彼ら彼女らの物語は終わらない (田んぼ二キ)
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1.きっと平塚静にも春が訪れる.........多分.........知らんけど。

国語教師の平塚静は額に青筋を立てながら、俺に愚痴を並べ立てた。恩師との久しぶりの邂逅もこれでは感動も何もない。まあまだ一か月も立っていないのだが……。

 

 

「なぁ、比企谷結婚出来る条件ってなんだと思う?」

 

「少なくとも、受験生を連れまわす教師は絶対に結婚出来ないと思います」

 

「ぐっ、やはり彼女が出来た男は違うなぁ……結婚したい」

 

 

俺史上クラス分けガチャに失敗した週の土曜日、スパムのごとく来ていた先生のメールを無視していると、今日の朝拉致られて一日中ラーメン巡りやら、男受けする服選びやらに付き合わされた。仮にも教師だよねこの人。早く誰かもらってあげて!

 

落ち込むアラサーは見てられない。すると天啓の案が舞い降りてきた。

 

 

「先生なら、職場の出会いとかあるんじゃないんですか?」

 

「ああ、いたよ。顔よし、気配りよし、生徒受けも良くて私と同年代の先生がね」

 

「なら」

 

「私が赴任して一週間で捕まったがね。彼には下着泥棒の一面もあったようだ」

 

 

やばい、なんでこの人男運こんなに悪いの? ゼーレのシナリオに記されてんの?

 

もし俺が十年早く生まれて十年早く出会っていたら……

 

 

「ふっ」

 

「ひーきーがーやー」

 

 

俺の乾いた笑いに反応して拳を頭に押し付けた。

 

 

「痛いです痛いです! 先生」

 

「独身のアラサー女性を馬鹿にしたことを後悔させてやろう」

 

 

楽しそうに頭にぐりぐり攻撃をしていたが先生は言い終えると、ため息をついた。ダメージ受けるぐらいなら言わなきゃいいのに。

 

 

「違いますよ。前にもこんなことがあったなと」

 

「前にも?」

 

 

頭から拳をゆっくりと外しながら、俺が言った言葉を反芻した。

 

「あああったなちょうど場所も同じだ」

 

 

言って、周りを見渡す。腰に手を回す姿は自然だ。やっぱりこの人いちいちかっこいんだよな。

 

 

「俺変わりましたかね?」

 

「ふっ。君は十分変わったよ。以前の君ならそんな台詞は出ないだろう」

 

 

対岸から吹く潮風が、髪をたなびかせる。平塚先生は片手で髪を抑えながら小さく笑んだ。

確かに俺はこんな言葉を言う人間ではなかった。そもそも先生が俺みたいなめんどくさい生徒に真摯に対応してくれたから今の俺がある。あの日から俺の人生が始まったといっても過言ではない。きっと大学に行って、嫌々ながらも働いて、いろんなことにケチつけるろくでもない大人になっていた。

 

 

「そうですか」

 

「そうだよ、だから立ち止まる必要はない。君はこのまま成長していけるさ」

 

 

俺はこの先どうなるのだろう。志望の大学はいくつかあるが、実際の未来が思い描けない。

 

 

「先生は自分の進路どうやって決めました?」

 

「私は当時、単純に物事を考えていたからな。ラーメン屋か教師に絞っていたんだ」

 

 

女子高生がラーメン屋……どんな学生時代を過ごしたらそんな思考に至るんですかねぇ。今女子高生がラーメン食べるアニメもあるしそれは普通なのか、そうなのか。

 

 

「筋金入りっすね」

 

「好きでもない仕事は続けられないよ」

 

 

俺は少し茶化して返すと、先生は真っすぐ俺を見つめながら言った。

 

 

「いくら収入が高くても、好きでもない仕事は続けられないよ」

 

 

繰り返し俺に言い聞かせるように言う。いやもしかしたら自分に言ったのか、真意は分からないが平塚先生は目元を綻ばせた。

 

 

「だから私と同年代の人がフリーターをやっていたりする。世間ではこの歳になってもとか負け組だとか言われるがね。比企谷も気にせず自分のやりたいことをゆっくり探していきたまえ」

 

「自分のしたいことですか……」

 

 

俺がしたい事。一番は雪ノ下のこと。二番は彼女のこと。どっちも同じなんだよなぁ。うちの彼女可愛すぎる件ついて。

 

 

「歳を取ると、ついつい説教じみてしまうなぁ」

 

 

俯いて考えていると、先生はわざとらしく笑った。

 

 

「将来のことを考えるのは大事なことだが、とりあえずいま出来ることをやってみようか」

 

「そうっすね。まだ高校生ですし」

 

「婚期だけは逃さないようになはっはっは」

 

 

笑えねぇ……早く誰かもらってあげて!

 

 

「そういえば、比企谷昨日雪ノ下の家に行ったらしいな。陽乃から聞いたぞ」

 

「普通気に入ったからって娘の彼氏を家に招きますかね……」

 

 

雪ノ下と一対一ならまだいいが、家族ともなるとハードルは一気に上がる。だって魔王はるのんと大魔王がいるんだぜそれだけでやばやばなのに雪ノ下父もいたからなぁ、じつに濃い三時間だった。

それに迎えに来たのあの人だったし。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「比企谷君ー迎えに来たよ」

 

「なんで雪ノ下さんが……」

 

 

俺なりに覚悟を決めて、小町コーデに身を包み玄関の戸を開けるとそこには陽乃さんがいた。

 

 

「これは比企谷君のためにもなるんだけどなぁ。とりあえず車に乗ってよ」

 

 

その真意を測りかねて、俺は無言のまま車に乗った。車には運転手と陽乃さん、そして俺の三人。なんであの子いないんですかねぇ。

 

 

「比企谷君にはそろそろ覚悟を決めてもらおうと思ってさ」

 

「覚悟ならもう決まってますよ」

 

 

ちゃんと答えたつもりだったが、陽乃さんはふっと噴き出した。

 

 

「そんなかしこまったものじゃないんだけどなあ。でも比企谷君には難しいかも」

 

「なぞなぞかよ」

 

 

なんなのまじで……家に入る前から緊張感マックスなんだけど。

 

陽乃さんは腕組みをしながら片目だけを開けた。

 

 

「比企谷君。うちは四人家族、このことを前提条件に考えてみて」

 

 

普通に考えて雪ノ下、陽乃さん、雪ノ下の母親、雪ノ下の父親の四人。

 

 

「あれですか、雪ノ下さんにぶん殴られる覚悟ですか? それならもう決まってますよ」

 

 

娘の彼氏が来るのだ。父親ならぶん殴って当然だ。俺も小町の彼氏が来たら親父と一緒にぶん殴ると決めている。

 

 

「うーんとね、比企谷君。私の母のことは何て呼ぶ?」

 

「え? まあ普通に雪ノ下さんとかですね」

 

「じゃ雪乃ちゃんのことは?」

 

「雪ノ下……」

 

 

今日は雪ノ下家に突撃晩御飯なわけだが、仮に食卓で名前を呼ぶ機会があれば……。

 

いやまって早くない? 早いよね? 清い交際をしたことないから知らんが、下の名前は小町以外呼んだことがないよ。ほーんだからこの人来たの? 優しくない? 頭でも打った?

 

 

「ほらほら私のこと雪乃ちゃんと思って呼んでみてよ!」

 

「あの指でほっぺぐりぐりするのやめてくださいよ」

 

 

もしかして、雪ノ下だけじゃなくて家族全員下の名前で呼ばなきゃいけないの?

 

 

「じゃまずは母を呼ぶのでもいいけど……早くしないと家に着いちゃうよ」

 

 

やっぱこの人魔王だわ。

 

 

―――――――――――――――――

 

「まあそのあとも色々ありましたが……」

 

 

本当に色々ありました。一気に外堀が埋まった気がする。あっとりあえず専業主婦の夢は消えました。

 

 

「ではその頬の傷は勲章かね?」

 

「いやこれはかまくらに引っ掛かれた傷ですよ」

 

 

そういうと平塚先生は今日一番の笑顔で笑った。同僚教師のことが尾を引きづっていた先生だが、吹っ切れたように笑う。

 

可愛いじゃねえかこんちくしょう。

 

 

 

早く誰かもらってあげて!

 

 

 

 

 

 

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2.材木座義輝の悩みは尽きない

春。それは別れと出会いの季節だと誰かが言った。

 

かくいう俺もそれを実感している。

 

 

「比企谷嫌なのはわかるけどもっと身体をこっちに寄せてくれ」

 

「へいへい」

 

 

俺は葉山と準備運動をしながら、周囲の視線を独占していた。こういう言い方をすれば人気者感が出るが、実際はそうではない。三年生になり名実ともに学校を代表する人気者が、学年一さえない男に優しく声を掛けた。この事実はクラスの視線を集めるのに実にいい話題だったようだ。良かった体育が男女別で。海老名さんいたら死んじゃう恐れがある。

 

本音を言えば男子たちの狙いは薄々分かっている。クラスが変わったこの時期は人間関係も変わる。第二の大岡や第三の大和になるため葉山に近づこうとする。だからこの二人一組はチャンスなのだと思う。たとえ、なれなくとも周りにいて話をすればアピールが出来る。三年では葉山隼人のグループは俺なのだと。まあそんな戦略が練られているかは知らんが、最初はクラスの半分が葉山のもとに駆けていた。

 

 

「悪いもう決まっているから」

 

 

葉山隼人はそう言って、俺のもとへ来た。

 

 

「比企谷誰もいないなら俺と一緒にやらないか?」

 

「絶対に嫌だ」

 

「でも今日から材木座くんもいないわけだし……な?」

 

「お前なに考えて……」

 

「よーし決まったなそれじゃ準備運動から」

 

 

そんなこんなで今に至る。なんなのこいつ俺のこと好きなの? ハヤ×ハチなの?

 

 

「君に言ったろ? 俺は煩わしいのは嫌いだって。君が変わったように俺も変わらないとなって」

 

「変わるのはお前の勝手だが、せめて俺のいないところでやってくれ」

 

 

俺が嫌々ながら言うと、葉山隼人は笑顔を浮かべる。

 

 

「俺は嫌いなんだ。だから君の嫌がることをする」

 

 

そう言いながら柔軟をしている俺の背中を思い切り押す。その光景はまるで仲のいい友達同士。だが実際のところは。

 

 

「痛い痛い。俺帰宅部なんだが……」

 

「まあまあそういわずに、君にも人の心があるって分かったんだ。これくらいいいじゃないか」

 

「ばっかお前、めぐり先輩で泣かないとか感情実家に置き忘れたの?」

 

「でもあんなに泣くことないだろ」

 

「普段泣いとかないと大人になって突然涙出てくるぞ」

 

「ぐっそれはありそうだな……比企谷の姿でも見て泣くことにするよ」

 

「それ笑い泣きだろ……」

 

 

葉山のダル絡みが辛い。材木座お前良い奴だったんだな。今になってわかるよお前の大切さがな。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思っていた時期が俺にもありました。

 

 

「八幡お前いつから異世界転生をしたのだ」

 

「してないしてない俺TUEEEE~してないから」

 

「女神にどんな特典をもらったのだ? ドラゴンの鱗さえ貫くドラゴンスレイヤーか? 息を止めた分認識されないパーフェクトプランか? それとも……」

 

 

俺の膝にすがりついた材木座はおもむろに雪ノ下の方を向いて。

 

 

「女神その人をもらい受けたとでも言うのか」

 

 

雪ノ下の微笑がこれほど怖いと思ったことはない。

 

 

「あなた財津君と言ったかしら、プロムの件ではお世話になったわ。ありがとうそしてさようなら」

 

 

その一言に、由比ヶ浜はもちろん一色も引いていた。一色に関してはなんで居るのかというツッコミは諦めている。

俺も引いている、なんならドン引きしていた。一応こいつ一巻から出ているんだが……。

 

だが一方で小町はきょとんとした表情を浮かべていた。さすが小町二代目部長を預かる身。材木座なんかにも自愛の心を持っているのだろう。

小町は俺の耳元で囁いた。きっと材木座をフォローする決定的な言葉だ。

 

 

「えと、お兄ちゃんこの人誰?」

 

「ぐはっ」

 

 

材木座にも聞こえていたのだろう。教室を大きく使って転がり始めた。しかし材木座も成長している。二周半もすれば颯爽と立ち上がり、マントをたなびかせた。

 

 

「小町氏とは何度も会っているはずだが……まあいい改めて自己紹介おば。我が名は剣豪将軍材木座義輝その人。恒久の時を超え、貴様の兄とは邂逅する運命の導き。やがて総武高校を中心に戦いが始まる。もうすぐこの総部高校はバトルシティと化す! さあカードの剣を抜け!」

 

「お前今年受験なのにデュエル熱が出たのか……」

 

「先輩デュエル熱ってなんですか?」

 

 

つまらなそうに携帯をいじっていた一色は俺の一言に反応した。

 

 

「まず初めにこいつが言っているのは遊戯王の方だな」

 

「他に何があるんですか?」

 

「代表的なのは遊戯王とデュエマだな。ほとんど似ているがそれゆえに地域によってどれを主流にして遊んでいたかが変わってくる」

 

「そういえば近所の子はジュエマ?をやってたなぁ」

 

 

雪ノ下とともに受験勉強をしていた由比ヶ浜が答える。

 

 

「デュエマな」

 

「先輩はどっちやってたんです?」

 

「俺はどっちのアニメも見ていたが、遊戯王だな」

 

「あー友達のいないお兄ちゃんのためにルールを覚えたあの」

 

「言うなよ小町友達がいなかったのばれちゃうだろ」

 

「もうばれているのに……この男は」

 

 

雪ノ下はやれやれと言った感じで頭に手をあて、勉強に戻った。ほんとに俺の彼女? 扱い変わってなくないWOWWOW。

 

 

「それでそれで?」

 

 

いつの間にか俺の隣に来ていた一色は袖をちょいと握る。

 

 

「デュエル熱ってのは高校生に見られる現象だ。それにかかると倉庫に閉まったカードを眺めたり、アニメを一話から見ることになる。そして陽キャならクラスでデュエルを始める」

 

「ほう八幡。貴様もデュエリストであるか。ならば仕方ない古に刻まれた石板の通り決着をつけるぞ」

 

「俺GX派なんだけど。とりあえず五連打していい?」

 

「サイバー流か、ならばラッシュデュエルでケリをつけてやる」

 

「ラッシュデュエル?」

 

 

材木座はおもむろにスマホを見せてくる。今まで、シンクロやらエクシーズやらペンデュラムやらリンク召喚などがあったがこれはシンプルで面白い。うあぁ今こんな感じなの? 新規でも参入しやすいな。

俺がほうほうと頷いていると材木座は耳元で言った。

 

 

「雪ノ下と付き合ってるのマジ?」

 

「ああ」

 

「ほーん」

 

「なんだよ」

 

「いや八幡嬉しいんだ貴様が思っている以上に我もな。友人として応援するよ」

 

 

真剣な声音でそう言うと、大声で笑った。

 

 

「行くぞ八幡」

 

 

これがなければ、ただの準備運動仲間で終わっていたのだが……。

 

 

「仕方ねえな。負けたほうがサイゼ奢りな」

 

「いいだろう。我のドラゴンデッキが火を噴くぞ」

 

 

やべえ。デュエル熱が出そう。とりあえず卒業デュエルでも見返すか。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

後半のラッシュデュエルの下りは完全に趣味です

行く手を阻む壁も、山も惑星も、ロードを切り開いて突き進む!

