心霊少年の軌跡 霊能者よりもプロの碁打ちの方が魅力的なのでプロになります (夢落ち ポカ)
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1話
ヒカルの碁に再燃して現実がヒィヒィギャァギャァしてる状況下で手を出してしまいました。
コロナの大変な時期で皆様大変かと思いますが、どうぞ最低限の外出を心掛け、コロナに罹らないようこの苦境を乗り越えましょう(本音)。
日本棋院———幽玄の間
「思ったより早く上がってきたのぉ霊感坊主。
ひゃっひゃっひゃっと、耳に残る笑い声をあげる老棋士に、スーツに着せられた感のある静流が口を開く。
「お爺ちゃんみたいな盤外戦仕掛けてくる陰険女がいたりしたけど、ぶっ潰して夏の一枠を勝ち取ってきちゃったよ。
あと、口添えなんて貰える訳ないじゃない。
お爺ちゃん、真剣勝負に茶々を入れる気質が
そんなことしたら、見捨てられる上にボクお山のジジ様に出禁にされちゃうよ」
とても10歳とは思えないほどの落着きぶり、そして何よりその不遜ぶりに桑原はしみじみと、だが羨ましさを隠そうともせず口を開いた。
「羨ましい限りじゃのう、名のある碁打ち
秀策はいたりするのか?
見ることが出来ずとも、死ぬ前に一局打ってもらいたいもんじゃ」
「道策様ならいるよ、会話が殆ど出来ないけど。
毎日ボコボコにされて、泣いちゃってるよ」
げんなりとした様子で静流は首を振った、思い出したくもないのだろう。
対局を前に無駄なエネルギーを消費したとぼやく。
「お主の
「うわ物騒なお爺ちゃんだなぁ。
不眠症になって寿命縮めたくなかったら止めた方がいいよ」
「ひゃっひゃっひゃっ!!
碁聖と打てる代価がその程度なら安いもんじゃて!!」
「……まぁ環境が羨ましいって一柳先生が言ってたなぁ。
…………じゃあ、この対局で勝てたら戦わせてあげてもいいけど?」
思わぬ提案に、桑原の目がギラリと見開かれた。
破格の賞品を前に、喰いついてしまったようである。
他所から見れば賭け碁と見られ兼ねない事態に、立会人たちも困惑していたが2人の闘志はここにきて最高潮に達していた。
「生意気な奴じゃのぉ、懲らしめ甲斐があるわい」
「そのにやけ面、すぐに出来なくさせちゃうから。
何ならハンデいる?
変わろうか?」
「抜かせ、中押しでギャンギャン泣かせてやるわ」
静流は下座に座ると、カバンから大量の菓子袋──―ブドウ糖(10個入り200円《税抜き》)の入った大量の袋とミネラルウォーター(500㎖)5本を傍らに置き、始まりを待つ。
桑原も上座に座ると始まりの合図が上げられるまで悠然と構えていた。
「———そ、それでは、時間になりました。
新初段の先番でコミは逆コミ5目半で持ち時間は2時間。
持ち時間を切りましたら一手1分の秒読みになります。
では、始めてください」
「「———お願いします」」
先手、静流が碁笥から石を取ると予め決めていた手を放つ。
初手、3・4小目。
先程までと打って変わって表情さえも殺した年に似合わぬ目をした少年棋士の戦いが始まった。
***
対局から一時間後四十七分後———
「……………………ありません」
「あ……りがとう、ございました」
先手3目勝ちという、ここ数年でここまでの大番狂わせがあっただろうか。
『流石は大僧正が目に掛けたお弟子、指導者の1人としてこれほどの碁打ちに
97手目で甘い手がありましたがその挽回は今の貴方からすれば見事な返しでした。
では、次は私の番です。
この棋士と戦わせなさいさぁさぁ早く!!』
静流は桑原に勝った。
傍らにあったブドウ糖やミネラルウォーターは既に開始一時間とかからず喰い尽くし飲み尽くしていた。
頭痛と腹痛に身を苛まれながら、目の前の老棋士を捻じ伏せる為に盤上で互いに殴りに殴り合った結果、お互い息も絶え絶えといった様子でヨセに入っている。
桑原の方はと言えば、これが本因坊挑戦手合七番勝負の最終戦と言わんばかりの気迫ぶりで禿頭に絶えず汗が噴き出していて全身で疲労困憊を表している。
桑原の背負った逆コミ5目半のお蔭でシノギ切った静流は途中立ち眩みを起こしかけながらも途中退席して別室に置いていた予備のブドウ糖を3袋も一気に平らげた。
対する桑原も静流が退席している間に羊羹を1本平らげ、お茶を3杯お代わりする等、お互いに身を削りあった対局となっていた。
「……検討しても?」
『検討?
何を言っているのですこの未熟者!!
貴方が勝ってはいますが互先であれば12目半もの惨敗です!!
それくらい分かっているでしょう!!
ぐぬぬ、肉体の無いこの身が憎らしぃ口惜しぃ!!
貴方のような
(道策様、お爺ちゃんにはまた今度してもらうから、今日のところはこの辺で)
頭痛の鳴止まない思考で頭を抑えた静流は、傍らで声高に打たせろと訴えかける『半透明の美坊主』を宥めた。
———本因坊道策、かつて江戸時代に活躍した碁聖と呼ばれた碁打ちである。
その圧倒的な棋力は当時の御城碁へと登城していた殆どの囲碁打ちを圧倒し、近代囲碁の祖とも呼ばれている本来ならば『平成の世』に存在しない御仁である。
見えて聞こえているのは静流だけで桑原や立会人たちに道策の姿は見えていない。
それは静流の幻覚や妄想ではなく、本当に存在していた。
──―幽霊、という常識外の存在として。
生まれてこの方、幽霊・妖怪・異存在と関わって来て居た静流は世間では『霊感少年』としてテレビに何度も出演したことのあるちょっとした有名人であった。
無論そういったオカルト系の番組ではヤラセやトリック、イカサマが番組後炎上して打ち切り、というパターンが多いのだが、静流は番組に登場して
夏場となれば怪談番組がゴールデンを飾り、テレビ欄には静流の名前が出るのが当たり前となれば、その異常振りが理解できるだろうか?
