを供給することができ、超級職並みのMPを要する兵装であろうと、この機体なら行使できる。

 

 

 

『AAAAAAAAAAAAAAA!』

 

 

 獣のように、あるいは獣そのものとして吠えながら、キリューは飛び掛かる。

 AGIは二万オーバー。

 《操縦》などのスキルで強化したルスト達よりも、遥かに速い。

 プレイヤースキルでも対処できないAGIの差に、【赤人天火】は回避しきれず。

 タイガポエットの装甲が、焼け溶けて、キリューにダメージが伝播した。

 

 

『GUA!』

 

 

 タイガポエットの装甲は、耐久型超級職に匹敵するほどの強度を誇る。

 対して、【赤人天火】へのダメージはさほどない。

 キリューの戦術の要である《死屍累々》は直接攻撃することで発生する。

 銃弾や、魔法攻撃など、範囲は広いが、攻撃の余波などには適用されない。

 熱波により爪撃が届かなければ、機動力・火力特化と言えど純竜クラスの機体にダメージはほとんど与えられない。

 費やしている魔力量の差である。

 モルドの<エンブリオ>、オルトロスによる魔力供給によって運用できる魔力は超級職に匹敵する。

 

 

 あえて言おう。

 上級どまりというのは、あくまでもルスト一人であればの話。

 ”双宿双飛”は準<超級>に到達している。

 

 

 ◇

 

 

 

 両者は、互角だった。

 虎の爪は、熱波によって当たらずとも、余波によって装甲は破断する。

 もとより、機動力に秀でた機体ゆえ、耐久力には期待できない。

 むしろ、今のキリューを相手に表面の装甲のダメージのみでとどめているルストの操縦技術と読みが異常ともいえる。

 加えて、【赤人天火】の火器もまた、キリューの装甲をはぎ取っていった。

 戦況は、ほぼ互角となっている。

 

 

「まずいね」

 

 

 戦況はほぼ互角だが、互角ではまずい。

 そもそも、陸上戦闘に秀でた相手に対して完封できるのが遠距離攻撃・飛行能力特化の【赤人天火】である。

 どういうわけか、キリューは空中での戦闘も問題なく行えており、飛行能力がさほどアドバンテージになっていない。

 特典武具か、あるいはオーダーメイドか。

 赤色の足場を形成し、空中機動を可能にしている。

 足場は、攻撃にも使えるらしく、じわじわと装甲を削られ続けている。

 もはや余裕はなく。

 

 

 ゆえに、先に(・・)切り札を切ったのはルスト達だった。

 

 

 

『《デュアル・コネクト》』

 

 

 

 アイテムボックスにある機械と、オルトロスを即座に接続するスキル。

 クールタイムは一時間であり、もう二度とこの戦闘では使えない。

 だが、それでいい。

 なぜなら、これから使う機体は、後先を考える必要はない。

 ここで使えば、それ以降の余力が残らないから。

 そして何より、他の機体を使う必要がない程に、今装着した機体が最強だから。

 

 

 

 モルドは、もう一つ切り札を切る。

 

 

 

『《速き獣(オルトロス)》』

 

 

 それは、オルトロスが持つ必殺スキル。

 その効果は、MP供給量の一時的なブースト。

 これを使った理由はひとつ。

 彼と彼女の最強(・・)を運用するためには、これがマストだから。

 

 

『やるよ、ルスト』

『わかってる』

 

 

 

『『【酷死無蒼】ーー起動』』

『START UP』

 

 

 

 最強の機体が、動き出す。

 

 

怒りに満ちたキリューには、敵を判断する能力はない。

 怒りが収まるまで、あるいは敵の姿がなくなるまで、一方的に壊し続けるのみである。

 自分に一矢報いた、小さい人と、それ以上に甚大なダメージを与えた巨大な鳥、そして急に出現した謎の人型。

 どちらを優先するかは、わかり切っている。

 より受けたダメージが大きかった方を選択。

 金属でできているようだが、関係ない。

 すでに、キリューの攻撃を妨げていた熱波は消えている。

 エネルギーが切れたのか、あるいは他の理由があるのか。

 直撃すれば神話級金属であろうと、今の彼女なら容易く切り裂き、内部の<マスター>を殺傷できる。

 

 

「ああ、やっぱりそういうタイプだよね」

 

 

 がきり、と、当てる直前に爪が止まった。

 キリューが止めたのではなく、寸前ではばまれた。

 キリューの爪は、機体に届いていない。

 半透明の、青いバリア(・・・・・)によって阻まれている。

 

 

 

『《アダプテーション・バリア》、異常なし』

『《コバルト・レーザー》』

 

 

 

 そして、機械の反撃が始まる。

 青白いレーザーが射出され、特化超級職並みの装甲を持つキリューにダメージを与えていく。

 超音速で動く彼女といえど、隠形に秀でた<エンブリオ>があれど、攻撃を受けた瞬間に光速のカウンターを見舞われれば、当然対処などできない。

 そこで初めて、怒りに包まれたキリューの思考が、わずかに敵を知覚し、認識した。

 

 

 先ほどまで赤い鳥だったはずの敵が姿を変えて、否、機体を変更している。

 

 

 それは、青い機械仕掛けの人型だった。

 だが、通常のマジンギアとも異なる姿をしていた。

 まず、大きすぎる。

 体高は十五メートルを超えており、マジンギアとは比べ物にならない。

 スーパーロボットとでもいう方がまだ近いだろう。

 

 

 

 肩に二本のサブアームが取り付けられており、背部にはスラスターが取り付けられている。

 両腕にはブレードが、脚部と胸部にはセントリーガンとミサイルサイロが見えている。

 

 

 速度、超音速。

 防御力、古代伝説級(アダマンタイト)

 火力、オプション過多。

 エネルギー消費、甚大。 

 

 

 

 銘を、【酷死無蒼】。

 ルストが必殺スキルで形作り、モルドが設計と動力を担う、二人のすべてを詰め込んだモノ。

 この世界における唯一の、真の意味でのスーパーロボット。

 

 

「行くよ、モルド」

「了解、ルスト」

 

 

 

 ”双宿双飛”ルストとモルドが操縦する、最強の機体(・・・・・)である。

 

 

 

 To be continued.




