美人が多すぎて俺の俺が俺なんだけど ()
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母親が美人すぎて俺の俺が俺なんだけど

 聞き覚えの無い鳥類の鳴き声で目を覚ます。ゆっくりと意識が覚醒していく。自分は壁を向いて寝ていて、右耳が押し潰されていた。白い壁、青いカーテン、黒い枕カバー。そのどれもが見覚えの無い物で、意識の覚醒具合が加速していく。

 

 

「……なっ、はぁ?」

 

 

 身体を起こす。手は小さいし身体を覆っている毛布はやはり見覚えが無い。ペタペタと頬を触る。ニキビだらけだった筈の自分の肌はツルツルと心地良い。

 

「……待て、待て、まてまてまてまてまて!!!」

 

 

 考える。俺は28歳で、日本人で、昨晩はお気に入りのセクシー女優のコスプレ物で致してから寝た筈で、そしてその手はこんなに小さくなくて──。

 

「……え、テクノブレイク……?」

 

 

 母親が俺を呼びに来る、15分前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝からカレーだけど良い?」

「あ、あぁ……うん。ありがとう」

「……ふーん? どういたしまして」

 

 

 母親──名前など当然分からない──の案内の元食卓に着く。

 あれから部屋で状況の整理に努めたが分かった事はそう多くない。

 

 一つ、恐らく俺は今まで生きてきた『盛田 真一』という個体では無いという事。

 一つ、現在の俺は小学校入学以前程度の少年であるという事。

 一つ、俺が少なくとも身体と精神を現在間借りしているこの少年の部屋には動物だか何かしらのキャラクターのぬいぐるみがたくさんある事。

 

 

 以上までを理解した時に母親が俺の事を呼びに来た。

 この母親というのがとんでもない美人で、俺と本当に血が繋がっているのかと疑ってしまった。2秒後には俺が想定していた「俺」が前世の盛田 真一であり、現世は母親から「シン」と呼ばれている少年である事を思い出したのだが。

 それにしても、略称か分からないが現世のこの少年と前世の俺の名前が似ているのは何かの偶然なのだろうか。偶然も何も今のこの状況が意味不明過ぎて正直どうすればいいのかさっぱり分からない、なんなんだよ本当に!

 

 俺は死んだのか? 確かにあの一発は天に昇る程気持ち良かったけれど、いくらなんでも本当に昇天するなんてそりゃあんまりだ。明日花ピララだってそんなの本意じゃない筈だ。自分の作品で死者が出たら寝覚めが悪いなんてもんじゃない。

 というか仮に前世の俺が死んでたとして、今のこの状況はどういう事だ? 死後? 天国? 天国って茶髪の腰までのロングヘアーのデカ乳マッマに世話される所なのか? いくらだ? いくら払えば良い? オプションはどこまでオーケー?

 

 冗談はさておき、分からない事が多すぎる。ここは日本なのか? 母親の話す言語は理解できるし、俺もきっと話す事が出来ているのだと思う、けれど。どうにもそれは日本語とは異なる気がしてならない。

 もう一つある。『シン』少年の精神はどこに行った? 俺は現在、彼の身体と精神を間借りしている。目覚めてから15分強が経つけれど少年がアプローチを取ってくる様子は無い。「奪い取って」しまったのか? こんな若い、未来のある少年の人生を乗っ取ったのか? 28歳の、冴えないおっさんが? そんな残酷な事って──

 

 

「……シン? 食べないの?」

 

 

 母親に声を掛けられる。しまった、考え込んでしまった。

 

 

「食べるよ、ママ」

「……具合でも悪い?」

 

 心なしか母親は疑うような目線を向けている気がする。4人掛けテーブル、肘を突きながらこちらをジッと見下ろしてくる。前世ではボーナス後にしか絡めなかったようなどえらい美人さんにそんな目されたら、少年ながらクる物があるんだけどな。

 

「あー、ううん。大丈夫だよ、ごめんママ」

「じゃあなんで今日はそんなお利口さんなの?」

「え……?」

「スプーンもちゃんと持てて、ちゃんと椅子に座れて、ママの事「おばさん」じゃなくてママって呼べて──」

「っ!」

「──起きた瞬間にお庭に行ってブイブイ達と遊ぶ訳でも無い。ねぇ……なんで?」

 

 

 普段どんだけヤンチャだったんだよシン少年!!!!

 馬鹿かてめー母親におばさんとか言っちゃいけません!!!

 

「……その、怖い、夢見て」

 

 咄嗟の逃げだけは前世からの特技だった。5歳児と仮定して、5歳児が急に態度を改めるなんてこんなもんで十分な筈だ。

 

「……でっかい、その、おにさんみたいのに、怒られたんだ」

 

 

 前世では大学で2ヶ月半演劇サークルに所属していた俺だ、口調から何まで完璧だった筈。友達を作ろうと一念発起して入ってぼっちを貫いてやめた前世の経験がこんな形で活きるとは! 初の同期飲み会で思いっきり吐き散らかしてから一度も行ってないから、演技のえの字も学んでいないけどな。

 

 

「そっか、怖かったね。でもお利口さんになれて偉いね〜」

 

 

 母親は心配そうに眉を下げ、俺の頭を撫でてくれた。前世含めてそんな事をされたのは初めてで、俺はうっかり泣きそうになってしまった。シン少年が泣き虫だったのかどうかは知らないが、俺は母親を騙せてしまった安心感と騙してしまった罪悪感と、その手のひらの暖かさで胸の中がぐちゃぐちゃだった。

 

 

 

 

 

 食事を終え部屋に戻る。

 それにしても父親が来てくれないと俺は母親の名前すら分からない。身体はシン少年の物であると言うのに、脳みそは残念ながら『盛田 真一』の物である。俺はここが日本の東京なのかも分からなければ家族の名前すらも分からない。そのくせ会話だけは一丁前に出来る。どういう原理かは分からないが。

 

 少年の本棚を漁る。

 絵本が大量にある。と言うか、シン少年、こんな若いのに立派な一人部屋を与えられてるんだな。裕福な家庭なんだろう。先程俺が名演技を繰り広げたリビングは一階で、少年の部屋は二階にある。探検はちょっとまだ怖くて出来ていないが、チラッと見た感じ少年の部屋を出て奥に行くと両親の部屋があるのだと推察される。

 

 絵本を開く。

 文字は読める。案の定、日本語では無い。英語でも無ければフランス語でも無い。俺は言語学に明るかった訳では無いがそれでも分かる。これは間違いなく異界の言語だ。だって古代文字みてーなんだもん。

 整理をする。前世から俺は、パニックになりかけると同時に冷静になるように訓練してきた。訓練のおかげで小学校の帰り道に外履きが無くなっていても即座に周囲のゴミ箱を漁るようになれた。「努力は裏切らない」は真である。

 

 ここは日本じゃない、つーか地球なのかすら怪しい。ただ、カレーと言う耳馴染みのある単語が登場してしまっている以上、なんらかの構成要素が近しい世界では無いだろうか。

 起床してから一時間以上経つが俺の身体に異常は現れない。つまり俺は『盛田 真一』からシン少年に変身してしまった。明日の朝までは本決定とはしないが、これからは『シン』として生きていく事が前提になるだろう。

 

 

 

 ベッドに横になる。

 フカフカのベッド。シン少年、俺の中に居るなら聞いてくれよ。

 原因は分からないが、今君のナカに居るのは俺、盛田 真一だ。

 俺は君が戻って来れるのなら今すぐにでも出て行こうと思う。出ていく方法はちょっと今のところ分からないし、どうやって君の身体を借りたのかも一切分からないが、本当だ。

 君はどうやら母君に大変愛されているようだし、貧しい家庭でも無いみたいだ。そのアドバンテージは非常に大きい。明るい未来が約束されているようなもんだ。だから、出来る事なら君の人生は君に生きてほしい。

 だから、どうか、戻ってき──

 

 

「シン! ブイブイ達のお散歩行かなくて良いのー?」

 

 

 母親に階下から声を掛けられる。

 犬の散歩か? 良いな、俺、犬って飼ってみたかったんだ。

 まぁ、シン少年よ、返答を待ってるよ──部屋をグルリと見渡し、俺は慌てて母親に返事をしながら部屋を出た。

 

 

「いーい? 寄り道しちゃダメよ? 他の子たちに出会っても遊び過ぎちゃダメ。後……そうね、トキワの森には行っちゃダメだからね?」

 

 母親に言いつけられる。そういうプレイをしているみてえだな、としか考えていなかった為、正直何を注意されたのかサッパリ覚えていないが大丈夫だろう。犬の散歩くらい、実年齢28歳のおっさんには楽勝だ。

 

「分かったよ、ママ」

「あら、お利口な返事だね〜よしよし。じゃあ一緒にお庭に行こっか」

 

 

 また、頭を撫でられる。正直、今の俺にまともな生殖能力が無くて安心している。シン少年の『シン少年』がウェイクアップしない為、いくらマッマに愛でられても屈まなくて済む。

 

 

「ブイブーイっ、チューちゃんっ!」

 

 母親の呼びかけに、これまた広い庭の奥の方から2匹の犬らしき動物が走ってくる。

 

 ……はっ!?

