Persona4 THE NEW SAKURA WARS (ぺるクマ!)
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#1「新たなる2つ物語 1/2」

今連載中の作品が行き詰ったしまい、息抜きに別作品を書いてみようと思って執筆した作品です。色々不自然な点があると思いますが。よろしくお願いします。


────ようやくだ……

 

 

 その者はそう呟いた。

 

 

────ついに、ここまできた……ついに! 

 

 

 待ち望んでいた。待ち望み、一度は失敗した望みがついに手が届くところまで来た。もはや誰にも止められない、止められるものか。その者はそう言うと、空を仰いで邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

────私はこの世界で……皇となるのだ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

(ここは……?) 

 

 

 ピアノの華麗なメロディーで目を覚ますと、悠は別の場所にいた。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した空間。ここは一体どこだろうか。

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 誰かの声が聞こえたかと思うと、そこに奇怪な老人がいた。特徴的な長い鼻にピシッとしたタキシードに身を包んでいる。この老人は一体誰だろうか? 

 

「私の名はイゴール。ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所。本来は、何かの“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋。フフフ……お客人はもうお分かりになられているやもしれませんが、ここはこう言うべきでしょうな……()()()()()()()()()()

 

 どうやらこの老人は自分のことを知っているようだが、今の自分には思い出せない。この老人と自分の関係は一体何だったろうかと頭を振り絞っている最中、目の前の老人はその様子を面白そうに見ながら話を続けた。

 

「さて、彼の地で二度の苦難を乗り越え、平穏な日々を過ごされている貴方様に再び災難が訪れると、占いに出ましてな」

 

 イゴールという老人がテーブルの上で腕を払う。すると、瞬く間に複数のタロットカードが出現した。

 

「……近い未来は"塔"の正位置、その先の未来は"月"の正位置……フフ……これは初めてお客様を占った際の結果と同じでしたな。フフフ……これから何が起こるのか……それはお客様自身の目で確かめるのがよろしいかと。では、またお会いする時まで、ご機嫌よう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタンゴトンガタンゴトン

 

 

「うっ……」

 

 目を開けると、眩い明かりが目に入った。見ると、そこは電車の中でちょうどトンネルの中を抜けている最中だった。

 

 

「ああ……」

 

 

 どうやら長く眠っていた故か寝ぼけていたようだが、ようやっと思い出せた。

 自分の名前は【鳴上悠】。さっき夢で迷い込んだあの青白い部屋はベルベットルーム。去年、今自分が向かっている場所で起きた事件で随分と世話になった部屋だ。

 

【稲羽市】またの名を【八十稲羽】

 

 去年、両親の海外出張の都合で一年間過ごしてきた山梨県にある田舎町。初めてあそこを訪れる最中にベルベットルームに入って、イゴールに"災難が降りかかる"と予言された。そして予言の通り、自分は八十稲羽で発生した連続殺人事件に巻き込まれることになる。しかも、それは普通のものではなかった。【マヨナカテレビ】・【テレビの中の世界】・【シャドウ】、そして今でも使役している心の力【ペルソナ】。こういうのもなんだが、とにかく常識はずれなことばかり降りかかった。

 

 しかし、そこでかけがえのない出会いを経験することになる。共にペルソナの力を得て、共に悩み、戦って災いに立ち向かった、花村陽介・里中千枝・天城雪子・巽完二・久慈川りせ・クマ・白金直斗の【特別捜査隊】の仲間たち。彼らと出会わなければあの事件を解決出来なかったし、今の自分も居なかっただろう。辛いこともあったが、彼らとあの街で共に過ごし、笑いあったり喧嘩したりして、事件の謎を追いかけた日々は忘れられない大切なものとなっている。

 

 

 あの事件からを経てGWに起きたP-1Grand Prix、東京で起こったマヨナカステージの事件から数か月後、大学受験を終えて新生活を始める前に稲羽で束の間の休日を過ごそうと東京を発って数多くの乗り換えの末、稲羽行きの電車に乗り込んでいる訳なのだ。

 

 しかし、あの事件は解決してからベルベットルームを訪れることはなかったのに、今再び訪れたということはどういうことだろうか? また、あの場所で何か起こるのだろうか。少し確認してみようと稲羽にいる相棒である陽介に連絡をしようと携帯を取り出そうとすると、

 

 

「あれ……? 稲羽行きの電車って、こんな感じだったっけ?」

 

 

 だが、それよりも気になることがある。今自分が乗っている電車の光景は眠る前のものと全然違う気がするのだ。それに、あの古めかしい稲羽行きの電車が何故かひと昔の蒸気機関車の車内のような風景になっている。まるで、タイムスリップしたような違和感。更におかしなことに、ここまで自分は私服を身に着けていたはずなのに、いつの間に八十神高校の学ランになっていた。それもボタンを全止めで。

 おかしな状況に頭を傾げていると、トンネルを抜けて広がる景色に悠は目を見開いた。

 

 

「えっ!?」

 

 

 目に入るのは見たことがない、自分の知らない街の光景だった。まるで明治か大正時代を思わせるような建物が多く建ち並び、更には街のあちこちから白い蒸気が立ち昇っている。

 見たことない光景に唖然とする間もなく、電車……もとい汽車は駅へと到着。その駅名は【上野】となっていた。

 

「嘘だろ……?」

 

 おかしい。自分は東京から稲羽へと向かう方向で進んでいたはずなのに、いつの間にかとんぼ返りしている。それに、この駅は自分の知っている東京の駅ではない。ついていけない状況にパニックになるが、汽車はここで終点なので降りて下さいと車掌らしき人に注意されたので、慌ててプラットフォームに降りる。そして、ふと地面に落ちていた新聞を拾い上げると、更に混乱の底へ陥れる事実が書かれていた

 

 

()()……()()()!?」

 

 

 そこに明記されていた年号は太正三十年。これを受けて、自分は激しく動揺してしまった。年号もそうだが、自分の知る大正は15年のはずだ。しかし、この新聞は本物でどこも偽造されている箇所はない。つまり、この状況から導き出される結論は一つだ。信じがたいことだが、自分はタイムスリップしたのではないか。もしくは……自分の知らない別の世界線に飛ばされたのではないか。

 

「なんてこった……」

 

 先ほどのベルベットルームのことでイゴールが言っていたことを思い出す。災難に巻き込まれるとあの老人は言っていたが、冗談じゃない。もうすでに災難に巻き込まれているではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから、どうしよう」

 

 

 今自分が置かれている状況は把握したのは良いが、まずはこれからどうするかだ。おそらくここは自分の知っている世界とは違う、いわゆる異世界みたいなものだ。当然鞄に入っている紙幣や硬貨は使えないだろうし、携帯も電波がこの時代にはなさそうなので使えない。最悪稲羽の皆にと思って買ったお土産で何かできるかもしれないが

 

「きゃああっ!」

 

 駅内を徘徊していると、エントランスから女性の悲鳴らしきものが聞こえた。何事かと駆け付けてみると、なんと大柄の男がか弱い女性から鞄をひったくりしている現場だった。

 そこには何人かの野次馬がその現場を傍観していた。女性は何とか踏みとどまっているが、男は何とか力づくで女性の鞄を奪おうとしている。野次馬は誰か助けろだの、警察を呼べだの声を掛けるだけで自ら動こうとはしない。

 

「……!」

 

 だが、そんな中で悠だけは思わず身体が動いていた。困っている人を見過ごせない悠はすぐにひったくりへ鋭いタックルをかます。強烈なタックルにひったくりの男は思わず鞄から手を離して地面に倒れた。だが、男はすぐに体勢を立て直したと思うと、一瞬辺りを見渡し今度は悠が置いたボストンバッグを盗んだ。

 

「あっ……」

 

 気が付いた時には既に数歩先に離れていた。すぐに追いかけようとするが、タックルした後の反動で悠は反応が遅くなってしまい身体が動かない。代わりに誰か追いかけていないかと辺りを見渡すが、野次馬たちは誰も追いかけようとしない。このままでは逃げられてしまうと思ったその時、

 

 

「待てっ!!」

 

 

 囲っていた野次馬を押しのけて誰かがあのひったくり犯を目掛けて疾走する誰かの姿が見えた。足が速く徐々にひったくりとの距離を縮めているので、心配ないかもしれない。それはともかく被害に遭っていた女性の安否が気になったので、声を掛けた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「は……はい……ありがとうございます。えっと……その……」

 

「俺の荷物のことは心配しないで下さい。とにかく、あなたが無事でよかったです」

 

 被害に遭いそうになった女性は申し訳なさそうに悠にそう声を掛けるが、本人は心配かけないようにそう返答する。女性の鞄が盗まれることを防ぐことはできたので、それで十分だ。女性は何度も頭を下げて謝罪を述べると、連れらしき人物の手を取ってどこかへと行ってしまった。

 

 さて、あちらの方はどうなっただろうか……

 

 

 

 

 数分後……

 

 

 

 

「すまない、君の荷物を取り返せなかった」

 

 申し訳なさそうに謝る男性に悠はいたたまれない気持ちになる。どうやら相手の逃げ足が予想以上に早かった上に街の地形を上手く使われて見失ってしまったらしい。取り返せなかったのが悔しいのか、拳をわなわなと震わせている。

 

「気にしないで下さい。俺も悪かったですし」

 

「いや、君は悪くない。君はあの女性を守ろうとしたんだろ。その行いは尊ぶべきものだ。悪く思う必要はない」

 

「…………」

 

 男性のその言葉に思わず何故か悠は呆然としてしまった。自分の知る東京では人助け自分が損したら周りは“馬鹿なやつ”だの“放っておけば良かったのに”という人が多かったせいかもしれない。稲羽の仲間や家族はそんなことはなかったので、ここでもこういう人はいるのかと改めてこの時代の人たちの認識を改めた。

 

「何度も言うが本当にすまなかった。一応警官たちに伝えて再度あの犯人を捜してもらっているが、君はこれからどうするんだ? どこか、行くところがあったり」

 

「実は……行く当てがなくて」

 

「えっ……?」

 

 そう言うと悠はここまで経緯を全て男性に話した。流石に未来から来たというのは伏せた上で、記憶が曖昧で気づいたらこの場所に辿り着いていたと説明した。

 

「なるほど……それは災難だったな……」

 

「ええ……」

 

 そう、荷物も奪われてしまい身一つだけになってしまったこの状況は悠にとって最も最悪の事態と言ってもいい。こんな状態でどう衣食住を見つければいいのか。

 

「……なあ、ちょっといいか?」

 

「??」

 

「君を連れて行きたい場所があるんだ。俺の職場なんだが、何かできることがあるかもしれない。良かったら来てくれるかい?」

 

「えっ?」

 

 男性からのまさかの提案に悠はきょとんとしてしまう。確かに今の悠にとってその提案は有難いものだが、安易に乗ってしまって良いのかと思ってしまった。だが、何も関係のない自分にこれほど親身になってくれたこの男性を悪い人物だと思えなかった。

 

「……お願いしてもいいですか?」

 

「ああっ、もちろん! おっと、自己紹介がまだだったな。俺は【神山誠十郎】。宜しく」

 

「【鳴上悠】です。よろしくお願いします」

 

 互いに自己紹介し合った2人は信頼の証に固い握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、君は幼い頃から苦労してるんだな。ご両親の都合で……」

 

「ええ。でも、忙しい中でも自分には良くしてくれたので、別に何とも思わないんですけど」

 

「そうなのか……実は俺も」

 

 男性……もとい神山に付いていく道中、2人は互いの身の上話で盛り上がっていた。どうやら両親の仕事の都合で何度も転校したという共通点があってか、そこから趣味や特技などと言った親密な話へと広がった。

 

「神山さんは20歳なんですね。とてもしっかりした方に見えるので、20代後半の人に見えました」

 

「ははは、誉め言葉として受け取っておくよ。そう言う鳴上は18歳だろ。となると、さくらと一緒か」

 

「さくら……?」

 

「ああ、俺の大事な人でな……っと、着いた。ここだ」

 

 言われるがまま神山に付いていき辿り着いた場所に思わず仰天してしまった。

 

 

「大帝国……劇場?」

 

 

 辿り着いたのは看板に大帝国劇場と書かれた大きな劇場だった。見るからに年季が入っており、人の行き来も多い。神山の恰好や腰に差してある刀から軍隊関係の場所ではないのかと思ったが、これは予想外だった。

 

「ああ、ここは俺の職場だ。今から支配人に事情を説明して……」

 

 神山が何か悠に言おうとした時、突然立ち眩みを感じた。唐突だったので悠は思わず頭に手を当てて痛みを和らげようとする。その時……

 

 

 

我は……汝……汝は我……

 

 

 

「!!っ……」

 

 一瞬のことだったが、頭の脳に重々しい誰かの声が響いた。それを認識した途端、痛みが嘘だったかのように静まった。

 

「どうした……? 立ち眩みか?」

 

「え、ええ……大丈夫です」

 

「そうか」

 

 今の声は何だったのだろう? 神山には聞こえなかったらしいが、以前にもこのようなことがあった気がするが、気のせいだろうか。しかし、あの声は……

 

 

 

「誠十郎さーん! お帰りなさーい!」

 

 

 

 すると、劇場の入り口から誰かがこちらに向かってくるのが見えた。頭に可愛らしいリボン、桜の刺繍がある水色の着物に小豆色の袴。如何にもこの時代らしい衣装に身を包んだ美少女だ。

 

「ああ、さくら。ただいま」

 

「はい! ところで、その人は……?」

 

 神山と一言話すと、さくらと呼ばれた美少女は視線をこちらの方に移した。

 

「ああ、実は」

 

 

 

 

グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!! 

 

 

 

 

 神山が何か言おうとした瞬間、思わず耳を塞ぎたくなるようなかん高い獣の声が鳴り響いた。一体何なのかと辺りを見渡すと

 

 

「あ、アレは……」

 

 

 それは瞬時に姿を現した。まるでおとぎ話に登場するドラゴンを彷彿とさせる大きな翼と鋭い牙、それから発せられる禍々しオーラにおぞましさを感じさせる醜悪な色をした怪物。こいつは一体……

 

 

 

 

「「こ、降魔っ!?」」

 

 

 

 

 神山とさくらがその怪物の名を叫んだと同時に、こちらに目を向けた降魔と呼ばれた怪物が声を上げてこちら襲い掛かってきた。

 

 

 

 

ーto be continuded



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#2「新たなる2つ物語 2/2」

「危ないっ!?」

 

「鳴上っ!!」

 

 降魔の鋭い爪が鳴上に襲い掛かる。この距離では自分とさくらの刀で防ごうにも間に合わない。

 

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!! 

 

 

 

 瞬間、降魔の側方から激しい衝撃が走り、帝劇の近くの建物まで吹っ飛ばされた。何とか鳴上の身に危害が及ぶことは防げたようだ。そして、先ほどの降魔を吹き飛ばしたのは手に特大のハンマーを携えた赤い機体だった。あの機体を操縦するパイロットを自分は知っている。

 

「あの機体は……初穂!?」

 

『神山ぁ! さくら! 大丈夫か?』

 

「あ、ああ!」

 

 服に携帯している無線から聞こえる勝気明るい少女の声。そう、同じ帝国華撃団の隊員【東雲初穂】の声だ。

 

『一応今の状況を伝えとくぞ! 帝劇周辺にまた降魔が出現してんだ。他にも浅草にかなりの数が出たらしいけどよ、ここはあたしとクラリス、浅草はあざみとアナスタシアが対処してるから問題ねえ!』

 

「そうか! 助かる!!」

 

 なるほど、初穂の他にクラリス、あざみとアナスタシアが出動しているなら大丈夫だ。あの数の降魔なら楽に対処できるはずだ。

 ふと見ると、霊視戦闘機を見るのが初めてらしい鳴上少年は今目の前で繰り広げられている初穂たちと降魔たちの戦いを呆然と見つめていた。

 

「安心して下さい。彼女たちは帝国華撃団ですよ」

 

「??」

 

「知らないんですか? 帝国華撃団はこの帝都を魔の力から守るための防衛隊。あの霊視戦闘機に搭乗して降魔と戦うんです!」

 

「えっ?」

 

 どうやらさくらが先に説明してくれているらしい。これは説明の手間が省けたと安堵しつつ、周囲の人たちの安全に気を配りながら初穂たちの戦闘を見守る。降魔は次々と湧き出てくるが、初穂や後から到着したクラリスの助力もあってあっさりと撃退していく。

 

「皆、調子いいですね」

 

「ああ、俺たちも出る幕はなさそうだな」

 

「俺たち……?」

 

「あっ……」

 

 これで、もう大丈夫。だが、思わず呟いてしまった言葉に不思議そうに尋ねる鳴上にしまったと思った。自分とさくらも実は帝国華撃団の一員なのだが、それを一般人である悠に知られるのはまずい。どう説明したらいいかと考えたその時だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー同時刻ー

 

 

「くくく……ここまでは予想通り……さて、今回はどんな結果が出るかな?」

 

 

 男は帝劇の屋上から不気味にそう呟いた。そして、指をパチンと鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何ですか!?」

 

「こ、これは……霧?」

 

 それは突然だった。神山が口を開こうとしたと同時に、帝劇周辺に正体不明の霧が発生した。突如として発生した霧に神山とさくらだけでなく、霊視戦闘機に搭乗している隊員たちも困惑している。

 

「こ、これって!?」

 

「巷で騒ぎになってた……()()()!?」

 

「夢遊霧……?」

 

「ええ、最近帝都で昼夜問わず霧が発生することが多くなったんです。そして、この霧のせいで体調を崩す人が続出して中には入院している方も……」

 

「えっ……?」

 

 見てみると、さくらの言葉が真実であることを示すように近くで帝国華撃団の戦闘を見ていた野次馬たちが苦しそうに咳き込んだりもがいたりしている姿が見受けられた。

 

「そこから再び降魔が現れるようになって。というか鳴上、いつの間に眼鏡をかけたんだ?」

 

『警告! 警告!! 帝劇周辺に再び降魔発生!! 初穂さんたちの方に向かっています!』

 

 無線から本部のカオルからそんな緊急連絡が入った直後、どこからか禍々しい魔方陣が出現し複数の降魔が出現した。それに気づいた初穂たちは武器を構えて颯爽と対処に向かう。だが、

 

『ぐああっ!!』

 

『きゃあああああっ!』

 

「初穂っ! クラリスっ! 大丈夫か!?」

 

『この降魔たち……さっきと全然違う……』

 

『……視界も悪いし……まずい……』

 

 先ほどの戦闘が嘘のように今度は降魔たちが霊視戦闘機たちを圧倒している。段々と濃くなる霧のせいで機体の視界が悪化しているのが原因かもしれないが、それだけでなく降魔の戦闘力も先ほどのものとは全く別物だった。まるで、霧が降魔たちに力を増強させているようだ。

 

「誠十郎さんっ! 私たちも応援に!!」

 

「ああっ!」

 

 苦戦する隊員たちを目の前にこれは自分たちも出撃せねばと思ったその時、

 

 

「……う……う……うえええええん…………おかあさん……どこぉ……?」

 

 

 その時、霧のせいで薄っすらとしか見えないが、幼いの女の子の泣き声が聞こえた。どうやら霧の中で親とはぐれてしまったようだ。その時、女の子の声に気づいた降魔が唸り声を上げながらそちらの方に走ってきた。

 

「あ、あいつ……!」

 

「危ないっ!?」

 

 目の前でまた誰かが降魔の犠牲になるのはダメだ。神山は力の限りを尽くして駆け付けようとしたその時、

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 女の子を庇うように横から入ってきた悠がいつの間にか持っていた剣で降魔の攻撃を受け止めていた。だが、生身の人間と降魔では力の差があり過ぎたのか、耐えきることが出来ず悠はそのまま近くの壁に激突してしまった。

 

「えっ……? えっ…………?」

 

「もう大丈夫だよ。ケガしてない?」

 

「鳴上っ!? おい、鳴上っ!?」

 

 壁に激突した痛みが尋常ではないのか、悠はその場から動けない。助けてもらった女の子は何が起こったのか分からず呆然としているが、その隙に神山とさくらが駆けつけて保護に成功する。

 

 

 

グオオオオオオオオオオオオオッ!! 

 

 

 

 だが、それにより降魔のターゲットは悠へと変わった。この事態に神山だけでなく、全帝国華撃団隊員の顔色が青ざめる。

 

「カオルさんっ!? 早く俺の無限を降下させてください!! 早く!!」

 

『む、無理です! 現状あの少年を助けるには東雲さんたちが対処しなくては!』

 

『そうは言っても、こっちに降魔たちが湧いて出てそっちに行けねえ!?』

 

『それに、この距離では私の重魔法でも間に合いません!』

 

 打つ手はいくらでも思いつくが、現実はいとも簡単に潰していく。最善策など存在しない状況に追い込まれた。

 

「誠十郎さんっ! 私が行きます!!」

 

「ダメだ! さくらっ!!」

 

 腰に携えた剣を抜刀して悠を助けようと走り出したさくらを神山は必死に止めようとする。いくら間に合わないからと言って、霊視戦闘機無しで降魔に立ち向かうなど無謀にもほどがある。このままではさくらまで犠牲になってしまう。

 

 もはや打つ手がない、ここまでなのかと思ったその時だった。

 

 

「えっ!?」

 

 

 絶望しかけそうになりかけた際に目に映ったのは信じられない光景だった。なんと、降魔が悠に襲い掛かる寸前で突然動きを止めたのだ。それどころか、大きな体を震わせながら後退していく。まるで、悠の存在に怯えるかのように。

 

 

「ど、どういうこと……?」

 

 

 ありえない状況に戸惑いを隠せなかったが、それはまだ終わりではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ああ、良かった)

 

 壁まで吹っ飛ばされたせいか、意識が朦朧としている。だが、そんな中でも悠は不思議に庇った女の子の方を見やって安堵していた。見るに、あの子は降魔に襲われることなく逃げ切ったようだ。だが、逆に自分がピンチに陥っている。事実、今こっちに降魔が一体向かっているのを感じる。

 

(ああ、またやってしまったな……陽介たちや叔父さん、菜々子たちに合わせる顔がないな…………ん?)

 

 その時、今にも自分を襲うとした降魔の動きが止まっているのが見えた。悠の周りに青白い光が発生していた。そこから凄まじい霊力が発せられているのが肌で感じる。

 

 

 

我は汝……汝は我……

 

 

 

 聞こえる。今度はハッキリと聞こえた。そうだ、これは何度も聞いた己の中に潜むあの声……

 

 

 それを感じた悠がふと上を向くと空から青白く光る【愚者】のイラストが描かれたタロットカードが降りてきた。

 

 

「な、何だ……あれは……」

 

「…………」

 

 

 近くで見ていた神山とさくらがそう呟くのを他所に悠は不敵な笑みを浮かべながら、着ていた学ランのボタンを全て開けてからそのカードに手を伸ばす。

 

 

 

 

 

汝…己が双眸を見開きて…今こそ、発せよ!! 

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

「ペルソナっ!!」

 

 

 

 ありったけの力を使ってタロットカードを砕く。瞬間、青白い光が輝きを増して悠の背後から化身のようなバケモノが出現した。

 

 

 隙間から光る金色の瞳を覗かせる鉄の仮面。

 学ランをイメージさせる黒いコート。

 右手には巨大な大剣。

 

 

 これぞ、悠が最初に目覚めた己の原点と言えるペルソナ『イザナギ』である。

 

「な、鳴上!?」

 

「あ……あれは……? 降魔……?」

 

「いや、降魔じゃない! あれは全く違う……」

 

『て、帝劇付近で未確認の霊力パターンを確認しました! しかも今までにない高度なものです! 神山隊長!! 現場では一体何が……!?』

 

 突如、イザナギの出現でにより初穂たちの相手をしていた降魔たちがターゲットを悠に切り変わった。

 

『お、おい! まずいぞ!! あいつら、あの変なやつに向かってやがる!』

『急いでいかないと……って、視界が……』

 

 降魔たちが方向転換し一斉にイザナギへ襲い掛かる。しかし、

 

 

「やれっ! イザナギ!!」

 

 

 悠の声に反応し、イザナギは改めて大剣を握り締める。刹那……

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 大剣を横に振ったことにより繰り出した斬撃が複数の降魔たちに命中。もろに当たった降魔たちは苦しむ間もなく建物に直撃し、そのまま動かなくなった。

 

「「なっ!?」」

 

 神山たちは驚愕する。それほど目の前の光景が信じらなかったからだ。ましてや、霊視甲冑や霊視戦闘機無しの生身の人間が降魔を倒すなど。

 唖然としている最中でもイザナギは次々と襲い掛かる降魔たちを大剣で倒していった。

 

『嘘だろ……こんな視界が悪い中で……』

『まるで霧の中でも……全てが見えている……いや、見透かしている?』

 

 次々と四方から遅う降魔たちをイザナギはいとも簡単に斬り続ける。クラリスの呟く通り、まるで霧に隠れた真実を見透かしているように。

 

「ぐっ」

 

「鳴上っ!?」

 

 すると、イザナギの攻撃を運よく躱した一体の降魔が肩と腹に噛み付いた。イザナギが攻撃を受けた瞬間、悠が苦痛の表情を浮かべる。自身のペルソナが攻撃を受けた場合、痛みは自分にフィードバックするのだ。だが、

 

 

ドオオオオオオオオオオンッ!!

