生徒会長になる女とその右腕になるかもしれない男子生徒のお話 (バロックス(駄犬)
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ミギーと蓮華と時々ヒッポリト星人
ミギー「なぜだ」
蓮華「この弥勒を差し置いて、宇宙のエースを名乗ることが納得いかないの」
ミギー「四国のエースで収まっとけ」
蓮華「ほら見なさいミギー、ウルトラマンエースからエースを取ったらただのウルトラマンよ!」
ミギー「やはりエースは敗北者じゃけぇ……!」
四月とは始まりの季節だ。
入学式を終えて、新しい制服とクラスメイト、これから三年間通う事になる学び舎、学校行事、部活動。
それらの不安と期待に溢れ、心の臓をこれでもかと鳴らしていた時期である。
心臓に毛が生えた、強メンタル持ちと言われた俺でさえも、最初は戸惑った。
小学校から中学へと進むにあたって、親の都合で住む場所が変わり、今まで知らない土地に来た。
知り合いも特に居ないし、土地勘も働かない、俺にとってまさに未開の地。
朝起きて、朝食を済ませて玄関を出るまでは親といる。知っている人がいる。
でも玄関を出れば、親意外の面識はないまるで別世界だ。
学校までたどり着くまでに辺りをキョロキョロしながら不安で仕方がなかった感覚も今では懐かしい。
象頭中学校。
この春、新しく住む場所も変わるに至って通うことになった中学に来てから早数週間。
時期的にも、入学したての少年少女たちの浮ついた気持ちがようやく落ち着いてきた頃だろうか。
時刻は夕方、外では部活に勤しむ運動部の掛け声が聞こえ始め、学校の廊下には音楽室から漏れる吹奏楽部の演奏がうっすらと聞こえてくる。そんな時間帯。
授業が終わって、少しずつ人が出払っているであろう、人気の少なくなっている廊下を俺は歩く。
もはや一年生として2階、3階の階段を上り下りすることに抵抗も無くなる程に慣れたこの校内を闊歩して約数分、彼女によって『指定された時間と場所』に辿り着いた俺は息を呑み、扉の取っ手に恐る恐る手を掛けた。
「遅いわね、ミギー。この弥勒を待たせることがどれほどの罪深い事なのか、分かっているのかしら」
何故か。
まだ扉に手を掛けただけなのに、まだ姿すら見せていないのに扉越しに己の正体を悟った教室内から女の声。
だが構わん、もうこれほどの衝撃など慣れた、そう言わんばかりに俺は扉を開ける。
「扉開けてねェーのに誰来たか分かるなんてお前なんなの、エスパー絽場かなにか?」
「エスパー絽場ではないわ、弥勒よ。
弥勒ほどの女になると一万メートル程先の米粒のサイズも判別できるわ。壁越しの人間を判別するなど、造作もない」
「バルタン星人かよ。あと視力と透視能力は別物なんだが」
それでも文句と言うか、反論の一つはしてみたいものだと意気込んでみるが、目の前の少女はどこ吹く風であった。
教室の椅子に座り、机に肘をかけ、頬杖をついた黒髪の少女は気さくに笑う。
「さぁミギー。今日もこの私、弥勒蓮華と楽しい楽しい放課後弥勒タイムを始めましょうか」
弥勒蓮華。
象頭中学一年生。
学級委員で学級委員長。
一年生にして生徒会役員として抜擢される怪腕少女、次期生徒会長を自称するヤベーやつ。
入学式が終わり、忙しさから漸く解放された俺に待っていたのは新学期早々の自己紹介。
新入生にとって自分をアピールする絶好の場所。
そして、今後のクラスの立ち位置を決定づける天国と地獄の境目。
陽キャ気取りでフザけたことを言い、受けが良ければクラスで同じ陽キャ同士でのグループを容易に形成できる。
逆に突出した事を言いすぎてしまえば、滑るような事を口走ってしまった時、周りが静まり返った時の蔑みなのか同情なのか良くわからない雰囲気はマジで嫌いだ。
公衆の面前で自己紹介する習慣って、出来れば止めて欲しい。
どちらかと陽キャ陰キャのどちらの派閥にも慣れない俺にとっては関係ないかもしれないが、人前で喋る事が苦手な人間にとってあの空間って地獄だと思う。
にっこにこ顔で「さぁ、つぎはキミの番だね」と語る顔の教師がこれほど憎たらしく感じたことはなかった。
陰キャ生徒を地獄に叩き落す教師、地獄教師……地獄少女の親戚かな。藁人形を用意しておこう。
「―――――弥勒蓮華よ」
そんな長ったらしい、退屈にも感じた自己紹介。
俺の番を終えた矢先、真後ろから高圧的な声が聞こえた。
「いずれ万人のために世界を手中に収める女の名よ。その名をしっかりとここで覚えておきなさい」
思わず振り返っちまったね。
振り返った顔をもとに戻せないくらいの黒髪美人がそこに居るんだから。
「フッ、驚愕しすぎて声も出ないようね。
いいわ、弥勒は寛大よ。この場でサイン入りブロマイドをばら撒こうと思ったけど、それはまたの機会にさせてもらうわ。
欲しければいつでも私のところに来なさい」
お前の自己紹介なんだから誰も口挟むわけねーだろが、とツッコミそうになった自分が居た。
それは強烈な、神をも黙らせるであろう自己紹介だった。
俺は唖然としていた。
涼宮ハルヒの席の前にいたキョンの気持ちがこの時ようやく分かった気がした。
キョンってこんな感じの気持ちだったんだな。ところで谷川先生、『驚愕』以降の新刊はまだ時間かかりそうですかね……。
弥勒蓮華のセリフはまさに俺様的な、世界が自分を中心に回っている事を知らしめるように尊大で。
そんな蓮華を笑う者もいた。
貶す者も居たけど。
その言葉が嘘偽りのない、真の意志を宿したものだとクラスが、学校中の皆が後で知ることになった。
その姿はまさに品行方正。
私がこれをやると言ったらこれをやる、という有言実行能力。