 え! なんで!?

 

 その走ってきた動物の一方の見覚えは無いが、一体はテレビを見ない俺でも分かる、子供の大スターだった。

 

 

 なんでピカチュウがここにいんの!?!? 

 はぁ!? え、ここって、ポケなんちゃらの世界なの!?!?!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 初投稿です。
 展開ほとんどなんも考えてません、助けてください(懇願)。
 作者はポケモンにわかだし文章力が無いので戦闘シーンとか、そういうポケモン小説ならではの描写は期待しないでください。どっちかと言うと、ポケモンが居るという前提のもと、えっちなお姉さんとかを書きたいです。でもR18描写はしません、文章力が無いので。


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誤魔化しが下手すぎて俺の俺が俺なんだけど

 

 整理する。

 現在俺の足元には2匹の生物がいる。

 1匹はピカチュウのチューちゃん、もう1匹は種族名イーブイ──これは母親との会話の中で判明した事であるが──のブイブイちゃん。

 

 ──ポケモン。俺は、その世界に来てしまったらしい。

 

 

 

「わっ、ちょっと待てよ、ぶ……ブイブイ」

 

 はしゃいでいるのか、ブイブイちゃんが数メートル先まで走って行き文字通り道草を食う。もしブイブイことイーブイが逃げてしまったら大変だと追いかけるが……ふむ、なるほど、母親がもし飯を出してくれなくなったらあの草はイケそうだな。ちょっと引くほどブイブイちゃんガッついてるし。

 

 俺でも知っているモンスター級の知名度を誇るモンスター、ピカチュウのチューちゃんは俺の足元を付いてきてくれる。可愛い、なるほどこれは確かに可愛い。

 

 正直散歩は予想していたよりもずっと簡単である。もっと暴れたり、途方も無い問題が巻き起こるかと思っていたがそんな事は無い。前世含め初の他生物との散歩であるが、スカッと晴れた天気模様もあってこれは気持ちが良い。

 

 

 さて、この世界にポケモンと言われる生物が存在するところまで分かったところで考える。

 前提として、前世の俺『盛田 真一』には彼らポケモンに関する知識が殆ど無い。精々がピカチュウと呼ばれる黄色いそれを、「見た事がある」という程度だ。このディスアドバンテージは非常に大きい。仮に俺が博士号を取得できるレベルで彼らポケモンに関する知識を蓄えていたとしたら、この世界で生きていくのはかなり楽になっていただろうから。テレビもマトモに付けず、ゲームも全くやらなかった事を後悔するしか無いし、そしてそんな時間は無駄でしか無い。そういうもんだと思って割り切ろう。

 

 前述の通り俺には情報のアドバンテージが殆ど無い。が、それ以外の大きなアドバンテージを一つ得ている。

 「理性」だ。シン少年がの身体が5歳児だと仮定しよう。その中にいる精神の盛田真一はなんと28歳児である。俺は少なくとも23歳分の経験の利がある。

 これは大きいだろう。5歳児ならやりかねない──母親をおばさん呼ばわりするなどの──黒歴史製造を事前に防ぐ事が出来る。人生をもう一度やり直せるチャンスが転がってきたようなものだ。世界は違うし情報の理は無い。日本で得たノウハウは殆ど活かせないかもしれない。ただ、根っこに存在する普遍的な真理のいくつかはこの世界でも活用する事が出来るだろう。失っては、諦めてはいけないモノがどんなカタチをしているのか、なんとなくでも理解できる。

 

 

 

 

 

 『盛田 真一』は後悔の多い……訳では無いが、なんと言うべきか、感慨の無い人生だった。学歴も金銭も友情も恋愛も親愛も、何も得ていない人生だった。

 それが『シン』少年はどうだ?

 5歳児だ、未来はどうにだって開ける。必死に勉強して学歴を得るのも良い。その過程で叱咤激励し合える友人を作る事が出来るかもしれないし、素敵な恋人を作る事が出来るかもしれない。母親にはどうやらかなり愛してもらっているらしい、俺も彼女に沢山の愛を返そう。金銭の心配をする必要は無さそうだけれど、自分が母親ごと養えるような、そんな甲斐性のある大人になろう。

 根暗で運動も勉強も出来なくて口下手で最低限のコミュニケーションすら危ういような、そんな前世の俺では無い。俺は盛田真一では無く、シンなんだ。せめてシン少年がこの身体に戻ってくるまで、この素晴らしい人生を楽しませてもらおう。

 

 

 

 

「うおああああああ痛えええええ!」

 

 

 我なりになかなかカッコつけた事を考えていたら、右足から電流が流れ、左腕に衝撃が襲ってきた。とりあえず足元から見ると、ピカチュウのチューちゃんが思いっきり電気を流しているっぽいし、左肩にはイーブイのブイブイがしがみ付いている。つーか突進してきただろこいつ。

 

 

「なに!? ボーッとしてたから怒ってんの!?」

 

 

 問いかけても当然ながら返答は無い。原作の設定など知り得ないが、流石に人間の言葉など通じないだろう。それでもこう、なんと言うか、雰囲気である程度伝わるモノもあるし、無言で佇んでいるには度が過ぎる攻撃だった。5歳児らしく喚きながら歩き出す。左肩にはイーブイが乗っていて、右足1メートル前方にはピカチュウが駆けている。

 

 

「あれ? シン! おはよー! きょうは走ってないの?」

 

 

 前方から歩いてきた少女に声を掛けられる。薄々危惧していた知り合いとのエンカウント・イベントが発生してしまった。名前すら知らない彼女を流さなければいけない。

 

 

「おっ、おう……。ちょっと、疲れちゃって」

「……? なんかつかれてる? げんきないし、チューちゃんもブイブイも心配してそうだし……」

 

 シン少年、マジでどんだけ元気ボーイだったの? いやまぁ5歳児なんてそんなもんだろうけど……。

 家から出て5分程度、そんなに離れていない。この2匹の名前も知っている。見渡す限り、この近辺はそんなに発展している訳じゃない。

 少女はシン少年とかなり近い関係なんだろう。幼なじみとか、そんなところか? そんな子の名前すらインストールされてない弱小脳を必死に回転させ、どうにかこの場をやり過ごさなければいけない。

 

 

「さっきピ……チューちゃんとぶいぶいにさ、一発良いの貰っちゃって」

 

 

 しまった、口調がシンプルにオヤジ臭い気がする。咄嗟に出たフレーズが平成みあるそれだとちょっとかなり凹んでしまう。

 

 

「「ぶいぶい」? シン、イントネーションおかしくない? ねぇ、熱でもあるの?」

 

 同い年(タメ)……くらいか? 少女が近づき、シン少年──つまり俺の額に手を当てる。

 うおおおお! 前世では周囲半径3メートルに近づく事が勇者の証(罰ゲーム)とされていた俺が、女の子にボディー・タッチをされている!!! 興奮するな、いきり立つなよマイ・サン! まだ全年齢でいくぞ!

 

 

「だ、大丈夫だよっ。ありがとう!」

「……そう? なら良いんだけど……。ねっ、わたしもいっしょにお散歩して良い?」

「う、うん、大丈夫だよっ」

 

 さて、問題発生だ。現状の問題を整理すると、2つに大別できる。

 散歩の事と隣の少女の事だ。

 まず当然ながら俺はこの2匹と散歩をした事が無い。つまり散歩コースも知らなければ、彼らの満足する遊びなども知らない。ただただ歩いているだけで良いなら流石の俺でもこなせると思うが、どうにもそれだけではないような気がしてしまう。母親が何かしらの注意喚起をしていた気がするのだが、肝心の中身が分からないためこの散歩が正しいのかどうか分からない。

 

 次に少女の件だが、シンプルな問題である。誰なんだよ一体!

 なんて呼べば良いの? どんな関係性なの? ある程度推測は出来ても確信は持てない。確信は持てない以上下手な事は言えない。何かをやらかして害を被るのが俺なら良いが、もしシン少年に身体と精神を返却した後に何らかの不和が発生してしまったら俺は悔いても悔いきれない。つまり、安定行動を取るしかないのである。その安定行動すら掴めないのは置いといて、無難な対応を続ける。

 

 

「天気良いねぇ」

「そうだね」

「……シン、つまらない?」

「えっ!? ううん、そんな事ないよ!」

「……だって、むずかしそうな顔してるよ……?」

「してないしてないしてないしてない! 天気良すぎてボーッとしてた! ごめん!」

 

 無難な対応なんて一つも取れていない気がするが、町の外れの方まで来てしまったらしい。少女が引き返そうと言ってくれた。

 

「……ねぇ、シン」

「……ん?」

「わたしね……引っ越す事になったの」

 

 

 ……なんか重い話(キツい展開)来ちゃったよ!!!! 昨日済ませといてくれよその話!!!!

