『強いヒーロー』を目指す私の奮闘紀 (御鍵)
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・隆野 風子:オリジン
是非ともお付き合い頂ければ幸いです。
唐突だが、諸君は『強さ』とはどういう物か考えた事はあるだろうか。
力があれば強いのか?競争相手に負けなければ強いのだろうか?あるいは人を殺せれば強いのか?殺されなければ強いのか?
先に生きた者たちの中には、または今を生きる者たちの中にも、こう言う者はいるだろう。強さとは優しさであると。他者に優しくできる心こそ真なる強さだと。
これは、私が突撃ヒーロー『アタッカー』として諸君に認知されるまでの物語であり、同時に。冒頭の問いに対する私なりの答えを、その根拠の原点まで振り返りながら綴ったものだ。
♢ ♢ ♢
これは春のある日の事。
「事の始まりは中国軽慶市。発光する赤子が生まれたというニュースが最初だ。それ以来生まれたばかりの子供に特異な体質が宿るという現象が、世界的に見られるようになった。原因は未だ判然としないが、悪しき野心家に超常的な力が備わるというのは願ってもない好都合。この力を犯罪行為に使う者は
この世界に生きる人たちなら誰もが知っている、『個性』の歴史。そう、今この地球に生きる全人口の内実に約8割が『個性』と呼ばれる何らかの特異体質を持っている。
こんな話、もうすぐ進路を決めて自分の将来を本格的に考えなければならない中学三年生の私たちにとっては、常識中の常識だ。だと言うのに、今年の担任の先生はご丁寧に改めて解説し直した。
「個性には殺傷力の高いものや破壊力の高いもの、日常生活を送る上で枷となるもの、本当に様々なものがある。みんなの進路希望は大体ヒーロー志望だろうが、今一度冷静に己の個性と向き合い、己の過去と向き合い、己の今と向き合って真剣に考えるように。進路希望票は今週中に提出する事。以上だ。一限準備」
先生の無駄に長いお説教じみた話がようやく終わると、生徒一同はそれぞれに今日の授業の準備を始めた。
一時間目は数学。私にとっては好きな教科だし担当もあの担任の先生ではないため、中学三年生の授業一発目としては最高だ。
教科書とノートを開いて机に置いた私は、今日ばかりは予習もそこそこに自分の進路を考えていた。
「よっ、フー子。調子どう?」
「ひかりん!私は今日も元気だよ!」
私に声をかけてきたのは幼馴染みの
見た目じゃ分かりにくいけどひかりん——私は光ちゃんをそう呼んでる——にも個性はある。さっき先生が言ってた通り個性の内容は多岐に渡るけど、その特異性が見た目に分かりやすく現れるものは少なくない。私やひかりんは見た目じゃわかりにくい個性だ。
……厳密に言えば、ひかりんの場合は意図的に分かりにくくしてるんだけどね。何もしないでいると日常生活に支障をきたすから。
「おー、そりゃ良かった。でさ、本題なんだけど」
「うん?」
「フー子、進路はもう決めた?」
「ああ、その話。うん、もちろん!ずっと決めてた事だもん」
私は自慢の短いおさげを振って自分の進路希望票に目線を向けた。そこにはまだ
「ヒーロー科!私はヒーローになるために、そこで勉強するんだ!」
「だと思った」
「ひかりんは?」
「あたしもヒーロー科」
「だと思った」
お互いの考えがお互いに分かっていて、私たちは小声で笑い合った。
「学校は?どこ受けるの?」
「ふっふっふ。それはねー…」
ひかりんに聞かれて、私はさらさらとボールペンを走らせる。進路希望票、その第一志望の学校名に、あの高校の名前を。
「雄英高校!だよ!!」
「雄…英…!?本当に!?」
「本当も本当、超本当!さすがにビックリした?」
「うん、ビックリしたよ!だって——」
ひかりんのこんな顔を見れるなんて珍しい。でも無理もないよね。
何しろ雄英は学業面だけで言っても日本最高峰。噂じゃ今年の偏差値は79にもなるらしいけど、ヒーロー科は特にすごい。倍率も300倍を越えるけど、全国のヒーロー科の中でもトップクラスと言われる所以はそこじゃないんだ。
「——だって、私も雄英志望だから」
「へ…?」
「ほれ」
ひかりんはずっと後ろで組んでいた手を解いて、一枚の紙を見せてきた。進路希望票だ。
その第一志望の枠には間違いなく雄英高校ヒーロー科と書かれている。
「えええええ〜〜〜〜!?!?」
「あっはははは!!」
今回こそはひかりんの先を越せたと思ったんだけどなあ…。
「あたしはそう簡単に負けないよ、フー子」
「むう…。こ、今回は引き分け…かな」
昔からいつもこうだ。ひかりんはいつだって私の先を行く。
個性の発現時期からそうだ。
そもそも個性の発現は生まれてから4歳までの間、個人差はあるけどこの範囲内で起こる。生まれた瞬間から個性が発現している子もいれば4歳の誕生日に突然発現する子もいる。
ひかりんは前者で、私は後者。心のどこかで諦めかけていた頃に個性を得た私は、それまで他の暴れ盛りな男子たちから守ってくれてたひかりんの背中を追いかけるようになった。
「違うよ、フー子」
「え、何が?」
「雄英ヒーロー科の実技入試、合否を判定する以上は絶対に成績が出るでしょ」
「…あー。なるほど」
「負けないよ、フー子」
「………うん、私だって!」
そう、私はいつも背中を追いかけてばかり。事あるごとに勝ちとか引き分けとか冗談めかして言う事はあるけど、ひかりんの余裕ある大人っぽい態度を見ていると、一々そんな事を気にしている私がずっと負けているような気になってしまう。
「あ、でも私の方が先に気付いてたって事は、その分加点して今回はやっぱり私の勝ちかもね」
「そんなのアリ!?」
「あり、あり!今日早速出して来ようかなー」
「〜〜!次は負けないからね!!」
だからこそ、ひかりん。私だっていつまでも負けっぱなしでいるつもりはないんだよ。
「………………」
「あ、もう授業始まるね。んじゃフー子!また後で!」
「……あ、うん!」
昔を思い出してたらボーッとしてたみたい。
この際徹底的に私の原点を思い出そうかな。
二人とも苗字に『野』が入ってるね、なんて、幼稚園児同士が仲良く話し始めるキッカケには十分だった。もちろん当時の私たちに漢字は読めなかったけど、そんなの些細な問題。
初めて会った時のひかりんは、とっても輝いていて綺麗だった。
「あたし、ちょうの ひかり!よろしくー!」
「まっ、まぶしい…!」
そう、物理的に光っていた。
調野 光。個性『調光』。
常に全身から発光している。ひかりんはその自分から出ている光に限り、可視光線の範囲内で自由自在に操れる。色、明るさ、指向性や形、熱までも操れる個性。
と言っても、この頃のひかりんはまだ操れる幅が狭かったんだけどね。後から聞けばこの頃も頑張って抑えようとしてたらしいけど、正直全然そんな風には見えなかった。今がすごすぎるっていうのもあると思うけど。
「なーおい!きょうもみんなでヒーローごっこしようぜ!」
この日もクラスで人一倍元気な男子が声をあげた。ヒーローごっこはヒーローに憧れる子供がその真似事をする遊び。所詮幼稚園児の
私はみんなの輪から少し離れた所で、いつも様子を見てばかりだった。数分間そうしていると、隣にひかりんが来るのもいつしか当たり前になっていた。
そういえば、初めてひかりんが私の隣に来た時には、朝お話していたから既に仲良くなってたっけ。
「ふうこちゃんは、みてるだけ?」
「うん…。わたし、まだ個性ないから…」
個性が出てる子供たちはみんなで戯れあってヒーローごっこ。私は隅っこで膝を抱えて座り、それをただ見ているだけだった。
ひかりんも最初は戯れあいの輪に入っていたけど、この日は気まぐれなのか何なのか、私の隣で同じように腰を下ろした。
「ね、みてるだけって、たのしい?」
「…た、たのしいよ?みんな、個性すごいし……」
「ふーん…。 ……じゃ、きょうは、あたしもいっしょにみてる」
「え…?」
「ダメ?」
「う、ううん。ぜんぜん、ダメじゃないけど……いいの?」
楽しいはずがない。本当はみんながもう個性を持っているのが羨ましくて、自分もその輪に入りたくて仕方なかった。でも私には個性がないから……他にできる事もやりたい事もないから、しょうがなく見ているだけだったんだ。
何より、見ているだけで楽しいなら、ひかりんが私の隣に座る必要なんてなかったんだ。
「たのしいことは、ひとりでするよりもさ。だれかといっしょに、のほうが、もっとたのしいでしょ?」
「………うん」
だけどこの日は、ひかりんのおかげですごく楽しい時間になった。いつも一人でみんなの個性を羨むだけ——妬み、僻むだけだった時間が、ひかりんと一緒にみんなの個性を観察する時間に変わったから。
「ふうこちゃんは、しょうらいのユメとかって、あるの?」
「ユメ……いまは、ないけど…」
「じゃあ、好きなヒーローは?」
「ヒーロー……『かまイタチ』って、しってる?わたし、好きなんだけど…」
「かまイタチ…ごめんね。あたし、そのヒーローはしらないや。でもふうこちゃんが好きってことは、きっとステキなヒーローなんだろうなあ!」
「うん………うん、すごいんだよ!」
だってそのヒーローは、お母さんなんだから!