もちろん、霊感少年としての実力を疑われて実証実験に何度も立ち会わされたこともあるが、結果は全て『証明不可能』という静流の霊能力に太鼓判を押す結果となり、複数の霊能力者も静流が霊能力者であると証言していた。
そんな霊感少年が何故、囲碁界に乗り込んできたのか。
それは、家庭環境からの鬱屈によるものだった。
静流に霊能力があると知った両親はあからさまに息子への態度が変わった。
静流に一切触れなくなり、食事も肉は不浄であるからと精進料理。
外出も穢れが移るとテレビ出演以外では霊能力を鍛えるために山籠もり──―実際は山へ放置である──―という徹底ぶり。
もはや虐待としか言えない状況を静流はこの5年余りを過ごした。
本来ならば小学4年生の静流は学校へ出席をしておらず、人間の友達など一人もいない。
そんな中で出会ったのが囲碁であった。
妖怪──―天狗が住まう山寺に迷い込んでしまった静流が面倒見の良い天狗の膝の上で見ていた一局。
十九路盤という白と黒の意思が織りなす独特な世界観に、静流は魅せられた。
以来静流は面倒見の良かった天狗を師に持ち、その後出会った幽霊──―道策や安井算哲といった名立たる囲碁名人たち──―と交流を持ちながら次第に将来は『プロの碁打ち』になりたいという気持ちが宿ったが、碁のことなど何も知らない両親は猛反対し遂に手が出始めた。
こうなってくると静流もすぐに限界がきて堪忍袋の緒が切れた。
これまで絶対に人に向けて霊能力を使わないと決めていたが、その誓いを破ってでも親の作った檻を抜けようという気になったのである。
天狗から教わっていた金縛りの術を両親に掛けると家を飛び出し、交番へ避難しこれまでの虐待を訴え出たのだ。
静流のことを団地の有名人として知っていた警察官はすぐさま自宅へと急行し両親を緊急逮捕。
金縛り状態の両親をなんとか警察所へ連行してから暫くして、世間は大いにこのスキャンダルに飛びついた。
静流が得ていたギャラを本来は将来の為に管理していたはずの両親の金遣いの荒さに。
いつの間にか仕事を辞めていた両親が静流の稼ぎを当てにしていたことを。
キャバクラや有名ブランドショップで頻繁に目撃されていたこともあり、火が付けばあっという間に世間は静流の両親を叩き、静流を虐待されていた可哀相な子供と記事を掲載した。
親戚は静流の霊能力を恐れ引き受けようとせず、児童養護施設に預けられることとなるが、これまでまともな人間関係を築けたことのなかった静流は残念なことに、関係構築に失敗し孤立する事となる。
それでもなお、己の夢──―プロの碁打ちになるという夢は色褪せなかった。
「──―中盤の荒らしが成功したのは終盤のいい布石になったと思う。
けど、終盤のコウ合戦が複雑で……」
「最後まで気を抜かんとボカボカ殴りおって……年寄りを少しは労わらんか」
「こんだけ元気に殴り合って年寄って冗談よしてよ
「憎まれ口ばかり叩きおって……この中央からの……」
遡って検討をする二人は次第に活力が戻ってきたのか、互いに軽口を叩き合いながら石を置き続けた。
「……むぅ、少し力み過ぎたのぉ……やはり中盤じゃな。
中央のワカレが痛かったわ」
じゃらり、と石を碁笥に戻すと手で顔を覆った桑原は長年勤めてきた観戦記者の目から見ても初めての光景だった。
棋力は未だ桑原が圧倒的に上田、静流の腕前が初段以上とはいえ、それは覆しようのない事実。
自らが仕掛けた盤外戦に逆に釣られた挙句のこの失着。
言い訳を上げればきりがないが、負けは負けである。
桑原はこの一局を忘れないだろう。
久方ぶりの心身を苛む敗北感に、力なく笑ってしまった。
「……なんにせよ、わしの負けじゃ。
碁聖との一局はまた機会があれば……」
「──―はい、僕のいる養護施設の電話番号。
近いうち引っ越しするからこっちは僕の後見人さん番号だよ。
お爺ちゃんの体調が回復して、絶好調な時にまた打ってほしいな」
静流は胸ポケットから二枚のメモ用紙を桑原に渡した。
約束だった桑原の勝利を提案した側から反故にして、景品を差し出した静流に、桑原の目が大きく見開かれる。
「お主……よいのか?」
「今日は僕もへとへとだから無理だけど、別日ならいいよ。
今ずっと道策様が狂乱しててね、お爺ちゃんと打たせてあげなかったら悪霊になっちゃうのは御免だしね。
それじゃぁ、本日はありがとうございました」
プロとなってから半年ほど経てば十分な引っ越し資金も貯まるだろうと計画している静流は養護施設を出て、一人暮らしをする気であった。
霊能力者時代のお金は両親にくれてやった、これで縁切りとなるのなら安いものだと割り切ってしまった静流は引っ越し予定地の寺の住所も伝えると席を立った。
「あっ、すいません鞍馬初段、ちょっといいかい!?」
観戦記者が検討を終え立ち去ろうとした静流を呼び止めた。
すぐにでも帰りたかった静流は嫌そうな顔を隠そうともせず、険しい表情をして振り返る。
「なんです?」
「対局の感想を聞いてもいいかい?
なんせあの桑原本因坊を相手に勝利を手にした感想を聞かせてほしい」
「楽しかったけどしんどかったです。
終盤のヨセが丁寧に終えられてちょっと気分がいいです。
あ、中盤の荒らしも楽しかったです、帰ったらまた検討したいです」
そういうと、静流は今度こそ幽玄の間を去ってしまう。
「ま、待ってくれ!!
最後に、これだけは聞かせてくれ!!」
記者は慌てて追いかけ、静流に追い付いく。
幽玄の間から出て別室で待機していた他のプロたちと話していた静流はまだ何か用があるのかと記者に訝しんだ。
「こ、今回の対局に、
この質問をした瞬間、静流を中心に他のプロたちの目が一気に険しくなった。
中心にいた静流は周囲のプロたちとは違い呆れたような目で見ていたが。
「桑原のお爺ちゃんにもいったけど、あの人たちは僕の対局に関わることはないよ。
余計な茶々を入れられて喜ぶ碁打ちなんてプロ失格でしょ?」
年に見合わない冷めた言葉を投げかけた静流は記者から視線をずらすと、隣にいた白スーツの男──―緒方七段にぺこりとお辞儀した。
「緒方先生、他の先生方も、本日は僕と桑原本因坊の対局を見に来てくださってありがとうございました」
「いや、あの爺さんが新初段相手に本気になって空回りして負けたなんて珍事を見れて良かったよ。
今後も励むといい、何なら俺と今打つかい?」
上機嫌な緒方はつい最近桑原へ本因坊七番手合に挑みストレート負けという気の狂いそうな結果を残してしまい不調が見られていたが、この一局のお蔭かメンタル面での復調が見られた。
別室で静流たちの対局、特に中盤の荒らしに静流が成功させた時など周囲に見えないようにガッツポーズするほどであったという。
「えと、また今度時間を頂きたいです?
じゃなくて、緒方先生のスケジュールを教えていただけたら、僕から伺います」
「なんだ、随分と桑原の爺さんと違って固いじゃないか。
盤外戦の時みたいなふてぶてしい態度の時ぐらいでちょうどいい」
「…………えっと?
じゃあ、緒方先生、休みの日があったら教えてください。
盤上で殴り合いしましょ?」
「あぁ……楽しみだよ」
疲労困憊しているとはいえ高段位者からのお誘いに、静流は口調を崩して緒方相手に挑発してみせた。
緒方としてもこの特異な新初段と一度対局してみたかったこともあり、不敵に笑ってみせる。
帰ってから研究だなと内心で呟くと、一足早く帰っていく。
途中受付で静流のプロ試験中の棋譜もコピーする事も忘れず、緒方は棋院から出ていった。
非公式戦で、門下でもないのに高段位者、更にタイトル保持者との対局をこの短時間で手にした静流は疲れ切った脳を叱咤し迎えのタクシーに乗り込んだ。
「あー愉しかった。
やっぱり、囲碁のプロ目指してよかったぁ。
道策様、またご指導お願いしますね?」
『…………静流、緒方とかいう棋士のこれまでの棋譜は持っているのですか?』
「………………あ」
棋譜は日本棋院で手にする事も出来た筈だろうに、静流はそこまで気が回らすタクシーに乗り込んでしまっていた。
既に出発しているタクシーはどんどん日本棋院から遠ざかっていく。
「おじさん、運転手のおじさん!!
やっぱり戻って、日本棋院にバック!!
忘れ物した!!」
締まらない終わりに道策は静流の隣で呆れ、帰ったらビシバシ扱くことを心内で決める。
日本棋院へ戻り養護施設へ着いた頃には、夜も更けていた。
これが鞍馬静流新初段の初めてのプロの戦い。
これから続く長い長い人生を囲碁という十九路盤の世界で戦い抜く棋士たちとの戦いの、始まりであった。
読んでいただき、ありがとうございました。
とある女友達との一幕
Aさん「ねぇ、ポカ君?今年から社福取るためにレポート課題2本毎月提出するんだよね?」
ポカ「はい・・・(-ω-)」
Aさん「なのに、どうして部屋の中に囲碁の参考書とか囲碁の漫画とか九路盤とか十九路盤とかあるの?先週までなかったよね?」
「ヒカルの碁《完全版》全巻」
「星空のカラス 全巻」
「天地明察 全巻」
「石倉昇:ヒカルの囲碁入門」
王銘琬九段考案:『初めてでも10分でできる囲碁 純碁』
折り畳み十九路盤(リサイクルショップで500円)
ポカ「はい・・・(-ω-)」
Aさん「社福取ったら、次は精神の方もでしょ?」
ポカ「はい・・・(-ω-)」
Aさん「今日まで(2020/4/30)にレポート何本上げたの?来月の15日までが締め切りだよ?」
ポカ「・・・・・・0本です(-ω-)」
Aさん「・・・・・・ポカ君、やる気あんの?(´∀`)(∀` )(` )( )( `)( `д)(`д´)ゴルァァァァァ」
ポカ「ひゃい・・・ヾ(_ _*)ハンセイ・・・」
Aさん「がんばろうねポカ君、応援してるヨ (´0ノ`*)オーホッホッホ!!」
ポカ「ひゃい・・・(((;゚ρ゚)))アワワワワ」
作者は失踪します。
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佐為との出会い
主人公の名前:鞍馬静流 静流をシズルと記載します。
オカルト要素あり:バトルはありません(バトルになりません)主人公のオカルト発言はさらっと読む程度でOKです。
作者のレポート課題?