 

 

 

 




 オリ設定タグを付けるべきかどうか迷っています。現時点までの執筆状況だと凄く怪しいんですよね。直し含む方向転換もあるかもしれませんし、場面見ながらアンケート機能なども活用して考えていこうと思います。
 昨晩は投稿後なかなか寝付けませんでした。ユニークアクセスが気になったりしてしまって。僕が普段拝読していた小説の著者様方はやはり偉大ですね。


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可愛いくせに怖すぎて俺の俺が俺なんだけど

 

 長閑な町にイーブイとピカチュウの鳴き声が軽やかに響き渡る。楽しめているようだ。町の外れ、木のベンチに俺と少女は座っている。

 目の前には森が広がっている。

 

 

「……ひっ、こすのか」

「……うん」

「……どこまで?」

「……ハナダシティ」

 

 どこだよ!!! 等当然言える訳が無い。

 神妙そうな表情を作ったまま、「そっか……」と返す。演劇サークルの経験がこんなに活きるとは、死んで分かる事もあるものだ。

 

 

「……遠いの?」

「……とおいよ。すぐに会えるきょりじゃなくなっちゃう」

「そっか……」

 

 寂しそうな少女の声に、罪悪感が胸の中に生まれる。

 相当仲が良かったのだろう。シン少年と少女の間の思い出も何も俺は知らないが、知らないなりに察する事が出来るものもある。

 

 

「……会いに行くよ」

「え……?」

「俺が、会いに行く。直ぐには無理かもしれないけど行くよ……その、ハナダ? シティに」

「きてくれるの?」

「おう。だからさ、そんな顔すんなよ」

 

 前世の『盛田 真一』ならこんなクサい事口が裂けても言えなかっただろうし、言う相手も──金銭を払わないと仮定するなら──いなかった訳だが、このシン少年には存在する。シン少年がこの少女にどんな感情を持ち合わせていたか俺には分からないが、泣きそうな少女を慰めるくらいの事はきっとしただろうし、今の俺はするべきだろう。

 

「やくそく……してくれる?」

「おう、指切りゲンマンでもするか?」

「ゆびき……なに?」

「なななななななんでもないっ!」

 

 

 ボロが出る速さならきっと誰にも負けないだろう。前世では「即打ち早漏狙い撃ちの真一」という異名を──自分の中で──持っていたが、今世ではこんな形で現れるらしい。つーかこっちには指切りゲンマンねーのか。

 

「……ね、もいっこやくそくしてほしいの」

「どうした?」

 

 

 少女が俺を見上げる。少女の方が俺よりも身長が高いが、ベンチに座っている俺の前に移動して座り込んだから見上げる形になった。上目遣いの為にそんな移動したのか? テクニシャン過ぎないかキミ? 攻めて攻めて攻めるタイプか? 攻撃力たっかいなこの年齢にしては。年齢知らねえけど。

 

 

「ブルーとあんまり仲良くし過ぎないで?」

 

 

 やけに達者な口調になって言った。

 ……え? どういう事? 空気重くね? 目、笑ってなくね? こんなラブ・ストーリー前世で読んだ事ねーけど俺。つーかポケモンってラブ・ストーリーだったの? モンスターが出てきてどうこう、の話じゃねえの? 女の子がモンスターです、みたいなそんなしょうもない話なの?

 

 

「ぶ、ぶるーと……?」

 

 ブルー、が誰を指しているのか分からないが、十中八九女の子だろうし、そしてこの少女の事では無いだろう。シン少年の周囲にはこの少女と、ブルーと呼ばれる少女が居る、という訳か。んで、この少女はシン少年の事が気になっていて、引っ越す上で2人の事が気にかかっている、と。シン少年、こういうのをなあなあにするとろくな事が起きないぜ、誤解が起きないように四苦八苦しながらでも説明する事をオススメするよ。ってアドバイスしたかったなぁ……、対応するの前世では素人童貞の俺なんだよなぁ……。

 

 

「そう。ブルーは絶対に毎日シンに会いに来ると思うけど、あんまり対応しちゃダメだよ。出来るならずっと会わないで欲しいけど、まぁそれが無理なのは分かるからそこまでは言わない。けどそんなに一緒にいないで欲しいな。ブルー無い胸当ててくるとこあるでしょ? シンそういうのちょっと引っかかっちゃいそうだしさ。ほら、ブルーって油断したら直ぐ腕とか組んでくる節あるし、スクール始まったら他の地区から来た女の子とかもシンの周りに居るわけでしょう? そうなったらもうブルーってすっごい彼女面してくると思うの。ちゃんと否定しなきゃダメよ? 俺はブルーの彼氏じゃないって。言える? ほら、リピートアフタミー「俺はブルーのかれ──」

「待った、待った待った。おーい、戻ってこい!」

「──あ、ごめん。ちょっと……うっかり」

 

 

 「うっかり」じゃねー文章量だったろ今!! おまえさっきまでと語彙力違い過ぎない!? つーか急にハッキリ喋りすぎだわ! さっきまでのたどたどしい話し方何!? 普段どんだけ溜め込んでんだこの子! つーかライバル意識すごっ! つーかシン少年モテ過ぎだろ!!!! 勘弁しろよ俺前世では恋愛ゲームですら失敗してんだぞ!! 最終的に金にモノ言わせてたおっさんだぞ!! どんだけハードモードな恋愛だよこれ!! 攻略本とかありませんかね!! 

 

 

「カスミー? いつまでお散歩してるのー?」

 

 

 固まった俺と俺の膝あたりをジイと見つめている少女。町の方から声が聞こえてきて、その声に少女が反応した。俺はその一語を聞き漏らさない。この少女は「カスミ」か……?

 

 

「まま! うん、いまいくー!」

「あ……じゃあね」

「うん……またあしたね?」

「いつ引っ越すんだ?」

「わかんないけど……さいきん、おへやのおかたづけしてる」

 

 またたどたどしい話し方に戻った。いやおせーよもう騙されねえわ。

 

「そっか……また、こんど」

「うん! バイバイ、シン!」

「おう」

 

 

 

 イーブイとピカチュウが遊び疲れたのか、俺の方に寄ってくる。ナイスタイミング、俺もちょっと疲れたよ……。

 ……にしても、なかなか大変だな、5歳児ってのも。まぁ5歳児ってのも推定に過ぎないから本当はシン少年が3歳とか言われても仕方ない訳だけど、流石に3歳児を一人で散歩には行かせないか。

 

 母親が持たせてくれた水筒から水を出して飲む。喉が渇いていた。

 コップ型の水筒だから、イーブイとピカチュウの元にも置く。彼らもペロペロと舐め始めた。性別知らねーけど。

 

 

 どうするべきかなぁ。まぁ、明確な答えは出さなくて良いだろ。所詮ガキの恋愛だし、引っ越してちょっと経ったらシン少年の事なんて忘れてるだろうし。

 まぁ引っ越す時にはお見送りくらいは流石に行こう。帰ったら母親にカスミちゃんとの関係性を探るのも良いかもしれない。つーか俺母親の名前分からないけど「ママ」でいつまで逃げ続けられっかな。今度カスミに聞けねえかな。

 

 溜息を一つ吐き、立ち上がる。イーブイとピカチュウが見上げてくるから、今日はもう帰ろう?と聞くと、分かっているのか分かっていないのか、元気に鳴き返してくる。

 昼もカレーだろうか。

 人間関係も、そもそもこの世界についても。割と前途多難な第二の人生に、妙なやる気を感じる俺であった。

 

 

 

 




 アンケート機能を活用したかっただけなんですけど、皆様御回答ありがとうございます。しょうもない小ボケをすみません。


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隣人の押しが強すぎて俺の俺が俺なんだけど

 

「朝か……。雨じゃん、ブイブイたち、散歩行けないな……」

 

 この世界で盛田 真一(前世の俺)シン少年(今世の俺)として目覚めてから1週間が経った。ある程度この──ポケットモンスターが存在するという前世の俺からしたら奇妙な──世界にも慣れてきた。

 俺は前世で動物をペットとして飼った事は無いが、多分、似たような感じなのだと思う。当然前世の動物とはかなり異なるが、根幹の部分は同じだ。共存している。

 例えば俺の家には現在俺が知る限り2個体のモンスターがいる。ブイブイことイーブイと、チューちゃんことピカチュウである。イーブイは前世の犬にかなり似ているし、ピカチュウは鼠をでっかくしたようなもんだ。大事な部分は、前世の犬よりもかなり運動能力が高い点やら、前世ではそもそも鼠があそこまで高電圧の電気を繰り出す事など無かった、という点なのだが──彼らは俺と母親を主として懐いてくれている。前世では叶わなかった母親の愛も、ペットとの生活もこの世界にはある。それはとても素敵で俺にとっては慈しむべきモノだと思う。

