とあるモブ死神だった奴の話 (ピューレッド)
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プロローグ

 東流魂街七十六地区 逆骨。

 あまり治安のいい所ではなく古びた家が立ち並び貧しい人々が暮らす所だが俺が育ってきた土地だ。

少しは愛着が湧くのは当然であろう。

俺にとっては貴族のボンボンが集まる学校よりかは居心地が良い。

 ミミハギ様とかいう訳わかんない神様がまつられたりしているがそんなこと俺は一寸も信じてはいない。

昔に病が和らいだなんて話があったらしいが、本当かどうかは定かではない。

神に祈る暇があったら鍛練でもしてた方がよっぽど気休めになる。

 今にも雨が降りそうで時より雷が一瞬閃めいては数秒遅れでゴロゴロと地響きのごとく音を鳴らす今日、死神として、護廷十三隊の一員としてこのさびれた土地から旅立つ。

 真央霊術院を卒業し、正式に与えられたまだまだ綺麗な斬魄刀を左腰に居心地悪そうに携え、目の前の小さく可愛らしい老婆の頭より深く頭を下げる。

「ばあちゃん。今日までお世話になりました」

 ばあちゃんは親のような存在で俺の死神としての才を見抜き真央霊術院へ行くことを薦めてくれた。

 別に俺は死神になりたかった訳ではなかったが、死神になってばあちゃんの暮らしを楽にしてやりたかった。

 だから入学試験を受けそれに見事合格したが、戦うことは怖いし死ぬのも怖い。

 所謂臆病者である俺は、命の危機なく金が欲しかったのだ。なので四番隊に入隊を志願した。

 なぜなら、四番隊は護廷十三隊唯一の救護を主とする所だからだ。

 これを知った時はここしかないと思いひたすら鬼道に打ちこみ、そのおかげで鬼道の成績は一番だった。

 また、念のため虚などの危険から逃げるために歩法に磨きをかけ学校では一番瞬歩が早かった。

 更に、四番隊以外から目を付けられても困るため斬術と白打はわざと手を抜き悪目立ちしないようにした。

 そう偉そうに手を抜いたと言っても元々成績が良い訳ではなかった。

 なので上の2つに関しては落第すれすれを攻めていた。

 ここまでする必要ないと思うが、念には念をである。

 おかげで十一番隊志望の奴らからは完全に腑抜け扱いである。まあ、あながち間違いではないけど……

 全ては四番隊に入るため。危険なく安全に金を稼ぐため。ばあちゃんに楽させるため。

 その甲斐あってか見事四番隊に入隊を果たすことができた。

「茜二、こんなに立派になって。気をつけて行ってくるんだよ。なにかあったらいつでも帰ってきなさいね」

 俺の親代わりとして育ててくれたばあちゃんのためになんとしてでも恩返しがしたい。

「うん。さっさと席官に昇格してお金いっぱい稼いで必ず戻ってくるよ。」

 そうして俺は瀞霊廷へと歩みを進める。

「あんな小かったのに本当に立派になって。」

 老婆は新品の死覇装に包まれた大きくなった背中を見て消えるような息でつぶやく。

 老婆の心の中に嬉しいような寂しいような、はたまたほっとしたような複雑な感情が蠢く。

 そういえば茜二と初めて出会った時もこんな雷が鳴った日だった。

老婆は今の空模様を見て不意にそんなことを思いだし懐かしむ。

「貴女との約束は確かに守りましたよ。後はあの子次第、見守ってあげて下さいね。」

 老婆は誰もいない虚空へとつぶやく。

 まだ頼りなく緊張して強張った、しかしやる気に満ちた後ろ姿を見えなくなるまで眺めていた。

 

 

 

 

--------ー--------ー--------

 

 

 今俺は貴族街のある屋敷の前にいる。何回来てもやはり落ち着かない。流魂街の七十六地区と比べれば天と地ほどの差だ。当たり前のことだろう。こんな居心地の悪い場所にいるのはちゃんと理由がある。門の前で待つこと30分やっと戸が空いた。間新しい黒い着物の間からたわわな胸を覗かせる。スタイルが無駄に良く品のある香りが辺りにふわっと立ち込める。その人物は俺を見つけなんとも偉そうな口調で言う。

 「おはよう茜二。昨日は良く眠れたかしら?」

 「はぁー、遅いよ純連、30分も遅れてる。」

 共に四番隊に入隊する真央霊術院の同級生、坂上純連に文句を言う。

 「うるさいわね。女の子は準備に時間がかかるのよ?そんなちっさいこと言ってたら彼女なんて一生できないわよ。」

 「やかましいわ。ほっとけ!」

 純連は真央霊術院を主席で卒業した秀才である。特に剣術は天才的であり、当たり前の如く飛び級してきた。俺より2歳下であるが年上にも物怖じせず接するところに毎回関心する。色々な隊から引く手数多で、あのエリート集団の一番隊からも推薦が来ていたほど。何故四番隊なのかは謎だが彼女にも事情があってのことだろうと気を利かせ詮索はよしている。

 「早く行きましょ?初日から遅刻なんて私嫌よ?」

 「いや、もう、色々ツッコミどころあるけど時間ヤバいし行こうか・・・」

早々にツッコミを放棄した俺は隣の上級貴族のお嬢様と急ぎ足で四番隊舎へ向かう。純連といると退屈しないのでこんな何気ないやりとりも好きだったりする。

 「アンタなににやけてんのよ、気持ち悪いわね。私のつてで良い医者紹介するわよ。あたまの。」

 「はいはいお気遣いどーも。」

 「なによ、もう少しのってくれたっていいじゃない」

 横でプンスカ怒る純連は頬を膨らませる。あざとい。しかし可愛い。無駄にスペックが高いのがムカつくが文句を付けられないのも事実。もっとブサイクだったら絡みやすいのに突き抜けて美人なもんだから友達が少ないらしい。世の中の美人やイケメンも思いの外大変なのかもしれない、と俺の右側で優雅に走っている頬を膨らませても尚美しい横顔に哀れみな感情を向け前に向き直る。

 「今失礼な事考えたわね?」

 「いえいえとんでもございません。さっ、純連お嬢様、先を急ぎますよ。」

 「まあいいわ。今回は流してあげる。」

 ジト目で見られながら俺はスピードを上げて先を急いだ。

 

 しばらくして四番隊舎が見えてきた。四番隊は仕事柄、一番給料が低いらしいが想像よりも立派な建物が建っている。

 「ふ〜ん。思ったよりまともね。小さくて古臭かったらどうしようかと不安だったけれど、まあ許容範囲ね。」

 「そうでございますか.・・・」

俺は予想通りの言葉を聞いても尚こいつの地位の高さに呆れた。

 「なによその目は。なんか文句でもある訳?」

 「なんでもないよ。」

俺は少々呆れ気味に言う。もう大抵のことは慣れている。いちいちこんなんで驚いてられない。そんなやりとりをする間に四番隊舎に到着した。やっと実感が湧いてきて少しドキドキする。しかし、純連は澄ました顔で門の前に立っている隊士へ向かって淡々としかし上品に話しかける。

 「おはようございます。本日より四番隊へ配属となりました、坂上純連です。」

 「おはようございます。同じく本日よりこちらへ配属となります東雲茜二です。」

 俺も純連に続き慌てて挨拶する。門の前にいた隊士はさっきまで強張っていた顔を綻ばせる。

 「ようこそ、四番隊へ。君が坂上君か。話には聞いているよ。これから入隊式があるから第三隊舎へ移動してもらう。ついてきてくれ。」

 さらっと俺はスルーされたのに少し傷つきつつも先輩隊士について行く。いくつかの建物を過ぎ、これまでで見た一番小さな建物へと入ってゆく。小さいと言っても中は十分な広さがあり中にはもう既に何人かの新入隊士が集まっていた。

 「君達で最後だ。もう少しで始まるはずから少し待機していてくれ。」

 そう言って先輩隊士は第三隊舎を後にする。そして俺たちが建物の中心へと

歩を進めると純連に気がついたのか新入隊士がざわつきだす。

 「なんで剣姫様がこんなところにいるんだよ」

 「一番隊じゃなかったのか?」

 「キャー!剣姫様!今日も麗しいわ!」

 「はぁはぁ、すみれたんに踏まれたいぉ。はぁはぁ」

 チョロっとヤバそうな声が聞こえてきたりするが、ほとんど皆驚きの声をあげていて、意外にも女性人気もあり甲高いキャーキャーとした声を発している女性隊士も多い。

 

 その後、入隊式は何事もなく進み今日は解散となって俺は純連と帰路についている。これから数ヶ月間研修期間に入るが先は不安だらけである。

 「じゃ、俺の宿舎はあっちだから」

 「あら、すっかり忘れていたわ。普通は宿舎で生活するのよね。また明日ね。」

 純連は貴族のため自宅から通うことが許されているのでそのまま家に帰るのだ。何かあるたびにつくづく家の格の違いを見せつけられる。

 「そうだよ。じゃあな。」

 そう短く言葉を告げ俺は宿舎へ向かい歩き出す。

 「私がいなくても寂しくて泣いちゃダメよー」

 「うっせぇー!早く帰れバカ純連!」

 振り返ると純連が俺をバカにしたような顔でニシシとにやけていたので、ムカついて足を早める。空を見上げると朝の曇天がすっかりと晴れ渡りなんだかいい気持ちになった。




主人公の名前は読みにくいと思いますが(しののめ せんじ)です。


初めての二次創作なのであんまり期待しないでみてくださいね
一応完結まで大まかなストーリーは完成させているのでぼちぼち投稿していきやす。

感想まってます。


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四番隊の日常

 新入隊士の朝は早い。入隊から早一ヶ月が経ち随分と慣れてきたけれど、どうしても朝の早起きは辛い。布団から出るとピリッとした寒さが皮膚を刺すように刺激し、また布団に戻りたくなるのを抑えて外の空気を吸いにいく。

 

 まだ外は暗く空は橙と青が美しく入り乱れている。俺はこの早朝の空を眺める時間が大好きで、これで今日も1日頑張ろうと元気を貰える気がするのだ。

 

 顔を洗い寝癖を直し慣れた手つきで死覇装へと着替える。いつも通りのルーティーンをこなし、まだ寝ている先輩隊士を起こさぬよう静かに部屋を出る。

 

 まだ人がおらずシンと静まり帰った四番隊舎に到着し第三隊舎に向かう。中へ入ると今日は珍しく先客が見える。

 

「おはよう純連。今日は早いね」

 

「もう、遅いわよ。どんだけ私を待たせる気? 私は待つのが嫌いなの。私よりも早く来なさいよ」

 

 純連はいつも通りのわがままを発揮するがまだ頭が冴えてないのだろう、眠そうに垂れている目はいつものキリッと目力のある目とは違い、穏やかな雰囲気を漂わせている。

 

「まだ約束の時間の十分前じゃないか。時間を守ってるんだからいいだろう?」

 

「なに寝ぼけたこと言ってんのよ。女の子を待たせたらなにがどうであろうと遅刻なの。覚えときなさい」

 

「えぇ……」 

 

 俺はその横暴な論理に絶句しながらも斬術訓練の準備を進める。

 入隊式で使用した第三隊舎は、本来四番隊唯一の斬術訓練場であると同時に、緊急時の仮設病棟として機能する所だ。そして俺は毎朝純連の斬術訓練に付き合わされ朝が異常に早いのである。

 

「さっさと準備なさい。時間は有限なのよ」

 

 こんな偉そうなこと言っているがいつも待っているのはこちらの方であり、少々イラッとするがそこは長い付き合いだ。しょうがないなと水に流す。

 

「お待たせ。じゃあやろうか」

 

 そう言って木刀を握りしめ純連に向き直る。その瞬間、純連はキリッとしたいつもの目に戻り凄まじい威圧感を感じる。やはり何回受けてもゾワゾワと鳥肌が立って体が固まってしまう。

 

 更に、新入隊士としては異常なまでの霊圧が肩にのしかかり上手く呼吸ができない。

 

「今日もお互い手抜きはなしよ。幾らけがをしようと私の回道で治してあげるから安心なさい」

 

「ハハハッ……。お手柔らか頼むよ、マジで」

 

 俺は冷や汗を垂らしながら乾いた声で言う。今日はどこが折れるかな? 

 そんなことを考えるくらいには末期である。

 

「それじゃあ行くわよ。はっっ!」

 

 短く気迫の入った声で切り込んでくる純連。かろうじて受け止めて右に流すも、すぐさま体制を立て直し間髪入れずに剣が向かってくる。まだビリビリと痺れているが再び木刀を握り直し、第二撃に備え構え直す。が、一瞬にして目の前から姿を消した純連を見失う。

 

「甘いわよ。茜二」

 

「しまっ……」

 

 その声が後ろから聞こえた刹那、俺は横に吹っ飛ばされる。床に転がった俺は脇腹を抑え、純連を見据えながら肋をさすり悪態をつく。

 

「まずは二本ひびか。容赦ねぇな全く」

 

 流石は剣の天才である。ここ一ヶ月、いつも違った型を見せ一度として同じパターンがない。それ故に対応が難しくいつも完全に防げたことがなく吹っ飛ばされる。

 

 瞬歩が学校で一番速いと言ったが、それは実戦においての話ではなくただ逃げるだけの瞬歩が速いのであって、実戦では彼女の方が上である。

 

 気合を入れて直して、俺は逃げる為に身につけた瞬歩で純連に突進する。

 だが純連は、易々と俺を見切り腹に横一閃を叩き込む。立て直す余地なく壁に激突した俺は上手く呼吸できなくなってしまう。

 

「確かにあんたは尋常じゃないくらい速いのだけれど、ただそれだけだわ。何の脅威も感じないわね」

 

 退屈そうに言いながも、気を緩めることがなく優雅に構えて続ける。俺は自分を覚えたての回道で治しながら再び立ち上がる。

 

 そして俺は試行錯誤しながらも、今日も今日とて純連の木刀で殴られ続ける。

 

 

 

 たっぷり2時間の訓練の後、俺は床に大の字に寝転がり純連の治療を受けていた。今日は純連から一本も取れずに終わってしまい、凄く情けなく悔しかった。強がって表には出さないようにしているものの、やはり年下で、しかも女性に負けるというのは流石に凹む。これがもう一ヶ月も続いているので大したものだと心の中で自画自賛する。

 

「今日は7本折れて3箇所ひび、新記録達成よ。やったわね茜二」

 

「全く嬉しくないんですが……」

 

 そんな軽口を話してる間にもみるみる痛みが引き傷が治っていく。斬術以外でもバランスよく、全てが優れている純連は回道もできるらしい。まだ一ヶ月しか経っていないが十席の座についており、やはり席官の座は伊達ではないと再認識する。

 

 こんなに強ければもしかしてもう始解とかしてるのだろうか。ふと疑問に思い好奇心を抑えられずに率直に聞いてみる。

 

「もしかしてお前ってもう始解とかしちゃってる感じ?」

 

「当たり前じゃない。上級貴族である私は幼い頃から斬魄刀を与えられ鍛錬しているのよ? そんぐらいできなきゃとっくに破門されてるわよ」

 

 その答えを聞き、大方予想通りであったものの何とも言い表せない感情が湧き上がる。

 

「そう、だよな。その腕で始解しない方がおかしいか」

 

「そうよ。見直した? 師匠って呼んでもいいのよ」

 

「あんま調子のんな」

 

 そう言いつつ治療が完了した俺は、純連の悪目立ち必須の白の頭をワシワシと撫でる。純連は真白で絹のごとく柔らかそうな頬を若干朱に染め上げこちらを睨む。子供扱いするといじける所も可愛い。

 

「いじけるのは早々切り上げて頂いて、早く行きましょうお嬢様? 朝礼に遅刻してしまいますよ」

 

 そう言って足早に逃げるように出口へ向かう。

 

「もう! 子供扱いしないでよね! その偶に丁寧な口調になるのほんとムカつくわ。明日の朝は覚悟なさい! もう新記録達成は確定なんだから!」

 

 そう言いながらドタバタと後ろに付いてくる。ついさっきの言動に早速後悔の念が押し寄せるも、一矢報いれたと思い今日の所は良しとする踏ん切りがついた。

 

「今日もお昼一緒に食べるわよ。いつもの所に来なさい」

 

 機嫌がすっかり直ったようで明日の朝の安寧にホッとする。純連は偶に抜けている所があり意外と制御しやすい。皆難しい奴だと勝手に思いがちだが、実は意外とポンコツだったりする。扱いは大して難しくはないと思う。そんなことを考えていると、ギロっと視線を向けられる。自分でも分かるくらいに顔が引きつる。

 

「また変なことを考えてたわね……変態」

 

「いや変態は違うだろ!?」

 

 訂正。扱い難易度MAXです。彼女は心が読めるので注意が必要。

 

 因みに次の日の朝はちゃんと新記録達成しました。

 

 

 ────────────────────────

 

「おはようございます西陣さん」

 

 俺は配属先の第八下級救護班班長の西陣折長さんに挨拶をする。西陣さんは身長190センチと巨大であり漢らしい言動でありながら、繊細な治療を施す頼りになる先輩である。

 

「おう茜二。今日も剣姫と早朝鍛錬とは精が出るな」

 

「いえ、ただボコボコにされてきただけですよ」

 

 俺は苦笑い気味の笑顔で自虐する。

 

「死神は体が第一。あんまり無理すると体調壊すから程々にしけ」

 

「ご心配していただきありがとうございます。でも大丈夫ですから」

 

 西陣さんはいつも優しく接してくれて人望も厚い。この人の部下になれたのは運がいいと言えるのではないか。

 

 そんな感じで世間話をしている間にも班員が全員揃う。朝礼が終わり仕事に取り掛かる。仕事といっても新人のため掃除や補助などの雑用ばかりで四番隊の為他の隊よりも余計に雑務が多い。面倒だと思いつつも十一番隊みたいに剣を振り回すよりマシだと思い我慢する。

 

「茜二。それ終わったら少し回道教えてやるからこっち来い!」

 

 淡々と掃除をしていると西陣さんから声が掛かる。

 

「ありがとうございます! 後で伺わせて頂きます!」

 

 そう言って深々と頭を下げる。自分から言わずとも回道を教えてくれる、こんなお人好しの人が他にいるだろうか? やっぱり恵まれているなとつくづく思う。これでもう少し給料が良ければと考えるがそれは傲慢が過ぎるだろう。

 

 俺はさっさと掃除を程々にし、西陣さんの所へ急いだ。

 

 

 

 ────────────────────────

 

 西陣さんとの鍛錬も終わり、時刻はもう昼休みに入ろうかという所である。

 

「もう昼時か、昼飯一緒に食わんか? 俺が奢るからよ」

 

「いえ、申し訳ありませんが先約がありまして……」

 

「なんだまた坂上と一緒か、ほんと釣れない奴だな。じゃあ仕事終わってから飲み行くぞ!」

 

「えぇ、昨日も散々飲んだじゃないですか」

 

「良いじゃねぇか少しは付き合えよ。今回も奢るからよ」

 

 俺は頭をおさえる。この人はとても酒が強く、どんどん飲ませてきて正直辛い。だが、人付き合いも昇進するためには重要である。昼も断ってしまったし渋々了承する。

 

「奢りならしょうがないですね。行きますよ」

 

「よっしゃ! 決定だな。また旨い所見つけたから今日はまた違う所に連れてってやるよ!」

 

「毎回ありがとうございます。ご馳走になります」

 

 西陣さんは美味しいお店をいっぱい知っているため、一緒にご飯を食べに行くのはかなり嬉しい。酒を強引に飲ませたりしなければ。まあ、人に悪い所や弱点は付き物だ。完璧な人など居ないのだろうと自分の中で割り切る。

 

「じゃあまた後でな」

 

 そう言って彼は食堂へ急ぐ。俺も純連が不機嫌にならぬよう、足早で待ち合わせ場所に向かった。

 

 到着するとまだ純連は来てないようなのでホッと胸を撫で下ろす。ここは純連の席官室で畳が敷いてありなんとも落ち着く和の雰囲気がある。許可をもらっているため先にお邪魔させてもらった。

 

 斬魄刀を床に置き座って待つこと五分、白色で肩に掛からないくらいの美しい艶やかな髪を風で揺らしながら部屋へ入ってくる。

 

「しょうがないから今日も弁当を分けてあげるわ。早く食べましょ。お腹すいたわ」

 

 純連は向かいに座ると風呂敷に包まれ四重になっている弁当屋を出す。それ崩せば色とりどりの多くの料理が見え思わず腹が鳴りそうになってしまう。

 

『いただきます』

 

 早速弁当を食べ始めるが、やはりいつも通り美味しい。こんなのを三食食べられるなんて貴族はやはりすごい。くだらない世間話をしつつ食べているとあっという間に食べ終わってしまった。楽しい時間はやはりすぐに過ぎてしまう。

 

『ご馳走様でした』

 

 弁当箱を片付け風呂敷に包む。一つ一つの所作が上品であり、思わず見入ってしまう程立ち振る舞いが風雅だ。絹のような肌に映える真紅の瞳。髪を耳にかけると可愛らしい耳たぶが覗く。なんだか次元が一つ二つ違うような、ほんとに俺と同じ死神なのかと疑わしくなってしまう。

 

「なにジロジロ見てんのよ。なんかおかしいところでもあるわけ?」

 

 さすがに居心地が悪くなったのか眉をひそめる。

 

「いや、別に。なんでもないよ」

 

「なになに? 気になるわね。そう隠さずに教えなさいよ」

 

 そう言って俺に前屈みで詰め寄ると、確かに大きいが垂れずに形の良い胸が着物から溢れそうになる。思わず目を逸らすが時すでに遅し。顔が熱くなってしまう。

 

「どこ見てんのよ。変態さん?」

 

 更にジリジリと詰め寄りその形の良い双丘が当たりそうだ。たびたび二人きりになると奇行に走り出すので困ったものだ。何が狙いかさっぱりわからない。俺を誘惑したところで何も出てこないのに。

 

「あ、すまん西陣さんに呼び出されたのを思い出した。弁当美味しかった。また明日もよろしくな。それじゃ!」

 

「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 こういう時には逃げる一択。さもなければ理性が持たない。

 俺は全力の瞬歩で逃走する。逃げるに関してはピカイチな俺を捕まえることはできないだろう。

 

「もう、ばか……」

 

 純連はまたしてもモヤモヤとした気持ちを抱えつつ次のプランを考える。

 

「次はどうしようかしらね」

 

 純連は畳に座り直し顎に手を当て、昼休みの終わりまで石のごとく固まっていた。

 

 

 

 

 ────────────────────────────────

 

 

 時は進みすでに夕暮れ。茜の空がなんとも美しい。

 午後の仕事(雑用)もいつも通り淡々とこなしてつい先ほど完了した。ググっと伸びるとパキパキという音が心地よく鳴る。これをやるとなんか頑張った気になれるので仕事終わりのルーティーンと化している。

 これから西陣さんと飲みに行くと考えると少々鬱だが、これも昇進のためになればと心を決める。

 

「おい茜二! ボサっとしてないで早くいくぞ! 今日は三軒は最低周るからな!」

 

「いやまじでヤバイですって。昨日の二件でさえギリですから」

 

「なに軟弱な事をいってんだよ。大丈夫、俺が強く鍛えてやるからな!」

 

 そう言って西陣さんに肩を組まれ、引きずられるように歩き出す。俺は深いため息を吐き、もう全てを諦めて揺らいだ心を締め直す。こうなったら最後、決して離してはくれない。

 

「お手柔らかに頼みますよ、マジで」

 

 そうして二人は夜の街へ消えていった。

 




文章の間隔とか読みにくかったら教えて下さい。

純連の読み方は「すみれ」です。


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足掛かり

 死神にとっては短い三十年という時が流れたが、相変わらず俺は四番隊だ。

 

 今日明日は休日のため自由に時間を使うことができ、久々の休日だが俺はやる事があるため朝早く目を覚ます。

 

 いつもと同じように寝癖を直して死覇装に着替え、日が昇らぬうちに宿舎を出る。最初はとても辛かった早起きも三十年間毎日してれば、やがては慣れるというもの。向かう先は西流魂街三地区の鯉伏山。森の中の開けた土地に荷物をおろす。ここはあまり人が来ず虚の目撃情報も少ないので修行にうってつけだ。

 

 「縛道の七十三、倒山晶」

 

 「縛道の二十六、曲光」

 

 刹那、青色の四角柱が俺を囲み結界をつくる。更に曲光の効果で姿が見られにくくなっているはずだ。そして俺は刃禅を組み斬魄刀の世界へと足を踏み込もうとする。刃禅とは、斬魄刀との対話のために何千年という歳月をかけ生み出されてきた型で、胡座の上に斬魄刀を横に置き精神を集中させる。最初は部屋でやろうと思っていたのだが、相部屋しているのは菅原三席だ。流石に休日に気を使わせる訳にもいかず、外で行なっている。

 

 だいたい予想がついたと思うがやる事とは始解の習得である。現在俺は十五席についており、同室である菅原三席のコネを使い卯ノ花隊長に推薦してもらった。給与は上がりばあちゃんへの仕送りも増えたがまだまだ微々たるものである。席官になっても俺らは四番隊、一番給与が低い。十席以内に入れば特別手当てが付くため狙っているのだが、始解ぐらいはしとかないと話にならないと菅原三席に言われた。回道と鬼道の腕はみるみる上達していて十分な実力がある。しかし、いかんせん斬術が苦手で避けてきたツケが回ったらしい。純連との朝鍛錬も欠かさず行なってきたが、斬魄刀ではなく木刀を使用してきた。

 

おかげで斬魄刀とまともに対話できずに修行は難航していた。だが三十年の月日が経ちやっと彼女の声が聞こえるようになってきた。後一息で名前を教えてくれそうなのだがそこからがまた難しい。一年程はこの状態で平行線である。

今日こそはと気合を入れ意識を手放した。

 

 気がつくと辺りは闇。下は水で満たされていると思われるが、不思議と上に立っている。通い慣れたこの場所はやがて光で満たされる。すると見えるのは一振りの斬魄刀、浅打。水面に突き刺さっており、柄の上には美しい着物を纏った幼女が一人、こちらを仏頂面じっと見ている。額には二本の角のような突起が生えており、水面に浸かるほどの銀の長い髪が光の具合によって七色に変化する様は、なんだか神のような神聖さを感じる。毎回ここへ来るたびに本当に自分の斬魄刀なのか疑わしくなってくるほど美しい。

