初心者プロデューサーと初心者アイドル (初心者プロデューサー)
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初心者プロデューサー比企谷八幡

楓さんと一から頑張る小説がないから自分の妄想を文にしました()
主人公を八幡にしたのはああいう頭の中でめっちゃ話している一人称キャラはキャラが掴みやすくて書きやすいのと、純粋に好きだからです。オリ主にすればいい? 考えるのがめんどくさ…(殴

拙いところがあっても広い心で許してクレメンス


「本日より346プロダクションで働かせていただきます比企谷八幡です。よろしくお願いします」

 

 どうしようもなく苦手になってしまったこの業界に戻ってきてしまったのは、何も特別な事情があったわけではない。ただ食い扶持を繋ぐために、かつての経験が活かせる職に就いた……と言えば聞こえはいいだろう。

 付け加えるなら、かつての経験なんて言おうとも、大人が学生の頃習った数式を忘れるのと同じで俺の身になったものであったかと問われればきっと俺は否と答えるであろう。いや、当時を振り返ってみても俺にそんな能力があったとは到底思えない。

 つまるところ、俺は自分が取るに足らない凡人であることを知っていた。それなのに【特別な存在】を見つけ、磨き、支える仕事に戻ってきた理由を考えれば、やはり今日の飯のためとしか思わなかった。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

「比企谷さん、ですよね? 私、千川ちひろと言います! 新発足した346プロアイドル部門の数少ないメンバーとして、一緒に頑張りましょう!」

 

「あ、はい……」

 

 やる気満々ですと言わんばかりに拳を握り、ふんすと鼻から息を吐く様は普通に可愛らしいと言えるだろう。それに加えて新卒のみずみずしさと言うべきか、眼に映るものすべてに瞳を輝かせる子供みたいな純粋さが淀んだ俺の目には眩しすぎた。

 とりあえず自分に充てられたデスクに向かい、キャスター付きの椅子に座って一息吐く。……おいおいめっちゃフカフカじゃん。さすが大手企業。

 何はともあれ、アイドル部門はアイドルがいなければ始まらない。とは言っても実績ゼロのアイドル部門で倍率の厳しいアイドルをさぁやろう! となる人なんていないわけで……ぶっちゃけ暇だった。

 この部署の実質的なトップである常務からは「法に触れない範囲であれば何をしても構わないから結果を出せ」と、ありがたぁい言葉をいただいたので身体の震えが止まらない。これはあれだ、武者震いってやつだな多分。

 そもそも何でアイドルが一人もいないのにアイドル部門なんて立ち上げたのん? おかげでスカウトするという俺にとっての鬼門が来てしまったではないか。はえぇよ鬼門。

 俺のあからさまに鬱屈そうな顔を見て考えていることを察したのか、千川さんがやたら説明口調で教えてくれた。

 

「……どうも美城常務は比企谷さんにアイドル部門を一任するらしいですねー……。下手に下地を作ってやりにくくするより、イチからやらせようと思ってるらしいですよ」

 

「えぇ……?」

 

 美城常務からの信頼が厚すぎる……というわけではないのだろう。ネームバリューと言うべきか、やはりこの業界においてあいつの名前はデカすぎるのだ。……どう高く見積もっても、同年代と比べたらちょっと優れているくらいの俺に、大手会社の常務がそこまでの信頼を寄せるくらいには。

 

「とりあえず、346の他部門の方々のプロフィールを纏めておいたので、参考にどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 何この人、本当に新卒なの? 気が利きすぎている。俺なんて喉が渇いていることを察してお茶を注げとか怒られたことがあるくらいなのに。いや目の前に2Lペットボトルのお茶あったんだから自分でやれよ。まぁ冗談は抜きにしても、新卒でこんな大手に採用されるくらいなんだから有能なのも得心である。

 ペラペラペラッポ〜♪ と、どこぞのポケモンのような鳴き声を脳内再生しながら履歴書を捲る。ただしうたうを使うのは俺ではなく担当するアイドルである。ライブしたらみんな寝ちゃうのかよ、普通にメンタルやられるわ。