一年生の身で生徒会に抜擢され、その手腕ぶりから次期生徒会長と呼ばれ、そして自ら自称するほど。
学級委員には誰よりも早く手を挙げて立候補し、クラスを率いる力を手にし、教員からの評価は高い。
そのセリフに裏打ちされた実力に最初は興味なさげに、そして嘲笑っていたクラスメイト達も心を改めて、彼女の事を認めるようになる。
そして現在、有言実行の鬼と完璧超人の名を欲しいままにした弥勒蓮華と俺は誰も居なくなった教室にいる訳なのだが。
「フフッ、さぁミギ―。お茶を飲みなさい、弥勒が用意した御茶……名付けて弥勒茶よ」
「自販機で買ってたペットボトルのお茶だよな、コレ……しかも俺が買ってきた」
「弥勒茶よ」
「勝手に新しいブランド茶作り出すなよな」
「弥勒茶よ」
「あ、これ強引に押し通す気だろ。意地でも自分のプライド曲げないつもりだろ」
ずい、とキンキンに冷えた、自販機で俺が買ってきたペットボトルをさも自分のモノのように紙コップに注ぎ、差し出して振舞う蓮華。
こちらの言葉など意に介さないその意志の固さにはライズファルコンのような鋼鉄の意志と鋼のような強さを感じる。
「さぁミギ―、生徒会に入りなさい」
「話の脈絡が出鱈目すぎる!!なんだお前、カブトボーグ並みに会話のドッヂボールだぞコレ!」
話のスイッチが切り替わるという現象も慣れてきたが、相変わらずペースは彼女のものだった。
デュエルでターン終了時に魔法カード「サイクロン」を発動する「エンドサイク」くらいに相手の伏カード破壊してゲームの主導権を握る感じに、弥勒蓮華は掴みどころのない女だった。
コイツの名前は今日からエンドサイク弥勒だ。
ちなみに「ミギー」というのは俺の仇名だ。断じて本名ではない。
「弥勒がいずれ生徒会長になる時に万人の為に世界を統べる時、あなたが必要なのよ。
弥勒の目に狂いはないわ。あなたは弥勒の右腕となる男よ」
と、最初の放課後に胸をドキドキさせながら待ち合わせた教室でそう言われて数秒程放心した当時の俺の心中を察してくれ。
だってそうだろ?こんな黒髪系美少女に放課後誰もいない教室に呼び出されでもしたら、誰だって期待してしまう。
ここである程度察しはつくかもしれないが俺の仇名である「ミギー」とは、いずれ弥勒蓮華の右腕になる人物、から来ている。
寄生獣みたいな顔パカッとか出来ない一般人ですよ俺。
ちなみに生徒会の件は丁重にお断りした。
生徒会なんて真面目な役柄は俺には合わないと思ってたし、何より自分の時間が消えてしまう事を俺は畏れた。
それなら、「弥勒の時間つぶしに付き合え」と言われるがままに誘われ、俺は蓮華と教室で会話をするという謎の時間が生まれたのだ。
最初は嫌だった。
だって、これこそ何物にも代えがたい自分の時間が奪われることだろうと。
しかし、何故か。弥勒蓮華という女が繰り出す言葉には相手を従わせる魔力があるのかもしれない。
不思議なことに聞いていて、自然とその内容にめり込んでいく自分が居た。
蓮華は何かを語ることが好きなのか、相手を乗せるのが得意で会話能力というものがずば抜けていた。
「ヒッポリト星人について語るわ」
「また唐突だな……ってなんでウルトラシリーズ?」
「宇宙で一番強い生き物と自称するテンプレの雑魚を思わせるセリフを吐く癖に、真っ向勝負でも強いウルトラの敵ってなかなかいないと思うのよ」
「そういえばなんだかんだセブンも倒したし、ウルトラパパンも倒してたな……パパンがエネルギーをエースに分け与えてなかったら地球終わってたな」
「ミギーは父親のことをパパンと呼ぶのね……可愛いわ」
「ファザコンみたいに誤解されてしまいそうだが、断じて違うぞ……と、話が逸れたな。なんだっけ、ヒッポリト星人だ」
奇抜な長い鼻の敵、不意打ち、だまし討ちを好む卑劣な性格を持つけど何故か普通に強い。それがヒッポリト星人。
「フフッ、弥勒の会話に付いてこれるなんてなかなかやるじゃない、褒めてあげるわ」
「そりゃどうも。お前とこのまま会話を続けていれば、その内にバルタン星人とも宇宙語で喋れる自信がある」
「それじゃあミギー。あなたが思う、ヒッポリト星人の魅力を語りなさいな」
会話の切り返しだ。
必ず会話中に起こることで、蓮華が一つ語ったら相手はそれに対して語り返すというものである。
なお、語る内容はお互いがちゃんと共通で認識できてる内容であるとする、という条件付きなのだが。
「俺が思うヒッポリト星人の魅力は……ヒッポリトカプセルの完璧性だな」
「ほぅ?」
「上下左右あらゆる角度から迫るカプセルに捕らわれたら最後、ヒッポリトタールで生きたままブロンズ像にされるんだぜ。
外部からの衝撃にモロ弱いが、内部からは絶対に壊せない……正義のヒーローウルトラマンが抵抗できないままにブロンズ像にされる……その光景は子供たちに相当堪えたはずだ。
俺が小4くらいに初めて手にしたいって考えた敵キャラの能力だった」
「なるほど。悪に屈しない正義の味方が抵抗も虚しく蹂躙される様に快感を覚えるのね、ミギーは」
「オイこら人を変態扱いするなァ! たしかにな!?アレのせいで別の境地開いちゃった奴らいるよ!?
クトゥーラの触手に捕まったネクサスに興奮する奴らとかいるけど!!怪文書とか出来ちゃってるけど!!」
「……ごめんなさい、ちょっと引いたわ」
「だからそれ俺じゃねぇってェ!!」
「ミギーは弥勒もブロンズ像にしたいという性的な欲求があるのでしょう?生きたまま動けないように固めて弥勒の身体を舐め回す様に眺めるのね……嫌らしい、厭らしいわ」
そんなエロ同人みたいな事を誰がするものか。
しかし、ブロンズ像にされて身動きできない弥勒蓮華……正直見てみたい感はある。見たくない?
