退屈おババの、刺激求めて山手線! (紫 李鳥)
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1 人前でチュッチュチューは控えめに!

 

 

 お浜さんは、小柄な上に腰が曲がっているせいか、とってもチッちゃく見える。

 

 只今、お出掛け準備中。出掛ける時は、愛用のアンブレラステッキを持参する。これはなかなかの優れ物で、杖を引き抜けば傘になる。

 

 曲がった背中には、ピンクの可愛いリュック。帽子も夏は麦藁帽子、冬はフカフカのファー帽子。上着もピンクのダウンジャケットで、なかなかのオシャレさんだ。

 

「さてさて、140円の旅と参りますかのぅ。ホットカフェオレのペットボトルもリュックに入れたし、準備万端、手抜かりなしじゃわい。ゲヘッ」

 

 お浜さんは、タンスの上に置いた亡き夫の写真に手を合わせると、

 

「じゃ、あんた、行って来ますよ。天国から見守ってちょー」

 

 と、頭を下げた。

 

 

 

 お浜さんの最寄り駅は巣鴨。駅から歩いて10分ほどの都営住宅で、気ままな年金生活をしている。

 

 お浜さんは、山手線がお気に入り。初乗り運賃で一日中遊べる。午後の山手線は乗客も少なく、暇潰しには打って付けだ。

 

 勿論、優先席を独り占め。なぜか、お浜さんの横には誰も座らない。たぶん、皆から偏屈ババアを察知されるからだろう。いわゆる、【触らぬ神に祟りなし】の類だ。

 

 ま、お浜さんの様子を見れば納得する。では、お浜さんの、或る一日をウオッチングしてみましょうかね。

 

 

 

「あ~、やっぱ、電車ん中は暖ったかくてイ~ね。外の気温と20度は違う。ハワイに来たようなもんだ。ゲヘッ。さて、カフェオレで、午後のティータイムと洒落込みますかね。よっこらしょっと、ツーショット」

 

 さりげなくダジャレを言いながら、お浜さんはリュックからペットボトルを出すと、ラッパ飲みした。

 

「ふぅ~、オイチイ。〈ほッカイロ〉で包んできたから、まだまだ温ったかいやね。〈ほッカイロ〉は便利だね。モミモミすれば、何度でも使える。経済的だわさ」

 

 お浜さんは誰に話すでもなく、独り言のように喋るのである。目が合った人には、ニーッと、入れ歯の白い歯を見せるのだ。

 

 ま、良く言えば、愛嬌があるが、悪く言えば、気色悪い。

 

 山手線は、客の乗り降りが激しい。アッと言う間に客層が変わる。素知らぬ顔をしていた乗客も、その都度、お浜さんをチラッと視て降りる。蔑むように視る人、温かい目で視る人。人様々だ。

 

 向かいの席が空いたかと思いきや、入れ替わりにアベックが座り、早速、キスをし始めた。

 

「ったく、真っ昼間からチュッチュチューかい?男は22、3歳。女はちょい上の24、5か?アメリカナイズされちまって、それはナイズよ。しかも優先席を二人占めだ。あらら、ご覧な。松葉杖の兄さんが、恨めしそうにチラ視だ。チッ!まだチュッチュチューしてるよ。周りが見えてねぇし、なんも聞こえてねぇみたいだな」

 

 お浜さんはそうペラペラ喋り、すたすたとアベックの前に行くと、

 

「ヒ~クッション!この物語はフィクションです!」

 

 デッかいくしゃみと共に一言添えた。キョトンとしたアベックは我に返るとすくと立ち上がり、慌てて隣の車両に移った。

 

 お浜さんは、松葉杖のマッチョにニッとすると、優先席に目配せした。マッチョは恥ずかしそうにチョコンと頭を下げると、お浜さんの前に座った。

 

「あ~、一日一善。善い事をすると、カフェオレが旨いね~。ゲヘッ」

 

 お浜さんはペットボトルをラッパ飲みすると、そう言ってニッと笑った。



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2 アッ!網棚に珍獣がっ!