 しかし芸能界を志すだけあって履歴書の写真に写る顔はどれも整っている。なんかお見合い相手を選り取り見取りって感じで気分がいいぞ、フハハ。……我ながら気持ち悪。あれだろうか、やはり平塚先生(アラサー)になると結婚を意識しちゃうようになるのだろうか。あの人もうアラフォーだけど。

 

「んー……」

 

 ぶっちゃけ、こんな用紙一枚でアイドル適性があるかどうかなんてわからん。なんなら直接見ようとわからん。つまり履歴書は無意味。人事部もいらないネ! ……前の会社とか、人の社畜適性を見抜いてたのかしら……。

 俺の意思みたいにペラペラな紙を繰っていくと、一際目立つ容姿をした顔写真が目に入る。……すっげ、リアルオッドアイとか初めて見たぞ……。

 履歴書に使われる写真なら、流石にカラコンではないだろう。……ないよね? 芸能事務所ってわりかしそういうところ寛大そうだから、断言できないのが怖いんだけど……。因みに名前は高垣楓と、ド日本人ネームである。年齢は……二十歳か……微妙だぁ……。

 アイドルというのは若者がやるイメージがあるだろうが、そう間違ってはいない。早ければ早いほどいいのも事実である。二十歳でもやれなくはないだろうが、今から始めるとなると不安な年齢だ。現役JKアイドルとかいう売り出し方もあるくらいだからなぁ……。

 

「良さそうな子いました?」

 

 こいつ、いつの間に後ろに!? チッヒー=サン? 淑女がこんなに体を寄せていいのですか? あ、俺のパーソナルスペースが広すぎるだけか。

 

「ん、この高垣楓って人に声かけてみようとは思ってるくらいかな」

 

「へー、確かに美人さんですねぇ。ちなみに何でこの人なんですか?」

 

「見た目」

 

 ……すみません、言葉足らずだったのは認めますから、その若干冷たい目をやめてくださいませんか? 

 

「……見た目って言っても俺の好み云々じゃなくてインパクトの話な」

 

「インパクト……ですか?」

 

「そうだな……例えば大人の中に一人だけ子供がいたり、スーツ姿の人がたくさんいる部屋にジャージの人がいたらなんとなく印象に残るだろ?」

 

「そうですね」

 

 別に最初から名前や顔を覚えてもらう必要はない。ただそういうアイドルがいたなぁと漠然と意識に残ってもらえればいい。その最たる例として、何か人と違う部分がなくてはならない。声、ダンス、見た目、或いはオーラなんて曖昧なものでもいい。人の意識に残るくらい特異なモノがあるのならば。

 

「……で、俺はアイドルとかモデルについて詳しいわけじゃないが、それでもオッドアイがある程度珍しいくらいはわかる。しかもそれに違和感がない。立派な特徴じゃないか?」

 

「……まぁいないわけじゃないでしょうけど、確かにあまり見ないですね」

 

「ぶっちゃけ可愛いとか綺麗なだけならこの業界に結構いるしな」

 

 もちろんそれも要素の一つかもしれないが、周りも同じだと価値は薄れる。右に倣えではダメなのだ。自ら光り輝き、周りを照らす恒星のような唯一性。それがトップアイドルの条件なのだろう。

 ……俺が言うのもおかしな話だけどな。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

「いいですねー! もうちょっと笑ってみて下さい!」

 

 ……いいのに条件付け足すのか……。

 まぁそれがあの人の仕事なのだし当たり前なのだろう。美人と対面して色々な表情を引き出し、その一瞬をカメラに収めるとかスゲェな。俺絶対ムリだわ。

 346のモデル部門の撮影スタジオ。そこにスタッフの仕事の邪魔をしないのならという条件で俺は同席を許されていた。

 撮影されているのは件の高垣楓である。時ににこやかに笑い、時に指定されたポージングで写真を撮られる様子はサマになっていた。主観的かつ気持ち悪い意見を述べるのであれば、【高垣楓】という人物は写真よりも直接見た方が華がある。

