パナケイアダンガンロンパ (ろぜ。)
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Chapter0 切望の果て、しあわせ病棟
はじまり


___万能薬だなんてそんなものは、最初から無かった。

生きているからこそ死は免れないし、
誰かの幸福は別の誰かの不幸の上で成り立っている。
理に適った予定調和が舗装されることは未だに無く、停止になった中途には理不尽が変わらず遺棄されたままで。
永久は無い。しかしされど、須臾も無い。
不変でいたかった。可変は避けようがないけれど。
善だけがあればいい?悪は本当に不必要?
この出会いは運命だったんだ。
じゃあそこに貴方の意思は無かったの?
夢は叶うから夢で、叶わないから夢?
……きりがないな。

___きっかけは、誰もが知らないあの憶持。

「全員をたすけよう」と唱え続けた片方は、理想を論じただけの空想家だったのか。
「それは出来ない」と異を告げたもう片方は、相方に非情で冷酷だと思われてもなお、落ち着いて現実を見据えていたのか。

死ねば命は戻らない。
けれど時が経ち過ぎてしまえば、もっと最悪な事態が起きていた可能性があったことも間違い無い。

___現在から綴るのは、とある病棟での記録。

…望みは絶たれた。それでもなお、貴方達は希むのだろう。



_おい

 

_おい大丈夫か?

 

ぐらぐら

ゆらゆら

揺れる感覚。

 

誰かが呼んでいるんだね。

誰だろう。

お母さん?お父さん?先生?友達?

 

少しずつ視界に光が入るのを感じ、私は目を覚ます。

「私は__」

 

私は糸針緋巴銉(シシンヒバリ)

確か病気の治療に呼ばれて、少し離れた街まで来た。ついでにドーナツを買って、大きな病院に行って…。それからは……

よく覚えていない。

そして今私はいた覚えのない教室でお行儀よく座っている。

ドーナツは机の上に乗っかっている。無事なようだ。

 

「やっと目が覚めたんだな。」

低い声。

そこで初めて私は横を向く。

そこには、1つに束ねた長い髪を少しいじり、真っ赤な瞳で私をじっと見つめる男の子がいた。

 

どこかで聞いたことがある声だと思ったのは…

「あなたが起こしてくれたんですね〜!」

私は先程声をかけ、軽く肩を揺さぶってくれたのが目の前の彼だと分かるとそっと笑った。

「ああ、お前が中々起きないもんだから…。触って悪かったな。」

彼は申し訳なさそうに言う。

「いえ!大丈夫ですよ〜!おかげで目覚められましたし!」

 

「いやでも女を揺するなんて……。」

「ふふっ。」

「……?何がおかしいんだ?」

「あっすみません。えーと、私は男なので心配いりませんよ♪」

 

「え?」

「…」

「えっ男、なのか……?」

彼は心底驚いた様だ。それもそうであろう。初対面の人は誰だって私の性別を聞くと驚く。

 

私は昔から可愛いものが好きだった。それを可笑しいだなんて思わなかった。女の子みたいに。もっと可愛くなりたい。そんな思いで女装をしている。女の子、だなんて嘘は全くもってつける気がしないので性別は明かす様にしている。早めに言っておいた方が良いに決まってるもの。

 

「はい、正真正銘貴方と同じ性別です!」

「驚いたな…いや、そうか。とても似合ってるぞ。」

彼がそんな風に真っ直ぐな目で肯定してくれるので、今度は逆に私がビックリしてしまった。

「結構簡単に受け入れてくれるんですね?」

 

「それはお前が好きでしているんだろ?」

「そうですけど〜。」

「ならそれでいいだろ、…お前の好きなものを否定する気は一切無い。」

彼は口下手なのだろうか。点々と言葉を区切りながら気持ちを伝えてくれる。

「ふふ、ありがとうございます〜!」

私はそれが素直に嬉しかった。この人とはきっと仲良くやれる、そんな風に思えた。会ったばかりだがこれは私の第六感だ。

 

「…ところであなたのお名前を聞いてもいいですか〜?」

「俺は菊地原楼(キクチバラロウ)だ。お前の名前は?」

「私は糸針緋巴銉です〜!楼さん、一体ここはどこなんでしょうか?」

これはずっと私が思っていた事だ。不可思議……こんな場所私は知らない。

 

「悪い、俺も分からない。…病院に呼ばれて来た筈だったんだが、いつのまにか此処に…。」

「成る程、私も全く同じ状況です〜。

困りましたね…。」

「とりあえず外に出てみないか?何か分かることがあるかもしれない。」

「それもそうですね…あっ、楼さんと1つ!私は状況が違いましたよ〜!ドーナツを持っています!」

 

 

「ドーナツを食べてから外に出てみませんか?」

 

 

 

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自己紹介

「ドーナツ、美味しかったですね〜!」

お目当てのドーナツを食べ、小腹も満たされた私は満足気に言う。

「そうだな。でもいいのか?俺が貰って…。」

「良いんですよ〜!1人で食べるなんて寂しすぎるじゃないですか!共犯です♪」

 

私達は手掛かりを探して教室を出た。振り返ると教室Aと書いてある。やはり此処はどこかの学校なのだろうか。

「…とりあえず此方に進んでみないか?」

楼さんが角を曲がった先を指す。

私は頷いた。

 

進む先は食堂のような場所だった。長いテーブルが並べられている。それだけではない。そこには人影があった。

「あ、あなたは…。」

私は恐る恐る声をかけた。後ろを向いていたその人はビックリしたように此方を振り返る。

 

「…驚きました。君達ももしかして閉じ込められている人ですか?」

「え?」

「君達もって……お前も?」

茶髪を少し無造作に下の方で束ね、濃い紫色の瞳をパチクリさせ彼女は言った。

 

「はい、目覚めたら此処にいたんです。少し歩き回ってみましたが、他にもまだいるみたいですね。」

「私達だけじゃないんですね〜?」

「しかも、砂切さんがこれまで会った人達は全員超高校級の称号を持ってるんです。」

 

“超高校級”

少女が言うそれは、何かしらの才能を持った高校生に政府から貰える称号だ。才能も人によってまちまちで、何人いるのだとか、何が基準なのかなどは知らない。

 

「名前は砂切ひなの(サギリヒナノ)です。超高校級の新聞記者なのです。」

「私は糸針緋巴銉、超高校級の人形師です…!」

「俺は菊地原楼、葬儀屋だ。」

 

ひなのさんは新聞記者らしい。どうりで目覚めたばかりだと言うのに情報収集がうまいわけだ。きっと新聞記者の血が騒ぐのだろう。

 

「ふわぁ…砂切さん眠くなってきたので少しここでお休みします。君達もまた人を探してみるといいですよ…。やる事ないですし。」

どうやら、相当マイペースな子らしい。ひなのさんはあくびをすると私達に背を向け、近くにあった椅子に座った。

 

「おやすみなさい…!ありがとうございました〜!」

私は彼女とも仲良くなれることを願い、礼を言う。そして食堂を後にした。

 

「楼さん、葬儀屋だったんですね〜!とても素晴らしいお仕事ですね…!」

「…ありがとな。お前は人形師か…。…らしいな。」

「ふふ、嬉しいです♪」

 

「あー!人がいるの!」

幼い少女の声。

 

振り返るとそこには青いセーラー服に身を包んだ小さな子。

「わぁ、はじめまして!あなたも此処に閉じ込められた超高校級の高校生ですか〜?」

「そうなの〜!海老塚志々水(エビヅカシジミ)!超高校級の海洋生物学者なの〜!」

 

「海洋生物学者…海の生き物に詳しいんですね〜!」

「えっへん!海のお友だちの事ならなんでもきいてほしいの!お話だってできるんだよ!」

 

自己紹介を互いにし合うと思い出したかの様に志々水さんが言った。

「そうだっ!他にも人がいるの〜?」

「はい、そうみたいです!」

「食堂に1人いるからな。丁度そこの道をまっすぐだ。1人で大丈夫か?」

「だいじょうぶなのっ!ろーちゃん、ひばりちゃん、ありがとうなの!」 

 

ぴょこぴょこと三つ編みを揺らし、志々水さんはひなのさんがいる方へ歩いて行った。

小柄で可愛らしい見た目通り、純粋で可愛い人柄の様だ。きらきらとした表情が彼女の人格を物語っていた。

 

そして私達は志々水さんがやってきた方向へと足を進める。

「次に近いのは教室Bですか!」

「食堂への道を挟んだすぐ隣か。開けてみるか…。」

ドアを開けると、中には男の子が1人。私達をチラリと見ると、何事もなかったかの様にただ微笑みかけた。

 

「お前は……。」

「………月陰美尽(ツキカゲミツク)と申します。……宝石鑑定士をやらせて頂いております。」

彼はそっと口を開く。そして、超高校級が集められた事も知っている様だった。

 

「へぇ、とても高貴な才能ですね!」

「…。」

「宝石が好きなのか?」

「…。」

彼はただ微笑んで頷くだけ。それ以降美尽さんが口を開くことはなかった。

 

「悪い人ではなさそうですね〜!微笑んでましたし!こんなところに閉じ込められて怖いですもんね〜、だんまりしてても仕方ないです!」

「そうだな。月陰なりの理由があるのなら、詮索しないほうが良いしな。なんなら俺たちは出会ったばかりだ。」

 

次はまっすぐ進む。右方向に研究室と書いてある部屋が何個か並んでいたが、どれも開くことは無かった。

「清掃員、水泳選手、義肢装具士にカウンセラー…。この4人は此処の建物の中にいらっしゃるのでしょうか〜?」

「建物の中に研究室って…。此処は新しく作られた政府からの超高校級への支援とかなのか?」

「ふぅむ、それもあるかもしれませんね〜!」

 

超高校級は政府からの支援が受け取れる。ここの建物ももしかしてその一種なのかもしれない。しかし、突然此処にいるのは突飛な話だ。下手したらこれは誘拐なのだから。

 

研究室の向かいは談話室。ドアは開けっぱなしとなっており、灯りもついているため誰かがいる様だ。足を踏み入れる。

 

「…どうやら彼等も迷い込んできた様ですね。」

「あら、また人にお会いできて嬉しいです♡」

「中においでよ、不安だったでしょう?」

中にいたのは3人。広い部屋の中椅子に座って談笑していた様だ。

 

「災難ですよね。そして実に不可思議です。…あぁ、僕は水波零(ミズナミレイ)といいます。超高校級の水泳選手です。一応…よろしくお願いします。」

 

「はじめまして、私は超高校級の看護師の看薬院カルテ(ミヤクインカルテ)♡ これからよろしくお願い致します♡」

 

「ぼくの名前は愛教育(アイキョウイク)。一応保育士らしいんだけど…。ふふ、自分で名乗るのはちょっと恥ずかしいね。」

 

3人がそれぞれ自己紹介をしてくれる。本当に超高校級とは多様だ。

「教室もあるし、ここは学校なのか?」

「学校というより病院っぽいところがあるんです♡ それに談話室…学校にしては変じゃないですか?♡」

「病院?」

「はい、手術室などもありました。」

 

「複合施設…。それに研究教室もあるし…。不思議な場所だね。早くぼく達が此処に連れてこられた意味も分かればいいんだけど。」

「研究教室が開かないのは残念ですね。」

そういえば先程水泳選手の研究教室があった事を私は思い出す。

 

「もし仮に此処が超高校級の為の施設だとしたら…研究教室が空いていないのは不自然ですし、手術室があるとなると……。うーん。」

謎は深まるばかりだった。

 

「手術室…。なぁ、もしかしてお前ら何か患ってたりしないか?…こういうこと聞くのは良くねぇけど…もし答えられるのなら教えてほしい。」

「病院に行ったと伝えた時察する点があったかもしれませんが、私には持病があります〜。」

 

そう、この世界は謎の病気で蔓延している。人によって症状は人それぞれ。明言はされていないが、いずれ死をもたらすのではと噂されている。

何故私がこんなにも淡々と言えるのかというと、それが「当たり前」になりつつあるからだ。治す方法は見当たらない。なす術がないのだから仕方がないのだ。そんな世界にいつのまにか人類はのまれていた。

 

そして私の病気は病名も原因も不明。体に花のような痣が広がり、そこの部分の感覚が無くなってしまう。暗いところに行けば症状が軽くなる。でも何か原因が分かれば治す糸口も見えるかもしれないのに…。

 

「さぁ?僕は思い当たりませんね。」

「…私は砂糖依存症です♡ こうしてお菓子を携帯していないと困っちゃいます♡」

「ぼくは夜泣き病。寝ているときに赤ちゃんの泣き声が夜通し聞こえるんだ。…おかげであまり眠れてないんだよ。」

 

「俺はEvil burial。…まぁ黒い痣が広がるんだ。」

5人のうち4人は病気持ちが確定。そして皆超高校級。ただの病院だとしても全員が超高校級なのはやはり可笑しい。

何も掴めないまま、私達は談話室を後にした。

 

「病気…。ほんと迷惑な話だよな。治るあてもねぇし。」

「でも信じていればきっと大丈夫です〜。いつかもっと明るい未来が来ますから〜。」

「…お前は前向きだな。」

「はい、気持ちまで萎れたら掴めるものも掴めませんよ!」

事実は受け入れる。けど私は決して諦めない。きっといつか誰もが健康で、そして幸せでいられる日が来ると信じているのだ。

 

談話室を出た後私達は折り返し、元いた教室Aまで戻ってきた。隣は視聴覚室と音楽室だったが、誰もいないようだった。

そのままトイレを通り過ぎて真っ直ぐ進むとまた部屋が。

 

「ここは…茶室のようですね〜。」

私の通っていた学校にも茶室はあったのであまり不思議に思わなかったが、楼さんは

「茶室?」

と少し不思議そうな顔をしていた。

 

とりあえず開けてみる精神が身についてきたので、此方の茶室も開ける。

「あら、こんにちは。」

中にいた少女が振り向き笑いかける。その笑顔はまさに

__________聖母

 

「貴方達も探索ですか?」

「あ、はい!君は…。」

「私は安心院日和(アジムヒヨリ)。超高校級のカウンセラーです、以後お見知り置きを。」

そういって彼女はふわりと笑った。

 

「カウンセラーですか〜!日和さん優しそうですもんね〜、ピッタリです!」

「ふふ、ありがとうございます。何か不安や悩みを抱えているのなら、いつでも頼ってくださいね。」

「ありがとうございます〜!」

 

「此方探索してみていますが、特に面白いものもありませんでした。残念です…。是非他の場所も探索してみてくださいね。」

日和さんがそう言うので、私達は茶室の探索は後にして外へ出た。

 

「この先は二階ですかね…?」

「…いや、階段下がある。…倉庫?ちょっと覗いてみないか?」

私達は階段の下倉庫の重い扉を開けた。その見た目通り扉はギィーッと軋む音をたてたが、問題なく開いた。

中は少しかび臭い気もするが、まぁまぁ綺麗だった。サッカーボールにカメラ、たこ焼き器に電球…そこまで広い場所ではないがなんでもあるようだった。

 

ガッシャーーーンッ

何かが落ちる音。

何事かと思い、私達は音の鳴る方向へ走る。

「あっちゃー!やっちゃったな…。」

そこには小柄な白髪の少女。落ちたガラクタを見て、頬を掻いた。

 

「…?あ!君達は…?」

少女は私たちに気づいたようで、落ちた物たちを集めて棚に戻しつつ声をかける。

「手伝いますよ〜!私達も閉じ込められた超高校級の内の2人です〜。」

「ありがとう…えっ、超高校級が集められているんだね!ということは、何か大きな事が始まるのかも…!!」

 

「大きな事、か?」

「うん、だってこんな広い所に超高校級だけが集められてるなんて今までに聞いた事ないもの!」

「成る程…、私は超高校級の為の研究施設かと考えたのですが…。」

「そっか!それもあるかもしれないね!早く分かるといいなぁ!」

 

どうやら彼女はかなり前向きな子らしい。左右色の違う瞳をきらきらさせて言った。

「あぁ、僕は蓮桜雪雫(ハスサキユキナ)っていいます!なんの才能かは覚えてないんだけど…よろしくね!」

 

雪雫さんは才能を忘れてしまっているらしく、困ったように笑った。無理もない。いきなりこんな場所に閉じ込められているのだから。

 

私達は倉庫を出て階段へ上がる。するとかかる声。

「お!人みーっけ!」

陽気な声。上を見上げると、アイマスクをしながらもたんたんと階段を降りてくる男の子の姿。

「ちーっす!どもー!超高校級の射撃選手の相模迅(サガミジン)でーっす!よろしくね!」

私たちの前まで来ると、彼は手をひらひらさせながら自己紹介をした。

 

「あれ?超高校級が集められてるって知らなかったか?」

「いえ!知っていましたが、コミュニケーション能力が高くてビックリしちゃいました!」

「おー、照れるなぁ!一階は結構部屋開放されてんの?二階は全然開かなくてさ…!」

 

「そうだな、研究教室以外は開いたぞ。」

「へぇ、そうなのか!残念だなぁ。…じゃあ、俺まだまだ探索しなくちゃだから…。じゃあな!」

そういうと迅さんは去っていった。風のような人だ、と私は思った。

 

二階もほぼ一階と同じようなコの字作りのようで、私達は1番近い教室Cへ入る。

中には白い服に身を包んだ少年。ゴーグルを触りながらただ椅子に座っていた。

「あのぅ…君も超高校級、ですよね?」

「ひっ!!ビックリしたぁ。…君は誘拐犯、じゃなさそうだねぇ…。ええっと、そう、超高校級だよ。」

 

「ボクは片倉藍(カタクラアイ)。超高校級の清掃員だよぉ。アッここの教室は綺麗にするからボクがいても許してね…。」

「?元からこの教室は綺麗ですが?そして藍さんも汚くないですよ〜?」

「あ…ええっとぉ、いいんだ本当に…気にしないで…。」

藍さんはそれっきり黙ってしまった。あまりお喋りが得意では無いようだ。

 

清掃員について少し聞きたかったが、相当気が滅入ってるようで、話しかけるのも悪いと思い、藍さんを置いて私達は次へ進んだ。

「あ…人形師の研究教室ですね〜。」

ドアノブを一応回してみるが開かない。張り紙が「準備中」を告げていた。

 

「ここ、ぜーんぶ研究教室は開かないよねぇ。」

突然私達に声をかけた人が1人。

「わっ!」

「おっ、」

私達は驚いて振り向く。

いつから立っていたのか、後ろには水色の髪をゆるく束ねた少年がいた。

「驚かせちゃったかなぁ?俺は祇園寺現(ギオンジウツツ)。分析心理学者をやらせてもらってるよぉ。」

 

「分析心理学…ですか?ごめんなさい、聞いた事がなくて…。」

「あぁ、少し難しいよねぇ。もしまた時間があれば教えるよぉ。ねぇ、うさぎちゃん?」

彼はなんらかの者がいるかのように、誰もいない空間に話しかけた。

 

触れていい内容なのか分からず、私は”うさぎちゃん”については触れず、話を続けた。

「現さんはもう探索し終わったのですか?」

「うーん、まぁねぇ。でも3階へは行けなかったよぉ。」

間延びしたような口調で続ける。あまり引き留めては行けないから、と現さんはふらふらと何処かへ行ってしまった。

 

「人形師の研究教室の隣は…薬品保管庫?…看護師の為とかなのか?」

「それもあるかもしれませんね…。ですが、楼さんの言った通り、病院に関連してるのかも…。」

「…向かいは集中治療室に手術室…。水波が言った通りだ。…ここは俺たちの病気を治す為の施設なのか?」

「その線が濃いような気がして来ました〜。」

 

薬品保管庫、集中治療室、手術室は開かなかったので隣の保健室は、と思い扉に手をかけるとそこは簡単に開いた。

「もう何人目かな。君達も同じ超高校級で閉じ込められた生徒…。そうだよね?」

 

中にいたのは明るい茶髪を2つに結んだ少女。身長は私より低いが、雪雫さんや志々水さんよりは高そうだ。そして何より目についたのは、彼女の右腕や両足が明らかに人間の足では無い___義手義足であることだ。

 

そんな私の視線に気づいたのか、彼女はまた淡々と続ける。

「ん?あぁこれ?僕は左腕以外は偽物なの。」

「すっすみません、ジロジロ見てしまって…。」

「いいよ別に。気にしてないし。はじめは皆そんな目で見るから。…僕は繰生无子(クリュウナイコ)。超高校級の義肢装具士。」

 

「俺は菊地原楼。葬儀屋だ。」

「私は糸針緋巴銉。超高校級の人形師です〜。」

「人形師?…へぇ。」

无子さんはピクリと眉を動かした(気がした)がそれ以降は私達に背を向け保健室を探りだした。

 

あまり好感を抱いてもらえなかったのだろうか。いやまだ出会ったばかり、きっと仲良くなれる。私はそう思い、无子さんのいる保健室を後にした。

 

保健室をまっすぐ進むとそこは大きな図書室だった。中は沢山の本で溢れている。

「おい、そこに人がいる。」

棚が高いもので気づかなかったが奥の方に女の子がいた。そしてもう1人は背の高い男の子。私達は早速そちらへ向かう。

 

「こんにちは〜。」

「…あぁ、まだ超高校級がいたんだな。」

「っ…。こ、こんにちは。」

 

「自己紹介を皆していくものだから、君もそうなんだろう。僕は超高校級のマルチリンガル、仍仇伊織(セガタキイオリ)だ。」

伊織と名乗るその少年は表情何一つ変えることもなく、淡々と喋る。

 

「マルチリンガルですか…。頭が良いんですね〜、羨ましいです♪」

「そうか、ありがとう。次は君も名乗ったらどうだ。」

伊織さんは月羽さんに促す。

 

「…えっと御伽月羽(オトギルウ)です。超高校級の絵本作家です。」

「わぁ!絵本作家!夢があって素敵ですね〜!」

月羽さんは俯きがちな顔を上げ、私の方を見るとハッとした顔で言った。

 

「お姫様みたい…。………あ、すみません。るうに褒められても嬉しくないですよね。」

だが、月羽さんはまた下を向いてしまった。

「ありがとうございます〜♪月羽さんも可愛らしいですね〜!特に髪のリボン!」

「あの本当に…。るうなんか生きてる価値ないので……褒めるだけ無駄ですよ。」

 

「そんなことはなッ『ぴんぽーんぱんぽーん♪お集まりの皆さまへご連絡しまーす。講堂までお集まりくださーい!』え?」

 

突然の放送。今まで話してきた人の中、誰の声でもない。講堂まで行けば私達が此処に連れて来られた理由が分かるのだろうか。

 



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ワクワク!コロシアイ宣言

「ここが講堂みたいだな。」

「はい、少し迷ってしまいましたね〜。入りましょうか〜。」

和やかな口調を心掛けるが、どうも不安が募る。

「大丈夫だ。」

それを見透かしたように私に呟くと、楼さんは扉を開けた。

 

中にいたのは先程話した人達全員。

雑談をしていたり、1人佇んでいたりそれぞれだ。

 

「…これで16人。男女比はピッタリなんだね!」

雪雫さんが言うので私はそういえば、皆に言っていなかった事実をもう一度説明する。楼さんに言ってたので忘れてしまっていたのだ。

 

「私は男なので男の子が1人多いですね〜!」

「え?」

「マジで!?」

「緋巴銉ちゃん男の子だったの〜?」

 

「はいはーい!皆おしゃべりはストップ〜!」

さっき放送で聞いた声と同じ声がし、スモークがどこからか勢いよく噴射される。

「やっほー!オマエラ全員揃ったみたいだね!」

現れたのは

「こ、こども……!?」

 

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「ぷんぷん!モノアピスだよ!!子供じゃなくていんちょーだし!」

モノアピスと名乗るその幼い容姿の子は拗ねたように頬を膨らませた。

「よろしくね!」

そして近くにいた楼さんと、半ば無理やり握手をした。楼さんは怪訝な顔をする。

 

「…あいつ本物の人間じゃないな。精巧に作られているが……、手が冷たく硬い。」

楼さんはこっそり私に耳打ちする。

ただの人間の子供ではない…アンドロイドといったところだろうか?