 

 

 今回は、【チキエリ】さんからご提供いただいたエピソードをベースに脚色しています。

 

 チキエリさん、ありがとう♪

 

 この珍事件をお浜ばあさんはどう処理するのか、お手並み拝見と参りましょう!

 

 

 

 

 

 本日は、生憎の雨模様。それでもお浜さんは140円の旅に出掛けます。

 

 帰りは隣駅の大塚か駒込で降りて、巣鴨まで歩きます。腰は曲がっていても、健脚の持ち主。一駅ぐらいの距離なら平気で歩きます。

 

 そして、巣鴨の駅前のスーパーで食料を調達して帰宅すると言うのがいつものパターン。

 

 アンブレラステッキの傘はピンクのチューリップ柄。長靴もお揃いのチューリップ柄で、なかなかのオシャレさんだ。

 

「……あれれ、今日はやけに()いとるのう」

 

 いつも乗る車両が余りにもガラガラなのを、お浜さんは不可思議に思ったようだ。

 

「空き過ぎたのは雨ちゃんのせいよ~♪か?」

 

 と、歌いながら乗った途端、

 

「ニャオーっ!」

 

 網棚から猫の鳴き声が。見上げると、網棚の上に包まった小柄な男が威嚇(いかく)するように(にら)んでいた。

 

「ああ、びっくらこいた。こんなとこに猫がいるとは思いもせんわい。どうしたんじゃ、そんなとこに上って。鼠に追われたんか?」

 

「ニャーニャー」

 

 男は大きく首を振って否定した。

 

「じゃ、降りてきなさいな。お話しでもしましょうよ」

 

「ニャニャニャーっ!」

 

 男は威嚇するように歯を剥くと、爪を磨ぐ仕種と共に、襲い掛かる格好をした。

 

「なんか、凶暴そうな猫じゃな。ワンワン!」

 

 お浜さんは犬の真似をして、吠えた。

 

「ニャーニャーニャーっ!」

 

 男も負けじと鳴いた。

 

「ワンワンワン!」

 

 お浜さんも吠えた。

 

 車両の一番端に固まっていた乗客たちから笑いが起こった。

 

「ニャニャニャーッ!!」

 

「ウーーー!ワンワンワンッ!!」

 

 お浜さんの方が優勢かと思いきや、

 

「ううっ」

 

 突然、お浜さんは唸り声を上げると、優先席に後退りし、座席に仰向けに倒れた。

 

 そして、ジーパンを穿いた脚を大きく広げると、手すりに片足を載せ、ステッキを持った手と共に、チューリップ柄の長靴を履いた足を、痙攣(けいれん)しているかのように激しく揺らした。

 

「…く、く、狂おしい」

 

 お浜さんは片手で胸を押さえると、苦しそうに喘いだ。

 

「あっ、おばあちゃんが大変だ。救急車、救急車!」

 

 隅っこの乗客たちがそう言いながら集まってきた。

 

「ど、どうしよう……」

 

 網棚から降りてきた猫男が心配そうに声を漏らした。

 

「おばあちゃん、大丈夫ですか?」

 

 乗客の一人が声を掛けた。

 

 途端、お浜さんはすくと上半身を起こすと、

 

「ああ、苦ちかった。わしが優先席に座る理由は足腰が悪いのもあるが、心臓が弱いのもあるんじゃ。いくら矍鑠(かくしゃく)として見えるからと言って、内面の病気までは見えんじゃろ?」

 

 とペラペラ喋り、猫男を(さと)した。

 

「どうも、すいませんでした」

 

 猫男は深々と頭を下げた。

 

「おばあちゃん、すいませんでした。僕たちも仲間です。実はサークルの罰ゲームやってたんです。本当にすいませんでした」

 

 仲間だと言う若い男が謝った。

 

「今回の罰ゲームはいただけんが、網棚猫さんの度胸には恐れ入谷の鬼子母神(おそれいりやのきしぼじん)だわさ」

 

「アハハ……」

 

 皆が笑った。

 

 

 

 連中が降りると、お浜さんは早速、ティータイムを満喫した。

 

「ん~、オイチイ。一日一善。善い事をするとカフェオレが旨いね~。ゲヘッ」



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3 まあね、真似のできないうまさよっ!