って、この時続けられれば良かったんだけど。個性が出てない事で気弱だった当時の私に、そんな自慢を言える勇気はなかった。それにお母さんはこの約4年後——今から6年前に、プロヒーローを引退している。それでも、私の一番の憧れである事は変わらないけどね。
「ひかりちゃんは、あるの?しょうらいのユメ」
「あるよ。あたしのユメは——」
びゅう、と。
その時吹いた突風に身を縮ませ、私はひかりんの言葉を聞き逃してしまった。すかさずひかりんは私の方に手を伸ばす。
「ふうこちゃん、もっとこっちにきて」
「え?う、うん……わっ」
言われるがままひかりんに近付くと、彼女はその左腕を私の右肩まで回した。そして纏う『光』が少しだけ明るくなる。
「…あったかい」
「でしょ?これ、あたしの個性。じぶんからでてる『光』だけ、好きなようにあやつれるんだ。あかるさ、かたち、いろ…あと、おんど!」
幼稚園児の語彙や知識量では説明できない部分だけど、ここで言う温度は色温度とは別物だ。
蛍光灯や豆電球、太陽なんかを見れば分かる通り、光を発するものは必ず熱を伴う。ひかりんはその熱さえ操る事ができ、何なら光そのものに熱を与える事もできてしまう。
まだ肌寒さの残る春風を浴びて縮こまる私を、この力で暖めてくれたというわけだ。
「さっき、きこえなかったよね?あたしのユメ」
「あ、うん…」
「あたしのユメはね、ヒーローになること。この光で、せかいじゅうをあかるくてらして。かげでふるえてる子には、こうやってよりそって、あったかくしてあげる。そんなヒーローに、あたしはなりたいんだ」
「すごい、すごいよひかりちゃん!きっとなれるよ、ひかりちゃんなら!」
だってこの時のひかりんは、私にとっては紛れもなくヒーローそのものだったんだから。
「ありがと、ふうこちゃん」
それからしばらくの間は、みんなのヒーローごっこをひかりんと二人で見る日々が続いた。でもそれは、それまでの幼稚園生活や近所の子供たちが遊んでいるのを見ていた日とは違って、すっごく楽しいものだった。
まだ4歳の誕生日まで時間はあるけど、中には誕生日が来ても個性が出ない子だっていて、私も心のどこかで諦めかけて。そんな暗い気持ちも確かにあったけど、ひかりんはいつも私の隣で明るく照らしてくれていた。
そんなある日の出来事だ。
この日はとうとう個性が出ないまま迎えた私の誕生日。直前の夜は9割の諦観と1割の期待であまり寝付けず、平日だというのについ朝寝坊してしまった。
「風子ー!急ぎなさい!もうバス来ちゃうわよー!」
「う、うん!いまいくー!」
慌てて支度を済ませて家を飛び出す。いつも時間には余裕を持つよう教えられてきた私にとって、遅刻は重罪だと刷り込まれていたから。
けれどドアを開けて玄関を飛び出した瞬間、すぐに何かが違うと気付いた。いや、その違いによる影響を受けた後だからこそ、気付けたと言うべきかもしれない。だって——
「あいたぁっ!?」
いくら慌てていたからって、普通自分の家のブロック塀に頭から突撃する事はないだろうから。
百歩譲って焦っているが故に目測を見誤ったとしても、その直後。
「〜っぅ!?」
声にならない悲鳴をあげて庭の木に頭をぶつけるなんて普通じゃない。間に家の門があるんだから、そこから出れば良いだけなのに。
「お、おかぁさ〜ん…!」
「どうしたの風子!?さっきからすごい音がはぁっ!?」
半泣きでお母さんに助けを求め家の中へ駆け出せば、ちょうど様子を見に玄関から出てきたお母さんに正面から激突。どう考えても普通じゃない。
でもプロヒーローとして活動しているお母さんの腹筋は固く、またもや頭をぶつけた私はそのまま跳ね返って後頭部から地面に倒れ込んだ。そのまま私は気を失ったらしく、その日の記憶はしばらくない。
次に目を覚ました時、私は病院にいた。
「先生、この子は…」
「大丈夫、ただの軽い脳震盪です。連続で頭をぶつけたせいで脳が揺れ、気絶してしまったようですな。幸い軽傷ですし後遺症も勿論ない。今日発現したばかりの個性に振り回されただけと考えれば、むしろ喜ばしいくらいでしょう」
後から聞けばお母さんとお医者さんの間でこんな会話が交わされていたらしい。
「じゃあ、あの高速移動みたいなのが」
「ええ、娘さんの……風子さんの個性でしょう。失礼、ご両親の個性は?」
「はい、私のは気体を含む周囲の物体を飛ばすもので、夫は手で触れている壁や地面を隆起させます」
「ふむ……」
そうして専門家の分析と実験、そして私が自分の興味による実践を重ねた結果、私にもちゃんと個性が発現した事が確定した。便利だけどかなり攻撃的、それでいて気弱だった私の性格さえ今のようなものに変えてしまえるほど、ヒーロー向きな個性が。
そして、ここから始まったんだ。いつも隣にいてくれたひかりんの、背中を追いかける日々が。
よろしければ感想や評価をお願い致します。お気に入り登録ももちろん歓迎です。
原作の設定と異なる部分については、大半がこの風子たちの世界だからという理由で片付きます。なお作者はアニメしか見ていないので、時々本当に作者の勘違いや知識不足な面があるかもしれません。違和感をおぼえる箇所がありましたら遠慮無くご指摘ください。
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・いざ入学試験
偏差値79、倍率300倍超えを誇るヒーロー養成の名門、雄英高校ヒーロー科。
私やひかりんはそこへの入学を当面の目標に、中学三年生としての一年間を過ごした。一年間と言っても入試そのものは二月末だし、三年生になって最初の進路希望調査は四月の第二週辺り。それを考えれば実際の準備期間は一年もないんだ。
私もひかりんももっと早くから雄英合格、ひいてはプロヒーローになる事を見据えていたから、そのための準備を怠ってきたつもりはない。と言ってもこの一年弱、今まで以上に勉強や特訓の質も量も強化し充実させていたから、時間はあっという間に過ぎていった。
「いよいよだね、フー子」
「うん、ひかりん」
受験当日の朝。
私たちは試験会場——私たちの未来の学び舎(予定)まで、一緒に行く事にした。幼馴染みだから、同じ目標に向かってお互いに切磋琢磨してきた仲間だから。それ以上に、極めて少ない席を勝ち取るため競い合うライバルとして、まずはお互いの努力を認め合ったから。
「それにしてもフー子、ゴツくなったね。コート着てると分かりづらいけど」
「そうかな?まあ私、鍛えとかないと近接戦になった時に
「相変わらず背はちっこいけど」
「むう、気にしてるところを〜!」
ひかりんの言う通り、私は元プロヒーローであるお母さんの教えのもと筋力トレーニングに励んでいた。なんでも強くもありたいし可愛くもありたい私(や昔のお母さん)のような女の子向けに、見た目をあまり変えすぎないで力を身に付ける独自のトレーニングを開発したトレーナーがいるそうなのだ。
それでもひかりんのように昔の私を知ってたり至近距離で見たりすると分かってしまうらしいが、ただブートキャンプするよりは遥かに可愛らしさを維持できる。ちなみにこれを開発した人は『教える』という個性を持っていたそうで、既存の型に頼らず自力で編み出した技を他人に教え、その人も一回だけ他の誰かに同じ技を教えられるらしい。お母さんはその一回を私に使ってくれた。
「そういうひかりんも前より大きくなったよね。色々と…」
「まあね!って言っても、170の大台にはあと2cm足りないんだけど」
「身長だけの話じゃないんだけど…」
「なんて?」
「…ま、いいよ。これ以上は妬ましくなるだけだし」
ひかりんも特訓には余念がなかった。彼女の場合は個性を伸ばせば伸ばすだけ破壊力が増していくから、そっちを重点的に。なおかつ最低限の筋力トレーニングも欠かさず、って感じで。
私なんて背も160まで全然届かないし、別の場所だってひかりんの発育には及ばないのに…。
と、入試当日にもかかわらずこんな緊張感のない会話をしている間に雄英高校に到着した。周りには多くの受験者が歩いており、その面持ちは緊張で強張っていたり自信に満ち溢れていたりと様々だ。
「着いた。まず筆記試験で、その後実技試験だったよね」
「うん、そのはず。…ひかりん、もしかして緊張してる?」
「……さすがにね。そういうフー子だって」
「…まあ、ね。実技もそうだけど、筆記も気が抜けないんだもん」
学校の定期テストも三回実施された模擬試験も、ひかりんとはいつも点数で競っていた。計7回の点数争いの結果は、二学期の期末テストでお互い全教科100点という最高成績で引き分け。それ以外の6回も3勝3敗だったから総合的に見ても引き分け。当然最後の模試でもお互いA判定だったから、できる事は全てやってきたっていう自信の源になる。
でもやっぱり緊張するものはするじゃん!?
「あ、でもあたしの方が笑顔でいられる余裕あるから、やっぱり準備期間はあたしの勝ちって事で」
「そんなのアリ!?私だって笑顔くらい」
「さ、もう校舎内には他の受験生もいるんだし静かにね」
「〜〜〜〜!!」
ひかりんに言い返してやりたいけど「静かに」っていうのは正論だから大声出せない…!悔しい…!
こうなったら試験本番の点数では絶対勝ってやる!!
