ありふれた職業と共に一刀両断!! (籠城型・最果丸)
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第一章 日常、そしてトータスへ
第一陣 白昼神隠


どうも、ハーメルン初投稿です。ハーメルンでありふれたの二次創作小説を見させて頂いて自分も書きたくなり、アカウントを作って書きました。一応禁止事項に引っ掛からないよう注意を払っておりますが、見落としがあるかもしれません。そこは予めご了承ください。


奈落を力なく落ちていく者が一人、その腹には刺し傷があり、血が滲んでいる。腰には刀を一振り差し、まるで侍のような恰好をしていた。

 

彼は涙を零しながら落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、ごめん……」

 

全ての始まりは、或る日の月曜日に起こった。

 

 

 

 

 

早朝、一組の男女が一緒に歩いていた。

 

「こうして二人きりで一緒に歩くのって、何時振りだろうね」

 

頬を赤らめて歩いている女子の名は滝沢膵花(たきざわすいか)。縹色のロングヘアーに藍色の瞳、小ぶりでシャープな鼻に桜色の唇が絶妙な配置で並んでいる少女だ。

 

その隣にいる男子は辻風来(つじかぜらい)。髪を黒く染めているが、所々茶髪が見えている。瞳は綺麗な空色をしている。

 

二人は八重樫流道場の門下生である。そして南雲家で書生兼お手伝いさんをしている。

 

剣の腕は、二人共優れていた。全国大会に出場する程の腕前だ。そして二人共全国大会を制している。反則行為は一度もしたことがない。

 

「本当、凄く久し振りな気がするよ」

 

来がそう言うと、膵花は彼と腕を組む。まだ高校生ながら、既に婚約をしている。法的にはまだ結婚は認められていない年齢なのだが、二人はまるで、長年連れ添って来た夫婦のように語り合う。

 

「まだ時間はあるみたいだし、ちょっと公園に寄ってみようか」

「うん」

 

そして二人は誰もいない公園に寄り、ベンチに座る。

 

「ねぇ、来君」

「何かな?」

「今度の休みの日にさ……二人でデートしようよ」

「うん、喜んで」

「ありがとう」

 

デートの約束をし、顔を近づける。

 

「「……んっ……」」

 

そして髪が触れ合い、唇が重なる。二人はしばらく続けた後、唇を離した。

 

「そろそろ行こうか」

「うん♡」

 

膵花と来の二人は手を繋ぎ、学校へ歩いて行った。

 

 

教室に入ると、教室がざわついた。学年でもトップクラスの美少年と美少女が共に入って来たのだ。膵花と来は何事も無かったかのように席に荷物を置く。

 

「おはよう、膵花ちゃん、辻風くん」

 

二人に挨拶したのは白崎香織という女子生徒だ。彼女は膵花と共にクラスの三大女神と呼ばれている。

 

「「おはよう、香織ちゃん(さん)」」

 

流石膵花と来、息ピッタリである。

 

「おはよう、膵花、辻風君」

「おはよう、膵花。今日も君は綺麗だね」

「よっ、辻風」

「おはよう、雫ちゃん、天之河君」

「おはよう、龍太郎」

 

挨拶した順に八重樫雫、天之河光輝、坂上龍太郎。雫は八重樫流道場の令嬢であり、しばしば雑誌の取材を受けているほどの実力の持ち主。かつて来に本気で勝負に挑んだところ、呆気なく敗れてしまった。しかしそれでもなお、『現代に現れた美少女剣士』の称号は健在だった。ちなみにクラスの三大女神でもある。

 

天之河光輝は膵花や来と同じく八重樫流道場の門下生である。こちらの実力も来より下である。クラスでは成績優秀、スポーツ万能、おまけに容姿端麗と好印象の三拍子だ。来と同じくらい女子に人気がある。しかし思い込みが激しく、更に自覚もないことから、来と膵花からはあまり好印象を持たれていなかった。そして先程膵花の美貌を誉めたが一部男子生徒とは違い下心は皆無である。どうやら光輝は香織と雫、膵花に気があるようだ。香織と雫に関しては幼馴染だから、膵花に関しては道場で自分のいる方にいつも笑顔を向けているから、というのが理由だ。しかし、その時の膵花は光輝の後ろにいた来に笑顔を向けていたのだった。

 

最後に坂上龍太郎、ガタイが良くて脳筋であること以外特筆することはほとんどない。190cmの龍太郎ですら来には勝てなかった。ちなみに来の身長は183cmとこちらも高い方だった。来が龍太郎を打ち負かして以降、二人はそれなりに仲が良くなった。

 

始業のチャイムが鳴る直前に一人の男子生徒が教室に入って来た。名を、南雲ハジメという。割と何処にでもいそうな普通の男子高校生である。

 

「よぉ、キモ…」

 

最後まで言い終わることなく来に悶絶させられたのは日常的にハジメにちょっかいを掛けている檜山大介他三名だった。この後彼らはお昼休みまで休憩時間の度に悶絶させられることになる。いきなり悶絶させられたのか、周りの女子生徒はおろか、男子生徒まで恐怖で震えていた。クラスが恐怖で包まれる中、ハジメに香織と膵花、来、雫が挨拶した。

 

「おはよう、ハジメ。今日は随分と遅かったね」

「南雲くん、おはよう! 今日はギリギリだったね」

「おはよう、ハジメ君。また徹夜したの?」

「南雲君、おはよう。毎日大変ね」

「香織、膵花、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に二人は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気のない奴に何を言っても無駄だと思うけどなぁ…」

「あ、ああ…おはよう。白崎さん、膵花さん、来、八重樫さん」

 

檜山達とは違い、香織は好意を持ってハジメに接している。そしてそれは膵花と来も同じ。幼い頃から家族として暮らしてきたハジメを気遣っている。膵花と来はハジメにとってたった二人の親友だった。

 

「確かに授業態度は良いとは言えないが、彼も彼なりに努力はしているんだ。そう悪く言うのは止めてくれないか」

「おっと、そうだったな。悪ぃ」

 

光輝とは違い、龍太郎はまだ良識のある方だった。だから来とも仲良くなれたのだろう。

 

基本授業中寝ているハジメは膵花と来から勉強を教わっている為、成績は光輝を抑えて三位である。しかも最近は休憩の度にコーヒーを飲まされ続けているので授業中寝ることが少なくなり、授業態度も改善しつつあった。

 

順位はこんな感じ。

 

順位

1位 辻風来、滝沢膵花

3位 南雲ハジメ

4位 天之河光輝

5位 白崎香織

 

 

 

 

 

お昼休み、膵花と来は眠っているハジメを起こした。

 

「ハジメ君、一緒にお昼食べよ?」

「ああ、もうお昼か。じゃあそうさせてもらおうかな」

「ふふふ、今日は全部来君が作ってくれたんだよ」

「そうなんだ。来の料理かぁ、楽しみだなぁ~」

 

するとそこへ、香織も近寄って来る。

 

「三人ともこれからお昼? よかったら私も一緒に食べていい?」

「「うん、いいよ」」

「あ、うん……」

 

三人は快く(ハジメは渋々)了承しようとしたが、そこへ光輝が割り込んできた。

 

「香織、膵花、こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。折角の香織と膵花の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

それを聞いていた膵花と来は不愉快で堪らなかった。

 

「天之河、香織さんが僕らと一緒に食べるのに何で君の許可が要るんだ? 彼女の弁当は君のじゃないだろう?」

 

来は少々眉間に皺が寄った状態で光輝に訊き返した。

 

「そうだよ、なんで光輝君の許可が要るの?」

 

香織の反撃に思わず雫も噴き出した。光輝は困り顔になる。見苦しいことこの上ない。

 

「そ、そういうつもりじゃ…俺はただ……」

「天之河君、そんなに香織ちゃんがハジメ君と一緒にお弁当を食べるのが嫌なの? だったらはっきり嫌だって言ってよ。あと、私のお弁当は来君が作ってくれたんだよ?」

 

 

 

何ということもない、ありふれた日常。しかしそれは、唐突に終わりを告げるのであった…

 

 

 

 

突如光輝の足元に円環と幾何学模様が出現した。それはやがて輝きを増し、教室全体に広がる。

 

「皆、教室から出て!」

 

未だ教室に残っていた畑山愛子先生が叫んだのと同時に魔法陣の光が教室を包んだ。光が収まると、人の姿は跡形も無く消え去っていた。

 

とある高校のとあるクラスは、この世界から姿を消してしまったのだ。しかし、この時はまだ、誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がいることに……




後書きは次回予告の欄にしようと思っています。

次回
第二閃 異界転移


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第二陣 異界転移

どうも、コロナのおかげで絶賛籠城(引き籠り)中の最果丸です。小説投稿の仕方は同じ日に三話連続で投稿する、という形式でやらせてもらいます。ただ、他の人より三倍ほど更新に時間が掛かりますので、予めご了承下さい。


光が収まり、クラス全員が目を開けると、そこは先ほどまでいた教室とは異なる場所だった。ほとんどの者が動揺でざわついている中、足音を聞いた膵花と来がクラスを庇うように立った。

 

台座の前にいた者達の中から、烏帽子を被った七十代の老人が歩み寄って来た。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖都教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

イシュタル・ランゴバルドと名乗ったこの老人が纏う覇気は強いものだった。皺が無ければ五十代と見間違うかもしれなかった。クラスの者達が少し落ち着いてきたところで大広間へと集められた。

 

 

 

全員が着席したところでメイドが飲み物を給仕した。ハジメは思わず凝視しそうになったが悪寒と共に脇腹を木刀で思いっ切り突かれた。ハジメが悶絶している傍ら、先ず口を開いたのは膵花だった。

 

「改めて聞くわ。イシュタル・ランゴバルド、何故私達をこの世界、トータスに呼び寄せたの?」

「あなた方を召喚したのは我々聖都教会が崇める唯一神エヒト様でございます」

 

そこからイシュタルの説明が長々と為された。トータスという名のこの世界は人間族、魔人族、亜人族の三種類の種族が存在し、人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配し、亜人族は東の樹海でひっそりと暮らしている。人間族と魔人族は数百年に渡って争いを繰り広げていた。魔人族は個の力、人間族は数の力で対抗していた。実際、ここ数十年大きな争いは起こっていない。それだけならよかったのだが、魔人族が魔物を使役しだしてから人間族は劣勢に追い込まれ、滅亡するのも時間の問題だという。そのために彼らが呼び寄せられたのだ。

 

膵花と来は考察していた。

 

「(聖都教会の崇める唯一神エヒトがこの世界を創ったのなら、魔人族も創ってるってことだよね? 何故戦争を野放しにしているの?)」

「(この状況を楽しんでいるとしか思えないな。でもこれはあくまでも推察でしかない。膵花、引き続き様子を見よう)」

「(うん)」

「そこのお二方、先程から難しい顔をしていますが、どうなされましたか?」

 

突然イシュタルが二人に対して話しかけてきた。膵花と来は背筋が凍りついた。

 

「「い、いえ! 何でもありません!!」」

 

それからイシュタルの話は続いた。魔人族を滅するためにクラスは呼び寄せられたのだという。無論、抗議の声が出ないはずもなく。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! 貴方達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

愛子先生は生徒のために怒った。今頃行方不明になっていることに誰かがもう気づいているだろう。

 

「イシュタル殿、僕達が元の世界に戻るには魔人族を打ち倒さなければならないのか?」

「左様でございます。あなた方が帰還できるかどうかはエヒト様の御意思次第ということですな」

 

再びクラスが騒めき始める。それを断ち切ったのは膵花と来の二人だった。

 

「イシュタル殿の言った通り、僕達が元の世界に戻る為には戦争に参加しなければならないでしょう。だが必ずしも全員参加する必要はありません。神の使徒として魔人族と戦うにしろ、戦いを避け帰還方法を探すにしろ、それなりの覚悟は必要です」

「戦争に参加することは、人を殺めてしまうことになってしまいます。魔人族といえど、心は私達と何ら変わりないでしょう。彼らにも家族や愛する者がいます。それでも貴方達は戦争に参加しますか?」

「「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、貴方達にはありますか?」」

 

クラスが沈黙する中、一人が声を上げた。天之川光輝だ。

 

「膵花、辻風、俺は戦う。この世界は俺達の救いを必要としている。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が皆も世界も救ってみせる!」

「天之河君、本当に覚悟はあるの?」

 

膵花としては物凄く心配である。それが生半可なものでないことをただ祈るだけだ。

 

「当たり前だ。俺は勇者なんだ。人々を救わない道理は無い!!」

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

光輝に続き、龍太郎、雫、更に香織まで賛同する。愛子先生はというと……涙目になっていた。

 

愛子先生の抵抗も虚しく、全員が戦争に参加することになってしまった。

 

 

 

翌日、戦闘訓練と座学が始まる前、ハイリヒ王国騎士団長メルド・ロギンスからある物を手渡された。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ? プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

聞き慣れない単語に光輝が質問をする。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

メルドの指示通りに、全員がプレートに血を擦り付けた。すると、ステータスが表示された。

 

 

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・剣術・言語理解

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滝沢膵花 17歳 女 レベル:1

天職:幻術師

筋力:240

体力:270

耐性:240

敏捷:280

魔力:740

魔耐:250

技能:水属性適正・炎属性耐性・回復魔法・魂の回廊・思念通話・剣術・幻術・妖術・龍化・魔力感知・言語理解

===============================

 

 

 

「…気にしないでハジメ君。これから強くなっていこう」

 

ハジメの弱すぎるステータスを見てもなお、膵花はハジメを励ましていた。ハジメは一瞬心が彼女に傾きかけたが踏みとどまった。何て言ったって、膵花には来という想い人がいるのだ。

 

ステータスの報告に光輝、来が前に出た。

 

 

 

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天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

===============================

 

 

 

流石勇者、一言で言えばチートの権化だった。ハジメとは天と地ほどの差がある。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……」

 

メルドは来のプレートに目を通した。ステータスを見て思わず二度見をしてしまう。

 

 

 

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辻風来 17歳 男 レベル:1

天職:剣士

筋力:250

体力:270

耐性:240

敏捷:1000

魔力:720

魔耐:240

技能:雷属性適正・全属性耐性・剣術[+抜刀術]・剛腕・先読・気配感知・気配遮断・龍化・魔力感知・自己再生・魂の回廊・思念通話・昏睡覚醒・錬成・言語理解

===============================

 

 

 

こちらもチートの権化であるが、ステータスだけ見れば光輝がちっぽけに感じてしまうだろう。魔力は720と非常に高く、敏捷に至っては四桁に達していた。所々効果のよく分からない技能があるが、戦闘系の職業である剣士としては珍しく、ハジメと同じく錬成のスキルを持っていた。

 

「ふむ……レベル1で既に勇者を超えたステータスか。この差は一体何なんだろうな」

 

そして、来は膵花とハジメの許へ歩み寄った。

 

「ハジメ、膵花、ステータスはどうだった……ハジメの方はそっとしておいた方がいいね、こりゃ」

 

来のステータスは膵花だけが見た。反応の方は、目が輝いていた。

 

「流石来君だよ! ()()()()()()()()が見られるなんてね、私は安心したよ」

 

気になってハジメが来のステータスを覗いてみると、錬成という技能を持っていることに気づいた。

 

「(いろいろ規格外だよね、来って)」

 

 

それから二週間が経過した。ハジメは来から剣術を教わっていた。元の世界でも息抜き程度に教わっていたので上達は早かった。だが戦闘訓練の厳しさはそれとは比べ物にならなかった。

 

今ハジメは訓練場で来と剣術の稽古をしていた。ハジメは王国から支給された剣なのに対し、来はなんと木刀で対抗している。殺傷能力で言えばハジメの方が圧倒的に有利だ。だが……

 

「甘い!」

 

来はハジメの一撃をあっさりと躱し、木刀で腹に一撃を入れた。ハジメは床にうずくまり、悶絶していた。ハジメがその状態にも拘らず、来は無慈悲にも木刀で無理矢理叩き起こす。

 

「ほらほら、打ち返して来い!!」

 

ハジメはゆっくりと立ち上がり、来に向かって剣を振り下ろした。来は身体を捻って避けた。が、髪の毛が何本か切られた。

 

「……よし、今日の対人戦はここまで」

 

来は自分の髪の毛が切られたことを確認すると、その日のハジメとの戦闘訓練を終えた。ハジメは床に倒れ込み、息遣いを荒くしていた。

 

「初日から随分成長したじゃないか」

「ありがとう、来。頼まれていた武器、出来たよ」

 

来はハジメから刀と手裏剣、苦無と短刀を受け取った。他にも携帯用の金床とハンマーもハジメから受け取る。万が一武器を全て失った時の為に作り直せるように、というハジメの日頃の感謝の表れである。ちなみに雫にも刀を一振り用意しており、これから彼女に手渡す予定である。

 

「そうか、ありがとう。錬成の方も腕が上がっているな」

 

傍から見れば拷問のような戦闘訓練でハジメのステータスは一部が大幅に上昇した。

 

 

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:7

天職:錬成師

筋力:30

体力:42

耐性:58

敏捷:26

魔力:34

魔耐:27

技能:錬成・剣術・言語理解

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防御の方は()()()()()()()()()()()()()()のでかなり伸びた。訓練が始まってからは毎日打撲の痕が付くようになり、治癒師の香織が凄く心配し、それを見た光輝が愛子先生に告げ口して共に来に説教したのは言うまでもない。

 

 

ハジメが膵花と一緒に図書館で本を読んでいると、檜山率いる小悪党四人組がやって来た。そしてハジメを訓練場へ無理矢理連れて行く。

 

「南雲、お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」

「ちょっ、檜山言い過ぎ!いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」

「なんで毎回訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」

「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね? ここならアイツもいねぇし」

 

いい加減ハジメも我慢の限界に達しつつあった。自分達は真面目に努力しているわけでもないのに人を無能呼ばわりして痛めつけるのが忌々しかった。

 

「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」

 

ブチっ。

 

ハジメの中で、何かが音を立てて切れた。()()()()()だ。

 

クラスメイトが見て見ぬふりをしているのをいいことに檜山が殴りにかかる。だが、来の一撃と比べれば圧倒的に遅い。ハジメはそれをあっさりと躱し、檜山の腹に膝蹴りをお見舞いする。

 

「……無能の分際で俺に歯向かうんじゃねぇ!」

 

そのことが檜山の怒りを買った。今度は四人がかりでハジメに飛び掛かった。

 

「無能なのは()()()()だろ?」

 

ハジメは剣を床に置き、回し蹴りで檜山達を薙ぎ払った。すると…

 

「何やってるの!?」

 

突然飛び込んできた怒号にハジメは剣を鞘に仕舞った。直後、香織や雫、光輝に龍太郎、膵花と来が駆け寄った。

 

「南雲くん!」

 

すぐさま香織がハジメに駆け寄る。だがハジメは全くの無傷だった。

 

「大丈夫だよ白崎さん。来から体術を教わったおかげでボコボコにされずに済んだから」

 

ハジメから来の名が出た瞬間、光輝の目線が来に移った。

 

「辻風、もう一度聞く。お前一体南雲に何を吹き込んだんだ!?」

 

それに来は冷静に答える。

 

「僕はただハジメの訓練に付き合っただけだけど。ハジメは無闇に乱暴を働く奴じゃない」

「檜山達が怪我してるんだぞ! 今のは完全に南雲が悪い!」

 

途端に来の声が冷たくなる。

 

()()()()()? 檜山達はハジメを散々虐めてきた。その度に僕と膵花の二人で止めに入った。では逆に聞こう。今まで君達がハジメへの虐めを止めたことがあるのか?」

「そ、それは…」

 

ここで膵花も加わる。

 

「ねえ天之河君。どうしてハジメ君の味方をしようと思わないの?」

「それは南雲が図書館で本を読んでばかりでほとんど訓練に参加しないから…」

「ハジメ君は本当に図書館で本を読んでばかりなの? ほとんど訓練にも参加しないの? 違う、私は知ってるよ。ハジメ君が誰よりも一生懸命に皆の役に立とうとしているのを」

「それだとしても、毎日南雲の体がボロボロなのはおかしい。きっと辻風が痛めつけてるんだ」

「来君の稽古は厳しいけど、それはハジメ君が頼んだことなの。あれくらい厳しくなきゃ、強くなれる気がしない、って」

 

光輝のご都合主義には昔から頭を悩まされてきた。

 

「膵花……やっぱり君は優しいんだね。南雲と辻風を庇うなんて…」

 

その言葉で膵花はカチンときた。彼女がカチンとくること自体、とても珍しいのだ。そして光輝の頬に平手打ちをする。

 

「庇ってなんかいないよ!! 私だってハジメ君と一緒に本を読んだりして魔法も覚えてるんだもん! それに私は来君を愛してるんだから! あといい加減私のことを名前で呼ばないでくれる? 来君とハジメ君、香織ちゃんと雫ちゃん以外には名前で呼ばれたくないの!」

 

遂に光輝に対して嫌悪感を隠すことなく堂々と示してきた。遠回しに光輝のことが嫌いと言っているようなものだった。なのに、当の本人と来れば……

 

「そうか、君は辻風と南雲に洗脳されているんだな? だとしたら、君が俺のことをあまり好ましく思ってなかったように見えたのも説明がつく。南雲はなんて卑怯な奴なんだ! 一人だけ辻風に鍛えて貰って抜け駆けしようだなんて……辻風も、訓練に参加する日数が少なかった。まさか訓練に参加してない日は君の洗脳を確実なものにしようとしていたのか? やはりここは俺が皆の目を覚まさせてやらなければ! 待ってろ膵花。今俺が救ってみせる!!」

 

檜山達ですらドン引きするほどの独断と偏見に満ちた台詞を吐く。ちなみに檜山達は光輝が膵花をカチンとさせたところから目を覚ましたが、光輝の「今俺が救ってみせる!!」が終わったところで来にもう一度気絶させられた。

 

そして来は物凄い形相で光輝に歩み寄る。

 

「天之河光輝、一つだけ言っておく。()()()()()()()()()()()()()()だッ!!」

 

あまりの迫力に流石の光輝も何も言えなかった。これ以上ひどくならないうちにメルドが止めに入り、一通り伝達事項を伝えた後、その日は一旦解散した。

 

 

その晩、ハジメは自室で魔物図鑑を読んでいた。膵花と来は瞑想をしている。明日はオルクス大迷宮へ挑戦することになっている。魔物図鑑を一通り読み終え、自分専用に造った刀を見ていた。うむ、我ながらいい出来だ、と言わんばかりに眺めていると、誰かがドアをノックする音が聞こえた。

 

「南雲くん、辻風くん、膵花ちゃん、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

ドアを開けると、そこには白のネグリジェにカーディガンを羽織った香織が立っていた。

 

「えっと、どうしたのかな? 何か連絡事項でも?」

「ううん。その、少し南雲くんと話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」

「…………どうぞ」

 

ハジメと膵花と来は香織を部屋に通した。香織は紅茶のような飲み物を飲みながら話をする。

 

「明日の迷宮だけど……南雲くんと辻風くんには町で待っていてほしいの。教官達やクラスの皆は私が必ず説得する。だから! お願い!」

 

何を言い出すかと思えば、一瞬戦力外通告かと聞き間違うようなことを言った。

 

「えっと……確かに僕は足手まといとだは思うけど……来は文句なしに強いし……流石にここまで来て待っているっていうのは認められないんじゃ……」

「違うの! 足手まといだとかそういうことじゃないの!」

 

そういうと香織は懐から一通の手紙を取り出した。

 

「その手紙は?」

「訓練場で辻風くんから渡された物なんだけど…これに書いてある通り、辻風くんが死んじゃうまで絶対中を見てはダメだって……」

 

実は膵花が光輝と言い争いをしている途中で来は香織に手紙を二通渡していた。一つは香織宛、もう一つはハジメ宛である。

 

「辻風くん、この手紙は何……」

 

香織が言い終わる前に来は人差し指を彼女の唇に軽く当てた。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

来はそう言っただけだったという。

 

 

「そういうことがあったんだ」

 

香織は静かに話し出した。

 

「あのね、何だか凄く嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど……夢を見て……南雲くんが辻風くんの木刀を持って立っていたんだけど……声を掛けても全然気がついてくれなくて……走っても全然追いつけなくて……それで最後は……」

「最後は?」

 

ぐっと唇を噛みしめ、泣きそうになりながらも香織は言う。

 

「……()()()()()()()()()()を遺して南雲くんが消えてしまうの……」

 

ハジメが消えるというのは何らかの理由でそのまま行方不明になることを暗示し、折れた来の木刀がそのまま()()()()()()を意味するのかもしれない。

 

「大丈夫だよ白崎さん。来はそんな簡単に死ぬような男じゃない。メルド団長率いるベテランの騎士団員や天之河君みたいな強い奴がついてる。敵の方が可哀想に見えるくらいだよ」

 

それから二人の間には沈黙のみがあった。しばらく沈黙が続いた後、香織の微笑で破られる。

 

「南雲くんらしいね」

「…え?」

「南雲くん、覚えてる? 中学二年の頃、道で不良っぽい人達に土下座をしてたの」

 

ハジメは中学二年の時、服の汚れた不良の前でおばあさんとその孫らしき男の子の代わりに土下座をしていたことがあった。何だコイツ、と思いながら不良達がそれを見ていると、何故か突然頭を抱えて苦しみ始め、慌てて何処かへ去ってしまった。ハジメはぽかんとしていたが、周りの人々からは超能力を持った神童だと囃し立てられたという。見ていた香織も信じているが、ハジメにそんな能力など無い。ごくありふれた少年である。

 

「見てたんだ、白崎さん」

「うん、凄くかっこよかった。光輝くんとかよくトラブルに飛び込んでいって相手の人を倒してるし……でも、弱くても立ち向かえる人や他人のために頭を下げられる人はそんなにいないと思う……実際、あの時、私は怖くて……自分は雫ちゃん達みたいに強くないからって言い訳して、誰か助けてあげてって思うばかりで何もしなかっただから、私の中で一番強い人は南雲くんなんだ。それにあんな超能力持ってるし……高校に入って南雲くんを見つけたときは嬉しかった。……南雲くんみたいになりたくて、もっと知りたくて色々話し掛けたりしてたんだよ」

「「!?」」

 

超能力と聞いて膵花と来は冷や汗をかく。

 

「(どうしよう、ばれちゃいそうだよぉ~)」

「(心を無に! 心を無に!)」

「白崎さん……言っとくけど僕には()()()()()()()()()()()()()()()()なんて無いよ?」

「……え?」

「……え?」

 

香織は目が点になった。実際、このことを膵花と来に相談したところ、汗だくになりながら首をかしげていたらしい。ハジメは怪しい、と二人を睨んでいたが、よくよく考えて人間がそんな能力を持ってるはずないと一旦忘れることにした。

 

その後もハジメと香織は困惑しつつも香織はハジメを守ると約束し、部屋を出て行った。それを歪んだ表情で見ていた者がいたが、何故か宿の入口の前で夜明けまで気絶していたという……




次回
第三閃 奈落転落


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第三陣 奈落転落

とうとうこの日がやって来た。オルクス大迷宮での戦闘訓練だ。博物館の入口の如くしっかりとした入口でチェックを受ける。誰が死んだのか、正確に把握するためらしい。一行はチェックを済ませ、迷宮の中へ入っていった。

 

外の賑やかさとは異なる迷宮の静けさ。緑光石のぼんやりとした光が通路を照らす。

 

一行が隊列を組みながら軍隊蟻の如くぞろぞろと歩いていると、ボディビルダーのような鼠の化け物が数十匹、壁の隙間から姿を現す。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出て貰うからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、大した敵じゃない。冷静に行け!」

 

正面に立つ光輝達――特に前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり、気持ち悪いらしい。

 

間合いに入ったラットマンを光輝、龍太郎、雫、来の四人で迎撃する。その間に、膵花と香織、メガネっ子の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。訓練通りの堅実なフォーメーションだ。

 

光輝は純白に輝くバスタードソードを視認も難しい程の速度で振るって数体をまとめて葬っている。

 

彼の持つその剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束に漏れず名称は〝聖剣〟である。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという“聖なる”というには実に嫌らしい性能を誇っている。

 

龍太郎は、空手部らしく天職が〝拳士〟であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。龍太郎はどっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。無手でありながら、その姿は盾役の重戦士のようだ。

 

雫は、サムライガールらしく〝剣士〟の天職持ちでハジメに造ってもらった刀を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させるほどである。

 

そして来はハジメに錬成してもらった日本刀で敵の首を討ち取っていく。その姿はまるで龍だった。

 

ハジメ達が光輝達の戦いぶりに見蕩れていると、詠唱が響き渡った。

 

「【妖術 〝油霧〟】」

 

【妖術 〝油霧〟】とは、膵花の使う妖術の一つであり、効果は味方の火属性の魔法の威力を大幅に引き上げるというものである。さらに、敵の脂肪分が液状化したものが身体から滲み出てくるというちょっと恐ろしい効果もある。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ——〝螺炎〟」」」

 

油まみれになったラットマン達を三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎が吸い上げるように巻き込み燃やしていく。螺旋状の炎はすぐに消え、ラットマンは断末魔すら残らず灰と化した。

 

他の生徒の出番も無く、ラットマンは全滅した。一階層の敵では弱すぎたのだ。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

メルド団長の言葉に香織達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。

 

そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調よく階層を下げて行った。

 

そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。

 

現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。

 

ハジメ達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割かしあっさりと降りることができた。

 

もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては致死性のトラップも数多くあるのだ。

 

この点、トラップ対策として〝フェアスコープ〟というものがある。これは魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できる。ただし、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。

 

従って、ハジメ達が素早く階層を下げられたのは、ひとえに騎士団員達の誘導があったからだと言える。メルド団長からも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われているのだ。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

メルド団長のかけ声がよく響く。

 

ここまで、ハジメは特に何もしていない。いや、実際にはこっそり前線に出て取りこぼした魔物を己の剣技だけで討ち取っていった。だが、敵が強くなるにつれ、錬成で倒すことの方が多くなっていった。そこで、錬成で戦う方が自分に合う、と判断し、二十階層直前まで降りた頃には、剣を抜くことはほとんど無かった。

 

昨夜の香織がハジメを〝守る〟という宣言とは異なり、香織達魔法支援組を援護しているので寧ろハジメが香織を〝守る〟という形になっていた。若干、香織が拗ねたような表情になる。

 

「香織、なに南雲君と見つめ合っているのよ? 迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」

 

からかうような口調に思わず顔を赤らめる香織。怒ったように雫に反論する。

 

「もう、雫ちゃん! 変なこと言わないで! 私はただ、南雲くん大丈夫かなって、それだけだよ!」

 

「それがラブコメしてるって事でしょ?」と、雫は思ったが、これ以上言うと本格的に拗ねそうなので口を閉じる。だが、目が笑っていることは隠せず、それを見た香織が「もうっ」と呟いてやはり拗ねてしまった。

 

そんな様子を横目に見ていたハジメは、ふと視線を感じて思わず背筋を伸ばす。ねばつくような、負の感情がたっぷりと乗った不快な視線だ。今までも教室などで感じていた類の視線だが、それとは比べ物にならないくらい深く重い。

 

その視線は今が初めてというわけではなかった。今日の朝から度々感じていたものだ。視線の主を探そうと視線を巡らせると途端に霧散する。朝から何度もそれを繰り返しており、ハジメはいい加減うんざりしていた。

 

(なんなのかな……僕、何かしたかな? ……むしろ無能とは言わせないぞ、ってくらいに頑張っている方だと思うんだけど……もしかしてそれが原因かな? 調子乗ってんじゃねぇぞ! 的な? ……はぁ~)

 

深々と溜息を吐くハジメ。香織の言っていた嫌な予感というものを、ハジメもまた感じ始めていた。

 

一行は二十階層を探索する。

 

迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。

 

現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。トラップに引っかかる心配もないはずだった。

 

二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。

 

そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない。一行は若干弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

 

すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。しかし魔物の姿は何処にも見当たらない。

 

「「……! そこか!!」」

 

メルド団長の忠告が飛ぶ前に膵花と来がいきなり壁に向かって攻撃を始めた。膵花の放った火球と来の投げた苦無が前方でせり出していた壁に当たる。直後、壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

メルド団長の声が響く。光輝達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

 

龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

 

 直後、

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

 

まんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。だが…

 

「その程度、どうということはない」

 

来だけは麻痺することなくロックマウントを逆に威圧し返した。ロックマウントはサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。見事な砲丸投げのフォームで!咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。

 

香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。

 

しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。

 

なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

 

「来ないで!!」

 

あまりの気味悪さに膵花がロックマウントを空中で蹴り返す。投げられた方は投げた方にぶつかり、二体とも気絶した。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

メルド団長の声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。が、それは別の攻撃で防がれた。

 

「邪魔をするな、辻風!」

 

光輝の聖剣を来が居合で弾き返し、光輝の手首を蹴って聖剣を落とした後、華麗なバックステップからの前方宙返りで気絶している二体のカメレオンゴリラを切り裂いた。

 

「はぁ、はぁ」と呼吸を荒げた来は光輝の許へゆっくりと歩み寄り、そしてバチン、と頬を打ん殴った。

 

「狭い洞窟の中で大技を出すな。崩落で僕達まで巻き添えにする気か。使う技と場所を考えろ」

 

光輝は不満そうな表情で来を睨む。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。

 

その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

 

そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。

 

「(こんな浅い階層に()()()()()()()があっていいのか? ひょっとしたら……!)」

 

来はグランツ鉱石を怪しんでいた。

 

「素敵……」

 

香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。そして膵花も頬を染めながら来の方へ視線を向ける。もっとも、雫ともう一人だけは気がついていたが……

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド団長だ。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 

「不味い、トラップだ!」

 

来は檜山達へ向かって走り出した。そして引き戻さんとばかりに檜山の服を掴んだ。が、既に檜山は()()()()()()()()()()()()

 

「遅かったッ……!」

 

鉱石を中心に魔法陣が広がる。魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

 

部屋の中に光が満ち、ハジメ達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

 

ハジメ達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。

 

尻の痛みに呻き声を上げながら、ハジメは周囲を見渡す。クラスメイトのほとんどはハジメと同じように尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 

どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

 

ハジメ達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 

橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。ハジメ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 

それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

 

しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

 

その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

――まさか……ベヒモス……なのか……

 

橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

 

小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 

しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がヤバイとハジメは感じていた。

 

十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……

 

メルド団長が呟いた〝ベヒモス〟という魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

「ッ!?」

 

その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。

 

どうにか撤退させようと、再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

 

そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」

 

二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ!

 

衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

 

トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。

 

隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

 

その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。

 

死ぬ――女子生徒がそう感じた次の瞬間、トラウムソルジャーの足元が突然隆起した。

 

バランスを崩したトラウムソルジャーの剣は彼女から逸れてカンッという音と共に地面を叩くに終わる。更に、地面の隆起は数体のトラウムソルジャーを巻き込んで橋の端へと向かって波打つように移動していき、遂に奈落へと落とすことに成功した。

 

橋の縁から二メートルほど手前には、座り込みながら荒い息を吐くハジメの姿があった。ハジメは連続で地面を錬成し、滑り台の要領で魔物達を橋の外へ滑らせて落としたのである。いつの間にか、錬成の練度が上がっており、連続で錬成が出来るようになっていたおかげだ。錬成範囲も少し広がったようだ。

 

もっとも、錬成は触れた場所から一定範囲にしか効果が発揮されないので、トラウムソルジャーの剣の間合いで地面にしゃがまなければならず、緊張と恐怖でハジメの内心は一杯一杯だったが。

 

魔力回復薬を飲みながら倒れたままの女子生徒のもとへ駆け寄るハジメ。錬成用の魔法陣が組み込まれた手袋越しに女子生徒の手を引っ張り立ち上がらせる。

 

呆然としながら為されるがままの彼女に、ハジメが笑顔で声をかけた。

 

「早く前へ。大丈夫、冷静になればあんな骨どうってことないよ。うちのクラスは僕を除いて全員チートなんだから!」

 

自信満々で背中をバシッと叩くハジメをマジマジと見る女子生徒は、次の瞬間には「うん! ありがとう!」と元気に返事をして駆け出した。

 

ハジメは周囲のトラウムソルジャーの足元を崩して固定し、足止めをしながら周囲を見渡す。

 

誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。

 

「なんとかしないと……必要なのは……強力なリーダー……道を切り開く火力……天之河くん!」

 

ハジメは走り出した。光輝達のいるベヒモスの方へ向かって。そして途中で来と合流する。

 

 

 

 

ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。

 

障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。

 

しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。

 

その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は〝置いていく〟ということがどうしても納得できないらしく、また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。

 

まだ、若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっているようである。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。

 

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

 

しかし、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫は舌打ちする。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 

苛立つ雫に心配そうな香織。

 

その時、二人の男子が光輝の前に飛び込んできた。

 

「「天之河(くん)!」」

「なっ、南雲!? 辻風!?」

「南雲くん!? 辻風くん!?」

 

「ここは僕と来が食い止める、皆はその隙に逃げて!」

「いや、ここは俺達に任せて南雲と辻風は……」

「逃げろよ!!」

 

光輝の言葉を遮り、ハジメが今までにない乱暴な口調で怒鳴り返す。そして来も共に怒鳴る。

 

「「早く行け!!」」

 

光輝達はあまりの威力に怖気づき、撤退する。ベヒモスの前に立つのは、刀を抜いたハジメと来だった。

 

「さて、邪魔者もいなくなったことだし、やっちゃおうか、来……来?」

 

来は既に腰を低くして居合の体勢に入った。

 

「(え?一体どうしたの?まさか凄い一撃でもアイツに食らわせるつもりなのかな?なんかこっちまでワクワクしてきた)」

 

来は刀を少しだけ抜き、技の名前を紡ぐ。

 

「【鳴ノ舞 〝紫電一閃・五連〟】!!」

 

次の瞬間、雷を纏った来が電光石火の如く橋をジグザグに移動し、ベヒモスの後ろに回ったかと思えば、今度は前方に向かって射抜き、ベヒモスの角が一本切れた。が、しかし……

 

「くっ、折れたかッ!」

 

流石に表皮は硬かったのか、ハジメが造った刀が折れてしまった。だが、まだ来には苦無と手裏剣が残っている。最早侍ではなく忍者である。

 

来は残った苦無でハジメと共にベヒモスを足止めする。が、苦無だけではとても足止めにならなかった。

 

「仕方ない、〝錬成〟!」

 

来が錬成を発動させ、橋から突き出た何本もの石柱がベヒモスを閉じ込める檻となる。

 

「君だって錬成の腕あげたじゃないか!」

 

「磨いたのは剣術だけじゃないのさ!」

 

後ろの皆はトラウムソルジャーの大群と戦っている。が、トラウムソルジャーは依然増加を続けていた。既にその数は二百体はいるだろう。階段側へと続く橋を埋め尽くしている。

 

だが、ある意味それでよかったのかもしれない。もし、もっと隙間だらけだったなら、突貫した生徒が包囲され惨殺されていただろう。実際、最初の百体くらいの時に、それで窮地に陥っていた生徒は結構な数いたのだ。

 

それでも、未だ死人が出ていないのは、ひとえに騎士団員達のおかげだろう。彼等の必死のカバーが生徒達を生かしていたといっても過言ではない。代償に、既に彼等は満身創痍だったが。

 

騎士団員達のサポートがなくなり、続々と増え続ける魔物にパニックを起こし、魔法を使いもせずに剣やら槍やら武器を振り回す生徒がほとんどである以上、もう数分もすれば完全に瓦解するだろう。

 

生徒達もそれをなんとなく悟っているのか表情には絶望が張り付いている。先ほどハジメが助けた女子生徒の呼びかけで少ないながらも連携をとり奮戦していた者達も限界が近いようで泣きそうな表情だ。

 

誰もが、もうダメかもしれない、そう思ったとき……

 

「――〝天翔閃〟!」

 

純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。

 

橋の両側にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。斬撃の後は、直ぐに雪崩れ込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。

 

「皆! 諦めるな! 道は俺が切り開く!」

 

そんなセリフと共に、再び〝天翔閃〟が敵を切り裂いていく。光輝が発するカリスマに生徒達が活気づく。

 

「お前達! 今まで何をやってきた! 訓練を思い出せ! さっさと連携をとらんか! 馬鹿者共が!」

 

皆の頼れる団長が〝天翔閃〟に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。

 

いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。実は、香織の魔法の効果も加わっている。精神を鎮める魔法だ。リラックスできる程度の魔法だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。

 

治癒魔法に適性のある者がこぞって負傷者を癒し、魔法適性の高い者が後衛に下がって強力な魔法の詠唱を開始する。前衛職はしっかり隊列を組み、倒すことより後衛の守りを重視し堅実な動きを心がける。

 

治癒が終わり復活した騎士団員達も加わり、反撃の狼煙が上がった。チートどもの強力な魔法と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。凄まじい速度で殲滅していき、その速度は、遂に魔法陣による魔物の召喚速度を超えた。

 

そして、階段への道が開ける。

 

「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」

 

光輝が掛け声と同時に走り出す。

 

ある程度回復した龍太郎と雫がそれに続き、バターを切り取るようにトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。

 

そうして、遂に全員が包囲網を突破した。背後で再び橋との通路が肉壁ならぬ骨壁により閉じようとするが、そうはさせじと光輝が魔法を放ち蹴散らす。

 

クラスメイトが訝しそうな表情をする。それもそうだろう。目の前に階段があるのだ。さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然である。

 

「皆、待って! 南雲くんと辻風くんを助けなきゃ! 南雲くんと辻風くんがたった二人であの怪物を抑えてるの!」

 

「早く来君を助けないと……刀は折れちゃったみたいだし、あの苦無だけじゃもう限界だよ……!」

 

香織と膵花のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない。なにせ、ハジメは〝無能〟、来は〝最強〟で通っているのだから。

 

だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこには確かにハジメと来の姿があった。

 

「なんだよあれ、何してんだ?」

「あの魔物、石の檻に閉じ込められてる?」

 

次々と疑問の声を漏らす生徒達にメルド団長が指示を飛ばす。

 

「そうだ! 坊主と来がたった二人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備!もうすぐ坊主と来の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。

 

無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。

 

その中には檜山大介もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。

 

しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。

 

それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときのこと。

 

緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織を見かけたのだ。

 

初めて見る香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、香織は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。

 

気になって後を追うと、香織は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……ハジメだった。

 

檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とでは釣り合わないと思っており、光輝のような相手なら、所詮住む世界が違うと諦められた。

 

しかし、ハジメは違う。自分より劣った存在(檜山はそう思っている)が香織の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば頭大丈夫? と言われそうな考えを檜山は本気で持っていた。

 

そして来、今まで散々自分を痛めつけてきた。別に彼に対して何かしたわけでもないのに。

 

ただでさえ溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからだろう。

 

その時のことを思い出した檜山は、たった二人でベヒモスを抑えるハジメと来を見て、今も祈るようにハジメと来を案じる香織と膵花を視界に捉え……

 

ほの暗い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

その頃、ハジメと来はもう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬はない。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。

 

ベヒモスは相変わらずもがいているが、この分なら錬成を止めても数秒は時間を稼げるだろう。その間に少しでも距離を取らなければならない。

 

額の汗が目に入る。極度の緊張で心臓がバクバクと今まで聞いたことがないくらい大きな音を立てているのがわかる。

 

ハジメと来はタイミングを見計らった。

 

そして、数十度目の亀裂が走ると同時に最後の錬成でベヒモスを拘束する。同時に、一気に駆け出した。

 

ハジメと来が猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し……

 

ハジメと来の二人を捉えた。

 

再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。二人を追いかけようと四肢に力を溜めた。

 

だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

 

夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 

いける! と確信し、転ばないよう注意しながら頭を下げて全力で走るハジメと来。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じて駆ける。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは広がった。

 

思わず、頬が緩む。

 

しかし、その後、ハジメの表情が凍りつくようなことが起こる。

 

無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。

 

……ハジメの方に向かって。

 

明らかにハジメを狙い誘導されたものだ。

 

(なんで!?)

 

疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、ハジメは愕然とする。

 

咄嗟に踏ん張り、止まろうと地を滑るハジメの眼前に、その火球は突き刺さった。着弾の衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。直撃は何とか避けたし、内臓などへのダメージもないが、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまった。そして、嫌な音がした。

 

「……!?」

 

ハジメは剣を持ったまま吹き飛ばされていた。衝撃でハジメの手から剣が離れる。そしてその剣は真っ直ぐ貫いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

 

「「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

その光景を見て、香織と膵花が叫ぶ。

 

ハジメは手を震わせながら剣を抜き、手から放す。

 

「……来……」

 

来は血を吐きながらハジメに言葉をかける。

 

「逃げろハジメ……お前だけでも生きてくれ……」

 

ハジメを突き飛ばした後、膵花へ手を伸ばすも力尽き、橋の上に横たわる。そしてそのまま、血だまりの上で動かなくなった。

 

ベヒモスも、いつまでも一方的にやられっぱなしではなかった。ハジメが立ち上がった直後、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ると三度目の赤熱化をしたベヒモスの眼光がしっかりハジメを捉えていた。

 

そして、赤熱化した頭部を盾のようにかざしながらハジメに向かって突進する!

 

フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

 

ハジメは、なけなしの力を振り絞り、必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

 

そして遂に……橋が崩壊を始めた。

 

度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。

 

「グウァアアア!?」

 

悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 

ハジメは何とか間に合ったが、来の身体は橋だった瓦礫と共に奈落の闇へと吸い込まれていった……




次回
第四閃 手書遺言


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第二章 残された者達の決意
第四陣 手書遺言


どうも、相変わらず籠城中の最果丸です。ようやく書き終えたので投稿します。

感想ありがとうございます!ああいった感想は励みになりますので今後ともご感想をお願い致します。


ベヒモスの断末魔も、崩れ行く石橋の音も、いつの間にか聞こえなくなっていた。響くのは、香織と膵花のすすり泣く声とハジメの叫び声だった。

 

香織と膵花は来の身体を持ち帰ろうとしたが、あの血の量で助かる可能性は限りなく低かった。

 

香織の頭の中には昨夜の光景がループ再生していた。膵花とハジメの頭の中には来と今まで過ごした日々が流れていた。

 

香織は昨夜月明りの差す部屋でハジメと紅茶を飲みながら話をしていた。香織は約束していた。〝ハジメを守る〟と。なのに香織はハジメを守るどころか寧ろ守られていた。守ると言っておきながらいざという時に怖くて動けなかった自分が許せなかった。そのせいでハジメの代わりに来が死んだ。

 

光輝を抑えてクラス内最強だった来の死は誰も想像していなかっただろう。ハジメに向けて火球を放った檜山でさえ来の死は全くの予想外だった。

 

「……さない……」

 

膵花の瞳から光が消えた。それと同時に刀を抜き、狙いを定めたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ハジメに向けて火球を放った檜山だった。

 

「ち、ちょっと膵花ちゃん!?」

「止めて膵花! ここで犯人を殺しても、()()()()()()()()()()の!」

 

香織と雫が羽交い絞めにするが膵花に二人の言葉は聞こえていなかった。檜山をこれ以上生かしておく気もない。間接的ではあるものの最愛の人を殺したのだ。膵花の目は橋を崩したベヒモスよりも大きい怒りと来が落ちていった奈落よりも深い憎しみで満ちていた。

 

「お前だけは絶対に許さない! 殺してやるッ!」

 

膵花は檜山に向かって走り、抜いた刀で本気で檜山を切り刻もうとした。が、彼女の首筋にメルド団長の手刀が落とされる。膵花は刀を落として地面に俯せになる。

 

光輝が膵花に近寄ろうとするがハジメが剣で止める。来の血が付いた剣で。

 

「近寄るな……」

 

光輝は頬が引き攣った。生物としての本能が光輝に告げる。『彼女(すいか)に近づけば自分が(ハジメ)に殺される』と。そしてハジメが最大級の怒りで怒鳴る。

 

「僕の許可なく膵花さんに近寄るなぁァァァ!!」

 

光輝に向かって怒鳴った後、ハジメは怒鳴り声で体力を使い果たしたかのように言葉を紡ぐ。

 

「……皆、早く撤退しよう」

 

ハジメの静かな、そして怒りの籠った声でクラスメイト達は流離蟻の如くぞろぞろと撤退を始める。トラウムソルジャーの魔法陣はまだ沢山残っていたが最早戦う必要もない。

 

そして生き残った全員が階段への脱出を果たす。そこから更に体感で三十階層以上も上っていく。

 

一行は魔法陣の書かれた壁の前に辿り着いた。念のためフェアスコープを使うがその警戒は杞憂に過ぎなかった。

 

メルド団長が魔法陣に魔力を流し込むと、壁がぐるりと回り、元の二十階層の部屋へ戻って来た。

 

「帰って来たの?」

「戻ったのか!」

「帰った……帰ったよぉ……」

 

クラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らすがまだ大迷宮の中。出口まで気を抜くことは許されない。だが、彼らにこれ以上進む気力はほとんど残っていない。

 

「お前達! 座り込むな! ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ! 魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する! ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

メルドは心を鬼にしてへばっている生徒達を無理矢理立ち上がらせる。疲れに耐え、道中の敵を最低限なぎ倒しつつ一行は遂に地上へ出る。今度こそ本当に安堵の表情で外へ生徒達が出る。

 

だが、一部の生徒――未だ固く瞳を閉じた膵花を背負ったハジメや香織、雫、光輝、その様子を見る龍太郎、恵里、鈴は暗い表情だ。特にハジメは涙が止まらなくなっていた。ハジメは何度も謝り続けていた。

 

 

ホルアドの町に戻り、ハジメは膵花を背負ったまま自室へ戻る。香織や雫もついてきた。

 

ハジメは膵花をベッドに横たえ、小さな声で謝罪の言葉を紡ぐ。

 

「ごめんね、僕が白崎さんの予知を一蹴したせいで……来が……」

「南雲くんは何も悪くないよ。悪いのは、何も出来なかった私の方なのに……」

 

香織がハジメの肩に手を置く。が、香織までまた泣き始める。それをハジメが宥める。

 

「白崎さんだって何も悪くないよ! だから、泣かないで。白崎さん」

「……うん、そうだよね。ごめんね、南雲くん」

「えーと、私はお邪魔かしら?」

 

ハジメと香織が何か恋人のような雰囲気を醸し出していたので雫が咳払いをする。

 

「いや全然? ……そうだ、来から手紙を手渡されてたんだった」

「辻風君が手紙? 遺言のつもりだったのかしら?」

「私も渡されてるから読んでみるね」

「香織にも!?」

「来、膵花さん以外に信用してたの僕と白崎さんくらいだったからね」

「ちょっと、私は信用されてないってこと!?」

「多分八重樫さんのことも信用してたんじゃなかったかな?」

 

ハジメと香織が懐から手紙を取り出し、封を切る。そして雫を入れた三人で手紙を読んだ。

 

ここからはハジメ宛の手紙の内容である。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

拝啓 南雲ハジメ殿

 

この手紙を読んでいるということは、僕は迷宮の何処かでもう息絶えてしまっていることだろう。これからこの手紙に記すことは三つだ。

 

一つ目は……どうか香織さんのことを守ってあげて欲しい。彼女は君を好いている。覚えているだろう? 君が中学二年の頃に不良達に対して土下座をしたことを。あの時、不良達が頭痛を起こしたのは僕と膵花の能力だ。君と香織との繋がりをより強くするためにやったことだ。これは膵花から聞いたことだが、その時彼女は君が土下座をする姿に見惚れていた。たとえ弱くても人の為に頭を下げられる勇気に彼女は惚れた。だから、君には彼女を――香織さんを守ってあげて欲しい。香織さんの方にも別の手紙で書いておく。

 

二つ目は……ハジメ、君は――お前は、強くなれ。檜山がまだ生きている以上、これからずっとお前のことを痛めつけて来るだろう。だがお前はそれに屈してはならない。撥ね退けろ。お前には世界最強を目指すに相応しい器を持っている。その器に見合うだけの力、お前にはそれを手にする資格がある。訓練で何度でも負けていい。戦いで幾らでも泣け。逃げたければ何時でも何処ででも何度でもいい、逃げろ。だが何が遭っても絶対に諦めるな。生き延びろ。

 

最後に……死んでしまった僕の代わりに膵花を守ってくれ。最愛の人を残して死んでしまった僕は未熟者だ。いつか、彼女にまた巡り逢いたい……

 

迷わず、恐れず、ただ生きろ。

 

匆々

 

辻風来

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ここからは香織宛の手紙の内容である。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

拝啓 白崎香織殿

 

君がハジメのことを好いていることは膵花から聞いている。君の魂の美しさは我が最愛の人膵花と同じくらいだ。ハジメは幸せ者だ。香織さん、貴女にお願いしたいことがまた三つほどある。

 

もしハジメが生きていれば彼と共に生きて欲しい。ハジメと共に幸せになって欲しい。僕と膵花が手にするはずだった幸せも含めて全部、君達の幸せに充ててくれ。君の悪い予知は一部外れたのか? それとも予知通り……ハジメも道ずれになったのか?この手紙を書いている僕には一切判らない。

 

だが仮にハジメが死んだとしても、生きることを諦めるな。ハジメの後を追うなんてことは絶対にあってはならない。そんなこと、ハジメが望むはずがない。故に、彼は願うだろう。君がハジメの分まで生き延びていてくれることを。

 

どうか、膵花と雫も一緒に君達の幸せの環に入れてあげて欲しい。膵花をこれ以上苦しませないでくれ。雫を独りぼっちにさせないでくれ。彼女もまた、良き好敵手(ライバル)が居なくなって悲しいだろう。苦しいだろう。解るよ。僕もかつてはそうだった。一時とはいえ最愛の人と生き別れになった。大切な人を失った悲しみの大きさは測り知れない。だから、親友を大切にしてくれ。

 

天之河は君とハジメが恋仲となることをよしとしないだろう。天之川は檜山とは違って邪な情を君に向けていない。だがそれでも、君が心から愛すと決めた者だけは、絶対に裏切らないでくれ。

 

裏面に続く

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「裏? 裏に何かあるの?」

 

雫も気になり、香織宛の手紙の裏面を見る。そこには、雫宛の文章が書かれていた。

 

ここからは雫宛の文章である。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

最後に雫……

 

生憎手持ちの紙が二枚しかなかったから、香織さん宛の手紙の裏に書く、という形になってしまってすまない。

 

たとえ、僕という越え難い壁を一生越えられなくなったことが起ころうとも、その刀だけは絶対に手放すな。己の剣技の才だけは絶対に裏切ってはいけない。

 

ハジメを助けてやってくれ。

 

匆々

 

辻風来

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「うぅっ……来……そこまでして僕の幸せを願ってたのか……」

「辻風くん……ごめんなさい……そして…ありがとう……」

「いつか私はなってみせるわ……貴方と同じくらい、世界に名を轟かせる程の剣士になってみせる!」

 

手紙の内容にハジメと香織、雫は涙を流した。ベッドで眠っている膵花も静かに涙を流していた。

 

「……じゃあ私は自分の部屋に戻るけど……香織はどうするの?」

「私は……まだ残ってるね」

 

部屋から雫だけ出て行った。眠り続けている膵花を除けば部屋に残っているのはハジメと香織の二人っきりだった。

 

「……白崎香織さん……」

「ひゃい!?」

 

香織はハジメに急に名前を呼ばれたので噛んでしまった。

 

「僕……ずっと白崎さんが僕に構ってくるの……正直鬱陶しいと思ってた。迷惑だ、と感じてた」

「そう……だったんだ……」

 

香織は青菜に塩の如く元気を失くす。だけど、次の言葉で再び元気を取り戻す。

 

「でも……こんな僕を好いていてくれてたなんて……知らなかったよ。ごめん」

「南雲くん……」

 

ハジメはちっぽけな勇気を最大限に振り絞る。

 

「だから……僕は今、弱い僕に優しくしてくれた貴女が好きです。僕でよければ……付き合ってください!」

 

ハジメの告白に香織の返事は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不束者ですが、宜しくお願いします」

 

絶望に包まれる中、部屋に注ぎ込む月明りの下で新たなる希望が産み落とされた。

 

その傍ら、膵花はまるで祝福でもしているかのように音も無く涙を零すのであった……




次回
第五閃 決意表明


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第五陣 決意表明

この回から原作崩壊がちょっとだけ進みます。また、今回から後書きには不定期で解説を書こうと思います。


追記

ステータスを修正しました。


翌日から香織と雫の二人は訓練に姿を見せることは無くなった。膵花はまだ眠っている。愛子先生は来の死の報せを受けて寝込んでしまった。全員を日本に生きて連れて帰ることができなくなったことに、強くショックを受けた。

 

ショックを受けたのは、愛子先生だけでは無かった。王都や教会も勇者をも超える神の使徒の死に動揺を隠せなかった。ハジメを嫌っていた貴族達は物陰でこそこそと話していた。何故無能が生き残って勇者以上の強さを持つ剣士が死んでしまったのかだの、無能が足を引っ張ったばかりに剣士が一人死んでしまっただの、無能が代わりに死ねばよかっただの、ハジメをとことん貶し尽くした。

 

ハジメと香織が付き合っていることは雫しか知らない。その間ハジメは、ひたすら錬成と剣術を磨いていった。

 

「〝錬成〟!」

 

造ったのは、一本の刀。本当は銃を作りたかったが、生憎それに見合う材料が手に入らなかった。だから飛び道具は精々弓矢が限界だった。本当はスリングショットがよかったのだが、どうしても高い攻撃力を実現できなかった。弓術は習っていないから完全に独学になった。それでも、練習するごとに命中率は上がっていった。

 

 

「九百九十二! 九百九十三! 九百九十四!」

 

この日のハジメの特訓は素振りだった。振ること実に千回。とんでもない回数である。光輝でさえ二百回くらいでへばるだろう。だがハジメは耐えた。耐え抜いた。

 

「九百九十八! 九百九十九! 千!」

 

千回の素振りが終わった。ハジメは床に座り込んで肩で息をしている。だがハジメはまた立ち上がる。聞き覚えのある声であと五百回追加、という声が聞こえた気がした。そして更に五百回素振りを行う。

 

そうやって素振りと錬成を続けた結果…

 

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:12

天職:錬成師

筋力:105

体力:57

耐性:60

敏捷:54

魔力:62

魔耐:43

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・剣術・言語理解

===============================

 

 

 

必死に錬成を続けた結果、派生技能が生まれた。派生技能が一つ発現するごとに全ステータスが5上がるのだ。

 

「まだまだやるぞぉぉぉ!!」

 

ハジメは更なる成長を誓った。

 

 

そんなある日、ハジメと香織、雫の三人は膵花の眠る部屋に集まり、話し合っていた。

 

「香織さんと雫さん、あれから訓練に参加してないけど……どうする?」

「もうあそこには行きたくない……」

 

雫が珍しく弱気になっている。

 

「でも僕は強くならなきゃ。アイツに強くなれって言われたから。だから、僕は迷宮に行く。もうこれ以上大事な人を喪いたくない!」

 

ハジメは香織の方に向くと、香織も笑顔で頷く。雫はぽかんとしていた。

 

(ツッコんじゃダメよ雫……ツッコんじゃダメよ雫)

 

そして心中で連呼する。

 

「どうしたの雫ちゃん?」

「……!? いや、なんでもないワヨ」

 

その後も雫は二人に心配され続けたという。

 

 

迷宮での惨劇から八日が経ったある日、ハジメ達に朗報が入った。膵花が目を醒ましたのだ。

 

「膵花さん!」

 

八日間眠り続けたこともあり、かなりやせ細ってしまっていた。それでも膵花は笑顔だった。だが瞳にかつての輝きは残ってない。

 

「ハジメ君、香織ちゃん、雫ちゃん」

「目を醒ましたのね!? もう……心配したんだから……」

 

雫に続き、香織も膵花に声を掛けた。

 

「辻風くんのこと……残念だったね……」

 

辻風という苗字を聞いた瞬間、瞳が再び輝きを取り戻した。そしてハジメ、香織、雫の手を握りながら希望に満ちた声で言った。

 

「ううん、彼は()()()()()()

 

膵花の放った一言に、三人が驚いた表情になる。

 

「え!? 膵花、まさか貴女……辻風君が生きてるって言いたいの!?」

「うん」

 

即答だった。それだけ膵花の来への信頼が深いのだろう。

 

「で、でも……あんなに血を流したのに……」

 

ハジメも信じられない、という顔をしていた。出血多量の場合、僅か三十分で生存率が50%である。あれから八日も経ったのだ。普通なら確実に死に至っている。

 

「彼の鼓動がね……聞こえるの……命の炎はまだ、消えてない」

 

膵花と来には魂の繋がりがある。故に、どれだけ二人が離れていようと互いを認識できるのだ。ハジメはそれを思い出した。

 

「……行こう」

 

ハジメは香織を連れてドアの方に向かう。流石に八日間眠り続けて衰弱し切っているであろう膵花を連れて行くような真似はしなかった。

 

「ちょっと、何処に行くの?」

 

ハジメの目は決意で染まっていた。

 

「来が落ちていった……あの場所に」

 

雫は固まっていた。今…彼は何と言った?

 

「貴方まで死ぬ気なの!?」

「でも彼が戻ってくるまで待つことが出来ない! 自力じゃ戻って来られない! 彼は刀が折れてるんだ。苦無と手裏剣だけじゃどうにもできない!」

 

雫は止めようとしたが、ハジメは止まらない。

 

「香織、貴女はどうなの?生きて帰れる保証があるの?」

 

心配する雫に香織は…

 

「大丈夫だよ雫ちゃん。ハジメくんは私が守るから。雫ちゃんも行こう?」

「で、でも……道中の魔物は兎も角、ベヒモスが出たあの橋からどう行くの? まさか、奈落にでも飛び込むつもり? 自殺行為よ!」

 

雫の肩にシルクのような手が置かれる。

 

「私に任せて。秘策があるの」

 

膵花には秘策があるようだった。その秘策というのを三人は知らない。

 

「取り敢えず行こう?」

 

流石に膵花を止めるわけにはいかず、ハジメと香織、雫は膵花も連れていくことになった。

 

 

四人はオルクス大迷宮に入る。しかし、二十階層でメルド達と合流してしまった。

 

「おお膵花、目が覚めたのか!?」

「ええ、メルド団長。ご迷惑をおかけしました」

「膵花、目が覚めたんだな!? よかった。今度は俺が守るから心配はいら……」

「天之河君は黙ってて」

 

光輝は膵花の圧に屈し、黙り込んだ。

 

「おいお前ら、何処に行くんだ?」

 

訊ねるメルドにハジメはこう答えた。

 

「あの橋があったところです」

 

メルド達は真っ青になった。

 

「待て! あそこは危険だ。俺達と一緒に……」

「早く行かないといけないんです! 僕達だけに行かせてください!」

 

ハジメ達はメルド達の忠告を無視し、ぐるりと回転する壁の前で魔力を流した。壁は回転して、四人は二十階層から姿を消す。

 

 

四人はベヒモスの壊した橋に辿り着いた。しかし壊れたはずの橋はまるで何事も無かったかのようにそこに架かっていた。ベヒモスもトラウムソルジャーの大群もいない。

 

「嘘……橋が直ってるなんて……」

 

最初に声を発したのは雫だった。

 

「そういえば、膵花さんの言ってた秘策って何?」

「私も気になってた」

「うん、今から見せてあげる」

 

ハジメが秘策について訊ねると膵花は技能を発動させる。

 

「〝龍化〟!!」

 

膵花の身体が青色に光りだし、徐々に大きくなっていく。そして遂には、ベヒモスと同じくらいにまで巨大化した。光が消えるとそこには、縹色の鱗に覆われた、四つ足で立つドラゴンがいた。首は短く頭が大きい種類のドラゴンだった。

 

「……膵花……なの?」

 

ドラゴンは「そうだよ」、と言っているかのように瞼を閉じて鼻息をする。

 

「……乗ってって言ってるみたいだよ」

「ハジメくん、ドラゴンの言葉が解るの?」

 

ハジメがオタクであることが幸いして、ゲームなどのドラゴンの鳴き声から推察して意思を汲み取ることが出来るようだ。

 

ハジメに言われるがまま、香織と雫は膵花の背中に乗る。ドラゴンと化した膵花は羽ばたき、奈落の底へとゆっくり降りて行った。

 

 

三人を乗せたドラゴンが奈落の底に足を着ける。ハジメ達が降りると、ドラゴンの身体が再び青白い光に包まれる。今度は逆に小さくなっていく。そして雫ほどの大きさになった後、光が消え、元の膵花がそこに立っていた。が、魔力をほとんど使い果たしたのか、膵花は息切れを起こしていた。

 

「はぁ…はぁ…行こうか」

 

ハジメ達は喪った人を捜すため、奈落の底を隈なく探した。が、見つかるのは魔物の死体ばかりだった。兎のようなもの、二本の尻尾を持つ狼、頭を斬り飛ばされた熊のようなもの、他にも様々な種類が死体となって転がっていた。

 

「こんなに死体が沢山あるなんて……ここには一体何が潜んでいるんだろう?」

「さあね。ただ一つ言えることは、今の私達じゃこの惨殺を行った犯人に勝てないってことかしら」

「見て!あそこ、洞穴がある」

 

香織が見つけたのは、人工的に掘られた一つの大きな洞穴だった。その天井からは、ぽたぽたと液体が流れている。それは、バスケットボールほどの大きさの鉱石から出ていた。

 

膵花は喉の渇きを癒やそうとその液体を舐めた。すると、膵花の魔力が少しずつではあるが、回復していった。

 

「成程、魔力だけじゃなくて身体の傷も癒えるみたい」

 

四人共知らなかったが、バスケットボールサイズの鉱石は〝神結晶〟、滲み出る液体は〝神水〟という。神結晶とは、大地に流れる魔力が千年かけて一か所に集まり、結晶化してできるものである。更に数百年かけて結晶内の魔力が飽和状態になることで魔力が液体となって結晶から滲み出る。それが神水。

 

ハジメ達は神水をできるだけ沢山集め、瓶に入れた。水は川の水を沸かせば飲める。問題は、食料だ。神水のお陰で死にはしないものの、空腹感が癒えることは無い。

 

「やっぱりこの水だけじゃ飢えは満たされないね」

「どうしよう……持ってる食料らしい食料は魔物の肉しかないし……」

「膵花、まだ食料はある?」

「うん、でもあと四人前しかない……」

 

ハジメ達は絶望に包まれた。もう一回分の食事しか残されてなかったのだ。魔物の肉は毒性があり、口にすれば死に至るだろう。

 

(……! そうだ、これなら……)

 

突然膵花が龍化を発動させた。そして近くの魔物の死体にかぶりついた。

 

「膵花さん? 何を……」

 

魔物を飲み込むと、膵花は元の人間の姿に戻る。

 

「はぁ~、美味しかった」

「「「ええええええええええええ!?」」」

 

ハジメと香織、雫が驚愕した。妖艶な女子が突然龍化した後に魔物を喰ったのだ。

 

「うん、やっぱり……龍化すれば魔物の肉を食べられる!」

「でも……僕達膵花さんみたいに龍化の技能は持ってないよ?」

「……ごめんね、ハジメ君、香織ちゃん、雫ちゃん」

 

膵花は三人に突然謝りだした。そして、持っていたナイフで三人の腕に傷をつける。

 

「ああっ!」

「ああっ、痛い!」

「きゃあっ!!」

 

三人は神水を使おうとしたが膵花に没収された。

 

「膵花! 一体何してるの!?」

「ドラゴンになった私の血を傷口に垂らしたら、貴方達も龍化……使えるよ」

 

そして自分の腕を切る膵花。そしてそのまま龍化する。ドラゴンになっても、腕の傷はそのままになっていて、傷口から血が流れている。

 

膵花は器用にハジメ達の傷口に自身の血を一滴ずつ垂らす。そして再び龍化を解除する。

 

「はい、ステータスプレートを見てみて?」

 

ハジメ達は言われるがままに自分のステータスプレートを見る。

 

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:12

天職:錬成師

筋力:105 [+龍化状態740]

体力:140 [+龍化状態780]

耐性:70  [+龍化状態640]

敏捷:80  [+龍化状態470]

魔力:620

魔耐:430

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][鉱物系探査][鉱物分離][鉱物融合]・剣術・弓術・龍化・言語理解

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===============================

白崎香織 17歳 女 レベル:10

天職:治癒師

筋力:64 [+龍化状態640]

体力:55 [+龍化状態540]

耐性:38 [+龍化状態340]

敏捷:44 [+龍化状態460]

魔力:720

魔耐:540

技能:回復魔法・光魔法適性・高速魔力回復・龍化・言語理解

===============================

 

 

 

===============================

八重樫雫 17歳 女 レベル:12

天職:剣士

筋力:65 [+龍化状態620]

体力:52 [+龍化状態570]

耐性:34 [+龍化状態320]

敏捷:58 [+龍化状態660]

魔力:440

魔耐:340

技能:剣術・縮地・先読・気配感知・陰業・龍化・言語理解

===============================

 

 

 

「……うそん」

「龍化が使える……」

「私……今でも自分が信じられないわ……」

 

なんとハジメ達も龍化が使えるようになっていた。試しに三人とも龍化してみる。

 

「「「〝龍化〟!!」」」

 

三人共光に包まれた。ハジメは赤い光、香織は白い光、雫は紫色の光である。そして膵花も龍化を発動させ、青い光に包まれる。四人はベヒモスよりも僅かに大きくなり、光が消え、ドラゴンとなった。

 

ハジメの姿は赤い鱗に覆われたドラゴンだった。翼は膵花のものより少し小さく、二足歩行である。

 

香織の姿は白い鱗に覆われたドラゴンだった。その姿は正に翼の生えた蛇だった。

 

雫の姿は紫色の鱗で覆われたドラゴンだった。腕は翼と一体化しており、細い足で立っている。

 

四体のドラゴンは互いの姿を確認し合うと、魔物の死体を食べ始めた。食べ終わると、元の姿に戻った。

 

「凄い! 皆ドラゴンになってたし、魔物の肉を食べても全然平気だ!」

「これが……龍化の力……ふふ、いいわ……」

 

雫は膵花から分けられた力の大きさに酔いしれていた。

 

魔物を喰らい、満腹になったハジメ達は探索を始めた。道中で様々な鉱石を見つけては解析を行っていった。ちなみにハジメだけ、二尾狼の固有魔法、〝纏雷〟を獲得した。

 

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緑光石

魔力を吸収する性質を持った鉱石。魔力を溜め込むと淡い緑色の光を放つ。

また魔力を溜め込んだ状態で割ると、溜めていた分の光を一瞬で放出する。

===============================

 

「これは使えそうにないな」

「でも綺麗ね」

雫は見蕩れていた。

 

===============================

燃焼石

可燃性の鉱石。点火すると構成部分を燃料に燃焼する。燃焼を続けると次第に小さくなり、やがて燃え尽きる。密閉した場所で大量の燃焼石を一度に燃やすと爆発する可能性があり、その威力は量と圧縮率次第で上位の火属性魔法に匹敵する。

===============================

 

ハジメはこの説明を見た瞬間、脳内に電流が走ったような気がした。

 

燃焼石は地球で言うところの火薬の役割を果たせるのではないか?だとしたら、攻撃には使えない錬成で最大限の攻撃力を生み出せるかもしれない!、と。

 

ハジメは興奮した。作製するには多大な労力と試行錯誤が必要だろうが、それでも今まで自分を幾度となく救ってくれた錬成で、遂に攻撃手段を得ることができるかもしれないということが堪らなく嬉しかった。

 

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タウル鉱石

黒色で硬い鉱石。硬度8(10段階評価で10が一番硬い)。衝撃や熱に強いが、冷気には弱い。冷やすことで脆くなる。熱を加えると再び結合する。

===============================

 

ハジメは早速燃焼石とこの辺りでは最高の硬度を持つタウル鉱石を使い、武器の製作に取り掛かった。そして寝食を忘れてひたすら錬成の熟達に時間を費やした上、何千回という失敗の果てに、ハジメは遂にとある物の作製に成功した。

 

音速を超える速度で最短距離を突き進み、絶大な威力で目標を撃破する現代兵器とハジメの使っていた剣を改造した全く新しいタイプの新兵器。

 

現代兵器の方は全長約三十五センチ、タウル鉱石を使った六連の回転式弾倉。長方形型のバレル。弾丸もタウル鉱石製で、中には粉末状の燃焼石を圧縮して入れてある。

 

すなわち、大型のリボルバー式拳銃。

 

弾丸は燃焼石の爆発力だけでなく、二尾狼から奪った固有魔法〝纏雷〟により電磁加速されるという小型のレールガン化している。その威力は最大で対物ライフルの十倍である。ドンナーと名付けた。なんとなく相棒には名が必要と思ったからだ。

 

続いて新兵器の方は柄にドンナーと同じトリガーが取り付けてある。斬っている最中にトリガーを引くと圧縮した粉末状の燃焼石を燃料に刀身が爆発する仕組みになっている。ちなみに連続で起爆させることも可能。こちらはレオと名付けた。

 

香織や雫、膵花にも武器を造ってあげた。

 

香織の武器は緑光石を使った魔法使いが使うような杖とドンナーより小型の拳銃を一丁。名はそれぞれアイビーとイベリス。花言葉は永遠の愛、甘い誘惑。

 

雫の武器はタウル鉱石で造った魔刀だ。魔力を流し込むと風属性魔法が発動する。名は蝶舞という。

 

本人の希望もあって膵花は槍だ。水属性の魔法を放つ杖にもなる。名はマーシフル・レイン(干天の慈雨)。

 

「行こうか、来を捜しに」

「「「うん」」」

 

ハジメ達は来を捜すため、迷宮の探索を再開した。道中では、二メートルの蜥蜴やタールに浮かぶサメ、モスラ擬き、虹色ガエル、と兎に角魔物の死体しかなかった。

 

===============================

フラム鉱石

艶のある黒い鉱石。熱を加えると融解しタール状になる。融解温度は摂氏50度ほどで、タール状の時に摂氏100度で発火する。その熱は摂氏3000度に達する。燃焼時間はタール量による。

===============================

 

そして、一つの大きな扉に辿り着いた。その両端には、まるで扉の向こうの何かを守るかのように人型の魔物らしき石像が埋め込まれていた……




解説
〝龍化〟はティオのようにドラゴンに姿を変えることが出来る技能です。竜人族と同じく魔力を消費して龍化を維持しています。この姿であれば、魔物の肉を喰らっても激痛は発生しませんが、ステータスは魔力が溜まるだけで後はほとんど変化しません。稀に潜在能力解放という形で、喰らった魔物の技能を習得することがあります。

次回
第六閃 吸血幼女


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第六陣 吸血幼女

『もう、無能とは言わせない』

ユエの全裸シーン目当ての変態の皆様は今すぐお帰り下さい(#^ω^)


痣が出ていますが、鬼滅の刃とは関係ございません。


扉には座学に励んでいたハジメでさえ全く読み取れない魔法陣が書かれていた。更にとても頑丈で、押しても引いてもビクともしない。ハジメが扉に触れ、錬成を試みると、赤い放電が走った。それを皮切りに二体の石像が一つ目の巨人サイクロプスへと姿を変える。どうやらトラップが仕掛けられていたようだ。

 

ハジメは持っていた剣でサイクロプスに斬りかかった。しかし、サイクロプスは硬化の魔法で自身の耐性を大きく上げた。タウル鉱石製の刃を弾き返してしまった。

 

「…ちっ……」

 

折れはしなかったもののサイクロプスの皮膚には傷一つ付かなかった。刀身を外し銃弾を撃ってみるも結果は同じ。

 

「ハジメくん!」

「ハジメさん!」

「ハジメ君!」

 

香織、雫、膵花がハジメに駆け寄る。食事の度に龍化を発動していたため、三人共魔力が枯渇気味だった。もうハジメ達に攻撃の手段は残されていないかのように思えたが…

 

「皆、下がってて。ここは私が斬る」

「膵花ちゃん! ハジメくんの剣も通じなかったんだよ?もう無理だよ!」

「確かに…今の貴方達には無理かもしれない……でも、今の私ならできる!」

 

膵花は自信ありげに刀を抜いた。そして構えを取る。

 

次の瞬間、大きく飛躍し、サイクロプスの腕に斬りかかった。

 

「【〝飛沫ノ舞 稜鱗(ぜいご)削ぎ落とし〟】!!」

 

膵花の左頬に鯵の稜鱗のような痣が表れ、膵花の刀がサイクロプスの腕を斬り落とした。刀身から無色透明の水が噴き出した。

 

「「綺麗……」」

 

香織と雫が膵花の剣術に見蕩れていた。膵花の刀から水が飛び散る様子は正に芸術だ。

 

膵花の刀は水を纏ったまま、サイクロプスの首を一度に二体分斬り飛ばした。

 

「ふぅ~」

 

膵花は血に汚れることなくサイクロプスを二体撃破した。

 

ふと、扉に二つ窪みがあったことを思い出し、ハジメはサイクロプスの死体を解体し始めた。そして体内から魔石を取り出し、扉の窪みに嵌めた。すると、魔石が輝きだし、魔法陣に魔力が注ぎ込まれる。そして魔石が砕け散った後、部屋全体に明かりが満たされる。

 

ハジメが扉を押し開くと、中は艶やかな石造りで、何本もの柱が奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれていて、部屋に入り込んだ光でつるりとした光沢を放つ。

 

ハジメが凝視していると、立方体から何かが生えているのに気づいた。しかし、近くで確認しようと扉を大きく開けて固定する前に、それは動いた。

 

「……だれ?」

 

上半身から下と両手を立方体に埋めた状態で顔だけが出ていた。長い金髪が垂れ下がり、その間から紅眼の瞳が覗いている。見た目は十二、三歳ほどだろうか。

 

流石に予想外だった全員が硬直し、女の子もハジメをジッと見ていた。やがて、ハジメはゆっくりと深呼吸し決然とした表情で告げた。

 

「すみません。間違えました」

 

そういってそっと扉を閉じようとするハジメそれを金髪紅眼の女の子が慌てたように引き止める。もっとも、その声は何年も出していなかったように掠れて呟きのようだったが……

 

ただ、必死さは伝わった。

 

「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」

「ハジメくん……どうする?」

「見るからに怪しいわね」

「でも困ってるみたいだし……」

「……なんでもする……だから……」

 

女の子は必死だ。首から上しか動かないが、それでも必死に顔を上げ懇願している。

 

「こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているし……絶対ヤバいよ。見たところ封印以外何もないみたいだし……」

 

女の子は泣きそうな表情で必死に声を張り上げる。

 

「ちがう! ケホッ……私、悪くない! ……待って! 私……」

 

ハジメ達が女の子の方を向く。

 

「裏切られただけ!」

 

〝裏切られた〟――その言葉にハジメ、香織、雫、膵花は心を揺さぶられた。

 

目に浮かんだのは、檜山(あのクソッタレ)が放った魔弾がハジメを直撃してハジメの後方を走っていた来が剣で貫かれた光景だ。檜山(アイツ)はクラス全員の撤退の手助けとなった二人を裏切るような真似をした。鍛錬に夢中ですっかり忘れていた。

 

(裏切られた……そうだ、来が奈落に落ちたのも檜山(アイツ)が僕に向かって火球を放ったからだ……)

 

この時、ハジメの中にある負の感情が芽生えた。身を焦がすほどの強い憎しみだ。

 

(何故来が落ちなきゃけならない……彼が何をした……)

(なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……)

(神は僕たちを理不尽に誘拐した……)

(クラスメイトは彼を裏切った……)

(まだ生きてるかもしれないのに勝手に死んだことにした……)

 

その憎しみはハジメの心を蝕んでいき、今まで檜山達に虐げられてきた耐えがたい記憶を糧に膨らんでいく。

 

(僕が弱かったから、彼を守れなかった……)

(僕はただ、来と膵花さん、香織さんと雫さんと一緒に暮らしたかっただけなのに……)

(弱さは邪魔だ。弱さがあるから守りたいものも守れない……)

(邪魔ならどうすればいい?)

(……消す)

(僕達の……俺達の暮らしを邪魔する奴は……)

(殺す)

 

この瞬間、少年南雲ハジメは弱さを捨てた。

 

「ハジメくん? さっきから怖い顔してたけど……大丈夫?」

「……え? ……あ、ああ、大丈夫だ。それで、裏切られたってどういう意味だ? 理由しだいでは……」

 

香織に現実世界に戻され、ハジメは少女に訊ねる。だが、口調は変わり果ててしまった。ハジメはドンナーを抜いた。

 

「どうなるか解ってるよな……?」

 

そして銃口を少女に向ける。

 

(ハジメくん……怖い……)

(どうしちゃったのハジメさん……?私には今の貴方が何を考えているのか解らない……)

 

香織と雫はハジメの変貌ぶりに恐れ戦き(おののき)

 

(あらあら……ハジメ君壊れちゃったね……)

 

膵花は特に気にすることは無かった…

 

「わ、私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

枯れた声で怯えながら必死にポツリポツリと語る少女。話を聞きながらハジメ達は呻いた。波乱万丈な境遇だった。ところどころ気になるワードがあったので、湧き上がるなんとも言えない複雑な気持ちを抑えながらドンナーを仕舞い、ハジメは尋ねた。

 

「お前、どっかの国の王族だったのか?」

「……(コクコク)」

今度は香織が尋ねる。

「殺せないってどういうこと?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

更に雫も尋ねる。

「……そ、それは凄まじいわね。……すごい力ってそれだけ?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

「なるほど~」

 

 

膵花は一人納得していた。

 

ハジメ達も傷口に膵花の血を垂らしてから、龍化状態ならば魔力操作が使えるようになった。身体強化に関しては詠唱も魔法陣も必要ない。他の錬成などに関しても詠唱は不要だ。

 

ただ、ハジメには魔法適正が一切無いので巨大な魔法陣は必要になる。結局碌に魔法が使えない。

 

彼女のように魔法適正と魔力操作があれば反則的な力を発揮できたのに。何せ周りが詠唱やら魔法陣やらを準備している間に詠唱も魔法陣も無しに魔法を連発できるのだ。勝負にならない。しかも不死身ときた。来も似た能力を持っているが、あちらは首を斬られれば普通に死ぬ。手足を斬られても再生などしない(ただしくっつけてしばらくすれば治る)。一言で言ってしまえば彼女の劣化版である。あの自己満勇者でさえ軽く凌駕してしまうだろう。

 

「……たすけて……」

 

ハジメ達が思索に耽り納得しているのをジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。

 

「……」

 

ハジメはジッと少女を見つめた。少女もハジメをジッと見つめる。香織が般若の形相を浮かべるまでの間見つめ(雫と膵花が必死で抑えた)、ガリガリと頭を掻き溜息を吐きながら立方体に手を置いた。

 

「〝錬成〟!」

 

そして錬成を始めた。龍化を得てから変質した濃い紅色の魔力が放電するように迸る。だが、立方体は抵抗の意を示すかのように錬成を弾く。

 

「駄目か……なら……!」

 

ハジメは龍化を発動させた。一般人が思い浮かべるようなドラゴンの姿で少女の前に立つ。

 

(これでどうだ……!)

 

魔物を喰らってぶくぶくと貯まった魔力を立方体にぶつけた。それでも変形しなかったので自棄(やけ)になり全放出してしまった。

 

自分でも何をやってるのかよく解らなかった。ただ、残った良心が置き去りにするのを咎めたのだ。こんなところでずっと独りぼっちの彼女を見捨てるのか、と。ハジメは持てる全ての魔力を注ぎ込み、意地の錬成を成す。

 

直後、それまで不完全ながらも錬成を弾いていた立方体が少しずつ液状化する。それと同時に少女の身体が露わとなった。長い間封印されていたためか、痩せ衰えてしまっている。それでも香織とは違う神秘的な美しさを放っていた。そのまま少女は地面に座り込む。

 

ハジメも龍化を解き、座り込んだ。龍化維持の分も含め魔力を全放出してしまったので激しい倦怠感に襲われる。

 

懐から神水を取り出そうとして手を少女に掴まれる。ほとんど力のない、弱々しい手だ。

 

紅眼に溢れんばかりの気持ちを宿し、少女は震える声で告げる。

 

「……ありがとう」

 

その言葉を贈られ、ハジメは胸を絞めつけられた。この少女からは香織とは違う魅力を感じる。だが腐ってもハジメは清純な男だ。今の彼は香織一筋。ハジメの正妻の座から香織が動くことはこれから先ないだろう。

 

少女は声の出し方、表情の出し方を忘れていた。慈悲深い来ならこう思ったことだろう。怖かっただろう、苦しかっただろう、寂しかっただろう、悲しかっただろう、と。

 

「神水を飲めるのはもう少し後だな」と苦笑いしながら少女の手を握り返す。少女の方も握り返してきた。そして少女はハジメ達の名を尋ねる。

 

「……名前、なに?」

「白崎香織だよ」

「八重樫雫よ」

「滝沢膵花だよ」

「ハジメだ。南雲ハジメ。お前は?」

 

少女はハジメの名を繰り返し呟いた。そして、ハジメにお願いをした。

 

「……名前、付けて」

「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」

 

長い間幽閉されていたから自分の名前を忘れてしまったのかと思ったが、少女は首を振る。

 

「もう、前の名前は要らない。……ハジメの付けた名前がいい」

「……はぁ、そうは言ってもなぁ……少し待っていてくれ」

 

この少女は名前を変えることで過去と決別したいらしい。ハジメは香織と雫、膵花と話し合う。

 

「何がいいかな……」

「別に新しく名前を付けなくてもいいのに……」

「何か言った? 香織」

「え? いや、何も言ってないよ?」

「ハジメ君、吸血鬼と聞いて先ず何が思い浮かんだ?」

 

ハジメは吸血鬼と聞いて真っ先に思い浮かんだ物を思い浮かべる。

 

「そういえば最初にこの部屋に入ったとき、あいつの金髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月に見えたな……そうか。ありがとう、〝膵花〟」

「どういたしまして……でも、私のことは今まで通りさん付けで呼んでくれないかな? 来君以外に呼び捨てで呼ばれたくないから」

 

たとえハジメでも膵花には来以外に呼び捨てで呼ばれたくないらしい。

 

「はぁ、解ったよ。〝膵花さん〟」

 

ハジメは少女の前に歩み、彼女に付ける新たな名を告げる。

 

「〝ユエ〟なんてどうだ? ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが……」

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

「ああ、ユエって言うのはな、俺の故郷(より正確に言えば、中国)で〝月〟を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」

 

相変わらずの無表情な少女。しかしその目は、嬉しそうに輝いていた。

 

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

「おう、取り敢えずだ……」

「?」

 

ユエは握っていたハジメの手を離す。

 

「膵花さん、替えの服持ってるか?」

「え? あ、うん。持ってるけど……」

「悪い、少し借りる」

 

ハジメは膵花から服を借り、ユエに差し出す。

 

「これ着とけ。いつまでも素っ裸じゃあなぁ」

「……」

 

忘れていたが、ユエは今現在()()()()()()()()()()()()()()である。反射的にユエは受け取った。

 

「ハジメのエッチ」

「……」

 

こういう時は何か言った時点で負けが確定なのでハジメはノーコメントだ。身長が百四十センチ位のユエには大きすぎたようだ。服の貸主である膵花は身長が百七十三センチもある。雫と同じ位高い。

 

「ハジメ君、六十五階層で何か遭ったみたい」

「ああ、直ぐに向かいたいところだが……如何やら上にも厄介な相手が張り付いてるみたいだ」

 

部屋が揺れ、天井から巨大な魔物が降ってくる。体長はベヒモスの半分程度だが、四本腕に鋏が付いていて、八本の足を動かしている。二本の尾には毒針が付いている。

 

部屋に入って来た時は全く気配がしなかった。如何やらユエを逃がさないための最後の仕掛けなのだろう。

 

ハジメ達は石製の試験管に入った神水を飲み干す。そしてユエにも神水を突っ込む。

 

「ハジメ君! ここは私が喰いとめるから、ハジメ君達はユエちゃんを連れて六十五階層に向かって!」

 

膵花の指示でハジメ達はユエを連れて六十五階層へ向かった。

 

「……さて、私の本気……見せちゃおっかな」

 

膵花は龍化を発動させ、四つ足のドラゴンとなった。体格でいえば膵花の方が圧倒的に有利である。化け蠍は毒針から毒液を飛ばした。膵花は口から炎を吐き、毒液を焼き尽くした。続いて化け蠍の方は針を撃ち出した。撃ち出された針は途中で破裂し、散弾のように広範囲を襲う。だが、ドラゴンとなった膵花を覆う鱗はそれを弾いた。膵花はやり返しだと言わんばかりにサソリモドキに襲い掛かる。

 

 

ハジメ、香織、雫、ユエが奈落の底へ到着した。川を遡って65階層の橋の下まで着いた。

 

「香織、雫、ユエ。全員俺に掴まってろ」

 

ハジメの指示で三人はハジメにしがみつく。

 

「……龍化」

 

ハジメは龍化を発動させた。ただし、大部分は人間のままだ。変化した部分は頭の角、背中の翼、両手、腰から生えた尾のみ。両手には鋭い鉤爪が付いている。

 

「飛ぶぞ」

 

ハジメは翼を羽ばたかせ、奈落の底から飛び上がった。実は、奈落の底から登ろうとすると魔力が分散されてしまうのだが、ある謎の力により無効化されていた。

 

 

ハジメがユエの封印を解いている時、勇者一行は六十五階層に辿り着いていた。

 

「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

 

メルドの声が響く。光輝達は表情を引き締め、未知の領域に足を踏み入れる。

 

しばらく進むと、大きな広間に出た。何となく嫌な予感がする。そしてその予感は的中することとなる。

 

広間に足を踏み入れた瞬間、部屋の中央に直径十メートルの魔法陣が浮かび上がる。

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

光輝は冷や汗を流しながら叫ぶ。他のメンバーにも緊張の色がはっきりと浮かぶ。

 

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

龍太郎も驚愕の叫び声を上げた。それに険しい表情をしながらも冷静な声音のメルドが応える。

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

メルドが退路の確保を優先する指示を下す。それに光輝は不満そうに言葉を返す。

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず買ってみせます!」

「へっ、その通りだぜ。辻風の仇に何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 

毎度の如く龍太郎も不敵な笑みを浮かべながら呼応する。メルドは肩を竦め、同じく不敵な笑みを浮かべた。

 

そして魔法陣が爆発したように輝き、かつての悪夢が一行の前に姿を現す。

 

「グゥガァアアア!!!」

 

ベヒモスは咆哮を上げ、光輝達を壮絶な殺意が宿った眼光で睨む。

 

ここに過去を乗り越える為の戦いが、今始まった。

 

 

光輝が〝天翔閃〟を放つ。以前は上位技の〝神威〟を以てしても傷一つ付けることは叶わなかったが、今回はベヒモスの胸をくっきりと斜めに切り裂いた。

 

「いける! 俺達は確実に強くなってる! 永山達は左側から、檜山達は背後を、メルド団長達は右側から! 後衛は魔法準備! 上級を頼む!」

 

光輝が次々に的確な指示を出す。あの時から確かに成長していた。ご都合主義は相変わらずだが。

 

「ほぅ、迷いなく指示をする。聞いたな? 総員、光輝の指示で行くぞ!!」

 

光輝の指示で永山勢はベヒモスの左側、メルド勢は右側、光輝勢は前方、檜山勢は後方に回り込み、ベヒモスを包囲する。

 

前衛組がベヒモスを後衛には行かすまいと必死の防衛線を張る。だが、ベヒモスは突然活動を停止した。

 

「動きを止めた? 一体どうなってるんだ……」

 

メルドが困惑していると、光輝に付けられた傷が塞がり、出血が止まる。それと同時にベヒモスの皮膚が赤黒く輝き、体も巨大化していく。額から結晶が突き出る。

 

「全員、撤退!」

 

メルドは危険と判断し、撤退の指示を出した。

 

「万翔羽ばたき 天へと至れ 〝天翔閃〟!」

 

曲線状の光の斬撃がベヒモスに再び直撃する。だが、今度は傷一つ付かなかった。

 

「何だと!?」

 

ベヒモスは元より更に禍々しい姿となった。体は赤黒い何がで包まれ、背中には炎のようなものが迸っている。ベヒモスが咆哮を上げると、ベヒモスと同じ色をした突起が突き出る。光輝達は避け切れず、突起に突き飛ばされる。

 

 

ベヒモスに突き飛ばされ、しばらく眠っていた光輝達が目を醒ますと、ベヒモスは口を大きく開き、大技のチャージを始めていた。光輝は退路の方に目をやるも、退路は既に塞がれてしまっている。もう光輝達に勝ち目はない。

 

光輝達は諦め、目を閉じて俯いた。ベヒモスは口から光線を放ち、彼らを跡形も無く吹き飛ばした……かのように思えたが…

 

「グォ!?」

 

光線は光輝達の遥か上を貫いた。ベヒモスの足元からは煙が立っている。

 

光輝達が顔を上げると、ベヒモスの前に立つ者が四人。光輝達には幼女以外の三人の後ろ姿に見覚えがあった。そう、ハジメ、香織、雫だ。

 

「香織、雫、ユエは後ろへ。コイツは俺が殺る」

 

香織は治療の為、雫とユエは防衛の為後方に下がる。

 

ハジメは猛スピードで飛び出し、ベヒモスの額に生えた結晶を新兵器のレオで叩き切る。トリガーを引くまでも無く結晶は砕け散り、ベヒモスを覆っていたオーラが消え、元の赤黒い皮膚が露わとなる。

 

「さ~て、じっくり痛めつけてやるとするか」

 

ハジメはベヒモスの胴体をレオで大きく横に裂く。裂いている途中でレオに取り付けられたトリガーを引く。すると、レオの刀身が爆発を引き起こし、ベヒモスの体を大きく抉る。ハジメは反動で吹き飛ばされる。が、たいしてダメージを負っていない。

 

「これで止めだッ!!!!」

 

ハジメはベヒモスの背中に飛び乗り、頭の方へ駆け抜け、レオを首筋に喰い込ませる。

 

「死ねェェェッ!!!!」

 

そしてトリガーを引いた。爆風でベヒモスの首が胴体から吹き飛ぶ。ハジメは再び吹き飛ばされるも、今度は空中で一回転して綺麗に着地した。

 

ハジメはレオを鞘に仕舞い、メルド達の方へ向かう。

 

「メルド隊長!」

 

メルドの前に立っていたのは見慣れない武器を提げたハジメだった。

 

「おお、坊主! 生きていたか!」

 

ハジメの姿に光輝は眉を顰め、檜山は舌打ちをする。

 

「あなた方に危険が迫っていたので急いで駆けつけました」

 

ハジメはまるで正義のヒーローのような台詞を吐く。一度でいいからこんな台詞が言いたかったというのがハジメの本音である。

 

「おい南雲、お前……香織と雫、それに膵花を連れて今まで何処に行っていた!? それに見たことも無い武器を背負っているし……さてはお前、ベヒモスを強化させて俺達を襲わせ、それを討ち取ることで俺が手にするはずだった称賛を得るつもりだったな! 答えろ、膵花は何処だ!?」

 

光輝はご都合主義の下にハジメを睨みつけて言った。しかしハジメは逆に睨み返し、光輝の胸倉を掴む。

 

「折角俺達がお前らを助けてやったのに何だその言い草は! 俺がんな事の為に自作自演をしたとでも言いたいのか? 俺達がここに来るまでに何が遭ったかは知らないが、お前だけは死んでた方がよかったよ!」

 

そう言って光輝を突き飛ばした。負傷者の治療を終えた香織と雫、ユエに指示を出す。

 

「香織、雫、ユエ、行くぞ。膵花さんの許へ」

 

ハジメ達は去ろうとしたが、光輝が引き止める。

 

「待て香織! 雫! 南雲みたいな男と一緒じゃ危険だ! 俺の所に戻るんだ! 俺なら君達を守れる!」

 

しかし香織と雫は上の空。香織は光輝の方に向いて、光輝に告げる。

 

「今の私達を守れるのはハジメくんだよ? 光輝くん、どうしてハジメくんを悪く言うの? ハジメくんに助けてもらったんじゃないの? ハジメくんに助けてもらったことがそんなに嫌だったの? そんなんじゃもし辻風くんが戻って来ても()()()()()()は助けてもらえないかもしれないんだよ? それでもいいの?」

「光輝、貴方はもう少し周りのことに目を配ってみたら? いい加減自分の意見だけを押し通すのは止めなさい」

 

そう言い残し、香織と雫はハジメ、ユエと共に去っていった。

 

 

一方、膵花はサソリモドキを巨体で抑えていた。だが思った以上にサソリモドキの力が強く、更に膵花の魔力も残り僅かとなり、あとどれくらい持ちこたえられるか分からない。

 

(もう……これ以上は……無理……)

 

膵花の龍化が解けた。サソリモドキは反撃と言わんばかりに毒針の付いた二本の尾を膵花に向ける。

 

(立てない……怖い……助けて……)

 

膵花は目を瞑った。

 

(助けてよ……来君……)

 

サソリモドキの毒針が膵花を襲う。が、突き刺さる前に引き千切られた……




次回
第七閃 彷徨う剣士


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第三章 奈落、そして迷宮攻略
第七陣 彷徨う剣士


どうも、最果丸です。
サソリモドキとエセアルラウネ(+恐竜)はハジメ達に丸投げしました。

感想ありがとうございます。
奈落に落ちてしまった親友に報いようとするハジメに心打たれた方も多いでしょう。ハジメが作った刀を決して鈍と呼ばないで下さい。さもなくば檜山達と同類と見做し粛清します(嘘)。

今回はその奈落に落ちてしまった一人の剣士が辿った真のオルクス大迷宮での行動を書きました。



追記
ステータスを修正しました。


(あれ……何で俺……こんなところで寝てるんだ?)

 

真のオルクス大迷宮最下層にて、ヒュドラの死体と共に転がっている者が一人。腹部に穴の開いた和服を羽織っている剣士だ。

 

剣士は必死に記憶を辿る。

 

(そうだ、洞穴で目が覚めて……よし、覚えてる。だけど……その前のことが思い出せない……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣士は暗い谷底で眠っていた。腹にあった刺し傷は塞がっている。そこにウサギのような魔物が近寄る。ウサギはキュ?と首を傾げ、剣士に近寄る。至近距離までウサギが近寄った瞬間、ウサギの首が飛んだ。

 

剣士は()()()()()立ち上がり、歩き出した。そこへ二頭の二尾狼が襲い掛かるも、神速の抜刀術で首を斬り落とした。

 

再び歩き出す剣士の背後に二メートル程の熊に似た魔物が立っていた。三十センチ位の鉤爪を両腕に三本ずつ生やしていて、二本の脚で立っていた。

 

爪熊が鉤爪を振るう。しかし避けられてしまう。だが、左の側頭部を掠った。また鉤爪を振るわれ、今度は両腕、両脚を掠った。出血量が酷い。

 

「〝錬成〟」

 

剣士は錬成を発動させ、左側の壁に縦五十センチ、横百二十センチ、奥行二メートルの穴を開けた。即座にそこへ転がり込んだ。

 

爪熊は獲物を目の前で逃がし、怒り狂った。

 

「〝錬成〟……〝錬成〟……〝錬成〟……〝錬せ……」

 

剣士は錬成を繰り返し、更に奥へと進んだ。だが、ある程度進んだところで魔力よりも先に失血で昏睡状態に陥った。

 

 

水滴が頬に当たり口に流れ込んだ。それを何度も続けた結果、四肢と頭に負った切り傷が塞がり、出血が止まった。剣士の意識が徐々に覚醒していく。

 

(ここは……何処だ?)

 

身体を起こそうとしたが、低い天井に頭を思いっ切りぶつけて再び気絶してしまった。気絶した剣士は目を閉じたまま錬成で空間を広げた。空間を広げることに岩の隙間から滴る液体の量が増えていく。ある程度広げたところで、水源に辿り着いた。

 

「……んはっ!?」

 

剣士は意識を回復させた。空間がいつの間にか広がっていることに驚いている様子だ。

 

戸惑いつつも液体の水源を見てみると、岩の壁から突き出た青白く発光する結晶だった。下に向かって結晶から液体が滴り落ちている。

 

剣士はそれに縋りつくように結晶に手を伸ばし、結晶の前で口を大きく開けた。すると、結晶から液体が口に向かって滴り落ち、身体中から痛みと倦怠感が消え失せた。

 

「疲れや痛みが退いていく……まるで神の水だな……〝神水〟とでも呼ぼうか」

 

剣士は結晶から滴り落ちる液体を〝神水〟、結晶そのものを神の結晶、〝神結晶〟と呼ぶことにした。

 

剣士は他に何か持っていないか、持ち物を全て地面に置いた。

 

「腰の刀……折れてる」

 

腰に差してある刀は折れてしまっているが、何かを斬るには十分な長さだ。

 

「手裏剣に……苦無?」

 

手裏剣は伊賀流、甲賀流それぞれ二つずつある。苦無も二本ある。

 

「何だこれ……鍛冶台? 随分小さいな」

 

剣士なのに何故か鍛冶台とハンマーがある。それに鉄鉱石もあった。

 

「後は……石板?」

 

残りはステータスプレートのみ。剣士はそこで自分の名前と強さを知る。

 

 

===============================

辻風来 17歳 男 レベル:4

天職:剣士

筋力:345

体力:495

耐性:345

敏捷:1215

魔力:965

魔耐:575

技能:雷属性適正・全属性耐性・剣術[+抜刀術]・縮地・剛腕・先読・気配感知・気配遮断・龍化・魔力感知・自己再生・魂の回廊・思念通話・昏睡覚醒・錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・言語理解

===============================

 

 

(……辻風来? ……誰のことだ? ……でも、これは俺が持っていたし……恐らく俺の名前だろうが……技能の使い方が全く分からん)

 

剣士辻風来は記憶を失ってしまっていた。だが読み書きは何とかできるようだ。

 

(試しにこの錬成って技能でそこに穴とかできないかな……)

 

来は足元に右手を翳す。

 

「〝錬成〟」

 

すると、イメージ通りに穴が開いた。

 

「使い方が簡単過ぎる……」

 

穴を埋めた後、神水を出来るだけ沢山集めることにした。

 

「数滴飲んだだけであれほど血が出るような傷が塞がるとは……神水かなり使えるな」

 

二日経つと、神結晶から輝きが失われ、神水が出なくなった。

 

「あれ? 神水が出なくなった……待てよ……神水が滴り落ちていた時、神結晶には魔力が詰まっていた……それが今は尽きている……なら……」

 

来は神結晶に手を当て、魔力を流し込んだ。すると、神結晶は再び輝きだし、神水が出るようになった。

 

「……もう十分すぎるくらい集めたから……まあいいか」

 

神水は結構集めたのでこれ以上はもう必要ないだろう。だが無くなったら困るので、魔力が無くなった状態の神結晶を複製し、懐に仕舞う。かなり邪魔だが我慢することにした。

 

 

しかし、七日を過ぎた辺りから、重度の飢餓感を感じるようになった。

 

(喉の渇きは神水で何とかなるが……こればかりはどうしようもないな)

 

食料を探すため、来は洞穴から外に出ることにした。

 

(ん? あの熊みたいな生き物……こっちを見てる)

 

爪熊に見つかってしまった。爪熊は来を捕食者の目で見ている。

 

(不味い……喰われる……!!)

 

来は今まで味わったことのない恐怖を感じていた。

 

(……逃げなきゃ……!)

 

来は逃亡を開始するべく後ろを向こうとした。だが、それよりも早く爪熊の一撃が来を切り裂く。

 

「がっ……」

 

来は倒れてしまい、胸に出来た傷の痛みで苦しんだ。

 

来が爪熊の方を向いた瞬間、爪熊の一撃が炸裂する。そして来は意識を手放してしまった。

 

爪熊は来が死んだと思い込み、喰らい付こうと顔を近づけた瞬間…

 

ザシュッ

 

爪熊の首が飛んだ。

 

首を失った爪熊の身体はその場に倒れた。しばらくして傷が塞がると、来が目を醒ました。

 

「はっ……生きてる? ……あっ……し、死んでる……!!」

 

来は何が起こっているのか全く解らなかった。

 

「……それにしても腹が減ったな……食えるのかな? ……やってみるか」

 

爪熊の近くに転がっていた二尾狼の死体の一部を捥ぎ取り、食した。

 

「……生臭い……それに酷い味だ……余程腹が減ってもない限り絶対喰いたくないな……」

 

生臭さと酷い味に苦しめられながらも、何とか胃に流し込んだ。そして、来の身体に異変が起こる。

 

「――ッ!? うぐッ!!!」

 

身体中に激痛が走る。身体を内側から破壊されているような感覚。時間が経つごとに痛みは増していく。

 

「あッ……あッ……あッ……あッ……」

 

耐え難い痛みに痙攣を起こした。胸の傷程度の痛みが無効化されるような想像を絶する痛み。

 

来は急いで石製の試験管に入っている神水を飲み干した。痛みが退いていくが、しばらくするとまた痛み出す。

 

「がぁッ……うっ……あぐッ……」

 

痛みと共に来の身体が脈打った。至る所から肉が裂ける音がした。

 

あまりの痛みに意識を手放したかった。しかし神水がそれを許さない。

 

来は痛みには強い方だったが、あまりに強いその痛みに顔が苦痛に歪んでしまう。

 

そして、来の身体に変化が起こる。

 

 

一部茶色になっている髪が色素を失い、白くなる。

 

明るい空色だった瞳が見蕩れるような黄金色になっていく。

 

筋肉や骨の密度が増す。

 

 

魔物の肉を喰らえば肉体が変質した魔力に耐え切れずに崩壊してしまう。しかし、来の場合は神水を服用したことで完全に崩壊することなく修復されていく。

 

脈動と共に作り変えられていく来の身体。いや、作り変えられていくというより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

一種の先祖返りである(人格は変わってないけど)。

 

やがて脈動が止まり、来は地面に伏した。髪は茶髪だったところが白くなっている。黒いままなのは、染めていたからである。

 

「……〝龍化〟」

 

そして何故か龍化を発動させた。来の身体は黄色い光に包まれ、ベヒモスよりも更に巨大なドラゴンへと姿を変えた。四足歩行に見えるが二足で立ち上がり走ることもできる。前脚は翼と一体化しており、かなり大きく開くことが出来る。後脚は少し細いが見た目とは裏腹に丈夫にできている。尾も長く、先端には無数の棘状の鱗が生えている。首は長く、角が獅子の鬣のごとく生えている。身体に赤黒い線が走っていることを除けばその姿は正に首と尾が一本だけのモンスター・ゼロ(キングギドラ)。

 

ドラゴンとなった来はまるで産声のような雄叫びを上げた。以前来が斬り捨てたウサギとは別個体の蹴りウサギが現れたが、来は問答無用で生きたまま捕食した。そして爪熊の頭も捕食した。

 

来は龍化を解き、ステータスプレートを確認した。

 

 

===============================

辻風来 17歳 男 レベル:4

天職:剣士

筋力:682  [+龍化状態2800]

体力:778  [+龍化状態3600]

耐性:625  [+龍化状態4050]

敏捷:1477 [+龍化状態1230]

魔力:1532

魔耐:682

技能:雷属性適正・全属性耐性・剣術[+抜刀術]・天歩[+空力][+縮地]・剛腕・先読・気配感知・気配遮断・龍化・魔力感知・魔力操作・胃酸強化・自己再生・魂の回廊・思念通話・昏睡覚醒・錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・纏雷・風爪・言語理解

===============================

 

 

「自分で言うのもなんだけど……化け物だ」

 

技能が増えてもうわけが分からなくなってきている。

 

「……奥から強い気配を感じる……」

 

来は下層から漂う気配を感じ取り、一瞬戦くも意を決して進むことにした。

 

 

下の階層は兎に角暗かった。緑光石が無いので仕方なく緑光石で作った松明で照らす。光源が命取りになり兼ねないが来は気にせず先を進む。

 

しばらく進んでいると、左側に嫌な気配を感じ取った。松明を向けると、そこには二メートルの蜥蜴がいた。蜥蜴は金色の瞳で来を睨みつけると、その金眼を一瞬光らせた。

 

「ッ!?」

 

来の右手が音を立てて石化を始めた。右手がグーのまま固まっている。来は仕返しと言わんばかりに石化した右手で蜥蜴、バジリスクの頭を殴り潰した。

 

来は急いで神水を飲んだ。石化は肘当たりで止まり、徐々に戻っていく。

 

来は右腕の石化が解除されるまでに羽を散弾銃のごとく飛ばす(フクロウ)と六本足の猫を仕留めた。そしてその場に座り、バジリスクと梟と猫の肉を()()()()喰らった。

 

瞬く間に身体に激痛が走るが元々痛みに強い来にとっては苦にならなかった。

 

 

===============================

辻風来 17歳 男 レベル:6

天職:剣士

筋力:796  [+龍化状態3410]

体力:907  [+龍化状態3570]

耐性:843  [+龍化状態4320]

敏捷:1520 [+龍化状態1350]

魔力:1782

魔耐:947

技能:雷属性適正・全属性耐性・剣術[+抜刀術]・天歩[+空力][+縮地]・剛腕・先読・気配感知・気配遮断・龍化・暗視・魔力感知・魔力操作・胃酸強化・自己再生・魂の回廊・思念通話・昏睡覚醒・錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・纏雷・風爪・石化耐性・言語理解

===============================

 

 

「流石に石化耐性だけか……石化の邪眼も面白そうだったんだがな……」

 

思ったのとは違う技能を手に入れ、来は少し残念そうだった。もし石化が技能として加わっていれば無敵になってしまいパワーバランスが崩れてしまう。

 

来は魔物だけでなく、鉱石も採取していた。今まで採取してきたのは、緑光石、燃焼石、タウル鉱石。元々持っていた物は鉄鉱石である。ちなみにそれらは谷底で目を醒ましてからずっと持っていたポーチに入れてある。

 

 

また下の階層に潜ると、地面がぬかるんでいて歩きにくかった。途中タールの中からサメのような魔物が飛び出してきたが、来は折れた刀でばっさりと斬り捨てた。また肉を少し頂戴してから食したが技能は新しく手に入らなかった。

 

 

タールに潜むサメとの戦いから更に時は流れ、五十階層以上進んでいた。

 

空間全体が薄い毒霧で包まれた階層では毒を吐く虹色のカエルと毒の鱗粉を撒き散らす蛾に襲われた。毒霧で意識を削がれていた来は反対に恐ろしいほどの戦闘力を発揮し、カエルと蛾を切り裂いた。

 

そして勿論食べた。蛾の方はカエルよりも少し美味しかったらしい(〝毒耐性〟、〝麻痺耐性〟獲得)。

 

密林のような階層では分裂するムカデが現れたが一匹残らず〝風爪〟で殺し尽くした(〝遠視〟獲得)。

 

トレントのような見た目の魔物からはスイカ味の果実を根こそぎ採った後、タール状に融解したフラム鉱石をかけて燃やした。

 

ある階層では出鱈目に〝錬成〟で掘り進んでいくと、広い部屋に出た。中央には立方体が置かれてあり、後にハジメによってユエと名付けられる吸血鬼の幼女が封印されていた。

 

来は気配遮断を使い、部屋を探索した。天井に張り付いているサソリモドキを見つけ、外殻を少し剥がして肉を千切り取った。幸いサソリモドキは眠っているのか来に全く気付いていない様子だった(〝魔力放射〟、〝魔力圧縮〟獲得)。

 

樹海の中を気配遮断を使って魔物から姿を隠しながら更に進んでいき、来は遂に最初にいた階層から数えて丁度百階層目に到着した。

 

「ここか……最初の所で感じ取った強い気配の根源がいるのは……」

 

その階層は螺旋模様と気の蔓が巻き付いたような彫刻が彫られてある無数の柱で支えられていた。天井までおよそ三十メートル。

 

入口から二百メートルほど進んだ処に、巨大な両開きの扉が付いていた。この扉にもまた、彫刻が彫られている。七角形の頂点に何らかの紋様が描かれている。

 

(この先は明らかに不味い。確実に罠が仕掛けられている。あのサソリモドキも罠の一つだろう。立方体に閉じ込められた幼女を助けようとした侵入者を排除するための仕掛け……だが先に進まなければ何も変わらない……行くしかないのか……)

 

来は覚悟を決めて扉に向かって歩み出した。最後の柱の間を越えたあたりで、ベヒモスの時の三倍近い大きさの赤黒く輝く魔法陣が出現した……




次回
第八閃 オルクスの守護者


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第八陣 オルクスの守護者

ヒュドラ戦です。戦いを凄いものにしたくて来が炭治郎や善逸、猗窩座みたいになってしまいました。


赤黒く光る魔法陣は脈打つように音を響かせる。直径は三十メートルで、構成された式もベヒモスのものよりも複雑で精密なものとなっている。

 

来は決然とした表情をしている。もう、後戻りはできない。

 

「ここで戦わずして、どうやってここを出るんだ……大丈夫、俺ならやれる! 今までたくさんの魔物を葬って来たじゃないか……だからやれる!」

 

魔法陣がより一層輝きを増し、弾けるように光を放った。あまりの光の強さに腕をかざして目を覆う。

 

光が収まり、そこに一体の魔物が現れる。

 

全長三十メートル以上、六つの頭に長い頸、鋭い牙を生やし、赤黒い眼で来を睨みつけているこの化け物の姿は正に、神話に登場する伝説の怪物、ヒュドラだった。

 

不思議な音色の絶叫を上げながら六対の眼光が来を射抜く。常人ならそれだけで心臓を止めてしまうだろう。だが来は臆することなく、ヒュドラに飛び掛かる。

 

ヒュドラの赤い頭が火を噴いた。来はそれを避けて神速で飛び出し、得意の抜刀術で赤い頭を斬り飛ばした。しかし直後、白い頭が叫ぶと斬り飛ばされた赤い頭が再生していく。

 

 

ここまで判った色ごとの能力

 

赤:火炎放射

 

青:不明

 

黄:不明

 

緑:不明

 

白:回復

 

黒:不明

 

 

 

「まずは白から斬り飛ばすか……」

 

青い頭が散弾のように氷の礫を吐き出す。来はそれを折れた刀で全て打ち落とす。

 

 

ここまで判った色ごとの能力

 

赤:火炎放射

 

青:氷礫

 

黄:不明

 

緑:不明

 

白:回復

 

黒:不明

 

 

 

「一体俺は何者なんだ……? あの数の氷の礫が止まって見える……」

 

そして飛び出し、白い頭に狙いを定める。

 

「これなら……斬れる!!」

 

しかし刀が白い頭を刎ね飛ばす直前で、黄色い頭が身代わりになる。折れた刀は白い頭の代わりに黄色い頭を斬り飛ばした。白い頭が直ぐに再生させる。

 

「……ちっ、盾役がいたか……攻撃、回復、防御、全く隙が無い……」

 

黄色い頭が吠えると、来は地面から突き出た突起に突き飛ばされる。

 

 

ここまで判った色ごとの能力

 

赤:火炎放射

 

青:氷礫

 

黄:魔力操作

 

緑:不明

 

白:回復

 

黒:不明

 

 

 

「……くッ!! ……近寄る隙も無い……」

 

迂闊に近づけずに動けないままの来を黒い頭が一睨みする。

 

「あぐっ!!」

 

来を激痛と飢餓感、頭痛で痛めつけ始めた。

 

 

ここまで判った色ごとの能力

 

赤:火炎放射

 

青:氷礫

 

黄:魔力操作

 

緑:不明

 

白:回復

 

黒:精神攻撃

 

 

 

「ああっ!! ぐっ……あ……頭がぁッ……」

 

来が精神攻撃で痛めつけられている隙に、緑の頭が狙いを定める。

 

「……成程……俺が今まで受けてきた苦しみを全部与えるのか……だが……俺にはもうそんなものは通用しないんだよ!!」

 

来は気力で精神攻撃を断ち切り、再び刀を抜いた。今度は緑の頭が風刃を飛ばす。来は〝縮地〟で全て避ける。

 

 

ここまで判った色ごとの能力

 

赤:火炎放射

 

青:氷礫

 

黄:魔力操作

 

緑:風刃

 

白:回復

 

黒:精神攻撃

 

 

 

(彼奴の攻撃パターンがだんだん読めてきたぞ……)

 

作戦を思いついた来は手裏剣を取り出し、それぞればらばらの方向に投げた。そのうちの一つは緑の頸に刺さった。

 

赤い頭が口を開く。

 

そして炎を吐く。来は右に避けた。そこへ青い頭が待ち構える。

 

氷の礫を吐き出す前に上へ跳ぶ。そこへ黄色い頭が肥大化させ、叩き落そうとする。

 

来は黄色い頭の顎を蹴り、青い頭に着地する。黄色い頭が来を叩き潰す前に来は直ぐに飛び退いた。青い頭の目に手裏剣が刺さり、悶えているうちに黄色い頭は誤って青い頭を潰してしまう。黄色い頭はしまった、と言わんばかりに目を細めた。

 

すぐさま白い頭が回復させようとするが、軌道を曲げた手裏剣に気を取られ、その隙に黄色い頸を駆け上る来が神速で飛び出し、白い頭を斬り飛ばす。これでもうヒュドラは頸を再生できない。

 

壁を蹴って緑の頭に狙いを定める。

 

緑の頭が風刃の嵐で来を切り裂こうとした。それを来は〝風爪〟と元々持っていた雷属性の魔法を組み合わせた電撃刃で打ち消した。その影で黒い頭がもう一度来の精神に攻撃を仕掛けようとしたが、首筋に手裏剣が刺さり、動きを一瞬止めた。

 

来はその隙に緑の頭、そして黒の頭に横一文字に斬り込みを入れる。残りは黄色と赤のみ。

 

「この勝負はぁぁぁぁぁッ!!」

 

赤い首に回収した手裏剣を突き刺す。そして残った黄色い頭目掛けて飛び出す。

 

「俺が貰ったぁぁぁぁぁツ!!」

 

来は空中で一回転し、まるで水車のように円を描きながら、黄色い首を斬り落とした。そして着地と同時に掛け声を放つ。

 

「起爆!!」

 

白と黄色以外の頸が起き上がった瞬間、刺さった手裏剣が爆発する。四つの頸が高威力の爆発に怯んだ隙に、来は神速で飛び出し、横に回転しながら頸を一つ一つ斬り落としていった。全ての頸を失ったヒュドラの身体は大きく仰け反った後、地面に倒れ込んだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……勝てた……のか……?」

 

来は息を荒げながら地面にへばり込んだ。記憶を失っても、状況判断力と戦闘力は健在だ。

 

来はヒュドラの身体を見た。あれ程の大きさの魔物をたった一人で倒したのだ。

 

だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……勝負は()()()()()()()()()()()

 

ヒュドラの身体がビクッと痙攣した後、胴体部分から七本目の首がせり出してきた。

 

「なっ……何……!?」

 

銀色に輝く頭は予備動作もなくいきなり極光を放った。来は突然の奇襲に対応が遅れ、衝撃波に巻き込まれてしまう。

 

「……ッ!!」

 

来は頭を強く打ちつけ、意識を失ってしまった。銀色の頭は遠くからジッと横たわる来を睨みつけていた。

 

ヒュドラは再び極光を放とうと口を大きく開いた。チャージが終わると同時に、来の脚がほんの少しだけ動いた。

 

ヒュドラは極光を来目掛けて放った。来は成す術なく極光に消し飛ばされた……かのように思えたが…

 

着弾地点に来が目を閉じたまま立っていた。しかし一部は胸部に被弾してしまったようで、心臓が剥き出しになっている。そして吐血してしまった。

 

来は身体を蝕まれながらもなお、ヒュドラに向かってこう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様ごときがこの僕に勝とうだなんて……四百年早いんだよ」

 

ヒュドラは苛立ち、今度は無数の光弾をガトリングのごとく連続で放った。

 

「【抜刀術・鳴ノ舞 〝紫電一閃〟】!!」

 

来は居合の構えを取り、雷を纏う。そして神速でヒュドラ目掛けて一直線に飛び出した。光弾の一部が被弾し、身体のあちこちが徐々に溶かされていく。

 

「【二連】!!」

 

ヒュドラの一歩手前で急停止し、ヒュドラの頸目掛けて真上に跳び上がった。ヒュドラは突然の方向転換に驚き、動きを一瞬止めた。その一瞬が、命取りになるとも知らずに。

 

跳び上がった来はまるでロケット花火のように打ちあがり、ヒュドラの最後の頸を斬り飛ばした。しかし、最後の頸は今までの六つの頸より遥かに硬かったため、刀が砕けてしまった。

 

真上に大きく跳んだ来は体勢を崩し、力なく落ちて行った。

 

と同時に、不安を駆り立てるような音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七つの頸を失ったはずのヒュドラは、メキメキと生々しい音を立てながら立ち上がり、頸を再生していった。

 

ヒュドラ戦の第三ラウンドが、今始まる。

 

「ほぅ、まだ戦うのか。中々やるようだな」

 

刀を失った剣士がヒュドラに向かって嗤う。

 

「シィァァァァァ」

 

ヒュドラも七つの頸で来を睨みつける。

 

「術陣展開」

 

苦無を両手に、両腕を大きく横に振ると、来を中心に七芒星の陣が展開する。雷があちこちに落ちる。

 

「妖術 霹靂乱舞」

 

神速でヒュドラに飛び掛かる。ヒュドラは七種類の攻撃で迎撃するも、全て躱され、苦無で滅多切りにされる。苦無だけでは頸一つ落とすことすらできない。だが、来に纏わりつく雷はヒュドラの傷口から体内に入り、痛めつける。

 

そしてヒュドラの心臓に苦無を突き刺す。突き刺した瞬間、ヒュドラの全身が大きく罅割れ、稲妻を漏らしながら崩壊していく。

 

「ギィァァァァァァァッ!!!」

 

ヒュドラは断末魔を上げながら、上半身が崩れていき、塵すら残らず消えていく。残る下半身も同じ運命を辿った。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ……あの化け物は……」

 

目を醒ました来は直ぐにヒュドラの方を向いた。だが、そこにヒュドラの姿はなかった。

 

「今度こそ……勝った……あぐっ!!」

 

また吐血した。極光の毒素で身体を蝕まれていた。自己再生のスピードよりも、毒素が肉体を破壊するスピードが上回っているため、斬り落とす前よりもダメージを負ってしまっている。

 

来は急いで神水を飲んだ。神水による回復スピードで自己再生のスピードが加速する。

 

「……扉の向こうに……何があるんだ?」

 

来は毒素が与える激しい痛みに耐えながら、巨大な両開きの扉を押し開いた。

 

「地獄のような場所の中に……極楽か……ああ、ここで死ねるのなら……それはそれでいいかもな……」

 

ふらふらと生まれたての子鹿のように扉の向こうを彷徨い歩き、住居の前で倒れてしまった……




解説
本当は前回でするべきでしたが、忘れてました。申し訳ございません。

龍化状態でのステータス表示について
連載当初は書き忘れてただけでしたが、一度龍化を発動させないと表示されないという設定を後付けしました。


次回
第九閃 一時の休息


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第九陣 一時の休息

アンケートの方は完全にノリで出してみましたが、多くの方が投票してくれました。
締めを切るのはライセン大迷宮編の直前にしようと思います(または100人超えたら)。


追記

ステータスを修正しました。


来は記憶の海に揺蕩っていた。刻み込まれた数々の記憶だ。

 

 

『ハジメ。今日から住み込みでここの手伝いをすることになった、辻風来と滝沢膵花だ』

『どうも、滝沢膵花です』

『辻風来と申します』

『僕は南雲ハジメ。よろしくね、滝沢さん、辻風君』

 

(あれ? 何だ……この記憶……)

 

 

『ねえ滝沢さん、辻風君。君達は何処から来たの?』

『……私達ね、孤児院で暮らしてたの。親に捨てられて、院長に拾われて……あそこの暮らしも結構楽しかったんだよ? そして何年か経った後、ここに引き取られたの。その時私はとても怖かったんだ。でも、来君も一緒に来たから、怖くなくなったんだ。ねえハジメ君、何時か貴方にも大切な人ができた時は……私達と同じように守ってあげてね』

『うん、約束するよ』

『ありがとう……でも、できれば……下の名前で呼んでほしいな』

『だって、血は繫がってなくても、僕達は同じ家に住む家族なんだから……』

 

『解った。これからよろしく、膵花さん、来』

 

(ハジメ……膵花……何だろう、会ったことないはずなのに……凄く、懐かしい響きだ……)

 

 

『今日からこの道場に入ることになった……』

『辻風来です』

『滝沢膵花です』

 

『俺は天之河光輝だ』

『八重樫雫よ』

『『よろしく(ね)』』

『『よろしくお願いします』』

 

 

『辻風、膵花をかけて俺と一本勝負だ!』

『ちょっと光輝、膵花が嫌がってるでしょ! それに彼も初心者なのよ? 辻風君もあんな挑発に乗らなくてもいいのよ?』

『それは面白そうだ。いいだろう、天之河光輝、その勝負、受けてやる』

 

 

『始め!』

『(この勝負、俺が貰った!)』

『(甘い!)』

『んなっ!?』

『面!!』

『止め!勝負あり!』

 

 

『『『『『おぉぉぉぉ!!!』』』』』

『すげぇじゃん辻風!』

『ホントに初心者なの!?』

『噂じゃコイツ八重樫まで破ったらしいぜ?』

『マジか、すげぇ!!』

 

 

(そんなに強かったんだ……俺って……)

 

 

『私、白崎香織っていうの。よろしくね! 南雲くん、滝沢さん、辻風くん』

『『よろしく、白崎さん』』

『よ、よろしく。白崎さん』

 

 

『逃げろハジメ……お前だけでも生きてくれ……』

 

 

(南雲ハジメ……白崎香織……八重樫雫……会ったことないのに妙な親近感がある……じゃあ、滝沢膵花って女はどうなんだ? どうなんだよ! 辻風来!!)