・・・・・・・・・HAHAHA!!
葉瀬小学校にて、進藤ヒカルはとある教室である少年と対面している。
鞍馬シズル———自分よりも背が低く普段から表情の乏しい彼が打って変わって険しい表情をしているのを見て、ヒカルは困惑していた。
(おい佐為っ!! お前シズルになんか恨まれるようなことしたのか!?)
(心当たりが全くありません!!
現世に再臨して二ヶ月も経っていない上に、初対面のこの少年からこれほどまでの敵意を浴びるなど…!!
というか、この少年ヒカルと同じ私のことが見えているんですか!?)
ヒカルは最近己に取り憑いた幽霊―――
シズルはポケットから何かを取り出すと、教室の四方へ投げつける。
それが長方形の何か読み取れない文字を書かれた紙だとヒカルが気付いた時、肉体を持たない筈の佐為に変調が起きた。
ただの紙がどうやって勢いよく教室の四方へ飛んでいったんだ、というどうでもいいことを一瞬考えてしまったのだが、しばらくして体の変調に気付く。
閉塞感とでもいえばよいのか、先程まで感じていなかった
「ヒカル・・・今日呼び出していたのはその
大丈夫、自我が凄く強くて退治し難そうだけど、大僧正様謹製の特急呪符を使ってその取り憑いている幽霊、後遺症
———どうしてこうなった?
ヒカルは、何故か相対する羽目となってしまったこの状況を思い返した。
***
———数時間前
ヒカルは久しぶりに登校してきていた学校の有名人、鞍馬シズルに用があって彼の教室へ休み時間に赴くも折り悪くシズルは席を外していて、仕方なくヒカルは放課後空き教室へ来てくれとシズルのクラスメイトに伝言を残していた。
用事というのも、自分に憑いた幽霊———藤原佐為と呼ばれる幽霊と囲碁の勝負をして欲しかったのだ。
(ねぇヒカル、その鞍馬シズルという少年は碁が強いのですか?
塔矢アキラ君よりも?)
(だと思うぜ?
だってあいつ十歳の時にプロになったってニュースになってたらしいし?
なんかすっげー強い爺さん倒して新聞にも載ってたって爺ちゃんが言ってた)
碁の初心者であるヒカルはシズルが二年前の新初段戦で戦った相手―――現本因坊、桑原仁に勝利したことを佐為に伝えたのだが、その説明がざっくりとし過ぎていた所為で当の佐為にはよく伝わっていなかった。
(ヒカルの説明がぼんやりとしていてよく分からないですね。
まぁ、ヒカルと同い年で既にプロとは、この戦いにも期待できそうですが・・・初心者丸出しのヒカルがプロに勝つというのは余りよろしくないのでは?)
石の置き方すらまだ安定もしていないヒカルはいまだに親指と人差し指を使った置き方しか出来ないでいた。
一度だけ、塔矢アキラの父親である塔矢行洋五冠との対局の時に何故か打てたあの不思議な感覚。
行洋の見せた輝く様な一手を自分も打ってみたいと偶然打って見せたあの時だけだ。
異常な強さを誇る佐為だが、肉体がない以上碁石を持って打つのはヒカルである。
素人丸出しのヒカルがこの打ち方では違和感しかないだろう。
ちぐはぐな強さに、素人感丸出しの持ち方。
不信感しか持たれないのではと危惧した佐為はどうするつもりなのかとヒカルに尋ねるが、ヒカルは大丈夫だとしか言わなかった。
(あいついつもぼーっとしてて何考えてるか分からねぇけど、良い奴だから大丈夫だって!!)
子供特有の根拠のまるでない、だが力強く断言して見せたヒカルに佐為は天を仰いだ。
(私はその鞍馬という少年を知らないんですよヒカル・・・)
話の通じないヒカルに藤原佐為、現世に二度目の降臨をして途方に暮れたある昼間の出来事だった。
***
そして現在、していた教室に向かったヒカルと佐為は既に教室に来ていたシズルとようやく出会い、だが佐為にとってこの状況は混乱の極みにあった。
ヒカルとしては、目の前の友達の勘違いをどう説明したらいいのか言葉が見つからずに黙ってしまう。
加えて、言葉のいくつかに物騒な言葉が紛れていたので聞き間違いであってほしいという現実逃避もしていた。
(ヒ、ヒカル!?
この少年、もしかして陰陽寮の術師なのですか!?
そういえば、どこか平安の世にいた陰陽師に似ているような気迫を感じます!!
ご、誤解です、誤解なんです!!
ヒカル、彼に私への誤解を解いてください!!)
佐為の慌てぶりに現実へ帰ってきたヒカルは目の前のシズルへの説明が口から出てこないでいる。
(そ、そういわれたって、なんて説明すればいいのか分かんねぇよ。
佐為の方から言ってくれよ、悪い幽霊じゃないってさ!)
(幽霊の私の言葉をこの少年陰陽師が信じると思いますか?
見てくださいあの表情、今まさに私のことを成仏させようと狙いを定めた狩人の目ですよ!!)
(いや、あいつの無表情は年中無休な感じだけど・・・あーけどあんなに眉間にシワ寄せてるのは初めてかも?)
(ヒ、ヒカルぅ、何とかしてくださぁいっ!!
神の一手を極めてもいないのに成仏なんてあんまりですぅっ!!)
動揺から遂においおいと泣き始めた佐為に頭痛に苛まれ始めたヒカルは舌打ちする。
どういう理屈か、ヒカルは佐為の強い負の感情———悲観や絶望など———の影響を受け易く、体の変調を起こしてしまうのだ。
特に初めて会った時などショックで気絶してしまい一時検査入院する羽目になってしまったのである。
あんなことは二度と御免だと、ヒカルはかぶりを振った。
(あーもう、泣くなよ頭痛くなるだろ!?
分かった、何とかするから泣き止めって!!)
ヤケになって安請け合いしてしまったヒカルは、シズルに誤解だと叫んだ。
「違うんだってシズル、聞いてくれって!!
今日お前に用があったのは、こいつの碁の相手をしてほしかっただけなんだって!!
幽霊退治はお前の勘違いなんだよ!?」
勢いに任せて口にした言葉だが簡潔に事情は伝える事が出来ていたようで、シズルはヒカルの表情から自分が勘違いをしてしまったのだと納得したのだが、手に持った札から手を離さないあたり佐為を警戒しているのだろう。
「けどヒカル、全身が残っている幽霊っていうのはすごく力が強くて、取り憑かれたら調子を崩しやすいんだ。
さっきもそのお化けの影響を受けて頭痛で頭抑えてたよね?」
心当たりがあり過ぎてドキリとしてしまったヒカルだが、今は佐為の成仏ではなく碁の勝負、対局の申し込みだ。
テレビを賑やかせていた頃の幽霊少年の印象が強いシズルだが、現在はプロの碁打ちとして活動しているシズルにヒカルは用があったのだ。
「そうだけど・・・佐為は俺の囲碁の師匠なんだ。
シズルが俺のこと心配してくれて魔法みたいなことして助けてくれてるようだけど、それは俺的に困るからやめてくれ」
ヒカル正直な気持ちを聞いて、シズルはじっくりと佐為を見やった。
いかにも気の弱そうな長身の美青年幽霊はシズルを何故か拝んでおり、『私は悪い霊じゃありません、助けてください』とおろおろしている姿にようやく警戒を解いたのか、手にしていた札を下ろしポケットへと入れた。
「・・・うん、誤解してごめんなさいヒカル。
さいっていうんだね、その幽霊は?