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世界の終わり、遊戯の始まり 其の十四

 □■少し前

 

 

 ルストが必殺スキルを習得したのは、彼女の<エンブリオ>が第四形態に進化した時だった。

 月に一度だけ発動できるものであり、ヘパイストスの既存スキルの上位互換だ。

 回数に制限がある代わり、より強力に、より自由にロボットを作ることが可能である。

 第四形態での必殺スキル習得は早い方だが、これについてモルドはひとつの仮説を持っていた。

 

 

「<エンブリオ>は、<マスター>のパーソナルに応じて進化、変化する。今までにないスキルが生えたり、あるいは既存のスキルに新たな効果が追加されたりする。僕のオルトロスは前者だね」

「そうだね」

「でも、ルストは一貫して変わってない。やりたいことも、それを叶えるために必要な力も、ずっと変わらない。だから、必殺スキルと、下位互換になる初期スキルしかヘパイストスにはない」

 

 

 

 作り、乗り、遊ぶ。

 ルストの在り方と行動原理は、たったそれだけ。

 <Infinite Dendrogram>を始める前から、彼女がゲームをする理由はただ一つ。

 だから、彼女の<エンブリオ>も、たった一つの機能しか持たなかった。

 必殺スキルを早く習得したのも、こうなる可能性がないのだと思っていたから。

 

 

 ルストは、必殺スキルを行使して、オーダーメイドのロボットを作り、あるいは元々あったものを改修した。

 それらはいずれも純竜級以上の性能を持っていた。

 機体強化のスキルや、オルトロスの必殺スキルによるブーストも加えれば、伝説級<UBM>に届きうる。

 

 

 しかし、モルドはそれのみでは満足しなかった。

 彼の考えうる、最強のロボット。

 それを作り出すには、ルストの必殺スキルでさえ足りないと感じていた。

 

 

 そして、ある仮説を思いついた。

月に一度しか使えない必殺スキル。

 

 

 それは、本当に一度しか使えないのか(・・・・・・・・・・・・・)、と。

 複数回同じ機体に使用できるのではないかと、モルドは考えた。

 同じ機体に複数回必殺スキルを使用しても、スペックはそれ以上上げられないのだ。

 

 

 であれば、分割すればいい。

 合計して六度の必殺スキルの使用によって生み出されたスーパーロボットとでも言うべき最終兵器。

 一度で純竜級を上回る機体を生み出す必殺スキルを六度使用した機体。

 そのスペックは、古代伝説級相当である。

 

 

「OOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

   

 

 虎が吼える。

 迷彩は不十分となっても、未だ竜王相当のステータスは健在。

 STRは二万を超えており、超音速機動も可能。

 回避も、防御も既存のマジンギアなどであれば不可能だ。

 だが、【酷使無蒼】は、そんな常識を超えていく。

 

 

 音より速く、虎よりはわずかに遅い(・・・・・・)

 しかして、攻撃がまるで当たっていない。

 一つは、時折展開される《アダプテーションバリア》によるもの。

 海属性防御魔法を展開する、それ自体は珍しい技術ではない。

 珍しきは、防御の配分を変更出来ること。

 今は物理防御ーーその中でも対斬撃に特化しており、それこそ攻撃力が十万以上なければ、斬撃による突破は困難である。

 そして、もう一つは操縦者がルストだから。

 追いつくことはともかく、追いすがる相手をさばくことなら、自分より速い相手でもさほど難しくはない。

 ましてや、相手の動きは力任せで怒り任せの単調なものでしかないのだから。

 

 

 そして、強力なのは防御だけではない。

 

 

 

『《コバルト・レーザー》、《ボルテージ・フィスト》』

『GA!』

 

 

 

 サブアームから放たれる青い光条が、雷をまとった拳によるカウンターが、正確にキリューに命中する。

 

 

『AAAAAAAAAAAAAAAA』

「これは……」

 

 

 

 赤い爪が、キリューの意に応えて飛来する。

 それこそは、キリューが持つ伝説級特典武具、【延爪紅怒 レッドへリング】。

 効果は、「自分の攻撃スキル、STRを乗せた爪を飛ばす」こと。

 

 

 だが。

 それすらも、ルストには通じない。

 

 

(爪の速度は、本人の速度に依存している。加えて、本人から十メートルくらいしか展開できない。これなら、レーザーと《アダプテーション・バリア》で対応できる)

 

 

 超音速の三次元起動で迫りくる爪を、全てレーザーで焼き尽くす。

 本人の攻撃は、バリアで防ぐ。

 

 

『OOOOOOOOOO!』

 

 

 キリューは変わらない。

 ただ前に進み、爪を振るうだけ。

 それしか知らない。

 抱えきれない怒りを、感情を、まき散らすことでしか彼女は生きられない。

 

 

 ゆえに、もう一押し。

 

 

『《ブレイズ・ミサイル》』

 

 

 

 胸部のミサイルサイロが開き、ミサイルが一斉に射出される。

 そのすべてが、キリューに直撃。

 装甲が砕け散る音がして。

 両者の戦闘が、決着した。

 

 

『《終末の獣(タイガポエット)》』

 

 

 ーーかに思われた。

 

 

 ■???