行くぞ!セブンスロードマジシャン!

 

youtubeでアニメも見れるぜ!

 

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3.由比ヶ浜結衣の友達指数は測れない

昨日の大雨で、桜は散り葉桜となっていた。小町は電動自転車。俺は相変わらずママチャリを漕いで学校へと向かう。っべー明らかに差があるっしょ。小町を荷台に乗せて好奇の目にさらされるよりはましなのだが。

最短ルートを教え、いかに寝ていられるかを教示しようとしていた俺にとってはいささか出鼻をくじかれた感は否めない。

それでもまあ兄妹そろって家を出るのは、久しぶりでなんだかむずがゆい。

一体後何回こうしていられるのだろう。そんな寂寥の想いに応えてくれるのかいつも比企谷小町はそこにいた。

 

 

「出る時は一緒ね。これ小町的にポイント高い!」

 

 

高校の制服に身を包み、少し背伸びした俺の妹。いくつになっても性根は変わらない。

 

 

「はいはいポイント高い。ほれいくぞ」

 

「待ってよお兄ちゃん」

 

 

いずれ追い抜かされるのなら、一足早く前にいよう。いつも彼女にとって誇れる兄でいるために。

 

 

「お兄ちゃんお先ー」

 

 

まあ当然ながら電動自転車に勝てるはずもない。うん人生の先輩としての威厳は保とう……料理も出来て、コミュ力があり、おまけに一年生にして部活の部長。あれ? 勝てるとこなくね? 俺の妹が可愛すぎる上に完璧な件について。

 

まだお兄ちゃんの方が上だよね。そんなことを思いながら漕ぐ足を速めた。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

俺のクラスは、海老名さん葉山。そして違うクラスにそれぞれ由比ヶ浜と戸部、三浦と戸塚と川崎となんとも言えないばらけ方をしている。それでも葉山グループが顕在なのは、葉山の力と三浦の根気強さで成り立っていた。これで葉山の言う通りになったのが少し腹が立つ。

それでも俺の昼食に変化はない。いつものようにベストプレイスへと向かう。唯一変わったことと言えば、たまに人がいることだ。

 

 

「やっはろー」

 

「おう」

 

 

由比ヶ浜はたまにこうして俺と飯を食う。これが浮気かのラインは雪ノ下も知っているので大丈夫だ。そもそも雪ノ下がクラスの人と食べるようになったため、こうして由比ヶ浜がベストプレイスへと訪れる。

 

 

「今日は小町ちゃんのお弁当?」

 

「お互い早かったからな俺は主に飯炊き担当だ」

 

「お米研ぐだけじゃん」

 

「由比ヶ浜お米研ぐのに洗剤とか使わないんだぞ」

 

「し、知ってるもん、使ったのは最初だけだから……」

 

 

洗剤使って洗っちゃったのか……冗談で言ったんだが。

 

 

「それより、さっきから携帯の通知鳴っているけどいいのか?」

 

「ああ、これね」

 

 

由比ヶ浜は申し訳なさそうに携帯を見せる。

 

 

「クラスの人達……主に男子だけどね」

 

「いや見せなくていい」

 

 

ちらりと見えた画面には過去の俺のようにどうでもいい会話で気を引こうとする努力が見られた。

 

 

「なんかいろんな人から来てて」

 

 

困ったように笑う由比ヶ浜。恐らく三浦と違うクラスになったことで、気軽に声を掛けられる環境になったのだろう。おまけに由比ヶ浜は優しい女の子だ。いやでも会話を続けてしまう。閉鎖的な空間ともいえるその場所では由比ヶ浜はさすがに無視することは出来ない。対面なら言えないこともネットを介してなら言える。

 

 

『由比ヶ浜さんって血液型何型?』

 

『三限目寝てたー? 俺も寝てたー(笑)』

 

『土曜日部活なくて丁度休みなんだけど良かったら遊び行かない?』

 

 

なんだよ良かったらって良くないって言えば一生黙るのかよ。妄想とはいえさすがに由比ヶ浜が可哀想に思えてくる。

 

 

「大変だな、どうでもいいやつとも話さんといかんとは」

 

「ううんそんなにかな。それに一か月も経てばそのうち減ってくると思うから」

 

「そんなにうまくはいかんだろ。高校生なめんなよ」

 

「ええ、私怒られてる?」

 

 

由比ヶ浜はおっかなびっくりしておどける。おっかなびっくりって今日日聞かねえなあ。高校生に限らず男はワンチャンワンチャンを心に住み着かせている。大学生ともなれば昇華してツーチャンツーチャンを飼いだす。何言ってんの俺。

 

 

「大丈夫だって、へぇとかほーとか言ってれば興味なくすし。それに私が選んだ道だから」

 

「それって……」

 

 

俺が問いかけようとした瞬間、俺の視界は塞がれた。

 

 

「だーれだ?」

 

「戸塚か? 戸塚だな? 戸塚だよなぁ」

 

 

俺が答えると、ゆっくり視界が開けてきた。

 

 

「なんでもう分かっちゃうの八幡」

 

 

戸塚は頬を膨らませながら、腰に手を当てていた。

 

 

「戸塚の声ならすぐにわかる」

 

 

俺は平静を装って言う。

あはれすぎる。なにこの生き物。俺をあはれ死にさせる気かそうなのか。もうどうなってもいいありったけのあはれを俺は感じた。

 

 

「さいちゃん今日は自主練しないの?」

 

「うん実は昨日からグラウンドの工事してて」

 

 

戸塚が俺の隣にきた。戸塚が俺の隣にきた。戸塚が俺の隣にきた。戸塚が……。

 

 

「もうすぐインター杯なのに大変だね」

 

「しょうがないよ。でもせっかく一年生が入ってくれたのに申し訳ないけどね」

 

 

俺の心のオアシスがなくなるのか……。

 

 

「じゃ運動部の人に頼んでみようか?」

 

「由比ヶ浜さんいいの?」

 

 

ぱぁと目を輝かせて戸塚が喜んで聞く。

 

 

「それぐらいいいよ。じゃ放課後奉仕部に来て」

 

「ごめんねそんなこと頼むつもりで来たわけじゃないのに」

 

「いいって、私さいちゃんのこと応援してるし」

 

「ありがとう由比ヶ浜さん。また放課後に八幡もバイバイ」

 

「お、おう」

 

 

あはれに気を取られているとあれよあれよと話が進んでいた。というかもう戸塚はいなかった。

 

それにしてもこいつ大丈夫なのか?

 

 

「由比ヶ浜?」

 

「連絡先ならフリマの時に交換したから大丈夫!」

 

「いやそっちじゃなくて、また男子からしつこく来るんじゃないのか?」

 

「さっきも言ったじゃん」

 

 

立ち上がった由比ヶ浜はスカートを抑えながら俺に向きなおった。

 

 

「これが私が選んだ道だから。それに優しい女の子の方が誰かさんの好みでしょ?」

 

「誰かさんね」

 

「うんそうだ」

 

 

由比ヶ浜がクラスに戻り、差をつけて俺も教室へと戻る。通りかかる彼女のクラスは、彼女を中心に人がいた。由比ヶ浜は優しいだけじゃない強い女の子だと俺は知っている。

 

というか人多いのによく会話が成り立つな。ひょっとして聖徳太子なのか?

 

あんな出来事がなければ俺と彼女は出会わなかったのだろうか? 一度問いたその質問に答えてくれる人はいなかった。

 

 

 

――――――――――――――

このやる気が仕事でも出ればなぁ

ということで第三話でした。

 

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4.戸塚彩加の性別は誰にも分からない

奉仕部が新体制となってからはや二週間。部長は小町、副部長は雪ノ下という布陣である。前門の小町、後門の雪ノ下。ははーんさては最強の布陣だな?

どうでもいい考えを巡らせながら、特別棟へと向かう。

本来なら部室のカギは小町が持ってこなければならないが、あいつもあいつで忙しい身分らしく変わらず雪ノ下が一番乗りになることが多い。

今日も今日とて行ってみると、雪ノ下が一人お茶請けの支度をしながらいそいそと動いていた。

 

 

「うす」

 

「ええ」

 

 

出会い頭に悪態をつくことはなくなったが、こうして短い挨拶を交わし合う。互いに喉を震わせながら、相手の出方を待つ。最初の一言が出てこない。

 

 

『最近クラスの連中と飯食ってるみたいだな』

 

『ええ、今まで誘われていたのだけれど……思ったよりも楽しいわね』

 

『ほーん俺と会った頃と比べると随分丸くなったな』

 

『そうね……あなたと会って本当によかったわ』

 

 

俺の中の雪ノ下は微笑を浮かべる。やばいうちの彼女可愛すぎない? どこに出しても恥ずかしくないよ、いやどこにも出さないんだけどさ。

雪ノ下の紅茶を飲む。会話ってこんなに難しいものだったか。由比ヶ浜や小町が居れば、普通に話せるのにいざ二人きりになるとなかなか話せない。

雪ノ下も同じなのだろうか? そう思い、ふと雪ノ下を見れば視線がぶつかった。

 

 

「どうしたの?」

 

「いや、その、とくになんでもない」

 

「そう」

 

 

それきり手元の文庫本に戻った。俺も彼女も話上手ではないし、そもそも会話が少ない。ほんとに付き合ってる? というか正式に付き合いだして、一度だけしかデートしたことがない。その一回もプロムの会場選びだったからなあれひょっとしてデートではないのでは?

やはりこういう誘いは男からするべきなのか、いや男女共同参画やらで男女平等は確立されているはずだ。未だに残る固定概念を払拭すべく俺は誘わないことにした。あらやだ一生デート出来ないじゃんテヘペロ。

 

 

「……んっ」

 

 

突然雪ノ下が艶めいた声を出す。脳内会議をとりやめ、彼女の方を見れば調整を間違えたらしく今度はわざとらしく咳ばらいをした。

 

 

「……この間は姉さんが迷惑かけたわ」

 

「ああそのことなら気にしてない。むしろ酔ってたほうが楽だったし」

 

 

上手く言葉が出てくれたことに安堵する。

 

 

「やっはろー」

 

 

彼女は何か言い淀んでいたが、由比ヶ浜の挨拶にかき消された。

 

 

「由比ヶ浜さんこんにちは」

 

「うんゆきのんやっはろー」

 

「由比ヶ浜いい加減その挨拶やめろ。だから新入部員入らないんじゃねえの?」 

 

「そんなことないし!」

 

 

むきーと言いながら由比ヶ浜は怒る。

正直こんなへんてこな部活に入る新入生がいるとは本気で思っていない。認知も少ないし、おまけにハードルが高すぎるのではないかと思う。学校一の才女に、親しみやすい年上の先輩、入りびたる生徒会長。これが全員美女というのだから俺だったら入らない。

 

 

「雪ノ下さんやっはろー」

 

「おい由比ヶ浜この挨拶最高だな。これで大学行けるぞ」

 

「やっぱ反応違くない?……そんなんで大学行けるわけないし」

 

 

由比ヶ浜の後ろから、うさぎのようにちょこんと顔を出したのは戸塚彩加。動物は飼い主に似るという言葉を地で行く戸塚。

総武高では、生徒の自主性の幅が広い。そのため学校の公式な服であれば部活の恰好をして授業を受けてもいい。そのため戸塚はほとんど部活のジャージを着ていることが多かった。修学旅行でも着ていたから、俺はずっと戸塚女の子説を推していたのだが、今日は部活がないからか制服を着ていた。どちらの制服か、それは言うまでもない。

由比ヶ浜は雪ノ下の隣に座り、戸塚は彼女らの正面に座る。いつも依頼者が座る席に。

 

 

「実は由比ヶ浜さんに部活の件で相談していたんだけど……」

 

「ああ、昼休み言ってたやつか」

 

「うん」

 

 

戸塚は申し訳なさそうに目を伏せる。本来ならこういったことは部長である戸塚の役目だ。少し罪悪感にも似た感情を抱いているのかもしれない。

 

 

「戸塚君の依頼って?」

 

「テニス部のコートあるだろ? 今工事中だから他の部と交渉して練習できる場所を貸してもらおうとな。由比ヶ浜が」

 

「その一言であなたが仕事をしていないことが分かったわ」

 

「ごめんね由比ヶ浜さん」

 

 

居心地が悪そうに身体をよじる。

 

 

「いや、戸塚そんなつもりで言ったわけじゃないから安心して俺に任せろ」

 

「やったの私なんだけど……」

 

「やっぱり八幡は優しいね」

 

 

少し笑顔を見せてくれた。この笑顔プライスレス!