こんなこと言ったら本人に斬り刻まれるだけじゃなくて、神樹様からもお叱りというなの天罰を食らってしまいそうだ。
それを言葉にすることなく、胸の内に思うだけにして俺は冷静に取り乱すことなく会話を続ける。
「でも……フフッ、いいかもしれないわね、ヒッポリトカプセル。弥勒も欲しいわ」
「なんで?」
「だってもし好きな人が居たら、永遠にその人を捕らえて固めて独り占めできるのよ。
そうね、もし西園寺世界にこの能力を与えたら伊藤誠もきっと悲しみの向こう側なんていく必要もなく、nice boat.も流れることなく平和的にスクールデイズが楽しめたかもね」
「それちょっとヤンデレ入ってないですか弥勒さん……
それ平和って言えるのか弥勒さん……結局伊藤誠は永遠に被害者じゃないか。いや、それぐらいのことしたんだけどさ」
「でも最終的には逆上した桂言葉がカプセル破壊して世界も誠も殺すわ」
「結局nice boat.避けれてねぇじゃねェか!!」
伊藤誠、死すべし。慈悲はない。
ツッコミの絶えない会話だ。
しかしその喧騒さに何故か俺は居心地の良さを感じる。
こんな感じで、俺と弥勒は指定した時間と場所に集まり、談笑をしている。
学校が今一番話題に上がっている美少女、弥勒蓮華と男が仲良さげに会話しているなど、傍から見たらお前ら絶対付き合ってるよなと噂されてしまいそうだが。
それでも俺は明確な意思でそれを否定することが出来るだろう。
蓮華はただ、俺を生徒会に勧誘しに来ているだけだ。これはその交渉である。異論は認めない。
ちなみに交渉は時間制限がある。蓮華が決めた時間は交渉開始してから30分間。
その制限時間が今まさに差し迫ってきていた。
「――――30分。時間ね……チッ」
「今明らかに舌打ちしたよな。絶対したよな。
なんだ……時間内に俺を生徒会に勧誘できなかったのがそんなに悔しかったのか」
悔しいでしょうねぇ。と、デュエリスト特有の煽り顔で罵ってやろうかと思ったが対して蓮華は小さくため息をついていた。
まるで「もう終わりなのか」みたいな「時間の見間違いかな」と、何度も教室内の時計と自分の腕時計を確認する仕草だ。
「時間とは永遠ではないわ、有限よ。
万人の為に命を燃やす弥勒にとって、一分一秒というのは貴重なの」
「なら俺みたいな奴を放っておいて、さっさと別の生徒を生徒会に誘えばいい、時間は有限なんだろ。なんで俺に拘ってんだ」
「フッ、いい事教えてあげるわミギー。
いかに時間が有限で、弥勒にとって貴重な時間であっても、その時間を捧げても良い相手ならば話は別だわ。
あなたはこの弥勒が、弥勒の時間を捧げるに相応しい相手だということよ」
凛々しくも、楽し気に黒髪を掻き上げて蓮華は言った。
決して崩れない自分自身への自信を肯定する力強い瞳が真っすぐ俺を納めている。
俺は咄嗟に視線を背けて。
「ごめん、ちょっとよく分からない」
「……フッ」
明らかにはぐらかした、俺の表情を見て蓮華はそう呟く。
「いいわ、分からないのなら……分からせてあげる。
あなたに時間を捧げる意味を。
あなたが弥勒にとってどういう存在なのかを。
明日は理科室に来なさい、ミギー。遅刻したら罰金よ罰金。罰金額は56億7千円だから」
「俺に罰金で仏の悟りを開かせる気か」
56億7千。その数字は弥勒菩薩が仏覚を開くまでにかかる年数である。
出会ってからやたらとこの数字を押してくるので調べたら仏教に通じる数字だったことに驚いた。豆知識を身に付けたくらいの感覚だが。
「また明日ね、ミギー」
そう言って、蓮華は教室から去っていく。
弥勒蓮華はすまし顔で、クールに去っていった。スピードワゴンみたいなやつだ。
また明日も、と言われてしまった。
勝手に約束されてしまったわけだが、確約したわけではないし、なんなら勝手にこの約束を反故にして明日はそのまま帰宅することも出来るが。
「来たわねミギー、今日は無双竜機ボルバルザークについて語るわよ」
「デュエマを混迷の時代に導いたボルバルマスターズ、その諸悪の根源か……望むところだぜ」
何故だろうか。面倒だなと思うのは確かなんだけど。
放課後の俺は、そんな気持ちを抱きながらも蓮華が待つ教室へと向かうことになるのだ。
続くのかコレ?
ミギー(オリ主)
主人公である。ミギーは仇名であり、それが作中で明らかになることは多分ない。
身長は弥勒より少し高く、意外にも体つきは良い。でも運動部には所属していない。
蓮華が鏑矢やってることを知らないただの一般人。
弥勒蓮華
ヒロイン。会話のペースを常に握り続けるヘルカイザー弥勒。エンドサイク弥勒。
ミギーを生徒会に入れたい。一緒にお仕事したい。学校生活を過ごしたい。
時間を捧げたい。もう堕ちてる。でも顔には出ない。でも鏑矢稼業があるから30分くらいしか自由に出来ない。
没落する前の弥勒蓮華様。
もしかしたら続く。
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ミギーと蓮華と時々伝説
ミギー「ああ!!」
弥勒蓮華。
誰しもが認める象頭中学一年の顔。
委員長の中の委員長。
我尊大不変也、弥勒思う故に弥勒也。
もはやそんな定型句すらも生徒だけでなく教師たちが認識し、口にしている今日この頃である。俺はとある噂を聞いた。もちろん、弥勒蓮華に関する噂だ。
弥勒蓮華の旧友が何人かこの象頭中学に入学していたからこそ得ることが出来た情報である。
あの超優等生、有言実行の鬼と呼ばれる弥勒蓮華の過去話など、実に興味深いものだ。
そして同時に聞いてしまったら色んな意味で災厄が降りかかってきそうな『パンドラの箱』のような危険物であるのも確かである。
『弥勒蓮華伝説』、蓮華の旧友からはそう言われるものがあるらしい。
それは小学校の頃、弥勒蓮華が他校の男子生徒に喧嘩を売られ、全てを返り討ちにしたというものである。
勢力図は弥勒蓮華1人、対して他校の生徒は30人。
この世界って、そんな野蛮な連中居るんでしたっけ。どこのクローズですか。高橋先生、掲載する雑誌間違えてますよ、ここG´sマガジン枠です。どうかチャンピオン枠に戻ってください。
1対30。その戦力は圧倒的だ。
人間は2~3人以上の人間に囲まれた戦うよりもまず逃げろ、という言葉があるくらいだ。自分達の勢力30倍の数を相手にするなど頭がおかしくなりそうである。
どこかの物量に物を言わせて他国を侵略する帝国と戦う300人の少数精鋭部隊の戦争映画ではあるまいし。
何故そう言った事態に発展してしまったのか俺のような凡人には知る事は出来ないのだが。
とにかく、こんな圧倒的な戦力差をものともしないというのが弥勒蓮華と言う女なのだろう。
結果的に弥勒蓮華が勝利したという事実が残ったのだから。
『弥勒スラッシュ・降臨!!』
『弥勒スライス・満開!!』