 

 

 苦痛の表情を浮かべながらもイザナギは無理やり降魔を引き離して勢いよく地面に叩きつけた。降魔は苦しむ間もなく息絶え、現場には静けさが戻った。

 

「あ……あの降魔たちをあっという間に……」

 

「すごい……」

 

『み、皆さん!? 気を付けて下さい!! 未確認反応の近辺に大型降魔が出現します!』

 

 すると、本部からの通信通りに突如不気味な魔方陣から出現した先ほどの降魔よりも一回り大きい個体が現れる。大型は霊視戦闘機には目もくれず一目散にイザナギへ襲い掛かる。だが、イザナギは立ち向かうことはせず悠然とその場から動こうとしなかった。そして、大型降魔との距離が射程内に入ったその時、

 

 

ーカッ!ー

「イザナギッ!!」

 

 

 悠がそう唱えてイザナギが掌を大型降魔に向けたと同時に、頭上から雷が直撃する。大型降魔は断末魔を上げる間もなくその場に倒れて動かなくなった。

 それと同時に帝劇周辺に発生していた霧は徐々に晴れて行き、視界が元通りになる。加えて、これ以上降魔たちが現れる気配もない。それを知らせるかのようにイザナギはタロットカードに戻って消失していた。

 

 戦闘終了、この世界での初となるペルソナによる戦闘は快勝で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、鳴上……?」

 

 神山は目の前で起きた出来事が信じられなかった。降魔は霊視戦闘機でしか倒せないはず。だが、あの少年は自分たちの知らない何らかの方法で使い魔のような怪物を召喚して見事打ち倒して見せた。一体あれは何なのかを問いたいところだが、今の戦闘が圧巻過ぎて言葉が出なかった。それはさくらたちも同じらしく、唯々呆然としていた。

 

 

「……ふっ」

 

 

 ふと悠はこちらの方を向いて、不敵に笑った。学ランのボタンを全開して黒いフレームのメガネを掛けたその姿。神山は思わずまるで番長のようだと不思議に思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~戦闘が終わって~

 

 

「それで……? 先ほどの戦闘はどういうことでしょう?」

 

 

 あの戦闘の後、原因不明の霧は晴れて、帝都には再び平和な時が流れ始めた。その余韻に浸る暇はなく、悠は霊視戦闘機から降りてきた少女たちに今の何だったのかと質問攻めの嵐に遭ってそれどころではなかった。

 話があると神山に言われて劇場に連れて行かれて現在、支配人室という場所でこの劇場の支配人だという妙齢の女性から尋問を受けていた。

 

「すみれさん! 鳴上は……!」

 

 訝し気に悠を見つめる支配人……もとい、【神崎すみれ】に神山は必死に説得する。確かに得体の知れない能力を持っていることは間違いないが、それでもこの青年の正義はあると何度も説明してくれた。

 だが、すみれは聞く耳を持ってくれなかったので悠は納得してもらうためにも己の力について説明することにした。

 

「俺のあのチカラは【ペルソナ】というものです。降魔と呼ばれるものではありません」

 

「ぺるそな……?」

 

「……【PERSONA】。確か西洋の言葉で【心の仮面】という意味でしたか」

 

「はい。ペルソナは心の力……自分の中にある本当の自分と向き合うことで得られる鎧の仮面なんです」

 

 悠はペルソナとはどのような力なのかを説明するために、己が昨年経験した稲羽での連続殺人事件のことを話した。またも自分が未来か別の世界から迷い込んだという事実は伏せた。

 

 

 

 

「”テレビの世界"……"霧"…………"そこで見せられた本当の自分"」

 

「耳を疑う内容ですが、先ほどの戦闘を見せられたからには納得するしかなさそうですね」

 

 話を一通り聞き終えた神山とすみれの秘書【竜胆カオル】は呑み込めないこともあったようだが、ひとまず納得した様子だった。しかし、すみれは何か考え込んでいるようで厳しい表情を保ったままだ。すると、

 

「かつて、帝国華撃団の前身である【対降魔部隊】の隊員たちは霊視戦闘機……その前の霊視甲冑も無しに生身で降魔と戦っていました。それは今では考えられないほどの高い霊力と降魔と対抗できる神剣などがあったからです」

 

「……!!」

 

「しかし、あなたは…その対降魔部隊の関係者ではないでしょう。ですが、昨今になって霧の事件が多発してきた時期にあなたがこの帝都にやって来た。このことには、()()()()()()()のかしら?」

 

 すみれは改めて悠をジッと観察し、暫し沈黙を保ったところで皆に告げた。

 

 

「決めましたわ。しばらくの間、帝国華撃団でこの青年【鳴上悠】の面倒を見ましょう」

 

 

「えっ?」

 

 突然そんなことを宣ったすみれに支配人室の一同は驚愕する。その様子を見て、すみれは淡々とした調子で説明した。

 

「今この帝都で起こっている霧にまつわる事件は現時点で我々での対処は難しい状況です。ですが、彼はこの状況を改善できるかもしれない鍵を握っている」

 

「!!っ……」

 

「それに、彼は今行くところもなくて困っているのでしょう? 私たち帝国華撃団の活動に協力してくれれば衣食住も保障しますし、私たちも事件の解決へ前進できる。お互い得な関係が築けるとは思いません?」

 

 すみれの提案は確かに今行く当てのない悠にとっては魅力的だ。当然、悠はこの提案を受け入れるつもりだが、それは他にも理由があった。

 

 あの降魔……否、この視界を遮る霧に嫌悪感を抱いていた。この霧は忘れもしない、自分の世界で自分たちを何度も苦しめたあのテレビの世界に間違いなかった。どういう経緯でこの世界にも発生しているのかは分からないが、確かに分かることがある。何者かがこの霧でこの世界の人たちを貶めようとしているということだ。

 

(……俺はそれを止めてやる。この人たちと一緒に)

 

 改めて、こちらを見つめるすみれやカオル、そして神山や支配人室のドアの隙間から様子を伺っている少女たちを一瞥した。

 

 

 

「はい。俺のペルソナの力が役に立つなら、喜んで!」

 

 

 

 悠の力強い返答を聞いたすみれは嬉しそうに手を合わせ、神山も喜びを露わにするように表情を和らげた。

 

「よろしい! カオルさん、確か帝劇に空いている部屋はあったわよね?」

 

「え、ええ……屋根裏部屋なら」

 

「それと鳴上くん、あなたには戦闘の他にこの帝劇で仕事をしてもらうことになりますけど、何か特技はおあり?」

 

「料理に裁縫、家事は一通りこなせます。それに、中華料理屋や学童保育、病院の清掃のアルバイトもしたことも」

 

「まあっ!」

 

 良い返事が聞けて上機嫌なのか、すみれはとんとん拍子で悠がこの大帝国劇場で住むことの段取りが進んで行く。カオルは不信感が拭えないのか、渋々と言った表情でメモを取っているが、チラッとこちらを訝し気に見ていた。

 

 

「では……改めて鳴上悠くん、ようこそ帝国華撃団へ。私たちはあなたを心から歓迎します。神山君、彼に劇場内を案内してあげなさい」

 

「はいっ! 鳴上、俺はお前を心から歓迎するよ。これからはよろしく頼む!」

 

「よろしくお願いします!」

 

 

 再び神山と悠は固い握手を交わした。

 

 

 

――――帝国華撃団と霧にまつわる事件を追うことになった。

 

 

 その後、悠はこれから住ませてもらう屋根裏部屋に案内され、そこがとても汚れていたので、神山と一緒に掃除することになったのは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まさか………内なる心の力を扱える者がいるとは………それにあの降魔たちを易々と……何者だ……? あの男は……」

 

 一方、帝都の裏路地でその男は呟きながら手帳に何か記していた。黒いフードで顔を隠しているので表情は読めないが、その声色はどこか喜々としたものだった。

 

 

「だが、あの霧が降魔たちに及ぼすの現象のデータは十分取れた……次の段階に進めると……あの方に伝えなくてはな…………くくくく……」

 

 

 何かを書き終え手帳を閉じると、男は裏路地の闇に紛れて姿を消した。一瞬落ちていた鏡の破片に映った姿には首元にヘットフォンが下げられていた。

 

 

 

 

ーto be continuded




次回予告

先日駅で出会った鳴上が帝国華撃団に入ってきた。
どんな仕事でもこなし、僅かな期間でさくらたちとも打ち解けている。
どうやら上手く帝劇に馴染めている感じだ。
でも、どこか俺たちに遠慮している節が見受けられる。
俺たちは彼の支えになれるだろうか……?

次回、Persona4 THE NEW SAKURA WARS
【仲間となる日】
太正桜に浪漫の嵐!

鳴上!お前は独りじゃないッ!!


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#3「仲間となる日 1/2」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

息抜きで書いた今作も続けて欲しいというお声を頂いたので、不定期ですが今執筆しているものと一緒に続けることにしました。

至らぬ点がたくさんあると思いますが、よろしくお願いします。


<???>

 

 

「それは真なのか……?」

 

 

 部下からの報告を聞いて、その者は気難しい表情で佇んでいた。報告の内容は霧が及ぼす降魔への影響に関する実験が次の段階へ進めること。更に、その霧の中で降魔よりも強力な使い魔を使役する者が現れて、降魔たちを容易く殲滅したというものだった。

 

「はい、私の目が確かであれば……あれは内なる心の力でした……」

 

 報告に来た部下は静かにそう告げた。この場には他にも部下と思わしき人物が何人か在席していたが、ただ黙って成り行きを見守っていた。

 

「……我々の他に内なる心の力が使える者がおるとはな……その者は我らにとって厄介な存在になると思うか?」

 

「ええ、少なくとも帝国華撃団よりかは……それと、これは私の見解ですが、あの者はまだ力を隠し持っているかと」

 

「ふむ……」

 

 話を聞いてその者は頷いた。我らの目的は順調に進んでいる。だが、順調と言うのは予期せ無自体の前兆でもある。霧に対する力もない霊視戦闘機頼みであまり警戒していなかった帝国華撃団以上に厄介な存在が現れるとは思ってもみなかったのだ。

 

 

「……分かった、この件はお主に任せる。次の段階へコマを進めよ。その者は決して殺すな、可能ならこちら側へ引き寄せよ。もし帝国華撃団が邪魔するなら」

 

 

「ええ……我らの目的のために、()()()()()()()()……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

 目を開けると、再びあの群青色に染まった不思議な空間を訪れていた。ここはあの老人の言うところの夢と現実、精神と物質の狭間にある場所。

 だが、自分を呼びかけるこの声は老人のものではなく、思わず聞き惚れる女性の声。もしやと思い見てみると、案の定見覚えのあるプラチナ髪の美しい女性がソファに座っていた。

 

「お久しぶりね。主から聞いたけど、また災難に巻き込まれたそうね。それも……とびっきりのね」

 

 彼女の名は【マーガレット】。この部屋の主であるイゴールの従者であり、八十稲羽の事件ではあの老人と共に自分のサポートをしてくれた懐かしい人物だ。未だに2人の関係は謎であるが、今はそっとしておく。

 ひとまずマーガレットに現在自分が巻き込まれていることについて知っていたのかと尋ねると、彼女はいつものように淡々と答えた。

 

「さあ? 私も主から何も聞かされてないわ。けれど、あなたがこの世界に飛ばされたのには何か理由があるのでしょう。この部屋で起こることと同じようにね」

 

 そう言うと、マーガレットは膝元に置いてあった分厚い書物…ペルソナ全書をそっと開いた。

 

「もう気づいてるのかもしれないけど、今あなたの中にあるペルソナはイザナギだけ。おそらくこの世界に飛ばされた際に今までの力が凍結したのでしょう。でも、あの者たちと絆を育んで行けば、再び他のタロットの力を行使できるはず。あなたがその世界の者たちとどのように絆を築いていくのか……楽しみだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると眩い光が視界を覆っていた。どうやら窓から朝日が差しているようだ。ベルベットルームを訪れたのは少しのはずなのに時間が経つのが速い。やはり夢と現実、精神と物質の狭間にある場所と謡っているだけあって、現実とあの部屋の時間の流れは違うのだろう。

 

「ちょうどいい時間だな……」

 

 時計を見ると確かにちょうどいい時間だったので、布団から起き上がると身支度を済ませて屋根裏部屋のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 朝5時……帝国華撃団にお世話になることになってから鳴上悠の朝は早い。

 

 悠は箒を持って帝劇周辺の道端と中庭の掃除をしていた。新しく入った新人と周りには紹介されているので、いち早く顔を覚えてもらうためにも道行く人との挨拶も欠かさない。

 

 あらかたの掃除を終えて帝劇に戻って朝食作りに取り掛かった。実は元々食堂で働いていた人が身内の不幸で実家に帰省しており、誰か料理を作れる者がいないかと探していたらしい。そこで悠が試しに得意料理を振舞ったところ、すぐにすみれから採用された。

 

 朝ごはんを運びに食堂にへ向かうと、既に帝国華撃団の女性陣がテーブルで待っていた。

 

「おはようございます、鳴上くん」

 

「おはようございます、今日は和食にしてみました」

 

「「「おおおっ!!」」」

 

 運ばれた悠の朝食を見て、さくらたちは歓喜の声を上げる。

 

「んん~美味しい!」

 

「いやあ、鳴上が来てから朝飯が美味くて元気が出るなぁ」

 

「美味しすぎて食べ過ぎちゃいます……」

 

「……ふふふ」

 

 さくら・初穂・クラリスの花組3人娘は悠の朝食を頬張ると、うっとりとした表情で感激していた。そんな様子を同じ花組の一員であるアナスタシアは微笑ましそうに見ながら優雅に食事を楽しんでいる。だが、3人娘の内心は穏やかではなかった。

 

(……私も、頑張らなきゃ)

 

(来たばっかの男に負けるってんのはなあ…)

 

(なんだが女として情けない気がします…)

 

 美味しい朝食を食べながらどこか敗北感を味わった3人は別のテーブルで神山と一緒に食事している悠をジト~とした目で見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして昼。表向きは歌劇団として活動している帝国華撃団は、期間中は毎日のように公演が行われる。だが、今は公演期間ではないので、各隊員が各々自由に活動している中、悠は帝劇内を掃除したり、帝国華撃団風組の【大葉こまち】の売店の手伝いをしたり、霊視戦闘機の整備士の【司馬令士】に頼まれたおつかいをこなしたりしていた。

 

「彼、帝劇に馴染んできたわね」

 

「ええ、神山さんはともかく天宮さんや東雲さんとも上手くやっているそうです」

 

 悠のここ一週間の働きぶりを見て、すみれはとても感心していた。今この時代に珍しいタイプの若者だと思っていたが、これほど仕事をこなせる男とは思わなかった。傍に控えている秘書のカオルは対照的に面白くなさそうな表情だが、それをすみれには見せないように誤魔化していた。

 

「そういえば……あれから夢遊霧は出て来てないわね」

 

「はい、ここ最近帝都のどこにも発生していません。ですが、夢遊霧による患者が快方に向かっているという訳でもないそうで」

 

「ふむ……」

 

 カオルの報告を聞いて、すみれは頬に手を当てて考える。

 華撃団大戦が終わって平和が訪れていたと思った矢先に降魔と共に発生した夢遊霧。それが一週間も発生してないのはどうも不自然だ。

 

「……やはり、夢遊霧は人工的に作られたものと考えた方が良いのかもしれないわね」

 

 そう考えれば合点がつくことがいくつかある。

 まず、眼前で律義に働く少年【鳴上悠】が有する“ペルソナ”という能力は霧が発生した状態ではないと使えないということ。これは先日すみれ自身が実際にペルソナを見てみたいと彼に頼んだ際に発覚した事実だ。

 そして、調べたところ昨今の霧の発生場所は人が集中しているところに限定されていた。あの霧が自然現象だとしたら、このようなことは絶対に起こらない。更に、一週間前の事件で降魔の力を増幅させる効果もあるということも判明している。

 

「となると……あの霧を作っているのは誰なんでしょう?」

 

 一体どこの誰が夢遊霧を人工的に作っているのだろうか。もしや自分が現役時代に戦った黒ノ巣会のような組織だろうかと思いつつ、すみれは親とはぐれてしまった子供に手品を披露して喜ばせている悠を再度見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……今日も忙しかったな」

 

 本日の業務を終えた悠は屋根裏部屋の布団で仰向けになりながら、遠い目をしていた。

 

 ペルソナが再び覚醒して帝国華撃団に入ってから随分経つが、一向に降魔や霧は発生していない。これはこれで喜ぶべきなのだろうが、どこか妙な感じがする。何か起こらないものかと不謹慎なことを考えている自分もいて、焦ってるなと思う。

 今はとにかくここの生活にいち早く慣れる事が大事だと言い聞かせて、これから何をしようかと考えることに思考を切り替えた。すると、

 

「鳴上、ちょっと良いか?」

 

 誰か声がドアから聞こえてくる。この声は神山だ。どういう用件か聞こうと悠は神山を屋根裏部屋のドアを開けた。

 

「神山さん、どうかしたんですか?」

 

「一緒に見回りをしないか? こういう仕事も楽しいものだぞ」

 

 話を聞くと、どうやら帝国華撃団の隊長は夜間に帝劇内を見回りする業務もあるらしい。せっかくだから悠も一緒にどうかという誘いだが、特にすることもなかった悠は神山の誘いに乗ることにした。

 

 

 

 

 

 

「うーん、中庭も見回りしたかったが、この雨じゃしょうがないな」

 

「夕方から降り出しましたからね」

 

 屋根裏部屋から2階の女子部屋の廊下を通り、遊戯室や資料室、一階のエントランスホールや食堂を一回りした2人。どこも異常はなく、次は中庭に行こうとしたが突然の雨で断念した。それにしても夜に雨が降っているこの光景を見ると、稲羽の事件を思い出してしまう。

 

「……俺がマヨナカテレビを初めて見た時も、こんな雨だったな」

 

「んっ? マヨナカテレビ?」

 

 思わず呟いたことに神山が反応して不思議そうに聞き返してきた。隠すことはなかったので、悠は神山に自分が体験したマヨナカテレビの噂について話した。

 

 

「はあ……雨の日の午前零時にテレビを見つめると運命の人が映りだす……か。改めて聞いてみると不思議な噂だ。さくらやクラリスが好きそうだな」

 

「いや、やめた方が良いと思いますよ」

 

 話を聞いて神山は話の内容に唸ってしまった。聞けば聞くほど不可思議な内容なのに、どこか興味深いと感じてしまったからだ。確証のない話に人は惹かれてしまうのものかと改めて思う。

 それに、話には聞いていたが目の前の少年が相当な体験をしてきたことが伝わってくる。自分たちも華撃団大戦やその前の解散危機など様々な修羅場をくぐり抜けてきたが、悠も大概だなと思った。

 

 

「よしっ! 一通り見回りは終わったな。鳴上、男どうし裸の付き合いでもどうだ?」

 

 

 中庭は出来なかったが、話しているうちに全ての見回りは完了した。ポケットのスマートロンを見るとまだ夜中には早い時間で、この時間ならさくらたちも入ってこないだろうということで、悠と共に大浴場でひと風呂浴びることにした。

 

 帝劇の大浴場は地下にあり、広さは悠の知る限り天城屋旅館の温泉並みの大きさだった。男二人だと結構広く感じるが、貸切風呂にいるみたいな雰囲気だったのでちょっとした贅沢を感じた。

 

「改めて見ると、大きい浴場ですね」

 

「ああ、普段この時間帯はさくらたちが使ってるが、まあ大丈夫だろう」

 

 良い湯加減で顔が火照っているせいなのか調子良く断言する神山だが、悠はどこかデジャヴを感じた。いつぞやか似たようなことがあった気がするのだが、そっとしておこう。

 

「で、どうだ鳴上? 帝劇の生活は」

 

「えっ?」

 

「君が入ってからここに慣れるのに右往左往してて聞けてなかったからな。で、どうだ?」

 

 改まってそう聞かれると色々あったので困る。しかし、風呂の湯気に当てられた故か、悠はここ一週間での帝劇での生活で自分の感じたことをありのまま話した。

 

 

 さくらたちに朝ごはんを美味しいと言ってもらえて嬉しかったことやアナスタシアにドキドキさせられる挨拶をされたこと。

 あざみに怪しい者とみなされて襲われそうになったたこと、迷子の子に手品を見せたら好評でそれを見に帝劇に来る子が多くなったこと。

 売店のこまちにブロマイドで花組のどの子が良いのかとニヤニヤと冷やかされたこと、司馬に内密で“蒸気天国”という雑誌を買ってきてくれと頼まれたことなど。

 

 

「令士のやつ、鳴上に何頼んでんだよ……」

 

「あはは……」

 

 実はその頼まれた雑誌は女性には見せられない男のオタカラだったので、本屋で買いに行った時は泡を食ったものだ。何とかカオルたちには見つからずに手渡したが、いつかバレそうで怖い。

 

「でも、何より……俺は神山さんだけじゃなくて、天宮さんや東雲さんにクラリスさん……神崎さんや司馬さんたちがこんな俺を受け入れてくれたことが一番嬉しかったです。ペルソナなんて、皆さんから見たら得体の知れない力を持つ俺なんて、正直気味が悪いと思われても仕方ないって思ってましたから」

 

 神山はふと悠が溢したこの言葉に反応してしまった。自身もまだ帝国華撃団に赴任して1年ぐらいだが、ここの人間全員が悠をそんな風に思わないことは断言できる。だから、そう気にすることはないと悠に伝えようとしたその時、

 

 

 

 

「る~るる~♪ら~ら~ら~ら~♪♪」

 

 

 

 

「「!!っ」」

 

 

 脱衣所から誰かの鼻歌が聞こえてきた。この声は間違いなく……さくらの声だ! 

 

「ま、まずいっ!! さくらが入ってくるぞ!」

 

「どうするんですかっ!?」

 

 このまま見つかってしまえばさくらに怒られてしまうし、悠はここ一週間で勝ち得た信頼を失ってしまう。何とかしなければと思った神山が下した選択は……

 

 

「とりあえず、さくらが出るまで湯船に潜るぞ!」

 

「えっ?」

 

 

 そう判断を下した神山は言うや否や悠の肩を無理やり掴んで共に湯船へ潜水した。突然湯船の中に入れられてびっくりした悠はあたふたしてしまうが、神山はジッとしていろとアイコンタクトを送ってきた。

 

「はあ、今日も疲れたなぁ。こういう時はやっぱりお風呂に浸かるのが一番」

 

 潜水した直後にさくらが浴場に入ってきた音が聞こえた。神山のアイコンタクトにより間一髪バレてないようだが、ここからはどれだけ息を止められるかが勝負だ。どれだけ耐えられるか不安だが、やるしかない。何故こんなことになったのかと疑問に思ったが、考えないことにした。

 

 

 何とか気づかれないようにと息を止めて無の状態を保っていると、ふとさくらのこんな声が聞こえてきた。

 

 

「鳴上くん、帝劇に馴染んでくれたかな?」

 

(???)

 

「きっと自分が皆とは違う力があるからって、避けられてるんじゃないかって思ってるかもしれないけど……私は別にそう思ってないなあ。むしろ誠十郎さんみたいに強くて勇気があって、お料理やお掃除も出来てとっても凄い人だと思うから、私が何か力になってあげられたらなあ」

 

 

 聞こえてくるさくらの言葉に悠は思わず心にジーンときてしまった。こんな状況で聞いているのが恥ずかしくなってきた。反対に神山は自分が伝えようとしたことを言われてしまったため、少し悔しそうに拳を握っていた。

 

「それにしても、鳴上くんの料理はあんなに美味しいんだろう? あっ、そう言えばこの間カレーライスに隠し味で林檎とか珈琲を入れたら良いって話を聞いたことあるけど……」

 

 悠の話から料理の話題に変わったようだが、段々と悠たちの呼吸にも限界が近づいてきた。既に人間が空気無しで耐えられる数分は経過しているので、そろそろまずい。そして、その時は急に訪れた。

 

「そうだ、今度鳴上くんに教えて貰おうっと。師匠が好きなオムライスとか知ってるかな?」

 

「知ってますよ。俺のオススメの味付けは醤油ベースですが」

 

「そうなんですか。流石鳴上くん……って、えっ?」

 

「あっ……」

 

「ぷはっ……! おい鳴上っ! 何やってるんだ! さくらにバレるだろっ! あっ……」

 

 

 

「「「………………」」」

 

 

 

 

「きゃああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 さくらの話に思わず入ってしまい湯船から出てしまった。悠に吊られて神山も出てしまいフリーズしてしまった。入浴中に裸の男二人と遭遇したため、さくらは羞恥で大きな悲鳴を上げる。

 

「なななななんで誠十郎さんがいるんですかっ!? それも鳴上くんまでっ!」

 

「お、落ち着いて下さいっ! これは事故と言いますか……」

 

「………………」

 

 咄嗟に桶で身体を隠すさくらに何とか説明しようと焦る悠とは対称に神山は何故かジーッとさくらを見たまま沈黙していた。

 

「って、神山さん!? 何黙ってるんですかっ!?」

 

「あ、ああ……すまない。さくらの裸がとても綺麗だなって思って」

 

「はあっ!?」

 

 意味深に黙っていると思ったらなんてことを考えてるんだ。さっき自分に良い言葉を掛けてくれた人はどこに行ったんだ。

 

 

 

「いいから……出てけええええええええええええええええええっ!! 