なんていう字を書くの?」
『し、信じていただけるのですか!?』
誤解が解けたのかと思ったのか、明るい表情をさせた佐為はシズルを再度拝んだ。
佐為に拝まれて居心地が悪くなったのか、シズルは眼を逸らすとヒカルの為だからと言い訳のように、早口に言った。
「面倒くさがりなヒカルがこれだけ信じてるから、まぁ、少しは信じてあげてもいいかな・・・と思っただけ。
おかしなことしたら
「じゃあシズル、さっき教室に張った札取れよ、何かアレ張られてから俺もちょっと気分悪いんだよ」
シズルはヒカルが佐為の影響を受け易いと気付いたようだが、先程の件もあった為、急いで札を剥がすと破り捨てる。
それと同時に、教室に漂っていた閉塞感が消失し息苦しさが無くなったヒカルはなんとなしに教室の窓を開けて深呼吸する。
閉塞感の理由は窓が閉まっていたからではないのは分かっていたが、気分的にそうしたかったからだ。
「よし、じゃあシズル、佐為と打ってくれ!!
あと、俺ともその後で打ってほしい!!」
「えっと、佐為さんに成仏してもらう為に打つっていうことなのかな?」
誤解は解けたがそれ以外はまるで要領を得ないシズルはヒカルにどういうことなのか尋ねた。
ヒカルはシズルにこれまでの佐為と出会った頃からを掻い摘んで教える。
途中、佐為の正体が江戸時代に現れ現代に至るまで最強の棋士としてその名を轟かせている本因坊秀策であったと聞き、一瞬だがシズルの眉間にシワを寄せたのに二人は気付かない。
そしてヒカルのいたずら小僧ぶりにシズルの白けた視線を受けた本人は苦笑いしているが、それが佐為との出会いであるというのなら、二人には縁が繋がっていたのだろうと、そう思うことにしたシズルなのであった。
「・・・道策様、これ聞いたら怒るだろうなぁ・・・大僧正様もなんて言うか」
シズルはこの場にいない知り合いにこのことを報告しないといけないのだと思うと憂鬱になったのか、はぁとため息をつく。
「シズル、どうかしたか?」
「何でもないよヒカル、それと佐為さん。
碁を打つのは今日はちょっと都合が悪いんだ。
今日は夜から研究会にお呼ばれしてて、明日じゃダメ?」
「研究会って?」
研究会と言われてヒカルは首をかしげた。
プロの碁打ちをしているシズルがする研究会と言えば囲碁以外に何があるのだろうとは言わないシズルは目の前の鈍い友人にゆっくりと説明をする。
もちろんだが、傍らにいた佐為は察しがついていたようである。
「もちろん囲碁のだよ。
僕は基本どの研究家にも所属してないけど、今日の夜から緒方先生に誘われて塔矢名人の研究会に行くんだ」
「塔矢名人って・・・塔矢アキラの!?」
『シズル殿はあの者と打てるのですか!?』
「そうだよ、ヒカル・・・というより、佐為さんが二人と何度か打ったことがあるって言っていたよね?
うん、塔矢門下っていって、塔矢名人主催でお弟子さんたちとか、運が良ければ塔矢名人とも打てたりするんだ。
この前、緒方先生・・・塔矢名人のお弟子さん、プロの碁打ちの人とトーナメントで当たってね、その対局は負けちゃったんだけど、その時に緒方先生から誘われたんだ」
緒方はこの二年で不調を完全に払拭し更には棋力を上げて現在九段と若手においてはトップクラスの実力者になっていた。
タイトル予選時に何度か当たった事のあるシズルと緒方だが、勝率は若干だがシズルの方が高い。
二週間ほど前、対局後に緒方から誘われた為、ヒカルとの用事が済み次第学校を出ようと思っていたのだ。
「秀策と打てるっていう感動とか名誉とかあるんだけど、約束が優先かなぁ」
『私も、私も打ちたいのですが・・・』
佐為も打ってみたいと訴えているが、以前ヒカルは行洋との対局に無礼な態度をとって逃げ出した経緯を思い出し、佐為を窘めた。
あの時は佐為が自分の体を乗っ取ったんだと言い張って―――今でもそう思っているが―――はいるものの、それほど月日を置かずまた行洋と打とうとは言えなかったし、大人に混じってい碁を打つというのはどこか怖くもあり行きたくなかったのだ。
そして何より、その場にいられても打つのは佐為で、ヒカルは代打ちをして見るだけ。
せっかく碁が楽しくなってきたのに、研究会に行けば自分は
「佐為さん、また明日打ちましょうね。
ヒカルも、また明日打とう。
本当は指導料とか貰わないといけないって棋院から言われてるけど、お金困ってないからタダでいいよ」
「一度言ってみてぇな、カネに困ってねぇって」
『ヒカル、シミジミ言わないでください、悲しくなってきます』
ヒカルは己の金欠ぶりにシズルのブルジョア(?)発言に混じりっけなしの嫉妬心を吐露し、佐為はその様子に呆れていた。
二人はシズルに今日は驚かせて悪かった、明日の対局を楽しみにしているといって、教室から出ていく。
シズルも教室から出てると、二人の背をぼんやりと見た。
「かつて江戸にその名を轟かせた本因坊秀策の正体が、まさか平安の碁打ちが
千年前の幽霊なんて原型無くしているか、
・・・まぁ、悪霊には為っていないようだし、ヒカルに何かない限り様子見しておこっかな」
佐為の幽霊としてどうやってこれまで存在していたかなど、シズルには興味はない。
今のシズルは霊感少年ではなく、プロの碁打ちとして生きていくと決めているのだから。
自分に害がない限り、オカルト関係において基本的に進んで関わるなどしないのだ。
流石に目覚めが悪いので、ヒカルに何かない限り様子見―――第三者から見ると完全に放置である―――する事に決めたシズルは小学校の駐車場へと向かっていく。
そこには見慣れた高級車―――マツダのRX-7が駐車され、車内には上下白のスーツというインテリヤクザ然とした三十代の男性がそこにいた。
助手席側の窓をノックすると、気付いたのか吸っていたタバコを灰皿へと押し込み換気も兼ねて窓を開けた。
「―――お待たせしました、緒方先生。
今日はよろしくお願いします」
「やぁシズル君、遅かったな。
久々の登校で学校の先生に宿題山ほど渡されたのか?」
「違いますよ、僕のクラスの担任は僕のこと基本的に無視するんで。
今日は友達に囲碁教えてって頼まれたんですけど、研究会あるからまた今度ねって話してたら長引いちゃって」
対局の度に学校を休んでいる内に担任の教師からは何も言われることのなくなったシズルは別段教師やクラスメイトから明確なイジメを受けているわけではない。
ただ班分けの時に必然的に残り、移動教室がある事をクラスメイトから教えてもらえなかったりすることが
学校にロクに通ったことのなかったシズルは学校とはそういうものだと思っており、このことが問題になるのは卒業式直前というまだ幾分か時間のかかる事であった。
「・・・聞き捨てならない言葉があったが、シズル君が気にしていないようだから横に置いておくか?
それにしても、シズル君に話しかける度胸のある小学生がいるとは、なかなか根性あるじゃないかその子は」
「はい、多分その子とその子の幼馴染の子以外とは話して無いから分からないけど・・・アキラ君くらいの度胸はあるかな?」
思った以上の評価に緒方は笑ってしまってもいいものかと頭を悩ませるのだが、シズルと関わってきてこれまで似たような事はいくつもあったことから、聞いていた内容は流すことにした。
さらっと重い話を投げてくるのはシズルにとっていつもの事なのだから、一々気にしていたら身が持たないのだ。
「そうか、そりゃ期待出来そうだな。
見込みがあればまた教えてくれ・・・じゃあ、出発するぞ」
「はい、お願いします」
緒方は車を発進させると、安全運転で塔矢邸へと向かっていくのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。
作者はまた失踪します。
どこにかって?
・・・・・・本の中?
