やはり俺の実力至上主義な青春ラブコメはまちがっている。 (シェイド)
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入学~中間試験
八幡「…嫌な奴」 有栖「聞こえていますよ?」


こんにちは、シェイドと申します。
特に俺ガイルクロス二次創作、まあ八幡単体を他作品に送り込んでみた系が多いですが、そんな感じの作品を書いております。
大体は個人的な趣味です。たまに友人に頼まれて書いたりもします。
想像を膨らませる時間や活字となった自身の妄想を読み直すのが好きです。変な奴と言われては返す言葉がありません。

さて、この作品はよう実の世界に俺ガイルの八幡をぶっこんでみた作品です。八幡の入学前スペックを見る限り、Dクラス、よくてCクラスだなーなんて考えておりましたが、全体的にこの二つの作品のクロスオーバーはBクラスが少なめだし、Bクラスの話を書きたいなーとも思いました。
戸塚と入学前に知り合っていることにして、少しだけ基本スペックを向上させ、無理やりBクラスに入れることに。

まあ、自分の妄想さえ文章化できればそれでいいので続きを書くかは未定ですが、読んでくれる方がいると嬉しいです。
ちなみに自分のよう実最推しは坂柳です。
ですが八幡のヒロインではないので悪しからず。
綾小路や坂柳、龍園と八幡を絡ませてみたかっただけです。葛城や堀北、櫛田辺りも面白そうです。

まあ、その前に八幡にヒロインがいるのか微妙なのでそこらへん未定です。
戸塚いるし。



 突然だが、俺の出した問いを読んで、その答えを考えてもらいたい。 

 

 

 青春は嘘であるか否か、悪であるか否か

 

 

 それに対しての俺の答えはこれだ。

 

 

 青春とは嘘であり、悪である。

 

 

 理由は簡単だ。

 青春を謳歌する者達は皆、常に自己と周囲を欺いているからである。

 

 例を挙げよう。万引きや集団暴走、賭け事、脅迫という犯罪行為に手を染めてはそれを「若気の至り」だと呼び。

 試験で赤点を取れば、学校は勉強をするためだけの場所ではないと言い出す。点数が良ければ「学校は勉強するところだ」などと周囲に言い散らかすだろうに、だ。

 彼らは青春という二文字の前ならばどんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げて見せる。彼らにかかれば嘘も秘密も、罪科や失敗でさえも単なる青春のスパイスでしかないのだから。

 

 そして彼らはその悪に、その失敗性に他人とは違うという特別性を見出す。

 自分たちの失敗は遍く青春の一部分。許されるものであり必要なものであるが、他者の失敗は青春ではなく、ただの失敗にして敗北であると断じるのだ。

 

 それは正しいことなのだろうか。いや、正しいわけがない。

 仮に失敗することを青春の証であるとするならば、友達がいない人間もまた、青春のど真ん中にいなければおかしいではないか。

 

 だが彼らは認めないだろう。何のことはない、特別なことは何もない。

 

 全ては、彼らのご都合主義でしかない。

 なら、それは欺瞞だろう。嘘も欺瞞も秘密も詐術も糾弾されるべきものだ。

 では何故、そうならないか。

 人が、社会が不平等なもので、平等な人間など、同じ人間など存在しえないからだ。誰もが自分の身を可愛いと思い、誰もが自分を優先させるからだ。

 結論を言おう。

 

 ……学校行きたくねぇ、って問いの意味ねえじゃねえか。

 

 

***

 

 

 東京都高度育成高等学校。

 希望する進学、就職先にほぼ100%応えるという全国屈指の名門校。

 そんな超がつくほどの名門高校に、俺はどうしてか分からないが合格することができ、今日、入学することになっていた。

 

 ……しかし今現在、部屋のベッドで、まるで炬燵の中丸くなった猫のように体を縮こまらせている。

 

「家から出たくねえなぁ…。なんなら自宅に永久就職も有りか」

 

 俺が今日入学することになっている東京都高度育成高等学校、略して東育は、全国に存在する数多の高等学校とは異なる特殊な部分が存在している。それは学校に通う生徒全員に、敷地内にある寮での学校生活を義務付けていることと、在学中は特例を除き外部との連絡を一切禁じていることだ。

 たとえ肉親であったとしても、学校側の許可なく連絡を取ることは許されていない。

 当然の如く、許可なく学校の敷地から出ることも固く禁じられている。

 

 つまり、である。

 

「小町と三年は会えなくなるとか、耐えられるわけねぇんだよなぁ…」

 

 愛する妹、小町と別れることになるのだ。

 パンフレットに書いてあることを何故今更嘆くのかと言えば、気づいたのが昨日だったから。小町に『入学したら放課後電話するわ』と言ったら、『え?お兄ちゃん明日から連絡取れなくなるよね?』ときょとん顔で言われたのである。

 急いで配布されたパンフレットを読み返せば、しっかりと書いてあり血涙を流す勢いで項垂れたのはいい思い出だ。

 

 いや?お、俺は寂しくなんかないけども?小町は寂しがるだろうなって……すいません痩せ我慢しました本当は凄く凄く寂しいです。

 今生の別れではないとしても、今まで13年間付き合ってきた妹だけあって、やはり寂しいものは寂しいのだ。

 

 俺が小町との思い出に耽っていると、唐突に部屋がノックされる。

 ノックした主は俺が返事していないにも関わらず、勝手に部屋に入ってきたかと思えば俺から布団を奪い去った。

 

「お兄ちゃん何してるの?うわ、目の腐りいつもよりすごーい……じゃなくて、今日の入学式遅刻するよ!」

 

「悪いな小町。お兄ちゃん、ここから動いたら死ぬ病気なんだ」

 

「もう、それはどこのながっぱなの狙撃手なの?変なこと言ってないで、さっさと起きる!」

 

 俺から布団を奪い取った人物、妹の小町は俺をゴミを見るような目で見ている。やだ、そんな目を向けられたら八幡新しい属性に目覚めそう!

 …って、俺の目そんなに腐ってるの?でも小町ちゃん?いつもよりすごいって、日常的に俺の目って腐ってるのかな?お兄ちゃんそう思われていた事実に泣きそうだよ。

 

「お兄ちゃんがあの超名門校の東育に進学することになって、お父さんもお母さんも泣いて喜んでたんだよ?」

 

 いや、親父なんて「これで小町に近づく蝿が減った!最高だな!」とか言ってたし、母ちゃんも「学費も全額負担なのよね。一人分の生活費も浮くし…どこか旅行行かない?」とか言ってたぞー。

 相変わらず家族内カーストすら最下位である俺である。なんなら飼い猫のカマクラより俺と親父の位は低い。世の中こんなもんだと今では諦めているが。

 

「とりあえず制服着てから降りてきてね!朝ごはん出来てるから!」

 

「おう」

 

 小町は伝えることは伝えたとばかりに、部屋を出てパタパタと一階に降りていく。

 あの様子だと俺よりもかなり早く起きて朝食の準備をし、俺がなかなか降りてこないから遅刻しないように起こしに来てくれたんだろう。なんとできた妹なのだろうか。ホントいつ嫁に出しても恥ずかしくないレベル。

 ま、誰にもやるつもりはないけど。親父も見ていて相当な親バカだが、こと小町に関しては俺もあまり変わらないので何も言えない。さすがに実の兄を疑うのはどうかと思うが。

 合格発表を受けてから届けられた制服に袖を通し、必要最低限の物だけを持って一階に降りる。

 リビングに着くと、すでに小町は俺の分の朝食を運んでいるところだった。

 

「いつも済まないねえ、小町さんや」

 

「もう、それは言わない約束でしょ?」

 

 軽く掛け合いをしながら席に着き、食べ始める。

 こんな風に小町と朝食を食べたり、話したりするのも次は三年後なのか、などと考えつつも目玉焼きを口に運ぶ。

 

 うん、美味いな。

 

 向かいに座る小町を見れば、ジャムを塗ったくったトーストを片手に熱心にファッション雑誌を読んでいた。

 『三高はもう古い』だの『普通の男性の基準は星○源』などという事柄の記事を見ては、うんうんと頷く小町。どこに共感してんのお前。特に後者、女性の普通の男性像絶対にハードルおかしいからな!

 静かな朝食の時間はあっという間に過ぎ去り、そろそろ家を出なければ電車に間に合わない時間となってきた。

 

「……じゃ、行ってくるわ」

 

「あ、待って待って!小町もついてく!」

 

 どうやら駅まで見送りしたいらしい。いそいそと残りのトーストを口に放り込み、軽く身支度を整える小町。

 くっ、なんてかわいい妹なんだ!やはり俺と離れるのが寂しいんだな。うんうん、まだ小町も今年中ニになったばかりだし、兄離れ出来ないだろうなぁ。

 

「言っとくけどお兄ちゃんが心配なんじゃなくて、お兄ちゃんが駅に置いていく自転車を回収しないといけないからだからね?」

 

 前言撤回、コイツ全然可愛くないわ。どうやら自転車よりも俺の立ち位置は低いらしい。

 ついに物にすら負け始めたのか。だが自転車どうするか考えてなかったし、むしろ助かったまである。もし置きっぱなしなら盗られてた可能性もあるし…。

 

「おい、口にジャムついてっぞ」

 

「え?ジャムってる?」

 

「お前の口は自動小銃なのかよ。じっとしてろ」

 

「んっ………」

 

 近くにあったティッシュを取り、小町の口についているジャムをぬぐってやる。

 ……こういったことも、次は3年後になるのか。

 本能的な部分で寂しいと感じているのだろう。気づいたら自然と体が動いていた。

 

「…ありがと。さ、レッツゴー!」

 

「お、おう」

 

 小町ちゃん朝からテンション高くない?何、この日のために日々テンションためてたりしたの?秘伝書でテンションを次の戦闘に持ち越してたの?ドラクエネタではあるがなんて伝わりにくいネタなんだっ!……俺もテンション高かったわ。

 玄関を出て自転車に跨ると後ろに小町が乗る。ぐいっと俺の腰に腕を回してしっかりと抱きついてきた。

 自転車の二人乗りは道路交通法で禁止されているが、今日ばかりはご容赦してもらいたい。

 

 ……あ、これだと俺も青春を謳歌している奴らと大差ないな。駄目じゃん。

 家を出発し、最寄りの駅に向けてスムーズに住宅街を走っていく。朝早いためか人通りは少なく、あっという間に駅に辿り着いた。

 そうして駅の駐輪場に自転車を止めて降りる。

 不意に、後ろから先程までの二人乗りの時よりも強く、ギュ、っと抱き着かれた。

 

 首を少し捻り、視線を後ろに向けると、小町は顔を俺の背中に押し付けていた。その体は若干、震えているようにも見える。

 

 

 ―――――――――ああ、小町も。

 

 

 俺と同じ気持ちを抱いてくれていたのかと。

 離れたくない、普段から「お兄ちゃん小町のこと好きすぎてキモい」とか言ってくるが、コイツもそれなりにブラコンだ。

 ちなみに、俺は断じてシスコンなどではない。ただ妹が好きなだけだ。

 こうしている時間がずっと続けばいいなと思うが、そろそろ電車が到着する時間のはずだ。この便を逃せば遅刻確定、入学早々ボッチが確定する。間に合ってもそうだって?ほっとけ!

 

「あーなんだ、全国屈指の名門校なんて俺ごときが生き抜けるなんて思わないし、すぐ退学して戻ってくるかもしれんし―――」

 

「退学したら一生口利かない」

 

 即答かよ。確かに「お前の兄ちゃん、名門高に進学したけど落ちぶれて退学したんだって?」なんて言われたら嫌だろうしな。俺も嫌だ。

 よし、退学しないぞ!小町が言うならそれは絶対である。俺、小町のこと好きすぎるだろ。

 しばらく黙ったまま抱き着いた状態だった小町だが、どうやらそろそろ電車が来ることは分かっていたようで。

 

「……よし、お兄ちゃん成分は摂取したから小町は大丈夫!あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「最後のがなけりゃあな……」

 

 小町は俺のお兄ちゃん成分たるものを摂取していたらしい。

 ほんと、俺には勿体ない妹だ。

 最後に一段と強い力で抱き着いてきた後、小町は俺から腕を離した。

 

「じゃあ、いってらっしゃいお兄ちゃん」

 

「おう、いってくる」

 

 小町に自転車を預け、駅に向かう。

 これでしばらく愛する千葉ともお別れか。全然実感が湧かないもんだな…。

 

 

***

 

 

 電車に揺られること1時間、目的の駅に辿り着いた。

 ええっと、確か駅前から出ているバスに乗れば着くとか…。

 ポケットを探り、高度育成高等学校までの行き方が書かれた紙を見ると、バスの出発時刻と駅の中にあった時計の時刻が同じだということに気づく。

 

「やべっ」

 

 ついさっき小町に退学したら一生口を利かないなんて言われたばかりである。入学式に遅れたから即退学、ということはないだろうが、超名門であることを考えれば必ず悪い印象を与えてしまうだろう。さすがにそれは避けたい。

 しかし、俺が乗らなければならないバスは無情にも目の前で発射してしまった。

 

 ……え、マジで?

 もしかしたら止まってくれるのではないかと手を振ってアピールしてみるものの、気づかれなかったのか気づいてて無視したのか、バスはどんどん遠くに行ってしまった……。

 

 

 ――――――終わったな、俺の高校生活。

 

 

 一度諦めがつくと、人間はどうにでもなれと感じるもんだ。

 走ったところでバスには追い付けない。なら、ゆっくり歩いていこうが走ろうが変わるものではないだろう。そうに違いない。

 

 内心ため息を付きながらも学校を目指す。

 後ろから走ってきた黒いリムジンが俺を追い抜いていく。あの中にはお金持ちのご令嬢とかいるのだろうか……いや、金持ちのおっさん説もあるな。後者の場合がほとんどなんだろうが、改めて考えると誰得という感じである。

 

 どちらにせよ、俺には一生縁がないことだ。

 高級車ばかりが行き交う中、一人歩き続ける。

 遠くの方をぼーっと見ながら進んでいると、再び後方からリムジンがやってくるのに気付いた。

 今日はよくリムジンを見る日だなぁ……もしかしなくても高度育成高等学校関係者だったりするのだろうか。今日入学式だし。

 が、何故だろう。ちょうど俺の斜め前辺りでそのリムジンは止まった。

 近くで見れば、まさにどこぞの御曹司やお嬢様が乗っていそうな、お金持ちの車である。

 ま、俺に関係ない……と、通り過ぎようとした時、リムジンの後部の窓が開いた。

 思わずといった感じで中を覗いてしまう俺。そこに見えたのは銀髪の美少女。

 

 

 ――――――目が、合った。

 

 

 その瞬間、俺は冷たい汗が背中を流れていることに遅れて気づく。

 値踏みしている……?関わってはいけないと俺の中の理性が強く訴える。警報が鳴りやまない。早く逃げろと理性が叫び始める。

 少ししか見えていないが、美少女と呼べる容姿だった。だが、何故だろう…近づいてはいけない気がする。

 よし、ここはさっさと逃げるのが最適解だな。

 

「そこの癖毛が一本飛び出している方。行先は同じようですし、乗っていきませんか?」

 

 声をかけられ、辺りを見渡すが俺以外に人はいなかった。

 

「……へ?」

 

 どうやら、神は俺を見捨てたようである。いや、見捨ててないのか……?遅刻はしないで済みそうだ。

 

 

***

 

 

 リムジンの中は想像していた以上に広かった。

 さすがにアニメとか漫画でよくある「明らかに見た目と車内の広さが合っていない」ようなものではないが、それでも伸び伸びと過ごせるくらいには広かった。

 運転手に一言挨拶をした後、対面に座る銀髪の美少女の方を見つめる。

 杖を手に持っている少女は俺と同じ制服を着ているため同じ学校の生徒であると推察できる。入学してから三年は外部との接触は例外を除きできないため、新入生だろうが。

 つまり同級生というわけだ。入学式前に美少女と同じ車に乗るなんて、これなんてラノベ?と言いたくなる状況であるが、目の前の少女はそんなチャチなもんじゃないだろう。

 

「まずは自己紹介を。私は坂柳有栖と申します。先天性心疾患を患っているので、このように杖を携帯しています」

 

「……比企谷八幡だ」

 

「………」

 

「………」

 

 沈黙。いや、どうすればいいのかしら?何か話すのが普通だったりする?八幡こんな状況初めてだからどうしたらいいか分からないよ!

 坂柳の方は何が面白いのか俺の方を見ては微笑んでる。有栖という名前と見た目から不思議の国のアリスを想像したが、アリスはアリスでも走れないアリスだろうな。多分、身長もそこまでない。中学生と言われても信じるだろう。

 美少女が微笑んでる姿は絵になるなーなどと少しばかり見惚れながら思っていると、坂柳に尋ねられる。

 

「それで、どうして学校の方向へ歩いていたんです?バスを使えば早く着くと思うのですが」

 

「俺も乗るつもりだったが、乗り損ねたんだよ」

 

「なるほど。ですが歩いていましたよね?あの速度だと入学式には到底間に合わないのではないでしょうか」

 

「……バスを逃した時点で俺の遅刻は確定してた。走ろうが歩こうが遅刻なら、無駄に体力を消費する必要はないと思っただけだ」

 

「……もし、遅刻した時点で退学だったらどうしたんです?」

 

「潔く千葉に帰る」

 

 なんなら今すぐにでも帰りたいほどである。いや、ここ希望したのは俺なんだけどね?小町に会えないことを考え始めると帰りたくなってくるのだ。

 思えば、コミュ力皆無の俺が東育に受かることが出来たのは、勇気を出して職員室に行ったのが良かったのだろう。『内申書を書ける範囲で最高にしてくれないでしょうか?俺虐めとか受けたりしてるんですけど……』と、教師らが見逃しているけど絶対に把握しているだろう事実に触れつつ頼みに行ったら、大量に汗を掻きながら快く快諾してくれた。

 コミュニケーションのなさもある意味クラスで話題となっていたことで、少しは良さげに書けたのだろうしな。

 もしかしたら俺が教育委員会などに訴えることを怖がったのかもしれないが、そんなめんどくさいことをするつもりは全くなかった。だってめんどくさいに決まってるだろ?今こうして入学出来たことを考えれば、むしろ感謝しているまである。

 俺の分の学費が浮けば、小町の進路や目指せる道が増えるからな。千葉のお兄ちゃんとしての責務は全うしなければ!

 

「ふふ、面白いですね、貴方。その眼も特徴的ですし」

 

「そんなにDHA豊富に見えるか?」

 

「ええ、とっても」

 

 少しばかり笑いながら坂柳は言う。

 今のでだいたいわかった。こいつ多分あれだ、ドSだ。加えて人をおちょくるのが好きなタイプな気がする。

 関わると面倒なタイプだ。

 

「妹には朝から目が腐ってると言われたがな」

 

「妹さんがいらっしゃるので?」

 

「ああ。俺に似ず、かわいい妹だ。ほんっと俺に似なくてよかったと思ってる」

 

「比企谷君に似た女の子がどんな子なのかに若干興味はあったのですが……それにしても比企谷君はシスコンという部類の人間なのですね」

 

「ち、ちげぇよ。シスコンじゃない、ただ妹が大好きなだけだ」

 

「それを世間一般ではシスターコンプレックス、シスコンと言うんですよ」

 

 正論返されてあえなく撃沈。

 世間様を出されればボッチの俺では対抗できない。世間一般の中にボッチという人種は含まれていないからな。

 まず普通って定義からおかしいよな。俺からすれば普通のことでも、例えば坂柳からは普通じゃないことかもしれない。誰を普通の基準にするかで普通の意味合いは変わってくるし……屁理屈言ってすんませんした!

 

「比企谷君はどうしてこの学校を選んだのですか?やはり就職や進学率100%保証の点からですか?」

 

「まあ、そうと言えばそうだが、そうでないと言えばそうじゃないな」

 

「どっちなんですか」

 

「……そうです」

 

「ふふ、素直な人は嫌いじゃないですよ」

 

 自然と坂柳の質問に答える俺、の構図が出来上がってしまっている。

 でも君、俺とは初対面だよね?どこかで会ったっけ?いや、俺がこんな美少女を忘れるとかあり得ない。

 それにしてはズケズケと人の心を荒らしにくる奴である。

 相手が不快にならない最大限の範囲で言葉を投げているイメージが分かりやすいだろうか。まあ、乗せてもらってる身だからどうしたって答えないわけにはいかないんだけどね!

 

 高度育成高等学校が誇る、希望する就職進学100%応えるというキャッチコピーは嘘ではない。

 実際に数多の分野でここの卒業生が世界的な活躍をしていたりするため、その点で疑うことはないだろう。

 まあ、俺みたいな生徒が入学できる時点でどれだけ厳しい授業が待っているのか想像するのも嫌になるがな。

 新たな環境で人間関係をリセットできる……実際は少し違うのだが、そのことがメリットだとしても、就職進学100%を誇る高校なんて不安がないと言ったら嘘になるし、むしろ不安しかないまである。

 いや、だって考えてもみろよ。目の前にいる坂柳は、リムジンに乗っているところからしてもいいとこのお嬢様だろう。それに比べて俺は一般家庭の長男でおまけにボッチときたもんだ。

 勝てる要素が全くないだろ?これで同級生なんだぜ?

 

「ちなみに将来就きたい職業は?」

 

「……専業主夫か、普通のサラリーマンだな」

 

 ほんと金持ちの美人さんと結婚して養ってもらいたいものである。

 サラリーマンに関しては、毎日死んだ目をして夜遅くに帰ってくる親父を見ていると、俺も将来こんなになるのか……と思わないでもない。

 親父の小町好きは異常で気持ち悪いとしか思えないが、仕事に対する姿勢は見習いたいものだ。社畜お疲れ様です。

 

 坂柳はパチくりと俺の方を見ては驚いた表情をしていたが、すぐに元のニヤニヤ顔に戻った。

 

「専業主夫が夢だと目をドロドロさせながら語る人を初めて見ました。普通夢ならばキラキラしながら語るものではないですか?」

 

「いや、俺が目をキラキラさせて、『専業主夫になりたいんです!』って語ったら、お前絶対笑うだろうが」

 

「何を当然のことを。出来るのなら動画として撮っておきたいくらいですよ」

 

「…嫌な奴」

 

「聞こえていますよ?」

 

 聞こえるように言ったんだよ。なに?コイツどうしてこんなに相手を辱めながら笑ってるの?むしろ嗤っているとかの方が合ってる気がするのは俺の気のせいなのだろうか。

 

 まあ、こんな笑みを向けられるのはいじめられっ子の宿命だ。ソースは俺。小学生の時、「カエル!教科書よこせよ!」とか言ってきた田中君は、俺が先生に教科書がないことについて怒られていると、「カエル!お前教科書食べて消化したんだろ!」とか言って笑いやがったからな……おかげでクラス中からカエルと呼ばれる始末である。

 ヒキガエルって言うのがめんどくさくなってカエルって呼ばれることも、教科書を奪われたことも未だに根に持っているんだぞ!俺の絶対に許さないノート筆頭な田中君である。

 

 坂柳にそんな気はないんだろうけどな。なおさら質悪いじゃねーか。

 

 そんなこんなでどうでもいい話をしていると不意に車が停止する。

 窓から外を見ると、天然石を連結加工したであろう門があった。生まれてこの方ここまで立派な門は見たことがないが、この門こそ東京都高度育成高等学校の入り口であり、一度踏み入れば三年は出てこられない。

 運転手に一言お礼を言った後、先に降りて坂柳に手を差し伸べる。

 一方の坂柳は一瞬きょとんとしたものの、すぐに意図に気が付いたのか手を取ってリムジンから降りる。

 

「ありがとうございます」

 

「……気にすんな」

 

 先天性心疾患ともなれば程度に差はあれど運動はほとんど禁止なはずだ。加えて坂柳が杖を常時携帯している時点で相当なもののはず。ならば手くらい差し伸べるのが人間として、そして同級生として当然の行動ではないだろうか。

 ……はい、すいません強がりました。送ってもらったことをチャラにしたかっただけです。まあ、ならないだろうけど女の子に優しく接するというのは小町から仕込まれた行動でもあるから自然と手を差し伸べていました。た、他意はないんだよ?ハチマン、ウソ、ツイテナイ……。

 あとなんで男と女ってだけで、こんなに肌の質感が違うんだろうな。びっくりするくらい肌触り良くて思わず顔が赤くなっているのが実感できた。

 そんな俺を見ながら、「ふふっ」と笑った坂柳は門に向かって歩き始める。

 俺は恥ずかしくなり、坂柳の姿が見えなくなってから入ろうと思っていた。でも、スロープを上がっていた坂柳は俺が動いていないことに気づいたようで。

 

「それでは一緒に行きましょうか」

 

「えぇ…」

 

 え、一緒に行くの?それなんて拷問だよ……絶対男子生徒から睨まれるだろうが。『なんで凄い美少女とあんな奴が!?』とか思われるに違いない。

 

 

***

 

 

 俺はBクラスだった。

 坂柳はAクラスだったのでお別れである。やったぜ!

 正直な話、坂柳と会話することが嫌というわけではない。リムジンでの会話は少し楽しかったのは認めたくないが事実だ。何せ小町を除けば去年の六月以来の女子との会話である。坂柳を普通の女子にカテゴライズしていいかは微妙なところだが。

 しかし、奴は確実に危険人物だ。関わったら死ぬという気さえ感じさせる。いや、さすがに学校で死ぬことはないだろうし、現時点で関わってしまっているからどうしようもないのかもしれないが……。

 

 会話中、観察するように見ていた俺の目線に気づいていた。気づいててそのまま弄ってきていた……ん?俺かなり舐められてね?

 とにかく、坂柳有栖という少女にこれ以上関わると確実に俺の学校生活は崩壊すると、理性が訴えているのだ。これからの学校生活で顔を合わせないようにしたいものである。

 

 Bクラスの教室はすぐに見つかり、できる限り目立たないように教室に入る。

 おいそこの女子、俺を見た瞬間「ヒッ!」とか言って顔を背けるのはやめてくれよ。そんなに俺の目ってヤバいの?小町の言ってた目がいつもより腐ってるっつーのは事実だったようだ。坂柳が特段気にしていないようだったから大丈夫かと思ったが、俺の目を特徴的と言ってきたのは奴が初めてなので、坂柳の感性がおかしいのだろう。知らんけど。

 

 どうやらクラスメイトと思わしき人物たちは、すでに数人で固まっておしゃべりに興じているようだ。

 えー、コミュ力高くない?もしかして最近の高校生ってこれが普通だったりするの?

 どうやら俺は入るクラスを間違えたようである。いや、そうであれ。

 

「比企谷君!」

 

 席に着くと同時に俺を呼ぶ声が。

 だ、誰だ!?俺に知り合い、まして友達など―――――――――

 

「えへへっ、一緒の学校に通えることが分かった時もうれしかったけど、同じクラスだなんてね!」

 

 いた。

 いや、友達かどうかは微妙なのだが……。

 俺の目の前で嬉しそうにはにかむ一見美少女―――でも美少年―――戸塚彩加とは学習塾で出会った。

 正確に言うと俺と戸塚が通っていた学習塾近くのコンビニだが。

 

 コンビニ前でどこかの頭悪そうな高校生にナンパされていた戸塚を、たまたまコンビニにいた俺が助けたことがきっかけだ。

 それ以来、少し話すようになった間柄であり、戸塚が行こうとしていたのがここ、東京都高度育成高等学校だったのである。

 テニス部だった戸塚は部活も勉強も頑張れるようにこの学校を希望したらしい。その話を聞いている内に少し興味が湧いたのと、学費免除、中学の連中と同じ高校に通いたくない思いから俺はこの学校を選んだ……というわけだ。

 

 もちろん、合格するなんて思わなかったから未だに心が整理できていないのだが。

 

「そうだな」

 

「うん、改めてよろしくね、比企谷君!」

 

 握手を求めてきた戸塚に応じる。

 先程の坂柳と変わらないほどの質感、やわらかな手の感触に思わず顔に熱が灯るのがわかる。

 戸塚が男じゃなかったらこのまま告白して玉砕しているところである。振られちゃうの前提かよ。まあ振られるだろうけど。

 それから数分経って、始業を告げるチャイムが鳴った。

 ほぼ同時に、スーツを着た一人の女性が教室へと入ってきた。多分この人が担任だろう。

 

「はーい、新入生の皆さん。私はBクラスを担当することになった星之宮知恵です。この学校は学年ごとにクラス替えが行われたりしないから、三年間、ここにいる全員で過ごしていくことになります!よろしくねー!普段は保険医をしてるから授業とかで関わる機会は少ないかもだけど、学校で困ったことや相談したいことがあったら遠慮しないで言ってきてね。さてと、あと一時間ぐらいしたら入学式が体育館で行われるんだけど、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配るねー。前に入学案内と一緒に配布したものなんだけど、もう一度確認するねー」

 

 前の席の人から渡された資料を一つ手元に置き、残りを後ろに回す。ちなみに俺の席は、廊下側ではない方の窓側から二列目の四番目だ。微妙な位置である。

 この学校が他の高等学校と異なる点は主に二つ。一つは在学中は外部との連絡を特例を除き一切禁じていること。このルールのせいで小町と連絡が取れないのである。なんてルールなんだ……俺と小町の間に引かれた赤い糸をぶった切りやがって。さすがに今のはないか、ないな。

 それともう一つ。Sシステムの導入である。

 

「今から学生証のカードを配りまーす。その学生証一つで敷地内のすべての施設を利用したり、売店とかで買い物出来たりするから大切にね。それにタダでは使えないで、ポイントを消費することになるから注意してね?学園内にはポイントで買えないものはないから、ポイントがあるだけ使えるよー」

 

 学生証端末と一体化しているポイントカード?クレジットカード?まあどっちでもいいが、現金の代わりみたいなもんだ。

 現金を持たせることを嫌ったか、はたまた学生証自体の仕組みで各自の残りポイントを把握できるようになっているのか……其処ら辺は定かではないが、何かしら意味があるのだろう。これからキャッシュレスの時代になっていくだろうからその練習か?

 

「それから、ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれる仕組みになっていて、皆にはすでに10万ポイントが支給されているから確認してみてね。もちろん、1ポイントにつき1円の価値があるよ」

 

 星之宮先生の言葉にクラスが一瞬ざわつく。そりゃ突然10万なんて大金を簡単に渡されると誰だって驚くはずだ。

 あーでも、坂柳とか対して気にしてなさそうだな……お嬢様だろうし。

 さすが日本政府が関わってる学校だ。金のかけ方から違うな。八幡びっくりだよ、ほんとに。

 

「びっくりしたー?この学校は実力で生徒を測るから、入学した皆にはそれだけの価値があるってことだよ~。じゃあ最初のオリエンテーションは終了です。三年間よろしくね」

 

 そう言って、星之宮先生は教室を後にした。

 途端、ざわめきの声が大きくなっていく。

「入学式の後ショッピングしに行かない?」「なあなあ、これって何にだって使っていいんだよな!」「10万円……本当にここ、すごい学校なんだな」「月10万とか太っ腹だわ~」「ゲームでも買いに行くかー……」

 

 ……月10万と言っていた奴がいたが、それは本当なのだろうか。生憎記憶力だけはいいので星之宮先生の言ったことを思いだしてみる。

 『ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれる仕組みになっていて、皆にはすでに10万ポイントがすでに支給されているから確認してみてね』とかだったはずだ。

 

 ……よくよく考えてみればおかしな話だ。学校を疑うわけではないが、研ぎ澄まされたボッチはどうしても相手の言葉の裏を探ってしまう。

 毎月一人一人に10万、このBクラスだけで40人分で400万。年間で4800万だ。他クラスが3クラスあり、三学年あることを考えたら…えーっと、どれくらいだ?5億ぐらいか?ダメだ、暗算苦手なんだよな。というか数学全般苦手なまである。

 

 この学校に入るために、だいぶ数学は戸塚に教えてもらったりしたがそこまで伸びていないし。

 国が力を入れている学校で5億……ま、あり得ない話ではないかもしれない。だが、ただの高校生に対しては程度が過ぎるのではないだろうか。この学校を卒業すれば就職にしろ進学にしろ、同じような金額を得るには時間がかかるはずだしな。歳上の既に働いているキャリアウーマンと結婚して専業主夫になるのなら分からんけど。

 

 それに、もし無駄遣いなんて覚えてしまったら、卒業後小町に、「お兄ちゃん……変わっちゃったね」などと涙ぐまれながら言われるところまで想像出来てしまう。俺の最後にもらった小遣いを思い出せば話が早いだろうか。確か、月1000円か?いや、少なすぎるだろ俺の小遣い。絶対小町の方が多いはずだ。

 ボッチお得意の考え事をしていたとき、ふとどこからか視線を感じることに気づく。

 辺りを見渡すが、特にこちらを見ているクラスメイトはいない。何それ悲しい……ま、まだ初日だしね!これから友達が増えていくんだよ!(フラグ)

 なら、上か?

 

「お、おおう……」

 

 ついうめき声が出てしまったが、頭上には監視カメラと思わしきブツが。

 さすがというべきだろうか。ここまで徹底するとは思っていなかったが、完全管理のような方針かもしれんとは思ってたし、意外というわけではない。けどこれで授業中寝られないじゃねーか。どうしてくれんだよ。

 数学の時間が拷問の時間に変わった瞬間だった。爆睡決め込む気満々だったのになぁ……。

 

 さてと、ボッチはボッチらしく、早めに入学式の会場にでも行きましょうかね。

 ぶっちゃけるとこのクラスにいるのがつらい。誰も彼もリア充です!みたいな成りしてるもの。

 もしかして顔面偏差値とか試験に関係あったりしたのだろうか?ふっ、やはり俺の顔は目を除けば美形であるということが証明されたな。

 相も変わらず一人でうんうんと自身の容姿についての考察を続けていると、一人の女子がパンパンと二回手を叩いた。

 音のした方へ目を向けると、ロングヘアのスタイルが良い美少女がいた。

 やっぱこの学校容姿が基準なんだろうと思いつつ、どうしても胸の方に目が行ってしまう。結構でかいな…っていうかこれまで見てきた女子の中で一番でかいかもしれん…

 

「私は一之瀬帆波って言います。このクラスで三年間一緒に学んでいくことになったけど、まずはお互いのことを知ることが必要だと思うの。だから今からみんなで自己紹介できたらなって思うんだけど、どうかな?」

 

 どうかな?と言いながら首を傾げる一之瀬。その仕草は反則だと思うんです。あれを可愛くないと思うやつは極度のB専か、ホモだけだろう。

 お、俺はプロのボッチだからうっかり惚れたりして告白して振られたりはしないが、勘違いし易い男子ならイチコロだろう。

 ソースは俺。中学二年の時の俺なら即座に告白して速攻振られているところまで行くな。振られちゃうのかよ、あと振られることに関しては今も変わんねえのかよ。悲しすぎんだろ。

 

 一之瀬の意見に否定的な意見は出ない。逆に「いいよー!」「さんせー!」といった意見ばかりだった。

 まあ、むしろここで「自己紹介とか意味不明なんですけど??」とか言う奴が珍しいだろう。言った時点でそいつはクラス全員を敵に回すだろうし、そんな度胸のあるやつは中々にいないものだ。

 俺?ばっか、俺ぐらいになると自己紹介など朝飯前だ。ボッチ舐めんな。

 

 一之瀬からスタートした自己紹介は滞りなく進んでいき全員の自己紹介が終わった。そろそろ入学式のために体育館に行かないとな。

 え?自己紹介?思いっきり噛んだから恥ずかしくて仕方がない。数人の女子はクスクス笑っていたし、運動神経高そうな男子はぶふっ、って噴き出していた。戸塚が「頑張れ!」みたいな感じで握り拳を作ってくれていたことだけが救いだな。可愛かったぜ…。

 

 入学早々死にたいと思うなど、いったい誰が想像できただろうか。いーや出来たね、いつから俺が自己紹介を噛まずに行えると錯覚していた?そんなわけないだろ、噛むに決まってる。伊達に小中9年間ぼっちしてないからな!

 いくら戸塚と会話をしていたとしても、まだまだ大人数の前で話すには力が足りなかったようだ。くそ、俺にもっと力があれば……!

 

 

***

 

 

 入学式は他の学校と大差なく、お偉いさんの話を聞くだけで終わった。唯一退屈じゃなかったのが生徒会長の話だったな。完全な実力主義ってのが明日からの学校生活をかなり不安にさせたが。

 すでに解散の時間となり、大多数のクラスメイトは買い物へと向かったようだ。戸塚も話せる相手ができたのか、わざわざ俺のところにまで来て俺も一緒にと誘ってくれたが断っておいた。

 だって初対面の相手とかボッチには無理だ。もし戸塚が途中トイレとかで抜け出したら二人きりだぞ?絶対気まずいわそんなん。

 

 そういうわけで全員が出ていくのを待ちつつ読書をしているのだ。だって出て行く時が被ったら、『あ、えっと……どうぞ』『う、うっす』なんて会話が行われることが簡単に想像できる。ソースは中一の頃の俺。あの時はこういった会話から恋が始まるとか考えてたなー。

 

 それに、一人になった後少し職員室にも寄っておきたい。聞きたいことあるし。

 

 普段なら絶対に職員室など自分から行かないが、この学校は謎が多すぎる。情報が少しでもほしい今は、行きたくない感情より利を優先しなければ有意義なボッチライフに支障をきたすのだ。

 全員がクラスから出たのを確認した俺は、文庫本をしまって教室を出る。

 そのまま職員室へと向かい、中を覗き込んでみると星之宮先生を見つけたので職員室の扉をノックする。

 

「失礼します、星之宮先生に用があってきました」

 

「どうぞー」

 

 よし、珍しく噛まずに言えたぞ!

 そのことに少しばかり感動しつつ、俺は星之宮先生の元へと向かう。

 星之宮先生は鏡の前で自分の顔をチェックしているようだった。美人である人は陰で努力をしていると言うが、なんというか、最初に持ったイメージ通りだな。

 鏡から視線を外した後、俺を認識したのか近くの椅子を持ってきて座るように促してくる。

 座った俺を上から下までジロジロ観察するように見つめてくる星之宮先生。

 

「うちのクラスの比企谷君、だよね?入学早々どうしたの?あー、もしかして友達ができなくて独りぼっちとか!」

 

 何故だ、一発で当てられたんだが。

 相談というか質問をしに来たので、友達がいないことを揶揄されても特にダメージはないのだが、こう、最初に聞かれることがそれだと心にグサリとくる。結局ダメージ食らってるじゃねーか。

 

「ま、まだ学校が始まったばかりなのでこれから作るつもりです!」

 

「う、うん、なんかごめんね……」

 

 俺がそう答えると、星之宮先生は居た堪れない感じで視線を逸らしてきた。

 どうやら俺の態度から入学ボッチであることが悟られたようである。それにボッチであることに対しての反応で一番心に響くのが星之宮先生のような反応だ。

 『残念な奴だな』とか『これからがんばれよ!』などならまだ問題ないのだが、『あ、なんか地雷踏んだかも……』という態度が余計に虚しさを感じさせるのである。

 星之宮先生は「んんっ」と一つ咳ばらいをする。どうやらなかったことにしたらしい。

 

「うーんと、なら、彼女はいるの?」

 

 なら、ってなんだよ、友達がいなくて彼女がいたらそいつどんな奴だと聞きたいものである。

 

「今は、いないですけど」

 

 これからに期待を込めて今という部分を強調しておく……なんて虚しい気分になるんだろうか。

 

「じゃあ私を訪ねてきたのは彼女の作り方?残念だけど、まだ自分のクラスの女子とも仲良くなってないから紹介はできないな~、ごめんね?」

 

「い、いえ、おかまいなく……」

 

 星之宮先生は男子高校生を常時彼女募集中の獣だと思っているのだろうか。そりゃあそういうことに興味がないわけではないが、現在のところ俺にそんな気はない。

 ……勘違いはしないと心に決めたのだ。二度とあんな経験してたまるかっつーの。

 

「でも私が同じクラスだったら放っておかないけどなぁ~、比企谷君、面白そうだし」

 

「俺のどこが面白いんですか。自慢じゃないですがこれまで小中9年間面白いと言われたことないですよ。むしろつまんないとすら言われないまである」

 

「そういうところ~」

 

 何が楽しいのか笑いながら星之宮先生は人差し指で頬を突いてくる。それに顔を赤くする俺。さらにツンツンを多めにしてくる星之宮先生。さらに顔が赤くなる俺。

 ついに限界値を超えたのか声を出して笑い始める星之宮先生。

 あれかな、この学校美人は性格悪い法則とかあったりするのかな。それにこの人あれだ、もし学生だったら男子に好かれて女子に嫌われるタイプだろう、多分。

 

 要はあざとい、初対面の男子にここまでするとかこれまでどれくらいの男と遊んできたのだろうか。もしくは男子で、遊んできたのかもしれないが……。

 すると少し真面目な表情を星之宮先生がするので、ようやく本題に入れるのかと口を開こうとする。

 しかし……

 

「そうそう、それで目のことで相談だっけ?」

 

「そうなんですよね、この目を見たクラスの女子には悲鳴を上げられたので…って違いますって。そのことじゃなくてですね」

 

「既に悲鳴上げられた後だったかぁ…ほんと面白いね!」

 

 期待を裏切らないねー、と言いながら笑い続ける星之宮先生。く、くそ、このアマ、真面目なふりしておちょくる気満々だった。

 今も満足そうにむふふ~と表情を変えている星之宮先生。想定外過ぎてつい同級生に接する態度で反応してしまったが、この人先生というより年上のお姉さんという感じが強い。

 ふと、視線を感じたので辺りを見渡せば、他のクラスの先生だと思われる人たちがまるで『ご愁傷様』と言わんばかりに同情の目を向けてきていた。同情するなら助けてくれ!と思い視線を向けると、もれなく全員から逸らされた。えぇ…なに、この人アンタッチャブルな存在だったりするの?

 ひとしきりからかって満足したのか、星之宮先生は笑うのをやめて話を聞く姿勢になる。ようやく本題に入れる、多分。

 多分ってなんだよ、話聞いてくれるのが100%じゃないのかよ。

 

「……あの、質問なんですけど」

 

「うんうん、何でも聞いてね~。あ、先生のスリーサイズとかは駄目だよ?」

 

「あ、駄目なんすか。って、違いますよ」

 

 もし入学初日に担任のスリーサイズを聞きに行く生徒がいたら見てみたいものだ。絶対ヤバいやつに違いない。

 き、気を取り直して……先に本題に入ればおちょくられはしないはずだ。

 

「今日、ポイントが10万振り込まれたじゃないですか」

 

「うん、皆に対する入学祝いみたいなものだよ?」

 

「大金すぎて怖いですけどね。あの時、星之宮先生は毎月ポイントが支給されると言ってましたよね?そのポイントっていくらですか」

 

 俺がそう言った瞬間、先ほどまでのルンルンな顔はどこにいったのか、星之宮先生の目が細くなる。加え、職員室全体の空気も重いものになったを感じた。

 

 

 ―――――どうやら当たりのようだ。

 

 

 普通に聞けば毎月10万振り込まれると思うだろう。実際、俺もそう思った。が、クラスの奴らが話しているを聞いてから自身の記憶と合わせると、まあ随分と回りくどすぎる言い方だとも思ったのだ。

 それに星之宮先生のように緩いしゃべり方をする先生なら「毎月10万ポイント振り込まれるようになってるよ~」ぐらい言いそうなものである。

 もちろん俺の勝手な想像だから、実際どうかは知らんけど。

 

「へぇ…比企谷君ってばやっぱり面白いね」

 

「ってことは毎月10万ポイントじゃないんすね?」

 

「毎月ポイントは振り込まれる、としか言えないかな~」

 

 つまるところ毎月10万とは言えないが、答えも言えないってことか。先生のほうにもいろいろ事情がありそうだな。

 なら他のことを聞くまでだ。この件がはぐらかされるとしたら気になることはたくさん出てくる。

 

「先生はさっき教室で『この学園でポイントで買えないものはない』って言ってましたよね?」

 

「うん、言ったよ」

 

「それって一体どういうことですか」

 

「ん~?」

 

「いや、もし飲食とか日用品の購入だけなら『この学園内の施設でポイントで利用できないところはない』とか『この学園内はポイントで全て物の購入などが出来る』とか、言うのかなーなんて思うんですけど、随分と回りくどく言うもんだと思いまして」

 

 『この学園でポイントで買えないものはない』と言われれば、普通なら飲食店や服屋でポイントを使って買い物ができると取るだろう。

 しかし、ここはさすがボッチの俺である。この学園で買えないものはないと聞いて友達とか買えたりするんだろうか?もしかして彼女とかも?なんて考えていた。

 いや、だってポイントで買えないものはないんですよね?受け取り方によってはそうとってもいいんですよね?最近読んだラノベが、そんな感じのカラクリを使って、武器チートを駆使してハーレムを築き上げるものだったのでついついそんな妄想をしていたのだ。

 

 先程の毎月の支給ポイントの件が毎月10万であれば考えすぎかと思っていたが、どうやらこの学校、一筋縄ではいかないようだしな。まあ、全国屈指の名門校であるからにはそんじょそこらの高校とは違うとは思っていたけれども、想像より遥かに大変な学校のようだ。

 星之宮先生は何を考えたのか、再び俺の頬をツンツンしてくる。そして赤くなる俺……いや、こればっかりは無理です。美人な女教師にほっぺツンツンされるとか経験ないんです。むしろあったほうがおかしいかもしれないが、少なくとも恥ずかしいことに変わりはない。

 

「まあ、言葉通りだよ~」

 

「そ、そうですか」

 

「そうそう~♪」

 

「……あの、そろそろツンツンするのやめてくれませんか?とてつもない羞恥心に襲われるので……」

 

「でも嫌がらないってことは満更でもないんでしょ~?先生に惚れちゃったのかな~?」

 

 先程までの俺を探るような態度を一変させ、ニヤニヤしながらいじってくる星之宮先生。くっ、こんな辱めを受けるくらいならいっそ殺してくれ!男のくっ殺ほど需要ないものはないな。

 でもな、いつまでもやられてばかりな俺だと思うなよ!

 

「ええ、先生美人ですから」

 

「知ってる~比企谷君もかっこいいよ?」

 

 即効で反撃を無効かされた挙句、ほっぺをいじられながらさらなる攻撃を受け、つい心が躍る俺氏。駄目だ、まったく反撃のビジョンが浮かばない。これはもう受け入れるしかないな(白目)

 なんかもう美人と話せてることが得だと思おう。そうしないとやってられん。

 

「俺だって顔はそこそこ良いほうだと思いますよ。目を除けばイケメンなのにと妹にも言われますし」

 

「う~ん、確かにその目は人によって好き嫌い分かれるだろうね~。私は好きだよ?」

 

 好きだよとか言われると返す言葉がないからどうしていいかわからなくて困る。俺とそのような言葉は無関係であるからだ。これまで好きと言われた経験は『いやー、ナルが谷虐めるのほんと飽きないし好きだわー』ぐらいである。今思えば、ほんとに俺の少年時代悲しすぎるだろ……。

 星之宮先生は俺の顔を見てはうんうんと色々な角度から見ていたが、突然引き出しを開けたと思えば、その中から眼鏡を差し出してくる。

 

「これ、つけてみてよ。少しはその目が緩和されると思うんだ」

 

「そ、そっすかね……」

 

 とりあえずかけてみる。あ、これ伊達か。光の反射的にあれだな、ブルーライトがカットされてるっ!ってやつだな。どこのハズキルーペだよ。

 

「おお~想像以上!これなら友達も彼女も作り放題だね!」

 

 いや、友達はともかく彼女作りまくったら駄目でしょ……。

 鏡を差し出されるので、手に取り自分の顔を見る。

 確かに目が隠れたことにより、そこには冴えないイケメンがいた。おお、俺はやはり顔は悪くなかったんだなと思うと同時に、目を隠すだけで薄気味悪い陰キャが薄気味悪い少しイケメンかなと思えるまで変わるのかと、なんとも言えない気持ちになる。これなら俺は友達ができたのだろうか。…いや、どっちにしろ俺の行動は変わらなかっただろうし、それはないか。

 

「はい、比企谷君ちょっと近づいてね~」

 

「は?ちょ、ちょっと……」

 

 鏡に集中していたせいでまったく気が付かなかったが、気づけば星之宮先生が真横に来ていた。

 べ、別に豊満な胸の感触をもう少し味わいたいとか思ってないですし?せ、先生に逆らうことは良くないことだと思うのでこの状況も仕方がないんです!あーあ、仕方ないなー(棒)

 

「ほらほら~カメラの方に視線向けて~」

 

 パシャ。

 

 カメラ特有の写真を撮った音が響き、星之宮先生は楽しそうに写真を見る。

だが、途端に頬を膨らませて俺の方を見てくる。

 

「もう~視線はカメラにって言ったのに」

 

「……あざとい

 

「うふふ…何か言ったかしら?」

 

「ヒッ!?い、いえ、なんでもありません!もう質問はないので失礼します!」

 

 ついに耐えられなくなった俺は星之宮先生の魔の手から逃れ、眼鏡を外して机の上に置いてから即座に職員室を出る。

 正直なところ他にも聞きたいことはあったのだが、これ以上はもう耐えられない。つい我慢できずにあざといと口に出てしまったが、星之宮先生の目がまったく笑ってなかった。怖すぎた。

 べ、別にチビってなんかいないんだからね!背中に冷たい汗が流れただけなんだから!結局体が恐怖を感じてるじゃねぇか。

 

「またね~」

 

 手を振る星之宮先生を尻目に職員室から離れるように早足で歩く。

 あー男子高校生、強いてはぼっちには拷問のような時間だった。男に対しての最終兵器みたいな先生である。

 ぶっちゃけ刺激が強すぎた。終始顔が赤くなって仕方がなかった。なんだろう、今日は碌なことがないな。こんな日はMAXコーヒーを飲むに限る。

 

 よし、そうと決まれば早速行動あるのみだ。

 俺はMAXコーヒーを買うために、玄関へと向かうのだった。

 

 

***

 

 

「随分と面白い生徒がいたものだな、チエ」

 

「やっぱりサエちゃんも興味ある~?」

 

「当たり前だろ。初日で毎月10万支給されるわけではないと気が付いたこと。それを教師に聞きに来た生徒など、ここ数年はいない」

 

「まあ、気づくだけなら誰でも出来そうなものだけどね~。それにSシステムの全貌を看破できたわけでもないみたいだしね。まあ、これからの行動が注目なのは言うまでもないんだけど。それより彼さ、私をずっと冷めた目で見ていたんだよ」

 

「ほう……?」

 

「そりゃあ頬っぺたツンツンしたり、胸に触れてる時は年相応の反応をしてたけどさ~わかっちゃうよね、凄い警戒心。それも多分、意識してるの半分、無意識半分ってとこかな?どんな人生送ってきたら、あんなになるんだろうね」

 

「お前の見てくれに騙される奴は多いからな。まさかお前が生徒に直接あざといなんて言われるとは思わなかったが」

 

「うるさいよサエちゃん」

 

 そう言いつつ、星之宮は手元の比企谷八幡の資料を見つめる。

 その顔はこれからの八幡の行動に期待するからか、単に面白そうだからだろうか。笑みを浮かべていたのだった。

 

「今年のBクラスは面白くなりそうだね」

 




高度育成高等学校学生データベース

氏名:比企谷八幡
クラス:1年Bクラス
学籍番号:S01T004679
誕生日:8月8日

評価
学力:C+
知性:A-
判断力:B+
身体能力:C
協調性:E+

面接官からのコメント
小学校の段階から成績は良かったものの、孤立気味であった。また、中学校の成績表では文系科目がとても優秀ではあったものの、やや理数系が苦手であることが窺える。協調性に欠ける部分があるためCクラス配属予定だったが、面接時の意気込みや態度から、これからの学校生活に期待が持てるため、Bクラス配属とする。

担任メモ
頭は良いけれど、考え方が捻くれていてちょっと心配な子です。積極的なのか消極的なのかよく分からないけれど、これからは眼鏡効果も駆使して協調性を高めていって欲しいかな。


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清隆「…おはよう」 八幡「…うっす」

飽きもせずに二日連続投稿となりました。明日は無理です、ちょっと無理しました。
ルーキー日間ランキングに乗っていて嬉しかったです。感想評価ともにくれた皆さんありがとうございます。

それと少しだけお願いというか……評価をつけてくださった方には必ず評価のお礼を送っております(たまに忘れたりするのは許してください)。評価をくれるということはそれだけしっかりと読んでくれたことに変わらないと思うので、きちんとメッセージを送りたいのです。
たまにメッセージ送れなかったりするとなかなか悲しいので受け付けてくれると嬉しいです。もちろん私のエゴですけど。

それでは二話目です。前回より内容が薄いのは私の力不足ですので。それでも読んでくださる方がいると嬉しいです。

……あと、戸塚のデータベース結構迷いました。これでよかったのかな?


 学校を出た俺は、自販機を探して学園内を歩く。

 お目当ては自販機に売られている缶のMAXコーヒーである。ペットボトルもあるにはあるが、なんとなく邪道な気がするのだ。マッ缶こそが正義。中身は変わらないからペットボトルもおいしいけどね。邪道だけど。

 自販機はすぐに見つかり、早速マッ缶を購入しようと商品を見ていく。

 

「マッ缶、マッ缶と……マッ缶が売られていない、だと……?」

 

 悲報、マッ缶が売られていない。

 い、いや、たまたまだろう。きっと次の自販機でマッ缶が俺を待っている。待ってろマッ缶、俺は必ずお前を迎えに行くからな!

 

 俺のマッ缶愛を舐めてもらっては困る。産湯の代わりにMAXコーヒーに浸かり、母乳代わりにMAXコーヒーで育ったと言っても過言ではない生粋の千葉っ子である俺が、MAXコーヒーを諦めるわけがないだろう。たとえ地の果てであっても俺はMAXコーヒーを求めて必ず辿り着いて見せる。いや、さすがに関東圏離れたら諦めるけど。

 地の果てどころか日本国内でも辿り着かないのかよ……。

 

 幸いにも、目に見えるぐらいの距離に他の自販機があるので、そちらに向かいマッ缶を探す。

 しかし、ジョージア系列のコーヒー、午後の〇茶などがあるというのにマッ缶だけない。普段なら微糖で妥協するところだが、俺の身体はすでにマッ缶でしか満足できなくなっている。

 朝からバスを逃すわ、坂柳と知り合うわ、自己紹介で噛むわ、星之宮先生におちょくられるわと全くいいことがない。いいことなんて坂柳と戸塚の肌の感触がそれはそれは柔らかかったことと、星之宮先生のお…ゲフンゲフン、立派なモノの感触を味わったくらいである。あれ?結構得してる?

 

 い、いや、落ち着くんだ比企谷八幡。坂柳に弄られるわ、星之宮先生に辱められるわ……うん、強く生きよう。こんな俺に優しくない世界の中でも、コーヒーくらい優しく、甘くていいと思うのだ。

 

 その後も、学校案内のパンフレットを見ながら学園の施設を回っていきつつ、自販機を見つけてはマッ缶を探すもとことんない。

 マッ缶がなくて自動販売機を名乗るなんてふざけてんのかよ。ふざけてるのは俺ですね分かります。

 

 結局、午後の時間を数時間使っても全く見つけられなかった。ああ、どこへ行ってしまったんだマッ缶。俺はこんなにも、お前を愛しているというのに……マッ缶は俺のことが嫌いなのだろうか。ついに無機物にまで嫌われ始めてしまったのだろうか。

 今朝方自転車よりも社会的地位が下がっていたからな……頷けない話ではないのが悲しいことである。

 

 ……仕方ない、か。どうしても行きたくなかったのだが。

 

 実はだが、学校で早めに見つけた自販機をわざと見逃している。

 なんとなく、そこにはマッ缶がありそうではあったのだが、何せ場所が場所である。こういう時の嫌な予感は大体当たる。ソースは俺。小学校の時、「あ、今日リコーダー必要なんだっけか。ま、学校に置いてあるし」と思いつつも念のため朝からロッカー確認しようとしたらゴミ箱にあったからな。確率100%かよ、俺に希望はないのかな?

 

 だが背に腹は変えられない。今はマッ缶の確保が最優先だ。

 それに、別に会うと決まってるわけではないのだ。会わない会わない、なんなら明日からも会わないまである。無理か、担任だしな。

 

 そう、その場所こそが保健室裏。穴場的スポットであり、星之宮先生に遭遇しそうな場所だ。

 俺はごく自然に、早くもなく遅くもないスピードで保健室に近づいていく。目線だけで周囲の様子を伺うが、人の気配はない。チャンスだ!

 

 おっ、あったあった。やはりここに…悲しいというかなんという偶然か。一日で飲むわけではないが、念のために三本買っておく。

 加えてマッ缶が一つ90ptだったのである。これは通わざるを得ないな。さらに、本日マッ缶探しという名の学園探索をしていた中で見つけていたベストプレイス候補の中でも、ここは一番の条件が揃っている。グラウンドを見渡せつつ、なおかつ昼休みを有意義に過ごせそうな教室からの距離感。

 駄目だ、これは罠だ、絶対罠に決まってる。もちろん根拠などない。

 三本を鞄に仕舞おうとして、改めて周囲の気配を探る。よし、完璧だ。俺は勝ったのだ!

 

「あれ~?比企谷君どうしてこんなところにいるのー?先生に会いたかったの?」

 

 ……知ってた。うん、分かってたんだよ、世の中、俺のこと嫌いなんだってな。

 声のした方を見れば星之宮先生が書類の束を持ちつつ、どんどん近づいてくる。おいおい、俺はちゃんと周囲を確認してたんだぞ?ど、どこから現れた?

 でも、どこから現れても不思議とおかしくないと思ってしまうんだよなぁ、この人。

 まるで強化外骨格でも纏っているような、深く関われば確実に火傷どころでは済まされない、とでも言ったような。危険人物二人目はこの人だな。もちろん一人目は坂柳だよ?

 とは言え先生に変わりはない。受け答えはしなければ。

 

「い、いえ、ここの自販機に用があったもので……もう帰ります」

 

「え~いけずだなぁ。せっかくだし職員室の時と同じように雑談しない?」

 

 何がいけずで、何がせっかくなのか全くわからないし、理解したくもないのだが、どうしてもペースに乗せられてしまうところがある。その場の雰囲気を自身の思い通りに持っていく、といえばわかりやすいだろうか。

 星之宮先生は、俺の懐にあるマッ缶に気が付いたのか指摘してくる。

 

「それ、MAXコーヒーでしょ?学園内でここの自販機にしか売ってないからかもしれないけど、だーれも買ったところみたことなかったんだけど、比企谷君は好きなの?」

 

「マッ缶は千葉の水と言っても過言じゃありませんから」

 

「でもそれ甘すぎじゃない?一回だけ買ってみたけど匂いから甘ったるいよー?」

 

 マッカンの素晴らしさを知らないとは……人生の1割は損してるぞ。

 ……全体の半分もねえのかよ、そこまで損してないじゃねーか。

 

「ま、糖尿病にならないように気を付けなよー?今日はまだ仕事があるから、また明日ねー」

 

 どうやら仕事がまだあるらしい。ふー、助かったぜ。

 星之宮先生が保健室に入っていくのを尻目に寮のある方向へと歩き出す。災難続きの今日ではあったが、マッ缶を確保できただけでも良かったと思おう。

 

 しばらく歩き、俺は今日から自分の家となる寮に着いた。

 寮の管理人に402と書かれたカードキーと、寮でのルールが書かれたマニュアルを受け取り、エレベーターに乗り込む。

 目的の階に着き、エレベーターを降りて自分の家となる402号室に入る。

 中は八畳程のワンルームになっていて、最低限生活できるようにキッチンやトイレに風呂、冷蔵庫なども揃っていた。二つのマッ缶を冷蔵庫の中に入れ、マニュアルをテーブルの上に置く。残しておいたマッ缶を飲みながら大雑把に把握していく。

 

 ゴミ出しの日や時間について、周囲の迷惑になるような騒音は起こさないことなど集団生活における基本的なルールが書かれている。また、電気代やガス代には基本的に制限はないようだ。過度に使うのは控えるようにと書かれているが、正直、ポイントから引かれると思って節約生活を覚悟していたのでここら辺は素直に嬉しい。

 

 男女共用の寮になっていることには驚いたが、階が明確に分かれているのと、女子の階に男子は午後八時までしか立ち入ることができないなどのルールがあるため、そこまで問題はないのだろう。高校生にそぐわない恋愛はするなとも書かれているが、俺はまず恋愛などできるのだろうか。

 べ、別に恋愛なんてしたくないんだからね!…どう考えてもモテない男子の言い訳にしか聞こえてこない。

 

 けっ、リア充は爆発しろ!!

 大体のことを把握したと同時にマッ缶を飲み終わる。やっぱりマッ缶は最高だぜ!あー、今日あった嫌なことを一瞬で忘れられるな。さすがはマッ缶である。

 現在の時刻は午後五時すぎ。まだ時間的に余裕はあるし、部屋には家具くらいしかない。

 日用品でも買いにいくか。

 

 

***

 

 

 俺は寮から一番近いと思われるコンビニにやってきていた。

 いや、雑貨店とか俺にはレベルが高すぎる。幸いなことにコンビニには日用品類はかなり揃っているし、何も問題はないだろう。

 シャンプーにボディソープ、歯ブラシにコップに……と、必要なものを片っ端から買い物かごに入れていった中、妙なものを見つけた。

 

「無料商品?至りつくせりだなこの学校」

 

 隅の方に置かれた、一部の食料品や生活用品。それが無料と書かれ、さらに『1か月3点まで』と但し書きまで添えられている。コンビニの中にありながらも異質なコーナーであると思われた。

 大手のスーパーには『もったいないコーナー』などと書かれ、消費期限や賞味期限が今日中や翌日のものなどが安く売られたりすることはあるだろう。俺だって見たことくらいはあるし、極稀に買ったりしていた。

 しかし、この学園は入学初日に10万などといった他の学校とは違うほどの好待遇を与えられるのだ。大多数の生徒は気にも留めないだろうな。

 

 ―――――毎月ポイントが与えられる、としか言えないかな。

 

 ああ、なるほどな。だから無料商品が中途半端に減ったりしているのか。

 つまり、()()()()()もありえるということなのか。確証はないがあっても不思議ではないし、一応の筋は通っている。

 俺は先程かごに入れたばかりの最新型の歯ブラシを戻し、代わりに無料の歯ブラシを入れる。これからはポイントはなるべく使わないようにしよう。今日の昼は総菜パン二つで済ませたが、自炊しないとまずいかもなぁ……これも専業主夫への修行だと思えばいいか。

 10万もあるし、テレビとゲーム、本も買おうと思ったが諦めよう。プリキュアを見れなくなるのは残念だが……本に関しては図書館を利用すればいい話だしな。もしかしたらプリキュアのDVDも借りられて視聴室とかで見られるかもだし。

 うん、少なくとも5月に入ってから考えよう。ポイントは支給されると言ってるし、そのポイント次第で今後の買い物は決めていくか。べ、別に貧乏癖で高いものを買う勇気がないんじゃないんだからね!

 ……ラーメンくらいは良いよな?

 

 

***

 

 

 結局、昨日はラーメン屋で700ポイントも使ってしまった。だが後悔はない、昨日のラーメンにはそれだけのポイントを払う価値があったからな。なんならリピーターになるまである。ってそんなことしたら瞬く間にポイント使い切るじゃねーか。やはり自炊しか手はないのだろうか……。

 

 ついに今日から授業が始まる。あの希望する進路・就職先に100%叶える高校の授業……サボりたい。でも入学早々サボりとか絶対にマイナスに決まってる。

 それに、昨日の『マッ缶探しの旅~星之宮先生からは逃れられない~』の際に学園内を探索したが、まあ、どこもかしこもカメラだらけだ。監視する気満々である。って、なんだこの売れないラノベみたいなタイトル。恐ろしいにもほどがあるだろ。

 どんな過酷な授業が待ってるかは知らないが、自ら入学した学校だ。真面目に受けないと両親はともかく小町に悪い。

 

 ドアを開けて外に出て、カードキーでドアを閉める。

 同時に、隣の部屋の奴も部屋から出てきたようである。タイミング良すぎだろ…。

 だが平穏なボッチライフを過ごすためにも、お隣さんがどんな奴なのか気になるな。

 エレベーターに向かいながらちらっと視線を向けると、相手もこちらを見たところだった。

 ……き、気まずい。

 

「…おはよう」

 

「…うっす」

 

 相手側も俺と同じように気まずいと思ったのだろうか。少しの間を空けて朝の挨拶をしてくる。それに対し、なんとか答える俺。

 駄目だ、ボッチにはどうやってこんな場面を切り抜けるのが正解かが分からない。多分、絶対にこれが正解だよ!なんて答えはないんだろうが。

 この微妙な空気に耐え切れなくなった俺は、隣の部屋の主を素通りしてエレベーターに向かおうとする。が、ここで予想外のことが発生した。

 

「なあ、これも何かの縁だから、一緒に登校しないか?」

 

「……え?」

 

 

***

 

 

 オレは学校に登校するために部屋を出る。

 ドアを開けると、隣近くでドアが閉まる音がする。どうやら、隣の奴もちょうど出てきたようだ。

 お隣さんというのは3年間、ずっと隣で暮らしていくのだろうから挨拶でもしてみようか。

 いや、まずはどんな奴かを見極めないとな。須藤みたいな奴なのか、それとも平田のような奴なのか。

 エレベーターに向かうようだし、顔だけでも見ておこうか。視線だけをソイツに向ける。

 すると相手もこちらを見たのか、ちょうど目が合ってしまった。

 ……なんて間が悪い。とりあえず、朝の挨拶をしておけば自然か?

 

「……おはよう」

 

「……うっす」

 

 昨日は堀北に人付き合いが上手くなさそうと言われたものだが、隣のコイツも咄嗟の返事から判断するに、人付き合いが上手くないのだろう。

 ……これは友達を作るチャンスじゃないのか?

 しかし、隣の奴は気まずくなったのか、オレから視線を外してエレベーターの方に歩き出す。

 ここを逃したら次はいつになるか分からないな。昨日の時点でクラスメイトですら怪しいのだ。

 たとえ他クラスの奴だろうと知り合って親しくなれば立派な友達……だよな?

 

「なあ、これも何かの縁だから、一緒に登校しないか?」

 

 

***

 

 

 俺は寮から学校までの道を歩いていく。

 寮から学校までそこまでの距離はないが、少し話すぐらいはできそうな距離だ。

 今までと変わらずボッチ登校だと思っていたのだが、何故か今は寮の隣人、綾小路という男と共に登校していた。

 

「……」

 

「……」

 

 だが、エレベーターを降りたところから会話がない。エレベーターでは他に乗ってくる生徒がいなかったこともあり軽く名前とクラスを教えあった。

 そして感じる、綾小路の並々ならぬボッチ感!いや、実際にはぼっちというよりも、何もかもが普通に思えもするのだが、それはそれで不気味な気配を醸し出している。

 少なくとも部屋の前では、俺と同じく対人関係が苦手なんだろうとは思った。しかし、奴はイケメンである。目立たないようにしているのか、冴えないイケメンと言ったほうがしっくりくる。ま、まあ俺も昨日星之宮先生に「眼鏡かけたらイケメン」って言われましたし?

 ぜ、全然負けたとか思ってないんだからな。こ、今回は引き分けってことで手打ちにしてやるよっ……。

 

「……比企谷」

 

「お、おう、どした」

 

 突然こちらを向いた綾小路が尋ねてくる。

 

「その目、どうしたんだ?」

 

 はいはいわかってましたよ、絶対触れてくると思ってましたよ……眼鏡の購入本気で考えようかな……。

 

「この目はやりたくてやってるんじゃない。気が付いた時にはこうなってた」

 

「そうなのか。まるで疲れ切った社会人のような目をしていたから、何度も見間違えだと思ってたぞ」

 

「ねえ、ひどくない?一応初対面だよね?俺そんな社畜のような目をしてたの?」

 

「オレはDクラスだし初対面だな。なんていうか、入社10年目くらいの副部長がやってそうな死んだ目をしているな。もちろん今もだ」

 

 随分と目のことを具体的に言いやがるな……反論できる点が全くないのがつらいところだ。

 どうでもいいが俺は猫背で、綾小路はいたって普通の姿勢である。ほんとにどうでもいいな。

 

「俺の目のことは置いておこう。どうせ治らないんだしな」

 

「あ、ああ。そうか……なんか悪い」

 

「気にするな。いつものことだ」

 

「何かあったのか?」

 

「……昨日、初めてクラスに入ったときに目が合った女子から悲鳴をあげられた。加えて担任にかなり目のことを弄られたんだよ」

 

「お前も苦労してるんだな」

 

「も、ってことは綾小路も何かあるのか?」

 

「オレ、クラスに友達いないんだよ」

 

「安心しろ、俺もだ」

 

 俺たちは友情を深めあうかのようにお互いの目を見て頷く。互いにクラスは違えど同じような環境に身を置いていることで互いに頑張っていこうと鼓舞する。

 なんだこの悲しい組み合わせは……。

 

 学校にはすぐ着いたので綾小路と別れ、Bクラスの教室に入る。今日からは授業なのだ。寮の隣人問題は特に起こらないだろうし、一先ず授業に集中しよう。

 授業初日ということもあってか、ほとんどの授業が今後の進め方についてだけだった。先生たちは星之宮先生程ではないにしろ、進学校とは思えないほどフレンドリーに接している。多くの生徒は拍子抜けしたかもしれないが、やはりこの学園を希望するだけあり、皆真剣に授業に取り組んでいた。

 俺?普通に授業を受けたに決まってんだろ。一つ言いたいことがあるとすれば、先生方全員が俺に気づいたら同情の目を向けてくることだ。これは星之宮先生に目をつけられていると思ったほうがいいのだろうか。むしろ昨日の時点で目を付けられないわけがない、か。

 

 頭上に監視カメラがあるせいで下手に寝たり不注意な行動ができない。音声まで拾われれば碌に喋ることも出来ない。

 つまりこの学園はボッチ最強と……またしてもボッチ最強説を唱えてしまった。俺に勝てる人間はいないのか、敗北を知りたいものだな。

 

 俺はボッチであることと負けることに関しては一家言持つ男である。まったく自慢にならない一家言だった。

 授業はスムーズに消化されていき、ついに学生の待ちに待った昼休みの時間が訪れる。

 

 ボッチである俺は教室にいると不必要に目立ってしまうため、すぐさま教室を出る。まあ、付け加えるならあのリア充雰囲気に耐えられない。結局は自分のためだ。

 一人惣菜パンでも買うかー、と、どこで食べようかを考えていると背中にちょんちょんとつつかれた。

 俺に用がある人間なんているのか――――と思いつつ振り返ると右頬に指がぷすっと刺さる。

 

「あはっ、ひっかかった」

 

 そう言って可愛く笑っていたのは同じクラスであり、知り合い?である戸塚彩加だった。

 えー何このラブコメみたいな展開。超心臓バクバクしてるんですけどー。ホントに男じゃなければ告白して即振られているところである。やっぱ振られるのかよ。

 

「……どした」

 

「比企谷君さえよければ、一緒にお昼どうかなーって」

 

 こ、これが伝説のリア充イベント、『お昼のお誘い』なのか!?これが女ならどんなラノベだと言いたくなるところだが、残念なことに男である。しかし男(可愛い)だ。なら俺の答えは決まっている。

 

「おう、いいぞ」

 

「ほんと!!えへへ、比企谷君ともっと仲良くなりたかったから、嬉しいや……」

 

 俺はラノベの主人公でも何でもないので、戸塚が小さい声で言ったことも聞き取れてしまった。俺と仲良くなって何の得があるのかは知らんが、もちろん悪い気はしない。

 戸塚は食堂に行きたいらしいので、共に向かう。その途中にちらりとDクラスを見ると、こちらを見ていたであろう綾小路が、何か衝撃的なものを見てしまったような顔をしており、印象的だった。

 すまんな綾小路、ボッチはボッチでも俺は誘われたぜ!

 

 

***

 

 

 食堂は昼休みということもあってか多くの生徒であふれていた。だが授業終了後すぐにきたこともあり、まだまだ席に余裕がありそうだ。

 

「比企谷君は何食べるか決めた?」

 

「そうだな……」

 

 メニューを見れば値段順にメニューがあり、一番高いスペシャル定食なんて炭水化物てんこ盛りの好きなおかず全部詰めました!みたいな定食だった。もともとそこまで食べるほうでもないのでこの定食だけは食べることはないだろう。それなりに高いし。これを食べるなら昨日のラーメン屋に行きたいとまで思う。

 下に書いてあるほど物ほど値段は下がっていき、一番下には無料の山菜定食があった。無料定食なんてものもあるのか。ますます0ポイントという存在が浮かび上がってきたな。

 

「無料だし山菜定食にする。戸塚はどうするんだ?」

 

「うーん、和風ハンバーグ定食にしようかな」

 

 どうやら決まったようなので券売機でそれぞれポイントを払い、定食を受け取る。俺は0ポイントだからそのまま受け取ったが。

 窓際の二人席を取り、食事を開始する。山菜定食はその名に違わず野菜ばかりではあるが、ヘルシーと言いかえることもできるだろうし、味だって食べられないと思うほどではない。美味しいかと言われると頷くことはできないが、これで無料なら破格の定食だ。

 一方、俺の目の前でハンバーグを食べている戸塚は一口食べては美味しそうに笑顔を弾けさせている。あれだな、戸塚定食とか売ってないのかな。今の笑顔だけでご飯三杯はいけるぞ。

 

 食事を進めていると、戸塚が話しかけてくる。

 

「この学校ってなんか不思議だよね。昨日なんていきなり10万円も渡されちゃったからびっくりしちゃったもん」

 

 もんって男が使う言葉なんだろうか。俺ってかっこいいんだもん!……キモいに決まってますね。戸塚だから許されるな。可愛い。

 

「そうだな。まあ、来月に貰えるポイントが10万とは限らないから、何かあるとは思うが」

 

「え、5月に支給されるポイントって、10万ポイントじゃないの?」

 

「……ここだけの話なんだがな」

 

 そう言って、俺は星之宮先生から得られた情報を若干ぼかしながら伝える。実際5月にならないとホントかどうかわからないし、10万振り込まれるかもしれない。だが、そうとも言い切れないことが食堂にきて更に強まってしまった。

 少なくとも無料の山菜定食や自販機で売られている無料のミネラルウォーター、限定品の無料の商品とかを見るかぎり、0ポイントだとしても生徒が最低限生活できる環境が整っている。

 

 それに戸塚は気づかなかったかもしれないが……この席に来るまでの間、上級生と思われる生徒の飯を見ていると、山菜定食を食べている人がいたのだ。

 それも複数である。これで女子が一人だけとかならダイエットしてるのかもと思ったのだが、大柄な男子生徒でも山菜定食を食べていたことには少し驚いた。

 野菜好きな人が多いと言われればそこまでの話だが、どうもおかしい光景に映ってしまう。

 

「……やっぱり、比企谷君は頭いいね」

 

「やっぱり?俺が頭良いときあったか?むしろ戸塚に数学や理科で迷惑ばかりかけていた記憶があるんだが……」

 

「ううん、勉強とかじゃなくて。洞察力というか、推察力というか…よく周りを見て考えてるんだなーって」

 

 そりゃあ、ボッチには必要不可欠なスキルだからな。

 例えばだが、悪ガキの大将に目をつけられたらどんな目に合うか分からない。常に周囲を探り、やっかいごとに巻き込まれないようにするのは大切なスキルである。目をつけられたら……受け入れてしまうほうが精神的に楽だ。経験則的にだけど。

 会話もそこそこに、残りの食事を片付けにかかる。どんどん生徒が増えていくので長居しても申し訳ないから、と戸塚が言ったからな。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 二人とも食べ終わったので食器を片付け、食堂を出る。さてと、これからどうするかなー。まだ授業まで時間はあるし、図書館にでも行くか。

 

「戸塚、これからどうするんだ?」

 

「比企谷君は?」

 

「俺は図書館に行こうかなって」

 

「なら僕もついて行っていい?」

 

「お、おう……」

 

 くっ、やはりふとした時の表情と仕草が女子としか思えん。もし今制服じゃなかったら、男だということを忘れそうだった。顔を赤くしているところがまた可愛い……戸塚は俺の天使だな。

 くだらないことを考えつつも、図書館に向けて歩き始める。昨日の探索の成果で、この学校の大体の地理はつかんでいる。

 戸塚は何かを言おうとしては、やめることを繰り返していたものの、どうやら言うことに決めたようで俺の方を向いてくる。

 

「ちょっと比企谷君にお願いがあるんだけど……いいかな?」

 

「お願い?」

 

「うん、僕、テニス部に入るつもりなんだけど、放課後の部活動説明会、一緒に行ってくれないかな……?」

 

 そう言えばそんなこと、さっき食堂で聞いたな。校内放送で全員に伝えられたものだったが、確か17時に第一体育館に集合だったか。

 戸塚は俺の答えを慎重に窺っているのか、上目遣いになってこちらを見ている。

 俺がそんな面倒ごとに行くわけがないだろ、ボッチ舐めんなよ。

 

「俺でいいなら……」

 

「ほ、ほんと!ありがとう比企谷君!」

 

 うん、ボッチだからこそ無理に決まってんだろ。それに戸塚のお願いだぞ。俺が聞かないわけがない。

 不安ながらに窺っていた戸塚の表情は、一変して笑顔に溢れたものになった。あー癒される~。

 その後は他愛もない話をしつつ、図書館で借りれるだけ本を借りて教室に戻った。

 クラスに戻ると、いつの間にそんなに仲良くなったのか、数人のグループでまとまって食事をしていたり、談笑していた。……君たち仲いいね。学校っていつから始まったっけ?なんなの?コミュ力お化けなの?

 

 

***

 

 

 放課後になると、多くの一年生が第一体育館に向かっているのか、大人数が同じ方向に進んでいた。純粋に部活に入る気なのか、それとも楽しそうだからなのかは分からないが、大体はそのどちらかなのだろう。俺も戸塚と共に第一体育館へと向かう。

 

 体育館に入るときに部活動のパンフレットと思われるものを渡され、俺は後ろの方から見ようと思ったのだが、戸塚が前の方に行くのでついて行く。やはり近くで説明を聞きたいからだろう。俺は特に部活動に入るつもりはないが、今回は戸塚の付きそいなので戸塚に従う。

 周囲を見渡せば思ったよりも人数が多いという印象を受ける。俺なら帰宅部一択だし、戸塚がいなかったらまずこの説明会にすら来ていないだろう。元々そうするつもりだったし。

 戸塚がテニス部のページをじっくり読んでいる中、俺も暇つぶしにパラパラと各部活動のページを軽く読んでいく。

 

 やはり高度育成高等学校と名前も相まってか、部活動もそれぞれ全国トップクラスの成績を収めていた。だが野球やバレーなどは各地の名門校に一歩劣るといった感じである。

 しかしすべての部活動が実績を残してるとか凄まじいな。改めて俺がこの学校にいることが場違いな気がしてくる。小町、お兄ちゃん、すごいとこに来ちゃったよ……。

 司会の生徒会書記だという女先輩から説明会の開始が伝わり、壇上には各部活動の主将と思われる人物たちが順に部活を紹介していく。

 順に降りては、簡易テーブルに着く。どうやらそこで募集するようだ。

 

「比企谷君、行ってくるね」

 

「おう」

 

 戸塚はテニス部に入りたいって中学の頃から言っていたし、今日も言っていたから入部は当然か。

 一人残された俺は他の生徒の邪魔になるな、と思い後ろの方に移動していく。決して一人で中央にいるのが嫌だったわけではない。ただの優しさだよ?

 最後尾辺りまで来た俺は、寮の隣人である綾小路と美人な女子生徒という奇妙な組み合わせを視界にとらえた。

 綾小路、お前昼休みに俺を「えー……」みたいな目で見ていたくせにリア充だったのかよ。

 

「がんばってくださ~い」

 

「カンペ、持っていないんですか?」

 

「あははははははっ」

 

 俺がこっそりと綾小路に妬ましい視線を送っていると、周囲が俄然騒がしくなる。

 何があったと壇上を見れば、一人の男子生徒――先輩には間違いない――眼鏡をかけた見るからに頭良さげな人物がマイクを前にして無言で佇んでいた。

 って、よく見たらあの人入学式の日に話をしてた生徒会長だな。

 

 一年生の多数は色んな野次を飛ばしていたが、壇上の先輩はすべてを無視しつつ、俺たち一年生を見下ろしていた。

 最初は笑っていたやつも、「なんだあの先輩?」といった具合で呆れるように。

 不気味なのは壇上に立つ会長である。どんな一年の声にも無言、無言である。もし俺が壇上に立っていたら耐えきれずに噛みまくるか、逃げ出すかのどちらかだろう。だがその人は一切の行動をみせなかった。

 

 次第に体育館の空気が変わっていくのを感じる。誰も彼もが騒いでいた状態から、今は一言でも喋ること自体が禁止であるかのように恐ろしい静寂に飲み込まれていく。

 こんな状況を生み出したのは壇上に立つあの男だ。

 そんな静寂が30秒くらい続いたのち、ゆっくりと一年全体を見た男は演説を始める。

 

「私は、生徒会会長を務めている、堀北学と言います。生徒会もまた、上級生の卒業に伴い、一年生から立候補者を募ることとなっています。特別立候補に資格は必要ありませんが、もしも生徒会への立候補を考えている者がいるのなら、部活への所属は避けて頂くようにお願いします。生徒会と部活の掛け持ちは、原則受け付けていません」

 

 口調は柔らかいが、肌を突き刺すような緊張した空気を感じる。これは堀北会長が生み出した空気だ。空気創造能力とか持ってるの?化学変化も逃げ出すような場の変わりようだ。

 

「それから―――私たち生徒会は、甘い考えによる立候補を望まない。そのような人間は当選することはおろか、学校に汚点を残すことになるだろう。我が校の生徒会には、規律を変えるだけの権利と使命が、学校側に認められ、期待されている。そのことを理解できる者のみ、歓迎しよう」

 

 淀みなく演説を終え、真っすぐに壇上から降りて体育館を出ていく。

 誰も言葉を発せない状態だったが、司会の先輩の言葉により再起動する一年生達。

 戸塚を待つ間、少しだけ体育館から外の廊下を覗く。そこには堀北会長とその後ろをついて行く司会の女先輩が確認できた。

 堀北会長は圧倒的だった。その存在感も、場を支配することも、何もかも。あれがこの学校の三年生であり、生徒会長……あのような人材がこの学校を代表する人になっていくのだろう。

 それに比べ、俺はどうなのだろうか……特別大きな夢もなく、専業主夫かサラリーマンにでもなれればいいと思っている。俺がこの学校で身に着けるべき力はなんなのだろうか。

 ふと、そんなことを考えたりもした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして4月を終え、5月を迎えた俺は―――――実力至上主義の世界に身を投じることになるのだった。

 




高度育成高等学校学生データベース

氏名:戸塚彩加
クラス:1年B組
学籍番号:S01T004673
部活動:テニス部
誕生日:5月9日

評価
学力:B
知性:C+
判断力:C+
身体能力:C+
協調性:B

面接官からのコメント
小中ともに成績は平均的であり、面接時の対応も丁寧なものであった。身体能力は平均を少し上回るぐらいであり、協調性も高いことが窺える。そのことよりAクラス配属候補ではあったが、少し自分に対し自信を持っていないことが窺えるため、改善すべき点であると言え、Bクラス配属とする。

担任メモ
最初見た時は女の子にしか見えないほど可愛く、今でも混乱しちゃうくらい可愛い子。先生的にはそのまんまの君でいてもらいたいな。


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彩加「比企谷くん、それ!?」 八幡「…ちょっとな」

二話連続で出した後三話に時間かけすぎた……。
結構考えた結果、こんな感じの出来事を作ってみました。

……正直言ってよう実も俺ガイルも原作読んだとはいえ、よう実に関しては借りていたこともあり、詳しく読んだのは8巻までだったり……ウィキペディアとかアニメとか色々参考にはしてるんですが、矛盾が起こってるかもしれません。
BクラスとCクラスの小競り合いって具体的に書かれましたっけ?作者の知識になかったため、八幡を使ってみました。

人によっては「意味不明」となるやもしれませんが、楽しんでいただけると嬉しいです。



 その日の空色は、どんよりとした雲が広がっていた。それにこの独特な雨の匂い。夜のうちに一度降ったのか、近いうちに雨が降るのか、今日の降水確率は40%と微妙である。

 もし降ったら傘を買いに行くか。びしょ濡れはさすがに嫌だしな。

 

 今日は5月1日。つまりは今月のポイントが振り込まれる日だ。

 俺は興味半分怖さ半分で学生証端末を操作し、自身のポイントを確認する。

 

「13万5288……ってことは、今日は6万1000ふりこまれたってことか」

 

 昨日までのポイントは確か7万4288だったから、間違いないはずだ。6万でも大金なんだがな……最初に10万も渡されたためか、そこまで嬉しいと感じなくなっている。

 これはあれだね、絶対に卒業したら金銭感覚死んでるんだろうね。

 とりあえず学校行くか。

 

 学校に着き、自分の席に座る。今日もHRまでは寝たふりだな。

 クラスメイト達は楽しそうに会話……いや、少し焦った感じか?大方今月のポイントが6万だったことが関係してそうだ。

 むしろそれ以外に話題はないと思うが、俺は関係ありませんとばかりに気配を消す。

 どういうことで4万も減ったかは分からないが、少なからず俺が数学で寝てしまったことがマイナスに響いているだろう。

 クラスメイトは俺が寝ていたことに誰も気づいていなかったようだし、この事実は墓まで持っていこう。よし、そうしよう。

 さて、寝たふりするか……と腕を組んだ辺りで、視界に小さな手がひょいひょいと揺れていることに気づく。

 ん?誰だ…と顔を上げると、俺の前に戸塚彩加が立っていた。

 

「おはよ」

 

 くすっと微笑むようにして、戸塚が挨拶をしてくれる。

 

「……毎朝、俺の味噌汁を作ってくれ」

 

「え、ええ!?ど、どういう……」

 

「あ、いやなんでもない。ちょっとボケてただけだ。すまん」

 

 あぶね、うっかりプロポーズしちまってた。くそ、なんでこいつこんな無駄に可愛いんだよ。男なのに!男なのに!!男だから?どうして男なんだ?

 毎朝味噌汁作ってくれねぇかなぁ。材料費は払うからさ、無理か。

 

 ……何故か一人のクラスメイトがこちらを見ている気がするが気のせいだろう。

 うん、気のせい気のせい。だからこっちガン見してる女のことなんか知らない。ものすごいキラキラした目線を送ってきてるけど知らないったら知らない!

 

「あ、それでね比企谷くん。今日、ポイント増えてた?」

 

「おう。6万1000ポイント入ってたぞ」

 

「やっぱり6万1000なんだ……比企谷くんの言ってた通りみたいだね」

 

「そうだな」

 

「は~い、みんな席についてね~HRを始めまーす」

 

「あ、じゃあ比企谷くん、またあとで」

 

 バイバイ、と手を振る戸塚は天使だと思いました。

 

 

 星之宮先生は全員が席についたのを確認し、持ってきた紙を黒板に張り付ける。

そこには、

 

・Aクラス 940

・Bクラス 610

・Cクラス 490

・Dクラス 0

 

と書かれていた。

 

「あの、先生。それは……?」

 

 クラスの男子が訊ねる。マジでなんの数字?Dとか0だぞ……0?

 

「これはクラスポイントって言ってね。毎月皆に支給されるプライベートポイントはこのクラスポイント×100になってる仕組みなの。だから皆には今日6万ポイント振り込まれてると思うんだけど……Bクラスの600はまずまずの数字かなー」

 

 星之宮先生によって、この学園の真の姿が明らかにされた。

 この学校は生徒を実力で測っている。リアルタイムで生徒を監視しつつ、評価はクラス単位で行われる。

 一人の行動が他のクラスメイト全員に降りかかるということだ。

 元々1000クラスポイントあったわけだが、Bクラスは400ポイント失い、600となっている。

 400失うような行動をしてきたということか。

 これあれだよな、居眠りしたの絶対響いてるだろ……やっぱ黙っておくべきだな。

 

「先生、ポイント増減の詳細って、教えてもらえますか?」

 

 あの巨にゅ……自己紹介を提案していた奴が星之宮先生に質問している。

 こうしてみると……やっぱ星之宮先生も大き……いや、なんでもないです。

 一瞬だけ胸に目線がいっただけなのにこっちに笑みを送ってきた挙句、目が全く笑ってなかったんだけど。何故バレたし。

 

「ごめんねー、詳細は学校の決まりで教えられないことになってるの。社会に出てからも企業によっては教えてくれないところもあるから、同じようにしてるんだー」

 

「そうなんですか…。クラスポイントを増やす方法はあるんですか?」

 

「もちろんあるよ。早いところで言えば次の中間試験。そこで好成績を取れたら、成績次第だけどポイントが増えるようになってるんだー。で、これを見てくれる?」

 

 そう言って星之宮先生が新たに貼った紙には、先日行われた小テストの点数が載っていた。

 おっ、ちょうど真ん中に俺の名前があるな。小テストは主要五教科の問題が数問ずつあったのだが、数学は全くと言っていいほど解けなかったし、理科も二問しか分からなかったのだが、文系科目に救われたようである。

 つーか最後の3問は見たこともない問題だったぞ…数学に関しては難易度の変化が全然わからなかったけどな。

 

「今回のテストだと赤点はいなかったけど……もしこれからの定期試験で一教科でも赤点を取ったら退学になっちゃうから、気を付けてねー」

 

 一教科でも、赤点だと退学……?え、いや待て。聞いてないぞそんなの!

 自慢じゃないが、俺は中学三年の秋までは数学の赤点常連だった。理科は二回に一回のペースだったな。まったく自慢じゃないなホントに……。

 数学と理科をどうするべきか頭を悩ませていると、あっ、と言うのを忘れていたとばかりに星之宮先生は続ける。

 

「皆がこの学校を選んだ理由には、就職先や進学先にほぼ100%応えるところがあると思うんだけどー、それはAクラスのみだからねー?」

 

「「「え……?」」」

 

「だからAクラス目指して、頑張ろうね?これで今日のHRは終わりでーす」

 

 星之宮先生は伝えることは伝えたとばかり、黒板に貼った紙を回収して教室から出ていった。

 途端、教室が騒がしくなる。

 まあ、当然のことだろうな。俺もある程度予想はしていたとはいえ、実際に言われると驚きが強かった。

 特に監視カメラによるリアルタイムで生徒を評価する……下手のことができないってわけだ。これなら暴力沙汰も減るだろうし、悪くないと言えば悪くないが、いつでもどこでも見られていると思うと緊張するな……。

 

 クラスポイントとプライベートポイント、Sシステムの謎だった部分が明かされたこともそうだ。Aの940とかどうなってんのと思いはしたが、普段の素行なども査定の対象なんだろうか

 Dの0は……ご愁傷様としか言いようがない。綾小路、ドンマイ!

 これで今月の6万ポイントの謎も多少は解決したし、目下の問題は次の中間試験だ。

 理数系がまずい、ほんとにシャレにならんレベルでまずいんだが……。

 

「みんな!少し聞いてくれるかな?」

 

 ざわざわと周囲と話していたクラスメイト達が一斉に静まり、先ほど質問していた少女に注目する。

 やはりこのクラスは、彼女を中心に回っていくようである。

 

「星之宮先生の話を聞いて、色々不満に思ったり、考えることもあると思うの。私だってそうだし、みんなもそうなんじゃないかな?だから、今日の放課後にこれからのことを皆で話し合わない?今からだと授業もあるし、時間が足りないしね」

 

「賛成!」

 

「一之瀬さんが言うならそれがいいよ!」

 

「朝の時間だけだと足りないだろうし、俺もいいと思うぜ」

 

 クラスの方針は決まったらしい。これはあれですか、全員参加の流れですかね……まあ、さすがにそうか。こんな制度、他の高校ではやってないだろうしな。

 一之瀬の言葉に反論は出ず、放課後にクラス全体での話し合いが決まった。

 

 

***

 

 

 午前の授業を終え、俺は総菜パンにおにぎりをコンビニで買ってからベストプレイスへと向かう。

 週3くらいで昼休みはここを利用している。

 星之宮先生に会うことを考えればなかなか足を遠のくのだが、マッ缶あるし、一人になれる上にグラウンドを見渡せる。さらにマッ缶買えるしな。マッ缶好きすぎかよ。

 雨の日は人が込み合う前に学食を使うか、図書館で過ごしている。無料の山菜定食も毎日でなければ食べられるし、なによりお得だ。0ポイントだし。

 腹が減ってない時は図書館で時間を潰す。昼休みが始まったばかりならそこまで人がおらず、一人席を確保しやすい。

 ここの図書館の蔵書数はすさまじく、市立図書館と言われても納得できてしまう多さである。

 いっそのこと、図書館の本を全て読みつくすのを目標にしてもいいかもしれない。まあ、無理だろうが。

 

「あ、比企谷君だー」

 

「……うっす」

 

「私も一緒に食べていい?」

 

「……どうぞ。別に俺の場所でもないんで」

 

 あーあ、俺の楽しい楽しいボッチ飯が終わりを告げちまったぜ。

 ここで断るのは簡単だが、前に断ったら「HRの時に比企谷君に傷物にされたって話すよ?」「あのツーショット写真、公開してもいいんだよ~?」などと言ってきたので、既に断ることは無理だと諦めている。

 半強制的ではあるものの、星之宮先生と一緒に昼飯を食べることは四月にも何度かあったし、もう慣れたものだ。

 まあ、ほとんど星之宮先生の愚痴を聞くだけの時間になっているが。

 正直鬱陶しいことこの上ないものの、マッ缶の持つ魔力には逆らえず、ここに通っているのだ。

 ……先生と話すことを悪くないと、感じているのも少しくらいあるかもしれない。いいよね、女教師って。女の先生より女教師と表記した方がエロさが倍増すると思うのは俺だけなのだろうか?

 

「今日の話、びっくりした?」

 

「そりゃあ、驚きましたよ。個人の評価がクラスの評価に響くなんてぼっち殺しもいいところでしょ。もっとぼっちに優しい制度にはならないんですかね」

 

「数学の時間寝てたもんねー」

 

「そ、それは秘密に……って、やっぱ授業態度も関係あるんすか」

 

「いやーどうだろうねー?」

 

 あくまで何がとは明言しないつもりなのだろう。もしくは明言できないのか。わからないことはまだまだ尽きないが、それも学校で過ごしていくうちにわかってくるはずだ。

 

「ま、私としては比企谷君に退学してほしくないから、次の中間頑張ってねー」

 

「……別に俺が退学になろうと先生には関係ないんじゃないんですか?」

 

「だって~せっかくのおも……担当クラスの子なんだから、退学になってほしくないのは当たり前だよ~」

 

 おい、この人今おもちゃって言おうとした?面白いの間違いだよね、そうだよね?そうだと思いたい。

 確かに俺としても退学は避けたい。小町とも約束したし、戸塚と一緒に学校生活送れなくなるし、小町と口利けなくなる!小町と戸塚のこと好きすぎかよ。

 

「そうそう、聞いてよ比企谷君ー。前に付き合った彼氏がね……」

 

 その後はいつも通り、星之宮先生の男の愚痴を延々と聞かされた。

 こういう場合、女子は何かを言ってほしいのではなく、ただ聞いてほしいだけということは小町から習い済みだ。

 俺は適度に聞き流しつつ相打ちを打ち、昼休みを過ごした。

 

 

 午後の授業も終わり、放課後になった。

 朝、一之瀬が提案したように話し合いを行うらしく、部活がある生徒も今日は休みをとって参加するようで、全員が壇上に立つ一之瀬に注目する。

 

「まずは、この学校のシステムをおさらいしようか」

 

・クラスポイントはクラス全体の評価(Bクラスは600)

・プライベートポイントはクラスポイント×100配布される

・Aクラス以外は就職、進学の恩恵が得られない

・定期試験でクラスポイントは増やせるが、赤点は退学処分

 

 今日の星之宮先生の説明からわかることを書き出すと、一之瀬はクラス全体を見渡す。

 

「とりあえず、今わかることはこれくらいだと思うんだけど……質問ある人はいるかな?」

 

 誰も手を挙げないため、一之瀬が続ける。

 

「まず、Aクラスを目指すことに反対の人っている?」

 

 これには大半が首を横に振った。

 そりゃそうだ。誰であろうと、少なからず就職・進学100%の恩恵を求めてこの学校に進学しているはずだ。それを受けるためにAクラスを目指すのは、至極当然のことだろう。

 一之瀬は黒板に『目指せ!Aクラス!』と書き、続ける。

 

「これからのことについて、何か意見がある人は手を挙げてみて」

 

 これには数人が手を挙げたため、一人ずつ意見を聞いて黒板に書き写していく。

 

・委員会制度を作る

・プライベートポイントを貯金する制度を作る

・これまで以上に生活態度を改める

・中間考査に向けて勉強会を開く

 

 ホントにこのクラス真面目だな。全員が真剣に一之瀬を中心に議論している。

 俺は聞いていますアピールをしつつ、半分は流してたりする。一人くらい不真面目でもなんとかなるだろ、多分。

 

「委員会制度って、役割を決めるってこと?」

 

「そう、これから学校生活を送っていく中で、まとめ役は必要だと思うんだ。それに、文化祭とか体育祭があったときにスムーズに動けた方がいいかなって」

 

「賛成です!」

 

「いいと思うけど、役職はどんなのを作るんだ?」

 

「うーん、学級委員長と副委員長、書記ぐらいでいいんじゃないかな。あとは必要になったらその都度決めていくって感じで!」

 

「それがいいか」

 

「じゃあ誰が学級委員長するー?」

 

「あ、私やっていいかな?」

 

「一之瀬さんでいいと思う!」

 

 などなど、色んなことが話し合われた結果、一之瀬が学級委員長に。

 神崎というイケメン男子が副委員長に。

 書記は……名前の知らない女子が選ばれたようだ。

 貯金制度に関しては、一之瀬に集めることになった。学級委員長であるし、信頼に値するという評価からそうなったのだが、俺からしたら関わったことない女子など信じる気にはなれない。

 ま、まぁクラス全員がポイントを出しているのに俺が出さないわけにもいかないし?毎月各自二万ポイント預けることが決まったので、俺のポイントは11万3956となった。

 4月分も回収するのね……。

 生活態度に関しては言うまでもなく、これまで以上に気を付けていくことが決まった。

 

 そして勉強会についてだが……

 

「部活組と帰宅部組で分けて、休日は集まれる人でやるってことでいい?一人でやった方が効率が上がる人もいるかもしれないから、休日は自由参加ってことにしようと思うんだけど、どうかな?」

 

 これも賛成する声は上がっても反対意見は出ない。平日は拘束される時間ができるかもしれないが、一人の成績がクラス全体の評価に関わってくることを考えれば、一人一人にまかせっきりというのは不安だろう。

 もし、勉強会に顔を出さず、成績が悪かった時には言い争いになることも考えられる。

 俺は理系科目……特に数学は人に教えてもらわなかったら赤点だと確信できる。それに、参加しなかったらしなかったで色々めんどくさそうだし、平日は参加しよう。

 

 

***

 

 

 翌日。

 俺はいつも通り一人で登校し、靴箱を開ける。

 

「ん?」

 

 するとそこには、何やら可愛らしい手紙が。

 こ、これはもしや……!いや、ないな。俺はこの学校に入ってから女子とは特に会話していない。

 全クラスの同級生とも友達になりたいって言ってきたDクラスの櫛田(連絡先交換とか言ってきたが断っている)や入学式の日に坂柳と会話した以外、事務的連絡以外は全くと言っていいほど話していないのだ。

 中学の時もそうだったろ?す、少しは会話してんだよ!……ほ、ほんとだよ?

 戸塚?戸塚はあれだろ、性別戸塚だからいいんだよ。星之宮先生は……あれは女子という年齢じゃないだろ?きゅ、急に悪寒が!この話はやめとこう。

 

 これらのことから察するに、これはあれだな、呼び出してリンチにするパターンだ。『俺の彼女に変な目向けてんじゃねえよ!』とか何とかいわれて、隠れてた男どもが一斉に襲ってくるのだ。

 どうせ嬉しくない呼び出しに決まっているが、念には念のため、中身を見る。

 

『今日の放課後、特別棟三階で待ってる』

 

 差出人はCクラスの伊吹とか言う奴で、字的にも女だ。

 

 

 ………え?

 

 

 これは、もしかするともしかするのか?いやいやないない。絶対あり得ない……でもあり得る、のか?

 とりあえず手紙は鞄にしまい、教室へと向かう。

 途中、Cクラスを通るときにちらっと中を見ると、ショートカットの女の子と目が合い、逸らされた。

 も、もしやあの子、なのか……?

 結局、今日の授業は集中できず、手紙のことで頭がいっぱいになってしまっていた。

 

 

 気づけば授業は終わり、放課後になっていた。

 今日の授業内容ほとんど頭に入ってないぞ……。

 

「じゃあ勉強会やろうと思うんだけど、都合つかない人とかいる?」

 

 一之瀬が帰宅部組に問う。これ、俺に当てはまるよな。

 

「悪い、ちょっと用事があるから部活組の方に参加するってことでいいか?」

 

「うん、用事が終わってから参加するならいいよ。比企谷くん以外にはいる?」

 

 どうやら他にはいないようで、俺だけ部活組の方に加わる形で承諾を得た。

 クラスメイト達が図書館に向かう中、俺は一人、特別棟に向かった。

 あの手紙の真意は分からないが、待ちぼうけをくらう程度の嫌がらせなら特に問題はない。男どもが襲ってくるのが最悪ではあるが……ないことを祈ろう。

 そ、それにガチの可能性もあるしな!わざわざ監視カメラのない場所を選ぶってことは、聞かれたりしたくないってことだろう。なら告白だってないわけじゃないはずだ……ないか。

 

「あ、来てくれたんだ」

 

「お、おう……」

 

 特別棟の三階には、すでに伊吹と思わしき女子生徒が待っていた。朝視線が合った奴と同一人物である。

 な、なんか緊張してきたな……いや、待て。嫌がらせに決まってるだろ。確かにここに来るまで他の生徒とは会わなかったが、近くに潜んでいるに違いない。

 

「あ、あのさ、実は私……」

 

 伊吹が何かを告げようとする前に、俺は言った。

 

「おーい!どうせ其処ら辺に隠れてるんだろ?出て来いよ、いたずらなのはわかってんだぞー!」

 

「え、ちょ、アンタ何言って!?」

 

「早くしろよ、俺だって暇じゃないだっての。出てこないなら帰っていい?」

 

 伊吹は何やら慌てているが、どうせ何かしらのいたずらに決まっている。

 だって俺、伊吹と話したことすらないんだぜ?これで俺が超絶イケメンなら話は別だろうが、生憎この目だ。加えて常に猫背で愛想も悪いと、好かれる理由はどこにもない。

 

「へっ、バレてんなら話が早いぜ!」

 

「だな、わざわざ隠れてる意味もなかったか」

 

「伊吹、ここからは俺たちの仕事だ」

 

 ほらな、やっぱり。上の階段と近くの掃除道具入れから三人の男が現れる。

 予想はしてたが、これリンチパターンかよ……嫌なやつだが、逃げ出して後から延々と狙われるほうが面倒だ。大人しくしとくか。

 べ、別に抵抗したって勝てそうもないなんて思ってないんだからね!……まず3対1だし、負けは確定しているも同然だ。1対1でも同じだって?ほっとけ!

 

「で、なんでこんなことしたんだ?」

 

「お前のその目、前から気持ち悪かったんだよ!」

 

 目かよ。もう眼鏡買いに行こうかな、ほんとに。碌なことが全くない上にここまでケチつけられたらどうにかしたくなる。

 そんなことを考えていた俺に対し、いきなりの鳩尾への一撃。俺は躱せずにモロにくらい、地面に倒れる。倒れたら蹴られる。手で防ごうとするが、何の防御にもならない。

 

「痛っ……」

 

「悪く思うんじゃねえぞ!」

 

「ここは監視カメラねえからな!」

 

「やりたい放題だぜ!」

 

 三人がかりで起こされては殴られ、倒れては蹴られ、唾は吐かれ……それはもう徹底的に暴行され続けた。

 

 

***

 

 

 一時間程度経ったぐらいだろうか。ようやく満足したのか、それともこれ以上血を流させてもめんどくさいと思ったのか、三人は俺の鞄を探ったあとで、階段を降りて行った。

 

「ぐっ……これ、折れてるか?」

 

 左腕が折れたかもしれない。感覚がまるでなく、体が熱くなっていく。

 勘違いはしないと決めていたんだがな……俺もまだまだってわけか。

 告白ではないと思いつつも、心のどこかでは少しばかり期待していた。その結果がこれだ。世の中そんな上手くいかないのは分かっていたのにな。

 

「これ、使いなよ」

 

 声のした方を見れば伊吹がいた。

 どうやら彼女はずっといたようだ。Cクラスであることには違いないから、先程の男子もCクラスなのだろう。

 なんとなくだけど戸塚と伊吹の声は似てるような……戸塚の方が可愛いけどな!

 

「……ああ」

 

 伊吹から渡されたハンカチで口元を拭く。倒れていた身体を少し起こし、周りを見ると、吐血していたこともあり血が飛び散っていた。これを処理するのが伊吹の役割なのだろう。

 ならこれは仕組まれたもの……だとしても理由がないはずだ。一体何のために?

 クラスメイトすら把握していない俺だが、Cクラスを仕切ってそうな奴は見かけたことくらいはある。

 龍園とか呼ばれてた男だ。今日の朝もハーフであろう黒人を連れていて、おっかない雰囲気を醸し出していた。

 見るからに危険人物だ。関わりたくもない。

 

「悪いね、私は指示されてやらされただけ、恨むならノコノコやってきた自分を恨んで」

 

「……別に恨んだりしねえよ。俺の自業自得だ」

 

 伊吹の言う通り、罠だと気づいていながらここまで一人で来た俺が悪い。告白かも……なんて一瞬でも考えてしまった時点でここに来ることは決まっていた。

 誰かについてきてもらうことも考えたが、さっきみたく暴力を振るわれる可能性も考えられたし、一人で来ることも決まっていた。

 ついてきてもらう人がいないって?いや、戸塚がいるし。もちろん戸塚にはテニス部がある上に、こんなことになる可能性を考えれば自ずと候補から消える。あ、いないわ……。

 

「ハンカチ、どうしたらいい。洗って帰そうか?」

 

「いや、そのままでいい」

 

「わかった」

 

 本人がそう言うなら問題ないだろう。ハンカチを返し、俺は鞄を取りこの場をあとにしようとする。

 

 ―――そのとき。

 風が吹いた。どこかの窓が開いていたようで強い風が入ってきた。それにより伊吹のスカートがめくれ、慌てて押さえつけている。

 突然のことだったからか、押さえつけるのが少し遅れ、パンツが見えた。

 おい、でかしたぞこの風マジよくやった!暴力を振るわれるだけじゃかわいそうだと、神が俺にいいことをしてくれたのかもしれない。

 

「青か……」

 

「っ!変態!」

 

「がはっ……!」

 

 つい漏れてしまった言葉は伊吹を怒らせたようで、良い蹴りが飛んできた。咄嗟に右腕でガードしようとするも間に合わずモロにくらう。うっ、身体全身に響いたせいでめっちゃ痛い!

 足を上げたおかげでまたしても青のパンツが見えたのだが、今度は素直に喜べなかった。今日は災難なのか良い日なのか分から…災難な日ですね。

 

 その後は保健室に出向き、星之宮先生に手当てをしてもらった。幸いにも腕は折れていなかったが、しばらくは動かさないほうがいいとギプスを付けられた。

 この格好で勉強会行くとかめっちゃ嫌なんだけど……行くしかないか。

 一之瀬に具合が悪くて休むとメールする方が面倒だしな。

 

 

***

 

 

「これで全員かな、一之瀬さん」

 

「えっとね、今日は比企谷くんが放課後に用事があるって言ってたから、運動部組の方に参加することになってるんだけど……」

 

「まだ来てないっぽいな……」

 

「こうしてる時間ももったいないし、先に始めようか。チャットの方に連絡しておいて30分経っても来なかったらまた考えよう」

 

「そうだね」

 

 僕はテニス部に所属しているから部活組の方で、比企谷くんは帰宅部だから一緒に勉強会出来ないって思ってた。だけど、どうやら一緒にできるらしい。

 比企谷くんと一緒に勉強かぁ……なんだか中学の時の塾を思い出すや。

 

 僕は男の子なのに、女の子らしい見た目のせいでよくナンパとかされたりする。ここの学校を選んだのも、そういうことがなくなりますようにってことも含まれてたりするんだよね。

 テニスにも勉強にも集中できる環境が手に入るってパンフレットに書かれているのを見て、ここだ!って思ったんだ。

 比企谷くんとは中学校は違ったんだけど、通ってる塾が一緒だった。比企谷くんはいつも一人で勉強してたから、特別接点はなかった。

 でも、ある時塾近くのコンビニ前で、高校生らしき男の人二人組に声をかけられた。

 一緒に遊ぼうとか、いろいろ言ってきて、僕が男の子だって言っても全く信じる様子もなくて、無理やり引っ張っていかれそうになってた。

 

 そんな時、比企谷くんが助けてくれたんだ。

 写真を撮ってから、『嫌がってる女子中学生を無理矢理連れて行こうとする男子高校生の図』とか言いつつ、警察に通報するって脅したり、周囲の目を気にしないのか、なーんて言って助けてくれたんだ。

 同じ塾に通ってるっていう間柄だった僕たちだったけど、その助けてから颯爽と去っていく姿がかっこよくって、次の塾の日から僕は少しづつ、比企谷くんとお話しするようになった。

 

 最初はうまく話せなくって、比企谷くんもあんまり乗り気じゃなかった気もするんだけど、夏合宿とかで一緒の部屋になったり、休日に遊んだりするうちにだいぶ話すようになったんだっけ。

 僕が東京都高度育成学校に行くつもりだって話して、少し紹介してあげたら、比企谷くんも興味を持ったのか志望校を変更していた。

 僕が比企谷くんと同じ学校に通いたいなぁ、っていうエゴな部分もあったから、あんまり期待はしてなかったんだけど、今では同じ学校に進学して同じクラスだ。

 だから、もっと仲良くなりたいんだけどなぁ……でも今は勉強勉強!テニスも大事だけど、赤点を一つでも取ったら退学だし、クラスのみんなに迷惑をかけたくないし、頑張ろう。………比企谷くんまだかな……。

 

 

 部活組の勉強会が始まって20分くらいした頃、比企谷くんがようやく現れた。

 だけど……。

 

「比企谷くん、それ!?」

 

「…ちょっとな」

 

「結構酷いね。比企谷くん、何かあったの?」

 

「……あーなんだ、その……階段から転げ落ちてしまってですね……」

 

 比企谷くんは目線を逸らしながら僕や一之瀬さんの質問に答える。だけど、階段から転げ落ちたとしても、全身に傷を負うだろうか。

 うんん、そんなわけない!

 

「比企谷くん、本当は何があったの?」

 

「と、戸塚……だから階段から落ちたって」

 

「嘘だよ……比企谷くん、歩きづらそうにしてる。足も怪我してるんでしょ?」

 

 これでもテニスをやってて怪我もしたことがある。他の部員の怪我を見たことあるし、その状態もわかる。

 比企谷くんは両足とも歩きづらそうだ。それに、顔にも大きなガーゼをしてる。首も赤くなってるし、腕なんて包帯を巻いている。階段から転げ落ちたくらいでこれはあまりにも不自然だ。

 それに……。

 

「比企谷くん……」

 

「な、なんだ?」

 

「そんなに、僕って信用ないのかな……一応僕たち付き合いが長かったりするでしょ?だけど比企谷くん、重要なことはいつも話してくれない……」

 

 自然と体の前で握りこぶしを作ってしまう。塾の時だって一度だけこんなことがあった。比企谷くんはなんともなさそうにしてたけど、僕は見ていたのだ。

 塾の生徒数人に、暴行されていた比企谷くんを。

 その時だって、比企谷くんは何も話してくれなかった。それは、比企谷くんの強さなのかもしれない……だけど。

 

「僕は……」

 

「……はあ、わかったよ、降参だ。あんまり大事にしたくなかったし、他のクラスメイトにだって伝えるつもりはなかったんだがな」

 

 比企谷くんは隠すことを諦めたかのように、一つため息をついた。伝えるつもりがなかったって発言のせいか、少し他のクラスメイト達も動揺しているように感じる。

 

 そして、比企谷くんは教えてくれた。

 今日、Cクラスの女子に手紙をもらい、特別棟に一人向かったこと。

 そこには一人の女子が待っていたけど、それは罠だったこと。

 隠れていた男子三人に襲われ、暴力を受けたこと。

 それが、多分Cクラスの仕組んだものであるということ。

 

「なんだよ、それ。比企谷がとばっちり受けただけじゃねえか!」

 

「俺の目が気持ち悪いってのは否定できないんだがな」

 

「そこは否定しようぜ……」

 

「このこと、学校に訴えようよ!一方的にやられたなら、相手が全面的に悪いんだしさ!ね、一之瀬さん!」

 

「うーん、それは……」

 

「難しいだろうな」

 

「俺もそう思う。だから、話したくなかったんだよ……」

 

 クラスメイト達は憤慨した様子で、Cクラスを訴えようと提案してるけど、一之瀬さんと神崎君、それに比企谷くんは難しい顔をしている。

 どうしてだろう?

 

「まず、この件は目撃者がいない。Bクラス側がCクラス側を訴えても、俺が一方的にやられたという証明は難しい」

 

「それと、特別棟はこの学校内では稀有な場所でねー」

 

「確か、監視カメラがなかったな」

 

「そう、神崎くんの言う通り。だから特別棟に呼び出したんだろうね、汚い手使うなぁ……」

 

「で、でもそれだと、比企谷だけがこんな怪我したってことになるじゃないか!それはいくらなんでも……」

 

「そうだよ!こんなこと許せるわけないよ!」

 

 そう、そうだよ……どうして、比企谷くんがそんな目に合わなきゃいけないの……?どうして、比企谷くんが我慢しないといけないの……?

 

「そんなの、許せるわけないんだよ……」

 

 僕の発言は周囲に響いたのか、シン……と辺りが静かになる。

 こんなにイライラするのは初めてだな……。

 

「とりあえず、今日の勉強会は一旦中断ね。この問題をどうするか、話し合おうか」

 

 

***

 

 

 案の定、俺が勉強会の会場に現れると、Bクラス全体が騒然となった。

 そりゃそうだ。なにせ、教室にいた時はこんな格好じゃなかったわけだし。

 勉強会は中断、この問題についての話し合いが始まったのだが……。

 

「学校に訴えてよくねえか?比企谷の怪我の状態が何よりの証拠だ。向こうだって証拠がないんじゃ、否定のしようがないだろ」

 

「でもさ、特別棟っていうのが難しいところだよね。監視カメラがなくて、肝心の手紙自体がないなら、Bクラスのでっち上げだって捉えられることも考えられない?」

 

「そ、そうか……」

 

 そうなのだ。三人の男子が俺の鞄を漁っていたのは、件の手紙を回収するためだった。手紙がなきゃ、呼び出されたっていうところから立証することが難しくなる。

 もしも俺が伊吹と共に特別棟に入ったりしていたら話は違ってくるが、待たれていたわけだしな。

 そもそも何が目的なのかが不可解だ。CクラスがBクラスを狙ったっていうことだけなら、上のクラスを目指すこの学校の仕組み的におかしいところはない。

 だが、暴力をする意味がない。そんなことをしたら、最悪の場合訴えられることは分かってるはず。

 力のあり余った馬鹿でもない限り、ではあるが。

 

 いや、意味なんて簡単に分かるのかもしれない。現に今、勉強会を中断して問題をどうにかしようと躍起になっている。Bクラスの団結力を利用した妨害とも捉えられる。少し前、Cクラスの連中に絡まれてるうちのクラスメイトを見たが、確かあの時は一之瀬が介入してなんとかなったんだっけ。クラスの事に興味がないからか、そういった情報は全然分からない。

 なんにせよ、何かしら目的があることは確実だ。

 分からないことを考えたってしょうがない。時間はどんどん過ぎていく。試験が三週間後だからとは言っても、赤点を取れば即退学の一発勝負なテスト。誰しもが不安なはずだ。

 なら、俺は。俺がすべきことは……

 

「……はぁ、だから言いたくなかったんだよ」

 

「……どういう意味だ?」

 

「この一ヵ月、俺が見る限りじゃあ、Bクラスはお人好しだらけだ。現に今、中間考査に向けての勉強会を中断してこうやって話し合ってる」

 

「そ、それはお前のためを思ってのことで!」

 

 わかってるよ、そんなことはわかってる。このクラスはコミュ力が高いだけではなく、誰かが困ってたりしたら快く手を差し伸べられるような、そんな人間ばかりだ。

 本当に、俺がこのクラスに配属されたことが間違いだって思うくらいにはな。

 

 だからこそ、こいつらは誰一人見捨てないだろう。クラスメイトで、特に交友関係がなかったとしても、このような事態が起これば真剣に話し合い、解決しようとする。

 それは彼ら、彼女らの中では普通のことかもしれない。俺に否定する権利なんてないのかもしれない。

 それでも俺は、どうしてもクラスメイト達のようには成れる気がしない。

 

「さっきから話し合ってることだが………いつ、誰がそんなこと頼んだんだ?」

 

「……どういう意味かな?」

 

「言葉のまんまだよ。……一之瀬、お前は凄いやつだ。クラスを入学してからすぐにまとめ上げ、星之宮先生から聞かされたこの学校の実態もすぐに把握し、これからの方針を固めた。他のクラスメイトだってそうだ。驚いたこともあったかもしれないが、クラスで団結してAクラスを目指すために頑張ろうとしている」

 

 俺みたいに最底辺の人間なんかじゃない、俺が昔求めた、そんな光景そのもの。

 Bクラスにいるだけで居心地が悪くなるのは、俺もそんな風に接することができるかもしれないと、思ってしまうからなんだろう。

 

「何が言いたい」

 

「要はだな、俺は別に、今回の件を問題にするつもりはないし、元からどうこうしようだなんて思ってなかった。だから最初に嘘をついたんだよ……だからやめてくれ。俺のことで無駄な時間を使う必要はない」

 

 これ以上、不必要に優しくするのはやめてくれ。

 クラスの一員として迷惑をかけるつもりはないし、Aクラスを目指すってことも邪魔をする気はない。

 だからこそ、俺なんかに時間を使うことは無駄でしかないし非効率なのだ。

 

「比企谷くんは、そう望んでるんだね」

 

「ああ、そうだ。だからやめてくれ。こんな不毛な時間は誰にとっても無意味だろ」

 

 これでいい、これで。

 クラス全体を巻き込んでまで、解決に当たる問題じゃねーよ。

 ただ最底辺の人間が、偶然目を付けられた、暴力を振るわれた。それだけなんだ。

 

 

「……不毛なんかじゃ、ない」

 

 

 この話は終わりだと、俺は勉強道具を広げて行動で示そうとした。

 だが、まだ終わらせてくれないらしい。

 

 

「……無駄な時間なんかじゃ、ない」

 

 

 意外にも、そう声を出したのは。

 

 

 ―――――戸塚だった。

 

 

「比企谷くんの馬鹿!!」

 

 

 パチッ。

 

 辺りに音が響く。

 頬には、軽い衝撃。

 目の前には、顔を真っ赤にして、今にも泣きそうな顔の戸塚。

 

 

 ………え?

 




戸塚の八幡に対する好感度高すぎるだろ……。
まだ名前で呼ぶには至っていませんが、次の話でこの問題の解決?ともうトツハチでいいんじゃない?みたいな話を書きたいです。
あくまで予定なので変わるかもしれませんが……。
あと、Bクラスのクラスポイントは原作ですと650でしだが、600に減らしています。
八幡というイレギュラーを入れていますし、彼、数学の時間寝てましたし、そんなこんなで下がったってことで認識してください。無理矢理かもしれませんが。

八幡と戸塚のやり取りをガン見していた女の子は誰なのか、分かった方は感想でもメッセージでもくれれば返しますよ。答えはそのうち分かりますが。
ヒロインはまだ決めてません。戸塚でよくない?ダメ?

最後の八幡のモノローグはちょっとおかしかったりするでしょうが、見逃していただけるとありがたい。なにせ、文章下手なもんで……てへ?
戸塚のモノローグも原作になかったりするんでアニメで話し方とか補完してやってみましたが、拙かったですかね……。

それと、坂柳や龍園、綾小路と本格的に絡むのは須藤の暴力事件以降になりそうです。これは話を書く上で絶対にやりたいシーンでもあったので早くそこまで行きたい。
ではまた次のお話で。


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帆波「これがBクラスなんだよ!!」 八幡「…」

ちょっと遅くなりましたが4話目です。相変わらず話が意味不明です。
それでも良い方だけ読んでください。

一応前話から読んだ方がいい気がします。


「比企谷くんの馬鹿!!」

 

パチッ。

 

 僕は、どうしても我慢できなくなって、比企谷くんの頬を叩いた。

 

「……戸塚?」

 

 比企谷くんは驚いたような顔をしている。

 僕だって、自分の行動に驚いている。こんなことしたのは生まれて初めてだから。

 でも、今はそんなのどうだっていい!!

 

「どうして……どうして比企谷くんはそうやって僕を、みんなを突き放そうとするの!」

 

「……別に突き放したりなんてしてねえよ」

 

「してる!僕はそう感じてるもん!」

 

「仮にそうだとしても何の問題があるんだよ?結局、ただクラスの足手纏いが怪我をしたってだけだろ」

 

「足手纏いなんかじゃない!比企谷くんは……」

 

 そうだ、比企谷くんはカッコいい。自分が優秀なところを誰かに自慢するわけでもない、孤高の存在のようで、一匹狼みたいで……

 

 比企谷くんは、僕の憧れなんだ。

 

 他の人が動けない時に、咄嗟に行動を起こせる、優しい人だって知ってるから。

 だから、足手纏いなんかじゃ決してないんだよ!

 

「比企谷くんは……」

 

「……とにかく、これ以上は時間がもったいない。定期試験の結果次第ではポイントを増やすチャンスで、加えて赤点取ったら退学だろ。こんな問題放置しておくのが一番だっての……悪い、今日は帰るわ」

 

「あっ……」

 

 どうやったら伝わるんだろうって、どうやったらわかってくれるんだろうって。

 でも僕が言い淀んでしまったことで、もう話は終わりだとばかりに八幡くんは一人、寮へと帰っていった。

 

 ……悔しい。

 僕はいつも助けられてばかりだ。僕が傷つけられそうになったりしたとき、比企谷くんは助けてくれた。

 でも、僕は比企谷くんに何もしてあげられない……。

 

「比企谷くんもなかなか面倒な性格してるねー」

 

「全くだ。元々積極的ではないとは思っていたが……ここまでとはな」

 

「比企谷くん、本当に黙ってるつもりなのかな……?」

 

「ここまで言っても何もしないってなら、本人の望み通りになかったことのようにしてしまうのがいいってのか……?」

 

「でもあの怪我は酷すぎるよ!」

 

「だ、だよな!」

 

「俺たちだけでも、もう少し考えようぜ!」

 

 比企谷くんが帰ったあとも、後半の勉強グループは話し合いを続けた。

 

 …だけど、有効な解決策は特に出なかった。

 指紋の検証の案も出たけど、暴力を振るったことまでを立証できないだろうってことで却下になった。

 比企谷くんの突き放すような態度の影響なのか、Bクラスの雰囲気はあまりよくないまま、今日のところは全員部屋に戻ろうってことになった。

 

「このまま、何もできないのかな……」

 

 でも、何かできたとしても、比企谷くんは迷惑だって思うのかもしれない。

 それならいっそ、何もなかったように過ごすのが一番だったりするのかな?

 いやいや!そんなことない!絶対に許せることじゃないんだ!