 

 

今回は、【RINO△】さんからご提供いただいたエピソードをベースに脚色しています。

 

 RINO△さん、ありがとう♪

 

 さて、お浜さんはどんな一刀両断で今回の事件を捌くのか、乞うご期待!

 

 

 

 

 

 雨ニモマケズ風ニモマケズ雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌお浜さんは今日も140円の旅に出るのであった~!

 

 お浜さんの今日の出で立ちは、ピンクのキャップに、NIKEのスニーカー。

 

 一足お先の春の装いでスプリング~!と言った具合だ。

 

「あああ……早く春が来ないかなぁ……春よ来い 早く来い 歩き始めたみいちゃんが 赤い鼻緒のじょじょ履いて おんもに出たいと待っている~♪」

 

 リズムに合わせ両足をぶらぶらさせながら、いつものように独り言&アカペラをご披露していると、

 

「――待っている~♪ふふっ」

 

 優先席からドアを挟んだ斜前に座った高校生らしき少女が二人、お浜さんの歌を真似て笑っていた。

 

 お浜さんがニッとすると、女子高生は顔を合わせて、

 

「ふふっ」

 

 と笑い合った。

 

「春の小川はさらさら行くよ 岸のすみれやれんげの花に すがたやさしく色うつくしく 咲けよ咲けよとささやきながら~♪」

 

「――ながら~♪うふふ」

 

「菜の花畑に 入日薄れ見わたす山の端 霞ふかし春風そよ吹く 空を見れば夕月かかりて 匂い淡し~♪」

 

「――あわし~♪ふふ」

 

「春よ 遠き春よ 瞼閉じれば そこに~♪」

 

「――そこに~♪ふふっ」

 

「春なのにお別れですか 春なのに涙がこぼれます 春なのに 春なのに ため息またひとつ~♪」

 

「――またひとつ~♪うふっ」

 

「雪が溶けて川になって流れてゆきます つくしの子が恥ずかしげに顔を出します もうすぐ春ですね ちょっと気取ってみませんか~♪」

 

「――ってみませんか~♪知ってる?」

「知らない……」

 

 女子高生はお浜さんが歌った『春一番』を知らないようだ。

 

「ククッ」

 

 お浜さんは不気味な笑みと共に続けた。

 

「春高楼の 花の宴 巡る盃 影さして 千代の松が枝 分け出でし 昔の光 今いずこ~♪」

 

「――いま伊豆行こう~♪」

 

 女子高生は、“今いずこ”を“今伊豆行こう”と歌って顔を合わせると、無言で首を傾げた。

 

「クッ。月日は百代の過客にして行かふ年もまた旅人なり 舟の上に生涯をうかべ 馬の口とらえて老いをむかふる物は日々旅にして旅を栖とす 古人も多く旅に死せりあり」

 

「?」

「……?」

 

 女子高生は真似できず、次の駅で降りた。

 

「えっ?『奥の細道』知らんの?中学で習わんかった?クッ。さて、ゆっくりとカフェオレを味わいますかね。……ん~、オイチイ。誰にも真似できん旨さじゃわい。ゲヘッ」



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4 ガキンチョ!vsお浜ばあさん!