 大の大人があんまり異性のモデルをジロジロ見つめるのもアレなので、目障りにならない位置でチラチラ見るのに留める。それでも充分気持ち悪い気がするのは勘違いじゃないだろう。

 これからスカウトする人に嫌悪感を与えるのは得策じゃないので、やっぱり見るの自体をやめてスタジオを出て自販機で飲み物を購入する。

 苦いのは苦しい。辛いのはツライ。しょっぱいのは塩辛いともいうから塩ツライ。酸っぱいのは……あれだ、酸はあんまいいイメージしないから、つまり甘いのが至高。つまりマックスコーヒーが最強の飲み物。残念ながら置いていないので仕方なしに微糖コーヒーを買った。

 この自販機マジ無能なんだけど。俺かな? あ、同族嫌悪でしたか……。

 くぴくぴと甘さが物足りない液体を口に運んでいると、疎らに人がスタジオから出て来た。どうやら休憩時間に入ったようだが、高垣楓は出てこない。アイドルの出待ちをするファンの気分だ。労働のために出待ちするなんてパパラッチくらいしかないだろうけど。

 

「あ……」

 

 ようやく姿を現した高垣楓と偶然にも目が合い、軽く会釈される。存在を認識されて会釈されるだけで喜びを感じちゃう! 悔しい! 

 微糖コーヒーを一気飲みしてゴミ箱にシュートし、彼女の後を追う。スタジオに同席というめんどくさい許可をもう一度とるなんて、めんどくさ過ぎて千川さんに丸投げしちゃう。もしそれをしたら容赦ない口撃で俺のHPが1になってしまう。特性ががんじょうじゃなかったら瀕死だった。

 

「あの、高垣楓さん。少しお時間よろしいでしょうか? あまり長くは取らせませんので……」

 

「はい?」

 

 とりあえず名刺交換は、飲み会におけるとりあえず生くらい汎用性が高い。俺の場合、さっさと名刺を渡して怪しいものじゃないと示さなきゃヤバいという割合が大きいのが悲しいところである。

 見ると、彼女はあまり名刺を受け取るという行為に慣れていないようだった。モデル業をしているとはいえ、まだ二十歳である。当然といえば当然だ。

 

「346プロダクションアイドル部門プロデューサー……比企谷八幡? 珍しい名前ですね。ウチにアイドル部門があったなんて初めて知りました」

 

「そこら辺含めてご説明させて頂きたいのですが……」

 

「大丈夫ですよ。私の撮影は終わりましたから」

 

 どうやら休憩ではなく、帰る支度をしていたために出てくるのが遅れたようだ。時間を気にしなくていいのはデカイ。乗るしかない、このビッグウェーブに! 

 話を聞いてもらえるところまではこぎ着けた。引き抜きなんてするのが初めてでどこで話すべきかよく分からなかったが、とりあえず落ち着けるところが良かろうと近場の喫茶店に入る。プロダクションにある方でも良かったが……モデル部門の方と会いかねないことを考慮すると、判断は間違っていなかっただろう。謂わば人材を引き抜こうとしているわけだし。

 ひとまず安心して、アイドルとしてプロデュースしたいのだという旨を伝えた。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 ……そして轟沈した。

 

「比企谷さん……」

 

「グッ……」

 

 数週間経っても誰一人としてスカウトを成功させられない無能(おれ)を呆れた目で見てくる千川(歳上だからと呼び捨て許可された)に返す言葉すらない。

 そもそも高垣さん以外には話を聞いてもらうことすら出来ずに、にべもなく断られた。考えてみれば当然である。芸能事務所なんてある程度やりたいことがあるから入るのに、わざわざ鞍替えをする人がそういるとも思えなかった。常務の目も段々鋭くなってきたので何とかしたいのだが……。

 