 

 

 

「シンー。ブルーちゃんが来るわよー! 早く起きなさい?」

 

 

 階下から母親が俺を呼ぶ声が聞こえて、階段を駆け上る足音が二つ聞こえてくる。きっとブイブイとチューちゃんだろう。ドアを開けて待っていると、彼らが勢いそのままに足に抱きついてくる。愛いものである。

 

 

「分かったよ、ママ! ありがとう!」

 

 

 気持ち声を張り上げながら母親に返す。顔を洗っておこう。ブルーならきっと、朝食を()()()食べたがる筈だ。

 

 

 

「──おっはよーシン! 雨だよ〜!」

 

 

 10分もすると玄関の扉が開き、活発な少女が顔を覗かせる。俺はブイブイを手に抱きながらそれを迎える。

 

 

「おはようブルー、朝飯は? 一緒に食うんだろ?」

「うん! トキコさんおはようございます! これ、ママが。セキチクのおばあちゃん家から届いたモモンの実のおすそわけ!」

「あらあらありがとう、ブルーちゃんはしっかりしてるね」

「えへへ、シンの奥さんですから!」

「嘘を真実のような顔で言うのはやめろ、俺らまだ6歳なんだぞ」

「じゃあ18さいならいいの? シンったらだいたん!」

 

 

 いつもの調子のブルーに溜息を吐きたくなる。気分は都合の良い漫画の大モテ主人公である。つーかシン少年は正にそれで、先日偶然会ったカスミちゃんやらこの幼馴染のブルーちゃんやら、可愛らしい少女達から想われているようだ。彼女達が惹かれたのはシン少年であり、盛田真一では無い訳だから勘違いせずに済むのは不幸中の幸いと言えるかもしれない。

 

 

「今日は散歩行けないな」

「そうだね、おうちでゆっくりしよう?」

「あー……そうだな」

「きょうは10じからポケモンリーグの試合もあるし、それ見よう?」

「ブルーは……トレーナーになりたいのか?」

 

 

 この世界では当然ながら就職云々にもポケモンが深く関わる事になる。生活にポケモンとの共存が根付いている為当然と言えるのだが、それはあまりにも膨大な歴史であり、1週間経った今でも把握できてない部分は多いと思われる。

 まず、前世の格闘技同様、この世界でも往々にして闘う事が金銭の取得に繋がる。この世界での戦闘はつまりポケモンを用いたそれであり、それを生業とする──或いは生業にしようと試みる人間を一般にトレーナーと呼ぶ。「ポケモンを育てている」という意味では殆どの人間がトレーナーと呼べるのだが、この場合は専門として戦闘を行なっている人間たちに絞られると見て間違い無いと思う。

 

 他にもポケモンを育てるブリーダーも居れば、この世界における隣人──ポケモンを研究する学者もいる。勉学もポケモンを基礎としており、前世における一般教養も学ぶのだろうが、ポケモン学が根底にある、と思われる。これはあくまで家にある本やこの小さな町の住人達の会話からの推測であるが、大まかには合っていると思う。

 

 話をトレーナーに戻すと、トレーナーを志す少年少女はトレーナーズスクールに通う事になる。このトレーナーズスクールというのが面白い施設で、まず入学年齢に制限が無い。例えば通おうと思えば6歳の俺らでも通う事が出来るし、一念発起した80歳のご高齢の方でも学ぶ事が出来る。門の開かれ方がエグい。それだけこの世界における商業化された戦闘──通称ポケモンバトル──が人気という事なのかもしれない。

 トレーナーズスクールは別にトレーナーになりたいと思っていなくても通う事が出来る。この世界においてポケモンの扱い方とは箸の持ち方よりも大事な概念だ。バトルに興味が無くてもブリーダーになりたい者や、生活の中でポケモンと手を取り合って生きていきたい者が入学する事も多いようだ。実質的な教養を学ぶ場でもある。

 授業料や入学料も高いものでは無い。この地方──カントー地方では、ここマサラタウンから一つ隣のトキワシティにスクールがある。俺もブルーもいつかは通う予定であるし、そうなると自ずと家を出る事になる。マサラからトキワに向かうには近いとは言っても通学には不便だからである。自然と寮生活を強いられる事になる。

 

 

「うーん。別にトレーナーになりたいとは思ってないけど、バトルが面白いなとは見てて思うよ」

 

 

 やけに大人びた表情のブルーが答える。

 

「そっか」

「シンは?」

「俺は……闘うとかは、なぁ? ブイ、チュー?」

 

 俺の問いかけに2匹は首を傾げているように見える。人間語は理解できていないだろうな。

 

「まぁ、扱い方とかを学ぶのは良い事だと思うから通うよ」

「……ふーん?」

 

 

 カスミはシン少年とブルーの進展を気にかけていたようであるが、彼女もトレーナーズスクールに通う場合それは杞憂に終わるのでは無いだろうか。ハナダからトキワも中々距離があるようだし、そうなると寮生活をする事になるだろう。通うタイミングが重なれば、の話に限定されてしまうが。

 

 

「何歳になったら入るの?」

 

 

 母親が俺らに問う。

 

「俺は……10歳くらい? 遅い? かな」

「良いんじゃない? 別に」

「じゃあわたしもシンとおなじタイミングで入るー!」

「うふふ、あらあら」

 

 

 

 母親がそんなブルーを見て笑う。ブルーの猪突猛進ぷりは凄い。狙ってやってるなら大したものである。3日に1度はシン少年の家に来て遊び、母親にもこうしてアピールをしている。カスミはブルーに比べると家が離れている事もあるし、そもそも今は荷作りで忙しいのだろう。1週間前に会ってから、顔を見ない日が続いていた。

 

 

 トレーナーズスクールに入った後は自立する事になるだろう。この世界における一般的な流れとはそんな感じなのだと思う。ここマサラが田舎町なのもあるが、そもそもが前世の世界よりも早熟な世界なんだろう。

 後4年は、こうして母親と共に暮らしたい。俺は本物のシン少年では無いが、彼女は愛を注いでくれる。その愛は俺にとってとても美しくて、前世では得られなかったモノだ。いっぱいに受け取ってから巣立ちたいと思うのである。

 

 

 膝の上のブイブイを撫でながら、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 




 めっちゃ好きな書き手さんから評価をいただいていて一人で沸きました。本当は更新する予定では無かったのですが、テンションのままに投稿です。僕もあくタイプは好きです。


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幼なじみが鬼畜すぎて俺の俺が俺なんだけど

 

「シンー! 起きてー!」

「うあっ……、や、起きてる、起きてるから」

「起きないなら添い寝しちゃうぞー」

「ちょっ、揺らすな。おまえ耳無くなっちゃったのか? あるよなぁ、ほらここに」

「あっ……。ちょっ、えっち……」

「はぁあああ!?」

 

 

 朝から俺の部屋に勝手に入ってきたのは幼なじみのブルーで、思えばこの少女とも1()0()()の付き合いになる。俺達は16歳になっていた。

 今日はトレーナーズスクールの卒業式である。

 

 

「いや、それにしても早くないか? まだ5時だぞ」

「ふふ、卒業式の日だからってやらないつもり?」

「あぁ……やりたいのね、良いよ」

 

 ちょっと心が汚れている人なら勘違いしかねない掛け合いであるが、この場合の「やる」「やらない」はポケモンバトルの事だ。俺とブルーはマサラを離れてここトキワに来てから、ポケモンを使って行動をする事が増えた。バトルを始めたのは入学して早々の事で、授業で習った途端にブルーがやりたいと騒ぎ出したのが発端である。

 

 

「ふぅ……。やるか」

「寝癖くらいとりなさいよ。あっ、私にとって欲しいの?」

「ちげーよ。待たせるのも悪いかと思って」

「旦那の寝癖くらい直してあげるわよ」

「じゃあその対象は俺じゃないな」

「素直じゃないなぁ」

「ブルーこそ真実をねじ曲げるのやめような、俺らもう大人の年齢なんだから」

 

 

 寝巻きから深い緑色のパーカーに着替える。トキワらしい色だとブルーが去年の誕生日にプレゼントしてくれたモノだ。専らバトルの時に着る事が多い。

 

 

「今日は何賭ける? 最後だしグレード高めにしようぜ」

 

 

 俺達はバトルの勝敗にプレゼント(罰ゲーム)を贈る。大抵はジュースやら家事の手伝いやらであり、そしてポケモンバトルの才能はブルーの方がある為、通算で言えば俺の方が負け越していると思う。最近は俄然俺も実力を伸ばせているはずだが──