 

「何故僕たちをこんなところに連れてきたのですか?」

「此処はどこですか?」

「何のため?」

「これは紛れもない誘拐だ。」

次々に口走る生徒。私も同じ気持ちだ。

 

「んもぉ!知りたがりだなぁ!此処はしあわせ病棟!超高校級のオマエラの病気を治す為だけに作られた素敵な病院だよ!…オマエラ患ってるでしょ?」

 

「…治るのですか?」

「……。」

「それってすごいことなの〜!」

もしその話が本当なら嬉しいことだ。だからといって、勝手に連れてこられては困るのだが…。

 

「でもね!万能な特効薬ってすっごくすっごく開発が難しいんだ!だから世界の感染者どころかオマエラの分も全然足りないの!だからね、ある方法で薬を投与する人物を決めたいと思うの!」

 

「ある方法ですか〜?」

「えへへぇ、ドキドキするなぁ!言っちゃおうかなぁ!言わなきゃなぁ!!…よーく聞いてね!!」

モノアピスが大きく息を吸う。(本当に吸えてるのかは定かではない。動きだけだろうか。)

 

「オマエラにはこれからコロシアイ病棟生活を送ってもらいまぁす!」

「コ、コロシアイ……!?」

 

 

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“コロシアイ”

日常生活において使うことのないであろうその単語。

その言葉の意味が信じられず、何を言っているのかと耳を疑った。冷や汗が出るのがわかる。周りの皆も張り詰めた空気で息を呑む。

 

「そしてこれは簡単なルール!!いんちょーの手書きだよ!!嬉しいでしょ!」

 

 

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「そうそう、間違ったクロを指定したりしたら、オマエラ全員オシオキだよ!いくら超高校級でも許されないからねっ!いや、超高校級だからこそ許されないのか!アハハッ!」

モノアピスはくるくると回りながら言う。

 

「オ、オシオキ……?」

「あら、それってどういうことですかぁ?♡」

藍さんとカルテさんがモノアピスに返す。そんな2人を見て、モノアピスは嬉しそうに笑った。

 

「アァ、そうか!実際に見せてあげたほうがいいよね!うーんそうだなぁ……じゃあそこのおねえちゃんでいいや!」

そしてモノアピスは私を指差す。

 

ゾクリ

嫌な予感がした。

 

「こーんな感じだよっ!」

モノアピスの言葉と共に天井から槍のような尖ったものが降る。

_______嗚呼、私には逃げられない。

 

……

ドンッと誰かが私を突き飛ばす。一向に痛みはやってこない。

「え?」

私が目を開けるとそこには右手で抑えた左腕からタラタラと血を流す伊織さんの姿があった。

 

 

 

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そう、私を突き飛ばし身代わりになってくれたのは伊織さんだったのだ。

「いっ!伊織さん……!」

「おい仍仇!大丈夫なのか?」

「痛そうです……。死なないですよね?」

「この程度の痛みなんてどうってことない。」

 

表情こそ歪むものの、淡々と伊織さんは言う。

「なっなんで代わりに刺されるような……あぁ……本当にごめんなさい!」

私は罪悪感で胸がいっぱいになる。

「…気にするな。」

 

「おにいちゃんかっこいいね!でも本当のクロにはこんな程度じゃ済まされないからね〜!あくまでこれは優しいいんちょーのお試し!!」

 

「そうそう、この規則を破ったりしてもオシオキが待ってるよ〜!ワクワク〜!」

 

 

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「ね!見てわかったでしょ!いんちょーの言うことは絶対なの!逆らったらどんな超高校級だって殺すよ?」

私に平気で槍を落とし、それはいとも簡単に伊織さんの腕を傷つけた。殺すというその選択は、モノアピスにとって簡単なことであり、いつでも実行できるということなのだ。

 

「あ!おにいちゃんは手術室行ってね!モノアピスまだ殺人いんちょーになりたくないからっ!アハ!皆もこのおにいちゃんみたいに痛い痛いのヤでしょ?生きたいでしょ?治したいでしょ?それならこの中の誰かを殺すのみ!わぁ!かんたーん!!」

 

 

こうして私達の「コロシアイ病棟生活」は

 

 

絶望は

 

 

始まった。

 

 

 

▼残り16人

 

 

▼電子手帳にて規則や生徒のプロフィール、マップを見ることができます。



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Chapter1 深海sinksick
(非)日常編 


モノアピスからの恐ろしい告知から数日後、特に何か事件がおこるわけでもなく、私達は案外普通に生活していた。

伊織さんは何十針も縫う手術を行って、それは無事成功した。何度もお礼を言いに行ったが、あまり近い距離は好きではないようで、礼と見舞いの品はもう十分だと言われた。

 

でも本当によかった。

もし、伊織さんが私を突き飛ばさなきゃ…。

もし、その槍が真っ直ぐ伊織さんを貫通したら。

 

ゾッとする。

 

私は首を横に振り、あの時感じた恐怖を振り払った。

 

伊織さんの部屋から戻る時、校内放送が鳴った。

「いんちょーからオマエラにお知らせ〜!働き者のいんちょーは何人かの研究教室を開放しましたぁ!感謝を込めて使ってね!」

モノアピスだ。可愛らしい声と体、顔のパーツがあるがその中身は…可愛くない。

 

だが研究教室は気になっていたので、私は二階にあがり自分の研究教室が開いているか確認しに行った。

ドアノブをガチャガチャとひねるが、私の研究教室はまだのようだった。

 

「ひばりちゃん!ひばりちゃんの研究教室はあいてないの〜?」

隣の部屋からひょっこりと顔を出したのは志々水さん。どうやら、超高校級の海洋生物部の研究教室は開放されたらしい。

 

「そうなんです、少し残念です〜!志々水さんの研究教室は開放されたんですね!」

「うん!すっごくいごこちがいいの〜!そうだ!ひばりちゃん、しじみの研究教室にあそびにこない〜?」

「わぁ!いいんですか!是非!」

 

私は志々水さんに甘えて研究教室にお邪魔することにした。

中は私達が生活している病室より広く、棚には様々な海の生き物についての資料があった。  

いくつか水槽も並んでいる。どうやら此処に飼っているようだった。

 

「ここで海の生き物について研究ができるんですね〜!…?これは論文…でしょうか?」

「そうなの!しじみがかいたんだよ!」

机の上に広がっていたファイルの中には論文があり、そこにはぎっしりと海の生き物についてまとめた文字が並んでいた。

 

ちょっぴり子供っぽくて可愛らしい普段の志々水さんとのギャップに私は驚く。

流石は超高校級の海洋生物部だ。

 

「すごいですね〜!私、感動しちゃいました〜!」

「ありがとうなの!おとーさんが海洋生物の研究をしているんだけどね、しじみもおとーさんみたいなハカセになるのが夢なの!」

「ふふ、しじみさんなら絶対なれますね!」

 

他にも无子さん、楼さん、藍さんの研究教室が開放されたようだ。3人はお邪魔させてくれるだろうか。私はいつか遊びに行きたい、もっと皆を知りたいという思いを胸にその日を終えた。

 

次の日、お昼ご飯に楼さんを誘い、食堂へ向かった。食堂には献立表があり、毎日の食事を作ることもできるが3種類ほどから選ぶこともできる。

「お腹空きましたね〜!今日のご飯は何でしょうか?あれ?あそこにいるのは…。」

 

食堂には既に雪雫さん、日和さん、迅さん、育さんがいた。

皆コミュニケーション能力が高く、比較的明るいメンバーだが、少し珍しいような4人だったので、私は声をかける。

「皆さん何をお話しされてるんですか〜?」

 

「あ!緋巴銉くん!えへへ、実は明日のお昼、中庭で食べようかなって話していたんだ!良ければ2人もどう?」

「2人が来てくれたらぼくも嬉しいよ!」

「一応全員に声かけて回ってるけど、皆他に用事があるみたいで4人しか集まってないんだよな!」

「はい、人数は多い方が楽しいですから…!」

 

私はお昼ご飯がオムライスだという事を思い出し、しばらく考える。…正直どちらも選びたいのだ。

「…糸針?」

「ハッ!すみません!えーと、私実はオムライスを食べてから行きたいので…13時頃お邪魔しても大丈夫ですか?プリンを持っていきます!」

 

「はは!オッケー!!」

「わぁ!プリン?楽しみだなぁ!」

「でもいいのですか?持ってきていただいて…。」

「そうだよ、ぼくたちも手伝うよ!」

 

「私実はお菓子作りが好きなので、大丈夫です〜!是非素敵な昼食を楽しんでください!」

そして隣にいた楼さんに問う。初めて会った方が楼さんだということもあり、共に行動することが殆どだったが、楼さんにも用事があれば悪いもの。

「楼さんはどうしますか?」

「俺は遠慮しておこう。」

 

「えーっと、何かご用事があるのですか…?」

「いや…お菓子作りも和気藹々とした空気も得意ではなくてだな。その…崩してしまうといけないだろう。」

楼さんはきっと遠慮しているのだろう。優しくてとても不器用な人だから、今までそうやって自分で壁を作っていたのだろう。

 

「…楼さん!私やっぱり1人だと不安です…。いっぱいつまみ食いしてしまいそうなので!だから、良ければ明日のお昼も一緒に行動してくれませんか?」

「…糸針がいいなら…。ありがとうな。」

楼さんは下手な演技の真意に気づいたのか、微笑んでくれた。

 

この病棟生活がいつまで続くのかなんて分からないけれど、私はそれが続く続かない関係なしに、こんな素敵な人達と出会えたのは嬉しいことだと思う。

 



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(非)日常編 

「はいはい!いんちょーモノアピスです!ビッグなお知らせだよ!なんと!オマエラの為に3階のプールを開放したよ!明日の10時よっぽどの用事がない限り来るコト!だっていんちょー一生懸命作ったんだもーん!」 

ブチっという急いでマイクを繋ぐ音の後モノアピスが院内放送をかける。

 

この病棟にプールを作ってしまったらしい。全くこの院長は…と思うが今日は良い天気。どうやら明日も晴れにする様だし(ここの天気は外の世界と関係なしにモノアピスの好きに決められる。これはひなのさんから聞いた。)正直ちょっと冷たい水に足くらい入れたい。

 

「プールか…暫く入ってないな…!」

「明日の10時…ピクニックと少し被ってしまうな。」

「そうだね!うーん、どうしようかな?」

「ふふ、ではピクニックは明後日にしませんか?」

「賛成だよ、明日は皆でプールへ向かおうか。」

どうやら皆もプールに入ってみたいという気持ちがあるらしく、明日はプールを優先させることにした。

勿論私も賛成だ。

 

次の日私はほぼ皆と同じタイミングでプールへ向かった。水着は部屋に何種類か配布されており、気に入ったものを選べる仕様だ。私は泳ぐことができないので、せめて水場で遊べるようなワンピースを選んだ。モノアピスのチョイスなのかとても可愛い。服の趣味はどうやら合う…なんて少し気楽だろうか。

 

「わぁ!立派なプールですね!」

広がっていたのは本当に学校にある様なもの。高校生だがやはりプールと言われるとワクワクしてしまうものだ。

 

「わ〜い!プールなの!しじみ泳ぐのだいすきなの〜!」

志々水さんはラッシュガードに身を包み満面の笑みで水中を泳ぐ。手際良く髪をお団子へまとめた育さんが後ろから嬉しそうに見守っている。

 

美尽さんとひなのさんはプールサイドに腰を下ろし、会話こそ少なくともぼんやりとその空間を楽しんでいる様だ。

カルテさんはプールの中からプールサイドにいる无子さんへ話しかける。大人っぽいカルテさんのちらりとのぞく八重歯が可愛らしいし、无子さんの橙色の水着はとても似合っている。

 

気付けば皆プールを楽しんでいた。

 

どうやらピクニックの話から盛り上がっている様で、楼さんは雪雫さんと笑顔を浮かべつつ話していた。私はそんな楼さんの姿を見てほっとしつつ、1人プールの水に足を突っ込んだ。

 

 

 

小さな水飛沫をあげ、その粒が私の膝にかかる。浸かった足はひんやりとしていてパシャパシャ動かす水の感覚がとても心地よい。

 

 

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「ひばりん気持ちよさそうだねぇ。」

そんな私に声をかけたのは現さん。意外にもしっかり水着を着てプールの中に全身入っていた。

 

「現さん〜!プールの中はどうですか?」

「とっても冷たくて良い気分だよぉ、ねぇうさぎちゃん?」

私は触れて良いのか分からず避けていた話題を、今2人きりのチャンスにかけて聞いてみる。

 

「あの…答えにくかったら答えなくて全然大丈夫なんですが〜、うさぎちゃんってどこにいるのでしょう?」

「あぁ、別に隠してる訳でもないしな。うさぎちゃんは俺の見ている幻覚だ。」

 

「…それは病気の一種なのでしょうか?」

「そうだな。…現実と夢の区別をつけなきゃいけないんだ。」

「現実と夢の区別、ですか」

「嗚呼、それをしないと人はすぐに飲み込まれる。逆に言えば全て自分次第なんだよ。」

現さんは分析心理学者。何が言いたいのか私にはよく分からず、難しくない様で難しい話を少しずつ噛み砕く様にうなずいた。

 

私は現さんとの話を一度切り、もう一度プール全体を眺める。私を含めてここにいるのは15人。

てっきり来ているのかと思ったが…。

超高校級の水泳選手、水波零さんがいなかった。

私は少し不安になり、先に戻る事を現さんや楼さんに告げた。

 

元の服に着替えた後すぐに病室へ向かう。幸い足しか浸かっていなかったので、すぐに更衣室を出る事ができた。

 

トントン

零さんの病室に軽くノックをする。 

「零さん?大丈夫ですか?」

暫く応答はない。

 

一瞬にして嫌な想像が頭をよぎる。焦ってドアノブを捻ろうとした時、ドアは開いた。

そこにいたのは車椅子に座る零さん。無事でいてくれた事は良かったが…

「どっ、どうして車椅子なんです…か?」

初めて会った日には普通に歩いていた筈。

 

「この前お話しした際に病に心当たりは無いと言いましたが、ここまできたらちょっと隠せないですね。…あまり心配をかけたくなかったのですが…僕は無痛無汗症でして。怪我しても何しても今まで気づかなかったんです。下半身の麻痺でやっと…です。車椅子はモノアピスから貰いましたが、自分で動かすのは慣れなくて。待たせてしまってすみません。」 

ぺこりと零さんは頭を下げた。私よりはるかに身長の高い零さんだが、その時はどこか小さく見えた。

 

「それでプールに来なかったんですね…。」

「とても…残念です。もし病気の進行が無ければ…此処でも泳げたのですが。」

零さんが羨ましそうに言う。水泳選手としての零さん泳ぎを私も見てみたかったし、何よりそのすこし切なそうな顔が辛かった。

 

私には何も言えなかった。

 

それから仲間想いの志々水さんが中心となって、零さんの生活をサポートすることとなった。

 

現さんに零さんの病気の話も積もり、私達が何を抱えているのか、改めてズッシリと感じさせたのだった。

病は常に進行している。私達を蝕んでいる。

 



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(非)日常編 

刻まれる軽快なリズム。

モノアピスの朝礼放送(尚不定期らしく行われない日も何故かある)ではなく、J-POPで私の今朝は始まった。

 

どうやら隣室の藍さんからの音の様だ。

焦ったように扉を叩く音がしたので、私はベッドから起き上がりすぐに扉を開けた。

「あの…ごめんなさい糸針クン…。部屋に置かれてたコンポを押してみたら音が止まらなくなっちゃって…。」

藍さんとは自己紹介して以来会話をしていなかった。その為か藍さんは私の顔をチラチラと見ながらも酷く怯えている。

 

「大丈夫ですよ〜!」

そう言いながら私は藍さんの部屋へ向かう。

コンポを見るがスイッチがいくつもあり、下手に押すと壊れてしまうかも…。大丈夫と言ったはいいものの、私もどうしていいかわからなかった。

「こ、このまま止まらなかったらボク達眠れなくなっちゃうよぉ…ごめんねぇ……!」

「いえ……それはないと思いますが…た、多分このスイッチですかね〜?」

 

「おい、どうしたんだ。」

「うるさいよさっきから…。なに?」

ドアを開けっぱなしだったからか、コンポの音と私達の会話が聞こえたのかわらわらと皆が集まってくる。

「えーと、コンポの音を止めるスイッチが分からなくてですね〜…。」

 

「……ハーキマークオーツには直感力という意味があります。」

1番早く着いた美尽さんが宝石を差し出しながら口を開いた。彼も話すのは自己紹介以降だ。

「直感力、ですか?」

私の問いに美尽さんは微笑んで頷くと、手を伸ばしコンポのスイッチを1つ押した。

 

そのスイッチが正解だったようで、J-POPは途端に止んだ。

「わぁ!止まりました〜!」

「あ…ありがとう月陰クン。」

美尽さんは私達に少し満足気な表情(恐らく)でまた微笑んだ。彼はいつも微笑みを絶やさない。

…でも宝石の意味から察するに直感だったのだろうか。やっぱり不思議な人だ。

 

「あ!止まったみたいだね!」

皆の間をくぐりながらどこからかモノアピスが現れる。

「あまりにも長い間流すからいんちょーが直々に使い方を教えてあげようと思ったけど必要なかったかぁ!」

「部屋って防音じゃないんですね。」

「この状況を見る限り、お隣の部屋には漏れてしまうようです♡」

「そんな完全防音なんて贅沢言わないでよ〜!隣の部屋には音漏れあるかもしれないけど、普通に使う分には十分でしょ!もし大声出したかったり、出しちゃうような状況を作りたいなら音楽室でも行ってね!じゃ!」

ひなのさんとカルテさんに言葉を返すと、モノアピスはパタパタと走っていってしまった。

 

それに続くようにして皆もそれぞれの部屋へと帰っていった。もう一度美尽さんにお礼を言い(主に藍さんが部屋を掃除するとちょっとよく分からない泣きべそをかいていた。)私は楼さんと厨房に向かった。

勿論プリンを作る為。冷やす工程もあるので、早めに作っておくことにしたのだ。

 

厨房の中はかなり広く、食材のジャンルごとに丁寧に分けられている。調理器具の揃えも良い。また食材は自動で追加されるらしい。一般家庭より遥かにいい設備だ。認めるのは少し悔しいけれど。

 

教えながらだったので2時間半くらいかかっただろうか。

楼さんと一緒に作るプリンはいつもより楽しかった。

 

お目当てのオムライスを食べた後、プリンを持って中庭に向かう。食堂からまっすぐいって、玄関ホールを抜けると中庭は広がっている。緑の芝生が綺麗で風の通りがいいから、ピクニックにはうってつけだろう。

 

「お待たせしました〜!…あら?やっぱり私達だけだったんですね〜?」

中庭には約束をした4人しかいなかった。

「ううん、志々水ちゃんも行くって言ってたんだけど…用事ができたみたいで。」

「にしては遅いよなぁ。急用にしても後で向かうって言ってたし…。」

「迷っていたりしてないかな?心配だなぁ。」

どうやら、志々水さんもピクニックに参加する予定だったらしいがまだ集まっていない様だった。

 

「海老塚は中庭の場所がホールをつっきったところだなんて知らない可能性があるな。」

「私達で迎えにいきませんか?手分けして志々水さんを探しましょう。」

「そうですね〜!」

私達が志々水さんを探しに行こうと思い、腰を上げたその時、それは鳴り響いた。

 

『死体が発見されました。繰り返します、死体が発見されました。場所は海老塚志々水さんの病室です。生徒はすぐに向かってください。』

 

___死体発見アナウンス  

ドキリと心臓が跳ね上がるのがわかる。

そして私たちは互いの顔を見合わせ思わず口走った。

「え、志々水さんの病室…?」

「まさか…。」

「でも今死体って…!」

「おいまじかよ!?」

「…今は急ごう。」

私達は不安な気持ちでいっぱいのまま、志々水さんの病室まで向かった。

 

迅さんを先頭にして進む。早く辿り着いてほしい。いやでも辿り着かないで。あぁ、お願い誰も死んでないって言って…そう、モノアピスの悪戯でしょう?

 

心臓は鳴り止まない。嫌な想像だけが頭をよぎり、早める足に呼吸が追いつかず苦しい。

 

「月羽さん…?大丈夫ですか!」

志々水さんの病室の前には月羽さんが座り込み、私達の顔を見ると震えながら病室の中を指した。

「る…るうが……開けた時……には…。」

 

『しじみもおとーさんみたいなハカセになるのが夢なの!』

夢…夢だといっていたのに………

そんな………。

 

昨日までピンク色の頬をしていたなんて思えないほど、海の様に深く青い顔色。

輝いていた瞳に光はなく、目玉は上をひん剥き。

そして乾かぬ大粒の涙。口からは泡を。

明るく無邪気で、常に皆を癒してくれた志々水さんは、苦悶を浮かべた表情で死んでいた。

 

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残り15人

 

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非日常編

必ず犯人を見つけてあげたい、そんな気持ちは大いにある。志々水さんの明るい笑顔に救われた人はたくさんいる筈だから。

でもどうやって?私は人形師である事を除けばただの高校生だ。

いきなり、殺人犯を見つけ出して下さい。なんて言われても…捜査の仕方がわからないのだ。

 

私がただ立ち尽くしていると、楼さんが言う。

「糸針、まずは遺体について調べないか?」

遺体…、そういえば昔の刑事ドラマで遺体を調べるなんてワンシーンがあったっけ…。

「…そうですね!とりあえず見てみましょうか!」

 

意気込んだはいいものの、いざ志々水さんの遺体を目にすると今にも泣き出してしまいそうだ。あんなに優しくて可愛らしくて…夢があって…どうして殺されなくちゃいけなかったの?こんな酷い姿になってまで殺人は必要…?否、私達全員には必要な動機がある。何が悪い?犯人?モノアピス?それとも世界?

 

遺体を捜査することから逃げるかのように今考えても仕方のない事ばかりがぐるぐると頭をめぐる。

「…糸針?大丈夫か?」

そんな様子に気づいたのか楼さんが私の顔を軽く覗き込む。

「すっすみません…。あまり人の死体を見るのは得意でなくて…ですね…。昨日まで生きていました…し、未だ信じられず…。」

 

「…そうだよな。わかった、俺が海老塚の遺体を調べる。お前は此処で待っているか、他の場所を捜査してくれ。」

「でっでも…楼さんだって辛いですよね?」

「俺は葬儀屋だ。こんなこと慣れてる。」

「あ…!」

楼さんは私の返事を待たず、志々水さんの部屋へと行ってしまった。これもきっと優しさだということはよく分かっている。でも慣れていても辛くないわけないじゃない。

 

本当にこれでいいの?

心の中の自分がそう問いかける。

“だって楼さんが見てくれるって…”

逃げていいの?

志々水さんが死んだことから目を背けて、大切なことを見落としてもあなたはそれでいいの?ううん、もう見落としてるんじゃないの?

 

ゆっくりと目を開け、私は頷く。深呼吸をする。心は決まった。

「楼さん…!やっぱり私も遺体の捜査をします…!」

病室に飛び込み思いを告げる。志々水さんの為にできる捜査を投げ出したくない。逃げたままじゃ私は何も変われない。

「無理はするなよ。」

楼さんはビックリした様に私の目を見たが、すぐに逸らすと何も聞かずぶっきらぼうに答えた。

 

遺体をもう一度見る。やっぱりちょっと心が痛むけれど、もう大丈夫だ。私なら大丈夫。

 

志々水さんの遺体で一番最初に目につくのは、口から吹き出した泡。

「楼さん、泡を吹くというのは…どういう事なんでしょう?」

「恐らくだがこれは薬からだ…見ろ、遺体の近くに薬が散らばってるだろ?…海老塚はこの薬で殺された。だから泡を吹いているんじゃねぇか?」

 

楼さんに言われ、志々水さんの遺体近くの床を見ると確かに小さめの薬が散らばっているのが確認できる。そういえばこの建物には薬品保管庫があったはず。犯人はそこから持ち出したのかもしれない。

「薬については…そうですね、後でカルテさんに聞いてみましょうか〜。」

彼女なら何か他の手掛かりを掴んでいるかも。

 

口元の泡を拭ってあげたい気持ちがあったが、死体を動かしてはいけないというドラマの入れ知恵でグッと堪え、私は目線を更に下に向けた。首には何故か絞め跡が残っている。しかも結構強く絞めたのか、跡はくっきり残り、食い込んだのか血が大量ではないが目視できるくらいには流れている。

 

でも何故首に絞め跡が…?1つ謎が浮かんだ。

 

次に体全体を見てみる。衣服は乱れてないが気になるところがあった。リボン真ん中のスカーフリングだ。

「志々水さんのスカーフリングってこんなにひびが入っていましたっけ…?」

「?いや…入っていなかったと思うが…。割れているな。」

そっと触れてみるとそのスカーフリングが開閉式になっているのを発見した。

 

「わ!このスカーフリング開けられるんですね…!…でも何を入れるのでしょう?」

何か物が入っているわけでもなく、それは空っぽだった。もしかすると志々水さんなりのお洒落な拘りなのかもしれない。

 

そして隅々まで調べる為、そっと靴下を脱がす。…このくらいは大丈夫だろう。何か証拠が落ちてはいないかと脱がしたものの、その足に明らかな異変がある事に気づく。

「足に…鱗があります…。」

「鱗、か?」

志々水さんの小さな足に張り付くそれは、紛れもなく魚の鱗だった。そしてそれは恐らく…

 

「これは志々水さんの病気の正体でしょうか?」

私は一度遺体から離れ、病室の中を捜索する。思いつく節があった。

ベッドの近く、引き出しの中。もし志々水さんが場所を移動していなければ…

「ありました〜、志々水さんのカルテです。」

 

そう、私たちには1人1つ病室の中に自分のカルテが配布されている。私はすぐ病室も探索していたので、それがどこにあるのか知っていた。

また、カルテとは病気の説明や進行状況が書かれているものだ。志々水さんには申し訳ないけれど少し覗かせて貰う事にする。

 

病気の名前は魚人病。原因は不明で、進行につれ足先から魚の鱗のようなもので覆われる病気らしい。どうやら視力も関係するようだ。鱗を除去する事で進行を一時的に止められるが激しい痛みが伴う、と書いてある。

どうやら足先の鱗は志々水さんの病気からなるもので間違いないようだった。

 

顔をあげ、壁を見ると大きな紙が貼ってある。

「あら…カレンダー…今日の予定に私たちとのピクニックが書いてあります。」

「あぁ、プールの日に約束を取り付けたようだな。」 

ピクニックに来る事は元々決まっていたようだ。

 

私たちは病室を出て、第一発見者である月羽さんに話を聞く。月羽さんは気が弱くおとなしい性格だが、震えながらも口を開いてくれた。

「るうはランドリーに行こうと思ったんです……特にすることもなかったですし……そ、そしたら海老塚さんの病室の扉だけ不自然に空いていて………その時には海老塚さんは…っ。」

月羽さんは言葉に詰まってしまった。ショックだっただろう。私は月羽さんの背中をポンポンと叩く。

 

「…それで立ち上がれなくなってしまった時……操生さんがやってきたんです…説明するとアナウンスを鳴らす為人を呼んできてくれました……。やってきたのが仍仇さんです。」

「操生が来るまで、仍仇が来るまで、それぞれ何分くらいだったか覚えてるか?」

「えっと操生さんが来るまで2分ほどるうは動けませんでした…その後もですけど…すみません……ゴミですよね……あぁ、仍仇さんが来るまでは5分過ぎくらいはかかったと思います…。」

「ありがとうございます〜、当時の状況は何も変わらないままですよね?」

「そうです…仍仇さんが一度脈を測ったくらいで…あとはるう達何も触ってないですよ…。」

 

月羽さんから得た情報に頷くと、お礼を言い一度月羽さんと別れた。月羽さんは倉庫に行って凶器になりそうなものがないかもう一度調べてみるそうだ。

 

そして医療関係、薬に詳しい人物として、カルテさんのところへ向かった。カルテさんは海老塚さんの自室にはおらず、図書室にいた。

「カルテさん?看護師としてのあなたに少しお話を聞きたいのですが…。」

「…?緋巴銉ちゃんと楼くんじゃないですか♡頼って頂けて嬉しいです♡どうぞ、なんでも聞いてください♡」

カルテさんはマスクで殆ど顔が隠れているが、目を細めているので笑っていることが確認できた。

 

捜査中に話しかけても嫌な顔一つしない、カルテさんはとても心優しい人だ。

「遺体周辺に散らばっていた薬について聞きたいです〜。」

「看薬院なら何か分かるかと思って…。」

「あら偶然ですね♡ 私もそれが気になって調べていたところです♡うふふ、此方の薬はどうやら病棟のものではないみたいです♡」

 

「なるほど…。では此方は志々水さんの所有物なのでしょうか…?」

「うーん、私もちょっと見ただけなのでよくわかりませんが一般的に服用される薬ではないことだけは確かです♡ でも泡を吹くということは神経毒かもしれませんね♡」

「神経毒か…。」

楼さんが考え込んだ時、モノアピスの放送を告げるチャイムが鳴った。それを聞いてカルテさんは言う。

「そろそろ始まるようですね♡」

「え?」

 

「もう皆調べ終わったかな~~?ちょっと早かった?いよいよ学級裁判を始めるよ!…学級裁判でいいのか知らないけど。まっ中庭に集まってよ!」

 

これで決まるのだ、海老塚さんを殺した犯人が。そして勿論私達の生死も…。

そう、運命の学級裁判が始まる。



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非日常編

 

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「こんな裁判さっさと終わらせてしまいましょう。海老塚の為にも、です。」

「僕も強くそう思います。」

「で、でも本当にこれで犯人がわかるのかなぁ…。」

「私達ならきっと見つけることができます、頑張りましょう!」

 

「そうだな。じゃあまずは遺体について分かったことを述べよう。確か楼くん…君は見ていたと思ったが…。何かあるか?」

「あぁ、俺は遺体を少し調べさせて貰ったが、遺体はまだ冷たくはなかった。死んでから、人の体温は約1時間に0.5℃から1℃降下すると言われているが、まぁ見る限り、死亡から1時間も経っていないだろう。」

現さんが切り出し、楼さんがそれを継ぐ。

議論は落ち着いて始まった。

 

「るうが発見した時には13時でしたから…、12時からの1時間が殺害された有力な時刻でしょうか…。」

「そうだといえるな。」

月羽さんの呟きを楼さんがそっと拾う。周りはふむふむと考えるように頷いた。

 

「そういえば現場には薬が散らばってたな。」

「薬…確か薬品保管庫がありましたね。」

「ぼくは薬品保管庫を捜査したけど睡眠薬から痛み止めまで沢山の種類があったよ。」

「そんな沢山の種類の中から確実に殺せる薬を選ぶのなんて…言いたくないけど、カルテちゃんくらいにしかできないと思うんだけど…。」

 

「まぁ、看薬院ならできないことないよね。」

「看護師ですし…。」

じわじわとカルテさんへ疑いの目がいくのがわかる。

このままではカルテさんに容疑がかかってしまう。私が正しい否定をしなくては…。

 

「それは違います!」

 

 

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「この薬は病棟に存在しないもの…。そうですよね、カルテさん。」

「はい♡そして薬品保管庫と図書室を調べてみましたが、見た事のない成分で出来ていましたよ♡」

「ということは、その薬は志々水さん自身が持ち歩いているものでしょうか?」

と日和さん。

「そういうことだと私は考えました♡」

カルテさんは正解だと言うかのように笑った。

 

「いくらカルテさんが看護師だといっても、カルテさんの研究教室はまだ解放されていませんし、結びつけるのは早いのではないでしょうか?」

 

「そっか…たしかにそうだよな。ごめんな!」

「いえ♡気にしないで下さい♡」

 

「でも薬を持ち歩いているっていう事は自殺なのかな?」

「このコロシアイ病棟生活に耐えられなくなったとか?」

「…志々水さんがそんな事するとは考えにくいが。死亡前日も楽しそうにプールで遊んでいたし、そのような演技ができるとも考えにくい。」

 

そういえば志々水さんが薬を持ち歩いていた証拠があった筈…。

 

「自殺に用いたとは考えにくいのは確かですが…あの薬を志々水さんが持ち歩いている事を確かにする証拠があります。」

「……?」

「どっどういうことぉ?」

「スカーフリングです。ヒビが入っていて、開けられた跡がありました。でも中身は空だった。その中身は薬だったのではないでしようか?」

「そうか…じゃあその薬はやはり海老塚が持ち歩いているもので間違いなさそうだな。」

 

「死因が毒殺だとして…不思議だよね。あの首の絞め跡…。」

「でもどうして毒殺した後に首を絞める必要があったのかな?効き目に不安があったのかな…?」

「毒殺だけじゃ不十分だったということでしょうか?」

 

死因は本当に毒殺なの?