「さすがは天下の雄英、中々手応えある筆記試験だったね」
「うん…。徹底的に勉強してきて良かったあ…」
筆記試験を終えると今度は実技試験。受験生一同はその試験内容の説明を受ける為、めちゃくちゃ広い講堂のような場所に集められた。
そこで説明が始まるまでの間、私とひかりんは筆記試験の内容についてミニ反省会を開く。
「ぐったりしてるね、フー子。そんなんで実技試験は大丈夫かな?」
「大丈夫に決まってるよ!むしろ今の挑発で逆に元気もらったくらいだもんね」
「ははは、確かに重箱の隅をつつくような問題ばっかだったもんなあ。あたしも思いの外集中力使っちゃったし」
「ひかりんは集中力使い慣れてるじゃん。ほら、個性の制御で」
「それとこれとは話が別。ってか、小難しい定理だの公式だのを使わない分、個性の制御の方が楽かもね」
軽口を叩き合い、改めてお互いの士気を高める。こんな、いつも通りのやり取りを通して笑顔を取り戻すくらいには、お互いに気疲れしていたらしい。…これからは精神修行もしなきゃかな。
とはいえ実技試験の内容説明が始まる前に私たちが普段の調子を取り戻せたのはラッキーだった。受験票を見れば私とひかりんの受験会場は別。友達同士で協力する事はできないようになっていたからだ。
『受験生のリスナー諸君!今日はオレのライブにようこそ!エヴィバディセイ、ヘイ!!』
緊張感溢れる会場に突如現れたテンションの高い男性は突然トークショーか何かのノリで話し始めた。あの三日月状の金髪と短く尖った顎髭、そしてオレンジ色のサングラスは、間違いなくボイスヒーロー・プレゼントマイクのものだ。
いくら毎週放送のラジオ番組を持っている大人気ヒーローと言ってもここは名門国立高校の入学試験の場。彼のテンションについていく余裕のあるものなどいるはずもなかった。
『こいつはシヴィー!んじゃ受験生のリスナー諸君に、実技試験の内容をサクッとプレゼンするぜ!アーユーレディ!?YEAHHHHHHHH!!』
マイクさん一人で盛り上がってる。あの人なりに
『リスナーの諸君にはこれから10分間の模擬市街地演習を行ってもらうぜ!持ち込みは自由。演習場内には仮想
手元のプリントにもロボットのシルエットとポイント数が書いてある。攻略難易度が高いほどポイントも多く、他の受験生への攻撃みたいなヒーローらしからぬ行動はご法度。行動不能にした仮想敵の合計ポイントで競うっていう内容のようだ。
ん?でもプリントには…。
「質問よろしいでしょうか!!」
私がプリントの内容と口頭説明の内容の差に疑問を抱いていると、肩幅の広い眼鏡の男子がまっすぐ手を挙げた。
「プリントには4種類のロボットが記載されております。誤載であれば日本最高峰たる雄英において恥ずべき痴態!我々は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!」
質問の内容は私が知りたかった事と同じなんだけど…ちょっと言い方キツくない?ひかりんと相性悪そうなタイプ…。
「ついでにそこの縮れ毛の君!先ほどからボソボソと……気が散る!物見遊山のつもりなら即刻この場から去りたまえ!」
え…っと、誰の事だろう?私の耳にはそんなうるさくしてる声は届かなかったんだけど。
私は小声で素早くひかりんに聞いてみた。
「ねえひかりん。聞こえた?そんな声」
「ううん、全然」
二人して内心でまだ見ぬ縮れ毛の子を哀れみつつ、再びマイクさんの説明に意識を集中した。
『オーケー、オーケー!ナイスなお便りサンキューな!4種類目のロボットは0ポイント!ソイツはいわばお邪魔虫!倒せなくはないが倒しても意味のないステージギミックよ!!リスナー諸君には上手く避ける事をオススメするぜ!』
なるほど。これで実技試験の内容はわかった。
要は市街地で大暴れしている敵の大群を無力化していけばいいんだ。しかも相手は仮想、もといロボット。実際の人間だったら、なんて考えずに破壊しても問題ない。
私の得意分野だ。
『最後にリスナー諸君へ我が校の校訓をプレゼントしよう!かの英雄、ナポレオン・ボナパルトは言った。真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていくもの、と。『更に向こうへ!Plus Ultra』!!それでは諸君、良い受難を」
最後の一言でいつしか弛緩しかけていた空気感を再度引き締めた。これが現役プロヒーローの貫禄…!
「じゃ、フー子。また後で」
「うん、後でね。ひかりん」
私たちも笑顔で、それでいて気を引き締めて、自分の受験会場へ向かった。
「会場はたくさんあるみたいだけど…それでも一箇所辺りにこんな人数がいるんだ」
ひかりんと別れてやってきた演習場には既にたくさんの人がいた。個性の都合か私より体の小さい男子もいれば、私より体のパーツが多い男子もいる。
ざっと見渡した感じ体格面では私が不利を取りそうだから一応前の方に出ておこう。スタートダッシュで出遅れたくない。
ゲートの前に立った私はお気に入りのジャージの裾を直し、軽くストレッチを始めた。特に脚を重点的に。この試験内容を見れば脚が重要になるのは誰でもわかるだろうけど、私の場合は戦闘スタイルの都合もあって特に大事だ。尤も脚が動かなくなった所で何もできなくなるわけじゃないけど、念は入れておくに越した事はない。
『はい、スタート!』
「…え?」
そんな事をしていたら唐突にスタートの合図が出された。あまりに唐突すぎて数瞬戸惑ったけど、スタートの単語と目の前のゲートが開かれているという事実からもう試験は始まったんだと理解する。
『どうしたあ!実戦にはカウントなんざねーんだよ!!走れ走れ、賽は投げられてんぞ!?』
制限時間は10分。モタモタしている余裕はない。
私は他の受験生より一足早く市街地の奥へ駆け抜けた。途中にも何体かロボットを見かけたけど無視無視。入り口近くは他の受験生と団子になるから巻き込みたくないし巻き込まれたくないもんね。
ある程度他の人たちと距離ができた所で足を止め、周囲を見回してみる。前方に3
…やりやすい!
『標的捕捉。ブッ殺ス!』
「物騒な物言いだねー。まあいいや」
後ろを除く三方向から一斉に仮想敵が襲いかかってきた。私はその勢いに怯む事なく右を向く。個性の訓練もお母さん監督のもと仕上げてきたんだから。
「突撃!」
叫びながら私は右にいた1P二体の裏を取った。その動きが速すぎたためか仮想敵たちはまだ私が移動した事にさえ気付いていない。一方私は両の手で二体の仮想敵を触っている。そして直線上には2P一体と1P一体、チャンス!
「突撃ぃー!!」
ドガッシャアァーン!!
凄まじい音を立てて合計四体の仮想敵はスクラップになった。この一発で5P!
「次は、そっち!」
すかさず私は残りの三体の正面に距離を取って立ち、右足の裏をしっかり地面にくっ付けた。さっきみたいに他の仮想敵を吹っ飛ばして破壊してもいいんだけど、あの方法だと思いの外
「突撃ー!」
私の掛け声に合わせて仮想敵の足元の地面が巨大な
これが私、
手や足で触れているもの、及び自分自身を対象に向かって突撃させる事ができる。地面や建物の壁みたいに大き過ぎたり固定されていたりするものは、その一部を隆起させるだけに留まる。まあ『突き』を『撃って』いるわけだから間違いじゃないよね。対象に触れている必要はあるけど、解除すればすぐ元の地形に戻せる。解除は任意のタイミングで可能。
出力次第で突撃の距離を調整できる。勢いも出力次第で調整できるけど、その最低値は距離の最低値に比べてずっと高い。発現したてでまだ弱かった頃ですら頭ぶつけて気絶するくらいだもん。
そして、個性発動の代償に体力を消耗するのがデメリット。私はそれを5歳になる前から自覚してるんだから、当然持久力は鍛えているんだけどね!
あ、ちなみに発動の度に突撃って叫ぶのは単に気分の問題。別にこれ言わなくても個性は発動できる。
さあ、まだ試験は始まったばっかり!突撃、突撃、突撃いぃー!!
『標的、捕s』
「うるさい突撃!」
試験開始から3分くらい経つと、さすがにみんな色んな所に散らばってる。ここからが本当のスピード勝負だね。時には人の獲物を横取りするくらい強欲にならないと厳しいかな。
——っていう思考で動き始めれば必然的に周りが見えてくるわけで。少し仮想敵が集まってる所にいくと背後から迫る仮想敵に気付いていない受験者も時々見かけた。
まあ私もヒーロー志望。試験の場だからって、そういう人を見て見ぬふりはできない。
「っ!危ない、突撃ー!」
ドゴォ!
「えっ!?……あ、ありがと。助かったよ」
「いいのいいの、これから気を付けてね!ひとまず今回はポイントご馳走さま!」
試験じゃなかったら敵に襲われてる人を見殺しにした事になるし、所詮試験の場だって考えても、志を同じくするライバルが助けられる位置にいたのに重傷を負ったなんて知ったら寝覚めが悪いもん。
「じゃ、その分取り返さないと——ね!」
今回助けた子は深い紺色の髪をショートカットにした子で、耳からプラグみたいな何かが垂れていた。それを一体の仮想敵に突き立てるとソイツは何やら震えだし、次の瞬間内側から弾けるような音がした後動かなくなった。動力源になっているパーツを直接壊したようだ。
「すごい個性だね!それだけ動ければ大丈夫そうだし、お互い最後までがんばろうね!」
「ああ。ありがと!あんたもファイト!」
だいぶ数は減ってきたけどまだまだ駆動音は聞こえてくる。なら私はその音を頼りに突撃していくだけ!
時に地面を、時に仮想敵を、時にビルの壁を。突撃させては破壊する。あと緊急回避を兼ねた択として、自分を突撃させてその勢いを乗せた拳を振り抜けば、1Pくらいならその一発でも破壊できる。ベストなタイミングと出力の調整が難しいけどね。
そうこうしている内に残り時間もあと僅か。もはや自分が今何ポイント持ってるか分かんなくなってきた頃、それは起こった。
「そういえば、まだステージギミックとか言うのに会ってないような…」
独り言を口にした瞬間だ。
突然地震と間違うほどの激しい振動が辺り一帯を襲い、演習場に広大な影を作った。
「っ…!これが……」
マイクさんに言われた意味がわかった。これは確かに避けるべきだ。
っていうか普通に勝てるわけない。逃げの一手が安定!
「うおおおおお!?なんじゃありゃあ!?」
「その辺のビルよりデケエぞ!?つーか揺れヤベエ!!」
「あれが0P敵ってやつかぁ!?逃げるしかねーだろこんなん!!」
周りも一様に同じ事を言って0P敵から逃げるように走り出す。私も彼らと同じようにその場を離れようとして——聞いてしまった。いや、聞く事ができたと言うべきか。
「痛っ…!足挫いたかも…!……つぅ!ダメだ、走れない…!」
巨大な0P敵がそのキャタピラのような足で市街地に侵攻を始める中、その進行方向で足を庇いながらヨタヨタと走りたそうにしながら歩いている女子が一人。
他でもない、私が助けた耳からプラグの人だ。
「危ないっ!!」
私は咄嗟にその人の方へ駆け出した。さっきまで逃げる気満々で動いていたんだから、もちろん無策だ。
私の足なら距離はすぐ縮む。もう耳からプラグの人と0P敵との間に躍り出た。さあどうする!
(どの道これが試験でなく実戦なら、街を守るためにもコイツをこれ以上進ませるわけにはいかない!私の個性で何ができる!突撃…どこへ!?下手に撃てば街は大惨事!パンチ…増強型ならともかく私のなんて効くわけない!他には、えーっと!!)