 

「……ん?一之瀬さんからメール?」

 

 

***

 

 

 『告白と見せかけての集団リンチ+パンチラ事件』が起きた次の日。

 俺は寮の隣人、綾小路と共に登校していた。

 朝たまたま出る時間が被ったからだが、当然ギプスなんてつけてりゃ何かあったのかって聞かれる。階段から落ちたと答えたが、なんとなく嘘だと気づかれてる気がする。

 まあ、それ以上は追及してこなかったから良しとしよう。

 

「で、Dクラスは0ポイントだったんだろ?」

 

「ああ、歴代のDクラスでも0はなかったらしいから、今年のDクラスは史上最低の不良品らしい」

 

「不良品って言っても、クラス単位ってだけであれだろ?個人で見ればまともな生徒もいるんだろ。お前とかお前の彼女とか」

 

「彼女……?」

 

「前の部活動集会の時、お前、ロングの黒髪の美少女と二人で話してただろ。あれ、彼女じゃないのか?」

 

「ああ、堀北のことか。生憎だが違うぞ。それとオレはごく普通の一般生徒だ」

 

 なんだよ、彼女じゃなかったのか。俺とのボッチ同盟を破り、青い春でも謳歌するのかと思ったがそんなことなかったんだな……普通に美少女と話せるって時点で差がついてるなんて思ってないからな!

 

「いや、お前は多分、俺より成績良いだろ」

 

「残念だが、全教科50点という、平凡中の平凡でな」

 

「……ふっ、舐めてもらっては困るな。俺の数学と理科の点数は20と40だ」

 

「……普通の生徒って苦手教科があるものなのか?」

 

「それは人によるだろうけど……普通、得意教科と苦手教科はあるんじゃね?」

 

「そ、そうか……」

 

 そう言って綾小路は少し失敗したようなオーラを出し始めた。そこまで普通の生徒に憧れているのだろうか。正直な話、ここの高校に入学した時点で普通な生徒ってのは難しい気がするんだが……。

 それに全教科50点ってなんだよ、狙ってそろえたの?偶然?どんな確率だよ……やはり綾小路は相当優秀とみていいな。そしてそれを表に出したがっていない。

 幸いにも取って食おうとは思っていないようだし、ボッチ仲間だし、今後とも隣人としての付き合いが続いていくことを願うのみだ。

 

 今日は少しばかり俺の歩くスピードが遅かったため、学校に着くのも結構ぎりぎりになってしまった。綾小路が歩幅を合わせてくれていたので、なんとなく申し訳ない気持ちになる。

 今度、MAXコーヒーでも奢ってやるかな。

 

 綾小路と別れ、Bクラスの教室に入り、自分の席に着く。

 もちろん、いきなり怪我した姿で現れたことから多少クラス内がざわざわしたが、特に何か言ってくるわけでもなかったので授業まで寝たふりをして過ごす。

 しかし、なんか人が少なくないか……?周りを見れば一之瀬や神崎、戸塚とか昨日の後半勉強組がごっそりいないことに気づいた。

 

 なにかやっているのだろうか?まあ、俺に何も言ってこないってことは別段学校に働きかけていたりとかはないみたいだが……。

 朝のHR前には全員戻ってきたので大事にはならないはずだ。

 

 

***

 

 

 午前中の授業を終え、昼休みはベストプレイスと化した保健室裏で一人過ごす。

 

「隣座るね~」

 

 訂正、二人になりました。

 

「……別に俺の許可を取らなくていいって言ってるじゃないですか」

 

 俺がここにくるたびに必ず現れる星之宮先生から少し距離を取りながら言う。

 相変わらず距離が近い。なんかいい匂いするし、胸あたるし、やめてもらいたい。このままだと勘違いして告白して振られるまであるぞ。もしくは星之宮先生ルートに突入するかもしれない。禁断の教師ルートとかどこのギャルゲーだよ。

 だが、星之宮先生から俺が距離をとってもすぐに詰めてくる。諦めずに離れることを繰り返すが、座る場所がなくなりそうだったので結局は俺が折れる形になり、一緒に昼食を食べる。

 さすがにこの怪我だと外食や自炊が難しいので、昨日勉強会(勉強してないが)のあとにコンビニに寄って数日分の食糧を調達しておいた。その中から持ってきたおにぎりと総菜パンを食べる。

 焼きそばパン美味いな……二穂お嬢様がハマる理由もわかるってもんだ。

 

 星之宮先生はいつもお弁当だ。如何にも「お弁当作ってる私可愛いでしょ」アピールのようなお弁当なのだが、無理矢理あーんされたときにめちゃくちゃ美味しかったのは記憶に新しい。

 

 つい、弁当を見てしまっていたためか、星之宮先生に気づかれ強制あーんを執行されてしまった。正直美人な女教師に手作り弁当をあーんされているなんて男として嬉しいことこの上ないはずなのだが、相手が星之宮先生だからか、素直に喜べない。

 何か裏があるんじゃないか?俺をこき使わせるための布石なのか……など行動の裏側を勘ぐってしまう。

 悪い癖なんだろう。人によっては善意の行動を疑われるんだからたまったものじゃないはずだ。

 それでも……人を無条件に信じることなんて俺にはできない。できる気がしなかった。

 

「そう言えば、比企谷君は知ってる?」

 

「?……何がですか?」

 

「あー知らないんだ。これは放課後が面白くなりそうだねー」

 

 ケラケラと星之宮先生は笑うが俺には心当たりがない。特に今日はおかしなことはなかった……強いて言えば昨日の後半組がHRぎりぎりで帰ってきたことぐらいだが、特別変わった様子はなかった。

 なんだ?一体……まさか一之瀬達が何かしたのか?いや、まさかな……。

 

 

***

 

 

「りゅ、龍園さん。すみません、ついカッとなってしまって……」

 

「ふん、別にいい。今度からは気を付けろ」

 

「「「は、はい!!」」」

 

 石崎、小宮、近藤の三人は怖がりながらも罰がないことに安堵し、自分たちの席についた。

 

「ちょっと」

 

「なんだ伊吹?」

 

「あれでよかったの?うちのクラスポイント減ったんだけど」

 

「Bクラスの動きがしっかりと見れたからな」

 

「……」

 

「もともと今回はBクラスを仲違いさせて団結力を欠如させようと仕掛けただけだ。しっかしまあ、クク、面白いことをしてくるもんだな。もっと優等生だと思ってたが案外そうでもない、か」

 

「……働きに見合った結果は得られてないんじゃないの?」

 

「Bクラスの中心人物の思考パターンと行動はある程度掴んだ。まだSシステムの全貌が明らかになっていない中で一番必要なのは情報なんだよ」

 

「そ……でも、目的達成には程遠かったでしょうが」

 

「別に構わねえさ。仲良しクラスがさらに仲良しクラスになっただけだ。Bはある程度知れた。次は試験後にDクラスだ」

 

「……そう、でも次からは私動かないから」

 

「ああ、しばらくは好きにしてていい」

 

 

***

 

 

 午後の授業も終わり、HRの時間になった。

 星之宮先生が現れたが、何やら報告があるらしい。

 

「みんな注目~。残念なお知らせだけど、Bクラスのクラスポイントが30ポイント失われました」

 

「……」

 

 

 ……は?

 クラスポイントが30減った?何があったんだ?

 他のクラスメイト達は……全員が驚いていない、だと?

 

「Cクラスも減ったから、現状のポイントはBクラス570、Cクラス460になってるからね~。今回は初めてだったこともあるからこれくらいで済んでるけど、次からのペナルティはもっと重くなるから気を付けてねー。ではHRを終わります」

 

 伝えることは伝えたと星之宮先生はさっさと教室から出て行ってしまった。

 相変わらず、クラスメイトに動揺はない。

 

 

『あー…知らないの?放課後が面白くなりそうだねー』

 

 

 昼休みの時の星之宮先生の言葉は意味がわからなかったが、このことを指していたのだろう。

 Cクラスも30下がっていることも踏まえると、多分、BクラスとCクラスの間で、俺の知らないことが起こった。

 その結果がこれだと言うのだろうか。

 

「おい、一之瀬」

 

「何かな?比企谷くん?」

 

「お前ら、何をした?」

 

「別に何もしてないよ……って言ったら?」

 

「何もしてなくて30も減るわけないだろ……Cクラスと衝突でもしたのか」

 

「君に答える義理はないよね?」

 

 な、なんだ……やけに突っぱねる態度をとるもんだな。ま、まあ一之瀬とは仲良くないし当然と言えば当然か。なら違う奴に聞けばいい。

 

「戸塚、何かしたのか?」

 

「……比企谷くんには関係ないもんっ」

 

 そ、そんな馬鹿な、俺の天使が、俺の戸塚が、そんな態度をとるだと……!

 ……そういえば頭に血が上っててあまり考えていなかったが、昨日、頬叩かれたんだよな。今日は口きいてくれなくて……俺のオアシスはもうどこにもないんだな。

 

「そ、そうか……」

 

 俺に言えないことだったりするのだろうか。まあ、確かに俺だけクラスではぶられてるっぽいし、メールが回ってきてないのも、『みんな』の中に俺が入ってないってことなのだろう。

 

 なら、簡単だ。

 これまで通り、ぼっちで過ごせばいい。

 

 戸塚と話したり、クラスメイト達の雰囲気を見て、少しばかり勘違いをしていたのかもしれない。夢を見ていたのかもしれない。

 そうじゃないだろ。

 俺の住む世界はそこじゃない。こいつらと同じようにはできない。

 

 なら、これまでと同じように一人で三年間を過ごせばいい。

 自嘲気味に少し笑い、教室から出ようとドアに手をかけた――――

 

「待ちなよ」

 

 それを止めたのは一之瀬だった。

 いや、君何自然に手を上から被せてるの?柔らかい……じゃなくて。

 

「……さっきは答える義理がないとか何とか言ってなかったか?」

 

「はぁー、比企谷くんは本当にめんどくさいね」

 

「は?」

 

 困った人だ、みたいなリアクションをしながら顔を横に振る一之瀬。いや、だって答える気なかったよね?戸塚も答えてくれないんじゃクラスメイトの誰も答えてくれないだろうし、帰るよね普通?

 

「よっし、じゃあ戸塚くん!」

 

「うん……は、八幡!!!」

 

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 突然俺の目の前にきた戸塚が大きな声を出し始めたからびっくりしてしまった。変な声出ちゃったよ……

 だが、次の一言は予想もできないものだったのだ。

 

「僕は八幡が好きなんだ!!」

 

「……え?」

 

 

***

 

 

「だから八幡、ここの計算式はこうやって……」

 

「お、おう……」

 

「ちょっと比企谷くん、なんで私が教えるときは逃げようとするのに、戸塚くんが相手だとそんなに素直なの?」

 

「いや、そ、それはですね……」

 

「おいおい、一之瀬に惚れてんのか?」

 

「ちげえよ……女子に近づかれたらそりゃ逃げるだろ」

 

「戸塚は?」

 

「戸塚は性別戸塚だからいいんだよ」

 

「八幡、僕男の子だよ……?」

 

「お、おう」

 

「……どうしてだ。勉強が捗らなくなっている気がするんだが」

 

 俺はその日、部活に所属していない組や今日部活ない組の方の勉強会に参加していた。

 ……あのあと戸塚の衝撃の告白から何をしたのかを教えられた。

 なんということでしょう。昨日のメンツで朝からCクラスに突撃していたらしい。何のためと思えば俺に暴力を振るった奴を散々挑発したらしい。ちょっと現実逃避したくなった。

 さらに言えば、逆上させて暴力を振るわせたらしい。しかもCクラス担任の坂上先生の前で。さすがに停学処分ものだったらしいが、Bクラスが挑発していたところも見ていたようで両者が罰せられるところだったらしい。が、そこでCクラスの龍園がポイントで代わりに支払えないのかを尋ね、その流れからなんか色々あってクラスポイントが失われる流れになったんだと。

 正直、戸塚からの告白まがいのもののせいで頭真っ白だったから全然頭に入ってこなかった。

 ……それらの情報は、また今度考えることにしよう。

 

『あ、あのね、比企谷くんはクラスの足手纏いなんかじゃないの!悪いのは暴力してきたCクラスなの!だからみんなで協力して……まだ全然足りてないけど少しだけ罪を償わせたから。まだまだ全然、足りないけどね』

 

 戸塚が途中から黒戸塚になってしまっていたことが怖かったが、黒戸塚はそれはそれでありだと思いました。

 

『なんでこんなことしたんだよ……お前らの目標はAクラスに上がることだろ……』

 

 たった一人のために大切なクラスポイントを減らす必要はなかったはずだ。なんでだよ……。

 

『あのね、比企谷くん。BクラスはBクラス全員でAクラスに上がるの。誰か一人でも欠けたくないんだよ』

 

『……馬鹿にもほどがあるだろ』

 

『これがBクラスなんだよ!!』

 

『…』

 

 本当に馬鹿ばっかりだ。真面目過ぎる、優しすぎる。いいやつ過ぎる。

 こいつらとなら……いや、そうやって期待を押し付けるのは傲慢、か。

 それでも、そう考えてしまうほどには、彼ら彼女らに俺は心を揺さぶられているのだろう。

 

 

***

 

 

 休日。それは学校に行かないで済み一人で引きこもれる最高の日である。

 ここ最近は色々あった。なんか。割と覚えてないことばっかりだったりする。覚えていることと言えば、戸塚の『八幡のことが好きなんだ!!』ぐらい……あと伊吹の青パンツくらいだな。あとは、一之瀬の手が柔らかかったくらいか。

 俺碌なこと覚えてないなー。でも男の子だもん。みんな可愛いから仕方ない。俺は悪くない、美少女と戸塚が悪い。

 

「へぇー、比企谷くんあんまり物とか買ってないんだね?」

 

 あー、碌なことがないと言えば暴力な、暴力。虐めとかは初めてではないが今回は別の意図が感じられた。この学校だからこその暴力の使用方法もあるんだろう。多分、知らんけど。

 俺には使えないカードだ。だって喧嘩弱いし。むしろ最弱と言えるまであるな。

 

「あ、これすごく甘いコーヒーだよね?一つ貰っていいかな?」

 

 ……ってなわけで色々あった俺には休息が必要だと思うのだ。

 毎日勉強会とか緊張するしな……特に女子に国語教えるときとか。

 みんな顔面偏差値高すぎなんだよ。どうなってんのこの学校?

 

「あ、美味しいけどやっぱり甘いね。これ飲みすぎると糖尿病にならない?あんまり飲みすぎはお勧めしないな」

 

 ………だからだな、その……なんというか……なんで……

 

「じゃあ今日一日理系科目頑張ろうか!」

 

「なんで当たり前に俺の部屋にいるんだ、一之瀬」

 

 そう、俺の部屋には今……クラスのリーダー様がおられるのである。

 

「なんでこうなったんだ……?」

 




とりあえず焦って出したので文章力の低さが露呈していますが、改めて書き直しや書き足しは少しづつやろうと思います。

読んでくれる方には感謝です。


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八幡「だから俺に優しくするのはもうやめろ」 帆波「…比企谷くんの馬鹿!」

前回が短かったので今回は早く出したかった。
相変わらず駄文で自己満足の作品ですが、感想をくれる方々ありがとうございます!とても嬉しいですし、返信考えるときは楽しいです。

ヒロインそろそろ決めなければ?と思いつつ、ハーレムはどうなんだろうと思いまして……しばらくは未定としますね。なにか圧倒的なのが誰かいればいいんですが……。

あとなんか最近俺ガイル×よう実クロス増えてない?き、気のせい?


 平日は普通に勉強会に参加してたんだ。お互いに分からないところを教え合って、赤点を取りそうな教科を勉強する。テスト対策としては王道と言っていいだろう。

 

 俺はこれまでそんなコミュニティに属してこなかったため、だいぶ緊張もしたし、未だに慣れていないが、『すごくわかりやすかった!ありがとう比企谷君!』などと女子に言われると舞い上がりそうになって怖かった。

 実際にその日の夜はそわそわしまくったしな……結局舞い上がってるじゃねーか。

 

 さらに、星之宮先生にダメもとで『テストの成績良かったらプライベートポイントとかもらえたりしませんか?』と尋ねると、軽く『いいよー。どれくらい貰えるかはテスト後のお楽しみってことにしといてね~』と言われてしまったため、とりあえず一之瀬に報告。

 一之瀬からクラス全員に伝えられ、ますますテストに向けて熱を帯びていたその時だったな、確か。俺の数学や理科の出来なさがバレてしまったのは。

 しかも一之瀬に見られてしまったのである。

 

 いやなに?俺個人としては戸塚に付きっきりで土日に教えてもらおうと思って楽しみにしていた週末が、なんでか知らんが代わりに一之瀬がきたのである。意味わかんないよね?俺も意味わかんない。

 平日に言うこと聞かずに逃げ回ったのがよくなかったのだろうか……朝起きたらなぜか部屋の中にいた。最初は夢かと思ったが一之瀬が朝食なんて作ってしまい、食べた瞬間現実だとわかった。味噌汁熱かったからな……。

 普通にうまかったせいで『毎朝、俺に味噌汁を作ってくれないか』と言いそうになったがなんとか止まれてよかった。戸塚なら全然いえるし、むしろ言いたい!

 

そんなこんなで今に至るのだが……

 

 

「で?なんで俺の部屋にいるの?どうやって入った?」

 

「ふふーん、これこれ」

 

「なんだ、それ、は………」

 

「合鍵作っちゃったにゃー」

 

 なんということだろうか。俺はプライベートも守られないみたいである。いや、前からなかった気がする……?

 これが戸塚なら全力でガッツポーズをとっていたんだろう。実際、戸塚に毎朝名前読んでもらえるだけでその日の授業はもの凄く集中できるからな……やだ、俺の戸塚への好感度カンストしちゃってる!

 

 だが現実は非情である。クラスの委員長様がなぜか俺の部屋のカードキーをもっている。

 また一つ、安全地帯を失ったようだ。

 

 実はだが、一之瀬とは互いに妹がいることから割と話す仲になった。結局どちらの妹が可愛いのか対決は引き分けが続いているが、それ故か世話を焼くことが好きなようで、根っからのお人好しだ。

 そのおせっかいが現在、俺に集中している。いや、前までは同じクラスの女子と勉強会をしていることが多かったのだが、俺の数学と理科の成績を見て、『Bクラスから退学者は絶対に出させない!!』と強い責任感を発揮したのだ。なんであんなタイミングで俺はテストの点数を……。

 

 それに一之瀬といるようになってしまってわかったが……いつも一之瀬と一緒にいる子……誰だったっけな、えっと……千尋ちゃん?にめちゃくちゃ睨まれるのだ。

 戸塚と話しているときは興味津々の視線をぶつけて来る癖に、一之瀬と話していると睨まれる……もう視線で俺を殺す気かってぐらい睨んでるから怖くて仕方がない。

 

 さらに加えてだが、一之瀬は無防備すぎる。ふとした時に胸が当たろうと特に気にした様子がない。

 男として見られていないことには少し、いやかなり傷ついたりするのだが、なんか危なくて心配になってしまう。手のかかる妹みたいにも思えないこともないのだが、結局のところ思春期男子を勘違いさせるタイプの女の子なわけで……で、その本人が迫ってくる、と。ならどうするか。

 

 

 ――――――逃げるに決まってる。

 

 

 休み時間や昼休みに俺の席に来ては『数学やろうか~?』と笑顔で言ってくる。そのため一之瀬が席に来る前に俺は教室を出る。ベストプレイスに行けば星之宮先生に捕まるが、一之瀬には捕まらない。そのせいなのかは分からないが、星之宮先生に会うことが最近の楽しみになってしまっていたりする……それだけテスト前の追い込みは嫌になるもんだ。

 ……この二人が結託したら俺は逃げることが許されなくなるのかもしれないが、その時はまたその時考えよう。考えるだけでも憂鬱な気分になってしまうしな……。

 

「さて、この二日でどこまで伸ばせるかが勝負!比企谷くんだって退学したくないでしょ?」

 

「まぁな。退学になれば小町に顔向けできないからな……」

 

「そこで妹さんが出てくるのはさすがだね……あ、戸塚くんもあとで来る予定だk「いつだ!?いつ戸塚が俺の部屋に!!?そ、掃除しないとダメじゃねーか!」……食いつきが凄すぎるよ……比企谷くんってほんと変な人だよね……」

 

「いや、よく考えてみるんだ一之瀬。あんな可愛いやつが男なのは間違っている。そう思わね?」

 

「うーん、でも戸塚くんは好きでそんな顔になったわけじゃないでしょ?」

 

「でも可愛いだろうが!!」

 

「そ、それはそうだね。友達と話す時の話題になるくらいだし……戸塚くん、普通の女の子より女の子っぽいから……」

 

 さすが性別戸塚な戸塚だ。くそ、なんであいつ男なんだよ……。

 

「あ、もう無駄話のしすぎだよ!早く勉強しよう!」

 

「勉強するのはいいけどよ……なんで俺の部屋で二人きりなわけ?図書館とかでもっと大人数でやらないのかよ?」

 

「他のみんなはそうだよ?でも比企谷くんは……サボるよね?」

 

「さ、さぼったりするわけないだろ!退学かかってるんだし?」

 

「じゃあなんで前の勉強会の時、戸塚くんにだけ数学習った後の時間、得意な国語の復習なんてしてたの!数学しなよ!」

 

「い、いや、それはこれのこれがあれででして……」

 

「言い訳しない!さ、やるよ!」

 

「お、おう」

 

 結局俺の『無駄話で時間を稼ぎ戸塚が来た瞬間一之瀬を追い出そうぜ作戦』は失敗に終わった。

 多分、戸塚がそれを許す光景も思い浮かばないのでどっちにしろ作戦失敗は目に見えていたかもしれないが……はいごめんなさいちゃんとやるからその笑ってない顔と目をやめて!よく顔は笑っていて目が笑っていないってのはラノベとかで見たりするし、最近では星之宮先生がそうなのだが、一之瀬は顔に不満がにじみ出ていた。これ以上粘るのは不可能だと悟り、大人しく勉強することにしよう。

 

 

***

 

 

 勉強をすると言ってもダントツで苦手な数学である。正直集中力なんて二時間ももたない。あとなんか俺の部屋に女の子と二人っきりというシチュエーションがよろしくない。一之瀬はすでに試験勉強をほとんど終えているらしく、軽く復習をしながら俺が間違えるたびに指導してくる。

 確かに助かる。数学の授業なんて聞いてもわかんないのにこうやって一つ一つ教えてもらえるとすごくわかる。授業が悪いとは思えないから俺の授業態度や基礎知識のなさが問題なのだろうが、一之瀬は教えるのが上手い。

 

 ただ、な。その、距離が近すぎるのが問題なんだ。

 胸は当たるわ、髪が少し肩にかかるわ、目線合わせられるわ……しかも二人っきりってことをたびたび思い出しては顔に熱が灯るのがわかる……俺単純すぎるだろ。このままだとうっかり惚れて告白して振られてクラスで孤立する未来が見えるまである……振られるのは確定としても孤立するかは微妙なところか。なんとなくBクラスは誰一人として除け者を作らない気までするしな……。

 

「よーし、結構できるようになったんじゃない?」

 

「そうか?未だにどの問題もおんなじ難易度に見えるぞ?」

 

「……今日徹夜してでもやろうか。大丈夫、人間限界のぎりぎりまで詰め込めればできるようになるはずだよ!」

 

 あ、ミスった。つい言っちゃったけどなんか余計に自分の首を絞めてしまった気がする……!笑顔でなんてこと言ってるんだこの娘さんは……。

 ……?マテ、イマナンテイッタ?

 徹夜してでもやる?それって……

 

「え、泊まるの?」

 

「……い、いや!そ、そういうわけで言ったんじゃなくて!……でも比企谷くん監視してないとサボるよね?だったら泊まり込みでもいいのか……」

 

 何言ってんだこの娘さん……人のこと信用しすぎじゃない?仮にも俺男だよ?もっと自分を大事にしようよ。

 ここに戸塚がきたとしよう。でも結局、部屋に俺と天使と美少女だ。それでも戸塚がいれば何も起こらない。だって戸塚を愛でるので精いっぱいだからだ。

 今の状況もあんまりよろしくない。部屋に美少女と二人きり、ましてその美少女は体が接触しようが特に何も思っていない。監視カメラもなければ警戒されている感じもない。並みの男子高校生ではすでに襲っていることだろう……いや、盛んな馬鹿か、誑し以外はそうでもないか。

 

 ……俺は真のぼっちだ。真のぼっちは行動した後どうなるかまでしっかりと考え、またリスクリターンの計算も早いものである。

 例えばだが、ここで一之瀬を襲ったとしよう。襲う勇気なんてさらさらないけどね?

 

 一之瀬を襲う→翌日天使に嫌われる+クラスで散々嬲られる→学校中に広がりどこにも居場所がなくなる→学校に訴えられ退学→小町に嘘をつけず襲ったことを言い、小町にすら嫌われ生きる理由を失う……

 

 碌な結果にはならないことだけは確かだろう、ならば頑張って耐えるほうが百倍マシだ。あと少しすれば戸塚が来るしなんとかなるはずだ……!多分だけど。

 

 一之瀬は一之瀬でさっきから一人で神妙な顔つきで、頭を振ったり頷いたりしている。変顔の練習してるの?違うか、違うね。

 一度うつむいたかと思えば、バッ!と顔を上げた。どうやら決まったらしい。

 

「今日泊っていくね!徹夜で勉強しよう!!」

 

「なんでだよ嫌に決まってんだろ……あ、お帰りはあちらですよ?」

 

「即答!?いや、た、確かに男子の部屋に泊まるとか初めてだし緊張するけど……それでも念のために勉強しないとぎりぎりなんだよ!!」

 

 初めてとか緊張するとか顔赤くして言わないでもらえますかね?勘違いするよ?

 

 

 ……一之瀬が俺のためを思ってそう言ってくれているのはわかっている。クラスから退学者を出さないため!という()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ここ最近、頻繁に俺に絡むのも、俺が孤立しないためにやっているんだろう。本人は隠しているつもりだろうが、気遣ってくれていることが行動の節々から感じられる。

 俺が怪我を負わされたことや少しクラスメイトと距離をとっていることに気づいたから。わざと突き放す言い方をしてクラスの迷惑にならないようにと動いていたことを見抜いたから。

 一之瀬から見れば『クラスメイトが他クラスの策略で怪我を負わされ、それがクラスメイトからも距離がある人』だったから、気遣ってくれたのだろう、優しくしてくれたのだろう。

 

 

 でもそんなものはまやかしで、偽物だ。

 

 

「…一之瀬は優しいよな」

 

「そ、そんなことないよ!」

 

 何故か全力で顔を横に振り、腕を縦に振り否定する一之瀬。だがそれでも俺は一之瀬は優しいと思う。いい奴だと思う。だから、この際きちんと言うべきだろうと思った。思ってしまった。

 

「俺のこと気にする必要はないからな?クラスのリーダーやってるからこそクラスメイトのことを把握して、その上でやってるんだろうが……別に気にする必要はない」

 

 元々俺はボッチだ。被害にあったからあんな言い方をしたわけじゃないし、クラスメイトと友達になる!なんて思ってもいなかった。実際に話す相手は戸塚と星之宮先生と隣人の綾小路くらいだしな……なんか面子が濃い……?

 

「そういうわけじゃないんだけどなー……迷惑だったかにゃー?」

 

「ああ、迷惑だっつーの……悪いな、なんか気を使わせてしまって。まあ、でもこれからは気にしなくていい。俺がボッチなのはそもそも俺自身が理由だし怪我したからじゃない。他人から距離をとっているのも俺自身でやってるんだよ……だから、変に気遣って優しくしてんなら、そんなのはもうやめろ」

 

 言い放って、自分の語気が荒くなったのを自覚した。ああ、駄目だ、何をイライラしているんだ俺は。こんなのなんでもないことだというのに。

 俺はいら立ちを隠すように頭をがりがりと掻いてしまう。さっきから流れているこの沈黙が異様に気まずい。

 初めて、沈黙が苦手だと思った。

 

「まあ、なんだ、その……」

 

 とりあえず何かを言おうと口を開くが、言うべき言葉が見つからず、具体的な文章や単語が出てこない。お互いに言葉に詰まっているが、一之瀬が困ったように笑った。

 

「あー、別にそういうことじゃないんだけどねー。なんていうのかな、本当にそんなことじゃなくて……」

 

 一之瀬はその笑い方のまま、視線を下げる。うつむいているため表情は見えなくなった。ただ声が小さくなり、若干だが震えていた。

 

「そういうことじゃ、ないんだよ……ないんだけど……」

 

 小さくなった声で一之瀬は言葉を探しているようだ。どこまでも優しい一之瀬帆波は、多分最後まで優しいのだろう。

 真実は残酷だというなら、きっと嘘は優しいものなんだろう。

 だから、優しさとは嘘だ。

 

「あー、まあなんだ、ほら……」

 

 声をかけるも、一之瀬は鋭い視線を送ってくる。俺の目を睨みつけるように、強く見てくる。俺は目を逸らしてしまった。

 

「…比企谷くんの馬鹿!」

 

 

パチッ!

 

 

 俺の右頬を叩き、そう言い残して一之瀬は部屋から出ていった。

 勉強道具が広がっている机には、一之瀬が持っていたこの部屋の合鍵が残されている。

 一瞬、あとを追うか考えたがやめた。

 多分、一之瀬はBクラスの奴らが勉強会をしているところに行くだろう。けれど俺には関係ない。

 大勢で動くの嫌いだしな。

 あと、優しい女の子も、嫌いだ。

 どこにいても照らしてくる晴れた日の太陽のように、どこまでもついてくるくせにこちらからは手が届かない。

 その距離感がつかめない。

 ほんの一言挨拶を交わせば気になりだすし、メールが来るだけで心がざわつく。電話なんてかかってきた日には着信履歴を見てにやけてしまう。

 

 だが、知っている。それが優しさだということを。俺に優しい人間はほかの人にも優しくて、そのことをつい忘れてしまいそうになる。

 別に鈍感なわけじゃない。むしろ敏感だ。それどころか過敏ですらあるだろう。そのせいで一種のアレルギー反応を起こしてしまっている。

 どんな時だろうと相手の言葉の裏を読み取ろうとしてしまうし、相手の思考や行動理由を勘ぐってしまう。

 今回のようなパターンは初めてかもしれない。だが分類的には何度も味わってきている。訓練されたボッチは二度も同じ手に引っかかったりしない。じゃんけんで負けた罰ゲームの告白も、女子が代筆した男子からの偽のラブレターも、呼び出して油断させてからの暴力を受けることも。俺には通じない。百戦錬磨の強者なのだ。負けることに関しては俺が最強。

 

 ……だからこそCクラスの策略に乗った。別にBクラスのためを思ってのことなんかじゃない。もし乗らなければ違う策でくるはずだった。ならばわかった時点でかかったほうがいい。俺ごときをハメたところで最弱だ。人生負け続けている俺に何をやろうと効果なんてたかが知れている。

 そう考えるとCクラスがアホに思えてくるが、Bクラスはそれ以上にアホだった。お人好しだらけだった。

 特に一之瀬は群を抜いてのお人好しで、優しかった。俺が可哀そうに思えたとかそういうことじゃないんだろう。心から心配していたのかもしれない。一之瀬にとっては普通の、当たり前な行動だったのかもしれない。

 でも優しさだ。優しさは嘘だ。

 

 いつだって期待して、いつも勘違いして、いつからか希望を持つのはやめた。

 だから、いつまでも、俺は優しい女の子は嫌いだ。

 

 

***

 

 

「は~い、では皆がドキドキしてる中間考査の結果発表をしまーす!」

 

 数日後、星之宮先生が試験結果を持って教室にやってきた。

 一之瀬が出て行ったあと戸塚がやってきて泊まり込みで数学と理科を教えてくれた。息抜きに国語と英語を教え、お互いに出来ることを教え合った。中学の塾を思い出すような感じだったな。

 

 クラス全体が緊張に包まれている中、星之宮先生はテスト結果を黒板に貼りだしていく。

 俺の結果は……

 

国語 100

数学  55

化学  64

社会  88

英語  87

 

 まあ、こんなものだろうか。文系科目に関してはまだまだ一年ということもあってか簡単だった。あれ?だったら数学と理科も簡単だった可能性が……実際クラスメイトはだいたい80点は超えている。やっぱりクラスメイト達優秀すぎるな……。ただ、90点以上が少ない。あの最後の習っていない問題を解けなかった結果だろう。あれどうやって解くわけ?何か攻略法でもあったのだろうか。

 

「クラス皆で協力して高得点を取ったことは、仲のいいBクラスとして素晴らしいことだったと思います。後、テスト前に比企谷君に相談された、テスト結果次第ではプライベートポイントを渡す件についてだけど……」

 

 星之宮先生曰く、今回は初回でテストが簡単だったこともあり、各教科学年3番以内に名を連ねた生徒に3位なら5000、2位なら1万、1位なら2万。全教科総合で3位なら3万、2位なら4万、1位なら5万らしい。

 俺は国語で2万pt貰えることになる。総合?理系科目がクラス最低レベルなため総合では平均より下ぐらいだろう。良くて平均である。本当にこれ戸塚と勉強した甲斐があったな……。

 クラスメイト達が各々の点数について話していると、星之宮先生の雰囲気が少し変わる。先程までの軽い感じから、少しだけ本性を見せるかのようなオーラ………?

 手に赤いペンを持った先生は社会のテスト結果の一番最後の点数―――――――()()()()()()()()()()()()()、こちらを見ながら告げた。

 

「それと残念なお知らせでーす。今回の中間考査で戸塚君は赤点です。赤点者は退学ってルールだから、悪いけど放課後までに荷物をまとめて職員室に来てね?」

 

 それは到底受け入れたくない報告だった。

 戸塚が退学?は?何言ってんだこの闇深あざとビッチ……はいごめんなさいそんな事ひとかけらも思ったことすらないんで、その黒い笑みをこっちに向けないでくださいお願いします!

 

「どうして戸塚くんは退学なんですか?」

 

 クラスメイト達が茫然としているなか、一之瀬が星之宮先生に尋ねる。先生は無言のまま黒板にある計算式を書き写す。

 それはクラス平均点を÷2し、四捨五入したものだった。クラスの平均が88.3で二分の一だから44.15。小数第一位を四捨五入して切り捨てると44になる。ってことは……

 

「今回の社会の赤点は44点未満。43点の戸塚君は一点足りてないの」

 

「そ、そんな……!」

 

「先生、戸塚のテスト用紙を見せてくれませんか?」

 

「いいよ~」

 

 神崎の要望に簡単に応える星之宮先生。この態度から察するに採点ミスはないだろう。まあ、普段まったりしてるようで中身は鬼畜な完璧あざと女教師だ。俺は良く知っている。このクラスの誰よりも知っている。

 保健室裏で雑談したり愚痴を聞いたりしているとき、俺はマッカンを飲むかのんびりしているが、星之宮先生は片手で弁当を食べたり飲み物を飲みながら凄まじい速さで仕事を片付けている。俺に()()()()()()()()()()()思えるが、あれを見ればこんなミスをする人間ではないことくらい簡単にわかる。

 それにしても戸塚はなんで43点なんて得点を……?

 

「採点ミスはないな……だが解答欄のズレだ。本来なら90点は超えているだろう」

 

 神崎の言葉でクラスメイトが騒ぎ出す。戸塚を慰める奴がいれば先生に抗議する奴まで。それにしても解答欄のズレか……納得がいくな。何度見返そうと焦ってしまえば誰だってミスをするものだ。今回は戸塚ってだけで他のクラスメイト、もちろん俺だっていつかするかもしれないミスだ。

 

「悪いけどもう決定なの。これでHRは終わります。戸塚君、放課後職員室で待ってるねー」

 

 クラスメイトの抗議もすべて突っぱねて星之宮先生は教室からさっさと出て行ってしまった……一瞬だけ俺に視線をやって。

 残された俺たちの間に暗い沈黙がのしかかる。戸塚はすでに涙目で、今にも泣きだしそうだ。

 一之瀬や神崎たち、他のクラスメイトもみんな歯を食いしばったり、悔しがっている奴らばかりだ。

 誰も退学者を出さずにAクラスに上がるのを目標にしていたBクラス。だが最初の試練で退学者が出てしまった。抗議も取り合ってもらえず、何もすることができない。

 ……俺は戸塚をよく話す奴だとは思っている。俺みたいなのをかっこいいと言ってくれた、憧れだと言ってくれた。最底辺の人間に純粋な気持ちで関わってくれる。

 俺にとって戸塚彩加は太陽のような存在だ。

 

 なら、俺は、比企谷八幡はどう行動する?

 今、一番最適な解はなんだ。

 

 

 ――――――――()()()ならあるか。

 

 

「はち、まん……?」

 

 席を立つと同時にクラスメイト達の視線を一身に浴びるのを感じる。戸塚が泣いて赤くなった目でこちらを見つめてくる。

 

「悪い、ちょっとトイレ」

 

 いくらなんでもこれからすることは言えない。言えば止められるからだ。このBクラスじゃ特にだろう。

 教室を出て星之宮先生を追いかける。

 居場所は分かっている。多分、あそこだ。

 

 

***

 

 

 保健室の裏に着くと、星之宮先生がいつも昼食を食べる席に座っていた。

 俺も自分の定位置に座り、星之宮先生を見つめる。

 

「どうしたのー?一時間目の授業は教室だよねー?」

 

「……先生、入学式の日のことを覚えていますか?」

 

「もちろん!覚えてるよ~。目の腐った少年がいきなり職員室にやってきて、プライベートポイントの毎月の支給額が10万固定じゃないって気づいたことでしょ?」

 

「そうです。その時、俺は聞きましたよね?この学園でポイントで買えないものはない、ということはどういうことかと」

 

「うん、二つ目の質問だね」

 

「先生は言いましたよね?その言葉通りだと」

 

「うん、それがどうかしたのー?」

 

「わかってるでしょ……戸塚の社会の点数を一点、売ってください」

 

「……あはっ!あはは!本当に最高だね君は!」

 

 あの日先生は確かに言った。言葉通りだと。

 なら食材であれ、日用品であれ、テストの点数であれ……ポイントを払えば買えるはずだ。クラスポイントとプライベートポイントでどこまで融通が利くかは分からない。だが、厳重注意としてクラスポイントが没収されることは最近BクラスとCクラスの小競り合いで確認済みだし、テストの過去問のやり取りをしているDクラスの生徒もプライベートポイントを使ってやっていた。

 なら、テストの点数も買えるはず。

 

「君はほんとに面白いねー?そんなこと普通考えるかな?」

 

「何言っているんですかね……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ここまでされれば誰だって気づくでしょ」

 

「……」

 

 人は筋肉や細胞組織の反応を自力で押さえつけることはほぼできない。だから、()()()()()()()()()()()()()()。そして微表情を消す……星之宮先生は危険だ。何を考えているのか、何が目的なのかが全く持って読めない。

 だが、今回の件、俺に解決させようとしている節は何度かあった。ヒントを出しているのは感じていた。

 そのすべてがわざとらしく……そう、まるで俺の力を測るように。

 

「それで、いくらで買えるんですか?」

 

「……確かにポイントで買えないものはないって言ったよ。でも、テストの点数が本当に買えるなんて私は言ってないよ?買えないって言ったらどうするのかな?」

 

 テストの点を買えない可能性。それをずっと考えていた。もしこの退学を取り消すことにポイントが直接使えないのだとすれば、どうすればいいのか。さっきまでずっと考えていた。

 でも、どうしてもこれ以外には浮かばなかった。

 だから、俺は無理矢理笑って言い放つ。

 

「なら――――()()()()()()()()()退()()()()()

 

 

***

 

 

「はあ、はあ」

 

 走る。とにかく走る。だって比企谷くんが帰ってこない。クラスの男子たちが同じ階のトイレを探しても誰一人としていなかった。

 みんなで手分けして探すには時間がない。それに戸塚くんを支える人も必要だし、もしも一時間目が始まってしまった際に出来る限り減点をもらわないためにも、全員で動いたら駄目だ。

 だから私が比企谷くんを見つける。

 きっと、比企谷くんは星之宮先生といる。さっきの目は、覚悟の目だった。私にはわかる。

 

 あの時、犯罪に手を染めようとした、鏡に映った私の目と同じだったから。

 

 なんでもないように、普通のことを言いながら一人で戸塚くんの退学を取り消そうとしているんだ。

 まだ比企谷くんの部屋での一件以降、一言も話していない。気まずいのはもちろんあるけれど……それ以上に驚いたし、悲しかった。

 彼は自分の顔を見ていないんだ。見えていないんだ。彼が言葉を発するときの表情は……歪だった、狂っていた。

 

 それが当然であると思っている上で、それでも歪んでいて。

 

 あんな顔であんなことを言うってことは、彼も過去に何かがあった。それはCクラスの男子に暴力を振るわれた時も出ていた。どうして一方的に殴られ、傷つけられてたのに……さもそれが全部どうでもいいように感じられた。あるいはそれを普通だと認識しているのかもしれない。

 異常だ、だからあんなことを言われて急に考えてしまった。私の行動理由を考え始めて思考が停止した。逃げることしかできなかった。

 

 でも、もう迷うことはやめた。迷う時間が無駄だって感じるようになった。

 私は優しい人間なんかじゃない。だけど、どれだけ考えても答えは出ないし、きっと正解なんてない。

 だから私は、私が良いと思った方向に突き進むと決めたんだ。

 

 校内を大急ぎで駆け回っていると、前に戸塚くんに教えてもらったことを思い出す。

 『八幡は保健室の裏の自販機がお気に入りなんだって!』……まさかとは思うけど……昼休みは基本、比企谷くんはすぐに教室から出てどこかに行く。図書館や食堂で見かけたことはあるけど、いない日が多い。

 そんな会話を思い出しながら保健室裏に着くと、比企谷くんが星之宮先生と話していた。

 

「……っ!」

 

 咄嗟に物影に隠れて様子を見る。星之宮先生と比企谷くんがどうしてか怖く見えた。

 何故かは分からないけれど、比企谷くんはずっと鋭い目を星之宮先生に向けている。星之宮先生は何故か嗤っているように見える?いつもの星之宮先生じゃないのは確かだ。

 

「それで、いくらで買えるんですか?」

 

「……確かにポイントで買えないものはないって言ったよ。でも、テストの点数が本当に買えるなんて私は言ってないよ?買えないって言ったらどうするのかな?」

 

 なるほど。この学園はポイントで買えないものがないって星之宮先生は入学式の日に言っていた。それを比企谷くんは利用して戸塚くんの点数を……でも星之宮先生は認める気がない……?どうして?

 私が星之宮先生の発言に意識を割かれていた時、比企谷くんは笑っていた。とても悪い笑みでとんでもないことを言い出した。

 

「なら――――戸塚の代わりに俺を退学にしろ」

 

「わーお、すごいこと言いだすねー?」

 

「等価でしょ。クラスメイトを一人退学にするってことに変わりはない。能力まで同じじゃないとと言われればそこまででも……違うでしょう?なら俺が退学になれば解決だ。戸塚はクラスに残り、ボッチの俺がクラスを去る。Bクラスにとっての最善はそうすることだ」

 

「でもでも、赤点になっているのは戸塚君だよ?」

 

「なら、俺と戸塚の点数を入れ替えることは出来ますよね?手持ちのポイントなら全部払ったっていい。そうすれば戸塚彩加でなく比企谷八幡が赤点になる……違いますか?」

 

「うふふ……やっぱり君は面白いね」

 

 何を……言ってるの?

 そんなの、そんなの……認めるわけないじゃん!!

 

「比企谷くんが退学したら何も変わらないよ!」

 

「一之瀬か。誰かいると思っていたが、なんでここに?」

 

「そんなことどうでもいいでしょ!それより何を言い出してるの!比企谷くんが退学になっていい理由なんてないんだよ!」

 

「だから言ってるだろ……今回の件、ポイントで点数が買えないのなら解決は無理だ。だが問題の解消……戸塚を退学にさせないってのはできる。退学者を変えればいい。戸塚と俺、どちらがクラスの役に立つのなんて比べるまでもないだろ」

 

 比企谷くんの発言を聞いたその瞬間。

 

 

 

 

ぶちっ……。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「嫌!!!」

 

「……は?」

 

「私は嫌だ。だから戸塚くんが退学になるのも、比企谷くんが代わりになるのも認めない!絶対にBクラスからは退学者を出させない!何があっても、それでAクラスに上がれなくなっても、誰も退学になんてさせないから!」

 

「いや、だからそれが無理だk「嫌だよ!比企谷くんの言うことは正しいのかもしれないよ!でも嫌だ、私は認めないし、クラスのみんなだってそうだよ!自分の代わりに他人を犠牲になんて出来ない!もし比企谷くんが退学になんてなったら戸塚くんがどう思うか考えた!?」

 

「い、いや……」

 

「絶対に悲しむに決まってる!絶対自分が悪いって思うに決まってる!……比企谷くんは洞察力がすごいなって思うときがあるし、頭良いな、っても感じるときもある。だけど馬鹿だよ!!」

 

「はあ!??」

 

 さっきから自分で何言ってるかわかんない。だけど、止まる気もやめる気もないから!!

 比企谷くんはもっと、もっと……

 

「もっと、人の気持ち考えてよ!!」

 

「……!」

 

「土曜日に比企谷くんに言われてからずっと考えてたの。だけど答えは出なかった。私は自分の行動を間違いだとは思わないし、これからもそれは変わらない!私は私が嫌だから戸塚くんを退学になんてさせない!比企谷くんを身代わりにして退学なんてさせない!」

 

「い、一之瀬……」

 

「わかった!?」

 

「は、はい!わかったから!分かったから離れてくれ、近い!!」

 

「……!?ご、ごごごごめんね!?ずっと夢中で……」

 

「……ふふっ」

 

「いや、その、なんだ……俺もあの時は言い過ぎた。……悪かったよ」

 

「え?!い、いや、私だってちょっと強引だったし……ごめんね」

 

 なんだかんだで正気に戻ったけど……なんか恥ずかしいこと言った気がする!比企谷くんも恥ずかしいのか顔を赤くしてる。そして星之宮先生は、必死に笑いをこらえている?

 

「ふふっ、くふっ、も、もう無理……お、お腹痛い……」

 

 そう言えばさっきのやり取り全部聞かれて―――!?

 

 

***

 

 

 まさか一之瀬があんなことを言ってくるなんてな……おかげで俺一人でかっこつけて戸塚を救って戸塚ルートendに入ることはできなかったが、戸塚の退学はなんとか防ぐことができたみたいだ。

 結局、一点100000pptで買えるようで、一之瀬が管理してるクラス貯金から出して戸塚の点数を買うことができた。星之宮先生は終始笑いをこらえきれない様子で、それはもう俺も一之瀬も顔が熱くて仕方がなかった。

 星之宮先生が何を考えているかは分からない。最初から点数売っておけば一之瀬もあんな黒歴史を作ることはなかっただろうし……俺も『代わりに俺を退学にしろ』なんて決め顔で言ってしまったから、今夜はベッドの上で転がりまわることだろう。

 

「でもさー、なんでHR始まってすぐに私たち追い出されたんだろうね?」

 

「マッカンが染み渡る……」

 

「か、会話くらいしようよ!」

 

 一之瀬が涙目で訴えてくるが知ったこっちゃない。こっちは朝の件でまともに顔が見れないんだよ。察しろよ。

 だが確かに妙だ。わざわざ俺たちを追い出し、飲み物でも買ってゆっくり帰ってこいとはどういうことなんだろうか。もしかして戸塚の退学の件で何か?いや、それはもう解決した……ん、んん?ま、まさか!?

 

「おい、一之瀬、今すぐ教室に戻るぞ!」

 

「え、どうしたの比企谷くん!?」

 

「嫌な予感がする!!」

 

 そう、星之宮知恵という人間を一か月ほど見ていて分かったこと。能力や頭が良いこと、意外と女子力が高いこと……そして――――――

 

『いや、だからそれが無理だk『嫌だよ!比企谷くんが言うことは正しいのかもしれないよ!でも嫌だ、私は認めないし、クラスのみんなだってそうだよ!自分の代わりに他人を犠牲になんて出来ない!もし比企谷くんが退学になったら戸塚くんがどう思うか考えた!?』

 

『い、いや……』

 

『絶対に悲しむに決まってる!絶対に自分が悪いって思うに決まってる!……比企谷くんは洞察力がすごいなって思うよ、頭良いな、って感じる。だけど馬鹿だよ!!』

 

『はあ!??』

 

『もっと、人の気持ち考えてよ!!』

 

『……!』

 

『土曜日に比企谷くんに言われてずっと考えてたの。だけど答えは出なかった。私は自分の行動を間違いだとは思わないし、これからもそれは変わらない!私は私が嫌だから戸塚くんを退学にさせない!比企谷くんを身代わりにして退学になんてさせない!』

 

『い、一之瀬……』

 

『わかった!?』

 

『は、はい!わかったから!分かったから離れてくれ!近い!』

 

『……!?ご、ごごごごめんね!?ずっと夢中で……』

 

『いや、その、なんだ……俺もあの時は言いすぎた……悪かったよ』

 

『え!?い、いや、私だってちょっと強引だったし……ごめんね』

 

 そう、この女教師、人をおちょくるのが大好きなんだよ!

 まさかとは思ったが……なんでボイスレコーダーとか持ってんの?なんで売ってんのこの学園?俺も買いに行くしかないな!!

 

「これが今回の件の内容だよー」

 

「「やめてー!!!!」」

 

 ニヤニヤしながら言う担任H。なんかこう表すとエロく感じる、じゃない!!

 クラスメイト達を見れば、ニヤニヤする者、笑いがこらえきれない者、驚いた表情の者、怨嗟の視線を浴びせてくる者、キラキラした目を向けてくる……これは戸塚だな!もうなんかこのあとの展開は予想がついた……。

 

 

 

 

 

 

 あれからクラスメイト達には笑われるわ、痴話喧嘩と言われるわ、いじられるわ、抱き着かれるわ、殺されそうなくらいの殺気を向けられるわで……でも、全員で笑ってテストを終えられた。

 このクラスだからこそこうなるのだろうし、このBクラスだからこそ、みんなが笑っているんだろうな。

 ……偽物はいらない。変わらなくても自身を肯定するだけでよかった俺が、少しだけ欲しいと、手に入れたいと思ったもの……まだ名もないもの。

 俺が求めるものは形にもなっていない。ただ、このクラスでなら見つけられるかもしれない。

 俺が手にしたいもの―――――偽物なんかじゃない、本物に。

 

 

 

 

 ―――――――やはり俺の実力至上主義な青春ラブコメはまちがっている。

 




一之瀬って由比ヶ浜と声優さん同じってこともあって少し被らせてみようかと思ったらこうなった。まあ、後悔はない、はず?
美少女だとか胸とかも似てるし?優しい女の子であることやコミュ力高いところも似通ってるし?まあヒッキー呼びはしないですが……櫛田にでもさせてみようかな?

ちなみに一之瀬が八幡の部屋に勝手に入り込んで朝食作った理由は戸塚に八幡の生活状況や休日は昼まで寝ていることを聞いて「勉強させないと!」っと思いやりの気持ちが迸ったからです。恋愛感情はありません………まだ?

あと戸塚の解答欄ズレて退学!?の件については一之瀬と仲良くさせようと思ってしただけです。戸塚ごめんな……でも実際八幡自身が点数足りないとすれば退学する可能性も見えたので(見えただけでするとは言ってない)今回はこんな感じにしてみました!
相変わらず、文章力ないけど読んで楽しんでくれたなら何よりです!!

次回は暴力事件+α?

早く出せるよう頑張りたいです。


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番外編:個人チャット①

ところどころ抜粋してお送りします。
八&帆のチャットをひたすら書いただけの話です。
ほぼ時系列通りに並べてます、多分。


《一之瀬》

 

『比企谷くん、だよね?』

 

『うっす』

 

『クラスの方でも自己紹介したけど、一之瀬帆波です。これから三年間よろしくね!』

 

『比企谷八幡です。よろしく』

 

 

***

 

 

《比企谷君》

 

『比企谷君』

 

『なんでしょうか?』

 

『比企谷君の誕生日っていつか聞いていい?』

 

『8月8日』

 

『そっか、ありがと』

 

『え、それだけ?』

 

『うん?あ、私の誕生日は7月20日だよ!』

 

『いや、お前の誕生日は聞いてない』

 

『?』

 

『なんで誕生日聞いてきたのかってことだ』

 

『クラス全員の誕生日をお祝いしてあげたいから!』

 

『そ、そうか』

 

『うん!』

 

 

***

 

 

《鬼》

 

『ねえ比企谷君』

 

『逃げないでよ』

 

『数学しよう、数学。ほら、ノートと参考書が待ってるよ』

 

『嫌すぎるだろ……』

 

『私の教え方が悪いのかな?』

 

『そんなことはないと思います!』

 

『私のこと、嫌い?』

 

『嫌いではないな。苦手ではあるけれど』

 

『ならどうして逃げてるの!』

 

『お前が追ってくるからだろうが!』

 

『逃げるからでしょ!』

 

『埒があかん……こうなったら寮に帰ってやる!』

 

『寮?部屋なら逃げられないけど……勉強する気になったんだね!』

 

『……っていうのは嘘だね?』

 

『嘘?嘘じゃねえって、俺は寮の方に走ってるぞ』

 

『後ろを見ろ』

 

『……ごめんなさい』

 

『許しません!』

 

 

***

 

 

《捻くれ君》

 

『比企谷君って星之宮先生と仲いいよね?』

 

『いや全然』

 

『毎日一緒にご飯食べてるのに?』

 

『毎日じゃねえよ』

 

『一緒に食べてはいるんだね』

 

『……強制的に、だけどな。ここ大事だぞ』

 

『そうなの?星之宮先生曰く、自分から進んで一緒に食べたいですって言ってくるらしいけど?』

 

『おい、騙されるな一之瀬。俺がそんなこと言うところが想像できるか?』

 

『できない!』

 

『即答かよ』

 

『保健室裏にはマッカンが売られてるんだよ。お前も飲むだろ?あれ、あそこでしか売ってないから通うしかない。マッカンを買うついでに時間短縮で近くで飯を食べている。その場所がたまたま保健室裏だった。……それだけだっての』

 

『そうなんだね。なら今度私と一緒に食べようよ!』

 

『なんで?』

 

『やっぱり星之宮先生にあーんされたくて通ってるんだね?』

 

『ぜひご一緒させてください!』

 

『戸塚くんと千尋ちゃんも誘うかな』

 

『彩加は俺に任せろ!』

 

『相変わらずだねー』

 

 

***

 

 

《一之瀬委員長》

 

『一之瀬』

 

『どうしたの比企谷君』

 

『今、俺の部屋にいるか?』

 

『うん、戸塚くんと千尋ちゃんも後から来る予定だよ。今は私だけだね。勝手に本読んでるけどいい?』

 

『読んだ後に聞かれても困るんですけど?それよりも冷蔵庫の中身ってあるか?』

 

『ちょっと待って』

 

『おう』

 

『何もない!』

 

『今スーパーに来ててな。必要な食材なら買ってくるぞ』

 

『ありがとう!なら人参とジャガイモと玉葱と……』

 

『マッカンは?』

 

『昨日飲んだからいい!』

 

『やっぱ昨日減ってたのはお前が飲んだからか……』

 

『嵌めないでよ!』

 

『いや、自爆したよねお前……ポイントはちゃんと回収するからな』

 

『はーい』

 

 

***

 

 

《八幡君》

 

『比企谷君』

 

『なんだ?』

 

『今日の晩御飯何がいい?リクエストのまま作っちゃうよ!』

 

『なんでもいいぞ』

 

『じゃあトマトサラダね。あと焼きトマトのうどんでも作ろうかな』

 

『すまん、撤回させてくれ』

 

『なんでもいいとか言うからだよ!(。-`ω-)』

 

『トマトは嫌がらせだろ……俺が嫌いだと知ってて言ってるよね?』

 

『うん!』

 

『うわー、その場にいなくても今一之瀬が満面の笑みを浮かべてるって想像つくわ……じゃあ、戸塚の肉じゃが』

 

『今日は戸塚くんと千尋ちゃん来ないよ?』

 

『なら適当に済ますわ』

 

『私と二人きりなの嫌なんだ?』

 

『そういうお前はいいのかよ』

 

『もう慣れちゃったからなぁ……比企谷君は手のかかる弟みたいな感じ?』

 

『一之瀬お姉ちゃん、カレーがいいな。トマトは入れないでね』

 

『いいよ!』

 

『ありがとう一之瀬お姉ちゃん!』

 

『スクショしてクラスグループに送ったよ』

 

『お前マジでふざけんな』

 

 

***

 

 

《一之瀬(おかん)》

 

『おい、一之瀬』

 

『ん?どうしたの比企谷君』

 

『……お前、俺のマッカンとアイス知らね?』

 

『何のことかにゃー?』

 

『昨日、マッカン4つとチョコ味のアイスを買って冷蔵庫に入れてたんだが、そのうちマッカンとアイスが消えてたんだよ』

 

『知らず知らずのうちに食べたんじゃないの?よくあるじゃない、気づいたら買ってたもの食べちゃってて忘れてる時って』

 

『それはないな。お前らといる間に一度確認したが、ちゃんとあった。俺の灰色の脳細胞がそう言ってる』

 

『ポアロ好きなの?で、そのことにはいつ気づいたのかにゃ?』

 

『風呂から上がった後にだな』

 

『ふむふむ』

 

『冷蔵庫見たらなくなってたんだよ』

 

『不思議だねー?』

 

『マッカンが三本になってて、アイスが消えてたんだ……さらに少ししたら匿名の端末からポイントが送金されてきた』

 

『じゃあ犯人はその匿名の人だね。はい解決したよ!』

 

『その匿名の人は俺の部屋に出入りできる三人のうちの一人だろうな』

 

『……でも、戸塚君も千尋ちゃんも勝手に食べたりしないと思うよ?』

 

『俺もそう思う。それに、犯人は一つ大きなミスを犯してしまった』

 

『み、ミス?』

 

『戸塚と白波は、マッカンを飲まないんだよ……なぁ、一之瀬?』

 

『え、えー……私は何もしてないよ!いいがかりだにゃ!』

 

『すでに戸塚と白波から言質はとってある』

 

『……ごめんなさいm(_ _)m』

 

『……っていうのはハッタリだったが、やっぱ一之瀬だったんだな』

 

『だ、騙したね!!』

 

『人のもの勝手に盗っておいて何言ってんだ。お前最近俺の部屋のものが自分のものだと考えるようになってないか?』

 

『だって毎日のようにいる部屋だし……』

 

『出禁にするぞお前だけ』

 

『仲間はずれにはしないでー!』

 

 

***

 

 

《八幡お兄ちゃん》

 

『ねぇ、比企谷君』

 

『なんだ』

 

『なんで起きてるの?今3時だよ?5時間後から学校始まるよ?』

 

『それブーメランだからな』

 

『ブーメラン?』

 

『気にするな。そんなことより、こんな時間にメッセージ送るとか何考えてんだよ。俺が起きてなかったらどうしてたわけ?』

 

『比企谷君が気づく前に消そうかなって……でね、私はクラスのために頑張れてるのかなって、これでいいのかなって考えちゃったら眠れなくなったの』

 

『……頑張ってんだろ。少なくとも俺よりは』

 

『比企谷君と比べてもなぁ……』

 

『ちょっと?一之瀬さん酷くない?』

 

『だって比企谷君、今日の数学の授業で数分間寝てたでしょ』

 

『……え、なんでお前知ってんの?背中に目でもついてる?エンペラーアイ持ちなの?』

 

『エンペラーアイが何なのかは分からないけど……柴田くんに教えてもらったよ』

 

『またあいつかよ……』

 

『数学で寝たことも問題だけど、人付き合いも悪い比企谷君と比べても慰めにならないよ?』

 

『委員長がクラスメイトに辛辣な件について』

 

『事実だからなぁ』

 

『俺は悪くない、眠たくなるような数学が悪い』

 

『坂上先生に直接言ってみる?』

 

『全力で遠慮させていただきます』

 

『にゃはは……』

 

『……一之瀬』

 

『ん?』

 

『俺には、お前のやっていることを間違ってないと証明することは出来ない』

 

『……やっぱりそうだよね』

 

『でもな、間違っている証明も出来ない。だから、その、お前が悩むことはないぞ』

 

『慰めてるのか分かりにくいよ……相変わらず捻くれてるんだから』

 

『うっせ』

 

『……Aクラスとの差が広がってるのに?』

 

『まだ一学期も終わってないのに考えすぎだろ。3年の最後にAクラスであればいいんだし、気を張りつめすぎだ』

 

『考えすぎかな?』

 

『考えすぎだし悩みすぎだっての。まあお前はクラスのリーダーポジションだし、仕方ないことかもだが』

 

『……これからも何かに悩んだら、相談していいかな?』

 

『俺ごときだと話を聞くぐらいしかできないぞ』

 

『それだけでいいの』

 

『……まぁ、話す相手もいないしな』

 

『……そういや、前に坂柳さん達と一緒にいたところ見たんだけど』

 

『……黙秘権を行使する』

 

『あ、逃げた』

 

 

***

 

 

《ヤンデレ委員長》

 

『比企谷君!』

 

『返事して!坂柳さん達とはどういう関係なの!』

 

『こうなったら家に突撃して……』

 

『待って、もう夜遅いからやめてね?』

 

『坂柳さんに迫ったって……好きなの?人の恋路に口出しをするつもりはないけれど……相手が相手だから……』

 

『断じて違うからね?そこだけは誤解するんじゃない』

 

『じゃあ橋本くん?』

 

『男じゃねえか』

 

『でも、部屋に来いって言ってたよね?それも私たちを追い出して入れるつもりだったみたいだし……』

 

『野暮用があったんだよ。あんまり他の奴には言えないような野暮用がな』

 

『本当に?』

 

『本当だっての。橋本が来なかったら坂柳が俺の部屋に来るんだぞ?それが一番嫌だ』

 

『坂柳さんとも共同生活するの?人数増えたら確かにその分、節約できるけど……』

 

『え、何?俺たち共同生活してた……してるな』

 

『まぁ、なんにせよ違うから。それに、Bクラスに不利なことはしてないから許してくれ』

 

『……』

 

『あの、無言怖いのでやめてもらっていいですか?』

 

『私は誰にも言わないから、坂柳さんに捕まれてる弱みを教えてくれたら他のことには目を瞑ってあげる』

 

『明日からバカンスだろ?早く寝て遅刻しないようにしないとな』

 

『誤魔化したね』

 

『明日追及するからね!!』

 

『やめてくれよ……おやすみ』

 

『おやすみ!』

 




このシリーズ最短の話でした。本編が長いから、凄く物足りない感覚に陥りますね……。
チャット難しいですね。これからは本編に組み込んでいくことになる予定。

次は何を書こうかな……。


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暴力事件~夏休み前半
有栖「あら?」 翔「ああ?」 八幡「……げっ」


ここから第二章は、暴力事件~夏休み前半まで行きたいです。
投稿はまあ、遅くなりそうですが……ゆっくりちゃんと書いて出していきたい。

で、今回のメインはタイトル通り……暴力事件より危険な遭遇をやってみた?みたいな?


※この作品はところどころ作者の脳内で物語が進んでいるので飛び飛びです!各個人で自分の好きなように想像してからご覧ください!


「1年Bクラスの皆さん~……今日も元気に行ってみましょうー……」

 

「くさっ!お酒臭いです先生ー!」

 

 なんで教師が二日酔いのまま教壇に立ってんだよ……。

 中間考査から少し経った、5月最後の日の朝のHR。

 その日、事件は起こった。何かいつも事件起こってないか?気のせい?

 

「うぅー……じゃあ今月のクラスポイントの発表を……えーっとこれだったかな……?」

 

 そう言って星之宮先生が取り出したのは一枚の写真。絶対違うだろそれ。いや待てその写真なんの写真だおい!?

 

「わっ!イケメンだ!」

 

「眼鏡、やはり時代は眼鏡なのか!?」

 

「誰ですか先生?もしかして彼氏ですか!」

 

「いや待て、この男……ここの生徒じゃないか?」

 

「「「ええー!?禁断の関係!?」」」

 

 あ、いかん、この流れはいけない流れって八幡知ってる。

 

「ふふふ~うぷっ……それはね~どこかの捻くれ系目を腐らしてる男子と入学式の日に撮った写真でーす」

 

「「「え、ええええええええええ!?」」」

 

「うっわマジかよー!比企谷なのかこれ!?」

 

「は、八幡!?」

 

 うん、このクラスにいる限り俺に平穏はないって改めて知った瞬間だった。

 忘れたころにやってくる過去の産物……くそ、消させておけば良かった。まぁ、素直に消してくれるとは思えないから無駄だったかもしれないが。つーか捻くれ系と目を腐らせてる男子で俺と断定するの酷くない?

 ま、まあ俺みたいなやつが他にもいればそれはそれで驚きだが……

 

「一之瀬さん羨ましいー?うえ……」

 

「え、え、えぇ!な、いや!別に羨ましくなんてありません!そ、それより星之宮先生!先生と生徒が学校で何してるんですか!?」

 

 うん、一之瀬に聞かなくていいよね?顔を真っ赤にして生徒と教師の関係疑われてるよ?

 

「いや~うぅ……入学式の日、皆が友達を作ったり遊びに行ってたとき……一人で職員室に来てね?入学早々ぼっちで可哀そうなオーラが出てたから……うぇぇ、そ、それで少しからかったら面白くてねー?それで試しに眼鏡かけてさせてみたら想像以上だったのよー……この写真いる人~?」

 

「「「欲しいです!」」」

 

「俺も俺も!これが比企谷とか面白すぎるだろ!」

 

「一之瀬さんは~?」

 

「私は、別に……」

 

「じゃあ他の娘たちにはあとでコピーしてあげるから~……うぷっ!あっ!今月の各クラスのクラスポイントを発表しまーす!うぅ……みんなのプライベートポイントは、明日振り込まれます……」

 

 どうやら立っているのもきつくなったようだな……この人頭どうかしてるんじゃないのか?写真バラまくの?ってかクラスの女子は欲しいの?男のあいつは完全に面白がってやがるな……。それを将来同窓会なんかで晒して盛り上げたりするのだろう。俺は行かないが、それを肴に盛り上がることもあるかもしれない。

 

 それに星之宮先生、あの流れからなんで普通にクラスポイント貼っちゃうかな……重要な問題のはずが変な空気に包まれちまってんじゃねーか……。

 で、問題のポイントはと言えば……

 

 

Aクラス 1004cp

Bクラス  630cp

Cクラス  512cp

Dクラス   87cp

 

 

 おお、60ポイント増えているな。Aクラスが64ポイント、Cクラスが52ポイント増えているから多分成績順か?

 Dクラスが一番増えてるが、もしやAより良かったのか?確かAの平均点は90より上……ないな、Dクラスがそんな点を取ったわけがない。だって綾小路に平均点聞いたら、うちと同じくらいだったし。

 だが……退学者0は驚いた。綾小路の話だと複数名、特に三人の男子がどうしようもない状態だったみたいだが、何かしたのか?

 

「私たちポイント上がってる!」

 

「やったやった!」

 

「テストの成績のおかげだね!みんな勉強会で点数上がったし!」

 

 そんな女子たちの視線は一之瀬に……あの勉強会は確かに凄かった。というよりBクラスの仲の良さが決め手だった。

 各教科時間を作り、それぞれ得意な者が苦手な者について教える。基本優秀だからか飲み込みも早かった。

 そして、苦手すぎる者には一之瀬や神崎が付きっきりで教えていた。そりゃ点数は上がっていく。

 でもさー?なんで俺には一之瀬だったの?神崎でよくない?ダメ?あー緊張感か……イケメンか美少女なら美少女の方が緊張するに決まってる。だってイケメンにはこのリア充め!とは思うがそれくらいだしな……。

 

「そんな、皆が頑張ったからだよ」

 

「大好き、一之瀬さん!」

 

「にゃにゃ!?千尋ちゃん!」

 

「私もー!」

 

「ちょ……もう待って待って!」

 

「またなーい!」

 

 相変わらず百合百合してんなぁ……。

 

「私、Bクラスで本当に良かった。一之瀬さんと同じクラスで!」

 

 あの百合娘ならそうだろうな……それを差し引いてもBクラスは良いクラスだろう。

 誰一人として孤立させず、みんな仲良くが本当に実現するクラスだ。そんなクラス日本国内……いや、世界中の高校のクラスでもあるかないかだろうし。

 全員が協力できるというのはそれだけで大きな武器となる。

 特にこの実力主義の学校なら、他クラスとも渡り合っていける大きな力になるはずだ。

 それを一之瀬というリーダーが統率する……Bクラスは中々強かったりするのか?

 

「はっちまーん!」

 

「おう、戸塚。どした?」

 

「もーうっ!名前で呼んでくれないの?」

 

 基本ボッチに変わりはない。そのため日課であるクラスメイト達の観察をしていると、天使が目の前に現れた。

 その天使が涙目で訴えている。

 八幡はどうする?

 

「す、すまん……彩加」

 

「うん、全然いいよ!」

 

 もちろん名前で呼ぶに決まっている。

 天使が上目遣いに涙目。鼻血出ないか心配です。

 

「ポイント増えたね~!……本当に退学にならないでよかったよ!」

 

「そうだな。いやー、彩加を退学にしようとか考える学校は頭おかしいな。担任とか特に……」

 

 少し前に起きた『戸塚退学かも事件』。退学という言葉を聞くとどうしても思い浮かべてしまい、イライラしてしまう。それに、星之宮先生におちょくられたことが一番恥ずかしかったし、精神にダメージを受けた。これくらいの毒くらい吐いちゃうのは仕方ないと八幡思うの。

 だが周りは違ったらしい。俺の方に視線を向け、「コイツ死にたいのか?」といった感じだ。

 でも星之宮先生は二日酔いで死んでる―――――ねぇ、なんで目の前にいるの?

 

「そんなこと言っちゃうなんてー、比企谷君は可愛いなぁ~。今日、一日私の付き人やってねー?うぷっ……」

 

「……いy「ちなみに拒否権はありませーん!……おえっ」……はい」

 

 マジですか……荷物持ちか。

 つーか酒臭!飲みすぎでしょアンタ……。俺に向けて吐くんじゃないぞ……。

 

 

***

 

 

 昨日は酷い目にあったもんだ。何故酔っ払いの世話などしないといけないのか……自業自得ですねわかります。

 そんで今日、6月1日。ポイントが振り込まれる日だ。

 クラスポイントが630だから6万3000振り込まれてるはず……あれ?振り込まれてないな?なんで?

 もしかして俺だけとかならマジであのビッチ教師訴えてやる……なんかすごい寒気に襲われたからやめよう。

 

 だが、これが学校側の不備なら何かしらの補填をしてもらいたいもんだな。

 とりあえず学校に行けば何かしらわかるだろう。早く戸塚に会いたいな。毎朝のエンジェルコールが俺にとっての何よりも楽しみな時間なのだ。

 朝食はおにぎりで済ませ、持っていくものを整える。忘れ物をすればクラスポイントに響きそうだし、ここら辺はちゃんとしておかなければならない。

 よし、行くか。

 

「あ、おはよう比企谷k」

 

「……なんかいたな」

 

 ドアを開けるとなんかいた。美少女だったな。夢?寝ぼけてんのか?

 もう一度開けてみるか。

 

「なんでドア閉めたn」

 

「……夢じゃないのか」

 

 やっぱなんかいるな。クラスのリーダーっぽいが朝から何か用事だろうか。

 と、思ってたら勝手に鍵を開け、中に侵入してくる。

 

「もう、何で閉めるの?」

 

「いや、なんでいるの?」

 

 現れたのはクラスの委員長、一之瀬帆波だった。幻覚とかじゃなかったのね……。

 ちなみにだが合鍵は返した。勝手に作ったとはいえ、合鍵が作れることがわかったことには感謝しているのだ……戸塚と部屋の鍵交換できたからな!!

 仲直りというと友達っぽいから違うだろうが、すれ違いは終わり普通に話すようにはなったので鍵は返したのだ。

 

「一緒に登校しようと思ってね」

 

 え、なに?俺、いつの間に一之瀬ルートに入ったの?そんなに好感度上げるようなことなかったと思うんだけど……いや、これはあれか……どれだよ。

 

「ポイントが振り込まれなかったことについてか」

 

「ご明察。比企谷くんなら何か考えてるかもって思ってね」

 

 そういうことなら仕方ない。ついていってやろうじゃないか。

 部屋を出てエレベーターに乗り込み一階に降りる。エレベーターが二つあるため、そこそこ混雑は抑えられていて話がしやすい。

 

「学校側の不備かと思ったんだけど、この学校でそんなこと起こるのかな?とも思うんだよね」

 

「そうだな、もし学校側の不備ならポイントでも請求すればいいが……何かあったのかもな」

 

「……Cクラスが何かしたのかもねー」

 

 そう、ポイントが振り込まれないとすれば、ポイントが変更になる何かが起きたということも考えられる。そんなことをしそうなのはやはりCクラスだ。Bクラスは中間試験前に被害にあっている。男子生徒数名、主に俺が。

 一階に着きエレベーターを降りると、隣のエレベーターからもちょうど人が降りてきたようだ。

 ん?綾小路と……櫛田ってやつが一緒にいるな。綾小路の奴、友達いないとか言いつつも美少女といつも一緒にいるように思うんだが……リア充爆発しろ!

 

「おっはよーう!櫛田さん!」

 

「一之瀬さん!」

 

 どうやら一之瀬は友達になっていたらしい。交友関係の広いことで……さすがはコミュ力の化身。あとどちらも胸……立派なモノをお持ちのようで。

 

「あ、もしかして櫛田さんの彼氏?」

 

「あっはは、それはないよー」

 

 今の完全に本音だな。ドンマイ綾小路!

 しかしまぁ、よく出来た仮面だな。俺には理解できないから関わりたくもない。

 

「そうなのー?てっきりー……」

 

「ないない!一之瀬さんこそ、後ろにいる男子は彼氏さん?」

 

 なんか飛び火した。

 

「えぇ!?ち、違うよ櫛田さん!比企谷くんとは……と、友達だよ!」

 

「友達でもないけどな。それに櫛田、よく考えてみろ。こんな美少女と俺が釣り合うと思ったのか?圧倒的に俺が見劣りしてるだろ」

 

「そっかー」

 

 納得しちゃうのかよ。いや、するんだろうけど……こう、他人から言われると心にきますね……。

 俺が心に傷を負っていると、むー!っという声が聞こえる。声の主である一之瀬を見れば、頬を膨らましていた。何そのあざとい表情、天然なの?

 

「比企谷くん!自分を低く言うの禁止って言ったよね!」

 

「え、いや、だって事実だろ?」

 

「全然事実じゃないよ!比企谷くんは私よりいい人だし……」

 

「それはない」

 

「あるよ!」

 

「ない」

 

「ある!」

 

「絶対ない」

 

「あーるーのー!」

 

 そういえば、なんか前に自分を低く見たり、言うの禁止とか言われてたな……事実なんだし別によくない?

 そんな俺と一之瀬が言い争いをしていると、ずっと黙っていた綾小路が一言。

 

「夫婦喧嘩みたいだな」

 

「「!?」」

 

「夫婦漫才にも見えるね!」

 

 どうやら誤解を生んでいるようだ、やめてね?あと綾小路、そんなことを真顔で言うんじゃない。

 その言葉に一之瀬はあわあわと……パニックを起こした。

 

「ええー!い、いや夫婦だなんて……まだ学生だし比企谷くんとは出会ったばかりだしまだよく知らないところもたくさんあるし……違うよ!!」

 

 一之瀬さん……そういうところで誤解が誤解を生むんですよ。

 この空気に耐えられなくなった俺は、元々聞きたかったことを尋ねる。

 

「そうだ、お前らポイント振り込まれたか?」

 

「え?」

 

「いや、朝から確認したが振り込まれていなかった」

 

「そっかー……なら私たちだけじゃなくて学年全体なのかな?」

 

 BとDだけということも考えられるが、Bクラスは特に問題は起こしていないはずだ。テストの点を買ったことが問題というならBクラスは当てはまるかもしれないが、Dは関係ないはずだ。Dも同じことをしていれば別だが……それにあれは学校のルールに則っただけで問題にはならないだろう。

 なら学年全体でポイントの支給が行われていないのではないか。憶測でやはりCが怪しいが断定はできない。もしかしたらA……坂柳が何かしたか?

 ま、考えても仕方がない。学校行くか……。

 

 

***

 

 

 HRの時に1年全体にポイントの支給が遅れていると星之宮先生が言っていた。何かトラブルがあっているらしいが、Bクラスは関係ないことらしい……ならBだけポイント支給したりしないの?しないか。

 いつも通り授業を受け、いつも通り保健室裏でマッカンを嗜み、気づけば放課後……本でも借りに行くか。

 図書館は相変わらず人が少なく、静かで過ごしやすそうだった。だが俺が席に座るとその机には誰も座らなくなる……明らかに避けられているのでなんとなく利用する気が起きない。

 目?やっぱり目なの?

 ただ色んな本があるため、借りることだけはする。全部読んでみたくはあるが、3年間全部の時間を使っても無理がある気がする。

 

 数時間、本を見回っていたがそろそろ帰るとするか。すでに俺以外にはいつも見る女子以外はいないし……アイツいつもいるな。本好きすぎるだろ……。

 借りた本を鞄につめ、寮へと帰路につく。あの角を曲がればいつもの道に出るはずだ。

 そうして曲がり角を曲がって……

 

「きゃ!」

 

「あ、すみません……は?」

 

「え、ひ、比企谷君……?」

 

 百合女とぶつかった……え、なんで泣いてるの?

 

 

***

 

 

「綾小路君には借りが出来ちゃったなー……」

 

 千尋ちゃんが告白してくるなんて思ってもいなかった。でもその告白を私は踏みにじろうとしていたんだ。

 偽の彼氏役なんて立てて諦めようとさせちゃって……綾小路君に諭されてから悪いことをしたんだって反省してる……。

 

「ううん、いつまでも引きづったら駄目駄目!千尋ちゃんは明日からいつも通りにするって言ってるんだし、私が動揺したら駄目だよね!」

 

 でも不安だし……相談してみよっかな。

 私は誰とでも仲良くしたいとは思ってるけど、なんとなく、困ったときは比企谷くんに頼ることが増えてきている気がする。どうしてかは分からないけど、比企谷くんと話してると楽しいし、悩んでいるのが馬鹿馬鹿しく思えてくる……比企谷くんが頭は良いのに馬鹿だからかな?

 見たこともない性格で何処か放っておけない。放っておくとまた無茶をしそうで……クラスメイト全員で卒業する。私の一番の目標はそれだから。

 合鍵で勝手にドアを開けて入る。まさか返してもらえるとは思ってなかったんだけどなー……なんていうか、捻くれてるよねー。

 

「お邪魔しまーす!……ん?」

 

 玄関には靴が3つ。3つ?……誰か来てるのかな。

 邪魔になりそうかもだし……一度帰ってまた来ようかな……?

 

「え、一之瀬さん……?」

 

 この声は……!

 

「ち、千尋ちゃん!?」

 

「どうしてここに一之瀬さんが!?」

 

 えっと、どうして千尋ちゃんが比企谷くんの部屋にいるの……?ま、まさか比企谷くんに連れ込まれた!?……いや、戸塚くんもいる?

 

 

***

 

 

 白波の話を家に来ていた戸塚と聞いているとき、玄関から鍵を開ける音が聞こえた。

 この部屋の鍵を持っているのは俺と戸塚、それと……タイミング最悪かよ……。

 

「え、一之瀬さん……?」

 

「ち、千尋ちゃん!?」

 

「どうしてここに一之瀬さんが!?」

 

 うわー、修羅場になりそうだから帰っていいかな?あ、ここが俺の家だったわ……。

 

「えっと、私は……」

 

「い、一之瀬さんはあの時いた人じゃなくて、比企谷君が彼氏だったの……?」

 

「ち、違うよ!」

 

「じゃあ、どうしてここに……合鍵まで持ってるのに……」

 

 そりゃあ、勝手に作ったからな。一之瀬が。それに戸塚も持ってるんだが……。

 とりあえず話の経緯を改めて聞くか。

 

 告白。

 それは自らの内に秘める気持ちや事柄を打ち明けること。

 俺もよく中学の頃はやっていたから知っている……連絡先を交換しただけで「俺のこと好きなんじゃね?」と勘違いをし、日々悶々とした気持ちで過ごす……それでいざ告白すれば、振られるのは当たり前で、酷いときは「は?何夢見てんの?」とか言われたりする。翌日にはクラス全員が知っていて、こそこそと噂されるあれだろ?

 ちなみに酷いときは黒板に告白のことが書かれていて、笑われ者になっている。

 

「「「それは普通の告白じゃないよね!?」」」

 

 白波は一之瀬が好きで好きでたまらなくなって行動を起こしたと……ちっ、成功してれば俺と戸塚も認められたかもしれないのになぁ……まあ、俺は同性が好きなんじゃなくて、戸塚が好きなだけだから問題ないな。

 

「八幡、僕、男の子なんだよ?」

 

 いや、戸塚の性別は戸塚だ。くそ、なんで男なんだよ……。

 

「で、一之瀬はなんで俺の部屋に来たの?忘れ物はなかったと思うが……」

 

「え、えっとね……その、明日からも千尋ちゃんと仲良くできるか不安で、相談しようと……千尋ちゃんとはこれからも仲良くしたいから……」

 

「一之瀬さん……!」

 

 そこは目を輝かせるところじゃないと思うが、白波としては自分と仲良くしようとしてくれている一之瀬のことを嬉しく思っているんだろう。君、振られたからとか涙見られたとか言って俺殴ってたよね?もういいの?

 

 ……LGBTの問題はまだまだ解決されてはいないし、世間的に大々的に認められたわけじゃない。だが、人を好きになる気持ちに悪はないはずだと、間違っていないはずだと思うのだ。

 俺?俺のはただの勘違いだから……今は恋愛なんてできるとは思わない。とにかくリア充は爆発しろ!特に他人に見せつけるタイプのリア充!

 

「あ、そうだ!今日僕と八幡で夜ご飯一緒に食べる予定だったんだけど、二人も一緒にどうかな?」

 

 と、戸塚……?なに言ってるんだ、俺と二人でイチャイチャするんじゃなかったのか……。

 

「なんか比企谷くんが落ち込んでるけど……いいよ!どうせ一人で食べる予定だったから!」

 

「わ、私も!」

 

「八幡ー、台所借りるねー」

 

「私も手伝うよ」

 

 俺が落ち込んでいる間にすでに決まってしまったようで、戸塚と一之瀬が台所に消えてしまい、俺と白波が居間に残される。

 

「比企谷君」

 

「なんだ?」

 

「ありがとう……その、だいぶ落ち着いた。気持ちの整理はまだだけど、私、一之瀬さんともっと仲良くなる!」

 

「そうかい……ま、気持ちの整理がつかないのは当たり前だ。むしろ白波は強いほうだろ」

 

「え?」

 

 白波は「何言ってんだこいつ」みたいな目をしてくるが、本当にそう思う。

 普通、告白して振られたら落ち込むもんだろう。それが目の前に告白した相手が現れた。俺なら迷わず即逃げるだろうが、コイツはちゃんと話せる。向き合える。気持ちが整理できていないにもかかわらず。

 相手が一之瀬だったこともあるだろう。それでも、白波千尋という少女の強さがこの状況を作れていることは確かだ。

 

「あ、そういえばなんだけど、比企谷君は一之瀬さんのことをどう思ってるの?」

 

「どう、ねぇ……」

 

 不安なのか、それとも単純な興味か……どちらにしろ白波の質問は答えにくい。

 優しい女の子、お人好しな女の子、正義感の強い女の子、妹思いな女の子……一之瀬はいい奴だ。それは間違いない。

 だがそれはほかの奴らも思っていることだろう。そうではなく、俺自身が……本当はどう思っているのだろうか

 優しい女の子は嫌いだ。だけど、彼女はそれでも歩み寄ってくる。自分の思うがままにやると宣言までしてきた。

 こんな女子は初めてで、まだ距離感がつかめていないのも事実。

 

「おっせかい大好き美少女?」

 

「そっか……一之瀬さんはやっぱり可愛いよね!美少女だよね!天使だよね!」

 

 食いつくとこはそこかよ……でもなぁ、それを言うなら、

 

「白波も美少女だろ」

 

「ええ!?何言ってるの!」

 

 おっと、声に出てしまっていたようだ。八幡反省中……。

 だが事実だ。というよりBクラスに可愛くない女子がいない。どうなってんの?

 

「ま、彩加には劣るがな」

 

「やっぱり戸塚君のこと大好きなんだね!!」

 

「当たり前だろ。彩加を嫌いになる奴は人間じゃねーよ」

 

「うんうん!一之瀬さんを嫌う人なんて、人間じゃない別の何かだもん!」

 

「彩加は天使!」

 

「一之瀬さんは天使!」

 

 ガシッ。

 俺たちは息があったように固い握手を交わす。

 俺は戸塚、白波は一之瀬とイチャイチャしたいのだ。そのための協力関係が出来上がった瞬間だった。

 

「あ、あのさ八幡……そういうことを大きな声で言わないでよ……恥ずかしいじゃん///」

 

「ち、千尋ちゃんもだよ///」

 

「「あ」」

 

 

 

***

 

 

 

 数日後。

 ポイントが振り込まれていない理由が判明した。

 どうやらCクラスとDクラスの生徒が騒動を起こし、Dクラスが一方的に暴力を振るったらしい。Cクラス暴力が絡む事件起こしすぎだろ。しかも今回は学校に訴えるという行動にまで出ている。

 

 ……Cクラスの目的は元からDクラスだったりしたのか?Bクラス……俺に暴力を振るった件もある程度学校の反応を見る、もしくはペナルティが知りたかった?ダメだな、目的を考えれば考えるほど増えていって分からなくなるな。

 え?何故俺が知ってるかって?クラスメイトが噂してたんだよ。俺がDクラスから直接話聞ける……綾小路としか話せないし、綾小路とは世間話のようなことしか話さないしな。

 俺が情報を持っていないと思っているのかもしれないが……。

 

「八幡、DクラスとCクラスの揉め事知ってる?」

 

「ああ、あれか。Dクラスの不良がCクラスの奴らを一方的に殴ったやつだろ?」

 

 そう、Dクラスの厳ついレッドヘアー君がCクラスの三人に暴力を振るったことで、Cクラス側が学校に訴えを出したのだ。その処理が終わるまでポイントは振り込まれないらしい。

 

「もう、八幡!ほかのクラスだからって悪く言ったらだめだよ!」

 

「すまん彩加、俺が悪かったな」

 

 戸塚が言うならそれが正しいのだ。不良とか言って悪かったなレッドヘアー君。

 さて、今回の件はBクラスは関係ないが……一之瀬や神崎たちクラスの中心が動くか動かないかだな。

 ……これが実力主義の学校、これが日常。俺がおかしいのかもしれないが……非日常なラノベの世界に迷い込んだようで退屈しないな、ほんとに。

 

「ね、八幡?今日部活休みでさ……放課後遊ばない?」

 

「お、おう!いいぜ」

 

 ……天使がいればそれだけでいいとか思ってないよ?ホントダヨ?

 

 

***

 

 

「今日は楽しかったね、八幡!」

 

「おう、楽しかったな」

 

 放課後、俺と彩加はケヤキモールで遊んだり買い物したりした後、帰路についていた。

 ゲーセン行ったり、服買ったり、飯食ったり……最高だったな。

 プリクラというものはリア充御用達の悪しき風習だと思い込んでいたが、あれはいいものだな……俺のキモさもだいぶ緩和されるし、なんなら天使がさらに天使になるし、最高じゃねーか。

 服を試着しては感想を言いあうのもそうだ。今までやってるリア充を見るたびに「ケッ」とか思ってたが、最高だなあれも。今度の休みは今日買った服で戸塚と遊びたい。

 今度からはリア充にも少しくらい優しくしてやるか……。

 

「あれ、あそこにいるの……Dクラスの生徒じゃない?」

 

 俺が今日の思い出に浸っていると、戸塚が先の方を指さしていた。

 つられてみると、男子が三人に女子が一人……綾小路と櫛田、あと二人は知らんがDクラスだな。

 

「目撃者の手がかりも見つからないね……」

 

「つかさー、須藤が嘘言ってる可能性だってあるくね?」

 

「だよなー」

 

 どうやら今回の件、一筋縄じゃ行かないっぽいな。めんどくさい雰囲気がする。

 

「平田たちの方は?」

 

「連絡してみたけど、収穫はなしみたい」

 

 情報収集中か。邪魔にならないように早く帰るべきだな。

 戸塚にもそう声をかけようと隣を見る。が、すでにいなかった。

 あれれ?

 

「あの、何か困っているんですか?」

 

「あ、戸塚君!」

 

「え、誰この可愛い子!……君?」

 

「おいおい、そんなわけないだろ。櫛田ちゃんの言い間違い……」

 

「ぼ、僕は男の子だよ!!」

 

「「ええ!嘘だろ!?」」

 

「マジかよ……」

 

 戸塚のこと初めて見るとそう思うよな。可愛すぎるんだよほんと……遊んでて何回カップルと間違えられたことか……俺得でしかなかったが戸塚は男の子だと頑張って抗議していたな。可愛かった。

 

「実は……」

 

 櫛田が話し出そうとした時だった。俺のアホ毛レーダー(仮)が反応した。

 こ、この反応は……で、でかい!?

 

「おーい!綾小路くーん!櫛田さーん!」

 

「一之瀬さん……?」

 

「うちのクラスの人から聞いたんだけど、何か、調べてる?」

 

 うちの委員長様は関わるつもりのようだな。まあ、俺は関係ないし、戸塚には悪いが先に帰るか……。

 

「って、戸塚くんと、比企谷くん!?」

 

 ねえ、そんなに驚くことなの?気づくのが遅いとも思ったが、戸塚より俺の存在に驚いてなかった?

 結局逃げられず、三人で話を聞くことに。

 語られた内容は噂と大した違いはないようだが、Dクラスは須藤の擁護に回ることになったらしい。須藤自身が正当防衛を主張していると……Dも中々のお人好しだな。

 だがそうなると、やはりCクラスが今回も仕組んだことなのか。他クラスを攻撃するの好きすぎだろ……。

 

「そっか……Cクラスと……」

 

「うん、だから知っていることがあったら教えて欲しくて……」

 

「ごめん、私自身は何も知らない。でも、手掛かり探すの、Bクラスも手伝うよ」

 

「いいの!?ありが…にゃあぁ!?な、なにするの!」

 

 一之瀬の提案に櫛田が感謝を示そうとしたが、首根っこを綾小路に捕まれ引き戻される。

 やっぱコイツ……。

 

「いや、迂闊に他のクラスに頼るのは……」

 

「大丈夫!変な風にはしないから!綾小路くんには借りがあるしね♪」

 

「……?」

 

「「?」」

 

 ああ、例の白波の告白の件か……偽彼氏役をしてもらおうとしたら諭されたやつね。借りを作っちゃったとか言ってたもんな。

 あと、後ろの男子二人の僻みが凄い。典型的なモテない男子みたいだな……。

 

「じゃ、こっちも色々調べてみるよ。神崎くんも呼んで……比企谷くんの部屋に集合にしようか」

 

「八幡の部屋だね、わかったよ」

 

「ん、ちょっと待て俺は許可した覚えはない「覚えがなくても勝手に入っちゃうよ?」……あーわかったわかった」

 

 俺の部屋はなんもねえしな……でもここで言うと男子二人(綾小路は除く)に僻まれるだろ?目が血走り始めてるぞ……。

 

 

***

 

 

 神崎と何故か俺の部屋の鍵を持っていた白波を交え、5人で話し合った翌日。

 一之瀬と神崎、呼び出された俺の三人で登校していると、学校の掲示板の前で綾小路が何かを見ていた。あー神崎の案のやつか……。

 

「綾小路くん!」

 

「おう。この告知……」

 

「うん、神崎くんのアイデアでね……学校の電子掲示板で情報を募って……おっ、早速メール来てる」

 

「どんな内容だ」

 

「うーん……須藤くんが喧嘩した一人、石崎くんて、中学時代はワルだったみたい。喧嘩の腕もたつらしくて、地元じゃ恐れられていたって」

 

「ほかの二人も、バスケ部員だから体力はあるだろう。三人がかりで、須藤一人に一方的に負けるのは不自然だ」

 

「だよね……」

 

 要するに、須藤は嵌められたんだろう。呼び出され、挑発され、暴力を振るってしまった。それも監視カメラのない場所でだ。監視カメラがなくて確実な証拠が出ない以上、怪我をしているCクラスに分があるな。

 

「やられたのはわざとかもしれないな。三人が、須藤を罠に嵌めるために動いたのだとすれば、話がつながる」

 

「私もそう思う。とりあえず、情報をくれた子には……あ、匿名か。どうやってポイントを送ればいいんだろう?」

 

「それなら知ってるぞ」

 

「え、だったら教えて!」

 

 一之瀬は綾小路にポイントの送り方を教えてもらうために体を寄せる……って、胸めちゃくちゃ当たってるのに綾小路の奴、全然反応しないな。本当に男か?

 

「学生証借りるぞ……えっと……よし、出来た」

 

「よっと、ありがとう!また何か情報入ったら、連絡するねー!」

 

「ああ」

 

 一之瀬は手を振りながら、神崎は会釈をしてこの場から去っていく。

 ……多分だが、見られたな。

 

「綾小路」

 

「なんだ?」

 

「見たんだな」

 

「……見なかったと言ったら、信じるか?」

 

「そう言う奴は見てるだろ」

 

 Bクラスの貯金制度。他のクラスはやっていないようだし、多分あれだけポイントを保持してる一之瀬は異常に見えただろう。

 一瞬反応してくれたからわかったが……綾小路を野放しにするのはよくないかもしれない。

 

「で、オレをどうにかするつもりか」

 

「別にどうもしねえよ。むしろ俺がお前をどうにか出来るのか?」

 

「どうだろうな。でも少なくともオレは、Bクラスに不利益になることはしないしする気もない。協力関係にあると思ってる」

 

「ならいいが……出来れば他クラスには黙っていてもらいたい」

 

「大丈夫だ。オレに比企谷やさっきの二人以外、他クラスに知り合いすらいないからな」

 

「相変わらず悲しい奴め……俺も人のこと言えないけど」

 

 それからは無言になり、徐に俺と綾小路は教室に向かう。

 Dクラスねぇ……最悪の不良品と称されてはいるが、綾小路にいつも一緒にいる黒髪の美少女、クラスの中心人物である平田ってイケメンに櫛田、クラスの争いには興味ないがスペックだけならダントツの高円寺……どのクラスも戦力が変わらない気がするのは俺だけか。

 ま、俺は戸塚とイチャイチャして無事に卒業出来ればそれでいい。

 だが綾小路――――コイツは危険だ。

 

 

***

 

 

 一之瀬の学生証のポイントを見てしまったが、あんな額をどうやって手に入れたのか……。

 それに一之瀬や神崎といった生徒……Bクラスは将来、堀北にとって大きな壁になるかもしれない。

 

 特に寮の隣人である比企谷八幡。こいつは―――オレが思っている以上に、敵対することになれば厄介かもしれないな。

 コイツを観察するのも面白いかもしれない。見たことないタイプの人間だ。

 

 

***

 

 

 ポイントが振り込まれなかった日から一週間くらいが過ぎたころ。

 第一回目の審議が行われ、CクラスとDクラスの意見は平行線を辿り、翌日に再審議をすることになったらしい。

 再審議で、もし虚偽発言をしていたとされたら退学処分も辞さないとか……この学園の生徒会怖すぎるだろ。

 

「何か手伝えることないかな?」

 

「場所は特別棟……比企谷の時と同じだが……」

 

 Bクラスは掲示板や聞き込みで得た情報をDクラスに渡していたが、それ以上の手助けができないかと話し合い中である。

 

「ねえ、八幡。何か案とかないかな……?」

 

 て、天使に頼られちゃあ、仕方ねえな。案がないと言えば嘘になるし、Dクラスに恩を売るのも悪くない。

 

「監視カメラを取り付けるのはどうだ」

 

「えっと……どういうこと?」

 

「特別棟は監視カメラがない場所だ。だからこそ、監視カメラがあることをCクラス側に見せつければいいだろ」

 

「それはどうなんだ……?Cクラスが完璧に把握してれば動揺もしないはず。むしろBクラスまで被害を受けるかもしれない」

 

 神崎の言うことはもっともだ。それでも俺が暴力を振るわれたことを学校に言ったことで設置されたと思わせることも出来る。更に、ここ最近Cクラスを調べていてわかったことがある。

 

「いや、今回のCクラスの三人は……馬鹿だ」

 

「えぇ……」

 

「いや、多分だが、裏に龍園がいるんだろう。それを考えればあいつらはただの操り人形だ。なら操り人形だけを呼び出して説得すればいい」

 

「でも、それは問題の解決にならない、んだよね?」

 

「戸t「彩加」……彩加、今回の件、Cクラス側が学校に訴えたことでここまで大きくなってるだろ?」

 

「うん、そうだね」

 

「ならばそれ自体を失くせばいい」

 

「……なるほどな、それならDクラスに影響はでないな」

 

「そうだ……所詮、問題は問題にしなければ問題にはならない」

 

「「「そ、そうだね……」」」

 

 多分、実行すればなんとかなる。だが、Dクラスにそんなpprがあるかどうかだな……。

 あと君たちなんでそんなに引いてるの?笑ったからか?俺の笑い方そんなに引くぐらい気持ち悪かったの?

 

「じゃあそんなところかな?」

 

 Bクラスとしての方針は決まった。あとはDクラス次第だが……。

 

「ちょっといいかしら」

 

 おっと、どうやら向こうから来たようだな。

 綾小路と……堀北ってやつか。近くで見ると本当に美少女だな……。

 

「一之瀬さん、私たちは協力関係にあると思っていいのよね?」

 

「うん!」

 

「なら…少しお願いを聞いてくれないかしら?」

 

 そう言い、話し始めた堀北の出した案が……俺の案と同じだった。

 こいつ、もしやボッチ!?あ、睨まないでくださいそんなこと思ってないから……怖いな。

 こんな怖い女子に従うことを強制されている綾小路が不憫でならない。ドンマイだ。

 堀北はポイントを借りたいらしい。監視カメラを買うポイントがないと……よし、払う必要はないな、追い返せばいい。

 

「いいよー!ちゃんと後で返してね?」

 

「ありがとう、助かるわ」

 

 あ、貸しちゃうんですね……ま、Dクラスと協力できるって考えれば悪くないか。綾小路を敵に回したくはないしな。

 

 

***

 

 

 Cクラスが訴えを取り下げたことでポイントには影響なく、明日には全クラスにポイントが振り込まれるらしい。

 一之瀬と神崎は監視カメラを回収するために特別棟に向かい、戸塚や白波は部活。よって俺はぼっちということになる。

 この学校に入ってからは全然ボッチでもなかったからな。一人の時間がこんなに懐かしく感じるとは……俺も少しは変わったのかもしれない。

 

「にしても雨とか……ついてねーな」

 

 コンビニでビニール傘を買い、寮に向かう。

 思わぬ出費だな。明日にはまた2万預けるから……節約しないといけねえかな。

 

「……坂柳か」

 

「あなたは確か……Cクラスの……」

 

「入学早々女王様気取りか。いい気なもんだな」

 

「フフ、そんなつもりはありませんよ」

 

 何やら言い争いをしている集団が目の前に。どうするか、この道通らないと寮に帰れないんだが。

 しかもこいつら……AとCの中心人物……坂柳に龍園か。

 か、関わりたくねー……。こそっと横を通り過ぎたりとか出来ないか?

 

「Dクラスは俺が潰す。次はB、最後にAクラス、お前を潰す」

 

「あなたに出来るでしょうか?」

 

「王は一人で十分だ」

 

「そうですね」

 

 龍園の奴、思ったより厨二臭いな……でも少しカッコいいと思ってしまった俺がいるのは内緒である。過去に封印した黒歴史の産物が、扉の向こうから『呼んだ?』とか覗いている気がするが何も知らない。八幡よくわかんないな?

 一方の坂柳は、声が可愛いのに目が笑ってなくて怖い!逃げないと死ぬぞこれ……。

 こそこそと……視界に入らないように……あ、やべ、見つかった。

 

「あら?」

 

「ああ?」

 

「……げっ」

 

「そこの方は……目の腐ったカエルさんですね、お久しぶりです」

 

「ねえ、なんで初っ端から貶してくるの?酷くない?」

 

「お前は……ああ、Bクラスの雑魚か」

 

 一瞥しただけで興味を失くした様にそっぽを向く龍園。その反応が正しいよな。分かる。それに、やっぱ雑魚って言われるのがしっくりくるわ……悲しすぎるだろ。

 最近何かと引っ張られたりするから忘れがちだが、基本的に俺はひっそりと生きたい系のボッチなのだ。本来、この二人のような危険人物に目を向けられるような存在じゃない。

 

「あら、あなたは比企谷君をご存じでないのですね」

 

「こんな奴がなんだ?Bクラスなんて仲良しこよしの雑魚だ」

 

「……そうですか」

 

「……おい、もう行くぞ。気持ち悪い目しやがって」

 

 そう言って、龍園率いるCクラスはどこかに行ってしまった……気づかれたか?

 あいつが龍園翔。Cクラスの危険人物で、王様か。

 ……あと伊吹さん?ずっとこっち睨むのやめてくれない?怖いんだよ?

 

「じゃ、じゃあ俺もこれで……」

 

「あらあらつれないですね。でも……ちょっとお茶しませんか?」

 

「い、いや俺は帰りたい……」

 

「お茶、しましょう?」ニッコリ

 

「……うっす」

 

 俺は無力だな。

 こうして坂柳と取り巻き三人に囲まれて。

 俺は一人、空を仰いだ――――――

 




相変わらず文章力皆無!!

時系列少し弄ってます。ですのでクラスポイントが低かったりしてます。
アニメを参考にしているのですが……6月30日の出来事だったとは思ってなかった……なんか色々ごっちゃになってまして……色々変更点ありますが悪しからず!

次はどうしようかなー?夏休みのお話を書きますが……いろんな人と絡ませたい。
そろそろ読書っ娘行こうかな……。

基本は章ごとに五話で進めていきたいと思っています。だからあと四話書いたらサバイバルと船上試験の章に入ろうと思います。それぞれ分けようかな……。


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ぼーなすとらっく!一之瀬帆波誕生祭

こっちが早く来てしまったのでこちらを先に。

一之瀬帆波誕生日記念のお話です。
これから少しずつ、出来る限り誕生日にはこうして投稿しようと思っています。

……八幡のみ、作中で行いますが、他はここでやっていくつもりです。
戸塚は来年かなぁ……。


 誕生日。

 それは自身が生まれた日であると共に、トラウマが生まれる日でもある。

 俺だけ呼ばれなかった誕生会、俺に向けてクラスメイトがバースデーソングを歌っているのかと思えば、同じ誕生日だった違う奴に向かってのものであったり、名前が間違えられている誕生日ケーキ……いや、最後の母ちゃん何してんの?あと小町ちゃんも違うって言ってくれなかったのかな?

 誕生日とは孤独の始まりだ。

 母親と繋がっていたのを断ち切り、一個人として認識されるようになる。

 古人曰く、初心忘るべからず。

 したがって誕生日を一人で過ごすことは正しく、お友達と仲良く誕生日会など間違っている。……けど、誰かを祝う気持ちにも間違いはない、よな?

 

 そんな今日は7月20日。

 我らがBクラス委員長、一之瀬帆波の誕生日である。

 

 

***

 

 

 一之瀬の誕生日の前日、7月19日。

 俺の部屋では現在、俺を含めた7人での話し合いが行われていた。

 

 まず誕生日会を行うにあたって、問題点が一つ。

 

 ……どこで行うか、である。

 

 俺の部屋はいつも通りに使えるが、残念ながら今回の誕生会に参加する人数だと、些か狭すぎると思われる。

 だからといってクラス全体で祝うというわけでもなく、完全な身内だけの会にするらしい。

 ……その身内に、俺が入っていることを秘かに喜んだのは内緒である。

 

 誕生会メンバーは、俺、彩加、神崎、柴田、白波、網倉、小橋、そして主役の一之瀬の計八人である。

 Sシステム制度の未だに理解できない点があることや、まず生活に必須となっているプライベートポイントの無駄遣いはあまりよくないため、出来る限り安く抑えたいのが実情だ。

 

 しかし、人の誕生日を祝うのに節約思考というのもどうなのだろう。

 

 当事者が俺だとしたら、節約思考でもなんでも、まず祝われることがなかったせいで嬉しい以外に感じることはないと思う。多分、知らんけど。

 だが、今回の主役はあの一之瀬である。クラスのために行動する心優しき正義感MAXな美少女委員長だ。さすがに手抜きをする勇気は湧かないし、手抜きするつもりもない。

 ……全員にとんでもない圧をかけている少女がいたからとかじゃないよ?まあ、コイツがやる気を出さないわけがなかったから、皆既にやれやれムードではあるのだが…。

 

「しかしよぉ……今の手持ちいくらある?」

 

「俺は17万くらいだな」

 

「私も」「それくらいだね」「みんな大差ないと思うよ」「戸塚君は特殊だけど、それ以外の皆は最低でも16万あるよ」「そうだね」「持ってない人……いる?」

 

 誰だよ無駄遣いしてる奴。ほら、手を挙げようぜ。別に恥ずかしいわけじゃないし…

 

「……はい」

 

 俺だった。

 いやなに?星之宮先生におちょくられてから、ボイスレコーダーの一番性能がいいものを二つ購入して、先輩や同級生が持っているけどやらなくなったゲームを最安値で買い、週一でラーメンを食べに通ってたぐらいだし……はい、すみませんでした。

 

「比企谷はいくらなんだ?」

 

「……15万とちょっと」

 

「そこまで無駄遣いしたってわけでもないんだしさ、とりあえず誕生会をどんな風にするか決めてからポイントの配分については考えようぜ」

 

「……そうだね」

 

 白波の一之瀬に対する愛が重すぎる……これにはさすがに白波の友達である小橋と網倉も、白波の好き好きぶりに苦笑していた。

 話し合いは続いたが、やはりケーキを自前で作った方が安くなるという結論に至った。

 ということは……あ、俺の部屋ですね承知しました。

 知ってるか?上司からの指示に答えるときは、『了解です』とか『わかりました』って言いがちだが、これは失礼にあたる。正確には『かしこまりました』や『承知しました』が正しい。ビジネス社会では好印象にもなるから、覚えておいて損はないぞ。

 使ってる相手同級生だけどな。

 

 なんでそんなこと知ってるかだと?……中学に上がったばかりの頃、酒に酔った親父が酸っぱく言ってきたからな。『たかが言葉遣い一つで契約取り消そうとしやがって……松田の野郎め!』と、どこか既視感のある言い方だったが気のせいだろう。

 絶対に俺は将来そうならないからな!専業主夫に俺はなる!

 

 また、なんで俺の部屋に毎回集まるのかと言えば、物が他の生徒の部屋に比べて極度に少なく、それでいて四人で食事できる机があるからだ。

 備え付きの机は学習机で椅子も一つしかないが、5月に購入したテーブルを床に置けば、周囲を囲うことで数人での食事が可能になる。

 まあ、7人でいる時点で狭いんだけどね……。

 

「ケーキは女子に任せるとして、男子は何する?」

 

「飲み物や飾りつけでいいんじゃないか?」

 

「工夫するところだね!頑張ろう皆!」

 

 相変わらずのエンジェルスマイルだぜ。これで俺と神崎と柴田のステータスに20%の補正がかかったから、やるっきゃねぇな。

 

「飲み物の買い出しと装飾の班で分けるか。希望はあるか?」

 

「内職」

 

「装飾な……俺は買い出しがいい」

 

「僕も買い出しかな」

 

「じゃあ俺が比企谷と装飾を担当し、柴田と戸塚の二人で飲み物を頼む」

 

「「了解!」」

 

「……おう」

 

 こうして役割分担が進められ、白波が買ってきていた(用意周到すぎて怖い)折り紙やらシールやらを切ったり折ったり、つなげたりを神崎とこなしていく。しばらく作業に没頭していると、ふと視線を感じたので顔を上げれば、神崎が感心したような目を向けてきていた。

 

「比企谷は随分と器用だな」

 

「中学まではボッチだったもんでな。小さいころから一人遊び系を極めてたんだ」

 

「……なにか、すまない」

 

「いや、気にするなよ。それより神崎、本当にこの部屋でやる気か?」

 

「なんだ、不満でもあるのか?」

 

「いや、別に今更だから使うのはいいんだが……さすがに狭すぎないかと思ってな」

 

「そうだな……ベットを端に寄せて、学習机も寄せてみるか」

 

 一旦作業を停止し、神崎と二人で一番スペースが生まれるように部屋のレイアウトを変更していく。

 色々検証してみたものの、ベッドを立てるより学習机と横のまま合わせ、窓側に配置した方が大きくスペースを取ることが出来ることで落ち着き、作業を再開していく。

 おなじみの輪っかを繋げて作るリングを、クローゼットなどを利用して貼り付けることを前提に場所を考えていき、100均で購入していたバースデーガーランドもどこに貼るのかを話し合う。

 すでにクラッカーは7人分準備されていて、あとはケーキと飲み物だけとなった。

 

「思ったよりも早く済んだな。折り紙も余ってしまった」

 

「鶴とかカエルとかウサギとか作って貼るか?」

 

「……それがいいだろう。残したとしても次の誕生会分を賄えるわけではない。それに、今のままだと少し寂しげな気もするからな」

 

「空間的に考えると結構広いもんな……」

 

 一人暮らしとしては破格の寮の部屋。これがすべて無料だと言うのだから、本当に凄いとしか思えない。

 これなら部屋の中で厨二ごっこも可能……やめておこう、綾小路から苦情が来るのが目に見えている、

 引き続き、神崎と共に折り紙を折りつづける。

 なんつーかこう、神崎は静かなタイプであるからか、親近感が湧くんだよな。

 彩加や柴田のことが苦手と言うわけではないのだが、本来、俺のポジションが陰であることに間違いないため、同じような雰囲気を持つやつに勝手に親近感を覚えてしまう。

 最初に話したときはクールなイケメンで、参謀的な立ち位置だと感じたが……やはりイメージそのままに、騒がしすぎるのは好きではないらしい。

 

 ただ、こういったイベントごとは別なんだとか。

 まあ、人の誕生会でテンション低い奴いたら『コイツなんでいるの?はよ帰らんかな』とか思われてしまうからな、あのときの西川君……声に出ていたから、俺は奴の名前を絶対に許さないノートに書き殴ってやったっけ。

 俺の場合はテンションが低いというより、何をしていいのか分からなかったからただ黙っていたってだけで……あれ?誕生会で一番要らない奴じゃね?

 過去の自分の所業に対する考察をしつつも、神崎と折り紙を折ったり、貼る場所を考えたり、机の場所を変えたりしていると、白波がやってきた。

 

「二人に、少し味見して欲しいんだけど…」

 

「味見か、分かった」

 

 一旦作業を中断して、出来上がったクリームとスポンジケーキ(試作品)を味見する。

 ……個人的にはもう少し甘くてもいいが、美味しい。手作りケーキでここまでの味を出せるのなら、将来パティシエとか目指してみてもいいのではないだろうか。三人でやるとすれば、一之瀬もそこに入れて四人で……って、これはあれですね、俺の脳内の願望が出ちゃってるやつですね。

 そんな将来を想像してしまうくらいには美味しかった試作品だ。

 

「一之瀬の好みは分かるのか?」

 

「うん、大体だけど……比企谷君の持ってたMaxコーヒーを甘すぎるって言ってたし、それよりは甘くならないように……普通より少し甘いくらいにしてみたんだ」

 

「流れ弾で俺の味覚がおかしいって言ってるの?まあ、ケーキはこれでいいだろ。普通に美味いし」

 

「そうだな。むしろ凝りすぎると迷走してしまうかもしれない。飲み物を甘めにしなければ、いいバランスが取れるんじゃないか?」

 

「ありがとう二人とも!それじゃ、ケーキを完成させてくるね。比企谷君、冷蔵庫の場所使うけど大丈夫?」

 

「マッカンのスペース以外なら置いていいぞ。入らなそうなら他の食材移動していいし」

 

「ありがと~」

 

 すでに冷蔵庫の中身まで浸食されているが、一応この部屋の主として置く場所やプライベートゾーンは確保してある。と言ってもプライベートゾーンにはマッカンぐらいしか置いてないけど。

 それにしても一之瀬の奴、甘すぎるとか言っちゃうなら飲まなきゃいいのにな。俺の買いためてるのをたまにこっそり飲んでは、それが発覚してポイントを払わせているが、甘すぎるのに飲んじゃうの?やはりマッカンには中毒性が……。

 

「明日は良い会になりそうだ」

 

「そうだな。予定としてはどうなってるんだ」

 

「明日の朝、比企谷の部屋でいつも通り朝食を四人で食べたあたりで連絡してくれ。俺と柴田、網倉と小橋が寮のエントランスで待っているから、合流してケヤキモールで過ごす。午後も大体は同じようにするが、途中でお前と一之瀬を残して俺たち6人で先にこの部屋での最終準備をする。出来る限りゆっくり向かってきてくれ」

 

「で、勝手に俺の部屋に上がり込みやがって的な感じで俺が一之瀬を置いて部屋に戻り、追いかけてきた一之瀬が来たところでクラッカー発射ってとこか」

 

「そうなるな」

 

「……一之瀬が俺を追いかけてくるか?」

 

「夜もここで食べることが多いと聞いている。それに、一之瀬は正義感が強いし、クラスのことは些細なことでも放っておかないのはお前も理解しているだろう」

 

「まあそうだが……」

 

「ただいま~」

 

 彩加と柴田が帰ってきたので、飲み物を確認すると甘くない紅茶などケーキと相性の良さげなものばかりだった。

 

「さすが彩加だな。ケーキが甘いのを見越して甘くない飲み物を購入してきたんだろ。ナイス配慮だ」

 

「おい、俺もいるから」

 

「……?」

 

「なんで不思議そうな顔してるんだよ!買い出し行ったの俺と戸塚なんだけど!?」

 

「そうだよ八幡!それに、柴田くんは荷物を持ってくれたんだよ?」

 

「当然の行動だな」

 

「お前、戸塚に甘すぎるだろ……」

 

 柴田や彩加が帰還し、女子もケーキを作り終えたところで全員で明日の行動を確認する。

 さて、うまくいくだろうか?

 どっちにしろ、こんな経験がない俺としては、少しばかり明日が来るのを楽しみに思うのだった。

 

 

***

 

 

 一之瀬の誕生日当日。

 当たり前のように朝から俺の部屋にいた一之瀬に、冷蔵庫やクローゼットを触らせないようにしつつ、誕生日の話題を出さずに出かけることを自然に提案し、八人で買い物にゲーセンと遊んで……

 

 時は流れ――――――時刻は午後5時。

 俺は一之瀬と共に寮へと歩いていた。

 

「はー!楽しかった~。久々に長く遊んじゃったな~」

 

「……たまにはいいだろ」

 

「珍しいね?比企谷くんがそんなこと言うなんて。明日は雪かにゃ?」

 

「俺が肯定的なのは異常なことだったりするの?酷くない?」

 

「あはは!……でも、今日は本当に楽しかった。みんな、私が誕生日だからって気を遣ってくれてたのかな」

 

「え?今日お前誕生日なの?初耳だわ」

 

「えー!知らなくて今日一緒に遊んでたの!?ちょっとショックにゃー……」

 

 知らない振りしとかないと、部屋での驚きが減るからな。何も知らない風を装って油断させておかなければ。

 ……そういや一之瀬と二人っきりなんて、中間考査の一件以降、初めてかもしれない。大体は彩加か白波がいたし、一之瀬は俺と違って友人が多いからか、二人だけというのは星之宮先生に追い出されて以来だな……。

 

「一之瀬」

 

「ん?何かな、比企谷くん」

 

 時間をかけて戻れって言われてるし、ついでに聞いてみるか。

 

「お前の……お前が一番望んでいることは何だ」

 

「この学校でってこと?えっとー……クラスで退学者を出さないで卒業することと、Aクラスに上がること、かな」

 

「違う、それはクラスのリーダーとしての一之瀬だろ。お前自身が求めているものは何だって話だよ」

 

 ……俺はまだ、Bクラスに馴染めたわけじゃない。誤魔化し誤魔化しで過ごしているだけ、俺が嫌いな上っ面だけの関係。

 それでも、このクラスの害にはなりたくない。こんなにも優しい奴が、いい奴が、手を差し伸べられる奴が、他人を思いやれる奴がいるクラスに、迷惑はかけたくない。

 だからこそ、今みたいにクラスメイトと関わっているわけだが……俺が求めているもの、それは多分、どうしようもない醜い願望の押し付け合い。

 

 そんな中で、もし、もしもそのような関係が成り立つのであれば、俺はそれが……そんな関係が欲しい。

 

 この学校は特殊だ。世間一般の高校生とはかけ離れた生活をしている。それでいてクラス同士、生徒同士での争いを推奨している節がある。

 異常だが、それが優秀な人材を送り出している政府が金をかける学校なのだから、確かに有益ではあるのだろう。

 

 そんな環境だからこそ、磨かれる力もある。

 加えて、俺はここだからこそ手に入れられるものも、手に出来る関係もあると、思っている。

 一之瀬帆波は誰にでも優しい。もちろん、悪いことをすれば叱るし怒る。誰にでも優しいが、その分誰にでも怒れる人間だ。

 だからこそ、彼女が一番に望むもの……それが気になった。

 

 一之瀬はしばらく考えているそぶりを見せていたが、いきなり近寄ってきて耳元で囁いてきた。

 

「……ないしょ」

 

「ひゃっ!?」

 

 耳元で囁かれ、一之瀬の吐息が当たったことでぞわぞわとした感覚が体を襲った。

 

「ふふっ、耳弱いんだ?ふー」

 

「あひっ!?」

 

「あはははは!比企谷くん変な声出ちゃってるよ!可愛いところもあるんだね!」

 

 俺を少し揶揄い、反応が良かったからか笑っている一之瀬。

 コイツめ……いたずらする子だったのかよ。八幡そんな子に育てた覚えないよ?育てた記憶もないけどさ……。

 Sな一之瀬って、ちょっといいなと思ったのは心の奥にしまっておこうと思いました。

 

「……内緒ってなんだよ」

 

「うーん、そういうことってさ、簡単に人に言うものでもないと思うの。それに……」

 

「それに?」

 

「私だけ言うのは不公平でしょ?比企谷くんが私に望んでいるものを教えてくれるなら、教えなくもないよ」

 

「マッカンの山」

 

「あははっ、本当に好きだよねMAXコーヒーのこと」

 

「ほら、言ったぞ」

 

 俺がそう言うと、一之瀬は少しだけ真面目な表情で向き合ってくる。

 

「でも……本当に、心から望んでいるものは違うでしょ?」

 

 そう、まるで俺の目から俺の内面を覗き込むような視線を向けてきた。

 ……敵わないな。むやみにがっつくとこちらが黒歴史を作りかねない。

 

「……じゃあ言わなくていい」

 

「よろしい♪」

 

 何がおかしいのか、少しだけ微笑んだ一之瀬はスキップをし始めた。

 少しばかり早足で歩調を合わせ、寮へと進む。

 そろそろ別れてから20分経つ。時間稼ぎは終わりでいいだろう。

 

「あ、あいつら……」

 

「ありゃりゃ……どうやら部屋にいるみたいだね」

 

「ちょっと文句言ってくるわ」

 

「ま、待って比企谷くん!って早っ!」

 

 一之瀬を振り切らんとばかりのスピードで寮に入り、エレベーターを待たず階段で急いで部屋へと向かう。

 五階まで全力で登り切り、一之瀬が乗っているであろうエレベーターがまだ五階についていないのを確認した俺は部屋に入る。

 

「八幡!これ八幡の分!」

 

「おう」

 

「比企谷君、一之瀬さんは……?」

 

「大丈夫だ、すぐそこまで来ている」

 

 そして……

 

「皆ー、何してるのー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「誕生日おめでとう!!」」」」」」

 

「おめでとう」

 

「……うえええ!?」

 

 サプライズは無事成功したのだった。

 

 

***

 

 

 盛り上がった誕生会も終わり、俺の部屋には彩加と白波、そして一之瀬が残っていた。

 今は使った皿を彩加と白波が片付けていて、俺と一之瀬はのんびりしていた。

 

「もうっ!比企谷くん誕生日知らないなんて嘘ついて!」

 

「いや、びっくりしただろ?」

 

「それは……こんな素敵な会を開いてくれるなんて、思ってもみなかったから……」

 

「少しでも驚かせたかったんだよ、白波が」

 

 遠くから、『ちょっとー!私のせいにしないでー!』なんて聞こえてくるが知らんぷりしておこう。

 

「皆に祝ってもらえるなんて幸せだよ……私は、今日のことを一生忘れないと思う」

 

「……なら喜ぶな、白波が」

 

 またしても、『また私の名前を勝手にー!』なんて聞こえてくるが、幻聴に違いない。うん、きっとそうだろう。

 

「あはは……今日はありがとね。昨日からみんなで準備してたんでしょ?」

 

「あん?」

 

「こーれ」

 

 そう言って一之瀬が見せてきたのは一枚のレシート。

 ……購入したものが今日の誕生会で使われた道具ばっかりだ。はあ、これはさすがに白波が悪いな。これ買ってきたのあいつだし。

 

「……白波が張り切っていてな。昨日神崎たちと押しかけてきたんだよ。それで計画を練ったし、協力した。お礼は俺じゃなくて白波に言ってあげてくれ。あいつの祝いたい気持ちは本物だ。こっちが恥ずかしくなるくらいにな」

 

「……うん、千尋ちゃんが頑張ってくれたんだろうなっては思ってた。これでも入学式の日から仲良くしてるから」

 

「……そうか」

 

「………」

 

「………」

 

「……洗い物手伝ってこようかな?」

 

 会話をしなくなったためか、気まずく感じたのか、または単に優しさからか……全部かもしれないが一之瀬をここで動かすわけには行かない。

 今日は彼女が主役……お姫様なのだから。

 それに……俺は彼女の手を引いて、台所に行けないようにしながらあるものを差し出す。

 普段の俺ならまずやらないような行動だからか、振り返った一之瀬が目を見開いていたのが印象的だった。

 ……俺も、少しばかりテンションが上がっているんだろう。

 

「これって……」

 

「あー、なに?一之瀬のことは最初見た瞬間から絶対に関わりたくないとまで思っていたが……気づけばこうやって話すようになったしな。日頃から色々世話になってるし……ってわけじゃないんだが……」

 

「誕生日プレゼント?」

 

「……一応そのつもりだ」

 

「……ありがと、開けていい?」

 

「好きにしてくれ。それはもうお前のだから」

 

「わぁ!」

 

 俺が一之瀬に送ったのは、黒色と白色のシュシュ。ストロベリーブロンドの一之瀬に合う色が分からず、店員に勧められるままに買ったものだ。

 一之瀬は髪をまとめたりしないが、運動をする際に使えるだろうし、ブレスレットとしても使える。

 まあ、物なんてついでだ。

 

「ありがとう比企谷君!大事に使わせてもらうから!」

 

「……おう」

 

 この時彼女が向けてきた笑顔を、俺はきっと一生忘れないだろう。それくらい眩しく、美しい、一之瀬らしい笑顔だった。

 ……誕生日おめでとう、一之瀬。これからも……よろしくな。

 




夏休みに入る前の土日での話です。
現実だと日月で月曜に遊んだことになってしまうので、そこはまぁ、ご都合主義ということで(笑)


改めて、一之瀬誕生日おめでとう!!