「……あのー、高垣楓さんは話を聞いてくれたんですよね? どんな風にスカウトしたんですか?」

 

「は? いや普通に名刺渡して話しただけだが……」

 

 千川と喋りながら、あの喫茶店でのやり取りの一部を思い出す。

 

 ———————————————————————————————

 

『————で、美城常務の案で新設されたアイドル部門の栄えある第一号に高垣さんになって頂きたくてですね……』

 

『なるほど……。大まかには分かりました。ですが、あの……なんで私なのでしょうか? そんな大役、それこそ別の方がいらっしゃるのでは?』

 

『そうですね、強いて言えば……高垣さんの見た目が珍しいからですかね?』

 

『は、はぁ……?』

 

 ———————————————————————————————

 

「……比企谷さん、それじゃあ誰もアイドルになってくれませんよ」

 

「お、おう?」

 

 事のあらましを聞いた千川が冷たい眼差しで射抜いてくる。ちょ、普通に怖いんですけど。

 

「逆に聞きますけど、比企谷さんがよく知らない人からいきなり『君の目は実に特徴的だね! アイドルやってみないかい!?』って誘われてやりますか?」

 

「そもそも俺が見ず知らずの人に話しかけられることがないな」

 

「そういうの今いらないです」

 

 いや事実を述べただけなんだけど……。関わり始めて数週間の同僚の態度が早くも絶対零度である。

 

「……比企谷さんのことですから、断られてからもう一回スカウトに行ってないんでしょう?」

 

「……いや、断った人に執着しても仕方なくないか?」

 

 アイドルに限らず、芸能界なんて先の見えない暗闇で舗装されてない道を走るようなものだ。文字通り人生が懸かっているのだから、才能がありそうだからとやる気がない人を無理やり引きずりこむのは違うだろう。

 

「話を聞いてくれたってことは多少の興味はあるんですよ。高垣さんに足りないのはきっと……新しい世界に飛び込む勇気だけです」

 

「勇気ねぇ……」

 

 確かに千川の言うことは筋が通っている。高垣さんがアイドルに全く興味がないなら、俺がスカウトしようとした他の人みたいに話すら聞かないだろう。やってみたい気持ちはあれど、今から新しいことを始める怖さ。それは誰もが理解出来る感情だ。

 だが、どうすればそれを拭えるのかなど俺は知らない。一歩踏み出す勇気なんてモノは、俺も持ち合わせていないのだから。

 

「…………」

 

「と・に・か・く! 今のところ脈がありそうなのは高垣さんだけなんですから、頑張って下さいね! 比企谷プロデューサー!」

 

 プロデューサー。

 分かってはいたつもりだったが、俺はその名前の意味をちっとも理解していなかったらしい。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 とりあえず状況を整理しよう。

 ひとまずの目標はアイドル部門の土台を作ることであり、その為にはまずアイドルが居なければお話にならない。もちろんアイドル達はスカウトなりをして増やすしかないのだが……新設の事務所に自分の人生を懸けた活動をしたい酔狂な人物などいない。

 候補としては千川曰く、高垣楓さんだけ若干の脈アリとのことだが最後の一押しが足りないらしい。

 一歩を踏み出す勇気。

 高垣さんにアイドル活動をするのに障害となる明確な理由があるならば、それを取り除く手段を考えればいいのかもしれないが、生憎と漠然とした恐怖を取り除く手段を俺は知らない。

 高垣さんがアイドル活動に前向きになれる何か、か。……わからんな。

 久しく見ることのなかった紫煙が空気に溶けて消えていく。少しは頭がクリアになるかと思っていたが、効果は薄いようだ。

 

「悩んでいるな、若者」

 

「……俺、常務とそんな歳変わらないと思うんですが」

 

 喫煙室に入ってきた常務はタバコを取り出すことなく、遠慮ない素振りで隣に腰掛ける。なんというか、相変わらずワイルドな人だ。

 目上の人がいるのを気にせずにふてぶてしく一服できるほど俺の神経は太くないので、仕方なしにタバコを灰皿に押し付けて火を揉み消す。ちくしょう、吸い始めたばっかだったのに。

 

「めぼしい人材はいたかね?」

 

「……一人いますけど、アイドルをやってくれるかどうかは……」

 

「ふむ、見込みがありそうなら無理にでもスカウトしたまえ。前にも言ったが、法律に接触しないならば手段は問わない」

 

 ……スカウトってそんな過激なものでしたっけ? 