「あ、あんたは…。っ!に、逃げなよ!ウチの事はいいから!」
「それじゃあ誰が君を助けるの!?コイツに踏み潰される街は!!誰が守るの!?」
「っ…!!」
そうだ、これは試験であって試験じゃない。私に何ができるのかを見られている場……私にできる事をアピールする場!
もしも実際にこういう敵が出現したら、私はどう対処する!?
「動きを止めるなら……足だ!足を奪えば!」
耳からプラグの人が走りづらそうにしているのを見て思いつく。
0P敵の足はキャタピラ、そしてその上に乗っかっているのは鉄の塊。私の個性なら簡単に止められるはずだ。
「出力最大…角度調整…こうだ!とっつげきいいいぃぃーーーー!!」
ズドオォ!!と凄まじい轟音を響かせ、0P敵の侵攻は止まった。コアというか動力源を破壊するには至らなかったのか顔っぽい部分はまだ動いてるけど、足はもう動かない。
地面を超広範囲で突撃させ、その頂点は0P敵の足の先端ギリギリを通り背中側へ貫通するよう調整したから。
両腕はまだ動くみたいだけど、それもすぐ封じてやる!その為に今度は0P敵の足に触れた。
「……と、突!撃ぃ!」
発動に時間はかかってしまったけど、0P敵の足の一部を両腕に向かって突撃、もとい隆起させた。これで腕も足と一体になって動かせない。
そもそも0P敵は、丸ごと突撃させるには大き過ぎたんだ。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……!」
「あ、ありがと。また助けられちゃった、けど……あんたは大丈夫?めっちゃ疲れてそうだけど……」
連続で超出力の突撃を使い疲れきった私を、耳からプラグの人は気遣うように声をかけてくれる。天使だ。
「うっ、うんっ、だい、じょうぶ…。はぁ、個性のっ、反動で…はぁ、はぁ、体力、使っちゃうからっ……しんどい、けど…ずっと、ここにいる方が、はぁ……危険かも」
「じゃあ移動を」
「任せて、まだ多少はっ…はぁ、使えるから」
「え?ちょっ!」
私は足を挫いたようで歩くのもしんどそうな耳からプラグの人を両腕で抱くようにしっかり掴み、少し離れた路地裏に向かって突撃した。
そこで耳からプラグの人から手を離し、壁に背を預けて座り込む。
「足…はぁ、はぁ、だいじょうぶ…?」
「うん、ウチは大丈夫だけど…。あんたのおかげで。でも、そういうあんたは」
『標的捕捉。ブ』
「突撃っ…!大丈夫だよ。はぁっ……自衛くらいはできるし」
空気も読まず突っ込んできた2Pが
その様子を見た耳からプラグの人は呆れたようにため息を吐くと、壁に手をつきながら0P敵が通ろうとしていた方の大通りに顔を出す。
「助けてもらったお礼にさ、こっち側はウチが警戒しとくよ。その状態のあんたは放っとけないし……どっちみち、もう上手く歩けないし…」
「……。ありがとう。じゃあ反対側は私が、はぁ、はぁ、見ておくね」
「………………ふっ!」
「………………突撃!」
『終〜了〜!!』
それから1分としない内に試験は終わった。私たちが動けなくなってから襲ってきた仮想敵は二体程度、お互い一体ずつ撃破だ。最後の数分間は二人とも大して動けなかった。
「ありがとう。最後、守ってくれて」
「ああ、いいよ別に。ウチの方こそ二回も助けてもらっちゃって。もう動けるの?」
「うん。私はこれが個性の反動って分かってるから、これだけ休めば十分。でも君の怪我は…」
試験が終わってお互いの体調を気遣いあっていると、演習場の入り口の方からお婆さんのものっぽい声が聞こえてきた。
「はいはい、お疲れ様。怪我した子はおらんかね?」
「この声って…」
「ウチ、聞いた事ある。雄英がこんな危険な入試を実施できる柱だ」
「柱?」
耳からプラグの人曰く、この二〜三等身サイズのお婆さんは妙齢ヒロイン・リカバリーガール。彼女の持つ個性『治癒』は相手の治癒力を活性化させ、怪我の自然治癒を高速化させるものらしい。
「はい!こっち、怪我人います!こっちの、えっと、耳からプラグの人、足捻挫です」
「ああ、はいはい。それくらいならすぐ治せるさね。まずは怪我した所診せてみな」
耳からプラグの人が言われるがまま足を差し出すと、リカバリーガールは安心させるように小さく笑うと……。
ウニウニと唇を動かし、「チユウー!」と言いながらその唇を耳からプラグの人の足にくっ付けた。正直結構ショッキングな絵面だ…。
「あ、すごい。本当に治ってる」
「よしと。お疲れ様。さてさて、他に怪我した子はいないかい?」
治癒にも体力を使うから耳からプラグの人は俄かに倦怠感を感じているようだけど、普通に歩けるようになってとりあえず嬉しそうだ。
…無理してでも治癒される瞬間の事は忘れたいんだろうな。
「あ、そういえば。さっき『耳からプラグの人』って言われて気付いたけど」
「ん、何?」
「まだお互い名前知らないよね。ウチは
「こちらこそありがとう!私は隆野 風子だよ。また会えたら…」
やっとお互いに名乗り合ってから、私は続けようとした言葉を一旦飲み込む。そして不思議そうな顔になった響香ちゃんに、さっき言おうとしたのとは別の言葉をかけた。
「また!会おうね!」
「……うん、そうだね!」
こうして、私の雄英高校ヒーロー科入学試験は幕を閉じた。
というわけで、オリ主の個性紹介回でした。
是非とも感想・評価等お寄せください。
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・ここが私のヒーローアカデミア!
次回更新は少し日が空きます。
「……………!」
入学試験から数日が過ぎた。
あれからしばらくの間夢から覚めたばかりのような脱力感というか浮遊感というかに苛まれながら生活していた。それでもトレーニングは欠かさなかったし、試験の自己採点や復習、そして実技試験で改めて見えた自分の個性の限界を超えられるよう、私なりに努力はしていたけど……この数日間にはどうも現実味がなかった。これが燃え尽き症候群なのかな。
「雄…英…!」
でも今はそんなたるみきった感情は消え失せ、それどころかこの上ない緊張感に包まれている。下手したらこの緊張は入試当日以上だ。
何故なら、私が今座っている自分の部屋の机の上には、雄英から届けられた封筒が乗っているからだ。ここにあるのは間違いなく合否通知。あの日出し切った自分の全てを信じてなお、このプレッシャーに打ち勝つのは困難だった。
「……いつまでもこうしてたって始まらない!それ!」
私は思い切って封を開けた。中から出てきたのは小さな円形の機械一個。中央にボタンのようなものも見える。
「…へ?何これ?」
よく分からないまま私はとりあえずボタンを押してみた。すると機械からホログラム映像のようなものが映し出され——
『私が投影された!』
——との事です。
驚きすぎると言葉が出ないって本当なんだね。
何しろ投影された映像に映っているのは、アメコミ画風の筋骨隆々なおじさん。彫りの深い顔に安心感のある笑顔を浮かべ白い歯を見せている。
この国この時代に生きる者なら知らない人はいないほどの有名人。そしてヒーローを目指す子供の多くが憧れる存在であり、同時に圧倒的な強さを誇る敵への抑止力的存在。
No. 1ヒーロー『オールマイト』その人が雄英からの合否通知に映っているのだ。
「…あれ?でも雄英ってオールマイトの母校ってだけだよね?教師でもないオールマイトがどうして雄英の合否通知に?」
『うーん、驚いているね!実は今度の春から私も雄英に教師として勤める事になってね。せっかくだから今年の入試結果は私から通知する事になったのさ!』
「…すごい!」
二つの意味ですごい!一つはもちろんオールマイトが雄英で先生になるって事なんだけど、もう一つは私が疑問を持ったタイミングぴったりで答えを返してくれた事!
No. 1ヒーローは子供のビックリ具合くらいお見通しなのかな。
『さて気になる試験結果だが……まずは筆記!こちらは惜しくも満点を逃したが、余裕で合格圏内!むしろ受験者全体の中でもトップレベルさ!』
「惜しくも、なんてのを先に言わないでよ!一瞬ヒヤッとしちゃった!」
自己採点では余裕で合格ライン乗ってたから本当に焦った。
『そして実技試験だが、これも非常に優秀な結果だ!君が仮想敵を倒し獲得したポイントは42P!』
「42P…終盤動けなかったしこんなもんか…」
って、うん?今、ちょっと引っかかる言い方だったような…。
『
「あるべき……姿?」
『今回の試験!我々が見ていたのは敵Pのみにあらず!ヒーロー本来の姿、すなわち他が為に己を犠牲にできるかどうか!』
ここでオールマイトは数拍間を置き、私を焦らしに来た。本当に、にくいまでにエンターテイナーだ。
『
「お、おおお…!!」
ご丁寧に、オールマイトの背後にあるモニターではちょうど私が響香ちゃんを0P敵から守るシーンが再生されている。演習場内に撮影用のカメラなんて見当たらなかったのに、こんな映像どうやって撮ったんだろう。
『君なら分かるだろう?
なんかもう、感無量だ。
伝説のNo. 1ヒーロー、存在そのものが犯罪への抑止力、平和の象徴とまで謳われているオールマイトに、ここまで言ってもらえるなんて!
『来いよ、隆野少女!ここが君の——ヒーローアカデミアだ!!』
映像はそこで終わっていた。
合格した…。私はあの雄英高校ヒーロー科に、合格したんだ!