 

 

 

 その後、顔を限界まで真っ赤にしたさくらの雷が落ちて、2人はさくらに一時間も正座させられた上で説教された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、酷い目にあった……最悪だ…………」

 

 さくらの説教を受けたせいか、屋根裏部屋に戻った時にはクタクタになっていた。完全にあれは事故のはずなのだが、さくらは説教が終わった後もご立腹で話を聞いてくれる状態ではなかった。まあ好きでもない男性に裸を見られたのだから当然だろう。

 さくらが簡単に許してくれるとは思えないが、明日は彼女の好きなものをたくさん作って誠心誠意謝ろうと心に決めた。

 

「んっ?」

 

 さて、明日も仕事があるので早く床に就こうした時、ふと見ると屋根裏部屋の隅にブラウン管のテレビが置かれているのを発見した。何故こんなところにテレビが? それに、この時代にテレビってあったかなと疑問に思ったが、今日はとりあえず寝ようと悠はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 だが、悠は気づかなかった。悠が眠りについたと同時に、突如テレビの画面に明かりがついて砂嵐が映し出されたことを。そして、その映像は徐々に鮮明になっていき、どこかの景色が映し出されていたことを。

 

 

 

 

ーto be continuded



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#4「仲間となる日 2/2」

<銀座大通り>

 

「……さて、いよいよ次の実験と行くとしましょうか…………」

 

 人が多く行き交う帝都の銀座大通り。その一角のベンチに黒いフードを被った男はブツブツとそう言いながら新聞を読んでいた。一見すれば怪しい風貌なのだが、群衆に上手く溶け込めているの故か周囲はあまり気を留めていない。

 

「今まで実験から、帝国華撃団のように霊力が高い人間は霧による症状が出ないことは分かりました。彼らは今後の実験で利用する価値もあるでしょう。ですが、彼らを利用するには降魔だけでは戦力が足りません。やはり……彼には是非ともこちら側に来てもらうしかないでしょう」

 

 男は新聞から顔を上げると、懐から一枚の写真を取り出すと、そこに映る1人の青年を見つめて笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ…………」

 

 いつもの帝劇の業務に励んでいる最中、悠は頻りに溜息をもらしていた。

 昨夜の浴場でのハプニングがあってから、さくらは悠と神山に対して不機嫌な態度を取っていた。いつもなら美味しそうに食べている悠手製の朝食に対して感想を言わず、何か声を掛けても無視する一点張り。試しにとすみれから許可を取って、お菓子を作って振舞ってもてんでダメだった。

 

「鳴上、そう落ち込むなって。さくらだって鬼じゃないんだ、そのうち許してくれるさ」

 

「そうだと……良いんですけど」

 

 落ち込む悠を神山はそう励ましてくれたが、あまりそういう気分にはなれない。余談だが、お菓子に関してはさくら以外の花組は皆美味しそうに食べてくれた。特に花組の一人【望月あざみ】はおかわりが欲しいとねだってきてくれたことに関しては嬉しかったのだが、それとこれとは話が別である。

 

「お前らなぁ、あんなんでさくらが許してくれるわけねえだろ」

 

「初穂の言う通りよ。例え事故だったとしても、あなたとカミヤマが悪いわ」

 

 肩を落とす悠たちに花組の一人である初穂とアナスタシアはそう声を掛ける。普段勝気で姉御肌の彼女の言葉に男二人は大ダメージを受けた。

 

「そうなん……ですが……何か方法は……はっ! 謝罪が足りないなら、いっそのことスライディング土下座で……」

 

「アホなこと言ってねぇでさっさと仕事しろっての。そういや鳴上、カオルさんにおつかい頼まれてたの忘れてんだろ?」

 

「あっ……す、すみませんっ! 今すぐ行ってきます!!」

 

 忘れていた買い物をすぐに済まそうと悠は慌てて帝劇から出て行った。その姿を見届けた初穂とアナスタシアは深いため息を吐く。

 

「あいつも神山と同類だな。女心を分かっちゃいねえ」

 

「そうね……」

 

「えっ? 俺と同じってどういうこと?」

 

「「………………」」

 

 そういうところだよと表現するように2人は神山をキッと睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 頼まれた買い物を済ませて帝劇へ戻ろうとする帰り道、悠は物思いにふけながら帝都の街並みに感嘆していた。ここは自分の知る大正時代とは違うのは承知していたが、これほどまで賑わっているとは思わなかったのだ。

 

「こっちの稲羽はどうなってるんだろうな。機会があったら行ってみたいけど…………あれ?」

 

 その時、辺りの景色に異変を感じた。まるで靄がかかったように視界が曇り始めたのだ。昨夜雨が降ったとしても、こんな真っ昼間から発生するのかと疑問に思う。段々と靄が濃くなっていき視界も数十メートル先までは見えなくなってくる。

 

「まさか……!?」

 

 件の夢遊霧ではないかと気づいたときには遅かった。既に霧が広範囲に覆い、周囲の人たちに影響が及び始めた。悠は慌てて懐からめがねを取り出して耳に掛けると、すぐに近くで倒れた人たちの救護に当たる。

 

「大丈夫ですかっ!? しっかりしてください!!」

 

「う……ううう…………」

 

 大声で必死に呼びかけるが誰も上の空で反応しない。とにかくこの場から避難させようと辺りのいる人から連れ出そうとしたその時、目を疑うような出来事が起こった。

 

 

「ひっ……! く、来るな。……来るなあああああっ!!」

 

 

「??」

 

 突如近くで霧に苦しめられていた人間が何かを恐れるように発狂し始めたのだ。だが、それだけで終わらず発狂し始めたのも束の間、目が虚ろになり身体から黒いものが飛び出してきた。

 

「あ、あれは……シャドウっ!?」

 

 テレビの世界で何度も見て戦ったシャドウそのもの。だが、ここはテレビの世界ではないのに、人からシャドウが飛び出るなんて聞いたこともない。だが、驚いている間に周囲の人間からも続々とシャドウが飛び出してきた。シャドウたちは少しの間ウロウロしていたものの、何かを感知したのかまるで導かれるようにどこかへ移動し始めた。

 

 シャドウたちがどこへ向かうのか気になるところだが、今は市民の避難が最優先だと意識を切り替えて、まだ影響を受けていない人から避難させようと行動を開始する。だが、まるでタイミングを見計らったように見覚えのある魔方陣が展開された。そして、そこから先日戦ったばかりの降魔たちが出現した。

 

 

グオオオオオオオオオオオオオオッ!! 

 

 

「くそっ……こんな時に……!」

 

 どうやらこの霧を発生させた張本人はどうしてもこの人たちを霧から出させたくないようだ。そっちがその気なら力づくでいかせてもらう。悠は戦闘開始というように来ていた制服のボタンを全開にして、タロットカードを顕現する。

 

 

ーカッ!ー

「ペルソナ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<帝国華撃団 作戦司令室>

 

「皆さん、揃いましたね」

 

 一方、降魔と夢遊霧が出現した報告を受けて、帝国華撃団は帝劇の地下にある作戦司令室に集合していた。服装は霊視戦闘機用の隊服に着替えているので、緊急の事態だということが伺える。

 

「警告の通り銀座大通りで夢遊霧が発生しました。報告によると、多くの人たちが巻き込まれたようです」

 

「更に霧の中で降魔も出現しとる。一週間前と同じ状況やと思った方がええな」

 

 帝国華撃団風組のカオルとこまちがスラスラと状況を報告する中、さくらが恐る恐ると質問した。

 

「あの……本当なんですか……? 鳴上くんが巻き込まれたって」

 

「はい、間違いありません。発生した夢遊霧の中から鳴上くんのペルソナ反応が出ていますし、恐らく降魔と戦っているのでしょう。まさか彼が買い物に出かけたタイミングで現れるとは思いもよりませんでした……」

 

 偶発的な事態だが、悠に悪いタイミングで買い物を頼んでしまったことに責任を感じているのかカオルの表情は暗い。普段悠のことを毛嫌いしているとはいえ、万が一のことがあったらと心配しているようにも見えた。

 

「一刻も早く彼と市民を救出しなければなりません。直ちに現場へ向かいなさい。よろしく頼むわよ、神山くん」

 

「はいっ!」

 

 司令のすみれの指示に神山は大きな声で返した後に、こちらに視線を向けている花組の面々に顔を向ける。あれから結局あの霧への対抗策が見いだせず、未だにこちらに分が悪い状況であるが、絶対に悠と市民たちを救いだして見せる。その想いを胸に神山は目を見開いた。

 

 

 

「帝国華撃団花組、出動せよっ!!」

 

 

「「「「了解っ!!」」」」

 

 

 

 号令をかけ終えた花組一同は各々の霊視戦闘機に乗り込むためにその場を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<銀座大通り>

 

 

「ふむ……やはり彼は逸材だ。私より内なる心の力を使いこなしている」

 

 霧に覆われた現場付近でどこからか悠の戦闘を見物していた黒フードは笑みを浮かべながら称賛する。

 

「もう少し見物しておきたいところですが、どうやらお邪魔がきたようですね」

 

 

 

「そこまでです!」

 

 

 

「「「「帝国華撃団、参上!!」」」」

 

 

 

 少し遅れて到着した帝国華撃団花組。連絡を受けた銀座大通りに来てみると、そこは異様な雰囲気に包まれていた。

 

「こ、これは……!?」

 

「いつもの街並みだが、何か様子が……」

 

 いつもの銀座大通りと変わりないのだが、どこか雰囲気が違う。まるで銀座の建物一つ一つから禍々しい邪気のようなものが発せられている気がする。魔幻空間と似たような感覚だが、何かが違う。辺りはこれまでのように霧に覆われており視界が悪いようだが、全く見えない訳ではない。

 

「ひとまず先へ進もう。鳴上とここに囚われている人たちを救出するんだ」

 

「「「了解」」」

 

 神山の命令でさくらたちは行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 探索を始めてから数十分後、何人か一般人を発見したが、時は遅くすでに夢遊霧による昏睡状態にかかっていた。一体この魔幻空間を模したような場所で何が起こっているのかと考えを巡らせていたその時だった。

 

 

「ようこそ、帝国華撃団のみなさん」

 

 

「お前はっ!?」

 

 突然霧の中から黒いコートを羽織って、黒いフードで顔を隠している怪しい人物が現れた。神山たちは黒フードに警戒を強めるが、当人は慌てずおどけた調子で語りだした。

 

「いやいや、この空間ができてからそう時間も経っていないというのに……流石は帝都を守護するだけはある」

 

「お前、何者だ?」

 

「私ですか……? まあ、強いて言えばこの霧を発生させ者とでも言っておきましょうか。それよりも、私は貴方たちに話があってきたんです」

 

 フレンドリーに話しかけてきた黒フードだが、神山たちは警戒態勢を緩めない。この霧を発生させたと自供したこともあるが、雰囲気は違うがこの男から華撃団大戦の最中に敵対した【朧】と似たような気配を感じたからだ。

 

「おやおや……じゃあ、これを見て頂きますか」

 

 黒フードはやらやれと大袈裟に呆れるポーズを取ると、薄っすらと霧の奥から見えてきたものを指さした。

 

「何だ……これ……」

 

 霧の奥から現れたものが見えた途端、神山たちは凍り付いてしまった。そこには得体の知れない物体があった。否、物体というよりもゼリー状の何か。しかも金色に輝く目が二つあるところから生物と定義すべきかどうか分からないが、おぞましいものであるのは確かだった。

 

「ああ、これは人ですよ」

 

「人っ!?」

 

「人と言っても、正確にはこの霧の影響を受けた霊力の低い人間が精神に異常をきたして飛び出した負の部分が具現化したものです。我々はこれを影……西洋でいう“シャドウ”と呼んでいます」

 

 黒フードの説明に背筋が凍るような悪寒を神山たちは感じた。あんなおぞましいものが人間の中から出たものだとは思えなかった。まさか自分たちもあのようにあるのかという不安が華撃団に過る。だが、それと同時に一つ確信できたことがあった。

 

「まさか……お前らはこれが目的で……夢遊霧を発生させてるっていうのかっ!?」

 

「そうです。このシャドウには無限の可能性がありますからね。ああ、心配しなくてもあなた方のように霊視戦闘機を扱える霊力の高い人間はこのようになりませんよ。更に、我々のように内なる負の部分を制御できると、このように……」

 

 黒いフードはそう言うと、頭上からフッと赤く光るタロットカードを顕現した。そして、それを手元に引き寄せて砕くと、赤い輝きは激しさを増していき、気が付くと背後に得体の知れないものが召喚されていた。

 

「なっ!?」

 

「あれは……」

 

「鳴上と同じ……ペルソナっ!?」

 

 タロットカードを砕いてからの召喚。それは間違いなく悠が持っているペルソナだ。違う点を上げるとすれば、黒フードが顕現したカードは赤いこと。そして、あのペルソナから発せられている雰囲気が言葉には表せない程禍々しいということだろうか。

 

「彼が使う内なる心の力……ペルソナと言いましたか。我々と同じ力を持つ者として放っておけない訳ですよ。まあ要件と言うのは、あの少年をこちら側に引き入れたいということです。興味深い存在でもありますしね」

 

「あ、あなたたちは鳴上くんの何を知ってるんですか!?」

 

「ええ、先日知りましたよ。彼の正体については」

 

 黒いフードはそう言うと、脇から大きいボストンバッグを取り出した。一体何なのかとさくらたちは首を傾げたが、そのバッグに神山は見覚えがあった。

 

「それは、鳴上が持ってた鞄じゃないかっ!? もしや、貴様が盗んだのかっ!?」

 

「いえいえ、違いますよ。先日の実験の帰り際に珍しい鞄を持っている男がいましてね。興味深かったので、ちょいと拝借しただけです」

 

「泥棒のモンを泥棒するたあ、狡い野郎だなっ!!」

 

 初穂の突っかかりそうな勢いに黒フード大袈裟に仰け反るが、恐らく何とも思っていないだろう。その証拠にやれやれと悪びれずに会話を続けた。

 

「まあそう言われると痛いところですがね。ですが、彼の荷物を調べると、凄く興味深いことが分かったのですよ。彼は2012年……我々からすると約70年先の未来から来た人物であるということがね」

 

 まるで世間話をするような形で投下された爆弾発言に神山たちは言葉を失ってしまった。そんなこと信じられるわけがないと思っていることを察したのか、黒フードは証拠を示すように鞄から一枚の写真を取り出した。

 神山たちはこの時知る由もなかったが、それは悠が稲羽の事件が解決した後の夏休みで仲間たちと一緒に取った大切な集合写真だった。

 

「この写真を見て下さい。彼と同じ年頃の若者たちが如何にも青春を謳歌しているのが分かる写真じゃないですか。これに2012年と日付がされています。きっと何かのミスなんじゃないかと疑いましたが、今の技術では考えられないほど精密に印刷されていますし、こんな間違いがあるはずありませんしね」

 

 写真を元に告げられていく事実に神山たちはもはや受け入れるしかなかった。鳴上悠は未来から迷い込んだ人物である。そんなのは当然理解も納得も出来るはずないが、あの黒フードの言葉はどこか本当のことを言っていると気がした。

 

「見たところ、彼は不本意な形でこの時代に訪れたのでしょうね。故に、どんな理由にしろ彼は元の時代に帰りたがっていることでしょう。それなら、帝都を守るだけしか能がないあなた方より同じ能力を持っている僕らの方が元の時代に戻れる可能性があります。その可能性をこのシャドウたちが握っているのですからね」

 

 黒いフードは周りに漂うシャドウたちを指しながらそう言うが、その言葉一つ一つに神山は嫌悪感を抱いた。悠のことを想って言っているように聞こえるが、実際こいつは何とも思っていない。己の実験のために悠を利用しようとしている。絶対悠を渡すものかと言おうとした時だった。

 

 

「ぜ、絶対にあなたたちに鳴上を渡しませんっ!」

 

 

 開口一番にそう言い放ったのはさくらだった。昨夜のことがあってそう反応することがないと思っていたのか、さくらの行動に神山のみならず初穂たちも驚愕する。だが、黒フードは驚くことなく間を開けずに反論する。

 

「おやっ? 何故そんなことが言えるのですか。彼は正式な帝国華撃団の一員ではありませんよね?」

 

「そ、それは……」

 

「あなた達だって、私たちへの対抗策として彼を利用しようとしているのでしょう。それを考えれば、私も貴方たちも同じだと思いませんか?」

 

 黒いフードの言葉にさくらは押し黙ってしまう。結局自分たちも同じだと思ってしまったのだ。これにはさくらだけでなく神山たちも表情を強張らせてしまう。だが、さくらは意を決して思いの丈を晒し出すように叫んだ。

 

 

「鳴上くんが……鳴上くんが例え未来から来た人でも、私たちの大切な帝国華撃団の仲間なんですっ!! そんな鳴上くんをあなたには絶対に渡しませんっ!」

 

 

 さくらの心からの叫びが木霊したその時、

 

 

 

 

ドオオオオオオオオオオオオンッ!! 

 

 

 

 

 

 突如、何か落ちてきた衝撃でそこから土埃が発生した。見ると、それは地面に叩きつけられて戦闘不能になった降魔だった。

 

「……遅くなってすみません」

 

「鳴上くんっ!?」

 

 そして、その降魔の傍からフッと姿を現したのは背後に己のペルソナ【イザナギ】を携えた悠だった。顔や服が傷で汚れているのを見ると、自分たちが来るまでずっと降魔たちと戦っていたのを物語っている。

 

「ほほうっ! あの降魔の群れを一掃しましたか。ところで……」

 

「ああ、聞こえてたさ。今の天宮さんたちの会話、俺にも聞こえるように細工してただろ?」

 

「ふふふ……では、改めて問いましょう。鳴上悠くん、こちら側に来る気はありませんか?」

 

 悠の質問に回答せず、自分たちに従順するか否かを急かすように聞く黒フード。悠が何と答えるのかと神山たちは固唾を飲んで見守るが、悠の腹は当に決まっていた。

 

 

 

「俺は帝国華撃団の一員だ。だから、あなたを捕まえる」

 

 

 

 手に持つ刀を黒フードに向けて、悠は力強く宣言した。これは黒フードだけでなく固唾を飲んで見守っていた神山たちも驚愕した。

 

「ほう、我々と敵対すると言うのですか。こちら側に来た方が、あなたを元の時代に帰せるかもしれないのに?」

 

 黒フードは冷静を保って再びこちら側に誘うように語り掛けるが、悠の意思は固かった。

 

 

「確かにそうかもしれない。でも、俺はこの時代に迷い込んで困っていた時に神山さんたちに助けてもらったんだ。そして、約束した。あなた達が起こしている事件を解決するまで協力すると。俺は助けてもらった神山さんや神崎さんたちとの約束を放り出してまで、帰りたいとは思わないっ!」

 

 

 刀を構えて力強く恐れくことなく己の意思を示した悠。その勇ましい姿に神山たちは感嘆してしまった。そして同時に気づいた。この男は我らが帝国華撃団の隊長と同じ、熱く正義の心を身に宿した人物であると。

 

「それがあなたの答えですか……残念です」

 

 瞬間、黒フードの周囲から大きい魔方陣が展開され、そこから再び大型降魔が出現した。出現したと同時にすぐさま悠に襲い掛かるが、背後に控えていたイザナギが容易く倒した。だが、

 

 

「マガツツクヨミ」

 

 

 いつの間に黒フードが召喚していたペルソナがイザナギの間合いに入っていた。黒フードのペルソナ……【マガツツクヨミ】の手がイザナギを突き刺そうとしたその時、

 

 

「させるかああああっ!!」

 

 

 刹那、神速と称すべき速さでマガツツクヨミの懐に入った神山の霊視戦闘機“無限”の刃が炸裂する。間一髪でマガツツクヨミの手と無限の刃は火花を散らし、激しくせめぎ合う。

 

「ふむ……あの距離で防いできますか。華撃団大戦で拝見しましたが、これほどとは……では、これはどうでしょう?」

 

 黒フードはそう言うと、マガツツクヨミは更に攻撃を加えようともう片方の手にどす黒いエネルギーを集中させて神山に放とうとする。だが、次はイザナギの大剣がそれを防ぎ、ついにマガツツクヨミにカウンターを喰らわせることに成功した。怯んだ隙を見逃さず神山が追撃する。

 

 

「闇を切り裂く神速の刃……【縦横無尽】っ!!」

 

 

 告げられた通りまさに神速、目にも止まらぬ速さで次々と繰り出される斬撃にマガツツクヨミは耐えきらずに押し切られ、膝をついてしまう。そして、

 

 

ーカッ!ー

「イザナギっ!」

 

 

 間髪入れず神山が必殺技が炸裂した刹那、イザナギも続いて魔法でマガツツクヨミの頭上に落雷を落とした。

 

「ぐっ……よもやこれほどとは…………」

 

 ペルソナのダメージは召喚者にもフィードバックする。マガツツクヨミのダメージを身を持って受けているのか相当苦しそうなのが見受けられる。

 

「動かないで下さいっ!!」

 

「色々話を聞かせてもらうわよ」

 

 黒フードの周りを既にさくらたちの霊視戦闘機が包囲していた。これで逃げられない。だが、

 

 

「……くく、私はそう簡単に捕まりませんよ」

 

 

 黒フードは不気味な笑みを浮かべてそう言った途端、黒フードの周りに禍々しい魔方陣が展開され、何かを察したさくらたちは大きく後退する。その感が正しかったのか、すぐに魔方陣から多数の大型降魔が出現した。これでは流石にさくらたちと言えども手は出せない。

 

「今回はここで退かせてもらいますか。どちらにしろ良いデータは取れましたし、最後に我らのことを紹介しておきましょうか」

 

 黒フードは更に魔方陣を己の真下に召喚させて仰々しく両手を広げると、歌劇の終幕と言うように高らかに声を上げた。

 

 

 

「我らの名は【禍津日(まがつひ)】。またお会いしましょう、帝国華撃団」

 

 

 

 黒フードはそう言うと霧に紛れて姿を消した。そして、それと同じく辺りを覆っていた夢遊霧は晴れて、元の帝都の光景に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 黒フードが去ってから数分後、周囲に降魔の気配はなかった。それを確認した神山たちは一旦霊視戦闘機から地上へと降りる。

 

「鳴上くんっ!」

 

 戦闘が終わったも束の間、霊視戦闘機から降りたさくらたちは一目散に悠の元へ駆け寄った。

 

「大丈夫でしたか!? どこかケガとかは?」

 

「ありがとうございます。でも、シャドウにされた人たちは……」

 

 思わず先ほどまで霧に包まれていた場所を見て落ち込んでしまった。それから自分の手を改めて見ると、目の前でシャドウになって廃人化してしまった人たちを思い返してしまい、助けられたなかった悔しさで震えてしまう。

 だが、そんな悠を見て何を思ったのか、励ますように背中からバンっと衝撃が与えた。

 

「鳴上、お前は独りじゃない。俺たちは、仲間だ!」

 

「……!」

 

「俺たちだって悔しいさ。でも、これで終わったわけじゃない。またあいつらが夢遊霧で人から影とやらを奪おうとするだろう。だから、今度こそ俺たちで阻止しようっ! 俺たちなら出来るっ!」

 

 神山の熱い言葉に悠は心を揺さぶられた。そして、さくらたちも同じなのか神山に続いて悠に己の想いを打ち明ける。

 

「そうですよ。鳴上くんは私たちにとって大切な隊員なんですっ! お料理も上手だし、色々教えて貰いたいこともあるんですからっ!!」

 

「私もです! 未来から来たって、これからの脚本づくりの参考にもなりそうですし……」

 

「ったく、未来から来たって事情があるんだったら最初から言っとけよ。あたしは別にそんなんで、お前を色眼鏡でみりゃしねえよ」

 

「そうね、私も皆に隠していた秘密はあったわ。それを考えたら、私たちは気が合うかもしれないわね」

 

「誠十郎たちがそう言うなら、あざみも異論はない。またお菓子を作ってほしい……」

 

 さくらやクラリス、初穂にアナスタシア、そしてあざみからの言葉を受けて悠の心が温かさで包まれる感覚がした。すると、神山は改まった表情で悠に手を差し伸べた。

 

「鳴上、改めて頼む。俺たちと一緒に【禍津日(まがつひ)】を倒すぞ!」

 

「……はいっ!」

 

 神山からその言葉を受けた悠は差し出された手をぎゅっと握り返した。

 

 

 

────帝国華撃団との絆が一段深まった気がする……

 

 

 

「っと、いけない。誠十郎さん、戦闘が無事終わった事を祝してアレをやりましょう」

 

「あれ……?」

 

「そうだな、まだ鳴上に教えてなかったが……」

 

 話を聞くと、何でも帝国華撃団は戦闘が無事終了した際にするお約束の儀式みたいなものらしい。話を聞いてそういうひと昔前のアニメのヒーローみたいなことをやってみたいと思った悠は是非ともとノリノリでやる気になった。

 

 

「じゃあ、いくぞ。勝利のポーズっ!」

 

 

 

「「「「「「決めっ!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふう、とんだめに遭いましたね……歩くのが……これほど辛いとは……」

 

 

 帝国華撃団との戦いから逃げた黒フードは薄暗い裏道をフラフラと歩いていた。悠と神山から受けたダメージが未だ残っており、回復に時間がかかっている。この事態は流石に予定外だった。

 

「まさか、()()()()の力しか出してない状態でこれとは…………まあ、更なる楽しみが出来たと思っておきましょう……くくくくく……」

 

 口から出る言葉を裏付けるように黒フードの口元には不気味な笑みがあった。組織の目的とは別に、新たな楽しみができた。あの者たちを次はどう転がしてやろうかと考えながら、黒フードは暗闇に消えていった。

 

 

ーto be continuded




次回予告

改めて帝国華撃団の一員となってくれた鳴上くん。
私、同世代の男友達って初めてだから、ちょっと新鮮だなぁ。
そう言えば鳴上くんから見て、私ってどんな風に見えるんだろう?
あれ? あの帽子の女の子って……

次回、Persona4 THE NEW SAKURA WARS
【乙女の浪漫】
太正桜に浪漫の嵐!