(君にとって彼女は■■■■だよ)

(んなっ!?)

 

 

(最も古い記憶からずっと、その女はいた)

 

『滝沢さ……いえ、滝沢膵花さん、僕は……貴女を、この世で一番愛してます』

『私も、大好きだよ……来君。愛してる』

『これからよろしくね、膵花』

 

 

『何が遭っても、僕と君との絆は決して千切れない』

『うん……これからもず~っと、ずっと一緒だよ』

『だから、僕のお嫁さんになってください』

『……はい♡』

 

 

「はっ!?」

 

来はベッドから飛び起きた。あれ程身体を痛めつけた痛みは消え去り、ほぼ万全の状態だった。心臓が露出してしまう程の傷は塞がっているが、傷跡が残ってしまっていた。

 

来はヒュドラとの戦いで折れてしまった刀を手に取り、ジッと見つめていた。

 

「……」

 

 

『来たのね……世界を救う希望が』

『ああ、御先祖様もこの時をずっと待っていらしたんだろうな』

『この子ならきっと、世界を太平に導いてくれるはず』

『誰もが皆、平穏に暮らせる未来を作ってくれ、来』

 

 

「そうか、そうだった……」

 

来は刀身の無くなった刀を握り締め、ベッドの上に置いた。

 

「俺は……僕は……」

 

そして決意した。

 

「世界を、太平に導かないと……」

 

 

ベッドルームから出た来は、周囲の光景に圧倒され呆然としていた。

 

「地下深くなのに太陽がある?」

 

地下深くの空間に太陽を模した球体が円錐状の物体の底面上に浮遊していた。球体の放つ光は僅かに温かみを感じさせ、蛍光灯のような無機質さを感じさせなかった。後で分かったことだが、夜には月のようになる。

 

人工太陽の光の温かさに包まれ、目を閉じていると、心地良い水の音が聞こえた。扉の奥のこの部屋はかなり広く、部屋の奥の壁一面が滝である。川には魚も泳いでおり、ここで釣りもできそうだ。

 

「まるで地球で見たナイアガラの滝のようだ……ここで瞑想するのも悪くない」

 

川から少し離れた処に、大きな畑もあった。今はまだ何も植えられていない。そしてその周囲に家畜小屋も広がっている。

 

「作物を植えたり、家畜を飼ったりすれば自給自足できそうだ。ここを造った人は凄いなぁ」

 

来はこの空間の出来に感服していた。ここはミニチュアの自然そのものだった。

 

そしてベッドルームに隣接した建築物に向かって歩き出した。

 

 

一階には暖炉や柔らかい絨毯、ソファのあるリビング、台所、トイレがあった。来がここを訪れる前は誰も住んでいなかったはずなのに、手入れが行き届いていた。

 

来は警戒し、折れた刀を反射的に握る。折れていることをすっかり忘れていたようだ。

 

「ごめん。ハジメ……また、刀を折ってしまった……」

 

さらに進むと、再び外へ出た。そこにはそこそこ大きな円状の窪みがあった。その淵に獅子のような獣の彫刻が口を開いて鎮座しており、横には魔法陣が刻まれている。

 

「円状に掘られた窪み……彫刻の横に刻まれた魔法陣……まさか……」

 

来はこれが何か判ったようだ。試しに魔法陣に魔力を注いでみると、温水が出た(42度くらい)。

 

「そう言えば奈落に落ちてからずっと風呂に入ってなかったからな……」

 

あの時の来はただ生きてここから脱出することに必死だった。

 

「どうせ一日で終わりそうもないし……入るか」

 

探索は一時中断して、湯船に浸かることにした。勿論先に身体を洗った(銭湯での常識)。

 

 

「はぁ~、いい湯加減だな」

 

現在、来は絶賛入浴中である。髪の色は身体を洗っている時に染めていた部分が綺麗に洗い流され、真っ白である。

 

「それにしても、落ちる前までは膵花と一緒に入ってたからな……一人で入るのは凄く久し振りだ」

 

 

 

「来君……」

「どうしたの膵花ちゃん?」

 

膵花達が奈落に落ちた来を捜して必死に迷宮を彷徨っている一方、当の本人はのんびりと湯船に浸かっていた。

 

「いや、何でもないよ……」

 

 

 

「そうか……記憶を失っていた間に、何故か心に穴が開いたように虚無感を感じていたんだけど、命よりも大事なあの人のことを忘れるなんて……嗚呼……旦那失格だよ……」

 

身体の汚れと疲れを十分に落とし、来は探索を再開した。

 

 

二階には書斎と工房らしき部屋があった。だが、書棚と工房の中の扉には封印が施されていて開かなかった。

 

「鍵らしき物は何処にもないな……」

 

二階の探索は諦め、三階に移動した。三階には部屋が一つしかなかった。部屋の中央の床には直径七、八メートルのかなり精緻で繊細な魔法陣が刻まれていた。あまりに精緻で繊細であるから、最早芸術と言ってもいい。

 

しかし、何より不可解なのは、豪奢な椅子に座っている人の亡骸だった。黒に金の刺繍が施されたローブを羽織っている。この人物は一体何を考えていたのだろうか。

 

「かなり怪しいが、書庫と工房に施された封印と何か関係があるのか……?」

 

来はそう言うと、魔法陣に向かって歩き出した。そして、魔法陣の中央に足を踏み入れた瞬間、純白の光が部屋中を染め上げた。あまりの眩しさに目を閉じると、頭の中に意味不明な言語が流れてきた。そして過去の記憶が走馬灯のように廻っていく。

 

やがて光が収まり、目を開くとそこには今までいなかった黒衣の青年が立っていた。

 

「こんなところに人が? いや……あの亡骸と同じ服装をしている……それに薄っすら光っているな……ホログラムか」

 

『試練を乗り越えよく辿り着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?』

 

「反逆者? そう言えば城での座学で聞いたな……」

 

反逆者とは、トータスを創った(とされる)絶対神エヒトに歯向かった者達の総称である。現在では神と世界を滅ぼそうとしたとされる。

 

『ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所に辿り着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを』

 

そこから、オスカーの話が長々と続いた。それは、聖都教会で教わった歴史を大きく覆すものだった。

 

神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、数多の種類の亜人が絶えず戦を繰り返してきた。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも様々な理由があった。だが、最も大きな理由は、宗教戦争だ。今よりもずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族や国が神を祀っていた。神からの神託、という理由で争っていた。

 

(人間が争う理由は……どの世界や星でも同じだな……地球でも全く同じ歴史を歩んできた……)

 

そんな長きにわたる争いに終止符を討たんとする者達、〝解放者〟が現れた。

 

彼らは全員神の直系だったのだ。それ故に〝解放者〟のリーダーはある時、偶然にも神々の真意を知る。神々にとってトータスはチェスや双六のような室内遊戯だった。

 

(人の命を一体何だと思っているんだ……)

 

神々が裏で戦争の糸を引いていたことに耐えられなくなった者達は同じ志の下に集い、遂に神々のいる〝神域〟の場所を突き止めた。オスカーを含む強力な力を持った七人を中心に彼らは神々に戦いを挑んだ。

 

だが、狡猾な神々は〝解放者〟の想像を絶する策を以て彼らと戦った。

 

神々は人々を巧みに操り、〝解放者〟達を神の恩恵を忘れ世界に破滅をもたらさんとする〝反逆者〟として認識させ、〝解放者〟達を次々と討ち取っていった。守るべき人々に力を振るえるはずもなく、ただ討ち取られていくだけかのように思えた。

 

しかし、〝解放者〟達はまだ、天に見放されていなかった。残った七人の許に、どこからともなく一人の剣士が三人の仲間を連れて現れた。その四人は七本の片刃の曲刀を託し、七人の〝解放者〟達にこう言った。

 

 

 

『今までよく堪えたな。後は俺達に任せろ』

『ここは私達が喰いとめます。皆さんは逃げて下さい』

『しくじってかつての俺達のように討ち取られるなよ』

『君達なら大丈夫! 今は自分達のすべきことをやってね』

 

 

 

(あれ……? その四人の喋り方……聞き覚えがあるな……)

 

その四人は人々を一切殺すことなく次々に無力化していき、〝神域〟の中に突入した後、そのまま姿を消した。

 

生き残った七人は大陸の果てに散り、それぞれ迷宮を創って潜伏した。試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

 

オスカーは長い話を終え、穏やかに微笑んだ。

 

「君が何者で何の目的でここに辿り着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。最後に、もしさっきの話に出てきた四人を知っている者と出会えたなら、どうか伝えて欲しい。『この迷宮を一度訪れてみてくれ』と。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

話を締めくくり、オスカーの立体映像は消えた。それと同時に来の脳裏に痛みを伴ってとある魔法が刷り込まれる。

 

痛みが収まり、魔法陣の光も収まっていく。

 

「はぁ……はぁ……神代魔法か……そうだ、ステータスプレート……」

 

来はステータスプレートを確認した。

 

 

===============================

辻風来 17歳 男 レベル:12

天職:剣士

筋力:947  [+龍化状態3950]

体力:1067 [+龍化状態4040]

耐性:965  [+龍化状態4710]

敏捷:1680 [+龍化状態1520]

魔力:2546

魔耐:1054

技能:雷属性適正・全属性耐性・剣術[+抜刀術]・天歩[+空力][+縮地]・剛腕・先読・気配感知・気配遮断・龍化・暗視・熱源感知・魔力感知・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・胃酸強化・魂の回廊・自己再生・思念通話・睡眠覚醒・錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・纏雷・風爪・石化耐性・毒耐性・麻痺耐性・言語理解・生成魔法

===============================

 

 

「……生成魔法か……魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成できる……ハジメにぴったりな神代魔法だな」

 

錬成師にはぴったりな神代魔法だ。ちなみにオスカーもハジメと同じく錬成師である。

 

「そう言えばこの世界に召喚された時に見た壁画、あれは間違いなくエヒトを描いたものだ。世界を腕で囲むように書きやがって……まるでこの世界を我が物としているようだ。けしからん。オスカーさんには感謝しないとな……」

 

来はオスカーの骸の前に歩み寄り、こう告げた。

 

「オスカーさん……いや、〝解放者〟オスカー・オルクス。あなた方が成し遂げられなかった世界の平和、〝解放者〟に代わり、この辻風来が成し遂げて見せよう」

 

来はオスカーの骸を運び、畑の端に埋めた。墓石には『〝解放者〟オスカー・オルクス、ここに眠る』と刻んでおいた。墓にはヒュドラとの戦いで折れた刀身をお供えした。柄の方は懐に仕舞った。

 

ちなみに羽織っていた服と指に嵌めていた指輪は拝借した。

 

「ん? 指輪に刻まれてるこの紋様、書斎や工房にあった封印の紋様と同じ紋様だ……」

 

来はまず書斎に向かった。封印の紋様に指輪をかざすと、封印が解除された。

 

「やはりこの指輪が封印を解く鍵だったんだ」

 

書棚を調べていくと、この住居の施設設計図を見つけた。

 

「あの魔法陣がそのまま地上にも繋がっているのか……あそこもこの指輪がないと起動しないのか」

 

人の気配がないのに部屋が綺麗なままだったのは定期的にゴーレムが掃除をしていたからだった。さらに、天上の球体は本当に人工太陽だった。

 

他に何か無いか探っていると、オスカーの手記が見つかった。

 

「他の迷宮でもここと同じように神代魔法を得られるのか……行ってみる価値はありそうだ」

 

しばらくして、来は工房へと移った。

 

工房にはオスカー製のアーティファクトや素材類、見慣れない作業道具、理論書が保管されていた。そして数ある保管されてある物のうち、一つだけ厳重に保管されてあった物があった。箱には『碧い(ほむら)を宿す者にこの刀を贈る』と書かれていた。

 

蓋はすんなりと開いた。箱の中には、鞘と柄と鍔が黒い一振りの打刀が収められていた。箱の蓋には防錆の魔法陣が刻まれていた。恐らくオスカーが刻んだのだろう。

 

「あれ……この刀って……」

 

刀を手に取ると、ひらひらと一枚の小さな紙が舞い落ちた。拾い上げると、漢字二文字でその刀の名が書かれていた。

 

その名は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『〝舞鱗(まりん)〟』




次回
第十閃 後を追う者達


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第十陣 後を追う者達

どうも、書き終わったので投稿します。多数のアンケートありがとうございます。今のところ暫定でオリ主ヒロインにミレディが追加される予定です。

今回はハジメ一行の話です。どこの世界でも女性の年齢の話はパンドラの箱ですから、皆様もお気を付けください。


それでは、お楽しみください。


膵花を狙っていたサソリモドキの尾は、一体のドラゴンに引き千切られた。

 

ドラゴンはサソリモドキの外殻が一部剥がれていることに気づいた。そこへ向かってドラゴンは龍化を解除し、剣を突き立てる。

 

「砕け散れぇぇぇッ!!」

 

そして剣に付いたトリガーを引く。サソリモドキの背中で爆発が起こった。彼はトリガーを何度も引いた。トリガーを引いた分だけ、爆発が起こる。

 

そして〝錬成〟でサソリモドキの外殻を引っぺがし、丸裸にされたサソリモドキに向かって弾を放った。

 

サソリモドキは弾を喰らい、動きを止めた。そして〝彼〟と向かい合う。〝彼〟もサソリモドキを睨みつける。しばらく互いに睨み合った果てに、サソリモドキが倒れた。

 

「はぁ…はぁ…何とか間に合ったな。大丈夫だったか? ()()()()

 

「……ハジメ君……」

 

サソリモドキの屍の上に立つ男……南雲ハジメはドンナーとレオを仕舞った。その姿を見た膵花は安堵の表情を浮かべる。

 

「来の捜索、再開するぞ」

 

「え? ……あ、うん……」

 

真っ先に六十五階層を飛び出したハジメはいち早く膵花の許へ辿り着き、救出に成功したのであった。そして香織、雫、ユエも合流し、来の捜索を再開したのであった。

 

 

ハジメ達は樹海のある階層に降り立った。空気は湿っぽいが、そこまで暑くなかった。

 

五人が階下への階段を探していると、突然地響きが鳴った。地響きの主は頭に向日葵のような花を咲かせた、T-レックスに類似した大型の爬虫類。

 

ハジメがドンナーを抜こうとして、ユエが制するように前に出て、手を掲げた。

 

「〝緋槍〟」

 

円錐状の槍の形をとった炎が恐竜を貫く。恐竜は即死。頭の花が落ちた。

 

「ユエちゃん凄い!」

 

「……私、役に立つ。仲間だから」

 

「……来るよ!」

 

膵花の気配感知が魔物を捉えた。十体ほどが取り囲むように向かってくる。

 

「「「「〝龍化〟!!」」」」

 

ユエを除く全員が龍化を発動させる。ユエはその光景に驚いていた。

 

「……竜人族?」

 

「(ううん、違うよ。ユエちゃんは私の背中に乗って!)」

 

膵花が思念通話でユエに呼びかける。ユエは指示通りにドラゴンとなった膵花の背中に乗る。

 

四体のドラゴンは接近する魔物の群れに飛び込み、爆炎放射を放つ。魔物は姿を現す間も無く焼き尽くされた。

 

ドラゴンとなったハジメ達(ユエを除く)は階段を探して彼方此方(あちこち)を彷徨った。そして壁の縦割れを発見した。

 

縦割れは大の大人二人が並べば窮屈さを感じる狭さだったので、龍化を解除して縦一列になって入った。

 

(ティラノといい、あのラプトル共といい、動きが妙に単調だった気がするな……それに皆頭に花生えてたし……ここに操っている奴がいるのか?この外を幾ら探しても見つからなかったが……)

 

ハジメの読み通り、縦割れの奥にある広間の更に奥の縦割れから張本人がいた。姿形はアルラウネだが、とんでもなく凶悪な顔つきをしている。

 

アルラウネ擬きは緑色のピンポン玉のようなものを多数放ってきた。ハジメ達は次々に叩き落していったが、本体を攻撃しようとすると、突然膵花がアルラウネ擬きを庇うような動きをし出した。頭には花が生えている。

 

「……逃げて……」

 

膵花はアルラウネ擬きに操られてしまっていた。

 

「雫!」

「分かった」

 

ハジメの指示で雫が飛び出した。アルラウネ擬きは膵花を使って雫を止めようとしたが香織が膵花の腹に抱きついた。その隙にハジメが膵花の頭に生えた花を撃ち落とし、緑の玉はユエが炎属性の魔法で焼き尽くす。

 

「今だよ、雫ちゃん……!」

「ありがとう、香織」

 

雫は香織に礼を言った後、再びアルラウネ擬きに狙いを定める。

 

「辻風君……私に力を貸して……」

 

雫は居合の体勢をとり、大きく息を吸った。

 

「【抜刀術 〝風流一閃〟】!!」

 

来の〝紫電一閃〟に影響されたこの技で、踏み込みの速さは来に大きく劣るもののかなり速いスピードでアルラウネ擬きに接近し、その頸を刎ねる。

 

アルラウネ擬きは手足を痙攣させた後、地面に倒れ伏した。そして雫も魔力消費で座り込む。

 

「「雫ちゃん!!」」

 

香織と膵花が雫に駆け寄る。

 

「……大丈夫よ、魔力消費が激しかっただけ」

「よかったぁ……それにしても、さっきの技、辻風くんに似てたよね?」

「ああ、これはね、辻風君の技を応用したの」

 

応用版と言っているが、雫の〝風流一閃〟よりも来の〝一騎当閃〟の方が速い。言ってしまえば劣化版である。

 

ハジメ達はアルラウネ擬きがいた洞窟に拠点を構えた。

 

 

「んっ……そう言えばハジメ達の言ってるライってどんな人?」

 

ハジメの創った拠点で、ユエが唐突に質問してきた。ユエには来という名の人物がどんな人物なのか分からなかった。言われてみればユエは人間をハジメ、香織、雫、膵花の四人しか知らない。

 

ユエの唐突な質問に対し、膵花がまるで最愛の人のことを語るかのように答えた。最愛の人なのだが。

 

「来君はね、誰よりも強くて…誰よりも慈しい(やさしい)人なんだよ」

 

雫は香織に惚気話を聞かされているかのような気分だったが、ユエは目を輝かせている。人の恋愛にも興味があるのだろうか。

 

「ふ~ん。で、膵花はその来って人のこと……好きなの?」

「好きどころか……愛してるよ。彼のこと」

 

ユエを含む全員には、膵花の瞳にハートが浮かび上がっているように見えた。おまけに涎がほんの少し垂れている。大正時代の人間から見ればはしたないことこの上ない。

 

「そう……まあ私にはハジメがいるから」

「おい、いつから俺はお前の彼氏になったんだよ。今の俺は香織一筋だ」

 

香織はユエをボコボコにする気になりかけたが、雫や膵花が必死に抑えた。

 

「……今ってことは、いつかはそうなるってこと」

「ならねぇよ!?」

 

香織の殺意が倍増する。雫と膵花は涙目だ。

 

(……辻風くんは私にとって良いライバルだし……ダメよ雫! 辻風くんには膵花がいるんだから……じゃあハジメさんは? ……それだと香織やユエに申し訳なくなっちゃう……でもどっちかっていうとハジメさんの方が私は好みだし……)

 

雫は葛藤に苛まれていた。雫個人としては来よりハジメの方が好みらしい。

 

(もし仮に…来君のことを他の女の子が好きになった時は……来君は断ると思うけど、私は……側室とかだったらまあいいんじゃないかな? でも正妻の座は私の物よ……ふふふっ♪)

 

膵花は断固反対するかと思いきや割と寛容だった。でも来の正妻の座は誰にも譲りたくないらしい。来とは誰よりも長く連れ添ってきたのだ。

 

その後も五人は拠点で話し合った。

 

「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」

 

「……マナー違反」

「……悪かった」

 

どこの世界でも女性の年齢(出てはいないが体重も)の話についてはご法度だ。

 

四人の記憶では吸血鬼族は三百年前の大戦争で滅びたとされていた。ユエは長年、物音一つしない暗闇の中にいたため、時間の感覚はほとんどなかった。それでもかなりの間封印されていた。二十歳の時に封印されたというから、ユエは三百二十歳位ということである。

 

「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」

「……私が特別。〝再生〟で歳も取らない……」

 

十二歳の時に魔力の直接操作や〝自動再生〟の固有魔法に目覚めてから歳を取っていないらしい。

 

吸血鬼の寿命は吸血を行うことで他の種族と比べて長いものの、精々二百年が限度。人間族は七十年、魔人族は百二十年、亜人族は種類によって数百年。だがそれでも、膵花にとっては短く感じてしまう。前世を含めた来と膵花の年齢は亜人族も驚くほど高いのだ。それでもなお、この世ならざる虚空の王には届かないだろう。

 

ユエは当時最強の一角に数えられていた。先祖返りで力に目覚めてから僅か五年で王位に就いたのだ。

 

欲に目が眩んだ叔父はユエを化け物として殺そうとするも殺しきれず、止む無く地下に封印したというのだ。

 

突然の裏切りにショックを受け、混乱したまま封印術を掛けられ、気づいたらあの部屋にいたのだという。奈落に連れて行った方法、封印の方法、サソリモドキについてもユエには一切分からなかった。

 

力について聞いたところ、ユエにはあのおバカ勇者と同じく全属性に適正があるらしいが接近戦は苦手で、身体強化で逃げ回りながら魔法を連射するくらいしかできない。それを魔法の威力でカバーしている。

 

無詠唱で魔法を発動できるのだが、つい癖で魔法名を呟いてしまうようだ。

 

〝自動再生〟については来の持つ〝自己再生〟の上位版かと思われたが、それだけでは無かった。

 

 

違い(ここだけ自動再生をユエ、自己再生を来とする)

 

 

魔力

 

ユエ……魔力が無いと発動しない。

来……魔力の有無に拘らず発動する。

 

 

欠損

 

ユエ……頭を潰されようが問答無用で再生する。

来……四肢や眼球の欠損は再生しない(四肢に関しては固定すれば接着し、問題無く動かせる)。心臓を破壊されれば死ぬ。

 

 

「……この迷宮は反逆者の一人が創ったと言われてる」

 

「「「反逆者?」」」

 

ハジメと香織、雫は反逆者について知らなかった。だが膵花は知っていた。

 

「反逆者って、神代に神に挑んだ神の眷属のことでしょ? 世界を滅ぼそうとしたと伝わってるあの……」

 

「そう。それが反逆者」

 

実際には解放者として世界を救おうとしていた。その真実は現在では来のみが知っている。

 

「この迷宮の最深部に、反逆者の住まいがある」

「そこなら地上への道があるかもな」

「きっと辻風くんはそこにいるのかも……」

「でも道があったとしても行き方が分からないんじゃ……彼、そこに留まっているかも」

「大丈夫だよ雫ちゃん、来君ならきっと行き方を見つけてる」

 

今のハジメ達にとって膵花のその言葉は正しく爆弾発言だった。

 

「ちょっと、それだったら辻風君はもう地上に出ているかもってことじゃない!」

 

まず雫が突っ込む。もしそれが本当ならハジメ達のやっていることはただの徒労でしかない。

 

「だったら地上で待っていた方が早くて楽だな」

 

ハジメも雫に賛同する。

 

「ハジメくんが戻るなら……私も戻ろうと思う」

 

香織もハジメと共に雫に賛同する。

 

「んっ。……私はどっちでもいい」

 

ユエは中立の立場をとった。

 

「そう……皆が戻りたいって思うなら……来君が帰ってくるまで地上で待ってる?」

 

五人は来が既に地上に出ている可能性に懸けて、地上に戻ることにしたのだった……




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第十一閃 兎は慄き剣士は廻る


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第四章 迷宮の外へ ~樹海編~
第十一陣 兎は慄き剣士は廻る


ようやくシアが登場します。原作では散々ハジメに酷い扱いをされていましたが、果たしてどうなるのでしょうか。

オリジナルのアーティファクトの方は、ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドに登場するシーカーストーンみたいなのだと思ってください。


「……久し振りだね、『相棒』」

 

来は〝舞鱗〟を手に取ると、まるで長年共に過ごしてきた相棒のように語りかけた。この〝舞鱗〟は、前世で来が長年使い続けてきた刀なのだ。超一流の鍛冶師が打ったこの刀はハジメが作ったものとは比べ物にならないほど硬く、切れ味も抜群である。持ち主が持ち主なら刀も刀である。

 

来は〝舞鱗〟を鞘に仕舞い、ベルトに差した。今現在オスカーの骸が羽織っていた服を羽織っている為、腰に日本刀を差している光景はかなりシュールだ。

 

 

生成魔法を手にした来は早速アーティファクトの製作に取り掛かった。イメージとしてはどこぞの会社の秘書が使うようなタッチパネル式の端末である。

 

〝宝物庫〟という指輪型のアーティファクトを解析し、指輪に取り付けられた一センチ程の紅い宝石の中に創られた空間よりも更に広い空間を青い宝石をシュタル鉱石を加工した縦十センチ、横二十センチの板に沢山並べることで実現した。固定には神結晶を使用した。収容スペースは〝宝物庫〟の二百倍。

 

続いてトータスの地図を記録する部分。これはハジメの父親が運営するゲーム会社で培った技術の応用である。パソコンが無いので大変苦労したが。試しに地球の世界地図を記録させてみたところ、世界地図が記録させた通りに映し出された。マッピングシステムも備えてある。しかし肝心のトータスの正確な地図が無いので技術としては完成した、というところである。

 

そして最も重要なタッチパネルの部分、こればかりは神結晶を使わざるを得なかった。他に透明な素材が見つからなかったのだ。だが神結晶を使ったことでバッテリーの代替品としても使えるようになり、バッテリーとなる部分の製作の手間が省けた。

 

製作期間およそ一か月、遂にアーティファクトが完成した。

 

保管部分の厚さが理想よりも厚かったため、イメージ図よりも分厚くなってしまった(厚さ三センチ)。外枠の部分はこの世界最高硬度を誇るアザンチウム鉱石で作った。落としても踏んでも壊れない(理論上)。取っ手が付いているので、持ちやすい。

 

保管している物を取り出すには、取り出したい物のアイコンをタップすることで、取り出す数と出現させる場所を設定することで任意の場所に出現させることができる。逆に収納したい場合には、収納モードに切り替え、画面を収納したい物に向けて取っ手に付いたスイッチを押すことで収納できる。試しに神結晶のアイコンをタップすると、テーブルの上に神結晶が出てきた。

 

望遠鏡の機能も追加されており、取っ手のスイッチを押すことで遠くの物を見ることができる。

 

シーカー族も驚くこのタブレット端末型アーティファクト〝八咫(やた)〟はトータスにおける最高峰のアーティファクトにして唯一無二の代物である。

 

 

〝八咫〟の完成から更に一月もの間、来は剣術の修行をしていた。他にも使える技があるのだが、トータスに来てから技を〝紫電一閃〟とその派生技しか使っていない。故に腕が鈍ってしまっている。鈍ってしまった分を一月の修行期間で元に戻した。

 

 

修行を終えてから十日後、遂に地上に出る時が来た。

 

愈々(いよいよ)か……久方ぶりに日を拝める時が来た」

 

そう呟きながら、三階の魔法陣を起動させる。魔法陣は強く光を放ち、来の身体を包む。

 

そして光が収まると、そこは洞窟だった。

 

「洞窟……出入口……トラップの方は大丈夫かな……」

 

予測通り道中には封印を施された扉やいくつかのトラップが仕掛けられていたが、オルクスの指輪によって次々に解除されていった。

 

「流石オルクスの指輪だな……扉の封印やトラップが次々と解除されていく…」

 

何事もなく進み続けていると、遂に陽の光が差した。数か月ぶりの陽の光だ。

 

来はそれを見つけた瞬間、逸れた親を見つけた子供のように光の方向に駆けだした。

 

(奈落のように澱んでない、新鮮な風だ。空気が旨い)

 

そして……光に飛び込み、待望の地上へ生還を果たした。

 

「やった! 遂に地上に出たぞ!! 久し振りの娑婆だ……」

 

地上に出た来は奈落での苦労が報われた喜びに浸っていた。

 

「そういえばここって……ほとんど魔法の使えない【ライセン大峡谷】だったよな……」

 

来が現在立っているライセン大峡谷は、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断する、深さ平均一・二キロメートル、幅九百メートルから最大八キロメートルの峡谷である。ここでは魔力が分散してしまい、十倍以上の魔力でやっと発動できるほど魔力の効率が下がってしまう。

 

「……不味いな、囲まれたか」

 

魔法を使えないところに更に魔物に囲まれてしまう、これを泣き面に蜂と言わずして何と言うのか。

 

「けど、奈落に比べたら大したこと無いな」

 

来は魔力に頼らず己の剣術と刀だけで魔物を次々と倒していった。最後の魔物を斬り捨てたところで、来は自身の刀〝舞鱗〟を眺めた。

 

「何度見ても凄い切れ味だ……ハジメには申し訳ないけどこの刀さえあれば他の剣は何も要らないよ」

 

見事な回転納刀で刀を収め、再び歩き出した。

 

 

樹海に向けて道なりに進んでいると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。

 

突き出した崖を回り込むと、向こう側に双頭のT-レックスらしき姿の魔物を発見した。その足元を半泣きで逃げ惑う兎耳を生やした少女が跳ね回っていた。

 

(何故あんなところに人が……!)

 

兎耳の少女は来を発見するなり彼の方へ向かって逃げてきた。

 

「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 

(どうする?魔力は分散してしまうから技は使い辛い……そもそもここは処刑場としても使われていたらしいから放っておいてもいいのかもしれない……だけど……)

 

少女の涙の懇願に来は意を決した。

 

「おねがいですぅ~! たずげてぐださ~い!!」

(直接あの子に聞いてみるとしよう)

 

〝舞鱗〟を鞘から抜き、双頭の魔物目掛けて飛び出した。

 

「うおぉぉぉッ!!」

 

少女の目の前で跳躍する。

 

(十倍の魔力でようやく発動できる……一瞬、かつ一撃で決めるしかない!)

 

「【鳴ノ舞】」

 

刀身に雷を纏い、縦に廻りながら魔物を切り裂き、見事な着地を決める。

 

「【〝轟大車輪〟】!!」

 

刀身の軌道に沿って雷の魔力が円状に集まり、大放電を起こした。魔物は縦に一刀両断され、真っ二つに分かれて倒れた。

 

「そ、そんな……ダイヘドアがたった一撃で……」

 

双頭の魔物…ダイヘドアの死体を見つめながら硬直する少女に来は歩み寄る。

 

「怪我はないか?」

 

兎耳の少女は陽だまりのような笑顔を見て涙を零した。

 

「あ……ああ……」

「今君の仲間の許に……」

「助けて頂きありがとうございますぅ!!!」

 

兎耳の少女が泣きながら来に抱きついてきた。

 

「ちょっ……どうしたんだ急に!?」

 

少女は来の胸の中で泣いていた。肩に手を置いて引き剥がしてもすぐに抱きついてくる。そして自己紹介をしてきた。

 

「私、兎人族ハウリアの長の娘、シア・ハウリアといいますです! 私の仲間と家族を助けてください!」

 

シア・ハウリアと名乗った少女に対し来は赤子をあやすように頭を撫でる。

 

(な、なんだこの娘は……なんか訳ありみたいだ……取り敢えず話を聞こうか……)

 

「教えてくれ、一体何が遭ったんだ?」

「はい、実は……」

 

そこからシアの話が延々と続いた。

 

 

ハウリアの姓を持つ兎人族はハルツィナ樹海にて数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。兎人族は聴覚や隠密行動に優れているものの、スペックが他の亜人族より低いことから格下と見られていた。争いを好まない性格をしていて、一つの集落全体を家族として扱うほど仲間同士の絆が深い。容姿はとても可愛らしく、帝国では愛玩用の奴隷として人気なのだそう。

 

そんな兎人族の集落の一つ、ハウリアにある日異常な女の子が生まれた。濃紺のはずの髪は瓶覗色の髪で、亜人族にはないはずの魔力を有しており、直接魔力を操り、固有魔法を使うことができた。

 

「魔力が使えるのか……そりゃ凄いじゃないか」

 

来はシアの肩に手を置いてシアを称賛する。

 

「えっ? す……すごい……ですか?」

「ああ、亜人族って本来魔力を持たないだろう? なのに君は魔力を持っている。神童と呼ばれていいのに、迫害の対象にするなんて……」

 

聖都教会では亜人族は魔力を持たないことから神に見放された獣と扱われている。その亜人族の中に魔力を持った者が生まれたら、神に見放された者ではなくなる。まして王都の者達から差別されることはなくなるはずだ。……多分。

 

「亜人族は魔物をけっこう嫌ってますからね……存在がばれたら私殺されちゃうんですよぉ! つい先日それがフェアベルゲンにばれちゃいましたぁ!」

「えぇ…」

 

思わぬ爆弾発言により、来は驚愕する。

 

「だから……樹海にはもう居られなくなって……初めは北の山岳地帯に逃げようとしたんですぅ……そしたらぁ……」

 

ハウリア族に降りかかった不幸は更に続く。

 

「えぇ!? 樹海を出てすぐ帝国兵に見つかった!?」

「はい……」

 

運悪く一個中隊規模の帝国兵と出くわしてしまったハウリア族は南に逃げるしかなかった。

 

女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みたが、元々温厚で平和的な兎人族だ。魔法を使えて戦闘訓練まで受けている帝国兵に敵うはずもなく、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。

 

必死に逃げ続けて、ライセン大峡谷に辿り着いた彼らは、苦肉の策でこの峡谷に逃げ込んだ。魔力が分散してしまうこの峡谷なら、帝国兵も追ってこないだろう。だが、追っては来なかったが、撤退することなく階段状に加工された崖の入口に陣取ってしまった。

 

そして魔物が襲来してきた。もう無理だと悟ったハウリア族は帝国兵に投降しようとするが、魔物に回り込まれてしまい、峡谷のさらに奥へ逃げることとなった。

 

「そうやって逃げ惑ううちに……気がつけば六十人はいた家族も、今では四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けてください!」

 

来はしばらく考えていた。

 

(どうする? ここで彼女を助けてもデメリットの方が圧倒的に大きい……でも、今こうして考えている間に、何人もの兎人族が犠牲になっているだろう……しかし一つ気になることがある)

 

「……そういえば、さっき固有魔法を使えるって言ったよね? どんな魔法なんだ?」

「え?あ、はい。〝未来視〟といいまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……あと、危険が迫っているとき勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……そ、そうです。私、役に立ちますよ! 〝未来視〟があれば危険とかも分かりやすいですし! 少し前に見たんです! 貴方が私達を助けてくれている姿が! 実際、ちゃんと貴方に会えて助けられました!」

 

〝未来視〟は、危険が迫っている場合、自動で発動するという。任意でも発動できるが、自動の場合の三倍魔力を消費し、一回で枯渇寸前になるのだという。

 

「そんなに凄い魔法を持ってるなら、何でフェアベルゲンの連中に見つかったりしたんだ?」

 

シアは目を泳がせてポツリと零した。

 

「そ、その時は……しばらく使えない状態だったので……」

「一体何に〝未来視〟を使ったんだ?」

「ちょ~とですね、友人の恋路が気になりまして……」

「貴重な魔法を私用で使うんじゃない、大事な時にとっておくものだろう」

 

これには流石の来も呆れた様子だった。

 

「うぅ~猛省しておりますぅ~」

 

ユエの封印部屋で壊れてしまったハジメなら置いていくだろうが、シアが話している相手はクラスでもトップクラスの強さと慈悲深さを持つ辻風来だ。彼女は運が良かった。もしご都合主義の阿保たれ勇者だったら間違いなく死ぬだろう。

 

「はぁ、丁度樹海の案内人を必要としていた処だし……解った。その願い、聞き入れよう」

 

溜息を吐きながらも、来はシアの頼みを聞き入れた。

 

「あ、ありがとうございます! うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったぉ~」

 

嬉し泣きをするほどの喜びを表したシア。しかしここで油を売るというわけにもいかず、すぐに立ち上がる。

 

「あ、あの、宜しくお願いします! そ、それで、貴方のことは何と呼べば……」

(しまった。そういえばまだ名を名乗っていなかったな……)

「僕は来。辻風来だ」

(短くて覚えやすいですねぇ)

 

今シアが来に対して失礼なことを考えていたが当の本人は気にすることもなく…

 

「ほら、行こう?」

「はい!」

 

来とシアはハウリア族を助けるため歩き出した。

 

「あ、あの。そういえば、さっきダイヘドアを倒したあの技、一体何なんですか?もしかして魔法ですか? ここでは使えないはずなのに……」

「ああ、あれは確かに魔力を使っているが、魔法とは違う。それにあの程度、わざわざ十倍の魔力を使ってまで出した技を使うまでもなかったな」

 

シアは来の強さに開いた口が塞がらない様子だった。

 

来は道中、腰の刀や自分の使う技、そして〝八咫〟が自身の作った最上級のアーティファクトであることを簡潔に説明した。

 

「え、それじゃあ、魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」

「ああ、そうなるね」

 

しばらく立ち止まって呆然としていたシア。だが突然、何かを堪えるように来に抱きつき、肩に顔を埋めた。

 

「……いきなりどうしたんだ? 落ち込んだかと思ったら今度は急に泣き出すし……」

「……ただ、一人じゃなかったんだなっと思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」

「……」

 

シアは魔物と同じ性質や能力を有するという事、この世界で自分があまりに特異な存在である事に孤独を感じていた。一族はそんなシアを家族として十六年もの間危険を背負ってくれた。故郷である樹海を捨ててまでシアの為に共にいてくれる家族、きっと多くの愛情を感じていただろう。だからこそ、〝他とは異なる自分〟に余計孤独を感じていたのかもしれない。

 

来とシアには決定的な共通点があった。それは、自分が〝他とは異なる存在〟である事。愛してくれる家族がいる事。

 

(この娘は……どれほど苦しみを受け続けてきたのだろうか……嗚呼、辛かっただろう……寂しかっただろう……記憶を失っていたときの僕だったらコロッと堕ちていた……)

 

陽だまりのような慈しさ(やさしさ)を零しながら、来はシアの頭を撫でた。

 

「へっ!?」

 

突然頭を撫でられたことに、シアは驚く。

 

「君はずっと……〝他とは異なる自分〟に孤独さを感じていたんだね。隣を見てごらん? 君と同じで髪の白い〝異端児〟がここにいるだろう?」

 

共通点がもう一つあった。二人共白っぽい髪色であることだ(ただし来の髪はシアとは異なり、完全に真っ白)。

 

「……うう……ぐすっ……」

 

シアはまた涙を零し始めた。来は続けて言葉を紡いだ。

 

「だから、君には死なれたら悲しいんだ。長く生きてくれるかい? 〝シア〟」

 

その言葉は、孤独という名の闇に包まれたシアの心に一筋の光を差した。それよりも自分のことを名前で呼んでくれたことにシアは心を打たれた。

 

「……はい!」

 

シアは堕ちてしまった。しばらく来に見惚れていると、遠くで複数の魔物の咆哮が聞こえた。音量からして相当な数だろう。

 

「……! 来さん! もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです! 父様がいる場所に近いです!」

「解った。取り敢えず籠の中に入ってくれ」

「……え?」

 

シアは来に言われた通り籠に入った。頭が出てしまっているが今はそれを気にしてはいられない。来はシアが入った籠を背負い、全力で走った。

 

走ること二分、最後の大岩を越えた先には、複数の魔物に襲われている数十人の兎人族達がいた。




解説

『舞鱗』

四人の来訪者が七人の解放者に預けた〝七星刀〟のうちの一振りで、オスカー・オルクスが所有していた。

超一流の鍛冶師が打った刀で、雌雄の双刀のうちの〝雄〟。水を清める力を持った妖刀でもある。


次回
第十二閃 帝国と生存者


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第十二陣 帝国と生存組

完全にリリアーナの存在を忘れていました。そして天之河光輝の苗字を間違えてました。


ハジメ、香織、雫、ユエ、膵花は迷宮での来の捜索を中断し、地上で捜索することに決めた。ユエ以外の四人は龍化を発動させ、そのまま上層へ向かい、翼で奈落から跳び上がった。橋の上で龍化を解除し、階段を駆け上がる。

 

ハジメ達は二十階層まで上ってきていた。

 

「んっ、ハジメ。何でわざわざ上に戻ろうとしてるの?」

「あいつが地上に出ているかもしれないからだ」

「……ハジメくん! 魔物が……」

「……ったくッ! 鬱陶しいんだよ!」

 

かなり疲弊していたところに魔物が襲い掛かって来た。レオを振るうのも面倒だと思ったのか、ドンナーで蹴散らした。

 

「やっぱクタクタの時は拳銃の方がいいわ」

「ハジメさん、また魔物が……」

「今度は私が! 【妖術 〝清濁併吞〟】」

 

膵花が槍を振るうと、何もないところから激流が現れ、魔物を包み込み、引き裂いた。

 

「ん、私もやる。〝緋槍〟」

 

また別の魔物の群れを炎の槍が貫いた。

 

「私だって……えい!」

 

香織のイベリスが火を噴いた。取りこぼした魔物の一体を撃ち抜く。

 

 

一方その頃、勇者一行は迷宮の探索を中断し、既に迷宮を後にしていた。六十五階層から先は未知の領域、攻略速度は格段に落ちていた。また、度重なる戦闘と魔物のレベルが上がったことによりメンバー全員が疲弊し切っていたため、休養を取るべきという結論に達した。

 

休養を取るだけなら宿場町ホルアドでもよかったのだが、ヘルシャー帝国という名の国から使者が送られ、王宮まで戻らねばならなくなった。

 

元々、エヒト神による〝神託〟がなされてから光輝達が召喚されるまでほとんど間が無かった。そのため、同盟国である帝国に知らせが届く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかった。仮に知らせが届いても帝国は動かなかっただろう。

 

理由は解るが、何故このタイミングなのか。それは、【オルクス大迷宮】攻略で歴史上の最高記録である六十五階層を突破したという事実に帝国が興味を示したのだ。

 

帝国とは吸血鬼が滅びた頃にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地と呼ばれる完全実力主義国家なのである。大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められている。

 

帝国にも聖都教会はあるが、信仰よりも実益を取りたがる者が多いため、王国民と比べれば信仰度は低いがそれでも熱心な信者だ。

 

そんな話を帰りの馬車の中で聞かされていた。

 

 

光輝達が馬車に揺られている頃、ハジメ達はホルアドの宿屋に戻っていたが、そこの従業員から光輝達が王宮に戻ったことを伝えられ、急いで後を追った。

 

 

光輝達の乗った馬車が王宮に入り、全員が降車した。王宮の方から金髪碧眼の少年、ランデル殿下が駆けてきた。

 

「む! 香織と膵花は何処におるのだ?」

 

光輝がそれに答える。

 

「その二人は、まだ迷宮にいると思われます」

「な……何だと!? まさかお前、あの二人を死なせてはおるまいな!?」

 

ランデル殿下は顔を真っ青にしながら光輝に詰め寄った。

 

「いえ、香織達がどうなったかは俺達にも分かりません。でも俺は生きていると信じています」

 

ランデル殿下は香織と膵花のことを好いていた。召喚の翌日から二人に猛烈なアプローチを掛けていたが、ランデル殿下より七つ上の香織には弟、どれ程歳が離れているか分からない膵花には甥っ子のように見られていた。しかも香織にはハジメ、膵花には来という恋人(夫)がいるのだ。

 

「本当なのだな? もし二人共死んでいたらお前を一生許さんぞ!」

「ランデル、いい加減にしなさい。光輝さんにご迷惑ですよ」

「あ、姉上!? ……し、しかし」

「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き留めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」

「うっ……で、ですが……」

「ランデル?」

「つ、続きは中で話し合うとする! そして、どちらが誰を取るか今日こそ決めようぞ!」

 

ランデル殿下は光輝に言い放ち、踵を返してずんずんと王宮の方へ戻っていった。

 

「光輝さん、先程は弟が失礼いたしました。代わってお詫びいたしますわ」

 

リリアーナはそう言って頭を下げた。綺麗なストレートの金髪がさらりと流れる。

 

リリアーナはランデル殿下より四つ上の才媛だ。その容姿にも非常に優れていて、国民にも大変人気のある金髪碧眼の美少女である。性格は真面目で温厚、そして程よく柔らかい。TPOを弁えつつ使用人達とも気さくに接する人当たりの良さも持っている。

 

光輝達召喚された者にも、王女としての立場だけでなく一個人としても心を砕いてくれている。彼らを関係ない自分達の世界の問題に巻き込んでしまったと罪悪感まであるくらいだ。

 

率先して生徒達と関わるリリアーナと彼らが親しくなるのに時間はかからなかった。特に同年代の香織、雫、膵花(見た目)達との関係は非常に良好で、今では愛称と呼び捨て、ため口で言葉を交わす仲になっている。

 

「いや、気にしてないよ、リリィ。あれはランデル殿下との約束だよ」

「約束……ですか?」

 

実はランデルの恋は光輝に知られている。初めは言い争いになっていたが、どちらを取るかはまだ決まっていないことを互いに知り、光輝の提案で、決めたら互いにすぐ告げることにした。光輝もランデル殿下もまだどちらを取るかは決まっていない。更に光輝には雫も気にかけており、話し合いは長くなりそうだった。

 

「だから、相手の方が決まったら互いに報告することにしてるんだ」

「そうでしたの……お相手と言えば、あのお方が亡くなられてからもう十日以上経ちましたのね」

 

リリアーナは碧眼に涙を浮かべながら言った。リリアーナの言うあのお方とは、〝迷宮の悲劇〟唯一の犠牲者である(とされている)来のことである。こちらも実年齢はかなり離れている。

 

ランデル殿下が香織と膵花に恋をしている一方で、姉のリリアーナは来を恋い慕っていた。来の死の報せが届くと、リリアーナは一人部屋で泣き崩れていたという。

 

リリアーナは来と王宮で過ごした日々を思い出していた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

生徒達の中でリリアーナが最初に話した男性は来だった。性格の似た二人は直ぐに打ち解けた。来は自身と膵花、そしてハジメ以外誰も知らないことをリリアーナに話した。自分と膵花が幾度となく転生を繰り返してきたこと、膵花とは前世からの夫婦であること、幾多の人生の中で、親友と死別してきたこと、来は隠すことなくリリアーナに告げた。

 

『そうだったのですか……随分と壮絶な人生を辿って来たのですね……!? 私ったら、王女でありながら失礼なことを……』

 

『いや、ハジメにもほとんど同じことを言われたから……気にしないで』

『そうですか……』

 

この時はまだリリアーナにとって、来は親友という存在だった。

 

 

或る日の夜、リリアーナと来はバルコニーで話し合っていた。

 

『……辻風様はどうして戦闘訓練に参加しない日が多いのですか?光輝さんからも不真面目だ、って言われておりますよ』

『僕が訓練を休んでいる日、何をしていると思う?』

『それは……』

『……僕は昔から観察力が鋭いって言われてきた。実力もかなりあるみたいだし。それをメルド団長に買われて、こう言われたんだ。訓練に参加する日を少なくする代わりに皆の状態を見ていてくれないか、って。常に全員の熟練度を把握しておきたいかららしいけど』

『……そう、なのですか……』

『ただ、僕らは会ってからそれほど経っていないし、別に信頼を全部僕や天之河に預けろ、なんてことも言わない。でも、これだけは解って欲しい』

 

来はハジメに作ってもらった刀を抜いて、月明りにさらした。本当は自分でも作れるが、作るより振る方が性に合うらしい。

 

『僕は居場所や武器をくれた人達に報いようとしている。たとえ、誰が何と言おうとも』

『辻風様……』

 

来はゆっくり背伸びをして、身体の緊張を解す。そして穏やかな笑顔で言った。

 

『ありがとう。僕の話を信じてくれて』

『!?』

 

リリアーナは驚いた。彼女は来の話を信じる、とは口にしていない。なら何故それが判ったのか。

 

『言ったでしょ、観察力が鋭いって』

『そ、そうでしたね……』

『それに……今こうやって君と話していることが毎日の小さな楽しみになってるんだ』

 

その言葉に下心は無い。下心が無いのは光輝も同じだったが、来と光輝では放つ光の種類が違う。光輝の放つ光は一等星のようだが、その光に温度はない。一方来は変光星のように光の強さが変わる。ある時は月明り、またある時は陽の光、と時と場合によって光の強さが変わる。そして温かみがある。

 

『えっ、そ、そうですか? え、えっと』

 

王女である以上、国の貴族や各都市、帝国の使者などからお世辞混じりの褒め言葉を貰うのには慣れており、笑顔の仮面の下に隠れた下心を見抜く目も自然と鍛えられている。それ故、来が一切下心無く素で言っているのがわかってしまう。家族以外でそういう経験はほとんどないので、つい頬が赤くなってしまう。どう言葉を返そうかオロオロとしてしまうところもまた人気の一つである。

 

(ああ、やはりこの方の放つ光は光輝さんとはまた違う……まるで陽の光を浴びているかのようですわ……ずっとこの時が続いて欲しい、心からそう思えるほどに……)

 

リリアーナは日光浴をしているかのような気分だった。これは初めて話をした時からそう感じていたことだ。今まで関わってきた者はほとんど下心で近づいてきた者だった。だが、彼だけはまるで親友のように接してくる。

 

『じゃあ、そろそろ僕は戻るよ』

 

そう言って来は自室に戻ろうとすると、リリアーナは一瞬呼び止めた。

 

『あ……あの……』

『ん? どうしたんだ?』

 

今この場で言わなければ、リリアーナはそう思いつつ言葉を紡ぐ。

 

『もし、よければ……また空いた時間に私の部屋でお話をしませんか?』

『うん、時間が空けば何時でも』

 

最後にそう言い残して来はバルコニーから飛び降りた。リリアーナは凄く嬉しそうな顔をしていた。この夜以降、リリアーナは来との話が楽しみになっていた。

 

 

ランデル殿下の恋は王族ではリリアーナ以外知らなかったが、リリアーナの恋はランデル殿下以外全員知っていた。

 

『どうした? リリィ。この頃何かに想い耽っているように見えるが……』

 

ハイリヒ王国国王エリヒドがリリアーナに訊ねる。

 

『お父様……』

『ひょっとして、勇者様に惹かれたのではないか?』

 

確かに光輝は女性達に人気だ。このご時世、王城で女性が想い耽っている様子を見せれば、多くの者が光輝に惹かれたのだろう、と思うだろう。

 

『いえ、確かに光輝さんとは良好な関係を築いておりますが……私には光輝さん以上に大切なお方がいるのです』

 

だがリリアーナにとって、光輝以上に大切な者がいた。

 

『ほう、勇者様より魅力的なのか、その者とは』

『はい、そのお方は、光輝さんよりもステータスが上だったそうです』

『もしや……辻風殿か?』

『……はい……』

 

勇者である光輝を差し置いて高ステータスを持つ者といえば、来以外にいない。

 

『そうか……彼は今他の者達と共に迷宮に潜っているのだろう?そこで辻風殿が何か功績を挙げれば、その者をお前の伴侶として相応しい者とみなすことにしよう』

『……ええ、そうですね。今は辻風様がお帰りになられるのを待つばかりです』

 

そこへ使いの一人が入って来た。その様子からかなりの急ぎの報せなのが判る。

 

『陛下、急ぎお伝えしたいことが……』

『何事だ』

 

使いの話にエリヒド国王の顔が徐々に青ざめていくのがリリアーナにも判る。嫌な予感を感じた。

 

使いの者が退くと、エリヒド国王はリリアーナに告げる。

 

『迷宮で一人犠牲が出たそうだ』

『ええ!? ……辻風様は……無事なのですか?』

『……非常に言いにくいのだが……その犠牲者は片刃の曲刀を装備していたそうだ』

『まさか……』

『そう、辻風殿だ』

 

リリアーナは犠牲者の名を聞くなり自室へ走り去ってしまった。召使によると、その後夜明けまで一人で泣き崩れていたそうだ。

 

ちなみに、エリヒド国王はハジメを貶すことはしなかった。理由は、リリアーナが慕っている来の親友と聞いているので、ハジメを貶すことはすなわち、来を貶すことと同義であるということだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「辻風のことは残念だったな……あいつも香織や膵花と同じように、誰にでも優しかった」

 

リリアーナはまた泣いていたが、涙を拭いて乱れた精神を立て直した。

 

「えっと……改めて、お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 

リリアーナはそう言うと、ふわりと微笑んだ。香織や雫、膵花といった美少女が身近にいるクラスメイト達だが、その笑顔を見てこぞって頬を染めた。リリアーナの美しさには三人にない洗練された王族としての気品や優雅さというものがあり、多少の美少女耐性で太刀打ちできるものではなかった。

 

現に、永山組や小悪党組の男子は顔を真っ赤にしてボーっと心を奪われており、女子メンバーですら頬を薄っすらと染めている。異世界で出会った本物のお姫様オーラに現代の一般生徒が普通に接しろというのが無茶なのである。昔からの親友のように接することのできる香織達の方がおかしいのだ。

 

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹き飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

 

気障な台詞だが、その言葉に下心はない。だがそんな光輝ですら、今のリリアーナの頬を染めることはできなかった。

 

「とにかくお疲れ様でした。お食事の準備も、清めの準備もできておりますから、ゆっくりお寛ぎくださいませ。帝国からの使者様が来られるには未だ数日は掛かりますから、お気になさらず」

 

光輝達が迷宮での疲れを癒しつつ、居残り組にベヒモスの討伐を伝え歓声が上がったり、これにより戦線復帰するメンバーが増えたり、愛子先生が一部で〝豊穣の女神〟と呼ばれ始めていることが話題になり彼女を身悶えさせたりと色々あったが光輝達はゆっくり迷宮攻略で疲弊した体を癒したのだった……




次回
第十三閃 兎人を照らす陽の光


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第十三陣 兎人族を照らす陽の光

どうも、昨日誕生日を迎えたばかりの最果丸です。

お待ちかねの三連続投稿です。

今回は私の考えたオリジナルモンスターが登場します。


ライセン大峡谷に悲鳴と怒号が木霊した。

 

兎人族達が岩陰に身を潜める。その数およそ四十人。そして上空から睥睨する体長およそ三~五メートル、鋭い爪と牙と先端が膨らみ、棘が付いている長い尾を持ったワイバーンのような魔物、ハイベリアが六体。兎人族達は絶体絶命の危機に瀕していた。

 

「は、ハイベリア……」

 

シアの震える声が肩越しに聞こえた。その声を聞いた途端、来はシアの入った籠を降ろす。

 

「……来さん? 何をするんですか?」

 

来は〝舞鱗〟に手を掛けてハイベリアを睨みつけながら言う。

 

「ハイベリアを六体全て墜とす。シアは今のうちに家族の許へ」

 

「……はい!」

 

シアが兎人族達の許へ駆けだしたのと同時に、一体のハイベリアが大きな岩と岩の間に隠れていた兎人族の下へ急降下し、地面に激突する寸前に一回転し、遠心力を乗せた尾で轟音を響かせながら岩を砕いた。兎人族が悲鳴と共に這い出してくるのを見て顎門を大きく開いた。腰が抜けて動けない子供を庇う男性の兎人族。

 

周りの兎人族は瞳に絶望を浮かべた。また家族が命を散らしてしまう、誰もがそう思った、その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『!?』

 

一つの閃光がハイベリアの頸を斬り落とした。直ぐ近くには兎人族が谷底にへたり込んでいる。胴体から離れた頸は大きく顎を開きながら切り口から血を空中に散らした。胴体からは血が噴き出し、頸が地面に付く前に倒れ込んだ。

 

「な、何が……」

 

子供を庇っていた男の兎人族が呆然としながら頸を斬り落とされたハイベリアとハイベリアの頸を斬り落とした()()()()()を交互に見る。

 

「【鳴ノ舞 〝円転電環(えんてんでんかん)〟】」

 

見慣れない武器を構えた人間の青年がよく分からないことを口にしたかと思えば、次の瞬間には上空に跳び上がっていた。上空では仲間の死にハイベリアの群れが怒りの咆哮を上げる。聴覚に優れた兎人族達には甲高い蒸気の噴き出した音に聞こえる。

 

そこに一人の人影が向かってくる。兎人族達には見覚えがありすぎる。今朝方、忽然と姿を消し、ついさっきまで一族総出で峡谷を捜しまわっていた女の子。皆この状況に酷く心を痛めて責任を感じていた。彼女を捜しているうちに間抜けにもハイベリアに見つかってしまった。これでは彼女を見つける前に一族が全滅してしまう、皆はそう悟り、一族の全滅を覚悟していた。だが……

 

その彼女はこちらに向かって走りながら手を振っているではないか。その表情には普段の明るさが現れている。誰も今の状況を信じられなかった。

 

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~」

 

その聞き慣れた声色が、これは現実だと一族に突きつけた。兎人族が一斉に彼女の名を呼んだ。

 

「「「「「「「「「「シア!?」」」」」」」」」」

 

 

跳び上がった青年はハイベリアの群れに突っ込んだ。いきなり跳び上がって来たので、流石のハイベリアも度肝を抜かれていた。青年はその隙を逃さず、雷を纏わせた刀を横に薙ぎ払った。刀身の軌道は環を描き、雷と共にハイベリアの頸を五つ斬り落とした。

 

 

シアは仲間の許へ走る。何度転んでも立ち上がり、再び前へ進む。兎人族の中から初老の男性がシアに声を掛けた。

 

「シア! 無事だったのか!」

「父様!」

 

親子は無事に再会し、互いの無事を喜んでいた。そしてハイベリアを斬り捨てた青年に向き直った。

 

「来殿で宜しいか?私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助けいただき、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

 

来に向かってハウリア族族長、カム・ハウリア他一同が深々と頭を下げた。

 

「お礼は受け取っておきます。ですが、いいんですか? そう簡単に人間を信用して……亜人は人間族にはあまりいい感情を持っていないでしょうに……」

 

亜人は被差別種族だ。人間族によって峡谷まで追い詰められた。にもかかわらず、兎人族達からは一切嫌悪感を感じない。

 

カムが苦笑いで返す。

 

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

 

ハウリア族に感心している一方で、少し呆れている。

 

(一人の女の子のために一族ごと故郷を出るほど情が深いのはいい。だが彼らは警戒心が薄すぎる。それに戦闘能力も全く無い……)

 

「えへへ、大丈夫ですよ、父様。来さんは対価が無くても動いてくれるし、ハイベリアやダイヘドアだってたった一撃で倒しちゃうほど強いですからね。ちゃんと私達を守ってくれますよ!」

「彼がハイベリアを倒すのはこの目で見たが、あのダイヘドアまで倒してしまうような実力者なのか!? それなら安心だ」

 

周りの兎人族達も生温かい目で来を見ながら頷く。かなり強い部類に入るダイヘドアさえ()()()()()()()()()()()のか、そう思いながら頷いた。

 

「誰一人死なせないので安心してください。それと、樹海の案内を頼めますか?」

 

来の頼みをハウリア族が断れるはずもなく、あっさり了承した。

 

「お任せください」

「では行きましょう。一か所に長く留まっていると危険だ」

 

一行はライセン大峡谷の出口を目指して出発した。

 

 

四十二人の兎人族を引き連れて青年が峡谷を歩く。

 

大人数を引き連れているので当然ばっちり目立つ。数多の魔物が一行に襲い掛かったが、全て一瞬のうちに斬り飛ばされた。おかげで死傷者は無しだ。

 

一つの閃光の前にライセン大峡谷の凶悪な魔物が為す術無く命を散らした。その光景に兎人族達は唖然とし、来に畏敬の念を向けていた。

 

小さな子供達はつぶらな瞳を輝かせて圧倒的な力の一端を振るう来をヒーローの如く見ている。

 

「ふふふ、来さん。ちびっ子達が見つめていますよぉ~手でも振ってあげたらどうですかぁ~?」

 

子供に純粋な眼差しを向けられ、来は若干居心地が悪そうだ。そこにシアがうざったく指でつつく。

 

「解った、解ったから止めてくれ」

 

仕方なく来は苦笑いで子供達に手を振った。子供達は嬉しそうだった。そこへカムも入る。

 

「はっはっは、シアは随分と来殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて……シアもそんな年頃か。父様は少し寂しいよ。だが、来殿なら安心か……」

(また何か勝手に安心されてる……本当に大丈夫かな……)

 

そうこうしている内に、一行はライセン大峡谷の出口に辿り着いた。見える限りに立派な階段がある。岸壁に沿って壁を削って造った階段は、五十メートルごとに反対側に折り返す構造になっている。岸壁の先には樹海の一角が見える。ここから半日歩けば樹海だ。

 

シアが不安そうに話しかけてきた。

 

「帝国兵はまだいるでしょうか?」

「もしまだ残っているならば、邪魔をするなら……」

「邪魔をするなら?」

 

周囲の兎人族達も耳を立てる。

 

()()()()()()()()()()

 

その言葉に兎人族達が恐れ戦く。シアは意を決したように尋ねる。

 

「解ってますか? 今まで倒してきた魔物と違って、相手は帝国兵……貴方と同じ人間族なんですよ? ……敵対できますか?」

 

シアの言葉に周りの兎人族達も神妙な顔つきで来を見る。小さな子供達は大人達と来を交互に見る。

 

「聖都教会……人間族が亜人を差別対象にしているのは、君達亜人が魔力を持っていないからだ。だがシア、君は魔力を有している。他の亜人達は君を忌み子とみなし排除しようとしているが、僕は君を〝運命(さだめ)に選ばれし者〟だと思っている。君のように魔力を有する亜人が増えれば、少なくとも人間族からの差別は無くなるはずだ。君は魔力を持って生まれたことを誇りに思え。君という亜人の希望を摘み取る輩は誰であろうと、滅ぼすまでだ」

 

兎人族の目に希望が宿った。シアは頬を少し染めて来を見ていた。

 

「もし仮に帝国軍が撤退せずに出口で待機しているのなら、一人でも生かせば君達兎人族が狙われる可能性が高い。だから、もし君達が生かしてくださいとお願いをしても、その願いだけはいずれ君達を必ず殺す! だから聞くことはできない!」

 

これは単なる正義感で言っているのではない。ギブ&テイクの関係にある。帝国軍のうちたった一人でも生かせばそれが近い将来、牙を剥いて兎人族達に襲い掛かる。そうなればその先にあるのは生き地獄だ。だから誰一人生かさない。それに、魔力を有している亜人族の存在が人間族に知られれば、聖都教会はもう亜人族を神から見放された獣とは言えなくなる。

 

「……はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ」

 

カムは来の言葉の真意を読み取った。そして来を信用に足る人物だと結論付けた。

 

 

一行は階段を順調に登っていく。亜人は魔力が無い代わりに身体能力が高い。しかもほとんど飲まず食わずだ。これだけで亜人の凄さが解る。

 

 

階段を登り切り、遂にライセン大峡谷から脱出を果たす。だがそこには、兎人族達の悪夢が居座っていた。

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~、こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

三十人の帝国兵が出口付近に居座っていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員カーキ色の軍服を纏い、剣や槍、盾を携えている。

 

来達を見るなり驚いた表情を見せたが、直ぐに喜色を浮かべて兎人族を見渡した。

 

「小隊長!白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

「おお、ますますツイてるな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよね?」

「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる!」

 

帝国兵達は兎人族を完全に獲物と認識していた。その視線に兎人族、特に女性達は怯えて震えるだけだった。

 

周りの盆暗共が好き勝手騒いでいると、ようやく小隊長が来の存在に気づいた。

 

「あぁ? お前誰だ?兎人族……じゃあねぇよな?」

「当たり前だ」

「なんで人間が亜人族と一緒にいるんだ?しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か?情報掴んで追っかけてきたとか? そいつぁまた商売魂が逞しいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

 

バチッ。

 

来の中で、堪忍袋の緒が音を立てて千切れた。

 

()()()()()()()()()()()()()? 冗談じゃない。巫山戯る(ふざける)な。誰一人お前達には渡さない」

 

不遜な物言いが返って来た。小隊長の額に青筋が浮かび上がった。

 

「……小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

「そう言えば帝国では強い奴が偉いそうだな。三十人の内誰か一人でも僕を殺せたら兎人族は好きにしていい。だがこっちも殺す気でいく。後で命乞いなんかするなよ?」

 

小隊長の怒りを煽る来。最早小隊長には来の隠している実力が見えなかった。

 

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが世間知らずの餓鬼だってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。震えながら許しをこッ……!?」

 

小隊長が盾を構えると、目にもとまらぬ速さで盾が綺麗に真っ二つになった。来は兎人族達に「下がれ」の合図を左手で出し、左足を大きく後ろに引いて前に屈み、黒い刀、〝舞鱗〟の柄に右手を掛けた。

 

「な、なんだ? コイツ……気配が変わった!?」

 

小隊長は直ぐに部下の兵士から盾を取り上げる。それと同時に〝舞鱗〟の刀身が少しだけ露わになる。

 

「【抜刀術・鳴ノ舞 〝紫電一閃〟】」

 

(空気が変わっている……どいつもこいつも怯えやがって……!)

 

「【〝七連〟】!」

 

技名を言い終わると同時に雷を伴って一筋の閃光となり、小隊長の横を神速で突き抜けた。そしてそのまま周りの帝国兵達の横を軌道で七芒星を描きながら縦横無尽に駆け回る。そして残りの一人の前で急停止し、刀を仕舞った。刀を仕舞う時に発する独特の歯切れのよい音が響くと、頸から血を噴き出し、二十九人分の頸が一斉にごとりと地面に落ちた。

 

残った一人は腰が抜けたのか、その場にへたり込んでいた。ほんの瞬きの間に仲間が殲滅されたのだ。彼らは帝国でも上位に並ぶ程の実力者達だ。故に悪夢だと思いたかった。だが突然頬にできた切り傷の痛みが、これは現実だと突きつける。

 

「ひぃ、く、来るなぁ! い、嫌だ。し、死にたくない。だ、誰か! 助けてくれ!」

 

兵士が怯えを大量に含んだ瞳を来に向ける。黒いコートを靡かせて歩み寄る様子は正に死神。

 

「た、頼む!殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

「…他の兎人族はどうなった? 既に全員帝国へ移送済みか?」

「……」

 

兵士は恐怖で声を発することができなかった。来が今度はドスの効いた黒い声で再び尋ねた。

 

「もう一度訊く。他の兎人族は全員帝国に移送されたのか?」

「……人数を絞って、既に移送済みだと……」

 

最後まで言い終わることなく兵士は頸を刎ねられた。

 

あまりの容赦の無さに息を呑んでいた。彼らの瞳には恐怖が宿っていた。それはシアも同じだった。だが、来に何かを尋ねようとして思いとどまった。階段を登る前に放たれた言葉を思い出したからだ。

 

『もし仮に帝国軍が撤退せずに出口で待機しているのなら、一人でも生かせば君達兎人族が狙われる可能性が高い。だから、もし君達が生かしてくださいとお願いをしても、その願いだけはいずれ君達を必ず殺す! だから聞くことはできない!』

 

「……行くぞ」

 

来は静かに出発の合図を出した。帝国兵の死体は一か所に集め、タール状に融解したフラム鉱石をかけて燃やした。死体の山を包む炎からは、帝国兵達が今まで殺してきたであろう亜人達の数だけ、火の粉が散った。

 

丁度そこに無傷の二台の馬車と一頭の馬がいたので、兎人族を馬が引く馬車に乗せる者、馬の無い馬車に乗せる者に分けた。するとそこへ、九十人程の兎人族が駆けてきた。

 

「族長! 無事だったんですね!」

「お前達……帝国に移送されたはずじゃ?」

「そのことで話が。実は……」

 

 

帝国兵に捕まった百人以上の兎人族は、何人かの老人や赤子を殺された後、帝国へ移送されるために馬車に乗せられた。だが、兵士が馬を走らせようと鞭を打った瞬間…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごはっ!?」

 

その兵士は()()()()に串刺しにされた。帝国兵は次々と馬車から降り、辺りを見回した。その時、また一人、竹に串刺しにされた。彼らの頭上には、竹のような長い脚を八本持つ、体長十二メートル、体高十八メートルの蜘蛛のような魔物が立っていた。異様に脚の長い蜘蛛が次々と帝国兵を殺していくなか、その隙を盗んで檻に入れられた兎人族を解放し、そのまま生存者全員で逃げて行った。幸いだったのは、あの蜘蛛に兎人族が一人も殺されずに済んだことだ。

 

 

「……ということがあったのです」

「そうか……お前達もよく無事に生き残った」

 

兎人族が喜びに包まれる中、たった一人だけ、考察に耽っていた者が一人。

 

(竹のような脚を持つ蜘蛛みたいな魔物……まさか、〝クシザシ〟……!?)

 

「……来殿?」

「……はっ!? すまない、少し考え事をしていた」

 

こうして新たに九十名程兎人族を加え、一行は樹海へ向かって出発したのだった……




解説

サキュスラ(クシザシ)
Saquzla
体長10~12m
体高18m

樹海や竹林に生息する蜘蛛型のモンスター。四対の脚は木や竹と同じ成分からできている。周囲の風景に擬態して獲物を狩る。生息する場所によって脚の見た目と狩りの方法、擬態の方法が異なる。

樹海に生息するものは脚が木のような見た目で、仰向けになって獲物を待つ。獲物が通りかかると脚から糸を噴き出し、獲物を捕縛する。

竹林に生息するものは脚が竹とほとんど見分けがつかない。こちらは立って擬態する。獲物を脚で串刺しにして捕食する。

脚が植物と同じなので炎には弱い。


次回
第十四閃 皇帝✕錬成師(ガハルド対ハジメ)


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第十四陣 皇帝(ガハルド)()錬成師(ハジメ)

今回からキャラクター紹介をします。紹介は各話ごとに一人ずつです。

そして本編の方が短くなってしまったので閑話を入れました。

キャラクター紹介

名前 辻風 来
性別 男性
年齢 700歳以上(精神年齢)
身長 183㎝
体重 67㎏
天職 剣士
得意武器 刀
得意属性 雷
誕生日 九月十五日
星座 乙女座
好物 団子

この物語のもう一人の主人公。メインヒロインの膵花とは前世からの夫婦。ハジメの数少ない親友。坂上龍太郎とはそこそこ仲が良い。天之河光輝より力が強く、来にとってハジメは大切な親友なので、ハジメを痛めつけようとした輩は全員彼の餌食になっている(勿論檜山達小悪党組も入る)。性格は光輝に似ていると思われがちだが、全くの別物。彼は自分の実力を理解したうえで物事を為すだけの覚悟を有するが、光輝は自分の力を正しく把握できていないうえに自分にとって都合の良いようにしか考えることができない。
剣術は(多分)地球最強。特に居合に関しては達人の域に達している(ありふれた銃で撃つ弾なら余裕で斬れる)。まだ披露していないが、二刀流でも戦う。また、索敵能力も非常に高く、クラスでも随一の存在感の無さを誇る遠藤でさえ来からは逃れられない。
本作ではハジメの作った刀で戦うが、ベヒモス戦で刀身の真ん中が、ヒュドラ戦で残った刀身が折れたため、オルクス大迷宮最深部に位置するオスカー・オルクスの住処に保管してあった〝七星刀〟のうちの一つ、〝舞鱗〟を使用する。


光輝達が王宮に戻って二日、王宮にハジメ、香織、雫、ユエ、膵花が入って来た。

 

「ったく、あいつら毎度毎度面倒かけさせやがって」

「まあまあ、そう怒らないの」

「ちょっ、止めてくれよ膵花さん!」

 

膵花に頭を撫でられ、恥ずかしそうに顔を赤らめるハジメ。そこへ一人の美少年が走って来た。ランデル殿下だ。

 

「おお、香織! 膵花! 無事だったのだな?」

 

ランデル殿下は真っ先に香織と膵花の名を呼んだ。それに二人は快く返した。

 

「ええ、ハジメくんのお陰で五体満足です」

「私があそこで死ぬわけないでしょう?ふふ、殿下は心配性ですねぇ」

「わわっ!? 余の頭を撫でるでない!」

「あらあら、可愛い」

 

香織は中腰になってランデル殿下に話し、膵花は先ほどハジメにやったように頭を撫でている。完全にランデル殿下を親戚の子のように見ている。

 

「む?そちらの子は誰なのだ?」

 

ランデル殿下はハジメの隣に抱きついている金髪碧眼の美少女に気がつき、尋ねる。

 

「……ユエ」

「ユエか、いい名を付けてもらったな。余はランデル、歳の近い者同士、仲良くしようではないか」

 

ユエは自分の名前で褒められて嬉しそうに顔を赤らめ、ハジメに抱きつく力を強めた。だがユエとランデル殿下の歳の差はかなり離れている。

 

「私はさんびゃ……十三歳」

 

流石に実年齢を言うのは不味いと思ったのだろうか、取り敢えず外見年齢を言った。三百十歳も年齢を誤魔化している。最早鯖を読むという次元を通り越している。

 

そこへまた一人向かってきた。光輝だ。ハジメ達にとって一番会いたくない相手だった。

 

「香織! 膵花! 生きていたのか!!」

 

ユエを除く全員が目を細めた。

 

「天之河くん、もう私達に関わらないでって言ったでしょ?」

 

膵花が嫌悪感剥き出しで光輝と相対する。なのにこのおバカ勇者と来たら、自分が何故膵花に嫌われているのかが解ってない。

 

「君達を置いていってしまったことはすまなかったと思っている……ん? おい南雲、隣にいる少女は誰だ?」

 

光輝がユエの存在に気づいた。ランデル殿下と大して変わってない。

 

「はぁ、こいつはユエ、道中で出会った」

「そうか、君はユエっていうんだな? 俺は天之河光輝、よろしく」

 

光輝が無駄に輝く。それにユエは、

 

(……この人は苦手……)

 

と思った。

 

更にメルド達も加わり、廊下が騒がしくなってしまったのは、また別の話。

 

 

翌日、遂に帝国の使者が訪れた。

 

現在、光輝達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人程立ったままエリヒド陛下と向かい合っていた。その中にハジメ達もいる。

 

「使者殿、よくぞ参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れてくださりまことに感謝いたします。して、どなたがあのベヒモスを倒したのでしょうか? やはり勇者様でしょうか」

「いや、ベヒモスを倒したのは光輝殿ではなく……」

「俺だ」

 

その場にいた全員がハジメの方を向いた。相変わらず無能、という言葉が飛び交うが、今のハジメにとっては最早痛くも痒くも無くなっていた。

 

「俺がベヒモスを倒した」

 

使者はハジメを値踏みするように見ると、陛下に提案をする。

 

「陛下、こういうのはどうですかな? 私の護衛一人と模擬戦をする、というのです。それでこの方の実力も一目瞭然でしょう」

「ちっ、まあいい。その申し出、俺は受ける」

 

急遽、無能対帝国使者の護衛の模擬戦をすることになった。

 

 

ハジメの対戦相手は平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。

 

刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており。構えらしい構えもとっていなかった。

 

ハジメは小手調べとして最初の一撃は軽めの攻撃を繰り出すことにした。軽めと言っても十分強烈なのだが。

 

「やぁッ!!」

 

ハジメは並みの戦士では視認することも難しい速度で護衛に斬りかかった。だが、その一撃は弾かれてしまった。

 

「っくッ!」

 

ハジメは大きく後ろに吹き飛ばされるも、見事な着地を決める。

 

「あの一撃を弾いたか……中々やるじゃないか。天之河なら勝てなかっただろうよ」

 

早速光輝をディスった。ディスられた光輝は怒りを露わにしている。

 

「……けど、俺の師匠よりは圧倒的に弱いな」

 

そして護衛も馬鹿にした。護衛の方は乱暴な口調で呆れた視線をハジメに送った。

 

「おいおい、随分と舐められたものだな。この模擬戦が終わればお前の師匠とやらを紹介してくれよ?」

 

ハジメを含む召喚組が複雑な表情を見せる。

 

「あん? 何か訳ありか?何が遭っ……」

「余所見!」

 

護衛の隙を突き、ハジメは横に剣を薙ぎ払った。今度は本気だった。しかし、またしても防がれた。

 

「危ねぇ~、完全に気を取られてた。だが、さっきよりも威力はあるが、防げないことはないな」

「それはどうかな?」

 

ハジメは不敵な笑みを浮かべた。護衛が首をかしげていると、ハジメが()()()()()()()()()を引いた。その瞬間、ハジメの剣が()()()()()()。二人の姿は煙に包まれ、見えなくなっていた。

 

香織、雫、ユエ、膵花以外の誰もが自爆して果てたと思い込んだ。だが、煙が晴れると、全員が驚愕した。護衛の方は剣が砕け、上半身の装備が全て吹き飛んでいた。更に右耳のイヤリングが無くなり、対決前とは全くの別人がそこに倒れていた。

 

一方のハジメは全くの無傷。煤一つ付いてない。

 

「やっぱあいつには誰も勝てねぇよな」

 

倒れている護衛の姿を見た瞬間、周囲が喧騒に包まれる。

 

「ガ、ガハルド殿!?」

「皇帝陛下!?」

 

先程ハジメが破った護衛の一人こそ、ヘルシャー帝国現皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーだったのだ。フットワークが物凄く軽く、こういった手は日常茶飯事だ。

 

「貴様!陛下に向かって何たる無礼を……!」

「よせ」

 

他の護衛がハジメに突っかかろうとするが、ガハルド皇帝が止めた。皇帝はゆっくり身体を起こし、鞘を杖代わりにハジメの許へ歩み寄った。

 

「小僧、見事だった。名は何と言う?」

「ハジメ。南雲ハジメだ」

「俺はガハルド・D・ヘルシャー。ハジメ、中々の試合だったな。上半身の装備と武器を吹き飛ばされたのは初めてだ」

 

皇帝はハジメの強さを身をもって認めた。その後、治療を終えた皇帝は光輝にも模擬戦を申し込み、光輝も了承したが、結果は光輝の惨敗に終わった。

 

 

二度の模擬戦の後、予定されていた晩餐で帝国から一応勇者も認めると言質を取ることができ、今回の訪問の目的は達成された。

 

しかし、皇帝の本音は面倒そうだった。

 

「ハジメは十分強い。この俺を打倒したんだからな。だが勇者、ありゃ、ダメだな。ただの子供だ。あいつは自分の弱さを全く見ていない。理想とか正義とかそういう類のものを何の疑いも無く信じている口だ。しかもなまじ実力とカリスマがあるときた、タチが悪い。自分の理想で周りを殺すタイプだな。〝神の使徒〟である以上蔑ろにはできねぇ。取りあえず合わせて上手くやるしかねぇだろう」

「それで、あわよくば試合で殺すつもりだったのですか?」

「ああ? 違ぇよ。あいつの腑抜けた精神を少しは叩き治せるかと思っただけだ。あのままやっても教皇が邪魔して絶対殺れなかっただろうよ。まぁ、ハジメに関しては、殺らせるつもりだっただろうがな」

 

光輝達勇者一行の中で興味を持ったのはハジメだけだった。彼らは一部を除いて数か月前までただの学生。それも戦の無い平和な国の。戦場の心構えなどできているはずがない。

 

「しかしまぁ、魔人共との戦争が本格化したら変わるかもな。見るとしてもそれからだろうよ。今は、小僧共に巻き込まれないよう上手く立ち回ることが重要だ。教皇には気を付けろ」

「御意」

 

その時、使者の一人が皇帝に報告しに来た。

 

「皇帝陛下! 取り急ぎご連絡したいことが!」

「おい、静かにしろ」

「申し訳ございません。実は……」

 

皇帝は使者からの報告を聞くと、顔をしかめた。この時はまだ、知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

 

 

翌朝、雫は香織、膵花を連れて早朝訓練をしていた。そこを偶々通りかかった皇帝が気に入り、こんなことを告げた。

 

「ほう、こんな朝早くから訓練か……いい心掛けじゃないか。どうだ? 三人共俺の愛人になる気は無いか?」

 

皇帝はクラス三大女神全員を愛人に誘った。その誘いに対する応えは勿論、

 

「「「お断りします」」」

 

阿吽の呼吸で皇帝に告げた。

 

「いいのか? 俺の愛人になれば今よりもっといい暮らしができるんだぞ?」

「……そのようなことは一度私を破ってから言ってください。帝国では強い者が偉いのでしょう?」

「わ、私にはハジメくんがいますので……」

「今ここにはいませんが、私には最愛の夫がいますので絶対あり得ません! 私も夫も貴方よりも確実に強いので」

 

雫は帝国での上下関係を利用して、香織は丁寧に、膵花は強気で皇帝の申し出を断った。

 

「くっ、ははははは。こりゃ一本取られたなぁ。だが焦らんさ。俺は何時でも歓迎するぜ?」

 

皇帝は高らかに笑いながら引き下がった。その時、偶々近くにいた光輝を見て鼻で笑った。光輝はこの男とは絶対に馬が合わないと感じてしばらく不機嫌だったという……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話 もう一人の転移者

 

これは、クラスメイト達がトータスに召喚される二か月前にまで遡る。一人の武闘家がトータスに降り立った。彼女は金髪黒眼で年齢は日本でいえば成人に当たる女性だ。

 

「……ここは一体何処なんだよぉぉぉぉぉぉ!?」

 

街中に響く程の大声で叫んだ。周りの人々がおかしなものを見る目で彼女を見る。

 

 

武闘家の彼女はその後町中を彷徨い歩いた。そこで、ギルドがこの世界にもあることを知り、早速ブルックのギルド支部に駆け込んだ。カウンターに向かうと、中々元気で恰幅のよい中年の女性がいた。

 

「ここで冒険者登録ができるって聞いたんだが、できるのか?」

「そうだよ。していくかい? 登録料は二十ルタだよ」

「うっ……」

(カリトじゃないのかよ……)

 

彼女は困り果てた。トータスで流通している通貨を持っていなかったのだ。

 

「アタイは今無一文だから、取り敢えず持ってる素材を買い取ってはくれないか?」

「一文無しなんで何やってんだい。ちゃんと上乗せしてあげるから、不自由すんじゃないよ?」

 

仕方なく、持っていた魔物の素材を手渡した。受付嬢は驚愕した表情で素材を手に取る。

 

「こ、これは……! 今まで見たことない物ばかりじゃないか! 一体何者なんだい? あんた。でも、いいのかい? 中央ならもっと高い値段で売れるよ?」

「そうなのか? だが一刻も早く金が欲しいんだよ。早く換金してくれないか?」

「そう人を急かすもんじゃないよ。あんた」

 

その場にいた冒険者達は全員呆然としていた。一人の武闘家が受付嬢とほぼ同じ口調で対話しているのだ。

 

「はい、7500ルタだよ。珍しい物ばっかりだね。ステータスプレートはあるかい?」

「ん?ステータスプレート? 何だそりゃ?」

「あんた……相当な田舎者だね……」

「田舎生まれじゃないよ!!」

 

彼女はステータスプレートの存在すら知らなかった。なにせ異世界人なのだから。

 

そんなこんなで、彼女は自分のステータスプレートを作り、冒険者登録を済ませた。

 

 

 

===============================

プリズム・ヘールボップ 25歳 女 レベル:64

天職:拳士         職業:冒険者 青

筋力:7200 [+3000]

体力:5900 [+3000]

耐性:4800 [+3000]

敏捷:2700 [+3000]

魔力:6400 [+3000]

魔耐:3700 [+3000]

技能:光属性適正・物理攻撃強化・闘争心・千里眼・言語理解

===============================

 

 

 

「さ~て、どこへ行こうかな」

 

無事に冒険者になることができた彼女、ヘールボップはブルックの町をぶらぶら歩きまわっていた。

 

「よし、適当にモンスター探してフルボッコにしようかねぇ……」

 

そうと決まれば早速、ヘールボップは町の外へ出た。

 

 

宿場町ホルアドにあるオルクス大迷宮に到着したヘールボップは一人で入っていった。

 

一階層で彼女は、ラットマンと交戦していた。

 

「なんだいこの無駄にマッチョなネズミは」

 

ヘールボップはラットマンの顔面を思いっ切り殴り飛ばし、ラットマンの命を奪う。

 

「めちゃくちゃ弱いね。〝白狐〟と比べるまでもないね」

 

その後もヘールボップは魔物をたこ殴りにし、二十階層あたりで引き返した……




次回
第十五閃 ハルツィナ樹海


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第十五陣 ハルツィナ樹海

キャラクター紹介

名前 辻風膵花(旧姓 滝沢)
性別 女性
年齢 700歳以上(来と同い年)
身長 173㎝
体重 63㎏
天職 幻術師
得意武器 槍、刀
得意属性 水
誕生日 12月24日
星座 山羊座
好物 来の手料理なら何でも

本作のオリジナルヒロインかつオリ主のメインヒロイン。来とは前世からの夫婦。南雲ハジメ、白崎香織、八重樫雫とは親友。光輝から好意を寄せられているが、膵花は来一筋である。
性格は温厚かつ寛大。キレることは滅多にない(簡単に言えば嘴平伊之助が人の名前を正しく言える確率。つまり七回に一回)。彼女を本気で怒らせるのは大抵(というかほとんど)檜山達か光輝。クラス三大女神が一人(残りは香織と雫)。
槍術、剣術に長けており、特に槍術の方はトータスでは敵なし。剣術の方はこちらも光輝を上回っている。
本作ではハジメの作った刀と槍、〝マーシフル・レイン(干天の慈雨)〟を用いるが、前世では七星刀のうちの一つであり、来の所有する〝舞鱗〟と対を成す雌の刀、〝眼鱗〟を使っていた。


七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据え、大型馬車二台と数十頭の馬、そして魔力駆動の二輪アーティファクト、〝飛脚(ひきゃく)〟がそれなりに早いペースで平原を進んでいた。この魔力駆動の二輪走行アーティファクトは〝八咫〟の機能の一つで、魔力で走り、流した魔力の量でスピードを調節できる優れた代物である。また、魔力は座席の下に設置してある神結晶製のタンクに詰め込む電池式であり、自分の魔力が枯渇しても走らせることができる。魔力を直接〝飛脚〟につぎ込むこともできるが、魔法ではないので魔力が分散してしまうライセン大峡谷でも問題なく走らせることができる。本当はリニアモーターカーのように浮かせたかったのだが、生憎その手段が思いつかなかったので二輪にした。だが機体を浮かせる手段が手に入れば即改造する予定らしい。ちなみに四輪もある。

 

〝飛脚〟には、来の後ろにシアが乗っている。当初、シアには馬車に乗るよう指示したのだが、シアは二輪に乗ると言って聞かなかったため、仕方なく後ろに乗せてもらっているのである。

 

シアとしては、初めて出会った〝同類〟である来と、もっと色々話がしたいようだった。来にしがみついて上機嫌になっているが、彼女が気に入ったのは座席か来の後ろか……それは彼女にしか判らない。

 

一方の来はというと、二輪を走らせながら遠くを見つめていた。

 

そんな彼にシアが声を掛ける。

 

「あの、あの! 来さんのこと、もっと教えてくれませんか?」

「能力のことは全て話しただろう?」

「いえ、能力とかそういうことではなくて、なぜ、奈落?という場所にいたのかとか、旅の目的って何なのとか、今まで何をしていたのかとか、来さん自身のことが知りたいです」

「……聞いてどうするんだ?」

「どうするというわけではなく、ただ知りたいだけです。……私、この体質のせいで家族には沢山迷惑をかけました。小さい時はそれが凄く嫌で……勿論、皆はそんな事ないって言ってくれましたし、今は、自分を嫌ってはいませんが、……それでも、やっぱりこの世界のはみ出し者のような気がして……だから、私、嬉しかったのです。貴方に出会って、私みたいな存在は他にもいるのだと知って、一人じゃない、はみ出し者なんかじゃないって思えて……勝手ながら、そ、その、な、仲間みたいに思えて……だから、その、もっと貴方のことを知りたいといいますか……何といいますか……」

 

次第に小声になって身を縮こまらせるシア。そんな彼女に来は何とも言えない表情になる。シアはずっと気になっていた。あの時、谷底でも魔法のようなものが使える理由など簡単なことしか話していなかった。

 

樹海に到着するまで、まだ時間はかかる。特段隠す必要などないものばかりなので、暇つぶしにはなるだろうと、来はこれまでの経緯を語り始めた。

 

「……僕は好きで奈落にいたわけじゃない。ほんの数か月前まで僕はとあるパーティの一員だった。そのパーティの中で一番強かったんだよ? でも、それを疎ましく思っていた輩がいたみたいで、訓練では何度も衝突していたよ。トラップに掛かって転移させられた先で僕は親友と共にベヒモスと戦った。その時に親友の錬成師に作って貰った刀を折ってしまったんだ」

「刀? 貴方が今腰に差している武器のことですか? でも、折れたならなんで持ち続けているんですか?」

「この刀は奈落の底の底にあった住居にあったよ。ああ、話がそれてしまったね。魔力が共に底をつき、僕は親友と共に撤退した。ベヒモスに向かって仲間達が色んな属性魔法を撃ったんだ。ところが、その中の一人、恐らく軽戦士の奴が親友の前に魔法を放ったんだ。親友は大きく吹き飛ばされ、疲労で視界を奪われていた僕の身体を剣で貫いた。その直後に橋が崩壊して、血を大量に流して倒れていた僕は逃げ遅れて奈落に落ちた……」

 

来の凄惨な経緯を聞いた結果……

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、来さんがわいぞうですぅ~。そ、それに比べたら私はなんでめぐまれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~。私は、甘ちゃんですぅ……もう、弱音は吐かないですぅ……」

 

滂沱の涙を流して号泣していた。来の(オスカーの)外套で顔を拭いている。自分以上に大変な思いをしていたことを知り、不幸顔していた自分が情けなくなった。

 

(あの頃の僕と同じだ……)

 

来は遠き日の記憶を思い出していた。

 

 

 

 

それは、遥か遠い昔、来が元居た世界でのことだった。

 

その時はまだ、膵花とは恋人の関係ですらなかった。

 

来には両親と弟が一人いた。家が食事処だったから、来は料理が出来た。それなりに繁盛していたようで、生活には困っていなかった。

 

或る日、来が食材の買い出しから帰ると、いつもならいるはずの父親と母親、弟がいなかった。来を十四年も愛情を込めて育ててきた両親だ。彼を捨ててどこかにいくはずが無かった。

 

必ず帰ってくると信じて、来は待ち続けた。店の営業をしながら、ずっと待ち続けた。しかし、三人が帰ってくることはなかった。

 

両親と弟が姿を消してから一年が過ぎた或る日、誰かが家を訪ねた。来は両親と弟が帰って来たと思い、希望を目に宿しながらドアを開いた。しかし、そこに両親と弟の姿はなく、代わりに市政職員が立っていた。来は職員からの話を聞いて絶望した。

 

一年前に抗争が発生し、両親は抗争に巻き込まれ死亡、弟は行方不明になった。

 

来は一晩中泣き続けた。突然の家族の死の報せを受け入れるのにかなり時間をかけた。

 

両親の遺品を整理していた時、古い書物が見つかった。その書物には、驚きの事実があった。

 

両親とは血が繋がっていなかったのだ。更に、自分が四百年以上前の剣豪の末裔であることが分かった。

 

訃報を受けてから一月が経ち、来は両親が息絶えた場所に赴いた。抗争があったその場所は、未だに瓦礫が散乱していた。

 

来は花屋で買った花束を瓦礫で作った墓石の前に置き、合掌した。墓石には、「風見幸一」と「風見里沙」の人名が刻まれていた。

 

(さようなら、父さん、母さん。血は繫がってなくても、家族として大好きだったよ)

 

帰り道の途中、来は一人の少女と出会った。その少女は、縹色の髪に藍色の瞳をしていた。満月に照らされたその姿は、まさに月下美人。しかし、その綺麗な容姿は薄汚れていた。

 

来はその少女に声を掛けると、少女は怯えた様子で応えた。

 

『…来ないで……』

 

来は心が痛くなった。彼女が何に怯えているのかは知らないが、自分はこの娘を救いたいと思った。

 

来はその少女を家に連れて帰った。家に着くや否や、来は少女のために風呂を沸かし、少女を風呂に入れてあげた。流石に一緒に入ったら色々と不味いので、風呂場の外で待っていた。

 

少女が風呂から上がると、少女は尋ねた。

 

『どうして、見ず知らずの他人に優しくできるの?』

『…人に優しくしなきゃ、生きていけないんだ、僕。両親が死んで、僕は独りぼっちになった。両親は僕にとても優しくしてくれた。人に優しくしたら、あの頃の幸せな暮らしに戻ったような幸福感に包まれるから』

 

少女は、『こんな優しい人もいるんだ』と思った。

 

『ねえ、名前は何て言うの?』

『僕は来、辻風来。君は……?』

 

辻風という苗字を聞いた瞬間、少女の表情は恐怖のあまり引き攣った。

 

『…殺される』

 

その時の来には意味が分からなかった。

 

『貴方の家族を……私の家族が殺しちゃったかもしれないの……』

 

少女は、滝沢膵花と名乗った。

 

膵花の家は来の生家と衝突していた一族で、来が生まれる前に、辻風一族を追い詰めて滅ぼした。しかし、一族には生き残りがいた。生き残りが集まって滝沢一族に奇襲をかけた。そうして起きた抗争で、来の育ての両親は命を落とした。

 

それを知ってもなお、来は彼女を邪険に扱わなかった。心優しい彼は、復讐の連鎖を繋げたくなかったのだ。

 

膵花は、来の優しさに少しずつ心を許し、やがて恋に目覚めていった。

 

来も、膵花と共に過ごすうちに彼女への恋が芽生えていった。

 

来と膵花が十七になったある日、二人は墓参りに行っていた。

 

不幸が訪れたのはその帰り道だった。何者かに膵花を連れ去られ、来は頭を金属棒で殴打され、意識を失った。薄れゆく意識の中、彼が最後に見たのは膵花の絶望に歪む表情だった。その後二年間、来は全ての記憶を失っていた。

 

 

 

 

しばらくめそめそとしていたが、突如、決然とした表情で顔を上げると拳を握り宣言した。

 

「来さん! 私、決めました! 貴方の旅に付いていきます! これからは、このシア・ハウリアが陰に日向に貴方を助けて差し上げます! 遠慮なて必要ありませんよ。私達はたった二人の仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

 

(この娘からは天之河のような生半可な決意を感じない。本気で僕に付いていく気だ……自分の家族という存在を案じて、一族の意を裏切ってまで彼らを守ろうというのか? ……泣きたくなるような(やさ)しさだ……だけど……)

 

「いいのか? 七大迷宮は化物揃いな処ばかりだ。今の君じゃ確実に瞬殺、はっきり言って足手纏いだ。少し時間をやる。それでもなお付いていくという意志が変わらないのであれば、考えてやる」

 

来の口から容赦のない言葉が発せられ、シアは落ち込んだように黙り込んだ。それからの道中、二輪の座席に座り込み、何かを考えこむように難しい表情をしていた。

 

それから数時間、一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到達した。樹海に一歩踏み入ればたちまち霧で覆われる。

 

「それでは来殿、中に入ったら決して我らから離れないで下さい。貴方を中心にして進みますが、万一逸れると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「ああ、聞いた限りでは大樹が七大迷宮と深く関わっているようだし」

 

峡谷脱出時にカムから〝大樹〟について聞いた。【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹木で、〝ウーア・アルト〟と呼ばれ、神聖な場所として滅多に近づく者はいないとのことだ。

 

当初、【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮かと思われたが、魔力を持たない亜人族が住処にしているあたり、奈落の底の魔物と同等の脅威はいなさそうだ。【オルクス大迷宮】のように真の迷宮の入口が〝大樹〟にあるのだろうと睨んだ。

 

カムは来の言葉に頷き、周囲の兎人族に合図を出して守りを固めた。

 

「来殿、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づく者はおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」

「承知」

 

来は〝気配遮断〟を発動させた。ただ、あまりに気配を絶ち過ぎると兎人族でさえ見失ってしまう危険性があるため、ほどほどに気配を絶つ。

 

「……こんなものか?」

「はい、結構です。全力で気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや、全く、流石ですな!」

 

兎人族の唯一の強みをあっさりと凌駕され、カムは苦笑いだ。

 

「それでは、行きましょうか」

 

カムの号令と共に一行は、カムとシアを先頭に樹海へと足を踏み入れた。

 

しばらく、道なき道を突き進む。視界を濃い霧が遮るが、カムの足取りに全く迷いがない。現在位置も方角も完全に把握しているようだった。

 

(如何に霧で視界を奪おうとも、流石に魔力と音まで絶つことはできまい)

 

来は蝙蝠や海豚が使うような超音波を放ち、、周囲の索敵をしていた。視界が漁船のソナーのように映るので、霧に邪魔されることなく進めている。自動ドアが三回に一度しか作動しない程の影が薄い遠藤ですら来の目からは逃れられないのだ。

 

順調に進んでいると、突然カム達が立ち止まり、周囲を警戒し始めた。複数の魔物に囲まれているようだ。本来なら自慢の隠密力能力で逃走を図るところだが、今回はそうはいかない。皆一同、緊張の表情を浮かべている。

 

と、突然来が妖術を発動させた。

 

「【妖術 〝鳴時雨〟】」

 

兎人族の周りに雷の弾が時雨の如く降って来た。下手な鉄砲も数撃てば当たるもので、三つの何かが倒れる音と、悲鳴が聞こえた。そして、慌てたように霧の中から四本腕の猿が二匹、近くの子供とシアに飛び掛かって来た。どうやら残りの一匹は〝鳴時雨〟で息の根を止められたらしい。

 

近くの大人達が二人を庇おうとするが、猿の頸が二つの手裏剣で斬り飛ばされた。手裏剣はブーメランの要領で投げた方へ戻っていき、それを来が二つともキャッチした。

 

「あ、ありがとうございます、来さん」

「お兄ちゃん、ありがと!」

 

シアと男の子が窮地を救われ礼を言う。来は気にするなと手を振った。男の子はキラキラした目で来を見ていた。一方のシアはというと、何も出来なかった自分に肩を落とした。

 

(はぁ、これじゃあ来さんに旅のお供にさせて貰えないですぅ~。自分が情けないったら情けないですぅ~)

 

その様子にカムは苦笑いするしかなかった。来から促され、先導を再開した。

 

その後も道中で幾度となく魔物に襲われたが、全て来によって退けられた。来にとって樹海の魔物は問題なく始末できるのだった。

 

しかし、樹海に入って数時間過ぎ、今までにない無数の気配に囲まれ、来達は歩みを止める。数と殺気、連携の熟練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなく兎耳を動かして必死に索敵を行っている。

 

そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては顔面蒼白だ。

 

来も相手の正体に気がついたようで、面倒そうな表情になった。

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

豹柄…いや、虎柄の耳と尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった……




次回
第十六閃 蜥蜴狩り


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第十六陣 蜥蜴狩り

どうも、最果丸です。

お気に入り登録者数100人超え&閲覧数10000回突破ありがとうございます!!
今後とも精進していきますので、応援よろしくお願いいたします!

今回の話は夜叉竜さんの二次小説に影響されて書きました。ですが、もしかしたらこの話を一から書き直すことになるかもしれません。


今回からコメント欄でキャラについての質問コーナーを開設します。キャラについて知りたいことがあれば、コメントお願いします。


キャラクター紹介

名前 南雲ハジメ
性別 男性
年齢 17歳
身長 163㎝
体重 69㎏
天職 錬成師
得意武器 銃火器(来から剣術も教わっているが、適正は薄い)
得意属性 無し
好物 来の手料理(ハジメ曰く、これで食っていけそうな程美味い)

原作及びこの物語の主人公。もう一人の主人公とそのメインヒロインの来と膵花とは幼馴染。地球ではいじめられっ子だが、来と膵花に守られている。しかし自分にとってはそれが悔しいようで、力を付けていつか二人を見返したいと思っている。
性格の方は温厚だったが、ユエとの出会いを経て檜山に対し深い恨みを持つようになり、一人称が僕から俺に変わる。
剣術はトータスで来から教わる。だが訓練内容はメルドもビックリな程の鬼畜。木刀で殴られ続けた為、耐性がかなり伸びている。その結果、檜山如きなら余裕で打ち倒せる程の戦闘力を手に入れた。
本作では主にドンナーとシュラークを用いるが、自作した剣を改造したレオもよく用いる。また、来以外にも膵花や雫にも自作の刀を贈っているが、耐久性は普通より少し高い程度であり、来に渡した刀は二度折れてしまった。


光輝達一行は馬車に揺られながら訓練のためとある場所へ向かっていた。ハジメ達も同じ馬車に乗っている。馬車の中でもハジメと香織はイチャついている。

 

「またこいつらと訓練しなきゃならないのかよ……」

「頑張ってハジメくん! 来くんに追いつくんじゃなかったの?」

「ん。ハジメは私の恋人。だから頑張れる」

「ユエちゃん? ワ・タ・シの・ハジメくんとあんまり私の前でイチャつくのはちょっと控えてくれるかな?」

「香織! 我慢よ……膵花も何か言ってあげてよ!」

「嗚呼、愛しの来君……早く私を迎えに来て……」

「こっちはダメね……」

 

ハジメ一行が騒いでいると、KY(空気読めない)おバカ勇者が割り込んできた。

 

「香織、雫、膵花、俺とも話を……」

「何?」

 

膵花が敵意剥き出しの応答で光輝を黙らせた。

 

「ん? おい、馬車を止めろ」

 

苦笑いで見ていることしかできないメルドはふと外を見ると、突然馬車を止めた。

 

「どうしたんですか?」

「外の様子が変だ、まず俺が外を見る。安全が確認されるまで、絶対に外へ出るなよ」

 

メルドは馬車から降り、部下を数人連れて付近の安全を確認する。安全を確認すると、光輝達に馬車から降りるよう指示を出した。

 

「な、何だこれは……!?」

 

光輝は目に飛び込んできた光景に動揺を隠せなかった。

 

「これは酷い有様だな……」

 

ハジメも同様である。一応言っておくが、決して狙って言った訳ではない。光輝と()()に、ハジメも()()を隠せていないだけである。

 

村は全ての家屋が破壊されており、生存者の姿が見られなかった。

 

「このような村が他にも複数あるかもしれん。まずは生存者がいないかこの村を探索する。くれぐれも気を抜くなよ」

 

メルドの指示で光輝達は村の探索を行う。

 

村跡を探索していると、遠藤が何か見つけたようだ。

 

「おい、あそこに誰かいないか?」

 

遠藤が指差す方向に誰かが瓦礫の下敷きになっていた。

 

「本当だ、確かに誰かがいる。早く助けださないと!」

 

光輝達の中でもガタイの良い龍太郎と永山が瓦礫を取り除く。髪が短かったから男性かと思ったが、倒れていた人は女性だった。

 

「うぅっ……」

 

彼女はまだ息がある。だが身体中傷だらけで虫の息だ。

 

「えっ……」

 

膵花にはこの女性に見覚えがあるようだった。

 

「そんな……嘘でしょ……ハジメ君! 神水を飲ませてあげて!」

 

膵花に言われるがままにハジメは持っていた神水を女性に飲ませた。神水の強力な回復効果で女性の傷は癒えていき、自力で立てるまで回復した。

 

「あれ……アタイ、生きてる……」

「おい、大丈夫か? ここで何が遭った?」

「アタイは確か()()()に襲われて……!?」

 

女性は膵花に気づくと、突然膵花の許へ歩み寄った。

 

「アンタ……もしかして嬢ちゃんかい? 随分小っちゃく見えるけど……」

「ヘールボップさん……」

「そうだよ……今まで何処行ってたんだよ!! アンタがいなくてめちゃくちゃ寂しかったんだよ……」

 

プリズムと呼ばれた女性は膵花を抱きしめた。膵花も涙を流しながら抱き返す。

 

「膵花さん……その人は一体?」

 

膵花はハジメに女性を紹介する。

 

「この人はプリズム・ヘールボップさん。私の知り合いだよ」

「……え?」

「「「「「「「ええええええええええええ!?」」」」」」」

 

その場にいた全員が驚いた。

 

「膵花さん……随分と日本語が上手な外国人の知り合いがいたんだな……何処出身なんだ?」

 

ハジメが聞くと、ヘールボップは首をかしげた様子でハジメに言う。

 

「日本語? 外国人? 何だいそりゃ? アタイは新都出身だよ」

(新都? 聞いたことないな……俺達の世界とはまた別の世界から来たのか……)

「安心してくれプリズム、俺達が来たからにはもう大丈夫だ。だから……」

 

光輝の顔面に強烈なパンチが入る。顔だけイケメンの光輝が女性に思いっ切り打ん殴られたことにハジメ、香織、雫、膵花が思わず吹き出した。

 

「何人の下の名前勝手に呼んでるんだよ! アンタ歳はいくつだい!?」

「じゅ、17だけど……」

「アタイより八つ年下のくせに調子乗ってんじゃないよ女たらし!」

 

そしてまたぶん殴られる。

 

ヘールボップの言っていることは何一つ間違っていない。過去に()()()()()()と知り合っている。ただしその男は光輝とは違い、女性を口説くことは()()()()()()一切無かった。(感じ方の問題)

 

「それで、ここで一体何が遭ったんだ?」

 

ハジメがヘールボップから何が遭ったのかを聞き出す。

 

「この村はバケモンにやられちまったよ……ギルドから依頼があって、そのバケモンの討伐の為に大勢でこの村に来たんだ。でも、皆あっという間にやられちまった」

「その化け物はどんな見た目をしていた?」

「霧でよく見えなかったが、そいつは上半身が蜥蜴で、下半身が蛇のような見た目をしていたんだ……」

 

(脚が二本しかない蜥蜴……何処かで見た覚えがあるわね……)

 

「どうかしたの? 膵花ちゃん」

「へ? いや、何でもないよ……」

「そう? ならいいけど……」

 

鈴が考え事をしている様子の膵花に声を掛けた。

 

「オルクス大迷宮のサソリモドキみたいな奴がうようよいるのかよ、これはちょっと厳しいかもな」

 

今のハジメはかなり強いが、それでも勝てるかどうか分からない程の強さと見た。

 

「村をあっという間に壊滅させるような化け物……俺達でも勝てるのかな……やっぱアイツ(辻風)がいないとダメな気がしてきた」

「何を言ってるんだ! 俺達ならやれるはずだ! 何時までも死んだ奴に構うな。どんなに弱音を吐いても、あいつは()()()()()()()()()()()()

 

光輝が弱音を吐いている男子生徒を勇気づけていると、突然膵花が青筋をピキッと音を立てながら浮かび上がらせた。近くで香織と雫、ユエが抑えている。光輝は最近膵花の怒りを買いすぎだと思う。

 

ヘールボップはそんな膵花の様子を見ると、思い出したように尋ねた。

 

「……そうだ、嬢ちゃん! アンタがここにいるなら、白狐もここにいるんだろ?」

「白狐……来君なら今ここにはいないけど……」

「ちっ、いないのかよ……だけどアイツのことだ、どっかで生きてるだろ」

 

二人の会話に全員ついていけていなかった。

 

「おい膵花、白狐って……」

 

また光輝がヘールボップに殴られた。ハジメ一行はまた吹き出した。

 

「おいアンタ、何人妻を呼び捨てにしてんだい! 嬢ちゃんはアンタのもんじゃないだろうが!! それに、アイツ(白狐)はそう簡単には死ぬような軟じゃないよ!!」

「いやしかし……」

「アンタにアイツの何がわかるってんだい! アイツは、想い人の為なら命だって平気で投げ出すような奴だよ! 元々の運がいいんだろう、それでもしぶとく生き残るんだ……アイツが死ぬなんて天地が裂けても有り得ないね」

 

光輝達よりも来と知り合った時間の方が圧倒的に長い。ちなみにヘールボップの想い人は同じパーティを組んでいた魔術師の青年である。

 

「ヘールボップさん、ここは私達に任せて、貴女は戻って下さい」

「そうかい、なら頼むよ。絶対死ぬんじゃないよ!!」

 

ヘールボップはギルドに報告しに村を後にした。

 

「さて、我々は探索の続きだ。ここから東西に二つ村がある、永山達は西の村を、檜山達は東の村の様子を見に行って来てくれ」

 

メルドの指示で永山達は西の村へ、檜山達は東の村へ向かった。残った者はこの村を探索する。

 

 

「大小様々な足跡が残っている……どうやら複数体いるようだ。用心して掛かれ」

 

村中の至る所にに足跡が付けられている。一部はベヒモスよりも大きいものもいるようだ。

 

光輝達が村跡をしばらく散策していると、ユエが何かを見つけた。

 

「んっ……見て……骨が……いっぱい……」

 

村跡の中央に意図的に掘られた窪みが開いていた。窪みの中には魔物が今まで喰らったであろう獲物の白骨死体が散乱していた。その中には金ランクの冒険者のものも入っていた。

 

「これはまるで生き物の縄張りだな」

 

窪みにはいくつもの穴が開いており、言うなれば土竜の巣だ。

 

「それにしたっておかしいわね」

「雫ちゃん? おかしいって、どういうこと?」

 

雫は異常にいち早く気づいたが、香織は解らない様子だった。

 

「これだけ人や生き物を食べてるってことは、かなり獰猛なはずよ、例の魔物。でも私達の前に姿を現さない……穴に近づいても何も起こらなかった……おかしいと思わないの?」

「それは……そうだけど……」

「魔物が巣を棄てたってことも……」

「それはないわ。この死体を見て。まだ肉が付いてる。これは捕食されてからそんなに時間が経ってないってことなの」

 

今日の雫はいつになく頭が冴えていた。探偵ものの小説をハジメから借りて読んでいたのが役立っている。

 

「あ……ああ……」

 

膵花は魔物の巣を見て、突然震えた声を出した。

 

「どうかしたの? 膵花ちゃん」

 

香織が声を掛けるも膵花はじっと巣を凝視していた。そしてメルドに訊ねた。

 

「おかしなことを聞きますが、その目撃者が魔物を見たのは、何時の時間帯ですか?」

 

膵花は一連の事件の犯人が判ったようだ。だがその他の者達がついてこれていない。

 

「ああ……たしか、陽が沈んだ後だったそうだが……それがどうかしたか?」

「やっぱり……」

 

膵花は確信していた。間違いない、犯人は奴しかいない。

 

「やっぱりって、一体何のことだ?」

 

今度はハジメが尋ねる。ハジメは図書館で魔物の本を読み漁っていたから大抵の魔物なら知っている。

 

「村を壊滅させた魔物……あれはおそらく新種の魔物だと思う。ハジメ君、この魔物に見覚えがある?」

 

膵花は目撃情報を参考に地面に描いた絵を指し示した。後ろ脚の無い蜥蜴の姿をしている。

 

「ん? 見覚えが無いな……映画に出て来る怪獣か何かか?」

「ハジメ君は図書館で魔物についての本を私と一緒に読んだから、大抵の魔物なら対処法を知ってるの。でもハジメ君が知らないっていうから、本には書かれていない未知の魔物だというのが判るでしょ?それに、陽が沈んだ後に姿を見たという証言と今私達が探している昼間には全く姿を現さない……これが何を意味しているか解る?」

「あっ!」

 

どうやらハジメは解ったようだ。

 

「その魔物は夜の間にしか活動しないってことか?」

「正解」

「それじゃあ私達は夜になるまでここで待たないといけないの!?」

「本当に討伐できるのかな……」

 

鈴が怯えた様子で声を上げた。恵里もそれに続く。そこへ光輝が二人を鼓舞しようとする。

 

「魔人族め……こんな恐ろしい魔物を操って沢山の人を殺すなんて……許せない! 大丈夫だ皆、俺達ならきっと討伐できるはずだ!」

 

そこへハジメの鉄拳が入る。

 

「まだ魔人族が絡んでいると決まったわけじゃないだろ。あれを見てみろ、食い散らかされた死体が一か所に集まってる。それに、相手は未知の魔物だ。お前の根性論で俺達まで全滅させる気なのかよ」

「何だと……それじゃあお前は俺達じゃ勝てないって言いたいのか!?」

「ああ、お前みたいな奴なら真っ先に餌食になるのがオチだ」

 

ハジメはこれでもかと言わんばかりに光輝を煽る。ハジメの言う通り、窪みには一か所に人の骸が捨てられている。比較的村の規模は少ないが、明らかに村の人口を超えている。東西二つの村にもこういった廃棄場があるのなら、これは紛れもなく此処を住処にしている印。魔人族が繰る魔物なら勿論そんなことをするはずがない。魔人族が魔物を此処に住み着かせる理由がないのだ。それをするくらいなら他の村を襲撃させるはず。

 

そこへ一人の騎士が窪みの穴から出てきた。

 

「団長! 村跡の魔物の巣は地下で繋がってます!」

「何!? 他の者はどうした?」

「それが……例の魔物と地下で交戦中でして……」

 

メルドは青ざめた様子で指示を出した。

 

「お前ら、今すぐ巣穴を通って地下へ急ぐぞ!」

 

光輝達は窪みの穴から魔物の巣に入っていった。

 

 

時を遡って光輝達が探索を開始した頃、永山達は西の村に到着していた。

 

「な、なんだこれは……」

 

西の村も酷い有様だった。建物は全て瓦礫と化し、無数の足跡が付けられている。そして霧に覆われていて視界が悪い。

 

「あっ!?」

 

遠藤浩介が声を上げる。

 

「どうした!?」

「今、瓦礫の間を何かが通ったんだ。かなりデカいぞ!!」

 

永山が浩介の指差す方向に目をやるも、何もいない様子だった。

 

「何もいないぞ? 本当に通ったのか?」

「本当だ! 瓦礫の間を凄いスピードで…」

 

瞬間、地面が崩れ、永山達は地下へ落ちてしまった。

 

 

地下に落下してしまった永山達は檜山達と合流し、魔物が掘ったであろう地下空洞で魔物と交戦中だった。魔物の見た目は証言通り二本腕の大蜥蜴で、地面を滑るように素早く移動するため、攻撃を当てるのが非常に困難である。

 

「くそっ、こいつら速過ぎる!」

 

永山は攻撃を一つも当てられないことに苛立ちを感じていた。こちらがいくら攻撃しようと、相手はそれを悉く躱してしまうのだ。

 

(不味い……このままじゃ全滅してしまう……)

 

その時、鋭い音が二度空洞に響き、蜥蜴に命中した。蜥蜴は音がした方向に向かって吠えた。

 

「……あれは……!?」

 

永山達の許へ真っ先にハジメが駆けつけた。

 

ハジメはドンナーとシュラークを仕舞い、背中のレオに手を掛けた。そして蜥蜴へ向かって勢いよく飛び掛かった。

 

「砕け散れ!!」

 

蜥蜴の首筋にレオの刀身が喰い込み、ハジメがトリガーを引くと爆発が起こった。蜥蜴は地面に倒れ込み、ハジメは無傷で着地した。

 

「南雲!」

「こいつらは俺達が殺る。お前達は援護に回れ」

 

ハジメの指示で永山達は最前線から退いた。それと入れ替わるように香織、雫、ユエ、膵花、光輝、龍太郎、恵里、鈴が前に出る。

 

「妖術 〝油霧〟!」

 

膵花が〝油霧〟を発動させ、味方の炎属性の攻撃魔法の威力を強化する。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟」」」

 

香織、恵里、鈴の放つ攻撃が蜥蜴を包み込み、文字通りの圧倒的火力で焼き尽くした。

 

(やっぱり地下で生活できるように進化したせいで炎属性に弱くなってる……)

「おい、蜥蜴はあとどれくらいいる?」

 

ハジメが永山に聞いた。

 

「さっき焼き殺した奴も含めて残りはあと五体だ」

 

今この空間に二体、無数の穴のどれかに三体、この調子ならすぐにでも討伐できそうだった。ところが、蜥蜴達は突然攻撃を止め、穴に入っていった。

 

「何だ? 急に動きが変わったぞ」

「恐らく、外はもう夜なんじゃないかと思う」

 

永山達も加え、一行は来た穴を戻っていく。外へ出ると既に日は落ちている。

 

「早く奴らを見つけないと周りの村にも被害が出るぞ」

「それは多分無いわ。奴らは私達をこの窪みに誘い込んで一網打尽にする気みたい」

 

膵花の読み通り、一行は大小五体の魔物に囲まれていた。〝油霧〟の効果はまだ継続中である。

 

(ん? 様子が変だ……()()してるぞ……!)