「〜〜〜〜やっっっっっっっったあああああああ!!!!」
両手を高く揚げて万歳のポーズになり、それでも足りなくて椅子から立ち上がり爪先立ちになって、でもまだ足りなくて飛び跳ねながら合格を喜んだ。最高のヒーローを目指すなら、雄英合格は絶対条件とまで言われてるんだ。
嬉しくないはずがない。明確に夢へ、憧れへ、目標へ近付いているという一つの指標なのだから。
さあ、そうとなれば忙しくなるぞ。
入学準備を進めなきゃいけないし諸々の手続きもある。勉強だっていくらしてもし足りないくらいだし、0P敵一体を無力化してバテるくらいなんだからもっともっと体力強化も必要だ。
翌朝にはひかりんも無事雄英に合格した事を知り、入学までの一ヶ月間は二人で準備をしたり勉強したり修行したり特訓したりで、もの凄い勢いで過ぎ去っていった。
そして迎えた入学初日の朝。
真新しい灰色のブレザーと深緑のプリーツスカートに身を包み、私とひかりんは再び雄英の門を一緒に潜った。今度は受験生ではなく、生徒として。
「合格通知、っていうか宣言をもらった時も思ったけど…感無量だね。ここが、私のヒーローアカデミア!」
「だね。あたしもドキドキしちゃった。でも今は、ワクワクしてるよ」
「早く教室行こう!ひかりんもA組でしょ?」
「うん。フー子から聞いた時驚いちゃった。こんなに良い事続きで良いのかなってさ」
「良いに決まってるよ!」
だって、今まで積み重ねてきた努力がそれだけ報われているって事なんだから。とは、照れくさいから言わなかったけど。
雄英は国立の名門校というだけあって、学内のあらゆるもののスケールが大きかった。設備一つひとつもすごくキレイだし、廊下も広いし、あとは…。
「ドアでか!」
「バリアフリー、なのかな?」
ひかりんと私で顔を見合わせるくらいには教室のドアも大きかった。まあ、異常に身長というか体格が大きくなっちゃうような個性もあるし、そういう人への配慮かも?
教室の中はまだ人影がまばらで、私たちは少し早すぎる登校だったと悟った。でも既に登校している人の中には私の知ってる顔もあって。
「響香ちゃん!」
「…あ、風子!
「とーぜん!これからよろしくね!」
「うん、よろしく!えっと、隣の人は?」
耳からプラグの人こと耳郎 響香ちゃんも無事合格していたようで、私のテンションはうなぎ登りだ。でもひかりんが話に置いてかれてたり響香ちゃんがひかりんを見て紹介を求めてたりするので、私も一旦落ち着いて響香ちゃんに幼馴染みを紹介する。
「この子は私の幼馴染みの調野 光ちゃん!ひかりん、この人は耳郎 響香ちゃん。実技入試の時に会って、あの0P敵からお互いを助け合ったんだよ」
「そうだったんだ。響香って言ったっけ?改めて、あたしは光。フー子を助けてくれてありがとね」
「いやいや、全然そんな。あの時はむしろウチが助けられてばっかりだったよ。光、ウチからも改めて。耳郎 響香、よろしく」
友達と幼馴染みが親睦を深めているのって、なんかすっごく良い。
けどお
五十音順で決められらた座席順では、私とひかりんが前後になる事も珍しくない。今回もそうでちょっと安心した。
「高校生活、どんな感じになるのかな」
「楽しみだね、フー子」
なんて他愛もない話をしていると、突然私の隣の席辺りが騒々しくなった。
「机に足をかけるな!雄英の諸先輩方や机の製作者に申し訳ないと思わないのか!」
「あぁ?思わねーよ!!テメーどこ中だよ端役がァ!!」
片方は実技試験の説明会場にて、キツイ言葉で質問していた眼鏡の男子だ。もう片方は…初めて見たけど、爆発したようなっていうか爆発そのものっていうか、ツンツン頭の金髪男子だ。その金色もマイクさんのとは違ってくすんだ感じなんだけど。
「ぼ…俺は聡明中学出身、
「聡明ィ?クソエリートじゃねーか!ブッ殺し甲斐がありそうだなあ!」
爆発金髪の方はいかにも不良っぽい振る舞いだ。どうしよう、私こういう感じの人を見ると「実は動物好きで、捨て猫とか見つけたら素直になれないながらも餌あげたり人目につきやすい所へさりげなく移動させたりしてるんじゃないかな」って妄想が膨らんじゃうタイプなんだよね。
一方飯田くんみたいな超真面目系はなんだか怖いイメージがあってちょっと苦手。……って私は何失礼な事考えてるんだ。人となりなんてちゃんと話してみないとわかんないのに。
「フー子?どうかした?」
「なんでもない…」
反省のつもりで頭を振っていたらひかりんに心配された。
そんな茶番をしている内に教室の前方が少し騒がしくなっており、私は他のみんなよりワンテンポ遅れてそっちを見た。
「はい、君たちが静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」
そこには縮れ毛男子や飯田くん、あとショートボブの女子の他にもう一人、寝袋から現れたやたらくたびれた様子の男性が立っていた。言ってる事は小言多めの先生がよく使うお決まりの言い回しなのに、彼の場合気怠げにそれを言うものだから余計に不審者感がある。
「担任の
まさかの担任。言っちゃ悪いけどあんな小汚いヒーローもいるんだなあ。
「早速だが
…はい?
相澤先生に言われるがまま雄英指定の体操服に着替えてグラウンドに集合する一年A組生徒一同。体育館ではそろそろ入学式が始まる時間だろうに、どうして私たちはここにいるんだろうか。
その答えはすぐ相澤先生から聞けた。
「これより、個性把握テストを行う」
個性把握…テスト?
「入学式は?ガイダンスは!?」
「ヒーローになるんなら、そんな悠長な行事出てる時間ないよ」
ショートボブの女子がすかさず抗議するも、相澤先生はこれをばっさり切り捨てた。
いや、私も納得いかない。悠長って、いくらなんでも入学式すっぽかすのはまずいんじゃ…。
「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは、先生側もまた然り」
相澤先生は一貫して気怠げな態度を崩さずにいる。ある意味冷静とも言えるし、取り付く島もないとも言える。
そして彼は私たちに、手にした端末の画面を見せてきた。
「君らも中学の頃からやってるだろ?個性禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取り平均を作り続けている。ま、文部科学省の怠慢だな」
どうやら個性把握テストとは、中学生の頃まで個性の使用禁止でやってきた体力テストを、その制限なしで実施するものらしい。
より具体的なデモンストレーションのためか、相澤先生は実技入試一位の生徒を目で探し名を呼んだ。
「爆豪、中学の時ソフトボール投げ何mだった?」
「67m」
あ、爆豪くんって言うのね。あの不良っぽい爆発金髪の
「じゃ個性使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。はよ。思いっきりな」
相澤先生に促され、爆豪くんはソフトボールを持って円の中へ進み出た。さすがの彼も一瞬だけ思考の時間を取ってから、思い切り振りかぶる。
「死ねェ!!」
そしてヒーローらしからぬ掛け声でボールをぶん投げた。
掛け声もそうだけど爆豪くん、ボールを押し出す瞬間に派手な爆発を掌から起こしたね…。あの髪型はネタじゃなくて個性由来のものだったんだ。
さて、気になる記録は?
「705.2m」
700m超え!?なるほど、個性を使っていいってこう言う感じなんだ。
「まず己の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
「何コレ!?おもしろそう!」
「個性思いっきり使えんだ!さすがヒーロー科!」
体力テストでは初めて見る大記録にクラスみんなが沸き立つ中、ある単語を耳にした相澤先生は疲れたような顔から一気に不機嫌そうな顔になった。
「おもしろそう、ね…」
決して大きい声じゃない。
それでも、纏う雰囲気の冷たさだけで、クラス全員の注目を集めるには十分だった。
「ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごすのかい?…よし、じゃあ8種目トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」
「はあああああ!?」
「生徒の如何は先生の自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」
そして無慈悲な宣言が下される。
ちょっと待ってよ、体力テストの成績最下位を除籍って…!ひかりんや響香ちゃんの個性は体力テストじゃ活かしにくいんじゃ…。個性次第でこんなに有利不利がハッキリつくのに理不尽すぎるよ!
「除籍って…入学初日ですよ!?いや、初日じゃなくても理不尽すぎる!」
あ、ショートボブの人と感想が被った。やっぱりみんなそう思うよね。
「自然災害、大事故、身勝手な敵たち、そしていつどこから来るかわからない厄災——日本は理不尽に溢れている。そういうピンチを覆していくのがヒーロー」
それでも相澤先生は動じないどころか、語気を強めて言い放った。
でも、先生の言う通りかも。ここで萎縮して動けなくなるようなら、そもそもヒーローの器じゃないって事なのかな。
「放課後マックで談笑したかったならお生憎。雄英はこれから三年間、全力で君たちに苦難を与え続けるだろう。『更に向こうへ Plus Ultra』さ。全力で乗り越えて来い」
この演説で生徒一同は俄然本気になった。もちろん私だって焚き付けられた一人。
でもそれとは別に、ひかりんの事がどうしても不安でチラッと顔を見てみた。
「ん、どーした?フー子」
「ひかりん…」
ひかりんは私が心配してる事も分かってたのかな。本当に一瞬チラッと見ただけなのに、バッチリ目が合った。
「ははぁ、さてはあたしの事を心配してるな?」
「ど、どうして…!?あ、いや……バレてた?」
「バレバレだよ。でも大丈夫!体力テスト向きじゃない個性の子なんてあたし以外にもいるんだから、あたしは地力でそれを超えればいいだけじゃん?」
「そうだけど…」
ひかりんの自信に満ちた言葉を聞いてもまだ不安を拭きれなかったけど、正面からひかりんの顔を見ると私の中に蔓延るそんな不安も消え失せた。
本気だ。ひかりんは本気で、身体能力だけで勝負する気でいる。
「フー子は自分の心配しな。ま、フー子の個性なら心配するような事もないだろうけど」
「…うん!」
そうだ。ひかりんだって私と同じ学校に合格した実力者なんだ。
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・私たちはタマゴ
「今から個性把握テストを行う。成績トータル最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分だ」
入学初日に、担任の相澤先生から下された無慈悲な宣告。今年の雄英高校ヒーロー科一年A組が22人から21人になろうとしている大ピンチ。
除籍が嫌なら私たちは、個性を全力で使いこなして体力テストに挑まなければならない。
私の高校生活最初の受難が始まる。
「最初は50m走か。フー子の得意分野じゃない?」
「うん。クラス一位狙えるかも!」
「がんばー」
ひかりんがストレッチしながら声をかけてくれた。精神的には自分の方が追い詰められてそうなのに、本当に優しい。
そんな私たちの目の前では、次々と大記録が生まれていた。
『3秒04』
あの真面目系眼鏡男子の記録だ。彼の
『5秒51』
これは蛙っぽい見た目の女子、
他にもお腹からレーザーを出して、その反動で推進力を得ていた男子や、地面に弱酸性の液を撒いてその上を滑走していた女子など、普通に走っていては出せないような記録が出され続けていた。
「私も負けてられないな」
「おっ、やる気だねぇ」
順番が近付きスタートラインの後ろで待機していると、私の独り言が聞こえたのか肘がテープカッターみたいになっている男子が話しかけてきた。
「あ、一緒に走る人?私、隆野 風子。よろしくね!」
「俺は
出席番号順では私の一つ前にあたる瀬呂くんは、すごくフランクで話しやすい人だ。自信ありげな様子で不敵に笑う彼は、自分の個性に相当自信があるんだろう。
と、私と瀬呂くんが軽く挨拶を交わしている間に前の組がスタートした。私たちも準備しなきゃ。
「よーし、やるぞー!」
個性を活かすという都合上、50m走だからといって必ずしもクラウチングスタートでなければいけない、なんて制約はない。レーザーの人はスタート前、レーンに背を向け軽いジャンプのため腰を落としていたくらいだ。
というわけで私もスタンディングスタートの構えをとる。けど、当然ながら律儀に短距離走をするつもりはない。
(出力調整、個性発動準備!)