この紙に書いてあるのって…詩?


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#5「乙女の浪漫 1/2」

約一か月半くらいぶりの更新です。

中々更新できずに申し訳なかったです。それにも関わらず、いつの間にかお気に入り登録してくれた人が100人に達していたので、驚いています。

これからも不定期の更新になると思いますが、よろしくお願いします。

追伸
活動報告で他作品のアンケートを実施中です。時間があれば、そちらも方もお願いします。


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 かあかあとカラスたちのかん高い鳴き声が不気味に鳴り響く。そんな不気味という言葉が表現される薄暗く人一人近寄らないような場所にその者たちはいた。

 

「それで、かの者をこちら側へ引き込むのは出来なかったと?」

 

「はい。面目ございません」

 

 薄暗いどこかも知れない大広間。そこの中心にて、黒いフードを被った男2人がそんなやり取りをしていた。膝をついている1人の男は申し訳なさそうに謝罪しているが、声色には全く反省が感じられない。もう一人の男もそれを察したのか溜息を一つ吐いて話を進めた。

 

「まあいい。それで、かの者と対峙してみてどうだった?」

 

「ええ、思っていた通り彼は私と同じでした。無から生まれて何ものにも染まり、何ものにもなり得る者。ですが、彼は既に至る所に至っている。確実に私たちの障害と成るでしょう」

 

「………………」

 

 あっけらかんとした報告を聞いた男は思わず黙り込んでしまった。だが、目の前にいる者の言葉には嘘は感じられなかった。それほどまでにあの未来から来たという少年【鳴上悠】は自分たちの脅威であるということなのだ。予想していたとはいえ、こうもハッキリと告げられては認めざる負えない。

 しばらく冷たい沈黙が辺りを包んだが、ふうと息を吐いた音と共に男は沈黙を破った。

 

「……よく分かった。本当なら我々の障害になる者は早々に始末したいところ。だが、あの方の仰せの通り我々の計画にその者は必要だ。しかし、お主の話を聞いて少し試したくなった」

 

「という事は……?」

 

 男はその問いに何も答えずに踵を返すと、指をパチンと鳴らした。瞬時、男の目の前にまた違った黒いフードを被った人物が現れた。その者を見据えて、男は重々しい口調で告げた。

 

 

 

「ジライヤ、帝国華撃団の隊員を1人暗殺しろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 聞き覚えのあるメロディーが聞こえて目を開けると目の前にあの光景が広がっていた。全てが群青色に彩られたリムジンの車内を模した不思議な空間。そう、ここは【ベルベットルーム】。

 

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 

 証拠に向かいにはここの主を名乗る奇怪な老人【イゴール】とその従者を名乗る【マーガレット】が鎮座していた。イゴールがお決まりのセリフを言い終わると、マーガレットが手に持っているペルソナ全書を開いてこう言った。

 

「先日はお疲れ様でした。お客様はかの者たちと共に戦ったことで絆を深め、新たに一つアルカナを手にしたご様子。そのアルカナの名は【魔術師】」

 

 ペルソナ全書から顕現されたのは文字通り【魔術師】のアルカナが描かれたタロットカード。そのページには悠と【魔術師】のアルカナを手にするキッカケとなった神山誠十郎とのこれまでのやり取りが映像で流れていた。イゴールは目を開いてカードを見つめたと思うと、次第にニヤリと笑った。

 

「フフフ……素晴らしい。お客様はどの世界に身を置いても、惜しみなくご自身のお力を発揮しておられる。しかし、この先も幾多ほどの試練が貴方様を待ち受けていることでしょう。さてさて、この世界で貴方様がどのような絆を育むのか……楽しみですな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鳴上くん、起きて下さい」

 

 

 

 誰かの声がする。だが、まだ眠気が残っているし、身体も少しだるいのでもう少し寝かせてもらいたい。

 

 

 

「鳴上、起きろ」

 

 

 

 また別の誰かの声がする。だから、もう少し寝かせて

 

 

 

 

「「鳴上(くん)っ!!」」

 

 

 

 

 刹那、大音量の叫び声が鼓膜を盛大に響かせる。びっくりして飛び上がると、そこに男女一組がやっとかと言わんばかりに溜息をつく姿が見受けられた。1人は帝国華撃団花組隊長【神山誠十郎】、もう一人は同じく帝国華撃団花組隊員の【天宮さくら】だった。

 

「やっと起きましたね。鳴上くん、もう朝ごはんの時間は過ぎてますよ」

 

「えっ?」

 

 しかめっ面で告げるさくらの言葉に慌てて時間を見てみると、時刻は既にいつも起きている時刻を超えていた。

 

「……寝坊だ……」

 

「まあ、昨日あんなことがあったから無理もないか……」

 

 寝坊したことに青ざめる悠の表情に苦笑いしながら、神山は頭を掻いてそう言った。

 あんなことというのは昨日の戦闘のことだろう。

 明らかになった新たな敵の組織名は【禍津日】。何らかの目的のために夢遊霧を発生させ人間からシャドウと呼ばれる何かを集めている。それに、その組織の人間の一人は悠と同じペルソナを使役していた。どんな奴にしろ、同じペルソナを持つ者としてこの事態は看過できない。

 

「さっ、もうそんな難しそうな顔しないで着替えて下さい。すみれさんが呼んでますよ。随分待たせてるから、もうカンカンになってるかもしれませんね」

 

 昨日のことを思い出して思い詰めていると、さくらがさらっと怖いことを宣いつつ、手早く悠を布団から起こして傍に用意していた着替えを渡してくれた。

 

「それより、鳴上の部屋に置いてあるあの箱みたいなのに、何か眼鏡がたくさん置いてあるんだが……あれは何なんだ?」

 

 神山が屋根裏部屋で何か見つけたのか、発見した物を悠に見せてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「昨夜はよく眠れたようですね」

 

「はあ……」

 

 支配人室に入って早々すみれとそんなやり取りが始まった。ニコニコと笑みを浮かべているのに目が全く笑っていないところから察すると相当お冠のようだ。そんなすみれに慄きつつも、悠は昨日のやり取りを思い出した。

 

 あの戦闘が終わってから司令官に呼び出されて、カオルに深々と謝罪された。未来から(正確には全く別の世界線から)来た事情についても少し聞かれたが、すみれは何かを察したのか深く追及はしなかった。

 

「それで、何ですか? この眼鏡の数々は」

 

 回想から現実に戻って早々、すみれは自身の机に置かれている複数の眼鏡のことに言及した。確かに端から見れば何のことか分からない奇妙な光景に悠は改めて説明した。

 

「今朝俺の部屋に置いてあって。よく見たら、この眼鏡は俺が戦闘に使ってるものと同じだったんです」

 

 悠の言葉にすみれは一瞬言っている意味が分からなかった。だが、これまでの悠の戦闘する時の姿を思い出したのか、確認のために聞いてみた。

 

「そう言えば、あなたは霧の中でペルソナを召喚する際は眼鏡を掛けていたわね。もしかして、その眼鏡を掛けることによって何か変化があるのかしら?」

 

「はい、これは掛けることによって、あの霧の中でも視界がよく見えるようになったり、霧の中で感じる身体の負担も減ったりするんです。神山さんたちの分もあるので、もしかしたら今後の霧での戦闘がやりやすくなるかもしれません」

 

 告げられた事実にすみれは今度こそ驚愕した。今朝屋根裏部屋にあった眼鏡の数は6つ。ちょうど帝国華撃団花組の隊員と同じ数だ。これから【禍津日】と戦うにあたって夢遊霧が発生しても、この眼鏡をかければ今まで通りの性能で戦闘ができるという訳だ。

 

「ふふふ、やっぱり貴方をここに迎えて正解だったわ。早速この眼鏡を司馬くんや神崎重工の開発部に回しましょう。量産出来れば一般人にも普及できるし、夢遊霧による被害も格段に下がるでしょう」

 

 昨今の夢遊霧への対策がままならずに頭を悩ませていた案件が思わぬところで解決できるかもしれない。そのことにお冠だったすみれの表情が一気に和らいだ。早速傍に控えていたカオルにあれこれ指示を出して、机に置かれた眼鏡を渡す。指示を受けてカオルが支配人室から退室したのを確認すると、すみれは改めて悠の顔を見た。

 

 

「あなたにはこれからも期待しているわ。今後ともよろしくね」

 

 

────すみれから期待と信頼を感じる。

 

 

 その後、少し時間寝坊したことについてきっちりと叱られてから支配人室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「舞台……ですか?」

 

「ああ、今度の公演についてなんだが……」

 

 ところ変わって帝劇内にある食堂。遅めの朝食を取っていた悠は神山からそんな話を聞いていた。

 

「昨今の夢遊霧による被害者が増加していることで帝都の不安が膨れ上がっている。だから、この不安を払拭するために帝都の人たちを元気づけられる演目を披露しようってすみれさんが提案したんだ」

 

「なるほど……」

 

 帝国華撃団は帝都の防衛をしている傍ら歌劇団としても活動している。昨今は夢遊霧の対応に追われて公演ができなかったが、現状対策が追い付きそうになったことを受けて、再び公演を再開することになったそうだ。その演目は出来れば今の状況下に置かれて不安に駆られる人々に少しでも元気と勇気を与えられるものにしたいということらしい。

 

「今クラリスがその脚本を書いているようなんだが、中々進んでないらしい。もし何かあったら協力して上げてくれ」

 

「分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

「といってもな……」

 

 食事を終えて通常業務に戻った悠は帝劇のエントランスホールを掃除しながら考えにふけっていた。

 八十神高校では演劇部にも所属していたものの、あれは学生レベルの話であってこの帝国劇場のようなプロが並ぶほどのものには程遠い。そんな自分がプロの脚本の制作に関わるなんてお門違いも良いところではないかと思うのだが、神山に頼まれてはやるしかないだろう。

 

 

「くそおおっ!! また出やがったかああっ!!」

 

「初穂、うるさい」

 

 

 ふと思い悩んでいると、近くのサロンでくつろいでいたらしい初穂とあざみの声がしてくる。初穂は何やら新聞を憎々し気に見つめているようだが、何があったのだろうか? 

 

「どうしたんですか?」

 

「どうしたもこうしたもねえ! まあた現れやがったんだよ! 白マントがなあ!」

 

「白マント?」

 

「……悠は帝都に来て日が浅いから、知らないもの無理はない」

 

 興奮する初穂に代わって、傍でクナイの手入れをしていたあざみが教えてくれた。

 白マントとは最近帝都を騒がせている怪盗のことらしく、ある時は悪徳高利貸しを懲らしめ、ある時は権力を盾に悪事を働く軍人に鉄槌を下す。その善行もさることながら誰も正体を見たことがないという神出鬼没。まさに義賊ともてはやされている人物なのだそうだ。

 

「別に東雲さんが怒るようなことはしてないように思えますけど」

 

「そうだ、最初はあたいもそう思ったさ。でも! 奴さんはついにやりやがったんだよ!! 子供の誘拐をなっ!!」

 

「へっ?」

 

 突きつけられた新聞を見てみると、確かに初穂の言う通りのことが記事に書いてあった。白昼堂々と子供を攫って姿を消した白マント。だが、警察に被害届はされておらず捜査は進んでないとのこと。

 

「ああっ! 腹立つ~!! 私がその場にいたらめっためたにぶん殴ってとっ捕まえてやるのによおっ!」

 

 新聞をぐしゃぐしゃにしながら荒れに荒れる初穂。余程今回の白マントの悪行が許せないらしい。まあ言いたいことも分かるが、少し気になることもある。

 

「でも、子供が誘拐されたのに何で被害届が出てないんだ?」

 

「それは、確かに不自然。あざみもそう思った。あと、そっちの記事には夢遊霧のことも取り上げられてる」

 

 ぐしゃぐしゃになった新聞を広げてあざみが示すその記事には、確かに先日の夢遊霧のことも書いてあった。やはりというべきか、夢遊霧による患者が急増している昨今、今度は自分ではないかと不安がる人も多いようだ。一刻も早くこの事態を解決しなければ帝都に住む人々が安心して暮らせない。

 

「悠……難しい顔してる」

 

「えっ?」

 

「こういう時はお饅頭を食べるのが一番。ということで悠、みかづきにお饅頭を買いに行くのに付き合ってほしい」

 

「わ、分かった」

 

 興奮して手が付けられない初穂を放置して、悠はあざみについていく形であざみの行きつけの和菓子屋に行った。どうやら新聞に記事を見て表情が険しくなった悠をあざみなりに気遣ってくれたらしい。気遣ってくれた割には饅頭代は全て悠持ちということになったが、そっとしておくことにした。

 

 それからは特にこれと言った出来事はなく一日が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後……

 

 あれから何事もなく淡々と仕事をこなして同じ日を過ごした。という訳ではなかった。

 

「神山さん・さくらさん・鳴上くん、この物語どう思いますか?」

 

 昨日からこのようにクラリスは脚本についての意見を神山とさくら、悠の3人に尋ねていた。

 

「ほう、これは……」

 

「クラリスさん、この物語って英雄譚ですよね?」

 

「はい! 昨今の夢遊霧の影響で皆さんが不安と恐怖で暗い気持ちになってると思います。その状況で帝都の皆さんに元気になってもらうには、民衆を勇気づけてくれる英雄の物語が一番だと思って」

 

「なるほど…」

 

「良いね!英雄譚!!ここの英雄様が囚われたお姫様を助けるシーンなんて、乙女の浪漫って感じで」

 

 クラリスがあらかた描いた物語にさくらはとてもお気に召したらしい。お姫様のくだりを見ながらチラッと神山を見ている辺り、そういうことなのだろう。

 

「うーん……でも、自分でも何か足りない気がしてて……もう少し何か参考になるものが欲しくて…」

 

「じゃあ、今から」

 

「ええ、俺はこの後仕事はないんで」

 

「あっ、そう言えば俺はこれから令士のところに行く時間だ。あとは3人で考えてくれるか?」

 

 かくして、整備士の司馬に用事のある神山を除いた悠とさくらはクラリスの脚本づくりに協力するため一緒に帝劇を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鳴上くんはどんな本を読んでるんですか?」

 

「そうですね。俺は小説とか読みますよ。”弱虫先生”とか」

 

「弱虫先生?」

 

「ええっと、その話の内容はですね…」

 

 道中、そんな他愛ない話で盛り上がる3人。さくらはともかく、ここ最近はクラリスも悠に対して、とても友好的だった。というのも、クラリスは悠の境遇を知ってから親近感を持っていたのだ。

 今は神山のお陰でそうでもないものの、一族が代々研究してきた『重魔導』の力をクラリス自身は忌み嫌って、その力を皆に見せることを恐れていた。悠もこの世界に迷い込んできた際はペルソナというクラリスたちにとって未知の力によって神山やクラリスたちが自分を化物だと恐れるのではないかと思っていた。

 同じような思いを抱いていたことを本人の口から聞いたことで、クラリスはそれから悠を気に掛けるようになった。かつて自分が神山にしてもらったように、自分も同じ想いを抱いた者として何か悠にできることはないかと。

 

 

 クラリスが贔屓にしているという本屋に辿り着くと、3人は参考になりそうな英雄譚の本を探し始めた。あれはどうか、これはどうかと探して見るが中々参考になりそうなものは見つからない。今回の題材が英雄譚で、それ関連のものになると少し外の空気を吸おうとさくらとクラリスは一旦店の外に出た。

 

「あれ? あの女の子は……」

 

「クラリス、どうかしたの? あっ……」

 

 誰かの視線を感じて見てみると、そこにはこの帝都ではあまり見かけない恰好をした少女がこちらを、正確には悠にじ~とした視線を向けていた。その少女はさくらとクラリスの視線に気づいたのか、慌ててその場から離れた。一体どうしたのだろうと少女の行動に疑問を感じた2人はその場へ向かう。

 先ほどまで少女がいた場所に着くと、既に少女の姿はどこにも見えなかった。どこに行ったのかと辺りを見渡そうとすると、さくらの足元に何か便箋のようなものが落ちていた。

 

「あれ? これって……あの子が落としたものでしょうか?」

 

「何か書いてますね。これって、詩?」

 

 拾い上げた一枚の便箋に何か詩のようなものが書いてあった。もしやと思い、2人は失礼だと思いつつも便箋に書かれた文字に目を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『堕天使の詩』

 

堕天使は煉獄に降り立った

 

片翼を引きずり 無慈悲な嘘にまみれて

只管に無垢であらんとする

彼女の名を知っているかい?

 

彼女は偽の優しさと

仮面の嗤いの中で

絶望のうちに息絶えるのだろうか―――

 

————否!

 

掲げた灯火を受け継ぐ者が

ひとり、またひとりと――――

立ち上がる――――

 

嘆きの詩を捧げよ!

それは咆哮となり

汚れた大地を震わすだろう!

 

やがて漆黒の彼方から

審判の刻が訪れる――――

 

(Here comes the judgement time)

 

現れくるのは――――新世界――――

 

 

虚栄を砕き 終焉を統べる彼女の名を

その口で喚ぶかいい!

 

そう、その名は――――

 

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

 

 メモに書かれていた詩を読み終えたさくらとクラリスは開いた口が塞がらなかった。何だ、この読んでいるだけで痛々しさを感じられる文章の数々は。一応続きがあるようなので、気になって次の文章を読もうとしたその時、

 

 

 

 

 

「のあああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 

 

 

 どこからか女性のかん高い悲鳴が上がった。誰かと思って顔を上げてみると、いつの間にかさっきの少女が目の前に現れて、さくらが手に持つ便箋をひったくった。

 

「君たち! 読んだ!? 読んだよね!!」

 

「「…………(コク)」

 

「なっ!? ななななななんで見んの! てか、何で落ちてんの!? ううううううううううう………バカキライサイテー!何で悠じゃないの!?悠のバカアアアアアアアア!!」

 

 詩の内容を読まれたのが相当恥ずかしかったのか、大勢の人が見ているにも関わらず絶叫して悶えまくる少女。あまりに奇妙な光景にさくらたちのみならず、周囲の人たちも唖然としている。

 だが、途端に喚くのを止めたと思いきや、

 

「あ、あとっ! 君たち! これ、悠に渡しといて!」

 

「えっ?」

 

「いい? 絶対無くすなって言っといて! 絶対だからね!! じゃあ!」

 

 一方的に強い口調で手に持っていた腕輪を押し付けると、少女はそのまま明後日の方向に走り去っていった。

 

「い、一体……何だったんだろう?」

 

「さあ? それで、今あの人に渡されたものは」

 

「ええっと……こ、これってっ!?」

 

 強引に渡されたものは何だったのだろうかと見てみると、その手には漆黒の鞘に納められた日本刀があった。試しに鞘を抜いてみると、見事なまでに銀色に光り輝く刃が現れた。実家の父が刀鍛冶をやっていて幼い頃から父の打っていたものを見てきた程度だが、相当な業物であると目で分かる。

 

「これを鳴上くんにって……あの人、鳴上くんの知り合いなんでしょうか?」

 

「さあ?」

 

 悠を知っているということは、もしかしてあの少女も悠の世界から来た人物なのだろうか。それはそれとしても、何故渡すものが刀なのだろうか。

 

 

「【天宮さくら】……帝国華撃団花組」

 

 

「!!」

 

 

「【クラリッサ・スノーフレーク】……同じく帝国華撃団花組」

 

 

「!!」

 

 

 誰かに声を掛けられた。今の少女とは違う、冷たくて悪寒を感じる男性の声。振り返ると、そこには黒装束に身を包んだ不気味な男が立っていた。

 

「だ……誰?」

 

 

 

「…………死ね」

 

 

 

 その者はさくらの問いに答えることなく、いきなり襲い掛かってきた。

 

ーto be continuded



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#6「乙女の浪漫 2/2」

またまた約一か月半くらいぶりの更新です。

中々更新できずに申し訳なかったです。
感想の中にご指摘の言葉がありましてお答えしますと、第一話に使った”ロータリー”という言葉は完全に自分が勝手に思った造語でそんな言葉はありませんでしたので、文章を変更しました。ご指摘本当にありがとうございました。

これからも不定期の更新になると思いますが、よろしくお願いします。


「…………死ね」

 

 

 男の声色に悪寒を感じて反応が遅れてしまったさくらは即座に間合いに入られて、男の持つ刃がさくらの身体に突き刺ささろうとした。

 

「くっ……」

 

 だが、その直前に男の顔面に何かが直撃する。見ると、男の顔面に飛んできたのは傍にある書店の本で、誰かが勢いで投げてきたらしい。何とか男が怯んだその隙を突いてさくらたちは大きく男から後退した。

 

「天宮さん、借ります」

 

「えっ? な、鳴上くんっ!?」

 

 またも突然だった。いきなり現れた悠がさくらが手に持っていた日本刀を颯爽と取ると、鞘から抜刀。そして黒フードに斬りかかる。だが、相手も反撃と言わんばかりに手にしていた短刀で悠に斬りかかった。

 

 

 

―!!―

 

 

 

 ぶつかり合う両者の刃。克ちあったのも束の間、互いに瞬時に間合いを取った。

 

「ちっ……」

 

「お前、何者だっ!」

 

 残身を取って睨み合う両者。さくらもすかさず自身の刀を鞘から抜いて悠の隣に並んで対峙する。クラリスも魔導書を手にして攻撃態勢に入っていた。

 

「……我らは【禍津日】……命令された、帝国華撃団の一人を殺せと」

 

「!!っ」

 

「だから、お前の命も貰うぜ!!」

 

 刹那、虚を突いて放たれたクナイに悠は反応出来なかった。クナイは真っすぐに悠の身体へ一直線に向かう。

 

 

「……させない!」

 

 

 だが、寸でのところでさくらが反応してクナイを弾いた。そして、相手が呆気に取られた隙を狙ってクラリスが重魔導を発動。目にも止まらぬ速さで放たれた重魔導の弾丸が黒フードを撃ち抜いた。

 しかし、相手も寸で受け止めたものの、その衝撃の反動で黒フードが勢いよく飛ばされ、その者の顔が露わになる。

 

「お、お前はっ!?」

 

 露わになった黒フードの素顔に悠は衝撃を隠せなかった。その顔は自分がよく知っている。

 

 

 

「陽介……()()なのか!?」

 

 

 

 茶髪に端正な顔つき、何より何度も見たトレードマークというべき首にかけたヘッドフォン。その容姿は間違いなくかけがえのない相棒【花村陽介】と瓜二つだった。それが冷静だった悠の心をかき乱す。

 何故、どうしてお前がそこにいる? 何故お前が俺と戦っている? 何故さくらさんとクラリスさんを殺そうとした? と悠の心はパニックを起こしていた。

 

「ああ? 誰だよ、ようすけって。俺はジライヤだ」

 

 当人はそう言っているが、悠にとってその顔・その声は紛れもない相棒のものだ。

 

「鳴上くん、もしかして……この人を知ってるんですか?」

 

 顔見知りなのか自分たちより衝撃を受けている悠にさくらはそう問いかけるが、何かが違う。容姿や声色は陽介のものであるが、陽介ではない。この感覚にどこか覚えがる。

 

「お前は……まさか」

 

「ったく、しゃらくせー!! せっかく奇襲でサクッとそいつらを暗殺するはずだったのによぉ! お前のせいで台無しだ!」

 

 

 陽介の姿を模した黒フードの男……ジライヤは忌々しそうにそう喚くと懐から一枚のカードを取り出した。

 

 

 

 

「だから、気晴らしに街を壊してもいいよなぁ?」

 

 

 

 そして忌々しそうな表情から一変、にやけた不気味な笑みを浮かべたと同時に手に持ったカードを握りつぶした。すると、突如街のあちこちから何時ぞやの魔方陣が展開され、そこから多数の降魔たちが出現した。

 

 

 

 

Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!! 