『撃滅!弥勒疾風弾!!』
『弥勒!春のギロチン祭り!!』
『56億7千スラッガー!!』
なんかそんな意味不明な弥勒節100%の必殺技を口にしながら迫りくる小学生男子をちぎっては投げ、ちぎっては投げる弥勒蓮華の姿が容易に浮かんだ。
やっぱり、というかあの女が負けるイメージがまるで沸いてこないのはこの先どんな苦境にさらされても弥勒蓮華ならなんなく乗り切ってしまうのだろう、という謎の信頼感が生まれているからか。
もし、人類が破滅の危機に晒されても。
四国市民99%が諦めていても、1%の蓮華だけは諦めない。
そして最後には当然の如く、難局を覆してしまう。
どうしてそんなことが出来るのか、と周りから尋ねられても蓮華の答えはきっと変わらないだろう。
『それは弥勒だからよ、これからは人類の希望は弥勒になるわ。
希望を見失った時は、弥勒の事を思い出しなさい……この弥勒こそが、人類最後の希望よ』
そんなウィザードみたいな事を平気で言いそうで。
記者会見の場で自信満々にそう答える蓮華の姿が容易に想像出来てしまうくらいに俺はあいつの洗脳を受けつつあるかもしれない。
人々の絶望から生まれるファントムを根絶する指輪の魔法使い、ウィザード。ウィザード弥勒。朝9時の新番組だな、キラメンジャーとゼロワンの枠をまるまる一時間奪い取る事になるかもしれない。
放課後。
俺にとってはいつもの放課後。
いつかだったか交換した蓮華のアドレスに後悔を抱いていたのは最初の一週間だけで、今は普通にこうして簡単に連絡を取り合える仲である。
一度蓮華からの呼び出しをすっぽかしそうになった俺を校門で待ち伏せしていたのも懐かしい。
予定をすっぽかす前提で校門前に立っていたのだから中々鳥肌ものだ。
弥勒蓮華からは逃げるのは至難の業である。俺はこの時学んだ。
そして目の前では蓮華が購買で入手したドーナツを口にしている光景があった。
「はむ……はむ」
教室に俺と蓮華が二人。
例の如く、人気というのは感じなかった。ここが閉鎖空間なのか、そうでないのか。
超常の力が働いてるかのように二人を邪魔する者は誰もいない。
午前中にウィザード弥勒を思い浮かべただけに、今蓮華が食しているのもドーナツ。こんな奇妙な偶然があるのだろうか。
もちろん、ドーナツの味もプレーンシュガー。
「フフッ、ドーナツを食する弥勒に見惚れているわ。これで指輪があれば弥勒もまさしく指輪の魔法使いと呼ばれているところだけど」
「自分に見惚れてるというセリフに疑問形すらなく断言しちゃう女、俺初めて見た。え、しかもなに。お前魔法使える前提なの?」
「弥勒の魔法は主に気絶技よ。打突と締め技に分かれるわね、弥勒にとって常識よ」
「マジカル=物理を同義にするな。常識とは一体……」
「弥勒を世間一般の常識で推し量らない方がいいわね。
常識とは誰かが言い始めた訳の分からないルールであり、誰しもが最初に口にした常識らしき言葉が新しい常識となる可能性だってある。
つまりミギー?あなたのような人でも世界の新たな常識を作り出す権利があるという事よ、分かる?」
「わ か ら ん」
「フフッ、いいわね。最初から諦めてるなんて……素敵じゃない」
何が素敵なんだ。素敵とは一体なんだ。
できればお前のさぞ博識な弥勒脳を用いて、この場で俺に分かりやすく説明してもらいたいところである。
さて今日のテーマは『伝説』だ。話を戻すことにしよう。
伝説とは超常的な存在である。
故に、特に学力からっきしで体力にしか然程自身がない俺にとってその手の伝説の話題は理解に及ばない部分がある。
一角獣の馬ユニコーンとか、世界樹ユグドラシルとか、主神オーディンとか。
日本神話で言うなら太陽神アマテラスとかスサノオとか。
古今東西、中二心をくすぐられるようなワードなど直ぐに浮かんできそうなのに、この女……弥勒蓮華と言う女は。
「ウルガモスって固定シンボルキャラのくせに伝説扱いじゃないのは不遇ってことなのかしら」
「いや、え、お前、〝伝説〟ってお前、伝説ポケモンの方かよ!」
剃刀シュート並みに急激な変化をつけたポケモンの話題であった。
「いけない?」
「いや、別にいいけど!どちらかというと俺がまだ話せるジャンルの内容だけど!
明らかに暴投した球がスカイフォーク張りの変化つけて俺のストライクゾーンに入って来たけど!!」
「フッ、弥勒を侮ることなかれ。ミギーの好みを想定して、話題に出したまでのことよ」
あれ?俺お前に好みの話したっけ。
「フフッ、弥勒の心眼侮ることなかれ。弥勒の心眼にかかれば、人の心を見透かすなど容易……ミギーもまだまだ心眼が足りないわ」
黒髪を掻き上げる蓮華は自身に溢れた笑みでそう言っていた。本格的にエスパーになり始めた。
しかし俺の好みを把握していた、つまり向こう側から、弥勒蓮華のほうから話題を合わせに来てくれたという事なのだろうか。
相も変わらず不敵な笑みを浮かべる蓮華に俺はようし、と思った。
この手の話を振ってくる相手は大抵にわか仕込みの浅はかな知識だ。
「蓮華、ポケモンクイズだ。お互いに問題を出し合って、正解数が多いほうが勝者だ」
「フッ、よくってよ」
試してやろう。初代からやり込んだ俺の知識量でお前の化けの皮を剥いでやるぜ。
数分後。
「マボロシ島で入手できる限定の木の実の名前は?」
「ぅ、ぅう……」
「ギャラドスの特性は『いかく』、では夢特性は?」
「ぁ、ぁう……」
「フーディンの知能指数は?」
「ん、ひぃ……」
「ジョウト地方のアサギの灯台にいるデンリュウの名前は?」
「おっ、おっ……」
先ほどの余裕した顔から一変、苦悶の表情を浮かべて絞り出す言葉が見つからない。
額に汗を垂らし、恐ろしい相手に喧嘩を売ってしまったという後悔だけが加速していく。
あぁ、なんてザマだ。
化けの皮なんて僅か数秒で剥がされ、そこから永遠と等しいくらいに続くこの地獄すら生ぬるい仕打ちに必死に涙目を浮かべて耐えようとする姿には滑稽さすら感じてくる。
「わたくしのまけ、です。だから許してください――――」
遂に負けを認めやがった。
プライドなどズタズタだ。
くくく、もう好きにしろと言わんばかりに机に額を擦りつけるその姿には愛嬌すら感じるぞ。
「―――――蓮華さん」
「フフッ、弥勒全問正解。ミギー50問中、35問不正解。 その程度の知識量で弥勒に喧嘩を売るなんて56億7千年早いわッ」
それは俺の歴史的な大敗北だった。
俺は自身のやり込み具合を過信していた。
俺は初代からルビー、サファイアで燃え尽いて金銀リメイクで再燃して、そこから先に進まなかったクチだったのを思い出した。クソ雑魚ナメクジなのだ。
はっきり言って、メガシンカとかゼットワザとかそこらへんも無知である。
対して、蓮華は全てのシリーズにおいてやり込んでいた。