 

永山は蜥蜴同士が吠え合っている様子に何か気づき、皆に警告する。柔道をやっていた為、相手の動きを読むことができる。

 

「こいつらは会話をする程知能があるぞ! 何か罠を仕掛けているかもしれない」

 

永山の警告を聞き、メルドが的確な指示を出す。やはりこういった司令塔はメルドの方が適任だと、ハジメは感じた。

 

「よし、聞いたかお前達! 奴らは知性を持っているようだ。ならば我々もそれ相応の策を見せつけてやれ! 永山達は比較的小柄な三体を相手どれ! 残る大柄な二体は俺達がやる」

 

永山達は散り散りになり、蜥蜴の方はそこそこ機動力の高い方である四、五メートル台の三体を差し向けた。

 

残った大型の個体のうち、二十七メートルともう一方と比べて少し小さめの個体が尾を振って来た。それを盾役の龍太郎が防御する。

 

「今だ!」

 

龍太郎の合図で膵花が飛び出した。それと同時に光輝も技を発動させる。

 

「飛沫ノ舞 〝稜鱗(ぜいご)削ぎ落とし〟!!」

「万翔羽ばたき 天へと至れ 〝天翔閃〟!」

 

刀身に水を纏わせ、膵花が蜥蜴の背中を切り裂き、光輝の放った光刃が蜥蜴の腹を斬りつけた。

 

「「「ここに焼撃を求む 〝火球〟!」」」

 

魔法組が威力強化された火球を放つ。蜥蜴の方は着実にダメージを負っている。

 

「ユエ!」

「ん……〝蒼天〟」

 

ハジメは銃弾を放ち、ユエは上位の攻撃魔法、〝蒼天〟を放つ。二つの銃弾と青い炎が合わさり、蜥蜴の魔物を射抜いた。蜥蜴の身体は心臓の位置に風穴が開き、そのまま地面に倒れ伏した。

 

 

一方、永山達の方では、檜山達小悪党組が三体の蜥蜴に攻撃を仕掛けていた。だが、碌に訓練をしていなかったことが祟り、中野、斎藤、近藤が尾で殴り飛ばされた。残った檜山は三体の魔物に穴の方へ追い詰められていた。そして、三体が穴の方へ咆哮を放つと、永山達の方へ向かって行った。

 

「!?」

 

檜山が後ろを振り向くと、穴の中から五メートルの蜥蜴が途轍もないスピードで檜山に飛び掛かった。無抵抗のまま蜥蜴に捕まり、牙が檜山の身体に深く食い込んだ。

 

「だ、誰が……だずげでぐれぇ~!」

 

牙が鋭かったことが災いし、あっという間に致命傷を負った。檜山は必死に助けを懇願するも、他の仲間は三体の蜥蜴に囲まれてそれどころではない。

 

「な、なんでおれがここでしななぎゃならねぇんだよ!」

 

檜山を救助する余裕がないのか、それとも檜山を救出する気なんて無いのか、檜山には判らない。橋の上でハジメを痛めつけるはずが、ハジメではなく来が重傷を負い、奈落へ落ちてしまった。檜山はあれは事故だ、と自分に言い聞かせて罪悪感から逃れてきた。そのツケが今頃回って来たのだろう。

 

「それもこれも全部南雲と辻風(アイツら)のせいだぁ!!!」

 

これがクズの極みである。どす黒い声で『とっととくたばれ糞野郎』と言い放たれそうなほどのゴミである。

 

そこへ()()()()火球の流れ弾が蜥蜴を直撃し、檜山は蜥蜴から解放された。だが出血量が酷く、既に虫の息状態であった。吹き飛ばされた三人はまだ死んでいない。

 

近くでは一番大きな個体がハジメ達と戦っている。永山達は三体の蜥蜴を何とか倒し、檜山達の回収に向かう。

 

 

永山組が小悪党組の治療を行っている一方、ハジメ達は残った一体を相手取っていた。龍太郎が頭に向かって一撃喰らわせようと飛び掛かるも、腕で叩き落とされた。

 

「龍太郎!!」

 

幸いにも龍太郎は一命を取り留めていたが、かなりの重傷を負っている。

 

「貴様……よくも龍太郎を……許さない!」

 

光輝は怒りを露わにし、無謀にも龍太郎と同じように飛び掛かる。

 

「【万翔羽ばたき 天へと至れ 〝天翔閃〟】!」

 

「ちっ、あのバカがッ!!」

 

ハジメは誰一人欠けさせない為にも渋々光輝を救うべくドンナーとシュラークを蜥蜴に向ける。蜥蜴は無謀な光輝を嘲笑するがごとく舌なめずりをし、顎門を大きく開く。

 

「喰らえ!」

 

ハジメの声と共に二丁の拳銃が火を噴いた。〝纏雷〟で勢いよく射出された二つの弾丸は蜥蜴の喉笛と右目を破壊した。

 

「ギェェェェェッ!!?」

 

蜥蜴は断末魔を叫びながら地面をのたうち回る。光輝が放った光刃は暴れる蜥蜴の脇腹を大きく裂いた。切り傷から血が勢いよく噴き出す。

 

「よし、やったな」

 

光輝はもうじき魔物は死ぬと思い、香織、雫、膵花の許へ向かう。が、三人の顔は恐怖で引き攣った。

 

「ん? どうしたんだ三人共。俺の顔に何か付いてるの……か……!?」

 

光輝が後ろを振り向くと、大量出血しながらもしぶとく生き延びた蜥蜴が光輝を睨んでいた。

 

(まずい……このままでは三人が殺されてしまう! そうならないために俺が倒すしか……)

 

光輝が聖剣を構えると、突然蜥蜴は動きを止めた。空が徐々に明るくなっていく。光輝達が動きを止めている間に蜥蜴は地面を掘り、そのまま地下へ姿を消してしまった。

 

「……一体逃したか」

「大丈夫だよハジメくん! 次出てきた時に倒せばいいから」

 

ハジメは蜥蜴を取り逃がしたことに苛立ち、香織に宥められながらドンナーとシュラークを仕舞う。

 

「魔人族め、あんな化け物を隠し持っていたなんて……絶対許さない!」

「光輝、どうやらこの一件は魔人族とは関係がないようだ」

「どういうことですか?」

「村には魔人族のいた痕跡が残っていなかった。もし本当に魔人族がさっきの魔物を操っていたのなら、被害がそれほど広がらなかったのは不自然だ。それに、三つの村の人口を合わせても骨の数の方が圧倒的に上回る。恐らく、ここで狩りを続けていたんだろう。魔人族には、ここに留まっておく理由がないからな」

 

蜥蜴の魔物は明らかにここを住処にしていた。

 

「どうだ? 魔石は回収できたか?」

 

メルドが部下に魔石を採取できたか確認を取ったが、部下の一人が青ざめた様子で報告をする。

 

「団長、胃袋から冒険者が持っていたと思われる魔石が見つかりました。ですが、こいつ自体には魔石がありません!」

「何だと? 砕けたんじゃないのか?」

「いえ、胃袋以外からは魔石の欠片一つ見つかりませんでした。間違いなくこいつには魔石が存在しません! こいつは、魔物とは別の生物です!」

 

蜥蜴の胃袋から魔石が見つかった。だがそれ以外からは見つからなかった。これは蜥蜴が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

魔石が見つからなかったことを聞いた膵花は香織達が心配するほどに震え上がっていた。

 

「そんな……なんでそいつがいるの……」

 

魔石を持たない怪物、その名は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…『ターツェル』……




解説

ターツェル(ヌマスベリ)
Tharzel

脚が二本しかない夜行性の蜥蜴型のモンスター。本来は水辺に生息するが、トータスに住み着いた個体は地下に住処を移した。

二本の腕で地面を滑るように移動する。移動速度はとても速く、一度狙いを付けられたら逃げ切れないと思ったほうがいいだろう。

雷属性が弱点だが、地下での生活に適応した結果、雷属性を克服したがその代わりに炎、水属性が弱点となってしまった。


次回
第十七閃 亜人族との対峙


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第十七陣 亜人族との対峙

キャラクター紹介

名前 白崎香織
性別 女性
年齢 17歳
身長 163㎝
体重 62㎏
天職 治癒師
得意武器 杖
得意属性 回復魔法
好物 ケーキ

ハジメサイドのメインヒロイン。来と膵花が八重樫流道場に通っている為、二人とは知り合いである。雫、膵花とは親友。光輝から好意を寄せられているが、本人はハジメ一筋である。
性格は基本的に温厚だが、ハジメのことになると、周りの目を気にすることなくハジメといちゃつく。(膵花はもっとヤバい)
本作では来の書き残した手紙を読んだ後、ハジメから告白され、晴れて恋人同士となる。雫は羨ましがっていたが、香織は雫もハジメの嫁の仲間入りしてもいいと思っている。ユエとは良好な関係を築いている。(但し正妻の座を譲る気はない)


樹海の中を人間族と亜人族が共に歩いている光景に、目の前の虎の亜人はカム達に裏切り者を見るような眼差しを向けた。手には両刃の剣が握られている。周囲を数十人の亜人族が殺気を向けて包囲している。

 

「あ、あの私達は……」

「ここは僕が」

 

カムが何とか誤魔化そうとすると、来に止められた。虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれた。

 

「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! 最早弁明など聞く必要もない! 全員その場で処刑する! 総員かッ!?」

 

虎の亜人が攻撃命令を下そうとした瞬間、来の腕が一瞬ぶれ、一条の閃光が虎の亜人の頬を掠めた。

 

音も無く虎の亜人の頬に切り傷を作り、なおかつどこから攻撃されたのかも分からない……いや、攻撃を受けたとも思わない程の神速の攻撃に誰もが硬直する。

 

虎の亜人の耳元で来は囁く。何時の間にか視界から来の姿が消えていた。

 

「お前らの場所は既に把握済みだ。何処にいても僕の目から逃げられると思うなよ?」

「な、なっ……何時の間に!?」

 

視認不可能な攻撃を受けた上、味方の場所も把握されてしまっていることを知り、吃ることしかできなかった。霧の向こう側にいる虎の亜人の腹心の部下がいる場所に来が剣先を向けていることがそれを証明している。

 

「ハウリア族は僕の連れだ。お前らが彼らを殺そうというのなら、その前に僕がお前らを殺す」

 

殺意と強大な圧迫感が虎の亜人を襲う。冷や汗を大量に流しながら喚きだしそうな自分を必死に抑えるしかない。

 

(嘘だろ!? こんな、こんなものが人間だというのか!? 完全に化け物の類じゃないか……!)

「何初対面の人を化け物扱いしているんだ? これでも一応人間だからね?」

 

思考まで完全に読まれてしまった。顔面どころか身体中真っ青な虎の亜人は失神寸前だった。それでもなおまだマシな方で、最悪心臓発作を起こして死に至ってしまうかもしれなかった。ハウリア族の方まで震え上がっており、既に何人か気を失っていた。

 

「文字通り尻尾巻いて家に帰るのなら、さっきのことは水に流そうじゃないか。それでも敵対するというのなら……どうなるか解ってるよな?」

 

攻撃命令を下した瞬間、確実に殺される。虎の亜人はそう確信した。これでもフェアベルゲンの第二警備隊隊長である。この仕事に誇りと覚悟を持っていたので、たとえ部下が全滅しようが安易に退くことはできなかった。

 

「……その前に、一つ聞きたい」

 

掠れそうな声を絞り出して来に尋ねた。

 

「……何が目的だ?」

 

端的だが、返答次第ではここを死地と見定めて身命を賭す覚悟を感じ取ることができた。亜人達やフェアベルゲンに危害を加えるのならたとえ全滅してでも一矢報いると不退転の意志を込めて来を睨みつける。

 

「樹海の深部にある、大樹の下へ行きたい」

「大樹の下へ……だと? 何のために?」

 

神聖視されているが、大して重要視されていない〝大樹〟が目的と言われ、虎の亜人は若干困惑していた。

 

「そこに、真の大迷宮への入口があるはずだ。僕は七大迷宮を廻って旅をしている。ハウリア族は案内のために協力して貰っている」

「真の大迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰ることも叶わない天然の迷宮だ」

「は? 何を言っている」

「なんだと?」

 

虎の亜人は訝しげに問い返す。

 

「そもそも七大迷宮を攻略すること自体、非常に難易度が高い。もしこの樹海そのものが七大迷宮の一つなら、亜人族は全員攻略者、ということになる。だが、亜人族だけが容易く迷宮を攻略して神代魔法を会得してもそれは不公平だし、元々魔力を持たない亜人族には神代魔法は宝の持ち腐れだ。七大迷宮というには樹海の魔物が弱すぎる。七大迷宮とは〝解放者〟が遺した試練だ。樹海そのものが七大迷宮だと?笑止千万。全く持って試練になっていない」

 

虎の亜人は困惑していた。樹海の魔物を弱いと断じることも、亜人族が容易に深部に行けるなら試練になっていないということも、解放者というのも、迷宮の試練とやらも、全てが聞き覚えの無い言葉ばかりだ。普段なら〝戯言〟と切り捨てているだろう。

 

だがしかし、来は適当なことなど何一つ言っていない。圧倒的に優位に立つ者がこの場で言い訳を言う訳が無い。その証拠に確信に満ちていて言葉に力がある。本当に大樹自体が目的だというのなら、部下の命を無意味に散らすより、目的を果たさせてすぐさま立ち去ってもらうほうがいい。しかし、これほどの脅威を野放しにすることもできない。虎の亜人にとってこの一件はあまりに荷が重すぎる。虎の亜人は来に提案した。

 

「……お前が、国や同胞に危害を加えないというのなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけにはいかないからな」

 

周囲の亜人族達に動揺が広がった。樹海の中で、侵入してきた人間族を見逃すということ自体、異例なのだ。

 

「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断じゃない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っておられる方もおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

 

この提案は限界の瀬戸際の譲歩だ。樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑される。本当なら今すぐにでも処断したくて仕方ないはず。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失うことになる。それを避け、かつ、来という危険を野放しにしないための瀬戸際の提案。

 

来は、部下思いの良い人だと、感心した。今ここで虎の亜人達を殲滅すればデメリットの方が圧倒的に大きいし、そもそも殲滅する気などない。ただ大樹の下へ行きたいだけである。

 

「……承知した。先程の言葉、曲解せずに素のまま伝えてくれ」

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」

 

虎の亜人の言葉と共に部下の一人が霧の奥に消えていった。来は、それを確認すると、構えていた〝舞鱗〟を回転させて鞘に仕舞い、警戒を解いた。空気が一気に弛緩する。それに、ホッと一息吐くと共に、あっさりと警戒を解いた来に訝しそうな眼差しを向ける虎の亜人。中には、〝今なら!〟と臨戦態勢に入っている亜人もいる。それに気づかないはずもなく、不敵な笑みを零す。

 

「お前達が攻撃するよりも早く、お前達の頸が飛ぶことになるが……それでもいいのか?」

「……いや。だが、下手な動きはするなよ?我らも動かざるをえない」

「解っている」

 

包囲はそのままだが、ようやく一段落着いた。カム達にも安堵の息が漏れた。だが、彼らに向けらる視線は、来に向けられるものより厳しいものもあり、居心地は相当悪そうだ。

 

しばらく重苦しい雰囲気が周囲を満たすが、そんな雰囲気に耐えられなくなったのか、それとも場を和ませるためか、シアがちょっかいを出し始めた。苦笑いしながら相手をする来に、少しずつ空気が弛緩していく。敵地のど真ん中だというのに、いきなりイチャつき始めた(ように亜人達には見えた)来に呆れの視線が無慈悲にも突き刺さる。何度も言うが、来には膵花という最愛の妻がいる。

 

時間にして一時間程して、急速に近づいてくる気配を感じ取った。

 

場に再び緊張が走る。

 

霧の奥から数人の新たな亜人達が現れた。彼らの中央にいる初老の男、彼こそが虎の亜人が言っていた長老の一人なのだろう。流れる美しい金髪に知性を備える碧眼、その身は細く、ターツェルの鼻息で吹き飛んでいきそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分皺が刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなり美しさを引き立てる。何よりも特徴的なのが、その尖った耳である。彼は、恐らく森人族(エルフ)なのだろう。

 

「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」

「来、辻風来と申します」

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。〝解放者〟とは何処で知った?」

「オルクス大迷宮の奈落の底に位置する、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家です」

 

フェアベルゲンでは解放者という単語と、〝オスカー・オルクス〟という人物の名は長老達と極僅かな側近しか知らない。アルフレリックは内心驚愕していた。

 

「ふむ、奈落の底か……聞いたことがないがな……証明できるか?」

 

証明しろと言われ、取り敢えず隠れ家にあったオスカーの遺品や非常に純度の高い魔石を〝板葛籠〟から取り出した。

 

「こ、これは……こんな純度の魔石、見た事がないぞ……」

 

アルフレリックの隣に立つ虎の亜人が思わず声を上げた。

 

「そしてこれがオスカー・オルクスが着ていたコートと付けていた指輪です」

 

確かに来はオスカー・オルクスの骸が羽織っていた衣服を借用している。そしてオルクスの指輪も指に嵌めているままだ。指輪に刻まれた紋様を見てアルフレリックは目を見開いた。そして、落ち着かせるようにゆっくり息を吐く。

 

「なるほど……確かに、オスカー・オルクスの隠れ家に辿り着いたようだ。他にも気になるところがあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

周囲の亜人達だけでなくカム達ハウリアも驚愕の表情も浮かべた。虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声が上がる。かつてフェアベルゲンに人間族が招かれたことなどなかったから、無理もない。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

「ありがとうございます……ん? 滞在?」

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ。……亜人族ならだれでも知っているはずだが……」

「……は?」

 

来は案内役のカムの方を見た。そのカムはと言えば……

 

「あっ」

 

まさに、今思い出したという表情をしていた。これには流石の来も額に青筋を浮かべてしまう。

 

「……カムさん?」

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったと言いますか……」

 

しどろもどろになって必死に言い訳するカム。しかし来のジト目に耐えられなくなり、遂に逆ギレを起こした。

 

「ええい、シア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期のことは知っているだろ!」

「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」

「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

 

シアの逆ギレ返しを皮切りに他の兎人族達も目を逸らしながら責任を擦り付ける。

 

「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! 来殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」

「バカモン! 道中の、来殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人で罰を受けるなんて絶対に嫌だ!」

「あんた、それでも族長ですか!」

 

亜人族の中でも情の深さは随一の種族である兎人族。その彼等が、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。

 

(情の深さは何処に行った……)

 

青筋を浮かべた来が一言、ハウリア達の許に歩み寄る。

 

「もしもーし、聞こえますか?」

 

来に気がついたハウリア達の表情が引き攣る。

 

「まっ、待って下さい、来さん! やるなら父様だけを!」

「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」

「何が一緒だぁ!」

「来殿、族長だけにして下さい!」

「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」

 

喧々諤々に騒ぐハウリア達に鉄槌が下されようとしていた。

 

「……こんなところで揉めてないで、早く行きますよ」

「「「「「はい……」」」」」

 

揉めていたハウリア達を抑え、再び歩き出したのだった……




次回
第十八閃 運命の会議


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第十八陣 運命の会議

キャラクター紹介

名前 八重樫雫
性別 女性
年齢 17歳
身長 173㎝
体重 63㎏
天職 剣士
得意武器 刀
得意属性 風
好物 パフェ

ハジメのサブヒロイン。来、膵花、光輝とは同じ剣道仲間。ただし光輝に恋愛感情は抱いていない。かつて虐めを受けていたが、光輝に一度だけ救われ、その後も陰湿な嫌がらせを受け続けていたところを来と膵花に救われた。そのため雫にとって来と膵花は最も信頼できる人物の一員である。
ハジメとはそれなりに親しいが、来の手紙を読んでからはハジメを少しずつ意識するようになる。
本作ではハジメの作った刀を使用する。だが最初に渡された際、性能があまり高くなかった為、度々改良してもらっている。いつかは伝説級の一振りを手にしたいと思っている。


ハウリア達を連れて、来は濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進む。

 

行き先は勿論フェアベルゲンである。来とハウリア族、アルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて一時間程歩いている。ザムという名の伝令は相当な俊足だが、それでも来には敵わないだろう。

 

しばらく歩いていると、突如、霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても一本真っ直ぐなトンネルが出来ているだけだった。よく見れば道端に誘導灯のごとく青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。そこを境界線に霧の侵入を防いでいた。

 

「あの青い結晶は一体?」

「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は、〝比較的〟という程度だが」

「成程、四六時中霧の中では気が滅入るだろうし、住んでいる場所くらい、霧は晴らしたいですよね」

 

樹海の中であっても街の中は霧が無い。

 

そうこうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の十メートル程の両開きの扉が鎮座していた。天然の防壁は高さ三十メートル以上ある。まさに、亜人族の〝国〟に相応しいものである。

 

ギルが門番らしき亜人に合図を送り、重い音を立てて扉が僅かに開かれる。周囲の樹の上から来達に視線が突き刺さる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようだ。アルフレリックがいなければ、ギルであっても一悶着あったかもしれない。その辺りも予測して自ら出てきたのだろう。

 

門を潜ると、そこは別世界だった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

 

来がその美しい街並みに見蕩れていると、アルフレリックが声を掛けた。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

 

アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。来は、そんな彼等の様子を見つつ、素直に街並みを称賛した。

 

「ええ、ここは綺麗な街です。空気も澄んでいて、見事に自然と調和してますね」

 

掛け値なしの率直な称賛に、流石にそこまで褒められるとは思っていなかったのか、亜人達は少し驚いた様子だ。皆そっぽを向いているが、獣耳と尻尾は正直だった。

 

来達は、フェアベルゲンの住人に好奇と忌避、困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながらもアルフレリックが用意した場所に向かった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……成程、試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

「この世界は亜人族に厳しいのかもしれませんね」

「何を今更……」

 

亜人族には神への信仰心など全く無かった。あるとすれば自然への感謝の念である。

 

来の話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟を話した。それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。

 

その口伝は【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創設者、リューティリス・ハルツィナが、自分が〝解放者〟という存在である事と、仲間達の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲン建国前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えていったのだという。敵対してはならないというのは、迷宮の攻略者が途方もない力を有しているからである。

 

オルクスの指輪の紋様と同じものが大樹の根本に建てられた石碑に刻まれている。だからアルフレリックが指輪に反応したのだ。

 

「それで、僕は資格を持っているんですね」

 

アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由がわかった。しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っているわけではないはずなので、今後の話をする必要がある。

 

来とアルフレリックが話を詰めようとした時、シア達ハウリア族のいる階下が騒がしくなった。どうやら彼女達が誰かと争っているようだ。二人は顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

 

階下では、大柄な熊の亜人や虎の亜人、狐の亜人、背中から翼を生やした亜人、小さく毛深い亜人が剣呑な眼差しでハウリア族を睨みつけていた。部屋の隅でカムが必死にシアを庇っている。二人共頬が赤く腫れているから既に殴られた後のようだ。

 

来が階段から降りてくると、彼等は一斉に鋭い視線を送った。熊の亜人が激情を抑えながらも剣呑さを声に乗せて発言する。

 

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

拳が震えている。やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の仇。加え忌み子とそれを匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。

 

しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

 

あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そして来を睨む。

 

今この場にいる亜人達は当代の長老達。だが口伝に対する認識には差があった。

 

アルフレリックは口伝を重視する方だったが、他の長老達は少し違うのだろうか。平均寿命が百年の亜人族でもアルフレリックは特に長命な森人族である。森人族の平均年齢は二百年程。眼前の長老達とアルフレリックでは年齢が異なり、その分、価値観にも差があるのだろう。

 

そのような理由もあり、アルフレリックを除く長老衆は、この場に人間族や罪人がいることに我慢ならないようである。

 

「……ならば、今ここで試してやろう!」

 

熊の亜人が突如、来に向かって突進してきた。あまりに突然のことで周囲は反応できていない。アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いている。

 

一瞬で間合いを詰められた来。しかし、彼の姿は一瞬ぶれ、黄金の瞳を熊の亜人に向けて一睨みする。熊の亜人はこの人間族の気配が突然変わったことに驚き、拳を引っ込める。

 

「なっ!? 馬鹿な……この小僧……確実に何かを隠している……!」

 

熊の亜人は獣の勘で来の隠している実力の一端を読み取った。そして突然白目を剥き、床に倒れ伏した。来は熊の亜人の首筋に刺さっている針を丁寧に抜いた。

 

「なっ……貴様……よくもジンを……」

 

傍から見れば、熊の亜人を毒殺したように見えるだろう。だが、その予想は外れた。

 

「殺してはいない。さっき刺したのは麻酔針だ。ダイヘドアやハイベリアですら一発で気絶してしまうであろう程の強力な麻酔薬を塗ってある」

「何……!?」

 

麻酔薬はオルクス大迷宮で遭遇した蛾の鱗粉から作ったものである。針一本分で丸一日は眠り続ける程の効能がある。

 

「それで? 他に僕に挑もうという者はいるのか?」

 

その言葉に、頷ける者はいなかった。

 

 

来が熊の亜人を戦闘不能(昏睡状態)にした後、彼による蹂躙劇が始まる、他の亜人達はそう思った。だが、蹂躙劇が始まることは無かった。熊の亜人の方は昏睡状態に陥っただけで、身体の方は損傷が見られなかった。もっとも、トラウマで二度と戦えなくなるだろうが。あの後熊の亜人の長老、ジンは部屋に籠るようになり、来に絶対に敵対してはならないこと(口伝に従ったからではなく、来に対し恐怖を覚えたから)と、来が死ぬまで絶対に外に出ないことを同族達に伝えたという。

 

そして現在、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族(ドワーフ)のグゼ、そして森人族のアルフレリックが、来と向かい合って座っていた。来の傍らにはシアが座り、その後ろにハウリア族が固まって座っている。

 

戦闘力では一、二を争う程の手練れだったジンが文字通り手も足も出ることなく瞬殺されたことに、アルフレリックを除く長老衆の表情緊張感で強張っていた。

 

「そちらの仲間を再起不能にしてしまったことは詫びる。あちらが先に攻めてきたとはいえ、彼には申し訳ないことをした」

「き、貴様! ジンはな! ジンは、いつもこの国のことを思って!」

「だからといって、それが初対面の相手を問答無用に殺していい理由にはならない」

「そ、それは! しかし!」

「それとも……」

 

ジンにやったように再び黄金の瞳でグゼを睨みつける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ぐっ……」

「グゼ、気持ちは解るが、そのくらいにしておけ。彼の言い分は全くの正論だ」

 

アルフレリックの諫めの言葉に、立ち上がりかけたグゼは表情を歪めて音を立てて座り込んだ。そしてそのまま、黙り込んだ。

 

「確かに、この少年は紋章の一つを所有しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼を口伝の資格者と認めるよ」

 

糸のような目で来を見てルアが言った。その後、他の長老はどうするのかと周囲を見渡す。

 

その視線を受け、マオ、ゼルも相当思うところがあるようだが、同意を示した。代表してアルフレリックが来に伝える。

 

「辻風来。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

「必ずしも絶対……とは言えない……か」

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。アイツは人望があったからな……」

「それで、貴方は結局何が言いたいのですか?」

 

すべきことをしただけであり、すべきことをするだけだ、という意志が黄金の瞳に宿っている。アルフレリックはその意志を汲み取り、長老として同じく意志の宿った瞳を向ける。

 

「お前さんを襲った者達を殺さないでほしい」

「殺しはしないが、ハウリア達に危害を加えるというのなら、しばらく眠ってもらう」

 

麻酔薬には致死性はないが、強者ですら一発で眠ってしまう程の効能がある。だから、麻酔で無力化すれば少なくとも命は助かる。来は、アルフレリックの頼みを取り敢えず聞き入れることにした。

 

だが、ゼルが口を挿み、再び来と長老衆との間に緊張が走る。

 

「悪いがそいつらは罪人だ。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したようも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

 

ゼルの言葉にシアは泣きそうな表情で震え、カム達が一様に諦めたような表情をしている。情が深い為、誰もシアを責め立てなかった。

 

「長老様方! どうか、どうか一族だけはご寛恕を! どうか!」

「シア! 止めなさい! 皆、覚悟は出来ている。お前には何の落ち度もないのだ。そんな家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めたことなのだ。お前が気に病む必要はない」

「でも、父様!」

 

シアは土下座しながら必死に寛恕を請うが、ゼルの言葉に慈悲などない。

 

「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな」

 

自分だけではなく、家族まで処刑されてしまうことに耐え切れず、シアはとうとう泣き出してしまった。カム達が優しく慰めるも焼け石に水。ハウリア達の情の深さが自分達の首を絞めてしまった。

 

「そういうわけだ。これで、貴様が大樹に行く方法が一つ途絶えたわけだが? どうする? 運よく辿り着く可能性にかけてみるか……」

 

ゼルの言葉を一振りの刀が遮った。だがそれは、亜人達が見ている幻に過ぎない。実際は黄金の瞳で睨んでいるだけだった。

 

「悪いがハウリア達は誰にも殺させないって決めてるんだ」

 

ハウリア族を全員処刑するというゼルの言葉に、遂に来が激昂する。

 

「シアが忌み子だと? 巫山戯るな! 彼女はフェアベルゲンの希望と為り得る存在だ!! 今お前らがしようとしていることは、いずれフェアベルゲンを脅かすことに繋がるかもしれないんだぞ!! だが、ここで俺が何を言おうがハウリア族の処刑が覆ることは無いだろう。ならば……」

 

次の言葉で長老衆だけでなく、ハウリア族まで恐怖と絶望に塗りつぶされた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()!! そして次は貴様らだ」

 

 

シアだけでなく、()()()()()()()が大声で泣き叫んだ。自分達を生かすという約束は、嘘だったのか……同じ亜人族に殺されるのならまだ解るが、異種族、それも自分達の命の恩人に殺されるということが、彼等の心に大ダメージを与える。ハウリア族は命の恩人に裏切られたことに途方もない絶望に苛まれていた。

 

だが、その後に続く言葉は、全員の予想を大きく覆すものだった。

 

「アルフレリック殿、フェアベルゲンの掟で、奴隷として捕まったことが確定した者、樹海の外から帰って来なかった者はどうなる?」

「……死んだ者として扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡と見なして後追いを禁じているのだ」

 

一か八かの大博打に出た。物理的に生かしたまま法的に殺す手段を探していたのだ。そして思った通りその手段は見つかった。

 

「なら、今からハウリア族は全員、僕の奴隷だ。既に死亡したとみなした者を処刑することはできまい」

「んなっ……」

 

来を除く全員が、彼の意味不明な言動に困惑している。

 

「勿論、長老会議の威信が落ちない確証はない。だがシアを見逃すことについては今更だろう」

 

来は両腕の袖を捲り、魔力操作で両手を〝纏雷〟のように雷で纏う。

 

長老衆は、来のその異様に目を見開いた。詠唱も魔法陣も無く魔法を発動したことに驚愕を表にする。それほどの力を有しておきながら、それを一切使うことなくジンを倒したのだ。

 

「魔力を直接操作できるのは、シアだけじゃない。貴方方にとっては化け物だ。だが、口伝では〝それがどのような者であれ敵対するな〟、そうだろう? 掟に従うなら、いずれにせよ化け物を見逃すことになる。シア一人を見逃すことくらい、今更だと思うんだけどね」

 

しばらく硬直していた長老衆だが、やがて顔を見合わせヒソヒソと話し始めた。そして、結論が出たのか、代表してアルフレリックが、それはもう深々と溜息を吐きながら長老会議の決定を告げる。

 

「……ハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、同じく忌み子である辻風来の身内と見做す。そして、資格者辻風来に対しては、敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、辻風来の一族に手を出した場合は全て自己責任とする……以上だ。何かあるか?」

「特にないですけど……忌み子はシアだけじゃないんですね」

「我々にとっては、お前さんもれっきとした忌み子だ。ようやく現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが……」

「気にしないで下さい。全て譲れないとはいえ、相当無茶を言い過ぎました。むしろ冷静な判断を下してくれて感謝しているくらいですよ」

 

アルフレリックは苦笑いするしかなかった。他の長老達はさっさと何処かへ行ってくれ、という雰囲気だった。その様子に肩を竦め、シア達を促して立ち上がった。

 

しかし、シア達ハウリア族は、未だ現実を認識しきれていないのか呆然としたまま立ち上がる気配がない。ついさっきまで死を覚悟していたのに、気がつけば追放で済んでいるという不思議。「えっ、このまま本当に行っちゃっていいの?」という感じで内心動揺しまくっていた。

 

「どうした? 早く行くぞ」

 

来の言葉に、ようやく我を取り戻したのかあたふたと立ち上がり、来の後を追うシア達。アルフレリック達も、門までは見送ってくれた。

 

シアがオロオロしながら来に尋ねた。

 

「あ、あの、私達……死ななくていいんですか?」

「ああ、自由に生きていていいんだ」

「そうですか……その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか……信じられない状況といいますか……」

 

周りのハウリア達も同様なのか困惑した表情をしている。それほどまでに長老会議の決定が絶対的なのだろう。どう処理していいか分からず困惑するシアに来が呟くように話しかけた。

 

「素直に喜べ、バカウサギ共」

 

ハウリア族をバカウサギと呼ぶが、来の顔は、笑っていた。これは親しみを持っている証である。

 

「来さん?」

「……元勇者一行最強と呼ばれた僕に救われたんだ。受け入れてバカみたいに喜べよ」

「……」

 

シアはそっと隣を歩く来に視線をやった。来は前を向いたまま肩を竦める。

 

「……約束、したからね」

「ッ……」

 

シアは、肩を震わせる。樹海の案内と引き換えにシアと彼女の家族の命を守る。シアが必死に取り付けた来との約束だ。

 

元々、〝未来視〟で来が守ってくれる未来は見えていた。しかし、それで見る未来は必ずしも絶対とは限らない。選択肢次第で、いくらでも変わるものなのだ。だからこそ、シアは来の協力を取り付けるのに()()だった。相手は、亜人族に差別的な人間で、シア自身は何も持たない身の上だ。交渉の材料など、自分の〝女〟か〝固有能力〟しかない。しかし、彼は見返りを求めることなく見えた通りに守ってくれた。差別的な視線を一切向けなかった。帝国兵を皆殺しにしてまで守ってくれた。自分達の処刑を回避させてくれた。この世界の人間族の誰もが兎人族の兎耳を汚そうと、彼なら愛でてくれるだろう。

 

一度高鳴ったシアの心臓が再び跳ねた。顔が熱を持ち、居ても立ってもいられない正体不明の衝動が込み上げてくる。それは家族が生き残った事への喜びか、それとも……

 

シアは今の気持ちを衝動のままに全力で表した。

 

「来さ~ん! ありがどうございまずぅ~!」

「うわっ!? いきなりどうしたんだ!?」

 

シアは来に全力で抱きついた。泣きべそを掻きながら絶対に離さないと言わんばかりに顔をぐりぐりと来の肩に押し付けた。その表情は緩みに緩んでいて、頬はバラ色に染め上げられている。

 

 

その頃、トータスの何処かで、妖艶な少女の笑い声が聞こえたような聞こえていないような…

 

「うふふ~、私のものになるまで逃がさないわよ来く~ん♡」

「お前は来を狙う魔女か何かか!? それにあいつはもうお前のもんだろ(心が)!!」

 

 

喜びを爆発させ来にじゃれつくシアの姿に、ハウリア達もようやく命拾いしたことを痛感し、隣同士で喜びを分かち合っている。

 

それを長老衆は複雑な表情で見つめる。そして更に遠巻きに不快感や憎悪の視線を向ける者達もあり。

 

「これはしばらく面倒ごとに巻き込まれるな……」

 

そう呟いた来は苦笑いするしかなかったのであった……




次回
第十九閃 戦闘訓練


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第十九陣 戦闘訓練

どうも、最果丸です。

だらだらと伸ばすのもあれなのでいい加減アンケートを終えます。

皆様の投票の結果、ミレディの追加が決定しました。皆様あんなどうでもいいアンケートに投票してくださりありがとうございました。

オリ主が鱗滝左近次になってしまった……そして安定の駄文です。

キャラ紹介忘れてました。まあこいつならいいか。


キャラクター紹介

名前 天之河光輝
性別 男性
年齢 17歳
身長 178cm
体重 68kg
天職 勇者
得意武器 剣
得意属性 全属性
好物 膵花の弁当(勝手に食べる)

ご存知おバカ勇者。三大女神の中で膵花を一番気に入っているようで(度合は三人共あまり差はない。)、膵花といつも一緒にいる来を敵視している。過去に決闘を申し込んだが、あっさりと破れてしまった。
性格は来と少し似て誰にでも優しいが、光輝の優しさは一度きりで何の解決にもなっていないことが多い。自分の力を正しく把握できていないうえに自分にとって都合の良いようにしか考えることができないという致命的な玉の傷がある。
本作でも安定のバカっぷりを披露した光輝。武器は原作と同じく王国の所有するアーティファクト、〝聖剣〟を使用する。


フェアベルゲンを追われた来率いるハウリア達は大樹近くに拠点を構えていた。拠点とは言ってもさり気無く解析して複製してきたフェアドレン鉱石で結界を張っただけの粗末なものだが。

 

「さて、今から君達に戦闘訓練を受けて貰う」

 

その中で切り株や石に腰掛けながら、ハウリア達はポカンとした表情を浮かべていた。

 

「え、えっと……来さん。戦闘訓練というのは……」

 

困惑する一族を代表してシアが尋ねる。

 

「読んで字のごとくだ。大樹へ向かうには十日待たなければならない。その間に()()の兎人族を()()の戦士に仕立て上げようと思う」

「な、なぜ、そのようなことを……」

「いいか、僕が君達を守れるのは大樹への案内が終わる時までだ。僕の庇護を失った瞬間、君達の人生は終わったも同然。逃げ場も隠れ家も庇護もない、魔物も人間も容赦なく襲い掛かる。悪意や害意に対して逃げるか隠れるかしかできない君達では確実に淘汰される。弱さを理由に淘汰されることを受け入れるか? 一度拾った命を無駄に散らすか?」

 

誰も言葉を発さず重苦しい空気が辺りを満たす。そして、ポツリと誰かが零した。

 

「そんなものいいわけがない」

 

その言葉に触発され、次々と顔を上げていく。シアは既に決然としていた。

 

「そうだ、受け入れたくないだろう。ならば、どうすればいいか。簡単なことだ、強くなれ。襲い来る数多の障壁を破り、自らの手で生きる権利を掴み取れ」

「……ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません……とても、そのような……」

 

自分達の弱さが、来の言葉に否定的な感情を生む。弱い、戦えない、どんなに足掻こうが来の言うように強くなんてなれるはずがない。

 

「これでも僕はまだまだ弱いし、親友はかつての仲間から、〝無能〟と呼ばれ、虐げられ、蔑まれてきた」

「え?」

「親友、南雲ハジメはステータスも技能も平凡極まりない一般人。仲間内で最弱。僕の指南が無ければ足手纏い以外の何者でも無かった」

 

ハウリア達は皆、驚愕を表にする。ライセン大峡谷の魔物、戦闘能力に優れた熊人族の長老を瞬殺する程の実力の持ち主が〝弱い〟、親友が最弱と、誰が信じようか。いや、信じないだろう。

 

彼がまだまだ弱い、これはまだ伸びしろが残っていることを意味する。今でも十分に強いのにこれ以上強くなったらトータスでは誰も彼に敵わなくなるかもしれない。

 

「僕でさえ幼い頃はかなり弱かった。大切な人を一度失ってから死ぬほど剣術の修行をしてきた。数多の修羅場をくぐって来た。……その結果が今の有様だ。ハジメも厳しい鍛錬に耐え、力を付けた」

 

淡々と語られる内容に、しかし、あまりに壮絶な内容にハウリア族達の全身を悪寒が走る。一般人並のステータスということは、兎人族よりも低スペックだったということだ。とても弱かったかつての少年が、自分達が手も足も出なかったライセン大峡谷の魔物より遥かに強力な化物達を相手にして来たというのだ。実力云々よりも、実際生き残ったという事実よりも、親友が最弱でありながら、厳しい指南で戦力を大きく上げたことにハウリア族は戦慄した。自分達なら絶望に押しつぶされ、諦観と共に死を受け入れるだろう。長老会議の決定を受け入れたように。

 

「君達の状況はかつてのハジメと似ている。約束の内にある今なら、絶望を打ち砕く手助けはできる。全滅してもいいのなら、無理だと言ってくれて構わない。約束を果たしたら確実に君達を守り切る保証はできない。それで、君達はどうしたい?」

 

自分達が強くなる以外に生きる術はない。来だって何時まで樹海に留まるかわからない。故に確実に守って貰える保証など、何処にも無い。そうは分かっていても、温厚で平和的、心根が優しく争いが何より苦手な兎人族にとって、来の提案は未知の領域に足を踏み入れるに等しい決断だ。心は簡単には変わらない。

 

黙り込み顔を見合わせるハウリア族。しかし、そんな彼等を尻目に、先程からずっと決然とした表情を浮かべていたシアが立ち上がった。

 

「やります。私に戦い方を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」

 

樹海の全てに響けと言わんばかりの叫び。これ以上ない程思いを込めた宣言。シアとて争いは嫌いだ。怖いし痛いし、何より傷つくのも傷つけるのも悲しい。しかし、一族を窮地に追い込んだのは紛れもなく自分が原因であり、このまま何も出来ずに滅ぶなど絶対に許容できない。とあるもう一つの目的のためにも、シアは兎人族としての本質に逆らってでも強くなりたかった。

 

不退転の意を眼差しに宿し、真っ直ぐ来を見つめるシア。その様子を唖然として見ていたカム達ハウリア族は、次第にその表情を決然としたものに変えて、一人、また一人と立ち上がっていく。そして、男だけでなく、女子供も含めて全てのハウリア族が立ち上がったのを確認するとカムが代表して一歩前へ進み出た。

 

「来殿……宜しく頼みます」

 

少ない言葉に秘められた、固い意志。襲い掛かる理不尽と戦う意志だ。

 

「ハウリア族、お前達を認める。だが、これから待っているのは苦行だ。投げ出しても引き留めなどしない。期間は十日と短いが、死に物狂いで訓練に励め」

 

来の言葉に、ハウリア族は皆、覚悟を宿した表情で頷いた。

 

 

訓練初日。

 

来は、ハウリア達に〝八咫〟から取り出した小太刀と和服を手渡した。いずれ新たな仲間が出来た時のために鍛冶の練習も兼ねて打った打刀だ。錬成の力を借りずに自力で打ち上げた刀で、舞鱗程ではないものの、切れ味は抜群である。そしてタウル鉱石製なので衝撃に強い。細身ながら折れず、曲がらず、よく切れるその性能を誇る。和服の方は、破れてしまった自分の和服の代用品として大量に試作していた。ちなみに、来も申し訳程度に繕った自分の和服に着替えている。

 

ハウリア族は高い隠密性と索敵能力を持っている。そして動きも素早い。指南役の来は武術に秀でている。ハウリア達の強みを最大限に活かせる武術、それは来が最も得意とする抜刀術である。抜刀術なら、茂みに隠れてもあまり目立たず、突進と共に敵を斬ることができる。おまけに武器の摩耗も抑えられる。抜刀術はスピードが命。故に、ハウリア達の強みを引き出すのに最も適した剣術なのだ。他にも基礎的な剣術を身体に覚えさせる。

 

シアに関しては抜刀術に加え、来が専属で魔法、妖術、幻術の訓練をしている。亜人でありながら魔力があり、その直接操作も可能なシアは、知識さえあれば魔法陣を構築して無詠唱の魔法が使える。特訓は順調だった。

 

 

訓練二日目。

 

この日は適度に弱らせた魔物をハウリア達に倒させていた。抜刀術の腕前を確かめるにはいい訓練だ。だがここで、最大の壁が立ちはだかった。

 

「ああ、どうか罪深い私を許してくれぇ~」

 

一体の魔物を居合で斬り捨てたハウリアの男が殺した魔物に縋りついた。

 

「……」

 

また魔物が一体、打刀の錆となった。

 

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! それでも私はやるしかないのぉ!」

 

首を裂いた打刀を両手で握り、わなわなと震えるハウリアの女。

 

「……」

 

瀕死の魔物が、最後の力を振り絞って己に深手を負わせた相手に一矢報いる。カムは体当たりで吹き飛ばされた。だが魔物の方は、傷の深さが祟り、直後に力尽きた。

 

カムは少し自嘲気味に呟く。

 

「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」

 

その言葉に周囲のハウリア族が瞳に涙を浮かべ、悲痛な表情でカムへと叫ぶ。

 

「族長! そんなこと言わないで下さい! 罪深いのは皆一緒です!」

「そうです! いつか裁かれるとき来るとしても、それは今じゃない! 立って下さい! 族長!」

「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。族長、行けるところまで一緒に逝きましょうよ」

「お、お前達……そうだな。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼(小さなネズミのような魔物)のためにも、この死を乗り越えて私達は進もう!」

「「「「「「「「族長!」」」」」」」」

 

(初日からずっと思っていたが、弱いとかそういう以前の問題だこれは……初日は大目に見たが流石に二日連続とはいかない……)

 

いい雰囲気のカム達に、平手打ちが入った。ほとんど同時に音が響き、まるで落雷のような轟音となる。

 

 

「「「「ひぃっ!!」」」」

「どうしたんだ?」

「いや、何処かで()()()()()()()()()()()()()()()()()んだけど……」

「そう、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ……」

「ん。ハジメ、この気配に覚えはある?」

「さあな、分からん(ひょっとしてアイツ()なんじゃ……今後怒らせるのは止めておこう。確実に殺されそうだからな……)」

 

 

「情けが深すぎる。そして鈍い」

 

ヒリヒリと痛む頬に手を当てながらやれ「そうは言っても……」だの「だっていくら魔物でも可哀想で……」だのブツブツ呟くハウリア達。

 

「お前達は兎に角情けが深すぎる。魔物を殺す度に大袈裟な芝居をするな。今の平手打ちに反応できなかったのは何故か? お前達の情けが深すぎて周りが見えていなかったからだ。襲い掛かる魔物の前に為すべきことは二つ。情けを捨てる。戦い以外のことを戦いの最中に考えない。強敵と戦うというのはそういうことだ。しかし自らの情けで仲間の首を絞めるということは絶対にあってはならないと肝に銘じておけ。情けをかけたが故に仲間が犠牲となる、それだけは絶対にあってはならない。僕の言っていることが解るか?」

「「「「「「「「「……はい」」」」」」」」」

 

見かねたハウリアの少年が来を宥めようと近づく。ライセン大峡谷でハイベリアから救った少年で、特に来に懐いていた。

 

しかし、進み出た少年は来に何かを言おうとしたところで突如、その場を飛び退いた。

 

「どうした」

 

少年はそっと足元のそれに手を這わせながら来に答えた。

 

「あ、うん。このお花さんを踏みそうになって……よかった。気がつかなかったら、潰しちゃうところだったよ。こんなに綺麗なのに、踏んじゃったら可愛そうだもんね」

 

来は無表情だが、顔には青筋が浮かび上がっていた。

 

「うむ、花か」

「うん! 来兄ちゃん! 僕、お花さんが大好きなんだ! この辺は綺麗なお花さんが多いから訓練中も潰さないようにするのが大変なんだ~」

 

ニコニコと微笑む少年。周囲のハウリア達も微笑ましそうに少年を見つめている。

 

「……時々、お前達が妙なタイミングで跳ねたり移動しているように見えたが……この少年の言う〝花〟とやらを避けていたのか?」

 

確かに、訓練中にハウリア達は妙なタイミングで歩幅を変えたり、移動したりしていた。次の動作に繋がっていたので、間合いを探るためかと大して気にも留めていなかったが。

 

「いえいえ、まさか。そんな事ありませんよ」

「そうか、どうやら僕の思い違い……」

「ええ、花だけでなく、虫達にも気を遣いますな。突然出てきたときは焦りますよ。何とか踏まないように避けますがね」

 

ハウリア達に少し緩んだ表情を見せる来。ハウリア達も安心した表情を見せた。だが、来の姿が一瞬ブレた後、べちん(ぺちん)、という音と共にハウリア達の左頬が赤く腫れた。流石に少年の方は手加減したが。

 

「一体何を!」と驚愕の表情で来を見るハウリア達。

 

「お前達は僕の言ったことが()()()()()()()()()。流石に初日は大目に見たが、二日目になってもこれとは……先が思いやられる」

「ら、来殿……」

「師範と呼べ」

 

来の貫禄の前にカムが下がる。

 

「別に花や虫を無闇に踏み潰せとは言わん。だが戦いの最中はそういったものは思考の範囲から追いやれ。今後、一人でも花だの虫だのに僅かでも気を逸らしてみろ、()()()()()()()()()だ」

 

跳躍素振り千本という言葉にハウリア達が顔を引き攣らせ、震え上がる。初日にやったのだが、これが物凄くきつかった。

 

「解ったら早く魔物を狩れ」

 

ハウリア達の近くに雷が時雨のごとく降り注ぐ。妖術 〝鳴時雨〟だ。

 

ハウリア達は蜘蛛の子を散らすように樹海へと散っていく。足元で震える少年が来に縋りつく。

 

「来兄ちゃん! 一体どうしたの!? 何でこんなことするの!?」

 

周囲に生えている花のすぐ横の地面が黒く焦げていた。

 

「何だよぉ~、何すんだよぉ~、止めろよぉ来兄ちゃん!」

「いいか、お前が無駄口を叩く度に花が一輪散ると思え。花を愛でていいのは休憩時間と訓練が終わった後だけだ。ぼんやりとせずに一体でも多くの魔物を殺せ」

 

長老衆を怯えさせた目で少年を睨み、少年は泣きながら樹海へと消えていった。

 

(許してくれ、でもこうするしかないんだ)

 

それ以降、誰かが情けを見せる度に雷で死なない程度に()()黒焦げにされ、訓練の終わりに跳躍素振りを千本やらされた。

 

それから大樹周辺の霧が弱まる時まで、樹海にはハウリア達の悲鳴と雷鳴が響いた……




次回
第二十閃 兎に課せられた試練


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第二十陣 兎に課せられた試練

この後、また新しくありふれの二次小説を投稿します。

追記
ステータスを修正しました。



キャラ紹介

名前 坂上龍太郎
性別 男性
年齢 17歳
身長 190cm
体重 72kg
天職 拳士
得意武器 籠手
得意属性 不明
好物 団子(来と仲が良くなってからハマった)

原作でもおなじみ脳筋。自分よりも体格の小さい来に敗れてからそれなりに仲が良くなった。その為ハジメに対しては表向きは興味なさげにしているが、裏では大切な仲間だと思っている。
性格の方は熱血漢で、やる気のなさそうな者は嫌いなタイプ。
本作ではハジメの努力を知り、陰ながらハジメを支えている。雫の次に良識がある。


樹海の中で、金属が強く打ちつけ合う音が響いた。刀で打ち合う音だ。野太い樹は幾本も斬られ、地面はクレーターで穴だらけのぼこんぼこんだった。

 

現在刀を用いて戦っているのは兎耳の少女と、狐の面を被った白髪の人間の青年だった。

 

「でぇやぁああ!!」

 

裂帛の気合とともに刃渡り三尺(約九十センチ)の野太刀が振り下ろされる。それを白髪の青年が打刀で弾き返す。腰に差している黒い刀ではなく、練習用の打刀である。

 

「まだです!」

 

兎耳の少女が居合の構えを取る。そして大きく息を吸う。

 

「【鳴ノ舞 〝紫電一閃〟】!!」

 

少女は雷を纏い、青年に向かって勢いよく突進してきた。青年は高速で向かってくる少女を跳んで避けた。

 

「えっ、ちょっ……止まらないですぅ~!!」

 

少女は止まり切れずに向こう側の樹に激突してしまった。普通なら死んでもおかしくない。だがこの少女はしぶとく生き延びた。

 

「……〝鳴時雨〟」

 

そこへ追い打ちを掛けるかのように雷が降り注ぐ。少女はそれを全て躱した。

 

「いきますよぉ~!!」

 

少女が再び小太刀を構える。そして青年に飛び掛かった。

 

「【鳴ノ舞 円転電環】!!」

 

刀身に雷を纏い、青年に向かって斬りかかった。

 

「【鳴ノ舞 轟大車輪】」

 

少女は横方向に、青年は縦方向に刀を振り下ろした。刀身と刀身のぶつかり合う音が響く。

 

(腕はまだまだだな……)

「もらいましたぁ!」

「!?」

 

少女は青年の隙を突いて文字通り突きを繰り出した。青年は咄嗟に回避行動を取ったが、狐面の右半分を掠ってしまった。面に傷が付いた。

 

「……やったぁ! やりましたよぉ! 遂にお面に傷を付けることができましたぁ!!」

 

兎耳の少女、シアはぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいた。

 

「……見事だった。呑み込みの早い奴で良かった……さあ、第二回戦だ」

「え!? まだ続くんですか?」

「当たり前だ。()には傷を付けられたが、肝心の()()()には掠り傷一つ付いていない」

「そ、そんなぁ~……」

 

訓練開始から十日目の今日、最終試験として模擬戦を行っていた。内容は、シアが狐面の青年、来の身体に傷一つ付けられれば勝利、合格というものだ。先程シアは、狐面に切り傷を付けることができた。だがそれだけでは合格というには程遠い。故に第二回戦という形で模擬戦を続行したのだ。

 

第二回戦のゴングが鳴る。来は狐面を外し、懐へ仕舞う。そして雷が時雨の如く降り注ぐ。

 

シアが直径一メートルの樹を次々と上に投げ飛ばし、その上に飛び乗った。そして更に樹から樹へと飛び移る。それを来が手から放つ雷弾が撃ち落とす。雷弾が当たった樹は粉々になった。シアは更に上へと目指す。ある程度高く昇ったところで、シアは野太刀を上に投げ、両手持ちの鶴嘴を取り出した。鶴嘴を強く握り、勢いよく地面に向かって振り下ろした。重力に引っ張られて鶴嘴とシアは地面に引き寄せられる。摩擦熱で鶴嘴の金属部分が赤くなる。

 

「うぉりゃぁぁぁぁ!」

 

途轍もない運動エネルギーを持った鶴嘴の激烈な衝撃で大地が裂けた。生じた地割れは来の真下にまで達すると、轟音と共に溶岩が間欠泉のように噴き出た。また、衝撃波も同時に放たれ、砕かれて宙を舞う石の一部が四方八方に飛び散る。

 

「〝稲鎖〟」

「ふぇ!ちょっ、まっ!」

 

相手の妖術に気がついて必死に制止の声をかけるが、聞いてもらえる訳もなく問答無用に発動。シアは鶴嘴を手から放して離脱しようとするが時すでに遅し、雷を纏った鎖で身体を縛られた。

 

「あばばばばばばば、し、痺れるぅ~、早く解いてくださいよぉ~、来さ~ん」

「……勝負あったな……!?」

 

来が左足を軸に身体を時計回りに回転させると、回転した野太刀が降って来て、来の髪を数本切った。シアが投げた野太刀だ。野太刀は地面に突き刺さり、地面に罅を入れた。

 

(まず樹を次々と投げて飛び移っていき、鶴嘴を振り下ろす直前、そこから更に天目掛けて野太刀を投げた。野太刀がないのを悟られないよう振りかぶった体勢で背中に鞘を隠し、鶴嘴に刻まれた土属性と炎属性の複合魔法の陣を発動させて地割れを起こし、溶岩を噴き出させた。真向から挑んで僕に勝てないのがわかっていたからだ。自分が捕らえられた後で僕を倒そうとした……この娘は……)

 

「うぅっ、来さん…やっぱり、私は連れていってもらえないんですね……」

 

鎖から解放されたシアはぽろぽろと涙を零す。狐面には傷を付けられたが、肝心の来自身には傷は付いていない。普通なら不合格だが、シアの頭には来の手が乗せられた。

 

「……本当は、君を連れて行くつもりはなかった。もうこれ以上大切な仲間を喪いたくなかった。僕に傷一つ付けられないと思っていた。だから無理難題を言って、君の方から諦めて貰おうと思っていた。本当はあの時、合格にするべきだったが、まだ僕には迷いがあった。それでも君は、全力で試験に挑み、終いには僕の髪を数本切った」

「……うぅっ……」

「シア、お前は凄い娘だ。これからの旅、無事に生きていてくれ」

 

シアと来は、一つの約束をしていた。それは、シアが来に対して、十日以内に模擬戦にてほんの僅かでも構わないから一撃を加えること。それが出来た場合、来の旅に同行することを来が認めることである。だが彼の言った通り、行かせるつもりなど毛頭無かった。これ以上自分の仲間の犠牲を見たくなかったからだ。しかもシアはまだ16であり、戦いの面でもまだまだ未熟だった。

 

対するシアは、本気で来と旅がしたいと強く願っている。これ以上家族に負担を掛けたくないという想いが半分、もう半分は単純に来の傍にいたい、もっと彼と仲良くなりたいという想いから出たものだ。

 

(……膵花……僕は寂しいよ……絶対に離れないと固く誓ったのに……)

 

いつの間にか来は狐面を再び被っていた。自分の泣き顔を見られたくなかったからなのだろう。狐面の下から涙が滴り落ちる。

 

「来さん……ありがとうございますぅ……」

 

こうしてシアは、旅への同行を認められたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

シアが旅の支度をしている最中、来は近くの切り株に座り、瞑想をしていた。瞑想している間、来はシアの総合評価を纏めていた。

 

身体強化に特化しているが、魔法への適正は薄かった。だがその分、身体強化をすれば、来の素の力の一割程度なら引き出せる。しかもまだ伸びしろがある。これは全力で強化したバカ勇者の二倍以上の力だった。

 

ちなみに、現在の来のステータスは以下の通りである。

 

 

===============================

辻風来 17歳 男 レベル:18

天職:剣士

筋力:4200  [+龍化状態18940]

体力:4500  [+龍化状態17420]

耐性:6800  [+龍化状態8750]

敏捷:7100  [+龍化状態6120]

魔力:4750

魔耐:4270

技能:雷属性適正・全属性耐性・剣術[+抜刀術][+斬撃速度上昇]・天歩[+空力][+縮地]・剛腕・先読・気配感知・気配遮断・幻術・妖術・龍化・暗視・熱源感知・魔力感知・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・胃酸強化・自己再生・魂の回廊・思念通話・睡眠覚醒・錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・纏雷・風爪・石化耐性・毒耐性・麻痺耐性・言語理解・生成魔法

===============================

 

 

あれだけの強さを誇りながら、まだレベルが限界の五分の一にも届いていない。そしてそれは膵花も同じ。彼と彼女は生まれつき他の者よりも()()()()()()()()()()()()のだ。その分レベルの数値の上昇が遅いのだ。

 

そして、現在の膵花のステータスはこうなっている。

 

 

===============================

辻風膵花 17歳 女 レベル:18

天職:幻術師

筋力:4130  [+龍化状態18860]

体力:4790  [+龍化状態17860]

耐性:6970  [+龍化状態9700]

敏捷:6420  [+龍化状態6080]

魔力:4950

魔耐:4760

技能:水属性適正・炎属性耐性・回復魔法・魂の回廊・思念通話・剣術・幻術・妖術・龍化・魔力感知・気配感知・気配遮断・夜目・熱源感知・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・言語理解

===============================

 

 

「そう言えば来さん、この前言ってた〝膵花〟さんってどんな人なんですか?」

 

シアが唐突に聞いてきた。膵花、という名を聞いた瞬間、瞑想を止め、来は彼女について語り出した。

 

「膵花はな、僕の一番大切な人なんだ。街でも評判の美人だったんだよ。彼女は初めて出来た女の子の友達だったんだ。出会ってから何年か経って、僕も彼女も大人の身体に近づいてきた。膵花は益々綺麗になった。その綺麗さと彼女の優しさに、僕は惹かれていった。昔一度生き別れたこともあったし、今もこうして生き別れているけど……無事に生きてさえいれば、何時かはまた彼女と巡り会える。そう僕は信じている」

「へぇ~、その膵花さんとはどんな関係なんですか?」

「彼女は僕の、最愛のお嫁さんだよ」

 

シアは何度目かも判らない叫び声を上げた。

 

「えっ、えっ、えっ、ところで、年齢はいくつなんですか?」

「今は二十一だよ」

 

ちなみに二十一というのは肉体年齢である。

 

「どうしたんだ? そんながっかりしたような顔をして……」

「……」

 

どうやら年齢差は精々二つ三つかと思っていたが、六つも上だったことにシアは少ししょげていた。

 

何やら急にモジモジし始めるシア。指先をツンツンしながら頬を染めて上目遣いで来をチラチラと見る。あざとかった。

 

「……ずっと、気になっていたんだけど……どうして僕に付いていきたいって言いだしたのかな? 今なら一族の迷惑にもならないし、その実力なら大抵の魔物はどうとでもなる」

「で、ですからぁ、それは、そのぉ……」

「……」

 

もじもじとしながら中々答えられないシア。だが、我慢の限界で遂に思いの丈を乗せて声を張り上げた。

 

「もう、師範と弟子の関係などこの際関係なく言います! 来さんの傍にいたいからですぅ! しゅきなのでぇ!」

「……えっ!?」

 

言っちゃった、そして噛んじゃった!と、あたふたしているシアを前に、来はかなり驚いていた。

 

「いいのか? 僕は既に妻帯者だけど……」

「この世界では一夫多妻制が認められているんです。でも、やっぱり()()はその膵花さんって人なんでしょうね……」

「うん、そうだよ」

 

(ああ、〝膵花さん〟にお許しを貰えるのかな……)

(この世界って一夫多妻制が認められているのか……でも僕は膵花一筋だ。流石に嫁とまでは行かなくても、〝仲間〟までだったらまだいいか……)

 

どうやら来には妻を多く持つという気は無いようだった。膵花の方は正妻を狙っていなければOKらしいが、来の方は膵花一筋で今後も新たに妻を迎えることはしないのだそう。かつて召喚初日の複数のメイドに男子勢は見蕩れていたが来は見向きもしなかった。

 

「……危険だらけの旅だ。それでも行くのか?」

「はい! 貴方が化物でよかったです。お蔭で貴方について行けます」

「褒められているのか恐れられているのか……」

 

元より彼は人の範疇を超えた化物。そしてその妻も同様に化け物だ。

 

「僕の望みは膵花と合流して旅を続ける。もう家族とは会えないかもしれない。それでもいいのか?」

「話し合いました。〝それでも〟です。父様達もわかってくれました」

 

今まで、ずっと守ってくれた家族。感謝の念しかない。何処までも一緒に生きてくれた家族に、気持ちを打ち明けて微笑まれたときの感情はきっと一生言葉にできないだろう。

 

「人間族から差別の目を向けられることになるが、それでも行くか?」

「何度でも言いましょう。〝それでも〟です」

 

シアは頑なに〝それでも〟と思いを曲げなかった。彼女の想いは既に示した。そんな〝言葉〟では止まらない。止められない。これはそういう類の気持ちなのだ。

 

「……」

「ふふ、終わりですか?なら、私の勝ちですね?」

「勝ちってなんのことだ……」

「私の気持ちが勝ったという事です。……来さん」

 

もう一度、はっきりと告げよう。彼女シア・ハウリアの望みを。

 

「……私も連れて行って下さい」

 

蒼穹の瞳に迷いを感じなかった。やはり彼女は本気で来に付いていく気のようだ。

 

そしてしばらく沈黙が流れ、来が口を開く。

 

「……これからの旅路に幸あれ」

 

シアの頭に手を乗せて告げた。彼の顔は、笑っていた。シアは、認められたのだった……




次回
第二十一閃 刃卯鱗亜


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第二十一陣 刃卯鱗亜(ハウリア)

和の中二病発病です。

今回も本文が短くなったので閑話を入れました。

キャラクター紹介

名前 プリズム・ヘールボップ
性別 女性
年齢 25歳
身長 179cm
体重 60kg
天職 拳士
得意武器 武具
得意属性 虹
超能力 千里眼
誕生日 霜月二十三日
星座 射手座
好物 焼鳥

ハジメ達とは違う世界線からトータスへ転移した異世界人。来や膵花とは知り合いで、長い付き合いになる。トータスでも女性に人気な光輝を殴り飛ばした唯一の女性。彼女曰く、眩しすぎる位に気障らしい。
性格は頼れる姉御肌で、元居た世界では多くの冒険者に慕われていた。彼女には来とは別に気になっている男性がいるらしい。
本作では光輝を殴り飛ばすという偉業を成し遂げた初の女性キャラとなったヘールボップ。あまり本編では絡んでこないが、果たして、彼女がトータスに与える影響とは……?


「えへへ、うへへへ、くふふふ~」

 

同行を許されて上機嫌のシアは、奇怪な笑い声を発しながら緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネと身を捩らせてた。発情した膵花のようなこの表情は、先程の真剣な表情とは打って変わって物凄く残念なものだった。

 

(これは私にメロメロになる日も遠くないですねぇ~)

「いや、絶対そこまでは行かないからね?」

「心を読まないでください!!」

 

シアは少しばかり調子に乗っている。そんなシアに向かって来はシアの心中を読み取って告げる。

 

「はぁ、シア、カム達と合流したら大樹の下へ向かうぞ。準備はできているな?」

「あ、はい。一応できてます」

「それはよかった」

 

シアと来が話をしていると、霧の中から数人のハウリア達が姿を現した。全員が忍を連想させる和服を着ている。来が課した最終試験として魔物の討伐を終えたようだった。手には魔物の部位を持っている。その内の一人がカムだった。

 

シアは久しぶりに再会した家族に頬を綻ばせる。本格的に修行が始まる前、気持ちを打ち明けたときを最後として会っていなかったのだ。たった十日間とはいえ、文字通り死に物狂いで行った修行は、日々の密度を途轍もなく濃いものとした。そのため、シアの体感的には、もう何ヶ月も会っていないような気がしたのだ。

 

早速、父親であるカムに話しかけようとするシア。報告したいことが山ほどあるのだ。しかし、シアは話しかける寸前で、発しようとした言葉を呑み込んだ。カム達が発する雰囲気に違和感を感じたからだ。

 

カムはシアを一瞥すると仄かに笑みを浮かべたが、直ぐに来へ視線を戻す。

 

「師範、最終試験の魔物、誰一人欠けることなく無事に討伐致しました。これがその魔物の部位でございます」

「し、師範?と、父様?何だか雰囲気が……」

 

父親の言動に戸惑いの声を発するシアをさらりと無視して、カム達は、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出した。

 

「……一体だけでよかったんだが?」

 

最終試験の課題は、一チーム一体、上位の魔物を狩ってくることだ。だが、部位だけでも軽く十体は超えていた。来の疑問に対し、カムは声を張り上げて答えた。

 

「魔物を狩っている最中、別の魔物が我々に襲い掛かってきたので、一体残らず狩り尽くしました」

「大隊長の仰る通りです。あの程度、今の我々の敵ではありませんでした」

「無論一体ずつ丁寧に止めを刺しました」

「流石にあの数は少し手こずったけど……結果オーライね」

「負傷者、死亡者共にいませんでした」

「それが何よりの幸いでした」

 

全員、元の温和で平和的な兎人族の面影を少し残しつつも、魔物を殺すことに躊躇を覚えなくなっていた。

 

それを呆然と見ていたシアは一言、

 

「……誰?」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ど、どういうことですか!? 来さん! 父様達に一体何がっ!?」

「……少し()()を施したつもりだったんだけど……」

「少しどころじゃないじゃないですかぁ! 何をどうすればこんな有様になるんですかっ!? 完全に別人じゃないですかっ!」

「……ごめん、シア」

 

彼等が下手なドラマを見せる度に雷(物理的)を落とし、跳躍素振り千本をやらせ続けた結果、元の温厚さは戦いでは消え失せ、来の呼び方も〝来さん(兄ちゃん)〟から〝師範〟に変わった。

 

「……〝刃卯鱗亜〟の諸君、よく無事に戻ったな。魔物の素材を一か所に集め終えた後、我らが師範と我が愛娘シアに〝刃卯鱗亜〟を改めて紹介しようではないか」

 

よく見たら男衆だけでなく女子供、果ては老人に至るまで全員が和服を着ているではないか。左胸のところには縦書きで〝刃卯鱗亜〟と漢字で刺繍がされてある。そしてシアのいる位置からは見えないが、背中にも〝兵(つわもの)〟と大きく漢字で刺繍されている。(ちなみに読み方は来が教えた)

 

「……え? 〝刃卯鱗亜〟? 何か前のハウリアから大分変ってる気がするんですが……父様! みんな! 一体何があったのです!? まるで別人ではないですか! さっきから口を開けば訳の分からないことばかり……正気に戻って下さい!」

 

縋り付かんばかりのシアにカムは、ギラついた表情を緩め前の温厚そうな表情に戻った。それに少し安心するシア。

 

しかし次の瞬間、シアは致命傷レベルのショックを受けることになる。

 

「シアよ……私達は正気だ。師範のお陰で私達は強くなれた。あの時の弱い私達は一度腹を切って死んだ。私達は生まれ変わったのだ」

「(ガーン)」

 

腹を切ったというのは勿論比喩である。

 

「やっぱり別人ですぅ~! 優しかった父様は、もう死んでしまったんですぅ~、うわぁ~ん!!」

「落ち着けシア。優しさなら()()()()()()ぞ?」

「うわぁぁぁん!! もう騙されないですぅ~!!」

 

ショックのあまり泣きじゃくりながら踵を返して樹海の中に消えようとしたが第一歩目で転げた。何時の間にかシアの左足首にはボーラが巻き付いていた。すばしっこい生物や飛んでいる生物を捕まえる時に使うアレである。

 

「ぐすっ……ひっぐ……もう、何なんですかぁ~」

「大丈夫ですか?」

 

倒れたシアに少年が手を差し伸べる。

 

「あっ、ありがとうございます」

「いえ、お気になさらず。男として当然のことをしたまでですから、()()

「あっ、姉上?」

 

少年は他の刃卯鱗亜達が持つ打刀よりも短い小太刀(体格的な問題)を装備しており、左目には眼帯をしている。(隻眼になったわけではなく、完全に少年の趣味)

 

少年はスタスタと来の前まで歩み寄り、跪いた。

 

「報告がございます」

「何だ?」

「魔物の追跡中、完全武装した熊人族の集団を発見いたしました。場所は、大樹へのルート。恐らく我々に対する待ち伏せと思われます」

「御苦労、パル。下がって休むといい」

「はっ」

 

パルと呼ばれた少年は下がった。パルと入れ替わるようにカムが来の前に跪く。

 

「宜しければ、熊人族の相手は我ら〝刃卯鱗亜〟にお任せ願えませんでしょうか」

「……できるのか?」

「然様でございます」

 

来は一度、瞑目し深呼吸をすると、ゆっくりと目を開いた。

 

「〝刃卯鱗亜〟の諸君、最終試験は全員文句無しの合格だ。依って、これより〝刃卯鱗亜〟は正式な魔物討伐部隊だ。そうだ、まだ〝刃卯鱗亜〟の紹介がまだだったね」

 

カムが声を張り上げた。

 

「〝刃卯鱗亜〟隊律其ノ壱、〝刃卯鱗亜〟の刃は刀の刃! 敵を切り裂く必殺の(やいば)!」

「「「「「「「〝刃卯鱗亜〟の刃は刀の刃! 敵を切り裂く必殺の刃!」」」」」」」

 

ちなみに〝刃卯鱗亜〟はハジメが趣味で読んでいた小説を読んで影響されたものである。

 

「其ノ弐、〝刃卯鱗亜〟の卯は兎の卯! すなわち我ら兎人族なり!」

「「「「「「「〝刃卯鱗亜〟の卯は兎の卯! すなわち我ら兎人族なり!」」」」」」」

 

〝刃卯鱗亜〟という文字はカム達がお願いをして来に入れて貰ったものである。

 

「其ノ参、〝刃卯鱗亜〟の鱗は〝舞鱗〟の鱗! 我らが師範の愛刀の名から賜ったものである!」

「「「「「「「〝刃卯鱗亜〟の鱗は〝舞鱗〟の鱗! 我らが師範の愛刀の名から賜ったものである!」」」」」」」

 

途中からカムに代わりパルが声を張り上げて隊律を読み上げる。

 

「其ノ肆、〝刃卯鱗亜〟の亜は亜人の亜! 亜人であることを誇れ!」

「「「「「「「〝刃卯鱗亜〟の亜は亜人の亜! 亜人であることを誇れ!」」」」」」」

「うわぁ~ん、やっぱり私の家族はみんなお腹をぱっか~んして死んでしまったですぅ~」

 

これは流石に変わり過ぎてしまった。と来は苦笑いした。普段の彼等は以前と同じく温厚なのだが、いざ戦いとなるとまるで人が変わったように戦闘モードになる。さっきから泣きじゃくっているシアの頭を来が撫でている。

 

「よし、熊人族の相手は頼んだ。決して殺してはいけない」

「「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」

 

和服を羽織った刃卯鱗亜達が一斉に霧の奥へと駆けていった。

 

しくしく、めそめそと泣くシアの隣を少年が駆け抜けようとして、シアは咄嗟に呼び止めた。

 

「パルくん! 待って下さい! ほ、ほら、ここに綺麗なお花さんがありますよ? 君まで行かなくても……お姉ちゃんとここで待っていませんか? ね? そうしましょ?」

 

シアはまだ幼い少年だけでも元の道に連れ戻そうとしていた。傍に咲いている綺麗な花を指差して必死に説得している。かつてパルは花の大好きな心優しい少年だった。勿論今もそれは変わらないのだが…

 

…パルの返答は予想外のものだった。

 

「今は戦闘準備の最中です。今ここで花を愛でている場合ではありません。あまり古傷を抉らないで下さい」

「……え?」

 

流石に花が好きではなくなった訳ではなかった。ただ、戦闘中は花を愛でなくなった。ただそれだけのこと。ちなみにパルは今年十一歳である。

 

「それに……」

「そ、それに?」

 

〝シアお姉ちゃん! シアお姉ちゃん〟と慕ってくれて、時々お花を摘んで来たりもしてくれた少年は、今ここにあらず。

 

「訓練で失態を犯したかつての自分と決別すべく、『波楼羅』と名乗っています。仲間からは〝宵月の波楼羅〟と呼ばれてます」

「ちょっ、『波楼羅』ってどこから出てきたのです!? ていうか宵月ってなに!?」

「失礼、仲間が待っているのでもう行きます。では」

「あ、ちょっ……」

 

シアの必死の呼び止めも虚しく、パルは霧の奥へと姿を消してしまった。もうあの頃の優しい家族はもういない。(戦場のみ)何とも哀れな姿であった。

 

「……僕らも行こうか」

「うぅっ……はいぃ……」

 

来に宥められ、しくしくと泣きながらも渋々霧の奥へと歩き出すシアなのであった……

 

 

閑話 六彗星異界に集う

 

 

ターツェルの巣から命辛々逃げ帰って来たヘールボップ。彼女は馬車も無しにギルド支部まで爆走していた。

 

「はぁ、はぁ、何でアイツがここにいるんだよぉ~」

 

メルドを超えるステータスを持ちながら実は一度も一人でターツェルに勝ったことがないのだ。トータスに来る前は五人も仲間がいたが今は何処にいるかも分からない。

 

「今頃嬢ちゃん達どうしてるかな……死んじまったら許さないからね」

 

その頃ターツェルの巣では一匹を除いて狩り尽くされていた。

 

 

ブルックの町に入るや否や、町では大騒ぎであった。

 

「一体何が遭ったんだ?」

「何もないところから突然魔物の群れが現れたんだよ!」

 

突如町に体長一・五メートルの両生類型の魔物が十数体出現した。この魔物達もトータスには本来いない外来種であるが、ハルツィナ樹海のサキュスラや村跡のターツェルと比べると格段に弱い魔物である。

 

「……そうかい。この程度のモンスター、アタイ一人で十分だよ」

 

そう言うとヘールボップは一瞬で魔物の群れに突っ込んでいった。群れの中央に達すると同時に地響きが鳴り、衝撃で数体の魔物が飛び上がった。

 

「ちっ、町のど真ん中じゃ〝アレ〟が使えないじゃないか……」

 

彼女の言う〝アレ〟とは高威力の光線技である。しかし今は威力の落ちる昼間、それも町の真ん中である。そんな場所で交戦技を使おうものなら周囲に被害が広がってしまう。

 

「一体一体殴り殺していくんじゃあ間に合わない……早く全滅させないと……」

 

魔物の残りが五体になったところで突如攻撃を止め、同族の死骸まで歩み寄っていった。

 

「不味い! 今ここで死骸を喰われちゃ……」

 

近くで死骸を貪っていた一体の隙を突いて殴り殺したが、残る四体はそれぞれ一体喰ってしまっていた。

 

「遅かったか……皆早くここから逃げな!! 捻り潰されるぞ!!」

 

ヘールボップの怒号で町民はぞろぞろと魔物達から離れていく。その間にも四体の魔物は同族の死骸を貪り続ける。

 

「……こりゃ不味いことになっちまったな」

 

死骸が粗方喰い尽くされ、後に残されたのは体長十四メートルにまで巨大化した魔物達だった。そしていつの間にか五メートル級の中型の魔物まで出現していた。

 

「流石のアタイでも、あんな馬鹿でかい奴を殺すのは……時間が掛かるんだよぉぉぉぉ!!」

 

中型の魔物も残った死骸を貪り、七メートルまで巨大化してしまった。

 

(どうするんだ? アタイが一体を相手取っている間にも残りが人々を襲うし……〝アレ〟を使うしかないのか……?)

 

と、ヘールボップが悩んでいる間にも魔物達は破壊活動を続けている。

 

だが、次の瞬間……

 

「〝ジャイロブレード〟!!」

 

七メートルの魔物が切り裂かれた。

 

「〝フロストウェーブ〟」

 

巨大魔物の一体が一瞬で氷漬けにされる。氷漬けになっている間に何者かによって粉々に砕かれる。

 

「〝バサルトアッパー〟」

 

地面から勢いよく石柱が飛び出て、残った二体を纏めて天高く突き上げる。

 

「〝黒淵圧殺〟」

 

二体が徐々に球状に押し固められ、限界まで圧縮されたところで炸裂した。技を繰り出したと思われる五人が降り立った。

 

「あ……ああ……」

 

ヘールボップには繰り出された技の数々に見覚えがあった。自身の記憶に間違いが無ければ……恐らく彼等は……

 

「まさか……()()()()()なのかい?」

 

ヘールボップの声に五人は気づいたようだ。五人はヘールボップを見ると、一斉に彼女の許へ駆け寄る。

 

「はい、ヘールボップ様」

「御無事で何よりでございます」

「姐さんもいたんだ~」

「やっと会えた……リーダーに逢えた」

「ただいま、プリズム」

「ひぐっ……皆何処に行ってたんだよぉ~」

 

ヘールボップと五人は抱き合って再会の喜びに浸っていた……




余談
プリズム・ヘールボップの苗字の由来はヘール・ボップ彗星という実在の彗星。

次回
第二十二閃 対峙のち旅立ち


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第二十二陣 対峙のち旅立ち

どうも、最果丸です。

本当は熊人族との対峙編とシアの旅立ち編を別々にする予定でしたが、短くなってしまったので一つに繋げました。

さて、ようやくハルツィナ樹海から出ます。ここまで長かった……


熊人族次期族長候補であるレギン・バントンは憤っていた。現長老が一人、ジン・バントンが何かに怯えた様子で戻って来た。幸い、首筋に細い針のような物で刺された痕があるだけで身体の方は五体満足であった。だが、様子がおかしかった。レギンは何が遭ったのかをジンに尋ねたが、ジンは「もし白髪の人間族がお前達に姿を現しても、絶対に手を出すな。あいつが死ぬまで俺は絶対部屋からは出ない」と言って部屋に籠ってしまった。

 

後で分かったことだが、ジンは麻酔で眠らされている間、白髪の人間族がたった一人で熊人族を斬り殺す光景を見たのだという。そしてその人間族の瞳は見蕩れるような黄金色だったが、恐ろしい程の破壊衝動に満ちていたという。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

現場にいた長老達に詰め寄り一切の事情を聞く。そして、全てを知ったレギンは、長老衆の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝え、報復へと乗り出した。レギンの下に、若者を中心に五十人程が集まった。残りは長老衆や他の一族の説得で駆り立てられることはなかった。

 

(我ら熊人族がただの人間族一人に負けるわけがない! そいつがどんな術を使ったかは知らんが、所詮奴は()()()()()()()()()()()()()()()()()。目的である大樹の前で我らの前に果てるがいい!)

 

仇の人間の目的が大樹であることを知ったレギン達は、もっとも効果的な報復として大樹へと至る寸前で襲撃する事にした。

 

相手は所詮、人間と兎人族のみ。例えジンを倒したのだとしても、どうせ不意を打つなど卑怯な手段を使ったに違いないと勝手に解釈した(不意を打たずともその気になれば熊人族など一瞬で絶命させられる程の実力を持っているが、殺さずに無力化するために敢えて不意を突いたのだ)。樹海の深い霧の中なら感覚の狂う人間や、まして脆弱な兎人族など恐るるに足らずと。レギンは優秀な男だ。普段であるならば、そのようなご都合解釈はしなかっただろう。深い怒りが目を曇らせていたとしか言い様がない。

 

「ん? 何だ? 兎人族だけか? 恐らく例の人間族の連れだろう。面白い、まずは奴らを始末するとしよう。全員、攻撃準備!」

 

レギンは己の下に集った勇士達に攻撃準備の命令を下した。

 

(さあ来い、完膚なきまでに叩きのめしてくれるわ! ……ちょっと待て、もう我々の存在に気がついたのか!?)

 

熊人族達は、うまく隠れられていると思い込んでいたが、相手は索敵能力に長けた兎人族。居場所は丸わかりだった。

 

「弓撃隊、麻酔矢を準備!」

 

兎人族の指導者、カムが麻酔矢の準備を部下達に命じる。

 

この麻酔矢には(やじり)の付け根辺りに麻酔薬で満たされた袋が付いている。鏃には細かい溝がいくつもあり、麻酔薬が溝を通って体内に侵入するようになっている。鏃には返しが付いていないので抜くのは簡単だ。だが先端はかなり鋭い為、木の板程度なら余裕で貫通できる。

 

「なっ……馬鹿な!? 消えただと!?」

 

麻酔矢の準備が終わった瞬間、兎人族、刃卯鱗亜は熊人族の視界から姿を消した。レギンが周囲を警戒せよと部下達に命じた瞬間……

 

「うっ……」

 

一人の熊人族が力なく倒れた。身体には一本の矢が刺さっていた。

 

「毒矢だと!?」

「いえ、まだ息はあります」

「直ぐに矢を抜け!」

「はっ」

 

部下の一人が仲間に刺さった矢を抜いているとまた一人、熊人族が倒れた。先程の矢と同じ種類の矢が刺さっている。

 

「くそっ、あいつら何処から攻撃しているんだ」

「レギン殿! 矢は上から降ってきています!」

「何!?」

 

矢は熊人族の頭上から降って来たのだという。先程から兎人族の姿が見えない。レギンは必死に兎人族の姿を捜す。だが、その間にも矢で次々と同胞が無力化されていく。怪しい場所は徹底的に攻撃を仕掛けたものの、そこに兎人族の姿は無い。

 

「……ん?」

 

突然風が吹いてきた。風が吹いたと同時に矢が降って来なくなった。気づけば残りの熊人族は十人にまで減っていた。

 

「ふっ、熊人族の前に怖気づいたか」

 

口ではそう言うものの、攻撃の後の静寂に警戒心を強めていた。

 

ところが、一時間程索敵するも兎人族は姿を現さなかった。仲間達も徐々に兎人族が逃げたと思い込むようになっていった。

 

「……おかしい、我々を殺す為だけならこれ程長く隠れている必要などないはず……まさか……!?」

 

索敵の為に周囲を見渡すと、いつの間にかレギン以外の熊人族全員が気絶していた。彼等の脚には切り傷ができている。もう戦えるのはレギンのみとなった。

 

「これが本当に、あのヘタレで惰弱な兎人族なのか……!?」

 

そのレギンも意識が薄れていく。脚に痛みを感じると何時の間にか切り傷が出来ていた。恐らくその傷から麻酔薬が入ったのだろう。意識が途切れる瀬戸際に彼が見たものは、大きな弓(滋藤弓)や打刀や小太刀を持った兎人族達だった。

 

 

「ふう、ようやく熊人族を無力化出来た……」

 

そう安堵の息を吐いたのは、先程レギンを無力化した刃卯鱗亜の少年パルこと宵月の波楼羅だった。

 

「しかし……あれ程の数の熊人族を私達は無傷で無力化してしまうとは……きっと師範の教えが上手であったのだろう」

「流石師範ですね」

「これなら師範がいなくとも我々だけで脅威を排除できる!」

 

刃卯鱗亜が師範と呼ぶ人物のことを讃えていると、レギンが目を覚ました。刃卯鱗亜は再び警戒をする。

 

「ううっ、死んだと思っていたがまだ生きているのか……!?」

 

レギンは刃卯鱗亜が向ける警戒心に気づき、彼等の方に向く。

 

「……俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい」

「なっ、レギン殿!?」

「レギン殿! それはっ……」

 

部下達が次々とざわつき始めた。レギンは自分の命と引き換えに部下達の存命を図ろうというのだろう。動揺する部下達にレギンが一喝した。

 

「黙れッ! ……頭に血が昇り目を曇らせた私の責任だ。兎人……いや、ハウリア族の族長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい! この通りだ」

 

レギンは武器を捨て、跪いて頭を下げた。敵に頭を下げることはかなり覚悟が要ることだ。部下達はレギンの武に対する誇り高さを知っているので、嫌でも頭が理解してしまう。

 

「……顔を上げろ」

 

レギンは言われた通り顔を上げた。

 

「お前達熊人族をどうするかは、師範が決める」

「……師範? 誰のことを言っている?」

「今君の後ろに立っている奴のことさ」

 

突然後ろから声がし、驚いて振り向くと、刃卯鱗亜と似た服装をした一人の人間族が立っていた。顔の横には狐の面を付けている。先程まで気配が全くしなかったことにレギンは背筋が少し凍った。

 

「まっ、待ってくださいぃ~」

 

霧の中からシアが肩で息をしながら歩いてきた。シアがそのような状態であるにも関わらず、来は話を続ける。

 

「生き恥を晒してまで生き残るもよし、潔くここで命を絶つのもよし、君達の好きにすればいい」

「……どういう意味だ。我らを生かして帰すというのか?」

「生きるのも死ぬのも君達の自由だ。帰りたいなら帰ってくれても構わない。だが、一つ条件を課すか」

「条件?」

 

周囲の者達が騒めき始めた。

 

「フェアベルゲンに戻ったら長老達にこう伝えて欲しい」

「……伝言か?」

 

ただの伝達と知り、思わず拍子抜けしてしまう。

 

「これからはこの刃卯鱗亜達が、国や亜人族を護るってね」

「……は?」

 

レギンは目が点になった。

 

「……見返りは何だ?俺達はお前達に、何を差し出せばいい?」

 

自分達は命を救われたのだ。その見返りとして何か要求されるのだろうと考えてもおかしくはない。

 

「……」

「……」

 

しばしの間、沈黙が流れる。熊人族達の緊張も高まっていく。

 

「……見返りなんて求めてない。僕はただ、亜人同士の内紛を無くしたかっただけだ」

 

そしてレギンに串刺しにされた三色の丸い物が渡された。

 

「……これは?」

「団子だよ。僕の好物」

 

敵から自身の好物を渡されたことにレギンは理解が追い付いていなかった。

 

「毒は入ってないから安心して食べてもらっていい」

 

そう言って彼は目の前で団子を口にした。レギンもそれに続いて恐る恐る団子を口にした。確かに毒は入っていなかった。

 

「この団子は美味しいんだぞ。僕の嫁が作ってくれた物だ」

「……嫁だと? お前のような齢の人間が?」

「うん、僕の嫁はな、縹色の髪をした綺麗な人なんだ。それに…」

 

そして頼んでもない惚気話を聞かされた。その場にいた全員が辟易したのは、言うまでもない。

 

「……いいのか? 自分の好物を敵に分けたりして」

「構わない。また食べたければ刃卯鱗亜達に強請るといい。で、君達はこれからどうするんだ?」

 

団子のレシピは刃卯鱗亜に伝授させたようだ。

 

「……我らは、帰還を望む」

「……そうか。じゃあ気をつけて帰れよ。伝言の方、頼んだよ」

 

生まれ変わった刃卯鱗亜に敗れ、熊人族達はすっかり気力を無くしてしまっていた。若者が中心だったこともあり、レギンはすんなりと負けを認めた。彼はもう、フェアベルゲンで幅を利かせることはできないだろう。下手をすれば一生日陰者だ。理不尽に命を狙ったのに、誰一人欠ける事無く国に帰されただけ運が良かった。

 

霧の向こうに消えたのを確認した後、来はくるりとシアやカム達の方へ向いた。

 

「さて、僕らは大樹の方に向かおうか。もう僕達を邪魔するものはない。一直線に続け!」

「「「「「はい! 師範!!」」」」」

 

一人の人間族の青年の号令で、新生ハウリア族、刃卯鱗亜は大樹へ向けて歩み出した。

 

 

深い霧の中、来達一行は大樹に向かって歩みを進めていた。先頭をカムに任せ、刃卯鱗亜は索敵を行っている。油断大敵を骨身に刻まれているので、全員、その表情は真剣そのもの。

 

「うぅ~、私も来さんみたいにカッコよく技を出したかったですぅ~」

 

道中、泣き言を言いながらシアは自分の魔法適正が低いことを憂えていた。

 

「人の強さは魔法が全てじゃない。シアには身体強化があるんだ。それだけでも十分強いよ」

「うぅ~、やっぱり来さんはやざじいでずぅ~」

 

自分が窮地に追い込まれようと、仲間の心を気に掛ける、彼はそんな人間だった。現時点のハジメなら速攻で見捨てていただろう。

 

ちなみにシアにはオスカーの隠れ家で見つけた〝宝物庫〟を渡している。自分には必要ないので、このまま懐で腐らせるよりは、誰かに渡してしまおうと考えたのである。渡した時、シアは飛び跳ねて喜んでいた。

 

シアは普段、打刀を腰に差しているが、〝宝物庫〟の中には巨大な鶴嘴が格納されている。いざという時に備えて、使用武器を即座に切り替えられるようになっている。

 

和気藹々と雑談しながら十五分歩き続け、一行は大樹の下へ辿り着いた。

 

「……こ、これは!?」

 

ハルツィナ樹海の大樹は、見事に枯れていた。

 

目視では測り辛いが、直径五十メートルはありそうだ。明らかに周囲の木々と比べて異常だった。周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているにもかかわらず、大樹だけは葉が一枚もなかった。文字通り、枯れ木。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……どうされました?」

「…只ならない気配がする」

 

来は、枯れ木と化した大樹から尋常ではない気配を感じ取った。

 

そして大樹の根元に歩み寄る。そこには、石板が建てられていた。

 

「……オルクスの扉と同じ文様だ」

 

石板には、七角形を囲むかのように文様が七つ並んでいた。オルクスの指輪の文様と石板の文様が一致した。

 

「やはり、ここが大迷宮の入口みたいだ……だけど……ここからどうすればいいのだろうか」

 

石板にまだ何か刻まれていないか探っていると、石板の裏に小さな窪みが開いていた。窪みの位置は、表の文様と同じ位置だ。

 

手に持っているオルクスの指輪を、オルクスの文様と対応する窪みに嵌めた。

 

すると……石板が淡く輝きだした。

 

何事かと、周囲を見張っていたハウリア族も集まってきた。しばらく、輝く石板を見ていると、次第に光が収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

 

〝四つの証〟

〝再生の力〟

〝紡がれた絆の道標〟

〝全てを有する者に新たな試練の扉は開かれるであろう〟

 

「……四つの証……他の迷宮にも同じような証があるのか……?」

「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか?亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、来さんみたいに、亜人に樹海を案内して貰えることなんて例外中の例外ですし」

「となると後は再生の力か……神代魔法か? もし生まれつきの再生能力なら挑戦者が大きく限られてしまう……」

 

流石に先天的な自己再生ではないだろう。もしそうならその者以外誰も試練に挑戦できない。だとすれば、後天的に会得する神代魔法の一つが鍵となるだろう。

 

 

一方、トータスの何処かで…

 

「くしゅん」

「ん?どうしたユエ?」

「ううん、何でもない」

 

一人の吸血姫(鬼)の少女が小さなくしゃみをした。

 

 

「仕方ない、他を当たるとするか……」

 

現時点ではこの迷宮の挑戦権が無いので先に他の迷宮を当たって証を得るしかない。

 

来は刃卯鱗亜に号令を掛ける。

 

「今聞いた通り、僕達は先に他の大迷宮を攻略することにした。大樹の下まで案内をするまで守るという約束も果たされた。お前達なら、もうフェアベルゲンの庇護が無くとも自衛できる。というわけで、しばしの別れだ」

 

そして、シアの方を向いた。別れの言葉を残すなら、今だという意図が黄金の瞳に宿っている。いずれ戻って来るとしても、大迷宮を三つ攻略するとなると、相当時間が掛かってしまう。それは当分の間、家族に会えなくなることを意味している。

 

シアは頷き、カム達に話しかけようと一歩前に出た。

 

「とうさ「師範! お願いがございます!」……あれぇ、父様? 今は私のターンでは…父様? ちょっと父様?」

 

シアの呼びかけを無視してカムが一歩前に出た。そして跪いた。他の者達もそれに続いて跪いた。

 

「ん?」

 

カムは、シアの姿など目に映っていないかのように無視し、意を決して一族の総意を伝えた。

 

「師範! 我々も師範のお供に付かせて頂けないでしょうか!」

「えっ! 父様達も来さんに付いて行くんですか!? 十日前の話し合いでは自分を送り出す気だったのにどうしたのです!?」

「我々は最早刃卯鱗亜であってハウリアにあらず! 我々は師範…大隊長殿の配下でございます! 是非! お供に! これは一族の総意でございます!」

「ちょっと、父様!? 私、そんなの聞いてませんよ! ていうか、これで許可されちゃったら私の苦労は何だったのかと……っていうかちゃっかり来さんの呼び名変わってませんか!?」

「正直に申しますと、シアが羨ましいのでございます!」

「ぶっちゃけちゃった! ぶっちゃけちゃいましたよ! ホント、この十日間の間に何があったんですかッ!」

 

それに対する来の答えは…

 

「駄目だ」

「何故ですか!?」

 

実にきっぱりとした返答に身を乗り出して理由を問い詰めるカム。他の者達もぞろぞろと来に詰め寄る。

 

「こんなに大人数を連れたら目立ち過ぎる。いくら僕とて全員を守り切る保証は何処にもない」

「ですがっ!」

「シアの思いを無下にしないでくれ」

 

その一言で、刃卯鱗亜達は黙り込んだ。

 

「単に羨ましいからという理由で、シアの思いを無下にするのは止めて欲しい。何でシアの思いを無下にするんだ? 何でそんなに自分勝手が過ぎるんだ?」

「言い方酷過ぎません!?」

「もうお前達にはやるべきことがあるだろう。いいかお前達、今フェアベルゲンを護れるのはお前達しかいないから、お前達が護るんだぞ。僕とシアが樹海を出た後、お前達はフェアベルゲンに近づく魔物と帝国兵を一掃しろ。今までフェアベルゲンがしてきたように魔物が近づいてきたり、樹海の周りを帝国兵がうろついていたら全力を以って排除しろ。三つの証と、再生の力を手に入れたら戻って来る。有事があれば、これで連絡するから」

 

取り出したのは、軍隊が使うような無線機だ。樹海周辺に電波塔が立っているので、樹海からある程度離れても無線で連絡できる。

 

「……了解致しました。大隊長」

「よし」

 

無線機を受け取ると、ようやく引き下がった。

 

「ぐすっ、誰も見向きもしてくれない……旅立ちの日なのに……」

 

傍でシアがのの字を書いていじけていたので、刃卯鱗亜総出でシアを見送ることにした。

 

 

「シア様! またお逢いできる日を楽しみに待っております!」

「姉上! 生きて戻って下さい!」

 

樹海の出口にて、シア・ハウリアの送別会が開かれた。

 

カムがシアの前に歩み寄り、シアの肩に両手を置いた。

 

「シア、必ず生きて戻って来るんだぞ…」

「はい、父様!」

 

シアも笑顔で返事をする。

 

「大隊長、シアを頼みます」

「ああ、彼女と膵花だけは必ず守り切る」

 

来とシアは停めてある〝飛脚〟に乗り込み、モーターを始動させた。

 

「お達者で~!」

「必ず戻って来るんだぞ~」

 

刃卯鱗亜の送り出しの言葉を背に、〝飛脚〟は地平線に向かって走り出したのであった……




次回
第二十三閃 剣士と兎の門出


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第五章 次なる迷宮 ~ライセン大迷宮編~
第二十三陣 剣士と兎の門出


すみません。

IF編は召喚鬼滅譚をある程度投稿したところで始めさせていただきます。


現在、来とシアは〝飛脚〟に乗り込んで平原を疾走していた。シアは来の後ろに乗っている。以前、樹海まで乗せた時よりも明らかにシアの密着度が高くなっている。

 

そんなシアは肩越しに質問を投げかけた。

 

「来さん。そう言えば聞いていませんでしたが目的地は何処ですか?」

「ごめん、言って無かったね。次の目的地はライセン大峡谷だ」

「ライセン大峡谷?」

 

現在、確認されている七大迷宮はオルクス大迷宮とハルツィナ樹海を除いて【グリューエン大砂漠の大火山】と【シュネー雪原の氷雪洞窟】である。確実に攻略するには、次の目的地はこの二つのどちらかにすべきでは?と思ったのだ。

 

「一応、ライセン大峡谷にも七大迷宮があると思われる。シュネー雪原は魔人族の領土だから衝突は避けられないかもしれない、それに雪原とあって環境も厳しい。今の服装じゃ凍え死んでしまう。そこを考慮すれば大火山を目指すのが最適だと思うんだが、何せ東西に伸びる大峡谷だ。途中で迷宮が見つかるかもしれない」

「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか……」

 

シアにとってそこはあまりいい思い出が無い場所だった。ついこの間そこで一族が全滅しかけたのだ。頬が引き攣ってしまうのも、無理はない。

 

「頑張れ、今のシアなら谷底の魔物も難なく倒せる。身体強化に特化した君なら何の影響もなく動けるんだ。寧ろ独壇場だろう」

「うぅ~、面目ないですぅ~」

「ははは、よしよし」

 

現在運転中なのだが片手を離してシアの頭を撫でた。シアの方はというと、嬉しそうだった。

 

「では、ライセン大峡谷に行くとして、今日は野営ですか? それともこのまま、近場の村か町に行きますか?」

「そうだね、できれば食料や調味料を揃えておきたいし、今後のためにも素材を換金しておきたいから町がいいな。前に見た地図通りなら、この方角に町があったはずだ」

 

来自身、いい加減まともな料理が食べたかったというのもある。それに町で買い物なり宿泊するなら金銭が必要になる。魔物の素材なら腐るほど〝八咫〟に詰まってるので金銭面の方は当分困らないだろう。それにもう一つ、峡谷に入る前にやっておきたいことがあったのだ。

 

「はぁ~そうですか……よかったです」

「ん? よかった? どういうことだ?」

「いやぁ~、来さんのことだから、ライセン大峡谷でも魔物の肉をばりぼり食べて満足しちゃうんじゃないかと思ってまして……」

 

 

ハジメ「ぶしゅん」

香織「くちゅん」

雫「へくちっ」

膵花「くしゅん」

ユエ「……どうしたの皆?」

ハジメ以外「「「ううん、何でもない」」」

ハジメ「あいつ……随分と楽しんでるみたいじゃねーか……(怒)何時かお前の頭を一発殴らせてくれ……」

 

 

「どうやって私用の食料を調達してもらえるように説得するか考えていたんですよぉ~、杞憂でよかったです。来さんもまともな料理食食べるんですね!」

「そりゃ人間だからね。魔物の肉は癖が強すぎて料理に向かないし、魔力が詰まってて常人が食べたら命を落としかねない。……君は一体僕を一体何だと思ってるんだ……」

「……プレデターという名の新種の魔物?」

「最早人間ですらない……」

 

とんでもなく失礼な兎である。しかし来は()()()()()()()許してあげている。そして()()()()()()()()()()

 

仲の良い様子で騒ぎながら草原を進む二人。

 

「でも、一緒に旅する相手が来さんでよかったです。来さん、とても慈しい(やさしい)ですから」

「……そうか、ありがとう」

 

来は若干嬉しそうにしていた。だが彼には膵花という最愛の妻がいる。他の女性に靡くことはない。

 

数時間程走っていると、前方に町が見えてきた。そろそろ日が暮れるといった頃だ。来の表情が綻んだ。

 

「戻って来たんだ。やっと懐かしい風景に」

 

遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模の町だ。街道に面した木製の門が建っており、その傍には門番の詰所らしき小屋もある。それなりに充実した買い物が楽しめそうな規模だ。

 

「シア、町に入る前にこれを着けておけ」

「え?あ、はい」

 

シアは来から渡されたチョーカーを首に着けた。黒を基調として、小さな水晶が散りばめられている。

 

ある程度町に近づいた所で〝飛脚〟を〝八咫〟に仕舞い、徒歩に切り替えた。

 

「ひえぇ、まだ町までそれなりに遠いんですから仕舞わなくてもいいでしょうよぉ~」

「大丈夫、シアならこのくらいへっちゃらだろう?」

「うぅ、来さんがそう言うなら、もう少し頑張ってみますぅ」

 

道中、文句を垂らすシアを宥めながらも遂に町の門まで辿り着いた。小屋から武装した男が出てきた。武装したといっても革鎧に長剣を腰に差しているだけでぱっと見冒険者に見える。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

規定通りなのか、やる気なさげな質問に対し、ステータスプレート(隠蔽済み)を取り出して応答する来。

 

「食料の調達と宿だ。旅の途中なんでね」

 

ふ~んと気の無い声で相槌を打ちながら門番の男が来のステータスプレートをチェックする。そして、少し眉間に皺を寄せた。

 

「……このレベルでよく生きてたな」

 

ステータスの数値は滅茶苦茶だったので隠蔽して非表示にしておいた。しかしそれでもレベルの表示は低い。いや、レベル表示の上昇が遅すぎる。(現在19レべ)

 

「運だけは良いらしいからね」

「マジかよ……どんだけ幸運強いんだよ。それよりあんた、見慣れない恰好をしてるな」

「僕の生まれ故郷で着ていたものなんだ」

「ふ~ん……で、そっちの兎人族は……」

 

現在、来とシアは和服を着ている。トータスではまず見かけることのない異世界の民族衣装だ。おまけに来の髪は白髪で、それなりに長いので結んである。

 

「……お察しの通り」

 

その言葉だけで納得したのか、なるほどと頷いてステータスプレートを来に返す。

 

「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか? あんたって意外と金持ち?」

「いや、そうでもないかな」

「まさか、奴隷商か?」

「それは断じてない」

 

きっぱりと否定した。相当奴隷商と見られたくないらしい。

 

「じゃあ何処で手に入れたんだ?」

「う~ん、()()()()()()()()()()()()()()…かな?」

 

門番は凍りついた。今、この青年は何と言ったのか……聞き間違いでなければ、相当強者だろう。

 

「……な~んちゃって☆」

 

来はさり気無く笑顔でデレた。女子が見ていたら確実に骨抜きにされていただろう。

 

「何だ……冗談かよ……冷や冷やさせんなよ」

「すまない。少しからかってみただけだ」

 

如何やら冗談だったようで、門番はホッと胸をなでおろした。(帝国兵を皆殺しにしたのは事実)もし本当ならとんでもない辻風である。ま、本当のことなんだけど。

 

「まぁいい、通っていいぞ」

「ああ、どうも。そうだ、素材の換金所は何処にある? ここに来るのは初めてだから」

「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な地図をくれるから」

「そうか、ありがとう」

「いいってことよ」

 

門番から情報を得た来達は門を潜り町へと入った。門にも書いてあったがこの町はブルックという名らしい。町中はそれなりに活気があった。かつて見たオルクス近郊の町ホルアド程ではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

 

こういった騒がしさが気分を高揚させた。しかし、シアは先程からぷるぷると震えて、怒鳴ることもなくただ涙目で来を睨んでいた。

 

「どうしたんだ? 折角の町なのに生まれたての子鹿のように震えて」

「これです! この首輪? です! これのせいで奴隷と勘違いされたじゃないですか! 来さん! わかっていて付けたんですね! うぅ、酷いですよぉ~、私達、仲間じゃなかったんですかぁ~」

 

旅の仲間だと思っていたのに、意図して奴隷奴隷扱いを受けさせられたことに相当ショックを受けたようだ。チョーカーにはシアを拘束するような力などない。ただの飾りである。それは解っているようだったが、それでもショックなものはショックだったようだ。

 

「違う、違うんだシア。君は僕の大事な仲間だ。奴隷でもない亜人族、それも愛玩用として人気の高い兎人族が普通に町中を歩けるはずがないだろう。ましてや、白髪で物珍しい上に容姿もスタイルも抜群。奴隷じゃなかったら十分も経たずに目を付けられる。後に待っているのは絶え間ない人攫いの嵐だ……っていきなりどうしたんだ?」

 

言い訳があるなら言ってみてくださいよぉと言わんばかりに来を睨んでいたシアだったが、話を聞いている内に照れたように頬を赤らめてキュンキュンしだした。

 

「も、もう、来さん。こんな公衆の面前で、いきなり何言い出すんですかぁ。そんな、容姿もスタイルも性格も抜群で、世界一可愛くて魅力的だなんてぇ、もうっ!恥ずかしいじゃないですかぁ~」

「いや誰もそこまで言ってないからね?(世界一……いや、宇宙一可愛い、じゃなくて綺麗で魅力的なのは膵花だけだ……!)」

 

残念な兎を前にしてさえ、呆れの色を見せることなく来は話を続ける。

 

「寧ろ奴隷という身分が、君を守っているんだ。そうでなきゃ、毎度毎度トラブルに巻き込まれて天手古舞(てんてこまい)だ」

「それは……わかりますけど……」

 

理屈も有用性も解るが、それでも納得し難いようだ。仲間というものに強い憧れを持っていただけに、そう簡単に割り切れないのだろう。

 

「……有象無象の評価なんてどうでもいい。大切な事は、大切な人が知っていてくれればそれで十分だ。一々小さい事を気にするな」

「……来さん……えへへ。ありがとうございますぅ」

 

長年想い人と連れ添って来たからこそ、その言葉に重みがあった。故にその言葉はシアの心にストンと落ちる。自分が来にとって大切な仲間であるということは、刃卯鱗亜達の皆も、来も解っている。別に万人に理解してもらう必要はない。

 

「どんなことがあろうとも、僕は仲間を見捨てない」

「町中の人が敵になってもですか?」

「世界だろうが神だろうが同じさ。仲間は誰も死なせない。たとえこの命を犠牲にしてでも……!?」

 

来は腰に差した〝舞鱗〟に左手を掛けながらシアに言ってみせた。だが、最後の言葉で来の脳内に走馬灯が駆け巡る。

 

 

『もう少し自分のことにも気を配ってくれ。自分を守るということも時には大事だ。その事がどういうことなのかじっくり考えてみろ』

 

『来君、もう一人で苦しまないで。苦しい時、悲しい時は何時でも私に頼っていいんだからね?』

 

(……そうだ、膵花と約束したんだ。膵花の命として僕の命を守るって)

 

 

「来さん?」

「……ごめん、さっきの言葉は忘れてくれ」

 

だが既に聞かれてしまっていた。いざとなれば、自分のために世界とだって戦ってくれて、剰え命を投げ出す覚悟まで有しているという言葉は、やはり一人の女として嬉しいものだった。それが惚れた相手ならば尚更嬉しいものだ。

 

「あと、そのチョーカーには通話機能と探知機能があるから、必要なら直接魔力を注ぎ込んで使え」

 

生成魔法により元々持っている〝思念通話〟と〝気配感知[+特定感知]〟が付与されている。魔力を込めた分だけ有効範囲が広がる。また、〝思念通話〟の方は器用に特定の所持者とも通話が可能であり、内緒話にはうってつけである。〝気配感知[+特定感知]〟の方はビーコンの役割を果たしている。

 

来の説明に、感心の声を上げるシア。

 

「それと、外したかったら何時でも外せるぞ。流石にずっと着けているのは暑苦しいだろうし……」

「なるほどぉ~、つまりこれは……いつでも私の声が聞きたい、居場所が知りたいという来さんの気持ちというわけですね? もうっ、そんなに私の事が好きなんですかぁ? 流石にぃ、ちょっと気持ちが重いっていうかぁ、あっ、でも別に嫌ってるわけじゃなくてですねぇ……」

「うん、取り敢えずちょっと黙ろうか」

「ぐすっ、ずみまぜん」

 

黄金の瞳の貫禄を前にシアは縮こまってしまった。旅の同行は許しても、過度なアプローチは許してくれないようだ。それでも呆れの表情は一切見せないのが辻風来という男。これが女子からの人気が高い理由の一つでもある。

 

そんなこんなでメインストリートを歩いていると、一本の大剣が描かれた看板を発見した。かつてホルアドの町でも見た冒険者ギルドの看板だ。規模は、ホルアドに比べて二回りほど小さい。

 

来は看板を確認すると重厚そうな扉を押し開き、扉の向こうへと足を踏み入れたのだった……




次回
第二十四閃 剣士は冒険者となり、六彗星は宿に集う


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第二十四陣 剣士は冒険者となり、六彗星は宿に集う

久し振りに6000文字超えた……

ブルックの町編は次回まで続きます。


不定期のオリキャラ噂話

プリズムの気遣いはよく無駄と言われるらしい。そしてブロトンは後で殴られた。


ギルドには荒くれ者達の場所というイメージがあったが、中は意外と清潔さが保たれていた。入口正面にカウンターがあり、左手には飲食店になっている。そこで何人かの冒険者達が食事を摂ったり雑談をしている。ちなみに、酒場は別の場所にある。

 

来達がギルドに入ると、案の定冒険者達の注目の的となった。最初は見慣れない恰好(和服)の二人組ということでささやかな注意を引いただけだったが、彼等の視線がシアに向いた途端、瞳の奥の好奇心が増した。それを察知した来は黄金の瞳で一睨みし、黙らせた。そして足止めもなく来はカウンターへ向かう。

 

カウンターには恰幅のよい女性がいた。そして何故かシアの冷たい視線が来に向けられている。その来はシアの方を向いて頭にはてなマークを浮かべている。何度も言うが、来には膵花という最愛の妻がいる。

 

そんな来達の内心を知ってか知らずか、女性はニコニコと人好きのする笑みで来達を迎えてくれた。

 

「こんなカワイ子ちゃんがいるのに、まだ足りなかったのかい? 残念だったね、美人の受付じゃなくて」

「……はい?」

 

来はポカンとした表情で女性の目を見ていた。何言ってるんだろう、この人。

 

「あはははは、女の勘を舐めちゃいけないよ? 男の単純な中身なんて簡単にわかっちまうんだからね。あんまり余所見ばっかして愛想尽かされないようにね?」

「いやだから違……何でもありません。肝に銘じておきます」

 

もうこの人の勘を覆せないと判断したのか、素直に聞き入れることにしたのだった。

 

「あらやだ、年取るとつい説教臭くなっちゃってねぇ、初対面なのにゴメンね?」

 

女性は申し訳なさそうに謝ってきた。何とも憎めない人だと感じたのだった。食事処では冒険者達が「あ~あいつもオバチャンに説教されたか~」と言いたげな表情で来を見ている。

 

(だから妙にここが静かだったのか……)

 

ここでも切り替えの早さは健在だった。

 

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

「あ、はい。素材の買取をお願いしたいんですが」

「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」

「買取に提示が必要なのですか?」

 

来は疑問を感じつつ言われた通りステータスプレートを懐から取り出した。

 

「おや? あんた冒険者じゃなかったのかい? 確かに、買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ」

「そうでしたか」

「他にも、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするね。どうする? 登録しておくかい? 登録には千ルタ必要だよ」

 

(やっぱり通貨は違うのか……円ならまだしも、カリトや文、両、販、石はないか……)

 

ルタというのは、この世界トータスにおける北大陸共通の通貨だ。ザガルタ鉱石という特殊な鉱石に他の鉱物を混ぜることで異なった色の鉱石ができ、それに特殊な方法で刻印したものが使われている。ルタの価値は日本円と同じだった。青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類があり、左から一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタとなっている。

 

「そうですね、折角なので登録しておきます。運の悪いことに今持ち合わせが無いので買取価格から差し引いて貰えますか?最初の買取額はそのままでいいので」

「可愛い子連れてるのに文無しなんて何やってんだい。ちゃんと上乗せしといてあげるから、不自由させんじゃないよ?」

「解ってます」

 

有難く厚意を受け取り、ステータスプレートを渡した。

 

女性は、シアの分も登録しておくかと聞いたが、そもそも持っていないのでまずは発行をしてからとだけ伝えた。

 

来としては、シアのステータスを把握しておきたかったのだが、技能欄に固有魔法がはっきり記載されるのでまだ見られるのは不味いと判断して見送ることにした。

 

戻って来たステータスプレートには、天職欄の横に職業欄が追加されており、そこには〝冒険者〟と書かれていた。更にその横には青い点が付いていた。

 

青色の点が示しているのは、冒険者のランクである。色は通貨の価値と対応している。この制度を作った初代ギルドマスターの性格は知らないが、覚えやすくて助かる。

 

ちなみに、非戦闘系の天職持ちが上がれる限界は黒。ハジメは錬成師という典型的な非戦闘職なのでいくら頑張っても黒より上に上がることはない。だが来は剣士というばりばりの戦闘職であり、金まで上がることができる。(実力で言えば既にその域に達している)