 

 

「……私が勝ったら、私のお願い一つ聞いて」

 

 

 おちゃらけてばかりのブルーが真剣な表情で言った。ブルーはたまにこの目をする。その瞬間が苦手だった。ブルーがどこか遠い場所に行ってしまうのではないかと錯覚するからだ。

 

 

「……良いけど、無理なヤツはつっぱねるからな」

「うん」

「おーけー。じゃあルールはいつも通り、サシの道具不可、持ち物アリで良いな?」

「うん! 今日だけは負けないよー」

「ヤバイもん買わされそうだから俺も負けたくないけどな」

 

 

 何度かカスミもこの勝負に参加した事がある。カスミは引っ越して早々にトレーナーズスクールに入学し、飛び級で卒業しハナダジムのトレーナーになった本物の天才少女だ。俺はなす術もなく負けてしまったが、ブルーとの一戦は思い出すと今でも興奮する程熱い試合だった。シン少年への強い愛──決して俺に向けたそれでは無く──が成せるバトルだった。

 

 

「頼んだぞ、ブイブイ」

「お願い! ピーちゃん!」

 

 俺が放ったボールからブイブイ──エーフィが華麗に登場すると、殆どタイミングを同じとしてブルーのボールからピーちゃん──ピッピが登場する。ピーちゃんで来んのかよ、なら()()()を出すべきだったか?

 俺とブルーは散々バトルをしてきた為、互いの手の内など知り尽くしている。もうジャンケンみたいなもんだ。今回はあいこだろう。個体同士での明確な弱点云々は無い。そうなるとモノを言うのがトレーナーのスキルである。つまり俺の不利だ。

 今更選出を悔いてもしょうがない。ブルーが真剣じみた感じを出すから俺は相棒を出したのだし、勝つ糸口を探すだけだ。

 

 

「ピーちゃん! うそなき!」

 

 舌打ちをしたくなる。ピーちゃんことブルーの育てたピッピだが、持ち主に似ており非常にあざといのである。あからさまなうそなきを繰り広げるピッピにブイブイと俺は思わずドン引きだ。持ち主のメンタルにまで作用させる極悪技になってしまっている。

 

 

「気にすんなブイブイ、ひかりのかべを張ろう」

 

 俺の指示を受けたエーフィが額から念の防御壁を展開する。ブイブイを出すと後ろから見る尻尾とお尻が可愛すぎて戦闘に集中出来なくなる時がある。敵を倒す前に主人を悩殺する優秀な相棒である。

 

 

「サイコキネシスだ」

 

 身軽さで言ったらウチのエーフィに軍配が上がる。初手うそなきとかいうチンパン劇場を開催したピッピに、念波が襲いかかる。

 

「ピーちゃんちいさくなって!」

 

 

 咄嗟のブルーの指示にピッピは反応し、念波はピッピの僅か上を通り過ぎていく。

 

 

「積ませるなよ、スピードスターで全体を覆ってみよう」

「っ! ピーちゃんアンコール!」

 

 煽られたエーフィが再びサイコキネシスを放ってしまう。キャラパワーで言えばエーフィの方が優れているのだが、流石にブルーのピッピ、搦め手が非常に上手い。アンコールの時にあんな馬鹿にしてくるピッピなどカントー広しと言えどピーちゃんだけだろうな。俺もブイブイも毎回ちゃんとムカつくもん。

 サイコキネシスは再び逸れる。ちいさくなったピッピに攻撃を当てるのは中々至難の業だろう。しかし煽られて少なからずイラついているブイブイはサイコキネシスを連射する。数撃っても当たらないのがブルーのピーちゃんである、忌々し過ぎる。どんな身体能力してんだ、どんな育て方してんだ! 持ち主(おや)の顔が見てみてえよ。目の前にあるしこの10年間ずっと見続けてきたけどな。

 

「ピーちゃんめいそう。ゆっくりと、慌てなくて良いわよ。ブイブイはもうピーちゃんに攻撃を当てられない」

 

 ピッピのみならず持ち主まで煽ってくる。シンプルに腹が立つ。

 

 

「落ち着こうブイブイ。あくびをした後にめいそう」

「……まだ、まだよピーちゃん。まだ積める」

 

 これだからピーちゃんは嫌なんだ。なんであいつ座禅組んでんだよ。どこで学んだんだそれを。

 そこらの修行僧よりもよっぽどストイックにめいそうを続けるピッピ。よっぽど集中しているらしい、エーフィのあくびが通るもお構い無しだ。という事はカゴの実でも持たせているのだろうな。

 

 

「こっちこそ大丈夫だぞブイブイ。ひかりのかべの庇護下にいる限り大丈夫だ。落ち着いて積もう」

「おーけーピーちゃん……カゴの実を食べて眠気を醒まして……アンコール。煽り終わったらかわらわり」

 

 

 互いに積み合いをしていた数秒間、先に動いたのはブルーとピッピだった。驚くべきコンボを決めてきた。悠長に構え過ぎていたのもあるが、つーかそんな事より──

 

 

「うっそだろ! おまっ、はぁ!? いつ!?」

「……ナイショ。ピーちゃんマジカルシャイン。……もう一度」

 

 この6年間、ブルーのピッピがかわらわりを使った事は一度も無かった。だからこそ俺はこの対面になった場合、安定してひかりのかべを展開していた。めいそうの途中にアンコールをされたエーフィはそのままめいそうを続けてしまい、御世辞にも素早いとは言えないピーちゃんのマジカルシャインを被弾し続け、やがて倒れてしまった。

 

 

「…………やられた。いつの間に覚えさせてたのかよ」

「ふふっ、良い女は手の内は見せないのよ」

「あー……クソ、スッキリしない終わり方だな」

「ふふふ、負けは負け。おっほほほほほ、お願いを聞いてもらいましょうか?」

「まぁ、聞ける範囲でな」

 

 

 エーフィに慌てて駆け寄り、ボールに入れる。なるべく早くジョーイさんとこに連れて行きたい。歩き始めた俺とブルー。ブルーは俺の左腕に自身の右腕を絡みつかせながら、そのお願いを耳元でソッと囁いた。

 その行為自体、前世の俺(素人童貞)からしたらかなり心臓に悪いモノであるが、彼女が口にしたお願いはより俺を驚かせたのである。

 

 

 

 

「……私と一緒に旅に出て?」

 

 

 

 




 お気に入りが200を越えました。すっごい嬉しいですありがとうございます。
 システムがよく分かっていないんですが、評価の所はどういう基準で赤色になるんでしょうか? 「なんとなく(赤の方が)良さそう」くらいの認識でいます。

 以前も宣言した通り作者はポケモンにわかだしバトル描写も苦手です。今回の描写もどこかでガバイトな部分があったと思います。その場合はやさしーく教えていただけると嬉しいです。でもある程度はご都合主義で終わらせる気でいます(大声)。
 カスミとブルーが近い歳感覚の設定だったり、16になって地方を周り始めたり、技をバンバン使ってたり、違和感を覚える方もいらっしゃると思いますが、何卒やさしーく教えていただけると嬉しいです。


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先行き不透明すぎて俺の俺が俺なんだけど

 

 

 

 何着かの着替えやスクールで使用した中でも最重要だと思われる参考書などをリュックサックに詰め込む。こんな所だろう。教科書がやはり重いがしょうがない。旅は身軽な方が良いが、知識はあった方が良い。

 この世界において、知恵は時に武力よりも強い。木の実の効用やポケモン卵の発見について、などの既に十分叩き込まれているであろう知識から他地方で確認された巨大化現象や新たな進化現象の事まで、得する知識は多い。長い旅路では何が役立つか分からない。俺らは純粋に旅をするつもりだが、もしかしたら謀略が暴力を上回る瞬間も存在するかもしれない。

 重いリュックサックをポンポンと叩き、旅の安全を願う。

 

 

「シンー。準備出来たー?」

 

 俺の家の玄関の扉を開きながら聞き馴染みのある声が俺を呼ぶ。

 

「出来たよ。ブルーは?」

「私も大丈夫! ねぇ、『他地方に於けるポケモンバトルの変遷』持った方が良いかな?」

「俺が持ったから大丈夫」

「わー本当!? ありがとうシン」

「いや、大丈夫だよ。……行こう、マサラに」

 

 

 卒業式から一週間が経過した現在、俺らの旅支度は完了し、とうとう旅立ちの時である。この後一度マサラに戻り家族に挨拶をした後に広いカントー地方を巡る旅に出る。

 6年間世話になった寮ともお別れである。女子階の最下階であるブルーと男子階の最上階である俺はつまり一階分しか変わらず、ブルーは時折俺の部屋に訪れていた。男子が女子の部屋を──なんなら女子階に──訪ねるのは御法度であるが、逆はそうでは無い。ブルーには幾度となく朝寝坊を防いでもらったし、家事の手伝いもしてもらった。