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ひより「好きなんです」 八幡「……!?」

最近この作品しか更新していないシェイドです。さらに投稿ペース遅いし……はい、すみません、本読んでばっかりで書くこと忘れてました。

今回はお茶会(強制)、期末考査結果、図書館での一幕の三本立てとなっております。

タイトルの二人だけだと和みそうで……誰を足そうかと考えて……?
ゆったりとした時間をお送りしたかった(過去形)。

うん、どうしてこうなったのか……気づいたらとしか言いようがありません(遠い目)。


 モールにあるちょっとしたカフェ。

 その個室の一つで、俺はAクラスの面々に囲まれていた。

 

「なんでも好きなものを頼んでくださいね。今回は奢りです」

 

「いや、俺は養われる気はあるが、施しを受ける気はない」

 

「ふふっ、どう違うのですか?」

 

「将来は専業主夫となり家庭を支えるから、奥さんの収入で養われる気はあるぞ。だが、他人に奢られたりするのは施しなんだ。と、いうわけで俺は帰る」

 

「帰らせませんよ?橋本君、抑えといてくださいね」

 

 坂柳がそう言うと橋本と呼ばれた――――隣に座る金髪の男子が腕を抑えに来る。力強っ。

 これは逃げられないパターンか……つーか俺いつも逃げきれていない気がするな。能力の問題だろうか?

 

「わかった、もう逃げないから腕を離してくれねえか?地味に痛い……」

 

「最初から物分かりが良ければいいんですよ?橋本君、離してあげてください」

 

 よし、離した瞬間逃げ出してやる――――

 

「あと、次に逃げ出そうとしたらこの写真を色んな方にバラ撒きますから」

 

 そう言って坂柳が取り出したのは一枚の写真―――こ、これは!?

 

「へぇ、比企谷、お前星之宮先生と恋仲だったのか。陰キャな感じするのにやるな」

 

 橋本がニヤニヤして見てくるのが腹立つが、これはそう思われても仕方がないかもしれない。

 よりにもよって、保健室裏で強制あーん執行時の写真だ。

 でも橋本君?陰キャってわざわざ言う必要あった?そんなこと承知してるわ!

 

「これ、狙って撮っただろ?」

 

「酷いことを言いますね……たまたまですよ」

 

 坂柳はそう言うが、これは狙って撮らないと無理だ。撮った位置的に生徒が通るような場所からは撮ってないし。

 まあ、週に4回は一緒に食べていれば誰かには気づかれるよな……しかしあそこにマッカンがあるのなら、俺はあそこに通うしかないのだ。マッカンの自販機他にも出来ないのかよ。

 プライベートポイント払ってでも学校側に頼もうかな、マジで。出来るならだが。

 

「で、何の用だ」

 

「中間考査の前にあったBクラスとCクラスの揉め事。この件について詳しく教えてください」

 

「ちなみに、嫌だと言ったら?」

 

「この写真を掲示板に流します♪」

 

 うわーすごくいい笑顔なこと。可愛らしい笑みを浮かべていて、非常に楽しそうである。代わりに俺は楽しくない。非常に楽しくない!大事なことだから二回言った。

 しかし、やはり知られていたか。そりゃ、一之瀬達はCクラスに乗り込んだって話だし、俺の怪我も割と見られてはいたから当然と言えば当然、か。

 多分独自で情報を集めているはずだろうが、正確性が欲しいのか?

 

「話せばその写真を渡してもらえるか?」

 

「そうですね……この写真は渡しましょうか」

 

 おっと、今この写真って言ったか?……え、他にも写真あるの?

 

「ちょーっと待て、なに?他にも何かあんの?」

 

「動画にも撮ってますよ?」

 

 これもう死刑宣告かな?その件の動画を坂柳に付きっきりの女子が流すが、コイツが撮ったのか?

 

「この距離なら俺も気づかないな」

 

「視線に敏感で困りましたよ。この動画を取るために真澄さんがどれほど苦労したか……想像するだけで可哀そうです」

 

「いや、そういうのいいから。つか、やらせたのお前だろうが。なんで俺が悪いみたいな雰囲気になってるの?おかしいよね?俺悪くないよ?」

 

 確かに俺は他人よりも視線に敏感だと自負しているし、警戒心もそこらの同級生よりは断然高いだろう。

 だからといって、こんな高性能カメラでひたすら俺と星之宮先生の食事を撮りつづけた真澄?って女の子は苦労しただろうし、何してるんだろうって思いながら頑張って撮り続けていたんだろう。可哀想に…。

 うむ、悪いのは坂柳であって、俺は悪くない。

 

「この動画を掲示板に流したりした日には……どうなるんでしょうね」

 

 楽しそうに笑う坂柳とは対象的に、俺はどんどん目が腐っていく感覚があった。

 もしこの画像と動画が流失するとどうなるか。

 最悪の場合は俺の退学と星之宮先生の懲戒免職だろう。しかし、写真だけだったり、動画でも音声が入っていないことから、先生と生徒のコミュニケーションだと言い切ることも可能かもしれない。

 だが、そうだとしても必ず好奇の目に晒される。俺の楽しい静かで目を付けられないボッチ生活が終わりを告げ、いつでもどこでも生徒たちに見られることになることだろう。

 そんな未来は嫌に決まっている。しかし、このままだと坂柳に逆らえなくなってしまう未来が見えるんだが……詰んでないかな?これ?

 

「はあーわかったよ、とりあえず揉め事の方は教えるわ」

 

 中間考査前のあれか……要点だけを説明するなら……

 

 

突然、俺の元にラブレターが!

      ↓

相手はCクラスの女の子!特別棟に呼び出された!

      ↓

いざ特別棟へ!でもどうせ罠だろうと告白前に隠れている奴らに向けて叫んでみた!

      ↓

その後本当に伏兵が現れた!3対1でボコボコにされ、ラブレターまで回収して帰った!

      ↓

Bクラスが怒りに震え、Cクラスに殴り込み!

      ↓

両者に罰が与えらえれ、解決?的なノリで事件は終息!

 

 

「こんな感じだな」

 

「なるほど。その程度の騒ぎならば大したペナルティにはならないのですね。再犯ならもっと重くなる、ですか」

 

「それにしても比企谷。お前、よく罠だって分かったな?」

 

「いや、だって既に経験済みだったし。中学の頃に比べればまだマシな方だ……」

 

「そ、そうか。お前、可哀そうな人生歩んできたんだな……」

 

 橋本を始め、真澄という女子生徒も怖くて強そうな男子生徒も、物凄い同情の目を向けてきていた。坂柳?ずっと笑ってる……あ、笑いすぎて咳き込み始めた。

 

「なら今回の件、CクラスがDクラスを訴えた事件はどうだったんだ?」

 

「それについては俺も詳しく知らんから知っていることだけ話す。が、その前に写真寄越せ」

 

「ええ、いいですよ」

 

 そう言って坂柳は最初に見せてきた写真を渡してきた。

 まさか本当に返してもらえるとはな。コイツのことだから「そんなこと約束はした覚えはありませんね?証拠でもあるんでしょうか?」とか言って寄越さないと思ったんだが……いや、寄越した方が俺が嘘をつかないと踏んだか。

 嘘をつくにしても、ある程度の量の真実を混ぜればわからなく出来る。さすがに嘘を看破は出来ないようだ。良かった、まだ人間はやめてなかったみたいだ。

 

「次はその動画を消してもらうぞ」

 

「いいでs「ちなみにだがこの場にいる全員の動画から俺と星之宮先生の動画を消してもらうからな」……構いませんよ」

 

 少し踏み込んでみたが、これくらいしないと後が怖い。今も少し怖い。まず坂柳が怖い。

 もしあのままなら、真澄っていう女子生徒が撮影したもの自体は消せるが、コピーしたり送った動画は残ってしまう。

 まして、坂柳がしていないわけがない。保険は最低限かけているはずだ。なんせコイツ、初対面の車の中ですら警戒し始めていた。どんな人間なのかを見極めるかのように……。

 多分、俺が坂柳が危険であると判断して警戒をしていたことに気が付いたからなんだろうが、俺ってそこまで危なくみえる?目か、やはり目か?

 で、今回の騒動か。要約すれば……

 

 

Cクラスの生徒がDクラスの生徒を特別棟に呼び出し、挑発。

     ↓

挑発にまんまと乗ったDクラスの生徒は暴力を振るってしまった

     ↓

それを監視カメラがないことをいいことに、Cクラスが被害者として学校に訴えた

     ↓

情報を集めることにBクラスも協力、だが有力な情報はそこまで手に入らず

     ↓

審議では目撃者の発言もあり、平行線を辿ったため翌日に再審議へ

     ↓

そこでDクラス側がCクラスを呼び出し、特別棟に偽のカメラを仕掛け、脅した

     ↓

Cクラスは成すすべなく訴えを取り下げた。ちゃんちゃん。

 

 

「こんなもんだな」

 

「監視カメラですか、なるほど……いい作戦ではありますね。特に、龍園君に操られるだけの人形相手なら効くでしょう」

 

「そういうこった。ってわけで動画を消せ」

 

「はい、確認してください」

 

 全員分の端末のホルダーを見るも、しっかりと消してくれていた。ここの四人の分は消せた……坂柳派の他のだれかが保存している説はあるが、そこまで干渉は出来ないからな。あれ、やっぱり詰んでる気しかしなくね?

 

「よし、これで話は終わりだろ?俺は帰らせてもらう。……おい、おい待て、その写真の束はなんだ?」

 

「もちろん、貴方が星之宮先生と恋人のようにあーんをしているときの写真や、抱き合っているときの写真です」

 

 嘘だろ。抱き合ったって、あれは事故だ。星之宮先生の二日酔いがひどすぎて、倒れ掛かったのを助けたただけ。それも美人のいい匂いと嘔吐物の匂いが混じった何とも言えない匂いを浴びるハメになった最悪の事故だぞ。しかし……こ、こうして写真で見ると、危険な関係に見えなくもないのが悔しい!

 

「さて、前菜はここまでで本題に入りましょう。今回、比企谷君をここに連れてきた理由は他でもありません。うちのクラスに来ませんか?」

 

 写真をどうやって奪うべきか……え?

 

「……は?」

 

「だから、BクラスからAクラスに移りませんかと誘ってるんですよ?ふふっ」

 

 俺が驚いている姿を見てか、坂柳は笑っているが……マジで?

 確かにクラスの移動は可能だ。プライベートポイントを2000万払うことで、好きなクラスに移動できる……最近知ったが可能らしい。

 だが、まず2000万のプライベートポイントを手に入れることが無謀に近く、少なくとも普通に学校生活をしているだけでは100万ですら怪しいのだ。

 

 うちのクラスは貯金制度がある。頑張れば貯まるかもしれない。だが、それはずっと先の話。それも3年になってからの話だ。

 それもやれるとすれば、貯金の預け先の一之瀬のみ。

 我らが委員長がクラスを裏切るとは思えないし、もし裏切るような奴なら全員が信頼を寄せたりはしないはずだ。

 ……一之瀬が素顔を隠していれば別だが、今のところ俺の観察眼を持ってしてもおかしなところはない。

 

「……2000万もどうやって集めた?」

 

「おや、知っていましたか。いえ、現時点ではありませんが……Sシステムを完全に理解すればすぐに手に出来ると思っています」

 

 Sシステムか。確かにまだ不可解な点が多いのも事実だ。まだまだポイントに関わる試験が少なく、情報がないため断定ができない。生徒をリアルタイムで査定しており、月初めに貰えるクラスポイントの減少に関わっていること……ぐらいか?あとは定期試験の結果次第でもらえるポイントが増えることくらいか。

 六月になって考えてみると、最初の試験こそがあの査定システムだったと俺は考えている。六月分も少し減ってたから継続してはいるんだろうけど。

 しかし疑問が浮かぶ。坂柳という最高の危険人物だからこそ、違和感を拭い取れない。

 

「いや、なんで俺なわけ?」

 

「そうですね。私の勘、でしょうか」

 

「勘かよ」

 

「まだ試験が少なくつまらない日々のため、見極めるのは困難でしたが……腐った蛙は井の中の蛙ではなく、大海近くにひっそりと隠れている蛙だと私は思っているんですよ」

 

「買いかぶりすぎだろ。俺はただのしがないボッチだ」

 

 つまらない日々。Aクラスは坂柳と葛城という男が勢力を二分していると聞いていたが、つまらないってことは敵とすら思っていないということ。さらに言えば他クラスの策略すら遊戯としか思っていないのかもしれない。コイツならそう考えていることは大いにありえる。

 さらに見極めるっつーことは、監視されていた。まあ、誰かしらの視線をよく感じていたから、分かってはいたことだが。……やっぱAだったか。他のクラスは俺に目をつける理由がないからな。

 

 入学式の日に坂柳と出会い、目をつけられてしまった時点で逃げられるわけがなかったっていうことかよ。でもその腐った蛙って言い方やめない?好きなの?なんでそんなに人を蔑んだり貶したり虐めたりするの得意なの?泣くよ?泣いていいの?

 

「思考回路は特殊、少なくとも普通なこれまでの学校生活を送っていれば貴方みたいにはなりません。行動も意味がないようで実はありますね?クラス内で浮いたような存在でありながら、実は誰よりもクラスのために動いている。Aクラスを始め、CクラスやDクラスの有力な生徒を見極め、ある程度の思考パターンや行動まで読み始めている――――違いますか?」

 

 二コリと微笑む坂柳とは反対に、俺は背筋が凍り付き、冷たい汗が流れることを自覚する。

 何故、どうして、という言葉が浮かぶがポーカーフェイスで必死に取り繕い、改めて坂柳が化け物であることを嫌でも理解させられる。

 コイツは……天才だ、俺なんか足元にも及ばない天才だ。俺は自分でそこそこハイスペックだとは思っている。でも、格が違いすぎる。

 俺がそこそこ優秀なら、坂柳はぶっちぎりの天才というくらいには。

 尾行されていたことには気づいていたが、そこまで行動を起こしたわけでもない。せいぜい入学式の日に職員室に質問をしに行ったこと、Cクラスに怪我を負わされたこと、戸塚を退学から救ったこと、Dクラスの手伝いをしたこと、それと情報収集をしていたことぐらいだ。

 

 基本、ボッチだから戸塚が部活でいなかったりすると暇なのだ。

 本を読み続けることも勉強を続けるのも限界がある。ゲームなんかの娯楽も部屋にはないから、ぶらぶらと学校を歩き回っては、聞こえてくる声に耳を澄ませたりしていた。ただそれだけ。

 たったこれだけの行動から、どうしたらそこまで正確に推測できるのか、俺は理解できない。理解できないものというのは恐ろしい。

 そう、リア充とかつい最近まで行動が理解できなかったから怖かったのだ。べ、別に僻んでたわけじゃないんだからね!

 

「はぁ、なんでこの学校敵に回したくない奴しかいないんだよ。全クラスに散らばってるとかどうなってんだ」

 

「ふふっ、私やCクラスの王様を警戒するのは分かりますが……Dもなんですね。やはり、あなたにBクラスに居られると危険です。ですので、将来うちのクラスに来ませんか?」

 

 コイツ、堀北や高円寺のことだけではなく、綾小路のことを言っているのか?試すような視線が「どこまで知っていますか?」と、問いを投げてきているようにも感じる……結局、不良品と言われようが何だろうが、一年生の全クラスは戦力差にそこまでバラつきはないのだろう。むしろBこそ……。

 だからこそ、誰かが失権したりクラスを移動なんてすれば……それだけで軽くクラスの順位が入れ替わる

 まあ、それがなくてもコイツの提案には乗れないな。

 

「断る」

 

「あらあら、振られちゃいましたか。そういえば、車の中で言っていましたね。サラリーマンか専業主夫になりたい、つまりAクラスに与えられる進路実現100%の恩恵はいらないと。それに、随分とBクラスを気に入っているようですね?」

 

「まあ、な」

 

 そういや坂柳には入学式の日に質問されて答えたんだったか……そう、進路実現とは言っても専業主夫は難しいだろうし、自分で妻を決めることも出来なそうだからあんまり興味がない。サラリーマンには大学に進学して就職すればなれるだろう、って考えると俺は何故この学校に来たのか分からなくなってくるもんだが……そんなもんだ。

 それに……そうだな。俺はBクラスを気に入っていることを否定できない。クラスのはみ出し者を放っておかない、放っておけない優しさ。それは人によっては無意味で無駄なことだと嘲笑うだろう、甘い考えだと馬鹿にするのだろう。甘い子どもの考えなのかもしれない。

 でも俺は、驚きと同時に感じた……Bクラスなら、もしかすれば俺の居場所があるのかもしれないって。俺の求めるものが見つかるかもしれないってな。

 

「ならそうですね、私の駒になってくれませんか?」

 

「断る」

 

 なんでクラス移動断ったら駒になると思ったんだ…コイツのことだ、駒にした瞬間から馬車馬の如く働かされるに決まってる。

 

「なら私の部下に」

 

「断る」

 

 変わってねーよ、言葉変えてるだけで意味一緒じゃねーか。

 

「私の玩具にならない」

 

「断る……あ」

 

「ふふっ、玩具にならないのを否定とは……シスコンにM体質と相変わらず面白いですね?」

 

「今シスコン関係なかったよね?あと俺はシスコンじゃねえ、ただ妹が大好きなだけだと言ってるだろうが……それにえ、Mじゃねえし!」

 

 しまった、もう面倒になってテキトーに断ってたらハメられた。遊んでやがるなコイツ。

 

「だから、妹が大好きなことをシスコンと言うのですよ……さて、この写真、どうしましょうか?橋本君、何か面白い案はありませんか?」

 

「はい、学校の電子掲示板と玄関前の掲示板に張り出し、全クラスにバラ撒くことを提案します」

 

 ねえ、なに勝手に写真の運用方法を話し合ってるの?俺帰っていいですか……いや、ここで帰ったら明日は地獄を見るハメになる。それは絶対に避けなければ……!

 

「それが一番妥当ですが……真澄さんや鬼頭君は何かありませんか?」

 

「俺は、橋本と同じでバラまいてしまえばいいと思います」

 

「別に。ま、比企谷に利用価値があるなら写真で釣って動かすのが最適なんじゃないの?」

 

「なるほど。餌で釣って死ぬ一歩手前まで働かせ、他クラスの注目度が高まったら囮として切り捨てて使える、と。真澄さんは酷いことを考えますね」

 

「いや、お前が勝手に過大解釈してるだけだよね?あと、死ぬ一歩前とかやめてね?ブラックなの?」

 

 サラリーマンはブラック……そう、うちの両親のように。今頃どこを旅行しているだろうか?小町が楽しんでくれているなら俺も頑張った甲斐があるというもの。もちろん旅行等の話は受かった後に知った話だが。

 

「では、今日は楽しめたので写真を三枚渡しましょう」

 

「お、おう。まだ全然あるな。それも一緒に返してくれないか?」

 

「そうですね。ここにいる全員と連絡先を交換すれば、もれなく十枚渡しますよ」

 

「交換してください!!」

 

 こうして四人との繋がりができ、写真を返してもらえた。まだまだいっぱいあるから、これ、今後も呼ばれたら行かないと即死刑ものだよね?

 ごめんな戸塚、八幡、危ない人たちに絡まれちゃったよ……。

 

 

***

 

 

 ようやく解放され、死にそうになりながらカフェを出た。

 地獄のような時間だったな。

 

 しかしあれが坂柳の側近か。

 どうやって従えているのかはわからないが、神室は嫌々従っており、橋本は忠誠を誓いながらも飄々としていた。あれはいつでも裏切る気満々だな……まあ坂柳が裏切られるようなミスをするとは到底思えないが。

 鬼頭は微妙なところだが、忠誠を誓っていることは確かだろう。言葉を交わした回数が少なくて判断ができないが、あれはボディーガードみたいなもんだろう。明らかに強そうだったしなぁ。

 俺も身体を鍛えるべきか、否か……暴力関係の事件や襲撃を考えれば鍛えた方が色々と助かるかもしれない。

 

 でもなぁ。正直言って今から筋トレ始めたとして、最低限自衛できるようになるのは二年になってからぐらいだろう。喧嘩とか最弱だしな……。

 チビボクサーを習って河原の走り込みからしてみようか?いや、でも奴はコークスクリューを使いこなすまでに成長し全国制覇を成し遂げた努力の天才で、確かリア充……やる気なくなってくるんですけど。

 

 寮に着き、自室に入ってベットにダイブする。

 今日は誰も来ていないみたいである……割と合鍵保持者の誰かが勝手に部屋の中に居たりするから「ボッチってなんなの?」な状態だった……一人ってこんなに静かなんだな。

 

 さて、今日の情報を整理するとしようか。

 

『なんでも好きなものを頼んでくださいね。今日は奢りです―――――』

 

 

***

 

 

 坂柳派により(強制)お茶会事件もなく、2回目の定期試験を迎えた。

 期末試験も5科目で、赤点は退学と条件は中間と変わらなかった。

 恒例となりつつある勉強会を開いたBクラスは、今回も全体的に高得点だった。

 俺も理数系を神崎と戸塚に泊まり込みで教えてもらったことで初めて数学が70を超えた。中学から合わせて初だ。もう俺のアイデンティティとなりつつあったのに克服出来たようだ。柄にもなく喜んでしまったぜ。

 

今回の俺の点数は……

 

国語 100

数学  72

化学  83

社会  95

英語  91

 

 と、国語をはじめとして文系教科は安定している。内容が難しくなってくるとはいえまだ一年だ。大して難しくはない。

 理系科目が神がかっているが、ぶっちゃけ運も今回はあった。選択問題が全て合っていたのだ。次は多分下がるだろう……どこまで下がるか分からないから勉強しないとだが、苦手教科なんて進んでやれるもんじゃない。よし、放置しよっと。

 

「はーい、今回の試験で赤点者はいませんでした!おめでとうー!」

 

 星ノ宮先生がわざとらしくパチパチしている。はっ、中間で戸塚を赤点だなんだといって退学にさせ、淡々としていたビッチが……あ、いえ、なんでもないです。だからその笑顔をこっち向けるのやめてくれませんか、こ、この通りです!

 

「は、八幡?どうしていきなり机の上で土下座してるの!?」

 

 隣に座る戸塚が不審がっているが、こればかりは仕方がない。もし頭を下げていなければ何かしらのお仕置きが待っていたはずなのだ。

 前にマッカン買い込んでしばらく(と言っても1週間程度)保健室裏に行かなくなったら、突然HRで俺のこと言い出しやがったからな…恥ずかしくて死にそうだった。

 何がアーンして欲しそうな顔してただよ、強制的にした癖に……ま、まあ嬉しくないと言えば嘘になるので何も言い返せなかったのだが。

 

 そのせいか、クラス内では、俺が星之宮先生に惚れていると勘違いしている奴や、人によっては付き合っていると思っているらしい。戸塚の友達から恋仲か?と聞かれたときとか、は?って思ったし。

 

「続いてクラスポイントの発表でーす。みんなのポイントは明日振り込まれるから、確認しておいてねー」

 

 今日の星之宮先生は酔っていないため普通だ。前回の中間の時がおかしかったんだよ、なんで二日酔いのノリで変なことしちゃうんだろうか……。

 

「八幡、クラスポイント伸びてるよ!やったね!」

 

 隣で天使が喜んでいる。俺は戸塚が嬉しいなら嬉しいから嬉しい。ややこしいな…。

 

ちなみにクラスポイントは…

 

Aクラス 1034cp

Bクラス  660cp

Cクラス  520cp

Dクラス  100cp

 

となっていた。

 A、B、Cは30、Dは13か。露骨に差が出ているが、本来の実力差なのかもしれない。どうせ綾小路は点数を調整しているから、奴が本気を出せば差は縮まっていたかもしれないが、アイツは何もしていないだろう。

 小さいころからの数多くの黒歴史により、俺の観察眼を持ってすれば大体の人間は把握できる。しかし、綾小路だけは意味が分からない。何考えてんのかさっぱりだし。

 まあ、綾小路からの情報でDクラスには俺より数学や理科が出来ない奴がいることを聞いている。下がいると安心するから不思議だよな……点数悪いことには変わりないのに。

 今回もpprが成績により与えられることになっており、俺は国語で20000pprを手に入れることになる。いやー、取れる国語さえ満点であれば2万とかチョロい……少しくらい無駄遣いしてもよくない?ダメ?

 

 

***

 

 

 その後はいつも通り授業が行われ、気づけば放課後だった。

 天使を部活へと見送った俺は一人、図書館へと向かう。

 最近では暑くなってきたこともあり、図書館で過ごすことが多くなっている。

 自分の部屋でも冷房は使える。だけどまだ抵抗があるのだ……実質使い放題だからって使い続けて卒業時に「お金払え」とか言われたらたまったもんじゃない。

 それに、いちいち本を借りては返すのが面倒なのだ。受付の人も俺を見るたびにギョッとする。そのたびに俺は傷ついていく……悪循環だし、何より俺のライフが0に近づいている。しかも毎回だ。

 なら、図書館に通ってしまった方が圧倒的に楽できる。夏休みも通うつもりだしシリーズものなんか読むのは良いかもしれない。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 しかし、だがしかしだ。おかしな事が発生していると訴えたい。

 元々、俺の目を気持ち悪がったのか何なのかは知らないが、俺が座る一帯は誰も寄り付かない。その分、本に集中できるし、正直悪くなかった。

 

 だが、何故か最近は俺の座る場所に二名の女子生徒が座っているというか、座る。

 いつも閉館ぎりぎりまで本を読んでいる女子と、Dクラスの堀北である。

 俺が先に来ていても二人はここに座るし、俺が来る前からいるときもある。

 ……正直に言おう、気まずい。だってどっちも美少女とか自然と緊張しちまうんだよ。

 

「……何?」

 

「い、いえ、なんでもないです」

 

 視線をやりすぎてしまったからか、二つ隣の席に座る堀北が睨みながらこっちに問いかけてくる。相変わらず怖いな。

 そういえば綾小路が、コンパス抜き身状態で刺されたとか言ってたっけ……怒らせたら駄目だな。

 

「そういう態度、気にくわないわね。前から思っていたのだけど、私がここに座ることに何か問題でもあるのかしら?」

 

「いや、別にねえけど」

 

「なら、意味ありげにこちらに視線を向けないでもらえるかしら。不愉快でしかないわ」

 

 なら他の席行けよ、と思った俺は悪くないはず。

 まあ、他人からジロジロ見られるのを嬉しがるのは変態ぐらいだろう。大抵の人は不愉快に思うわな。それについては俺が完全に悪いか。

 

「悪い。ただ、前までは俺の座るところには誰も寄り付かなくてな」

 

「ああ、そういえば誰も座ろうとしていなかったわね。あなたのその目を他の人は気にしているだろうけど、私は気にしないから座るだけよ」

 

 おお、それは遠回しにお前の目は気持ち悪くないというフォローか?なんだ、優しい奴じゃないか。

 

「言っておくけど、あなたの目が気味悪いことには変わりはないわ」

 

 前言撤回、コイツ上げて落としやがった。いや、勝手に上げたのは俺だけどさぁ、そんなにきっぱり言われるとこう、くるものがあるな。特に心に。

 俺が一人で静かに傷ついている間に、堀北は読書に戻っていた。もう会話をする気はないらしい。いや、してほしいとは断じて思ってないが。

 手元の本は読み終わっていたため、次の本を探しに席を立つ。

 実力主義の学校であるからには、学力以外の知識や他クラスを嵌める戦略に役立つ話術なども必要になるときがあるかもしれない。実際、そういう類の本を読んでいる人間もちらほらといる。

 だが俺は読みたいものを読みたい。娯楽なんて戸塚と出かけるときか本を読むことぐらいしかないのだ。ゲームも欲しいが、ちょっと高めなんだよな……。

 今俺がハマっているのはミステリー小説だ。自分の予想が裏切られたときや怒涛の展開など、自分の中になかったものを感じると鳥肌が立つことはないだろうか?あ、ない?ソウデスカ。

 

「あの、何かお探しですか?」

 

 新たなミステリー本を探していたとき、そう聞かれた。

 反射的に声の主の方を見ると、いつも図書館にいる……俺の前の席に座っていた女の子だった。

 辺りを見渡す限り、俺以外に人がいないから俺に話しかけた、はず。

 

「すみません、よくここで見かけていたものですから。つい声をかけてしまいした」

 

「そ、そうか」

 

「あ、私は一年Cクラスの椎名ひよりと言います」

 

「一年Bクラスの比企谷八幡だ」

 

 なんか名前教え合ってるけど、コイツ1ーCなの?Cクラスに良い思いを抱いたことがないため、つい何か企んでいるように感じてしまう。

 何か目的でもあるのか?

 椎名は見た目はスラっとした銀髪の美少女だ。読書してるときなんかはずっと見続けても見飽きないほど、神聖なものを感じるくらい絵になっている。あれ、俺結構見てる?

 

「それで、何か探しているんですか?」

 

「お、おう、次は何を読もうかと思ってな。なあ、ミステリー本でなんかお勧めとかあるか?」

 

 前から図書館ではよく会っていたというか見かけていたが、ここで話しかけてくるということは龍園が関わっているのかもしれない。なら、探りを入れるまでだ。

 坂柳と向かい合っていた時が初遭遇だったが、俺が観察していることに気づいていた。雑魚だなんだは奴の本音だろうが、気持ち悪いとまで言われたし、探りを入れられることもあるかも……あれ、今までだとそれが普通だった?

 そう考えて、思わず苦笑してしまう。

 どうやら俺は、俺自身が思っているよりそうとうBクラスに入れ込んでいるようだ。あの環境に慣れてしまっているのだろう。

 

「そうですね。あ、これなんてどうでしょうか」

 

 椎名は近くの本棚から一冊の本を抜き取って手渡してくる。

 

「『ゼロ時間へ』?」

 

「はい、クリスティー作品を読んだことはありますか?」

 

「ああ、『オリエント急行殺人事件』や『そして誰もいなくなった』ぐらいなら」

 

 アガサ・クリスティーはミステリー作家として有名であるが、俺は地上波でも放送された作品ぐらいしか読んだこともない。所謂有名どころしか知らないミーハーである。

 

「ならぜひ読んでください」

 

「お、おう……」

 

 ズイっとばかりに近づいた椎名に対し、若干下がりながら視線を逸らす。いや、美少女と至近距離とか慣れるわけがない。一之瀬や白波を近いと感じることはしょっちゅうあるが、慣れてきたこともあってか耐性がついてきているためまだマシだ。

 俺が本を受け取ると自身の本を探しに行くのか、椎名はどこかに向かっていった。あれ、その先は確か全文英語の……あいつ、頭相当良いな。

 たまに勉強だけできる馬鹿もいるが、椎名は違うだろう。

 何故?俺の座ってる席が答えそのものだからだ。

 

 次の日も、その次の日も、夏休みに入ってからも図書館に行くとこの二人といつもの場所に座っている。

 おかしいよなぁ、周りの席だけ埋まっていても俺たちが座る場所には誰も座らないのだ。さらに、学校の電子掲示板に「危ない目をした男子生徒が美少女二人と読書してる」なんて書き込みもあったぐらいだ。

 他にも「二股だ」「脅してるのかな?」「通報案件?」「羨ましいぞ!」とかの書き込みも……なんだかんだ言われても、俺、こいつらとそこまで話してないんだけど?

 会話は極稀にする。例えば堀北の場合だが……

 

「何故あなたがBクラスで私がDクラスなのかしら。納得いかないわね」

 

「ねえ、いきなり貶すのやめてくんない?俺なんかした?」

 

「常に女子を危険な目で見ているじゃない。自覚はないのかしら?」

 

「み、見てねえし!って、危険な目ってなんだよ」

 

「あなたのその目、とても自然なものとは思えないわ」

 

「残念だったな、デフォルトだぞ」

 

「そう言えば綾小路君が言っていたわね、ヒキガエルくんとはよく言ったものだわ」

 

「おい、アイツ何言ってんの?俺の黒歴史他人に晒すのかよ……」

 

「少なくとも、私はあなたより優秀だと思うわ。学問の成績なら勝っている自信があるもの」

 

「ほう?期末考査の国語の点数、いくつだ?」

 

「98よ」

 

「ふっ、俺は100だ!」

 

「な、なんですって!じゃ、じゃあ他の科目は!?」

 

「え、えっとだな。社会が95で、英語が91です」

 

「両方とも100なのだけど。あと二つはどうなのかしら?ちなみに私は数学100に化学97よ」

 

「……化学が83で、数学は72です」

 

「はあ。でも国語で負けているのは納得いかないわ」

 

「あ、そこ間違えてるからな」

 

「何を言って……ほ、本当だわ。ヒキガエル君は国語だけは本当にできるみたいね」

 

「だけとか言わないでくれる?それに、この学校の優秀さの基準は一般的とは言えないんだからテストの点で比べたって意味ないだろ」

 

「だからって、あなたがBクラスなのは……」

 

 と、いった感じの会話しかしないし。

 いや、気持ちは分かる。俺も堀北がDで俺がBっていうのがよく分からない。だが綾小路との議論(といっただけの世間話のようなもの)の結果、過去の行動や性格も加味されているとの結論に至った。

 だって考えみればおかしいことだらけだ。綾小路はこの際置いといても、Dクラスの平田や櫛田、堀北に高円寺といった面々はAやBでも納得がいく。龍園なんてあんなに王様してるのにCだ。

 一之瀬だってAでも相当上の方にくるはずなのに、Bだ。一之瀬が過去に何かを抱えてるってのは想像がつかないが、個人の過去なんてそれぞれだしな。

 そう考えていくと坂柳とかふざけてるな。運動一切出来ないでAとかチートみたいな存在だろ。ゲームのバグみたいな存在とまで言える。

 

 堀北だけなく、椎名とも話すことがある。

 

「比企谷君、前にお勧めした本はどうでした?」

 

「おう、まさか主人公の協力者が全てを裏から操っていたとはな……描写からしても普通の小学生の女の子であんまり頭よくない風に書かれてたから、ゾクゾクしたわ」

 

「意外な結末で想像がつかないところが素晴らしいですよね」

 

「続きも見てみたいが、まだ発行されてないんだよな。ファンタジー系でお勧めとかないか?」

 

「そうですね、ファンタジーものでしたら……」

 

 と、本をお勧めされては感想を言う、読書友達になった。

 友達ってのは納得できなかったが、椎名が『友達じゃないんですか?』と表情を一切変えずに聞いてきてからは一緒に読書する間柄として交友関係を築いている。

 Cクラスということもあり龍園の策略とも考えられたのだが、本人曰く、クラス同士の争いには興味がなく、他クラスと関わりを持たなければいいらしい。

 

 ……俺他クラスなんですけど?とは思ったものの、すでに龍園は把握済みで、そのうえで放置しているらしい。その代わりに俺との会話を録音し、龍園に渡しているらしいが、話す内容なんてせいぜい本の話や夏休みのことぐらいで危険視されていないらしい。

 ま、さすがに嘘だろうが。

 

「そういや、最近毎日一緒に本読んでるが、何故俺と話そうと思ったんだ?」

 

「好きなんです」

 

「……!?」

 

 は……?え、なに、好き?い、今俺告白されたのか……?い、いや待て、クールになれ比企谷八幡!そんな都合のいいことが起こるわけがない。第一こんな美少女が俺に告白とか絶対にありえないことだろうが……!

 

「好き、なのか?」

 

「……?はい、大好きです」

 

 こ、これはもしや……お、俺にも春が!?

 

「本、大好きです」

 

「デスヨネー」

 

「はい、本を読むことが私にとって一番の幸せです。比企谷君はよく図書館でも見かけていて、本好きなら話が合うかもしれない、と思って話しかけました」

 

 ……その日の夜、言うまでもなく家中を転がりまわり、隣人である綾小路から『うるさいぞ比企谷』と文句を言われるまで、俺は勘違いしてしまったことによる羞恥心で死んでいた。

 夏休みに入ってからは、三人で飯を食べに行くことも多くなった。他愛無い話しかしないが、ある意味三クラスのぼっち同士を集めたような面子のおかげか、俺は案外、三人で過ごす時間を気に入っていた。

 

 

***

 

 

「……で、堀北についてお前はどう思う」

 

「真面目で、考え方が固いというのが率直な思いですね。龍園君の策略を切り抜けた監視カメラの設置。彼女が考えたというより、誰かが後ろにいるのではないでしょうか」

 

「まあ、それについては次の特別試験で見極める。どこまで遊べるか楽しみだ」

 

「それと、Bクラスの比企谷君は……」

 

「その雑魚に関しての情報はいらねえよ。せいぜい一之瀬や神崎の補佐役だ。奴らを追い詰める餌にはなるだろうが、個人としては警戒しなくていい」

 

(……私としては、堀北さんより比企谷君が障害になると思いますが、龍園君は敵として見ていないようですね。比企谷君にはおそらく、今までの接触が全てバレていると思うのですが。私個人としてもお話してみたかったのは事実ですが、かなり警戒している様子でしたし……)

 

(あの野郎の目は気色悪い。観察を行っていたんだろうが、椎名のような人間には警戒を解くだろう。椎名の発言から俺がクラスの連中に他クラスとの接触を嫌うことは理解しているはずだ。これで油断すればそこらの雑魚と変わらねえが……どう動く?)

 

 

***

 

 

『そうですね、やはり私は――――――』

 

「はあ……めんどくさいことしてくるもんだ。堀北を潰すなら構わないが、それだけじゃねえよな……堀北だって綾小路が嗾けてきたに違いねえし……龍園が文句言ってこないのは俺を油断させるためか、それともただ単に敵としてみていないか……いや、後者はないか。はあ、なんであんなヤンキーに目を付けられなきゃならないんだよ……」

 

 

***

 

 

「堀北、お前は比企谷をどう思った?」

 

「そうね、Bクラスにいるのだし、そこそこ優秀だとは思うけれど、一之瀬さんや神崎君ほど警戒する相手ではないと思うわね。観察されているのは感じたけど、警戒するほどではないわ」

 

(……その警戒する範囲ギリギリを見切っていることが厄介なんだが……堀北のような奴にとって一番相性が悪いだろう。さて、ここからどうするか)

 




基本、無人島編まではアニメに合わせます。個人差はあると思いますが、私は割とアニメ好きなので。『カーストルーム』も好きです。
そのためこれまでの話の改訂も行います。

ところどころ変更している部分があります(特にクラスポイント)。原作準拠ではありませんがご理解してくれると嬉しいです。

次はどうしよう……戸塚と葛城と筋トレか、櫛田と絡ませるもありだけどどうやってやったもんか……Dクラス男子との関わり…は、プールでやるとして……。あ、平田と伊吹とどうにか絡ませないと……。
最近関わり書いてないし、星之宮先生とデートでもさせてみようかな?

まだ未定ですが早く出せるように頑張りたいものです(願望)。


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知恵「君はそんなつまらない子なの?」 八幡「……」

……なんか評価高くなってて怖くなる今日この頃です。
ですが読んでくださる方が増えているとも感じているので嬉しく思います、ありがとうございます。

さて、勝手に色々やってたり抜けている部分も多々ありますが八話目です。
星之宮先生と出かけます。デートです、ただのデートです。

なんていうか、星之宮先生は陽乃と同じ感じがします。作者自身の想像並びに妄想ですから実際には異なるかもしれませんが……もう少し俺ガイルとよう実原作を読み込まないと自分が求めてるモノが書けそうになくてもどかしいです……。

あと、タイトルで察せ(白目)


 突然だが、夏と言えばどんなことを想像するだろうか。

 仲のいい友人と海に行き、山に行き、プールに行き、キャンプをする。お祭りに参加しては花火を見て、スイカを食べる。

 多くの人間は、大体こんな感じではないだろうか。

 さらに言えば、多くのイベントで盛り上がるのはリア充かウェイ勢共だろう。俺の嫌いな人種であり、人様の迷惑を考えない愚かな連中だ。

 そんなリア充イベントと全く接点がない俺が……

 

「き、綺麗だと思います……」

 

「もう、ハチ君ったら!」

 

「いや、あの、知恵さん、当たってますから///」

 

「当ててるんだよー?」

 

 こんなことになるなんて、想像できるわけがなかった。

 ……いや、マジで何してるんだろうな、俺。

 

 

***

 

 

 7月も半ばに差し掛かったある日のHR。

 クラス全体がどこか浮ついた雰囲気になっており、誰も彼もが楽しそうに表情を緩ませていた。

 そういう俺も、心なしか気分は穏やかだ。

 

「明日からみんなが待ちに待った夏休みがやってきまーす!」

 

「「「おお~!!」」」

 

「一週間くらいしたら学校の方でバカンスに連れて行ってあげるから、それも楽しみにしててねー!」

 

「ほんとにバカンスに行くんだ!」「やったやった!」「いや、明日から夏休みとか最高だな!!」「自由な夏休みにバカンスで二週間、そのあとにも一週間の休みって……中学の時より夏休み多い!!!」「そうじゃん!」「うわ、マジか、すげえな……一学期頑張ってよかった~」

 

「はいはーい、注目注目ー!話はまだ終わってないよー?」

 

 星之宮先生の言葉に教室がすぐさま静かになる。浮ついていることに浮ついているが、やはり元々が真面目気質の生徒が多いのがBクラスだ。先生の話を真剣に聞く姿勢になる。

 あ、俺?半分くらいは聞き流してるぞ。暑いし、だるいし、めんどいし……あと暑いしな。

 

「夏休みだからって学生として最低限の勉学には励むように。まあ、もう言わなくてもわかってると一応言っておくね?」

 

 その言葉には暗に『授業ないからって勉強しないでいいと思ってるの?』と言っているようにも思える。

 東京都高度育成高等学校、略して東育は夏休みというのに課題類が一切出ていない。生徒の自主性を尊重すると言えば聞こえがいいかもしれないが、要は軽く試しているのだろう。

 この数か月に及ぶ、入学から今日までの過ごした日々を振り返ってみれば分かるかもしれない。

『日頃の努力が力になる』とまでは言わないだろうが、常に中間、期末試験に向けて勉学に励むことが試験を乗り越える近道である……ことに気が付くと、応用次第では社会でも通用する人材となれる力だと思えてくるのだ。

 毎日の積み重ねの大事さを伝えるために、試験結果次第で退学になる、といった一般的な高等学校ではありえない行いも容認されているのかもしれない。

 ……ま、すべて俺の想像に過ぎないのだが。

 

 この実力主義の学校が何の目的で設立され、どんな意義があるのか……少しずつ、見えてきた気がしないでもない。

 

「あとは一週間後、遅刻しないようにしてねー?遅刻しちゃったら、せっかくの皆でのバカンスに置いてけぼりにされちゃうから、気を付けてね?じゃあ解散!」

 

 HRが終わったことで、クラスメイト達はすぐに友達同士やグループで集まりはじめた。

 どうやら夏休みの計画を立てているようだ。

 ……ま、俺は関係ないし帰るとするか。

 

「八幡!ついに夏休みだね!一緒に遊ぼうよ!」

 

「お、おう!もちろんいいぜ彩加!!」

 

 やっぱ八幡帰るのやーめた!

 我が天使である彩加に誘われては帰るわけにはいかない。夏休みに彩加とイチャイチャ……想像しただけで素晴らしいと感じるわ……。

 

「あ、比企谷君に戸塚くん!明日からの夏休みさ、一緒に遊んだりしない?」

 

「うん!一之瀬さんたちも一緒だともっと楽しくなりそう!」

 

 おおっと、俺と天使の間に入ろうとしている不敬な輩がいますね……って一之瀬かよ。

 つーか一之瀬がいるってことは……白波発見。

 彩加と一之瀬が話し始めたことを皮切りにコソコソと移動し、白波に近づいて小さな声で話しかける。

 

「おい、なんで俺と天使の時間邪魔しに来たんだよ。協力関係どこ行った」

 

「最初は女子だけで話してたんだけど……一之瀬さんが、せっかくならクラスの男子も誘って遊ばない?って……」

 

「反対しなかったのか?」

 

「……じゃあ逆に聞くけど、比企谷君は戸塚君が一之瀬さんと同じこと言ったとしたら、反対できるの?」

 

「……すみませんでした」

 

 うん、無理だわ。彩加に『クラスの女子とも一緒に遊ぼうよ!あ、八幡は嫌だったりするの……かな?』とか言われたら反対する気が起きないのは当然だろう。

 ごめんな白波、俺が悪かったわ……止められないのが普通だったな。

 

「八幡と白波さんも、一緒に計画立てようよ!」

 

「あ、うん」

 

「おう」

 

 彩加に呼ばれ、俺たちも夏休みの計画立てに参加する。

 

「どこに行きたいとかある?」

 

「プールに行きたい!」

 

「僕は買い物に行きたいな!前は八幡と一緒に行ったんだけど、四人だともっと楽しくなりそう!」

 

「じゃあその二つは確定かな……比企谷君は希望とかある?」

 

「家に引きこもりたい」

 

「そっかー。確かに勉強会をするのは大切だし、部屋で遊ぶのもいいかもね」

 

「ならさ………」

 

 あ、あれれ?おっかしいぞ~?……つい某名探偵になりきってしまったが、それくらいには驚いてしまった。。

 だって、おかしくない?俺のは普通に外出たくないっていう意見だったはずなんだが……どんな解釈をしたのか、一之瀬がどんどん提案し、彩加と白波によって採決されていく。

 ……あの、俺に決定権はないのでしょうか……?

 

 余談だが、この四人で過ごすことは割と多かったりする。

 理由としては、全員が俺の部屋の鍵を持っていることだろう(神崎も持っているが、来るときは連絡してくる)。図書館から帰ったら勝手に夕食が出来ていたりするのだ。

 これが一之瀬や白波、彩加が料理が上手いもので、俺の出る幕がない。専業主夫を志す者としては如何せん立場がない状況で、むしろ教えを請いている。

 加えて、俺と一之瀬は妹好きであることから会話する間柄であるし、白波とは俺が彩加と、白波が一之瀬とイチャイチャするための協力関係にある。彩加と一之瀬は優しい者同士、波長が合っていることからこのグループが形成されている。

 神崎や一之瀬と白波の友達がここに加わることもあるのだが、大体は男版一之瀬のような存在である柴田と神崎は一緒にいることが多い。一之瀬と白波の友達もそこに加わっているため、この四人でのグループとなるのである。

 

 少しばかり問題があるとするならば、彩加のことを女子だと思ってしまった人間には、このグループが俺が女子を三人囲っている状態に見えることだ。

 少し考えてみれば、目の濁った大してイケメンでもない男に可愛い女子が三人も囲んでいることに違和感を持つだろうが、基本は殺気を受けることがほとんどで、如何に気配を消せるかが俺が闇討ちされないかどうかの境界線となっている。

 ……可愛いの三人に囲まれてる時点で詰んでる?ホットケ!

 

「この日とこの日は私と千尋ちゃんはクラスの女子と遊ぶことになってるから……こんな感じかな?」

 

「うん、いいと思う!」

 

「八幡、これでいいかな?」

 

 俺が一人でこのグループや生存率に関する考察をしていたら、日程が決まったらしい。

 

「どれどれ……」

 

 

一日目

・朝から八幡の部屋で勉強

・午後からショッピング

 

二日目

・朝から八幡の部屋で勉強

・午後からテレビゲームなど

 

四日目

・朝から八幡の部屋で勉強

・昼食はピクニック

 

七日目

・神崎君たちと一緒に一日プール

 

バカンス?二週間。

バカンス後についてはバカンス中に考える!

 

 

 ……おそらく書かれていない日は都合が悪かったりする日なのだろう。もしくは一人で過ごす日として作られているのかもしれない。

 

「って、朝から勉強って……」

 

「夏休みの課題が出なかったってことは、自分たちで復習しとけーってことだし、継続してやった方が効果があると思うの」

 

「な、なるほど……勉強しないって選択肢は?「「「ないよ!!」」」……デスヨネー」

 

 こうなれば勉強するのは得意な文系科目だけにするしかない。

 

「あ、ちなみにだけど、この勉強時間は各自苦手教科の克服に努める時間だからね!」

 

 くっ、俺の行動パターンを読んで先回りしやがったな………さすがは一之瀬、よくわかってやがる……さすいち!いや、これだと変だな……さすみなだな!

 でもこれ数学地獄ってことだよね?ハチマンシンジャウノカナ?

 

「八幡、数学はしっかりと教えるから一緒に頑張ろ?」

 

「もちろんだぜ彩加!よろしくな!」

 

 彩加に教わるならそれだけで地獄から天国に変わる……天使の力ってすげー!

 

「相変わらず戸塚くんが絡むとテンション高いね~」

 

「(……気持ちはよくわかるよ比企谷君)」

 

 白波が俺に向けてサムズアップをしていたので、俺もサムズアップして返す。やはり同類同士、話がわかって嬉しくなるもんだな……。

 

 ………あ。

 

「すまん、この一日目の予定、違う日に変えられないか?」

 

「え、いいけど……比企谷君予定あったんだ?」

 

「……ま、ちょっとな」

 

「……ふ~ん?」

 

 一之瀬に訝しむ様な目線を向けられたものの、なんとか誤魔化し六日目の予定に変えてもらった。

 ……これ、バレたら俺死ぬな。

 

 

***

 

 

 翌日、夏休み一日目。

 俺は朝からラジオ体操を行っていた。

 これは最近やり始めたもので、彩加からの賜りものだ。彩加に筋トレをするうえでまず何からすればいいのかを尋ねたところ、ラジオ体操と柔軟運動になったのである。

 一昨日に読んだラノベでもラジオ体操が行われていて『ついに異世界転移ものもラジオ体操の時代になったか……』と思っているのだが、ラジオ体操は身体を動かす上で非常に重要なものらしい。

 よく運動会やら体育大会などで『ラジオ体操とかだるいし、適当に済ますか』という人間がいる、というよりほとんどだと思われるが、実際のところラジオ体操程合理的な運動はないらしい。

 俺には身体の運動に関しての知識がないため『へーそうなんだー?』ぐらいでしか感じていなかったが、ラジオ体操を本気でやると意外とキツい。第二まで含めれば結構ヘトヘトになる。

 それをこなした後、柔軟運動を行っていく。俺は『長座体前屈の海藤』のようなあだ名はなかったし、むしろ身体が硬いほうでこれもきつかったりする。

 しかし、これで少しでも身体能力が上がるなら嬉しい限りだ。

 一通りの運動を終えたあと、シャワーを浴びて昨日の夕飯の残り物をそのまま朝飯にする。ちなみにカレーである。

 カレーなどの日持ちしたうえで美味しくなる料理は一人で生活する上で必須だ。

 むしろカレーを作れない主婦が存在するかどうか分からないが、みんな大好きカレーなら一人前の専業主夫になる者として最低限こなせなければならない。

 ……作ったのは一之瀬なんだがな。

 昨日は神崎も来ての五人での夕食だった。ポイントを全員で共有して使う分、無駄が少なくむしろ節約になる。一人一人が料理をするよりも多めに作った方が安上がりになるのだ。

 

 ……さて、集合は10時だったはずだ。非常に行きたくないが行くしかないよなぁ。

 必要な荷物をバックに入れ、俺は寮からケヤキモールへと向かうのだった。

 

 

***

 

 

 集合時間前に着いた俺は、早速男子トイレに向かい、周囲に人がいないことを確認してから個室に閉じこもり着替える。

 そのまんまの恰好でいいと言われているのだが、それだと俺の胃に穴が開くこと間違いなしだし、立場もある。

 それでも強制された結果、変装をすることになったのだ。

 髪にワックスを塗り、オールバック風に仕上げる。服も部屋でしか着ることが出来なかった(押し付けられてポイントを払わされて買った服)、普段の俺からは想像もつかないようなお洒落な格好に着替えていく。

 荷物を直し、最後に眼鏡をかけて完成だ。

 一応端末で確認してみるかな……。

 

「……いや、誰だこいつ」

 

 自分の姿を見て自分じゃないと思ったのは初めてである。眼鏡をかけるだけでは拭いきることの出来なかった陰キャらしさが鳴りを潜め、クール系男子になっていた。

 もうこれ俺じゃないじゃん。ただの別人じゃねーか。誰も俺だってわかんねえだろ……いや、分かんなかったら帰る口実になるじゃないか!完璧だ!

 

 よし、今日を乗り越えれば天使とお泊り会だ。頑張れ、俺!!

 

 

 

 

 

 

 

 ……そう思っていた時期が俺にもありました。

 

「ねえねえ、あそこの人めちゃくちゃかっこ良くない!?」

 

「ほ、ほんとだ!あれ、ここの生徒なの!?あんな人見かけた覚えがないよ!」

 

「こ、声かけてみる?」

 

「どこかのお店の人で、非番の人かな?」

 

「……あいつ良いケツしてるな」ハアハア

 

 早速心が折れそうです。

 誰だよ待ち合わせ場所モール前にした奴……夏休み初日だから当たり前なのかもしれないが生徒の数が普段よりも多い。その分注目されているのがわかる。視線めちゃくちゃ感じるしな……あと強烈な寒気が襲ってきた……だ、誰か息荒くしてない?気のせい?

 ……つか、あの教師、強制的に誘っておいてなんで遅れてるんだろうか。いや、わざとかもしれないな。俺が目立つのを嫌っていることをあの教師は知っている。羞恥プレイとでも言うつもりか?

 

 それに、どこかで写真とか撮ってそうだな……。

 

「あ、あの……!」

 

 あ、やべ声かけられても対処の仕方とか分かんねえんだけど……。

 

「ハチ君、お待たせー」

 

「え、ほ、星之宮先生!?」

 

 俺に声をかけようとしていたであろう先輩と思わしき女子生徒が驚いた声を出す。

 そりゃ驚くわ……だって教師が男と待ち合わせしてるんだぞ?驚くなというのが無理があるってもんか。

 

「ごめんねー?私の彼氏なのよー」

 

「あ、は、はい……」

 

 星之宮先生が俺の腕を取り女子生徒に笑みを向ける。こ、怖い!これが女子の戦争!?

 女子生徒たちは逃げるようにモール内へと入っていった。いや、そっちに逃げるのかよ……。

 それより当たってる!豊満で持て余し気味のモノが当たってるから!

 

「お、遅かったですね。帰っていいですか?」

 

「もう、気づいてたくせに。隠れて写真とってたんだよー」

 

 やっぱかよ!くそ、どうにかして消してもらえたりしないだろうか……。

 

「星「知恵」……ち、知恵さん、これからどうするんです?」

 

「そうだねー、まずは服見に行きたいなー?いこ、ハチ君?」

 

「ひ、ひゃい!」

 

 噛んだ……いやでも仕方ないだろこれ。

 星「知恵」……知恵さんの恰好から、まずそこらの男子高校生では緊張すること間違いなしだ。

 いくら中身が黒いおぞましい何かであっても隠しきっている強烈な仮面。元が美人であり、可愛い系であることを自覚してるのか可愛い系の服を着こなしている。

 今日の俺はだいぶ魔改造されているからか、服に着られている感じにはなっていないみたいだが、普段の俺なら間違いなく服に着られている状態になる。

 その点、普段から美容には気をつかっているのであろう知恵さんは元がいい。服でいかに着飾ろうとも素材がいいからか輝いて見えるまである。

 結論を言うとだな……

 

「俺、男子生徒に刺されたりしませんよね……?」

 

「どうかなー?君だって気づく生徒がいるなら別だけど、正直分かるわけないと思うよ。私も昨日見た時びっくりしたしね~」

 

 ですよねー。俺自身ですら『コイツ誰だよ』状態であるのに同級生が気づけるわけがない。目の部分も眼鏡によって緩和され、アホ毛以外は髪型が完全に変わっているのだ。服だって絶対に着ないと断言できるようなものばかりだ。

 

「そうだった、感想聞いてなかったよ」

 

「感想?」

 

 い、嫌な予感が……

 隣で歩いていた知恵さんが数歩分前に出てポーズをとる。この人恥ずかしくないのかよ……いや、あざとさにかけては随一の先生だ。まったくもって違和感を感じない。

 

「ほら~今日はハチ君とのデートだからめいいっぱいお洒落してきたんだよ?」

 

「そ、そですか……」

 

「……で、どうなのかな?」

 

「き、綺麗だと思います」

 

「もう、ハチ君ったら!」

 

「いや、あの、知恵さん、当たってますから///」

 

「当ててるんだよ?」

 

 あの伝説の『あててんのよ』と同じシチュエーションだからか顔に熱が灯るのを感じる。やわらか……お、落ち着け俺!相手はあの先生だぞ!中身はロクデナシだ!

 

「ハチ君……なーんか酷いこと考えてない?」

 

「べ、別に考えてないですよ?そ、それよりも早く行きませんか?」

 

「うん!やっと乗り気になったー?それじゃあいこっか」

 

 この状況から逃れたい一心でモールに向かおうとするも、腕を取られる……と思えば手をつないでいた。

 なんでこんなに女の人って手が柔らかいんだろうね……。

 

 

***

 

 

 最初にやってきた(連れられてきた)のはモール内にある服屋。

 服屋といっても種類が存在している。

 例えば誰にでも手が届くお手頃価格のショップ。庶民感あふれると言えば何様だと言われるかもしれないが、俺はこの手の店を利用する機会が多かったのは言うまでもない。

 東育に通い始めてからも部屋着や目立たない服を出来るだけ安く買えるように努力していた。時には掲示板なんかを利用して古着やら使わなくなった衣類を購入したこともあるしな。

 しかし、知恵さんに連れられてきた場所はそんな店ではなかったのだ。

 高級店と言えばいいのだろうか。普段の俺ならどれほど場違いに思われるのかを想像できないほどの店だったが、知恵さんは構わず店内に引っ張っていく。

 

「やっぱり、デートと言えば服屋は()()だもんね?」

 

「そうなんですか?」

 

「ハチ君はこれまでに彼女いたことなかったの?」

 

「ええまあ、進んで孤高を選んでましたから」

 

「単純にぼっちだったって言えばいいのに~」

 

 だから頬にツンツンすんのやめて!くそ、俺が物理的接触に弱いことに漬け込みやがって……なんなら女子からの行動はすべて弱いと言っても過言ではない。駄目じゃねえか。

 

「仲がいいカップルですね~」

 

「ありがとう!店員さんは良い人だねー!」

 

 全然良い人じゃねえな……むしろ嫌いな人種に入るまである。

 基本、接客業や販売員などは丁寧な対応をしてくれるが、それはただ商品を買ってもらうためだ。

 職務上仕方のないことかもしれないが……笑顔でお世辞をいくら言われようが、気持ち悪い以外の何も感じることはない。

 

「本日は何かお探しでしょうか?」

 

「うーんと、新作をいくつか見繕ってもらっていいですかー?」

 

「はい、少々お待ちください」

 

 知恵さんから注文を受けた店員は、商品を取りに俺たちから離れていった。

 終始ニコニコしている知恵さんに、違和感を感じるのは俺が警戒しすぎているからだろうか。

 

「……意外ですね」

 

「何がー?」

 

「いや、知恵さんなら店員の介入を断るかなと思っていたので、少々……いや、かなり意外でした」

 

「そーお?実はね……私自身、ファッションセンスがないの。プロに任せた方が確実だし無駄がないでしょ?」

 

「ま、そうですかね……」

 

「お待たせいたしました。こちらが今夏の新作です」

 

 帰ってきた店員さんは服を何着か運んできていた。

 ……一点だけ確実に俺のモノであろう服も紛れていたことは見なかったことにしてえな。

 

「ありがとうございますー。じゃ、ハチ君、試着室行くよ」

 

 そりゃそうなりますよね……逃げ道は……ないですよね分かります。

 試着室前に移動し、その前に設置されている椅子に腰かける。店員さんは別の客に対応しているからか、試着室には俺と知恵さんの二人しかいなかった。

 

「まずは私からだけどー……覗かないでね?」

 

「の!?……覗きませんって」

 

「ふーん?そっか……でも私はハチ君ならいいよー?」

 

「え?」

 

「ふふっ」

 

 そう言い残してカーテンの向こう側に姿を消した知恵さん。

 ……え、マジで覗いていいの、か?いや待て、普通に考えて覗くという行為はよくないだろうが。二人きりだからって……で、デートしてるからと言っても……仮にも先生と生徒の間柄だ。もしバレれば懲戒免職処分に退学処分では済まされない。学校側にも迷惑がかかる……いや、ここなら揉み消すか?

 

 シュル……シュル……パサ……。

 

 服を脱ぐ音、衣類を落とす音、それがしっかりと耳に届くことで顔が赤くなって……体全体が熱くなるのを感じる。

 無心だ、あんな音は聞こえない。聞こえていない。想像しちゃダメだ。知恵さんのいたずらに決まってる。そう、あのたわわなモノが……はっ!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!!

 

「じゃーん!どうハチ君……って、なんか疲れてない?」

 

「いえ、全然疲れていません!!」

 

「思い違いかな?これでも保険医なんだから体調が悪いなら言ってねー?」

 

「も、もちろんですとも……」

 

 あ、少しだけ口角上がった……やっぱいたずら仕掛けてきていたのか。なんで試着するだけでここまで神経を尖らせなければいけないんだよ……。

 ニコニコしてる知恵さんから逃れたくてそっぽを向けば、見たことある顔がいた。と、言っても俺が一方的に知っているだけだが。

 Dクラスの高円寺と連れと思われる女性である。

 確かにあいつならこの店にいても違和感がない……むしろここですら最低限かもしれないと思わせられるが、生徒だとバレたらまずいな……。

 少しだけ、高円寺の方も気にかけながら知恵さんの方に向き直る。

 

「改めて……どうかなーこの服?」

 

 知恵さんが着ていたのは花柄のロングワンピースだった。

 加えてノースリーブである……いやもうちょっと歳考えないのかと考えたが、よく思えば美人に年齢はないな、うん。よくお似合いではないのでしょうか。

 決して、知恵さんの目が怖かったなどということはない。ナインダヨ?

 ……正直に言えば見惚れるほどの可愛さと美しさが混ざり合っている。これほどの女性は見た覚えがない。

 元々テレビの女優なんかも可愛い人だ、美しい人だ、と思うことはあっても熱狂的なファンだ、と言える人はいない。あくまで流し見しているだけだから名前やら中身やら性格やらに興味はないのだ。

 それでも、このレベルは見たことがなかった。

 

「あれれー?もしかして見惚れちゃったかなー?」

 

「……はい、正直見惚れてました。素敵です。可愛いです」

 

 ふっ、たまにはやり返さないと気がおさまらないってもんだ。ニヤニヤ笑ってる時点でからかう気満々なんだろうし、少しぐらいカウンター食らえって思った俺は悪くないはずだ。

 

 

 

 

「あ、ありがとう……///」

 

 

 

 

 ……あれー?

 なんか思ってた反応と違うんですけど?

 どうせ入学式の日みたいにやり返されるのがオチだと思ってたのに……ってやり返される前提でやってる時点で俺ってMなの?

 こんな反応は予想外だ。予想外過ぎて目の前の女性が本当に知恵さんなのか怪しくなってくるレベル。

 もしかして別人とか?熱とかでたんだろうか……しかしこの反応はぶっちゃけて言えば心に来た。キュン死するかと思ったぞ本気で……。

 恥じらう感じがもう可愛いとしか思えなくなってくるし、庇護欲をそそられて……年上だというのに悶絶しそうだ。

 

「……………くふっ

 

 今も顔を下に向けて俯いているし、恥ずかしがっているのか?

 ……ん?下を向いている……?

 

「……ふふっ、く、くふっ……」

 

 笑い声……アー、ハチマンコノナガレモウシッテルンダヨ。

 

「もう無理!お腹痛くなってきたー!あはははっ!ハチ君最高っ!」

 

 ほら、ほら出たよ……どんな演技力してるんだよ。人間観察を習慣とする俺ですら欺かれたんだが……いや、あれは無理だ。男なら絶対無理。さっきのを可愛いと思えない男は男じゃない。戸塚が可愛くないぐらいのレベルでありえない。

 一瞬グラってきた数十秒前の自分をぶん殴りたくてたまらなくなる。とりあえず太ももでも抓っとくか……痛っ…。

 

「……やっぱり演技でしたね」

 

「負け惜しみは素直じゃないなー?本当のことを言った方がいいんじゃない?」

 

「……めちゃくちゃ可愛いと思いました!」

 

「うんうん、素直が一番だよ~ハチ君~」

 

 こうしていつも通り手玉に取られ、新たな服に着替えては感想を言わされる地獄すら生ぬるいものを見せられた俺は、疲れ切った状態で唯一俺にと店員さんが持ってきた服を試着することに。

 はっきり普段の俺からしたら絶対に着ない。これから着る予定すらないものだったから知恵さんに試着する必要がないと伝えたのだが、曰く『次のデートの時に着てくる服がないよ?もしかして同じ服で来るつもりだったのー?』と、既に次のデートまで確定しているようなことを言われ試着室に押し込まれた。

 ああ……逆らえない相手が着実に増えていってるな。良くない傾向すぎる……。

 早く服屋から出るためにもパパっと着替え、カーテンを開ける。

 

「……あ」

 

「……」

 

 カーテンを閉め、もう一度開ける。

 ……うん、なんでこんな近くにいるの知恵さん?

 

「いや~もうちょっとだったのになあー。押し入ろうかと考えてたのにー」

 

 あんた教師だろうが。マジで何してんだよ……。

 

「……で、もう着替えていいです?」

 

「待って待って!写真撮らせてー……うん、似合ってる似合ってる!」

 

 何枚か写真を撮った後、感想を言い出す知恵さん。

 写真を満足するまで取り終えたので、椅子に座っておいてくださいと言いつけ、カーテンを閉める。

 鏡を見て、本日何度目か分からないが……

 

「だから誰だこいつは……」

 

 最初に服の解説をしてくれた店員曰く、あえてしわっぽさを出すことによって男らしさを演出し、ボタンの開き具合で印象から変わってくる綿麻のシャツらしいが……このボタンのせいで知恵さんに店内で上裸にされそうなところだった。

 嬉々としてボタン外すたびに写真撮りやがって……やっぱ幾度となくいろんな男をひっかえとっかえしてきたんだし、清純派ビッチって言葉が似合いすぎる……なんか強烈な寒気が全身を襲ってきたからこれ以上はいけない!俺のサイドエフェクトがそう言ってる!

 

 

***

 

 

 元の服に着替え、結局試着した服を購入。今着ている服と合わせてもなかなかの出費額になっている……この二着でI♡千葉Tシャツ何十枚買えるんだか……。

 服屋を出たところ、時間もお昼を過ぎていたことから、知恵さんに連れていかれる形で軽食もとれるカフェに移動した。

 店内は女子だらけで、知恵さんを知っているだろう生徒からはキャーキャー!という声まで聞こえてくる。

 ……帰りたい。

 幸いと言ってはなんだが、周りに生徒がいない席に案内されたため少しだけ息を吹き返す。

 

「ハチ君は何頼むの?」

 

「サンドイッチのコーヒーセットで」

 

「私は明太スパゲティでいいかな。食後にカフェオレもらおうっと」

 

 注文を終えた後で知恵さんが話しかけてくる。

 

「それにしても注目されるねー?」

 

「そりゃそうでしょ……学校の先生が夏休みとはいえ男連れてるんですからね」

 

「加えてその男がイケメンなら女子生徒は食いつくよね~」

 

 この状況を楽しんでいるのか軽く笑う知恵さん。

 ほんと、この人のことよく分かんねえんだよなぁ……一番理解できないのは綾小路だがあれは例外だ。隣人としても(俺としては)良き付き合いをしていると思うし、クラス間での同盟関係から情報交換もしている。

 ただ、奴は行動理念がまるで意味不明だ。

 坂柳といい、一之瀬といい、龍園といい、堀北といい……各クラスのリーダーたちですら行動理念的なものは感じるのに。

 その点で言えば、知恵さんは綾小路と近いものを感じることがあるのだ。

 

 そうして思い出すのは昨日の昼休みのこと。

 明日から夏休みだけどマッカン買いに、ここには来るんだろうなぁなどと思いつつ、いつもの場所で飯を食っていた時だった。

 

 

『比企谷くーん。明日から夏休みだねー?』

 

『そうですね、学校に行く必要もなくなって部屋に引きこもれるから最高の気分ですよ』

 

『またまたー。もうぼっちじゃないんだから友達と遊びに行くんじゃないの?』

 

『人間、少し環境が変わったからって行動まで変わりませんって。クーラーの効いた部屋でゴロゴロするか、図書館で本を読み耽るかですよ』

 

『……ふ~ん、そっかー……なら、先生とデートしよ?』

 

『丁重にお断りさせていただきます』

 

『ちなみに拒否権はありませーん!ってことではいこれ』

 

『……な、なんですかこの服。どこのリア充ですか』

 

『あ、いらない?それならそれで素の比企谷君でデートしてくれるなら『ください!』……一万prであげるよ』

 

『えぇ……金とんのかよ……』

 

『私だって教師としての立場があるんだから。ささ、ついでにワックスと眼鏡もつけるから』

 

『……行かないって選択肢は『ないよ?』ですよねー』

 

『ちなみにドタキャンしたらBクラスのみんなにあることないこと話すからねー?』

 

『はあ、わかりました』

 

『じゃ、一度セットしてみようか!似合ってるか分かんないからね~』

 

 

 って感じだったが、デートする意味が解らん。先生と生徒って時点で相当リスクあるのにこの先生押し切りやがったからな……目的があるはずなんだ。多分。

 それに名前呼びだの、なんだの条件突き付けてきやがって……べ、別に新鮮だなとか思ってないんだからね!

 

「イケメンってだけで食いつくとか、人間平等じゃなさすぎて嫌になりますよ」

 

「平等ね~比企谷君のいう平等ってどんなの?」

 

「そっすね……全員独りぼっちなら平等だと思いますよ」

 

 全人類ボッチ化計画……あ、彩加と離れ離れになるのは嫌だから計画中止で。

 

「でも、それって能力に差はついたままだよね?顔だって身体だって違ってる。それで平等なの?」

 

「平等でしょう。能力に差がつくのは仕方がないことです。得意不得意が違えば、才能だって違う。顔も身体も個性だと考えれば平等って言えるでしょ」

 

「男と女なら?」

 

「今の社会は平等じゃないのは目に見えてるじゃないですか。セクハラ、パワハラ、マタハラ……少し男性側に被害を受ければ女性専用列車だの、冤罪だの、レディースデーだの、女性を優遇して男性を冷遇する流れもありますし。あとカップル割とカップルプランとか、非リアに対して喧嘩を売ってるとしか思えません」

 

「最後のはただの妬みだねー?今ならすごいブーメランになっちゃうよ?……そだ、入学して随分と立つけど友達はできた?」

 

 平等についての話から友達の話へ……そういや入学式の日も同じような質問されたっけな。

 あのときは正真正銘のボッチだったが……今はどうだろうか。

 彩加とは名前で呼ぶ仲であるし、部屋を尋ねる間柄でもある。彩加の部屋に行ったのは一回しかないが、俺の部屋で集まるのはすでに日常と化してきているのは事実だ。

 一之瀬とは入学時から絶対に馬が合わないと思っていたが、今では入学時には考えられないくらい会話をしている。

 白波とは同類のような仲間意識もあり、話すようになった。神崎についても積極的ではない同士で話すことも多くなってきた。

 他クラスなら……椎名や綾小路辺りだろうか。椎名とは読書仲間だし、綾小路とは一緒に登校し、たまに一緒に飯を食う間柄だ。

 坂柳派?堀北?……知らない子ですね……。

 それはともかく、東育に入学する前には考えられないような人間関係になっているのは事実だ。

 客観的に見れば見るほど、入学してからの俺は過去の自分と重ねられないくらい人と接している。()()()()()()()()

 友達……俺が昔欲したもので、それでいて諦めたもの。

 

 今なら少しは…………いや、だからこそ、俺は。

 

「……出来てませんよ」

 

「そう……じゃあ恋人は出来た?」

 

「友達いなくて恋人居る奴とかいるんですか」

 

 最近のラノベにはひたすら彼氏彼女がイチャコラするだけの、その様を見せつけられて砂糖吐くことになる作品も存在している。その彼氏の方はそうだったりするかもしれないが、生憎俺は精神だけ異世界に飛ばされたりしてないし、あんなに常識外れでもない。

 友達がいなくて彼女がいる状況なんて、ぼっちが告白されないかぎりありえない現象だろう。

 

「うん、入学式の日と変わってないねー」

 

「人間、そんな簡単に変わりませんよ。俺は今の自分が好きですから」

 

「…………へぇ

 

「お待たせいたしましたー――――――――――」

 

 料理が来たことにより会話は中断され、サンドイッチが俺の前に、スパゲティが知恵さんの前に置かれる。

 腹が減っていたせいか、すぐにあーんしてこられたせいか……。

 知恵さんが会話の最後、俺を冷めた目で見ていたことには気が付かなかった。

 

 

***

 

 

「うーん!たまにはこうしてカフェでのんびりするのも悪くないね~」

 

「まあ、落ち着きますしね」

 

 軽食を取り終えた(食べさせ合いをさせられたせいで周りの生徒から歓声が上がり、疲れたのは言うまでもない)あと、コーヒーや紅茶を飲みつつゆっくりとしていた。

 朝からの連れまわしっぷりからして、他にもどこかに行くとばかり思っていたもんだが、どうやら勘違いであったらしい。

 こんなゆったりとした時間を過ごすのなら、デートも悪くない……いや、これは罠か……?

 

「……そろそろかなー」

 

「……何がですか」

 

 おい、意味深なこと言い始めたぞ……何かを待っている……?

 い、嫌な予感がするんだが……。

 

 

「あ!星之宮先生だ!」

 

 

 ……マジですかー、そうくるのかー……あんたマジで何がしたいの?

 声のした方を見れば、見たことある顔ばかり……Bクラスの女子が集団でこっちに向かってきていた。

 

「先生、そちらの方は……?」

 

「彼は私の彼氏だよー」

 

「「「ええ!?そうなんですか!」」」

 

 うわ、なんか目がキラキラしてる……女子って恋愛が絡むとこうなんの……?この場から逃げ出したいんですけど……。

 

「かっこいい方ですね!」

 

「でしょでしょー!彼を捕まえた時ラッキーって思ったもの~」

 

 俺の心境なんて知ったこっちゃないとばかりに、そのまま会話を始めだす一行。

 よく見たら一之瀬と白波までいるじゃないですか……な、なんとか誤魔化さないと死ぬ未来が待っていそうだな……。

 

「先生、好み変わったんですか?前に言ってた元カレと随分雰囲気が違いますけど……」

 

 一人のクラスメイトと思わしき女子が知恵さんに質問しているが……聞こえているからね、聞こえてない振りするの大変なんだからね?

 確かに最新の元カレのタイプとはかなり違っている。正直真逆と言っていいぐらいの差があると思う。

 ……さて、知恵さんはどうする?

 

「それはねー……」

 

 あ、猛烈に嫌な予感が。

 

「彼……ハチ君の方からアプローチされて告白されたのよー。ね?」

 

「お、おう。そうだったな……」

 

 してねーよ。一度たりとも俺からアプローチなんてしてないし、ましてや告白などトラウマ製造機とまで言われる危険な行為だぞ。するわけがない、が……。

 ここを乗り切るためには仕方がない。なんとか合わせることにしよう。

 

「その告白がねー……もう面白くて!」

 

「え、どんなのですか!?」

 

「く、詳しく!!」

 

 待て、待て待て待ってくださいお願いだから、頭に浮かんだ想像の中での最悪のパターンだけはやめて!……あれ、フラグか?

 

「ハチくーん、ここでもう一回やってもらっていいかなー?」

 

 知恵さんが上目遣いをしながら尋ねてくるが、目が明らかに「やれ」としか訴えてないのでやるしかない。

 もしやらなくて「彼、実は比企谷君なの!驚いた?」とかされたら終わる。主に俺のこれからの学校生活が終わる。

 くっ、ど、どうすれば……何か、何か……こうなったらトラウマの中から探してでも……。

 

「……しなきゃダメか?」

 

「えーやってよー、私の教え子たちが待ち望んでるよ?」

 

「「「………」」」ワクワク

 

 ……く、かくなる上は!

 

 

「知恵さん、俺を養ってください!」

 

 

 ……し、死ぬ、羞恥心で死ぬ!

 だってBクラスの女子全員目が点になってるよ!そりゃそうだよ!こんな告白ほぼプロポーズと変わらないし、ただの駄目野郎……もしくは専業主夫しか言わないだろ!……あれ、誰も言わなそうだな……?

 

「ふふ、あははっ、何度聞いても面白いなー!こんなこと告白する時に言う言葉だと思う~?」

 

「……な、なんていうか、すごく個性的な方ですね」

 

 目を逸らしながら気まずそうに言う、クラスメイトA……そんな言い方しかできないもんな。ほんとごめんな……って元凶は目の前に座ってるビッ……きれいな女性だけどな。

 

「せ、先生!」

 

「うん、千尋ちゃん」

 

「もしかして先生が学校で比企谷君に絡むのって……彼氏に似ているからなんですか?」

 

「あ、確かに!比企谷君なら養ってとか言いそう!」

 

 おーい、そんな風に俺のこと思ってたの?いやまあ専業主夫になりたくはあるが……って養ってとか露骨過ぎたか?俺のまんまじゃねーか……バ、バレないよな?

 

「そだねー、それはあるかも。ハチ君と比企谷君似てるところあるからねー……普段ハチ君とは会えないから、暇つぶしに絡んでるところはあるねー」

 

「そうなんですか……比企谷君これ聞いたら落ち込みそうだね……」

 

「だねー……ショックは受けるよね」

 

 なんか俺に同情の念が集まってる……どこぞの誰かが変なことを言う所為で、Bクラスでは未だに"比企谷は星之宮先生のことが好きだ"とかいう誤解が生じているのだ。

 加えて同情までされるとか……比企谷君不憫だなー(棒)

 

「皆、星之宮先生はデート中だし、これ以上邪魔しちゃ悪いよ」

 

「そうだね、一之瀬さんの言う通りだね」

 

「星之宮先生、デート楽しんでくださいね!」

 

「ありがと~」

 

 一之瀬の良心のおかげか、クラスメイト(女)達は違う席に向かっていった。

 ……し、死ぬかと思った。

 

「養ってください……ふふふっ、ハチ君も大胆だねー?」

 

「いや、今のは知恵さんが悪いじゃないですか。俺は悪くないですよ」

 

「それでもあのチョイスはさすがだよー!機転効きすぎ……んふっ、ふふ……」

 

 あああああー!!今日の夜は転がりまくること間違いなしだな(白目)。

 

「さて、待ってた出来事は起きたし、次のところに行こうか?」

 

「お、お手柔らかに……」

 

 ま、まだあるのかよ……彩加、小町、俺はもう駄目かもしれん……。

 

 

***

 

 

 結局あれからプリクラを撮ることになるわ、カラオケに行かされるわ、プリキュア熱唱したら大爆笑するわ……散々な目にあったもんだ。

 プリキュアの何が悪いってんだよ、最高だろプリキュア。毎週の俺の数少ない楽しみなんだぞ!一番好きなのは……迷うがやはり『ふたりはプリキュア』だろうなぁ……なぎさもほのかも可愛いし……感動するしな。

 オールスターなんか見たら号泣は必然だ。むしろ泣かない奴がどうかしてるまである。あれほど感動するアニメも中々ないと思うんですよ、マジで。

 それと知恵さんが地味に歌が上手くてびっくりしたな。それに、なんでか知らんけどキュアピースのとこだけ被せてきたし……似すぎて思わず感動した。あれは一生の不覚だな。

 

 色々連れまわされて、既に時刻は19時を回り、生徒の中には寮に帰っていく奴らも結構いる。

 そんな中、俺と知恵さんは人気のない広場のベンチに横並びで座っていた。手をつないでいたらここに連れてこられていたのだ。

 

「今日は楽しかったよー、ありがとねー」

 

「俺は大変な一日でしたよ」

 

「もーう、そんなこと言うなら明日もデートする?」

 

「大変楽しい一日でした」

 

「そういうとこ、私は嫌いじゃないよ」

 

 

 ――――――――――――それは唐突に、危機察知特化の俺の緩みの隙間を通してきた。

 

 

 

「比企谷君……今日、なんで誘ったか分かる?」

 

 先程までとは比べるまでもなく雰囲気が変わっていて。

 驚いて隣の星之宮先生を見るが、先生は前を向いているだけでこちらに目線を寄こしすらしない。

 そしてそれは、"デート時の知恵さん"ではなく"担任としての星之宮先生"として聞いているのだと感じた。

 俺を誘った理由……確かに、違和感はあった。

 どこか、言葉には出来ない居心地の悪さ。どこか、偽物であるような佇まい、行動、しぐさ、言葉。

 

 ……駄目だ、いくら考えても皆目見当もつかない……分からない。

 

「……分かりません」

 

「……そう」

 

 短く、それでいて凶器を向けているように冷たく返してきた星之宮先生は、俺に向けて視線を送ってきた。

 その目は……酷く、冷たく、暗く……まるで虫けらを見るような蔑んだ目で。

 

「君はそんなつまらない子なの?」

 

「……」

 

「入学式の日。君を初めて見た時、私は目を見て思ったの。あなたは酷くつらいことがあったんだろうなって」

 

「……」

 

 何を言ってるんだ、この先生は……酷くつらいことがあった?

 

「強い警戒を抱いていて、他人を拒絶していて……それでいてすぐに壊れてしまいそうな、儚い存在のようにも見えて」

 

 なんだよ……あんたが俺の何を知ってるってんだ?俺の何を理解してるんだ?

 どんな立場で……何を語ってるんだ?

 

「君は「何の話ですか?俺のことを勝手に語らないでください。不愉快でしかないです」……そっかー」

 

「そうです。なんですか、その、俺のことをよく知らないくせに、酷く辛いことがあっただとか、拒絶しているとか、壊れるだとか……あんたが俺の何を知ってるんですか」

 

 気持ち悪い。

 俺が感じたのはそれだけだった。

 好き勝手に自分を語られるのが気持ち悪くて我慢ならない。何を見てそんなことを言うのか、まるで理解できないから。

 

「……知らないよ。私は全く、君のことを知らない」

 

「なら、なんで」

 

「今の君は、酷くつまらない。君はもっと、求めているものがあるんだと思ってた」

 

「……何を言って」

 

「……もう分かってるんじゃないの?他ならぬ君自身が一番、さ」

 

 ……ああ、そうだよ。今さらになって自覚させられる、ここ最近の違和感。

 俺が俺じゃないと感じたのは恰好だけじゃなかった……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今の関係も、少し前の俺が嫌っていたもので。

 それは、ただの欺瞞で。

 気を遣ってるだけの壊れやすい関係で。

 俺が、一番嫌っていたはずのもので。

 

「俺は……」

 

「……今日はありがと。またね、比企谷君」

 

 今まで目を背けてきたことを指摘されて、いい様に誘導されて。

 様々な考えが頭を駆け巡り、それでいて答えはまるで出ない。

 先の見えない暗闇の森に一人でいるような、そんな感覚に襲われる。

 

 しばらくして隣を見るが、星之宮先生は既にいなくなっていた。

 

「……帰るか」

 

 近くのトイレに入り、着替えてから髪型も元に戻し、寮を目指す。

 幸いなことに俺以外に生徒は見えず、一人、ゆっくりと暗くなった中、重く感じる足で歩みを進めていく。

 

 

 

 

『君はそんなにつまらない子なの?』

 

 

 

 

 そんな星之宮先生の声音だけが、ただ俺の中で響いていた。

 




酷い文章だぜ……もっと俺に文才があればなぁ。。。

少し最初の方で一之瀬やBクラスの面々と仲良し気にしすぎたかと思っての牽制役です。
星之宮知恵のような『明らかに危険人物なんだろうけど嫌いになれない、むしろ好きなまである』キャラがこのような役にぴったりではないかと思っております。
実際生徒思いな先生には違いありませんし……アニメで見た時に可愛いと思ったのは必然とも言えます……よね?可愛くなかった?

3、4巻やら4.5巻やらを読み返した結果、夏休みの設定を一週間休み+バカンス(特別試験)二週間+一週間休みの一ヵ月構成にしました。
※よう実の設定をだいぶ個人的な解釈をしていたりします。
 その辺りは妥協していただけると嬉しいです。

次はハチトツ……トツハチ回にしようと考えております(変更したらごめんね)。


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番外編:星之宮知恵のクラス総評①

星之宮先生視点で一度書いてみたかった。
駄文?いつものことですので気にせずチャレンジしてみました。
内容としては入学から夏休み前(期末考査)までです。

原作の情報をベースに長めに書き換えました。
加え、それぞれの評価を新しくしました。

短いけれど番外編として軽く目を通す気持ちでお読みいただければ。


 夏休み。

 それは学校に通う生徒たちにとっては天国ともいえる日々。

 加えて、東育では夏休みの課題といった類のものは出ない。毎日遊んで暮らせる最高の時間だろう。

 ……もちろん、最低限勉強をしていなければ二学期から厳しい日々が待っているのだが。

 

 そんな夏休みに、1年Bクラス担任の星之宮知恵は職員室にいた。

 東育ではブラックともいわれる先生の仕事がほとんど存在しない。国が運営していることもあって事務員は他におり、雑務はあまり回ってこない。

 その代わり、細かい規定やルールが課せられてはいるが、それも話したりミスさえしなければ何も問題はないのだ。

 

「サーエちゃんっ、Dクラスの総評は書き終わった?」

 

「チエ、お前は馬鹿なのか?他クラスの担任に見せるわけがないだろう。勝手に覗き見してくるな」

 

「だって~気になるんだもん!」

 

「……私だってBクラスの生徒は気になるが、余計な詮索はしないようにしている。お前もそれくらいは自重しろ」

 

「サエちゃんが気になってるのは比企谷君でしょー?入学式の日といい、トラブルに巻き込まれることといい、今一番面白いと言っても過言じゃない子だからねぇ」

 

「ほぅ?お前がそこまで言うほどか。尚更興味が湧いてきたな」

 

「でも駄目でーすっ。サエちゃんには教えませーん」

 

「なら早く自分の席で総評を書け。私もまだ残っているのだから邪魔をするな」

 

「ちぇーサエちゃんのケチ!」

 

「むしろお前が露骨すぎる。鬱陶しいにもほどがあるからな。さっさと終わらせて帰れ」

 

 各担任がそれぞれ記入しているのは、一学期の自クラスの総評と生徒個人個人の評価である。

 もちろん、成績表や生活態度など一般高校と同じ部分もあるが、あらゆる面を評価する裏評価も存在している。

 各種監視カメラによる映像やクラスとしての動き、個人としての動き、その全てを書き記す。

 

 茶柱が相手をしなくなり、つまらなくなったのか自分の席に戻りクラスの評価をまとめていく星之宮。

 ……いったい何を考えているのだろうか。

 

 

***

 

 

 クラスや生徒個人の評価をするのがここまで楽しみなのは初めてだった。

 これまでも数回、担任を受け持ってきたけどここまで個性豊かで面白い生徒が集まったことはなかった。

 

「まずはクラス評価からかなー」

 

 自然と、入学式の日を思い出す。

 クラスに入って、いつもの説明をして、生徒たちの顔を見回したとき目を惹いた生徒は数人いた。

 一之瀬帆波、神崎隆二、そして……比企谷八幡。

 戸塚君もある意味では目を惹いたけど……興味が湧いたのは三人。

 その中でも、比企谷八幡君。彼のような目をした人間に初めて会ったと思う。

 だから、その日のうちに私を訪ねてきてくれたことが嬉しかったりしたっけ。

 

 さてさて、クラスの評価だ。

 Bクラスは比較的優秀な子が集まるクラス。Aクラスとは言わないまでも、あと一歩でAクラスになれるような生徒たちばかりだ。ただし、比企谷君は除くけど。

 最初に頭角を現したのは一之瀬さん。彼女を中心としてクラスは動いていくようになり、神崎君がその補佐に回るような形で落ち着いた。

 クラスの子たちと接して、仲がいいクラスになるんだろうなって思った。入学してからの短時間であそこまでクラスとしての統率がとれたのも一重に仲の良さからだろう。

 このまま三年間仲良く勉学に励んでもらいたいと思えるクラス。逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()だった。

 だけど彼……比企谷君の存在で少しずつ変化が起きている。

 

 Cクラスの生徒たちによって呼び出された比企谷君が暴力を振るわれた事件。あの一件で少しだけクラスが変わる予兆が見られた。

 注目するべきは比企谷君の行動理由。彼は()()()()()C()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()自分から引っかかりに行った。

 自己犠牲、そう言葉にしてしまえば簡単に片づけられてしまうけれどそうじゃない。あれはただ効率を求めただけ。クラスにとって一番損害が少ないと考えた結果に過ぎない。

 なかなかやる。けど、クラスメイト達はそれを放っておけず、翌日にはCクラスに殴り込みに行った。あの時は盛大に笑っちゃったなぁ……お利口さんばかりじゃないと知って安心もしたんだけど。その話をするとふてくされたように顔を背けちゃう比企谷君も可愛かったなぁ。

 

 監視カメラでその日の放課後の様子は見たけれど、まだまだ比企谷君の殻には罅が入った程度だった感じだね。クラスメイト達と少しずつ会話するようになっていったのもその頃。仲がいいけど問題が起こったら行動できる。

 あの出来事で少しだけ評価を上げたんだよね。

 

 次は中間考査。勉強会を開くという普通の対策。元々が優秀だからこそ効果があったけど、物足りないと感じもした。

 あと、比企谷君と一之瀬さんがギスギスしたような雰囲気になっていた。それに影響されてか、クラスの雰囲気もあまりよくはなかったと思われる。学生だねぇ……。

 結果的に試験は高得点。だけど、戸塚君が解答欄のズレで赤点になり、退学処分を言い渡した。

 あの時だったかな、比企谷君の力を測ろうとしたのは。

 分かりやすくヒントを出していたせいか、本人はイライラしていた様子だったけど。

 だってどうでもいいんだもん。戸塚君が退学になっても、誰が退学になっても、成績に影響するだけ。まぁ、面白い子が減るのは残念だとは思うけどね。最終的に担当クラスがAクラスに上がってくれればそれでいいし。

 

「あの時はね……ふふっ」

 

「チエ、突然笑うな。気味が悪いぞ」

 

「ごめんごめん、比企谷君が面白くってつい」

 

「だからと言って表に出すな」

 

「ごめんってば」

 

 でもねサエちゃん、比企谷君とあの時対峙してみれば分かると思うよ。

 あれは、自分のことをなんとも思っていない。顧みることもせず、自己保身に走ろうともせず、ただ、自分なりの最適解を平然とやる。

 多分初めてではないだろうか。この学校設立以来初。

 代わりに自分を退学にしろ……なんて言う生徒は。そんなこと、聞いたことも考えたこともなかった。

 あそこまで歪めば立派な欠陥品だ。比企谷君ならCでもDでもありえたかもしれない。

 一之瀬さんとの言い合いも最高だったなぁ。わざわざテストの点数をすぐに売らないようにして良かったよ。

 

 その後はクラス全体としては特にないねー……一番学生して、青春してるとは思うけど。特にいざこざは起こさないし、他クラスを貶めようともしない。まあ、学校生活を一番普通に送れてるとも言えるんだけど。

 

 あえて文字に起こすとするなら……

 

『一之瀬さんを筆頭にクラス全体が仲良く、まとまりが出来ていました。少々問題ある生徒もいますが、これからの変化に期待が持てるでしょう』

 

 

***

 

 

「次は個人……」

 

 一人一人の学業の成績表は付け終わってる。

 あとは評価、全体的実力の評価。

 大体の生徒は入学時と変わらない。もしくは少しだけ過剰に評価していたと思う部分や、過小評価で会った部分を変更するだけの簡単な作業。

 残りはあと三人。

 

 一人は戸塚彩加君。

 初期のメモを見直すと、容姿にしか言及していないことが分かる。ちょっと適当すぎだったかな。

 評価も変更してメモも変えておこう。

 

「こんな感じかなー……」

 

 さて、残すは問題の二人。

 

 一之瀬帆波と比企谷八幡。

 

 ……正直評価しにくいんだよねー、この二人。

 一之瀬さんは最初バラバラだったクラスをまとめて、クラスの中心人物になった。素直な性格と能力の高さ、優しさもあってかクラスの皆からの信頼は大きい。彼女に対しては私も信頼を寄せている。

 比企谷君はそのまとまるBクラスの中でも異端。ひっそりと輪の中にいるようでいないからか、一之瀬さんが手を焼いているところも見たことがある。それでも、彼の行動は効率的で頭もキれる。

 

 Bクラスはこの二人と神崎君次第で、AクラスになったりDクラスになったりするだろう。

 

 まだ大きなポイント変動が起きる試験がないから、具体的な予想は出来ない。それでも、二人の行動でクラスは動くだろうね。

 

 一之瀬さんは生徒会に立候補し、落選はしたものの後々南雲副会長が声をかけるはず。生徒会入りは遅くなっただけでほとんど確実。南雲君は優秀だけど、優秀だからこそ変な道に走っちゃってるよねー。比企谷君ならアホを見るような目で見つめてそう。

 対して、比企谷君はいつも校内、敷地内を歩き回ってる姿が監視カメラに映ってる。

 視線をよくカメラに向けていることから、監視カメラの位置は把握しているんだろう。加え、彼はボイスレコーダーを持っているはず。様々な情報から有益な情報を手に入れているはず。

 

 まるで表と裏、太陽と月、陽と陰、正反対の二人。

 

 誰に対しても素直に信頼したり信用するのが一之瀬さんだとすれば、比企谷君は誰に対してもその言葉や行動の裏を読もうとする。

 

 もし、二人の力が合わさり、それを神崎君をはじめとするクラスメイト達がサポートすれば……

 

「本当に、これからが楽しみだよ」

 

 

***

 

 

氏名:戸塚彩加

クラス:1年B組

学籍番号:S01T004673

部活動:テニス部

誕生日:5月9日

 

評価

学力:B

知性:C+

判断力:B

身体能力:B

協調性:B+

 

担任メモ

入学時に指摘されていた自分への自信のなさは少し改善され、自分の意見を少しずつ言うようになりました。一之瀬さんをはじめ、男女ともに多くの友人がいます。今後も自信をつけながら能力を伸ばしてほしいです。

 

 

氏名:一之瀬帆波

クラス:1年Bクラス

学籍番号:S01T004620

部活動:無所属

誕生日:7月20日

 

評価

学力:B+

知性:A

判断力:B+

身体能力:C

協調性:A-

 

担任メモ

私が全幅の信頼を寄せる女の子。バラバラだったBクラスをまとめ上げた素直な性格と高い能力、間違いなくAクラスでもおかしくない子。ちょっとばかり純粋すぎるところがあるけど、最近ではクラスメイトの比企谷君に触発されている部分を感じます。これからが楽しみな子です。

 

 

氏名:比企谷八幡

クラス:1年Bクラス

学籍番号:S01T004679

誕生日:8月8日

 

評価

学力:C+

知性:A-

判断力:A

身体能力:C

協調性:D+

 

担任メモ

相変わらず考え方が捻くれています。ですが、少しずつクラスに馴染んでいるようにも感じます。入学時よりもクラスメイトとの交流が増え、良い傾向です。加えて、一之瀬さんとの関わりで変化の兆しが見られます。これからが楽しみな子です。

 




書き終わってから読み返して感じたこと。
裏を隠し持っているとした場合で書いてたけど……星之宮先生強すぎない?(笑)

まぁ、過去東育でどんなことをしたのかは分かりませんが、素直に敗北するような人には見えないし、なんなら思い通りになるまで裏から操っていた疑惑すら感じます。

もっと先生たちの情報が欲しいぜ……。


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康平「苦労しているんだな」 八幡「お前もだろ」

感想ありがとうございます!やっぱり返信する時が一番楽しいですね……。
さてさて、今回は四人組の夏休みと葛城との絡みです。

相変わらずの駄文ですが、楽しんでいただければ幸いです。


 星之宮先生と別れた後、部屋に戻ると彩加が夕食の準備をしてくれていた。

 

「あ、八幡!おかえりなさい!もう少しでご飯できるから待っててね!」

 

「……おう」

 

 いつもの俺なら舞い上がるところだろうが、生憎、今はそんな気分になることが出来そうもなかった。

 ……戸塚彩加。中学の時に通っていた塾で知り合った、そこらの女子よりも可愛い男子。それが自身のコンプレックスのようで、本人は男らしさをもっと身に着けたいと願っている。

 俺は、彩加とどう接するのが正解なのだろうか?

 高校に上がる前までの俺なら、部屋に上げたり、まして泊まりだなんて絶対にすることはなかったはずだ。

 拒絶して、あるところで線引きして、一定以上の距離を保っていたはず。

 だがこの学校に来て、Bクラスに配属されてからはどこか浮ついていた。

 担任といい、クラスメイトといい、皆仲良くを本当に実現できる、想像上でしかありえないような、そんな甘い夢を一瞬見かけてしまった。

 

 そんなこと、ありえるわけないと心が叫び出す。

 

 それに俺は、一度そんな関係を求めることを拒んだ。

 そんなものは馴れ合いに過ぎないと。ただの欺瞞で、嘘で、偽物で。

 お互いに嫌われないように気を遣いながら、周りの顔色を窺い続ける関係。

 もちろん、そんな関係ばかりではないのだろう。言いたいことを言い合える関係も存在しているのだろう。

 けれど、俺にはそれが―――――――――――――酷く、物足りないと感じるのだ。

 

「八幡!今日は肉じゃがだよ!……八幡?」

 

「……ん?あ、ああ。ありがとう彩加。美味そうだ」

 

「もう、ボーっとしすぎだよ?じゃ、食べよっか」

 

「おう」

 

 彩加の作ってくれた肉じゃがは、とても美味しい。実際に前に食べた時は、最後の晩餐には彩加の肉じゃがとマッカンがいいなと思ったほどだ。

 しかし今は、どうしてか味を感じられなかった。

 

 

***

 

 

 お互いに他愛ものないことを話しながら……まあほとんど俺は聞き専だったが……順番に風呂に入り、歯を磨いて寝る支度をする。

 寮の部屋は一人用に考えられているため元々ベットは一つしかない。

 

「だからといってこれは……」

 

「……すぅ、すぅ……」

 

 俺と彩加は同じ布団で眠っていた。

 最初は俺が床で寝ようと思ったが、彩加がそれを拒否。だからと言って彩加を床で寝せるなどもってのほかだ。

 そしたら彩加が、『八幡……い、一緒に寝ない?』なんていうもんだから承諾してしまった。

 うん、彩加が可愛すぎるのが悪い。

 

「はあ、寝れる気がしねえな」

 

 彩加が隣で寝ていることも寝付けない原因ではあるのだが、やはり一番は星之宮先生だ。

 

 

『君はそんなつまらない子?』

 

 

 あれは何を意味していたのだろうか。俺がつまらないのは元からだが、そういうことを言っているわけではないことぐらい、さすがにわかっている。

 俺は何を求めているのだろう……本物なんて、あるのか。

 考えれば考えるほど、深い闇の中を彷徨っているような感覚に陥るのを感じる。

 今までの会話が楽しくなかったとは言わないし、言えない。むしろここまで会話する人間が増えたことは喜ばしいことだ。

 

 それでも……薄ら寒いと感じてしまうのは俺が歪んでいるからなのだろうか。

 彩加を始め……一之瀬、白波、神崎、柴田、綾小路、椎名、堀北……話す人間は確かに増えたし、交流も多くなったと自覚している。

 だがこいつらに……俺は何を求めて……いや違う、俺が求めるもの。それは……酷く独善的で、独りよがりで、我がままでしかなくて。

 そうだとしても、俺が求め、欲するもので。

 

「あ……はち、まん……」

 

「さ、彩加……?」

 

「僕はずっと……はちまんの味方だからね……」

 

「寝言かよ……全く」

 

「えへへ……」

 

 可愛すぎてつい頭を撫でちゃうだろ。

 どうして彩加がそこまでして俺に関わってくれるかは分からない。

 味方するなんて言っても、ただの口頭での言葉だ。それが上っ面だとしても本気だったとしても俺には分かりえない。

 ただ、彩加とはこれからの関係は、俺の望む様なものに―――――――

 

 

***

 

 

「……谷君」

 

 ……?なんだ……?

 

「……企谷君」

 

 うるさいな……もう少し寝かせてくれよ……。

 

「比企谷君!!」

 

「……なんでいんだよ」

 

 目を開けて真っ先に飛び込んできたのはドアップの白波の顔。

 ……は?ち、近くない?目の前に瑞々しいピンク色が……え?

 

「ちょ、ちょっと千尋ちゃん!近すぎるよ!」

 

「あ、ごめんね比企谷君……あれ、一之瀬さんその反応はもしかして……?」

 

「な、なんでもないよ!ただ、千尋ちゃんと比企谷君がキスをしそうでびっくりしちゃっただけで……」

 

「き、キス!?わ、私が比企谷君と!?」

 

 こいつら……勝手に侵入してきやがって……いや、彩加が入れたのかな?なら良し!

 朝からドキドキ体験とかどこのラブコメだ。

 

「あ、おはよう八幡。目が覚めたんだね?もう少しで朝食出来るから待っててね!」

 

「おう、おはようさん……」

 

 さ、彩加がエプロンしてる!!か、可愛い!永久保存版間違いなしだ!

 

「……」パシャパシャ

 

「(す、すごい……いつもだるそうにしている比企谷君が真剣そのものだ……!)」

 

「(うんうん、分かるよ比企谷君。私も一之瀬さんのエプロン姿何十枚も撮ったからね!)」

 

 並みの男子高校生なら堕ちていたと断言できる危険行為をした白波が、いい笑顔でサムズアップを向けてきた。

 俺もそれに応じてサムズアップを行い、何故か俺たちの行動をみた一之瀬までサムズアップをする意味不明な空間が出来上がったところで、彩加が朝食を並べはじめた。

 

「比企谷君、顔と手を洗ってきなよ。戻ってくるまで待ってるからさ」

 

「お、おう……」

 

 今何時だ……8時?早すぎだろ、ほんとならあと二時間は寝れてるのに……悲しいかな、すでに部屋の実権を握られていてはどうすることも出来なさそうだ。ここ、誰の部屋だっけ?

 顔を洗い、手を洗ってからリビングに戻ると、ちょうど三人が全員分の朝食を並べ終わったところだった。

 

「おっ、グッドタイミングだね!」

 

「それじゃあ、いただきます!」

 

「「いただきまーす!」」

 

「いただきます」

 

 前に購入した低めの机を取り囲むように四人で座り、朝食を食べ始める。

 ちなみに音頭をとる人間は各食作った人間が行うことになっているため今回は彩加だ。相変わらず可愛い声だな……いつまでも聞いていたい。

 朝の献立はご飯に味噌汁、焼き鮭にサラダと至ってオーソドックスだが、彩加の手作りというだけで付加価値が凄まじいものになる。

 うん、美味い。

 

「彩加、毎朝俺に味噌汁を作ってくれないか」

 

「もう!今食べてるじゃん!変な八幡!」

 

「す、すまん、美味しくてついな……」

 

「ありがと!そう言ってくれると嬉しいよ!」

 

「(このやり取り何回目だろう?いつも見てる気がするんだけど……比企谷君は愛の告白を日頃からしすぎ!軽い男の子に見え……ないね?)」

 

「(いいなぁ……私も一之瀬さんにそう言ってみたいけど……勇気が出ないよぉ……)」

 

 いつもながら。他愛もない話をしながら朝食を取り終わり、俺は食器を洗い、他三人は勉強の準備を始める。

 基本、料理をこの三人に任せっきりにしてしまってるようなものなので、食器洗い等の雑用は俺が積極的にやることになっている。というよりやらなければ本格的に専業主夫への道が閉ざされてしまう。それは避けなければ!

 洗い終わってから服を持ってリビングを出て、洗面所で寝間具から着替える。

 普段なら女子二人は、朝から勝手に部屋に突撃してこない。基本はリビングで着替えるのだが、さすがに今着替えるわけにはいかない。別に露出狂でもないし……もし着替え始めたらすぐさま通報されそうだな……白波に。

 ここ俺の部屋なはずなんだけどなー……シェアハウスをする気分とはこんな感じなのだろうか?

 着替え終わり、やりたくもなければ見ることすら嫌な数学の教材を取り、他の三人同様机に向かう。

 

 ※以下勉強中の会話抜粋

 

「ねえねえ八幡、ここの文法ってなんでこう解釈できるの?」

 

「それはだな、前の文に注目すると……」

 

「一之瀬さん、ここの化学式ってなんでこうなるのかな?」

 

「えっとね、まず酸素が……」

 

「すまん、数学さっぱりわからん」

 

「もう八幡ったら……あれ?ここって確か一之瀬さんが教えたところじゃ……」

 

「え、えっとですね……」

 

「そっかー?比企谷君は戸塚くんが教えると覚えられるのに、私が教えると覚えられないんだー?……ネエ、ナンデナノカナ?」ウツロナメ

 

「ごめんなさい俺の記憶力が並の人間以下なだけです!もう一度教えていただけませんでしょうか一之瀬様!」

 

「そこまで言うならいいけど……ツギハナイヨ?」

 

「サー、イエッサー!」

 

 ……まあ色々あったにはあったが、午前中は集中力が続く限りそれぞれ復習予習に取り組み、一之瀬によって設けられた二時間に一回の質問時間でお互いに教えられるところは教え合った。

 最近一之瀬の俺に対する扱いが厳しくなっていてるのは気のせいかな?気づいたら人を殺せそうな目で俺を見つめてるんだよ?……はい、俺の理解力の問題ですねわかります。

 時刻は12時半、ちょうど昼時だ。昼飯は何にするのだろうか?

 

「お昼ご飯何にしよっか?」

 

「うーん、材料的にはチャーハンか野菜炒めとかかな?」

 

「あ、あの、ラーメン食べ行きたいで「一昨日、『月一回の無料の三品買ってなかったわ』って今日が消費期限の野菜を買ったのは誰だったかな~?」はい、すみません、なんでもないです」

 

「朝炊いたご飯も残ってるし、チャーハンが無難かな」

 

「よし、じゃあ作ろう!」

 

 俺のラーメンを愛する心を一瞬で蹴散らし、三人でわいわいと献立を決め、調理をし始める。

 朝は彩加が作ったから、昼は一之瀬と白波が作るんだろう。今日の夜は女子会なるものがあるらしく、彩加も友達とご飯を食べに行く予定らしいので、夜にラーメンは食べに行こう。

 今日の分のノルマ(一之瀬作の数学基礎問題集)を終わらせたため手持無沙汰だ。特に考えることもなく学生証端末を開き、今の所有pprやチャットの会話、電子掲示板をチェックしていく。

 

「八幡、今プライベートポイントいくら?僕はこれぐらいなんだけど……」

 

 俺と同じく手持無沙汰であった彩加も同じようにpprの確認をしていたらしい。彩加の端末には146723pprと表示してあった。

 

「俺も似たようなもんだな」

 

 俺の端末には149811pprと示されてある。これは中間考査時の彩加の退学話を10万pr払うことによって一点を購入した際、彩加が自分のせいで迷惑をかけているのだから全てをクラスの貯金から出させるわけにはいかないと、半分を自身のpprから出したことによるものだ。それでもあんまりクラスメイト達と変わるもんではないのだから、彩加が節約できていることが理解できる。

 むしろここまで差がないのは、俺が無駄遣いをしていることを示しているのだろうか?あ、ボイスレコーダーの有無と、最近買ったゲームのせいか。

 

 そういえば一之瀬のポイントはどれくらいになっているのだろうか……クラスメイトからの徴収ポイントだけで確か320万あるから……彩加の点数に使ったり、Dクラスの手助けに使ったりしたとはいえ、一之瀬自身のポイントを考えれば……330万あるかないか、それぐらいだろう。

 日頃の情報収集(ボイスレコーダーを常時展開)によれば、次のクラスポイントが大きく変化しうるのは皆が楽しみにしているバカンスの内容であることにほとんど間違いはない。上級生は下級生に試験の内容を教えることが出来ない等の制約があることもすでに把握済みで、上級生に頼るといった行動は出来ない。

 ……ま、試験の内容次第だし、今警戒しすぎるのも気の張りすぎか。

 

「じゃーん!出来たよ!私と千尋ちゃんの力作チャーハン!」

 

「うん、今回のは良い感じだった!」

 

 どうやら出来上がったらしい。いい匂いがする方を見れば、各皿に配分された美味しそうなパラパラチャーハンが机に置かれていた。

 何故ここまで俺と三人で料理のレベルが違うのか……専業主夫希望が一番レベル低いって中々だよね?もう専業主夫(料理を除く)を目指すことにしようかな。

 

「「いただきます!」」

 

「いただきます!」

 

「いただきます」

 

 作ったのが一之瀬と白波であるので二人同時に合掌しているのだが……白波さん?嬉しかったのは分かるけどもうちょっと抑えよう?顔が凄いことなってるよ?可愛すぎるんだが……あーあかん、この空間は俺の精神を試しているのかな?

 彩加が可愛いのは宇宙の真理、一之瀬は上級生も気に掛けるくらいには有名な美少女、白波はBクラスの中では積極的ではないので目立っていないが、普通に可愛い。うん、これ俺が顔面偏差値下げてたりするのかな?ごめんね?

 

「美味しいよ二人とも!」

 

「ありがとう戸塚くん!」

 

「良かった、いい出来でほっとしたぁ……」

 

 確かに美味しい。正直店で出てきてもおかしくないほどには美味いな。

 ……これどうするのが正解なのかな?一之瀬はさりげなく感想を求めてきているのだが、白波が釘を指すかのようにジト目で見つめてきている。俺はジト目成分欲してる遥君とは違って、ただ気分が落ち込むだけだからね?

 仕方ない、さりげなく褒めつつ、なおかつ他人事のように……どうして料理一つ褒めるだけでここまで考えないといけないんだろうね。

 

「……ま、美味いんじゃねーの?」

 

「捻デレだ!」

 

「そっか、美味しいんだね」

 

「八幡は素直じゃないなぁ~」

 

「うっせ……って、何が捻デレだ。誰がそんな造語作ったんだよ」

 

「星之宮先生」

 

「奴かよ……今度とことん俺への認識について話し合わないといけないみたいだな」

 

「(うーん、何度頭の中で想像しても、星之宮先生に比企谷君が手玉に取られることしか浮かばないんだけど……)」

 

 まったく、あの教師は何勝手に変な造語を作ってんだか。茶目っ気ありすぎだろ、やっぱ純情派お姉さん系ビッ……純情美人お姉さんなところが生徒とのコミュニケーションを円滑にしているのでしょうか。星之宮先生見てくれだけ……中身も見た目が素晴らしいからな、いやホントに最高だしな!……断じて毎回身体を襲ってくる寒気にビビったわけじゃない。ホ、ホントダヨ?

 おそらく関わり度だけで考えれば、クラス担任であり昼休みを一緒に過ごしていることから俺がダントツであるはずだが、一体いつ生徒にいらん言葉を教えたりしてるんだろう?八幡、気になります!

 

 しばらく談笑しつつ食事をし、全員が食べ終わったことで食器を洗っていく。その間に三人が俺の部屋にあるゲームを準備していた。

 結局、金に困っていたであろうDクラスの生徒(誰かは知らないし顔も知らない)や上級生(こちらも面識なし)の使わなくなったゲームを購入したことにより、我が部屋は理想郷へと一歩近づいていた。

 あと必要なものは本棚と本だが、こればっかりは手を出さなくても図書館に揃ってるのでこれ以上理想郷と化すことはないだろう。嬉しいような悲しいような……。

 

「何するー?」

 

「スマブラやろうよ、スマブラ!」

 

「いいね!なんか久しぶりだなー、ゲームするの」

 

「この学校に入学してから色々あったからねぇ……すごく短く感じたよ」

 

「だね!」

 

 楽しそうで何よりです。これが父親の気持ちなんだろうか?キッチンからワイワイしている三人を眺めていると……なんとも表現しがたい感情が浮かんでくるもんだ。

 食器を洗い終わったので俺も参戦する。

 

「一之瀬がピカチュウで白波がプリン、彩加がネス……なんかしっくりくるな」

 

「八幡はスネークを使うんだね」

 

「負けないからね!」

 

 いいじゃんスネーク。横スマ当てたら大体撃墜できるし……当てんの難しいけど。

 友達と対戦なんてしたことがなかったためか、今回の四人での対戦プレイは結構ワクワクする。

 CPU相手にひたすら戦うか、小町と対戦と言う名の接待プレイしかやったことがない俺だが、このメンバーなら勝てる気がするぜ。

 

 

***

 

 

~三時間後~

 

「やった!これで10勝目!最下位の比企谷君への命令は……私たちが帰るまでこれを付けること!」

 

「……はい」

 

「「わ~!新鮮!!」」

 

「八幡!写真撮ろうよ!」

 

「……お、おう」

 

 あれから三時間、少しばかり休憩を入れたりキャラを変更したりしているのですが、一度も勝つことが出来ないでいた。

 いや、こいつら上手すぎ……一之瀬と彩加は交友関係が広いから経験もあるんだろうが……まさか根暗とまでは言わないしても、どちらかと言えば陰の部類になるだろう白波まで強かったのは計算外だった。

 プリンにボコボコにされるおっさんの図が何回目の前で再生されたことか……。

 

 加えて途中からは『ただ勝敗をつけるだけじゃ面白みに欠ける』とか言い出し、一位になったものが四位に何かしら命令できるとかいう王様ゲームの亜種がスタート、俺の22敗目の罰ゲームは猫耳を頭に着けて過ごすこと……一之瀬さんなんでこんなの持ってるの?さては大の猫好きだな!?そういやたまに『にゃにゃ!?』とか『~だにゃ?』とか言ってるしな。

 でもそういうのって、一之瀬が可愛いから許されるのであり、これが性格悪いブスがやると途端に攻撃対象になったりするんだよね。今までクラス内でのカーストや立場、しぐさなんかを観察してきたから八幡知ってるんだ!

 

 この学校に来てからというもの、すり減らしていたであろう神経に気を遣わなくてよくなったためか、妙にテンションが高い三人。

 次々と命令権を手に入れては無茶ぶりしてくるし……綾小路の部屋に行って『俺、実は男に興味があるんだよ』って宣言するとか鬼畜過ぎるだろ。いや、確かに彩加に興味はあるしつきそうにもないのは事実だが、あれは絶対誤解されただろう。綾小路も『は……?』なんて茫然としてたからな。

 白波の黒い笑みが……くっ、もっと俺が強ければ……!

 ちょっと本気でスマブラ練習しようとした瞬間だった。

 

「あ~遊んだ遊んだ!久しぶりにゲームをした気がするよー」

 

「そうだね、夏休みに入るまではちょっと気を張り続けてたし……いい息抜きになったよ」

 

「比企谷君が弱すぎることにはちょっと驚いたけどね」

 

「うっせ、ボッチは対戦相手なんてCPUぐらいしかいねえんだよ……はぁ、綾小路の誤解はどう解こうか……」

 

 こうして、夏休み二日目の計画を全うし、一之瀬と白波は女子会へ、彩加はテニス部の友達と飯を食べに行くために部屋から帰っていった。

 すぐに綾小路に連絡をし、ラーメンを奢ることで誘い出すことに成功。道すがら罰ゲームであることを説明し、他人に変なことは言わないようと釘をさす。

 

「いつも一緒にいる、見た目が女子のような男子は当てはまらないのか?」

 

「何言ってんだ。彩加は彩加だぞ。それ以上でもそれ以下でもない。当てはまらないな」

 

「そうか」

 

「……で、最近俺が図書館を利用するたびに、堀北を嗾けていたのは何かしら目的でもあったのか?」

 

「嗾けた?……ああ、前に比企谷がBなのに堀北はDなんだな……って煽ってみたら想像以上に効果抜群で、『彼が本当にBクラス足りえるのか見極めに行くわ』とか言ってたな……」

 

「原因はお前に変わりないだろ……ま、堀北は実際、能力だけみれば優秀だから、言いたいことは山ほどあるだろうし……」

 

「しかしあの性格がな……」

 

「ああ、ものの見事にすべてを台無しにしてしまっているな」

 

 堀北トークで盛り上がる陰キャ男子二人組。傍から見たらモテない男子による女子格付けだとでも思われてそうだな……。

 

「正直者過ぎるというか、真っすぐすぎるというか……難儀な性格だよ」

 

「オレのように事なかれ主義を貫けばいいのにな」

 

「事なかれ主義の割には堀北のサポートをしてるよな……」

 

「脅されてるから仕方ないんだ。堀北が怖いのは、比企谷も分かるだろ?」

 

「ああ、前に『コイツぼっちだ!』って心の中で思っただけで睨まれたし」

 

「それは比企谷が分かりやすいだけと思うけどな。オレからでも、そうとうわかりやすいと思うからな」

 

「マジかよ……あ、そういえばDクラスには堀北と対照的なのがいるよな」

 

「誰だ?」

 

「櫛田」

 

「まあ、コミュニケーション能力なら完全に真逆だが……」

 

「いや、違う違う。堀北は何事にも真っすぐだが、櫛田は張り付けた仮面で周囲を欺いているだろ?」

 

 お、珍しく綾小路の目がギリギリ視認できるぐらい見開かれた。これはやっぱり裏の顔があるんだろうな……あーやだやだ。

 

「……気づいていたのか?」

 

「俺はまず人を疑うところから入るからな……あんな『いかにも男子受けしそうなしぐさ』をした奴、気持ち悪く感じてな……でも気づいてる奴は気づいてるはずだろ」

 

「例えば?」

 

「高円寺」

 

 高円寺が前に櫛田のことをプリティガールと呼んでいた。それはある意味『おやおや、そんな可愛らしい演技をしてどうしたんだいガール?』的な感じかと思うと、お腹が痛くなってくる。なんつー嫌味だ。

 まあ、何も関係なくてきとうに呼んでいるとは思うけどね。俺だったら……ゾンビボーイかな?自分で言ってて悲しくなってきたわ……。

 

「高円寺か……確かに自由人過ぎる性格さえ除けば、能力は凄いからあり得ない話ではないな」

 

「お前と一緒で力を出さないから、明確には分からないけどな」

 

「比企谷はオレのことを買い被りすぎだ。オレは高円寺や堀北の足元にも及ばない平均的な人間だ」

 

「いや、今さっきの発言ではっきりした。高円寺の能力を大体把握できれば、大抵は化け物と言うはずがお前は凄い、ぐらいのレベルだ。俺はあれを凄いって言葉だけで片付けられるほど強者ではないんでね。むしろ雑魚なまである」

 

「(……やっぱ比企谷は面白いな……)」

 

 こじつけが過ぎたか?結構無理矢理ではあるが……少なくとも高円寺のスペックは規格外すぎる。それを凄い程度で見れる綾小路……うん、この二人が本気出したら負ける気しかしない。やる気出すんじゃねーぞ!

 

「純粋にオレの語彙力のなさだと思わないか?」

 

「あー……わり、国語満点のつもりで話してた。すまん」

 

「謝るのか煽ってるのかわからないぞ、ヒキガエル」

 

「おい、地味に昔の渾名で呼ぶんじゃない。お前がそう呼ぶ所為で、堀北にヒキガエルと認識されてしまったじゃねーか」

 

「なんだ?堀北のこと好きなのか?」

 

「いや、全然。お高く留まってる系女子は好きじゃないが……まあでも、少しだけ憧れている部分はあるかもしれん」

 

「……?」

 

「どうした?」

 

「いや、堀北のことを憧れているとか言う奴がいたから、コイツ本気かと疑ってな……」

 

「おいやめろ、すべての面で憧れてるわけじゃねーから。ただ……俺が遠い昔に捨て去ったものを貫いているところを見ると、重ねる部分があってな」

 

「そんなもんなのか?」

 

「ああ、そんなもんだ」

 

 堀北鈴音とは、多く関わったわけではない。せいぜい図書館で会ったときに会話するか、もしくは椎名に誘われて食事(支払いは俺持ち)するときぐらいしか会話なんてしない。

 それでも、同じようにボッチ道を歩んできたもの、歩むものとして……自分を曲げずに生きていることに、少しばかり憧憬を抱いてしまうのだ。

 俺には持ちようもないあの姿勢に。

 

「綾小路は……なんでこの学校に入学したんだ?」

 

「いきなりだな……理由か、特にないな。たまたまだ」

 

「そんな奴いたのか……俺も似たようなもんだけど。たまたまきっかけがあって入学したが、特にやりたいことも目標もない」

 

「Aクラスに興味ないのか?」

 

「正直ねえよ。ただ、クラスが目指すっつーから乗っかってるだけだ」

 

 やはり綾小路と会話をするのは面白い。少なくとも気分が楽だ。多分、純粋に気を遣わなくていいと感じられているからだろう。綾小路はそういうのを気にせず話せるところが八幡的にポイント高い!……小町元気にしてるかな?

 

「……そこに誰かいるのか?」

 

「え?」

 

「いや、さっきから何もないところで手を動かしていたから、オレには見えない何かと交信しているのかと……」

 

「へ?」

 

 な、なんだと!小町愛があふれ出してしまったせいか急に会いたくなったせいか……想像の中で小町の頭を撫でていたら現実でもしていたようだ。ただのヤベエ奴じゃねーか……。

 

「す、すまん……ヤベエ奴と幻滅したか?」

 

「元々おかしな奴だと思ってたし、今更だ」

 

「ちょっと?俺って普段からおかしいやつ扱いだったの?」

 

「気にするな。オレは前から気にしていない」

 

「ひ、ひでえ……」

 

 綾小路に変人扱いされてるのは……え、俺の認識って高円寺と同じなの?あそこまで我を出してないつもりなんだけどな……?

 あ、そこじゃない?ソウデスカ……。

 

 

***

 

 

 翌日の夏休み三日目、俺と彩加はテニスコートを借りていた。

 前々から彩加とはテニスをやらないかと話していたものだが、思っているよりも彩加がテニス部で忙しかったり、俺が怪我を負ったり、俺が数学出来なさすぎたり……大体は俺のせいで先延ばしになっていたのだが、夏休みにせっかくだからとやることになったのだ。

 

「八幡、今日はありがとね!僕のわがままだったのに聞いてくれて!」

 

「気にするな。俺も運動はしないといけなかったし、好都合だった」

 

「そっか!じゃあ楽しもうね!」

 

「おう」

 

 その花の咲いたような笑顔が最高です。ごちそうさまでした。

 彩加といるだけで心が安らぐなぁ……昨日の夜は呪われていたから、なおさら癒されていくのを感じる。

 昨日、俺がよく利用しているラーメン屋で食事をとり、切れていたシャンプー類を買うために綾小路と別れたのだが……坂柳一派に遭遇、カフェへと連行され四人分の支払いとバカンスで行われるであろう特別試験の協力(強制)を求められたのだ。

 俺の頑張り(接待に土下座、俺のプロフィール公開)により20枚の写真を取り返したものの、なんとなくだが、前より写真が増えていたような気がするんだよな……奴隷になる日が近そうで怖い。

 

 うん、あんな悲しい出来事なんて忘れよう。

 

 彩加がラケットを二つ所持していたので一つを借り、ラリーを始める。

 テニス部である彩加が撃ち返しやすいところにボールを返してくれているため、なんとか返すことでラリーが続いていく。

 テニスに関しては、中学のときに体育の時間で壁打ちをしていた経験しかない。これが人生初のラリーである。

 まさか相手が彩加とはな……『俺の初めては彩加とだった』なんて表現すると、なんかちょっとエロく感じるな……ゴクリ。

 

「八幡テニス上手だねー、前にやったことあるのー?」

 

「中学の授業でー、超壁打ちしてたー、テニスは極めたー」

 

「それだけでこれだけ打てるのすごいねー!だけどー、それはテニスじゃなくてー、スカッシュだよー」

 

 伸び伸びの声を出しながら、俺と彩加はラリーを続ける。

 なんだろう、このカップルみたいな光景……ここが天国でしたか。

 時々休憩をはさみつつ、また、彩加にスライスやサーブを軽く習いつつ、ラリーを続ける。

 一生この時間が終わらなければいいのにと思っていたが、すでに始めて三時間が経ち、コートを借りていた時間の終わりが見えてきてしまった。

 惜しい気持ちが盛りだくさんではあるが、彩加がネットの道具を片付けている間、俺はコートを整備していく。

 

「終わっちゃったねー。時間が経つのもあっという間だったなぁ」

 

「……また来ようぜ。いつでも休日なら借りられるだろうし」

 

「うん!ありがと八幡!今度は一之瀬さんと白波さんも誘ってみようかな?」

 

 いつもの面子だと俺だけ疎外感が半端じゃないんだよな……見た目の。

 前に星之宮先生から買った伊達眼鏡かけておけばなんとかなるだろうか?