 それきり、しばらく無言の空間が続いた。間を保たせるため、というわけではないが、美城常務と一対一で話す機会はあまりない。ちょうどいいチャンスだと、前々から気になっていたことをぶつける。

 

「……あの、聞きたいことがあるんですけど」

 

「許可しよう」

 

 この数週間で美城常務の優先する物は理解した。社会人として当然のことだが、この人は結果を求める。そんな人にとって今この状況は好ましくないはずだ。なればこそ、解せない点がある。

 

「何故、俺がプロデューサーを任されたのでしょうか?」

 

 当たり前だが、アイドルがいればそれでいいという訳ではない。仕事が来なければ意味がないし、スケジュールを被せたりするわけにも行かない。アイドルだけでは手が回りきらないところを捌くサポーターがプロデューサーである……というのは俺の勝手な認識だが、そう遠くないはずだ。

 そんな大事なことを入社したての初心者にやらせる意味がわからない。心当たりがない訳ではないが、あまりに分が悪いアテだ。

 

「……半分は君が考えている通り。入社出来たのも君を噂でしか知らない人事に私がゴーサインを出したからだ」

 

 まるで先ほどの俺を真似たかのように細く息を吐き、美城常務は告げた。

 

「もう半分は……そうだな、強いて言うならば、投資したとでもしておくか」

 

「投資?」

 

 自分でも突拍子なく言ったと思っているのか、それとも見た目ほど厳格ではないのか、阿呆みたいに聞き返した俺を咎めることなくまた口を開く。

 

「現時点で言えば君は未熟だ。アイドルの一人も捕まえられず、給料泥棒にも等しい……が、将来はわからん。もしかしたら君が急成長して、次々と人気アイドルを輩出する敏腕プロデューサーになるかもしれん」

 

「いやそんなことは……」

 

「わからない、だろう? だがな比企谷、アイドルも同じだ。この業界、誰が売れて誰が消えていくかなんてわかる奴は誰もいない。足元すら分からず、ゴールのないマラソンをひたすら走り続けるようなものさ。ある意味でプロデュース業もアイドルの未来に時間を投資する仕事とも言える」

 

 言われてみればそうだ。売れるかも分からない不安、売れても次は売れなくなるかもしれないという恐怖。アイドルという光には常にそんな影が付いて回る。枕営業なんて言葉も、何もないところから生まれた言葉ではないだろう。

 そんな真っ暗な道を、二人三脚で歩いていくパートナーが一度断られたくらいで諦めるようなくらいの熱意しかない人だったらアイドルをやりたいなんて思う人はいないだろう。

 

「……少なくとも私は、誰もが匙を投げたあのワガママ女王の相手を数年も務めたことと、劣悪な会社で十年近くも働き続けた君の根性を買っている。……仮に失敗してもダメージが少ないように君と千川しかスタッフはいないのだからな、存分にやれ。何、失敗したらお前のデスクが窓際に移動するだけさ」

 

 ……前半の言葉に対する俺の感動を返して! 