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3話
出来上がったのは本日の午前1時35分。
予約投稿が本日の19時になっています、眠い。
以前感想に、突然塔矢アキラ君が出てきた…みたいな感想を頂いて、『あ、コピペミスった』と気付いたので編集しています。
***塔矢→佐為 です正しくは。
コロナの脅威も大分落ち着いてきた…(一部の件を除く)ようなのですが、やはり医療系福祉系は中々問題が山盛りで現状維持が続いているところが多いようですね。
うちの職場も現状維持であんま変わりません、しんどい。
作者のリフレッシュとして、囲碁をアプリでしているのですが、15級の9路盤で既に苦戦しています、ザコザコです(勝率3割)。
それなのにこの囲碁の小説を書いている、もう専門書読みながら大丈夫かなぁって思いながら書いていたら6000字超えてました。
皆様もお家で出来るリフレッシュでコロナに罹らずに過ごされるようお祈りしています。
では、どうぞ。
シズルが塔矢邸へ到着したのは、夕方の十八時を回っての事だった。
車内で緒方と脳内対局を打ちながら五目半勝ちという勝利をもぎ取ったシズルは意気揚々とRX-7から降車した。
「やはり運転中に打つのは危ないな、青信号だと気付かずに後続からクラクションを鳴らされるわ右折しなければならないルートを直進してしまうわで、散々だ。
もう二度と運転中に囲碁は打たないことにしよう」
「緒方さん、それもう今年で六回目だよ?
乗った僕も悪いと思うけど、いい加減にしとかないと死んじゃうよ?」
「そうだな、シズル君を運転中に死なせてしまうなんて
「———あ、死ぬのは緒方さん
僕お守りあるから車が大爆発起こしても無傷だから」
誤解を招く発言だったとシズルが注釈を加えた。
「そっちだったか……」
二人揃って事故死と思いきや、まさかの緒方のみの死亡という何とも言えない発言に、緒方も表情が固まった。
これを機に緒方が運転中寡黙になることとなるのだが、それが原因で交際している女性から縁を切られる二重の落ちに至るまで、もう少し先の話である。
インターフォンを鳴らすと、柔らかい口調が印象に残る女性の声がマイクから聞こえてくる。
塔矢明子———塔矢行洋の妻にして塔矢アキラの母だった。
「こんばんは、塔矢先生とお約束している鞍馬です」
『まぁ、お待ちしていました。
今開けますので、もう少しだけお待ちくださいな』
一分と掛からない内に玄関が開かれ、シズルは明子に一礼する。
夕飯までご馳走になるのだ、愛想良くするのは礼儀というものだろう。
既に塔矢門下の弟子たちが揃っていて、外部から招かれたシズルと迎えに出ていた緒方———下車してからずっと黙ったままである、どうやら運転中に打っていた対局の検討をしているようだ———でようやく全員が揃ったようである。
殆どがプロになっている弟子ばかりだが、こうした研究会で研鑽を積むのが囲碁打ち達の日常といえよう。
シズルはといえば事情が事情なせいか基本
シズルの師匠を務めている幽霊の本因坊道策、そして妖怪であり時には天魔とまで呼ばれた大天狗、鞍馬大僧正坊はシズルに今を生きる人との接点を作るよう促し———実際は命令だったが———人との中で強くなれと伝え、それを律義にシズルは守っている。
理に適っているからという訳でない、単純に育ての親ともいえる幽霊と天狗に頭の上がらないシズルが二人の言葉を信じているからだ。
シズルは明子から夕食をご馳走になると、食器をシンクにおいて研究をしている部屋まで向かっていく。
殆どが成人を迎えていたり高校進学をしていないプロばかりで、朝から対局していたのだろう、畳の上には何十枚もの棋譜が纏まって重なっていた。
行洋は息子のアキラと対局をしていたようで、既に終盤に入っている。
盤面をちらりと見るが、敗色はアキラの方で表情が硬く奥歯を強く噛む音が聞こえてくるほどに悔しかったのだろう。
「……ありません。
ありがとうございました」
「ありがとうございました」
泣きはしないものの、望んだ碁が打てなかったような表情に見え、シズルはアキラに声は掛けず、行洋に挨拶した。
「塔矢先生、本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ああ鞍馬君、久しぶりだね。
天元戦以来かな。
七局と言わず十局、二十局と打ちたかったのだが……」
「ですねですね、出来れば意識飛ぶまで打ちたかったです。
まぁ、天元戦の結果は縦四とストレート負けして先生に落胆されんじゃないか冷や冷やしてました」
思い返すも楽しく悲しいタイトル戦。
天元戦の予選を突破したシズルは王座位を持つ座間を決勝で打倒し、天元位を持つ行洋への挑戦権を獲得した。
だが、ここで緊張の糸が切れたのか、いざタイトル戦が始まると結果は縦四という全敗という結果が残ってしまったのである。
シズルが挑戦者と決まった時の新聞の見出しは『霊感少年、タイトルホルダーに!?』から縦四後は『霊感少年、タイトルはまだ早かった』というメディアの扱いに更に凹む始末で、後日あった対局で勝ちはしたものの八つ当たりのような酷い碁になってしまったとぼやいていた。
「そんなことはない、四局ともすべて私の方が冷や汗をかいたものだよ。
また天元位か、それとも他のタイトルか分からないが、私もうかうかしていられないと気を引き締めたものだ」
「そう言ってもらえると頑張った甲斐があります。
それじゃあ、僕は最初に誰と打てばいいんですか?」
「シズル君、ボクと打たないか?」
気持ちの切り替えが終わったのか、アキラがシズルに対局を申し出た。
未だプロではないが、アキラの棋力はプロと同等と父でありタイトルホルダーである行洋から太鼓判を押されている。
そして、新進気鋭の鞍馬シズル
彼と戦ったのは行洋がオーナーを務めている囲碁サロンでの一局のみ。
当時桑原本因坊を新初段シリーズで打ち破ったと新聞の見出しに載った頃だ。
緒方に誘われたシズルは囲碁サロンで六面打ちをして客寄せを何故かする羽目になっていたが、それからすぐアキラに声を掛けられたのである。
結果はこれまでアキラが積み上げてきたプライドが瓦解しかねないほどの惨敗で、しばらく食が通らなくなるほどだった。
『あー、三十一手目のコウでミスったねー。
こっちの左辺から稼いでからじわじわ来た方がよかったね。
あと、中央の戦線が攻め切れなかったのが痛かったかな、もう少し手堅くツケてきたら僕も困ったと思うよ。
いやぁ、強いねアキラ君!!
僕と同い年?
プロになったらずっと君みたいな子と盤上で殴り合い出来るなんて、やっぱ僕霊感少年止めてよかったー。
早く
検討も序盤から指摘を受けてそこから終盤まで読んでいたのかと読みの深さに驚愕し、加えて自分の不甲斐なさに顔が赤を通り越して真っ青になりそのまま意識を飛ばしたくなるほどの羞恥だった。
あれから一年以上経ち、アキラも更に研鑽を重ねた。
シズルも同じく研鑽を重ねている以上、そう簡単に距離を詰めることは難しいだろうが、それでも試したかった。
「いいけど……いいです、先生?
予定している人と対局ずれちゃうんですけど」
「ああ、構わない。
最初は芦原君と打つ予定だったが、どうやらあちらは押しているようだからね」
芦原と呼ばれていた青年は向かいにいる笹木というプロとの対局が長引いていていまだ終盤に辿り着いていない状況だった。
盤上を見ると黒の笹木が芦原を押しているようで、何とか芦原は抵抗を続けている状況が中盤から続いているように見える。
行洋も長引くと察したのだろう、アキラとの対局をむしろ勧めていた。
「そういうことなら、わかりました。
それじゃアキラ君、二年振りにしようか」
「ああ、父さんとの天元戦でも分かっているけど、まだボクじゃ君に太刀打ちできない。
けど、今のボクがどこまで喰らいつけるのか、それを今後のプロ入りの測りにさせてもらう!!」
「うわ、何か測りにさせられちゃってる?