 

 

***

 

 

 コート整備を終えた俺と彩加は管理局に道具を返却し、コンビニで軽くお昼を済ませる。

 今日のメインはテニスではなく昼飯後に行くところなのだ。

 

「ここだね。八幡は初めて来たんだっけ?」

 

「ああ、前から鍛えていたわけではないからな」

 

 昼食を取り、一休みした俺たちが向かったのがトレーニングルームだ。

 この学校では部活生用のトレーニング室と一般生徒用のトレーニング室があり、部活生はどちらも使用でき、運動系部活に所属していない生徒は一般用しか使うことが出来ない。

 一学期ですらCクラスに暴力を振るわれたのだ。二学期、三学期ともなればさらにクラス間での競争は激しくなるだろうし、二年も三年もあるのだ。少なくとも自衛をこなすために、最低限の肉体を手に入れたいと考え、俺は彩加とともにここを訪れていた。

 

 受付の人に使用料のpptを払い、二人で中に入る。

 中はルームランナーやウエイトマシンをはじめ、数多くの器具が備え付けられていて、休憩室やシャワー室も完備していた。

 俺たちの他に人は……一人だけいるな。

 アイツは……ああ、Aクラスの葛城だ。髪がないのは全頭無毛症を患ってるからだとか。もちろんソースはボイスレコーダーである。

 

「八幡、僕は一時間ぐらいしたらテニス部での活動があるから帰るけど、それまでは一緒に頑張ろうね!」

 

「おう!頑張ろうぜ!」

 

 むしろ彩加がいてくれるだけで頑張れるまである。彩ちゃんマジ天使。

 

「最初は軽くルームランナーからやっていこうか」

 

 彩加に案内されるがままに、器具の使い方を教わってはそれをこなしていく。七月からは部屋でも鍛えてるから結構いけると思い、途中から強度を高めにしてみたが……現実はそんな優しいものではなかった。

 

「し、死ぬ……」

 

「八幡!無茶したら駄目だよ!めっ!」

 

 強度を上げすぎたのは失敗だったが……彩加にめっ!ってして貰うためだと考えたらおつりがきそうだ。

 ……すいません痩せ我慢ですめっちゃきついです。

 

「あ!もうこんな時間!八幡、今日はありがとね!楽しかった!」

 

「おう、ここまで付き合わせて悪かったな。部活頑張れよ」

 

「うん!じゃあ、また明日ね!」

 

 彩加を部活へと見送り、一度休憩しようと休憩室に入る。

 そこには既に先客がいた。まあ、葛城なんだけど。

 

「すまなかったな、ちょっとうるさかっただろ?悪い」

 

「いや、無心でするにも限界があった。気にしなくていい」

 

「助かる」

 

 休憩室に設置されている自販機はすべて無料となっていた。多分だがここに入るときにポイントを取ったから、そこから出しているのだろう。

 監視カメラも設置されているため、迷惑行為をすればすぐに学校側に話が行くようになっているのではないだろうか。

 スポーツドリンクを一つ購入し、葛城が座っていない方のベンチに座る。

 いや、だって初対面の相手の隣に座る勇気がボッチにあるとでも?

 だがこれは好機だ。葛城とは少し話をしてみたいと思っていた。

 主に、坂柳について。

 

「なあ、お前は1年Aクラスの葛城で合ってるよな?」

 

「……そうだが、おまえは?」

 

「俺は1年Bクラスの比企谷だ。これからここを使う頻度が多くなると思うから、よろしくな」

 

「わかった。よろしく比企谷」

 

 よかったー、噛まずに言えたぞ!この学校に入っての一番の成長は、あまり人前で噛むことがなくなったことかもしれない。キョどるのは相変わらずだけどね。

 

「Bクラスか……比企谷、例のバカンスについてどう考えている?」

 

 おおっと、葛城の方から話を振ってきたか。

 

「十中八九、何かしらクラスポイントが変動するようなことが起きるだろうな」

 

「ほう、中々頭がキレるようだ。試すような真似をしてすまなかった」

 

「いや、別にいいさ。ああ、俺も聞きたいことがある」

 

「なんだ?」

 

「坂柳有栖について」

 

「……」

 

 Aクラスの坂柳と葛城が仲が悪いのは有名な話だ。坂柳派と(嬉しくない)交流があるせいか、坂柳の思考の向きは大体わかっている。ドSな性格もあるのかもしれないが、とにかく攻めるのが好きな坂柳派。この派閥と争っているとなれば、葛城は逆……守りに重点を置くタイプだと推測できる。

 現状ではそこまで差がないものの……坂柳派が優勢であることは軽くAクラスを調べるとすぐにわかった。ま、本人曰く『バカンス時の試験で葛城派を追い込む』らしいから、二学期からは坂柳の完全体制になるのは想像に難くない。

 

 だからこそ、俺は葛城に頑張ってもらいたいのだ。

 

 現実的に、今のBクラスがAクラスに上がろうとするなら、大規模なポイント変動が起きない限り相当厳しい戦いになる。また、その大規模なポイント変動時にも苦しい戦いが待っているのは明らかだ。

 その際、坂柳の一党体制だとAクラスに付け入る隙が消滅してしまう。Bクラスには坂柳に既に無力化されている俺がいるのも痛い。あいつ、絶対写真更新してるからな……ちくしょう(泣)。

 Aクラス内での派閥争いに関して、坂柳は暇つぶしの遊戯だとしか思っていないだろうが、それでも葛城が対抗を続けるだけ、Bクラスにチャンスが起こる

 

「坂柳のやり方は俺の望むところではない……Aクラスであるのだから、わざわざ危険に身をさらす必要はない、と俺は考えている」

 

「坂柳はドSだからな。あいつ、面白半分で人の黒歴史を平気で弄ってくるぐらいだし……少しでも痛い目見ればいいのに」

 

「……坂柳と面識があるのか?」

 

「不本意ながら、だけどな。ちょっと弱み握られてて……」

 

「そ、そうか……既に他クラスにまで手を伸ばしているとは……」

 

 葛城は少しだけ目を逸らしながら答える。やはり、坂柳のやり方はAクラスに認知されていると見ていいな。あまり表立った行動をしていないから、葛城が知らないなら情報売って抵抗させようと思ったのに……残念だ。

 

「俺はトレーニングを再開するが、比企谷はどうする?」

 

 葛城は飲み終わった容器を捨て、トレーニングに戻ろうとしている。

 ……葛城の肉体的に、かなり鍛えてるだろう。ならば、トレーニングを教えてもらうのはありではないだろうか。筋トレ初心者が一人でやるより、日ごろから取り組んでいる人間に教わった方が……俺にはプラスになると思えるし。

 

「一緒にやらせてもらっていいか?この貧相な体を見ればわかると思うが……最近になってトレーニングし始めてな」

 

「構わない。雑談でもしながらやろう」

 

 こうして、俺と葛城は一緒にトレーニングに励むことになった。

 今日は家に誰も来る予定がないため、時間を気にせずに取り組むことが出来る。本格的に弟子入りしてみようかな……?

 

※以下トレーニング中の会話抜粋

 

「比企谷、姿勢が悪くなっている!もっと腰に力を入れて踏ん張るんだ!」

 

「う、うっす!」

 

「比企谷、まだ10回しか出来てないぞ。へばるのは少なくとも100回やってからだ」

 

「う、うっす!!」

 

「比企谷、そうじゃない。もっと呼吸に合わせて連続で繰り返すんだ」

 

「うっす!!!」

 

「誰が休んでいいと言った!まだ10回残ってるぞ!罰として追加100回だ!」

 

「すみません教官!!!」

 

 ……教官と生徒のような関係になってしまっているが仕方がない。って、最後教官言っちゃってるし。

 だって葛城君、手抜き一切なしなんだよ。声出さないとやってられないくらいにはきついし、苦しい。

 明日は筋肉痛だろうなぁ……明日の予定ってなんだっけ?俺家から出たくないんだけど。よし、明日は引きこもるぞ!

 

 適度に休憩も取りつつ、葛城の筋トレを見学しつつ、筋トレを見てもらうことを繰り返していると、気づけば夜19時を回っていた。

 のめり込むと時間って一瞬だよな。今日一日すさまじいスピードで過ぎていった気がする。

 

「今日はここまでにしておこう。次回も今日と同じくらい、張り切ってやろうではないか」

 

「お、おいっす」

 

 葛城の奴、途中から楽しんでなかった?教官役を楽しそうにしていた気がするんだけど……Aクラスを引っ張るリーダーの一人だし、納得と言えば納得なのだが。

 

「時間も時間だ、今日は外食でいいだろう。比企谷、一緒に食べないか?」

 

「いいぞ。俺も外食する予定だったし」

 

 こうしてトレーニングを終えた俺たちはそれぞれシャワールームで汗を流した後、葛城が利用するという飲食店に向かった。

 穴場的スポットなのか、幸い、他の生徒はそこまでいなかった。

 

「ここのお勧めとかあるか?」

 

「肉類が美味いぞ。トレーニング後はいつもここで肉を食べている」

 

 葛城ワイルドかよ。葛城が一発芸で『ワイルドだろぉ~?』ってやったらウケそうだ。坂柳を呼吸困難に陥らせれば……いや、表情一つ変えず『だからどうしたんですか?』とか言いそうだな……イマイチツボが分からん。俺の黒歴史ネタでは笑うのだが……。

 葛城はAクラスなだけあって高めのWステーキセットを、俺も少しがっつり食べたい気分だったのでハンバーグ&ステーキセットを頼んだ。

 少しお冷を喉に流していると、葛城が話題を振ってくる。

 

「比企谷、失礼を承知で聞くが……その目は何かの病気か?」

 

「……いや、デフォルトだ。病気でも、特殊メイクでもない」

 

「……すまない、気を悪くしただろう」

 

「別に構わないさ。クラスメイトにも入学時には怯えられたし、大抵の人間が目について聞いてくるから慣れているしな」

 

「苦労しているんだな」

 

「お前もだろ」

 

「何……?」

 

「全頭無毛症なんだろ。たまたま耳にしてしまってな。気を悪くしたら済まないが……」

 

「ああ、既に割り切っているから構わない」

 

「……あれだ、小学校や中学校の時、同級生から弄られたりしただろ?」

 

「そんなこともあったが……お前もか?」

 

「ああ。ま、俺の場合は存在事だったけど。知ってるか?『比企谷菌』ってバリア効かないんだぜ?」

 

「悲しい過去を何故自ら明かしていくのだ……理解できん」

 

 葛城には自虐ネタはよくないみたいだな。生徒会に立候補するぐらいだし、生真面目な性格なんだろう。どことなく堀北と似ている部分があるのではないかと感じている。

 坂柳は盛大に笑ってたのに……ツボまで逆とか言わないよね?

 

「すまんすまん、つい癖でな。葛城は中学校はどうだった?生徒会とかやってたのか?」

 

「中学では生徒会会長だった。この学校でも生徒会に入ろうとしたが、落とされてしまってな」

 

「葛城が落とされるなら誰が入れるんだよ……知ってるか?うちのクラスの一之瀬も落とされたんだよ。生徒会の基準どうなってんだ」

 

「今年の一年は誰も生徒会に入ってないからな。相当珍しいことらしい」

 

 次から次へと質問に答えてくれる葛城。確かに俺は得たい情報を得れているから構わないが……大丈夫か?今日初対面の他クラスの生徒信頼しすぎじゃない?

 俺がBクラスの戦力になるなんて思ってもなさそうだな……ま、実際戦力にならずむしろ足を引っ張っているが……主に数学とか?

 

 料理が運ばれてきてからもそこそこ会話をした。

 生徒会長として中学は大変な思いをしたのではないかと聞いてみたが、案外そうでもなかったらしい。

 ……俺も目や陰キャであったことでいじめや弄りを受けていたため分かるのだが、中学生ぐらいなら他人の身体的特徴を馬鹿にする奴は結構いる。小学校でも顕著であることは違いないし、高校生でも頭が弱い奴らはするかもだけど。

 葛城なんて絶対『禿』とか言われてただろう。それでも全く気に留めていなかったらしい。それも堂々と学校生活を送っていたんだとか。

 俺との違いは何だろうか。陰キャだったのが悪かったのか?まあ、それにしても……やっべー、マジ葛城さんリスペクトっしょー!……うざっ、誰だこいつ。

 

 よし、これからはトレーニングの師匠として、人生の手本として教官と呼ぼう。葛城も気に入っている節があるし大丈夫なはずだ。

 

「教官、坂柳なんてぶっ飛ばしてくださいよ!」

 

「ああ、次の試験で、アイツの出る幕はないことを証明して見せる」

 

 食事を終え、特に用もないため二人で寮へと向かう。

 葛城とはトレーニングの相談などもしたかったので、連絡先を交換した。

 5階につき、葛城と別れ自分の部屋に入り、買いためていたマッカンを飲みながらふと今日のことを思い返す。

 ……思っていたよりも葛城がいい奴だったのが印象的だった。坂柳と関わりすぎたせいで、坂柳と敵対している奴はヤバい奴という方程式を頭の中に思い描いていたが、そんなことなかった。実際のところ、真面目で熱血な教官だった。

 

 だが……最後のはフラグな気がするんだよなぁ……葛城に幸有らんことを願いつつ、俺は夏休み三日目を終えたのだった。

 




夏休みの原作設定がバカンス→夏休み少しって感じで、葛城と双子の妹の誕生日が8月29日であることから前回の話も少しだけ時系列弄りなおしました。
夏休みがバカンス含めたら一ヵ月超えるけど……い、いいよね?

次は夏休み4~6日目+プール回です。プールに関してはアニメに沿って行こうと考えておりますが、一年生のプール使用期間をバカンス前までとして時系列を入れ替えます。
南雲はまだ出さない方が……今後の展開的にいいんですよね。原作4.5巻の内容で行くと、絶対八幡が一之瀬に釘をさしちゃうからなぁ……ボイスレコーダー最強説を唱えたい。

それを置いていても、本当に一之瀬の扱いに困るな……誕生日とかどう描写したらいいんでしょう?
……戸塚の誕生日はまあ、学校の制度が驚きに満ちて知らなかったでも通るでしょうが、白波がいる時点で一之瀬の誕生日を知らないわけがないんだよなぁ。

7月20日、ぼーなすとらっぐ!的な形で書くかな……。


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八幡「うげっ…」 有栖「おや…」 翔「てめえは…」 学「……」

UA50000越えありがとうございます。嬉しい限りです。

今回は夏休み前半4~6日目、プール回をお届けします。
初めて一話で20000字を超えました。後悔はない。テンションおかしい混沌とした事態になったが後悔はない。

《》はチャットのグループ、【】は電子掲示板のスレッド名を表しています。

テンションの上げ下げと話の展開のスピードがおかしなことになっておりますが、楽しんでくれたら何よりです。

……念のため言いますがハーレムではありません。断じてないから!!


 例えば。

 例えばの話である。

 例えばもし、ゲームのように一つ前だけのセーブデータに戻って選択肢を選びなおせたとしたら、人生に変化は起りえるのだろうか。

 答えは否だと思う。

 それは選択肢を持っている人間だけが取ることが出来る手段、方法であり、俺のように強制であったりだとか、はたまた最初から選択肢を持っていない人間にとって、その仮説は全くの無意味になる。

 人生に後悔をしないことはありえない。なんなら人生全てに後悔しているまであるというのにだ。

 ifもパラレルもループも存在しない。だから結局のところ、人生のシナリオは一本道なのだ。可能性を論じること自体が虚しい。

 ……どうしていきなりこんなことを言い出したんだって?そりゃあ、お前……

 

「うげっ…」

 

「おや…」

 

「てめえは…」

 

「……」

 

 今しがた自分の行動に後悔していたからだ。

 つくづく、神様は俺のことが嫌いみたいである。

 

 

***

 

 

 夏休み四日目。

 

「比企谷君起きてー!朝だよ!今日も勉強頑張ろう!」

 

「……あと後生」

 

「寝すぎだから!それだと一生起きてこない人になっちゃうから!ほら、タオルケットを離しなさい!」

 

「だが断る!」

 

「もう、粘ったって結局起きることになるんだから、早く諦めなよ!」

 

 ……もう一之瀬が朝から部屋にいても違和感がなくなっている。慣れって怖い。このまま居座られたら俺の居場所が本気でなくなる。彩加だけなら一生この部屋にいてくれてもいいんだけどね。

 一之瀬と戦いつつ、部屋を見渡せば白波と俺の彩加が楽し気に朝食を作り、運んでいた。

 あれ?白波さんイチャイチャする相手間違ってるよ?ここの世話焼きっ子はいいの?男嫌いじゃなかったっけ……あ、彩加だからいいのか。

 とりあえず目で訴えてみよう。

 

「(おい、お前は一之瀬担当だろうが。彩加とイチャイチャするんじゃない!)」

 

「(戸塚君は別枠だよ?それに一之瀬さんから『私がやる!』って言われちゃったから仕方ないよ)」

 

「(仕方ないのか?)」

 

「(一之瀬さんと戸塚君を入れ替えて考えてよ!)」

 

「(……すまん、俺が間違ってた)」

 

「(分かればいいんだよ)」

 

「もうっ!起きて早々千尋ちゃんと見つめ合っちゃって!もしかして二人って……」

 

「「いやいやないから」」

 

「隙あり!」

 

「しまっ!?」

 

「タオルケット没収!さあ、観念しなよ!」

 

「……はい、顔洗ってきます」

 

「よろしい!」

 

 白波と同士としての意思疎通をしていたところを一之瀬に不意打ちされ、タオルケットから意識を離してしまったのが原因だな。俺の完敗である。くそ、オカンめ……。

 一之瀬帆波はBクラスを引っ張るリーダーとしての面が目立つため、意外かもしれないがそこらの女子と同じように恋愛系の話が好きである。自らが恋愛に巻き込まれるとダメなタイプだが、他人の恋愛は興味津々らしい。

 だからこそ騙されたんだが、白波はお前に告白してるよね?今でも好き好きオーラ凄いんだからそんなこと言うんじゃねえよ……。

 

 他人に対する配慮やサポート、周りと同調する能力が極めて高い一之瀬であるが、自分が絡むとその長所も消え失せる。これまで歩んできた人生によって出来た弊害だろうが……

 俺みたいに、自分のことしか考えない奴とは違う。心から他人に寄り添える少女。それが一之瀬帆波という優しい女の子だ。最近の俺に対する行動を見る限り決して優しいとは言えないが……それでも、一之瀬帆波は優しい(俺以外)女の子だと思う。

 

 だからこそ、自身の行動が他人を傷つけることをしっかり認識して欲しいと思うのだ。

 

 一之瀬が先程俺と白波はもしかして的な発言をしたとき、俺の目には少しだけ悲し気に目を伏せた白波の姿が映っていた。

 もちろんそれは俺のエゴだろう。他人の行動に口出し出来る人間でないことぐらい百も承知だ。

 そうだとしても、俺は一之瀬にそうあって欲しいのだ……今度それとなく伝えてみよう。

 ……白波とは協力関係にあるからな。べ、別に白波が可哀そうだとか全く思ってないんだからね!

 

「痛っ……」

 

 洗面台まで移動したのだが、思っていたよりも筋肉痛が酷かった。教官扱きすぎっす……今日一日は部屋で安静にすべきだ。それしかない。

 

「それで、二人は良い場所見つけた?」

 

「それがねー……」

 

「私も一之瀬さんも、小橋さんや網倉さんと一緒にいることが多くてね」

 

「あんまりそういった場所には行かないんだよね……」

 

「何の話?」

 

 痛みがところどころ走る身体を頑張って動かし、顔を洗いすっきりした俺がリビングへ戻ると、三人が何やら話をしていた。

 場所というからには明後日のことだろうか?一日目に俺が強制的に星之宮先生にデートさせられたため、一日目の予定を明後日に移したはず……はぁ、こんなに夏休みが予定で埋まるなんて、入学前の俺も、小町も信じられないだろうな。今でもたまに夢かもしれないと思うことがあるくらいだ。

 

「あ、八幡。この学校の敷地内でさ、のんびりできる公園とか知らない?」

 

「おー、知ってるぞ」

 

 何故そのことが知りたいのかは分からないが、そのような場所なら知っている。というよりベストプレイスの一つだ。

 入学して最初に俺が行ったのがマッカン探し&学校探索だ。監視カメラのない場所を確認したり、監視カメラに映らない箇所を把握したり、マッカンがどこにも売ってないと絶望したり、リア充がイチャイチャするゾーンを発見したり、生徒があまり寄り付かない広場を発見したり……収穫はたくさんあった。

 校門に近い場所に大きめの広場があることも、そんな探索中に知ったのだ。海から漂ってくる潮風を感じながら、ベンチで横になったらそれはもう気持ちよかった。読書するにもおすすめな場所だ。

 

「さすが八幡!これで懸念はなくなったね!」

 

「うん!朝ごはん食べて勉強したら、そこに行こう!」

 

 ……ん?

 

「なんだ、今日って予定入れてたっけ?」

 

「比企谷君忘れたの?今日はピクニックの日だよ?」

 

 ……マジですか、よりによって今日ピクニックに行くんですか。先に知っておけば昨日あそこまで自分を追い込まなかったのに……忘れてた俺が悪いけどさ。

 未だに予定が入っていることに慣れていないので、完全に忘れていた。今度からちゃんと端末のカレンダーにメモしとかないとだな。

 

 彩加と白波の作った朝食を頂き、今日も今日で数学の基礎問題集を解き進め、さらに一之瀬から化学の基礎問題集も授かり(強制)、出来るところをこなしていった。

 出来るところだけをしたのだが、如何せん空白が圧倒的に多い。一之瀬が彩加に教えているうちに、白波に助けてもらおう。

 

「白波、ここの計算なんだが……」

 

「ごめん、私化学出来ないから」

 

 白波ィー!!

 結局一之瀬に見つかり、付きっきりで数学と化学をとことんやらされた。その際に一之瀬の持て余し気味のたわわなモノが俺に幾度となくあたり、当然ながら白波がそれを見て目を血走らせることもあったが、無事に勉強会の時間をやり遂げた。

 

「じゃあ早速ピクニックの準備しよう!」

 

「私と一之瀬さんでサンドイッチとか食事の準備をするね」

 

「なら僕と八幡で飲み物を調達してくるね」

 

 気づけばそれぞれ役割が決められ、俺と彩加は一度彩加の部屋に向かい、お茶を作る。

 一人暮らし設定である寮の部屋のキッチンは、玄関から入ったリビングへとつながる廊下の途中にあるのだが、まず四人で動けるようなスペースはとられていない。せいぜいが二人まで作業できるかなぐらいなので、俺の部屋で料理を、彩加の部屋でお茶を作っているわけだ。

 ……思えば、今俺の部屋には美少女が二人だけでいるんだよな……白波が積極的に話しかけていて、それに笑顔で応える一之瀬の姿が浮かんできた。

 環境の変化……未だに完全に慣れたわけではないけれど。俺はこの四人での関係を、思っているより気に入っているのだろう。

 そうでなければ、こうして一緒にピクニックに行くだなんてありえないのだから。

 

 

***

 

 

「風が気持ちいいね~」

 

「あったかくて、眠くなってきちゃう……」

 

「八幡がここを気に入っている理由が分かるや」

 

「だろ?」

 

 俺先導の元、あまり生徒の寄り付かない広場まで来た俺たち四人は、のんびりと過ごしていた。

 一之瀬と白波が作ってくれたサンドイッチを時々口に運びつつ、潮風を感じながら談笑して過ごす……悪くないな。

 身体が痛いのは相変わらずだが、その痛みすら少し心地よく感じていた。って、それだとただのマゾになるじゃねーか。俺はMじゃない……違うよね?

 

「明後日は四人で買い物行って、その次の日はプールに行って、それからバカンスかぁ~。夏休み満喫しすぎてちょっと怖くなってきちゃうね」

 

「でも、夏休みくらいゆっくりしないと休まらないよ」

 

「あはは、学校に通ってると気を張っちゃうもんね」

 

 Sシステムはほとんどの生徒を翻弄し続けている。リアルタイムでの査定に、クラス間での争いを推奨させるような仕組み……自然と気を張ってしまうのは仕方のないことだろう。

 問題はバカンスが最高のバカンスになるのか、地獄のバカンスになるのか……坂柳は絶対だと言うし、葛城も疑っていなかった。ボイスレコーダーで僅かに聞き取れた上級生の会話も鑑みれば後者になるのは確実だろう。

 ……部屋に引きこもってちゃダメかな?バカンスにそこまで興味ないんすけど……。

 

「なんか眠くなってきちゃった」

 

「俺は寝る」

 

「あ、八幡……って寝るの早っ!」

 

 ここほんとに気持ちいいからな……寝なかったことがないぐらいには快適なんだよ。

 

 

***

 

 

「千尋ちゃん……眠かったんだね」

 

 私の膝の上にはすやすやと眠っている千尋ちゃんがいる。膝枕をしているわけだけど……千尋ちゃんの寝顔可愛いなぁ~。

 

「八幡、ほんとに寝ちゃったや」

 

 隣を見ると、戸塚くんの膝を枕にして眠る比企谷君がいた。彼はいつもここで昼寝をしているらしい。休日に部屋を訪ねてもいなかったときはここに来ていたのかもしれない。

 それにしても……寝顔だと目が開いてないからか、普段よりかっこよく見えるなぁ……本人曰く『目の腐りと理系教科の出来なさと彼女がいないことを抜けば俺はハイスペックだぞ』らしいけど、あながち間違いじゃないのかも。

 彼女をステータスに加えているのはどうかと思うけど……

 

「八幡、前々から休日は昼時まで寝て過ごすことも多かったらしくて、多分、最近は早く起きるようになったからなおさら眠くなったのかも」

 

「そっか、比企谷君には迷惑だったかな?」

 

 勝手に合鍵を作って、部屋に侵入し、勝手に居座り、勝手に予定を作って……あ、あれ?私結構酷いことしてたかも……。

 

「うんうん、そんなことはないはずだよ」

 

 私が自身の強引な行動に問題を考え始めた時、戸塚くんはそれを否定してきた。

 

「そうかな?」

 

「うん、前に八幡に聞いてみたんだ。僕たち勝手に部屋に侵入して、勝手に夜ご飯や朝ごはん作ったり、集合場所なんかにしてるけど、迷惑してないかなって」

 

「そ、それで……?」

 

「『迷惑に決まってるだろ。最初の頃なんてどう追い出してやろうかずっと考えていたしな……ただ、最近はむしろいないと違和感があるくらいだ。……だからって必要以上には来てほしくないのは変わらんけど』って言ってた」

 

 だから最初の頃はずっと顔が不機嫌だったんだ。照れ隠しだと思ってたのになー。

 それでも、比企谷君が一番信頼を寄せているだろう戸塚くんが言うんだから、すべて事実なんだろう。全く、捻くれた表現するなぁ。

 

「……一之瀬さんはさ、八幡のことどう思ってる?」

 

「ほえ……?」

 

 突然の戸塚くんからの質問に、咄嗟に応えることが出来なかった。

 比企谷八幡君、クラスメイトの中で一番に一人を好み、また、一人であろうとする人。

 比企谷君の考え方には驚かされてばかりだけど……好きな食べ物とか、飲み物とか、妹が大好きなこととか、戸塚くんのことも大好きなこと……あと本を読むのが好きなことぐらいしか知らない。

 Bクラスの皆は大小はあってもAクラスを目指すことに積極的だ。それは私だってそうだし、千尋ちゃんも、戸塚くんだってそうだ。

 でも、比企谷君からはそれが感じられない。だからってBクラスの不利益になるようなことはしてないけど、Aクラスになりたいとは思ってないみたいで。

 こうして一緒にピクニックに来たりしているけど、私は彼のことを多くは知らない。

 

「僕はさ……前にも言ったけど、八幡のことが好きだよ」

 

「「え!!」」

 

「あ、友達としてだよ!……白波さん起きてたんだ」

 

「あう……」

 

「……八幡と出会ったのは中学校の時に通っていた塾でね?初めて会ったのは近くのコンビニで、僕が男子高校生にナンパされてる時だったんだけど、他の人がみんな見て見ぬふりをする中で、八幡だけが僕を助けてくれたんだ。通報してないのに通報したなんて言ったり、動画を取りながら、周りの人に対して『男子高校生が女子中学生を襲ってるぞー!』なんて言ってさ。男子高校生が逃げた後、お礼を言おうとしたら八幡、自分は関係ないとばかりにすぐ行っちゃってね」

 

「(比企谷君らしいなぁ)」

 

「(戸塚君のこと、最初女の子だと思ってたんだ……ちょっと残念だけど、仕方ないか。戸塚君可愛いし)」

 

「たまたま学習塾が同じだったから話すことが出来たけど……もちろん、僕のことを塾で見ていたからってのもあったんだろうけど、他の人が出来ない行動が自然とできる八幡のことが……かっこよくてさ」

 

「確かに比企谷君は、自然に助けてくれるというか、届かないところに手を伸ばしてくれるところがあるね」

 

「(どうしてそこで恋愛に発展しなかったの!!)」

 

 ち、千尋ちゃん?今の話に泣く要素合ったかな……かなりショックうけてるようだけど……。

 

「塾でも一人で勉強しててさ。僕やほかの皆が話したり休憩してる時でも、一人で過ごしてて……なんか、そんな姿に憧れちゃって。一匹狼みたいでかっこいいなぁって」

 

「そ、そっかー……」

 

「(それ多分、比企谷君に話す相手がいなかっただけじゃないかな……)」

 

「この学校に入学してからも、すごいと思うことばっかりでさ。入学式の次の日に『五月は10万じゃないだろう』ってすぐに見抜いてたことや、僕の退学を取り消すために星之宮先生からテストの点を買うことを思いついたこととか……」

 

 え、えっと……なんだろう、惚れ気られてるのかな?

 

「だから、二人が八幡と普通に接してくれることが嬉しくてさ。ありがとうって言いたかったんだ」

 

「え、ええ!そ、そんな言われることでもないよ!」

 

「そ、そうだよ。戸塚君にお礼を言われるようなことじゃないよ!」

 

「……八幡はさ、誤解されることが多かった。僕は中学校が一緒じゃなかったから、学校でどんなことが起きたのかまでは知らない。でも、塾ですら避けられてた。休日に一緒に遊びに行った時も、横並びじゃなくて少し距離を作ってた」

 

「そ、それって……」

 

「八幡自身が言わないから詳しくは知らないよ。でも、休日に出かけた時なんか、僕と一緒にいることを周りに悟られないようにしていたんだ。最初はなんでなのか分からなかったんだけど……学校の友達が話してたんだ。総武中の比企谷八幡って奴が危ない男で、女子は近づいたら告白されるって」

 

「そ、そんな……」

 

 見た目だけで判断すると……確かに比企谷君は人相が悪いし、暗い。目付きも悪く感じる。けどだからって……やっている行為は……ただのいじめだ。寄ってたかって攻撃してるだけだ。

 前に告白について比企谷君が言ってた『告白して振られるのは当たり前で、酷いときには黒板に書かれてる』って話。あれが本当だとしたら……。

 

「もちろん、そんなことはないって分かってたし、憤りを感じたよ。八幡のことを何も知らないくせにそんなこと言わないでって。八幡にもそのことを言ったんだけど……八幡自身がどうでもいい感じで、むしろ『そんな男と関わってたらお前が狙われるぞ。もう関わらないで欲しい』なんて言ってきて……」

 

 それが、比企谷君の過去。あんな風に歪んでしまった原因。

 本人の口からよく出る黒歴史シリーズのレパートリーは凄まじい。その全てが実際のことだとは思っていなかったけど……すべて経験談だったんだ。

 あれ?でも比企谷君、この学校に入学してからはそこまで拒絶はしてない気が……?

 

「当然、僕はそれから八幡に毎日連絡して、一緒に勉強して、休日も一緒に出掛けたりする頻度を上げた!それからだったかな……少しだけ八幡が自分を否定しなくなった。まあ、それは僕に対してだけで他の人へはあんまり変わっていなかったんだけど……」

 

「(戸塚君ナイス!そんなことされたら比企谷君は戸塚君のこと大好きになるよ……改めて戸塚君ナイス!!)」

 

 だからCクラスに暴力を受けた時、皆からわざと遠ざかる言い方をしてたんだ……Bクラスの皆を巻き込ませないために……。

 あの時はテスト勉強の遅れを気にしてくれているんだとばかり思っていたけれど……やっぱり、比企谷君は捻くれている。

 

「だから、ありがとう二人とも。これからも八幡と仲良くしてくれると、嬉しい」

 

「「(か、可愛い……)」」

 

「もちろんだよ!比企谷君とも戸塚くんとも仲良くしていきたいよ!そうじゃなかったらこうやって四人で過ごしてないよ!」

 

「うんうん!この四人で過ごす時間、私も好きだから……」

 

「ありがとう、二人とも」

 

 今日は少しだけ比企谷君のことが知れた……よかったな。

 まだ比企谷君のことをどう思っているのか、私自身も表現できないけど……一緒に過ごしていけばそのうち……。

 あれ?比企谷君の耳が赤いような……気のせいかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……ったく、彩加め、何の話をしてるんだよ……おかげで顔が熱くて寝たふりがバレるだろうが……でも、ありがとな)」

 

 

***

 

 

《天使を崇める会(2)》

 

『今日のピクニック楽しかったね』

 

『そうだな』

 

『特に……』

 

『特に?』

 

『一之瀬さんと一緒にサンドイッチを作ったことと、膝枕されたこと!!(≧∇≦)』

 

『俺も彩加に膝枕されたことだな。過去最高の寝心地だったぜ(*'ω'*)』

 

『その絵文字気持ち悪いよ?』

 

『酷くない?俺とお前同士じゃなかったの?このグループの中くらい使わせてくれよ』

 

『個人の方は連絡事項ぐらいしか話さないしね……』

 

『確かにキモいことは間違いないけどよ……』

 

『自覚有りで使ってるの……?』

 

『……お前今絶対引いただろ』

 

『ひ、引いてないよ?』

 

『文面で丸わかりなんだよなぁ……彩加に膝枕をされたことが嬉しすぎてつい付けました』

 

『なら良し!さすが同士!』

 

『でもその同士に引いてたよね……』

 

『そ、それより!なんと、膝枕時の写真が撮れました!』

 

『どうやって撮った?』

 

『一之瀬さんと戸塚君が会話してる時に、目線だけそっち向きながら、腕を回して……録画モードから無音でパシャリと』

 

『ガチ勢か……』

 

『そうだよ、私は一之瀬さんガチ勢だよ!』

 

『なら俺は彩加ガチ勢か……悪くないな』

 

『でしょでしょ!』

 

『あ、そろそろ寝る』

 

『ほんとだ、もうこんな時間、私も寝ようかな』

 

『じゃ、おやすみ』

 

『合言葉をまだ言ってないよ!』

 

『すまん、忘れてた』

 

『一之瀬さんは天使!女神!一之瀬さんを可愛くないと思う奴は人間じゃない!!』

 

『彩加は天使!神!彩加を可愛くないと思う奴は人間やめろ!!』

 

『じゃあ、また明後日ね~』

 

『ああ、おやすみ』

 

『おやすみなさ~い』

 

 

***

 

 

 夏休み五日目。

 今日は彩加がテニス部で一日練習、一之瀬と白波はクラスの女子と遊ぶんだとか。充実してるなぁあいつら。

 そんな俺はと言えば、ここ最近朝早くに起こされることが多かったせいか、起床時間が早まっていた。やべえ、俺まともな生活してる……小町、お兄ちゃん立派になったんだぜ。

 まあ、立派になった理由が学校による教育ではなく、クラスメイトに部屋が突撃されるという事態なのはどうかと思うが……過程は関係ないよ!結果が全てなんだよ!……多分。

 ラジオ体操に柔軟運動を行い、作り置きの朝ごはんを食べた後、俺は一之瀬の基礎問題集を取り出し……

 

「うわっ」

 

 嘘……だろ?俺が進んで数学に取り組もうとしている、だと……。

 まずい、これはまずい。

 何がまずいって、少しずつ一之瀬に調教されていっているのが行動に出てしまっているのがまずい。

 そのうち行動を制限されるようになり、俺の選択が全て一之瀬の掌の上でしか選べなくなる……待て待て、それだと一之瀬がヤンデレみたいじゃないか。さすがにそれはない……よね?

 ……ま、出したからには少しくらいやりますか。

 

 

 数十分後……

 

 

「あー駄目だ、分からん……やっぱ一人でやるのには限界があるか……」

 

 数学に手をつけ、化学に手をつけ……全然分からん。最初の方は出来るんだけどなぁ……途中から全然分からん。くそ、新しい分野に自ら飛び込んだ俺が悪いのか……悪いですね。

 部屋で勉強するのには限界がある……図書館でも行くか。

 

 基本、ボッチの行動範囲なんて限られている。

 この学校の特殊な制度のせいで学園中を歩き回ることはしているが……行くところなんて学校と寮と図書館ぐらいしかない。あと飲食店とコンビニ。

 そんなわけで、図書館に着いたのだが……

 

「……うっす」

 

「ヒキガエル君……?あなた、干からびていなかったのね」

 

 Dクラスの堀北と鉢合わせした。

 

「おい、なんでヒキガエルですら疑問形なの?あと干乾びてたと思ってたの?俺人間なんだけど」

 

「分からないわよ……もしや亡霊?」

 

「亡霊だとしたらなんでお前のところに現れるんだよ……」

 

「……それもそうね」

 

「お前は本を借りに来たのか?」

 

 堀北は肩から掛けるバックを持っており、中身は数冊の本のようだ。

 

「ええ、もう借りたから帰るところだけど」

 

「……お前、夏休み寮から出てないだろ?」

 

「別にいいでしょう。私は一人が好きなの」

 

「あー、わかるわー。わざわざ群れる必要性ないよな。一人の方が気楽なのに何故それが分からないのか」

 

「そうね、貴方と同じなのは少し癪だけれど……休みの日までクラスメイトと会うくらいだったら、部屋で勉強や読書に時間を費やした方が有意義だもの」

 

 やべ、コイツの気持ちめっちゃわかる。夏休みはクーラーの効いた部屋でアイスかじりながら、スイカ食べながら、だらだらするか、読書するか、ゲームするか……あ、読書しか一緒じゃないな。

 

「お前やっぱボッチだな。俺と同じ考え方してるんだけど……」

 

「同じじゃないわ。どうせヒキガエル君はだらだらと寝て起きての、だらしのない生活を送っているのではないのかしら?」

 

「……ふ、ふふふ……残念だったな!俺は毎朝8時には起きて、勉強している(させられている)ぞ!」

 

「そ、そんな……綾小路君、嘘をついたのね……」

 

 え、綾小路?アイツそんなこと言ってたの?……あーでも、朝からほとんど外出てないから、そう捉えられても仕方ないか。

 

「ちょっと用事が出来たわ。ここらへんで失礼するわね」

 

「お、おう……」

 

 堀北は誰かしらに電話をかけながら、寮の方向へと向かっていった。

 哀れ綾小路、奴はこのあと地獄を見るだろうな……確かに去年までの俺の夏休みはだらだらしてばっかりだっただろう。去年のことを思い出せば完璧と言っていいほどの推測だ。

 だが、今年は違ったんだ……なにせ部屋を乗っ取られているからな。行動の選択権は俺ではなく、合鍵保持者にある。もしあいつらが押しかけてこなければ……昼までは寝てるな。

 

 堀北が遠ざかっているのを尻目に、図書館の中に入る。

 中はクーラーが効いているのかとても涼しく、そこそこの生徒が利用しに来ていた。

 いつものように利用している席に向かうものの、さすがにこの人数じゃ誰か座ってる……だ、誰もいない!?なんで!?

 もちろん指定席みたいに使えるの嬉しいが……なんか悪いことしてる気持ちになる。ぶっちゃけて言えば座りにくい。

 よし、今日ぐらいは違う席に座ろう、そうしよう。

 

「あ、比企谷君、お久しぶりです。席空いてますよ」

 

「……おう」

 

 椎名がいた。普通にいつもの席に座った。他の人は誰も座らない。

 ……いや、これ座ったら駄目だろ。俺と椎名と……堀北で絶対変な目で見られてるって。

 俺はいつも座る席とは違うところに座ろうとする、が……

 

「「「……」」」

 

「……?」

 

 俺が他の空いている席を見渡せば、生徒たちは震えるように下を向き、椎名は『何してるんだろう?』みたいな感じで見つめてくる。

 ……ハァ、これはどうしようもないようだ。俺と一緒にいる椎名が変な目で見られないか気にしてたんだが……椎名は全く気にしていないようだし、周りの生徒も俺が来るかもとビクビクしているし……むしろここで違う席に行った方がよくないだろう。

 諦めていつもの席に座り、今日は勉強を始める。

 椎名は勉強をしている俺が珍しいのか、少しだけ目を見開いていた。

 

「数学ですか?」

 

「ああ、夏休みのうちに基礎ぐらいは固めようと思ってな」

 

「いい心がけですね」

 

 椎名が微笑みながら言ってくるので、つい目を逸らしてしまった。

 ……言えねえ、一之瀬にやらされて習慣づけされたなんて死んでも言えねえ。

 純粋に俺が頑張っていると思っている椎名に対しての心苦しさが半端ない。もうちょっと真面目に生きようかな……。

 

「あ、そこ間違えてますよ」

 

「マジで?」

 

「はい、ここは公式が違って……」

 

 数学のミスを次々と指摘しては、丁寧に教えてくれる椎名。

 す、すごい、戸塚や神崎、一之瀬と同じくらいわかりやすい。その上一之瀬みたいに怖くない!

 ここに天使がおったのか……これでこの学園の三大天使の内、彩加と椎名の二枠は確定だな。

 

「すまん、読書の邪魔してるよな」

 

「いえ、私がやりたくてしてますので気にしないでください。読書友達が困ってるなら、手助けぐらいしますよ」

 

「……ありがとな」

 

 何今の……滅多に見ない椎名の笑った顔……これが見れただけでも今日一日ここに来た意味があるな。

 数学を習っていると昼になったので、勉強を見てくれたお礼として昼ご飯をご馳走した。図太い奴なら高いものを頼むんだろうが、椎名はお手頃価格の料理を頼むことが多いので、結構奢り癖がついてしまっている。

 あかんな、そのうちCクラスに協力しろとか言われても断れなく……いや断れるな。Cクラスでまともそうなの、椎名と伊吹ぐらいしか知らないし。

 

 午後は読書をしつつ、数学と化学の勉強を見てもらいつつを繰り返し、忘れていた公式や化学式の復習をすることが出来た。

 それにしても、椎名は勉強できるな……中間考査と期末考査の結果を、お互いに見せ合ってみたが……唯一国語が張り合えているだけで、他の科目は負けていた。

 おそらくCクラスで一番勉強が得意であろう椎名に勉強を見てもらえたことは、貴重なことなんだろう。あんまりクラスメイトに仲のいい人はいないと言っていたし、クラスではボッチしながら本を読んでいる姿がありありと浮かんできた。

 俺みたいにボッチの極み(笑)ではなく、あくまで本を読むことが最優先であるだけだから、作ろうと思えば仲いい奴を作れそうだが……まあ、俺が何か言うことじゃないしな。

 

 分からないを分かるに変えられていき、気づけば俺たち以外には誰もいなくなっていた。

 それだけ夢中で勉強に読書が出来ていたということだ。明日、一之瀬や彩加に俺がやればできる子であることを示してやろう。

 

「だー……疲れた」

 

「お疲れ様です。今日一日でだいぶ基礎は出来るようになったと思います。私も復習になりましたし、楽しかったです」

 

「それなら良かったかな……悪いな、こんな時間まで付き合わせて」

 

「いえ、毎日この時間まではいますので」

 

 あー……夏休み始まっても、コイツ一日中図書館にいたんだろうなぁ。椎名程のスピードで読み進んでいれば、もしかすればここの本すべてを読むことも出来る……とは言えないが、8割方は読み終えるはずだ。

 

「今日はあんまし本読めなかったから何冊か借りていくか。椎名、お勧めはあるか?」

 

「はいっ、私も最近読んだ本で……」

 

 帰るついでに本を借りられるだけ借りていこう。椎名もお勧め出来ることが嬉しいのか、楽し気に色んな種類の本を紹介してくれた。

 自分の好きなものを他人と共有できた時の喜びは大きい。椎名にとってはそれが本なのだろう。本でつながった人脈の開拓が出来そうだな……。

 俺の場合はマッカンだろうか。でも今のところマッカンの同士は見つけられてないんだよな。綾小路に前に飲ませたら、顔色変えずに「これ、毎日飲んでるのか?」って心配されたし。

 誰か、誰かいないか?おーい……

 

 椎名に紹介された本のほとんどを借り、勉強道具を片付けてから寮へと帰る。

 隣には椎名がいる。どうやら彼女も直帰するらしい。

 自炊しているのか、どんな料理を作るかだの雑談しながら歩みを進め、エレベーターに乗り込む。

 

「比企谷君」

 

「なんだ?」

 

「連絡先を交換しませんか?」

 

 ……そういえば椎名とはしていなかったか。堀北のは何故か綾小路からもらったが、他は坂柳派の四人と綾小路、Bクラスの面々……よくよく思えば俺の携帯にこんなにも連絡先が載っているなんて不思議な感じがする……。

 

「おう、いいぞ」

 

 こうして椎名の連絡先を手に入れ、先にエレベーターを降りる。

 連絡先から椎名の位置情報が特定でき、逆に俺は椎名に居場所を特定されることになる。

 ……失敗したか?でも椎名からは何か裏がある感じはしなかったし……美少女の連絡先を欲しくない男子高校生なんていない。あ、櫛田は除くけど。

 

 

***

 

 

「つい、比企谷君の連絡先を手に入れてしまいましたが……」

 

 龍園君からの指示ではなく、私自身の意思で交換しました。読書友達だって立派な友達だと思いますし、比企谷君も交換に応じるということは、私のことを警戒はしていても嫌ってはいないということです。

 

「ふふっ」

 

 少しだけ、いつもよりも気分が高揚しています。久しぶりに彼と接し、楽しい時間を過ごしたからでしょうか?理系科目と文系科目の差が激しい彼ですが、そこも含めて面白い存在だと思います。

 バカンスでどんなことが起きるか分かりませんが……彼の行動が楽しみです。

 

 

***

 

 

【一年の男女が図書館でイチャイチャしていた件について(586)】

 

『あ、それ私見た!』

 

『俺も目撃した』

 

『あれで付き合ってないとかすごいよね……』

 

『はあ?付き合ってるだろ』

 

『いやいや、男子の方……Bクラスの比企谷君は、Bクラス担任の星之宮先生と付き合ってるって』

 

『マジで!』

 

『先生とか禁断の関係じゃん!』

 

『いや、それデマだぞ』

 

『そうなの?』

 

『ああ、正確には比企谷が一方的に惚れているだけだとか』

 

『うわぁ……そしたらあの女の子可哀そうじゃない?』

 

『僕一年Cクラスで、件の椎名さんに付き合っているか聞いたんですけど……』

 

『どうだったの?』

 

『ただの友達ですって言われました』

 

『ってことは、あの二人はあくまで友達としての関係だと?』

 

『そうなるな』

 

『……私、その友達同士のやり取りを見て砂糖吐きそうだったんだけど……』

 

『ああ、多分あの場にいた奴は、みんな同じ気持ちだ』

 

『耐えきれなくなって帰る奴が続出していったからな』

 

『最後は二人だけになったっぽいけど、他の人がいるときと変わらなかったらしい』

 

『勉強して、読書して、また勉強して……それでいい雰囲気にならないんだから凄いよなぁ』

 

『そういやよ、今更かもしれんが……誰もあの机には座らないよな?なんで?』

 

『……あー、それは……』

 

『比企谷君の目が不気味だったのが最初の理由だけど……Cクラスの椎名さんに、Dクラスの堀北さんが無視して座ってから、余計座りにくくなって……』

 

『なんか入れない空間だよな』

 

『会話も結構してるけど、ちゃんと周りに配慮した音量だからな。少しでも聞いてしまった身としてはあの中に入っていく勇気はない』

 

『やっぱ比企谷君は二股!?』

 

『星之宮先生も入れたら三股になる』

 

『前にBクラスの可愛い女の子三人といるところ見たぞ』

 

『六股!』

 

『Aクラスの杖ついてる子と、付き添いの女の子ともいるところを見たな』

 

『八股!!』

 

『南雲副会長超えてない?アイツが次世代の南雲に……』

 

「………え、なにこれ?」

 

 俺の空気と化す能力に、気配のなさを足しているというのにどうしてこんな噂が……最初は不気味な目と椎名と堀北という他クラスの女子と関わっていることが原因のようだが……星之宮先生の件は絶対クラスの誰かが漏らしたな。

 坂柳は俺を脅すネタとしてしか使わないから、その利点を放棄するとは思えない。必然とBクラスを疑うことになるが……部活に所属している生徒がうっかり漏らしたんだろう。

 よく考えたら口止めしてなかったな……今度からはしっかりと言い聞かせておこう。

 

 この内容をクラスメイトや綾小路、坂柳が把握しないことを祈るばかりだ。

 

 

***

 

 

「ふふふ、面白いネタがありますね……今度どうからかってあげましょうか」

 

「楽しそうね、アンタ」

 

「ええ。暇つぶしに比企谷君はもってこいですから」

 

「あっそ」

 

 

***

 

 

「え、ええー!ち、千尋ちゃんこれ!」

 

「一之瀬さん?どうしたの……こ、これは!?」

 

「明日は拷問かな」

 

「口割らせて理由を聞かないとね」

 

「全く、監視してなかったら碌なことしないんだから……うん、やっぱり今すぐ向かおう。明日は買い物をする予定だし、先に終わらせておいた方がいいもんね」

 

 

***

 

 

「堀北さん、あの、そろそろ正座をやめてもいいでしょうか」

 

「駄目よ。今日一日反省してなさい。ヒキガエル君に言い返されたのは屈辱的だったもの」

 

「(いやー、冗談で言ったつもりだったんだが……)」

 

「こんにちはー!」

 

「……櫛田さん、何か用かしら?私は今綾小路君への説教で忙しいのだけど」

 

「えっとね……二人ともこれ見て」

 

「【一年の男女が図書館でイチャイチャしてた件について】?」

 

「下種の考えそうなことだわ。本人たちへの迷惑を考えていないのかしら?……もっとも、その男女が周囲への迷惑を考えていなければ話は別だけれど」

 

「あはは……でもそれだけじゃなくて……」

 

「……堀北のことが書かれてるな」

 

「そうなの。堀北さん、八股のメンバーの一人になってるんだけど……」

 

「……綾小路君、ヒキガエル君は隣の部屋だったかしら?」

 

「ああ」

 

「……ちょっと行ってくるわ」

 

「い、行ってらっしゃーい……」

 

「……堀北相当怒ってたな」

 

「比企谷君は何もしてない感じだけど……ドンマイだね」

 

「(比企谷……骨は拾ってやる。強く生きろよ)」

 

 

***

 

 

『ちょっと、開けてくれないかしら』

 

「いや、なんでお前来たの?」

 

『少しあなたに説k……んんっ、話をしにきたの』

 

「(ま、まずい。あの記事書いたのは俺じゃないし、勝手に妄想豊かに暴走した思春期男女のせいなのだが、これは俺が怒られる流れだ)」

 

 鍵を掛け、一之瀬と白波に部屋にいないことをチャットで告げ、電気を消す。

 ふっふっふ……ベットに寝転がっておけば完璧だ。じっとしとこう。音出したらバレそうだし。

 

『あれ?堀北さん?比企谷君に何か用事?』

 

 は?一之瀬の声、だと……まさか連絡するのが遅かった?

 

『ええ、ちょっと掲示板のことについて』

 

『あ、一緒だ』

 

『でも、比企谷君部屋にいないって連絡してきてるけど……』

 

『さっき声を聞いたわ。確実に中にいるはずよ』

 

『『……へえ?』』

 

 あ、ヤバい。これは諦めて謝っていた方がいいな。罪は少しでも軽くしておこう……俺なんかした?何もしてないよ!とばっちりだって!!

 即座に明かりをつけ、玄関側に向けて土下座の姿勢を取る。

 ほぼ同時に、鍵が開けられた音がした…………。

 

 

***

 

 

 夏休み六日目。

 朝起きたかと思ったら、気づいたら夜だった。

 な、何言ってるか分からねえだろうが、俺だって分からん。昨日の夜、土下座をした辺りから記憶があいまいなのだ。足が尋常でないほど痺れていたことだけは感覚で覚えている。

 朝起きて(正座のまま寝てた)、生まれたての小鹿にすら負けるであろう足の力で立ったら、朝ごはんを食べていて(食べさせられた気もする)、椎名のおかげか無意識に公式を書き出して基礎問題集を完成させた……んだったな、確か。

 んで、着ていく服が勝手に決められ、彩加と一緒に着替えて……買い物に行ったんだったな。

 甘いもの巡りをしていた気がするが……な、何食べたか覚えてねえ……。

 あ、そうだ、端末のプライベートポイントはいくらだ?

 

「125289ppt……」

 

 あ、あれ減りすぎじゃない?昨日、椎名に昼を奢ったときは、まだ14万ぎりぎりあったはず……?

 いや、思い出すのはやめよう。なんか周り確認したら俺用と思われる水着があるし……彩加は水着の上にパーカーを羽織っていて、一之瀬と白波は……あ、鼻血。

 

 ……とりあえず寝るか。

 

 

***

 

 

 夏休み七日目。

 今日は一日プールの日である。

 俺が起きた直後に、三人が部屋を訪ねてきた。

 

「珍しいな。いつもなら俺のことなんて無視して居座ってるのに」

 

「い、いや~……」

 

「た、たまにはね!こういう日があっていいと思うの!」

 

「毎日朝からいるのは八幡に悪いと思って……」

 

「……まあ、おはようさん。入れよ」

 

「「「お、お邪魔しま~す……」」」

 

「(い、言えない……昨日はちょっとテンションがおかしかったとはいえ……あんな恥ずかしいことを///)」

 

「(比企谷君は覚えてないっぽいね……良かったぁ~、もし覚えていたら同士としての同盟関係が崩れるところだった……///)」

 

「(八幡……僕、悪い子になっちゃったや……///)」

 

 三人が妙によそよそしいが……特に何かやらかした覚えもないため部屋に通し、座らせる。

 今日は俺が朝ごはんを作ろう。そろそろ自炊の感覚を思い出しとかないと、この三人に頼りきりの生活に慣れきってしまう……。

 ご飯は昨日のうちに誰かが炊いてくれていたようなので、みそ汁と卵焼きと……簡単なサラダを作り、器によそっていく。

 三人には料理を運んでもらうことだけを手伝ってもらい、全員が席についたのを確認してか合掌する。

 

「いただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

 さて、味の方は……うん、三人や小町レベルにはまだまだだが、食べられないことはない。これなら手作り料理としては合格なのではないだろうか。

 

「美味しいよ比企谷君」

 

「うんうん!」

 

「八幡、腕を上げたね」

 

「お、おう、ありがとさん……」

 

 三人が妙に優しい。美味しそうに食べてくれているからまずいわけではないようだ。それだけで十分だろう。

 朝ごはんを食べた後、俺と彩加が食器を洗い、一之瀬と白波は一度部屋に戻るらしい。

 プールに持っていく日焼け止めや水着を準備してから、玄関前で集合することになっている。

 

「彩加は道具持ってきたのか?」

 

「うん、そこまで準備するものもなかったし……残りは僕がしておくから、八幡は準備してて」

 

「サンキュ」

 

 彩加の厚意に甘え、俺もプールに行く準備を整える……と、言っても水着と端末、部屋のキーカードくらいなものだが。

 俺が荷物をまとめ終わったときに、ちょうど彩加も片づけを終えたようだ。すでに自分の荷物を手に持っている。

 

「先に行っとくか」

 

「そうだね」

 

 部屋の鍵を閉め、彩加と二人で一階のエントランスで二人を待つ。

 神崎や柴田たちとは向こうで集合予定らしく、Bクラス八人でのプールだ。いやー、思ったより大人数で行くのね。

 つーか男子の面子……俺が浮くじゃねーか。でも眼鏡に慣れてないし、プールで万が一に怪我なんてしたらバカンスに影響が出そうだ。いや、出たら行かなくていいのか?

 少しだけ迷いつつも彩加と待っていると、一之瀬と白波がエレベーターから出てくる。

 

「早かったね」

 

「特段準備するものもねえからな」

 

「それじゃあ早速行こう!」

 

「「おー!」」

 

「お、おー……」

 

 テンション高いね君たち……まあ、プールだし仕方ないか。

 俺も行くのが久しぶりで、ワクワクしてるのは事実だしな。

 

 

***

 

 

 プールまで歩いていくと、こちらに手を振る生徒達の姿が。

 神崎に柴田、小橋さんに網倉さんの四名だ。

 ここに俺と彩加、一之瀬に白波が加わることで、八名のBクラスの集団が出来た。

 

「比企谷も来たんだな!お前のことだからサボるとばかり思ってたぜ」

 

 一番に話しかけてきたのが柴田颯。爽やかな運動神経抜群のイケメンである。

 柴田とは神崎を通して話すようになったのだが、話せば話すほど、一之瀬のスペックを運動神経に特化させた男版一之瀬のような存在だと感じるようになった。

 

「すでに予定として組み込まれていたからな。来ないという選択肢は選べなかったんだ」

 

「あー……お前、昨日大もががっ!?」

 

「柴田くん?」

 

「何か言いたいことでもあったの?柴田君?」

 

「ぷはっ……」

 

「おい、大丈夫か柴田?」

 

「……ああ、なんとかな」

 

 柴田が何を言おうとしたのか分からないが、一之瀬と白波が本気で止めるってことは相当言われたくないことなんだろう……柴田は変なところで口出ししたり、素直すぎるところがあるから、よくないことを言おうとしたのだろう。俺も気を付けとくか。

 

 全員が揃ったことでいよいよレジャー施設に向かう。既に外からでもわかる豪華な仕様。これが東育クオリティだとでも言うのか……

 

「あれれ?おーい!」

 

 一之瀬が突然声を上げたため、その視線の先を見ればDクラスの連中がいた。

 綾小路に堀北、櫛田に知らない女子生徒。三馬鹿の計7人だ。

 

「君たちもプール?」

 

「お、おう!そうだぜ!」

 

「ま、まさかBクラスと一緒の時間だとはなー!」

 

「あはは、奇遇だね」

 

「……とりあえず中に入ろう」

 

 神崎の一言で一緒に移動するが……三馬鹿が明らかに挙動不審だ。何か変なことをしでかさなければいいが……。

 

 

***

 

 

「いやー、それにしてもBクラスと一緒にプールだなんてワクワクするな!」

 

「そんなこと言って、一之瀬ちゃんたち女の子の水着が見たいだけだろ?」

 

「そ、そんなことねえし!?」

 

 露骨すぎないかこいつら……。

 男子の更衣室に入ったはいいが、三馬鹿と一緒だと変な目で見られそうだ。いや待て、すでに不気味な目をした生徒と周囲には認知されている……?

 

「比企谷は、この一週間どんな風に過ごしてたんだ?」

 

 俺の存在認知に対しての考察を始めようとしたところで、神崎に声をかけられた。

 この一週間……星之宮先生とのデートに始まり、勉強会からの遊びの流れ……言えることが少なすぎる!

 

「そ、そうだな……彩加達と過ごしてたぞ。あとは図書館に行ったり、筋トレしたりして過ごしてたな」

 

「なるほどな。道理で前よりも筋肉がついているのか」

 

「おっ、マジで?」

 

 それは嬉しいな。筋肉=強さではないが、最低限の筋力は必要だ。暴力を食らう前提で筋力をつけている時点で、ちょっと悲観過ぎるかもしれないが……。

 俺の経験上、暴力を振るうのは大抵が八つ当たりやストレス、ただのいじめによるものだったりする。

 しかしこの学校はルールがルールだ。暴力を立派な戦略として駆使しているクラス……一年だとCクラスがそうだが、そんなクラスに対抗、もしくは事を荒立てないようにするには自衛能力がいる。

 もちろん、相手を傷つけたりしたら相手の思う壺だったりするから、いなせる力が必要となってくるが……。

 

「ホントだ!八幡、前よりたくましくなってる!」

 

「そ、そっか」

 

 駄目だ、彩加が言うとエロくしか聞こえない。Dクラスの三馬鹿が興奮しているのが証拠だ……あれ、俺って三馬鹿と同レベルってこと?嘘だろ……いや、柴田もちょっと内股気味だからセーフだな。サッカー部のイケメンと同じならまだマシだろう。

 あと彩加。そのツンツンやめて!恥ずかしいから!なんか照れ臭いから!むずがゆくて変な気持ちになってきちゃうから!星之宮先生を思い出したりもしちゃうから……ね?

 

「よっしゃ、早速プール行こうぜ!」

 

「しゃあ!」

 

 しっかし……柴田と言い、レッドヘアーと言い、すごい筋肉してるな。運動神経がトップレベルなのも頷ける。神崎は俺より良い肉体だが、二人には劣るし……綾小路も何気にかっこいい肉体してるよな……。

 彩加に少し腹筋が見えて、ちょっとショックだったのは内緒である。

 

「「うおおおお!!」」

 

 中に入った瞬間、三馬鹿が声を上げている。やめて!君たちと同類に見られるの恥ずかしいからやめて!って、二馬鹿になってる。あと一人はどこ行ったの?

 

「さーて、存分に楽しんじゃお!」

 

「「おー!」」

 

 隣の入り口から一之瀬達も中に入ってきていた。

 しかしまあ……水着ってボディーラインが強調されるされる。一之瀬とかリアル『ボン!キュ!ボン!』である。白波に網倉さん、小橋さんも可愛らしい水着に身を包んでいる。駄目だ、直視したら駄目なやつだ!

 そうして視線を逸らした先には……櫛田……はチェンジとして、堀北と名前の知らない女の子がいた。

 堀北はまだ罵倒のイメージが強いせいか、直視をしてもそこまで問題はなかった。だが美少女に変わりはない。

 もう一人の女の子はラッシュガードとやらを身にまとっているらしい……この反応と後ろの方にいることから……さてはボッチ!

 

 新たなボッチ仲間の登場に思わず心が躍りかけたが、その女の子の綾小路を見つめる目で気づいた。

 これ、綾小路のこと好きなやつですね……。

 そういや前に一之瀬が言ってたな。監視カメラの策を使った後、綾小路に依頼されて警備隊を連れて指定された場所に向かったら、女の子が気持ち悪いおっさんに襲われていたって……。綾小路が助けたっぽいので今の状況は理解できるが……一之瀬が面と向かって気持ち悪いとか言っちゃうおっさんって、どれくらい気持ち悪いんだろうね。想像するのも嫌になるくらいだろうか。

 

「そ、そうだ……その、どうかな?」

 

「(一之瀬さんを褒めすぎても駄目だけど褒めなかったら殺す!)」

 

 いや、一之瀬さんちょっと近くありません?その豊満な二つのお山の谷間が……だからガン見しちゃダメだろ。

 それに白波さん?それは無茶ぶりすぎるよね?どうやれと?

 

「あーなんだ、その……似合ってんじゃねーの?」

 

「そっか……良かった」

 

「「……」」

 

 うわぁ……二馬鹿がめっちゃこっち睨んでる。男の嫉妬は見苦しいぜ?……調子乗ってましたすんませんした!

 結局白波たちの水着に関しての感想を求められたが……俺じゃなくて、神崎とか柴田とか彩加に言いなさいよ。あ、めっちゃ自然に褒めてる……こ、これが俺と三人の差とでもいうのか……

 

「あれ、山内君がいない……?」

 

「「!?」」ギクッ!

 

「あ、あれ?アイツどこ行ったんだろうな!?」

 

「そそ、そうだな?アイツいつの間に……」

 

「うーん、はぐれちゃったのかな……探しに行った方が……」

 

「大丈夫大丈夫!トイレか何かだよ!それよりさ早く何かで遊ぼうぜ!」

 

「あ!!向こうにバレーコートがあるぜ!やろうぜ!あれやろうぜ!!」

 

「な、なんでそんなに必死なの……?」

 

 一之瀬が困惑するくらいには、テンションがおかしい馬鹿二人。そんなにバレーしたいわけ?うっそだぁ!……俺もテンション高いかも。

 絶対何か企んでやがるな、こいつら……。

 

 須藤(思わずレッドヘアー君と言いそうになった)の案でバレーをすることになったのだが、如何せん数が合わない。Bクラス対Dクラスとしても、こちらが二人多い。

 で、ローテーションを回すことになったのだが……

 

「きゃあ!」

 

「おっと」

 

「あ、ありがとう比企谷君……」

 

「……どういたしまして」

 

 女子とバレーとかしたことないからどう動いていいか分かんない。まずバレー自体、対人でやったことがない。

 味方との連携とか分かんねえよ……。

 

「比企谷!」

 

「うおっ!?」

 

 そう思っていた矢先、柴田のトスに反応できず打ち損じる。さすが俺だぜ……ダサいな。

 

「ドンマイ八幡!頑張って!」

 

「……おう!」

 

 彩加に応援されちゃあ、仕方ない。俺の本気を見せるとしますか。

 試合が進んでローテが回り、俺のサーブターンがやってきた。

 

「あいつバレー下手だぞ!ここが狙い目だ!」

 

「おうよ!」

 

 須藤や池が好機とばかりに前に構える。弱い奴のサーブは緩いのが普通だ。当然、舐めきっている。

 ……もう一度言うが、俺はバレーの対人プレーをやったことがない。ハブられていたり、自ら迷惑にならないように参加していなかったからだ。

 だがそれは対人でのプレイだけだ。一人でできるものはそこそこ極めている。テニスだって壁打ちで鍛えたんだしな。

 それがバレーの場合、俺が極めたのは……

 

「ふっ!」

 

「よっしゃ、オーライ!……うわっ!」

 

「い、今、空中でぐねって曲がった……!」

 

「ジャンプフローターだと……?」

 

 サーブだけはやりまくっていたのだ。

 まあ、筋力なさ過ぎてスパイクサーブは打てないのだが……今ならワンチャンあるか?

 

「ま、まぐれだろまぐれ!おら、次打ってこい!」

 

 そう、一度だけではまぐれと思われる。

 だからこそ……もう一度池を狙う。狙い撃つぜ!

 

「ふっ!」

 

「また俺かよ!?」

 

「う、うめえ……」

 

「比企谷君サーブ上手なんだね!」

 

 そう、サーブだけ上手いのだ。スパイクとかトスとかレシーブ諸々下手なんだけどね。

 一人でできるものを極めているならトスだって上手いと思う奴がいるかもしれない。

 でもね?考えてみ?一人で壁パスし続けるのと、誰もいないところへボールをやる遊び……楽しくないよね?

 その点、サーブだけは飛距離を変え、威力を変え、軌道を変え……色々楽しめたからな……理由が悲しすぎる……。

 

「次は俺が取ってやる!」オラッ、コッチダ!

 

 なんか須藤がやる気になってやがる……仕方ない、打ってやるか。

 もちろんフローターなんて打ってやらない。スパイクで吹っ飛ばしてやる。

 

「八幡行けー!」

 

 天使の声援を力に変え、俺はこのサーブに全てを乗っける。

 

「青春の……馬鹿やろおおおおおお!!」

 

「今度は強打かよ!?」

 

 俺の渾身の一発は……

 

「オラァ!!」

 

「ナイス須藤!」

 

 須藤が完ぺきとは言えないが、しっかりと上げ……

 

「綾小路!」

 

「ほい」

 

「よっしゃ!」

 

「無理……!」

 

 須藤の強烈な一撃を食らい、白波が倒れてしまった。

 まじかー……あれ取られたら俺に打つ手ないよ?初めて決まったスパイクサーブだったのに……。

 

「……すまん、白波」

 

「もう……」

 

「ちょっとかっこつけたら取られちゃった」

 

「……キモ」

 

 ごめん、ほんとごめん。だから涙目で睨むのやめて。俺が悪かったから。

 あと一之瀬に聞こえないように調整された音量で罵ってくるのやめてくれませんかね……そこまで気持ち悪かったの?ソッカー……。

 

「ん?なんだろう、あれ……」

 

 一之瀬が指していた方向には……トイレに溢れる生徒達。

 

「トイレの方ね」

 

「何かあったのかな?私、見てくるね」

 

「ちょ、待てよ!!」

 

 明らかに何かが起こっているため、白波が様子を見に行こうとした。

 だがそれを池が止めた……異様に血走った目で二人を見つめている。

 

「今は行列とかどうでもいいだろ!集中しろよ、集中!」

 

「「きゃ!……あうう……」」

 

「池君、どうしちゃたんだろ?」

 

「さあ、変なものでも食ったんじゃないか?」

 

 なるほど……綾小路、お前……知ってるな?

 

「(比企谷がこっちを見ている……知らんぷりしとくか)」

 

 あ、目を逸らしやがった。アイツ……。

 また、しばらくバレーを続け、またも須藤の豪快なショットが決まったところで中断。

 

「ねえ、山内君遅くない?探しに行った方がよくないかな……?」

 

「い、いやいや!櫛田ちゃんの気にするようなことじゃないよ!」

 

「でも、何かトラブルに巻き込まれているかもしれないし……」

 

「いや、いやいやいやいや!」

 

 池……やはり馬鹿だ。そんなあからさまな態度してたら、自分から怪しいと宣言してるようなもんだぞ。

 

「池君、友達のことが心配じゃないの?」

 

「え……俺、薄情な奴だと思われている?そういえば女子は……」

 

 しばらくしゃがんだり頭を抱え込んでいたりした池であったが、何か決意したのか、立ち上がって腕を背中に回した。

 ……?池の背中を見ていた須藤が目を見開いていたため、こっそり確認すると、何やらモールス信号を発信していた。

 やっぱこいつら何かしらの目的で結託してやがるな……頼むから犯罪だけはやめてくれよ……ついでとばかりに俺も犯人にされそうで怖いし。

 何もやっていないのに、たまたま近くにいたのと目付きが悪いとの言いがかりから、いったい何度罪を被せられたことか……。

 

「謝られたってどうしようもねえんだよ!」

 

「すまない……!でも、櫛田ちゃんに嫌われてたくなかったんだ!」

 

「じゃあ、山内君探しに……」

 

「やあ!ただいまー!!」

 

 櫛田が我慢できないとばかりに行動に移そうとした時、全速力で三馬鹿の最後の一人がやってきた。

 

「山内君!」

 

「いやー!トイレが混んでてさー!」

 

「そっかぁ、でも良かった。心配してたんだよ?」

 

「あの、山内君が帰ってきたので、私は抜けて……」

 

「だぁー!!は、腹が痛いィィィィィィィ!!トイレ行ってくるー!!」

 

「交代……」

 

 交代しながら何かをしていることは確定したな。

 それにしても……ラッシュガードの子が不憫すぎる……仕方ない。

 

「あー……Bクラスの方が人数の周り遅いし、混合でやらないか?」

 

「八幡?」

 

「いや、手番が回ってくる回数に差があるだろ?Dクラスの方が疲れるだろうし、協力関係にあるんだから交友するってのはありじゃないか?」

 

「比企谷君が自分からそんなことを……なんか嬉しいや」

 

 ちょっとー、一之瀬さーん?そこで涙拭くような真似しないでくれません?白波たちに付き添われて、まるで問題児の俺に一之瀬が苦労してきたみたいになっちゃってるから……あれ、合ってるな?

 

「比企谷は佐倉のことを気にしてくれているんだ。アイツも人付き合いが上手いほうではないからな」

 

「あ、そうなんですか……」

 

 綾小路が何を言ったのかは知らないが、女の子が頭下げてきてるから余計なこと言いやがったな……。

 

「じゃあ再開しようか!」

 

 

***

 

 

 しばらくは楽しく遊んでいたのだが、またしても三馬鹿が動き出す。

 

「うおおおおおおおおおあああああ!?」

 

「きゃ!」

 

「足が攣ったああああああああ!!」ドドドドド!

 

「ええ……」

 

「機敏な足の攣り方ね……」

 

 絶対足攣ってねえだろ……元気に全力疾走していったんだが。

 向かった先は……更衣室?

 

「どうするんだ?人が減っていくばかりだが……」

 

「あの、一先ず二人が帰ってくるまで中断するのは……」

 

「諦めんなよ!」

 

 うわ、三馬鹿最後の一人がなんか言い出したぞ。

 

「俺がもっと動いてやんよ。だからやめるなんて言うなよ!!お前らの、ビーチバレーに懸ける思いはその程度だったのかよ!もっと、もっと熱くなれよおおおおお!!」

 

 どこかの修造が乗り移ったかのように荒ぶる三馬鹿の一人。こいつこんな奴だったの?熱血系男子?

 

「ええ……」

 

「山内君ってこんな性格だったっけ……」

 

「元々の性格が分からないわ。どっちが池君で、どっちが山内君か時々分からなくなるもの」

 

 違うのかよ。ここにきてテンションがおかしな方向に振り切っているのか……いや違うな。須藤や池を探させないのが目的?だとすれば……

 

「悪い、少しトイレ行ってくる」

 

「はあ!?そんなもん我慢できるだろ!」

 

「無茶ぶりすぎるだろ……俺抜きで進めてていいから」

 

「あ、待て!」

 

 山内が追っかけてこようとしたが、少し速足でトイレに向かう。

 ……と、思わせてバレーコートから俺が見えなくなってから、更衣室の方へと足を向ける。

 

 そうして更衣室前に着いたのが……なんか危険人物いっぱいなんですけど……。

 

「何を騒いでいる」

 

 更衣室の前に須藤、その前で向かい合うように坂柳派と龍園一行が対峙している。

 さらにそこへ、上から生徒会長が現れる!

 ……自然に着地してるけど、めっちゃ高いところから降りなかった?運動神経抜群過ぎるだろ……。

 

「レジャー施設として開放されているとはいえ、ここも校内だということを、理解していないのか」

 

「フフ、これはこれは生徒会長さん」

 

「お、おおう……」

 

 三人の化け物に囲まれた須藤。たまらず後ろに交代するが、引けない理由があるんだろう。通さないとばかりに腕を広げている。

 

 ……須藤、強く生きろよ……。

 

 元々何が起こっているのかを把握するために来たのであり、面倒ごとに首を突っ込む気はなかった。少しずつ後退していき、そして逃げられるような位置まで後退した……

 

「お、そこにいるのは比企谷じゃないか」

 

 そして橋本が声を上げたのだ。

 橋本ー!!お前ふざけんなよ!このタイミングで俺に気づいてんじゃねーよ!

 ほら、坂柳がこっち向いて視認しちゃったじゃん。龍園も会長もコッチ見てくるじゃん。

 

「うげっ…」

 

「おや…」

 

「てめえは…」

 

「……」

 

「ヒキガエル君、ご無沙汰しています。水が恋しくなったんですか?プールですよ?」

 

「ねえ、なんで俺がプールに来た理由が水求めてるの前提なの?違うよ?俺人間だからね?」

 

「てめえはBクラスの雑魚……いや、八股野郎じゃねえか」

 

「八股ネタどんだけ広がってんの!?ちゃんと確証取ってから言ってくれない?デマ多すぎて、ここの生徒の脳みそどうなってんのか心配になってきちゃうよ?」

 

「忘れてんのか、てめえとひよりのやり取りはすべて俺に筒抜けだ」

 

「……」

 

 忘れてたー!!

 そうじゃん、全然気にしてなかったけど椎名は毎回録音してたじゃん!

 

「さすがにセンコーにまで手を出しているのには驚いたが……ひよりとは随分と仲が良さげだな?」

 

「いやー、そんなことないぞ。友達ですらないレベル」

 

「ああっと、うっかり今の言葉録音してしまったぜ。仕方ない、今度ひよりに聞かせて……」

 

「すいませんでした初めて他クラスに友達が出来て舞い上がってました!!」

 

「クク、面白いなお前。坂柳にちょっかいかけられているわけが理解できたぜ」

 

「そうですよ、彼は弄れば弄るほど面白くなっていきます。無茶な命令をするのは楽しいです」

 

「へえ、俺も何かふざけた内容でもさせてみるか……」

 

 やめて!マジでやめて!俺を玩具みたいに扱わないで!あ、そういえば坂柳には玩具になります宣言したんだっけか……終わった……。

 

「茶番はそこまでにしておけ。まずは更衣室前のこの男が優先だ」

 

 会長の一声で、集まってきた野次馬も坂柳や龍園たちも須藤に注目する。

 会長……アンタは俺の恩人だ……この人は良い人だ。

 

「足が攣ってんだよ!やるんじゃねえよ!」

 

「そうは見えないが……」

 

 俺が会長に恩義を感じていると、須藤が会長、龍園、坂柳に囲まれていた。

 ……あの三人に囲まれるとか一生経験したくない出来事ランキングトップ3に入るな。

 

「おい、コッチで何かやるみたいだぜ!」「Dクラスの堀北とか言う奴が?」「行ってみようぜ!」「私も行く!」ワイワイガヤガヤ……

 

「(堀北?)」

 

「(Dクラス……)」

 

「(鈴音……一体何を?)」

 

 全員の注意が堀北の方へ向かい、移動していった。

 その際、

 

「……バカンスから帰ってきたら、生徒会室を尋ねてきてくれ。お前に話がある」

 

「へ?」

 

 会長が俺に耳打ちをしてきた。

 生徒会室に呼ばれたんですが……俺何かやらかしたか?も、もしかして八股の噂を……?

 色々考えつつ、須藤を含め全員が動いたのを確認して、俺は更衣室にとどまる。

 今回何が起きてたのか確認するのが先だ。堀北が何かしていても彩加や一之瀬に聞けばいいし。

 

「ふー、無事脱出完了と。って、はああ!?」

 

「えー……」

 

 途中腹が痛いと言ってトイレに行っていたはずの池が、女子更衣室から出てきた。

 これは……通報案件ですねわかります。

 

「お、お前なんでこんなところにいるんだよ!」

 

「お前らが怪しすぎる動きをしているからだろ……さすがにこれは見逃せないわ」

 

「ちょ、ちょっと待てよ!お前だって女子の生着替え見たいだろ?!」

 

 なるほど、仲間に入れることで見逃せと言っているのか。

 そ、そりゃ俺だって男だし?見たくないと言えば嘘になるが……あれ、でも俺見たことがある気がする……?昨日、一之瀬と白波の……くっ、靄がかかったように明確に思い出せねえ!

 ……まあ、それがなくともこいつ等が一之瀬と白波の裸体を見るとするなら……許せるわけがない。

 

「いえ、別にいいんで。通報してきます」

 

「まっ!待て待て待て待て!!頼む!それだけは勘弁してくれ!!」

 

 必至だなコイツ……盗撮なんて犯罪だろうが。通報するのは人として当然の行動だろう。

 Dクラスには迷惑をかけてしまうかもしれないが……自業自得だ。大人しく処罰を受けるんだな。

 

「な、なんでもする!俺と今回結託してたやつらもお前に従う!だから頼む!通報はやめてくれ!!」

 

「今なんでもって言ったな?」

 

「へ?い、いや……」

 

「『な、なんでもする!俺と今回結託していたやつらもお前に従う!だから頼む!通報はやめてくれ!』」

 

「そ、それ……」

 

「ボイスレコーダーだ。さーて、どうすっかなぁ~?」

 

「……」ドサ……

 

 池は口に出してしまった言葉を後悔したのか、その場に座り込んでしまった。

 あれー?なんか俺が凄い悪役みたいになってない?魔王みたいなポジション……いや、ナンバー2ポジションにいる参謀兼実は魔王より強いみたいな?何それカッコいい。

 ……しかしさすがに罪悪感が浮かんでくるな。さっき野次馬達が言っていた、堀北のなんらかの宣言も自らするとは思えないし、多分すでにバレている……最悪、一之瀬に伝えてあとからカメラのデータを抜き取ってもらえばいいしな。

 通報して俺まで疑いの目を向けられては勘弁だし、ここら辺で虐めるのはやめてやるか。

 

「まあ、黙っといてやるよ」

 

「ほ、本当か!?」

 

「今回結託していた奴らのプライベートポイントを全部寄越すなら、だけど」

 

「」

 

 それくらいなら請求してもよくね?Dクラスは全体的にポイント少ないし、バカンス中にまたポイント増えるんだからいいだろ。

 

「(いや、でも今日中に使い切ってから……)」

 

「言っておくが、0ポイントだとか100ポイントだったら通報するからな」

 

「……はい」

 

 

***

 

 

「私たちは、Aクラスを目指す!」

 

「「おおおお!!堀北さーん!!」」

 

「最高だぞ堀北ー!」

 

「素敵だー!!」

 

 どうやら、ちょうどこっちも終わったみたいだ。

 

「あ、八幡!さっきね、Dクラスの堀北さんが……」

 

 俺に気づいた彩加が、先程の堀北の宣言について話してくれた。

 ……すげえな、アイツ堂々としすぎだろ。絶対坂柳と龍園に目を付けられたな。これで俺から注目を逸らしてくれればいいんだが。

 

「ふふ、比企谷君。ここにいたんですね」

 

 ……振り返るな、振り返ったら負けだ。

 

「八幡?あの、後ろ……」

 

「さ、彩加!あっちのスライダーしに行かないか!行こうぜ!ほら、早く!!」

 

「で、でも……」

 

「比企谷君?」

 

 くそ、彩加の優しいところが仇になったか……。

 

「……はい」

 

「最初から気づいていましたね?そこまで写真を公開したいのでしたら……」

 

「すみません、ほんとにごめんなさい!この通りです!」

 

「こんな大勢の前ですぐに土下座できるなんて……さすがマゾヒストです」

 

 あー……これ電子掲示板に碌でもないこと書かれるわ。ちくしょう……。

 

「さて、私たちは着替えてきますから、待っていてくださいね。ここで正座待機です」

 

「い、いやあの、ここ目立つのですが…?」

 

「そうですか。橋本君、今すぐ電子掲示板に…」

 

「待たせていただきます!」

 

「ええ、苦しゅうないですよ」

 

 駄目だ、俺もう坂柳に逆らえる未来が見えない。このまますり減るまで使われて、飽きたら捨てられて……凄惨な未来しか浮かばねえ…。

 坂柳が嬉々として更衣室に向かっていくが、その際近くにいた神室や橋本、鬼頭に同情の念を向けられたのはお察しできるだろう。

 でもこの場所は良くないな。膝がめっちゃ暑いし、痛い。

 それに、ここに来た面子は……

 

「比企谷君、坂柳さんとどんな関係なの?」

 

 目が笑っていない一之瀬。凄い笑顔だ……ついに顔は笑っているのに目だけ笑っていない状態を会得したな!

 

「比企谷君が好きなのは戸塚君じゃなかったの!」

 

 いや、あの、坂柳のことは好きじゃないしむしろ嫌いなまであるんだが……あと周りに人がたくさんいるのに、そんなことを言うんじゃない!今日の掲示板は荒れそうだ。

 

「八幡……す、すごい人と知り合いなんだね」

 

 て、天使に引かれた……一生恨むからな坂柳!

 

「比企谷、お前……苦労しすぎだろ……」

 

 柴田……そうなんだよ、分かってくれるのはお前だけだ……。

 

「ハァ、相変わらずトラブルに巻き込まれているんだな」

 

 ちょっと神崎君?俺別に巻き込まれたくてやってるわけじゃないからね?なんか勝手に悪い方向に物事が進むだけだからね?

 

「「比企谷君……M、なんだ……」」

 

 女子二人はガチ引きしてるじゃねーか……俺はMじゃない!ノーマルだ!……って、この状態で言っても説得力ないな。

 龍園と取り巻きは帰ったらしく、ギャラリーもBクラスの面々の異様な雰囲気を怖がってか離れていった。

 唯一残ったのはDクラスだが、あまり首を突っ込むものじゃないと思ったのか、はたまた池が俺に盗撮の件がバレたことを告げたからか……あ、離れていきやがった。

 

 しばらくお説教という名の拷問を正座で受けていると、坂柳派が姿を見せた。

 ……いや、坂柳ほとんどというか全く姿変わってねえじゃねーか。先天性心疾患だしプールは駄目なんだろう。なんで来たんだお前!!

 

「それは面白いことが起きるかも、と思ったからですよ」

 

「ねえ、ナチュラルに人の心読まないでくれない?なんなの?お前サトリだったりするの?」

 

「比企谷が分かりやすいだけだぜ?俺だって今のは分かったし」

 

 マジで?橋本にも心読まれてたん?

 

「わ、私も分かったよ!」

 

「僕も僕も!」

 

「私も!」

 

 いや、別に張り合わなくていいから。一之瀬と彩加と白波が声を上げ、坂柳はその光景が面白いのか少しだけ笑った。

 

「随分と慕われているようですね。もう少しでAクラスに移動するというのに」

 

「ど!?どういうことなの比企谷君!?」

 

「それは前に断っただろうが……つかなんでここで言っちゃうの?みんな呆然としちゃったじゃん」

 

「比企谷君は私との密会を話していなさそうでしたので、Bクラスの皆さんの手助けをしているだけですよ」

 

「「み、密会!?」」

 

「は、八幡……?」

 

「お前……八股ってマジだったのかよ……」

 

 だ、駄目だ。この状況を打開できる策が思いつかない。……素直に全部話すか。

 密会は坂柳派の全員とであること伝え、少しばかり弱みを握られていることを説明する。

 

「その弱みって何?」

 

「……言えない」

 

「えー!なんで!?」

 

 言えるか……Bクラスにはただでさえ星之宮先生との関係を誤解されているのに、写真出されたら終わる。何が終わるって俺のBクラス内での立ち位置が終わる。

 今でも浮いているって?……確かに!

 

「今日は楽しめたので20枚差し上げます。あとで部屋に伺いますね」

 

「来るんじゃない、お前だけは来るんじゃない。出来れば橋本がいいな」

 

「すまん、比企谷……俺にそっちの気はないんだ!」

 

「違うわ!変な誤解してるんじゃねーよ!」

 

 どうしてここまで大声を出さなきゃならないんだ……今日一日で叫びすぎだろ俺……。

 

「坂柳さん、比企谷君に何を言ったの?」

 

 どうやら一之瀬達には聞こえてなかったようだ。俺やAクラスだけに聞こえる音量だったし、聞こえていたらいたで怖いか。

 

「ふふ、何を言ったでしょう?こればかりは私と比企谷君との秘密です」

 

「むー!」

 

 あしらう坂柳に、ほっぺを膨らませて抗議する目を向けてくる一之瀬。いや、君たち入り浸ってるよね?坂柳にそこを見られると困るから、来てほしくないってことなんだけど……。

 

「せっかくですし、AクラスとBクラスで遊びませんか?」

 

「……皆、Aクラスと一緒になるけどいいかな?」

 

 一之瀬の問いに俺だけは首を横にブンブンと振るが、他の皆は異存ないらしい。

 

「酷いです比企谷君……あんなに私に迫ってきていたのに……もう飽きたんですね……」ウツムキ

 

「比企谷君?どういうことかな?」ニッコリ

 

 (写真を返してもらうために)迫ったとは言えない……もう、疲れたんだけど。

 いっそ殺してくれないかな……楽になりたいです。

 

 

***

 

 

 バカンス前日はこの一週間の中でもダメージが特に大きかった。

 唯一の救いと言えば、Dクラスの盗撮魔達からプライベートポイントを根こそぎ奪えたことぐらいか。

 ……まさか本当に綾小路も関わっているなんてな。お隣さんは盗撮する変態さんだったらしい。あ、でも、俺は掲示板だと極度のマゾで女子の尻に敷かれている十股の最低野郎らしいから……俺の方が酷い気がする。

 ちなみに増えた女子二人は網倉さんと小橋さんだ。そろそろ誰かに刺されそうだな……誤解で死ぬとか嫌すぎる。

 

「全部で39003pptか……思っていたよりも綾小路が持っててびっくりしたが、アイツの部屋俺より何もなかったしな……」

 

 本当にモノがなかったので、試しにとばかりゲームをやらせてみたら思った以上にハマっていた。まさかスマブラが俺より弱いなんて……今度彩加たちとやるときは綾小路も誘おう。そしたら罰ゲーム二分できるだろうし……。

 

 明日からバカンスに行くことになるが、ここまで相当濃い毎日だった……もう電子掲示板はしばらく見ないようにしよう。見たらキレること間違いなしだし。

 俺がここまで夏休みを他人と過ごすなんて誰が想像できただろうか。俺自身も気づけばBクラスや他クラスと一緒にいるんだから、人生、本当に何が起きるか分からないものである。

 

「この学校に来たのは、ちょっとした興味からだったが……来て良かったな」

 

 人と触れ合うことがここまで楽しいとは思わなかった。小町と離れ離れになることとなんとか相殺できるくらいには、来てよかったと思っている。

 ……まあ、ちょっと、いやかなり混沌としていると思うが、楽しいと感じているのは確かだ。

 

「……マッカン飲んで寝るか。明日朝早いし」

 

 明日からはバカンス……無事に過ごせることを願いつつ、どこかで期待しながら俺は冷蔵庫へマッカンを取りに向かうのだった。

 




……言いたいことは感想欄にどうぞ。ちゃんと返信いたしますので。
突っ込みどころ満載な回となりましたが、笑ってくださる方がいれば嬉しい限りです。

さて、これで第二章は終了です。次からはバカンスと言う名の無人島生活編に突入します。
高円寺と櫛田と絡められたらいいなと思っております。

……無人島編はアニメと小説混ぜようかな。アニメだけだと分かりにくいにも程があるので。
池から言質を取ったのも次の無人島に関係してきます……割とわかりやすかったかもですが。

ではまた次の話で。


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番外編:夏休み6日目の真実

書くか迷ったんですが、要望多かったので書きました。
基本、八幡の意識はどこか別の場所にあること前提でお読みください。
また、数日書いてなかったからか駄文かつ文章が変だと思われます。指摘してくださると嬉しい。

※大体皆テンションおかしいです。


 早くも夏休みが五日経ち、一年生はあと二日で夏のバカンスに出かけることもあって、多くの生徒が楽しい日々を送っていた。

 この学校に夢と希望を持って入学してきた生徒たちの多くは、学校のシステムに動揺し、混乱し、不安な日々を送ってきたことだろう。

 それから一時的ではあるものの、解放されたようなものなのだ。思わずテンションが上がってしまっても仕方がない。

 

 だが、とある寮の一室は異様な光景に包まれていた。

 ある一人の生徒の部屋に、男子生徒が正座したまま眠っていたり、ベッドに2名の女子生徒が寝ていたりとおかしな光景だ。

 

「ん……」

 

 正座していた男子生徒が外から入ってきた光によって眼を覚ます。

 しかし、見開いた目はどこか焦点があっておらず、心ここにあらずといった様子だ。

 彼は起きたのにもかかわらず正座をやめない。それどころか動く様子すら見せなかった。

 

「ふぁぁぁ…」

 

「いつの間にか眠っちゃってたんだ……って、比企谷君まだ正座してたの?」

 

「……」

 

 ベッドで眠っていた二人の女子生徒が目を覚ます。

 二人とも部屋に襲撃したときに着ていた私服のままであった。

 

「一之瀬さんおはよう……///」

 

「うん、おはよう千尋ちゃん……なんか顔赤いね?具合悪い?」

 

「だ、大丈夫……顔洗ってくるね」

 

「(ど、どうしよう……一之瀬さんと同じベッドで寝ちゃった///さ、最高……!)」

 

 二人の女子生徒は一之瀬帆波と白波千尋。

 昨日、とある件について正座している男子生徒……比企谷を問い詰め、夜遅くまで説教やら拷問やらをしていたうちに眠ってしまったらしい。

 一之瀬のことが好きである白波は、一緒に寝れたことが嬉しかったようだ。

 

 ……その場所がクラスメイトの男子の部屋というのもどうなんだと言いたいが。

 

 二人は顔を洗い、一度部屋を出た。

 昨日のままの恰好なので、シャワー兼着替えを済ませることを優先させたようだ。

 ちなみにだが、未だに比企谷は正座のままである。

 

 

***

 

 

 二人が比企谷の部屋に戻ってくると、先客がいた。

 

「あ、二人ともおはよう!」

 

「おはよう戸塚くん」

 

「もしかして朝食作り終えちゃった?」

 

「うん、簡単なものだけど……」

 

 全員分のごはん、味噌汁、目玉焼き、サラダ、ソーセージ……四人分の食事が机の上に用意されていた。

 彼は戸塚彩加。外見が下手な女の子よりも可愛く、また、嗜好が乙女趣味であることから可愛らしいアイテムを好んで使う。

 そのためか、女子のみで行われていた非公式女子力ランキング第一位に輝いていたりする。

 

「ところでさ、八幡どうしちゃったの?近くで声かけてみたのに全然反応してくれなくて……」

 

「あー……実はね……」

 

 戸塚は比企谷の友人であると思っているし、実際比企谷の初めての友達と言えるだろう。

 そんな友達が、朝から虚ろな目で正座をし続けているのだ。不気味と言うほかない状況である。

 

「昨日、こんな内容のスレッドが更新されてね…」

 

「【一年の男女が図書館でイチャイチャしていた件について】?」

 

 戸塚に、ある学校掲示板の記事を見せる白波。

 内容としてはよくある男女の仲の下種の勘繰りなのだが、途中から話がおかしな方向に進んでしまい、比企谷が8股しているというデマ情報になってしまっていた。

 そして、そのメンバーに……男である戸塚も、入ってしまっていたのだ。

 

「あ、あはは……僕男の子なのに……」

 

「それにしても、比企谷君妙に他クラスの女子生徒と関わってたりするよね」

 

「教室だと本読むか寝たふりしかしてないのに……会話も全部受け身なのにどうやって話してるんだろ……」

 

 普段からやる気を見せず、教室でも静かに気配を消す勢いの比企谷。

 無論、戸塚が朝から話しかけ、そこに一之瀬が加わることで白波も集まり、神崎に柴田、小橋に網倉と集まっていくため結構目立ってしまっているのだが、本人たちは気にした様子がない。

 ……ただし、比企谷は除く。

 

「朝食も冷めちゃうから食べよっか」

 

「そうだね」

 

「おーい、比企谷くーん、朝ごはんだよー」

 

 三人が定位置に着くも、比企谷に動きは見られない。

 まだ目の焦点があっていないようだ。

 

「もう、いい加減起きなよ!」

 

 ついに我慢できなくなった一之瀬が比企谷を横から押した。

 結果、長時間正座をしていた比企谷は……

 

「%あ$samlio3p8m1%$!’&%9qnjd2p!”&#%!?」

 

 言葉にならない叫び声を上げ、床を転げまわることに。

 ……いや、転げまわっているのは足がなくなったと感じているからだろうか。長時間の負担は感覚器官を麻痺させ、痛みや痺れすらも感じない、自分の意思で動かせなくなるただの付随品のような扱いになってしまう。

 

「き、昨日の夜からずっと正座してたから……」

 

「ずっとって……今9時だよ?」

 

「12時間正座って……」

 

 数分の間、言葉にならない絶叫を上げながら床でゴロゴロしていた比企谷であったが、ようやくマシになったのか、はたまたお腹がすいたのかは不明だが、立ち上がろうと両腕で床を押す。

 しかし、両足が全くと言っていいほど言うことを聞かず、上半身が上に上がるのみだった。

 それでも何かしら食べたかったのか、腕のみで下半身を引きずるように移動した比企谷は、なんとかいつもの席につく。

 

「じゃ、じゃあいただきます」

 

「「いただきます」」

 

「……」

 

 三人が食べ始める中、比企谷は動かない。

 いや、動けないと言った方が正しいだろうか。

 両腕で上半身を起こしているため、手が使えず、箸を持てないのだ。

 隣で食べていた戸塚がそれに気づく。

 

「八幡、もしかして座れない?」

 

 ゆっくりと頷く比企谷。

 言語能力を失っているようだ。

 

「じゃあそのままでいてね……はい、アーン」

 

「aー……」

 

 自身の箸を使って比企谷の分のごはんを口に運ぶ戸塚。

 完全に幼児プレイにしか見えなかった。このシーンを他の生徒に見られれば、すぐさま掲示板のネタになり、一躍時の人となることだろう。

 

「こんな八幡新鮮だよ!次は何がいい八幡?」

 

 戸塚からの言葉に、顎でサラダを示す比企谷。

 

「サラダだね。はい、アーン」

 

「あー……」

 

 いつものようにテンションが低く、どちらかと言えばクールである比企谷の赤ちゃんのような姿に、つい微笑んでしまう戸塚。コイツもコイツで普段から大人しい真面目な様子を見せているのだが、今やっていることは第三者の目線から見れば変態プレイに見えなくもない。天使が堕落する原因にならないだろうか?心配である。

 

「わ、私もやっていいかな?」

 

「私も私も!」

 

 そんな戸塚と比企谷のやり取りを見ていた一之瀬と白波も、興味が湧いたのかやらせてほしいと言い出した。

 

「僕たちも朝食食べなきゃだから、交代でやろうよ!」

 

「分かった!」

 

「じゃあ次は私!」

 

 戸塚とは反対側に座っていた白波も自身の箸を使い、比企谷に食べさせる。

 三分の一ほど食べ進めたところで一之瀬へと代わる。

 

「はい、比企谷君。あーん……」

 

「あー……」

 

「ふふっ、なんか可愛いね?」

 

 ……傍から見れば美少女三人が一人の男を養って世話しているようにしか見えない。

 加えて三人とも気づいていないが、自身の使った箸をそのまま比企谷に食べさせるときに使用している。無意識とはいえただのハーレム状態となってしまっていた。

 ……もっとも、比企谷本人は心ここにあらず状態なのであるが。

 

 

***

 

 

 朝食を終えた四人は勉強に移る。

 だが、その前に比企谷を着替えさせようとのことで、一之瀬と白波はリビングで勉強、戸塚が比企谷をシャワーに入れ、着替えさせることとなった。

 比企谷は戸塚からマッサージをしてもらったことで、なんとか立つことが出来るようになっていた。生まれたての小鹿のようにガクガクしているものの、戸塚に支えられて室内を移動する。

 洗面所に着いたものの、比企谷は虚ろな目でどこか遠くを見つめていた。

 

「八幡脱げる?」

 

 フルフルといった感じで顔を横に振る比企谷。

 

「じゃ、じゃあ脱がすね?」

 

 見た目完全に女の子な戸塚が男である比企谷の服を脱がす。

 ……どこのエロゲ―だろうか。

 戸塚が顔を赤くしているところも危険な香りを漂わせている。この二人、正直いつ道を間違えてもおかしくないと思います。

 

「あ、あとは下着……まずは上からだね」

 

 どんどん服を脱がしていく戸塚。

 ついに、最終問題であるパンツのみになった。

 

「えっと、八幡?ぬ、脱がすから……///」

 

 ……結局のところ洗濯することに代わりはないため、最悪パンツ着用でも良かったのかもしれないが、戸塚はその考えに至らなかった。

 故に。

 

「………///」

 

「……」

 

「と、とりあえずシャワー浴びてきてよ!」

 

 風呂場のシャワーをつけ、その中に八幡を押し込む戸塚。

 彼は見てしまったのだ。

 これまで、一緒に風呂に入るような出来事はなかったし、着替えの時もお互いに気にせず(比企谷は興味津々でありながらも勇気が足りなかった)に着替えていたのだ。

 どうしてもその容姿と趣味嗜好から女の子と勘違いされることの多い戸塚。

 だからこそ、比企谷に憧れを抱いた。

 

「八幡、立派だったなぁ……///僕も男らしくなりたいや……」

 

 ……憧れだけだろうか?どことなく顔が赤い戸塚。

 この後、比企谷が長い時間シャワーを頭から被るのみで微動だにしなかったため彼も一緒に入ることになったのだが、中で何が起きたのかは……二人(比企谷は意識消失)しか知らない。

 

 

***

 

 

 風呂から上がったものの一緒に入ることになってしまった戸塚は、着替えるために一度自分の部屋に戻った。

 戸塚に服を着させられた比企谷は、いつものように(ただし足は震えたまま)一之瀬が作成した問題集を取り出し、黙々とし始めた。

 

「比企谷君意識戻ってきた?」

 

「いや、まだ目が虚ろなままだよ」

 

「ってことは習慣になっちゃってるんだ……」

 

「比企谷君が自分から数学を……頑張った甲斐があったや」

 

「(一之瀬さんが教えたところだけを覚えていない比企谷君と、そのことに怒る一之瀬さん……比企谷君は自分から勉強することで少しでも怒られないようにしてるんだろうなぁ…怒る一之瀬さんも天使だったけど!)」

 

 比企谷の数学嫌いは相当なものである。勉強をすること自体はボッチであったことから嫌いではないらしいが、数学だけは別で授業も聞くだけで眠たくなるほど。

 東育の授業はしっかりと聞けば分かりやすいためか、4月以降眠ることはほぼなくなった。しかし、理解しているのとは別で、自力だと赤点スレスレなため、クラスから退学者を出したくない一之瀬に指導されている。

 一之瀬の教え方は上手く、教師いらなくない?となるようなもののはずが……比企谷が一之瀬を基本的には苦手としているのに加え、自分にだけ厳しいと思っているからか覚えが極端に悪いのだ。

 他に戸塚や神崎といった男子にも教えてもらっており、そこで教えられたことは覚えているという……一之瀬が不満に思っても仕方ないかもしれない。

 

 そんなことを繰り返していくうちに、比企谷は自分から進んで数学をすることで少しでもいい印象を植え付けるという策を実行。

 結果として、一之瀬の機嫌は良くなったのだが……嫌いな数学をもはや無意識化でもやろうとしてしまう比企谷は、一体どれ程の恐怖を味わったのだろうか。

 

 ……一之瀬から逃げ出し路地裏に身を潜める比企谷。絶対に見つからないだろうと息を吐いたところで、自身の肩を叩く手が……そのことはまた次の機会に語るとしよう。

 

「よし、午前中は勉強頑張ろう!」

 

「うん!」

 

「……」

 

 少ししてから戸塚も合流し、四人で勉強に勤しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、比企谷君あんなに数学出来たっけ?」

 

「基礎は完璧みたいだね……」

 

「もしかして、昨日図書館でCクラスの椎名さんに教えてもらったから、とか?」

 

「……そっか、比企谷君は他クラスの女の子から教わったら覚えられるんだ……」

 

「(あ、失敗したかも……ごめん、比企谷君。強く生きてね……)」

 

 

***

 

 

 本日の勉強時間も終わりを告げ、昼食の時間になった。

 四人での食事は外食するよりも作った方が安く済む。基本的にこの部屋を使用する者は自炊が出来るため、自炊が当然なのだ。

 ……朝同様、比企谷が食べさせられたことは言うまでもないだろう。

 

 昼食を終えた後、今日の予定であったケヤキモールでの買い物兼遊びに行くことに。

 

「八幡、歩ける?」

 

 一つ頷く比企谷。

 そうして歩き始めたものの、比企谷はどんどん遅れてしまう。

 

「腕を引っ張った方がいいかな?」

 

「でも、そんなとこ見られたら昨日のスレッドが事実だって思われちゃうよ?」

 

「あ、ならさ……」

 

 何を考えたのか、比企谷を連れて一度部屋に戻る三人。

 ……数十分後。

 

「着替えさせたよ!」

 

「おお~!」

 

「サングラスのおかげで誰か分からないね!」

 

 服を一之瀬と白波が決め(クローゼットを漁られた)、戸塚が着替えさせたことにより、普段の比企谷からは想像もつかないような格好の男子生徒が完成した。

 戸塚が持っていた(スパイ映画の主人公に憧れて秘かに買っていた)サングラスをつければ、確かに誰だか分からない。

 ……頭からアホ毛が飛び出ていることには変わりないため、気づく者は気づきそうだが。

 

「それじゃあ、出発しようか!」

 

「「おー!」」

 

「……」

 

 ちなみにだが、未だ比企谷は虚ろ(ry

 

 

***

 

 

 ケヤキモール。

 東育の敷地内でも一番の施設数を誇り、服から食品、ゲームセンターに映画館と一通りの生活用品と娯楽が集まっている生徒御用達のショッピングモール。

 夏休みということもあり多くの生徒がいるモール内。

 そんな中でも、一際目立つ集団がいた。

 

「一之瀬さん、最初に水着を買いに行くのはどうかな?」

 

「私もまだ買ってないけど……戸塚君は?」

 

「僕もまだだよ。多分八幡も買ってないと思う!」

 

「よし、なら水着売り場から行こうか!」

 

「うん!」

 

 その集団は四人で、見た目だけなら女子3男子1。実情は女子2男子2。

 Bクラスの比企谷グループである。

 ここに神崎、柴田、小橋、網倉が加わると一之瀬グループとなるのだが……その話は今はいいだろう。

 先頭を一之瀬と白波が歩き、後ろを戸塚と比企谷が歩いている。

 ……ただ、後ろの二人は少し違っていた。

 比企谷の手を戸塚が握り、支えながら歩いているのだ。

 傍からただのカップルにしか見えない。まぁ、グラサンかけた年上男性とか弱い年下女性と周囲は認識していたが。

 

 そうして四人が足を運んだのは夏限定の水着ショップ。

 多くの水着を揃えており、ポイントの少ない生徒にも手が届くような商品も置かれている多くの生徒が足を運ぶ人気店だ。

 四人ともBクラスな上に散財をしないタイプだからか、ポイントは豊富にある。

 

「よし、分かれて探そうか」

 

「そうだね」

 

「八幡のはどうする?」

 

 戸塚に寄り掛かる感じで立っている比企谷。

 グラサン越しで分かりづらいものの、意識はないままだ。

 

「それぞれ一つずつ持ち寄って、試着させて決める!」

 

「男の子の水着を……」

 

「二人が良いならそれでいいけど……」

 

「分かった、面白そうだしそうしてみよう!」

 

「「おー!」」

 

「……」

 

 勝手に着る水着を選ばれることになった比企谷。

 ノリノリの三人は意気揚々と自身の水着と比企谷に着させる水着を選びに行くのだった。

 

 

***

 

 

 数分が経ち、それぞれが自身の水着と比企谷に着せたい水着を持って集合していた。

 

「とりあえず試着してから比企谷君の水着を決めようか」

 

「賛成!」

 

「八幡、ここに座っててね?」

 

 頷いた比企谷を見て、三人はそれぞれ試着室に入る。

 しばらくの間一人でボーっと座っていた比企谷だったが、突然立ち上がった。

 

「……どこだここ……」

 

 なんと目を覚ましたのだ!

 ……いや、比企谷の様子が少しおかしい。

 

「夢か……?なら試着室に誰かいる、ってことか?」

 

 どうやら現状を夢と把握したらしい。

 そりゃそうだろう。何せ部屋で正座していたと思えば試着室前の椅子に座っていたのだ。そう思ってしまっても仕方がないかもしれない。

 夢だと思い込んでいるせいか、躊躇なく試着室のカーテンを開ける比企谷。

 

「ん?白波?」

 

「え……きゃああああ!!」

 

「ふげっ!?」

 

 ちょうど下着を脱いだ辺りだった白波は突然の比企谷登場に驚き、全力で試着室から追い出した。

 ……その勢いで対になっている試着室に突撃してしまった比企谷。

 

「痛っ……って一之瀬?」

 

「ひ、比企谷君!?目を覚ましたのって……きゃあああ!!?」

 

「ごはっ!?」

 

 最初、比企谷の目に生気が戻ったことに驚いた一之瀬だったが、自身が着替え中であったことを思い出し本気で殴り飛ばした。

 白波と違い、運動神経は悪くない一之瀬が本気で殴ったのだ。全く構えていなかった比企谷は外に出され、地面に倒れ込んだ。

 

「ど、どうしたの二人とも!?」

 

 比企谷が倒れ込んだところで違う試着室に入っていた戸塚が水着にパーカーの姿で現れた。

 それを見た比企谷は……

 

「彩加はやっぱ天使だな……」

 

 その一言を告げた後、再び意識を失ったのだった。

 一之瀬と白波も水着を着用してから外に出てくる。

 二人とも顔が真っ赤だった。仕方がない、まさか着替え中に比企谷が入ってくるなど思いもしなかったのだ。

 ……その比企谷は地面に倒れ込んでいたのだが。

 

「あ、二人とも似合ってるよ!」

 

「ありがとう……それにしても」

 

「そうだね……比企谷君には責任取ってもらわないと!」

 

「な、なにがあったの?」

 

「「着替え中に試着室の中に入ってこられた」」

 

「え!?は、八幡!そんなことしたらめっ!だよ!」

 

「……」

 

 戸塚が可愛らしく注意するものの、比企谷からの反応はない。

 いや、むくっと起きあがった。

 ……朝同様、目から生気が全くと言っていいほどしていなかったが。

 

「(ふー、どうやら記憶は消せたみたいだね)」

 

「(一之瀬さんの着替え中を見るなんて!全く比企谷君は……って私も見られた!?はわわ、お、男の子に見られた!?)」

 

「……水着は決まったから、比企谷君のを決めようか」

 

「そうしよっか」

 

「……」

 

「じゃあ僕が着替えさせるね」

 

 ……その後、三人がそれぞれ選んできた水着を戸塚によって着せ替えさせられた比企谷だったが、意識が覚醒することなく、水着を公開され、感想を言われ、決められ、全員分の水着を自身の端末で勝手に支払われたのだった。

 ……うん、ドンマイ。

 

 

***

 

 

 水着を買い終えた一行は甘いもの巡りを敢行することにした。

 実はだが、この四人は甘いものが好きである。

 一番の甘党が比企谷であることもどうなんだと言いたくなるが、二番手が一之瀬、戸塚と白波は普通に好きな程度という組み合わせなのだ。

 それ故に甘いものを巡るのはおかしくはないのだが……

 

「今日は比企谷君の奢りだぁ!!」

 

「いえーい!」

 

「いいのかな、八幡こんななのに……」

 

「昨日のスレッドの内容に今日の女の子の着替え中を覗いたこと!許されることじゃないんだよ!」

 

「そうだそうだ!」

 

「確かにそうだけど……」

 

「……」

 

 一之瀬と白波の言葉に反応したのか、無言で端末を差し出す比企谷。

 無意識化でも悪いことをしたと思っているのだろうか。

 

「え、八幡?」

 

「……」

 

「そっか、八幡がいいなら分かったよ」

 

「最初はあのカフェにしよう!」

 

 戸塚も、比企谷自身が良いと言っているし、とのことで折れ、女子二人が先導して良さげな店を突撃してはケーキやらプリンやらを頼んでいく。

 そして毎回あーんをさせられ、それを偶然近くを通りかかった柴田が目撃したことで一騒ぎが起きたのだが、とにもかくにも、比企谷の意識がないうちに三人との買い物兼遊びは終わりを告げたのだった。

 

 

 

 ……一体どうやって戸塚は比企谷と意思疎通を図っていたのだろうか?

 そして、三人とも明日は水着で肌を晒すというのにそんなに食べていいのだろうか?

 

 ……まぁ、本人たちが気にしないならいいのだろう。

 

 

***

 

 

 ~EXTRAステージ~

 

「ねぇ、プリクラ撮らない?」

 

「全員で撮る?」

 

「それはもちろんだけど……個別でってのもどうかな?」

 

「それはいいね。僕は八幡としか撮ったことないからなぁ……」

 

「(一之瀬さんとプリクラ!す、素敵!)」

 

「(比企谷君と二人でってのは初めてだなぁ……)」

 

「まずは四人で撮ろうか」

 

 一つのプリクラに四人で入り、一回写真を作る。

 そこで三人は気づいてしまった。

 

「(比企谷君の意識がないってことは……)」

 

「(何を書いたにしても……)」

 

「(ば、バレない!!)」

 

 以前、放課後に比企谷と二人でプリクラを撮った戸塚は、比企谷が『なんだこの如何にも頭悪い感じは……』と呟いていたことを覚えていた。

 その時は特に落書きも多くすることなく、いたって美化されたツーショット写真のようなものだったが……比企谷が嬉しそうにしていた。

 しかし、戸塚としては色々と文字を入れたかったのが本音であった。というかプリクラを撮りに行く時点でそれが目的なのだ。比企谷がおかしいということをここに記しておく。

 

「……最初は私と千尋ちゃん、戸塚くんと比企谷君でいいかな?」

 

「そのあと私と比企谷君、一之瀬さんと戸塚君で、最後に私と戸塚君、一之瀬さんと比企谷君かな」

 

「うん、分かった」

 

「じゃあそれぞれ撮ろうか。千尋ちゃん、どんな設定で……」

 

「恋人!」

 

「えぇ!?」

 

 女子二人が違うところに入っていくのを確認した戸塚は、比企谷の腕を取ってプリクラを撮り始める。

 撮り終われば楽しみにしていた落書きの時間だ。

 

「えっと、チャリできた、っと……」

 

 定番であるフレーズを書き入れ、夕焼けをイメージさせるような背景に変更して一枚を作る。

 さらに……

 

「……うん、恥ずかしいけど本当のことだしいいよね?」

 

 誰に言うわけでもなく、一人で呟いた戸塚。

 そこには一生友達だよ!大好き!と書かれた、比企谷の腕に抱きつく戸塚の姿。それを色々と弄っているうちに、顔を赤くする戸塚。

 ……この二人、本当に道を誤ってしまわないだろうか?高校一年生の夏でこれなら、来年や再来年が恐ろしいものである。

 

「戸塚くん撮り終わった?」

 

「うん!今終わったよ!」

 

「じゃあ次は私だね!」

 

 一之瀬とのプリクラが手に入ったせいか、テンションの高い白波。

 そして、テンションの高さは時に、自身のやっていることを把握できなくする。

 

「うーん、一枚は握手する感じで、二枚目は……腕に抱きついちゃえ!」

 

 先程一之瀬にやったことをそのまま比企谷にまでした白波。

 ……一枚目には『同士同盟!』、二枚目には『これからも一緒に過ごそうね!』に♡マークをつけたことで、自身の部屋に戻ってからしばらく、顔が熱くて仕方なくなる白波なのだが、今はそこまで考えが至らず、本能のままにプリクラを撮ってしまったのだった。

 

「終わったよ!」

 

「最後は私かぁ……き、緊張してきた」

 

「八幡が凄い遠くを見つめてるから、そこは少し弄った方がいいかも」

 

「分かった!」

 

 最後に一之瀬。

 ……比企谷はずっと一台の機械の中に立ち続けているが、焦点が合っていないので大丈夫なのだろう、多分。

 

「さて、どうしよっかなぁ……」

 

 そう言いつつ、一枚目は普通にツーショットを撮る一之瀬。

 前から色んな人と関わっているというのに、比企谷が『俺はボッチだ』と言い続けているため、友達だということを前面に出したのを一枚撮ろうと決めていたのだ。

 問題は二枚目。

 ……この時、一之瀬のテンションは普段に比べれば高く、それでいて比企谷が特段反応しないせいで、何を書いてもいいと思っていたのだ。

 だから……

 

「い、いいよね……///」

 

 とても人には見せられない、見返すだけで叫びたくなるような、他人に見られでもしたら部屋に引きこもってしまいそうなプリクラが出来てしまったのだ。

 

 全員が撮り終えたことと、そろそろ暗くなるとのことで今日はお開きになった。

 比企谷を支えながら戸塚が歩き、一之瀬と白波が前を歩く。

 ……全員もれなく顔が赤かったのは言うまでもないだろう。

 

 ……ちなみにだが、未d(ry

 

 

***

 

 

 

「……あれ?」

 

 そんな怒涛の一日、比企谷に自我があれば絶対にしないような、させないようなことが起きた夏休み六日目。

 その内容を、比企谷は覚えていなかった……。

 

「……あ、鼻血」

 

 ……断片的には覚えていたようだ。

 全てを思い出さないことを願うしかないだろう……もし思い出せば全員が特大の黒歴史として心の中に抱え、部屋に引きこもることが安易に想像できてしまうのだから……。

 




少しばかり長めになってしまった。
番外編最長ですね……八幡がこの日を覚えていなくて本当に良かった。
覚えていたら大量の鼻血を噴き出していたことでしょうし……。
あ、一之瀬のはわざと伏せました。今のところ公開したくないので。
春休みになぁ……公開したい(笑)
※全員とのプリクラが比企谷の使わない机の引き出しの奥に入れられています。

ちなみに堀北は昨夜のうちに帰りました……。

次は八&帆のチャットかな。




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番外編:個人チャット②

この作品もようやく更新復帰しようと思うのでリハビリついでに。
やはりアニメ普通に好きだ……二期来てくれないかなぁ……。

絡ませたいとか言ってるのに、クラスメイト達と絡ませ過ぎてるためか綾小路との絡みが少ないので、二人のチャット内容を抜粋してお送りします~。


《綾小路清隆》

 

『メッセージ送れてるか?』

 

『おう』

 

『こういうのって何を送ればいいか分からないんだが』

 

『……俺も分からん』

 

『さすがはボッチを名乗るだけはあるな』

 

『それ、ブーメランだからな』

 

『なるほどな、言葉を投げかけた本人にも当てはまる、という意味か。オレも使っていくとしよう』

 

『……あの、懇切丁寧に解読するのやめてくれる?恥ずかしいんですけど』

 

『そうか、悪い』

 

『全く謝意を感じねえな……』

 

 

***

 

 

《怪しげな男》

 

『ボッチってのは嘘だったんだな』

 

『戸塚のことか?あれは天使だ、友達じゃない』

 

『は?』

 

『いや、天使と人間が友達になったりするか?』

 

『何を言ってるんだ?あんな可愛い女子と二人でどこかへ行ってたじゃないか。気持ち悪い笑み浮かべて』

 

『気持ち悪いは余計だっつーの。……ちなみにどんな顔してた?』

 

『俺の隣の席の女子が鳥肌立てるくらいには気持ち悪い顔だったぞ』

 

『どんだけだよおい……』

 

『結局部活動には入らないのか?』

 

『ああ、特に興味ある部活もねえし、俺が入ると部活動が成り立たなくなるだろうからな』

 

『確かに。全員気味悪がって逃げるだろうしな』

 

『そこは才能あふれる比企谷君についていけなくなってとかフォロー入れろよ…』

 

『才能、か……』

 

『ちょっと?そこで終わられると俺に何の才能もないみたいな感じになるだろ』

 

『じゃあ自分で自分をプレゼンしてくれ』

 

『いいだろう。俺は国語を始め文系教科は得意だし、運動もそこそこ、顔も眼さえ除けばイケメンで他人のために気遣える優しさと妹と天使に対する愛を持ち、人間観察を趣味としているぼっちだ』

 

『……勉学に関しても全体で見ればそこそこ、運動もそこそこ、顔もそこそこ、妹と唯一の友達相手にしか愛がなく、暇すぎて人間観察が得意になってしまった、と……才能なくね?ワラ』

 

『俺の心ズタズタなんですけど?あと最後のワラってなんだ、お前そういうの使うタイプだったの?』

 

『いや、クラスメイトが使っているのを真似しただけだ』

 

『……なんかお前が使うと違和感あるから俺には使わないでくれないか』

 

『お、おう……』

 

 

***

 

 

《危険人物なお隣さん(仮)》

 

『なあ、お前ボッチじゃないよな?』

 

『何言ってやがる。俺ほどのボッチを極めし者は中々いないんだが』

 

『たまにお前の部屋に鍵使って入る女子を見かけてるし、前には結構な人数が出入りしていたよな』

 

『あれはただクラスの連中が押しかけてきただけだっての。俺の部屋の鍵を持ってる女子は勝手に作って勝手に入ってくるだけだ』

 

『苦労してるんだな、お前も』

 

『も、ってことは綾小路もなんかあったのか?』

 

『クラスのつるんでる奴らに合鍵作られてな……四人くらいに』

 

『俺より多くね?つーかつるむ奴出来たのかよ。何、ついにボッチ卒業したのか?』

 

『そうなる、のか?ただ友達宣言してきたのは櫛田だけだ』

 

『櫛田って、学校始まってすぐにクラスに押しかけてきて連絡先交換しようとか言ってきたビッチか』

 

『高校生でビッチってことはないんじゃないか?』

 

『抽象的に言い表しただけで実際にそうとは俺も思わないが。あのあざとい上目遣いに友達作り……感じる胡散臭さは間違いなく狙ってやってるだろ。第一あんな可愛い子が俺に話しかけてくるわけないだろうが』

 

『……凄いな、比企谷に話しかける美少女の絵が全く思いつかないから信憑性がかなり高いぞ』

 

『もしかして喧嘩売ってる?売ってるなら買うよ?ゲーセンで決着つけようぜ』

 

『ここで拳で語り合うとか言わないのが比企谷だよな。それにしてもゲームセンターか……行ったことないから今度案内してくれ』

 

『お前ゲームセンター行ったことないの?生まれてこの方?』

 

『ないぞ。近くにそういう場所がないところに住んでたからな』

 

『……今度一日使って遊ぶか』

 

『おかしいな……比企谷に同情されていると気持ち悪くなってくるんだが』

 

『よーし、お前1人でプリクラの罰決定な』

 

 

***

 

 

《盗撮魔のお隣さん》

 

『なあ、今回オレは完全にとばっちりだから、ポイント返してくれないか?』

 

『確かにお前はこういうことをしない人間だろうな』

 

『だろ?これまでの付き合いでオレのことは分かってるはずだ。お前と同じで興味はあっても勇気を出せない人間だ』

 

『おい、地味に俺もディスるのやめろ。しかも内容が否定できねえ……それはそれとしてだ。あの三馬鹿共に付き合ったのは事実だろ?成り行きで一之瀬達の裸体を見る可能性があった時点で死刑確定だろうが』

 

『……随分と怒ってるな。もしかしなくても一之瀬と付き合ってるのか?』

 

『もしかしなくても付き合ってねーよ。ただ、うちのクラスのリーダー様のそんな映像が出回ると困るからな。Bクラスの受けるダメージが大きすぎる』

 

『それはそうだろうな。なら、あの白波って一之瀬に告白した女の子と付き合ってるのか?』

 

『……いや、俺ボッチだし恋愛とか黒歴史しかないから避けてるんだが……何、俺は誰かと付き合ってるように見えるのか?』

 

『ああ、見えるぞ。櫛田が目をキラキラさせていた』

 

『うわ、最悪じゃねえか……それにしても綾小路、お前がまさかそんな節穴だとは思ってもみなかったぜ』

 

『どういう意味だ?』

 

『まず言っておくが、一之瀬も白波も俺に好意を抱いていたりしない、他の女子も同様だ。こいつ気持ち悪いけど相手にしないとクラスのためにならないし、退学になられてポイント減らされても困るし、嫌々だけど一緒に居てあげなきゃ、とか思ってるだけで、お前が思っているような恋愛感情などは一切ない。中学生活で人間観察をしてきた俺には分かるんだよ、相手の言葉の裏にどんな本音が隠されているのかがな』

 

『ならAクラスとの絡みは?なんか色々いがみ合ってたが』

 

『それは……ちょっと面倒な性悪女にあるネタで脅されていてな。従わなければならない状況下にあるんだよ。本当に、なんでこんなことに……』

 

『苦労してるんだな』

 

『まあな。ところで……お前こそ堀北と付き合ってないのか?いつも一緒に居るだろ?』

 

『堀北に無理矢理付き合わされてるんだよ。それに、互いにプールに落とす間柄の人間が付き合っているとお前は思うのか?』

 

『互いにMならワンチャンあるんじゃね?知らんけど』

 

『いや、ないからな』

 

『……櫛田は?』

 

『……』

 

『うん、ごめん、俺が悪かったわ。だから無言やめてくれ』

 

『ところで、明日からのバカンス楽しみだな』

 

『話題変えるの下手過ぎるだろ……』

 




はい、大して面白くもないでしょうが復帰一号です。
こっちは何も考えずに書けるから楽です。内容死ぬほどないけど。
大体詰まったらこっちに逃げるけど許してね~。


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夏のバカンス・前半戦
八幡「よ、よう」 清隆「…誰だ?」


なんか早く書けてしまったので無人島編第一話です。
ところどころおかしいところがありますので、指摘してくださると嬉しいです。

今回は葛城と綾小路に眼鏡八幡をお披露目するだけの回です。そうだと言ったらそうです。

なお、この作品はハーレムではありません、よ?勘違い(させているのは私ですが)しないでくださいね?