 

 

 今回は、【ひなっち!!!】さんからご提供いただいたエピソードをベースに脚色しています。

 

 ひなっち!!!さん、ありがとう♪

 

 相手がガキだろうと、意思を持ってした事には違いない。理不尽な事を許せないのがお浜ばあさん。

 

 

 

 

 

 風はまだまだ冷たいが、太陽が燦々と輝き、日向はポカポカ陽気。

 

 お浜さんも妖気。……もとい、容器。またまたもとい、陽気。

 

 いつものホームに立っていると、高校生らしき少女が隣に来た。

 

 お浜さんが少女の顔を覗き込み、いつもの愛嬌でニッとすると、少女は恥ずかしそうに俯いた。

 

「クッ。可愛いのう」

 

 と、その時。

 

 少女の後ろにいた小学2~3年のガキンチョがいきなり少女に跳び蹴りした。

 

「痛っ!」

 

 少女は痛そうに足を擦りながら、ガキンチョに振り向いた。

 

「こらっ!ガキっ!」

 

 お浜さんはガキンチョの襟首を掴むと、引っ張った。

 

「イテっ!何すんだよ、ババア」

 

「ババアだと?このクソガキがっ!今、何やったんだ?」

 

「何がだよ?なんもやってねえよ」

 

「ちゃんと見てたんだよ、この目で。この子の足を蹴っ飛ばしたろ?」

 

「だったら、なんだよ?」

 

「だったら、なんだよじゃねえよ。なんで蹴ったんだ?」

 

「サッカーの練習やってたら、たまたま当たったんだろ?」

 

「だったら、この人に謝りなよ」

 

「なんでだよ?前にいんのが悪いんだろ?」

 

「どうしようもねえガキだな。傷害罪で訴えてやるから、駅員室に来い」

 

 お浜さんはそう言いながら、ガキンチョの襟首を引っ張った。

 

「ヤだよっ!やめろよっ!」

 

「あら、嫌だ。子供相手に何やってんのかしら、大人げない」

 

 集まって来た野次馬の一人、中年女が眉をひそめた。

 

「そこの厚化粧のオバサン、事情も知らねえで、余計な口挟むんじゃないよ」

 

 お浜さんが一喝した。

 

「ま、失礼な!厚化粧のオバサンですって」

 

「さあ、どうすんだ?警察に行って、親に来てもらう?それとも、この人に謝るか?どっちにするんだい?」

 

「謝るから、離せよ!」

 

「謝ってから離してやるよ」

 

「……ごめんなさい」

 

 ガキンチョは、小声で謝った。

 

「もっと大きな声で、もっと頭を下げて」

 

「ごめんなさいっ!」

 

 ガキンチョは大きな声で謝って、頭を下げた。

 

「大丈夫……気にしないで」

 

 少女はそう言って恥ずかしそうに俯いた。

 

「もう二度とこんな真似をするなよ。分かった?」

 

「……わかったよ」

 

「じゃ、これで解放してやるよ」

 

 お浜さんが手を離した途端、

 

「覚えとけよ、クソババア!」

 

 ガキンチョは生意気な口を叩くと、走って逃げた。

 

「覚えとくよ、クソガキ!」

 

「ありがとうございました」

 

 少女が深々とお辞儀をした。

 

「それより、ケガはなかった?」

 

「はい。もう痛くないです」

 

 少女がはにかむように笑った。

 

「そりゃあ良かった」

 

 お浜さんも、ニッと笑った。

 

 タイミング良く来た電車に乗ると、お浜さんは優先席に座り、少女は斜前のロングシートに座った。

 

「さて、ティータイムと参りますかね?……ん~、一日一善。良い事をすると、カフェオレが旨いね~。ゲヘッ」



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5 チリパー!vsお浜ばあさん!

 

 

 今回も、【ひなっち!!!】さんからご提供いただいたエピソードをベースに脚色しています。

 

 ひなっち!!!さん、ありがとう♪

 

 人の迷惑を顧みない暴走チャリは、絶対に許さない!