どうしよう、すっごいボコボコにして泣かしたいって気持ちと、真摯に丁寧にボコボコにしたいって気持ちで揺れてるんだけど」
「……シズル君、どちらも変わらないように聞こえるのだが?」
「意気込みの話ですよ先生!!」
「そうのか……?」
親の前で息子を盤上でボコボコにして泣かしますと宣言している以外に聞こえない行洋は目の前のシズルに思わず聞いてしまい、そして困惑した。
緒方も二人のやり取りを見て、行洋もこの洗礼を受けるのかと内心同情していたが巻き込まれたくないのであえて聞き流すことにする。
シズルとアキラは部屋の隅へ移り、対局することとなったのだった。
***
Side シズル
塔矢邸での研究会って何か息苦しくてちょっと個人的にあんまり合わないとこだった。
いや、打つのは楽しいんだけど、何と言うかお通夜状態が
芦原さんがいなかったら僕は最後までやり遂げられなかったと思う、それくらいしんどかった。
塔矢先生は見た感じと同じ、樹齢何百年かの古木みたいなどっしりとした印象が強い人で、打ってくる一手がもう鋭いし重いしでもうヘトヘト、サンドバックになっていた気がする。
息子の敵討ちか何かかな?
天元戦より気合入ってて後ろになんかアシュラみたいなの見えたんだけど、気の所為かな?
戦えたのは良かったけど、負けたのもまぁ別にいいけど、根っこのとこではなんか納得いかなかった。
芦原さんは弱くはない……けど、ムラがあるのか、よそ見しなかったら十分打てると思うんだ、残念だなぁ。
けどそれはプロの碁打ちとしての彼であって、普段の彼は明るくて塔矢門下のムードメーカー的存在だ。
この人がいなかったら、このお通夜状態の研究会でやっていけなかったと思う。
緒方先生はいつも通り強い、そう簡単に揺らがなくて盤上だとそう簡単に優位に立たせてくれない。
相性としてはまだ僕の方が優位なのかな、油断してたらあっという間に逆転されるくらいの差だけどね。
アキラ君は強くなっていた、うん、これは想像以上の進歩?
というより、進化じゃないかなってくらい強くなっていた、今何世代目なんだろう?
囲碁歴はアキラ君が上だけど、僕の方が
けど、この進化とも呼べる棋力の爆上げは正直予想外だ、まだまだ距離はあるけど近付かれた気がした。
「アキラ君、足早に打ったのは良かったけど、僕のエグリ……十三・1にはちゃんと殴り返してこないと、ヘコんだら僕もっと盤上荒らすよ?」
囲碁は『手談』といって直接話すんじゃなくて盤上で話す。
僕は話というよりは殴り合いしている感じなんだけど、よくその話をすると緒方さんには笑われる。
「そうか、ここで
アキラ君が僕の指摘した箇所に石を討つ。
丁寧なキリで僕の石が分断される、一目稼げたね。
「じゃあ次は僕がこっちから攻めるね、右辺から中央にかけて大規模陣地、三十五手で巻き返せない位の大幅リードしちゃう。
どうやって防いでいく?」
さっきアキラ君が手合の際に返せていたとしても、僕には他にも手があったから、試しに問題を出してみよう。
「……さっき切った右上隅の戦局は収まったけど、やっぱり右辺から右下隅、中央、下辺がいつでも一大陣地になれる状況が作られている……これを最小限に防ぐには、やっぱり中央から下辺の切って頭をオサエるしかない?」
アキラ君が慎重に石を以てパチリと十一・13に打った。
残念、そこは最小限には程遠いかな?
「じゃあどこまで防げるかやってみよっか?」
僕が石を取るとパチパチと打っていく。
十手目まではアキラ君も予想していた通りの展開のようだけど、そこからは残念だけど外れていた。
一大陣地を築き上げたくはあるけど、戦局をそこだけに集中させていたら後々怖いからね。
かく乱も兼ねて、左下隅に不意の一手を打った僕に、アキラ君の目が大きく見開かれた。
「ここでこの一手を!?
……いや、そうか、ここで更に左辺への足掛かりを打っておくなんて!!」
「アキラ君の今の実力なら、プロ入りは間違いないよ。
まぁ、今のままなら当分は僕の連勝記録は保てそうだね?」
感心しているところに水を差すのはよくないけど、まぁ言っておこう。
アキラ君は強い、けど
「対局中に
アキラ君がドキリとした表情を見せる、図星だったんだろう。
僕の大本は道策様と大僧正のじい様に鍛え上げられた、まぁちょっと古臭く感じられる手が多くみられる打ち方をしている。
弱い訳じゃない、その実力が現代にまで十分通用しているといっていい。
江戸時代と現代ではルールが変わっているから若干打つ手が変わっているけど、僕の打ち方はそれに対応している、じい様が鍛えてくれた手だ。
アキラ君は僕の一体
「……ごめん、少し前に変わった子と打って、その事を少し思い出していた」
「変わった子?
アキラ君、僕以外の同年代の子と打ったの?
普段は打たないよね?」
同世代でアキラ君と打ち合える子なんて僕を除けば耳にしたこともないんだけど、アキラ君はその変わった子と打って何があったんだろう。
「……持ち方は初心者なのに、定石が古く、けど、僕に
………………あれ、なんかその話を最近どこかで聞いたような気が?
「指導碁?
アキラ君相手にその子は指導碁を打てたの?」
またデタラメな子が出てきたね、塔矢名人がアマの大会には相手に悪いから出さないって言い切るくらいアキラ君の実力は抜きんでているっていうのに、指導碁を打てる?
「とんでもない子がいたもんだね、あれかな、もしかしてその子、
『秀策の生まれ変わり』と聞いて、アキラ君の目が大きく揺れた。
あれ、冗談のつもりだったんだけど、アキラ君フリーズしちゃったよ?
「そうだ……あの打ち方、あのコスミ、あれは秀策のコスミそのものだった。
シズル君、突拍子もない事を聞いてしまうんだけど……」
再起動したアキラ君の目が僕を睨みつける、何で睨まれてるんだろう。
アキラ君は僕に普段なら絶対に口にしないだろう言葉を投げかけた。
「生まれ変わり……本因坊秀策の生まれ変わりって、存在しているのかい?」
存在しているのなら、生まれついての才能で、前世の実力が継承されているのか、そんな質問もしてきて、僕は思わずため息をついてしまう。
「オカルト関係の話になると証明が難しいからあんまりしたくないんだけどなぁ」
だって、都合の良い事しか信じない人多いからなぁ。
アレは幽霊の仕業だ、心霊現象だっていうけど、見える僕からすると偶然何かが光っていたりそれっぽく見えるだけでいうことを言ったところで、見えない人は納得しないんだもの。
挙句の果てには僕に実は幽霊なんて見えていないんだ、インチキだっていう面倒な人が出てくるし本当に面倒。
見えていないのなら、どんだけ良かったことかっていう気持ちと、それだと囲碁と出会えなかっただろうし道策様とかじい様と会えないと思うと複雑な気持ちがグルグルして頭が痛いよ。
「ご、ごめん、シズル君が気にしている事なのに、ボクときたら……!!」
「いや、それは今更だしどうにもならないから
それと、生まれ変わりについてなんだけど……僕の知る限り、
──―幽霊になってこの世に残っているからね、佐為さんと、
これは言わない方がいいだろうね。
現代において最強の碁打ちは誰かっていう議論がされる中で、絶対に上がってくるのが師匠の道策様、そして秀策──―虎次郎さんの皮を被った佐為さんだ。
佐為さんはヒカルをどうするんだろう、また虎次郎さんみたいにしてしまうのか、それとも僕みたいに……。
虎次郎さんについてはどうしようもない、佐為さんに会わせてもよくないだろうし。
やだなぁ、幽霊が見えるってだけで嫌な巡り合わせが見えちゃって。
ヤダヤダ、囲碁に集中したいな。
「そうか……すまない、おかしなことを言ってしまって。
今度はちゃんと打つから、最後にもう一度打ってくれないかな?」
「そうだね、今は僕がアキラ君と打っているんだから、僕のことだけ考えてよね?」
夜も更けてきた、そろそろ迎えも来るだろうし、最後は早碁で終わらせよう。
その日、僕の対アキラ君の連勝記録が三つ増えた。
読んでいただき、ありがとうございました。
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4話
仕事と私用が重なってなかなか難しい日々が続いています。
最近不思議なことがあったんですが、凍結させているなろうのお気に入りユーザーが増えたり減ったりを繰り返していて、凍結して大分経つのに酔狂な人がいらっしゃるなぁと苦笑しています。
いえ、素直に嬉しいです。
あちらに残した作品のどれかを改めて書きたいなって思う程度の気持ちになりました。
けど、放置しているヒロアカとかHSDDとか、更新しないとなぁと思っているのですが、今は今作に目が行っていますので、ある程度進めてからそちらに戻るのかなぁと思っていたりしますね。
タグに色々追加しました、あと新しいキャラクターも登場(オリキャラとは言っていない)しています、原作感が出てるかな?出てたらいいなと思います。
ではでは、どうぞ。
塔矢邸での研究会から二週間後。
葉瀬小学校にて、シズルはヒカルと空き教室で静かに碁を打っていた。
もちろんヒカルに取り憑いている佐為も同伴しているのだが、口は一切出していない。
ヒカルの打つ一手一手に百面相をしているが、助言などはしていなかった。
ヒカルの手筋はやはり初心者レベルの棋力で、プロ棋士であるシズルに敵う筈もない。
目を見張るような一手もなく、ただ一方的に、ヒカルはシズルにボコボコにされた。
置き石は九個置いての対局でこれである、殻のついたひよこ状態といえよう。
「……ヒカル、この調子じゃアキラ君を相手取るにはまだまだ先だねぇ」
おっとり刀でバッサリと言い切ったシズルに、ヒカルは苦々しそうな表情をして唸っていた。
「ああ、あー、うー分かってるって。
打ってきた時間だって塔矢に敵わないのに、そんなバッサリ言わなくたっていいじゃん!!