 

 

 

 怒りがまだ収まっていない。

 かつてと同じだ。

 

 

 厳しい家に生まれた。

 正しくあれと教わった。

 だから、そうあろうとした。

 学校でも、家でも、正しく、優しくあろうとして。

 ため込んだ感情が決壊した。

 気が付けば、血まみれの爪と、血まみれの人がいた。

 けれど、私は悪くない。

 なぜなら、正しくあれと定義したから。

 

 

 だから、私は変わらない。

 ここでも、あちらでも、私は変わらず、曲がらず、正しさを振りかざす。

 私は、何も間違ったことはしていない。

 私が正しくないと示すもの、攻撃するものがあれば全て、総て、すべて。

 消えてしまえばいい。

 

 

 □■【酷死無蒼】内部

 

 

「これは、一体どういうことなの?」

 

 

 

 コクピットの中で、ルストは言葉を漏らす。

 光の塵が、ゆっくりとキリューの周りに集まっていた。

 それだけならば、デスペナルティになっただけかと思ったが、様子がおかしい。

 光の塵が、多すぎる(・・・・)

 光の塵がキリューを覆い、膨らんでいく。

 

 

「第二形態かな、まるでボスキャラだね」

「問題ない。多少性能が上がろうと、《アダプテーション・バリア》が」

 

 

 

 【酷死無蒼】の左腕が消失(・・)した。

 咄嗟、ルストはミサイルをばらまきながらブースターで空中へと逃れる。

 火器の一つ一つが、純竜程度なら殺しうるほどの火力。

 だがそれすらも。

 

 

 

「O」

 

 

 

 すべて、消滅する。

 爆発はしない。

 炎すら上がらない。

 ルストは、感覚で理解する。

 先ほどの攻撃。

 それと同じ原理で、消失したのだと。

 

 

 

 

 虎がいた。

 先ほどまでの、虎型の二足歩行の鎧ではない。

 より大きく、より生物然として、四足歩行の巨大で強大な虎が、彼らの前にいた。

 ランランと輝く、爪と牙をむき出しにして。

 これこそが、キリューの最後の切り札。

 アーサー・ペンシルゴンが命名した名は、終末殲滅形態(ビーストバーストモード)

 神話級相当の怪物である。

 

 

 《終末の獣》。

 他の必殺スキルと同様、<エンブリオ>の特性を最大限発揮したものである。

 暴走と消失を特性とする、タイガポエットには、三つの段階がある。

 一つ目は、初期形態。

 鎖に拘束され、解放を待ち望み、リソースを貯めこむ形態。

 

 

 

 二つ目は、鎧装形態。

 怒りによって蓄積された怨念によって解放されたタイガポエットを身にまとい、隠蔽能力とステータスをもって攻撃する。

 

 

 そして三つめは、最終形態。

 タイガポエットの破損を条件として発動する必殺スキル、《終末の獣》。

 第二形態より遥かに強力な性能を持ったガーディアン体に、キリューが融合する。

 神話級相当の性能を持つが、肝心なのはステータスではない。

 ステータスに任せて斬るだけだった先程までと違い、今の彼女の爪は、空間ごと消し飛ばす(・・・・・・・・・)

 それこそ、バリアや装甲など意味がない。

 防御不可の攻撃が、AGI四万オーバーの獣から放たれる。

 

 

 それゆえ、いくつかの欠点を有する。

 第一に、この体はもうキリューの意識とは無関係に動く。

 キリューの望みのような、怒りの対象を抹殺する力ではない。

 無差別に、手当たり次第に周囲にあるものは敵味方生物非生物関係なくすべて焼失させる。

 

 

 そして、この融合は解除できない(・・・・・・)

 唯一の方法は、キリューがデスペナルティになることのみ。

 融合スキルに備わっていて当然の、最低限の制御(セーフティ)の撤廃ゆえに、神話級のステータスを有している。

 まさに、虎になった人間。

 李徴が人から、人の意識を持った虎になり、やがて心まで虎へと変ずる物語をモチーフとした<エンブリオ>。

 人でありながら、人ならざる心へと変質したもののなれの果て。

 それに対して。

 

 

 

 

 

「モルド」

「わかってるよ、ルスト。《紅苦死無双》」

『InformationーーStart up』

 

 

 

 ルストとモルドが、最後の切り札を発動して。

 

 

 ◇

 

 

「退場した覚えも、譲るつもりもないよ。《蒼星(シリウス)》」

 

 

 

 青い星が、狙いを定め。

 

 

 ◇

 

 

 

「《四神文棺(ソウケツ)》」 

 

 

 

 黄色の機神が、瞳を閉じた。

 

 

 To be continued.