思考を個性の発動に集中し、いつでも突撃できるよう構える。
私の個性『突撃』は発動型。出力や方向など、個性使用のために一回一回調整を組み替える必要がある。幼い頃から使い慣れていればこの辺りの調整は息をするようにできて当たり前になるんだけど、こうやって準備できる時間があるなら「あとは発動するだけ」という段階まで準備しておいた方が効率が良い。
『位置について』
来た。
カメラも搭載している三脚形の機械から音声が流れる。
『よーい』
一拍おいて銃声。
私はその合図を聞いた瞬間個性を発動し、頭の中で叫んだ。
(突撃ー!!)
こればっかりは反射神経がモノを言う。さあ、結果は?
『1秒06』
「うーん、一秒台切れなかったかぁ」
「いや十分早ない!?」
私が思ったよりタイムを縮められなくて少し肩を落とすと、ショートボブの女子に驚かれた。ふと見回すと、ひかりんと響香ちゃん、それからレーザーの人以外の全員が驚いたような顔で私を見ている。
「速すぎて全然見えなかった…。一体どんな個性なんだ?瞬間移動か、いや砂埃は舞ってるし息も少しだけ切れてるから足で走ったのは間違いないだとしたら増強型かそれとも飯田君みたいな高速移動に特化した個性なのかいやでも見た目の特徴が」
なんか縮れ毛の男子はすごいブツブツ言いながらこっち見てる。ちょっと怖い。
でもそっか。響香ちゃんやひかりんは個性を知ってるから驚かないけど、突撃って知らない人からみたら何が起きたのかわかんないよね。それだけならまだしも、私余計な一言付けちゃったし。
あと多分レーザーの人は普段から気取った感じの笑顔なんだろうね。感情をあんまり表に出さないタイプ。それか本当に無関心なのか。
『6秒98』
おっと、私が俄かに注目を集めて照れている間に次の人のタイムが出たみたい。
瀬呂くんはとっくにゴールしてるからこのタイムは…。
「お、7秒切れた!」
「ひかりん!すごい!っていうか眩しい!」
個性不使用のひかりんだ。彼女は今回、本当にタイムを縮める事にだけ集中したのか、普段は気付かないくらいにまで弱めている身体からの発光を垂れ流しにしている。
それにしても個性使わずに7秒切るって、すっごく足が速いって事になるよね。いつの間にそんなに鍛えたんだろう?
って、直接ひかりんに言ったら「気付かれないほどの努力を積んでいた、っていう所を加点して今回はあたしの勝ち」とか言いそうだから、聞かないでいいや。
「じゃフー子、目標タイムを達成したかどうかの差で今回はあたしの勝ちって事で」
「結局そうなるの!?」
むうぅ、次は負けないんだから!
と意気込んだはいいものの、次の種目は握力。残念ながら私の個性は活かしようがないので次行こ次!540kgとか出してる男子も握力計を万力で締め上げてる女子も知らない!
『74kg』
「どーよ!フー子!」
全身から発光しながら私より19kgも良い記録出してる女子も知らなーい!!
三つ目の種目は立ち幅跳び。これは私の個性の活かし所だ。
爆豪くんなんかは爆破の威力や爆風なんかを推進力にして凄まじい空中機動力を披露するんだろうけど、距離だけなら私が勝てるんじゃないかな。自由が利かないから実戦向きかと言われると微妙だけど…。
「突撃ー!」
まずは斜め上に向かってキツめの角度で突撃。これでとにかく高さを稼ぐ。考え方は普通の立ち幅跳びと同じだ。
違うのはここから。個性を使って大ジャンプした私は、ここから普通に落下したら無事では済まない。そこで、私の個性を真正面に向かって連続で使用するとどうなるか。
「突撃!——突撃ぃ!——突撃っ!」
答えは距離を稼ぎながら少しずつ落ちていく。
実は私の個性を空中で使うとちょっと面白い事が起きるんだ。さっき50m走で1秒を切れなかった理由もここにあると思うんだけど、私の個性が発動する時、突撃させられる対象が持っている運動エネルギーは一旦0にリセットされる。50m走で1秒を切れなかったその一瞬の差は、多分この運動エネルギーを0にする時間——いわば「溜め」の時間だ。
これは出力が小さければ小さいほど短縮できるんだけど、立ち幅跳びではこの「溜め」が肝になっている。つまり、空中で突撃すると重力方向に働いている私の身体の運動エネルギーが0になるんだ。
後は少し落下したら正面に突撃の繰り返しで、少しずつ高度を下げながら立ち幅跳びの距離も稼げる。一石二鳥、お得だね。
(でもこれだって無限にできるわけじゃなくて。突撃するたび体力使うから。後の競技の事まで考えて。ほどほどにしなきゃなんだよね。半端な高さで限界来て。結局怪我しちゃったら笑えない)
最後の突撃も終えて危なげなく着地すると、50m走の時と同じように機械音声で記録が読み上げられる。
『1023m』
「やった!1キロ超えた!」
でもさすがに疲れたな。
実技入試の反省を踏まえてさらに特訓したとはいえ、思ったより反動が来た。ただあの頃のままの体力だったら、ここで限界を迎えて後の種目がままならなかったっていう事だけは確かだ。
「体力配分という観点でも……うん、今回は引き分けかな?」
発光女が何か言ってるけど記録は私の方が上だもんね。ふふん。
続いての種目は反復横跳び。
…だけどこれは、私の個性は使いにくいかな。一応使えないわけじゃない。最初右に跳ぶ前に左へ突撃する準備をしておいて、突撃する前にその次右へ突撃する準備をしておいて——っていうのを繰り返す方法がある。
けど、ここで体力を使い過ぎると後に響く上に、そこまでして得られるメリットが小さ過ぎる。増強型が心底羨ましいと思う瞬間だねぇ。
次はソフトボール投げ。爆豪くんがデモンストレーションでもやってた種目。
ここまで来ると大体みんな一つは普通じゃ出せない大記録を出してる。ひかりんや響香ちゃんは苦戦を強いられてるけど、個性が体力テストに活かしにくいのは二人だけじゃないから、そういう人たちは大記録とはいかないまでも安定して高水準の記録をマークし続けている。
私は今回もボールを斜め上に向かって突撃させる、という活かし方があったので523mという大記録を出させてもらった。
投げたボールが地面に返って来ず、「無限」とかいう大記録どころの騒ぎじゃない記録を出した女子もいたけど。見かけによらずすごい肩してるのか、物にかかる重力をなくす個性なのかな。あのショートボブ女子。
そんな中、ここまでまだ大記録もなければ高水準の記録も出せていない人が一人。
「緑谷君は、このままではまずいぞ」
「ああ?ったりめーだろ。無個性のザコだぞ」
「無個性?彼が入試時に何を為したか知らんのか!?」
飯田くんの言う通り、ここまで緑谷くんは個性を使う素振りすら見せず、ひかりんと同じように地力だけで挑んできた。けど出される記録は平凡なものばかりで、ひかりんたちとは違って異形型っぽくもない。
爆豪くんじゃないけど、無個性なんじゃって思っちゃうのは自然だと思った。一応あの実技入試も持ち込み自由だったしね。
けどそうなると今度は、飯田くんの「何を為したか知らんのか」っていう台詞が引っかかる。何がビックリするような事をしていないと、あの台詞は出てこないだろう。実技入試でビックリするような事……0P敵をぶっ壊すとか?