良かったあのまま元気なかったらうっかり死んじゃう所だったぜ。

 

 

「いやいや何言ってるのお米ちゃん。夢見がちじゃない? 先輩の妹なのになんでそこまで期待持てるの?」

 

「あんな兄の下で育ったからこそ、夢見てみたいんですよね。それにあんな兄でも雪乃さんみたいな素敵な女性を彼女にしているわけですし。いろは先輩には一生訪れないとは思いますが……」

 

「その言い方むかつくんですけど、やっぱ先輩の妹だ……」

 

 

小町は一色とレスバトルしながら教室に入ってきた。ほんとこの子たち仲いいのか悪いのか……あと小町ちゃんあんな兄って二回も言わなくても良くないですかね……。

 

 

「あ、戸塚さんこんにちはー」

 

「こんにちは小町ちゃん。あと遅れたけど入学おめでとう」

 

「はわわわーお兄ちゃんやっぱり戸塚さんはお――」

 

「言うな小町、何も言わないでくれ……まだ現実を受け止めきれてないんだ」

 

「ほんとこの兄妹何なの」

 

 

俺たち兄妹の熱のこもった芝居を一色は一蹴した。それもつかの間、一色は頬を膨らませる。なぜか知らんがご立腹らしい。

 

 

「というか先輩。先週の金曜日何してたんですか? 私誕生日だったんですけど」

 

「あーいろは先輩その日誕生日だったんですねおめでとうございます」

 

「うわー全然心こもってないし」

 

「兄ならその日雪乃さんの実家に行ってましたよ」

 

 

最初に一色が食い気味に、戸塚が指をくっつけてぱあと笑顔を浮かべ、由比ヶ浜は垂れた前髪の間からちらちらと覗き、そして雪ノ下は顔を赤らめた。

 

 

「ごめんお兄ちゃんこれアフレコだった?」

 

「いや別にいいんだけどさ」

 

「一色さんあなたの誕生日は今日祝おうとしていたの、遅くなってごめんなさい」

 

「私の誕生日なんてどうでもいいです! なんですかご両親に挨拶とか早くないですか。結衣先輩まずいですよ」

 

 

そのまま焼いてかない? とか言いそうな雰囲気の一色。あれ絶対挨拶じゃなくて外堀埋めに来てたよなぁ。

 

 

「ヒッキーが家に来たの二回だから、そういった意味なら勝ってるかも……」

 

「二回? どういうこと比企谷くん」

 

 

一回目は、雪ノ下と一緒に行ったが、二回目に関しては認知していない。一色問題児すぎない?

 

 

「一色の誕生日が違う日だったらウエルカムレッツパーリナイだったんだけどな」

 

「何ですか、口説いてるんですか早めに生まれていたら先輩たちと同級生になって夕陽が沈む校舎裏で告白したんですね。来世に期待しますごめんなさい」

 

「また振られるのかよ……え、今の振った?」

 

 

そんな応酬をしながらも、雪ノ下は俺に鋭い目つきだ。ぶっちゃけ怖い。だがそんなところも可愛く思えてくるのは不思議だ。

 

 

「ちょっといい? 大志が相談があるみたいなんだけど」

 

「姉ちゃんいいよ一人でやるから」

 

 

次は川北姉弟が入ってきた。川北は弟の肩に手を載せているが、それを大志は振り払う。今まで見てきた光景とは少し違う。思春期なのかもしれない。それとも小町がいるからか……まあ好きな女子の前では恥ずかしいよね分かるわかる。

いいぞ大志このまま話を続けてくれ。

 

 

「あっえっと、他の人の依頼が先っすよね。ほら姉ちゃん行こうよ」

 

 

しまった、川北家は教育が行き届いているんだった。まずいこのままだとまた修羅場みたいになってしまう。

 

 

「まて大志……お前確かソフトテニス部だったよな」

 

「はいそうっすけど」

 

 

なら依頼の内容にも検討はつく。

 

 

「お前の依頼グラウンドに関することか?」

 

「義兄さん……」

 

 

大志の目が輝く。

 

 

「うるせえ、義兄さん言うな。前は中学生だったから直接手は出さなかったが今は高校生。もう大人の部類だ。自分の言葉にもう少し責任を持たせてやろうか……」

 

 

俺は社会の厳しさを教えるため拳を鳴らしながら近づくと。後ろの姉さんは鬼の形相で言った。

 

 

「ぶっ殺されたいの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

アニメ見ていて思ったのですが戸塚いつもジャージなんですよね。修学旅行でもジャージって家庭の事情を勘繰るレベル。

三期でようやく見れると思ったのですが……

誰か制服戸塚描いてくれませんかねぇ(他力本願)

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5.こうみえて一色いろはも成長している

「かわ……川北さん。いえ何でもないですよへへ」

 

「川北?」

 

 

いかんいつもは直前でちゃんとした名前を思い出していたんだが……。どうやら間違えていたらしい。しかしそのおかげでかわ……川崎は怒りの矛先を見失っているようだった。

 

 

「こほん。まあとりあえず大志お前の話を聞こうじゃないか」

 

「は、はぁいいっすけど」

 

 

二人は由比ヶ浜に椅子を用意されちょこんと座った。さりげなく小町の正面に座る大志。しかしすぐ近くに俺がいるのでいざとなれば目を潰せる距離にいる。もっともそんなことをすれば、今度こそ川崎にやられるわけだが。

八人ともなれば、長机一つでは少々狭い。まあ話を聞くだけなら大丈夫だろう。ちなみに廊下側には俺、角を挟んだ左側には小町、一色、由比ヶ浜の順に座り俺の正面には雪ノ下が、それから時計回りに戸塚、川崎、大志が座っている。

 

 

「えっとすね、グラウンドの件なんすけど、どうも四月いっぱいまで使えないらしいんすよ」

 

 

テニスコートがあるのは、一か所のみ。硬式テニスの戸塚が使えないというのだから必然的に軟式テニスもコートは使えない。

 

 

「俺はよく知らんが、そんな急に工事しないといけなかったのか? この時期に」

 

 

三年生にとってはインターハイも近い。その上一年生にとっても部活選びという貴重な時期なのだと思うのだが。

 

 

「実を言うと、予定では二月十四日から行うはずだったんだ」

 

 

俺の素朴な疑問に苦笑いを浮かべながら戸塚が答える。

 

 

「でも、あの日小町ちゃんや大志くんなら覚えているかもしれないけど大雪が降ってね。そのせいで搬入が遅れたらしいんだよ」

 

 

小町や大志にとっては高校の受験日。まだ記憶には新しいだろう。しかし俺たちも覚えている。あの日、雪ノ下は決意を固め、由比ヶ浜は答えを提示した。そして俺は彼女のやり方を否定した。俺たちはようやく答えを出すために一歩を踏み出した。互いが互いを思いやるばかり紆余曲折してしまったのだが。

 

 

「今月いっぱいに終わるということは工事自体は三週間ぐらいですよね。いくら雪が降ったとはいえ遅れすぎじゃないですか?」

 

 

小町が指をほっぺにやりながら言う。これが一色だったらあざといが小町がやると可愛くなってしまう。妖精さんかな? 小町の発言のおかげで俺も意識を戻す。由比ヶ浜も雪ノ下も同じだったようでぴくりと体を震わせた。

 

 

「……そうね。小町さんの言う通りそこまで工事が遅れているのは妙だと思うわ」

 

「その理由がちょっと言いにくくて」

 

 

そう言うと戸塚は伏し目がちに一色を見る。

 

 

「あーそういえば」

 

 

っべー、これやばやばでは? え、ちょっと待って……などと犯人は独り言を言っており情状酌量の余地はないと思われます。

 

 

「一色お前まさか……」

 

「いや違うんですよ」

 

「そう言う人ほど、よく聞いてみれば何も違っていないのよね。誰かさんとは言わないけれど」

 

「なんでお前隙あらば俺狙うの? スナイパーゆきのんなの?」

 

 

あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!

一色を責めていたと思ったら俺が責められていた。何を言っているのかわからねーと思うが催眠術だとか超スピードとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。

俺の中のポルナレフが語っていると一色はおもむろに携帯を取り出した。

 

 

「あー私です。えーなんですかそれ。うんうん……それは私が行かなきゃ解決出来ませんね。忙しいなぁ」

 

 

どうやら緊急の用件らしい、今一色に起こっていることが。

 

 

「それじゃ皆さんそういうことなんで、私は失礼しますね。ではでは」

 

 

言いながら急いで荷物をまとめ出した。

 

 

「おい一色。お前の携帯着信音鳴らないのか?」

 

「や、やだなーバイブですよ。ぼっちの先輩は着信なんて来たことないから分からないでしょうけど」

 

 

早口でまくし立てその場を去ろうとする一色。そんな彼女に追い討ちをかけるように由比ヶ浜は言う。

 

 

「でもいろはちゃんの携帯画面真っ暗だったよね、誰と話してたの?」

 

 

一瞬時が止まったような静寂。そこから堰を切ったように言葉が飛び交う。

 

 

「いろは先輩耳いいですね。私結構近くにいたつもりでしたけど全く聞こえませんでしたよ」

 

「一色……あんた高校二年生にもなって言い逃れとか」

 

「一色さんさすがっす自分騙されました」

 

「うわぁー引きます。いろは先輩、腐ってても真面目な人だなと思っていたのに」

 

「ほんとに用事あるなら行ってもいいよ。僕は気にしないから……」

 

 

川崎は引いたように、大志は無邪気に目を輝かせ、小町はここぞとばかりに、そして戸塚は一色をまだ信じていた。

 

 

「あなた達、一色さんをそれ以上責めないで」

 

 

ぴしゃりと静まる。こういう時雪ノ下は心強い。目を閉じ何かを考えている。やがて微笑を浮かべると一色に言った。

 

 

「大丈夫よ。一色さん」

 

「雪乃さん……」

 

 

さしもの一色も目に涙を見せて、雪ノ下の名前を呼んだ。なんなら百合物語が始まる勢い。

 

 

「私は信じているわ。だから正直に着信履歴を見せてちょうだい」

 

 

やめて!一色のライフはもうゼロよ!

予想はしていたがもうちょっと配慮をですね。この子大丈夫かしらん?

さぞ泣いているかと思いきや笑っている。

 

 

「冗談ですよ冗談。本気で、こんなことしてませんよ」

 

 

肩ぺしぺし叩かないで! 俺でなきゃ勘違いしちゃう。大志なら間違いなく告白して振られている、振られちゃうのかよ。

 

 

「ヒッキー……」

 

「比企谷君」

 

「……比企谷」

 

 

由比ヶ浜と雪ノ下ならともかくなんで川崎さんまでジト目に? なんか新たな扉が開きそう。ジト目の女の子最高では? すぐに材木座に知らせなきゃ!

思い立ったが吉日ということわざもある。俺は手元でスマホをシュパッと操作する。

 

 

「この子、変なものでも食べた? 情緒不安定すぎない……おっと」

 

 

スマホに初代プリキュアのOPが流れ出した。俺は耳に当てながらそれを止める。

 

 

「材木座か……そりゃちーとまずいな」

 

 

もちろん着信などかかっていないが、周りの反応を見ずに荷物をまとめる。一色の言う通り、俺に着信が来ることはまれだ。だからこそこの場面で電話が来たことを誰も怪しまない。一色の小細工がばれたばかりだし、それに着信音も鳴らしている。そして何より、一時離脱したい。由比ヶ浜家訪問の話もまだ済んでいないからだ。

 

 

「すまん、材木座が呼んでいる」

 

 

こういう時に材木座! あれ、こういう時にしか役に立たない?

 

 

「……ヒッキー」

 

 

由比ヶ浜さんハイライト消えてますよ、作画班はよ。

 

 

「あなたね、この期に及んでそんなことを……」

 

 

まずいなぜかばれている。

 

 

「おかしい、この方法で三回ほど成功しているのだが」

 

「私や由比ヶ浜さんが気づいてないとでも?」

 

「ぐぬぬ……」

 

 

この子たち気づいていたの? 恥ずかしすぎる。早くお家に帰りたい……。

 

 

「お兄ちゃん、妹として情けないよ……」

 

「そうですよ先輩。男としても情けないです」

 

 

もとはと言えば、お前のせいだと思うが。先輩に対してもずけずけ言う感じ。出会った頃からすると考えられない。……うん嘘ですね最初からこんな感じです。はい。

 

 

「それで一色さん何をやらかしたの?」

 

「まあ戸塚先輩の言う通り、コートの工事は一旦中止になってしまったんですが。それからまた日程を決めたり、書類決済をしなければならなかったのですが……」

 

「……プロムのごたごたで失念していたと」

 

 

一色の言葉を引き取るように、雪ノ下が頭に手を当てて言う。

 

 

「はい、その後も合同プロムで……戸塚先輩、大志くん」

 

 

おもむろに立ち上がり、腰を曲げる。

 

 

「言い訳みたいになってしまったんですけど、今テニス部が練習できなくなっていることについて生徒会長として謝罪します。申し訳ありません」

 

 

発端はともかく、合同プロムを開いたのは俺だ。責任というなら俺にもある。俺も一色にならい、立ち上がった。

 

「戸塚、大志俺からも、すまなかった」

 

「八幡……」

 

 

机を眺めながら、戸塚の消入りそうな声を聞いた。またイスが動く音がする。

 

 

「それなら私も……ごめんなさい」

 

 

声でわかる。それにしてもなぜという疑問が浮かぶ、顔を上げて雪ノ下の顔を見やった。

 

 

「いやお前は関係ないだろ。一色はともかく」

 

「いえ一色さんをサポートしていたのは私よ。それに合同プロムなら私にも責任があるわ」

 

「俺の勝手な一存で考えたことだ。そもそも論なら俺に責任がある」

 

「同意して行動した時点であなたと同じだわ。この件に関していえば……」

 

「ふ、二人とも」

 

 

まだまだ雪ノ下は何か言いそうだったが、戸塚はそんな俺たちを見て笑った。

 

 

「付き合っているのに全然変わらないね」

 

 

最初は小さなものだったが、やがてこらえきれないと言った様子で笑う。

 

 

「さいちゃんの言う通り、変わらないよねこの二人」

 

「こいつららしいね」

 

 

俺は静かに席に座った。女性陣楽しそうですね、僕はといえばもう帰りたいです……。サウナでばれた時よりも恥ずかしい。

戸塚はひとしきり笑いが終わったのか、目元を拭った。

 

 

「確かに今練習できないことは辛いけど……謝罪の気持ちならもう貰っているから」

 

「え? そうなの?」

 

「うん今年のテニス部の予算1.5倍になってるんだ」

 

 

プリキュアもびっくりの癒しの波動。さては四人目のプリキュアだな? 最近は男のプリキュアもいるし。

 

 

「いろはちゃん、それってしょっけんらんよう? ってやつじゃないの?」

 

「ばれなきゃ犯罪じゃないんですよ」

 

「普通に犯罪なんだよなぁ、誰だよこの子にこんなこと教えたの」

 

「お兄ちゃんなんだよなぁ」

 

「うわ、やっぱこの兄妹似てる! この腐り具合とか特に!」

 

「似なくていいところが似ているのよね」

 

「俺はそんなところも素敵だと思うっす」

 

「おい大志。貴様まだ……」

 

「あんたね……」

 

さすがに二度目は見逃されず、川崎の軽いげんこつを食らった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

七月に俺ガイル放送されるみたいですね!