 

 

 

 

 

 




感想などありましたら励みになります。


ここまでがっつりオリ<マスター>を書いたの初めてだったなあ。


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世界の終わり、遊戯の始まり 其の十五

 ■□防覇

 

 

 巨大化し、どの建造物より巨大になったキリューには、すべての敵が見えていた。

 自分を見て、恐れおののくティアンや<マスター>が見えていた。

 自分より矮小なれど、四つの目を向ける機械神が見えていた。

 他のアンデッドを掃討しながら、こちらにも注意を払う、鎧と狙撃銃をみにつけた女が見えていた。

 狙撃銃の女に忍び寄る、人の形をした、人でもアンデッドでもないナニカが見えていた。

 獲物を見つけたとでも言いたげな顔をした、和装のパーティーが見えていた。

 先ほど片足をもがれたにも関わらず、未だ諦めの悪いヒーローが見えていた。

 巨大なアンデッドと戦闘を繰り広げる、鳥面の怪人が見えていた。

 そして、自分の正面に立つ、機械の巨神が見えていた。

 

 

 ただし、先刻までとは様子が違う。

 シルエットこそ同じだが、容貌も、内包するエネルギー量も先程までとは別物。

 

 

 蒼で構成されていた全身から、その色が消えていく。

 否、塗装が落ちていく。

 内部の熱量に耐えきれず、コーティングがはがれていく。 

 ああ、もとよりこの機体はそう言う仕組みだ。

 【酷死無蒼】とはーー酷い死をもたらす機械仕掛けの神であり。

 蒼を無くした(・・・・・・)存在でもある。

 

 

 薄皮一枚の下にあるのは、赤であり紅。

 膨大な熱量によって作られた色であり、ルストを象徴する色。

 動力炉を、機体を損壊寸前まで稼働させ、文字通り全身全霊を発揮する《紅苦死無双》により、紅き巨神が降臨する。

 

 

 

『《■■■》』

『《ブラスト・スラスター》』

 

 

 キリューは、すべてを消し飛ばす防御不可の爪を振りかざし。

 ルストは、彼女の翼を展開した。

 

 

 紅く輝く炎が、彼女の背後から噴出し、上空へと退避する。

 もとより、【酷死無蒼】のコンセプトとは、そういうものだ。

 空中戦、防御、バリアによる海中戦闘、火器による対多数戦闘・殲滅……あらゆる事象に対応した、完全万能戦闘機。

 モルドが考えただけあって、そこには一切の死角はない。

 しいて言うなら、自爆寸前で動いている仕様上、長期戦は出来ないが、問題ない。

 <Infinite Dendrogram>の機械は長期戦向けではないし。

 そもそも、この機体であれば、長期戦になる前に片が付くのだから。

 

 

 

『《コバルト・レーザー》』

 

 

 

 先程とは違う、コバルトイオンのような、赤色のレーザーが放たれる。

 違うのは、色のみではない。

 威力も、本数も、先程よりはるかに高く、多い。

 巨大な虎に着弾し、肉体を穿つ。

 

 

 なれど、それは虎にさほどのダメージも与えてはいない。

 第二形態とは違い、すべてのHPを削り切らなければキリューは倒せない。

 ゆえに、貫通系の攻撃はさほど意味がない。

 

 

 

 よって突き進む。

 今の彼女の爪は、最強の矛。

 空間ごと消し飛ばす爪は、当たりさえすればバリアも熱波も神話級金属であろうと一切無関係に消し飛ばす。

爪が通る先にいる生命を、建造物を、地面を、空気を。

 すべてを消失させながら繰り出される爪は。

 

 

「A」

『やはり、こうなる』

 

 

 

 【酷死無蒼】には、当たらなかった。

 

 

 

 キリューには捉えられない、届かない。

 AGIでは劣っているはずの、超音速で飛び回る【酷死無蒼】には、爪も牙も当たるはずがない。

 【レッドへリング】の足場も、身の丈二十メートルを超えた今の体格では使うことができない。

 そもそも、今の彼女には肉体の操作権がないのだからなおさらだ。

 

 

 であればとキリューは思考を切り替える。

 【レッドへリング】を足場としてではなく、飛び道具として飛翔させる。

 しかして、それも悪手である。

 

『《コバルト・レーザー》』

 

 

 

 マニュアル制御によるレーザーが、紅い飛翔体を全て貫き撃ち落とす。

 神話級のステータスを持ったキリューはともかく、伝説級武具程度なら、十分に撃ちぬける。

 これが、【酷死無蒼】の恐ろしさ。

 あらゆる環境に、敵に対応できる対応力と、古代伝説級相当のスペックを有している。

 ここにもし、マジンギアという商品を産み出したMr.フランクリンがこの機体を見れば、一つの言葉を以て表現しただろう。

 すなわち、<竜王級マジンギア>と。

 

 

 

 キリューは、空中へと跳躍しながら、もう一度爪を振るう。

 ルストは、それにも問題ないと判断する。

 陸でしか戦えない今の彼女は脅威にならない。

 余裕をもって回避しようとして。

 

 

『!』

 

 

 

 機体がバランスを崩す。

 それは、エンジンなどの不備によるものではない。

 機体の周囲の空気が消し飛び、真空と化したことによる余波。

 熱気を吹かして飛び回るという、飛行機などと変わらない技術で飛んでいる以上、周りの空気の状態に影響を受ける。

 

 

 

 そこを、獣は見逃さない。

 数万のSTRをもって、跳躍。

 高度を落とした【酷死無蒼】の高さまで飛び上がり、爪を振るおうとして。

 

 

 

「《蒼星(シリウス)》」

 

 

 

 普通なら、不可能だ。

 真空状態の空間と、普通の空気が占める空間。

 そのような不安定な環境で、ブースターを吹かして飛び回るのはまず不可能。

 

 

 だが、AGAUはその常識にはとらわれない。

 【酷死無蒼】とタイガポエットの軌道から、気流を読み、真空空間を把握し、直感のままに体を動かし。

 彼女の足で、捉えて。

 タイガポエットの左顔面を吹き飛ばした。

 

 

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 

 