それよりも、次だぜつぎ!!
佐為以外のプロに教えてもらうんだから、時間がもったいねぇ!!」
『ヒカル、私も打ちたいのですが……クスン』
弟子ではないが、ヒカルはシズルから囲碁の指導を受けていた。
とはいえ、基本的にヒカルの指導者は取り憑いている佐為が行っている。
シズルは対局日があれば学校を休む上に、対局日以外でも休んだりしていて学校に来ている日が少ないからだ。
それでも、学校に来た日は放課後の時間を使って丁寧に、ゆっくりとヒカルへ指導碁を行う。
本来ならば指導料が発生するのだが、対価として本因坊秀作こと佐為との対局が支払いとなっている。
勝率はシズルが三割といったところなのだが、佐為はヒカルと同い年の少年が自らに匹敵する碁打ちだと瞠目するには十分な衝撃だった。
かの塔矢行洋に比肩するのではと口にしたが、シズルは『名人には公式戦で勝てたことないなぁ』と頭痛を抑えたかのような表情をしていた。
シズルはふと外の景色を眺める。
校庭の端にある桜の木も寒々しく窓ガラスも二人だけの呼吸で曇ってしまうほどで殺風景な景色だが、シズルはもうこんな時期かとぼんやりしていた。
周りを見ない気にしないシズルはふとした拍子に周りを見て周囲とのズレを確認する。
体感気温からして、今が真冬の時期ということも確認すると、おでんが食べたいと碁とは関係ないことを思い浮かべていた。
「佐為さんはまた今度ね。
まずはやる気になっているヒカルに定石を覚えてもらう。
その後は何度も練習で打ってもらおう。
飽きも来るだろうから、僕と佐為さんの交代でね」
予想以上のスパルタに、勢いのあったヒカルの闘志のこもった焔が揺らめいた。
シズルは見た目に反して攻撃的な手筋が多い。
相手に息をつかせない早碁も得意としていて、大概の対局者は持ち時間をすぐに無くしてしまい最終的に満足に打てず高段位者でも中押ししてしまうことがあるくらいだ。
早さは力、とは誰の言葉だったか。
一歩間違えれば自滅の刃だが、その分嵌れば嵌るほど切れ味は増していく。
ヒカルが早碁に適応するかは不明だが、多少は出来るようになればその分何局でも打てるというメリットもあってシズル的にはお勧めである。
「……そういえばもうすぐ卒業だけど、ヒカルは進学先どこになるの?
やっぱり葉瀬中学校?」
カレンダーを見ると三学期ももうすぐ終わる頃だった。
シズルはヒカルがどこの中学に進学するのか、念の為に確認した。
「そうだろうな、うちは私立行くほど勉強頑張ってる訳じゃねえし、俺も行く気ねぇからな。
シズルは?」
「僕も葉瀬中だよ、今と変わんない生活を送る予定かな。
高校は行く気ないし……ということは、ヒカルとは来年も同じ学校なんだね」
「みてぇだな、ってか、シズル高校行かねぇの?」
「高校に行く暇あったら囲碁するかなぁ。
正直中学校も行きたくないけど、まぁ義務教育だし、ほどほどに行こうかと思う。
まぁ、変な話高校行って大学に行って就職っていうのが最近の日本人の人生の歩き方みたいだけど、僕もう就職してるから高校とか大学とか行く必要性って本当のところ無いんだよね。
まぁ、学校の中で出来る人間関係ってあるとは思うけど、社会に出てるし最低限のマナーが分かっていれば囲碁界って大丈夫だからなぁ」
強さが正義、という訳ではないのだが一般的な社会常識を最低限持ち合わせていれば囲碁界で生きるのには不自由しないだけの収入で生活ができる、と未成年のシズルが言うのである。
中学では出席日数も計算に入れた生活を送る気であるとヒカルに言うシズルにヒカルは以前アキラに言われたことを思い出した。
「そういえば、塔矢も言ってたっけ。
タイトルだけでも何千万もするって……俺、あの時金のことばっかり気にしてたけど、それだけの人がそのタイトルにお金出してるってことなんだよな、バカにしたようで悪いことしたなぁ」
『ヒカルは冗談のつもりだったようですが、あの少年は真に受けたようで……何とも』
「まぁ、アキラ君冗談が通じないところあるからなぁ。
あれは天然さんだと思う」
「オマエモナー」
話しているうちに盤から石がすべて取り除かれた。
今回は置き石を置かず、定石を覚えてもらう為に一例ごとに見せており、時折佐為からもヒカルにも分かる様に噛み砕いた解説があり、ヒカルはうんうんと唸っている。
ヒカルのちょっとした才能にシズルは気付いた。
お互いの手番を拙いながらも『全て覚えている』ことである。
始めたばかりの頃は手番を忘れてしまいがちで、忘れない為にメモを取る者も多いのだが、ヒカルは打ち始めて一ヶ月もしない内に棋譜を頭に作れるようになっていた。
勉強脳とは違う囲碁脳が育っている証拠であるのだが、この成長ぶりは指導してきたシズルも目を見張るものだった。
残念ながら棋力はまだまだであるが、今後の成長は
『まだまだですよヒカル、調子に乗ってはいけません。
塔矢アキラ君を見習いなさい、筋の良い少年でしたよ。
将来は虎か竜に成り得る、そんな可能性を秘めたものでした』
かの本因坊秀作にそう評されるとは、アキラも思ってもいないだろうが、シズルはうれしそうに笑った。
「塔矢みたいに強くなれたら良いけどさぁ、何か二人ともお互い分かってますって感じの空気がなんかよく分からなくてさ、あの時は打ってるのは俺なのに、何かモヤモヤした」
ヒカル独自の感覚に、シズルはそれがどう言うものか何となくだが理解できていた。
己もかつては経験してきた感覚なのだと察したからだ。
「そっか、ヒカル、その気持ち、大切にした方がいいよ」
「あ、なんでだよ?」
ヒカルにはまだ言語化できない感覚だが、それでもシズルはその気持ちを大事にするように伝え、傍らにいた佐為も頷いた。
アキラと佐為の対局にヒカルは目の前で見て何も感じないのであれば、この二人との縁に疑問を持つところだった。
碁打ちとしての才能、その一辺がヒカルに宿っていると分かっただけでも知れてシズルはくすりと笑ってしまう。
「ヒカル、碁打ちとしての才能は色々あるから。
諦めないこと、誰よりも打ちたいこと、囲碁が大好きなこと、たくさんあるからね。
ヒカルが二人の対局を見て『俺もこんな碁を打ってみたい』っていう気持ちがあれば、今じゃないけどいつか、いやきっと打てる日が来るよ」
「……シズルとも?」
ヒカルの言葉に、シズルは声を出して笑ってしまった。
「うん、もちろん!!