 

 「……また来たのか?懲りない奴じゃの」

 

 幼女は呆れているが少々眉をひそめるだけに留まり、仏頂面のまま表情を変えることはない。

 

 「こんにちはお嬢さん、また来たよ。君の名前を聞くまではやめられないな」

 

 「ふん‥‥‥」

 

そういうと彼女はそっぽを向いて黙りしてしまう。

 始解の条件は対話と同調。彼女は初めて来た時からこんな感じでまるで聞く耳を持ってくれない。

 

 「頼むよ、名前を教えてくれないか?毎回話してるけど俺には目的があるんだ。そのために君の力を貸して欲しいんだよ。どうか、頼むよ」

 

 俺は毎度の如く頭を下げて頼み込む。

 

 「そんなの知ったことではないのじゃ。わしにとってはどうでも良いこと。わしの気も知れずに良くものうのうと名を教えろなど言えるものじゃ。」

 

 俺は耳にタコができるほど聞かされ続けているその言葉を今日も聞くことになり深々と大きなため息をつく。なぜ俺の斬魄刀は俺の力になってくれないのか苛立つばかりである。

 

 「どうしたら名前を教えてくれるの?俺にできることならなんでもするよ」

 

 「そういう問題では無いのじゃ、本当に分かっとらんのう。こんなんじゃわしの主として認める訳にはいかん。」

 

 幼女は容赦なく俺の提案を突っぱねる。

 

 「一年も前からここへ来ている癖になにも変わらんではないか。死神なぞ辞めて平和に暮らした方がいいのではないか?お主に死神は向いていないと見える」

 

 かなり刺々しい言葉に俺の心は穴だらけだ。ここへ来るたびに帰れだの死神をやめた方がいいだの酷い言葉ばかりで流石に自信をなくしてしまう。

 

 「そんなこと言わずにさ、仲良くしようよ。ね?」

 

 俺は徐々に彼女の方へ近づいていくと急にバチンと衝撃が走り俺は水面に倒れ込む。

 

 「すまんが今は名を教える事が出来ん。何度も言っておるが相応しい時が来たら教えてやるかも知れんな」

 

 その言葉を最後に俺は斬魄刀の精神世界から弾き出されてしまう。目を開け縛道を解くともう日が天高く登っており俺の腹から飯をよこせと音がなる。

 

 「はぁー、またダメかよ。相応しい時っていつなんだよもう」

 

 悪態をつきながら荷物からおにぎりを出してかぶりつく。鬱憤を晴らすかのようにがむしゃらに食べ進め。俺は再び斬魄刀に触れ思考を巡らす。

 

 「悩んでも仕方ないか。取り敢えず斬術の鍛錬でもしておこうかな」

 

 結局この二日間で始解の習得はできず、俺は第一下級救護班班長としていつもの日常に戻る。

 

 「全員揃ってるよね?朝礼を始めます。最近、虚の目撃情報が多くなってきていて昨日も沢山の怪我人が運ばれてきました。今日も気を抜かずに丁寧で迅速な治療を心がけていこう。今日も一日よろしく」

 

 『よろしくお願いします!』

 

 俺達は朝礼が終わるとそのまま治療室で待機する。上級、中級、下級の各救護班の一班は緊急時にも対応出来るようにするためひたすら待機するのだ。したがって、一班には腕のいい人材が集まっていて特別手当も出る。

 

 しばらくするとやはり今日も虚が出現したようで怪我した十一番隊長の隊士が運ばれてくる。

 

 「東雲十五席、負傷者を運んで参りました。治療をお願いします。十一番隊の方が三名です」

 

 そう言って連れてこられたのは男性隊士、如何にも荒くれ者っぽい隊士であり目つきが悪く班員が怯えてしまっている。

 

 ここでは重傷者以外が運ばれてきて俺の判断で中級に送るかここで診るかを判断するシステムになっている。

 

 「おう、早く治療せいや四番隊。こちとらお前と違って虚退治で忙しいんや」

 

 怖い顔を更に強張らせて威圧的な態度を取る。あからさまに舐められていて気分が良いものではない。十一番隊全員がこういった人たちじゃないのは分かっているが悪いイメージを持ってしまうのも仕方がない。

 

 「では早速治療を開始しましょう。私がこちらの二人を診るので皆さんでこちらの方をお願いします」   

 

 『は、はいっ!』

 

 俺は三人の中で一番軽傷な奴を任せその他を診ることにした。

 俺を睨む二人を移動させてベッドに座らせる。

 

 「それでは、怪我した所を見せて下さい。」

 

 すると二人はこれまでの例に漏れずいちゃもんをつけてくる。

 

 「本当にお前みたいなヒョロっちぃ兄ちゃんで大丈夫かいな?ワイは腕が折れてんねん。中級に回してくれや」

 

 「俺も肋を何本かやっちまってんだよ。早く中級に回してよ」

 

 二人はグイッと怪我した部位を俺に見せてきてこれでもかとアピールする。この手の人は大怪我をしてその度合いからマウントを取り合うみたいな人達が多く、上へ回してくれと威圧される事が多い。

 

 しかし、今回に関しては二人の言う通り骨折は、中級救護班が付くのだが俺は手をかざし回道を発動させあっという間に治療を終わらせる。

 

「はいっ、終わりましたよ。もう二度と来ないようにちゃんと強くなって下さいね。十一番隊さん」

 

 「四番隊のくせしてうっさいわ!二度と来んわこんなとこ!」

 

 二人は舌打ちをしながら苦虫を噛み潰したような顔をして部屋を出ていく。

何だかスッキリした気持ちになると俺はあと一人の方へ近づいていく。うちの班員達が悪戦苦闘しているがそれもそのはず、これも本来ならば中級程度の負傷である。肩を治療されてる隊士は、大きな声を上げ班員達を怒鳴りつける。

 

 「痛てぇーよバカ!本当にちゃんと治療できんのかよお前ら。さっきも言った通りこっちは忙しんだよ。早くしろ!」

 

 「ヒィッ、す、すいません」

 

 普段ならこんぐらいはこなせるはずなのに萎縮して上手くできていない。見かねた俺が助け舟をだす。

 

 「みんな分かってると思うけど、これは脱臼してるよね?その場合は、痛み止めをかざしながらこうっ!」

 

 俺は肩に手をかざしながら思い切り肩を上げる。するとゴキッと小気味良い音が鳴り響く。隊士が肩を回し調子を確認するとこちらへ向き直る。

 

 「やりゃできんじゃねーの。最初からお前がやれや」

 

 そう言って出口の方へ歩いてゆくと、振り返らずに治した方の手を挙げて不機嫌そうな声を出す。

 

 「世話になったな。またよろしく頼むぜ兄ちゃん」

 

 班達はホッとしたのか各々が汗を拭い肩を落とす。

 

 「あれ普通に中級の技術じゃないと無理じゃないっすかー。ヒドイっすよ先輩〜」

 

 そう言って文句を言うのは南部哲太二十席。今年入隊した中では一番腕の良い奴だ。見た目はチャラチャラしていて軽い口調だが、やる時はやる男だ、と思う。

 

 「この前やってみせただろ?お前らなら二人くらいに分担してやればできるレベルだと思うけどな」

 

 「いやいや、相手は十一番隊の奴らっすよ?他の隊ならまだしも失敗したら殺されそうじゃないっすかー。」

 

 うんうんと他の班員達も首を縦に振り、その目から恐怖を訴えてくる。

 

 「そんな事じゃ全然上達しないよ?幾ら知識としていっぱい知っていようが、力を持っていようが、使えなければ無いのと一緒じゃないか。実践が一番!前も言ったと思うけど、責任は全部俺が取ってやるから思い切って挑戦していけよ」

 

 「見た目は普通っすけどやっぱりカッコいいっす!一生付いてきます!」

 

 俺は南部のチャラチャラした頭に拳を叩き込む。南部は涙目で頭を押さえ弱々しい声を発する。

 

 「痛いっすよ〜先輩〜。今まで一番痛いっす」

 

 「お前は一言多いわアホ」

 

 そんな感じで午前はこれ以降負傷者が来る事なく昼休みに突入すると南部から珍しく声を掛けられる。

 

「せんぱーい!お昼ごいっしょしても宜しいですか?もちろん先輩のおごりで!」

 

 とびっきりの笑顔でなんて図々しいことを言えるのだろうか?ある意味これも才能だろうかと考えてじっと南部を見つめていると、南部がサササッと後ずさる。

 

「先輩ってまさかそっちの趣味が?!かなり人気があって人望も厚いのに浮いた話がないなんておかしいと思ったんすよ。」

 

 南部は化け物を見るかのような目でこちらを凝視するが、俺は瞬歩で後ろへ回り込み、腕を首に回すとすかさず締め上げる。

 

 「お前、一回死んでみるか?そしたらその口も治るかも知れんな。案ずるな、治るまで何度も何度も殺してやるからな」

 

 南部は顔を青ざめさせながら腕にトントンと降参の合図を送る。

 

 「まじで死ぬから。ごめんなさいっす!本当にやばいっす!いぎがでぎないよぉ〜」

 

 本当に限界寸前で拘束を解くとゴホゴホと咽せながら南部は床に跪く。

 

 「もう余計な口は聞くんじゃないぞ?次ないと思えよ」

 

 「ゴ、ゴメンナサイッス。スコシフザケスギタッス。モウヤラナイトチカウッス」 

 

 虚な眼差しで何故かカタトコになって反省の意を述べる南部。俺は部屋に出てから今日も、坂上純連六席の部屋へと弁当を食べに急いで向かった。

 

 

 

--------------------------------

 

 「卯ノ花隊長、少し宜しいでしょうか。」

 

 「どうしましたか?山田副隊長。」

 

 四番隊副隊長である山田誠之助は卯ノ花の執務室を訪れていた。

 

 「最近多発している虚による怪我人の度合いをこれまでの分まとめて参りました。」

 

 丁寧で硬い口調で誠之助は卯ノ花に資料を渡す。

 

 「重傷者は二人、それ以外は全員軽症ですか。これでは第一下級救護班の負担が多すぎていませんか?新たに第二、並び第三下級救護班も治療にあたらせましょう」

 

 卯ノ花は眉間にシワを寄せ心配そうな顔をしながら誠之介に指示を出す。

 

「それが、資料には記載されておりませんが、本来ならば中級救護班が対処するような負傷も第一下級救護班が全て治療を受け持っているとのことです。」

 

 卯ノ花は目を軽く見開きながら第一下級救護班の班長、東雲茜二のことを思い浮かべる。前見たのは先月、回道の講義をした時で特に印象に残っておらずただ比較的優秀だということは知っていた。卯ノ花は熟考の末、口を開く。

 

 「では、本日の午後は視察に参りましょう。山田副隊長は少しの間、私の代わりに執務をお願いします」

 

 「承知致しました。お任せください、卯ノ花隊長」

 

 誠之助は膝をつき頭を軽く下げる。

 

 「では、下がっていいですよ」

 

 誠之介ら部屋の出口まで行くと反転し卯ノ花に向かって深く頭を下げる。

 

 「失礼致します」

 

 そう言って誠之介が立ち去ると卯ノ花は再び執務を再開し、いつも落ち着いていて相当な事がない限り揺らがない強靭な心を久々に躍らせるのであった。

 

--------------------------------

 

 純連の不機嫌を何とか回避した俺は午後も同じように負傷者を待つ。すると早速、負傷者が次々に運ばれて来る。

 

 「東雲十五席、二番隊の方で負傷者7名です。よろしくお願いします。」

 

 やはり虚にやられたのだろうか、出血している隊士もいるためすぐに俺は班員に指示を出す。

 

 「南部、小田原、石見はこの三人を止血しておいてくれ。他はこちらの方の治療に、あとの三人は俺が診ます。こちらへどうぞ」

 

 俺は最初に比較的軽症な二人をすぐに治療する。一人は外傷であったためすぐに治療を完了させ、もう一人は頭を強く打ち脳震盪を起こしているようなので薬を飲ませてベッドに寝かせる。残りの一人を見ると足首の靭帯が断裂しているようでかなり痛そうだ。俺はすぐに治療を開始するがこれはかなり大変そうだ。少し苦戦するも修復に成功しホッと胸を撫で下ろす。

 

 「靭帯が切れていたので治しましたが、念のために二日間は安静にお願いします。」

 

 三人の治療が完了するとすぐさま出血していた三名の方へ急ぐ。

 

 「南部、今どんな感じ?止血は完了した?」

 

 「止血して今傷口を塞いでるんすけど、中々閉じれないっす。かなり深いっすね」

 

 他の二人も同じような感じで俺の言った止血以上に傷口をかなり塞いでくれている。

 

 「よくやってくれた、十分すぎる出来だよ。後は俺がやるから見てて。せっかくだから三人の同時治療について解説するよ」

 

 そうして俺は南部達に軽く講義しながら傷口を塞ぐ。

 

 「もう傷口は完全に塞いだから三人とも、後は頼むよ」

 

 『はいっ!』

 

 そうして後一人の方へ向かうがもうすでに治療が終わっており立ち上がっていた。

 

 「南部、この人脳震盪で二、三日安静にさせて様子を見るから経過観察宜しくね」

 

 「任せてくださいっす!」

 

 そうしてひと波超えると、外の空間を吸うために部屋の外に出て廊下を歩く。

 

今回は一気に七人も来たため中級救護班にまわしても良かったのだが、班員の成長のためにも全員受け入れて正解だった。確実に腕が上がっていて一月前と比べても違いは目に見えてわかる。いい意味でも悪い意味でも慣れてしまうので、再び気を引き締めて直さないとと考えていると、聞き慣れない声で話しかけられる。 

 

「東雲十五席、素晴らしい治療でしたね。お見事です。」

 

 後ろを向けばそこには四番隊のトップ、卯ノ花隊長が目の前に立っていたので慌てて姿勢を正して頭を下げる。心臓がバクバクと音鳴らし、変な汗がブワッと手から吹き出してくる。

 

 「いえ、とんでもございません。まだまだ未熟です。うちの班員が迅速に対応してこそできた事ですから」

 

 「そう謙遜しないでください。指示出しも的確で高等治療術も上手く駆使していました。十分称賛に値しますよ」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 思わず緊張して声が出にくくなってしまったが、やがて心拍数が下がり平常時に戻っていく。顔を上げて卯ノ花隊長の目を再びまっすぐと見据える。

 

 「それにしてもどうしてこんなところまで。何かご用件でも?」

 

 「はい。あなたに用事があって参りました」

 

 「俺に、ですか?」

 

 俺は訝しげな表情をすると、卯ノ花隊長はニッコリと微笑んで意外な言葉を発する。

 

 「私の弟子になる気はありませんか?」

 

 「弟子!?俺が?」

 

 俺は人生で一二を争う衝撃を味わう。

 

 ここから俺の日常がモブから脱してしまうとは、この時の俺はそんなことを思いもしなかった。




ここから徐々に物語が動き出します。

読みにくかったりしたら教えて下さい。


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変わりゆく日常

 私は彼の霊圧を改めてしっかりとみた瞬間、確信した。彼は普通ではない。側から見ればただの死神の霊圧である彼は、もし大勢の死神に紛れこもうものならば見つけることは不可能であろう。

 だが、近くでよくよく感知してみれば、あの家の霊圧にとてもよく似ている。何故こんなところにいるのか些か疑問ではあるがこの私が間違えるはずがない。この子は間違いなく彼女の息子である。

 

 「私の弟子になりませんか?」

 

 気がついたらそう声をかけていた。彼を何が何でも弟子にする必要がある。

私は彼女へ恩を返すためこの方法が最善だと判断した。

 

 「弟子!?俺が?」

 

 そう言って呆けた顔をする東雲十五席。突然こんなことを言われては仕方がないだろう。少し急すぎたかと後悔したが、言ってしまってはもう遅い。

 

 「そうです。あなたには直々に私が回道や鬼道などを教えましょう」

 

 「何故俺なのですか?俺は確かに鬼道や回道は得意ですが始解にも至っておらず、卯ノ花隊長の弟子として相応しくないのではないでしょうか?俺を選ぶくらいだったら坂上五席の方が相応しいと思いますが…」

 

 東雲十五席は自信なさげに言葉を並べると、申し訳なさそうな顔をする。確かに坂上五席は天才的な腕を持っていて百年、いや千年に一人の逸材だろう。剣を磨けば剣八にすら手が届く、百年後には隊長格になっているだろう。しかし私は彼女への恩を返さなければならない。東雲十五席も坂上五席に劣らない才能を持っているはずであり何故こんなに霊圧が小さいのか謎であるが、それは彼を弟子としてから解明すれば良い。

 

 「あなたには死神としての才があります。それは坂上五席を凌ぐほどの大きなものです。それをあなたは気がついていないだけなのですよ」

 

 「ですがっ、…」

 

「私が言ったのですから間違いはありません。四番隊隊長である私の意見を信用できませんか?」

 

 そう言って卯ノ花はにっこりと笑みを浮かべて東雲に訴えかける。心なしか笑顔が黒く凄みを放っているが卯ノ花はそれに気づくことはない。

 

 「い、いえ、そういうことではないのですが、」

 

 東雲はその凄みに気圧されて思わず言葉が詰まる。体が強張ってしまって思わず目を逸らす。

 

 「ではもう一度だけあなたに聞きます。私の弟子になりなさい。よろしいですね?」

 

 「は、ハイ。ワカリマシタ」

 

 かなり強引だが無事東雲を弟子に引き入れた卯ノ花からスッと凄みは消えていつも通りの優しい雰囲気へと変わる。ほっと息をついた東雲は肩の力を抜き再び卯ノ花に目を合わせた。

 

 「よろしい。では明日から私の補佐として働きながら回道や鬼道を教えます。朝の六時に私の屋敷に来なさい。第一下級救護班の班長は別の方を今日に手配しておきますから案ずることはありません。よろしくお願いしますね」

 

 「わ、わかりました。こちらこそよろしくお願いします、卯ノ花隊長」

 

 なんだか流れに任せて大変なことになってしまったなと、嵐のように去っていった卯ノ花隊長の背中を見る。

 

 「参ったな」

 

 頭をかきながら再び仕事に戻るために歩き出すが、その足取りは心なしか重く感じる。

 

 「あいつら俺が居なくてもちゃんとやっていけるかな?特に南部辺りが不安なんだけど…」

 

 そんなことを考えながらこんな状況で人の心配をするとか、俺は心配症過ぎるなと思う。

 治療室に戻ると気持ちを入れ替えて気合いを入れ直すと、みんなに声をかける。

 

 「みんなに話があるんだけど…」

 

 後に考えてみればこれが俺の最後の平穏だったとは、まだこの時の俺は考えてもみなかっただろう。

 

 

 

 

 

--------------------------------

 

 卯ノ花隊長の弟子になってから五十年、俺は五席まで昇進しとても忙しい日々が続いている。山田副隊長が家の都合により退職してしまった為、副隊長の後継は純連が担うことになった。これは今までのソウルソサエティの歴史で歴代最速らしい。

 

 「茜二〜?この書類とこっち報告書をまとめときなさい。今日中に頼むわよ」

 

 「坂上副隊長、流石にこの量は…バカですか?」

 

 いつもの無茶振りを受けて絶望する俺は、一度手を止め恨めしげな目を四の副官証を巻いた純連に向ける。

 

 「バカとは何よ!副隊長に向かってそんな口のきき方をしてもいいのかしら?」

 

 「バカにバカと言って何が悪いバカ純連。お前また仕事押し付けてサボる気だろ。ずっと見て見ぬフリをしていたけど分かってんだぞ?お前が仕事中にこっそりと抜け出して週四で新しく出来た甘味処へいってること!」

 

 俺は書類仕事を再開して頬を膨らませているであろう純連に切り札を突き出す。

 

 「な、何故それを⁉︎計画はいつも完璧だったはず…」

 

 予想通り動揺する純連を見ると目が泳ぎまくっている。

 

 「お前から流れてくる仕事の量が多すぎて、俺の優秀な部下にお前の行動を一週間監視させたことがあるからな。この件は卯ノ花隊長に報告させてもらう。覚悟しとけ!」

 

 「ご、ごめんってばー。さては私と一緒に行きたかったのね?言ってくれれば誘ったのに。じゃあさ!今から一緒に…」

 

 慌てて機嫌を取りに行く純連だがもう遅い。もう我慢ならん。

 

 「そんなこと言ってもダメ!さて、今から卯ノ花隊長のところへ行って書類提出してくるよ」

 

 わざとらしく行き先を伝えて俺は書類仕事で凝り固まった体をバキバキと音を鳴らし立ち上がる。

 

 「さっきのは冗談よね?…ね⁉︎ 返事しなさいよ!そんな目で私を見ないで!お願い許して!隊長に怒られるのだけはっ…」

 

 そう必死に許しをこう純連を尻目に俺はそそくさと歩き出すと、純連が後を追ってくるが、到底追いつけないレベルの瞬歩で俺は走り出す。しばらくしても後ろを見ても純連は付いてきてないようでどうやら巻けたようだ。まあ、隊長に報告するって言うのは冗談で、反省してくれたら良いのだが・・・すぐに隊長の執務室へ着くと、俺は慣れた様子で入っていく。

 

 「失礼します隊長。例の報告書まとめてきましたよ。」

 

 「思ったより早かったですね。流石に五十年もの間私の補佐をしていれば当然ですか」

 卯ノ花隊長はスッと流れるように席を立つと俺にお茶を淹れてくれる。何気ない一つ一つ動作に無駄がなく洗練されていて、流石に長いこと隊長を務めているだけはあるなと思う。

 

 「まあ最初の五年は死にそうでしたけどね。副隊長の相手と隊長の弟子を兼任するのは我ながら正気の沙汰じゃないですよ。あっ、ありがとうございます。お茶いただきます。」

 

 俺はお茶を受け取るとスッキリと澄んでいて、微かな濁りが美しいお茶をズズっとすする。鼻に茶の香りが豊かに抜け出して、とてもいい茶葉を使っていると素人ながらにも分かる。

 

 「もう弟子になってから五十年ですか。最初よりも随分と成長しましたね。

始解さえできれば文句はないのですが」

 

 卯ノ花隊長は俺を横目で見ながら薄くため息をつき目を閉じる。

 

 「うっ、それは、まあ・・ね。死神一人一人にも向き不向きはありますし…そ、そんな哀れみの感情を向けないで…泣いちゃいますよ?」

 

 「お話はこれくらいにして、今日もみっちりと鍛練に参りますよ?」

 

 そう言って立ち上がると肩掛け紐がついた反りが深い斬魄刀、肉雫唼を開放して巨大なエイのような生物を出す。慣れた足取りで背中に跳び乗れば俺の方を向き早く乗るように催促する。

 

 「早く茜二もお乗りなさい。帰りに薬草でも採取して帰りましょうか」

 

 

 俺も肉雫唼に跳び乗ると、ゆっくり上昇しいつもの場所へと進み出す。

 

 「それで?今日は何をするんでしょうか?」

 

 俺は肉雫唼の上で至極色の短く切り揃えた髪を揺らし質問する。ちなみに髪が短いのは卯ノ花隊長の趣味だ。散髪はいつも卯ノ花隊長にされており、毎回かなり髪型が変わる。

 

 「そうですね…では、今日は五十周年特別メニューでいきましょう。楽しみにしていて下さいね?」

 

 卯ノ花隊長はにっこりと微笑みを向けるがその笑顔は不思議と怖い。弟子に勧誘された時のような、またはそれ以上に闇を感じる笑みに俺は顔を引きつらせる。

 

 「嫌な予感しかしないんですが…お手柔らかにお願いしますよ、まじで」

 

 「案ずることはありません。退屈しない様にしっかりと考えておきますから」

 

 そこで俺は今日が命日だと悟りばあちゃんの顔を思い出す。嗚呼、ばあちゃん。どうやら先に逝くのは私みたいです。大した恩返しが出来ず申し訳ありません。どうかこの恩知らずをお許しください。

 

 そして予想通りの五十年周年鬼畜鍛練を終えた俺は肉雫唼から吐き出され卯ノ花隊長の屋敷の前で吐き出される。ネバネバとした体液が死覇装に纏わり付き寝起きとしては不快この上ない。しかしながらある程度は回復しており、ギリギリ歩けるようにはなった。

 

 「全く情け無い弟子ですね。こんな体たらくでは到底、九十番代の詠唱破棄は打てませんよ?それに加えてまだ始解すらままならないとは・・後で追加鍛練ですね」

 

 「殺す気かこのバ…お、お姉さんは⁉︎これから追加なんて正気の沙汰じぁ〜ねえ!」

 

 危ないところだった。あまりの殺意にババアなんて叫んでしまう所だったぜ。バで止まって良かったぜ。危うく本当に死ぬ所だった。

 

 「言い直しても遅いですよ?しっかりと聞こえてました。今日の追加鍛練も五十周年特別メニューに致します。良かったですね?」

 

 フフフと口を押さえて笑う隊長は鬼神の如き覇気を纏いながら俺の首根っこを常人ならざる握力で掴み引きずり行く。

 やばい。本当にやばい。五十年も近くにいると分かるのだが、過去一やばいかもしれない。ここまでの覇気を纏った姿は見たことなく、とてもご立腹でいらっしゃるようで‥…最早怖すぎて笑うしかない。

 

 「ハ、ハハッ、ハハハッ…す、すいませんでした。本当に反省してます。つい、勢いで出かけてしまったんです。許してください。お願いします。なんでもしますから。本当に、マジで」

 

 早口で捲し立てるように謝罪の言葉を並べていくがこれは決定事項だ。もう遅いのは分かっていた。

 

 「分かりますよ。辛くてつい本音が出てしまったのですね?安心してください。決して死なせはしませんよ。私の回道で何度でも癒しましょう。」

 

 「お、お、御慈悲を!どどどどうか!このどうしようもない私めに御慈悲を!御慈悲をっ〜‼︎」

 

 次の日から五日もの間、彼の姿を見たものは居なかったと言う…

 

 

 

 

--------------------------------

 

 半年後、俺は卯ノ花隊長に呼び出されて執務室まで来ていた。こんな夜中に呼び出されることは初めてで、よほどの緊急事態なのだろうか?