 

 

 

 

 

 季節は夏。お浜さんは、只今山手線の旅に出掛ける支度中。

 

 姿見の前で、ファッションチェックに余念がない。

 

 ピンクのリボンがチャームポイントの麦藁帽子に、ユニ○ロのピンクのTシャツにブルージーン。ピンクのリュックサックとアンブレラステッキは相変わらずだ。

 

「準備オッケー。あんた行って来るよ」

 

 いつものように亡き夫の写真に話し掛けると、手を合わせてニッとした。

 

 

 駅前の商店街に来た時の事。前を歩いていた親子連れと電動車椅子のおじいさんの間を、一台のチャリが猛スピードで通り過ぎた。

 

「危ないな。ッタク」

 

 お浜さんが眉間に皺を寄せて呟いた。

 

 すると、

 

「退きなさいよっ!邪魔よっ!」

 

 チャリに乗ったチリチリパーマのおばさんがわざわざ振り返り、その親子連れに怒鳴った。

 

 母親は男の子を守るようにそばに寄せて、怖がっている様子だった。

 

 車椅子のおじいさんも唖然(あぜん)としていた。

 

 頭に来たお浜さん、健脚を活かしてチャリを追うと、アンブレラステッキの柄をチャリの後部カゴに引っ掛けて、その優れた握力でチャリを止めた。(笑)腰は曲がっているが、脚力と握力には自信があるようだ。

 

キィーッ!

 

 突然止まった我がチャリを不思議そうに見回す、チリパー。

 

「おいっ、チリパー、降りろ!」

 

「チリパーって、誰のことよ?」

 

「チリパーと言や、あんた以外に、この世におらん」

 

「何よ!自転車から退きなさいよ、ばあさん」

 

 チリパーVSお浜ばあさんの騒ぎに、野次馬が集まって来た。

 

「チャリから降りろ、チリパー。降りないと警察呼ぶぞ。道交法違反で」

 

「エーッ!」

 

 “警察”と“道交法違反”に反応してか、渋々と降りた。

 

「この親子とおじいさんに謝れ」

 

「……なんでよ」

 

「なんでよだと?道路交通法も知らんでチャリ乗ってんのか、チリパー」

 

「……交通法って、何よ」

 

「自転車も軽車両扱いになるんじゃ。人の多い通りでは、徐行か自転車を押すのがマナーじゃろ」

 

「こっちだって急いでんのよ」

 

「急いでんのはチリパーだけじゃないわい。わしだって、午後の山手線でティータイムの予定じゃったのに、正義感が邪魔をしたんじゃ」

 

「どうでもいいから、その杖を退けてよ」

 

「いやいや、親子とおじいさんに謝るまで退かん」

 

「ったく。どうもすいませんでしたねっ」

 

 不貞腐(ふてくさ)れた様子で、親子とおじいさんをチラッと見た。

 

「それじゃ、謝ったことにならんじゃろが。ババチャリから降りて、ちゃんと謝らんかい」

 

「ったく、もう」

 

 チリパーは面倒臭げにチャリから降りると、親子の前にスカスカと歩み寄り、

 

「すいませんでした」

 

 と頭を下げた。男の子は今にも泣きそうだったが、母親は会釈をした。

 

「坊やにも謝らにゃ」

 

 お浜さんが(さと)した。

 

「……坊や、ゴメンね」

 

 チリパーがニーッとした。その表情が怖かったのか、男の子は母親の後ろに隠れた。

 

「おじいさんにもじゃ」

 

「どうもすいません」

 

 チリパーが車椅子のおじいさんに頭を下げた。

 

「わしゃ、心臓が止まるかと思った。自転車は凶器じゃな。ケガせんで良かったわい。けど、あんまり長生きするもんじゃないのう。やれやれ」

 

 おじいさんはそう言って、去って行った。

 

「この親子にケガでもあったら、あんた、傷害罪で逮捕されるとこじゃったんだじょ。チリパー」

 

「……」

 

 チリパーはしょげてしまい、借りて来た猫のように大人しくなっていた。

 

「あんたがこの親子の立場だったら、どうじゃ?子供がケガでも負ったら、暴走チャリを許せないだろ?」

 