『心というものは、それ自身一つの独自の世界なのだ。―――――地獄を天国に変え、天国を地獄に変えうるものなのだ』

 

 これはイギリスの詩人、ミルトンの代表作『失楽園』の一文である。

 楽しく毎日が過ごせるかどうかは、それぞれの各個人の心掛け一つで変わってくる。この世の天国か地獄かは、個人個人の気持ちの有りよう次第だと訴えているのだが、それについてはとても理解できる。

 どんな出来事だろうと、俺が楽しいと思えば楽しいのであり、つらいと思えばつらいことなのだ。ならば、俺がどう思うかによって出来事に対する気持ちが変わるのはごく普通のことだろう。

 しかし、今の俺が置かれている状況、これはどう思うべきなのだろうか。

 

「あ……んんっ♡はっ、あんっ♡気持ちいい~♡」

 

「にゃあああ♡ああっ、ん、んん……!」

 

「……」

 

 目隠しをした状態で、俺はベットスパを受けていた。

 ……左右を星之宮先生と一之瀬に挟まれて。

 これは、天国と呼ぶべきだろうか?それとも地獄と呼ぶべきだろうか?

 

 そもそもどうしてこうなったのだろう……

 

 

***

 

 

 豪華客船スぺランザ。

 外観も施設も充実しており、一流の有名レストランから演劇が楽しめるシアター、高級スパまで完備されている。一般的庶民の俺からすれば一生関わりのなかったはずのものだ。

 これを学校の旅行で使用するんだから、日本政府も太っ腹である。もし今家族と連絡を取っていいのなら、即座に自慢しているところだろう。

 朝四時半には学校に集まり、五時にはバスに乗車。東京湾に着いたかと思えば、この客船に乗せられて今に至るというわけである。

 

「……で、何の用だ坂柳」

 

『つれないですね比企谷君。私は一人で寂しく寮の部屋にいるというのに、もう少し優しくできないものでしょうか』

 

「お前相手に優しさ?無理無理、俺の優しさは8割が彩加に、残り2割が椎名に注がれている。お前に渡せるものは残ってないんだ」

 

『相変わらず通常運転で安心しました。もしバカンスに気を良くして、優しくしてあげるとか言い出したら即座に電子掲示板に写真を投稿し、私があなたに捨てられたと書くところでした』

 

 危なすぎる……何故坂柳との会話はここまで神経を尖らせてやらないといけないんだ……。

 

「おま、それはやめようね?未だに、お前に対して俺が迫ったとか誤解されるようなことを言ってくれたせいで一之瀬に文句言われてるんだからな」

 

『それは申し訳ないです……でも事実ですよね?』

 

「いや、抜けてるところがあるから。写真を没収したかっただけだから」

 

『そういうことにしておいてあげましょう』

 

 本当にそうなんだが……まあ、なんでもいいや。

 ここまでくれば理解しているだろうが、今回の豪華客船による旅行に坂柳有栖は参加していない。

 ……参加できないと言った方が正しいだろうか。

 坂柳が参加()()()()となれば、すでにこの旅行で何かしら運動を行うことが前提であると推測できる。明日には無人島にあるペンションに着き、そこで一週間を過ごすことになり、またその後の一週間はこの客船に滞在することになっている。

 

 ……今までに分かっている情報を整理しただけでも確実に何かがあることだけは間違いない。

 例えばだが、無人島のペンションが島にある山の頂上に作られており、クラス対抗で一番早くペンションに辿り着くなんでもありの競争……なんてことも考えられる。

 運動前提で考えられるところは、坂柳の情報提供に感謝するのだが、だからといって暇つぶしに相手をしろと言うのはきつい。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 だってこれ見られてるんだよ?内容まで聞くのはプライバシーの侵害だと文句をつけたら、近くの物陰からこちらを見つめているのだ。ちょっと可愛いなと思ったのは内緒だ。

 ……写真は撮れたし、今度四人のグループに貼って辱めてやろう。日頃の仕返しだ。

 

「んで、俺は今回、何をすればいい」

 

『いい心掛けです。この調子で私の駒として死に物狂いで働いていきましょう』

 

「いや、違うから。嫌々だから。神室と同じだから」

 

『真澄さんはあれで結構可愛いのですが……まあいいでしょう。そうですね、おそらく無人島では私と通信をすることが出来なくなると思われます。そのため橋本君や神室さんと連絡を取ってください』

 

「悪いが確約は出来ない。お前らとの繋がりを黙っていたせいで、クラスメイトに見張られててな……」

 

『何をやっているんです。もっとしっかりしてください』

 

「いや、他でもないお前のせいなんだけどね?プールで爆弾発言しまくってたお前のせいだからね?」

 

『身に覚えがないですね。比企谷君は記憶能力が欠如しているのではないですか?』

 

「……切るぞ」

 

『写真、貼っていいんですね』

 

「……やっぱり切るのやめた」

 

『そういうところ、面白いので私は好きですよ』

 

「はいはい。で、そろそろ具体的に何をすればいいか言ってくれ。後ろで見つめてきていた奴らが少しずつ目力を上げてきてるから怖くて仕方がない。急げ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ついに彩加まで怒ってる顔しちゃってるよ。一之瀬と白波についてはもはや何も言うまい。

 

『しょうがないですね……今回、Aクラスは葛城君が仕切っています。ですので、今回Aクラスの結果がよくなければよくないほど、彼の権力と勢力は低下していくでしょう』

 

「……つまり?」

 

『BクラスとしてAクラスを追い抜いてください』

 

「……は?待て、それはいくらなんでも無理があるだろ」

 

 現在のAクラスのポイントが1034clなのに対し、Bクラスは660cl。実に374ポイントも差がついているのだ。

 五月当初の差が340だったことから、Cクラスの揉め事と中間考査と期末考査で、結局のところさらに差が開いてしまっている。

 それをどう、追い抜けと……?

 

『ふふふ……さあ、どうでしょうか。橋本君たちにも動いてもらいますが、それだけでは覆らないでしょう。期待していますよ比企谷君。それでは』

 

「あ、おい!ちょ、待て……!くそ、あいつ切りやがった」

 

 最悪だ。というか坂柳が最低だ。俺が切ろうとしたら脅しかけて来る癖に、俺に対しては切るなんて……もうあいつからの電話には出てやらん。

 いや、でも出なかったらその時点で写真バラまくとかやりそうだ……出るしかないな(白目)。

 

「さて、どうしたもんかね……」

 

 俺がこれからの行動を少しばかり考え始めたところだった。

 

「比企谷君、随分と長電話だったね~坂柳さんのこと嫌いとか言ってたけど、嫌いな相手とそんなに電話するんだ?比企谷君は偉いなぁー?」

 

 しまった、こいつらのこと忘れてた……。

 

「そうだよ!嫌いとか言いつつ楽しそうだったよ?」

 

 嘘だろ……俺のM疑惑がどんどん信憑性を増しているじゃないか……もうちょっと嫌な顔を作るようにしよう。って、作らなきゃ出来ないのかよ。

 

「八幡、坂柳さんと僕……どっちが大事なの?」

 

 それはもちろん彩加に決まってる。だけど……彩加からと坂柳からの電話。どちらに出るかと言われたら……涙を流しながら坂柳を選ぶ(強制)んだろうが……。

 

「彩加が大事だ」

 

「な、ならいいけど……///」

 

 あ、口からつい滑っちゃった。

 

「さすが比企谷君……!」

 

 うわ、白波さんちょっと目が凄いことなってるって!ここまでキラキラした瞳……入学時に俺と彩加のやり取りを見て向けていた視線と同じですね……コイツもブレないよなぁ。

 

「せっかくの皆での旅行なんだよ!確かにただの旅行だとは思えないけど、今はこの客船を満喫すべきだよ!」

 

「そうそう!」

 

「電話ばっかりしちゃ駄目だよ八幡!」

 

「彩加、それだと俺が坂柳と電話したがっているように聞こえちゃうから……違うからな、断じて違うから。脅されていなければ関わらないと言い切れるぐらいには嫌いだからな」

 

「「「……」」」

 

 あれ?なんかすごい疑われているが……坂柳のことが嫌いなのは事実だが、会話や掛け合いが少し楽しいと感じている俺がいるのも事実。あ、俺Mだわ。もう認めよう……。

 

「あっ、ここにいたのね~」

 

「星之宮先生?」

 

 ついに俺がMであることを認め、弱めのMか強めのMかの考察に移ろうとしたところで、星之宮先生が現れた。

 ……嫌な予感がする。

 

「何してるの~?他の子たちは色んな施設を回ってるのにー」

 

「比企谷君がさっきまでAクラスの坂柳さんと長電話していたんです」

 

「おい!」

 

 一之瀬!!この先生にそんなこと言ったら駄目だろうが!また揶揄われるネタが増えてしまった……逃げていいかな?

 

「あら~そうなの!もしかして坂柳さんと恋仲になっちゃった?」

 

「違いますのでそんな恐ろしいこと言わないでください。想像しただけで地面にひれ伏す俺とそれを見下ろす坂柳しか浮かんでこないので」

 

「でも比企谷君ってMじゃない?坂柳さんとは病気の関係で何度か話したことあるけど、あの子はSもSだよー?相性ばっちりじゃない!」

 

「なんで俺がMであること前提なんすか……」

 

「でも比企谷君…」

 

「うん、私たちから見ても…」

 

「は、八幡!僕は八幡がMでも友達だからね!」

 

 嘘だろ……こいつらにまでMだと思われていたなんて……彩加の言葉が今は痛いです。

 

「それに、十股してる比企谷君なら選び放題でしょ~?」

 

「なんでアンタそのネタ知ってんだ……」

 

「この学校の風紀を守るために、必要最低限の監視はしているのよ。私の名前があるって言われて、何だろうって見たら比企谷君と付き合ってることになってるんだもん。びっくりしたよー?」

 

「俺が何かしたわけじゃないんですけどね……」

 

 おそらく、この学校に慣れてきて余裕が出てきた一年生がそういうネタを探していた時、俺が椎名と堀北と読書をしているところから、この三人と出かけることで女子を変えては色んな所に出没する奴みたいな認識に変わり、Bクラスの誰かが星之宮先生との関係(誤解)を漏らしてしまったせいで食いつきが強まった、ってとこだろうな……。

 坂柳と神室、小橋に網倉に関しては完全にこじ付けであるため大体が無視していたとしても、一度そういう話が広がるだけでとりあえずヤバい奴認定されているのだろう。

 あ、綾小路は俺のことを前々から変人だと思っていたんだし、今更だろう。でもアイツに変人扱いされるって相当だよな……少しだけ俺と同じ、いや、綾小路的には俺より変人らしい高円寺と話してみたくなるな。

 ……変人度二位って全く嬉しくねえな。

 

「それで、星之宮先生は何か用ですか?」

 

「そうそう!一之瀬さんちょっと借りてくね?話したいことが……そうだ、比企谷君も連れて行っていい?」

 

 一之瀬か。クラスの代表だし、星之宮先生が呼び出すのは夏休み前までの総括をするためか……?つーか、ついでとばかりに俺も連れて行こうとしているなこの教師。

 

「いや、俺はいらんでしょ。一之瀬で十分でしょうが」

 

「八幡?どういうこと?」

 

()()()()()()()()()比企谷君」

 

「星之宮……先生?」

 

 少しだけ、雰囲気を変えた星之宮先生。

 ……天使が怯えてる!?こ、このビッチ何してくれてんだ!

 

「そっかー、まだ私のことそんな風に呼ぶんだ?」

 

「え、今俺声出してた?」

 

「出してないけど……」

 

「比企谷君は顔に出ちゃうから。普段だと露骨と言っていいほど顔に出るよね~」

 

「ツンツンするのやめてください」

 

「なら今後私のことをどう呼べばいいか分かるよね?」

 

「美人なお姉様!」

 

「まあ、及第点かな。でももし今後破ったら……襲っちゃうぞー?」

 

「うひゃあ!?」

 

 こっわ、星之宮先生怖すぎるだろ……。生徒襲いだすとかマジもんのび……痴女じゃないですか。

 ま、まあちょっと興味がないと言えば嘘になるけどね?

 

「あと~同じような言葉も厳禁だよ?わかった~?」

 

「……はい」

 

 俺は無力だな……。

 

「……というわけで、二人借りていくね?お昼前には返すから~」

 

「「はーい」」

 

 白波と彩加は神崎や小橋達と合流するんだろう。俺もそっち行きたいな……

 

「じゃ、ついてきてね~」

 

「はーい!」

 

「……うす」

 

 そうして星之宮先生に連れられてやってきたのは高級ベッドスパの店であった。

 ……なるほど、ここなら個室だろうし他のクラスに聞かれる心配がない。こういうところが地味に優秀さを感じさせるんだよなぁ。

 

「すみませーん、三人でお願いできますー?」

 

「はい、かしこまりました。こちらへどうぞ」

 

 スパという言葉には様々な意味が含まれているが、今回はどうやらエステなどトリートメント的な意味合いで使われているのだろう。なんかいい匂いするし、辺りを見渡せば色んな液体が置かれていた。

 

「ここでまずは着替えた後、奥の部屋にお進みください」

 

「はーい」

 

 どうやらここで服を脱がなければならないらしい。確かに全身エステを服着たままやるのもおかしな話だし。

 

「あ、あの、星之宮先生……比企谷君がいるんですけど……」

 

 ……くっ、さっきまで無理矢理違うこと考えて、邪な思いを抱かないようにしてたのに!!

 

「え~、だから面白くなるなーっと思って比企谷君を呼んだのにー」

 

「私たちはまだ未成年ですよ!中学校卒業して半年も経っていないのに……」

 

「あれ~、一之瀬さんどんなこと考えているのかなー?」

 

「そ、それは……///」

 

 あー……一之瀬はそこらへん純粋だからな。星之宮先生ニヤニヤしてるし、分かってて遊んでんな。可哀想に……ま、あとは若い二人に任せて、俺はこっそりと退出……

 

「比企谷君、もし一緒にやらなかったら……ね?」

 

「ぜひ共に受けさせてください!」

 

 出来なかった。

 や、何が恐ろしいって、坂柳とは違い明確には何をするのか言わないのが恐ろしい。元々が美人なこともあってか、こういうときに微笑まれると本気で恐怖を感じる。

 

「でもさすがに、このままってわけには行きませんよね?」

 

「そうだねー、もし私がそんなことさせたなんて学校に伝わったら、一発アウトだし」

 

「な、なんでそんな危険な行為をしようとするんですか!!」

 

 一之瀬が抗議するも、星之宮先生は笑うだけだ。

 そりゃそうだ、だってこの人……

 

「その方が面白いでしょう~?リスクがあってこそ、楽しくなるって思わない?」

 

 狂っているのだから。

 俺もある意味で言えば狂っている。世間一般の言う普通の人は誰これ構わず言葉の裏を読み取ろうなんてしない。だが、まだ俺は可愛いほうではないだろうか。

 坂柳に龍園もそう、この学園は歪んでしまった奴らを集めているのかというぐらいに、一般的な普通と言うものが存在していない。

 どこか、欠点をもった奴らが集められているかのようにも感じられるくらいには、個性的な奴が多い。どこかにバンドリ!で全部good出しちゃうような普通の子はいないものか……ってどこの七深さんだ。つくしちゃんがスクショ撮ろう言ってる時点で普通じゃない。あれ、普通な奴ってもしかしてどこにもいない?

 

「で、でも!」

 

 それでもなお食い下がる一之瀬。

 よっしゃもっとやれ!そして俺を追い出せ一之瀬!

 

「さ、最低でも目隠ししてくれないと無理です!」

 

「いや、抗議するところ違うだろ!……第一お前はいいのか?男とエステ、しかも彼氏でも何でもないただのクラスメイトだぞ?」

 

「そ、それはそうだけど……星之宮先生もいるし、比企谷君は変なことしないって信じてるから……」

 

 むしろ変なことをしたら俺は牢獄にぶち込まれると思うんだが……そんな度胸は俺にはない。相手のことをしっかり考えるのが八幡クオリティだ。……断じてチキンなどではない。

 

「じゃあ早速着替えよう!」

 

「待って待って、いきなり脱ぎださないでくださいよ。ちょっとゾーン分けましょ、さすがに刺激が強すぎます」

 

「え~?仕方ないなぁ、じゃあ後ろ向いててね?一之瀬さんはこっちにきなよー」

 

「は、はーい」

 

 星之宮先生が後ろを向いたことをしっかりと確認してからすぐに着替え、下半身はバスタオルに包んだ状態で着替えた。

 案の定俺の後ろに迫ってきていた星之宮先生が抗議してくる。

 

「ぶーぶー!普通に着替えなよ!」

 

「いや、アンタがちょっかいかけてくると思ってたからわざわざこうしてるんです。って近いです、生徒を襲う気ですか?」

 

「……それもいいかもね」

 

 舌なめずりやめて!びくっ!って身体が反応ちゃうから。

 しかし俺は星之宮先生の誘惑には乗らない。だってこの人あれだよ?付き合ってヤることヤったらポイ捨てする人だよ?ここまでサバサバしてる人他に居ねえよ……加えて美人なのが難点だ。今までに捨てられてきた幾多の男たちもその見かけに騙されていい様に使われていきなりポイってされてきたんだろう。

 俺も自分の貞操を守るために頑張らないと……って、教師から迫られるとかどこのラノベだ。そんなのは二次元で十分だっつーの……。

 

「あの、これお使いになりますか?」

 

「あ、はい、ありがとうございます」

 

「……苦労されているんですね」

 

「……はい」

 

 近くで控えていた女性従業員に目隠し用のアイマスクをもらい、装着する。同性から見てもそうだということは、やはり星之宮先生がおかしいんだな。

 よかったー、普段から昼を一緒に食べ、毎日話を聞かされていたせいか、俺の女性に対する偏見が強まっていたのは感じていたのだ。危ない危ない、変な認識を植え付けられるところだったぜ。

 

「一之瀬さんも脱いだ?」

 

「……はい」

 

「じゃあいこっか。比企谷君の手を引っ張ってきてねー」

 

「え、うええ!!?」

 

「よろしく~」

 

 そういって遠ざかる足音……あのアマ……一之瀬虐めるのも大概にしてやれよ。純粋すぎて反応が面白いのだろうが、一之瀬の変なトラウマになったらどうすんだよ……。

 

「ど、どうしよ……比企谷君は見えてないの?」

 

「全く見えない、このまま帰りたいのはやまやまだが、この状態で出ていくと捕まって強制送還&警察行きだからどうしようもない……すまん」

 

「いや!比企谷君は悪くないよ!星之宮先生の悪ふざけがすぎるだけだし……じゃ、じゃあ引っ張っていくから」

 

 手を握られ、少しずつ移動させられる。

 ……まずい、視覚という感覚を使っていない分、他の感覚が鋭くなっている。

 肌もちもちしてるなあ、女子ってなんでこんなに柔らかいんだろ。小町と手をつないでもここまでドキドキしないのに……って、実の妹にドキドキしたら駄目だろ。うちは高坂さん家とは違うのだ。あくまで兄妹愛の範疇である。多分。

 

 一之瀬に連れられてしばらくしたところで、ある場所に倒れこんだ。

 ふかふかなベッドだ。最初はうつ伏せの状態でやるらしく、されるがままに手でオイルらしきものを塗られていく。

 

「あ……んんっ♡はっ、あんっ♡気持ちいい~♡」

 

「にゃあああ♡ああっ、ん、んん……!」

 

「……」

 

 無心だ。何も考えてはだめだ。何も聞こえない。何も感じない何も「ああっ♡」星之宮先生絶対わざと声大きくしてやがるな。

 くそ、カネキくんを見習って1000から7ずつ引いていくか。いや、これはやられる側?

 まあ、なんでもいい、他のことに意識を向けて……993、986、979、972、965、958「にゃあ♡……あっ!」……一之瀬は普通に我慢できないだけだろうな。もうどうにでもなれ。

 

「で、星之宮先生。本来の目的はいいんですか」

 

「そうね~思ってたよりも比企谷君が反応しなくて悔しいけど、お昼前には返すって言っちゃったしね」

 

 反応しまくってるけどね。ただそれを表には出さず、心の中でミニマム八幡が狂喜乱舞してはすさまじいことになっていることでなんとか留めているだけだ。

 長くはもたない。ここまでの精神的攻撃は受けたことがない。

 だって去年まで女子と会話すること自体が稀だったのだ。それがこんな状況になってしまったらどうしようもない。

 ホント、この学校に来て今まで一之瀬や白波と会話しててよかった。少しだけ耐性がついたから理性の強度が増している。耐えろ俺!

 

「本来の目的……一学期を終えての私なりの見解を示すことですか?」

 

「そうそう。一之瀬さんも頭の回転が速くて助かるよ~。ま、比企谷君はもっと……」

 

「それ以上はやめてください。……たまたまですよ」

 

「……そっか~君がそれでいいなら私が何か言ったら駄目だね」

 

「あ、あの……」

 

「あ、ごめんね一之瀬さん。話してくれるかな?」

 

「……Bクラスの皆は良い人たちばっかりです。少しばかり衝突したり、喧嘩したり、逃げ出したりするクラスメイトもいますが、それ以外は概ね良い関係を築けていると感じています」

 

 なんか視線感じるんだが……目隠ししてるからわからないなー(棒)

 

「続けて~?」

 

「Aクラスの坂柳さんと葛城くんには注意をするべきだと思います。どちらとも接触して、片方とは教官と生徒のような関係を。もう片方とは長電話するぐらいの仲の良さを築いているクラスメイトもいますが、気を付けておかないといけないと思います」

 

 あ、そこ気持ちいいな……ジト目が強くなった気がするが気のせいだろう、うん。

 

「それで~?」

 

「Cクラスの龍園くんは、危険な戦略を使ってきます。あるクラスメイトは告白と呼び出されてリンチされ、少しだけBクラスの団結力に罅を入れられました。結果的に絆が深まったのでその程度で済みましたが、Dクラスの須藤くんを嵌めたことといい、引き続き警戒するべきです」

 

 ……なんか全部俺が関与してるな?でもCクラスのはたまたまなはずだ。……そうだと思おう。目が気持ち悪いとか言ってたけどそうだと思うんだ(泣)。

 

「Dクラスはどう思うの~?んっ♡」

 

「Dクラスとは協力関係を築きました。昨日、プールであるクラスメイトがDクラスの男子を脅していたそうですが……概ね関係は良好です」

 

 いや、だって盗撮だよ?見逃した俺が超優しいね!ってなるのは分かるけど、批難される道理はないだろ?……ポイント根こそぎ奪ったけど。

 

「もし敵になったとしたら、誰が厄介だと思うのー?」

 

「堀北さんか平田くん、櫛田さん辺りでしょうか」

 

「そうじゃなくて~もっと他にいるんじゃない?」

 

「高円寺くんは身体能力も学力も途轍もないとの噂ですけど……」

 

「他にいるじゃない」

 

「……綾小路くん、ですか?」

 

「そ!私の勘が、彼が要注意人物だって言ってるんだ~」

 

「ほ、星之宮先生の勘は当てになりませんから!」

 

 ……綾小路が、要注意人物……。

 やっぱこの教師性格さえ除けば相当優秀だな。俺はたまたま綾小路の隣の部屋であり、なおかつ関わることが出来たからなんとか見抜けたってところだが、どれほどの力を持っているのかすら未知数だ。

 星之宮先生がいつ綾小路と接触したのかは分からないが、多分それほど多くは関わっていないはず。……敵に回したくない担任だわ。

 

「比企谷君はどう思うの~?綾小路君と仲いいでしょ?」

 

「別に仲いいわけじゃないですけど……どうでしょうね」

 

「うふふ、()()()()()()()()()()()君が知らないわけがないじゃない?一之瀬さんに()()()()()()()()()分かるけど、意地悪するのも程々にね~」

 

「……どういうことなの?比企谷君」

 

 こ、この教師……本当に他人の心情なんて知ったこったとばかりにズケズケ言いやがって。

 確かに俺は多くの場所を回って多くの情報を集めてきた。これまでの試験の内容や、上級生の会話から予想される将来あるであろう試験、生徒会の権力の大きさや、三年、二年の危険人物の特定、及び思考回路の傾向と行動基準なんかをある程度までは把握するくらいに、情報は得ている。

 

 しかし何の確証もない。今まで俺が見てきた人間に当てはめて考えているため、思考パターンは読み違えること前提で考えている。一年だって危ない奴ばっかりなのに、二年三年を今気に出来るほど俺は優秀じゃない。

 行動基準もそう、俺が考える中での最低から最悪の行動を予想しているだけであり、確証は全く持ってないのだ。

 だからこそ、この情報を共有することを恐れている。

 Bクラス全体に伝われば少なくとも動揺は必然。加え、間違っていたとなれば最悪自滅もありうる。

 それが怖いのだが……まあ綾小路については予想したところで無駄だし、考えるだけ頭が混乱するから別にいいか。

 

「ボッチはお前らが用事や部活だと暇でな。図書館で本を読んでない時は敷地内歩きながら他人の会話を聞いてるんだ」

 

「盗み聞きなんて悪い子だね~」

 

「別にいいでしょ、この学校では実力が全て。誰かに聞かれたら困る会話を普通にしている奴が悪い」

 

「その通りだよー」

 

「で、一之瀬。綾小路のことなんだがな……分からん」

 

「え?」

 

「いや、俺は中学まで彩加以外とは、会話という会話をしてこなかったから……彩加といない時は暇でな。人間観察を趣味としてやってきたんだ」

 

「えぇ……」

 

「一之瀬さんドン引きしたら比企谷君が可哀そうだよ?比企谷君だって好きでしてたわけじゃないんだろうし~……」

 

「……好き好んでやってました」

 

「「うわぁ……」」

 

 一之瀬はまだわかるが、星之宮先生に引かれるとダメージが大きすぎる!この人変なところで適当に俺の黒歴史を暴露させに来るからな……。

 

「そ、それで綾小路くんのことが分からないってどういうことなの?」

 

「普通、例えばお前なら行動や視線、発言から『優しくてお節介焼きなクラスの中心である美少女』と判定ができる」

 

「び、美少女……///」

 

「だが、綾小路はそれが通用しない。イマイチ会話が成り立たない時もあるし、表情にも出ない。表情が変わらない奴が一番面倒だ」

 

「比企谷君のコミュ力がないだけじゃなーい?」

 

 ひ、否定できねえ……。

 

「ですが綾小路も人付き合いが苦手な様なのでお互い様です」

 

「それで、どうして綾小路くんが危険人物になるの?」

 

「……須藤の一件、覚えているか?」

 

「うん、私たち協力したからね」

 

「あの時……二つ奴が行動を見せてくれた」

 

「二つ?」

 

「一つは一之瀬、お前が櫛田にBクラスも手伝うと告げた時だ」

 

「あの時か……でも綾小路くん何かしてたっけ?」

 

「お前がある程度手伝うことを計算して提案したことを即座に見抜いた」

 

「……本当に?」

 

「ああ、ほぼ間違いない。もしかしたら本当にBクラスを信用しきれなかっただけかもしれないが、櫛田を押さえつけることまでするのはちょっとな……」

 

 そういやあの時、櫛田も『にゃあああ!』とか言ってたな……一之瀬と色々似すぎじゃない?

 

「それだけじゃ、全然証拠にはならないよ」

 

「もちろんだ。そして二つ目、お前が綾小路に匿名の相手に対してポイントを送る方法を聞いたとき」

 

「あ、あの時?綾小路くんには助けられたけど……」

 

「お前のポイントを見られた」

 

「え……ええ!?」

 

「一応口止めはしている……本人も誰かに言ってないし、多分大丈夫だろう」

 

 さすがに驚くか……まあ、他クラスからしたら、あんな早い時期に大量にポイントを持っていた一之瀬が何をしたのか気になるのは当然だ。

 むしろ綾小路でよかったのかもしれない。あれが堀北だとか三馬鹿だったら厄介になること間違いなしだ。

 綾小路が何を考えてここに来たのかなんて知らん。ただ、普通に接している限りじゃいい奴だ。ところどころ俺を生贄にしようとしているところがあるが、それさえ除けば楽に会話できる相手でもある。

 しかし……高円寺と同様、やる気になった場合にどこまで化けるのかが計り知れない。何せ坂柳が一番興味を持つ相手だ。これは本人から聞いたわけではないから俺の勘だけど。

 

 ほんと、厄介な奴しかいない……それでも、俺が少し楽しいと感じているのも事実。

 

 これからどう他クラスが動くのかは分からない。もしかしたら俺の見逃しているヤバい奴が出てくるのかもしれない。BクラスがDクラスまで落ちるかもしれない。逆にDクラスがAクラスに上がるかもしれない。誰かが退学になるかもしれない。誰かがクラスを移動するかもしれない……。

 無限とも思える可能性がある。すべてを把握など凡人には到底無理な話。

 だからこそ、俺より優秀だが純粋すぎるきらいがある一之瀬帆波には……自力で頑張って欲しい。俺には使えないカードを持つ彼女なら、きっとBクラスをいい方向に導ける。

 

 きっと、俺は彼女に期待を押し付けているのだろう。

 

 今までも、今も、これからも。

 

 

 星之宮先生に解放され、スパを出た俺は彩加からの連絡を受け一店の飲食店に向かっていた。

 一之瀬とはスパの前で別れた。少しだけ考えたいことがあるのだとか。

 一先ず向かっていく……と、彩加から追加の連絡が来た。

 

『神崎君と柴田君も一緒だよ!』

 

 ……部屋で眼鏡を取ってから行くか。

 

 

***

 

 

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 数分後、俺は彩加、神崎、柴田と共に高級店に入っていた。

 俺たちが座った席の周りからは、ざわめきが聞こえる。

 ……あれだろ、あの席イケメン率高い!(俺を除く)ってやつだろ。

 

「ねえねえ、あそこにいるのBクラスの柴田君じゃない?」「本当だ!やっぱイケメンだね」「神崎君もクールでカッコいいよね」「分かる~落ち着いた雰囲気でさ~」「あれ、テニス部の王子様じゃない!?」「え、可愛い!あれ本当に男なの?」「信じられない……」

 

 ほら、やっぱりそうなった。肩身が狭く感じる……

 

「あの眼鏡の人もかっこよくない?」「あんな人Bクラスに居たっけ?初めて見たかも」「確かに!見たことない!」「まさか見逃していたイケメンがいるなんて……」

 

 ……おや?

 

「クール2×熱血×2!」「なんだあのグループ、いいとこどりしすぎだろ」「面子がおかしいだろ、なんであれが一クラスに集まってるんだ!」「バランス良いよね~」

 

「……おい、なんか注目度高すぎないか?」

 

「そうか?これくらいなら見られても平気だろ」

 

 柴田……お前は俺の苦労を分かってくれるいい奴だと思っていたのにな……忘れていたよ、お前のポジションがリア充だったことをな!

 

「あ、あはは……なんか照れちゃうね」

 

「長居はしたくないな。食事をしたら他を回ろう」

 

「そうだな、それがいいぜ」

 

 各々が注文を済まし、雑談を始める。

 

「八幡、さっき星之宮先生に連れていかれたけど何があったの?」

 

「……少しこれまでのことでな。一之瀬の見解を聞いていたんだ」

 

「へえ、どこで?」

 

「……」

 

 言えないんですけど……二人に挟まれてベットスパ受けながら話してましたとか言えるわけねえだろ……。

 

「……場所は置いておくにしても、比企谷まで呼ばれるとはな。何かあったのか?」

 

 神崎ナイス!上手く話題を変えてくれて助かるぜ。

 

「別に……ただ、一之瀬の他クラスへの考察やBクラスへの考察に大体俺が関与していただけだ」

 

「「「あー……」」」

 

 三人は確かにと言った感じで納得したような声を出した。ま、まあ事実だから仕方ないが、ちょっとばかり目立ちすぎている気がする……。

 

「比企谷は巻き込まれるのが運命なのかもしれないな。入学してここまでの期間で、どうしてあれほど問題を起こすのか……」

 

「問題起こしたっけ?全部巻き込まれただけとか偶然じゃないか?」

 

「……多くの濃い連中に目を付けられているのは事実だろう」

 

「……そうだな」

 

「まあまあ。比企谷は苦労してるって。バカンスぐらいゆっくりするべきだ」

 

「うん、八幡は頑張りすぎてた。少しぐらい休んだ方がいいよ」

 

「そうか……ありがとな」

 

 神崎だけ辛辣だが、他二人の慰めもあり少しだけ疲れが取れた気がする。よし、あとで下の階にある温泉スパに行こう。疲れを取るんだ!

 

「あのー!すんませーん!注文良いっすかー!?すんませーん!!」

 

 ……誰だ、うるさい声出してるのは……店内にいる生徒全員黙っちゃっただろ。

 声のした方を見れば、三馬鹿と綾小路がいた。声を出しているのは熱血野郎……山内とか言う奴だ。

 おいおい……ここでそんな大きな声出しちゃ駄目だろ。周り見ろよ、お前らヒソヒソ言われてるぞ。

 

「お前ら、Dクラスだな」

 

 ほら、言わんこっちゃない。怒られてしまえ……って、アイツは確か……おっ、やっぱり教官がいた。葛城派の男だもんな。

 

「ああ?だったらなんだ?」

 

「いいか、ここはお前らみたいな屑がくるところじゃない」

 

「ああっ!?」

 

「屑にはジャンクがお似合いだ。ハンバーガーでも食ってろ!」

 

 え、えー……ジャンク美味しくない?サイゼとかどうサイゼとか?お勧めだよ?もし屑にしかジャンクが似合わないんだったら、俺屑でいいんだけど……

 んー、さっきから喋ってる緑髪の奴、名前なんだったっけ?確か……

 

「てめえ!ハンバーガー馬鹿にしてるんじゃねーよ!!」

 

 いいぞ、須藤!もっとやれ!ジャンクの良さを教えてやれ!

 

「弥彦……下らない挑発はやめたまえ」

 

「葛城さん……」

 

 そうだっ、戸塚弥彦だ。俺の彩加と同じ苗字だったから軽く数十回は呪ってやったぜ。戸塚と呼ばれて二人で返事したら夫婦に見えなくもない……そんなこと許せるか!!

 

「バカンス中とはいえ、生活態度で減点されることも考えられる。Aクラスの生徒という自覚を持て」

 

「あ、はい……」

 

「君たちもマナーを勉強したらどうだ?周りの迷惑にならないように」

 

「ああ?俺たちゃ別に……!」

 

「アイツだろ、須藤って」

 

「ああ?」

 

「ほら、確か暴力事件を起こしたとかいう……」「目付きこわーい」「何人か殺してるだろ…」「えー?」

 

 ……こればっかりは須藤の普段からの生活態度が悪いな。喧嘩に走りやすい須藤の悪い癖が、Cクラストの揉め事でさらに顕著になっている。

 

「ざけんなよてめえら!」

 

「君はまた、同じ過ちを犯すつもりか?」

 

「ぐっ…!」

 

 葛城の言うことはもっともだし、最初に騒いだDクラスの連中が悪い。だが……煽っちゃった戸塚(偽)も悪いだろ。完全に見下してやがる。

 ……はあ、教官相手だし、俺が間を取り持った方がいいか。

 

「八幡?」

 

「比企谷?」

 

「どうした?」

 

「……ちょっと話してくる」

 

「「「(なんで自分から厄介ごとに……)」」」

 

 ……別に巻き込まれたくて行くわけじゃない。ただ、戸塚(笑)の態度がふざけてると思っただけだ。

 

「それくらいにしといてやってくれ、教官」

 

「……誰だ?」

 

 は?え、俺ってもしかして葛城の記憶にないの?

 

「いや、俺だよ。なに、忘れたの?」

 

「……まさか、比企谷か?」

 

「「「はあ!?」」」

 

 ……あ、そういえば眼鏡かけてたんだった。

 でもさー、そこまで変わるもんなの?みんな俺のこと目で認識してたりするの?それはさすがに……いや、ありえるな。

 

「比企谷?」

 

「よ、よう」

 

「…誰だ?」

 

「だから比企谷八幡だって言ってんだろ。なんなの?俺のこと忘れたの?」

 

「……?」

 

「だぁー!もう、眼鏡外せばいいんだろ外せば!」

 

 そうして眼鏡を外し、改めて葛城や戸塚(仮)、三馬鹿に綾小路を見つめる。

 

「て、てめえは俺たちから根こそぎポイントを奪っていった10股野郎!!」

 

「やめて、それ完全なデマだからやめて」

 

「本当に比企谷だったのか……新手のオレオレ詐欺だと思ってしまった」

 

 マジでこいつ俺のこと目で判断してたのか……。

 

「それで、比企谷は何の用だ?」

 

「いや、さっきまでの話を聞いていてイライラしてな。Dクラス、てめえらうるさすぎだ」

 

「んだと!」

 

「別に喋るなとは言わないさ。俺たちだって他の生徒達だってお喋りはしてただろ。周りの迷惑にならない音量で喋ってもらいたかったんだよ」

 

「……それについては俺たちが悪いな」

 

「わざわざそれを言いに来たってのか?」

 

 綾小路が素直に非を認めるが、お前は喋って無かったよね?三馬鹿が謝らないとダメじゃね?

 さらに須藤がその程度のこと言いに来るんじゃねーよとばかりに睨みつけてくるが、ここ最近地獄を経験し続けている俺からしたら生ぬるいにもほどがあるぜ。

 

「いや、違う。……戸塚」

 

「な、なんだよ……」

 

「戸塚、お前はさっきDクラスを馬鹿にしたな」

 

「あ、ああ。それがどうしたって言うんだ?お前もBクラスだから俺の気持ちが分かるだろ?」

 

「は?全然理解できないんだけど……Aクラス(暫定)のお前が現段階でどうDクラスを馬鹿にできる?まさかAクラスに属しているだけで他クラスより優秀だぜ俺とか思ってないよな?」

 

「え、Aクラスが唯一学校の恩恵に預かれるのは事実だろ!優秀じゃなかったら何だって言うんだ?!」

 

 こいつ……どうして教官はこんな奴を側近にしているのか……もしかしてコイツ以外に腰巾着的ポジションに収まる奴がいなかったりするのか?

 

「俺はそうは思わない。例えば、今しがたお前が馬鹿にした須藤。確かに勉強面ではお前に劣るだろう」

 

「てめっ、喧嘩売ってんのか!?」

 

「当たり前だ。DクラスにAクラスの俺が劣るだなんてありえない」

 

 言っちゃったよ……わざわざ勉強面を強調してやったのになぁ……残念だ。

 

「だが、運動神経においてはどうだ?須藤ほどのポテンシャルを秘めている奴が一年で何人いる?張り合えるのは何人かいるかもしれないが、須藤に勝てると言える生徒はほぼ0に等しい」

 

「お前……」

 

「そ、それは須藤が脳筋だからで!?」

 

「あっれ~?おっかしいな~?これなんだろうね?」

 

「あ、あいつもしや……」

 

 昨日、被害にあった池が顔をどんどん青くする。

 そうだ、池の想像通りだ。

 

『当たり前だ。DクラスにAクラスの俺が劣るだなんてありえない』

 

「これ、誰のセリフだったっけ?」

 

「そ、それは……お前録音して……!?」

 

「相手から言質が取れるなら取っておかないとな?で、誰が優秀だって?」

 

「そ、それは……」

 

 いい気味だぜ。俺を差し置いて戸塚なんて名乗るからこうなるのだ。今度からは弥彦と名乗ってくれ。

 

「比企谷、もういいだろう。弥彦だって痛感している。俺もあとで言っておくから、これ以上はやめてくれないか」

 

「教官が言うならやめるわ。ま、現段階でどのクラスにも優秀だの不良品だの言えるほどの差はないんだから、見下すのも勝手に自らを下に置くのもやめようぜ。俺たちはただの高校一年生なんだからな」

 

 一瞬、沈黙が店内を支配して……

 

「「「おおおおお!!」」」「いいこと言うじゃねえかあいつ!」「彼、Bクラスなんだよ!」「やっぱりBクラスには良い人が多い!」「見直したぜ!いけ好かないイケメンだと思ってた自分が恥ずかしくなってくるぜ!」「ちょっと感動した~!」

 

 お、おおう……勢いに任せて言ってしまったが……またやらかした奴ですねこれ……。

 

「でもあいつ、あの10股男なんだよな」

 

 

ピシッ。

 

 

 先程までのイイハナシダナームードはどこに行ったのか、ある一人の発言から少しずつヒソヒソ話の内容が変わっていく。

 

「彼があの南雲副会長越えだとかいう……」「確かCクラスとDクラスに一人ずつ女がいるんだっけか?」「だからさっきの発言を!?」「自分のクラスにも五人彼女がいるって聞いたぞ」「嘘ッ、私Aクラスの坂柳さんに襲い掛かったって!」「それを止めようとしたお付きの女子生徒も一緒に……」「マジか……さっき一瞬尊敬しちまったけど、別の意味で尊敬するわ」

 

 あれれ?なんか内容が前より過激になってない?

 

「俺、さっきベッドスパの辺りで星之宮先生と一之瀬さんと一緒にいるところ見たわ」「マジで!?先生にまで魔の手を……」「次は茶柱先生に手を伸ばすのかな?」「いや、他クラスの有名どころを抑えるかもしれないな」「例えば?」「Dクラスの櫛田さんとか」「やべえ、俺たちの桔梗ちゃんが汚される!!」「愛理ちゃんも狙われるかもしれねえ!」「そんな……鈴音はもう……ちくしょう!」「いや、先輩とか?」「あー、南雲先輩の手に堕ちてない女子ならワンチャン」「朝比奈先輩が危ない!」「いや、堀北会長の橘書記を狙うかもしれない……あの人も可愛いしな」「駄目だ、もう俺たちは女子全てをあいつに取られちまうのか……」「俺は橋本が狙われたって聞いたから、男かもしれんぞ」「「「まさかの両刀!?」」」

 

 ……もう嫌だおうち帰りたい。

 

「じゃ、じゃあそういうわけで……!」

 

 俺は即座に眼鏡をかけなおし、元居た席に戻った。

 お前何してんの?的な目線を向けられるも、ここにいるほうが俺の命に係わる。

 

「悪い、俺は先に部屋に戻る!」

 

「八幡!」

 

「あいつ注文は……あ、キャンセルしてる」

 

「今の比企谷程自業自得という言葉が似合う奴はいないな」

 

 逃げ出した俺は店を出た後、すぐさま自室に戻りベットの上でゴロゴロ転がり続ける。

 しばらくはこうしてないと俺の気が済まない。既に心に住むミニマム八幡は羞恥心による攻撃に爆散してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後に、帰ってきた三人を見て、そういえば宿泊班で一緒だったなと、呆然としてしまったのは言うまでもないだろう。

 はあ、今日も疲れたし、温泉にでも行ってみるか……。

 




一日目すら終わってないのに15000字越え……やべえな、書いてるの私なのに気づいたら書き終わってる(笑)

夏休み六日目の内容と感想にて見つけた葛城のズラネタ、高円寺と櫛田との絡みは次回に持ち越しです。

……無人島編、5話で終わる気がしないのは気のせいかな?


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六助「最高だね」 八幡「…そうだな」

おひさ~ですぅ。
今回は少し短め。加えてクオリティが低下しました。
高円寺と櫛田難しいんですけど……私ごときじゃ全然書き表せられなかった。

それでもいい方は読んでいただければ。



 部屋に戻ってきた彩加、神崎、柴田に温泉に行くことを告げ、俺は一人部屋を出る。

 せっかくの豪華客船だ。温泉くらい行っておきたい。

 時刻は午後6時を示しており、生徒たちは皆、まだまだ思い思いにこの客船でのクルージングを楽しんでいる。

 温泉といっても、かなりの数がある。

 生徒たちに人気なのは、効能がついた温泉か、はたまた混浴可能な温泉だ。理由が露骨すぎてどうかと思うが、水着をレンタルしていることから、かなりの生徒が満喫しているらしい。

 そんな中、俺が向かったのは……

 

「誰もいないな……」

 

 特に効能もなければ、混浴もない、生徒があまり利用していない温泉である。

 だって人が群がっているところにわざわざ行くわけがない。むしろ誰もいないようなところでひっそりと黄昏るのが俺である。

 

 早速男性用の暖簾をくぐり、服を脱いでいざ中へ。

 湯気でホカホカとしていた中を俺一人が動き、頭を洗い、身体を磨き上げ、浴槽に浸かる。

 

「ああ~……癒されるわ~」

 

 気持ちいいと感じられるのちょうどいい温度。窓から見える夕日を眺めながら、一人で最高の時間を味わう……これだよ、これこそがバカンスだよ!……違うけどさ。

 他にもジェットバスや壺湯、泡風呂にサウナ……ここあれか、普通の温泉なのか。

 せっかくの豪華客船でのバカンスで、普通に温泉に行きたいと思う奴は……確かに少ないだろう。

 そのおかげで一人でのんびりできるのだからプラスに考えるか。

 

「あ、なんか眠くなってきた……ふわぁぁぁ……」

 

 朝から早く起き、今日一日も色々あったからか、身体に疲れがやってきた……

 

 

***

 

 

「んあ?俺はいったい何を…」

 

「起きたか比企谷」

 

「その声は……教……官?」

 

「そうだ、お前の筋トレを手伝っている葛城教官だ」

 

「え、は?」

 

「お前の眼鏡を参考にしてな。目を眼鏡で隠すのなら……俺は鬘で隠してみたんだ」

 

「な、なるほど……」

 

「ほら、眼鏡だ」

 

「あ、どもっす」

 

「これでお揃いだな」

 

「う、うっす…そうですね教官……」

 

 

***

 

 

「はっ!俺はいったい何を……あ、夢か?」

 

 どうやら壺湯で寛いでいたら、いつの間にか眠っていたらしい。幸いまだ夕日が見えるから、そこまで時間は経っていないだろう。

 つーかなんださっきの……教官に髪があったぞ。鬘だとか言ってたが……俺の眼鏡を見てお揃いだなとか言ってる葛城を思うと、なんか物凄く虚しい気持ちになってしまった。

 教官には今度、トレーニングの後にマッカンを送ろう。

 

「あ~……気持ちいいなぁ」

 

「うーん……最高だね」

 

「…そうだな」

 

「人が少ないのもいい。私の肉体美を見てしまえば温泉どころではなくなってしまうだろうからね」

 

「そうだなー……って、高円寺?」

 

「ほう、私の美しさが君にも届いていたのか……やはり私は美しい!」

 

 なんか起きたら高円寺が隣の壺湯にいたんだが……いつの間に現れたんだコイツ?全く気配を探知できなかった……。

 しかも一人じゃねーか。

 なんだ、ただのボッチか。なんか仲良くなれそう……いや、無理だな。我が強すぎるし住む世界違う気するし……

 

「私は君に興味がある」

 

 ん?俺何かしたっけ?高円寺と直接会話するの、今回が初めてなんだが……

 

「まさか相手がティーチャーだとはねぇ、驚かされたものだよ」

 

「は?」

 

「前に二人でデートをしていただろう?それを目撃してしまってね」

 

「な、何のことだか……」

 

「誤魔化したいのは理解できるが、私は他の人間に言うつもりはない。私もデート中だったからねぇ」

 

「あー……あの店か……」

 

 マジかよ。あの時相当な変装してて、一之瀬や白波すら気づかなかったのに……簡単にバレちゃって変装した意味が……

 

「安心したまえ。私は君とティーチャーの関係を無闇に壊す気なんてないさ。むしろレディを大事にする者としてシンパシーを感じていたところでね」

 

「お、おう」

 

 結局誤解されたままだが…高円寺だけは誤解されたままの方がいいかもしれない。

 だってさ、高円寺の奴見かけるたびに違う女性連れているんだよ?Dクラスでポイントも少ないだろうに、女性は嫌な顔一つしていなかった。

 紳士的で女性との付き合い方を熟知しているからこそ……あれ?それって俺が紳士的だったってこと?

 

「しかしだ!君は大事にしている部分があるが、女性を蔑ろにしている部分もかなりある。年上の女性に目を向けているのは共感出来るが、紳士としては最低ランクだ」

 

「そ、そうか…」

 

「ここで会ったのも何かの縁なんだろうねえ。今から君にレクチャーしていくから、彼女を悲しませないように頑張りたまえ」

 

「うっす……は?」

 

「では早速体を見させてもらおう」

 

 そう言って高円寺は俺を壺湯から持ち上げ……ってこいつ力強っ!痛い、脇が痛い!

 

「ふむ……平均より少し筋肉があるくらいか。トレーニングはしているかい?」

 

「ああ。と言っても、始めたのはこの学校に入ってからだ」

 

「卒業するまで頑張り続ければ……私には劣るだろうが美しい肉体を手に入れられるだろう。しっかり続けたまえ」

 

「あい……」

 

「それに、立派なものを持っているではないか。私に少しだけ劣るが、これなら相手の女性を喜ばせることができるだろう。私の経験上だがね」

 

 だから痛い!降ろせ!トレーニングはちゃんとやるから!!

 ……マジか。こいつマジか。俺、ここだけは負けない自信があったんだけど……それに童貞の前で経験済みとか言うんじゃねーよ!羨ましいだろうが!

 

「顔も悪くはないが、やはり目がネックだねぇ。私は味があって好きだが、多くの女性は怖がるだろう」

 

 高円寺が俺を壺湯に戻したと思えば、顔をジロジロと見られる。

 高円寺ほどの美形が悪くないというくらいに、俺の顔はいいらしい。やっぱり俺は目さえ除けばイケメンなんだよ!…虚しいな。

 

「一本飛び出している癖毛はチャーミングポイントだ。有効に活用しないと勿体ない」

 

 ジロジロと観察を続ける高円寺。こいつ、もしや男もイケる口か?

 

「生憎、私は男には興味がないのでねぇ。今回はただの気分さ」

 

「…だからなんで心読んじゃうのかな」

 

「よく言われるだろう?君はわかりやすい。もう少しポーカーフェイスを磨いた方がいいと思うくらいにはねえ」

 

 高円寺に言われると本当にそんな気がしてくる。バカンスから帰ったら練習すっかなぁ……綾小路の部屋でやらせてもらおう。俺の部屋だと三人と鉢合わせして気まずい雰囲気になる気がするし……。

 

「おや、他にも生徒が来たようだねえ。話の続きはサウナでしようじゃないか」

 

「……うっす」

 

 笑いながらスタスタと歩いていく高円寺に、追随する俺。今しがた入ってきた生徒達は、俺と高円寺を見て若干引いた後、身体を洗いにシャワーの方へ向かっていった。

 普通なら即座に帰る俺であるが、サウナには行くつもりだったし、ついでに高円寺から話を聞くのはありだろう。温泉で癒されてだいぶ疲れ取れたしな。

 ……高円寺と関わりを作っておくのは将来、役に立つだろうから。

 

 

***

 

 

 あれから高円寺先生により女性との接し方講座を受け、風呂から上がった後もディナーに誘われテーブルマナーを教えられた。

 テーブルマナーで唯一知っていたのはナイフとフォークの置き方ぐらいで、それ以外は初めて知った。何故ナイフとフォークの置き方を知っていたかといえば、『ウオミー可愛い』で通じると思う。

 今日を通して分かったことは、やはり高円寺コンツェルンの御曹司は伊達ではなかった。博識であり、なおかつ教え方も上手い。ところどころ自慢を入れてくるところが玉に瑕だが、それに目を潰れるくらいには有意義な時間だった。

 別世界だと思っていた光景が目の前に存在しているのに対し、マナーをしらないから入れないといった事態にもなりかねなかったからな。

 これで明日は彩加と一緒に高級店に入れるぜ!

 

 高円寺にお礼を言ったら、笑いながら「気まぐれさ」と言ってどこかに去っていった。自由人という評価は本当だと思いつつ、気まぐれに感謝して船のデッキをほっつき歩く。

 こうして夜の景色を眺めながら一人黄昏る……俺カッコいいなんて思ってないよ?ホントナンダヨ。

 

「……待って」

 

 生徒の姿もちらほらとしか見なくなったと思えば、進行方向に櫛田と……

 

「(綾小路?)」

 

 綾小路と思わしき背中に、抱き着くようにくっついている櫛田。

 その表情は見えないが、この二人がそんな関係だった……わけないよな。

 

「警戒してるんでしょ」

 

「……」

 

「私、分かるんだ、そういうの」

 

「……」

 

 櫛田の声低すぎだろ。本当の同一人物かと疑うくらいの変わりようだ。……これが櫛田の本性なのか?

 

「ごめん、急に一人きりになるのが寂しくなって」

 

 声の変わりようよ……あ、櫛田が離れたせいで綾小路がこっち向いた。

 

「比企谷?」

 

「え!?比企谷君!?」

 

「あー……えっと、たまたま通りがかったんだが……邪魔したわ」

 

「ちょ、ちょっと待って!比企谷君!」

 

 華麗にその場を後にしようとした俺に対し、すぐさま追いかけてきた櫛田。

 ……さっきのを見てしまったから、なおさら関わりたくないというのに。

 

「あのね、私と綾小路君はなんでもないの!だから、その……変に誤解しないで欲しいっていうか……」

 

 自然と身体を寄せてきながら、上目遣いで俺を見つめてくる櫛田。

 確かに可愛い。一般男子ならコロッと惚れて告白して振られるんだろう。

 だが俺はボッチであり……この手の女子が一番嫌いだ

 だから……

 

「あざとい」

 

「……えっと~あはは、酷いなぁもう!比企谷君そんなこと言うなんて」

 

 駄目だ、コイツと会話しているとイライラが止まらない。自分の感情を制御できる感じもしない。

 入学当初に話しかけられたときは胡散臭いとは思ったが、こんなにも気分が悪くはならなかったというのに。

 

「(……ああ、そうか)」

 

 俺は、Bクラスに馴染みすぎてしまった。いや、変えられてしまったのだろう。それが良い方向なのか、悪い方向なのかは分からない。

 だが、櫛田を見ていると嫌になる。

 本物なんてないと、否定されている気がして。

 俺の求めるものなど、ただの虚像だと言われている気がして。

 

「……お前、それやめてくれないか」

 

「え……?」

 

「その気持ち悪い上っ面。吐き気がするんだよ。俺みたいな奴にそんな態度で接して楽しいのか?」

 

「……さっきの会話聞いてたんだ」

 

「少しだけだがな。ま、お前のことは気色悪いと思ってたから案の定って感じだったが」

 

「……もしかして綾小路君に聞いたの?」

 

「綾小路?お前綾小路にもバレているのか。……使えない仮面だな」

 

「……るさい」

 

「なんだ?」

 

「うるさい……うるさいうるさいうるさい!!アンタに何が分かるっての!?」

 

「何も分かんねえよ……つーかいいのか。他の生徒にバレるぞ」

 

「ッ!」

 

 少し煽りすぎたとは思うが、ここまで感情爆発させるとはな。幸いにも周りに生徒がいなかったから良かったが……いや、いたほうが本性知られて櫛田の立場をなくせたかも?

 

「……ついてきて」

 

 どうやら他の生徒から見られないよう、人が寄り付かない場所に移動するらしい。俺としても好都合だから、素直についていく。

 櫛田が止まったのは最下層あたりのフロア。ここは音が響きやすく、誰かが来た時に分かりやすい。加え、音漏れをするようなこともないので密会などにはぴったりの場所だ。

 

「んで、何の話をするってんだよ」

 

「アンタ、このことを誰かに言ったりしたら許さないから」

 

「お前が許さなくても俺は生きていける。手に入った情報は有効活用しないとだろ」

 

「なら、アンタにレイプされそうになったって言いふらしてやる」

 

 ……なんとなく、掲示板で「いつかやると思ってた」とか書かれそうだからやめてもらいたい。ってかそれって……

 

「冤罪だろ。いくら俺の目付きが不気味だからって、でっち上げにもほどがある。誰も信じないと思うぞ。いくらお前が証言したとしてもな」

 

「大丈夫」

 

 そう言って櫛田は俺の手を取り――――――自身の胸を触らせた。

 おおう、柔らか……ってこれ指紋ついちゃったやつですね……。

 

「アンタの指紋、べっとり付いたから。証拠もある」

 

 でもな櫛田。武器があるのは何もお前だけじゃない。

 胸から手をどかした俺は、懐から相棒を取り出す。

 

『んで、何の話をするってんだよ』

 

『アンタ、このことを誰かに言ったりしたら許さないから』

 

『お前が許さなくても俺は生きていける。手に入った情報は有効活用しないとだろ』

 

『なら、アンタにレイプされそうになったって言いふらしてやる』

 

「お前!」

 

「俺だって冤罪は困るんだ。さすがに胸を触ったことに関しての罰は下されるだろうが、お前も道連れだ」

 

「寄越して!」

 

「嫌だ」

 

 櫛田との身長差を生かし、ボイスレコーダーを取られないように抵抗する。

 その際に胸やら何やらが当たってくるが……あれー、下半身が嫌な感じがするなぁ。バレたら面倒だ。

 しかし、櫛田も気づいたようで…。

 

「はぁ?気持ち悪いとかなんとか言ってた割に身体は素直じゃない?避けてる女によられてもこうなるなんて、相当の変態にしか思えない……あ」

 

 俺だって男だから身体が反応しちゃったんだよ。部屋のっとられてるせいで処理も何も出来ていないのだ。

 それより櫛田が怪し気に笑っているんだが……あ、こいつ、ボイスレコーダー作戦の弱点に気づいたか?

 

「きゃあ!や、やめて比企谷君……そんな無理矢理!!」ガタッ

 

「待って、おい、マジで止めろ。……分かったから、言わねえから」

 

「……ほんとに?」

 

「ああ」

 

 俺が脅しに使ったり証拠として使うボイスレコーダーの弱点は、なんでも記録してしまうことだ。高性能なものを買ったせいか、些細な音でもしっかりと記録するタイプであるため、相手の声もしっかりと記録できる。

 すなわち、利用されると今のように逆にこちらがピンチになる。編集で消せばいいのかもしれないが、そんなことをすれば違和感が出てしまうし、元々ボイスレコーダーは証拠品として弱い。

 だから坂柳も撮影させる手を使うのだろう。撮影する内容はどうかとは思うけどね。

 今、櫛田のことを言いふらせばカウンターを受け、俺もそのカウンターを放つも、俺の方が罪が重くなる可能性が大だ。先程の声を参考にされてしまうと一発アウトの可能性もあるだろう。

 

「お互いに困るだろ。お前は本性をバレたくない、俺は冤罪を受けたくない。利害は一致している。それに、俺のボイスレコーダーを提出したところで、どっちにも罰が下されるだろうからな」

 

「……そう、わかった。信じるよ」

 

 信じる、ねぇ。

 こいつの信じるなんて言葉ほど信じられるものではないが……少しの間は櫛田の動向に気を付けておくか。

 

「……ねえ、アンタは何で分かったの?」

 

 もう帰ろうかと思っていると、櫛田が話しかけてくる。

 

「何がだよ」

 

「私がアンタの言う、仮面を着けているってどうして分かったの」

 

「……初対面でお前、全クラスの生徒と友達になりたいって言ってただろ」

 

「それが?」

 

「いや、俺は中学までは彩加を除いて自分から話しかけてくる奴なんていなかったからな。その大半の理由がキモイ、暗い……まあ、お前も思っているであろうことだが」

 

「それがどう関係するの」

 

「分からないか。俺みたいな奴に進んで話しかけてき、なおかつ友達になろうなんて言ってくる奴……出来すぎだろ。どこの漫画に出てくるヒロインだって話だ」

 

 入学してからそこまで時間が経っていないというのに、他クラスの美少女が自分と友達になりたいって連絡先の交換を申し込んでくるなんて……明らかに出来すぎている。

 学生として誰もが妄想してしまうであろうシチュエーション。加え、相手が美少女と来ている。これ以上ない出来事だ。好感度も爆上がり間違いなし。

 もちろん、それを見て訝しむ人もいるだろう。それでも実際に友達と仲良くしているところを見るなり、めげずに声をかけてくれたら大概の人間は櫛田を信じる。

 ……この形容しがたい気持ち悪さを感じる奴か、初対面から美少女に話しかけられるのはもう罠と決めつけている俺には効きはしないがな。

 

「……」

 

 櫛田は何を考えているのか、黙りこんでしまった。

 ……俺には、どうして櫛田が仮面ををつけて自己を偽り、友達を欲しがるのかは分からない。いや、友達が欲しいってわけじゃないか。

 承認欲求。人間として生まれたら必ず大なり小なり持ってしまうもの。俺にだってもちろんあるし、一之瀬にも、白波にも、彩加にも、少なからずあるだろう欲求。

 

「要は……お前はただ、チヤホヤされたいだけなんだな」

 

「は?」

 

「誰も彼もが櫛田に集まり、櫛田を中心に物事が動く。そうなりたいだけなんだろ?」

 

 わざわざ嫌いな相手や気持ち悪い男子にも笑顔で接する。それはただ、『皆の櫛田桔梗』になりたいだけ。どうしてそんなことをするかと考えれば……自分の欲求のためだとしか考えられない。

 マズローの欲求階層説によれば、社会的欲求に分類される承認欲求は、集団に帰属するだけではなく、他人から「認められたい、称賛されたい、尊敬されたい」と願うもの。

 多分、それが櫛田は人より何倍も強い。

 

「……チヤホヤされたくて何が悪いの」

 

「……誰も悪いだなんて言ってないんだが」

 

「うるさい!!」

 

 理不尽だな。でも感情を出させるように仕向けたのは俺だし、悪いのは俺か。だが……少しだけ櫛田には興味が湧いた。

 他人の好かれたいと信用されたいと願う……櫛田の気持ちが、俺には分かる気がしたから。

 

「……お前はなんでそこまでする。本性をバラされたくないからって好きでもない男に普通胸を触らせるか?」

 

「別にアンタには関係ない」

 

「そうだな、確かに関係ない……でも」

 

「なに?」

 

「……お前がどうして、そこまでするのか。教えてくれないか」

 

「……」

 

 俺は知りたい。櫛田桔梗という少女が何を思って、あんな仮面をつけて生活しているのかを。

 人付き合いにおいて相手に好かれたいと思うのは普通のことだ。俺だって万人に好かれてたらぼっちなんてやってない。

 だがそれはただの虚像。自分を偽ってまで仲良くなれたとしても、それは自分とは呼べないから。

 本当の関係とは呼べないから。

 

「……言いにくいんだったらあれだ、ストレス発散と思えばいい。あんな八方美人してたら嫌でもストレス溜まるだろ。男なんて気持ち悪いし、女だって裏で何考えてるか分からない」

 

「……録音する気でしょ」

 

「しねえよ。ほら、ボイスレコーダー出しとくから」

 

 俺は懐から二つボイスレコーダーを取り出し、櫛田に見せるように持つ。

 何故二つかと言えば、要所要所で使うためのものと、常時録音しているもので分けているからだ。

 櫛田は確認とばかりに俺の身体をあちこち触るが、特におかしいと感じなかったのか離れた。

 

「……アンタ、馬鹿じゃないの?」

 

「そうかもな。けど……お前のことが知りたい」

 

「ッ!」

 

 しばらくして、櫛田は口を開き、語り始めた―――――――

 

 

***

 

 

《仲良しぐるーぷ②(3)》

 

『……朝の画像、見た?』

 

『うん』

 

『可愛いって八幡言ってたね』

 

『あんな目を私してたんだねー。全然実感がなかった』

 

『私とか目が真っ黒でびっくりしたよ!』

 

『さっき写真を覗き見てきた柴田君にヤンデレって言われちゃったんだけど、どういう意味か分かる?』

 

『……千尋ちゃん』

 

『分かってるよ一之瀬さん』

 

『えっと……僕まずいこと言っちゃったかな?』

 

『いやいや、戸塚くんは何も悪くないから安心して』

 

『でも今日の写真で良かったかもね』

 

『うん、危なかったけどなんとか今日の写真に変えたあとだったからセーフだった』

 

『あの写真はねー……誰かに見られたら困るもんね』

 

『私、男の子苦手だったはずなのに……』

 

『あれはね……今でもたまに見てニヤけちゃうよ』

 

『私もだよ……ハートマークなんて付けちゃったから』

 

『頑張ってみないようにしてるんだけど…見ちゃって羞恥心に襲われてを繰り返してる』

 

『ほんとだ、千尋ちゃんがベットでゴロゴロしてる』

 

『あはは、八幡みたいだね』

 

『や、やめて!明日顔見れなくなっちゃうから!』

 

『僕は同じ部屋だけど…バレないように気を付けないと。もしバレたら八幡逃げ出しそうだし』

 

『あ~想像できるね~』

 

『でも、私や戸塚君はまだいいとしても……一之瀬さんが見られると一番面倒になりそうだよね』

 

『噂に証拠を足しちゃうようなものだしね』

 

『あ、そういえば二人はどんな文字を入れたの?僕は「チャリできた」と「一生友達だよ!大好き!」なんだけど……』

 

『私は「同士同盟!」と「これからも……」二つ目はちょっと駄目!』

 

『……あのー、言わなくてもいいかな?』

 

『他人に言えないこと書いたんだね……白波さんも大概だけどそれよりってことなんだ……』

 

『戸塚君が何気に酷い……あ、一之瀬さんの見ちゃった』

 

『千尋ちゃん!!』

 

『戸塚君、一之瀬さんは「二人は友達」と「一緒にいt』

 

『……一之瀬さんが止めたのかな。あ、僕はこれから八幡探しにいくから落ちるね』

 

『うん!私のは間違いだから気にしないでね!』

 

 

***

 

 

「……ってわけ。どう?これで満足?」

 

「……」

 

 私は目の前にいる男……比企谷八幡に自分のことを話した。

 中学の時に起こした事件は伏せて、私の幼少期からの思いと今の私の比企谷が言う仮面をつけている理由だけだけど。

 普通ならこんなこと言ったりしない。誰だって本当に信用できる相手なんかいないし、私の本当の姿を見た人間はみんなして恐怖するか、騙されたと言い出し言い寄ってくるかのどちらかだ。

 それが分かっているのに、分かっていたはずなのに、彼に話してしまった。

 

 録音されていないと信じられるから?――――違う。

 自分の本性が見破られたから?――――違う。

 ストレスを少しでも誰かにぶつけたかった?――――少しあるけど違う。

 

 なら、どうして私は……

 

「櫛田、俺はお前を尊敬する」

 

「……は?何馬鹿なこと言ってんの?キモいんだけど」

 

「辛辣すぎるだろ……お前は凄い奴だから、なんだが」

 

「はあ?」

 

 この男は何を言い出すのだろう。私の話のどこにそんな要素があったのだろうか。

 私は自分が一番でないと嫌だ。小さい頃は勉強も運動も人より優れていたけど、すぐに周囲と同じようになってしまった。

 だから信頼を得ることを求めた。誰よりも信頼されている自分。他人が秘密を教えてくれるほど心を許してくれている自分。誰からも愛される自分。

 

 そのために、私は良い子の振りをし続けている。

 

 それを、尊敬?凄い奴?何を言い出すのかこの男は。

 

 一人でいる姿を見て話しかけた入学して間もないころ、簡単に連絡先の交換に応じて私に夢中になると予想したこいつは……ただ、冷めた目で私を見つめてきていた。

 その時にはもう分かっていたのかもしれない。こいつには私の外面が見破られていると。

 

 でも何も言われなかった。言ってこなかった。だから無視していた。

 だから、今も……混乱しているんだと思う。

 

「……俺はさっき、キモいとか暗いとか言われてきたって言ったろ」

 

「それが?」

 

「まあ聞け。お前の話を聞いたからには俺も話さないとフェアじゃないだろ」

 

「……」

 

「俺は幼少時から『いーれーてー』が言えない子でな。幼稚園時代からハブられ続けてきた。小学校でも、中学校でも、それは変わらなかった」

 

「……」

 

「もちろん、友達を作ろうとしたこともある。誰かが話しかけてくれるかもと期待しては落ち込んだり、俺に話しかけてきた女子なんかには『俺のこと好きなんじゃね?』なんて勘違いしたりしてな」

 

「……」

 

「要はだな。……お前のそれ、普通なことだと俺は思うんだよ」

 

「え……」

 

「俺だって誰よりも一番になりたいって思いはあるし、信用されたいし信頼されたい。みんながみんな俺を見てくれるんだとしたらなんて最高だっても思う。難易度高いけどな」

 

「……」

 

「だから、お前は凄い奴だ」

 

「は、はあ?」

 

 何なの……コイツ本当に何なのよ……。

 

「俺にはできなかったことだ。誰かに合わせて、皆の理想のような自分を作り出して、接して、信頼されるようになる。それはもう……凄いことだって俺は思うぞ」

 

「あ……あれ、なんで」

 

 私、どうして涙なんて……こんな奴に、泣き顔なんて見せる意味も……それに、勝手に頭撫でやがって……

 

 ――――――――ああ、そっか。

 

 私は誰からも信頼されたかった。誰からも信用されたかった。

 誰よりも一番に、愛されたかった。愛される人でいたかった。

 

 それでもどこかで感じていた。

 『みんなの櫛田桔梗』は私本来の櫛田桔梗じゃない。だからストレスも溜まってた。

 それは信頼が足りないとか、秘密を知ることが出来なかったからとか、演技するのが嫌だってことじゃなくて。

 

 ――――ありのままの自分を、誰かが受け入れてくれたことがなかったから。

 

 ずっと心の奥底に闇が溜まっていくのを感じていた。

 誰かに負けるたびに、劣るたびに、私はそれが我慢できなかった。

 でも仕方がない。何でも完璧にできる人間なんて存在しない。

 だから、一番信頼される人間を目指した。

 誰からも頼られる自分が、他人の、人には言えない秘密を私だけが知ることが出来ることが、とてつもない快感を与えてくれた。

 ただ、それだけを求めていた……さっきまでは。

 

 でも、今は少し違う。

 

 少しだけ、救われた気がした。

 

 闇が、消えたような気がした。

 

 これからも私は変わらないだろう。『皆の櫛田桔梗』として笑顔を振り撒き、信頼を得て、秘密を握る。その凄まじいまでの優越感を浸ることはやめられないだろう。やめるつもりもないしね。

 だけど……

 

「もし、ストレスが溜まったら俺にぶつけてくれ。俺もお前に本音をぶつける。どうだ?」

 

「…………そんなことしてアンタに利益はあるの」

 

「利益じゃねえだろ……それに、ここまで踏み込んだらお互いに裏切れないだろ」

 

「……じゃあ、二人の秘密ってことね」

 

「そうなるな」

 

 少しだけ、この目の腐った男で休憩をするのは、悪くないかもと思う自分がいた。

 

 

***

 

 

「八幡!朝だよ!」

 

「うーん……」

 

「八幡ってば起きて!」

 

「もうちょっと寝かせてくれー、小町~」

 

「わっ!」

 

「おい、どうした戸塚……悪い、邪魔したみたいだ。神崎、少し外に出ていようぜ」

 

「何を言い出すんだ柴田……ああ、分かった。外に出よう」

 

「待って待って二人とも!これは八幡の寝相が……」

 

「小町~」

 

「ッッ~~~!!」

 

 

***

 

 

 目を覚ますと、既に三人は身支度を終えていた。

 

「悪い、俺を待っていてくれたのか」

 

「あ、ああ……」

 

……八幡の馬鹿///

 

 何故か目を合わせてくれない三人。彩加に至っては俯いているが……まず用意をするべきだな。

 制服に着替え、三人の元に行く。

 

「すまん、遅くなった」

 

「まだそんなに遅くないから気にすんなよ。んじゃ、どこ行く?」

 

「あまり生徒の多い場所は遠慮したいな」

 

「それなら、いい店知ってるぞ」

 

「比企谷について行くか」

 

 三人を連れ、昨日高円寺と共に夕食を取った高級レストランへと向かう。

 店は完全な個室タイプであるため、他の生徒を気にする必要もない。

 

「モーニングを4つで」

 

「かしこまりました」

 

「……なんか、比企谷慣れてるな」

 

「高級店に行くイメージはないが……」

 

 高円寺のことは……話した方がいいな。ただでさえ坂柳派との接触と葛城との接触でクラスメイトから訝しまれているのに、ここで正直に伝えなければ、何か後ろめたいことがあったんだと思われるかもしれんし。

 

「昨日、高円寺の気まぐれに付き合わされてな」

 

「高円寺って、Dクラスの?」

 

「ああ。ひたすら自慢を加えた話を聞かされながらの食事だったんだが、マナーなんかも教えてもらってな」

 

「……嬉しい気まぐれなのかつらい気まぐれなのか微妙なところだな」

 

 雑談をしながらも朝食を取り、店を出た俺たちは彩加の案で展望台に行くことにした。

 しかしここで、船内にアナウンスが流れてきた。

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まりください。まもなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧いただけるでしょう』

 

 突如として流れてきた奇妙なアナウンス。

 三人も展望台に向かっていた足を止め、四人で向かい合うようにする。

 

「どうする、デッキに集合だってよ」

 

「時間があれば、だけどな」

 

「え、えっと……じゃあデッキに向かおうか?」

 

「いや、生徒で溢れている中、今から島を見ることは難しいだろう。それに気になる箇所もある」

 

()()()()()()、だろ?神崎」

 

「そうだ。意義なんて言葉を普通は使わないだろう。島というのはペンションがあるという島だろうが……」

 

「ってことは……あれか?一之瀬が前に言ってた……」

 

「バカンスでの何か、に関係してるってことだね」

 

「そうだろうな。比企谷、お前はどうするべきだと思う」

 

「……展望台に行くのがいいんじゃねえの。他の生徒はデッキに集まるだろうし、違う視点から見られるからな。一之瀬達がデッキで見てくれていれば、情報は増える」

 

「よし、そうしようぜ」

 

「決まりだな」

 

「うん、行こう!」

 

 俺たちは生徒たちに逆らい、展望台に向かうのだった。

 

 

***

 

 

 展望台についたときには、すでに近くに島が見えていた。

 おそらく、ここのペンションで……いや、ペンション自体が見えないな。

 それに……

 

「結構早い速度で島の周りを回ってるな」

 

「八幡、これって……」

 

「……何かしらの意図があってのことだろうな」

 

 島には至る所に洞窟や小屋が見え、川も流れているようだ。あ、滝もある。

 島を一周し終えた時、再びアナウンスが流れてくる。

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れずに持ち、デッキに集合してください。それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようにお願いします。また暫くお手洗いに行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいてください』

 

 既におかしいことに皆は気づいているだろうか。

 ペンションでバカンスを楽しむだけなら、私物の持ち込みを禁止にする理由が分からない。百歩譲って環境のためだとしても、ジャージで決められた鞄と荷物を持って集合……怪しさ満載だ。

 確実に何かあるな。それに、俺の想像していた競争なんかではないものが。

 

「戻ろうぜ。遅れたら何かしら罰が下されるかもしれねえしさ」

 

「そうだな」

 

 四人で部屋に戻り、ジャージに着替え、荷物を持つ。

 トイレも行っておけと言っていたな……トイレも済ませ、デッキに集合する。

 

「あ、神崎くん達だ。こっちだよ~」

 

 デッキに辿り着くと、クラスごとに整列を始めていたところだった。

 俺たちを見つけた一之瀬が手を振っているので、そちらに向かい、並ぶ。

 その際柴田が一之瀬と白波に笑顔で足を踏まれていたが……また何かやってしまったのか……痛そうだ。

 

「ではこれより、Aクラスの生徒から順番に降りてもらう。それから島への携帯の持ち込みは禁止だ。担任の先生に各自提出し、下船するように」

 

 拡声器を持ったAクラス担任の真嶋先生の声で、生徒たちは順番に船から降りていく。

 Aクラスに続いて降りた俺たちは、デッキと同じように並び、星之宮先生からの点呼を受ける。

 ……星之宮先生のジャージって新鮮だな。つーか教師もジャージってどういうことだよ。

 Dクラスまで船から降り、点呼を終えたところで全クラスの前に真嶋先生が出てくる。

 

「今日、この場所に無事につけたことを、まずは嬉しく思う。しかしその一方で1名ではあるが、病欠で参加できなかった者がいることは残念でならない」

 

 坂柳のことを言っているのだろう。あいつは学校側から許可されなかったって話だったはずだ。

 そんなことを思っていると真嶋先生は無言になる。だが生徒たちが騒めいている中、船から作業着に身を包んだ大人たちがテントを張り、作業をしていた。長机の上にはパソコンも見える。

 他の生徒もその異様さに驚き、空気が今までの夏休みエンジョイするぜ!みたいなのから緊張感のあるものに変わっていくのを感じる。

 真嶋先生もそれを感じたのか、もしくはそれを待っていたのか。冷酷な一言を発した。

 

「ではこれより――――――本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

「え?特別試験って?ど、どういうこと?」

 

 Dクラス辺りから声が上がるも、真嶋先生は気にせず続けた。

 

「期間は今から一週間。8月7日の正午に終了となる。君たちにはこれからの一週間、この無人島で集団生活を行ってもらう!」

 

 

 ………そっちかよ。

 




駄文注意とか通り越しているレベルでしたがどうでしたか?(笑)

櫛田については自己解釈です。二年生編二巻まで手に入れたのにまだ読み直しの途中なんで、少々おかしいと感じる方もおられると思いますが、そこらへんは優しく指摘してくださると助かります。

また、《仲良しぐるーぷ》に関しては二つのグループを作ってて、今回載せたのは八幡だけいないバージョンの方です。夏休み6日目に三人が何をしたのか、そして何を書いたのか……分かる方がいると信じてますよ。

次回は……三日目くらいまで進められればなと。

感想待ってまーす。それではまた次の話で。


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颯「比企谷の好きな人は?」 八幡「彩加」

ようやくサバイバルに入りました。
前座が長すぎた。反省しております。後悔はありません。

最近pixivで面白い俺ガイル×よう実の作品を読んだのですが、ブラック葉山いいですね。私もブラック戸塚を使いこなしたいです。


 Aクラス担任の真嶋先生が告げた特別試験。

 無人島でのサバイバル。俺が想定して『いやねーわ』と切り捨てていたもの……この学校本当に予想を超えてくるな。

 

「試験中の乗船は正当な理由無く認められていない。この島での生活は眠る場所から食事の用意まで、その全てを君たち自身で考える必要がある。スタート時点で、クラス毎にテントを二つ、懐中電灯を二つ、マッチを一箱支給する。それから日焼け止めは制限なく、歯ブラシに関しては各自一つずつ配布することとなる。特例として女子の場合に限り生理用品は無制限で許可している。各自担任の先生に願い出るように。以上だ」

 

 支給されるのそれだけっすか……いや、この島には川が流れていたし、果物らしきものがなっている木もあったから自給自足が可能かもしれない。

 でもテント二つは無理すぎるだろ。全員が寝泊まりできるとは思えないし。

 他クラスもそんな感じだったのか、次々と教師人に批難を浴びせるも、正論で返され黙り込むしかない。

 

「しかし先生。今は夏休みのはずです。そして我々は旅行という名目で連れて来られました。企業研修ではこんな騙し討ちのような真似はしないと思いますが」

 

「なるほど。その点に関しては間違った認識ではない。不平不満が出るのも納得だ」

 

 先程までは生徒からの非難を正論で返し続けて黙らせてきた真嶋先生だったが、今度の生徒の反論が正論であったため一部を認めるような発言をしている。

 感情論ではなく、一般的客観的事実から反論している。さすがに無下には出来ないか。

 

「だが安心していい。これが過酷な生活を強いるものであったのなら批判が出るのも無理のない話だが、特別試験と言ってもそれほど深く考える必要はない。今からの一週間、君たちは海で泳ぐのもバーベキューするのもいいだろう。時にはキャンプファイアーでもして友人同士で語り合うのも悪くない。この特別試験のテーマは『自由』だ」

 

 テーマは『自由』、ねぇ……。

 特別試験と言うものの、海で泳ぐのもよし、山で遊ぶのもよし、本当に何をしてもいいという自由。

 ……いや、それだけなら試験にならない。それに、今も運び出している機材の説明がつかない。

 

「この無人島における特別試験では大前提として、まず各クラスに試験専用のポイントを300支給することが決まっている。このポイントをうまく使うことで1週間の特別試験を旅行のように楽しむことが可能だ。そのためのマニュアルも用意している」

 

 真嶋先生は星之宮先生に数十のページはある厚みを持った冊子を受け取り、生徒全員に見せるように持つ。

 

「このマニュアルには、ポイントで入手できるモノのリストが全て載っている。生活で必需品とも言える飲料水や食料は言うには及ばず、バーベキューがしたければ、その機材や食材も用意しよう。海を満喫するための遊び道具も無数に取り揃えている」

 

 真嶋先生の言葉に、生徒たちは少しずつ険しかった表情を穏やかにしていく。試験とは言ってもポイントで遊べることややることが選べるんだと思っているからだろう。

 しかし、この学校がそんな甘いわけがない。

 

「で、でも先生。やっぱり試験って言うんだから難しい何かがあるんでしょ?」

 

「いいや、難しいものは何も。2学期への悪影響もない。保障しよう」

 

「じゃあ本当に、1週間遊ぶだけでもいいってことですか」

 

「そうだ。全ておまえたちの自由だ。もちろん集団生活を送る上での必要最低限のルールは試験に存在するが、守ることが難しいものは一つとしてない」

 

 ()()()()()()、か。その上ルールも集団生活における最低限の守る必要があるもののみ……うん、分からん。これじゃあ試験なんて言えたものじゃないことになる。

 だが、次の真嶋先生の一言でこの試験の全貌が明らかにされる。

 

「この特別試験終了時には、各クラスに残っているポイント、その全てをクラスポイントに加算したうえで、夏休み明けに反映する」

 

 生徒たちの間で衝撃が走ったことだろう。多くの生徒が唖然とした表情を浮かべている。

 今までにも中間、期末の試験が行われたが、純粋な学力の競い合いだった。

 だが、今回は違う。学力ではなくこの島での生活スキルが必要とされている。A~Dまでのクラス間でのハンデが感じられないものだ。

 この無人島でいかにポイントを残し、二学期につなげられるか……確かにそれなら特別試験だと言える。クラスに与えられた300のポイント。これを各クラスがどう使うのか、各々『自由』に考えろということだ。

 悪影響がないのは、この試験がプラスのみでマイナスがないからだろうか。

 

「マニュアルは1冊ずつクラスに配布する。紛失などの際には再発行も可能だが、ポイントを消費するので大切に保管するように。また、今回の旅行を欠席した者はAクラスの生徒だ。特別試験のルールでは、体調不良などでリタイアした者がいるクラスにはマイナス30ポイントのペナルティを与える決まりとなっている。そのためAクラスは270ポイントからのスタートとする」

 

 マジか……坂柳は障害者なんだし、好きで休んでるわけじゃないのにな。まあ、アイツがいたらいたでどんなことするか分からないし、Aクラスが不利になるのは嬉しいことだけど。

 真嶋先生から解散宣言がなされた後、俺たちは星之宮先生を中心に集まる。各クラスの担任からさらに詳しい説明を受けた後、本格的なスタートとなるんだとか。

 4クラスがそれぞれ距離を開けながら集まり、星之宮先生が説明を始める。

 

「皆にはまずこの腕時計をつけてもらいまーす。一週間後の試験終了時まで外したら駄目だからね?許可なく腕時計を外したらペナルティが課せられるから気を付けてね~。この腕時計には時刻の確認に加えて、体温や脈拍、人の動きを探知するセンサー、GPSも備わってる優れものなの。それに、万が一の時、学校側に非常事態を伝えるための手段も備わってるから、緊急時には迷わずボタンを押すようにねー」

 

 業者の人間が星之宮先生の傍に支給品を積み上げていく。一つの箱に入っていた腕時計を渡され、全員つけるようにと指示される。

 

「先生、この腕時計は水につけても大丈夫なんですか?」

 

「うん、完全防水の設計になってるよー。もし、壊れたりしたらすぐに取り換えられることになっているから、壊しても安心してね~」

 

 防水か……やはり水は島の中で確保できるようになっているのだろう。どこまで島で揃えられるか分からないが、ポイントを残せる手段が多くあるということだろうな。

 

「それと~、マニュアルを渡しておくね」

 

 星之宮先生が一之瀬に、特別試験のルールが記載されているであろうマニュアルを手渡し、話を続ける。

 

「一之瀬さん、最後のページを見てもらえる?」

 

「はい……なるほど、マイナスポイントも存在するんですね」

 

「学校側は皆の行動には一切関与しないけど、守るべきルールは存在してるから気を付けてねー」

 

 みんながマイナスの項目を知りたがっていたからか、一之瀬が全員に聞こえるように読み始めた。

 それによると、

 

 

『著しく体調を崩したり、大怪我をし続行が難しいと判断された者はマイナス30ポイント。及びその者はリタイアとなる』

 

『環境を汚染する行為を発見した場合。マイナス20ポイント』

 

『毎日午前8時、午後8時に行う点呼に不在の場合。一人につきマイナス5ポイント』

 

『他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、生徒の所属するクラスは即失格とし、対象者のプライベートポイントの全没収』

 

 

 と、全部で四つの事項が記載されていた。

 Aクラスは一つ目の事項に当てはめられたのだろう。最後の四つ目は罰が重すぎるが、それくらい徹底しておくべきものだろう。

 俺もさっきまでは略奪しようか考えてたし、Cクラスなら暴力で他クラスをねじ伏せられるだろうからな。試験そのものが崩壊してしまうだろうし、学校としてもそれを考えていたんだろう。

 他の三つは比較的当たり前のことだ。生徒たちを預かる学校側としては、生徒たちを危険に晒すことはよろしくないし、生徒たちを見ておくのは当然のことってわけか。

 

「先生、質問したいことがいくつかあります」

 

「はいはい一之瀬さん、何かな~?」

 

「もし300ポイント全てを使い切ってしまった場合に、点呼に不在であったり、リタイアした場合にはどうなりますか?」

 

「何もないよ。リタイアしたらリタイアする人が増えるだけだね」

 

「つまり、この試験にはマイナスはないんですね?」

 

「うん、300ポイントをどう使うのかってところかな」

 

「分かりました。次ですけど、点呼はどこで行うことになっているんですか?」

 

「担任は自分のクラスと試験終了まで行動を共にする決まりになっているから、皆がベースキャンプを構えるところの近くに拠点を構えるよ。そこで点呼は行う決まりだね。あと、ベースキャンプを決めたら正当な理由なしには変更が出来ないから、よく考えて決めてね~」

 

「分かりました。他にルールはないんですか?」

 

「えっとね~、追加ルールがあるよ。マニュアルに載ってるんだけど……」

 

 星之宮先生に言われ、一之瀬はマニュアルをパラパラとめくり、追加ルールとやらが載っているページで止まる。

 

「この島のあちこちにスポットって箇所が設置されててね。それには占有権があって、占有したクラスのみが使用できる権利が与えられるの。その占有場所をどう利用するかは権利を得たクラスの自由ね。注意点としては効力が8時間しかないから、そのたびに更新する必要があること。それと、スポットを一か所占有するごとに1ポイントのボーナスポイントが加算される仕組みになってるね。けど、このポイントは暫定的なものだから試験中は使用することが出来ないんだ。試験終了後に足されるポイントってことなの」

 

 ()()()?どういうことだろうか。スポットの占有で得られたボーナスポイントが消える可能性があるってことか?

 そんな疑問を浮かべていると、マニュアルに書かれている追加ルールを一之瀬が読み上げ始めた。

 

 

1 スポットを占有するには専用のキーカードが必要である。

1 1度の占有につき1ポイントを得る。占有したスポットは自由に使用できる。

1 他クラスが占有しているスポットを許可なく使用した場合50のペナルティを受ける

1 キーカードで占有することが出来るのはリーダーとなった人物に限定される。

1 正当な理由なくリーダーを変更することは出来ない

 

 

 これに8時間ごとに占有権が切れること、同じスポットを繰り返し占有することも可能であること、占有されていなければ同時に何か所でも占有が可能であることなどがルールとなるらしい。

 また、リーダーに関しては試験最終日に、各クラスのリーダー当てることが出来れば1クラスにつき50ポイントを得ることが出来るらしい。……こうなると占有することが簡単ではないことが窺える。

 それに、リーダーを当てられた場合はマイナス50ポイントであり、スポット占有によるボーナスポイントも0になってしまう。加え、リーダーを当てる際に間違えればマイナス50と、かなりハイリスクハイリターンな模様。

 

 ……これならAクラスに上がることも不可能じゃないな。Aのリーダー情報を手に入れ、AがBのリーダー情報を間違えればそれだけでマイナス100ポイント、ボーナスポイントも消え失せる。

 逆にうちは50ポイント追加されるから、それだけで150ポイントの差が付けられる。

 さすがに300あるポイントを使わないで過ごすのは無理だとしても、節約すれば最低でも半分は残るはず。それでさらに差を付ければ、200ポイントはクラスの差を縮めることが出来そうだ。

 

「どのクラスにもリーダーは必ず決めてもらうけど、リーダー当てに関しては強制じゃないから、みんなで話し合って決めてね。リーダーが決まったら私に報告するように。その時にリーダーの名前が刻印されたキーカードを渡すから。制限時間は今日の点呼まで。もしそれまでに決められなかったら、私が適当に選ぶからね」

 

 そう言いながら俺を見てくる星之宮先生。

 え、何?アンタ俺にリーダーさせようとしてるの?嫌なんですけど……もしバレたらクラスでどれだけ責められることか……いや、Bクラスなら『自分たちも任せきりにしてしまっていた責任がある』とかになりそうではあるが……他クラスから狙われるとか勘弁してもらいたい。

 

「あとー、多分皆使ったことないからトイレの説明もするね」

 

 そう言って星之宮先生は積み上げられた箱から一つの段ボールを取り出した。

 

「男女共用になってて、ワンタッチテントもついてるんだよ。まあ、最低限の支給物ではあるけど、意外とこれが優れものでね~」

 

 慣れた手つきで簡易トイレを組み立てていく星之宮先生。これ、災害時とかに使用するとかで中学の時に見たことあるな……。

 青いビニール袋をセットし白いシートのようなものをその中に入れる。

 そのシートは給水ポリマーシートと言い、汚物をカバーして固めるものであるらしい。シートを被せることで汚物を見えないようにし、また、匂いを抑制する働きがあるんだとか。

 ビニール一枚につき五回ほど使用できるらしいが、正直かなりきついものがあるだろう。俺を含め男子はまだマシだろうが、女子には無理だって人も多いはずだ。

 ビニールとシートは無制限に支給するらしいから、利用するべきだろうがこれ一つというのも無理があるだろう。多分、ポイントで普通のトイレも買えるだろうから、一つは買うべきだ。

 あとでマニュアルを詳しく読ませてもらうか。

 

「皆!話を聞いて欲しいんだけど……」

 

 星之宮先生の説明が終わったところで、早速一之瀬が話を始める。既にある程度、どう動くのかを決めているのだろう。これからどうするのかについて説明がされていく。

 クラスメイト達は質問をしたり、周りと話し合ったりしている。一之瀬や神崎がそれに対応するといった形が出来ていた。

 一先ず、動くことが最優先だろう。ここにいても何も始まらないし、幸いにもスポットの目星はついている。他のクラスにいいところを奪われる前に手に入れるのが最善なはずだ。

 ……ん?星之宮先生がいない?

 周囲を見渡すと、Dクラスの方に向かっている星之宮先生の姿があった。

 

「やっほ~」

 

 あの教師は何してんだ……いなくなったと思ったら他クラスにちょっかいかけてるし。

 

「……何してる」

 

「何って、スキンシップ?どうしてるかなーって思ったから」

 

 Dクラス担任の茶柱先生に後ろから抱き着くような姿勢で絡んでいる。

 一応Dクラスとは協力関係にある。だが、ルール説明をしていたであろう茶柱先生からすればいい迷惑であり、Dクラスの面々もどこか困惑した表情を浮かべている。

 

「神崎、俺はあの担任を連れ戻してくるから、一之瀬に言っておいてくれ」

 

「……分かった。早めに移動するから急いでくれ」

 

「分かってる」

 

 勝手に離れても駄目だろうと思い、神崎に一言告げてから、俺は星之宮先生を回収しに向かう。

 

「サエちゃんの髪っていつ触ってもサラサラよねー」

 

「お前は学校のルールをちゃんと理解しているのか。他クラスの情報を盗み聞きするのは言語道断だ」

 

「私だって教師の端くれよ。仮に何か情報を耳にしたって絶対に教えたりしないわよ。だけど、運命みたいなものを感じちゃったって言うか。私たち二人揃ってこの島に来るなんて信じられなくって。そうは思わない?」

 

 運命?星之宮先生は何を言って……意味ありげな言葉を茶柱先生は無視した。

 

「うるさい。お前はさっさとBクラスに戻れ」

 

「あっ。綾小路君じゃない。久しぶり~」

 

 そんな茶柱先生からの抗議を無視し、星之宮先生は綾小路に絡みにいく。対する綾小路は軽く会釈して返した。

 

「夏は恋の季節。好きな子に告白するなら、こういう綺麗な海の前が効果的かもよ~?」

 

「海は綺麗でも、クラスにそんな余裕ないんで」

 

「もっと気楽にやらなきゃ」

 

 あ、茶柱先生がそろそろ限界だ。まあ、がっつり邪魔してるようなもんだし怒るのは当然だ。

 俺は後ろから星之宮先生の背中を掴み、強引に引き寄せる。

 

「すみません。うちの担任が迷惑かけてすみません」

 

「ちょっとー、比企谷君酷くない?Dクラスと交友を深めようとしてたのにー!」

 

「うるせえ、駄々こねないでください。年齢的にちょっとどうかと……はい、なんでもないです。茶柱先生すみません、この人はしっかり回収していくので」

 

「お前はBクラスの比企谷か。チエの相手は大変だろうが、付き合っているのならちゃんと面倒を見ておけ。お前の言うことならチエも聞くだろう?」

 

「付き合ってないんで。つーか聞くわけないでしょ、星之宮先生ですよ?」

 

「……すまない、私が悪かったな」

 

「ねえ二人とも?私に失礼なことを言ってるって分かってるのかな?」

 

「「誰が悪いって?」」

 

「……はいはい私ですよー」

 

 他クラスの先生にまでそのネタ広がっていたのかよ……案外教師は暇なのか?いや、仕事の一環か。

 だが茶柱先生が発言してしまったことにより、唖然としていたDクラスが騒ぎ出した。

 

「あ!あれがBクラスの10股君?」「眼鏡男子かぁ、あれで案外絶倫とか?」「そうじゃなきゃ10人も相手できないって!」「本当に担任の先生と……羨ましいぞちくしょう!」「あ、そういやBクラスの女子二人は無関係だったらしいから8股だそうだ」「それでも女の敵には変わりないわ!」「堀北さんあれと……?」「やめてくれないかしら。彼とはそんな関係ではないわ」「ならどんな関係なの?」「……?比企谷君、私とあなたの関係ってなんなのかしら?」

 

 今回の試験で、俺は眼鏡をつけていた。だいぶ慣れてきたし、目が痛くならないことも考えて装着状態なのである。

 しかし、萎縮しているのも面倒だが騒ぎ始めたら騒ぎ始めたで面倒だな。それに、そろそろBクラスは動き出すだろうから戻らなければ。

 

「知り合いってところじゃないか?」

 

「それが妥当ね」

 

「お前らうるさい。大体デマに食いついてるんじゃねーよ。とにかく、俺はこの人回収しに来ただけなんで。ほら、戻りますよ!」

 

「え~、もうちょっとだけ~」

 

「こうしているうちにもDクラスは他のクラスに後れを取り始めているんですから、これ以上いると邪魔しているとかでBクラスにペナルティ付けられちゃいますよ?」

 

「ぶー、比企谷君は真面目すぎー。もう少し気楽に行こうよ~」

 

「いや、背後から凄まじいプレッシャー感じているので無理です。ほら、一之瀬達が待ってますから」

 

 頬っぺた膨らませながら抗議してくる星之宮先生を無理矢理引きずってBクラスの集まっている場所まで戻る。

 さっきから背中に視線が痛いくらい刺さってたから大体分かっていたけど……一之瀬と白波、彩加にジト目で見られていた。

 これ俺悪くなくない?どうしようもないだろ。星之宮先生がちょっかいかけたのがそもそもの原因であって……。

 

「もう、目を離すとすぐに何かしてるんだから。比企谷君には監視をつけておかないとね」

 

「いや、これは俺悪くないだろ……文句なら勝手に他クラスのところにちょっかいかけた星之宮先生に言ってくれよ」

 

「星之宮先生、移動を開始しても大丈夫なんでしょうか?」

 

「うん、もう大丈夫だよ~」

 

「じゃあ皆、早速移動しようか」

 

 あれ?無視されてるな……まあ移動は早くするべきだろうし、わざわざ掘り返すほどのことでもないか。

 男子が道具を持っているので、重そうにしている奴の荷物を手伝う。どうやら荷物持ちを男子が担当し、女子が先行してスポットを見つけるようだ。

 Bクラスが移動しようとすると、Aクラスの方も移動を開始したようだ。CとDはまだここに残るようだが、Dクラスに関しては星之宮先生の邪魔がなければ動けていたのではないだろうか。

 いや、なんか揉めてるしどっちにしろ無理だったのかもしれないけど。

 

 森の中は歩きづらく、視界が制限される。女子が荷物を持つ男子に障害物や行く方向なんかを教えてくれているが、それがなければかなり苦労していただろう。

 俺の隣では彩加が大きな箱を運んでいた。

 

「うんしょ、うんしょ」

 

「大丈夫か彩加?重いなら持つが……」

 

「これでもテニス部で鍛えてるからね。でもありがと八幡。もしきつくなったらお願いしてもいいかな?」

 

「おう、むしろ全部俺が持つまである」

 

「ぼ、僕も持つから!」

 

 ま、彩加はテニス部だし、俺より運動できるから余計なお世話かもしれないが、彩加が荷物を持っていることが俺に罪悪感をもたらすのだ。天使に働かせていいのか人間?的な感じに。

 多分白波も一緒だろう。一之瀬の近くで何やら話しているが、握りこぶしを作っている姿からこの試験にしっかりと役に立つとか、そんなことを一之瀬に話しているんだろうし。

 

「神崎、今どこに向かってるんだ?まさか無計画ってわけじゃないだろ?」

 

「ああ。一之瀬達はデッキから見えなかったらしいが、俺たちは上で滝を見ている。とりあえずはそこに向かっているな」

 

 滝か。その滝がどのようにスポット化されているかは分からないが、活用できそうならそこにベースキャンプを構え、無理そうならば水を辿って探していくつもりなのだろう。

 水源の確保、まずはそれが優先か。

 俺と彩加は最後尾にいるのだが、周囲を見ると果物があったりする。やはりここは豊かな自然に恵まれていると考えてよさそうだ。

 少しばかり採れそうな果実を採取しながらついていく。

 

 しばらく歩くと、森を抜けて滝のある場所についた。

 近くには井戸があり、スポットであることを示す特殊な機械が置かれている。

 木々に囲まれているためかテントは今あるものを展開するだけで精いっぱいではありそうだが、寝床を何とかできればいい場所であることに違いはない。

 

「なかなか良さげな場所だね。ここをベースキャンプにしようと思うんだけど……まずは私の意見を聞いてほしい」

 

 一之瀬がベースキャンプ地にすると言った理由を語り出す。

 マニュアルにはポイントで購入できる物資が細かく記載されている。詳しくはあとで見させてもらうつもりだが、現段階で仮設トイレと釣り竿、調理器具にハンモックを購入する予定らしい。ポイントとしては40ポイント使うことになるが、必要経費は必ず存在してしまうことは皆理解していたのか、特に嫌な顔をしている生徒はいなかった。

 

「以上で説明は終わるけど、何か意見がある人はいるかな?」

 

 一之瀬の言葉に、クラスメイト達は特に難色を示さない。クラスの中心であることもそうだろうが、一之瀬の能力や頭のキレ、それに信頼しているからだろう。

 加えて今の説明なら、特に問題を感じない。悪くない作戦だし、Bクラスなら対応可能だろう。

 ハンモックというのも考えられている。木々に囲まれたこの場所だと、テントは嵩張るしポイントの消費も大きい。だがハンモックならテントに入れない人数分を考えても安上がりで済むことは一之瀬が言っていたし事実だろう。

 

「それじゃあ、一先ずここをベースキャンプにするのは決定かな」

 

「星之宮先生に報告してこよう。一之瀬は話の続きをしていてくれ」

 

 神崎が少し離れたところにいる星之宮先生の元へと向かう。

 なら次に決めることは……リーダーか?

 

「次にリーダーを決めよう。他クラスにバレるとピンチになるけれど、そこは全員でカバーし合うから、リーダーだからと言って特に気を張り続ける必要はないよ。ここのスポットの占有時には数人で囲えば見られる心配もないし……誰かしたい人いるー?」

 

 挙手制で決めるのか。確かに一之瀬や神崎といった他クラスにも警戒されているであろう人物がリーダーを務めれば当てずっぽうでやられてしまう万が一があるしな。

 先程はやりたくない気持ちが強かったが……ここはやっておくべきだろう。歩きながら情報を整理していたが、多分、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「俺がリーダーでもいいか?」

 

「おおっ、比企谷君がまさか自分から立候補するなんて……今回の試験への意気込みは十分だね」

 

「俺、割と影薄いし、陰キャだし、今は眼鏡かけてるから誰だか分からないかなって」

 

「「「(いや、影薄いというかむしろ目立っちゃってるよね……)」」」

 

「誰か他にしたい人いるー?まあ、リーダーだからって特に何かあるわけでもないんだけど……」

 

 リーダーを務めるメリットは特にない。スポットの更新に他クラスにバレないように神経も使うだろう。逆に疲労が増すだろうし。

 

「じゃ、リーダーは比企谷君に決まりで!」

 

 俺は星之宮先生の元に向かい、キーカードを手渡される。

 その際、小さな声で声をかけられた。

 

()()()()、比企谷君がやるんだね~」

 

「何言ってるんですか、先生こそ決まらなかったときは俺にしようと考えてたでしょうが」

 

「まぁね。いや~これからどうなるのか楽しみだよ。期待してるね~」

 

「……別に何かするつもりはないですから」

 

「またまた~」

 

 そう言って星之宮先生がツンツンするように指を向けてくるので、俺は少し下がってそれをかわす。

 しかし、どうしてもツンツンしたいのか距離を詰めてくる星之宮先生。

 結果、逃げる俺と追いかける星之宮先生という構図が出来上がり、それが一之瀬に怒られるまで続いたのだった。

 

 

***

 

 

 一先ずスポットを更新して道具を購入し、道具の確認をする班と釣りを試してみる班、辺りの捜索を行う班に分かれ、行動を開始する。

 俺は先程果実を拾ってきていたこともあり、探索班に配属されていた。

 彩加と柴田との三人班だ。

 

「いやー、無人島サバイバルとかリアルにあるなんて思ってもなかったよな。この島で一週間とか学校も凄いこと考えるもんだよ」

 

「そうだよね。船で色々贅沢できたのもあるから、だいぶきつい生活になりそうだし……」

 

「おっ、モミジイチゴがある。全部採っていったほうが……いや、保存できないか?」

 

 向こうには小屋があるな……スポットの一つだろうが、他のクラスに占有されていなければ占有するのはありだ。初日なら他クラスも自分のクラスで精いっぱいのはず。初日と二日目で出来る限り占有して、それからはベースキャンプのみの更新がリスクが少なくていい。

 二人がこちらをみていない間にささっと占有し、二人からは見えないであろう位置から何気ない顔でモミジイチゴを摘みとっていく。

 

「あれ?比企谷どこにいった?」

 

「ここだよここ。モミジイチゴがどこまであるのか見てきた」

 

「お前実の名前とか分かるのか?」

 

「ああ。ある程度だが」

 

「ホント!八幡頼りになるね!!」

 

 ……彩加に天使スマイルで頼られているところ悪いが、正直自分から知識を得たわけではないからなんか罪悪感が浮かんでくる。

 小学校の頃、林間学校でのことだ。キャンプをすることになっていたが、俺の班の奴ら、俺なんていないもののように扱っていた。そのせいで食糧にも困った俺は林間学校を行っているサポーターの方に山で採れる食べ物やキャンプのやり方なんかをレクチャーしてもらい、一人で二泊三日を乗り切ったってことがあったのだ。

 それ故にある程度の知識はあるが、頼られるほどの物でもないのだ。

 

 既に夕暮れ時であることもあってか、周囲を一周したところでベースキャンプへと帰還することに。

 拠点では、すでに支給品であるテントが張られており、今は火をつけようとしているところのようだ。

 

「うーん、つくけどすぐに消えちゃうねー」

 

「もっと葉っぱがいるのかな?」

 

「あ、ついた!」

 

 大きめの木を外側に配置し、火が付きやすいものから順に火がつくようにしているのか。さっきまでは火をつける場所を間違えていたんだろうか。

 辺りを見ればハンモックはまだ取り付けていないらしい。まあもう暗いし、一日くらい野宿でもいいだろう。

 

「あ、三人ともおかえり~。何か発見はあった?」

 

「比企谷が詳しくてな。食べられる果実が周囲についてたから、人数分採ってきた」

 

「へぇ~、比企谷君アウトドア詳しいんだ?引きこもるの大好きなのに」

 

「……小学校の頃に林間学校とかあっただろ、それでな……」

 

「あーうん、大体察しが付いたから言わなくていいよ」

 

 さすが一之瀬。すでに俺の黒歴史を多く聞いているだけあって、何が語られるのか理解したのだろう。嬉しくない理解だな……。

 魚を釣る班も思っていたよりいい成果だったらしく、女子たちが魚を焼いている。

 

「マニュアルを見せてもらっていいか」

 

「いいよ~」

 

 一之瀬からマニュアルを受け取り、隈なく読み始める。

 購入できるものも見ていくが……シャワーとかあるのか。バーベキューセットに栄養食、水……コーラにお菓子類、バレーボールに水上スキーまであるのかよ。本当に『自由』って感じか。

 

「神崎、シャワーとかはどうするんだ?さすがに一週間水だけってのもきついと思うんだが」

 

「それについては先程も出たんだが、やれるところまでやろうということになっている」

 

「……ウオーターシャワーなんてどうだ?」

 

「5ポイントのやつだな。風呂関係だとは思うが、どんなものか分からなくて保留中だが……分かるのか?」

 

「ああ、大きめの機械からシャワーにつながっててな。タンクに水を入れたらお湯に変えられる優れものだ。普通なら使用できないが、これだけ水源があれば一週間使えるだろ」

 

「……よく知ってるな」

 

「……中学校の頃、俺だけ風呂の時間なかったからな。職員の方に教えてもらった」

 

「……どうしてお前の過去は悲しいことしかないんだ」

 

 仕方ないだろ。子どもって無邪気だから悪気なく仲間外れとかいじめとかするんだよ。まあ、こんだけ過去に悲しい出来事があるのは俺だけかもしれんけどな……。

 話はすぐに進み、クラス全員の賛成を得てウオーターシャワーを購入、時間を男女で分け、シャワー用のテントに簡易トイレに付属されていたワンタッチテントを使用することに決まった。

 

 夕食の準備をしているとき、クラスメイトが同じクラスではない奴を連れてきた。

 どうやらCクラスの生徒で、クラス内での揉め事で殴られ、キャンプを追い出されたんだとか。

 最初は迷惑をかけるわけにはいかないとどこかに行こうとしたが、さすがに見過ごせるBクラスではない。一之瀬をはじめ、多くの生徒が保護する方針に賛同したことで、Cクラスの金田君もここで寝泊まりすることになった。

 焼いた魚や食べられる果物、足りない食材はポイントで補いながら全員が食事を終える。

 午後8時の点呼を受け、今日は早めに休むという話になった。

 いくら節約とはいっても、さすがに男女でテントを同じにするわけにはいかない。今日ばかりは男子は野宿をしようということになり、寝るまでの時間を雑談しながら潰していた。

 

「にしてもな~クラスで集団サバイバルとかちょっと楽しいよな」

 

「分かる分かる。なんつーか、修学旅行みたいなノリ?」

 

「あー、そうかもな。お泊りイベントではあるし」

 

 俺は既に身体を木に預け、会話は聞くぐらいで流していた。

 しかし、ここで思わぬ話題に突入する。

 

「お前らって好きな女子とかいるのか?」

 

 そりゃ、こういった時らしい話題だが、全員答えるとか意味わかんないことはやらないで欲しい。言いたい奴だけ言って欲しいなぁ。

 

「比企谷の好きな人は?」

 

「彩加」

 

 順番に答えていたのか知らないが、柴田にそう尋ねられたので即答で答える。

 

「八幡ったら、もう……」

 

 ほら、彩加もまんざらでもない……まんざらでもない!?これは戸塚ルート一択!

 

「い、いや戸塚は男だろうが。女子で好きな奴いるかって話だ」

 

 戸塚は戸塚だからいいだろ……駄目ですかそうですねわかります。

 

「いねぇよ」

 

「本当かよ?てっきり星之宮先生って言うと思ったのに」

 

「いやいや、一之瀬の可能性だってあるだろ」

 

「白波も地味に仲いいよな。たまに息が合ったように笑い合ってるし」

 

 君たちよく見てるね……少なくとも俺が三人にそのような感情を抱いているなんてことはない。星之宮先生はあくまで先生であるし、一之瀬もたまたま縁があって話しているだけ、とは言わないが一緒にいるだけであるし、白波は同士であるからまず除かれる。

 

「そういうお前はどうなんだよ。大層モテるだろ?」

 

「いやいや、8股のお前には敵わないって」

 

「だからそのネタやめろ。デマだからな?」

 

「でも八幡、旅行始まってから坂柳さんと楽しそうに電話してたよね?」

 

「お前……まさか付き合って」

 

「違うからな、断じて違うからな。それに、坂柳と付き合うくらいなら星之宮先生の方が何倍もマシだ。お前らも体験してみるか?あの地獄みたいな会話を……」

 

「さ、さあて、そろそろ寝るか!」

 

「そ、そうだな!」

 

 俺が暗い顔をしながら話したためか、誰一人として目を合わせてくれない。ふぅ、人の噂も七十五日とは言うが、まだまだ鎮火しないようだな。

 ……そういや椎名とかどうしてるんだろうか。いつも本を読んでいる姿しか知らないが、イメージ的にこういうアウトドア系は苦手っぽい気がする。

 

 ………Cクラス、ねぇ。

 

 俺は保護されているCクラスの金田という男を見ながら、Cの王様の姿を頭に浮かべるのであった。

 

 

***

 

 

「ねえねえ!恋バナしようよ!」

 

 テントで寝る準備をしていると、麻子ちゃんがそんなことを言い出した。

 こういう寝泊まりするときの定番ではあるけど、私は苦手だなぁ……。

 

「う~ん、好きな人っている?」

 

「一之瀬さん!」

 

「千尋ちゃんが一之瀬さん好きなのはみんな知ってるし、私だって一之瀬さんのこと好きだよ。でもそうじゃなくってさ~」

 

「男子で好きな人がいるかってこと!」

 

 男子で好きな人かぁ……ひ…って私は何を考えてるの!

 

「あれ?一之瀬さんなんだか顔が赤いよ?」

 

「にゃ!?い、いや~、ちょっと暑くて……」

 

「……もしかして誰か思い浮かべてた、とか?」

 

 誤魔化す私に、夢ちゃんが迫ってくる。

 

「そ、そんなことないよ!私、好きとか分からないし……」

 

「うーむ、一之瀬さんが好きになるとしたら……戸塚君とか神崎君もありえそうだけど……やっぱり比企谷君?」

 

「ど、どうしてそうなるのかにゃ!?」

 

「だってさ、一之瀬さんはよく千尋ちゃんと戸塚君と比企谷君の四人で過ごしてるし。比企谷君の部屋が集合場所だって話も聞いたし……比企谷君からの誕生日プレゼント、大事そうに撫でてたの見たよ?」

 

「あれは贈り物だからだよ!ほかの皆からのプレゼントだって部屋に大切に飾ったりしてるし……」

 

「(だからって毎日つけるかなぁ?)」

 

「そういえば、千尋ちゃんも比企谷君と結構仲いいよね?」

 

「わ、私?」

 

「うん。二人だけで話してるところもよく見るし、たまに千尋ちゃんは顔を赤くしてる時もあるでしょ?もしかして……」

 

「ないから!違うもん!」

 

「えー、つまんないなぁ」

 

「(比企谷君は同士だから!!……あの写真はちょっと、出来心だったりするけど……)」

 

 なんとかこの話題を終わらせ、横になり眠りにつく。

 ……別に好きとか、そういう気持ちじゃないと思うんだけどなぁ。

 

 

***

 

 

 無人島サバイバル二日目。

 やはり慣れない環境だからか、多くのクラスメイトが早起きをしていた。

 点呼までの時間を、昨日取り付けられなかったハンモックを取り付けたり、魚を釣りに行ったり、果実を取りに行ったりして各々過ごす。

 彩加と共にハンモックを取り付けていると、神崎が森の方から姿を現した。

 

「どこ行ってたんだ?」

 

「少しDクラスの拠点にな。どんな生活をしているのか気になっていたから様子を見てきた」

 

「……ついでにリーダーの情報を得ようとしたが、見つかってしまって帰ってきた、だろ?」

 

「……相変わらずの推察力だな。一応協力関係にはあるが、リーダーを当てた時の50ポイントは大きい。このことは一之瀬には無断で行ったから黙っていてくれると助かる」

 

 神崎は一之瀬の補佐をしている場合が多いが、一之瀬と違って純粋というわけではない。相手を出し抜けるときには出し抜くだろうし、ずる賢さも持っている。

 ……ここで言っておくべきか。

 

「黙っている代わりになんだが……今回の試験、()()()()()()()口を挟まないでくれないか?」

 

「…何をするつもりだ」

 

「まだ候補は5つほどあるが……少なくともBクラスに不利益なことはしない」

 

 俺とは反対側でハンモックを取り付けていた彩加がおろおろと俺たち二人を見てくるが、俺と神崎は目を合わせ向かい合ったまま。

 少しばかり時間がたった後、神崎は息を吐きながら話し出す。

 

「………わかった。比企谷を信じよう」

 

「ありがとな。って言っても今から何かするわけじゃないが……」

 

「皆ー!点呼の時間だから集合してー!」

 

 もう8時だったか。少しだけ神崎には告げておこうと思ったが、まあ言わなくてもいいか。

 

「行こうぜ」

 

「ああ」

 

「八幡……危ないことはしないでね?」

 

「もちろんだ」

 

 ()()()()()()、だけどな。

 

 

***

 

 

 点呼を終え、それぞれ役割分担をし、行動に移す。

 今日は彩加と二人で探索だ。ペアが彩加とか最高だな。

 

「八幡!スポットの占有は禁止だからね!昨日はこっそりとしてたみたいだけど……」

 

 そう、探索に行く前に一之瀬に釘をさされたのだ。

 昨日、こっそりと占有したはずだったが、俺たち以外の探索班に見つかり、今日の朝から怒られた。理由を話すとある程度は納得してくれたが、初日だから許すけど二日目からはベースキャンプ地以外は禁止にされてしまった。

 ルール上、リーダーである俺だけがスポットを占有、更新できる。それは俺が単独行動を起こせばスポットを占有できるということ。

 しかし、スポットの占有にはリーダーが他クラスにバレてしまう危険が伴われている。

 一之瀬としてはプラスも欲しいが、まずマイナスを避けたいと思っているのだろう。スポット占有のボーナスポイントもリーダーを当てられたらなくなることを考えると、リーダーをまず隠すのが一番最善ではある。

 

「悪かったって。とりあえず、持って帰れるだけ食糧を手に入れようぜ」

 

「うん!」

 

 天使の笑顔に癒されつつ、少しばかり遠くも探索していく。

 やはり自然が豊富であり、かつまだ二日目ということもあってか多くの食材を手に入れられた。

 ヤマグワにヤマノイモ……はまだ理解できるが、トウモロコシは完全に学校側が用意していたものだな。こんなところで自生されているわけがない。

 学校側の意図を考えつつ歩いていると、少し開けたところに出た。

 

 そこで見たのは―――――()()()()()()()()()()()()()()()()姿()だった。

 俺たちに気づいた葛城はすぐさまキーカードを隠すが、すでに手遅れである。

 

「なっ!お前!Bクラスの生徒だな!」

 

 葛城の隣にいた男、弥彦がすぐさま突っかかってきた。

 当然だ。クラスのリーダーを見られたら損害は大きい。まして坂柳がいない今回は、葛城がAクラスを統率しているはず。

 これは大きな失態として、クラスでの影響力を失うかもしれない。

 

「……比企谷に戸塚彩加だな。さすがに今のをなかったことにしてくれとは言えない。こちらの不注意が招いた結果だ」

 

「葛城さん!いいんですか!」

 

 葛城に弥彦が突っかかるが、葛城は取り合わない。今のをミスだと自覚しているからだろう。

 しかしこれはまずい。彩加と一緒にいるときにキーカードを見てしまったことに加え、()()()A()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから俺は―――――――

 

 

 

 

 

 

 

「心配するな弥彦。Bクラスのリーダーは俺だ」

 

 そう言って()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()葛城達に向けたのだった。

 




二日目で一回切りました。章の五話目を長くすればなんとかなるかなーと思いましたので。
アニメでは千尋ちゃんがBクラスのリーダーを務めておりましたが、作品のストーリー上、八幡に変えました。そっちの方がいろいろ動かせますしね。

伏線を張ったり、心で何を考えているのか分からないようにするのが難しいです。渡先生は心情の表現が凄すぎますし、衣笠先生の綾小路の力を測らせないようにする表現も凄いと改めて感じます……。

あと一之瀬をどうしようか本気で迷ってます。今のところは千尋ちゃんで妥協、もしくは星之宮先生で行こうと思うのですが、八帆と彩千でもありかなと。
ありきたりすぎる感じがしてどうかとは思いますが……。

……番外編でも書いてやろうかな。


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帆波「昨日は凄かったよ」 八幡「……は?」

今回は二日目~五日目の模様をお送りいたします。
本当なら六日目まで行くつもりでしたが、キリが良かったので切りました。
次の章の五話目で五日目続き~最終日としようと思っています。
終わりが見えてよかったです。

……アンケート、ハーレム強すぎるんだよなぁ。一之瀬と星之宮先生で争ってる時は良かったのに……また新しくしたので投票お願いします。
参考にさせていただきますので。


「は?お前!それはキーカードだろ!?」

 

「ああ、そうだがどうした?」

 

 俺は二人に見せるように自身のキーカードを持っている。

 葛城は一瞬目を見開いたが、すぐに疑問を投げかけてくる。

 

「どういうつもりだ比企谷。リーダーの情報を相手に与えるなど愚かにもほどがある」

 

「そうだろうな。これでBクラスは50ポイントを失う。だがお前らAクラスのリーダーを当てればプラマイゼロだ」

 

「だからどうしてお前がそれを見せる!?見せなければ俺たちだけにダメージを与えられただろ!」

 

 弥彦の言うことはもっともだ。クラスのリーダーなんてバレただけで動揺は必須、どうにかして相手の情報もつかまなければと躍起になるだろう。

 ……それより俺の後ろで黙っている彩加が怖すぎる。後で説明しないと嫌われるかもしれん。それだけは避けなければ!

 

「……確かにさっきのはお前らの不注意だ。だが、俺は教官を尊敬していてな。尊敬している男が失態でクラスのリーダーから降ろされるのは嫌なんだよ」

 

「お前は坂柳と通じていると耳にしたが?」

 

「坂柳?ああ、あのロリっ子な。俺は弱みを握られてるから嫌々で情報を提供しているだけで、他意はねぇんだよ」

 

「なんだ、お前いい奴じゃないか……」

 

 弥彦は俺への警戒心を解いたのか、近づいてこようとする。

 

「待て弥彦。比企谷、まだ何か隠しているな?」

 

 しかし、それを葛城が止める。

 …にしてもやっぱり、葛城は優秀な部類に入るな。もう少し理由が必要だろう。

 

「……Aクラスで葛城派と坂柳派が争っているのは俺も知っている。加えて坂柳派が優勢なこともな。もし葛城が今回の試験で失態を犯せば、坂柳派がさらに優勢になるのは目に見えているだろ。俺はあのロリっ子にトップを立たれたくないんだよ。嫌いだし……大嫌いだしな」

 

「……試験に私情を挟むつもりか?」

 

「別にいいだろ。あ、これ俺の独断だからBクラスの他の連中には気づかれないようにしておいてくれ。バレたらバレたで面倒だし」

 

「後ろの奴はいいのか?」

 

「ああ、協力者だからな」

 

「葛城さん、ここは比企谷を信用していいと思います。ここまで言う奴に裏はないでしょう」

 

「……そうか」

 

 弥彦の助言もあってか、ついに葛城が折れる。

 

「ボーナスポイントが50を超えないかぎり、お互いに指名し合うことにしよう。どうだろうか?」

 

「ああ、わかったよ」

 

 そうして会話を終え、二人は俺たちとは反対方向に去っていった。

 ……裏がない、か。まあ俺は()()()()()()()()し、気づかれないだろうな。

 さて。

 

「……八幡?」

 

「ひゃ!?」

 

 ずっと静かだった背後から、冷水でも浴びせられたかのように感じるほどの、冷たくて低い声が響いた。

 俺はゆっくりと振り返り……

 

「話を聞いてください彩加様。あと一之瀬と神崎やほかのクラスメイトにも伝えないでくださいお願いします」

 

 頭を下げた。

 

「ちょっと八幡!そんなことしなくていいから!……でも理由が知りたいな」

 

「もちろんだ。ちょっと、人のいないところに移動するぞ」

 

 俺は()()()()()()()()を見ながら、彩加と共に移動を開始した。

 

 

***

 

 

「……行ったか」

 

「あ、綾小路君、私達、すごい秘密を知っちゃったね……」

 

「そうだな……」

 

 佐倉との探索中、洞窟から人が出てきたかと思えばAクラスの葛城と弥彦とか呼ばれる男だった。手にはリーダーのキーカードを持っていたことから、観察を続けていた。

 その時、反対側の森から音もなく二人の男子が現れた。

 俺の隣人であるBクラスの比企谷八幡と、同じくBクラスの戸塚彩加だ。

 葛城はすぐさまキーカードを隠すも、見られていないわけがない。弥彦という男もそれを察知して比企谷に突っかかっていったが、ここで比企谷がまさかの行動に出た。

 自身のキーカードを二人に見せたのだ。

 この行動には二人も驚いていたが、比企谷が何かを言ったことで和解、というより納得したのだろうか。Aクラス二人はこの場から去っていった。

 それから比企谷達に注目していたのだが……

 

『もちろんだ。ちょっと、人がいないところに移動するぞ』

 

 そう言いながらオレたちのいる茂みの方を見つめていた。

 一瞬、驚きはしたものの、二人が去っていったことから誰かまでは分かっていないとの結論に至った。

 ……視線に敏感すぎる。比企谷の能力をもう少し上方修正する必要があるな。

 

「あの、比企谷君は……何か意図があってあんなことをしたのでしょうか?」

 

「……どうだろうな」

 

 普通の生徒から見れば、比企谷の行動は裏切りの行為であり、ありえない行動に映ることだろう。リーダーを当てられた時のペナルティは50ポイントマイナスに、ボーナスポイントの取り消し。少なくとも約70ポイントは損をする計算になる。

 ……後で堀北と他クラスの視察に行こう。今回の試験の方向性を決めるのはその後でいい。

 スポット占有で稼ぐか……比企谷のようなやり方かのどちらかにはなるだろうが。

 オレを何もなかったときから警戒し続けている男が、仮にも試験である今回の件で、他クラスのために動くわけがないからな。

 

 

***

 

 

「…ってわけだ」

 

「凄い……凄いよ八幡!みんなに伝えた方がいいって!」

 

「いや、このことは秘密にして欲しい。一之瀬や神崎でも駄目だ」

 

「駄目なの?」

 

「あの二人は嫌でも目立つ。それに、俺がさっき話した方法だと、今キャンプ地にいる金田はどうする。もし少しでも怪しいとされたら、こっちが損する可能性だってある」

 

「……一人でやるんだね」

 

「俺一人の方が効率がいいからな」

 

 先程までは方向性を悩んでいたが、葛城と運良く鉢合わせし、キーカードを見ることが出来た。

 これで俺の行動にも違和感がなくなった。パターン3が最終ポイントが一番多くなるだろうし、やることは決まった。

 彩加と一緒にいるのが少し計算外ではあったが、協力者が一人は必要だ。それをBクラスから選ぶとすれば、彩加が一番良かっただろうからな。

 ……誰かを信じないことには出来ないことだし。

 

「彩加、一つ頼まれてくれないか」

 

「え?」

 

「彩加にしか頼めないことだ。俺の友達としてお願いしたい」

 

「……うん、うん!いいよ!」

 

「まずこれから俺は……」

 

 ……友達なんて言葉を使う自分に反吐が出そうだ。

 だが、彩加を、Bクラスを利用するとするならこれが一番だ。

 ……たとえ、試験後に俺が嫌われ者になったとしても、な。

 

 

***

 

 

 比企谷君と戸塚くんも帰ってきて、果実やトウモロコシといった食料を手に入れてきてくれた。

 戸塚くんを比企谷君の監視につけていたけど、今日は占有をしなかったようだ。井戸のスポットを更新して、二人は自由時間になる。

 

「彩加、ハンモックを試してみようぜ」

 

「うん、一緒に寝よう!」

 

「い、いや、一緒は……」

 

「八幡?」

 

「うぐっ……おう、一緒にな」

 

「えへへ、ありがと八幡!」

 

 ……相変わらず仲がいい二人だなぁ。戸塚くんが女の子に見えちゃうからか、恋人同士に見えなくもない。

 実際、二人を遠くで見つめている女子の中には、顔を赤くしてる子もいるぐらいだ。

 ……恋人かぁ、私ならひ……だから違うの!……違うと思うんだけどなぁ。

 

「一之瀬さん?ボーッとしてるけど、体調悪かったりする?大丈夫?」

 

 自分でも気付いていないうちにボーッとしていたようだ。千尋ちゃんが心配そうな目をして声をかけてくれる。

 

「ありがとう千尋ちゃん。ちょっとボーッとしちゃってね」

 

「一之瀬さんはクラスを引っ張る存在だから……疲れとかもあると思う。休めるときには休んでね?」

 

「うん、ありがとう」

 

 白波千尋ちゃん。入学式の日から話すようになった女の子で、友達。そして私に告白してくれた子だ。

 女の子同士っていうのもあったけど、まさか千尋ちゃんから告白されるなんて思ってもいなくて、綾小路君を偽彼氏に仕立て上げて誤魔化そうとしてた。

 結果的には綾小路君に諭されて向き合うことが出来たけど……やっぱり少しだけ気まずい感じはあった。

 それが比企谷君の部屋に集まるようになってから、比企谷君と戸塚くんと千尋ちゃんと、三人と一緒に過ごすようになり、とても楽しい毎日を送った。

 そんな今でも、千尋ちゃんは私のことを好きと言ってくれるけれど、それはどういう気持ちなんだろう……。

 

「ねぇ千尋ちゃん」

 

「一之瀬さん?」

 

「好きってさ、どんな気持ちなのかな?」

 

 告白してきた相手にこんなことを聞くなんて、私もデリカシーがないなって思うけど、それよりも知りたい。

 人を好きになる、恋をするって、どんなことなんだろうって。

 

「……うーん、やっぱり、他の誰かに取られたくないって気持ちが一番かな」

 

「取られたくない……」

 

「他の誰かとばかり遊んでたりすると嫉妬するし、誰かと付き合ってるなんて考えただけでもつらくなる。……そんな感じかな?」

 

「(ここで遠回りに私がそう思ってるんだよアピールだ!届けこの気持ち、伝われこの想い!!)」

 

 ……比企谷君が坂柳さんと楽しそうに手を繋いで歩いている……イライラするね……はっ!