よく思い出して…。

あの時見落としていたもの……もう一度志々水さんの死体を…。

 

 

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「そうです、わかりました!」

 

「志々水さんの口の中の錠剤は溶けきってなかった…そして死亡してから時間は経っていない…つまり、死因は毒殺ではなく、絞殺なんです!」

「溶け切っていなかった?」

「そんな細かいところ…ボク覚えてないや…ごめんなさい。」

「私も…すみません。」

 

「それなら僕も溶けきっていない錠剤を見たよ。」

「はい、同じく私も確認しています♡」

无子さんとカルテさんの応戦。私は自分の見間違いではなかった事に安堵する。周りの皆も私以外にも見ていた人がいる事を知り、少しずつ納得した顔をしていく。

 

「じゃあ、犯人は何で海老塚の首を絞めたんだ?」

「紐状のものなら…結構持ち運びできますよね。」

「うーん、縄とかで首を絞めたのかなぁ?それなら倉庫にもあった筈だけど…。」

 

志々水さんの首を絞めた凶器…、彼女の首にはどんな特徴があっただろう?

 

「縄ではないと思います。志々水さんの首には何かが食い込んで血が流れていました。よほどかたいものでないと血は流れないのではないでしょうか?そしてその食い込んだ傷痕はそこまで太くなかった事から、細いという特徴も挙げられると思うんです。」

「…ピアノ線じゃないの。」

无子さんが呟く。

「ピアノ線、ですか?」

「そう、僕大体の物が何が切断されたかわかるんだ。別に切断されてたわけじゃないけどさ。…ピアノ線なら細いしかたい。食い込ませて絞める事もできると思う。」

「そういえばピアノ線は倉庫にありました……。」

 

「じゃあ犯人は先にピアノ線で首を絞めて殺したのか!それで死因を錯誤させる為に、たまたま見つけた志々水ちゃんの毒薬を飲ませた。」

「……。」

「ピアノ線ならポッケなんかにいれて簡単に処分することができますね♡」

 

使われた凶器も憶測がついた。死因は絞殺と考えていいだろう。

志々水さんの体格、体力を考えても絞殺は誰にでもできそうな気がする。即ち誰にも殺せる可能性があるということになるが。

 

「このままでは、私も含めて全員が容疑者ですね、この際アリバイを提示しませんか?」

「そうだな。そうして絞っていくのが妥当かもしれない。」

「ぼくも賛成だよ。よし…じゃあ糸針さんからいこうか。」

楼さんと育さんが頷いてくれる。私は育さんの言う通り自分のアリバイを話し始めた。

 

「私が志々水さんの死亡推定時刻…そうですね、13時頃までは厨房にいました。…プリンを中庭に持って行こうと思って。」

「俺も同じくだ。」

「つまり、2人はお互いにアリバイが証明できるという事か。共犯の線は考えにくいし2人はシロだろ!」

楼さんの賛同をきき、迅さんは深く頷く。

 

「月陰くんはどうかな?」

「………。」

育さんの問いかけに美尽さんはただ微笑むだけだったが、すかさず伊織さんが助け舟を入れる。

「月陰は僕といたんだ。まぁ、たまたまだが…。図書室にいるところを見た。」

「僕も図書室に寄ったけど、2人の姿

を見たよ。…何故って、水波に頼まれたからさ。“水泳の歴史”って本を探して欲しいって。別に特にする事もなかったから引き受けたけどさ…。」

 

「えっと…るうはアリバイがないです……。引きこもってたので……。すみません。」

「残念ながら僕もありませんね。食堂で繰生さんにお願いした後、すぐに自室へ戻りましたから。海老塚さんに運んでもらいましたよ。…つまり、その時は生きていましたね…12時前くらいでしょうか?」

 

「僕は日和ちゃんと育くん、迅くんと中庭でお昼を食べていたよ!」

「ボクは食堂にいたよぉ…えっと証明できる人は…。」

「俺だね、そしてひなのさん。」

 

「私にはアリバイはありませんね♡これでは、容疑者に逆戻りです♡」

カルテさんは困った様な笑いを浮かべた。

 

たまたまお昼時だということもあって、それぞれが互いのアリバイを証明する形が多くなった。

しかしアリバイがないのは、月羽さん、零さん、カルテさんの3人。

この3人の中に犯人がいるのだろうか…。

 

「迅くんも言っていたけれど、志々水さんを殺害するのに共犯がいるとは考えにくい。とりあえず、アリバイのない3人に詳しく話を聞こうじゃないか。」

 

「るっるうは犯人じゃないですよ…?大体もしるうが犯人ならアリバイを持つ人がたくさんいる中、第一発見者のフリなんてするはずがありません…。…るうにはアリバイがありませんから…。」

「私が何か主張できることがあるとすれば…志々水ちゃんを殺す動機がないということだけです♡」

「僕も同じく。何故僕が頼りにしていた海老塚さんを殺す必要があるんです?」

 

「うーん、でもやっぱり第一発見者が犯人ってのはよくききますね。ありきたりですけど。」

「そういえば僕が来るまで御伽はずっと座り込んでたわけでしょ?アリバイもないし、それまでに殺しておいて誰かが来るまで待った…違うの?」

 

「ちっ違います……。るうにそんな度胸ないです……雑草より価値がないのに……。それにるうは小柄な方ですし………首を長い間絞めるのは……。」

「この3人の中で誰が1番殺せる力を持っているかと言われれば水波ですかね。まぁ彼も長い間首を絞めるのは中々難しいと思いますが。」

「そしてカルテさんについてだが疑われた時、“看護師だから”ときたが、看護師だからこそもっと簡単な殺し方を知ってそうだが。…裏をかいたのか?」

 

「でも、零くんは自力で歩く事が困難な状態だったよね?それならいくら体格差が合っても志々水ちゃんを殺すのは不可能なんじゃないかな?」

「そもそも水波クンは車椅子だから…。すぐに移動ってことが難しいと思うな…。」

「それに志々水ちゃんの事を頼ってたんだぜ?」

 

 

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いや、何かがおかしい。

矛盾点を見つけなきゃ…。

考えて、考えて、考えるのだ。

私のできる事を、私がしなくちゃいけない事を。

 

私は今までのことを一つ一つ丁寧に思い返す。そして気づく。

「…1つおかしな所があります。」

「おかしな所ですか…?そんな点なかったかのように思えますが…。」

「そうだよ、今までにおかしい点なんかなかったよ!」

 

「はい、そもそもの話です。零さんは志々水さんに移動などのお世話をお願いしていたはずです。それなのに何故本を无子さんに持ってくる様、お願いしたのでしょうか?それこそ、志々水さんにお願いするか、運んで頂けばいいはずです。何故无子さんである必要があったのでしょうか?」

 

「…万が一海老塚が声を出しても…聞かせないようにする為?」

ひなのさんが私の目を見つめ口を開く。

「はい、そうだと私は考えました。病室はある程度の音は他の部屋に聞こえませんが、隣の部屋での大声…例えばコンポからの音楽は聞こえた筈です。それを聞いた零さんは、もし志々水さんが大声をあげたら、雪雫さんか无子さんに聞こえてしまうのではと考えた。

 

雪雫さんは日和さん達とお昼に中庭でピクニックをする事を計画していた。だから、お昼にはいない…この時間になら、殺せるかもしれない。そう思ったのでしょうか?そしてもう1人隣の住人であった、无子さんがお昼頃自室に来ないように仕向けた。」

 

「それに、志々水さんは私達とピクニックの約束をしていた筈です。でも彼女は実際来ず、自室で殺されていた。…それって零さんと約束をしていたからじゃありませんか?」

 

そう、その引っ掛かりに気づくことさえできたら。

零さんなら志々水さんの病室に出入りしていても決して不自然ではない。そして、ピクニックの約束よりも優先させる理由を持っている。恐らく何かを手伝って欲しいと伝えたのかも。そして志々水さんなら必ず来るだろう。

 

「じゃっ、じゃあ犯人は…!?」

「み、水波…?」

「水波くん…。」

零さんは私の指摘や、他の皆の声に黙っているだけだった。

 

「はいはいそこまで〜!!そろそろ投票タイムにうつろうよ〜!今までの議論を踏まえて犯人だと思う人に投票してね〜!勿論投票放棄はオシオキだよ!」

 

私は震える手を押さえつけながら、彼へと投票した。皆も次々とボタンを押していく。迷いながら、震えながら、淡々と…。

 

「ピンポンピンポーン!!海老塚志々水おねえちゃんを殺したのは、水波零おにいちゃんでしたぁ!!」

モノアピスがケタケタと笑いながら、残酷な結果を告げる。

 

「零くん…。」

「どっどうして!零くん!違う…違うよね!?」

雪雫さんが悲しそうに名前を呼び、零さんと仲の良かった育さんはボロボロと涙を零し訴える。

 

「…ごめん。」

零さんは目を伏せ、ただそう呟いた。その一言だけにどれほどの感情が詰まっているのだろう。感情の起伏が少ない彼が今初めて声を震わした。

 

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「どうしてぼくに相談してくれなかったの?ぼくたち……友達じゃないか!」

「……裏切ってごめん…ごめん。でも…どうしてもっ」

「…っ!」

零さんは一度育さんの目を見つめ、また逸らすと言葉を切った。

育さんの方はというと、それ以上何も言わずただ泣きじゃくり肩を震わした。

 

零さんは私達の方を向く。

「…全てを話さなくてはなりませんね。僕をすぐにオシオキしないのはそういう事でしょう?」

「さぁ?でも何でも話していーよ!最期の言葉くらいゆっくりどうぞ!いんちょーは優しいからさ!!」

 

「…そうですか、感謝します。…まずハッキリ言わなくてはならないのは、僕が海老塚さんを殺した、という事です。皆さんの推理通り、ピアノ線で彼女の首を絞めました。普段のお礼をしたい、と呼び出してピアノ線をネックレスとして細工しました。つけてあげる、と言うと海老塚さんは何も疑わず目を閉じました…そして…暫く首を絞めたら亡くなりました。遺体を床に倒した時、彼女のスカーフリングの存在…毒薬が入っている事に気づいたんです。だから薬をばら撒いて飲ませました。少しでも現場を錯乱させるために。あぁ、操生さんにお願いをしていたのも推理通りです。」

 

「…何故志々水さんを殺してしまったんですか。答えてください、零さん…。」

零さんと志々水さんがとても楽しそうにしているからこそ、志々水さんが私達の光だったからこそ、そして何より零さんを信じていたからこそ私は聞きたいと思った。

現実から目を背けない。それはとても大切な事だと思うから。

 

「…病気の進行です。泳げなくなる事が、何も感じなくなる事を恐れていました。このままでは、僕の生きる意味なんかなくなってしまう、そうして人の生を…海老塚さんの命を奪いました。僕は自分の才能へ夢中になってしまった。僕に残された才能が、積み上げた努力が消えるのが怖かった。毎日動かなくなる足が、何も感じなくなる舌が、知らずに血を流している手が…。怖かったんです。

だから自分に殺されてしまう前に…自由を手にしたいと思いました。

でも純粋な海老塚さんの気持ちを裏切って、手にかけてしまった。海老塚さんにだって、大切な才能とその努力、そして当たり前の幸せがあったのに。」

 

「…今まで零さんが積み上げた努力だけは決して消えたりしない、私はそう思います。」

「…ありがとうございます。さぁ、僕に正しい罰を。」

 

▼ミズナミくんがクロに決まりました。オシオキを開始します。

 

 

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ひきずられて

 

_______ガブリ

 

飲み込まれていった。

 

 

 

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零さんは本当にオシオキされてしまった。

私達の投票で。

 

それでも私達は戦わなくちゃならない。病気とも、この病棟生活とも。

「…糸針?大丈夫か?」

私は生きている。そしてあなたも生きている。

「はい!大丈夫です〜!…ってそれは嘘ですけど。だけどね、楼さん、現実から目を背けてはダメですよ。自分に負けちゃ、ダメなんです。私はとても弱い。だから心だけは強くありたいんです!」

 

「…泣かない事だけが強い事とは限らないぞ。」

「糸針さん…。」

楼さんの言葉が真っ直ぐ私の涙腺をさしていく。

そして育さんが私の手を握る。彼も大切な2人を失った。

そのあたたかさが、言葉が、張り詰めた心を溶かしていく。

「っ。…うっ、うっ、うわあああああああああ!!ひっ、ひっ、嫌だ!死んで欲しくなかった!わぁぁぁぁぁん!」

私は子供みたいに泣いた。大好きな志々水さん、零さんの死が悲しかった。一度我慢していたものだったからそれは止まる事を知らなかった。育さんと抱き合ってただ泣いた。

 

こうやって立ち止まりたくなる時もある。泣いてもいい。だけどやっぱり前は向かなくちゃ。人を信じる心、自分の才能を誇りに思う気持ち…2人の思いを抱きしめて、明日のため、誰かのため、私のため、前を向く。

人は沈まぬ様、必死に泳ぐのだ。

 

 

Chapter1

 

深海sinksick

 

 

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残り14人

 

 

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一章シロ 海老塚志々水さんの裏シートでございます。

 

 

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一章クロ 水波零くんの裏シートでございます。

 

 

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???

「はやく!れいちゃんのとこに行かなきゃなの!」

更衣室の中、少女は息を巻きながらラッシュガードのジッパーを下ろす。小さな体で着替えるというのは結構大変だ。

 

タオルでわしゃわしゃとよく頭を乾かし、元々の制服に腕を通す。ちょっぴり髪の先が濡れているがそんな事は今はどうでもいい。

 

走る。

 

彼が1人で過ごしているであろう場所へ。

 

「まっててねれいちゃん!」

 

 

海老塚志々水は糸針緋巴銉からの話を聞き、すぐに水波零の部屋へと向かった。

 

ノックをする事も忘れ、勢いよく扉を開ける。

中には、驚いた顔で車椅子に座る水波の姿があった。

 

「大丈夫なのっ?しじみ、れいちゃんのこと心配で…。」

「海老塚さん…。」

心配だ、という心ひとつで訪れたようだ。

 

「えーと、…わざわざありがとうございます。」

「ううん!でもしじみ何も考えてこないで来ちゃったから…。」

「僕は何も求めないですよ。…来てくれるだけで、嬉しいです。」

 

海老塚はそれを聞くと嬉しそうに三つ編みを揺らした。

 

「ん〜、やっぱりこれだとつまらないの?」

「車椅子だとできることも制限されますし…。確かに退屈ですね。」

海老塚は何かを考える仕草をする。暫く目を閉じてう〜んと声を漏らした後、「そうだ!」と目を輝かせた。その一連の流れを水波の方はというと不思議そうに見つめている。

 

「しじみ、いいこと思いついたから、ちょっとまっててほしいの!」

水波の返事も待たず、海老塚はまた軽やかな足取りで部屋を出て行ってしまった。

 

なんだったのだろう。

水波は更に不思議そうだ。

 

それからしばらく経った。20分は過ぎただろうか。

 

コンコン

今度はちゃんとしたノックの音。

水波は「はい。」と返事をした。

 

「お待たせなの!」

「随分遅かったですね…?一体何を…。」

「ふふ〜ん、じゃーん!」

「…これは…」

 

「折り紙、ですか?」

海老塚が差し出したのは折り紙。きっと倉庫から探してきたのだろう。でも何故…?と怪訝そうな水波に海老塚は続けて言う。

「れいちゃんが寂しくないように!ここに水族館を作ろうなの!」

海老塚の無邪気な笑顔。

それにつられるかのように、皆の前で笑う事が少なかった水波が初めて柔らかい笑みを見せた。

 

「ありがとうございます。…作りましょうか。僕達だけの水族館。」

 

チョキチョキ ハサミを使う音。

ガサッ 紙を折る音。

そして海老塚の笑い声。

 

「これはカニさんなの!」

「じゃあこれは鮫ですね。」

「わぁ!うーん!イルカさんも作りたいの〜!」

 

穏やかな部屋の中、水波の心臓だけがドクンドクンと揺れていた。

 

殺すか否か。

 

 

 

こんな優しい海老塚さんを?

 

 

彼女を殺して何が残る?

 

 

僕の唯一の生きがい?

 

 

人生?

 

 

海老塚さんの命と僕の命…

 

 

もう二度と泳げなくなる。

 

 

早く特効薬を投与しなければ…。

 

 

僕も死ぬ。

 

 

いずれ……皆死ぬ。

 

 

 

 

 

裏切るのか?

 

 

 

 

 

 

 

嗚呼、僕はやっぱり……

 

 

 

 

 

(ごめんなさい、海老塚さん。)

 

 

「海老塚さん…、明日もし良ければまた僕の部屋に来てくれませんか?お礼がしたいんです。」

彼が見せた二度目の微笑みは、誰にも崩される事なく、冷たい影を伴ったままだった。

 

 

(誰か……。)

 

 

2人が死んだ後、それぞれの部屋はある程度探索された訳だが、水波零の部屋に訪れた時皆が驚いた。

彼の部屋はまるで水族館。

紙で作られた沢山の生き物が壁に住み、それは主人のいなくなった寂しさなど感じさせない。ただただ彼の帰りを待っているのだった。

 

 

「しじみ、待ってるの!ずっとずっと!れいちゃんやみんなの病気が治るのを!」

 

 

折り紙のホタテがぽとりと床に落ちた。



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Chapter2 嗚呼!絡繰仕掛けに危ぐ傀儡かな
(非)日常編


朝、私は楼さんと一緒に倉庫を探索していた。

そういえばの話だが、最初に訪れた時以来此処をよく見ていなかったからだ。

「…広いな。」

「そうですね〜、なんでもありそうです!」

物はジャンルごとに分かれているわけでもなく、多くのものが適当に並んでいた。

 

「本当になんでも…ありますね。」

30分ほど見て回ったが、必要不必要に限らず物はなんでもある。その中に1つ、気になるものを見つけた。

以前訪れたときにも見かけたが、その時は手に取ることができなかったものだ。

「これ!やってみたいです〜!」

 

「たこ焼き器か?」

「はい!皆でやったら楽しいと思うんです〜!…しかも、ロシアンでやってみたいなぁって!」

「ロシアン…。お前結構そういう事も思いつくんだな。」

「折角集まっているんです!やるならこんな楽しみ方もアリかなぁっと!」

「まぁ、お前がやりたいなら俺も賛成する。とりあえずそれ持って食堂に行くか。」

 

楼さんの賛成を受けて、私は嬉しくなった。これも仲良くなれる1つの手段だと思うのだ。まぁ、私がやりたいというのが大きな理由だが。

 

たこ焼き器を抱えて、私達は倉庫を出る。

「重いだろ。貸せ。」

「わぁ、ありがとうございます〜!あんまり腕の力には自信がないので…、助かります!」

 

「あれ?糸針さんと菊地原さん!」

声変わりこそしてるものの、低く響き渡るというよりかは青年らしい穏やかな声。

 

「愛教、月陰、繰生…。偶然だな。どうしたんだ?」

「僕達はちょっと茶室でお茶を飲んでたんだ。茶道に興味があって…。」

「図書室で本を借りたのさ。…別に。僕は暇つぶしだけど。」

「これは心の平和という意味を持つクリソプレーズという宝石です。」

3人で茶室でお茶を嗜んでたようだった。なんとなく美尽さんはそういう類のものが上手そうだなぁと思う。

 

「2人は何をしてたの?」

「私達はこのたこ焼き器でロシアンたこ焼きなるものをやってみたくて…!」

「それでこれを置きにいってから皆に声をかけに回ろうと考えてたとこだな。」

楼さんが私の説明を引き継いでくれる。

 

「これは好奇心という意味を持つタイガーアイという宝石です。」

「ふふ、楽しそうだね。皆に伝えにいってみようか。」

「…やるなら、僕も伝えに行ってやってもいいけど。」

3人もどうやら賛成してくれてるらしい。生地の準備は私達がやる事にして、皆に声をかけるのは3人に任せる事にした。

 

育さんや无子さん、美尽さんの協力もあり、午前11時半、皆で厨房に向かう。どうやら今いる14人が参加してくれるようだった。

それぞれが好きな食材を選び出す。早く決まってさっさと出て行く人もいれば、うーんと唸りながら冷蔵庫とにらめっこする人もいた。

 

それから暫く時間が経ち、全員が食材を選び終わった。

電源を入れたたこ焼き器に、生地を流し込んでいく。とろっとした生地は自分で言うのもなんだが、中々上出来だ。(キャベツは楼さんも一緒に切ってくれた。ちょっと不揃いな千切りが彼らしい。)

 

そしてそれぞれの食材を皆で入れていく。

生地が少しずつ固まっていくのを見計らい、

くるくるくるくる

回していく。

これぞたこ焼き!といった丸みが可愛らしいし、何より楽しい。

「お前、器用に回せるもんだな。」

「ふふ、こういう作業は任せてください!」

私は力こぶを作る動作をして笑った。

 

焼き上がったものは一度大きなお皿に出してから、それぞれのお皿に取り分ける。

見た目はどれも同じに見えるが、その中身は…考えるとドキドキする。私が選んだものは誰が食べてくれるのだろう。私のお皿のたこ焼きの中身はなんだろう…。

 

さぁ、ロシアンたこ焼きパーティーの始まりだ。

 

私はとったたこ焼きをえいっと口に放り込む。その瞬間たこ焼き本来の美味しさを壊すことなく広がるとろ〜っとした甘みとコク。

「これは…チーズですかね〜!とっても美味しいです!」

どうやら、あたりを引いたようだ。しかもかなりの。

 

「ふふ、チーズを入れたのは私です…!美味しいみたいでよかったで…んっ!?」

どうやら、隣にいた日和さんが選んだ食材だったよう。私に声をかけ微笑む日和さんだったが言葉の途中で急に眉をさげて、口を両手で押さえる。

「だっ大丈夫ですか?!」

 

「……だ…いじょうぶです…。」

水を含み落ち着いたのか、まだ苦い顔ではあるものの、日和さんは息を深く吐いた。

「なにが入っていたのでしょう?」

「…あ、あんこな気がします…。」

「あんこ…。」

それは日和さんの反応に相応しすぎる食材だ。

 

「…災難だな、安心院も。」

と楼さんが。

そして、皿の上にとったたこ焼きを口にひょいと入れた。

「うっ!…な、なんだこれ!」

「あら…楼さんも私と同じハズレですかね…?」

「お、美味しくないやつでしたか?」

 

「…あぁ、それも安心院と同じ最上級にな。…これはクッキーだ。」

クッキー…。私はうっかりそれが当たらなくてよかったと思いつつも、逆にうっかり当たってしまった楼さんに同情した。あんこもそうだが、一体そんなものを入れたのは誰なのか…。

 

「それは砂切さんが入れました。カバンの中に持ち歩いているので。…厨房まで行って探しにいくの面倒じゃないですか。」

マヨネーズを取ろうと席を立ったひなのさんが、楼さんの反応を見て恐ろしい事実を告げる。

「だからってクッキーはないだろ…。」

 

「チョコチップですし、単体だと美味しいですよ、一つあげます。」

ひなのさんから出されたクッキーはカバンの中に入っていたためか少し欠けていた。楼さんはちょっと微妙な顔をしながらも受け取る。

「…うまい。」

やはりクッキーは単体に限るようだ。

 

「そういえばひなのさんは何を食べられたんですか?」

日和さんがそんな空気を取り直すように聞く。

「砂切さんのは中々おいしかったですよ。多分エリンギですかね?」

「わぁ、エリンギ!」

「でもチーズの方が羨ましいですよ。」

「…俺も当たるならチーズが良かったぞ。」

 

「ひっ、びえええん!苦いよぉ!」

向こう側では藍さんがゴーヤを引き当てたらしく、迅さんに背中をさすられながら泣きついていた。

「そ、そんな泣くなよ藍……てかこれ、そんなゲテモノばっか入ってんのかこれ?俺も食べてみよっと!………っ!?…このなんとも言い難い気持ちの悪い感触………そしてこの風味……これは…グ、グミだ……うっ。」

 

迅さんは不幸にもグミが入ったたこ焼きを引き当ててしまったらしい。私でもグミをたこ焼きに入れては不味いことくらいは分かる。

「それは僕が入れた。すぐ近くにあったからそれを取ったが、百味ビーンズってやつらしいな。…どうやら結構不味いみたいだな。」

「不味いみたいだな、って…一度伊織も食ってみろよ!」

 

「断る。…まぁ僕も手に取ったやつは食べるべきだよな。……変なものじゃなければいいが…。」

伊織さんが箸でたこ焼きを掴み口に入れる。

ゴクッと息を呑み、見守る迅さん。その横で藍さんもちらっと不安そうに見つめている。

 

「…美味しいぞ。」

「へ?まじかよ?」

「あぁ、多分中身はベビースターだな。」

「ベビースター…絶対うまいじゃんか…!俺はグミなのに…。」

 

「そ、そういえば相模クンは何を入れたのぉ?」

「え?俺か?俺はキノコ…。」

「確か相模はキノコが嫌いだったよな。」

「食材を少なくさせようと?」

「そ、そんな訳ないだろ!」

どうやらひなのさんが食べたエリンギは迅さんが入れたものだったようだ。

 

伊織さんの隣では現さんが周りの皆と談笑している。

「変なものが入ってるのかとドキドキしてたけど、俺のは美味しいよぉ。う〜ん、これはバジルかなぁ?さっぱり食べれていいねぇ。」

 

「あ…それはるうが入れました……。どうなるか分かりませんでしたけど、美味しかったようで………良かったです…。バジルって草なのに凄いですよね…まるで雑草みたいなるうとは大違い…。」

「ほら、御伽さん!そんな事いわないで。御伽さんには御伽さんの良さがあるの僕は知ってるからさ。」

 

「…すみません、気を遣わせてしまって……愛教さんは何を食べられたんでしょうか?」

「ぼくはホタテ!たこをいれるくらいだし、海鮮系は美味しいよね!すっごく美味しかったなぁ!」

どうやら私の入れたホタテは育さんの元へいったようだ。喜んでもらえてるみたい、よかった。

 

「ないちゃんは何が当たったのぉ?」

「僕はキムチ。そんなに悪くないね。」

「キムチって何に入れても美味しいって聞くよね。ほら、チャーハンとかに混ぜ込んでも美味しいし。」

「よりによって何でキムチを選ぼうとしたのかは謎だけど。美味しいって分かってたのかな。」

「ふふ、きっとそうだと思うよ!」

 