 激昂した、いな激昂が増したキリューは絶爪を振るって、AGAUの胴体を消し飛ばす。

 回復手段を失った彼女には、デスペナルティ以外にはない。

 肺が潰れて、言葉を発することもできない。

 ただ。

 彼女の視線は、遠くで敵を見据える、最愛の人を見ていた。

 

 

(あとは、頼むわ)

 

 

 微笑みを浮かべて、光の塵になった。

 

 

 

 ◇

 

 

 火力特化の必殺スキルを食らってもなお、キリューは止まらない。

 陥没した左顔面は修復されている。

 移動にも、攻撃にも一切の支障なし。

 

 

 だが、劣勢である。

 傷自体は修復できるが、HPは回復していない。

 むしろ、修復するためにさらに体力を消費するため、HPは既に最大時の半分を切っている。

 終末殲滅形態とはそういうものだ。

 命尽きるまで、ただひたすらにみずからの暴力性に従ってあらゆるものを粉砕し尽くす。

 だから止まらない。 

 

 

 

 【酷死無蒼】は、地に降り立った。

 空気を消し飛ばすという離れ業を実行して見せた以上、もう空に逃げる戦術は通用しないから。

 何より。

 

 

「いけるよね?モルド」

「もちろん」

 

 

 彼らなら陸上でも虎に勝てると確信しているから。

 【酷死無蒼】の手には、二本の剣が握られている。

 金属の柄と、青い刃。

 光熱を以て、相手を両断する武装、《アズール・カリバー》。

 

 

「GA!」

『ふっ』

 

 

 

 虎の爪が、余波で真空を作り、装甲をわずかに削る。

 赤き巨神は、その刃をもって虎の両手を切り飛ばす。

 とどめを刺そうとして踏み込んだところで、

 

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 

 空間を断つ牙で、右腕を砕かれる。

 左腕の刃で、首を落とす。

 必殺スキルに勝るとも劣らない攻撃が、HPを急速に削っていく。

 相手が神話級の域にあろうとも、熱量の刃は物理防御を無視して熔断する。

 

 

 なれど、獣は止まらない。

 首だけを繋いで、なおも突貫を続けようとする。

 その突進を止めるすべは、ルスト達にはなく。

 

 

 

「終わりだ」

 

 

 

 だからこそ、カウンターが決まる。 

 

 

 背中にあった【酷死無蒼】の翼が、変形していく。

 双翼が重なり、上部にエネルギーが集中していく。

 ああ、それは最大威力の大砲であり、牙。

 通常の兵装ではどうにもならないものを、滅するための最後の切り札。

 爆発するまで(・・・・・・)動力炉を稼働させ、すべてのエネルギーを一撃にこめる技。

 この名をつけたのは、鳥が竜に由来するものだからか。

 あるいは、怪鳥(・・)を落とす存在であるという決意表明か。

 

 

 

「《ドラゴニック・スフィア》」

 

 

 

 膨大な熱量をとどめ、圧縮した球を、射出して。

 前進した虎に直撃。

 大爆発を引き起こした。

 

 

 

To be continued.




感想などありましたらよろしくお願いいたします。


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世界の終わり、遊戯の始まり 其の十六

 ■獣

 

 

 彼女にとって、周囲の判断基準はひとつしかない。

 不快か、そうではないか。

 不快であれば、ストレスを、あるいは怨念を内側にため込む。

 そうでないものは、特に何もない。 

 ただ、気楽に接することができる。

 とはいえ、不快さを一切感じさせない人間などまずいない。

 彼女の知る限りでは、<Infinite Dendrogram>で出会ったアーサー・ペンシルゴンのみであり、それゆえに彼女はこの防覇にまで行くことを選んだ。

 

 

 それこそ、カリスマモデルである天音永遠でなければコントロールが効かない存在だったということである。

 いや、彼女をもってしてもなお、完全には御しきれないほど、という方が正しいか。

 

 

 ともあれ、彼女の行動原理はいつだって変わらない。

 正しくあること、そして眼前にある正しくないものを全て消し去ってしまうこと。

 それだけが、彼女という人間を、否、獣を突き動かしていた。

 

 

 <Infinite Dendrogram>にはとどまらない。

 リアルであっても、同じ条件で同じ能力なら、彼女は同じことをやっていただろう。

 いや、条件が彼女に不利でも、同じこと。

 むしろ、彼女はリアルでそれをこそやっている。

 

 

 ■□防覇

 

 

 

 《終末の獣》は、通常の融合スキルとは違う。

 どれだけダメージを受けようと解除されず、本人の意思をもってしても解除できない。

 通常のガードナーとの融合スキルは、鎧のようなものだと言われている。

 <マスター>の肉体を芯にしながら、ガードナーが<マスター>を覆い、纏い、強化する。

 ゆえに大ダメージを与えられれば、鎧は砕けて融合はほどける。

 肉体がどれほど損傷しようと関係なく、再度融合して体を作り直すことができる。

 ただ、それは不死身であることとイコールではない。

 修復こそ行われるがHPは回復できない。

 それは自然回復のみならず、アイテムや魔法なども効かない。

 発動した時点で、滅びを迎えることが決まっている。

 ゆえに、《終末の獣》という名を与えられている。

 

 

 【酷死無蒼】の度重なる攻撃。

 それを受けたことで、HPの九割以上を失っている。

 必殺スキル開始時には二十メテルほどあった体長も、二メテル程度、普通の人間と変わらないほどに減じている。

 今の彼女は死に体。

 ミサイルの一発でも当たれば、それで終わる。

 だが、ミサイルは届かない。

 

 

『まずい……』

 

 

 