 

「い、いや!これはBクラスのためであって!断じて私がイライラするとかそんなんじゃなくって……そう、魔の手から守る為に……」

 

「い、一之瀬さん?ど、どうしたの…?」

 

「え!?い、いやぁ~……なんでもないよ」

 

「なんでもないわけないじゃん!!もしかして一之瀬さん……好きな人が、いるの?」

 

「いないから!あ、千尋ちゃんや麻子ちゃん、夢ちゃんなら友達として好きだけど……好きな異性はいないから!」

 

「えへへ……好きって…好きって…」

 

「おおーい、千尋ちゃーん?」

 

 駄目だ、千尋ちゃんの反応がなくなっちゃった。なんか照れちゃってる?

 ……好きだなんて、そんなの、迷惑に決まってる。それに私は曲がりなりにもこのクラスを引っ張る者としての立場がある。

 私は……。

 

 

***

 

 

 二日目は終始、ベースキャンプ地周辺から外への地形の把握と食糧確保、キャンプ地の改造に努めた。

 俺は午前中に探索を終えた後、彩加とハンモックでのんびりと昼寝したり、わちゃわちゃしたりして過ごした。

 柴田からは『カップルにしか見えない』と言われ、白波からは何度もサムズアップが送られてきた。

 当然彩加は柴田に男の子だと言い張り、ついには『証拠……見る?』という言葉に顔を赤くしたので少しだけシメてやった。彩加には怒られたが、後悔はない。

 白波からのサムズアップには毎回いい笑顔でサムズアップを返したのだが、毎回顔を背けてそそくさとどこかに行ってしまうことに疑問を覚えた。

 ……眼鏡程度じゃ笑い方の気持ち悪さは抑えられなかったということだろうか。白波は割と俺に対しては辛辣なのでまだマシだが、これが彩加だったら自殺してるかもしれない。

 ……一之瀬は微妙だ。まず一之瀬の口から気持ち悪いなんて聞くことないし……あ、佐倉さんをストーカーしていたおっさんには言ってたな。

 あのおっさん退職処分を受けたらしいが、佐倉さんは大丈夫なんだろうか?まあ、綾小路がアフターフォローするだろう。そういうところは何故か気が利く男だ。

 

 スポット更新の際、俺を中心にクラスメイト達が囲ってくるが、金田は自分からスポットの遠くへ離れる。

 ……まだ仕掛けてこないらしい。仕掛けるとしたら夜だろうが……さて、どうしたものかね。

 

 

***

 

 

 無人島サバイバル三日目。

 少しずつ生活に慣れ始めたのだろうか。皆自分の役割をこなし、お互いに困ったときは手助けしたりとBクラスだからこその強みが出始めていた。

 今日は白波と探索に出ることに。どうやら一之瀬は、彩加か白波を俺につけることで監視しているのだろう。やだ、一之瀬束縛系だ!彼氏は苦労するだろうな……。

 

「比企谷君、昨日は戸塚君とイチャイチャ出来てたね!」

 

「おう。最初は緊張するしどうなもんだと思ってたが、ハンモック最高だな。こればかりは一之瀬に感謝の念が絶えねぇよ」

 

「私も一之瀬さんと……」

 

「そういや白波って、一之瀬のこと名前で呼ばないのな」

 

 一之瀬は白波のことを千尋ちゃんと名前で呼んでいるのに対し、白波は入学時から今でも苗字だ。俺ですら戸塚を彩加と呼んでいるのだから呼べばいいのに。

 

「一之瀬さんを名前呼び!?そ、そんなの……恐れ多いかなって」

 

 これはもはや崇拝の域だな。一緒に過ごすことが多いおかげで今まで普通の友達関係でいられているが、同級生に対してそれはおかしくないか?

 あ、でも俺も葛城のこと教官って呼んでるわ……でも教官のことを好きってわけじゃねーしな…。

 

「恐れ多い?お前、一之瀬のこと本当に好きなのか?」

 

「何を言ってるの!?好きだよ!大好き!!」

 

「なら行動で示せばいいんじゃねえの。名前呼びくらいしていかないと意識されないだろ」

 

「それは経験者としての意見?」

 

「……俺は彩加にそう呼んで欲しいって言われたからな」

 

「ず、ずるい!」

 

 ずるいってなんだよ、彩加が言ってきたんだからしょうがないだろ……羨ましいと思われるだろうけどさ。

 一之瀬は部屋ではおかんでも、ひとたびクラスで集まればクラスのリーダーにジョブチェンジする。加えて、プライベートと分けるのがそこまで得意じゃないからか、深くは関わらないようにしているところを感じる。

 それは俺たちもそうだ。それに、俺は一之瀬帆波に何かしらの後ろめたい出来事が過去にあったということくらいは感じ取れているし、気づいている。

 ただ、人の過去なんて詮索するものでもないし、一之瀬自身が話す気がなければ俺たちが追及しても今の関係をいたずらに壊すだけだ。

 ……たとえそれが偽物であったとしても、今の環境を壊す気にはなれなかった。……()()()()()

 

 白波と探索していると、最初のスタート地点に戻ってきてしまった。

 そこで見たのは、リタイアしているCクラスの生徒数名の姿だった。

 

「あれって、リタイアしてるんだよね?」

 

「ああ。そうだが……」

 

 情報が足りないな。何故Cクラスがリタイアしているのかの説明が出来ない。無人島生活が嫌になったことでなら分からなくもないが……。

 

「白波、少しDクラスの拠点によってもいいか?」

 

「いいけど……何する気なの?」

 

「俺が行動を起こすと何か裏がある前提なの?」

 

「前科持ちが何言ってるの」

 

「初日のことだろ、悪かったっての。さっき見たCクラスのリタイアについて、知っていることがあったら情報共有したいと思ってな」

 

「……一之瀬さんに迷惑かけないならいいよ」

 

「むしろ俺たちが情報を持って帰れば一之瀬は喜んでくれるんじゃないのか?」

 

「一之瀬さんが喜んでくれる……分かった、行こう、今すぐ行こう!」

 

 チョロいな。そんなにチョロいといつか悪い男に騙されちまうぞ白波……八幡心配になってくるよ。

 神崎に教えてもらった情報頼りに、なんとなくの方向に歩みを進める。

 しばらくすると、川を挟んでテントが張られている場所に辿り着いた。

 

「あれ?君たちは……」

 

 最初に俺たちの姿に気が付いたのは、金髪のイケメン君だった。コイツは確か、平田洋介。Dクラスをまとめている男で、実際のリーダー格の男だ。

 

「Bクラスの比企谷八幡と、白波千尋だ。少しCクラスについての情報共有がしたくて来たんだが……入れてくれるか?」

 

「Cクラスか……分かった、ついてきてくれるかな」

 

「おう」

 

 平田に許可をもらい、スポット内に侵入する俺と白波。

 Dクラスの生徒も俺たちに気が付いたのか、口を開こうとするも平田が先導しているだけあって、誰も文句は言ってこなかった。

 問題としては……

 

「あれ?8股君だ」「後ろの女の子って彼女?」「8股メンバーの一人でしょ。一緒にいるってことは仲がいいんだよ」「なんであいつだけモテるんだよ!眼鏡か!?やっぱり眼鏡だからか!?」「おい、櫛田ちゃんを隠すんだ!いつ狙われるか分からないぞ!」「鈴音は!?鈴音は無事か!?」「佐倉は俺が守る!」「Bクラス……何しに来たんだ?」

 

 最後の奴以外まともなのがいねえな……ちらりと後ろを見れば、顔を赤くして俯いてついてくる白波の姿が。

 これはあれか?『どうして比企谷君と噂になるの!一之瀬さんとでいいのに!!……でもここで怒ったら一之瀬さんのイメージにも関わるから、Dクラスから離れたら後ろから蹴ってやろう』みたいな感じか?

 彩加が前に怒ったときも無言だったから、怒られるのは確実かな……くそ、噂好きな奴らめ。

 

「ここの中で話そう。話すのは僕と堀北さんと綾小路君でいいかな?」

 

「十分すぎるぐらいだ。ありがとな」

 

「僕たちだって情報の共有はしたかったんだ。同盟相手とはいい関係を築いていきたいからね」

 

 平田は笑顔でそう言ってくる。こいつやっぱリア充の中のリア充だな。サッカーでは柴田と競い合えるほどの技術があるらしいから、運動神経もいい。学業の成績もよければ人当たりもいい……きっと、こいつは櫛田と同じパターンなんだろうな。

 テントの中は誰もおらず、俺と白波は奥に通される。

 その後、中に入ってきた堀北と綾小路に平田の三人と話し合いを始めた。

 

「要件は何かしらカエル君。一度そちらのキャンプ地には視察に行ったのだけど、うまく工夫されていてさすがはBクラスだと思ったわ。あなたは足を引っ張っていそうだけど」

 

「ところどころ毒混ぜるのやめてくれない?まあ、あれはBクラスだからできることだ。学年で一番のチームワークを持つクラスだからな」

 

「比企谷がそう言うと、違和感しか感じないぞ」

 

「綾小路まで辛辣なのね……それには同意するが、一応Bクラスなんでな。自分のクラスの自慢くらいしていいだろ」

 

「比企谷君?」

 

 少しばかりお喋りが過ぎたせいか、はたまた要件にすぐ入らなかったからか、白波が地味に俺の足を踏んずけている。

 こいつは力ないから痛くはないんだが、精神的に痛い……。

 

「ここに来る前、俺と白波はスタート地点に辿り着いてな。その時Cクラスの生徒が数名リタイアしていたから、お前らは何か知ってるかと思って聞きに来たんだ」

 

「僕はクラスメイトから聞いただけで詳しくは知らないんだよね。二人はどうだい?」

 

「綾小路君」

 

「はいはい……オレと堀北はCクラスに呼ばれて様子を見に行ったんだが、龍園が豪遊していてな。試験のポイントを全て使い切ってクラス皆で遊んでいた。龍園は今回の試験にやる気がない的なことも言っていたから、今回の試験を捨てたのかもしれないな」

 

「なるほどな……」

 

 0ポイントか。確かにそれならうちで保護されている金田の点呼不在時のマイナスポイントの影響はないし、加えて勝手にリタイアされても痛くも痒くもないってことか。

 ならあとは……

 

「なぁ、うちにはCクラスの金田って奴が追い出されて身を寄せてるんだが、お前らのところにも誰か来ているか?」

 

「ええ。伊吹さんがいるわ。顔に傷を負っていたから、喧嘩別れをしたんじゃないかということに落ち着いているわね。もちろん、キーカードでの更新時には近づけないようにしているし、自分から近づこうともしない。トップが無能だからか、苦労しているのよ」

 

「うちの金田もそうだ。最初なんて迷惑かけたくないと出ていきたがってたが、一之瀬達が止めたからな。いろいろ手伝ってくれるし、スポット更新時には自ら離れていく」

 

「Bクラスでもそうなんだね。龍園君は何を考えているんだろう……」

 

 平田の疑問も、堀北の無能発言も、間違ってはいない。

 マニュアルの裏まで考えればそうではないが、表面上だけを見れば龍園は試験を放棄している状態であり、他クラスからすれば愚かとまで思えるだろう。

 ……龍園は()()()()()を取ったのか。あとはAクラスがどうなってるか次第で決まるな。

 

「そうか、ありがとな。情報共有に感謝するよ。お互い慣れない生活だが、あと五日頑張ろうぜ。あ、それともしよければ貿易でもしないか?」

 

「貿易?」

 

「ああ。俺たちが魚が採れて、果実が採れないときにお前らが魚は採れないが果実は採れた、みたいな状況の時にお互いに物々交換出来たらいいなと思ったんだ」

 

「なるほどね……貿易のことに関しては、皆で話し合ってみることにするよ」

 

「おう。じゃあな綾小路、堀北」

 

「ああ」

 

「せいぜい干乾びないように気を付けなさい」

 

「最後までカエル扱いかよ……」

 

 白波と二人でテントを出て、占有スペースから早めに出る。

 やることはやったし、情報も得られた。悪くない時間だったな。

 

「比企谷君」

 

「なんだ?」

 

「……Dクラスを信用するの?」

 

「少なくともさっきの情報に嘘はないだろう。仮にも同盟相手だし、一之瀬は協力関係にあると思ってる。そんな一之瀬に近い白波や俺に対して嘘吐けたら凄いと思うぞ」

 

「そうだね……でももし一之瀬さんを裏切ったら……Dクラスは……うふふっ」

 

 白波さん?怖いですよ?いつもの一之瀬さん大好きオーラはどこに行ったの?こいつは一之瀬が関わると色々と箍が外れそうだから、ある意味彩加よりも危険な爆弾かもしれない……怒らせないようにしよう。

 白波と共にベースキャンプ地に戻りながら考える。

 教官が二人だけで占有を行っていた理由、弥彦の隠しきれていない口角の上がり、葛城の手にあったキーカード、Cクラスの生徒のリタイア、龍園の豪遊、0ポイント、Bクラスには金田、Dクラスには伊吹……8割方は確定した。あとはAクラスの拠点次第だ。

 橋本か神室と接触できればいいんだが……俺には監視があるし、向こうも手が出しにくいだろうし……彩加との探索時になんとかAクラスと接触するしかないな。

 それも、坂柳派じゃないと駄目だろう。

 

「あ、二人ともおかえりなさい。どうだった?」

 

 ふと声をかけられたので辺りを見渡せば、Bクラスのキャンプ地だった。

 ……集中しすぎたか。

 

「比企谷君は珍しくまともだったよ」

 

「八幡、頑張ったね」

 

「待って、なんか俺まともじゃないみたいに言われてるけど俺ほどまともな奴もいないだろ。彩加も頑張ったなんて言わなくていい。これが俺だから」

 

「「本当に?」」

 

 息ぴったりだな……思っている以上に俺はまともだと思われていないらしい。悲しい事実だな……。

 あ、一之瀬と神崎に報告しに行かないと。

 

「白波、報告に行くぞ。彩加、これが収穫してきた果実な」

 

「ごめん、私のも頼めるかな?」

 

「わかった!何かあったんだね?他の人も呼んで整理しとくから行ってきて」

 

「助かる」

 

 彩加に荷物を任せ、一之瀬と神崎を探す。

 二人とも少し話していたのか、皆から離れた滝の近くにいた。

 

「一之瀬さん、少しいいかな?」

 

「ん?どうしたの千尋ちゃん?比企谷君が何かやらかしたの?」

 

 白波も話し始めたし、俺も神崎に伝えておこう。

 ……一之瀬も俺が何かやらかすこと前提なのな。否定できないのが悲しいところだ。

 

「何かあったのか?」

 

「ああ。白波と探索中にスタート地点に出てしまった時にな。Cクラスの生徒がリタイアをしているところを見た」

 

「なるほど、お前らもなんだな。探索に出かけた他のペアからも報告が来ている。龍園は本気で試験を放棄する気みたいだな」

 

「綾小路によれば、龍園はポイントを使い切っているらしい。加えて、今回の試験にやる気がない的な発言もしていたんだとよ。何考えてるんだろうな」

 

「うちのクラスでは金田を保護している。その際の点呼で引かれるポイントを嫌ったんだろう」

 

「あ、それとなんだがDクラスにもCクラスの生徒が拾われていたぞ。女子生徒だったが頬に腫れがあったらしくてな」

 

「Dもか……だが金田はスポット更新時に近づいてこなければむしろ遠くに行く。スパイの可能性は低いだろうな」

 

「Cはどれくらいリタイアしたのか……」

 

「明日、一之瀬とCクラスの拠点に向かってみる予定だ」

 

「俺もついて行っていいか?」

 

「……そうだな、比企谷の洞察力があれば心強い。一之瀬も監視が出来て嬉しいだろうしな」

 

 どうやら神崎の中では一之瀬は俺の監視がしたいということになっているらしい。一之瀬さん、あまり監視監視言いすぎると変な噂されちゃうから気を付けてね?

 Dクラスに貿易の提案もしたことを報告し、少し寝ようかとハンモックを見る。

 

「あ、八幡、こっちだよ!」

 

 ……俺が天使と安眠したのは言うまでもないだろう。

 点呼の時間に間に合ったのは奇跡だったかもしれない。たまたま目が覚めて彩加を起こせたからな。

 マイナス食らわないで良かった。もし食らえばまた()()()()()()()()()。それだけは避けたいしな。

 

 

***

 

 

 無人島サバイバル四日目。

 朝から魚を釣る班に配属され、案の定彩加と同じだった。

 ポイントで手に入れられる釣り竿は1ポイントの餌釣り用と2ポイントのルアー用の二つがある。個人的にはルアーを使いこなす釣り人かっけぇみたいなところがあるのだが、やったことがあるのは餌釣りだけだ。

 今回購入されていたのも餌釣り用なので、大して苦労しないで海に投げ入れる。

 一方、隣では彩加が苦戦していた。

 

「僕、釣り初めてなんだよね……八幡はやったことあるの?」

 

「小さい頃にな。中学の時は一人で浮き沈みするウキを眺めてるだけだったからな……」

 

「あはは……うーん、うまくつけれないな…」

 

「最初はつけてみせようか?次から彩加がつければいいし…初めてなら分からないだろ」

 

「そうだね、お願いできるかな八幡?」

 

「天使のお願いなら当然だぞ」

 

「僕は天使じゃないよー」

 

 他愛もない話をしながら彩加の釣り竿に餌を付け、釣りを開始する。

 海が目に見えて綺麗なことから、自然環境がいいんだと思われる。井戸も管理されているのを感じたし、トウモロコシの件もそうだ。

 学校側は放任しているようにみえて、ヒントや手助けをところどころやってくれている。それに気付けるかどうかも試験の一環なのだろうか。

 今までもクラスメイト達がかなりの成果を上げていたが、俺と彩加も少しずつ当たりを引いていく。

 懸命に竿を引く彩加の姿はとても可愛らしいと思いました。まる。

 しばらく釣りを続け、15匹ほどの成果を得られたとき、交代の班がやってきたので釣り竿を渡し、魚を持ち運ぶ班と共にキャンプの元へ行く。

 日によっては一日二食にしているが、三食の日もある。これまでの習慣を失くすことがこれから生活に影響を与えかねないからかもしれないが、その分食料を消費する。

 ……今のところ消費ポイントは80ぐらいだろうか。

 昼は魚を焼いて食べ、彩加と別れて一之瀬と神崎の二人に合流する。

 

「あ、比企谷君。お昼は済ませた?」

 

「魚釣って焼いて食べてきたぞ」

 

「比企谷は器用だからな。料理班の女子が二人の成果を興奮して話してくれた」

 

「彩加と一緒だからだろ。魚が天使に惹かれたんだよ」

 

「息をするように天使天使言うようになったな……」

 

 若干引かれた気がするが、今まで通りだし別にいいだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 さっそくCクラスの拠点を見に行くというので、二人について行く。

 

 辿り着いたのは遊ぶには良さげな浜辺だった。

 既に閑散としていて、見渡せば学校側が用意したテントや購入したであろうものと数人の生徒しかいない。その数人の生徒もリタイアするのは時間の問題だろう。

 

「いやーびっくりだよね、ほんと。彼は普通じゃないと思ってたけどここまでなんて」

 

 一之瀬が声を出したので前を見れば、綾小路がCクラスの様子を窺っていた。隣には佐倉さんもいる。

 この二人仲いいな。

 

「おまえも偵察か?綾小路」

 

「いや、食料を探していたら、偶然辿り着いただけだ」

 

 少しすると、最後まで遊んでいたCクラスの生徒も、リタイアする気なのか浜辺から去り、森の方へと消えていった。

 五人でCクラスが使っていた浜辺を見て回る。

 だが、本当に何もなく、ビーチボールが一つだけ残されていたり、ビーチチェアーとパラソルが寂し気に残されているだけだった。

 いや、これくらいの後片付けはしてくれよ……。

 

「神崎くんの言った通り、リタイア作戦みたいだね」

 

 一之瀬と神崎、綾小路は話し合いをしているので、蚊帳の外である俺と佐倉さんでパラソルをなおしたりと片づけをして、テントの傍に置いていく。

 リタイア作戦……多分俺の考えているリタイア作戦と、一之瀬や神崎が考えているリタイア作戦は根本が違う。

 相手の立場になってどんな嫌がらせをしようかと考えれば、何を考えているのか大体分かる。そして、目的が見えれば行動が見える。

 

 ……少なくとも試験がない時から仕掛けてくるような男が、今回の試験で何もしないわけがない。

 あまり舐めるなよ龍園……。

 

「あ、あの、プールの時はありがとうございました。綾小路君から私のために合同でやる提案をしてくれたと聞いたので……」

 

 手を止めていたからか、はたまた無言でいたからか……佐倉さんにお礼を言われた。

 アイツマジでそんなこと言ってたのな…余計なことだっての。

 

「別に、お礼を言われるようなことじゃねーよ。あれは俺が楽をしたくて提案しただけだ。佐倉さんのためじゃない」

 

「楽って……Bクラスの方が人数多いままだったから、出番が増えたんじゃない?」

 

「あ……」

 

 ……確かにそうだ。やべ、ちょっと頭がこんがらがってきた。慣れない環境なのに頭使いすぎたか。やっぱこの学校の試験めんどくさいな。やはり引きこもりは最強だったか。

 

「それが捻デレ、ですか?」

 

「あれ?それどこ情報?」

 

 捻デレて……それ星之宮先生が編み出した造語だろ。一体だれがこの子にそんな言葉を……

 

「綾小路君です」

 

「……綾小路君?ちょっといいかな」

 

「おい、比企谷?なんか怖いぞ?」

 

 俺が知らず知らずのうちに笑みを浮かべていたからかは知らないが、綾小路が一歩後ずさる。

 そんな事お構いなしに綾小路に肩を組ませ、無理矢理三人から離していく。

 

「ねえ、堀北にもそうだったけどさ、俺の変な渾名とか造語とか広めるのやめよう?堀北はもう諦めるにしても、あんな大人しめの子に言われるとショックなんだよ。分かれ」

 

「それについては申し訳ないとしか言えないが……元はと言えば、前に一之瀬が嬉々としてお前のことを話してくれたことがあってな。その様子から言っていいものだと思ってた」

 

 一之瀬かよ。誰が綾小路に話したのかと思っていたが……綾小路と付き合いがあるのは、一之瀬と神崎、俺ぐらいなもんだしな。

 

「……そうか」

 

「一之瀬には何も言わないのか?」

 

「いや、ベースキャンプに戻ってから言い聞かせておくわ。長くなりそうだし」

 

「(比企谷は思ったよりも人望がある。それに、他クラスとも交流中か。これもメモしておこう)」

 

 二人で戻ってくると、辺りの片づけを終えた三人が集まっていた。

 

「ポイントを使い切る作戦、褒められたことじゃないけど、結構凄いよね」

 

「考えついても実行しないようなことだ。この試験はプラスを積み重ねるための試験だ。それを放棄した時点で龍園は負けている」

 

 俺としては、龍園のやり方が褒められたことじゃないとは一概には言えないと思っている。

 今回の試験のテーマは『自由』。自由に豪遊し、自由に試験に挑む姿勢は問題行動とは言えない。俺たちの頭に『この試験はプラスを積み重ねるもの。節約していくら残せるかが勝負』という固定概念があることが前提ならば、龍園のやり方は無能と言われても仕方がない。

 だが『自由』だ。自由という言葉のみとルールを把握することで、ポイントの手に入れ方は何通りも存在してくる。

 ……綾小路は気づいてそうだけどな。

 

「やっぱり誰がリーダーかを当てるなんて、無茶苦茶難易度が高いよね。無理無理」

 

「大人しく見送り、手堅く試験を送るのが良さそうだな」

 

「うんうん。私たちには地道な戦略が一番だよね」

 

 一之瀬と神崎の言うことも正しい。それも一つのポイントを残す方法だ。

 ……まあ、俺はその『()()()』には入っていないがな。

 

 ふと、ここで綾小路がこんなことを聞いてくる。

 

「ちょっと小耳に挟んだが、Aクラスは葛城と坂柳のグループで対立しているのか?」

 

「仲が悪いって話は事実だね、結構激しくやりあってるみたい。それがどうかしたの?」

 

「いや、堀北に時間があれば探って来いって命令を受けてきただけだ。Aクラスを切り崩すチャンスはそこにあるとかどうとか。激しくやりあってると言っても、流石に試験中は手を組んでるよな?」

 

「組んでるって言うか、今回坂柳さんは試験を休んでいるからね。葛城くん一人で頑張ってるみたいだよ?だから全部意見は葛城くんがまとめてるんじゃないかなぁ。だよね?」

 

「葛城は頭のキレる男だ、坂柳が不在なら、その下の人間が反抗出来る相手じゃない。仲間割れをするような真似はしないだろう。するメリットもないからな」

 

 いや、メリットは存在する。ただ、坂柳派が表立って葛城の失態の原因になるのを避けているだけで、橋本や神室なんかは暗躍してそうだ。橋本とか暗躍って言葉が超似合ってるし。

 

「そうだね、それで間違いなさそう。というか……私達より二人のことについて詳しい人がいるからその人に聞いた方がいいかもね」

 

「誰だ?」

 

 さて、少しずつ存在を消して……

 

「こらっ、比企谷君!勝手に逃げないの!」

 

「いや、どうせ説明しろとか言うんだろ?無理、面倒」

 

「なら戸塚くんに、試験中比企谷君と関わらないようにさせるよ?」

 

「かしこまりました。お話させていただきます」

 

「相変わらずの変わり身の早さだな……」

 

 彩加を盾に強要するとは……一之瀬さん悪い子ね!

 ……って、話すと言っても話しすぎると一之瀬と神崎に気づかれそうだしな。微妙なところだ。当たり障りのないことを言っておくか。

 

「坂柳はドSもドS、可愛い幼女みたいな面しときながら、中身は化け物だ。葛城は話が分かるいい奴で、真面目だな。これらのことからも分かるが、攻撃大好き坂柳と、守備特化の葛城。革新派と保守派みたいな?そんな感じで対立しているな」

 

「あはは、間違ってはいないけど坂柳さんに聞かれたらどうなるんだろうね……」

 

「俺の首が飛ぶ、もしくは奴隷化されるな」

 

「……坂柳か。堀北に匹敵する怖さだな」

 

「堀北?待て待て奴はそんな優しい存在じゃない。先天性心疾患を患っているから杖を使っているが、見た目に騙されたら駄目だ。堀北が近所の犬ぐらいの怖さだとすれば、坂柳は興奮状態のライオンぐらいの怖さだ。お前も俺がプールで土下座したの見てただろ?そして笑顔で熱いプールサイドで正座しておくように言ってくるんだ……」

 

「……堀北はせいぜい、寮の部屋で正座を要求するぐらいだからな。苦労してるんだな比企谷」

 

「その一端はお前にもあるんだけどな」

 

 ついつい愚痴も混ぜてしまい、綾小路も理解してくれた様子だ。この調子で対坂柳有栖グループを作りたいな。

 だが佐倉さんは驚いたように目を見開き、一之瀬と神崎は小声で何かを話していた。

 

比企谷君、本当に坂柳さんと仲が良すぎない?葛城くんの話ほんのちょっぴりだったよ?

 

本人も気づかないところで坂柳のことを気に入っているんだろう。電話もしていたんだろう?

 

むっ……

 

 聞こえちゃったよ。八幡ラノベの主人公でもなんでもないから聞き取れちゃったよ。

 どうやら俺の話から、二人は坂柳のことを気に入りすぎだと危惧しているらしい。Aクラスの中心人物だし警戒するのは当然だけどさ……つーかよくよく思い出せば俺の話した内容、ほとんどが坂柳についてじゃねーか。それだけ心の愚痴を誰かに聞いてもらいたい気持ちが強かったんだろう。

 その点、綾小路は堀北という似たような頭の上がらない相手がいるからか話が弾む。この無人島サバイバルが終わったら食事にでも誘おう。元々タダだから奢ったりするわけではないけども。

 

「ま、そんな感じだ。個人的に葛城にAクラスをまとめていってほしいが、今の対立状態で俺たちも差を付けられているからな。足並み揃えられたら500とか差が付きそうで怖い」

 

「なるほどな。後で堀北に伝えておこう。ったく、自分で調べろと思うが、人使いが荒いからな……おっと、今のは聞かなかったことにしてくれ。あとで怒られるのはしんどい」

 

 よし、試験終わったらすぐさま告げ口してやろう。佐倉さんに余計なことを言った罰だ。

 

「あはは、秘密にしておくよ。でも堀北さんの着眼点はさすがだね。もしAクラスの二人が対立してバチバチやりあってたら、自滅してもおかしくないもんね。まあ、今の段階で何かができるわけじゃないんだけど」

 

 神崎は腕時計の時間の確認をしていた。そろそろ帰るべきか。

 

「一之瀬、そろそろ戻った方がいい。スポット更新の時間だ」

 

「そっか、そうだね」

 

「オレたちもそろそろ食料を探しに戻るよ。手ぶらだと怒られそうだ」

 

「それじゃあ、お互い怪我には気をつけて頑張ろうね。くれぐれも無茶はしないように!あ、これは比企谷君もだからね!」

 

「俺もかよ……じゃあな綾小路、佐倉さん」

 

「ああ」

 

「はい」

 

 綾小路達と別れ、俺たちもベースキャンプ地へと帰り始める。

 ……これで綾小路もある程度方針は決めただろう。堀北と一緒にいるところをよく見ていたが、多分堀北を隠れ蓑にしている。さっきの会話も、おそらく堀北の指示ではない。

 堀北とは以前話をしたが、クラスのことで精いっぱいといった感じだった。よくてCクラスをみるぐらいだろうか。AやBはまだ見ていなかったはず。Bとは同盟結んでもいるし。

 今回の試験、橋本や神室は葛城派に警戒されている。

 特に橋本。あんなチャラチャラした奴疑われて当然だしな。だが優秀であることには間違いない。能力がどれくらいかは定かではないが、坂柳が側近として置いているだけで、その有能さは窺える。

 ……明日、Aクラスの拠点に行かないとな。

 

 

***

 

 

 無人島サバイバル五日目。

 相変わらず朝早くに目が覚め、隣で眠る彩加……は?

 

「んにゅ……」

 

「ど、どうして一之瀬がここに……」

 

 昨日の夜は確かに彩加だったはず。ま、まさかこれは夢!?

 

「んん……おはよう比企谷君、昨日は凄かったよ」

 

「……は?」

 

 顔を赤くしながら死刑宣告をしてくる一之瀬。

 え、は?何、何したの昨日の俺!?凄かったって……何が!?

 もしや理性が耐えきれずに意識のない状態で一之瀬を……終わった。これで俺は白波にギロチンを落とされて追放されるな。って、死んでないのかよ。ゾンビなの?

 

「まさか、比企谷君に抱き着き癖があるなんて。男の人に抱きしめられたのは初めてだったよ」

 

「……お、おう」

 

 な、なるほど。俺は昨日一之瀬に抱き着いて眠っていたと……ふぅ、良かった。どうやら最悪の事態は免れたようだ。

 ……じゃないな、普通にアウト判定ですね。記憶ないけど。

 なんで分かるかって?……背後から凄まじい視線を感じるからだよ。痛い痛い、振り向きたくない。

 

「それより、なんでお前いんの?俺の天使はどこに行ったの?」

 

「戸塚くん?昨日は違うハンモックで寝るって言ってたよ?でも比企谷君に監視なしはよくないから、私が代わりに来ました!」

 

「つまり……俺が寝た後に彩加と一之瀬が入れ替わったと」

 

「そういうことになるね。いやー、ハンモックでの睡眠も初めてだったけど、抱き着かれるとはね……な、なんか恥ずかしくなってきちゃった……///」

 

 一之瀬が顔を赤くし、背けると同時にいっそう強くなる殺気。俺今日闇討ちされないよね?朝には頭と体がおさらばしてたりしないよね?

 

「そ、そうか……なんか悪い」

 

「い、いや、私だって勝手に入り込んだから……迷惑だったでしょ?」

 

 ここで正直に言うなら抱き着いているときの記憶が欲しいまであるが……絶対、引かれるからな。それに羞恥心で死にそうだしやっぱ駄目だな。ある程度で誤魔化そう。

 

「いや、寝心地は最高だったぞ。気持ちよかった」

 

 快適だったからな。彩加が近くにいるときと同じくらい安眠できたし。

 ……ってこれだと一之瀬と寝れて良かった的なニュアンスになっちまうな。

 

「き、気持ちよかった!?そ、そっか……///」

 

 やっぱミスったか?また顔を赤くして下向いてしまったよこの子。そして更に圧が上がる殺気。

 ……覚悟を決めて動くか。

 

「顔洗ってくるわ」

 

「あーうん、私は後から行くね」

 

 あー……一縷の望みをかけていたんだが、一之瀬はついてこないのか。ま、まあ一緒に寝た異性と顔合わせ続けるのもなんか気まずいしな。一之瀬は耐性もないし。

 ……念のために着替え持っていくか。

 

 危惧していたことそのままに、滝の近くで顔を洗っていると後ろから川に落とされた。

 マジかよ……やるかもとは思ってたけどマジでコイツやりやがったよ。構えててよかった。

 

「……あの、白波さん?殺す気かな?」

 

「……」

 

「いや、あれは俺が何かしたってわけじゃないし……怒られるのは筋違いではないですかね?」

 

「……」

 

「……はい、ごめんなさい」

 

 全身びしょ濡れの状態で女の子に土下座している男がいた。

 俺だった。

 白波の無言の圧に耐えられず、ついに土下座してしまった。土下座の頻度多くない?俺の土下座やっす!

 

「……一之瀬さんを唆したのは誰だと思う?」

 

「柴田だと思います」

 

「……チョットオハナシシテクルネ」

 

 白波はヤンデレみたいな目をして一つのハンモックへと向かっていった。

 ……すまん、柴田。俺の身代わりになってくれ。

 その後、『どこから情報が!?』という声と悲鳴が上がっていたが、お前マジで一枚噛んでたのか……俺の勘も馬鹿にできないな。

 

 

***

 

 

 今日は探索班だ。ペアは彩加。

 当初は白波の予定だったのだが、朝のことをこっそりと神崎に報告したところ、呆れた目を向けられながらも変えてくれた。俺は悪くないんだがな……。

 彩加は俺がこれから何をするかをある程度知っている。全部は知らない。それでもAクラスの拠点へ行くことに問題はない。

 一之瀬達も行ってみたらしいが、どんな感じだったかまでは聞けていない。リーダーとして忙しい二人に聞くより、自分の目で見た方が早い気もするからってのもあるけどな。

 こっち側だろうと思われる道に進んでいくと、開けた道に出た。この島はところどころ開けた場所があるが、多分わざとそう作られている。豪華客船での旋回時にヒントとして見やすくしているのもあると考えている。

 Aクラスの生徒……見張りがいるな。どうやら洞窟に暗幕を張り、外にトイレを置いているらしい。トイレ用のテントを置いているから、外でもいいと判断したか。

 彩加と遠回りに洞窟辺りを歩きつつ、地形を把握したり、少しだけあった果実を収穫したりしていると、見張りが交代した。

 おっ、弥彦君だ。行ってみる価値はあるな。

 

 俺たちは歩いて弥彦に近づいていく。

 最初は近づいてくる他クラスの生徒に警戒をしていた弥彦だが、俺だとわかると警戒を弱めた。

 

「なんだ、比企谷じゃないか。どうしたんだ?」

 

「いや、Aクラスがどう生活してるか気になってな。暗幕を張る……他クラスはAクラスが何を購入したのかが分からない。いい作戦だな」

 

「だろ!葛城さんが提案したんだ。やはりAクラスのリーダーは葛城さん以外にあり得ねえよ!」

 

「それな」

 

「……弥彦、客人を呼んでいいと許可した覚えはないぞ」

 

 弥彦と盛り上がっていたところで、洞窟から葛城が姿を現した。

 

「悪い、俺たちが押しかけたんだ。弥彦に罪はないから許してやってくれ」

 

「そうか。弥彦、誤解して悪かったな。だが比企谷、安易に近づいていいものじゃない。お前たちが井戸と滝、Dクラスが川を抑えているように、Aクラスもこの洞窟を抑えている。その暗黙のルールに踏み込めば……」

 

 葛城が目で促した先には、Aクラスの生徒たちが。

 木の棒で武装し、周囲の警戒を行っていたらしい。

 

「戦争が起こるぞ」

 

 ……俺たちは周囲でうろちょろしていたのにな。どうやら坂柳派もいるみたいである。

 葛城の警告に参ったとばかりに俺は両手を上げる。敵わないと思わせておかないと後々面倒だしな。

 

「悪い、そんなつもりはなかったんだ。彩加、帰ろうぜ。邪魔したな」

 

「待て」

 

 葛城が止めたかと思えば、弥彦が近づいて耳打ちしてくる。

 

「キーカードの件だが、お互いに指名し合うことにしよう。いいか?」

 

「ああ、わかった」

 

 そう返すと弥彦は離れていき、武装集団も周囲の警戒に戻っていく。

 葛城も洞窟内に入っていき、俺たちも本来の目的である食料探索に戻っていく。

 途中、武装集団の一人と出会うも、スルーしようと横を通り過ぎる。

 そのすれ違いざま、

 

「……深夜二時、Bクラスの拠点近くの小屋で待つ」

 

 そんな言葉を聞いて。

 ……橋本か神室か、もしくは鬼頭の可能性もあるが、接触したいのだろう。葛城派を如何に弱らせるか、それが目的なんだからな。

 Aクラスのキャンプ地から離れ、果実を探しながら彩加にあるお願いをする。

 

「彩加、今日の夜なんだが──────」

 

 これで、Cクラスにも逃げられる可能性はないだろう。

 ……あと10ポイント、か。それに葛城……弥彦からも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが……ちょっと残念だ。葛城ならもしかすればと、思ったんだがな……この程度なら坂柳に対する防波堤にすらならないだろう。

 悪いな……葛城、弥彦。

 

 俺は六日目に起こす行動を考えながら、この島の地形を考えながら、彩加と食料採取を続けるのだった。

 




一之瀬のヒロイン力は異常。
自然と筆が進みこうなった。元はこうするつもりなかったのにね……。
八幡が考えていたパターンは5つあるのですが、次の話の最後にでも公開した方がいいですかね?分からなくても問題はないですけど……パターン3以外、そんな描写書いてないしね。

次は章の最終話が早いか、一之瀬の誕生日記念の話が早いか。どっちかになると思われます。

ではまた次の話で~。


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彩加「無茶したら駄目だよ…」 八幡「…悪い」

昨日の一之瀬誕生日記念の話から二話連続投稿となりました。
今回で無人島サバイバル編は終了です。読んでくれた皆さんに感謝を。
案の定長くなりましたが、後悔はしていません。

……俺ガイル3期2話で「ガハマさーん(泣)」となってしまった影響か、ちょっと自己解釈のシーンが多いと思われます。

それでも良い方だけ、どうぞ。


 Aクラスの拠点を離れた俺と彩加は、本来の目的である食料調達に精を出す。

 だが、やはり五日目ともなると、かなり収穫されているのだろう。あまり量が集まらない。

 一度、拠点に戻って魚の方を見てみるか。

 

「彩加、一度帰って他の班の報告を聞こうぜ。闇雲に探しても見つかりそうにない」

 

「それがいいかも。もしかしたら、他の班は多く採れる場所を見つけているかもしれないし」

 

「そうだな」

 

 彩加も同意したところで拠点へと戻る。

 拠点に着くと、何故かDクラスの櫛田とその友達であろう女の子がいた。

 

「あ、おかえり二人とも。早かったね?」

 

「食料が見つからなくてな。他の班がどうなのか知りたくて帰ってきた」

 

「その件なんだけど……Dクラスと物々交換することになったんだ」

 

「俺が提案した貿易の件か。ってことは……」

 

「私達Dクラスは果物は多く採れたんだけど、魚が全然だったの。だけどBクラスは魚がたくさん取れたって聞いたから、交換したいと思ってきました!」

 

 櫛田が営業スマイルをしながら説明してくれた。

 これで裏の顔があるとか女は恐ろしいもんだよな……いえ、特に何も考えてないですよ?だから、みんなに気づかれないように笑って無い目で見つめてくるのはやめようね?

 

「なるほどな。まあ、俺は一之瀬や神崎に従うさ」

 

「私的には受けたいんだけど…神崎くんはどう思う?」

 

「賛成だ。お互いに補えるならそれに越したことはないだろう」

 

「分かった。じゃあ櫛田さん、平田くんに了承の連絡をお願いしていいかな?追いかける形で私たちも魚を運んでいくから……」

 

「うん!ありがとう一之瀬さん!Bクラスの皆さん!」

 

 笑顔でお礼を言う櫛田に、少なくない男子が顔を赤くする。外面だけ見ればただの可愛い女子だしな。

 櫛田たちが出ていったあとで、運び出す班が作られた。

 俺と彩加も探索はやめて運ぶ班に転属させられた。いや、暇だから別にいいんだけどさ……。

 Dクラスの元へ行くと、代わりの果実を持って待機している生徒たちがいた。

 

「Bクラスに運ばせてばかりで申し訳ない。これは僕たちが……」

 

「いいっていいって。俺たちもこれから帰るだけなんだしよ。協力関係にあるんだから、困ったときはお互い様だろ?」

 

「……そうだね、ありがとう柴田君」

 

 ……平田はそう言ってくるが、なんかDクラス雰囲気悪くない?あ、伊吹がこっち見て……目を逸らされた。

 今日も青パンツなんだろうか…って殺気!駄目だな、無人島欲溜まるって……煩悩に満ち溢れているな。早く帰りたい、ここは危険地帯だ。

 ……伊吹はうまくやってくれるだろうか。不安だがこちらから何かをするつもりはない。わざわざここで協力関係を切る必要性はないからな。

 

「じゃあ、お互いあと二日、頑張ろうぜ!」

 

「うん、頑張ろう!」

 

 柴田と平田の挨拶を皮切りに俺たちは拠点へと帰っていくのだった。

 

 

***

 

 

 無人島サバイバル6日目、午前2時。

 雨が降り注いでいる中、俺はキャンプ地近くの小屋を占有し、中で橋本と向かい合っていた。

 

「ようやく話せるな。葛城の監視を掻い潜るのが大変だったんだ、許してくれよ」

 

「いや、俺こそ一之瀬に監視されてる身だし、仕方ねぇよ。どんな試験か断定が出来なかった以上、こうして会えているだけでもマシだろ」

 

「…そうだな」

 

「あまり長い時間話すもんでもないから簡潔に済ませるぞ」

 

「もちろんだ。まずAクラスのリーダーだが……」

 

 しばらく情報交換、また、橋本で答え合わせをすること十分程度。

 雨が少し弱くなったこともあり、密会はお開きとなった。

 

「じゃあ、次は船の上でな」

 

「おう、一緒に風呂でも行こうぜ」

 

「お前マジで俺を……だから俺にそんな気は」

 

「違うっての。お前が変なこと言う所為で俺両刀疑惑までかけられてるんだからな?彩加なら大歓迎だがそれ以外は駄目だ」

 

「まあ、戸塚は可愛いから分からないでもないが、さすがに大歓迎までは……」

 

「いいからもう行け。見張り抜け出してきてるんだろ?」

 

「…だな」

 

 橋本は森へと消えていき、俺もテントの中に戻る。

 さすがに雨の中ハンモックというわけにもいかないが、できる限り節約したかったために小さめのテントを購入したBクラス。男子用として使っているが……皆縮こまって眠ってるからか、寝心地は悪そうだ。

 ブルーシートも購入し、ハンモックでも低めの木の奴らはブルーシートで雨を凌ぎながらそっちで寝ているため、男子全員がいるわけではないのだがそれでも狭い。十分に横に慣れないくらいには狭い。

 俺は彩加のいるところに辿り着き、後ろからこっそりと声をかける。

 

「……話してきた。そっちは?」

 

 すると、彩加も寝返りを打つ形でこちらを向き、目を開ける。

 

「うん、一度外に出ていこうとしてたけど、声をかけたら諦めた様子だったよ」

 

「そうか」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 天使に深夜の時間まで起こさせてしまったのは非常に心苦しいのだが、俺がいない間に金田に動かれても困るため、彩加に監視を頼んでいたのだ。

 だが、これで金田はある程度確証を得たことだろう。

 それに、どうせ寝たふりをしていると思ったから、金田の傍を通るときに少しだけジャージのポケットからキーカードの端が見えるようにして目の前を通った。

 保険は掛けといて損はないしな。

 先程の橋本との情報交換のおかげで、金田がキーカード自体を欲していることが分かったのだが、Bクラスはさすがにガードが堅いだろう。地味に日中でも夜でも俺を金田から守るような配置にしているからな。写真を撮るのすら困難極まっている。

 俺も渡す気はない。それに、渡さなくても葛城は俺を指名するだろう。

 むしろ言葉だけでも報告してくれるだけで、こちらにとっては嬉しいことだ。

 

「ありがとな。彩加は眠ってくれ」

 

「うん、お休み八幡……」

 

 小さなテントとは言えどもコソコソした声なら聞こえない。口を近づける必要性と俺の心拍が尋常じゃないほどに上がっていること以外に何も問題はない。

 ……どうせ今日の夜には布団で寝られるのだ。今日くらい徹夜でいい。今日するべきことの最終確認をしながら、彩加の寝顔を拝みながら暇を潰すかね。

 

 

***

 

 

 橋本正義は一人、Aクラスの拠点である洞窟へと向かっていた。

 先程までBクラスの比企谷八幡と密会をしていた彼だが、八幡と話が進むにつれてテンションはかなり高くなっていた。

 八幡と別れ、雨の中を歩きながら一人呟く。

 

「比企谷は本当に飽きないな。いや、飽きさせてくれない。あれなら、坂柳が執着する理由も分かるな。あれは……()()()()の人間だ」

 

 先程の話し合いを思い出し、つい笑ってしまう。

 葛城がキーカードを持っていたからキーカードを見せたと言った時には、何を考えているのかと耳を疑ったが、Aクラスのリーダーは誰かを聞いて、驚かされたし、それでいて安心もした。

 それに、今回の試験における計画を少しだけ聞いたが、もし比企谷の考えそのままに試験が終われば面白い結果になることは間違いない。

 ある程度の博打要素は含まれていた。だが、ほとんど確実と言っていいほどの仕掛け方に考察、加え、一学期途中からの情報収集が完全に効いている。

 

「比企谷は……あいつ自身は否定するだろうが、確実に化け物の部類に入るだろうな。坂柳や龍園に比べたら劣る……というよりもカードが違う、jobが違うけど。Bクラスはそのうち落ちこぼれていくと踏んでいたが……考え直さないとだな」

 

 それは坂柳のためでも、Aクラスのためでもない。

 全ては自分のため、自分がAクラスで卒業するための布石にすぎない。

 誰が落ちこぼれようと、どのクラスがAだろうと構わない。

 ただ、最後に自身もAクラスに居ることが出来ればそれでいい。

 

「比企谷八幡、か。Bクラスにアイツがいる限り、油断も隙も許されなさそうだ」

 

 既に試験後のことまで考えていることには驚きを通り越して呆れを抱くしかなかった。

 洞察力も、思考力も、推察力も申し分ない。

 個人としてだけを見るならば……比企谷八幡は学年トップクラスの実力者になりうる存在だと、橋本は思い、そのことにテンションを上げているのだった。

 坂柳とも龍園とも違う、一之瀬とも平田とも違う。比企谷に彼らのようなことは求めることは出来ないが、彼らが出来ないようなことを平然と行う。

 

「けどまぁ、ちょっとBクラスの連中に同情するなぁ」

 

 何も知らない彼らがどう思うのか、比企谷はそこまで考えた上で、それでも平然と行動を起こしていた。あれは普通の人間には出来ない。

 少なくとも普通の学校生活を送ってきた人間には到底真似できない。

 それこそが比企谷八幡の強みであると、橋本は分析しつつ、洞窟へと帰っていくのだった。

 

 

***

 

 

 無人島サバイバル六日目。

 なんて言いつつも、徹夜していた俺は他の生徒が寝ている中、一人で外に出る。

 雨は止んでいたものの、いつ降り出してもおかしくなさそうだ。

 ……あとはタイミングだな。

 

「あ!おはよう比企谷君!起きるの早いね~」

 

 声のした方を見れば、違うテントから一之瀬がタオルを持って顔を覗かせていた。

 

「おう、おはようさん。昨夜は雨がうるさかったからな。あんまり寝付けなかったんだよ」

 

「そっか、確かに雨が降るのは計算外だったよね。余計な出費も増えちゃったし」

 

 そんな会話をしながらテントを出て、滝の近くで顔を洗う。

 雨が降ったことにより汚くなっていないかと心配していたのだが、ここの水源は自然豊かすぎるらしく、綺麗な水のままだった。

 隣をちらりと見れば、一之瀬が気持ちよさそうに顔を洗っていた。

 ……リスクは多少あるが、最悪バックれてしまえばこっちのもんだ。それに、バレたからと言って特に何かあるわけじゃないしな。

 

「一之瀬、一つ報告がある」

 

「報告?」

 

「今日の朝、というより深夜なんだが、俺はトイレに行くために起きてな。ついでに雨だし、あの小屋のスポットを占有しようとしたんだ」

 

「もうっ、占有は禁止って言ったでしょ!!」

 

「待て待て、しようとしたのは事実だがしていない。()()()()()()()()()

 

「え?」

 

「Aクラスだと思うが、どこからがスポットの誤使用に当たるか分からないから近づけなかったんだ。なんか生徒いたしよ……びっくりしたわ」

 

「Aクラスが……」

 

 一之瀬が考えを巡らす前にこちらから理由を示す。

 

「これは俺の推測なんだが、昨日の雨って割と酷かっただろ?多分、他のクラスもテントに籠ってたはずだ。つまり、誰にもリーダーがバレない状況が出来ているってことだ」

 

「…確かにそうだね。だけど、葛城くんは慎重派だしよくそんな大胆なことを……」

 

「これも推測に過ぎないから戯言と捨てても構わないんだが、Aクラス内で坂柳派が優勢なのはお前も知ってるだろ?」

 

「うん、有名な話だもんね」

 

「だからこそ、葛城派は今回の試験で多くのポイントを獲得して対抗したいはずだ。多少のリスクも雨という好条件が重なったことでイケると判断したんだろう。実際、俺もトイレに行かなければ気づかなかったしな。これで俺たちが誤使用すれば50ポイントも引かれちまう。ちょっとせこいと思うが、いいやり方だよな」

 

 ……さあ、一之瀬。お前はどちらを選ぶ?

 

「……うん、分かった。報告ありがとう比企谷君。皆にも近づかないように言っておくね」

 

「……おう」

 

 やはり、一之瀬帆波は一之瀬帆波だ。それでいて、()()()()()()()()()()()()()()()

 こちらこそ、ありがとう一之瀬。俺の思った通りの一之瀬でいてくれてありがとな。

 

「あ、皆も起きてきたみたい。朝ごはんの準備しなきゃ」

 

「そうだな」

 

 これでBクラスに関しての問題は最後のリーダー指名のみ。まぁ、完璧というほどでもないが最高の形だ。

 ……金田、そして龍園翔。

 

 

 ──────────上手く踊ってくれよ?

 

 

***

 

 

 今日は釣り班になり、白波と一緒のようだ。

 

「比企谷君釣り上手なんだね。戸塚君から聞いたよ」

 

「そこまで出来るわけじゃない。何?お前も餌付けて欲しいのか?」

 

「で、出来れば……」

 

 まあ釣りをしたことない人間からすれば針への付け方わからなくて、無理すると指に突き刺すからな。実際、俺は小さい頃に人差し指に針を刺して泣き喚いた記憶がある。

 白波の隣に腰かけ、魚がヒットするまでぼんやりと海を眺める。

 雨が降った後は釣れやすいとは言うものの……この無人島内にいる生徒たちは釣りをしているところも多いだろうし、そこまで劇的に変わることはないだろう。

 10匹釣れれば上出来で、20匹釣れればクラスの半分の一回分の食費を賄えるのだ。あと食事は二、三回だし、そのあと豪華客船に戻るのだから、あまり食べなくても何とか持つかもな。

 それでリタイアとかすれば最悪だが、Bクラス内に体調不良者は見受けられていない。隠していたとしても俺が気づかないぐらいならなんとか踏ん張るだろう。

 

「わっ!引いてる引いてる!ひ、比企谷君!」

 

「あーちょっと落ち着け白波。後ろから手伝うけどあとで殺すなよ?」

 

「何もしないから!」

 

「分かった分かった」

 

 白波を後ろから抱きしめる形で釣り竿を引き上げる手伝いをする。気分は子供の手伝いをする父親の気分だ。父親になったことないのに父親の気分とか意味わかんねえな。

 

「よっと」

 

「きゃ!」

 

 少しだけ海水が跳ねたが、運よく二匹同時に釣れていた。どんな奇跡だよ……。

 

「白波、針外せる?」

 

「無理、無理!」

 

「なら俺が外すから、白波は俺の竿を見ていてくれ」

 

「うん」

 

 釣れた魚を針から外し、魚を入れる用の網の中に入れる。

 ……俺の竿って表現、なんかエロいですね……加えて白波の身体、柔らかかったし……あ、駄目だ、最近こんなことばっかり考えてしまうな。なんとかしないとそのうち爆発しそうで怖い。いや、しないだろうけど。

 

「あ、またきた」

 

「今度は一人でいけるか?」

 

「無理だと思う!」

 

「潔いことで。で、今回も後ろから引っ張る補助の形でいいのか?」

 

「お願い!」

 

「了解」

 

 こうして白波が持つ竿には魚がことごとくヒットし、二時間で40匹を超える成果となった。

 ……俺が持っていたらヒットしないって何なの?ついに魚にまで避けられ始めたの?DHA豊富な仲間だと思ってたのに……ドコサヘキサエン酸だけ寄越して爆発してしまえばいいのにな。 

 

 それに……途中で誰かが様子を見てきた気がするが、何だったんだ?

 

 

***

 

 

 朝の比企谷君の報告のおかげで小屋のスポットには近づかないようにすることが出来た。

 もし誤使用と見なされたらマイナス50ポイント、どこからどこまでが使用の範囲に入るのか明確に分からない以上は、近づかないことが正解だろう。これは神崎くんとも話し合って決めたことだ。

 今は比企谷君と千尋ちゃんの様子を見に、柴田くんと一番近い海辺に向かっていた。

 

「なぁ、一之瀬。一つ聞いていいか?」

 

「どうしたの柴田くん?」

 

「お前と比企谷って、付き合ってんのか?」

 

 え……私と比企谷君が、付き合ってる……?

 

「ど、どこからの情報なの!?付き合ってないよ!」

 

「いや、一之瀬ってプライベートだと比企谷と戸塚、白波と過ごしてることが多いけど、比企谷からもらった誕生日プレゼントを幸せそうな顔で撫でたりしてるし、比企谷と話してる時は一段とテンションが高いからな」

 

「そ、そうなの……?」

 

 全く自覚していなかったことを指摘され、改めて考えてみるけど……そこまで違うかな?

 

「付き合ってないならやっぱデマだよな。悪い、不愉快になったんなら謝るから」

 

「いいよ別に。誤解が解けたならそれでいいから」

 

「皆にも誤解だって伝えとく」

 

 み、皆そう思ってたんだ……言動に出ちゃってるのかな……でも私は意識してそんなこと……した覚えがないんだけどなぁ……。

 

「ん!?」

 

 私が自分の世界に籠ろうとしたところで、柴田くんが驚いた声を上げた。

 つられて視線の先を見れば────―

 

 

 

 ────―比企谷君が千尋ちゃんを後ろから抱きしめていた。

 

 

 

「……柴田くん、今行っても邪魔しちゃうから帰ろっか」

 

「お、おう……」

 

 なんだか、足元が覚束ない気がする。

 気のせいだろう、疲れかな?歩きすぎたのかも、普段から運動をしているわけではないし、ちょっと豪華客船で燥いでたからかな?みんなは何をしているんだろう、私が次にすることは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……やめてよ。

 お願いだから。後生だから。今だけでもいいから。今だからこそやめてよ。

 

 

 

 

 

 なんで、どうして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は泣いているんだろう……

 

 

 やめて、いやだ、どうして、やめろ、ふざけないで、こらえてよ、かんけいないでしょ、きにしすぎ、なんで、やめて、きえて、どうして……。

 

 

 認めたくないのに、認めたら駄目なのに。

 さっきも誤解だって言ったのに……。

 

「うおっ、雨降り出した!一之瀬、早めに帰るぞ!」

 

「うん」

 

 雨が降ったら食料を確保できなくなるのに。ポイントを消費してしまうのに。

 

 

 

 ──────―今だけは、降り出してくれた雨に感謝した。

 

 

***

 

 

 雨が降り出したことにより、急いで白波と道具を片付け、魚が大量に入ったバケツを持ってベースキャンプへと戻る。

 雨か……個人的には好都合だが、魚はどうしたものか。テント内で焼いたりできるか?

 

「あ、千尋ちゃんたち帰ってきた!」

 

「八幡!」

 

 キャンプ地に着くと、多くのクラスメイト達がそれぞれ雨への対策に動いていた。俺たちを心配してくれていたのか、小橋と彩加が俺たちを出迎え、荷物を持ってくれる。

 ところで……一之瀬はどこだ?

 

「なぁ、彩加。一之瀬はどこにいる?」

 

「一之瀬さん?確か……あれ?小橋さん、一之瀬さんはどこにいるか分かる?」

 

「多分神崎君と一緒にいるはずだけど……」

 

 俺たちが魚や釣り竿を運びながらそんな話をしていると、神崎が走ってやってきた。

 

「四人は一之瀬を見ていないか?姿が見えなくてな……」

 

「嘘っ……!」

 

 神崎とも一緒にいない。……ということは、途中俺たちを見てきたのは一之瀬か。

 ……仕方ない。

 

「悪い神崎、荷物を頼めるか」

 

「……お前は?」

 

「一之瀬を探してくる」

 

「だ、だったら私も行く!」

 

「いや、複数で行って迷子になったら最悪だろ。一応、俺は居場所の検討はついてる……大丈夫だ白波、すぐに連れて帰ってくるから」

 

「……ほんとに?」

 

「八幡……」

 

「……そうか。なら比企谷、頼んだぞ」

 

「おうよ」

 

 四人と別れ、俺は走り出す。

 居場所の予測は二か所。さすがに小屋のスポットにはいないだろうから、いるとすれば……

 

 

***

 

 

 私、馬鹿だ。

 クラスをまとめ上げる役割を担ってるのに、一応リーダーのような立ち位置にいるのに。

 今、こうして海を見ている。

 

 ……それだけショックだったんだろうなぁ。。。

 

「はぁ……」

 

 こんな自分が嫌になる。

 いつも一緒にいたのに、気づかなかった。気づけなかった。配慮出来てなかった。考え不足だった。

 今になって自覚する。だけど、もう遅いし何も変わらない。

 ましてや、キャンプ地から離れて単独行動。

 

「これじゃあ、比企谷君と変わらないや……」

 

「俺と……なんだって?」

 

 独り言のつもりで呟いた言葉に返答があって、驚きながら振り返る。

 

 そこには────比企谷君がいた。

 

 全身びしょ濡れで、肩を大きく上下させながら息を整えている。邪魔だと感じたのか眼鏡は外していて、その濁ったような深い黒の色が私を覗き込むように見つめていた。

 

「……どうして?」

 

「いや、むしろ俺がどうしてと言いたいんだけど。何?試験をここにきてバックれるの?そんな悪い子に育てたつもりはないよ?」

 

「育てたって……どっちかって言ったら私が比企谷君を育ててたと思うんだけど……」

 

「……返す言葉がないな」

 

「……ふふ」

 

「ははっ……」

 

 自然と、笑ってしまった。

 こんな会話したのも久しぶりだ。と言っても一週間も間はないんだけどね。

 ……自分でも思ってる以上に、比企谷君と関わることが好きなんだろうな。

 

「……さあ、帰るぞ。みんな待ってる」

 

「……ちょっと気分が乗らないから今は無理。点呼までには帰るから安心して」

 

「安心できるかっての。神崎も彩加も、白波だって心配してたぞ?」

 

 どくん。

 彼の口から千尋ちゃんの名前が出ただけで、すごく動揺してしまった。多分、観察眼に優れた彼なら気づいたかもしれない。

 

「皆の気持ちは嬉しいけど……私にも、疲れる時や気分が乗らない時だってあるんだから」

 

「そりゃ、人間である限り誰でもそうだろ」

 

「そういうこと。だから比企谷君はベースキャンプに戻りなよ。そろそろ夕ご飯の時間だよ?」

 

 暗に帰れと告げたつもりだったけど、比企谷君は気にした様子もなく私と三人分くらいの差を開けて座った。

 雨が降り続けているため少しばかり荒れている海を見ながら、独り言のように話し出した。

 

「……疲れたなら休めばいい。気分が乗らないなら神崎に丸投げすればいい。なんでもかんでも背負いこむな」

 

「……皆に迷惑はかけたくないから」

 

「……お前、俺が白波を後ろから抱きしめているところを見たんだろ」

 

「!?」

 

 突然、そのことを言われて驚いたように肩を硬直させてしまった。

 これだとそうだって言ってるようなものだよね……。

 

「……まぁ、何?お前に告白した少女に目の腐った男が抱き着いているのは確かにショッキングなことだったろうけど、あれは釣りの手伝いをしていただけだからな?」

 

「………へ?」

 

「やっぱ誤解してたな……大方俺と白波が付き合ってるとか思って、今までの言動から申し訳なさとかいろいろ考えていたんだろうが、そんな事実はない。付き合ってるわけないだろ」

 

「……でも」

 

「でもじゃねーよ。白波が魚を釣り上げることが出来なかったから手伝ってただけだ。……なんならお前をここで抱きしめようか?」

 

「え?」

 

 抱きしめる?比企谷君が……私を?

 

「あ、やっぱ今のなしで」

 

 驚いて比企谷君を見ると、比企谷君は顔を全力で背けていた。……耳真っ赤だけど。

 前にハンモックで一緒に寝たときに、無意識だろうけど抱きしめてもらったのは……気持ちよかったな。すごく、温かかった。

 ……ここで抱きしめるなら比企谷君は本当に千尋ちゃんと付き合っていないんだろう。もしかしたらただの女の子好きな可能性もあるけど……多分、それはない。

 だってそれだと戸塚くんへの異常な好意の説明がつかないからねー……。

 あ、それなら……

 

「そっか、やっぱり付き合ってるんだね……」

 

「付き合ってねえって。冗談でも白波に言うなよそんなこと……絶対泣くぞ」

 

「なら証拠として私を抱きしめてみてよ?」

 

「なんでそうなるんだよ……」

 

「自分で提案した癖に……やっぱり出来ないんだ?不誠実になっちゃうもんねー」

 

「……あーもう分かったっての!怒んなよ。言ったのはそっちもだからな」

 

 煽っちゃえば、比企谷君は折れて行動しちゃう、してくれる。これまで伊達に一緒にいたわけじゃないからね。

 比企谷君が移動して、私を後ろから抱きしめた。

 ……やっぱり温かい。雨で濡れて身体は冷たいはずなのに、ジャージもびしょ濡れで気持ち悪いはずなのに。

 

 ずっとこうしていたいと思えるくらい、心地よく感じていた。

 

 ……もう認めちゃおう。見て見ぬふりをし続けたところで意味はないだろうから。

 私は──―比企谷君のことが──―

 

「あ、ごめん!」

 

「おい、押すなってうわっ!」

 

 ………なんか聞いたことある声が近くで聞こえた。

 比企谷君を見ると、しまったとばかりに離れていた。

 でも……多分遅かったね?

 

「そ、そんな……比企谷君が、一之瀬さんを抱きしめてるなんて……こうなったら私が比企谷君を殺すか、私も比企谷君と……」ブツブツ…

 

「八幡……僕は気づいていたからね、お幸せに!」

 

「やっぱデマじゃなかったな!」

 

「きゃー!帆波ちゃんの顔真っ赤!!」

 

「……まさかこの二人がとはな」

 

 あ、比企谷君がプルプルしてる。

 

「誤解だからな!!お前ら絶対に許さねえ……全員記憶消してやる……!!」

 

 見たこともないぐらいの怒り具合だ。顔に血管が浮かぶくらい怒ってる。

 覗き見してたなんて気づかなかったよ……あ、今になってどんどん恥ずかしくなってきちゃったにゃ///

 

「ヤバい、あれはガチだ。逃げるぞお前ら!!」

 

「俺はまだ死にたくない!」

 

「八幡、僕は分かってるから……大丈夫だよ!」

 

「誤解だから!頼むからやめてくれ!!」

 

 ……結局、比企谷君が神崎くんと戸塚くんを捕まえて事情を聞いたところ(柴田くんは持ち前の身体能力をフル活用して逃げ切った)、すぐに帰ってくると出ていった比企谷君と私のことが心配になった千尋ちゃんが捜索しようと提案し、柴田くんが『多分あそこだぞ』と連れてきたのがここだったらしい。

 地味に柴田くんが居場所を予測出来ていたことが凄いと思ったけど、隠れて様子を見ようと言い出したのも柴田くんだったみたいで、比企谷君の怒りが全て柴田くんに向かっちゃってた。

 それに逃げ切っても点呼の時には捕まるからか、少ししたら柴田くんは自首してきた。

 

 ……美味しかったな、焼き魚。柴田くん、頑張ったんだね……。

 

 

***

 

 

 色々と予想外のアクシデントもあったものの、午後8時の点呼を終え、最終日前ということもあってかまたしても早めに就寝することになり、男子女子と別れて寝る場所に集まっていた。

 雨が止んでしまったせいで動きにくくなったが、今クラスの話題は男女とも同じだ。

 

「なぁなぁ、比企谷よ?一之瀬のこと抱きしめたってマジ?」

 

「……黙秘権を行使する」

 

「マジなのかよ!」

 

 ちっ、柴田の奴には罰を食らわせ、あの光景を見ていた全員に内緒にするように言っておいたのだが、誰かが口を滑らせたようだ。

 ……柴田か、白波だろうな。

 柴田は普通に言いそうだ。そして言った後で「やべっ」とか焦り出すタイプ。そんな光景が目に浮かんでしまう。

 白波に関しては……もはや呪詛のように呟いていたからな。本人も気づかないうちに出てしまっているから、止められないのだ。一之瀬も頑張って否定しているみたいだが、抱きしめていて付き合ってませんってのもそれはそれで危ない関係に見られそうだな……。

 

 だが、この話題のおかげでクラスメイトの目を金田から外すことが出来た。

 金田にとってはリタイアするために離反するタイミングを計っていただろうからな。都合がよかったことだろう。

 既に姿がない。Bクラスは誰一人気づいていない。

 感謝したくなるぐらい思い通りに動いてくれて助かるよ。

 あとの俺の仕事は………

 未だに付き合ってるだのの話をしているクラスメイト達の目を盗み、こっそりと彩加と会話する。

 

「彩加、手筈通りにな。紙は星之宮先生に預けていく。それを一之瀬と神崎に見せることとリタイアさせないようにすること。……頼むわ」

 

「うん、任せて……でも八幡……」

 

「なんだ?」

 

「…無茶したら駄目だよ」

 

「…悪い」

 

 どうやら彩加には見抜かれていたようだ。

 いやはや、何かと理由をつけようとしていたのにな……看護師志望だったか。聞いたときはナース姿が最高に似合うんだろうとしか思っていなかったが、体調不良を見抜く目も持っていたとは。

 

「…ちゃんとベッドで休むこと!いいね?」

 

「…おう」

 

「帰りは一緒に楽しむんだからね!」

 

「もちろんだ。もう働きたくない……」

 

「でも、やるんでしょ?」

 

「……ああ」

 

 会話を終えたぐらいで本格的に暗くなり、就寝ムードが広がってか女子はテントに入り、男子もハンモックで横になる。

 

 ……さて、最後の仕事と行きますかね。

 

 

***

 

 

 無人島サバイバル七日目。

 最終日ではあるが、ボーナスポイントを獲得するために、そして他クラスの侵攻を防ぐためにスポット占有をしてもらおうと、比企谷君が眠っている場所に向かった。

 でも………そこに比企谷君の姿はなかった。

 

「あ、もしかして顔を洗いに行ってるのかな?」

 

 そう思って滝の方を探してみるけれど、やっぱりいない。

 神崎くんも起きてきて、クラスメイト達も起き出すけれどその中に比企谷君の姿だけがない。

 ん?そういえば……

 

「金田くんはどこに……」

 

「……あれ?ここで寝てたはずなんだけど……」

 

「おはよー、点呼の時間だよ~」

 

 何かがおかしい。何か違和感がある。何かが起きている?

 分からないけど点呼の時間だ。いなかったらマイナス5ポイント、比企谷君帰ってきて!

 

 時間になった。比企谷君は姿を現さない。

 点呼を受けた。比企谷君は呼ばれなかった。

 

「あの、星之宮先生?比企谷君は……」

 

「比企谷君?昨日の夜中に私の寝込みを襲ってきたかと思えば、リタイアしていったよ~」

 

「「「………はああああ!?」」」

 

 クラスの誰も彼もが、大きな声で叫んでしまった。

 リタイアした?どうして?もしかして体調不良……いや、これでマイナス30ポイントだ。最終日近くでのリタイアは痛すぎる。でもどうして?……私には一言も言ってくれなかったんだ。

 ……そして星之宮先生の寝ているところに襲い掛かったんだ?ヘェ…キョウミブカイコトダネ…?

 

「寝込み襲ったって!」「まさかあいつそこまで溜まってたのか!?」「禁断の関係よ!」「あーでも、比企谷の部屋って大体一之瀬か白波がいるから……」「辛かったんだろうな……」「だからってさすがに…」「一之瀬さんを抱きしめるだけに飽き足らず、星之宮先生に襲い掛かるなんて」「ケダモノよ!比企谷君はケダモノだったのよ!!」「「「な、なんだってー!?」」」

 

「あ、えっと、皆!ちょっと聞いてもらっていいかな?」

 

 ……はっ!私は何を……ん?戸塚くんが何か紙を持って前に立っている……?

 

「八幡は、昨日の夜に僕がリタイアさせたんだ」

 

「戸塚が?」

 

「うん。八幡、雨に濡れていたのに着替えてなかったことや、慣れてない環境での生活なのに人一倍行動してたからか……熱を出してたんだ」

 

「熱か……」

 

「八幡は無理しようとしてたんだけど、さすがに見ていられなかったんだ。僕の独断です。ごめんなさい!」

 

 戸塚くんはそう言って頭を下げた。

 熱を出していたんだ……どうして私は気づいてあげられなかったの!!

 昨日、私を探しに来てくれた比企谷君は、全身びしょ濡れだった。抱きしめられた時も温かかった。あれは心が温かく感じていたと思っていたけど……体温自体が高かったんだ!

 

「いや、気にしないでいいよ。戸塚くんがそう思って行動したなら、私たちに文句はないから。クラスメイトが苦しんでいるのを見過ごすわけにはいかないもんね」

 

 悔しい気持ちを抑え込んで、そう声をかける。

 私が認めたというか、許容したことを受けてクラスメイトも次々に戸塚くんに非はないと声をかけていく。

 

「気にすんなって!」「一番近くで見ていた戸塚君がそう言うなら、きつかったんだろうしさ」「比企谷は最初から果実採ってきたり、魚大量にとってきたりしていたからな」「クラスに貢献しようと頑張りすぎてたんだよ」「そうそう!」「戸塚君は間違ってないよ!」

 

「ありがとう!みんな!」

 

 笑顔でお礼を言う戸塚くん。

 皆、戸塚くんがいつも通りに戻ったと思ったのか、それぞれ撤収のための作業を始めた。

 でも……私には分かってしまった。

 

 それが、戸塚くんの()()()()だって。

 

 案の定、皆が動いても戸塚くん、そして星之宮先生は動かなかった。

 多分、私と神崎くんだけに、何かある。

 

「……やっぱり気づいちゃったかな?」

 

「俺は少し違和感を感じただけだが……」

 

「作り笑いをする戸塚くんなんて初めて見たよ」

 

「……一之瀬さんにはバレちゃうよね」

 

「ふふっ、じゃあ私は戻るね」

 

 星之宮先生が自身の拠点に戻っていき、三人が残される。

 そして、戸塚くんが口を開いた。

 その内容は──────―

 

 

***

 

 

『ただいま試験結果の集計をしております。暫くお待ち下さい。既に試験は終了しているため、各自飲み物やお手洗いを希望する場合は休憩所をご利用ください』

 

 8月7日正午。試験は終わりを迎えた。

 生徒たちは各々久々のジュースなどを味わい、サバイバルの振り返りなんかをしている。

 少しして、Aクラス担任の真嶋が全体の前に立ち、拡声器のスイッチを入れた。

 生徒たちは整列しようとするも、真嶋が楽にしていいと告げ、労いの言葉をかける。

 そして、特別試験の結果発表を行おうとして……

 

「おい、勝手に終わらせてんじゃねえよ」

 

 Cクラスの王様、龍園翔が姿を現す。

 

「何!?」「龍園だけ島に残ってやがる!?」「伊吹がいないのに龍園がいる?」「金田君もいないよ!」「一体どういうこと!?」

 

 BとDの生徒たちは動揺するものの、Aクラスは平然としていた。

 Aクラスを率いていた葛城が龍園に近づく。

 

「ご苦労だった、龍園。これでAクラスは500以上のポイントを得る。お前の働きに謝辞を述べておこうか」

 

「なぁに、これから面白いものが見られるぞ?」

 

「……どういう意味だ」

 

 そして明かされる、AクラスとCクラスの契約、Cクラスの策略の全て。

 龍園が語ったことが全て叶っていれば、ほとんどの生徒が豪華客船での最高の時間を過ごしているだけであるというのに、Cクラスが一位の結果になったことだろう。

 ……全てがそのままであれば、だったが。

 

「では改めて、端的にではあるが特別試験の結果を発表したいと思う。なお、試験に関する質問は一切受け付けていない。自分たちで結果を受け止め、分析し次の試験へと活かしてもらいたい」

 

 真嶋の発表に、すべてのクラスの生徒が緊張しながら、飄々としながら、楽しみにしながら、次の言葉を待つ。

 

「最下位は────Cクラス、0ポイント」

 

「……0だと?」

 

 龍園は結果に驚いているというより、理解が出来ていない様子であった。

 

「同じく最下位────Aクラス、0ポイント」

 

「何!?」

 

 葛城も、Aクラスもこのような結果だとは夢にも思わなかったのか、驚きを露わにしている。

 500以上だと信じてやまなかったものが0ポイント。動揺は必然とも言えるだろう。……一部の生徒を除き、ではあるが。

 

「2位────Dクラス、225ポイント」

 

「マジで!?」「やったやった!」

 

 Aクラスに200ポイントもの差をつけ、かつ思ってもみなかったポイントだったからか、理解していないながらも喜び合うDクラスの生徒達。

 そして……

 

「1位は──―Bクラス、()()()()()()()

 

 一瞬、全体が静かになり……燥ぎだすBクラス。

 

「おお!ほとんど配布ポイントまんまじゃん!」「すごいすごい!どうやったの一之瀬さん!」「神崎!何したんだよお前ら!!」「1位だって!」「やったね!」

 

 まさか試験専用のポイントがそのまんまクラスポイントになるなんて、思いもよらなかったであろうBクラスの生徒達。

 当然、リーダーである一之瀬や神崎を囲んでお祭り騒ぎだ。

 そうして、無人島での特別試験は終了した。

 

 ……すべては、ある男の思い通りに動いたというわけだ。

 

 

***

 

 

 目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。

 天井なんて久々に見たな……昨日は暗かったのと身体が重かったことで気にしてる暇もなかったのだ。

 救護室のベッドの一つで目を覚ました俺は、担当の先生に声をかけた後、自分の班の部屋にいってのんびりと過ごす。

 時計を見ればちょうど正午過ぎ。そろそろ皆も帰ってくる頃だろうか。

 

「八幡!」

 

 そんなことを考えていたら、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 そこには彩加、神崎、柴田の同じ部屋の奴らに加え、一之瀬と白波もいた。

 

「おかえり。お疲れだったな」

 

「そんなことより!……体調はもう大丈夫なの?」

 

 彩加が心配するように様子を窺ってくる。

 熱も下がり、キツさも消えた。完全回復とは言わないが、あの無人島で生活をつづけた連中と同程度には回復していることだろう。

 

「悪い、心配かけたな……ベッドで寝てたら治った。一之瀬、神崎、リタイアして悪かったな」

 

 さて、もうひと眠りしようか……

 

「比企谷君?もしかして眠る気なのかな?眠らせるわけないよね?」

 

 横になろうとしたところで背中を無理矢理支えられ、起こされる。

 その人物を見ればいい笑顔だったが……目が全くと言っていいほど笑っていなかった。

 怖い、怖いよ一之瀬さん……。

 

「お前らも無人島での生活から解放されて遊びたいだろ?俺は寝たいんだ。だから、winwinの関係をだな……」

 

「比企谷お前……何をした?二日目にお前に言われて、俺はお前の行動を極力見ないようにしてはいた。だが……特段おかしいことはしていなかったように思える。それでも、ポイントが異常に高かった理由はお前にあるはずだ。今回の試験でのポイントの内訳が俺たちに分からない以上、説明責任があると思うが……」

 

「比企谷お前すげえな!戸塚とイチャイチャして、白波を抱きしめたかと思えば一之瀬まで抱きしめて……それでいて試験で大勝利に貢献だろ?ホントすげえな!」

 

 神崎の言うことはもっともだ。だが柴田……なんでそんなことを言ってしまったんだ。

 

「柴田くん、あとでお説教だからね。千尋ちゃんも戸塚くんもどう?」

 

「賛成だよ一之瀬さん……ふふふふふ……」

 

「柴田君!僕は男の子なの!いい加減に信じてよ!」

 

 憐れ柴田。指摘したことは全く間違っていないし、俺もなんでこうなったのかと思うばかりだが、どうして口に出してしまったんだ……骨は拾ってやるからな。

 ……やっぱ説明しないと自由になれそうにないな。でも話したら話したで監視がもっと厳しくなりそうだ……あー自由になりたいなー、鳥になりたい気分だぜ……。

 

「じゃあ初日から行くぞ。と言うかまず、俺の今回の目標、それから話すべきか」

 

「目標?」

 

「ここにいる全員が把握しているだろうが、俺は坂柳と電話をしていた」

 

「長電話だったもんね」

 

「楽しそうにしてたもんね」

 

「僕たちより坂柳さんの方が優先されてたもんね」

 

「「(……比企谷、お前……)」」

 

 三人が辛辣すぎてつらい。優先せざるを得なかったってのが正しいのにね……神崎と柴田は、どうしてそんなことをしたんだという顔で見てくる。

 ただ、こいつらは会話の内容までは知らないからな。

 

「優先って言うか、坂柳には弱みを握られているからな。電話かかってきたら出ないと何をされることか……で、その電話の内容なんだが、坂柳が二学期から一党体制を築きたいということで、葛城派をやっつけろ的な話だった」

 

「……常軌を逸しているな」

 

「仲が悪いとはいえ、同じクラス同士なのに……」

 

 まあ確かにな。あんなことを考えるのは坂柳とか龍園くらいのものだろう。どちらにしろ、落ちたところで上がる自信しかないからこの時期の失敗など気にも留めていないんだろう。

 Aクラスは今の状態より、坂柳の一党体制の方が強いだろうからな。

 

「最初は断ろうとしたし、やる気もなかった。葛城とは仲良くしていたつもりだし、真面目でいい奴だったからな。人となりを知っていたからこそ、無視してBクラス内で節約生活に努めようと考えてた。……最初はな」

 

「最初ってことは……途中で変わったのか?」

 

「ああ。追加ルールとスポット占有についてのことを知ってから、考えを変えた。AとC、特にCなんかは絶対にリーダーを当てにくると思ったからな」

 

「Cクラス?龍園くんが?……でもどうしてそう思ったの?彼は豪遊をしてポイントを使い切って、多くの生徒をリタイアまでさせていたのに……」

 

「……単純だっての。俺たちBクラスに中間考査前から仲違いするように仕掛け、Dクラスの須藤を嵌めて学校側に訴えるような奴だぞ?試験も何もない時からそんな派手に仕掛けてくる男が、こんな絶好の試験で何もしないわけがない」

 

 ボイスレコーダーによる情報収集の中には、Cクラスの生徒たちの呟きも入っていた。

 内容としては龍園に対する愚痴と、それでも従った方が上のクラスを目指せるといったこと。

 それからも情報を集め続けたところ、龍園がクラスを暴力で支配し、また、支配できるほどの実績を上げていることが分かった。

 Bクラスよりかなり学力で劣るはずのCクラスが、ほとんど点数差なしであることには疑問だったのだが、龍園が何かをしたのであれば納得がいく。過去問でも入手していたんだろうか。

 俺は龍園という男と直接関わったことはほとんどない。確か二回程だ。

 だが、一度会ってみただけで分かった。坂柳とは別ベクトルで危険人物であるということが。

 

「それでも何をしてくるかは分からなかった。だから、何が来ても対応できるように俺自身がリーダーになったんだよ」

 

「……リーダー交代のための布石というわけだな」

 

「交代?比企谷はリーダーじゃないってことか?どうして……」

 

「リーダーは正当な理由なく変更は出来ないが、体調不良によるリタイアでの交代は正当な理由だ。気づく奴は気づくし、保険としてこれ以上のルールはない」

 

「な、なるほどな……」

 

「今回の試験で戦い方を分けるとすれば大きく二種類だ。スポット占有とリーダーを隠し続けながら節約生活をする堅実な方法、もう一つはリーダーを当てる方法」

 

「けど、リーダーを当てるのは難しいよね?」

 

「そうだな。どこのクラスも、リーダーはバレたくない存在だからな。俺もバレないようにしていたつもりだ。だが二日目、状況が変わった」

 

「状況が変わったって?」

 

「彩加と二人で探索中、キーカードを持った葛城に遭遇した」

 

「「えええ!?」」

 

「……ってことは、Aクラスのリーダーは葛城だったのか?」

 

「それは一旦置いておくが、その時に俺は思いついたんだよ。AクラスとCクラスを同時に攻撃できる方法をな」

 

「そ、それって?」

 

「葛城に俺が持っていたキーカードを見せた」

 

「「は?」」

 

 あれはなぁ……いくつかのパターンを考えてたら、その一つと同じような状況が目の前に現れたから……彩加がいたのについついやってしまった。

 結果的に成功したが、ちょっとリスクが高かったかもな。八幡反省中……。

 

「おいおい待て待て!お前自分からキーカードを見せたのか!?」

 

「そ、そんなことをしたら指名されるにきまってるよ!」

 

「落ち着けって。もちろん葛城にも訝しまれた。だが、Aクラスを坂柳の思い通りにさせたくない、葛城に失態を犯してほしくないって説明して、ある条件でお互いに指名し合うことで同意した」

 

「ある条件?」

 

「Aクラスのボーナスポイントが50を超えなかったら指名するって条件だ。リーダーを当てられるとボーナスポイントも取り消されるから、それよりも良い条件にならない場合のみ指名するってことに落ち着いた」

 

「……だが、俺たちはリーダーを当て、Aクラスは外した」

 

「葛城がリーダーではなく、近くにいた弥彦という男がリーダーだということに気づいてな。向こうが騙そうとしてきたんだからこっちが騙しても問題はない」

 

「それで向こうは外したのに俺たちは当てたってことか」

 

「ああ。それと、お前らはすでに龍園が最後まで島に残っていたことで勘づいているだろうが、うちで保護していた金田はスパイだ」

 

「……薄々そう思ってたよ」

 

「俺は最初に連れて来られた時から疑っていたが、リーダーを知ろうともしなければ積極的に手伝ってくれていたからな。スパイではないと考えだして油断していた」

 

「あれも全て龍園の指示だろう。他クラスの生徒とはいえ精力的にクラスに力を貸し、それでいてリーダーを知ろうともしなければ油断するのも仕方がない。龍園はそれを狙っていただろうしな」

 

「そうなると、Dクラスにいた青髪の女の子も……?」

 

「ああ、そうだろうな」

 

 白波の指摘通り、Dクラスにも伊吹が潜入していた。平田がそこまで警戒していなかったのは平田の性格もあるんだろうが、伊吹がリーダー情報を知ろうとしていなかったからだろう。

 堀北は警戒していたようだが確証は持っていないようだった。しかし……結果から見るに、俺と同じようにリーダーを入れ替えたんだろうな。

 Dのリーダーが誰かは知らないけど。協力関係にあるし色々めんどくさそうだったから放置したが……まぁ、点数差あったし悪くはない。

 

「けど、よくCクラスのリーダーが龍園君だって分かったね?」

 

「……ま、俺にもいろいろ伝手があるからな」

 

 龍園が島に残っているだろうとの予測はあったが、もしかすればリーダーを金田か伊吹に変更し、最後まで潜伏させていた可能性も捨てきれなかった……。ま、綾小路の証言と橋本との情報共有で確信したがな。

 

「それで俺たちはAとCのリーダーを当てて、AとCは外したからあんな点数になったのか」

 

「だとすれば疑問が残るな。元々、俺たちが保有していた試験専用ポイントは終了時で160。AとCのリーダーを当てたことで260なら分かるが……比企谷、こっそりと深夜に占有をしに抜け出していたな?」

 

 あ、やべ、バレた……。

 今回の結果になる過程としては……

 

 300(スタート時)ー110(購入物資)ー30(リタイア)+100(リーダー当て)+20(スポット占有)=280cp

 

 ……最後のは少し無茶したからな。危険性もあったが出来る限りバレにくい、他クラスが占有しにこないようなスポットを抑えたつもりだ。

 ……結果論としていい方向に落ち着いたものの、怪しまれてたら結果は変わっていたかもしれない。

 

「た、確かに八幡、ちょいちょい探索中も僕から距離を取ってたね!たまに姿を見失ってたけど……」

 

「私の時も、気づいたらいなかったりしてたけど……背後の茂みから出てきたりしてたね」

 

「……比企谷君?占有禁止だって言ったのに……言ったのに……」

 

 まずい、少しずつ全員が俺の行動に気づき始めてる。それに一之瀬が怖い!に、逃げないと……

 

「なんで占有したの比企谷君!」

 

「い、いやその…勝手にリタイアするつもりだったし、30ポイント失うのもどうかと思ってその補填を……」

 

「そんなことしてたから体調壊すんでしょ!もっと自分の身体を大事にしてよ!」

 

「で、でもそのおかげで「比企谷君が体調壊すくらいならポイントなんていらない!クラスメイト一人だけにそんなことさせてまでAクラスに上がろうなんて思わない!!なんで、なんでそうやって自分の身を犠牲にしてまで行動しちゃうの!!前にやめてって言ったのに……言ったのに……」

 

 一之瀬は俺の両肩を掴み、激しく揺さぶってきたが……次第に声が小さくなっていき、ついには泣き出してしまった。

 ど、どうしようこれ……嫌われるどころか泣かせてしまった。

 この女の子は、俺のために泣いている、泣いてくれている。

 そう考えてしまって、自然と頭を撫でていた。

 一之瀬は嫌がるそぶりも見せず、むしろ胸に抱き着いてきて泣き続けている。

 

……なぁ、これ俺たち邪魔者だよな?

 

二人だけにした方がいいよ

 

ぐぬぬぬぬ……一之瀬さんを泣かすなんて……

 

ここは出ていった方がいいな

 

 一之瀬が泣くほど傷ついてしまった……俺が傷つけてしまったことに心苦しさを感じ、ちょっと助けを求めようと神崎たちの方を向くと……誰もいなかった。

 あれ?二人きりにしたのあいつら?俺に死ねと?

 

「……比企谷君、どうして一人でやったの?私にくらい言ってくれれば……協力できたのに」

 

「……お前や神崎はすでにBクラスのリーダー、中心として他クラスに警戒されている。それに、今回の試験で、俺はBクラスを利用したんだ」

 

「利用……?」

 

 言うつもりはなかった。でも、どうせいつか気づかれる。もしかしたら勘づいたAクラスや龍園にそこを狙われるかもしれない。

 なら、言っておかないと駄目だろう。……覚悟は前からしていた。

 

「……俺の予想通り、Bクラスは全員で協力し合って節約に努めてくれた。リーダーを無理に当てようとせず、堅実に堅実に動いてくれた。スポットを見つけてもむやみに占有しようとせず、リーダーが誰かを悟らせることすらしなかった」

 

「……それが私たちの方針だった」

 

「そうだな。だが、その『()()()』に俺は含まれていないんだよ。節約第一に、いろんな工夫を凝らすことで他クラスはBクラスを『リーダー当ては諦めて節約を第一に行動している』と結論付けてくれた。金田もそう龍園に報告してくれたことだろう」

 

「まさか……」

 

「そう、そのまさかだよ。ものの見事にクラス全体の動きが俺の行動のカモフラージュになったってことだ。予想したとおりに動いてくれたおかげで、最初に考えた通りに動けたし、小屋のスポットの占有だってできた」

 

「……あのAクラスに占有されたっていうの、嘘だったんだ」

 

「ああ。一之瀬には悪いことをしたと思うが、よく言うだろ?敵を騙すにはまず味方からってな」

 

 俺は今、最高に嫌な笑みを浮かべていることだろう。

 一之瀬はクラスのみんなでAクラスに上がりたいと思っている。神崎だってそうだろう。だが、一之瀬の場合はみんなで協力してという注釈が入る。

 今回の試験、他クラスからすれば『見事にクラス全体で他クラスを欺き、裏工作に気づかせなかったBクラス』と思われることだろうが、実際は『クラスごと利用され、ある一人の単独行動により成果を上げたBクラス』である。

 クラスごとを騙しきり、何も気づかせずに事を運んだ。それはただのワンマンプレイ。加え、下手すれば大火傷ではすまなかっただろう。

 

 

 それを、一之瀬帆波は許せるはずがない。

 

 

 怒るだろう、嫌うだろう、でもそれでいい。

 俺は元々、こいつらと同じような立場にいない。ごく普通の一般ボッチだ。

 ボッチはボッチらしく、一人きりでいるのが正しい。

 

 ……それに、これ以上こんな環境に身を置いていたら、俺が俺でなくなってしまいそうで。

 

 ……優しさに、温かさに、溺れてしまいそうで。

 

 だから、ここらでクラスの連中からは距離を置く。置かせると決めたんだ。

 

 しばらく黙り込んで俯いていた一之瀬は、俺に抱き着くのをやめて……

 

「……ごめんね」

 

 そう言って俺の頭を自身の胸元に抱き寄せ、頭を撫で始めた。

 

 ……………は?

 

 

***

 

 

『なるほど……今回の結果でAクラスは1034クラスポイント、Bクラスは940クラスポイントですか。橋本君が色々動いてくれていたとはいえ、比企谷君は想像以上にやってくれたようですね』

 

「はい。比企谷の能力に関しては疑問視していたところもありましたが、今回の結果を受けて確信を得ました。比企谷八幡、あいつがBクラスにいる限りは、Aクラスだろうと油断ならないと」

 

『そうですね……全体的な結果としては私の予想通りですが、比企谷君の策略に関してはさすがとしか言えません。私の勘も当たっていたようで何よりです』

 

「それでも、二学期から一党体制となればAクラスに死角はありません。……葛城がいたので切ります。あとは比企谷本人に聞いてください」

 

『はい、ご苦労様でした』

 

 橋本は坂柳に今回の件の結果と過程を大まかに伝えていた。詳しいことを話そうとしたが、前のフロアで葛城と戸塚を囲んでいるAクラスを見つけたため電話を切り、声をかける。

 

「無様だなぁ、葛城」

 

「橋本!お前のような信用できない奴らがいたせいでっ、葛城さんは大人数で動けなかった!そのせいでっ!」

 

 橋本は坂柳派の幹部であるため、煽るような言葉を浴びせられた葛城派としては文句を言いたくなるのも当然だろう。

 だが、それを葛城が止め、橋本に話し出す。

 

「橋本、龍園と……Bクラスとも通じていたな」

 

「……」

 

「お前がAのリーダー情報を売った……!」

 

「……くくっ、やっぱアイツすげぇな」

 

「何?」

 

 橋本が裏切ったと確信を持っていた葛城は、何がおかしいのか笑いだした橋本を訝しむ。

 橋本はしばらく笑った後……葛城、そして戸塚を見ながら告げる。

 

「葛城、お前はBクラスのリーダーは比企谷だと思っていたんだな」

 

「そうだ。龍園からの情報に確たる証拠はなかったが、俺と弥彦は実際にキーカードを見ていた」

 

「だが外した。……でもな葛城、Bクラスに関してはお前が悪いんだ」

 

「……どういう意味だ」

 

 相変わらず理解していない葛城に、橋本はある一つの事実を突きつける。

 

「もし、お前が比企谷からキーカードを見せられた時、本当のリーダーは戸塚であることを言っていれば……いや、Aクラスの拠点に来た比企谷に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、少なくとも120ポイントは獲得できていたんだぞ?」

 

「ど、どういうことだよっ!?」

 

「比企谷は葛城を尊敬しているんだよ。……これは本当だ。俺は比企谷とは個人的に遊んだりする仲なんだが、真面目でいい奴の名前を聞くと必ず出てくる」

 

「だからなんだっ、比企谷は俺たちに騙し討ちをっ!」

 

「騙し討ち?()()()()()()のはお前らだろ?比企谷はそれに気が付いていながら、それでも葛城にチャンスをやっていたんだ」

 

「……」

 

「試験が終わってしまったから、信じるか信じないかはお前ら次第だが……比企谷は、葛城が互いに指名し合おうなど言わなければ、本気で指名しない気だった。一之瀬や神崎に言うつもりもなかったんだとよ」

 

 リーダーを知りえていながら、それをクラスに伝えない。Aクラスに動揺が走る中、葛城は試験を振りかえっているのか目を瞑っており、戸塚は一瞬硬直したもののすぐに叫び出す。

 

「そっ、そんな証拠はないだろ?!」

 

「ああ、ない。俺は試験終了後に比企谷からちょっと聞いただけだからな。真意までは分からないが……直接言葉を交わした葛城なら、何か引っかかることがあるんじゃないか?」

 

 葛城は思い出していた。正確には、二日目の洞窟スポットでの邂逅と、五日目のベースキャンプ前で会った時。

 一回目の遭遇時は、比企谷からは特に何も感じなかった。坂柳に対する嫌悪感は少しだけ感じたが、それ以外は特に何も感じはしなかった。

 二回目は……

 

「(……弥彦に互いに指名すると告げさせた時、比企谷は確かに俺の顔を見てきた。眼鏡をかけていたが、それでも緩和できないほどの濁り方……あれは、()()の目ではなかったのだろうか)」

 

 比企谷は葛城が指名し合うと言わないことを願っていた。Aクラスに勝つためにはAクラスを攻撃するのが一番だが、比企谷は別にAクラスに対して執着しているわけではない。

 坂柳に電話で脅されていなければ、普通にクラスの一員として集団生活を送っていたはずなのだから。

 もし、葛城が指名し合おうと言わなければ、比企谷はAクラスのリーダー情報をクラスに伝えるつもりはなかった。

 リタイアをすることはCクラスのこともあり確定していたのだから。無理にAクラスが欲を出さなければ、そこまでの被害は出なかったし、Bクラスもあんな断トツの結果にはならなかっただろう。

 

 全ては……坂柳に対抗すべく、気持ちに焦りを出してしまい、つい欲が出てしまった葛城の自爆。

 

 葛城は黙りこくっていたが、まだ話されていないことに話題を変えることで話を終わらせることにした。

 

「……Bクラスのことは置いておくにしても、お前は龍園と通じていた。そのことに変わりはないだろう」

 

「……フッ」

 

 葛城の質問に答えることなく、その場から去る橋本。

 葛城に抗議していたAクラスの生徒たちは、知りもしなかったことや意味の分からない話をしていた二人の間に入っていけなかったが、橋本が離れたことで糾弾を再開したのだった。

 

 

***

 

 

「……ごめん」

 

 ある一室で、伊吹澪は俯きながら謝罪の言葉を漏らした。

 Dクラスに潜入していた彼女は、色々と想定外なことがあったものの目的であったDのリーダー情報を手に入れていた。

 だが、Cクラスは0ポイント。それはつまり、リーダーを当てられなかったということ。

 

「龍園氏、この責任は……」

 

 同じく、Bクラスに潜入していた金田悟も自身の失敗に責任を感じているのか、その表情は暗い。

 長らくの試験で、森に隠れ潜んでいたために出来てしまった汚い髭を山田アルベルトに剃らせていながら目を瞑っていた龍園翔は、アルベルトが髭を剃り終わった後に話し出す。

 

「別にいい……ネタは割れてる」

 

 二人は粛清されても仕方がないと感じていたのか、龍園が気にしていないことを察すると少しだけ安堵した様子だ。

 そんな二人と部屋にいた石崎、アルベルトに対し、龍園は葛城と結んだ契約の書かれた紙を示した。

 

「……毎月何十万ものポイントが、卒業まで流れ込んでくる!?」

 

「龍園氏!これは……」

 

「俺の目的は、最初からその契約自体だった。試験の結果なんざついでだ」

 

「さすがです龍園さん!」

 

「Wow!」

 

 龍園を慕っている石崎やアルベルトは、内容を見て歓喜していた。

 だが、龍園自身は少しだけ納得がいっていないようだ。

 

「だが、俺の行動を邪魔したことに変わりはない。……BクラスにDクラス……」

 

「Bクラスに関しては、やはり一之瀬氏や神崎氏の機転でしょう。まさかこちらのリーダーまで当てるとは思ってもみませんでしたが。Bクラスは徹底して節約をし、協力し合って生活していた様子で特に変わったところは見なかったのですが、裏で色々と動いていたのでしょう。気づけず申し訳ないです龍園氏」

 

「Bに関しては一之瀬と神崎の考え方を改める必要があるだろうな。Dについては、俺も鈴音の名前が入ったキーカードは確認していた。それでもあのポイントを見る限り、リーダーを変更したんだろうな。クク、これは一体誰の仕業だ?」

 

 龍園は楽しみが増えたとばかりに笑う。

 最終目標はAクラスに上がることではあるが、いきなりメインディッシュである坂柳と対決するのは愚策だ。

 ちぐはぐだがそこそこの機転でのらりくらりと策略を躱し続けるDクラスをまずは叩き潰す。徹底的に叩き、再起不能にしてから仲良しこよしのBクラスを喰らう。坂柳はそれからでいい。

 話は終わりだとばかりに龍園は部屋を出ていき、各人もそれぞれ好きに過ごし始める。

 

 ……この時点である男の()()()()()()()()()()()()()()ことには、誰も気づくことはなかったのだ。

 

 

***

 

 

「────というのが今回の試験の全貌だ」

 

「皆、あなたの掌の上で踊っていたというわけね……」

 

 オレは今回の結果に至った経緯を堀北に説明していた。

 Dクラスは225ポイント。他クラスのリーダーを二人的中させ、他クラスにはリーダーを外させた。悪くない結果だと言える。

 

「Bクラスがオレと同じ方法をとったことでダメージを阻止し、大きな成果を上げたことは少しだけ予想外だったけどな」

 

「Bクラス……やはり一之瀬さんと神崎君は侮れない存在ね。同盟を結んでいる間は良いけれど、解除した後に敵になると考えれば大きな障害となりそうだわ」

 

「……ああ」

 

 だがBクラスは280ポイント。試験専用に渡されたポイント分をほとんどクラスポイントに加算させるとは並大抵のことではない。

 前から分かっていたことだが、今回の件で堀北も、一之瀬と神崎が侮れない存在であることが改めて理解できただろう。

 しかし……どこか引っかかりを覚える。

 オレの寮での隣人である比企谷八幡。アイツの行動がBクラスのポイントにつながっているのは考えるまでもなく分かることだ。

 オレ自身は、二日目のキーカードをAクラスの二人に見せていた時に一方的にその現場を見ていたこと、三日目にうちを訪ねてきた時に比企谷と関わったぐらいしか比企谷を見ていない。

 

 何をしたかまでは理解できるが、誰が考えた筋書きなのかが分からない。

 

 AクラスのポイントとBクラスのポイントを見る限り、Aクラス側がリーダーを外し、Bクラスがリーダーを当てたことは明らかだ。おそらくCも当てている。

 それでいてBは当てられていないため、比企谷がリタイアすることによりリーダーを入れ替えたのだろう。

 ……普通に考えれば一之瀬か神崎の立てた作戦だと思われる。無人島生活の状況やこれまでのBクラスの雰囲気を見ていれば、そう考えるのが自然だ。

 

 そう、自然すぎて気づかないが……もし、これが比企谷によって誘導させられたことであったとしたならば……Bクラス自体を囮として、一人だけで裏工作を働き、他クラスを地の底に叩き落し自クラスは完璧な勝利を手にしたことになる……。

 

 ……さすがに考えすぎか。

 

 

***

 

 

「ごめんね、ごめんね比企谷君……」

 

「何を言ってるんだ一之瀬……何をして、るんだよ……」

 

 一之瀬は俺を抱きしめたまま頭を撫でつつ、謝罪の言葉を口にする。

 俺の行動に文句を言い、怒るだろうと判断した上で明かしたBクラスを利用した裏工作。

 けれど、一之瀬帆波は俺を突き放さなかった。むしろ懐に招いたのだ。

 ……理解できなかった。

 

「私が……クラスを引っ張る立場の私が、不甲斐なかったから、比企谷君が動いてBクラスを勝利に導いてくれた。全てを君に押し付けていた」

 

「………違う」

 

 違う、違うんだよ一之瀬。俺は坂柳に対しての弱みから行動したに過ぎない。坂柳派のサポートも受けた上での結果なんだ。

 無断で行い、今回は成功しただけに過ぎないんだよ。

 

 もしかしたらミスをしてクラスに迷惑をかけていたかもしれない。

 最悪の結果になっていたかもしれない。

 クラスの頑張りを無にしてしまったかもしれない。

 俺は、すごいことをしたわけじゃないんだ。

 

 100%クラスのためを思って行動したわけじゃないんだ。

 

 だから、お前が気に病む必要は全くないんだよ。

 

 俺が勝手にやったこと。糾弾されることはあっても、謝られることなんて何もない。

 

 お前は不甲斐なくなんてない、俺ごときに泣きながら謝る必要もない。

 

 だから……やめてくれ。

 

「違わないよ。確かに比企谷君がこんなことをしたのには他の理由もあったかもしれない。全てがクラスのためを思っての行動じゃなかったかもしれない」

 

「そうだ……だからお前は……」

 

 怒る必要がある、嫌う必要がある。

 クラスの輪を乱し、勝手に動くクラスメイト。他クラスと通じるクラスメイト。そんなものが内部にいるなんて最悪な状況だろうが。

 だから……俺を突き放してくれ。

 

「……それでも」

 

 しかし、一之瀬帆波は止まらなかった。

 今回は、俺の思い描いた通りには動いてくれなかった。

 

「それでも、私がもっと上手くやれていれば、比企谷君がここまで無茶をする必要はなかった。Cクラスの策略に気づけていれば、金田くんをもっと警戒していた。他クラスのリーダーを見抜く力があれば、負担は軽減できていた……全て、私の力不足なんだよ。だから、ごめん」

 

「……ふざけてんじゃねぇよ」

 

 心なしか、声に怒気が混じってしまう。

 俺は何に怒っているんだ?

 

「俺は俺のために行動したまでだ。お前らクラスメイトの行動や考え、お人好しである点や協力する仲の良さを利用しただけ。都合のいい囮だったんだ。上手く踊ってくれて助かった。それは他クラスも同じだ……全員、思うままに動いてくれたから利用させてもらったよ。ありがとな」

 

 これは最高の嫌味な筈だ。最低最悪な言い方。

 ……こんな奴に価値なんてないだろ。いくら成果を上げたとしても、言って良いことと悪いことがある。今のは決別するための言葉だった。

 ……だったはずなのに。

 

「……そんなこと言わなくていいんだよ。わざと嫌われるような言葉を使っても無駄だから。私は、比企谷君が優しい人だって分かってる。そう思ってるの。色々理由があったのかもしれない、利用したかもしれない。だとしても……比企谷君を嫌いになんてならないし、怒る気もないから」

 

 一之瀬の態度は変わらない。

 なんでだよ……なんで突き放さない。なんで叱って蚊帳の外に出さない。なんで、なんで、なんでっ。

 どうして、そんな目で俺を見るんだよ。

 

「すべては私の責任。比企谷君に無茶をさせないと全然駄目で、それでいて無茶させていたことにすら気づかなかった。だから、ごめん」

 

 まだ泣きながらも、微笑んだ一之瀬の顔を正面から見て……ようやく気付いた。

 

 俺は突き放さなかった一之瀬に怒ってるんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 一之瀬を泣かせてしまった自分が、酷く腹立たしいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 どうして泣かせてしまったんだ。

 

 どうして謝らせたりなんてさせた。

 

 どうして一之瀬に罪悪感を持たせた。

 

 どうして責任なんて負わせた。

 

 

 それは……俺のやり方を理解したうえで、無力さを痛感したからなのかもしれない。見抜けなかった自分への叱責も混じっているのかもしれない。

 それでも、一之瀬がこうなったのは俺のせいだ。

 

 

 自然と、一之瀬を抱き寄せた。

 

 どうしてこんな可愛い純粋な少女に、俺はあんな暴言を吐いてしまったのか。

 

 つくづく、自分が歪んでいることを感じる。

 

 こんな自分が俺は────嫌いだ。

 

「比企谷君?」

 

「……すまない、一之瀬。全部無断でやったことでお前に罪悪感を抱かせてしまった。泣かせてしまった、謝らせてしまった。全ては俺の行動が原因だ」

 

「ま、待って待って!そんなことは……」

 

「あるんだよ。俺はそう思ったし、実際そうじゃないのか?」

 

「それは、その……」

 

「それでも、今回お前は立派に試験をやり遂げた。もしお前が節約をしなかったり、クラスメイトから慕われていなければもっとポイントは低くなっていただろうし、俺の作戦も失敗していたかもしれない」

 

「で、でも!」

 

「でもじゃない。お前は間違っていないんだ。だからお前が泣く必要はない、謝る必要はない……自分を責めないでくれ」

 

 一之瀬には泣いて欲しくない。俺の行動に気を病んで苦しんで欲しくない。

 

 いつも、笑っていて欲しい。

 

 それは俺のエゴ、願望、一方的な押し付けだろう。

 

 だとしても一之瀬の苦しんでいる姿を、泣く姿を見たくない。

 

 ……そうさせてしまった自分を、本気で殴りたい気分だ。

 

 自然と、抱きしめる力を強くしてしまう。

 

 一之瀬はもう、俺の中で彩加と同じ、下手すればそれ以上の場所にまで入り込んできてる。

 

 ……この感情に名前をつけるとしたら、どんな名前になるんだろうな。

 

「お前には……笑っていてもらいたいんだ」

 

「っ!」

 

「ま、まぁ試験で単独行動に無断行動ばかりした上に、あんな酷いことまで言ってしまった俺に、そんなことを言われても不愉快だろうが……」

 

「不愉快なんかじゃないよ」

 

 一之瀬の抱き返してくる力が一段と強くなった。

 ……なんか冷静になってきたんだが、これ相当恥ずかしいことしてるね?また見られたりとかしてないよね?

 

「比企谷君がどうして嫌われようとしたのか、私には分からない。なんとなく突き放したりして欲しいのは感じたけど、どうしてなのかは分からない」

 

「……」

 

「だけど、少なくとも私は……どんなことがあっても、比企谷君を嫌いにはならないよ」

 

「……そうかい、物好きな奴め。もう勝手にしてくれ」

 

「うん!勝手にするね!私、不思議な存在とか好きだから!」

 

 えぇ……俺って不思議ちゃんって思われてんのかよ。真波くんと同じなの?つーか好きって何?好きとかそんな簡単に使っちゃ駄目だろ。何なの?精神攻撃だったりするの?

 

 ……結局、言葉にしないと伝わらないものもあって、言葉にしたところで伝わないこともある。

 俺は一之瀬はこういう奴だと決めつけ、レッテルを貼り、願望を、期待を、理解を、押し付けていたんだろう。

 ……そういや、リタイアする時に星之宮先生に言われたっけ。

 

 

『君は他人の心理を読み取ることに長けているけれど、感情までは読めていない。だから、計算が狂ったりするんだよ』

 

 

 感情なんて分かんなくて当然だ。他人なんて分かんなくて当然なんだ。

 けれど、俺は心のどこかで一之瀬に求めていたのかもしれないな。

 

 俺を、受け入れてくれるかもしれない、なんて。

 

「……あ、あわわわわわわ///」

 

「ん?どうしたんだ一之瀬?」

 

 少しだけ本物に近づいたかもしれないなと考えていたら、抱きしめたままだった一之瀬が顔を真っ赤にしていき、別の意味で涙目になっている。

 緊張?羞恥心か?いや、でも何故いきなり……

 

お、おい!なんか言い争いしてるかと思えば抱きしめ合ったまま見つめ合ってるぞ!

 

も、もしや……な、なんかこっちが緊張してきたや……///

 

比企谷の考えていることは理解不能だが、一之瀬は抱え込みすぎる癖がある。比企谷に甘えることでガス抜きできるなら、それがいいだろう……幸せにな

 

そ、そんな……もう、あれは付け入る隙がないの……?一之瀬さんが……一之瀬さんがぁ……(泣)

 

 扉がいつの間にか少しだけ開かれており、外から覗き魔達がこちらを見ていた。

 ……今の現状を確認しよう。

 

 俺→一之瀬と抱き合っている。

 

 一之瀬→俺と抱き合って顔を赤くしている。

 

 四人→会話盗み聞き&抱きしめているところを目撃。

 

 ………嘘だと言ってくれよ。

 これはもう、過去最大級ともいえる黒歴史の予感がする。

 とにかく、俺がするべきことは……

 

 一之瀬を抱きしめていた腕を離す。

 少しだけ残念そうにしている一之瀬の頭を撫でる。うん、小町にしているみたいで懐かしさを感じるな。

 撫でつつも、覗いていた四人の方に視線を向ける。

 

「お前ら……覚悟は出来てるんだろうな……」

 

「お、おお落ち着け比企谷。俺たちはお前らが心配でな?な、なあ皆!」

 

「それはそうだけど……覗きを提案したのは柴田君だし……」

 

「意気揚々と覗きながら色々とコメントしていたな」

 

「主犯は柴田君だよ!」

 

「お、おいお前ら?嘘、だよな?なんで俺に押し付けて……」

 

「またか柴田……残念だよ。クラスメイトをここで失うことになるなんて」

 

「は?お、おまっ、何を言って!?」

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

***

 

 

 その後、柴田を捕らえた俺は部屋で正座をさせ、明日一日『俺が主犯です』の看板を首から下げて過ごしてもらうことにした。

 彩加と神崎にも覗きはやめて欲しいと注意し、その上で付き合っていないと改めて告げた。このことには三人とも怪しさを感じていたらしいが、俺がしばらくの間ベッドの上で悶えていたことやお互いに言い合っていた内容がカップルのそれではないことからなんとか信じてもらえた……はずだ。

 白波?一之瀬が必死に弁明してたけどどうなったかは知らない。

 

 ……この学校に来て、俺は少しだけ変わったんだろう。

 多くの生徒と知り合い、友達と言ってくれる奴らまで出来た。同士も出来、俺のことを心配してくれる人まで出来た。

 中学校までは誰一人そんな同級生はいなかったし、小町が一番の理解者だったと断言できる。

 

 正直、Bクラスを気に入っていても、どこか自分には入れないような気がしていた。

 馴染めない、完全に溶け込むことは出来ないって、冷静な自分が客観的にBクラスでの俺を冷めた目で見ていた。

 

 でも、もう少しだけ今の関係を続けていきたいと願わずにはいられない。

 俺が知らない感情を。心理だけではない人間だからこそ持つ感情の存在を。

 知りたい──―そう、強く思うのだ。

 




 一之瀬帆波という少女は、厄介ごとを放っておけない正義感の強さと優しさを持ち合わせているのに加え、自分の責任でこうなってしまったと抱え込むタイプであると私は思います。
 誰よりもクラスのことを考え、自分のことを二の次にするからこその欠点。純粋すぎる点や人を信じすぎてしまうことも欠点になるのかもしれませんが、一番は抱え込むことであると思います。よう実原作9巻、11.5巻を読んでそう思いました。

 比企谷八幡という少年は、過去のトラウマや経験からある程度人間の心理を読み解くことが出来る代わりに、自分に対して無頓着なことや決めつけてしまう、目を逸らせしてしまうところがあると思うのです。俺ガイル原作9巻で静ちゃんに言われたことや彼のモノローグを読む限り、そういう悪癖が高校一年生だと更に顕著なのではないかと。

正反対なのにどこか似ている二人……を書いていたらこのような内容になりました。改めて言おう、後悔はない。なんか戻れないところまで行っちゃってる感じはするけどね。

……次の豪華客船での後半戦ですが、投稿は8月8日になると思われます。八幡誕生日ですしね。
その間は他作品、もしくは番外編を少し更新して場を繋ごうかと思います。大学の試験なども重なり予定通りにはいかないかもしれませんが……大体そんな感じです。

ではまた次の話で。


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夏のバカンス・後半戦
帆波「誕生日おめでとう!」 八幡「…おう」


間に合った!!
完全に書き忘れていました……危ない危ない。マジで危なかった。

八幡、誕生日おめでとう!!


 一之瀬との一件(無人島を合わせると二件)という俺の新たな黒歴史が誕生した後。

 柴田が一之瀬、白波、彩加の三人に囲まれていた。

 どうも一之瀬達は柴田に対してのお説教を忘れていなかったらしい。先程俺が明日の罰ゲームを決めたが、それとこれとは別なんだと。

 俺と神崎は邪魔しちゃいけないとばかりにそそくさと部屋を出た。

 ……部屋を出るときに柴田が縋るような目でこちらを見ていたが、神崎と二人で敬礼してから退室した。……神崎君ノリ良いね?一週間の島で生活したらテンションおかしくなってるよな。

 

 神崎がおかしいというよりも、それが普通なのだろう。無人島での生活で節約を意識をしていたためか、多くの生徒がその反動で豪華客船でのクルージングを行きよりも満喫している感じがするのだ。

 

「さて、部屋には長い間帰れないだろう。比企谷、飯でも食べに行かないか」

 

「いいぞ。俺も戻りたくないし」

 

 一度退室してまた入るような勇気は俺たちにはない。

 柴田、骨は拾ってやるからな……。

 

「ん……」

 

「綾小路か」

 

 神崎と二人でレストランを目指し、客船の通路を歩いていると一人でいる綾小路と遭遇した。

 

「堀北と一緒じゃないのか」

 

「いつも一緒ってわけじゃないからな」

 

「なら綾小路も一緒に飯でも行かないか」

 

「俺も一緒でいいのか?」

 

「誘ってるのはこちらだ」

 

「なら俺もついて行こう」

 

 綾小路が仲間に加わった!

 ……コミュ力低い三人が集まったな。

 俺と綾小路は初対面の時からお互いに分かり合えるほどのボッチ同士。神崎は積極的に前に出るようなタイプではなく、俺と同じで女子が苦手。

 女子が苦手と言っても、慣れてしまえば問題はない。一之瀬とか白波がそのいい例だろう。

 坂柳?櫛田?知らない子ですね……。

 

 目についた店を選び、個室に三人で座る。

 全員が注文を終えた辺りで、綾小路が話を振ってきた。

 

「Bクラスは凄い成果だったな。さすが一之瀬と神崎だ」

 

 Bクラスの獲得ポイントは300、対してDクラスは225。どちらも節約をした上で他クラスのリーダーを当てたからこそのポイントだ。

 ……綾小路には勘づかれてそうだな。

 

「そういうDクラスも高いポイントだっただろう。AとCのリーダーを見抜いていたのか?」

 

「堀北がどうやったのかは知らないが見抜いててな。オレは見当もつかなかった」

 

「さすがは堀北といったところか」

 

「あとはオレをこき使わなければ文句なしなんだけどな」

 

 堀北が見抜いたのか……俺と同じようにベットで寝ていたところを見るに、堀北がDのリーダーだったと思われるが、綾小路に後を託したというところか。

 ……堀北の体調の悪さはたまたまってことか?気を失っていたようにも見えたが……

 

「そういえば神崎、比企谷は集団生活を送れたのか?」

 

「おい、それどういう意味?」

 

「いや、比企谷がクラスメイトと仲良くしているところが想像できなくてな。クラスの輪からこっそりと外れて一人で立ってるイメージなんだが……」

 

「お前の中で俺ってどんな奴なんだよ……大体その通りだから何も言えねぇけど」

 

「比企谷が話す相手と言えば、プールの時にいた面子だけだからな。他のクラスメイト達とはほとんど話しているところを見ないが……」

 

「わざわざ話すこともないからな」

 

「それはそうだろうが……」

 

「綾小路だって同じようなもんだろ?一人で火の番とかやってそうなイメージ」

 

「女子に押し付けられてやってたぞ」

 

 当てちゃったよ。半分くらい冗談のつもりだったんだが。

 それにやった理由が女子による押し付け……可哀想だな。

 でも確かに、Dクラスの女子で普通なのって佐倉さんぐらいしか思い浮かばないんだよな。堀北はキツい性格してるし、櫛田は仮面装着してるし、他の女子は煩いイメージしかない。

 その点、Bクラスの女子は皆真面目だ。一部俺の目を見るたびに悲鳴を上げる奴がいるが、それくらいである。

 ……もうずっと眼鏡つけるべきだろうか。

 

 

***

 

 

 レストランを出たところで解散し、俺は一人で船のデッキに向かう。

 特に何かをするというわけではないのだが、部屋に戻ることだけは避けたかった。

 ……柴田はどうなったんだろ。

 

 船のデッキには生徒が一人もいなかった。

 デッキの先端辺りに立ちながら空を眺める。

 周囲に光がほぼないおかげか、星がキラキラと輝いている。普段は落ち着いて星など見ないからか、かなり綺麗に見えている。

 星を眺める俺。

 そして隣に立っている櫛田。

 

「……あの、いきなり隣に立つのやめてくれませんかね?一瞬とてつもない恐怖に襲われたんですが」

 

「アンタが気づかないのが悪い」

 

 櫛田桔梗(素)が現れた!

 八幡はどうする?

 →攻撃

 →睨みつける

 →逃げる

 

「じゃあ俺はこれで」

 

「待ちなさいよ」

 

 八幡は逃げ出した!

 しかし、服を掴まれて動けない!

 

「……何の用だよ」

 

「アンタが言ったでしょ?ストレス溜まったら俺で発散していいって」

 

「無人島生活そんなに嫌だったのかよ」

 

「違う。堀北がチヤホヤされたことが気に食わないの」

 

 ああコイツ、堀北のこと大嫌いだったっけ。

 今回の特別試験でDクラスが良い成績だったことで、堀北が称えられていることにムカついているのか。

 

「なぁ、一つ聞きたいんだが」

 

「何?」

 

「堀北って無人島生活で何してた?リーダーだったんだろ?」

 

「……リーダーとしてのスポット更新と他クラスへの偵察ぐらいじゃないの。あとCクラスの伊吹さんをスパイだと見抜いて追いかけたことぐらい?そのあと綾小路君だけにリタイアすることを伝えてからリタイアしたと思うけど」

 

「ほーん」

 

「何?」

 

「何もねえよ。ただの興味本位だ」

 

 ……リタイア作戦は綾小路の策か。堀北が体調を崩したと考えても、堀北の性格的に自らリタイアするようには思えない。最後まで何とか乗り切ろうとしそうだ。

 それに、Cクラスを無能と表現していたのに、龍園が島に残ってることを見抜いたってのは些か無理があるだろう。もしかすればBクラスを間接的に攻撃するためだったの嘘だったのかもしれないが……

 

「アンタ堀北に興味あんの?趣味悪っ!」

 

「そういった興味はないっての。それに、堀北には綾小路がいるだろ?」

 

「どうしてか仲良いからねあの二人……意味わかんない」

 

「どっちもただのボッチだと思うんだがな……」

 

「アンタもでしょ?クラスの中にいてもいなくても変わらない奴。綾小路君とかと一緒でさ」

 

 前と同じく辛辣な櫛田。こいつ他人見下しすぎだろ。

 確かに今までの小学校、中学校だとそうだったと思う。もはやいないものと扱われているか、物凄く目立つかの二択でしかなかった。

 もちろん目立つのは悪い意味でだが。

 しかし、しかしだ櫛田。俺がDクラスだったならボッチを貫いていたことだろう。

 AやCクラスなら……うん、嫌な学校生活になっていたことだろう。

 でも……俺はBクラスだったんだ。

 

「そうだぞ、俺はボッチだ……と言いたかったが、残念ながら彩加がいるからな。ボッチじゃないんだよ」

 

「ああ、あの男の娘ね。優しさの塊みたいな」

 

「分かってるじゃないか。彩加は天使だ」

 

「は?キモいんですけど」

 

「ごめんなさい」

 

 つい謝っちゃったよ。そんな露骨に「変態?」みたいな蔑んだ目で見られたら八幡興奮しちゃ……わないけど。

 でも変態と言えば……

 

「お前もキモいと言えばキモいだろ?」

 

「は?」

 

「いや、ほぼ初対面みたいな俺を人気のないところに連れて行ったかと思えば、いきなり胸揉ませてき「死ね!」ぐえっ!……」

 

 よ、容赦ない腹パン……俺はサンドバックじゃないんだけど……

 

「あーすっきりした。もう一回やっていい?」

 

「駄目に決まってんだろ……めっちゃ痛てぇ」

 

「じゃあ次は脛蹴っていい?」

 

「何がじゃあなのか分からねぇ……」

 

 ストレスを受け止めるとは言ったが、暴力していいよって意味じゃなくて愚痴吐き出していいよって意味だったんだけど…。

 俺がその旨を伝えると、それから小一時間ほど櫛田による愚痴(8割堀北について)を聞かされた。

 一方的に聞かされるのもどうだろうと思い、Bクラスの愚痴を言ってみたのだが……

 

「惚気?死ねば?」

 

 そう一言で返し、どっかに行ってしまった。

 

「惚気ってなんだよ……」

 

 俺はただ一之瀬に笑顔で脅迫されたことや、白波に足踏まれまくった話をしただけなんだが……もしかして櫛田にとっての愛情表現がそういう行動なのだろうか。何それ怖い。ドSってレベルじゃないだろ……。

 

 櫛田が去り、また一人になった俺。

 一人静かに星空を眺めながらぼーっとしていると、不意に端末が鳴り出した。

 電話をかけてきた相手を見ると、ロリ悪魔と表示されていた。

 ……あー、試験終わってから報告とかなんもしてなかったなそういえば。

 それに、出なかったら写真バラまきそうだから出るしかないか。

 

「もしもし」

 

『こんばんは比企谷君。お元気ですか?』

 

「眠たいから切っていいか」

 

『お元気なようで何よりです』

 

 おかしいな、眠たいと言ったはずなんだが……。まあ、いつものことか。

 

「電話してきた理由は?」

 

『比企谷君の声が聞きたくなって……』

 

「あ、そういうのいいんで」

 

『つれませんねぇ、もっと面白い反応をしてくれると思ったのですが……』

 

 坂柳がどこかアテが外れたような声音で呟いているが、それは相手がお前だからだ。

 人をいじめたり弄るのが大好きな、女の子の皮を被った化け物に言われたところで、全然心に響かない。

 これが彩加なら……

 

『僕、八幡の声が聞きたくなっちゃって……』

 

 うん、最高だな。やはり彩加は天使。

 そうなってくると一之瀬だったら……

 

『ごめんね、ちょっと比企谷君の声が聞きたくなって……』

 

 ……可愛いな。チャットしてる時に一度あったが、あれは破壊力が凄すぎる。しかも無自覚ときたもんだ。一之瀬はこれからも多くの男子生徒を地獄へと突き落とすのだろう。

 一之瀬さん、恐ろしい子!