「そういえば、俺の入れたウィンナーは誰に入ったんだろうな。」

皆の食べた食材が判明してきて、少し気になったのか楼さんは言う。

それが聞こえてか、楼さんの隣に座っていた美尽さんが彼の腕をそっとつついて微笑んだ。

どうやら美尽さんにいったらしい。

 

「へぇ!美尽くんも当たり?よかったね!」

「あら、そんな雪雫さんは何だったんでしょうか?♡」

「長芋だと思うな!味はよく分からなかったんだけど…食感的に!」

「それは絶対美味しいですね♡」

「カルテちゃんは?なんだったの?」

「私はお餅です♡誰が入れたのかは分かりませんが、すごく当たりだと思います♡」

 

「変なモノが当たってる方が少ないんだぁ。」

「俺達は当たっちゃったけどな!」

「ふふ、そうですね……!」

藍さんのしょげた発言に迅さんが明るく返す。日和さん、楼さんは笑った。

 

「ん〜でも、やっぱりたこ焼きはたこ入りが1番ですね!」

「もう一回焼くか。」

「今度は普通の具で食べましょうか…!」

「チーズ…チーズ入れてください。」

たこの入ったたこ焼きは当たり前だけど、とても美味しかった。

 

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(非)日常編

「いんちょーからオマエラに!またまた、一部の研究教室を開放したよ〜!確認してみてね〜!」

今日の昼、私はサラダを頬張りながらそんな放送を聞いた。

「あら…、また開放されたんですね〜!今度こそ私の研究教室が開放されてるといいのですが…。」

 

以前志々水さんの研究教室を訪れてから、私はそれ以外の方の研究教室には行けていない。また、私の研究教室の開放はまだなので、勿論自分の所にも行けていない。

 

「試しにお前の研究教室、行ってみるか?」

「えへへ、いいんですか〜?是非!行ってみましょう!」

楼さんのお誘いに(気を遣ってくれてるだけかもしれないが)私は嬉しくなり、急いで残りのトマトを口に入れた。

 

食べたお皿を片付けようと、厨房の方に向かう。此処では料理は出てくるものの、片付けは自分たちで行わなくてはならない。時々モノアピスが片付けてくれる日もあるが…。今日はいないようだった。

 

まぁ流石にモノアピスに押し付けるのは申し訳なく思ってしまうので、私は自分で洗うようにしている。が、厨房には先客がいた。

「…?緋巴銉ちゃんと楼くん♡偶然ですね♡」

 

「カルテさん!お皿洗い中…でしょうか?」

「はい♡うふふ、良ければお2人のも洗っちゃいましょうか?♡」 

「いや…悪いし、俺たちは自分で…。」

「ついでですし…それ頂いちゃいますね♡」

カルテさんは私達の言葉など聞こえていなかったかのように、さっとお皿を取って泡の中に放り込んでしまった。

 

「てっきり研究教室に向かうのかと思ってましたが…違いましたか?♡」

「いえ、そうですけど〜…いいんですか?」

「だって昨日の準備は殆どお二人がして下さったでしょう?♡ 緋巴銉ちゃん、楼くんは気にせず行ってきて下さい♡」

「うう〜、ありがとうございます!」

「…それじゃお願いするか。ありがとな、看薬院。」

 

カルテさんは私の意思を汲み取って、ちゃん付けで呼んでくれる。どんな時だってちょっとした配慮を欠かさない、そんなカルテさんが大好きだった。

 

カルテさんに感謝しつつ、私達は2階へと向かう。

私の研究教室は念願叶って開いていた。

ドアノブを捻ると真っ先に目に入る艶やかなピンク色。志々水さんの研究教室とは全く違うデザインだ。

「すごく、糸針の研究教室、って感じがするな。」

「ふふ、そうですね〜!」

 

中には様々な国の人形についての本や、私が普段使っている人形作りの道具、素材などが沢山あった。以前支援を受けていた時と変わりない仕様。こんな環境がまた手に入るなんて夢みたい、と思った。

 

「みてください〜!此処を使って人形を作るのが楽しみです〜!」

「…お前はいつも楽しそうに未来の話をするな。」

「未来、ですか?」

「あぁ、未来だとか夢だとか。なにがしたい、っていう話が好きだなぁって。実際、あるんだろ?具体的なお前の夢が。」

 

そんな自覚はあまりなかったが、確かにそう言われてみると私はそんな話をするのが好きだと思う。

彼に夢を聞かれた時、私は自分でもビックリしてしまうくらいさらっと答えていた。

 

「私はね、もっともっと可愛いものを着て、女の子を楽しみたい。そして、全員の病気が治って欲しい。…そんな世界でまた、みなさんと仲良くしたいんです。ふふ、またパーティーやピクニックがしたいですね!」

 

あぁ、これが私の夢。

楼さんはそれを聞くと、クールで真っ直ぐに突き刺すような目をふっとやわらげた。

「そうだ…お前はそんな奴だよな。」

「え〜どういう意味ですか!」

「…言わねえ。」

 

私はそれ以上楼さんが口を開いてくれないので、ぷくぅと頬を軽く膨らませてみせた。笑い合う私達。

 

「楼さんは…?何か夢はありますか?」

今度は私が質問する番だ。

 

「俺か?俺は……。」

楼さんは言葉に詰まってしまった。

 

「…明日は楼さんの研究教室にお邪魔してもいいですか〜?」

「…俺の、か?」

「はい!まだあなたについて知らない事が沢山あります!良ければ話してくれませんか?楼さんについて!沢山…!」

「…わかった。それまでに俺も、お前に話すことを考えておこう。」

 

明日の約束。それは今こんな状況じゃ本当に叶うかは分からないもの。

だけど、少しでも明日を信じていたくて、彼の明るい未来の話を聞きたくて私は小指を差し出した。

 

「約束ですからね!」

 

どんな話をしよう、どんな未来を聞こう。

これがきっかけでもっと皆を知れたらいいな。

そんな淡い期待を胸に、楼さんとは一度別行動にして、他の開放された研究教室を訪れる事にした。

 

チックタク  チックタク

 

時は過ぎて朝がきた。時計の針だけが静かな部屋の中淡々とした音を刻む。

待てど暮らせど彼のお迎えは来ない。

不安に思ったその時、あの放送は鳴った。

 

『死体が発見されました。繰り返します、死体が発見されました。場所は菊地原楼くんの研究教室です。生徒はすぐに向かってください。』

 

それを聞いた時、頭で何かを思うよりも先に体が動いていた。

 

ちがうちがうちがうちがうちがう

 

そんな

 

そんな訳ないだろ?

 

そこにあったのは紛れもなく糸針の死体だった。

 

 

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非日常編

俺は立ちすくんだまま暫く動けなかった。

こんな俺を構っては明るい場所に連れてきてくれた糸針が死んだなんて到底信じられず、目の前の遺体を目にしても尚俺の脳は思考を停止したまま、糸針との思い出だけを駆け巡らせる。

 

「私は糸針緋巴銉です〜!楼さん、一体ここはどこなんでしょうか?」

 

「楼さん!朝ですよ〜!ご飯食べましょう!」

 

「一緒にどうですか〜?」

 

「楼さんは優しいですね!」

 

「楼さん!」

 

_______......

 

「…。」

 

そうだ。

最初から俺の世界なんてこんなもんだったじゃないか。

夢も希望もないような。

暗い世界。

 

どうせ俺には無理だ。

糸針がいない状況で、クロを見つけ出すことなんか、俺1人には無理だ。

もう、諦めてしまいたい。

希望はもう息をしていない。

 

「…楼くん!」

そんな中、誰かが俺を呼ぶ声をした。糸針ではない誰かの声。

ゆるいウェーブの白髪、きらきらした緑と白い目。蓮桜だった。

「…捜査…しないの?……1番辛いのは…よく…わかるんだけど…。」

「………ほっといてくれ。」

 

「緋巴銉くん…本当にそれを望んでるのかな?」

蓮桜は子供みたいな顔で目線を合わそうとする。

「…え?」

 

「現実から目を背けちゃダメだって…。それ言ったの糸針さんじゃないのかな。」

愛教が続けて言う。

「そうだよ!ねぇ、だから僕達と進まなきゃ……。それが1番緋巴銉くんが望んでる事だと思うんだ。」

 

「……これは友情という意味を持つシトリンという宝石です。」

「……菊地原さん……。」

後ろから月陰と御伽が肩を叩いて、俺を見つめた。普段あまり自ら何かをする事がない2人だ。その2人が俺を慰めるかのように、そっと寄り添ってくる。

 

まだ泣けない。

まだ止まれない。

俺はこんなところで…。

 

「進まなきゃだよ、楼くん!」

蓮桜が俺の手をぎゅっと握る。

 

…俺は進まないと。

 

進むんだ。

糸針の為に。

支えてくれる皆と。

 

「……ありがとう…な…。」

俺は涙を堪えて、またぶっきらぼうに礼を言ってしまう。

この裁判を乗り越えてから、また礼がしたい。

それが今言える俺の“したい”だ。

 

「ね…菊地原さん…。良かったら、ぼくと一緒に捜査してくれないかな?今は誰かと一緒にいたくて…。」

愛教が俺の袖を掴んだ。こっちの方が死者なのでは、と思わず疑ってしまうほど…血の気のない顔だった。

 

「……あぁ。俺も今は愛教が側にいてくれる方が助かる。」

今独りになったら…。どうしていいのか分からなくなりそうだった。穏やかな愛教が隣にいるのは正直有難い。…心が少しだけ和らぎそうだ。

 

愛教は弱々しく頷いた。

 

…今は気持ちを切り替えなくては。

 

第一発見者は砂切。図書室で本を読もうとしていたところ、俺の研究教室が少しあいている事に気づき、倒れこんでいた糸針を発見したらしい。

そして、祇園寺と相模を呼んで死体アナウンスを鳴らしたそうだ。

 

「砂切さんもびっくりですよ…。図書室に1番近い菊地原の研究教室が開いてるなぁと思って、覗いてみたら糸針が死んでいるのですから…。とりあえず闇雲に人を探し回ったって非効率なので誰かしらがいつもいる談話室に向かいました。…丁度祇園寺と相模がいて助かりました。お2人足も早いですし。」

 

「俺はちょっと銃の話を聞いてもらおうと思って、現と約束してたんだ!そしたらひなのちゃんが来てさ!死体があるので急いで来てください!…って!」

「丁度13時12分。談話室の時計を確認した。」

3人の話に相違点は見られなかった。

 

いよいよ俺達は遺体を確認する。

目立った外傷は無し…と言いたいところだが、

「…ねぇ菊地原さん。これって…殴った跡…だよね?」

「…あぁ。」

糸針の顔には殴られた跡があった。それも一発や二発ではない。因縁なのかなんなのか。…一体糸針とクロの間に何があったのか。

 

糸針の首には明らかな絞め跡があった。そしてその跡は均等についている訳ではない。少し不自然なくらいだ。また、海老塚の遺体の時とは違い何か物を使って絞め殺したというよりかは、人間の手によって絞められた感じがする。

 

糸針の遺体を少しだけ触らせて貰う。少し揺れたケープから何かが落ちた音がした。

「…なんだこれ?」

糸針の遺体からは何故か金属破片が出てきた。

糸針の遺品なのだろうか。とりあえず俺はそれをポケットに入れた。

 

俺は最後に糸針の自室へと訪れた。何か事件に関係があると思った訳ではない。どうしても糸針の面影が、俺を押してくれる何かが欲しくて堪らなかった。

 

部屋は相変わらず甘い香りがした。同じ男だとは思えない、綺麗に整頓されている部屋だ。

糸針の自室は最後に俺が訪れた時となにも変わらなかった。そう、まるであいつが今も此処で俺を待っているかのような。今から出かけようとするような。

 

あいつは勿論自分が殺されるだなんて思っていなかった。だからこそ、部屋には何も遺されてはいない。死者に何かを求めることは違う、それは俺なりに分かっているつもりだ。

 

カルテには嘘偽りなく、糸針の言った通りの病気についての記述。

そして冷蔵庫の中には小さな箱が1つ。貼られた淡いピンクの付箋には“明日、楼さんと。”と小さな文字が。

中身はマカロンだった。

 

どうやら、今日俺との約束の時に食べようと思っていたものらしい。

俺は箱をゆっくりと開け、桃色のマカロンを取り出した。徐に口に入れる。何故かと聞かれると…よくわからない。

 

マカロンの喉にはりつくような甘さが、今日は痛かった。

俺はゴクリとそれを飲み込み、溢れ出る何かを抑えた。

 

「は〜い!いんちょーモノアピスです!そろそろ裁判を始めるから中庭に集まってね!」

学級裁判の始まりを告げる放送が鳴る。

もう糸針のいない学級裁判だ。

 

「行こうか、菊地原さん…。」

俺と愛教は裁判場の一歩を踏み出した。

必ず糸針を殺した犯人を見つけ出す。

それがこの世にもういない糸針へできる唯一の恩返しの様な気がしたから。

 



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非日常編

 

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「必ず僕達で緋巴銉くんを殺した犯人を見つけよう!」

「どうして糸針さんが殺されなくちゃならなかったのか…。」

「犯人に聞く以外何もありませんしね♡」

「…あぁ。それしか道はない。」

…だから俺は裁判に立つ。

そしてそれを知るためには生きなくては。投票で正しいクロを選ばなくてはならない。

「1番気になるのはあの殴られた跡…ですよね?」

「あれは酷かったよね…。」

「うん…あんなに殴られたらすごく痛いよぉ…。」

安心院がキリ出すとそれに蓮桜と片倉が頷く。

 

「犯人は何故糸針の顔を殴ったんだ?」

これは第1の謎だ。人当たりがよく、誰とでも仲良くしたがった糸針に不仲な相手がいるとは思えない。何か可能性があるとすれば、俺達が知らなかっただけで一方的に糸針に嫌悪感を抱いていた奴、という事だろうか。

 

そんな事考えたくもないが…。それはこの中に糸針を嫌っている奴がいるという事だ。

「殴るって…それ8割型恨みかなんか買ったんじゃないの?どう見ても計画的な殺人には思えないけど。」

「无子さんの意見に俺も賛成だ。犯人は突発的に何かを思ったに違いない。例えば触れられたくないことに触れられてしまって…カッと。…といった感じでだな。いや、例えばの話だが。」

 

「悲しいですが、動機は怨恨のようですね♡」

「そうだな。次はとりあえず死因だけ確立させておくか。」

仍仇が次へと促す。死因は絞殺に間違い無いだろう。首の絞め跡がくっきり残っていたし、殴られた跡以外は何も別の死因を連想させる特徴がなかった。

 

「ま、絞殺だろうなぁ。」

「それ以外に何か証拠を見つけた人は?」

「ないです……るうも絞殺で…いいと思います……。」

「ぼくも。それに賛成だよ。」

どうやら皆も同じ意見らしい。ひとまず意見が合致して俺は安心する。

 

「次は殺害場所についてだけど…。」

相模が切りだすが、言葉に詰まる。

「えっとぉ…。」

「楼さんの研究教室でしたよね…。」

「うん、菊地原の研究教室さ。」

次々と視線が俺の方に向いていくのが痛いほどわかる。冷たい汗が流れるのがわかった。

 

「…まってくれ。俺は糸針を殺してなんかない。」

苦し紛れの反論だろう。それは信じられることなく、心に届くこともなく落ちていく。

 

「菊地原が犯人だって考えるのが妥当だろうね。」

「いつも一緒に行動してたから、殺しやすいといえばそうだろうな。」

「事件の前も一緒にいたんじゃないんですか?」

 

これじゃ犯人の思惑通りになってしまう。ちゃんと前日の話を説明しなくては。

 

「糸針は確かに事件前を俺と過ごしている。丁度お昼13時くらいまでだ。…でもその後は他の開放された研究教室に向かうと言って別れたんだ。それが最期になってしまったが…。だからそれ以降は俺は糸針に会っていないんだ。」

 

「研究教室が開放された人の中に犯人がいる可能性が高いな。勿論君も含まれているが。」

研究教室が開放されているのは、海老塚、片倉、繰生、片倉、御伽、月陰、俺だ。

 

「でも、楼には悪いけど、そんなのいくらだって捏造できちゃうと思うけどな…!」

「僕も相模と同意見だ。」

 

「うーん、研究教室に実際に緋巴銉さんが訪れたという方はいらっしゃいますか?」

安心院が穏やかに言った。名乗り出やすいような配慮だろうか。

 

「えっとぉ、ボクは見てないなぁ。」

「るうは来てないです……。」

「僕も。」

「……。」

どうやら俺以外の研究教室には、糸針は訪れていないようだった。

 

「糸針と菊地原が別れた時刻から発見時刻まで大分時間がありますし、怪しいですね。」

「やっぱり、そのまま殺したんじゃないのか?」

 

まだ俺は疑われているようだ。

…そうだ。

こんな時に糸針が残したものが、証拠になるなんて思いもしなかったが…。あれで証明できるんじゃないか?

「いや、糸針は一度部屋に帰って、俺との約束用にマカロンを用意してるんだ。そうだよな愛教?」

 

「うん、ぼくも確認したよ。…ってことは菊地原さんとの明日の約束は確実にあったわけで、もし菊地原さんの研究教室に訪れるなら糸針さんはマカロンを持っていくはずだと思うんだ。だから菊地原さんが犯人だと結びつけるのは、違うんじゃないかな。」

「確実に糸針の手書きでの付箋も発見している。…これが証拠だ。」

 

皆は少し納得したような顔をしだした。俺はほっとし、愛教と糸針に感謝をする。

 

「じゃあなんで緋巴銉くんの死体は楼くんの研究教室にあったんだろう?」

蓮桜が考える仕草をする。俺は頭の中で組み立てた推理を話してみせた。

「犯人は遺体を引きずって、運んだんだ。俺を犯人に仕立て上げるためにな。」

 

「で、でもかなりの力が必要だと思うんだけどぉ…。」

「殺してからの死体移動だなんて……きっとバレてしまうと思います………。」

片倉と御伽が怪訝そうな顔をする。

 

「いや…一度遺体を放置したんだよ。研究教室は殆ど個室みたいなものだろ?だから遺体を放置してたって、糸針みたいに訪れる奴がいない限り誰にもバレることが無いんだ。」

 

「でも引きずるなんて……。」

「あまり信用し難いが。」

 

「私も楼くんに賛成ですよ♡」

口を開いたのは看薬院。

 

 

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「この病棟に階段でも人を運べるものなんて発見できませんでした♡ それとも皆さんは見つけられたのでしょうか?♡うふふ、あるのなら聞いてみたいところです♡」

「ないな。」

「僕も見たことないなぁ。」

「うーん!俺もないな!」

 

「でしょう、早くに認められて素敵です♡ モノアピスが掃除をしているおかげで、埃などが緋巴銉ちゃんの衣服に一切付着していなかった…流石は病院なだけありますけど♡ 遺体を引きずって運ぶ…人の体は腕を伸ばせば引きずりやすい体をしていますよね♡ 結構現実的な話だと思いませんか?♡」

 

「でももし仮にそうだとしても、一度放置した後、一体いつ遺体を運んだのですか?朝も昼も夜も、全く誰にも会わず病棟内を2階分歩くなんて…。遺体を運んでいますし、もし砂切さんなら途中で休憩してしまいますが。」

 

 

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砂切が自分の疑問を素直に反論として出してくる。

俺は考え込む。確かにそうだ。…でも何か綻びがあるんじゃないのか?…可能性を考えろ。

 

もう一度モノアピスから出された規則を確認してみる。するとある事に気づいた。

 

「…実際には多分人がいない深夜も動けるんじゃないか?」

「え?」

「講堂と食堂が封鎖されるだけで、恐らく深夜も病棟内を動き回ることは可能な筈だ。」

 

「本当ですか?」

「モノアピスに聞いてみよっか!どうなの?」

蓮桜が言う。モノアピスは少し戯けた表情で笑った。

 

「そうだよ!夜時間も動いてOK!勿論深夜帯もね!今更気づくなんてお馬鹿さん!」

ちょっとモノアピスに苛立ちを覚えるが、そんな事は今はどうだっていい。

 

「成る程。どの時間帯もずっと動けるのなら、可能な気がしてきました。」

砂切は俺の方を見ると、少し安心したように笑った。俺が犯人でないという事を砂切なりに考えた末の、証明してほしいという意味での、反論だったのだろうか。

 

「だが、誰もそれを目撃した人がいないのなら…。中々犯人を当てるのは難しいな。一発で当てないと、俺たち諸共死亡だ。」

「誰も見てないなら、意味ないよね。どうするの?」

祇園寺と繰生がため息をつく。2人にも早く犯人を見つけなくてはという焦りが出てきたようだ。

 

「……これは道しるべという意味を持つダイオプサイドという宝石です。」

 

 

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いきなりの反論だった。

 

「どういう事だ?」

「悪いが、もっと詳しく説明してくれないか?」

「うん、ぼくも知りたいな。」

 

「……これは1月3日の誕生石のパゾライトガーネットです。」

 

 

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「えっと…誕生石…その日に生まれた方を研究教室前でお見かけしたという解釈で大丈夫ですか?」

安心院の問いにこっくりと月陰は頷く。

 

「それは…いつの話ですか?♡」

月陰はそっと指で1と4を作った。

「14時という意味か?」

「……。」

また頷く月陰。

 

「そんな大事な事…。もっと早く言ってくださいよ。」

砂切がぎょっとして、そして呆れた顔で月陰の方を向く。当の本人は困った顔で微笑んだ。

 

いやでも、その証言は犯人を決定づけられる大事な証拠かもしれない。

確か電子生徒手帳に、俺達のプロフィールがあったはず…。1月3日が誕生日なのは…。

 

「1月3日が誕生日なのは繰生…お前じゃないのか?」

「そんなの月陰が捏造したらなんとでも言えるさ。それに、糸針は僕の研究教室に来てない。僕は義手を作ってただけだよ。僕の研究教室は防音だからね。」

繰生は俺の指摘を一蹴するとせせら笑った。

 

でも月陰が何の考えも無しに虚言を吐くとは考えにくい。恐らくそれは事実だ。

でも何か決定づけられる確かな証拠。皆を納得させられる証拠を出さなきゃならない。…モノアピスが欠伸をし始めている。タイムリミットはもうあと少しなのだろう。

 

繰生の言葉に引っかかる点が一つあった。

「繰生、お前の研究教室は防音だと言ったな?だったら殴ったりするのは簡単な話じゃないのか?」

「もし仮にそうだとしても、そんなの証拠にならないよね?僕の研究教室が防音でした。それで僕が犯人に繋がるとでも思ってるの?」

 

「…これ以上何も出ないようだったら、僕なら1番怪しい菊地原に投票するけどね。もうすぐでしょ、投票時間。僕に罪をなすりつけようとするのはやめてくれないかな。遺体は菊地原の研究教室で発見されてるんだ。それが1番の証拠なのに、無理してねじ曲げようとしちゃってさ。」

 

「そ、そんなぁ…菊地原クン…。」

「まさか…。」

 

俺は絶対に犯人じゃない…。だけど、ここで…終わってしまうのか?

何か……なにか…。

 

 

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「菊地原さん……。……っ!」

愛教は一度俺の方を泣きそうな顔で見た後、何かを思い出したような顔をした。

「…愛教?」

「ぼく達…遺体を捜査してる時にアレを見つけたよね?…それって犯人を示す大事な証拠になるんじゃないかな?」

 

俺が手に入れた証拠…。

そうか。これがあれば…!

 

「いや…見てほしいものがある。」

俺が差し出したのは糸針の遺体を調べた時に出た金属破片。

 

この金属破片は…。

 

「これって繰生の義手じゃないか?」

「僕のだって証拠はないね。」

「じゃあ見せてみろ。お前のその腕を!」

「……。」

繰生は俺を睨むとゆっくりとその手を差し出した。義手には間違いなく何かが欠けた様な跡がある。その隙間は俺が出した金属破片と形が一致していた。

 

「それに、もし繰生が犯人なら…首の絞め跡が左右非対称なのも合点がいくんだ。お前は右手と左手で力加減に差が出る…その義手をつけているから…。違うか?」

「そうか…!」

「それなら確かに…繰生さんにしかできない……。」

 

「そろそろ投票タイム!いっちゃお〜よ!!もう皆わかってんでしょ!うぷぷ!」

モノアピスのクスクス笑いに遮られて、俺達は一度発言をやめる。

 

そして、投票を行なった。

 

「ピンポーン!大正解!糸針緋巴銉おにいちゃんを殺したのは繰生无子おねえちゃんでした!!」

 

「…无子…さん…。う、嘘ですよね?そんな殴ったり…首を絞めたり……して殺すなんて…。そんな事…无子さんはしないですよね?」

「残念だけどそれをしたのは僕だよ。」

安心院が苦しそうな顔のまま言う。繰生はというと、安心院の顔を真っ直ぐ見据えたまま言葉を吐いた。

 

「糸針クンはボク達の希望だったのに…!」

「君は何故緋巴銉さんを殺したんだ。」

「…どんな理由があっても…人を殺したら悪だ。」

片倉、祇園寺、仍仇が繰生へと言葉を向ける。俺も3人と全く同じ気持ちだった。

繰生はそれには答えず、俺たちをひと睨みした。

 

「うーん!无子おねえちゃん!面白そうだし緋巴銉おにいちゃんが殺されるまでのお話!聞かせてあげなよ!」

モノアピスが嬉々として繰生に問いかける。

「…別に僕は聞かせたって構わないよ。君達が聞きたいと望むならね。」

モノアピスの趣味の悪さに俺は吐き気がした。でも…糸針なら…。殺した理由を必ず聞くだろう。

 

「…繰生。聞かせてくれ。お前らに、何があったのか。」



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非日常編

繰生は相変わらずむすっとした表情で口を開いた。

糸針を殺した時の話を。

 

〜繰生无子視点〜

 

確かに13時過ぎ、糸針は僕の研究教室に来たよ。

まぁ最初は部屋に来て、僕の研究教室に行きたいって話をされたんだけどさ。別に断る理由もないし、すぐに連れて行ったさ。

 

最初は他愛のない話。趣味とか普段の生活とかね。

 

『无子さんは…この“コロシアイ病棟生活”をどう思ってますか?あなたはどうしたいと…思ってますか?』

でもいきなり糸針がそう聞くもんだから、僕は生きたいと答えた。このコロシアイを必ず生き抜いて、絶対に特効薬を手に入れたい、ってね。

 

『生き抜きたい、ですか。きっと何か叶えたい夢があるんでしょうね!』

なんだか寒気がした。

屈託のない笑顔が、やけに胸を悪質にかき乱す。何も知らない顔で呑気な奴だな、とも思ったね。

 

『…僕は復讐がしたいんだ。それだけが僕の生きる理由なの。』

にこりともせず言ってやったよ。

 

そしたら糸針はこう言ったんだ。

『…復讐は本当に无子さんの為になるでしょうか?』

 

_______ぷつん

 

僕は無意識下で糸針の事が嫌いだった。だって、僕の大嫌いな物を楽しそうに作って…それに最初から何でも揃ってる上に愛されてるなんてさ。

 

糸針にとっては何気ない一言だったのかもしれないね。いつもみたく、馬鹿みたいなお節介だよ。

だけとその糸は、自分でも驚くくらい簡単に切れたんだ。

『……うるさいうるさいうるさい!なにも…知らないくせに!ふざけるなよ!』

 

僕は糸針を押し倒して、殴った。金属の義手は痛かっただろうね。だけどそんなの知ったこっちゃない。何回も何回も殴った。

『僕は、嫌いなものになって死ぬんだ、そんなの嫌だ!君はいいね、花に囲まれて眠るように死ねるんだろ?僕は、僕とは違う!楽に死ねて羨ましいね、だから僕は君のこと、楽に殺してなんかやらない!』

恨み辛み全部吐き散らしたよ。

 

『“みなさんと仲良くしたいです!” “无子さんの事がもっと知りたい” だなんて馬鹿らしいんだよ!僕は君達と仲良しこよししてる暇なんてないんだ!恵まれて…嫌な思い一つしたこと無い君に…僕の想いが分かられてたまるか!知った口調して腹が立つんだよ!』

 

糸針は殴られてる間何も言わなかった。殴られて喋る隙もなかったのかもしれないけど。

綺麗な顔を酷く歪ませて苦しそうな顔をしてたよ。僕の望んだ通りさ。

 

意識がフラフラで今にも死にそうでさ、だけど僕がもし、この時手を離したなら助かっていたかもね。

 

『………ごめん…なさ…い……。』

 

『最期にごめんだってさ。……お人好しだよ、バカみたい。』

糸針に聞こえていたのかはわからない。僕はぎゅっと首を締める手を強めた。

糸針の力がふっと抜けて、体が床へ倒れ込んでいく。

死顔はそれでも綺麗だった。僕は最後に1発殴った。…何も意味はなさないけど。

 

その後は君達の推理通りさ。深夜、部屋から抜け出して、僕の研究教室から菊地原の研究教室まで糸針を引きずって運んだよ。…何とかして裁判を逃れなきゃ特効薬は手に入らないから。

 

でも義手の金属破片を落としたのは…最悪だね。よりにもよって、義手……僕の義手の破片だぞ………。また、奪われた。なんにもないのに、これ以上奪って………腹が立つよ。

 

〜繰生无子視点終了〜

 

「…ひ、酷いです………。」

「无子さん……そんなの…。」

「結局繰生の恨みもあったわけじゃないですか…。」

「……。」

「…糸針を殺してまでお前は生きたいといえるのか?」

 

「は?そんなの当たり前だよ。馬鹿にしないでくれないかな。僕は生きたいから、糸針を殺した。経緯がどうであれそれは事実なんだよ。」

 

「ひっ……。」

片倉が何か恐ろしいものを見るかのように繰生を見る。口には出さないものの他の皆も同じような表情で繰生を見ていた。

 

「なにその顔…。別に僕は君達に殺人を強要してなんかないし、仲良しこよししてたいなら勝手にしてれば?死にたいならさ。…生きる努力もしてないで死を待ってるようなお前らには言われたくないね。」

 

 

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「でっでも!緋巴銉くんと一緒に他の生きる術を探せば…!何か!見つかったかもしれない!」

「そうだ!皆で何か掴める未来があったかもしれない!」

蓮桜の言葉に俺は続いた。自分でもこんな言葉が持てるなんて思いもしなかったわけだが。

 

「未来だとか…よくそんなこと簡単にいえるよね。全部…糸針の影響だろ?」

一度ここで言葉を切る繰生。そして勢いよく息を吸い込んだ。

 

「生きていける術が薬の他にあるならお前らはそれを試せよ!僕は無いんだ!