 すっかり何も無くなった……訳では無い部屋を見渡す。家具は備え付けの物だし、そもそも広いとは言えない物件である。実家に荷物を送った今もそこまで変化は無いように見えるが、二度とこの部屋で生活する事は無いと考えると寂しさも僅かに感じられる。

 ブルーは料理がとても上手だ。よく作ってもらったなぁ。

 前世で女子の手作り料理を味わおうとしたら少なくない金銭を払う必要があったが、今世では安全安心の無料である。無論、相応のお礼は常々していたが。

 

 

「歩くけど大丈夫か? 荷物持つぞ」

「ううん、今持ってもらってもどうせ旅に出るんだし。このくらい持てなきゃ」

「そっか。キツくなったら言えよ、疲れてなかったら持つから」

「予防線張りながらも優しいのね?」

「油断したら一生持たされそうだからな」

「あら? 一生一緒にいてくれるんだ?」

「……言葉の綾だろ」

 

 

 スクール生時代も時折実家には帰省していた。遠い訳では無いし、この世界でも当然休日という概念は存在する。俺とブルーは最低でも半年に一度は戻っていたが、今回戻ったら次帰るのはいつになるか分からない。どことなくブルーと俺の間に緊張が流れる。

 

 

「……ありがとね?」

「なにが?」

「一緒に来てくれて」

「……別に、旅が嫌な訳では無いしな」

「でも絶対一回は断られると思ったの」

「……負けは負けだからな」

 

 

 卒業後、どの職業に就くかは特に決めてなかった。今思うと上級生になってからひた隠しにしていたブルーは既に覚悟を決めていたのだろう。彼女は俺らの学年でもトップスリーには入る優秀な生徒だった。タマムシ大への推薦枠もあった筈だが、断っていた。

 俺は中の上くらいの成績だった。行こうと思えば──推薦では無いが──タマムシ大にも行けただろうし、ポケモン学の権威オーキド博士の研究所に就職する事も不可能では無かっただろう。成績とコネを考慮すれば。

 そのどれもがしっくり来なかった。不得意な事は無いが、得意な事も無い。そんな自分に向いている職業が何なのか、見極める事が出来るかもしれない。あの日ブルーに誘われた時、俺は少し考えて、その「お願い」を許可した。

 

 

 

 

 

 

「おかえり!」

「ただいま母さん、チュー」

 

 

 母さんも、ピカチュウも、いつも通りだった。ボールからエーフィを出してやると直ぐにピカチュウの元に駆け寄り戯れ始めた。

 

「ご飯食べてから行くの?」

 

 現在は昼食時ど真ん中である。そうしようとブルーとは相談していた。ブルーもブルーの家で今頃食べている筈だ。

 

「うん。良い?」

「勿論! ホットケーキ」

「おぉ! 良いね」

「シン好きだったもんねぇ……」

 

 

 キッチンに立つ母親が目を細めて言った。6歳の時に盛田真一()シン少年()になってから、彼女は変わる事の無い愛情を注いでくれた。口調が変化した事や素行が落ち着いた事に訝しんだ日もあっただろうが、それでも俺にとって彼女の愛情は暖かいモノだった。

 

「……母さん、ここまで育ててくれてありがとう」

「どうしたの……急に」

「割とみんなさ、10歳とかで旅立っちゃうじゃん」

「うん? ……うん、まぁ、そうね」

「俺は16歳までこうして養ってもらって、しかもまだ就職する訳じゃ無いから、家にお金を入れる事も出来ないし」

「……」

「迷惑ばっかりかけてるなぁって」

「お金はお父さんのがあるから大丈夫だよ。シンが健康に育ってくれた、それだけでお母さんは嬉しいよ」

「……本当に、ありがとう」

 

 

 頭を下げながら、泣きそうになっている事に気が付いた。前世では絶対に出来なかった会話であるし、今世での彼女への恩を考えると、自然とそれは溢れそうになっていた。

 こらえて、堪えて、こらえた。

 ピカチュウが鳴いて、母親がフライパンに意識を戻した。

 会話は終了したが、暖かい雰囲気は依然としてそこにあった。それが、嬉しかった。

 

 

「……そういえばジムは? 行くの?」

 

 唇の端にクリームを付けながら母親が言った。ティッシュを渡しながら答える。

 

「まだ迷ってはいる……けど、多分挑むと思う。ブルーは間違いなく挑むだろうな」

 

 この世界での旅にはポケモンジムが大きく関係する。マサラには無いが大きなシティにはそれぞれジムがあり、そこには各タイプのトレーナーとエキスパートたるジムリーダーが所属している。彼らにポケモンバトルで勝利するとそれぞれ対応したジムバッジが貰える。8個全て集まると、毎期末に行われるポケモンリーグ予選への参加権を得る事が出来る。

 旅をする多くのトレーナーの目的はここにある。プロトレーナーを目指す場合、絶対の指標として取得バッジ数、リーグ順位、カップ獲得数は高い水準で必要になる。トレーナーにならないにしろ、それらの資格は就職にも有利になる。目的達成力の証拠となり得るからだ。

 

 

「ハナダジムに行くのが楽しみね? 1年……くらい? カスミちゃんとは会ってないもんね」

「まぁ……そうだね。ハナダジムに行くのは多分最後になるけどね」

 

 当然ながらジムに挑むのに順番など設けられていない。俺らのようにマサラから旅を始める冒険者もいれば、ヤマブキから始める者もいる。冒険者側が自由に決定できるのである。

 

「へぇ……なんで?」

「どうせ闘うなら強いカスミとやりたいから、ってブルーが」

「あらぁ……相変わらず二人は『ライバル』ねぇ……」

 

 母さんの「ライバル」には様々な意味が含まれている気がするがそこは気にしない事にする。彼女達からの好意には俺も当然気付いているが、それはシン少年に向けられたモノであり、俺が勝手に返事をしてしまうのは良くないからだ。そもそも俺は精神年齢28歳なのに6歳児として生きてきたのだ。同学年にそのような欲を覚えたら倫理的にアウトである。──最近のブルーの、その……ふたごやまには思う所があるが。

 

 

「まぁ……そうなんじゃん? あの二人はバトルが上手いからな。ご馳走様、美味しかったよありがとう」

「はーい。ブルーちゃんのお迎えはいつ来るの?」

「さぁ? 向こうが落ち着い──」

 

 

 ピンポ-ン

 

「──たみたいだな。開けてくる。歯磨いたら行くよ」

「そう……」

 

 

 顔を洗っているとブルーと母親の会話が聞こえてくる。

 

「ブルーちゃん、シンをよろしくね?」

「任せてください! 半同棲生活から完同棲……いや、同棲以上になるので、感動でなんでも出来ます! 嫁なので!」

「あらあら、ふふっ」

 

 

 前途多難な旅の始まりである。やけに露出高めなブルーの服装を見ながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 




 お気に入りが約1000になりました、皆さんありがとうございます。
 文体がブレブレだなぁって思いました。

 昨日は中学生の美術ぶりに「評価1」をいただいてショックすぎて更新しませんでした。もしかして私のメンタル……弱すぎ……?って感じですね。


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初日が初日すぎて俺の俺が俺なんだけど

「ブイブイ! スピードスターを全体に!」

「っ! ピーちゃんかわらわり! ブイブイを守って!」

 

 スピアーの軍勢が襲い掛かる。何匹いるのか数える余裕は無いが、少なくとも倒すのにある程度手間取る数ではある。

 トキワタウンを抜け、トキワの森に入って直ぐの出来事である。

 

 

「ふぅ、はぁ。ありがとうブルー、助かったよ」

「私の方こそありがとう。久々のダブルバトルだったね!」

「あー、そうだな。ブルーが合わせてくれなきゃ危なかった」

「安心して女房に背中を預けなさい」

「それなら女房を探す所から始めないといけないけどな」

 

 校外学習──学生諸君の認識としては前世で言う「遠足」にかなり近いが──ぶりに訪れたトキワの森は、やはり旅を始めたての初心者には厳しい部分もあった。スピアーの群れから逃れた俺達は、安全と思われる草むらに腰を下ろし休憩を取る。

 

「レベルはこいつらに比べたら高くないだろうけど、やっぱり数の暴力ってのはあるな」

「先生も居ないからパニックにもなりやすいわね」

「そうだな」

「慌てたからピーちゃん出しちゃった」

「あはは、タイプ相性をご存知でない立ち回りだったよな。俺もだけどさ」

 

 

 少し休み、再び立ち上がる。日が暮れる前にトキワの森を抜けないと大変な事になりそうだ。

 

 

「進もう」

「……夕方までに抜けられるかな?」

「抜けるしかないよな」

 

 