コロナなんであんまり期待はしていませんが……そもそもまだ完結後の余韻に浸りたい自分もいまして……

うーんとりあえず読み直すか。

 

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6.そうして川崎沙希は真実を突き付ける

「それで、肝心の依頼についてまだ聞いてませんでしたよね」

 

 

あっ、と思い出したような顔をして小町が言った。

 

 

「由比ヶ浜、昼休みから進捗あったか」

 

 

知らないやつもいるので、説明してやる。

 

 

「昼休みに戸塚と会ってな。その時にある程度の事情は聞いた。それで他の部活にグラウンドを貸してくれるように打診してもらっている」

 

「大志くんの依頼も同じ?」

 

「入ったのはいいすんけど、練習できないのが辛くて……依頼は戸塚先輩と同じっす」

 

 

期待を胸に入った高校生にとって部活は一つの青春の形だと思う。縦社会の厳しさやモチベーションの維持など将来役に立つ部分もあるだろう。大学になるとテニサー=ヤリサーの構図が誕生してしまうが……いや待てよ戸塚もやがてそうなってしまうのか。

 

 

「八幡、そんなに気にしないでよ。大志くんみたいに一年生ならいっぱい入ってきてくれてるから!」

 

 

ぞいポーズの戸塚。どうやら俺が気に病んでいるとみえたらしい。あえて言う必要はあるまい。

 

 

「あーそれ多分戸塚先輩の影響じゃないですか?」

 

「確かにそれはあるかもっす」

 

「何言ってんだお前ら、そんなことは当たり前だろう。戸塚いるところに天使ありって七不思議もあるし」

 

「ヒッキー、さいちゃんを怪談にしてるし……」

 

 

ちなみに残りは、特別棟の雪女、屋上のヤンキー……うーんあとは特にないな。そもそも知らんし。

 

 

「え? もしかしてお兄ちゃん知らないの?」

 

「なんかあんの?」

 

「あー私は生徒会で参加してましたけど部活紹介は基本一年生しか参加しませんからね」

 

「戸塚先輩、まだ誰にも言ってなかったんですか?」

 

「言えるわけないよ……だって恥ずかしいもん」

 

 

頬を紅潮させ、膝に手を載せる。制服を着ていてもこの威力。ジャージだったら死んでいたのでは? 俺得空間では?

 

 

「なになに! さいちゃんどうしたの」

 

「ううん別に何もしてないよ」

 

「いやー戸塚先輩のあの姿はやばかったなー」

 

「あれは仕方なく……」

 

 

さらにもじもじする戸塚。すると一色は戸塚に携帯を見せた。自然由比ヶ浜と雪ノ下の目にも入ったようで、驚嘆の表情を浮かべる。

 

 

「さいちゃんこれって」

 

「あの男に見せるのはやめたほうがいいわね……」

 

「一色さん撮ってたの!」

 

「生徒会でも必要になるときが来るかなと」

 

「そんな機会一生ないよ……」

 

 

脱力した様子で答える。というか俺に見せてはいけないものとは。

 

 

「一色、俺にも……」

 

「先輩に見せるなら条件呑んでもらってもいいですか?」

 

「なんで俺だけ条件付きなんだよ」

 

「じゃ戸塚先輩の写真はいいんですね」

 

「なんだ? 土下座すればいいのか」

 

「必死すぎだから、どんだけ見たいの?」

 

「最初に出てくるのが土下座……私なんでこんな人好きになったのかしら」

 

 

雪ノ下の発言は聞き捨てならないが、今はそんなことより戸塚の写真だ。

 

 

「八幡そんなに見たいの?」

 

 

何だろう、おかしい普通の言葉なのになぜかいやらしく聞こえるのは気のせいだろうか?

 

 

「ああ、見せてくれ」

 

「……いいよ」

 

 

少し逡巡した後、覚悟を決めたように首を振った。

 

 

「戸塚先輩が言うなら仕方ないですね、先輩一つ貸しですよ」

 

「分かったからはよ」

 

 

腕を伸ばして携帯を受け取る。そこに映っていたのは、女性用のテニスユニフォームを着た戸塚。白を基調とし、長めのソックスの先には回転しただけで下着が見えそうな短いスカート。へそがチラリズムしている半袖のシャツ。頭にはヘアバンドをし、そしてなによりその愛らしい顔には化粧が施されていた。

俺は尊さのあまり過呼吸を起こしかけた。真のメインヒロインはここに居たのか? いやそもそも邪な考えを持つこと自体おこがましい。俺は僧侶になるべきなのか……。俗世から解放されなければ。

うっかり戸塚教開くレベル。

 

 

「どうしたのこれ」

 

「皆が、悪ノリしちゃってさ。これなら一年生も入ってくるからって」

 

「化粧はどうしたんだ」

 

「川崎さんにお願いしたんだ」

 

「途中で怖くなったけどね」

 

 

川崎のいうことも分かる。例えばA5ランクの肉を家で焼くか、プロが焼くかという話だ。ただ焼いても美味しいが、プロがやるとその深みやコク、美味しいががより引き出される。これはそういうことだ。は?

 

 

「川崎、生まれてきてくれてありがとな」

 

「いやあんた泣くことないだろ」

 

「今日は戸塚記念日としよう」

 

「いやいや私の誕生日ですからね。忘れてませんか?」

 

「一色おめでとう」

 

「うわー棒読み」

 

 

携帯を返しながら、一色の誕生日を祝う。もう少し喜んでくれると思ったのだが。

 

 

「こほんこほん、話が脱線してます! それにもう下校時刻だよ」

 

 

小町に言われて、気づく。外を見れば夕焼けが、そして時計を見ればとっくに下校時刻となっていた。

 

 

「一色さんの誕生日祝いをしようと思っていたのだけれど……困ったわね」

 

「一色なら明日でもいいでしょ。それより由比ヶ浜。部活の奴らからはなんて」

 

「えっと、まだ全部じゃないんだけど、無理だって。ごめんねさいちゃん」

 

「いいよいいよ。もともと、そんなこと頼むつもりじゃなかったし」

 

 

たとえ希望的観測でも期待していたのだろう。取り繕うような無理しているような。戸塚にとっては最後の年だしな。

 

 

「なら別の方法考えるか、戸塚今日予定あるか?」

 

「特にないけど」

 

「サイゼに行こうぜ。俺も付き合うし」

 

 

戸塚に言うと、なぜか女性陣は固まってしまう。その中で一色は急に立ち上がった。

 

 

「みなさんちょっと」

 

 

黒板の傍で手招きしている。それから女性陣だけで井戸端会議を始めた。

 

 

「なんすかね」

 

「俺の悪口じゃないの?」

 

「ははは、そんなことはないと思うよ」

 

「それより戸塚行こうぜ」

 

 

出来れば暗くなる前には着いておきたいしな。

 

 

「じゃまた明日な」

 

 

俺たちが準備を終えても、まだ話し込んでいたので俺たち男子勢は教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

「雪乃先輩まずいですよ、先輩ってあんな頼れる人でしたっけ」

 

「あはは、昔からさいちゃんに対してあれだったし」

 

「確かに戸塚先輩はテニスの王子様って呼ばれてはいますけどあれは異常ですよ」

 

「でも戸塚先輩性格もいいですからね。案外兄と趣味被っているようですし」

 

「もしかしてヒッキーとさいちゃんって休みの日とかも遊んでるの?」

 

「結構二人きりで遊んだりはしてますね。たまに家来ますし」

 

「真のメインヒロインは戸塚先輩だった……」

 

「私とはあんまりデートしてくれないのに……」

 

「ゆきのん……」

 

「だ、大丈夫ですよ雪乃先輩! 付き合う前からちょくちょく遊んでいますし」

 

「そ、そうよね。もちろん私は疑っていないわ」

 

「雪乃先輩。ほんと先輩のこととなると可愛くなりますよね。まあ普段から可愛いんですけど」

 

「あんたらねぇ、戸塚は男子だよ」

 

 

この日、私たちの言葉が重なったのは言うまでもない。お兄ちゃんのことだから見守ろうと思ってたけど、……雪乃さん不安よな。小町動きます!

 

 



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7.いずれにせよ比企谷小町は目論んでいる

サイゼに到着後、各々ドリンクバーに向かう。四人掛けのテーブルに着いて、まずはと俺が切り出した。

 

 

「話し合う前に、なんで大志いんの?」

 

「そりゃいるでしょ! 俺も相談した一人っすよ。いや俺なんかよりも……」

 

「もははは、相談なら我に任せたもう。で相談って何?」

 

「知らねえなら喋んな、後近い」

 

 

大志は俺の横にいた材木座に目を向ける。材木座に会ったら、見ざる、聞かざる、興味を持たざるを徹底しなければならない。でも気が付いたら横にいた。

 

 

「材木座君は何してたの?」

 

「うむ。小説家といったらファミレスで打ち合わせと相場が決まっているからな。そのうちこういう機会もあるかもしれぬ、なので今のうちから慣れようとな」

 

「ひぇー、総武高にそんな有名人がいたんすね。すごいっす」

 

「ほとんどこいつの妄想だから気にすんな」

 

「おっふ」

 

 

まあこういう相談事は、一人より二人だしいいか。

 

 

「材木座実はな……」

 

 

腕を組み思案する材木座。それからあまり間を置かずに意見を出した。

 

 

「簡単な事よ、彩加殿はいずれ試合するのだろう。ならば他校に乗り込めば良いではないか」

 

 

材木座にしては良い案を出す。戸塚にとっても練習になるし、一年生にとってもいい勉強になるかもしれない。土地問題もおおむねカバーできている。

しかしながら戸塚は眉をひそめて、口にぽつんと指を当てる。可愛い。

 

 

「この時期はレギュラーを選んだりする時期だけど、大丈夫かな?」

 

 

戸塚との雑談の中でも確か、部内戦やらやってレギュラー決めたりしてるって言ってたな……

 

 

「他に練習できる場所とかないのか? 戸塚は確かテニススクールに通っていたろ? そことかは」

 

「うーん。僕も調べてはいるんだけど、やっぱりお金かかったりするから……」

 

 

お金が絡むとなれば、実現は難しいだろう。相場は知らんが、戸塚の調べではそれは期待できまい。

 

 

「材木座の言う通り、他校との試合は難しいのか?」

 

「うちが強豪校なら可能性もありそうだけど……せいぜい二回戦勝てるかどうかだから」

 

「軟式は万年一回戦負けらしいんで、なおさら難しいっす」

 

 

他流試合、場所の確保、どれも無理らしい。早くも八方塞がりっす。やばいっす。

 

 

「おい材木座戸塚のために他に案だせよ」

 

「お主戸塚氏が関わると人格まで変わるな……」

 

「やっぱり難しいよね……」

 

「材木座、三秒以内に案言わねえと追い出すぞ」

 

「はーんやはり彼女が出来た男は違うのう」

 

 

鼻息荒く、材木座は言う。こいつ俺が言い返さないことをいいことに……。

 

 

「え! 比企谷先輩彼女出来たんですか!」

 

 

うわぁめんどくせぇ、めんどくさいし恥ずかしい。まだ母ちゃんにも言ってないのに。どうしたもんか考えていると上から声が降ってきた。

 

 

「ああ、初めて会ったときはあざといと思ったその仕草も今じゃ癖になってな。土下座して付き合ってもらってる、二人きりの時はいろ……っていたぁ」

 

「勝手に捏造すんな」

 

「もうお兄ちゃんなんで先行くの」

 

「だって待ってるのめんどくさいし」

 

 

軽く頭をポカリとやって一色を黙らせる。まあ癖になっているのは事実なんだが……言わぬが仏だろう。雪ノ下怖いし。

 

 

「一色さん」

 

 

名前呼んだだけなのに、時が止まった。

 

 

「雪乃さん冗談ですよ……冗談」

 

「たとえ虚言だとしても、言っていいことと悪いことの区別ぐらいつきそうなものだけれど」

 

「はい……」

 

「いろはちゃんそういうのは良くないよ」

 

 

なんか修羅場ってるんだが。一色のこれはいつものことだろうに。いろはす泣きそう。

 

 

「ごめんなさい」

 

「謝るのは、私だけではないわ。そこにいる男に対しても」

 

「あー、一色あんま気にすんなよ」

 

「せ、先輩……」

 

「比企谷くん、あなたが一番よく知っているでしょう。私がこういうのが……」

 

「俺たちが知っているからいいだろ、それに……雪乃。慕ってくれてる後輩をあんまいじめんなよ」

 

「そうね一色さんは私たちの大切な後輩だものね」

 

「こいつ」

 

 

清々しいまでの手のひら返し、まあいいんだけどさ。雪ノ下家に行って初めて口にした時はあんなに取り乱していたくせに。というかこの子ちょろすぎませんか。しかもしたり顔、もしかして俺に名前を呼ばせるためだけに一色を怒ったの? いろはす可哀想でも自業自得か。

 

 

「……いいなぁゆきのん」

 

「なんか怒られ損な気がします」

 

 

お水美味しいなぁ。由比ヶ浜はうろんだ目で、一色はというとなぜか俺を睨みつけながら言う。

 

 

「大人数になってしまったので、とりあえず席移動しませんか?」

 

「奥行くか」

 

 

計九人になってしまった大所帯であるが、不運にも連なるテーブル席は二つしかない。多少の狭さには我慢して男子四人、女子五人で座るか。

 

 

「じゃ、俺たちは一番奥の……」

 

「ストップです」

 

「いったぁ」

 

 

俺の言葉を遮りながら、足を踏んできた小町。指をきざったらしく左右に振る。

 

 

「ここに来る途中でもう席は決めてあります」

 

「ほーん」

 

「それに男女別だと意見も偏りやすいですからね。こういう時はごっちゃまぜの方が良い案も出ますし」

 

「そんなもんかね」

 

「そうですよ先輩。それに公平に決まりましたから」

 

「うんうん立ち会い人はゆきのんだし!」

 

 

二人とも棒読みですね、それに由比ヶ浜が立ち会い人なんて言葉知っているはずがない。この子はどうかしらと雪ノ下を見やると俯きながら何か呟いている。事前に仕込んでいたのだろうか、それにしても全く聞こえない。

 

 

「と、とりあえず座りましょー、ささお兄ちゃんは一番奥ね」

 

「ちょ小町ちゃん俺良いなんて言ってないんですが」

 

「いいからいいから」

 

 

促されて窓側の椅子に座る。そこから女子が決めた席に座っていくと何故かおかしなことになっている。

 

 

「あのー小町ちゃんこの席おかしくない?」

 

「しょうがないじゃん、中二さんもともと居なかったんだし」

 

「いやそれもあるんだが」

 

 

中二さんもとい、材木座さんは一人元居た席へと戻った。さすがに可哀想……と思いきや女子が来た途端、あわあわしていたのでこれぐらいの距離が彼にとってちょうどいいのかもしれない。義輝やいつになったら孫の顔を見せてくれるのかい?