“薬がないから仕方ないね、仲良しこよししてようか!” そんなん受け入れられるものか!…それで…片付けられるのなら!薬を僕に譲れよ!」

叫んだ。心の底からの叫び。

 

「僕を悪役だと思うだろ?……バカにするなよ、僕は誰よりも人間なんだ!お前らより!僕はよっぽど人間なんだよ……!悪役になったっていい。……全員分の薬はないのに、呑気に仲良しこよしなんてしてられない!それで生きてられるならお前らだけでしてろ!…僕は特効薬を手に入れて生きたいのに…!生きたい…生きたいんだよ!」

 

ふぅーっ、ふぅーっと荒くなった息を整える繰生。今までで1番口角の上がった笑い顔で言った。

「ほら、オシオキしなよ。“主人公殺しの悪役を殺した”のは君達なんだから。」

繰生が何を言いたいのか、皆きっと頭では分かっている。…それでもその現実だけは考えないで過ごしてきた。

 

「い、生きる為には必要な投票です。」

「クロを野放しにしては……。」

ポツリポツリと返される返答。

 

「僕も必要だから彼を殺したんだけど。あれ?一緒だね。それでも僕が悪い事をしたって言える?それを真っ直ぐに言える子は僕が殺しちゃったもんね。」

もうこれ以上俺達は何も返せなかった。色んな感情が渦めきながらも、繰生の言葉を必死に飲み込んでいく。

そんな俺達を尻目にオシオキ執行場へ向かおうとする。

 

「…僕の言葉で君達の考えが変わる事を祈っとくよ。」

繰生は思い出したかの様に一度俺達の方を振り返り、そうつけくわえた。

140ばかりの小さな背中は…。とてもそうには見えなかった。

 

▼クリュウさんがクロに決まりました。オシオキを開始します。

 

 

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糸針の死と繰生の叫び、それは俺たちの心にぽっかりと穴を開けてそれぞれの想いを確立させていくのだった。

 

 

Chapter 2

 

嗚呼!絡繰仕掛けに危ぐ傀儡かな

 

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残り12人

 

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二章シロ 糸針緋巴銉くんの裏シートでございます……おや?彼はどこまでも光だったようですね。

 

二章クロ 繰生无子さんの裏シートでございます。

 

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Chapter3 毒林檎はゆっくり甘い夢を見る
(非)日常編


俺はまだいまいち糸針や繰生の死が実感できず…いや受け入れられず、中身のないような…空白の日々を過ごしていた。何をしても虚無感が襲う。

 

まだコロシアイは終わってなんかいない。早く…早く忘れてしまわなくては。

俺も此処に来て少しばかり情があつくなってしまったようだ。糸針のせいだろうか。

…だめだ。また思い出してしまう。

 

俺は記憶を頭から振り払うように首を振ると、何となくの気持ちで中庭に向かった。

静かで風通りがいい場所だから、少しくらい気分が晴れると思った。

 

だがしかし、そこには先客がいた。

「愛教?」

「…?…偶然だね。菊地原さん。」

愛教だった。この前の捜査を一緒にしたし、裁判では助かったが、あれ以来言葉は交わしていなかった。そもそも愛教は誰にでも優しかったが、一歩引いた態度で皆を見ているタイプだ。

 

「…この前はありがとな。」

「え?……あぁ。全然、ぼくの方こそ。」

「……。」

「……。」

暫く沈黙が続く。

これ以上どう声をかけていいか分からなかったし、きっと愛教もそうなのだろう。

なんとなく芝生に腰を下ろしてしまったが、これは失敗だっただろうか。

 

「どうして此処に?」

長い沈黙を破り、愛教がぽつりと言った。

「…何をしててもあいつらの言葉と死がちらつくんだ。早く忘れなきゃって頭ではわかっているんだけどな。」

 

「忘れなくてもいいんじゃないかな。」

「え?」

 

「ぼくはいつでも…海老塚さんや零くん、糸針さん、繰生さんの事を…思い出すよ。」

 

「…ぼくはね…1番愛されたかった人がいて、でもそれは叶わなくて。ぼくなんて、っていつも何処かで思ってた。だけどね、此処に来て初めて心を許せる人達ができてたんだ。彼らがくれた居場所があって、今のぼくがある。だからきっと忘れることなんて出来ないよ。それに、コロシアイで別れたってぼく達は友達なんだ。友達のことは忘れないでしょ?」

 

穏やかに愛教は喋る。不思議と幼少期の父親の声を思い出させるような、あたたかくなってしまうような、そんな声だった。

 

あぁそうか。友達……。そうだよな。

俺はなんて馬鹿だったんだろう。 

忘れてたまるか。忘れてなんかやらない。

あいつらが遺したかったものを、生きた証を、友達を忘れるなんて…できっこないんだ。

 

「繰生さんの言ったことは確かに正しいんだよ。それをぼく達が否定できないのも確かだ。でもね、此処でぼく達が笑い合ったことは決して仲良しこよし…って馬鹿みたいなことじゃないと思うんだ。現にぼくは救われてる。……きみもそんなぼくを馬鹿だと思う?」

 

愛教は長台詞を述べ、上目遣いで遠慮がちに笑った。

俺は迷わず答える。

「いや、全く。」

俺も救われてる。そう思ったからだ。

 

「…そういえば糸針さんは夢の話が好きだったよね。きっときみも聞かれたんでしょ?なんて答えたか気になるな。」

 

そうだ、あの日。

俺が…糸針に言いたかったこと。言うはずだったこと。

それは…

 

『俺も糸針と同じだ。』

 

「誰も死なずに病気が治って、また全員でパーティーだのピクニックだのをしてみたい。そして糸針みたいに…明るい未来を信じたい。」

あいつみたいになってみたかった。思いっきり希望を信じてみたかったんだ。…照れくさくていえなかったけど。

 

結局その言葉は糸針には届かなかった。

“明日に確証なんてない”

痛いほどわかった瞬間だった。

 

「明るい未来を信じたいなんて性じゃねえよな。夢だからって、ちょっと理想論すぎたか?」

「ううん、そんなことないよ。…ぼくも…また愛してくれる日が来るんじゃないかって。結局儚い希望を願ってしまっているんだよ。」

 

「…今はそれにすがって生きるのもアリなんじゃねぇの?」

儚い希望でも、それが希望である限り、俺達は少なくとも生きていけてると思う。

 

「うん、そうだよね。大切なものが無くならないように守っていけたらいいね。」

「一緒に見つけるか。…俺達の未来。」

 

「…きみとなら進めそうな気がするよ。」

そう言って愛教は目をこすり、手を差し出した。

そして、俺はその手を力強く握り返す。

 

…沈まぬように。

そうだったよな?

 

頷くように、花壇のピンクの花が小さく揺れた。

 



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(非)日常編

俺達はお腹が空いた、と食堂に戻ろうと歩き出した。

肩を並べて歩く。隣に愛教がいる。なんとなくくすぐったいような気分だけど、悪くはなかった。

 

 

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「あっ、楼くん!育くん!おかえりなさい!これからご飯?」

「蓮桜…それと御伽。そうだけど…、どうしたんだ?」

食堂でご飯を食べていたのか、蓮桜と御伽が腕を組みながら駆け寄ってくる。見る限り蓮桜が半ば強引に組んだのだろう。御伽は心なしか嬉しそうな顔をしているので問題ないだろうが。

 

蓮桜の横から俯きがちに御伽が言う。

「あの…考えたんですけど……もっと仲を深める為に…皆で劇をやりませんか?お客さんはいないですけど…。」

 

「劇?ふふ、楽しそうだね。ねぇ、楼くん?」

「あ?あぁ。いいんじゃねーの?」

「よかったです……ゴミみたいな考えだと否定されたらどうしようかと………。では、お昼を食べたら遊戯室に来てもらえますか?モノアピスに開放してもらったんです…。」

 

「わかった。すぐ向かおう。」

「遊戯室に行くのが楽しみだね。」

「僕達は先に向かってるよ!じゃあね!」

手を振る蓮桜は可愛かった。

 

可愛かった?

俺はどんな感情かと首を振った。

 

それから俺達は昼飯を済ませ、3階にある遊戯室へと向かった。

そこは小さな体育館のような場所で、つるつるとした床と小さな舞台が特徴的だった。

 

「ろろ、いーくんが来たねぇ。」

「これで全員揃ったな!」

祇園寺と相模が目線を此方に向けると、それぞれ喋っていた皆に全員が揃ったことを伝達する。

 

「待たせて悪かったな。」

「いえ……こちらこそ集まって頂いて…ありがとうございます…。」

御伽がペコリと頭を下げた。

 

「えっと……皆さんでやりたいのは白雪姫です…。これなら誰もが分かるかなぁと思いまして……。」

「あら白雪姫♡いいですね♡」

「うん、それなら皆わかるもんね…。」

「で、では、此処にくじがあるので…早速配役を決めましょう…。あ、るうは監督さんをやりますので…。」

 

ボックスへ次々と手を入れてくじを引いていく。

俺は最後の方にくじを引いた。丁寧に四つ折りにされた紙を開くと、そこには一文字。

 

「ふぅん、菊地原は鏡か。」

俺の手元を覗き込んだ仍仇がいう。

「仍仇はなんの役だったんだ?」

「…僕はおこりんぼ、と書いてあるな。…あまり嬉しい役ではないのか?」

仍仇は首を傾けた。

 

「仍仇さんは小人なんだね。ぼくもなんだ、よろしくね。」

愛教がニコニコと仍仇に声をかけると、仍仇も

「あぁ、よろしく。」

と返した。

 

「えーっと僕はハッピーって書いてあるな…、小人の役か!白雪姫じゃなかったなぁ!」

「白雪姫を引けたらラッキーガールですよね…!」

「男なら、アンラッキーボーイだな!」

主役である白雪姫は誰になるのだろうか。俺は辺りを見渡す。

 

「…げ。」

「げ?」

「あらぁ、もしかしてひなのちゃん…♡」

「…嫌ですよ、砂切さん白雪姫だなんて…。」

主役を引いたラッキーガールはどうやら砂切のようだ。

 

「でも白雪姫って大概寝てるイメージがあるけどな。」

「そ、そうですよ…。途中はずっと眠っているだけですし……。」

「うぅむ…。そうですね、寝てられる役ほどいいものってないですよね。…いいでしょう。白雪姫、やってあげないこともないです。」

 

「で、王子は誰だったんだ?」

丁度俺が気になっていたことを、相模が皆に聞く。

すると、上品な仕草で月陰が手を挙げた。

王子役は月陰が引いたようだ。砂切と月陰は一緒に行動を共にしていることも少なくない。

「まぁ、月陰なら安心ですね。」

と、砂切は言った。

 

それから、俺達は台本の読み合わせを始めた。

劇本番に台本は持てない。本番までに全員が完璧に覚える必要がある。

 

俺は主に王妃役の安心院と2人で行う。俺はそれだけで充分だが、安心院は小人や白雪姫との読み合わせもあるのでかなり台詞量が多い。

「大変ですけど…とっても楽しみなんです!頑張ります…!」

これから性悪の王妃を演じるなんて思わせない笑顔で安心院は言った。

 

「……?」

読み合わせの時、砂切は何度かつっかえた。その度に御伽に聞きにいく。

「すみません、ここの漢字読めないんですが…。」

「あぁ、そこは……。」

あまり仲の良いイメージがない2人だったが、どうやら劇を通して少しずつ仲を深めているらしい。

 

「あぁ、なんて美しい人なんだろう。」

王子の台詞。

そこには皆驚いた。自己紹介と宝石の説明以外で月陰が喋るのを聞かなかったからだ。

宝石の説明をするのと同じように、穏やかで優しい声だった。

 

1週間後、劇の当日。

食堂に向かうと、パウンドケーキと紅茶が用意されていた。どうやら、劇前の頑張ろうという気持ちを込めて、月陰や看薬院がセッティングしたようだった。

皆のポットに月陰が紅茶を注ぐ。温かい紅茶とふわふわのパウンドケーキは美味しかった。

 

衣装も用意して貰ったらしく、全員着替えるようで、丁度三階にある更衣室を使った。初めに、小人や王妃が先に着替えて、次に白雪姫と王子も着替える。

 

「あとは砂切と月陰だけだな。」

「準備できたかなぁ。お〜い…。」

「できましたけど……。」

祇園寺の呼びかけに砂切が答える。珍しく狼狽えているようだ。

 

「…こ、これでいいんですか?」

「……。」

お姫様と王子様の登場だ。

 

 

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「スカートなんて久しぶりにはきました。ぴらぴら纏わりついて動きにくいです。」

「女の子なら誰でも、一度はお姫様に憧れますよね…!素敵です……!」

「とってもお似合いですよ♡可愛いです♡」

「ね!ひなのちゃんすごくすごく可愛いよ!」 

 

「……お世辞はやめてください。」

「え〜そんなことないですよ〜♡」

看薬院と蓮桜が頬を膨らます。

お姫様に砂切が憧れていたのかはわからないが、満更でもなさそうな顔だ。

 

「みっつーの王子様もかっこいいねえ。」

「お!美尽、超かっこいーじゃん!」

「これは感謝という意味をもつ、エピドートという宝石です。」

褒められた月陰は恥ずかしそうに微笑みながら、宝石を出した。

 

「こんな案に付き合ってもらえるとは思わなかったです…ありがとうございます……。すごく、嬉しかったです…。」

「いえ、私達も楽しんでましたから♡」

「こんなこと久しぶりでぼくもなんだか楽しかったよ。」

「…ふふ、本当によかった。…では始めましょうか…。」

 

開演だ。

 

「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは誰?」

普段は微笑みを絶やさない安心院だが、役になりきっているのか、その顔は大人っぽく冷たげだ。

「それは王妃様です。」

俺も答える。鏡で姿は見えないので、表情の演技がなくて、正直助かった。

 

「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは誰?」

「それは白雪姫です。」

話は進んでいく。

 

「いざハイホー!」

愛教率いる7人の小人が行進したり、砂切と踊ったり。

 

いよいよクライマックス。

王子様として現れた月陰がゆっくりと棺の中の砂切にキスを落とす。

「………。」

暫くの間。

 

月陰は起き上がらない。

キスを落としたまま、そのまま、倒れ込んだのだ。

 

「え?」

近くにいた祇園寺が駆け寄り、月陰をゆする。俺と安心院、反対側にいた御伽も思わず舞台へ走る。

「み、美尽くん……?」

「月陰クン!」

「月陰…!!」

 

『死体が発見されました。繰り返します、死体が発見されました。場所は遊戯室です。生徒はすぐに向かってください。』

あのアナウンス。

それはつまり、月陰の息がもう絶えていることを示していた。

 

「なっ、なんで美尽さんが……今ここで……。」

「おい、起きろ…!」

「ひなのちゃん!美尽がっ!目を覚ましてよ!」

 

相模がゆっくりと月陰の体をずらす。

砂切は、月陰と同じように口から血を流し、

 

永遠の眠りについていた。

 

 

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___生存者

 

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非日常編

俺達は暫く2人の遺体を見つめていた。

誰も声を発さなかった。

10人もの人間がいる中、その目の前で2人は死んだのだから。

 

「…捜査をしよう。」

祇園寺がぽつりと言った。

でも、その声は皆に聞こえるくらい大きかった。

 

俺達はその声にハッとし、急いで服を替え、捜査を始める。まずは遺体を確認だ。

 

遺体の側には、1人捜査をする御伽の姿。

元々この劇を提案したのは御伽だ。なにも気にしてないといいが…。御伽のことだ。きっと気に病んでいるだろう。

 

俺は最大限気を遣いながらそっと声をかけた。

「あー…御伽。大丈夫か…?」

御伽は顔を上げると、片手でリボンを触り、口を開いた。

 

「私が劇なんて言わなければ……。ですが…私は前を向かなきゃって思ってるんです。みなさんの死を乗り越えて、頑張らなきゃって思うんです。」

御伽は、一度目を伏せた後真っ直ぐ前を向いて笑ってみせた。

今まで自分を卑下したり、消極的な態度が目立つ御伽だったが、何かが彼女の中で変わったのかもしれない。

 

「そうだよね、その意気だよ御伽さん。」

「あぁ、一緒に頑張ろう。」

御伽は真剣な顔で頷いた。

 

「そういえば、御伽は差し入れの飴を配ってたよな?それって皆口にしたのか?誰が受け取ってないとか、覚えてるか?疑ってるわけじゃねーけど、教えてくれ。」

「いえ、構いませんよ。」

優しく首を振り、こう答えた。

 

「飴を受け取ってないのは砂切さんだけです。」

 

月陰は穏やかな顔で、砂切は少し歪んだ顔をして死んでいた。恐らく、棺の中でもがいたのだろう。少しだけ中の花や布が乱れていた。

「ずっと舞台の端にいたから、よくわかんねーけど、この棺の蓋って閉じられてたのか?」

 

近くにいた片倉が答える。

「あ…蓋は閉じられてたよ。ほら、やけに丈夫なガラスの蓋。モノアピスも変なところにこだわるよねぇ…。」

蓋は閉じられていたため、毒でもがき苦しんでいたとしても、声は届かないのだろう。

 

口からは血が流れているが、目立った外傷はない。2人揃って毒殺だろうか。

同じタイミングで死んでいるから、恐らく死に発展したのは同じ原因の筈。

2人が共通して口にした、もしくは触れたものなど何か見つけられたらいいのだが…。

 

棺の周りをよく見渡すと、月陰の遺体のすぐ足元に何か光るものがあった。

「なんだこれ?」

手に取ったそれは、なんらかの宝石だった。月陰の私物だろうか。

「それはオパールだな。」

 

声をかけてきたのは仍仇だった。

「仍仇…。なんでそれを?」

「よく、宝石を教えてもらっていた。」

横目でチラリと月陰を見ると、淡々した口調で答えたが、それ以降口を開くことはなく、仍仇はどこか別の場所へ行ってしまった。

 

「それ…月陰さんのだよね?」

「あぁ、でも衣装にはついてなかった筈。最初から持ってたのか?」

「宝石言葉でよくものを伝えていたから…。もしかすると、何かぼく達に伝えたいことがあったのかも。」

 

俺達はすぐに図書館に行った。

大概の調べ物は此処で済ませられる。きっと宝石言葉についても本があるだろう。

 

月陰が何を伝えたかったのか。

どんな意図をして、わざわざそれを落としたのか。知りたかった。

「あった…。宝石言葉辞典。」

俺はオパールで引き、それが意味する言葉を探す。

 

「純真、無垢、幸運、忍耐、歓喜……希望。」

_______希望。

「月陰さんは、希望を託したかったんじゃないかな?」

「希望を託したかった、か。」

 

死の間際、月陰の脳裏に絶望ではなく、希望が少しでもうつっていたことを今は願うことしかできないわけだが。

もし、本当にそれを俺に託そうとしているのなら、出来る限り…いや必ず、希望を持っていたい。そう思った。

 

「…でも、これをわざわざ落としたってことは、初めから死が分かってたって事、か?」

「どうなんだろう。こんな状況だし…、いつも持ち歩いていたのかもしれないね。」

劇にもか?と疑問があるが、ひとまずそれは置いておこう。月陰に聞かなきゃわからない事を、今考えても仕方がない。

 

そして、確実に2人が、別の誰かから貰って口にしたもの…。思い当たるものは一つだけあった。

 

「ええ。確かにパウンドケーキを作ったのは私ですよ♡」

看薬院は食堂にいた。

「厨房に入ったのは看薬院だけか?」

「そうです♡美尽くんはテーブルのセッティングをしてくれていたので…。作ったのは私1人ですよ♡」

 

念の為厨房を覗くと、洗った後のカップティーやお皿、パウンドケーキ作りに使ったであろうボウルや泡立て器、それに大鍋などが確かにあった。

だが一つ疑問がある。

「…大鍋ってパウンドケーキ作りに必要か?」

「ううん、余程何か強いこだわりがない限りは必要ないと思うな。」

 

看薬院はまだ食堂にいた。帰り際に、俺はさりげなく聞く。疑っているつもりはないが、怪しんでいるように聞こえるのは確かだし、不安にさせてしまっては申し訳ないからだ。

「そこにあった大鍋だけど、看薬院が使ったのか?」

「いいえ♡」

看薬院はにっこりとしたまま、そう一言答えた。

 

「最後に自室に邪魔して、カルテを見ておくか。」

余程仲のいい相手でない限り、病気の話を自分からは持ちかけない。以前自己紹介の際に、此処が何処かを考える為、愛教と看薬院は教えてくれたが…。

 

まず、砂切のカルテには具体的な病名がなかった。

突然文字が読めなくなる病気であり、前症状や後遺症もないらしい。

 

「新聞記者にとっての砂切さんには、あまり認めたくない事実だろうね。」

「…そういえば、台本の読み合わせの時に何度かつっかかってなかったか?」

「あ…そうだ、砂切さんって漢字や文章には強そうだけど…。」

 

砂切がつっかえるのは不自然だ。恐らく、病気が進行してたということだろう。プライドが若干高い砂切はそれを周りには明かさなかった。そう考えるのが妥当だろう。

 

そして、月陰のカルテには『色彩恐怖症』

全ての色が怖くなる。直ぐ泣くようになる。その涙はまるで宝石のように煌びやか…。

月陰の宝石が好きだという気持ちはよく伝わる。…だからこそ、病気の進行は辛いものがあるだろう。実際進行があったのかはわからないが…。

 

俺はカルテを棚の中にそっとしまった。

 

「はーい!そろそろいーい?お待ちかねの学級裁判を始めるよ〜!」

また、勝手なタイミングでモノアピスの学級裁判を告げる放送が鳴った。

俺達は力強く地を踏みしめ、裁判場へと向かった。

 



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非日常編

 

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「2人も殺されるなんて許し難いな。」

「あぁ、今回も絶対にクロを見つけなきゃ。」

「私達ならきっと真相に辿り着けます!」

「こういう時こそ協力ですよね…!」

 

「ひとまず死因だけど、これは毒殺だよね?」

「うん、それでいいと思うな…。2人の体にはなんの傷もなかったし……。誰かの目がある中殺すなら毒…だよねぇ。」

愛教と片倉が頷き合いながら、死因を決定させる。これには誰も異論がなかった。

 

「事件が起きたっていうか、2人に毒をもったのは確実に今日…でいいんだよな?」

と相模。

「あぁ、今日で間違いないだろう。」

 

「もし仮に、今日より前に仕込まれてたとするなら、多分じわじわと効き目がくるものだから…。劇中に2人が異変を示さなかったのは可笑しいよね!多分、時間帯とかも考えた上での犯行なんだと思う。ひなのちゃんは棺の中に入ってしまうから、症状が出始めても誰も気づけないし…。」

俺の後に蓮桜が補足した。

 

「今日は殆ど皆一緒にいたし、1人になることは少なかったよな。」

「はい、ですからもし毒を仕込むなら、皆一斉に口にしたものだと思うんです。それなら確実に胃に入りますから。」

「全員が食べたものといえば、劇の前のパウンドケーキと紅茶ですよね。」

仍仇、安心院、御伽だ。

 

「あ…ねぇ、ボク達席の指定はされなかったよね?」

「…全員のものが毒入りだったってことか…?」

相模の声に俺は背筋が凍った。

 

「紅茶を注いだのは美尽くんだから、もしそれに毒が入っていたのなら変だよね。だって自分で自分に毒を盛るなんてありえないよ。」

と蓮桜。

もしそうだとするなら、月陰が砂切を道連れにして死んだという事になってしまう。

 

わざわざ劇中に死んでしまった2人。

棺にはいった砂切をバレずに殺すのは簡単だが、月陰まで死んでいるのは疑問だ。

本当に道連れなら…?俺は嫌な考えを振り払った。

 

「パウンドケーキを作ったのは?」

「はい、私ですが…♡」

愛教の問いかけに看薬院が手を挙げる。

一斉に皆の目が看薬院にいった。

 

「あの…毒なんて入れてないですよ♡前もいいましたよね…殺す動機なんてないって♡」

皆の視線の意図に気づいたのか、看薬院は否定する。

「あぁでも…紅茶は美尽くんが淹れましたから…仕込める犯人は…わ、私しかいないと言いたいわけですか♡」

看薬院の声は少しだけ震えていた。

 

不自然だ。看薬院は1人、俺の意見に同意した時も堂々としていた。今ここで声が震えているのは…本当に犯人なのだろうか。

 

「…カルテさん。君は何か隠しているね?」

「え?♡」

「君は優しい人だけど…、その優しさは今は誰の為にもならないよ。」

祇園寺の言葉に、看薬院は何かハッとした顔をした。

 

しばらくの沈黙があった。

 

「…ごめんなさい……。紅茶を注いだのは美尽くんですが、その前にポットに用意したのは月羽ちゃんなんです…♡」

看薬院はついに口を開いた。

 

「紅茶と…確か飴も御伽が用意していたな?」

「そうですけど…、私が犯人って決めつけるのは早くありませんか?一緒に頑張ろうって…言ったのに、疑うんですか…?」

 

考えろ…考えるんだ。

 

飴は砂切以外が食べて、紅茶とパウンドケーキは皆食べて。

棺の中の砂切。

狙われたのは砂切1人。

でも死んだのは砂切と月陰。

御伽の飴と紅茶。

看薬院のパウンドケーキ。

どちらかは全員のものが毒入りで。

砂切以外は………。

 

わかったかもしれない。

この事件の真相が。

 

「なぁ、犯人は2人いました…なんて結末はないよな?」

俺は裁判場の奥に座るモノアピスに聞く。

 

「ん〜?今回の事件の犯人は1人だよっ!まぁ何人いたとしても最初に殺された人間を殺した奴がクロとしてオシオキされるけどね!」

モノアピスが口元に手をやり、クスクスと笑った。

 

なら、思いつく可能性が一つある。

 

「やっぱり、本当に毒が入っていたのは紅茶で、御伽が差し入れとして持ってきた飴は解毒薬だったんじゃないか?」

 

「月陰は手元の宝石から、オパールを選んで落とせるほどの余裕があった。言い換えれば、飴をその場で受け取っても、食べないという選択肢もできたと思うんだ。」

「そ…そんなの…月陰さんが自殺だって…いうの?」

愛教が震えた声を出す。

 

俺も信じたくはない。だが、飴が解毒薬で、それを砂切以外受け取ったというのなら、そう考えるのが妥当なのだ。事件の犯人は1人。つまり、看薬院と御伽が手を組んでる可能性はゼロだ。

 

「何か…砂切が飴を受け取らない理由があるはずなんだ。例えば犯人と何かあったとか。そうでなくても、砂切は警戒心が強い。大人数で用意されたものや、皆が必ず口にするものしか、受け取らないんじゃないか?」

 

砂切の事をわかったつもりで語っためちゃくちゃな論だった。でも、どうか…彼女のことをわかっていてくれ。今、1番理解している人はここにいないのだから。

 

「薬品保管庫から毒を調達して、紅茶と混ぜたんだ。ついでに解毒薬も作ってな。」

だが、この意見は弾かれる事になる。

 

「薬品保管庫はここ1週間くらい閉まっていたんです。だから、私が毒を調達するのは不可能なんですよ。」

「そんな筈ないよ!」

「あんまり信じ難いね。」

相模と愛教が首を振る。

 

「…いや、それは本当だよ。」

蓮桜だ。

 

「この前病院の探索を、また日和ちゃんとしてたんだけど…、いつも空いてるはずのそこはメンテナンス中だったんだ。」

「安心院さん、それは本当なのぉ?」

そんな事があるのかと片倉が安心院に首を傾ける。

 

「そういえば…そうでしたね。モノアピスに聞いたら、薬品の残りを管理する為に閉める、って…。すみません、もっと早くに言えばよかったですよね。」

安心院は申し訳なさそうに、うなだれた。

 

「そうしたら、どこで毒を調達したんでしょうか?♡」

「やっぱり、私は何にも毒なんていれてないんですよ!」

勝ち誇ったように御伽が言った。

 

「…いや、宝石にも毒を持つものがあったな。」

手に顎を乗せて思い出しかのように呟いたのは、仍仇だった。

 

「毒…?」

「あぁ、それも一つや二つじゃないんだ。死に至るものもあると…月陰に聞いた。」

いつも彼は大事なことを教えてくれる。

 

「じゃあどこで宝石を調達すればいいのぉ…?」

宝石を調達できるのは?