 上空から【赤人天火】のカメラアイを介して、ルストとモルドは敵影を見る。

 先ほどから、ミサイルなどの火器は使用している。

 それがすべて届かず、彼女の『爪』をもって消滅させられている。

 

 

 確かに、彼女は死に体だ。

 体積(HP)は最大時の千分の一であり、吹けば飛ぶようなものだ。

 だが、爪と牙の大きさは変わっていない。

 それは、タイガポエットの性質に由来する。

 どれだけHPが減ろうが関係なく、身体の形を変えて再構成し、また活動を再開する。

 その在り方ゆえに、空間を消す爪と牙の大きさは常に同じ。

 爪はテリジノサウルスがごとく長く、牙はスミロドンかセイウチのように口腔に収まりきらずに飛び出している。

 見た目こそ先ほどより歪なれど、彼女の心根は変わらず。

 彼女の<エンブリオ>の能力も変わらない。

 

 

 爪に、あるいは牙に触れたものが掃除機に吸い込まれるように消滅していく。

 触れれば、人であろうと、神話級金属であろうと、空気であろうと関係なくすべてを消失させる最悪の凶器。

 問題は、その長さにある。

 先ほどまでは、身体のごく一部程度でしかなかったが、今は体長とさほど変わらないほどの長さになっている。

 ゆえに、矛としてのみならず、盾として使うこともできる。

 先ほどはミサイルを全て起爆直前に消したように、爪の間合いに入った攻撃はすべてキリューを捕えられない。

 

 

 付け加えれば、減ったのはHPのみであり、四万を超えるSTRとAGIは健在だ。

 これこそが、アーサー・ペンシルゴンすら知らない、キリューも今まで知らなかった真の最終形態。

 名づけるのなら、虎立終末斬殺形態(ソロ・セイバーモード)という。

 

 

 

「GISYAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 

 物陰から、一体のモンスターが現れる。

 何かを追ってきたのか、逃げてきたのか、いずれにせよ本能のままキリューの方へと向かってくる。

 

 

 

 【アムドラーヴァ・フォレストレイス】。

 伝説級<UBM>を討伐した際の、特典素材からペンシルゴンによって作られており溶岩樹形をモチーフにしたアンデッドだ。

 

 

 アンデッドゆえの物理攻撃無効化および呪いへの耐性と、アンデッドでありながら炎熱攻撃無効化を有する。

 さらに、ペンシルゴンのディストピアによって日光や聖属性攻撃への耐性も獲得しており、大抵の<マスター>では傷一つつけられない。

 さらに、レイス特有の呪怨系状態異常なども使用しており、【死将軍】によるパッシブスキルの強化も合わせて古代伝説級<UBM>なみの戦闘力を有している。

 また、ペンシルゴンの手駒であるため、当然キリューにとっては味方である。

 

 

「O」

 

 

 

 だが、そんなものは関係ない。

 超音速で爪を振るい、瞬く間に【フォレストレイス】のHPを削り切る。

 そもそも、キリューは街を襲うアンデッドがペンシルゴンの手駒だと知らない。

 そもそもテロをペンシルゴンが行っていることさえ把握していない。

 ペンシルゴンは自分の仲間や協力者に対しては当然自分がアンデッドを使うことは伝えているが、キリューだけは例外だ。

 どのみち戦闘に入れば、彼女の頭からそういった情報は消えるのだから、話す意味がない。

 

 

 

 

 

 

 

『んで、お前は何なのかな?』

「O?」

 

 

 無造作に放たれた爪を、余波で起きた真空波を、全てかわして、一人の男が立っていた。

 

 

 ソレは、鳥だった。

 ソレは蛇眼の面をかぶっていた。

 ソレは、触手を腰から生やしていた。

 ソレは蛇皮のブーツをはいていた。

 ソレは、黒と白の二刀を手にしていた。

 ソレは、半裸だった。

 

 

怒りと憎悪に染まった彼女の思考の一端が、ソレをーー“怪鳥”サンラクを認識した。

 先ほどまで、彼は【アムドラーヴァ・フォレストレイス】と交戦していた。

 彼の数多の攻撃手段は物理攻撃がほとんどであり、【フォレストレイス】には有効打がなく、仲間にたのも桜花と思っていたところであった。

 そんなときに、割り込んで一撃で粉砕してきた一人の<マスター>を認識する。

 虎のような、あるいは、人のような姿の怪物。

 もはやガードナーであるタイガポエットが彼女を覆えなくなっているがゆえに、《看破》で相手のステータスを確認することすらできていた。

 

 

 

「AA」

 

 

 先に動いたのは、キリューだった。

 何も考えず、何も感じず、ただひたすらに不快なものを破壊する。

 人が羽虫を手で払うような、誰でも持っている感情。

 違うところがあるとすれば、キリューは必死でそういった悪意を抑え込み続けたこと。

 そして、蓋が外れたゆえに、一切の抑制が効かないこと。

 ゆえに、迷わない。

 四万のAGIを以て、距離を詰める。

 すべてはただ目の前にいる相手を斬り殺すためだけに。

 

 

『そういう手合いね』

 

 

 しかし、攻撃はサンラクに当たらなかった。

 

 

 

 空中に逃れたのではない、技量で捌かれたのでも、バリアや火器で防いだのでもない。

 ただ純粋に、彼女より速く動いたというだけの話。

 《回遊》によってサンラクの速度は、AGIに換算して五万を超えている。

 ゆえに、攻撃は当たらず。

 

 

『じゃあ、反撃開始と行きますか』

 

 