 

 「失礼します。お呼びでしょうか。卯ノ花隊長」

 

 俺はズケズケと執務室へ入っていくと卯ノ花隊長が後ろ向きで待っていた。振り返ると真剣な顔でこちらを見る。

 

 「あなたに行ってもらいたい任務があります。こちら資料をご覧なさい」

 

 俺は数枚に資料を手渡され目を通す。どうやら虚に関する案件の様だ。

 

 「最近、流魂街で原因不明の失踪事件が発生しています。服などをそのまま残して消えるのですから、魂魄がなんらかの影響で消失したと考えられます」

 

俺は資料に目を通しながら聞いていると衝撃の言葉を目にして思わず気持ちが焦る。

 「本日、東流魂街七十六地区の逆骨に先遣隊として九番隊から五人が向かいましたが、つい先ほど消息を絶っています。あなたには二番隊の隠密機動と共にその現場へ向かい原因の調査、できれば排除を目的とした調査に行ってもらいます。確か茜二は逆骨出身でしたね?」

 

 俺は、心の整理がつかないまま急に質問されて思わず声が震える。

 

 「は、はは、はい。そこにはお、俺のばあちゃんが…」

 

 ばあちゃんが心配でしょうがなくて挙動不審になっている俺に、やれやれと言った様子で優しく語りかける。

 

「ご家族が心配でしょう。調査ついでに様子を見てきなさい。そんな様子では仕事に身が入らないでしょう」

 

 俺は思わずバッと卯ノ花隊長の手を握り、かなり近い距離に顔を迫る。

 

 「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」

 

 卯ノ花隊長は俺の手を優しく握り返すと、俺の目を真っ直ぐに見据え眉間にシワを寄せながら心配そうに呟く。

 

 「本当は行かせるつもりは無かったのですが仕方ありませんね。さぁ、事態は急を要します。あなたが行くことによって助かる命があるかも知れません。気をつけて、必ず無事でここへ戻ってきなさい。私の一番弟子が負けるはずがありませんし、負けたら許しませんよ?如何なる場合でも落ち着いて、早まった行動は謹んでくださいね?」

 

 卯ノ花隊長はそっと手を離すと俺の背中を押してくれる。それだけでなんだか大丈夫なような気がしてきて、さっきまでの乱れた心がいつのまにか平穏に戻っていた。俺をこんなにも心配してくれる卯ノ花隊長は、なんだか母親みたいだ。

 

 「では、行って参ります」

 

 そう言って俺は夜の瀞霊廷の闇へと紛れていった。

 

 茜二が任務へ向かうと卯ノ花は、誰もいない静かな部屋で一人呟く。

 

「眞弓、どうかあの子を危険に晒すことをお許しください」

 

 その言葉は虚しく闇へと響く。




やっと物語が動きだしました。
結構時間がかかってしまいました。

誤字脱字等があればお軽に報告してくださると助かります。


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決意の夜

 二番隊舎に到着した俺は、焦る気持ちをおさえ門の前の隊士に用件を簡潔に述べる。

 

 「四番隊より参りました東雲です。任務のため二番隊と合流したいのですが」

 

 「話は卯ノ花隊長より伺っております。案内しますのでこちらへ」

 

 事態はやはり急を要するのか、隊士に小走りで案内されるとそこには総勢十名以上の隠密機動が整列していた。口元は黒い布で隠れており、皆一様に鋭い眼光を放っていてビリビリとした緊張感が伝わってくる。すると俺は、この班の班長らしき人の元へと案内される。

 

 「秦殿、任務に同行する四番隊の方を連れて参りました。」

 

 「ご苦労、君はもう下がりたまえ」

 

 「ハッ」

 

 隊士は短かくキレの良い返事をすると、スッと静かにこの場から消える。流石は二番隊だと感心するのも束の間、秦という名前らしい男から自己紹介を受ける。

 

 「待っていたよ。君が東雲君だね?私はこの調査班の班長、秦優作だ。よろしく頼む」

 

 出された右手をしっかりと握り俺も続いて自己紹介する。

 

 「四番隊第五席の東雲茜二です。よろしくお願いします」

 

 しっかり握り返された手を解くと秦さんは俺を品定めするかのようにジロジロと見つめる。

 

 「四番隊の五席が同行してくれるとは、こちらとしても負傷者を任せられるので心強い。卯ノ花隊長から君は瞬歩がとても速いと聞いている。卯ノ花隊長の言葉を疑わない訳ではないが、本当に我々隠密機動についてこれるのか?それに先遣隊の霊圧が消失し、恐らくかなり危険な任務になるだろう。君を守って戦う余裕は無いぞ?」

 

 「はい。問題ないと思います。俺はこれでも卯ノ花隊長の弟子です。俺のことは気にせずいつも通りに行ってくださって大丈夫です。お荷物にはなりません」

 

 秦さんは俺を力強い眼差しで見つめるとやがで覚悟を決めたようにフッと短く息を吐く。

 

 「よし、では改めてよろしく頼むぞ。これから今一度行動を確認しておく。君も列の一番左に並びたまえ」

 

 「はいっ」

 

 俺はすぐさま列の左端に並び姿勢を正す。隣を見ると、俺よりも二回りほど小さく、僅かにのぞく髪が真っ直ぐ切り揃えられているキリリと目が鋭い少女が立っている。本当にこんな小さな子が一緒に行くのだろうかと疑いの目を向けるが俺は秦さんの言葉に集中し直す。

 

 動きとしては俺は逆骨の被害を受けた集落を周り負傷者の確認治療した後、先遣隊の霊圧が消失した森を調査する班と合流しもし、戦闘になった場合は支援に周るというもの。逆骨で被害を受けたらしい家は僅かに四件。ばあちゃんはきっと無事だと思うが不安になるのは当然だろう。

 

 「では早速移動を開始する!」

 

 俺たちは二手に分かれて移動を開始。どうやら隣にいたおかっぱ少女とは別行動らしいがそんなことは置いといて、隠密機動の瞬歩を間近で見るとスピードはさることながら質も高い。なんといえばいいかよく分からないがとにかく静か。隠密機動の名は伊達では無いようだ。

 

 たったの二十分で七十六地区までくると、俺らは少数ですぐさま被害状況の確認へ向かう。どうか無事であってほしい。気付けば鼓動が早くなり、振り切ったはずのモヤモヤとした気持ちが再び心に影を作る。最初の集落へ到着すると思わず俺は目を見開く。しんと鎮まりかえる集落に死体が散乱しあちこちに血が飛び散っている。ここの集落にばあちゃんはいないが、全滅しているこの状態を見て俺は戦慄し言葉が出ない。

 

 「報告では四件だけだった筈だがまさか全滅とは。他の集落もやられている可能性が高い。次へ向かうぞ」

 

 二番隊士の言葉に頷き俺達は足早に次へと向かう。この逆骨に集落は全てで三つ。次に向かう集落が俺が生まれ育った場所。

 

 「どうか、どうか無事であってくれ!」

 

 息が荒くなり心の中に目一杯の不安が敷き詰まった俺は呟かずにはいられなかった。

 

 やがて集落に到着すると、此方もまた同じようになんの音も聞こえない。死体や血は見えないが何件かの家が倒壊しており、ぐちゃぐちゃに荒らされている。ばあちゃんは上手く逃げられたのだろうか?どうか逃げていてくれ。そう心の中に強く念ずると全速力で俺が育った家へ向かう。

 

 「おい!勝手な行動は謹め!単独での行動は危険だ、戻ってこい!」

 

 そんな声を後ろから受けるが俺は動かずにはいられなかった。いけないことなのは分かっている。後で罰は幾らでも受けよう。ただ今だけは勝手な行動を許してほしいと、心の中で謝罪する。命令違反で輪を乱す俺は最低な死神かもしれないが、仲間や家族を想うことのできない最低な魂にはなりたくない。

 俺は見慣れた家の前に立つ。どうやら倒壊はしていないようだが扉は壊され木片が辺りに散乱している。

 

 「ばあちゃん、俺だ!茜二だ!居たら返事してくれ!ばあちゃん!」

 

 俺の声は静かな集落によく響くが返事は返ってこない。草鞋も脱がずに真っ暗な家へ入ると何やら床がベタベタと湿っている。なにかと思い灯りをつけると、俺の頭は真っ白になる。膝から崩れ落ち目の前の現実を受け入れてられない。

 

 「どうして…こんな‥…」

 

 不思議と涙は出てこない。俺は胸に穴が空いた老婆の虚な目をそっと閉じてあげるとシワシワな頬に手を這わせる。肌はまだほんのりと暖かくまるで生きているかのようだ。

 

 「なんで…どうして」

 

これしか言葉が出ない。泣きもしないし叫びもしない。ただただショックで心に穴が開いたような、そんな慣れない感覚に俺は戸惑う。

 

 

 「東雲殿、気の毒に思うが今は任務中だ。ここの集落の調査は終わった。次へ向かうぞ」

 

 後ろから非情な声が掛かると俺は骸となったばあちゃんに話しかける。

 

 「本当は弔ってあげたいけれど少し待っててね、ばあちゃん。必ず仇は取るから」

 

 俺は振り返ると気迫のない、しかしどこにも向けようがない怒りを含んだ足取りで合流する。

 

 「勝手な行動をとってしまい申し訳ありません。家族がいたものですからつい感情に任せて先走ってしまいました」

 

 悔しかった。とても悔しくて堪らなかった。この感情はどこへ放てばいい。怒り、悔しさ、悲しみ、恨みなどの負の感情が俺を支配し俺は強く手を握り込む。

 

 「分かればいい。任務が終わったらしっかりと事後処理を済ませる。今は任務に集中しろ」

 

 「‥‥‥…はい」

 

 彼は事後処理と言った。死んだ人々に対して敬意が余りにも欠けているのではないか?確かに彼らは刑軍の中でも選りすぐりの優秀な死神なのだろうが、俺は余りの冷酷さに怒りを通り越して哀れみすら感じる。

 

 するとおそらく、森を調査している別働隊の方からだろうか?凄まじい霊圧の奔流を感じ皆一様に目を見開くと、頬を思い切り殴られたかのように後ろの森へと首を回す。

 

 「なんだ!…‥この馬鹿げた霊圧は⁉︎」

 

 思わず皆硬直し氷漬けにされたかの如く一寸たりとも動かない。恐らくはここ一帯を襲った犯人だろう。それしかあり得ない。ここら一帯に点在していた霊圧の名残りの特徴と一致する。卯ノ花隊長との長年の鍛錬のおかげか霊圧の感知が相当鍛えられていたようで、俺自身も少し驚いている。

 これは仇を取るための好機ではないか?そう思った俺は、フル回転で頭を回し別働隊へ合流する為の口実を考える。

 

 「俺はあちらの別働隊へと合流しても宜しいでしょうか?こんなに莫大な霊圧が相手では確実に負傷者が多数出るはずです。私は負傷者を癒すために来たのです。行かせていただけませんか?」

 

 半分嘘で半分本当だが口実としては十分ではないだろうか?もしダメと言われても行くことは確定なのだが、なるべく規律違反などはしない方がいいだろう。はやる気持ちを抑えて返事を待つ。此方の班の班長の二番隊士は少し思案した後、真剣な口調で俺に言う。

 

 「わかった。東雲殿の任務は負傷者の治療が第一優先だ。別働隊と合流してくれ。我々は任務を続行する」

 

 そう言って俺以外の奴らはスッと音を立てずに消えると、俺も森の中へ分け入って行く。

 

 待ってろよ。必ず息の根を止めてやる。

 

 すっかりと冷静を欠いた東雲は、卯ノ花との鍛錬で更に鍛え上げられた瞬歩で風を切って森の闇へと消えていく。

 

 

 

----------------------------------

 

 私はなんだか釈然としない気持ちで今日の任務へ臨んでいた。二番隊の刑軍の中でも選りすぐりの死神が集められたこの班中で、四番隊が参加すると言うのだ。確かに先遣隊が全滅し相手が強大であることは分かるが、なんだか頼りなさげな男が同行するのだ。もう少しマシな奴を寄越せなかったのか?ここは剣の腕も優れているという坂上副隊長が出向くべきではないのか。卯ノ花隊長は何を考えていらっしゃるのか、皆目見当もつかない。何より一番腹が立つのは奴の髪だ。夜一と同じ、黒のように見えるが少々紫がかった見慣れた色の髪を見て、思わず美しいと思ってしまった。本当に腹が立つ・・・羨ましい!

 

 「どうした砕蜂、任務に集中しろ。何かあったのか?」

 

 横から話しかけるのは秦殿。いつの間にか奴のことを考えてしまって集中が乱れてしまったようだ。私は気を引き締め直すと秦殿に質問を投げかける。

 

 「申し訳ありません。しかし、本日任務に同行している四番隊の男が気がかりなのです。何故あのような軟弱そうで覇気のない男の同行を許可したのですか?それに任務に集中するどころか、何か別のことばかり考えている様に見えました」

 

 秦は数分前の彼と握手をした時を思い出すと、噛みしめながらゆっくりと言葉を繰り出す。

 

 「確かに彼は任務に集中していないように見えたな。心は散漫で別の方へ向いていて卯ノ花隊長が此方へ寄越したといえど同行させるのを数瞬ためらった」

 

 「ならばどうして…!」

 

 「まあ最後まで聞け。しかしな、彼には覚悟があったのだよ。心の向きは違えどこの任務をやり遂げて見せるという覚悟が。それで理由は十分だ」

 

 私はすぐさま言葉が出ない。何か言い返してやりたいが言葉が出ないのだ。

 

 「わかり、ました。秦殿がそこまでおっしゃるのであれば」

 

 「わかったら気持ちを切り替えろ。もうすぐ目的地だ」

 

 私がそう言うとさっきまで優しさが滲み出していた顔を、すぐさまシャキッと切り替えて前を見据える。

 しかし私の心は依然晴れないままである。 

 

 やがて目的地に到着すると、皆騒然となる。それもそうだろう、先遣隊が全滅しており皆一様に心臓がくり抜かれているのだから。

 

 「どういうことだこれは……なんの、だれの仕業なのだ……」

 

 そう呟いて秦殿が死体に近づくと刹那、不気味な角が一本、天に向かって摩天楼のこどく生えている虚のような人型の怪物に胸を貫かれいた。

 

 私は驚いた。霊圧が全く感知できず、あまつさえ速すぎて隠密機動が何も反応出来ないとは。

 驚くのも束の間、奴は秦殿の心臓をえぐり出し、大きな口を開いたかと思うとなんと丸呑みにしたではないか。その瞬間奴の霊圧が一気に膨れ上がり、戦慄する。

 

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!!!」

 

 「っ!!!」

 

 奴は、聞くに耐えないとてつもない咆哮を天に向かってあげる。正真正銘の化け物だ。こいつとは戦ってはならないと本能的に感じた私はとっさに叫ぶ。

 

 「任務は中止だ!退くぞ!!」

 

 秦殿の次にこの班を指揮する権利がある私は、皆に退くように指示を出すとその指示を今か今かと待ちわびていたかの様に一斉に飛び散る。しかし、私は殿を務めるべく、化け物の前に降り立つ。

 

 「私が貴様の相手だ」

 

 斬魄刀を構えて戦闘態勢をとるが、奴はこちらを見据えたまま棒立ちで動かない。正面から見れば奴の胸には穴が空いており、角の生えた仮面はまるで虚そのものだ。『ガルルルル』と低音で地響きの様に唸る様は正に獣。すると突然、秦殿の側に佇んでいた奴は姿を消した。

 

 「なにっ……!」

 

決して油断は無かった。私は最大限の注意を払い奴をこの両眼で捉えていたはずだった。速すぎるっ!私は前後左右必死に目を巡らせるが奴の姿は見えない。そして私は残された選択肢の方へと目を運ぶ。

 

 「上かっ!」

 

 ガキンという金属がぶつかり合う音が静かな森に響く。かろうじて斬魄刀で受け止めたものの、私は化け物じみた剛腕の横薙ぎに体が吹っ飛ばされて数十メートル先の木へ背中を打ち付ける。強制的に肺の中の空気が外に出され、私は咳き込んでしまう。

 

 「カハッ、ゲホゲホゲホッ!」

 

 やっと呼吸できるようになったと思えば、奴は間髪入れずに追撃するべくかなりの速さで迫りくる。かろうじて私は横跳びで回避すると、私の後ろにあった木がとても脆そうに易々と奴の拳でへし折れる。私は少しでも時間を稼ぐべく、皆が逃げた方角と逆方向へ脱兎の如く走り出す。

 

 「どこを見ている間抜けめ!こちらへ来い化け物!」

 

 言葉が通じる訳がないが私は気を引くために声を張り上げ、挑発してみる。

私の瞬歩でどこまで持つか、そんなことを考えても仕方がない。今はとにかく逃げて時間を稼ぐしかない。思わず後ろを確認したくなる気持ちを押さえ、ただひたすら走る。が、私はいつの間にか数十メートル先ににいる一角の化け物を目に捉え急旋回する。

 

 「オ"オ"オ"オ"オ"ォォォォ!」

 

 ちょこまかと逃げ回る私にイラついてきたのか、奴は雄叫びを上げると、こちらへ角の先を向け何やら不気味な赤い閃光の球を形作る。

 

 「あれはまさかっ・・・!」

 

 次の瞬間、奴は予想通り虚閃を放ち私の右脚を狙いすましたかのように撃ち抜く。とっさに身を翻したが虚閃の速さには間に合わず被弾してしまう。

 

 「ぐあああぁぁ!!」

 

 私は体勢を崩しかなりの勢いで転んで地面を転がると、そこだけ木が生えておらず開けた所へと放り出される。立ち上がろうと試みるが右脚が言うことを聞かない。身を翻していなければおそらく消しとんでいたであろう右脚を、うつ伏せの状態で必死に叩くが、感覚はもはや無い。

 

 「クソッ!言うことを聞け!クソッ!」

 

 「ガルルルルゥゥ」

 

 またも獣の唸り声を聞き、私は視線を前へと移す。そこには月明かりに照らされて、白磁のような不気味な純白を赤黒い血で点々と染め上げた一角の化け物がこちらを見下ろす。

 

 「ガハッ!やめろ!放せ!」

 

奴は私の首を左手で肩の高さまで掴み上げると、右手を引き、胸の間に狙いを定める。きっと私の心臓もくり抜き食べるのだろうが、そうはさせまいと私は、両手で奴の左手首を掴み、宙に吊られた左足で化け物を蹴ってみるがびくともせずに平然とした顔を浮かべる。すると更に首を掴む力を強めて遂には呼吸が出来なくなる。

 

 「くっ…カハッ………」

 

 奴は更に右手を引き絞り、私の胸を貫こうとした次の瞬間。

 

「破道の六十三、雷吼炮!」

 

 大きく気迫の入った声を耳にすると、目の前を黄色の電撃の光線が横切り、一角の化け物は私の首を離すと焦げた臭いの煙を上げながら距離を取る。

 

 「ゴホッ、ケホッ、ケホッ」

 

 私は気絶する直前で息を取り込み、思わず目に涙が潤む。そんなボヤけた視界で見上げれば、綺麗で普段から戦っていることがないだろうことが分かる死覇装と、至極色の髪が私の目に飛び込んでくる。

 

 「もう大丈夫ですよお嬢さん。あとは俺に任せてください」

 

 そう言って何故か怒気を孕んだ言葉を口にして、東雲茜二が立っていた。

 




本格的な戦闘までやっと来れました。



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鬼の気持ち

 俺は今、莫大な霊圧に向かって森の闇を翔けている。周りの木々を気味の悪い風が揺らし、心なしか体調が悪く感じてしまう。色々な汗を額に垂らしながら俺は先を急ぐ。

 

 しばらくすると。ドカンという大きな衝撃音がしたかと思えば、バキバキと恐らく太いであろう木がへし折れる音を森の静寂の中で感じ取る。音の距離感から、恐らくもうすぐそこに来ていると推測できる。

 

 「っっ!あの光は、虚閃⁉︎相手は虚か?」

 

 俺の前方で赤い光の光線が遠目に見える。かなりの威力があろう光は、一度見たことがあるメノス・グランデのそれよりも何倍も強そうだ。

 

 強大な敵を前に本能的に恐怖や不安が、心の中に押し寄せるが俺は顔をバチンと両手で叩くと大きく深呼吸する。

 

 「大丈夫だ俺。今まで鍛錬は欠かさずに積んできた。純連の剣を何十年と受けてきたし、卯ノ花隊長の回道と鬼道。何も怖がることはない」

 

 ボソボソと呟きつつ俺は開けた所へ出ると、目に飛び込んでくるのは月明かりに照らされた一本のねじれた角と、整列の時隣にいたおかっぱ頭の少女。少女は首を掴まれて今にも人型をした不気味な虚に体を貫かれそうだ。俺は片手を前に構えとっさに一番打ち慣れた鬼道を少女にギリギリ当たらぬように放つ。

 

 「破道の六十三、雷吼炮!」

 

 詠唱破棄にしては十二分の威力を孕んだ黄色の雷電は狙い通りに虚にあたり、焦げ臭い煙を纏いながら距離を取らせることに成功する。ボロボロでゴホゴホと咳き込むこむおかっぱ少女の前に庇うように立つと、斬魄刀に手を掛けて声をかける。

 

 「もう大丈夫ですよお嬢さん。あとは俺に任せてください」

 

 気を抜かずに前方の虚を両目に捉えると、少し焦げてはいるものの全く効いていないようだった。

 

 「奴がばあちゃんを……」

 

 俺は鋭く怒りを込めた目を向けて、二つ目の穴を開けようかというほどにじっと仇を凝視する。

 

 「き、貴様は四番隊の……!」

 

 「覚えていただきありがとうございます。四番隊第五席の東雲です」

 

 目は虚に向けたまま俺は少女に答える。なるべく普通に話しているが内心恐怖で埋め尽くされている。それを悟られないようにしているがバレていない自信はない。

 

 「他の皆さんはどこへ?」

 

 「秦殿はやられてしまったが、私が殿となり皆を逃した所だ。貴様も逃げろ!奴は隠密機動である私よりも遥かに速い、貴様では到底太刀打ちできまい!何故こちらへきたのだ!」

 

 見た目に似合わず荒々しくそう叫ぶと、目の前の虚が突如消えて少女の後ろへ回り込む。しかし俺は見えている。俺の背中を狙った奴の右手を斬魄刀で弾くと鬼道で相手を吹き飛ばす。

 

 「破道の五十八、闐嵐!」

 

 刹那、暴風の空気の渦が虚に向かって吹き荒れて押し出すことに成功するが奴は軽々と着地をする。少女は俺を見上げ、細長いが大きな目を更に大きく見開く。

 

 「これでも俺は卯ノ花隊長の弟子なんでね、そう簡単に負けるわけにはいかないんですよ。」

 

 俺は少女を抱き上げると、森に入る直前の木を背もたれに楽な姿勢で座らせて焦げた脚に応急処置を施すとすぐさま虚に目を向けて斬魄刀を構え直す。

 

 「応急処置を施したので痛みは引いたはずです。本当は全快させて逃げ欲しいんですけど……」

 

言葉途中でいつの間にか距離を縮めた虚が、俺の心臓あたりを狙って腕を突き出すが俺は斬魄刀で受け止める。

 

「相手が悪くてそんな時間はないようです。少しそこで休んでてください」

 

 少女を背にかっこつけた言葉を必死で並べると、とりあえずこの場合から離れるために、鍔迫り合いで力が入った震えた声で得意の鬼道を放つ。

 

 「縛道の三十、嘴突三閃」

 

 「お、おい!待て!」

 

 少女の言葉を無視して虚の両肩とお腹に、黄色の爪を打ち込んで後方に吹っ飛ばす。それと同時にすぐさま追撃し続け様に至近距離で吹っ飛ばされてる虚に鬼道を放とうとする。

 

 「破道の…っ⁉︎」

 

 しかし鬼道は赤く思いの外大きな霊圧の球を形作る。あまりに急でこのままでは無事では済まない。俺は避ける以外の方法を考えるべく必死に頭を回す。

 

 この状況下ではかなりの大博打だが、間に合う方法はただ一つ。やると決まればすぐさま俺は実行する。

 

 「縛道の八十一、断空!!」

 

 ありったけの霊力を注いだ透明な防御壁は、見事に虚閃を遮断する。しかし爆発の余波が凄まじく、至近距離で受けた俺は受け身を取れずに地面に叩きつけられる。周りの木々の枝葉は大きく揺れてこの葉が夜空へ舞い上がる。

 

 打ち付けられた箇所を手早く癒すと斬魄刀を構え直すが、無傷で目の前から高速で迫る虚の蹴りを致し方なく左手腕で受けるが、とんでもない馬鹿力に俺は草鞋を青々しい葉が落ちる地面に、かなりの距離を擦りながらやがて止まる。

 

 「参ったな‥…これは。純連の比じゃねぇよ全く」

 

化け物じみた幼なじみを思いながらも真の化け物にに目をやると、粉砕している腕を癒す。ひと蹴りでこの威力じゃ回復がとても待ち合わない。それこそ卯ノ花隊長ぐらいの腕が必要だろう。何よりも厄介なのが奴の速さだ。それを封じない限り勝機はないと考える。

 

 「雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六に別つ、」

 

半端な鬼道では破られると思った俺は詠唱を始めるがその間にじっとしてくれるはずもなく、大きく雄叫びをあげれば厄介な速さで迫る。しかし奴は見る限り直線的に動いており動きが読みやすい。タイミングを見て俺は上へ跳躍すると奴の拳は空を切る。

 

「縛道の六十一、六杖光牢!」

 

 刹那、真下の虚の腹に六つの光が勢いよく突き刺さり動きを縛る。虚は、苦しげで途切れ途切れに声を発するが、自由落下の勢いをそのままに容赦なく斬魄刀を振り下ろす。

 

 『バキン!』

 

 予想とは違い聞き慣れない音に俺は耳を疑う。恐る恐る斬魄刀を見れば、綺麗に刀身が折れている。俺の霊力は先ほどの鬼道で全て使い果たしてしまったため戦う武器をなくした俺は頭の整理が追いつかない。