ダメージ計算、努力値設定、稼ぎ方から振り分けまで、普通にポケモンをプレイしている奴らからしたら絶対にやらないであろう図鑑の説明文すらも一言一句完全記憶していた。
そんなやり込みレベルEXの蓮華にレベル30程度の中堅トレーナーの俺が知識量で叶うはずもなかった。約束された敗北だった。
「なんでお前そこまでやり込んでるの……その知識量はマジでポケモン廃人だぞ」
「フフッ、弥勒に手加減はないわ。それにしても、まさか最新のダイマックスすらも理解していなかったのは驚いたけども。
ところでミギーはまだシリーズでデータを残していたりするのかしら?」
「ま、まぁ金銀リメイクあたりならまだデータは残ってたかな……」
「そう?なら、今度はシリーズ物でポケモンバトルしましょう。この弥勒と。
伝説無しのフルバトルよ。弥勒の色違い6V軍団がお相手するわ」
なにこの自信たっぷりな感じ。どんだけ俺の心折に来てるの。
「弥勒6V」いや、「弥6V」、それは「まんだのりゅうせいぐんはつよい」とか、「まんだはしょてりゅうまいや」並みの格言を上回る。相手は死ぬ。
「く、来るなら来やがれ!俺の両刀ドンカラス(ふいうち未取得)で一匹残らず撃退してやる!!」
なお、対戦時は蓮華の初手「てんのめぐみキッス」のエアスラ地獄によって無事にボッコボコに6タテされたのは別のお話。
「なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「よくってよ」
「〝弥勒伝説〟って本当なのか?」
残り時間、30分が迫ってきた時に発した俺の言葉に蓮華のドーナツを手に取る動きが止まった。
人の言葉に対して、己動きを止めることが滅多にない蓮華が初めて見せた行動の停止だった。
蓮華はドーナツを取ろうとした手を引っ込めて、
「どこからどこまでがそういう話になっているのか分からないけど」
腕を組んだ蓮華は一言。
「本当よ。弥勒の知る情報と、ミギーたちの間に広まる情報に誤差がないのであれば。
『他校の生徒が喧嘩を吹っかけてきて、弥勒は戦い、終われば30人くらいの男が地面にへばりついていた』……それが事実ね」
おお、こわ。
というか、なんでいきなり他校のしかもそんな団体様に狙われるようなことになったのか気になるところではある。
「弥勒のクラスメイトが他校の生徒に虐められてたって、言えば分かるかしら」
虐められていた女友達が居た。
それだけで、なんとなく想像は出来る。
神樹様を信仰する清い心を持つ人間は徐々に増えつつあるのがこの現代、神世紀70年代における特徴だが、それでも子供であれば無邪気に悪行を働く者たちはいるのだ。
悪事に大あれ、小あれ弥勒蓮華はそういった分別を超えて悪を成敗する正義感をその頃から持っていたとしたら。大事な友の名誉を守る為に、蓮華は行動を起こせる少女だとしたら。
要はこういう事だろう。
他校から虐められていた友達を『万人の為に』を掲げる蓮華が動かないはずもなく、救い、その他校の生徒から大多数の報復を食らうことになったのだと。
そしてそれを打倒したが故に生まれた『弥勒伝説』、成り行きはそんな感じか。
「80点。ミギーにしてはなかなかな考察力ね」
「違うのか?何が足りない」
残りの20点、それをいつものようにフフッと笑う蓮華に俺は違和感を覚える。
今教えられた手掛かりではこの答えこそがベストだと思ったのだが。
「ミギー、ワンピースでも言っていたように、〝確かめたのならば伝説じゃない〟わ。
誰かがそれを確かに目で見たのかしら。弥勒蓮華が男子生徒を木っ端みじんにぶっ飛ばしていたという光景を誰かが見ていたのかしら?
誰かが見ていなくて、不確かで不透明なまま伝わった逸話、それが伝説と言うものよ」
それは、歴史や創作物にもよく見られるものだ。
作家が織田信長などの有名な歴史上の人物について本を書く時、その時代に行って、調べて本を書いたわけではない。
とある文献から、信憑性に差がある無数の情報をいくつも重ね、そこから考察し、その人物が一体どんな人物だったかを想像するのだ。
人々から『信長は魔王のような人』と後世に伝えられていたのが一般的である。
しかし、本来の信長がそのような人物だったかは定かではない。
伝説など、伝承、逸話には必ず存在するのだ。
『語り継がれているイメージと実際の人物像には大きな乖離がある』というものは。
つまり蓮華の言う残り20点とは、周囲の弥勒伝説と実際の弥勒伝説に少しだけ差異があるという事になる。
いくつか誇張表現が過ぎて伝わってしまっているのだろうか。噂が独り歩きをする、みたいな。大したことのない噂が尾ひれがついて広まってしまったとか。
俺がその真実を確認しようとしたところで―――――。
「残念、時間よミギー」
蓮華の人差し指が俺の開こうとしていた唇にあてらていた。
くすり、と小さく笑ってその指による静止を解く。
当然、それくらいの事で止まる俺ではなかった。食って掛かる勢いで椅子から立ち上がろうとするが――――。
「ほい、ほほいのほい」
「んぐっ!?」
突如、余っていたドーナツを強引に口に突っ込まれてしまい、言葉を発することすら出来なくなった。
なんのつもりだ、俺はただ真実を知りたいだけなのだ。窒息死など俺の望むところではない。
「フフッ、そのドーナツの食いっぷりには弥勒ですら感服するわ。
ドナキチこと椎名法子が見たらさぞ嬉し泣きするくらいね」
愉快な光景に見えることだろうな、そんな事を俺が思っていることなど露知らず、蓮華は続けた。
「そういえば来週からゴールデンウィークね。弥勒も休日にミギーを拘束しないわ。好きに過ごしなさい。
ちなみに弥勒は色々と予定があるから会えないと思いなさい……寂しくなったら電話の一つでもしてくれていいのよ?」
「むぐっむぐぐぐぐ!!」
誰がするか、というか何故俺の長期連休もお前に管理されることになっている?という、そんな意思表示を目と顔で行うも相手は弥勒蓮華である。こちらの意図を分かった上で悠々と立ち去ろうとしていた。
だけど一度扉の前で止まって。
「じゃあねミギー、またね」
柔和な笑みを浮かべて教室から出ていった蓮華を俺はただ見つめることしかできなかった。
完全に人の気配すらしなくなった教室で俺だけが存在していることに嫌な孤独感を覚える。
来週からゴールデンウィークだ。他のクラスの奴らとしこたま遊び込むし、今抱えている孤独感とは無縁なものになるだろう。
そして蓮華と会わなくても良い、変な事に巻き込まれることもない最高の休日が始まるな、と思う一方で。
連休中は蓮華に会えないことで、あのくだらなく、他愛もない会話をする事がない休日を過ごすのは少しばかりつまらないなと思い始めている自分が居た。
引き出し漁ってたら金銀リメイク版のカセットだけ出てきたことにより生まれた今回のお話、って言ったら信じる?