 やはり美城常務は経営者である。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 あれから数日後。

 アイドル部門スタッフの二分の一である千川は暇そうにデスクに肘をついていた。そもそもアイドルがいないのだから事務仕事が生まれるわけもないので当然なのだが、一応勤務中だぞお前……。

 

「……んじゃ、俺高垣さんのとこに出てくるから」

 

「え、えぇっ!? あの一回断られただけでさっさと諦めてた比企谷さんがもう一度高垣さんのとこに!?」

 

 年上に対してだいぶ失礼な発言だが、言い返せないのが辛い。

 プロデューサーをやっていくには俺という人間をある程度信用してもらえないと始まらない。それを勝ち取るには、常務のような仕事への熱意や、千川のような意欲を示す必要がある……が、俺にはそんなものは持ち合わせがない。

 仕事に完璧なんて求めてないし、ほどほどに今日の食い扶持が見つかればいい。そんないい加減な気持ちしかない。

 ならば俺は俺のやり方でやろう。

 

 事前に取っておいたアポを使い、前回と同じように高垣さんと話を始める。違うのは高垣さんの表情が気まずげなことくらいだろうか。

 

「あの……アイドルの件についてはお断りさせていただいたはずですが……」

 

「申し訳ないですが、今回もその件についてです」

 

 仮に千川が言う通り高垣さんがアイドルに興味があると仮定し、その上で踏ん切りがつかないのであればそれを取り除く。そんなこと一つ出来ないやつにどうして自分の未来を任せられるだろうか。少なくとも俺は任せられない。

 アイドルが特別好きで入った世界ではないし、仕事に人一倍熱意を持てる気もしない……が、こちらのそんな事情などアイドルには関係ない。嘘で固めた自分を信じてもらうなんて出来るほど器用な人間でもない。

 

「えっ……! ちょ、ちょっと……」

 

 膝をつき、両手をしっかりと地に張り付かせて頭を下げる。いい歳をした男が若い女性に土下座をする様子は周りからどんなふうに見えているだろうか。幸い、人が少ない時間帯で他の客との距離も離れているが、高垣さんが感じるのは戸惑いと羞恥であろう。だが、いくら考えてもこれ以外に自分の誠意を示す方法が思いつかなかった。

 

「……正直、いくら考えても高垣さんが俺にプロデュースさせてくれるようになる方法は思いつかなかったです。そもそも同僚に言われなければこうしてもう一度コンタクトを取る気もありませんでした。恥ずかしながら、一度断られた人に同じことを頼むという発想がなくて……」

 

 話してるうちに自分でも何が言いたいかわからなくなってくる。高垣さんをプロデュースさせてもらえるように説得するために心情を正直に話すつもりではあった……が、明らかに余計な言葉を付け足している気がする。

 それでも口は止まらなかった。

 

「……上司にも遠回しに言われました。『熱意なきプロデューサーに己の人生を懸けるアイドルはいない』と。全く以ってその通りです。そして、熱意とは自分で出すしかないのだとも気づかされました」

 

「……もう一度来たということは、比企谷さんの熱意は見つかったんですか?」

 

「……はい」

 

 他の人のように素晴らしい目標を持ったものではないけれど、自分の原動力となり得るモノを今は持っている。いや、忘れられなかったと言った方が正しいか。

 俺の返答を聞いて高垣さんはふわりと笑う。その笑みはモデルの仕事をしている時のような楽しげなものではなく、些細なことで消えてしまいそうな儚げな雰囲気を漂わせていた。

 

「……すごいですね。私にはまだ見つかりそうもないです」

 

「でも迷っている」

 

 間髪入れない鋭い声音の返しにびくりと肩を震わせる。普段の俺であればここまで踏み込んたことは絶対にしないだろう。だが、数日間かけて出した答えが俺の理由の全てであり、もう切れる札は一枚たりともない。ここでの結論が高垣楓をプロデュース出来るか否かを決めるのだ。

 

「興味がないなら、そもそもアポイントを許可しなければよかった。たった二回しか会ったことのない男の独白なんて聞く必要すらなかったはずです。多少なりともアイドルというものに興味があって、自分の担当者になる人物を知りたかった……違いますか?」

 

 これは問い掛けのようで問い掛けじゃない。この状況自体が既に解になっている。少々追い詰めるような口調になってしまったからか、高垣さんはその整った顔を俯かせた。

 

「比企谷さんってイジワルです。見透かしてるのに認めさせようとするんですもん」

 