 

 「なん…だと‥?」

 

 その間に虚は鬼道を破壊し、今までとは桁が違う特大の虚閃を装填する。手が震え、ぼーっとしている俺の耳に、高く悲痛な叫びが届いてハッとする。

 

 「逃げろ!東雲!」

 

 木に寄っかかっり、こちらに向かって叫ぶおかっぱ少女の声を聞くが時すでに遅し、俺の体は赤の閃光に包み込まれる。

 

 「クソがぁっっ!」

 

 そこで俺の意識はプツリと途切れる。まるで何者かによって別の世界へ引っ張り込まれたかのように。

 

 

 

--------------------------------

 

 目覚めると周りが見慣れた景色だか、今回は少し風景が違う。仰向けに寝ている俺の上へから止めどなく雨が降り頻る。数十年間ここへきているのにこんな状態は初めて見た。沈まない水面に波紋がやかましく広がり、俺は重い体をグッと起こす。

 

 「やれやれ。何という無様なやられ方をしておるのだお主は。あの程度奴に傷一つつけられぬとは、しょうがない奴じゃ」

 

 そう呆れるのは俺の斬魄刀。艶やかな銀髪を濡らし水が滴るその様は、童顔ながらなんとも色気がある。ちょこんと額から飛び出る二本の角も相まって、俺の目にとても魅力的に写る。なんだか新しい扉を開いてしまいそうである。きっとその先には素晴らしい世界が待っているのであろうが、かすかに残った俺の理性がその扉に隙間なく糊を塗りたくり新境地開拓を阻止する。

 

 「ふぅ。危なかったぜ」

 

 思わず口に出してしまうと、幼女は不審げに問う。

 

 「何が危なかったのじゃ?」

 

 「いや、なんでもないよ。こっちの話。それより珍しいね君から俺を呼ぶなんて。どういう風の吹き回し?」

 

 彼女は無表情のまま最大限の呆れを乗せて言葉を弾丸の如く俺に弾き飛ばす。

 

 「あまりに情けない戦いをしておったのでな、お主は今、死にかけておるしの・・・耐えきれずに呼んでしまったわい。それにわしを折ったじゃろ?それの説教をしにきたのじゃよ」

 「斬魄刀を折ったのはごめんて。あれで終わりかと思ってさ、ばあちゃんの仇が取れると思ったらつい研ぎ澄ませた霊圧が緩くなっちゃって。本当に申し訳ない」

 

 俺は胡座のままクッとキレ良く頭を下げる。

 

 「まあ良い。じゃが次に折ったら覚悟しておけよ?わしはちょいと気が短い。気をつけるのじゃな」

 

 

 「ああ、次は気をつけるよ。悪いな」

 

 「して、お主よ。今の状況分かっておるな?今はわしの力で生き長らえておるがお主は今、死にかけじゃ。どうやってあの獣に勝つつもりじゃ?」

 

 俺は押し黙る。斬魄刀を折られて霊力も残り僅か。あいつを倒すだけの鬼道は放てないだろう。

 

 「ひとつだけあてがある。君の力を貸してくれないか?勝機はそこにしか残っていない」

 

 俺は斬魄刀に頼ってしまうのが、なんだか情けなくなって渋々と言葉を出すと、幼女は珍しく確かめる様に目を細める。

 

 「ならば、わしの力は何の為に使うのじゃ?仇をとるためか?怪我したおかっぱを守るためか?それとも任務のためか?」

 

 俺は熟考する。今俺は一番、何がしたいのだろうか?おかっぱ頭の少女も護りたい。卯ノ花隊長の心遣いに応える為に任務も成功させたいし、もちろん仇だって取りたい。

 

 「俺は…………」

 

 「早くせんか。もう長くは持たんぞ?死にたいなら話は別じゃがな」

 

 「俺は…………!」

 

 幼女に急かされ上手く考えが纏まらない。時間は有限、崩壊はすぐそこへ迫っている。ええい!こうなっては深く考えてもしょうがない!吹っ切れた俺は今の素直な気持ちを、魂を斬魄刀へとぶつける。

 

 「俺は死ぬのが怖い!そりゃ仇だって取りたいしみんなを護りたい!あいつを倒して卯ノ花隊長に褒められたい!純連にだって一言ギャフンと言わせて俺だってやれば出来るぞと見返させてやりたい!」

 

 感情が昂って声が詰まる。しかし俺は胸の内をぶつけるべくぎゅっと声を絞り出す。

 

「でも何よりも俺は死ぬのが怖いんだよ・・もっと生きて、奴をぶった斬ってやりたい!こんな化け物を作り出す奴をぶった斬ってやりたい!俺のために、他の誰でもない俺だけのために力を貸してくれ!」

 

 ブスり。斬魄刀が俺の胸を貫く。後ろを見れば銀髪の幼女がまたも無表情のまま俺を見下す。

 

 「全く、本当にどうしようも無い奴じゃ。この後に及んで叫び取り乱すとはの。鼓膜が破れるかと思うたわい」

 

 話している間にもズブズブと斬魄刀は進み続ける。

 

 「………なんで………どういうことだよこれは?」

 

 やがて刃を止めると『はぁ………』とダルそうにため息をつき何故だか悔しそうに言葉を続ける。

 

 「どうしてもこうしても無い、合格じゃ。本当にお主は、何年待ったと思うておる。わしはただ、お主を護りたい。それだけなんじゃよ。主の親の為でもなく、人の為でもなく、わしの力はお主の為使って欲しい」

 

 すると力がどんどんと流れ込んできて心の雨も上がり、なんだか迷いがなくなった気がする。

 

 「鬼道とか回道とか、自分の力だけではなくて、少しはわしも頼って欲しいのじゃ。今となっては誰よりも、主様より一緒の時を過ごしておるのじゃから……」

 

 「済まなかったな。今まで気づいてやらなくて……」

 

 「済まなかったではないのじゃ!わしがどれほどの時間主様を突き放し、辛かったと思うておる!本当にさびしかったのじゃぞ!」

 

 ようく見れば彼女は涙を流している。小さな頬に手をかざし、涙を拭いて何度目か分からない質問を投げかける。今度はダメ元ではなく確かな自信を持ってゆっくりと。

 

 「遅くなって済まない。君の名前を教えてくれないか?」

 

 ズズーと鼻をすすりニコッと可愛い顔で歯を剥き出して笑うと、嬉しくて仕方がない様子で幼女は大きな声で叫ぶ。 

 

 「遅いぞこのたわけが!こんな情けない主様はやっぱりわしがついていないとダメな様じゃな!仕方がないから教えてやる!わしの名前は、----------------!」

 

 

--------------------------------

 

 「グルルルルルゥゥゥゥ」

 

 虚は満足げに戦果を見れば、低い声で喜びの雄叫びを上げる。ドシドシともう動くはずのない焼け焦げた男にゆっくりと近づく。

 

 「クソッ。やはり我々では奴に勝てない……何故こちらへ来たのだ、馬鹿者が………」

 

 砕蜂は諦めたかの様に弱々しい言葉を綴る。痛みは茜二の治療で治ったがいずれにしろこの脚では奴から逃げ切ることはできまい。砕蜂は今一度もっとも敬愛する君主に想いを馳せる。

 

 「申し訳ございません夜一様。最後まであなたと一緒にいたかったのですがその願いは叶わぬ様です」

 

 そう思いつつ茜二の方に首を動かせば、今まさに仰向けに倒れているところであった。

 

 (奴はもう終わりか。善戦したが意外と呆気ない終わりだな。脚の痛みをとってくれたことには礼を言おう。こちらへ来ずに逃げていれば良かったものを……)

 

 するといきなり一角の虚が叫びだし慌てて距離をとった。よく見れば立派であるが狂気を感じる角が折れ、身体には斜めに大きな切り傷が刻まれている。

 

 (どうなっている。奴に何が起きたのだ⁉︎)

 

 砕蜂はいつの間にか立ち上がって斬魄刀を振り上げた東雲を見る。さっきまで弱々しかった霊圧は嘘の様に吹き返し、折れたはずの斬魄刀もどういうわけか治っている。この短い間に別人の様にみちがえた彼を見ると今までに一番欠けていた覚悟を感じる。

 

 「どういうことだ…‥…訳がわからない。こんなことがあり得るのか」

 

 角を折られた虚は今までとは桁違いの霊圧を放つと怒り狂ったかのように激しく吠える。

 

 「済まないがあまり時間がない。俺の全身全霊を彼女に込めて一発で終わらせてやる」

 

 虚は相変わらず速いが読むのは容易い、直線の軌道で茜二の間合いに踏み入ると、茜二は落ち着いて、しっかりと切るべき対象を捉え念願だった言葉を呟く。

 

 「閃け、九泉雷公」

 

 

 




戦闘描写クソむずい。
拙い文ですみません。

主人公の始解ですが、読み方は九泉雷公(くせんらいこう)です。
能力は次回に。


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身分不相応

 

 

 「閃け、九泉雷公」

 

 刹那、俺の体に青白い稲妻が走ると思いっきり地面を蹴る。地面が抉れるほどの出力が発生すると、俺の体は弾丸のように虚に向かって弾け飛ぶ。

 

 「っ!」

 

 俺はあまりのパワーに動揺するがもう止められない。覚悟を決めると虚を見据え通りざまに左腰から右肩へ、斜め上に一閃。雷を纏った斬魄刀はいとも容易く虚の体を大きく切り裂く。思いっきり振り上げたので思わず体が捻れて体勢を崩す。全く抵抗を感じなかった俺は心中で叫ぶ。

 

 (こんなに切れるなんて聞いてねえ!というかどうやって止まるのこれ、このままじゃ木に激突しちゃう!やばいよ、どーすればいいの!)

 

 『残念じゃがこのままぶつかるしかないのう。分かっていると思うがわしの力は、雷を利用して主の筋肉を強制的に伸縮させて身体能力を引き上げること。いきなり全開で行くとは、当然体が持たんじゃろ。現に主様よ、主の両脚の筋肉はボロボロ。腱に至っては全部切れておるぞ?』

 

 無情にも淡々と答える九泉雷公さん。いつも通りのやれやれといった感じが目に浮かぶ。

 

 そんな中、超高速で体勢を崩しながら吹っ飛ぶカオスすぎる状況の俺は覚悟を決める。

 

 「縛道の三十七!つりぼしぃ〜!!いけ〜!お前だけが頼りなんだよ!絶対に破……」

 

 俺はなけなしの霊力を使って木々の間に吊星のネットを張ると、言葉の途中で勢いよく頭からの突っ込む。ビヨーンと木々もろとも大きくしなると衝撃に耐えられなかったのか木は根元から折れる。さらに俺は吹っ飛び続け数メートルの木に頭をぶつけてようやく止まる。

 

 吊星が消えて俺は仰向けのまま目を開ける。どうやら命拾いしたらしい。もう霊力は正真正銘の空だ。頭も痛いし脚だって動かせない。どうやら、脚だけではなく意外と全身に負担がきているようだ。今は指一本動かせる気がしない。しかし俺は右手に握られた斬魄刀を持つ力だけは緩めない。

 

 「にしてもすごい能力だなあ、これ。俺にこいつは勿体ないくらいくらいにすごい」

 

 俺は斬魄刀に目玉をむけながら呟く。彼女曰く、俺たち生物は基本的に身体を壊さないように力をセーブしているらしい。

 

筋肉とは脳から発せられる電気信号で伸び縮みしているらしいのだが、これを脳からの電気信号ではなく、彼女の雷を使って行うことによって力の制限なく身体能力を引き出せるという仕組みだ。

 

わかりやすく言えば、感電するとよく体が勝手にビクビクと動くことがあるだろうけど、それを意図的に操作して体を動かすという感じだろうか?

 

また他にも、見えるんだけどわかってはいるけど体が動かない、もしくは体が追いつかないなんてことも無くなるということだ。

 

高速の戦闘になるにつれて、目で見て、頭が処理して、指示を送って、体を動かすということをやっていると、だんだん体が追いつかなくなる。そんな時に視覚の情報から直接行動に繋げることができる彼女が重宝されるのではないかと思う。

 

 「おいおぬし、生きておるか?」

 

 すると俺に、褐色の肌をし隊長羽織を着てまるで猫の耳のようにピョコッと外に跳ねた俺と近い髪色の女性が話しかける。そんな女性を俺は当然知っていた。

 

 「四楓院隊長?何故このようなところへいらっしゃっているのですか?」

 

 内心は驚きの連鎖で弾けているが、疲れすぎて表に出すことができない。

 

 「そうか、まだ意識がはっきりとしておるようじゃの。わしのことは後で良い。あの改造虚をやったのはお主か?」

 

 四楓院隊長は真剣な眼差しで俺を見ると地に膝をつけて俺の顔を覗き込む。

 

 「は、はい。そうです。奴は俺一人でやりました。それがどうか?」

 

 (近い!近い!かわいい!肌綺麗!近い!いい匂い!)

 

 疲れのあまり無反応でいられる俺はラッキーなのかもしれないな。と、煩悩が支配する間にも続け様に質問がとんでくる。

 

 「そうかそうか、おぬしかなり腕が立つようじゃな。おっと、言い忘れておった。砕蜂を救ってもろうて感謝する、四番隊よ。奴はまだ若いが大切な部下じゃ」

 

 砕蜂?あのおかっぱ少女のことだろうか?四楓院隊長が頭を下げるなんて、よっぽど大切なんだろうな。

 

 「いえいえとんでもない。頭を上げてくださいよ。ついでに助けただけですから。」

 

 「そうか。じゃが、この恩はいつか返させてもらおう。お主、名は?」

 

 四楓院隊長はニカっと笑うと俺に名を聞いてくる。途切れそうな意識を必死に繋ぎ止める。

 

 「俺の名は…東雲茜二です……」

 

 「茜二か、覚えておこう。っておぬし!大丈夫か⁉︎おい……!」

 

 ここが途切れた記憶の最後となった。

 

 

 

--------------------------------

 

 

 目が覚めると暗い天井。幾度となく使ってきたが実際寝るのは初めてのベッドから体を起こす。

 

 「イテテテ。反動で筋肉がやばいなこれ」

 

 すぐさま再び枕に頭を預ければ椅子に座って寝息を立てている奴が一人。純連は綺麗な顔を掛け布団に押しつけてヨダレを垂らしている。やっぱり子供だなと頭を撫でれば気持ちよさそうな顔をする。

 

 「カワイイやつめ‥‥‥」

 

 しばらく白い頭を撫ででいると、入り口が開いて誰か一人入ってくる。

 

 「おや?ようやく目が覚めたようですね。体調の程はいかがですか?」

 

 卯ノ花隊長は純連の隣に立つと灯りをつけて俺に問う。

 

 「だいぶ良くなりました。ご心配をお掛けして申し訳ありません」

 

 「無事に帰ってきたならばいいのですよ。私よりも彼女の方がずっと心配していたのですよ。三日間あなたは眠っていましたが毎日ここは通っていました。あなたが運ばれてきた時なんかはかなりの乱れようでした。そのくらい心配だったのでしょう。目が覚めたらお礼を言っておきなさい。任務の詳細は後ほどにしましょう。今はゆっくりとお休みなさい」

 

 そう言って再び灯りを消すと外へ出て行く。純連が起きる様子もないしもう一眠りするとしよう。

 

 しばらくして再び目が覚めると、窓からは明るい日差しが流れ込んでいる。横にいた純連は、椅子を残して居なくなっており仕事に行ったのだろうと思われる。

 

 起き上がろうとすれば何やら布団に違和感を感じる。何故か布団が盛り上がっており、かなり恐怖を感じる。恐る恐るめくってみれば、そこには俺の斬魄刀、九泉雷公さんが俺の体にしがみつき気持ちよさそうに寝息を立てているではないか。

 

 「おおぅ‥……どういう状況だこれ?」

 

 寝起きというのもあり、頭の中が混乱でグルグルしていると銀髪幼女は目を覚ます。

 

 「ん〜………おきたのか主様よ。四日も眠りこけおって、本当に心配させるのが好きなようじゃの?」

 

 寝起きの舌足らずで言うロリ鬼は、はだけた着物も改めずに俺の胸へと顔をマーキングをするかのようにグリグリと擦り付ける。

 

 「具象化までしてどうしたの?随分と態度が違うじゃないか」

 

 俺はどうしていいか分からずに取り敢えずサラサラとした銀髪を梳かすようにして撫でる。側から見れば完全にロリコンであるが俺はそれに気づくことはない。

 

 「当たり前ではないか?わしは主様だけのために力を振るいたいのじゃ。それをばあちゃんのためとかなんとかいつも主様は他人のために力を使おうとする。どれだけお人好しなのじゃ。わしの気持ちを早く理解して欲しくてあのような態度をとっていたのじゃが、主様ときたら全く気付かないではないかこのたわけが」

 

 かなりきついことを言われている俺だが全く傷つかないのは当然。俺が頭を撫でて気持ち良さそうな甘ったるい声で言われては効果がないのは明白。

 

 「それよりもうそろそろ起きたいんだけどさ‥…」

 

 「嫌じゃ!わしは退かぬぞ!やっと気持ちが通じ合ったのじゃ!何十年と待ち続けたわしの気持ちを考えてみぃ?もう少しこうして撫ででもらっても罰は当たるまいて。早う手を動かすのじゃ」

 

 幼女はぎゅっと力を入れて抱きつくと俺は思わず考える。確かに俺の至らなさ故、彼女には辛い思いをさせてしまった。今しばらくは彼女の言うことを聞いてもいいかもしれない。そう思って頭を撫でるのを再開する。

 

 「そういえば褒美が欲しいのじゃ。先の戦いで勝てたのはわしのお陰であろう?少しは褒美をくれても良いのではないか?」

 

 「確かにな……今回は完全にお前のおかげだよ。って、そんな期待の眼差しを向けられても大したことは出来ないからな?褒美に何が欲しいんだ?」

 

 そう答えてあげると鬼はニコッと本当に嬉しそうな笑顔をする。あんなに無表情だったのにこんな笑顔ができるとは……良い誤算であってよかったとつくづく思う。

 

 「そ、それじゃあのう、その、わしを抱きしめて欲しいのじゃ……」

 

 恥ずかしそうにもじもじとする様はなんとも愛らしく、態度の急変から考えるにほんとにいろいろ耐えていたんだなと申し訳なく思ってしまう。

 

 「しょうがないなお前は」

 

 膝の上の彼女の背後に手を回し優しく小さな身体を抱きしめれば、耳元で可愛い声を漏らす。しかし次の瞬間、何故かいつもの鋭い雰囲気に戻ると部屋の入り口に目を向けて俺の腕を振り解く。

 

 「茜二?やっと起きたのね⁉︎もう本当に心配したんだから……って何よその幼女は⁉︎ベットで抱き合っているなんて、は…破廉恥だわ!恥を知りなさい!」

 

 純連は泣きそうで嬉しいそうな顔から一転、九泉雷公を見つけプンスカと怒る彼女はズンズンとこちらへ歩いてくる。

 

 「いや、違うんだ。こいつは俺の斬魄刀で、決していやらしいことをしていたわけではなく、褒美をやっていたんだ!」

 

 そう言って彼女を紹介すると純連は九泉雷公を見つめて何やら敵対心剥き出しで互いに睨み合う。

 

 「そうじゃ。わしと主様は一心同体。このくらいの触れ合いはしとかねばいざと言う時に力を発揮できまいて?」

 

 「ふぅ〜ん?そう言うことなのね?でも私は茜二が小さい頃から知っているのよ?ずーっと一緒に頑張ってきたんだから!」

 

 「いやいや、過去などどうでも良いことを誇るな小娘。大切なのは今、長さではなく質なのじゃよ?」

 

 「いいえ違うわ!質ではなく量よ!長い時間こそが深い関係を築き上げるのよ!」

 

 なにやら俺を無視して言い合いになっている。いい加減静かにしないと怒られるのでは?

 

 「あの〜、二人とも。仲良いのはわかるんだけどもう少し静かに……」

 

 『アンタ(主様)は黙ってなさい(おれ)!』

 

 「ハイ……なんか……ごめん」

 

 気迫のこもった二人は再び議論を始めるが次の瞬間、二人よりももっと強大な黒の波動が言葉を止める。

 

 「あなたたち?ここは病室ですよ?元気があるのは結構ですが、これ以上続くならば私がお相手致しましょう。」

 

 卯ノ花隊長は笑っているが、目だけは笑っておらず空気がズシンと重くなる。

 

 「あ⁉︎そうだ私仕事がまだ残ってたんだった!急いでやらなくちゃ!じゃあね茜二!また来るわよ!」

 

 「フン。所詮は小娘。わしの勝ちじゃな?ではそろそろわしも戻るとしよう。続きは夜に、の?」

 

 二人とも急いでその場を去れば卯ノ花隊長がやれやれとベット横の椅子に座る。

 

 「さっきのは斬魄刀の具象化ですね?先の戦いで始解を身につけてもうそこまでいったのですか?」

 

 「はい。急にこいつの性格が変わりまして……気分屋なんですよ」

 

 「そうですか……かなり時間がかかりましたが、取り敢えずこれで一安心ですね?それではそろそろ調査内容を報告していただけますか?」

 

 「わかりました……」

 

 集落の様子。虚の強さ、違和感を事細かに説明すると卯ノ花隊長は悲しそうに頷きながら静かに聞く。

 

 「そうですか‥…大切な方を失って辛かったでしょう。現在二番隊が集落の片付けと遺体を埋葬しているところです。貴方の家族だけは四番隊で預からせていただきましたので安心なさい」

 

 「そう、ですか。お気遣いありがとうございます。これでゆっくりと最後の挨拶ができます」

 

 お礼を言うと俺は気持ちを整える。あの夜、魂に誓った決意を言わなければならない。

 

 「卯ノ花隊長。俺、四番隊を辞めます。」

 

 卯ノ花隊長は全く動じない。まるで元から分かっていたかのように。

 

 「そうですか。辞めたとして、それから貴方はどうするのですか?」

 

 「俺は、ばあちゃんが死んだ原因となった魂魄消失事件とあの改造虚の謎を追います。そして犯人を必ず捉えて俺は罪を償わせたい。俺はそう誓ったんです」

 

 卯ノ花隊長はしばらく口を開かない。

 

 「四番隊を抜けるのは構いません。しかし貴方は私の弟子です。どうしても旅立つと言うのならば私の全てを貴方に教えてからです。まだまだ貴方は弱い。始解を会得したくらいで慢心してはなりません。相手は強大、かなりの力をつけなければ到底立ち向かえない事は自明の理。私に覚悟を見せてください。話はそれからです」

 

 卯ノ花隊長に正論を言われて俺は押し黙る。確かに相手は強かった。このまま旅立ってもすぐにやられて無駄に命を落とすだけだろう。

 

 「わかりました。ではどのようにしたら認めて貰えるのでしょうか?」

 

 瞬間、卯ノ花隊長の雰囲気がガラッと変わる。穏やかだったのが息を潜め、漂うのは改造虚と戦った時に感じた獣のそれ。俺は暑くもないのにダラダラと汗を垂らす。

 

 「十年以内に卍解を会得する事。それと私が剣を教えます。それで私に覚悟を示しなさい。出来なかったら四番隊に止まってもらいますよ。いいですね?」

 

 「わかりました。お願いします。」

 

 「よろしい。では、その傷が癒えたら早速開始といきましょうか。前にも言いましたが今はゆっくりお休みなさい。話はそれからです」

 

 そうして部屋から出て行く卯ノ花隊長の背は鬼神の如き迫力だった。

 

 

 

 

 

 

 




 斬魄刀の解説難しい。
 筋肉に電気を流してその硬直を使って制限なく力を引き出します。電気治療などで身体に電気を流すとビクビクって勝手に動いてしまうアレです。ですから、思いっきり地面を蹴って高速で進むとか、思いっきり斬魄刀を振り下ろすとか、直線的動きしかできません。しかも吹っ飛んだら止まる方法がないので現段階では全力でやったりすると身体が耐えきれないし壁や木に激突してしまいますね。
 握力なども強化できたり汎用性は高いのでいろいろな戦い方ができると思います。
 説明下手ですみません。分かりづらかったら改めて説明しますので遠慮なく言ってください。


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閑話 それぞれの悩み

 私はどうしようもなく気になっていた。

 

 「どうしたのじゃ?砕蜂。さっきからボケーっとしおって」

 

 「い、いえ、なんでもございません夜一様。少し考え事をしていたのです」

 

 私はあの四番隊第五席、東雲茜二という男が気になっていた。先日の任務で私が歯も立たなかった改造虚を四番隊ながら倒して見せた。瞬歩も我々に軽々とついてきていたし彼奴は一体何者なのだ?最近はそんなことが頭の中を埋めている。

 

 「そうか、なにで悩んでいるのかわしに言うてみい?」

 

 「じ、実は、先日の任務で同行していた四番隊の男のことなのですか‥…」

 

 「おお!茜二のことか⁉︎なに、彼奴が気になるのか?」

 

 「ち、ち、違いますよ!助けられたお礼がまだでしたのでいつ行けば良いのかと考えていたのです!け、決して好きなどと・・いう訳では……」

 

 夜一様はいつものようにからかう。私をいじって面白そうにニヤける夜一様も素敵だ。私はあの男を考えてしまうとどうも胸の奥がザワザワするのだ。今までにこんなことがなかったのでどうすれば良いのかわからない。思わず顔を熱くして夜一様に言い返す。

 

 「ほう……わしは一言も『好きなのか』とは聞いておらぬが……」

 

 「っ!からかわないでください!決してそのような事はあり得ませんから!その感情は夜一様に仕えると決めたその時に捨てたものですから……」

 

 夜一様はやはりニヤニヤしている。そんなはずはない。私が恋愛感情を抱くなどあり得ない。私は強くなるため女としての感情は捨て去ってきたはず。幾年も継続してきたその覚悟が今更揺らぐなど有り得ない、あってはならないのだ。

 

 「まあ良い。しかし彼奴に礼は言っておけよ?茜二がいなければ今頃お前はここにいないのじゃからな?」

 

 「分かっています。後ほど四番隊へ伺います」

 

 私は言葉を返すが夜一様は何やら難しい顔に変わる。

 

 「いや、事件から二日が過ぎた今も茜二は目が覚めぬままじゃ。わしが運んだ時は、本当に酷い怪我じゃった。幾ら卯ノ花隊長がついていようと後数日はかかるかもしれん。」

 

 「そうなのですか⁉︎確かに虚閃をまともに喰らっていたし、私を庇いながら戦っていた。奴には負担をかけ過ぎたのかも知れんな‥…」

 

 私を庇いながら戦ってあの虚を倒してしまう彼に、ますます疑問が連なってくる。私は一層、しっかりと会って直接礼を言おうと心に決めた。

 

 

--------------------------------

 

 「もう十分に傷は癒えたでしょう。本日中に退院とします」

 

 「わかりました。ありがとうございます」

 

 俺は卯ノ花隊長にお礼を言うと包帯が取れた体を軽く動かして状態を確かめる。数日間寝たきりだったのにも関わらず、不思議と前より状態が良い。やはり隊長の治療が良かったのだろうか?