 

「男なら頑張って金を目指しなよ? お嬢さんにカッコ悪いところ見せないようにね」

「善処します。それで、買取はここでいいのですか?」

「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

 

受付だけでなく査定もできるとは、優秀な方だ。来は、あらかじめ〝八咫〟から取り出して籠に入れ替えておいた素材を取り出した。樹海の魔物から剥ぎ取った素材である。流石に奈落の魔物の素材を出したら大騒ぎになり兼ねないのでそれは仕舞ったままだ。品目は魔物の毛皮や爪、牙、そして魔石だ。カウンターの受け取り用の入れ物に入れられていく素材を見て、女性は再び驚愕の表情を露わにする。

 

「こ、これは!」

 

恐る恐る手に取り、隅から隅まで丹念に確かめる。息を詰めるような緊張感の中、ようやく顔を上げた女性は、溜息を吐きながら来に視線を移した。

 

「とんでもないものを持ってきたね。これは…………樹海の魔物だね?」

「ええ、そうですけど」

 

女性の反応を見るに、樹海の魔物の素材は相当珍しいようだ。

 

「樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ」

「やはりそう簡単には手に入らないですよね」

「そりゃあねぇ。樹海の中じゃあ、人間族は感覚を狂わされるし、一度迷えば二度と出てこれないからハイリスク。好き好んで入る人はいないねぇ。亜人の奴隷持ちが金稼ぎに入るけど、売るならもっと中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」

 

実際シアたち刃卯鱗亜の協力もあって樹海を探索していた。だが、来は水陸両用の生体ソナーを持っているので、霧で視界を奪われても一応地形や生物の位置を把握することができる。

 

それから、全ての素材の査定が終わった。買取価格は、四十八万七千ルタ。結構な額だ。

 

「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね」

「いえ、大丈夫です」

 

そのまま五十一枚のルタ通貨を受け取った。異常に薄くて軽いので場所を取らない。

「ところで、この町の簡易な地図を貰えると聞いたんですが……」

「ああ、ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

手渡された地図は、無料とは思えない程に精巧に描かれていた。

 

「ありがとうございます。非常に精巧に描かれていますね」

「なあに、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

「これが落書きなのか……」

 

この女性、かなり優秀のようだ。外見年齢から推測して若い頃は今より重要な職に就いていたに違いない。

 

「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その娘ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

「まあその連中なら僕が完膚なきまで叩きのめしておくんで」

 

しれっと周りの冒険者達に宣戦布告をしてしまっているが、女性は最後まで気配り上手でいい人だった。来とシアは頭を下げ、入口に向かって踵を返した。

 

 

「次は何処に行きますか?」

「そうだね、次は何処に行こうかな」

 

現在二人は〝八咫〟に記録した地図を見て次の行先を考えている。

 

「今日はもう何処かで泊まりません? 私もうクタクタなんですよぉ……うわっ!?」

 

シアが他の人にぶつかってしまったようだ。シアとぶつかったのは来よりも年上の女性だった。

 

「何処見て歩いてんだいアンタ」

「ひぇぇ、ずみまぜん~」

 

女性の剣幕にシアはビクッとしてしまい、涙目で謝る。

 

「シア、大丈夫か? すみません、うちのシアがご迷惑をお掛けしたみたいで……」

「ん? このお嬢ちゃんアンタの連れかい? もう少し周りに気を配ったらどうな……」

 

女性は来を僅かの間見つめ、声を震わせて尋ねた。

 

「アンタ……白狐かい?」

「どうしてその名を……まさか、ヘールボップさん?」

「え、あの、この人は一体……」

 

突然の展開にシアは付いていけていなかった。

 

「アンタ……嬢ちゃん(膵花)をほったらかして今まで何処に行ってたんだい!」

「がッ……!」

 

来の腹にヘールボップのパンチが炸裂する。突然の一撃に流石の来も反応できず…いや、反応はしていたが躱さなかった。そしてそのまま地面に倒れ込んだ。

 

「来さん! 来さんに何するんですか!」

「何だ? アンタ白狐の知り合いか? 悪いけど、これはアタイとソイツの話なんだ。首突っ込むんじゃないよ」

「いきなり来さんのお腹を殴っておいて、話って何ですかぁ!? 完全に一方的な暴力じゃないですかぁ! それと、来さんを白狐って呼ぶのを止めて下さい!」

「アンタ白狐の連れじゃないのかい!? 何で白狐が反撃しなかったのか分からないのかよ!?」

「うっ……」

 

確かに来は反撃も回避もせずにそのまま喰らった。シアの頭では突然の攻撃に反応できなかった、というのが考えられる限界だった。

 

「アタイのパンチを喰らったら()()じゃまず間違いなくあの世逝きだよ。吹っ飛ばなかっただけマシと思いな」

 

その言葉を聞いた瞬間、シアの中で何かが音を立てて切れた。そして腰の刀に手を掛けた。

 

「貴女だけは……貴女だけは絶対に許さない!!」

 

ヘールボップは依然鋭い目つきのままシアを見ていた。

 

「うあああああああああ!!!」

 

怒りに任せて刀を抜き、動かないヘールボップに向かって振り下ろした。

 

「愚かがッ!」

 

が、刃がヘールボップの身体に届く前に、シアの首に手刀が振り落とされた。シアは刀を落とし、一瞬痙攣した後、地面に倒れ伏した。

 

「……何故僕と膵花が一緒じゃないかは後で話をします。今は、気を静めてください」

「……アタイとしたことが面目ないねぇ。悪かったよ」

 

やはり来は強者だった。一触即発だった状況を一瞬でひっくり返した。

 

「続きは宿で話すとしましょう」

「そうだ、宿で思い出した。アンタ、ギルドのオバチャンから貰った地図持ってないかい? アタイったらうっかり失くしちゃってさぁ~」

「ええ、もう使わないのであげますよ」

「本当かい!? ありがとよぉ~、さっきは腹パンして悪かったよぉ~」

 

先程の状況からは想像もつかない程態度が変わっていた。光輝が聞いたら驚くこと間違いなし。

 

こうして大事に発展することなく事を収め、三人は宿へ向かって行った。

 

「そう言えば、千里眼の能力で宿を探せたのでは……?」

「あっ……」

 

 

宿屋、〝マサカの宿〟にて。

 

「もうチェックイン終わったのに姐さん何処に行っちゃったんだろ~」

「リーダーまたどっかで問題起こしてないといいけど……」

「おっ、噂をすれば」

 

宿にまた新たに三人、入って来た。一人はヘールボップだ。そして、気絶している兎耳の少女を背負っている青年の方は何処か見覚えがあった。

 

「姐さ~ん、今まで何処行ってたのよぉ~」

「ん? プリズム様、そちらの方は一体……? まさか殿か……」

「坊ちゃん、それはないと思うよ」

「ああ……」

 

青年の方もこちらに気づいたようだ。

 

「いやぁ、すまないねぇ。地図失くして道に迷ってたんだよ……どうしたんだい皆してこっちをじろじろと見て……」

「ひょっとして君、辻風君か?」

「ええ、お久しぶりです。ブロトンさん」

 

この五人も来の知り合いだった。麦藁帽子を被っている女性はテイア・テンペル、忍の恰好をしている青年はハレ―・百武、神社の巫女のような恰好をしている女性はジーレイ・エンケ、フードを被っている青年はブロトン・イアソン、古代ローマの女性が着ているような服装の女性はポキシエ・ハートレーという。

 

「五人とも無事でよか……」

「明星様!!」

「辻風様!!」

 

テイアとジーレイが来に抱きついてきた。

 

「よしよし、二人共元気で良かった」

 

笑顔のまま二人の頭を撫でる来。二人共気持ち良さそうにしている。

 

「師範、御健勝そうで何よりでございます」

「鍛錬の方は励めているか?」

「はい、毎日欠かさず鍛錬に励んでおります」

 

カム達より前にもう弟子がいた。刃卯鱗亜にとってハレ―は兄弟子にあたる。

 

「明星、無事でよかった」

「ハートレーさんも」

 

シアを除く全員が再会の喜びに浸っていた。

 

「本当ならここでもっと沢山話がしたいけど、君はまだチェックインが済んでいないだろう? 僕らはもう済ませたから、一旦ここで失礼するよ」

「はい、また何処かで」

 

ヘールボップ一行はそれぞれの部屋に向かって行った。

 

「んん……ここは? そうだ! あの女は……」

「目が覚めたか? シア」

「来さん……無事だったんでずねぇ~!!」

 

シアは泣きじゃくりながら来に抱きついてきた。

 

「よしよし。心配かけてごめんね」

 

来はシアを宥めながらカウンターへ向かった。すると、十五歳くらいの少女が元気よく挨拶しながら現れた。

 

「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」

「今日は泊まりに来た。ガイドブックを見て来たんだが、記載されている通りでいか?」

 

来が見せた〝八咫〟に映っている地図を見て合点がいったように頷く少女。

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

「取り敢えず一泊で頼む。食事と風呂も付けてくれ」

「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

「ふむ…二時間で頼む」

「えっ、二時間も!?」

「そんなに驚く程長いのか?」

 

来は元古都民なので一時間単位で風呂に入るのが習慣になっている。日本にいた時も南雲家では最後に入っていた。(勿論膵花と混浴の日もある。というかほとんど混浴)

 

「え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 今なら二人部屋が空いてますが……」

 

少女はちょっと好奇心が含まれた目で来達を見ていた。そういうのが気になるお年頃なのだろう。だが、周囲の食堂にいる客達まで聞き耳を立てるのは流石に勘弁してもらいたい。シアも美人とは思っていたが、想像以上に彼女の容姿は目立った。膵花という美女の妻がいるのでこういう感覚には疎くなっていた。

 

「それで頼む」

 

来が躊躇なく答えると、周囲がざわつき始めた。少女も少し顔が赤くなっている。シアはというと…

 

(ふふふ、来さんに私の処女を貰ってもらいますよぉ)

 

性的な意味で来を狙っていた。

 

「あの、手続きの方お願いします」

「へっ!? あ、はい……」

 

いかがわしい想像をしていた少女は来の声で正気に戻り、手続きを済ませた。手続きが済んだと共に、来はシアを抱えて一階から三階まで瞬間移動した(ように駆け上がった)。二人部屋に入ると、シアをベッドに寝かせ、自分はヘールボップ達の許へ向かった。

 

 

「成程、つまり君は、滝沢ちゃんとその他同年代の男女十数名と共にこの世界に召喚されて、オルクス大迷宮で仲間の裏切りに遭い、奈落に落ちた…そして二か月程掛かって地上に生還した後、シアという名の兎人族とライセン大峡谷で出会い、兎人族全員を死から救ったのち、この町にやって来たと」

「そうかい……アンタにはアンタなりに事情があったんだね。理由もなく殴って悪かったよ」

 

ヘールボップ一行と来は三人部屋に集まり、話をしていた。

 

「いいんですよあれくらい。それで、ヘールボップさん。以前この世界で膵花と出逢ったそうですけど、今彼女が何処にいるか、分かりますか?」

「いや、残念だけどアタイにも分からない」

「そうですか……」

 

(本当ならアタイの千里眼で見つけられるだろうけど、それじゃ白狐の為にならない。自力で見つけ出してこそ初めて喜びが湧くってもんだ)

(プリズム、その気遣いは余計だと思うよ…)

 

来は少し落ち込んでいた。膵花の居場所が分かれば直ぐに飛んでいくのだが、場所が分からない以上、情報も無く闇雲に捜すのはあまり良い策とは言えない。

 

「別に落ち込まなくていいのよ明星様。魔女っ娘ちゃんなら大丈夫だって」

「滝沢嬢ならきっと無事でしょう。辻風様も根気強く捜せば、何時の日か再び二人が廻り逢う時が来るでしょう」

「二人共、ありがとう」

 

来はすこし元の調子を取り戻した。

 

「師範、その、シアという少女とはどういう関係なのですか?」

「普通に大事な仲間だと思っているが、それがどうかしたか?」

 

それを聞いてハレ―はホッとした。年月が経ってもかつての来は健在だった。

 

「それでは僕は戻ります」

「明星」

 

来が部屋を出ようとすると、ハートレーが呼び止めた。

 

「必ず生きてホーリィと再会しなさい」

「……分かった」

 

来はそう一言だけ言って、ヘールボップ達の部屋から出たのであった……




次回
第二十五閃 ゆったり休息まったり準備


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第二十五陣 ゆったり休息まったり準備

どうも、最果丸です。

遂にシアとハジメ、香織が接触を果たします。ですが、再会には至りません。雫と膵花はオルクス大迷宮にいます。

ここまで三種の神器に因んだ名前のアーティファクトが登場してきました。(八咫と草薙)気づけば名前の方は〝八尺瓊〟を残すのみとなりました。果たして、その名は何処で付けられるのでしょうか……


夕食の時間になり、来はベッドで寝ているシアを起こした。

 

「あれぇ? もうご飯のお時間ですかぁ?」

「そうだよ。おはようのとこ悪いけど、髪撥ねてるよ」

「えっ!? わわわ、早く整えないと……」

 

シアは慌てて自分の髪を手櫛で申し訳程度に整える。

 

「……よし、これで何とかなったでしょう」

 

髪を急いで整えたシアを伴って、来は階下の食堂に向かった。

 

「……何でこの人達まだそこにいるんだ?」

 

チェックインの時にいた客が、何故か全員まだ其処にいた。

 

冷静を装って席に着く来とシア。すると、ほんのり頬を赤く染めた少女が給仕に来た。瞳の奥の好奇心が隠しきれていない。

 

「ご、ご注文はいかがなさいますか?」

「この定食を二人前で頼む」

「は、はい。か、かしこまりました」

 

取り敢えず量が多めの定食を二人前頼んだ。樹海の魔物の素材のお陰で金銭はたんまり持っているが、来は庶民育ちだったのでそれ程豪華ではない一品を選んだ。

 

「お、お待たせしました……」

 

少女は震えた声で料理を運んできた。それなりに美味しそうに盛り付けてある。

 

「もぐもぐ……美味しいです……」

「うん、久し振りに食べる料理は格別だね」

 

確かに久方振りの料理は美味だった。

 

でも、もう少し落ち着いて料理を堪能したかったと呟いた来なのであった。

 

 

風呂の時間。シアとは時間を分けている。シアが先で来が後だ。

 

「やっぱり一人は寂しいものだな……」

 

今の彼の許にはシアという仲間がいる。だが、入浴の時間は、孤独の苦しみを味わうことになるのであまり長く浸かりたくなかった。それでも疲れは大分取れるので結局時間一杯浸かってしまうのが彼。

 

「膵花……」

 

そこへ、上がったはずのシアが湯船から飛び出してきた。

 

「隙ありですぅ~」

「うわぁっ!?」

 

風呂に入っている時は索敵を解いているのでシアの存在にギリギリまで気づかなかった。

 

「シア!? もう上がったはずじゃ……」

「ふふふ、来さんが気を緩めるまで潜ってて気を緩めた瞬間に襲うというこの作戦、完璧ですよね!?」

「……」

「来さん? 聞いてますか?」

「……風呂に潜るんじゃない!」

「「ひぃぃぃぃ! ごめんなさぁぁぁぁい!!」」

 

風呂場に二箇所、雷が落ちた。一つは、シアに。もう一つは、陰からこっそり覗いていた少女に。

 

 

シアがベッドでぐーすか寝てる時でも、来は眠らなかった。というか記憶が戻ってから一睡もしていない。前に何度か眠ろうとしてみたのだが、いずれもあの惨劇を繰り返して見せられるだけだった。孤独の苦しみをここでも味わってしまう。特に苦痛なのが、悲痛に染まった膵花の顔を見ることだ。かなりストレスが溜まっており、いつ限界を来してしまうかも分からない。

 

「ごふっ……」

 

来は吐血してしまった。これもオスカーの隠れ家で休息していた時からずっと来を苦しめていた。隣に膵花がいないから安心して眠れない。無理に眠ろうとすれば悪夢がそれを許さない。来の細胞一つ一つが膵花の匂い、声、温度を欲している。宛ら禁断症状だ。不眠のストレスと膵花を欲する禁断症状の合わせ技が、来を苦しめる。

 

「……僕は絶対、生きて膵花と再び巡り会うんだ……」

 

そう言って神水を飲み、少しでも気を紛らわすために、一晩中自分の刀、舞鱗の手入れと、()()()()()()()()をしていた。

 

 

翌朝、朝食を摂った後で、シアは言ってきた。チェックアウトは昼なのでまだ数時間は部屋を使える。

 

「そうだ、来さん。私、服を見ておきたいんですけどいいですか?」

「ん? どうした? 今の服がきついのか?」

「いえ、替えの服も用意しておきたいな~と思いましてですねはい……」

 

シアは和服を気に入っていたのだが、数が少ないのと、もう少し軽装のものが欲しかったのだ。

 

「そうか、じゃあ買い出しも頼もうかな」

 

そういって来はシアにいくらか金銭を手渡した。シアは可憐な笑顔で部屋を後にした。

 

 

現在、シアは一人で町に出ていた。ただでさえ容姿端麗で愛玩用としても人気の高い兎人族のなかでも、青みがかった白髪という珍しい髪色をしているのだ。首に着けた奴隷用の首輪を模したチョーカーと、口元を隠す手拭がなければすぐにでも人攫いに遭っていただろう。尤も、今のシアは和服姿に刀を装備している。更に〝身体強化〟もある。一人で行かせても多分問題はないだろうと来が判断したのだ。万が一シアが人攫いに遭ってもチョーカーがシアの居場所を示しているので直ぐに駆けつけることができる。流石にシアが人攫いに遭うほどおっちょこちょいではあるまい。

 

町の中は、既に喧騒に包まれていた。露店の店主が元気に呼び込みをし、主婦や冒険者らしき人々と激しく交渉をしている。飲食関係の露店も始まっているようで、朝から肉の焼ける香ばしい匂いや、タレの焦げる濃厚な香りが漂っている。

 

道具類の店や食料品は時間帯的に混雑しているようなので、シアはまず衣服から揃えることにした。

 

キャサリンの地図には、きちんと普段着用の店、高級な礼服等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けてオススメの店が記載されている。やはり彼女は有能だ。

 

シアは早速、とある冒険者向きの店に足を運んだ。ある程度の普段着もまとめて買えるという点が決め手だった。

 

その店は品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。

 

一つだけデメリットを挙げるとすれば……

 

「あら~ん、いらっしゃい♥可愛い子ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~っぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」

 

身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めているちょっと個性の強過ぎる人がいた。動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。腕と脚、腹筋が丸見えの服装をしている。

 

シアは既に意識が飛びかけていた。

 

「あらあらぁ~ん? どうしちゃったの? 可愛い子がそんな顔してちゃだめよぉ~ん。ほら、笑って笑って?」

「あ、あはは……すみません……」

 

シアはぎこちない笑顔を作るのが精一杯だった。思わず「……人間?」と呟きかけたがそんなことをすれば確実に殺されるのが目に見えているのでぐっと堪えた。

 

 

ユエ「くしゅん」

 

 

「ふぅ~ん。それでぇ? 今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~ん?」

 

ここに来がいれば直ぐにでも抱きついているだろうが、この場に彼はいない。シアは意を決して衣服を探しに来た旨を伝えた。キャラの濃い人は「任せてぇ~ん」と言うやいなやシアを担いで店の奥へと入っていってしまった。その時の、シアの目は、まるで戦場に赴く神風特攻隊の隊員のようだった。

 

結論から言うと、個性の強い人……もとい店長のクリスタベルの見立ては見事の一言でしかなかった。店の奥へ連れて行ったのも、シアが粗相をしたことに気がつき、着替える場所を提供するためという何とも有り難い気遣いだった。

 

シアは、クリスタベル店長にお礼を言い店を出た。その頃には、店長の笑顔も愛嬌があると思えるようになっていたのは、彼女?の人徳ゆえだろう。

 

「やはり人は中身ですよね……」

 

次は道具屋に回ることにしたシア。しかし、唯でさえ目立つシアだ。すんなりとは行かず、気がつけば数十人の男達に囲まれていた。冒険者風の男が大半だが、中にはどこかの店のエプロンをしている男もいる。

 

その内の一人が前に進み出た。この男、実は来達がキャサリンと話しているとき冒険者ギルドにいた男だ。

 

「シアちゃんで名前あってるよな?」

「え? あ、はい」

 

シアは、亜人族であるにもかかわらず〝ちゃん〟付けで呼ばれたことに驚いた表情をする。

 

シアの返答を聞くとその男は、後ろを振り返り他の男連中に頷くと覚悟を決めた目でシアを見つめた。他の男連中も前に進み出て、シアの前に出る。

 

「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」

 

奴隷の譲渡は主人の許可が必要だが、昨日の宿でのやり取りでシアと来の仲が非常に近しい事が周知されている。まず、シアから落とせば来も説得しやすいだろう……とでも思ったのか。

 

告白を受けたシアはというと…

 

「……急いで買い出しを済ませなきゃ……」

 

……完全に上の空だった。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 返事は!? 返事を聞かせてく『断ります』……ぐぅ……」

 

男は呻き、何人かは膝を折って四つん這い状態に崩れ落ちた。しかし、諦めが悪い奴はどこにでもいるようで、ましてやシアの美貌は他から隔絶したレベルだ。多少、暴走するのは当たり前である。(トータス限定)

 

「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

 

最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながらシアに飛びかかった。

 

シアは男を視認することなくそれを躱し、地面に向かって煙玉を投げつけた。煙玉は炸裂し、周囲を煙で包んだ。煙が晴れると、既にシアの姿は消えていた。ハジメが見たら「あっ、ウサミミくノ一」って言うに違いない。

 

最初にシアに飛び掛かった男はその後、懲りていないのか今度は()()()()()()に声を掛けて氷漬けにされ、挙句の果てには股間に何度も攻撃を喰らって潰され、男としての死を迎えて漢女(おとめ)に生まれ変わることになるのだが、それはまた別の話。

 

「ひゅ~、危うく酷い目に遭うところでした……」

 

何とか撒いたようだ。

 

「早くお使いを済ませないと……うわぁ! すみません!」

 

今度は人にぶつかってしまった。やはりシアは歩くトラブルメーカーのようだ。

 

「いってぇな……何処見て歩いてんだウサミミくノ一のドジウサギ!」

「ちょっとぉ!? 何なんですかぁ!? いきなり初対面の人に向かってど、ドジウサギだなんて……」

 

ぶつかったのはシアと同年代位の少年だった。髪は黒く、容姿は平凡だった。だが、目つきは鋭かった。そしてウサミミくノ一と言った。

 

「兎人族を一人で歩かせるとは……お前のご主人様の顔を拝んでみたいもんだ」

()()()()()、もうこのくらいにしたら? 彼女、凄く落ち込んでるみたいだよ?」

「……ごめん、()()。あいつが見つからないからついカッとなっちまってな」

「ううん、気にしないで。()()()()()がごめんね?」

「いえ、大丈夫です。こちらこそすみませんでした」

 

香織と呼ばれた少女に謝られ、シアも謝り返した。そしてそそくさとその場を後にしたのだった。

 

()()()()、一体何処にいるんだろうね」

()()()()が生きてるって言ってんだ。きっとこの世界の何処かで生きてるだろ」

「もしかしたらもうこの町に来てたりしてね……なんて」

「もしそうならぶっ飛ばす」

「そういえば、さっきの子に()()()()のこと聞くの忘れてた」

「あっ……」

 

 

シアが宿に戻ると、来は丁度何かの作業を終えていた。

 

「お疲れ。町中が少し騒がしかったようだったが、何か遭ったのか?」

「……いえ、何でもありません……」

「そうか、無事でよかった」

 

服飾店の店長が個性の強すぎたり、男共に囲まれて煙玉で逃げる破目になったり、同年代の男の子にキレられたりしたが、概ね何もなかったとシアは流した。

 

「必要なものは全部揃ったか?」

「食料も沢山揃えましたから大丈夫です。にしても宝物庫ってホント便利ですよね~」

 

シアに渡した〝宝物庫〟がかなり役立ったようだ。

 

「さてと、シア。これは君のもう一つの武器だ」

 

そう言って手渡したのは刃渡り?が百センチ、取っ手が二十センチの大剣のような物体。しかも重そうな外見とは裏腹に軽量に作られている。

 

「な、なんですか、これ? 見た目に反して少し軽いんですけど……」

「そりゃあ、君用の大鋸なんだ。重過ぎたらうまく振れないと思ってね」

「へっ、これが……ですか?」

 

大鋸とは言うものの、これには刃が一本も無い。誰が見ても棍棒にしか見えないだろう。

 

「今は待機状態だ。取り敢えずそれに魔力を流してみてくれ」

「えっと、こうですか? ……ッ!?」

 

指示通りに大鋸らしき武器に魔力を流してみると、近未来を思わせる機械音を響かせながら無数のプラズマ刃が飛び出し、回転を始めた。見た目は完全にチェーンソーだ。

 

草薙と命名したこのチェーンソー型の大剣は文字通り()()()()()()()()()()()が自慢のシア用の武器だ。更に魔力を流すことで回転速度を速めることもできる。草薙という名がついているが、草どころかタウル鉱石製の壁すら切断してしまう。

 

来が一晩中かけて作っていたのがこの武器で、シアが買い出しに行っている時に最終調整をしていたのだ。

 

「腰の刀が使えない状態の時に使うといい。これから何があるか分からないからね。僕の指南を受けたとはいえ、まだ十日しか経っていない。シアは大事な仲間なんだから、死なれたら困る」

「来さん……ふふ、大丈夫です。私、まだまだ強くなって、どこまでも付いて行きますからね!」

 

シアは嬉しそうに草薙を抱く。ちなみに待機状態である。大鋸の贈り物に大喜びする美少女という異様な図が出来上がっているが、気にしてはいけない。

 

はしゃいでいるシアを連れて、宿のチェックアウトを済ませた。宿の少女が来達を見ると頬を染めるが一々相手にする暇がない。

 

外に出ると太陽は天頂近くに登り燦々と暖かな光を降らせている。後ろではシアが頬を緩めて来を見ている。

 

「行こうか。〝ライセン大峡谷に〟」

「はい!」

 

白狐の剣士と兎の少女は、まだ見ぬ大迷宮に向かって、一歩を踏み出した……




次回
第二十六閃 突入


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第二十六陣 突入

来とシアがライセン大迷宮に突入する以前にもうハジメと香織、ユエが突破しちゃってます。

読者すら苛立たせるほどの理不尽迷宮を前にしてもなお平然といられるオリ主の忍耐力が化け物です……(もう既に化け物だけど)


谷底の光景は正に、死屍累々だった。全て鋭利な刃で一刀両断され、一撃で絶命していた。

 

本来ライセン大峡谷は、奈落程ではないが、強力な魔物の住処となっている。常人ならば、まず生きて帰ることが難しいだろう。

 

だがしかし、()()()()となればこれに当てはまらない。白狐の剣士、辻風来と、兎の少女、シア・ハウリアである。

 

「一撃必殺ですぅ!! 【鳴ノ舞 〝紫電一閃〟】」

 

雷を纏ったシアの居合斬りで一体の魔物は真っ二つに斬られた。シアの魔法適正は薄いが、これは魔法ではないのでわざわざ魔法陣を描く必要がない。これでほとんどの魔物は難なく倒せる。

 

来はというと、谷を縦横無尽に駆け回りながら魔物を斬り伏せていく。流石に〝飛脚〟に乗ったまま刀を振るうのは不利だ。刀の形状的にも機動力的も降りて戦った方がいい。

 

「【鳴ノ舞 〝熱界鎌鼬〟】」

 

最早視認不可能な速度で抜刀と納刀を繰り返し、属性を持たない斬空刃が無数に飛び交った。魔物の群れは成す術もなく谷底の滲みとなった。更に血だまりから陽炎が発生し、それはやがて小さな積乱雲となり、近くで雷が落ちた。これが技の名前に〝熱界〟が付いている理由である。

 

谷底に跋扈する地獄の怪物がまるで雑魚のようだ。大迷宮を示す何かがないかを探索しながら片手間で皆殺しにして行く。道中には魔物の死体が積み重なって山のようになっている。

 

「正確な位置が分からないからこうやって探しているわけだけど……思ったより難しいな」

 

現在ライセン大峡谷に突入してから二日が経っている。【オルクス大迷宮】の転移陣が隠されている洞窟は既に通り過ぎていた。

 

「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」

「それもそうだね」

 

そうして更に探索を続けること三日。未だに収穫はなく、時間ばかりが過ぎていく。空に浮かぶ上弦の月を臨む谷底の一角で、野営の準備をしていた。テントを建て、夕食の準備をする。町で揃えた食材と調味料と共に、調理器具も取り出す。野営テントと調理器具に特殊な性能はない。本当に()()()テントと調理器具である。

 

野営テントは、これといった特殊な効果は無い代わりに、通気性に優れた構造になっていて、眠る時に蒸し暑くならないようになっている。

 

調理器具の方も、特別な効果は無いが、性能は格段に良かった。特に包丁の方は、普通の包丁で絶対切らないだろう鰹節をいとも容易く切断したという伝説を持つ、地球一よく切れる包丁並みの切れ味になっている。

 

生成魔法が宝の持ち腐れになってしまっている。

 

その日の夕食は、茹で鶏と鶏ガラ出汁スープ、サラダである。茹で鶏とあるが、材料はクルルヤ…ではなく、空を飛べる鶏である。肉質も味も地球の鶏に非常に酷似しており、この世界で最もありふれた鶏肉である。調理方法は至って簡単。適度な濃さの塩水で久侘…ではなく鶏を茹でるだけ。シンプルだが、これが格別に美味なのだ。スープの方は、茹でた後のお湯をそのまま使ってくし切りにした玉葱のような葉菜、千切りにした人参のような根菜を煮込んで出来上がる。鶏の出汁に加え、野菜の出汁がお湯に溶け込んでいるので絶品である。最後にサラダ。これはトマト、レタス、キュウリの三種類だけを使ったものだ。輪切りのトマトとキュウリ、葉をそのまま取っただけのレタスを適度に混ぜ、特製のタレをかけて出来上がる。

 

お客に出せる程の料理を堪能し、その余韻に浸りながら、何時ものように食後の雑談をする来達。テントを建てる前に一帯の魔物はシアが全て駆逐してあるのでしばらく襲われる心配がない。就寝時間も、()()()()がぐっすり眠り、来は不眠で見張りを朝まで続ける。

 

その日も就寝時間になり、寝る準備に入るシア。テントの中の布団はそれなりにふかふかなので、野営にもかかわらずそれなりに快適な睡眠が取れる。

 

布団に入る前に、シアはテントの外に行こうとしていると、訝し気な表情をした来が、シアを呼び止めた。シアはすまし顔で言う。

 

「ちょっと、お花摘みに」

「……そうか、いってらっしゃい」

 

勿論谷底に花など一輪も咲いていない。その真意には気づいているものの、敢えて言わないのがデリカシーのある男性。ハジメはというと……今の状態なら言いかねない。

 

しばらくすると、シアが、魔物を呼び寄せるかのような大声を上げた。

 

「ら、来さ~ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」

 

シアの声がした方へ行くと、そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。シアは、その隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。その表情は、まるで信じられないものを見たかのように興奮に彩られていた。

 

シアに導かれて岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在した。そして、その空間の中程まで来ると、シアが無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。

 

その指先を辿って視線を転じる来は、そこにあるものを見て目を瞬かせた。

 

其処には、壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、女の子が書いたのか、みょんに丸っこい字でこう掘られていた。

 

〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク(クソッタレ)大迷宮へ♪〟

 

ドキワクの部分に横線が入れられ、その上に鋭い字でクソッタレと書かれていた。恐らく後から書き加えられたのだろう。

 

〝!〟や〝♪〟のマークが妙に凝っているが、それ以上にクソッタレという部分が謎を呼んでいた。

 

「……何これ」

 

確かに信じられないものだった。

 

「何って、入口ですよ! 大迷宮の! おトイ……ゴホッン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」

 

シアはやけに能天気だ。

 

「……()()()()という名前……」

 

その名に見覚えがあった。オスカーの手記に書かれていたライセンのファーストネームだ。ライセンの名は世間にも伝わっており有名ではあるがファーストネームの方は知られていない。故に、その名が記されているこの場所がライセンの大迷宮である可能性は非常に高かった。

 

「間違いなく【ライセン大迷宮】だ。やはり勘は当たっていたようだな……それにしても、言葉遣いが妙にお調子者だな。何かあるのか……?」

 

誰かのいたずらと思いそうだが、オルクスでもそうだったように、大迷宮は難易度が非常に高い。用心に越したことはない。

 

「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」

 

そんな来の考察に気づくこともなく、シアは、入口はどこでしょう? と辺りをキョロキョロ見渡したり、壁の窪みの奥の壁をペシペシと叩いたりしている。

 

「シア、あまり不用意に動き回ると……」

「ふきゃ!?」

「シア!」

 

来の眼前で、シアの触っていた窪みの奥の壁が突如回転し、巻き込まれたシアはそのまま壁の向こう側へ姿を消した。さながら忍者屋敷の仕掛け扉。

 

「行くしかないか……」

 

シアの後を追い、来も回転扉に手を掛けた。仕掛けは問題なく作動し、扉の向こう側に送る。中は暗闇に包まれていた。扉が元の位置に戻ると、その瞬間、空気を裂く音が響いた。

 

暗闇の中を、来目掛けて無数の何かが飛来した。暗闇で見えないが、音波探知で位置を捉える。

 

風切り音を頼りに神速の抜刀術で次々と斬り落としていく。歯切れのよい音が部屋に響く。

 

その数二十。最後の一つが斬り落とされる音を最後に、再び静寂が戻る。

 

それと同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。そこは十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版がある。床に転がっているのは矢だった。

 

(シアがいない……? まさか!)

 

シアがこの部屋にいないということは、来が入ったのと同時に再び外に出た可能性が高い。直ぐに回転扉を作動させた。

 

「シア!」

「うぅ、ぐすっ、来ざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

 

おそらく矢が飛来する風切り音に気がつき見えないながらも天性の索敵能力で何とか躱したのだろう。だが、本当にギリギリだったようで、衣服のあちこちを射抜かれて非常口のピクトグラムに描かれている人型の様な格好で固定されていた。兎耳が稲妻形に折れ曲がって矢を避けており、明らかに無理をしているようでビクビクと痙攣している。もっとも、シアが泣いているのは死にかけた恐怖などではない。シアの足元を見ると……盛大に濡れていた。

 

「……」

「うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」

 

女として絶対に見せたくなかった姿を、よりにもよって惚れた男の前で晒してしまった。来はというと、目元を片手で隠している。

 

「取り敢えず着替え、出そっか」

「はぃ~」

 

シアを磔から解放し、着替えさせる。シアの顔は言うまでもなく、真っ赤だった。来は、シアに背を向けて座り、お茶を飲んでいる。心を落ち着かせているのだ。

 

そして、シアの準備も整い、いざ迷宮攻略へ!と意気込み奥へ進もうとして、シアが石版に気がついた。

 

顔を俯かせ垂れ下がった髪が表情を隠す。しばらく無言だったシアは、おもむろに草薙を取り出すと一瞬で展開し、渾身の一撃を石板に叩き込んだ。石板には入口と同じ字でこう書かれていた。

 

〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟

〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟

 

容赦なく切断される石板。よほど腹に据えかねたのか、親の仇と言わんばかりの勢いで草薙を何度も何度も振り下ろした。

 

すると、細切れになった石板の跡、地面に何か彫ってあった。

 

〝ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!〟

 

「ムキィーー!!」

「シア! 落ち着け! 今みたいに毎回キレてるようじゃ相手の思う壺だ!」

「放してください来さん! メチャクチャに壊さないと気が済まないんですぅ~!!」

 

草薙を振り回そうと暴走するシアを来が羽交い絞めにする。手を離せば間違いなく暴走を始めるだろう。それだけは何としてでも阻止しなくてはならない。

 

(ライセン大迷宮……ここは一筋縄ではいかないようだ……)

 

スタートは最悪だったが、【ライセン大迷宮】の攻略は、この時を以って始まったのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふふふ、()()()()()()()()が来たね……ウサミミちゃんの方は見事に引っ掛かってくれたみたいだね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と同じ反応で見てるだけで愉快だよ……それにしても、白髪の剣士クンの方、何処かで見覚えのあるコートを着てるなぁ……あれ、どこだっけ? まあいいや。でも、ウサミミちゃんや他の三人とは違って、剣士クンは怒ってないみたいだ……いや、怒ってはいるけど、方向が違うというか……そして何かさっきから物凄い殺気が迫って来てるような気がするんだけど……』

 

【ライセン大迷宮】最深部。そこでは、小型のゴーレムが水晶玉を介して来とシアの様子を見ていた。このゴーレムこそが、【ライセン大迷宮】創設者、ミレディ・ライセン本人であることを、二人はまだ知らないのであった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぶしっ!」

「くちゅんっ!」

「ぶしゅんっ!」

 

一方ブルックの町では、男一人女二人が盛大にくしゃみをした。

 

「覚えてろよミレディ・ライセン……あのクソッタレで地獄みたいなとこ二度とこねぇからな……」

 

ドキワクの文字に横線を入れてその上にクソッタレと書いたのは、如何やらハジメだったようだ。

 

「ん。今度会ったら灰すら残さず焼き尽くしてやる……」

 

ユエも随分と苛立っているようだった。

 

「雫ちゃんと膵花ちゃんの方、大丈夫かな……」

「来の次に強い膵花さんがいるんだ。まあ大丈夫だろ……ところであの氷漬けになって悶絶してる奴は一体どうしたんだ?」

 

ハジメが指差す方向には、以前シアに言い寄って来た男が股間を抑えて悶絶していた。潰されるところは想像もしたくない。

 

「ん。私を口説こうと言い寄って来たから見せしめに股間を潰してやった」

「ユエ……恐ろしいヤツだな……」

 

ハジメはユエの恐ろしさを、身をもって知るのであった……

 

「……そういえばあの兎人族、()()を着てたような……」




次回
第二十七閃 地獄の大迷宮


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第二十七陣 地獄の大迷宮

雷属性の居合斬りが完全に霹靂一閃になってる件。

次々回(若しくはそのまた次回)でまた同じことになりそうな予感……


UA20000超えありがとうございます!


ライセン大迷宮の攻略は想像以上の高難易度だった。

 

谷底よりも遥かに強い魔力分解の作用が働いており、魔法効率が非常に悪い。上級以上の魔法は基本的に使用不可。中級以下でも射程が極端に短くなってしまっている。

 

ただし、身体強化に限っては影響を一切受けることなく発動できるのでこの迷宮の攻略の鍵となる。

 

しかしここで一つ問題が発生してしまっている。

 

「殺ルですよぉ……絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」

 

大鋸草薙を構えて獲物を探す目で何もない周囲を見渡しているシアだ。部屋の床に書かれている文に怒り狂ってしまったのだ。

 

一方、来はなにやらライセン大迷宮の地図を調整しながら睨めっこしている。あまりに不規則な構造をしているので、読み取るのに時間が大幅に掛かってしまう。

 

地図の調整とマッピングの位置の確認をしている最中、シアが奇怪な笑い声を発してしまうほどに狂ってしまった経緯を思い返した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

最初の部屋から通路を通り、とある広大な空間に出た頃。

 

そこでは、階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくつながり合っている。一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁だったりする。ちなみに地図への書き込みが済んだ後、外れの入口や階段は攻略の妨げになるのでシアに破壊させたり(シアは狂ったように喜んだ……というか既に狂っている)、通路は瓦礫で塞いだりしている。

 

「文字通りの迷宮だよねこれ……」

「ふん、流石は腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。このめちゃくちゃ具合がヤツの心を表しているんですよぉ!」

「うん、取り敢えず落ち着こうか」

 

シアは未だ怒り心頭であった。

 

「残るはこの道か……」

 

一つだけ瓦礫で塞がれていない通路。入口に最寄りの右脇の通路だ。通路は幅二メートル程で、レンガ造りの建築物のように無数のブロックが組み合わさって出来ていた。やはり壁そのものが薄ら発光しているので視界には困らない。リン鉱石という、緑光石とは異なる鉱物で作られているので、薄青い光を放っている。

 

「……止まれ、シア。後ろに下がるんだ」

 

突然来が通路の途中で止まった。シアは言われるがままに来の後ろへと下がる。来はゆっくりとしゃがみ、白い粉みたいなものをブロック一つ分の範囲に撒いた。ちなみに小麦粉である。それを何か所か繰り返して撒いた。

 

「今粉で撒いたところは絶対に踏むな。物理トラップだ」

 

どうやらトラップらしい。魔力感知で反応しなかったので、足音でトラップを識別している。

 

「ひゅ~、危うく知らず知らずのうちに引っ掛かってしまうところでしたぁ……」

 

早速トラップを回避した来達なのであった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

前の通路でトラップを回避した頃。

 

魔力感知と気配感知で魔物は感知されなかった。奥に魔物はいるが、どうやらオルクスとは違い、ここでは魔物はそれほど多くないようだ。

 

通路の先の空間には、三つの奥へと続く道がある。来達は階下へと続く階段のある通路を選んだ。

 

「うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。こう、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」

「でも他に道はなさそうだし……」

 

階段の中程まで進んだ頃、突然、シアがそんなことを言い出した。言葉通りにシアの兎耳が立ち、忙しなく右に左にと動いている。

 

しばらく耳を動かしていると、仕掛けが作動した音がした。そして階段の段差が引っ込み、スロープと化した。しかも傾斜はかなりある。更に地面に開いた無数の穴から粘り気のある潤滑油らしき液体が溢れ出した。

 

「くッ!」

 

段差が突然引っ込んだので危うく転倒しかけたが、瞬時に手甲鉤を両手に取り付け、地面に突き刺す。

 

「うきゃぁあ!?」

 

が、シアは段差が消えた段階で悲鳴を上げながら転倒し後頭部を地面に強打。「ぬぅああ!」と身悶えている間に、液体まみれになり滑落。そのまま股を大きく開いた状態で来の頭上に激突した。

 

「がっ!?」

 

その衝撃で手甲鉤が外れ、二人仲良く滑ってしまった。

 

「シア! 壁に鶴嘴を突き刺せ!」

「ごめんなさぁ~い!! 身動きが取れないですぅ~!!」

 

滑り落ちていく速度は増していく。仕方なく来は、鎖鎌を取り出して壁に突き刺した。壁に長い裂け目を作りながら、ある程度滑ったところで止まった。

 

「これで身動きは取れるか?」

「はい、一応何とか……」

 

身動きがある程度できるようになったところで、シアは〝宝物庫〟から鶴嘴を取り出し、壁に突き刺した。その間、来は何度も鎌を壁に突き刺して立ち上がる。

 

「来さん! 道がっ!」

 

前方には、道が無かった。二人は落ちる寸前のところで何とか持ち堪えている状態だった。

 

(どうする? もう後戻りはできない。あのまま滑っていたら確実に放り出されていた。でも、他に道はない……)

 

「シア、しっかり掴まってろ。今から坂を下る」

「ええっ!? どうしたんですかぁ!? さっき私がぶつかったショックで頭がおかしくなったんですかぁ!?」

「大丈夫だ、放り出されはしない。放り出される前に、天井まで跳ぶ」

「ひぇぇ……でも、他に道はないようですし、やるしかないんですかぁ……」

 

シアは若干怯えているようだ。だが、腹をくくり、シアは突き刺した鶴嘴を壁から抜き、来にしがみついた。

 

「絶対に離すな」

「は、はい!」

 

シアの返事を合図に、来は壁に突き刺していた鎌を引き抜いた。固定箇所を失った来とシアは再び坂を滑る。そして放り出される直前、全力で跳躍した。前に向いていた運動エネルギーが、跳躍により天井に向く。

 

天井に激突する直前でぐるりと身体を半回転させる。そして天井に足が着いた。

 

天井に足が着いた瞬間、ゾーンに入る。流れる時間が格段に遅くなる。

 

(あのまま落ちてたら蠍の餌食になっていたな……)

 

底には夥しい程の蠍が待ち構えていた。落ちたら確実に毒にやられてしまう。

 

(ん? あそこは……)

 

下方のとある場所に、横穴が開いていた。

 

(今更後戻りはできるはずないし……あそこに懸けるしかないか)

 

「【鳴ノ舞 紫電一閃】」

 

紫色の雷を纏い、横穴まで一直線に跳ぶ。天井に足を着けてから跳ぶまで、時間にして0.2秒。圧倒的な決断力である。

 

神速で跳び、横穴まで一瞬で到達した。靴裏にぬるぬるの液体が付着していたせいもあり、着地した後も少しだけ滑った。

 

「もう目を開けていいぞ、シア」

「死ぬかと思いました……」

 

どうやらあまりの速さに目を瞑るしかなかったようだ。二人は見ていないが、天井にも文字が書かれていた。

 

〝彼等に致死性の毒はありません〟

〝でも麻痺はします〟

〝存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!〟

 

どうやら蠍の毒はそれほど強くなかったようだ。だが二人には文字を見る余裕が無かった。

 

「先に進もう」

「はい」

 

剣士の青年と兎の少女は再び歩みを進める。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

蠍部屋の横穴からしばらく迷宮を彷徨った後、とある部屋に辿り着いた。が、またしてもトラップが発動してしまう。天井が丸ごと落ちてきたのだ。

 

逃げ道は奥の通路以外にはなく、その通路もかなり距離が離れている。〝紫電一閃〟がなければ天井に押し潰されていただろう。

 

「はー、はー、潰されるかと思いました……」

 

強力な魔力分解作用により、魔力を用いた技(魔力を放出する技)の魔力効率はかなり悪い。だが、来にはまだそこそこ魔力のストックがあった。

 

〝ぷぷー、焦ってやんの~、ダサ~い〟

 

ミレディの煽りも健在。それにシアが反論する。

 

「あ、焦ってませんよ! 断じて焦ってなどいません! ださくないですぅ!」

「分かったから行くぞ」

「うぅ、はいですぅ」

 

 

その後も、進む通路、たどり着く部屋の尽くで罠が待ち受けていた。突如、全方位から飛来する毒矢、硫酸らしき、物を溶かす液体がたっぷり入った落とし穴、蟻地獄のように床が砂状化し、その中央にワーム型の魔物が待ち受ける部屋、そしてミレディ直筆の煽り文句。シアのストレスは溜まりまくっていた。

 

 

進むにつれ、勝手に発動するトラップが増え、来も回避できなくなっていたが、それでも全てのトラップを突破し、この迷宮に最も大きな通路に出た。幅は六、七メートル程で、急なスロープ状の通路で緩やかに左巻きの螺旋状になっている。

 

勿論この通路でもトラップは無慈悲に発動する。スロープの上から岩の大玉が転がってきた。

 

シアは踵を返し文字通り脱兎のごとく逃げ出そうとする。だが、来は止まったままだ。

 

「来さん!? 早くしないと潰されますよ!」

 

しかしシアの呼びかけに応えることはなく、逆に大岩に向かって跳びかかった。

 

「たまには自力で撥ね退けるのも面白いな」

 

そして大岩に向かって跳び蹴りを入れた。右足は大岩に埋もれている。大岩は蹴りと同時に動きを止め、やがて一瞬で罅に覆われ、右足が抜かれた瞬間に砕け散った。

 

刀と妖術を除き、来が持つ最も危険な武器。それは神速の脚力を持つ脚が繰り出す蹴り。鉄の壁ですら容易く破る一撃を生身の人間が受ければ……間違いなく死ぬ。

 

「来さ~ん! 流石ですぅ! カッコイイですぅ! すっごくスッキリしましたぁ!」

 

これで脅威は去ったかと思いきや、次の脅威が待っているのがライセン大迷宮。今度は黒光りする金属の大玉だった。

 

「あ、あの来さん。気のせいでなければ、あれ、何か変な液体撒き散らしながら転がってくるような……」

 

無数に開いた穴から腐食性の高い液体が大量に撒き散らされている。飛沫で地面や壁が溶ける。

 

「……逃げろ、シア。全力で逃げろ」

「はいぃ!!」

 

再びシアは爆速でスロープを駆け降りる。来はというと、何と舞鱗を鞘から抜いた。

 

「【妖術 〝天ノ橋立〟】」

 

そして一本の刀の先から紫色の光の筋が金属の大玉に向かって駆け抜ける。紫色の光は金属の大玉を射抜き、大玉を向こうの壁まで吹き飛ばし、壁を貫き更に奥へと大玉を追いやった。

 

「さて、シアのところに向かわないと」

 

舞鱗を鞘に仕舞い、来はスロープを駆け降りていった。

 

「シア!」

「あ、来さ~ん! あの大玉どうにかなったんですね?」

 

そして無事にシアと合流した。

 

「ああ、切り札の一つを使ってしまったが……」

「切り札?」

 

〝天ノ橋立〟は高威力な分、魔力の消費も大きい。ましてやここは魔法特化型にとっては最難関の大迷宮。消費魔力も倍増する。一発撃つだけで()()()()()()()()()()

 

「魔力を半分持って行かれた」

「大丈夫ですか来さん!? ここライセン大迷宮ですよ!?」

「安心しろ。()()()()()()()()()

 

脅威を二度退け、ゆったりと降りていると通路の終わりが見えた。出口の向こうには相当大きな空間が広がっているようだ。だが部屋の床が一部しか見えない。

 

「跳ぶぞ」

「えっ!? またですか!?」

 

シアは再び慄くも、意を決して来に掴まる。そして常人の域を超えた跳躍力で部屋の向こう側へ向かって跳んだ。

 

シアは部屋の下側を見た。

 

「ひんっ!?」

 

そして呻き声を上げた。出口の真下が溶解液のプールになっていた。

 

「来さん! 下がヤバいことになってます!」

「それがどうした! 僕がいる。だから落ちない!」

「理由になってないと思うんですけど……」

 

来とシアは溶解液のプールを易々と越え、出口から見えていた部分に着地した。

 

その部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。壁の両側には無数の窪みがあり騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほどの像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 

「最奥に近づいてきたな」

「ええ、これでようやくヤツを穴だらけのボコンボコンにできますですぅ……」

「相変わらず物凄い怒りだね……」

 

そんなことを話しながら来達が部屋の中央に進むと、トラップが作動する音が響いた。最早何度目今となってはもう判らない。

 

騎士達の兜の隙間から見えている眼の部分が光り輝き、金属の擦れ合う音を立てながら窪みから騎士達が抜け出てきた。その総数、五十体。

 

「行くぞ、シア。久々の戦いだ、気を引き締めろ。」

「か、数多くないですか? いや、やりますけども……」

 

来は舞鱗を鞘から抜く。トータス最硬度を誇るアザンチウムですら紙のように容易く切断してしまう切れ味を持っている。問題なく騎士達を切断できるだろう。本当に人間が打ったものなのか……

 

一方シアは、少し腰が引け気味である。強力な魔力分解の作用を無視して力を発揮できるとはいえ、実戦経験は圧倒的に劣る。もともとハウリア族という温厚な部族出身であり、まともな魔物戦も僅か五日程度のみ。来との模擬戦も含めて二週間といったところだ。気丈に刀を構えて立ち向かおうと踏ん張っているところ、根性はあるようだ。

 

「シア」

「は、はいぃ! な、何でしょう、来さん」

 

普段通りの柔らかい声音でシアに声を掛ける来。

 

「お前は十分強い。指南を付けた僕が保証する。あのゴーレム如きに負けるはずがない。全力で戦え。危なくなったら必ず助けに来る」

 

シアは来の言葉に思わず涙目になる。単純に嬉しかった。付いて来た事も迷惑に思っているのではないかと不安になっていたが、杞憂に過ぎなかった。彼は仲間を絶対に裏切らない。そうと分かれば未熟者なりに出来ることを精一杯やるのみ。シアは、全身に身体強化を施し、力強く地面を踏みしめた。

 

「ふふ、来さんが少しデレてくれました。やる気が湧いてきましたよ! 来さんの自称妻の膵花さん、下克上する日も近いかもしれません」

「自称は余計だ」

 

シアのテンションは急上昇していた。真っ直ぐ前に顔を向けて騎士達を睨みつける。

 

「かかってこいやぁ! ですぅ!」

「頑張れシア! 僕達が負けることは、絶対にない!」

 

五十体のゴーレム騎士を前に、全力で己とシアを鼓舞する来は、舞鱗を構えた……




解説

【鳴ノ舞 紫電一閃】

今まで披露した技の中で最速の居合斬り。全身に紫の稲妻を纏い、神速で敵の間合いに入り、抜刀と同時に斬りつける。


名前の由来

四字熟語の「紫電一閃」より


次回
第二十八閃 更なる追い打ち


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第二十八陣 更なる追い打ち

どうも、相変わらず文章が下手くそな最果丸です。

今回は7000文字の五文字手前まで長くなりました。


ようやくライセン大迷宮で一番苛立つところまで来ました。


その巨体に似合わず俊敏な動きを見せるゴーレム騎士達。鎧の軋む音が重なり騒音となっていた。鎧を軋ませこちらに急速に迫ってくるその姿は装備している武器や眼光と相まって凄まじい迫力を生み出しており、まるで四方八方から壁が迫ってきているようだった。

 

ゴーレム騎士達に向けて先手を取ったのは剣士、辻風来。彼が振るう愛刀、舞鱗がゴーレム騎士達をいとも容易く切り裂いた。

 

数多のゴーレム騎士が一瞬にして瓦礫と化した。数体の騎士は攻撃を防ぐべく盾を構えるが、来の細い剛腕と、圧倒的な切れ味と強度を誇る舞鱗の前には紙に等しかった。

 

防御不可能な斬撃の嵐に騎士達は半分が壊滅し、確実に追い込まれていた。その傍ら、残った騎士達を大鋸、草薙で切り裂く者が一人。シア・ハウリアである。今の彼女の技量と草薙の性能では盾を切断できないが、いずれ切断できるようになるだろう。

 

「でぇやぁああ!!」

 

限界まで強化したその身体能力を以て遠慮容赦の一切を排した問答無用の一撃を繰り出す。振り下ろされた大鋸草薙はエネルギー刃を高速回転させ、一体のゴーレム騎士を一刀両断した。その一撃の速さは、盾を構える隙すら与えない。

 

地面にまで切れ目を生じさせている草薙。渾身の一撃を放ち、死に体となっていると判断したのか、盾を構えて衝撃に耐えていた傍らの騎士が大きく大剣を振りかぶりシアを両断せんと踏み込む。

 

それをシアが見逃すことはなかった。横目で確認した後、体ごと横方向に回転し、遠心力を上乗せした一撃を、今まさに大剣を振り下ろそうとしている騎士の脇腹部分に叩きつけた。

 

「りゃぁあ!!」

 

そのまま気迫を込めて一気に振り抜く。直撃を受けた騎士は、胴体が綺麗に切断された。

 

風切り音をシアの兎耳が捉えた。先程ゴーレム騎士が振り上げていた大剣が、シアに切られた際に手放されたようで上空から回転しながら落下してきた。シアは落ちてきた大剣を跳躍しながら手に取り、二刀流の構えを取った。

 

迫りくるゴーレム騎士を威力の違う二つの一撃が襲う。ゴーレム騎士が構えた盾を大剣が弾き飛ばし、防御手段を失ったゴーレム騎士を草薙が切り裂く。

 

先のゴーレム騎士と同様、真っ二つに切断され、巨体を地面に横たわらせた。

 

シアは口元に笑みを浮かべていた。自分がまともに戦えていることに喜びを覚えていた。自分はちゃんと来の旅に付いていけているのだと実感していた。その瞬間、ほんの僅かに気が緩む。

 

戦場での気の緩みは命取りとなる。気がつけば彼女の視界を騎士の盾が埋め尽くしていた。そしてその内の一つがシアに向かって途轍もない速度で迫ってきた。身体強化を発動させているシアにとって致命傷とはいかないものの、脳震盪程度なら軽く起こしてしまう威力である。一度喰らってしまえば一気に畳みかけられることだろう。

 

しまった!と思う余裕もない。せめて襲い来るであろう衝撃に耐えるべく覚悟を決める。と、盾がシアに衝突する寸前で一刀両断された。

 

「大丈夫か、シア!」

「す、すみません、ありがとうございます!」

 

寸での所で来が打ち消した。密かにシアの背後を取ろうとしていたゴーレム騎士は既に切り裂かれていた。

 

来が自分の背中を守ってくれていると理解し心の内が温かくなるシア。師範の前で無様は見せられないと、より一層気合を入れた。

 

来の背後から一体の騎士が大剣を振り下ろした。だが、大剣が彼の体を切り裂く前に別の大剣が騎士を粉砕した。

 

「背中ががら空きですよぉ、来さん!」

「君もね、シア」

 

シアの背後にも騎士が迫っていたが舞鱗で袈裟斬りにしておいた。その後も二人はゴーレム騎士を次々と倒していくが、二人は違和感を感じた。

 

(おかしい、先程からゴーレム騎士の数が全く変わってない)

 

よくよく戦場を見れば、最初に倒したゴーレムの姿が忽然と消えていた。

 

「……再生したのか!?」

「そんな!? キリがないですよぉ!」

 

ゴーレム騎士達は破壊された後も眼光と同じ光を一瞬全身に宿すと瞬く間に再生して再び戦列に加わっていた。

 

シアが、迫り来るゴーレム騎士達を薙ぎ払いながら狼狽えた声を出した。どれだけ倒しても意味がないと来れば、そんな声も出したくなる。それに反して、来はゴーレム騎士達を切り捨てながら思考を巡らせた。長年の戦闘経験が思考を巡らせる余裕を与えてくれた。

 

(ゴーレムなら急所である核があるはず。だけどそんなものは何処にもない……でも魔力自体は微量ながらも感知できている……)

「け、結局どうするんですかぁ!このままじゃジリ貧ですよぉ!」

 

隣でシアが叫ぶ。

 

(核という動力なくして作動するゴーレム、もしかしたら特殊な鉱石で作られているのか……?)

 

ふとそんな考えを思いつき、で凡そ一週間振りに〝鉱物系鑑定〟をゴーレムに対して行った。

 

どうやら勘は当たっていたようだ。

 

==================================

感応石

魔力を定着させる性質を持つ鉱石。同質の魔力が定着した二つ以上の感応石は、一方の鉱石に触れていることで、もう一方の鉱石及び定着魔力を遠隔操作することができる。

================================== 

 

このゴーレム騎士達は何者かが別の場所で遠隔操作しているようだ。ゴーレム騎士達は袈裟斬りにされても鉱石を直接操って形を整えたり、足りない部分を継ぎ足したりしていた。再生というより再構築だ。再構築の材料は床の感応石を使用しているようだった。

 

「シア! こいつらを操っている奴がいる。このまま戦っても体力を無駄に削るだけだ。強行突破するしかない!」

「と、突破ですか? 了解ですっ!」

 

来の合図でシアが一気に踵を返し祭壇へ向かって突進する。来が舞鱗で進行方向の騎士達を切り裂き隊列に隙間を空けつつ、後方から迫るゴーレム騎士達に向かって斬空波を放ち真っ二つに切り裂いた。

 

シアが来の空けた前方の隙間に飛び込み、草薙を身体ごと回転させて周囲のゴーレム騎士達を薙ぎ払った。技後硬直するシアに盾や大剣を投げつけようとするゴーレム騎士達に斬空波の嵐が襲い掛かる。その隙に一気に包囲網を突破したシアが祭壇の前に陣取る。

 

「シア! 扉はどうだ!?」

「あぅ、やっぱり封印が掛かってるみたいです!」

 

扉と祭壇は見るからに怪しいので封印が施されているのは想定内だ。

 

「封印の解除、できるか? 解除までの時間稼ぎなら任せてくれ」

 

魔法が使えないここでは正規の手段で封印を解除する以外他に道はなかった。

 

「はい、時間稼ぎの方お願いします!」

 

シアは了承し、祭壇に置かれている黄色の水晶を手に取った。形状は正双四角錐。幾つもの小さな立体ブロックが組み合わさってできているようだ。

 

背後の扉には窪みが三つ開いていた。シアは、少し考える素振りを見せた後、正双四角錐を分解し始めた。分解して各ブロックを組み直して扉の窪みに嵌る新たな立方体を作るのが正解のようだ。

 

分解しながら、シアは扉の窪みを観察する。そして、よく観察しなければ見つからないくらい薄く文字が彫ってあった。

 

〝とっけるかなぁ~、とっけるかなぁ~〟

〝早くしないと死んじゃうよぉ~〟

〝まぁ、解けなくても仕方ないよぉ! 私と違って君は凡人なんだから!〟

〝大丈夫! 頭が悪くても生きて……いけないねぇ! ざんねぇ~ん! プギャアー!〟

 

何時もの苛立ちを煽り立てる文だった。シアは苛立ちそうになるも、深呼吸をして自分を落ち着かせた。

 

(ここで苛立ったら私達の負けです……めちゃくちゃイラっと来たけどここは我慢です……!)

 

シアの近くにゴーレム騎士はいないのでパズルの解読に集中できる。

 

「めちゃくちゃイラつくけど、ちょっと嬉しいなぁ」

 

シアがポツリと零した。

 

「ほんの少し前まで、逃げる事しかできなかった私が、こうして来さんと共に戦えていることが……嬉しいです」

「……そうか、それはよかった」

「えへへ、私、この迷宮を攻略したら来さんといちゃいちゃするんだ! ですぅ」

「頼むから絶対に死なないでくれ」

「それは、『絶対に死なせないぜマイハニー☆』という意味ですね? 来さんったら、もうっ!」

「仲間として非常に心配なんだ。それと意訳も程々にね」

「……来さん、開きました!」

 

封印が解かれ、扉の向こうを視認することができた。奥は何もなかった。来は斬空波を放ちゴーレム騎士達を一時的に無力化した後、シアと共に扉の向こうに飛び込み、両開きの扉を閉めた。

 

部屋の中は本当に何もなかった。だが、何もないと見せかけて何かしらの手がかりがあると睨んだ。

 

「感覚を研ぎ澄ますんだ。何か見えてくるかもしれない」

「ミレディめぇ、今度こそぎゃふん、と言わせてやるですぅ」

「シア、雑念を絶つんだ。雑念があると見えるものも見えなく……」

 

突如、最早何度目かも判らない仕掛けが作動する音が響いた。と同時に部屋全体が揺れ動いた。そして、来達の体に横向きの引力が掛かる。

 

「この部屋自体が移動している……迷宮の構造自体が変化しているのか……?」

「ひぃ~!!」

 

今度は真上に引力が掛かる。来に抱えられているのでシアは転倒することはなかった。

 

部屋はその後何度も方向を変えて移動していった。その度に部屋の動く方向とは逆方向に脚を床や壁、天井に着けた。部屋が動き始めてから約四十秒後に急停止した。いくら体幹の丈夫な来とはいえ、急停止による衝撃には耐えられず、シアを抱えたまま転倒してしまった。幸い、シアはどこも打っていないようだ。だが、顔は青ざめており、両手で口を覆っていた。

 

「はぁ、漸く止まったか……大丈夫か、シア?」

「……さっきので酔っちゃいましたぁ~」

「少し休んでいろ。吐くのは我慢だ」

 

シアの背中をしばらくの間優しく擦った後、そのまま扉へ向かった。何とか持ち直したシアも後に続く。

 

どんな困難が来ようと必ず乗り越える、と覚悟を目に宿し二人は扉を押し開いた。

 

だが、地獄はまだ終わらなかった…

 

「……何か見覚えがないですか?」

「……最初の部屋だ」

 

〝八咫〟の電子地図も二人が最初に入った部屋であることを示している。中央の石板、左側の通路、石板に刻まれた苛立ちを掻き立てる文、最初の部屋と完全に一致していた。

 

〝ねぇ、今、どんな気持ち?〟

〝苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?〟

〝ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ〟

〝あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します〟

〝いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです〟

〝嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!〟

〝ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です〟

〝ひょっとして作っちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー〟

 

元の部屋の床には文字が浮き出ていた。それを見た来とシアは…

 

「……」

「は、ははは…フフフフ…フヒ、フヒヒヒ……」

 

壊れた笑い声の後、シアは迷宮全体に響き渡る程の絶叫を上げた。最初の通路を抜けると、階段や回廊の位置、構造が変化していた。シアが怨嗟の声を上げたのは、言うまでもない。

 

 

とある部屋の中、壁から放たれる青白い仄かな光が、壁にもたれ掛かる者とその傍で座っている者の影を映した。

 

「…進むのはもう止めようか」

 

四日程迷宮を彷徨い、結論を出すかのように来の口から告げられたのは、信じられないことだった。

 

「ええ!? 何でですか!?」

「このまま進んでもシアの気力が持たない」

 

このままシアの精神が崩壊でもしてしまえば迷宮攻略に大きな支障を来してしまう。

 

「それに、一つ引っ掛かることがあるんだ」

「引っ掛かること……ですか?」

「そう、この迷宮は一定時間ごとに変化するって書いてあった。だからまた迷宮は動くだろう。それを逆手に取るんだ」

 

彼には何か作戦があるようだ。

 

「具体的にはどうすればいいんですか?」

「マッピングされてない部屋が扉の前に来るまで待つ」

「……はぇ?」

 

シアは作戦の内容に素っ頓狂な声を上げた。

 

「下手に動くよりもここで目的の部屋が来るまで待っていた方が遥かに安全で確実な方法なんだよ」

「でももしこの部屋にもトラップが掛けられていたりしたら……」

「それは大丈夫だ。さっき確認したがトラップは無かった。大方何もないこの部屋に長時間留まるとは思ってもいないから仕掛けてないんだろう。それと、念のため気配遮断を使おう。誰かが監視しているかもしれないから」

「ふふふ、相変わらず策士ですねぇ、来さん。これでミレディの野郎をぎゃふん、と言わせられそうですぅ」

 

一方、ハジメ達はそんなことなど思いつきもしなかったのだった。

 

シアの精神状態を考慮し、二人はこの何もない部屋に留まることにした。

 

 

三日間に及ぶ構造分析の結果、構造変化には一定のパターンがあることがわかった。地図のマッピングを利用してどのブロックがどの位置に移動したのかを確かめていた。

 

そして、目的の部屋が姿を現した。

 

「起きろ、シア」

「むにゃ……あぅ……来しゃん、大胆ですぅ~、お外でなんてぇ~、……皆見てますよぉ~」

(夢の中の僕は一体、何をしてるんだ……?)

「……仕方ない」

 

中々シアが起きないので最終手段である電撃をシアに向けて放った。

 

「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!?」

 

今ので完全にシアの目が覚めたようだ。

 

「いきなり何するんですかぁ!危うくそのままずっと眠っちゃうところでしたよ!?」

「ごめん……シアが中々起きなかったから……」

「ごめんで済んだら警備隊なんて要らないんですぅ~!」

 

シアは来の頭をポカポカ殴った。だが、来の防御力もとんでもないのでシアの両手が赤く腫れていた。涙目になりながら来の背中に顔を埋めた。

 

「シア、僕らがまだ辿り着いていない部屋が来た」

「ふぇぇぇ、やっとですかぁ……」

 

扉の向こうには大きな通路が伸びていた。

 

「……行こう」

「はい!」

 

二人は通路へと歩み、更に奥へと進み続けた。だが、しばらく歩き続けていると、後ろから異変を感じた。

 

「……後ろから何かが迫ってきてません?」

「……ああ、来てるね」

 

二人は意を決し、後ろを振り向いた。ゴーレム騎士の大群が床だけでなく、天井や壁に足を着けてこちらに接近していた。

 

「……引力が働いてる」

「重力さんが適当な仕事してるのですね、わかります」

 

どうやらゴーレム騎士にはこの通路以降でのみ、重力を操作する能力を有しているようだった。

 

「足を止めるな! 今止まれば、ゴーレム達の餌食だ! 向こうまで走り続けろ!」

 

二人は走り続けた。この時点で既に速度は時速60kmを超えていた。(流石のシアもそこまで速く走れないので来に背負われている)あっという間にゴーレム達を引き離した。

 

駆け抜けること一分、遂に通路の終わりが見えた。通路の先には巨大な空間が広がっており、道自体は途切れているが、十メートル程先に正方形の足場が見えた。

 

「飛べ!!」

 

掛け声と共に通路の端から勢いよく飛び出した。

 

身体強化された来達の跳躍力はオリンピック選手はおろか、地球上で最も跳躍力のあるユキヒョウをも超えていた。世界記録を軽々と超えて眼下の足場に飛び移ろうとした。

 

だが、ここは理不尽な仕掛けが満載のライセン大迷宮。すんなりと思い通りにはいかない。目の前で足場が移動した。

 

「くッ!」

 

来とシアはたまたま目の前を通りかかったブロックにしがみついた。

 

「成程、原因はここだな」

「ええ、全部が浮いて見えますもん」

 

この場所は超巨大な球状の空間だった。半径だけでも一キロは超えているだろう。そんな空間には、様々な形、大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊して不規則に移動をしている。来とシアが浮かんでいないことから、この部屋の特定の物質だけが、重力を完全に無視していると思われる。

 

そんな空間をゴーレム騎士達が縦横無尽に飛び回っていた。最初の頃と比べて、動きがかなり精密になっている。今のところ襲い掛かる気配はないようだ。

 

すると突然、シアの叫び声が響いた。

 

「逃げてぇ!」

 

シアの警告と共に飛び退いた来。運のいいことに他のブロックが近くを通りかかったので、飛び乗った。

 

直後、巨大な物体が隕石のように落下し、先程まで二人がいたブロックを破砕した。あと少し遅ければ、確実に命を落としていただろう。

 

「ありがとう、シア」

「えへへ、〝未来視〟が発動して良かったです。代わりに魔力をごっそり持って行かれましたけど……」

「あの時君を救ってて良かったよ」

「ありがとうございます」

 

巨大な物体が下から猛烈な勢いで上昇してきた。そして来達の頭上で止まり、光る眼光を以って二人を睥睨した。

 

目の前に現れたのは、宙に浮く超巨大なゴーレム騎士だった。全身甲冑はそのままだが、全長が二十メートル弱はある。右手は赤熱化しており、先ほどブロックを爆砕したのは恐らくこれが原因であろう。左手には鎖が巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

 

二人が巨大ゴーレムに身構えていると、周囲のゴーレム騎士達が飛来し、周囲を囲むように並びだした。整列したゴーレム騎士達は胸の前で大剣を立てて構える。

 

辺りは静寂と緊張感に包まれた。まさに一触即発。一瞬でも動けば命を懸けたデスゲームが始まる。そんな張り詰まった空気をを破ったのは…

 

「やっほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

…巨大ゴーレムの巫山戯た挨拶だった……




次回
第二十九閃 ライセンの最終試練


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第二十九陣 ライセンの最終試練

ハジメ組のうち三人が既にライセンを攻略済みで、三人の反応は原作とほぼ同じです。


ハジメ達と合流するのはまだ大分先になります。(だってオルクスの90階層での活躍が書きにくくなるんだもの)


凶悪な装備と全身甲冑に身を固めた眼光鋭い巨体ゴーレムから、やたらと軽い挨拶をされた。ゴーレムの声質は女性のものだった。

 

「僕は辻風来。隣の兎人族はシアだ」

 

しかし相手がゴーレムとはいえ、挨拶されたのだからきちんと挨拶は返す。

 

(えっ? 普通に挨拶してる……私も挨拶した方がいいのかな……)

「シア…ハウリアです……?」

「う~ん、そっちのウサギちゃんはちょっとぎこちなかったけどまいっか。うんうん、挨拶するのは最低限の礼儀だからね。この前の三人はガン無視してたからね。ホント全く、最近の若者と来たら……君達が常識的でよかったよ」

 

少し微妙そうにしていたが、取り敢えず妥協はしてくれたようだ。

 

「ん? この前の三人? 僕達以前に誰かここに来たのか?」

「おっ、鋭い質問来たね~。では特別にこの私ミレディ・ライセンがお答えしま~す」

 

一々苛立つ話し方で来の質問に答えるミレディ・ライセン。

 

「君の言う通り、君達がここに来る前に三人、足を踏み入れているんだよ。一人は黒髪の男の子で、オーちゃんと同じで()()()()()()()()()()()ね。もう一人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ。あと一人は金髪のちびっ子…ゲフンゲフン、吸血姫ちゃん。あの子は……魔法への適正が他の二人よりも高かったね。でも三人共ちゃんと名前を名乗ってなかったからな~……ねえ剣士クン、ひょっとして三人の名前、わかってたりする?」

 

その三人は来とシアとは違って名前を名乗らずにそのまま迷宮を後にしたようで、ミレディには名前がわからなかった。

 

「……まさか、ハジメと香織さん?」

「やっぱり知り合いだったんだね! 錬成師クンの名前がハジメ、で合ってるかな?」

「ああ」

「じゃあカオリさん、ってのはどっちの方?」

「治癒師の方だ。あと一人はわからない」

 

金髪の少女はまだ未対面なので名前がわからなかった。

 

「そっか……君とあの三人とは何か違うかもしれない。もしかしたら仲良くできそうだよ」

「そうか、じゃあ少し考えておこうかな」

 

ちゃっかり目の前のゴーレムと仲良くなろうとしている来。シアは非常に心配そうにしている。

 

「そうだ、ミレディ・ライセンは確か人間の女性だったはずだが、何故ゴーレムの姿をしているんだ?」

 

危うく話が脱線してしまうところだった。いや、既に脱線していた。

 

「ん~? ミレディさんは初めからゴーレムさんですよぉ~何を持って人間だなんて……」

「この手記に書いてあった」

「こっ、これは!? オーちゃんの字で書いてある! まさか君がオーちゃんの迷宮の攻略者だったなんて……って、よく見たら君、オーちゃんのコート着てるじゃん! 駄目だよ死人の服を脱がしたら。罰が当たるよ?」

「ご、ごめんなさい! 服が破れていたので拝借したのと、オスカーさんの遺志を継ぐという意味もありまして……」

 

ここまで無双してきた剣士がゴーレムに説教されているという非常にシュールな光景が出来上がっている。

 

「オーちゃんの遺志か……君のその決意に免じて、その事は水に流してあげよう。やだ、ミレディちゃんってば、やっさし~」

 

どうやらミレディも、来と同じく寛大な人間?なのかもれない。

 

「で、ここに何を求めに来たのかな? ……神代魔法しかないよね。それってやっぱり、神殺しのためかな? あのクソ野郎共を滅殺してくれるのかな?オーちゃんの迷宮攻略者なら事情は理解してるよね?」

「それもあるけど……この世界に太平をもたらす為にあの神を討ち滅ぼすことになるだろうから実質そういうことにはなるかな?」

「そうなんだ……ああ、私の正体についてまだ説明してなかったね」

 

ミレディは昔のことを懐かしむかのように天を仰いだ。シアは周囲のゴーレム騎士達に気が気でないのかそわそわしている。

 

「うん、要望通りに簡潔に言うとね。私は、確かにミレディ・ライセンだよ。ゴーレムの不思議は全て神代魔法で解決! もっと詳しく知りたければ見事、私を倒してみよ! って感じかな」

「そうか、倒せば話してくれるんだな」

「当たり前よぉ、私は君より年上なんだから。嘘なんてついたら年上としての威厳がなくなっちゃうからね」

 

言っておくが、来は肉体でいえば21歳、精神で言えば700歳は超えている。

 

「じゃあ今度はこっちから質問するね?」

 

今までの軽薄な雰囲気がなりを潜め、真剣さを帯びてくる。

 

「目的は何? 何のために神代魔法を求める?」

 

嘘偽りは許さないという意思が込められた声音で、ふざけた雰囲気など微塵もなく問いかけるミレディ。彼女も大衆のために神に挑んだ者。自らが託した魔法で何を為す気なのか知らないわけにはいかない。オスカーが記録映像を遺言として残したのと違い、何百年もの間、意思を持った状態で迷宮の奥深くで挑戦者を待ち続けるというのは、ある意味拷問に近い。

 

本来の彼女は、凄まじい程の忍耐力と意志、責任感を持っている人間である。

 

「目的? 目的ならさっき……」

「本当は別の目的があるんでしょ? 君からはただならない喪失感を感じる。何を求めているの? 富? 名声? 力? それとも、女の子?」

 

女の子という言葉に来は反応した。

 

「その反応から察するに、ウサギちゃんは君の想い人じゃないみたいだね。君の想い人は今何処にいるの? それともそもそもいるの?」

「……判らない。オルクス大迷宮にいた時はしっかり彼女の鼓動が聞こえていたのに、迷宮を出てから急に小さくなって、それからだんだんと小さくなっていって、今ではもうほとんど聞こえないんだ」

「それって、その子はもう死んだって……」

 

「彼女はまだ死んじゃいない!!」

 

ミレディが言いかけた可能性を完全に否定した。

 

「まだ完全に聞こえなくなったわけじゃないから、まだ何処かで生きているはずなんだ! 僕は絶対に彼女を見つけ出す。見つけ出すまで、まだ死ぬわけにはいか……」

 

途中で大きく咳き込み、吐血した。そして神水を飲み干す。

 

「来さん!」

 

シアが来の吐血を見たのはこれが初めてだった。

 

「相当その子を愛してるみたいだね。私もその子を探す手助けをしたいところだけど、今は試練に集中する時だよ。安心して、剣士クンが万全になったら彼も参加するから」

「……やってやるですぅ! 今までの恨み、ここで晴らすですぅ!!」

 

シアの掛け声と共に、ライセン大迷宮最後の戦いの火蓋が切られた。

 

大剣を掲げたまま待機状態だったゴーレム騎士達が一斉に動き出し、頭をシアに向けて一気に突っ込んできた。

 

(忘れるなシア、来さんに教わった剣術で乗り切るです!)

「【鳴ノ舞・〝円転電環〟】!」

 

シアは腰に差していた刀を抜き、時計回りに回りながらゴーレム騎士達を斬った。

 

「あはは、やるねぇ~、でも総数五十体の無限に再生する騎士達と私、果たして同時に捌けるかなぁ~」

 

ミレディの口調は元の軽薄な雰囲気に戻っていた。ミレディはモーニングスターを射出した。シアが大きく跳躍し、上方を移動していた三角錐のブロックに飛び乗る。

 

「絶対やってやるです!! 【鳴ノ舞・紫電一閃】」

 

三角錐のブロックから恐ろしい速度で飛び出し、ミレディの胸部を斬りつけた。

 

「いやぁ~大したもんだねぇ、ちょっとヒヤっとしたよぉ。とんでもない速さで斬られちゃったからねぇ~」

「嘘……」

 

破壊された胸部の装甲の奥に漆黒の装甲があり、それには傷一つ付いていなかった。

 

「んぅ~、これが気になるのかなぁ~」

 

シアの視線に気がつき、ニヤつき声で漆黒の装甲を指差す。

 

「これはねぇ~、アザンチウムでできていてねぇ、そう簡単には傷つかないんだよぉ~」

「もう私一人じゃ勝てそうにないですぅ……」

「さぁさぁ、程よく絶望したところで、第二ラウンド行ってみようかぁ!」

 

ミレディは、砕いた浮遊ブロックから素材を奪い、表面装甲を再構成するとモーニングスターを射出しながら自らも猛然と突撃を開始した。

 

シアは咄嗟に近くのブロックに飛び移ろうとする。しかし…

 

「させないよぉ~」

 

足場にしていた浮遊ブロックが高速で回転し、バランスを崩した。

 

そこへモーニングスターが絶大な威力を以て激突した。シアは足場から放り出され、音を立てながら通り過ぎる鎖にしがみついた。

 

そこへ狙いすました様にミレディがフレイムナックルを突き出して突っ込んだ。

 

「くぅう!!」

 

直撃は避けたが、強烈な衝撃でシアの口から苦悶の呻き声が漏れる。それでも、すれ違い様にシアは鶴嘴を鎧に突き立て取りついた。

 

肩口に取り付いたシアは、そのまま左の肩から頭部目掛けて大鋸〝草薙〟を振り下ろした。が、ミレディが回避したことでバランスを崩され、宙に放り出された。

 

「きゃあ!」

 

悲鳴を上げるシア。

 

「シア!!」

 

そこへ、体力が幾分戻った来がシアのもとへ飛び出し空中でキャッチする。

 

「来さん!」

 

喜色に満ちた声で来の名を呼ぶシア。憧れの抱っこで救出をしてもらい、そんな状況でないとわかっていながら、つい気持ちが高揚する。

 

「跳べ!!」

「しゃーこらーッ!! ですぅ!!」

 

腕だけの力で、シアをミレディ目掛けて投げ飛ばした。

 

ミレディはヒートナックルを放とうと拳をグッと後ろに引き絞る。と、その瞬間、手元に戻したモーニングスターに繋がっている鎖がいきなり切断された。

 

「わわわっ、なにっ!?」

 

驚きの声を上げるミレディ。鎖を斬ったのは、シアを投げ飛ばして下へ降りていく来だった。

 

そこへ、草薙を振りかぶったシアが到達する。

 

「りゃぁあああ!!」

 

気合の籠った雄叫びと共に、回転するエネルギー刃がミレディの装甲を切り裂く。

 

ミレディは左腕を掲げようとした。だが、左腕は既に切断されていた。

 

ミレディはせめて、奪われた左腕の仕返しに一撃を入れてやると、死に体のシアにヒートナックルを放とうとする。

 

しかしシアは空中で身体を捻り、一撃を躱した。そして、右腕の付け根に草薙を叩きつけた。そして、右腕も切断した。

 

「っ、このぉ! 調子に乗ってぇ!」

 

ミレディも苛立ってきたようだ。その間に、別のブロックから飛び出した来が落下中のシアを肩で受け止める。そして近場のブロックに着地した。両腕を失ったミレディは何故か、周囲の浮遊ブロックを呼び寄せて両腕を再構成することもなく、天井を見つめたまま目を強く光らせていた。

 

「来さん! 逃げてぇ! ()()()()()()!」

 

シアが叫んだ直後、空間全体が振動した。低い地鳴りのような音が響き、天井からパラパラと破片が落ちくる。だが、破片だけではなく、今まさに、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ふふふ、お返しだよぉ。騎士以外は同時に複数を操作することは出来ないけど、ただ一斉に〝落とす〟だけなら数百単位でいけるからねぇ~、見事凌いで見せてねぇ~」

 

この空間の壁には幾つものブロックが敷き詰められている。天井に敷き詰められた数多のブロックが全て落下しようとしていた。一つ一つのブロックが、軽く十トンを上回る巨石である。そんなものが豪雨の如く降ってくるのだ。喰らえば一たまりもない。

 

「ら、来さん!」

 

シアが来に手を伸ばしたと同時に、天井の巨石群が落下を始めた。シアの叫び声も虚しく、来は降り注ぐ数多のブロックと共に消えた。

 

シアはミレディのもとへ行けば安全かと視線を巡らせるが、ちょうど猛スピードで壁際に退避して行くところだった。

 

「来さんの仇……逃がさないですぅ!!」

 

シアは復讐一色になってミレディを追った。

 

ミレディの目には、来達が一瞬で巨石群に飲み込まれたように見えた。悪あがきをしていたようだが、流石にあの大質量は凌ぎきれなかったかと、僅かな落胆と共に巨石群にかけていた〝落下〟を解いた。

 

巨石群の落下に呑み込まれ地に落ちていた浮遊ブロックが天上の残骸と共に空間全体に散開するように浮かび上がる。

 

「う~ん、やっぱり、無理だったかなぁ~、でもこれくらいは何とかできないと、あのクソ野郎共には勝てないしねぇ~」

 

ミレディはそう呟きながら来達の死体を探す。シアは自分の近くで見つかった。

 

「あれ? 死んだかと思ったらまだ生きてる……まだやれるみたいだね……」

 

だが、来の方はまだ見つかっていなかった。もう一度隈なく探そうと視線を動かした瞬間、雷が鳴り響いた。

 

「なっ!? 何で上級魔法が!?」

 

雷に気を取られていると、一番奥で微かに煌めいた。ミレディは悪い予感を感じ取り、五つのブロックを自分の前に移動させる。雷鳴が響くと同時にブロックは切り裂かれた。そして、ミレディの身体は細長い炎に巻き付かれ、一瞬で崩壊した。

 

(み、見えなかった……!? 速過ぎる……! 嘘!? アザンチウム製の鎧がっ!?)

 

 

落石に巻き込まれたと思われた来だが、落ちていくブロックのうちの一つに着地し、ゾーンに入っていた。

 

(一瞬でもいいから相手の隙を見つけるんだ。点じゃなく、線として捉えろ。線に沿って剣を振るえば相手に届く)

 

周りに浮かぶ数多のブロック。その向こうに、ミレディの姿が見えた。

 

「……初めて隙を見せたな」

 

ここからミレディの姿を直線状に捉えられる。

 

「【鳴ノ舞・紫電一閃】」

 

周囲に青白い雷が発生する。ミレディの視線がこちらに向いた。どうやら気づいたようだ。

 

ミレディの前に五つのブロックが移動してきた。五つのブロックがミレディを護るように一直線に並ぶと同時にブロックを飛び出し、一直線に飛び出した。狙うはブロックの後ろ、ミレディ・ライセン。

 

しかしブロック程度では来の攻撃を止めることはできない。一列に並んだ五つのブロックはあっという間に両断された。

 

(この速さなら、使える!!)

「【青龍ノ舞】」

 

そしてミレディの心臓の位置、すなわち核を狙って舞鱗を振るう。左斜め下から舞鱗を振り上げた。刀身は青い炎に包まれ、青い炎は龍の姿をしていた。

 

「【画龍点睛】!!」

 

アザンチウム製の鎧をものともせず、遂に核が露わとなった。

 

「今だ、シア! 核を叩き切れ!!」

 

来の声にシアは反応し、核が剥き出しになったミレディへ向かって飛び掛かった。

 

「でぇやぁあああ!!」

 

草薙を核に叩きつけ、草薙に流す魔力の量を増やす。それに比例してエネルギー刃の回転速度が上昇した。

 

「私達はそう簡単には、死なないんですぅ!!!」

 

超高速で回転するエネルギー刃は火花を散らしながらアザンチウムに切れ込みを入れ続け、遂に核ごと切断してみせた。

 

ミレディの目から光が消える。シアはそれを確認するとようやく全身から力を抜き安堵の溜息を吐いた。直後、背後から着地音が聞こえ振り向くシア。そこには来が立っていた。シアは、彼に向けて満面の笑みでサムズアップする。彼もそれに応えるように笑みを浮かべながらサムズアップを返した。

 

この瞬間、七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮の最後の試練が確かに攻略されたのだった……




次回
第三十閃 突破と仲間入り


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第三十陣 突破と仲間入り

次回のタイトルが中々思いつかなかったので時間が空いてしまいました。

ようやくミレディが仲間入りします。そしてライセン大迷宮編はこれにて終焉です。


オリ主の精神力がジェダイの騎士並みだった件。だが誰にでも暗黒面(ダークサイド)は存在する。


追記
ステータスを調整しました。


辺りには粉塵が舞い、地面は熱で一部溶解していた。近くには身体ごと核を横断された巨大ゴーレムが転がっていた。

 

そのゴーレムの残骸の上で、草薙を支えにして息を荒げるシアの許に、来が歩み寄って来た。穏やかな眼差しをシアに向ける。

 

「よくやった、シア。見事だったぞ」

「えへへ、有難うございます。でも来さん、そこは、〝心惹かれた〟でもいいんですよ?」

「……最後の一言が無ければもっとな」

「うぅ……調子に乗りましたぁ……」

 

疲労困憊の表情を見せるも、来の称賛にはにかむシア。実際、つい最近まで、争いとは無縁だったとは思えない活躍だった。それはひとえに、来と同じ地に足を着けたい、ずっと一緒にいたいというシアの願いあってのことだ。深く強いその願いが、シアの潜在能力と相まって七大迷宮最大の試練と正面から渡り合わせ、止めを刺すというこれ以上ない成果を生み出した。

 

来としては、最後の場面で、どうしてもシアの止めが必要という訳ではなかった。彼の妖刀〝舞鱗〟は、彼が振るえばアザンチウムですら紙のように切断してしまうこと、来の持つステータスが膨大であることもあり、その気になれば一瞬でミレディを核ごと粉砕することもできた。だが、温厚で争いごとが苦手な兎人族であり、つい最近まで戦う術を持たなかったシアが一度も「帰りたい」などと弱音を吐かず、恐怖も不安も動揺も押しのけて大迷宮の深部までやって来た。最後くらい花を持たせてあげたいと思ったのだ。

 

結果は上々。凄まじい気迫と共に繰り出された最後の一撃は来の言う通り見事なものだった。

 

「でも、ちょっと見蕩れてた。〝心惹かれた〟からはちょっと遠いけど」

「来さん……今までで一番慈しい(やさしい)目をしている気が……心地いいです……」

「よく頑張りました」

 

もしこの場に来ではなくハジメや香織、ユエがいたなら少なくともハジメから頭を撫でられることはなかっただろう。だが来はシアの許に歩み寄り、徐にシアの頭を撫でた。

 

「ら、来さ~ん。うぅ、あれ、何だろ? 何だか泣けてぎまじだぁ、ふぇええ」

「よしよし」

 

緊張の糸が解けたのか、ぽろぽろと涙を流しながら来に抱きつき泣き出してしまった。初めての旅でいきなり七大迷宮というのは相当堪えていた。それを、来に着いて行くという決意のみで踏ん張ってきた。褒められ、認められ、安堵のあまり涙腺が緩んでしまった。

 

(やはり膵花に似てる……)

 

一方、来はシアの姿を最愛の妻膵花と重ねて見ていた。彼にとってシアはこの世界でできた初めての親友だった。だが、来は膵花を一途に愛するあまり、膵花に対する感情を複数人に持てない。もしこの場に膵花がいたなら側室としてなら許していただろう。

 

「あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、そろそろヤバイんで、ちょっといいかなぁ~?」

 

来達がハッとしてミレディの方に向くと、眼に光が戻っていた。シアは咄嗟に飛び退いたが来はその場に留まった。

 

「来さん!?」

「安心していい。核は砕けたから持ってあと数分といったところか」

 

ミレディの眼の光は点滅を繰り返していた。

 

「それで、話って何だ?」

「話したい……というより忠告だね。訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること……君の望みのために必要だから……」

 

ミレディの力が尽きかけているのか、次第に言葉が不鮮明に、途切れ途切れになってゆく。

 

「それなら他の迷宮の場所を教えてくれ。オルクスとここ、あとハルツィナとグリューエン、シュネー以外の二つは場所が判らないんだ」

「あぁ、そうなんだ……そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど……長い時が経ったんだね……うん、場所……場所はね……」

 

ミレディの声から力が失われていく。どこか感傷的な響きすら含まれた声に、シアが神妙な表情をする。長い時を、使命、あるいは願いのために意志が宿る器を入れ替えてまで生きた者への敬意を瞳に宿した。

 

「……メルジーネ海底遺跡……海上の町エリセンの沖に沈んでる……最後は神山……あのクソ野郎を崇めてる教会が建ってる山……」

「あそこにもあったのか……」

「以上だよ……頑張ってね」

 

今のミレディは、迷宮内の苛立つ文を用意したり、あの人の神経を逆なでする口調とは無縁の誠実さや真面目さを感じさせた。

 

「君が君である限り……必ず……君は、神殺しを為す」

 

ミレディの体は燐光のような青白い光に包まれていた。その光が蛍火の如く、淡い小さな光となって天へと登っていく。死した魂が天へと召されていくようだ。とても、とても神秘的な光景である。

 

そして、徐にシアがミレディの傍へと歩み寄った。ほとんど光が失われた眼を見つめている。

 

「何かな?」

 

囁くようなミレディの声。それに同じく、囁くようにシアが一言、消えゆく偉大な〝解放者〟に言葉を贈る。

 

「……お疲れさまです。よく頑張りました」

 

それは労いの言葉。たった一人、深い闇の底で希望を待ち続けた偉大な存在への、今を生きる者からのささやかな贈り物。本来なら、遥かに年下の者からの言葉としては不適切かもしれない。だが、やはり、これ以外の言葉を、シアは思いつかなかった。

 

ミレディにとっても意外な言葉だったのだろう。言葉もなく呆然とした雰囲気を漂わせている。やがて、穏やかな声でミレディがポツリと呟く。

 

「……ありがとね」

「……いいんですよ」

 

シアはとてもミレディに激しい憎悪を抱いていたとは思えない程穏やかな表情でミレディを見ている。

 

「……さて、時間の……ようだね……君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……」

 

オスカーと同じ言葉を来達に贈り、〝解放者〟の一人、ミレディは淡い光となって天へと昇っていった。

 

辺りは静寂に包まれ、シアは余韻に浸るように光の軌跡を追って天を見上げた。

 

「……最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ、来さんと一緒で一生懸命なだけだったんですね」

「たとえ根性が最悪でも、解放者の一人だ。一生懸命にならないと世界に太平をもたらせない」

 

そんな雑談をしていると、いつの間にか壁の一角が光を放っていることに気がついた来達。気を取り直して、その場所に向かう。上方の壁にあるので浮遊ブロックを足場に跳んでいこうと、ブロックの一つに二人で跳び乗った。と、その途端、足場の浮遊ブロックが滑るように動き出し、光る壁まで彼等を運んでいく。

 

「わわっ、勝手に動いてますよ、これ。便利ですねぇ」

 

十秒程で光る壁の手前五メートル程の場所に到着した。すると、光る壁は、まるで見計らったようなタイミングで発光を薄れさせていき、音も無く発光部分の壁だけが手前に抜き取られた。奥には光沢のある白い壁で出来た通路が続いている。

 

来達の乗る浮遊ブロックは、そのまま通路を滑るように移動していく。どうやら、ミレディ・ライセンの住処まで乗せて行ってくれるようだ。そうして進んだ先には、オルクス大迷宮にあったオスカーの住処へと続く扉に刻まれていた七つの文様と同じものが描かれた壁があった。来達が近づくと、やはりタイミングよく壁が横にスライドし奥へと誘う。浮遊ブロックは止まることなく壁の向こう側へと進んでいった。

 

潜り抜けた壁の向こうには……

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

小型のゴーレムがいた。

 

「「……」」

 

シアは絶句していた。来の方は分かっていたので驚きはしなかった。彼は魂を視認できる能力を有していたのだ。ミレディは、意思を残して自ら挑戦者を選定する方法をとっている。だとしたら、一度の挑戦者が現れ撃破されたらそれっきり等という事は有り得ない。それでは、一度のクリアで最終試練がなくなってしまうからだ。

 

それに、先程の巨大ゴーレムからは魂の存在を確認できなかった。なので、巨大ゴーレムを破壊してもミレディ自体は消滅しないことは明白。浮遊ブロックも案内するように動いていた。この迷宮で浮遊ブロックを意図的に操作できるのは創設者であるミレディ只一人のみ。

 

「あれぇ? あれぇ? テンション低いよぉ~? もっと驚いてもいいんだよぉ~? あっ、それとも驚きすぎても言葉が出ないとか? だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね☆」

 

黙り込んで顔を俯かせるシアに、ミレディが非常に軽い感じで話しかける。

 

ミレディの本体は、人間に近いフォルムをしていた。華奢なボディに乳白色の長いローブを身に纏い、ニコちゃんマークの付いた白い仮面を付けている。ミレディは語尾を輝かせながら、来達の目前まで寄って来た。未だ、シアの表情は俯き、垂れ下がった髪に隠れてわからない。

 

シアがぼそりと呟くように質問する。

 

「……さっきのは何だったんですか?」

「ん~? さっき? あぁ、もしかして消えちゃったと思った? ないな~い! そんなことあるわけないよぉ~!」

「でも、光が昇って消えていきましたよね?」

「ふふふ、中々よかったでしょう? あの〝演出〟! やだ、ミレディちゃん役者の才能まであるなんて! 恐ろしい子!」

 

自画自賛してテンション上昇中のミレディの前に、シアは草薙を構えようとするが、来に止められた。そして音も無くミレディのいる方向に歩み寄る。

 

「え、え~と……」

 

無言で歩み寄る来に、ミレディは頭をカクカクと動かし言葉に迷う素振りを見せると意を決したように言った。

 

「テヘ、ペロ☆」

「……」

「ま、待って! ちょっと待って! このボディは貧弱なのぉ! これ壊れたら本気でマズイからぁ! 落ち着いてぇ! 謝るからぁ!」

 

だが、来は刀を構えることもなく、ミレディに問いかけた。

 

「七大迷宮にはそれぞれ一振りずつ片刃の曲刀が保管されているとオルクスで知ったんだが、それは何処にある?」

「……知っていたんだ。でもそれは私が認めた相手じゃないと預けられない。以前来たハジメとやらも挑んだけど私には勝てなかったよ」

 

ミレディは突然部屋の奥の隠し扉へ走り去っていき、数分後に扉から出てきた。

 

「ええっ!?」

 

シアはかなり驚いていた。扉から出てきたのは先程のゴーレムとは似ても似つかない金髪の美少女だった。

 

「じゃじゃーん! 美少女天才魔術師兼美少女剣士ミレディ・ライセン見参!」

 

ミレディの着ている服装は来やシアと同じく和服だった。腰には普通の刀を差している。

 

「剣術を使うのにゴーレムのままじゃ不便だからね。ウサギちゃんも一応剣術は習ってるみたいだけどどうする? 七聖選別受ける?」

「う、受けます!」

「よし、じゃあまずはそのでっかい鋸をそこに立て掛けておいてね」

 

壁に草薙を立て掛け、選別用の部屋へと移動する。

 

「それじゃあ、七聖選別、始めるよ」

 

ミレディの開始の合図と共に、二人は抜刀する。しばらくの沈黙の後、動いたのはシアだ。鍛えられた足腰で一瞬で間合いを詰め、横に薙ぐ。ミレディはそれを縦方向の斬撃で打ち消す。今度はミレディが横方向に斬りつける。シアは縦方向の斬撃で防ぎ、鍔迫り合いに入る。

 

「ほう、錬成師クンと同じくらいにはやるみたいだねぇ」

「当たり前です! 来さんに稽古つけられたんですから!!」

「でもね、上には上がいるんだよッ!」

 

ミレディは視認不可能な速度で刀を振り、シアの刀を弾いた。そして攻撃手段を失ったシアの首筋に刀身を当てる。

 

「勝負あったね」

「……参りました」

「随分と潔いんだね」

 

シアはミレディの前に敗北した。敗北したので勿論刀は手にできない。

 

「さて、次は剣士クンの番だよ」

「来さん、気をつけて下さい。彼女の剣裁きは見えないくらい速かったです」

 

ミレディは再び構え、来は舞鱗を手に構える。

 

「それじゃあ、始めようか」

 

二回目の戦いが始まる。来もミレディも視認不可能な速度ですれ違い、互いに背を向いて立っていた。そしてしばらくの沈黙の後、ミレディが倒れた。峰打ちだったので流血はしていない。

 

「こ、これが……達人同士の対決……本当に一瞬で終わるものなんですね……」

 

シアは一瞬で決着がついた戦いを見て驚きを隠せなかった。

 

「そうか……れーちゃんの言ってた剣士って君のことだったんだね……」

 

ゆっくりと立ち上がりながらミレディは言う。

 

「曲刀を渡すよ」

 

ミレディは対決部屋の隅に置いてあった箱を持って来た。

 

箱の中身は舞鱗とは逆に鞘と柄が白い一振りの打刀が入っていた。箱の蓋には舞鱗の時と同じように防錆の魔法陣が刻まれている。そして一枚の紙切れも入っていた。紙切れには漢字二文字で『眼鱗(めりん)』と書かれていた。

 

「部屋の隅に置いてあったその片刃の曲刀、元々はある一人の剣士が使っていたものなんだよ」

「ある一人の剣士……?」

 

ミレディはまるで昔話を聞かせるようにシアに語る。

 

「うん、その剣士はたった一人で千人を相手にできる程の剣技の持ち主だったらしいんだ」

「文字通り一騎当千ですね……」

「その剣士は二刀流使いで、もう一本は恐らく剣士クンの使ってるその曲刀だよ。お~い剣士クン。曲刀を二本持ってそこに立ってもらえるかな?」

 

言われた通り、右手に舞鱗、左手に眼鱗を持って立つ。

 

(両手の曲刀……白髪頭に黄金の瞳……間違いない)

「ところで、その剣士の名前って、分からないんですか?」

「名前は解放者達に伝えられてるけど、多分聞いたら腰を抜かすと思うな」

「その名前って、まさか……!?」

 

ミレディは大きく深呼吸をして、剣士の名を告げる。

 

「その名は……辻風来。剣士クンの名前だよ」

 

シアは今までにないくらいに驚いた。

 

「じゃ、じゃあ、来さんは一体いくつなんですか!?」

「……少なくとも七百年は生きて来た」

「そ、そりゃあ動きが見えなくて当然ですよね……って普通人間って七十年くらいしか生きられないんじゃなかったんでしたっけ?」

「寿命なんて当の昔に失くしてるし、何度も転生を繰り返したからね」

 

普通なら、シアの言う通り人間が数百年単位で生きることはまず有り得ない。だが、来は幾度となく転生を繰り返してきた。七百年というのは今まで生きて来た合計年数のほんの一部だ。

 

「ミレディ、一つ聞く。僕達がここを発って、神を討ち滅ぼした後、君はどうするつもりだ?」

「……」

「……独りここに籠ったまま死ぬつもりなのか?」

「……」

 

それがミレディの答えだった。かつての仲間はミレディを遺して全員死んでしまっている。戦いが終わればすぐさま後を追うだろう。

 

「まだ勝てる可能性があるのに負けたまま死ぬなんて、勿体無いとは思わないのか? 負けを認めたまま死ぬなんて、惨めだとは思わないのか? 君の神代魔法は一体何のためにあるんだ?」

「ッ!?」

 

自分の力は何のためにあるのかと言われ、ミレディの中に憤りが渦巻いた。守るべき者達を守れずに無様に敗れた自分達を嘲笑している気がしてならなかった。

 

「何より、君を遺して散った仲間達がそれを望んでいるのか?」

「……」

「君が今ここにいるのは、誰のお陰だ?」

 

ミレディの額を指で突きながら話す。

 

「残る五つの迷宮を造った者達のうちの誰かだろう? 彼らがどのような思いで君を生かしたのか、その答えを求めようとは思わなかったのか? それとも、君にとって仲間という存在はその程度のものだったと…」

「……君に何が解るって言うんだよ!」

 

ずっと一方的に言われっぱなしだったミレディだが、「仲間という存在はその程度のもの」という言葉に怒りが沸点に達して来に怒鳴り返す。

 

「私にはもう、仲間なんて誰一人残されていないんだよ!? 皆私を置いて死んでしまった!! 守るべき人々に刃を向けられても、誰も為す術を持てなかった!! 人々を殺したくなかったんだ!!」

 

両手を震わせながら、ミレディは続けて話す。

 

「それなのに……私は仲間を守ろうとして人を一人殺めてしまった……その所為で益々私達への迫害は酷くなっていったんだよ……あの時の感覚は、今でも忘れられない……私が手を血で汚してしまったばっかりに……仲間を死なせてしまう原因を作ってしまった……私が殺してしまったようなもんだよ……」

 

話していくうちに、声がだんだんと震えていった。

 

「……あれからどれくらい此処で過ごしたのかも、もう分からない。残った仲間達も皆それぞれの迷宮の中で息絶えていってしまった……もうこれ以上、寂しい思いも……悲しい思いも……したくないよ……」

 

遂にその場で泣き崩れてしまった。顔を覆う両手の隙間から涙が零れ堕ちた。もしかしたら、今までウザキャラを演じていたのも、孤独に怯える自分を隠す為のものだったのかもしれない。

 

(僕は、二か月も膵花の顔を見れなかっただけでも物凄く寂しかった。百年単位では足りない位の時間ずっと孤独って……どれ程辛いことだろうか)

 

すすり泣くミレディの頭に、来は手を置きながら語りかけた。

 

「ずっと…独りで怖かったんだね。僕だって人の命が掌から零れ落ちた。人だって…何人も手に掛けた。それでも立ち直れたのは、僕の命よりも大事な人の存在だった。彼女がいる限り、僕は何度折れても立ち直れる」

「でも……もう私には……何も残されてないよ……」

 

永い時を生きて、既に己の道を見失っていたミレディに、来は手を差し伸べる。

 

「だったら、君を何度でも立ち直らせてくれる仲間……僕達じゃ、駄目かな?」

「……え?」

「折角今まで生き延びてるんだから、このまま死ぬより神と直接対峙して死ぬ方が気分も晴れるんじゃないかな? ……誰一人欠ける事無く打ち勝てれば万々歳だけど」

「……でも、私結構ウザいよ?」

「いいさ、どうであれ。皆纏めて受け止めてやるよ」

 

ミレディはしばらく考えた後、細々と言葉を紡いだ。

 

「……そう、だよね……やっぱここで死ぬより……あのクソ野郎と直接対峙してぎゃふん、と言わせてやりたい!」

「うん、よく言った」

「仲間は一人でも多くいたほうがいいですもんね!さっきまでのことは水に流します」

 

今まで散々ミレディに苛立たせられたシアも賛成の意を示した。自分だけ突っ撥ねるのは酷だと思った。

 

「じゃあ、そういうことで宜しく」

「うん!」

 

ミレディは元気よく返事をして、来の手を掴み取る。

 

こうして、嘗て神々の手からこの世界を救おうとした解放者の最後の一人が、白髪の剣士の仲間に加わったのだった。

 

「あっ、そういえばまだ君達に神代魔法渡してなかったね……」

 

ここで神代魔法の存在をすっかり忘れていた三人。直ぐに元の部屋に戻り、ミレディが魔法陣を起動させる。

 

来とシアは魔法陣の中に入った。今回は試練を突破したことをミレディ本人が知っているので、オルクス大迷宮の時のような記憶を探るプロセスは無く、直接脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていく。シアにとっては初めての経験だったので身体が跳ねた。

 

刻み込みは数秒で終わり、来達はミレディ・ライセンの神代魔法、重力魔法を入手した。

 

「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね…って言いたいところだけど、シーちゃんは適性ないねぇ~もうびっくりするレベルでないね!」

「ミレディ、それは言い過ぎ」

「……ごめん」

 

 

===============================

辻風来 17歳 男 レベル:20

天職:剣士

筋力:4810  [+龍化状態17500]

体力:7760  [+龍化状態15400]

耐性:7000  [+龍化状態8740]

敏捷:7300  [+龍化状態6100]

魔力:5000

魔耐:4800

技能:雷属性適正・全属性耐性・剣術[+抜刀術][+斬撃速度上昇]・天歩[+空力][+縮地]・剛腕・先読・気配感知・気配遮断・幻術・妖術・龍化・暗視・熱源感知・魔力感知・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・胃酸強化・思念通話・睡眠覚醒・錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・纏雷・風爪・石化耐性・毒耐性・麻痺耐性・言語理解・生成魔法・重力魔法・再生魔法・魂魄魔法・変成魔法

===============================

 

 

ようやくレベルが20に突入した。来のステータスプレートをミレディが確認すると、首を傾げた。

 

「ん? らーちゃん、攻略したのって本当にオーちゃんの迷宮だけだよね?」

「そうだけど……」

 

迷宮は二つしか攻略していないのだが、更に三つ程神代魔法らしきものが付け加えられている。転生前から持っている能力が、この世界では神代魔法として扱われているようだ。

 

ちなみにらーちゃんとはミレディが来に付けた呼び名である。ミレディ曰く、らー君だと他の人物と呼び名が被ってしまうから紛らわしいらしい。

 

「……まあいっか。シーちゃんは体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな。らーちゃんはこの前の金髪ちゃんと同じくらい適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ」

 

シアは打ちひしがれていた。折角の神代魔法を適性なしと断じられ、使えたとしても体重を増減出来るだけ。重くするなど論外だが、軽くできるのも問題だ。戦闘に支障を来してしまう可能性がある。むしろデメリットを背負ったんじゃ……とシアは意気消沈した。

 

「……」

「……どうしたんだミレディ。そんなに目を細めて」

「……やっぱり君は違うんだね」

「……?」

 

ミレディは困惑していながらも、何処か安心した様子だった。そんなミレディに来は首を傾げる。

 

「ウザさてんこ盛りのこの迷宮で一切怒りを見せなかったのって、君が初めてだったんだ。前の三人は滅茶苦茶イラついてたから」

「あれで苛立っていたらこの先攻略できそうにないからね」

「ウザい私にさえ君は怒りを向けることなく優しさを向けてくれた。まるで陽の光を浴びているようだったよ。一時君のその優しさにずっと浸っていたい、って思った程だったよ。だからさ…」

 

途中まで言いかけて言葉を止めた。この先を言おうかと迷っていたのだ。ミレディはしばらく悩み続け、頬を染めながらも意を決して言葉を紡いだ。

 

「もし、戦いが終わったら……その……君の、傍にいさせてくれないかな……?」

 

来の背中に抱きつきながらシアが物凄い形相でミレディを睨んでいる。どこぞの金髪の剣士が見たら血の涙を流すことだろう。

 

「も、もちろん寝取るつもりはないけど……数百年……もしかしたら千年……それくらい長い間溜め続けた寂しさを、君なら埋めてくれる気がするんだ……それに、見た目も格好いいし……」

 

ミレディに寝取る気は無いようだが、それでもシアは来に抱きついたまま離さない。

 

「……最終試練の時にも言ったけど、僕には自分の命よりも大事な人がいる。だけど、大事な人は一人じゃないんだ。膵花は勿論、ハジメや香織さん、雫さん、シア、それとミレディ、君もそうだ。仲間なら互いに心の隙間を埋めて当然だよ」

「……ありがとう」

 

ミレディは懐から指輪を一つ取り出し、それを来に手渡した。ライセンの指輪は、上下の楕円を一本の杭が貫いているデザインだ。

 

指輪を渡す時のミレディの顔は赤く染まっていた。

 

 

「れーちゃん、もーちゃん、あーちゃん、さーちゃん、君達の言ってた剣士、確かに来たよ」

 

ミレディは旅の支度をしながらそう呟いた。

 

「君達が言った通り、優しかったよ」

 

そして七人の解放者が映った写真を見る。

 

「私だけ生き残っちゃってごめんね、でもこれも運命(さだめ)だと思うんだ。アイツ、私が生きてると知ったら驚くだろうな~」

「お~い、ミレディさ~ん。行きますよ~」

「……皆ができなかった分を私と新たな仲間達と一緒に成し遂げるよ。じゃあ、行ってくるね」

 

そう言って写真を仕舞い、待っている二人の許へ走っていくミレディの後ろで、六人分の声が聞こえた気がした……

 

 

『『『『『『行ってらっしゃい!』』』』』』




解説

『眼鱗』

四人の来訪者が七人の解放者に預けた〝七聖刀〟のうちの一振りで、ミレディ・ライセンが所有していた。

製作者は『舞鱗』と同じ鍛冶師。雌雄の双刀のうちの〝雌〟に当たる。魚を呼び寄せる力を持った妖刀。


次回
第三十一閃 異変


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第六章 新たなる出会いと再会
第三十一陣 異変


どうも、回答数が少ないとはいえ、アンケートの投票数が回答ごとにあまり大きな差が無いという現実にIF編の出し方を改めて構想し直している最果丸です。

遂にライセン大迷宮編が終わりました。この章からはティオとミュウが登場し、オリ主と原作主、オリヒロが再び会合します。


この回は前半が滅茶苦茶な展開になりました。


来とシア、ミレディは透明なカプセルの中に入っていた。

 

「じゃあ、準備はいいかな?」

「ああ」

「はい!」

「水路、オープン!」

 

ミレディは重力魔法で部屋の壁を移動させ、脱出用の水路を出現させた。

 

「一同、いっきま~す!」

 

そしてカプセルを乗せた床が動き出し、カプセルが水路に落下する。水路に突入したカプセルは激流で満たされた地下トンネルのような場所を猛スピードで流されていた。

 

「もう少しマシな脱出方法とか無かったんですかぁ~!!」

「これしか用意して無いんだよぉ~!!」

 

カプセルの中は盛大に荒れていた。中に入っている三人はカプセルが何度も壁にぶつかった衝撃でぶつかり合っていた。

 

何度も壁に衝突するうちに、カプセルは傷だらけになる。

 

と、その時、来達の視界を魚群の影が覆った。今流れている場所は、他の川や湖とも繋がっている地下水脈のようだ。魚達は激流の中を逞しく泳いでいき、流されている三人を追い越していく。

 

と、背後からウツボのような魚がカプセルに襲い掛かった。

 

シアは驚いた拍子にカプセルの開閉ボタンに誤って触れてしまい、激流の中カプセルが開いてしまった。三人は激流に放り出された。

 

 

町と町、あるいは村々をつなぐ街道を一台の馬車と数頭の馬がのんびりと進んでいた。馬車には十五、六歳の少女と巨漢の漢女が乗っており、その周囲を馬に乗った冒険者の男女四人(男三人女一人)が護衛している。

 

「ソーナちゃぁ~ん、もうすぐ泉があるから其処で少し休憩にするわよぉ~」

「了解です、クリスタベルさん」

 

漢女の方は以前ブルックの町でシアが世話になった服飾店の店長、クリスタベルだった。隣に座っている少女は〝マサカの宿〟の看板娘ソーナ・マサカである。常人と比べて好奇心と脳内の桃色部分が多いが普通の少女だった。

 

この二人、現在、冒険者の護衛を付けながら、隣町からブルックへの帰還中なのである。クリスタベルは、その巨漢からも判る通り凄まじく強いので、服飾関係の素材を自分で取りに行く事が多い。今回も仕入れ等のために一時、町を出たのだ。それに便乗したのがソーナである。隣町の親戚が大怪我を負ったと聞き、宿を離れられない両親に代わって見舞いの品を届けに行ったのだ。冒険者達は元々ブルックの町の冒険者で任務帰りなので、ついでに護衛しているのである。

 

ブルックの町まであと一日といったところ。一行は、街道の傍にある泉でお昼休憩を取ることにした。

 

泉に到着した一行が、馬に水を飲ませながら自分達も泉の畔で昼食の準備をする。ソーナが水を汲みに泉の傍までやって来た。そして、いざ水を汲もうと入れ物を泉に浸けたその瞬間、音を立てながら突如、泉の中央が泡立ち一気に水が噴き出始めた。

 

「きゃあ!」

「ソーナちゃん!」

 

悲鳴を上げて尻餅をつくソーナに、クリスタベルが一瞬で駆け寄り庇うように抱き上げ他の冒険者達のもとへ戻る。その間にも、噴き上げる水は激しさを増していき、遂には高さ十メートル以上に達する水柱となった。

 

この泉は街道沿いの休憩場所としては、よく知られた場所で、こんな現象は一度として報告されていない。それ故に、クリスタベルやソーナ、冒険者達も驚愕に口をポカンと開き、降り注ぐ雨の如き水滴も気にせず巨大な水柱を見上げた。

 

噴水の如く吹きあがる水の勢いに乗せられ、二人の少女を抱えた一人の剣士が飛び出した。一行は思わず目が飛び出た。十メートル近く吹き飛ばされ、そのまま一行の対岸側に落下した。

 

「「「「「「……」」」」」」

「な、何なの一体……」

 

言葉もない冒険者達とクリスタベル。ソーナの呟きが皆の気持ちを代弁していた。

 

 

「ぷはっ、危なかった……シア、ミレディ、無事か?」

 

何とか水面まで浮かび上がり、シアとミレディの安否を確認する来。しかし、しっかり抱えているから逸れはしなかったものの、二人の返事は無かった。

 

少女二人を抱えたまま岸へと上がる。仰向けにして寝かせたシアとミレディは青白い顔で血の気が無く、また大量に水を飲んでいたようで呼吸と脈が止まり、心肺停止状態にあった。

 

(不味い……早く水を吐かせないと窒息死してしまう……躊躇するな! 羞恥より人命を優先しろ!)

 

流石に二人同時に心肺蘇生法を施したことはない。というか今まで前例がない。両方救えるかどうかは分からないが施さねば救えるものも救えない。

 

意を決した来は二人に心肺蘇生法を施す。両方とも最優先だが、シアの方は咄嗟に身体強化を発動させているのでいくらか延命されている可能性がある。だがミレディにはそんな手段などない。どちらにしろ一刻も早く水を吐かせないと二人共溺死してしまう。

 

何度か人工呼吸を施した後、先ずミレディが、その直後にシアが水を吐き出した。水が気道を塞ぐのを防ぐために顔を横に向ける。

 

「こほッこほッ……らーちゃん?」

「ケホッケホッ……来さん?」

「シア、ミレディ、助かってよか……!?」

 

二人共無事に救えてホッと一息つく来。そんな彼をぼんやりと見つめていたシアは突如、来に抱きつきそのまま接吻をした。予想外の反応だったのと、至近距離であったことから、避ける隙も無かった。

 

「んっ!? んー!!」

「あむっ、んちゅ」

 

シアは両手で来の頭を抱え込み、両脚を腰に回して完全に身体を固定すると遠慮も容赦もなく舌を来の口に捩じ込んだ。だが、シアの剛腕をものともせず、あっさりと押し退けてしまった。シアの表情は言うまでもなく、悲しそうにしていた。

 

実は何度目かの人工呼吸の時、何故かシアには自分が惚れた相手に接吻されていることがわかっていた。体は思うように動かず、意識もほとんどなかったが、水を飲んだ瞬間、咄嗟に発動させた身体強化がそのような特異な状況をもたらしたのだろうか。

 

何度もされる接吻に、シアの感情メーターは振り切り、理性が融けてしまった。逃がすものかと、来の身体をしっかりと固定すると無我夢中で接吻を返した。

 

一方、そんな光景を見ていたミレディはというと、少し不機嫌そうにしていた。

 

「わっわっ、何!? 何だったんですか、さっきの状況!? す、すごい……濡れ濡れで、あんなに絡みついて……は、激しかった……お外なのに! ア、アブノーマルだわっ!」

 

そこへ妄想過多な宿の看板娘ソーナが寄って来た。そして「あら?あなた確か……」と体をくねらせながらシアを記憶から呼び起こすクリスタベル。そして、嫉妬の炎を瞳に宿し、自然と剣にかかる手を必死に抑えている男の冒険者三人とそんな男連中を冷めた目で見ている女冒険者だった。

 

(まさか蘇生直後に襲い掛かってくるとは……流石に反応できなかったぞ……でも、もしこれがシアじゃなくて膵花とだったら……って何考えてるんだ僕は!)