「確か月陰の研究教室は開放されてたよな?そこから調達できるんじゃないか?」

「あ…それならできそう…。そっか、開放されてたんだもんねぇ。」

 

「でも、研究教室には鍵がかかっているので入れるはずありません…!これは2人の自殺なんですよ!」

「それは嘘だよね、月羽さん。」

 

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「え?」

「研究教室に鍵なんてかかってないんだ。開放された場所にはどこでも。」

祇園寺の言う通りだ。御伽の偽証は一瞬で見抜かれてしまった。

 

「…犯人はお前なんだろう?」

俺は御伽を指さした。

前を向いて頑張らなきゃ、と笑った御伽が脳裏から離れない。それはきっと皆も同じで、ただ悲しそうに御伽を見ていた。

 

「…………わた…るうじゃない。るうじゃない…。違う違う違う違う!!!!!!!!!」

ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟る御伽。

 

「解毒薬の飴もガチャで手に入れたものなんです!私が作ったなんて証拠どこにもない!本当にただの飴なんですよ!」 

 

「それは違うぞ!」

 

 

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「証拠ならある。洗い場に大鍋があったんだ。それ以外に用途なんてないだろ。」

「ぼくも、看薬院さんもそれを見ているんだ。」

「……私じゃ…ない…………私じゃ……。」

「…もう、認めるべきだ……。御伽。」

 

「さてさて、もうみーんなわかっちゃったみたいだし!投票タイムといこうか!」

モノアピスが、御伽なんて知らんこっちゃと言わんばかりに言う。覚悟を決め、各々の気持ちを抱えたまま、ボタンを押していく。以前繰生に言われた言葉がまだ心の深くに刺さっている。

 

全員の投票が完了。

モニターに映し出されたのは御伽月羽だ。

 

御伽は肩で息をしたまま、下を向いた。

そして、笑い声を漏らす。

 

笑い声?

 

「…っはははは。お見事だね。そうだよ、僕だよ。今回のクロは御伽月羽さ。」 

 

明らかな人称や喋り方の変化に皆がぎょっとする。

「御伽月羽さ、ってそんな他人事みたいに…。御伽月羽はお前じゃないのか?」

「月羽ちゃん…?」

「ど、どうしちゃったのかな…。」

 

「とはいえ、僕が殺したんじゃなくて、メルヘン野郎が殺したんだけどさ?」

御伽は忌々しげに呟いた。くるりと周りを見渡し、俺達が状況についていけていないことを察知したのだろうか。こう言ったんだ。

 

「あぁ。そうか。君たちは僕のこと知らないんだったねぇ。はじめまして。御伽月羽だよ。」

 

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非日常編

「バレてしまったのなら、潔く全てを話そう。さぁ、最後の物語さ。」

御伽は人が変わったように饒舌に喋りだす。浮かべた笑顔が奇妙だった。

 

〜御伽月羽視点〜

 

まず、御伽月羽は奇病じゃないのさ。勘違いなんだ。医者の誤診。

いわば精神疾患ってやつかな?今この世に蔓延してる病気になんか罹ってない。

だから、特効薬も必要ないし、誰かを殺す必要なんてなかった。

 

でもアイツあんな性格だから2度の学級裁判で疑われたから、あぁ。2度目は"君たち"は疑ってなかったね。

疑われて疑われて。そんな矢先彼女に病気がバレた。そう、あの超高校級の新聞記者にさ。

 

万が一の為に、別の偽の病気を用意していたんだ。瞳孔が2つある病気だ、ってね。それでずっとコンタクトをいれてたんだけど、練習後1人になったし、流石にずっとこれをつけている訳にもいかないから、取ったんだ。そうしたら、遊戯室に忘れ物をとりに来た新聞記者に見られてしまった。

 

彼女は鋭いね、さすがは超高校級だ。彼女の嘘が嫌いな性格もあるのかもしれない。怪しい、とその場で問い詰めてきたよ。

でもその日は劇の前日だったから、「明日劇が終わったらみなさんにお話しします。」ってかわして、渋々だけど了承を得たんだ。

 

病気を隠してることがバレたら…。と偽物が焦り出した。そして、あいつは図書室に向かったんだ。そこで毒のある宝石の存在を知った。

 

真夜中に超高校級の宝石鑑定士の研究教室に忍び込んで、毒のある宝石を探したよ。あとはうまく紅茶と混ぜるだけ。まぁ大変だったね。

皆にも飲ませてしまって悪いけど、そうでもしないと僕からたった1人へ渡すものなんて、受け取ってもらえないと思ったから。

 

でも解毒薬があったから助かってるだろ。そのことだけど…薬品保管庫が閉まってたと言ったね。確かにそうだ。だけど、そこの院長にあけてもらったよ。

 

まんまと紅茶は皆が飲んでいるからと、新聞記者も口に含んだ。そして飴は予想通り、受け取らなかった。

 

嘘を見抜くという点では、この中でもかなり優れているだろうね。何か、“殺されてしまうかもしれない”という嫌な予感があったのかもしれない。

本当に、彼女は優秀な新聞記者だよ。

 

でもそれが仇になって、利用されて殺されるとはね。

 

あぁ、でも…。

 

「一緒に病気を治す方法、見つけませんか?」

紅茶ものみ終わった後、新聞記者はそう言ったっけ。

彼女なりに歩み寄ろうと考えていたのかもしれないね。

少し遅かった。

 

…仲良くなれた未来があったかもしれないのに。

砂切さんとお友達になれたかもしれないのに……。

ごめんなさい……。

 

るうは…なんてことを………。

 

黙れよ。

 

失礼。

 

あぁ、君達が出した推理でひとつだけ違うのはね、あの宝石鑑定士は飴を食べていたよ。

その後自ら毒をもつ宝石を含んだんだ。

そう、彼はたまたま自殺したわけなんかじゃない。

 

棺の中の新聞記者が息絶えている事に気づいたんだろうね。そしてその犯人が僕であることも。…どこかで見られていたのか。何か知っていたのか。

 

それでも尚彼は、

 

僕を庇ったのさ。

 

僕を庇って………。

 

あぁ、舞台袖にいた僕だけにしか聞こえない声だったなぁ。

その言葉は……。

 

〜御伽月羽視点終了〜

 

「長くなったね。最後はオシオキだったかな?…オシオキを受けるのは御伽月羽。だから僕じゃない。なんてね。」

へらりと笑ったままだった。

 

語られている間、誰もが長い物語を読み聞かせられている感覚だった。何もかも、知らなかった。

 

砂切と月陰が物語の中にいて、次のページには結末があり、そしてその作者になる御伽は……御伽は…。どこにいった?

 

御伽から告げられた事実は全て衝撃的で、だから、誰も何も発言ができなかった。

その時、また御伽が口を開く。砂切と月陰は見ることの無かった笑顔で、いや、今度は笑っていなかった。

 

「あの…るう……あのとき…月陰さんに言われたんです…『貴方は悪くない』って…。とっても…優しい声…でした…。るうは…二人に天国で謝らなきゃいけません…。」

 

俺達と過ごした御伽月羽だ。

あいつはそこにいた。

ちゃんと、いたんだ。

 

***

 

「あっ、るうは地獄行きでした。」

 

 

▼オトギさんがクロに決まりました。オシオキを開始します。

 

 

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「手に持たれた無罪の板には小さく死刑と刻まれていた。」▼

 

 

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俺は最悪すぎるエンドを見届け、重いものが心にあったが、御伽の自白で気になったことが一つあった。それを聞かずに、自室に戻るわけにはいかない。

「…お前は殺人に関与しないといったよな?」

 

「うん、言ったよ!いんちょーは約束破らないし!解毒薬は殺人に関係ないと思ったもーん!だから、彼女に薬品保管庫への入室を許可した!実際用途はちゃんと解毒薬だったじゃん!」

モノアピスは相変わらず、幼い顔で笑っていた。顔だけは愛嬌たっぷりで、子供向けの番組に出ていそうだ。

 

この“院長”は何者で、一体どこからきたのか、もしくは誰が作ったのか。

俺達はそれを知る事ができるのだろうか。

 

「知っていたんだろう。御伽が砂切を殺そうとしていた事も。」

「君達のことはなーんでも♪いんちょーは知ってるんだよ!」

 

「いつ、どこで手に入れたっていうんだ。お前は何者なん…「裁判も終わったし、いんちょーは帰ろっかな!じゃ、おっさきー!」」

俺の追及を無理やり自らの言葉で切り、手を振ると、モノアピスは軽やかな足取りで何処かへ消えていってしまった。

 

今、これ以上モノアピスに聞いても無駄だと思い、俺も裁判場を後にしようとしたが、蓮桜はまだ台に立ったまま、両指を絡ませ、何かを祈っていた。

「…なにしてるんだ?」

 

「白雪姫と王子様が目覚めてまた愛し合えますように。」

 

 

Chapter 3

 

毒林檎はゆっくり甘い夢を見る

 

 

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残り9人

 

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三章シロ 砂切ひなのさんの裏シートでございます。

 

 

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三章シロ 月陰美尽くんの裏シートでございます。

 

 

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三章クロ 御伽月羽さんの裏シートでございます。

 

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Chapter4 Heartful_Recollection
(非)日常編


「やっぱ、中々皆集まんないな!」

相模が足を投げ出して、少し不満げにつぶやいた。

「…相模、品がないぞ。」

劇の件もあり、また人数がもう残り1桁をカウントしていることもあり、なんとなくだが皆で集まる事は少なくなった。

 

午後3時、お茶をしにやってきたのは、相模、仍仇、愛教、蓮桜、そして俺だ。

看薬院と安心院、祇園寺に片倉は何処かにいるのか、それとも自室にこもっているのか、今日一日姿は見ていない。

 

「うーん…皆が見てる中で、だったからね。」

愛教も砂切、月陰、御伽の事件のことを言いたいらしい。悲しげに首を振った。

「きっと、皆避けてるとかそんなつもり無いんだろうけど…なんとなく疎遠になっちゃうね…。同じ屋根の下なのになぁ。」

蓮桜も同調するように言う。

 

「まぁ、何か出来事を起こす様な気にはなれないだろうし、暫くこんな空気感でも別にいいんじゃないか?」

そう言いながら、茶を呑む仍仇の横には分厚い本。

「…お前そんな厚い本読むのか?」

「特にすることもないから暇だろ。本は結構好きだから。」

と、言いながら内容を見せてくれるという意向か、本をこちらに寄越した。

 

仍仇から本を受け取り、表紙を開きペラペラとめくる。

「いて……っ。」  

めくった拍子に紙で指を切ってしまった様だ。

傷口こそ小さいものの、じわりと血が滲む。

「わ、大丈夫?」

蓮桜が横から覗き込む。怪我をしていないのに、痛そうな顔をするものだ。

 

「大丈夫だ、ほっときゃあいいだろ。」

「ううん、傷口か小さくてもやっぱりバイ菌が入ったら…とか考えたら心配だよ!保健室に行こう?」

蓮桜は首を傾け、いわば上目遣いなるものをする。そういう顔はずるいと思うのは俺だけだろうか。

 

相模はにやつき、愛教は「いってらっしゃい。」と小さく手を振った。

「さて、俺は日和を探しに行ってこよっかな!」

「それじゃあ、ぼくは片付けておくよ。」

「サンキュ!次は俺がやるから!」

「悪いな愛教。僕は本でも返してくるか。」

 

食堂はまたがらんとするらしい。

 

「さっ、行こう楼くん!」

俺は蓮桜に引っ張られるがまま、保健室へと連れられた。

「保健室なんて、久々に入るな。」

最後に世話になったのはいつだったか。此処に来てからの記憶は鮮明なのに、…いや鮮明だからこそ昔の記憶は朧げになる。

 

「え〜と………あったあった!」

脚立に立ち、棚から救急ボックスを取り出す。その中からピンセットや消毒液、コットンに絆創膏を出した。

「はい、手出してね。」

俺の人差し指をそっと触ると、蓮桜はトントンと消毒をし始めた。

 

コットンが傷口に触れるたびに染みて少し痛む。でもそれ以上にやけに心臓が痛かった。何かを誤魔化すように、俺は言葉をなんとか口にした。言葉になるなら、なんでも良かった。

「…慣れた手つきだな。」

 

救急ボックスをしまいながら、蓮桜はどこかかげった表情で言った。

「…確かに、僕はこうやって、血を止めることは出来るかもしれないね。だけど…傷口を塞ぐのは…死を防ぐのは…きっと楼くんの役目だよ。」 

 

「いきなりどうしたんだ?」

「…僕も希望を託してるんだよ。」

も、とは糸針や月陰のことを指しているのだろうか。蓮桜はやけに真面目な顔をして、真っ直ぐに俺を見つめた。

「希望を託すなんてそんな事言うなよ。まるでお前が死ぬみたいじゃねぇか。」

 

「違くて。…いや違わないのかもしれないけれど。いつ死ぬのか…もう皆分からなくなってきてると思うんだ……だから、手遅れになる前に言っておきたかったんだ。」

まるでそれは遺言の様だった。俺は引き留めていられる言葉をただ考えていた。

 

「…俺に希望を託しても…糸針みたいにはなれねぇぞ?」

愛教との夢の話を思い出す。愛教とも蓮桜とも皆とも生きたい。だからそんな事…言わないでくれよ。

 

_______夢は叶わないこそ…?

 

いや…叶うからこそ?

 

「ね、美尽くんとひなのちゃんが死んじゃった時の裁判さ、楼くんは初めて自分の意思でそれは違う、って言ったよね。…確実に君は進めてる。緋巴銉くんと同じ姿になる必要なんてないんだよ。」

 

「何か明るい事を考えるなら任せてよ!また皆が楽しくなれる様に、集まれる様に、考えてみるからさ!」

すぐに元の明るい笑顔を浮かべると、蓮桜は俺の手を握った。

 

 

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「僕達は君のことを信じているんだよ。だから、君も自分を信じてあげてよ。」

 

「ね?」

俺はついに声を発する事ができず、勢いに押され頷いた。

 

「じゃあ、また明日!」

するっと俺の手を離すと、蓮桜は袖にすっぽりと隠れてしまった手を振る。小さな小さな体だった。

 



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(非)日常編

翌日、俺と愛教は談話室にいた。特に何もする事もないし、世間話でもしようかとなったのだ。食堂には女子が集まっているらしい。クッキーを作るそうだ。

 

「そっか、楼くんは3年生だったんだね。」

「俺と…祇園寺とあとは…確か蓮桜も同じ学年だったぞ。」

「え!蓮桜さんも?」

「あぁ。それで愛教は何年なんだ…ってあれ?」

そこに何者かの影。

 

「菊地原と愛教か。偶然だな。」

仍仇だった。

どうやら、図書室に行く道で空いている扉に気づき、覗いてみたらしい。

 

「こんにちは、仍仇さん。もし時間あれば少し話していかない?」

「時間に追われてるわけでもないしな。少し此処で休むか。」

そう言うと、仍仇は近くの椅子を引き、腰を下ろした。  

 

「この辺の研究教室も最初に比べると大分開いてきたね。」

「そうだな。才能を思う存分研究できる部屋…。才能が好きであれば嬉しいだろうな。」

愛教の言葉に返事をしながら、研究教室の開放に喜んでいたあいつらを思い出していた。

 

「好きならな。…お前は自分の才能のこと、誇りに思っているのか?」

「…俺か?」

 

幼い頃、葬儀屋を継ぐのが嫌で嫌でたまらなかった。そんな記憶がある。

 

俺は、過去をそっと思い出してみた。

 

チクリとした痛みが胸を走った。

 

けど、

 

今は…。

 

「誇れるぞ。」

 

誰かが必ずしなければならないこと。死者の弔い。影の仕事ではあるけれど、きっと誰かが…死者が…感謝してくれてると思う。

 

「そういう仍仇はどうなんだ?」

「まぁ、僕もそうだな。…すまないがそろそろ行くとする。」

仍仇が出て行こうと腰をあげた時、悪夢の様な、それは鳴った。

 

『死体が発見されました。繰り返します、死体が発見されました。』

 

「え?」

愛教が大きな目を陰らせながら、声を漏らした。その心情は此処にいる全員同じのはずだった。

 

誰が

どこで

 

俺は体を動かすこともできないまま、次の言葉を待った。

 

『場所は蓮桜雪雫さんの病室です。生徒はすぐに向かってください。』

 

はすさき ゆきな

 

蓮桜雪雫_______

その言葉に俺は更に拍動が痛いほどに速くなるのを感じた。

 

昨日の話が頭を過ぎる。俺達の最後の会話がそれだとするのなら、あぁそれは。

 

ぐちゃぐちゃな頭の中、俺は走った。もうこれ以上、誰にも死んで欲しくなくて、そのアナウンスが嘘だと思いたくて。俺はついに、蓮桜の自室へとたどりついた。もう既に俺達以外の全員が集まっている。

 

「…蓮桜は…無事なのか?…一体…誰が……。」

「ろ、楼くん………。」

 

『また皆が楽しくなれる様に、集まれる様に、考えてみるからさ!』

そういうことじゃない………。

違う。違うんだ。

 

蓮桜は全員の視線の先、死んでいた。

 

 

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「蓮桜…っ!」

膝から力が抜けていき、情けなくも体が崩れ落ちていくのを感じた。蓮桜の横に座り込んだ俺は、名前を呼び、応えてくれるはずもないことを知りながら手を握った。

 

昨日までの温もりはもうない。

 

集まれるような事がお前の死だなんて、そんな皮肉な事あるもんか。

 

あぁ、昨日、どうして握られた手を離した?

 

“死ぬな”

 

“俺と生きよう”

 

言えばよかったんだ。

 

そのまま、離さないで、

 

ちゃんと言葉にして、 

 

好きだと言えば良かった。

 

誰も何も言わなかった。

ただ、すすり泣く声だけが人数に合わない、シンとした部屋に響く。主は安心院だろうか。

 

こういう事が前にもあった。

その時、あいつはこう言ったっけ。

進まなきゃ、って。

 

今此処で折れるほど、弱い俺じゃない。

 

お前が俺の希望だから、俺は立ち上がる。

その存在があるから…あったから…まだ、まだ、終われない。

 

必ずクロを見つけるんだ。

 

___生存者

 

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非日常編

第一発見者は看薬院と安心院。死体発見アナウンスは片倉と鳴らした様だ。

俺は2人に話を聞くことにしたが、安心院はまだ俯いていた。そこで先に看薬院に声をかけることにした。

「お前らは今朝、一緒に菓子作りをする予定だと食堂で会った時に言ったな。」

「ええ♡いくら経っても約束の時間に雪雫ちゃんがこなくて…呼びに行ったところ……♡」

そういうと看薬院は言葉に詰まってしまった。

 

「その約束をしていたのはいつなんだ?」

「一昨日です♡」

看薬院は、困ったようにマスク越しの頬を軽く掻いた。死んだという事実が受け入れ難いのか、どこか死という言葉を避けているようにも見えた。

 

「誰かいないですか?って看薬院さんが部屋を回ってくれたんだ。ボ、ボク以外は皆別の場所にいたみたいだよ…。」

それから、端の方でいつも通り怯えている片倉の言葉に相違点もなく、違和感はなにも感じなかった。

 

次に、俺はただ椅子に座り黙り込む安心院に声をかけた。正直、なんと声をかけていいのかわからなかった。蓮桜が大切な存在であったのは俺だけではない。

「…安心院?」

暫く応答はない。

 

今はそっとしておこうと安心院から離れようとした時、ぽつりとか細い声がした。

「………すみません。ショックが大きく……。」

「いや…当然だよな。」

更に沈黙が続き、また、安心院が口を開いた。

 

「…楼さんは強いですね。」

「強い、か?」

そう聞くと、安心院はこっくりと頷いた。

 

「強さは初めから備わってたものじゃなくて……俺は皆からもらったから。…安心院は違うのか?」

「日和…!俺が…いるから…。」

「そうですよ、日和ちゃんはまだ独りじゃないです♡」

相模と看薬院が安心院の背中をさする。安心院はぐっと何かを堪えて俯いたあと、

 

「私、もう少しだけ頑張ってみます。」

綺麗な笑顔で、ただ、そう言った。

 

蓮桜は口から血を流して死んでいた。近くには瓶が。

「これ……蓮桜さんを殺害した毒の瓶かな?」

愛教が瓶を指差し言った。俺も同意見だった。それ以外に何も思いつきはしない。一体どうやって飲ませたというのだろう。

 

「それに、これなんだろうね。」

戸棚から倒れたのだろうか。何故か小麦粉が遺体周辺に散っていた。ただ粉が散ったというよりかは、のびて床についている。

 

「この小麦粉は、材料集めの時に足りなかったものですから、モノアピスから雪雫ちゃんが貰ってきたものだと思います♡」

会話が聞こえていたのか横から看薬院が口を出す。ありがとう、と愛教は答えた。

 

俺は蓮桜の体をそっと起こすと頭の後ろら辺を確認した。血こそ流れてはいないが、内出血で小さなこぶが出来ていた。恐らく戸棚にぶつかった拍子にできたのだろう。

 

枕元には、古びた革が表紙の本。

何気なく手に取り中身をペラペラとめくる。

 

“今日は日和ちゃんと迅くんと育くんと緋巴銉くんと楼くんと志々水ちゃんでピクニックに行く約束をしました。”

 

“劇の練習は順調です。月羽ちゃんも生き生きしていてとても良かったです。”

 

日記のようだった。後ろの方を見ると、何故か数ページ破られた跡がある。

「どうしてここのページだけ破られてるんだ?」

「…書き違え、かなぁ?」

 

だが、部屋中どこを探しても破られたページは見当たらなかった。

 

「なんだか事件の証拠になりそうなものが少ないね。裁判で皆の力を合わせれば…わかるかな?」

愛教は捜査を終えると、不安そうに俺を見つめた。

 

「これだけ捜索しても犯人に直接繋がりそうな証拠はないしな…。でも今までだって俺達は事件を解決出来たはずだ。今回だってできるだろ。」

俺に不安がないと言えば嘘になる。

だが、必ず犯人を見つけるという強い意思だけが俺を動かしていた。

 

最後にだが、最早テンプレートとなりつつある、カルテの確認。俺は机の傍の引き出しをあけた。

「…え?」

 

そこに書かれていたのは、小さな体に抱えるには重すぎる病。

“何もかもを喪う”病気。

 

“喪う対象には体の機能も五感も記憶も含まれる。”

“細胞壊死。”

“二度と目を覚まさなくなる。”

 

無機質に並べられた言葉が針となり、俺を刺す。

 

皆で食べたものを、美味しいと笑ったのは、嘘?

見えなくなって、聞こえなくなって。

俺達の事も…いつかは忘れる運命だったのか?