というかこの席どうやって決められたの? 男女混合だよね? 公平だよね? 

 

 

「私の隣がそんなに不満? そういえば部室でざい……材木くんが呼んでいるとか言ってたわね。そっちがいいの?」

 

「ヒッキーとゆきのん近くない?」

 

「先輩喉乾いたのでそれ貰いますね」

 

「さてさて、いい具合に席も決まりましたしバンバンアイデア出していきましょー」

 

 

いかれた席順を紹介するぜ! 俺の横に構えるのはもちろんこの人雪ノ下さん。そしてその隣はマイスイートエンジェル小町氏。俺の目の前にいるのは肩を凝視する由比ヶ浜さん。俺のドリンクを勝手に飲む一色いろは。

隣のテーブルは、川崎姉弟が並んで座り小町の横に戸塚が座っている。

公平って不思議だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

勉強している時間とゲームやらしている時間って全然違いますよね。いやもちろん同じ時間で進んでいくわけですがなんというかマインド的なところで。はっこれが相対性理論なのか? 人類の到達点を理解してしまったらしい(ラノベのタイトルでありそう)

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8.雪ノ下雪乃も案外普通の女子高生である

「それでお兄ちゃん、戸塚さんたちの為に何かいいアイデア出た?」

 

「アイデア自体は出たんだが、どれも実現は難しいな」

 

 

先程やって来た女性陣に他校に試合を申し込んでも相手にされない可能性が高いこと、場所を借りるにしてもやはりある程度金がかかることをかいつまんで伝える。

 

 

雪ノ下はふむと顎をしゃくり、由比ヶ浜は唸りながら考える。俺のコーラメロンジュースを飲みほした一色は携帯に夢中だ。

 

 

「おい、一色もう少し真剣に考えろよ。戸塚の前だぞ」

 

「先輩。そこまで言うのは若干というか死ぬほど引きます」

 

「というか元々お前のミスだろ。生徒会の金でグラウンド借りれるようにしろよ」

 

「いやいやそれこそ職権乱用ですから」

 

 

やれやれと言った感じで一色は首を振る。

 

 

「それに私、プロムで色々やらかしましたからね。あれ普通に押し通した案件ですし」

 

「押し通しちゃったんだ……」

 

「結果に結びついているのだからいいじゃない」

 

「よくないですよーあの頃寝不足でお肌荒れてましたし」

 

 

雪ノ下の参入によりいくらか仕事が減ったとはいえ、初めての試みだった。何事も初めては勝手が分からないし正解も探り探りだ。寝不足になるのは致し方無いがあんまり思わなかったな、クマも見たことないし。

 

 

「ほーん」

 

「だからちょっと濃いめの化粧だったんですよねー」

 

「いつもはいろはちゃん薄いからね」

 

 

ほぼ毎日顔合わせてたのに全然分からなかったわー、いろはすぱないわー。

これが女の子の魔法というやつか……一色さては月にかわっておしおきしてたな。

 

 

「ほほー男を操るには化粧は薄目……メモメモ」

 

「お米ちゃんも人のこと言えないよね? 新入生なのに地味に攻めてきてるよね」

 

「ほへ?」

 

「うわうっぜー。それ下地だけはやってるじゃん」

 

「小町は生まれた時からこの肌ですけど? それいうなら生徒会長が化粧やっている問題について」

 

「生徒会長は学校の顔だからね唯一許されてんの」

 

「この人ほんとくそだわ」

 

 

やはりこの二人混ぜるな危険なのではと思い始める。なんか妙に気が合ってるんだよなあ。小町が一色とともに俺を使い倒す未来が見えてくる。ん?案外悪くないのでは……ありよりのあり。

 

 

「戸塚君、あなたは部のために何ができる?」

 

 

顔を上げ、一色達の言い争いに一瞥もせずそんな曖昧模糊とした問いを雪ノ下は問いかける。

 

 

「僕に出来ることならなんでもするよ」

 

「なんでもね……ならあるわあたった一つの方法が」

 

 

ん?今何でもするって言ったよね。とでも言わんばかりの圧。しかしながら戸塚は当然のように自分に出来ることならと身を差し出した。その答えを待っていた、口には出さないがそんな表情が雪ノ下からは伺える。

 

 

「雪ノ下さんそれは一体……」

 

「奉仕部の原理原則は、困っている人に手を差し伸べる。そして今の部長は小町さんよ。だからそれについては私ではなく小町さんが言うわ」

 

「えっと、小町それ知らないんですが」

 

「小町さん、初依頼よあなたなら出来るわ」

 

「丸投げに近いと思うんですけど……なんか兄に似てきましたね。そうやって勝手に期待するとこも」

 

 

口調とは相反して、口元が少し緩んでいる。こんな言い方をするのは、ある程度気心が知れた奴に対してだけ。俺が知っているのは家族ぐらいだ。そんな小町を雪ノ下は微笑を称えながらじっと見守っていた。

そも小町が奉仕部を続けてくれる保証はない。今はあってないようなものだし、小町自身何か問題を抱えているというわけでもない。それでも、小町の言う通り雪ノ下も含め俺もそして彼女もあの放課後の教室が続いてほしいと期待している。あの場所で始まり、そして完結した物語。小町が部長となっているのはその延長線にすぎない。俺たちの奉仕部はあの二人がいればそれで成立するから。

 

 

「あなたならきっと出来るわ」

 

 

背中を押すように優しい声音。耳にかかった髪の毛を払い、小町の頬に手を伸ばす。感触を確かめるかのようにゆっくり撫でるその様は小さい子をあやすようなそんな印象を受ける。

 

 

「分かりました……そろそろ私も兄離れしなきゃですもんね」

 

 

ともすれば、聞き逃してしまうほど小さな声で小町は言った。

 

 

「千葉の兄妹なら兄離れする必要はないんじゃ……」

 

「お兄ちゃんうっさい」

 

「お、おう」

 

 

割と怒気を持っていたので、思わず後ずさる。といっても雪ノ下から数センチ離れた程度だが。あまり怒ることの少ない小町を目にした周りは意外そうな顔を浮かべる。少しの沈黙のあと、気づいた小町は首を振る。

 

 

「っは、いけないいけないスマイルスマイル。あ、お兄ちゃんは家でお説教ね」

 

「理不尽なんだよなぁ」

 

 

小町はやると言ったらやる。家族だから分かる。そんな事実知らないほうが良かったなぁ。

 

 

「うーゆきのんヒント頂戴!」

 

 

さっきから真面目に考えていた由比ヶ浜は頭を抱えている。知恵熱でも出てるのか。

 

 

「他校と試合すればいいのよ」

 

「でも他校はだめなんじゃ……」

 

「これ以上は答えになるから駄目よ」

 

 

口元に手を当てて、雪ノ下は答えた。何やっても絵になるなこいつ。

 

 

「なんか雪乃先輩、先輩と付き合ってから女っぽくなりましたね……」

 

「私は元々女なのだけれど」

 

 

総武高を強豪校と仮定すると、運動部に所属していない俺でも大体予想は出来る。弱点や特徴など知る機会になるし、この時期ならなおさら他校にとっては試合をしたい。だが戸塚は昼休みにもそして独自にスクールに通っているにもかかわらず、自分はあまり強くはないと言っていた。俺は実際に戸塚の試合を見ていないので何とも言えないが、戸塚が言うのであればそうなのだろう。総武高で可能性があるとすれば葉山ぐらいか。

雪ノ下は戸塚に覚悟を問いた。なし崩し的に由比ヶ浜に、そして奉仕部に相談することとなったが、戸塚は最初自分で解決しようとしていた。となれば覚悟はほとんど決まっているといっていい。

戸塚を含む三年生にとっては最後の夏。今の時期にもとめるのは練習できるグラウンド、出来れば強い高校……引き受けてくれるには総武高が強いチームである必要がある。強豪校の二年生、あるいは一年生なら戸塚達にとっても丁度いい相手かもしれない。去年まで中学生だが強豪校ともなればそれなりに成績を……。

 

 

「はーん、そういうことね」

 

 

三年生は三年生同士試合をすればいいのか。その相手にとっては()()()()は強いはずだ。

 

 

「小町ヒラメキ!」

 

 

俺がたどり着いたその後小町も答えが分かったようだ。そういうの俺とか奉仕部がいる時だけだと思っていたが、家の外でもああいうこと言う子なのねでもそんなところも。

 

 

「かわいんだよなぁ」

 

「可愛いんすよね」

 

 

声が重なる。一人はシスコン。もう一人は恋する男の子。やっぱこいつ滅では? 必殺八幡人の出番では?

 

 

「じゃ、小町ちゃん教えてもらっていいかな?」

 

「もちろんです。一年生ながら奉仕部の部長を務める小町に任せてください!」

 

「こういうところも似ているわね。もう教育上悪いから比企谷君別居したほうがいいわよ」

 

「兄妹ならこんなもんだろ。多分知らんけど。お前のとこも似ているぞ、からかうのが好きなとことか」

 

 

いつも通り言い合いになりそうな空気。だがそんな中小町が雪ノ下の肩をぽんと叩いた。

 

 

「雪乃さん、プランAですよ! 実行しましょう」

 

「あの、小町さん本当にやるの? まだ私準備が……」

 

「こういうのは付き合いたてが肝心なんです。あまり遅いとタイミングが掴めませんからね」

 

「そ、そうかもしれないわ」

 

 

からかい乃下さんになったり、赤乃下さんになったり、忙しい奴だな。と思ったら俺に真剣な顔を向けてきた。

 

 

「比企谷……八幡」

 

「え、どした」

 

 

何度か息継ぎをして、雪ノ下は俺の名を呼ぶ。同意とも取れないようなあいまいな返事を返すが、まだ何か言うことがあるらしい。珍しくもじもじしている。

 

 

 

「は、ち。はちがや。まん。そのえっと。ひきま、はまち、は、は、は、ち、は」

 

 

もはや単語にもならない言葉を繰り返す。最後の方は壊れかけのラジオのようになっていた。

 

 

「何お前くしゃみでもすんの?」

 

 

俺の馬鹿にした発言も、聞こえていないようだった。

 

 

「雪乃、あんまり無理すんなよ。わかってるから」

 

 

肩に手を載せ、雪ノ下の意識を取り戻した。

 

 

「いえそういうわけにもいかないわ。あなたにはもう言ってもらっているのに」

 

「俺は気にしてないから。お前のペースでな」

 

「ごめんなさい。でも頑張るから」

 

 

そんな顔すんなよ。今にも泣きそうな、ともすれば消えてしまいそうな表情を雪ノ下は浮かべた。もう名前の呼び方ひとつで俺たちの関係性は変わることはないのだから。

うーんでもこんな雪ノ下珍しいな。写真に納めたい。

 

 

「こほん、まあ少しは進展が見えたかもですね。では気を取り直して、戸塚さんにお教えしましょう。たった一つの冴えたやり方を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

くっそ長くないか?

いい加減しつこいんだが(特大ブーメラン)

まあ余談ですが近況報告です。緊急事態宣言が解除されたんで来月からお仕事です。引っ越しなので更新頻度落ちるかもですけど、絵とか描いてくれたら(チラ)、感想とかもらえたら(チラ)色々はかどりそうです。

ではではまた後日。

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9. 当然のことながら母親に隠し事をするのは難しい

帰宅してからというもの俺は悶々とした感情を抱いていた。もうすぐ社会的に大人になろうという歳の高校生が、実の妹に説教をされる。理路整然とそして感情的に訴えかけてくる妹の説教をどうやって切り抜けるか、何をしたらご機嫌が取れるのか、そんなことを風呂に入りながら考える高校三年生がそこにはいた。ていうか俺だった。

謝るとすれば先手必勝が一番。そうとなれば俺の行動は早い。風呂から上がった後、小町の入浴に合わせて俺はマットの上で正座をすることにした。実際何が理由かわからないが、何となく謝ってみたらいい気がする。さすが俺だな。理由がわからないのに素直に謝る。なんか男らしいぜ!