 

息を荒げてから髪を掻き上げる来。そして最愛の妻とのえっちい妄想で勝手に赤面してしまうというお茶目さも見せてしまう。

 

「うぅ……押し退けるなんて酷いです……来さんの方からしてくれたじゃないですかぁ~」

「いや、あれは歴とした救命措置で……」

「うへへ~」

「シア、笑い方が……いいか、あれはあくまで救命措置で、深い意味はないんだ」

「そうですか? でも、キスはキスですよ。このままデレ期に突入ですよ!」

「ないよ!」

 

視線を感じ、来の視線がソーナに向いた。ソーナは体を震わせると、一瞬で顔を真っ赤にした。

 

「お、お邪魔しましたぁ! ど、どうぞ、私達のことは気にせずごゆっくり続きを!」

「え?あっ、ちょ……」

 

踵を返そうとするソーナの首根っこを踵を返そうとするソーナの首根っこをクリスタベルが摘む。そしてそのまま来達の許へと歩み寄ってきた。

 

「あっ、店長さん」

「シア、知り合いか?」

「はい、以前ブルックの町でお世話になった服飾店の店長さんです」

「そうだったのか……ところでミレディ、さっきから顔色が優れないようだが、どうかしたのか?」

「あ、あ……ば…ぐへぇ!?」

 

ミレディが何か言いかけていたようだが直前でシアに殴られた。その表情は凍りつくようだったという。

 

「ちょっと! 何するのさシーちゃん!」

「人を見た目で判断しちゃダメです!」

「あらぁん? そこで何を話していたのかしらぁん?」

 

直ぐ近くまでクリスタベルが寄って来ていた。

 

「「い、いえ! 何でもありません!!」」

 

ミレディとシアは揃って青白い顔で否定した。クリスタベルは少し首を傾げていたようだが、聞き流すことにしたようだ。

 

この場所について聞いた結果、ブルックの町から一日ほどの場所にあると判明し、来達も町に寄って行くことにした。馬車に便乗させてくれるというので、その厚意に甘えることにした。濡れた服を着替え、道中、色々話をしながら、暖かな日差しの中を馬の足音に包まれながら進んでいく。

 

新たな仲間と共に二つ目の大迷宮攻略を成し遂げ、更にもう一人仲間を加えた来。馬車の荷台に腰掛け、陽の光を浴びながら一休みするのであった…

 

 

「ふふっ、あなた達の痴態、今日こそじっくりねっとり見せてもらうわ!」

 

上弦の月に照らされながら、建物の屋根からロープを垂らし、それにしがみつきながら華麗な下降を見せる一人の少女。

 

スルスルと三階にある角部屋の窓まで降りると、そこで反転し、逆さまになりながら窓の上部よりそっと顔を覗かせる。

 

「この日のためにクリスタベルさんに教わったクライミング技術その他! まさかこんな場所にいるとは思うまい、ククク。さぁ、どんなアブノーマルなプレイをしているのか、ばっちり確認してあげ……」

 

とある客室をやらしい目で覗いていたのは、宿の看板娘、ソーナ・マサカであった。しかし、上手く隠れていたつもりだったようだが、彼女の真正面に白髪の青年が立っているところ、どうやら既にバレていたようだ。思いっ切り叫びそうになったが何とか堪えたようだ。

 

「……何やってるんだ? こんな夜中に」

「ち、ちなうんですよ? お客様。これは、その、あの、そう! 宿の定期点検です! ほら、夜中にちゃちゃっとやってしまえば、昼に補修しているところ見られずに済むじゃないですか。宿屋だからガタが来てると思われるのは、ね?」

「成程、そう言えば廊下もガタが来ている場所があるんだが、修繕の方頼めないか?」

「わ、わかりました! 直ぐに修繕いたします!」

 

そう言ってソーナを客室に入れ、廊下に連れ出す。

 

「ところで、この宿には覗き魔がいるという噂を耳にしてね、何でもある特定の人物が泊っている部屋にしか出没しないらしいんだ」

「そ、それは由々しき事態ですね!の、覗きだなんて、ゆ、許せません、よ?」

「宿の評判がガタ落ちしますよね?」

「え、ええ、そんなこと、勿論許せませんとも……あぅ」

 

そう言った後、ソーナは気絶してしまった。実は、客室に入れた時から麻酔針を首に刺したのだが、今になって麻酔が回ったようだ。

 

その後、ロープでごめん寝の姿勢でぐるぐる巻きにされ、布で猿轡をされ、目隠しをされ、『私は客室の見回りや宿の修繕と称して数日間に渡って様々な手口で覗き(特定の人物の宿泊部屋のみ)をしていました。あとそれから男風呂も覗き(特定の人物のみ)に行ってました』と、年頃の少女らしからぬとんでもないことを書かれた看板を首から提げた状態で一晩中、カウンターの奥で気絶していた少女がいたとかいないとか。流石のハジメもここまではしないだろう。

 

 

突然気絶してしまったソーナをカウンターの奥に運んだ後、宿の部屋に戻った来はそのままベッドに仰向けになった。

 

「らーちゃん、お疲れ様」

「お帰りなさいです」

 

そんな来に声を掛けたのはネグリジェ姿のミレディとシア。窓から差し込む月明りが、二人の姿を淡く照らす。ミレディは対面のベッドの上で女の子座りをし、シアは浅く腰掛けている。

 

「しかしあの子には困ったものだよ……まさか屋根から降りて来るとは思ってもみなかった」

「きっと、私達の関係がソーナちゃんの女の子な部分に火を付けちゃったんですね。気になってしょうがないんですよ。可愛いじゃないですか」

「可愛いと言っても限度というものがあるよね。手口がどんどん巧妙になって来てるし」

「昨日は湯船にシュノーケルが立ってるのが見えて、湯煙で包んで気配を完全に断ち切らないと入れなかったよ」

「う~ん、確かに、宿の娘としてはマズイですよね…一応、私達以外にはしてないようですが……」

「それが唯一の救いだよ」

 

看板娘の奇行について雑談していると、シアは立ち上がり来の近くに腰掛けた。ミレディも、いそいそと立ち上がると来のベッドに移動し、横たわる来の頭の下に自らの膝を入れた。

 

「!?」

「ふふふ、女の子の膝枕だよ? これなら安心して眠れるんじゃない?」

 

ミレディは来の白い髪を撫でながら温かい目を向ける。すると今度はシアが来の手を取り自分の胸元へと誘導する。

 

「……そういえばライセンで血を吐いてましたよね……今になって聞きますけど、来さんの体に一体何が起こってるんですか?」

「シーちゃんの言う通り、らーちゃんの体に何か異変が起こっている。それに君の心は未だにぽっかり穴が開いているまま。私達でよかったら、埋めてあげることもできるかもしれない」

「それは……多分無理だろうね」

 

シアもミレディも悲しい表情をする。

 

「僕の心に穴が開いているなら、それを埋められるのは……」

「……膵花って人唯一人、だよね?」

「!?」

「シーちゃんから聞いたよ、君が想い続けている女性の名前」

「……うん。ミレディの言う通りだよ」

「らーちゃんは、彼女に逢えないストレスに君の体は蝕まれている。そしてそれが日に日に酷くなっている」

「吐血する度に神水を飲んで体を落ち着かせてきた。でも眠ろうと目を閉じると、彼女の姿がはっきりと見えるんだ。そしてまた血を吐いてしまう、それの繰り返しだ」

 

流石に幻覚は見えていないようだが、頭の中からは最愛の妻のことが離れることはなかった。

 

「らーちゃん、私は治癒師じゃないから詳しくはわからないけど、君の身体の具合から見るに……このままだとあと数週間しか持たないだろうね」

 

シアはショックで目を見開いた。

 

「過去にも前例がいたんだ。らーちゃんと同じような症状を見せた人物……三百年前にライセン大迷宮を訪れた、私の剣術の師匠だよ」

「ミレディさんの、剣術の師匠……」

「うん、師範も同じ症状を患っていたみたいで、私に稽古を付け始めてから数週間で衰弱死してしまったよ」

 

ミレディの剣術の師匠も、来と同じように吐血する度に神水を飲んで凌いでいたようだが、処置も虚しく僅か数週間で息を引き取ってしまったという。

 

「じ、じゃあ、もし数週間の間に膵花さんを見つけられなかったら……」

「うん、ほぼ間違いなく死ぬ」

「そんな……」

 

ミレディも信じたくなかった。圧倒的な戦闘力を持つこの青年が、数週間で落命するかもしれないということを。シアは彼の腹に顔を埋めて泣いた。ミレディも涙を零す。

 

「だから、シーちゃんにも私と同じ悲しみを背負わせたくないんだ。一刻も早く彼を膵花って人の許へと連れて行かないといけない」

「うぅ……来さん……嫌です……出会ってまだ一か月くらいしか経ってないのに、死んじゃうなんて……お願いだから生きて……生きてぐだざい……」

 

そして無駄だと判っていても、少しでも延命しようとミレディは自らの膝の上で眠る青年にそっと唇を重ねた。

 

「……らーちゃん……こんなウザい私にも優しくしてくれた君を私は死なせたくない……お願い……生きて……」

 

 

一方、ライセン大峡谷にできた洞窟から、二人の人間の女性が出て来た。だが、二十代前半の女性は十代後半の少女に背負われていた。

 

「何で…何でこんなことになったの……お願い、膵花……辻風君を……来さんを置いて逝かないで……」

 

剣士の少女に背負われている縹色の髪の女性もまた、生死の境を彷徨っている最中だった……




次回
第三十二閃 出発の時


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第三十二陣 出発の時

前回の後半は精神が毒された状態で執筆しておりました。


ある日、冒険者ギルド:ブルック支部の扉が開き、三人の人影が入って来た。来、シア、ミレディの三人はここ数日ですっかり有名人となった。ギルド内のカフェには、何時もの如く何組かの冒険者達が思い思いの時を過ごし、数名ほど来達の姿に気がつくと片手を挙げて挨拶してきた。男達はシアとミレディに見蕩れ、そして来に羨望と嫉妬の視線を向けるも、そこに陰湿なものはなかった。そして女達は来に見蕩れている。彼も勇者天之河光輝と同じく整った顔をしている。

 

ブルックに滞在してから一週間、シアかミレディを手に入れようと決闘騒ぎを起こした者は数知れず。かつて、〝煙兎〟というちょっと洒落た二つ名を付けられたシアを口説くことは終ぞ叶わなかった。が、外堀を埋めるように来から攻略してやろうという輩がそれなりにいた。

 

いくら来でもそんな面倒ごとは受けたくなかった。とはいえ、売られた喧嘩は買う主義のようで、七聖刀かつ雌雄双刀の二振りで相手の武器を破壊して戦意を喪失させる、というのが常だった。

 

そしてミレディは重力魔法で死なない程度に地面に叩きつけるという割と地味な方法で回避していた。

 

というわけで、この町では、二振りの片刃の曲刀のみを使用し、神的な速度で決闘を終わらせる〝神風の双刃〟たる来、口説こうとしたら煙を発生させその隙に姿を消す〝煙兎〟たるシア、文字通り手も足も出せない〝イミューン〟たるミレディのトリオは有名であり、一目置かれる存在なのである。ギルドでパーティー名の申請をした覚えなどないのに勝手に〝敵知らずの小隊〟というパーティー名を勝手に付けられ、それが浸透していた。

 

「おや、今日は三人一緒かい?」

 

来達がカウンターに近づくと、何時ものように受付嬢のキャサリンが声を掛けた。その声音に意外さが含まれるのは、この一週間でギルドへ赴いたのは大抵来一人、若しくはシアとミレディの二人組だったからだ。

 

「ええ、明日には町を出ますし、色々とお世話になったので挨拶に来ました。ついでに、目的地関連で依頼があれば、と思いまして」

 

来達はギルドの一室を無償で借りていた。重力魔法を使いこなす練習をするためにそれなりに広い部屋が欲しかった。キャサリンに心当たりを聞いたところ、それならギルドの部屋を使っていいと無償で提供してくれた。

 

「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

「ははは……確かに色々賑やかでしたけどね……」

 

ここ一週間を思い返して苦笑いが零れる来。この町では色々と苦労したのだった。

 

ブルックの町には何時の間にか「ユエちゃんに踏まれ隊」、「シアちゃんの奴隷になり隊」、「お姉さまと姉妹になり隊」、「神風に吹かれ隊」というぶっ飛び過ぎたネーミングの四大派閥ができていた。互いに日々凌ぎを削り合っている。ちなみに最初の集団は来達とは一切関係がない。

 

最初は町中でいきなり土下座するとユエに向かって「踏んで下さい!」などと絶叫する集団で、シアに至ってはどういう思考過程を経てそんな結論に至ったのか全く持って理解不能。その次は女性のみで構成された集団で、ユエ若しくはシアとミレディに付き纏うか、ハジメ若しくは来の排除活動が主だ。一度は、ハジメに向かって「お姉さまに寄生する害虫が! 玉取ったらぁああーー!!」と叫びながらナイフを片手に突っ込んで来た少女もいる。

 

流石に町中で少女を殺害したとなると色々面倒そうなので、というか来に顔向けできなくなるなので、ハジメはその少女を気絶だけさせて後はそのまま放置した。ちなみに、気絶させられた少女はその後無謀にも来に挑み、そして虚しく敗れた。少女は来の動きの華麗さに見蕩れ、最後の「神風に吹かれ隊」を立ち上げた。

 

「だけど、何だかんで活気があったのは事実さね」

「ええ、活気でした」

「で、何処に行くんだい?」

「フューレンです」

 

そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなすキャサリン。早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始める。

 

フューレンというのは中立商業都市の名前だ。次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】。その為、大陸の西に向かわなければならないのだが、その途中に【中立商業都市フューレン】があるので、大陸一の商業都市に一度は寄ってみようという話になった。なお、【グリューエン大火山】の次は、大砂漠を超えた更に西にある海底に沈む大迷宮【メルジーネ海底遺跡】が目的地。

 

「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後一人分あるよ……どうだい?受けるかい?」

 

差し出された依頼書を受け取り、内容を確認する来。依頼内容は、商隊の護衛依頼のようだ。中規模な商隊のようで、十五人程の護衛を求めているらしい。シアとミレディは冒険者登録をしていないので、来の分で丁度埋まってしまう。

 

「連れを同伴するのはよろしいのですか?」

「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、シアちゃん、ミレディちゃんも結構な実力者だ。一人分の料金でもう二人優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」

(フューレンか、中立商業都市とだけあって相当人も集まっていそうだな。もしかしたら膵花もそこにいるかも……)

 

来は少し逡巡し、意見を求めるかのごとくシアとミレディの方を振り向いた。欲を言えば、配達系の任務があればよかった。来達だけなら〝飛脚改〟で馬車よりも数倍早くフューレンに辿り着ける。護衛任務で他の者と足並みを揃えるのはできるだけ避けたかった。

 

「……私としてはその街に例の彼女がいることを願うばかりだよ」

「ええ、もしその街にもいなければまた別の場所を当たりましょう。時間はまだ残されてます」

「そうだね、情報集めも兼ねて行くのも悪くない」

 

シアの言う通り、フューレンに捜している人物がいなくとも、それで終わりではなく、また別の場所で捜せばいいだけの話だ。情報が集まれば見つけ出せる確率も高くなる。

 

「その依頼、受けさせて頂きます」

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

「了解しました」

 

来が依頼書を受け取るのを確認した後、キャサリンが後ろのシアとミレディに目を向けた。

 

「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子に泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね「止めて下さい」」

「世話になりました。ありがとうございます」

「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」

 

キャサリンの人情味溢れる言葉にシアとミレディの頬も緩む。特にシアは嬉しそうだ。この町に来てからというもの自分が亜人族であるということを忘れそうになる。もちろん全員が全員、シアに対して友好的というわけではないが、それでもキャサリンを筆頭にソーナやクリスタベル、ちょっと引いてしまうがファンだという人達はシアを亜人族という点で差別的扱いをしていない。土地柄かそれともそう言う人達が自然と流れ着く町なのか、それはわからないが、いずれにしろシアにとっては故郷の樹海に近いくらい温かい場所であった。

 

「あんたも、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」

「相変わらず世話焼きな人ですね。承知」

 

苦笑いで言葉を返す来。そんな彼にキャサリンが一通の手紙を差し出す。

 

「これは一体?」

「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

「……はい、有難く頂きます」

「これから先、色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

謎に包まれた片田舎の町のギルド職員キャサリン。彼女の愛嬌のある魅力的な笑みと共に来達は送り出された。

 

 

翌日の早朝、正面門へ到着した来達を迎えたのは商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。どうやら来達が最後のようで、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者が、到着した来達を見て一斉にざわついた。

 

「お、おい、まさか残りの三人って〝敵知らずの小隊〟なのか!?」

「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」

「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」

「いや、それはお前がアル中だからだろ?」

 

シアとミレディの登場に喜びを顕にする者、武器を隠して涙目になる者、手の震えを来達のせいにして仲間にツッコミを入れられる者など様々な反応だ。そして商隊のまとめ役らしき人物が声をかけた。

 

「君達が最後の護衛かね?」

「はい、これが依頼書です」

 

来は懐から取り出した依頼書を見せる。それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

「はい、期待を裏切るような真似は致しません。辻風と言います。こっちはシアとミレディです」

「それは頼もしいな……ところで、この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」

 

モットーの視線が値踏みするようにシアへと向けられる。兎人族で青みがかった白髪の超がつく美少女だ。商人の性として、珍しい商品に口を出さずにはいられないのだろう。首輪(チョーカーの上から付けた)から奴隷(身分上)と判断し、即行で所有者である来に売買交渉を持ちかけた。商人として優秀なのは間違いなかった。

 

その視線を受け、シアは嫌そうに唸り、来の背後に隠れた。ミレディのモットーを見る視線が厳しい。だが、一般的な認識として樹海の外にいる亜人族とは、すなわち奴隷。珍しい奴隷の売買交渉を申し出るのは商人として当たり前。誰もモットーを責める理由がない。

 

「ほぉ、随分と懐かれていますな…中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」

「奴隷とはいえ、大事な仲間です。手放したくはありません」

 

シアの様子を興味深そうに見ていたモットーが更に来に交渉を持ちかけるが、あっさりと切り捨てた。モットーも薄々、来がシアを手放さないだろうと感づいていたのだが、それでもシアが生み出すであろう利益は魅力的だったので、何か交渉材料はないかと会話を引き伸ばそうとする。

 

だが、そんな意図は既に来に筒抜け。揺るぎない意志が宿った言葉を告げる。

 

「彼女を手放すか自刃…つまり自殺するかを迫られたら僕は迷わず自刃を選びます。例え神が欲しても同じです」

 

シアとミレディには自刃という言葉の意味が解っていたので思わず涙を流した。来が数週間の命しかないということが判明したあの晩のことを思い出していたのだ。シアを手放すことよりも自刃を選んだ。これは来にとってシアは自分の命よりも大事な仲間であることを意味していた。

 

後半の発言はかなり危険なものだった。最悪聖教教会から異端の烙印を押されかねない。だが、烙印を押されたとしても彼に敵う相手など、この世界には存在しないだろう。一応、魔人族は違う神を信仰しており、歴史的に最高神たる〝エヒト〟以外にも崇められた神は存在するので、直接、聖教教会に喧嘩を売る言葉ではない。だが、それでも異端擦れ擦れの発言であることに変わりはなく、それ故、シアを手放す気など一切無いことを心底理解させられた。

 

「…………えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

「……話聞いてました?」

 

モットーがすごすごと商隊の方へ戻ると、再び周囲が騒めきだした。

 

「すげぇ……女一人のために、あそこまで言うか……痺れるぜ!」

「流石、神風の双刃と言ったところか。自分の女に手を出すやつには容赦しない……ふっ、漢だぜ」

「いいわねぇ~、私も一度くらい言われてみたいわ」

「いや、お前、男だろ? 誰が、そんなことッあ、すまん、謝るからっやめっアッーー!!」

「……」

 

……やはりブルックの町はとんでもねぇ阿呆共ばかりだった。

 

言葉も出ない来の背中に柔らかいものが押し当てられ、更に腕が背後から回され抱きしめられる。そしてまた更に正面から抱きしめられる。

 

肩越しに振り返ると、肩に顎を乗せたシアの顔が至近距離に見えた。その顔は真っ赤に染まっており、涙に濡れていた。それは腹部に抱きついたミレディも同様。

 

「……来さん、自刃するとかそんな事簡単に言わないで下さいよ……」

「らーちゃんが死んだら私達は誰に付いて行けばいいのさッ……!」

 

まただ、またやってしまった。前世であれ程自分の命を大切にしろと言われたのに。この世界だけでも二回自分の命を粗末にする発言をしてしまった。

 

僕はつくづく駄目な奴だと自己嫌悪に陥ってしまう剣士。肉体や意志は強くても、心は豆腐も吃驚する程脆い。自分に抱きついている少女二人を両手で包もうとして誰かが咎めた。

 

 

 

 

 

ねぇ。君の言ってる一途って、その程度なの?

 

 

君には長きにわたって連れ添って来た相手がいたんじゃないの?

 

 

彼女一途とかそんな事言って、この様を見なよ。恥ずかしく思わないの?

 

 

年下の女の子に自分の過ちを指摘されて、情けないと思わないの?

 

 

君の腰に差してある刀は一体何の為にあるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔術師の少女、奴隷である兎人族の少女に抱きつかれている剣士の青年に向かって、商隊の女性陣は生暖かい眼差しで、男性陣は死んだ魚のような眼差しでその光景を見つめる。

 

だが、彼がその煩わしい視線や言葉を感じることはなかった……




次回
第三十三閃 冒険者らしからぬ剣士


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第三十三陣 冒険者らしからぬ剣士

前々回に続き、前回の後半も毒されていました……

IF編本当にどうしよう……


ブルックの町から中立商業都市フューレンまで、馬車で約六日。

 

日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。それを繰り返すこと実に三度目。一行はフューレンまで三日の距離まで来ていた。道程は残り半分。ここまで特に何事もなく順調に進むことができていた。来達は隊の後方を預かっているのだが、実にのどかだった。

 

この日も、特に何もないまま野営の準備となった。冒険者達の食事関係は基本的に自腹である。周囲を警戒しながらの食事なので、商隊の人々としては一緒に食べても落ち着かないのだろう。別々に食べるのは暗黙のルールとなっていた。そして、冒険者達も任務中は酷く簡易な食事で済ませてしまう。ある程度凝った食事を準備すると、それだけで荷物が増えて、いざという時邪魔になるのだという。代わりに、町に着いて報酬をもらったら即行で美味いものを腹一杯食うのが彼等のセオリー。

 

そんな話を、この二日の食事の時間に豪勢なシチューをふかふかのパンを浸して食べながら来達は他の冒険者達から聞いていた。

 

「カッーー、うめぇ! ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん! もう、亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」

「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、てめぇ、何抜け駆けしてやがる! シアちゃんは俺の嫁!」

「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ? 身の程を弁えろ。ところでシアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」

「な、なら、俺はミレディちゃんだ! ミレディちゃん、俺と食事に!」

 

シアと来が調理したシチューを次々と胃袋に収めていく冒険者達。初日に、彼等が干し肉や乾パンのような携帯食を細々と食べている横で、来達は普通に〝宝物庫〟から取り出した食器と材料を使い料理を始めた。食欲をそそる香りを漂わせる料理に自然と視線が吸い寄せられ、来達が熱々の食事をハフハフしながら食べる頃には、全冒険者が涎を滝のように流しながら血走った目で凝視するという事態に発展。物凄く居心地が悪くなったシアは来と共に、お裾分けを提案した。

 

野営時の食事当番は来とシアで固定になっている。ミレディも作れないことはないのだが、どうしても大味なものになってしまう。というのも、ミレディは料理の経験がないか、あったとしても長きにわたる迷宮での生活で忘れてしまっている。

 

それからというもの、冒険者達がこぞって食事の時間にはハイエナの如く群がってくるのだが、最初は恐縮していた彼等も次第に調子に乗り始め、ことある毎にシアとミレディを軽く口説くようになった。

 

軽くシアとミレディを口説きながら騒ぐ冒険者達に、来は無言で〝威圧〟を発動。熱々のシチューで温まった冒険者達の体の芯は、一瞬で冷えた。

 

「食事中だからって騒ぎ過ぎだ。少し静かにしてもらえないだろうか」

「「「「「ちょ、調子に乗ってすんませんっした……」」」」」

 

ほぼ同時に土下座で謝罪する冒険者達。彼等のほとんどは、来よりも年上(肉体年齢)でベテラン(実力は来の方が圧倒的に上)なのだが、そんな威厳など何処にも無かった。来からの威圧は絶大で、尚且つブルックの町での所業を知っているので誰も来には逆らえない。

 

「もう、来さん。せっかくの食事の時間なんですから、少し騒ぐくらいいいじゃないですか。そ、それに、誰がなんと言おうと、わ、私は来さんのものですよ?」

 

はにかみながらさり気無くアピールをするシア。

 

「はぁ、少し度が過ぎていたようだけど、シアに免じて、ここは目を瞑ることにするよ」

 

そして素直に引き下がる来。そんな二人をミレディは頬を膨らませて見ていた。

 

「来さ~ん、〝上手に焼けた〟串焼き肉ですよぉ~。ふふ、食べたいですか?」

 

シアが頬を染めながら串焼き肉を来の目の前で左右に揺らしている。来の食欲を誘っているのだ。

 

「らーちゃん、ほら、私も…肉あげるからさ……」

 

更にミレディも便乗してきた。単純にシアが羨ましかったのだろう。ミレディも頬が赤くなっていた。

 

「……ふ、二人同時は流石に無理だから…先にミレディが…食べさせて…くれないかな……なんて……ああ! 一体何言ってるんだ僕は!」

 

シアとミレディだけでなく、来まで赤くなる。

 

「じ、じゃあ、あ~ん」

「……あ、あーん」

 

頬を染めたミレディが上手に焼けた串焼き肉を来の口元に差し出す。そして恥ずかしそうに差し出された肉を咥えて咀嚼する来。崩れてしまった表情で来を見つめるミレディ。そして、今度は反対側から肉が差し出される。

 

「あ~ん」

「……あーん」

 

再び肉を咥え、恥ずかしそうに咀嚼する。そしてまたミレディが「あ~ん」、そしてはむり。シアが「あ~ん」、そしてはむり。

 

来の緊張は最早絶頂寸前だった。これ程までに緊張したのは最愛の妻と初めて口付けを交わした時以来だ。ライセン大迷宮では人並み以上の忍耐力を見せたが、こういう手には滅法弱かった。それでも何とか理性を保っている。だが、もし相手が膵花で、尚且つ口移しで攻めて来られたら理性などとっくに崩壊し、失神或いは襲ってしまっていただろう。

 

客観的に見せつけられている男達の心の声は「頼むから爆発して下さい!!」で一致していた。

 

 

それから二日。残す道程があと一日に迫った頃、遂にのどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れた。

 

最初にそれに気がついたのはシア。街道沿いの森の方へ兎耳を向けピコピコと動かすと、のほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。

 

「敵襲です! 数は百以上! 森の中から来ます!」

 

その警告を聞いて、冒険者達の間に一気に緊張が走る。現在通っている街道は、森に隣接してはいるが其処まで危険な場所ではない。何せ、大陸一の商業都市へのルートなのだ。道中の安全は、それなりに確保されている。なので、魔物に遭遇する話はよく聞くが、せいぜい二十体前後、多くても四十体程が限度のはず。

 

「くそっ、百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

護衛隊のリーダーであるガリティマは、そう悪態をつきながら苦い表情をする。商隊の護衛は、ミレディとシアを含めても十七人。この人数で、商隊を無傷で守りきるのは非常に困難だ。単純に物量で押し切られてしまう。

 

ガリティマが、いっそ隊の大部分を足止めにして商隊だけでも逃がそうかと考え始めた時、その考えを遮るように志願の声が上がった。

 

「殲滅は僕達三人にやらせて下さい」

「えっ?」

 

今、この男は何と言った? 殲滅させて下さい? 聞き間違いでなければ、この男は百体以上の魔物をたった三人で殲滅させろと言っている。

 

「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが……えっと、出来るのか? このあたりに出現する魔物はそれほど強いわけではないが、数が……」

「大丈夫ですよ! 何て言ったって、私達には一騎当千の剣士がいるではありませんか」

「らーちゃんの戦闘力ははっきり言って超弩級だからね」

 

シアとミレディはそう言って、来に抱きついた。頬が赤くなっているものの、来の方も余裕のある表情をしていた。

 

ガリティマは少し逡巡する。一応、彼も噂で来が片刃の曲刀の名手であるという事は聞いている。仮に、言葉通り殲滅できなくても、来達の態度から相当な数を削ることができるだろう。ならば、戦力を分散する危険を冒して商隊を先に逃がすよりは、堅実な作戦と考えられる。

 

「わかった。初撃は辻風殿に任せよう。仮に殲滅できなくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。みな、わかったな!」

「「「「了解!」」」」

 

ガリティマの判断に他の冒険者達が気迫を込めた声で応えた。どうやら、来一人で殲滅できるという話はあまり信じられていない様子だった。百体以上の魔物を一撃で殲滅できるような剣士がそうそういないという常識からすれば、彼等の判断も仕方ないかと肩を竦めた。

 

冒険者達が、商隊の前に陣取り隊列を組む。緊張感を漂わせながらも、覚悟を決めた良い顔つきだ。食事中などのふざけた雰囲気は微塵もない。道中、ベテラン冒険者としての様々な話を聞いたのだが、こういう姿を見ると、なるほど、ベテランというに相応しいと頷かされる。商隊の人々は、かなりの規模の魔物の群れと聞いて怯えた様子で、馬車の影から顔を覗かせている。

 

来達は、商隊の馬車の屋根に立っていた。

 

「……さて、一暴れしますか」

「頑張って来さ~ん!」

「らーちゃんならこんな魔物ちょちょいのちょいだよ!」

 

シアとミレディからの鼓舞を受け、来は屋根から飛び降りた。

 

「おい、何だか様子がおかしくないか?」

「ああ、馬車の屋根から飛び降りたのはいいんだが、何もしてないでただただ魔物の群れに向かって歩いているぞ」

「一体何をするつもりなんだろうか……」

 

冒険者達にも不安が広がっていた。それもそのはず、来は馬車から飛び降りてから魔物の群れに向かって歩みを進めるだけで全く攻撃をしてこないのだ。

 

当然、魔物達にとっては格好の餌だ。あっという間に来を取り囲んでしまった。

 

「囲まれたぞ!」

「彼にもう勝ち目はないな……」

「直ぐに魔法の準備を……何だあれは……!?」

 

魔物は来を喰い尽くさんとばかりに飛び掛かった。並みの冒険者であれば、この時点で死が確定してしまっているが、彼等の予想を良い意味で裏切るのが来。

 

何と、来の間合いに入った魔物達が突然切り裂かれた。それも複数同時に。魔物に隠れて来の姿が視認できないが、魔物が切り裂かれたのは視認できた。

 

これには魔物達も迂闊には動けない。

 

「魔物の動きが止まったぞ! 撃つなら今…だ……!?」

 

魔物達の動きが止まった瞬間、夥しい量の血飛沫が宙を舞った。冒険者達も思わず青ざめてしまう。

 

円状に横たわる大量の魔物の死骸の中心に、最初と変わらない様子で立っている剣士が立っていた。変わっているところがあるとすれば、それは大量の返り血を浴びていることだろう。服装が黒っぽいので遠くからはよく分からないが。

 

冒険者達が瞬きをしている間に彼の姿は消えていた。再び瞬きをした瞬間、突然目の前にその剣士が姿を見せた。

 

魔物の群れよりもこっちが聞いたのか、冒険者達の叫び声が響いた。

 

「おいおいおいおいおい、何なのあれ? 何なんですか、あれっ!」

「け、剣を抜いていないのに……き、斬るなんて……」

「へへ、俺、町についたら結婚するんだ」

「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが」

「剣を抜かずに魔物を斬ったんだぞ! 正真正銘の化け物と言われてもおかしくない! だから俺もおかしくない!」

「いや、それとこれは別だからな? 明らかに異常事態だからな?」

「彼を本気で怒らせたら商隊全滅はおろか国一つすら潰しかねないぞ!」

 

来の剣技が衝撃的過ぎて、冒険者達は少し壊れ気味のようだった。何せ剣を抜かずに魔物を斬るなど物理的に不可能なのだ。ありふれた冒険者はおろか、王国騎士団の精鋭達でも不可能。

 

冒険者達の中で唯一まともなリーダー、ガリティマは、そんな仲間達を見て盛大に溜息を吐くと来達のもとへやって来た。

 

「はぁ、まずは礼を言う。あんたのお陰で被害ゼロで切り抜けることが出来た」

「……礼など不要です」

「はは、そうか……で、だ。さっきのは何だ?」

 

ガリティマが困惑を隠せずに尋ねる。

 

「居合です」

「い、居合? 自分で創った剣術ってことか? だとしても剣を抜かずにどうやって斬ったんだ?」

「簡単なことです。見えない速度で、抜いたと同時に斬りつけ、鞘に仕舞っただけのこと」

「いや、簡単なことと言われても……とても常人にできる業とは思えないのだが」

「死ぬほど鍛えたらできます」

 

深い溜息と共に、追及を諦めたガリティマ。ベテラン冒険者なだけに暗黙のルールには敏感らしい。肩を竦めると、壊れた仲間を正気に戻しにかかった。

 

商隊の人々の畏怖と尊敬の混じった視線をチラチラと受けながら、一行は歩みを再開した。

 

 

来が、全ての商隊の人々と冒険者達の度肝を抜いた日以降、特に何事もなく、一行は遂に中立商業都市フューレンに到着した。

 

フューレンの東門には六つの入場受付があり、そこで持ち込み品のチェックをする。来達も、その内の一つの列に並んでいた。順番が来るまでしばらくかかりそうだ。

 

馬車の屋根で、ミレディに膝枕をされ、シアを侍らせながら眠っていた来の許へモットーが寄って来た。何やら話があるようだ。あの戦い以降、ずっと眠っていたようで、若干呆れ気味に来を見上げている。目を覚ました来は屋根から飛び降りた。

 

「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」

 

モットーの言う周囲の目というのは、毎度お馴染み来に対する嫉妬と羨望の目、そしてシアとミレディに対する感嘆と嫌らしさを含んだ目のこと。それに加えて、今は、シアに対する値踏みするような視線も増えている。流石大都市の玄関口。様々な人間が集まる場所では、ミレディもシアも単純な好色の目だけでなく利益も絡んだ注目を受けている。

 

「そうですか、寝ていたので気づきませんでした」

 

素っ頓狂なことを言う来にモットーは苦笑いだ。

 

「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、彼女を売る気は……」

「無いです。そもそもその話は既に終わったことでしょう?」

 

即行で断られた。両手を上げて降参のポーズをとる。

 

「で、他にも要件はあるみたいですが?」

「いえ、似たようなものですよ。売買交渉です。貴方のもつアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか? 商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、特にその板は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」

 

〝喉から手が出るほど〟、と言っているが、モットーの目は笑っていなかった。寧ろ〝殺してでも〟という表現の方が近いだろう。商人にとって常に頭の痛い懸案事項である商品の安全確実で低コストの大量輸送という問題が一気に解決するのだ。無理もない。

 

野営中に〝八咫〟から色々取り出している光景を見たときのモットーの表情と言えば、砂漠を何十日も彷徨い続け死ぬ寸前でオアシスを見つけた遭難者のような表情だった。あまりに交渉がしつこいので、刀に手を掛けるとようやく商人の勘が不味い相手と警鐘を鳴らしたのか、すごすごと引き下がった。

 

しかし、やはり諦め切れなかったのか、今度は舞鱗、眼鱗を、何とか引き取ろうと再度、交渉を持ちかけてきた。

 

「この二振りは世界で七振りしか無い一級品の二つです。いくら金を出しても譲る気にはなれません」

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ?そうなれば、かなり面倒なことになるでしょなぁ……例えば、彼女達の身に……ッ!?」

 

モットーが、少々、狂的な眼差しでチラリと脅すように屋根の上にいるミレディとシアに視線を向けた瞬間、首筋に苦無が突きつけられる。そして殺気もじわじわと零れだす。

 

「彼女達の身に……何ですか?」

 

静かな声音。されど氷の如き冷たい声音で硬直するモットーの眼を覗き込む黄金の瞳はまるで龍の目。モットーは全身から冷や汗を流し必死に声を捻り出す。

 

「ち、違います。どうか……私は、ぐっ……あなたが……あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と。ただ、それだけで……うっ」

 

アーティファクトはなるべく隠しているつもりだったが、モットーには見られていたようだった。だが、実力を隠すつもりなど全く無い。

 

「そうでしたか、すみませんね。武器を突き付けたりして」

 

そう言って、苦無を懐に仕舞い、殺気を引っ込める来。モットーはその場に崩れ落ちた。大量の汗を流し、肩で息をしている。

 

「まあ別に、何しようが貴方の勝手です。誰かに言いふらして、彼等がどんな行動を取ろうが構わない。ただ、敵意を持って仲間の前に立ちはだかるのであれば、容赦はしない。国だろうが、世界だろうが、仲間を傷つけるというのなら斬り刻むまでだ」

「……はぁはぁ、なるほど。割に合わない取引でしたな……」

 

未だ青ざめた表情ではあるが、気丈に返すモットーは優秀な商人なのだろう。それに道中の商隊員とのやりとりから見ても、かなり慕われているようであった。本来は、ここまで強硬な姿勢を取ることはないのかもしれない。彼を狂わせるほどの魅力が、来の持つアーティファクトにあった。

 

「今回は見逃しましょう。ですが、次は無いと思った方がよろしいかと」

「……全くですな。私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは……」

 

〝竜の尻を蹴り飛ばす〟とは、この世界の諺で、竜とは竜人族を指す。彼等はその全身を覆うウロコで鉄壁の防御力を誇るが、目や口内を除けば唯一尻穴の付近にウロコがなく弱点となっている。防御力の高さ故に、眠りが深く、一度眠ると余程のことがない限り起きないのだが、弱点の尻を刺激されると一発で目を覚まし烈火の如く怒り狂うという。昔、何を思ったのか知らないが、それを実行して叩き潰されたバカ野郎がいた。そこからちなんで、手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに遭う愚か者という意味で伝わるようになったという。触らぬ神に祟りなし。

 

ちなみに、竜人族は、五百年以上前に滅びたとされている。理由は定かではないが、彼等が〝竜化〟という固有魔法を使えたことが魔物と人の境界線を曖昧にし、差別的排除を受けたとか、半端者として神により淘汰されたとか、色々な説がある。そして、竜は教会からはあまりよく思われていない。

 

「とんだ失態を晒しましたが、ご入り用の際は、我が商会を是非ご贔屓に。あなたは普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ」

「……そうですか」

「では、失礼しました」

 

そう言うとモットーは、踵を返して前列に戻っていった。

 

シアとミレディには、未だ、いや、むしろより強い視線が集まっている。モットーの背を追えば、さっそく何処ぞの商人風の男がシア達を指差しながら何かを話しかけている。

 

物見遊山的な気持ちで立ち寄ったフューレン。そこでは、更なる波乱が彼等を待っていたのだった……




次回
第三十四閃 七聖刀の伝承


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第三十四陣 七星刀の伝承

設定 七星刀

名前は全てカジキに由来する。

舞鱗(まりん)』……マカジキの英語名Striped Marlinより

眼鱗(めりん)』……メカジキより

芭蕉(ばしょう)』……バショウカジキより

風来(ふうらい)』……フウライカジキより

白鈹(しろかわ)』……シロカジキの別名「シロカワ」より

黒鈹(くろかわ)』……クロカジキの別名「クロカワ」より

喰鰹(くいがつお)』……シロカジキ、クロカジキの別名「鰹喰い」より


来達がブルックの町を発った頃、雫と膵花を除いたハジメ一行はとある魔物の討伐に向かっていた。

 

「今度はどんな魔物なんだろうな。この前のトカゲモドキみたいな奴だったら苦戦しそうだがな」

「さあ……? この前みたいに魔物自体の目撃情報がかなり少ないからね。この前のオオトカゲとは限らないんじゃないかな?」

 

ギルドからの正式な依頼ではなく、風の噂に聞いたので、取り敢えず討伐しようということになったのだ。

 

「ん、ハジメならどんな魔物をも打ち砕く武器を作れるから大丈夫」

「武器ねえ……」

 

地球では自他ともに認めるオタクであったからか、脳内に山積みになっているラノベから強力な武器の参考になるものをひねり出し、それを頭の中に描いていた。

 

(例えば、()()()()()()()()()()()()()()()、とかか?)

 

それは既にこの世界に存在している。

 

「……やっぱり剣と言えば日本刀が最強だよなぁ」

「ハジメ、にほんとうって何?」

「えっ? ああ、そうか。ユエは知らないんだったな。日本刀ってのはな、この世界でいう片刃の曲刀だ。折れることも、曲がることもなく、斬れないものはあんまりない」

「そんな凄い武器が……!?」

 

ユエが目を輝かせている。だが、彼女は武器マニアではない。ただ、そういった武器があることに驚いていたのだ。

 

「アイツが一番使いこなしていたからな……あの時俺の作った刀が折れさえしなければ、たった一人でベヒモスを倒せたかもしれないのに……」

「ベヒモスをたった一人で倒す……? 普通の人間にハジメみたいなことできない」

「まるで俺が人外みたいじゃないか…俺もアイツも同じ人間だよ」

()()()()()()()()()()()()()()

「いやしないだろ普通……」

 

と、三人が雑談をしていると、地面から何かの気配を感じた。

 

「下がれ!!」

 

ハジメの声と共に地中から姿を現したのは、全長一・二メートルの魚だった。背中は青黒く、腹部には数本の黒く太い横縞が走っている。

 

「「鰹!?」」

 

見た目は地球の鰹に似ている。ただし、体は地球の鰹よりも大きく、口には小さいながらも鋭い歯が生えている。

 

しかもそれが数十匹程姿を現した。

 

「ユエ!」

「ん。〝蒼天〟」

 

ユエが蒼い炎を放ち、数匹を燃やした。しかし炎の中から数匹が無傷で飛び出してきた。

 

「嘘……」

「今度は私が!」

 

香織のアイビーとイベリスが魔力弾を放った。しかし、これも弾かれてしまった。

 

「嘘……」

「だったら俺が!」

 

続いてハジメは背中からレオを抜き、刀身を叩きつけて爆発させた。流石に爆発には耐え切れなかったようで、鰹は爆発四散した。高熱でレオの刀身が赤くなっていた。

 

ハジメは怒涛の爆発攻撃で鰹の数を徐々に減らしていった。しかし、十五匹目から爆発の威力が落ちてきた。

 

「おいおい…嘘だろ……どんだけ硬いんだよこの鰹!」

 

レオの刀身を見ると、かなり刃毀れしていた。刃毀れした箇所から粉末状の燃焼石が零れている。こればかりは刃を取り替えないといけないが、そんな余裕などない。

 

ハジメは爆発に頼るのを止め、己の剣術のみで蹴散らすことにした。

 

「俺の剣術を、舐めるなぁぁぁ!!」

 

刃毀れしながらも、鰹の体表に深い傷を付けることはできている。しかし刃毀れの方も鰹を斬るごとにひどくなっていく。

 

それでもなお、剣を振り続けるハジメ。

 

「アイツは刀が折れても戦えたんだ。刃毀れ程度で戦えなくなるようじゃあ、絶対に強くなれねえ!」

 

ハジメの攻撃が更に激しさを増す。

 

だが、限界までボロボロになった刀身は、鰹の最後の一匹に当たった瞬間、音を立てて折れてしまった。

 

「オオオォォォ!!!」

 

剣が折れても攻撃の手を緩めないハジメ。だが、折れた剣で鰹の首を斬り落とそうとした瞬間、金属音と共に鰹の体はハジメの右横を猛スピードで駆け抜けていった。そして地面に着く頃には、頸と体が泣き別れとなった。太い横縞が細い縦縞に変わる辺り、地球の鰹とよく似ていた。

 

「は、ハジメくん……」

「右目……」

 

香織とユエが見たもの、それは…

 

 

 

 

 

 

 

…鮮やかな赤色の液体を垂れ流しているハジメの右目だった。

 

 

ところ変わってホルアドの宿場にて。

 

ハジメは潰れてしまった右目の代わりに神結晶で作った魔眼を右の眼窩に取り付け、その上から眼帯をした。

 

「ぐすっ……ごめんね……ハジメぐん……私達が何も出来ないで全部ハジメぐんに任せっぎりにじだりじで……」

「ごめん……」

「いや、香織とユエに比べりゃ、右目なんて安いもんさ」

 

香織とユエが泣きながらハジメに謝るも、ハジメは気にしていなかった。

 

「私の〝蒼天〟、あいつらには効かなかった……私の魔法が通じなかったの、初めて」

 

初めて己の魔法が通用しない相手に遭遇したこともあり、ユエはすっかり落ち込んでしまっていた。

 

「あんな魔物、図鑑には載っていなかったぞ……この前のトカゲモドキみたいに新種の生物なのかな……今度膵花さんに聞いてみるか」

 

今この場に膵花はいない。雫と共に迷宮の攻略へ赴いてしまっている。

 

今後の活動について考えていると、部屋のドアが突然ノックされた。

 

「南雲、香織さん、ユエさん、いるか?」

 

ハジメがドアを開けると、そこには前髪で目が隠れた、影の薄い暗殺者の少年が立っていた。

 

「どうした? 遠藤」

 

遠藤と呼ばれた少年は、部屋の中へ入って来た。

 

「イシュタルさんから召集が掛かった。直ぐに王城へ来てくれ」

 

突然の召集がかかり、ハジメ一行は直ぐに王城へ急いだ。

 

 

ハジメ達が王城に着くと、直ぐに王の間へ通された。

 

「香織! 無事で良かった!」

 

王の間には、畑山先生と連れの五人、雫と膵花以外の全員が集められていた。

 

「南雲! 雫と膵花は何処にいる?」

「今何処にいるかは俺も知らねえ。っていうか戻って無かったのかよ」

 

光輝達も雫と膵花の姿を見ていないようだった。

 

「で、急にこんなところに集められて、一体どうしたというんだ?遠藤」

「何でも俺達人間族を有利にするかもしれない、ある強力なアーティファクトの手がかりが見つかったらしいんだ」

 

アーティファクト? とハジメが疑問に思う。すると、間に入って来たイシュタルが前に立つ。

 

「静粛に。これからお話しするのは、我々を優勢に導き得る程の、強力なアーティファクトについてでございます。伝承では、そのアーティファクトは元々、とある四人の神の使徒様が所有なさっていた七本の曲刀ですが、偉大なる我らがエヒト様に歯向かった反逆者共に盗まれ、長らく行方が分かっておりませんでした」

 

ハジメと香織、ユエにはそれが何なのか、何となく分かっていた。

 

「しかし、つい先日、その手がかりが書かれた書物が神山にて発見されました。その書物によると、その七本の曲刀は七大迷宮に一本ずつ隠されている可能性が浮上してきたのです」

 

そして七大迷宮という言葉が出た瞬間、予想は確信に変わっていた。

 

「書物には、七本の曲刀は選ばれし者にのみ使いこなせるとありますが、この中で最も剣技に優れた勇者様ならば必ずや使いこなせるでしょう」

 

光輝が勝手に鼻が高くなっているが無視した。しかもまた不確かなことを言っている。何故光輝はこうも不確かなことを絶対だと信じ切れるのだろうか。不思議でたまらない。

 

話はこれで終わり、王の間に集められたクラスメイト組は一旦解散した。

 

 

それはハジメと香織、ユエがオルクス大迷宮最深部、オスカーの隠れ家に到達した時のことだった。

 

建物の三階で神代魔法を獲得し、探索に外へ出たハジメ達。するとユエが、畑の端で何かを見つけた。

 

「ん。ハジメ、見て」

 

何も植えられていない畑の横に、墓標が立っていた。墓標には、日本語で『〝解放者〟オスカー・オルクス、ここに眠る』と刻まれ、花の代わりに折れた日本刀の刀身がお供えしてあった。

 

「ハジメくん、これって……」

「ああ、恐らくアイツが建てたんだろう。この折れた刀身は俺がアイツに作った刀のものだ」

 

三人は建物の中を探索していた。工房に入ると、テーブルに空箱が置かれていた。蓋には『碧い炎を宿す者にこの刀を贈る』と書かれていた。

 

「碧い炎?」

「ユエちゃんの〝蒼天〟と関係があるのかな?」

「……いや、知らない」

 

ユエが知らない辺り、どうやらユエとは関係が無いらしい。

 

「ん? 何だこの紙切れ。漢字二文字で何か書いてあるぞ」

 

ハジメは箱の中にあった紙切れを手に取った。

 

「読めない……」

 

当然ユエに漢字は読めない。

 

「そりゃ俺達の世界で使ってる文字だからな。読めなくて当然だ」

 

改めてハジメと香織は紙切れに書いてある漢字二文字を読んでみる。

 

「……〝舞鱗〟?」

「この箱に入ってた刀の名前か?」

「……でも、この刀とても大事に仕舞ってあったはず。一体誰が……」

「十中八九アイツだろう。アイツならこの中に入っていたであろう刀を手にする程の実力者だからな」

「……その人に会って話をしてみたい」

 

ユエは迷宮の最奥で、自分が愛している少年の話に出て来る、辻風来、という剣士と会合するという意志を持ち始めていた。

 

 

ハジメと香織、ユエは王城を後にしてブルックの町に戻っていた。

 

「オルクスに隠されていた〝舞鱗〟ってのもそのうちの一本なのか?」

「そう言えばライセン大迷宮でも同じような刀が隠されていそうだったよね……」

 

確かに、ライセン大迷宮にも刀は隠されていた。

 

「まさかミレディ・ライセンが剣術の達人だったとは……手記らしきものは持ち出されていて見つからなかったようだし……あの時俺があそこに隠されていたであろう刀を手にできていたのなら……」

「ハジメ、過ぎた事を悔やんでも何も変わらない。残りの大迷宮で刀を見つけ出そう」

「……そうだな、ユエ。香織も、付いてきてくれるよな?」

「勿論だよ。だってハジメくんの恋人だもん」

「右に同じ」

 

宿部屋の片隅で、改めて千切れない絆を繋いだハジメ達。そこへ、ドアが乱暴に叩かれる。

 

「ハジメさん! 香織! ユエ! 大変よ!!」

「ん? どうした? 雫」

 

ハジメが部屋のドアを開けると、ドアの向こうに立っていたのは、昏睡状態に陥っている膵花を抱えた雫だった。

 

「なっ……!? 膵花さん!」

「雫ちゃん!? 膵花ちゃん、一体どうしちゃったの?」

「香織! 今すぐ膵花を診察して頂戴!!」

 

雫に急かされるがままに香織は膵花の診察を行う。

 

「凄く熱い……風邪でもひいちゃったのかな……」

 

香織のプレートに膵花の症状が表示される。

 

「……雫ちゃん……」

「どうかしたの? 香織。症状の方はどうだった?」

「膵花ちゃん……今のままじゃあと数週間しか生きられないかも……」

 

香織の言葉に、全員の顔から血の気が引いていった。

 

「数週間しか生きられないって……どういうことよ香織!」

「膵花ちゃんの魔力が暴走して彼女の体を痛めつけてるみたい……多分ポーションを飲んでも延命にしかならないと思う」

 

オルクス大迷宮最下層のヒュドラ戦にて、膵花は雫を庇って黒頭の精神攻撃を受けてしまい、更に畳みかけるように銀頭の極光を一部、胸部に受けてしまっており、心臓を損傷している。

 

神水を飲めば多少の傷は直ぐに治るが、彼女の場合、心臓に損傷を負ってしまっている為、体内の魔力が暴走してしまっている。そんな状態に飽和した魔力が液状化したものを飲んでも、魔力の暴走を鎮めることはできない。心臓の損傷を神水で修復しようとしても、魔力の暴走により治癒効果が喪失してしまう。

 

「嘘だろ……膵花さんが、このまま来に逢えずに死ぬってのかよ……」

「うぅっ……」

「「「膵花(さん)(ちゃん)!!」」」

 

ベッドで眠っている膵花が呻き声を上げた。

 

「ん、魘されてるみたい……」

 

ベッドで大量の汗を掻きながら眠っている膵花の表情は、とても苦しそうだった。

 

「……いで…」

「「「「!?」」」」

 

四人は慌てて膵花の方を向くと、膵花は何かを言っている。

 

「私を…独りにしないで……来君……」

 

かつてこの宿で来が膵花を欲したように、膵花もまた、細胞一つ一つが来の声、匂い、温もりを欲していた。

 

「膵花さんがここまで来を欲してるなんてな……何やってるんだよアイツ……嫁の危機だってのに何でいないんだよ……」

「ん、これは早く来って人を見つけないと膵花さんも死んじゃう……」

「来さん、貴方は一体何処で何をしているの……」

「嫌だ、嫌だよ…膵花ちゃんが死んじゃうなんて……」

 

宿の一角で、四人は自分達ではどうにもならない状況に突き当たっていた…

 

 

魂同士がとても強い絆で結ばれている来と膵花の体はかなり特殊だった。

 

まず、怪我や病では死ぬが、老衰で死ぬことはない。そのため、外見年齢は20代で止まる。

 

次に、魔法によるバフデバフと呪いの共有。これについてはそのままの意味だ。来と膵花どちらかが強化魔法を受ければもう一方も同じ恩恵を半分だけ得られる。逆に、弱化魔法を受ければもう一方も半分だけ弱体化する。

 

バフデバフに関してはさほど大きな問題はないのだが、それよりも呪いの共有が問題だ。

 

この「呪いの共有」は、「魔法によるバフデバフの共有」とは異なり、半減することなくもう一方も呪いの効果を受ける。来が呪いあるいはそれに準ずるものを受けているため、膵花にも同じ効果を受けているのだ。

 

ハジメ達にはそれを何としてでも防がなければならない。それが、生き残った自分達に与えられた役目なのだろう……




どうも、今回から後書きで挨拶することにした最果丸です。

「もし南雲ハジメが雷の呼吸の使い手だったら」が最後に更新されてから一ヶ月以上経っていますが、余程のことが無い限り凍結はしない予定ですので、早急に続きを書きます。

オリジナルストーリーなので話がちぐはぐで面白味に欠けると思った方、大変申し訳ございません。




早くカトレア戦を書きてぇ!!


次回 第三十五閃 次なる街での依頼


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第三十五陣 次なる街での依頼

オリ主に対するキャラ達の想い(オリ主、ハジメヒロイン+ハジメ)

膵花(オリ主ヒロインその一)
「必ず何処かで生きてるって信じてる。だって私は、貴方の妻ですもの」

ハジメ(原作主人公)
「生きてるなら早く姿を見せてくれよ……想い人を死なせるんじゃねえぞ!」

香織(ハジメヒロインその一)
「私の恋を後押ししてくれて、ありがとう」

雫(ハジメヒロインその二)
「何時かもう一度貴方と勝負がしたい。またあの頃の日々に戻りたい」

ユエ(ハジメヒロインその三)
「どんな人か知らないけど会ってみたい」

シア(オリ主ヒロインその二)
「私の命を救ってくれた貴方が大好きです!」

ミレディ(オリ主ヒロインその三)
「こんな私にも優しくしてくれる君が私は好き……」


中立商業都市、フューレン。そこは、高さ二十メートル、長さ二百キロメートルの外壁で囲まれた大陸一の商業都市だ。あらゆる業種が、この都市で日々しのぎを削り合っており、夢を叶え成功を収める者もいれば、事業に失敗して無一文となり、悄然と出て行く者も多くいる。観光で訪れる者や取引に訪れる者など出入りの激しさでも大陸一と言える。

 

その巨大さからフューレンは四つのエリアに分かれている。この都市における様々な手続関係の施設が集まっている中央区、娯楽施設が集まった観光区、武器防具はもちろん家具類などを生産、直販している職人区、あらゆる業種の店が並ぶ商業区がそれだ。東西南北にそれぞれ中央区に続くメインストリートがあり、中心部に近いほど信用のある店が多いというのが常識のようだ。メインストリートからも中央区からも遠い場所は、闇市が多い。だが、時々相当な掘り出し物が出ることもある。冒険者や傭兵のような荒事に慣れている者達が、よく出入りしているようだ。

 

そんな話を、中央区の一角にある冒険者ギルド:フューレン支部内にあるカフェで軽食を食べながら聞く和装一行。話しているのは案内人と呼ばれる職業の女性。都市が巨大であるため需要が多く、案内人というのはそれになりに社会的地位のある職業のようだ。多くの案内屋が日々客の獲得のためサービスの向上に努めているので信用度もかなり高い。

 

来達はモットー率いる商隊と別れると証印を受けた依頼書を持って冒険者ギルドを訪れた。そして、宿を取ろうにも何処にどんな店があるのか全く知らなかったので、冒険者ギルドでガイドブックを貰おうとしたところ、案内人の存在を教えられた。

 

そして現在、案内人の女性、リシーと名乗った女性に料金を支払い、軽食を共にしながら都市の基本事項を聞いていたのだ。

 

「そういうわけなので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

「そうですか、なら観光区の宿にしよう。場所は何処がおススメですか?」

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

「そうですね、食事と立地はいいとして、お風呂があれば何処でも。あと、責任の所在が明確な場所も」

 

リシーは、にこやかに来の要望を聞く。最初の二つはよく出される要望なのだろう。早速、脳内でオススメの宿をリストアップした。しかし、続く条件に思わず首を傾げた。

 

「あの~、責任の所在ですか?」

「まあ、警備が厳重な宿でもいいのですが、ただ、欲に目が眩んで羽目を外す輩もいますからね。警備も絶対ではない以上、時には物理的説得も止むを得ない場合もあるので」

「ぶ、物理的説得ですか……なるほど、それで責任の所在なわけですか」

「あくまで〝出来れば〟の範囲で構いませんよ」

 

どうやらリシーは来の意図を完全に理解したようだ。あくまで〝出来れば〟で構わないという来に、案内人としての根性が疼いたようで、やる気に満ちた表情で「お任せ下さい」と了承する。そして、シアとミレディにも視線を転じ、要望はないか聞く。出来るだけ客のニーズに応えようとする点、リシーも彼女の所属する案内屋も、当たりだった。

 

「お風呂があればいいですよ。あと混浴と貸切ができるところでお願いします」

「えっと、ベッドは大きめがいいな」

 

シアとミレディは、少しの間考えて要望を伝えた。個々としては何てことない要望だが、組み合わせると自然ととある意図が透けて見えてきた。来は顔を赤くして驚きの表情を見せる。

 

「あの……」

「え、あ、はい! お願いします!!」

 

リシーも察したようで、「承知しましたわ、お任せ下さい」とすまし顔で了承するが、頬が僅かに赤くなっている。そして来とシア達を交互に見ると更に頬を染めた。

 

それから、他の区について話を聞いていると、不意に強く不快な視線を感じた。特に、シアとミレディに対しては、今までで一番不躾で、ねっとりとした粘着質な視線が向けられている。視線など既に気にしないミレディとシアだが、あまりの不快さに僅かに眉を顰める。

 

来が視線の先を見ると……身体的特徴を述べることすら拒否する程の風貌をしたデブ男がいた。油霧を使えば体が無くなるのではないかと思う。シアとミレディを欲望に濁った目で凝視している。

 

これには流石の来も嫌悪感を剥き出しにしてくる。容姿に対してではなく視線に対してである。このデブ男には下心しかなかった。これ以上姿を見るのも嫌なようで、直ぐに視線を逸らした。

 

脂肪の塊は重そうな体を揺すりながら真っ直ぐ来達の方へ近寄ってくる。

 

リシーも不穏な気配に気が付いたのか、それともこの生物が目立つのか、傲慢な態度でやって来る醜い生物に営業スマイルも忘れて「げっ!」と何ともはしたない声を上げた。

 

脂肪は、来達のテーブルのすぐ傍までやって来ると、ニヤついた目でミレディとシアをジロジロと見やり、シアの首輪を見て不快そうに目を細めた。そして、今まで一度も目を向けなかった来に、さも今気がついたような素振りを見せると、これまた随分と傲慢な態度で一方的な要求をした。

 

「お、おい、ガキ。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

聞き心地の最悪な汚い声で告げ、ミレディへ手を伸ばす。この醜悪な脂肪の塊の中では既にミレディは自分の物になっているようだ。だが、来達は無視を決め込んだ。あと一つ言っておくが、来は二十一だ。十分大人である。

 

「シア、ミレディ。場所を変えよう」

 

早くこの場から去りたかった。この百キロの脂肪の相手をしていると絶対に碌な事がない。

 

だが、ギルドを出ようとした途端、今度は筋肉の塊が進路を塞ぐような位置取りに仁王立ちで立っていた。腰に長剣を差しており、歴戦の戦士といった風貌だ。

 

その巨体が目に入ったのか、脂肪が再び耳障りな声で喚きだした。

 

「そ、そうだ、レガニド! 私を無視したそのクソガキを殺して女どもを捕らえろ!」

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」

「おう、坊主。わりぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。なに、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃん達の方は……諦めてくれ」

 

レガニドと呼ばれた巨漢はそう言うと、拳を構えた。長剣の方は、流石に場所が場所だけに使わないようだ。周囲がレガニドの名を聞いてざわめく。

 

「お、おい、レガニドって〝黒〟のレガニドか?」

「〝暴風〟のレガニド!? 何で、あんなヤツの護衛なんて……」

「金払じゃないか? 〝金好き〟のレガニドだろ?」

 

レガニドの冒険者ランクは〝黒〟。相当な実力者であることに間違いはない。

 

「ほう、坊主とは随分と舐められたものだな」

 

来はそれだけ言うと拳を振るおうとした。が、意外な場所から制止の声が掛かる。

 

「……待って、らーちゃん」

「あの人は私達が相手になります」

 

ミレディもシアも、毅然とした態度でレガニドを見据える。

 

「ガッハハハハ、嬢ちゃん達が相手をするだって? 中々笑わせてくれるじゃねぇの。何だ?夜の相手でもして許してもらおうって『……君さ、黙りなよ』ッ!?」

 

下品な言葉を口走ろうとしたレガニドは、辛辣な言葉と共に、重力魔法を受けた。レガニドの足は、床から七センチ程浮いてしまっている。そして鉱石をぶつけられる。レガニドは全く反応できなかった。心中では「いつ詠唱した?陣はどこだ?」と冷や汗を掻きながら必死に分析している。

 

「私達だって、ただ守られるだけのお姫様じゃないんです」

「らーちゃんの力を借りなくとも、私達で十分だよ」

 

ミレディは魔法を解除し、レガニドは再び床に足を着ける。

 

「もう終わりですか?」

 

レガニドの前に素手のシアが立ちふさがる。

 

「おいおい、兎人族の嬢ちゃんに何が出来るってんだ?雇い主の意向もあるんでね。大人しくしていて欲しいんだが?」

「貴方を傷つけることなく、貴方を制します」

「ハッ、兎ちゃんが大きく出たな。坊ちゃん! わりぃけど、傷の一つや二つは勘弁ですぜ!」

 

レガニドは、シアは大して気にせずミレディに気を配りながら、豚脂肪に一言断りを入れる。流石に、ミレディ相手に無傷で無力化は難しいと判断したようだ。だが、レガニドは気が付かなかった。愛玩奴隷という認識が強い兎人族が素手でランク〝黒〟の人間の前に立っていることの違和感に、相応の実力が垣間見える来とミレディの二人が初手を任せたという意味に。

 

「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」

 

シアは大きく深呼吸をし、合気道の構えを取る。シアは剣術や体術、槍術、棒術といった武術とは別に、道徳を重んじつつ心技体の研鑽に励むべく武道も習っている。勘違いしている者も多いが、武術と武道は全くの別物である。

 

これらでもレガニドを無力化するには十分だった。だが、シアはあくまで合気道を選んだ。彼女は相手を倒すよりも、相手を制することを重視した。

 

先にレガニドが動いた。シアは一瞬で至近距離に近づき、レガニドの隙を突いて足をすくう。

 

「ッ!?」

「やぁ!!」

 

可愛らしくも気合の籠った声が響く。軸を崩されたレガニドの体は投げられ、床に叩きつけられた。

 

(なっ…何だこの兎……攻撃を躱しただけでなく、カウンター攻撃まで繰り出すとは……)

 

レガニドは冒険者ランク〝黒〟にまで上り詰めた自分が、まさか兎人族の少女に攻撃を受け流されただけでなく、不意を突いて攻撃を喰らってしまったという事実に、もはや笑うしかなかった。

 

(坊ちゃん、こりゃ、割に合わなさすぎだ……)

 

こうしてレガニドは、戦意を喪失してしまった。

 

 

一方、来は豚男を別の生き物を見るような目で見ていた。脂肪に向かって威圧を放っている。脂肪の股は濡れてしまっている。

 

「おい、お前!」

「ひぃ! く、来るなぁ! わ、私を誰だと思っている! プーム・ミンだぞ! ミン男爵家に逆らう気かぁ!」

「お前みたいな奴の家は記憶に存在しない!知らん!!」

 

豚脂肪にミン男爵家など知らん、とキッパリと言ってやった。

 

「二つ言っておく。百万ぽっちでシアを…兎人族を譲るなどと思うな。それと、ミレディに気安く触れるな。お前の物じゃないだろう。傲慢が過ぎるぞ」

 

豚脂肪は恐ろしい程の威圧の前に気絶してしまっていた。

 

そして先程までの威圧とは見違える程の笑顔を、リシーに見せる来。

 

「すみません。場所を移して続きの方お願いできますか?」

「はひっ! い、いえ、その、私、何といいますか……」

 

彼の笑顔に恐怖を覚えたのか、リシーはしどろもどろになる。

 

「……あ、そ、その、ご、ごめんなさい」

 

そこへ今更ながらギルド職員が到着した。

 

「あの、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います」

 

来達は素直に職員の指示に従い、場所を移動した。

 

 

そして職員より尋問を受ける来。何時の間にか秘書長まで加わっている。

 

来は嘘偽りなく事の顛末を話した。

 

「話は大体聞かせてもらいました。証人も大勢いる事ですし嘘はないのでしょうね。取り敢えず、彼らが目を覚まし一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……」

「申し訳ないですが、連絡先の方は滞在先が決まってないので……早急に滞在先を見つける必要があります」

 

身分証明はできるが、連絡先は滞在先がまだ決まっていないので今は無い。

 

ドットという名の秘書長は来よりステータスプレートを受け取る。

 

「ふむ、いいでしょう……〝青〟ですか。向こうで座り込んでいる彼は〝黒〟なんですがね……しかも無傷とは……そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」

 

来のステータスプレートに表示されている冒険者ランクが最低の〝青〟であることに、ドットは僅かな驚きの表情を見せた。しかし、二人の女性の方がレガニドを制したと聞いていたので、彼女達の方が強いのかとシアとミレディのステータスプレートの提出を求める。

 

「実は訳あって、この二人のプレートは紛失してしまいまして。再発行もまだ済ませていません」

「しかし、身元は明確にしてもらわないと。記録をとっておき、君達が頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せることになりますからね。よければギルドで立て替えますが?」

 

身元の証明はどうしても必要なようだ。しかし、ステータスプレートを作成されれば、隠蔽前の技能欄に確実に二人の固有魔法が表示されるだろう。それどころか今や、神代魔法も表示されるはず。まず間違いなく大騒ぎとなるだろう。だが、それ以上にブラックリストに名が乗ることは避けなければならない。

 

「是非お願いします。それと、知り合いのギルド職員より手紙を賜っております」

「? 知り合いのギルド職員ですか? ……拝見します」

 

ドットは渡された手紙を開いて内容を流し読みする内に驚愕の表情を浮かべた。

 

そして、来達の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら手紙の内容をくり返し読み込む。目を皿のようにして手紙を読む姿から、どうも手紙の真贋を見極めているようだ。やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、来達に視線を戻した。

 

「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」

「分かりました」

「職員に案内させます。では、後程」

 

ドットは傍の職員を呼ぶと別室への案内を言付けて、手紙を持ったまま颯爽とギルドの奥へと消えていった。指名された職員が、来達を促す。それに従い移動しようと歩き出したところで、困惑したような、しかし、どこか期待したような声がかかった。

 

「あの~、私はどうすれば?」

 

リシーだった。ギルドでお話があるならお役目御免ですよね?とその瞳が語っている。明らかにと言えば失礼だが、厄介の種である来達とは早めにお別れしたいらしい。

 

それに来は端的に答えた。

 

「すみません、宿は自分達で探します。これは迷惑料です」

 

そう言うと最初に支払った料金の三倍の額が入った袋を渡す。

 

来達が応接室に案内されてから丁度十分後、扉がノックされた。来の返事から一拍置かれて扉が開かれる。そこから現れたのは、金髪をオールバックにした、鋭い目付きの三十代後半の男性と先ほどのドットだった。

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長、イルワ・チャングだ。ライ君、シア君、ミレディ君……でいいかな?」

「ええ。キャサリンさんより紹介を賜りました、辻風来です。身分証明の方は問題ないのですか?」

「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」

 

どうやらキャサリンの手紙は本当にギルドのお偉いさん相手に役立に立ったようだ。随分と信用がある。キャサリンを〝先生〟と呼んでいることからかなり濃い付き合いがあるように思える。

 

「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」

「ん? 本人から聞いてないのかい? 彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」

「はぁ~そんなにすごい人だったんですね~」

「キャシーやばっ!?」

 

イルワより聞かされたキャサリンの正体に感心する来達。想像していたよりも遥かに大物だったようだ。

 

「他に用事が無いのであれば、我々は下がります」

 

元々、身分証明のみが目的だったので、イルワから用事が無ければこれ以上長居する理由は無い。それを彼に確認する。しかしイルワは、瞳の奥を光らせると「少し待ってくれるかい?」と来達を留まらせる。

 

来達の前に一枚の依頼書を提示する。

 

「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」

「依頼ですか。何でしょう」

 

人道から外れない限り、依頼はきっちりとこなすのが来のポリシー。すんなりと話を聞く。

 

「ありがとう。さて、依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」

「成程、捜索願ですか」

 

イルワの話によると、最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされたのだそう。北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けたようだ。ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになったのだという。

 

この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。

 

「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」

「かなりの手練でも対処しきれないと……ですが、ランクが〝青〟の冒険者一人と連れ二人に持ち出して大丈夫なのですか?」

「さっき〝黒〟のレガニドを瞬殺したばかりだろう? それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」

「ライセン大峡谷? 手紙には書いてなかったはず……まさか」

 

ライセン大峡谷を探索していた話は誰にもしていない。イルワがそれを知っているのは手紙に書かれていたという事以外には有り得ない。

 

来は張本人が分かったようで、シアとミレディの方に向く。

 

「君達二人のどちらか、だね?」

「え~と、つい話が弾みまして……てへ?」

「……」

「!? ミ、ミレディさんもいました!」

「シーちゃんの裏切者ぉ!!」

「……今後そういった話は、人前ではなるべく控えるようにね」

「「は、はい!!」」

 

二人共、平静を装いつつ冷や汗を掻いている。そんな様子を見て苦笑いしながら、イルワは話を続けた。

 

「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」

 

懇願するようなイルワの態度には、単にギルドが引き受けた依頼という以上の感情が込められているようだ。伯爵と友人ということは、もしかするとその行方不明となったウィルとやらについても面識があるのかもしれない。個人的にも、安否を憂いているのだろう。

 

来は何か思い詰めている表情でイルワを見ている。

 

「ほ…報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい。本当は〝金〟にしたいところだが、それは流石に盛り過ぎだと思う」

「……」

「勿論それだけではない。今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になろう。フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。それと、シア君とミレディ君のステータスプレートも作って差し上げよう。悪くない報酬ではないかな?」

「……貴方から焦りを感じる。その裏で、何があったんですか?」

 

来の言葉に、イルワが初めて表情を崩す。後悔にまみれた表情だ。

 

「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」

 

表情を崩したイルワを、来は慈しい目つきで見る。

 

「その依頼……受けさせて頂きます」

 

来としては、これ以上、ギルド支部長の負担を少しでも軽くしてあげたかった。見返りは求めていない。ただ、己が培ってきた倫理観に従っただけのこと。

 

「本当に……ありがとう……どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ライ君、シア君、ミレディ君……宜しく頼む」

 

イルワは最後に真剣な眼差しで来達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。そうそう出来ることではない。キャサリンの教え子というだけあって、人の良さがにじみ出ている。

 

「では、行って参ります」

 

その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、来達は部屋を出て行った。バタンと扉が締まる。その扉をしばらく見つめていたイルワは大きく息を吐いた。部屋にいる間、一言も話さなかったドットが気づかわしげにイルワに声をかける。

 

「支部長……よかったのですか? あのような報酬を……」

「……ウィルの命がかかっている。彼ら以外に頼めるものはいなかった。仕方ないよ。それに、彼等に力を貸すか否かは私の判断でいいと彼等も承諾しただろう。問題ないさ。それより、彼らの秘密……」

「ステータスプレートに表示される〝不都合〟ですか……」

「ふむ、ドット君。知っているかい? ハイリヒ王国の勇者一行は皆、とんでもないステータスらしいよ?」

 

ドットは、イルワの突然の話に細めの目を見開いた。

 

「!? 支部長は、彼が召喚された者…〝神の使徒〟の一人であると? しかし、彼はそのような話など一切しませんでした」

「およそ四ヶ月前、その内の一人がオルクスで亡くなったらしいんだよ。しかも勇者を差し置いて最強の剣士だったと聞く。遺体は奈落の底に魔物と一緒に落ちたってね」

「……まさか、その者が生きていたと? 四ヶ月前と言えば、勇者一行もまだまだ未熟だったはずでしょう? それに、報告が正しければその者の死は直接確認されているはず。とても生き残るなんて……」

 

ドットは信じられないと首を振りながら、イルワの推測を否定する。しかし、イルワはどこか面白そうな表情で再び来達が出て行った扉を見つめた。

 

「そうだね。でも、もし、そうなら……なぜ、彼は仲間と合流せず、旅なんてしているのだろうね? 彼は一体、闇の底で何を見て、何を得たのだろうね?」

「何を……ですか……」

「ああ、もしかするとそれは、この世界の真実に深く関わっているもの、なのかもしれない」

「世界の真実……」

「私としては、そんな特異な人間とは是非とも繋がりを持っておきたいね。例え、彼が教会や王国から追われる身となっても、ね。もしかすると、先生もその辺りを察して、わざわざ手紙なんて持たせたのかもしれないよ」

「支部長……どうか引き際は見誤らないで下さいよ?」

「もちろんだとも」

 

スケールの大きな話に、目眩を起こしそうになりながら、それでもイルワの秘書長として忠告は忘れないドット。しかし、イルワは、何かを深く考え込みドットの忠告にも、半ば上の空で返すのだった。

 

 

「生存の可能性は、時間が経てば経つ程下がる。早急に見つけ出さないと……」

「らーちゃん!!」

「来さん!!」

「……僕まで後を追いそうだからねッ……」

 

彼に残された時間は三週間。一行は急ぐ必要があった……




皆さんに分かって欲しいのは、武術と武道は全くの別物であることです。

武術とは「対峙した相手に攻撃を加えて殺傷するための技法」と「それらの技法を効率的に繰り出して有利な展開に持ち込むための理論」を構築したものであって、武道とは道徳を重んじつつ心技体の研鑽に励むものです。


次回 第三十六閃 巡り逢い


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第三十六陣 巡り逢い

広大な平原のど真ん中に、北へ向けて真っ直ぐに伸びる街道。

 

何度も踏みしめられることで自然と雑草が禿げて道となっただけの獣道のようなこの道を、信じられない程の速度で駆け抜ける影が二つ。一つは、メタリックな塗装の機体で、地面から浮いていた。地球から見てもオーバーテクノロジーである。更に、車体前方には砲台が一門装備されており、魔力を消費することでほとんどの小型魔物を殲滅できる程の魔力弾を放つ。もう一つの機体も、メタリックな塗装を施されており、地面から浮いていた。また、砲台も左右三門ずつ、前方に一門装備されている。これも魔力を消費して砲撃する。

 

地面から浮く二つの物体には、細長い方に一人、平たい方に二人の影があった。

 

細長い方、〝飛脚改〟に乗っているのがシア。平たい方、〝弩空〟に乗っているのが来とミレディだ。元々は車輪が付いていたのだが、重力魔法を手に入れたことにより改造を施され、ホバーバイクとなったのだ。その結果、スペックも上昇したが、その分魔力消費も大きくなった。既に時速百キロは超えているが、全力を出せば二百キロは出る。

 

走行速度が速い分、風圧も大きくなっているのだが、全員ゴーグル無しで操縦または搭乗している。

 

「ひゃっはー! ですぅ!!」

 

百キロオーバーの速度で走行しているのにもかかわらず、一人の美少女がゴーグルも無しに近未来的なビークルを操縦している。傍から見ればかなりシュールな光景になっている。

 

一方、助手席(砲撃用座席)に座り込んでいるミレディが来と話している。

 

「らーちゃん、今何処に向かってるの?」

「今向かっている町、ウルはね、水源が豊かで、町の近郊は大陸一の稲作地帯なんだそうだ」

「稲作?」

「そう。つまり米だ。生まれ故郷でも盛んに食べられているよ。久し振りに食べてみたいと思ったのさ」

「来さんの生まれ故郷の食べ物ですかぁ……食べてみたいですねぇ」

 

来の言う生まれ故郷とは、地球にある日本のことではない。別世界にある古都という、日本の京都に似ている都市のことを指している。

 

 

「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」

 

悄然と肩を落とし、ウルの町の表通りを元気なく歩く召喚組の一人にして教師、畑山愛子。普段の快活な様子がなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせている。心なしか、表通りを彩る街灯の灯りすら、いつもより薄暗い気がする。

 

「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」

「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ? 悪い方にばかり考えないでください」

 

元気のない愛子に、そう声をかけたのは愛子専属護衛隊隊長のデビッドと生徒の園部優花だ。周りには他にも、毎度お馴染みに騎士達と生徒達がいる。彼等も口々に愛子を気遣うような言葉をかけた。

 

ここにいる六名の生徒は愛子を守るべく「愛ちゃん護衛隊」なるものを結成し、彼女と共に行動している。

 

ちなみに、デビッド他数名は教会に直接仕える神殿騎士であるが、愛子に骨抜きにされてしまい、彼等も行動を共にしているのだった。

 

クラスメイトの一人、清水幸利が失踪してから既に二週間と少し。愛子達は、八方手を尽くして清水を探したが、その行方はようとして知れなかった。町中に目撃情報はなく、近隣の町や村にも使いを出して目撃情報を求めたが、全て空振りに終わった。

 

当初は事件に巻き込まれたのではと騒然となったのだが、清水の部屋が荒らされていなかったこと、清水自身が〝闇術師〟という闇系魔法に特別才能を持つ天職を所持しており、他の系統魔法についても高い適性を持っていたことから、そうそう、その辺のゴロツキにやられるとは思えず、今では自発的な失踪と考える者が多かった。

 

元々、清水は、大人しいインドアタイプの人間で社交性もあまり高くなかった。クラスメイトとも、特別親しい友人は()()()()おらず、愛ちゃん護衛隊に参加したことも驚かれたぐらいだ。そんなわけで、既に愛子以外の生徒は、清水の安否より、それを憂いて日に日に元気がなくなっていく愛子の方が心配だった。護衛隊の騎士達が憂えたのは、言うまでもない。

 

王国と教会には既に報告しており、捜索隊を編成して応援に来るそうだ。清水も、魔法の才能に関しては召喚された者らしく極めて優秀なので、〝迷宮の悲劇〟と同じく上層部は楽観視していない。捜索隊が到着するまで、あと二、三日といったところだった。

 

愛子に次々と気遣いの言葉が掛けられたが、彼女自身は内心で自らを殴りつける。事件に巻き込まれようが、自発的な失踪であろうが心配であることに変わりはない。しかし、それを表に出して、今、傍にいる生徒達を不安にさせるどころか、気遣わせてどうするのだと。それでも、自分はこの子達の教師なのか!と。一度深呼吸をし、ペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直す。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です! お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

無理しているのは一目瞭然。しかし気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達は、その様子を微笑ましげに眺めた。

 

愛子達は、自分達が宿泊している宿の扉を開いた。ウルの町で一番の高級宿だ。名を〝水妖精の宿〟という。その昔、ウルディア湖から現れた妖精を一組の夫婦が泊めたことが由来なのだそう。ウルディア湖は、ウルの町の近郊にある大陸一の大きさを誇る湖。面積は日本の琵琶湖の四倍程である。

 

〝水妖精の宿〟は、一階部分がレストランになっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている。内装は、落ち着きがあって、目立ちはしないが細部までこだわりが見て取れる装飾の施された重厚なテーブルやバーカウンターがある。また、天井には派手すぎないシャンデリアがあり、落ち着いた空気に花を添えていた。〝老舗〟そんな言葉が自然と湧き上がる、歴史を感じさせる宿だった。

 

当初、愛子達は、高級すぎては落ち着かないと他の宿を希望したのだが、〝神の使徒〟あるいは〝豊穣の女神〟とまで呼ばれ始めている愛子や生徒達を普通の宿に止めるのは外聞的に有り得ないので、騎士達の説得の末、ウルの町における滞在場所として目出度く確定した。

 

元々、王宮の一室で過ごしていたこともあり、愛子も生徒達も次第に慣れ、今では、すっかり寛ぐことが出来る場所になっていた。農地改善や清水の捜索に東奔西走し疲れた体で帰って来る愛子達にとって、この宿でとる米料理は毎日の楽しみになっていた。

 

全員が一番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打つ。

 

「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ」

 

優花はカレーが好物である。

 

「まぁ、見た目はシチューなんだけどな……いや、ホワイトカレーってあったけ?」

「いや、それよりも天丼だろ? このタレとか絶品だぞ? 日本負けてんじゃない?」

「それは、玉井君がちゃんとした天丼食べたことないからでしょ? ホカ弁の天丼と比べちゃだめだよ」

「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ」

 

極めて地球の料理に近い米料理に毎晩生徒達のテンションは留まるところを知らない。見た目や微妙な味の違いはあるが、料理の発想自体はとても似通っている。素材が豊富というのも、ウルの町の料理の質を押し上げている理由の一つだろう。米は言うに及ばず、ウルディア湖で取れる魚、山脈地帯の山菜や香辛料などもある。

 

美味しい料理で一時の幸せを噛み締めている愛子達のもとへ、この宿の主人らしき、六十代くらいの男性がにこやかに近寄ってきた。

 

「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」

「あ、オーナーさん」

 

愛子達に話しかけたのは、この〝水妖精の宿〟のオーナーであるフォス・セルオである。スっと伸びた背筋に、穏やかに細められた瞳、白髪交じりの髪をオールバックにしている。宿の落ち着いた雰囲気がよく似合う男性だ。

 

「いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」

 

愛子が代表してニッコリ笑いながら答えると、フォスも嬉しそうに「それはようございました」と微笑んだ。しかし、次の瞬間には、その表情を申し訳なさそうに曇らせた。何時も穏やかに微笑んでいるフォスには似つかわしくない表情だ。何事かと、食事の手を止めて皆がフォスに注目した。

 

「実は、大変申し訳ないのですが……香辛料を使った料理は今日限りとなります」

「えっ!? それって、もうこのニルシッシル(異世界版カレー)食べれないってことですか?」

 

優花がショックを受けたように問い返した。

 

「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして……いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」

「あの……不穏っていうのは具体的には?」

「何でも魔物の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」

「それは、心配ですね……」

 

愛子が眉をしかめる。他の皆も若干沈んだ様子で互いに顔を見合わせた。フォスは、「食事中にする話ではありませんでしたね」と申し訳なさそうな表情をすると、場の雰囲気を盛り返すように明るい口調で話を続けた。

 

「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」

「どういうことですか?」

「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」

 

愛子達はピンと来ないようだが、食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。フューレンの支部長と言えばギルド全体でも最上級クラスの幹部職員である。その支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者としては好奇心をそそられるのである。騎士達の頭には、有名な〝金〟クラスの冒険者がリストアップされていた。

 

愛子達が、デビッド達騎士のざわめきに不思議そうな顔をしていると、二階へ通じる階段の方から声が聞こえ始めた。男の声と少女二人の声だ。何やら楽しそうに話している。それにフォスが反応する。

 

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話しになるのでしたら、今のうちがよろしいかと」

「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。〝金〟に、こんな若い者がいたか?」

 

デビッド達騎士は、脳内でリストアップした有名な〝金〟クラスに、今聞こえているような若い声の持ち主がいないので、若干、困惑したように顔を見合わせた。

 

そうこうしている内に、三人の男女は話しながら近づいてくる。

 

愛子達のいる席は、三方を壁に囲まれた一番奥の席であり、店全体を見渡せる場所でもある。一応、カーテンを引くことで個室にすることもできる席だ。唯でさえ目立つ愛子達一行は、愛子が〝豊穣の女神〟と呼ばれるようになって更に目立つようになったため、食事の時はカーテンを閉めることが多い。今日も、例に漏れずカーテンは閉じられている。

 

そのカーテン越しに若い男女の会話の内容が聞こえてきた。

 

「〝らーちゃん〟の料理も凄く美味しいけど、たまには外食で〝らーちゃん〟とゆったりしたいな~って思ってたところだったんだよね」

「えへへ~、〝来〟さんの生まれ故郷の料理、どんな味か楽しみですねぇ~」

「味の方は期待しておいてくれ。()()()()()()()の僕が保証するよ。それに、米が手に入れば直ぐに和食を作ろうとしてたところだしね」

「へぇ~、〝らーちゃん〟が得意な料理ね……想像しただけで涎が出てきそうだよ」

()()()()()()()()()()……もっと賑やかになってたかもしれないのに……」

「〝来〟さん、折角食事に来たんですから、もっと笑いましょうよ~」

「そうだよ。〝らーちゃん〟が凹んでたらこっちまで気分が落ち込んじゃうからさ」

「……そうだよね。ごめん、場の雰囲気を悪くしてしまった」

 

その会話の内容に、そして少女の声が呼ぶ名前に、愛子の心臓が一瞬にして飛び跳ねる。彼女達は今何といった? 少年を何と呼んだ? 少年の声は、〝あの少年〟の声に似てはいないか? 愛子の脳内を一瞬で疑問が埋め尽くし、金縛りにあったように硬直しながら、カーテンを視線だけで貫こうとでも言うように凝視する。

 

それは、傍らの園部優花や他の生徒達も同じだった。彼らの脳裏に、およそ四ヶ月前に皆の前で儚く命を散らした、とある少年が浮かび上がる。クラスメイト達に〝異世界での死〟というものをとても強く認識させた少年、消したい記憶の根幹となっている少年、良くも悪くも目立っていた少年。

 

尋常でない様子の愛子と生徒達に、フォスや騎士達が訝しげな視線と共に声をかけるが、誰一人として反応しない。騎士達が、一体何事だと顔を見合わせていると、愛子がポツリとその名を零した。

 

「……辻風君?」

 

無意識に出した自分の声で、有り得ない事態に硬直していた体が自由を取り戻す。愛子は、椅子を蹴倒しながら立ち上がり、転びそうになりながらカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。

 

存外に大きく響いたカーテンの引かれる音に、ギョッとして思わず立ち止まる一人の青年と二人の少女。

 

愛子は、相手を確認する余裕もなく叫んだ。四ヶ月前に亡くした、大切な教え子の名前を。

 

「辻風君!」

「むっ、何奴!? ……………………………………………畑山先生?」

 

愛子の目の前にいたのは、腰に差した刀に手を掛けつつも、鮮やかな黄金の瞳を大きく見開き驚愕を露わにする、和装の白髪の少年……否、青年だった。記憶の中にあった辻風来という少年とは大きく異なった外見だった。相変わらず背丈は高いが、何処か大人びている。そして学校では黒髪に染めていたが、本来は茶髪だったはず。愛子の知る辻風来は、唯一人の少女を愛している、一途な少年だった。だが、目の前の青年は少女を二人も連れている。この場に彼が愛する少女はいなかった。

 

多少記憶とは異なっていたが、顔立ちと声は記憶のものと一致した。そして何より……目の前の少年は自分を何と呼んだのか。そう、〝畑山先生〟だ。ほとんどの生徒から愛ちゃん若しくは愛子先生と呼ばれてる自分を苗字で呼ぶ生徒は知っている限り唯一人のみ。愛子は確信した。外見は変わってしまっているが、目の前の少年は、確かに自分の教え子である〝辻風来〟であると。

 

「辻風君……やっぱり辻風君なんですね? 生きて……本当に生きて……」

「畑山先生、お久しぶりです。突然の失踪をお許し下さい。僕達は訳あって……」

 

死んだと思っていた教え子と奇跡のような再会。感動して、涙腺が緩んだのか、涙目になる愛子。今まで何処にいたのか、一体何があったのか、本当に無事でよかった、と言いたいことは山ほどあるのに言葉にならない。それでも必死に言葉を紡ごうとする。

 

涙目の愛子を穏やかな声色が包み込む。だが、直ぐに六人の少年少女の悲鳴に掻き消されることになる。

 

「「「「「「ギャ―――――ッ!! 辻風が化けて出たぁぁぁぁ!! 幽霊だぁぁぁぁ!!」」」」」」

「……幽霊? 来さんが?」

「……化けて出た? らーちゃんが?」

 

あの日、来が橋の上で大量に血を流して倒れたのを直接見たのだ。普通に考えて生きているはずがない。確実に死んだはずの人間が今自分達の目の前にいるのだ。幽霊だと思うのも無理はない。

 

「皆さん!! 人を幽霊だなんて呼んではいけません!! ……ところで辻風君、ちゃんと生きてますよね?」

「ちゃんと生きてますよ……? 結局貴女まで怖気づいてるじゃないですか」

 

そう言って愛子に自分の脈を触らせる来。確かに拍動がある。それに温かい。

 

「うぅ……ごめんなさい……さっきのは人としてどうかと自分でも思いました……」

「いえ、無理もないですよね。あれだけ血を流して、奈落に落ちたんですから」

 

中身は全く変わって無かった。記憶通りの慈しさだった。

 

「……ところで辻風君、こちらの女性達はどちら様ですか?」

「共に旅を続けている、シアと、ミレディです」

「シアです」

「やっほー、ミレディちゃんだよぉ~」

「来さんの女ですぅ!」

「らーちゃんの女だよぉ~!」

「えっ!?」

「お、女?」

 

二人の爆弾発言に、来の背筋が凍りついた。愛子が若干どもりながら「えっ? えっ?」と来と二人の美少女を交互に見る。上手く情報を処理出来ていないらしい。後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせている。いや、男子生徒は「まさか!」と言った表情でシアとミレディを忙しなく交互に見ている。徐々に、その美貌に見蕩れ顔を赤く染めながら。

 

「ふ、二人共、お、女って、どういう……」

「そのままの意味だよ?」

「私達は来さんが大好きなんです!」

「いや、僕には膵花という想い人が……」

「へぇ~、私達の唇を奪っておいて、今更その子に縋りつくのかな? 私なんか二回も君としたのに?」

「へ? 奪う? あれはまぁ…わかるけど、二度、というのはどういう『辻風君?』……は、はい……」

 

シアの告白で遂に情報処理が追いついたらしく、愛子の声が一段低くなる。

 

顔を真っ赤にして、来の言葉を遮る愛子。その顔は、非行に走る生徒を何としても正道に戻してみせるという決意に満ちていた。そして、〝先生の怒り〟という特大の雷が、ウルの町一番の高級宿に落ちる。

 

「滝沢さんという人がいるのに、それだけでは飽き足らず他の女の子と口付けした上にさ、三股なんて! 直ぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか! もしそうなら……許しません! ええ、先生は絶対許しませんよ! お説教です! そこに直りなさい、辻風君!」

「誤解ですッッ!! 取り敢えず落ち着いて下さいッッッ!!」

 

この時、シアとミレディ、そして六人の生徒は白髪の青年がロリっ子のような見た目の大人の女性に全力で説教されている光景を初めて見たのだった……




IF編に関するアンケートは次回の投稿を以て締め切らせて頂きます。

少ないながらもあんなアンケートに投票して下さりありがとうございます。


次回 第三十七閃 悩み


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第三十七陣 悩み

解説

喰鰹
全長1.2m

本来は世界各地の海を回遊する魚なのだが、トータスに流れ着いたものの一部は、地中でも活動できるよう適応した。外見は地球の鰹そのものなのだが、非常に凶暴。数十匹集まれば十メートル以上の鯨でさえ喰い尽くしてしまう。
体表は物凄く頑丈。魔力を弾く特殊な成分が含まれている。
鯨はおろか、沖に出た漁船ですら沈めてしまう。そのため、漁師からは大変恐れられている。鰹漁に出た漁船のうち、三隻に二隻は二度と戻ってこない。


「橋の上で重傷を負って、落ちた後はどうしていたんですか?」

「生きるために戦っていました」

「なぜ白髪になっているんですか?」

「過酷な環境下のストレスです」

 

あながち間違ってはいない。

 

「その目はどうしたんですか?」

「気が付いたらこうなっていました」

「なぜ、直ぐに戻らなかったのですか?」

「あの時よりも強くなってから戻るつもりでした。同じ過ちを繰り返さぬように……」

 

VIP席で愛子や園部優花達生徒から怒涛の質問に対し、素直に答えていた来。そしてニルシッシルが三人前テーブルに運ばれる。

 

「……」

「どうした? 僕らの顔に何か付いてるのか?」

「すまないが、お前らが着ているコートを一旦脱いでみてくれないか?」

 

デビッドに言われるがままに、シアとミレディはコートを、来は陣羽織を脱ぐ。どうやら陣羽織は袖を無くしたロングコート扱いらしい。露わとなる外套の下の服装を見て、愛子達地球組は驚くのだが、デビッドは来達の服装を見るなり血相を変えて大声を上げた。

 

「お、お前ら! その服装、さては、竜人族の手先だな!?」

「……竜人族?」

「そうだ! 今お前達が着ているものは、かつてエヒト神を否定し、剰え自分達が世界の頂点であると驕った者達が身に着けていたものと同じだ!」

 

これは全くの偶然である。三人共竜人族との接点がほとんど、あるいは全くない。シアはそもそも樹海生まれであり、ミレディには竜人族と魔人族の混血の知り合いはいたものの、純血の竜人族の知り合いはいなかった。

 

そして来にも接点はない。和服以外の共通点など……〝龍化〟の技能を持っていた。

 

「更に言えばそこの長い耳を生やした女、亜人じゃないか。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 

侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせた。ブルックの町では、宿屋での第一印象や、キャサリンと親しくしていたこと、来の存在もあって、むしろ友好的な人達が多かった。フューレンでも蔑む目は多かったが、奴隷と認識されていたからか直接的な言葉を浴びせかけられる事はなかった。

 

つまり、来と旅に出てから初めて、亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を受けたのである。有象無象の事など気にしないと割り切ったはずだったが、少し、外の世界に慣れてきていたところへの不意打ちだったので、思いの他ダメージがあった。顔を俯かせるシア。

 

よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ている。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士と近衛騎士である。聖教教会や国の中枢に近い人間であり、それは取りも直さず、亜人族に対する差別意識が強いということでもある。何せ、差別的価値観の発信源は、その聖教教会と国なのだから。デビッド達が愛子と関わるようになって、それなりに柔軟な思考が出来るようになったとはいえ、ほんの数ヶ月程度で変わる程、根の浅い価値観ではない。

 

あまりにも酷い物言いに、思わず愛子が注意をしようとするが、その前に俯くシアの手を握ったミレディが、絶対零度の視線をデビッドに向ける。とある一国のお転婆な王女のような美貌の少女に体の芯まで凍りつきそうな冷ややかな眼を向けられて、デビッドは一瞬たじろぐも、一人の少女に気圧されたことに逆上する。普段ならここまでキレやすい人間ではないのだが、思わず言ってしまった言葉に、愛しい愛子からも非難がましい視線を向けられて軽く我を失っているようだった。

 

「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」

 

思わず立ち上がるデビッドを、副隊長のチェイスは諌めようとするが、それよりも早く、ミレディの言葉が騒然とする場にやけに明瞭に響き渡る。

 

「神殿騎士って、そんなに器が小さいんだね」

 

それは、侮蔑の言葉。たかが種族の違いで騒ぎ立て、少女の視線一つに逆上する器の小ささへの呆れを表す言葉だ。唯でさえ、怒りで冷静さを失っていたデビッドは、よりによって愛子の前で男としての器の小ささに呆れられ怒りが頂点に達する。

 

「……異教徒共め。そこの獣風情も一緒に地獄へ送ってやる」

 

無表情で静かに呟き、傍らの剣に手をかけるデビッド。突如現れた修羅場に、生徒達はオロオロし、愛子やチェイス達は止めようとする。だが、デビッドが鞘から剣を抜くことはなかった。デビッドは剣を落とし、その場に座り込む。首筋には細い麻酔針が刺さっていた。

 

デビッドを毒殺したと思い込んだ騎士達が、一斉に剣に手をかけて殺気を放つ。

 

「安心しろ、気絶しているだけだ」

 

デビッドの首筋から針を抜き取る。静かではあったが、途轍もない威圧を放っている。立ち上がりかけた騎士たちは慄き、再び座席に座る。愛子達も顔面蒼白で震えている。

 

「そちらから手を出さなければ僕は何もしない。いや、彼女達が無事なら気にすることはない。だが、もし彼女達に手を出せば、今度は容赦しない」

 

誰も何も言えなかった。直接、視線を向けられたチェイス達騎士は、かかるプレッシャーに必死に耐えながら、僅かに頷くので精一杯だった。

 

それだけ言い、威圧を解く。凄まじい圧迫感が消え去り、騎士達がドウッと崩れ落ちて大きく息を吐いた。愛子達も疲れたように椅子に深く座り込む。

 

来は俯いているシアに声を掛けた。

 

「辛いと思うけど、〝外〟ではああいう人間もいるんだ。受け入れてくれ」

「はぃ、そうですよね……わかってはいるのですけど……やっぱり、人間の方には、この耳は気持ち悪いのでしょうね」

 

自嘲気味に、自分のウサミミを手で撫でながら苦笑いをするシア。そんな彼女に、ミレディは真っ直ぐな瞳で慰める。

 

「そんなことないって! 私は可愛いと思うよ?シーちゃんのウサミミ」

「ミレディさん……そうでしょうか」

 

シアはそれでも自信なさげにしていた。今度は来がフォローを入れる。

 

「教会関連の人間が極端なだけで、一般的にはそこまで忌避はされてないんじゃないかな。今までもそうだっただろう?」

「そう……でしょうか……あ、あの、ちなみに来さんは……その……どう思いますか……私のウサミミ」

 

来の言葉が慰めであると察したシアは、少し嬉しそうにして、頬を染めて上目遣いで来に尋ねる。兎耳はずっと垂れていたが、時々来の方へ耳を向けている。

 

「………か、可愛いと…思う…な……」

 

言うのが恥ずかしかったのだろうか、顔を赤く染めながらかなり小さな声で言った。しかし、シアの兎耳はしっかりと捉えていた。

 

と、ここでミレディより爆弾が投下される。

 

「そういえばシーちゃんが寝てる時たま~に触ってたような……」

「えっ!? 見られてたのか……いや、別に変な意味はなくて…兎耳があまりに可愛かったものでつい……」

「ら、来さん……私のウサミミお好きだったんですね……えへへ」

「ああぁぁ…膵花に顔向けできない……」

 

シアが赤く染まった頬を両手で押さえて悶えた。頭上の兎耳も彼女の喜びを表現する様に激しく動く。

 

つい先程まで下手をすれば皆殺しにされるのではと錯覚しそうな緊迫感が漂っていたのに、今は何故か桃色空間が広がっている不思議に、愛子達も騎士達も目を白黒させた。しばらく、来達のやり取りを見ていると、男子生徒の一人相川昇がポツリとこぼす。

 

「あれ? 不思議だな。さっきまで辻風のことマジで怖かったんだけど、今は殺意しか湧いてこないや……」

「お前もか。つーか、あの二人、ヤバいくらい可愛いんですけど……どストライクなんですけど……なのに、目の前でいちゃつかれるとか拷問なんですけど……」

「……っていうか辻風が何をしてた何てどうだっていい。だが、異世界の女の子と仲良くなる術だけは……聞き出したい! ……昇!明人!」

「「へっ、地獄に行く時は一緒だぜ、淳史!」」

(全部聞こえてるけど聞かなかったことにしよう)

 

腹の底で煮えたぎる嫉妬を目に宿し、つい先程まで自分達を震え上がらせた来を睨みながら、一致団結する愛ちゃん護衛隊の男共三人。緊迫した雰囲気がすっかりと消し飛び、女生徒達が本来の調子を取り戻し始めると、男子生徒達を冷え切った目で見ていた。そして来は聞き流していた。

 

場の雰囲気が落ち着いたのを悟り、チェイスが眠っているデビッドを椅子に座らせる。それと同時に警戒心と敵意を押し殺し、微笑と共に来に問い掛けた。彼にはどうしても聞きたい事があったのだ。

 

「辻風く…いや、辻風さんでいいでしょうか? 先程は、隊長が失礼しました。何分、我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関することになると少々神経が過敏になってしまうのです。どうか、お許し願いたい」

「そうでしたか。どうかお気になさらずに」

 

来はやんわりとした態度で水に流す。そして、頭の回転が早いチェイスの見立てでは到底放置できそうにない、腰に差した曲刀らしき武器に目を向けて切り込んだ。

 

「その腰に差している曲刀……でしょうか。失礼ですが、一度抜いてみてはいただけませんか?」

「…両方ですか?」

「ええ、できれば両方とも…」

 

言われた通りに刀を二振り鞘から抜く。一方は鎬地が漆黒の刀、もう一方は鎬地が藍鼠色の刀だ。

 

チェイスは二振りの刀の刀身を隅から隅まで見ると、再び来に問い掛ける。

 

「その曲刀、もしや七大迷宮に隠されているという『七本の曲刀』ではありませんか? もしそれが本物なら、一体何処で手に入れたのでしょう?」

 

チェイスは微笑んでいるが、目は笑っていなかった。刀身を見たところ、まるで芸術品のようであったことから相当名の知れた鍛冶師が製作したのだろうと考える。武器の種類が片刃の曲刀ということもあり、チェイスはこの二振りが伝説の『七本の曲刀』ではないかと予想した。そして、もしそれが本物であれば、戦争の行く末すら左右し兼ねない為、自分達が束になっても来には掠り傷一つ付けられないかもしれないと思いつつ、好奇心のままに尋ねる。

 

「そ、そうだよ、辻風。それ日本刀だろ!? でも南雲から渡されたやつは折れただろ? 何で、そんなもん持ってんだよ! まさかそれ天之河達の間で噂になってる『七本の曲刀』じゃねえよな!?」

 

淳史が興奮した声で叫ぶ。そしてそれにチェイスが反応する。

 

「日本刀? 玉井は、あれが何か知ってるのですか?」

「え? ああ、そりゃあ、知ってるよ。俺達がいた世界の中でも、俺達がいた国が誇る武器だからな」

 

淳史の言葉にチェイスの目が光る。そして、来をゆっくりと見据える。

 

「ほぅ、つまり、この世界に元々あったアーティファクトではないと……とすると、異世界人によって作成されたもの……残りの五本もまさか……」

「実在する」

 

あっさりと実在すると断言してしまった来。秘密主義者かと思いきやなんとあっさりと残りの五本の実在を断言してしまったことに意外感を露わにするチェイス。

 

「あっさりと断言してしまうのですね。辻風さん、そのアーティファクトが持つ意味を理解していますか?」

「この世界の戦争事情を一変させる…でしょう? 勇者組の手に渡れば、間違いなく絶大な力を発揮する……本当に発揮できれば、の話ですが」

「ええ、イシュタル様も『勇者様ならば必ず使いこなせるでしょう』と仰っていましたし、その曲刀が勇者様方の手に渡れば、来る戦争でも多くの者を生かし、勝率も大幅に上がることでしょう。あなたが協力する事で、お友達や先生の助けにもなるのですよ?」

「そうか……要するにこの二振りを譲って欲しい、と」

「……」

 

チェイスが肯定するかのように黙り込む。

 

「残念だが、この二振りは譲れない」

「で、ですが……」

「この二振り…黒い方は元々僕の所有物だし、白い方は命よりも大事な人に渡すと決めている。それと、そちらに戻るつもりもない」

 

来の目には、揺らぐことの無い強い意志が宿っていた。

 

「チェイスさん。辻風君には辻風君の考えがあります。私の生徒に無理強いはしないで下さい。辻風君は、本当に戻ってこないつもりなんですか?」

「ええ、もうそちらには戻りません。明朝、依頼を達成すれば、そのままここを発ちます」

「どうしてですか……?」

 

愛子が悲しそうな目で来を見やり、理由を訊ねる。

 

「もう僕にはあまり時間が残されていない……彼女を早く見つけ出さないと」

「彼女って、滝沢さんのことですか?」

 

愛子の予想に、来は静かに頷いた。

 

「滝沢さんなら、今頃ホルアドにいると思いますが……」

 

膵花の居場所を聞いた瞬間、黄金色の瞳に光が灯る。

 

「それは…間違いないんですね…?」

「え、ええ…」

 

来は思わず飛び上がりそうになったが、どうにかそれを鎮める。

 

「畑山先生、このお礼は何時か必ず。では、これにて失礼」

 

来とシア、ミレディが席を立つ。食事は三人共済ませており、今三人の手には空の皿などがある。食べ終わった後の皿を返却した後、そのまま二階へと上っていった。

 

後に残された愛子達の間には、何とも言えない微妙な空気が流れる。死んだと思っていたクラスメイトが生きていたのは嬉しい。その本人も、自分達が無事であったことに少し安堵した様子を見せていた。彼の親友は変わってしまったが、彼自身はあの時のままだった。

 

彼は膵花と共にハジメを守っていた。なのに自分達は見て見ぬふり。それどころかハジメを蔑んですらいた。そしてあの〝誤爆〟事件。あの時は誰もが皆、彼は死んだと思っていた。〝誤爆〟で吹き飛ばされたとはいえ、彼の体を剣で貫いてしまったハジメも、逃げながら彼に対して謝り続けた。

 

愛子自身も、怒涛の展開に内心激しく動揺していた。

 

チェイスは、傍らで座りながら眠っているデビッドの姿を見ながら、何かを深く考えている。

 

あの時の〝誤爆〟を彼はどう思っているだろうか。たまたま自分の体を貫いたとはいえ、親友であるハジメを恨むとは到底思えない。だが、自分達はどうか。あの時何もしなかった自分達を彼はどう思っているのか……ひょっとしたら、恨んでいるのではないか。そんな考えが脳の果てを巡り、皆一様に沈んだ表情で、その日は解散となった。

 

 

夜中。深夜を周り、一日の活動とその後の予想外の展開に精神的にも肉体的にも疲れ果て、誰もが眠りついた頃、しかし、愛子は未だ寝付けずにいた。愛子の部屋は一人部屋で、それほど大きくはない。木製の猫脚ベッドとテーブルセット、それに小さな暖炉があり、その前には革張りのソファーが置かれている。冬場には、きっと揺らめく炎が部屋を照らし、視覚的にも体感的にも宿泊客を暖めてくれるのだろう。

 

愛子は、今日の出来事に思いを馳せ、ソファーに深く身を預けながら火の入っていない暖炉を何となしに見つめる。愛子の頭の中は整理されていない本棚のように、あらゆる情報が無秩序に並んでいた。

 

考えねばならないこと、考えたいこと、これからのこと、ぐるぐると回る頭は一向に建設的な意見を出してはくれない。大切な教え子が生きていたと知ったときの事を思い出し頬が緩んだ。だが、前と変わらず友好的な態度を見せていたが、時折具合の悪さを感じていた。

 

時折彼が見せていた具合の悪さに、体がそのように不調になるまで過酷な生活をしていたのかと、彼が経験したであろう苦難を思い、何の助けにもなれなかったことに溜息を吐く。しかし、その後の二人の少女との掛け合いを思い出し、信頼できる仲間を得ていたのだと思い、再び頬を緩める。

 

刹那、頭の中から声が響いた。部屋には誰もいない。

 

(畑山先生、まだ起きていますか?)

 

思わずドアの方を向く愛子。ドアの鍵は掛かったままだ。鍵を開けてドアを開くと、そこには甚平姿の来が立っていた。

 

「貴女に話しておきたい事があります」

「……一体、どうしたんですか?」

 

愛子は来を部屋に入れる。

 

「今からする話は、貴女が一番冷静に受け止められる事です。その後の判断は、先生にお任せします」

 

そう言って来は、トータスの真相を語り始める。

 

これには理由がある。神の意思に従って、勇者である光輝達が盤上で踊ったとしても、彼等の意図した通り神々が元の世界に帰してくれるとは思えなかった。魔人族から人間族を救う、すなわち起こるであろう戦争に勝利したとしても、それはそもそも神々が裏で糸を引いた結果。勇者などと言う面白い駒をそうそう手放す訳が無い。むしろ、勇者達を利用して新たな遊戯を始めると考えた方が妥当である。

 

その事を光輝達には秘密にしておきたかった。無闇に捜し出して伝えた所であの思い込みの正義感の塊である者が、自分の言葉を信用するとは到底思えなかった。

 

たった一人の青年の言葉と、大多数の救いを求める声、どちらを信じるかなど言うまでもない。むしろ、大勢の人たちが信じ、崇める〝エヒト様〟を愚弄したとして非難されるのが落ちだ。

 

だが、偶然の重なり合いで、何かの縁か愛子と再会することとなった。来は知っていた。愛子の行動原理が常に生徒を中心にしていることを。つまり、異世界の事情に関わらず、生徒のために冷静な判断ができるということだ。そして、日本での慕われ具合と、今日のクラスメイト達の態度から、愛子が話したのなら、きっと彼女の言葉は光輝達にも影響を与えるだろう、そう判断した。

 

その結果が、その結果、彼等の行動にどのような影響が出るのかはわからない。だが、この情報により、光輝達が神々の意図するところとは異なる動きをすれば、それだけ神の光輝達への注意が増すはず。来は大迷宮を攻略する旅中で自分が酷く目立つ存在であるという自覚があった。最終的には神々から何らかの干渉を受ける可能性を考えている。なので、間接的に信頼のある人物から情報を伝えてもらうことで、光輝達の行動を乱し、神から受ける注目を遅らせる、ないし分散させることを意図したのだ。

 

帰還方法は既に目星がついている。それ故全く異なる帰還方法を探ってくれるという期待は無い。自分はクラスメイト達を元の世界に全員帰した後、この世界に残って神に戦いを挑むつもりであった。

 

この世界の真実を聞かされ呆然とする愛子。どう受け止めていいか分からないようだ。情報を咀嚼し、自らの考えを持つに至るには、まだ時間が掛かりそうである。

 

「別に、戯言と切り捨てて頂いても構いません。真実と受け取って行動を起こす事も咎めはしません」

「つ、辻風君は、もしかして、その〝狂った神〟をどうにかしようと……旅を?」

「ええ、この世界を太平に導きたいですし、想い人と親友との暮らしを壊した者は誰であろうと滅んで貰うつもりなので」

 

彼の物凄い怒りを感じ取った愛子は少し怯えた。無謀なことに首を突っ込むという事には教師として眉をひそめざるを得ない。もっとも、自分もこの世界の事情より生徒達を優先しているので、人のことは言えず、結果、微妙な表情で話題を逸らすことになった。

 

「アテはあるんですか?」

「はい、七大迷宮が鍵になっています。どの迷宮もかなり危険なので、探索するなら最大限の用心を」

 

その言葉を聞いて、どれだけ過酷な状況を生き抜いたのかと改めて来に同情やら称賛やら色々なものが詰まった複雑な目差しを向けた。

 

しばらくの間、静寂が部屋を包み込む。伝えるべき情報は全て伝えたと悟った来は、「話は以上です」と踵を返して扉へと手をかけた。その背中に、オルクス大迷宮という言葉で思い出したある生徒達の事を伝えようと愛子が話しかけた。

 

「滝沢さんと南雲君、白崎さんと八重樫さんは諦めていませんでしたよ」

「……!」

 

来の足が止まる。再び愛子に顔を向けた。

 

「皆は貴方が死んだと言っても、彼らだけは諦めていませんでした。貴方の生存を確信したかのような様子を見せた、滝沢さんを信じて。今も、オルクス大迷宮で共に戦いながら、地上でも貴方を探しています。天之河君達は純粋に実戦訓練として潜っているようですが、彼らだけは貴方を探すことだけが目的のようです」

「良い仲間に恵まれて、僕は幸せ者だなぁ……膵花とハジメ、香織さんや雫さんは無事なんですか?」

 

一滴零した後、来は愛子に尋ねる。あの時と変わらない、他者を思いやる言葉に、愛子は喜色を浮かべる。

 

「は、はい。オルクス大迷宮は危険な場所ではありますが、順調に実力を伸ばして、攻略を進めているようです。時々届く手紙にはそうありますよ。やっぱり気になりますか? 貴方と南雲くんは特に仲が良かったですもんね」

「当たり前です…手紙のやり取りがあるなら今直ぐ伝えて下さい。本当に警戒すべきは迷宮の魔物ではなく、仲間の方だと」

「え? それはどういう……」

「畑山先生、今日の玉井達から事情は大体察しました。ハジメが僕の体を剣で貫いた原因はベヒモスとの戦闘中に起きた()()という事になっていますね?」

「そ、それは……はい。一部の魔法が制御を離れて誤爆したと……辻風君はやはり皆を恨んで……」

「少なくとも彼らではありません。本当にハジメに向かっていったんですね?」

「はい」

「なら、それはきっと誤爆ではありません。その魔法は初めからハジメを狙って誘導されていたのでしょう」

「え? 誘導? 狙って?」

 

わけがわからないといった表情の愛子。

 

「直接見ていないので推測になりますが、犯人は恐らく檜山大介。動機はハジメに香織さんが構っていたからハジメを始末しようとした。僕には敵いませんでしたからね。まぁハジメを吹き飛ばして僕を道連れにしようなんてそんな狡猾な事は考えないでしょうし、ハジメだけを始末しようとしたのでしょう。それも伝えておいてください」

 

そう言い残し、来は部屋を後にした。シンとする部屋に冷気が吹き込んだように錯覚し、愛子は両腕で自らの体を抱きしめた。大切な生徒が仲間を殺そうとしたかもしれない。それも、死の瀬戸際で背中を狙うという卑劣な手段で。生徒が何より大切な愛子には、受け入れ難い話だ。だが、否定できなかった。否定すれば来の言葉も理由もなく否定することになる。生徒を信じたい心がせめぎ合う。

 

愛子の悩みは深くなり、普段に増して眠れぬ夜を過ごしたのだった……




どうも、この小説では三か月越しの最果丸です。

投稿が遅れてしまい大変申し訳ございませんでした!!