 いくらガラル産のテントがあるとは言ってもトキワの森だ。何が起きるか分かったもんじゃないし、何よりブルーなら絶対に俺のテントの中に入って来ようとするだろうから、なるべくポケモンセンターの冒険者用施設を利用したい。俺の俺がテントを張る事になってしまう。

 

 

「私はこの森でテント張っても良いけどね?」

「(旅の)初日くらいちゃんとシャワー浴びたいだろ?」

「きゃっ、それどういう意味? 初夜だからって事?」

「おまえ口だけは上手いな」

「嫌ねぇ、まだしてあげた事無いじゃない」

「何を言ってもそっちに持っていくならもう話さないけど」

「ごめんなさい」

「よろしい」

 

 

 スクール入学したての時の校外学習はかなり怖かった。思い出をブルーと話しながら進む。

 

 

「誰だっけ? 野生のピカチュウに思いっきりでんきショックされたやつ」

「シンと仲良かった子でしょ? ……あの〜、名前は出てこないけど」

「俺も出てこないんだよな」

「薄情ね」

「どわすれってやつだ」

「まだそのレベルまでいってないのに覚えてたの?」

「まず俺はポケモンじゃないんだけどな」

 

 

 噂をしているとピカチュウが飛び出してきた。この森で見かける事は本来そう多くない筈だが、運が良いのやら悪いのやら。

 

 

「ブイブイ、サイコキネシス」

 

 

 相手が一体ならこちらも一体で応戦する。家に居るチューよりもようきそうに見えるな、と考えながらブルーの前に立ちエーフィを出すと、後ろからわざとらしい歓声が聞こえた。この世界に来た当初の俺なら図に乗っていたかもしれないが、残念ながらもう10年もブルーと居ると慣れてしまう。嬉しいっちゃ嬉しいけどな。

 

「ブイブイ本当に強いわね。レベル幾つなの?」

「……内緒。ブルーのピッピこそいくつだよ」

「女の子に年齢聞くなんて出来てない男の子ね。あとピーちゃんだから。名前で呼んで」

「女の子って年齢かは審議入るけどな。ごめんなピーちゃん」

「次それ言ったらフォスるわよ」

「ムーンフォースは対人向けでは無いし、ムーンフォースを放つ事を「フォスる」って言うなよ。悪かったって」

 

 

 順調に歩き進める。ちょくちょく野生のモンスターに遭遇するも、流石に先程のスピアーのように軍隊みたいな奴らじゃなければ問題は無い。

 

 

「そろそろだよな?」

「うん。休憩する?」

「任せるよ。したいか?」

 

 途中少し無言になりながらも、なんとか日暮れ前にトキワの森出口付近に辿り着く。

 

「んー……うん。しよっ」

 

 前世の俺からしたら女性に「しよっ」などと言われたら想像する事は一つ(ベッドイン)だが、シン少年はそうであってはいけない。前世で億万と鑑賞した相棒(セクシービデオ)の事は記憶から飛ばし、良さげなスポットを探す。

 

 

「うおっ、ビックリした。ポッポか。そういえば俺らひこうタイプ持ってないけど欲しいか?」

「うーん……、いや、私はこの子じゃないかな」

「俺もだ。倒して良いか?」

「コイコイ?」

「そう。そろそろ進化する気がするんだけどな」

「良いわよ。私今日は結構経験値稼げたと思うし」

「ありがと」

 

 

「頼むぞ、コイコイ」

 

 

 放ったボールから一つ目のモンスター、コイルが登場する。

 滅多に帰ってこない父親から、スクール2年生の時に貰ったモンスターだ。

 

 

「でんきショック」

「いつ見ても可愛いわねぇ」

「ほんっとにな」

 

 俺とブルーは心底このコイルを可愛がっている。一度ブルーがコイコイを「私たちの愛の結晶」と呼んだ時は反応に非常に困ったが、それも昔の話である。

 

 

「一つ目はニビジムで良いのよね?」

「あぁ。まだプランが崩れるような事は起こってないしな」

「作戦は決まってるの?」

「ブイブイでゴリ押す」

「野蛮人?」

「ブルーは決まってるのか?」

「フォスる」

「つまりゴリ押しじゃねえか」

 

 

 森を抜け、ニビシティに辿り着いた。ポケモンセンターで一通り回復を依頼し、その間に各々シャワーを浴びる。

 ポケモンセンターは二階に冒険者用宿泊施設がある。トレーナーズカードを提示すれば無料で利用する事が出来、そしてそれはやはりこの世界のポケモンバトルの権力・規模の強さを示している気がした。

 

 

「夕飯どうする?」

 

 シャワーを浴び終え、乾かし漏れで少し濡れたブルーの髪の毛を拭いてやりながら問う。センターにいる若い男どもの視線を集めているのを見るに、やっぱりこの少女──しかも大人になりかけている、という時期の──は容姿が整っているのだなと実感する。

 

 

「んー……パスタ食べたいかな」

「おっけー、どこか探そう」

「次シンが私の手料理を食べられるのはいつになるのかしらね? おほほほほ」

 

 

 機嫌の良さそうなブルーが言った。

 

「さぁ。でもまた食べさせてくれよ。(ブルーの料理が)好きなんだ」

「っ! ……素直ね」

「いつもな」

「たまによ」

 

 

 センターの近くの大衆向けの料理屋に入る。モモンの実から作られたジュースで乾杯し、マサラや寮では食した事のない味に舌鼓を打つ。

 

 

「じゃあ男子部屋こっちだから」

「うん。明日寝坊しないでね? 寮とは違って気軽に迎えに行けないんだから」

「寮とは違って見知らぬ人も居るしな、そんな熟睡しないと思うよ。気をつける」

「ふふっ、なら良いけど。おやすみ!」

「おやすみ、ブルー」

 

 

 ブイブイとコイコイ、二体が入ったボールを枕元に置き、毛布に包まれる。最初こそ小さなハプニングがあったものの無事にニビまで来れた。初日としては十分すぎるほどでは無いだろうか。そういえば前世は寝る前に俺の俺を俺していたな、と思い出す。不思議と今世ではそんな気が起きない。前世よりもそれが商業化されていないからだろうな、と思う。俺は前世でもプラトニックな人生を送っていたが、今世ではよりそうなりそうだ。それは果たして俺にとって都合が良いのか。シン少年にとっては良い事だろうけどな──そうして俺は眠りに就いた。

 

 

 




 主人公二体目はコイルです。個人的にかなり好きな見た目です。
 「16歳で二人旅は……(危ないのでは?)」などのコメントを頂きましたが安心してください、シンは根っからの童貞です。

 今回は会話パートを多めにしてみました。
 前回後書きにて弱音を吐いたところ多くの方から高い評価をいただきました。メンヘラな書き手ですみません、本当にありがとうございました。お気に入りも1.500に近い数字いただいています、併せてお礼申し上げます。
 また、コメントをいただけるようになってきました、本当にとても嬉しいです、ありがとうございます。


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タケシが猛々しすぎてタケシのタケシがタケシなんだけど

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「いや……来んな、来んな! ブイブイ、リフレクター!」

 

 

 一つ分かった事がある。

 ここは……ニビジムは、ゲイの楽園(ハッテン場)だ。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ブルー。行こっか」

 

 朝食を食べ終えると、俺とブルーは早速ニビジムに向かった。観光やらはバトルが終わった後の方が良い。俺がブルーにそう言った。

 スクールに負けないくらい大きな建物。流石にこんだけポケモンバトルが盛んな地方だと規模が大きいな。他地方の建物を見た事ある訳じゃないが。

 

 

「最初は俺で良いんだよな?」

「ジャンケン……負けたから」

 

 ブルーが頬を膨らませながら答える。ブルーの拗ねた時の癖だが、俺はそれが可愛らしくて好きだった。年相応な言動をとられると妹のように思えてしまう。普段の彼女が口を開けば「嫁」「女房」うるさいことも関係している気がする。

 

 

「折角だしな、ジムも挑めるだけ挑んでみたいし。今回は俺から行くよ」

「はいはい、どーぞ。応援しててあげるわよ」

「どーも」

 

 

 中に入る。まず感じられたのは、やけに籠った空気だった。なんて表現するべきか分からないが、前世で言うサウナのような熱気である。思わずブルーの方を向きそうになるが、それはやめる。集中しろ、集中しろ。

 

 

「すみません、ジムにチャレンジしたいんですが……」

 

 受付のお兄さんに声を掛ける。タンクトップ、筋肉ゴリッゴリ。分かりやすくマッチョだ。え、ここってかくとうタイプのジムでしたっけ?──尋ねかけてやめた。集中しろ、集中しろ。

 

 

「おっ! キュートなボーイだね! ようこそニビジムへ!」

 

 

 両親が美形な為シン少年も幼い頃から整った顔立ちであるが、それを恨みたくなったのは初めてだ。前世では顔が良い人間の苦労など想像も出来なかったが、今出来た。つーか体験している。

 

 

「ここニビジムはリーダータケシさんを筆頭に『カタい』トレーナーの集団だ!」

 

 「かたい」の字が気になる所だが、集中しろ、集中だ。

 

「先ずは我々ジムトレーナーとバトルをしてもらった後に、タケシさんとのバトルに挑んでもらう!」

「はぁ……」

「準備は良いかな!?」

 

 

 説明は無駄が無く丁寧だが、一々ポーズを取るのは控えていただきたい。集中しろ、集ちゅ──

 

 

「因みに負けた場合だが、女の子は最初から挑んでもらう! 男の子の場合は、ニビジムで夜間に行われる研修に参加してもらうよ!」

 

 

 ──はぁああああぁああアァア!?!?!?!?