 

 

「きゃーお兄ちゃん何やってるの!」

 

「とりあえず謝ろうと思って」

 

「そう思ってる人間は普通風呂上がりの妹を待ち構えないよ。というか、お兄ちゃん私に怒られるようなことしたの?」

 

「いや、お前説教するとか言ってなかったか?」

 

 

特に前を隠さずに、小町は明後日の方向を向いた。俺がもし小町の同級生の男であれば、夢のシチュエーションであったと思うが、俺としては何も思わない。千葉の兄妹であれど、比較的に仲が良くてもこうして妹の裸を見る兄としては特に感じない。仮に義理の妹であろうともそれは変わらなかっただろう。よく妹を題材としているラノベがあるが、あれを書いているのは全員材木座みたいなやつだ(偏見)。

 

 

「んーそんなことも言ってたかもねー。でもでも今日のお兄ちゃんの対応は小町的にポイントが高かったので特にお咎めなしです」

 

「お、まじか」

 

「というかさお兄ちゃん。雪乃さんのこといつから下の名前で呼ぶようになったの?」

 

「一週間前だな」

 

「でも結構普通に呼んでなかった? ……お兄ちゃん色々あったんだね」

 

 

さすが俺の妹だ。目を見ただけで察してくれている。誰でもあんなところに行けば俺みたいになってしまうと思う。というかあの場では陽乃さんよりも雪ノ下の方がぐいぐい来たのは意外だった。なんなら陽乃さん引いてたし。

 

 

「お兄ちゃんも成長してるんだねー。でもさ、お兄ちゃん」

 

「なんだ」

 

「いつまでもそこに居られるのは小町的にポイント低いかな」

 

 

小町の笑顔には二種類ある。心の底から浮かべる屈託ない笑顔、感情を押し殺した外面の笑顔。どっちの笑顔も最高なんだよなあ。ちなみに今の笑顔は後者です。そのことを敏感に感じ取った俺はすぐさま風呂場を後にした。

ドアの後ろでは小町が独り言を言いながらドライヤーで髪を乾かしている。風の音でその内容はほとんど聞こえないが、これ以上は無粋というものだ。今日はさっさと寝てしまおう。

 

 

「色々あったが今日はこれで安心して眠れ」

 

「俺は全く安心できないけどな、なあ八幡久しぶりに男同士話そうじゃないか」

 

 

肩を掴まれ振り返ると、怒っているのか泣いているのかよくわからない表情の親父がいた。ていうか普通に泣いている。恐らくさっきの小町の悲鳴を聞いて来たのだろうが、絶対何か勘違いしている。

息子に対しては強く出る親父は、俺の愛想笑いを無視して会話を続けた。

 

「いや、ははは俺の方は話すことないし」

 

「大丈夫だよ。それに俺明日有休とるから、朝まで話せるぞ」

 

「明日学校なんですが……」

 

 

首根っこを掴まれ、リビングへと拉致られる。まず親父が目撃した勘違いについて正さねばならん。家族想いの良い性格。そんなことを言えばいい親父かもしれないが、こと小町に関しては人が変わるのだ。娘の身体はもちろんのこと、悪い虫がついていないか授業参観で目を光らせているらしい。中学校での運動会では小町に出入り禁止を言い渡されたほどだ。まだ変態不審者さんとして捕まっていないのは血のつながりがあるからだ。警察仕事しろ。

俺はと言えば、中学校ではなるべく関わりを持たないようにしていたのだが、いかんせんあふれ出るオーラのせいか同級生からは『比企谷さんのお兄さん』というあだ名で親しまれていた。全然親しまれてないんだよなぁ。しかもこれは三年生初頭の話。クラス替えを終え、新たなクラスに馴染もうと俺に声を掛けてくれたクラスメイトが必死になってひねり出したのがそれだった。いや普通に比企谷でよくない? と軽口が叩けたのならもう少し変わっていたかもしれない。まあその後はいつも通り指示語で呼ばれるようになったのだが。

 

 

「ただいまー」

 

 

俺が親父に対して状況説明をしようとした矢先、母ちゃんが帰ってきた。いつものようにくたびれた様子でバッグをソファーに投げ込むと、冷蔵庫へと向かった。

 

 

「あんたら男二人して何の相談?」

 

 

中のモノをああでもないこうでもないと吟味しながら尋ねる。もう遅い時間なので晩酌か何かだろう。俺も小町もファミレスで済ませてきたから今日は各々外で食べている。

 

 

「なになに、母さんには言えないの? ほらあんた」

 

 

ビールを三本、落花生を両手に抱えながらそのうちの一本を器用に投げる。親父の方は、多少滑らせながらもなんとか確保した。

 

 

「え、母ちゃんも聞くの?」

 

「え、母さんも聞くの?」

 

 

同時に親父と声が重なる。大分驚いているが俺も多分似たような顔を浮かべていることだろう。それほどに母親の参戦は珍しかった。

 

 

「私がいたら話せないようなことなの?」

 

「そんなことないよ。さぁ八幡やましいことがないのなら正直に話しなさい」

 

「まあいいけど」

 

 

実の妹に土下座しようとした経緯について語る高校生がそこにはいた。ていうかそれも俺だった。とはいえ特に怪しい所はない。俺は守秘義務を考慮しながら多少の改変を含めてやや簡潔に語った。

 

 

「ふーんなるほどね」

 

 

いつもならここでしつこく聞いてくる親父は特に何も発しない。母ちゃんは俺の言った文言にまるで何かを確認するように質問を入れてきたからだ。おかげで今日は早く眠れるな、実際もう眠いし。

 

 

「じゃ最後になんだけどさ」

 

「俺もう、ねたいんだけ」

 

「八幡あんた彼女出来た?」

 

 

やや被せ気味に言うと、二本目を開け、親父はそれを聞いて盛大に噴き出した。俺はというと、動揺を隠しきれず素っ頓狂な声を上げた。

 

 

交際報告(親ばれ)

 

 

付き合いを始めたカップルが通るいわば登竜門的存在。しかしながら、思春期の学生にとって自ら親に言うことはまずない。大体その前に別れるか、もしくは母親にばれてしまうからだ。親は子供の行動、思考パターンを熟知しているため滅多に外れることはない。これらをもとに論理立てて追い詰める母親もいるしほぼ勘だよりの親もいる。共通して言えるのは親に疑念を抱かせた時点でほとんどばれていることだ。

かくいう俺も例にもれずまだ報告をしていない。相手方の家に行った時点であれだが、まだいいかという気持ちと恥ずかしい気持ちがウエイトを占めていた。

 

 

「は、八幡。あれだよなゲームの女の子だよな? それともあれかメイド喫茶ってやつか? あ分かったぞアイドルだな。うんうん」

 

「勝手に言い終えて納得しちゃうのかよ」

 

 

息子のことどう思ってるんだ。しかもどれも現実だったらやばいと思うが。まあ不名誉せよ、納得しているようなのでぼろを出す前にとっとと寝よう。

 

 

「じゃ俺ほんとに寝るから」

 

「その子はどんな子なの?」

 

 

その言葉でドアノブにかけた手が止まった。比企谷八幡からみて、雪ノ下雪乃はどう映るか。かつては恩師が、少女が、後輩が、彼女の姉が、そして彼女自身が問いてきた問い。その度に俺はその時々の考えで返していた。そのほとんどは適当で曖昧模糊としたもの。今の場面なら可愛いとか綺麗だとか、そんな単純で明快な響きを持った言葉で返したほうが楽なのにそれを許さない俺がいる。いや決してそれを妥協してはいけない。彼女の人生に値するかどうかの価値は彼女自身がつけるにしろ、それまでの道程は俺が納得しなければ気が済まない。もちろん母親はそんな俺の覚悟など知らないだろう。

 

 

「それは……」

 

「八幡。あんたは弁は立つけど、顔に出ているから。友達でも気づくわよ」

 

「さいですか……」

 

 

だから思ったよりも早く戸塚達にばれていたのか……。今度からはもう少し気を付けるか。もっとも周りにいた奴には既にばれているからそんな機会はもうないとは思うが。

ロジックや勘じゃなく、ただ俺の顔を見ていただけ。それなのに俺の抱えていた秘密をすぐにつまびらかにした。

当然のことながら母親に……。

 

 

「はーちまん、おいおい聞かせてくれよそんな大事な話」

 

「何突っ立っての早く座って教えなさいよ」

 

「い、いや親父はともかく母ちゃん明日仕事は?」

 

「明日はお昼からよー。ほらほらまずどの子があんたの彼女なのよ」

 

「母さんも一緒ならいいだろー八幡。俺とも恋バナしようぜ」

 

 

拝啓。小町さんや、もとを正せばあなたがお説教をしようなどと言ったからですよ。お兄ちゃんは今

たちの悪い酔っ払い二人に絡まれています。今頃すやすや寝ているのでしょうね。寝不足はお肌の天敵だと言っていたことを思い出します。お兄ちゃんも早くふかふかのベッドに潜りたいです。

冷静だったはずの母親はどこに行ったのか。

はぁ、家にいるのに帰りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

扁桃腺まじ卍。ということで九話です。一夜にして39.6は聞いてないっすよ承太郎さん~

いや死ぬかと思った。というかコロナかと思ってひやひやしました。

 

近況報告

一日から新天地へと赴くので落ち着くまでは更新頻度落ちますすいませぬ

 

今月中にはあと一話上げたいところです!

頑張りマッスル‼

 

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10.俺が大志に同情するのはなにかおかしい

ホームルームの時間になると、戸塚が入口の近くでおろおろとしていた。あまり待たせても申し訳ないので、机の物を手早く片付ける。

 

 

「あ、八幡よっす」

 

「よっ」

 

 

戸塚のマイブームか、最近は片手を挙げながらしかも満面の笑み(ここ重要)で挨拶を交わすようになっていた。戸塚はいつものジャージにテニスラケットを背負っている。ここ最近部活が出来ないせいで制服を着ていた戸塚。やはり戸塚にはジャージが似合っている。いや戸塚だけには限らないのではなかいか。休日に平塚先生が高校生時代のジャージを着ていてもグッとくるし、ガハママが由比ヶ浜のを着ていても良い。ひょっとしてジャージ人生の最強アイテムなのでは? 

 

 

「今日からだな」

 

「うん八幡ありがとね」

 

「今回俺は何もしてねえだろ。相手校との交渉は小町と戸塚がしてたし、そもそもこのアイデア出したの雪ノ下だし……」

 

 

自惚れではなく本当に何もやってはいない。俺がやったことと言えば、せいぜい晩御飯ぐらい。それにしてもあれから二日でよく了承してもらえたものだ。戸塚の学生時代の縁と小町の交渉力のおかげだろう。

校門へ行くと、既にテニス部の連中と小町がいた。

 

 

「お兄ちゃんほんとに付いてくるの? やることないと思うけど」

 

「開口一番いらないもの扱いしないで。お兄ちゃん泣いちゃうよ。高校三年生が大人げなく泣いちゃうよ。それにほらあれだよ。後見人とかボディーガードとかやることあるし」

 

「その二つはだいぶ違うと思うけど」

 

 

そう突っ込んできたのはジャージ姿の男。そもそもここにはジャージしかいないため判別は難しい。最強アイテムにも弱点があるらしい。勉強になるなる。

 

 

「えっと、比企谷もしかして俺のこと忘れてるの?」

 

「ちょー覚えてるから。なんなら前世からの付き合いまである」

 

 

いたいた中学にもこういうやつ。俺たち友達だよなって言って掃除を任すんだよな。それで修学旅行の班決めの時、グループに入れてもらおうと思ったら冷たい目で見るんだよな。

実際今も呆れたような視線を向けている。良かったぜ、小町と戸塚についてきて……。

 

 

「……本牧?」

 

「やっぱり忘れていたのか……」

 

 

よくよく見れば、生徒会一色の奴隷もとい副会長の本牧であることが分かる。それにしてもなぜここに。

 

 

「なんでいんの? 生徒会も一枚噛んでんの?」

 

 

忘れていたことを悟られないようにたたみかける。そもそも一色のミスだし、予算も増額してしまったので建前上いるのかもしれない。

 

 

「比企谷は知らなかっただろうけど、俺軟式テニスの部長。それに対外とはいえ生徒会は一々干渉しないし」

 

「お前部長だったのか……」

 

 

そういや軟式テニス部の部長知らなかったな。こいつだったのかよ。俺が驚いていると、本牧は下を向いてため息をつく。

 

 

「まあそういう事だから今日はよろしく頼むよ」

 

「そんなこと言われても困る。俺決めたんだよ学生の間はなるべく働かないと」

 

「そんな覚悟聞かされても……」

 

 

本牧はさらに冷たい目を向けてきてそれから小町へと視線を動かした。

 

 

「見れば見るほど、兄妹とは思えないよな」

 

「当たり前だろ。俺と違って人当りもいいし、料理できるし、なにより可愛いし、出来が良いんだよ」

 

「自慢げに自分を卑下するやつ初めて見た」

 

 

相変わらずジト目で睨む本牧。真面目に突っ込んでくるあたり良い奴なのだろう。まあ合同クリスマス会の時もなんだかんだやっていたしな。

 

 

「本牧先輩そろそろっす」

 

「ああ、川崎か……じゃ比企谷また後で」

 

「お、おう」

 

 

そう言って小走りで列に戻る。ナチュラルに小町と戸塚のいる先頭にいくあたりコミュ力もあることがしれる。部長なら当然なのだろうけれど。

 

 

「比企谷先輩も今日はよろしくお願いするっす」

 

 

列が動き、俺もその後をついていく。大志は呼びに来ただけだと思っていたのだが、変わらず俺の横にいた。

 

 

「お前も列戻れよ……」

 

「戻ってもいいっすけど、それだと比企谷先輩一人で可哀想じゃないっすか」

 

「ばっかお前。ぼっちのほうが何かと都合が良いんだよ」

 

 

川崎家教育行き届き過ぎない? 普通一人でいる先輩に話しかけようとはしないだろ。

 

 

「帰れよ、友達と話して来いよ。ただし小町は駄目だけどな」

 

「比企谷先輩たちが来るまでに話したんで大丈夫っす。小町さんはまぁ少しあしらわれている気がするんで話しかけるのはハードル高いっす」

 

「我が妹ながらそこらへんは徹底してるんだよなぁ」

 

「お兄さんさえよければ、ぜひ小町さんの……」

 

「お兄さん言うな」

 

 

目的はこれか。ここまで正直だといっそ清々しいまである。ならこいつに対して心から答えるべきだろう。そうすればきっと大志も変わるはずだ。俺は後押しする気持ちを込めて肩に手をかけた。

 

 

「小町は寡黙な男が好きだからな。自分から話しかけたり、接触しないまま三年間を過ごし卒業後も一切連絡を取らないようにすれば大丈夫だ」

 

「いや完全に関わりないじゃないっすか。付き合うどころか、クラスメイトとしても認識されませんよ!」

 

 

最初こそ、「寡黙っすか……」と納得しかけていたものの、最後の方には気づいていた。

 

 

「そんなことないぞ。最近はハードボイルドの漫画読んでるみたいだし」

 

「それにしてもっすよ、ちなみにほんとに小町さんそんな漫画読んでいるんすか?」

 

「いや俺が読んでるんだけど」

 

「まったく参考にならないっすよ……」

 

 

大志も呆れた様子で俺を見る。本牧に続いて二人目。いや小町を含めれば三人か。一日にこんな呆れられることある? 材木座といい勝負なまである。

そのまま道中小町を中心とした話題が続く。聞けば聞くほど、小町のあしらい方が一流であることが分かる。というかこいつのメンタルどうなってんの? 聞く限り十回は断られている。 

そんなこんなで進むこと、三十分。ようやく目的の学校に着いた。最後の方は俺が慰めるような感じになっていたが、グラウンドに着くと他の一年生と合流して準備を始めた。

いきなり手持ち無沙汰になってしまう。まあもともとそのつもりだったのだが。石でも拾おうかと思った矢先戸塚がとてちてとやってくる。

 

 

「八幡ほんとに今日やることないと思うよ」

 