 

クラっと、倒れそうだった。

 

「さてさて、そろそろ裁判を始めようか!」

これ以上もう何も奪わないでくれ。

そんな気持ちを隠すかのように、忘れさせるかのように、俺は強く地を蹴り裁判場へと向かった。

 



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非日常編

「俺達なら出来るから、皆諦めず行こう!」

「う…うん…。きっと…大丈夫だよね。」

「選択肢は一つしかないだろう。」

「…やるしかないんだ。」

 

 

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「まずいつも通り死因から確認していくか。…いやその前に死亡推定時刻も聞いておきたい。カルテさん、どうかな?」

祇園寺が裁判の流れを作っていく。

「死亡推定時刻は発見時から1時間〜2時間前くらいだとは思います♡死後硬直はさほど無かったですから♡」

 

「カルテさんと楼さんがいるのでそこら辺は心強いですね。えっと、そして死因は…。」

「近くに毒の瓶らしいものがあったけどぉ……毒殺でいいのかなぁ?」

「うん、ぼくもそうだと思うよ。」

全員が毒殺だと意見を一致させた。

 

「そうだとして、その瓶は一体どこで、そしていつ手に入れたんだろうな。」

「薬品保管庫なら誰でも出入り可能ですよね♡恐らくそこで確保したとは思うのですが♡」

 

「今日昨日の話でないとするのなら、いつでも手に入れることができちゃうよなぁ。」

ガシガシと頭を掻き、もどかしそうに相模が言う。

それじゃあ、誰が持ち出したのか分からない、というのは同意見だ。

 

「誰にでも可能…ならとりあえず今日、事件発生までのアリバイを皆話してみないか?」

俺の提案に皆が頷いた。

  

「私と日和ちゃんは知っての通り、クッキー作りの約束をしていました♡ それに、折角ですし朝からお喋りしていたんです♡…雪雫ちゃんは後から来るといって…来ませんでしたが…♡」

共犯の線は低い。2人はシロであろうか。

 

「俺は迅くんとお茶とトランプをね。あぁ、途中まで伊織くんとも一緒だったよ。」

「図書室に行こうと途中で離脱したが、そこでお前たちに会った筈だ。」

「うん、確かにぼく達は仍仇さんに会ったね。ぼくと楼くんは朝から談話室にいたよ。…3人の中で長い間抜けてた人はいたりしなかった?」

 

「僕がいる間は2人が1度だけ抜けたがな。」

「俺は御手洗いに、迅くんはお茶を取りに行ってくれてたんだ。それで、君は?」

黙ったままの片倉に鋭い目を祇園寺が向ける。片倉はビクッと体を震わせた。

 

「えっとぉ…ボクはベッドの下の埃とか取りたくて……ずっと1人だった…よ。」

ずっと1人だったという告げるその声も震えていた。疑われるという避けようのない事実に、怯えているようだった。

「本当にアリバイがないのは…今日の事件発生まで誰にも姿を見られてないのは片倉だけか。」 

「お前が殺して、あとは何食わぬ顔で部屋に戻ればできる話じゃないのか?」

 

「ちょ、ちょっと待って…。ボクはただ部屋の掃除をしたかっただけなんだよぉ…いぢめないでよ…。」

片倉は急に向けられた疑いに必死になって、否定するが、どうやってもじわじわと疑いの目が集まっているのは確かだった。

 

「毒を盛り、殺すには2、3分席を外すだけでは難しそうですよね…。」

「なら、犯人は…片倉さん……?」

 

「……。」

彼は何かを思い出したようだ。

そしてその弾丸は放たれた。

 

「それは違うぞ!」

 

 

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「藍にも…誰にでも犯行は不可能に思えるんだ…。だって、実際に2人が雪雫ちゃんの部屋に来た時は、密室だったんだ。そうだよね?」

「はい、鍵がかかっていて中に入れなかったんです♡ノックをしても応答はなくてですね…♡」

 

「だから、カルテさんだけに人を呼ぶのを任せて、私はモノアピスに鍵を開けるようにお願いしに行ったんです。」

「モノアピスはボク達が鍵を開けてからすぐいなくなっちゃったけどぉ…。」

「いんちょーが感じ悪い奴みたいな言い方やめてくんないかな?邪魔したくなかっただけだもーん!」

「ご、ごめんなさい……。」

 

「密室で、かつ、毒瓶の持ち出し時間も不明。」

「…行き詰りました、ね。」

 

「あと、役に立ちそうなものって….。」

打撲跡も落ちた小麦粉も、役に立ちそうにはない。あと残っているのはあれだけだが、それが果たして役に立つのか。

 

「日記の後ろのページが、何枚か破れてたんだ。犯人について、約束をしていたりとか…何か手がかりになるものが隠されていたりしてないのか…?」

 

「犯人が隠したとなると、見つけるのは難航だな。」

「もし、雪雫ちゃん本人が隠したなら、近い日に1人でどこかに訪れた時なんでしょうか?♡」

 

仍仇がぽつりと言った。

「…そういえば、図書室に何度も足を運んだが、一度だけ蓮桜に会ったな。」

「その時、蓮桜は1人だったのか?」

「あぁ。たしかに1人だった。」

これが日常であれば、普通のことであろう。今はどんな些細なことでも異変に思えた。

 

「楼さんも私も…誘われてないのは少しだけ引っかかりますね…。雪雫さんは単独行動が少ない方でしたから。」

安心院も引っかかる点があるようで、首を傾げて見せた。

 

「モノアピス!俺達どうしても確認したいことがあるんだ。だから、もう一度だけ捜査をさせてくれないかな?」

相模がすっと手を挙げてモノアピスへと言葉を向けた。

これが最後のチャンスなんだ。俺達はモノアピスの返事を待った。

 

「仕方ないなぁ〜。いんちょーは優しいので再捜査を許可します!その代わり、いんちょーの引率!皆で行動すること!」

 

そうして、モノアピスに連れられて図書室へと移動。

「…にしても莫大な資料の数だが…。」

「この中から本当に探せるんでしょうか?♡」

半ば呆れ顔で放たれる祇園寺の言葉を看薬院が引き継ぐ。

 

「仍仇、会ったときに何か蓮桜は言ってなかったか?」

「そうだな…。あぁ、花に関する本はどちらだと聞かれたな。」

 

花に関する本。

そして、俺が託されたのは

 

「…希望………。」

「雪雫さん、ですからスノードロップじゃないですか?」

俺の言葉に続き、安心院が答えを出した。蓮桜から聞いたんだ。スノードロップの花言葉は_______希望だと。

 

「花言葉に関する本の中…スノードロップのページじゃないか?」

本棚から目当てのものを探し当てた俺達は、スノードロップのページを開いた。

 

そこにはくしゃくしゃになった紙。

 

“この病棟に来てから、結構な日付が経ちました。閉じ込められてコロシアイをしなさいって言われた時はびっくりしたけど、それでもたくさんお友達ができて、楽しい時間もありました。

 

…しかし僕には時間がありません。僕は病気に罹っています。必ず死ぬ病気です。身体の機能とか、感覚とか、…記憶とか。これらが日によって、ものも程度も違うけれど、確かに無くなっていって。起きていられる時間も減っていって、目を覚ませなくなって。

 

そうして最後には身体の細胞が壊死して死ぬ病気です。

最近、味がわからない。無くなって、思い出せない記憶がある。たぶん、他もいずれは同じようになるんだろうなぁ。

...誰が亡くなったのか。その記憶も、いくつか無くなってる。

 

いつどこでどうやって殺されたのか、その人を殺した誰かがどうなったのか。記録を見るまで把握出来なくなった。普通なら忘れようとしても出来る訳ない記憶のはずなのに。

 

死なないでいられる自信がなくなってきました。

誰かに殺されるか、誰かを殺して処刑されるか。

...それとも、病気で死ぬのか。

どれも起きないとは絶対に断定できません。

かといって、これ以上友達が亡くなるのも僕は見たくない。...それなら、残ったのは

 

▽……自分で死ぬこと。

 

俺はその場にはりつけられたのように動けなくなった。

何もかも、信じられなかった。

 

「……ないだろ………。」

「え?」

 

「死ぬはずなんてないだろ!」

「楼くん!蓮桜さんはっ……自殺したんだよ…!」

愛教が珍しく大声を出し、俺の言葉を真っ向から否定した。

 

初めて受けた相棒からの否定だった。

 

「もう…君も分かってるんだろ。」

祇園寺が息を整えた後、泣きそうな、悔しそうな、そんな顔で俺を見つめた。

 

本当は、分かってたんだ。

 

はりつめたものが、風船を突くように、割れた。

怒りをぶつける相手も、なにもない。あいつは自分の意思で命を絶ったのだ。

 

「…なんでお前が諦めてんだよ…!」

 

悔しかった。

気づいてあげられなかった。

最後に話した事、それは蓮桜なりのSOSだったのかもしれなかった。

助けてあげられなかった。

与えられてばかりだった。

なにも、返せなかった。

 

ただ、知らないような泣き叫ぶ声が、シンとした空間に響いていた。

 

 

 

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「あぁ、ちょっと待ってよ!楼おにいちゃん!」

その場から立ち去ろうとした時、モノアピスが俺を呼び止める。

「…。」

「遺品整理ってやつ!」

そういうと、何かをモノアピスは放り投げた。

 

床に落とすのは忍びないので、何を渡す気だと怪しみながらも、俺は受け取る。

それは、蓮桜の首飾りだった。

「『もし僕が死んだら楼くんに渡してほしい』ってさ!いんちょーってば忘れないでおいてあげたよ!」

 

形に残るものも残らないものも、すべて蓮桜との記憶として俺の心に残る。

俺が生きている限り、蓮桜はまだ生き続けている。

今はそう、思っていたい。

 

首飾りを握ったまま、俺はそのままベッドへと体を投げ出した。

いつのまにか深い深い眠りについていた。

夢の中で、あたたかな、春を見た。

氷はいつか溶けるだろうか。

 

「あーあ、まだ謎は解けてないのになぁ。君もそれでよかったわけ?」

 

 

Chapter 4

 

Heartful_Recollection

 

 

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四章シロ 蓮桜雪雫さんの裏シートでございます。

 

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Chapter5 ユメの内、晨星落落
(非)日常編


「今日も全員揃いませんね♡ 現くんは最近毎日ですけど…今日は藍くんもいないのですか…私、寂しいです♡」

ふぅ、と珍しく看薬院がため息をつき、今日は始まった。

ちょこちょこと誰かが抜けることはあるが、最近、俺たちは食事や昼行動を集団で行動している。

 

「祇園寺は、部屋に篭ったきり出てこない。」

「片倉さんは…昨日は一緒にお昼を食べたけど、それ以降見てないな。もしかすると研究室にいるのかもしれないね。ほら、あの子何かを忘れようとするたびに掃除しだすから…。」

 

2人はどうやらそれぞれ別の場所にいるようだった。こんな状況だ。2人も何か思うことがあるのだろう。…思い詰めすぎていなければいいが。

 

…それから。

ただこの場に俯いて、不自然に言葉を発しない人物がいた。

 

「……っ…。」

安心院だった。

額にうっすらと汗を浮かべ、いつもの笑顔はなく、ただ青い顔をしていた。不謹慎といえばそうなのだが、今にも死にそうだ。

「お、おい。大丈夫か?」

 

「…フッー……フッー……ッ…。」

「安心院さん…?」 

「日和?大丈夫か?」

肩で呼吸をし、苦しそうな安心院を愛教と相模が不安そうに見つめる。

 

そしてふらっと

 

倒れた。

 

突然の出来事に俺達は思わず立ちすくむ。このまま死んでしまうのではないか、毒を盛られてしまったのでは……嫌なことばかりが頭を過ぎる。どれもこれもこの生活のせいだ。疑うことは何も生まないのに。

 

「日和ちゃん!…意識は…!」

そんな中、超高校級の看護師である看薬院だけは、立ちすくむことなく慌てて駆け寄り脈を測る。

 

「脈はあります…気を失ってるだけでしょう……♡」

俺達は安心院に命の危機が無いことを安堵した。

「保健室に連れてってあげよう。」

「俺が行くよ。」

愛教の言葉に相模が頷くと、そっと安心院の体を抱え保健室へと歩いて行った。

 

大きな相模の背中とそれにすっぽりおさまった小さな安心院の体。それを見つめながら、愛教が言う。

「安心院さん、大丈夫…じゃなさそうだったよね。心配だな。」

 

「…病気が現れているのかもしれないな。」

そう、時間は無情にも進む。今俺たちが此処で言葉を交わす日常でさえ、蝕まれているのだ。

 

「え〜と…。とりあえず、お昼にしませんか?♡ お腹が空いたでしょう♡」

空気を読むように看薬院が提案する。時刻は12時過ぎ。たしかに腹が減った。

「そうだな。…あの2人も呼びに行った方がいいか?」

「うん、お昼くらいは一緒に食べたいし…呼びに行こうよ。」

愛教が同調する。

 

明るい相模と話術に長けた安心院が消え、更に静かになった食堂。人数はいた方がいい。

 

「僕が声をかけた時もあまり反応はなかったし、来るかはわからないぞ。」

「一応、行くだけいってみるか。」

仍仇がそういうが、とりあえず残っている4人で祇園寺と片倉を呼びにいくことにした。

 

「現くんの行方はわかっていますし…まず現くんの自室から訪問しましょう♡」

祇園寺の部屋の扉を叩くと、応答はなかった。

「…おかしいな。確かに中にいるはずだが。」

仍仇が怪訝そうに首を傾げドアノブを捻った。

 

扉は開くことなく、物々しい雰囲気を漂わせる。

どことなく、嫌なものを感じた俺は扉を叩き、大声を出す。

「おい!祇園寺聞こえるか!いるなら返事だけでもしてくれ!」

 

のほほんとした声も、しっかりとした声も聞こえない。

返事はないのだ。

 

何度ドアノブをガチャガチャと回しても開くことはない。部屋の主はただ単にいないのか、それとも……。

 

「べ、別の場所に移動してしまった可能性もありますし…♡ どうか落ち着いてください♡」

そういう看薬院も同じことを考えているのだろう。少し声が震えている。

「ぼ、ぼくが鍵をとりに、モノアピスのところへ行ってくるよ!きっと保健室だよね…!」

 

しばらくして愛教が息を切らして帰ってきた。

受け取った鍵でドアを開けると、アナウンスが待ってました、と言わんばかりに鳴り響いた。

 

なんで

 

そこにいるはずのない人物が、死んでいるんだ?

 

 

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首を吊られ、俯いたままの片倉。

 

片倉だけじゃない。

 

「なっ、なんで…ですか……。」

看薬院の甘い声も今は掠れている。

 

 

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部屋の主であるが、四肢がもげ、血だらけのベッドに横たわる祇園寺の姿。

 

その部屋は、地獄のようだった。

 

 

_生存者

 

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非日常編

「どうしてまた、2人も犠牲になっちゃったのかな。」

悲しそうに愛教が目を伏せる。それに続いて看薬院も口を開いた。もう気持ちは捜査へと切り替えたらしい。

「2人が殺し合った結果なのか、それとも2人とも誰かに殺されてしまったのか♡ しかし…この部屋の荒れ具合はすごいです…♡」

 

「…そうだな。」

俺はぐるりと部屋を見渡した。

床は祇園寺の部屋の物で散乱している。片倉と祇園寺が争ったのか、はたまた別の人物と2人のどちらかが争ったのか。

ここでどちらかが殺害されたことは明らかだった。

 

そして何より、ツンと鼻を刺す血特有の鉄の香りが部屋に充満している。

俺は顔をしかめ、祇園寺の遺体の方へと向かった。 

 

匂いは祇園寺からだろう。祇園寺の四肢からシーツまで、血が染み込んでいた。

犯人は祇園寺の四肢を切り、出血死させたのだろうか。それとも、何か別の方法で殺害した後、切ったのだろうか。

 

そうだとしたら、かなり強い怨恨での殺害になるだろう。

 

足下には弓鋸のようなものが。

「犯人はこれで祇園寺さんの四肢を切ったのかな…。」

残酷なものを想像したのか、愛教は首を振った。

 

更に、近くには壊れた時計が落ちていた。

粉々になったガラス破片や電池が側に虚しく転がっている。

時刻は昨日の正午で止まっていた。

 

片倉の方はというと、血が溜まっているのか、顔をピンクに染めたまま死んでいた。縄が酷くきつく締まっていたのだろう、苦しそうな顔のままだった。

 

そして、近くには椅子が倒れていたり、メモパッドの紙が散っていたり。こちらも荒れている。

 

片倉の遺体近くのテーブルの上に鍵がある。これが祇園寺の部屋の鍵だろうか。俺は一度外に出ると、部屋の鍵穴にさしてみた。

ガチャリと音を立て、それは部屋を閉じる。本物の鍵で間違いないようだった。

 

「そういえば、蓮桜さんの時に続いてまた密室殺人なんだね。」

「そうだな。どちらかが鍵をかけたのか…?」

どうも、密室と聞くと頭が痛くなる。

 

「学級裁判を告げるアナウンスはまだ鳴りませんね…♡」 

「安心院は分からないが…。相模は参加するだろうが、捜査をしていないからな。あいつがある程度捜査をしたら、始まるんだろう。」

 

「ね、楼くん。先にカルテの方見ておけば?」

「そうだな。ここで突っ立ってるのもなんだし…な。」

俺はチラリと2人の遺体を見ると、散らばった紙や小物を踏まないよう、棚まで足を伸ばした。

 

祇園寺のカルテには一度読んだだけではわからない、彼らしいといえばそうだといえそうな、難しい内容がつらつらと書いてあった。

「…現実と夢での区別がつかなくなる病気、か。」

現実世界では常に幻覚を見ており、夢世界では幻覚に追われ眠るたびに幻覚に様々な方法で殺害される。

 

夢世界を現実世界と認識した途端、現実世界の自身の体が細胞変化により夢世界での死因で死亡する。

…恐らく、この幻覚が祇園寺のいう“うさぎちゃん”だったのだろう。

 

片倉のカルテには“cleanness”とだけ。

内容は此方は至ってシンプル。体が半透明になってしまうらしい。

片倉の手袋を一度外し、彼の指先を見たが、少しだけその手は透けていた。

 

もしかすると手袋は清潔を保つ他に、病気の進行を見せないためでもあったかもしれない。最も他人の為でも自分の為でもありそうだが。

 

それから数分後。

開け放ったままのドアに二つの影が。そこには、相模に肩を寄せられた安心院が立っていた。

「安心院。大丈夫なのか?」

 

「は…はい。ご迷惑おかけしました。」

そういうと、余計なことは他一切喋らず、安心院はまだ固い表情のままぺこりと頭を下げた。

そんな安心院を愛教、相模、仍仇、看薬院は不安そうに見つめている。

 

「…それよりも……聞きました。片倉さんと祇園寺さんが亡くなったそうで。」

「保健室でアナウンスが聞こえたんだ。…クソ…!」

安心院が悲しそうに首を振り、相模は悔しそうに壁を叩いた。

 

そして2人が捜査をだいぶし終えた後、放送がなった。

「ぴんぽんぱんぽーん!もうお馴染みになりつつあるけど、そろそろ学級裁判を始めるよ〜!」

 

もう、皆疲弊していた。

ギリギリなんだ。

 

命をかけて、犯人を見つけ出す。

死ねない理由があるから。

犯人が誰であっても、譲れないんだ。

 

…学級裁判が始まる。



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非日常編

「もう学級裁判も5回目か。」

「ここにくるまで何人の犠牲者が出たことか…。」

「残された私達に出来ることを精一杯尽くしましょう♡」

 

 

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「そうだな…。死因を特定できたらいいなって思うんだけど、皆はどう思う?」

裁判を積極的に進めようとしていた祇園寺はもういない。引き継ぐかのように、普段はチャラチャラしている相模が真剣な口調で切り出した。

 

「祇園寺さんは糸鋸で手足を切断されてたよね。だから出血死なんじゃないかな。」

愛教が自らの意見を口にする。

 

「ですが…抵抗したにしては…穏やかな顔をしてるん…で…す。」

 

 

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安心院の平静さはもうなかった。

 

「日和、本当に大丈夫?」

裁判席の向こう側から相模が言う。

 

「…私は大丈夫です…から絶対に裁判をやめないで……。」

口調や人称が捜査時から少しブレてきていた。安心院の病気がなんにせよ、恐らく進行が始まってきているのだろう。

 

「…私はその痛みや行使に…双方が耐えられるとは思いません。」

俺も安心院と同じ意見だった。並の人間であれば、四肢を切断して殺害する方法など思いつかないし、耐えられる筈がない。

 

「よっぽど恨みがあったのなら別だと思うけどな。」

「いや、祇園寺さんは人当たりも良かったし、そんなに仲の悪い子なんていたかな…?」

愛教の言う通りだった。基本的にこの病棟の中、不仲であったのは繰生と糸針だけだ。それも一方的であったし、そもそも2人はもう此処にはいない。祇園寺にも関係のない話であった。

 

…だが、1人だけ、祇園寺と仲の悪い人物がいた。

決して近くには寄らず、会話をしても向けられるのは冷たい言葉ばかり。

 

だがそれも此処にはいない人物だった。

 

「片倉なら祇園寺に恨みを持ってたかもしれないな。」

俺は恐る恐る口にした。もう既にこの世を去った人物に疑いを向けるのは心苦しい。

 

「あら、藍くんですか♡」

「確か片倉は首を吊られていたよな。もし祇園寺を本当に殺害したのなら、あいつはその罪を悔やんで自殺したのか?」

 

遺体のそばには椅子も倒れていたはずだ。

 

「いや、藍は自殺なんかじゃないよ。」

「相模?」

 

「あいつの首には確かに縄がかかっていたよな!だけどその縄の下には手で絞められた跡があるんだ。日和ちゃんも一緒に確認したし、カルテちゃんならわかるかな?」

 

「はい、私も確認しました…。」

「…そうですね、ええ♡ 言われてみればあの跡は縄にしては不自然です♡ 人の手によって絞められたと考える方が自然でしょう♡」

安心院と看薬院が相模の反論に賛成し、俺の推理は砕かれることとなった。

 

「そうか。…あ、それに部屋はすごく荒れていたな。もし片倉が誰かを殺して自殺に走ったとしても…あそこまで部屋を荒らしたまま命を絶つもんか?だってあいつは…。」

 

 

「超高校級の清掃員なんだ。」

極度の綺麗好きであった片倉がそんな場所で死にたがるはずがないのだ。

 

「確か現くんは塞ぎ込んでいらっしゃいましたし…もしかすると藍くん以外のどなたかと合意の上の殺人だったのかもしれませんね♡」

 

「ちょっと待ってくれ。片倉と祇園寺が同一人物による他殺だとしても、部屋が密室なのは不可思議じゃないのか。」

 

 

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俺は組み立てた推理を今度こそ合っているよう、披露する。

「犯人は鍵をずっと持っていたんだ。…モノアピスから受け取るまでずっとな。俺達が混乱している中、まるで元からそこにあったかのようにテーブルにそっと置いたんだよ。」

 

人間の錯乱した心理の中、これは然程難しいことではない。

 

「なるほど!それに賛成だ!」

 

 

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「ってことは、相模さんと安心院さんは犯人じゃないんだね。でもどうやって犯人を見つけようか。」

愛教が不安そうに呟く。

俺もさっぱりだった。

行き詰まったかと思った時、何かに気づいていたのか看薬院が俺に話しかけた。

 

「壊れた時計のこと、覚えてますか?…少しだけ時計のガラス破片に、血痕がついていたんですよね♡ ふふ、楼くん。この意味が分かりますか?♡」

 

「…そうか。犯人は時計も自分で割ったんだ。…止まった時間を正午と見せかけてから電池を抜いて、そのまま割った。だから犯人の手には傷痕がある筈。そう言いたいのか?」

 

「完璧です♡ 惚れ惚れしちゃいます♡」

「2人とも凄いよ…!」

 

 

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部屋を荒らしたりしていたのは仲の悪かった2人が争ったように見せるため。

時計を壊したのはアリバイを作るためだろう。だが昨日の正午は片倉が生きて俺達と一緒にいた時間のはず。全員がアリバイを持つため犯行は不可。

 

…最後の一手だ。

その傷痕を確認したら、犯人がわかる筈。 

 

「…皆、それぞれ手を見せてくれないか。」

俺がそう言うと、看薬院は手袋を外し、愛教はそのまま手を差し出してみせた。俺も勿論手袋を外し皆に見えるようかかげる。

 

手袋をつけたまま、仍仇は手をかざす。

 

「伊織?手袋を外さなきゃわかんないぞ?」

相模が首を傾げる。そんな様子にも仍仇は黙りこくったままだった。

 

「仍仇、手袋の下を見せてくれ。」

「伊織くん…お願いです…♡」

 

「見せない。そんな権利がお前らにあるものか。」

仍仇は頑なに首を振る。俺達がどんなに声をかけても無駄だった。

 

それは、仍仇が犯人であると、表しているようなものだった。

 

今まで犯人を突き止めるため、一緒に裁判で戦ってきたつもりだった。

それなのに、今目の前にいるのは、クロの仍仇伊織なのか?

 

「…伊織さん……私、貴方とお友達になれて嬉しかったんです…。」

ぽつりぽつりと言葉を…いや命を振り絞るように安心院が語りかける。超高校級のカウンセラーは未だ力を見せようとしていた。

 

「できるならば、貴方には清く正しい道を歩んで欲しい…私に言われたくないかもしれないですし、貴方の過去は知らない…けれど、貴方の生真面目さはよく知っていますから。」

 

「貴方にはやっぱりが真っ直ぐが似合う。…ね。見せて下さい……。」

安心院は仍仇を見つめた。

 

そしてついに、仍仇は諦めたように、安心院に自らの手を差し出した。

 

その真実は…。

 

「……。」

安心院は、仍仇が犯人だと告げるように、長い睫毛を伏せたまま俺達に頷いてみせたのだった。

 



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非日常編

「さぁさぁ!そろそろ投票タイムといってみよー!」

モノアピスは張り詰めた空気も関係なしに、嬉々として言う。

「いんちょーもう飽きてきちゃった!ほら早く!」

俺達は答えることのない仍仇から視線を戻し、投票ボタンへ手を伸ばした。

 

「だいせいか〜い!祇園寺現おにいちゃんと片倉藍おにいちゃんを殺したのは仍仇伊織おにいちゃんでした〜!」

正解を告げるちゃちなBGMが酷く煩わしかった。

仍仇はモノアピスをひと睨みする。

 

「どうして殺したんだ?」

事件の全貌はまだ明かされていない。

俺はそれを知ろうと仍仇へ声を寄せた。

 

「何も、言わない。」

しかしながら、仍仇は表情を崩さないまま、事件について口を開くことはなかった。そう、絶対に口を割らないのだ。

 

「……。」

「ねえ〜!もう何も言い残すこともないならさ!オシオキタイムいっちゃお〜よ!」

痺れを切らしたのかモノアピスは頬を膨らませながら、椅子の肘掛を叩く。仍仇は何の躊躇いも見せず、頷いた。

あいつは、何も話さず死んでいくつもりなのか?

 

引き止めることもできないまま、背を向けた仍仇を見つめると、彼はふと振り向いた。思いつきなのか、元から計画していたのか。

 

「…これは僕の部屋の鍵だ。」

仍仇がヒュッと鍵を投げて寄越す。それが何を意味しているのかはわからなかった。オシオキ後に向かえという意味だろうか。聞く暇も与えず、最期に仍仇はこう言った。

 

「………僕は生きて帰りたかった。」

か細い声だった。

 

▼セガタキくんがクロに決まりました。オシオキを開始します。

 

 

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…その記憶はどこへ持っていくつもりなのか。

 

茫然と立ち尽くす俺だったが、投げられた鍵の重みに自我を取り戻す。

 

謎は解かれていない。

3人の間に何があったのか、何故仍仇は2人を殺したのか。

真実を知らなきゃいけない義務があると俺は思う。

 

俺達は全員で仍仇の部屋に向かった。

 

仍仇の部屋は事件のあった祇園寺の部屋とは対照的に、綺麗に整頓されていた。机の上にあったのは、15通分の封筒。

“美尽くんへ”

“安心院さんへ”

“月羽さんへ”

生きている人、死んでいる人、関係なく宛名は書いてある。

 

「…違ったんだ。」

「え?」

 

「あいつは元々死ぬつもりだったんだよ。」

これは祇園寺からあてられた、全員分への遺書だった。

 

「そ、それじゃあやっぱり現は自ら殺害を受け入れたのか?」

「いや、それならわざわざ四肢を切断して死ぬ手段は選ばないだろう。」

 

それなら残るは

 

「病死…したんだ。」

 

「で、でも祇園寺さんのカルテを見る限り、自分で意識を保てたなら抗えそうだけど…。」

「抗うことをやめたんだ。」

……あいつは諦めたのか?