 

 

 

 

「こ、降魔!? こんなに多く……!」

 

 突然の多数の降魔が辺りに出現したことにさくらたちはうろたえてしまった。

 

「まずいですよ。霊視戦闘機が無い状態で降魔に戦うのは無謀過ぎます」

 

「それに、こういうのは不謹慎かもしれませんが、夢遊霧が発生していないのでは鳴上くんのペルソナも……」

 

「………………」

 

 さくらは以前このような状況に遭遇したことはあるが、その時は華撃団大戦の真っ只中だったため、他の華撃団が出動して事なきを得た。だが、今この帝都に華撃団は自分たちだけ。更に今自分たちは霊視戦闘機はあらず、仮にこの事態に本部が気づいて出動しようにも、その前に街に被害が出てしまう。一体どうすればいいのか……

 

 

 

 

 

 

 さくらとクラリスがあまりの出来事に絶望している最中、悠はどこか確信を持っていた。

 この世界に迷い込んでからおかしいとは思っていた、否直感していた。この世界は自分がいた世界よりペルソナを召喚するのに適している環境にある。にも関わらず、あの霧が発生してない限りペルソナを召喚出来なかった。

 それは何故か……おそらく何かキッカケが必要だったのだ。自分の力は【ワイルド】。誰かと繋がりを築くことで発揮される類まれなる力。

 つまり、現在神山と一つの絆を築いた自分ならできるはず。滑稽な空言だと自分でも思うが、今この絶望的な状況を打開するには自分のペルソナしかない。

 

「やるしかない……」

 

 悠は覚悟を決めたかのように掌を空へかざした。すると、驚くべきことに掌からペルソナを召喚するタロットカードを顕現した。

 

「鳴上くん! それは……」

 

 

 

 

―カッ!―

「ペルソナ!!」

 

 

 

 

 技名を叫ぶようにカードを砕く。そして、その叫びに答えるように青白い光と魔方陣と共に、悠のペルソナ【イザナギ】が召喚された。同時に出現したイザナギを敵判定した一体の降魔が襲い掛かるが、イザナギは手に持つ大剣であっさり斬り捨てた。

 一方、夢遊霧が発生していない状態にも関わらず、ペルソナを召喚してみせた悠にさくらとクラリスは驚愕したが、状況はそれすら許してくれない。

 

「天宮さん・クラリスさん! 俺がペルソナで降魔を引き受けます! 2人はあいつを倒して下さい!」

 

 

「「!!っ」」

 

 

 悠の指示に状況を読み込めず半ば混乱状態にあったさくらとクラリスは我に返った。どんな経緯であれ、悠がペルソナを召喚したことにより状況は好転した。降魔たちは悠のペルソナで対処して貰えば、自分たちはあのジライヤと名乗る黒フードに専念できる。

 この好機を逃がしてなるものかと、2人は悠の 咤激励に感謝して黒フードとの戦闘に身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっはあ! 霧がないのに内なる力を発揮しやがったか! やっぱあの野郎の言ってたとおりだな」

 

 予想だにしてなかった内なる力……ペルソナの召喚にジライヤは歓喜した。やはりあの男の言っていた通り、あの少年はこの地を守護する帝国華撃団より面白い、もとい厄介な相手だと認識する。

 

「随分と余裕ですね」

 

「私たち相手でも楽勝だと思ってるんですか?」

 

 と、自分に対峙するターゲットだった少女2人は高笑いするジライヤを忌み嫌うように武器を構えているが、以前として彼の表情に余裕が溢れていた。

 

「はっ、あったりまえだろ? 霊視戦闘機を持ってないお前らを倒すのなんて、俺にとっちゃ朝飯前なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────数が多すぎる…!

 

 

 次々と出現する降魔をイザナギが大剣を持って斬り捨てていく。時に雷の魔法で殲滅していくが、如何せん数が多い。更に街に被害が出ないようにと慎重に戦わなければならない。この世界での初戦闘の際は意識していなかったが、テレビの世界より戦いづらい状況にあるのだと再認識した。

 それに、あのジライヤと名乗る陽介に似た黒フードの方も気になる。さくらとクラリスが戦っているとはいえ、どうも嫌な予感がする。2人の強さを疑っている訳ではないが、そんな予感が頭を過った。

 

 

「おおっと、そこまでだ!」

 

「!!」

 

 

 いきなり降魔たちがこちらへの攻撃を止めたかと思いきや、背後から黒フードがこちらを呼ぶ声がした。まさかと思い振り返ってみると、肩を強く踏みつけられて地面に這いつくばるさくら、首筋にクナイを突きつけられて身動きが取れなくなっているクラリスの姿があった。

 

「さくらさん! クラリスさん!」

 

「う……ううう……」

 

「くぅ……」

 

「動くんじゃねえぞ。変な動きでもしたら、こいつの首が飛ぶことになるぜ。こいつを解放してほしかったら、武器を下ろすんだな」

 

「っ…」

 

 非道。嫌な予感が的中した上に、倒された2人を人質に取られてしまったら、もう従うしかない。悔しそうな表情を浮かべながら、悠は日本刀を下ろした。その瞬間だった。

 

 

Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!

 

 

「ぐあああああああああああああっ!?」

 

 

 悠が武器を下ろした途端、下がっていた降魔たちが一斉にイザナギに噛みついてきたのだ。頭部・首元・手足・胴体を同時に噛みつかれたイザナギのダメージがフィードバックで返ってくる。耐えられそうにない全身に走るダメージに意識が飛びそうになった。

 

「な、鳴上くん!? あなた」

 

「なんだあ、その顔は? 俺は武器を下ろせとしか言ってないぜ。攻撃しないって誰が言ったかよぉ? お前らが勘違いしただけだ、はっはっはあ!」

 

 黒フードのあくどい笑みを浮かべ愉悦に浸っている様子をさくらは見た。

 まさに外道。今すぐここで斬り倒したいところだが、身体が上手く関節を決められていて動かせない。

 情けない、あれほどのことがあって……仲間が蹂躙されるところを見ることしかできない自分が情けない。

 

 

 その時だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ようこそ、お待ちしておりました』

 

 突如、どこからか声が聞こえてくる。この声……この声色を自分は知っている。ぼんやりとだが、意識の中に映る景色が阿鼻叫喚行き交う帝都から霧が立ち込める場所を走る優雅なリムジンの車内へと変わっていた。ここ

 

『お客様は先日、あの子たちと絆を育んだことによって【魔術師】のアルカナを解放させたはず。さあ、思い出して。貴方が持つ類い稀なる才能【ワイルド】の力を……』

 

 

 

―――――()()()()……

 

 

 

 ふと見ると、マーガレットの他にも別の気配はする。見ると、ひとりの少女がリムジンの車窓を儚げに見つめているのが見えた。それは自分も知っている、そして忘れられない大切な人物。

 

 

 

『悠……負けないで』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぇ……チェンジ……」

 

 思わず口にでたその言葉で降魔たちに噛みつかれていたイザナギは瞬時にタロットカードに戻った。

 

 

 

 

 

────【ジャックフロスト】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐああっ!?」

 

 突然だった。ジライヤがクラリスに手を掛けようとした刹那、全身に衝撃的な痛みが走ったのだ。唐突にきたあまりの痛覚にジライヤは苦しみ悶え始めた。

 

「な、なんだよ……何なんだよ……! 身体が……つ、冷てえ……!?」

 

 冷たい、ここはそんな地帯でも今の季節は冬でもないのに身体が悲鳴を上げるほどに冷たい。思わむ苦痛に耐えようしたジライヤに一瞬の隙が生まれた。

 

「やあああああっ!」

 

「がはっ…!」

 

 刹那、踏みつけられた力が弱まった機を逃がすまいとさくらは瞬時に黒フードに一太刀喰らわせクラリスの解放に成功した。

 

「けほ……けほ……」

 

「クラリス、大丈夫!? あ、あれは……!?」

 

 その時、さくらの目に信じられないものが映った。

 目に映ったのはあの凶悪な降魔たちが氷漬けにされている信じられない光景、そして悠が使役しているペルソナの姿だった。しかも、そのペルソナはイザナギとは全く体型の違う小さな妖精だった。

 雪だるまのような体型で、ポッカリ空があいたような丸い目と八重歯に当たる部分が欠けた半月型の口。頭には頭頂部が角のように二股に分かれて先端がギザギザになってる青い頭巾を被っていた。

 

「……あれは……ペルソナですか? でも」

 

「イザナギじゃ……ない。あのペルソナは一体……? はっ、また降魔が……!」

 

 しかし、考察する暇も与えないと言わんばかりに、まだ残っていた降魔が悠に目掛けて発進した。そんな状況でも、悠は怯まずむしろ立ち向かうような気概で咆哮した。

 

 

 

「畳み掛けろ! ジャックフロスト!!」

 

 

『ヒーホー!!』

 

 

 

 悠の声に反応したジャックフロストの行動は速かった。天を指さして一回転したその時、魔法は発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘の様子を遠巻きに見ていた市民は驚愕した。

 あの恐ろしい降魔たちが暴れる戦場の光景が変化した。言うならば、降魔が全て氷漬けにされたのだ。そして、それを行っただろう小さな妖精がパチンと指を鳴らした途端、氷漬けにされた降魔たちは砕け散り、西洋で言うところのダイヤモンドダストとなった。

 皆は見ていた。帝国華撃団のような霊視戦闘機は無く、手に持つ刀とあの小さな使い魔のみで立ち向かっていた少年を。ボロボロになりながら、皆を守るその姿に人々は思った。

 

 

────まるで英雄のようであると。

 

 

 その時、誰よりも近くでその勇ましくも逞しい大きな立ち姿を見ていたさくらとクラリスの目にある人物と重なった。どんなピンチでも身体を張って必ず助け出してくれる。そんな乙女の浪漫を感じるように、ほんのりと頬を赤めながらも、目の前の少年の背中をしっかり目に焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハア……ハァ……終わった…」

 

「鳴上くん! 大丈夫ですか!? 鳴上くん!」

 

 周辺にいた降魔たちは全て殲滅。黒フードもさくらの追撃もあって戦闘不能となったので、とりあえずこの場での戦闘は終了した。

 戦闘が終わってペルソナをしまった途端、戦闘で負ったダメージと疲労がドッと押し寄せ来たのか尻餅をついてしまった。土壇場でペルソナチェンジをやり遂げて降魔を一気に殲滅したのだから無理もない。

 

「良かった……って、鳴上くん! 今のは何だったんですか!? 霧がない状態でもペルソナを出して、あまつさえイザナギとは違うペルソナを出したり……」

 

「あれは……言ってなかったんですけど、俺はイザナギだけじゃない違うペルソナも使えるんです。それで、あれがその一つ、ジャックフロストです」

 

 悠の口から出たその名前にクラリスは驚愕した。

 

 ジャックフロスト。

 それはイングランドの民間伝承に登場する寒さを具現化する霜の妖精。悪戯好きで無邪気な子供のような性格だが、一度怒らせると相手を氷漬けにする。または笑いながら人間を凍らせるなどといった恐ろしい逸話がある。

 それほどのペルソナをこの場で召喚した、否それどころか彼の持つペルソナという使い魔が複数あるという新事実にさくらたちは呆然とするしかなかった。

 

「それに、何で霧がない状態でもペルソナが召喚できたのかは、俺にも分かりません。ただ無我夢中で……俺も出来るとは思わなかったんですが……ただ」

 

「??」

 

「ただ、さくらさんとクラリスさんを……助けたかったから…」

 

 さも当然と言わんばかりに出た言葉。不意打ちに発せられたその言葉にさくらとクラリスは思わず頬を朱色に染めてしまった。

 

 

 

 

「てめえ……てめええっ!! 俺の計画を邪魔しやがってええええ!!」

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 安堵は突如として破られた。悠のジャックフロストの魔法で倒れたと思っていたジライヤが呻き声を上げながら立ち上がってきたのだ。

 

「許さねえ……! こうなったら、お前だけでも葬ってやるううっ!! うおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 雄叫びを上げた途端、ジライヤの周囲が黒い靄のようなものが発生し、次第にそれらは大きさを増していくジライヤを中心に収束されていく。そして、黒い靄は晴れたかと思うと、そこには新たな脅威が出現していた。

 

「なっ!?」

 

「あれはっ!?」

 

『はははははははっ! 驚いたか! これが俺の真の姿【マガツジライヤ】だぁ!!』

 

 そこには先ほどまで自分たちを苦しめていた黒フードの姿はなく、代わりにその数倍の図体のある巨大なカエルを模したような怪物がいた。怪物から発せられる声色からそれがジライヤと同一存在。

 目の前に現れた存在にさくらとクラリスはともかく、悠ですら驚愕した。何故ならあのマガツジライヤの姿は元の世界で遭遇した、あのテレビの世界で暴走した陽介のシャドウと瓜二つだったのだ。だが、そんなことはどうでもいい。重要なのは

 

「あいつ……自分からシャドウ化して……」

 

「シャドウ……!? シャドウって、先日言ってた」

 

『しねえええええええええええ!!』

 

 だが、そんなことはお構いなしにマガツジライヤはこちらに突進してくる。疲労困憊となっている悠たちには避けられない。

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ!!」

 

 

 

 

 

「ぐあああああああああっ!?」

 

 

 刹那、マガツジライヤに一閃が走った。同時に全身から刀で斬られたような痛みも走る。そして、その痛みを与えた一閃の正体が姿を現した。

 

 

 

 

「闇夜に一閃! 忍びの一撃!」

「正義の刃で悪を討つ!」

 

 

 

「「帝国華撃団、参上!」」

 

 

 

 

 現れたのは常套句を口にポーズを決める霊視戦闘機【無限】が2機。その姿を見た時、さくらたちの表情が希望に溢れた。

 間に合ってくれた。神山とあざみが霊視戦闘機で駆け付けてくれたのだ。その現実に感無量になりそうになると、霊視戦闘機から聞きたかった声が聞こえた。

 

『さくら・クラリス・鳴上、大丈夫か!?』

 

「はい、誠十郎さん!」

 

『俺たちが来るまでよく耐えてくれた。あの降魔の相手は任せろ! いくぞ、あざみ!!』

 

『了解』

 

 通信を終えた神山はあざみと共にマガツジライヤと対峙する。

 

『くそ……くそおおおおおおおおおおおっ!! 次から次へと、俺の邪魔をすんじゃねええええええええええええええ!!』

 

 マガツジライヤは神山たちの気迫に一瞬たじろいだものの、すぐに神山たちへの特攻を開始した。

 

 

「遅い!」

 

 

 だが、そんなものは神山の神速というべき速さには追いつけない。怒りに任せたマガツジライヤの特攻は軽く躱され、その瞬間に神山は無限の刃を叩きこむ。

 

 

『がはっ……! 舐めるなぁ!!』

 

「甘い!」

 

 

 だが、マガツジライヤも負けじと反撃と言わんばかりに攻撃を繰り出した。だが、そんな攻撃のすぐさま控えていたあざみに防がれる。

 そこからはマガツジライヤの防戦一方だった。神山とあざみは鮮やかな連帯で反撃する隙を与えず、着実にダメージを与えていった。

 

『くそお……! くそおおお!! こ、こんなところで……死んでたまるかああ!!』

 

 マガツジライヤは神山たちに敵わないと悟ったのか、この場から逃げ出そうと背を向けた。まさかの撤退行動に神山たちは呆気に取られてしまい反応が遅れてしまった。逃げ足が速いのか、一歩一歩のスピードが速い。このままでは取り逃がしてしまう。まずいと思ったその時、

 

 

 

「イザナギ!!」

 

 

 

 走りだした瞬間、マガツジライヤに落雷が襲った。まさかの追撃をもろに受けてしまい、マガツジライヤは動きを止めてしまった。

 振り返ると、会心の追撃を放ったのは息を荒げながらもジャックフロストからイザナギを召喚した悠だった。決死の覚悟と言わんばかりにこちらを睨むその瞳はこう物語っていた。

 

 

────お前だけは逃がさない……! 

 

 

『て、テメェ……!!』

 

 

『おおっす、神山! 待たせたな!』

 

『さっきの落雷はナルカミのペルソナかしら? だとしたら、お手柄ね』

 

 執念ともいえる攻撃にマガツジライヤが恐れつつも睨みつけていると、逃げ道を塞ぐようなタイミングで初穂とアナスタシアが到着した。前方は初穂とアナスタシア、後方は神山とあざみに道を塞がれたマガツジライヤはもはや袋の鼠だった。

 

「これで終わりだ!!」

 

『くそお……くそおおおおおおおおおおお!! てめーら、このままで済むと思うな』

 

 最後に恨み節を残したマガツジライヤは神山の神速の刃によって斬られ、爆散して塵となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度こそマガツジライヤの気配は消え、帝都の街には安全が戻った。街の被害はほぼ皆無。降魔たちが悠のペルソナだけを狙っていたのとジャックフロストの氷結攻撃が降魔だけにダメージを与えたためであった。

 街の被害を確認した後、霊視戦闘機から降りた神山たちがこちらに駆け寄ってきた。

 

「3人とも、すまなかった。俺たちの出動が遅れてしまったばっかりに……」

 

「いえ、私たちも全然役に立てなくて。全部鳴上くんのお陰です」

 

「…………」

 

 話を聞くと、どうやら悠たちが居た場所の他にも降魔が出現していたらしい。その箇所は確認しただけでも3か所。すぐにでも悠たちの応援に駆け付けたかったが、他の場所の降魔の対処もしなければならなかったため、応援が遅れてしまったようだ。

 改めて、さくらとクラリスに肩を貸してもらって朧気に立ち上がる悠を真っすぐ見つめると、神山は頭を下げた。

 

「鳴上、本当にありがとう。君のお陰でさくらとクラリス、そしてこの場にいた人たちの命が助かった」

 

「そんなことは……俺は、自分にできることをやっただけで……」

 

「辛気臭えこと言うなって。ほら、見てみろよ」

 

 初穂に促される形で振り返ってみると、そこには先ほどの戦闘をみていたらしい帝都の人たちがいた。悠が顔を向けた途端、帝都の人たちは一斉に称賛の声を上げる。ありがとう、カッコよかった、流石帝国華撃団などとあの悠の戦闘を見て感激を受けたのか、悠を褒めちぎる声が後を絶たない。

 浴びせられる称賛の声に悠は戸惑ったものの、段々と照れ臭くなった。

 

「鳴上くん、私からもお礼を言わせてください。私とクラリス、そして帝都の皆さんを助けてくれて、ありがとうございました」

 

「私も。こんな時に言うのは不謹慎かもしれませんが、貴方のお陰で次の新作のヒントが掴めた気がしました。本当にありがとうございました」

 

 更には共に戦ったさくらとクラリスからの感謝の言葉に悠は更に照れ臭くなってタジタジになってしまう。そんな悠の様子を神山たちは微笑ましそうに見守った。

 

「それじゃあ、いつものあれをやりましょうか」

 

「ああ、そうだな」

 

 いつものあれ、と聞いて皆は示し合うかのように頷いた。そして、こちらを見守る帝都の人たちに向けて、自分たちの勝利を証明するように高らかに告げる。

 

「行きますよ。せーの」

 

 

 

「「「勝利のポーズ! 決めっ!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれが、そうか。なるほど」

 

 とある帝都の建物の屋上にて、勝利のポーズを決める彼、彼女たちの姿を眺めながら女性はポツリと呟いた。その女性は白のシルクハットに仮面、更には白づくめの衣装を身に纏っており、見る人が見れば怪盗服というべき印象を持つだろうものだった。

 

「彼が鳴上悠か。中々面白い少年だ。あの子が褒めちぎる理由も分かる。!!っ……」

 

 瞬間、背後に何者かの気配がしたので振り返ってみると、遠くも近くもない建物の屋上に見知らぬ少女の姿があった。少なくともこの帝都の住人の恰好ではない。

 いつの間に背後を取られていたことに驚く最中、少女は口を開いた。

 

「ねえ、キミは何なの…?」

 

「……ふっ、”誰なのか”・”何者なのか”ではなく、()()()()…か。だが、それは君もなんじゃないか?」

 

 刹那、両者の間に静寂の雰囲気が包む。互いが牽制のつもりで発せられていたオーラは途轍もなく、その凄まじい空気に建物の周囲にいた人々は不可思議な悪寒に襲られた。

 しばらくその状態が続いたが、終止符を打ったのは少女の言葉だった。

 

 

「……もし悠に何かしたら、その時は覚えといて」

 

 

 少女は警告というようにそう言うと、その場から消えるように去っていった。そして、少女が去った跡を見つめると、彼女は愉快そうな表情で呟いた。

 

 

「……どうやらあの少年は神山くんに似て色んなものに好かれてるようだ。さて、今後どうなるかは分からないが、あの少年が神山くんたちに何をもたらすのか……見届けさせてもらおう」

 

 

 

 

ーto be continuded




次回予告

私が新しく書いた舞台は大好評!これも鳴上くんのお陰です。
そんな順風満帆な中で帝劇で事件が発生!?
しかも、その容疑者は……えっ!?
一体、どういうことなんですか!?


次回、Persona4 THE NEW SAKURA WARS

【探偵2人】

太正桜に浪漫の嵐!

その発言、異議ありです!!


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#7「剣と探偵 1/2」

まずは謝罪を…

約1年ほど放置して申し訳ございませんでした。

この作品の構成が中々得られなかったのと、もう一方の作品が山場だったのでそちらにかかりっきりになり、就職活動で忙しかったのが、原因です。

これからもまた不定期の更新になると思いますが、よろしくお願いします。


<???>

 

 かあかあとカラスたちのかん高い鳴き声が不気味に鳴り響く。そんな不気味という言葉が表現される薄暗く人一人近寄らないような場所にその者たちはいた。薄暗いどこかも知れない大広間。そこの中心にて、黒いフードを被った男2人が佇んでいた。

 

「ジライヤを失ったか」

「ええ、そのようです。まあ、あの者がいなくなろうとも我々には微々たる程度の被害にしかならないのですが……」

 

 ひと時の沈黙が周囲を支配する。端からすると、とても悪い報告に聞こえるのだが、男は怒ることも雷を落とすこともなく、ただただ深いため息をついた。言葉通り、痛くもかゆくもない損害だったらしい。

 

「まあ、あの者のことはどうでもよい。それより、あの件はどうなっている?」

「はっ。順調に事は進んでいるようですが、どうも我らの計画を嗅ぎつけた犬がいるようで」

「ふむ……あの華撃団の者か?」

「ええ、華撃団大戦にて天宮さくらと激闘を繰り広げたあの者です。しかしご安心を。策は練っておりますゆえ」

「ほう……」

 

 策という言葉を聞いて、ふと目の前の者の奥で佇む黒フードに目を向ける。この者がこの場にいるということはつまり、そういうことなのだろう。

 

「あの者の力が未知数であるが故、別の切り口、つまりは外堀から埋めるということか。いいだろう、今度こそ奴らに大打撃を与えてやれ」

「ええ、そうさせていただきます」

 

 主からの許しを得た。黒フードは気付かれないようニヤリと口元を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

 

 聞き覚えのあるメロディーが聞こえて目を開けると目の前にあの光景が広がっていた。全てが群青色に彩られたリムジンの車内を模した不思議な空間。そう、ここは【ベルベットルーム】。

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 証拠に向かいにはここの主を名乗る奇怪な老人【イゴール】とその従者を名乗る白金色の髪の女性【マーガレット】が鎮座していた。

 

「先日はお疲れ様でございました。お客様が彼女たちとの共闘を経て、得たアルカナは【恋愛】・【女教皇】。ふふふ、順調のようで何よりでございます」

 

 ペルソナ全書から顕現されたのは彼女が言っていた【恋愛】と【女教皇】のアルカナが描かれたタロットカード。1つ目のページには悠と【恋愛】のアルカナを手にするキッカケとなった天宮さくらとのこれまでのやり取りが、2つ目のページには【女教皇】のキッカケとなったクラリスとのやり取りが映像で流れていた。

 自分の向かいに座るイゴールは目を開いてカードを見つめたと思うと、次第にニヤリと笑った。

 

「フフフ……実に素晴らしい。さて、これは戯言でございますが、お客様はまだご自身のお力を十分に発揮しておられないのでは?」

 

 イゴールの独り言に首を傾げてしまった。その言葉の真意が全く分からなかったからだ。しかし、その反応が予想通りだったのかイゴールは思わず不気味に笑みを浮かべた。

 

「お客様はこの世界で、以前では成し得なかった現での召喚を成功なされた。それ故に、その力で可能となることがまだあるのではと思いましてな。かの饗宴にて、戦闘行為以外でのお力を発揮したように……」

「……」

 

 言われてみれば、その通りだ。

 かの饗宴……真下かなみと関わった絆フェスでの事件ではダンスでシャドウを倒すという戦闘行為以外でのペルソナの使用方法を編み出した。つまり、この異世界でも戦闘以外でペルソナの力が発揮できるのではないかと言いたいのだろう。

 

「ペルソナは心の力。貴方様の心の有りようでその姿を変えて行くことでございましょう。さあて、ここから貴方様がこの力をどのように扱われるのか……楽しみですな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはとある朝焼けが美しい日のこと

 

「はああっ!」

「くっ……!」

 

 剣と剣がぶつかり合う音がした。

 帝国大劇場が有する広大な中庭にて、片は青年、片は少女が朝方には似つかない剣劇を繰り広げていた。そして、その剣劇を保護者らしき男性がじっくりと見守っていた。

 

「ふっ……」

 

 攻める、攻める、攻める。

 己が今出しうる限りの全力で青年は攻めに攻めるが、未だに一撃も当てられていない。それどころか、少女は手慣れたように攻撃をいなしてカウンターを加えていく。まさに、年季の違いを見せつけるように。

 

「そこだ……!」

「遅いっ!」

「ぐはっ」

 

 剣劇の最中、青年の好機と捉えた一撃は少女に容易く跳ね返されてしまった。そして、その隙に胴体に数撃入れられてしまう。それが決め手となり、青年は顔を歪めて地に膝をついてしまった。

 

「はあっ……はあっ……くそっ……」

「間合いはよかったが、最後の詰めが甘かったな。そんなんじゃ、さくらに一撃を入れられないぞ」

「はあっ……はあっ…………もう……いっか……い」

「やる気があるのはいいが、そろそろ朝食の時間だ。鳴上も腹が減ってきた頃合いじゃないか?」

「(ぐうううう~)………………」

「ふふ、鳴上くんの身体は正直ですね。さあ、朝ご飯を食べに行きましょう」

 

 あのジライヤという自身の相棒に似た敵による事件から数日、悠は朝練としてさくらと神山から剣の指導を受けていた。理由としては数日前にさくらの師匠であるという人物に会った時のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、さくらが言っていた鳴上悠という青年は君のことかな?」

「はい、初めまして」

 