 

 「では明日から例の鍛錬を始めますよ?心身共に十分な準備と覚悟を決めておいて下さいね。これまでのように温くはいきませんよ」

 

 「わかりました。よろしくお願いします」

 

 事件から七日あまりが過ぎて、俺は遂に卯ノ花隊長の弟子として最終段階の仕上げに入る。回道、鬼道ときて次は斬術。卯ノ花隊長が斬術を教えると言った時は驚いたが何やら色々と訳があるようだ。ここは疑問に思ったが、知らぬが仏ということもあるだろうと流すことにした。

 

 卯ノ花隊長が退室して数刻、今日も純連が来てくれたのかと思ったが、意外な人物が顔を見せる。

 

 「久しいな東雲、もうすっかり傷は癒えたようだな。見舞いに来てやったぞ」

 

 「お久しぶりです砕蜂さん。貴方こそ大事ないようで良かったですよ。本日は何かご用ですか?」

 

 砕蜂さんは何やら気まずそうに体を動かしていて何やら居心地悪そうだ。

 

 「いや、その、実はあの時の礼を言いに来たのだ。東雲がいなければ私は確実に死んでいた。お前が庇いながら戦ってくれたおかげで私は今もこうして存在していられるのだ。本当にありがとう」

 

 砕蜂さんはこういうのに慣れていないのか恥ずかしそうに礼を言う。そしてこんなこと初めて言われた俺もなんだか照れ臭くなってしまう。

 

 「いえいえ、私も個人的にあの虚に思うところがあったので……こうして我々がが無事でいられて運が良かったですよ。残念ながら秦さんは助けられませんでしたが、その他の皆さんが助かったのは砕蜂さんのお陰に他なりません。砕蜂さんの方こそ今回の立役者ですよ」

 

 砕蜂さんはなんだか人当たりがきついと思っていたが、案外そうでもないようだ。最初は不安だったのだが、なんだか上手く打ち解けられて良かった。

 

 「そうか、そう言ってくれると私も気が楽だ。今度改めて礼をさせてくれ。それともう一つ話があるのだが……」

 

 「それはわしからしよう!」

 

 突然窓からやってきたのは二番隊隊長四楓院夜一。いつの間にか音も立たずに近くにいるのだからそれは驚きだ。

 

 「よ、夜一様!いつからそこへ⁉︎」

 

 「お主が緊張して恥じらいながら茜二に礼を言う所全部聞いてたぞ?本当にお主は愛奴じゃのう砕蜂!」

 

 四楓院隊長は砕蜂さんの頭をワシワシ撫でると、砕蜂さんは何も抵抗出来ないようだ。二人はとても親密な関係だと一目でわかる。

 

 「それでお二方。私に話というのは?」

 

 二人してこちらへ向き直ると四楓院隊長は真剣な顔に早変わり、砕蜂さんも何やら真剣な面持ちだ。流石にスイッチの切り替えが速い二人を見て感心するのも束の間、思っても見ないことを俺は聞く。

 

 「茜二、お主二番隊に入る気はないか?」

 

 

 「え、四番隊の俺が二番隊に?ですか?」

 

 思わず耳を疑う勧誘。予想外すぎて頭の処理が追いつかない。

 

 「お主の戦いぶりは砕蜂から聞いた。足も速いし性格も難なし!是非うちに欲しい。実は三席の座が空いていてな、誰も相応しいものがおらず困ってあるのだ」

 

 「東雲程の実力があれば、文句を言う奴もいないだろう。私もこれには賛成だ」

 

 俺は考える。丁度どの隊に行のか探していたところで顔見知りかいるのは大きい。しかし、卯ノ花隊長の条件を達成するまで何年かかるかわからない。無闇に約束しても迷惑だろう。

 

 「すみませんがお断りさせて頂きます」

 

 二人はきっと引き抜く自信があったのだろう。とても驚いた顔をしている。

 

 「それは何故じゃ?三席に昇進できるのじゃから悪い話ではないだろう?」

 

 「実は隊を抜けるにあたって卯ノ花隊長の弟子としてやっておかなければならない事があります。それが何年掛かるか分からないので無闇に約束できません」

 

 四楓院隊長はそれを聞くとなるほどと言った感じでフッと笑う

 

 「ではまた誘いに来るとしよう。帰るぞ砕蜂」

 

 「よろしいのですか?夜一様」

 

 「良いのじゃ。無理に引き入れてもしょうがないしの」

 

 すると二人はスッと目の前から消える。

 

 「はぁ。二番隊ね……なんだかイメージと違って騒がしそうだな」

 

 俺は明日からのことを考えて鬱になりつつも手早く退院準備の続きへ手をつけた。

 

 

ーー--------------------------------

 

 次の日、俺達はいつもの鍛錬場に来ていた。前を見れば卯ノ花隊長の雰囲気が随分と違う。やはり何か秘密があるようだ。

 

 「茜二、これから先は全力でかかってきなさい。でなければ命の保証はできませんよ。なお、鬼道は使用禁止としますから頼れるのは己の剣のみ。それで貴方の覚悟を見せてください」

 

 「わかりました。最初から全力でいかせていただきます」

 

 俺は斬魄刀に手をかけて抜刀の準備をする。腰を入れ、地面に最大限力が加わるように足で掴む。

 

 「準備ができたようですね?いつでもかかってきなさい」

 

 卯ノ花隊長は斬魄刀にも手をかけず、ただ棒立ちするのみ。しかし全く隙がないのは何故だろうか?そんな事を考えても無駄なので俺は早速斬りかかる。

 

 「閃け、九泉雷公」

 

 全力で跳躍すれば、以前のように使い物にならなくなるのは明白。だから俺は、今現在で体が壊れない限界値、四分の一ほどの力で卯ノ花隊長へ直進する。間合いに入っても指一つ動かさない卯ノ花隊長に動揺するが、俺は鳩尾目掛けて刺突一閃。始解を使った超高速の突きであったが鋒は虚しく空を切る。

 

 「っつ!!」

 

 卯ノ花隊長を見失った直後、前傾に倒れ込んで隙だらけの背中に一本。卯ノ花隊長にいつの間にか背後をとられており、深く傷を負った裂け目から鮮血が噴き出すのがわかる。

 

 「私が動かないからといって動揺しましたね?なんとも甘い。命の取り合いをしているのですよ?当たり前の話ですが、動揺は要らぬものと知れ」

 

 「くっそ、申し訳ありません。ハァハァ、もう一本、お願いします」

 

 「よろしい。さあ、早く続けますよ」

 

 そうして何時間過ぎたか分からないが、斬られては回復されの繰り返し。結局一太刀も浴びせることが出来ずに本日は終了。始解をフルに使えたとはいえないが斬術一つでここまで差がつくとは、本当に異次元の強さだ。

 

 「これ以上やっても仕方ありませんね。続きは明日にしましょう。卍解の習得も自分で進めておくのですよ?」

 

 「わかりました……明日もお願いします……」

 

 喋る元気もないボロボロの俺はもう既に息絶え絶えとしている。慣れない始解ということもあり疲労は相当きていた。

 

 部屋に戻ればすぐに布団に崩れ落ちる。そうして気づけば次の日の朝。こうして変化した日常は続いてゆく。

 

 




今回は短めです


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自分の道とは

 「ハアッ!!」

 

 俺は上手くコントロールした彼女の力を使い、卯ノ花隊長の背後から切りかかる。

 

 「こんなので私の背後をとれると思っているのですか?」

 

 すると始解によって強化された俺の斬撃を振り返りもせずに止め、易々と弾き返す。俺は、体勢を立て直すと攻撃の手を緩めることなく卯ノ花隊長に連撃を浴びせるが、これも表情一つ変えることなく捌ききってしまう。

 

 「ちくしょう、どうやったら攻撃が当たるんだよ……」

 

 そう考えている間に、卯ノ花隊長は地を蹴って俺の懐へ入ると斜め上に剣を振りあげる。キンッ!と甲高い音が鳴れば俺は間一髪、体に斬撃を受けることから免れる。

 

 「戦いに集中なさい。次はありませんよ」

 

 「すいません。少し考えすぎたようです」

 

 考えてもどうせ勝てないと悟った俺はとりあえず、卯ノ花隊長の剣を真似することにした。俺は先ほど卯ノ花隊長が見せた動きを再現し、今出せる最大限の速さで卯ノ花隊長の懐に入り剣を振りあげる。

 

 「っっ!!」

 

 すると珍しく距離をとる卯ノ花隊長は焦った顔をする。どうやらやることは決まったようだ。一筋の光が見えてきた俺はやっと少し気が楽になる。

 

 「やっとやり方がわかってきたようですね?今日はもうこれくらいにしておきましょう。さあ帰りますよ」

 

 そう言っていつものごとく巨大なエイらしき生物を出せば、俺も続いて背中に乗る。

 

 「卍解のほうは進捗どうですか?」

 

 珍しく卍解について聞いてくる卯ノ花隊長はこちらを見つめる。

 

 「それがまあまあ大変でして…中々上手くいかないですね」

 

 「そうですか。焦っても仕方がありませんからね。ゆっくりと自分のものになさい」

 

 苦笑いする俺に優しく包み込むような笑顔を向けてくださる卯ノ花隊長。鍛練開始から五年が経った今、折り返し地点の俺は少し焦っていた。始解するのに何十年もかけたのに、卍解を十年以内で会得しろなんてなぜこんなに厳しい課題を出したのだろうか。俺は今日も頭を悩ませる。

 

 

------------------------------------------------------------------------------

 

 宿舎に帰らずに俺は卍解の鍛練をするため鯉伏山へと向かう。時刻はまだ昼過ぎ、休日だろうと休む暇はない。いつもの場所へ着いたがどうやら珍しく先客がいたようだ。

 

 「おお!茜二ではないか!どうしたのだこの様なところに」

 

 嬉しそう顔をして木から降りてくるのは、四楓院隊長。どうやら隠れていたようで話しかけられるまで気付かなかった。

 

 「いえ、私は卍解の鍛練をするために…いつも鍛練はここでしているんです。四楓院隊長こそなぜここへ?」

 

 「わしは仕事から逃げてきたのじゃ!書類仕事なぞわしには合わん!」

 

 「えぇ……」

 

 今頃砕蜂さんは必死に捜索しているだろうな。やはり二番隊は大変そうだ。

 

 「それより茜二、卍解の鍛練ならとっておきの場所を紹介してやろう」

 

 「本当ですか!四楓院隊長がよろしければお言葉に甘えさせていただきますが…」

 

 しかしながら不満げな顔をする四楓院隊長。なにかまずい言葉を言ってしまったのだろうか?心の中に緊張が走る。

 

 「ただし、条件がある。わしを名前で呼ぶことじゃ。その呼び方はあまり好かん。わしとお前の仲じゃ。もっとこう、夜一さんとか色々呼び方があるじゃろう?」

 

 予想外のことに絶句する俺はフリーズしてしまう。

 

 「ですが、そのような呼び方は畏れ多いといいますか…」

 

 途端に悲しそうな眼をして訴えてくる四楓院隊長。その破壊力を受け止める防御を持ち合わせていない俺はしばらくの間を持って折れる。

 

 「わかりましたよ。では夜一さんと呼ばせていただきますね」

 

 「うむ!それでよいのじゃ。では早速、とっておきの場所へ案内してやる。ついてこい!」

 

 そういって走り出す夜一さんはかなりの速さで走り出すと俺も遅れず付いていく。

 

 「ほう、砕蜂から聞いておったがかなり瞬歩に自信があるようじゃの。もう少し上げるぞ?」

 

 「え、ちょま…」

 

 俺の意見は聞かずにスピードを上げていく夜一さんについていくこと二十分、肩で息する俺は目的地で大の字で倒れる。

 

 「ここはわしとお主含めて三人しか知らぬ地下広場じゃ」

 

 「ハアハア、そんな大事な場所、俺なんかに、教えてよかったんですか?」

 

 「別に良い。いつかの借りを返しただけじゃよ。好きに使うて構わぬぞ」

 

 夜一さんには申し訳ないと思いながらも、こちらもかなり切羽詰まった状況だ。温泉もついていて鍛練には絶好の場所だ。有難く使わせてもらおう。

 

 「ありがとうございます。では使わせていただきます」

 

 「よし、そろそろわしは仕事戻る。いい加減戻らないと大前田が怖いのでの。存分に使っていくとよい。それじゃあの!」

 

 するとこれまた速く出口へ向かう夜一さんの背中を見届けると俺は気持ちを切り替える。

 

 「よし、やるか!」

 

 そうして俺は今日も卍解の鍛練へと身をやつす。

 

 

--------------------------------

 

 「あ〜あ。最近つまんないな〜。茜二は相手してくれないし、卯ノ花隊長は最近忙しくて私の仕事が増えるし、なんなのよ、もう」

 

 私、坂上純連は退屈していた。以前ならば茜二と朝に鍛錬をやったり、からかってみたり楽しかったのだが、この間の任務で茜二の親を亡くしてから何か一皮剥けたように見える。いつの間にか始解も習得していたようだし油断ならないわね!そんな事を思いながらダラダラ一向に減らない仕事と睨めっこしていると私の友達が訪れる。 

 

 「やっほー!純連ちゃん。今から飲み行かない?」

 

 「乱菊さん!待ってましたよ。私もそろそろ集中が切れてきたんです。仕事も残り半分切ったところなので行きましょうか!」

 

 現れたのは十番隊副隊長の松本乱菊。大きく着物をはだけさせ胸がより一層強調されている。厚い唇とくるくると曲がりくねった髪はなんとも色気を引き立たせる。私の飲み仲間の一人であり、親友とも言えるほど仲がいい。

 

 「今日は京楽隊長もいるから盛り上がりそうね!」

 

 「本当ですか⁉︎三人で飲むのも久々ですね」

 

 私と乱菊さんと京楽隊長は、時よりサボっては一緒に昼から酒を飲むことが多く、いつも二人には可愛がってもらっている。最近は忙しくてあまり二人に会えていなかったので今日ぐらいは良いだろう。私は、仕事をしっかりとこなしてからサボるのであり、決して放ったらかしにしているのではない。自分の仕事だけはしっかりと片付けてから息抜きに席を外す。茜二はブーブー文句を言うが最近、卯ノ花隊長には黙認されている。

 

 「よし!そうと決まれば八番隊舎にれっつごー!」

 

 私は支度を済ませて乱菊さんと京楽隊長の元へ向かう。いつも京楽隊長と飲む時は、大体美味しいお酒をご馳走してくれるので気分があがる。私も一応上級貴族だが、その中でもお酒好きの京楽隊長が出すお酒には敵わない。

 

 「そういえば純連ちゃん。あんたの相方はどこ行ったの?」

 

 「茜二は最近、卯ノ花隊長に付きっきりですよ。おかげで仕事が多すぎて……」

 

 「あら、そうなの。純連ちゃんと言えどもうかうかしてられないんじゃない?卯ノ花隊長は強敵よ!」

 

 「いえ、そんな感じには見えないんですよね。卯ノ花隊長がそういう感情を弟子に抱くとは思いませんし」

 

 「そうね、考えすぎかしらね」

 

 そういう間にも八番隊舎へ到着すると慣れた足取りで京楽隊長の元へと向かう。

 

 「京楽たいちょー!純連ちゃん連れてきましたよ〜!」

 

 「こんにちは。お久しぶりです、京楽隊長」

 

 「やあ純連ちゃん、久しぶり。二人共待ってたよ。さあ、早く飲もうじゃないの」

 

 そう言って部屋へ招き入れると私は乱菊さんと京楽隊長の正面に座る。乱菊さんは今にも待ち切れないと言った様子でソワソワしている。

 

 「今日は久しぶりに三人揃ったからね、とびきりの酒を用意してきたよ」

 

 「やったー!京楽たいちょー大好き!」

 

 乱菊さんはお酒を手際よく三人に回すと乾杯の音頭をとる。どうやら我慢の限界のようだ。

 

 「それではこの三人が久々に揃いました事を祝しまして、乾杯!」

 

 『乾杯』

 

 三人とも一気にお酒を煽ると、それぞれ美味しそうな息を漏らす。各々お酒が入ると最近話せてなかった分、いつも以上に会話が弾みだす。隊長、副隊長関係なく話し合えるこの場が私は好きだ。

 

 「純連ちゃん。やっぱり君は四番隊以外の隊に行った方がいいと思うんだよね」

 

 「いえ、私は四番隊が良いんですよ。近くであいつを見て、からかって、一緒にお昼食べて、鍛練して、それが最高に楽しんです」

 

 私はお酒が入って言うつもりも無かった恥ずかしい心中を曝け出してしまう。後に私が聞いたら悶絶するであろう内容をスラスラと言えてしまうのだから酒は怖い。

 

 「そうか。その剣の才能は勿体無いなぁ。卍解も会得しているようだし君の武の才能は計り知れないね」

 

 「ええぇっ⁉︎純連ちゃん、卍解なんていつの間に⁉︎」

 

 そういえば乱菊さんに伝えてていなかったなと今思い出した。乱菊さんは驚きと嬉しさと焦りと悔しさとお酒が混じって凄い複雑な顔をする。

 

 「もう数年前に。ごめんなさい、隠していたつもりはなくてただ忘れていただけなんです」

 

 「そうかぁ〜。先越されちゃったわね。なんだか凄い凹むわね」

 

 「なんか……ごめんなさい」

 

 私は思わず気を使って謝ってしまうが、乱菊さんは『そんな事気にしないでいい』と笑って祝福してくれた。すると、その話を聞いていた京楽隊長が思いついたように私に尋ねてくる。

 

 「そういえば純連ちゃん。四番隊の東雲くんと仲良いんだよね?」

 

 「ええ、まあ。幼馴染というか腐れ縁ですね。茜二を知っているんですか?」

 

 「勿論知っているよ、なんてったって卯ノ花隊長の一番弟子だからね。あの卯ノ花隊長が自分から弟子に招き入れたってことは相当優秀ってことさ」 

 

 長く一緒にいて別に普通の死神だと思っていた私は首をかしげる。卯ノ花隊長はあいつのなにを良しとして弟子にしたのだろうか?永遠の疑問である。

 

 「それで、茜二がどうかしたのですか?」

 

 「いやぁ、ね。これはあくまで噂なんだけどさ彼、近々卯ノ花隊長の弟子を卒業して二番隊に入隊するらしいじゃないの」

 

 「ええっ⁉︎そんな話、私聞いてません!あいつどういうつもりなのかしら。せっかくこの私があいつの為に四番隊に入ったというのに……」

 

 私は思わず取り乱す。最近、卯ノ花隊長と二人で鍛練に行くことが増えたのでこの噂は恐らく本当だろう。逆になぜ今まで気づけなかったのか、私は頭を抱える。

 

 「純連ちゃんさ、彼が本当に二番隊に行ったとしたら、どうするの?」

 

 「私は……どうしたいんだろう……」

 

 京楽隊長に聞かれたこの単純な質問は、私の心に突き刺さる。今まで何となくあいつの側にいて楽しくやってきたが、恐らくあの任務以来、何があったかは知らないが、あいつは何かしらの覚悟を決めたのだろう。親への仕送りという目的が消えた今、あいつは今までいい加減に何となく過ごしてきた日々を捨て、修羅の道へと進もうとしているのだ。その心に映るのは復讐心か、はたまた正義の心か、それともそれ以外なのかは私には知る由もないが私もいい加減、自分の道を進んで行った方が良いのかもしれない。

 

 「まあ、今無理に考えることもないさ。時間をかけてゆっくりとやりたい事を探すと良いよ。困ったらいつでも僕の所へおいで」

 

 「はい、ありがとうございます。焦ってもしょうがないですからね。ゆっくりと考えますよ」

 

 私は少々無理な作り笑いを顔面に貼り付けると、グイッと酒を煽り心を洗い流す。

 

 「もう、久しぶりに三人揃ったのに、こんなにしんみりとした空気になっちゃ台無しよ!もっとパァーっと行きましょうよパァーッと!」

 

 「本当によく飲むね……僕も負けてられないなぁ」

 

 どうやら乱菊さんは相当ペースが速いようでもう既に出来上がってしまっている。対して京楽隊長はお酒に強いのかまだまだ飲んでいないのか、顔色一つ変えずにお猪口を持つ。

 

 「どうしたのよ純連ちゃん!今日はやけに進みが悪いわね!お酒は残したら罰が当たるのよ!」

 

 「お前は飲み過ぎだ松本!仕事がまだ残っているようだが楽しそうだな?」

 

 後ろを振り向けば、白髪の子供が腕を組んで仁王立ちしている。

 

 「げっ!冬獅郎。何でここにいるのよ!」

 

 「げっ!じゃねーよ!お前も隊長もザボリやがって!仕事を終わらせてからとどんだけ言えば分かるんだ!」

 

 「別にいーじゃないの冬獅郎。そんな小ちゃいこと言ってるといつまで経っても身体は小さいままよ?」

 

 「うっせぇー!余計なお世話だ!早く戻るぞ松本!」

 

 いつもの如く途中でお迎えが来た乱菊さんは強制的に日番谷三席にブチ切れられながら連行される。

 

 「いや〜参ったね、どうも。それじゃあこれにて解散にしようか」

 

 「分かりました。また近いうちに伺いますね京楽隊長。今日はありがとうございました」

 

 「じゃあねー純連ちゃん。またいつでもおいで」

 

 私は京楽隊長に一礼して部屋を出ていくとモヤモヤした心を中途半端に洗い流せぬまま四番隊舎へ歩みを進める。

 




本来なら冬獅郎は、原作の時系列的にまだ出てきませんが登場させました。その他にも色々と変更がありますのでその都度連絡いたします。


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死神万事塞翁が馬

 

 「ねぇ、そろそろ始めたいんだけど…」

 

 「まあまあ、そう慌てるでない主様よ。卍解は逃げも隠れもせぬ」

 

 俺の胡座の中に座るのは銀髪の鬼。いつもの如く中々気乗りしないように見え、俺の胸につむじを押し当てこちらを見上げると、やる気ない気怠げな顔をしている。

 

 「それはそうだけどさ、卯ノ花隊長が出した期限まで時間はもう少ないんだよ」

 

 「良いでは無いか。卍解なぞ無くともわしだけで十分じゃろ?」

 

 「いや確かにね、始解の状態でもかなり強いと思うし十分だと思うけどさ、卍解を会得しないと俺の目的が達成できないんだよ。さあ、こんなことしてないで早く始めるよ」

 

 しつこく言い続け頭をかなりの時間撫で続けると、やはり彼女は折れてくれる。このダラダラとしたスキンシップは、卍解の鍛練前のルーティーン的な感じになっていた。名残り惜しそうに幼女は俺の膝から立つとどこからともなく斬魄刀を小さな手で握り締めている。

 

 「しょうがないのう、ほれ早う立たんか」

 

 「分かってるよ。ちょっと待ってね」

 

 『よっこいしょ』とじじくさい声を漏らしながら立ち上がると、凝り固まった筋肉をほぐしていく。

 

 「本当に主様は老人のようじゃの。言動と見た目が伴っておらぬな」

 

九泉雷公さんってば体が小さい分軽いと言えば軽いんだけど、三十分も足の上に乗られようものなら痛くなってもしょうがない。そんなことを言えるはずもないので心の中に留めておこう。

 

 「そんなことよりさ、早く始めようか」

 

 「ま、良いじゃろう。方法はいつも通り、素手でわしを屈服させてみい。鬼道禁止での」

 

 斬魄刀を構え雷を迸らさせると、さっきまでの緩い顔とは打って変わって真剣な顔つきになる。

 

 「分かってるよっ!」

 

 俺は最速で鳩尾に拳を決めに行くが、相手は俺の斬魄刀。勿論だが俺よりもずっと力の使い方が上手い。

 

 「ぐへっ」

 

 俺は屈んで正面から突っ込んで行ったため、顔面に強化膝蹴りをくらう。しかしながら四番隊である俺は、手早く傷を癒すと距離をとり再び体勢を立て直す。

 

 「いつも言うとるがその距離は致命的じゃ」

 

 幼女は斬魄刀の鋒から容赦なく雷を放出するが狙い通りだ。目の前が莫大な光り覆われるが俺はその身一つで突入する。電撃を受けすぎて耐性がついてきた俺はらある程度の電撃は耐えられるようになってきた。辺りは砂埃が舞い上がり視界が遮られる。それこそが唯一の好機。まさか突っ込んで来るとは思わないだろう。

 

 「‥っ!!!」

 

 いつも通り油断していたであろう九泉雷公は目を大きく見開き、呆気にとられたと言う言葉が相応しい顔をしている。俺はついに、渾身の一撃を喰らわせようと身体に拳を触れた刹那、今までで一番の電撃が俺の手から伝って流れ込む。

 

 「どぉ〜してだょ〜!!」

 

 俺は電気による硬直によってガラガラとした声を上げながら倒れる。まさかこんな隠し球があったとは……ある程度の電撃に耐性がついてきたとはいえ、今までとは桁違いの電気の奔流にいよいよ勝てる気がしなくなってきた。

 

 「それ……反則やろ……」

 

 「これを浴びてまだ意識があるか……」

 

 ビクビクと痙攣している俺の身体をツンツンと突いて不思議そうな顔で俺をみる。

 

 「ある程度電気耐性がある俺でもまだ動けないわ。どんだけぶっ放したんだよ…」

 

 「なに軟弱なことを言うとるか主様は。しかしまあ、よくもこの短期間でここまで耐えられるようになったものじゃ」

 

 「まあな。伊達に毎日電気を浴びてないよ。嫌でもこのくらいは耐えられるようになる。それに痺れよりも火傷が嫌なんだよね」

 

 俺は痺れが取れた身体を起き上がらせて、少々焦げた死覇装を払うと火傷して赤くなった皮膚を元の肌色へ戻す。

 

 「まあ、そうじゃのう……卍解するにあたって最低限度の耐性はついたようじゃの」

 

 「なん……だと……⁉︎」

 

 俺は耳を疑った。さっきの話が本当ならば指定期間までに到底間に合わない。これで最低限度とはどれだけ時間を要するのだろうか。

 

 「約十年間電気を受けてもなおスタートラインとは……萎えるわ」

 

 「こんなので怖気付いていては到底卍解なぞ扱えぬ…がしかし、本来ならばここまで二十年と予定していたのじゃが、それを倍の速度で来るとは中々予想外じゃよ」

 

 「はぁ〜。卯ノ花隊長になんで言えばいいのやら。卍解出来ませんでしたじゃ色々詰みだ」

 

 俺の顔に陰が出始めると、それを見た九泉雷公は不思議そうに問いかける。

 

 「さっきからなにを落ち込んであるのじゃ?一言も卍解を教えぬとは言っとらんぞ?」

 

 俺は顔を上げるとニヤニヤした顔の九泉雷公が目に映る。

 

 「え?じゃあ、なに?合格でいいの?」

 

 「合格もなにもない。とっくにわしはお主に心を許しておる。足りないのは力の器だけだったのじゃよ。条件付きではあるが卍解に至っても良いじゃろう。ようやく器が成ったようじゃの」

 

 ようやく一つの試練が終わり、肩が軽くなった気がした。疲れがどっと押し寄せて心地よい安堵感が俺を包む。

 

 「本当に良かった、ありがとう。で、条件って何よ?」

 

 「まず一つは、こちらで卍解時の力を八分の一までに抑えさせて貰う。でなければ主様の身体は、場合によりけりじゃが黒こげになって自滅じゃ」

 

 恐ろしいことを口走る彼女だが、どうやら冗談ではなく本気らしい。今の俺の身体では耐えきれないようだ。

 

 「分かった。それで構わないよ。まず一つってことは他にもあるの?」

 

 「もう一つの条件なのじゃが…」

 

 「?」

 

 何やらもじもじとして言いづらそうだ。何か厳しいことなのだろうか?