 残るは白波か。

 

『比企谷君の声が聞きたくって……』

 

 ……おかしい。坂柳と変わらないセリフだというのに可愛く感じるぞ。

 でもこれはありえないか。白波が好きなのは一之瀬なのだ。俺にこんなことを言ってくることはないだろう。

 

『比企谷君?聞いてますか?』

 

「あ、悪い。ちょっと考え事してた」

 

 完全に電話中だってこと忘れてた。

 

『一週間も無人島で生活すれば疲れも溜まります。報告は明日にしましょうか?』

 

「え?」

 

 嘘……だろ?

 坂柳が、俺を気遣っている、だと……あ、ありえん!

 

「お前こそ大丈夫か?夏バテとかしてないよね?もしかして別人か?」

 

『……なるほど。比企谷君が私のことをどう思っているのかがよく理解できました』

 

「いや、ちょま」

 

『待ちません。人の好意を疑う人だとは思ってましたが、ここまでとは思いませんでした。一之瀬さんに報告しましょうか』

 

「俺が悪かったんで一之瀬にだけは報告するのやめてくださいお願いします」

 

 一之瀬に知られれば色々と面倒になること間違いなしだ。おそらくだが、『また坂柳さんと電話してたんだ!』から始まり、『人の気遣いを受け取れないなんて……人としてどうなのにゃー?』と説教コースになること間違いなしだ。

 ……つーかいつの間に連絡先交換してたんだよ。俺の知らないところで変なチャットグループとか出来てないよね?大丈夫だよね?

 

『一之瀬さんには相変わらず頭が上がらないようですね。比企谷君を躾けるためにも一之瀬さんとは仲良くしていくべきでしょうか』

 

「躾けるとか言うのやめようね?一応俺も人権持ちだからね?」

 

『この学校ではあまり関係ないと思いますが』

 

「……そうだな」

 

 高度育成高等学校の独自ルールはあまりにも社会から逸脱している。ここでは世間一般の高校生徒とは色々なことが違っている。

 実力こそが全て。実力至上主義の学校と言っても過言じゃないだろう。

 その学校では人権なんて……ない奴がいてもおかしくはない。

 ……卒業まで坂柳の奴隷にならないように頑張ろう。頑張る方向性がおかしすぎるだろ。

 

『さて、本題に移りましょう。今回の特別試験はどのような過程を経て結果に繋がったのでしょうか?』

 

「橋本や神室辺りに聞いてんじゃねーの?」

 

『ルールと結果は把握しています。ですが、それより詳しくは知らないので』

 

「駒にもっと働くように言ってくれ。ポイントの内訳くらい割れてるはずだろ」

 

『なら比企谷君にもっと馬車馬の如く働いてもらいましょうか』

 

「やっぱ駒ってのは労わらないと駄目だよな。使い物にならなくなったり離反したら面倒だもんな。橋本も神室も悪くないな」

 

『ふふっ、見事なまでの掌返しですね』

 

 俺はいつの間に坂柳の駒になっていたのだろうか。単に脅されてるだけだと思っていたんだけど……この状況は早く何とかしなければならないな。

 

『ではお願いします。今日のところは報告だけで結構ですので』

 

「へいへい……」

 

 無人島での集団サバイバルという特別試験。

 300という試験専用ポイントを如何に使うかを問われ、リーダーとスポットという使いルールによって難易度が上がり、各クラス毎に特色が出た試験とも言える。

 Aクラスは坂柳が不在。そのため自然とまとめ役は葛城になる。

 クラス内での派閥争いがある中で不利であった葛城は坂柳に対抗するため、龍園と契約。悪魔の契約とも言っていいそれを葛城は有効に活用しようとした。戦略としては間違いではないだろうが、弥彦が足を引っ張ったことや坂柳派を警戒しすぎたこともあってかミスも多かっただろう。

 龍園との契約にAクラスのリーダーを当てないという項目を含めなかったことも痛手の一つだろう。結果的にはB、C、Dのすべてのクラスにリーダーを当てられ、BとDのリーダー当てに失敗したことにより20ポイントとなった。

 

 Bクラスは一之瀬や神崎を中心に節約重視で行動していた。クラスでの統率が取れていたおかげか、然程問題なく試験をこなしていたと言える。

 ところどころリーダーを探るような行動は起こしていたものの、リーダー当ては重視していないためあまり攻撃的ではなかった。金田というスパイも信用しきっていたし、Cクラスから守ろうとしていた。

 結果的にはクラスを利用して俺が裏で色々と細工をし、AとCのリーダーと確定させたうえでリタイア。スポットも占有していたことで専用ポイント丸々残すことに成功した。 

 しかし、それはあくまで結果論に過ぎない。Bクラスが占有をしていることに気づかれていれば結果は変わっていたかもしれないし、博打要素もところどころ存在した。今回は賭けに勝っただけの話である。

 

 Cクラスは開始早々Aクラスと契約を結び、0ポイントによるリーダー当て作戦を決行。豪遊により幹部以外の生徒を苦しい無人島生活を送らせることなく、かつ試験でのポイントも取りに来た狡猾な戦略。

 結果としてはBクラスでは金田が、Dクラスでは伊吹がスパイとして送り込まれていたものの、どちらも失敗。それゆえにAクラスにもダメージが入ることになったが、龍園の本命の狙いはプライベートポイントを確保すること。Aクラスから毎月何十万ものプライベートを卒業まで手に出来るようになったことから、結局のところ龍園としては痛くも痒くもない結果となったはずだ。

 橋本が伝えてくれなきゃ、この情報は手に入らなかったからな。こういう情報が手に入るから、坂柳達と接するのを完全に辞める気になれないんだよな……はぁ。

 

 DクラスはBクラスの下位互換と言わざるを得ない。揉めながらも節約を心掛けていたが、一部の女子生徒による無断でのポイント使用、伊吹による妨害工作、高円寺の早期リタイアによって雰囲気は最悪だったらしい。

 だが、堀北……と裏にいる人物による誘導で結果的に高ポイントを獲得。Bクラスよりも酷い利用のされ方だとは思うが、戦略としては見事の一言に尽きる。

 

 俺の中でのポイントの内訳と過程を坂柳に一通り説明した後、一息つく。

 坂柳はところどころ面白そうに笑ったりしていたが、Dクラスに黒幕がいると話したところで少しばかり声音が変化したように感じた。

 

『Dクラスで堀北さんを裏から操っている人物がいる、ですか……ちなみに比企谷君は誰だと思っていますか?』

 

「綾小路清隆」

 

『……ほう。綾小路君、ですか』

 

 坂柳は隠しているつもりだろうが、声音に変化が生じている。やっぱりなんか関係してるのか……化け物と化け物の繋がりとか嬉しくもないが、興味はある。

 

「……前から思っていたんだが、坂柳は綾小路と知り合いなのか?」

 

『どうしてそう思うのですか』

 

「いや、いつもより少しだけ嬉しそうにお前話すし……もしかして一目惚れとか?」

 

『……写真バラ撒きますよ?』

 

「すいませんでしたちょっと調子に乗りました」

 

『……比企谷君には話してもいいでしょう。話す相手もいなさそうですし』

 

「は、話す相手ぐらいいるわ!」

 

『綾小路君のことは私が一方的に知っているだけです。向こうは私のことを知りはしないでしょう』

 

 俺の叫びは無視されたが、坂柳は一方的だが綾小路を知っているらしい。

 一方的って……

 

「やっぱり一目惚れしてるんじゃないのか?もしくはストーカーとか」

 

『……どうやら死にたいようですね?いいでしょう。私の全ての力を駆使して』

 

「ごめんなさいもう言いません!」

 

 俺のテンションも少しばかりおかしいようである。坂柳にこんなことを言ってしまえば殺されることなんて分かり切っていたというのに……気をつけよう。

 

『この学校でのお楽しみではありますが男女の仲などのことではありません。比企谷君ならお気づきでしょうが、綾小路君は相当な実力者です』

 

「……わかるっての」

 

 綾小路に関しては謎が多い。

 言動がおかしい時もあるが、一番は何の感情も宿していないあの目だ。恐怖すら覚えるあの目は他人を物としか見ていないのだろう。

 ゲームをやっているときは楽しそうにしているんだけどなぁ……中学まではゲームをしたことがなかったと言っていたが、その反動だろうか。

 思い返してみれば色々と怪しい点はある。

 中間テストにおける赤点候補者をどのように救ったのか、須藤の暴力事件時の監視カメラの案は堀北が本当に出したものなのか、今回の特別試験でのリーダー入れ替え作戦は堀北からの案であるのか。

 一つ目は分からないが、二つ目、三つ目に関しては9割方綾小路による誘導や行動によるものだ。

 俺は7月の間、図書館や食事の場で椎名とともに堀北と過ごしていたが、あいつは思っていたよりも純粋だし、考え方が真っすぐだ。頭が良いのは間違いないだろうが、一之瀬と同じく奇策に弱いはず。芯が強いのは良い点だろうが……俺と同じようなことを考えつくほど捻くれてはいないだろう。

 

『当初は彼以外はつまらないと思っていましたが……玩具(オモチャ)も出来ましたし、ユニークな人物が思ったよりもいるので今は退屈しませんがね』

 

「へぇ、お前に目をつけられるなんて可哀想な奴らだな」

 

『ちなみに玩具(オモチャ)とは貴方のことですよ?』

 

「俺は玩具(オモチャ)だったのかよ……」

 

『暇つぶしに貴方ほど適任はいません。話していて飽きませんから』

 

「……そうかよ」

 

『はい』

 

 俺はもう坂柳からは逃れられない運命にあるのかもしれない。

 なんて嫌な運命だよ、それ。

 

 

***

 

 

《比企谷君を祝い隊(52)》

 

『ついに明日だな』

 

『準備を始めたのは今日だけどな(笑)』

 

『八幡、喜んでくれるかなぁ』

 

『大丈夫だよ戸塚君!まず戸塚君がいれば比企谷君は喜んでくれるから!』

 

『そ、そうかな?』

 

『比企谷ってマジで両刀だったのかよ……』

 

『あいつ、犯罪に走ったりしないよな?』

 

『大丈夫なはずだ……多分』

 

『お前ら比企谷の目を信じ……たら駄目だな』

 

『よし、明日は眼鏡を掛けさせる方向で』

 

『わかった』

 

『八幡の目は犯罪者の目じゃないよ!!』

 

『ハチトツ最高!!』

 

『おい待て今の誰だ!?』

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

『皆、比企谷君には気づかれてないね?』

 

『大丈夫だろう。今日比企谷と食事を共にした際に探りを入れてみたが、何も反応がなかったからな』

 

『もしかして、だけどさ』

 

『櫛田さん?』

 

『比企谷君、自分の誕生日を忘れてたりとかしない、よね?』

 

『まさか!』

 

『それはさすがにない、はずだよな?』

 

『……おい、なんか不安になってきたぞ』

 

『そういえば比企谷、中学まではボッチ貫いてたとか言ってたな』

 

『今でもボッチ(笑)って言ってるけどな』

 

『あれはただの捻デレだからね!』

 

『捻デレな』

 

『私の考えた言葉だねー』

 

『捻くれていながらたまにデレる……確かに!』

 

『普通に星之宮先生混ざっててびっくりしたの俺だけ?』

 

『大丈夫だ、俺もだから』

 

『人数的にBクラスだけじゃないからね』

 

『とりあえず!明日は準備ができるまで比企谷君をどこかに押さえつける役割が必要です!』

 

『なら、私がやりましょうか?』

 

『坂柳さんが?』

 

『あいつ他クラスとの関わり多すぎだろ……』

 

『私は学校に残っている身ですし、暇なんですよ』

 

『……他に誰かいない?』

 

『いないっぽいな』

 

『なら坂柳でいいだろ』

 

『じゃあ坂柳さんはお昼まで比企谷君を引き付けてね。また長電話させちゃうけど……今回は仕方ない!』

 

『嫉妬してるの?帆波ちゃん』

 

『マジで?抱き合っていたという噂は事実だったのか……付き合ってるのか?』

 

『してないから!付き合ってもいません!』

 

『これは面白いネタがありました。有効活用させていただきますね』

 

『何する気なのー!?』

 

 

***

 

 

 特別試験を終えた次の日。

 俺は班で一番早く起きたため、顔を洗った後気兼ねなくラジオ体操を行い、朝風呂に向かう。

 その際に眼鏡をかけることを忘れない。

 昨日の夜、何故だか三人に今日は一日中眼鏡をかけるようにと言われたからな。加えて、朝食を誰も一緒に食べてくれないという。

 ……俺はハブられたのだろうか?

 何かを隠している気もするが、既に柴田の首には『俺が主犯です』の看板はつけた。学校側からの干渉も特にはないため豪華客船を満喫することにしよう。

 ……と言っても大体の施設は生徒が多いため行動範囲は限られてくるのだが。

 

 特別試験前に見つけた温泉、高級マッサージスパ、展望台の端、櫛田に連れていかれた最下層、テラスにあるカフェの端っこ、高級料理店(個室制)、班員としての部屋しかないのだ。

 早速服を脱いだ後に頭と体を洗って温泉に浸かる。

 

「……俺はやっぱり変わったんだろうな」

 

 食事を誰かと食べること前提に思っていたことや、行動を一緒にすることを前提にしていたことからも中学までとは環境が一変したことを感じる。

 今ではチャットにおいて柴田からは『ボッチ(笑)』と呼ばれる始末だ。

 ま、人が回りにいたり天使と友達である奴をボッチと呼ぶのはボッチに失礼だとは思う。

 ……それでも。

 

『君はそんなにつまらない子なの?』

 

 今でも、一人になるたびに考えるのだ。

 星之宮先生に言われた言葉を。その意味を。

 

 俺が求めているのは『本物』だ。それだけは間違いないはず。

 だがその形は不確かで、醜いもので、それでも欲しいものとしか分かっていない。

 その候補は、一之瀬や彩加、白波辺りだとは思う。

 寮の部屋にあいつらがいないと違和感を感じるほどに、俺は人に触れすぎた。

 いろいろな出来事を経験した、突き放したことも、抱き寄せたことも、感情的になったことだってある。

 そして、感情を理解していないことを知った。

 

「あー……変なこと考えちまうな」

 

 一人の時間なんていつぶりだろうか。特別試験中は集中していたから考えることはなかったが、こうして一人になると物思いに沈むことが多くなった気がする。

 

「……そろそろ上がるか」

 

 朝食を食べたくなった俺は、温泉から上がり制服に着替える。

 そうして温泉を出て、目をつけていたテラスにあるカフェの端っこに向かい、モーニングセットを注文する。

 やることもないため適当にチャットを読んだり返したりしていたところで、電話がかかってきた。

 ……表示はロリ悪魔とある。昨日の今日でまたあいつかよ、暇なの?

 出なかったら何されるかは明白なので、三コール辺りで通話を開始する。

 

「……もしもし」

 

『おはようございます比企谷君』

 

「おはよう。で、今度は何の用だ?」

 

『暇つぶしに会話をして欲しいと思いまして』

 

「俺は都合のいい玩具かよ……」

 

『はい、そうですよ?』

 

「なんで当たり前のように答えるんだろうね……」

 

『早速ですが面白い話を耳にしました』

 

「面白い話?」

 

『ええ。なんでも比企谷君は両刀であり、戸塚彩加君とハンモックでイチャイチャしたにも関わらず、釣りをしながら白波千尋さんと抱き合ったりと。さらには一之瀬さんとまで抱擁をしていたと』

 

「待て、待ってくれ。どこからの情報だ」

 

『さぁ?私も耳にしただけなので誰かは分かりません』

 

 嘘だろ。内容が無人島でのことだから内通者はBクラスの人間に限られる。

 戸塚と一之瀬に関しては人数がいたと思うが、白波に関しては一之瀬ともう一人ぐらいしか見ていないはずだ。俺と関わり合いのある人物で一番可能性があるのは……柴田だろうな。

 いつの間に情報を流したのか……どうやらこれまでの罰では物足りなかったらしいな。次こそは黒歴史確定レベルのことをさせてやるか……。

 

 

***

 

 

「うおっ!?」

 

「ど、どうしたの柴田くん?」

 

「きゅ、急に寒気がしてな……」

 

 

***

 

 

『それにしても星之宮先生だけに飽き足らず、三人にも手を出すとは……比企谷君がそんな人だとは思ってもみませんでした』

 

「本当か?例の8股だの10股だのの噂で前々から弄ってきてただろうが。誰にも手を出してないからな?恋人だっていねえし……」

 

『分かってますよ。比企谷君にそんな度胸があるわけないじゃないですか』

 

「即答なのが腹立つな……」

 

 結局、朝食を食べながらも坂柳と電話し、朝食後も坂柳と電話し、昼時近くまで続けるという過去最長の長電話をしてしまった。

 これ、一之瀬にバレたら絶対めんどくさいやつだな……。

 

『さて、そろそろ12時ですか……比企谷君、私が今から言う場所に向かってくれませんか?』

 

「なんで?」

 

『少しばかり橋本君や神室さん、鬼頭君も含めて話をしたいのです。私のお友達として交友を深めるチャンスですよ』

 

「お前のお友達ほど恐ろしいものはないだろ……」

 

 どうしてグループを作って会話をしないのか気になったものの、直接の方が話しやすいとも思ったため、坂柳の指示に従って客船内のとある部屋に辿り着いた。

 

『さあ、中に入ってください』

 

「おう」

 

 そうして扉を開けたら――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「誕生日おめでとう!!!」」」

 

 鳴り響くクラッカーの音。

 部屋の中は大きなケーキを囲むように多くの生徒が集まっていた。

 Bクラスの面々に星之宮先生、Aクラスからは葛城と弥彦、橋本に神室に鬼頭、Cクラスからは椎名、Dクラスからは綾小路に堀北、櫛田に佐倉さんと三馬鹿という面子。

 

「……え?」

 

「誕生日おめでとう!」

 

「…おう」

 

 一之瀬が一番に近づいてきて笑顔で言ってくる。

 そこまで経ってからようやく気付いた。

 

「あ、今日って俺の誕生日だったな」

 

 俺の言葉に一瞬、場が静まり返り……

 

「「「本当に忘れてやがった!?」」」

 

「「「あはははははっ!!」」」

 

 大きな声に包まれたのだった。

 

 

***

 

 

 俺のために計画してくれたという誕生会は混沌を極めたと言っていいだろう。

 坂柳と電話した状態だったせいか祝われる側から説教を食らい、一之瀬の行動を見た一部の生徒が冷やかしはじめ、それに一之瀬が反応して……最初から盛り上がりが凄かった。

 俺と特段話したりしないクラスメイトにも直接おめでとうと言われたためかなり面食らったのだが、神崎曰く、無人島での俺の行動は全てBクラスの生徒に共有されているらしい。

 『俺の行動でポイントが300も手に入ったとのことで祝ってくれてるのか』と返したところ、頭を叩かれてしまった。

 ……分かってるっての。

 

 橋本が誘ったらしい葛城とは和解するような形になった。試験についてはクラスのために戦うのだからその結果で人間関係を壊すのはやめようという話をしたのである。

 弥彦には終始睨まれたままだったけどな。

 椎名とは久々に会ったことで会話が弾んだ。そのせいで一之瀬と白波、彩加によるトリプルジト目が発動したものの、つい可愛いと口に出してしまったことでさらに全体が盛り上がってしまった。

 綾小路や佐倉さん、堀北からはいつも通りの調子で祝われた(堀北に関しては微妙である)のだが、櫛田がぶりっ子モードだったせいで笑いそうになってしまった。誰にも聞こえない音量で『あとで覚えてろよ』という不穏なフレーズを耳にしたが、聞かなかったことにしている。

 三馬鹿?櫛田についてきただけらしいから知らない。まだポイントのことを根に持っているらしかった。

 

 最終的には一之瀬グループで過ごしていたのだが、その時柴田が首からかけている看板を見せつけながらおめでとうと言ってきたのが異様に腹立たしかった。『俺が主犯です』なんて書かなきゃよかったぜ。

 一之瀬達からはプレゼントがあるらしいが、さすがに客船には持ち込んでいないらしく帰ってからくれるらしい。

 彩加からのプレゼントに思わず大声を出してしまい、ヒソヒソと指を刺されたのは言うまでもないだろう。慣れてしまった自分が嫌になるぜ……。

 

 昼食時から三時のティータイムまで開かれた誕生会は大盛り上がりで幕を下ろした。

 坂柳による爆弾投下も、一之瀬とともに顔を真っ赤にして反論するのも、星之宮先生とツーショットを撮らされたことでまたしても噂が加速したことも、全てが騒がしい出来事だった。

 

 

 ……でもまぁ、こんな誕生日も悪くないと、心のどこかで思っている俺がいるのであった。

 




急いで書いたせいで内容が薄い+字数が少ないと思われますがご容赦を。
出来る限り現実と時系列を合わせていくつもりですのでこれからは本編の更新も頑張っていきたいと思います。

改めて八幡誕生日おめでとう!!


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八幡「俺なんでこのグループなんです…?」 知恵「うふふ♪」

誕生回も終わったことですし本編に戻ります。
原作四巻の内容をどう変えていくか……出来れば他のクロス作品とは違う結果を生み出したいですね……。

今作では八幡をあのグループにぶち込んでみました。


 特別試験から三日、俺の誕生日会から二日が経過した。

 今日も俺たちは豪華客船でのクルージングを楽しんでいた。

 予定通り、あと数日は船の上にいることが確定しているが、学校側からの干渉は依然なく、当初は警戒していた生徒たちもそれぞれ豪華客船を満喫していた。

 

「八幡!さっきのマッサージ凄い気持ちよかったね!」

 

「お、おう。身体が生まれ変わったような気がするな」

 

「うんうん!」

 

 俺は彩加と二人で客船内の施設を楽しんでいた。

 ちなみに一之瀬と白波は女子会グループの方でまとまっており、神崎と柴田はクラスの男子とともにプールに入ったりしている。

 柴田には昨日、星之宮先生に抱き着くという罰ゲームを実行し、案の定周囲の好奇の目に晒された挙句、星之宮先生から『ごめんね~、今男の子はいいかなぁって』とあたかも振られたかのような言葉を告げられるという誰も経験したくないであろう出来事を味合わせてやった。

 もちろん、星之宮先生には何も言っていない。あの人対応力というか弄り方が分かりすぎてるんだよな……。

 そのせいで柴田は燃え尽きたジョーのごとく真っ白になっているので、神崎をはじめとした男子たちに励まされているというわけである。

 

「次は映画でも見る?」

 

「いいぞ。彩加が見たい映画で」

 

「ほんと!なら……」

 

 そういうわけで、俺は天使とデート中というわけだ。

 なんだよ、最高かよこの学校。夏休みに豪華客船にタダで乗れる上に、天使と戯れられるとか素晴らしいな。

 映画を見るためにシアターへと続く列に並んでいると、ふと視線を感じた。

 その視線を辿れば、満面の笑みを浮かべた櫛田が手を振っていた。

 ……いや、あれは完全に裏で『何アイツ気持ち悪い笑み浮かべてんの?死ねば?』とか考えてそうだ。そうに違いない。櫛田の当たりが強いのはいつものことですね分かります。

 

「八幡!ホラーでもいいかな?」

 

「彩加はホラー系が好きなのか?」

 

「うんっ、大好き!」

 

 こうして彩加の意外な一面も発見しつつ、大満足の一日を過ごしていた。

 

 

***

 

 

 夕方を過ぎ、彩加と夕食を食べていた時のこと。

 突然、俺と彩加の携帯端末から音が鳴り始めた。

 キーンと言う高い音。それは学校からの指示であったり、行事の変更などがあった際に送られてくるメールの受信音だった。マナーモードにしていたが、音が強制的に出ることからも重要性の高さがうかがえる。

 

「学校からだよね。なんだろう?」

 

「まさか新たな試験、とかな……」

 

 そうではないことを祈りつつも、メールを確認しようとしたところで船内アナウンスが入った。

 

『生徒の皆さんにご連絡いたします。先ほど全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認し、その指示に従ってください。また、メールが届いていない場合は、お手数ですがお近くの教員まで申し出てください。非常に重要な内容となっておりますので、確認漏れがないようにお願いいたします。繰り返します――――』

 

 ……確定だろう。十中八九何かしらの特別試験だ。

 坂柳とも電話であと一つ何かあるよなー、とは話していたからそこまで驚きはないが、せっかくの彩加とのデート中とは……タイミング悪すぎだろ。

 メールには、次のことが書かれていた。

 

『間もなく特別試験を開始いたします。各自指定された部屋に、指定された時間に集合して下さい。10分以上遅刻した者にはペナルティを科す場合があります。本日20時40分までに、2階205号室に集合して下さい。所要時間は20分ほどですので、お手洗いなどを済ませた上、携帯をマナーモードか電源をオフにしてお越し下さい』

 

「特別試験二つ目か……」

 

「八幡、八幡のはどんな内容のメールだった?僕はこんな感じだったんだけど……」

 

 彩加がメール画面を見せてくるので目を通すと、内容としてはほぼ同じだったが、集合時間が19時20分であることと部屋の場所が違っていた。

 

「彩加の方が時間的に早いのか……彩加、もしよければ何が起きたかの報告を頼んでいいか」

 

「いいけど……どうして?」

 

「もし部屋で行われることが違ったらそれが関係しているかもしれない。前回の無人島の時もそうだったが、気づきというのが大事になってきてると俺は考えてる。だから、彩加の時の内容も知りたいんだよ」

 

「……八幡、また一人で何かする気?」

 

 彩加が悲しげな表情で目を合わせてくる。

 先日に無人島での特別試験で彩加に協力してもらった俺だが、起こす行動すべてを話したわけではないし、橋本と通じたことだって黙ったままだ。

 だがまぁ、今回は別だ。

 

「何もしない……ってわけじゃないが、少なくとも一之瀬や神崎たちと協力するつもりだ」

 

「八幡っ!」

 

 パァァ!と表情を一変させキラキラとした目を向けてくる彩加。

 やめて、八幡本気で浄化されそうだからやめて!

 

「それに、俺が試験を頑張る理由がないからな。前回は坂柳の脅しが……」

 

「もうっ、試験には積極的に取り組まなきゃだめだよ!」

 

「お、おう、そうだよな、彩加の言う通りだよな!」

 

 そういえばこのバカンス中にAクラス抜かせとか言ってたが……聞かなかった振りをしておこう。うん。

 

 

***

 

 

 彩加が時間となり指定された部屋へと向かったため、俺は自分たちの班の部屋に戻る。

 中に入ると、神崎と柴田に加えて、一之瀬がいた。

 

「あ、比企谷君。さっきのメールの指定時間何時だった?」

 

「20時40分だったな」

 

「俺と同じなのか」

 

「え、マジで?」

 

 神崎がそう言いながら携帯端末を見せてくるのでメールを見ると、確かに20時40分に俺と同じ205号室に集合しろと書いてある。

 

「私は18時に集合って書いてあったからもう行ってきたよ。その内容も踏まえて神崎くんと情報を整理していたところなんだ」

 

「俺は20時だった。そういや、戸塚はどうしたんだ?」

 

「今部屋に向かってるんだよ。確か19時20分って指定されてたからな」

 

 どうやら今回の特別試験、クラス内でもバラバラで行われるらしい。もし全員が同じことに取り組むのならば、無人島の時のようにデッキに集合させるだろう。

 

「私は既に特別試験の説明をされたんだけど、これがまた厄介なルールでね。聞いてくれるかな」

 

 既に説明を受けたという一之瀬が特別試験の概要を教えてくれた。

 今回の特別試験は干支に準えた12のグループにクラス混合で別けられているらしい。各クラスから数名ずつが集まってグループとなっており、おそらくバラバラに決められているとのこと。

 問われる力は『シンキング』。一之瀬が言うには、クラスの輪を超えて頭を働かせ、如何に一番の結果に導くのかが特別試験に課せられているのはないかとのこと。

 詳しいルールなども聞かされた後、彩加が帰ってきて一之瀬と同じようなことを言われたと報告してくれた。

 

「やはり全員同じ説明か……」

 

「一先ずクラスの皆には、『優待者』になった場合相談してきたら対応するようには声掛けしておくかな」

 

「下手にクラス全体でこう動けってのは難しいだろうしな。それにしても体を使った後に頭を使えとか、この学校スパルタすぎるだろ……」

 

 俺の言葉に、室内にいた全員が頷くのであった。

 

 

***

 

 

「そろそろ行くか」

 

「ああ、早めに行っておいた方がいいだろう」

 

「そっか、じゃあ二人ともまた後でね」

 

「俺と戸塚だけになるな。……なぁ、戸塚温泉でも行かないか?」

 

「あ、いいね!」

 

 一之瀬がクラスの女子と話し合うと言って部屋を出ていって少しした頃。

 俺と神崎が指定の部屋に行くように言われている時間が迫ってきたため、二人で部屋を出る。

 ……扉を閉める際、柴田が何やら羨ましすぎることを言っていた気がする。顔を赤くしていたため確信犯だ。

 説明が終わってから、クラスのグループチャットに星之宮先生に抱き着いている写真とごめんなさいと頭を下げられている写真を貼ってやるとしよう。

 

「一之瀬が言うには他クラスと同じ班になるというが、俺たちと同じ班は誰になるだろうな」

 

「出来れば大人しい奴がいいだろ。知らない奴と会話するとか地獄以外の何物でもない」

 

「……俺も大概だが、比企谷は俺より人付き合いが苦手だからな」

 

「今じゃお前たちと一緒にいること多いから忘れられているかもしれないが、俺は元々ボッチで陰側の人間なんでね」

 

「どちらにしろBクラスにいる以上、一之瀬に引っ張られ続けることになるだろうけどな」

 

「……だろうな」

 

 ホント俺ってボッチだったはずなんだけどなぁ……今となっては誰かが近くにいることが当たり前のように感じる。

 俺に友達がいて話す相手がこんなにもいるなんて小町が知ったなら……疑われること間違いなしだな。別人とか言われそうである。

 神崎と会話しつつ2階に着くと、そこには生徒が多く存在していた。

 ……つーかあれ、葛城に堀北、綾小路までいるな。まさか全員同じグループか?

 

「もしこれから先いつかは分からないが……DクラスからCクラスに上がってくるようであれば、Aクラスは容赦なく君を叩くだろう」

 

「随分勝手なもの言いね。Aにしてみれば大したことでもないでしょう?それよりもかなり迫ってきたBクラスのことを警戒した方がいいんじゃないかしら?」

 

「確かにな。だが警戒する対象になることは間違いない。優劣が一度ついてしまった位置関係からの逆転は容易ではない。クラスが入れ替わるほどの事態になれば、警戒せざるを得ない。それはどのクラスにも言えることだ」

 

 葛城と堀北が言い合っているようだが、葛城の言い方は脅しのようにも聞こえてくる。まるで葛城に同調するように、その取り巻きと思われる生徒が威圧的に堀北を睨んでいる。

 女子に向けていいような目ではなかったが、相手はあの絶対零度の視線を持ち、綾小路に何度も土下座をさせたという堀北である。全然気圧されている様子ではなかった。

 

「他クラスの意向まで、勝手に決めつけるのは感心しないな」

 

 隣にいたはずの神崎が気づけば二人に歩み寄っていた。

 近くで傍観していたある女子生徒なんかは怯えていた顔が一気に輝かんとばかりにパッと華やいでいる。分かりやすいけど理解は出来るぞ。神崎の奴は普通にイケメンだからな。

 

「無理して葛城に話を合わせる必要はないぞ。状況が状況だ」

 

 神崎は特段堀北と仲がいいわけではないはずだが、自然な形で紳士的な振る舞いを見せていた。やっべ、神崎さんマジイケメンじゃないですかやだー。

 

「心配無用よ。Dクラスが下に見られていた、その話を払拭できるのなら歓迎するわ」

 

 しかしさすが堀北。並みの女子なら神崎にメロメロになっていそうな場面でもいつも通りの態度である。

 そのまま三人で話し始めるのを横目で見つつ、俺は少し離れたところにいる綾小路の元へと向かう。

 綾小路もこちらに気づいたのか、近づいてきた。

 

「比企谷もこの時間に呼ばれているのか?」

 

「ってことはお前もか?」

 

「いや、オレは18時だった。ここにいるのは堀北の付き添いだな」

 

 綾小路は一之瀬と同じ時間か……そしてここにいる葛城や堀北、神崎が同じ時間と。

 ……あれ?なんかおかしくない?

 

「クク、随分と雑魚が群れているじゃねえか。俺も見学させてくれよ」

 

「……龍園か」

 

 背後から聞きたくなかった声が聞こえたため諦めて振り返ると、そこにはニヤニヤしながら三人の方を見るCクラスの王様、龍園翔の姿があった。

 綾小路の後ろからは平田と櫛田が来ているようだし……このグループ絶対おかしいだろ……。

 

「おまえもこの時間に召集されたのか?それともただ歩いていただけか?」

 

「残念なことに、お前らと同じ時間のようだな」

 

 龍園は後ろに三人の生徒を引き連れていた。

 部下であろう生徒たちの顔は怯えていて、本当に王様と部下の関係なのだと改めて感じさせられる。

 

「これから見世物でもしてくれるのか?美女と野獣と王子と……目の腐ったカエルってタイトルはどうだ?」

 

 俺の方を向きながらニヤニヤとそう言ってくる龍園。

 ……ねぇ、俺をそこに入れる必要あったかな?絶対なかったよね?神崎まででよかったじゃん!

 龍園が俺を見ながらそんなことを言ってしまったからか、近くにいた生徒全員が俺を見つめるハメに。

 

「俺関係なかったよね?やめてくれない?俺は目立つことが嫌いなんだからそういうのやめて欲しいんだけど……」

 

「くはっ、そんなこと言っていいのか?」

 

「……ど、どういう意味だよ?」

 

「このグループにお前もいるってのは意外だったが……そのおかげで坂柳の行動が理解できた。随分と好かれているようじゃねえか、女王様によ。なんでも何時間も電話を続けるほどの仲だとか聞いたが……」

 

「好かれてねえよ。むしろ玩具としか思われてないまである」

 

 なんで龍園がそのこと知ってんだよ……って、龍園のせいで周りの見る目が変わってきてるじゃねえか。葛城も訝し気な目を向けてきてるし、堀北も鋭い目をしてきてるし……!?

 

「ヒッ!?」

 

「ど、どうしたんだ比企谷?突然怯えたような声を出して」

 

「悪い神崎、俺は先に部屋に向かうことにする!」

 

「そ、そうか」

 

 突如として感じた殺気と、その殺気を出していた対象者を遠くに見つけてしまった俺は綾小路を無視し、神崎に一言言ってから205号室に走って向かった。

 ……どこから聞いていたのだろうか。満面な笑みを浮かべていた一之瀬が俺を見て手を振っていたが、あれは完全に怒っているだろう。

 長電話してたことがまた知られてしまった……俺、殺されたりしない、よね?

 

 

***

 

 

「全員揃ったか。では特別試験の説明を行う」

 

 部屋に入るとDクラス担任の茶柱先生が一人で座っており、その向かう側に用意されていた席に俺と神崎、そしてクラスメイトの安藤さんが座ったところで説明が始まった。

 

「今回の特別試験では、1年全員を干支になぞらえた12のグループに分け、そのグループ内での試験を行う。試験の目的はシンキング能力を問うものとなっている」

 

 一之瀬や彩加の情報通り、特別試験はグループ別で、目的はシンキング能力……つまり考える力を問うものであるらしい。

 

「社会人に求められる基礎力は大きく分けて3つの種類がある。アクション、シンキング、チームワーク。それらが備わった者が初めて優秀な大人になる資格を得る。先の無人島の試験は、チームワークに比重が置かれた試験内容だった。しかし、今回はシンキング。考え抜く力が必須な試験になる。考え抜く力とはすなわち、現状を分析し、課題を明らかにする力。問題の解決に向けたプロセスを明らかにし、準備する力。創像力を働かせ、新しい価値を生み出す力。そういったものが必要となってくる」

 

 丁寧な説明がされていく。今のところ分かることは3つの種類の基礎力をこの学校が特別試験などを通して鍛えるように仕向けてくるといったことぐらいか。

 神崎もいるし、安藤さんも成績はトップクラスだったはず。俺一人が理解できてなくても二人から後で詳しく聞けばいいしな。

 ……今回だってアレは起動させているし、聞き逃しても問題はない。

 

「そこで今回の試験では12のグループに分け、試験を行うとなったわけだ。ここまでで何か質問はあるか?」

 

「……俺は特にありません。二人はどうだ?」

 

 真ん中に座る神崎がそう言い、俺と安藤さんを見てくる。

 

「何もない」

 

「私もないよ」

 

「では説明を続けるぞ。まず前提としてだが、ここにいる3人は同じグループとなる。そして今この時間、別の部屋でも同じように『君たちとグループになる』メンバーに対して同時に説明が行われている」

 

 つまり、先程あのフロアにいた面々……葛城に龍園、堀北に櫛田に平田も同じグループであると。

 ……やっぱこれ偶然とはいいがたい面子だな。俺がいて一之瀬がいないことだけが違和感を感じるものだが、神崎といい、安藤さんといい、クラスでもトップクラスの生徒が集められているのは事実だろう。

 

「先生、一つ質問してもよろしいでしょうか」

 

「なんだ、神崎」

 

「どうしてクラス別でそれぞれ説明がなされているのですか。同じグループとなるならば、まとめて説明してもいいような気がするのですが……」

 

 確かに神崎の言う通りだ。態々クラス別に、しかも担任じゃない先生が説明を行っている理由が分からない。

 特別試験になりかしら関係していると考えるのが一番思われることだが、確証はない。

 

「お前たちがいきなり他クラスの生徒と同じ場所に集められては混乱するだろうという学校側の配慮だ。一つのグループは各クラスから3~5人ほど集められて作られている。事前に説明をしていた方がいいという判断でこのような形をとっているというわけだ」

 

「……なるほど、ありがとうございました」

 

「説明を続けるぞ。君たちが配属されたグループは『辰』。ここにそのメンバーのリストがある。これは退室時に返却させるから必要性を感じるのならこの場で覚えておくように」

 

 そう言って茶柱先生が差し出したのはハガキサイズの紙だった。神崎を中心に俺と安藤さんが横からのぞき込めば、どうやら辰グループのメンバー表であるらしい。

 ……やっぱこれおかしいだろ。

 

Aクラス・葛城康平 西川亮子 的場信二 矢野小春

Bクラス・安藤紗代 神崎隆二 比企谷八幡

Cクラス・小田拓海 鈴木英俊 園田正志 龍園翔

Dクラス・櫛田桔梗 平田洋介 堀北鈴音

 

 絶対ではないだろうが、各クラスのリーダーたちが集まっている。ここに一之瀬がいないことが不思議でしかない。

 Dクラスなどこれまでのクラスの動きからすれば、本当に中心人物たちが集められているし……。

 

「Aクラス葛城康平、西川亮子、的場信二、矢野小春……Bクラス安藤紗代、神崎隆二、比企谷八幡……」

 

 俺はそこに書かれている人物の名前を声に出して読み上げる。

 茶柱先生はそれを咎めるようなことはしてこない。恐らく俺が暗記しようとしていると思っているはずだ。

 ……記録するためとは思わないよな。

 俺が全員の名前を読み終わったところで神崎が紙を茶柱先生に返した。

 

「今回の試験では、大前提としてAクラスからDクラスまでの関係性を一度無視しろ。そうすることが試験をクリアするための近道であると言っておく」

 

「近道、ですか」

 

「ああそうだ。今から君たちはBクラスとしてではなく、辰グループとして行動をすることになる。そして、試験の合否結果はグループ毎に設定されている」

 

 茶柱先生は一息置いた後、話を続けた。

 

「試験の各グループにおける結果は4通りしか存在しない。例外は存在せず必ず4つのどれかの結果になるように作られている。分かりやすく理解してもらうために結果を記したプリントも用意している。ただし、このプリントに関しても、持ち出しや撮影などは禁止だ。この場でしっかりと確認しておくように」

 

 3人分用意されていた紙は、端の方がくしゃくしゃになっていた。

 俺たちの前に呼ばれた生徒達にも同じ紙を見せていたということだろう。全員、説明は同じだということか。

 書かれてある基本ルールは以下の通りだ。

 

『夏季グループ別特別試験説明』

 本試験では各グループに割り当てられた『優待者』を基点とした課題となる。定められた方法で学校に解答することで、4つの結果のうち1つを必ず得ることになる。

 

・試験開始当日午前8時に一斉メールを送る。『優待者』に選ばれた者には同時にその事実を伝える。

・試験の日程は明日から4日後の午後9時まで(1日の完全自由日を挟む)。

・1日に2度、グループだけで所定の時間と部屋に集まり1時間の話し合いを行うこと。

・話し合いの内容はグループの自主性に全てを委ねるものとする。

・試験の解答は試験終了後、午後9時30分~午後10時までの間のみ優待者が誰であったかの答えを受け付ける。なお、解答は1人1回までとする。

・解答は自分の携帯電話を使って所定のアドレスに送信することでのみ受け付ける

・『優待者』にはメールにて答えを送る権利がない。

・自身が配属された干支グループ以外への解答は全て無効とする。

・試験結果の詳細は最終日の午後11時に全生徒にメールにて伝える。

 

 これが基本ルールで、目立つように書かれてあった。更に細かく、ルールの説明や注意事項などについても記載されている。無人島の試験よりも定められている項目や細かな注意書きが多い。

 そして、その4つの定められた結果も書かれてある。

 

・結果1:グループ内で優待者及び優待者の所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合、グループ全員にプライベートポイントを支給する。(優待者の所属するクラスメイトもそれぞれ同様のポイントを得る)

・結果2:優待者及び所属するクラスメイトを除く全員の答えで、一人でも未解答や不正解があった場合、優待者には50万プライベートをポイントを支給する。

 

 一癖も二癖もあるような試験だとつくづく思わされる。優待者とやらはまだ分からないが、優待者の存在がこの試験に挑むうえで重要であることは間違いないだろう。

 

「この試験で重要なのは1つだ。既に理解しているかもしれないが、『優待者』の存在が重要となっている。グループには必ず優待者が存在するようになっている。そしてその優待者の名前が試験の答えだ。そうだな、例えばだが……比企谷、君が優待者だと仮定しよう。そうすると辰グループの答えは『比企谷』となる。あとはその答えをグループの全員と共有し、試験最終日の午後9時で試験が終わった後、午後9時30分から午後10時にグループ全員が『比企谷』と記載して学校にメールを送ればいい。それでグループの合格、結果1が確定となり全員が報酬である50万のプライベートポイントを受け取ることになる。優待者は結果1に導いたとして倍の100万を得られるような仕組みだ」

 

 これまでの試験では考えられなかったほどの凄まじい報酬だ。100万なんて、今のうちのクラスで言うのなら約11、12か月分のプライベートポイントと同じ額だ。

 もし100万手に入ったら……マッカン買い放題じゃねーか。ラーメンだって食べに行けるし、ゲームだって買える。うわ、超欲しいんですけど。

 

「そして結果2、これは優待者が試験終了時までの他の生徒に正体を悟られなかった場合、もしくは嘘の優待者へと誘導した場合に起こりうることだ。文面に書かれている通り、優待者だけにポイントが与えられる。その額は50万だ」

 

 ……これだけ聞くと特別試験とは思えないな。ただの学校からのサービス試験としか考えられん。優待者じゃない場合は優待者を探る必要性があるが、もし自分が優待者だとすれば隠しとおすだけで50万。グループで共有すれば100万だ。

 明らかに優待者が有利すぎる。

 

「先生、他の二つはなんでしょうか?この二つを見る限りではおおよそ試験として成り立っていないようにも思えるのですが」

 

 神崎が俺の考えを代弁してくれるがごとく、茶柱先生に質問する。

 

「この二つだけを見ればそうだろうな。だが、まずこの二つの結果を理解してもらわなければ話が進められんのでな」

 

「二人は大丈夫か?」

 

「うん、理解できてるよ」

 

「俺も大丈夫だ」

 

「先生、続きをお願いします」

 

「ああ分かった。残りの結果については裏に書かれている。が、まだめくらないように」

 

 フェイントやめてくれないかな……俺もう半分くらいめくってたところなんだけど。

 俺たちの手が紙から離れたところで茶柱先生が話を続ける。

 

「グループの中には1人だけ優待者が存在すると説明したが、いち早く優待者を暴き出すことで第3、第4の結果が新たに現れる」

 

 ……さて、ここからが本題っぽいな。一之瀬達からの情報と同じならば……

 茶柱先生がめくっていいと言ったことで俺たちは同時に紙をめくった。

 そこに書かれていたのは残りの結果2つだった。

 

 

 以下の2つの結果に関してのみ、試験中24時間いつでも解答を受け付けるものとする。また、試験終了後30分間も同じく解答を受け付けるが、どちらの時間帯でも間違えばペナルティが発生する。

 

・結果3:優待者以外の者が、試験終了を待たずに答えを学校に告げ正解していた場合。答えた生徒の所属クラスはクラスポイントを50得ると同時に、正解者にプライベートポイントを50万ポイント支給する。また優待者が見抜かれたクラスは逆にマイナス50クラスポイントのペナルティを受ける。及びこの時点でグループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが正解した場合、答えを無効とし試験は続行となる。

・結果4:優待者以外の者が、試験終了を待たずに答えを学校に告げ不正解だった場合。答えを間違えた生徒が所属するクラスはクラスポイントを50ポイント失うペナルティを受け、優待者はプライベートポイントを50万ポイント得ると同時に優待者の所属クラスはクラスポイントを50ポイント得る。答えを間違えた時点でグループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが不正解した場合、答えを無効とし受け付けない。

 

 

 これで試験の全貌が明らかになったな。

 一之瀬の考えも踏まえると相当厄介な試験と言えそうである。『裏切り者』の存在でグループは如何様にも変わってしまうだろうし、何よりも他クラスと同じグループを組んでそれぞれ探り合いを狙っているのが嫌なポイントだろう。

 加えて一之瀬が今回の試験で俺を監視すると言った理由も理解できた。これは、クラスメイトが独断を犯すと最悪の結果を生みかけない。

 Bクラスならば一之瀬や神崎がいることもあってか誰も勝手な真似はしなさそうだが……既に無人島試験で前科持ちである俺だけは別なんだろう。

 

「今回学校側は匿名性についても考慮している。試験終了時には各グループの結果とクラス単位でのポイント増減のみ発表することになっている。優待者や解答した者の名前は出さないというわけだ。また、望めばポイントを振り込んだ仮IDを一時的に発行することや分割して受け取ることも可能だ。本人さえ黙っていれば試験後に発覚する恐れはない。もちろん隠す必要がなければ堂々とポイントを受け取ってもらって構わないがな」

 

 いじめには厳しいこの学校だからこその配慮だろう。まぁ、龍園辺りはむしろ見せびらかすように受け取りそうなものだけど。

 それにしても疑問点がいくつかある。試験への取り組みもそうだが、このグループのメンバーは異常だろう。

 

「先生、一つ質問してもいいですか?」

 

「比企谷か……言っておくが中間考査でチエから点数を買ったように、試験に関しての答えをプライベートポイントで買う、などといったことは出来ないからな」

 

「情報共有されてんのかよ……そうじゃないんですが」

 

「ならなんだ?答えられることなら答えてやるぞ?」

 

 この人絶対星之宮先生から俺のことを変な風に聞かされてんだろ。確かに考えはしたが、それでは試験が破綻してしまうだろうし……シンキングどころの話じゃなくなるからな。

 

「このグループ分けは学校側が適当に選んだものなんですか。明らかにこの辰グループにクラスのリーダー格が集まりすぎている。俺がここにいて一之瀬がいないってのも意味わからないんですけど……」

 

「……言えることはこのグループだけこのような生徒が集められている、ということだけだな」

 

「そうっすか、ありがとうございます」

 

 やっぱり辰グループは特別なんだろうな。Dクラスなんてフルメンバーみたいなものだし、葛城に龍園に神崎ときている。話し合いがうまくいく光景が浮かばないし、絶対にぶつかる気がする。

 一之瀬がいないことだけがやはり意味が分からないが、綾小路や高円寺といったスペックお化けたちがいないところを見るにこれまでの総合評価で選ばれたようなものか。

 一応、俺も無人島試験では活躍したし?まぁBクラスの代表的な生徒に成り上がったのも理解できなくはない……調子乗りましたごめんなさい。

 

「他に質問はないか?ならこれで試験についての説明は概ね終了となる。禁止事項などは細かく書かれているから、しっかりと目を通しておくように」

 

 禁止事項には、例えば他人の携帯を盗んだり、脅すなどの脅迫行為で優待者に関する情報を確認することや、勝手に他人の携帯を使って答えをメールするなどの行為は『退学』という最大の処罰が待っている。無人島の試験よりも恐ろしいな……。

 加えて怪しい行為が発覚したならば、徹底した調査が行われると明言されている。これならば誰だってルール違反をしたりしないだろう。もちろんと言うべきか、脅されたと嘘をついたケースも同様に退学の可能性が明示されている。

 これだと裏でデータを監視されていると見た方が良さそうだ。

 他にも最終試験終了時は直ちに解散し、一定時間他クラスの生徒同士での話し合いを禁止していることも書かれていた。これも破ったら退学と重たい処罰である。

 

「君たちには明日から、午後1時、午後8時に指示された部屋に向かってもらうことになる。当日は部屋の前にそれぞれのグループ名が書かれたプレートがかけられている。初顔合わせの際には室内で必ず自己紹介を行うように。また、室内に入ってから試験時間内の退室は基本的に認められていないため、トイレ等は済ませていくように。万が一我慢できなかったり体調不良の場合にはすぐに担任に連絡し申し出るようにしろ」

 

「1時間が経過すれば退室しろということでしょうか」

 

「1時間が経過したのなら、部屋に残って話を続けるのも退室するのも自由だ」

 

「なるほど、理解しました」

 

「君たちは理解が早くて助かる。それからもう一つ。グループ内の優待者は学校側が公平性を期し、厳正に調整している。優待者に選ばれた、もしくは選ばれなかったに拘らず変更の要望などは一切受け付けない。また、学校から送られてくるメールのコピー、削除、転送、改変などの行為は一切禁止とする。この点をしっかりと認識しておくように」

 

 禁止事項にも含まれてたな。学校から送られてきたメールに細工をして虚偽に使用するなってことなんだろう。それはそのメールが真実証明に100%なるということでもある。

 

「話は以上だ。これで解散となる」

 

「すみません、この紙の内容を覚えたいので退室するのは少し後でも大丈夫ですか?」

 

「……そうだな、このあとにはグループがくることはないが……他のグループは説明が終わり次第退室となっている。5分だけ時間を許そう」

 

「ありがとうございます」

 

 これだけは一之瀬との話し合いで決まっていたことだ。人の記憶だけではどうしても欠陥部分が出てきてしまうため、録音しておかなければならない。

 幸いにもボイスレコーダーなどを使ってはならないとは言われていないし禁止事項にも接触していない。出来る限りの情報は持ち帰るべきだろう。

 茶柱先生には暗記するために俺だけが覚えようと声を出していると思わせるために、神崎と安藤さんは先に部屋を出ていった。神崎のナイスアシストだな。

 茶柱先生と二人になった後、俺が紙を返却したところで話しかけられた。

 

「それにしてもまさかお前が辰とはな。余程チエはお前を気に入っているのだろう。無人島での特別試験の300ポイント……裏で手を回したのはお前だったか」

 

「……やっぱ先生方で情報の共有などもやってたりするんですね」

 

「いや?さっきのは私個人の見解だったが……やはりお前が一枚噛んでいたか」

 

 ……嵌められたなこれ。ちょっと時間くれたりとか優しかったから油断していたが、この学校ではそれが命取りになりかねない。豪華客船での最高のサービスや彩加との楽しい時間のせいで少しばかり気が緩んでいたのだろうか。

 そう考えれば先生に嵌められたのは良いことかもしれないな。綾小路が言うには茶柱先生はクラスに意地悪するようだし、このことを伝えることも多分ないだろう。

 茶柱先生に一言挨拶した後廊下に出ると、神崎が待ってくれていた。

 

「悪い、遅くなった」

 

「別に構わない。それより一之瀬から俺たちの部屋に集合とのメールが来ていたが……お前また何かしたのか?」

 

 ……死んだかな。

 

 

***

 

 

「さぁて比企谷君?説明してくれるよね?」

 

 俺は班の部屋で正座をしていた。

 そして目の前には一之瀬の姿がある。

 先程特別試験の説明を受けた後、俺と神崎は班の部屋に帰還したのだが、部屋には既に一之瀬が腕組状態で待機していた。

 もちろん脱兎のごとく逃げ出そうとしたが、一之瀬が手を回していたのか柴田に簡単に確保されて正座するように命令されたのだ。

 携帯も奪われたことで通話履歴を見られ、俺の誕生会の次の日に数時間坂柳と通話していたことがバレてしまったのだ。

 ……一之瀬って結構ヤンデレ気質だったりするのだろうか。いや、デレたりはしてないんだけど、こう……束縛系のイメージが更に強くなってしまった。

 

「え、っとですね、ちょっと誕生会のお礼を言っただけで……」

 

「ふーん?お礼を二時間も言い続けてたの?すごいね?」

 

 棘が凄い棘が凄い。半目になって睨んできてるからか『どうしてそんな嘘つくのかな?』と言わんばかりの圧力を感じる。

 

「あー、いや、ちょっと脅されてることに関してな……どうにか脅すのをやめてくれないかと交渉してたんだよ」

 

「まだ脅されてるんだ?その内容が私には分からないんだけど?」

 

「そ、それはちょっと人には言えないと言いますか、これ以上見られたくないと言いますか……」

 

「……」

 

 ジト目で俺を見つめてくる一之瀬。

 目を逸らす俺。

 視線を無理矢理合わせてきてジト目を強くする一之瀬。

 顔ごと背ける俺。

 

あれ、痴話げんかにしか見えねえんだけど

 

……そうだな、とりあえず今日のところは特別試験についての話し合いは不可能だろう

 

一之瀬さんは心配なんだよ!八幡が坂柳さんばっかりと電話するから、嫉妬してるんじゃないかな?

 

白波が知ったら比企谷の奴刺されそうだな

 

呼んだ?

 

「うおっ!び、びっくりした……突然背後に立つのやめてくれ白波

 

ごめんね。あ、そういえば柴田くん、このクラスのグループに貼られてる写真って本当なの?

 

「写真?……こ、これは!?」

 

 部屋の端の方に集まっている彩加たちの方も何やら話しているが、柴田が驚いた表情してるからクラスグループに貼り付けてやった写真のことだろう。

 はっ、俺の天使と温泉に一緒に入るからこんな目に合うんだぞっ、今度は俺と一緒に行こうな彩加っ。

 

「比企谷君?話聞いてるのかな?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「クラスメイトが他クラスのリーダーと親密な関係にあることは見逃せないんだからね?……あれ、比企谷君の携帯メール来てる」

 

 何故か勝手に携帯を操作している一之瀬。

 ……あの、それ俺の携帯ですよね?メール勝手に見ちゃうのかよ……。

 

「星之宮先生から呼び出しみたいだね。展望台にくるようにって書いてあるよ」

 

「じゃあ行ってくるわ!!」

 

「あ、ちょっと!」

 

 普段なら絶対に乗り気にならないメールだが、今回ばかりは助かった。

 俺は一之瀬から携帯をぶんどり、扉の前にいた三人と白波をかわして部屋を出る。

 後ろからは「待てー!」など聞こえてきていたが、俺はそれを無視して展望台に向かうのであった。

 

 

***

 

 

「あ、来たね比企谷君」

 

「なんか用ですか」

 

 展望台に着くと、既に星之宮先生はいた。

 星之宮先生以外に人影は見られないから、二人だけで話したいことだったりするのだろうか。

 

「ほらほら見て~?綺麗な星空が広がってるよ」

 

「……そうですね」

 

 星之宮先生は夜空を見上げながらニコニコしている。

 隣に来るようにジェスチャーされたため少し離れた横側に向かったのだが、すぐさま距離を詰めてきた。

 逃げ出そうとしても腕を掴まれたため動くことが出来ない。

 ……べ、別にむにゅむにゅとした感触を味わいたいだなんて思ってないんだからね!

 

「お、俺を呼び出した理由って何ですか?」

 

「ん~、なんだと思う?」

 

 星之宮先生が俺の目を覗き込むように下から上目遣いをしてくる。

 あざとい、そして可愛いと思ってしまった俺自身を殴りたい気持ちに駆られるものの、質問されているし先に答えることにする。

 

「……特別試験でのグループ分けで俺が辰グループに配属されたこと、ですかね?」

 

「大正解~さっすがー!」

 

「俺なんでこのグループなんです…?」

 

「うふふ♪」

 

 ずっと疑問に思っていたことを口にすると、星之宮先生は笑いながら人差し指を口の前に立てた。

 

「このことは他の皆には内緒にしてね?一応先生として言っていいか微妙なとこだからバレたら面倒でねー」

 

「いいっすよ、別に言う相手もいませんし」

 

「今はいるでしょ~このこのっ!」

 

「ちょ、ツンツンやめてっ」

 

 この人何気に頬っぺたツンツン気に入っているよな……かなりの頻度で受けてるし。

 

「戸塚君や柴田君、神崎君とは友達関係にあるし、一之瀬さんとは恋人関係にあるでしょ?」

 

「いや、一之瀬とは別にそんなことないですよ。それに冗談でもそんなこと言わないでください。一之瀬が可哀そうなんで」

 

 前者に関しては否定する意味がもうないから否定する気はないが、後者はデマ情報だ。何よりそんな関係になれる人が俺にいるとは思えないし、一之瀬だって嫌だろう。

 すると星之宮先生は、笑みを消して話しかけてきた。

 

「比企谷君のそういうところ、私は嫌いだよ。分かってるのに理解しているのに見てみない振りするところ。お茶を濁して逃げるところなんて大っ嫌い」

 

「……別に先生に嫌われても構わないですけど」

 

 分かっている。俺くらいの敏感さになれば嫌でも理解してる。

 それでも、その言葉を口にすること、声に出すことはしたくない。

 ……それは一時の感情に流されてるだけだろうから。

 

「そっかそっか、比企谷君はまだまだ変わらないねー。ま、今はその話は置いといて……辰グループの話をするね」

 

「うっす」

 

「辰グループには年々、各クラスの実力者を集めるようにしているの。だから、本当ならBクラスは君と神崎君、そして一之瀬さんを送り出すのが正しいんだろうけどねー」

 

「……綾小路、ですか」

 

「うん、そうそう。一之瀬さんに見極めてもらいたくて」

 

 やっぱりこの人は敵に回したくないタイプの人間だ。

 ルールで縛っても知らない顔して平然と無視する人なんて嫌なもの以外に何もない。他の先生たちも苦労してるんだろうなぁ……。

 

「それに一之瀬さんって兎っぽくない?ぴょんぴょんって感じで」

 

「何言ってるんですか、アイツは兎より豹とかの方が似合ってますよ。兎なら彩加です。彩加以外にありえません」

 

「戸塚君?」

 

「ええ、彩加は言うまでもなく天使ですし、兎好きらしいので」

 

「あー、なんか分かるかも」

 

 その後はすっかりと怖い雰囲気は鳴りを潜め、俺と星之宮先生は雑談に興じるのであった。

 

 

***

 

 

 星之宮先生に解放された後、俺は一人廊下を歩きながら特別試験のことを考えていた。

 部屋に帰れば一之瀬の餌食になりかねないためフロア間の出入りが禁止される時間まで遠回りをするつもりである。暇な時間になるため試験について考えを巡らしているのだ。

 ……恐らく、何かしら必勝法が存在する。他クラスと協力するのが一番であることに違いはないが、ルール上裏切りをしやすいようにしていることから優待者を公開するといったことは自滅以外の何物でもない。

 優待者は学校側が調整していると言っていた。多分だが優待者の法則が存在するはずだ。

 

「なんとかこの試験でAクラスを追い抜かないとな……」

 

 俺がこの試験に積極的に臨もうとしているには訳がある。

 一之瀬に追及された坂柳との二時間の会話。内容として誕生日のお礼といつもの弄られや雑談、そして――――脅しを行わないようにするといったもの。

 

『なあ坂柳、一つお願いなんだが』

 

『なんでしょう?』

 

『もし豪華客船での試験が行われ、その結果としてBクラスがAクラスを抜いた場合、俺を星之宮先生とのことで脅すことを完全にやめてもらいたい』

 

『……なるほど』

 

『お前としてもつまらなくないか?そりゃ弄ったりするのは楽しいのかもしれないが、一応、試験でいい結果を出すことが出来る人間と戦えなくなるってのはお前にとってもいいことではないだろう?』

 

『私に比企谷君が挑んでくる、と』

 

『そうだな、もし脅すことをしないというのなら、俺はお前に挑むことにする。Bクラスの一員としてな』

 

『……そうですね、比企谷君ならそこまで退屈しなさそうですし……いいでしょう』

 

『言質とったからな』

 

『もちろん前提として、Aクラスを抜いたら、の話ですけどね?』

 

『分かってるよ』

 

 ……この試験でAクラスを抜き、坂柳から解放されるのだ。

 改めて特別試験にしっかりと挑もうと気合いを入れ、俺はまだまだ遠回りをするのであった。

 




恐らく禁止事項にボイスレコーダーなどによる盗聴は含まれるかと思いますが、今作品では抜け穴的な要素として扱います。ご都合主義です。
改めて4巻読み直すと試験の難しさを感じます。作者はまず気づきません。

夏休みが続く間にどうにか4.5巻までは投稿したいとは思っております。
……出来なかったらごめんね?


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翔「で、本命は?」 八幡「いないっての」

大変遅くなり申し訳ないです。
本大人買いして読み続けた挙句、戦闘ものが多くてダンまちを書きたくなったり、アニメを久々に見てイナズマイレブンの方を更新していたり……。

それに加えて二ヵ月ほど、文章を書くことから離れておりました。待ってくださっていた方やメッセージをくれた方々、ありがとうございます。これから少しずつ投稿を再開します。

それにしても、特別試験の描写は難しい。
特にこれ……龍園が関係性に気づいてからの行動や、DクラスとBクラスの行動がなぁ……とりあえずは和やかにお話しているところをお送りしたいと思います(白目)。


 一之瀬から逃げ続けた翌日。

 午後13時から、初めてのグループ別話し合いが行われることになっている。

 その前に一旦情報を整理したいとのことで、俺たちの部屋に俺、神崎、柴田、彩加に加え、一之瀬に白波、小橋、網倉が集まっていた。

 

「さてと、とりあえず今の情報を整理してみたよ」

 

 一之瀬が持参していたノートに書きこまれた文字を全員でのぞき込む。

 

・12のグループ(干支)は四クラスが均等に分けられている。

・優待者を探してどのような結果に導かせるかが試験内容。

・クラスの関係性を無視した方がクリアするための近道!

 →クラスを超えて協力することが大事?

 

 分かりやすく書かれた情報を見て、俺も同じようなことを考えていたので一つ頷く。

 干支に準えたのは12という数とあっていたからという認識で共有している。優待者は、この部屋では白波と小橋がそれに該当していて、残りの者は皆このようなメールが送られてきていた。

 

『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの一人として自覚を持って行動し試験に挑んでください。本日午後1時より試験を開始いたします。本試験は本日より3日間行われます。竜グループの方は2階竜部屋に集合して下さい』

 

 白波と小橋のはこれが優待者に選ばれたとあり、それぞれのグループで使う部屋が違うことが記されていた。

 まさに、グループ別のクラス対抗戦。

 分けられた生徒たちの力を測るかのように設定されているのでは、と思えるこの試験。

 ……俺が入ってしまったグループは明らかに仕組まれてるから、行きたくない気持ちでいっぱいだけどね。

 

「まずは試験の方針を決めようか」

 

「そうだな、特に俺と比企谷は相手が相手だ。腹の探り合いで負ける気はないが、相当厳しい戦いになるだろう」

 

「本当に嫌なんだが。なあ柴田、俺と代わらない?」

 

「いや、代えられるもんじゃねえだろ…」

 

「もうっ、八幡!ちゃんと試験頑張ろうよ!!」

 

「そうだな彩加!お前の言う通りだ!」

 

「相変わらずだなお前」

 

「(素晴らしいよ比企谷君!もっと彩加君と仲良くして!)」

 

「(ち、千尋ちゃんが熱視線を送ってる気が……)」

 

 彩加が試験を頑張ろうと言うのなら頑張らなくてはならない。これは絶対だ。宇宙の真理だ。

 それにしても方針か、グループ内でどう動くかってことだろうけど、今の段階だとやれることは少なくないか?

 

「様子見は確実だね。でも、そのグループの雰囲気によるだろうし、試験が始まってからだね。あ、お互いに携帯を見せ合うといったことは絶対しないように!特に比企谷君!龍園くん辺りとしそうだから神崎くんはしっかり見張っててね!」

 

 指さしながら「めっ!」とこちらに鋭い目を向ける一之瀬。

 こういう女子の仕草って異様に可愛かったりする。白波が顔を赤くしてるから、興奮する程可愛かったようだ。

 あいつ、よく一之瀬と俺の部屋で飯食えてたな。未だこれでは、百合は遠そうである。

 

「わかってる。比企谷、変なことはするなよ」

 

「俺は変なことする前提なのかよ……」

 

「「「だって前科持ちじゃん」」」

 

「…すいませんでした」

 

 クラスメイトが辛辣な件について。あ、中学まではそれが当たり前だったわ。

 結局こうしようといった具体的な案は出なかったが、まずは最初の話し合いを無事に終える。それに挑んでから改めて話し合うと言うことに落ち着いたのであった。

 

 

***

 

 

 昼食を食べた後、神崎と途中で合流した安藤さんと指定された辰部屋に向かう。

 中にはすでに、DクラスとAクラスの面々が揃っていた。

 

「やあ、Bクラスの神崎君、比企谷君、安藤さんだね。僕はDクラスの平田洋介。同じグループとしてよろしく頼むよ」

 

「こちらこそよろしくな」

 

「よろしくねー」

 

「お、おう」

 

 なんだこのキラキラとしたオーラは…ケッ、これだからリア充してる奴は。

 俺が平田のリア充オーラに気圧されていたところで13時を告げる音楽が鳴り、ちょうどCクラスの面々が入ってきた。

 

『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』

 

 船内スピーカーより流れ出た簡潔で短いアナウンス。これ以降特に何もない様子であるから、本当に各自生徒たちに時間の使い方は任せられているんだな。

 

「じゃあ、まず自己紹介をしよう」

 

 そう言いだしたのは平田だ。

 このグループで誰が仕切るのかを考えていたのだが……この中だと積極的に取りまとめ出来る人間は平田か櫛田、葛城辺りだろうし、予想通りだ。

 

「そうだな。学校側から唯一指示されていたことでもある。もし背けば何かしらのペナルティが課せられるかもしれないしな」

 

 神崎が平田を援護するように発言したことで、全員での自己紹介が始まる。

 名前だけを言う簡素な自己紹介だが、俺的にはとてもありがたかった。

 ぼっちを卒業したと言っても過言ではない俺でも、自己紹介は未だに緊張するのである。

 

「さて、自己紹介も終わったけど、これからどうしようか?」

 

「試験についての話し合いをしないか?ルールについての確認もしたい」

 

「そうだね、そのことから話そうか」

 

 平田と神崎を中心に進められる話し合い。

 その間俺は他のクラスの顔色を窺うが、葛城は瞑目し、龍園はニヤニヤし、堀北は真剣な表情を浮かべ、櫛田はオロオロしている。あーいや、最後のは演技ですね。

 相変わらずあざといと思っていれば、櫛田がこちらを睨みつけてきていた。

 ふええ~、桔梗ちゃん怖いよ~!…これはキモいな、俺みたいなのが真似するもんじゃない。

 俺が心の中でクラゲ好きな女の子のように悲鳴を上げていると、話が何やら進んでいた。

 

「この試験で一番怖いのは裏切り者だね。優待者を当てたらそこで終わり。もちろん外しても終わりだ」

 

「気がついたら試験が終わっていた、ということは避けたいな」

 

「うん、僕もそれだけは避けるべきだと思ってるよ」

 

 とりあえず一番避けたい事態を想定していたらしい。

 だがまぁ、このグループは勝手に裏切る奴はいないはずだ。

 Aクラスは葛城が仕切っているし、Bクラスもそうだ。Cクラスは龍園が指示しない限り何一つ変わらないだろう。Dクラスだってそう。

 ……つまり、裏切り者が出たとすれば、それは確実に優待者を見抜いているということになるだろう。当てずっぽうの博打をする馬鹿は、このグループにはいないだろうからな。

 

「それじゃあ、全体で話し合いを……」

 

「すまないが、一ついいだろうか」

 

 平田が全体に呼び掛けたところで、ずっと黙り込んでいた葛城が静かに立ち上がった。

 

「葛城君?」

 

「今回の試験、話し合いをするべきではないと俺たちAクラスは考えている」

 

「話し合いをしない?」

 

 櫛田の呟きに一つ頷く葛城。

 ……なるほどな、葛城はその案で行くのか。

 

「説明された4つの結果の内、どのクラスも避けたい結果は、3と4だろう。裏切り者次第でクラスのポイントをも大きく動く事態になりかねない。だが1と2ならばどうだ?恐らく学校側は全クラスに均等に優待者を振り分けている。説明にも調整したとあったからな。そのことから、今回の試験は裏切り者を出さなければクラス間での差が大きく開くことも狭まることもない、と我々Aクラスは考えている」

 

 これは多分、Aクラス全体がそういった方針をとることにしているだろう。AクラスからしてみればBクラスにかなり迫られているとはいえ、Aクラスのままで居られる。葛城の評価が上がることはないが、これ以上下がることもない。

 慎重かつ堅守的な葛城らしい作戦だ。

 この話し合いが終わったら一之瀬と話し合いだな。

 

「このグループの生徒なら理解できるはずだ。もし裏切り者が出た時のデメリットを考えれば、どのクラスも話し合いをせず、全てのクラスが平等に報酬を得ることが出来る我々の案は悪くないものではないだろうか」

 

「……いいえ、それは困るわね」

 

「……堀北か」

 

 だが、これは少しでも頭が回る人間が聞いたら反対される案だろう。

 Aクラス以外のクラスなら反対は出て当然。特にDクラスでAを目指しているという堀北からすれば、全く持って困る事態になる。

 

「葛城君の案はAクラスにとっては悪くないと思う。だけど、それ以外のクラスからすれば、せっかくの差をつめるチャンスを棒に振るうことになる。これから先、前回の無人島での試験も含めてクラスポイントが大きく動く特別試験の回数は多くはないでしょう。それに、学校側からの試験内容は話し合いが前提だわ。葛城君の案は試験を放棄していると見られても仕方がないと思うのだけれど?」

 

「話し合いをしない、それも一つの方法だと考えているだけだ。とにかく、Aクラスは話し合いをしない」

 

 葛城はそう言い放った後、他のAクラスの面々と一緒に部屋の隅の方へ行ってしまった。

 

「話はまだ終わってないわ」

 

「葛城君、それはさすがに……」

 

 当然、見過ごせないとばかりに堀北が向かい、平田が続いた。

 櫛田や神崎、安藤さんにCクラスの龍園以外の生徒も向かっていった。まぁ、試験放棄とみられても仕方がないような行為ではある。

 葛城の方も反発を踏まえたうえでの行動だろうし、軽く説明はすれど考えを変えるつもりはないだろう。

 そうなったことで……椅子座ってるのは俺と龍園だけになってしまった。

 

「クク、馬鹿みたいな光景だな。そう思わねえか比企谷」

 

「葛城の案を聞いたらそうなるんじゃないか?大方他の部屋でも同じようなことが起きてるんだろ」

 

 何故俺が龍園と一対一で会話しないとならないんだよ。こういう役回りは神崎か一之瀬じゃないの?いつの間に俺がBクラスのリーダー枠に……うん、ごめん、それはないわ。

 

「そういや、こうしてお前と一対一ってのは初めてだな」

 

「嬉しくない初めてだっての」

 

「比企谷に聞きたいことがある」

 

「な、なんだ?」

 

 少し真剣な表情を浮かべてこちらを見てくる龍園。

 龍園が俺に聞きたいことだと…もしかして坂柳の弱点とかか?

 そんなの俺が知りたいっての。

 

「結局何股してんだお前?」

 

「ぶふっ!?」

 

 無駄に真剣さを出したと思えばその質問かよ。あ、笑ってやがる。

 

「その反応、何人かは確実らしいな……やっぱ4人か?」

 

「俺みたいな奴を好きになる奴いねぇっての。一応聞くがその内訳は?」

 

「一之瀬に白波千尋、網倉麻子、小橋夢だ。Bクラスハーレムを築き上げてるってのが学年内の予想一位だ」

 

「デマだって言ってんだろ!」

 

「おいおい、声を大きくしていいのか?神崎から一之瀬に報告が行くんだろ?」

 

「待って、なんでお前がそれ知ってんの?俺一度もCクラスの生徒の前でそんなこと話してないんだけど……」

 

「なんでだろうなぁ?」

 

 ニヤニヤするだけの龍園。暇つぶしと言わんばかりだな。龍園といい、坂柳といい、諜報役の使い方間違ってるよね?坂柳なんて俺のこと見張らせてた時まであるんだし…はぁ、厄介な連中に目をつけられたもんだな。

 あと、学年内予想一位ってなんだよ。何?わざわざ予想してるランキングまであるのか?目立ちすぎじゃない?ついに俺の時代が来たと言うのか!

 ……考えただけで悲しくなってくるな。やめよう。

 

「その4人とはただのクラスメイトってだけだ」

 

「つまんねぇな」

 

「別にお前に楽しんでもらわなくて結構だからな」

 

「で、本命は?」

 

「いないっての」

 

「ひよりか?ひよりなんだろ?」

 

「なんでひよりになるんだよ……」

 

「これだ」

 

 そう言って龍園は自らの携帯画面を見せてくる。

 そこには椎名と俺の読書しているところや本を選んでいるところ、食事をしているところなど多くに渡る写真があった。

 

「……盗撮とか趣味悪すぎだろ」

 

「盗聴が趣味の男に言われても何も感じねえな」

 

 確かにな。趣味:盗聴って完全に犯罪者のそれなんだよなぁ……。

 結局、最初の話し合いは葛城が説明と沈黙を貫き、それを破ることが出来ないまま終了の時刻へとなったのだった。

 

 

***

 

 

「比企谷、葛城の案を受け入れるつもりか?」

 

 話し合いの帰り、神崎がそう聞いてくるので視線だけを向ける。

 

「もし、すべてのグループが話し合いをしないのならばクラス間での差は縮まらない。それはAクラスを目指す道が一つ減ることを意味するんだぞ」

 

 俺個人としてはどのクラスにいても退学になりさえしなければそれでいいんだが……一応、Bクラスは全員でAクラスを目指しているってことにはなってるし、神崎もAクラスに上がりたいと思ってる。

 ……まだ確定ではないが一応話しておくか。

 

「……この試験、俺は話し合いをせずとも優待者を見つける方法があると考えてる」

 

「……そんな方法があるのか?」

 

「先生の説明からするとあるだろ、多分。ま、それが分かれば苦労しないんだがな」

 

 あの説明のどこかにこの試験のヒントが隠されているのは間違いない。

 そして、そんな方法があるとすれば真っ先に見つけるのは龍園に違いないだろう。

 何せクラス全員に言うことを聞かせられる男だ。簡単な話、自クラスの優待者を確認した後、その法則を見つけるだけでいい。

 もちろん法則がない可能性はあるが……学校側が調整して選んだ優待者だ。恐らくは存在しているのだろう。

 

「あ、神崎くんに比企谷君、お疲れー」

 

 廊下を歩いていると一之瀬と出会った。

 情報共有をしようとのことで、近くのカフェに入る。

 

「やっぱり葛城くんの案は全てのグループで行われていると見た方がいいね」

 

「葛城自身がそう言っていたからな」

 

「そうなんだ。あ、クラスの子から相談来てる」

 

 クラス全体でのチャットで一之瀬は呼びかけをしていた。

 今回の試験で困ったことがあれば相談受け付けます!とか書いてたはずだから、Aクラスの作戦を受けて相談したい奴がいるんだろうな。

 

「一之瀬のグループはどうだったんだ?特に危険人物はいないとしても、Aクラスの作戦を破るのは簡単じゃないだろう?」

 

「うーん、そうなんだよね。試験はまだまだ続くから、Aクラス以外のクラスで話し合いをしながら優待者を絞り込んでいく、ってのが今のところの方針かなー……」

 

「まずはそうするべきか……比企谷、次の話し合いからはAクラス以外から絞り込むことにしないか?葛城達に優待者がいてもいなくても、話し合いをして探ることは可能なはずだ」

 

「俺は神崎に合わせるぞ。今日みたいに龍園と一対一とかやりたくもないしな」

 

「比企谷君と龍園君が一対一で話し合い?どういうことかな?かな?」

 

 怖い怖い。その繰り返してる時の目が笑って無いのが凄まじく怖い。どこの香織さんですか。般若のスタンドでもついてるのかしら?

 

「話し合いをする気がないと言った葛城たちAクラスと話すために、部屋のほとんど生徒が葛城達の周りに行ったんだが、比企谷と龍園だけ席に座ったままでな。もしかしたらと思って見張っていたが、大した話はしてない様子だった」

 

「ふーん?ならいいけど。でも今度から試験時間の間、比企谷君にはボイスレコーダーの提出を命じます!」

 

 あ、また自由が減った。

 人権とは一体なんなんだろうね?まあ結局従うが。

 それに、話し合い時にボイスレコーダーを起動しておくのは悪くない。その場で聞いた時にはなんとも思わなかったことでも、後から振り返ると有益な情報だったりするもんだし。

 その後も試験についての議論を三人で交わしていると(俺はほとんど喋ることがなかった)、一之瀬にはクラスの女子からの相談、神崎にも男子からの相談が舞い込んだのでお開きとなった。

 

 二人と別れ、一人煌びやかな廊下を歩く。

 こうしてのんびりと船内を回っていると、ピリピリとした特別試験を忘れそうになる。

 一生に一度あるかないかの豪華客船なのだ。何故俺は頭を使って優待者を見つけなければならないのか。

 優待者を指定して正解すれば得られるものは確かに大きい。だが、失敗のことを考えると気が気でなくなる……やはり竜グループをどうにかしようとする考えはやめだ。わざわざこんな試験で()()()()()()()を更に上げるわけにはいかない。

 ただでさえ、Bクラスは無人島の一件で警戒されやすくなっている。Dクラスもそうだろうが、やはりAクラスが一番蹴落としたいのはBクラスのはず。

 一度部屋から温泉に行く用意をした後、一人でいつもの温泉に向かう。

 彩加と柴田は部屋にいなかった。もしかしたら神崎と共に試験の相談に乗っているのかもしれない。うわ、俺の班俺以外がいい奴過ぎる。

 

「ここからどうするかね」

 

 頭と体を洗い終わり、温泉に浸かりながら考えを整理する。

 優待者の法則がある前提で考える。

 今回の試験で一番危険なのは龍園で間違いない。試験のルールに反しない方法でクラスの優待者を把握することが出来る以上、あいつの思い通りに試験が動いてしまうことになる。

 そしてそれは避けることが出来ないだろう。葛城の作戦はB、Dクラスには有効だが、龍園側からすれば無意味に等しいからだ。

 一之瀬はグループのAクラスの連中に話しかけて情報を得ていると言っていたが、絞り切れないはずだ。むしろ今回の試験を正攻法でクリア出来たらそいつは天才を超えたナニカだろう。契約書で縛るくらいしか俺は思いつかないが…。もしも徹底的にやるなら落としたいクラスを一つ決め、残り三つのクラスで契約書の元にサインを行い、優待者の法則を暴き出して相手に嘘の優待者情報を流し外させ、こちらが均等に当てればかなりクラス順位も変動すると思われるが…この考えを話すだけでも危険視されそうだ。

 まあ、協力なんて出来るわけがない。クラス対抗のような構図で約三か月学校生活を送ってきたのだ。クラスの垣根を越えて同じ答えを出すなんてそうそう出来ることじゃない。

 ある意味、ここに坂柳がいなくて助かった。アイツがいればこの試験がどう転んだか分かったもんじゃない。無人島の件だってあそこまでうまくはいけなかっただろう。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 

 もちろん、これからも坂柳が参戦できないような試験があるかもしれない。だが確実性はない。例年同じような特別試験が行われているにしても、次の生徒会長はほぼ100%で南雲雅になる。

 特別試験に生徒会が関われる以上、体育大会以降どうなるかなんて分かったもんじゃない。

 

 なら、今回は―――――――――――

 

 

***

 

 

 午後8時。二度目のグループディスカッション。

 今回も話し合いは話し合いと呼べるようなものではなかった。

 というよりも、葛城達Aクラスの姿勢を崩すことなく所定の一時間が終わってしまったというべきか。

 葛城の作戦の利点は、その作戦を崩せるようなものが何もないこと。

 もし、学校側からAクラスの態度に対し、注意が出たならば話し合いを強要することは可能だっただろう。だが学校側からのアクションはなかった。つまりは、Aクラスの行動にはなんら問題はないということ。

 クラスポイントを維持することが出来るという点でも、無人島での一件で力を削がれてしまった葛城がAクラス全員を従わさせる作戦である点もいいところだ。

 神崎や堀北は葛城達を話し合いに参加させるために葛城に問い詰めることを続け、平田は全員に声をかけながら少しでも話が出来るようにと苦労していた。

 ごめんね?せっかく話しかけてくれたのに、「お、おう」とか「だよな」みたいに同調するようなことしか出来なくて。

 でも龍園よりはマシだ。「お前軽井沢と付き合ってるんだって?女の趣味悪いな」だなんて喧嘩吹っ掛けているとしか言えない発言をする奴よりはマシだろう。

 そしてそれにしっかりと反論できる平田はマジでリア充の鏡と言っていいだろう。俺はなおさら嫌いになったがな。

 え、櫛田?そうだなぁ……葛城達Aクラスに「お話しよ!」とか言ってたりするが、なんでか安藤さんとお喋りしてたな。堀北が嫌いとか言いつつ表ではあんな風に堀北と会話できるのだから、あの仮面も中々のものだ。見ている側からすれば気持ち悪いとしか思えないがな。

 そして、たまに俺のところにやってきて話しかけてくる。もちろん、「そうだな」とか「そうなのか」ぐらいしか答えられない俺。いやだって何を言えばいいんだよ。「比企谷君って変わってるよね」とかどう反応していいのか分からねえよ。

 

「今回も手掛かりなしに終わってしまったな」

 

「そうだな」

 

「どうすれば優待者を見抜けるかな?」

 

 俺、神崎、安藤さんの並びで辰グループの指定部屋から出る。

 葛城達Aクラスの作戦はかなり効いている。話し合いがままならないため、時間だけが浪費されていく。作戦を立てた葛城には他のグループの奴らと思わしき生徒も文句を言いに行っていたが、葛城を動かすことは出来そうにない。

 三人であーだこーだと少々話しながら自室に帰るために安藤さんと別れ、神崎と部屋に戻った。

 

「おかえり~」

 

「おう、お疲れさん。で、どうだったお前らの方は?」

 

 天使と柴田に迎えられ、早速話し合いを始める。

 

「葛城を動かすのは無理だろう。何度言おうが考えを変えるつもりはない様子だった」

 

「一之瀬さんからメッセージが来てたんだけど、兎グループのAクラスの生徒達を動かすことも出来そうにないって」

 

「マジかぁ……手詰まり状態だな」

 

「よし、柴田。俺とお前でグループを入れ替わるか」

 

「だから無理だっつーの。いい加減諦めろ」

 

 柴田にはため息をつかれ、神崎は半目でこちらを見てくるし、彩加でさえ苦笑いをしているが……嫌なもんは嫌なのだ。

 星之宮先生の手によって仕組まれたグループということは、俺が何か行動を起こすことに期待でもしているはずなのだ。昨日話したときにもそう感じた。

 だからこそ癇に障る。このままだと大敗北を喫する可能性がある以上、動かざるを得ない。それすらも見越していたかのようなあの先生に腹が立つのだ。

 動かされていると分かっていても動くしかない。その葛藤すらも見通されているかに感じる。うん、やっぱりBクラス一番の危険人物は一之瀬でも神崎でも白波でもなく星之宮先生だな。間違いない。

 白波をここで上げている理由は、一之瀬が絡むだけで暴走気味になってしまうからだ。本人の前だと全くそんな素振りは見せないし、照れてばかりいるが、無人島で俺を背後から蹴り、川に落としたことを忘れてはならない。あと柴田が犠牲になった件についても。

 

「龍園とか怖いんだって。せっかく平田が声かけてるのに挑発するような奴だ。あれを相手にするのは一之瀬とか神崎で十分だっての」

 

「平田に龍園はなんて言ったんだよ?」

 

 それからはしばらくの間、四人でグループ内で行われた会話や同じグループにいる他クラスの連中について色々と話していた。

 

 そんな中、0時近くになり、「寝るか」と柴田が言った直後だった。

 

 試験は変化を見せてしまった。

 

 俺たち全員に一斉に届いた一通のメール。

 

『猿グループの試験が終了いたしました。猿グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないように気を付けて行動して下さい』

 

「おい、これって……」

 

「ああ、()()()()()()()

 

 クラスのチャットが騒がしくなり、三人には電話もかかってくる始末。

 ……今なら一之瀬もクラスの女子を落ち着かせることで精いっぱいの筈。

 

「ちょっと外の空気吸ってくるわ」

 

 電話中のため、誰も返事をくれなかったが俺は確かに報告した。

 部屋を出て、人目につきにくい、いつも利用している温泉があるフロアで、俺はある人物に電話を掛ける。

 電話を終え、やるべきことは決まった。

 

「……さて、いきますかね」

 

 

***

 

 

 その部屋には三人の生徒がいた。

 外からは廊下を走る音や話し合いの声が聞こえてくる。先ほどのメールで疑心暗鬼は更に高まり、裏切り者が誰なのか、どのような結果を及ぼすのか等、話し合われる内容は尽きない様子である。

 そんな外の騒音を聞きつつ、対面した二人の男子生徒。

 それは………

 

 

 

 

 

 

「ひより経由で連絡を受けた時には驚いたもんだ。まさかお前から仕掛けて来るとは思わなかった」

 

「……そうかよ」

 

「もっとも、お前の話に乗るかどうかは別だがな。なぁ……比企谷」

 




八幡、ボイスレコーダーで割と学校の情報集めてたり……。
なんだろうね、八幡が八幡じゃない……俺ガイル読み直してどうにか似せていきたい……。


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八幡「悪くない話だろ」 弥彦「乗った!」

こんばんは、出す出す詐欺師です。
かなり遅くなったと思いますが更新です。

もうよう実原作は2年生編4巻だというのに、未だに1年生編4巻をやっていることに、自分のサボり具合を恨みますが、リアルの生活と普通に本を買っては読んでいる(こっちがほぼ時間を取っている)ので時間を取りきれていない部分はありますが…頑張って少しずつ書いていこうとは思っています。

……この2つのクロス作品は多いので内容はある程度被るだろうとは思っていましたが、この作品を投稿し始めた時よりもあとに他の作者が出されている作品に割とパクられてたりして読まれてることを実感しました。嬉しい限りですね、実際どうかは知りませんが。

さて、今回で三日目の完全休息日まで持って行ってますが、タイトルから「そこ!?」って思う人もいるかもしれません。けどAクラスで簡単に騙せそうなのがコイツやコイツの周りぐらいしかいないんで……基本的にどのキャラも魅力的ですから。山内は除きますけど。必要な犠牲だとは思います。

あと私は私の書き方で書くので、読みたくない方は読まない方がいいですよ。この作品ではないですが、ただ「つまらない」って言われたんで、なら読むな、とは思いますね。面白くないのは分からんでもないですが。

あくまで自分が読む前提ですし。
この作品のサブタイトルは確かに見にくいですが、サブタイだけ読んでも面白そうな雰囲気を自分が味わえるようにしているので……というか大体内容も自分好みに書いてますしね。

……あー、早く上級生と絡ませたいなぁ……。


 初めは他の有象無象と変わらない雑魚だった。

 偶々目についた濁った瞳にだらしない猫背、加えてあのBクラスで孤立気味。ちょっかいをかける意味合いでBクラスに対する嫌がらせのためのターゲット。ただそれだけだった男。

 

 そんな男に、ほんの少しだけ興味が湧いたのはあの雨の日だ。坂柳とその取り巻きと対峙した時、コイツはこそこそと端っこを歩いていた。

 俺にとって全くと言っていいほど記憶が残っていなかった男。だが、あの坂柳がちょっかいをかける程度には気に入っている様子ときてる。

 視線をやれば、気味悪い目でこちらを見つめていた。

 あれは観察だ、俺を観察してやがった。品定めをするようなあの目。……気に食わねぇな。

 

 女のケツばかりに張り付いていたのか、女癖が悪い目が怖い男として悪目立ちし、部下たちが噂しているのは何度も聞いた……のはどうでもいいか。

 

 ……無人島でガードの固かったBクラスのリーダーでもあったな。金田の奴も夜遅くまで観察を続けて発見したとは言っていたが……どうだがな。Bクラスのキーカードは相当堅く守られていた。奴らの拠点は監視していたが、特段おかしな行動は起こしてねぇ。ふざけたトリックだ。一之瀬が使う手ではないのは確実な以上、神崎の指示だと考えるのが妥当だろうが……Dクラスを潰した後、坂柳の前菜代わりに黒幕を探すのは楽しそうだ。

 

 ヤツとはさっきまで対峙していたが、一対一で話してもなお、大したことないと思えるその容姿に話し方。だというのに……俺に交渉を持ちかけてくる大胆さを持ってやがる。

 その交渉内容は、とても仲良しこよしのBクラスにいる奴のものとは思えない。加えて、少しばかり俺と思考が似てやがる。

 

 クク……一之瀬に神崎。お前ら、()()()()を今後どう制御するつもりなんだ?

 

 

***

 

 

 龍園と話した後、俺は船内の一階を目指して歩いていた。

 龍園の思う通りに試験が動くようになった今では、Aクラスが一斉に特攻を仕掛けてくるか、無人島の時のようにDクラスが番狂わせを演じて来なければ、この試験終了後に俺たちBクラスはAクラスに上がるだろう。

 椎名と連絡先を交換していてよかった。この混乱している状況に合わせて龍園と接触できたのは大きい。

 っつーか怖いよ!アルベルトだっけ?あんなの傍に置いてたら誰も龍園に逆らう気なくなるわ……あ、伊吹が噛みついてたな。すげえなあいつ、尊敬するわ。

 俺と龍園が言葉を交わしている間も、ひたすら無言でこっち見やがって。俺は座ってんのに向こうは立ってるから、見下ろされてる感が半端なかった。なんなら命を握られていると錯覚するまである。

 

 船内の一階は居酒屋やバーなど生徒向けではない施設が多いためか、生徒がほぼ寄り付かない。

 何故知ってるか?それは初日のうちにどこかボッチにとっての安息の地かを見定めたからだ。友達が少しできたからと言って、人間そんな簡単に変わるものではない。一人の時間が好きなのは今でも同じなのだ。

 いくつかある自販機を巡っていき、マッカンが売られていない事実に絶望していたところ、近くのバーから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「やっほー、サエちゃんに真嶋くん♪」

 

 うっわ、あざと。こんなあざとい声にサエと言う人と真嶋……星之宮先生ですねわかります。

 周りを見れば、見たことあるような先生方が寛いでいた。ここはやはり大人用のスペースなのだろう。

 

「比企谷?」

 

「……綾小路?」

 

 突如俺の視界に入ってきたのは、寮のお隣さんである綾小路だった。

 

「お前こんなところに一人で来るってことは……ボッチの鏡だな」

 

「その言葉、お前にも当てはまるんだが」

 

「それで?お前何してんの?」

 

「飲み物を買いに来たが、珍しい組み合わせの先生方がいたからな。どんな会話をしているのか興味が湧いた。単なる暇つぶしだ」

 

「……よし、限界まで近づくぞ」

 

 元々会話を聞こうとしていたからちょうどいい。綾小路と共にギリギリまで近づき会話を盗み聞く。

 ……綾小路の奴、中々の影の薄さじゃないか?俺と同等とか本当にボッチしてきたんだな、お前……今度うちに呼んで一之瀬達と一緒に飯食わせよう。

 

「なんかさー、久しぶりよね。この三人がこうしてゆっくり腰を下ろすなんてさ」

 

「因果なものだ。巡り巡って、結局俺たちは教師という道を選んだんだからな」

 

「よせ。そんな話をしてもなんの意味もない」

 

「あーそう言えば見たよ?この間デートしてたでしょ?新しい彼女?真嶋くんて意外に移り気なんだよね。朴念仁っぽいくせにさ」

 

「チエ、おまえこそ前の男はどうした」

 

「あはは。二週間で別れたー。私って関係深くなっちゃうと一気に冷めるタイプだから。やることやったらポイーね」

 

「普通、それは男側が言うことなんだがな」

 

 ホントだよ。真嶋先生の意見に大賛成だ。男が遊びまくって女を引っかえとっかえするイメージならあるが、星之宮先生は完全にそれの女バージョンなのだ。

 それに、俺は二週間で別れた男の話も知っている。だって愚痴聞かされたし。身体重ねただけで結婚前提の雰囲気出してきたから即冷めたって何回も聞いたぞ。よく思えばあの教師教え子相手に何愚痴ってんだよ。

 

「あ、だからって真嶋くんにはさせてあげないからね?ベストフレンドだし、関係悪くしたくないでしょ?」

 

「安心しろ。それだけはない」

 

「うわー、なんかそれはそれでショック」

 

「で、今の男はどうなんだ?」

 

「あー、比企谷君?面白いよねー、一緒にご飯食べてて飽きないもん。ずっと私の愚痴聞いてくれるしー」

 

「さすがに生徒相手に手を出すのはやめておけ。教師側からの過度な干渉は学校から処罰される。同業者がそんなくだらない理由でクビになられたら困るからな。生徒側がポイントでも使えば別だろうが……唆したりしないだろうな?」

 

「どうだろー、彼これまで出会った男で最高だからねー。卒業までは待つかも?」

 

「いや、お前はもたない。一年のうちに襲うに決まってる」

 

「やだなー、冗談だよ?」

 

 え、俺って今の男扱いなの?つーかあのビッチ訂正しろ!先生しかいないからって適当に話しすぎだろ。目の前の綾小路がこっち向いて『へぇ、そうなんだ』みたいな顔してきてるんだが。

 それと冗談って何が?俺が今の男って発言?それとも卒業まで待つっていうことが?なんつー危険な会話してやがるんだよこの人達……ってプライベートポイントでそんなこと出来るのか。

 

「それよりどういうつもりだ、チエ」

 

「わ、なに?私が何かした?」

 

「通例では竜グループにクラスの代表を集める方針だろう」

 

「私は別にふざけてなんかいないわよー。確かに成績や生活態度だけ見れば、一之瀬さんはクラスで一番だし、比企谷君が竜に入るわけないね。でも、社会における本質は数値だけじゃ測りきれないもの。私は私の判断のもと超えるべき課題があると判断したってわけ。ほらそれに兎さんって可愛いでしょ?ぴょんぴょんって感じで、比企谷君には似つかわしくないし、一之瀬さんっぽくない?」

 

「……だといいんだがな」

 

「星之宮の発言はもっともだが、何か引っかかることでもあるのか?」

 

「個人的恨みで判断を誤らないでもらいたいだけだ」

 

「やだ、まだ10年前のこと言ってるの?あんなのとっくに水に流したって!」

 

「どうだかな。おまえは常に私の前に居なければ我慢ならない口だ。一つ一つの行動に先回りしていなければ納得しない。だから一之瀬を兎グループにし、比企谷を竜に入れたんだろう?」

 

「どういう意味だ、星之宮」

 

「私は本当に一之瀬さんには学ぶべき点があると思ったから竜グループから外しただけ。比企谷君を竜グループに入れたのもそう。そりゃあ?サエちゃんが綾小路くんと堀北さんを気にかけてる点は気になるけど。ただの偶然なんだから。偶然偶然、島の試験が終わった時、堀北さんから綾小路君にリーダーが変わってたことなんて、全然気になってないしー?」

 

「そういうことか」

 

 真嶋先生は納得した様に頷いているが、星之宮先生子供かよ。茶柱先生のこと気にかけすぎじゃないか?

 今回のグループ分けの意図は、堀北と綾小路のために俺と一之瀬をそれぞれ向かわせたってか。相性的に絶対逆がいいと思うので抗議してもいいですか?駄目?

 

「規則ではないがモラルは守ってくれ。同期の失態を上に報告するのは避けたいんでな」

 

「もー信用ないなぁ。それに私ばっかり責められてるけど、坂上先生だって問題じゃない?Cクラスも順当な評価をすれば他の子が来るべきなのに龍園君ぶつけてきたし」

 

「確かにな……。今年は例年と違い、生徒の質が特殊なようだからな」

 

 おっと、もう一時近いな。そろそろ帰るか。これで帰らなかったら神崎あたりから一之瀬に報告が行き、俺の行動が更に制限されることになるだろうし。……面白い情報も手に入ったからな。

 ちょうど綾小路も撤退するっぽいので、そそくさと船内から外に出る。

 このまま別れるかと思ったが、意外にも綾小路から話しかけてきた。

 

「比企谷、担任の先生と付き合ってたんだな。こういう時はおめでとう、と言うべきなのか?」

 

「付き合ってない。全部あの人の妄言だ」

 

「そうか。……さっきの話、本当だと思うか?」

 

 こちらをジッと見つめて問いてくる綾小路。

 この目、俺はこの目を知らない。人間ってこんな無機質な目が出来るものなのか。

 

「さあな?俺と付き合ってるとか嘘つく先生の話を信じるのは難しいだろ。確かに竜は人が集められているとは思うけどな」

 

「……もう遅いし、眠たくなってきたな」

 

「……部屋帰って寝ようぜ」

 

 この後、互いに無言のまま部屋に向かうために別れた。

 ……正直なところ、かなり危ういかもしれない。あの会話を聞けたこと自体は悪いことではないが、星之宮先生が綾小路を警戒していることが綾小路本人に伝わってしまった。

 そして、この会話を俺も聞いてしまったこと。

 

「……寝よ」

 

 

***

 

 

 猿グループに裏切り者が出た翌日。

 俺たちの班の部屋には一之瀬を始め、各グループに散らばっているBクラスの切れ者たちが集まっていた。

 元々この部屋の班員である、神崎、柴崎、彩加、俺の四人に加え、クラスのリーダーである一之瀬に白波、小橋、綾倉の四人。俺と神崎と同じグループの安藤さん、一之瀬と同じ兎グループの浜口らが集まり、対策会議を開いていた。

 対策会議といっても、堅苦しく『えー、本日の議題は』みたいな感じではなく、お喋りしながら今回の試験の攻略法を考えるというもの。

 一之瀬は緊張している中で必死に攻略する方法を考えるより、リラックスして『こういうのはどうだろ?』みたいな提案式でやる方を好むらしい。

 一之瀬、というよりもBクラス全体で団結力を武器にしている以上、重苦しい雰囲気になるのは避けてるんだろう。こういった一之瀬の手腕は見事な一言に尽きる。

 神崎が一之瀬を補佐する形にしているのも、一之瀬のそういった人望が役に立つからだろうな。……Bクラスとはいえ、全員が全員仲良しこよしを好むわけではないのだから。

 

「Aクラスの作戦、どうやって崩す?」

 

「う~ん……今回の試験内容だと、Aクラスの作戦に対抗するのはかなり難易度が高いと思うんだよね。会話をしてくれないわけじゃないけど、ああも話し合いの場を持ってくれないと優待者を探りこむ以前の問題だからねー」

 

「CやDからまずは絞り込まね?俺たちと同じように話し合いの場を持とうとしてくれてんだし、この際Aは放置でいい気がすんだけど」

 

「いえ、恐らくですがAクラスは自分たちは話し合いに参加せず、他クラスの話し合いを聞くことに専念したいのだと思います。実際に話している我々より、外から全員を見れるのは大きなアドバンテージになります。観察するだけで自身が優待者であることを見抜かれてしまう人は少ないと思いますが、もし優待者であるという事実の裏付けが取れたなら、Aクラスと言えども優待者当てに参加しそうです」

 

「でも僕、葛城君と話したことあるけど、真面目で実直な人だと思うよ。Aクラスのために他クラスの反感を買ってでもAクラスの座を守りたいって考えるんじゃないかな……?優待者をむやみに指名してクラスにダメージが与えられないように、最後まで貫き通すと思うな」

 

 一人一人がしっかり意見を持っていて、お互いに共有する。独裁状態のCや仲が悪いD,いがみ合ってるAじゃBの真似は出来ない。

 まあ、だからといってAの作戦を破ることが出来るわけではないが、話し合いが活発なのは良いことだろう。俺も発言しておくか。

 

「葛城派が嫌いな坂柳派が裏切ることも考えられるが、坂柳がそんな勝手な行動を許すはずがないからな。葛城派の奴が功を焦って指名するのは分からんでもないけど」

 

「……さすが比企谷君。坂柳さんのことなら何でも知ってるね?」

 

 おかしい、俺も自分の考えを伝えただけなのに、隣にいる一之瀬からの言葉に棘を感じる。こちらを見ている目も、心なしかジト目気味だ。

 それに何でも知っていたのなら、既にヤツの脅迫から逃げ出しているに決まっている。確かにここ最近は毎日電話をしているが、内容は試験に全く関係のない無駄話ばかりだ。ただお互いに弄りあって俺だけ謝るという形。相変わらずの俺の下っ端ぷりである。

 

「何でも知らねえよ。ただ、坂柳も葛城も知っている人間からすれば、今回の試験でAクラスが求めているのは現状維持であることは明白だろ?坂柳が不参加のこの特別試験で、前半戦は葛城のミスで大きな損失を出してしまった。Aクラスのクラスポイントは1054、俺たちのクラスポイントは960。かなり迫ったとは言え、まだ余裕がある。定期試験ではほぼ差がないか、Aクラスの方が優秀である以上、この試験で無理をする理由がないからな。特別試験はそう何度もあるわけじゃないだろうし、普段の生活態度と試験ではAに敵うところはない。堅実かつ差を保てる作戦だからな……既に葛城は、この試験が終わった後のことを考えているはずだ」

 

「比企谷の言う通りかもしれない。実際辰グループで葛城に詰め寄った時、事務的な受け答えを続けていたからな。瞑目している様から、この試験後のことを考えている可能性はある」

 

「既に勝った気でいやがんのかよ……だけど事実、俺たちはその牙城を崩せてねえからなぁ」

 

「弱気になっちゃ駄目だよ柴田君!頑張ろ!」

 

「お、おう!」

 

 ……流石彩加。柴田の悔し気な雰囲気を途端にほのぼの空間に変えてしまった。さすさい、いやさすとつか?

 ゴロ悪いな……。

 

「ねえねえ、Aクラスの態度はグループによって差があるだろうから対処は各々のグループで考えるようにしてさ?CやDが優待者を探すために何してくるかを考えない?」

 

「確かに、Aクラスばかり考えていたが、他の二つのクラスが動くことも視野に入れておかなければな。特にCクラス、龍園がどんなやり方を取ってくるのか……」

 

 神崎はやはり龍園への警戒が高いな。だが今回の試験で龍園が表立って何かをするようなことがないのを既に知っている俺としては、無駄な警戒と言わざるを得ない。

 派手に暴れ、特別試験で動くような印象付けを他クラスにした後、今回の試験では不気味なまでに大人しいときてる。警戒しない方がおかしい。ここまで考えて、龍園がニヤけ面をしているのなら、今のAクラスになら勝利できそうである。……あの天才ロリ悪魔の一党体制になってからは厳しい戦いになるだろうけど。

 

「一回、今回の試験についての説明を改めて聞こうぜ。もしかしたら抜け道のような試験に対する攻略法があるかもだしな」

 

「そうだね、じゃあ比企谷君お願い」

 

 午前中の間、俺が録音した茶柱先生による今回の試験の内容と結果一覧、重いペナルティが課される禁止行為などを確認し、もし俺たちが優待者側だったとして、どのように相手を騙すのか?など優待者がいる場合に他クラスがしてくるかもしれない動きを推察することに時間を使った。

 

 何度見ても、今回の試験のルールで結果1にする方法がない。人間とは欲の塊だ。何かが欲しい、何かになりたいなど、何かをいつでも求めている。

 

 この学校で言えば、生徒にとっての一番はプライベートポイントだろう。クラスポイントももちろん欲しいが、実際に自分たちが使用するのはプライベートポイント。このポイントがなければ日常生活も味気ないものになってしまう。

 今回の試験はゲーム理論の囚人のジレンマを思わせる内容になっている。お互い協力する方が協力しないよりもよい結果になることが分かっていても、協力しない者が利益を得る状況では互いに協力しなくなる、というもの。

 一番いい結果は結果1だが、もし誰かが抜け駆けした場合、優待者のクラスはクラスポイント50を失い、裏切り者のクラスがクラスポイントを50得ることになる。更に裏切ったものにはボーナスのようにプライベートポイント50万。月に貰える額が10万以下のことを考えれば、是が非でも皆欲しがるだろう。

 

 勝手な推測だが、優待者のいるクラスは結果2、もしくは結果4に他クラスを騙して誘導させるか、最後まで白を切るかのどちらかしか選べないのではないだろうか。結果1を求めるにはリスクが高すぎる。もし結果1が成り立つグループがあるとすれば……辰しかないな。

 各クラスのリーダー格が揃っているあのグループなら、裏切れば全員に目をつけられる。既に誰が優待者かは知っているが、龍園の言う通り最後までどんな方法を取ってくるのか見よう。アイツはただ、無人島でDクラスをあのような結果に導いた奴を探したいだけだろうが。堀北を観察し、本当に堀北がやったのかを確認するのだろう。……黒幕に心当たりのある俺からしたら、Dクラスに長い間固執してくれれば助かるけどね。

 

 ……やっぱ、あの契約は失敗だったか?

 

 

***

 

 

 三回目のディスカッション。話し合いの内容は前回と全く変わらない。

 一之瀬によれば兎グループのAクラスの奴は話しかければ会話をしてくれるらしいが、葛城はほぼ無言だ。取り巻きも弥彦みたいに煩いやつではないからか、葛城の意をしっかりと受けてジッとしている。

 結局、今回も時間が来てしまい、優待者が分かるような話し合いにはならなかった。

 指定の一時間が終わると、まず葛城達Aクラスが出ていった。

 Aクラスが完全に出ていったのを確認した途端、これまでほぼ喋らなかった龍園が口を開く。

 

「提案がある。Aクラスがいると出来なかった話だ」

 

「……何かな?」

 

「鈴音には前も話したが、俺はクラスの優待者を全員把握している。そこでAクラスを除く三クラスで手を組み、情報を共有して学校の試験の全容を看破する」

 

「戯言ね。そう言って情報共有した瞬間裏切るのが目に浮かぶわ」

 

「クク、俺が改心した、と言えば?」

 

「そんなわけないじゃない」

 

「おーおー、怖い怖い」

 

「堀北同様、俺も反対だ。お前たちが無人島でAクラスにやったことを考えれば、お前の案に乗るような馬鹿はいない」

 

「おいマジか?Dは差があるとしても、AとBの差は100もないんだろ。今回の試験はAに上がるチャンスじゃないのか?」

 

「確かにAクラスに上がるチャンスだろう。だが、お前の提案に乗る理由はない。俺たちは俺たちで試験に挑んでいる」

 

「そうは言うが、今この瞬間お前らBクラスの優待者を全滅させてもいいんだぜ?善意で手を取り合わないかと提案してやってんだよ」

 

「俺たちの返事は変わらない。優待者の情報を他クラスと共有するなど以ての外だ。それがお前なら尚更だろう」

 

「第一にあなたが嘘をつく可能性がある以上、私たちが提案を受けることはないわ」

 

「本人を呼んで携帯を見せてもか?」

 

「大方携帯を入れ替えて間違えさせる腹積もりでしょう?そんな手に私たちは引っかからないし、この試験で手を組むにはお互いに信頼関係を築いている必要がある。誰があなたと信頼関係を築けていると思うのかしら」

 

「契約書を作れば問題ないだろ?」

 

 龍園が手を組む利点を上げ、それを神崎と堀北が反対する。葛城達がいない方が話し合いをしているのは事実だが、内容的に埒が明かない。龍園のこれまでの行動を見れば手を組むのは悪手だと考えるし、いつ裏切られるか分からない奴と優待者の情報を共有するようなリーダーはいない。……リーダーはな。

 

「神崎」

 

「……何だ比企谷」

 

「おい、俺が名前呼んだだけでそんな嫌な顔するんじゃねえよ。泣くぞ?……龍園の案、悪くないと思うんだが」

 

「は?」

 

「あなた正気?」

 

 神崎が蔑むような目線を寄こし、堀北は汚物を見るかのような目をしてくる。別にMじゃないから興奮しない上に、残っている人間の視線を全身に感じて緊張感の方が凄い。やったね八幡!人気者だよ!どこがだよ。

 

「龍園に信頼なんて皆無だが、契約書を作らせれば裏切ることはないだろ。ペナルティをふんだんに入れて、裏切った方が損をするような契約を三クラスで結べば、互いにダメージを負いたくないから裏切るに裏切れなくなる。互いを仲間だと思うんじゃなくて、ビジネス相手だと思えば出来なくはないだろ?」

 

「それは考えが甘すぎるんじゃないかしら。第一あなたにそんな決定権があるの?」

 

「あるわけないだろ。ただ提案を聞いただけだと、魅力的だと思っただけだ。この夏休みの特別試験で俺たちBクラスはAクラスを上回ってAクラスに上がり、CとDもクラスポイントを上げて混戦に持ち込める。悪くない話だから、ここですぐに切り捨ててしまうのは勿体ないんじゃないかって思っただけだ」

 

「それは理想が過ぎるわね。こうやって私たちに話を持ちかけているけれど、Aクラスにも話を持ちかけている可能性もある」

 

「ならそれも禁止事項にしちまえばいい」

 

「契約を結ぶ前にやられたら契約も何もないわ。彼とは契約以前の問題で手を組むリスクが大きすぎる。神崎くんだってそう考えているのよね?」

 

「ああ」

 

 そこからずっと平行線の話が続いた。

 B、C、Dの神崎、龍園、堀北が口論をし、たまに俺が介入すると神崎と堀北が手を組んで俺の提案を論破していく。君たち俺に何か恨みでもあるわけ?

 ほぼ三人、たまに俺しか発言していないからか、他の残っている安藤さんや櫛田、平田たちは話を聞くだけの格好になっている。

 Aクラスが出て行ってから約30分。平田や櫛田、安藤さんの携帯に友人たちから連絡が来たらしく、部屋を出ていった。ついでに龍園の配下たちも龍園の命令で部屋を出ていく。

 結果として、部屋に残っていたのは各クラスのリーダー格と俺。三すくみになるような位置に座っているのだが、俺は龍園と向かい合う位置、つまり神崎と堀北に挟まれた場所に座っている。

 

 何が言いたいかと言えば、目線が痛い。神崎に至っては絶対「今回も何かやらかす気だなコイツ」って思ってんだろ……既にやらかしたと言えばどんな顔をするだろうか。少しだけ興味が湧くが、自ら殺されに行くほど自殺志願者でもない。

 

 もう時間過ぎてるし、後はリーダーたちに任せて帰ろうと立ち上がろうとした、その時。

 

 櫛田たちと入れ替わるように一之瀬、そして何故か綾小路が部屋に入ってきた。

 

 ……逃げてぇ。

 

 

***

 

 

「よう。わざわざ偵察に来たのか?遠慮せず座れよ」

 

「随分と面白い組み合わせだね。時間外で何を話し合ってたのか興味あるなぁ」

 

「クク。そりゃそうだろうさ。本来なら比企谷ではなくおまえが神崎とこの場所にいると思ってたからな。ところが蓋を開けてみればおまえは別グループ。それも箸にも棒にも掛からないチンケなチームに振り分けられてるなんてな。それとも、おまえはそこまでの人間だったか?」

 

「やだな龍園くん。戦略も何も、学校側が決めたことだし詳細は分からないよ。ただ、私たちは与えられた状況、情報をもとに戦うんだよ。その言い方だと順序が逆になっちゃうじゃない。学校側は意図してグループ分けしたってこと?」

 

 一之瀬はあくまでも何も知らない体を装っているが、頭の良い一之瀬がこのグループだけ明らかに人間が集められていることに違和感を持たないわけがない。

 実際、このグループだけは教師によってクラスのリーダー格の人間が集められているからな。昨日の会話を盗見聞きしたし、それは確実だろう。

 

 龍園は一之瀬との距離を詰めて、全グループが意図されて組まれていることを告げる。対して、一之瀬は即座に返答するが、少し悪手だろう。間をおいて答えた方が理解するまでの時間として相手は受け取りやすくなるし、それ以外に情報を拾いにくい。

 今のだと何故知っているのに知らない振りをしたのかを推察されることになる。心理を読まれることは考え方を読まれることになり、それがリーダーともなれば戦略を読まれることに繋がる。

 

「それにしても………俺も女のケツを追いかけるのは好きだが、おまえはそれ以上だな。鈴音といい一之瀬といい、いつもケツに張り付きやがって。比企谷と同じじゃねえか」

 

「おい、俺を巻き込むのやめろ」

 

「坂柳やそのパシリ、ひよりに後ろからついて行ってる写真、いるか?」

 

「……比企谷君?」

 

 ケラケラ笑いながら綾小路を一瞥した後、俺にまでついでに攻撃してきやがった。ほら、一之瀬がお説教しますオーラ出しちゃったじゃねえか。

 最近は正座しすぎて、全然苦じゃなくなってきてるが、それでもさせられたい奴なんていないだろう。いたらソイツはただのドMだ。

 

「それにしてもいいところに来たな一之瀬。俺はおまえに面白い提案があるぜ」

 

「提案?一応話だけは聞かせてもらうけど何かな」

 

「くだらない話よ。耳を貸すだけ時間の無駄ね。もっとも……そこのゾンビ君は乗り気だけど」

 

「Aクラスを潰すための提案だ。悪い話とは思わないんだがな。鈴音と神崎は反対らしい。比企谷は賛成してくれたんだがな」

 

「二人が反対で比企谷君が賛成する時点で碌な案じゃないっぽいね」

 

 笑顔でそう告げる一之瀬。俺に対する信頼度が底辺な件について。

 

「俺は既にCクラスの優待者を全て把握している。3クラスで情報を共有する、全優待者の情報をな。そして学校側のルールを看破する」

 

「なかなか大胆なアイデアだけど、それって現実的な話とは思えないな。そもそも、龍園くんがCクラスの優待者を全て把握したって話は本当なの?」

 

「信用できないのは当然だ。だったら今回に限り誓約書でも作ればいい。Aクラスに3人いる優待者を分け合うって話でな。これでAを除く3つのクラスが上に迫れる。おまえらBならAに上がれるだろう」

 

「ついでにB~Dはお互いに指名しない旨と、指名した場合のペナルティを追加すれば龍園でも裏切るに裏切れないだろって思うんだがな」

 

「どんな内容の誓約書を書いたとしても、誰がどう裏切ったのか分からない以上無意味よ。Cクラスが裏切って終わりね」

 

 堀北の言うことはもっともだ。既に龍園が優待者の法則を見抜いているなど思いもしないだろうから、龍園のやり方など突っぱねてやるという強い意志を感じた。

 その後も話し合いが続いたが、一之瀬は提案を受けなかった。個人的に綾小路が発言したのは驚きだったが、どうやら堀北にBクラスとCクラスに手を組まれると大敗北を喫する可能性があることを匂わせたかった感じだ。

 

 一之瀬が断ったことで龍園も用はないとばかりに部屋を出ていく。

 部屋に残ったのは俺、一之瀬、神崎、堀北、綾小路の5人。

 龍園に対しての愚痴のようなものを吐きつつ、一之瀬が話かける。

 

「堀北さんに綾小路くん。私たちの協力関係を知る人が揃っているから聞くけど……今回の試験で、クラスを超えた協力関係は成立すると思う?」

 

「わざわざ敵対する必要はないけれど、協力しようと持ち掛けるのは難しいでしょうね。試験の仕組み上二つのクラスが協力してやるにしても不完全だもの。それに、DクラスとBクラスの全員のゆるぎない協力が必須条件。成立するとは思えない」

 

「うん、さすが堀北さん。よく試験を理解してるね。龍園君のアイデアは机上の空論だよ。やっぱり手を組んだのは正解だったね。うちのクラスには、すぐにこういう事に乗ろうとする手のかかる子がいるからさ」

 

 なんでこっちをジロっと見てくるんですかね……いや確かに龍園の案に賛成したが、利点だってあっただろ。

 学校側は優待者情報を明かさないと言っていたから、龍園が裏切ってもしらばっくられたらどうしようもないと考えてるんだろうが……誓約書を教員を通して合意したならば、誓約書の内容について反故がないかどうかを学校側に調査してもらえるはずだ。

 

 だが口には出さない。出したら絶対に神崎と堀北、それに一之瀬も一緒になって反論してくるからな。無謀なことを俺はしない主義なのだ。

 

 

***

 

 

 本日二回目の話し合いを終えた後、俺はいつも利用している温泉に来ていた。

 龍園の案に乗ろうとしたことがきっかけで、前回の無人島の時みたいに単独で行動を起こしそうだからとあの後から神崎、柴田、彩加、一之瀬、白波、綾倉、小橋の誰かに監視される生活になってしまった。解せぬ。

 龍園が危険人物なのは確かだが、リスクリターンの計算はボッチの領域内だ。自分のキャパを超えたリスクは負わないことくらい弁えてる。

 

 でもやっぱり監視付きなのはやりすぎだと思うんだよ。彩加とは筋トレを一緒にして楽しかったし、白波とは天使に関する議論が盛り上がったが、他の面子はよろしくない。

 一之瀬は距離感近いし、神崎は無言だし、柴田は余計なこと言ってくるし……網倉と小橋に至っては、二人の担当時間に坂柳と電話してしまったので、キャーキャーうるさかったのだ。何?最近のJKは男女の会話なら何でもキャーキャー言っちゃうわけ?

 帰ってからの夏休み期間で焼肉を奢るか、回らない寿司を奢るかの二択を迫られて、苦渋の決断で自分が食べたい焼肉にした俺の気持ちなんぞ知らず、「修羅場!修羅場きちゃう!」「Cクラスの椎名さんとも仲いいって話だし、泥沼現場に遭遇できるかも!」なんて言い合ってる始末である。

 

 何だかんだあった上に、試験の話し合いもあったおかげで疲れ切った俺は、こうして温泉に浸かり、疲れをとっているというわけだ。

 ……隣にいつの間にか高円寺いるけどね。

 

「やあ、比企谷ボーイ。マナーは守っているかね」

 

「ああ。お前に教わったのは全部守ってる」

 

「そうかそうか。こうして新しい紳士を生みだしたのも私が美しいからだと思うと、美しさは罪だと改めて感じられるね」

 

「……そうかい」

 

 そういや試験が終了した猿グループって、高円寺がいたところだったか。ならカマかけてみるか。

 

「お前もう試験終わったんだろ?優待者の法則が分かったから優待者を指名したのか?」

 

「嘘つきを見つける簡単なクイズだったからねぇ。大して面白くもなかったから終わらせたのさ。あの時の同室の幸村ボーイの乱れようといったら醜いものだった。ああはなりたくないものだが……その口上だと比企谷ボーイも気づいたようだね」

 

「まあな。つーかそこまで分かってるならクラスの奴らに教えてやれよ。堀北なんて法則なんてないって一点張りでグループでの優待者探しをしているフリを健気に頑張ってるんだぞ」

 

「そんなの私の知ったこっちゃないね。私は私がやりたいようにやる。それだけさ」

 

 カマかけてみたのが大正解だったことに加え、高円寺六助は本当に個人主義だと痛感した。それでも学力は高く、能力も最上位なのだから余計に質が悪い。二年に鬼龍院という先輩がいるらしいが、高円寺同様クラスのことなど気にもかけておらず、そのせいで二年のAクラスは南雲副会長のBクラスに逆転されているらしいし。

 個人主義は俺も少なからず共感できるが、如何せんこの学校でそれを貫けるのは素直に尊敬に値するだろう。

 

 

***

 

 

 特別試験三日目。一日設けられた完全休息日である。

 俺はこの日、たまたま入ったトイレでとある男と出会った。

 

「ん?」

 

「おまえ……比企谷じゃないか!なんで俺たちを裏切った!」

 

 そう、葛城派にして葛城と共に行動していた、彩加と同じ苗字を持つ羨ましい男。戸塚弥彦君だった。

 

「お前がリタイアなんてしたから、俺たちAクラスは本来のポイントを大幅に下回る20なんて点数になったんだぞ!?」

 

「互いに指名しようって先に言ってきたのはそっちだろうが。それに、葛城が持っていたキーカードを見てお前がリーダーだと気づかせないようにしていたお前らに言われる筋合いはないな」

 

「お前坂柳が嫌いなんだろ!?今回の件で葛城さんが失脚したら坂柳の一党体制になってしまうんだ……まだ優待者当てを無傷で終えられるだろうから最低限の面子は守られるだろうが、二学期からは坂柳派がどんどん勢力を増してくるに決まってる……」

 

 いや、そんなぽろぽろと重要な情報を他クラスの俺に溢すなよ。いきなりすぎてびっくりしたぞ。これが俺を騙すためのフェイクや頭脳戦略なら見直すのだが、単純に本音らしい。

 ……待てよ、コイツを利用して葛城派に最低限の抵抗力を持たせれば坂柳に嫌がらせ出来るんじゃないか?