『47m』
「なっ…今、確かに使おうって…!」
私が緑谷くんの謎を考察している間に、彼はボール投げの一投目を終えて困惑した様子のまま相澤先生に縛り上げられてた。その相澤先生はなんか髪が逆立ってるし緑谷くんを縛ってる布は明かに普通の捕縛布じゃなさそうだし、何があったんだろう。
「個性を消した」
「消した…?まさか!抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』!?」
イレイザーヘッド…聞いた事がある。メディア露出を極端に避けるアングラ系ヒーローだ。私も噂でしか知らなかったけど、雄英の先生ならプロヒーローなのは間違いない。
クラスのみんながイレイザーヘッドの話題でざわつく中、相澤先生は本人にだけ聞こえる程度の声量で二言三言話し、解放した。髪も元に戻っている。
再び円の中に立った緑谷くんの表情は優れない。どころか、暗い顔でずっとブツブツと何やらつぶやいている。誰もが彼の除籍を心のどこかで察する中——緑谷くん本人だけは、まだ諦めていない目をしていた。
「SMASH!」
そして掛け声と共に放たれた二投目は凄まじい勢いで飛んでいき、クラス全員の表情を驚愕に染めた。
相澤先生も手元の端末で記録を確認し僅かに冷静だった態度を乱す。そこへ、緑谷くんが声を出した。
「先生……!まだ、動けます…!!」
見れば緑谷くんの指は赤黒く腫れ上がっている。増強型の個性なのは間違いないけど、そういう個性なのか扱いきれていないのか、反動も凄まじいものらしい。
「705.3m。やっとすごい記録が出たし、今まで個性を使わなかった理由も判明したね」
「なんか、昔のひかりんに似てない?あの身に余る個性に振り回される感じ」
「………………そうかも」
いつの間にか隣にいたひかりんが話しかけてきたので私も素直に思った事を言ってみた。私の感想を聞いたひかりんは珍しく思案顔だ。
彼女は小さい頃、全身からの発光があまりに眩しくて、主にひかりんの周囲にいる人たちの日常生活に支障をきたしていた。それで迷惑者扱いされたのがキッカケで個性を繊細に制御できるよう特訓を始めたんだけど、ひかりんの個性は子供の頭で理解するにはあまりに難しいものみたいで、それはそれは苦労していたんだ。
似てると言っても緑谷くんみたいに使う度大怪我なんて事はなかった。でも、個性の扱いに頭を悩ませるあの感じが、昔のひかりんと重なって見えた。
「ま、彼の個性がどんなものだろうと今は関係ないよ。残りの種目にも全力で臨むだけだし」
「そうだね。よーし、最後まで気合入れて行こー!」
私とひかりんが話している間に爆豪くんが何故か怒った様子で緑谷くんに飛びかかり、相澤先生に捕縛布で押さえられるという事件が起きていたけど、この時の私たちはあまり気にしていなかった。
あと残っているのは長座体前屈と上体起こし、それから持久走。
前者二つは個性の活かし方が思いつかなかったので地力だけで挑み、持久走は私の個性をフル活用させてもらった。
そもそも突撃する度体力を消耗する私は持久力を他人より何倍も鍛えているから普通にやっても好記録は出せるんだけど、ここは雄英高校ヒーロー科。マイクさんも相澤先生も言ってた通り、『
持久走は一周1kmのトラックを五周するのにかかる時間を計測する。私の突撃は直線移動限定なんだけど、これをちゃんと使えば多分普通に走るより体力の消耗は少なく済む。
やり方は簡単。まずスタートしたら最初のコーナーに差し掛かるまで突撃する。その後コーナーは普通に走って、直線に出たら次のコーナーに差し掛かるまでまた突撃。この繰り返しだ。
足のエンジンを活かして短距離走と変わらないフォームで走ってる人(飯田くん)とか、原付バイクで走ってる女子(握力を万力で測ってた人)とかいたけど、私も十分最上位争いに食い込む超記録を出せた。やったね!
こうして全ての種目の計測を終えた。
「んじゃ、結果を発表する。トータルは単純に各種目の評点を合計した点数だ。口頭で説明するのは時間の無駄なので一括開示する」
相澤先生はA組生徒全員を集めると、この説明の後に手元の端末を操作して順位表を表示した。最下位は除籍処分……それを抜きにしても、今の私がクラスでどれくらいの位置にいるのかは気になる。
まず一位は
その下に
「ひかりんは…」
「十七位。瀬呂って人の下だね。ちょっとだけ危なかった」
「ちなみに除籍はウソな」
ひかりんの順位を知って安堵の息を吐こうとしていた私は、しれっと伝えられた相澤先生の言葉に一瞬呼吸さえフリーズした。
「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
「はああー!?」
緑谷くんや飯田くんをはじめ一部の生徒が驚きの声を上げた。私もそれと同じタイミングで同じように声を出して驚く。いや、あの目と雰囲気は絶対本気だったって!
「あんなの嘘に決まってるじゃない。少し考えればわかりますわ」
そんな私たちの傍らで八百万さんが呆れたような息を吐いた。
結果としてA組22人、誰一人として欠けなかったのは喜ばしい事だけど、相澤先生の嘘にすっかり騙されていた私は優しい慰めを求めてひかりんの顔を見上げる。
「こんな事だろうとは思ったよ。相澤先生の様子から察するに、本当に見込みなしと判断されたら除籍もあったろうけど、ここにいる全員あの実技入試を通ったわけだし?」
「ひかりん〜…」
ひかりんがやけに余裕ある表情だったのはこういう理由だったの?私の心配は完全に杞憂だったの?……それならそれで安心できる事だけどさ。
「あ。でもフー子は騙されてあたしは騙されなかったって事は、そこに生まれる心的余裕の観点から判断して今回はあたしの勝ちね!」
「もう!ひかりんはまたそんな事言って!私本気で心配したんだよ!?」
「あっはは、ごめんて!」
むう〜…ひかりんったら。
とは言えなんだかんだ安心したのも事実。この日はもう教室に戻って、ガイダンス資料や何かに目を通したら解散となった。
ひかりんの言ってた通り、今1年A組にいるのはあの厳しい実技入試を突破した猛者たち。いわば金のタマゴだ。これから先どんな風にも成長できるし、雄英という場所にいる以上過酷な生存レースにも参加する。
そこで生き残れないようなら脱落していくだけだし、生き残ってこそ私たちは夢や理想に向かって羽ばたいていけるというものだ。
まんまと騙されたのが悔しい私は、この悔しさをごまかすためにそう考える事にした。
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・過去と因縁
「ねえねえ。お昼、私たちと一緒に食べない?」
高校入学から数日。
通常授業も始まっていよいよ高校生らしくなってきた今日は、同じクラスの人たちと親睦を深めたいと思ったので、私とひかりんは何となく話しかけやすそうなショートボブの女子——
この人選にはもう一つ理由がある。
「うーん、デク君と飯田君と一緒に食べようと思っとるから、また——」
「じゃあその二人も一緒に!せっかく同じクラスになったんだもん、色んな人と仲良くなりたいよ」
「それに大人数の方がきっと楽しいし」
「……うん。じゃあ一緒に食べよ!」
麗日さんはこの短期間で既に緑谷くんや飯田くんと仲良くなっている。女子同士の仲も良好だけど、男子ともお昼を一緒にするほど社交的なのは麗日さんくらいだ。
ここから輪を広げていくのが一番楽しそうだと思ったのが、もう一つの理由である。
「午前中は英語とかの主要科目だけだったけど、それもプロヒーローが先生やってるって思うと何か新鮮だよねぇ」
「ああ。雄英はヒーロー科の最高峰なのはもちろん、学業もトップクラスだ。立派なヒーローになるためにはそれだけ知識も必要という事だろう。そうなれば必然的に身が入るというもの!」
食堂で注文の順番待ちをする列に並びながら、私は早速自分から話題を振った。飯田くんは本当にただ真面目なだけのようで、裏表のないまっすぐな人間のようだ。正直、最初に勝手に持っていたイメージよりずっと話しやすい。
「午後からはいよいよヒーロー基礎学だね。これ、担当の先生オールマイトなんだよね?」
「うん。No. 1ヒーローの授業が受けられるなんて感激だなぁ…!どんな授業になるんだろう…!」
ひかりんが上手く話題を展開してくれて、緑谷くんもそれに応えている。彼はあまり女の子慣れしていないのか、最初麗日さんが私たち二人を伴って声をかけた時はガチガチに緊張していたけど、基本的には話しやすい人だった。
何より緑谷くんは自分の好きなものに対して正直で、仕草一つひとつが分かりやすい。例えば…。
「白米に落ち着くよね!最終的に!」
「はあぁ…!クックヒーロー『ランチラッシュ』だ…!本物初めて見た——」
プロヒーローを生で見ると大体こんな感じで声に出しながら感激する。見ててすごくおもしろい。
でも一番好きなのはやっぱりオールマイトらしくて。
「緑谷くんってヒーロー好きなんだね。ヒーロー目指してるのも、やっぱり誰かに憧れて?」
「うん。小さい頃からオールマイトが好きで、暇さえあればパソコンでデビュー動画見てたんだ…」
恍惚…とまでは言わないけど、ヒーロー、ことオールマイトについて語る緑谷くんはすごく嬉しそうな表情をする。オタクの気があるのは自覚しているのか、一人の世界に入りかけているのを指摘すると赤面するんだけど、その反応がまたおもしろい。
「やっぱり、という事は、隆野君がヒーローを志したキッカケも誰かしらに憧れを抱いたからなのか?」
ひかりんが緑谷くんをからかって遊んでるのを見ていたら、飯田くんが私に話を振ってきた。
そうだ。もしかして緑谷くんなら知ってるかな。私が憧れている元プロヒーロー。身近な目標でありライバル視もしているひかりんとはまた違う、私の理想に最も近い目標を。
「うん。私はお母さんに憧れてヒーロー目指してるんだ」
「お母さんに?」
「…………」
麗日さんが復唱で質問を返してくる。確かにこんな答えで私が誰の事を言ってるかなんてわかるはずもない。
ひかりんがちょっとだけ驚いたような顔で私の方を見てたのが少し気になったけど、私が水を飲んでいる間にいつもの様子に戻ってたから私も特に追求せず話を続ける。
「私のお母さんも元プロヒーローでね。知ってる人いるかな、今からだと……7年前に引退した『かまイタチ』っていうヒーローなんだけど」
「かまイタチ…?俺は知らないな」
「私も聞いた事ないなあ。デク君知ってる?」
「うん。って言っても名前だけだけど…。引退が7年前となると、その頃は僕もオールマイトしか追っかけてなかったから」
「……………」
やっぱり知ってる人は少ないみたい。