 

「えっ、と、ちょっとそこで差があるのは何故なんでしょうか……? 研修ってなんですかね…………」

「むっ、聞きたいかね?」

「い、いや結構です……。バトルお願いします」

「良いだろう! トレーナー、カモン!」

 

 

 ジムの奥から受付のマッチョとほぼ同じ服装、体型の男達が歩いてくる。心なしか息が荒いように感じられる。後方からブルーの「ぜっっっっったいに負けんじゃないわよシン!!!!!!」という悲痛にも感じられる声援が聞こえてくる。珍しく意見が一致したなブルー、絶対に負けたくねえよ。

 前世で守り抜いた貞操をこんなとこでぶっ壊されてたまるかよ!

 

 

 

 相手のトレーナーがイシツブテを繰り出してくる。

 さて、ポケモンジムに挑む際、受付で獲得バッジを提示する必要がある。挑戦者の力量によってトレーナー並びにジムリーダーは使用するポケモンを決定するからである。その力量を計る際に最も公平な判断基準と言えるのが、「その時点でのバッジ獲得数」である。連れているポケモンが例えかなり高いレベルだろうと、ルール上は関係無い。

 俺とブルーは当然バッジは0個である為、彼らも初心者用のモンスターを出してくれる。トレーナーズスクール卒業生の利点である。旅に出始めた当初からそこそこのレベルのポケモンと知識を有している為、序盤のジムではアドバンテージを握りやすい。

 このルールがあるから、俺らはハナダとトキワのジムを後回しにした。親友が居るジムとスクール時代の恩師が居るジムだからである。

 ──強い自分達で、強い彼らと。

 

 

 さて、俺もスクール卒業生の例に漏れずこのルールの恩恵を受ける事になった。トレーナー達は立ち回りこそバトル上級者のそれだが繰り出すモンスターのレベルは低く、他の挑戦者と比較すると楽に勝てた方だと思う。

 

 俺に負けたトレーナー達の視線が怖い。バトル後握手を求めてきたトレーナーが居たがてっきり勘違いしてしまった俺は、ブイブイにリフレクターを張ってもらった。自然と尻を守りながら対戦するのは初めての経験だった。

 

 

 

「強い! 強いな君は!」

「……タケシさん」

「そう、俺がジムリーダーのタケシだ! いわタイプのエキスパートとして名が売れているかもしれないな」

「バトル、お願いします」

「あぁ! 俺が勝ったら君をウチのジムの特別研修に招待しよう! 見込みある若者には参加してもらいたからね!」

 

 

 ぜってえ行かねえ!!! 覚悟を決め、このジム戦でずっと頑張ってもらっているエーフィを出す。

 

 

 

「頼むぞ、ブイブイ」

「行ってこい、イワーーーーーク!!!!!!」

 

 

 おいおい、初っ端から切り札か? 確か初心者用のパーティーはイシツブテとイワークだった筈だが……。

 

「君は見込みがあるからね! 少しレベルを上げたバトルにしよう!」

 

 

 ざっっっっけんな!!!!! 勝ちにくんな!!!! 負けても絶対に研修はイかないぞ! つーか負けないから!!

 

 

「っブイブイ! リフレクターを張ってくれ!! 気持ち厚めに!」

 

 ブイブイが俺の声に応じて念の防御壁を展開する。

 

「イワーク! か た く な れ !!」

「……サイコキネシスで良いよ」

「なに!? イワーーーーーク!!」

 

 

 焦ってしまったが、そうだ。そもそもブイブイのレベルは相当高いし、相手が出してくるのはとくぼうの低いモンスターが多い。エーフィの念波なら仕留められる。防御力を高めボディプレスでも指示するつもりだったのかもしれないが、その前に倒せば良い。

 

 

「やるな少年! 名前はなんと言うんだ!」

「あー……そうですね、グリーンと言います」

 

 

 咄嗟にスクール時代の友人の名前を出してしまった。絶対に本名を知られたくなかったからだ。

 

「そうか! グリーン少年よ! ……君にとってポケモンとはなんだ?」

 

 いきなりタケシさんが真剣な面持ちで言った。思わず声を出してしまいそうになるがしょうがない。もう嫌だよこのジム、ノリが分かんねぇよ!

 

「そうですね……。ペットでは無いし、なんだろうなぁ……」

 

 

 一応真面目に回答しようと考える。以前ブルーにペットと言ったら怒られた事を思い出す。スクールに通い、バトルやモンスターへの知識を深めるに連れその認識は変化していった。

 タイムアップなのか、タケシさんが腰に手をやった。彼がボールからポケモンを出す。何故か着ていたタンクトップが破けた。どういう原理? もしかしてこいつはエスパータイプなんじゃないか? エスパー・かくとうの複合だろ? なぁ? むしろそうと言ってくれ?

 

 

「出てこい! ゴローン! ……少年よ、それが直ぐに答えられないと君はどこかで躓く事になる! その傷はもしかしたら君を一生痛めつけるかもしれない! 剥がせない瘡蓋になるかもしれない! 俺たちジムリーダーは答えに違いはあれど、それを信念として持っている!」

「…………」

「俺の『カタくて ツヨい』パートナーの攻撃を受けてみろ! じしん!」

「っ! ブイブイ落ち着け! リフレクターがある!」

 

 

 「じしん」は高威力の技だ。性質上、飛行しているか浮遊していなければ躱す事も難しい。先程展開した防御壁を通じてその衝撃がエーフィに襲い掛かるが、ブイブイは倒れない。

 

 

「……じゃあその答えを、俺はブイブイと一緒に探しますよ。ブイブイ、サイコキネシス!」

 

 ゴローンは目を回して倒れた。大きな音がジムに響く。正直あまり難しいバトルでは無かったが変な恐怖が纏わり付いてくるようなバトルだったな。

 タケシさんがゆっくりと歩いてきた。かなり怖いが、バッジを受け取らなければいけない。彼は握手を求めてきた。

 

 

「ふむ、その旅もまた……良いだろう。見つかった答えをまた教えに来てくれ」

「……タイミングが合えば」

「これはグレーバッジだ! このタケシの壁を容易く越えた事を誇るが良い!」

「ありがとうございます」

「次はハナダに行くのか? 今期からジムリーダーになったカスミちゃんは強いぞ」

 

 えっ! カスミ、ジムトレーナーからジムリーダーに昇格してたのか!? なんで教えてくれなかったんだよ!

 

「……あーまぁ、考えてます」

「迷ったらここに来ると良い、歓迎するよ」

「……あーまぁ、考えときます」

「うむ! では次の挑戦者とのバトルがあるので、またな」

 

 

 

 怖かったぁ……。前世今世含めて初めて尻に危機感を覚えたよ。

 ブルーのバトルはあっという間だった。事前の宣言通り、ムーンフォースをひたすら打ち当てて勝利した。し続けた。トレーナー達も先程よりも落ち着いた様子でバトルをしていた。

 それにしてもブルーの目が怖い、雰囲気が普通じゃない。シン少年の貞操の危機にブチギレモードである。オコリザルよりも怖い、ヒヤリとする怖さである。

 

 

「き、君は強いな……」

 

 タケシさんもタジタジである。

 

「……早く。バッジ」

 

 ブルーは口数が少ない。関わりたくも無いようだ。

 タケシさんも恐怖を感じたのか、ブルーには俺にした質問はしなかった。いや、貫けや。……それとも、ブルーはその答えが分かっているのだろうか、見つけているのだろうか。

 

 

 

「さっ、シン帰ろ」

「あ、うん……」

「「あ、ありがとうございました……」」

 

 受付のマッチョ、そしてジムリーダータケシが見送ってくれた。彼らが震えているように見えたのは目の錯覚であって欲しいが、俺の左腕に絡みつくブルーの右腕が、その強さが、俺の目を覚まさせる。シンプルに痛い。

 

 

 こうして俺達は最初のジムをクリアしたのである。

 

 

 

 

 

 

 




 悪ノリ回です。苦手な方はすみませんでした。


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