 サンラクも、相手を敵であると認識し、理解する。

 おそらく、この人物こそがペンシルゴンの切り札なのだろうとあたりをつける。

 自分やソウダカッツォと対峙しても、倒せるであろう戦力として、連れてきたのだろう、と。

 

 

 

『悪いが、さっき見てたぞ』

 

 

 

 空間を消滅させる絶爪は、初見であればサンラクを殺せたかもしれない。

 だが、彼女はサンラクの眼前で【フォレストレイス】を倒している。

 ゆえに、効果も、間合いも、ただ一度見ればサンラクに回避は造作もない。

 

 

 速度で劣る相手に、彼が負ける理由がない。

 爪を、牙を、空間破壊の余波を。

 全てかわして、双剣で攻撃を加えていく。

 

 

 

「OOOOOOO」

 

 

 

 爪を地面に突き刺し、地を薙ぎ払う。

 空間が消失し、その余波で大地が舞う。

 無数の超音速の礫が、サンラクに殺到する。

 加えて、それらすべてに《死屍累々》の防御力無視が乗る。

 ゆえに、近くにいたサンラクに回避しきることはできず。

 

 

 

『ーー《四神文棺(ソウケツ)》』

 

 

 しかし、サンラクの死は訪れない。

 砂はサンラクに当たるものの、《疾走者》の反動軽減によってダメージを抑えられる。

 そして、それを本来大ダメージへと変える彼女のスキルーー《死屍累々》は。

 ソウダカッツォによって妨げられた。

 

 

 ソウダカッツォの<エンブリオ>、ソウケツ。

 学問の神様であり、漢字を作った存在でもある蒼頡という偉人をモチーフとしている。

 機体の下半身がキリューによって消し飛んだが、それでも本体ともいえる四つのカメラアイは……否、三つ(・・)のカメラアイは無事である。

 ソウケツの必殺スキルは《四神文棺》。

 効果は、『ラーニングしたスキルを、封印する』こと。

 その代償として、一度使うごとにスキルをストックするためのカメラアイが一つ砕ける。

 学習し、習得し、さらに「共通の禁止事項(ルール)を定める」こと。

 学問の神としては、納得の能力である。

 今回は【地獄王】の奥義である《死屍累々》を対象にした。

 結果として、サンラクは死なず。

 キリューは。

 

 

見様見真似(ロールプレイ)ーー暁、《餓狼顛征(ロウファン)》』

 

 

 

 サンラクが振るうは、かつての最速が振るった六本腕の居合と、双狼の遺した呪いの合技。

 触手で鞘を引き、二本の腕で黒刀を振りぬき、絶死の呪いで細胞を死滅させる。

 

 

「UA」

 

 

 最後に、キリューが何を思ったのかは、誰にもわからない。

 一つだけ言えるのは。

 

 

『お前の負けだ』

 

 

 

 ペンシルゴンが有する、最大戦力の一角が、この戦場から退場した。

 

 

 To be continued.

 




やっとキリューの話が終わりました。

感想などいただけるとありがたいです。


余談。
本日誕生日だったのですが、ツイッターなどで色々な方にお祝いしていただけました。嬉しかったので、せめて何かと思い、更新しました。
今後ともよろしくお願いいたします。


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世界の終わり、遊戯の始まり 其の十七

久しぶりの更新になってしまい申し訳ありません……。


 □■防覇・とある建物内部

 

 

「……予想以上だったね、これは」

 

 

 【死将軍】アーサー・ペンシルゴンは、手元にある魔導カメラの映像を見ながら、一人ごちた。

 はっきりいえば、手駒の多くが落とされている現状は彼女の想定の範囲内である。

 【功夫仙】も、【砲弾王】も、【地獄王】も、彼女がこの時のためにかき集めた有力な<マスター>が既にデスペナルティになっている。

 それだけではなく”五虎将”も二体が落とされている。

 生物を操作することに特化したアンデッドと、溶岩樹形をモチーフにしたアンデッド。

 いずれも【死将軍】の《死霊強化》でステータスが倍加していることを考えれば、伝説級以上の怪物であると考えて間違いない。

 それが、倒されている。

 

 

「思ったより速いし、しかもほとんどサンラク君達が倒してるじゃん……」

 

 

 

 彼女がよく知っているプレイヤーであるサンラク、ソウダカッツォ、AGAU、ルスト、モルド。

 この五名が基本的に暴れて、ペンシルゴン側の戦力も撃破している。

 他の<マスター>は、大半が“五虎将”やペンシルゴンの配下である<マスター>によって討たれている。

 

 

 

 まあ、もちろん手駒はある。

 

 

「……何これ?」

 

 

 ペンシルゴンは、予想外の事態に戸惑うような声を上げた。

 普段はカリスマモデルとして常に完璧な表情は、引きつっていた。

 街を壊し、人にあだなす者達。

 その中に、ペンシルゴンが一切関与していない(・・・・・・・・・)者がいたのだから。

 

 

 ◇

 

 

 □■防覇屋外

 

 

 

 サイガ-0。

 魔力狙撃銃運用特化超級職、【魔撃王】に就いている準<超級>であり、レジェンダリアにおいては遠距離戦最強格の準<超級>と呼ばれている。

 最強格、と呼ばれているのは【召喚姫】とどちらが遠距離戦において最強であるかが判明していないためだが……逆に言えば遠距離戦に限定すれば【召喚姫】以外は、国家に所属する<超級>であろうと敵ではない。