「ん、気にすんなよ石でも拾ってるから」

 

「そっか、じゃまた後でね!」

 

 

戸塚に別れを告げ、俺は一人コートの隅で石を拾うことにする。念のためついてきたとはいえ本当にやることないのか……。それはそれで寂しい気もする。

俺はあまり考えないように石拾いに徹した。それにしてもこうして他校に足を踏み入れるのは人生で初めてと言っていい。

 

 

「ここが戸塚が通っていた()()()か……」

 

 

その事実に感慨深い気持ちになってしまい、つい独り言が漏れる。雪ノ下が考え、小町がたどり着いたのが中学生との練習試合だ。部活をしていない俺でさえその力量の差は分かる。単純に呼び方が違うだけでなく、歳も三歳離れている。戸塚たちにとっては練習相手にすらならないのではないか、そう思っていたのだが。

 

 

「中学生には見えんな」

 

 

レギュラー組は早速試合をしているが、傍から見れば実力はほとんど変わってないように思える。それもそのはずこの中学校のテニス部は県大会常連なのだという。総部高は万年一回戦を勝てるかどうかのレベルだが、相手は中学生。どちらにとってもいい練習相手になるだろう。

二年生を含めた下級生はコート横で、基礎練習をしていた。一年生同士、二年生同士と構図から見ればおかしな話だが、存外うまくやっていた。

ここまでスムーズにいったのは戸塚のコネクションもあるが、ひとえに小町の尽力が大きい。戸塚とともに総部高テニス部を説得し、中学校にも自分が中心となって交渉にあたっていた。

 

 

「石少ないのね……」

 

 

バケツでももらってこようと思ったが、両手に収まるレベル。日頃からやっているのかもしれない。

それでもえっちらほっちらやっていると、こんな隅に誰かの足音が聞こえてきた。小町だろうか、そう思い見上げると、見覚えのある顔があった。

 

 

「八幡そこじゃま」

 

「ああすいません……ん」

 

 

投げかけられた声とその顔は随分と久しぶりだった。

 

 

「ルミルミ」

 

「留美」

 

 

いつかのようなやりとり。あの時と違うのは伸びた髪を一結びに携え、少し大人びた女の子になっていたことだ。

一度雪ノ下のテニス姿を見ているから余計にそう思うのだろう。

俺は心の奥底にしまい込むと、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

は?仕事の時間管理難しくない?やる事多すぎぃ

というか引越しとか諸々やらんといけんしむむむ

ってことで今月は厳しいかもです( ᵕ̩̩ㅅᵕ̩̩ )

ではではおやすみなさい

 

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11.つまるところ鶴見留美は大人の階段を登っている

会うのはこれで3度目。一度目は弱々しく、けれども自分の芯を持っている女の子。二度目はその芯を上手に扱い振舞いながら前を向くようになった女の子。そして三度目はえ? 何でここにいんの? 通報案件?とでも言いたそうな目をした女の子。

実際にそれを体現するかのような問いを放つ。

 

 

「八幡、何してるの」

 

 

ボールがポンポンと跳ねる音が妙に留美の雰囲気とは離れている。けいかのように一回りも離れているのならともかく、中学生というのは身体は別として精神的には大人と言っていい。特に留美はその容姿も相まってその傾向が高いように思う。まあ彼女のことをそのように論ずる材料としてはいささかというかほとんど知らないことが多い。そも一年近く過ごしてきた同級生でさえ知らないことの方が多い。まあ無駄に材木座に関しての知識は増えたというか勝手に入ってきたのだが。てか材木座って誰すか?

でもこうして会えば世間話ぐらいはする仲になったのだろう。話そうぜ久しぶりによ……。

 

 

「見りゃわかるだろ。石拾ってんだ。お前は?」

 

「留美」

 

「お、おう。で留美は何やってんだ」

 

 

俺の答えにというよりか、呼び方に納得がいかないようで呼び直しを命じてくる。こいつの目には何か底知れない凄みがある‼ 

嘘です完全に委縮しました。今の中学生ってこんなに怖いの? カツアゲされたら普通に差し出すまである。

 

 

「部活見学」

 

「ほーん」

 

 

周りを見れば、留美と同じように練習には混じらず、コートの前で話しながら座っている姿が見られた。恐らくは新一年生なのだろう。時折留美の方を見ては話し込んでいるように見える。そこに悪意はなく、仲のいい友人のからかいのように思えた。

それにしても中学校の部活に対する熱は異常だ。入る入らないの選択肢があるはずなのに、半ば強制で入らされる。そして帰宅部の者に対してやれ部活やっていないのにテストの点が低いだの、大会で疲れたみたいだから宿題減らそうかでも比企谷は普通に出してねだのと入部=当たり前みたいな空気が存在する。そして中学の大会では休みにしてくれればいいのに俺のような帰宅部はなぜか出席してひたすらプリントを解くという無駄な時間もある。

まあ高校では奉仕部に入っているので部活自体にそこまで悪感情はないものの、そういった見えない圧力は相変わらず好きになれなかった。

 

 

「留美はどこの部活に入るか決めたのか」

 

「いや、まだだけど」

 

「そうか」

 

 

うーん会話が続かない。多少は経験値が増えていると自負していたのだが、ゴールのない会話はやはり難しい。コミュ力に定評のある由比ヶ浜なら他愛もない話の一つや二つポンポン出てくるのだろう。あいつの場合は自発的にも自然にも情報が入ってくる。友達が多い人間はその分情報を持っているわけで逆に情報通は友達が多いと言える。こんなどうでもいいことは思いつくのにどうでもいい会話は出てこないのが俺たちコミュ障ですはい。

 

 

「そういえば留美はなんか趣味とかあんのか?」

 

 

大抵の場合好きなもの続けていることを部活にするものだ。それまでの経験や自信があるから、入るハードルは一気に下がる。ただし仕事てめーはだめだ。好きなことを仕事にすると、好きだった一面だけではなく様々な角度からの視野があるため、続かず、そして嫌いになるというある意味本末転倒な自体に陥ってしまう。ヘンシュウシャさんはシメキリ迫るの辞めようね!

 

 

「まあ、趣味とかはないけど気になっていることなら一応は」

 

 

少し頬を染め、目じりを下げる。普段一色やら小町やらのあざとさ全開の仕草は見慣れているせいか、こういった年頃らしい表情を見るのは案外グッときました。はい。

少しは心を開いてくれた......ということなのだろうか。かつては自分のいる世界に絶望し、諦めるほうが楽だと達観していた彼女の面影はもうない。俺のやったことが全てだとは思わない。ただのきっかけ、とっかかりそれからは留美が自力で望み、努力した結果なのだ。

 

 

「演劇とか……」

 

 

さらに恥ずかしそうに身をよじりながら留美は言った。うーんこの子自覚がない分たちが悪いな。いろはすに指導してもらわなきゃ悪い虫が付きそうだ。というかもうついている可能性がある。

 

 

「なるほどな」

 

 

俺が知る限り、十二月にあった合同クリスマス会。あそこで留美には主役をお願いしてもらっているのだ。俺がやったことは決して無駄ではなかったらしい。いかったいかったとついおじいちゃん化していると、俺たちの方へと向かう足音が聞こえてきた。

 

 

「ごめん八幡ボール来なかった?」

 

「戸塚か、いやこっちの方には来てないな」

 

 

視線で留美にも問うと、首を横に振った。戸塚は留美を認めると、背丈に合わせてかがんだ。

 

 

「久しぶり、留美ちゃんだよね。戸塚彩花です」

 

「お久しぶりです、戸塚さん」

 

「留美ちゃんはテニス部なの?」

 

「いえ、まだ部活には入ってないのですが、悩み中です」

 

 

留美が考え込むような顔をして笑う、戸塚もそれにつられて微笑む。うーんここは天国かな。とっさに対応が変わる留美を見て、違う一面を見た気がした。中学生になれば、縦社会のいろはを嫌でも身につけなければならない。敬語はもちろん、口答え反論抗議は一切認められていない。あれれー八幡も先輩だよ。

 

 

「なあ戸塚演劇部ってあるか?」

 

「あったと思うけど……何で?」

 

「あーそれは」

 

 

ふいに袖を掴まれる。留美は俺の方を向きながら、首を振った。自分で言うということなのだろう。

 

 

「その私、演劇に興味があって、それで……」

 

 

戸塚は得心がいったような顔をして、留美に向き合った。

 

 

「演劇部だった友達がいるんだけど、直接聞いたほうがいいよね。留美ちゃんのことその子に教えていいかな」

 

「うん、じゃなくてお願いします」

 

「お願いされました」

 

 

かがんだまま真っすぐ留美を見据える戸塚。それに対して留美は若干緊張混じりで答える。身長の差はあれど、もう一人の人間として見ているのだろう。ああこういうとこだ、戸塚のあふれ出る優しさは。だから偏見や色眼鏡で見ない、ちゃんと向き合って初めて評価している。友達と呼べるのがこいつでよかったと改めて思った。

 

 

「ん。あ、八幡もう今日の練習は終わりだから。帰ろ」

 

 

ああだから、戸塚がボールを拾いに来ていたのか。待てよ、帰ろと戸塚は言った。俺は一緒に戸塚の家に行くのか? 初めてのお呼ばれ……。

 

 

「比企谷、それ貰うよ」

 

「本牧か、戸塚はどこ行ったんだ」

 

「お前がニヤニヤしている間に一年生のとこに戻ったよ。というか絵的に犯罪者だからな」

 

「ばっかお前。俺は戸塚でニヤニヤしてんだよ。言わせんなそんなこと」

 

「それはそれでまずいと思うけど……」

 

 

いかんいかん、もう俺も高校三年生になる。戸塚を見てニヤニヤしそうなときは顔を隠すようにしないと……解決してないんだよなあ。

 

 

「よかったな留美」

 

「別に八幡何もやってないし、それに頭撫でないで」

 

 

つい頭を撫でてしまったが、留美は心底嫌そうにそれを拒否した。

 

 

「おお、すまんついな……」

 

「八幡ってたらし?」

 

「ばっかちげえよ、むしろ女子には近づかないようにしてるし、そもそもそんなことすれば通報されるのは間違いない」

 

「ふーん」

 

 

不機嫌な様子というか、終始そんな感じだったように思う。でもこれで、心の片隅にあった俺がしてきたことの清算が終わったのかもしれない。いつまでも保護者づらで「お兄ちゃん」は気持ちが悪い。そのことを自覚しなければならない。

 

 

「実妹なら問題ないな」

 

「比企谷、せめて学校の名前が出るようなことはするなよ……」

 

 

俺の独り言に冷めた目で見つめる本牧。自然と突っ込んでくる辺り、良い奴なのだろう。ただ……

 

 

「おい、まて通報するな。あれだからホントの妹だから」

 

「比企谷、犯罪者は全員そう言うんだ。お前だけじゃない」

 

「小町のこと見なかったの? 似てないけど兄妹だから」

 

「いや中学生に手を出そうとしてたじゃないか。ああそうか雪ノ下さんに言ったほうが……」

 

「それだけはやめてくださいお願いします」

 

「はちまーん」

 

 

俺が土下座しようとすると戸塚が小走りでやって来た。

 

 

「大丈夫だ戸塚。俺は絶対悪には屈しない」

 

「それはちょっとよくわかんないけど八幡このあと暇?」

 

「ああ暇だけど」

 

「じゃあさちょっと付き合ってくれないかな?」

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

三期始まったんだが? ぬるぬる動いているんだが? えもえものえもなんだが?

うーん今週はあの四話ですね。

なるべく更新急ご。

 

 



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12.またしても折本かおりは笑っている

次第に陽が長くなるのを感じる。俺の隣を歩く戸塚の横顔はちょうど落ちていく夕陽に当てられている。彼の視線は珍しく手元のスマホに向けられていた。まあここら辺は人通りも少ないし、大きな段差もない。俺が注意すれば、大丈夫だろう。少し伸びた髪は耳にかけられ、長いまつげは汗でほのかに湿っていた。

戸塚観察日記でもつけようかしらんとそんなことを考えていた矢先、用事が済んだようで戸塚が一息つく。

 

 

「よし……八幡、ってどうしたの? 顔近くない?」

 

「おっと、戸塚が歩きスマホしてたからな」

 

「ごめんね、もう終わったから大丈夫だよ」

 

 

そう言い終えて、スマホをしまいこんんだ。その顔には若干緊張の色が帯びている。まるで陽乃さんに会いに行く俺のような悲壮な雰囲気を漂わせていた。

帰り道はもう戸塚の家に向かっていないことに気づく。わかっているのは駅方面に向かっているということだけだった。

 

 

「八幡さ……」

 

 

足音で消え入りそうな声で俺の名を呼んだ。それでも足は止まることはなく、止まってしまえば会話が終わってしまいそうであえて俺は答えることはせず視線で返した。

 

 

「これから僕の同級生だった演劇部の部長に会うんだけど、付き合ってくれないかな……いてくれるだけでいいから」

 

 

半歩前を行く戸塚の顔をうかがい知ることはできない。けれどもその声音で不安な心持ちであることが知れた。さっきの今で、約束を取り付けるにしてはあまりその仲は良くないのではないだろうか。

 

 

「なあ、戸塚。留美のためにってことは分かるんだが、無理してんじゃねえか。それにお前はもうすぐ大事な試合なんだし」

 

「留美ちゃんの為なんだけど、半分は自分の為なんだよ。少し無理はしちゃってるけど」

 

 

えへへと、尻すぼみに笑う。演劇部の部長……いや元部長か、同級生なら直接会わずともメールや電話で詳しい内容は分かるはずだ。留美の為に直接会って詳しい内容を聞くということもできる。問題なのはその関係性。さっきも類推したが、戸塚はその人物と何らかの形で仲たがいしたのかいずれにせよ俺にはわからない。

 

 

「まあ、いるだけなら別にいい。学校でもほとんどいるだけで何もしてないし」

 

「何それ」

 

 

緊張の糸が切れたように、歯と歯の隙間から息を漏らす。それからかばんを背負いなおしてくるりと振り返った。

 

 

「ありがとね、八幡」

 

 

俺は何度この笑顔にこの性格に救われたのだろうかと改めて思う。貰ってばかりで、何もしてあげられていない。もちろん戸塚はそんなことを望んではいないのだろうが、これは気持ちの問題だ。相手がどんな奴だとしても俺は戸塚の味方なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あ、あそこだよ八幡」

 

 