 

 「もう一つはの、何がどうであれわしが一番だと誓うのじゃ」

 

 「?…まあ、分かったよ。よくわかんないけど誓うよ。わざわざ誓わせるってことはきっと重要なことなんでしょ?」

 

 「それは今から分かる。卍解するにあたってわしのことを話す必要があるのじゃがな、実はわしは--------」

 

 

 

--------------------------------ーー

 

 「おーい茜二サーン。おはようございまーす」

 

 「………んぁ?」

 

 「どうしたんスか、こんなところで寝てるなんて珍しいッスね」

 

 「喜助…さん?」

 

 倒れている俺は身体の怠さに耐えながら薄く目を開けると、そこには真新しい隊長羽織を着た喜助さんが覗き込んでいた。なぜ倒れていたのかといえば、あの後卍解を試してみたのだが案の定、まだまだ使いこなせなくて気絶していた。

 

 「どうです?卍解のほうは?」

 

 「はい、なんとか習得できましたよ。ただ、俺の手に余るようでまだまともに使えませんね」

 

 「おぉ!それは良かったッスね!おめでとうございますッス茜二サン!」

 

 「ありがとうございます……なんだか照れますね」

 

 喜助さんは夜一さんの紹介で知り合った新しい十二番隊隊長。虚化の研究について意気投合してちょくちょく技術開発局へ通って進行を深めている。もちろん虚化は危険な研究の為、それを共有しているのは俺と喜助さんと夜一さんの三人だけである。因みに夜一さんには盗み聞されてしまい、それからより秘密裏に行なうようになった。

 

 「ちょっと温泉に浸かって傷を癒してきます。ここへ来たってことはどうせ用事でもあるんですよね?話はそれからでいいですか?」

 

 「もちろんっスよ、急用というわけでは無いのでごゆっくりどうぞ。私はココで待ってますから」

 

 「わかりました」

 

 俺はフラフラとした足取りで温泉へ向かい、所々焦げた死覇装を脱ぎ捨て湯に浸かる。

 

 「あ"あ"ぁ〜、本当に生き返るわ。全く風呂なきゃやってらんねぇなあ」

 

 実は俺は大のお風呂好きであり、かなりの頻度でここへ通っている。気分が沈んだ時や疲れた時などこの熱めの湯に浸かれば一髪で疲れが取れる。俺の数少ないリフレッシュ方法の一つだ。

 

 すると急にムニィという慣れた感覚が背中へ二つ、音も立てずに押しつけられる。少し褐色で細いが筋肉質な腕が俺の胸へと回される。

 

 「はぁ…… 夜一さん、またですか。いつも言っていますが四大貴族の当主である貴方がこんなことしたらいけませんよ。俺の命が危ないから。バレたら速攻消されちゃうっ!」

 

 「まあまあ良いでは無いか。わしとお前の仲じゃろう?もう既に幾度となく共に湯に浸かっておるのじゃ、今更なにを言ってもしょうがないじゃろう」

 

 夜一さんはたまに俺がこうして湯に浸かっていると、音を立てずに抱きついて俺をからかおうとしている。最初こと驚きのあまり色々とフリーズしてしまったが、約十年も混浴していれば慣れるものだ。やめろと言ってやめてくれるはずもなく、とうの昔に諦めている。裸を見ても最早なにも動かず、まるで夜一さんは本当の姉のようだ。俺を弟のように可愛がってくれて、その距離感がなんだかとても気持ちいい。

 

 「それで茜二!喜助から聞いたぞ!卍解を習得したらしいではないか!」

 

 「そうなんです、つい先ほどのことですよ。でもまだまともに使うことができないんですがね」

 

 「そんなこと後からいくらでも鍛えれば良い!卍解至った、それは一流の死神になれたことの証じゃ。もっと胸を張らんか!」

 

 腰に手を当てポヨンポヨンと胸を張って見せる夜一さんを見上げて思う。この人の羞恥心ってどこにあるのだろうか?もしやこの人は痴女という人種なのだろうか?

 

 「そうですね。もっと自信を持っても良いかも知れませんね」

 

 「それで良い。でなければ折角の良い男が台無しじゃ。自信を持てば自ずと気迫も変わるし行動も変わる。もちろん過信は良くないが、茜二は少々謙虚過ぎる。過ぎた謙虚は嫌味以外の何者でもない、しかし高慢も寿命を縮めるだけじゃ。何事も適当が良い」

 

 夜一さんは俺のすぐ隣に座り直すと琥珀のように滑らかで綺麗な色の肌を、度重なる治療により無駄に綺麗になっている俺の腕に触れさせる。

 

 「さあ、喜助も待っていることですし、もうそろそろ上がりますか」

 

 「わしはまだ入ったばかりじゃ。もう少しこのままでおらんか?たまには付き合ってくれても良いじゃろう?」

 

 「なに言ってるんですか。いつもわがままに有無を言わさずに付き合わせているでしょう?もうのぼせそうですから出ます」

 

 俺は腕に巻きついた夜一さんを振り解くと、さっさと上がりさっさと着替える。夜一さんは拗ねてしまったようだが致し方ない。

 

 「ではこの後、俺は今日休みなので一緒に最近できた茶屋の塩大福でも食べにいきましょうか。うちのグルメな副隊長のイチオシでして、俺も食べてみたのですがとても美味しいんですよ。きっと夜一さんも気に入ると思いますよ」

 

 「それは誠か⁉︎わしも実は気になっておったのじゃ!」

 

 夜一さんはザバァッと勢いよく湯から上がる。どうやら機嫌はうまくとれたようだ。こういうところは面倒だが単純で助かる。

 

 「そうなんですね。俺も早く行きたいので、急いで喜助さんのところへ戻りましょう」

 

 「うむ!」

 

 夜一さんは瞬神の速さで支度を済ませると共に喜助さんのところへ向かう。

到着すると座り込んで待っていた喜助さんに話しかける。

 

 「すいません、遅くなりまして……」

 

 「いえいえ良いンスよ。用があって押し掛けたのはこちらなんですから。早速本題に入りますが……」

 

 話の内容としてはどうやら最近、服だけ残して集団で姿を消す不可解な事件が発生しているとのことだった。九番隊が先遣隊を派遣したらしいが詳細は分からないらしいん

 

 「私も平子サンから聞いた時はかなり驚いたんスけど、私が思うにこれは何者かが魂魄のみを消失させているとみてるんス。あくまで仮説の段階に過ぎませんが……」

 

 「じゃが何の為にそのようなことをする?」

 

 「それは分かりません。魂魄を消失させるのが目的なのか、はたまたそれ以外の目的の途中で魂魄が消失したのか……いずれにせよこれは止めなくてはならない事案ッス」

 

 「なるほど、そういうことですか。俺に言ったってことはつまり、虚化の実験による副産物だと睨んでいる訳ですね?」

 

 「確証はありませんし、誰が行なっているかもわかりません。ただ、虚化によって弱い魂魄は耐えきれずに消失してしまうことはあり得る話っス」

 

 喜助さんは小難しい顔をして考えこむ。夜一さんも何か思うことがあるのだろうか、だんまりとしたままだ。

 

 「確かにそうかも知れません。ですが現状、指示を待つしかありませんね」

 

 「そうっスね、勝手に首を突っ込む訳にもいきませんし。そちらで何か分かったことがあれば教えて下さい」

 

 「わかりました」

 

 それが喜助さんが突然消える前の最後のやりとりであった。虚化の実験を行ったとして喜助さんは尸魂界を追放、夜一さんも共に姿を消してしまい、おそらく喜助さんらと行ってしまったのだろう。思い返すと、つい最近のことであったのに何故か懐かしい。しかし不思議と悲しみや怒りはなかった。喜助さんならばきっとどこかで虚化の研究でもしているに違いないし、夜一さんのメンタルならばどこでも上手くやっていけてるだろう。何にせよ、二人が黙って消えるということはそれなりの事情があったのだろう。

 

 そんなことに思いを馳せながら二番隊副隊長、東雲茜二は月を見上げる。揺らぎもせずただ淡々とこの世を照らすその満月を、二人もどこかで見ているだろうか。

 




最近忙しくなってきたので投稿頻度が少し落ちてしまいます。


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別れの意味

 俺はその夜、まともに寝られなかったのを覚えている。浦原喜助と握菱鉄裁並びに四楓院夜一がソウルソサエティを追放された日の夜だ。ショックというか怒りというか、自分でもなにが何だかわからなかった。

 

 「おい!東雲!貴様何か夜一様から聞いておらぬか!」

 

 夜遅く、眠れずに散歩していると華奢なおかっぱ頭の少女が一人。見かけによらず殺気だった様子で道を塞ぐ。

 

 「こんな夜遅くにどうしたんですか砕蜂さん。砕蜂さんも眠れないんですか?だったら俺と同じですね」

 

 「そんなこと聞いておらぬ。はぐらかすな!私の質問に答えろ!」

 

 荒々しい悲痛な雄叫びが閑静な藍に響く。どうやら夜一さんが居なくなって自分を制御できていないようだ。完全に八つ当たりである。

 

 「まあまあ、落ち着いてくださいよ。こんな夜遅くに大声なんて普通に迷惑ですよ。落ち着いて話をしましょう」

 

 「落ち着いて話などしていられるか!夜一様がいなくなってしまわれたのだぞ⁉︎貴様こそ散々可愛がって頂けたのにも関わらず、何故そのように落ち着いていられるのだ!」

 

 どうやら相当弱っているらしい。まあ、神のように崇め仕えていた主人が黙って消えたとなれば錯乱するのも当然か。それにまだ彼女は若い。心もまだ未熟であろう。普段は冷静で大人ぶっていてもやはり彼女はまだまだ子どもなのだ。

 

 「わかりました。俺の持ち有る限りのことをお話しします。ですが、こんなところで話すのもあれなんで場所を移しましょうか。俺についてきてください」

 

 「いいだろう…早く移動しろ」

 

 砕蜂さんに急かされるまま俺は、あの三人の秘密の場所へと案内する。あいも変わらずやはりこの空間はデカイ。こんな広くて良いところ、やはり俺一人の手に余る。彼女になら教えても、きっと二人は怒らないだろう。

 

 「まさかこんなところに空間があるなんてな」

 

 「ここは夜一さん、喜助さんとの秘密の場所ですから。そう簡単には教えませんよ」

 

 「……っ!何故お前がそんな場所を知っているのだ…」

 

 「今は別にどうだっていいじゃないですか、そんなこと。それよりも早く知りたいんでしょう?彼らのことを」

 

 「まあいい…では知ってること全て話して貰うぞ」

 

 俺は虚化実験のこと、それは冤罪の可能性が高いこと、などなど推測も混じるが知っていることはほぼ彼女に話した。急にこんな情報量を言われてもきついだろうが彼女には話しておくべきだと思う。このままでは変にこじれさせて夜一さんや喜助さんへと行き場のない感情が向けられてしまうだろう。そうなってしまえばその蟠りを解くのは不可能に近くなるだろう。それこそ夜一さんに再び会って誤解を解かない限り…

 

 「そうか…では虚化実験をした黒幕が他にいて、そやつらの陰謀で濡れ衣を

着せられたという訳なのだな?」

 

 「そうだ。あくまで推測の域に過ぎないが…そんなことできる奴は間違いなく隊長、副隊長クラスの実力がないと不可能だろうがな。一体どんな方法を取れば四十六室を欺けるのか、想像もつかないけどね…」

 

 砕蜂さんは押し黙る。その姿はなんとも痛々しく思わず俺は目を背ける。年端もいかない少女が自らの全てを捧げると誓った君主、それが陰謀にはめられ離れてしまったのだ。まさしく放心であろう。自らの生きる意味、指標を失ってどうすればいいか分からない、俺も体験した胸が空になり孤独になる恐怖、それはあまりにも彼女には酷すぎる。だから教えたく無かった。本当は知らぬ存ぜぬを通した方が、ふらふらと躱して逃げた方が良かったのかも知れない。それによって夜一さんから裏切られたという恨み、怒りで乗り越えることができるだろう。しかし、俺は彼女にそんな辛い思いをしたく無かった。彼女の人生を恨み、呪い、怒りで満たしたくなかった。そんな悲しい生き方は俺のようなモブだけでいい。

 

 「……なぜっ、なぜなのだっ!夜一様はなぜ私を連れて行ってはくださらなかったのだ!私は浦原に劣るからなのか!私は己の全てを夜一様に捧げてきた!全ては夜一様の為に生きて、仕えてきたのだ!その忠義が!あの男にっ……!浦原喜助に負けるというのかっ!」

 

 行き場のないトゲが俺へと降り注ぐ。しかし涙でびしょびしょに濡れた弱々しいトゲは優しく俺に刺さり、染み渡る。俺もばあちゃんを亡くし、その感情をどこへやったらいいのかわからなかった。最終的に俺は虚にぶつけ、仇を取ることで気持ちの整理をなんとかつけたが、彼女にはその相手すらいない。今は彼女の激昂の捌け口が必要なのだ。

 

 「夜一さんはあなたを連れて行かなかったのではなく、連れて行けなかったのだと思いますよ」

 

 「っ…」

 

 「夜一さんは相当あなたを大事にしていた、それこそ本当の妹のように。だからこそあなたを危険に巻き込む訳にはいかなかったんじゃないですか?それに、砕蜂さんなら一人でも大丈夫だから、もう既に自分がいなくてもやっていけるだけの力があると確信したから、黙ってここから去ることができたんですよ」

 

 「…」

 

 砕蜂さんは眉を八の字に曲げ、女の子らしく涙をポロポロと地に落とす。泣くまいとグッと力をこもった拳はプルプルと震えているが、止め処なく感情が涙に溶けて溢れることを止めない。声を出さずともわかる。さぞ悔しかろう、寂しかろう、悲しかろう。俺は砕蜂さんを優しく抱き締めると、そっと頭を撫でる。

 

 「うわぁぁぁぁっ!」

 

 まるで自分の心の枷を解き放ったかのような、魂からの響き。ずっと抑えつけてきて、厳しく自らを律してきた強靭な枷、それが今は不要なのだ。一度負の感情で満たされてしまえば、それはより強い負へと転じていく他ない。時にはそれを涙と共に追い出して、切り替えのための新たな空間を作ることも大事であると俺は思う。砕蜂さんみたいに自らを律する力が強ければ強いほど、それは中々できないものだ。弱さを他人に見せること、他人に頼ることができること、今回彼女から欠けてしまった人には遠く及ばないが、俺で良ければ支えていきたい。そう思った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー--------------

 

 

 今回多くの隊長や副隊長を失い、一時混乱状態になりながらも新たな人事が発表された。二番隊隊長は砕蜂さん。三番隊隊長は菅原路茂。五番隊隊長は副隊長だった愛染惣右介。副隊長は市丸ギン。七番隊は狛村左陣。八番隊副隊長は空位。九番隊隊長には東仙要、副隊長は空位。十二番隊隊長には涅マユリ、副隊長は空位。というような感じでところどころ穴はあるが、だいたいは埋まったと言えよう。俺は卯ノ花隊長との斬術の鍛練、卍解の習得という条件を無事達成し、この大人事異動を機に四番隊を抜けようと考えていた。

 

 「う〜ん、どうしよう。虚化の調査と言ってもどこへ行ったら良いのか…」

 

 すると部屋で熟考する俺の元へ、副官証をつけて割と背が高めな、見慣れた白髪がやってくる。

 

 「茜二。ちょっと聞きたい話があるの。今いいかしら?」

 

 「あ、ああ。急にどうしたんだよ珍しい」

 

 珍しく真剣な顔を向け、対面に正座する純連。思わず俺も座り直し、背筋をピンと伸ばしてしまう。

 

 「卯ノ花隊長から聞いたわ。四番隊から異動するんだってね」

 

 「うん、そのつもり………ごめん。前々から考えていたんだけど、中々人に言い出せなくてね」

 

 申し訳なさそうに謝る茜二に、何も変わらない様子で佇む純連。まるでもっと前から分かっていたかのようだ。

 

 「それは別にいいわよ。で?茜二は何番隊に異動するつもりなの?」

 

 「それが今迷っててさ……」

 

 「そもそも聞いていなかったけれど、茜二は異動して何をしたいのかしら?」

 

 「俺は…まぁ…復讐というかなんというか…ただの自己満足を達成するためだよ。下らないだろ?」

 

 俺は自虐を込めて言葉を吐く。なんだか言っててとても虚しい気持ちになった。一方純連はただ淡々と言葉を聞くのみで表情もあまり変えることはない。

 

 「そう…まあそんなことはどうでもいいの。それよりもついさっき、私は八番隊副隊長へ異動することが決まったわ。だから八番隊には来ないで頂戴。それを言いにきただけよ」

 

 「はい⁉︎それ本当に言ってるの?………なんで純連まで?」

 

 「私は私の道を見つけるためよ。環境を変えて一から剣も磨き直すわ!京楽隊長とは仲がいいし問題なくやっていけるはずよ。本当はどっかの隊長の座を狙ってたのだけれど、一足決断が遅かったみたいね」

 

 割と衝撃的な事実に俺は汗が少し滲み出す。

 

 「なるほどね。でさ、なんで俺に八番隊に来るなって言ったの?」

 

 「言ったでしょう?環境を変えるためよ。だから茜二がいたらそれこそ無駄よ。異動した意味がないわ」

 

 「わかった。八番隊は辞めとくよ。話はそれだけ?」

 

 「ええ。それと所属する隊が決まったら教えなさい。たまには遊びに行ってあげる」 

 

 そう言って立ち上がれば、こちらを見ずに背中越しに語る純連。なんだか寂しい気持ちもするが、一生会えないわけではない。時には別れることも必要かもしれないな。

 

 「わかったよ。ちゃんと報告する。仕事サボんじゃねぇぞ?」

 

 「うるさいわね!ちゃんとやるわよ!じゃあね!」

 

 純連はドタドタと部屋を出ていけば途端にしんと静かになる。あの騒がしさが好きだったのだがこれで終わりと思うとなんだか少し思うところはある。

 

 「なんだかなぁ」

 

 最近、誰かと別れることが多くなって思うことがある。別れとは自分を強くする最大の壁だと。寂しさ、悲しみ、虚しさと色々あるだろうが、これらをいかに越えてみせるか、越え方によっては悪くなることもあるだろうし越えられない奴もいるだろう。だがそれを越えた時には新しい価値観や仲間たち、環境など様々な良いものが手に入る。

 

 「東雲五席、砕蜂隊長がお見えになっておられますが」

 

 「ああ、もうそんな時間か」

 

 すでに考え始めて一時間ほどが経過し、砕蜂隊長と会う約束した時間へとなっていた。俺は虎徹三席に部屋に通すよう伝えるとすぐに黄色の帯を巻いて背伸びをしたように見える砕蜂隊長が見える。

 

 「時間丁度ですね砕蜂さん、いえ、砕蜂隊長」

 

 「その呼び方はよせとこの前も言ったであろう。砕蜂で良い」

 

 砕蜂隊長は先程まで純連が座っていた座布団へスッと座る。

 

 「いえ、それは流石に…」

 

 「それになぜ敬語なのだ。茜二は私よりもずっと歳上だろう?立場など気にするな。私が許したのだから砕けた言葉遣いで構わん」

 

 「では……じゃあ砕蜂。今日はどんな用事できたの?」

 

 俺が砕けた言葉遣いで話すと、砕蜂は満足そうな顔をするとすぐさま真剣な顔に切り替える。

 

 

 「実は一つ頼みがあったな。単刀直入にいうと、茜二に二番隊副隊長になってほしいのだ」

 

 「二番隊副隊長?今副隊長に大前田さんがいるじゃないか。新しい副隊長が必要とは思えないけど」

 

 「それが大前田稀ノ進副隊長は家業を継ぐため引退なさるそうだ。夜一様をずっと陰ながら支えてきたのでな。丁度良い区切りなのだろう。それに虚化?と言ったか。それについての調査は隠密機動を利用した方が恙無く進むはずだ。他のところへ所属先が決まっていたりしていたら諦める他ないが…」

 

 夜一さんの話が出てもしっかり前を向いて話すことができている。どうやらこの別れを乗り越えることができたようで安心した。不安そうな顔をする砕蜂の目を見て探るように俺は言う。

 

 「そうなんだ。まだ所属先は決まってないけどさ…俺でいいの?」

 

 「茜二じゃないとダメだ。隊長には一応就任したがまだまだ未熟。隊長の器、格として至らぬ点が多くあるだろう。しかし茜二がいてくれれば私はまた一歩踏み出せる気がするのだ。私は茜二に沢山助けられてきた。だから今度は茜二の一歩を踏み出す手助けがしたい。虚化とやらの調査に散々利用してくれて構わん。ここまできたら巻き込むも巻き込まれるもない。それにまだまだ私は茜二から学ぶべきこともたくさんあるのだ。どうか近くで私を支えて貰えないだろうか?」

 

 こんな熱い気持ちをぶつけられて動かない程俺はクールではない。いつもは冷静なつもりだが、俺の気持ちもつい熱くなってしまいすぐに固まった。彼女は彼女なりに辛い過去を乗り越えようとしている。俺もいつまでもこんなところでグズグズとこんなところで悩んでいられない。それに、隠密機動を利用できることはかなり有利だろう。彼女を巻き込むことはあまりしたくないと思ったが、彼女も巻き込まれる覚悟で俺を誘ったのだろう。目を見るか限りそれは確かだ。そしてその覚悟は十分だ。それに答えなければ失礼だろう。

 

 「わかった、砕蜂の覚悟は十分伝わったよ。それじゃ精一杯、二番隊副隊長になって砕蜂を支えるよ……いや、支えたい。ここまで言われたらしょうがないしね。俺なんかで良ければだけど」

 

 そうして俺らは、別れを経験しながら新たな道を進み出す。

 




最近投稿頻度落ちてすみません。少し忙しくなってきたもので。
さて、今回登場した新三番隊隊長の「菅原路茂」って誰やねんって思ってると思うので説明します。菅原路茂(すがわら みちしげ)さんはオリジナルキャラで以前、茜二のルームメイトだった菅原三席の兄です。貴族の菅原家の長男で一番隊三席でした。山本総隊長からの信頼も厚く今回、三番隊隊長に抜擢されました。ちなみに卯ノ花さんと京楽さんは純連を推していたようですが、彼への推薦の方が多かったようです。あまり戦闘シーンとか書いていませんがもう少し増やした方が面白いでしょうか。ご意見を感想の方にくださったら嬉しいです。そろそろ純連の斬魄刀の能力も明かすつもりでいるのですが。


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嫌な予感は意外と当たる

 二番隊副隊長の座について二ヶ月。ようやく副隊長の仕事にも慣れてきたところだ。二番隊というと殺伐とした雰囲気があるのかと思いがちだが、決してそんなことはない。もちろん気が抜けていると言った感じではなく。

 

 「失礼します。おはようございます、砕蜂隊長」

 

 「おはよう茜二。何度も言うが、別に隊長は付けなくても良いのだぞ」

 

 「いいえ。そんな訳にはいきませんよ。公私混同は避けなければなりませんから。それで例の件ですが…」

 

 俺はいつものように手早く仕事を済ませる。これと言って仕事はないのだが時間は多ければ多い程いいだろう。毎日のように副隊長レベルがでなければいけない暗殺などの重要な仕事があっては、たまったものでは無い。

 

 「ふむ。まあ良いだろう。後はこちらでやっておく」

 

 「わかりました。後はお願いしますね。それでは俺はこれで…」

 

 「少し待て茜二。話がある」

 

 俺がそそくさと退がろうとしたところへ声がかかる。

 

 「…?何でしょうか?」

 

 「そう案ずる事はない。三日後に副隊長同士が集まる会議があってな。それを伝えようと思っただけだ」

 

 なにか重要な話しかと思えば大したことではなかった。たまに砕蜂は重要なことを俺に伝え忘れていることがある。まだ慣れていないのだろうがそのお陰でこの間は雀部副隊長に迷惑をかけてしまった。うちの隊長はやはり、しっかりとしているようでたまにポンコツである。

 

 「そのことでしたら大丈夫ですよ。坂上副隊長から既に話は伺っていますから」

 

 「そうか…なら良いが、何故八番隊の副隊長から聞いている?」

 

 「ああ…坂上副隊長とは前に同じ隊にいまして知り合いなんです。今でもちょくちょく会うんですよ。昨晩も会ったのでその時に聞きました」

 

 「……!!」

 

 何かまずいことを言ってしまっただろうか。なんか凄い驚いた顔をして目が泳いでいらっしゃる。

 

 「そ、そうか、そういうことか」

 

 「…?ええ、まあ。じゃ、俺はこれで失礼しますね」

 

 俺は今度こそ約束している場所へと向かうべく足早に執務室を出る。呼び止められたような気がしたがきっと気のせいだ。この先待つのは隊長格との約束。決して遅れる訳にはいかないことだ。約束まで後十分。ゆっくりと十三番隊の元へと風を切る。

 

 「なるほど坂上純連か…私ものんびりと構えている訳にはいかぬか…」

 

 砕蜂は一人になった執務室で、山積みの紙にぼんやりと目を通す。何か硬い決意が籠るその目には、手に持つ紙切れの字など映っていなかった。

 

-----------------------------------

 

 約束は五分前。案外余裕があったと安堵する。十三番隊舎の前に着くとホッと息をつく。

 

 「おう!東雲じゃねぇか。十三番隊に何か用か?」 

 

 「あ、志波副隊長。こんにちは。今日は浮竹隊長にお呼ばれされたのですが」

 

 現れたのは実質、十三番隊隊長と言っても良い志波海燕。俺が副隊長になってから、色々お世話になっている人だ。人柄もよく、俺の尊敬できる人の一人でもある。

 

 「ああ!そんな話隊長がしてたっけ。今思い出したぜ!俺が案内してやるよ。ついてこい!」

 

 門を開けて進む志波副隊長の背を、浮竹隊長に会う前にズレた副官証をつけ直し、服装を正しながら追いかける。

 

 「どうよ東雲。もう副隊長には慣れたか?」

 

 「そうですね。しばらく卯ノ花隊長の弟子という特殊な形でやっていたので。隊長の補佐という形では副隊長とあまり変わりなかったですからね」

 

 「そいつは良かった。オマエんところ、隊長が色々と経験浅いだろ?だから少し気にかけていたんだがオマエがいれば大丈夫そうだ」

 

 やはり志波副隊長は心遣いができ、死神の手本となるような人格者だ。改めて感心している間に、志波副隊長は足を止める。どうやら浮竹隊長のもとへ着いたらしい。

 

 「隊長〜!東雲つれてきましたよ!」

 

 「おお、来たか。入ってくれ」

 

 戸を開け中を見れば布団から起き上がった浮竹隊長がいる。どうやらとても病弱らしく一日中寝たきりも珍しくないようだが。今日は起き上がって大丈夫なのだろうか?