タイトルが伝説だったのにいつの間にかクイズの話になってて自分でも草を生やしてしまった。
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ミギーと蓮華と時々黄金休暇と夢
蓮華「愚門ねミギー。ミギーは結城友奈が『屁のツッパリはいらんのですよ!満開!!』とか言いながらギャグ寄りな流れで散華したとして、東郷美森はその脚本に納得するかしら?」
ミギー「あ、また壁壊れる」
蓮華「そういうことよ」
五月上旬。
俺はこの上なくゴールデンウィークを満喫していた。
朝から太陽が昇り、二度寝としゃれこんでいる中母親から強引にたたき起こされたのを除けば授業もない、宿題もさほど多くないこの長期休暇はまさに最高であった。
長期休暇中、最初の数日は香川県を回って、うどんを食って寝て、うどんを食って寝る。
これだけ聞いているとだらしがない生活だと思われがちだが連休中の帰宅部は本当にやること無ければこんな感じなのだ。
毎朝起きてランニングとかして春の特有の気怠さを払拭するために行ってはいたが開始した三日目あたりで終了したのは言うまでもない。
この連休の為に父親が善意で用意してくれた新品のランニングシューズがこれから先、日の目を見ることはないだろう。
唐突だが、夢とか、将来の仕事について話をさせてもらう。君はどんな仕事に就きたい?
お金が貰える仕事?それが例えやりたくない仕事でもいいか?
それとも昔から抱いていた夢を仕事にするかい?
「誰かが言ってたっけな、〝やりたくない仕事を我慢して続けている人間は既に才能の塊だ〟って」
人はどうせなら、心の底からやりたい事を仕事にしたい。その方がやる気が出るからだ。
俺だってそうだ。どうせなら、朝から8時に出社して定時に帰って固定給を貰える仕事よりも得意としているFPSゲーで日本一のプロゲーマーとして稼ぐという夢のある仕事をしたいね。
でも人生とは不思議で、不条理でな。
必ずしも、誰もが自分で『求めていた仕事』になんて就くことが出来ないらしい。俺の父親がそうだ。
父親は昔、こうなりたかったらしい。
小学生の頃はプロ野球選手。純粋だな。
中学生の頃は中二病を拗らせて
高校の頃は名前の響きがカッコよくて弁護士。
大学生の頃は紐。もはや職業じゃない。というか何があった。
結局、悩みに悩んで就職浪人やら色んなすったもんだの人生経験を積んで生涯の就職先として選んだのは中小企業のサラリーマンなのだから、人生とは分からないものである。
それでも今の母親と結婚し、俺という子供を抱え、自身は経理課長まで位を上げた。結婚記念日は毎年欠かさずお祝いをして、俺の誕生日の時はなるべく期待に応えようとプレゼントを買い、ボーナスが出た時は奮発してステーキを振舞う。その姿はまさしく、一家の大黒柱と呼ぶにふさわしいだろう。
一度、父親に聞いたことがある。
『今の仕事って楽しいから続けているのかな』って。
父親はこう言っていた。『いいや』って。
『楽しくはないよ。正直、自分が思っていた職業とは違う職種に就いているからね。
子供の頃はたくさん夢があった。
今なら〝バカだな〟と思えて、でも当時は〝いいな〟って思える理想像があった。
父さんは将来、絶対にこういう仕事に就くんだって思ってたな。
でもな、年を取るにつれて、いろんな事を知っていくとな、昔に抱いていた〝なりたい自分〟になれないっていうのが、分かってくるんだよ。
夢を追求する意欲っていうのかな、それが無くなってくる。そうなると、自分が何に成りたかったんだろうって立ち止まっちゃうんだ』
大人になる事。それは現実を知る事。
理想から現実に叩き落されることだと、父親は言った。
『色んな場所で仕事したな。
大学卒業して、でも悩んでたら仕事が決まらなくて実家に帰ってきて。
両親に金返せってめちゃクソ怒られて。
就職浪人だって周りから馬鹿にされた。
でも払うものは払わなきゃいけないからね、年金とか色々。それでバイトから始めてたな。
〝やりたいことがきっとどこかにあるはずだ〟って考えが捨てきれなかったからかな、正社員じゃなくてバイトとかパート止まりだったのはそれが理由。
んで、4~5年くらいして、28の時だ。今の母さんと出会って、結婚とか考えてたら当然、収入を今より増やさなきゃいけない。
そうして初めて、〝なりふり構ってられなくなって〟就職したのが今の仕事。
……2,3年して、仕事に慣れてきたからかな自分でも驚くほどに割り切って仕事してた。
運が良かった。父さんは〝嫌な仕事でも続けられる精神力と忍耐力〟を昔から持っていたんだ。
お前も生まれて、もっと頑張らないとな、って思って。
でもそこには本来自分がやりたかった理想は既に無くて。夢とかいつの間にか無くなってた。
紆余曲折を経て今の状態に落ち着いた父さんの人生だけど、父さんはそれでよかったと思っているよ。
何もないな、って思ってた自分でも才能というか、自分だけが持つ強みっていうのが分かったからさ……それが父さんが息子であるお前に自慢したいことだね』
だけど、と父は続けた。
『いつでも思い続けてたんだ。〝後悔だけはしたくない〟って。
時間は有限、そして夢を追いかけられる時間も有限なんだ。
夢を追ってる時ってのは貴重でな、すごく、キラキラした気持ちで居られる。情熱だね。
〝これを目指している時の自分は無敵だ〟、〝これの為なら、どんなに苦しくても頑張れる〟っていうものは若い時にしか持てない、ちょうどお前くらいの年のくらいの子供は持っていていい。
たくさん悩めよ、我が息子。
人生は長いからな!そして一回きりだ!