外伝作品の執筆に集中しすぎてしまいました。


いつになったら九十階層での戦いを書けるのだろうか……


次回 第三十八閃 北の山脈へ


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第三十八陣 北の山脈へ

㊙話

辻風来の誕生日は、蛇柱・伊黒小芭内と同じであるが、まったくの偶然。


それは、まだ夜明け前のことだった。

 

月の輝きが薄れ始めた頃、来、シア、ミレディの三人はすっかり旅支度を済ませて、〝水妖精の宿〟の直ぐ外で立っていた。手には、移動しながら食べられるようにと握り飯が入った包みを持っている。極めて早い時間でありながら、嫌な顔一つせず、朝食にとフォスが用意してくれたものだ。それを来達は笑顔で受け取った。

 

朝靄が立ち込める中、彼らはウルの町の北門に向かう。そこから北の山脈地帯へ続く街道が伸びている。馬だったら丸一日かかるが、〝弩空〟なら三時間で到着する。

 

ウィル・クデタ達が、北の山脈地帯に調査に入り消息を絶ってから既に五日。生存は絶望的だ。それでもまだ可能性はある。出来るだけ急いで捜索すれば生きて帰せるかもしれない。幸いなことに天気は快晴。搜索にはもってこいの日だ。

 

幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた。その北門の傍に複数の人の存在を感知した来は朝靄を掻き分ける。

 

朝靄をかきわけ見えたその姿は……愛子と生徒六人の姿だった。

 

「畑山先生……これはどういう事ですか?」

 

毅然とした態度で来と正面から向き合う愛子。ばらけて駄弁っていた生徒達、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、玉井淳史、相川昇、仁村明人も愛子の傍に寄ってくる。

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね?人数は多いほうがいいです」

「北の山脈は貴女方には危険過ぎるのであまりお勧めはしません」

 

来は愛子達の同行をやんわりと止めようとした。理由は愛子達を危険な目に遭わせたくないからだ。

 

「そ、それでも……!」

「それでも?」

 

愛子は来に身を寄せると、小声で決意を伝える。

 

(化粧で隠れているが、隈ができてる。昨夜眠れなかったのか……)

 

「辻風君、先生は先生として、どうしても貴方からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか?」

 

愛子の瞳は、決意に光り輝いていた。空回りは多いが、愛子の行動力は理解しているつもりだった。だが、来は誤魔化しも逃げもしない男だったので、仕方なく同行を許可した。

 

「解りました。纏まって行動するのであれば、同行は許可します。それに…」

「それに?」

「貴女にはまだ別の目的があるのでしょう?」

「……!」

 

来には見抜かれていた。愛子が共に行く別の目的が。愛子は驚いた表情を浮かべる。

 

「道中でいいので、隠さずに伝えて下さい」

 

来は懐から〝八咫〟を取り出し、操作をすると何もない所からホバーボートが出現した。

 

「な、なあ辻風、これお前が作ったのか?」

「ん? ああ。ちょっと座席の数が少ないから少し待っていてくれ」

 

運転席に取り付けてある端末を操作し、座席を八人分用意した。更に、愛子達を風圧に晒すわけにもいかないので、外壁を取り付けた。前方の砲門も二門に増やしておいた。

 

「らーちゃん、本当に連れていくの?」

「ああ、この人は生徒の事に関しては妥協しない人だからね」

「ほぇ~、生徒さん想いのいい先生なのですねぇ~」

「そこは尊敬してるよ」

 

大人数の移動に適した形への改造が終わり、来達は〝弩空〟に乗り込む。

 

 

前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、近未来的なホバースキッフ〝弩空〟が時速二百キロで爆走する。街道とは比べるべくもない酷い道だったが、地面から浮いている〝弩空〟には関係ない。車内は当然、新幹線のように快適である。

 

座席は全てゲーミングチェアを参考に製作してあるので体にかかる負担は少ない。ただしPCは無い(当たり前)。更に、自由に回すこともできるので、話し合いもしやすい。運転席には製作者である来が、助手席(砲手席)には愛子が乗っている。ミレディは愛子の近くの席に、シアは優花達と同じ席に腰掛けている。

 

シアは居心地が悪そうだった。それもそのはず、先程から優花と妙子に挟まれて、来との関係を根掘り葉掘り聞かれている。異世界での異種族間恋愛など花の女子高生としては聞き逃せない出来事なのだろう。興味津々といった感じでシアに質問を繰り返しており、シアがオロオロしながら頑張って質問に答えている。

 

一方、来と愛子の話も佳境を迎えていた。

 

愛子のもう一つの目的とは、現在、行方不明になっている清水幸利の事だ。八方手を尽くして情報を集めているが、近隣の村や町でもそれらしい人物を見かけたという情報が上がってきていない。しかし、そもそも人がいない北の山脈地帯に関しては、まだ碌な情報収集をしていなかったと思い当たったのだ。事件にしろ自発的失踪にしろ、まさか北の山脈地帯に行くとは考えられなかったので当然ではある。なので、これを機に自ら赴いて、来達の捜索対象を探しながら、幸利の手がかりがないか調べようとしたのだ。

 

〝迷宮の悲劇〟については、当時の状況を詳しく聞く限り、やはり故意に魔法が撃ち込まれた可能性は非常に高いとは思いつつ、やはり信じたくない愛子は頭を悩ませる。やはり心当たりは檜山だと答えた(大正解)。人殺しで歪んでしまったであろう心をどうすれば元に戻せるのか、どうやって償いをさせるのかということに、愛子はまた頭を悩ませた。

 

うんうんと頭を唸って悩むうちに、揺れのない環境と柔らかいシートが眠りを誘い、愛子はいつの間にか夢の世界へと旅立っていた。ズルズルと背もたれを滑り、来の膝に倒れ込んだ。

 

「らーちゃん、罪な男だねぇ」

「なっ、何を言うんだッ!」

「いつまでその一途な思いが続くのかなぁ~」

「いつまでも続くさ。今まで途切れたことはないし、これからも途切れることはない」

「……そうなんだ…なら私にも惹かれないんだね……」

「っ……」

「ふふふ、冗談だよ。君が私やシーちゃんの事も大切にしてくれてること、知ってるんだからね? 私とシーちゃんが、何が遭っても君を守ってみせるよ」

「…仲間にこんなに大事にされて、僕は幸せ者だなぁ……はは」

 

二十五歳の女教師を膝枕しながら、〝解放者〟最後の一人と談笑する剣士の青年。そんな二人を後部座席からキャッキャと見つめる女子高生、そして不貞腐れる兎の少女。これから、正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない程、騒がしかった。

 

 

北の山脈地帯、標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるその場所は、木々や植物、環境が山々を斑模様に染め上げていた。日本の秋のような紅葉や、真夏の青々とした場所、枯れ木ばかりの場所などがある。

 

山脈の向こう側には、更に北へ北へと山脈が幾重に重なりながら広がっている。

 

第一の山脈で最も標高が高いのは、かの【神山】だ。今回、来達が訪れた場所は、神山から東に千六百キロメートルほど離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。ウルの町が潤うはずで、実に実りの多い山である。

 

来達は、その麓に〝弩空〟を停めると、しばらくの間、見事な色彩を見せる自然の織り成す芸術を堪能した。女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。先程まで、生徒の膝枕で爆睡するという失態を犯し、真っ赤になって謝罪していた愛子も、鮮やかな景色を前に、その失態を頭の奥へ無理矢理追いやることに成功したようである。

 

「さてと、鑑賞はこのくらいにして…ミレディ、偵察を頼んだ」

「了解」

 

来は〝弩空〟を〝八咫〟に収納し、とある機器を複数取り出した。

 

それは、人工衛星「みちびき」を三十センチまで小型化したような形をした機器七機だった。

 

来は〝八咫〟をミレディに渡し、ミレディが探査モードを起動すると、小さな「みちびき」達は地面から浮いた。愛子達が「あっ」と声を上げた。

 

七機の「みちびき」は、レーダーを山の方に向けてそのまま飛んでいった。

 

「あの、あれは……」

「無人探査機です」

 

ホバースキッフと同じ位、異世界には似つかわしくないものだった。

 

無人探査機「ななつぼし」は、ライセンの大迷宮で遠隔操作されていたゴーレム騎士達を参考に、貰った材料から製作したものだ。生成魔法により、重力魔法を鉱物に付与して、重力を中和して浮く鉱物:重力石を生成した。それに、ゴーレム騎士を操る元になっていた感応石を組み込み、更に、遠透石を頭部に組み込んだのだ。遠透石とは、ゴーレム騎士達の目の部分に使われていた鉱物で、感応石と同じように、同質の魔力を注ぐと遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色をもう片方の鉱物に映すことができるというものだ。ミレディは、これで来達の細かい位置を把握していた。来は遠透石を〝八咫〟に組み込み、「ななつぼし」の映す映像を〝八咫〟の画面に表示できるようにしたのだ。

 

人の脳の処理能力には限界があるのだが、ミレディは七機の「ななつぼし」を自らも十全に動きつつ、精密操作することができる。五十騎のゴーレムを同時操作していたミレディだからこそできる芸当だ。

 

今回は、捜索範囲が広いので上空から確認出来る範囲だけでも「ななつぼし」で確認しておくのは有用だろうと取り出したのである。既に彼方へと飛び去った「ななつぼし」を遠くに見つめながら、愛子達は、これ以上来達のすることに驚くのは止めようと決めた。

 

来達は、冒険者達も通ったであろう山道を進む。魔物の目撃情報があったのは、山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺り。ならば、ウィル達冒険者パーティーも、その辺りを調査したはず。そう推測して、来達は「ななつぼし」をその辺りに先行させながら、かなりのハイペースで山道を進んだ。

 

一時間もかからずに六合目に到着した来達は、一度そこで立ち止まった。そろそろ痕跡がないか調べる必要もあったが、来達と愛子達の体力の差が予想よりも激しかったため、休むことにもした。もちろん、本来、愛子達のステータスは、この世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山ごときでここまで疲弊することはない。ただ、来達の移動速度が速すぎたのだ。

 

来達三人の中で最も足の遅いミレディでさえ時速三十八キロと、短距離走者といい勝負だ。人間より身体能力が高い亜人族のシアは時速四十キロ、そして、最も足の速い来はなんと七十キロは出せる。来とシアはミレディのスピードに合わせたが、それでも愛子達からは速過ぎたようで…

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」

「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」

「……ひゅぅーひゅぅー」

「ゲホゲホ、辻風達は化け物か……」

 

体力を消耗しきって疲労困憊だった。来達は休憩がてら近くの川に行くことにした。位置情報は既に把握済みだ。

 

「この先に川があります。そこで休憩しましょう」

 

愛子達と共に、来達は川へと向かった。

 

シアとミレディ、愛子達を連れて山道を逸れ、山の中を進む。さくさくと落ち葉が立てる音を何げに楽しみつつ木々の間を歩いていると、やがて川の潺が聞こえてきた。心に染み渡るような綺麗な音だ。シアの兎耳が嬉しそうに跳ねている。

 

そうして辿り着いた川は、小川にしては規模の大きなものだった。索敵能力に長けたシアと来が周囲を探り、ミレディも「ななつぼし」で周囲を探るも魔物の反応はなし。取り敢えず息を抜き、来達は川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。途中、来が「少し川遊びをしようか」と、三人で川遊びをした。川遊びと言っても、川に足をつけて水飛沫を上げて楽しむといったくらいだった。

 

川沿いに上流へと移動していった可能性も踏まえ、「ななつぼし」の操作を交替した来が上流沿いに「ななつぼし」を飛ばす。ミレディはパシャパシャと素足で川の水を弄んでいる。シアも素足となっているが、水につけているだけだ。川の流れに攫われる感触に擽ったそうにしている。

 

男子三人が、素足のシアとミレディを見て歓声を上げると「ここは天国か」と目を輝かせ、女性陣の冷たい眼差しが彼らに向く。淳史達の視線を気にも留めず、シアとミレディはしばらく川遊びを続けた。

 

愛子達が川岸で腰を下ろし水分補給に勤しむ。男子勢のシア達を見る目が気になったので、「あまりジロジロと見るなよ」とだけ言うと男子勢は視線を逸らした。そんな様子を見ていた愛子達は来に生温かい眼差しを向けた。

 

「ふふ、辻風君は、ホントに滝沢さんと同じ位、ミレディさんとシアさんを大事にしているんですね」

 

愛子が微笑ましそうにそのような事を言う。来は左手で顔を隠したが、頬が染まっているのは見えていた。ミレディは来の左側に腰を落とした。

 

そしてそのまま満足げに来に寄りかかり、全体重を彼に預ける。これが彼女の信頼の証だった。それを見て、シアが寂しくなったので、来は右側を軽く二回叩いた。シアは嬉しそうな表情で右側に座り込んだ。突如、発生した桃色の空間に愛子は頬を赤らめ、優花達女生徒はキャーキャーと歓声を上げ、淳史達男子はギリギリと歯を噛み締めた。

 

来はというと、二人に気はないが、振りほどくことはなかった。二人を優しい目で見ていたが、直ぐに険しい表情を作った。

 

「……これは」

「何か見つけた? らーちゃん」

 

来が遠くを見つめて呟くのを聞き、ミレディが確認をする。その様子に、愛子達も何事かと目を瞬かせた。

 

「上流に盾……まだ新しい鞄もある。読みは当たったな。ミレディ、シア、行こう」

「了解」

「はいです!」

 

来達が阿吽の呼吸で立ち上がり、出発の準備を始めた。愛子達は本音で言えばまだまだ休んでいたかったが、無理を言って付いて来た上、何か手がかりを見つけた様子となれば動かないわけには行かなかった。疲労はまだ抜け切っていないが、何とか重い腰を持ち上げて、再び俊足で上流へと登っていく来達を必死で追った。

 

来達が到着した場所には、小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。ラウンドシールドは、ひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態だった。

 

来達が注意深く周囲を見渡すと、近くの樹皮が剥がされているのを発見した。高さは大体二メートル位の位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、そんな風に見える。高さからして人間の仕業とは思えない。来は、シアに全力の探知を指示しながら、自らもエコーロケーションを用いて傷の付いた木の向こう側へと踏み込んでいった。

 

先へ進むと、次々と争いの形跡が発見できた。半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った痕もあった。それらを発見する度に、特に愛子達の表情が強ばっていく。しばらく、争いの形跡を追っていくと、シアが前方に何か光るものを発見した。

 

「来さん、これ、ペンダントでしょうか?」

「そうだね、遺留品かもしれない。確かめよう」

 

シアからペンダントを受け取り汚れを落とすと、どうやら唯のペンダントではなくロケットのようだと気がつく。留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。おそらく、誰かの恋人か妻と言ったところか。大した手がかりにはならなかったが、古びた様子はないので最近のもの……冒険者一行の誰かのものかもしれない。なので、一応回収しておく。

 

その後も、遺品と呼ぶべきものが散見され、身元特定に繋がりそうなものだけは回収していく。どれくらい探索したのか、既に日はだいぶ傾き、そろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。

 

生体反応は未だ野生生物以外確認できなかった。ウィル達を襲ったと思われる魔物はおろか、他の魔物すら確認できなかった。位置的には八合目と九合目の間と言ったところ。山は越えていないとは言え、普通なら、弱い魔物の一匹や二匹出てもおかしくないはず。来は異常を感じ取っていた。

 

しばらくすると、再び「ななつぼし」が異常のあった場所を探し当てた。東に三百メートル程いったところに大規模な破壊の後があったのだ。来は全員を促してその場へと急行した。

 

そこは大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。まるで、横合いからレーザーか何かに抉り飛ばされたようだ。

 

そのような印象を持ったのは、抉れた部分が直線的であったとのと、周囲の木々や地面が焦げていたからである。更に、何か大きな衝撃を受けたように、何本もの木が半ばからへし折られて、何十メートルも遠くに横倒しになっていた。川辺のぬかるんだ場所には、三十センチ以上ある大きな足跡も残されている。

 

「どうやらここで本格的な戦闘が行われていたようだ。足跡から見るに二足歩行で大型の魔物だ。確か、山二つ向こうにはブルタールという鬼の姿をした魔物がいたな。だが、この抉れた地面は……」

 

ブルタールとは、RPGで言うところのオークやオーガの事だ。大した知能は持っていないが、群れで行動することと、〝金剛〟の劣化版〝剛壁〟の固有魔法を持っているため、中々の強敵と認識されている。普段は二つ目の山脈の向こう側におり、それより町側には来ないはずの魔物だ。それに、川に支流を作るような攻撃手段は持っていないはずである。

 

来は、しゃがみ込みブルタールのものと思しき足跡を見て少し考えた後、上流と下流のどちらに向かうか逡巡した。ここまで上流に向かってウィル達は追い立てられるように逃げてきたようだが、これだけの戦闘をした後に更に上流へと逃げたとは考えにくい。体力的にも、精神的にも町から遠ざかるという思考ができるか疑問である。

 

逡巡の結果、「ななつぼし」を上流に飛ばし、自分達は下流へ下ることにした。ブルタールの足跡が川縁にあるということは、川の中にウィル達が逃げ込んだ可能性が高いということだ。ならば、きっと体力的に厳しい状況にあった彼等は流された可能性が高いと考えたのだ。

 

彼の推測に他の者も賛同し、今度は下流へ向かって川辺を下っていった。

 

すると、今度は先程のものとは比べ物にならない程立派な滝が姿を現した。来達は、滝横の崖を軽快に下りていき、滝壺付近に着地する。滝の傍特有の清涼な風が一日中行っていた探索に疲れた心身を優しく癒してくれる。この付近で野営でもしようかと考えていると、〝気配感知〟に微かな反応があった。

 

「! これは……」

「……らーちゃん?」

 

ミレディがすぐさま反応し問いかける。来は暫く目を閉じて感覚を研ぎ澄ませた。そして目をゆっくりと開く。

 

「滝壺の奥に、誰かが一人倒れてる」

「生きてる人がいるってことですか!」

「ああ。確かに生きている」

 

生存の可能性はゼロではないが故に、諦めてはいなかった。だが、ウィル達が消息を絶ってから五日は経っているのである。もし生きているのが彼等のうちの一人なら奇跡だった。

 

「ミレディ、頼む」

「オッケー」

 

ミレディが両腕を横に振り払うと、滝が縦に真っ二つに割れた。さながら紅海のモーセの伝説だった。

 

詠唱どころか一言も喋らず、更に陣もなしに魔法を行使したことに愛子達は、もう何度目かわからない驚愕に口をポカンと開けた。

 

しかしミレディの魔力は無限ではない。来は、愛子達を促して滝壺から奥へ続く洞窟らしき場所へ踏み込んだ。洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、きっと奥へと続いているのだろう。

 

その空間の一番奥に横倒しになっている男を発見した。傍に寄って確認すると、二十歳くらいの青年とわかった。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。だが、大きな怪我はないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけのようだ。顔色が悪いのは、彼がここに一人でいることと関係があるのだろう。

 

「大丈夫か! 今助けに来たぞ!」

「うぅ……」

 

少しずつ目を覚まし、ゆっくりと起き上がる。

 

「君達は…一体……?」

 

生存者は状況を把握できていないようだった。

 

「僕は辻風来。生存者を助けに来た。君がクデタ伯爵家三男、ウィル・クデタか?」

「あ、ああ。私がウィル・クデタだが……どうしてここに?」

「フューレンギルド支部長、イルワ・チャングからの依頼で来た」

「イルワさんが!? そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。それから、各人の自己紹介と、何が遭ったのかを彼から聞く。

 

ウィル達は五日前、来達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタールと遭遇した。流石に、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁だと、ウィル達は撤退に移ったのだが、襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川にいた。そこで、ブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために、盾役と軽戦士の二人が犠牲になった。それから、追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。

 

その絶望とは…漆黒の竜だった。その黒竜は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。

 

ウィルは、流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたようだ。

 

ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認することもせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分、救助が来たことで仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 

洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか見当がつかなかった。生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しくさする。ミレディはライセン大迷宮にいた頃の自分と重ね、シアは困った表情をした。

 

ウィルが言葉に詰まった瞬間、彼の頭にふんわりと手が乗せられた。来だ。来は温かみの籠った透き通った声で語りかける。

 

「君の仲間はきっと、君に生きて欲しかったんだろう。そうでなきゃ君は今ここにいない。僕らが来るまで、よく堪えた。仲間のことは残念だったが、君だけでも生き残れたのなら、イルワさんも喜んでくれる」

「だ、だが……私は……」

「君が死んだら、仲間達の死が無駄になってしまう。仲間達が自分達の命を投げ捨ててまで繋いでくれた命だ。君が生き残ったことには、きっと何か意味がある。だから、仲間の分まで生き続けろ。たとえ七度転ぼうと、八度倒れようと、九度立ち上がれ」

 

涙を流しながらも、来の励ましを黙って聞くウィル。来は膵花と共に七百年以上に亘って、経験を積み上げて来た。

 

「らーちゃんの言う通り、人には必ず生きる意味がある。その意味を知るまで、生き続けて。知ってからでも、生きることを諦めないで」

「……ははっ、ああ当然だ。何が何でも生き残ってやるさ……一人にはしないよ」

 

一行は早速下山することにした。日の入りまで、まだ一時間以上は残っているので、急げば、日が暮れるまでに麓に着けるだろう。

 

ブルタールの群れや黒竜の存在についても気になるが、今は下山が最優先だ。戦闘能力の低い保護対象を抱えたまま調査に赴くのは無謀だ。ウィルも、足手まといになると理解しているようで、撤退を了承した。他の生徒達は、町の人達も困っているから調べるべきではと微妙な正義感からの主張をしたが、黒竜やらブルタールの群れという危険性の高さから愛子が頑として調査を認めなかったため、結局、下山することになった。

 

ミレディの重力魔法で、滝壺から出て来た一行。急いで下山するべく来た道を引き返そうとした瞬間、何かが落下してきた衝撃音と共に、地面が激しく揺れた……




無限列車編、また観にいきたいなぁ……

そして千と千尋も観たいなぁ……


無限列車編に影響を受けながら執筆しました。


次回 第三十九閃 激突! 漆黒の竜と(くろがね)の剣士


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第三十九陣 激突!! 漆黒の竜と(くろがね)の剣士

怪現象報告

1. オルクス大迷宮六十五階層より、ベヒモスの変異

2. ブルックの町より、未知の魔物の出現

3. 場所不明、地球の鰹に酷似した、凶暴な魚類の出現


一行からそう離れていない場所にもうもうと土煙が立ち上っている。煙の奥に巨大な影が見えた。

 

ドクン、と全員の心臓が嫌な音を立てる。嫌な予感がした。

 

来が体ごと影に向き合い、鯉口を切った。

 

煙が晴れていく。巨大な影がゆっくりと頭を上げた。

 

――ドクン。

 

漆黒の鱗が身を包む竜だ。

 

「グゥルルルル」

 

――ドクン。

 

竜の両目は来と同じ黄金の瞳だ。まるで夜闇に浮かぶ望月のよう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。

 

(漆黒の……竜? どうして今ここに……)

 

体長は七メートル、翼開長は十メートル。長い前足には五本の鋭い爪が生え、魔力を纏っているのか、背中から生えた翼は薄らと輝いて見える。

 

空中で翼をはためかせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。

 

その黄金の瞳が、来達を睥睨していた。低い唸り声を喉から零しながら。

 

(七岐と同じ位…いや、それ以上かもしれない)

 

蛇に睨まれた蛙のごとく、愛子達は硬直してしまっている。特に、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。彼の脳裏には、襲われた時の事が鮮明に蘇っている。

 

その黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。そして、硬直する人間達を前に、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。

 

キュゥワァアアア!!

 

(不味い、あれをまともに浴びたら灰すら残らないぞ……!)

 

不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響き渡る。

 

「退避!!」

 

来は警告を発し、自らも後ろへ大きく飛び退く。ミレディとシアは反応できたが、それ以外は反応できなかった。

 

愛子や生徒達、そしてウィルもその場に硬直したまま動けていない。愛子達は、あまりに突然の事態に体がついてこず、ウィルは恐怖に縛られて視線すら逸らせていなかった。

 

来は〝思念通話〟でシアとミレディに指示を出し、自分は愛子達と黒竜の間に割り込む。

 

黒竜の前に立ち、高く飛び上がると、黒竜の顎を思いっ切り蹴り上げた。直後、竜の口から漆黒の熱線が放たれた。激しい轟音と共に熱線が天を貫いた。

 

愛子達は最早何度目かも分からない驚きを見せた。七メートルの竜の頭を一発で蹴り上げたのだ。

 

目を大きく見開いて黒竜と来の戦いを見ていた愛子達の近くにミレディとシアが立つ。

 

黒竜は顎を蹴り飛ばされたにもかかわらず、途中で熱線の発射を止め、すぐに立て直した。そして空中にいる来目掛けて爪攻撃を繰り出すも、〝舞鱗〟と〝眼鱗〟で弾き返された。

 

「〝地鎖引縛〟!」

 

刹那、黒竜の足元に無数の鎖が現れる。直後、地面に引き込むように黒竜に巻き付き、地面に引っ張る。

 

「グゥルァアアア!?」

 

豪音と共に地べたに這い蹲らされた黒竜は、衝撃に悲鳴を上げる。しかし、黒竜を縛る鎖は、それだけでは足りないとでも言うように、なお消えることなく、黒竜を凄絶な力で引っ張り、地面に陥没させていく。

 

〝地鎖引縛〟

 

それはミレディが編み出した重力魔法の応用技だ。地面から実体のない無数の鎖を召喚し、消費魔力に比例した力を以て対象を地面に縛り付ける。

 

重力魔法は、自らにかける場合はさほど消費の激しいものではない。しかし、物、空間、他人にかける場合や重力球自体を攻撃手段とする場合はそれなりの準備時間と多大な魔力が必要になる。しかし、ミレディは重力魔法の使い手である〝解放者〟であるため、消費魔力と発動時間を気にすることはほとんどない。

 

地面に磔にされた空の王者は、苦しげに四肢を踏ん張り何とか襲いかかる引力から逃れようとしている。が、直後、天から兎耳を靡かせて「止めですぅ~!」と雄叫び上げるシアが巨大な鶴嘴〝鳴已(なゐ)〟と共に降ってきた。引力鎖を利用し更に加速しながら鳴已を振りかぶり、黒竜の頭部を狙って大上段に振り下ろす。

 

ドォガァアアア!!!

 

轟音と共に地面が放射状に弾け飛び、まるで爆撃でも受けたかのようにクレーターが出来上がる。それは、鳴已が鎖に引かれていたせいだ。更に、主材であるアザンチウムは叩いて鍛え上げている上に、重力魔法を付与してある。ただし、効果は〝加重〟。「ななつぼし」の〝中和〟とは真逆である。〝質量〟は変わらないが、注いだ魔力の分だけ、〝重さ〟が増えていく。

 

その超重量の一撃をまともに喰らえば深刻なダメージを受けてしまう。ただし、()()()()()()()()()()()の話だが…

 

「グルァアア!!」

 

黒竜の咆哮と共に、鳴已の一撃により舞い上がった粉塵の中から火炎弾が豪速でミレディに迫った。ミレディは咄嗟に右へ〝引かれる〟ことで緊急離脱する。だが、その拍子に黒竜を引っ張っていた鎖が千切れて消失した。

 

火炎弾の余波で晴れた粉塵の先には、地面にめり込む鳴已を紙一重のところで躱している黒竜の姿があった。直撃の瞬間、竜特有の膂力で何とか回避したらしい。黒竜は、拘束のなくなった体を鬱憤を晴らすように高速で一回転させ鳴已を引き抜いたばかりのシアに大質量の尾を叩きつけた。

 

「あっぐぅ!!」

 

間一髪のところでシアは鳴已を盾にしつつ自ら跳ぶことで衝撃を殺すことに成功するが、同時に大きく吹き飛ばされてしまい、木々の向こう側へと消えていってしまった。

 

黒竜は、一回転の勢いのまま体勢を戻すと、黄金の瞳でギラリと来……ではなく、背後にいるウィルを睨みつけた。来はすぐさま舞鱗と眼鱗で斬りつける。アザンチウムですら容易く切断してしまう、鉄梶木の吻を芯に、鋼で包み込まれて作られた刃が黒竜の鱗を切り裂いた。

 

しかし、黒竜は何と、来を無視してウィルに向けて火炎弾を撃ち放った。自身の鱗を裂かれるほどの攻撃を受けたにもかかわらず。

 

「なッ!!」

 

ウィルから狙いを外し、自分へと狙いを向けるために、敢えて接近し怒涛の攻撃をして注意を引こうとしたのだが、黒竜はそんな思惑など知った事ではないといわんばかりにウィルを狙い撃ちにする。

 

「ミレディ!!」

「了解だよ、らーちゃん!」

 

「ひっ!」と情けない悲鳴を上げながら身を竦めるウィルの前に、ミレディが地下深くから押し上げた岩盤の壁が現れる。飛来した岩盤の壁に阻まれて霧散した。と、その時、生徒達が怒涛の展開にようやく我を取り戻したのか魔法の詠唱を始めた。加勢しようというのだろう。早々に発動した炎弾や風刃は弧を描いて黒竜に殺到する。

 

しかし……

 

「ゴォアアア!!」

 

竜の咆哮による衝撃だけであっさり吹き散らされてしまった。しかも、その咆哮の凄まじさと黄金の瞳に睨まれて、ウィル同様に「ひっ」と悲鳴を漏らして後退りし、女子生徒達に至っては尻餅までついている。

 

愛子達では全く歯が立たないので、来は愛子にこの場から直ぐ離れるよう声を張り上げた。逡巡する愛子。来とて愛子の教え子である以上、強力な魔物を前に置いていっていいものかと、教師であろうとするが故の迷いを生じさせる。

 

その間に、黒竜は翼をはためかせ、ウィルに向けて火炎弾を連射しながら上空に上がろうとした。

 

来も斬空波で注意を逸らそうとしているのだが、逸れる気配はない。黒竜の竜鱗は、かつての巨大ゴーレムを彷彿とさせる硬度を誇り、来の攻撃を受けても傷一つ付いていない。いや、既に何か所かは完全に破壊することに成功しているのだが、即座に再生してしまう。

 

黒竜は執拗にウィルだけを狙っている。まるで、何かに操られてでもいるように。命令に忠実に従うドロイドのようだ。先程の重力による拘束のようにウィルの殺害を直接、邪魔するようなものでない限り他の一切は眼中にないのだろう。

 

来は、黒竜の狙いがウィルであることがわかると、即座にミレディに指示を飛ばす。

 

「ミレディ! 奴の狙いはウィルだ!! 彼の守りに専念しろ!! 黒竜は僕が相手取るから!!」

「お任せくださいな!」

 

ミレディはウィルの方に高速で移動し、その前に立ちはだかった。

 

「君達、私が来たからにはもう安心だよ! 私の後ろから動かないでね!」

 

ミレディは後ろを振り返り、愛子と生徒達、そしてウィルに元気に声を掛ける。それに生徒達は傍に寄って来た。地下深くの岩盤を押し上げて壁を築いていくミレディの傍が最も安全だと悟ったのだろう。

 

彼らとて、本来ならばもう少し戦えるだけの実力は持っている。しかし、幾ら来の生存が分かっても、〝迷宮の惨劇〟で、ベヒモスやトラウムソルジャーに殺されかけ、重傷を負った来が奈落へと姿を消してしまったことにより〝死〟という者を強く実感した彼らの心には未だトラウマが蔓延っていた。愛子について来たのも、勇者組のように迷宮の最前線に行くようなことは出来ないが、じっともしていられないという中途半端さの現れでもあったのだ。なので、黒竜に自分達の魔法が効かず、殺意がたっぷり含まれた咆哮を浴びせられ、すっかり心が萎縮してしまっていた。とても、戦える心理状態ではなかった。

 

ウィルの安全が確保されたことを確認した来は、攻撃に集中する。黒竜は空へと舞い上がり、ミレディが構築した防御壁の向こうにいるウィルを狙い、口元に魔力を集束し始めた。

 

来は再び、黒竜の顎門を蹴り上げようと高く飛び上がり、左脚を振り上げた。

 

しかし、相手は黒竜。同じ手が二度も通用するはずもなく、黒竜は途中で集束を中断し、蹴りを避ける。

 

続いて尾で薙ぎ払おうとするも、刀で斬り落とされる。しかし瞬きをする間に再生する。

 

来は地面に一度降り立ち、そして雷を纏って再び飛び上がった。

 

「紫電一閃!!」

 

神速の居合斬りが、竜の翼を片方斬り落とした。翼を片方失った黒竜は重力に引かれ、地に落ちる。

 

そして追い打ちを掛けるように黒竜の真上に落ちていく。

 

「青龍ノ舞」

 

両手の刀が、碧い焔に包まれる。

 

「龍門点額!!」

 

二振りの刃に纏わりつく碧い焔が、一体の龍を形作る。

 

碧い焔で真っ赤にそまった二筋の刃が、黒竜の胸を覆う、漆黒の鎧を貫いた。

 

「グルァアアア!!」

 

黒竜は苦悶の声を上げ、口から盛大に吐血する。黒竜の胸を穿った二振りの刀を抜き、腹部を滅多切りにする。二つの刺し傷は、まるで炎で焼かれたように酷く爛れていた。

 

「クゥワァアア!!」

 

更なる追撃で鱗を肉ごと裂かれ、更に焼け爛れた刺し傷が体を痛めつける。黒竜は痛みに暴れて両手の爪で反撃を開始する。それを寸でのところで躱し、来は後ろへ大きく跳躍する。黒竜は仰向けの状態から俯せの状態になる。刺し傷の痛みに耐えるように頭を垂れて蹲る黒竜の口元から炎が零れだす。唸り声も弱ってきている。

 

黒竜は、来を脅威と認識したのか、ウィルから目を離し来に向けて顎門を開いて火炎弾を連射した。さながら流星群のよう。

 

来はそれを刀で弾き返す。弾き飛ばされた火炎弾は黒竜に全て命中した。特に顔に集中して命中していた。

 

「すげぇ……」

 

来の戦闘を、ミレディの後ろという安全圏から眺めていた淳史が思わず呟く。言葉は無くとも、他の生徒達や愛子も同意見のようで、無言で頷き、その圧倒的な戦闘から目を逸らせずにいた。ウィルに至っては、先程まで黒竜の偉容に震え上がっていたとは思えない程、目を輝かせて食い入るように来を見つめている。

 

だが、〝窮鼠猫を噛む〟という諺のように、獣は手負いの時こそ、最も注意を払わなければならない。黒竜も黙って攻撃を受け続けるはずがなかった。腹部の切り傷や刺し傷を再生してみせたのだ。だが、爛れた部分はそのままだった。

 

更に、斬り落とされた翼も生やした。恐るべき回復能力だ。

 

が、黒竜は突然活動を停止する。翼に纏わりついていた淡い光も消えた。黒竜は気を失ったように項垂れる。

 

――ドクン。

 

全員の心臓が、再び嫌な音を打つ。

 

――ドクン。

 

黒竜の体から黒い煙が噴き出る。そして胸の爛れた痕が紅く光を放つ。

 

他に目だった外見の変化はないが、放たれる魔力の量が桁違いに上がっている。

 

「グォォォォォエェン!!!」

 

そして、今までで最も大きな咆哮を放った。咆哮と共に全方位に向けて凄絶な爆風が発生する。純粋な魔力のみが引き起こした爆発だ。

 

それに続き、口から火炎弾を猛連射する。火力も大きく上昇したようで、着弾すると小規模な爆発が起こった。

 

来はまた刀で弾き返そうとしたが、火炎弾が刀身に触れた瞬間、爆発した。ミレディが岩盤の壁を築くも、十発で粉々に砕かれた。

 

(まずい……攻撃がかなり強化されてる……)

 

ミレディの表情にも焦りが見えてきた。

 

「シア!」

「はっ、はいですぅ!!」

 

森から戻って来たシアは来の呼びかけに応え、大きく上空へと跳躍する。黒竜も同時に上空へと飛翔する。そして、自由落下による運動エネルギーを上乗せし、鳴已を振り下ろす。

 

今の黒竜ならば、シアの攻撃などいとも容易く躱すことができた。だが、黒竜は敢えて避けなかった。シアの、大上段に振りかぶった超重量の鳴已が、さらに魔力を注がれて〝重さ〟を劇的に増加させる。そして、その一撃は狙い違わず、黒竜の脳天に轟音を立てながら直撃した。

 

威力のあまり、鳴已と黒竜の接触点を中心に衝撃波が発生した。

 

黒竜の頭は、その威力を前に下へと下がった。が、それと同時に今度はシアの脳天に、尾が振り下ろされた。

 

「がはっ…!」

 

シアの体は地面に思いっ切り叩きつけられた。

 

空中で一回転した黒竜の前に、二筋の刃が迫る。砕かれた岩盤の壁を足場に、ここまで跳躍してきたのだ。

 

黒竜は大きく顎門を開き、魔力を集束させる。そして前の半分ほどの早さでフルチャージし、熱線を放った。その色は、血で染まったかのように赤黒いものだった。

 

半分のチャージ速度で撃ち出された、倍以上の威力を持った熱線は迫り来る来を撃ち抜いた。そして命中と同時に、大爆発が起こり、何も残すことなく焼き切れたのだった……




はい、冒頭のシーンは、無限列車編における上弦の参・猗窩座の登場シーンをオマージュしました。不評なら即書き変えます。

他の二次作品では、黒竜戦でオリ主(+ハジメ)が圧倒していたので、この作品では少しオリ主達には苦戦してもらいました。

投票の結果、IF編を書くのは外伝作品をある程度進めてから、ということに決定しました。自分勝手なアンケートに投票して下さりありがとうございました。


次回 第四十閃 重力魔法を手に入れるまで


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第四十陣 重力魔法を手に入れるまで

この話は、ハジメと香織、ユエがライセン大迷宮を攻略する前にまで遡る。

 

 

 

 

「……ついに見つけたぞ。ライセン大迷宮」

「うん、ここでも神代魔法を手に入れられるのかな?」

「オルクスで一つ貰ったし、ここでも貰えるはず」

 

ライセン大峡谷に入って僅か二日で入口を見つけてしまった。看板にミレディ・ライセンの大迷宮と彫られていたので、ハジメ達はここがライセン大迷宮だと確信した。

 

「何でこんなにチャラいんだよ……」

 

三人共大迷宮の過酷さを理解しているので、誰かのいたずらではないかと思っていた。

 

「でも、他に入口らしい場所は見当たらないよ? 奥も行き止まりみたいだし」

 

ここで立っているだけでは、何も起こらないので、ハジメは注意深く壁を探った。壁のある個所に触れた瞬間、壁が突然回転し、壁の裏へハジメが姿を消した。

 

「ハジメ!!」

「ハジメくん!!」

 

壁の裏では二十本の矢が飛んできた。ハジメはそれを〝夜目〟で捉え、ドンナーで撃ち落とす。レオで全て弾く自信がなかったので拳銃で撃ち落とした。それでも十分凄いのだが。この後の挑戦者はなんと刀一本で捌いていた。

 

最後の矢が地面に落ちた瞬間、部屋がうっすらと明るくなった。

 

「香織、ユエ。俺が触っていた壁に触れ。矢が飛んできたが俺が撃ち落としておいた」

 

ハジメに言われた通り、回転扉に触れ、香織とユエもハジメと合流する。

 

「ハジメ、大丈夫だった?」

 

先にユエが声を掛けた。

 

「ああ、〝夜目〟とコレが無かったら危ないところだった」

 

ハジメはドンナーを右手に答える。

 

「うぅ……無事で……よがっだよぉ」

 

香織はハジメに抱きついて泣く。

 

「まだ俺は死ぬわけにはいかねえからな」

 

瞳には、決意の炎が揺らいでいた。親友を見つけ出すまでは、死ぬわけにはいかないと。

 

 

部屋の中央に置かれている石板には苛立たせる文が彫られていたので三人は放っておき、次の部屋を目指す。

 

道なりに通路を進み、滅茶苦茶な部屋に出た。

 

「こりゃまた、ある意味迷宮らしいと言えばらしい場所だな」

「……ん、迷いそう」

 

ハジメは「さて、どう進んだものか」と思案する。

 

「……ハジメくん。考えても仕方ないよ」

「ん~、まぁ、そうだな。取り敢えずマーキングとマッピングしながら進むしかないか」

「ん……」

 

香織の言葉に頷くハジメ。迷宮探索でのマッピングは基本だ。しかし、この複雑な構造の迷宮でどこまで正確に作成できるか、ハジメは思わず面倒そうだと顔をしかめた。

 

なお、ハジメのいう〝マーキング〟とは、ハジメの〝追跡〟の固有魔法のことだ。この固有魔法は、自分の触れた場所に魔力で〝マーキング〟することで、その痕跡を追う事ができるというものだ。生物に〝マーキング〟した場合、その生物の移動した痕跡が水晶玉(神結晶玉)に映るのである。今回の場合は、壁などに〝マーキング〟することで通った場所の目印にする。〝マーキング〟は可視化することもできるのでユエやシアにもわかる。魔力を直接添付しているので、分解作用も及ばず効果があるようだ。

 

ハジメは早速、入口に一番近い場所にある右脇の通路に〝マーキング〟して進んでみることにした。

 

ハジメ達が進んでいる通路は当たりの通路だった。ハジメが某天空の城を思い浮かべながら進んでいると、突然ハジメの足が床のブロックの一つを踏み抜いた。そのブロックだけハジメの体重により沈んでいる。ハジメ達が思わず「えっ?」と一斉にその足元を見た。

 

その瞬間、

 

シャァアアア!!

 

そんな刃が滑るような音を響かせながら、左右の壁のブロックとブロックの隙間から高速回転・振動する円形でノコギリ状の巨大な刃が飛び出してきた。右の壁からは首の高さで、左の壁からは腰の高さで前方から薙ぐように迫ってくる。

 

「回避!」

 

ハジメは咄嗟にそう叫びつつ、自身も海老反りで二本の凶刃を躱す。ユエは元々背が小さいのでしゃがむだけで回避した。香織も何とか回避したようだ。後ろから「はわわ、はわわわわ」と動揺に揺れる声が聞こえてくる。苦悶の声ではないようなので、怪我はしていないのだろうと推測するハジメ。実際は髪の毛の先が数ミリ程切断されたのだが問題は無い。

 

二枚の殺意と悪意がたっぷりと乗った刃はハジメ達を通り過ぎると何事もなかったように再び壁の中に消えていった。第二陣を警戒して、しばらく注意深く辺りを見回すハジメ。しかし、どうやら今ので終わりらしい。ホッと息を吐き後ろを振り返ろうとして、ハジメは猛烈な悪寒を感じた。

 

本能の命ずるまま飛び出し、香織とユエを回収して勢いそのままに前方に身を投げ出す。直後、今の今までハジメ達がいた場所に、頭上からギロチンの如く無数の刃が射出され、まるでバターの如く床にスっと食い込んだ。やはり、先程の刃と同じく高速振動している。

 

冷や汗を流して足先数センチに落とされた刃を見つめるハジメ。香織とユエも硬直している。

 

「……完全な物理トラップか。魔水晶玉じゃあ、感知できないわけだ」

 

ハジメが、まんまとトラップに掛かった理由は、魔法のトラップに集中していたからだ。今までの迷宮(オルクスのみ)のトラップと言えばほとんどが魔法を利用したものだった。そして、魔法のトラップなら、オルクス大迷宮で作った魔水晶玉は尽く看破できる。それ故に、魔水晶玉に反応しなければ大丈夫という先入観を持ってしまっていたのだ。要は、己の力を過信したということである。しかし、ハジメ達の後にこの迷宮に挑戦したある者は、足音でトラップと床との微妙な隙間を感知していたので事前に回避することに成功している。

 

「し、死ぬかと思った……」

「ああ。この先はちょくちょく〝龍化〟を発動させないとダメみたいだ」

 

三人の中でトラップに掛かっても死なないのはユエのみだ。ハジメと香織は魔力と魔耐以外のステータスはユエに少し劣る上、〝自動再生〟が無いので死んでしまう危険性があった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ハジメ達は、トラップに注意しながら更に奥へと進む。そして、通路の先にある空間に出た。その部屋には三つの奥へと続く道がある。取り敢えず〝マーキング〟だけしておき、ハジメ達は階下へと続く階段がある一番左の通路を選んだ。

 

階段の中程まで進んだところで、トラップが作動した。階段が滑るスロープに早変わり。

 

「くっ、このっ!」

 

段差が引っ込んで転倒しかけたハジメは咄嗟に、靴の底に仕込んだ鉱石を錬成してスパイクにし、クライミングピッケルも取り出して滑り落ちないように堪える。香織とユエは、咄嗟にハジメに飛びついたので滑り落ちることはなかった。ハジメが、踏ん張ることを読んでいたのだろう。阿吽の呼吸だ。

 

が、三人分の体重にクライミングピッケルが長時間耐えられず、折れてしまった。

 

「不味い!!」

 

三人仲良くスロープを滑り落ちていく。ハジメは靴のスパイクやスペアのクライミングピッケルを突き立てるも既に速度が出すぎていて、中々上手くいかない。ならばと、直接階段の錬成を試みるが、迷宮の強力な分解作用により上手く行かない。

 

「!? ハジメくん! 道が!!」

 

前方を見た香織が焦燥に駆られた声を上げる。

 

ハジメはそれだけで悟った。この滑落の果てに、どこかに放り出されるのだろうと。

 

「っ! ユエ!」

「んっ!」

 

咄嗟にハジメはユエの名を呼ぶ。それだけでユエはハジメの意図を正確に読み取った。

 

「香織、しっかり掴まってろ!」

「うん!」

 

香織はハジメの右腕にしがみつく。

 

そしてスロープが終わりを迎え、ハジメ達は空中へと投げ出された。一瞬の無重力。その隙にユエは魔法を発動する。

 

「〝来翔〟!」

 

風系統の初級魔法だ。強烈な上昇気流を発生させ跳躍力を増加させる魔法である。熟練者は擬似的に飛翔の真似事もできる。しかし、この場は魔法の力が及ばない領域。ユエの魔法は、ほんの数秒の間、ハジメ達を浮かせる程度の効果しか発揮できなかった。

 

「十分だ」

 

ハジメの称賛まじりの声が響く。

 

「〝龍化〟!」

 

そう、ハジメにとっては、放り出された先でほんの少し〝龍化〟を発動させる余裕があれば十分だったのだ。ユエは、その期待に見事に応えたというわけである。

 

ハジメの体が光に包まれ、そこそこの大きさのドラゴンへと姿を変える。魔力を放出しているわけではないので分解作用は通じない。

 

ハジメは空を飛びながら、香織とユエを両腕で抱えている。ハジメ達は、〝龍化〟が切れないのを確認すると一息ついた。

 

そして、下を見た全員が青ざめた。

 

おびただしい数の蠍が蠢いていたのだ。体長はどれも十センチくらいだろう。かつての蠍擬きのような脅威は感じないのだが、生理的嫌悪感はこちらの方が圧倒的に上だ。〝龍化〟を発動させて空を飛ばなければ、蠍の海に飛び込んでいたかと思うと、全身に鳥肌が立つ思いである。

 

「「「……」」」

 

思わず黙り込む三人。下から目を逸らし、天井に視線を転じる。すると、何やら発光する文字があることに気がついた。既に察しはついているが、つい読んでしまうハジメ達。

 

リン鉱石の比重が高いため、薄暗い空間でも目立つその文字。ここに落ちた者は蠍に全身を這い回られながら、麻痺する体を必死に動かして、藁にもすがる思いで天に手を伸ばす。そして発見するのだ。天井の巫山戯た言葉を。

 

「「「……」」」

 

また違う意味で黙り込むハジメ達。「相手にするな、相手するな」と自分に言い聞かせ、何とか気を取り直すと周囲を観察する。

 

「……ハジメ、あそこ」

「ん?」

 

すると、ユエが何かに気がついたように下方のとある場所を指差した。そこにはぽっかりと横穴が空いている。

 

「横穴か……どうする? このまま落ちてきたところを登るか、あそこに行ってみるか」

「私は……ハジメくんの通りに従うから」

「そうか。まぁ、戻るより、進む方が気分がいいし、横穴を行こう」

「……ん」

「うん」

 

香織とユエを抱え、ハジメは〝龍化〟を解いて横穴に降り立つ。そして、三人はこの先にも仕掛けてあるであろうトラップに辟易しながらも前に進み続けるのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

とある通路の出入り口は、行き止まりに見えるが実は天井が落ちて来たのだ。ハジメ達は〝錬成〟が無ければ押し潰されていただろう。

 

「ぜはっーぜはっー、ちょ、ちょっと焦ったぜ」

「死ぬかと思った……」

「……ん、潰されるのは困る」

 

ハジメ達は、蠍部屋の横穴からしばらく迷宮を彷徨よった。そして、たどり着いた部屋で天井がまるごと落ちてくるという悪辣で定番なトラップが発動し潰されかけたのである。

 

逃げ場はなく、奥の通路までは距離がありすぎて間に合いそうにない。咄嗟に、ハジメと香織が膂力で天井を支え、その隙にハジメが天井を錬成し穴を開けたのだ。もっとも、強力な魔法分解作用のせいで錬成がやりにくい事この上なく、錬成速度は普段の四分の一、範囲は一メートル強で、数十倍の魔力をごっそりと持っていかれることになった。そうやって、なんとか小さな空間で三人密着しながらハジメの錬成で穴を掘りつつ、出口に向かったのである。

 

「くそ、〝高速魔力回復〟も役に立たねぇな。回復が全然進まねぇ」

「……取り敢えず回復薬…いっとく?」

「うん、一杯飲もうよ」

「お前等、何だかんだで余裕だな……」

 

ハジメが少し疲れた様子で壁にもたれて座ると、ユエが手でおチョコを使って飲むジェスチャーを、香織がポーチから魔力回復薬を取り出す。魔晶石から蓄えた分の魔力を補給してもいいのだが、意思一つで魔力を取り出せる便利な魔晶石は温存し、服用の必要がある回復薬の方が確かにこの場合は妥当だ。

 

ハジメは回復薬を受け取り、飲み干した。魔晶石から魔力を取り出すのに比べれば回復速度も回復量も微々たるものだが随分活力が戻ったような気がするハジメ。「うし!」と気合を入れ直し立ち上がった。

 

そしてミレディの煽り。

 

「「「……」」」

 

最早反応すらしなくなった。ミレディが見ていれば面白くなさそうな顔をするだろう。

 

その後もハジメ達は様々な罠を掻い潜り、遂に迷宮で最も大きな通路に出た。

 

そして勝手にトラップが作動する。カーブから大玉が勢いよく転がり込んできた。

 

香織とユエは踵を返し脱兎のごとく逃げ出そうとするが、ハジメが付いて来ないことに気づいた。

 

「……ん、ハジメ?」

「ハジメくん!? 早く逃げないと潰されちゃうよ!」

 

二人の呼びかけに、しかしハジメは答えず、それどころかその場で腰を深く落としてレオを構えた。

 

ハジメは、轟音を響かせながら迫ってくる大玉を真っ直ぐに見つめ、獰猛な笑みを口元に浮かべた。

 

「いつもいつも、やられっぱなしじゃあなぁ! 性に合わねぇんだよぉ!」

 

大玉とレオの刀身が激しく激突する。ハジメが激突と同時にトリガーを引き、爆発させた。大玉は爆発の衝撃に耐えられず、粉々に砕かれた。

 

ハジメはレオに異常が無いことを確認すると、香織とユエの方に振り向いた。

 

その顔は実に清々しいものだった。「やってやったぜ!」という気持ちが如実に表情に表れている。ハジメ自身も相当、感知できない上に作動させなくても作動するトラップとその後の煽り文にストレスが溜まっていたようだ。

 

今回使用したのは、かつてベヒモスの頸を飛ばし、ガハルド皇帝を戦闘不能にまで追い込んだ爆発攻撃だった。

 

満足気な表情で戻って来たハジメを香織とユエがはしゃいだ様子で迎えた。

 

「流石ハジメくん! カッコイイ!! 見ているこっちまでスッキリしたよ!」

「……ん、すっきり」

「ははは、そうだろう、そうだろう。これでゆっくりこの道……」

 

二人の称賛に気分よく答えるハジメ。しかし、その言葉は途中で遮られた。

 

笑顔のまま固まるハジメ。同じく笑顔で固まる香織と無表情ながら頬が引き攣っているユエ。ギギギと油を差し忘れた機械のようにぎこちなく背後を振り向いたハジメの目に映ったのは……

 

――――地面や壁を溶かしながら迫り来る、黒光りする金属製の大玉だった。

 

「嘘だろ……」

 

ハジメは思わず笑顔を引き攣らせながら呟く。そして、笑顔のまま再度ユエ達の方に顔を向けた。そして笑顔がスっと消えた。

 

「逃げるぞぉ! ちくしょう!」

 

いきなりスプリンターも真っ青な見事な踏切でスロープを駆け下りていった。

 

直後、香織とユエも一瞬顔を見合わせ、同時に踵を返しハジメを追って駆け下って行った。

 

三人の背後から、溶解液を撒き散らす金属球が轟音と共に速度を上げながら迫り来る。

 

「どうにかならないのぉ!?」

「ありゃ()()じゃなきゃ無理だ!! 兎に角逃げろぉ!!」

 

金属球から逃げる事数分、通路の終わりが見えた。しかし、その下は溶解液のプールが広がっていた。

 

「真下に降りるぞ!」

「うん!」

「んっ」

 

ハジメ達は、スライディングするように通路の先の部屋に飛び込み、出口の真下へと落下した。

 

「げっ!?」

「んっ!?」

「ひっ!?」

 

そして、三者三様の呻き声を上げた。

 

「〝龍化〟ッ!!」

 

すかさず〝龍化〟を発動させ、プールを通り過ぎる。直後、溶解液を撒き散らしながら金属球が飛び出していき、眼下のプールへと落下した。そのまま煙を吹き上げながら沈んでいく。

 

ハジメ達は溶解液の飛沫を避け、部屋の床に降り立つ。そして〝龍化〟を解除した。

 

ハジメは周囲を見渡しながら微妙に顔をしかめた。

 

「いかにもな扉だな。ミレディの住処に到着か? それなら万々歳なんだが……この周りの騎士甲冑に嫌な予感がするのは俺だけか?」

「……大丈夫、お約束は守られる」

「また来るんだね……」

 

そして恒例のお約束。トラップ発動である。

 

壁の窪みに収まっていた騎士達が一斉に起動した。起動した時点でハジメ達は完全に包囲されていた。

 

「ははっ、ホントにお約束だな。動く前に壊しておけばよかった。まぁ、今更だよな……香織、ユエ、やるぞ?」

 

ハジメは自身の愛銃二丁を取り出す。本当は機関銃がよかったのだが、他にトラップが仕掛けられていないことが証明できないため、むやみやたらに撃ってトラップが作動でもしたら目も当てられない。

 

香織もユエも、ハジメの言葉に気合に満ちた返事を返す。香織は元々攻撃手段は少ないのだが、彼女にはハジメが作った武器があった。ユエは攻撃手段が大きく制限され、一番火力不足である。それでも、足手纏いにはなるまいと意気込む。

 

ゴーレム騎士五十体とハジメ達との戦いが、今火蓋を切って落とされた。

 

ゴーレムが二体、急速に迫り来る。

 

「これでも喰らってな!!」

 

威力は半減しているが、二体のゴーレムの頭を吹き飛ばすには十分な威力だ。

 

香織も、威力が若干下がったとはいえ、拳銃二丁から放たれる魔力弾はゴーレムの頭を破壊できている。

 

ユエが行使しているのは水系の中級魔法〝破断〟である。空気中の水分を超圧縮して撃ち放つ水の刃だ。

 

ユエは両手に金属で出来た大型の水筒を持っていた。肩紐で更に二つ同じ水筒を下げている。これらは、ハジメの〝宝物庫〟から取り出してもらった物だ。ユエが、その水筒をかざして魔法名を呟く度に水の刃が水筒より飛び出し敵を切り裂いていく。

 

ユエは、魔法で空気中の水分を集めるよりも、最初からある水分を圧縮してやる方が魔力消費が少なくて済むと考えたのだ、また、照準は水筒の出口を向けることで付けており、飛び出た水の刃自体は魔力を含まないものなので分解作用により消されることもない。彼女の読みは大当たり。魔力消費を抑えることに成功したのだ。

 

互いに互いの背中を補いながら戦う二人。騎士達は彼女達のコンビネーションの前に為す術もなく駆逐される。

 

「やるじゃねぇか。あの二人」

 

一人そんなことを呟きながら、ドンナー・シュラークを縦横無尽に振い近接戦闘を繰り広げるハジメ。

 

騎士の振り下ろした大剣をシュラークの銃身で受け流し、右手のドンナーを兜に突き付けてゼロ距離射撃する。弾け飛ぶ騎士には目もくれず、受け流した後のシュラークで、そのまま振り向かずに背後の騎士を撃ち抜き、横凪に振るわれた大剣を一回転しながらしゃがみつつ躱し、腕を交差させて両サイドの騎士達を撃ち抜く。

 

〝纏雷〟を使わず放たれた弾丸が、騎士の盾に跳弾して隣の騎士の膝関節を撃ち抜きバランスを崩させ、その上を側宙しながら飛び越えつつ反転した視界の中で頭上の騎士と隣の騎士を同時に破壊する。着地を狙って振るわれた大剣を銃撃で逸らしつつバク転でかわし、再度空中で四方に発砲して同時に四体の騎士の頭部を撃ち砕く。着地と同時に、〝宝物庫〟から虚空に取り出した弾丸を、ガンスピンさせながら一瞬でリロードし、再び回転しながら発砲。周囲の騎士達が放射状に吹き飛ぶ。

 

そうやって、不用意に部屋そのものに傷を与えないようにしながら次々とゴーレム騎士達を屠っていった。

 

しかし、ここでハジメが違和感に気づく。ゴーレムの数が全く減らないのだ。

 

「……再生した?」

「みたいだな」

「でも、ゴーレムなら核があるはずだけど……」

「魔晶玉に反応はないぞ……ゴーレム自体からは魔力が感知できるみたいだが」

 

そしてハジメは思いつきで〝鉱物系鑑定〟を行い、ゴーレムと床が感応石で構成されていることを知った。

 

五十体のゴーレムは、ミレディが遠隔操作していた。

 

「香織、ユエ。こいつらを操っている奴がいる。マジでキリがないから、強行突破するぞ!」

「んっ」

「…了解」

 

ハジメの合図と共に、香織とユエが一気に踵を返し祭壇へ向かって突進する。ハジメがドンナー・シュラークを連射して進行方向の騎士達を蹴散らし隊列に隙間をあけつつ、後方から迫ってきているゴーレム騎士達に向かって手榴弾を二個投げ込んだ。背後で大爆発が起こり、衝撃波と爆風でゴーレム騎士達が次々と転倒していく。

 

香織が、ハジメの空けた前方の隙間に飛び込みトリガーを引く。アイビーとイベリスが火を噴き、周囲のゴーレム騎士達を撃ち抜いていく。香織に盾や大剣を投げつけようとするゴーレム騎士達にユエの〝破断〟が飛来し切り裂いていく。

 

ハジメは殿を務めながら後方から迫るゴーレム騎士達にレールガンを連射した。その隙に一気に包囲網を突破した香織が祭壇の前に陣取る。続いてユエが、祭壇を飛び越えて扉の前に到着した。

 

「ユエちゃん! 扉は!?」

「ん……やっぱり封印されてる」

「やっぱりなんだね」

 

封印は想定内。

 

「封印の解除はユエに任せる。錬成で突破するのは時間がかかりそうだ」

 

ハジメが香織の隣に並び立った。ハジメの言う通り、錬成で強引に扉を突破することは、理論上は可能だが、この領域では途轍もない魔力を消費して、多大な時間がかかる。それなら、正規の手順で封印を破る方が早いと判断して、戦闘では燃費の悪いユエに封印の解除役を任せる。

 

「ん……任せて」

 

二つ返事で了承し、ユエは正双四角錐の黄色い水晶を手に取る。扉の三つの窪みを見て、物理的な分解を始める。

 

分解しながら窪みを観察していると、毎度の如く煽り文を見つけた。扉を殴りつけたくなったが、我慢してパズルの解読を続行する。

 

背後から怒気が溢れているのを、ハジメと香織は感じ取った。それに少し恐怖を覚えたのか、目の前のゴーレムの掃討に専念する。

 

「雫ちゃんと膵花ちゃんの方、大丈夫かな……」

「心配するな。あの二人なら大丈夫だろ。最強の剣士の許嫁が付いてるんだからさ」

「そう…だよね。膵花ちゃんがそう簡単に死ぬわけないもんね」

 

香織は何か思い詰めている様子を見せる。

 

「ん? どうした?」

「その……膵花ちゃんは辻風君と肩を並べて戦えるのに、私はハジメくんやユエちゃんの足を引っ張ってばかりだなぁ…って」

「いや、お前もちゃんと戦えてるよ。現に今ここで肩を並べて戦ってるだろ?」

「ハジメくん……」

「絶対にお前を死なせたりなんかしない。ユエや雫、膵花さんも一緒だが、お前は特に大事な人だからな。彼奴だったら絶対そうするさ」

 

今は此処にいない親友のことを思い浮かべながら、香織を鼓舞するハジメ。

 

騎士達を退け続けて数分が過ぎた。二人の間に、ユエが姿を現す。

 

「……開いた」

「早かったな、流石ユエだ。香織、下がるぞ」

「うん!」

 

封印を解いた扉の奥は何もない空間が広がっていた。香織とユエは先に扉を潜り、潜り抜ける間際に、ハジメが手榴弾を数個放り投げて騎士達を転倒させた隙に扉を閉めた。

 

「これは、あれか? これみよがしに封印しておいて、実は何もありませんでしたっていうオチか?」

「……ありえる」

「否定できない……」

 

三人が肩を落としていると、また仕掛けが作動した。ハジメ達の体に横方向の引力がかかる。

 

「っ!? 何だ!? この部屋自体が移動してるのか!?」

「……そうみたッ!?」

「うわぁ!?」

 

ハジメが推測を口にすると同時に、引力が下向きに変わる。急激な変化に、ユエは舌を噛んでしまい、涙目になって口を押さえながら震えた。香織は転倒してしまったが、ハジメが受け止めた。

 

幾度も方向転換を繰り返し、凡そ四十秒で移動を停止した。ハジメは途中からスパイクを地面に突き立てて体を固定したので急停止による衝撃に耐えた。

 

「ふぅ~、ようやく止まったか……香織、ユエ、大丈夫か?」

「うん……大丈夫」

「……ん、平気」

 

スパイクを解除したハジメが立ち上がる。周囲を観察してみたが何も見当たらなかったので、三人は扉へと向かった。

 

「さて、何が出るかな?」

「……操ってたヤツ?」

「その可能性もあるな。ミレディは死んでいるはずだし……一体誰が、あのゴーレム騎士を動かしていたんだか」

「……何が出ても大丈夫。ハジメは私が守る……」

「わ、私だって!」

 

ハジメは「何でも来い」と不敵な笑みを浮かべて扉を開いた。

 

「……何か見覚えないか? この部屋」

「……物凄くある。特にあの石板」

「まさかとは思うけど、最初の部屋だったりはしないよね……?」

 

そのまさかである。三人はめでたく振り出しに逆戻りだ。

 

そして元の部屋の床に浮き出た文字を見て三人は壊れる。

 

「は、ははは」

「フフフフ」

「ふふ…ふふふ」

 

その後、迷宮に三人の絶叫が響き渡る。部屋の構造も変化していたので、更に怨嗟の声を上げた。

 

何とか精神を立て直した三人は、再び攻略に乗り出す。だが、その後も一週間、三人は迷宮を彷徨い続けた。

 

 

休息と攻略を繰り返し、遂に一度も遭遇しなかった部屋と出くわす。最初にスタート地点に戻して天元突破な怒りを覚えさせてくれたゴーレム騎士の部屋だ。ただし、今度は封印の扉は最初から開いており、向こう側は部屋ではなく大きな通路になっていた。

 

「ここか……また包囲されても面倒だ。扉は開いてるんだし一気に行くぞ!」

「うん!」

「んっ!」

 

部屋に一気に踏み込み、騎士達を蹴散らしながら進むも、ゴーレム騎士達も床や壁、天井を走りながら三人を追ってくる。

 

ハジメが騎士を破壊すると、残骸は壁や天井、床に衝突しながら前方へと転がっていく。

 

「回避だ!」

「んっ」

「わわっ」

 

猛烈な勢いで迫ってきたゴーレム騎士の頭部、胴体、大剣、盾を屈んだり跳躍したりして躱していく。ハジメ達を通り過ぎたゴーレム騎士の残骸は、そのまま勢いを減じることなく壁や天井、床に激突しながら前方へと転がっていった。

 

「おいおい、あれじゃまるで……」

「ん……〝落ちた〟みたい」

「重力がちゃんと仕事してないよ!?」

 

ハジメ達は、銃撃や〝破断〟で遠距離攻撃しつつ、接近してきたものはハジメが打ち払い、足を止めることなく先へ進んでいった。

しばらくすると、ハジメ達は先の方に何かの気配を感じた。

 

「むぅ……ハジメ」

「ああ、わかってる。まぁ再構築できるなら、そうなるわな」

「は、挟まれちゃったね……」

 

先へと落ちていったゴーレム騎士達が、落下先で再構築し、隊列を組んでハジメ達を待ち構えていた。盾を前面に押し出し腰をどっしりと据えて壁を作っている。一列だけでは力押しで粉砕されると学習した二列目のゴーレム騎士達は盾役の騎士達を後ろから支えていた。

 

「ちっ、面倒な」

 

ハジメは舌打ちをするとドンナー・シュラークを太もものホルスターにしまう。そして〝宝物庫〟から一つの兵器を取り出す。

 

手元に十二連式の回転弾倉が取り付けられた長方形型のロケット&ミサイルランチャー:オルカンである。ロケット弾は長さ三十センチ近くあり、その分破壊力は通常の手榴弾より高くなっている。弾頭には生成魔法で〝纏雷〟を付与した鉱石が設置されており、この石は常に静電気を帯びているので、着弾時弾頭が破壊されることで燃焼粉に着火する仕組みだ。

 

ハジメは、オルカンを脇に挟んで固定すると口元を歪めて笑みを作った。

 

「香織、ユエ! 耳塞げ! ぶっ放すぞ!」

「うん」

「ん」

 

ユエは耳の穴に指を突っ込み、香織は両手で耳を押さえた。

 

そしてオルカンのトリガーが引かれる。

 

無数のロケット弾が狙い通りにゴーレム騎士達を粉砕する。通路全体を激震させながら大量に圧縮された燃焼粉が凄絶な衝撃を撒き散らした。ゴーレム騎士達は、直撃を受けた場所を中心に両サイドの壁や天井に激しく叩きつけられ、原型をとどめないほどに破壊されているので、再構築にもしばらく時間がかかるだろう。

 

ハジメ達は一気にゴーレム騎士達の残骸を飛び越えて行く。

 

再び落ちて来たゴーレム騎士達に対処しながら、駆け抜けること五分。遂に、通路の終わりが見えた。通路の先は巨大な空間が広がっているようだ。道自体は途切れており、十メートルほど先に正方形の足場が見える。

 

「香織、ユエ! 飛ぶぞ!」

 

ハジメの掛け声に香織とユエは頷く。落下していくゴーレム騎士達を背に、迎撃と回避をしつつ通路端から勢いよく飛び出した。

 

「「〝龍化〟!!」」

 

ハジメと香織は龍化を発動させ、二枚の翼をはためかせて宙に浮かぶ。飛べないユエは香織の背中に乗っている。

 

「多分、原因はここのようだな」

「そうだね、全部浮いてるもん」

 

形も大きさもばらばらなブロックがばらばらに動いている。

 

最初の頃と比べ、ゴーレム騎士達の動きが細やかになっていた。

 

「ここに、ゴーレムを操っているヤツがいるってことかな?」

 

ハジメの推測に香織とユエも賛同するように表情を引き締めた。ゴーレム騎士達は何故か、ハジメ達の周囲を旋回するだけで襲っては来ない。取り敢えず、何処かに横道でもないかと周囲を見渡す。ここが終着点なのか、まだ続きがあるのか分からない。だが、間違いなく深奥に近い場所ではあるはずだ。ゴーレム騎士達の能力上昇と、この特異な空間がその推測に説得力を持たせる。

 

ハジメは〝遠見〟で、この巨大な球状空間を調べようと目を凝らした。と、次の瞬間、赤熱化した物体が物凄い速度で迫り、目の前のブロックを破壊した。龍化を解除したハジメ達は近くにあったブロックに飛び乗る。

 

「おいおい、マジかよ」

「すごく大きいゴーレム……」

「……親玉って……感じ」

 

三人の前に現れたのは、全長二十メートル弱のゴーレム騎士・ミレディ・ライセンである。

 

「やほ~、はじめまして~、皆大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

「「「……は?」」」

 

三人共呆然自失していた。厳つい見た目のゴーレムから、女の声がしたのだ。

 

そんな硬直する三人に、ミレディは不機嫌そうな声を出す。

 

「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ? 全く、これだから最近の若者は……もっと常識的になりたまえよ」

 

ハジメは取り敢えず、探りを入れることにした。

 

「そいつは、悪かったな。自我を持つゴーレム何て聞いたことないんでな……お前は一体何者だ? この迷宮を造った奴のことはオスカーの手記に書いてあったんだろうが、生憎持ち出されて結局分からなかった」

「あれぇ~、こんな状況なのに物凄く冷静だねぇ、こいつぅ。っていうかオスカーって言った? もしかして、オーちゃんの迷宮の攻略者?」

「ああ、オスカー・オルクスの迷宮なら攻略した。というか質問しているのはこちらだ。答える気がないなら、このまま戦闘に入るぞ? 別にどうしても知りたい事ってわけじゃない。俺達の目的は神代魔法と友人を探しに来ただけだからな」

「ふ~ん、友人を探しに来た、かぁ……何か訳ありみたいだねぇ。まぁいいや。で、もう一個は神代魔法だっけ? それってやっぱり、神殺しのためかな? あのクソ野郎共を滅殺してくれるのかな? オーちゃんの迷宮攻略者なら事情は理解してるよね?」

「質問しているのはこちらだと言ったはずだ。答えて欲しけりゃ、先にこちらの質問に答えろ。俺達にはあまり時間が無いんでな」

「こいつぅ~何か偉そうだなぁ~、まぁ、いいけどぉ~、えっと何だっけ……ああ、私の正体だったね。うぅ~ん」

「簡潔にな。オスカーみたいにダラダラした説明はいらないぞ」

「あはは、確かに、オーちゃんは話が長かったねぇ~、理屈屋だったしねぇ~」

 

天を仰ぐミレディ。

 

「うん、要望通りに簡潔に言うとね。私は、確かにミレディ・ライセンだよ。ゴーレムの不思議は全て神代魔法で解決! もっと詳しく知りたければ見事、私を倒してみよ! って感じかな」

「結局、説明になってねぇ……」

「ははは、そりゃ、攻略する前に情報なんて貰えるわけないじゃん? 迷宮の意味ないでしょ?」

 

ハジメに向かって指を振るミレディ。

 

「お前の神代魔法は、残留思念に関わるものなのか? だとしたら、ここには用がないんだがなぁ」

「ん~? その様子じゃ、何か目当ての神代魔法があるのかな? ちなみに、私の神代魔法は別物だよぉ~、魂の定着の方はラーくんに手伝ってもらっただけだしぃ~」

「じゃあ、お前の神代魔法は何なんだ? 返答次第では、このまま帰ることになるが……」

「ん~ん~、知りたい? そんなに知りたいのかなぁ?」

 

再びニヤついた声音で話しかけるミレディに、イラっとしつつ返答を待つハジメ。

 

「知りたいならぁ~、その前に今度はこっちの質問に答えなよ」

 

最後の言葉だけ、いきなり声音が変わった。今までの軽薄な雰囲気がなりを潜め真剣さを帯びる。その雰囲気の変化に少し驚くハジメ達。表情には出さずにハジメが問い返す。

 

「なんだ?」

「目的は何? 何のために神代魔法を求める?」

 

嘘偽りなど決して許さないという意思が込められた声音で、ふざけた雰囲気など一切合切なく問いかけるミレディ。

 

ユエも同じことを思ったのか、先程までとは違う眼差しでミレディ・ゴーレムを見ている。深い闇の底でたった一人という苦しみはユエもよく知っている。だからこそ、ミレディが意思を残したまま闇の底に留まったという決断に、共感以上の何かを感じたようだ。

 

ハジメは、ミレディの眼光を真っ直ぐに見返しながら嘘偽りない言葉を返した。

 

「俺の目的は、生きて親友と再会して、仲間と共に故郷に帰ることだ。お前等のいう狂った神とやらに無理やりこの世界に連れてこられたんでな。世界を超えて転移できる神代魔法を探している……お前等の代わりに神の討伐を目的としているわけじゃない。この世界のために命を賭けるつもりは毛頭ない。俺は、仲間と無事に生きて元の世界に帰れればそれでいい」

「……」

 

ミレディはしばらく、ジッとハジメを見つめた後、何かに納得したのか小さく頷いた。そして、ただ一言「そっか」とだけ呟いた。と、次の瞬間には、真剣な雰囲気が幻のように霧散し、軽薄な雰囲気が戻る。

 

「ん~、そっかそっか。なるほどねぇ~、別の世界からねぇ~。うんうん。それは大変だよねぇ~よし、ならば戦争だ! 見事、この私を打ち破って、神代魔法を手にするがいい!」

「脈絡なさすぎて意味不明なんだが……何が『ならば』何だよ。っていうか話し聞いてたか? お前の神代魔法が転移系でないなら意味ないんだけど? それとも転移系なのか?」

 

ミレディは、「んふふ~」と嫌らしい笑い声を上げると、「それはね……」と物凄く勿体付けた雰囲気で返答を先延ばす。

 

「教えてあ~げない!」

「なら死ね」

 

問答無用にハジメが再び龍化を発動させ、ミレディの四肢を丁寧に噛み千切る。

 

「ななっ!?」

「俺達の攻撃はな、こんなもんじゃねーんだよ。香織!」

「オッケーだよ、ハジメくん!」

 

香織も龍化を発動させる。そして二人でミレディを掴んでその場に固定する。

 

「後は頼んだぞ、ユエ」

「ん」

 

ユエはハジメからガトリング砲・メツェライを受け取り、ミレディに向かって放つ。しかし、肝心の内部までは弾が届かなかった。漆黒の装甲に全て弾かれたのだ。

 

「……アザンチウムか、くそったれ」

 

手っ取り早く終わらせたかったハジメは遂に最終手段に出た。

 

「ちょっと粗削りになるが、こうなったら最大威力のブレスで粉々にしてやるよ!」

 

そういうとハジメと香織は口元に魔力を集中させる。ここでは放出される魔力は分解されるので、これを外してしまえば彼らに勝機はない。もっとも、この至近距離で外すとは思えないが。

 

「あれ? 何か嫌な予感がするんだけど、気のせいかな?」

 

ミレディは脱出を試みるもハジメと香織に掴まれて動けない。ならば四肢を再生しようとブロックを引き寄せてみるも弾き飛ばされる。

 

「こうなったら騎士で邪魔でも……」

「させない」

 

ユエがハジメと香織を囲むゴーレム騎士達を〝破断〟で切断していく。

 

「さあミレディ・ライセン。お前の敗北を素直に受け入れろ」

 

一度こういう台詞を言ってみたかったと、ハジメは心中で零す。

 

直後、二つのブレスがミレディの核を体ごと消し飛ばす。最大出力のブレスであれば、アザンチウムですら貫くことができる。

 

核を失った巨大ゴーレムの目から光が消え、機能を停止する。

 

 

今回の迷宮での最後の戦いは、圧倒的な力で無理矢理押し切った。

 

龍化を解除したハジメと香織はユエと合流し、更に向こうの部屋に移動した。

 

そこでも三人は、更に怒りを覚える。ミレディは小さなゴーレムの状態で巨大ゴーレムを操っていたのだから。

 

その後、三人は重力魔法と攻略の証をミレディから受け取ったが、ハジメには適正が全く無かった。

 

そして〝眼鱗〟の存在に気づいたハジメは七星刀をかけて人間の姿に戻ったミレディと対決するが、あっさりと破れてしまった。

 

重力魔法と攻略の証を手にした三人はミレディにより無理矢理外へつまみ出されるが、ハジメの最後の置き土産に悲鳴を轟かせ、泣きべそをかくことになった。

 

 

 

 

「ハジメさんの言ってた通り、かなり大変だったわよ。ライセン大迷宮の攻略」

 

雫がライセン大迷宮での苦労を語る。

 

「膵花がいなかったら死んでたと思うわ……」

 

香織は苦笑いだ。

 

「流石の来もあれは滅茶苦茶怒るだろうな……」

「あら、膵花の方はそんなに怒って無かったようだったけど?」

 

膵花の方も攻略時に怒り狂うことはなかったようだ。何度も心頭滅却した結果である。

 

「それほどムカつく奴だったからな、ミレディ・ライセンは」

 

そのミレディはというと…

 

「……らーちゃん…」

 

一人の剣士に文字通り夢中なのであった……




どもども、高一の時に節分で巻き寿司を食べた後、胃腸炎に罹ったことがある最果丸です。

まさかライセン大迷宮の攻略者の話を二度も書くことになるとは夢にも思っていませんでした。しかも一度目よりも原作に寄っているという。

本当にキャラこれで合ってるのだろうか……


次回 第四十一閃 漆黒の竜と鉄の龍


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第四十一陣 漆黒の竜と(くろがね)の龍

解説

碧い炎の正体

別世界の人間特有の生体エネルギー、「(ほむら)」によるもの。体力値に比例する。魔力の代用として使用可能。絶大な威力を生み出すが、それと引き換えに使用後は異常な疲労感に襲われる。


来が爆散する光景を見て、愛子と生徒達は絶望しか見えていなかった。

 

「あのドラゴンには辻風ですら歯が立たないのかよ……」

 

昇がポツリと零す。

 

愛子の方は爆発四散する来を見て、静かに涙を流した。『今度こそ本当に生徒を一人喪ってしまった』と。

 

シアとミレディですら、絶望を隠しきれていなかった。いくら強いとはいえ、生身の人間。熱線を喰らえば跡形もなく焼き尽くされてしまう。

 

黒竜はウィルの方を向いた。これで邪魔者は居なくなった。黒竜はウィルに向かって再び熱線の発射準備に入る。

 

「ウィルさん! 早く逃げてくださいッ!!」

 

シアが叫ぶも、ウィルは動くことができなかった。

 

「もう、逃げても無駄だ……あの人まで死んでしまった。私の所為で……」

「らーちゃんがそんなことで君を恨むわけないじゃん!!」

 

如何やらウィルはここで死ぬつもりらしい。生きることを諦めた目で、黒竜を見つめる。

 

「生きろって言われたんでしょ!? なららーちゃんの言った通り生きなよ!!」

 

ミレディの言葉を聞いて、ウィルは先程言われた言葉を思い出す。

 

 

『仲間の分まで生き続けろ。たとえ七度転ぼうと、八度倒れようと、九度立ち上がれ』

 

 

「……」

 

ウィルは意を決し、ミレディの方に向く。

 

「すまない、取り乱してしまった。ここで私が死ねば、彼の犠牲が無駄になってしまう」

「それでこそ男だよ!」

 

ウィルが正気に戻ったことで、全員安堵の表情を見せる。が、すぐそこに死の危機が迫っている。

 

「シーちゃん、彼を連れて逃げるんだ。アイツのことは、私が何とかしてみせるから」

「はい!」

 

シアはウィルの手を引き、下山コースに向けて突っ走る。速さはウィルに合わせているが、いざという時は全速力で逃げるようだ。

 

ミレディは再度黒竜に向き直り、小太刀を取り出す。

 

「さて、今のうちに皆も逃げなよ。ここは危ないぜ?」

 

愛子達も黒竜から離れる。

 

「らーちゃんの仇討ちとして、ここで倒させてもらうよ」

 

ミレディは黒竜を睨み、小太刀を構える。

 

「円環遊遊」

 

ミレディは高く飛び上がり、体を捻って黒竜を斬りつけた。重力魔法で後ろへ大きく吹き飛ばされる黒竜。

 

「さて、トドメの一撃と行こう……?」

 

黒竜に向かって高威力の光線を放とうとしたが、黒竜の周りを碧い炎が包んだ。

 

「何……あれ……」

 

黒竜を囲っていた碧い炎が、まるで大蛇のように黒竜の体に絡みつき、締め上げた。苦しみに悶える黒竜。しかし碧い炎は容赦しない。

 

「一体何が……!?」

 

ミレディが見ていると、黒竜を縛っていた碧い炎が霧散した。黒竜を縛っていたのは鉄色(くろがねいろ)に煌めく龍だった。全長約三十五メートル。黒竜の五倍程長い体をしている。

 

「魔力が……吸い取られている…!?」

 

よく見れば黒竜の体から魔力が吸い取られていた。魔力を吸い取られている黒竜はみるみるうちに弱体化していった。

 

そして黒竜の魔力が底をついた。鉄の龍は黒竜を解放する。魔力を吸い尽くされた黒竜は鉄の龍の上にに倒れ伏す。鉄の龍と漆黒の竜は碧い炎に包まれ、その大きさを徐々に縮めていく。そして、炎が霧散すると、その場には、二人の和装男女がいた。

 

女の方は身長が百七十センチ程で、見た目が二十代前半の美女だった。腰まで届く、艶やかで真っ直ぐな黒髪が、地面に向かって垂れている。

 

男の方はミレディが知っている人物だった。熱線で焼き尽くされたはずの来である。しかし、見た目が若干変化している。体格は変わらないが、右目が藍色に、毛先が縹色になっている。

 

来は黒髪の女を優しく地面に寝かせた。

 

「……らーちゃん、なの?」

 

来はミレディに気づくと、優しく微笑む。そして頷く。

 

ミレディは来に向かって駆け寄っていく。そして彼に泣きながら抱きついた。

 

「もう……無茶しないでよ……」

「…ごめんね。心配かけて」

 

碧い炎を見たシアとウィル、そして愛子達も戻って来た。

 

「ら、来さん…!?」

 

シアもミレディと同じく駆け寄り、そして抱きつく。

 

「本当に心配したんですよっ……」

 

シアとミレディの頭を、来は優しく撫でた。

 

「つ、辻風君……」

 

愛子も恐る恐る来に近寄っていく。

 

「畑山先生も、ご心配をおかけしてすみません。でもほら、五体満足ですよ」

 

両腕を広げて、無傷であることを知らしめる。

 

 

 

 

同時刻、遠い何処かの町にて。

 

「!?」

 

ユエが突然頭を押さえて蹲った。

 

「ん? どうした? ユエ。頭を押さえたりして、お前も体の調子が悪い……のか……!?」

 

金髪の吸血姫は、明らかに異常なまでの怖がり方をしていた。まるで、()()()()()()()()()()だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「うっ……ここ…は……」

 

黒髪の和装美女が目を覚ましたようだ。全員が彼女に注目する。

 

「起きたか」

 

女は来と同じく、黄金の瞳をしていた。男子組が思わず前屈みになる。

 

「自分が何をしたか、解っているか?」

「う、うむ……」

 

女はゆっくりと頷いた。

 

「辻風君、この人は…?」

「ああ、彼女は先程の黒竜です」

 

ミレディ以外、全員が驚いた。

 

「えっ……この綺麗な女の人が、さっきのドラゴン……?」

 

淳史が思わず零す。

 

「そうじゃ。妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族、クラルス族の一人じゃ」

「りゅ、竜人、族? それは一体何ですか?」

 

愛子が質問をする。それに来が答える。

 

「竜人族は、五百年以上前に滅びたとされる種族の名です。彼らは自由自在に人と竜の姿を切り替えることができます」

 

続いて来はティオという名の竜人族に問いを投げかける。

 

「何があったか、説明できるか?」

「うむ、わかったのじゃ。妾は異世界からの来訪者について調べるために、隠れ里を飛び出して来たのじゃ。一族の中に魔力感知に非常に優れた者がおってな、数ヶ月前に大魔力の放出と何かがこの世界にやって来たことを感知したのじゃ。表舞台には関わらないという掟があるのじゃが、この未知の来訪者の件を何も知らないまま放置するのは流石に不味いのではないかと、議論の末に調査の決定がなされた」

「里を飛び出した後は?」

「本当なら山脈を越えた後、人の姿になって町に紛れ込み、竜人族であることを隠して情報収集に励むつもりだったのじゃが、その前に一度しっかり休息をと思い、この山脈と一つ北にある山脈の間で一休みしていたのじゃ。周囲に魔物がいたから竜の姿で休息しておった。と、そこへ顔の隠れた男が妾に洗脳や暗示をかけて妾の思考と精神を蝕んでいったのじゃ。恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった……妾一生の不覚!」

 

ティオは悲痛な声を上げた。

 

「け、けど、何で眠ったままだったんだよ。普通反撃するだろ?」

 

明人が指摘をする。

 

「竜化した竜人族は、一度眠ったら尻でも蹴られない限りずっと眠ったままだからな……」

「洗脳が終わった後も意識と記憶はしっかりと残っていたのじゃ。その証拠に、その男が『丸一日もかかるなんて……』と愚痴を零していたのを聞いていたのじゃ」

「その後はどうなった?」

「その男に一つ北の山脈よりも更に北の方で魔物の洗脳を手伝わされていたのじゃ。そしてある日、ブルタールの群れが人間達と遭遇したのじゃ。目撃者は消せという命令を受けていたから、それを追いかけていたのじゃ。うち一匹がローブの男に報告に向かい、万一、自分が魔物を洗脳して数を集めていると知られるのは不味いと万全を期して妾を差し向けたのじゃ」

「で、気づけば窮地に追い込まれて魔力爆発を起こしたわけか」

「そうじゃ。そして脳に強固に染みついた命令のままに最後の特攻を仕掛けたところ、突然碧い炎が妾の体を縛り付け、そのまま魔力を吸い尽くされて意識が飛んでしまった。それが正気に戻れた原因なのかはよく分からんが……」

 

事情説明を終えたティオに、激情を必死に押し殺したような震える声が発せられる。

 

「……ふざけるな」

 

ウィルは拳を握り締め、怒りの宿った瞳でティオを睨みつけていた。

 

「……操られていたから…ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんを! 殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」

 

状況的に余裕ができたのか、仲間を殺されたことへの怒りが沸き上がった。激昂してティオに怒声を上げる。

 

ティオは、何も言うことができなかった。ただ、静かな瞳でウィルの言葉の全てを受け止めるよう真っ直ぐ見つめている。

 

「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」

「……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない」

 

それでもなお、ウィルは言い募ろうとする。

 

「彼女は嘘を言っていない」

 

来が口を挟む。

 

「僕は人の嘘を見抜く術を知っている。証拠を見せよう。今からシアが何本指を立てたか、当ててみせるよ」

 

来がそういうと、シアは来だけに見えないように片手を隠す。

 

「シア、指を立てたか?」

「は、はい」

「今何本立てているかな? 嘘を言ってもいい」

 

シアは恐る恐る自分が立てた指の本数を言う。

 

「……一本です」

 

本当は三本立てていた。ウィルは、『普通の人間が嘘と本当を簡単に見分けることなんてできるわけがない』と思った。

 

「三本だね」

 

しかし、来は嘘を見抜いた。シアは立てている指の数を一つ減らしてみる。すると…

 

「今、薬指を折り曲げたね?」

「はい、折り曲げました」

 

それも容易く見破った。

 

「これで分かったかな? 彼女が嘘を吐いていないことを」

「……それでも、殺した事に変わりないじゃないですか……どうしようもなかったってわかってはいますけど……それでもっ! ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって……彼らの無念はどうすれば……」

 

頭では分かっているが、親切にしてくれた先輩冒険者達の無念を思い、責めずにはいられない。

 

「そうだウィル、このペンダントに見覚えはあるかな?」

 

取り出したロケットペンダントをウィルに差し出す。ウィルはそれを受け取ると、マジマジと見つめ嬉しそうに相好を崩す。

 

「これ、僕のロケットじゃないですか! 失くしたと思ってたのに、拾ってくれてたんですね。ありがとうございます!」

「君のだったのか」

「はい、ママの写真が入っているので間違いありません!」

「にしては随分と若い姿のようだけど……」

「せっかくのママの写真なのですから若い頃の一番写りのいいものがいいじゃないですか」

(……成程、お母さんっ子か)

 

その場のほぼ全員が物凄く微妙な表情をした。

 

母親の写真を取り戻したせいか、随分と落ち着いた様子のウィル。何が功を奏すのか本当にわからない。だが、落ち着いたとは言っても、恨み辛みが消えたわけではない。ウィルは、今度は冷静に、ティオを殺すべきだと主張した。また、洗脳されたら脅威だというのが理由だが、それはあくまでも建前。主な理由は復讐であった。

 

そんな中、ティオは懺悔するように罪悪感を含んだ声音で己の言葉を紡ぐ。

 

「操られていたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今しばらく猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大群を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置はできんのじゃ……勝手は重々承知しておる。だが、どうかこの場は見逃してくれんか」

 

魔物の大群という言葉に、全員が驚愕を露わにした。

 

そんな中、来はティオをじっくりと見据え、口を開いた。

 

「罪なき人を殺めたことは、決して許されることではない。それでもなお、償いたいというのであれば、自らの死ではなく行為で示せ。たった一人では酷だろうから、僕らも全力で協力する」

 

来の寛容な姿勢に、ティオは思わず零す。

 

「何と、心が広く温かい者なのじゃ……」

 

次の一言で、ティオは完全に決断をした。

 

「君の力が必要だ。一緒に魔物退治を手伝ってくれないか?」

「……分かった、のじゃ」

 

この瞬間、魔物退治という大勢の人命を賭けたカードゲームに挑む来達の手札に強力な一枚のカードが加わった。

 

「それで、例の男はどういう見た目だった?」

「確か、黒髪で黒目の少年じゃった。見た目からして恐らく人族じゃ。妾を手中に収めた後、何やら頻りに口にしておったな。『これで自分は勇者より上だ。これで自分は一歩彼奴に近づけた』とな」

「そうか、()()が……」

 

愛子達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。犯人の目星がついたのだろう。

 

「らーちゃん、かなり不味いことになったよ」

「どうした? ミレディ」

 

ティオの話を聞いてから、来はミレディに魔物の大群や例の男を捜索させていた。

 

「魔物の大群が、ウルの町に向かって進んでる」

「そうか」

 

魔物の大群が町に向かっていると聞いたティオは更に情報を伝える。

 

「あの男の目的は、魔物の大群で町を襲撃することなのじゃ。妾を手中に収めた時点で既に三千から四千に届く数じゃった」

「それどころか桁がもう一つ追加されるレベルだよ。移動しているペースも速い。恐らく半日で山を下りて、一日で町に到達すると思う」

 

「は、早く町に知らせないと! 避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」

 

事態の深刻さに、愛子が混乱しながらも必死にすべきことを言葉に出して整理しようとする。数万の魔物の群れが相手では、卓越した能力を具えているとは言え、トラウマを抱えた生徒達と戦闘経験が全くと言っていい程無い愛子、駆け出し冒険者のウィルに、魔力が枯渇したティオでは相手どころか障害物にすらならない。ならば、愛子の言う通り、一刻も早く町に危急を知らせて、王都から救援が来るまで逃げ延びるのが最善だ。そう、誰もが思っていた。

 

しかし、それに口を挟む者が一人。

 

「救援の必要はありません。僕らが纏めて相手取ります」

「つ、辻風君!?」

 

来のとんでもない発言に、愛子と生徒達、そしてウィルが驚愕する。

 

「いくらアンタが強いからって、流石に無茶よ! あの時変な骸骨から私を守ってくれた南雲と同じ状況じゃないんだから!」

 

優花は叫ぶ。

 

「一度言ったことは、最後まで貫き通すって決めてるんだ。町の人々を、誰も死なせたりなんかしない。この背中にかけて」

 

もう、誰も彼を止めることはできない。一行は弩空に乗り込み、全速力でウルの町へと戻っていった……




ユエは一体何を恐れているのか。そして、三百年前、ユエの身に一体何が遭ったのか。


次回 第四十二閃 強き意思が故


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第四十二陣 強き意思が故

一行を乗せた弩空が行きよりも速い時速三百二十キロで走行していた。機体が地面から浮いているのでどんなに凸凹した道でも快適に走ることができる。

 

「では、ティオと黒幕の正体については伏せておく、ということで」

「ええ、それでお願いします」

 

愛子はティオが竜人族であるという事実や、黒いローブの男の正体とされる者についてのことは秘匿するように提案した。それを来は了承した。

 

途中、デビッド達が完全武装しているのを確認したが、止まって説明するよりウルの町で説明する方が早いと判断し、弩空の高度を上げてデビッド達を飛び越えていった。

 

愛子は顔を出して自分の無事を知らせたかったが既に時速が三百キロオーバーなので来に止められた。風圧が普通の人間にはあまりにきつすぎるからだ。

 

その後、デビッド達は弩空を追いかけてウルの町へと戻っていった。

 

 

門の前で急停車し、弩空を〝八咫〟に収納すると、一行は町へと戻っていく。

 

町中は、よもや明日には魔物の大群による蹂躙劇が繰り広げられるとは夢にも思わないと言わんばかりに活気に満ちていた。

 

愛子達は急いで町長のいる場所まで駆けて行った。一方、来、ミレディ、シア、そしてティオはゆっくりと歩いていた。

 

「具合はどうだ? ティオ」

「うむ、幾分体力は戻ったのじゃ。歩くだけなら問題は全く無いじゃろう」

 

快適な弩空で休んだおかげで、ティオの体力はいくらか回復した。

 

「しかしあの時は驚きましたよぉ~。ブレスを受けたのに何事も無かったかのようにピンピンしてましたし」

「亡骸すら残らなかったからさ、まるで灰から甦ったのかと思ったけど…まさかそんなことは無いよね?」

「いや、あの時肉体は完全に死んだよ。でも、僕の中で渦巻く焔は滅ばない」

「うぅ……」

 

ティオは極まりが悪そうだった。

 

「気にするな。寧ろ礼を言いたいくらいだよ。今まで散々僕の体を苦しめ続けた呪いから解放されたから」

 

来の体を蝕んでいた〝呪い〟とは、舞鱗と眼鱗の(なかご)に刻まれた〝滅魔の印〟が来の体に反応した拒絶反応のことであった。

 

七星刀の茎には、魔物を滅する〝滅魔の印〟が刻まれている。この呪印の効果により、魔物に対し絶大なダメージを与えることができるのだ。

 

しかし、来は魔物を喰らい、体質が魔物に近い状態だったため、呪印が反応し来を殺そうとしていたのだ。しかし、ティオが来の体を焼き尽くしたことで体が再構築され、魔物から遠ざかって人間に近い体になったのだ。その代償として、魔力の量が減少した。

 

「もう、血を吐くことは無いんですね……」

「毎晩悪夢に魘されることも無いんだね……」

 

シアとミレディはようやく来の体の心配から解放された。

 

町の役場に到着した頃には既に場は騒然としていた。ウルの町のギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達が集まっており、喧々囂々たる有様である。皆一様に、信じられない、信じたくないといった様相で、その原因たる情報をもたらした愛子達やウィルに掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。

 

報告したのが〝神の使徒〟かつ〝豊饒の女神〟たる愛子でなければ、即座に戯言と切り捨てられていただろう。そして、魔人族が魔物を操ることはは公然の事実であるため、無視をできる状況ではなかった。

 

喧騒の中、ウィルが来へと駆け寄る。

 

「あっ、来殿!! 丁度いい所に」

 

ウィルは来の手を引き、町長の許へと連れて行く。

 

「町長! 彼とその仲間達なら迫り来る魔物の大群を退けられるかもしれません!」

 

しかし町長は信じられないという表情だ。

 

「敵は四万を優に超えているのだぞ! それを勇者でもない一個人、ましてや数名の仲間程度で魔物の大群に打ち勝つことなどできるはずがないだろう!」

「ここにいるのは、その勇者をも上回る戦闘能力を持つという剣士なんですから」

「それに、負けると判ってて無謀な戦いに挑む程、僕は愚かではありませんよ」

「し、しかしだな……」

「もしかしたら、彼ならきっと成し遂げるかもしれません。そうなれば、我々の安全も確保されたも同然です」

 

ウィルにとって、ベテラン冒険者達を苦も無く全滅させた黒竜でさえ圧倒する来はまるで英雄であるかのように見えた。しかも、見返りは全く求めない。

 

「…………」

 

ウィルに押され、町長は何も言い返せない。

 

「……できるのだな?」

「町の被害を最小限に抑えつつ、全力で討伐に当たります」

 

町長はまだ信じ切れていなかった。でも、この状況では彼に頼る他ない。

 

「辻風君、少し話したいことがあります」

 

今度は愛子が来に話しかける。

 

「…どうしました?」

「どうしても気になったことがあって」

 

愛子は問いかける。

 

「辻風君、君の宣言に躊躇いが全く感じられませんでしたが、君の心の支えとなっているものは、何ですか?」

「………」

 

来は自分の心臓のある位置を見て、手をそこに置いた。

 

「やっぱり、滝沢さんですか?」

 

来はコクリと小さく頷いた。

 

「彼女は僕の…心の一部です。彼女が生きていると判っている限り、七度転び、八度倒れても、九度立ち上がれる」

「辻風君、君はきっと、想像を絶する経験をしてきたでしょう。そこでは、誰かを慮る余裕などなかったかもしれません。しかしそれでも君は、それを忘れなかった。今までの君を見て来た限りでは、絶対にありえないことですが、誰かを慮ること。それだけは忘れないでいて欲しいです」

 

それに来は少し自嘲気味に返す。

 

「いえ、僕はそんな高貴な人間ではありませんよ。僕は自分勝手な者ですから。心の奥底ではこの世界のことなどどうだっていい、膵花と共にいられるのなら他は何も要らない。そう思っている」

 

これは、来の数少ない欠点の一つだ。自分の心の奥底には非常に醜く自分勝手な情が潜んでいる、無意識にそう思い込んでいるのだ。いつまで経ってもそれが消えることはなかった。

 

「辻風君は自分勝手ではありませんよ」

 

来の言葉を、愛子は否定した。

 

「自分では気づいていないかもしれませんが、君はずっと人の幸せばかりを願っているように見えます。地球にいた頃からずっと」

 

来は愛子の話をずっと聞き続けた。

 

「君が南雲君達が幸せそうにしているのを見て、君も幸せそうな笑顔を見せてくれていました」

 

愛子は更に話を続ける。

 

「辻風君、君には君の価値観があり、君の未来への選択は常に君自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制するようなことはしません。ですが、君がどのような未来を選ぶにしろ、大切な人以外の一切を切り捨てる生き方は……とても〝寂しい事〟だと、先生は思うのです。きっと、その生き方は、君にも君の大切な人にも幸せをもたらさない。人の幸せを望むなら……他者を思い遣る気持ちを忘れないで下さい。君が持っている大切で尊いそれを……捨てないで下さい」

 

言葉の一つ一つに、思いが詰め込まれている。一つ一つ紡がれたそれらの言葉が、来の心に響く。町の重鎮達や生徒達も、愛子の言葉を静かに聞いている。特に生徒達は、力を振るってはしゃいでいた事を叱られている様な気持ちになりバツの悪そうな表情で俯いている。

 

来とは違い、愛子はその希少価値ゆえに特別待遇を受けており、苦難を経験していない。それでも、心優しい来には反論などできるはずがなかった。

 

彼はこの世界が嫌いだ。命よりも大事な人と無慈悲にも引き剥がしたこの世界が嫌いだ。でも、憎むことができない。この世界は、新たにできた素晴らしい仲間達を育んだ世界だからだ。この世界の全てを拒絶することは、新たな仲間達も拒絶してしまうことになる。

 

「……先生の方こそ、何が遭っても自分の生徒を見捨てないと胸を張って言えますか?」

「当然です。私は教師なのですから」

「近い将来、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()としても、ですか?」

 

愛子は一瞬目を見開いた。しかし、愛子はすぐに言葉を紡いだ。

 

「ええ。たとえ何が遭っても、絶対に見捨てません。本当は、そんなことは起きて欲しくないですけど…」

 

『もしかしたら、彼は清水君を殺そうとしているのかもしれない』、愛子はそう心中で思った。しかし、来が本当に殺そうとしているのは別の人物だった。

 

(この先の未来は、きっと畑山先生の望まない結果だろう。それでも、これ以上苦しむ人がいなくなるのなら……)

 

愛子の言葉を聞いて、来は()()()()の殺害を決意した。それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()を避けられると信じて。

 

「そうですか。であれば、安心して赴けます。貴女の道に、幸があらんことを」

 

来は踵を返して部屋を後にした。愛子は扉をずっと見つめていた。

 

 

翌日、町の住人達には、既に数万単位の魔物の大群が迫っている事が伝えられている。魔物の移動速度を考えると、夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうと。

 

当然、住人はパニックになった。町長を始めとする町の顔役たちに罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。明日には、故郷が滅び、留まれば自分達の命も奪われると知って冷静でいられるものなどそうはいない。彼等の行動も仕方のないことだ。

 

だが、そんな彼等に心を取り戻させた者がいた。愛子だ。ようやく町に戻り、事情説明を受けた護衛騎士達を従えて、高台から声を張り上げる〝豊穣の女神〟。恐れるものなどないと言わんばかりの凛とした姿と、元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。

 

冷静さを取り戻した人々は、二つに分かれた。すなわち、故郷は捨てられない、場合によっては町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通り、救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組だ。

 

居残り組の中でも女子供だけは避難させるというものも多くいる。愛子の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝えることは何かないだろうかと居残りを決意した男手と万一に備えて避難する妻子供などだ。深夜をとうに過ぎた時間にもかかわらず、町は煌々とした光に包まれ、いたる所で抱きしめ合い別れに涙する人々の姿が見られた。

 

避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて地下壕に逃げ込んだ。現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。居残り組の多くは、〝豊穣の女神〟一行が何とかしてくれると信じてはいるが、それでも、自分達の町は自分達で守るのだ! 出来ることをするのだ! という気概に満ちていた。

 

来は、ミレディが重力魔法で造った高さ十二メートル、厚さ二メートルの防壁に腰掛け、すっかり人が少なくなり、それでもいつも以上の活気があるような気がする町を眺めていた。彼の傍に、シアとミレディ、ティオが寄り添っていた。壁の十メートル手前には、幅四メートル、深さ六メートルの堀がある。

 

そこへ愛子と生徒達、ウィル、デビッド達数人の護衛騎士がやって来た。

 

「辻風君、準備はどうですか? 何か、必要なものはありますか?」

「いいえ、大丈夫ですよ」

 

城壁から愛子の方に向いて答える来。

 

「辻風君。黒ローブの男のことですが……」

 

愛子の言葉に苦悩がにじみ出ている。

 

「どうしても確かめたいですか?」

「はい……」

「僕もできるだけ生きたまま連れて来るです」

「ありがとうございます、辻風君」

 

つくづく自分は無力だなぁと内心溜息をつきながら、愛子は苦笑いしつつ礼を言うのだった。

 

「来殿、少し話が……いや、頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

「どうした? ティオ」

 

ティオは続けて話す。

 

「来殿は、この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」

「あ、ああ」

「うむ、頼みというのはそれでな……よければ妾も同行させてほしいのじゃ」

「…いいのか? 里を出て調査しているんじゃなかったのか?」

「里に帰ろうと思えば、何時でもできるのじゃ。じゃが、お主と共に旅に出る機会はこれを逃せばもう二度と訪れないと思ったのじゃ」

 

シアと同じく、自ら志願して旅を共にしたいようだ。ミレディの場合は勧誘されて同行している。

 

「もっ、勿論ただでとは言わんぞ? 妾の魔法で全力で援護するのじゃ。お主のパーティー構成は魔法属性に偏りがあるとシア殿が言っておった。ならば、それを妾で補填した方がお主の役に立てるのではないかと思ったまでじゃ」

 

確かに、魔法属性に偏りがあった。来が使うのは主に雷属性の魔法、シアはそもそも魔法適正がほとんどなかった。だが、ミレディは全ての属性に適正を持っていた。それをシアは知らなかったのだ。

 

「あの、私……全部の属性魔法使えるんだけど……」

「えっ!? いやあの、重力魔法しか使ってるの見た事なかったですからてっきり……」

「美少女天才魔術師って名乗ってたじゃん! 私!」

「ご、ごめんなさい!」

 

ステータスプレートをまだ発行していなかったので、仕方ない。

 

「まぁまぁ、落ち着いて。プレートをまだ作って無かったからね。この戦いが終わったらフューレンに作ってもらいに行くから。それに、旅は人数が多いほど賑やかになるって言うしね」

 

属性面では現在のままで問題はないが、竜人族たるティオの戦力は解放者たるミレディと並ぶ程だ。

 

「それで、妾のことは……」

「あ、ああ。そうだったね。旅の同行の話だけど……」

 

ティオはごくりと固唾を飲む。

 

「僕達三人は、君を快く歓迎するよ」

「何があっても、私達は貴女を見捨てたりしないですよ」

「君がいると安心して戦えるよ」

 

三人共、旅の同行には賛成だった。

 

「…ありがとう……ございます」

 

一行に、新たな仲間が加わった。これからの旅に、来達がそれぞれ思いを馳せていると、戦いの時がすぐそこまで迫って来た。

 

「! ……来たよ」

 

ミレディが北の山脈地帯の方角へ視線を向ける。眼を細めて遠くを見る素振りを見せた。肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、〝八咫〟には「ななつぼし」からの映像が鮮明に映し出されていた。

 

それは、大地を埋め尽くす魔物の群れだった。ブルタールのような人型の魔物の他に、体長三、四メートル程の黒い狼、六本足の蜥蜴、背中に剣山を生やしたパイソン、四本の鎌をもったカマキリ、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛、二本角を生やした真っ白な大蛇など実に種類豊富な魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。その数は、山で確認した時よりも更に増えていた。五万あるいは六万に届こうかという大群である。

 

更に、大群の上空には翼竜型の魔物もいる。何十体もの翼竜の中に一際大きな体を持つ個体の背中に、黒いローブの男が立っている。

 

「らーちゃん」

「来さん」

 

ミレディとシアが、阿吽の呼吸で来に呼びかける。来は二人に一つ頷くと、そして後ろで緊張に顔を強ばらせている愛子達に視線を向けた。

 

「来ました。到着までおよそ三十分です。数は五万強、複数種の魔物の混成です」

 

魔物の数を聞き、更に増加していることに顔を青ざめさせる愛子達。不安そうに顔を見合わせる彼女達に、来は毅然とした表情で告げる。

 

「数が増加したのは想定内です。問題はありません。予定通り、戦える者は壁際で待機させてください」

 

戸惑いの色を少しも見せない来に、愛子は少し眩しいものを見るように目を細めた。

 

「わかりました……どうか無事で……」

 

愛子はそう言うと、護衛騎士達が「彼に任せていいのか」「今からでもやはり避難すべきだ」という言葉に応対しながら、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていった。生徒達も、来を一度複雑な表情で見ると愛子を追って走り出した。残ったのは、来達以外にはウィルだけだ。

 

ウィルは、ティオに壁から降りさせ、何かを語りかけると、来に頭を下げて愛子達を追いかけて走り去っていった。

 

「彼は何と?」

「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達の事、少なくともウィル坊は許すという話じゃ……そういうわけで助太刀させてもらうからの。何、魔力なら大分回復しておるし竜化せんでも妾の炎と風は中々のものじゃぞ? それに、剣技に関してもある程度は自信があるのじゃ」

 

教会から半端者と呼ばれている竜人族は、亜人族に分類されながらも魔物と同様に魔力を直接操ることができる。それ故、適正のある属性に関しては魔法の行使に詠唱を必要としない。

 

来はティオに、髪飾りと刀を渡した。髪飾りの方は神結晶を加工した超小型大容量魔力タンクである。ちなみにシアとミレディにも同じ物をあげている。刀の方はオスカーの隠れ家にあった、この世界には本来存在しないはずの、魔力を吸収する鋼で作られている。

 

三人共受け取る時に頬を朱く染め上げていた。

 

遂に、肉眼でも魔物の大群を捉えることができるようになった。壁際に続々と弓や魔法陣を携えた者達が集まってくる。大地が地響きを伝え始め、遠くに砂埃と魔物の咆哮が聞こえ始めると、そこかしこで神に祈りを捧げる者や、今にも死にそうな顔で生唾を飲み込む者が増え始めた。

 

それを見て、来は愛子にコソコソと何かを話す。愛子は驚いて顔が赤くなる。

 

「そ、そんな……恥ずかしいですよ……」

「どうかお願いします!」

「し……仕方ありませんね……」

 

どうにか愛子の了承を得ると、ミレディに頼んで重力魔法で即席の演説台を作り上げる。ご丁寧に階段まで付けてある。そして土台の上に愛子を登らせると、口笛で全員の注意を引く。

 

全員の視線が自分に集まったことを確認すると、大きく息を吸い、天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「ごきげんよう、ウルの町の勇敢なる者達よ! 唐突ですまないが、この瞬間、我々の勝利は運命づけられた!」

 

いきなり何を言い出すのだと、隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達。

 

「なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている〝豊穣の女神〟愛子様である!」

 

その言葉に、皆が口々に愛子様? 豊穣の女神様? とざわつき始めた。来は少し古風な言い回しで言葉を紡ぐ。

 

「愛子様のある所故に、敗北ここにあらず! 愛子様こそ! 我等人類の味方にして〝豊穣〟と〝勝利〟をもたらす、天より舞い降りし現人神なり! 己は愛子様の(つるぎ)にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えここへ来た! 見たまへ。これが愛子様により教え導かれた己が力なり!」

 

来はそう言うと、舞鱗と眼鱗を鞘から抜き、翼竜の群れに剣先を向ける。町の人々が注目する中、些か先行している翼竜型の魔物に照準を合わせ、脚をしっかりと踏み込む。

 

「妖術 〝天ノ橋立〟!!」

 

剣先と剣先の間から、紫色の極光が放たれ、空を切り裂く。数キロ先の翼竜を撃ち抜いた。そのまま他の翼竜を薙ぎ払うように撃ち抜いていく。そして大型の個体を横に真っ二つに切断した。黒いローブの男は魔物と共に地に落ちていく。

 

悠然と振り返ると、そこには唖然として開いた口が塞がらない者が多数いた。

 

来は人々に向かって「愛子様、万歳! 女神様、万歳!」と書かれたカンペを見せる。そして次の瞬間、愛子を讃える言葉が響き渡る。

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

ウルの町に、二つ名としてではなく本当の女神が生まれ落ちた。どうやら、不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。

 

「うぅ……やっぱり恥ずかしいです……」

 

愛子は顔中真っ赤に染め上がり、震え上がった。

 

「途轍もなく大きな罪悪感がのしかかっている気分だ……」

 

一方、来も罪悪感を感じ、冷や汗が止まらない。しかし、先程の言葉には目的があった。

 

一つは、この先、自らの活躍により教会や国が動いたとき、彼等が来に害をなそうとすれば、愛子は確実に彼等とぶつかることになるが、その時、〝豊穣の女神〟の発言権は強い方がいいというものだ。

 

町の危急を愛子様の力で乗り切ったとなれば、市井の人々は勝手に噂を広め、〝豊穣の女神〟の名はますます人々の心を掴むはずだ。その時は、単に国にとって有用な人材というだけでなく、人々自身が支持する女神として、国や教会も下手な手出しはしにくくなり、より強い発言権を得ることになるだろう。

 

二つ目は単純に、大きな力を見せても人々に恐怖や敵意を持たれにくくするためだ。一個人が振るう力であっても、それが自分達の支持する女神様のもたらしたものと思えば、不思議と恐怖は安心に、敵意は好意に変わるものである。教会などから追われるようになっても、協力的な人を確保しておくためだ。まぁ来の実力ならばその必要はないだろうが念には念を押しておくに越したことは無い。

 

気を取り直した来は人々を背に、両手に刀を持って前に進む。

 

右にシア、左にミレディ、その更に隣にティオが、それぞれ刀と共に並ぶ。

 

「準備はできたな?」

「うん!」

「はい!」

「うむ!」

 

来は大群を見据えて、小さく呟いた……

 

 

「さぁ、見せて貰おうか。どれ程の実力を付けたのか……なぁ、()()




小話

ティオの剣術の師匠の子孫が、ミレディの剣術の師匠。


次回 第四十三閃 一騎当千の者達


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第四十三陣 一騎当千の者達

「何だったんだよさっきの……ビーム砲なんかなかっただろこの世界に……!」

 

翼竜から落とされ、即席の塹壕に結界を張りながら籠っているのは行方不明となっていた清水幸利その人だった。偶然とある男と密約を交わし、ウルの町を愛子達ごと壊滅させようと企んだ。

 

「なっ……俺が手塩にかけて造り上げた魔物軍団がッ……!!」

 

だが、容易に捻り潰せるはずの町や人は全くの無傷。それどころか逆に魔物軍団の方が捻り潰されていた。

 

 

「妖術 鳴時雨」

 

遥か天空から無数の(いかづち)が降り注ぎ、最前列の魔物を種類や強さに関係なく穿ち抜いた。

 

「この程度では終わらんよ。防壁展開 電電堀(でんでんぼり)

 

ウルの町を囲う防壁が、紫色の稲妻を纏う。壁に触れれば一瞬で絶命してしまうだろう。

 

「さぁ、祭りの始まりだ」

 

二刀流の青年は新たに解禁された能力「分子操作」で自身を亜光速まで加速し、魔物を辻斬りにしていく。血飛沫の華で彩られたジグザグのレッドカーペットの出来上がり。

 

「こちらも行きますよぉ~!! 〝白炎(びゃくえん)両筒鬼哭(りょうづつきこく)〟」

 

シアの刀から白い炎が迸り、魔物を斬ると同時に焼き焦がす。彼女には魔法適正が無い。が、自身の生命エネルギーを魔力の〝代わり〟として使用する術は身に着けることができた。故に、白い炎は魔法ではなくシア自身の生命エネルギーなのだ。

 

(魔力を持たない亜人族でも魔術師のように戦えるって言ってましたけど、まさかこれ程とは……)

 

初期の頃は名前を呼ばれるたびに「はい、役立たずシアです」と言いそうな程足を引っ張っていたのだったが、今となっては立派に戦闘を熟せる程成長していた。

 

シアの左にはティオが陣取っている。突き出す両手の先から紅黒い極光が放たれ、空気を焦がす。人間形態でも竜化状態と同じように放つことが可能である。来をして息の根を止められた殲滅の赤黒き炎は射線上の一切を刹那の間に消滅させ大群の後方にまで貫通した。ティオは、そのまま腕を水平に薙ぎ払っていき、それに合わせて真横へ移動する赤黒い砲撃は触れるものの一切を消滅させていく。

 

砲撃が止んだ後、大きく抉れた大地には灰すら残されていなかった。しかし、先程の砲撃でかなり魔力を消耗してしまった。ティオは疲労困憊といった所だ。しかし、すぐさま回復して再び背筋を伸ばす。髪飾りから自動で魔力が補充されたのだ。ティオが担当する範囲の魔物の先陣はあらかた消滅し、多少の余裕が出来たティオは、魔力消費の比較的少ない魔法を行使する。

 

「吹き荒べ頂きの風 燃え盛れ紅蓮の奔流 〝嵐焔風塵〟」

 

魔力消費を少しでも抑えるため、敢えて詠唱をして集中力を高める。そうして魔法は解き放たれる。F5の業火の竜巻だ。直径約六十三メートルの渦炎が魔物の群れを巻き上げ焼き尽くす。

 

来の右に陣取っていたミレディの殲滅力も飛び抜けていた。他の仲間達が攻撃を仕掛けている中、唯一人瞑目しながら詠唱を唱えていた。

 

「真空とは即ち滅諦の涅槃なり」

(訳:真空というものは、すなわち煩悩も苦も無い安らぎの境地である)*1

 

右側の攻撃が薄いと悟った魔物達が、破壊の嵐から逃れるように集まり、右翼から攻め込もうと流れ出す。既に進軍にすら影響が出そうなほど密集して突進して来る魔物達。

 

「偽非ざるが故に真、相を離れたるが故に空なり」

(訳:偽りでないから真であり、形を持たないから空虚なのだ)*2

 

そして彼我の距離が七百メートルを切った所で、詠唱が終了する。

 

「〝無翳無葬(むえいむそう)〟」

 

世の法則の一つに干渉する〝重力魔法〟の使い手たるミレディ。魔法に関して素晴らしき才覚を持つ彼女が放つこの魔法は、空中に作りだした漆黒の穴に魔物を押し込んで一点に潰してしまうという恐ろしい魔法である。一点に押し潰された魔物はその亡骸を跡形もなく霧散させる。

 

あまりに強い重力に、周囲には巨大な積乱雲が生じ、強力なダウンバーストが発生している。地面に向かった破壊的噴流は魔物を後ろへと吹き飛ばす。

 

「お次はこのプレゼントだよっ☆」

 

ミレディは片手を天に突き出し、そして振り下ろした。

 

「〝流群奔光〟」

 

一つの星が、天空を裂いて地に落ちて来るのが見えた。*3その星は、地に叩きつけられた瞬間に凄まじいほどの衝撃波を放ち、半径数メートルの圏内にいる魔物を一瞬で葬り去った。

 

落ちて来た星は、一つではなかった。数多の星が、魔物の群れの頭上に落ちて来た。地面は穴だらけのボコンボコンになり、魔物は肉塊と化した。

 

大地に吹く風が、戦場から蹂躙された魔物の血の匂いを町へと運ぶ。強烈な匂いに、吐き気を抑えられない人々が続出するが、それでも人々は、現実とは思えない〝圧倒的な力〟と〝蹂躙劇〟に湧き上がった。町の至るところからワァアアアーーーと歓声が上がる。

 

町の重鎮や護衛騎士達は、初めて見る来達の力に呑まれてしまったかのように呆然としたままだ。生徒達は、改めてその力を目の当たりにし、自分達との〝差〟を痛感した。本来、あのような魔物の脅威から人々を守るはずだった、少なくとも当初はそう息巻いていた自分達が、ただ守られる側として町の人々と同じ場所から、〝一騎当千〟のクラスメイトの背中を見つめているのだ。

 

愛子は、ただひたすら祈っていた。来達の無事を。そして同時に、今更ながらに自分のした事の恐ろしさを実感し表情を歪めていた。目の前の凄惨極まりない戦場が、まるで自分の甘さと矛盾に満ちた心をガツンと殴りつけているように感じたのだ。

 

やがて、魔物の数が目に見えて減り、密集した大群のせいで隠れていた北の地平が見え始めた頃、遂にティオが倒れた。渡された魔晶石の魔力も使い切り、魔力枯渇で動けなくなったのだ。俯せに倒れ込み、顔だけを来に向けて申し訳なさそうに謝罪するティオ。

 

「むぅ、妾はここまでのようじゃ……もう、火球一つ出せん……すまぬ」

 

顔からは血が抜けて真っ白になっている。文字通り死力を尽くして強力な魔法を放ち続けたのだ。

 

「お疲れ。下がって休め」

「はっ……」

 

魔力を枯渇させてしまったティオを前線から下がらせ、自身は高く飛び上がる。そして空中で停止し、頭を下、脚を上に向けた。

 

「群れの主は百体といったところか。大半が後方に下げられている」

 

主クラスの魔物を即座に発見し、熱線を撃ち込んで取り巻きごと九十七体程撃破した。そして仲間達に脳内会話を掛ける。

 

『中隊長級の魔物が後方に控えている。大部分は既に撃破しておいた。シアはこのまま進軍して残りの三体を相手してくれ』

『了解です!』

『ミレディはティオの復帰まで援護してくれ』

『合点承知の助だよっ!』

『僕は大群の大主を相手取る』

 

そう地上の仲間達に告げると、その大主の場所へと一直線に向かって行った。

 

 

「さーてと、魔物達のリーダーをちゃちゃっと殺っちゃいますよぉ~!」

 

地上を駆ける一羽の兎、シアは白炎を纏った刀を振るい、雑魚を狩る。

 

「白炎・兎波奔走(とはほんそう)

 

月輪を描くように刀を振るうと、二羽の白く燃える兎が現れ魔物の主の一体に飛び掛かる。主にぶつかると同時に兎は爆ぜ、魔物を骨まで焼き尽くした。残った二体も、白炎で葬り去った。

 

「よし、これでリーダー格は全滅ですね」

 

と気を抜いたのも束の間、シアの右後方から新手が高速で接近してきた。黒い体毛に四つの紅玉のような眼を持った狼型の魔物にも、シアは慌てず刀を振るった。だが、それを予期していたように寸前で急激に減速すると、見事にシアの一撃を躱してみせた。が、しかし…

 

「…『壊』!」

 

シアが「壊」と叫ぶと、狼の真下から白炎が上がり、その身を灰燼と化す。

 

「白炎・鬼兎首釜(おにうさぎこうべがま)

 

『いついかなる時も慢心はするな』と、彼女の師に教わった。故に万が一攻撃が外れた場合の代行措置として妖術をいつでも発動できる状態にしておいた。

 

「私はもう、慢心はしないです」

 

シアは刀を鞘に仕舞い、オーバーテクノロジーの結晶の一つ『草薙』を取り出す。魔力が流れ込み、碧白く光る刃が回転する。草薙を掲げながら、シアは左手を突き出して決め台詞を口にする。

 

「シア・刃卯鱗亜。推して参る」

 

渦のように回転し、魔物の群れに突進する。猪突猛進ならぬ、兎突猛進である。しかし、シアと魔物達との戦いに乱入者が現れた。

 

突然地面から管が数本飛び出し、黒い煙を噴き出した。黒煙は半径数十メートルの半球状となり、日光が遮られて暗くなる。

 

「これは一体!?」

 

管が突き出た地点が大きく盛り上がり、一体の魔物が姿を現す。全長は二十七メートル、右目は潰れていて、脇腹と喉笛には傷跡が残っていた。背中からは煙突のような管が六本突き出している。

 

(体に傷がある……以前誰かと戦って生き延びたのでしょうか……?)