 事件の翌日、さくらが是非とも悠に合わせたい人がいるとのことで、食堂で待ち合わせて出会ったのが、この【村雨白秋】という人物だ。

 白髪のどこか浮世離れした麗人といったイメージがピッタリな女性だった。どこか自分と親近感が湧いてしまったのは気のせいだろうか。

 

 その村雨さんと多少談笑した後、実際に手合わせした際の見立てが以下の通り。

 

『剣の筋は良いが、立ち回りが対人戦に向いていないな。君の戦闘スタイルは言わば使い魔を使役して戦う対降魔向きだ。当然切れ者は使い魔の召喚者の君を叩けばいいと、君自身を狙ってくるだろう。その対策のため、さくらと神山くんから剣術を学べばいい』

 

 その見立てになるほどと悠は思った。

 成り行きでテレビの世界が関わった事件にて戦闘を数多くこなしてきたわけだが、日本刀を選んだのは偶々自分に合っている武器がこれだと思ったから。剣道の経験もなく我流でこれまでやってきたので、このようにちゃんとした剣術を学べるのは悠にとってありがたかった。

 

 

 

 

「大分さまになってきましたね」

「ああ、俺も人に剣を教えるのは初めてだが、白秋さんが言ってた通り鳴上は筋がいいと思うよ」

「つーか、あいつ結構食うようになったな……」

 

 朝練の後、食堂でがつがつと年相応な食欲を見せる悠に同じテーブルを囲う神山たちは三者三様の反応を示していた。

 剣を教えたのは神山だ。ここ数日で神山の剣術である二天一流の基本を悠は既にものにしている。まだ応用には程遠いが筋はいいので、これから実践を積めば更に向上するだろう。久しぶりに教えかいのある者が出てきたと密かに心が躍っていた神山であった。

 

 

 

 それに、あの事件から悠の帝都での環境に変化が起きていた。

 

「おう! 新しい帝劇の兄ちゃんじゃねえか」

「いつもありがとうね」

「これ、少ないけどお裾分け。クラリスちゃんと食べてね」

 

 仕事である買い出しに出かける際、前まで他人行儀だった近所の人たちがこうやって好意的に接してくれるようになった。中には、先ほどのおばちゃんのように野菜や果物をお裾分けしてくれる親切な人もいる。

 

「ふふふ、鳴上君もすっかり帝都に馴染んできましたね」

「ええ、クラリスさんや天宮さんたちのお陰です」

 

 途中一緒になったクラリスが微笑みながら言ってくれると、どこかこそばゆくなる。

 ちなみに、あの日に発動したペルソナチェンジのことはすみれたちに報告してある。そして、ジャックフロストの性能と姿を見たすみれは何を思ったのか、悠を新たな役職に任命した。

 その役職とは【舞台装置】。要するに、悠の使役するペルソナの能力、例えば先日使用したジャックフロストであれば氷結属性の魔法で雪が作れるので、それを舞台に合わせて演出してほしいとのことだった。

 

 なんだこれ、と当初は思ったが、予算削減のためだと思ってと神山から頭を下げられたのでは、仕方なかった。もしかして、夢でイゴールの言っていたことはこのことなのかと、少々泣きたくはなったが……

 

 

 さて、買い物は済んだしそろそろ帝劇内の清掃でもするかとクラリスに御礼を言って別れようとしたその時だった。

 

 

「おおおおいっ! 大変だああああああああああああっ!!」

 

 

 エントランスホールに響いた叫び声と共に、誰かがこちらに走ってきた。よく見ると、妙に汗だくになっていた初穂だった。初穂の形相になんだなんだとちょうどその場に居合わせた神山とさくらも集まってきた。

 

「初穂さん?」

「どうしたんですか? そんなに慌てて」

「どうしたもこうしたもねえ! これを見てみろっ!!」

 

 突如現れた初穂が握りしめていた新聞を放り出す。どうやらいつもの如く新聞を読んでいたらしいが、その一面には大きくこんな見出しが書かれていた。

 

 

 

 

【倫敦華撃団ランスロット氏逮捕 組織ぐるみの密輸が原因か?】

 

 

 

 

「はあっ!?」

「な、なにこれっ!! ランスロットが……どうしてっ!!」

「そんな……」

 

 見出しの内容に神山たちは信じられないと言わんばかりに驚愕した。特に、さくらの驚愕ぷりが激しかった。

 

「倫敦華撃団って確か……」

 

 この世界には帝国華撃団と同じ活動をしている華撃団が世界中に存在していることは悠も神山から聞いている。それに、この新聞に記載されているランスロットという少女がさくらの良きライバル関係であるということも。

 

「それが、一体……」

 

 新聞に記載されている少女……ランスロットの写真に呆然とするしかなかった。

 まるで、日常の終わりを告げるかのように、写真に写っているランスロットと呼ばれた少女の表情はどこか諦めているような悲しげなものだった。

 

 

 

 

 事態を聞いた一行は居ても立っても居られなくなり、その足ですぐにすみれのいる所長室に直撃した。

 

「すみれさん、これはどういうことですか!? ランスロットが逮捕だなんて」

「落ち着きなさい。正直私も混乱しておりますから」

 

 やれやれと額に手を当てるすみれは興奮するさくらたちを落ち着けさせた後に、分かる範囲での状況を説明してくれた。

 

 昨夜、帝都の港に到着した貨物船の中で不審な物音がした。何事かと思い、見回りをしていてた船員が音のした方に駆けつけてみると、貨物室にて血を流して倒れる船員とその血痕が付着した鈍器を手にした少女が呆然と立っていたらしい。その少女こそが、件のランスロットだったのだ。

 

「更に、その貨物室から倫敦華撃団が現在追跡している違法の麻薬や盗難品などの密売品が多数見つかったそうです」

「現場の状況から倫敦華撃団が密輸に関わっており、秘密を知った船員の口封じのために今回の犯行が起こったと調査した警官たちが判断されました」

「なっ!?」

「そんな……」

 

 これは最悪だと神山は絶句した。

 魔から人々を守る華撃団が密輸に関わっている。それだけでも、華撃団のイメージダウンは避けられないというのに、一般人にまで危害を加えたとなると世間がどう捉えるのか、火を見るより明らかだ。

 

「ランスロットさんは今帝都の留置場に拘束されています。捜査が進み次第、倫敦の警察に引き渡される手筈になってます」

「このこともあって、倫敦華撃団の方もガサ入れされているそうです。ランスロットのみならず、他の団員や団長、もしくは司令部も関わっているのではないかと疑われてますから」

 

 それは当然の流れだった。組織の一人が密輸に関わっているとなれば、他の団員も関わっているのではないかと疑われるのは必至だ。

 

「……倫敦華撃団が、ランスロットがそんなことするはずありませんっ!!」

「さくら」

「あんな正義感があるランスロットが、密輸なんて……」

「さくらっ、落ち着け!」

 

 熱くなるさくらを落ち着けさせる神山だが、その心情はよくわかる。

 華撃団大戦にて、魂をぶつけあって互いに認め合ったさくらはランスロットが犯罪に手を染めていたなんてありえないと信じていた。だが、現実はそうはいかない。

 今世界中は倫敦華撃団に疑いの目、あるいは批判的な目で見ていることだろう。

 

 今は状況把握が最優先だから、自分たちにできることはないとすみれに言われ、その場は解散となった。

 

 その日、帝劇内にいる職員たちの顔色は優れなかった。

 

 

 

 

 

 

 衝撃的なニュースから一晩明けてた朝、朝食を取ったのちにサロンに集まった帝国華撃団の面々の表情は昨夜よりも暗かった。

 

「どこもかしこも、倫敦華撃団の話ばっかだな」

「倫敦に引き渡されたら、向こうで裁判が行われるそうですね」

「多分、今の状況だと即有罪だな」

「無実だって証拠もありませんし」

 

 圧倒的不利な状態。もはやランスロットの有罪は確定したような状況だった。

 

「さっきアーサーから通信が来たよ。こんなことになってしまって、君たちの国で問題を起こしてしまって申し訳ないって」

 

 どうやら神山の元に倫敦華撃団の団長アーサーからお詫びの連絡が入ったらしい。

 何ともあの責任感の強い倫敦華撃団団長のアーサーが言いそうなことだ。心なしか、その時のアーサーの表情がとてもやつれていたことを神山は思い出す。

 

「一体どうしてこんなことに……」

「ランスロットのやつ、どうなっちまうんだよ」

「このままだとまずいわね。華撃団の人間が密輸に関わってたなんて、あってはならないことよ。こんなこと言いたくないけど、世界中の華撃団のイメージダウンに繋がるし、私たちもそういう目で見られるかもしれないわ」

 

 アナスタシアの一言に、さくらたちは更に表情を暗くする。華撃団大戦で絆を深めた倫敦華撃団が今世界中から犯罪者扱いされている。この状況に何かできないのかどうてもやるせない気持ちになった。

 もうランスロットに、倫敦華撃団に味方はいないのか。

 

 

「俺たちにもできることがあるはずです」

 

 

 だが、悠の発したその言葉にさくらははっと顔を上げた。

 

「鳴上……?」

「俺は皆さんと違って、ランスロットさんや倫敦華撃団の人には会ったことがありません。でも、天宮さんたちが間違いだって信じるなら、俺も信じます」

 

 何を言ってるんだと皆は思った。でも、悠の一点も曇りがないその瞳に光を見た気がした。

 

「でもよ、こんな状況であたしらに何ができるっていうんだよ」

「例えば、俺たちで事件の真相を確かめるとか」

「はあっ?」

 

 悠の突拍子もない発言に全員がポカンとした。だが、さくらはその手があったかと言わんばかりに椅子から飛び上がった。

 

「そ、それです! 私たちでランスロットの無実を証明すればいいんです!」

「ちょっ、さくら」

「おいおい、無暗に調べようとしてどうすんだよ。ランスロットが無実か分かんねえんだぞ」

「それを調べるためにやるんだよっ! やってみなきゃわからないじゃない!!」

 

 人が変わったように捲し立てるさくらに流石の初穂もたじろいでしまった。

 

 

「私は、ランスロットはやってないって信じてます! 今、ランスロットを救えるのは私たちだけです!! ランスロットを助けるなら、今しかないんです!!」

 

 

 溢れ出す感情が止まらなかった。

 華撃団大戦で剣と交えて本気でぶつかり合い、再戦を約束した宿敵にやれることがない自分が悔しい。例え、突拍子のない方法でもランスロットを助けられる可能性があるのなら、自分は賭けてみたい。

 何より、ここで何も行動しなかったら、自分はずっと後悔するだろうと思ったから。

 

「……ああ、そうだったな」

「神山さん?」

 

 さくらの想いをしずかに聞いた神山は覚悟を決めたように立ち上がった。

 

「そうだ、さくらの言う通りだ。倫敦華撃団がそんなことするはずがない。俺もそう信じてる! みんなはどうだ?」

 

 神山の問いかけにさくらと悠以外の団員が一斉に顔を上げる。悠とさくらの言葉に心を動かされたのか、各々の瞳はそうだと言わんばかりの光を灯していた。

 

「神山さんっ!」

「ああ、俺たちの心は決まった。俺たちでランスロットの無罪を証明するぞ!!」

 

 

「「「「「了解っ!!」」」」」

 

 

 

────-帝国華撃団の心は一つになった。

 

 

 

(あれ?)

 

 その時、悠の心のうちに何か変化が起きた気がした。特に、先日の事件で覚醒した【恋愛】と【女教皇】のアルカナに。

 

「おうおう、やっと動き出したな。おせえんだよ」

「し、司馬さん?」

「令士?」

 

 すると、どこからか格納庫で作業していたはずの司馬が姿を現した。どうやら自分たちの話を聞いていたようだが、いつからそこにいたのだろうか。

 

「お前、何しに来たんだよ」

「ちょいと、渡すものができたからな。ほらよ」

 

 令士はキザッぽくそういうと、手に持っていた茶封筒をサロンのテーブルに放った。

 

「こ、これって」

「ああ、今回の事件の資料だ。カオルさんがこっそり仕入れてたのを拝借したのさ」

「ちょっ、おま!」

 

 令士が持ってきたのはランスロットの事件に関わる捜査資料だった。開けれ見ると、今回の事件現場となった船内の見取り図や現場写真、更にはランスロットに事情聴取の記録など、公に公開できないような機密情報が山盛りだった。

 カオルがこんなものを仕入れてきたことにも疑問を感じるが、そのカオルからくすねてきたということはもっと問題だろう。

 

「いいって。どうせカオルさんもこれをお前らに渡すつもりだったようだし、倫敦華撃団のやつらを助けるなら、遅いより早い方がいいだろ?」

「……助かるよ、令士」

「おうよ。ランスロットちゃんのこと、頼んだぜ」

 

 令士はそう言い残すと、その場から去ってしまった。

 あの後、令士はカオルからきつく絞られて減給処分になってしまったが、それは別の話である。何はともあれ、令士のお陰で自分たちのやれることが増えた。

 早速調べてみようと、事件資料が入っている茶封筒の封を開けた。

 

 

 

 

 

「事件概要は大体同じですね」

「ああ……」

「一個も見つからねえよ」

 

 あの後、皆で事件資料を隅から隅まで読み漁ったが、無実の証明になりそうな記載が全くなかった。

 現場を見たという監視員の証言も問題なし。被害者の船員はまだ意識不明で証言が取れていないようだが、それでも現場の状況とランスロットが凶器として使用したとされるパイプにはランスロットのものと思わしき血痕も発見されたとある。

 書類は何のおかしいところはなかった。出来すぎるくらいに。

 

「まあ、予想していたとはいえ、この資料からは何も手掛かりはなさそうね」

「なら、直接現場に行ってみるか、関係者に話を聞くしかないかもしれませんね」

「でもよ、現場にはあたしらは入れねえだろ。聞き込みしたって無駄かもしれねえし」

「あれ? そういえば、鳴上くんはどこに……」

 

 初穂の言う通り、例え帝国華撃団といえど管轄外極まりないので、現場には立ち入らせてくれないだろう。それに、資料を見る限りこちらの警察もランスロットが犯人だと決めつけているような節が見受けられるので、聞き込みをしても無駄な気がする。

 それに、さっきまで一緒に資料を読んでいた悠はどこに? 

 

「それなら、俺に策があります」

 

 だが、その言葉に皆が一斉に悠の方を見た。どこかに何かしに行った後のようだが、彼がそんなことを言う策と言うのはまさか、

 

「それって……まさか、この状況に適したペルソナを持ってるってことですか?」

 

 先日の件で夢遊霧なしでのペルソナの召喚に成功した悠は現在帝劇で舞台装置としての役割を果たしている。それと同じくこの状況を打開できる能力を持つペルソナを持っているということなのだとクラリスは確信した。

 

「ペルソナ? 一体どういう」

「実際に見せてみますよ。神山さん、いいですね?」

「えっ?」

 

 なぜこの時、悠が自分にそんなことを言ってきたのか、この時はその意味をまだ理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 その策を見せるということで、悠は皆を中庭に集めた。そして、悠はおもむろにタロットカードを顕現する。そして、

 

 

 

―カッ!―

「【リャナンシー】っ!!」

 

 

 

 顕現したタロットを砕いて現れたのは、長い金髪の人間の女性に似た姿をしたペルソナ【リャナンシー】。“妖精の恋人”という意味を持つアイルランドの妖精だ。逸話では、彼女は愛を受け入れた男に取り憑き、霊感を与える代わりにその生命を吸い取ったと言われている。

 またも知っている名前が出たと、クラリスは内心興奮していた。

 

「ふーん、リャナンシー。如何にもって感じのペルソナね」

「で、このペルソナが何なんだよ」

「まあ、見てください」

 

 悠はふと笑うと、神山の方を見た。頭にはてなマークを浮かべるも、悠は容赦なしに指をパチンと鳴らした。

 すると、リャナンシーは一瞬のうちに神山の背後に回り込んだと思うと、その唇を耳に近づけてふうと息を吐いた。

 

 

「ぎゃあああああああああああっ!!」

 

 

「せ、誠十郎さん!?」

 

 息を吹きかけられた神山に頬を膨らませていたさくらだったが、突然奇声を上げた神山に悲鳴を上げた。それはさくらだけではない。

 

「お前、神山に何したんだよ!」

「リャナンシーの魔法【テンフラワー】で混乱状態にしました」

「混乱!?」

「はあっ!!」

 

「お、俺は……ああ……一体……何を……して……」

 

 混乱と聞いて意味が分からなかったが、魔法をかけられた神山を見ると、目をぐるぐると回してふらふらになっている。言動も何か怪しい。

 

「た、確かに混乱しているように見えますけど」

「ここからどうなるんだよ」

「まあまあ。神山さん、今日何か変わったことありませんでしたか?」

 

 動揺するさくらたちを落ち着けた後、悠は神山にありきたりな質問をしてみた。

 

「そ、そういえば……今日浴場を掃除してたら、こんなもの拾ったような……」

 

「あっ……」

「「「えっ、えっ、えええええええええええええええっ!?」」」

 

 フラフラしながら神山がポケットから取り出したのは……神山が手に握っていたのは、女性用の白い下着だった。あまりの出来事に悠は呆気にとられ、アナスタシアとあざみを除く女性陣は悲鳴を上げる。

 この事実に、悠は若干頬を引きつらせていた。

 

「か、神山さん……一応聞きますけど、それは?」

「い、いや……これは、クラリスの下着で。その……落ちてたからそのままっていう訳にはいかないし、あとでクラリスに渡しに行こうかと……あっ」

 

 気付いたときには遅かった。うっかり滑らしてしまった口はもう戻らないし、取り返しもつかない。そして、

 

「神山さん…?」

「く、クラリス……?」

 

 顔を伏せたクラリスから黒いオーラが発せられている。この反応を見れば、もうお分かりだろう。

 

「どうして私の下着を知ってるんですか?」

「そ、それは……前に見たから?」

 

 

「じ、地獄に落ちてください!!」

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 

 羞恥で赤面したクラリスはこれでもかというほどの重魔法を放った。神山は成す術なく、まるで天罰が下ったかのように重魔法の乱舞に気を失ってしまった。

 後でエナジーシャワーを使って混乱を解こうと思っていた悠も、あれだけ攻撃を食らえば解く必要もないだろうと考えながらも唖然としてしまった。この神山という男、先日の風呂場の件といい、どれほどさくらたちにセクハラを働けば気が済むのだろうか。

 同じ男として恥ずかしくなってきた。

 

「ま、まあ……とにかく、こんな風にリャナンシーの能力で混乱状態を与えれば情報を吐かせられるかもしれませんよ」

「な、なるほど……?」

「確かに」

 

 神山が混乱状態でクラリスの下着をくすねたことを吐いたように、現場に立ち会った船員たちも同じようにすれば何か無罪につながるような証言がでるかもしれない。見方を変えれば、洗脳に近いかもしれないが……

 

「葛葉ライドウ……」

「えっ?」

 

 すると、ここまでの流れをジッと見ていたあざみがふとそうつぶやいた。

 

「前に師匠が言ってた。かつてこの帝都には【葛葉ライドウ】という探偵がいて、その探偵は悪魔の力を使って事件を解決に導いたって」

「へえ……」

 

 この世界にそんな探偵がいたのか。だが、それは創作の話であると後で聞かされることになるのだが、自分とは違う世界の日本で自分の同じような能力を持った人間がいたというのは何とも不思議だ。

 

「そういえば、そんな話を私も聞いたことがあるわ。おそらく、今ナルカミがカミヤマにしたように、使い魔の魔法で当事者から情報を引き出したんじゃないかしら?」

「そうですね。でも、これなら何か手掛かりが掴めるかもしれません。さっすが鳴上くん!」

「ははは……」

 

 物は試しにと思って神山にかけてみたが、何だか申し訳ない気分になった。今度からは絶対前もって確認を取ってからにしよう。

 

 

 何はともあれ、残された時間は少ない。

 一刻も早くランスロットの無実を証明する手がかりを掴むため、帝国華撃団は更なる武器を手に事件現場へと向かうことにした。

 

 

 

ーto be continuded



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#8「剣と探偵 2/2」

明けましておめでとうございます。

今年初めての投稿はこの作品となりました。
今話は逆転裁判などの作品のような推理要素を含んでます。推理要素はあまり書いたことがないので、更新まで結構時間がかかってしまいました…。辻褄が合わないことがあると思うますが、それはご了承ください。

これからもまた不定期の更新になると思いますが、よろしくお願いします。




「ふふふ、やっぱり動いたわね」

 

 ランスロットを助けるために悠の新たな力を手に帝劇を飛び出したさくらたち。その様子を帝国劇場の支配人室、その窓から帝劇の支配人であるすみれはバッチリ見ていた。

 

「しかし、いいのですか? もし失敗すれば帝国華撃団も倫敦華撃団と同じように……」

「…………」

「すみれさん?」

「あら失礼。あの子たちを見ていたら、現役時代を思い出して」

 

 無実の証明に失敗した際の心配をする秘書を尻目にすみれは物思いにふけっていた。なんとなく、ランスロットを信じて助けに行こうとする神山たちを見て、すみれはかつてこの帝劇のトップスタァだった時を思い出していた。

 かつて、お家の事情で全く好きではなかった相手とお見合いされそうになった時がある。だが、自分はそれを了承した。自分がお見合いを受ければ、当時財政難に陥っていた帝国華撃団を助けることに繋がったからだ。しかし、自分だけ犠牲になるのを良しとしなかったあの人たちは神崎邸に乗り込んでくれてまで助けてくれた。

 

「……安心したわ。あれから時が経っても、私たちの帝国華撃団としての精神は受け継がれているのね」

 

 焚きつけたのはおそらくあの未来から来た少年かもしれない。だが、それでも隊員たちは仲間を守るために行動している。ならば、

 

「……カオルさん、少し調べ物を頼んでもいいかしら?」

「と言いますと?」

「少々今回のことで気になることがありましてね。場合によっては鳴上くんの助けになるかもしれませんわ」

 

 かわいい部下たちが動いたのだ。ならば、自分も彼彼女らの上司として、動かなくては示しがつかない。すみれは窓ガラスに不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<帝国留置場>

 

「…………」

 

 ここは犯罪を犯し、まだ裁判所からの判決を受けていないものが待つ留置場。その最奥に存在する特別収監室にて、先日入ったばかりの少女が膝を抱えてうずくまっていた。

 倫敦華撃団団員ランスロットである。帝都に密輸品を横流していた疑いでこの場所に収監されているのだ。

 

(どうして……こんなことに)

 

 ランスロットは絶望に苛まれながらも、これまでのことを回想していた。

 

 昨今になって倫敦に出回っている密輸品。その中にはアヘンなどの麻薬はもちろんのこと、生活必需品のみならず偽札までも紛れており、倫敦全土の経済を悪化させた。物価は高騰し、生活に困窮する人々が続出。貨幣への信頼も失い、人々の心は容易に荒れてしまった。

 このままでは倫敦だけでなく世界の経済までも破綻に追い込まれてしまい、大規模の世界恐慌が起こるだろう。

 だが、それ以前に目の前で生活に苦しむ人々を見て、ランスロットは絶対にこれ以上被害を出さないようにしてやる、そして自分でこの密輸の首謀者を捕まえてやるんだと意気込んでいた。

 そして、団長アーサーを中心とした倫敦華撃団による綿密な調査のお陰で、ついに密輸品の出所を突き止めることに成功した。更には次の密輸品を運び出す場所やその目的地も判明。密輸グループの次なる目的地は帝都。ランスロットのライバルであるさくらの祖国だった。

 そのことを知ったランスロットは胸に秘めた使命感を抑えきれなくり、居ても立っても居られなくなってしまった。アーサーから単独行動はダメだと散々咎めていたのに、命令を無視して帝都に向かう密輸船に単独で潜入。証拠を掴もうと貨物室に身を潜めた。

 その後は……

 

 

「良いざまですね、ランスロット卿」

 

 

 その時、どこからか自分を嘲笑う声が聞こえてきた。ここには限られた人物でしか入れないのに誰だと思って顔をあげてみる。

 

「あ、あなたは……」

 

 それはランスロットに見覚えのある顔だった。確か、あの船で自分を逮捕した帝都の警察だった気がする。貨物室での惨状を目のあたりにして呆然とした途端、有無を言わさず連行されて理不尽だと憤ったのを思い出す。

 何しに来たのかと怪訝そうな表情をすると、その男は口元ににやりと笑みを浮かべていた。

 

「貴女のお陰で我々の計画は旨く運びました。愚かにも我々の尻尾を掴もうと勝手な行動で貴女を貶め、倫敦華撃団に罪を擦り付けることができたのですから」

「えっ?」

 

 一体何を言ってるのだろう。だが、牢屋の檻越しから垣間見える邪悪な笑みと瞳に背筋が凍った。

 この時、ランスロットは初めて嵌められたのだと気づいたのだ。

 

「あ、貴方は……まさか……」

「くく、密輸なんてどこもやってることでしょう? それを一々摘発したところでなくなりはしない。貴女がやろうとしたことは全部無駄だったんです」

 

 確定した。目の前にいるのは間違いなく自分が追っていた密輸犯だ。薄暗くて顔は見えなかったが、服装が帝都警視庁のものだったので、敵は内部に潜んでいたことが伺える。つまり、自分のどう言葉を上げようが握りつぶされる未来が容易に想像できた。

 それは、自分の終わりを意味していた。

 

「どうやら貴方を無罪だと信じている愚か者たちが嗅ぎまわっているようですが、無駄に終わるでしょう。何せ、証拠なんて残ってないのですから」

「えっ?」

「それと、貴女の護送は明日になりました。あちらも早急な事態終息を望んでいるようですし、もうおしまいです」

 

 突き付けられた事実に今度こそランスロットは項垂れてしまった。

 心の底で本国の団長が何かしてくれるのではないかと期待していたが、それはないと分かった途端に無為に終わった。

 希望の灯は潰えてしまった。ランスロットは今度こそ絶望の淵に追い込まれてしまった。檻の前で自分のその様を面白そうに口元を歪めて笑う黒幕の存在すらどうでもよくなってしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<帝国船場>

 

 ついに来てしまった。倫敦への引き渡しの時が。

 特別収監室から連れ出されたかと思うと護送車に乗せられ、護送船が停泊している波止場へと連行された。久方ぶりにみた青空はこれで最後かもしれないと思わせるほどきれいだった。

 そして、波止場には自分を護送するために送られてきたであろう倫敦の使者たちが待機していた。

 

「……貴公がこの者を捉えたという」

「ええ、帝都警視庁で請謁ながら警部を任されている“白鐘直斗”と申します」

「ふん、こんな男か女か分からない猿が我らの標的を捕まえたとは、俄かに信じがたいな」

「そう言われるとは光栄ですね。何せ貴方方が捕まえられなかった密輸犯を捕まえられたのですから」

「……ふん」

 

 本国から来たと思われる国務管の男が自分を見据える目は厳しかった。よくもやってくれたなと訴えるように。今頃本国にいる団長たちは更なる尋問を受けているに違いない。

 

(これで終わりなんだ……私のせいで)

 

 そう、すべては自分のせいだ。団長の反対を押し切って勝手に船に潜入したのが間違いだった。そのせいで団員たちに迷惑をかけ、しまいには壊滅まで追い込まれてしまった。すべては自分のせい。

 

(団長……ごめんなさい…………さくら……ごめん)

 

 あの華撃団大戦で互いの全てを出し尽くして戦ったライバルとの再戦。その約束も果たされないままで終わってしまう。

 そう思って今国務管の手が自分の腕を掴もうとしたその時だった。

 

 

 

 

「そこまでです!」

 

 

 

 

 

 刹那、ランスロットの絶望を打ち砕くような声が聞こえた。

 はっと顔を上げると、その眼に映る光景に涙が出そうになった。それは

 

 

 

「「帝国華撃団、参上っ!!」」

 

 

 

 助けにきたと警官たちの行く手を阻むように神山率いる帝国華撃団。最も、現れたのは花組隊長の神山とさくらの2人だけだったが、その2人の登場だけでもランスロットは微かな希望が見えた気がした。

 

 

「て、帝国華撃団だと!?」

 

  そして、突然の帝国華撃団の登場にランスロットの引き取りだけを目的とした現場は困惑した。だが、その現場の頭である白鐘警部は部下と違って冷静を保っていた。

 

「帝国華撃団……何をしにここにきたのです?」

「俺たちは掴んできました。ランスロットが無実であると。そして、真犯人が誰なのかを」

「ふっ、何を言ってるんです。あなた方は私たちの捜査にケチをつける気ですか?」

「その通りです」

 

 警部の問答に神山は即座に肯定した。己を疑ってなどいないその迷いなき眼に白鐘警部は多少感心を示したが、すぐに笑い飛ばした。

 

「はははははっ、それは面白いっ!! 残念ですが、もう彼女を倫敦に引き渡す時間です。貴方の世迷言に付き合ってる暇は」

 

 

 

ドンっ!