「すごいヒーローだったんだ。決してオールマイトみたいに伝説を作った人じゃないんだけど、お母さんに助けられた人たちはみんな笑ってた。『かまイタチには心まで救われた気分です』って。個性が使いにくい事もあって活躍の幅はそんなに広くなかったんだけど、お母さんの手が届く人たちは、絶対に心まで助けるようにしてた」
「素晴らしい、立派なヒーローだったんだな」
「ありがとう、飯田くん」
私が語ったのは一切話を盛っていない、ありのままのお母さんのヒーロー像だ。私がヒーローを目指すって決めてからも、お母さんは口を酸っぱくして「ヒーローは心まで助けてこそ」だと言っていた。
高い理想を掲げてそれを実現するからこそ、カッコいいヒーローなんだろう。
「でも7年前、お母さんは——」
お母さんは……。
そうだ、お母さんは7年前……。
「…?風子ちゃんのお母さん、どうなってしまったん…?」
麗日さんの遠慮がちな声が聞こえて、私は自分の口が止まっていた事に気付いた。
なんだか少しだけ頭が痛くて目の奥が熱いような気がするけど、きっとそれだけお母さんの存在は私にとって大きいって事なのかな。お母さんの引退、ショックだったけど、さすがにもう乗り越えたつもりだし…。
「フー子?大丈夫?」
「うん…大丈夫だよ、ひかりん。えっとね、お母さんは7年前——不幸な交通事故に遭って」
「っ…!」
思わず伏し目がちに話してしまった私の言葉に、誰かが息を呑んだ音が聞こえた。
「あ、なんかごめんね!こんな話!私の不幸自慢みたいになっちゃった!」
「隆野さん…」
緑谷くんが気遣うような声をかけてくれる。優しい人だ。
でも今はそんな優しさで場の空気をより暗くしてしまうより、もっと明るい話がしたい。
「隆野さん、その話……だって、確か7年前オールマイトが」
「緑谷」
そんな私の気持ちとは裏腹に何か言いたげだった緑谷くんを、ひかりんが制した。
「あれは、不幸な事故だったんだ…」
「調野、さん…?」
「ごめんね!なんか暗くしちゃった!そうだ、そういえば緑谷くん。体力テストの時爆豪くんがやたら突っかかってたけど、二人は前から知り合いだったり?」
せっかく幼馴染みが作ってくれた話題転換の隙に乗じて、私は自分の話を切り上げた。すると緑谷くんも私からの質問に答えないのは不作法と思ったのか、多少強引な話題転換にも応じてくれた。
「あ、うん。僕とかっちゃんは幼馴染みで…。でも、昔からあんまり仲は良くなくて、っていうか悪くて…」
「そういえば、風子ちゃんと光ちゃん、よく一緒におるよね?二人も前からの知り合い?」
「そうだよ。私とひかりんも幼馴染み!昔からこんな感じだったよね!」
「……だね。そういう意味では緑谷・爆豪とはちょっと違うけど、幼馴染みってのは同じだね」
麗日さんとひかりんが上手く話題を良い方向に展開してくれて一安心だ。
ちょっと喉が渇いてきた。けど、気付けば私のコップは空になっていたので、一言ことわってから席を立つ。
「ごめん、私ちょっと水のおかわりに行ってくるね」
「ん、いってらー」
ひかりんのラフな返事を聞いて私は一旦席を離れた。この間に四人でどんな会話が交わされたのか私は知らないけど、戻ってくる頃には午後のヒーロー基礎学の話題に移っていたので、私の作ってしまった暗い雰囲気も霧散していた。
だから、以下の会話がされていた事を私が知るのは、相当先の話になる。
「……緑谷」
「何、調野さん?」
「7年前の事、オールマイトの追っかけに熱中してたんなら知ってるんじゃない?かまイタチの名前を聞いた事あるのもそれが理由でしょ」
「…うん。おかしいと思ったんだ。隆野さんの話を聞いてて思い出したけど、7年前本当は……」
「あのさ。これはお願いなんだけど、フー子の前で真実は言わないであげてほしいんだ。アイツは知らなくていい……事故の真相も、あの
お昼休みが終わるといよいよヒーロー基礎学。
クラスみんながそわそわしながら先生の到着を待っていると、その声は唐突に聞こえてきた。
「わーたーしーがー!普通にドアから来た!!」
No. 1ヒーロー、平和の象徴、そして今年からは雄英高校ヒーロー科の教師。オールマイトの登場だ。
合格通知の映像で本人が話していた通り、彼は本当に先生になっている。
みんながその圧倒的な貫禄や差がありすぎる画風、あるいは目の前に憧れがいる事など様々な理由で鳥肌を立てている前で、オールマイトは授業を始めた。
「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地を形成する、大事な授業だ。単位数も最も多いぞ!」
オールマイトは見た目こそ筋骨隆々で存在感があるが、いつも「HAHAHA」と笑って助けてくれたりテレビ番組などでも爆笑ジョークを飛ばしたりする事から分かるように、言動一つひとつに愛嬌がある。
そんなコミカルな仕草と共にオールマイトが一枚のカードを掲げた。「Battle」と書かれている。
「早速だが今日はコレ!戦闘訓練!そしてそれに伴い、要望に沿ってあつらえた……
今度は教室の壁からロッカーが
あの中に戦闘服が…!着れるんだ、今日もう早速…!
「着替えたら順次、グラウンドβに集まるんだ!」
「はい!」
初めての訓練、それも先生があのオールマイトとあって、全員テンションが最高潮に達している。みんなで声の揃った返事は入学以来一番で元気が良かった。
(要望通りなら私の戦闘服は……うん!良いデザインに仕上がってる!)
更衣室で実際に見た私の戦闘服は、事前に出した要望より少し派手だけど、ちゃんと動きやすいデザインになっていた。
形状はヒップホップダンスで使われるような星空をあしらったショート丈パーカーと黒いくるぶし丈のパンツ。
ただしその耐久性は段違いで、近接戦闘や個性による超高速移動その他激しい動きでもそう簡単に品質が劣化しないようになっている。
「お、フー子!結構カッコ良い戦闘服じゃん!」
「そう言うひかりんだって!綺麗な戦闘服だね」
ひかりんの戦闘服は淡い金と白を基調にした、聖職者を思わせるローブのようなデザインだ。フードは被らないのがデフォルトらしい。
サイズは全体的に少しだけ小さめで、激しく動いても裾が翻らないようになっている。枝や何かに引っかからないようにするためだ。
「あたしたち、これで一気にヒーローっぽい見た目になったんじゃない?」
「私もそう思う。うぅ〜、ワクワクしてきた!ひかりん、がんばろうね!!」
「お二人とも!着替えたのなら早く集合場所へ向かいましょう!」
「はーい!」
初めて身に纏った戦闘服に胸を高鳴らせていたら八百万さんに注意された。
…彼女の戦闘服、ちょっと……いや、かなり攻め過ぎというか何と言うか……うん、本人が満足してるならいいや…。
グラウンドβには既にほとんどの生徒が集合しており、私たちの到着は最後の方だった。お待たせしてごめんなさい。
「形から入るってのも大事な事だぜ、少年少女たちよ!自覚するのだ、今日から自分は——ヒーローなのだと!!」
オールマイトの演説を聞いたA組一同は表情を引き締めて胸を張る。
そんな生徒たちの様子を見て満足げに頷いたオールマイトは、いよいよ今回の訓練内容を説明し始めた。
「敵退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内の方が凶悪敵出現率は高いんだ。そこで!今から君たちには、『敵組』と『ヒーロー組』にわかれて、2対2の屋内戦闘訓練を行ってもらう!」
状況設定は、敵が市街地のアジトの中に核兵器を隠しており、それをヒーローが処理しようとしている…というもの。敵組が先に入って準備し、5分後にヒーロー組が行動を開始する。
ヒーロー組は敵二名を確保するか、核兵器を回収するのが勝利条件。確保の証明は専用のテープを体のどこか一部に巻き付ければオーケーで、回収の場合は核兵器のハリボテをタッチすればオーケー。
敵組はヒーロー組二名を同じく確保証明のテープを巻いて確保するか、15分の制限時間いっぱいまで核兵器を守れば勝利。
「コンビ及び対戦相手はくじだ!ちなみにどこか一組だけ二回訓練を行えるが、それも公平にくじで決める!このヒーロー社会で生き残っていくには、運も地味に大事な要素だからね!」
そのくじ引きの結果出そろったコンビと対戦相手の組み合わせは、こんな感じだ。
1戦目:緑谷・麗日コンビ VS 爆豪・隆野コンビ
2戦目: 轟・障子コンビ VS 尾白・葉隠コンビ
3戦目:蛙吹・常闇コンビ VS 峰田・八百万コンビ
4戦目:砂藤・口田コンビ VS 瀬呂・切島コンビ
5戦目:耳郎・調野コンビ VS 芦戸・青山コンビ
6戦目:瀬呂・切島コンビ VS 飯田・上鳴コンビ
…私、初戦かぁ。しかも相方は爆豪くん…。対戦相手が緑谷くんって知った途端すごい形相で彼を睨みつけている。
……やるしかないよね。不安要素は多いけど、決まったものは仕方がない。
「爆豪少年、隆野少女。敵の思考をよく学ぶように。これはほぼ実戦、怪我を恐れず思いっきりな!度が過ぎたら中断する」
「はい!」
オールマイトに最後の説明を受け、アジトとなるビルの中へ立ち入るまでの間も、爆豪くんは緑谷くんをずっと睨み続けていた。
「おい」
ビル内へ入り防衛対象となる核兵器のハリボテが置いてある部屋へ辿り着くと、爆豪くんが急に声をかけてきた。
「なに?」
「デクには個性があるんだよな?」
私に背を向けたまま訊いてくるその声はひどくイライラしているようだった。
「なかったらあんな怪力出せないし、指も腫れないと思うよ」
私が答えても爆豪くんはそれ以上何も言わなくなってしまった。
この時点で彼が何を考えているか、私でも多少察する事ができた。きっと爆豪くんはスタートと同時に緑谷くんと戦いに行くつもりだ。
そうなれば核の防衛役は必然的に私。幸い、役割分担としては悪くない。
「爆豪くん!」
「あ?」
「緑谷くんと戦うっていうなら、止めない。でもなるべくこの階より下で戦って、この階に緑谷くんを上げないで」
「うるせえ!テメーが俺にあわせろや!」
プライドも高いしすごく意地っ張りだ。
でも助かった。最低限、爆豪くんが本当に緑谷くんを一点狙いするつもりなのがこれでわかったから。そこさえわかれば連携が取れなくても、彼の言う通り「合わせ」られる。
幼馴染みの因縁……きっと相手がひかりんなら、私もひかりんと戦いに行くもん。それが体力テストで緑谷くんにあんな怒りながら突っかかった爆豪くんなら尚更。
「わかった。最低限それに必要な連絡はしてね?私の個性、効率は悪いけど索敵もできなくはないから」
返事はなかった。私の言葉をちゃんと聞いていたかすら怪しい。
でも、信じよう。爆豪くんの気持ちを。彼と緑谷くんの因縁を。
『それでは、屋内対人戦闘訓練!START!!』
合図が聞こえた瞬間、爆豪くんは脇目も振らず飛び出していった。
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