自分で口にしながらもその現実が恐ろしかった。

 

「そんな……。だって現さんは……。」

安心院は血の気のない顔で項垂れる。

 

封筒の束から仍仇宛のものを探す。一度開封した跡があり、俺は中から折られた手紙を取り出した。

 

その内容は、黒幕を探してほしい旨のこと。

全て仍仇に託すということ。

自分はもう限界であること。

そんなことだった。

 

「…現の筆跡だ。」

相模は誰もが認めたくはない事実を首を振って肯定した。悔しそうだった。

 

この手紙を恐らく祇園寺の死体を発見した際に読んだのだろう。仍仇は何度か個人的に部屋に訪れていたはず。

 

「それなら、どうして祇園寺さんを他殺に見せかける必要が、片倉さんを殺す必要があったのかな。」

愛教が心の底から不思議そうに言う。他の皆も同調するように頷いた。

 

此処から先はあくまで俺の推理だ。

 

「仍仇は祇園寺が自殺したという事実が受け入れられなかったんじゃねえか…?」

必死に裁判を生き抜いて、仲間を想っていた友人が、諦めたことが、受け入れられなかった。そんなプライドがあったのではないか、そう思う。

 

だが仍仇は生きて帰りたかった。

祇園寺から託されたことを成せる確証すらない。

…祇園寺を他殺に見せかけたとしても、裁判では何も起こらない。

 

その為には……生きる為には、もう1人犠牲が必要だった。

 

皆が寝静まった頃を見計らい、片倉を殺害。1人でいることが多くなっていた上、体格差もある。片倉を殺すことは然程難しくはなかっただろう。

 

殺害後、祇園寺の部屋に吊るし自殺に見せかける。そして、祇園寺の服を糸鋸で切断。ちゃんと他殺に見えるように。

 

「そうであれば、見た感じ…ですけど、現くんの遺体の血は恐らく輸血パックではないでしょうか?♡」

看薬院が俺の推理を聞きながら助言する。

 

あとは粗方裁判で話した通りだろう。

 

悲しいだとか悔しいだとかそんな簡単な感情じゃ表せない事件だと思った。

誰が悪いとか、そんなものはなくて。

だからこそ、俺は真相を突き止めた時、闇に落とされた様な気になった。

 

…残された俺達にできることはなんだろう。

 

生きなきゃいけない。

 

それもそうだが、もうそんな風に時にただ立ち止まってちゃダメだ。

祇園寺の意思を仍仇が継がなかったのなら、俺が継ぐ。

 

勝手だと3人は怒るだろうか?

 

「_______。」

 

「ぼく達で病棟の真実を探そうよ。」

声がふいに重なった。

 

「俺達も抗ってやろう。絶対薬を手に入れて此処から出よう、5人で出よう!」

愛教の肩を寄せ、相模も頷く。

 

皆も同じ気持ちなんだ。

 

息をしてるだけじゃ何も成果は出ない。

俺達は病棟の真実すべてを知る為、足を早めるのだった。

 

 

Chapter 5

 

ユメの内、晨星落落

 

 

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___生存者

 

 

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五章シロ 祇園寺現くんの裏シートでございます。

 

 

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五章シロ 片倉藍くんの裏シートでございます。

 

 

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五章クロ 仍仇伊織さんの裏シートでございます。

 

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Chapter6 終焉の幕引き、合図は銃弾 意志は芽生えば何処へ行く?
非日常編


静かすぎる病棟。

足音はもう5人分しか鳴らない。

 

この病棟に隠されたものがきっとあるはず。

その先の真実が何だったとしても、必ず俺達の手で終わらせるんだ。

 

それから俺達は学園の中を隈なく探した。勿論、開かない部屋もあった。それでも、「何か」を求めていた。

 

しばらくして俺達は捜索結果を持ちよった。まずは看薬院から。

「それぞれの研究教室や更衣室も一応見ておきましたが、特に怪しいものもありませんでした♡」

そう言うと、残念そうに首を振る。

 

「教室や視聴覚室とかも見たけどな!」

「何もありませんでした。」

安心院と相模も首を振る。

 

「他の部屋もゼロだよ。」

愛教も同じく成果の無さに睫毛を伏せた。

俺も機械室など怪しそうなところを探してみたがそこにはいつも通りの景色があるだけだった。

 

俺達はがっくりとうなだれる。

そんな空気をかき消すかのように愛教が人差し指を立てながら言う。

「ま、まだ諦めるのは早いよ。もしかしたら新しい部屋へ続く隠し扉とかがあるかも!」

「隠し扉か?」

「…そんなもんあるわけ……」

 

「…あった。」

倉庫の段ボールの山の下。地下へと続く階段。

「ほ、本当に行っていい場所なんでしょうか…?」

「皆で行けば大丈夫ですよ♡」

体を震わす安心院に看薬院が微笑む。さあ行きましょうと安心院の手を引き、下へと降りて行ってしまった。

 

「よし、俺達も行こうぜ!」

「う、うん…。」

相模も2人に続き降りて行く。愛教はそんな相模を追いかけるように急ぎ足で降りていった。そして俺も少し不安を抱きつつも4人を追った。

 

地下は意外と広く二部屋に分かれていた。

そこまで暗いわけでもなく、埃っぽいわけでもない。…誰かが、黒幕が、行き来していたからだろうか。

 

安心院と看薬院、そして相模は右の部屋に。

俺と愛教は左の部屋に、二手に分かれて捜索することとなった。

 

部屋の中にはまず大きなスクリーン。そこに映し出されていたのは16人分の病気の詳細や進行状態だった。

決していいとは言えない皆の病状。

俺はため息をついた。

 

部屋の中を捜索すること数分、相模がいきなり扉を開けて入ってきた。

「2人ともこれ見てくれよ!」

 

相模が何枚かの紙切れを見せる。

いや、紙切れだと思ったそれは写真だった。

 

「こんな写真いつ、誰が撮ったんだ?」

写真の中では談話室だろうか、そこで笑っている祇園寺と海老塚、そして普段より少し柔らかい表情で海老塚を見つめる繰生。

2枚目には図書館で大量の本を抱える砂切と御伽。

3枚目は食堂で飯を食う糸針と俺。

そんなものが続いていた。

 

「あとはこれかな。」

ファイリングされた紙にはモノアピスのデータ。難しい単語が並んでいるが、よく読み込んだ結果、あいつの正体は“患者サポートプログラム”だった。

 

つまりは、はじめからコロシアイのために作られたAIではなかったということだ。

この病棟とモノアピスが関連づいているのなら、この病棟も初めからコロシアイのためのものではなかったということだろうか。

 

相模はスクリーンの方に目をやると、少し癖のかかった髪を触りながら言う。

「モノアピス…?かな。ここで病状を確認していたみたいだな!」

「でもそのモノアピスは実際には何者かに改造された姿だったんだね。」

 

その後相模はもう少しあっちを捜索してみると戻っていった。

 

暫く散らばった本棚を捜索していたが、どれもこれも普通の本ばかり。特にこの病棟に関わるものはない。俺は中身を確認するようにペラペラと適当にページを捲った。

 

カサ、と音を立てて、何かが落ちた。

「…なんだこれ?」

 

それは一枚の手紙だった。

その手紙の主は_______。

 

 

 

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「黒幕がわかったって本当ですか、楼くん♡」

「…なんだか…ドキドキしますね…。」

「正直めちゃくちゃ不安!でも、俺達なら大丈夫だよな!」

「うん!がんばろう!」

 

俺は恐らく最後となるであろう裁判に、深く息を吸った。

 

「俺が黒幕へとたどり着いた理由は祇園寺の手紙だ。その手紙は地下室の部屋の中、一冊の本の間に挟まっていたが、まず一つ言えるのはあいつは黒幕を突き止めていた。」

悲痛な叫び。黒幕がどう思ったのかはわからない。ただ祇園寺の悲しみだけが、ひしひしと伝わる、そんな手紙だった。

 

「その手紙さえ見つけてしまったら後は簡単だ。その手紙の宛名の人物が、黒幕なんだ。」

 

「……事件の黒幕は……このコロシアイを始めたのは………。」

 

その人物はいつだって、その場の空気に溶け込む人間だった。今も“誰なんだろう“という顔のまま、俺の方に顔を向けている。

 

俺は、意を決して指さした。

 

「相模迅。……お前なんだろう。」

 

「俺が黒幕?そんなわけないじゃーん!結構協力的だったと思うんだけど?」

相模は冗談めかして笑うが、俺の表情を見ると悲しげな顔をしてみせた。

 

「ひどいぜ楼!俺達ずっと一緒に過ごしてきたじゃないか!」

更に相模は裁判台を叩くと悲痛な叫びを上げた。まさか…とでもいいたげに看薬院は俺の方を見る。

 

その時、ただ響く低い声。

 

「…なーんてね。」

 

 

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「じ、迅くん……?」

安心院は目を見開いたまま、相模を見つめる。そんな安心院を相模は目に映すことなく次の言葉を吐き出した。

 

それはあまりにも、信じがたい言葉。 

 

「でも俺だけじゃないよ。」

 

「出ておいで。」

 

裁判場の壁沿い、俺達が使ったことのない扉からその人物は俯きがちに出てきた。本来であれば存在しているはずのない人物。

 

「…皆、ごめんなさい………。」

 

「…なんで……。」

そこには、

 

死んだはずの蓮桜が立っていた。

 

 

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_生存者

 

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非日常編

「ゆ、雪雫さん…生きていて…!?」

「生きていたことはとても嬉しいですが……迅くんの言葉を聞く限り、雪雫ちゃんはそちら側の方のようですね…♡」

「でも蓮桜さんは自殺したんじゃ…!」

次々と他の面々が口走る。皆現実が信じられないようだった。俺だってそうだ。

 

相模と蓮桜がコロシアイの首謀者?

頭に文字を起こすだけで、頭が痛い。

 

そんなはずない。

 

…いや、そうなんだ。

 

それが事実なんだ。

 

俺は目の前で笑う相模と俯く蓮桜を見て、そう実感した。

 

「彼女のことは俺が殺したよ!……うそうそ!仮死薬を投与したのさ。」

相模はいつもよりもっと饒舌に語り出す。銃の話をするように、当たり前の話をするように、ありえない非日常の話を。

 

「本当ならカルテちゃんと日和が死体を見た時点でアナウンスは鳴るんだ。誰かさんが先に死体を見つけていたせいでさ!それと落ちてた小麦粉は俺がばら撒いた。楼の名前を書いてね。ハハ、ちょっとしたお遊びじゃん!蓮桜雪雫の死体を先に見つけた人物…祇園寺現に消されてしまったけど。」

 

「つーかさ!早く気づけばよかったのにな!本人以外に鍵をかけられるのはモノアピスか、黒幕しかいないってね。まあ、祇園寺現はバルコニーから空き教室へ移動したみたいだけどさ!気づかないふりをしていたのか知らないけど、ず〜っと黒幕は皆の中に潜んでいたんだよ!」

 

目の前の人間は本当に俺達と過ごした相模迅なのだろうか。

周りを巻き込む明るさと素直さ。同じ笑い声のはずなのに、全く違う人間みたいだった。

 

「でもどうして…蓮桜を仮死状態にしたんだ…?蓮桜と相模に一体どんな関係が?お前らは何故コロシアイを始めたんだ!」

「わあ、すっげー質問攻め。なんでって……邪魔だったから!それだけ。この辺の詳しい説明は雪雫ちゃんがしなよ。話したいだろ、君だって。」

 

「…僕は記憶を度々失う。でも思い出したんだ全部。」

ゆっくりと蓮桜は語り出す。

 

「僕達は君達と同じ患者でもあるけど、同時に医者側でもあるんだ。つまりはこの薬の開発者側。そして僕の才能は超高校級の医療秘書だ。」

「医療秘書?」

「そう、そのまんまの意味だよ。医療に関するスペシャリスト、とでもいえばいいのかな。」

才能にピンと来なかったのか、繰り返す愛教に蓮桜は頷いた。

 

「徐々に朽ちていく世界で、僕達は出会い、薬の開発を共にした。それから君達は、いきなり拐われた訳じゃない。“治療プロジェクト”に元々参加してたんだよ。」

 

ポップコーンをいるように

 

花火がドカンと打ち上がるように

 

失われていたはずの記憶が

 

弾けた!

 

「どうりであの写真に身に覚えがないと思ったんだ。でも、確かにあの写真はぼく達が過ごした記憶なんだね。」

「ちょっとだけ記憶とモノアピスをいじらせて貰ったよ。そうでもしないとすぐにバレちゃうし、情も生まれちゃうだろ?」

 

___治療プロジェクト

それは抽選で選ばれた超高校級が、蔓延する病気を完治させるための診療や経過観察。俺達はこの病棟で2ヶ月は共に過ごしていた。

 

「でも思ったよりずっと、多くの万能な薬の開発は難しくて。途中で僕達の意見は分かれてしまった。」

蓮桜は時間がかかってでも全員分を作るべきだと主張し、相模は投与する人物を選別するべきだと主張したそうだ。

 

「彼女を正しいと言うか?放っておけばもれなく全員死亡だ、そうなる前に手を打った。公平な方法、それがコロシアイ。」

相模はせせら笑った。

「そんな……。」

俺は思わず声を漏らす。そんな残酷な方法があってたまるか、というような気持ちだった。

 

「…でも、一理……ありますよね…♡」

しかし、看薬院がぽつりと呟く。愛教と安心院はその言葉に目を逸らした。

「おい、看薬院…。」

「職業柄、でしょうか。生かせたかもしれない人を判断ミスで失うのは、とても辛いことです……♡」

優しい看薬院だからこそだろうか。己の発言に躊躇しながらも看薬院は言った。

 

「………完治したくない人は大人しく殺されればいい、という訳ですか………。」

「生き残ったおかげで、薬を手に入れて生き延びることができるんだ!生きたくても、生きれなかった奴が沢山いるのにそんなこと言うのか?俺は悲しいぜ?」

重く息を吐き、安心院はとても苦しそうだった。

 

「病気のせいで彼女の記憶が大きく欠如された時、俺はチャンスだと思った。この時だよ、コロシアイを始めたのは。途中で記憶が甦り、呼び出された時揉めたから、一度眠ってもらうことにしたんだ。」

相模は続ける。

 

「彼女との出会いは本当にたまたまだったんだよ。人間関係や将来への希望をなくし、トボトボ歩いてた俺は蓮桜雪雫という人間に拾われた。彼女はよく記憶を失う。だからその補助が必要だった。そして俺は復讐の材料が手に入る。まあ、win-winってわけ!」

「復讐…か……?」

 

「そう!復讐!子は親を選べない。大人の決めたことにも逆らえない。ハズレ人生を引いちゃった俺は世界を恨んだよ…!絶望した。このまま全世界が絶望に染まればいいのに、そしたらあいつらも絶望を味わえるのに、って思ったよ!蓮桜雪雫を裏切るつもりはなかったよ!最初から協力する気なんてなかったんだから!」

 

「ここから出たとしても、外の世界は相変わらず病が蔓延したまま。オマエラは絶望するしかないんだよ!」

 

「さあ絶望しろよ!世界に!俺に!全てに!」

 

暫く俺達は黙ったままだった。相模の声だけが頭の中にこだまする。

 

『楼さん!』

確かに懐かしい声がした。

 

めぐり、めぐる。

 

皆との思い出が、幸せが、託された希望が、フラッシュバックした!

 

「海みたいにきらきら…“きぼうに”かがいてるろーちゃんやみんなならきっと…ううん、ぜったいぜったいぜーったい!だいじょーぶなのっ!しじみもおーえん、してるの…!」

 

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「もう、僕のような過ちを犯すような人が出ないように…君達が論破してください。

僕は海老塚さんの命を奪ってしまったことを、とても後悔しています。

殺されてしまう人も、僕のような想いをする人も、増えて欲しくないんです。

僕がこんなことを言うのもおこがましいですが、僕は君達を信じています。」

 

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「私ね、皆と沢山思い出が作れて嬉しかった。いつでも光はどこかに必ずあった。私の希望は決して無駄じゃなかったって今でも思うんです。絶対大丈夫です!信じて、あなたの希望を!」

 

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「僕は別に君たちの応援をする訳じゃないけど、こんなクソほどくだらないこと考えた奴に、僕を殺した君らが負ける方が腹ただしいね。これまで死んだヤツらを無駄にするつもり?前を見ろよ」

 

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「貴方なら大丈夫ですよ。」

 

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「貴方が私を変えてくれた。

私に色付く世界を教えてくれたんですよ。

きっと大丈夫。信じて、無駄にしないで、

平気ですよ。私達もついています。」

 

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「僕を当てた貴方ならきっと正解を導けるはずだよ。るうは凄いなって思ってました。憧れてたんですよ。無責任な言葉かもしれないけど、あえて言わせてください。大丈夫。自分を信じて。」

 

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「皆はすごい人だよ、ほんとに。皆なら大丈夫だって、ボクは思ってる。それも希望だよねぇ?」

 

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「…俺がこういうのもなんだけれど。"きっと大丈夫"、だよ。………俺はずっと信じている、きみが、楼くんが必ずその現実の先の未来を、夢を掴み取ってくれると。

……問題無いさ、ここまで現実を見据えてこれた君達なら、撃ち砕けるさ、その悪夢を」 

 

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「ここまできたなら、もうわかってるだろ。生きるんだ。僕の分まで生き抜いて、希望を掴んでくれ。僕達はいつでもここで見守っていてやる。」

 

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そんな風に言ってる気がした。

 

希望のかけらはいつだってそこにある。 

 

   

「楼くん、きみは一人じゃない。」

愛教が微笑んだ。

 

目の前の相手を否定することがどんなに辛い事なのか、皆よくわかっていた。

それは今日のことだけじゃない。いつだって、俺達は絶望と隣り合わせに生きていた。

 

それでも、

 

「俺は……あいつらから希望を託されたんだ、俺が絶望したら皆を裏切る事になる…………出来るわけねぇだろ。俺は希望を信じるぞ!」

 

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「き、希望を託されたって、きっといつか忘れる。ここでのことも忘れるんだよ…!」

蓮桜は涙を我慢するように、大きな声を出した。

「俺はここで死んだ奴らだけじゃねぇ、今まで見送ってきた人達とその遺族の顔を一日たりとも忘れた事はねぇよ。お前の分まで俺が覚えてる。」

 

「…そっか。楼くん、君は……。」

 

「間違いなく希望だ。」

蓮桜は安心したように目を閉じた。

 

「昔のぼくならきみの誘いに乗っていたかもしれない。でもぼくは、ここで1人じゃないと、手を貸してくれる人がいると、前に進みたかった人がいることを知っているんだ。ぼくは前を向くよ。きっと、笑い合える日が来る!」

 

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「…命は等しく尊いものです。コロシアイは……間違っています。私は自分の気持ちを拾いたい。また、本当の私で生きたい!

絶望で溢れていても、そこにまだ希望があるなら…私は信じてみたい。私は、貴方を否定します!」

 

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「……。」

安心院は黙ったまま。 

 

「…君が信じたいものを信じる、それだけでも良いと思うよ。君が見たい夢を見ればいい。その夢を叶えられるかどうかは、君の気持ち次第でしかない。他人にどうこうできるものでは無い。大丈夫、君ならその夢さえ掴めるよ……現実だって、“信じられる”…ね?日和さん。」

 

 

「………現さん……?」

 

「日和ちゃん!がんばれ……頑張って下さい…!日和ちゃんなら抗える!」

看薬院は安心院に叫んだ。

 

「悲しい……悔しい………何も…気づけなかった………。」

未だ俯いたままの安心院は、途切れ途切れに言葉を放つ。

「ですが!」

しかし顔を真っ青にして汗を流しても尚、相模の方を向いた。

 

「曲がりなりにも私は超高校級のカウンセラー、本当は貴方の話もちゃんと聞きたかった…私だけが辛いわけではない、私だけが苦しんでるわけではないのです。死してしまった大切な方々のためにも、貴方には然るべき裁きを受けていただきます!」

 

【挿絵表示】

 

 

前に進む、とそれぞれが口に出す。

 

「これが俺達の答えだ!」

放たれた希望。

 

「あーあー、わかったわかった、降参だって!」

相模は手を振りながらめんどくさそうに言った。

 

「…迅くん、……貴方はもっと優しい人だった…愛も、全部嘘だったんですか?」

「……俺は優しくなんかないけど、愛していたのは嘘なんかじゃない。君は唯一俺に優しくしてくれた大切な人、だったよ。」

相模はその言葉の一瞬だけ、安心院を真っ直ぐに見据えた。

 

嘘だらけなんかじゃ、きっとなかったんだ。



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非日常編

 

 

▼サガミくんがクロに決まりました。オシオキを開始します。

 

「え?」

「そ、そんな投票はしてない…です………。」

 

「これで全部終わろう。」

相模はさっきの裁判でも見たことのないような表情をしていた。

 

ガタガタと天井が揺れだす。上から銃が降りてきて、その銃口は相模に向かった。

「goodbye、だ。」

 

「まて…相模!」

俺の声も虚しく、プシュン、と音を立てて銃弾は撃たれた!

 

▼error!

 

「君をここで死なせてたまるか!」

刹那、蓮桜は相模を突き飛ばし被弾した。

「……え?」

「蓮桜……!!」

 

相模も予想していなかったのか、目を見開いたまま倒れゆく蓮桜をただ見つめる。

 

皆が慌てて蓮桜に駆け寄った。

 

「僕は…病気の進行上…もう長くは生きれない命だ。特効薬を投与したところで延命にもならないんだよ。なら僕は、ここで1人の命を救って…死して償う。」

 

「この世に未練がないといえば、嘘になるけど…例えば君とか。…でも皆が幸せでいてくれたら僕はそれでいいよ。」

蓮桜は俺を指さすと血を吐き出した。

 

「せめて…帰ろう…家に帰ろう……。」

愛教はもう手遅れなことを察知し、首を振りながら言った。もう、その場の誰もがわかっていた。どちらにせよ、蓮桜の命の灯火は消えかかっていたのだ。

 

「俺が死ぬべきだった……君をこれ以上巻き込むつもりはもうなかった…なのになんで…!」

「君には生きて、生きて、生きて…償ってもらわなきゃ。」

「……ごめん………雪雫ちゃん……。」

「僕にごめん、なんていらないよ。…本当の君は…優しい人でしょう。」

それは2人にしかわかりえない何か。

 

「ね、皆。これに絶望なんかしないで。世の中にはね、どうやったって捻じ曲げられないこともある。だけどね、その中でどう生きるか、が希望に繋がるんだよ。」

ああ、蓮桜は目を閉じようとしている。

 

「蓮桜、俺はお前が好きだった。」

「……僕もだよ、楼くん。」

ずっと伝えたかったことだった。蓮桜は満足げに笑った。

 

「さよなら、僕の大切な人達。」

そして、ゆっくりと目を閉じた。

 

「蓮桜……。」

 

「一度も愛したことがないままでいるよりは、愛して失った方が良い。…英国詩人の言葉ですよ。」

安心院は唖然とする相模を哀しげに見つめながら、俺に言った。

俺は涙を我慢しながら、目を擦った。泣くのはまだ少し早い。

 

「…楼くん……君は何歩も大人になったんだね。」

愛教が何かを呟いたが、俺には聞こえなかった。

 

俺は蓮桜から視線を逸らし、相模の方へ向く。

 

「…俺、どうしたらいいかわからない。死ねなかった……。」

言葉を点々と切りながら相模は言う。それはまるで小さな子供みたいで。隠された相模の一部分なのだろうか。

 

「貴方は大馬鹿者です……っ!まだわからないんですか…!」

安心院は相模を叱り飛ばした。初めて見せた怒りだった。

「雪雫さんが言った言葉、もう忘れるんですか?貴方は生きなくてはいけないのです!」

 

「罪を償うことが死ぬこととは限らないぞ、相模。」

「死ぬなんて…許しませんから。」

「これでもぼくは先生なんだ。君を死なせたりなんかしない。」

 

簡単に許せたりなんかしない。

それは全員同じことだろう。

それでも、相模が死ぬことの方が許せなかった。

 

「……俺は、生きて償うよ。」

しばらくの沈黙の後、相模はついにそれを言葉にした。

 

「なら、俺達はそれを支えるぞ。」

3人は頷いた。

 

相模は、初めてその赤い目から涙を流した。

 

綺麗事だと言われるかもしれない。けど、これは俺達が出した結論だから。

生きて、辛いことを沢山経験して、生きて、愛をもう一度経験して、生きて、心の底から命を実感して。そうして罪を償ってほしい。それが答えだった。

 

ーーー

 

相模に案内された真っ白な部屋の中、それは箱に入っていた。

 

「これが…特効薬か…?」

既に注射器になっており、何故だか少し眩しく感じた。俺達の命を繋ぐもの、とても大切なものだからだろうか。

 

ぐさりと腕に打ち込んだ。

 

「…っ。これで……。」

 

これで

 

コロシアイ病棟生活が終わったんだ。 

 

憎しみは当たり前に、そして悲しみと優しさでできた感情だって時に絶望を産む。

だけど、その産声の中にまだ希望はきっとある。それを聞き分けることができたなら。

 

間違っても、迷っても、どこかに信じてくれる人が、支えてくれる人がいる。そういう風に世界は出来てる。

 

もがくことをやめない。諦めたりなんかしない。

抗うって気持ちが、希望を作るから。

 

Chapter 6

 

終焉の幕引き、合図は銃弾

意志は芽生えば何処へ行く?  

 

 



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■望の彼方へ、D30PV294S4
おわり


*・・・

 

「楼くん、お手紙が届いてましたよ。…あら、育くんからじゃないですか!」

あれから数年後。すっかりハツラツと喋れるようになった看薬院が俺に手紙を回す。

 

「…ぼくは1人でも上手くやってけてるよ、か。」

受け取った手紙を読み上げながら、かつての相棒を思い出し、俺はふと笑みをこぼした。

 

【挿絵表示】

 

 

愛教は助けを求めている人を救うため、世界中を旅して回っているそうだ。

 

今は看薬院が相模と共に研究所を引き継ぎ、看護師の知識を生かして特効薬の開発に力を尽くしている。優しさはそのままに、否定する事を学んだ看薬院は何歩か大人になったらしい。

 

その助手として安心院がいる。以前のように完璧な話術を持ったカウンセラーではなくなったが、不安を抱いた患者に自分らしく寄り添って、一生懸命に生きている。

 

相模はぎこちない態度だったが、少しずつ前を向き始め、今まで培った知識と残ったデータを力に、薬の開発で多くの人の命を救うことで罪を償うことを誓った。

 

そう、安心院と相模といえばだが、あれからもう一度やり直しついに結婚した。

二度と道を間違えることがないよう、不器用ながら大切に、支え合って生きていくそうだ。

 

そして俺は今も葬儀屋をやっている。たまに、手の空いた時に研究室へ訪れては手伝いをするのだ。

 

ひらけた窓から空を見上げた。

青い空に飛行機雲がどこまでものびていく。

 

思い通りの未来じゃなかったかも。

あの時いて欲しかった人はもういないのかも。

奪い奪われゆく日々の中で、目の前で大切な人が命を絶ったとしても。理不尽が進むべき道を阻もうとも。

それでも、その中で俺達は生きなきゃいけない。

 

今日も、生きる。

 

 

エピローグ

 

■望の彼方へ、D30PV294S4

 

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___生存者

 

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黒幕 相模迅くんの裏シートでございます。

 

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黒幕助手 蓮桜雪雫さんの裏シートでございます。

 

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主人公、生存 菊地原楼くんの裏シートでございます。

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

相棒、生存 愛教育くんの裏シートてございます。こちら、親御様に頂いたものをそのまま主催が写させて頂きました。

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

生存 安心院日和さんの裏シートでございます。

 

 

生存 看薬院カルテさんの裏シートは親御様と連絡がつかなくなってしまった為、用意することができませんでした。申し訳ありません。

 



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