 

 

 

 白鐘が言葉を言い終えようとした瞬間、波止場に停泊していた護送船から爆発音が聞こえた。そして、その事態を指し示すかのように、黒い煙が上がる。そんな突然の非常事態にまたも警官たちは慌てふためいた。

 

「ど、どうしたんだ!?」

「はっ、それが先ほど護送船の機関室から煙が……」

「なんだとっ!?」

 

 どうやら護送船に煙が出るほどの異常が出たらしく、船内はもちろん報告を聞いた一同が騒然となった。これではランスロットを護送できない。更に、修理には数時間かかると告げられた。

 

「誠十郎、首尾は上々」

「よくやったな」

 

 そして、騒然とする警察とは対照的に事後報告をしにきた少女とそれを労う隊長の姿が帝国華撃団にあった。突如現れたあざみに白鐘警部は何か察したのか、神山を憎々しげに睨みつけた。

 

「やってくれましたね……」

 

 白鐘警部が初めて表情を崩した。その迫力にお付きの部下は恐怖するが、そんなものは気にも留めず、神山は視線を戸惑う倫敦からの使者たちに向けた。

 

「倫敦の皆さん、このままでいのですか?」

「……何のことだ?」

「倫敦は現在市場に出回っている密輸品のせいで大きな打撃を受けていると聞いています。ですが、その事態を引き起こしたのはランスロットたち倫敦華撃団ではありません! ランスロットに密輸の濡れ衣を着せた真犯人がこの中にいるんです」

 

 さくらの発言に今度は倫敦側がざわざわとした。

 そう、ランスロットが調査していたのは自分たちの経済に打撃を与えた密輸品の調査のため。それは華撃団だけでなく倫敦全体となって追っていたはずだ。その犯人がランスロットではなくこの中にいる誰かとなれば、話が変わってくる。

 だが、

 

「ふん、その真犯人がこの女だろ。証拠は十分に揃っていると聞く。貴様らの話を聞く必要は」

「いいんですか?」

「なに……?」

「もし、ランスロットが犯人ではなく、この場にいる本当の犯人を取り逃がしたら、貴方はどう責任を取れるんですか?」

「ぐう……!」

 

 神山の指摘にこちらを見る倫敦の国務管の目の色が変わった。己の保身の話をされたこともあるのだろうが、今の発言は明らかに効果的だった。

 

「一体……それは誰だと言うんだ。貴様らの答えをきかせてもらおう」

「それは……」

 

 神山は質問の問いに答える前に一息入れた。これから自分たちが告発しようとしている名前は大きな意味を持つ。それは一歩間違えれば、自分たちも破滅へと追い込まれてしまう。だが、それでも自分たちはやるのだ。目の前で無実の罪に囚われている華撃団の仲間、ランスロットを助けるために。

 神山はこの場にいるさくらたち、そして今はこの場にいない悠を思い、覚悟を決めてある人物に向けて指をさした。

 

 

 

 

 

 

()()()()、お前だ!!」

 

 

 

 

 

 

 告発した相手が相手だっただけに、周囲がまたもざわつき始めた。

 帝都側はそんな訳ない、何を言っているんだと神山を非難するが、告発された本人は全く動揺していなかった。

 

「くくく……おかしな話ですね。なぜ帝国の警察たる私が彼女を貶めなければならないのです? 証拠でもあるんですか?」

「ありますよ」

「なに?」

「そろそろ来る頃だと思いますよ。貴方も予期しなかったものがね」

 

 

「おう、神山。連れてきたぜ、この証人をな」

 

 

 その時、タイミング良く別任務で行動していた初穂がその場に現れた。一緒に同行しているその人物は帝都の警察の制服に身を包んでいた。

 

「それは誰だ?」

「ははっ! 本官は帝都警視庁所属“原灰ススム”と申します! あの日、白鐘警部と共に事件を捜査したでありますからにしてええええっ!! 

 

 ビシッと敬礼したと思いきや、甲高い声にオーバーリアクションで捲し立てる警官に周囲は訝しげな表情になった。

 

「この方は事件の日に問題の貨物船の捜査に参加していた警官です。この方に先日お話を伺ったところ、面白い話を聞きました」

 

 現れた人物たちに周りは難色を示していたが、その中でも明らかに白鐘警部の顔色が変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日前、聞きたいことがあると警察署を訪ねた際に出会ったのが、この原灰警官だった。彼は倫敦華撃団の事件で現場になった船の調査に加わっていたという。この人物なら何か知っているはずだと神山たちは当たりをつけていたのだ。そして、その予感は的中していた。

 

「わ、私は……何も知らないでありますっ! あの初動捜査には参加したのは事実ですが、何もおかしいことなんてありませんでしたからにしてええええええっ!!」

 

 軽く質問しただけなのに己が取り出した手錠で首を絞めてしまうというこの異常な慌てよう。何かおかしいと感じた悠はリャナンシーの魔法を発動した。

 

「あああ~~~……うううううううう~~~……め、目がくらくらするでありますからにしてえええ~~~」

「おいおい、こいつ大丈夫なのかよ」

 

 初穂の言う通り、こんな警察に状態異常の魔法を使ってしまったことに若干後悔を覚えてしまった。だが、

 

「あ、あの……何か思い出したことはありましたか?」

 

 

 

「ああああ~~…………………………あっ、あああああああああああああああああああああああああああああっ!? 

 

 

 

 突然耳を塞ぎたくなるほどの奇声を上げる原灰巡査。あまりの大音量とオーバーリアクションに悠たちは仰天したが、次に原灰巡査から発せられる言葉に更に衝撃的なことを聞かされる羽目になる。

 

「は、はいっ!! じ、実は……言いにくいのでありますが……この度ランスロット卿が凶器として使ったとされているあのパイプ管……実は、本官が発見しましたからにして……」

「えっ?」

「それと……実は、本官……うっかり、その()()()()()()()()()()()()からにしてえええええええっ!? 

「はああっ!?」

 

 衝撃の事実。だが、情報はこれだけでは終わらない。

 

「し、しかも……本官、その時は職務中にも関わらず、小腹が空いてしまって……か、片手にチョコレートなる洋菓子を食べながら捜査してしまい……そ、その汚れてしまった手で、ぱ、パイプ管を触ってしまったからにしてええええええええええええっ!? 

 

「「「「………………」」」」

 

 もはや開いた口が塞がらない。大事な証拠品を迂闊に汚れた手で触るなど、警察でない自分たちでも重大な過失であることは分かる。こんな人物がよくぞ警察になれたものだ。

 

「おいおい、それちゃんと上司に報告したのかよ」

「そ、そうです! 貴方がそれを報告したら、ランスロットの罪も」

「し、したであります……本官もこれはまずいと思い、その後上司に報告したであります。しかし……そのから先の記憶がすっぷりと抜けちまって……本官、貴方たちに聞かれるまでこのことを忘れていたでありますからにして……」

 

 あまりの忘れっぷりにもう呆れてしまった。初穂など呆れを通り越して怒りを覚えたのか、今すぐにでも殴りそうな勢いな形相で原灰巡査を睨んでいた。

 しかし、悠と神山は今の発言に違和感を覚えた。たとえこの警官が空前絶後のポンコツであったにしても、上司に報告したことを忘れるだろうか。

 

「それに、少し奇妙なこともあるのです」

「奇妙?」

「はい、元々我々はあの船には調査ではなく、何故か捜査という名目で訪れたのです。その際に本官がパイプ管に触れちまった際に、その場にいた上司が現場にいたランスロット卿を逮捕したのです。まるで、このようなことが分かっていたかのように……」

 

 それは確かに奇妙な話だ。話では貨物船で物音がしたので張っていた警官が調査で貨物室を調べ、その過程でランスロットが発見されたと聞いている。それが最初から捜査という名目で訪れたというのはどうもおかしい。

 

「その上司というのは?」

「は、はい。それは本官の直属の上司でかつ、この帝都警視庁1の敏腕刑事であらせられる、()()()()()()であるからにしてええええええええええええっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 時は戻って現在、原灰巡査の奇妙な発言に周囲がざわめいた。この巡査は本当に警察なのかと疑ってしまう人間性が出てしまったが、今回の件に関しては重要な証言といえよう。

 

「ふっ、それがなんだ。単にその男の勘違いだったというだけでは?」

「そ、それが……本官だけでなく自分の他に初動捜査に参加した者たちが全員同じく記憶が混濁していたのでありますからにして……まるで、誰かが全員の記憶を操作したかのように……まさに、摩訶不思議であるからにしてええええええええええええっ!!

 

 大音声で告げられた事実に周囲は騒然とした。

 これはこの男の記憶が混乱していたとか忘れていたという次元じゃない。もちろん悠がリャナンシーのテンフラワーをかけたこともあるが、原灰巡査の他に初動捜査に参加した警官全員の記憶が同じように改竄されていたことが判明した。

 そのことを報告すると、一気に周囲の視線が問題の白鐘警部に向けられた。

 

「ふっ、それが何なんだ?」

 

 だが、白鐘警部は痛くも痒くないと言わんばかりに肩をすくめただけだった。

 

「そんな証言でこの女の無罪を証明できたとでも? 仮にその男のことが真実だったとしても、私以外の誰かが私に罪をなすりつけるために仕組んだかもしれない。それだけでは私がやったという証拠になりませんね」

「ええ、でももう一つあるんですよ。決定的なものがね」

 

「カミヤマ、来てもらったわよ」

 

 神山の発言と共に、帝国華撃団の第2矢が到着した。

 戦闘服に身を包んだアナスタシアと共に登場したのは白衣に身を包んだ女性だった。年齢は20代後半と見受けられ、頭にはピンク色のサングラスを掛けている。

 

「きみは……?」

「この事件の被害者の診察を担当した医師【宝月茜】さんです。この方によると、貴方方が持つ情報と違うものがあるんです」

 

 今度は担当医師がやってきたことに警察間の動揺が更に激しくなった。その事態を目にした倫敦の政務官はやれやれと呆れかえっていた。

 

「……警官の報告忘れに今度は書類ミスだと? 帝都の警察はこんなにも無能なのか?」

「ええ、本当に信じがたいことですが、嘘は受けませんし。そこの自国のことも解決できないお方の黙らせるために報告させていただきます」

 

 見た目によらずお偉いさんにもグサッと毒を吐いた彼女は静かにそう言うと、ページを開いた。

 

「被害者の重症の要因はパイプ管で脳天を打ち付けられた傷とありますが、それは間違いです。正しくは、()()()()()()()()()()()()()()()です」

「えっ?」

「背中に広範囲にかけての打撲跡が確認されました。どうやって改竄されたかは知りませんが、貴方方が持っている資料に記載しているパイプによる殴打ではこのような傷はつきません。ちなみにパイプ管による殴打痕はこの後につけられたものであると断定されています」

 

 宝月女医のはっきりとした発言に周囲は再び動揺が広がった。

 言われたみれば、確かにその通りだ。背中に広範囲の打撲となれば、パイプ管で脳天を打ち付けられたとは考えられない。考えられるのは落下によるケガ。つまり、被害者は墜落でケガをしたのだ。

 

「そ、そんなもの……こいつが被害者を突き落とした後にパイプ管で殴ったと考えれば済む話だろっ!」

「……供述によると、ランスロットは密輸の現場を掴むために、貨物室の置かれていた樽の中に身を潜めていたようです。ちょうど、船員さんの落下地点付近のね」

「なっ!? どうしておまえたちが……」

「ランスロットはどうやらここに張り込んで密輸の現場を押さえようとしていたらしいです。それはそちらの調書にも記載してありますよね?」

「それに、もし貴方の推測通りなら何故ランスロットは隠れていた場所に戻らなかったのでしょう? 被害者を落とした後にパイプ管で殴る必要もないですし、物音を出してしまったのですから、そのまま呆然としたままだったなんて、それこそおかしい話ですよ」

 

 宝月医師ではなく、資料を手にしたクラリスだった。国務管が何故こちらの資料を網羅しているのかと突っかかってきたが、それを無視してさくらが言葉を続けた。

 先ほどから口を挟んでくる倫敦の政務官の推理をさくらとクラリスが完全に看破した。してやったりと微笑むさくらに対して、政務官は再度の失言で悔しそうに顔が真っ赤だった。

 几帳面な書記官が書いたものゆえか、一蹴されそうなランスロットの話も記録していたらしい。つまり、ランスロットが樽の中に隠れていたのなら高いところから被害者を落とすのは不可能。現にそれを裏付ける証拠は発見されていると、調書にも書いてある。

 

「ちなみに、私が検査の報告をしたのは白鐘警部。貴方でしたよね?」

「!?っ…」

「貴方にこの結果を報告した後、”後は自分から下の者に伝えるから資料をもらうだけで結構”とおっしゃいましたよね? 帝都警視庁で信頼のおける人だから言う通りにしたのに、これは一体どういうことですか?」

「……………」

 

 痛いところを突かれたのか、先ほどの冷静な反論のなく黙り込んでしまった白鐘警部。

 察しの通り、彼女も例外なく記憶を改竄されていたのだ。悠のペルソナの力で記憶が戻ってから、何てことをしてしまったのだと頭を抱えていたほど落ち込んでいたのだから、その原因であろう白鐘警部を見つめる目は冷たい。

 ここが正念場と判断した神山は畳みかけるように追及する。

 

「つまり、話はこういうことです。犯人は船員を高所から突き落とした後、犯行不可能なランスロットに罪を着せるために偽の凶器、パイプ管をあらかじめ用意した。そして、それをパイプ管で殴った後にそれを現場に残した。それをランスロットに拾って貰うはずが、原灰さんが拾ってしまった。そこで、プランを変更してランスロットを強引に逮捕した。違いますか、白鐘警部っ!!」

 

 神山の怒涛の追撃に、周りの疑惑が一気に白鐘警部に集中する。

 ここまでくれば、白鐘警部の疑惑は確実なものになっただろう。すると、白鐘警部はうつむいたままであったが、観念したのかついに顔を上げた。

 

「ふふ、ふふふふふふ。良く調べたようですね。しかし、ここまでバレてしまっては隠し通せませんね、()()()()?」

「へっ?」

 

 だが、こちらの予想とは違い、視線を向けたのはまさかの原灰警官だった。

 

「貴方は私に報告した際に言いましたよね。“私が密輸犯で倫敦華撃団のランスロット卿と共謀していた”と」

「「「「なっ!?」」」」

「なななな何を……? ほ、本官は……」

 

 疑惑の目が自分に向いたとは思わなかったのか、原灰警官は慌てて涙目になってしまった。

 

「ま、まさか……」

「ええ、先ほど貴方たちが仰っていた通り、原灰巡査は記憶をなくしていた。ですが、彼は私を脅した際に言っていたんです。“自分はあまりに顔に出るから事件当時の記憶をなくす振りをする。だから、上手くそのことも隠し通すように。さもないとお前の立場も危ないぞ”と。だから、私は宝月女医や部下たちを欺くしかなかったんです」

「そ……そのような覚えは…………」

「でしょうね。あなたは自らその時の記憶をなくしてしまったんですから。しかし、安心してください。万が一の時に備えて、この方にその時の会話を記録してもらいましたから」

「なっ!?」

 

 白鐘警部はそう言うと、いつの間にか傍らに控えていた警官がその時の記録と称した書類を渡してきた。コピーとあるということなので見せてもらうと、確かに今白鐘警部が口にした内容がそのまま記載されていた。

 

「ははは、私は多少用心深い性分でしてね。部下に傍から記録してもらうのはやりすぎ化と思いましたが、まさかこの性分が役に立つ日が来るとは。お陰で、貴方の存在を公にできたことですしね」

「あば、あばばばばばばばばば……」

 

 突拍子がないが、あまりに具体性のある話に原灰警官は手錠を首に絞めて泡を吹いてしまった。その様子に次の疑惑が原灰警官に移ってしまった。

 まずい、この男は自分が罪を逃れるためにまた別の誰かに罪を着せようとしている。現にこの書類には信憑性がない。だが、自分たちにそれを証明する手立てがない。現に原灰巡査は記憶をなくしていた。記録という証拠を覆さない限り、その間にあったことなど確認のしようがない。

 

(くそっ……まだか鳴上。早くしないと……)

 

「さて、帝国華撃団の皆さん。貴方たちのお陰でもう一人の密輸犯を確保することができました。あとは我々に任せて大人しく」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「異議あり!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、どこからか放たれたその言葉にその場にいた人物の時が止まった。

 

「ふふふ、一度言ってみたかったセリフですわ」

「すみれさん!?」

 

 もはや頭打ちと思われた状況の中、颯爽と現れたのは帝国華撃団支配人であるすみれだった。傍らには悠とカオル、それに見知らぬ男性を引き連れていた。

 

「あ、あれは……!」

 

 だが、その男性を目視した帝都の警官たちは目を丸くして驚愕した。

 

 

 

「「「()()()()っ!?」」」

 

 

 

「「えっ?」」

 

 警官たちが口にした人物名に一同は言葉を詰まらせてしまった。

 一体どういうことだろうか。白鐘警部とはさっきまで自分たちと対峙していた男ではないだろうか。こっちは若々しい男性に対して、あちらは随分と衰弱している熟年の男性。間違えようにも間違えないはずなのだが。

 

「一体、これは?」

「我が神崎重工の探偵部、更には鳴上くんのペルソナの力を持って調べましたの。帝都の郊外にある小屋に縛られていたのを発見しましたわ。しばらく軟禁されていた故にこのように衰弱しておりますが、【白鐘直斗】警部ご本人と見て間違いありません。証拠に、彼の身分証もこの通り」

 

 すみれはそう言うと、男性はおずおずと懐から警察手帳を取り出した。開かれた身分証を見てみると、確かに名前が“白鐘直斗”となっていた。偽造したものではないかと考える者はいたが、警察の身分証はそう簡単に偽造できるものではない。現に、ちゃんと然るべきところに然るべき証明印が押されていた。

 これはこの人物が”白鐘直斗”であるという確固たる証拠だ。それに加えて、先ほどの反応通り帝都の警察たちの反応はまるで正気に戻ったというようなものだったので、間違いないだろう。

 

「となれば、そちらにいるお方はどちらの白鐘直斗警部なのでしょう? よろしければ、貴方の身分証も見せてもらってもよくって?」

 

 すみれの問いかけに件の白鐘警部?はそのまま動かず、だんまりとしてしまった。

 今度こそ、追い詰めた。ここまで決定的な証拠を突き付けられたのでは、反論のしようがない。

 未だにだんまりを決め込んでいるが、悠にはその正体は分かっていた。

 

 

「もう終わりだ、()()()。と言えばいいか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くくくくく……まさかここまで見破られるとは」

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、その場にいた全員に寒気が走った。視線が集まるその人物から邪悪な気配を感じた。この気配に帝国華撃団のメンバーは覚えがあった。

 

「我が名は【スクナヒコナ】、お察しの通り禍津日の一員です」

「やっぱりお前が」

「ええ、せっかくあの船員を傷つけて、倫敦華撃団にその罪をなすりつけて我々の計画を遂行する話がめちゃめちゃです。そうすれば、責任は全てそこの間抜けな役人に押し付けられ、我々は今まで通り勢力を拡大できるはずだったのに」

「……あなたが、ランスロットを」

「ですが、ここまで見破られては仕方ありません。落とし前をつけさせてもらいますよ」

 

 白鐘警部もといスクナヒコナはそう言うと、懐から禍々しい赤に染まったカードを取り出した。そして、それを握りつぶしたと思うと、周囲に大型の魔法陣が展開された。

 

 

 

 

Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!! 

 

 

 

 

「こ、降魔!?」

 

 突如、大量の降魔が出現したことにより波止場にいた他の船員たちや警官たちは対応できずにパニックになった。その元凶たるスクナヒコナは目の前の状況に邪悪な笑みを浮かべている。

 計画がご破算になった途端、全てをなかったことにしようと破壊工作を目論む敵の姿勢に対峙していた帝国華撃団は怒りを覚えた。

 

 

 

―カッ!―

「ペルソナっ!!」

 

 

 

 だが、最も怒りを覚えたのはこの男だった。

 状況を把握した悠がすぐさまペルソナを召喚して対応する。召喚したペルソナは先日解放したばかりの女教皇のペルソナ【ハリティー】。

 日本では鬼子母神として知られる女神で、元は人間の子供を食らうという邪悪な鬼。釈迦により百人いる我が子のうちの一人を隠され、戒められた後に改心して以来、子供の代わりにザクロの実を食べるようになった。そして、子供の成育を守る神へと変貌したという逸話を持つ。

 そのハリティーは召喚されて早々、降魔たちを自慢の冷気で凍り付け、次々と粉砕していった。悠の行動に続いて、帝国華撃団総司令のすみれが隊員たちに檄を飛ばした。

 

「神山くんたち、今すぐ霊子戦闘機に乗りなさい! 鳴上くんだけに負担をかけさせてはなりません」

「えっ! でも」

「安心なさい。すでに翔鯨丸であなたたちの機体を輸送してもらっています」

 

 すみれの言葉の後、いつの間にか上空に現れた強襲揚陸輸送空船【翔鯨丸・甲壬】から神山たちの霊視戦闘機が降下された。もしや、すみれはこのような事態を予測していたのではないかと確信するほどの手際のよさに神山たちは感服した。

 

「鳴上くんはそのままペルソナで迎撃しなさい! そして、ランスロットさんの安全の確保をっ! 決して犠牲者を出してはいけませんよ」

 

 はい、と力強く返答した悠は眼鏡をかけて学ランのボタンを全開にする。刹那、ハリティーから放たれた緑色の光が周囲を包み、再びハリティーの豪雪が再び降魔たちに襲い掛かった。そして、そこから悠は怒涛の勢いで降魔を駆逐し、事態に置いてきぼりにされているランスロットの元へと駆け出した。

 

「こ、このっ!!」

 

 だが、事態を把握しきれていなかったのはランスロットを囲っていた帝都の警官たちもだった。混乱して敵味方の区別がつかなくなってしまった者たちは疾走する悠を敵と誤認して切りかかる。

 

 

「二天一流、長剣四の型……“右受け流し”」

 

 

 しかし、悠は迫る白刃に恐れることなく腰にかけた護身用の日本刀を抜刀。神山に教授された型を用いて敵の攻撃を受け流した。

 そのまま悠は襲い掛かってくる警官たちを次々といなしていく。その様子に師範である神山とさくらは弟子の成長に感銘を受けていた。

 そして、警官と降魔たちを蹴散らしてついに保護対象のランスロットの元へと駆けつけることに成功した。

 

「き、君は?」

「大丈夫、もう安心してください」

 

 不安げにこちらを見上げるランスロットだが、悠の言葉に多少安心感を覚えたのか、表情が和らいだように見えた。

 頃合いだと思った悠は、ハリティーをチェンジして掌に青く光るタロットカードを顕現した。その時、

 

 

 

 

バアアアンっ!! 