父さんみたいに時間が掛かっても構わん、自分の進みたいように生きろ。
自分で悩みぬいた結果なら、父さんはお前を否定したりしないし、叱ったりも……いや、そうすると母さんが五月蠅いから、少しだけ叱るかな。
いつか酒が飲める年齢になったら、もう一度この話、してみるか。
昔の思い出話に花を咲かせながら飲む酒はな、美味いんだ』
分かったような口ぶりで語る父親であったが、俺はそんな父おやを誇らしげに思えた。
自分がやりたいことを見つけられず、視野を狭めていたために来るべき時が来たために夢を捨てた男。
だけど、父親として家族の為に身を粉にして働いていたその姿は誰よりも尊敬するべき姿である。
「はてさて、俺に何が出来るのやらねぇ」
自分には果たして、父親のような忍耐力や精神力があるか分からないから。
まだだいぶ先の未来なのだと問題を先送りにした俺は今日も部屋でゴールデンウィークの為に購入した積みゲーを消化し始めるのだった。
―――――そして大型連休も遂に最終日のしかも夕方になった頃。俺は何を思ったか、一人で外に出ていた。
一日中積みゲーを攻略するために時間を割いていた俺は24時間中、一度も外に出ないのはあまり良くないと目の前のゲームよりもこれからの自身の健康に気を使ったのだ。
ではどれくらい外に出るのか、たがだか所要時間10分程度のモノだ。
幸いにも自宅から500メートル程歩いたところにコンビニがある。そこにある週間雑誌と、夜風呂上りに食べるアイスでも買おうと思ったのだ。実に健康的ではないか。
財布の中身を気にしつつ、入学祝で貰った千円札があることを確認して近場のコンビニへ。
連休最終日だからと言って、人の入りがあまり活発ではないこの店舗は俺にとっては暇つぶしの穴場である。
買い物カゴに商品を入れながら、こんな事を思う。
あぁ、明日からまた学校なんだよなと。
見事なまでに青色に染まった吐息を漏らしながらレジで会計を済ませては、明日の朝からまた普通一般の男子学生による学校生活が始まるのだなと、自動ドアが開け放たれた時。
「あ」
「あ」
俺の退屈に彩られていた双眸は一人の少女を映し出す。
黒髪で、青色のワンピースに身を包んだ見覚えのある少女だ。
いや、忘れるはずもない。
頭部に被っている白のニットが何よりの特徴であるその少女は――――弥勒蓮華は小さく笑う。
「どいてくださる?」
にっこりと。
微笑む裏では確かな圧力と言うものを感じて俺は咄嗟に扉の端へと移った。
この場合、どちらかが気を聞かせた譲り合いの精神で動けば話は済むのだがこの弥勒蓮華という少女の場合は己の進む道を阻む存在を許さないタチである。
開け放たれた扉のスペースを悠々と歩いて店内へと入ろうとする蓮華を他所に俺はある予感を抱いた。
逃げなくては。そうしなければ、何かに巻き込まれそうな気がしたからである。
そして、俺の危険予知が的中した。
「少しそこで待ってなさい」
「あ?え?」
一言だけそう告げて「やや速足」で店内へと入っていく蓮華に俺は呆気にとられたまま彼女を見送った。
完全に逃げ出すタイミングと言うものを見失ってしまったのである。
コンビニの外で止む追えず勝手に待機を命じられた俺はスマホの画面を気にしつつ店内で買い物する蓮華の一部を見ていた。
少し買う物があらかじめ決まっていたのか、乱れることなく商品を買い物カゴに入れてレジへと進んでいく、財布を取り出して金を出し、店員が「ありがとうございましたー」と口にするころには既に蓮華は扉の外側へと高速移動していた。
商品をカゴに詰めてから店を出るまでの間、およそ1分という早業である。
そして俺に向けた開口一番のセリフがコレ。
「あら、逃げなかったのね」
「お前が待てって言わなかったけ?」
そして、漸く歩き出していた。俺と蓮華は。
奇跡的にも帰り道も一緒だということもあって、止む無く二人で並んで帰っている最中である。
身長は俺の方が少しだけ高いから横目で見る蓮華は頭のニット帽が最初に飛び込んでくる。
穏やかな風が蓮華の黒髪を優しく撫で、ふわりと花のような香りが俺の鼻腔をくすぐる。
柑橘系の、石鹸の香り……こいつ、まさか風呂あがりか!?