 

黒煙のドームに閉じ込められた魔物は乱入者…ヌマスベリを見て一目散に逃げだす。が、逃げ遅れた一体がヌマスベリの顎門に捕らえられ、丸呑みにされた。

 

「共喰いしてる……群れとは関係ない魔物ってことですよね……」

 

ヌマスベリはシアを見つけると、物凄いスピードで迫って来た。シアはそれを慣れたように躱す。ヌマスベリは太い尾で立ち、両手でシアを掴もうと交互に突き出す。しかし、捕まえることはできなかった。

 

「そいやっさ!!」

 

シアは右手の掴み攻撃を躱し、そのままぐるりと反転して右手首を斬り落とした。ヌマスベリは右手を失った痛みに絶叫を上げる。

 

「肉を斬り……」

 

今度は太い尾を碧い刃で切断した。移動手段を封じられたヌマスベリはもう自在に動くことすらままならない。

 

「この一撃で、骨を断つ!!」

(白炎・月波氷兎(げっぱひょうと)

 

ヌマスベリの頸の上で、体を捩じって回転する刃を振るう。

 

その碧き刃は、巨大なヌマスベリの頸を断ち切った。

 

ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

巨大な蜥蜴の叫びが響き渡り、体を激しく揺らす。まるで頭部を失い、のたうち回っているかのように。

 

「凄まじい断末魔と揺れ……とりゃっ!」

 

シアは高く跳んで地に足を着けた。ヌマスベリは少しの間激しくのたうち回った後、振り上げた左腕を地面に叩きつけてそのまま動かなくなった。

 

「来さん……褒めてくれるかな……?」

 

シアは確かに成長していた。勇者一行でさえ取り逃がした巨大な魔物を、彼女はたった一人で討ち取ったのだから。

 

 

「何だよ……何なんだよ……有り得ないだろ……! 勇者を超えたと思ったのに……上には上がいたとでも言うのかよ……!?」

 

遠く離れた塹壕にて、幸利は戦場の有様を見ていた。

 

「彼奴に並ぶなんて夢のまた夢なのか…」

 

幸利が即席の塹壕から出て来て逃走の準備をした、その時――。

 

何かが落下してきたような衝撃音があり、地面が激しく揺れた。

 

「!?」

 

幸利が肩越しに振り返る。彼からそう離れていない場所にもうもうと土煙が立ち上っている。煙の奥に人影が見えた。

 

(な、何だ……? 嫌な予感がする……)

 

幸利が体ごと人影に向き合い、杖を向ける。

 

煙が晴れていく。

 

人影がゆっくりと顔を上げた。和装の若い青年だ。青年の両目は黄金色をしていた。そして髪色は月白色だった。

 

「!!」

 

腰には白と黒の刀を差している。

 

「久しいな」

 

幸利には、その声は聞き覚えがあった。

 

「なっ……まさか……」

「よく生きていたものだ」

 

青年は青筋を浮かべ、幸利に向かって微笑む。

 

「清水」

 

腰の黒い刀を抜いて人間離れした速度で振り薙ぐ。峰打ち。

 

「幸利!!」

 

幸利はそれをギリギリで躱す。彼に親しい人物が一人もいなければ、これほどの身体能力を有することは無かっただろう。

 

「辻風ェエエエ!!」

 

幸利が青年の名を叫ぶ。呼び声に反応した青年――来は刀を仕舞うと、幸利に向かって喋りかけた。

 

「四ヶ月振りだな。闇術は上達したか?」

「何で……お前、死んだはずじゃ……」

「僕にはまだ、すべき事があったからな……地獄から舞い戻って来たよ」

「……不死の炎鳥(フェニックス)みたいな奴だな」

 

来と幸利は、かつて親交があった。幸利の趣味を否定しなかったのは来だけだったのだ。兄弟にも虐げられていた彼に、来は狭いながらも居場所を与えていた。

 

異世界召喚の事実を理解したときの脳内は、まさに「キターー!!」という状態だった。愛子がイシュタルに猛然と抗議している時も、光輝が人間族の勝利と元の世界への帰還を決意し息巻いている時も、幸利の頭の中は、何度も妄想した異世界で華々しく活躍する自分の姿一色だ。ありえないと思っていた妄想が現実化したことに舞い上がって、異世界召喚の後に主人公を理不尽が襲うパターンは頭から追いやられている。

 

そして実際、幸利が期待したものと、現実の異世界ライフには齟齬が生じていた。まず、幸利は確かにチート的なスペックを秘めていたが、それは他のクラスメイトも同じであり、更に、〝勇者〟は自分ではなく光輝であること、そして、たった一人の友達である来はそれを超えるチートを秘めていた。その為か、女が寄って行くのは光輝か来で、自分は〝その他大勢の一人〟に過ぎなかった事だ。これでは、日本にいた時と何も変わらない。念願が叶ったにもかかわらず、望んだ通りではない現実に加え、友達に裏切られたような気がした。幸利は内心不満を募らせていった。

 

なぜ、自分が勇者ではないのか。なぜ、自分と来との間に大きすぎる差が生まれたのか。なぜ、光輝と来が女に囲まれていい思いをするのか。なぜ、自分ではなく光輝と来ばかり特別扱いするのか。自分が勇者ならもっと上手くやるのに。自分に言い寄るなら全員受け入れてやるのに……そんな、都合の悪いことは全て他者のせい、自分だけは特別という自己中心的な考えが清水の心に巣食った。

 

そんな折だ。あの【オルクス大迷宮】への実戦訓練が催されたのは。幸利は、チャンスだと思った。誰も気にしない。居ても居なくても同じ。そんな背景のような扱いをしてきたクラスメイト達も、遂には自分の有能さに気がつくだろうと、そんな何処までもご都合主義な幸利は……絶望を突きつけられることになった。

 

『人は誰もが特別だ。幸利は自分のできる事を頑張れば良い』

 

――偉そうに。

 

『どんなに強い人間だって、いつかは死ぬ。誰もが皆、死を避けられる者はこの世には居ない』

 

トラウムソルジャーに殺されかけて、遠くでより凶悪な怪物と戦う〝勇者〟を見て、抱いていた異世界への幻想がガラガラと音を立てて崩れた。

 

そして、橋の上で息絶えた〝たった一人の友達〟を目の当たりにし、心が折れた。前日に彼が言っていたことは、彼の〝犠牲〟を以て現実となった。

 

幸利は自室に引き籠るようになり、自らの天職〝闇術師〟に関する技能・魔法に関する本に読み耽った。そこから、魔物を従える機会と出会うために愛子達に同行し、姿を晦ませて魔物の大群を従えたのだ。

 

苛立ちを募らせた幸利は来に向かって針を突き出した。針には強力な毒が仕込まれており、刺されば数分と待たずに死に至ってしまう。そしてそれをそのまま受ける来。

 

「なっ……何で避け……」

「この程度の毒で、僕を殺そうだなんて無謀にも程がある」

 

来は幸利から毒針を取り上げた。

 

「何故、このような事をした?」

 

黄金の瞳が、幸利を射抜く。

 

「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって……勇者、勇者、辻風、辻風うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに……気付きもしないで、モブ扱いしやがって……ホント、馬鹿ばっかりだ……だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……」

「皆を見返したいなら、どうして町を襲うようなことをしたんだ?」

 

幸利は少し顔を上げると薄汚れて垂れ下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を来に向け、薄らと笑みを浮かべた。

 

「……魔人族に俺の価値を示せると思ったんだよ。魔物を捕まえに、一人で北の山脈地帯に行ったんだ。その時、俺は一人の魔人族と出会った。最初は、もちろん警戒したけどな……その魔人族は、俺との話を望んだ。そして、わかってくれたのさ。俺の本当の価値ってやつを。だから俺は、そいつと……魔人族側と契約したんだよ」

「契約……とは」

「……畑山先生、あの人を殺す事だよ」

 

愛子は農業を司る作農師だ。それはすなわち、食糧の生産に関わる。故に、勇者とは別ベクトルで厄介な存在。

 

「俺は、魔人族側の〝勇者〟として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。勇者の下で燻っているのは勿体無いってさ。やっぱり、分かるやつには分かるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、それで、想像以上の軍勢も作れたし……」

「それであれだけの大群を用意できた訳か」

「だから、だから絶対、畑山先生を殺せると思ったのに! 何だよ! 何なんだよっ! 何で、六万の軍勢が負けるんだよ! 何でお前は生き返ってんだよ! お前は、お前は一体何なんだよっ!」

 

最初は嘲笑するように話していた幸利。だが、話している途中で興奮したのか来に向けて喚き始めた。自分の計画を台無しにした来への憎しみよりも、死んだはずの人間が生き返ったことによる恐怖が大きかった。

 

「僕は人間なんてとっくに辞めている」

「嘘だろ!」

「嘘じゃない。これを見ろ」

 

幸利の前で、来は〝龍化〟を発動させる。幸利の前には、全長三十五メートルの鉄色の龍が鎮座している。ティオを敗北に追いやった時の姿だ。

 

「辻風……お前は一体……」

「僕は〝限りなく完璧に近い生物〟、SFっぽく言えば〝高次元生命体〟だ」

 

来の口から語られる秘密に、幸利は唖然としていた。

 

「人間誰しも一つや二つ秘密を隠し持っているものだよ」

「お前人間じゃねーだろ」

「一応〝元人間〟なんだけど……まぁいいや」

 

先程までのシリアスな雰囲気はどこへやらとツッコみをかます来。そして再びシリアスな空気に戻る。

 

「で結局、幸利は『他人に自分を認めて欲しかった』。そうなんだろう?」

「……あぁ。けど誰も認めちゃくれなかった」

 

顔を俯かせた幸利に、来は「幸利」と名を呼び、言葉を投げかける。

 

「魔人族の助けがあったとはいえ、お前の闇術魔法は凄かったよ。見事だ」

 

幸利は生まれて初めて、自分の個性を認められた。だがしかし、「けど……」と言葉は続く。

 

「……罪も無い人を殺した事は許さない」

「……そうか……」

 

黄金の瞳には、曇りが無かった。幸利を褒めたのは、紛れもない本心だった。

 

「俺さ……お前が天之河よりチートだって分かってからずっとお前に裏切られたような気分だったよ。勇者は超えられても、お前は超えられないって事だったのかもな……」

「……」

 

来は言葉が出なかった。

 

(どうして、俺はこんなに満足してるんだろう……俺の欲望は、こんな程度で満たされる程大きく無かったはずだというのに……辻風に俺の力を認められて、こんなに満足感が得られている)

 

幸利は、在りし日の記憶を思い出していた。

 

 

『へぇ~。面白い趣味してるなぁ、幸利。今度おススメのやつ教えてよ。そういうのちょっと疎いからさ』

 

『色んなフィギュアが置かれてる。徹底してるなぁ……でも悪い事じゃないよ』

 

『情けは人の為ならず。人に親切にしていれば、巡り巡っていつかは自分に返ってくる。自分に親切にして欲しいなら、まず自分から他人に親切にしてやるんだぞ』

 

 

(そっか……俺はただ〝誰かに認められて欲しかった〟んだな……その〝誰か〟は誰だろうが関係なかった。こんなちっぽけな欲望の為に、俺はこんなバカな事をしたのかよ……)

 

幸利は自分の行いを後悔していた。もっと素直になるべきだったのだ。

 

「行こうか。畑山先生の許へ」

「……あぁ」

 

手首を縛られ、剣士に連れられて町へと歩んでいく闇術師。その目は先程までちっぽけで醜い欲望が宿っていたとは思えない程、晴れやかであった……

 

「なぁ、別に俺の手を縄で縛る必要なくないか?」

「一応この騒動の首謀者なんだからさ……」

「だよな……」

*1
行宗記より引用

*2
行宗記より引用

*3
ヨハネの黙示録 第九章 一節より引用




私です。

前回の投稿から半年以上が空いてしまいました。

もしや失踪してしまったのではと思った方、誠に申し訳ございませんでした。

文章書くのが下手すぎて清水がなんかちょろくなってしまいました。


次回 第四十四閃 襲撃終幕


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第四十四陣 襲撃終幕

町外れ。この場にいるのは愛子と生徒達の他、護衛隊の騎士達と町の重鎮達が幾人か、それにウィルと来達のみである。町の残った重鎮達が、現在、事後処理に東奔西走している。

 

バツが悪そうに俯く幸利に、愛子が歩み寄った。黒いローブを着ている姿が、そして何より戦場から直接連れて来られたという事実が、動かぬ証拠として彼を襲撃の犯人だと示している。信じたくなかった事実に、愛子は悲しそうに表情を歪めつつ、幸利に話しかけた。

 

デビッド達が、危険だと止めようとするが愛子は首を振って拒否する。拘束も同様だ。それでは、きちんと幸利と対話できないからと。既に手首は縛られているがそれだけだ。愛子はあくまで先生と生徒として話をするつもりなのだろう。

 

「清水君、落ち着いて下さい。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません……先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

幸利は力の籠ってない声で話を始めた。

 

「俺は…誰かに俺の力を認めてほしかったんだ……勇者勇者と囃し立てられてる天之河が羨ましかったんだ。それに比べて俺は誰にも……否、辻風以外の誰にも期待されなくて、自分で勝手に不満を募らせてた」

「てめぇ……危うく、町がめちゃくちゃになるところだったんだぞ!」

「そうよ! 愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」

 

淳史や優花など生徒達は幸利に対して憤りを露わにする。

 

愛子は生徒達を抑えると、なるべく声に温かみが宿るように意識しながら清水に質問する。

 

「そう、沢山不満があったのですね……でも、清水君。みんなを見返そうというのなら、なおさら、先生にはわかりません。どうして、町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて……多くの人々が亡くなっていたら……多くの魔物を従えるだけならともかく、それでは君の〝価値〟を示せません」

「……魔人族になら示せると思ったんだ」

 

清水の口から飛び出したまさかの言葉に愛子のみならず、来達以外の全員が驚愕を表にする。幸利は魔人族の男と出会った経緯、契約を交わしたこと全てを話した。

 

「契約……ですか? それは、どのような?」

 

戦争の相手である魔人族とつながっていたという事実に愛子は動揺しながらも、きっとその魔人族が自分の生徒を誑かしたのだとフツフツと湧き上がる怒りを抑えながら聞き返す。

 

「……畑山先生……あんたを殺す事だよ」 

「……え?」

 

愛子は、一瞬何を言われたのかわからなかったようで思わず間抜けな声を漏らした。周囲の者達も同様で、一瞬ポカンとするものの、愛子よりは早く意味を理解し、激しい怒りを瞳に宿して幸利を睨みつけた。

 

幸利は、生徒達や護衛隊の騎士達のあまりに強烈な怒りが宿った眼光に射抜かれて一瞬身を竦めるものの、何とか立て直して話を続ける。

 

「え? って……先生、自分が魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか? ある意味、勇者より厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ……〝豊穣の女神〟……先生を町の住人ごと殺せば、俺は、魔人族側の〝勇者〟として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいって。勇者の下で燻っているのは勿体無いって」

「清水君……君の気持ちはよく分かりました。〝特別〟でありたい。そう思う君の気持ちは間違ってなどいません。人として自然な望みです。そして、君ならきっと〝特別〟になれます。だって、方法は間違えたけれど、これだけの事が実際にできるのですから……でも、魔人族側には行ってはいけません。君の話してくれたその魔人族の方は、そんな君の思いを利用したのです。そんな人に、先生は、大事な生徒を預けるつもりは一切ありません……清水君。もう一度やり直しましょう? みんなには戦って欲しくはありませんが、清水君が望むなら、先生は応援します。君なら絶対、天之河君達とも肩を並べて戦えます。そして、いつか、みんなで日本に帰る方法を見つけ出して、一緒に帰りましょう?」

 

幸利は、愛子の話しを黙って聞きながら、何時しか肩を震わせていた。生徒達も護衛隊の騎士達も、清水が愛子の言葉に心を震わせ泣いているのだと思った。実は、クラス一涙脆いと評判の園部優花が、既に涙ぐんで二人の様子を見つめている。

 

「あぁ。だけどその前に、犯した罪を償わなければならない……」

「罪滅ぼしなら、町の復興を一緒に手伝ってもらいます。それで良いですか?」

「既に人殺してるんだぞ。それでも良いのか?」

「えぇ。先生に二言はありません」

 

幸利が愛子と生徒達の許へ駆け寄ろうとした瞬間、事態は急変する。

 

「ッ!? ダメです! 避けて!」

 

そう叫びながら、シアは、一瞬で完了した全力の身体強化で縮地並みの高速移動をし、愛子に飛びかかった。

 

突然の事態に、幸利は動くのが遅れた。シアが無理やり愛子を引き剥がし何かから庇うように身を捻ったのと、蒼色の水流が、来の刀に弾かれるのはほぼ同時だった。

 

跳ね返された鋭い水流は遠くの鳥型の魔物の頭を貫いた。黒い服を来た耳の尖ったオールバックの男は走って逃げようとするが、来が投げた針が刺さった。外野手顔負けである。投げた針は幸利が北の魔物から採った毒針だった。

 

あの男は愛子を暗殺しようとしていたが、来達の規格外ぶりに茫然自失してしまい機会を逸していたのだ。その後、隙を探っていたところ、幸利と愛子の対談が始まった。そして、幸利が愛子を殺せるなら任せようと考えて遠方から様子を伺っていたのだが、いつまでも幸利が愛子を殺す気配がしなかったため痺れを切らして自ら直接手に掛けることにしたのだ。ただ、彼には一つ誤算があった。それは、あわよくば射線上に来達を重ねて一緒くたに危険因子を葬ろうとしたがために、シアの固有魔法を発動させてしまったことである。そう、〝未来視〟だ。来の後ろにいたシアは、当然射線上にいたために、幸利、愛子、来、自分が一気に〝破断〟で貫かれる未来を見たのである。

 

おかげで、愛子が頭を貫かれて即死する未来は避けられた。シアが、体を張って変えた未来だ。誰も死ぬことが無かった。

 

「今のは幸利と契約した魔人族の攻撃か。危うく幸利と畑山先生が死ぬところだった」

 

来は刀を仕舞い、愛子達の方に向く。

 

「僕達はこれで発ちます。無理に留まって貴女方を危険に晒すわけにもいかないので」

「……そうですか」

 

唐突に町を発つと告げられ、愛子は何か言いたげだったがそれを押し留めた。

 

「幸利。今度は人の為に、己を磨け」

「……あぁ」

 

来と幸利は互いに拳を打ちつけ合う。

 

「それから園部さん」

「な、何?」

「ハジメに救われた命、無駄にするなよ」

 

優花は在りし日の大迷宮で骸骨に襲われているところをハジメに救われた光景を思い出していた。

 

「……わかった」

 

それだけを来に言う。

 

「それでは皆、達者で。シア、ミレディ、ティオ、ウィル。行くぞ」

 

弩空を取り出し、全員を乗せて走り去っていった。

 

 

北の山脈を背に、弩空が地面から浮いて滑るように走行している。

 

ウィルは、操縦する来に対し少々身を乗り出して話しかけた。

 

「あの、どうして来さんは清水という少年を許したのですか?」

「別に全部許したわけじゃない。ただ、彼はまだやり直せると思ったんだ」

「お人好しな人ですね……」

「君だって同じだろう?」

 

会ったばかりの冒険者達の死に本気で嘆き悲しみ、普通に考えれば自殺行為に等しい魔物の大群に襲われる自分とは関係ない町のために残り、恨みの対象であるティオを許している。王国の貴族でありながら、冒険者を目指すなど随分変わり者だとは思っていたが、それを通り越して思わず心配になるぐらいお人好しだ。

 

「いい人だねぇ~」

「いい人ですねぇ~」

「うむ、いい奴じゃな」

 

ウィルは、一斉に送られた言葉に複雑な表情だ。褒められている気はするのだが、女性からの〝いい人〟というのは男としては何とも微妙な評価だ。

 

「……一つ、聞きたいことがあります」

「どうした?」

「貴方、本当に人間ですか?」

 

ウィルは人前ですべきではない質問を口にしてしまう。シアとミレディ、そしてティオは目を大きく開き、冷や汗を流す。

 

「……」

 

来の毛先が縹色に、右目が藍色に変わる。

 

「どうしてそう思ったんだい?」

「……あの時、貴方は極光を受けて爆散しましたよね? どうして無事だったんですか?」

 

来も冷や汗を流す。

 

「え、えーと……そう、あれだ。これを身代わりにしたんだ」

 

そう言って懐から火薬玉を取り出す。実際には全く使ってなかったが。

 

「で、でも、その後に出て来た魔物は一体……!?」

「召喚術で呼び出したんだ。ただ、あれだけ強力な奴を使役するとなるとかなり魔力を消費するから……」

 

何となくそれっぽい言い訳をウィルに言う。

 

「でも魔法陣はどこにもありませんでしたが……」

「爆風の中にあったから外からは見えなかったんだろうね。そうだろう? 三人共」

 

シアとミレディ、ティオはいきなり話しかけられて吃驚した。

 

「そ、そうですね~。味方すら欺くとは流石ですぅ……」

「いや~、ホントに吃驚したよ。ホントに死んじゃったかと思ったじゃん」

 

実際本当に死んだけど。

 

「あ…操られていたとはいえ、妾の一撃を前に敗れ去ったと思い込ませるとは……妾も精進しなければの」

 

シア以外は本音である。

 

「……」

 

そんな四人をウィルは怪訝そうな目で見る。

 

「「「「……」」」」

「……まぁ、それなら良かったですけど」

 

どうやら納得してくれたようだ。四人は胸をなでおろし、お茶を飲んだ。

 

「……シア。ありがとう。今回は助かったよ。完全に油断してた」

「べ、別に大した事じゃありませんよ……」

 

シアは謙遜するが、頬は赤く染まっていた。兎耳も忙しなく動いている。

 

「シア。少し気になったんだけど……どうしてあの時、迷わず飛び込んだんだい? 先生とは、大して話してないだろう? 身を挺するほど仲良くなっていたとは思えないんだが……」

「それは……だって、来さんが気にかける人ですから」

「……それだけかな?」

「? ……はい、それだけですけど?」

「……そうか」

 

彼にとって愛子は今の恩師とも呼べる存在なので、死んでしまえばそれなりに衝撃を受けてしまう。死ななくて良かったと素直に思える相手だ。シアのことはそれなりに理解しているつもりだったが、シアもまた、来の心情を十分理解できていた。

 

これは、何かしらの形で報いるべきだと来はシアに話しかける。

 

「そうだ、この後買い出しの予定があるんだが……シアも一緒に来るか?」

「いいのらーちゃん? 君には大切な想い人が……」

 

ミレディが差し止めるように言う。

 

「たまにはこういった形でご褒美をあげないとね」

 

あくまで仲間としてシアを見ている来。本当はウィルを町まで送った後、真っ先に膵花の許へ直行したかったのだが、いつまでもシアに何もしてあげないというのも可哀想だと思ったのだ。

 

「来殿には想い人が別にいるのかの?」

「さぁ……彼自分の過去についてはほとんど話したがらないから」

 

ティオとウィルは互いに思案していた。確かに来は自分の過去を積極的に打ち明けたりはしていない。

 

「いるよ~」

「「!?」」

 

ミレディがいきなり割り込んできた。

 

「み、ミレディ、さん……」

「いる……とは……?」

「そのままの意味だよ?」

 

何故か仲間であるミレディがバラしてしまっているが、肝心の来本人は特に気にしていなかった。

 

「彼曰く、ティーちゃんと同じ位ナイスバディな子らしいよ」

 

確かに間違ってはいないが、もう少しマシな説明はできなかったのだろうか。

 

「来殿の想い人……一体どんな人なんでしょうか……」

「さぁ? それは私にもわからない。ただ一つ言えることは、彼女とらーちゃんはとても固い絆で結ばれているってことだと思う」

 

ミレディがウィルに語りかけている傍ら、ティオは来に話しかけていた。

 

「来殿……いえ、我が主(マスター)

「どうした?」

「貴方方は一体何を目標としているのでしょうか?」

 

迎撃戦前に仲間として迎え入れられたティオだが、来達の目的を知らなかった。

 

「……一言で言えば世直し、だ」

「世直し……」

「そう。種族問わず皆が笑って暮らせるような世の中にするための世直しだ」

 

ティオは来をジッと見つめる。

 

「……というのは建前で、本当は最愛の人と信頼できる仲間がいればそれでいいんだけどね」

 

建前と言っているが、それもまた彼の本音だった。

 

「でも、人の幸せを願ってることには変わり無いよ」

「……貴方様は我が剣術の師匠によく似ていらっしゃるお方です」

「僕は君の師匠に似ているのかい?」

「師匠も人の幸せを常に願っている人でした。随分前に亡くなられてますが……」

「すまない。嫌な事を思い出させた」

「いえ、大丈夫です。今の妾には仲間がいますので」

 

一行は、そのように雑談をしながらフューレンへ向かっていった……中立商業都市フューレンの活気は相変わらずだった。

 

 

 

高く巨大な壁の向こうから、まだ相当距離があるというのに町中の喧騒が外野まで伝わってくる。これまた門前に出来た相変わらずの長蛇の列、唯の観光客から商人など仕事関係で訪れた者達まであらゆる人々が気怠そうに、あるいは苛ついたように順番が来るのを待っていた。

 

そんな入場検査待ちの人々の最後尾に、実にチャラい感じの男が、これまた凄く派手な女二人を両脇に侍らせて気怠そうに順番待ちに不満をタラタラと流していた。取り敢えず何か難しい言葉とか使っとけば賢く見えるだろ? というノリで、順番待ちの改善方法について頭の悪さを浮き彫りにしつつ語っていると、周りがざわつき始めた。

 

チャラ男と連れ二人の後ろには、美青年一人、美少女二人、美女一人、そして普通の青年一人が並んでいた。横にはホバースキッフ〝弩空〟が停まっている。

 

「このペースだと軽く一時間は掛かりそうだな」

 

門までの距離を見て、来は呟く。

 

「それまで暇ですねぇ~」

 

シアは暇そうだ。髪飾りが陽光に照らされてきらりと反射して輝く。

 

「らーちゃん、ちょっといい?」

「どうした? ミレディ」

 

ミレディが来に話しかけた。

 

「ティーちゃんからちょっと話があるんだって」

「そうなのか? ティオ」

「はい……」

 

ティオは周りの様子を見ながら、ひそひそ声で話す。

 

「マスター……その……〝辻風鬼十郎〟なる人物をご存知でしょうか?」

「その人……僕のご先祖様だけど……」

「何と!? 貴方が我が剣術の師の子孫であったとは!」

 

声のボリュームを最大限に落として驚きの声を上げるティオ。そう、ティオ・クラルスの師である辻風鬼十郎は辻風来の直接の先祖である。

 

「僕も吃驚だよ。まさか鬼十郎さんもこの世界を訪れていたなんて」

「ミレディ殿から聞いた話なのですが、彼女の師匠は我が師の子息でございます」

「無慈さんもか」

 

ちなみに、ミレディの剣術の師匠は鬼十郎の息子で、名は〝辻風無慈〟。異名は〝辻斬りの無慈〟という。実際には人を殺したことは一度もないのだが、魔物は大量に殺している。

 

「我が師といい、ミレディ殿の師といい、我々は貴方の血筋と(ゆかり)があるようです」

「世の理というのは、何と不可思議なものなのかな」

 

こればかりはいくら(エヒト)とて弄ることはできない。

 

「ところで来さん。弩空仕舞わなくていいんですか? 今までは町に着く前に仕舞ってましたよね?」

「……今まで人に隠していたのは、今思えばそれは慢心だったと思う」

「どういう……ことですか?」

 

シアが何故弩空を収納しないのかを訊ねた。

 

「この身に秘められた力は途方もなく大きい。それ故全力を出すことに抵抗を覚えてしまう。だから、極力力を加減しなきゃって思ってた。でもそれだけじゃ駄目だった。出し惜しみなんかしてたから、今伴侶と離れ離れさ。でも、その結果君達に出会えたのもまた事実」

 

来は肩を若干竦めて答える。今までは僅かな力だけで困難を乗り切ろうとしていた。だが、その結果最愛の妻と引き離されてしまった。少し前までその傾向が残っていたが、今回の件を以て決別することにした。

 

「来さん……」

「だから、できるだけ僅かな力だけで乗り切ろうとか、最初から絶大な力で押し退けようなんてそんな両極端なこと、もう止めにした。大事な人はもう誰も死なせないって決めたんだ。だから、もう奴隷を装わなくていいんだよ? そのチョーカー外したらどう?」

 

常に手加減、常に全力といったことはキッパリと止めて加減と全力を織り交ぜることにした。故に、シアにも奴隷の振りは止めていいと、チョーカーに指を当てて言う。彼女に手を出そうというのなら、その前に退けるのみと伝える。

 

しかし、シアは、そっと自分のチョーカーに手を触れて撫でると、若干頬を染めて首を横に振った。

 

「いえ、これはこのままで。来さんから初めて頂いた物ですし……それに来さんのものという証でもありますし……最近は結構気に入っていて……だから、このままで」

「そ、そうかい……気に入ったのなら別にいいけど……」

 

シアの兎耳が激しく動く。目を伏せて、俯き加減に恥じらうシアの姿はとても可憐だ。前の方で並んでいる男の何人かが鼻を抑えた手の隙間からダクダクと血を滴らせている。

 

「そうそう、シーちゃんは今のままでも十分可愛いよッ」

 

ミレディも後ろから抱きついて来た。

 

いきなり出来上がった桃色空間に、未知の物体と超美少女&美女の登場という衝撃から復帰した人々が、来達に今度は様々な感情を織り交ぜて注目し始めた。女性達は、シア達の美貌に嫉妬すら浮かばないのか熱い溜息を吐き見蕩れる者が大半だ。一方、男達は、シア達に見蕩れる者、来に嫉妬と殺意を向ける者、そして弩空やシア達に商品的価値を見出して舌舐りする者に分かれている。

 

だが、直接来達に向かってくる者は未だいないようだ。商人達は、話したそうにしているが他の者と牽制し合っていてタイミングを見計らっているらしい。そんな中、例のチャラ男が自分の侍らしている女二人とシア達を見比べて悔しそうな表情をすると明からさまな舌打ちをした。そして、無謀にも来達の方へ歩み寄って行った。見た目はチャラいがそれでも容姿はそれなりに整っている方だ。それ故に、自分が触れて口説けば、女なら誰でも堕ちるとでも思ったのだろう。

 

「よぉ、レディ達。よかったら、俺とこの後お茶しないかい?」

「結構」

 

来が間に入ろうとしたが、ミレディの方が先に動いた。

 

「私達には彼がいるから」

 

そう言ってミレディは来を前に出す。仲間に手を出したのでその視線は冷ややかなものだった。

 

「……」

「何だよその目、俺のことが気に食わないってのか?」

「貴方には既にそのお二方がいるだろう? そんなお二方を差し置いて僕の仲間に手を出そうとは……貴方は女性の気持ちをもっと考えた方がいい。明らかに彼女達は嫌がっていた」

 

しかし、チャラ男はシア達から手を引くどころか対抗心を更に燃やしていた。

 

「へぇ、よく言うねぇ~。だけど、俺はそこそこイケメンだから、俺とお茶でも飲んだらこっちに靡くと思うんだけどなぁ。お前達もそう思うだろ?」

 

チャラ男は侍らしている女二人に尋ねるように言う。しかし、当の二人はというと…

 

「あっちの方顔良すぎ……」

「おまけに超優しそう……」

 

来の方に夢中であった。

 

「なっ……何で俺よりお前の方がモテてるんだよ!」

「……さぁ?」

 

冷や汗をかいて視線を逸らす来。チャラ男の中で殺意が湧きたつ。

 

「お前……ちょっと顔が良いからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

チャラ男は来に殴りかかった。だが、その拳が届くことはなかった。チャラ男の拳は、指一本であっさり止められた。

 

「くっ……」

「……今回だけは水に流してやる。ただし、次同じことをしてみろ。両の腕を折るぞ」

 

殺気の籠った金眼でチャラ男を威圧する来。そのまま指一本でチャラ男を押し返した。チャラ男は来の凍りつくような目を見ると、女二人を置いて何処かへと消えていった。先程まで、「てめぇら、抜け駆けは許さんぞ」と互いに牽制し合っていた商人達は、今や「どうぞどうぞ」と互いに譲り合いをしている。あまりの殺気に皆怯えてしまっていた。

 

「……全く、油断も隙もあったものじゃない」

「私達って、そんなに大切に思われてたんですね……」

「カッコよかった……」

「威圧だけで押し退けるとは、流石マスター。妾も精進せねば」

 

チャラ男を追い返した後、何事もなかったかのように来は列に並ぶ。そんな彼を見て、シアはますます惹かれ、ミレディは見蕩れ、ティオは感心していた。

 

一方、完全に蚊帳の外なウィルは弩空に乗って三角座りをしていた。列に並んでいる間、無言で座り続けるウィルを来達は必死に宥めた。弩空は邪魔だったので仕舞った。

 

そして、列が進んでようやく門のすぐ前まで来た所で、門番から話しかけられた。

 

「……君達、君達はもしかして……ライ、シア、ミレディという名前だったりするか?」

「え? あ、はい。そうですけど……」

「そうか。それじゃあ、ギルド支部長殿の依頼からの帰りということか?」

「はい……もしかしてイルワさんから通達でも来てるんですか?」

 

門番の男は頷く。そして直ぐに門を通してくれた。

 

 

 

ギルドの応接室で待つこと五分、部屋の扉を蹴破らん勢いで開け放ち飛び込んできたのは、ハジメ達にウィル救出の依頼をしたイルワ・チャングだ。

 

「ウィル! 無事かい!? 怪我はないかい!?」

 

以前の落ち着いた雰囲気などかなぐり捨てて、視界にウィルを収めると挨拶もなく安否を確認するイルワ。それだけ心配だったのだろう。

 

「イルワさん……すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を……」

「……何を言うんだ……私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった……本当によく無事で……ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ……二人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

「父上とママが……わかりました。直ぐに会いに行きます」

 

イルワは、ウィルに両親が滞在している場所を伝えると会いに行くよう促す。ウィルは、イルワに改めて捜索に骨を折ってもらったことを感謝し、来達に改めて挨拶に行くと約束して部屋を出て行った。来としては、そこまでしなくても良いのに。と思ったのだが、礼はきちんとしておく主義のようだ。

 

ウィルが出て行った後、改めてイルワと来が向き合う。イルワは、穏やかな表情で微笑むと、深々と来に頭を下げた。

 

「来君、今回は本当にありがとう。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」

「いえいえ、彼の運が良かっただけです」

「ふふ、そうかな? 確かに、それもあるだろうが……何万もの魔物の群れから守りきってくれたのは事実だろう? 女神の剣様?」

「……随分と情報が早いですね」

「ギルドの幹部専用だけどね。長距離連絡用のアーティファクトがあるんだ。私の部下が君達に付いていたんだよ。といっても、あのとんでもない移動型アーティファクトのせいで常に後手に回っていたようだけど……彼の泣き言なんて初めて聞いたよ。諜報では随一の腕を持っているのだけどね」

 

そう言って苦笑いするイルワ。最初から監視員が付いていたのは知っていた。支部長の直属でありながら、常に置いていかれたその部下の焦りを思うと、中々同情してしまう。

 

「それにしても、大変だったね。まさか、北の山脈地帯の異変が大惨事の予兆だったとは……二重の意味で君に依頼して本当によかった。数万の大群を殲滅した力にも興味はあるのだけど……聞かせてくれるかい? 一体、何があったのか」

「力の方なら、僕達のステータスを見れば、一目瞭然かと」

「ふむ、確かに、プレートを見たほうが信憑性も高まるか……わかったよ」

 

そう言って、イルワは、職員を呼んで真新しいステータスプレートを三枚持ってこさせる。

 

====================================

シア・刃卯鱗亜 16歳 女 レベル:40

天職:占術師

筋力:60 [+最大6100]

体力:80 [+最大6120]

耐性:60 [+最大6100]

敏捷:85 [+最大6125]

魔力:3020

魔耐:3180

技能:剣術・未来視[+自動発動][+仮定未来]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅱ] [+集中強化]・重力魔法

====================================

 

シアの苗字がハウリアではなく刃卯鱗亜なのは一族総出で刃卯鱗亜と名乗り始めたから。

 

====================================

ミレディ・ライセン 20歳 女 レベル:94

天職:魔導士

筋力:670

体力:740

耐性:450

敏捷:370

魔力:8630

魔耐:8020

技能:全属性適性・剣術・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・高速魔力回復・生成魔法・重力魔法・魂魄魔法

====================================

 

====================================

ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89

天職:守護者

筋力:770  [+竜化状態4620]

体力:1100  [+竜化状態6600]

耐性:1100  [+竜化状態6600]

敏捷:580  [+竜化状態3480]

魔力:4590

魔耐:4220

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏][+痛覚変換]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・剣術・複合魔法

====================================

 

来には及ばないものの、召喚されたチート集団ですら少人数では相手にならないレベルのステータスだ。勇者が限界突破を使っても及ばないレベルである。

 

そして、現在の来のステータスはこちら。

 

===============================

辻風来 17歳 男 レベル:23

天職:剣士

筋力:5050  [+龍化状態19400]

体力:8730  [+龍化状態17800]

耐性:7200  [+龍化状態9070]

敏捷:7540  [+龍化状態6200]

魔力:5100

魔耐:4600

技能:雷属性適正・全属性耐性・剣術[+抜刀術][+斬撃速度上昇]・天歩[+空力][+縮地]・剛腕・先読・気配感知・気配遮断・幻術・妖術・龍化・暗視・分子操作・熱源感知・魔力感知・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・思念通話・睡眠覚醒・状態異常耐性・言語理解・生成魔法・重力魔法・再生魔法・魂魄魔法・変成魔法

===============================

 

一度肉体を再構成した際にいくつか技能が喪失していた。錬成は生成魔法に、その他の耐性は状態異常耐性として統合された。風爪、纏雷、胃酸強化は消失した。

 

流石に、イルワも口をあんぐりと開けて言葉も出ない様子だ。無理もない。ティオは既に滅んだとされる種族固有のスキルである〝竜化〟を持っている上に、ステータスが特異過ぎる。シアは種族の常識を完全に無視している。驚くなという方がどうかしている。ミレディに関しては神代魔法を三つ持っている。

 

「いやはや……なにかあるとは思っていましたが、これほどとは……」

「では、事の顛末を話します」

 

普通に聞いただけなら、そんな馬鹿なと一笑に付しそうな内容でも、先にステータスプレートで裏付けるような数値や技能を見てしまっているので信じざるを得ない。イルワは、すべての話を聞き終えると、一気に十歳くらい年をとったような疲れた表情でソファーに深く座り直した。

 

「……道理でキャサリン先生の目に留まるわけだ。来君が異世界人の一人だということは予想していたが……実際は、遥か斜め上をいったね……だが、君達を敵に回すようなこと、個人的にもギルド幹部としても有り得ない選択肢だよ……君達は私の恩人なんだ。そのことを私が忘れることは生涯ないよ」

「……そうですか。ありがとうございます」

「私としては、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は、上の方も議論が紛糾して君達に下手なことはしないと思うよ。一応、後ろ盾になりやすいように、君達の冒険者ランクを全員〝金〟にしておく。普通は、〝金〟を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど……事後承諾でも何とかなるよ。まぁ、そのうち〝金〟より上のランクができるかもしれないけど。キャサリン先生と僕の推薦、それに〝女神の剣〟という名声があるからね」

 

イルワの大盤振る舞いにより、他にもフューレンにいる間はギルド直営の宿のVIPルームを(無理矢理)使わせてくれたり、イルワの家紋入り手紙を用意してくれたりした。何でも、今回のお礼もあるが、それ以上に、来達とは友好関係を作っておきたいということらしい。ぶっちゃけた話だが、隠しても意味がないだろうと開き直っているようだ。

 

その後、イルワと別れ、来達はフューレンの中央区にあるギルド直営の宿のVIPルームでくつろいだ。途中、ウィルの両親であるグレイル・グレタ伯爵とサリア・グレタ夫人がウィルを伴って挨拶に来た。かつて、王宮で見た貴族とは異なり随分と筋の通った人のようだ。ウィルの人の良さというものが納得できる両親だった。

 

グレイル伯爵は、しきりに礼をしたいと家への招待や金品の支払いを提案したが、来が固辞するので、困ったことがあればどんなことでも力になると言い残し去っていった。

 

 

広いリビングの他に個室が四部屋付いた部屋は、その全てに天蓋付きのベッドが備え付けられており、テラスからは観光区の方を一望できる。既に日は傾いている。

 

「……これは買い出しは明日だな。取り敢えず今日はここで一休みにしよう」

「あのぉ~、来さん」

「分かってる。明日は一日付き合うよ」

 

シアの表情が明るくなる。兎耳も忙しなく振れる。

 

「……買い物なら私とティーちゃんがしておくから、明日はお二人で楽しんでいってね」

「ありがとう。ミレディ」

「だって、オーちゃんの迷宮を攻略してからできた、最初の仲間だもんね」

 

初めて会った時と比べて、ミレディの性格は変わっていた。迷宮で披露したウザさは鳴りを潜め、今や優しさ全開の恋する乙女となっている。

 

「そ・の・か・わ・り」

「な……何?」

 

ミレディは来の耳元に顔を寄せて囁く。

 

「今度は私も、君とデートしたいな♪ もちろん、ティーちゃんとも一日付き合ってあげてね☆」

(最近なんか大胆になって来たな……)

 

ミレディも、一緒にお出かけがしたかったようだ。しかし、ティオの存在も忘れずにいることから、仲間想いは健在だ。

 

来は心の中で膵花に必死に謝りながら、四人で雑談を交わし合いながら夜を過ごした……




色んな方から指摘を喰らいそうな気がしてならないまま執筆してました。


次回 第四十五閃 海人族の少女


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第四十五陣 海人族の幼女

「ふんふんふふ~ん、ふんふふ~ん! いい天気ですねぇ~、絶好のデート日和ですよぉ~」

 

フューレンの街の表通りを、上機嫌の兎耳少女シアが来の隣を歩いている。服装は何時も着ているくノ一装備とは異なり、可愛らしいもんぺ姿だった。相変わらず露出度は低い。それでもお胸は目立つ。野郎共の視線がそこに釘付けになる。

 

もっとも、何より魅力的なのは、その纏う雰囲気と笑顔だろう。頬を染めて、楽しくて仕方ありません! という感情が僅かにも隠されることなく全身から溢れている。亜人族(しかも兎人族)であるとか、奴隷の首輪らしきもの(チョーカー)を付けている事とか、そんなものは些細な事だと言わんばかりに周囲の人々を尽く見惚れさせ、あるいは微笑ましいものを見たというようにご年配方の頬を緩ませている。

 

そんなシアを、来は穏やかに微笑みながら歩いていた。よほど心が浮き立っているのだろう。シアは来の腕に抱きつき、頬を染めていた。いつもならここまでさせないのだが、今日は特別に許可している。昨夜、別の日にミレディとティオとも二人きりで観光させられることが決まり、後でその分膵花を愛してあげようと決心した。

 

観光区には、実に様々な娯楽施設が存在する。例えば、劇場や大道芸通り、サーカス、音楽ホール、水族館、闘技場、ゲームスタジオ、展望台、色とりどりの花畑や巨大な花壇迷路、美しい建築物や広場などである。

 

「来さん、来さん! まずはメアシュタットに行きましょう! 私、一度も生きている海の生き物って見たことないんです!」

 

ガイドブックを片手に、兎耳を「早く! 早く!」と言う様にぴょこぴょこ動かすシア。【ハルツィナ樹海】出身なので海の生物というのを見たことがないらしく、メアシュタットというフューレン観光区でも有名な水族館に見に行きたいらしい。

 

ちなみに、樹海にも大きな湖や川はあるので淡水魚なら見慣れているらしいのだが、海の生き物とは例えフォルムが同じ魚でも感じるものは違うらしい。

 

途中の大道芸通りで、人間の限界に挑戦するようなアクロバティックな妙技に目を奪われつつ、たどり着いたメアシュタットは相当大きな施設だった。海をイメージしているのか全体的に青みがかった建物となっており多くの人で賑わっている。

 

中の様子は極めて地球の水族館に似ていた。ただ、地球ほど、大質量の水の圧力に耐える透明の水槽を作る技術がないのか、格子状の金属製の柵に分厚いガラスがタイルの様に埋め込まれており、若干の見にくさはあった。

 

だが、シアはそんな事気にならないようで、初めて見る海の生き物の泳いでいる姿に瞳を輝かせて、頻りに指を差しながら来に話かけた。すぐ隣で同じく瞳を輝かせている家族連れの幼女と仕草が同じだ。「海の生き物を見るのは初めて」と、視線が合った幼女の父親に説明した。

 

そんなこんなで一時間ほど水族館を楽しんでいると、シアは一つの水槽に釘付けになっていた。水槽の中には中年男性の顔をした魚らしき生物が泳いでいた。

 

「な、何なんですかこのお魚……」

 

シアが謎生物をジッと見つめていると、謎生物が急に喋った。

 

〝……何見てんだよ〟

「うわ喋った!?」

 

解説によると、リーマンという水棲系の魔物で、固有魔法〝念話〟が使える。滅多に話すことはないがきちんと会話が成立するらしく、確認されている中では唯一意思疎通の出来る魔物として有名であるとのことだ。

 

ただ、物凄い面倒くさがりのようで、仮に会話出来たとしても、やる気の欠片もない返答しかなく、話している内に相手の人間まで無気力になっていくという副作用?みたいなものまであるので注意が必要とのことだ。あと、お酒が大好きらしく、飲むと饒舌になるらしい。但し、一方的に説教臭いことを話し続けるだけで会話は成立しなくなるらしい。

 

来は似た能力を持っているので〝思念通話〟で話しかけてみた。

 

〝初めまして。辻風来と申します〟

 

突然の念話に、リーマンの目元が一瞬ピクリと反応する。そして、シアから視線を外すと、ゆっくり来を見返した。シアが、何故か勝った! みたいな表情をしているが一旦置いておこう。

 

〝お前さん、なぜ念話が出来る?人間の魔法を使っている気配もねぇのに……まるで俺と同じみてぇだ〟

 

当然といえば当然の疑問だろう。何せ、人間が固有魔法として〝念話〟を使っているのだ。なぜ自分と同じことを平然と出来ているのか気になるところだ。普段は、滅多に会話しないリーマンが来との会話に応じているのも、その辺りが原因なのだろう。流石に生まれ持った能力とは言えず、念話を使う別の魔物を捕食して得たものだと説明した。

 

〝……若ぇのに苦労してんだな。よし、聞きてぇことがあるなら言ってみな。おっちゃんが分かることなら教えてやるよ〟

〝……え?〟

 

どうやら、魔物を喰うしかないほど貧乏だとでも思われたようだ。今のそれなりにいい服を着ている姿を見て、「頑張ったんだなぁ、てやんでぇ! 泣かせるじゃねぇか」とヒレで鼻をすする仕草をしている。

 

実際、それなりに苦労したので特に訂正はせず、リーマンに色々聞いてみる。例えば、魔物には明確な意思があるのか、魔物はどうやって生まれるのか、他にも意思疎通できる魔物はいるのか……等々。リーマン曰く、ほとんどの魔物は本能的で明確な意思はないらしい。言語を理解して意思疎通できる魔物など自分の種族しか知らないようだ。また、魔物が生まれる方法も知らないらしい。

 

他にも色々話しているとそれなりの時間が経ち、傍目には若い男とおっさん顔の人面魚が見つめ合っているという果てしなくシュールな光景なので、人目につき始める。シアが、それにそわそわし始め来の服の裾をちょいちょい引っ張るので、会話を切り上げることにした。

 

リーマンとの会話は中々に面白かったが、今日はシアに付き合うと決めていたのだ。蔑ろにしては約束を反故にすることになる。リーマンの方も「おっと、デートの邪魔だったな」と空気を呼んで会話の終わりを示した。ちなみに、その頃には何時の間にか敬語が抜け、「リーさん」「ラー坊」と呼び合う仲になっていた。

 

最後にリーマンが何故こんなところにいるのか聞いてみた。そして、返ってきた答えは……

 

〝ん?いやな、さっきも話した通り、自由気ままな旅をしていたんだが……少し前に地下水脈を泳いでいたらいきなり地上に噴き飛ばされてな……気がついたら地上の泉の傍の草むらにいたんだよ。別に、水中じゃなくても死にはしないが、流石に身動きは取れなくてな。念話で助けを求めたら……まぁ、ここに連れてこられたってわけだ〟

〝それって……〟

 

ライセンの大迷宮から排出された時のことだろうか。どうやら、リーマンはそれに巻き込まれて一緒に噴水に打ち上げられたらしい。直接の原因はミレディだったので、巻き込んでしまったかもしれないと思った。実際には、ハジメ一行の脱出に巻き込まれた。その際、香織が溺れかけてハジメの処置で一命を取り留めたのは別の話。

 

〝リーさん。その、ここから出たいのかな?〟

〝?そりゃあ、出てぇよ。俺にゃあ、宛もない気ままな旅が性に合ってる。生き物ってのは自然に生まれて自然に還るのが一番なんだ。こんな檻の中じゃなく、大海の中で死にてぇてもんだよ〟

〝なら、近くの川にでも送り届けようか? 僕達の事情に巻き込んでしまったかもしれないわけだし、ちょっと職員と交渉してくるから〟

〝ラー坊……へっ、若造が、気ぃ遣いやがって……何をする気かは知らねぇが、てめぇの力になろうって奴を信用できないほど落ちぶれちゃいねぇよ。ラー坊を信じて待ってるぜ。それと嬢ちゃん、ラー坊と繋いだその手、離すんじゃねぇぞ〟

 

「へ? へ? えっと……もちろん離しませんよ!」

 

訳がわからないなりに、しっかり返事するシア。そんな彼女に満足気な笑みを見せるリーマン。彼のこれからに幸運を祈りつつメアシュタット水族館の奥へと進む。

 

その後、来は職員に「あのリーマンは本来自分が運んでいた荷物だったのだが、訳あって紛失したので返していただけないか」と交渉した。職員が悩んでいる中、水族館が喰鰹の群れの襲撃に遭い、来が討伐するとお礼にとリーマンを譲ってもらえた。リーマンは「ななつぼし」によって近くの川に放流された。空っぽになった水槽には絞めて気絶させた喰鰹を一匹入れた。勿論補強された後で。

 

 

メアシュタット水族館を出て昼食も食べた後、来とシアの二人は、迷路花壇や大道芸通りを散策していた。シアの腕には、露店で買った食べ物が入った包みが幾つも抱えられている。今は、バニラのようなアイスクリームを攻略中だ。

 

「美味しいかい?」

「あむっ……はい! とっても美味しいですよ。流石、フューレンです。唯の露店でもレベルが高いです」

「それはよかった」

 

シアが幸せそうにしているのを見て、来も頬が緩んだが、突如、その表情を訝しげなものに変え足元を見下ろした。

 

それに気がついたシアが、「ん?」と首を傾げて来に尋ねる。

 

「どうかしましたか、来さん?」

「……下水道を子供が流れてる。かなり弱ってるぞ」

「ッ!? た、大変じゃないですか! もしかしたら、何処かの穴にでも落ちて流されているのかもしれませんよ! 来さん! 追いかけましょう! どっちですか!」

「こっちだ!」

 

来はシアと二人で地下をそれなりの速度で流れていく気配を追う。一気に気配を追い抜き、マンホールから下水道に侵入する。

 

「来さん、私にも気配が掴めました。私が飛び込んで引っ張り上げますね!」

「いや、そこまでしなくていいよ」

 

下水に飛び込もうとしているシアを止め、来は左腕を突っ込んで子供を掴んで引き上げた。

 

「この子は……」

「まだ息はある。取り敢えずここから離れよう」

 

引き上げられたその子供を見て、シアが驚きに目を見開く。来も、その容姿を見て知識だけはあったので、内心では結構驚いていた。しかし、場所が場所だけに、肉体的にも精神的にも衛生上良くないと場所を移動する事にする。

 

何となく、子供の素性的に唯の事故で流されたとは思えないので、そのまま開けたマンホールの蓋を閉め、〝八咫〟から毛布を取り出して小さな子供を包み、抱きかかえて移動を開始した。

 

とある裏路地の突き当りにあるマンホールが開き、来とシアが飛び出す。

 

「シア、背中に乗って」

「はい!」

 

来はシアを背負い、子供を抱えると神速で近くの川まで移動する。そして川岸で大きめの鍋を取り出してお湯を沸かす。言っておくが、風呂の代用である。

 

来とシアは改めて運んできた子供を見る。見た目三、四歳といったところだ。マリンブルーの長い髪と幼い上に汚れているにも関わずわかるくらい整った可愛らしい顔立ちをしている。女の子だ。だが何より特徴的なのは、その耳だ。通常の人間の耳の代わりに扇状のヒレが付いているのである。しかも、毛布からちょこんと覗く紅葉のような小さな手には、指の股に折りたたまれるようにして薄い膜がついている。

 

「この子、海人族の子ですね……どうして、こんな所に……」

「只事ではないのは確かだ」

 

海人族は、亜人族としてはかなり特殊な地位にある種族だ。西大陸の果、【グリューエン大砂漠】を超えた先の海、その沖合にある【海上の町エリセン】で生活している。彼等は、その種族の特性を生かして大陸に出回る海産物の八割を採って送り出しているのだ。そのため、亜人族でありながらハイリヒ王国から公に保護されている種族なのである。差別しておきながら使えるから保護するという何とも現金な話だ。

 

そんな保護されているはずの海人族、それも子供が内陸にある大都市の下水を流れているなどありえない事だ。

 

と、その時、海人族の幼女の鼻がピクピクと動いたかと思うと、パチクリと目を開いた。そして、その大きく真ん丸な瞳でジーと来を見つめ始める。来も何となく目が合ったまま逸らさずジーと見つめ返した。

 

「……」

「……?」

 

意味不明な緊迫感が漂う中、シアが何をしているんだと呆れた表情で近づくと、海人族の幼女のお腹がクゥーと可愛らしい音を立てる。再び鼻をピクピクと動かし、来から視線を逸らすと、その目が未だに持っていたシアの露店の包みをロックオンした。

 

シアが、これ? と首を傾げながら、串焼きの入った包み右に左にと動かすと、まるで磁石のように幼女の視線も左右に揺れる。どうやら、相当空腹のようだ。

 

「お腹が空いてるなら、これを……」

「待て。体を洗う方が先だ。それに、幾分か下水を飲んでしまっているだろうし、一度胃の中を洗う必要がある。その間、この子の替えの服を買いに行ってくれ」

「は、はい」

 

シアが、包から串焼きを取り出そうとするのを制止して、幼女を風呂に入れる準備をする。そしてシアは幼女の服を買いに街へと向かう。

 

「ここまでよく頑張ったな。僕は来。さっき出かけて行ったのはシアだ。名前は?」

「……ミュウ」

「そうかミュウ。お腹が空いてるところ悪いんだけど、先にお風呂だ」

 

そう言って毛布と衣服を脱いだミュウの体をお湯で濡らし、石鹸で洗う。ちなみにお湯は四十二度ほど。熱すぎず温すぎずの温度だ。

 

体を洗った後、湯船(鍋)に入れる。ミュウは体を包む温かさに顔を緩ませる。しばらくしてミュウが上がると、来はミュウの体を新しい毛布で拭き、煮沸消毒した水を大量に飲ませる。ミュウは飲んだ水を吐いた。それを二、三回繰り返す。傍から見れば虐めてるように見えるが歴とした応急処置である。

 

処置を済ませた後、市販の薬を溶かした微温湯を飲ませる。ちょっと苦かったのでミュウは涙目だ。

 

「来さ~ん、戻って来ましたよ~」

「お帰り」

 

数分後、シアが戻って来た。串焼きはシアが持っていたので戻って来るまで食べられなかった。

 

「よし、もう食べていいぞ」

 

着替えも済み、髪も乾き、これでようやくミュウは食事にありつける。来に抱っこされながら、ミュウは串焼きを小さな口を一生懸命動かして食べる。薄汚れていた髪は、本来のマリンブルーに戻っていた。

 

「来さんって面倒見良いですよね」

「前の世界で子供がいたからね。子供の世話は慣れてるんだ」

「そうですか。それなら納得です」

 

シアは頬を緩めてニコニコと笑う。

 

「で、今後の事だけど……」

「ミュウちゃんをどうするかですね……」

 

二人が自分の事を話していると分かっているようで、上目遣いでシアと来を交互に見るミュウ。

 

「教えてくれ。君に一体何が遭ったんだ?」

 

ミュウはたどたどしくも事情を話す。

 

ある日、海岸線の近くを母親と泳いでいたらはぐれてしまい、彷徨っているところを人間族の男に捕らえられた。

 

そして、幾日もの辛い道程を経てフューレンに連れて来られたミュウは、薄暗い牢屋のような場所に入れられた。そこには、他にも人間族の幼子たちが多くいた。そこで幾日か過ごす内、一緒にいた子供達は、毎日数人ずつ連れ出され、戻ってくることはなかった。少し年齢が上の少年が見世物になって客に値段をつけられて売られるのだと言っていた。

 

いよいよ、ミュウの番になったところで、その日たまたま下水施設の整備でもしていたのか、地下水路へと続く穴が開いており、懐かしき水音を聞いたミュウは咄嗟にそこへ飛び込んだ。三、四歳の幼女に何か出来るはずがないだろう、と枷を付けられていなかったのは幸いだった。汚水への不快感を我慢して懸命に泳いだミュウ。幼いとは言え、海人族の子だ。通路をドタドタと走るしかない人間では流れに乗って逃げたミュウに追いつくことは出来なかった。

 

だが、慣れない長旅に、誘拐されるという過度のストレス、慣れていない不味い食料しか与えられず、下水に長く浸かるという悪環境に、遂にミュウは肉体的にも精神的にも限界を迎え意識を喪失した。そして、身を包む暖かさに意識を薄ら取り戻し、気がつけば来の腕の中だったというわけだ。

 

「……」

「……来さん、どうしますか?」

 

シアのその瞳は何とかしたいという光が宿っていた。亜人族は、捕らえて奴隷に落とされるのが常だ。その恐怖や辛さは、シアも家族を奪われていることからも分かるのだろう。

 

だが、それに対する来の返答は、意外なものだった。

 

「……ここは保安署に出向くべきか」

「そんなっ……この子や他の子達を見捨てるんですか……」

 

来の言葉にシアは噛みつく。

 

保安署とは、地球で言うところの警察機関のことだ。そこに預けるというのは、ミュウを公的機関に預けるということで、完全に自分達の手を離れるということでもある。なので、見捨てるというわけではなく迷子を見つけた時の正規の手順ではあるのだが、事が事だけにシアとしてはそういう気持ちになってしまうのだろう。

 

「違う、そうじゃない。ミュウを連れたままではあまりにリスクが高すぎる。だから少しでも安全な場所に置いておく方が無難なんだよ」

「そ、それは……そうですが……」

「手放したくない気持ちはわかる。でも今は少し我慢してくれ」

 

シアは来の瞳を見る。何かを決意した目だ。

 

「……はい」

 

シアも眼差しから察したのか、決意表明をする。来は屈んでミュウに視線を合わせると、ミュウが理解出来るようにゆっくりと話し始めた。

 

「ミュウ。これから、君のことを守ってくれる人達の所に行く。時間はかかるかもしれないけど、必ず母親の許に帰す」

「……お兄ちゃんとお姉ちゃんは?」

 

ミュウが不安そうな声音で二人はどうするのかと尋ねる。

 

「心配するな。なるべく早く戻って来る。兄ちゃん達はこれからやらなきゃいけないことがあるから」

「やっ!」

「えっ、えぇ……」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんがいいの! 二人といるの!」

 

思いのほか強い拒絶が返って来た。ミュウは、駄々っ子のように来の膝の上でジタバタと暴れ始めた。今まで、割りかし大人しい感じの子だと思っていたが、どうやらそれは、来とシアの人柄を確認中だったからであり、信頼できる相手と判断したのか中々の駄々っ子ぶりを発揮している。元々は、とても明るい子なのだろう。

 

来としても信頼してくれるのは悪い気はしないのだが、どっちにしろ公的機関への通報は必要である。なので、「やっ――!!」と全力で不満を表にして、一向に納得しないミュウへの説得を諦めて、抱きかかえるとそのまま保安署に連れて行くことにした。

 

ミュウとしても、窮地を脱して奇跡的に見つけた信頼出来る相手から離れるのはどうしても嫌だったので、保安署への道中、来の髪やら頬やらを盛大に引っ張り引っかき必死の抵抗を試みる。隣におめかしして愛想笑いを浮かべるシアがいなければ、来こそ誘拐犯として通報されていたかもしれない。

 

「やっ――!!」

「止めて、髪を引っ張るのは止めて……」

「あはははは……」

 

髪はボサボサにされ、頬に引っかき傷を作って保安署に到着した来は、目を丸くする保安員に事情を説明した。

 

事情を聞いた保安員は、表情を険しくすると、今後の捜査やミュウの送還手続きに本人が必要との事で、ミュウを手厚く保護する事を約束しつつ署で預かる旨を申し出た。どうやら相当大きな問題らしく、直ぐに本部からも応援が来るそうで、自分達はお役目御免だろうと思い、一旦様子見をと引き下がろうとした。が……

 

「お兄ちゃんは、ミュウが嫌いなの?」

 

幼女にウルウルと潤んだ瞳で、しかも上目遣いでそんな事を言われて平常心を保てる者はそうそういない。眼前の保安員に任せておけば安全だと根気よく説明するが、ミュウの悲しそうな表情は一向に晴れなかった。

 

見かねた保安員達が、ミュウを宥めつつ少し強引に来達と引き離し、ミュウの悲しげな声に後ろ髪を引かれつつも、泣く泣く来とシアは保安署を出たのだった。

 

やがて保安署も見えなくなり、かなり離れた場所に来たころ、来とシアは作戦会議をしていた。

 

「……取り敢えず情報収集するしかないですね……」

「……そうだね」

「でも街は広いですから、どこから調べようか迷いますね……」

「なるべく人目の付かないような場所をしらみつぶしに探していくしか……」

 

刹那、後方から爆音が聞こえた。黒煙も上がっている。

 

「ら、来さん。あそこって……」

「不味い、油断した!」

 

黒煙が上がっている場所は、先程の保安署だった。二人は、互いに頷くと保安署へと駆け戻る。恐らく、ミュウを誘拐していた組織が、情報漏洩を防ぐためにミュウごと保安署を爆破したのだろう。

 

焦る気持ちを抑えつけて保安署にたどり着くと、表通りに署の窓ガラスや扉が吹き飛んで散らばっている光景が目に入った。しかし、建物自体はさほどダメージを受けていないようで、倒壊の心配はなさそうだった。来達が、中に踏み込むと、対応してくれた保安員がうつ伏せに倒れているのを発見する。

 

両腕が折れて、気を失っているようだ。他の職員も同じような感じだ。幸い、命に関わる怪我をしている者は見た感じではいなさそうである。来が、職員達を見ている間、ほかの場所を調べに行ったシアが、焦った表情で戻ってきた。

 

「来さん! ミュウちゃんがいません! それにこんなものが!」

 

シアが手渡してきたのは、一枚の紙。そこにはこう書かれていた。

 

〝海人族の子を死なせたくなければ、白髪の兎人族を連れて××に来い〟

 

「来さん、これって……」

「ああ、どうやら僕の逆鱗に触れてしまったようだ」

 

来の眼差しは、普段からは想像もつかない程、凍りつくようなものになっていた。おそらく、連中は保安署でのミュウと来達のやり取りを何らかの方法で聞いていたのだろう。そして、ミュウが人質として役に立つと判断し、口封じに殺すよりも、どうせならレアな兎人族も手に入れてしまおうとでも考えたようだ。

 

「シア」

「はい」

「これよりミュウの奪還に入る。大事な仲間に手を出そうとしているんだ。連中は全員息の根を止めろ」

「了解です」

 

来はかつて、幼子を救えずに死なせてしまったことがあった。その子供の体は傷だらけだった。親の方は原型を留めていなかった。それは一晩中塞ぎ込んでしまうほどのトラウマになった。

 

あの惨劇以降、彼は二度と子供を死なせないと誓った。そして今、また子供が窮地に立たせられている。ここで動かなければ、来は一生後悔し続けるだろう。

 

それに、今回、相手はシアをも奪おうとしている。己の〝大切な仲間〟に手を出そうというのだ。

 

陣羽織姿の来とくノ一姿のシアは刀を携え、愚か者共の指定場所へと音速で駆け出して行った……




小話
剣士である来が錬成を使えたのは先祖に鍛冶師がいるから。


次回 第四十六閃 白髪の死刑執行人(エクセキューショナー)


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第四十六陣 白髪の死刑執行人(エクセキューショナー)

ウルの町での激戦とほぼ同時刻……

「そっか……()()、解けたんだね」

何処かの町から少し離れた所にて、かなり大きな焚火の前に立つ女が一人。

「私も、()()しなきゃね」

そして、彼女は躊躇うことなく炎の中へと飛び込んだ。


ミレディとティオは、商業区に買い出しに来ていた。といっても旅中で消費した分を少し補充する程度のことだが。したがって、それほど食料品関係を買い漁る必要はなく、二人は、商業区をぶらぶらと散策していた。

 

「ふむ、それにしてもミレディ殿。本当によかったのか?」

「シーちゃんのことかな?」

「うむ。もしかすると今頃、色々進展しているかもしれんよ?」

 

ブティックで展示品を品定めしているミレディに、ティオがそんな質問をする。声音は少し面白がるような響きが含まれていた。余裕ぶっていていいのか? 先を越されるかもしれないぞ? と。ティオとしては、三人の不思議な関係に興味があった。これから共に旅をする以上、一度腹を割って話してみたかったのだ。

 

それに対し、ミレディは動揺の欠片もなくティオを見て言う。

 

「ああ見えてらーちゃんかなり堅物だから。シーちゃんに靡くことは無いと思う」

「し、しかし……そこまで一途になれるものなのかの?」

「君が生きて来たよりも長く連れ添った相手がいるだからね。彼女との絆はそう簡単には千切れないよ」

 

首を傾げるティオ。そんな彼女にミレディは店を見て回りながら話を続ける。

 

「初めてシーちゃんを見た時、らーちゃんにベッタリとしてて、色々下心も透けて見えてたから面倒くさそうな子だな~って思ってた。でもさ、最終試練でわかったんだ」

「わかった、とは?」

「あの子は何時も全力で、一生懸命。大切なもののために、好きなもののために。とにかく真っ直ぐな子」

「ふむ。それは見ていてわかる気がするの……」

 

ティオは、短い付き合いながら今までのシアを脳裏に浮かべて頬を緩めた。亜人族にあるまじき難儀な体質でありながら笑顔が絶えないムードメーカーな少女に自然と頬が綻ぶのだ。

 

「シーちゃんも私も、そして君も、らーちゃんの〝大切な仲間〟だよ。〝特別な仲間〟にはなれないと思うけどね」

「ならば……ここは己が師の末裔を仲間に持つ者同士、お互い精進しようぞ」

 

ティオは来達との関係を良好なものにしようとしていた。そんなティオに、ミレディは上手くやっていけそうだと笑うのだった。

 

と、二人がブティックを出た直後、直ぐ近くの建物から二人出て来た。

 

「ん? マスターとシア殿。一体ここで何を?」

「あれ? ミレディさんとティオさん? どうしてこんなところに?」

「君達デートに行ってたはずだったよね? どうしたのその恰好」

 

建物から出て来たのは来とシアだった。出かけた時は平服ともんぺ姿だったはずなのに、今は陣羽織に忍者服を身に纏っている。両者とも刀を手に握っている。刀身からは赤い液体が滴り落ちていた。

 

「あはは、私もこんなデートは想定していなかったんですが……成り行きで……ちょっと人身売買している組織の関連施設を潰し回っていまして……」

「一体何が遭ったのかな……」

 

シアは苦笑いするしかなかった。

 

「丁度合流しようと思ってた所なんだ」

 

刀を鞘に仕舞う来とシア。二人はミレディとティオに事の顛末を伝える。

 

 

「で、指定された場所に行ってみたら、そこにミュウはいなかった。最初から僕を殺してシアを拉致する計画だったようだ。取り敢えず全員の頭の中を覗いてみたけど、隠れ家の場所は知っていたがミュウの居場所までは知らなかった。そして全員殺した後に隠れ家を回っていた所だったわけだ」

「どうも、私だけじゃなくて、ミレディさんとティオさんにも誘拐計画があったみたいですよ。それで、ならば尚更今回関わった組織とその関連組織の全てを潰さなければということになりまして……」

 

先程来とシアが出て来た建物の中で、説明を聞いたミレディとティオはそのトラブル体質に内心少し驚いていた。

 

「……それで、そのミュウって子を探せばいいんだね?」

「ああ。相手はかなり大規模な組織みたいだ……関連施設の数もそれなりにあるから、君達と合流しようと思ってた所なんだ」

「ふむ。主様の頼みとあらば、是非もないの」

「本当は解放者としてやりたくは無いんだけど……子供達を見捨てるくらいなら、処刑された方がマシだよ」

 

ミレディもティオも了承した。来は現在判明している裏組織のアジトの場所を伝え、来とミレディ、シアとティオの二手に分かれてミュウ捜索兼組織壊滅に動き出した。来とシアで別れたのは、ミュウを発見した場合に顔見知りがいた方がいいと考えたからだ。追跡と撲滅、いずれもマッハでやるつもりだ。

 

 

 

商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた場所。公的機関の目が届かない完全な裏世界。大都市の闇。昼間だというのに何故か薄暗く、道行く人々もどこか陰気な雰囲気を放っている。

 

そんな場所の一角にある七階建ての大きな建物、表向きは人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締をしている裏組織〝フリートホーフ〟の本拠地である。いつもは、静かで不気味な雰囲気を放っているフリートホーフの本拠地だが、今は、騒然とした雰囲気で激しく人が出入りしていた。おそらく伝令などに使われている末端構成員達の表情は、訳のわからない事態に困惑と焦燥、そして恐怖に歪んでいた。

 

そんな普段の数十倍の激しい出入りの中、どさくさに紛れるように面を被った者が二人、フリートホーフの本拠地に難なく侵入した。バタバタと慌ただしく走り回る人ごみをスイスイと避けながら進み、遂には最上階のとある部屋の前に立つ。その扉からは男の野太い怒鳴り声が廊下まで漏れ出していた。それを聞いて、面を被った者の耳がピコピコと動いている。

 

「ふざんけてんじゃねぇぞ! アァ!? てめぇ、もう一度言ってみやがれ!」

「ひぃ! で、ですから、潰されたアジトは既に五十軒を超えました。襲ってきてるのは二人組が二組です!」

「じゃあ、何か? たった四人のクソ共にフリートホーフがいいように殺られてるってのか? あぁ?」

「そ、そうなりまッへぶ!?」

 

室内で、怒鳴り声が止んだかと思うと、ドガッ! と何かがぶつかる音がして一瞬静かになる。どうやら報告していた男が、怒鳴っていた男に殴り倒されでもしたようだ。

 

「てめぇら、何としてでも、そのクソ共を生きて俺の前に連れて来い。生きてさえいれば状態は問わねぇ。このままじゃあ、フリートホーフのメンツは丸潰れだ。そいつらに生きたまま地獄を見せて、見せしめにする必要がある。連れてきたヤツには、報酬に五百万ルタを即金で出してやる! 一人につき、だ! 全ての構成員に伝えろ!」

 

男の号令と共に、室内が慌ただしくなる。男の指示通り、組織の構成員全員に伝令するため部屋から出ていこうというのだろう。耳をそばだてていた二人の面を被った者達は顔を見合わせ一つ頷くと、一人が刀を抜き、大きく突き出した。

 

室内の人間がドアノブに手を掛けた瞬間、男の体を片刃の刀身が貫いた。胸部を貫かれた男はその場に倒れて動かなくなった。

 

「な、何だぁ!?」

「構成員に伝える必要はありませんよ。本人がここに居ますからね」

「ふむ、外の連中は引き受けよう。手っ取り早く、済ますのじゃぞ? 悪戯(トリックスター)

「ありがとうございます、追跡者(ネメシス)

 

今しがた起こった殺人などどこ吹く風という様子で室内に侵入して来たのはシアとティオだ。いきなり部下が目の前で死んだのを見て、フリートホーフの頭、ハンセンは目を見開いたまま硬直していた。しかし、シアとティオの声に我に返ると、素早く武器を取り出し構えながらドスの利いた声で話しだした。これからオークションに向かう所だったらしい。

 

「……てめぇら、例の襲撃者の一味か……その容姿……チッ、仮面付けてるから顔が分からねぇ。おい、今すぐ投降するなら、命だけは助けてやるぞ? まさか、フリートホーフの本拠地に手を出して生きて帰れるとは思ってねぇだろうなぁ? お前ら! 殺っちまえ!!」

 

ハンセンの怒号で数名の構成員がシアとティオに襲い掛かる。

 

追跡者(ネメシス)!」

「うむ。任された!」

 

ティオは太刀で構成員の手足を斬り落とす。周りに被害を出さない為に魔法は使わず、通常の武器だけで相手にしている。シアは苦無を十三本、ハンセンに投げつけた。十三本の苦無全てが命中し、ハンセンは壁に磔にされた。そして別の苦無で体中を斬り刻まれる。

 

騒ぎを聞きつけて本拠地にいた構成員達が一斉に駆けつけてくるが、ティオによって四肢切断され無力化される。そして一人ずつ部屋に運び込まれている間、四肢を封じられ、首元に刀を当てられたハンセンは無様に命乞いすることしかできなかった。

 

「た、たのむ。助けてくれぇ! 金なら好きに持っていっていい! もう、お前らに関わったりもしない! だから助けてくれぇ!」

「ミュウちゃんは何処ですか? 貴方方が誘拐した海人族の子供です」

「ミュウ……? ああ、あの海人族のガキか……」

「早く答えないと、頸と胴が泣き別れになりますよ?」

悪戯(トリックスター)……其方、何と容赦の無い……」

 

頸に刃が触れ、出血する。

 

「……今頃、今日の夕方に行われる、オークションの会場の地下に運び込まれているだろうよ」

 

ちなみに、ハンセンはシアとミュウの関係を知らなかったようで、なぜ、海人族の子にこだわるのか疑問に思ったようだ。おそらく、シア達とミュウのやり取りを見ていたハンセンの部下が咄嗟に思いつきでシアの誘拐計画を練って実行したのだろう。元々、シアはフリートホーフの誘拐リストの上位に載っていたわけであるから、自分で誘拐して組織内での株を上げようと画策したのだろう。

 

シアは、首のチョーカーに手を触れて念話石を起動すると、来に連絡をとった。

 

〝こちら悪戯(トリックスター)死刑執行人(エクセキューショナー)、聞こえますか〟

〝こちら死刑執行人(エクセキューショナー)。何かな?〟

〝ミュウちゃんの居場所が分かりました。今、観光区ですよね? そちらの方が近いので先に向かって下さい〟

〝了解〟

 

シアは、来に詳しい場所を伝えると念話を切った。既に体中の痛みと出血多量で意識が朦朧とし始めているハンセン。必死にシアに助けを求める。

 

「た、助け……医者を……」

「いいですよ」

「えっ……?」

 

シアは何故かハンセンを拘束から解放する。

 

「出口はあちらです。誰もいないからすんなりと出られますよ」

「……まさか命拾いするとはな……俺の運も捨てたもんじゃねぇな」

 

ハンセンがドアに向かおうとすると、シアが呼び止めた。

 

「最後に、屋上で貴方達にショーをお見せしましょう」

 

ティオとシアに無理矢理屋上まで連れて行かれる構成員達。そして屋上に到着するや否や、シアは苦無を上に投げた。

 

「さぁ、行きますよ!」

 

シアはハンセンに苦無を何度も投げつけた。投げられた苦無は全て首元に命中する。そして最後の一本がハンセンの脳天を貫き、ハンセンはその場に倒れた。シアが倒れたハンセンに紙切れを投げ渡すと、上から落ちて来た苦無が紙切れを貫きハンセンの心臓に突き刺さった。紙切れには「刃卯鱗亜(ハウリア)」と漢字で書かれていた。

 

シアは空を向いて両手を広げ、「ありがとうございました」と呟いた。構成員達は恐怖に顔が引き攣った。

 

「子供の人生を喰い物にしておいて、見逃すわけないじゃないですか。勿論、貴方達もここが墓場になりますけど」

 

構成員の半分がシアによって斬殺された。苦無で脳天を貫かれた者、刀で袈裟斬りにされた者、喉を苦無あるいは刀で切り裂かれた者、それらの死体は無造作に転がされていた。

 

「残りは追跡者(ネメシス)にお任せします」

「S.T.A.R.S....」

 

残りもティオに頭を踏み潰され地獄へと堕とされた。これにより、本部にいた構成員全員が死亡。

 

シアとティオが立ち去った後には、無数の屍のみが残った。〝フリートホーフ〟、フューレンにおいて裏世界では三本の指に入る巨大な組織は、この日、たった四人によってあっさりと壊滅したのだった。

 

 

 

シアから情報を伝えられ、来とミレディは現場に急行していた。ミュウがオークションに出される以上、命の心配はないだろうが精神的な負担は相当なもののはずだ。奪還は早いに越したことはない。

 

目的の場所に到着すると、その入口には二人の黒服に身を包んだ巨漢が待ち構えていた。来は苦無を投げて二人の見張り役の脳天を貫き一撃で葬った。死体は吊るして立っているように見せかけた。

 

施設に侵入してからは、気配を断ち切りながら素早く移動していく。そして地下へと侵入する。

 

やがて、地下深くに無数の牢獄を見つけた。入口に監視が一人おり居眠りをしている。その監視の前を素通りして行くと、中には、人間の子供達が十人ほどいて、冷たい石畳の上で身を寄せ合って蹲っていた。十中八九、今日のオークションで売りに出される子供達だろう。

 

基本的に、人間族のほとんどは聖教教会の信者であることから、そのような人間を奴隷や売り物にすることは禁じられている。人間族でもそのような売買の対象となるのは基本犯罪者。彼等は、神を裏切った者として、奴隷扱いや売り物とすることが許されるのである。そして、眼前で震えている子供達が、そろってそのような境遇に落とされべき犯罪者とは到底思えない。そもそも、正規の手続きで奴隷にされる人間は表のオークションに出されるのだ。ここにいる時点で、違法に捕らえられ、売り物にされていることは確定だろう。

 

来は、突然入ってきた人影に怯える子供達と鉄格子越しに屈んで視線を合わせると、面を外して静かな声音で尋ねた。

 

「ここに、海人族の女の子が来なかったかい?」

 

てっきり、自分達の順番だと怯えていた子供達は、予想外の質問に戸惑ったように顔を見合わせる。牢屋の中にはミュウの姿はなかった。そのため、来は、他にも牢屋があるのか、それとも既に連れ出された後なのか、子供達に尋ねてみたのだ。

 

しばらく沈黙していた子供達だが、来の隣にミレディがしゃがみ込み優しげな瞳で「……もう大丈夫だよ」と呟くと、少し安心したのか、一人の七、八歳くらいの少年がおずおずと来の質問に答えた。

 

「えっと、海人族の子なら少し前に連れて行かれたよ……お兄さん達は誰なの?」

「僕は辻風来。君達を助けに来た」

「えっ!? 助け……」

 

少年はつい大声を出してしまうが、咄嗟に来が手で口を押さえた。だが、時すでに遅し。監視にはばっちり聞こえていたようで「何騒いでんだ!」と目を覚ましてドタドタと地下牢に入ってきた。

 

そして、来達を見つけて、一瞬硬直するものの「てめぇら何者だ!」と叫びながら短剣を抜いて襲いかかる。それを見て、子供達は、刺されて倒れる来とミレディの姿を幻視し悲鳴を上げた。

 

「通りすがりの死刑執行人(エクセキューショナー)墨絵師(アーティスト)さ」

 

だが、そうはならなかった。監視は重力魔法で空中に拘束され、腹に刀を突き刺される。更に抉られて横薙ぎに切り裂かれた。当然、それほどの傷を負わされて生きているはずがなく、拘束から解き放たれて床に倒れた後、監視が再び動くことは無かった。

 

文字通り監視を処刑した来に、子供達は目を丸くして驚いている。その間に、ミレディが重力魔法で鉄格子を破壊する。子供達の目には、一瞬で鉄格子がへしゃげてしまったように見えたため更に驚いて呆然と口を開いたまま硬直してしまった。

 

「ミレディ、この子達を頼む。僕はまだやることがあるから」

「うん。気をつけてね、らーちゃん」

「おそらく、もうすぐ保安署の職員達も駆けつけるだろう。後のことはイルワ支部長に任せよう」

 

実は、ここに来る前に、適当に捕まえた冒険者にイルワ宛の念話石を届けてもらい、事の次第をイルワに説明しておいた。ステータスプレートの〝金〟はこういうとき非常に役に立つ。来の色を見た平冒険者は敬礼までして快く頼みを聞いてくれた。

 

ちなみに、イルワの方から念話石を起動することは出来ないので、彼は一方的に来から、巨大裏組織と対峙しているという報告と事後処理を頼まれ、今頃執務室で真っ白になっているだろう。

 

来は再び、地下牢から錬成で上階への通路を作ると子供達をミレディに任せてオークション会場へ急ごうとした。と、その時、先ほどの少年が来を呼び止める。

 

「兄ちゃん! 助けてくれてありがとう! あの子も絶対助けてやってくれよ! すっげー怯えてたんだ。俺、なんも出来なくて……」

 

この少年は、人間も亜人も関係なく、ミュウを励まそうとしていた。自分も捕まっていたというのに中々根性のある少年だ。自分の無力に悔しそうに俯く少年の胸を来は軽く叩く。

 

「僕が来るまで、よく堪えた。後は任せろ。次は君が誰かを守る番だ。強く在れ。誰かを守れるくらいに」

 

それだけ言うと、来は地下牢を後にした。呆然と両手で撫でられた頭を抑えていた少年は、次の瞬間には目をキラキラさせて少し男らしい顔つきでグッと握り拳を握った。ミレディは、そんな少年に微笑ましげな眼差しを向けると、子供達を連れて地上へと向かった。残されたのは、片足が床に陥没し、滅多切りにされた構成員達の死体だけだった。

 

 

 

オークション会場は、一種異様な雰囲気に包まれていた。

 

会場の客はおよそ百人ほど。その誰もが奇妙な仮面をつけており、物音一つ立てずに、ただ目当ての商品が出てくるたびに番号札を静かに上げるのだ。素性をバラしたくないがために、声を出すことも躊躇われるのだろう。

 

そんな細心の注意を払っているはずの彼等ですら、その商品が出てきた瞬間、思わず驚愕の声を漏らした。

 

出てきたのは二メートル四方の水槽に入れられた海人族の幼女ミュウだ。衣服は剥ぎ取られ裸で入れられており、水槽の隅で膝を抱えて縮こまっている。海人族は水中でも呼吸出来るので、本物の海人族であると証明するために入れられているのだろう。一度逃げ出したせいか、今度は手足に金属製の枷を嵌められ、更に口枷まで付けられている。酷く痛々しい光景だ。

 

多くの視線に晒され怯えるミュウを尻目に競りは進んでいく。ものすごい勢いで値段が上がっていくようだ。一度は人目に付いたというのに、彼等は海人族を買って隠し通せると思っているのだろうか。もしかすると、昼間の騒ぎをまだ知らないのかもしれない。

 

ざわつく会場に、ますます縮こまるミュウは、その手に持っていた髪留めをギュッと握り締めた。それは、来の髪留めだ。ミュウと別れる際、お守りとして預けておいたものだ。

 

その髪留めだけが、ミュウの小さな拠り所だった。母親と引き離され、辛く長い旅を強いられ、暗く澱んだ牢屋に入れられて、汚水に身を浸し、必死に逃げて、もうダメだと思ったその時、温かいものに包まれた。何だかいい匂いがすると目を覚ますと、目の前には黄金の瞳をした白髪の青年がいる。驚いてジッと見つめていると、何故か逸らしてなるものかとでも言うように、相手も見つめ返してきた。ミュウも、何だか意地になって同じように見つめ返していると、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いに気が逸れる。

 

その後は聞かれるままに名前を答えると、温かいお湯をかけられ、石鹸で体を洗われた。温かなお風呂も優しく洗ってくれる感触もとても気持ちよくて、気づけばその青年のことを〝お兄ちゃん〟と呼び完全に気を許していた。

 

膝の上に抱っこされ、食べさせてもらった串焼きの美味しさを、ミュウは、きっと一生忘れないだろう。夢中になってあ~んされるままに食べていると、いつの間にかいなくなっていたシアと名乗る兎耳のお姉さんが帰ってきた。少し警戒心が湧き上がったが、可愛らしい服を取り出すと丁寧に着せてくれて、暖かい火のそばで何度も髪を梳かれているうちに気持ちよくなってすっかり警戒心も消えてしまった。

 

だから、保安署というところに預けられて一旦お別れしなければならないと聞かされた時には、とてもとても悲しかった。母親と引き離され、ずっと孤独と恐怖に耐えてきたミュウにとって、遠く離れた場所で出会った優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんと離れ、再び一人になることは耐え難かったのだ。

 

故に、ミュウは全力で抗議した。来の髪を引っ張ってやったし、頬を何度も叩いたり、髪留めを取ってやったのだ。返して欲しくばミュウと一緒にいるがいい! と。しかし、ミュウが一緒にいたかったお兄ちゃんとお姉ちゃんは、結局、ミュウを置いて行ってしまった。「必ず戻って来る」と言ってたのに、襲撃に遭っても二人は来なかった。

 

ミュウは、身を縮こまらせながら考えた。やっぱり、痛いことしたから戻って来なかったのだろうか? 髪留めを取ったから怒らせてしまったのだろうか? 自分は、お兄ちゃんとお姉ちゃんに嫌われてしまったのだろうか? そう思うと、悲しくて悲しくて、ホロリと涙が出てくる。もう一度会えたら、痛くしたことをゴメンなさいするから、髪留めも返すから、そうしたら今度こそ……どうか一緒にいて欲しい。

 

(お兄ちゃん……お姉ちゃん……)

 

ミュウがそう呟いたとき、不意に大きな音と共に水槽に衝撃が走った。「ひぅ!」と怯えたように眉を八の字にして周囲を見渡すミュウ。すると、すぐ近くにタキシードを着て仮面をつけた男が、しきりに何か怒鳴りつけながら水槽を蹴っているようだと気が付く。どうやら更に値段を釣り上げるために泳ぐ姿でも客に見せたかったらしく、一向に動かないミュウに痺れを切らして水槽を蹴り飛ばしているらしい。

 

しかし、ますます怯えるミュウは、むしろ更に縮こまり動かなくなる。来の髪留めを握り締めたままギュウと体を縮めて、襲い来る衝撃音と水槽の揺れにひたすら耐える。

 

フリートホーフの構成員の一人で裏オークションの司会をしているこの男は、余りに動かないミュウに、もしや病気なのではと疑われて値段を下げられるのを恐れて、係りの人間に棒を持ってこさせた。それで直接突いて動かそうというのだろう。ざわつく客に焦りを浮かべて思わず悪態をつく。

 

「全く、辛気臭いガキですね。人間様の手を煩わせているんじゃありませんよ。半端者の能無しごときが!」

 

そう言って、司会の男が脚立に登り上から棒をミュウ目掛けて突き降ろそうとした。その光景にミュウはギュウと目を瞑り、衝撃に備える。

 

が、やってくるはずの衝撃の代わりに届いたのは……聞きたかった人の声だった。

 

「誰が半端者の能無しだと? 戯けが」

 

刹那、天井より舞い降りた人影が、司会の男の体を脚立ごと袈裟斬りにした。鮮やかな赤色の鮮血が宙を舞う。

 

衝撃的な仕方で登場した人影……来は文字通り一刀両断されて絶命した男の死体を蹴り飛ばして水槽を斬った。切り取られた水槽の壁が倒れ、中の水が流れ出す。

 

「ひゃう!」

 

流れの勢いで、ミュウも外へと放り出された。思わず悲鳴を上げるミュウだったが、直後ふわりと温かいものに受け止められて、瞑っていた目を恐る恐る開ける。そこには、会いたいと思っていた人が、声が聞こえた瞬間どうしようもなく期待し思い浮かべた人が……確かにいた。自分を抱きとめてくれていた。ミュウは目をパチクリとし、初めて会った時のようにジッーと来を見つめる。

 

「ごめんよ。すっかり遅くなってしまった」

 

ミュウは、やはりジーと見つめたまま、ポツリと囁くように尋ねる。

 

「……お兄ちゃん?」

「そうだよ。君の体を洗ってお風呂に入れてくれたお兄ちゃんだよ」

 

来が笑顔でそう返すと、ミュウはまん丸の瞳をジワッと潤ませる。そして……

 

「お兄ちゃん!!」

 

来の首元にギュッウ~と抱きついてひっぐひっぐと嗚咽を漏らし始めた。来は目を閉じてミュウの背中を優しく擦る。そして、ゆっくり毛布で包んだ。ミュウには何も見えていない。

 

と、再会した二人に水を差すように、ドタドタと黒服を着た男達が来とミュウを取り囲んだ。客席は、どうせ逃げられるはずがないとでも思っているのか、ざわついてはいるものの、未だ逃げ出す様子はない。

 

「クソガキ、フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪いようだな。その商品を置……」

「判決、斬首刑」

 

言い終わる前に、男の頸が鮮血と共に飛んだ。この後、更に十一人、動く隙すら与えられず同じように手打ちに処される。

 

その時になってようやく、目の前の青年を尋常ならざる相手だと悟ったのか、黒服たちは後退り、客達は悲鳴を上げて我先にと出口に殺到し始めた。だが、出口には罠が仕掛けられており、客達は次々と墨で黒く塗りつぶされた挙句、喉を潰され死んでいった。

 

「お、お前、何者なんだ! 何が、何で……こんなっ!」

 

混乱し、恐怖に戦きながらも、必死に虚勢を張って声を荒げる黒服の構成員が一人。奥から更に十人ほどやってきたがホールの惨状をみて尻込みしている。

 

そんな彼らに対し、来は青筋を浮かび上がらせて言う。

 

「何で? 海人族の娘を奪ったのは貴様らの方だろう? それを奪い返したに過ぎない。なぜ奪う? なぜ子供の人生を踏みつけにする? 何が楽しい? 何が面白い? 子供は貴様らの所有物なのか? それだけでなく、私の仲間にまで手を出そうとは……無様に詫びて地獄に堕ちろ」

 

来はそう言うと、生き残りの構成員の腹を切り裂いた。切り口から臓腑が零れ出て、構成員達はその場に倒れ伏す。そしてそのまま放置して来はミュウを連れてホールを後にした。

 

〝ミレディ、ミュウは無事だ。そっちはどうだい?〟

〝こっちは避難完了! 後は誰も出て来てないよ〟

〝そうか。なら最後は派手に締めて、撤収だ〟

〝了解。()()()の準備はできてるよ〟

 

来はホールの上に跳び上がり、更に〝部分龍化〟で上空へと昇っていく。

 

「ほら、ミュウ。綺麗な夕焼けだよ」

 

毛布から頭を出したミュウは周囲を見渡し……「ふわっ!?」という驚きの声を上げた。

 

そこに広がっていたのは、夕日に紅く塗られ、燃え上がる空だった。地上は人工の光に彩られ、美しいイルミネーションを為していた。その初めて見る雄大な光景にミュウは瞳を輝かせてワーキャー言いながら来の胸元を掴んではしゃいでいる。

 

「お兄ちゃん凄いの! お空飛んでるの!」

「な? 凄いだろ? それより、そろそろ花火が打ち上がる頃だ」

「花火?」

「花火っていうのは、夜空に咲く綺麗な花だ」

「夜空の……花……楽しみ~」

 

花火の簡単な説明を聞いてわくわくしているミュウを片腕で抱えたまま、来は空中で静止し、ミレディに合図を送る。

 

〝今だ〟

〝打ち上げまで三、二、一、ドーンッ!!〟

 

既に陥落させたフリートホーフの重要拠点四ヶ所から、四つの火の球が打ち上げられた。打ち上げられた球は遥か上空で炸裂し、赤や緑などの光を放ちながら花が咲く。花火の開花から少し遅れて、ドドーンと音がやって来る。

 

「わぁぁ……」

「次はこれだ」

 

次の球が打ち上がる。空中で炸裂し、雪の結晶みたいな形に広がる。そして更に次の球はまるで滝のように火花を下に散らす。

 

「ここからが本番だよ」

 

花火玉が五月雨のように打ち上げられる。空のあちこちに青や赤の花が咲き乱れる。

 

「た~まや~」

「た~まや~?」

 

その後も、花火は百発ほど打ち上がった。生まれて初めて花火を見たミュウは終始、空に咲く閃光の花に目を奪われていた……




私じゃないかもしれません。

今回はあるオンライン対戦ゲームのネタを入れてみました。

実況動画もかなりたくさん見る程気になってるゲームです。

破壊もいいですけどやっぱり殺戮も楽しいですからね。

何言ってんのコイツ。フツーにやべぇヤツやん。


次回 第四十七閃 剣士の娘


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第四十七陣 剣士の娘

三百年前……

「はっ…はっ…はっ…」

二十三歳の女王は逃げていた。叔父が裏切って彼女を始末しようとしたのだ。

裏路地を逃げていると、前方の民家の壁が破壊される。

「あっ……!!」

女王の前に立つのは、片刃の曲刀を持った黒髪の剣豪だった。その黄金色に輝く瞳が、彼女を捉えていた。

「こ、来ないで……」

剣豪は女王に逃げる隙を与えず、一瞬で間合いを詰めて刀を振るう。


「いやぁぁぁぁあ!!」

まだ月が空に浮かぶ中、女王…否、元女王は目を覚ました。

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

どうやら、夢だったようだ。

「どうしてあの時を今更夢なんかに……」

悪夢に見る程のトラウマを、元女王は剣豪に植え付けられていたのだった。


〝来さん、ミュウちゃんは無事ですか?〟

 

花火が全て打ち上げ終わった後、シアから連絡が入った。

 

〝ああ、無事だよ。合図通り、フリートホーフは壊滅した。現時刻を以て、作戦は終了。十分後、各自ギルド支部前に集合〟

〝うぅ~、良かったぁ~。支部長さんのところですね? 了解です。直ぐに向かいますから早くミュウちゃんに会わせて下さいね?〟

〝はいはい〟

 

ミュウに「もう直ぐお姉ちゃんと会えるよ」と伝えると、ミュウは「お姉ちゃん!」と嬉しそうに頬を綻ばせた。

 

部分龍化を解いて着陸した来の下へ捕まっていた子供達を保安員に引き渡したミレディがやって来た。来に抱っこされるミュウをジーと見つめている。ミュウの方は、そわそわと視線を彷徨わせて、来を見上げた。

 

「この人誰なの?」

「彼女はミレディ。シアと同じく、僕の仲間だ」

「そうなの?」

「そうだよ」

「む~」

 

ミュウはミレディをただぼんやりと見つめていた。ミレディも未だにミュウを見つめている。そして「私も抱っこしていい?」と頼んでミュウを抱き上げると、頬を指でつんつんしてみる。

 

「……ヤバい。この子凄く可愛い」

 

ミレディもミュウを気に入ったようだ。

 

「ミュウちゃん。私はミレディ。今まで一人でよく頑張ったね。偉いぞ君。絶対にママの所に帰してあげるからね」

 

穏やかで温かい眼差しを向けて、ミレディはミュウの頭を撫でる。その優しい手つきと温もりにミュウは自然とホロホロと涙を流し始めた。そしてそのまま声を上げて泣く。今までずっと、辛かった気持ちを我慢してきた。だが、こうして優しさに触れ、母親のことを思い出して我慢してきた気持ちを全て吐き出した。

 

 

 

「建物の倒壊、半壊はなし、死亡が確認されたフリートホーフの構成員百七十名、裏オークションの参加者百名……で? 何か言い訳はあるかい?」

「大勢の子供の人生を狂わせたので、他の裏組織への見せしめも兼ねて相応の報いを受けて貰いました」

「はぁ~~~~~~~~~」

 

冒険者ギルドの応接室で、報告書片手にジト目で来を睨むイルワだったが、反省も後悔もない様子に激しく脱力する。

 

「まさかと思うけど……メアシュタット水族館に謎の魚型の魔物の群れが襲撃してリーマンが空を飛んで逃げたという話……関係ないよね?」

「その魚型の魔物ってこんな姿でしたか?」

 

そう言って八咫に映る喰鰹の姿をイルワに見せる。

 

「本当にそれかどうかはわからないが、まさかこれもとは……」

 

イルワは察した。再び、深い、それはもうとても深い溜息を吐く。片手が自然と胃の辺りを撫でさすり、傍らの秘書長ドットが、さり気なく胃薬を渡した。

 

「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きはまっとうな商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」

「まぁ、後は行政の仕事なので僕らの出る幕ではないかと。今回は身内にまで手を出そうとしたので」

「唯の反撃で、フューレンにおける裏世界三大組織の一つを半日で殲滅かい? ホント、洒落にならないね」

 

精神が十年分削れたイルワは苦笑いするしかなかった。そんなイルワに来は提案をする。

 

「先程申した通り、他の裏組織への見せしめも兼ねて行いました。そこで、今後の犯罪の抑止力として、我々の名前を使って頂きたいのです。支部長お抱えの〝金〟ともなれば、相当な抑止力になると思います」

「おや、いいのかい? それは凄く助かるのだけど……君は己の力を誇示することを嫌うタイプだろう?」

 

来の言葉に、意外そうな表情を見せるイルワ。だが、その瞳は「えっ? 本当にいいのか? 是非頼む!」と雄弁に物語っている。目は口ほどにものを言うとはこのこと。

 

「それ以上に、力を隠し過ぎて周りに危険が及ぶのはもう……見たくないので」

「……ふむ。来君、少し変わったかい? 初めて会った時の君は、自分のことをいつも後回しにしているように見えたのだけど……ウルで良い事でもあったのかな?」

「え、えぇ……悪い事ばかりではなかったもので……」

 

流石は大都市のギルド支部長、相手のことをよく見ている。来の微妙な変化も気がついたようだ。その変化はイルワからしても好ましいものだったので、来からの提案を有り難く受け取る。

 

その後、他二つの組織はフリートホーフの崩壊に乗じて勢力を広げようと画策したのだが、大きな混乱が起こることはなかった。この件以降、来には数々の異名が付くことになる。〝フューレン支部長の懐刀〟、〝幼女キラー〟、〝辻斬りの無慈の生まれ変わり(長すぎるのか単に「辻斬りの無慈」と呼ばれることが多い)〟、〝金色の天眼(てんげん)〟などだ。

 

大虐殺をした来達の処遇については、イルワが関係各所を奔走してくれたおかげと、意外にも治安を守るはずの保安局が、正当防衛的な理由で不問としてくれたので特に問題はなかった。保安局としても、一度預かった子供を、保安署を爆破されて奪われたというのが相当頭に来ていた。

 

また、日頃自分達を馬鹿にするように違法行為を続ける裏組織は腹に据えかねていたようで、挨拶に来た還暦を超えているであろう局長は実に男臭い笑みを浮かべて来達にサムズアップして帰っていった。心なし、足取りが軽かったのがその心情を表している。

 

「それで、そのミュウ君についてだけど……」

 

イルワがはむはむとクッキーを両手で持ってリスのように食べているミュウに視線を向ける。ミュウは、その視線にビクッとなると、また来達と引き離されるのではないかと不安そうに来やシア、ミレディ、ティオを見上げた。

 

「こちらで預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還してもらうか……二つの方法がある。君達はどっちがいいかな?」

「こ、公的機関に預けなくていいんですか? この子、一応誘拐されたことになってますけど……」

「君なら大丈夫だろう。金ランクだし、この子を保護するためにあの大虐殺をしたんだろう? だからだよ」

「そ……そうですか……じゃあ、僕達でこの子を家まで送り届けます」

 

この決定に、シアとミュウは大いに喜んだ。そうしてイルワとの話し合いを終え、一行は宿に戻った。

 

 

「さて、とりあえず一段落ついたことだし、いよいよ明日、ホルアドに向かう」

「……遂にここまで来たんだね……」

「ようやく来さんの想い人と相見(あいまみ)えることができるんですね!」

「妾はまだ仲間になって日が浅いのでよく分からないのですが…マスターの悲願がもう直叶うこと、心よりお喜び申し上げます」

「ティオ……固いよ君……でも、ありがとう。皆」

 

本当にいい仲間を持ったな、と思いつつ横になる来。その表情は、とても晴れやかなものだった。何せ長く連れ添って来た伴侶と四ヶ月ぶりに会えるのだ。楽しみでしかたなかった。

 

「だかららーちゃん、子供の世話がとても上手だったんだね」

「そうなんですよ。来さんがいう事には、前の世界で子供を設けたこともあるみたいで……」

「みゅ?」

 

その場にいた全員が、ミュウの方を向く。

 

「どうしたのかいミュウ。眠れないのかい?」

 

ミュウはコクッ、と頷く。

 

「じゃあ、お兄ちゃんのところにおいで」

 

来は正座をして膝を軽く叩き、ミュウに来るよう促す。ミュウは真っ直ぐ来の膝に直行する。頭を優しく撫でてやると、ミュウは心地よさそうに目を閉じる。

 

「その様子だと、とても良い父親をしてたみたいだね~」

「今のマスターを見ていると……故郷の親を思い出します」

「来さん。まるで()()みたいですね~」

 

ミュウの世話をしている来を見て、ミレディ、ティオ、シアは和んでいた。しかし、シアの最後の一言がきっかけで、小さな混乱が巻き起ころうとは、この時はまだ誰も思ってもみなかったのだった。

 

「……」

「ど、どうしたんだい? まだ眠れないのかい?」

 

ミュウはしばらく来の眼を見つめると、衝撃の言葉を口にする。

 

「……パパ?」

「……?」

 

来は一瞬思考停止した。周りをきょろきょろ見回した後、ミュウの前で自分を指差してみる。ミュウはコクコクと首を縦に振った。

 

「も、もしかしてミュウ……君のパパは……」

 

ミュウは悲しそうに言う。

 

「……いないの。ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの……」

「……そうか。ごめんね? 嫌な事思い出させて」

「ううん、いいの。お兄ちゃんが一番優しくしてくれたから。だからお兄ちゃんがパパなの」

「そ、そうなんだ………」

(膵花とミュウの母親になんて説明しよう………)

 

ミュウの頑固さを知ってるので、撤回は最初から諦めている。その後、誰がミュウに〝ママ〟と呼ばせるかでちょっとした紛争が勃発したが、全員〝お姉ちゃん〟呼びになった。母親はまだ生きてるからね。仕方ないね。

 

そして夜、ミュウたっての希望で全員で川の字になって眠る事になった。また揉めそうになったので、今日の所は来とシアの間にミュウを寝かせることになった。ちなみに、ミレディは来の隣、ティオはシアの隣で眠ることになった。

 

 

 

そして、来の夢の中。

 

夢の中で彼は、どこかの夜の砂浜に立っていた。波が彼の足に押し寄せて足を海水で濡らす。何故か裸足だ。周りからは波の音しか聞こえなかった。

 

「ここは……」

『ここは、私とレミアが初めて出会った場所だ』

 

来の目の前で、海人族の青年が海の上を歩いてこちらに近づいてきている。

 

「貴方は……?」

『私は……ミュウの父親だ』

 

その青年は、ミュウの父親だった。青年は半透明でぼんやりと光っていて、顔がよく見えなかった。

 

「ミュウの…父親……」

『そう。生きて娘の顔を拝めなかったことを、私はずっと後悔している』

 

ミュウが生まれる前に逝去してしまったのだ。当然、ミュウの母親……レミアはとても悲しんだ。

 

『ミュウはずっと、父親という存在に憧れていたんだ』

「それで僕のことをパパと……」

 

ミュウの父親はある程度来に近づいた所で歩みを止めた。

 

『ところで君』

「は、はい。僕は……」

『君の名前なら既に知っている。私が聞きたいのはそこじゃない』

「と、申しますと?」

『一つ、聞きたいことがある』

 

海の上には、満月が静かに浮かんでいた。

 

『君にとって、親とは何だい?』

「僕にとって……親とは……」

 

来はしばらく悩んだ。その間、満月は徐々に(くだ)っていく。悩んだ末、来が導き出した答えは…

 

「……伴侶に寄り添い支え合い、子供を強く正しく導いていく。それができる人……僕はそう思います。自分が先立てば伴侶も子供も悲しませてしまう。ましてや子供が生まれる前に先立ってしまえば……言うまでもありません。だから、いつも死んだら駄目だって考えてしまうんです」

 

青年は来の答えを聞いてしばらく考えていた。そして、ゆっくりと口を開く。

 

『そうかい。なら、君の考えが正しいとするならば、私は父親失格だね』

 

青年は下を向いて無念そうにそう言った。

 

「そんなことないですよ……貴方だってきっと、良い父親になれたと思います」

『私よりも父親らしいね君』

「前いた世界で長い間父親してましたから」

 

来はそう笑って言ってみせた。

 

『そうか。道理でミュウの世話が上手だったわけだ』

 

青年も笑った。見た目からはとても信じられないことを言っていたのだが、青年はすんなりと信じてくれた。

 

『でもまぁ、これで分かったよ』

「何がですか?」

『君になら、安心してミュウを任せられそうな気がする。すまないね。君を試すような真似をしてしまった。』

 

最初から質問なんてしなければよかった、と青年は苦笑いで言った。

 

「お気になさらずに」

『そうかい、それはどうも。最後に、レミアにこう伝えて欲しい』

 

表情ははっきりと見えないが、震えるような声音でこう告げた。

 

『……私の分まで生きてくれ。と』

 

青年は既に死んだ身。もうこの世で何かできることはない。だからせめて、妻だったレミアに長く生きて欲しいと願った。

 

「……えぇ。必ず」

 

月は沈み、日が昇って、陽光が青年の顔をはっきりと照らした。その顔は、もう未練はないと言わんばかりに晴れやかなものだった。

 

「ミュウのこと、頼んだよ……」

 

青年の姿は日が昇るごとに更に透けていき、完全に水平線から姿を現したころには既に消えてなくなっていた。

 

 

 

また、誰よりも早く目を覚ました。仲間はまだ夢の中だ。朝日が部屋に差し込む。

 

仲間達を起こさないようにゆっくりと起き上がり、彼は朝食の準備をするのだった……




ミュウの父親の人物像は、完全に捏造です。


次回 第四十八閃 相対、魔人と黒髪の剣士


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第四十八陣 相対、魔人と黒髪の剣士

【オルクス大迷宮】九十層。この階層に到達したのは勇者一行が初めてだ。前衛は光輝、龍太郎、雫、ハジメ、永山、檜山、近藤の七人。後は中衛か後衛に回っている。

 

だが、そこは前までの階層とは異なり、静寂に満ちていた。探索が半分以上済んでもなお、魔物の気配はない。

 

「おかしいな……魔物が一匹も見当たらないぞ」

 

周囲を警戒していたハジメが呟く。

 

「………なんつぅか、不気味だな。最初からいなかったのか?」

 

龍太郎も同じく呟く。メンバーが口々に可能性を話し合うが答えなど見つかるはずもなかった。困惑は益々深まるばかり。

 

「……光輝。一度、戻らない? 何だか嫌な予感がするわ。メルド団長達なら、こういう事態も何か知っているかもしれないし」

 

雫が警戒心を強めながら、光輝にそう提案した。光輝も何となくだが、嫌な予感を感じていたので雫の提案に乗るべきかと考えたが、何らかの障碍があったとしてもいずれにしろ打ち破って進まなければならないし、八十九層でも割りかし余裕のあった自分達なら何が来ても大丈夫ではないかと考えて、答えを逡巡する。

 

光輝が迷っていると、不意に、辺りを観察していたメンバーのうち数人が何かを見つけた。

 

「これ……血……だよな?」

「薄暗いし壁の色と同化してるから分かりづらいけど……あちこち付いているよ」

「おいおい……これ……結構な量なんじゃ……」

 

表情を青ざめさせるメンバーの中から永山が進み出て、血と思しき液体に指を這わせる。そして、指に付着した血をすり合わせたり、臭いを嗅いだりして詳しく確認した。

 

「天之河……八重樫の提案に従った方がいい……これは魔物の血だ。それも真新しい」

「そりゃあ、魔物の血があるってことは、この辺りの魔物は全て殺されたって事だろうし、それだけ強力な魔物がいるって事だろうけど……いずれにしろ倒さなきゃ前に進めないだろ?」

 

光輝の反論に、永山は首を横に振る。永山は、龍太郎と並ぶクラスの二大巨漢ではあるが、龍太郎と違って非常に思慮深い性格をしている。その永山が、臨戦態勢になりながら立ち上がると周囲を最大限に警戒しながら、光輝に自分の考えを告げた。

 

「天之河……魔物は、何もこの部屋だけに出るわけではないだろう。今まで通って来た通路や部屋にも出現したはずだ。にもかかわらず、俺達が発見した痕跡はこの部屋が初めて。それはつまり……」

「……何者かが魔物を襲った痕跡を隠蔽したってことね?」

「そうだ」

 

後を継いだ雫の言葉に永山が頷く。光輝もその言葉にハッとした表情になると、永山と同じように険しい表情で警戒レベルを最大に引き上げた。

 

「それだけ知恵の回る魔物がいるという可能性もあるけど……人であると考えたほうが自然ってことか……そして、この部屋だけ痕跡があったのは、隠蔽が間に合わなかったか、あるいは……」

「おい。奥の方にある壁、何か削れてねぇか?」

 

ふいにハジメが呟いた。目を向けた先には、細長い傷が無数に走る壁があった。

 

「……本当だ。しかもこれ、何かの武器で削ったように見えるな」

 

永山は壁の傷を何らかの武器で削ったものだと推測した。

 

「だとしたらこれは不味いわね。誰かいるのは間違いないみたい。光輝、やっぱり一度引き返した方が……」

 

雫が光輝に撤収を促そうとした瞬間、突如斬撃が向こうから襲い掛かって来た。ハジメが錬成で壁を造ったお陰で誰も斬られることはなかった。

 

「ほぅ、今の攻撃を防ぐとはね」

 

突如、聞いたことのない女の声が響き渡った。男口調のハスキーな声音だ。光輝達は、ギョッとなって、咄嗟に戦闘態勢に入りながら声のする方に視線を向けた。

 

コツコツと足音を響かせながら、広い空間の奥の闇からゆらりと現れたのは燃えるような赤い髪をした妙齢の女。その女の耳は僅かに尖っており、肌は浅黒かった。

 

光輝達が驚愕したように目を見開く。女のその特徴は、光輝達のよく知るものだったからだ。実際には見たことはないが、イシュタル達から叩き込まれた座学において、幾度も出てきた種族の特徴。聖教教会の掲げる神敵にして、人間族の宿敵。そう……

 

「……魔人族か」

 

ハジメの発した呟きに、魔人族の女は薄らと冷たい笑みを浮かべた。

 

光輝達の目の前に現れた赤い髪の女魔人族は、冷ややかな笑みを口元に浮かべながら、驚きに目を見開く光輝達を観察するように見返した。

 

瞳の色は髪と同じ燃えるような赤色で、服装は艶のない黒一色のライダースーツのようなものを纏っている。胸部は開いていて、数人の男子は頬を染める。

 

「勇者はあんたでいいんだよね? そこの両手に何か持ってるあんたで。さっきの攻撃、防いだろ?」

 

女はハジメに向かって声をかける。光輝が何か言おうとしたがハジメがそれを制止する。

 

「攻撃を防いだのは確かに俺だ。だが、勇者は俺じゃなくてそっちのキラキラしてるのだ」

 

ハジメは光輝を指差して彼が勇者であることを示す。

 

「なんだ、そっちかい。てっきりあんたが勇者かと思ったよ。じゃ、あんたは噂に聞く勇者よりも強いっていう剣士かい?」

「……それも違う」

 

ハジメは拳を握り締める。

 

「目的は何だ!!」

 

光輝が魔人族の女に目的を問いただす。

 

「勇者君とそこの黒服のあんたに一応聞いておく。あたしら魔人族の側に来ないかい?」

「な、なに? 来ないかって……どう言う意味だ!」

 

魔人族の女は心底面倒そうに言葉を続ける。

 

「はぁ~、呑み込みが悪い勇者だこと。……まぁ、命令だし仕方ないか。そのまんまの意味だよ。勇者君を勧誘してんの。あたしら魔人族側に来ないかって。色々、優遇するよ?」

 

光輝達としては完全に予想外の言葉だったために、その意味を理解するのに少し時間がかかった。そして、その意味を呑み込むと、クラスメイト達は自然と光輝に注目し、光輝は、呆けた表情をキッと引き締め直すと魔人族の女を睨みつけた。

 

「断る! 人間族を……仲間達を……王国の人達を……裏切れなんて、よくもそんなことが言えたな! やはり、お前達魔人族は聞いていた通り邪悪な存在だ! わざわざ俺を勧誘しに来たようだが、一人でやって来るなんて愚かだったな! 多勢に無勢だ。投降しろ!」

 

光輝の言葉に、安心した表情をするクラスメイト達。光輝なら即行で断るだろうとは思っていたが、ほんの僅かに不安があったのは否定できない。

 

だが、それに内心舌打ちする者あり。

 

「普通考えてこんな所に一人で来るわけないだろ……それに気配はもう一つある。それにすら気づけてないのかよあいつは」

 

ハジメの指摘通り、いくら魔法に優れた魔人族とはいえ、こんな場所に一人で来るなんて通常考えられない。この階層の魔物を無傷で殲滅し、あまつさえその痕跡すら残さないなどもっと有り得ない。そんなことが出来るくらい魔人族が強いなら、はなから人間族は為すすべなく魔人族に蹂躙されていたはずだ。

 

「それに、彼女は武器を持ってない。恐らく先程の斬撃は別の何かが放ったものだと思うわ」

 

魔人族の女は手に何も持っていなかった。にもかかわらず、斬撃が来た。この時点で一人でないのは確定的に明らか。

 

魔人族の女より周囲に最大限の警戒を行う。ハジメと雫、そして永山は、場合によっては一度、嘘をついて魔人族の女に迎合してでも場所を変えるべきだと考えていたのだが、その考えを光輝に伝える前に彼が怒り任せに答えを示してしまったので、仕方なく不測の事態に備えているのだ。

 

それに、この階層に到達できるほどの人間族十六人+αを前にしても魔人族の女は全く焦っていない。戦闘の痕跡を隠蔽したことも考えれば最初に危惧した通り、ここで待ち伏せしていたのだと推測すべきで、だとしたら地の利は彼女の側にあると考えるのが妥当だ。何が起きても不思議ではない。

 

一方の、魔人族の女は、即行で断られたにもかかわらず「あっそ」と呟くのみで大して気にしていないようだ。むしろ、怒鳴り返す光輝の声を煩わしそうにしている。

 

「一応、お仲間も一緒でいいって上からは言われてるけど? それでも?」

「答えは同じだ! 何度言われても、裏切るつもりなんて一切ない!」

 

そのお仲間には相談せずに代表して、やはり即答。そんな勧誘を受けること自体が不愉快だと言わんばかりに、光輝は聖剣を起動させ光を纏わせる。これ以上は問答無用。投降しないなら力づくでも! という意志を示す。

 

しかし、ハジメと雫、永山の危機感は、直ぐに正しかったと証明される。

 

「そう。なら、もう用はないよ。あと、一応、言っておくけど……あんたの勧誘は最優先事項ってわけじゃないから、殺されないなんて甘いことは考えないことだね。それに、ここに来たのはあたしだけじゃない。リュータ!!」

 

魔人族の女が名を呼ぶと、先程の斬撃が迫って来た。今度は鈴の張った結界によって防がれたが、その結界も破られてしまった。すかさずハジメが銃撃を入れる。だが、弾は全て弾き返された。

 

「飛び道具か? 随分と面白い武器を使うのだな」

 

斬撃を放ったのは別の者だった。女と同じく浅黒い肌に少し先の尖った耳だが、髪色は漆黒だった。褐色のロングコートを羽織ったその男は、両手に剣を持ちながら一行に近づいて来る。

 

「ルトス、ハベル、エンキ。餌の時間だよ!」

 

女は虚空に向かって名を三つ呼んだ。瞬間、ハジメ雫と永山が苦悶の声を上げて吹き飛ぶ。

 

「ぐっ!?」

「がっ!?」

「くっ!?」

 

突如、光輝達の左右の空間が揺らぎ、〝縮地〟もかくやという速度で〝何か〟が接近し、何の備えもせず光輝と魔人族の女のやり取りを見ていたクラスメイト達に襲いかかったのだ。

 

最初から、最大限の警戒網を敷いていたハジメと雫、永山はその奇襲に辛うじて気がつき、咄嗟に、狙われている生徒をかばって見えない敵に防御態勢を取ったのである。

 

ハジメは、錬成師でありながら、近代武器があるのでそれなりの戦闘力を持つ。だが、ステータスは全体的にそれほど高くないので反応に体が追い付かず、胸部を裂かれてあっさりと地面に叩きつけられる。

 

雫は、スピードファイターであるため防御力はそこまで高くない。そのため、揺らぐ空間に対して抜刀した剣と鞘を十字にクロスさせて衝撃の瞬間を見計らい自ら後方に飛ぶことで威力を殺そうとした。しかし、相手の攻撃力が想像の遥か上であったため、防御を崩され腹部を浅く裂かれた上に強く地面に叩きつけられた。

 

永山は、〝重格闘家〟という天職を持っており、格闘系天職の中でも特に防御に適性がある。〝身体強化〟の派生技能で〝身体硬化〟という技能とお馴染みの〝金剛〟を習得しており、両技能を重掛けした場合の耐久力は鋼鉄の盾よりも遥かに上だ。自らの巨体も合わせれば、その人間要塞とも言うべき防御を突破するのは至難と言っていい。

 

だが、その永山でさえ、〝何か〟の攻撃により防御を突破されて深々と両腕を切り裂かれ血飛沫を撒き散らしながら吹き飛び、たまたま後方にいた檜山達にぶつかって辛うじて地面への激突という追加ダメージを免れるという有様だった。

 

ガラスが割れるような破砕音は、鈴が雫の臨戦態勢に合わせて予め唱えておいた障壁魔法を、本能的な危機感に従って咄嗟に張ったものだ。場所は、パーティーの後方。そこに〝何か〟あると感じたわけではなく、何となく、雫と永山の位置からして自分は後方に障壁を展開するべきだと、これまた本能的、あるいは経験的に悟ったからだ。その行動は極めて正しかった。鈴の障壁がなければ、三つ目の空間の揺らめきは、容赦なく永山のパーティーメンバーを切り裂いていただろう。

 