そういって戸塚が指さしたのはいつかのカフェ。そこはかつて葉山とそして折本、その友人で遊んだ帰りに寄った。雪ノ下と由比ヶ浜を呼び出して、葉山の思惑も俺の自己嫌悪もごちゃごちゃに織り交ざった場所。特に思うところがあったわけではないが、それでも足を向けようとはせずあれから半年は経つ。

ふとそんないことを思いながら努めて冷静に店内へと入った。

 

 

「あのすいません、待ち合わせで来ているんですけど……」

 

 

店員にそう伝え、ついでにコーヒーを二つ注文した。

 

 

「戸塚はミルクと砂糖どうする?」

 

「僕ブラックだから大丈夫だよ」

 

「そ、そうか」

 

 

そう言って、目当ての人物を探し始める。俺はカウンターの前でちびちびとずぶアマコーヒーを作ることにした。ミルクとコーヒーの割合を三対七それに砂糖を加えるのがポイントだぞ! なんで僕たち男子は聞かれてもいないことについつい饒舌になってしまんですかね……、口には一切出していないが。

 

 

「あのーすいません」

 

 

後ろから声が降ってきた。はつらつとそれでいて抑揚のない声。俺はこの声を知っているような気がする。

 

 

「八幡二階にいるかも……あ」

 

 

振り返ろうと、した瞬間戸塚に話しかけられてそっちに意識が飛ぶ。そのせいで、思考が途切れる。

 

 

「あっれー、なんか見たことあるなぁ」

 

 

間延びした声ではっきりとわかった。俺は相手にばれないように、少し咳ばらいをする。

 

 

「んん……戸塚くん二階いこ」

 

 

小町に似せたのだ。これで変な奴だとは思ってもそれが知り合いとは思うまい。俺は相手に背を向けたまま二階へと上がった。

あれおかしいなと小声でつぶやいているどうやら作戦はうまく――

 

 

「あ、うん待ってよ()()

 

「やっぱ比企谷じゃんウケる」

 

 

まさかとは思ったが、特徴のある語尾ですぐにわかる。というか一言目ですぐに分かったんですけどね……。折本かおり、かつて俺が勝手に勘違いして勝手に振られた中学生の同級生。あれから何度か会ってはいるが、その時の感傷が未だに尾を引いている。

 

 

「おう折本、じゃあな」

 

 

ここで立ち話にでもなれば、戸塚の迷惑になる。ここは急がば回れが吉だろう。戸塚に先を行くように急かし、階段を登ろうとする。

 

 

「ちょ、比企谷冷たくない? あ、ここで会ったことは雪ノ下さんには内緒にしておくからさ」

 

「なっ」

 

 

驚きのあまりセル編のベジータのような情けない声を出してしまった。それにしても超のベジータのピエロ感は異常。まあ物語の設定上仕方ないとは思うが、結局最後は決めるから俺たち男子は何も言えない。男子はドラゴン〇ールを見て育ったものだ、文科省は教育プログラムに入れるべきなんだよなぁ。

 

 

「なんで折本さん知っているんですが? まあ言っても言わなくてもいいですが言わないほうが僕にとってはありがたいですはい」

 

「別に言わないってウケル」

 

「八幡必死だね……」

 

 

折本が笑いながら肩をぺしぺし叩き、戸塚は苦笑いを浮かべる。雪ノ下なら笑って(目は笑ってない)許してくれるだろう。

 

 

「それならいい、じゃ俺たち約束があるから」

 

 

努めてクールに別れの言葉を告げ、俺たちは二階へと上がった。

 

 

「うちも二階だし」

 

 

そう言いながら折本もついてきた。これ以上一緒にいたらからかわれるのは必然。さっさと戸塚の待ち人に会ってしまおう。

戸塚はスマホを見て、駅側の席へと向かった。幸い一人だけだったのであの子が演劇部なのだろう。戸塚は少し息を吐いて、声を掛けた。

 

 

「鴨川さん」「陽菜お待たせ」

 

 

二人の声が重なる。肩まで伸びた茶褐色の髪が首の動きに従って揺れる。大人びたその顔とは反対にその目はいたずらっ子のようなツリ目をしていた。その子は俺たち三人の姿を認めると、少し驚いたのち……。

 

 

「会いたかったよー戸塚きゅーん」

 

 

爆走しながら飛び掛かった。

その様子を折本は手を叩いて笑う。

これからの時間を思い、俺は片手で顔を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

俺ガイル完終わってしまいましたね……というか昨日届いたBDの特典小説見たんですけど、三年生編始まったんだよなあ。なのでこの作品はもうほんとに関係ないものとして見ていただけたら幸いです。

めちゃくちゃ語りたい……

というわけで今回はここまで。また次回お会いしましょう



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13.いつでも鴨川陽菜は彼の味方である

今回から本格的にオリキャラ登場会となります。抵抗ある方はバックボタンを押してください

それと評価、感想励みになります。ではでは

 

 

 

―――――――――――――――

 

ひと心地ついた後、互いの自己紹介とあいなった。もっとも戸塚に頬ずりをキメたこの女はいつか東京湾に沈めることを決め俺は留飲を下げた。彼女は頬に手を当て満足そうに頷いている。傍から見れば恋する乙女なのだが、いかんせん材木座と海老名さんをミックスさせたような感じがする……。

 

 

「ええと、八幡こちらは僕と同じ中学校だった演劇部部長の鴨川陽菜さん」

 

「戸塚きゅんもっとあるでしょ他に?」

 

 

黙っていれば美人、をどこまでも地で行く女だった。

 

 

「ほらほら、自慢の彼女とか? 小さい頃からの許嫁とか他に言い方あるでしょ?」

 

「おい戸塚、こいつやっぱ薬やってるぞ」

 

「こらそこ聞こえてるぞ!」

 

 

俺がわざわざ聞こえるように告げると、鴨川は指を突き付けた。その仕草はかつて陽乃さんと初めて出会った時を思い出す。こういってしまうと、まるでこの後壮大なラブストーリーが始まってしまいそうだが、実際にはストーカーと言ってしまってもいいのかもしれない。あの人、妹が関わる行事ほとんど参戦してたからな。体育祭では見かけなかったが隠れて見ていたのかもしれない。

どちらにせよ、彼女と似た匂いを感じて、俺は少し警戒の色を強める。

 

 

「あはは、まあ誰にでもこういう人だからあんま気にしないでよ八幡」

 

「むー」

 

「じゃ次うちね」

 

 

無言の抵抗をする鴨川の頬をつつきながら折本が切り出す。この反応を見る限りこれが平常運転なのかもしれない。もっとも折本のキャラということもあるだろうが。

 

 

「海浜総合高校の折本かおりね。比企谷とはおな中で趣味は比企谷をからかうこと」

 

「何言ってんだお前……」

 

 

笑いながらそんなことを言うものだから、怒るにも怒れない。折本かおりという人間はどこまでいってもそうなのだろう。その事実に俺は改めて驚愕し、かつこの会合が雪ノ下に伝わることは絶対に阻止しなければならないと思う。

俺のそんな決意は露しらず、鴨川はわたしも戸塚きゅんからかうのが趣味というか生きがい! なんていいながら悪女同士ハイタッチを交わす。

演劇部部長ーーその肩書きゆえ彼女は陽乃さん以上の演技派だと思っていた。彼女の妙な違和感に気づくことができたのは俺の捻くれた感性と雪ノ下という近しい存在を見ていたからだった。それに比べてこの鴨川という女、全くと言っていいほど演技しているとは思えない。可能性があるとすれば俺が分からないほど演技が上手いか、もしくは彼女の顔が一つであるかだ。少なくとも後者ではないはずだ。そう信じたい。

 

 

「……あはは。それで鴨川さんと折本さんはたまたま一緒にいたの?」

 

 

そもなぜ折本がいるのか不思議だったと思う。戸塚に心の中で百万いいねを送りつつ、彼女たちを横目で捉える。

 

 

「そーそー陽菜とお茶してたら、中学の同級生と会うって言ってたからさあ、二人来るってことだったし丁度いいかなあって」

 

「まあ私は戸塚きゅん一人でもよかったんですけど……というか……邪魔ですし」

 

「比企谷初対面の女子に邪魔とか言われてるじゃんウケる」

 

「言い淀むんだったら最初から言うなよ……」

 

「鴨川さんごめんね。八幡には無理いってついてきてもらっているから」

 

 

申し訳なさそうに戸塚は頭を下げる。その光景に二人が反射的に動いた。

 

 

「戸塚気にしなくていい、この反応はデフォだ。むしろ俺が悪いまである」

 

「そうだよ戸塚きゅん! 何も悪くないよ」

 

 

意気投合したが、俺のサン値だけが削られる結果となった。と、ここで初めて鴨川と目が合う。真剣味を帯びた顔でこちらを見ていた。戸塚が悲しんでいることに本気で後悔し、俺に対しては少しの罪悪感も感じていないように思えた。

俺たち二人の言葉を聞いて文字通り胸をなでおろした戸塚は、口角を上げ、鴨川に向き直った。

 

 

「そう言ってくれるなら、良かったよ。それで本題なんだけど……」

 

 

それから戸塚は、彼女たちに留美のことについて話を始めた。一人の女の子が、演劇部に興味があるからと。

単純に留美が演劇に興味がある。そのこと自体は特に問題もない。そも、 部活に入る程度のことなら一人でもできることだ。しかしながら、それは出来ない、なぜなら戸塚の通っていた中学の演劇部は戸塚の代で廃部となっていたからだ。そして最後の部長だったのが、鴨川陽菜ということだった。

 

 

「ふーんなるほどね……愛の告白じゃなかったのかあ」

 

「つーか陽菜って演劇部だったん?」

 

 

折本の発言から鴨川はもう演劇とは離れた学校生活を送っていることが分かった。

 

 

「それで鴨川さんは何をやらかしたんだ?」

 

「そんな酷いな比企谷君。まるで私が何かしたみたいじゃない」

 

 

まるで心底心外そうにおよおよと折本の肩に寄り掛かる鴨川。

 

 

「じゃ何があったんだよ」

 

「単純に部員が少なかったからねえ。私の代は私が勧誘しまくったからいたけど、下の学年は二、三人しかいなかったし」

 

「鴨川さんほとんどの人と友達だったから」

 

 

俺の質問に戸塚が付け加える形で答えた。ほとんどの人と友達と戸塚は軽くいったが、学年は三百人いたと聞いている。そのほとんどと友達というのははっきりいって異常な数字だった。誰にでもできることではない。

 

 

「そんな遊び人みたいな言い方やめてよ戸塚きゅんー」

 

 

もし廃部の理由が過去に事件を起していていたただとか、鴨川の主導で勝手にやっていたとかの理由だったら部外者である俺らには何もしてやれなかった。しかし部員数ということであれば、演劇部の土壌がある分、やりやすい。

 

 

「なら留美に部員を集めてもらえばいいのか」

 

「ちょっと難しいかもしれないね」

 

「でもまあ……」

 

 

あの子は、もう俺の、俺たちの助けはもう必要としていない。あとはこのことをメールで伝えてやればいい。友達もできたようだし。

 

 

「あとは留美次第だな。もう俺たちにしてやれることはない」

 

「八幡……」

 

 

俺がそういうと、戸塚は意外そうにこちらを見た。

 

 

「え、何、どした戸塚」

 

「いや、八幡のことだから学校に乗り込むとか言うのかと」

 

「俺そんなことしたことないぞ」

 

「二年生の時の八幡頼られたら無理する癖あったから」

 

「そうだな……そうかもしれない。でももうしない。約束したから」

 

 

誰と、とは言わなかった。あるいは彼女たちと言ってしまえばよかったのかもしれない。戸塚ならわかると、そう思ってしまう自分がいる。俺のことを全て分かってくれるなんてそんな傲慢な願いを抱くことはしていない、でもせめて伝わるだろうとそんなことを思う。

 

 

「比企谷やっぱ変わったよね」

 

「お前が変わらないだけだろ」

 

「それ酷くない? ウケる」

 

 

折本に対して面と向かって軽口が叩けるなんて中学の俺が知ったらどう思うだろうか。それを成長だとでもいうのだろうか。

 

 

「ふーん。比企谷君戸塚きゅんと仲いいんだね」

 

「当たり前だ、戸塚は天使だからな」

 

「は? そんなこと自明の理だよ。もはや理だよ」

 

「まあそれはそうなんだが、戸塚の同級生にはちゃんと言葉にしないとわからないだろ? 俺は友達だからわかるけど、友達だから」

 

「はあ? さっきの彩花きゅんの話聞いてなかった? 友達で、彼女で、幼馴染で、許嫁の俺の陽菜って言葉。聞こえてなかった? 耳鼻科行く?」

 

「お前のほうこそ耳鼻科行けよ。難聴に加えて妄想癖があるからな精神科も行かなきゃなぁ」

 

「あーはいはいこれだからたった三年の付き合いの人は……戸塚きゅんの優しさに勘違いしてるんだね可哀そうに現実が見えていないんだね」

 

「現実超見てるから、そのうえで言ってんだよ大体お前が戸塚にしたことは……」

 

「八幡!」

 

 

戸塚の怒気交じりの声を初めて聞く。俺が帰り道に聞いたことをつい先走りそうになりそうだったから。俺が戸塚に聞いた鴨川と会うのを避けていてそれでも会わなければいけない理由。

 

 

「あ、ごめんね三人とも」

 

「うちはいいけど、たぶん比企谷が悪いんだし」

 

「そうだねそこの比企谷君が事実を認めなかったのが悪いし」

 

「そうだな……悪い帰る」

 

 

これ以上この場にいたらまた繰り返してしまいそうだった。俺はカバンを持って、席を立つ。

 

 

「そんじゃうちらも帰ろっか」

 

「またねー戸塚きゅんー」

 

 

時間もそれなりに経っていたしその判断は妥当だといえた。店の前で別れ戸塚と鴨川は電車、折本と俺は自転車置き場へと向かう。

その道中、二人の間に会話はなかった。

外のまだ冷たい風に当たりながら戸塚の寂しそうな顔が頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから会う人なんだけど、僕その子のこと振ったんだ。()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

というわけで、これからオリキャラ登場するわけなんですけど、そういえば戸塚って俺ガイルの中でも目立つ割にはあまり触れられてなかったなと思い(というのは建前で戸塚のこと好きですはい)書きました。

ほぼ見切り発車なので誤字脱字あれば報告お願いしますね。

 



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