 

「なあ弥彦。少し話があるんだが……」

 

「誰がおまえの話になんか乗るか!どうせ裏切るんだろ!」

 

「まあ待て。つーか無人島の件は完全におあいこだろ……実はだな……」

 

「な、何!?いや、それが本当かどうか……」

 

「なら明日の二回の話し合いの中で……」

 

「反応すれば、確かに怪しさは増すよな……」

 

 入れ知恵をし、所属しているグループの優待者を教える。馬グループらしいから、確か優待者はDクラスの奴だったはず。Bクラスに直接実害があるわけじゃないから裏切り行動ではないな、よし。

 

「悪くない話だろ」

 

「乗った!」

 

 チョロい。葛城、こんなチョロい奴を側近のような立場に置かせるのは、お前のためにならないと思うぞ……もう遅いけど。

 今回はAクラスにプラスに働くから、問題はないだろう。……弥彦の奴が優待者を見抜いたくらいで、試験の順位は大きく変わらないし、俺たちがAクラスに上がることに変わりはない。

 

 思わぬところで思わぬ奴と出会ったが、これが吉と出るか凶と出るかは……二学期になってから分かるだろう。

 

 弥彦が先にトイレから出ていくのを見送り、顔を洗うなどして時間を少しズラしてから俺もトイレを出る。

 

 ―――まずは、満面の笑みで俺を監視する気満々の一之瀬をどうにかすることから、考え始めるか。

 




次でバカンス編は終了です。
その後は夏休み(4.5巻の内容のように抜粋)か体育大会に一気に飛ぶかで迷ってます。
どちらにせよ、綾小路と共に生徒会室に行く話は書くつもりですが……アニメの方の時系列で合わせたのでまた夏休みの話かよ、早く本編進めようぜ、なんて思わなくもないです。
1話1話長くなっちゃいますし……。
あーでも、夏休みだからこそ上級生と絡ませておくべきか……?

かなりグダグダした割には文章もおかしいところ多々あると思いますが、見逃していただけると助かります。
どうせ後から自分で読み返して「は?」ってなった時に書き直すと思うので……。

前回の話の最後にあった、龍園と比企谷の密会の内容はかなり後で振り返るような形で使う気なのでしばらくは内容を伏せますが、感想欄などで勝手に推理してもらえるとそれはそれで面白いですね。
ついでにポチっと下の評価ボタンから評価くれると更新速度が上がりますので、もしよろしければお願いします~。


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澪「あんたって馬鹿?」 八幡「かもな」

前までの更新速度に比べたらマシになったかな……。
これも感想と評価のおかげですね、ありがとうございます!
自己満足小説とはいえ、好きなものを共有、認めてくれる人がいるのは嬉しいことです。

ついでですが、この作品HACHIMAN化などはないと改めて言っておきます。たまにそのような意見を頂きますが、正直原作俺ガイル見直してこいと言いたい。あんな行動できる人間いないだろって言いたくなりますね……会話、行間を読んで、その時の心情、行動……そりゃ他作品に乗り込んだらヒロイン取られても仕方ないところあると思います。
ハーレムすぎるのは個人的にはどうかなぁとは思いますけどね。

さて、話を戻しますが、前回同様「そこっ!?」ってところを攻めていきます。あまりこの二人が絡んでる小説ってないんで自分が見てみたかったってだけです。
勝手に伊吹は、サキサキから家庭力とお姉ちゃん属性を外して身長とある部分を小さくしたヤツと思ってるんで、もしかしたら解釈違いがあるかもしれませんが、どうかご容赦を。


 休息日というものは、その名の通り休むために設けられた日のことを指している。

 休むと言っても、その形態は人によって様々だ。友人と食事や買い物を楽しむ者もいれば、一人で読書をしたり、ゲームをしたりすることが一番という者もいる。

 

 俺の場合は、一人で惰眠を貪ることだろうか。休みの日にしか許されない、二度寝や昼起きの幸福感は何物にも変え難いものがあると思う。

 たとえ部屋から出た途端、ゴミを見るような目を向けてくる妹がいたとしても、最高の休日に変わりはないし、今なら目覚めれば隣に天使がいるから、心地よくうたた寝をすることが出来るのだ。

 

 つまり、俺が言いたいことは……

 

「……あの、一人でゆっくりしたいんですが」

 

「駄目!比企谷君は目を離したら、すぐに変なことするでしょ!」

 

 この世話焼きで全く信用してくれない委員長から解放して欲しいということである。

 

 

***

 

 

「今日は休みなんだぞ。クラスメイト達の行動は尊重するんじゃなかったのかよ」

 

「普通ならそうだよ。でも坂柳さんや龍園くんと知り合っているのに加えて、無人島での前科があるからね。今日は私から逃れることは不可能だと思ってね」

 

「何、お前そんなに俺と居たいの?今日一日一緒に過ごす?」

 

「……え、い、いやそんなつもりじゃあ……///」

 

 おい、そこで顔を逸らすな。何?そんなに俺のこと監視するの嫌なわけ?だったら彩加にでも任せてくれれば、俺も楽しめてWinWinの関係になるから推奨させて欲しい。完全にWinWinだ。

 

 それに、この試験で俺がやるべきことはもう終わったのだ。考えるべきなのは試験後のこと。そして生徒会長に呼び出された件についてである。

 プールで話したのが初めての会話だったのだが、一言目から生徒会室に来いなんて……悪いこと何かやらかしたか?でも数学でたまに寝てるとはいえ、Dクラスに比べれば頑張ってる方だと思うのだが。

 あの坂上先生の眠たくなるような口上でもほぼ寝ずに、しかも天敵ともいえる数学に俺が取り組んでいるのだから、むしろ褒めてもらいたいものである。

 そんなこと言ったりした日には、「学校で勉強をするのは当たり前だろう。何を言っている?」とか言われて阿保を見る目を向けてくるに違いないだろうけど。

 

 向こうは俺のことを知らないだろうが、俺は堀北会長についてある程度のことは調べてある、性格や人間関係も会話からある程度推察しているしな。

 ……だからこそ、呼ばれた意味が分からないのだが。

 

「と、とにかく!私は今日一日、比企谷君を監視するから!」

 

「……別に何もしないっつーの。もし俺が今日龍園や坂柳と接触したら、料理当番一週間変わってやる。それに……一生に一度乗るか乗らないかの豪華客船だし、楽しまないと損だぞ?ほら、あれ」

 

「あれ?……あっ」

 

 俺が示した方向には、こちらの様子を窺う白波、小橋、網倉の姿があった。

 恐らく、一之瀬を遊びに誘いに来たのだろう。そうに決まっている。断じて俺と一之瀬の会話を盗み聞ぎして楽しんでたりはしていないはずだ。

 

「それに今回の試験、これまで神崎に従ってきたんだ。それは最終日もそう。龍園の案もお前と神崎が反対なら受ける必要はない。あくまで俺は俺の意見を言っただけだからな。警戒しすぎだっての」

 

「……そうだね。饒舌なところが少し怪しいけど、今日は監視なしにしようか」

 

 よし、これで久しぶりのボッチライフを送れる。しかも豪華客船でだ。比企谷八幡のボッチライフin豪華客船といったところだろう。二年半後、小町に自慢してやるかな。

 

「ただし!明日はずっと神崎くん達といること!いいね?」

 

「了解だ、委員長」

 

「よし。ごめんね、もう比企谷君との話は終わったから。どこから行く?」

 

「いやいや、無理しなくていいんだよ帆波ちゃん。比企谷君と監視の名目で一日一緒に過ごせるんだから、そっち優先しても……痛い、ほっぺ抓らないで~」

 

「いーや、そんなこと言う子にはお仕置きだよ。まったく、何もないって言ってるのに~」

 

「でもでも、前抱き合って幸せそうな表情を浮かべて―――「まずはご飯食べに行かない?うん、行こう!席無くなっちゃうかもだし!」

 

 賑やかなのはいいことだな。リア充Bクラスはやはりこうでなくてはならない。もちろん俺は除かれるけどね?

 一之瀬が出ていって少しした後、携帯が鳴りだした。相手はロリである。俺は見ない振りをすることにした。

 

 ……どんどんメッセージが送られてきているのなんて、俺は見ていない。

 

 

***

 

 

 こうして改めて豪華客船を歩き回ると、その内装の高級さに驚かされる。

 デッキにあるプールにしても、ジャグジーにしても、スパにしても、シアターにしても、レストランにしても……どれか一つですら、人生で一度行くか行かないかのレベルなのだ。

 それがこれだけ並んでいれば、海の上とは思えないほど充実した生活が送れているのだろう。実際に多くの生徒とすれ違うが、誰であれ楽し気に友人や個人で豪華客船でのクルージングを楽しんでいる。

 

 ……今朝方牛グループの試験が終了したとは思えないほどの活気で満ち溢れている。優待者は小橋だから、一之瀬や神崎は慰めたり理論武装で小橋が感じているであろう不安を取り除こうとしていた。

 さっきの様子だけを見るのなら、かなりマシな精神状態に落ち着いたんだろう。一日一之瀬達仲良し四人組で遊べば、憂鬱な気分も消え失せるはずだ。

 

 問題は誰が試験を終わらせたのかだ。猿グループは高円寺が正解して終わらせているが、生憎牛グループには知り合いがクラスメイトぐらいしか……いや、確か佐倉さんと池、須藤の二馬鹿がいたか。この三人に話を聞いてもいいが、正直なところ既に賽は投げられているし、足掻くことすらできない。こればかりは当たっていないことを祈るしかないな。

 

 入ったことのなかった海鮮料理店を見つけたので席に座り、携帯を取り出す。

 歩いている間、マナーモードにしていたためか振動が鬱陶しいほど響いていたのだが……全く音沙汰がなくなったのだ。

 こうなると坂柳の立場から取れる行動は二つ。俺が出ないのが試験に集中していると考えて連絡を取るのを諦めたか、橋本や神室、鬼頭に俺を探れと命令するか……後者だろうな、うん。

 

 やべ、結構まずい状況になっているかもしれない、などと考えつつ、カウンター席で料理を待っていると、隣に座ってきた生徒がいた。

 自然とそちらに視線を向けると……Cクラスの伊吹澪が、いつもの不愛想な顔をしてメニューに目を通していた。

 えーっと、あの、伊吹さん……?他にも席空いてますよー、何ならあのテーブル席とか。最低でも隣一席分は空けるとかしてくれたりするもんじゃないんですかね。

 

 こちらに不躾な視線に気が付いたからか、元から目的があってここに来たのかは知らないが、注文を終えると同時に一瞥をした後話しかけてくる。

 

「……何」

 

「いや、別に。ただ、なんで隣に座んのかなと」

 

「どこに座ろうが私の勝手でしょ」

 

「……」

 

 確かにそうだ。空席ばかりの店内でどこに座ろうがそれは個人の自由。

 だが、Cクラスに理由のない暴力を振るわれ、伊吹の青パンツをガン見した俺の隣に座るのは、普通に考えてもおかしくないだろうか?

 

「……はぁ、馬鹿なこと考えてるのね」

 

「ばっ!?ち、ちげぇし……」

 

「じゃあ何考えていたわけ?」

 

「そりゃあお前、明日最終日になる試験のこととか」

 

「龍園と契約を交わしたアンタが、気にするようなことが何かあるわけ?」

 

 そう言えば伊吹は嫌そうとはいえ、龍園の幹部枠みたいな位置にいるんだったか。話が回っていても特段おかしいわけではない。内容はかなり細かく、項目も10程度ある契約を龍園と結んだのは確かだが、言い方的に全てを把握しているわけではなさそうだ。

 龍園の奴、試験の優待者の法則のことしか話してないらしい。部下にすら黙っているのは独裁者らしいといえばらしいけど。

 

「そりゃ気になるだろ。他クラス、特にDがどんな動きをするのか直前まで見てみたいんだよ。龍園はDクラスをとことん追い落としたいと考えているだろうが、俺はしがないBクラスの一員でしかない。だからこそ、お前らに一学期にやられたような、突然の襲撃や攻撃を浴びるハメになるのを出来る限り事前に防ぎたいってだけだ」

 

 そう言ったところで俺の注文していたコース料理は運ばれてきたので一旦会話をやめたのだが、伊吹の方を見ると、なんとも珍妙な生物でも発見したかのような顔を向けてきていた。

 

「……なんだよ」

 

「あんたって馬鹿?」

 

「かもな」

 

 龍園と契約を不備なくとはいえ、結んだ時点でそういわれても仕方がないこともかもしれない。一番俺が警戒していることを既に龍園は察知していると思われるが、それを踏まえると俺の行動はおかしく映るはず。

 

「龍園に面と向かって契約を突きつけるとか常軌を逸してる。アルベルト……いつも龍園の身の回りの世話とかボディーガードをしてる奴が怖くないわけ?」

 

「めっちゃ怖いに決まってんだろ?」

 

「は?」

 

「怖いのは怖いが、俺は何よりも俺の利益が一番だからな。山田が怖かったから自分の身を守れませんでしたっているのはあまりにも情けなさすぎる。少しは自分で動かないと生きていけないって思ってるだけだ」

 

 そう告げると、何が面白いのか伊吹は少しだけ笑った。なんだ、そんな顔も出来るのか……これに声がなんとなく彩加に近いこととかで意識をしてしまう。

 落ち着け俺!相手は彩加じゃないんだぞ!……彩加ならいいのか、いいのか……?

 

 

***

 

 

 根暗そうな奴。それが、私が抱いた比企谷の第一印象。

 Bクラスへのちょっかいが大した効果を持たなかったと思った龍園が、ターゲットに選んだのがコイツだった。

 お人好しだらけの、仲が良いBクラスの中で輪に入ろうとしない稀有な男。一人を好むだけかもしれないけど、一之瀬達の反応を見るために最適な人材だった。

 

 嘘の手紙を書いて靴箱に入れ、監視カメラのない特別棟に呼び出して……暴行。コイツが一之瀬に泣きついてBクラス側が訴訟を起こすことを見越した上でのちょっかい。……にしてはやりすぎだったとは思うけど。

 

 けど、コイツは最初から告白なんて信じてなかった。隠れていた龍園の部下たちの存在を察知してか知らないでかは分からない。それでも、看破したのは事実。

 それに、どちらかと言えば比企谷はこの件をなかったことにしたがっていたという。龍園からすれば、何も行動を起こしてくれないのが一番利益がない。得られる情報も比企谷がそういう人間だってことだけ。

 でもBクラス自体がそのことを許せなかったらしい。呆れたお人好しぶりだけど、龍園は楽しそうに笑っていたっけ。本当に、ふざけた奴だと思う。

 

 それでも、龍園がトップに立たないとCクラスは上に上がれない。クラスの誰もが龍園のことを嫌いであるのに逆らわないのは、傍にいるアルベルトや石崎が怖いのもそうだけど、龍園に従うのが一番上にいける可能性があるってみんな思っているからだ。

 

 無人島でも暴れた龍園だけど、今回は不気味なくらい何もしていないように見せていた。

 怪しいと思って問い詰めれば、横で鮪の刺身を食べているコイツに提案された条件を呑んだからだと言う。

 

 Bクラスの中でも異質。一人を好み、ボイスレコーダーを常に持ち、龍園が最後の敵として言っているAクラスの坂柳、更には葛城とも縁がある男。

 そして、あの時私のパンツをガン見した男!

 

「……ちッ」

 

「おい、いきなりの舌打ちはやめろよ。飯がまずくなるだろ。……さっきまで笑ってたのにいきなり舌打ちってどういうことだよ……」

 

「アンタ、単独行動取っていいわけ?あの一之瀬や神崎が許さないと思うけど、アンタは特別ってわけ?」

 

「いや、普通に無許可だが」

 

「……はあ!?」

 

「うるせえ、耳元で大きい声出すな」

 

「あ、ごめん。いや、そんな勝手な行動許されるの?」

 

「許されるわけないだろ。バレたら一生一之瀬による監視生活になるだろうな」

 

「……やっぱり、アンタって馬鹿」

 

「うっせ、ほっとけよ」

 

 Bクラスでも異端な理由が更に増えた。

 だって私は敵だというのに、軽くこんなことを言ってくる。

 そしてこれが計算なのか、演技なのか、本気なのかが分からない。

 リスクリターンの計算に長けている、って龍園が言っていたけど、全然長けてないじゃない。

 

「それ、私に言っていいわけ?」

 

「だってお前ボッチだろ。ボッチに何か言っても話す相手がいないから情報は流出しない」

 

「……掲示板って知ってる?」

 

「……」

 

 確かに、私は特段仲が良い同性がいるわけでもなければ、一人でいる時の方が圧倒的に多い。ボッチと言えばボッチだろう。

 それでも情報を流す手段なんて、今は其処ら辺に転がってる。

 ……やっぱコイツ馬鹿だ。だって凄く嫌そうな顔してるし。

 

「……何が望みだ」

 

「別に何も……いや」

 

「いや?」

 

「学校で私が暇なとき、ご飯でも奢って」

 

「………」

 

「何?不満?」

 

「いえ全く。いつでも呼べ。連絡先はこれな」

 

 特に目的もないけれど、Bクラスだしポイントは持ってるはず。なら、たかるくらいがちょうどいい。

 嫌そうな顔をするもんだから端末に書き込む動作をしたら、手の平代えて連絡先を記した紙を残して出ていった。

 その様は見ていて呆れるもの。けれど、少し興味が湧いた。

 

 龍園と契約を交わす馬鹿で、交友関係が異常で、けれども本質はボッチ。こんな人間他にはいない。

 ……馬鹿がこれから先何をしでかすのか、飽きるまでは適度に呼び出して奢ってもらおうかな。

 

 

***

 

 

 伊吹に飯を奢ることが確定してしまった。何故だ。

 

 伊吹がボッチだからと少し安心していた?パンツ見た罪悪感から?

 

 違うな、俺の人間強度が下がっている証拠だ。

 

 もしあのさっきのことを伊吹がBクラスにチクれば、俺の行く先々には一之瀬を始めとしたBクラスメンバーと共に行くことになるだろう。さすがにメールや電話に干渉する程ではないにしても、思うように動けなくなるのは明白。

 

 第一、あんなに他人と会話をしようとしていることが染められてきている証拠だ。

 

 ……昨日の夜、星之宮先生に言われた言葉が思い返される。

 

 『見ない振りをして、見なかったことにして誤魔化して。それでも関係は絶てなくて。中途半端な人間になって。それは、君が求めるものなの?』

 

 ………俺が求めるのは、何だ。

 自問自答している内に完全休息日は終わりを告げ、試験最終日がやってきたのだった。

 

 

***

 

 

 試験最終日、相も変わらずAクラスは動かない。

 龍園も他クラスと協力して学校側の法則を看破する提案が蹴られてからというもの、ニヤけ面をするのみで動かない。

 Bクラスは神崎を中心にDクラスと延々と会話をしているが、三人とも優待者ではないことは確認済みであるため、他クラスを探るように視線を向けることしか出来ない。

 Dクラスも同様に、堀北を中心に神崎たちと会話をするものの、優待者が絞り切れていないような様子を見せている。……龍園は楽しそうにニヤけているが、内心めっちゃ笑っていそうだ。主に堀北が懸命に優待者の情報を漏らさないようにしていることで。

 

 五回目の試験時間が終了し、一旦部屋から出ていく。俺たちBクラスとしてはここからが本番だ。

 

「さて、念のために貯金からポイントを出して用意してみたけど…どうだろ。辰グループはどんな感じ?」

 

 二種類の携帯、優待者であることを示すものと元々一之瀬が持っているものをポケットにしまいながら、各グループの近況を聞いていく一之瀬。

 基本的に生徒が学校側から支給された携帯端末は、固定のSIMカードが入っている。これ自体を入れ替えることで携帯自体の履歴やメールなども入れ替えることが出来るのだが、携帯番号だけは元々の端末に依存するらしく、携帯入れ替え作戦で相手に優待者であることを示したとしても、通話通知で本当の持ち主がバレてしまうようになっている仕組みらしい。実際に一之瀬と浜口が入れ替えてみたところ、二台とも使えなくなったという。

 星之宮先生に確認したところ、携帯のSIMカードのロックはポイントを支払えば解除できるらしい。最後の話し合いに向け、集まれたメンバーの、Bクラスが優待者ではないグループに一台ずつ、優待者のメールが入っている偽端末を預け、最後の手段として確保した。

 

 思っていたよりも、一之瀬も神崎も頭がキレる。クラスの協力があるのもそうだが、実際に様々なパターンを考えることが出来ているのはそれだけ状況が想定でき、かつルールをしっかりと理解している証拠だろう。

 だからこそ、申し訳ないと少しだけ思う。どんなに細工をしようと、どんなに騙そうとしようと、Cクラスだけは全てを見抜いているのだから。それに、俺も全クラスの優待者を知っている。

 

「八幡、次が最後だけど頑張ろうね!作戦がうまくいくといいなぁ」

 

「そうだな。各グループの展開次第で作戦を使うか使わないかも決まるし、それぞれのグループが頑張るしかないからな。俺は神崎の指示通りに頑張るだけだけど」

 

「言質は取ったからな。妙な真似をしたら即座に一之瀬に突き出すぞ」

 

「脅し文句がそれってどうなんだよ。……彩加も頑張ってな」

 

「うん!八幡や神崎くん、安藤さんのグループは一番大変だと思うけど、僕も少しでもクラスに貢献できるように頑張ってくるから!」

 

「おう」

 

 相変わらず彩加はいい奴だ。はにかんでいる笑顔がこれまた最高なのである。試験終わったら部屋で彩加とトランプでもしようかな。

 試験終了した後の他クラスとの接触禁止の時間。その間だけが、ゆっくりできる時間だと俺は知っているのだから。

 

 

***

 

 

「残り時間も5分になってしまったな」

 

 六回目の最後の話し合い。未だに優待者は分からず、クラスの動きも変わらない。

 神崎は偽の優待者作戦を行う合図を出してきたが、俺はまだやめた方がいい合図で返す。

 だが、最後まで何も動かないまま、試験は終了してしまった。

 全員が部屋を出ていったわけではないので、チャット神崎にメッセージを送る。

 

『すまん、早くゴーサインを出すべきだった』

 

『俺も焦っていたから気にするな。Aクラスに上がるせっかくの機会だからと作戦を立てたはいいが、このグループなら見破ってくる可能性は高いだろう』

 

『……かもしれないな。とりあえずは帰って他のグループの様子を聞くか』

 

『そうだな』

 

 そうしてDクラスが出ていった後、俺たちも出ていこうと席を立つ。

 すると、何故か退出しようとしなかった龍園がニヤけつつも、俺たちBクラスと葛城達Aクラスに向かってこう言ってきたのだ。

 

「お前らにいいことを教えておいてやる。このグループの優待者はDクラスの櫛田桔梗だ」

 

「何……?」

 

「俺は優待者の法則ってのを看破したんだよ。ま、信じるか信じないかはお前ら次第だがな」

 

 それだけ言って部下を連れて部屋を出ていく龍園。

 残された俺たちは、ただその背中を見つめることしか出来なかった。

 

 ……本当にうまいやり方だ。よくもまあこんなことを考えつくものである。

 話し合いの時間、堀北をはじめとしてDクラスを泳がせておきながら、最後、Dクラスがいない時に俺たちに少しだけ情報を提示する。

 これだけの情報で裏切ることなんて出来やしない。しかし、回答時間にもしかしたらと思い、名前を書くことぐらいはこのグループ、いや、神崎と葛城はそう指示するはずだ。

 ただ堀北を煽るための材料になればいい。それくらいの軽い感覚で考えたとは思えないくらいのタイミングと仕掛け方。

 

 ……二学期が始まったら、本格的にDクラスはまずいかもな。南無南無っと。

 

 

***

 

 

 試験時間が終了したことで、それぞれの部屋に戻り、所定の時間を待つ。その間、彩加や柴田、神崎とトランプをしていると、神崎が話しかけてきた。

 

「……今回は本当に何もしないようだな」

 

 未だに俺の動きを探っていたのかは知らないが、神崎は俺が携帯を動かす様子がないことを見て少しは安心しているようだった。

 さっきまでの裏切りの連続は、多くの生徒を不安にさせただろう。もちろん当てずっぽうであったり、一之瀬の兎グループみたいな他クラスに偽の優待者情報を掴ませたところもあるだろうが、龍園が指示した裏切り成功のグループも多い。

 前回の無人島では、俺自体が動きを見せたことで結果的にBクラスが勝利したが、今回は考え方が逆だ。すなわち、俺たちBクラスがポイントを得るのではなく、他のクラスのポイントを減らす。

 一先ずは神崎の疑念を晴らすか。

 

「疑いすぎだろ。無人島の時はあれが最善だっただけで、今回の試験みたいな協力型は俺にはハードルが高すぎるんだよ」

 

「無人島のサバイバルも協力型の試験なはずだが」

 

「もちろん、手元のポイントを残そうとすればクラスで協力して節約に努めるのがオーソドックスな方法だろう。けど思い返してみろ。神崎、あの試験での行動について、真嶋先生はなんて説明した?」

 

「自由……それがどう関係する」

 

「自由。それってつまり、ポイントを使い切るのも、他クラスのリーダーを当てるのも、リタイアするのも、節約するのも自由ってことだろ。お前と一之瀬は、節約をせずに試験放棄したと思われるような行動をとった龍園は負けていると言ったが、実際、単独行動を取らなかったらあんな結果にはならなかったはずだ。BとDにはスパイを送り込み、どんな契約かは知らないが、葛城と契約を結んだうえで、坂柳派のAクラスからリーダー情報を入手。クラスメイトのほとんどが豪華客船で楽しい生活を送り、数人が無人島で工作を行うだけで一定の成果を上げようとしていた。それを封じるにはクラス全員で節約生活をしていると思わせたうえで、影の薄い俺がこっそりと動いた方がいい結果に繋がると思った。だから無断で単独行動を起こしたってわけだ。……今となっては、お前には説明するべきだったとは思うけどな」

 

 未だに俺を信じていない神崎に、前回の無人島での試験を振りかえる形で今回の試験では何もしていないことの信憑性を高める。ついでに強カードばかり出してうざい笑い声を上げる柴田に対して、苦しんでもらおうと革命を起こした。

 

「……次からは一之瀬には黙っていてもいいが、俺には教えてくれ。手伝えることがあるはずだ」

 

「そうだな。この面子になら言うべきだろうし。反省してるよ」

 

 頭がキレ、運動もこなせる神崎に運動神経お化けの柴田、存在が天使である彩加のこの面子には、今思えば言っても良かったかもしれない……いや、柴田は駄目だな。口を滑らせるところが想像できてしまうし。

 

「八幡、ちゃんと自分の行動を振りかえれて偉いね!あの無人島の時、僕は本当に苦しい思いをしたんだからね?」

 

「……お、おう。ごめんな彩加。今度からはちゃんと言うことにする」

 

「約束だよ!」

 

「おいお前ら。試験の話しながら俺をいじめるのやめろ」

 

「いじめてないだろ。ほら、5」

 

「革命したのお前なんだけど!?俺の手持ちが強いこと知って革命したんだろうが!」

 

「当然だろ。お前、笑いながら俺たちにジョーカーとか出してきたじゃねえか。ムカついたから革命した。それだけだ」

 

「確かにさっきまでの柴田はうざかったな」

 

「……そうだね」

 

「戸塚まで!終わった……」

 

 大富豪だった柴田だが、俺たち三人の結託により大貧民に落ちていった。あの彩加が苦笑いしながらもうざいことを否定しないってどれだけうざい笑い方してたのかって話である。後でボイスレコーダーからデータ写して、クラスのチャットに貼っておくとするか。

 

 ちなみに大貧民になった柴田は罰ゲームとして、帰ってから俺たち三人に飯を奢ることになった。これが彩加なら学食で山菜定食を食べるのだが、柴田なら遠慮はいらないな。前に見た1200円もするラーメンを奢ってもらうとしよう。

 

 そして、結果発表の午後11時。各グループの結果が発表された。

 神崎、柴田、彩加の三人が驚きつつも嬉しそうにしている。そりゃそうだろう。何故なら―――

 

 子(鼠)―――裏切り者の正解により結果3とする

 丑(牛)―――裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 寅(虎)―――優待者の存在が守り通されたことにより結果2とする

 卯(兎)―――裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 辰(竜)―――試験終了後グループの全員の正解により結果1とする

 巳(蛇)―――優待者の存在が守り通されたため結果2とする

 午(馬)―――裏切り者の正解により結果3とする

 未(羊)―――優待者の存在が守り通されたため結果2とする

 申(猿)―――裏切り者の正解により結果3とする

 酉(鳥)―――裏切り者の正解により結果3とする

 戌(犬)―――優待者の存在が守り通されたため結果2とする

 亥(猪)―――裏切り者の正解により結果3とする

 

 以上の結果から本試験におけるクラス及びプライベートポイントの増減は以下とする。

 cl、prという単位がポイントの後ろについてあるが、これはそれぞれのクラスポイントとプライベートポイントの略称でもあった。

 

 Aクラス……マイナス100cl プラス200万pr

 Bクラス……変動なし     プラス250万pr

 Cクラス……プラス100cl  プラス450万pr

 Dクラス……プラス50cl   プラス250万pr

 

 結果として、暫定クラスポイントはこうなった。

 

 Aクラス 934cp

 Bクラス 940cp

 Cクラス 620cp

 Dクラス 375cp

 

 よって……俺たちBクラスはAクラスに上がり、AクラスはBクラスに降格した。

 

「マジでか!おい、やったな神崎!戸塚!比企谷!」

 

「うん!僕たちAクラスに上がったんだ!」

 

 キャッキャしながら盛り上がっている二人を尻目に、俺と神崎は考察に耽る。龍園がしたこと、弥彦の行動、高円寺が正解していた等の情報を合わせると、少しずつ全貌が見えてきた。

 つーか何俺の彩加と手を握って笑い合ってるんだ柴田。そこは俺の席だぞ!

 

「ほとんど紙一重だがな。…ちょっと待ってくれ、どういった内訳なんだこれは?」

 

「……龍園の奴、本当に優待者の法則とやらを見抜いていたらしいな」

 

「ああ、だが何故俺たちやDクラスを狙わなかった。この試験の裏切りが100%成功する状況を作り出しておきながら動かないのは不自然じゃないか?」

 

「……いや、龍園ならAクラスだけを叩きに行っても不思議じゃない。前の無人島で俺たちとDクラスはかなりの成果を上げているし、Dクラスには暴力事件を不問にされた件もある。個人的な恨みで自分の手で潰そうと考えそうな奴だしな」

 

「小橋のところが当てられていないということは、俺たちは50のクラスポイントを得ていることになる。それが変動なしなら、どこかのクラスに当てられたようだな」

 

「そういや高円寺が当てている猿グループにうちの優待者はいたのか?」

 

「……ああ、白波だ。比企谷には一之瀬が口止めをしていたから伝えていなかったが……いや、待て」

 

「どうした神崎?」

 

「何かあったの?」

 

 どうやら神崎は気づいたらしい。

 この結果は単純に見ればCがAを攻撃し、うちは小橋の分のクラスポイント50が高円寺に白波が当てられた分の50で相殺。Aは150ポイントを失い、Cは150ポイントを得る。そしてDは高円寺の50ポイントを得ることになる。

 だがここで、小橋のいた牛グループへの攻撃失敗の事実が浮くことになり、どこのクラスがやったのかを考える必要が出てくる。神崎から聞いたところによる一之瀬達兎グループの結果はAクラスの裏切り失敗。優待者はDクラスに居ると一之瀬が確信を持って言っていたから、Dが50ポイントを得ているはず。

 そうなると牛グループで失敗したのはDクラスとなる。確か須藤か池のどちらかが失敗したと俺は睨んでるが、そう考えるとBとDクラスの計算は合う。

 最後にAクラスがマイナス150でCがプラス100であること。龍園がAクラスのうち二人しか狙わなかったわけがないとすれば、辻褄は合うのだが……。

 

「龍園がAクラスの人間を分けたっていうのか?」

 

「……そう考えると筋は通る。だが奴がそんなことをすると思うのか」

 

「思わない」

 

「……何が起こったんだ」

 

 そう言って神崎は計算を進めるが、やはり違和感を覚えるらしい。計算上は合ってるが、非合理的な動きをすることになるため違和感を覚える奴は覚えるだろうな。

 それでも、真実は闇の中だ。優待者が貰える50万は大金だし、先生が説明時に言っていた仮IDを使われれば見抜くことは不可能になる。

 結果的に残るのは、龍園の気味の悪さだけ。

 

 ……結果だけを見れば契約を結ぶ必要はなかったかもしれないな。それに本当に俺がBクラスをAクラスに上げて卒業したいと考えているのなら、弥彦に情報を与えない方がAクラスとの差が開くため良かったかもしれない。

 ……それでも、()()()()()()()()()()()()()がいいはずだ。

 俺の勝手な押し付けで勝手な行動。それは余計なお世話とも呼ばれるだろうし、偽善な行いだとも思う。

 

 それでも、アイツらには……()()()には、最後に笑っていて欲しい。

 

 こんなやり方しかできない自分が嫌になるが、それが俺なのだから仕方がないことだ。

 いつの日か、俺は断罪されるだろう。クラス単位の戦いの中で単独行動をとる駒など以ての外だ。すぐに切り捨てなければならない。

 だが、それは今じゃないんだろう。この先どんなことが待ち受けているかによっても変わるはずだから。

 俺たちの時間は、高校生という期間はわざわざ言うまでもなく、限られている。

 笑ってしまうくらいに狭い世界の中で、どうしようもないほど短い時間の中で、俺たちは生きている。

 ましてや実力主義の学校。卒業時のクラス順位で余計なレッテルを貼られることも考えられる。Aクラス以外で卒業するのは悲惨な将来を想起させるのには十分だ。

 今回のAクラス昇格を卒業まで維持するのは無理だろう。もちろん出来るかもしれないが、龍園がいくら暴れても反応できないBクラスでは可能性はほぼ0と思ってしまう。

 一応弥彦を使って最低限の抵抗をさせるAクラスに関しても、坂柳の一党体制になるのはすぐのことだろう。

 そして狙うのはBクラス。龍園のような王様がいるわけでもなければ、坂柳が一番の楽しみだと言う綾小路がいるわけでもない。団結力。それしかないBクラスを狙うのは必然だ。

 

 俺が何かを言うよりも、実際に体感して成長していかなければBクラスは……いや元BクラスはAクラスで卒業できない。

 それは俺も同じ。俺みたいなボッチなど蟻のように踏みつぶされるだけだ。

 力を付けなければならない。小町との約束はもちろん大事で、大切だ。けど悪い、小町……俺には退学になってでも守りたい奴らが出来てしまった。

 関係性は欺瞞で、偽善的で馴れ合いに近いかもしれない。それでも、この関係を大事にする理由が今の俺には分かってしまうのだ。

 

 大事だからこそ、失いたくない。失ったら二度と戻らないから。取り戻せないものだから。

 いつか失うことがわかっているから、どんな関係にも終わりはあるから。本当に大事だと思うのなら失わない為の努力をするべきだと。

 ただ、それは詭弁だ。

 でも今は、その詭弁を守ろうと思ってしまっている。

 

 ……ふと、こんな言葉が頭に浮かんできた。

 

 

 ―――選択の結果は誰にも分からない。出来ることは、ただ選択することだけだ。

 

 

***

 

 

 ~おまけ・EXTRAステージ~

 

 

「よ、よう、昨日は悪かったな」

 

『……』

 

「約束通りAクラスを追い抜いた。これで脅すのはやめだな」

 

『……そうですね』

 

「あーっと、ってわけで……もう切ってよろしいでしょうか」

 

『……ええ、いいですよ。切れるというのなら。電話に出ず、メッセージも返しもせず、試験に対しての工作を行っているのかと真澄さん達に調べさせれば、女の子とご飯を楽しそうに食べていたという比企谷八幡君が私との通話を切れるというのなら……』

 

「いやだって、昨日一日お前と関わったら……」

 

『関わったらなんです?』

 

「……一之瀬に監視される生活になるところだったんだよ。お前や葛城と顔見知りだから、余計なことをしそうで怪しいって言ってな。無人島の件もあってか、想像以上に束縛された生活を送ってんだよ」

 

『それは自業自得でしょう。しかしそうですか……それなら仕方ないですね』

 

「だろ?」

 

『ええ。一之瀬さんに監視される生活に比企谷君がなってしまうと、私が比企谷君で遊ぶ時間がなくなるじゃありませんか』

 

「……あの、坂柳さん?今回の件で写真や動画で脅すことはしないんだよな」

 

『もちろんです。約束は守りますよ。その代わり私の打つ手に比企谷君が全力で戦いに来てくれるという交換条件ですが』

 

「それは問題ない。どちらにせよBクラス……いやAクラスとして、下のクラスに負けるわけには行かないからな」

 

『……なら私はBクラスとして挑ませてもらいますね?初めに比企谷君の部屋に通って、比企谷君がAクラスに上がった後に無理矢理彼女にされたと言いふらして回り、一之瀬さんを始めとしてBクラスに混乱を巻き起こすところから始めましょうか』

 

「おい、それマジでやるなよ?本気じゃないよね?さっきちょっとマウント取ろうとしたのは謝るから。今のAクラスでお前に適うはずがないことぐらい悟ってるから」

 

『面白くないですね。かなりいい案だと思ったのですが』

 

「それ決行した次の日には、俺不登校になるからな。絶対だぞ」

 

『それはそれで困りますからやめることにしましょう。代わりに今度一日付き合ってくださいね』

 

「……行けたら行くわ」

 

『では必ず行けるように日程を組みましょうか。学校に帰ってからも少しの間夏休みがありますから、暇な日を合わせましょう』

 

「今のは遠回しに断ったつもりだったんだが」

 

『暇な日がないわけないと思いますが、ちなみにその理由は?』

 

「まあ、アレがアレでだな……」

 

『毎日暇ですか。生徒会に呼ばれた件以外の時間ならいつでも大丈夫みたいですね。帰ってきたら最後の報告会ついでに日程を詳しく決めましょう』

 

「……俺は無力だ」

 

『何を今更言っているので?』

 

「酷すぎる」

 




バカンス編完結!少々八幡らしくないところもあったけど、後程修正する予定ではあるんで多めに見てもらえると嬉しいです。
あと結果ね。計算はしましたが、ミスってる可能性大なので、指摘とかありましたら教えてくれると助かります。
どっちにしても体育祭編にようやく入れるぜ……。

体育祭では特にイベントは予定してません。ほのぼのまったりなBクラスの模様をお伝えする形になるかと。
……その前に夏休みと称して2年生と生徒会と絡ませる予定です。それに加えて綾小路、椎名、橋本、朝比奈先輩、鬼龍院先輩とのちょっとした出来事も書く予定。

あくまで予定ですので、もちろん書いているときにキャラクターが何を話し始めるかで変わります。

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夏休み〜体育大会
八幡「いや、間に合ってるんで」 茜「間に合ってないですよね!?」


感想・評価ありがとうございます。こうして更新速度が上がっているのは完全にこの二つのおかげです。感謝しかありませぬ。

今回から夏休み&体育大会編です。Aクラスに上がったことで少し中身も変わりますが、大方原作のような進み方をする予定。

今回はタイトル通り。どんどん原作から離れていきます。
働きたくない専業主夫志望のはずが、自ら働く場所に身を置くのは違和感があるとは思いますが、この学校の特殊性と、比企谷八幡の本物に対する考え方が生まれ始めたとすれば、まあなくはないかなと。
Bクラスに入った上で、戸塚がいなければこんな展開にはなっていないとは思いますけどね。

綾小路とも少し関係性が変化するような話になっておりますので、どうぞお楽しみください。


 隣人というのは不思議だ。

 毎朝必ず顔を合わせるわけではないし、全く顔を合わせないわけでもない。

 仲が良いと胸を張っては言えないが、顔見知り程度というほど浅い付き合いでもない。

 少し親しいが親友ではないとでも言えばいいのだろうか。って、それは友達と呼ぶのかもしれないが、何とも違和感を持ってしまう。

 

 隣で一緒にそうめんをすすっているコイツ……綾小路清隆とはそんな印象を持たせてくるのだ。

 

 豪華客船での特別試験を終えた俺たちは、夏休みの終盤を迎えていた。

 二週間近く部屋を開けていたため、換気をして掃除をすることから始まった俺の夏休み後半一日目は、現在、部屋に押しかけてきたいつもの面々+綾小路とともにそうめんを啜る時間になっていた。

 

 夏といえばそうめんを食べつつ、風鈴の音を聞きながら半袖短パンで過ごす。ゲームをしたり読書をしたり、一日中ゴロゴロして何も文句を言われないのが夏休みというものである。妹にはゴミみたいな目で見られるが、そんな視線さえ受け止めれば最高の時間を過ごすことが出来るのだ。

 ……だというのに。

 

「はい、比企谷君専用の化学の問題集と数学の問題集ね。何回も解きなおせば二学期のテストも大丈夫だから!」

 

「……あの、一之瀬さん?俺の目には分厚い小冊子が映るんですが」

 

「?」

 

 思わず頬をピクピクさせてしまったが、それも仕方ないのではないだろうか。

 一之瀬が取り出したのは、中学校の頃に出された夏休み課題のプリント集三個分くらいの問題集だ。それが化学と数学で二つ。

 それを渡してきた本人はきょとんと、首を傾げつつ不思議そうな表情を浮かべている。なんだその顔、不覚にも可愛いと思ってしまったぜ……。

 

「この冊子を取り組まなきゃまずいくらいに、二週間の空きは問題かもしれないが……これいつ作ったんだ?昨日帰ってきたばかりでこれを作るのは時間的に無理だと思うんだが……」

 

「前に比企谷君の成績について、坂柳さんにちょっと溢したことがあって。個人の成績を明かすのはどうかなって思わなくもなかったんだけど、案の定というか坂柳さんは既に比企谷君の点数を知ってたから、二週間の間に成績向上のための問題集作成を依頼したの。何か見返りを求められるかと思ったんだけど、本当に何も求めずに作ってくれたんだよ?坂柳さんのイメージが少しだけ変わっちゃったよ」

 

 あのロリ悪魔が見返りを要求しない、だと……?一之瀬が話した相手は本当に坂柳だったのか?疑問点がいくつもある話だったが、一番まずいのは坂柳に対する印象が、まともな人間に対する印象に一之瀬の中で近づいたことがまずい。

 あれはロクデナシだ。グレン先生もびっくりのロクデナシである坂柳が、自分の利益にならないようなことに時間を割くとは思えない。いつもチェス盤広げて延々とシミュレーションしているか、部下を連れて視察を行うことぐらいしかイメージがないが、着実に葛城派の面々や中立派の人間が坂柳派に属するようになっている以上、裏で動いているのは確実だ。

 

 いや待てよ?ヤツのことだから、単なる暇つぶしの可能性もある。Aクラス……今では元Aクラスだが、坂柳派で統一されるくらいまでの時間は暇つぶしをしているだけと本人が言っていたからな。となると……あー駄目だ、分からん。

 

「ちょっと電話するぞ」

 

「いいよー、って……相手は坂柳さん?」

 

「ああ。アイツがこんなことをする理由が分からないからな」

 

『こんにちは比企谷君。君からかけてくるなんて珍しいですね』

 

 心底驚いている様子が音声からだけでも伝わってくる……わけもなく、何故電話したのかが既に分かっている上でとぼけているにしか聞こえない声音だった。

 確信犯だなコイツ。

 

「お前暇すぎだろ。他クラスの生徒のために問題集作るとか余裕綽々だな」

 

『もちろん、私の友達のためでもあります。ついでに君のも作っただけですから』

 

「これだけ聞くと本当に善意で作ったような気にさせられるな。で、本音は?」

 

『将来的にうちのクラスに来る人材が、勉強で苦手科目があるなんてのは困りますから。将来のための投資です』

 

「それは断っただろ……いや、違うぞ一之瀬!そんな疑うような眼差しを向けないでくれる?白波も同調するな。やめてくれよ……って彩加まで!?」

 

『おやおや、賑やかですね。相変わらず戸塚彩加さんにだけ反応が違いますが、まあいいでしょう。ところで比企谷君』

 

「なんだ?今こいつらの疑念を晴らすので精いっぱいだからそろそろ通話切りたいんだが」

 

『一之瀬さんにチャットを見るように言ってください。私の要件はそれだけです。それでは』

 

「おう……って切られた」

 

 何気に坂柳から切ってくれるなんて初めてかもしれない。これは俺から少しずつ興味が失われていっていることの表れなのだろうか。そうならいい、むしろそうであれ。

 

「一之瀬、坂柳がチャットを見ろってよ」

 

「チャット?へー、何か送ってきたのか……な……」

 

「ん?」

 

 どういうことだ。チャットを開いた瞬間から一之瀬が顔を俯かせたんだが。アイツ何を送ったんだ?

 白波と彩加を落ち着かせることを綾小路にも手伝ってもらっていると、一之瀬が満面の笑みで携帯画面を見せつけるように示してきた。

 

 そこには豪華客船のとある店で、二人横並びで談笑しているように見える男女の姿が……これ、俺と伊吹だな。

 

「比企谷君。ちょーっと聞きたいんだけど……いいかな?」

 

「分かった一之瀬。一度落ち着こうぜ。ほら、お茶でも飲め」

 

「わたしは落ち着いているから大丈夫だよ。それで……これ、わたしたちと別れた後のことだよね?伊吹さんってCクラスで龍園君の側近みたいな立ち位置にいるし……説明を要求するよ」

 

「……拒否権は」

 

「比企谷君にもプライベートはあるからね。だんまりを決め込んでもいいけど……そうした場合、どうなるかは分かるんじゃないかな」

 

 怖っ、これが委員長のやることなんですかねぇ……委員長ならひたすらにバクシンして皆のことを考えて欲しいものです。あ、俺が皆の中に入ってないと考えれば筋通ってますね。もしかして遠回しにお前身内じゃねえから的なこと言ってきたりしてる感じ?

 

「……えっと、これ実は俺悪くないんだがこの時――――」

 

 そう、あの時隣に伊吹が座ってきたのは俺も心底驚いたのだ。待ち合わせをしていたわけでもなければ、特段親しいわけでもないし、むしろ下着ガン見した男とガン見された女の関係だから気まずさで居心地は悪かった。

 だが話してみると思っていたよりもボッチ同士惹かれるところがあるのか、話しやすいとは感じたな。そのせいで余計なことを口にしてしまい、財布扱いをされることになってしまったが……。

 ともかく、この写真を撮らせた坂柳はいつか痛い目に合わせないといけない。悪い子にはお仕置きが必要なのはいつの時代でも変わらないのだ。……大したことは出来ないだろうが、いつの日か不意打ちで痛い目見せてやる。

 

「そっか。それなら別にいいけど……楽しそうだね?」

 

「話してて悪い気はしなかったからな。ほら、ボッチとボッチは惹かれ合うって言うだろ?あれだよあれ。知らんけど」

 

 そう考えると、綾小路とこうやって飯を一緒に食べたり、ゲームをしたりする間柄にまでなったのも、ボッチとボッチが惹かれ合った結果なのだろうか。

 ……入学前から繋がりが出来てしまった坂柳もボッチという結論に至るな。アイツとの会話は恐怖もありはするが、楽しいと感じてしまっている自分がいるのも事実。

 Cクラスの椎名やDクラスの堀北も同様かもしれない。どっちもクラスに親しい人間がいない感じだったし。堀北は綾小路と共にいることが多いから忘れがちだが、同性にも特に好かれない孤高のような少女なのだ。

 ……堀北会長に会ったら妹のことでも話してみるとするか。話してくれるか分からんが、あそこまでAに固執するのは兄である堀北会長が絡んでる可能性は十分にあるし。

 

「ボッチとボッチは惹かれ合う、か。……オレと比企谷が隣室で登下校を一緒にするようになったのも、ボッチ同士が惹かれ合った結果なのか」

 

 いきなり綾小路が呟くようにそんなことを言ってきたが、内容が俺の考えていたこととほぼ一緒だ。すげえ、本当にボッチ同士は惹かれ合っているのかもしれんな……。

 そんな馬鹿なことを考えつつ、勉強したりボードゲームしたりして過ごした一日だった。

 

 

***

 

 

「暑すぎだろ……」

 

 炎天下の中、俺は寮を出て学校に向かっていた。

 理由は堀北会長に呼び出された件だ。

 あの瞬間に声掛けをしてきたことはまぐれか何かの間違いだと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。朝に寮の管理者から連絡があり、要件としては今日昼に生徒会室に来いということらしい。

 流石に私服で行くわけにもいかないので制服なのだが……こんな糞暑い中暑苦しい制服を着て学校に向かうとかそれなんて拷問?

 

 たまにプールに向かうであろう生徒達とすれ違い、その涼しげな恰好を疎ましく思いながら生徒会室に辿り着いた。

 初めて来たその部屋は、厳かな雰囲気の扉で閉じられていた。

 ノックを四回し、中に入る。

 知ってるか?ノックの回数って決まり事があるんだぜ。二回はトイレでのノック、三回は親しい相手がいる部屋へのノック、四回は初めて訪れた場所でのノック、見たいな感じで。

 一時期マナー完璧な大人に憧れて厨二時代に調べたりしたんだよな……アニメを見たらすぐに影響されるのが厨二なのだ。更に言えばこんな感じで現実でも役に立つこともあるので、一概に悪いと言えないのが厨二病という厄介な病の特徴である。

 

「失礼します……呼ばれてきた比企谷です」

 

「来たか。橘、お茶の準備を頼んでいいか」

 

「はい!会長!」

 

 部屋に入ると、俺を呼び出した張本人であると堀北学と、書記の橘先輩がいた。

 他に人は見当たらないし、二人だけのようだ。……南雲がいないのは幸いだな。

 

「座ってくれ。少し話がある」

 

「うっす」

 

「……言葉遣いには気を付けてくださいね、この方をどなたと心得てます?恐れ多くもこの学校の生徒会長ですよ!」

 

 いつものように返答すると、お茶の準備をしていた橘先輩が噛みついてきた。なんか猫みたいに『ふしゃー!』って威嚇してきているが、ただ可愛いだけだった。

 ……邪推だろうが、この二人付き合ったりしていないのだろうか?噂は聞くがあくまで噂だけ。でも大体二人でいるところしか見ないのだが……まあ、どうでもいいか。

 

「すいませんした。以後気をつけます」

 

「よろしい!君は昨日の失礼な子と違ってまともですね」

 

「昨日?ということは綾小路に話した件と同じ……ってことですか」

 

「ほう、綾小路とは友人なのか?」

 

「一応そんな関係、ですかね。寮の部屋が隣で、よく一緒に飯食べたりしますよ」

 

 橘先輩が言う失礼な子って綾小路以外にいないよな。本人から話聞いたら、橘書記に噛みつかれたってぼやくように言ってたし。

 ……綾小路が話していた内容と同じなら、俺を呼んだ理由はただ一つだろう。

 

 橘先輩が入れてくれたお茶を一口飲んだところで、堀北会長が口を開いた。

 

「なら単刀直入に言おう。……比企谷、生徒会に入れ」

 

「ええっ!もしかしてとは思いましたけど本気ですか!?」

 

「……条件があります」

 

「こっちもこっちで即答しない!?」

 

「……聞こう」

 

 橘先輩がコロコロと表情を変えているのを見つつも、真っすぐにこちらに向き合ってくる堀北会長を見つめ返す。

 ……先に言っておかないと、後で文句でも言われたら嫌だからな。

 

「生徒会長を退いた後でも、南雲雅に対抗する際に協力をしてほしいこと。個人的に何かしらの策を講じる際に手伝ってほしいこと。それと三つ目は条件と言うよりも確認のようなものですが……俺自身に学校から批判が集まったとしても、生徒会は継続出来ますか?」

 

「……橘の前で言ってほしくはなかったが、まあいい。先二つの条件に関しては飲もう。三つ目については……何をする気だ」

 

「いえ、今からすぐ何かをするわけではないです。ただ、俺は俺のやり方しか出来ない。堀北会長ならご存じでしょうが、無人島での試験も優待者当ての試験でも、俺は俺のやり方でしか戦えない。ただ……」

 

 ただ、ただそれでも、守りたいと思えるものを守るだけの地位がいる。生徒会はその最たる例で、生徒会の内情を知っていくためには生徒会に所属し続けるしかない。

 Aクラスに上がったばかりの今なら問題は起きないだろうし、南雲雅が生徒会長についてからすぐに学校が変わるわけじゃないだろう。

 二学期は体育祭がメインなようだし、うちのクラスは平均的に能力が高いから心配することもそうない。

 それでも、嫌な予感がして仕方がないのだ。

 だから、目の前に座るこの男も俺や綾小路を生徒会入りさせようとした。

 

「あの~……」

 

「なんだ、橘」

 

「その、比企谷君ってBクラスからAクラスに上がったんですよね?ということは先日入った一之瀬さんと同じクラス……」

 

「……あまり邪推してやるな」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 一之瀬が生徒会に入ったってのも聞いている。

 ……入れたのが堀北会長なら、俺は生徒会入りを断っていただろう。だが、一度堀北会長は面接して一学期に落としている。

 なら何故、一之瀬が生徒会入り出来たのか。

 それは南雲副会長が推薦したからだ。一昨日嬉しそうに興奮した様子で話してきたから知っている。

 確かに一之瀬は優秀だと思う。最初からAクラスにいてもおかしくはなかったし、もしいれば坂柳の補佐をすることでAクラスは最強になっていたに違いない。

 

 問題は南雲雅が一之瀬を生徒会入りさせた理由が、優秀な人材だからという理由じゃないことだ。

 昨日、集団でモールにいた際にある程度ストーキングして会話は拾ってきたところ、無視できないことを話していたからな。

 神崎や彩加に相談することも考えたが、無暗に情報を出して他に悟られても困るのだ。

 ボッチ故にか、一人で行動する方が他人と行動するよりも効果を発揮できる。これは俺がどうにかするべき問題なのだから。

 

「分かった。その条件でいい。お前の手腕を期待している」

 

「うっす」

 

「あ、またうっすって言った!」

 

「……分かりました、生徒会の一員として頑張ります」

 

「よろしい!」

 

 軽く胸を張って満足気な橘先輩。いくら薄いとはいえ、男としてつい見てしまうのでやめていただきたい。

 

「早速だが、仕事を覚えてもらうとしよう。橘、指導を頼めるか」

 

「はい!お任せください!」

 

 あ、一つ聞き忘れてたな。

 

「あの、俺って役職何ですか。庶務?」

 

「お前には副会長をやってもらう」

 

 ……は?副会長?

 

「「えええええ!?」」

 

 橘先輩と一緒になってつい叫んでしまった。俺が副会長とかこの人何考えてるの?ボッチが学校牛耳るようになったら全員ボッチ飯だぞ。いいのか?絶対学校が楽しくなくなるぞ。

 

「いや、それ許されるんですか。今副会長には南雲先輩がいますよね」

 

「通常生徒会には副会長を二人置くことが出来る。例年では一人でやってきているが、ねじ込もうと思えば無理というわけではない」

 

「……余計に俺が警戒されますけどいいんですか」

 

「構わない。お前も、先日勧誘した綾小路もそうだが、警戒しても無駄な人間なら問題はない」

 

 えぇ、どういうことだってばよ。八幡話分かんなくなってきたよ。

 ……つまりはあれか、俺のやり方といい、綾小路のやり方といい、警戒されれば警戒を利用するだろって思われてるのか。なんだよ分かってんじゃん俺。

 

 よく塾などの勧誘冊子に掲載されている漫画の主人公のようなことを内心で思いつつ、早速仕事を覚えてから帰れということで橘先輩と共に書類整理を始める。

 

「比企谷君って一時期話題になっていましたよね。10股でしたっけ?最低だと思います!」

 

「あれデマなんで……俺は南雲副会長と違ってたまたま話していた女子がクラスのリーダー達だったってだけで、彼女もいなければ友達すら怪しい男ですよ」

 

「……ごめんなさい。もっと考えて発言するべきでしたね。良かったら友達になりましょうか?」

 

 いや、そんな憐れんだ目で見られても……あとこれまで生きてきた中で、こんなにもお情け感のある友達なりましょうは初めてである。あと年上からってのも初だな。

 

「……友達いるんで大丈夫です」

 

「さっきと言ってること矛盾してますよ!って、そんなに私と友達になるの嫌ですか!?」

 

「戸塚彩加って知ってます?もうソイツがいれば俺は生きていけるので……」

 

「あの可愛い女の子ですよね!なんだ、彼女いるんじゃないですか、もう」

 

「彩加は男ですよ」

 

「……え?嘘ですよね、あんな可愛い子が男の子なわけ……」

 

「……本当に、残念なことに男なんですよ」

 

「泣いてる!?」

 

 この人と会話するの飽きないな。感情表現が豊かなのもそうだが、反応が面白い。俺の黒歴史を語れば貰い泣きしてくれそうなレベルで感受性高そうな気がする。

 

「ほ、他には誰かいないんですか?いないですよね、ほら、先輩との繋がりはあった方がいいですよー」

 

「ああ、Cクラスの椎名って女子が癒しですね。一緒に本を読むことが多いですが、彩加とはまた違った癒しの波動を感じることが出来るので……堀北会長、連絡先交換してもらっていいですか?」

 

「椎名さん、ですか。少し前に掲示板で見た名前ですね……って!会長でもいいですけど私とも交換しましょうよ!」

 

「いや、間に合ってるんで」

 

「間に合ってないですよね!?」

 

「冗談ですよ。お願いしていいですか」

 

「ええ、ええいいですよ。困ったことがあったら何でも相談してくださいね!」

 

「目の前にいるテンション高い生徒会の先輩の対処の仕方を教えてください」

 

「それって私のことですか!?」

 

 他にいないでしょ、むしろこの人以外に居たらそれはそれでホラーである。

 しかし、まさか俺が生徒会に入ってこの二人と連絡先を交換するなんてな。部活動紹介の時には考えられなかったことだ。

 ちなみにだが、堀北会長と橘先輩、特に橘先輩が俺の目について触れてきていないのは、眼鏡をかけているからである。

 中々俺の目を隠すのに役立つので気が向いた時にかけているのだが、こういった場面でも使えるな。生徒会に行くときは眼鏡をかけておくとするか。

 

「生徒会を抜ける前に出来た後輩がこんな子だなんて……」

 

「綾小路よりはまともな自信ありますが」

 

「彼はもう別次元に失礼なので」

 

 橘先輩の中で綾小路だけ失礼な奴ランキングのぶっちぎりトップにいるんだろうな。俺は二番目か?

 

 

***

 

 

 

 しばらく仕事内容や副会長の権限などの説明もあり、作業を続けていると、気が付けば夕方になっていた。

 今回一番の収穫は生徒会の力の有無だな。

 橘先輩と話して知ったが、生徒会の自治権はそこまで大きいものではない。ただ、生徒会長の役職についた人間の優秀さで権限の大きさは変わるのだとか。

 堀北会長は歴代でもトップクラス、もしくは一番だと。そりゃそうだよなと思えてしまうから不思議だ。

 ……まあ堀北会長の呆れた様子と目をキラキラしながら伝えてくる橘先輩の温度差から、なんとなく私情が入ってる気はしたけど。

 

 今日は帰っていいと言うことなので身支度を整える。と言っても道具を返したり書類を渡したりするだけだが。

 今度は生徒会全員での顔合わせか……一之瀬にはそれまで黙っとくか。ほらあれだよ、サプライズ的な?

 

「では比企谷、これからよろしく頼む」

 

「うっす……じゃなくてはい。俺に出来ることはやってみます」

 

 またしても猫のような威嚇を堀北会長の背後から受けたため、すぐさま言葉を治す。

 一日話していて分かったが、橘先輩からは彩加と椎名に次ぐ癒しの波動を感じた。方向性は違えどマイナスイオンでも出ているかのような感じだ。

 今度から彩加、椎名、橘先輩の三大天使論を提唱していくとしよう。帰ったら白波に語るかな。

 

「ああ、最悪綾小路を動かせ。奴は底が知れない。本気を出せば南雲を完全に抑えきってくれるはずだ」

 

「俺もそう思います。会長もアイツの力の一端を垣間見たりしたんですか?」

 

「少しプライベートでな。それに、試験結果と受験時の点数を見れば誰でも怪しいと睨むだろう」

 

 あれね、全部50点取った上で『単なる偶然だ』って言い張るやつ。普通に無理があるんだよな、一番得意な国語ですら50点ぴったしの点数を取る自信はない。

 

「比企谷君、これからよろしくお願いしますね」

 

「うっす」

 

「あ、また!」

 

「では帰ります、お疲れさまです」

 

「こら、ちょっと待ってk」

 

 橘先輩が何か言っていたが、特に気にすることはないだろう。

 それよりも今日は確か彩加が料理当番だったはずだ。夕食が楽しみだぜ!

 

 

***

 

 

 彩加の肉じゃがは相変わらずの美味しさだった。

 今日は暇そうにぶらぶらしていた綾小路に俺と彩加で夕食を食べた。一之瀬と白波は女子会らしい。彩加も明日部活があるということですぐに帰り、後片付けを俺と綾小路でやっていた。

 

 ……こいつとの関係性も、明確にしておかないとな。

 

「綾小路、俺生徒会入ったわ」

 

「意外だな。比企谷なら面倒くさがって断ると思ったぞ」

 

「俺にも色々あるんだよ……でだ、少し話がしたい」

 

「なんだ?」

 

 この目、何考えてるのか本当にわかんねぇな。

 無機質で何を見ているのか分からない。俺に何も感じていない……わけではないか。少し様子見をするような感じがするしな。

 食器を洗い終わり、マッカンを二個机に出して向かい合う。

 

「ほら、とりあえず飲もうぜ」

 

「いや、オレこれ苦手……」

 

「マッカンほど糖分摂取に向いている飲み物はねぇぞ。あと千葉の水だから千葉市民の気持ちが分かるようになる」

 

「意味わかんないぞそれは……」

 

 マッカンが好きな奴、一之瀬以外いないのおかしいと思うんだよな……伊吹にも布教してみたが一口で嫌そうな顔しやがったからな。

 捨てそうだったため取り上げて飲み干したところ、間接キスとかなんとか言ってきて気まずくなったのは余談である。アイツも坂柳並みにそういうこと気にしないタイプだと思ってたのに……少し顔を赤らめられると可愛く見えるから本当にやめてほしい。

 

「さて、綾小路。俺たちの関係って何?」

 

「関係?友人とかその辺りじゃないのか?」

 

「疑問系な時点で友人じゃないんだよな……お前が力を隠してるのは既に知ってるんだし、俺の前だけなら何も気にせずに自然体でいてもらいたいんだが」

 

「隠してるも何も、オレなんて大したことない奴だぞ。堀北の方がよっぽど優秀だ」

 

「堀北はボッチの女王だからな。孤高であろうしてるが、実際はただの孤独な少女だという事は既に分かってるし。お前ならもう分かってんだろ。俺が動いていることも、何もかも」

 

「……」

 

「堀北会長と何があったかは知らんが、あの人が勧誘するってことは相当な力を感じさせる出来事があったんだろ。俺を勧誘してきたのは試験で動いてたことを把握されていたからだし」

 

「……」

 

「まぁ、そんな話をしたいわけじゃない。俺の本題はーーーー」

 

「……!」

 

 初めて見たかもしれない。綾小路が目を見開くところなど入学してすぐのあたりから付き合ってきているが、見た覚えがない。

 底が知れない、どんな人間かもわからない。人間観察には自信があるが、全くわからない存在が綾小路清隆という男だ。

 ただ、どうやら学生として青春を謳歌したいと思ってるっぽい事は、所々で感じる時はある。事なかれ主義を謳っているのも騒動や試験で目立つことがないようにするためだろう。試験で何かすれば嫌でも目立つからな。

 その割にちょくちょく動いてるっぽいのは、堀北に連れ回されているのもあるだろうが茶柱先生が関わっている可能性が高いだろう。星之宮先生の愚痴の中で出てくるサエちゃんたる人物はあの人しかいない。

 

 少なくとも綾小路はAクラスを目指していない。俺と同じで、卒業出来ればそれでいいと思ってそうだしな。

 なら俺らは、互いのことを友人と、しっかりと見て関係を築いていけるのではないだろうか。協力できることもあるのではないだろうか。

 

「……参ったな。悪い部分が見当たらないとは」

 

「途中から俺を観察していたお前なら分かってただろ?」

 

「いや、オレはお前なら離れていくと思っていた」

 

 確かに、入学する時の俺ならばそうしていただろうし、無人島であんな無茶はしなかっただろうし、龍園と契約を結ぶこともなかっただろう。

 それだけ、俺は変えられてしまった。気づかないうちに変わっている部分があるのだろう。変わらない部分もあるが、環境に染められていることは時に感じることがある。

 そして、そんなアイツらには笑っていて欲しい。苦々しい、楽しくなさそうな顔はアイツらには似合わない。

 だから俺は動くのだろうし、生徒会にも入ったのだろう。

 

「俺も成長したってことさ」

 

「ぼっちが成長すると何に進化するんだ?」

 

「エリートぼっちだな。なんでも一人でこなせるようになる」

 

「飯作ってもらってる上に半共同生活してる奴がぼっちって、おかしいと思わないか?」

 

「……ふっ、甘いな綾小路。要は在り方の問題だ。今でも一人の時間が好きなのは変わらないし、マッカン好きなことも一生変わらないからな」

 

「マッカンはぼっちの必須アイテムか何かか?」

 

「俺は常時装備だと思ってるぞ」

 

「ってことはオレはぼっちじゃない、ってことになるのか?」

 

「良かったな」

 

「…要件は分かった、お前の提案を受け入れる。改めてよろしくな、比企谷」

 

「おう、俺の方こそ」

 

 一先ずは、こいつに見捨てられない程に力をつけるとしますかね。

 




書いてて思ったのは、東育って結構ボッチ多くね?ってこと。
人とは接していても友達というよりも部下だったり手下だったりと、一人であることに変わりはない人間も含めれば、結構ボッチ多い気がしました。
ボッチとボッチは惹かれ合うことを前提に、これからも話を書いていきますね。

生徒会に関しては原作から変わっていく部分も出てきますが、最終的には南雲VS比企谷的な構図が完成予定。
だって南雲の噛ませ犬のような扱いを見ていると、比企谷とちょうど釣り合うような気がしないでもないんで……綾小路に張り合おうとするのは無謀ということで比企谷君で我慢してください。
VS構図とは言えども表面的には掛け合いのような会話ばかりして、特別試験時だけ互いに互いを意識してるような描写になるとは思いますが……上級生が出てくるようになるだけでこんなにも面白そうになるとは、よう実って凄いですね……。

あと、この回の内容は色々と伏線入れてます。既に脳内では一年生編の春休みが再生されているのでそこから逆算して書いてたりします。未熟な文には変わりないですが。

最後に評価&感想をポチポチしてくれるとやる気出てくるので更新速度上昇が見込めます。
ではまた次の話で。


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番外編:個人チャット③

またまた繋ぎです。今回は比企谷×坂柳です。
干支試験の続きは今週中には出せるかと……。


《ロリ悪魔》

 

『おはようございます』

 

『なんだ?』

 

『ただの朝の挨拶ですよ。比企谷君は挨拶を知らないんですか?』

 

『いや、お前が連絡してくるってことは、無茶振りさせるつもりだろ?』

 

『酷いです比企谷君、私はただ挨拶を送っただけなのに……』

 

『おはようさん。はい、これで終わりな』

 

『比企谷君の疑い深い言葉に私は傷つきました。このままでは掲示板に比企谷君に傷モノにされたと書かなければなりませんね……』

 

『オーケー、分かった。書かれたくない場合何すればいい?』

 

『今から言う番号の部屋に行ってください。出来ますよね?』

 

『何番だ、さっさと行ってくる』

 

 

***

 

 

《ロリの皮を被ったドS悪魔》

 

『おいこら坂柳、お前の指定した部屋に行ったら神室が出てきて汚物を見るような目で見られたぞ。どうしてくれる』

 

『真澄さんと親交を深めてもらおうと思ったのですが……コミュニケーションの苦手な比企谷くんには難易度が高すぎましたね。ごめんなさい』

 

『一瞬素直に謝ってんのかと思ったが、煽ってるな?あまり俺を舐めるなよ。会話くらいしたぞ?』

 

『どのような会話を?』

 

『……挨拶して、坂柳の名前出したら扉閉められた』

 

『ただ一方的に語りかけてるだけじゃないですか。会話してませんよね?』

 

『……はい』

 

『嘘はダメですよ。罰として今からご飯奢ってください』

 

『いやあの、俺これから彩加とデートなんで……』

 

『そうですか。では今から書き込みを……』

 

『何してる、行くなら早く行くぞ』

 

『戸塚彩加さんとの約束はいいので?』

 

『彩加は優しいからな。どこかの誰かと違って優しく許してくれたぜ。天使だろ?』

 

『……やはり掲示板に』

 

『すいませんでした』

 

 

***

 

 

『今暇ですか?暇ですね、ちょっと付き合ってください』

 

『勝手に暇って決めつけるなよ?俺だって割と忙しいんだぞ?』

 

『何か用事でも?』

 

『これから世界を救う戦いに行かなきゃならないんだ』

 

『暇ですね、図書館で待ち合わせしましょう。来なかったら……』

 

『世界なんてどうでもいいな。いつでも救えるし付き合ってやるよ』

 

『相変わらずの掌の返しようですね。ですが私の言うことに従順になることは良いことです。これからもよろしくお願いしますね?』

 

『おかしいな、これからもよろしくお願いしますね?なんて、美少女から言われてみたいランキング第3位の言葉なのに全く嬉しくないぞ』

 

『……』

 

『すいませんでした。今すぐ図書館に行きます』

 

 

***

 

 

『お前、チェス強すぎない?もしかしてプロだったりする?』

 

『まさか。ただの趣味ですよ。でも比企谷君も中々やりますね。初めて同年代に負けそうになりました』

 

『お前ボッチ舐めるなよ?妹が遊んでくれないと一人でやれることしかすることがないんだ。ずっとやってたボードゲームでその辺の奴に負けるわけねえだろ。……スマブラとか、対人系は最弱だがな』

 

『ボードゲームも対人ゲームですよ?今度はオセロでもやりましょう』

 

『え、、』

 

『もしかして今回で終わりとでも思いましたか?チェスがあれだけ出来るなら他のもある程度は出来ますよね?それに、あれだけのチェスの腕前を持つ人間は貴重です。これから週一で私に付き合ってください』

 

『確かにチェス程とは言わんが出来はする。だが、それに俺が付き合う理由がない。週一とか尚更嫌だ。はい、この話終わり』

 

『写真』

 

『一回につき10枚ならいいぞ。もし週一でチェスやるならその1日につき100枚で』

 

『構いませんよ。なんなら今日の分も渡しましょう。チェス5回なので50枚ですね』

 

『……待て』

 

『どうしましたか?もしかして写真要らないですか?』

 

『いや、写真は要る。拡散されたら面倒だしな。けどそこじゃない。お前、何百枚写真持ってる?』

 

『そうですね……2000枚程でしょうか』

 

『は?』

 

『星之宮先生と比企谷君が一緒にいる頻度が多すぎるんですよ。保健室裏で一緒にお弁当食べていたり、膝枕をしていたり。そうと思えば学校の廊下で抱き合っていたり、腕に抱きつかれていたり……禁断の関係を疑ってしまうくらいには、距離感も狂っていますし』

 

『全部無理矢理だ。マッカンを買うためにあの場所に行くしかないんだっての。それで買いに行けば毎回星之宮先生に捕まるんだよ……禁断の関係なんて断じて違うからな。身体的距離は近いだろうが、精神的距離は地球と月くらい離れてるから』

 

『ふふっ、それだけ運命の糸でつながっていると言うことではないのですか?』

 

『嫌すぎる運命なこと……つーか意外だな』

 

『何がです?』

 

『いや、お前でもそんな乙女チックなことを言うんだなと思って』

 

『そんな……酷いです比企谷君。私だって女の子なのに……一之瀬さんに報告しますね』

 

『全然普通だな。うん。何もおかしいことなんてなかったわ。変なこと言って悪かった、俺が間違っていたぜ』

 

『見事な掌返しですね。もはや比企谷君と言えば土下座と掌返しと言っていいかもしれません』

 

『酷すぎる』

 

 

***

 

 

『こんばんは。暇なので近況をお聞かせください』

 

『……もう寝る寸前なんで明日でいいか?』

 

『ああっと、手が滑り始めました』

 

『オーケー分かった。報告するから手の滑り止めろ』

 

『ふふっ、止めましたよ』

 

『つーか俺から情報搾り取る必要ある?神室や橋本使えよ、せっかくの部下だろ』

 

『使ってますよ。ただ他クラスからの視点も聞きたいじゃないですか』

 

『わかったよ……。彩加の天使度が名前呼びをしあうことで更に上がった。以上』

 

『聞いてもいないのに戸塚彩加さんとの情報を送らないでください。近況は近況ですが、ただの惚気じゃないですか。それに、毎回天使天使送ってくるだけなので飽きました』

 

『飽きたって……まあいい』

 

『……生徒会の権力は想像以上に大きい。自治を任されるレベルではないが、試験に干渉出来る程には持っていると見て間違いないだろうな』

 

『そうですか。堀北会長については?』

 

『類まれな天才で努力も怠らない完璧人間、とでも言えばいいのか?人間関係も能力のある奴ばかりと関わっている感じだ。本人はあまり意識していないようだが』

 

『確か、Dクラスに妹がいましたね?その辺りについては?』

 

『全くと言っていいほど話がないな。本人も話している様子はない』

 

『本人を尾行してるとは驚きました。中々積極的で素晴らしいです』

 

『尾行なんてそんな面倒なことするわけがないだろ。……何故かは知らんが、俺が行く先々に生徒会長が現れるんだよ』

 

『なるほど……分かりました。報酬はいつものでいいですか?』

 

『写真だよね?毎回意味深な言い方するのやめよう?』

 

『別にいいではないですか。何か問題でも?』

 

『今も現在進行形で一之瀬からメッセージ量が半端ないんだっての。電話までガンガンかかってきてるし……』

 

『ええ、彼女に前の比企谷君との会話を送りましたから』

 

『お前マジ覚えてろよ』

 

『ふふ、楽しみにしてますね』

 




比企谷がBクラスに居る上、坂柳とつながりがあるなら一之瀬とは無人島試験前でも連絡先交換するよな、って妄想の結果、既に交換し終わってる体で話作ってます。
基本的に妄想から派生してるので、勝手に出来上がってる人間関係だったり、聞いたことないイベントが起きている場合もありますが、「どうせ作者の頭の中でストーリー進んでんだろ」ぐらいに思っていただければ幸いです。

なお本編は明日出す予定。


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なずな「眼鏡、とってよ」 八幡「嫌です」

お久しぶりです。

「どうしてこんなにも放置したの!」
「ようやく続きですか?」
「今年中に終わるんですか?」

……等言いたい事ある方もいるかもしれないので、少しお話します。
ぶっちゃけてしまえば、よう実と俺ガイル舐めてました。特によう実。何?何あれ、どんどん展開変わっていって人間関係変わってくるやん?人増えるやん?俺ガイルの比じゃないやん?
これだから主人公が強すぎるやつは…なんて思いましたけれど、ようやく書く決意が出来ました。週一でほぼノンストップで行きたいですね。
もしかしたら今年度中などという言い訳を使うかもしれませんが、どうか許していただきたい(他の人のssや読書が楽しすぎるのが悪い、俺は悪くない)

続けて…感想&評価をくれた方々ありがとうございます。
お気に入り登録も気づけば2000に到達してました。よう実二期のおかげではありますが、嬉しく思います。
かなり前のことではありますが、確か日間ランキング載ってましたね?
日間ランキング載るの最初の方以来だと思うのですが……10位とか7位とか其処ら辺にいたはずなので普通に嬉しかったです。ありがとうございます。
評価も上がって読まれる回数もかなり増えて、いやもう下手なものは書けない雰囲気を感じております……まあ自分のやりたいようにしか書けないんですが。

報告になりますが、これまでの箇所の整理も一応終えました。番外編もそれぞれの位置に移動させました。
また、誤字脱字や矛盾した展開等になっていればご指摘お願いします。

最後になりますが、この話のタイトル見て「責任!?どゆこと!?八幡何したの!」って一瞬でも勘違いした奴は私と同類です。何度か見間違えて自分で書いているのに期待してしまいました(笑)


「ん…」

 

 眩い光を手で防ぐようにしつつ、カーテン越しに空を見れば、陽が高いところまで上がってきていた。

 

「そう言えば二度寝したんだったか…だる」

 

 身体が重たく感じなくもないが、普段できないことをしてしまった背徳感から気分が上がってる気がする。

 今日はいつも通りに一之瀬達と朝食を食べた後、彩加はテニス、一之瀬や白波は女子組でプールに行くということでそれを見送った。

 一之瀬に問題集をやれと言われたものの、当然監視がない中でやろうという気にはならず、中学までは当たり前だった二度寝を久々にやったというわけだ。

 とはいえ、流石に寝すぎた。今月の無料品を買っていないことを思いだし、ケヤキモールに向かうためにのそのそと布団から出る。

 

 簡単な軽装に着替え、携帯だけを持って部屋を出る。

 久しぶりに一人での買い物だからか、少しだけ気分が高揚しているのを感じる。綾小路も出入りすることになってからというもの、本当に一人だけの時間がないのだ。

 彩加と白波は部活があるし、一之瀬は生徒会に入った。それに加えて3人とも交友関係が広いので一学期のように毎日部屋に来ることはなくなった。

 だが、隣室の綾小路。コイツが来るようになってからはどうだ。いや俺がそんな提案をしたというのもあるんだが……

 

 友人と面と向かって言えるような奴が本当にいないのか、大体昼と夜は一緒に食べている。それも夏休みの間毎日だ。空いた時間は勉強を教えてもらったり、身体の鍛え方を見てもらっていたりすることもあるが、ほとんどはゲームに明け暮れている。

 テイル〇オ〇シリーズやモン〇ターハ〇ターを協力してやることも多いのだが、最近はポ〇モン、それも過去シリーズをやることが多い気がする。いや、気がするどころのレベルじゃねえな。ここのところ毎日やっていた。

 

 同時に最初から始め、殿堂入りするまでのタイムアタック。ボッチの俺には過去に出来なかった通信交換で図鑑を埋めて行ったり、ガチのフルバトルをしたりと、まあ簡潔に言えばめっちゃ休みの日を満喫しているのだが、俺も綾小路も遊ぶ相手がお互いくらいしかいないためか、ずっと一緒に居るのだ。

 

 その結果、一人の時間なんぞどこへ行ったとばかりな状態だった。綾小路が帰ったと思えば、今度は一之瀬達が押しかけてきて勝手に飯作り出す始末である。あれかな、本当に俺の部屋は共同生活用に変わってたりするのかしら?

 

 とまあ、ボッチらしくない生活を送っていたのだが、今日はどうしたことか本当に一人である。おかげで優雅で楽しい生活を送れてる。やはりボッチは最高だぜ!

 

 一番優先すべきはマッカンの補充だが、マッカンを買うには学校に行かなくてはならず、どうせ星之宮先生とエンカウントするため面倒なことは帰りに回し、先に無料商品を買おうと、ケヤキモールに着いたのだが……

 

「人で溢れかえってやがるな……」

 

 まるで人がゴミのようだ!とまでは言わないが、恐らく上から眺めたならば、ついそう言ってしまっても仕方がないくらいに人が集まっていた。

 

 あー、前に彩加が言ってた占い師か。確か夏休みの間だけいるんだったか?それでこんなに人がいるのか。

 

 ともあれ、俺の目的は変わらない。人混みを避けるように階段を使って、日用品や食材が売られている階に到着する。

 まだ食材も日用品も買ってないんだよな。野菜を買って帰れば、勝手に部屋に来る誰かが調理に使ってくれるだろうし、無難に人参、玉葱辺りを……いや、ここは大根とかごぼうを買っていった方がいいだろうか。普段買わないような食品の方が被ることもなく、食材を無駄にしなくて済むだろうしな。

 でもそれ、チャットで送っておけば問題ないんじゃね?

 

「―――あんた、料理とかするんだ」

 

 俺が一人で無料食品を見つめながら唸っていたところで、誰かが隣に来て話しかけてきた。

 一瞬櫛田を疑ったが、そこにいたのは伊吹だった。ちょっと隣にいきなり現れる人多くありませんかね?

 

「一応な。自炊しないとすぐポイント減るだろ」

 

「ふーん。でもあんた、ポイントかなり持ってんじゃないの?Aクラスに上がったから尚更ね」

 

「どうだろうな」

 

 相変わらずの無表情な伊吹だったが、嫌な予感がしたので無料食品を買わずに店を出る。

 当然の如く、俺の後に伊吹もついてきていた。

 どうしたのだろうか。龍園あたりの指示か?いや、アイツは俺に興味を示すようになっただけで基本的にはモブの一人としか見てないはずだ。

 うーむ、分からん。

 

「……なんか用か?」

 

「忘れたの?あたしが暇なときにご飯奢るって話」

 

「……あったなそんなの。で、昼飯奢れってか?」

 

「そういうこと」

 

「どこで食べる」

 

「あれ?意外に素直じゃん」

 

 伊吹の反応から見るに、俺が渋ると思っていたのだろう。

 残念だったな。俺は既に諦めるのが早ければ早いほど無駄に時間を取られることもなく、労力も消費しないことをAクラスで学んだんだよ。

 特に一之瀬。俺が数学に取り組むことを拒否すればするほど、その手回しは範囲が広がり逃げ道を潰される。結局させられるなら自らやった方が速く終えられるのをちゃんと学んだぜ!

 おい、今ようやく気付いたかとか思った奴表出ろ。マッカンの刑に処してやる。

 

「いや、ドヤ顔うざ。じゃあついてきて」

 

 伊吹にゴミを見るような視線を向けられた後、元から決めていたのか焼肉店に連れていかれた。

 女子、それもJKともなれば、フレンチ(笑)~やらパスタ(笑)~やらを好むものとばかり思っていたが、伊吹はそうでもないらしい。コイツ前にボッチって認めてた気がするし、クラスに友達いないんだろうな。

 

 ドンマイ!俺は彩加という唯一無二の友達がいるからな、多分。

 ……つかここ、食べ放題とかじゃない高級焼き肉店じゃねえか。肉はもちろん、野菜もドリンクも単品でしか頼めない上に高いのだ。個室が点在してる作りからか、あまり隣の客の声を拾うことは出来なくなっている。

 

 あ?なんで詳しいかって?あの悪魔に連れて来られたに決まってんだろ。

「暇ですか、暇ですね。ならちょっと付き合ってください」と言われて連れ込まれ、肉を焼き献上することになった上に散々弄られ、ポイントを出させられる羽目になったあの憎き事件を俺は忘れない。

 あの日は彩加とのデートの予定だったのにキャンセルせざるを得なくなったのだ。

 俺の絶対に許さないノートに名前書かれすぎて、もはや殿堂入りした悪魔だが、バカンスの試験で奴は俺を脅せなくなった。あの時の俺よくやった!

 

「ねえ、早く入りなよ」

 

「お、おう」

 

「何?キモいんだけど」

 

 伊吹の罵倒も中々の威力だな……櫛田の次くらいか?

 ちなみに一位は言わずもがなヤツである。

 席に着いたところでタッチパネルからどんどん注文していく伊吹。

 ちょっとー?遠慮してくれてもいいんじゃない?高いやつばかり注文してやがる。

 伊吹が頼んだ後に俺もせっかく来たからと注文を終えたところで、伊吹が話しかけてきた。

 

「人の奢りで頼む昼食はいいね」

 

「お前それ俺の前で言うの?そんなんだからボッチなんだぞ」

 

「あたしは別に一人でいいからそうしてるだけ。あんたみたいに仲良しごっこのクラスとは違うから」

 

「そーかよ。俺も別に好きでやってるわけじゃ……」

 

「そう?あんた、かなりBクラスに馴染んだんじゃない?」

 

「馴染んだ?」

 

「前はかなり一匹狼みたいに過ごしていたから、龍園の標的にされたわけだけど。今じゃ誰かしらが隣にいるでしょ?」

 

「……そうかもな」

 

 確かに、部屋に一之瀬や彩加、白波が来るのはもはや当たり前の光景だし、最近だと綾小路だってそうだ。

 綾小路に関しては協定があるからいいにしてもだ。

 やはり俺は、俺が自覚している以上に……。

 

 ……仲良しごっこ、ねぇ……。

 

 

***

 

 

「ねえ、さっきの見た…?」

 

「うん。間違いなく比企谷くんだったね」

 

「その隣にいた青髪の人って、Cクラスの伊吹さん?」

 

「うん、もしかしてあの二人……って、帆波ちゃん!?」

 

「……何かな」

 

「う、ううん別に!」

 

「ちょっと待ってみようよ。何か理由があるのかもしれないよ?」

 

「……そうだね。今日は部屋で尋問かな……」

 

「(一之瀬さん……!ハードモード……!前の黒戸塚君同様に黒いオーラが出てる……!比企谷君ドンマイ…後で感想聞こうっと)」

 

 

***

 

 

「あー美味しかった。また奢ってもらおうかな」

 

「ほんと勘弁してくれ。ここまで高い食事を頻繁にしていたら一之瀬に勘づかれる」

 

「へえ。一之瀬にポイントまで把握されてるんだ。束縛彼女って噂は本当だったみたいね」

 

「束縛彼女って何だよ。まず一之瀬が彼女ってところから間違ってるぞ」

 

「龍園のやつが言ってたのを聞いただけなんだけど」

 

「龍園かぁ…」

 

「…何?龍園だったらなんかあるの?」

 

「いや、アイツもそういうこと興味あるんだなと思ってな」

 

「ただニヤニヤしたいだけでしょ。いっつも気持ち悪い笑み浮かべてるし」

 

 伊吹の愚痴を聞き流しながら、俺はCクラスの暴君の姿を想像するのだった。

 将来、面倒なことにならなければと思いながら。

 

 

***

 

 

「こんにちはっ、比企谷君!」

 

「…おっす。じゃあ俺はこれで」

 

「……は?ねえ、話を聞いてくれるんだよね?部屋に入れてもらっていいかな?いいよね?」

 

「はぁ…はいよ」

 

「お邪魔しまーす♪」

 

 伊吹に奢らされた次の日。

 部屋に櫛田を招くこととなった。

 朝からいつもの面々が訪れご飯を食べた後、彩加を途中まで送ってから寮まで戻ってきたところで、たまたま櫛田とばったり出会ったのが運の尽き。

 船上で本音をぶつけていいと確かに言ったのは俺だ。だが、部屋にまで押しかけてくるのは違うのではないだろうか。

 まあ、既に部屋に入って寛がれてる時点でもう無駄な抵抗なんだけどね。

 

「ふーん、案外綺麗にしてるんだ。仲良し組のおかげかな」

 

「仲良し組?」

 

「知らないの?お前らBクラスの一之瀬を筆頭とするグループは仲良し組って言われてんだよ。一部の女子が言い出したことだけどね」

 

 全く知らない情報が飛び込んできたな。どうやら俺を含めた、一之瀬、神崎、柴田、彩加、小橋、網倉、白波は仲良し組と言われてるらしい。普段から一緒に居ることが多いからだとか。

 そんな仲良く見え…ますね、そりゃそうだ。女子はいつも百合百合してるし、柴田は足踏まれるし、彩加にドキドキさせられるし、神崎は冷静にツッコミを入れるし…バランスいいな、そう考えてみれば。

 

「で?」

 

「は?何」

 

「いや、わざわざ押しかけてきたってことはあれだろ、愚痴かなんかあるんだろ」

 

「むしゃくしゃしてるから殴っていい?あ、いや蹴っていい?」

 

「暴力は嫌なので愚痴だけにしてくださいお願いします」

 

 使えないな、とか独りでにぼやく櫛田だが…え、怖すぎない?なんで速攻で暴力振るう選択肢浮かんでるの?ストレス発散に俺殴りに来たとか怖すぎるんだけど…。

 俺が秘かに震えていると、櫛田が一方的に語り出した。曰く男子の目線がいやらしいだの、気持ち悪いだの、塵だの死ねばいいだの。まあ出てくる出てくる。どんだけ貯めてたんだコイツ。

 

 堀北のことだけじゃなかったのも驚きだが、一方的に語られるそれに相槌を打ち続ける。

 こういう時は何か言って欲しいわけじゃないって小町に習ったからな!千葉の兄は出来る兄なのだ。大体は妹の教育なのも千葉特有の現象である。

 

「大体、堀北なんかにあんな策が打てるわけがない!誰かが後ろにいるってなんで分からないんだろ。だから皆Dクラス……」

 

 お前もDクラスだけどな、という言葉は飲み込みつつも、櫛田の愚痴に相槌を打つ作業を続ける。

 櫛田は気づいているんだな。全クラスから見ても気づいてそうな奴少なそうなのに。その後ろにいる奴が誰かは分かってないようだが。

 

 …コイツは運動も勉強も一番に慣れないと諦め、それでも強い承認欲求により誰よりも信頼される人間になることを決め、それで欲求を満たしてきた。それは間違いではないだろうし、櫛田なりの結論と言うやつなのだろう。

 だが、俺には勿体ないと感じている部分もある。何気にコイツの蹴りや拳を稀に食らっているが、女子とは思えない凶暴さがある。勉強に関してもテストで悪い成績をとってるわけじゃない。堀北の裏に誰かいることに気付ける推察力。

 もしかしてだが、櫛田は……

 

「なあ」

 

「だから堀北の奴は嫌いなんだよ!!…何?ある程度吐けて少し気分良くなったから聞いてあげるよ」

 

「ここ俺の部屋なんすけど…あ、なんでもないです」

 

 上から目線の言葉に反抗しようとしたが、ガンつけられて日和ってしまった。ダサいな俺…。

 

「で、何?」

 

「櫛田。……お前、自分で自分をセーブしてないか?」

 

「は?」

 

「あーいや、俺の勘違いかもしれないんだが、お前、今の成績よりポテンシャル的には上なんじゃねーの?勉強や運動で一番になれないから、信用されることで一番になる…そう言ってたよな」

 

「うん、そうだよ。私が一番になれるのはそこしかないから」

 

「その考え方だ。過去に負けたことで、お前はもう勝てないんだと諦めてしまってる。それがお前の力をセーブすることに繋がってないか?テストの成績的にも、運動神経的にも、もっと上な気がするんだよ、お前は」

 

「いきなりそんなこと言ってきて何?キモいんだけど」

 

「おーい、お前のために言ってるんだぞ」

 

「アンタに言われたところで何にもならない。…今日はもう帰る」

 

「へいへい」

 

「またストレス溜まったら殴りに来るから」

 

「いや殴らせねえよ!?」

 

「……チッ」

 

「おい、今舌打ちした?」

 

「…舌打ち?ないない、そんなことしないよ!じゃあもう帰るね!バイバイヒッキー君!」

 

 舌打ちからの豹変ぶりに一瞬呆気に取られてる間に、櫛田は部屋から出て行った。

 俺の言葉は届いただろうか?まあ届かなければ……アイツとは、そのうち会えなくなるだろうな。

 

 ……それよりもヒッキーって何?まさか俺のことなのか!?

 

 

***

 

 

 夏休みも後2日となった今日。

 堀北会長から呼び出しの連絡を受け、俺は生徒会室に向かっていた。

 昨日までは色々あったもんだ。葛城と綾小路に遭遇して、葛城の妹の誕生日プレゼントを送るのに協力したり、一之瀬に怒られたり、椎名と一日中図書館に篭ったり、一之瀬に正座させられたり、綾小路からの厳しすぎるトレーニングを死ぬ気でこなしたり、一之瀬に伊吹との関係を問い詰められたり、柴田と平田と遊んだりと、まあまあ忙しい日々を送っていた。

 当然のように、朝か夜は一之瀬と白波と彩加と一緒に食べていたしな。

 半分以上一之瀬が関与していることは放っておくとして。

 

 ……ここに入学する前は、1人が当たり前だったんだがな。

 気づけば毎日部屋から出ては、誰かしらと会い行動を共にしている。

 

 それを悪いことと言う人は少ないだろう。むしろ良いことだと言われそうだ。

 コミュニケーション能力も随分と向上したように思える。前は会話をするたびに噛んでいたが、今では噛むことはごく稀になっている程に。

 

 …俺はどうしていくべきなのだろうか。以前答えは出ないままである。

 

 考え事をしていたせいか、気づけば生徒会室に前まで来ていた。

 ノックをし、中に入る。

 

「失礼します、比企谷です」

 

 中には堀北会長と……南雲副会長の2人がいた。橘先輩は今日はいない様子である。

 

「来たか。今日はお前に会ってほしい奴がいて呼び出した。南雲」

 

 堀北会長の隣にいた南雲がこちらを向く。

 ここまで至近距離では見たことがなかったが、近づくと本当にイケメンだなチクショウ!

 最近綾小路に鍛えられているおかげで分かるが、かなり身体も鍛えられているらしい。サラリとした手入れされているであろう金髪を揺らしながら、俺を見つめている。

 

「副会長の南雲雅だ。初めましてだな?比企谷副会長」

 

「そうですね。俺は一方的に南雲先輩のことを知っていましたけど」

 

「俺のこと知っててくれてたんだな」

 

「むしろ知らない方がおかしいと思いますよ。今の2年Aクラスは入学時Bクラスだった。それが今では覆せない点数差をつけている。南雲先輩がリーダーとして引き上げたって話は有名ですし、次期生徒会長って意味でも知らない生徒の方が珍しいでしょ」

 

「ああ、だろうな」

 

 そんなことは分かっているとばかりに肯定する南雲先輩。ほんとなんでだろうね、イケメンってどんな仕草しても似合うの。世の中世知辛いよな。

 

「俺はコイツの能力を見込んで生徒会に勧誘した。南雲、お前が生徒会長になってからも役に立つはずだ」

 

「へぇ、堀北先輩が言う程ですか。なあ、比企谷」

 

 何を思ったのか、南雲先輩は俺に近づいてきた。

 お互いの息遣いが伝わるくらい至近距離になったところで、南雲が俺の耳元に口を近づける。

 

「堀北先輩の俺への牽制がお前ってわけだな。桐山じゃあ俺には勝てないから一年生のお前というわけだ。俺は生徒会長になり次第、この学校を今以上に実力主義に変えていくつもりだ。真の実力至上主義の学校とでも言えば良いか?まあ、どこまで出来るかは分からないが…少なくとも俺にとって都合のいい環境になるわけだ。そんな中でもお前は俺に勝てるのか?」

 

「さぁ、どうでしょうね。俺ごときに南雲先輩に勝つなんてできっこないですよ」

 

「…俺を楽しませてくれよ?堀北先輩が卒業したらしばらく退屈だろうからな」

 

 そう言って、南雲先輩は俺から離れていく。

 その顔は俺への興味を失っているように見えた。いや、恐らく堀北先輩が選んだ人間という一点以外、興味なんてないだろう。

 当たり前と言えば当たり前だがな。

 俺はハナから、南雲どうこうしようとは考えていないのだから。

 

 

***

 

 

 生徒会での顔合わせを終え、帰路につく。

 南雲雅に関しては一学期から情報として知っていた。入学時にBクラスだったクラスをAまで引っ張り上げ、現在のBクラス…入学時にはAクラスだったクラスに500近くのクラスポイント差をつけている。

 今では二学年全体を掌握し、ほぼ自由に動かせる支配力とそのカリスマ性から次期生徒会長は確実であり、同学年に敵はないと誰もが口にする、堀北学に次ぐ東育10年に一度の天才。

 

 …女関係も激しいともっぱらの噂だ。

 

 南雲の今日の言葉に嘘はないだろう。「真の実力至上主義の学校」…それが行き着く先がどこなのか、未だに分からない以上これまでよりも綾小路に稽古をつけて貰うしかない。

 …変わったな俺。こんな努力する人間じゃなかったはずなんだが。

 

「―――おや?珍しい奴がいるな」

 

 この学校にきて、良かったのかは分からない。

 されど、俺は俺でしかなく、その変化した後も俺であることは変わらないのだ。

 ならば、今を精一杯生きるしかない。

 その結果、どのような結果―――たとえ、退学になってしまったとしても。

 もしお兄ちゃん、約束守らなかったらごめんな、小町。

 

「本当に面白い目をしているんだな、君は」

 

「…鬼龍院先輩、ですよね?」

 

「私の名前を知っているとはな。生徒会副会長、比企谷八幡」

 

 考え方をしていたところに割り込んできたのは、2年Bクラスの鬼龍院風花先輩。

 長髪の銀髪に身長も俺と同じくらいある。初めてこうやって対峙すると分かったが…なるほど、2年最強とはよく言ったものである。

 情報収集の中では2年にも高円寺みたいな奴がいる程度の認識だったのだが、少々考えを改める必要があるらしい。

 

「…副会長といっても、お飾りですがね」

 

「私にとってはそうでもない。堀北学が認めた生徒であるという証だ。それも元はAクラスではなく、クラスリーダーでもないような一般生徒が、いきなり副会長になりもすれば興味も湧くというものだろう」

 

「そうですかね?こんな目の腐ったやつなんて大したことないですよ。堀北会長が買い被りすぎてるだけですし」

 

「はっはっは!目が腐っていると自分で言うのか!予想通り面白い奴のようだな」

 

 予想通り?あれ、八幡目をつけられてた感じ?

 

「買い被りかどうかはこれから次第だな。だが、風の噂で聞いたところによれば、今の1年Aクラスの躍進ぶりは君の裏工作によるものじゃなかったかな?」

 

「…別に、そんなんじゃありませんよ」

 

「ビンゴか、やっぱりだ。反応してくれて助かるよ」

 

 はっはっは!と楽しそうに笑う鬼龍院先輩だが、俺は全く楽しくない…というよりも、焦燥感を感じていた。

 まんまと嵌められた。というかたったあれだけ一瞬詰まっただけで確定させられるとか…この人がクラスのことを考える人だったら俺がこれから何かをするたびに潰されていたかもしれないな。

 2学期は体育祭があり、3学期には全学年合同の特別試験があるとも聞く。

 これからは上級生についての情報を集めなければならないな。

 

「俺はただ、俺に火の粉が降りかからないように行動しただけなんで」

 

「捻くれているな、君は。おっと、呼び止めてすまなかったな。お詫びと言ってはなんだが連絡先交換でもしないか?」

 

「え?」

 

「君は面白い。暇な時にでも君という人間を改めて探求したいと思ってな」

 

「探求するほどの人間でもないですがね…」

 

「それは君じゃなくて私が決めることだ」

 

 うーむ、想像以上の自由人だ。高円寺と同程度なのは本当だったみたいである。

 …この人と繋がりを持っていた方がいいかもしれないな。高円寺と同じように気まぐれだろうが、付き合いがあるだけでも学べるものもあるだろうし。

 

「いいですよ」

 

「決まりだ。暇だったら連絡してきてくれ。時間を取ろう」

 

「…うっす」

 

「いや、君から連絡してくることはなさそうだな。私からするとしよう。……逃げるなよ?」

 

「ひゃい!」

 

 何故だ、どうして初対面で『面倒だし勉強してたことにして断ろう作戦』がバレたんだ…。

 

 

***

 

 

 ふぅ、まさに嵐とも言うべき人だっだな。

 最後の方とか迫力というかなんというか、気圧されてしまった。

 2年生も1年生と同じように、キャラが濃い人が多いのだろうか。

 

「…あ!君!」

 

「はい…?」

 

 鬼龍院先輩から解放され、帰路についていたところですれ違った人に声をかけられた。

 どっかで見たことあるような…ロングヘアーに茶髪…でいいのか?に花型の髪留めをつけている、おそらく先輩と思われる人物。

 

「はじめまして、だよね?私は朝比奈なずな。生徒会副会長の雅と同じ2年Aクラス所属だよ」

 

「はぁ、はじめまして」

 

「君、新しく生徒会副会長になった比企谷八幡君、だよね?ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

 

 朝比奈先輩に促されるままに、俺はあまり人目につかない寮の裏手に連れて行かれた。

 立ち止まり、振り返った朝比奈先輩はこちらを伺うようにチラチラと何度も見てきていた。

 こ、これはまさか告白!?ふぅ、落ち着け俺。そんなことがあるわけがないだろう、初対面だってさっき朝比奈先輩も言ってたし。

 でも一目惚れも可能性もあるんじゃないか?普段ならまだしも、今は眼鏡状態だ。あ、本当に…?

 無言が続き、俺の思考がぐちゃぐちゃになってきたところで朝比奈先輩が口を開いた。

 

「堀北先輩にスカウトされたって話は本当なの?」

 

「…どこでそれを?」

 

「朝、雅が言ってたんだよね。今日新しい生徒副会長に会ってくるってさ。堀北先輩が連れてきたから面白いやつに違いないってさ」

 

「はぁ」

 

「で、たまたま見かけたから声かけたってわけ」

 

 …ん?ならどうしてこんな場所に連れ出したんだ?

 

「雅はどうだった?」

 

「別にどうも。同じ副会長でも新参者の俺と先輩では格が違いますし、何より俺に興味を無くしている様子でしたよ」

 

「ふーん…ね、比企谷君」

 

「何ですか?」

 

「眼鏡、とってよ」

 

「嫌です」

 

「一度ちゃんと目を直接見たくてさ。お願い!」

 

「駄目です」

 

「そこをなんとか!」

 

 な、何だこのやりとり。なんでこうなった…?

 ついに直接行動へと移しはじめた朝比奈先輩を抑えつつ、何だこの状況と頭を抱える。

 ただ、一つだけ分かったことがある。

 

 朝比奈先輩は2年生で珍しい南雲に染められていない生徒だということだ。

 俺は2年生を個人的に知っているわけではない。まあ今日3人知り合ったには知り合ったが。

 鬼龍院先輩は別物として、基本的に2年生はAクラスがほぼ確定しているようなものなのだ。Bクラス以下はほとんどチャンスがないと言っていい程に、クラスポイントの開きがある。

 そこに南雲ルールという学年を支配している南雲だから出来るような、法のようなものを敷いているのだ。

 

 南雲の意に合わせれば合わせるほど、良い思いをすることができるこのルールだけは、俺でも知っていた。

 

 そのせいか、2年生は皆南雲の操り人形といっても過言ではない状態だ。

 俺が個人的に2年生を知ろうとしなかったのもそのためである。

 

「もー!見せるくらいいいじゃん!」

 

「や、初対面の人に見せるものでもないので」

 

「他の人とは違う目をしてるなーってただの興味本位なわけ!ってわけでとりゃあ!」

 

「危なっ!今の避けなかったら顔に当たってるんですけど!?」

 

「眼鏡をとれば終わる話だよ」

 

「サラッと危険なこと無視したなこの人」

 

 朝比奈先輩にはそれがない。

 …俺に声をかけた本当の目的も大体はわかってる。ただ、この人から情報が渡るかもしれないからはぐらかしてるだけで。

 

「とれた!」

 

「あ、しまった」

 

 何度かの攻防の末、結局取り上げられてしまった。

 ジロジロの上目遣いになりながらも瞳を覗き込むように見てくる朝比奈先輩。

 心なしか、頬が熱くなってる気がした。

 

「初めて見る目だよー。なんだろう…死んだ魚の目?」

 

「うるさいですよ。あと、ち、近いです」

 

「うえっ!?あ、えっと…ごめんね?」

 

「いや、俺の方こそすみません」

 

「いやいや、私のせいで…!」

 

「いやいやいや…」

 

「「ぶっ、はははっ」」

 

 お互いに笑い合い、眼鏡を返してもらう。

 見た目陽キャすぎてある意味敵かと思ってたが、そんなことはなかった。

 昔の俺なら即告白してくれるぐらいには喋れてる気がするな。振られるだろうけど。

 

 しかし、俺は気づかなかったのだ。

 この現場を、一之瀬が見ていたことに…。




これで夏休み編は終了です。
リハビリも兼ねてますのでところどころおかしいですがご容赦を!
特に2年生!初めて書いたんです許して!指摘して!

短編集みたいな感じになりましたが、ボッチ(笑)が多くの人と関わる話になりました。
総武なら数人しか理解者はいないかもしれませんが、東育なら『コイツ面白そう』という理由で好かれそうです。今なら眼鏡で目の誤魔化しも出来ますので……。
むしろ目の誤魔化しをしていない方が人が寄ってきそうなまである。

一之瀬に関しては裏性格として足してます。最近pixivでヤンデレ漫画やヤンデレ少女を描かれている方の作品を見て回っていて……個人的な趣味なので苦手な方はごめんなさいね。

自己満足作品にそんなもの求めるのはおかしいのでは、などと言われそうですが、やっぱり感想と評価をもらえると嬉しいので、良ければ下の方にスクロールしていただいてポチポチしてくださると、もれなく更新速度が上昇しますので、よろしければお願いいたします。
しばらくは週一程で更新が続くと思われますが(願望)、自分なりのペースで完結させられるよう、頑張りたい所存です。
また次のお話でお会いしましょう。

八幡「なあ、そういやよう実二期見て思ったんだが」
澪「…何?」
八幡「お前だけエンディングの時の恰好なんか圧倒的にエロくだはッ!?」
澪「死ね」


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番外編:個人チャット④

お久しぶりです。
長らく、ほぼ八ヶ月出せてなくて申し訳ない。
本編も近々出す予定なので、まだ読んでくださる方がいたら嬉しいです。
いつも通り、リハビリとしてチャット的なやつ出しました。

今回はこれまでと少し違って、複数人でのチャットになります…。


《Bクラス男子の集い(4)》

 

『なぁ、今日俺見てしまったんだけどよ』

 

『何を見たの?』

 

『どうせいつものように大したことではないな』

 

『辛辣だぞ神崎、いや、これはマジな話なんだって』

 

『そのマジな話とやらを聞かせてみろ』

 

『比企谷が今日、朝比奈先輩と歩いてたんだ!しかも親しげに!』

 

『朝比奈先輩って、二年生だよね?』

 

『そう!しかもあの比企谷が!二年生でも指折りの美女と談笑してたんだよ!』

 

『…比企谷の交友関係は本当に謎だな。Cクラスの伊吹や椎名、Dクラスの櫛田とも一緒にいるところを見たことがある』

 

『八幡、部活にも入ってないから…』

 

『比企谷の交友関係に関しても謎だけど、それよりもっと恐ろしいことがあったんだ!聞いてくれ!』

 

『恐ろしいこと?』

 

『…オチが見えたな』

 

『比企谷は眼鏡をかけててさ、それを朝比奈先輩が外そうと躍起になってるみたいで、いちゃついてたんだけどな…その2人をジっと観察してる一之瀬がいたんだよ!あの目は怖すぎた!』

 

『一之瀬さん見てたんだ…』

 

『ほらな、いつも通りの展開だ』

 

『いや、それが今回は乱入せずに、寮に帰って行ったんだよな。不思議なことによ』

 

『いつもなら突っ込んでる気がするけどね』

 

『何かしら用事があったんじゃないか?そうじゃないと一之瀬は引かないだろ』

 

『いや、結構意味深な笑みを浮かべて去っていったから、何かしらあると思うぜ』

 

『実は公認とか?』

 

『完全に束縛されてるな…』

 

『あ、そう言えば今日、一之瀬さんから八幡の部屋に集まるのなくなったって話来てたんだけど…』

 

『それだな』

 

『それだろ、絶対。あーあ、今頃は…』

 

『今頃は?今頃はなんなのかな柴田君?』

 

『え、比企谷?どうした?』

 

『柴田が一人で持ってきて盛り上がってたな』

 

『うん、柴田君が嬉々として語ってたよ。履歴見ればわかると思うけどね』

 

『え?なんだ?どうしたんだよ、二人とも…』

 

『一之瀬がなんだって?柴田』

 

『いやぁ、比企谷大変なんだろうなって思っただけだよ。一之瀬にストーキングされて朝比奈先輩といちゃついたことは死刑だろうけど、今問い詰められたんだろ?ご愁傷様と思ってよ』

 

『ふーん、そんなこと思ってたんだ…』

 

『え?比企谷…?口調おかしくないか?』

 

『あ、悪い。まだ夕飯の洗い物をしていなかったから、一度落ちる』

 

『僕と明日朝早いから、今日はもう落ちるね』

 

『え、おう、わかった。なんだよ、どうしたんだよ二人とも…』

 

『じゃ、お話ししようか柴田君』

 

『比企谷はなんでさっきから一之瀬みたいな口調で…』

 

『気付くのが遅かったねー』

 

『いやあの、これは、ですね…?』

 

『問答無用!今日はもう遅いから…明日、ね?』

 

『…死んだわ俺』

 




そのうち番外編に関しては、時系列的にどの部分に相当するかをタイトルに入れるつもりなので、本編の一年生編完結を気ままにお待ちください。
あ、それと番外編でやってほしい話とか、今日の夜くらいに活動報告の方で聞くんで、もしありましたら書いてくださると嬉しいです。
ほぼ採用すると思いますので…。


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番外編~ifルートに掲示板を添えて~
ぼーなすとらっく!戸塚彩加誕生祭


最新話が出来る前に5月9日を迎えてしまったのでこちらを投稿することに。
時系列的には既に2年に上がった後設定なので、割とネタバレ的な話になる可能性大。
一応は休日設定。勝手に人間関係出来てたら1年の二学期三学期で出来たものとお考え下さい。

うーん、しかし……まずったか?
これ出すと色々と自分の首を絞めることに……まあいいか(適当)。


『おい、助けてくれ』

 

『いきなりどうしたの?帆波ちゃんに怒られるよ?』

 

『そこまで嫉妬深くねえだろ……今日、彩加の誕生日だろ』

 

『うん、今二人でいるけどなんで?』

 

『羨ましすぎる……』

 

『いい写真撮れたら送るから』

 

『サンキュー。……じゃなくて、どうせ後で俺の部屋来るだろ?』

 

『うん。だけどケーキは昨日準備したし、既に比企谷君の部屋は誕生日用に改造してるよ?』

 

『……プレゼント買うの忘れてた』

 

『な、何やってるの!?あんなに大好きな戸塚君の誕生日なんだよ!?』

 

『いや、その……何買えばいいのか分からなくなってだな……意見を聞きたくてですね……』

 

『それこそ帆波ちゃんに聞いた方がよくないかな?一緒に居るんだよね?』

 

『……今膝の上で気持ちよさそうに寝てて起こしづらい』

 

『寝顔を拝んでるなんて……!』

 

『写真送ってやるから』

 

『ありがと!……じゃなくて、それなら仕方ないかもだけど……私今本人とカラオケに来てるから、プレゼント買ったりとか無理だよ?ずっと携帯触ってるのも申し訳ないし……』

 

『そうだよな……悪い。夜までは二人で過ごすんだよな?ならそれまでに何とかする』

 

『頑張ってね』

 

『おう、時間とって悪かった』

 

 

***

 

 

 今日は5月9日。

 我が三大天使……と言っても橘先輩は卒業して一之瀬がその位置に入ったのだが、本日はその一角であるクラスメイトで友人の戸塚彩加の誕生日である。

 昨日から神崎たちと、去年一之瀬にしたような誕生会をやるために準備をしてきた。満を辞して本番の日を迎えたのだが……肝心のプレゼントの購入を忘れていたのだ。

 

 本来であれば、今なお膝の上でスヤスヤと寝ているコイツにプレゼント選びを手伝ってもらうつもりだったが、徹夜でゲームをしてしまったせいで疲れて眠り続けているのだ。こんなにも幸せな顔を浮かべられては、起こそうという気も起きない。

 

 ……俺も甘くなったもんだ。それでいいとまで思ってしまうのもまた、1年の時の激動の日々があったからなのだが……それはそれとして。

 

 チャットで今一番彩加に近い人物に助けを求めてみたが、案の定と言うか彩加本人といた。二人きりの時間を邪魔するわけにもいかないので何とかするとは言ったものの……なんとか出来る気がしない。

 

 ……こうなりゃ片っ端から話通じそうな奴に声かけてみるか。

 

 

***

 

 

『橋本、今何してる?』

 

『クラスの女子と暇つぶしに遊んでるぜ』

 

『最低かよ』

 

『誘われた上に、お姫様からの指令もないからな』

 

『なら暇ってことだよな』

 

『まあな』

 

『お前確かテニス部だったよな?彩加の欲しがってるものとか分かるか?』

 

『戸塚?ああ、今日誕生日だな。なんだ、誕プレ買うの忘れたか?(笑)』

 

『ああそうだよ、だから困ってんだ』

 

『特には聞かないな。自分の欲しいものは自分で買ってるみたいだし』

 

『そうだよな、彩加は結構貯金するタイプだから、自分のものは自分で買うよな…』

 

『今から色々見て回って決めればいいだろ?』

 

『部屋から動けない事情があるんだよ』

 

『へぇ……』

 

『……なんだよ』

 

『いや別に?大体分かったが、俺も暇じゃなくてだなー』

 

『は?さっき暇って言っただろうが』

 

『ってわけで、うちのお姫様でも頼れ。じゃあな』

 

 

***

 

 

 橋本の奴……俺が部屋から動けないことを坂柳に言いやがったな。それで私に一任しろ的なことが返ってきて、フェードアウトか。まあ坂柳に逆らうことはないだろうし……いや、アイツのことだ、面白そうってだけでこうした可能性もありえる。

 さて、どうするか。……おーい、一之瀬さんや。その顔の位置は他人に見られると誤解されそうだからやめて欲しいんだけど……まあいいか。夜までは誰も来ないはずだし、来たら来たでその時に無理矢理起こせばいい。

 ……とりあえず寝顔撮っとくか。

 

 次は……坂柳から来ているメッセージは無視して、椎名に聞いてみるかね……。

 

 

***

 

 

『悪い、今暇か?』

 

『ちょっと助けて欲しいことがあってだな』

 

『……椎名?』

 

『……やっぱなんでもない、気にしないでくれ』

 

 

***

 

 

 全くと言っていいほどメッセージが返ってくる気がしなかった。大方小説にのめり込んでいるのだろう。

 ずっと集中して読み続けてんだろうな。で、気づいたら夕方になってるパターン。

 椎名と図書館に行くと、放課後が一瞬で過ぎ去っていくからな……仕方ない、次だ。

 綾小路は暇してるだろうが……今ここに来られても困るんだよな。まあ時間を指定すれば何とかなるか?

 

 

***

 

 

『綾小路、今暇か?』

 

『どうした』

 

『いやな、ちょっと助けて欲しいことがあってだな』

 

『オレに出来ることならいいぞ。今なら恵もいるし、大体のことには対応できるはずだ。代わりに今度ミミッキュをくれ』

 

『ポケ〇ン脳に染まりつつあるな……悪い、やっぱいいわ。彼女との時間を楽しんでくれ』

 

『そうか?お前がそう言うなら……』

 

 

***

 

 

 まさかの綾小路まで駄目だとは……しかもデート中と来てる。ってことは人目に付かないところにいるんだろうし、せっかくのデートに水を差すわけには行かないだろう。……別にミミッキュを手放したくないってわけじゃないからね?確かにかなり厳選はしたし、綾小路をフルバトルでボコボコにした元凶ではあるが……。

 

 ……ついに腕まで使って俺を絡め捕りに来やがったな。腰に抱き着いて安定感を増そうとしているのか。……さっきから足に豊満なソレが当たり続けていて、主に下半身の一部が危険な状態なのだが、耐え続けるしかない。

 生殺しとはこのことを指すのだろう。星之宮先生に理性の化け物と称された俺ですらこれならば、世の中の男子諸君はもっと悲惨なことになってしまうのが簡単に想像出来てしまう。まあ俺は紳士だから?そんなことは意地でもしないが……こらそこ、ただのヘタレとか言うんじゃない。

 

 あと頼れそうなのは……坂柳はパスして……柴田か?いやアイツ確か部活だったし……神崎は小橋と網倉と夜に作る料理の材料買いに行ってるし……神室も伊吹も櫛田も堀北も速攻で断ってくるのが容易に想像つく。

 

 なずな先輩なら……いや、駄目だ。あの人だけは駄目だ。最初はいいんだが、途中からお互い変に意識してしまって無言になりそうだし、密会がバレたら今度こそ一之瀬に殺される。

 鬼龍院先輩なら乗ってきてくれそうだが、もれなく余計なものまで買ってきそうだし、何よりここまで来させるのは申し訳なく感じる。

 南雲会長に平田、龍園、高円寺は論外。となれば……葛城か。

 

 ……俺の交友関係、ほんと狭いな。面子は濃いけど。

 

 

***

 

 

『葛城、今暇か?』

 

『比企谷か。今は筋トレの休憩中だが、何かあったのか?』

 

『今日、俺の部屋で彩加の誕生会をする話はしただろ?』

 

『ああ。夜に比企谷の部屋まで行けばいいと聞いているが』

 

『それに関係しててだな……彩加の誕プレ買うの忘れてたんだ』

 

『まだ時間はあるだろう。買いに行けばいい』

 

『それが、だな、その……部屋から動けない理由があって……』

 

『誕生会の環境づくりをしているのか?それで動けないから、代わりにプレゼントを買ってきて欲しいと』

 

『あー、まあそんなところだ』

 

『俺も筋トレ後に買いに行く予定だったから、ついでに買っていくとしよう』

 

『ありがとな、葛城。やっぱお前だけだわ、まともな奴……』

 

『……よく分からないが、何を買うか決めているのか?』

 

『前に妹に贈るならこれ的な話をした店があるだろ?あそこの紅茶の茶葉とマグカップのセットを送りたい』

 

『なかったらどうする?』

 

『……大きい花束でも頼むわ』

 

『分かった。後でポイントは返してくれ』

 

『もちろんだ。恩に着る』

 

 

***

 

 

 流石葛城。俺の交友関係の中で常識人枠にいる男。

 こういう時一番頼りに出来るな……ほんと、Aクラスを葛城が指揮してくれたら、俺も平穏に暮らせたのにな。いや、どちらにせよBクラスに入って一之瀬と関わってしまった時点で無理か。

 

 ……まだ起きないな?むにゃむにゃ言ってるからそろそろ起きそうだが……坂柳が怖くなってきたし、チャットしてみるか。

 

 

***

 

 

『比企谷君、無視とはいい度胸ですね?』

 

『いや、だってもう解決したし、お前に話すことないしな』

 

『おや、そうでしたか。では今から比企谷君の部屋へ行っても?私も戸塚さんの誕生日を祝いたいですし』

 

『来るな。今は絶対に来るな』

 

『ふむ、ということは……今一之瀬さんといますね?それも他人に見られると困る形で』

 

『別に?一之瀬がいるのは事実だが……二人きりだからな、邪魔者には来てほしくないんだよ』

 

『ふふ、私と綾小路を後ろから眺めていた人に言われたくありませんね。椎名さんは素直に謝ってきましたし、仲良くさせていただいてるので問題はないですが……あなたを許した覚えはありませんよ?』

 

『ほれ』

 

『なっ!』

 

『一年の俺ならともかく、今の俺にはお前への対抗手段があるからな。こんな嬉しそうな顔出来るんだもんなぁ…やっぱ好きだろ?残念だったな、彼女持ちになっちゃって』

 

『……実は今椎名さんと図書館にいたのですが、比企谷君が大事な話があると呼んでいると伝えましたので』

 

『は?おい待て、それだと……』

 

『今、部屋に向かってますよ』

 

『おま、マジふざけんな、今来られたら俺が死ぬ』

 

『少し反撃をしないだけでここまで図に乗った比企谷君が悪いのですよ。写真はありがたくもらっておきますが、一之瀬さんにお仕置きでもされて反省してください』

 

『残念だったな。椎名に坂柳の言うことは嘘だと伝えたぞ』

 

『比企谷君こそ残念でしたね。既に椎名さんに、「比企谷君は恥ずかしがって嘘と言うかもしれませんが、本当は違いますよ」と伝えているので』

 

『本当にやってくれたな……チャイムが鳴り出した。つか明らかに速すぎる……さてはお前、俺とチャットする前に話したな?』

 

『ご名答。居留守を使っても無駄ですよ。大人しく修羅場にでもなってください』

 

『……いつか絶対地獄を見せてやるからな』

 

『それはそれは……楽しみにしていますね。綾小路君の一番弟子さん』

 

 

***

 

 

 彩加の誕生会は滞りなく進み、葛城が買ってきてくれた大きな花束をプレゼントすると、頬を赤らめて喜んでくれた。つい告白して数人に頬を抓られたのは良い思い出である。

 彩加のそんな顔を見られただけでも最高だったからな。一之瀬達が作ったケーキも全員に好評だったし。

 ……当初予定の人数より増えて、ベッドの上に座る奴が多くなったのはちょっとどうにかして欲しかったが。

 

 一之瀬はいつも使ってるし、半歩譲って椎名もまあいい。網倉も小橋も慣れたものだが……坂柳、お前は駄目だ。呼んでないのに本当に来やがって……まあちゃんとプレゼント持ってきて彩加の誕生日を祝ってはいたから、文句は言えなかったけどね?

 

 葛城はいつも筋トレする仲間意識からか、プロテインの高級そうなのを送っていた。彩加的にそのプレゼントが一番嬉しそうだったのは気のせいだと思いたい。

 彩加にはそのままの可愛い姿でいて欲しい。……最近筋肉がついてきてちょっと美少年らしさが増しているが、まだ美少女と信じられる。このままを維持してくれ!

 

 夜も深くなってきたことで解散となり、女子組は全員帰っていった。男子もほとんどは帰り、残るは後片付けをしている俺と綾小路、そして誕生日を迎えた本人である彩加だけだ。

 今日は泊っていくということなので、ドキドキで眠れぬ夜になるのだろうか……最近は一緒に寝ることもなくなっていたからか、オラ、無駄に緊張してきたぞ!

 

「なあ、比企谷……」

 

「どうした?」

 

 彩加が風呂に入っている間、マッカンで一服していると、同じく部屋に残ってゲームに勤しんでいた綾小路が急に声をかけてくる。

 珍しいな。コイツ、ゲームをする時は集中するタイプだから、あんまり会話しないんだが……。

 

「ずっと聞きたかったことがあるんだ。誕生会の間に坂柳には聞いてみたんだが、坂柳は笑うばかりで会話が成立しなくてだな……その顔どうしたんだ?」

 

 あ、そう言えば俺の顔、誕生会が始まる前、一之瀬と椎名にマーカーで何か書かれてたんだよな。

 その後すぐに誕生会の面子が集まってしまったため、確認する暇がなかったのだ。

 柴田は顔を合わせた瞬間吹き出したし、他の面々も顔を背けて身体を震わせるし、坂柳は一目見た瞬間からもう笑いが止まらない様子だった。

 彩加と白波は普通に接してくれたんだが……。

 

「……この顔は一之瀬と椎名にやられた。ただ、なんて書いてあるか知らないんだ。教えてくれ」

 

「右目側には『浮気者!ぼっち!捻デレ誑し!』、左目側には『年上好きな意気地なし』って書いてあるぞ」

 

 ……俺は静かに洗面所に行き、全力でその文言を洗い落とすのだった。

 その際、彩加が風呂から上がってきて、互いに顔を赤くしたのは余談である。

 




戸塚たん、誕生日おめでとなー。君のおかげで違和感なくヒッキーがBクラスに居られるから、感謝しかない。

かなり文章雑ですが許して。気づいたの昨日だったのでギリギリに書いた結果です……。

……やっぱりネタバレしてしまった感じかなぁ?まあしたんだけどね。色々1年生編で起こるネタ入れたし……まあやってしまったものは仕方ないよね(白目)。

それと話は変わりますが、もしかすれば気づいた人もいたと思いますけど、第10話(番外編から数えて)まで微妙に誤字脱字を直したり付け加えたり減らしたりしています。最初から読むと違った印象を受けるかもしれません。
第11話以降も少しずつ改変予定。大きく変えるつもりはありませんが、読みやすさは上がるかと。

既に私は2回読み直しました。もっとこういった作品増えてくれないかな……自分で書くより他人の書いたものをやっぱり読みたいので……二次創作を読んで、『自分ならこうなると思う』、って感じで書き始めてくれる方が増えると嬉しいですね。

最後になりますがアンケートを行っています。番外編の位置についてですね。結構どうでもいいことかもしれませんが、答えてくださると嬉しいです。

ではまた本編で~。


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