 

 

 

 

「……っ!!」

「おっと、そうはさせませんよ」

 

 タロットを砕こうとした刹那、何かが悠の頬を掠めた。それにより精神を崩された悠のタロットカードは消えてしまった。

 見ると、スクナヒコナが悠に向けて拳銃を構えていた。

 

「貴方の内なる力は厄介ですが、こうして本人に攻撃を加えれば召喚は不可能」

 

 冷酷に淡々と話しながら“逃がさない”と言うように拳銃を突き付けるスクナヒコナに悠は動きを止めて歯ぎしりしてしまう。

 恐れていた事態が起こった。先日の『君の戦闘スタイルは言わば使い魔を使役して戦う対降魔向きだ。当然切れ者は使い魔の召喚者の君を叩けばいいと、君自身を狙ってくるだろう』という白秋の言葉が現実になった。

 これまでの戦いから、悠のペルソナが厄介だと認識した敵は召喚者である悠に狙いを定めたのだ。

 

「鳴上!!」

 

 霊子戦闘機に乗り込んだ神山たちが悠を援護しようと接近するが、その行く手を降魔たちが阻んだ。

 

「くそっ! そこを」

「おっと、貴方たちも動かないことです。下手をするとランスロット卿ごと彼を撃ってしまいそうです」

 

 くくくと笑うスクナヒコナ。その表情に悠の顔が更に険しくなった。

 先日のジライヤもそうだったが、こいつらの顔は全て稲羽の特捜隊のメンバーそっくりだ。たとえ偽者だと分かっていても、元の世界にいる大切な仲間たちの顔で他人を傷つけようとするなんて腸が煮えくり返る。

 

「それと、狙撃なんて考えないことです」

 

 その言葉に神山たちはハッとなった。

 どうやらあちらもこちらの情報は網羅したのか、出撃した機体にアナスタシアの無限がいないことで察したようだ。所定の場所で愛銃を手に狙撃の準備をしていたアナスタシアも存在がばれたことに舌打ちしてしまった。あちらがこちらの存在に感づいている。このまま狙撃してもいいが、相手が何かしてくるか分からない以上、手出しはできない。

 緊迫した状況の中でも降魔たちは波止場で暴れている。一刻も早くこの状況を何とかしなければ甚大な被害が出てしまう。

 

「わ、私のせいだ……」

 

 ここにきて、悠の背後で蹲るランスロットの心的に追い込まれる状況になってしまった。

 この事態を招いたのは全て自分のせいだ。自分のせいで倫敦華撃団の仲間はおろか、更には帝国華撃団のさくらたちにも被害を与えることになってしまった。

 

 

(私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ)

 

 

 自動的に追い詰められた表情をするランスロットを見て、スクナヒコナの笑みも邪悪になっていった。標的が絶望した際に見せる表情。それが彼にとって至極であり最高の愉悦なのだ。

 

 

 

 

「落ち着け」

 

 

 

 

 すると、割って入ってきた一声がランスロットの沈んだ心を引き上げた。

 

「落ち着くんだ、ランスロットさん。この状況は貴方のせいじゃない。むしろ、()()()()()()()()()()()()()()

「えっ……?」

「貴方は倫敦の人たちが苦しんでいるのを見ていられなくて、心に従って行動した。そのお陰で、あいつを表に引っ張り出すことができたんだ。貴方がしてきたことは間違いじゃない」

「で、でも……」

「たとえ、それを誰かが愚かだと蔑んでも、俺は貴方を肯定する。心が壊れそうになっても、支えてみせる!」

「!! っ」

 

 

「立ち上がれ、倫敦華撃団ランスロットっ!!」

 

 

 放たれた言霊がランスロットの絶望に染まった胸を打ち抜いた。

 ”貴方が居てくれてよかった”。そう言われただけで、目が涙で霞んでしまうほど嬉しかったから。この時、ランスロットは久しぶりに笑うことができた。

 

 だが、

 

 

 

 

バアアアンっ!! 

 

 

 

 

 それは、一発の銃弾に再び奪われた。

 

「それが最後の言葉ですか。何とも……情けないものですね」

 

 悠の言葉が気に障ったのか、もしくは始めからそうするつもりだったのか、スクナヒコナは唐突に引き金を引いた。成す術もなく銃弾は悠の胴体に直撃した。

 その瞬間を目撃した神山たちの表情が一気に青ざめる。ペルソナもましてや霊視戦闘機に搭乗していない生身で銃弾を食らったのだ。生きているわけがない。よしんば生きていたとしても生死を彷徨う重症となるだろう。

 そう皆が最悪の未来を想像する中、当人は

 

 

 

 

 

「……いたっ!」

 

 

 

 

「「「えっ!?」」」

 

 悠はまるで何かぶつかったくらいのリアクションでピンピンしていた。仕留めたと確信していたスクナヒコナもこれには激しく動揺してしまった。

 

「ふ、ふざけるな! 確かに銃弾は胴体に直撃したはずだ。死んでもおかしくないのに、なぜおまえは生きている? 化け物か、お前はっ!?」

「今だっ! アナスタシアさんっ!!」

 

 悠の叫びに我に返ったアナスタシアは構えていた引き金を引く。そして、放たれた銃弾はスクナヒコナの右手に直撃した。

 

「がああっ!?」

 

 銃弾が貫通したことによりスクナヒコナは苦痛の表情で跪く。その一瞬をついて、さくらとクラリスが目の前の降魔を一掃。刹那、あざみが一気に悠のそばへと接近し保護。その周囲で神山の無限が警戒態勢を敷いたことで悠とランスロットの安全は確保された。

 それを確認した初穂とアナスタシアはすぐさま波止場で暴れまわる降魔の掃討に繰り出した。

 

「悠、大丈夫?」

「いっ……な……何とか」

 

 機体から降りたあざみが悠の体調を確認する。銃弾が直撃したにも関わらず傷は打撲程度で済んでいる。更に、直撃した銃弾は何かダイヤモンド並みの鉱物に当たったかのようにへこんでいた。

 あまりに人間業ではない奇妙な事態に普段無表情であるあざみも驚愕を隠しきれなかった。

 

「鳴上、一体どういうことなんだ? さっき銃弾を受けたのに、軽傷で済んでるなんて」

「…………バフです」

「バフ?」

「ええ、俺のペルソナ【ハリティー】を召喚したときに()()()()()をかけていたんです。効果が切れるギリギリだったんで、ひやひやしました」

 

 そう、悠は先ほどすみれからの指示を受けた後、ハリティーの魔法の一つ【マハラクカジャ】を発動していたのだ。一定時間自身の防御力を上げるこの補助魔法で悠は銃弾のダメージを軽減していた。軽減したと言ってもそれなりの痛みは出る。表情には出ていないが、身体には尋常ではないほどの痛みが襲っていた。

 それでも、一発の銃弾を防いだ時点で神山たちにとっては驚天動地なことなのだが。

 

「ひやひやしたって……撃たれた時こっちがびっくりしたぞ。ちょっとは見てたこっちの身にもなってくれ」

「ははは……」

 

 確かに、そうかもしれない。現に一番近くで見ていたランスロットに至ってはこれでもかというほど目を真っ赤にしてこちらを睨んでいた。本当に申し訳ないと心から思う。

 

 

「ふ、ふざけやがって……こんな……こんなああ……」

 

 

 刹那、怨嗟の籠った声が背後から聞こえた。アナスタシアの狙撃で右手を撃たれ、激痛に悶絶していたスクナヒコナだ。傷は深そうだが、それ以上に状況をひっくり返されたことに相当腹を立てている様子だった。

 

「お前は次に“この化け物め”、と言う」

「“この化け物め”……なっ!?」

 

 某奇妙な冒険の主人公よろしく十八番の決め台詞で仕返しをする悠。スクナヒコナの殺気が更に上がったが、どっちが化け物だと思った。

 

 

 

 

「こ、このおおおおおおおおおおおおおおっ!? かくなる上はあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 その時、雄叫びを上げたスクナヒコナの周囲が黒い靄のようなものが発生し、次第にそれらは大きさを増し、スクナヒコナを中心に収束されていく。そして、

 

 

 

「はははははははっ! この姿ならば、私は無敵だあっ!!」

 

 

 

 スクナヒコナはシャドウ化した。案の定、その姿は直斗のシャドウに酷似していた。秘密結社のロボットを彷彿とさせる胴体とおもちゃのような光線銃。あれを見てすぐに老化の状態付与の地獄が蘇ったが、それでも立ち向かわなければならない。

 悠はよろけながらも神山と肩を並べてペルソナを召喚しようとしたその時だった。

 

「鳴上くん・誠十郎さん、ここは私に任せてください」

 

 応戦しようとした2人の前に現れたのはさくらの霊子戦闘機だった。

 

「天宮さん……でも」

「鳴上くんとランスロットの借りを、ここで返します」

 

 チャキっと刀を抜刀して構えるさくら。さくらの背後から感じる確固たる覚悟と気迫を受け、2人はこの戦闘を任せることにした。

 

 

 

 

 

「ふんっ、内なる力も扱えない分際で。彼の助力なしに私に勝てるわけないでしょう!」

 

 ペルソナ使いの悠ではなく、華撃団の一隊員が立ち向かってきたことに苛立ったのか、スクナヒコナは不意打ちに光線銃を発射する。反応できずさくらは光線をもろに受けてしまったが、ダメージも何も感じなかった。一体何だったのだろうと思ったが、すぐに攻撃に移ろうと攻撃態勢に入る。だが、

 

(な、なにこれ……?)

 

 一歩踏み出そうとした時、機体は動かなかった。これに焦ってどうにか動かそうにも、霊子戦闘機はびくともしなかった。その様子にしめたと思ったスクナヒコナはすぐさま銃弾で攻撃を開始する。さくらはそれに気づくことができず、それをもろに受けてしまった。

 

(一体……どうなってるの……?)

 

 最初の光線を受けてから何かがおかしい。機体どころか、さくらの身体事態の動きが鈍くなったどころか、普段より一つ一つの動きに対する負担が大きすぎる気がする。更に、どこか霊力が戦闘機に行き渡っていないような感じがする。

 どうなっているのか、ふと画面のモニターに映る自分の顔を見た途端、全てが判明した。

 

(きゃ、きゃああああああああああああああああああああっ!?)

 

 モニターに映っている自分の顔が老けていた。正確には伏せておくが10代の顔とは思えない。こんなもの、想い人の神山や弟弟子の悠には見せられない。これがこの一連の違和感の原因なのだと分かったが、これはどうしようもない。

 老化ということは全身の身体能力はともかく、霊力も格段に少なっていること。これでは霊子戦闘機を思うように動かせるはずがない。完全に詰んだ。

 

「くくく……いかがですか? 老化で思うように身体を動かせない感覚は」

 

 まさに電光石火。常人の目では追えぬ速度で攻撃を加えていく。さくらはその攻撃に対して反応することができず、まともに食らってしまった。

 

「きゃああああああっ!」

「さくらっ!?」

 

 強い衝撃を受けたさくらはそのまま波止場の壁に激突してしまう。機体の損傷はそこまで酷くはないが、パイロット自身の精神的・身体的ダメージは著しい。老化というのはここまでダメージが酷くなるものなのか。

 前回のジライヤを名乗る者の事件から分かっていたことだが、この敵は強すぎる。生身の剣術でも適わなかったのだから、シャドウ化した状態であればなおさらだ。今だってこうした状態異常のせいで劣勢に強いられている。今だってみんなには到底見せられない姿になっている上に体力的にも精神的にも限界が近い。

 

「くくく……これで終わりです」

 

 勝利を確信したスクナヒコナは勝ち誇ったように笑みを浮かべて銃を構えた。これで勝った。やはり自分の持つ“老化”の異常付与魔法は無敵だ。目の前の小娘を屠ったら、次はあの青年の番だと次の戦いへの意識を固めていた。

 

 

 それが、自身の敗因になるとは思わずに。

 

 

 

「……はああっ!!」

「っ……なに!?」

 

 

 悠長に構えて少しもしないうち、その刹那に自身の身体に痛みが起こっていた。斬られた感覚が全身を襲う。それを与えたのは……

 

「さくらだけを相手にしてると思ってたら、大間違いよ」

「き、貴様は……!?」

 

 手錠を掛けられたまま日本刀を手に取っていたランスロットだった。自身の獲物は取り上げられているため、悠が使用していた日本刀を使ったようだが、それにも関わらずスクナヒコナに対してダメージを与えられるほどの斬撃を繰り出せるようであった。

 

「今だよ!」

「いけっ! 【リャナンシー】!!」

 

 ランスロットの一太刀が決まった瞬間、悠はペルソナを召喚。リャナンシーの魔法【エナジーシャワー】をさくらに発動させ、彼女の老化状態を回復させた。更に、回復魔法【メディラマ】も発動したお陰で先ほどまでのダメージも軽減され、いつもの調子に戻っていた。モニターを見ると、いつもの若々しい顔に戻っている。これである意味、一安心だ。

 

「ありがとう、2人とも。お陰で……みなぎってきました!!」

 

 弟弟子に回復してもらったさくらは即座に動いた。スクナヒコナがそれに気づいたときにはすでに間合い。もう同じ手は食らわないと言わんばかりに、さくらはついにスクナヒコナに一撃を食らわせた。

 

「ぐおっ……ちっ!?」

 

 スクナヒコナは負けじと反撃を仕掛けるが、全てはじかれた。老化の魔法光線を撃たせる暇を与えることなく、次々に攻撃を繰り出していく。

 そこからは一方的だった。攻撃を躱され、カウンターを決められていくスクナヒコナは驚きを隠せないでいた。先ほどと動きが違う、否洗練されている。一体なぜこんなことにとスクナヒコナは疑問を感じずにはいられなかった。

 

 確かにスクナヒコナは強い。老化という異常付与魔法にしてもそうだが、前回戦ったジライヤと同等、それ以上に強い。だが、

 

(それでも、私の知っている強い人たちの方が強いっ!)

 

 己が目標とする想い人・ライバル、そして仲間たちなら絶対にこんな強敵と対峙する場面に入ってもくじけない。

 己の憧れであり、想い人でもある神山はこれまでもそうだった。どんな強敵だってあきらめずに戦い、華撃団大戦にて帝国華撃団を優勝にまで導いた。

 ランスロットの強さだって、昨年の華撃団大戦で直に味わった。ランスロットとの闘いだって、桜武の性能のお陰で渡り合ったに過ぎないので、勝ったとは思っていない。この無限でこの相手に勝てないようでは、ランスロットに勝てるはずがない。

 

 

 

「やあああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 そう心に刻んださくらはありったけの力でスクナヒコナにラッシュを叩き込んだ。

 

「ぐうっ……この」

 

 攻撃のラッシュを受けながらも反撃を試みるが、さくらはその隙を与えない。こちらが優勢だった状況が開始数分で一気に逆転されていた。

 

「ばかな……このスクナヒコナが……この私が…………こんな、小娘に……負けるなど」

 

 そうだ、本来ならこんな霊力が高いだけの小娘に負けるはずないのだ。それを許したのは、あの内なる力を行使する未来の青年のせいだ。

 その恨みを込めて攻撃対象をあちらに向けようとした時だった。

 

「鳴上くんとランスロットに指一本触れさせません!」

 

「ぐああああああああああっ!?」

 

 一瞬よそ見をしてがら空きになった胴体にさくらは強い一撃を叩き込んだ。不意に強い攻撃をもらったスクナヒコナは膝をついてしまった。

 

「好機っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼天に咲く花よ…敵を討て!

 

 

 

 

 

 

 

天剣 桜吹雪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……あああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 

 

 さくらの必殺技は見事に決まった。急所を的確に撃たれたスクナヒコナは存在を保つことができず、身体にノイズがかかったように崩れかかっていた。

 

「こ、この……恨みは……かなら……ず」

 

 微かな声をそう言い残したスクナヒコナは灰になって消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、終わった……」

「さくら、大丈夫か?」

「え、ええ……何とか」

 

 戦闘が終了した途端、今までにないほどの疲労感と倦怠感がさくらの身体を襲った。老化の異常付与を受けた影響なのか、戦闘が終了した後に一気にぶり返してくるとは思わなかった。

 それにしても、厄介な相手だったと思う。ランスロットと悠の助けがなかったら、一方的にやられていたに違いない。

 

「ありがとう、さくら……神山たち、私のために」

「そんなこと言わないで、ランスロット。私の方こそ、ありがとう」

 

 互いに感謝を示すように照れながらも握手して笑顔を分かち合うさくらとランスロット。

 

「それと、君に一番感謝しなきゃね。ええっと」

「鳴上悠です。気軽に番長とでも呼んでください」

「えっ?」

「おいおい、あれだけえらい目に遭って随分余裕だな」

 

 一番の功労者かつ最もダメージを負った割には余裕な会話をかます悠に初穂は思わず呆れてしまった。だが、ランスロットは思案顔でジッと悠の顔を見つめた。

 

(この子、やっぱり不思議。霊子戦闘機を使わずに降魔を倒した能力もそうだけど、あの刀……)

 

 ランスロットが目を向けたのは先ほどスクナヒコナに攻撃した際に使用した悠の日本刀。霊子戦闘機なしでも相当な実力を持つランスロットでさえ十分に扱えなかった。というより、その刀自体に意志があるような感じがした。だからなのか、その刀はランスロットに扱われることが嫌だったのか、ランスロットにとって十分な力を発揮できなかった。

 そんな不思議な刀を使いこなせる技量、更には沈みかけた自分の心を救い上げてくれた精神を持つ悠に戦闘狂と恐れられるランスロットの好奇心をくすぐるのに、十分過ぎた。

 

「ねえ悠、私と手合わせしてよ」

「えっ?」

「君の剣の腕、興味あるんだよねえ。まるでさくらに初めて会った時と同じでワクワクしたというか。とりあえず、早速やろう!」

「え、ええっと……」

「頼むからここでは勘弁してくれ。それに、その前にやらなきゃいけないことがまだあるんだからさ……」

「むっ……」

 

 事件の黒幕であったスクナヒコナを倒したとはいえ、まだ一連の密輸事件は終わっていないのだ。ランスロットは無実を証明されたとはいえ、今後倫敦華撃団として事件解決にかかりっきりになるだろうから、その事件が終わった後でどうだと神山は提案する。

 神山の仲裁に流石のランスロットの不服ながらも引いてくれた。

 

「それじゃあ、いつものあれをやりましょうか」

 

 いつものあれ、と聞いて皆は示し合うかのように頷いた。そして、是非ともランスロットも一緒にと、こちらを見守るように見下ろす翔鯨丸に向かって、花組一同は一斉に顔を上げた。

 

「行きますよ」

 

 

 

 

 

「「「勝利のポーズ! 決めっ!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日談

 

「それでは、無事に今回の事件の原因となった密輸犯たちは全員逮捕されたと」

「ええ、疑いの解けたアーサーたちが頑張ったお陰らしいです」

 

 あの事件から一週間、事態は収束に向かっていた。神山は今回の事件の全貌を話すべく、帝劇の食堂を訪れていた白秋とテーブルを囲っている。

 疑いを掛けられたランスロット、及び倫敦華撃団の無実は証明され、晴れて通常業務に戻ることができた。そして、黒幕であるスクナヒコナが倒れて組織として機能しなくなった密輸犯たちは全員倫敦華撃団に捕まった。

 この手柄に、今まで倫敦華撃団を密輸犯だと疑っていた人々は認識を改め、本部まで謝罪しに行った事態が急増していると先日アーサー本人から聞いた。その時のアーサーは先日見たやつれた顔と違って生き生きと爽やかだったのを記憶している。

 改めて、ランスロットの無実のために頑張ってよかったなとこの時思った。

 

「そういえば、君たちが助けたランスロット卿はどうしたんだい? 君の話では、密輸犯たちの逮捕には彼女が大方貢献したとのことだが」

「ああ、そういえば……」

 

 先日のアーサーとの通信の際にランスロットの話題になった途端、先ほどの爽やかな表情とは一変して困ったような仕草を見せていた。一体あれはなんだったのだろうと思ったその時だった。

 

「た、大変です! 誠十郎さんっ!!」

 

 突如、食堂のドアが勢いよく開き、慌てた様子のさくらが駆け込んできた。

 

「さくら、どうしたんだ? そんなに慌てて」

「な、鳴上くんが……」

 

 その時、中庭からドカンと大きな衝撃音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの、もう終わり?」

「はあ……はあ…………い、いきなり……」

「ほらほら立った立った。もう一本行くよー!」

 

 さくらに連れられて来てみると、その中庭で悠と倫敦にいるはずのランスロットが試合をしていた。一方的にやられたのか、すでにボロボロな悠だが、それにも関わらずランスロットは容赦なく剣劇を叩き込んでいた。

 悠が静止を懇願しても、まだ続けようとするランスロット。もはや鬼畜の所業と言わざるを得ないので、慌てて仲裁に入った。

 

「ら、ランスロットっ! 何をやってるんだ!」

「おお、神山―! それにさくら、久しぶりー! 元気にしてたー?」

「いや、そうじゃなくて……鳴上くんに何を」

「ああ、悠のことね」

 

 ランスロットはそう言うと、痛めつけられて呼吸を整えている悠を引き上げたかと思いきや、急に腕を抱きしめた。その行為にも驚いたが、その後に更なる衝撃的な発言が飛び出した。

 

 

 

「ねえ神山、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「「はあっ!?」」

「ふむ…」

 

 いきなり現れた上にとんでもないことを言い出したランスロットに混乱が止まらない。悠のテンフラワーが掛けられたわけでもないのに。そんな神山とさくらの動揺を露知らず、ランスロットは喜々と話を続けた。

 

「悠と戦うのが楽しみ過ぎて、ささっと密輸犯共を潰して来てみたらさ、全然だったもん。さくらの鍛え方が足りないせいかもしれないけど」

「なっ!?」

「でもね、悠はまだまだ発展途上ぽいからさ、それなら私の元で鍛えた方がいいかなって。きっと凄腕の剣士になるかもしれないし、こうしてみると可愛いし鍛えがいがあるなって」

 

 まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように話すランスロットだが、その言葉を聞いた悠は恐怖した。冗談じゃない、今だって散々痛めつけられたのにあれが毎日続くなんて耐えられるわけがない。

 

「ほほう…彼女もまた見どころが良い。確かに、彼が彼女に元で育てれば、更に強くなるだろうな」

 

 そして、何故か半眼でむくれているさくらを見ながら、愉快そうに白秋がそんなことを言い出した。これには神山も悠が不憫だとそろそろ止めようとした時だった。

 

 

「ダメですっ! 鳴上くんは私の弟子なんです!」

 

 

 師匠の言葉とランスロットに“鍛え方が足りない”と言われてカチンときたのか、対抗するようにさくらがもう片方の腕にしがみついてきた。

 

「あ、あの……天宮、さん?」

「ええ、確かにランスロットの言う通り、今までの鍛え方では足りなかったかもしれません。だから、それを踏まえて更に私が鍛えてあげます! 誠十郎さんの型も様になってきましたから、もっともっと師匠である私が鍛えてあげないと。ランスロットじゃ、鳴上くんが壊れてしまうかもしれないですし?」

「へえ~……でも、私の方がさくらよりもっと頑丈に鍛えることができるよ。さくらの3割増しで」

「わ、私だってランスロットより3割増しで強くしてあげますっ!」

「ねえ悠、どっちがいい? 当然、私だよね?」

「わ、私ですよね! 鳴上くんっ!?」

 

 突如始まったラブコメのような展開に悠は状況の整理が追い付かなかった。しかし、思うのは一つ。

 

 

(何だ、この二択はっ!?)

 

 

 こんなのどっちに転んでも地獄しかない。選ぶのは、どっちの地獄がマシなのかということだけだ。助けを求めようと神山に顔を向けるが、当人は巻き添えを恐れたのか、すでに中庭から逃亡していた。白秋は白秋で面白そうに傍観しているので、当てになりそうにない。

 

 

 

「「さあ、どっち(ですか)!? 悠(鳴上くん)っ!!」」

 

 

 

 迫りくる地獄の使者たちからの選択。状況が最悪であれ、選ぶしかない。ここは……

 

 

 

 

 

「りょ、りょうほう……?」

 

 

 

 

 

 

 それから一日中、帝劇の中庭から苛烈な剣戟音ととある青年の悲鳴が響き渡ったという。

 

 

 

 

 

ーto be continuded




次回予告

いやあ、鳴上が来てから事件が続きで起こってんな。
って、倫敦華撃団の次は上海華撃団かよっ!?
一体何で華撃団が狙われたんだ?


次回、Persona4 THE NEW SAKURA WARS


【激震!龍虎激突】


太正桜に浪漫の嵐!



パワー勝負なら、あたしは負けねえぞっ!


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