 

 「起き上がって大丈夫ですか隊長?」

 

 「ああ、大丈夫だ?今日は調子が良くてな。さあ、早く入ってくれ」

 

 俺は失礼しますと声をかけ入室するが、志波副隊長は入らない。

 

 「じゃ、俺はこれで失礼しますよ」

 

 志波副隊長はそのまま戸を閉じ、部屋は俺と浮竹隊長の二人だけとなる。

 

 「お久しぶりです浮竹隊長」

 

 とりあえず気まずいので挨拶をしてみるがやはり隊長格となると緊張する。浮竹隊長は長いこと隊長をやっているからか、床に伏せていてもなんだか貫禄を感じさせる佇まいをしている。

 

 「そんなに緊張するな。わざわざ来てもらって済まないな。だがこれは大事なことなんだ」

 

 緊張するなと言われましても大事なことらしいので緊張しない訳にもいかない。俺はそんなにメンタルが強くない。むしろ弱い方である。

 

 「そうですか。俺なんかに大事な話なんてあるのですか?」

 

 「ああ、東雲副隊長の鎖結と魄睡に憑いているやつに関してだ」

 

 

-----------------------------------

 

 月も雲に隠れ、真黒に染まった静かなはずの夜。だが今日は少し事情が違うようで何やら騒がしかった。

 

 「こんばんは藍染隊長、市丸副隊長。こんなところでなにを?」

 

 新三番隊隊長の前には、闇に紛れて二人の死神が立っている。そしてその足元には死覇装のみが不自然なくらい綺麗に取り残されている。

 

 「どうも、菅原隊長。私はなにもしていませんよ。最近、不自然な事象が増えているのでね。調査中に死覇装のみが取り残された不自然な事象に遭遇し、報告しようとしていただけ、ただそれだけのことです」

 

 「よくもそんなぬけぬけと言えたものだ。貴様の所業は全て見ていたぞ。改めて問うが、そこで何をしていた?」

 

 菅原は警戒を強め斬魄刀に手をかける。貴族らしい格式ばった立ち姿は決してぶれず、ただ敵へと目線の刃を突き刺す。その霊圧は隊長格としても頭ひとつ抜き出ており、総隊長が目をつけるのも分かる程だ。

 

 「あかん、バレてもうた。ここはボクが……」

 

 「待てギン、手を出す必要はない」

 

 藍染が手を横にかざせば、素直に市丸ギンは斬魄刀から手を引くと後ろへと退がる。

 

 「何をしていたのか聞いているのだ!早く答えろ藍染!」

 

 なかなか答えない藍染に痺れを切らした菅原は、珍しく大きく叫ぶ。そこには怒りが篭っており、荒々しく乱れた霊圧が愛染と市丸に削り取るようにぶつかる。しかし顔色ひとつ変えずに立つ藍染は、むしろ落ち着いているようだ。

 

 「キミが知らなくても良いことだ菅原隊長。それよりも少し、実験に付き合ってもらおう」

 

 「…なに?」

 

 「案ずることはない。理論上は先程見たようにはならないはずだ」

 

 「………!!!」

 

 菅原はすぐさま斬魄刀を抜いて愛染に斬りかかる。型通りの、最短で最も力が加わる角度の突きを心臓めがけて突く。並の副隊長レベルならば回避不可能な一撃必殺の突き。しかしそれを余裕で交わされれば、背に反撃の一閃を藍染も放つ。

 

 「ふっ……!」

 

 交わしきれずに被弾するも傷は浅く、致命の一撃を上手くかわせたようだ。

しかし、白の袖なしの羽織が斜めに切り裂かれ、鮮血が散る。

 

 「この突きを躱すことができたのは貴様が二人目だ藍染」

 

 「そうか、これが菅原流剣術の必殺の突き。中々鈍いじゃないか。私には止まって見えたぞ」

 

 「そうか。私もまだまだ修行が足りぬか。隊長になって自惚れていたのかもしれんな」

 

 菅原は後ろで一つに結った綺麗な黒髪を揺らしつつ息を整える。その額には汗が滲み出していて肩が激しく上下している。

 

 「では次は手加減なしだ。『遅れろ 玉響』」

 

 「なるほど。その身の丈ほどの長い薙刀が菅原隊長の始解。流石は隊長格といったところか、不安定な霊圧が見違えたな」

 

 「そんな呑気に喋ってて良いのか?」

 

 刹那、愛染は今斬りかかりに菅原が地を蹴ったように見えた。特に速さは変わらず余裕で対処できると思っていた。しかし、愛染の腹には薙刀の切り傷が横一閃。すぐさま距離を取ると再び自分の腹を確認する。

 

 「くっ、どういうことだ?何故私は斬られている…」

 

 確かに身体に刃は届いていなかったはずである。見間違えた訳がない。

 

 「貴様の見た光景は間違ってなどいない。ただ、視覚の情報が遅れて入ってくる。それだけだ」

 

 すると再び、菅原は地面を蹴って離れた距離を詰め直す。

 

 「だが、さっきの一太刀でタイミングは見切った!先ほどの一撃が私の最後の……!」

 

 藍染は先程のタイミングを考慮し斬魄刀を構えた。しかし、再び身体に傷がつく。

 

 「ちなみに言い忘れていたが、どのくらい遅れて視覚情報が入ってくるのかは私の手の中だ。この始解と対峙したが最後、私の斬魄刀は決して受けられないし避けられない」

 

 「なるほど実に厄介な能力だ。そのリーチの長い薙刀も合わさってまさに回避不可能な一撃だ」

 

 藍染は前屈みで傷を押さえながら、だが一部の隙も見せずに言う。

 

 「さて、貴様に問おう。今貴様に見えている私は、どのくらい過去の私であるかを…」

 

 刹那、藍染の腹に薙刀の刃が突き刺さる。しかしそれを認識する前にはもう既に気絶していたであろう。

 

 「すまんな、少し速すぎた。貴様の解答を聞けずに……残念だよ」

 

 続いて菅原は市丸の方へと移動しながら語りかける。

 

 「貴様のところの隊長は私の特殊な鬼道が体内で作用し、気絶している。死んではいない。後でゆるりと悪事を聴こう」

 

 市丸は上司が死んだのにも関わらず微動だにしない。あまりにも不自然で何か裏があるのだろうか勘繰ってしまう。

 

 「あかんなぁ菅原隊長。よそ見してたら足元すくわれるで?」

 

 「何を言っているのだ、よそ見などしていない。次は貴様の番だ市丸よ、護廷十三隊の恥めが。心の底から後悔するがいい!」

 

 菅原は斬りかかろうとするがしかし、それは叶わない。いつの間にか背後から斬魄刀に貫かれている。

 

 「なぜ………だ、藍染……!なぜ貴様は無傷でそこに立っている…!」

 

 「だから言いましたのに。よそ見はあかんって」

 

 斬魄刀が引き抜かれると血が吹き出す。後ろから心臓めがけ一突きである。耐えられるものなどいないだろう。

 

 「素晴らしい能力だったがしかし、私の鏡花水月の前では無意味だ」

 

 「なん…だと…⁉︎」

 

 「能力は完全催眠。菅原隊長、貴方の玉響も素晴らしいが所詮、私の鏡花水月の下位互換に過ぎないのだよ」

 

 菅原路茂は息絶え絶え。このままではもうじき死ぬであろう。

 

 「さて、隊長格の魂魄だ。再び良い実験が出来ることだろうね」

 

 その日以降、菅原路茂は行方不明のままである。

 

 

-----------------------------------

 

 最近、三番隊隊長の菅原路茂が行方不明となった。俺も含め、二番隊がかなりの人数をかけて捜査しているがなんの痕跡もない。一ヶ月が経ってもなお見つからないとなれば、誰かに殺されたという線が確実だろう。しかし菅原隊長は、隊長格の中でも一二を争霊圧の高さだ。殺せるのは隊長格しかあり得ないだろう。

 

 「どうだ茜二。何かわかったことはあるか?」

 

 「いいえ、何も。残念ながらこれ以上捜索しても何も見つからないかと」

 

 俺は目を伏せ砕蜂隊長に報告する。一ヶ月間くまなく探しても手がかりはなし。相当手の込んだ計画的犯行と見て間違いない。

 

 「わかった。総隊長殿のところへ行く。しばらく頼んだ」

 

 「わかりました」

 

砕蜂隊長が目の前から消えると俺は執務室へ入る。気持ちを切り替えて仕事をやろうと気を引き締めるもやはり集中できない。何やら嫌な予感がしてたまらないのだ。唯の勘だが馬鹿にしてはいけない。こういうものは意外と当たるものだ。

 

 俺は色々と悶々としながらひたすらに筆を動かし続ける。心ここにあらずとはまさにこう言ったことである。

 

 

 

 




菅原隊長、即退場になってしまいました。ちなみに鏡花水月の始解は藍染が副隊長の時に一度目撃しています。それを考慮した上で藍染は菅原さんをおびき出したという訳ですね。斬魄刀の説明を一応載っけときます。

始解 遅れろ 玉響(たまゆら)

約180センチの薙刀。対象の視覚情報を最大十秒間、遅らせることができる。

卍解 ???

改めて見てみると、シンプルで結構チート能力ですね


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いざ、現世へ

 現世。それは三つに分けられた世界の一つ。死神の仕事の一つである魂のバランスを取ること。それを行うのが現世であるが、どうやら最近、物騒なことが起きているらしい。

 

 「砕蜂隊長、俺が楽しみに取っておいた塩大福知りません?」

 

 「それよりも話がある。先日報告を受けた鳴木市のことなのだが…」

 

 「あの、俺の塩大福は…」

 

 二番隊執務室には、キョロキョロと塩大福を探す茜二と何食わぬ顔で話を進める砕蜂がいた。どうやら微妙に二人の話題が合っていないようで。

 

 「中規模の都市なのだが、三ヶ月前に十番隊の担当死神が事故死していてな。未だうちの隠密機動が原因調査中なのだが……」

 

 「いやその口の周りの粉!絶対たべましたよね⁉︎なに飄々と話を進めているんですか!澄ました顔しててもバレてますから!」

 

 茜二は大きな声で話し中の砕蜂に詰め寄る。彼は元々こんなことで大声を出すタイプではないのだが、こういったことはもう既に10回目。いくら仏といえども当然の反応である。

 

 「なんだ茜二。大事な話をしているのだぞ?もっと集中して聞かんかたわけ!」

 

 「えっ…⁉︎なんで俺今怒られてるの?おかしいよね?って今更口拭いても遅せーよ!やるならちゃんとやれよ!」

 

 口を拭う砕蜂に珍しくツッコミをきめる茜二。これはなかなかレアな光景だ。

 

 「で、話を戻すが……」

 

 「はぁ、もういいですよ。どうぞ続けてください。」

 

 「先程も話した鳴木市でな、先月再び十番隊の担当が原因不明のまま二名、死亡しておるのだ」

 

 「………」

 

 二人は先程までの雰囲気を一変させ、互いを見つめ合う。

 

 「さすがこれだけ不自然なことが続くと、裏があるようにしか思えんのだ」

 

 「で?その話をわざわざ俺にしたということは、俺が調査に向かえということですね?」

 

 「さすが私の部下だ。話が早くて助かる」

 

 「しかし何故二番隊が?鳴木市?でしたっけ。そこは十番隊の管轄では?」

 

 茜二は首を傾げて椅子に座り直すと砕蜂をじっと見つめる。

 

 「そうだ。本来ならば十番隊が向かう筈なのだが今回は例外だ。四十六室が絡んできているのでな…」

 

 「はぁ?なんでこんなことに四十六室が首突っ込んでくるんですか。何かおかしいですね」

 

 茜二に続き砕蜂も訝しげな顔を浮かばせる。本当は行かせたくなかったのだろうがしかし、四十六室の命令となれば仕方がない。

 

 「私もそう思うのだがな…故に茜二。怪しいからこそ、お前の実力を見込んで頼んでいるのだ」

 

 「そういうことであればしょーがないっすね。わかりました、じゃあ今夜、ご飯奢ってください」

 

 「なっ⁉︎なんだと⁉︎今夜ってお前……ま、まだそういうのは早くないかと思うのだが…」

 

 刹那にして妄想を次々と繰り広げる砕蜂は、クールな顔を真っ赤に染め上げモジモジしだす。しかし、そのようなことは超絶天然を発動させた茜二に効くはずもなく話がずれていく。

 

 「…?何を訳わかんないこと言ってるんですか。俺が楽しみに取っておいていた塩大福も食べて。ご飯くらい奢って貰わないと話にならないですよ」

 

 「そ、そうか…わかった。こっ、今夜は料亭を取っておこう。私もそろそろ身を固める頃合いなのかもしれぬ。覚悟を決めておこう」

  

 「…?まあよくわかりませんが頼みましたよ。では、現世に行ってきます」

 

 茜二は部屋から出て行くと、取り残されたのは乙女の顔をした砕蜂が一人。

 

 「つ、ついに⁉︎ついになのかっ⁉︎ど、ど、どうしようか。こんなことは初めてだ、鼓動が鎮まらぬ。やはり流れ的に私の屋敷に近いほうが…いやしかし…!」

 

 そしてこの勘違いは、今後何十年も解けぬままである。

 

 ----------------------------

 

 俺が最後に現世へ行ったのは真央霊術院の実習以来だったはず。地味に緊張するが帰ってきた後には砕蜂の奢りで美味いご飯が待っている。そう考えれば幾らか気持ちは楽である。それよりもご飯に誘ったくらいであんなに動揺するとは思わなかった。よっぽど男に耐性がないのだろうか?

 

 まあまあな天然を発動させながら穿界門へ向かう途中、五番隊隊長の藍染惣右介に遭遇する。茜二は気付くのが遅れ、慌てて頭を下げる。

 

 「こんにちは。お久しぶりです藍染隊長」

 

 「やあ、茜二くん。久しぶりだね。そんな畏まらなくてもいいよ」

 

 そう言われて茜二は頭を上げると、意外と高い身長を見上げる。

 

 「あれ?今日は市丸副隊長はいないんですか?」

 

 「ああ。ギンなら今ごろ隊首試験を受けているところだよ」

 

 「そうなんですか⁉︎すごいですね。まだ護廷十三隊に入隊して少ししか経ってないのに。やはり藍染隊長の指導がいいのでしょうか?」

 

 「そんなことないさ。全てギンの実力だよ。僕はほとんど何もしていないからね」

 

 藍染は腕を組み、ハハハと笑いながら謙遜する。茜二はその腰が低く、隊長になったとしても謙遜し続ける姿勢に藍染惣右介を慕っていた。

 

 「ところで茜二くん。こんなところでどうしたのかな?何か仕事でもあるのかい?」

 

 「はい。今から中央四十六室の命により現世へ向かうところなのです」

 

 「そうか…足止めして悪かったね。無事に帰ってこれることを願っているよ」

 

 「はい!ありがとうございます。では俺はこれで失礼します」

 

 茜二は藍染に一礼すると急いで穿界門へと走り出す。割と余裕を持って隊舎を出たのだがついつい話し込んでしまったと反省する。

 

 「はぁはぁ…なんとか間に合ったな。予定時刻より一分前」

 

 茜二は担当死神へと用件を話し、穿界門の中へと入って行く。

 

 「懐かしいなぁ断界。数百年ぶりってやっぱり緊張するよな…って地獄蝶ついてないじゃん!なんで⁉︎」

 

 地獄蝶とは、死神が伝令などに使う蝶であり、現世に行く時などには必須である。現世では何が起こるか分からない。有事の際に連絡ができなければ死亡の確率がグッと高くなる。

 

 「全く。普通穿界門の担当、新人っぽかったしな。でも地獄蝶つけ忘れるって相当ドジなんだな」

 

 本来ならば戻るべきであるが、一度戻ってしまえば手続きが色々面倒だ。しかし、早く調査を終わらせて豪華な食事にありつきたい茜二は、そのまま現世へ向かうことにしたのだった。

 

 

ー----------------------------

 

 

 

 「藍染様。予定通りに彼の誘導に成功しました」

 

 「よくやった要。あとはギンが戻ってきてから私たちも現世へ向かうとしようか」

 

 モニターの光だけが照らす暗い部屋の中、九番隊隊長の東仙要と五番隊隊長の藍染惣右介が密談する。モニターには現世に降り立った茜二の姿が映っており、口角を上げながら見る藍染の表情は不気味だ。

 

 「それと例の虚についてですが、いつでも準備はできております」

 

 「そうか…だが少し早いな。もう少し様子を見てからにしよう」

 

 

 

----------------------------

 

 久々の現世に降り立ち、テンションが上がりつつある茜二は大きく伸びをすると早速担当死神が駆け寄ってくる。

 

 「お疲れ様です東雲副隊長。先日、こちら鳴木市に赴任しました竹添幸吉郎と申します。副隊長にわざわざご足労いただいて感謝の気持ちしかございません」

 

 「いや、別にいいんだよ。中央四十六室の決定だし俺の意思って訳ではない」

 

 担当死神の竹添は膝をついて礼をすると茜二は手を振り諫める。こういったことに慣れていない茜二として居心地が悪くて仕方がないのだ。

 

 「じゃ、あとは俺に任せておいて。一旦鳴木から離れておきなよ。恐らく誰かを庇いながら戦って勝てる相手ではないだろうしね。あ、あとさ一個頼みがあって……」

 

 「分かりました、ではそのように。はっ。では失礼します!」

 

 竹添は急ぎ足でこの場から離れると、茜二は一旦空高くへ昇る。あたりを見渡すが特に変わった霊力はなし。至って普通な街であった。

 

 「ったく。暇すぎて眠くなっちまうなこりゃ。天気が良ければ危なかったぜ」

 

 今にも雨が降りそうな空を見上げてジメジメとした空気を吸う。雨の日特有のなんとも言えない風情のある匂いが鼻腔をくすぐり、なんだかやる気が無くなってしまう。晴れも好きだが曇りも好き、雨だけは嫌いな茜二は降らないことを祈るばかりだ。

 

 それから一時間ばかりが過ぎても何も起きず。そろそろ本格的に眠くなってきたその頃、空の灰を見上げた頬に一滴の雫が当たって弾ける。

 

 「チッ、本当に降って来ちゃったよ。なんで今日に限って雨なんだか。運が悪すぎやしませんか?」

 

 茜二は、次々と空で堪えきれなくなった雨をその身に受けつつ、一旦雨宿りできそうな場所をキョロキョロと不慣れな目つきで探す。

 

 「やっばいな、めっちゃ寒くなって来た。確かまだ九月くらいだったけ?なんでこんな寒……!」

 

 独り言を呟く茜二の前には、いつの間にか白い詰め物の様なもので穴の塞がった虚が一匹、立ち塞がっていた。頭には大きく巻かれた角が一対。面も身体も全身真っ黒な異形の虚は前にも見覚えがあった。違う点と言えば角と色、それに腕が刀の様に細く鋭くなっているところだろうか。

 

 「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァァァァァ!!!!!」

 

 「うおっ……!なんだよ急に⁉︎バカでかい霊圧出しやがって…!」

 

 茜二は急いで距離を取るべく後ろへ跳躍すると、追って虚は突っ込んでくる。しかし改造虚との戦闘経験がある茜二にとっては予想通りの動きであった。

 

 「……っしゃオラ!とんでけっ!」

   

 刀の腕をギリギリで躱して腕を掴むと、その勢いのまま斜め上へと投げ飛ばす。かなりの速さで宙を舞う虚は風圧で上手く動けない。

 

 「よし。こんぐらい上に来れば少しは思い切って戦えるな」

 

 「………」

 

 虚は寡黙で叫ばず静かに茜二へ斬りかかる。その動きは、以前戦った改造虚を遥かに上回っていた。さらに雨によって死覇装が重くなっているにも関わらず、茜二は軽々と斬魄刀で二刀の連撃をいなして腹に蹴りをぶちかます。

 

 「卯ノ花隊長と比べれば、お前の剣はまるで赤子の様だな」

 

 しかし茜二は引っ掛かった。なぜかと言えば虚の太刀筋がまるで死神の様であったからである。以前は直線的にただ突進してくるだけであったが、今回は武道の心得がみえる。その駆け引きを虚とやるとなれば非常にやりづらいものであった。

 

 「オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"ォォォォォ…!」

 

 「……どんだけ霊圧あげれば気が済むんだよっ!」

 

 霊圧を急激に上昇させる改造虚の隙をつき、懐へ入った茜二は思い切り斬魄刀を斜めへ振り上げる。

 

 『閃け 九泉雷公』

 

 自身の身体に電気を這わせ、意図的に莫大なエネルギーを発動させた筋肉を唸らせる。ギリギリを攻めた強化で発生させた斬撃は、改造虚の右腕を切り裂き、さらにその後発生した剣圧の爆風によって吹き飛ばす。

 

 「…っしゃ危ない。ギリギリ攻めすぎて終わったかと思ったわ」

 

 上手く制御し自身の身体への負担を軽減した茜二は、吹き飛ばされた改造虚を見ると丁度飛んできた虚閃を跳び上がって避ける。

 

 「…っと!わかってるよ虚閃を使うことは」

 

 「……ォォォォォ」

 

 すでに切られた腕が止血されている虚は、静かに茜二を見据えながらもまだまだ霊圧を上げていく。それはもうすでに隊長格を超えた霊圧である。

 

 「まじかよ。流石に腕一本じゃ大人しくならないよな。では次は左腕も貰い受けようか」

 

 

 

-----------------------------

 

 「なんや彼、結構やるやないですか」

 

 細く目を尖らせ、黒い外套を纏った市丸達三人は茜二と改造虚の戦闘を食い入る様に観察している。

 

 「いやまだだ。この虚、『ブラック』は隊長格の魂魄から作り出された最高傑作。奴の力はこんなものではない」

 

 「そうだね。あの虚はまだ霊圧を半分程度しか出していない。しかし副隊長程度に負けるようならあの『ブラック』も失敗作ということだ。浦原喜助のおかげでこんなにも近くて実験の成果が見られるのだ。『ブラック』がどのような戦いをするのかゆっくり見ようじゃないか」

 

 藍染は目深に被ったフードをギュッと掴み爆風を凌ぐと、研究者の顔で彼らを見続ける。

 

 

----------------------------

 

 「ハァハァ……ちょっ……お前、まだ霊圧上がんのかよ……ハァハァ」

 

 「………」

 

 しばらく戦闘は茜二優位に続き、身体に多くの傷を刻みつけるも弄ぶかの様にどんどんと段階的に霊圧を上げていく改造虚は、明らかに強くなり続けており、茜二を追い詰めはじめていた。茜二は、どことなく虚が戦闘を楽しんでいるように見えた。

 

 「ったく。はやく蹴りをつけないと、俺がバテて死んじまう」

 

 能力的に長期戦に向かない九泉雷公の能力により、茜二の身体は疲れ始めていた。一方虚は上がるばかりで未だ底を見せていない。このままでは確実に茜二がズルズルと負けていくだろう。

 

 「限定解除もなるべく避けた方がいいしな。悪いがお楽しみもここまでだよ。俺も彼女らも長くズルズルと戦うのは嫌いなんだ」

 