「えっ、いや、あの……すみません?」

 

 おかしい。なぜ俺が謝る状況になっているのだろうか。

 あざとく頬を膨らませてそっぽを向いた高垣さんはとても二十歳には見えない。背の高い子供という表現が一番適切だろう。二十歳児という単語が頭に浮かぶ。

 

「……不安なんです。アイドルに興味はありますけど、今から始めるには遅い年齢ですし、レッスンとかについていけるかわからないですし、私をプロデュースしたい理由は見た目が珍しいかららしいですし……」

 

「そ、その節は本当に申し訳ありませんでした……」

 

 ぷるぷると体を震わせて笑いを堪えているあたりからかわれているのだろうが、理由についてはぐうの音も出ない。いや、ほんとすんません……。

 

「……ねぇ、比企谷さん……いえ、あえてこう言わせてください。プロデューサー、私……アイドルとしてやっていけるでしょうか?」

 

「……正直わかりません。それはこれからの私と高垣さんの頑張り次第でしょうし、運もあるでしょう。ただ……」

 

「ただ?」

 

「高垣さんのお仕事をしている姿を見させていただいた時に思ったのですが、スタッフの方々が楽しそうにしていたのが印象的でした。それは紛れもなく高垣さんが人を惹きつける魅力があるからこそだと思います」

 

 仕事を楽しめる職場がはたしてこの世の中にいくつあるだろうか。周りにいる人を笑顔にし、皆が笑顔だからこそ自然な笑みが自分にも浮かぶ。だからモデル高垣楓は映えるのだろう。周りを笑顔にする。これは紛れもないアイドルの才能の一つのはずだ。

 

「本当にそう思いますか?」

 

「はい」

 

「ホントの本当に?」

 

「はい」

 

「ホントのホントの本当に?」

 

「ホントのホントの本当にです」

 

 そしてまた沈黙の空間が出来上がる。気づけば紅葉のように紅い夕日は何処かへ行き、夜の帳が下りようとしていた。

 

「……比企谷さん、私、アイドルやります」

 

「えっ?」

 

 長い沈黙を破ったのは、唐突な心変わりを表す言葉だった。もちろん346(こちら)としては願ったり叶ったりなのだが、先までの態度を鑑みるに自由意志ではなく無理強いをしているのではないか。そんな疑問が頭をよぎる。

 

「……正直、今でも自信はありません。不安もありますけど、一人でもこんな私でもアイドルが出来るって思ってくれてるなら、私も自分の可能性を信じてみようかなって思ったんです」

 

 元から興味はありましたから、と今度は憂いの表情なく優しく微笑んでいた。

 高垣さんは……いや、高垣楓は俺なんかよりもよっぽど強い女性だった。他人の期待に応えるために自分を信じ、己の人生を大きく変える決断を下したのだ。最初から俺が背中を押そうとする必要性なんてなかった。

 ……いや、他人事のように言っちゃいかんな。高垣さんがアイドルになる決意をした……それはつまり、俺が正しくプロデューサーになったという意味でもある。

 

「よろしくお願いしますね、比企谷プロデューサー(……………………)

 

 その名称で呼ばれるのはまだむず痒い。それでも、いつかはその呼び名にも慣れ、名実ともにふさわしい存在になれれば、あの時のようにならずに済むのだろう。

 めんどくさくて偏屈な俺と、勇気が出なくて臆病な高垣楓は、二の足を踏みまくっていた場所からようやくアイドルとプロデューサーへの道へと一歩を踏み出せたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では親睦を深めに飲みにいきましょう! 飲みにケーションです!」

 

「えー……」

 

 この後千川も呼んでめちゃくちゃ飲んだ。




〜居酒屋に向かう途中の会話〜

「私の魅力に惹きつけられたからスカウトしたんですよね? 比企谷さんだけに」

「今のセリフでかなり引きました……比企谷だけに」

「轢きますよ?」

「普通に怖い……」


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