だが、味方を見事に守った代償に、障壁破砕の衝撃をモロに浴びて鈴もまた後方へ吹き飛ばされた。運良く、すぐ後ろに恵里がいたため、受け止められて事なきを得たが、ほかの雫と永山を切り裂いた二つの揺らめきと同じく、三つ目の揺らめきも直ぐさま追撃に動き出したため、危機は未だ終わってはいない。

 

突然の襲撃に、反応しきれていないクラスメイト達を三つの揺らめきが切り裂かんと迫った、その瞬間、

 

「光の恩寵と加護をここに! 〝回天〟〝周天〟〝天絶〟!」

 

香織がほとんど無詠唱かと思うほどの詠唱省略で同時に三つの光系魔法を発動した。

 

一つは、切り裂かれて吹き飛び、地面に叩きつけられた雫と永山を即座に癒す光系中級回復魔法〝回天〟。複数の離れた場所にいる対象を同時に治癒する魔法だ。痛みに呻きながら何とか起き上がろうともがく三人に淡い白光が降り注ぎ、尋常でない速度で傷が塞がっていく。

 

次いで、少しでも気を逸らせば直ぐに見失いそうな姿なき揺らめく三つの存在に、ハジメ達に降り注いだのと同じ淡い白光が降り注ぎ纏わりつく。すると、その光はふわりと広がって空間に光の輪郭が出現した。

 

光系の中級回復魔法〝周天〟。これは、いわゆるオートリジェネだ。回復量は小さいが一定時間ごとに回復魔法が自動で掛かる。この魔法は掛かっている間、魔力光が纏わりつくという特徴がある。香織は、その特性を利用し、回復効果を最小限にして正体不明の敵に使用することで間接的に姿を顕にしたのだ。

 

白光により現れた姿は、ライオンの頭部に竜のような手足と鋭い爪、蛇の尻尾と、鷲の翼を背中から生やすキメラ。おそらく、迷彩の固有魔法を持っているのだろう。姿だけでなく気配も消せるのは相当厄介な能力ではあるが、行動中は完全には力を発揮出来ないようで、空間が揺らめいてしまうという欠点があるのは不幸中の幸いだ。

 

なにせ、クラスメイトの中でもトップクラスの近接戦闘能力を持つハジメと雫、永山を一撃で行動不能に陥れたのだ。恐るべき敵である。この上、ほぼ完全に姿を消せるとあっては、とても太刀打ち出来ない。今までの階層の魔物と比較すると明らかにこの階層の魔物のレベルを逸脱している。

 

そのキメラ三体は、纏わりつく光など知ったことかと追撃の爪牙を繰り出した。目標は、雫、永山、鈴の三人だ。だが、その爪牙が三人に届くことはなかった。なぜなら、三人の眼前にそれぞれ三枚ずつ光の盾が出現し、キメラの一撃で粉砕されながらも、微妙に角度をずらして設置していたために攻撃を間一髪のところで逸らしたからである。

 

光系の中級防御魔法〝天絶〟。〝光絶〟という光のシールドを発動する光系の初級防御魔法の上位版で、複数枚を一度に出す魔法だ。〝結界師〟である鈴などは、この魔法を応用して、壊される端から高速でシールドを補充し続け、弱く直ぐに破壊されるが突破に時間がかかる多重障壁という使い方をしたりする。この点、香織は、光属性全般に高い適性を持つものの、結界専門の鈴には及ばないため、そのような使い方は出来ない。精々、設置するシールドの微調整が出来る程度だ。

 

しかし、今回はそれが役に立った。鈴の強力な障壁が一撃で破壊された瞬間に、香織は、自分の障壁では役に立たないと悟り、攻撃をいなす方法を選択したのだ。もっとも、全く同じ攻撃が、予想通り来るとは限らないので、イチかバチかという賭けの要素が強かった。上手くいったのは幸運である。

 

攻撃をいなされた三体のキメラは、やや苛立ったように再度攻撃に移ろうとした。稼げた時間は一瞬。問題などないと。しかし、一瞬とはいえ、貴重な時間を稼げた事に変わりはない。その時間を光輝達が逃すはずはなかった。

 

「雫から離れろぉおお!!」

 

光輝は、怒りを多分に含ませた雄叫び上げながら〝縮地〟で一気に雫の近くにいたキメラに踏み込んだ。光輝の移動速度が焦点速度を超えて背後に残像を生み出す。振りかぶった聖剣が一刀のもとにキメラの首を跳ねんと輝きを増す。

 

同時に、龍太郎も永山を襲おうとしていたキメラへと空手の正拳突きの構えを取った。直接踏み込んで攻撃するより、篭手型アーティファクトの能力である衝撃波を飛ばしたほうが早いと判断したからだ。龍太郎から裂帛の気合が迸り、篭手に魔力が収束していく。

 

さらに、吹き飛ばされ鈴を受け止めていた恵里が片手を突き出し、鈴と同様、危機感から続けていた詠唱を完成させ、強力な炎系魔法を発動させた。〝海炎〟という名の炎系中級魔法は、文字通り、炎の津波を操る魔法で分類するなら範囲魔法だ。素早い敵でも、そう簡単には避けられはしない。

 

光輝の聖剣が壮絶な威力と早さをもって大上段から振り下ろされる。龍太郎の正拳突きが、これ以上ないほど美しいフォームから繰り出され、それにより凄絶な衝撃波が砲弾のごとく突き進む。恵里の死を運ぶ紅蓮の津波が目標を呑み込み灰塵にせんと迸った。

 

だが……一体どこに潜んでいたのか。光輝達の攻撃がまさに直撃しようかというその瞬間、三つの影が咆哮を上げながら光輝達へと襲いかかった。

 

「「ッ!?」」

 

突然の事態に光輝と龍太郎の背筋を悪寒が襲う。二体の影は、それぞれ光輝と龍太郎に猛烈な勢いで突進すると、手に持った金属のメイスを豪速をもって振り抜いた。

 

咄嗟に、光輝は剣の遠心力を利用して身を捻り、龍太郎は突き出した右手の代わりに引き絞った左腕をカチ上げて眼前まで迫っていたメイスを弾く。光輝はバランスを崩し地面を転がり、龍太郎は、メイスを弾いた後の敵の拳撃による二撃目を受けて吹き飛ばされた。

 

光輝と龍太郎に不意を打ったのは、体長二メートル半程の見た目はブルタールに近い魔物だった。しかし、いわゆるオークやオーガと言われるRPGの魔物と同様に、ブルタールが豚のような体型であるのに対して、その魔物は随分とスマートな体型だ。まさに、ブルタールの体を極限まで鍛え直し引き絞ったような体型である。実際、先程の不意打ちからしても、膂力・移動速度共に、ブルタールの比ではなかった。

 

一方、恵里の方は直接攻撃を受けたわけではなかったが、受けた心理的衝撃の度合いはむしろ光輝達よりも強かった。なぜなら、押し寄せる炎の津波を、突如割り込んだ影が大口を開けたかと思うと一気に吸い込み始めたからだ。ヒュオオオ! という音と共に、みるみると広範囲に展開していた炎が一点へと収束し消えていく。その影が全ての炎を吸い込むのに十秒程度しか掛からなかった。

 

炎と熱気が消えた空間からは、体から六本の足を生やした亀のような魔物が姿を現した。背負う甲羅は、先程まで敵を灰に変えようと荒れ狂っていた炎と同じように真っ赤に染まっている。

 

と、次の瞬間、多足亀が炎を吸収しきって一度は閉じていた口を再びガパッと大きく開いた。同時に背中の甲羅が激しく輝き、開いた口の奥に赤い輝きが生まれる。まるで、エネルギーを集めて発射寸前のレーザー砲のようだ。

 

その様子を見た恵里が、表情に焦りを浮かべた。魔法を放ったばかりで対応する余裕がないからだ。だが、その焦りは、腕の中の親友がいつも通りの元気な声で吹き飛ばした。

 

「にゃめんな! 守護の光は重なりて 意志ある限り蘇る〝天絶〟!」

 

刹那、鈴達の前に十枚の光のシールドが重なるように出現した。そのシールドは全て、斜め四十五度に設置されており、シールドの出現と同時に、多足亀から放たれた超高熱の砲撃はシールドを粉砕しながらも上方へと逸らされていった。

 

それでも、継続して放たれる砲撃の威力は、先程のキメラの攻撃の上を行く壮絶なもので、一瞬にしてシールドを食い破っていく。鈴は、歯を食いしばりながら詠唱の通り次々と新たなシールドを構築していき、〝結界師〟の面目躍如というべきか、シールドの構築速度と多足亀の砲撃による破壊速度は拮抗し辛うじて逸らし続けることに成功した。

 

逸らされた砲撃は、激震と共に迷宮の天井に直撃し周囲を粉砕しながら赤熱化した鉱物を雨の如く撒き散らした。

 

「ちくしょう! 何だってんだ!」

「なんなんだよ、この魔物は!」

「くそ、とにかくやるぞ!」

 

そこまでの事態になってようやく檜山達や永山のパーティーが悪態を付きながらも混乱から抜け出し完全な戦闘態勢を整える。傷を負っていたハジメや雫、永山も完全に治癒されて、それぞれ眼前の見えるようになったキメラに攻撃を仕掛け始めた。

 

雫が、残像すら見えない超高速の世界に入る。風が破裂するようなヴォッ! という音を一瞬響かせて姿が消えたかと思えば、次の瞬間にはキメラの真後ろに現れて、これまたいつの間にか納刀していた剣を抜刀術の要領で抜き放った。

 

〝無拍子〟による予備動作のない移動と斬撃。姿すら見えないのは単純な移動速度というより、急激な緩急のついた動きに認識が追いつかないからだ。さらに、剣術の派生技能により斬撃速度と抜刀速度が重ねて上昇する。鞘走りを利用した素の剣速と合わせれば、普通の生物には認識すら叶わない神速の一閃となる。

 

先程受けた一撃のお返しとばかりに放たれたそれは八重樫流奥義が一〝断空〟。空間すら断つという名に相応しく、銀色の剣線のみが虚空に走ったかと思えば、次の瞬間には、キメラの蛇尾が半ばから断ち切られた。

 

怒りの咆哮を上げて振り向きざまに鋭い爪を振るうキメラ。しかし、その攻撃は虚しく空を切る。既に、雫は、反対側へと回り込んでいたからだ。そして、二の太刀を振るい今度はキメラの両翼を切り裂いた。

 

「くっ!」

 

速度で相手を翻弄し着実にダメージを与えていく雫。しかし、雫の表情は晴れず、それどころか苦虫を噛み潰したような表情で思わず声を漏らした。それは、思惑が外れたことが原因だった。雫は、本当なら、最初の一撃でキメラの胴体を両断するつもりだったのだが、寸でのところで蛇尾が割って入り斬撃が届かなかったのだ。二太刀目も胴体を切り裂くつもりが、斬撃が届くより一瞬早く身を屈められて両翼を切り裂くに留まってしまった。

 

キメラは今のところ、雫の速さに付いてこられていない。しかし、全く対応できないというわけでもなかったのだ。姿が消せる上、かろうじてとは言え雫の本気の速さに対応してくる反応速度。本当に難敵である。さっさと倒して他の救援に向かいたい雫としては、厄介なことこの上なかった。

 

その後も、三太刀目、四太刀目と剣を振るい、キメラの体に無数の傷をつけていくが、どれも浅く致命傷には遠く及ばない。それどころか、キメラは徐々に雫の速度を捉え始めていた。雫の表情に焦りが生まれ始める。

 

さらに、雫にとって、いや、雫達にとって悪いことは続く。

 

突然、部屋に何かの叫びが響いたかと思うと、雫の眼前で両翼と蛇尾を切断されていたキメラが赤黒い光に包まれて、みるみる内に傷を癒していったのだ。香織の〝周天〟は、ほとんど意味がないほどに効果を落としてあるので、いくら浅い傷といえどそう簡単に治ったりはしない。雫は目を見開き、癒されていくキメラに注意しながら叫び声の方をチラリと見やった。

 

すると、いつの間にか、高みの見物と洒落こんでいた魔人族の女の肩に双頭の白い鴉が止まっており、一方の頭が雫の方を、正確には、雫の眼前にいるキメラに向いていたのだ。

 

「回復役までいるって言うの!?」

 

難敵にやっとの思いで傷を与えてきたというのに、それを即座に癒される。唯でさえ時間が経てば経つほど順応されて勝機が遠のくというのに、後方には優秀な回復役が待機している。あまりの事態に、思わず雫が悲鳴を上げた。

 

その白鳩をハジメが狙って銃弾を放つが、またしても男に弾かれる。

 

見れば、雫だけでなく、他の場所でも同じように悲痛な叫びを上げる仲間達がいた。

 

光輝の方も、支援を受けつつブルタール擬きと戦っていたようで、ブルタールの胴体には肩から腰にかけて深々と切り裂かれた痕がついていたのだが、その傷も白鴉の一方の頭が見つめながら叫び声を上げることで、まるで逆再生でもしているかのように癒されていく。

 

龍太郎や永山の方も同じだ。龍太郎が相手取っていた二体目のブルタール擬きは腹部が破裂したように抉れていたり片腕が折れていたりしたようだが、雫が相手取っていたキメラを癒していた白鴉の頭が同じように鳴くとみるみる癒されていき、永山の相手だったキメラも陥没した肉体の一部が直ぐさま癒されていった。

 

「だいぶ厳しいみたいだね。どうする? やっぱり、あたしらの側についとく? 今なら未だ考えてもいいけど?」

 

光輝達の苦戦を、腕を組んで余裕の態度で見物していた魔人族の女が再び勧誘の言葉を光輝達にかけた。もっとも、答えなど分かっているとでも言うように、その表情は冷めたままだったが。そして、その予想は実に正しかった。

 

「ふざけるな! 俺達は脅しには屈しない! 俺達は絶対に負けはしない! それを証明してやる! 行くぞ〝限界突破〟!」

 

魔人族の女の言葉と態度に憤怒の表情を浮かべた光輝は、再びメイスを振り下ろしてきたブルタールモドキの一撃を聖剣で弾き返すと、一瞬の隙をついて〝限界突破〟を使用した。魔力を消費して一時的に基礎ステータスを三倍に引き上げる。ただし、長時間使用することはできず、使用後はしばらくの間基礎ステータスが半減する。

 

神々しい光を纏った光輝は、これで終わらせると気合を入れ直し、魔人族の女に向かって突進した。

 

光輝は、魔物の強力さと回復が可能という事実に、このままでは仲間の士気が下がり押し切られると判断し、〝限界突破〟を使用して一気に白鴉と魔人族の女を倒そうと考えた。

 

光輝の〝限界突破〟の宣言と共に、その体を純白の光が包み込む。同時に、メイスの一撃を弾かれたブルタールモドキが光輝の変化など知ったことではないと、再び襲いかかった。

 

「刃の如き意志よ 光に宿りて敵を切り裂け 〝光刃〟!」

 

光輝は、ブルタールモドキにより振るわれたメイスを屈んで躱すと、聖剣に光の刃を付加させて下段より一気に切り上げた。

 

先程も、〝光刃〟を使って袈裟斬りにしたのだが、その時は、深手を与えるにとどまり戦闘不能にすることはできなかった。しかし、今度は〝限界突破〟により三倍に引き上げられたステータスと、光の刃の相乗効果もあってか、まるでバターを切り取るようにブルタールモドキの胴体を斜めに両断した。

 

一拍遅れて、ブルタールモドキの胴体が斜めにずれ、ドシャ! という生々しい音と共に崩れ落ちる。光輝は、踏み込んだ足をそのままに、一気に加速すると猛然と魔人族の女のもとへ突進した。

 

光輝と魔人族の女を隔てるものは何もない。いくら魔人族が魔法に優れた種族といえど、今更何をしようとも遅い。このまま、白鴉ともども切り裂いて終わりだ。誰もがそう思った。

 

が、しかし、そこへ横槍が入る。黒髪の男だ。

 

「カトレアを殺したければ、まず私を殺してみるがいい。一騎打ちでな。まぁ、この程度では無理だと思うが」

 

光輝の一撃を軽く弾く。光輝は数段後ろへと吹き飛ばされる。

 

「邪魔者には少し大人しくしてもらおう」

 

そう言って男は剣を横に薙ぐと、光輝の後ろにいるクラスメイト達が一斉に斬られた。あまりにも速過ぎる攻撃に、流石のハジメとユエも避けられなかった。

 

「更にこれもおまけだ。カトレア」

「地の底に眠りし金眼の蜥蜴 大地が産みし魔眼の主 宿るは暗闇見通し射抜く呪い   もたらすは永久不変の闇牢獄 恐怖も絶望も悲嘆もなく その眼まなこを以て己が敵の全てを閉じる 残るは終焉 物言わぬ冷たき彫像 ならば ものみな砕いて大地に還せ! 〝落牢〟!」

 

詠唱が完了した直後、魔人族の掲げた手に灰色の渦巻く球体が出来上がり、放物線を描いて光輝達の方へ飛来した。速度は決して早くはない。今の光輝達の中に回避できないものなどいない。一見、何の驚異も感じない攻撃魔法だったが、それを見た先ほど腹を触手で貫かれた野村健太郎が、血を失ったために青ざめている顔に更に焦りの表情を浮かべて叫んだ。

 

「ッ!? ヤバイッ! 谷口ィ!! あれを止めろぉ! バリア系を使え!」

「ふぇ!? りょ、了解! ここは聖……」

 

だが、詠唱の途中で再び不可視の斬撃が襲い掛かる。そして斬撃は鈴の腹と太腿、右腕を切った。

 

「あぁああああ!!」

「鈴ちゃん!」

「鈴!」

 

その苦悶の声を聞いて香織と恵里が、思わず悲鳴じみた声で鈴の名を呼ぶ。直ぐさま、香織が回復魔法を行使しようと精神を集中するが、それより灰色の球体が飛び込んでくる方が早かった。

 

「全員、あの球体から離れろぉ!」

 

野村が焦燥感に満ちた声で警告を発する。だが、その警告は遅すぎた。

 

勢いよく飛び込んできた灰色の渦巻く球体は、そのまま地面に着弾すると音もなく破裂し猛烈な勢いで灰色の煙を周囲に撒き散らした。

 

傍には、倒れて痛みにもがく鈴と駆けつけようとしていた斎藤と近藤、それに野村。灰色の煙は、一瞬で彼等を包み込む。魔物の影はない。着弾と同時に、一斉に距離をとったからだ。

 

灰色の煙はなおも広がり、光輝達をも包み込もうとする。

 

「来たれ 風よ! 〝風爆〟!」

 

光輝が、咄嗟に、突風を放つ風系統の魔法で灰色の煙を部屋の外に押し出す。

 

魔法で作り出された煙だからか、通常のものと違って簡単に吹き飛びはしなかったが、〟限界突破〟中の光輝の魔法は威力も上がっているので、僅かな拮抗の末、迷宮の通路へと排出することに成功した。

 

だが、煙が晴れたその先には……

 

「そんな、鈴!」

「野村くん!」

「斎藤! 近藤!」

 

完全に石化し物言わぬ彫像となった斎藤と近藤、下半身を石化された鈴、その鈴に覆いかぶさった状態で左半身を石化された野村の姿があった。

 

斎藤と近藤は、何が起こったのかわからないという様なポカンとした表情のまま固まっている。鈴は、下半身を石化された事で更なる激痛に襲われたようで苦悶の表情を浮かべたまま意識を失っていた。

 

一方、鈴を庇いながら、それでもなお被害が一番軽微だった野村だが、やはり激痛に襲われているらしく食いしばった歯の奥から痛みに耐えるうめき声が漏れていた。野村の被害が軽かったのは、彼が〝土術師〟の天職持ちだからだ。土属性に天賦の才を持っており、当然、土系魔法に対する高い耐性も持っている。

 

魔人族の女が発動した魔法を瞬時に看破したのも、あの魔法が土系統の魔法で野村も勉強していたからだ。土系の上級攻撃魔法〝落牢〟。石化する灰色の煙を撒き散らす厄介な魔法だ。ほんの僅かでも触れれば、そこから徐々に侵食され完全に石化してしまう魔法で、対処法としては、バリア系の結界で術の効果が終わるまで耐えるか、煙を強力な魔法で吹き飛ばすしかない。しかも、バリア系は上級レベルでなければ結界そのものが石化されてしまう上、煙も上級レベルの威力がなければ吹き飛ばすことが出来ないという強力なものだ。

 

「貴様! よくも!」

 

光輝が、仲間の惨状に憤怒の表情を浮かべる。光輝を包む〝限界突破〟の輝きがより一層眩い光を放ち始めた。今にも、魔人族の女に突貫しそうだ。

 

だが、そんな光輝をストッパーの雫が声を張り上げて諌める。そして、撤退に全力を注げと指示を出した。

 

「待ちなさい! 光輝! 撤退するわよ! 退路を切り開いて!」

「なっ!? あんなことされて、逃げろっていうのか!」

 

しかし、仲間を傷つけられた事に激しい怒りを抱く光輝は、キッと雫を睨みつけて反論した。光輝から放たれるプレッシャーが雫にも降り注ぐが、雫は柳に風と受け流し、険しい表情のまま光輝を説得する。

 

「聞きなさい! 香織なら、きっと治せる。でも、それには時間がかかるわ。治療が遅くなれば、手遅れになる可能性もある。一度引いて態勢を立て直す必要があるのよ! それに、三人欠けた上に、今、あんたが飛び出したら、次の攻勢に皆はもう耐えられない! 本当に全滅するわよ!」

 

「ぐっ、だが……」

「それに、〝限界突破〟もそろそろヤバイでしょ? この状況で、光輝が弱体化したら、本当に終わりよ! 冷静になりなさい! 悔しいのは皆一緒よ!」

 

理路整然とした幼馴染の言葉に、光輝は、唇を噛んで逡巡するが、雫が唇の端から血を流していることに気がついて、茹だった頭がスッと冷えるのを感じた。雫も悔しいのだ。思わず、唇を噛み切ってしまう程に。大事な仲間をやられて、出来ることなら今すぐ敵をぶっ飛ばしてやりたいのだ。

 

「わかった! 全員、撤退するぞ! 雫、龍太郎! 少しだけ耐えてくれ!」

「任せなさい!」

「おうよ!」

 

光輝は、聖剣を天に突き出すように構えると長い詠唱を始めた。今までは、詠唱時間が長い上に状況の打開にならないので使わなかったが、撤退のための道を切り開くにはちょうどいい魔法だ。

 

ただし、詠唱中は完全に無防備になるので身の守りを雫と龍太郎に託さねばならない。それは、光輝が引き受けていた魔物も彼等が相手取らなければならないということだ。当然、雫と龍太郎の二人に対応しきれるはずもなく、必死に応戦しながらもかなりの勢いで傷ついていく。

 

「逃げられると思うなよ?」

 

出口が結界で塞がれてしまった。もう外へ逃げることも、救援を呼ぶこともできない。そして詠唱も途中で妨害された。

 

「さて、舞台は整った。人族の勇者よ、名は何という?」

 

男は光輝に話しかける。光輝は最初、「誰が貴様達に名乗るものか」と突っぱねたが、先に男が名乗る。

 

「仲間からはリュータと呼ばれている。そして後ろの女はカトレアという。わざわざこっちから名乗ってやったのだ。貴様も名乗らねば失礼に当たるぞ」

「俺は……天之河光輝だ!」

 

仕方なく自らの名を名乗る光輝。

 

「光輝か。無駄に輝いているのは名前も同じだな。まぁいい、それより素晴らしい提案をしよう」

 

リュータは右手の剣を光輝に向ける。

 

「もし一騎打ちで私に勝てたら、今回のところは見逃してやろう。ただし、負ければここが貴様らの墓場となる」

 

リュータは余裕の表情だった。まるで「貴様らなど軽く一ひねりで十分だ」と言わんばかりに。

 

「なに、私もそこまで鬼ではない。五分猶予をやろう。それまでに受けるか断るか、決めておくがいい」

 

そう言って光輝に何かを投げ渡す。

 

「今すぐ〝限界突破〟を解いて、それを飲んでおけ。飲んで五分程休めば全快するだろう。安心しろ、貴様が休んでいる間こちらからは一切手出しをしないと誓おう」

 

そう言ってリュータはカトレアの近くまで退く。

 

「本当にいいのかい? このまま殺した方が手っ取り早いだろうに」

「全快した勇者を完膚なきまで叩きのめせば、あいつらに絶望を植え付けられる。殺すのは、()()が来た時だ」

「何かよく分からないけど、まぁいいか。どう足掻いてもあたしらが勝つしね」

 

リュータは出口まで一瞬で移動し、結界をすり抜けて上の階層に登っていった。

 

 

五分後、リュータが戻ると光輝は全快していた。最初、光輝は飲むのを拒んでいたが、鑑定の結果リュータが言っていた効能そのままだったので渋々飲むことにした。

 

「……上で何をしていた?」

「それは秘密だ」

 

光輝が上で何をしていたかを訊ねたが、リュータは教えなかった。

 

「そんなことはどうでもいいだろう。それより、どうする? 一騎打ちを受けるか? それともここで死ぬか?」

 

光輝は拳を握り締めながら俯いていた。

 

「俺は……」

 

そして、聖剣を握って構えを取る。

 

「ここで貴様を倒す! 勇者として、絶対に負けられないからな!!」

 

その目には、目の前の敵を必ず倒すという意志が宿っていた。

 

「その心意気や良し。存分に楽しもうぞ」

 

リュータも剣を肩に担いで構えを取る。

 

今ここに、勇者と剣士の一騎打ちが展開されるのだった……




『対よ』

『対よ』

『『今こそ巡り逢はん』』

『疾く参りたまへ』

『しばし待ちたまへ』

『光れ(いなづま)

『流れよ澄水(ちょうすい)


次回 第四十九閃 雌雄逢着


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第四十九陣 雌雄逢着

乳吞(ちちのみ) 垂乳根(たらちね) 今こそ逢着せん』

『対よ 対よ 大地を潤す清流よ』

『対よ 対よ 天上を裂く稲妻よ』

『『水 雷 交らふ』』

『『我ら桃郷が かぞいろは』』

『『いざ 眷属で以て天下を治めん』』


「ヒャッハー! ですぅ!」

 

左側のライセン大峡谷と右側の雄大な草原に挟まれながら、飛脚改二と弩空が太陽を背に西へと疾走する。道に沿って進むホバースキッフと異なり、ホバーバイク…ではなくホバーセイルの方は、峡谷側の荒地や草原を行ったり来たりしながらご機嫌な様子で爆走していた。

 

「……凄くご機嫌な様子だねシア……」

「ちょっとやってみたいかも……」

 

弩空の操縦桿を握りながら、来は苦笑いで呟く。シアは今、飛脚改二に乗っている。

 

シアは飛脚改の風を切る感覚をとても気に入っていた。しかしメンバーが増えて弩空で移動することが増えていたために少し不満であった。弩空の上部はシールドで覆われており、弱い風しか感じることができない。それならば、操縦の仕方を教わって自分で走らせてみたいと頼み込んだのだ。

 

魔力は機体内部のタンクに貯められるので魔力操作せずとも操縦できるのだが、何せ最高速度が地球の乗用車とは比べものにならないために操縦難易度はそこそこに高い。新しく帆を取り付けられてホバーバイクからホバーセイルになって難易度は更に上がった。逆に帆を取り外してバイクに戻すこともできる。最初は投げ出されていたのだが、何度も投げ出されては乗り直すのを繰り返した結果、乗り熟すことに成功した。そしてその魅力に取りつかれてしまった。

 

今もシアは、機体を前後左右上下に回転させてみたり、更に自分も宙返りして再び乗ったりとヨットレーサー顔負けの技を披露している。

 

既に来と同じ位には乗り熟していた。時折来の方にシアの兎耳が向いてくる。どうやらシアは乗り物に乗った瞬間性格が豹変するタイプのようだ。

 

ミレディの隣でシールドから顔をちょこんと出して気持ちよさそうにしていた三、四歳くらいの幼女ミュウが、いそいそとミレディの膝の上によじ登ると、そのまま大きな瞳をキラキラさせる。そして、帆を逆立ちで操作し始めたシアを指差し、来におねだりを始めた。

(※現在の速度:40km/h)

 

「パパ! パパ! ミュウもあれやりたいの!」

「今のミュウにはまだ大分早いから、やるなら大きくなってからね。後で乗せてあげるから、それで我慢だ」

「むぅ~。わかったの」

 

流石に操縦はさせてもらえなかったが、後で一緒に乗ると約束してくれたので渋々了承するミュウ。そして、シアとは絶対に一緒に乗るなと言われた。幼女にとってシアの操縦は凄く危険だからね。仕方ないね。

 

「ミュウを乗せる時は減速しなきゃなぁ。最高速度はミュウには辛いだろうし……」

「あらあら、らーちゃんパパはミュウちゃんが心配だねぇ~。意外に過保護なのかなカナ?」

「ふふっ、マスターは意外に子煩悩であったか。見ていて微笑ましいものじゃな」

 

ミュウの頭を優しく撫でながら、ミレディとティオがミュウの話し相手をする。

 

この後、シアは更にとんでもねぇ操縦をし始めたのでサカ=ダチやブラ=サガリといった危険な操縦の仕方に対する禁止令を出された。罰則一回につき素振り千本。シアは二回やってしまったが、今罰則を科せば遡及処罰になるので今回は素振り二千本を免れた。だが次は無い。

 

 

 

来達は現在、ホルアドにいた。

 

フューレンのギルド支部長イルワから頼まれごとをされただけでなく、愛子から膵花が滞在していると聞いて訪れたのだ。

 

来は、懐かしげに瞼を閉じて町のメインストリートをホルアドのギルドを目指して歩く。そんな来の様子に気づいたのか、肩車をしてもらっているミュウは不思議そうな表情をしながら来のおでこを紅葉のような小さな掌でペシペシと叩く。

 

「パパ? どうしたの?」

「……前に来たことがあってね。まだ四ヶ月程しか経ってないはずなのに、まるでもう何年も前のことのような気がしてさ……」

「らーちゃん、大丈夫?」

 

複雑な表情をしていた来の肩にそっと自らの手を添えて心配そうな眼差しを向けるミレディ。そんな彼女に対し、来は肩を竦めて普段通りの雰囲気に戻す。

 

「あ、ああ。大丈夫。随分と濃密なひと時を過ごしてたなって感慨に耽ってたよ。思えば、ここから始まったんだって……一つの決意のみを抱いて一夜を明かして、次の日迷宮に潜って……深手を負って落ちたよ」

 

運命の分岐点とも言えるあの出来事を思い出し、独白をする彼の言葉を、神妙な雰囲気で聞くミレディ達。シアとミレディは、ジッと来を見つめている。ティオが、興味深げに彼に尋ねた。

 

「主様は……やり直したいとは思わないのですか? 元々の仲間がおられたのでしょう? その中に、仲の良かった者もいたはず」

 

ティオはまだ、来達との付き合いが浅いので、時折彼らの心の内を知るべく普段なら気を遣ってしないような質問をいくつかしてくる。単なる旅の同行者としてではなく、正式な来達の仲間として在りたいと思うが故の彼女なりの努力だった。

 

特にそれを気にすることもなく、素直に来はティオの質問を受け止めた。そして、最愛の妻のことを思い浮かべた。水も滴る艶のある縹色のロングヘアー、宝石のように綺麗な藍色の瞳、いつも隣に添い遂げてくれたあの人、あの時、深手を負った自分を見て悲痛な叫び声を上げたあの人……

 

不意に、一滴零れた。それに気づき、右腕で乱暴に拭う。

 

「パパ? どこかいたいの?」

「大丈夫、どこも痛くないよ」

 

痛いのは体ではなく、心だった。

 

「確かに、あの中には仲の良かった者達もいる。だけど……もしあの日に戻ることが叶っても、僕は何度だって今までと同じ道を辿るよ。唯一後悔していることは……膵花やハジメ達も一緒に連れて行けなかったことかな」

「……何故でしょうか」

 

理由は来の様子を見れば自ずとわかるのだが、ティオは敢えて聞いた。

 

「あの日落ちていなかったら、君達とは出会えなかったかもしれないからね」

「来さん……」

「らーちゃん……」

 

傍で聞いていたシアとミレディの頬が朱く染まる。来にとって彼女達は〝良き仲間〟という認識であり、彼女達もそれを解っていたが、それでも心が躍ってしまう。

 

周りの視線を集めながら、一行はギルドへと一直線に向かう。

 

 

 

ミュウを肩車しながら、来はギルド支部のドアを押した。金属製の扉が重い音を立てて開かれる。

 

近くに迷宮があるからなのか、ブルックとは異なり、中の雰囲気は張り詰めていた。歴戦の冒険者でさえ表情を深刻にさせるような何かが起きているのだろうか。

 

ギルドに足を踏み入れた瞬間、冒険者達の視線が一斉に来達に集まった。その眼光のあまりの鋭さに、ミュウは悲鳴を上げてしまった。そして来の頭にしがみついた。美女・美少女に囲まれて、更に幼女を肩車して入って来た来に対し、冒険者達は殺気を叩きつけ始めた。その気迫は、「巫山戯た野郎をぶちのめす」と言わんばかりだった。

 

その冒険者達のうち一人が、「話ならぶちのめした後で聞いてやる」と正に荒くれ者らしい考えで来の方に踏み出した。

 

「おいテメェ」

「…一体何の用かな?」

「こっちは非常事態が起きてんだ。なのにテメェは何呑気に女とガキ連れ……」

 

男が言い終わる前に、来は口の前で人差し指を立て、威圧を放って黙らせた。先程の冒険者達の殺気がまるで子供の癇癪のようだ。他の冒険者も委縮してしまっている。

 

(なっ……何だ……? この徐々に凍りついていくような感覚は……! 凄まじい程の威圧だ……!)

 

しかし、凍りつくような威圧に反して、来の表情はあまりにも穏やかだった。それが更に恐怖を駆り立てる。後にこの冒険者は、「アイツの背後に翼の生えたヘビみたいな化け物が見えた」と語る。

 

「手を上げる前に、ここで何が起こっているのか、説明してくれないか?」

 

先程まで場の空気を凍りつかせた威圧が徐々に弱まっていく。冒険者達は息切れを起こしていた。

 

「その前に……」

 

来は笑みを浮かべながら頼み事をする。

 

「この子に向かって、微笑んであげてほしい」

 

状況とそぐわない頼みに、冒険者達は戸惑う。

 

「どうした? 腹でも痛くなったか? 君達はただ手を振ってにっこりと笑ってくれるだけでいい。この子はまだ幼いから、トラウマは作りたくないからね」

 

だったら、そもそもこんな場所に幼子を連れてくるなよ! と内心冒険者達は思ったが、それをうっかり口にしてしまえば確実に殺されるので頬を盛大に引き攣らせながらも必死に笑顔を作ろうとする。

 

来は胸元に顔を埋めたままのミュウの耳元にそっと話しかける。

 

「さっき怖い顔してた人達はね、皆悩み事を抱えてるんだよ。だから、ミュウがあの人達に向かって笑ってあげたら皆もう怖い顔しなくなるからね」

 

ミュウはおずおずと顔を上げて、潤んだ瞳で来を見つめる。そして、来の視線と指に誘われてゆっくりと振り向いた。

 

「ひっ!」

 

ところが、ミュウは怯えて再び胸元に顔を埋めてしまった。再びミュウにそっと話しかけた。

 

「大丈夫。皆笑ってくれてるだけだから、ミュウも皆に笑ってあげてね」

 

ミュウは再びおずおずと顔を上げて、冒険者達に振り向いた。しばらく見つめた後、手のひらサイズのかが宜しく「にへらぁ」と可愛らしく笑って小さく手を振り返した。その笑顔と仕草の可愛さに、冒険者達も思わず和んだ。安心した来はミュウを抱っこしたままカウンターへと向かう。

 

「ここの支部長はいますか? フューレン支部長から本人に直接渡せと手紙を預かっているのですが……」

 

来は自分のステータスプレートを受付嬢に差し出す。ハジメと同い年位の受付嬢は、緊張しながらもプロらしく居住まいを正してステータスプレートを受け取った。

 

「は、はい。お預かりします。え、えっと、フューレン支部のギルド支部長様からの依頼……ですか?」

 

通常、一介の冒険者がギルド支部長から依頼を受けることはほとんどないので、少し訝しそうな表情になる受付嬢。しかし、渡されたステータスプレートに表示されている情報を見て思わず目を見開いた。

 

「き〝金〟ランク!?」

「えぇ。つい先日なったばかりでして……」

 

冒険者において〝金〟のランクを持つ者は全体の一割に満たず、新たに〝金〟ランクに認定された者については各ギルド支部職員に対して伝えられるのだが、まさか目の前の青年が金ランクとは思わず、つい驚愕の声を漏らしてしまった。

 

その声でここにいる全員が、驚愕に目を見開いて来に視線を向ける。支部内がまた騒がしくなった。

 

個人情報を大声で晒してしまったことに気づき、青ざめてしまった受付嬢。そして物凄い勢いで頭を下げ始めた。

 

「も、申し訳ありません! 本当に、申し訳ありません!」

「お気になさらずに。取り敢えず、支部長に取り次ぎしていただけますか?」

「は、はい……少々お待ちください……」

 

注目を向けられることに慣れていないミュウを全員であやしながら五分程待っていると、ギルドの奥から音を立ててカウンター横の通路から少年が飛び出した。少年は誰かを探しているように辺りを見回す。

 

その少年に、見覚えがあった。

 

「……浩介」

 

少年……遠藤浩介は、辺りをキョロキョロと見渡し、それでも目当ての人物が見つからないことに苛立ったように大声を出し始めた。

 

「辻風ぇ! いるのか!? お前なのか!? 何処なんだ!? 辻風ぇ! 生きてんなら出てきやがれぇ! 辻風来!!」

「ここ。ここだよ。君の目の前にいる人間がそうさ」

 

来の声に反応して振り向いた浩介。余りにも必死な形相だった。

 

「三回に一回しか自動ドアが開かない程の存在感の薄さが、どうやら役に立ったようだね」

「誰がコンビニの自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか存在自体が薄くて何時か消えそうな影の薄さランキング生涯世界一位の男だ!」

「いやそこまで言ってないよ」

 

目の前の白髪の剣士が死んだはずのクラスメイトであることに気づき、浩介は来の顔を見つめる。

 

「お、お前……お前が……辻風……なのか?」

「ああ。髪の毛白くなったけど、正真正銘辻風来本人だ」

 

上から下まで見たが、それでも記憶の中の来と違うので半信半疑だったが、顔の造形や自分の影の薄さを知っていた事からようやく信じることにした。

 

「お前……生きていたのか。化けて出たとかじゃないよな……?」

「前にも同じようなこと言われたけどちゃんと生きてるよ」

「何か、えらく変わってるんだけど……見た目とか雰囲気……はあんまり変わってないな……」

「何時の間にか変わってたんだ」

「そうか……ホントに生きて……」

 

死んだと思っていたクラスメイトが本当に生きていたと理解し、安堵したように目元を和らげた。

 

「っていうかお前……冒険者してたのか? しかも〝金〟て……」

「まぁね」

 

浩介の表情が変わった。クラスメイトが生きていた事にホッとしたような表情から切羽詰ったような表情に。

 

「……つまり、迷宮の深層から自力で生還できる上に、冒険者の最高ランクを貰えるくらい強いってことだよな? 信じられねぇけど……」

「そうだけど……一体何が遭ったんだ? 凄くぼろぼろだったぞ」

 

浩介の真剣な表情でなされた確認に来が肯定の意を示すと、浩介は来に飛びかからんばかりの勢いで肩をつかみに掛かり、今まで以上に必死さの滲む声音で、表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。

 

「なら頼む! 一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと皆死んじまう! 一人でも多くの戦力が必要なんだ! 健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ! 頼むよ、辻風!」

「死んじまうって…天之河がいれば大抵の事はどうにかなるだろうに。メルド団長がいれば、二度とベヒモスの時みたいな失敗もしないだろうし……」

 

来は浩介のあまりに切羽詰った尋常でない様子に、困惑しながら問い返す。すると、遠藤はメルド団長の名が出た瞬間、ひどく暗い表情になって膝から崩れ落ちた。そして、押し殺したような低く澱んだ声でポツリと呟く。

 

「ど、どうしたんだ…?」

「……たよ」

「えぇ!?」

「殺されたんだよ! メルド団長もアランさんも他の皆も! 迷宮に潜ってた騎士は皆殺された! あの剣士から俺を逃がすために! 俺のせいで! 一刀両断されちまったんだ! 皆死んだんだよぉ!」

 

浩介は七十層で騎士団と共に転移陣の護衛をし、無線機でハジメと連絡を取っていたのだが、そこへ突如謎の剣士が乱入し、騎士団員を悉く屠っていった。浩介は命辛々転移陣で脱出することに成功したが、無線機を落としてしまい、ハジメと連絡が取れなくなってしまったのだ。その剣士が深追いをしなかったこともあり、浩介のみ地上に戻ることができた。

 

「……そうなのかい。詳しく聞かせてはくれないか」

 

他のクラスメイトの観察を任せられるくらい、来はメルドからは信頼されていた。あの日、自分が奈落に落ちた日、最後の場面で自分と〝無能〟呼ばわりのハジメを信じてくれたことも覚えている。そんな彼が殺されたと聞いて、心の中で冥福を祈った。

 

「それは……」

 

浩介は膝を付きうなだれたまま事の次第を話そうとする。と、そこでしわがれた声による制止がかかった。

 

「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは、俺の客らしいしな」

 

声の主は、六十歳過ぎくらいのガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男、ホルアド支部長ロア・バワビスだった。その眼からは、長い年月を経て磨かれたであろう深みが見て取れ、全身から覇気が溢れている。

 

浩介の慟哭じみた叫びに再びギルドに入ってきた時の不穏な雰囲気が満ち始めた事から、この場で話をするのは相応しくないだろうと判断し大人しく従う事にした。先程の雰囲気も、それが原因だった。

 

ロアは浩介の腕を掴んで強引に立たせると有無を言わさずギルドの奥へと連れて行った。浩介は、かなり情緒不安定なようで、今は、ぐったりと力を失っている。

 

来達もロアと浩介の後に続いた。

 

 

 

対面のソファーにホルアド支部の支部長ロア・バワビスと浩介が座っており、浩介の正面に来が、その両サイドにミレディとシアがシアの隣にティオが座っている。ミュウは、シアとティオの膝の上でお菓子を食べている。

 

「成程……魔人族、か」

 

浩介から事の顛末を聞き終えた来の第一声がそれだった。魔人族の襲撃に遭い、勇者パーティーが窮地にあるというその話に浩介もロアも深刻な表情をしており、室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。

 

「つぅか! 何なんだよ! その子! 何で……」

「静かに。今はあの子には触れないでほしい」

 

場の雰囲気を壊すようなミュウの存在に、ついに耐え切れなくなった浩介がビシッと指を差しながら怒声を上げるが、来に静止させられた。

 

「さて、来。イルワからの手紙でお前の事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」

「えぇ。全部成り行きでしたけど」

 

どの事態も、成り行き程度の心構えで成し遂げられるものではなかったが、来の余裕綽々としている様子に、ロアは面白そうに口元を吊り上げた。

 

「手紙には、お前の〝金〟ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな……たった数人で六万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん……もう、お前が実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」

 

ロアの言葉に、浩介が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。自力で【オルクス大迷宮】の深層(よりも更に深い最下層)から脱出した来のことを、かなり強いとは思っていたが、まさかそこまでの強さを持っているとは思ってもいなかったのだ。

 

元々、浩介が冒険者ギルドにいたのは、高ランク冒険者に光輝達の救援を手伝ってもらうためだった。もちろん、深層まで連れて行くことは出来ないが、せめて転移陣の守護くらいは任せたかったのである。駐屯している騎士団員もいるにはいるが、彼等は王国への報告などやらなければならないことがあるし、何より、レベルが低すぎて精々三十層の転移陣を守護するのが精一杯だった。七十層の転移陣を守護するには、せめて〝銀〟ランク以上の冒険者の力が必要だったのだ。

 

そう考えて冒険者ギルドに飛び込んだ挙句、二階のフロアで自分達の現状を大暴露し、冒険者達に協力を要請したのだが、人間族の希望たる勇者が窮地である上に騎士団の精鋭は全滅、おまけに依頼内容は七十層で転移陣の警備というとんでもないもので、誰もが目を逸らし、同時に人間族はどうなるんだと不安が蔓延した。

 

そして、騒動に気がついたロアが、浩介の首根っこを掴んで奥の部屋に引きずり込み事情聴取をしているところで、来のステータスプレートをもった受付嬢が駆け込んできたというわけである。

 

「名乗るなら『魔王』ではなく『天幽龍』と名乗りますよ。魔王という肩書が格下に思える程の存在に至る予定なのでね」

 

自称『天幽龍』の青年の言葉に、ロアは思わず笑う。ちなみに、青年の妻は『地魂龍』を名乗っている。

 

「ふっ、魔王を格下扱いか? 随分な大言を吐く奴だ……だが、それが本当なら俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」

「……勇者一行の救出、ですね」

 

浩介が救出という言葉を聞いてハッと我を取り戻す。そして、身を乗り出しながら来に捲し立てる。

 

「そ、そうだ! 辻風! 一緒に助けに行こう! お前がそんなに強いなら、きっとみんな助けられる!」

「……一つだけ聞いていいか?」

「どうしたんだよ……」

 

浩介は見えて来た希望に目を輝かせていたが、聞きたいことがあると言われて少し困惑する。

 

「そのメンバーの中に、膵花とハジメはいるのか?」

 

膵花とハジメの名を聞いた瞬間、浩介はまた切迫した表情になった。

 

「いるさ……だが、二人共九十階層に閉じ込められていて連絡が付かないし、滝沢に至っては封印みたいなのを施されて身動きできない状態なんだよ!」

 

現在の膵花とハジメの状況を聞いた瞬間、来は即答で了承した。天之河のことを一応腐れ縁程度には思っていたので取り敢えず行こうとは思っていたが、膵花やハジメが危険に晒されていると聞けばゆっくりしてはいられない。

 

「何!? だったら尚更、行かない理由は無いな」

「本当か……! 一緒に行ってくれるんだな……? お前のことだからな、南雲と滝沢の名前を出せばすぐに了承すると思ってたよ」

 

一緒に行くと言ってくれた来に浩介は安堵して深く息を吐く。

 

「南雲の奴、お前がいなくなってからマジですげぇ強くなったんだぞ。なんと銃まで作っちまったんだ。あの日から体壊すんじゃないかって位訓練に打ち込んでて……雰囲気もガラリと変わったんだ。前までは……何と言うかその、優柔不断っていうか……大人しい性格だったのに、今や真反対になった。一生懸命なのは変わってないけどな」

「変わったな、彼奴」

 

そして、シアが来をじっと見つめる。

 

「来さん……私、貴方となら何処へでも付いていきます」

「シア…」

 

シアは慈しみの眼差しを向けて、来の片手を取って言った。ミレディ、ティオ、ミュウも後に続く。

 

「私も、何処へだって君に付いてくよっ!」

「マスターの下ならば、何処へでも」

「ふぇ、えっと、えっと、ミュウもなの!」

 

何処へでもついて行くと言ってくれた仲間に、来は己が意志を告げる。

 

「ありがとう、皆。君達のような仲間を持てて嬉しいよ。僕はこれから、妻と親友を助けに行く」

 

九十階層に出没した新種の魔物は最も強い個体でも百十層程度なので、最下層のヒュドラをたった一人で討伐した来にとっては何てことない。寧ろ剣士の方が厄介だろう。

 

「ロア支部長。この一件、対外的には依頼という形にしていただけますか?」

「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」

「えぇ。それと、ミュウの部屋を一つ用意していただけますか」

「ああ、それくらい構わねぇよ」

 

ミュウは留守番をすることになった。当然、ミュウは抵抗した。

 

「やっ! ミュウも行くの!」

「ミュウ。行きたい気持ちはわかる。だけど、これから行くところはかなり危ないから、ミュウは連れて行けない」

「みゅ……一人はさびしいの……」

「大丈夫。もしもの為に、ティオを置いて行く。何が遭っても、ミュウを守ってくれるから。ティオ。ミュウのこと、頼んだ」

「御意」

 

ミュウとティオをギルドに預け、浩介の案内で出発する。

 

「さて、三時間以内に終わらせよう。浩介、背中に乗れ。君を負ぶって行った方が速いから」

「マジかよ……お前足の速さに自信ありすぎだろ……」

 

浩介もそれなりに敏捷性は高いのだが、それでも来には大きく劣る。だから、浩介を背負って向かった方が速いのだ。

 

浩介は迷宮深層へ案内しながら、親友達の無事を祈った。

 

 

 

「【万翔羽ばたき 天へと至れ 〝天翔閃〟】!」

 

光輝は聖剣を振り下ろし、光の斬撃を放った。

 

リュータは光輝の放つ斬撃を紙一重で躱し、左足を力強く踏み込んだ。

 

「術陣展開」

 

リュータの足元に六角形の陣が浮かび上がる。

 

「撃突黒雷」

 

リュータが剣を横に薙ぐと、黒い雷が光輝の体を穿ち抜いた。

 

「ぐっ……やぁっ!!」

 

光輝の聖剣と、リュータの双剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。

 

絶え間なく剣を振るいながら、光輝は〝限界突破〟を発動させる。光輝の動きが急に素早く力強くなり、徐々にではあるがリュータを押し返していた。

 

しかし、リュータもまた、少しずつ力と素早さを上げていく。押していた光輝が今度は押されている。

 

光輝は苦し紛れに聖剣を大きく横に振った。リュータは後ろに飛び退き、不可視の斬撃を複数放つ。この斬撃は目視することはできず、また、魔力によって自在に操作できるので真後ろから切り裂くことも可能である。

 

光輝は不可視の斬撃で迂闊に動けない中、詠唱を開始する。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!――〝神威〟!」

 

そして、聖剣を前に突き出して極光を放った。

 

「これでいけるはず……!!」

 

だが、そんな期待も虚しく、極光を喰らってもなお、リュータは平然と立っていた。だが、立ったままで動く気配がない。光輝はこれを好機と捉え、再び〝神威〟を放った。

 

「……やはり来たか。()()()()()()()()()()が」

 

リュータがそう呟くと、極光は掻き消された。そして次の瞬間、胸部を十字型に切り裂かれた。

 

「終わりにしよう」

 

光輝は上に蹴り飛ばされ、更に追撃で地面に叩きつけられる。そして〝限界突破〟が解除され、激しい脱力感で動けなくなった。

 

「うそ……だろ? 光輝が……負けた?」

「そ、そんな……」

「や、やだ……な、なんで……」

 

クラスメイト達は戦意喪失していた。だが、絶望はまだ終わらない。

 

リュータがクラスメイト達の前にある物を投げた。ごろごろと転がるその物体からは赤い液体が滴っていた。

 

「あっ……」

「あぁぁぁぁぁ!!」

 

その物体とは、()()()()()()()()()だった。

 

「仲間が数人死んだだけで発狂するとは……カトレア。この腑抜け共の相手は任せる。もう興味が失せたからな。魔物はまだ、温存しておけ」

 

そう言って、リュータは下がり、代わりにカトレアが前に出た。

 

「……俺達に何を望む? その気になればいつでも殺せるはずなのに、わざわざ生かしておいて、こんな会話に応じている以上、何かあるんだろ?」

「ああ、やっぱり、あんたが一番状況判断出来るようだね。なに、特別な話じゃない。さっきのあんた達を見て、もう一度だけ勧誘しておこうかと思ってね。ほら、さっきは、勇者君が勝手に全部決めていただろう? 中々、あんたらの中にも優秀な者はいるようだし、だから改めてもう一度ね。で? どうだい?」

 

カトレアの言葉に何人かが反応する。それを尻目に、ハジメに続き今度は雫が臆すことなく疑問をぶつけた。

 

「……光輝はどうするつもり?」

「ふふ、聡いね……悪いが、勇者君は生かしておけない。こちら側に来るとは思えないし、説得も無理だろう? 彼は、自己完結するタイプだろうからね。なら、こんな危険人物、生かしておく理由はない」

「……それは、私達も一緒でしょう?」

「もちろん。後顧の憂いになるってわかっているのに生かしておくわけないだろう?」

「今だけ迎合して、後で裏切るとは思わないのかしら?」

「それも、もちろん思っている。だから、首輪くらいは付けさせてもらうさ。ああ、安心していい。反逆できないようにするだけで、自律性まで奪うものじゃないから」

「自由度の高い、奴隷って感じかしら。自由意思は認められるけど、主人を害することは出来ないっていう」

「そうそう。理解が早くて助かるね。そして、勇者君と違って会話が成立するのがいい」

 

ここで提案を蹴れば、間違いなくここで殺されてしまう。しかし、受け入れてしまえば二度と〝神の使徒〟として戦えなくなる。そうなれば教会から裏切者の烙印を押され、討伐対象となるだろう。

 

どちらの選択肢を選んだところで、結局は余命宣告されているに等しかった。ところが…

 

「わ、私、あの人の誘いに乗るべきだと思う!」

 

なんと、恵里が提案に乗るべきだと言ったのだ。クラスメイト達は全員彼女に目を向ける。当然、龍太郎は反対した。

 

「恵里、てめぇ! 光輝を見捨てる気か!」

「ひっ!?」

「龍太郎、落ち着きなさい! 恵里、どうしてそう思うの?」

 

龍太郎の剣幕に、怯えたように後退る恵里だったが、雫が龍太郎を諌めたことで何とか踏みとどまった。そして、深呼吸するとグッと手を握りしめて心の内を語る。

 

「わ、私は、ただ……みんなに死んで欲しくなくて……光輝君のことは、私には……どうしたらいいか……うぅ、ぐすっ……」

 

ポロポロと涙を零しながらも一生懸命言葉を紡ぐ恵里。そんな彼女を見て他のメンバーが心を揺らす。すると、一人、恵里に賛同する者が現れた。

 

「俺も、中村と同意見だ。もう、俺達の負けは決まったんだ。全滅するか、生き残るか。迷うこともないだろう?」

「檜山……それは、光輝はどうでもいいってことかぁ? あぁ?」

「じゃあ、坂上。お前は、もう戦えない天之河と心中しろっていうのか? 俺達全員?」

「そうじゃねぇ! そうじゃねぇが!」

「代案がないなら黙ってろよ。今は、どうすれば一人でも多く生き残れるかだろ」

 

檜山の発言で、更に誘いに乗るべきだという雰囲気になる。檜山の言う通り、死にたくなければ提案を呑むしかない。

 

しかし、それでも素直にそれを選べないのは、光輝を見殺しにて、自分達だけ生き残っていいのか? という罪悪感が原因だ。まるで、自分達が光輝を差し出して生き残るようで中々踏み切れない。

 

そんなクラスメイト達に、絶妙なタイミングでカトレアから再度、提案がなされた。

 

「ふむ、勇者君のことだけが気がかりというなら……生かしてあげようか? もちろん、あんた達にするものとは比べ物にならないほど強力な首輪を付けさせてもらうけどね。その代わり、全員魔人族側についてもらうけど」

 

ハジメと雫は、その提案を聞いて内心舌打ちする。魔人族の女は、最初からそう提案するつもりだったのだろうと察したからだ。光輝を殺すことが決定事項なら現時点で生きていることが既におかしい。問答無用に殺しておけばよかったのだ。

 

それをせずに今も生かしているのは、まさにこの瞬間のためだ、おそらく、カトレアは先程の戦いを見て、光輝達が有用な人材であることを認めたのだろう。だが、会話すら成立しなかったことから光輝がなびくことはないと確信した。しかし、他の者はわからない。なので、光輝以外の者を魔人族側に引き込むため策を弄したのだ。

 

一つが、光輝を現時点では殺さないことで反感を買わないこと、二つ目が、生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い詰めて選択肢を狭めること、そして三つ目が〝それさえなければ〟という思考になるように誘導し、ここぞという時にその問題点を取り除いてやることだ。

 

現に、光輝を生かすといわれて、それなら生き残れるしと、魔人族側に寝返ることをよしとする雰囲気になり始めている。本当に、光輝が生かされるかについては何の保証もないのに。殺された後に後悔しても、もう魔人族側には逆らえないというのに。

 

ハジメと雫は、そのことに気がついていたが、今、この時を生き残るには魔人族側に付くしかないのだと自分に言い聞かせて黙っていることにした。生き残りさえすれば、光輝を救う手立てもあるかもしれないと。

 

カトレアとしても、ここで雫達を手に入れることは大きなメリットがあった。一つは、言うまでもなく、人間族側にもたらすであろう衝撃だ。なにせ人間族の希望たる〝神の使徒〟が、そのまま魔人族側につくのだ。その衝撃……いや、絶望は余りに深いだろう。これは、魔人族側にとって極めて大きなアドバンテージだ。

 

二つ目が、戦力の補充である。カトレアが【オルクス大迷宮】に来た本当の目的、それは迷宮攻略によってもたらされる大きな力…生成魔法だ。ここまでは、手持ちの魔物達で簡単に一掃できるレベルだったが、この先もそうとは限らない。幾分か、魔物の数も光輝達に殺られて減らしてしまったので戦力の補充という意味でも雫達を手に入れるのは都合がよかったということだ。

 

このままいけば、雫達が手に入る。雰囲気でそれを悟ったカトレアが微かな笑みを口元に浮かべた。

 

しかし、それは突然響いた苦しそうな声によって直ぐに消される。

 

「み、みんな……ダメだ……従うな……」

「光輝!」

「光輝くん!」

「天之河!」

 

声の主は、未だに地面に倒れ伏している光輝だった。仲間達の目が一斉に、光輝の方を向く。

 

「……騙されてる……信用……するな……人間と戦わされる……奴隷にされるぞ……逃げるんだ……俺はいい……から……一人でも多く……逃げ……」

 

息も絶え絶えに、取引の危険性を訴え、そんな取引をするくらいなら自分を置いてイチかバチか死に物狂いで逃げろと主張する光輝に、クラスメイト達の心が再び揺れる。

 

「……こんな状況で、一体何人が生き残れると思ってんだ? いい加減、現実をみろよ! 俺達は、もう負けたんだ! 騎士達のことは……殺し合いなんだ! 仕方ないだろ! 一人でも多く生き残りたいなら、従うしかないだろうが!」

 

檜山の怒声が響く。この期に及んでまだ引こうとしない光輝に怒りを含んだ眼差しを向ける。檜山は、とにかく確実に生き残りたいのだ。最悪、ほかの全員が死んでも香織と自分だけは生き残りたかった。イチかバチかの逃走劇では、その可能性は低い。

 

魔人族側についても、本気で自分の有用性を示せば重用してもらえる可能性は十分にあるし、そうなれば、香織を手に入れることだって出来るかもしれない。もちろん、首輪をつけて自由意思を制限した状態で。檜山としては、別に彼女に自由意思がなくても一向に構わなかった。とにかく、香織を自分の所有物に出来れば満足なのだ。

 

檜山の怒声により、より近く確実な未来に心惹かれていく仲間達。

 

「騎士達……? どういうことだ……?」

 

しかし、光輝は知らなかった。騎士達は既に全滅していることを。光輝は、近くに頸が転がっているのに気がついた。そして、その顔を見て、全てを悟った。

 

「……るな」

「は? 何だって? 死にぞこない」

 

カトレアは、光輝の呟きに気がついたようで、どうせまた喚くだけだろうと鼻で笑いながら問い返した。光輝は、俯かせていた顔を上げ、真っ直ぐに魔人族の女をその眼光で射抜く。

 

カトレアは、光輝の眼光を見て思わず息を呑んだ。なぜなら、その瞳が白銀色に変わって輝いていたからだ。得体の知れないプレッシャーに思わず後退りながら、本能が鳴らす警鐘に従って、馬頭の魔物に命令を下す。雫達の取り込みに対する有利不利など、気にしている場合ではないと本能で悟ったのだ。

 

「アハトド! 殺れ!」

「ルゥオオオ!!」

 

馬頭、改めアハトドは、カトレアの命令を忠実に実行し、〝魔衝波〟を発動させた拳二本で宙吊りにしている光輝を両サイドから押しつぶそうとした。

 

が、その瞬間、光輝から凄まじい光が溢れ出し、それが奔流となって天井へと竜巻のごとく巻き上がった。そして、光輝が自分を掴むアハトドの腕に右手の拳を振るうと、ベギャ! という音を響かせて、いとも簡単に粉砕してしまった。

 

「ルゥオオオ!!」

 

先程とは異なる絶叫を上げ、思わず光輝を取り落とすアハトドに、光輝は負傷を感じさせない動きで回し蹴りを叩き込む。

 

そんな大砲のような衝撃音を響かせて直撃した蹴りは、アハトドの巨体をくの字に折り曲げて、後方の壁へと途轍もない勢いで吹き飛ばした。轟音と共に壁を粉砕しながらめり込んだアハトドは、衝撃で体が上手く動かないのか、必死に壁から抜け出ようとするが僅かに身動ぎすることしか出来ない。

 

光輝は、ゆらりと体を揺らして、取り落としていた聖剣を拾い上げると、射殺さんばかりの眼光でカトレアを睨みつけた。同時に、竜巻のごとく巻き上がっていた光の奔流が光輝の体へと収束し始める。

 

〝限界突破〟終の派生技能[+覇潰]。通常の〝限界突破〟は基本ステータスを制限時間内だけ三倍に引き上げるものとすれば、〝覇潰〟はその上位の技能で、基本ステータスを五倍にまで引き上げることが出来る。ただし、唯でさえ限界突破しているのに、更に無理やり力を引きずり出すのだ。今の光輝では持って三十秒だろう。効果が切れたあとの副作用もその分甚大だ。

 

だが、そんな事を意識することもなく、光輝は怒りのままにカトレアに向かって突進する。今、光輝の頭にあるのはメルドの仇を討つことだけ。復讐の念だけだ。

 

カトレアが焦った表情を浮かべ、周囲の魔物を光輝にけしかける。キメラが奇襲をかけ、黒猫が触手を射出し、ブルタールモドキがメイスを振るう。しかし、光輝は、そんな魔物達には目もくれない。聖剣のひと振りでなぎ払い、怒声を上げながら一瞬も立ち止まらず、カトレアのもとへ踏み込んだ。

 

「お前ぇー! よくもメルドさんをぉー!!」

「チィ!」

 

大上段に振りかぶった聖剣を光輝は躊躇いなく振り下ろす。カトレアは舌打ちしながら、咄嗟に、砂塵の密度を高めて盾にするが……光の奔流を纏った聖剣はたやすく砂塵の盾を切り裂き、その奥にいるカトレアを袈裟斬りにした。

 

砂塵の盾を作りながら後ろに下がっていたのが幸いして、両断されることこそなかったが、カトレアの体は深々と斜めに切り裂かれて、血飛沫を撒き散らしながら後方へと吹き飛んだ。

 

背後の壁に背中から激突し、砕けた壁を背にズルズルと崩れ落ちたカトレアの下へ、光輝が聖剣を振り払いながら歩み寄る。

 

「まいったね……あの状況で逆転なんて……まるで、三文芝居でも見てる気分だ」

「ふん。びた一文の価値すら無いわ」

 

ピンチになれば隠された力が覚醒して逆転するというテンプレな展開に、カトレアが諦観を漂わせた瞳で迫り来る光輝を見つめながら、皮肉気に口元を歪めた。それに皮肉で応えるリュータ。

 

傍にいる白鴉が固有魔法を発動するが、傷は深く直ぐには治らないし、光輝もそんな暇は与えないだろう。完全にチェックメイトだと、カトレアは激痛を堪えながら、右手を伸ばし、懐からロケットペンダントを取り出した。

 

それを見た光輝が、まさか自爆でもする気かと表情を険しくして、一気に踏み込んだ。カトレアだけが死ぬならともかく、その自爆が仲間をも巻き込まないとは限らない。なので、発動する前に倒す! と止めの一撃を振りかぶった。

 

だが……

 

「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

 

愛しそうな表情で、手に持つロケットペンダントを見つめながら、そんな呟きを漏らす彼女に、光輝は思わず聖剣を止めてしまった。覚悟した衝撃が訪れないことに訝しそうに顔を上げて、自分の頭上数ミリの場所で停止している聖剣に気がつくカトレア。

 

光輝の表情は愕然としており、目をこれでもかと見開いてカトレアを見下ろしている。その瞳には、何かに気がつき、それに対する恐怖と躊躇いが生まれていた。その光輝の瞳を見たカトレアは、何が光輝の剣を止めたのかを正確に悟り、侮蔑の眼差しを返した。その眼差しに光輝は更に動揺する。

 

「……呆れたね……まさか、今になってようやく気がついたのかい? 〝人〟を殺そうとしていることに」

「ッ!?」

 

光輝にとって、魔人族とはイシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在という認識だったのだ。実際、魔物と共にあり、魔物を使役していることが、その認識に拍車をかけた。自分達と同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている、そんな戦っている〝人〟だとは思っていなかったのである。あるいは、無意識にそう思わないようにしていたのか……

 

その認識が、カトレアの愛しそうな表情で愛する人の名を呼ぶ声により覆された。否応なく、自分が今、手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ〝人〟だと気がついてしまった。自分のしようとしていることが〝人殺し〟であると認識してしまったのだ。

 

「まさか、あたし達を〝人〟とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」

「ち、ちが……俺は、知らなくて……」

「ハッ、〝知ろうとしなかった〟の間違いだろ?」

「お、俺は……」

「ほら? どうした? 所詮は戦いですらなく唯の〝狩り〟なのだろ? 目の前に死に体の一匹がいるぞ? さっさと狩ったらどうだい?おまえが今までそうしてきたように……」

「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」

 

光輝が、聖剣を下げてそんな事をいう。そんな光輝に、リュータはつまらなそうに言う。

 

「……はぁ。人という字があるのに魔人族を畜生呼ばわりとは……まぁよい。もうじき俺の目的が果たされる」

「目的だと……?」

 

目の前の女と同じではないのか? 光輝はそう思った。

 

「その前に二つ見せてやろう。一つ目はこれだ」

 

リュータは両手を上げて、耳の後ろに持って来た。すると、彼の体に変化が現れる。

 

浅黒い肌は、光輝達人間と同じ色に、尖った耳も丸みを帯びて来た。

 

「なっ、これは……」

「……ちっ、やっぱり片方人間だったのかよ。道理で魔人族にしては魔法を殆ど使わないわけだ。何で人間と魔人が手を組んでいるんだ?」

「敵の敵は味方ということで利害関係が一致したのだ」

 

ハジメは訝しんでいた。なぜ男は魔法をではなく剣を主に使うのか。たった今、その理由が示された。

 

「そしてこれが二つ目だ」

 

リュータが指し示す方向に全員が向く。すると、虚空から結界に囚われた膵花の姿が現れた。

 

「「膵花!!」」

「膵花さん!!」

 

それに光輝、ハジメ、雫が反応した。膵花は七十層で転移陣を守っていたのだが、リュータによって呪印を描かれて体の自由を奪われてしまった。ハジメと香織、雫がいつものように動けなかったのは膵花の封印によって弱体化していたからだ。ちなみにユエはというと、先程から何故か恐怖で怯えていた。

 

「この女に描いたのはこいつの一族()()に対し発動する呪印だ。常人が触れれば、こうだ」

 

リュータは一瞬でクラスメイト達に接近し、檜山を掴み上げる。

 

「大介!!」

 

そしてそのまま膵花の方に投げた。彼女を覆う結界に触れた瞬間、檜山の体に電流が走り、一瞬で絶命してしまった。

 

「大介―――!!!」

 

近藤が叫ぶ。

 

「こいつの一族……貴方、膵花に一体何の恨みがあるの?」

「あぁ、あるさ。この女の一族の所為で、我が一族が滅びかけたからな」

 

リュータは「だが……」と更に続ける。

 

「それよりもあの男に当主の座を奪われたことに腹が立つ」

「当主……お前は一体何者だ?」

 

ハジメが銃口をリュータに向けて尋ねる。リュータは邪悪な笑みを浮かべてそれに応える。

 

「我が名は……辻風琉太。辻風家次期当主になるはずだった者だ」

「辻風……琉太……彼奴と何か関係が……?」

「馬鹿な! 辻風は六十五階層で死んだはずだ! やる前から復讐など終わってるだろう!!」

 

光輝に対し、琉太は鼻で笑う。

 

「あの外れ者がそう簡単に死ぬはずがなかろう。仮に死んだとしていずれ怨霊となってここに来る。この女がいる限り。カトレア、この有象無象は任せる。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「あんたら、殺っちまいな!!」

 

カトレアが複数の魔物をクラスメイト達に嗾ける。アハトドがハジメを後ろまで殴り飛ばした。

 

「ハジメさん(くん)!!」

 

光輝も〝破潰〟が切れて倒れてしまった。体が麻痺したように全く動かない。その隙をアハトドは逃がさず、拳を突き出した。

 

「こ、こんなときに!」

「光輝!」

 

倒れた光輝を庇い、雫が斬撃を飛ばす。が、その斬撃はアハトドの皮膚を裂く程度に終わった。そして、今度は雫目掛けて拳が迫り来る。

 

「くっ……!」

 

しかし、足元のスタングレネードが炸裂して辺りが閃光に包まれた。アハトドが怯んでいるうちに雫は光輝を後ろに投げ飛ばす。

 

「殴り飛ばされた時に置いておいて良かったぜ……」

「ハジメ!!」

 

ハジメの傍にユエが駆け寄る。

 

「ユエ。あの魔人族目掛けて、ドデカい一発を頼む」

「ん。わかった」

 

ユエは態々長い詠唱をして魔力を溜める。が、途中で中断してしまった。

 

「どうしたユエ……何をそんなに怯えているんだ……!?」

 

今のユエの表情は、以前北の山脈を向いて怯えていた時と全く同じ表情をしていた。

 

「ユエ! どうした!! 何が遭った!?」

「……来る」

「来るって何がだ?」

「奴がここに……」

 

ハジメが前を見ると、アハトドの拳が香織と雫に迫っていた。

 

「香織!! 雫!!」

 

ハジメの叫びに気づいた香織は雫を抱きかかえながら、ハジメの方に笑顔で振り向いた。彼女の頬を、一筋の涙が通った。

 

「やめろぉぉ!!!!」

 

ハジメがドンナーとシュラークをアハトドに向け、引き金を引こうとした瞬間…

 

「!?」

 

突然アハトドが袈裟斬りにされた。切り口には碧い炎が付いていた。

 

一瞬で絶命したアハトドと、碧い炎に、香織と雫、ハジメはもちろんのこと、光輝達や彼等を襲っていた魔物達、そしてカトレアと琉太までもが硬直する。

 

アハトドを斬った人物、彼は肩越しに振り返り背後で寄り添い合う香織と雫、奥で地面に手をついているハジメを見やった。

 

「……久し振り」

 

黄金の瞳を向けて言う彼に、ハジメと香織、雫の心が歓喜で満たされていく。

 

髪色、瞳の色は違えど、纏う雰囲気と声音は変わらない。

 

「来!!」

「来くん!!」

「来さん!!」

 

辻斬りの無慈が子孫、辻風来の逢着である。




バゼルギウスです。

遂にここまでやって参りました。最近文章を書くのが下手になってきている気がしてます。なので違和感を感じる部分があると思います。ご了承ください。

次回 第五十陣 燼滅の黒刃


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第五十陣 燼滅の黒刃

タイトルの由来…斬竜ディノバルドの二つ名個体「燼滅刃ディノバルド」より。


「随分と僕のこと、探してくれてたみたいだね。ありがとう」

 

来の到着から少し遅れて、ウサミミくノ一ことシア、元ウザキャラゴーレムのミレディ、案内役の浩介が合流した。

 

「「浩介!」」

「重吾! 健太郎! 助けを呼んできたぞ!」

 

〝助けを呼んできた〟という言葉に反応して、光輝達もカトレアもようやく我を取り戻した。そして、改めて来と兎耳の少女、魔導士の女を凝視する。

 

「シアは負傷者の手当てを、ミレディは彼らの護衛を頼む」

「了解です!」

「お任せを!」

 

シアは人間離れした跳躍力でハジメの傍に着地し、ミレディは来の隣で戦闘態勢を取る。

 

「なっ、お前はあの時のウサミミくノ一……!」

「シア・刃卯鱗亜と言います。貴方が南雲ハジメさんですね?」

「あ、ああ。いかにも俺が南雲ハジメだが……その……あの時はドジウサギなんて言って悪かったよ」

「それはもう水に流しましょう。神水、飲めますか?」

 

ハジメは神水をシアから受け取り、それを飲み干した。すると、体の傷が徐々に癒えていった。

 

「ありがとな。生憎神水が無かったもんで、お陰で助かった。……ってあれはミレディ・ライセン!? どうしてここに……」

「今はそれどころじゃないよ」

 

ミレディに気づいたハジメが彼女の名を叫ぶも、ミレディによって制止させられた。

 

「さてと、反撃させてもらおうか……久し振りだな琉太。()()()()、癒えたか?」

 

再びカトレアと琉太に向く来。封印されている膵花を一目見て、直ぐに琉太に視線を戻し、凍りつくような冷たい声で話しかける。

 

()()のお前に心配される程、俺は耄碌してねーよ」

 

売り言葉に買い言葉、琉太も負けじと来に言い返す。

 

「宗家も分家も何も、君と二代目とは()()()()()()()()()()()()だろ?」

「それを言うんじゃねぇ!!」

 

来に辻風家二代目当主・辻風無慈との血縁関係を()()否定され、琉太は激昂して剣を振り回した。

 

が、すぐに落ち着いた。

 

「本当はお前を始末する準備としてこの迷宮に隠された力とやらを手に入れる算段だったが、その前に態々お前の方から来てくれるとはなぁ。これなら復讐もあっさりと終わりそうだ」

「そうかい」

 

来が舞鱗を背中に持って来て背後からの不可視の斬撃を防いだ。

 

「なら、手早く終わらせようか」

 

それだけ言い、来は琉太へと走り出す。琉太は不可視の斬撃を繰り出すも、全て紙一重で躱されてしまう。

 

不可視の斬撃は、魔力ではなく焔を用いて操作している。その為、魔力感知を持っていようが斬撃そのものと軌道は見えない。

 

しかし来の眼には、斬撃の軌跡が青い矢印に見えていた。また、斬撃自体も青白く光って見える。そのお陰で、クラスメイト達が避けられなかった斬撃を避けられるのだ。

 

「チッ、相変わらずすばしっこい奴め。だが……」

 

琉太が印を結ぶと、来を中心に術陣が展開される。

 

「これなら避けられまい!! 〝天星滅尽砲(サテライトブラスト)〟!!」

 

結界に閉じ込められ、更に脳天から高威力のレーザーが大量に降り注ぐ。これを喰らって生きていられた者は少ない。

 

豪雨の如くレーザーが降り注ぎ、結界内は土煙で埋め尽くされる。

 

「弱くなったなぁ。いや、俺が強くなり過ぎたのか。軟弱千万反吐が出るわ」

 

結界を解除し、生死の確認もせずに琉太は奥へと歩んでいく。

 

「さて、さっさとカトレアを回収して更に潜るとするか……」

 

先程からただ立っているだけのカトレアの方に向かった瞬間、目の前に誰かが姿を見せ、首筋に強い圧力を感じた。

 

「あっ……がっ……」

 

気管を塞がれて呼吸ができない。

 

(なんで生きてんだ……分家風情が……!!)

 

琉太は必死に抵抗するも、無情にも握力は更に増していく。

 

「不……死身か……お前は……」

 

琉太の頸を掴んで持ち上げている来は、冷え切った眼差しで琉太を睨む。

 

「……」

 

来は一言も話さずに小刀を琉太の心臓に突き刺した。勿論、碧い焔を流して内側から焼いていく。

 

「ぐ、ぎぎ……がァッ……」

 

内臓を全て焼き尽くされ、琉太は断末魔を上げることすらできずに絶命した。事切れた死体を、来は興味なしと言わんばかりに投げ捨てる。

 

琉太の死と同時に、膵花も封印から解き放たれる。力が抜けたように倒れ込む膵花を来は寸でのところで抱きかかえる。そして彼女の耳元で囁く。

 

「……ただいま。愛しの膵花」

 

膵花も笑顔で囁く。

 

「……おかえり。愛しの来君」

 

来は疲弊し切った膵花を抱えて、ハジメ達の所まで一瞬で下がった。そして、彼らに膵花と眼鱗を預ける。

 

「膵花の護衛、頼んだ」

「了解」

 

そうして再び来はカトレアの前まで一瞬で移動した。

 

「君がらーちゃんが言ってた膵花って人かな? すっごい綺麗だね! 初めまして、私はミレディ・ライセン。ライセン大迷宮の元最終試練さ」

「わ、私は、シア・刃卯鱗亜です。 よろしくお願いします、膵花さん」

「ふふっ、初めまして。シアちゃん、ミレディちゃん。私が来君の妻、辻風膵花です。主人がお世話になってます」

 

自分のいない所で夫と寝た女達であるが、膵花は来の一途さを誰よりも知っている為に意外にもフレンドリーにシアとミレディに接している。そんな彼女に対するシアとミレディの感想は、『す、凄く大人な対応……』である。

 

「……おい、ミレディ・ライセン」

 

だが、それを快く思わない者がいた。ハジメだ。シアは兎も角これまで自分と香織、ユエを散々怒り狂わせたミレディをまだ許せていなかった。

 

「お前……散々俺達を苦しめておいてそれに飽き足らず、今度は彼奴を寝取ろうっていうのか?」

「寝取ろうだなんて……私がらーちゃんのことが好きなのは認めるけど、私にその気は無いよ。むしろシーちゃんと一緒にすーちゃんを探すらーちゃんの支えになろうとしてたんだから……」

 

ミレディは来のことを本気で想っていた。だからこそ、彼を幸せにしてあげたいと思ったのだ。たとえそれが、想い人という関係でなくとも。

 

「ハジメ君、私には判る。ミレディちゃんはとても良い子。だから、彼女のことを許してあげて?」

「……はぁ、膵花さんがそこまで言うなら、取り敢えずアレは水に流してやるか」

 

流石に親友の妻にミレディのことを許して欲しいだなんて言われれば、ずっと恨む気になれなかった。

 

「こっちこそ、試練とはいえ、あんな態度を取ってごめん」

 

これで、ハジメとミレディとの間にあった溝は幾分か埋まった。

 

「ユエ、ミレディの奴があの時の件で謝ってるが、お前はどうなんだ? ……おーい、どうしたユエ……!?」

 

先程からユエは全くこちらに反応していなかった。ユエは恐怖で怯えた顔を正面に向けていた。その紅い瞳は、遥か前方で戦う白髪の剣士を捉えていた。

 

「あ……ああ……」

 

ユエの脳裏には、自分を討伐寸前まで追い詰めた黒髪の剣士の姿があった。黒髪の剣士の顔つきと、白髪の剣士の顔つきは驚く程よく似ていた。

 

 

 

一方、カトレアの前に立つ来。周りを魔物に囲まれている中、来はカトレアにある提案をする。

 

「そこの魔人族。今すぐ撤退するならば今回のところは見逃そう。尾っぽを巻いて逃げるか、一矢報いるか、好きな方を選べ」

「……何だって?」

 

カトレアは思わず聞き返す。魔物に周囲を囲まれているのに、なぜそのようなことを平然と口にできるのか。

 

「もう一度言う。大人しく逃げれば見逃す。そうでなければ……命の保証はできない」

「……殺れ」

 

聞き間違いではなかったので、カトレアは表情を消して魔物に命令を下す。虎の子アハトドを一瞬で殺され、焦りを抱いていた。

 

「成程、そっちを選んだか」

 

そう呟いた直後、左から飛び掛かったキメラを一刀両断する。そして何もない空間に向かって飛び出す。

 

「飛龍乗雲」

 

碧炎の龍が透明化しているキメラとブルタール似の魔物を喰らい尽くした。その後、大きく後ろへ跳躍し、無数の斬撃を放ちながら駆け抜けた。

 

「龍頭蛇尾」

 

攻撃力も範囲も桁違いであり、数体の四つ眼の狼、黒猫、キメラ、角の魔物は一瞬で灰燼と化した。

 

続いて六本足の亀、アブソドが碧い炎を吸収しようと大きく口を開き、変わらない吸引力で炎を吸い上げた。だが、それは魔力ではない為に、体内の魔力を喰い尽くされ、アブソドは内側から焼き尽くされて絶命した。

 

来は一瞬でカトレアとの間合いを詰め、肩に停まっていた白鴉の頭を掴んで握り潰した。白鴉の頭を容易く握り潰せる程の握力があれば、カトレアの頭を潰すことなど容易かった。

 

そんなカトレアだが、あり得べからざる化け物の存在に体の震えが止まらない。あれは何だ? なぜあんなものが存在している? どうすればあの化け物から生き残ることができる!? カトレアの頭の中では、そんな思いがぐるぐると渦巻いていた。

 

光輝達も似たような思考だった。突然姿を見せた碧い炎を纏った刀を振るう剣士の正体が分からず、自分達ですら敵わず、散々苦しめられて来た魔物をいとも容易く屠っているという認識だった。

 

「何なんだ……彼は一体、何者なんだ!?」

 

光輝が疲労で思うように動かない体を横たわらせながら、そんな事を呟く。周りにいる全員、同じことを思っていた。その答えをもたらしたのは、転移陣の護衛に当たっていたが、自らの意志で駆け付けた仲間、浩介だった。

 

「はは、信じられないだろうけど……あいつは辻風だよ」

「「「「「「は?」」」」」」

 

浩介の言葉に、光輝達が間の抜けた声を出す。そんな彼らに浩介は肩を竦めながら言う。

 

「だから、辻風、辻風来だよ。あの日、橋の上で息絶えたはずの辻風だ。実は生き延びてて、迷宮の底からたった一人、自力で這い上がって来たらしいぜ。ここに来るまでも、迷宮の魔物が完全に雑魚扱いだった。マジ有り得ねぇ! って俺も思うけど……事実だよ。ステータスプレートも見たし」

「辻風って、え? 辻風が生きていたのか!?」

 

光輝が驚愕の声を漏らす。そして、他の皆も一斉に、現在進行形で殲滅戦を行っている化け物じみた強さの青年を見つめ直す。

 

そんな彼らを横目に、ミレディは迫り来る複数の魔物をロックオンする。

 

「てい!」

 

刹那、向かって来た魔物達は地面から引き剥がされ、空中で身動きが取れなくなった。

 

「シーちゃん!」

「はい!!」

 

ミレディの合図でシアが飛び出した。両手には太刀が握られている。シアは空中でアクロバティックな動きを見せながら、魔物を一体ずつ斬り捨てていく。また奥から魔物が襲来してきたが、そちらは火属性の上位魔法で焼き尽くした。

 

「ホントに……なんなのさ」

 

力なく、そんなことを呟いたのはカトレアだ。何をしようとも全てを力でねじ伏せられ粉砕される。そんな理不尽に、諦観の念が胸中を侵食していく。魔物の数もほとんど残っておらず、勝敗など一目瞭然。

 

カトレアは、最後の望み! と逃走のために温存しておいた魔法を来に向かって放ち、全力で四つある出口の一つに向かって走った。放たれたの〝落牢〟。それが炸裂し、石化の煙が来を包み込んだ。だが、来が刀を数回振ると、煙は忽ち晴れていった。カトレアはまだ、それ程離れていない。

 

「はは……どう足掻いてもあんたからは逃げられないのかい」

 

あの上位魔法をいとも容易く掻き消した目の前の男からは、逃げられる気がしなかった。恐怖で一歩も動けないカトレアに、来はゆっくりと歩み寄って来る。

 

「……この化け物め。上級魔法が意味をなさないなんて、あんた、本当に人間?」

「生まれた時は人間だったさ。今は違うけど」

 

そう言って来は舞鱗の切先をカトレアに向けた。眼前に突きつけられた死に対して、カトレアは死期を悟ったのか、澄んだ眼差しを向ける。

 

「君がここに来た理由、それはここの完全攻略だろう? 魔人族側の変化は大迷宮攻略によって魔物の使役に関する神代魔法を手に入れたから。そして、魔人族側は勇者達の調査・勧誘と並行して大迷宮攻略に動いている」

「なっ、どうして……まさか……」

「そのまさかだよ。今君の思考と記憶は僕に筒抜けだし、何よりここの攻略者だからね」

「なるほどね。あの方と同じなら……化け物じみた強さも頷ける……もう、いいだろ? ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね……」

「あの方……魔物はその攻略者からの賜り物というわけか……」

 

魔人側の状況に少し興味があったので思考を読み取って調べた。必要な情報を手に入れたので、後はどうするか。

 

「最期に何か、言い残すことはあるか?」

「いつか、あたしの恋人があんたを殺すよ」

「そうかい。ならその男に伝えておくよ。『君は最期まで立派な戦士だった』ってね。名前は?」

 

一応名前を聞いておく。

 

「……カトレア。恋人の名前は……ミハイルだ」

「……次に生まれ変わる時、想い人と一緒に争いの無い世界で平穏に暮らせますように」

 

これで互いに話すことはもうない。来は少し下がり、舞鱗を構えて碧い炎を纏う。

 

ところが、いざ踏み出すというところで制止がかかった。

 

「待て! 待つんだ、辻風! 彼女はもう戦えないんだぞ! 殺す必要はないだろ!」

「……あのなぁ、彼女は戦争中の相手だぞ」

 

光輝はふらつきながらもどうにか立ち上がり、声を張り上げて言う。

 

「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。辻風も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」

(……こいつ、戦争の本質も知らんのか? まぁ僕らは全く別の勢力なんだけど)

 

光輝の助命嘆願を無視し、来は、「せめて楽に死なせてあげるよ」と呟き、技を繰り出した。

 

碧い炎が龍を形作り、カトレアに迫り来る。カトレアは来るであろう一瞬の痛みに備えて目を閉じた。が、炎は突然消失し、音も無くすれ違った。

 

「龍播狐踞」

 

この技を受けた者は、斬られたことに気づかない。本来は不意打ちに用いられる技だが、少しばかりの慈悲で痛みを与えることなく死へと誘う為に使った。全身から血飛沫が舞っているはずなのに、カトレアは痛みを一切感じていなかった。感じるのは意識が薄れていく感覚のみ。

 

彼女は最後まで、全く痛みを覚えることなく、ゆっくりとその自我を閉じていった。

 

その後、カトレアの亡骸はその場で燃やされた。新たな肉体を与えられて生まれ変わるようにと願って、来は手を合わせた。

 

辺りはしばらく静寂に包まれた。クラスメイト達は、今更だと頭では分かっていても同じクラスメイトが目の前で躊躇いなく人を殺した光景に息を呑み、戸惑ったようにただ佇んでいた。

 

ハジメとて、例外ではなかった。彼は人を痛めつけたことはあったが、命を奪ったことはなかった。親友と生きて再び出会えるなら、何も躊躇わないと決めていたはずなのに、いざ人が死ぬ場面を見ると、体が震えていう事を聞かなかった。香織と雫も同じだった。

 

ショックを受けていないのは膵花、シア、ミレディの三人だけだった。彼女達は目の前で来が人を殺めた場面を目にしたことがあるし、彼女達もまた、人を殺めたことがあった。

 

空間を満たす静寂を打ち破るように、感情を押し殺した光輝の声が響いた。

 

「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……」

 

光輝は歩み寄って来る来を鋭い目で睨みつけた。が、その来はというと、物ともしていなかった。

 

膵花がゆっくりと来に歩み寄る。来も膵花へと歩み寄っていく。そうして二人が抱き合う距離まで近づこうとした所で、突然魔法が飛んできた。かなり高威力の上位魔法だ。だが、それを喰らってもなお、二人は全くの無傷だった。

 

先程魔法を放った人物、それは…

 

「いきなり何するんだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ユエ!!」

 

ユエは息を荒げながら、来を睨みつけていた。続けてもう一発撃とうとした瞬間、ハジメが飛びついて発射を阻止した。

 

「……離して!」

 

ユエは激しく抵抗するが、ハジメは離さない。

 

「ユエ! どうして彼奴を……来に魔法を撃ったんだよ……!! 答えてくれよ!!」

 

目の前で親友に向かって魔法を撃ったユエを、流石のハジメも黙って見過ごすことはできなかった。何故、来に向かって撃ったのかを問い詰めるハジメ。

 

「ユエ!!」

 

何度も自分の名を叫ぶハジメに、ユエは震えた声で言う。

 

「……何故今になって甦ったッ……!! ()()()()!!」

 

そしてユエが口にした人物名。来と同じ苗字であることに全員が驚く。

 

「えっ……!?」

「辻風無慈って……あの()()()()()()か!?」

 

龍太郎が無慈の二つ名を言う。

 

「そ、それって……」

 

今度は鈴が反応する。

 

「確か、三百年前に活躍したっていう人族の英雄だよね……!?」

「そんなすげぇのが、辻風の先祖なのか……?」

 

ユエの目には、来が無慈にしか見えていなかった。

 

「あの時の恨み……ここで晴らす!!」

 

そしてユエはハジメのホルダーからシュラークを取り出して飛び出した。

 

「おいユエ!!」

「やぁぁぁぁ!!!!」

 

ユエはシュラークの引き金を何度も引く。放たれた銃弾は、凄まじい速度で来に迫る。だが、それを来は全て素手で掴み取った。手を開けば、銃弾がパラパラと地面に落ちた。

 

「〝蒼龍〟」

 

銃弾は通用しないと判断し、ユエは火属性の上位魔法を撃つ。蒼い炎の龍は一直線に来へと向かう。だが、来が弧を描くように舞鱗を振ると、炎は刀身に吸い込まれていく。

 

「……魔法を、喰った!?」

 

七星刀は共通して、魔力を吸収する素材で作られている。よって、魔力を吸収して相手の魔法を無力化できる。逆に自分の魔力を流して放出することも可能。

 

ユエは続けて高威力の魔法を連発するも全て無力化されてしまった。そうして何度も撃ち続けているうちに、先にユエの魔力が底をついてしまった。

 

「くっ……はぁ……はぁ……」

 

疲労が積み重なり、地面に両手をついて肩で息をするユエ。今の彼女にはもう、魔法を撃つ程の魔力は残されていなかった。

 

「どうやら……私はここまでみたい……さあ、一思いに殺って」

 

ユエは諦めたのか、両手を前に広げて、自らの頸を差し出した。

 

「ユエ……取り敢えず落ち着け。一体どうしたんだ?」

 

慌ててハジメがユエを制止する。来は刀を納め、手を広げて攻撃する意思は無いことを示す。それを見たユエは、意外とも言うべき表情をする。

 

「……無慈……じゃない……?」

「あぁ、彼奴はお前の言う無慈じゃない。苗字は一緒だから多分その子孫だとは思うがな」

 

取り敢えずユエを落ち着かせることができた。しかしユエは未だに来の方をジッと見ていた。

 

「おい、辻風。お前には色々と聞きたいことが……」

 

来に色々と問い詰めたいことがあった光輝の話を遮って、ハジメが来に話しかけた。

 

「お前が来てなかったら、今頃俺達全員あの世に逝ってた。俺達のこと、助けてくれてありがとな」

「四ヶ月で、随分と変わったな。ハジメ」

「まぁ、色々とあってな……それより、あの碧い炎は何だ? お前の適正、雷だったはずだろ?」

「ああ、あれは魔法に似ているけど少し違う。というか水と油。魔力に反応して燃え上がる生体エネルギーみたいなものだ」

 

ちなみに、膵花も同じような炎を扱えるのだが、そちらは色が朱い。

 

「辻風、なぜ、かの……」

 

光輝が再び口を開くも、今度は膵花に遮られる。

 

「私達のことを……助けてくれてありがとう。そして、戻って来てくれて……ありがとう」

 

膵花は来をジッと見つめている。藍色の瞳は潤んでいた。

 

今にも涙を零しそうな膵花を、来は何も言わないで静かに抱き寄せた。四ヶ月間、ずっと感じたかった温もりがそこにあった。彼女の豊満な胸は、夫への想いで埋め尽くされた。そして、涙が頬を伝って流れた。その表情は、とても満足そうにしていた。

 

シアとミレディは、静かに抱き合う二人に生温かい眼差しを向けた。

 

「……よかったね、らーちゃん」

 

と、ミレディは小さな声で呟いた。他のクラスメイトも、一部を除き生温かい目で二人を見ていた。

 

しかし、ここまで来てもなお、空気が読めない人間がいた。

 

「……ふぅ、膵花は本当に優しいな。クラスメイトが生きていた事を泣いて喜ぶなんて……でも、辻風は無抵抗の人を殺したんだ。話し合う必要がある。もうそれくらいにして、辻風から離れた方がいい」

 

その一言で、来と膵花のこめかみに青筋が浮かび上がった。

 

「命の恩人に向かって言うことがそれかよ」

 

だが、二人が何かを言うよりも先に、ハジメが口を開いた。

 

「ハ……南雲君の言う通りよ。光輝、彼は私達を助けてくれたのよ? そんな言い方はないでしょう」

 

雫もハジメに加勢する。この場において、光輝の発言は筋違いだった。しかし、光輝は訂正するどころか更に反論してしまう。

 

「彼女は既に戦意喪失していたんだ。殺す必要なんて無かったんだ。辻風のしたことは許しがたいことだ」

「あのね、光輝、いい加減にしなさいよ? 大体……」

 

議論は更に白熱する。他のクラスメイトはただ慌てふためくことしかできなかった。龍太郎でさえ、流石に今回は光輝を宥めようとしている。

 

そんな彼らに、冷たい声を浴びせる者が一人。

 

「……はぁ、何下らない言い争いしてんのさ。もう敵は片付けたからさっさと出るよ。らーちゃん、シーちゃん、すーちゃん。行こ?」

 

その冷たい声は、辺りを瞬く間に静寂で包み込んだ。

 

光輝達にはそれなりに力があることをミレディも認めているのだが、性格に難があったのであまり関わりたくないと思った。そして、そのような輩を召喚した邪神に対し更に怒りを覚えた。

 

ミレディは来と膵花、シアの手を引いてこの場を去ろうとした。しかし、ここで待ったが掛かった。

 

「待ってくれ。こっちの話は終わっていない。辻風の本音を聞かないと仲間として認められない。それに、君は誰なんだ? 助けてくれた事には感謝するけど、初対面の相手にくだらないなんて……失礼だろ? 一体、俺達の話の何がくだらないって言うんだい?」

 

光輝が再び筋違いな発言をする。それにミレディは答える。

 

「少しだけ指摘させて貰うよ」

「指摘だって? 俺が、間違っているとでも言うのか? 俺は、人として当たり前の事を言っているだけだ」

 

光輝は少し眉を顰めるが、すぐに優し気な表情で話す。

 

「戦争無礼(なめ)んな」

「いきなり何を……」

「君達は戦争してるんでしょ? あの魔人族の女は君達の敵だよ? なのに君は殺すことを躊躇った。戦場では一瞬の気の迷いが命取りになる。教官とかに習わなかったの? そして、君がらーちゃんを責めたのは魔人族を殺したからじゃない。人が死ぬのを見たくなかったから。だから君は、敢えて()()()()()()を殺したと非難した。君のやってることは八つ当たりと何一つ変わらないよ」

 

神に操られた人々に対して手を上げることを躊躇ったばかりに、碌に抵抗もできずに死んでしまった仲間達を、ミレディは何人も見て来た。自分も、その一人だった。もうこれ以上それで人が死ぬのを見たくなかった。故に、ミレディは光輝に対して言う。口では下らないと言っていたが、心中では性格さえ直せばどうにかなるだろうと考えていた。

 

「だが、辻風が無抵抗の人を殺したのは事実だ! 人殺しをしたんだ! 悪いに決まってるだろう!」

「それだったら王国の騎士団全員人殺しになるけど? 彼らにも同じ事言える?」

「そ、それは……」

「君のその悪癖、早く直した方がいいよ。さもないと…………死ぬよ?」

 

ミレディに圧されて、光輝はそれ以上何も言えなかった。今の彼女には、ライセン大迷宮でのウザさは欠片も残っていなかった。

 

そしてミレディは来と膵花、シアを連れて地上を目指した。他のクラスメイトも続々と彼らに付いて行った……




次回 第五十一陣 雷、澄水と共に


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第五十一陣 (いかづち)、澄水と共に

地上へと帰還するや否や、とても活発な女の子の声が響く。

 

「パパぁー!! おかえりなのー!!」

 

ミュウは可愛らしい足音を立てながら一直線へ父親と慕う青年の方に駆け寄って来た。そして、そのままの勢いで来に飛びつく。来は慣れた身のこなしでミュウをしっかりと受け止めた。

 

「迎えに来てくれたのか。ありがとう。ティオはどうした?」

「うん。ティオお姉ちゃんが、そろそろパパが帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。ティオお姉ちゃんは……」

「はっ、此処に」

 

ティオは一瞬でミュウの隣に姿を現した。シアよりもくノ一らしい。

 

「何か遭ったのか?」

「目の届く場所にはいました。ですが、不埒な輩がいたもので始末しておきました」

「そうか。ご苦労」

「ありがとうございます。マスター」

 

ミュウに手を出そうとした愚か者共はティオによって無力化され、縄で縛り上げて保安所前に放り出された。

 

そんな二人の会話を聞いていた光輝達は唖然とした。「まさか父親になっているだなんて!」だの、「一体どんな経験を積んできたんだ!」だの様々な呟きが飛び交った。

 

「いや四ヶ月で四歳の娘ができるかっての。じゃなきゃあの子の成長速度早すぎんだろ」

 

ハジメの言う通りである。実際彼も最初は親友に娘ができていたことに驚いていたが、よくよく考えてみたら養子の類だろう、と判断できた。

 

そのミュウはというと、膵花をチラッと見て信じられないことを言った。

 

「……ママ? でも、よく見たら違うの……」

 

髪色が同系統(縹色)だったこともあり、一瞬母親に見えてしまったらしい。ならシアは何故そうならなかったのかというと、色が薄すぎるからだそう(瓶覗色)。

 

膵花はミュウのママ、という言葉に反応してミュウの前に出て来て抱き上げる。そして笑顔でミュウに話しかける。

 

「ミュウちゃんって言うのね? 私は膵花。よろしくね」

 

ミュウも膵花に笑顔で「よろしくなの~」と返した。この後、猛烈に子作りしたくなった膵花は来の耳元で何かを囁いた。来も膵花の耳元で小さく呟いた。

 

この間、来は数十人の女を孕ませた鬼畜野郎として認識されそうになったが、来と膵花が必死に説明した結果、社会的評価の暴落はなんとか免れた。

 

 

 

そして、現在来達は町の出入り口付近に位置する広場にいた。支部長に依頼達成の報告と少しばかりの話をした後、町を発つことにしたのだった。

 

本来なら、光輝達が付いて行くことはないはずなのだが、何故か付いて来ている。理由は明白だった。膵花と香織が付いて行ったからだ。

 

膵花の心は既に決まっていた。またここでお別れなんて有り得ない。死してもなお、永久に彼と連れ添うと固く誓っている。彼との絆は、『死』()()()で千切れるような軟弱なものではないのだ。

 

ハジメも来に付いて行く気だった。彼にとっては数少ない親友なのだ。またあの日々に戻りたかった。前まではずっと守られてばかりだったハジメ。しかし今となっては、守りたい仲間が新たにできた。いつまでも守られっぱなしなのはもう嫌だった。

 

香織はハジメが来に付いて行くならば、自分もと決意していた。彼への想いは誰にも負けない自信がある。

 

雫の方は、五里に亘る霧の脳内世界を彷徨い歩いていた。香織が行くのであれば自分も行きたいし、先程の一件で自身の力不足を感じていた。だが、同じ門下生の光輝を置いて旅に出ることに少し抵抗を覚えていた。性格に難があるが、同じ道場の仲間なのだ。どうしても見捨てることなどできない。それ故、明確に踏み切りが付かなかった。

 

そうして雫が普段の彼女らしからぬ表情で悩んでいると、十人程の集団が姿を見せた。

 

「おいおい、どこ行こうってんだ? 俺らの仲間、ボロ雑巾みたいにしておいて、詫びの一つもないってのか? ア゛ァ゛!?」

 

薄汚れた格好の男が頬を歪めながらティオに向かって言う。先程始末した者達の片割れだった。その下劣な視線は、報復とは別に何かを求めていた。

 

来達が沈黙を貫いているのを見て何を勘違いしたのか、更に図に乗る賊紛いの傭兵共。

 

その視線が膵花に向く。心地の悪い視線に晒されて、来の左手を掴む膵花に、恐怖に怯えていると勘違いをして来に恫喝する。

 

「なぁなぁ兄ちゃん。わかってんだろ? 死にたくなかったら、隣の女とそこの黒服の女置いてさっさと消えた方がいいぜ?」

 

その言葉で、全身の血が沸騰する来。

 

「……今、何と言った?」

 

今までで一番冷たい声だった。シアもミレディも、あんなに怒った来を見たのは初めてだった。

 

「おっおっ、何だ何だ? 聴こえなかったのか? その女おいて消えろって言ったんだよ。なぁ~に、きっちりわび入れてもらったら返してやるよ!」

「まぁ、そん時には、既に壊れてるだろうけどな……」

 

自分の妻と大事な仲間を欲を発散させるための道具として見做したことが、彼らの運命を決めた。

 

射殺すような眼差しのまま、口元を吊り上げる来。

 

「不味いぞ、この状況で笑うということは……今すぐここから逃げろ! 来が本気で怒ったら膵花さん以外誰も止められないぞ!!」

 

来の表情を見たハジメがこの場にいる全員に警告する。

 

「ハッ、何言ってんだガキ。この状況で笑う奴なんて……がっ!?」

 

傭兵の一人が頸を掴まれて持ち上げられた。それと同時に、昼間だったはずの空が暗闇に塗りつぶされた。そして、傭兵は心臓を小刀で一突きにされて絶命した。動かなくなった死体に、碧い炎が流れ込んでその体を焼き尽くし、塵と変えた。

 

他の者も、その身を悉く(ほろ)ぼされていった。ある者は生きたまま内側から炎で焼かれ、またある者は心臓を抉り取られてから傷口を焼かれた。更にある者は頭を踏み潰された。飛び散った血痕ですら燃えてなくなった。

 

やがて、全ての傭兵共はその命を刈り取られてしまった。〝先程まで生きていたという事実を示す証〟でさえも塵や灰に姿を変え、風に飛ばされて散り散りになった。全ての傭兵の処刑が終わると同時に、空も元の蒼さを取り戻した。

 

膵花、シア、ミレディ、ティオ以外の全員はその容赦の無さに戦慄していた。ミュウとユエはティオとハジメに目と耳を塞がれている。普段より穏やかにしていた彼からはとても想像が付かなかった。

 

「……行こうか」

 

惨い殺し方で人を殺めたのにもかかわらず、彼の表情は普段通りの穏やかさだった。それが更に恐怖を駆り立てる。おまけに返り血が顔に付いていた。

 

「……えぇ」

 

ホルアドに背を向けて、歩み始める来に真っ先に付いて行く膵花。彼女はあの光景を見慣れていた。逆に来の前で人を何人も殺めたことだってある。何なら来よりも先に人殺しになっている。忌避感などとっくの昔に捨てている。人を殺めようが殺めまいが、自分の事を本気で愛してくれているから。

 

そして来の手を掴もうと手を伸ばしたところで、大声で制止が掛かった。光輝だ。

 

「待ってくれ膵花! 辻風に付いて行ったら駄目だ! 君もさっき見ただろう? 辻風は何の躊躇もなく人を殺したんだ。そんなやつと一緒にいたら自分の身に危険が及ぶかもしれない! だから……」

「解ってるよ。これから先、命の危険が訪れるかもしれないってこと」

「だったら……!」

 

膵花は光輝の言葉を遮って言う。

 

「でも、来君ならきっと、私のことを護ってくれる。そして私も、来君を護る」

 

その表情は、とても嬉しそうにしていた。しかし、これでもまだ、光輝は膵花を引き留めようとする。

 

「どうして膵花は、辻風に付いて行くだなんて言い出すんだ?」

「あれ? 気づいていなかったのかな? 丁度いいから教えてあげるよ」

 

そう言うと膵花は来の許に駆け寄った。

 

「ら~い君」

 

愛しの妻に名前を呼ばれ、膵花の方に振り向く来。膵花は来の頬に両手を添え、そっと唇を重ねた。クラスメイトの大半が顔を真っ赤に染めた。ハジメ以外は誰も二人の口付けを見たことが無かった。

 

多くのクラスメイトが赤面しているのを確認すると、膵花は唇を離した。そして光輝の方を向いて言う。

 

「これが、来君に付いて行く理由だよ。好きでもない人に、こんなことしないから。そして、この場をお借りして皆様にご報告したいことがあります」

 

全員が膵花に注目する中、膵花は来の左手を取って頬を染めながら話す。

 

「私、滝沢膵花はこちらの辻風来君と婚約しています。訳あってずっと秘密にしていましたが、この場でご報告させていただくこととしました」

 

膵花の婚約報告の後、来は懐から指輪を二つ取り出した。地球にいた時から肌身離さず持っていた婚約指輪だった。そして、そのうちの片方を膵花の左手薬指に嵌めた。膵花の方も、来の左手薬指に指輪を嵌める。(二人共外見年齢二十一歳)

 

クラスメイト達は騒然の渦に巻き込まれた。香織は来と膵花の二人を見た後、ハジメの方を向いて目を輝かせている。ユエも香織と同じくハジメの方を向いて同じ表情をしている。

 

(らーちゃん、凄く幸せそう。よっぽど逢いたかったんだね。でも……もし、らーちゃんが独り身だったなら、彼の隣に立てたのかな……)

(うぅ、来さん……良かったですね。叶うならば私もあんな風に愛されてみたかったな……)

 

シアとミレディは、少し羨ましそうに膵花を見ていた。来の一途さを知っているはずなのに、それでもまだ、諦め切れていない自分がどこかにいた。

 

そんな膵花の固い意志に、光輝は数秒間硬直した後、異を唱えた。

 

「嘘だろ、膵花が……辻風と婚約? ……有り得ない。辻風はまだ結婚できる年齢じゃなかったはずだ。どうして婚約なんて……一体膵花に何をしたんだ、辻風!!」

 

正式に結婚できる年齢でなくとも、婚約自体は可能である。

 

光輝は膵花と来が相思相愛であるという事実を認めたくなかった。自分のことを好いていると勝手に思い込んでいるが故、膵花の行動が奇行に見えた。

 

光輝は来と膵花に歩み寄りながら、聖剣に手を掛けようとする。そこへ、雫が止めに入った。

 

「光輝、辻風君に限ってそのようなことするはずがないでしょう? 貴方気づいてなかったの? あの二人は、もうずっと前から一緒にいるのよ。それこそ、私達が出会う前からね。香織も言ってたわよ、『あの二人、まるで最初から結ばれるのが運命づけられてるみたい』って」

「雫……何を言ってるんだ……だって、可笑しいじゃないか。どこでもほぼずっと一緒だなんて。同じ家に暮らしているわけじゃあるまいし」

 

光輝の発言に、ハジメは一瞬『……は?』と思った。他のクラスメイトは、光輝と同じく来と膵花は別々の家に住んでいると思っている。

 

「お前ら……まさか知らなかったのかよ」

「何がだ?」

「あの二人、同じ屋根の下で暮らしてたんだぞ」

 

クラスメイトの大半が驚愕の表情を露わにする。

 

「嘘だろ……」

「嘘じゃねぇ。っていうか俺以外誰も知らなかったのな」

 

光輝はおろか、香織と雫ですら知らなかった。

 

「仮にそれが事実だとして、どうして南雲が知ってるんだ!?」

「俺の家なんだよ。二人が住んでたとこ」

 

信じられなかった。まさかあの二人が既に同じ屋根の下で暮らしていたことが。ましてやその屋根がハジメの家だなんて有り得ないとさえ思っていた。

 

「有り得ない……だって、道場じゃ俺に優しくしてくれてたじゃないか。俺と話す時、ずっと笑顔だった。だから……俺の事を特別扱いしてるんだと……そうだろ? 膵花」

 

光輝は納得ができなかった。

 

「確かに、雫ちゃんの道場で私は貴方に優しくしてた。でもそれは、他の子達も同じだよ。同じ門下生同士、仲良くするべきだと思うんだけれど……」

「膵花の言う通りよ。彼女は別に貴方だけのものじゃないんだから。何をどうしようと、決めるのは膵花自身よ。いい加減にしなさい」

 

視線を来に向けると、来は呆れた表情でこちらを見て来る。周りには既に女を何人も侍らせている。その中に『自分の特別』が入ると想像しただけで、腹の奥底で怒りがふつふつと湧きあがった。今まで感じた事の無い、暗闇の如くどす黒い感情だった。

 

「膵花、行ったら駄目だ。俺は君の為に言っている。辻風は人を簡単に殺せるし、女性をコレクションか何かだと勘違いしているんだ。見てくれ、あの兎人族の女の子を。奴隷用の首輪まで付けられて……可哀想に。黒髪の女性もさっき辻風のことを『マスター』と呼んでいた。きっとそう呼ぶように強制されたんだ。金髪の女性も南雲と言い争いをしていたように見えた。弱みか何かを握って、俺達を始末するよう命令していたんだ。そんな奴に付いて行ったら何をされるかわからない。だから、俺は君を止めるぞ。君に何と言われようと、絶対に行かせはしない!」

 

光輝の暴走は留まることを知らず、今度はシア達に視線が向いた。

 

「君達もだ。これ以上、その男の許にいるべきじゃない。俺と一緒に行くんだ。君達の実力なら大歓迎だ。共に人々を救おう! シア、だったかな? 安心してくれ、俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放する。ティオも、もうマスターなんて呼ばなくていいんだ。ミレディだって、もうあんな奴の言いなりになんかならなくていい。俺と一緒に来てくれ!」

 

爽やかな笑顔でシア達に手を伸ばす光輝。いつだって女の子は自分に味方してきた。だから、あの男からの呪縛から解放できると妄信する。

 

だが、光輝の予想に反し、彼女達三人の表情は無だった。最早言葉で表すことすらできない。

 

光輝が心配そうに近寄ると、喉笛に切先を向けられた。ティオが金色の瞳で光輝を睨みつける。その色は、自分がマスターと仰ぐ者の目と同じ、黄金色である。シアとミレディも、刀を構えそうになったがここはぐっと堪えた。

 

「先程から聞いておれば、我が主を愚弄するとは……」

「ど、どうしたんだティオ……急に刀なんか突きつけたりして……」

 

光輝は今の状況を理解していなかった。どこまで思い込みが激しいのだろうか。疑問点を挙げればきりがない。

 

「先程の発言、一言一句残さず全て取り消せ」

「取り消せって、君達はあいつに無理矢理……」

「妾達は無理矢理従わせられているのではない。皆自らこの御方の下についた。貴様らを窮地から抜け出させたのは他でもないマスターだというのに、貴様と来れば感謝の一言も言わず、剰え貶すだと?」

 

ティオは絶対零度の眼差しで、威圧を放つ。そして、シアとミレディの心情を代弁するかのように告げる。

 

「分を弁えよ、痴れ者が」

 

ティオが一歩踏み出すと共に、光輝は一歩下がる。そして、太刀を構えようとしたところで思わぬ制止がかかった。

 

「太刀を納めろ」

 

止めに入ったのは、ティオが(マスター)と仰ぐ者だ。

 

「しかしマスター、この者は貴方様に恩を仇で返すような事を……」

「もういいんだよ」

 

ティオの頭に、来の手が乗せられる。そして優しく撫でる。本来は抱くところなのだろうが、膵花以外の女にはしないと決めている。だが、頭を撫でるくらいなら問題は無いだろうと判断した。

 

「君達がそれほど僕を慕ってくれていることはよく解った。後は僕がけりをつける。シアとミレディも下がれ」

「……承知」

 

シア、ミレディ、ティオの三人は大人しく下がった。自分の言う事には従わないのに、来の言う事には従うことに光輝は怒りを覚える。

 

そして、聖剣を抜いて地面に突き刺し、来を指差して宣戦布告をする。周りは唖然としていた。

 

「辻風来! ここで俺と決闘しろ! お互い武器を捨てて素手で勝負だ! 俺が勝ったら、二度と膵花に近寄るな! そして、そこの彼女達も全員解放してもらう!」

 

光輝は完全に自分の正義を妄信し切っていた。それ故、周囲の空気に気づかない。

 

「良いだろう。その勝負、受けて立つ。ただし、そっちが負けたら何も文句を付けて来るな」

 

意味不明な宣戦布告に来はすぐに応じた。余程勝つ自信があるようだ。だが、全力を出す気など一切無い。全力で戦ったらまず間違いなく光輝は死ぬからだ。

 

「軽い気持ちで勝負を受けたこと、後悔するなよ」

 

そう言うと光輝は右腕に力を込め、足を力強く踏み込んだ。光輝は走り出す勢いのままに拳を来に向けて振るった。

 

が、来は光輝の一撃を軽く受け流し、勢いを逆手に取って光輝の袖と襟を掴み、背中に乗せたのち地面に投げ倒した。柔道の投げ技が一つ、背負い投げである。

 

「修行し直して来い」

 

光輝はまさか投げられるとは思わず、碌に受け身が取れなかったので体を強く打った。

 

「ぐっ……!」

 

光輝は背中に走る痛みに耐えながら、おぼつかない足取りで立ち上がる。

 

「まだだ……まだ俺は戦える!」

「もう止めておけ。次叩きつけられたら骨折するぞ」

「何時までも自惚れるなぁ――!!」

 

光輝が再び拳に力を入れて駆け出す。拳が迫って来るのに全く動く気配のない来を見て、光輝は来が反応し切れていないのだと思い、勝利を確信する。

 

だが、その拳は、たった一本の指に易々と止められた。

 

「なっ!?」

 

光輝がいくら右腕に力を入れても、来の左手示指は一切動かない。そして、紫電を纏った右手をぎゅっと握り締めると、光輝の体に電流が走った。その時間、僅か0.03秒。

 

光輝はその場に倒れ込んだ。再び起き上がろうと手足を動かすが、麻痺状態でうまく動かせない。心臓が止まらなかっただけ御の字だ。

 

「……勝負あったな」

 

ハジメがそう呟き、決闘は来の勝利で幕を閉じた。

 

決闘を制した来は踵を返し、膵花の許へと歩む。

 

「お待たせ。それじゃ、行こうか」

「ええ」

 

膵花の手を取る来。二人の頬は朱色に染まっている。二人は指を絡ませて手を繋ぎ、仲間のシア、ミレディ、ティオ、ミュウと共に次なる目的地へと旅立つ準備を始めた。

 

「……で、三人はどうするのかしら?」

 

旅支度をしている傍ら、雫はハジメと香織、ユエに尋ねる。

 

「来さんについて行くかどうかよ。まぁ、お二人は言うまでもないみたいだけど」

「お見通しってわけか」

「雫ちゃんはどうなの?」

 

雫自身はどうなのかと香織に聞かれ、少しの間考える。

 

(私は、香織がハジメ君に付いて行くなら一緒に行こうと思ってる。でも、やっぱり光輝が心配なのよね。勇者パーティーから二人も抜けるとなると負担も大きくなるだろうし……私だけでも残るべきなのかしら。だけど……)

 

自分達はあの時よりも強くなったと思っていたが、先程の戦いで上には上があることを思い知った。

 

未だ答えを出せていない雫に対し、ユエは言葉を投げかけた。

 

「……大切なもの同士で葛藤してるなら、私はより大切な方を選ぶ。雫は雫のしたいようにするといい」

 

あくまでユエはユエ自身の考えを言っただけで、選択肢は雫自身に委ねた。

 

「私の……大切なもの……」

 

どちらかしか選べないのなら、より大切なものを選ぶというユエの言葉に、雫の迷いは断ち切られた。

 

「ハジメ君、香織、ユエ」

 

三人の名を呼ぶ雫に、三人は振り向く。

 

「私も……付いて行くわ。何よりも香織が大切だもの」

「雫ちゃん……」

 

自分も付いて行くと意思表示したのち、龍太郎の方を向いて話す。

 

「龍太郎、私はこれから修練の旅に香織達と一緒に行くから、戻って来るまで光輝のこと頼むわね」

 

雫は完全にパーティーから抜けようとは思っていない。ただ、修練を積んで強くなってから戻って来ようとは思っている。

 

「……ああ。任せてくれ」

 

基本脳筋である龍太郎だが、意外に理性的な一面も持っている。それは友の性格の残滓という形ではあるが、それでも光輝のストッパー役には十分だろうと雫は判断したのだ。

 

それぞれの思いを胸に、四人は来達の許へと歩き出す。

 

 

 

「四人共どうしたんだ?」

「何か言いたいことでもあるの?」

 

こちらを見る二人に、四人は意思表示をする。

 

「俺達も、一緒に旅に行かせてくれ」

「さっきの戦いで、私達は己の弱さを痛感したわ。だから、修練の為にも私達も連れて行って欲しいの」

「私はハジメくんが行きたいなら付いて行くって決めてるから」

「……ん。右に同じ」

 

ハジメの方は大体予想はついていたが、まさか香織と雫、ユエもとは思ってもみなかった。

 

「本当にいいの? 勇者組から二人メンバーが抜けることになるけど……」

「私はある程度修練を積んだら、光輝達のところに戻ろうと思ってるわ。具体的にはそうね……迷宮をもう二つ攻略したら、でどうかしら?」

 

迷宮を二つ攻略した後に雫は元のパーティーに戻ると聞いて、香織は寂しそうな顔をする。

 

「香織、貴女にはハジメ君がいるでしょう? 私と同じかそれ以上に大事な人がいるんだから、私のことは心配しなくていいわよ。ということでハジメ君、その時は香織のこと宜しく」

「雫は香織の母親かよ……まぁ、俺ももう守られるだけの存在じゃないしな。互いに守り合いながらやっていくよ。そこの二人みたいにな」

「人前でいちゃつくのも程々にしてね」

「お前ら二人が言うか」

 

四人の意思を聞いて、来と膵花は互いに顔を見合わせる。そして軽く頷き、再び四人に顔を向ける。

 

「いいよ。纏めて面倒見てやるからさ」

「これから宜しくね。四人共」

 

こうして四人の加入が決まった。一行はそれぞれ乗り物を出す。

 

ハジメ、香織、雫、ユエは四輪に、来、膵花、シア、ミレディ、ティオ、ミュウは〝弩空〟に搭乗して、町を発った。

 

空は快晴。次なる目的地はグリューエン大火山である。




雫が来に付けようと思っていた二つ名

「燼滅刃」、「天眼」、「青電主」、「金雷公」、「白疾風」、「矛砕」、「鎧裂」


第五十二陣 清めの黒刀


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