 チリパーはゆっくりと頷いた。

 

「とにかく、ケガがなくて何よりじゃ。もう二度と暴走チャリは止めなよ」

 

「ええ」

 

「じゃ、握手だ」

 

 お浜さんはそう言って、チリパーと母親の手を取り、握手をさせた。

 

「……どうも、すいませんでした」

 

 チリパーが深々と頭を下げた。

 

「ケガとかなかったんで、大丈夫です」

 

 母親は、笑顔で答えた。

 

「坊や、ゴメンね」

 

 チリパーがそう言うと、男の子は頷いた。

 

「さて、午後のティータイムに急ぐぞ。それ行けっ!」

 

 お浜さんはそう言うと、忍者のように走り去った。

 

「ありがとうございましたーっ♪」

 

 母親の大きな声が、商店街に(とどろ)いていた。



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6 痴漢だっ!

 

 

 今回は、【佐野心眼】さんからご提供いただいたエピソードをベースに脚色しています。

 

 佐野心眼さん、ありがとう♪

 

 痴漢は許さん!

 

 

 

 

 

 本日は登録しているエキストラの仕事が入ったので、ショルダーバッグにスカート姿でラッシュ時の電車に乗ったお浜さん。

 

(イテテ。そんなに押さんでもいいじゃろ?混んどるは飛んでいくじゃな。優先席も寝たふりどもが独占しとるし。すし詰め状態で体を動かす事もできん。ギュウギュウづめの電車の中 抱きしめられているみたい ギュウギュウづめの電車の中 ゆられゆられて夢ごこち~♪……てなわけないだろっ!アッ!後ろの誰かがわしのケツ触っとる。クッ。わしもまだまだイケるのう。……てなわけないだろっ!痴漢は許さん)

 

 お浜さんは、用心のために持参した針山をポケットから出すと、お尻に触れるものをまち針で突っついた。

 

 だが、うんともすんとも反応がない。もう一度突っついたが、「痛っ!」の声がない。

 

 おかしいと思ったお浜さんは、まち針を針山に刺してポケットにしまうと、触れるものに手を伸ばした。

 

(むむ……硬いっ。革の手袋でもしとるんか?……いや、違う、角がある。……なんじゃ、カバンの角が当たっとったんか。久しぶりにスカート穿いたから、てっきり痴漢だと思った。……トホホ)

 

 お浜さんは、自分の勘違いにがっかりした。

 

 肩を落としながらふと視線を上げると、お尻を触る手が目の前で動いていた。

 

(これこそ、痴漢だっ!)

 

 現行犯で取っ捕まえようとしたお浜さん。ところが、よく見ると、触っていたのはプリーツスカートを穿いてるほうだった。

 

 顔を上げて確かめると、触っていたのは女子高生風で、触られていたのは中学生くらいの男子だった。

 

(ギョギョ……痴女か?)

 

 女子高生の顔は見えないが、間違いなくその手は男子のお尻を触っていた。

 

(世の中にはこういう女子高生もおるんじゃな。変態か?……いや。もしかして、二人は知り合いかもしれん。コミュニケーションの一環として触れ合ってるのかも。じゃが、どう見ても男子をからかっているようにしか見えん)

 

 お浜さんが男子を覗き込むと、顔を真っ赤にして俯いていた。……嫌がっている様子だった。

 

 お浜さんは、ポケットの針山からまち針を抜くと、女子高生の手に刺した。

 

「痛っ!」

 

 女子高生が声を出した。お浜さんは素早くポケットの針山にまち針を戻すと、片手でスマホをいじった。

 

 女子高生は手の甲を擦りながら、お浜さんのほうを見た。

 

(クッ。「女のくせに男のケツ触ってんじゃないよっ!」っと怒鳴りたいとこじゃが、男子の立場もあるじゃろから、黙っとくか)

 

 お浜さんは、男子と目を合わせると、ニッと笑って電車を降りた。



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