もしヒカルがプロになるっていうのなら、僕は日本棋院でヒカルが来るのを待ってるよ。
待たせ過ぎたらタイトルホルダーになっているかもしれないけどね?」
タイトルホルダーが新初段シリーズに出る事は滅多にない。
最近では桑原本因坊が新初段シリーズに出ていたが、それ以降は出ておらず、他のタイトルホルダーも出ていなかった。
「おう、今はずっとお前の後ろにいる……塔矢よりもずっと。
だけど、俺もお前を追いかけていく。
待ってろよ、シズル」
『ヒカル~私のことも忘れないでくださ~い』
よよよ、とウソ泣きをする佐為を横に、将来を見定めた決意を口にしたヒカルだった。
***
《シズルside》
日本棋院
今日の対局は少し前に名人戦のリーグ戦で戦った
血縁は関係ないけど、祖父に当たるのは塔矢先生の二つ前の名人位を持っていた鷺坂
後援会のお偉いさんからよく『鷺坂先生のお孫さん』と言われては苦虫を百匹噛み潰した顔をしている占いマニアだ。
ポーカーフェイスのつもりなのか不敵な笑みで返しているけど、わかる人にはわかる、隠せてないよ総司君。
ちなみに以前は名人リーグ最年少入りしていたけど、今は僕が最年少です、やったね。
結果は総司君の次に戦った八段のプロに負けたけどね、残念。
「ヤッホー総司君、今日の運勢何位だったの?」
今日のラッキーカラーはピンクだったのか、ピンクのシャツを着たスーツ姿の総司君に声をかけると、隠れていたのか、黒髪長髪長身の少女がひょっこりと現れる、こっちが鷺坂名人の実のお孫さんの烏丸和歌ちゃん(13歳)。
確か今は院生をしていたと思う、打ったことはないけど、たまに総司君から話を聞くには面白い碁を打つらしい。
まぁ、和歌ちゃんはそのことを知らないようだけど、自己主張の激しい自称祖父が教えてくれた。
あと総司君、壊滅的にそのピンクのシャツ合ってない!!
「こ、こんにちは鞍馬七段!!」
「こんにちは総司君のお弟子さん」
「おうテング坊主、今日のおうし座は絶好調だぜ?
お前は最下位だったようだな」
「んんん~?
大嫌いな牡羊座が最下位だったんだ?
負かし甲斐があるねそれは、頑張って抵抗してよ?
ボッコボコのボコだよ、言い訳する準備をしておくんだよ?」
「上等だ、お山に帰してやるよテング坊主」
口上はこの辺でいいかな?
先に座って待っておこう、こちとら準備するもの多いからね。
ミネラルウォーター5本、ミルクティー(缶)5本、ブドウ糖3袋をお盆の上に積み立てていく。
ブドウ糖は袋から全部出してお茶請けの入れ物に全部出す、どうせ今日全部消費する分だし、気にしない。
このブドウ糖、すぐに吸収できてお気に入りなんだけど、他の人たちはボクがこういうことしているとよくドン引きしていた。
スペースの邪魔にはなっていないんだけどなぁ。
総司君との対局は頭が痛くなるくらい糖分不足になることが多い。
それを見越しての量なんだけど、少し離れたプロの人がドン引きしている、失礼だなぁ。
総司君はその見た目の派手さとは逆で手堅くて地味な手を根気強く打っていく、集中力が切れない限りは早々に隙は見せてこない。
リーグ戦の時は持ち時間が五時間だったから僕が二時間、総司君が二十分の大差をつけさせて精神的に追い詰めてから畳み掛けた事でその後の対局を勝ち切った終わり方をしたけど、今回はどうなるのやら。
相性的には僕の方が有利、けど以前の対局から二か月は経っているし、総司君も僕のことを研究してきてるだろうからなぁ。
お互い研究してきて、それでも尚研鑽を積んでいく。
総司君は対局の無い日は自宅に引き籠って殆ど一人で研究をしているって聞いている、義務教育の縛りのある分研究の量には必然と差がついてくる。
僕は僕で塔矢名人のところだったり、じー様のところで時間を作って打っていたり、佐為さんと打ったりるから、一局一局の密度が濃いのだとは思う。
軽口を叩いたけど、総司君が相性差を超える研鑽をしてくれば当然僕の負けが濃い。
「…………お願いします」
「お願いします」
さて、先手は僕だ。
黒、17・四。
***
《鷺坂side》
警戒は怠ったつもりはない。
静かに、静かに打っていた。
周囲を手堅く打っていて、確実に陣地を広げていたつもりだ。
テング坊主の早碁に釣られないように慎重に進めていた。
だが、中盤で手順を間違えて、三目も零しちまった。
それを見逃さない奴じゃない、抉り込むように傷口を開かれて、あっという間に左辺から左隅が一気にあいつの陣地にされていく。
殺されていく、オレの陣地が黒に殺されていく。
傷口は最低限に抑える事は出来ていない、どこかで挽回しなくては。
慌てるとミスが出てくる、どうしても欲も出てくる。
背後に敗北の言葉が迫ってきて、それから逃げるように起死回生の手を打った。
ここだ、この一手から行けば中央から右辺を切り開く……っ!?
いや、違う、この手じゃ!!
白石から手が離れてしまった、これじゃトドメが来る!?
———パチリ
黒、十二・10
ない、起死回生と打っていたオレの一手は、二十手先で四方八方どうしようもなく詰んでいた。
百三十八手でテング坊主の勝ちだ。
「………………ありませ、ん」
対局を見誤っていたつもりはなかったが、思えばどうにも中盤から誘導されていたようにも感じる。
中盤の3目零したのも、すべてテング坊主の掌の上だったんじゃないかと錯覚しちまう。
「ありがとうございました」
テング坊主は澄まし顔で一礼している、してやったりと内心で思っているんだろう、腹黒いガキだなチクショウが。
「ありがとう……ござい……ました」
「検討しよっか総司君、六十七手前に遡る?」
「そんくらい前から読んでいたのかよ?」
オレが手堅く打っていたと思っていた一手一手は殊の外緩かったらしい。
そしてオレの勘が正しかったのか、中盤あたりから誘導されていたようだった、また研究しなくちゃなんねぇな。
「まぁ、油断するつもりはなかったから最後まで打っていたけど、総司君の陣地決壊しちゃうのが
あんまりにも軽い、無慈悲な言葉にコイツとの棋力の差が如実に窺えた。
打ってきた年数は低く見積もっても五年以上は差があるというのに、これほどの差がつくとは。
言い訳すればキリがない上に精神的に更に落ち込むのでこれ以上考えるのは止めておくか。
…………
それから二十分ほど検討をしてテング坊主は席を立って行った、用事があるらしい。
対局日だというのに用事を入れるだけの余力がある事に更に打ちのめされるのだが、やってしまえるだけの力があいつにはある。
オレを『鷺坂名人の孫』としてでなく、
そんなオレの野望の前に、達成しねぇといけねぇ課題が出来た。
「し、ししょー……お疲れさまでした」
恐る恐るといった様子で部屋の外から和歌の奴が顔をのぞかせる。
ちっ、何で負けたオレより沈んだ上に泣きそうになってやがるコイツは。
「……帰るぞ、今日の対局の解説してやる」
妙な縁で弟子になったコイツの目標はオレだという。
院生への申請時に師匠の欄にオレの名前を勝手に入れやがった阿呆だが、紆余曲折あって弟子になった。
……弟子の前で不様は晒せねぇよな。
コイツの前では俺が最強ってことを見せ続けなきゃならねぇんだからな。
読んでいただき、ありがとうございました。
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