 そんな彼女は、アンデッドの大群をキヨヒメとともに撃破したのち、【功夫仙】を撃破したサンラクの援護に回ろうとしていた。

 直後、サンラクは溶岩樹形のアンデッドと戦い始めた。

 本来、キヨヒメの能力なら容易く倒せる相手である。

 耐性や防御力に秀でた相手に対して、《恋獄降下》で炎熱耐性へのデバフをかけられるキヨヒメは天敵だ。

 実際、耐久に特化したモンスターであろうと、彼女はそうして屠っている。

 

 

 だがしかし、彼女はその戦闘に参加していない。

 参加できないのだ。

 現在進行形で、全く別の相手と戦っているから。

 

 

「うーん、おじさんのポケットなモンスターがもう何回もやられちゃってるねえ。やれやれ、とんでもないモンスターを隠し持ってるんだねえ?兜合わせじゃ勝てる気がしないなあ」

 

 

サイガ‐0が戦っている相手、それは人間の女性だった。

 人間の女性の姿をしていた。

 しかして、彼女が従えている異形のキメラよりもはるかに。

 彼女の方が、ずっと恐ろしい。

 両手や、服の下に見える口腔も、聞くに堪えない下劣な言葉(下ネタ)もそうだが。

 何より、恐ろしいのはその目だ。

 戦闘が開始してからずっと何を考えているのかもわからない視線を向けてきた。

 どろどろのどす黒い何かを煮詰めたような、悍ましい視線がサイガ‐0を突き刺してくる。

 

 

 

 相手が超音速機動で動き回りながら、モンスターを繰り出してくる魔物使いであるという場合、サイガ-0にとっては対策しづらい相手となる。

 彼女のビルドは、追尾と追撃に秀でており、遠距離から攻撃を加えるに秀でている。

 距離を詰め、近接戦闘と中距離からの魔法攻撃を仕掛けてこられれば、サイガ‐0にとっては不利となる。

 

 

 

(AGIなら私が勝っているはずなのですが……)

 

 

 相手は、AGIのみではなくSTRを使って、反動で移動している。

 サイガ-0には、それができない。

 <エンブリオ>でサンラクのAGIをコピーすることはできてもAGIが三桁どまり。

 ゆえにAGIではわずかに勝っているにも関わらず、速度では劣っている。

 

 

 反動で彼女の肉体にダメージが入っているはずだが、消耗は感じさせない。

 もしかすると再生力の高いモンスターの細胞を埋め込んでいるのかもしれない。

 速度、筋力、耐久力のすべてが超級職に近い。

 

 

 (錬金術人体改造理論……噂には聞いていましたが、机上の空論どまりだったはず。まさか、実現したものがいたとはね)

 

 

 ◇

 

 

 最強のビルドは<Infinite Dendrogram>においてよく議論されてきた。

 ガードナー獣戦士理論、ジェム生成貯蔵連打理論などがそれにあたる。

 もっとも、オンリーワンの超級職や<超級エンブリオ>などによって流行したのちに廃れていったのだが。

 だがしかし、その下には無数の理論未満のビルドがある。

 廃れる以前に、流行りすらしなかったビルド。

 その中の一つが、“錬金術人体改造理論”。

 【錬金術師】、【医師】、【命術師】などのスキルで肉体を改造するというもの。

  錬金術師系統が使う毒物やモンスターなどを使いながら、弱点となりえる本体も前衛上級職以上のステータスで戦う。

 ここまで聞けば、誰もが夢の理論だと思うだろう。

 そう、いくつか致命的な問題があった。

 

 

 まず、素材。

 人体を強化するためのモンスターの素材は高価である。

 少なくとも、前衛上級職と渡り合うには波の素材では到底足りず、純竜級モンスターの素材が大量に必要になる。

 前提となる前衛上級職並みのステータスを手にいれるためのコストパフォーマンスが悪すぎる。

 それこそ、前衛上級職になって毒物を買い集めて放り投げたほうが効率的、というくらい。

 

 

 第二に、ジョブとしての問題。

 上級職までのスキルではそこまで大幅な人体改造は出来ない。

 できたとしても、肉体が耐えられずに寿命で死ぬ。

 とはいえ、これは超級職や人体改造に特化した<エンブリオ>であれば解決できる問題でもある。

 

 

 そして何よりも、第三の問題。

 膨大な素材を用意し、スキルレベルの問題をクリアし。

 そこまでやってもなお、これら二つの問題を超える、致命的な欠陥がこの二つのビルドにはあった。

 それは、そこまで手間暇かけて改造を施したとしても――<マスター>であれば、死ねば元に戻ってしまうということだ。

 極論、パワードスーツなどで強化する方がよほど効率的である。

 後に現れるモンスター製造に特化した<超級>も、「そんな無駄なことするくらいなら普通に強いモンスター作って蹂躙した方が早いよねえ」とこぼしている。

 付け加えればほとんど広まっていないがゆえに発覚していないが、肉体が変質することへの違和感に大抵の人間が耐えられないという問題もあった。

 

 

 だがしかし、【生命王】アンダーマテリアルにはそれが可能である。

 <エンブリオ>を活かした商売によって築いた富で、無尽蔵に素材を集め。

 錬金術師系統から派生した超級職である【生命王】についたことで無茶な改造が可能になり。

 今のビルドが完成してから一度たりともデスペナルティになっていないので、元に戻ったことはない。

 何より、自分の肉体を作り変えることへの違和感など、彼女は感じないし何とも思わない。

 

 

 ゆえに、今サイガー0が相対しているのは。

 前衛超級職に準ずるステータスを持ち。

 錬金術で作り上げた純竜クラスのキメラを無数に率いており。

 何よりも、無数の手札を行使する。

 サイガ‐0にとって、最も厄介な敵が、そこにいた。

 

 

 

 

 



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