 「グルルルゥゥ」

 

 警戒する改造虚に向け斬魄刀を両手で握り直すと、実戦で初の彼女達の名前を呼ぶことにした。

 

 「卍解」

 

 

 




少し地の文を変えてみました。


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正念場

 『卍解 八裂雷』

 

 大雨が降りしきり身体が冷えてくる中、茜二は卍解する。刹那、これまでとは桁違いの莫大な量の雷が茜二を包み、その煌々たる光で茜二を直接見ることはかなわず、虚は隻腕で目を覆い隠す。

 

 「グルルルゥゥ」

 

 「カッコいいだろ?この雷の羽衣…って虚に話しても分からないか」

 

 やがて光が収束すると現れたのは雷の羽衣を纏っているが、それ以外は何も変わらない茜二。霊圧は確かに上がってはいるがせいぜい二、三倍と言ったところであろうか?かなり派手な演出の割にはしょぼい卍解である。

 

 「グオ"オ"オ"オ"オ"オ"ォォォォォ」

 

 突然咆哮したかと思いきや、更に力の上がった虚が茜二に接近する。しかし茜二はそれを避けずに虚に腕を噛ませると、血が雨に滲み出す。

 

本来ならば噛みちぎられているであろう腕にはピリピリと電気が走っており、身体の防御力が上がっているようだ。そのお陰で傷は浅く、元四番隊である茜二ならば治療にそう手間取らないだろう。

 

 「っ……!俺の腕は美味しいか?楽しいお食事もそこら辺にして、とっととまる焦げになって貰うぜ!」

 

 茜二は斬魄刀を虚の胸に突き刺すと、唯一彼女達が教えてくれた技の名を叫ぶ。

 

 「筆頭一色、大雷!」

 

 刹那、刀身から放たれた凄まじい紫色の電撃が、茜二ともども虚を襲う。虚はあまりにも莫大な電撃をその身に受け、身体が痺れてなんの抵抗もかなわずに、ただただ黒い身体を更に黒焦げにするのみ。

 

 「大雷はどうだ怪物!これは唯一、彼女が教えてくれた技なんだけどさ、雷の出力はこれまでとは非にならない。何せ自ら浴びる強化のための雷ではなく、敵を滅するための雷なんだからな!これでもまだ最低出力なんだけど、貴様にはこれぐらいで十分だろ?」

 

 正しくはまだ最低出力しか放てないのだが、こんな時くらいカッコつけても罰は当たるまい。

 

しかし虚も最後の抵抗と言わんばかりに自らを爆弾に変え、一瞬にして大きく膨張する。

 

 「……って、マジかコイツ⁉︎まさか自爆するつもり…」

 

 気づいて無理矢理出力をあげようとするも、この至近距離からでは何も出来ず、自身の卍解の威力も相まって大爆発を喰らう。卍解での被害を避ける為上空で戦っていたのが不幸中の幸いだろうか、現世の被害を避けることが出来た。

 

 「クソがっ!」

 

 茜二はボロボロの焼け焦げた死覇装から煙を巻き上げながら、地面へと自由落下する。まさか自爆するとは思わずに、安全策で至近距離から大雷を放ってしまったが運のツキであった。

 

----------------------------

 

 

 

 大雨が落ち、先程まで雷の轟音が響いていた鳴木市の上空で黒いフードを被った三人は茜二の戦いを見届けていた。

 

 「これは予想外だな。まさか彼が卍解に至っていたとは。限定解除がされてないとはいえ中々の威力の卍解だ。流石に『ブラック』も耐えきれないか」

 

 「しかし藍染様、自爆したということは標的虚化だけじゃない…最終段階の"転移"まで行ったということです。予定は大幅に早まりましたが目標からはそれていません」

 

 「ああ、そうだね要。まさかこんなにもはやく標的を選ぶとは思わなかったがこの予想外は良いことだ。予想外の出来事とはつまり『我々が予想できなかった出来事だと言うこと』だ……面白い」

 

 煙を巻き上げつつ落下してゆく『選ばれた者』を見て藍染は微笑する。

 

 「死した死神、それも隊長格の死神から容作られた虚化が、敢えて格下の副隊長を選んだ。その先を見てみたいと思わないか」

 

 藍染惣右介、東仙要、市丸ギンの三名は、煙の出元である茜二の場所へと歩みを進める。

 

 

 

----------------------------

 

 「イテテテ。今日ほど雨の日と四番隊に入っていて良かったと思う日はないな」

 

 なけなしの霊力で身体中の火傷を治していく茜二。雨で皮膚が冷やされ、多少は治りが早くなっている。

 

この全身の火傷は自爆によるものだけではなく、虚が爆発する直前に焦って大雷の出力をあげてしまい、自らが耐えられる雷の威力を上回ってしまったことにより、更に火傷がひどくなっていた。

 

調整が狂うと自らの身も滅ぼしてしまう難しい卍解だ。それ故に、彼女ら全員の名を聞くまでにかなりの時間を要するのは仕方ないことだろうと、茜二はつくづく思い知る。

 

 「よし、なんとか最低限歩けるようにはなったけど…。はやく帰って砕蜂のとこ行かないと。予想以上に時間掛かっちゃったからな。帰った頃にはもう夜遅くて砕蜂に怒られちゃうかもな」

 

 茜二は濡れた斬魄刀を持ち直すと、尸魂界へと戻るため解錠しようと構える。しかし、それは叶わず後ろから茜二の胸に斬魄刀が突き刺さる。

 

 「ぐっ……誰…だ⁉︎」

 

 「やあ茜二くん、さっきぶりだね。私の最高傑作の実験体を倒してしまうとはさすが卯ノ花隊長の弟子、というところかな?」

 

 「あなたは……⁉︎ 藍…染…隊長⁉︎」

 

 茜二は血を吐きながらも振り返り、黒いフードの中を覗いた。

 

 斬魄刀を持っていたのは紛れもない藍染惣右介であり、茜二は目を疑うが黒いフードの下には特徴的な眼鏡と優しそうな顔が隠れている。

 

 「ぐっ…ッ!どう…して……こんなことを…⁉︎」

 

 「それを答えたところで意味はない。君はここで『虚化』し、もう二度と尸魂界に戻ることができないのだから」

 

 「虚化…だと…⁉︎黒幕は貴様だったのか藍染!」

 

 やっと追い求めてきた黒幕を目の前に、痛みを忘れ叫ぶ茜二だが藍染は斬魄刀を引き抜き茜二のあたりに血を撒き散らす。

 

 それにより茜二はすぐさま痛みを思い出し、血飛沫が舞う貫かれた胸の穴を抑える。治療しようと試みるが先程の治療でほぼ霊力は空であり、傷が深くて霊圧が定まらない。茜二は力が入らずに道にうつ伏せに倒れ真上の藍染を見上げる。

 

 「ぐぅっ……っ。クソたれがぁぁ!」

 

 「残念だがどう足掻いてももう遅い。仕込みはもう済んでいるのだ、後は時間の問題だよ。その傷では尸魂界に戻ることはおろか立つことすらままならないなだろう。そういえば地獄蝶もいないんだったね。だから連絡も取れないだろう?」

 

 「なぜ貴様がそれを⁉︎」

 

 「驚くのは無理はない、実は前に茜二くんに伝えた能力ではなくてね。私の鏡花水月の真の能力は完全催眠だ。そしてあそこで君に地獄蝶をつけ忘れていた死神は私だった。それだけのことだ」

 

 藍染は斬魄刀を収めると振り返って歩き出す。しかし茜二は、血のついた手で藍染の足首を掴むとグッと逃さぬよう握りしめる。

 

 「待てよ藍染。逃すと思ってんのか?」

 

 「やれやれ諦めの悪い…言ったはずだ。もう君には何も出来ることはないのだ。たとえ足止めしたとしても君のその身体でなんとする?」

 

 藍染は容易に手を振り払って見せると解錠し再び進み出すと、遂に茜二の口から白い液状の仮面が吹き出してくる。

 

 「ぐア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァァァァァ!!!」

 

 「どうやら虚化が始まったようだね。一つ忠告しておくが、興奮状態だと虚化のスピードは早まる。長生きしたいのなら何もしないことをお勧めするよ」

 

 「藍染惣右介!ぐっ…!いつか…いつかきっと!お前をこの手で叩っ斬ってやる…!」

 

 「………」

 

 藍染は無言で現世を去ると残されたのは、辺りを自身の血海で満たした死にかけの死神一人。もう息が弱く、大量出血と大雨が相まってその身体は寝そべってる道路の温度と同じだ。

 

 「…寒いなクソっ…こんなところで…」

 

 身体を動かそうとするもいうことを聞かずただ虚化が進むのみ。表面上ではまだ助かる手立てはあると自信を鼓舞するが、心の底では万事休すと思っていた。

 

しかし突然に雨が止んだかと思いきや、赤の番傘をさした胡散臭い奴が立っていた。しかしその声はなんとも懐かしく、なぜか助かると思ってしまう声だ。

 

 「おや?お困りみたいっスね〜。その虚化、治療して差し上げましょうか?」

 

 

 

----------------------------

 

 

 

 「流石に遅いな…もうとっくに帰ってきても良い頃合いなのだがな」

 

 砕蜂は一人、仕事を片付けた執務室で茜二の帰りを待っていた。今夜は、茜二の好きな肉が美味しい店の席をとっていて、自身は肉が苦手でその店には行ったことがないのだが、茜二の為に急いで用意した。そして何より自分の屋敷から近いことが大きな理由だ。

 

 「茜二程の実力があれば現世の調査任務など苦戦するはずがないのだが、やはり何かあったのだろうか?」

 

 しかし、心の中が不安に苛まれながらも、茜二の帰りを待ち続ける砕蜂の嫌な予感は的中する。

 

 「失礼します砕蜂隊長!緊急の連絡です!」

 

 焦った様子で汗を垂らしながら執務室の前に控える裏邸隊。その表情から余程のことだろうということが伝わってくる。

 

 「なんだ騒々しい、あまり大声を出すな。早く連絡事項を話せ」

 

 「はっ。申し上げます!技術開発局より、二番隊副隊長の東雲茜二殿の霊圧が消失したとの連絡がありました!」

 

 「なに⁉︎茜二の霊圧が消えただと⁉︎その情報に間違いはないのか!」

 

 「は、はい。確かに十二番隊涅マユリ隊長からの報告でございます」

 

 その言葉を聞いた瞬間、砕蜂は十二番隊へと飛ぶように向かう。二番隊隊長、隠密機動総司令官としての実力を余すことなく発揮して、ただひたすらに夜の瀞霊廷の空を翔る。

 

 (ふざけるな!茜二の実力は私よりも遥かに上、並の隊長格よりもよっぽど強いのだぞ⁉︎その茜二が現世で負けるなど有り得ない!何かの間違いに決まっている!)

 

 砕蜂はあっという間に十二番隊舎に到着すれば息を整え、あくまで平静を装い門番へと話しかける。

 

 「二番隊隊長の砕蜂だ。現世で二番隊副隊長の東雲茜二の霊圧が消失した件について、至急涅に取り次いで欲しい」

 

 「そ、砕蜂隊長⁉︎少々お待ち下さい!」

 

 「その心配はないヨ。初めから君が来ることは予測していたからネ。おい、そこの。キミはもう退がっていいヨ」

 

 「く、涅隊長⁉︎失礼します!」

 

 門番の隊士が退くと砕蜂と涅が対峙する。先程も言っていたが、涅は砕蜂が来ることは予め分かっていたようで、門のすぐそばまで来ていた。

 

 「涅!茜二の霊圧が消えたとはどういうことだ!一体現世で何が起こったというのだ!」

 

 「まあまあ砕蜂隊長。少し落ち着きたまえヨ。そんなに急かさずともちゃんと話してやるヨ」

 

 「……っ!」

 

 熱くなりすぎた砕蜂は少し心を落ち着かせる。今取り乱しても何も変わらないのだと、自分に言い聞かせる。

 

 「実は今回の件においては私も独自に調査していたのだがネ、それでいくつかわかったことがあるんだヨ。それはここ数ヶ月の間、鳴木市で担当死神の事故死を引き起こしていたのは改造された虚、ということだヨ」

 

 「また改造虚だと⁉︎一体奴はなんなのだ…!」

 

 「おや、改造虚について何か知っていることでもあるのかネ?」

 

 涅は科学者としての興味がそそられたのか、一気に砕蜂に詰め寄ると目をギラギラさせる。

 

 「いや、特にこれといって情報はないのだが、以前に一度遭遇したことがあるだけだ。それより本当に茜二は消息を絶ったのか⁉︎茜二は生きているのか⁉︎」

 

 砕蜂は焦らしに焦らされ遂に我慢の限界のようだ。涅の回りくどい言い方には相当焦ったさを感じる砕蜂は思わず涅の胸ぐらを掴む。

 

 夜一に続き茜二まで、自らが愛した者を失おうとしているところなのだから、取り乱すのは仕方がないだろう。

 

 「ギャーギャー煩いヨ!少しは頭を冷やさないかネ⁉︎この私がわざわざ話してやるのだ!少しは黙って聞く気にならないのかネ⁉︎」

 

 「だったら早く結論を言え!茜二は生きているのか⁉︎」

 

 「そんなに知りたければ教えてやるヨ。東雲茜二は死んだ可能性が高いネ」

  「…なん…だと⁉︎」

  

 砕蜂は涅の胸ぐらを離して地面に座り込む。再び親しい者を失った砕蜂に、これは少々キツい宣告だったのかもしれない。

 

 「詳しい情報を言うと東雲は改造虚に殺されたのではない。観測した霊圧のデータを見るに東雲は鳴木市にて、改造虚を討伐し任務を遂行した。しかし第三者の何者かが疲弊している東雲にとどめをさしたようだネ」

 

 

 「……」

 

「しかし、今うちの隊士に死体の回収をさせようと現世に向かわせたが死体は幾ら探しても見つからないらしい。ほぼ死んだというふうに見るべきだがもしかしたら生きているのかも知れないネ?可能性としたら万に一つ、いや億に一つほどの確率だが」

 

 砕蜂は押し黙る。技術開発局局長から直接、死因までハッキリと理論立てて説明されたのだ。確かに死体は見つかっておらず生きている可能性があるかもしれないが、生きている可能性は限りなく低い。

 

 「そうか。いきなり押しかけて悪かったな。情報提供感謝する」

 

 涅に礼を言うと穿界門へ向う砕蜂。頭では分かっているのだが自分の目で確かめなければ信じられないようで、現世に行って自ら探すことにしたのだが、結局のところ生きている痕跡を見つけることができなかった。

 





茜二の卍解「八裂雷(やくさのいかづち)」
      能力???

    技「大雷(おおいかづち)」
      能力???


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魂と覚悟

 

 八番隊舎で執務をしている一人の白い髪の女性。その剣の腕前から剣姫と恐れられているのが、何故か以前まで四番隊に所属していた死神である。そんなに彼女はある期を境に憂鬱な顔から晴れぬままであった。

 

 二番隊副隊長、東雲茜二が現世にて謎の死を遂げてからひと月が経つが、依然その原因は不明のままである。わざわざ五番隊隊長の藍染惣右介が事件現場に赴き調査を行ったのだが、真相は謎に包まれたままである。

 

 そんなことが影響して、暗いオーラがダダ漏れになっている純連に飄々とした声がかかる。

 

 「やぁ、純連ちゃん。任せていた仕事の方はどうだい?」

 

 「京楽隊長。それなら隊長が真っ昼間からお酒を飲んでいる間にやっておきましたよ。丁度終わったところです、確認お願いします」

 

 酒を飲みたいのはこっちの方であるがそれは口に出さないでおくとして、純連はトゲが数本混じった声色で京楽に書類を渡す。

 

 「いやぁ〜。気づいてたのね。なんだか言葉をオブラートにに包まない感じ、リサちゃんに似てきたんじゃないの?…参ったね、どうも…」

 

 「『参ったね、どうも』はこっちの台詞です!ちゃんとお仕事して下さいね」

 

 「純連ちゃんだって前はよくサボってお酒飲みに来てたくせにぃ〜」

 

 「それはっ…!そ、それは過去の話ですよ!今はちゃんとお仕事してますからセーフなんです!」

 

 何気ないいつもの会話を京楽と交わしているが、正直この状況が辛かった。茜二が死亡したと連絡を受けた時、私の心を埋めるものは無くなってしまったのだから。

 

 (何で私に黙って急にいなくなるのよ…バカ)

 

 真央霊術院時代からの親しい友人を失えば誰だって傷ついて当然であり、斬拳走鬼全てにおいて秀でている完璧に見える剣姫であれど例外ではない。

 

 すると突然、京楽隊長は真剣な眼差しでこちらを見つめる。

 

 「純連ちゃん。まだ茜二くんのことを引きずっているのかい?」

 

 「……なっ!急に何ですかもう!そんなんじゃありませんよ」

 

 上手く周りには隠しているつもりであったけど、やはりこの人はなんでもお見通しらしい。なんかムカつく。

 

 「茜二くんは護廷十三隊の一員として、みんなを護ったんだよ。それは意外と難しいことでね、誰にでも出来ることではないのさ」

 

 「でも死んだら意味がないんです。生きて護らないと意味がないと思うのです!」

 

 思わず熱が入る純連は眼を潤ませながら京楽に問いかける。

 

 「何かを護ったとして、死んだらその人の友人、恋人はどうなるのですか⁉︎この心の安寧は誰が護ってくれるというのですか⁉︎」

 

 純連は初めて自分の弱さを吐露した。京楽は不安で押しつぶされそうな顔をした純連を抱きしめると、これまで自らが培ってきた矜恃を伝えることにした。

 

 「いいかい純連ちゃん。確か大切な人を失った辛さは分かるけどね、ボク達は護廷十三隊なんだよ。それ以上でもそれ以外でもない。護廷の為に死なば本望、そうやって死神たちは僕らにその高潔な魂を大切な人に預け、受け継いできたんだよ」

 

 「魂を……受け継ぐ…ですか?」

 

 それを聞いた純連の顔には疑問符が沢山張り付いており、京楽の言葉の真意を理解しようと噛みしめながら聞いている。

 

 「そうさ。純連ちゃんの中には無いのかい?茜二くんの残してくれたものがさ」

 

 「……」

 

 「心当たりがあるようだね。もうこれで君の道は開けたんじゃないかい?」

 

 純連はそっと胸に手を当て、以前にも考えたが答えが出なかったモノを熟考する。私の道はなんだろうかと。私は何がしたいのだろうかと。

 

 「私は大切な人をみんな護りたい。強くなって、ただひたすらに強くなって、絶対に負けない強さが欲しい。誰の心にも穴を開けさせないように、みんなを生きて護りたい」

 

 「そうかい…それなら君のいるべき場所はここじゃないと思うよ。もっと相応しい場所に心当たりがあるんじゃないのかい?」

 

「……はい!」

 

 純連は元気溌剌な迷いがない返事で答える。その強靭な覚悟で固まった魂は、もう以前の自分の才能から眼を背けていた少女とは別格に強くなっていた。

 

 

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 瀞霊廷 轡町

 

 護廷十三隊の中でも荒くれ者が集まる場所、すなわち十一番隊舎が存在する地がこの轡町であるが、今日もいつも通り騒がしくあった。

 

 現在、十一番隊隊長は鬼厳城剣八という流魂街出身の大男である。身長は221センチ、体重三百六十一キロの彼は十代目剣八であり、人生の有頂天とも言える気分であった。

 

 そんな生え散らかしている髭にまみれた顔面を太い指でガリガリと掻き毟る彼は現在、稽古場で鍛錬もせず、与えられた任務すら投げ出して、隊舎の縁側で堕落を貪っていた。その姿はさながら牛の様にも豚の様に見え、隊士達の目には滑稽に映っていた。

 

 しかしそんなことを言えるはずもない。これ程粗悪な言動をし、まさしく天狗という言葉が似合う鬼岩城剣八であるがしかし、反乱が起こらぬのも彼の実力故である。

 

 曲がりなりにも先代を斬り捨て剣八になった彼は強く、稽古の際には木刀を何本も叩き折り、手加減を知らない彼と打ち合った者の中には命を落とした者もいる。そんなことがあっても鬼岩城剣八は手加減を一切せず、部下の命をなんとも思っていなかった。

 

そのお陰で山本元柳斎総隊長から『副隊長以上の者との打ち合い禁止』を言い渡されてしまった。そして現在の十一番隊の副隊長は空位であり、それが彼の暇の原因であった。

 

 「ふあぁ〜。あのジジイ、副隊長以上と打ち合い禁止とかふざけてんのか」

 

 身長2メートル越えの巨漢はその太い指で欠伸をかき消しながら、山本元柳斎重國に対してなんの尊敬の念すら感じ取れない言葉を虚空に吐く。

 

 「やることがねぇなぁ〜。こうなったら適当な理由をつけて流魂街の奴らでもヤリに行くしかねぇなぁ」

 

 指の中でも一番細く、短い小指と言っても十二分に太い指で鼻をほじりながら物騒なことを言う。この様なことは当然許されるべきではないのだが、剣八となった彼の抑止力が無く、やりたい放題の彼を止める者はいない。

 

 「そうだなぁ〜。更木か草鹿あたりにでも行って適当なゴロツキを尸魂界の叛逆者だなんだって理由貼りゃぁいいか」

 

 そんな言葉を言って熊と互角、またはそれ以上の体格の持ち主である彼がのそっと立ち上がると縁側の床板がきしりと音を鳴らす。そして彼が歩くたびにもまたギシギシを悲鳴の如き軋みをあたりにでも響かせる。

 

 そしていざ隊舎から出ようとしたその時、運命を変える出来事が彼に、尸魂界に起ころうとしているのであるが、当然そんなことは誰も知る由がない。

 

 

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 瀞霊廷 二番隊隊舎

 

 

 東雲茜二。というどこにでもいる様な体格、背丈、顔立ちをした至極色の髪をした彼が与えた影響は意外と大きいものだったりする。もちろん東雲茜二自身はそんなことを微塵も思っていないのであるが、その彼の影響を受けた死神の一人が二番隊隊舎にいた。

 

 その者は小柄であり、身体の線が細くはあるが護廷十三隊の中の頂点の一人である。暗殺や情報伝達、調査などを迅速に、秘密裏に行う彼女の隊は今、ピリリとした嫌な雰囲気に包まれていた。

 

 「何度言えば分かるのだ貴様は!」

 

 高い声の怒号が響き渡る執務室には二番隊隊長、砕蜂が七席の白川郷介に仕事でのミスを強くしていた。何度も同じミスを犯す白川も悪いがしかし、砕蜂の口調がいつもより強いのも事実である。

 

 普段ならばもう少し控えめであったしそのアフターケアを副隊長として行っている者がいたからこそ二番隊の雰囲気は保たれ纏まっていたと言える。その縁の下の力持ち、もとい影で二番隊の潤滑油と微妙に嬉しくない呼び方をされていた彼が居なくなってしまった代償は大きい。

 

 「申し訳ございませんでした!今すぐやり直します!失礼します!」

 

 目に涙を溜め、こもった声で謝罪し執務室を後にする白川を睨みつける砕蜂。白川郷介は比較的最近入隊した者であるがかなりの白打の使い手であり、将来を有望視されている第七席だ。

 

 しかし彼は書類仕事などの執務が得意ではなく、同じミスを何度も繰り返す彼に砕蜂は苛立っていた。

 

 (茜二であればこの程度のことすぐに……)

 

 砕蜂は叶わぬ願いを心の中で呟く。砕蜂にとって東雲茜二とは心のバランサーであったのかもしれない。彼女はその性格上、余り人に心を許すタイプではない。許していたのは四楓院夜一と東雲茜二くらいのものであったが、その二人が隣から居なくなり、二度も苦しい想いをした砕蜂の心は疲れ切っていた。

 

 (私にもっと力が有ればこの様な自体にならずに済んだのではないか…)

 

 砕蜂は自分を責める。全ては自分に力が無かったからであると。自分が全てを護ってやれば良かったのではないかと。そんなことを最近は延々と考え続けたいた。

 

 砕蜂は椅子から立ち上がり執務室を後にするとある場所へ向かった。戸を引くとそこは質素な小さめの部屋であった。綺麗に掃除が行き届いているが、そこには生活感がない。

 

 「茜二よ……これから私はどう道を歩んで行けば良いのだろうか?」

 

 東雲茜二が死亡したとされた現在でも綺麗に残された東雲副隊長の部屋で砕蜂は彼の残り香に問いかける。本当はここを開けて早く新たな副隊長を据えるべきなのだろうがいざとなると中々決心があることであった。

 

 以前の砕蜂であったら嘲笑されているであろう醜態であるが、なんだか茜二の存在を本当に消してしまうのではないかと心が何かにキツく締め付けられる。

 

 「ダメだな。この様な不様な姿を晒しては夜一様にも茜二にも笑われてしまう……」

 

 気づけば20分もその部屋にいた砕蜂は自分の弱った心を締め直すと再び執務室室へと歩みを進めたのだが、そこには意外な客人の後ろ姿が目に入ってきた。

 

 その客人は砕蜂に気がつくと背中に書かれた五の数字を翻し、向き直る。

 

 「やあ砕蜂隊長。お邪魔しているよ」

 

 「藍染…。私になんの様だ?」

 

 砕蜂は藍染を怪しみ、高圧的に質問する。

 

 「実は君にどうしても渡しておきたいものがあってね」

 

 「隊長格がわざわざきて渡すほどのものなのか?」

 

 「そうだよ。僕がわざわざ来たのにも理由がある」

 

 すると藍染は懐から紫の、いかにも高級そうな手触りの布を取り出した。それに何かが包まれている様で机に置くとコトリと音がした。

 

 「砕蜂隊長にとって大切なモノであるはずだよ。是非受け取って欲しい」

 

 「なんなのだ勿体ぶって鬱陶しい。さっさと見せんか」

 

 砕蜂が机に置かれたモノを手にとり、良い手触りの布を広げると思わず息を飲んだ。

 

 

 




更新が遅れに遅れまして申し訳ないです。
本当に忙しくて筆が中々進まないです。
しかも今回は短めというね…本当に申し訳ないです。
次回はかなり面白くなる…はず…


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