風呂上り女子に魅力を感じる男子生徒からすれば間違いなく最高のイベントであることだろう。
ましてや、相手はあの弥勒蓮華だ。学校では紛れもなく誰も美少女だと認めている。
すまない、男子生徒諸君。しかし、俺は断じて下心を抱いたわけではないのだ。巻き込まれただけなのだ。
そんな事を思っていると。
「ん?ふふっ、今弥勒の方を0.5秒程チラ見したわね。風呂上りの弥勒の姿に見惚れていたのかしら?」
「なんで少し嬉しそうなんだよ。というか、やっぱり風呂上りかい」
「ええ。弥勒はこの時間まで鍛錬を行っていたのよ。
同居人の先輩が『ガリガリ君食べたいねーん買ってきてやー』と口にしていたから買い出し次いでにコンビニに寄ったということね」
「あぁ、お前ん家って確かシェアハウスなんだってな」
同学年の女子から聞いた話では弥勒蓮華はもともと高知の生まれであり、この象頭中学へ編入するにあたって同じく編入してきた女子生徒と同じ住宅で暮らしているという。
高知か、そういえば何年か前に友人たちと遊びに行ったことがあったっけ。
「調理係はこの弥勒よ。
同居人が『今日はいーっぱいトレーニングしたからタンパク質多めの鶏ササミ系がいいなー』と言うものだから、頼まれたのならば仕方ないわ。弥勒が腕によりをかけて振舞うつもりよ」
なんでも、集団生活において家計のやりくりをしているのは蓮華なのだとか。
料理も出来て、家事全般をこなせる女子中学生。将来は嫁の貰い手には困らないだろう。
「しかし、ゴールデンウィーク中まで鍛錬するかね。しかも最終日もよぅ」
「フフッ、ミギー。
弥勒は何も四六時中鍛錬に勤しんでいるわけではないわ。
この連休中は朝方から夕方までくらいで、それ以降は自由にしているのだから」
「なにお前、修行バカかなにかなの」
「む。この弥勒の行いを馬鹿呼ばわりとは聞き捨てならないわねミギー。
これも全て、弥勒による万人の暮らしために繋がる事よ」
その時、何故か自分の父親の言葉を思い出した。
「それがお前の……やりたいこと、なのか?」
「……なんですって?」
俺の言葉に思わず、蓮華が聞き返していた。
「いや、実はな―――――」
自分に何が出来るのだろうか、そんな普通の男子中学生が抱く些細な悩みを蓮華に相談してしまったのか。
だが、聡明な蓮華なら何か答えをくれるのではないか。
神託染みたことを告げてくれるのではないかと期待していたのだ。
「ミギーには夢がないの?」
「ないなぁ……いまんとこ」
「ペガサス流星拳を会得したいと思わないのかしら」
「それただの中二病だよ!俺の親父みたいなこと言ってんなお前」
ふむ、と珍しく神妙な顔をした蓮華。
しかし、わずか2秒ほどでそれは解けた。
「分からないわ……だって、これは弥勒自身の事ではなく、ミギー自身のことだもの。
他人のものさし、自分のものさし。それぞれ寸法というものは違うものよ」
相田みつおは偉大だな。
そう考えていると、蓮華から意外な言葉が返ってきた。
「弥勒にもないわ。何に成りたいとか……明確なものは」
「は?『万人の暮らしを守るため』がお前の夢じゃないのか?」
「確かに、それは弥勒の夢よ。心に描く理想的なモノ。
そのために何に成るか、どうするかは別のことよ。
『海賊王に俺はなる!』というのと、
『ブロンズ聖闘士がゴールド聖闘士を倒して女神アテナを救い出す』と同じくらいに別物よ」
「夢の引き合いにワンピースと聖闘士星矢出すヤツを俺は初めて見た」
でもね、と蓮華は言う。
「夢があれば、信念があれば、志があれば。
人はあらゆる事を成し遂げられるわ。クラーク博士が言っていたわね。『青年よ、大志を抱け』って。
弥勒が『万人の暮らしの為に』という理想があれば、揺るがないモノが心にあれば、自ずとやるべきことが見えてくるはずよ」
この時、俺は弥勒蓮華と言う女の覚悟を見た。
人類を救済するような、漫画の主人公みたいなセリフには自信が溢れている。
彼女の思想はこの先、決して色褪せない。そして、揺らぐことのない信念となる。
それは弥勒蓮華を弥勒蓮華とたらしめるものである。
「スゲェよな。お前……まるで裏で闇組織と戦ってるヒーローみたいだ」
「ふふ、もっとこの弥勒を褒めなさい。そうしたら、夜な夜な枕を高くして眠れるように弥勒が四国の平和を守ってあげるわ。あなたの平和もね」
俺に言われたことがやたらと嬉しそうに、いつも自嘲気味に鳴らす言葉が砕けた笑みを浮かべていた。
「弥勒に付いてきてくれるなら……見せてあげるわ」
何を?
「ミギーが自分の夢を抱けるような、そんな世界を。
弥勒は有言実行を絶対とする女よ、損なんてさせない。
ミギーが何かを成そうと思えるきっかけを作ること、造作もないわ……弥勒を信じなさい」
遠回しに、『あなたの夢を探す手伝いをする』と言われている気がした。
他者の運命まで介入しようとする女を俺はこれまで見たことなどない。
「生徒会に入れってか?」
「そうね……」
立ち止まって、互いに向かい合った蓮華の顔は夕陽が差し込んでいたからか、少し赤くなっていた。
「そうなれば、弥勒は歓迎する」
そう断言した彼女を見て、後頭部をぽりぽりと掻いた俺は気恥ずかしさから思わず視線を逸らしていた。
「考えとく……」
「ええ、待ってるわ……明日までね」
「明日!?」
「ほら!見なさいミギー!夕焼けがいつになく綺麗よ!」
返事が期限付きだったことに思わず向き直した蓮華の顔は明後日の方角を向いていた。
茜色した細長い雲が色づいた西空があった。
それはしばらく見入ってしまうほどの凄まじい夕焼けだった。
「そうだな。……あぁ、キレイだ」
いつもは見当違いで何を見ているか予想もつかない蓮華だったが、この時だけは違った。
同じ時間で。
同じ場所で。
足並みを揃えて、同じ景色を見て、同じ気持ちを共有していた。
そう思える程に心が繋がっていた気がしたんだ。
大型連休が終わって再び学校生活が始まる。
俺にとってはもう退屈と無縁な、そして慌ただしい日々の再開だ。
相も変わらず、俺の夢とかやりたいこととかの答えは未だに出ていないが。
「さぁミギー。今日の生徒会の活動は再来月の体育祭についてよ。
未来の生徒会長である弥勒の補佐役として、しっかりと役目をこなしなさい」
「へいへーい、分かりましたよー蓮華様ー」
「返事は〝はい〟と言いなさい、ミギー」
それは今すぐに用意することはないはずだ。
そう簡単に自分の未来を決めて堪るかって。
時間かけて、誰かと一緒に探しながら出す答えでもいいだろう?
楽しまなきゃもったいないぜ。だって、人生は一回きりなんだからな。
これでまだ付き合ってないらしいぜ。
蓮華さん、言質とったから勝ち確ですね。
ゆゆゆ杯における投稿はこれで終わり。結局時間無くて、企画後の完結になっちゃったけど。
少しだけ間を置いて、また再開します。
ミギーが生徒会に入って、蓮華の右腕となるまでのお話が第一部。
その後、問題の神世紀72年。本格的な鏑矢稼業が始まる時間軸でミギーの夢とそれぞれのエンディングを展開するのが二部でございます。
メディアで「あかゆ」の真相が明かされないなら、自分で作るしかないじゃない!
でもシリアスは95%なしで。日常背景しかなくて、最後まで楽しく、笑って、明るく未来へ向かえるようなお話になる……はず。
アニメ「はめふら」が予想以上に面白かったのでOPとEDを毎日聞いてます。
破滅フラグが没落フラグに見えて「なんか弥勒さんで話つくれんじゃね?」って考えてたらなんか既にそんな感じの作品があって驚いていました。
やられたぜ。ではまた逢う日まで。
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