おじさんと初雪 (アサルトゲーマー)
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おじさんとハツユキ

 びゅうびゅうと風が吹き、立てつけの悪いドアを叩く。

 今日は嵐。ここにはテレビもラジオもないが、二年目となれば何となくわかるというものだ。

 

 私は船の整備士。だった。

 だったというのも、およそ二年前に謎の攻撃を受け乗っていた船は沈んでしまったからだ。

 謎の攻撃を受けた当時私は甲板に出て簡単な水漏れを直していた。そんな折に攻撃を受けたおかげで私は海に放り出され、次に気が付いたときにはこの島に流れ着いていたのだ。

 おぼろげに記憶にあるのは海上に浮かぶ真っ白な少女。それ以外当時の事は憶えていない。

 憶えていなくても生きていく上ではなんら問題ないのでこの問題は置いておいて、私はこの島を調べてみることにした。

 分かったことは三つ。ここには数十年以上前に何らかの軍が拠点にしていたこと。今は誰も住んでいないこと。電話回線や無線の類は全くないことだ。

 漂着してから数週間ほどは砂浜に『SOS』などと書いていたが船どころか飛行機すら通りかからない始末。私は早々に諦めこの島でいかに生き残るか試行錯誤した。

 まず食糧の確保。これは島のほとんどが木で覆われているので木の実には困らなかった。島の規模も大きくないので獰猛な肉食獣やヘビなどはいない。なぜか猫だけはやたらいたが…。

 次に衣服。これもたいして困らなかった。どこかの軍が置いて行った軍服らしきものがあったのでそれを着まわしている。

 最後に住処。これは基地をそのまま使った。流石に水漏れ隙間風が酷いが無いよりはマシという物だ。

 ああ、このまま嵐が続けば備蓄が尽きてしまう。

 私は明日になったら嵐が止んでいることを願いながら粗末なベッドに横たわった。

 

 

 

 次の日、目覚めてみれば空は快晴だった。備蓄もあと二日ほどで尽きそうだったので良かった。

 私は着替えを済まして海へと出かける。嵐の後には大体魚が打ち上げられているものだ。

 そして意気揚々と砂浜に躍り出たところ、私は倒れている人を見つけた。

 それは学生服にも見える妙ちきりんな格好をした髪の長い少女だった。私は急いで生死を確認する。

 水を多少飲んでいるのか苦しそうにではあるが呼吸しているし、脈だってしっかりある。

 

 やった!生きている人だ!

 

 この二年間、なにも寂しくなかったわけではない。あまりの人恋しさに猫相手に話しかけるほど私の精神は疲弊していた。

 私は漂着者の腹を押して水を吐き出させるとすぐさま拠点まで抱えて戻った。

 今は夏場といえど長時間海に体を浸していると風邪を引く。しかし服を脱がせるのは気がひけたため毛布で包んでやることにした。

 呼吸が安定したのを確認し、私は寝息を立て始めた彼女を後にして魚を拾いに行った。

 

 

 

 おおよそ三十分後だろうか。魚を抱えて帰ってみれば少女が体を起こしていた。何も物を言わず、じっと私を見つめてくる。

 人と話したいと切実に願っていた私だが、いざ他人が目の前にいるとしり込みをしてしまった。二年間もコミュニケーションを取っていないのだ、まともな会話ができるかどうかが怖かった。

 

「…あの」

 

 先に口を開いたのは少女の方だった。

 

「初雪…です」

 

 彼女の名はハツユキというらしい。というよりも、私は初対面の人間に対する挨拶の仕方も忘れていたのだった。

 まともな会話が成り立つのはどれくらい後になるか。そう考えながらも私は自己紹介をした。

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 さて、まともな会話が成り立つのか心配していたのは何時だっただろうか。恐らくだが一週間はたってはいまい。

 

「おじさん、今日は大漁…!」

 

 ハツユキは思ったことをバシバシ口に出すタイプの人間だったようだ。最初の自己紹介のときに名前を教えたはずなのだが「おぼえるの面倒くさい」とのことで私をおじさんと呼んでいる。

 彼女の歯に衣着せぬ物言いはなかなか関心出来るものがあった。私はもともと控えめな性格だったはずなのだが、彼女と暮らし始めてから段々と大雑把な性格になってきている。

 私はお礼を言うと作業の手を止めてハツユキの方を見る。彼女は体の倍はあろうかというほどの量の魚を網に入れて立っていた。

 二日目に分かった事だが、彼女ははっきり言って怪力だ。ドラム缶風呂を作るときに水を入れたままのドラム缶を抱えて歩いた時は顎が外れそうになるほど驚いた事を覚えている。

 彼女の頭を撫でる。

 

「やだ、さわんないで…」

 

 口ではこう言うものの、撫でなければ後で機嫌が悪くなる。憎まれ口も彼女なりのスキンシップなのだろうと思うと何となく許せるようになるものだ。

 ハツユキに魚の処理を任せた後、私は元の作業に戻る。

 

 さて、私のやっている作業と言うものだが…これはハツユキが漂着した時に背負っていたりしていた『ギソウ』なる謎の機械群だ。私の辞書に『ギソウ』の読みを持つ字は『艤装』『偽装』『擬装』の三つしかないのでそのどれでもないのだろう。

 これが正しく動く状態になるとハツユキは海を渡ることができるらしい。眉唾ものの情報だが中を開いてみればその認識はひっくり返った。

 見た事の無いようなシステムに所々見受けられるアナログな装置。まるでレトロフューチャーで登場する機械のようだった。

 要所要所に見受けられる穴や罅をガスで溶接しては組み上げ、穴があったらまた補修の繰り返し。幸いな事に心臓部に被害は無かったので穴埋め程度でなんとかなるのは僥倖だった。

 このペースであればあと一週間もあれば余裕で修理も終わるだろう。

 修理が終われば、ハツユキは帰る。そして私の事を話して救助を要請してくれるそうだ。

 私は帰れたら…何をすべきなのだろうか?とりあえずは自分の墓でも見に行くとしよう。



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ハツユキとあまいもの

「あまいものがたべたい」

 

 ハツユキが突然言いだした。たしかにこの島には甘味が足りていない。昔は窪地にみかんのようなものを見つけて喜んだものだが非情にも不味かった。みかんではなく橙だったのだ。

 なんとかえぐ味を出して食べようと試行錯誤したものの、できた物と言えば強烈な苦味を持つ見た目オレンジジュースらしき何か。

 それを伝えるとハツユキは露骨に嫌な顔をしたが文句を言う事はなかった。

 

「かえったら…いちばんにアイスたべる」

 

 むしろ帰るための理由の一つになったようだ。私も久しぶりに甘いものを腹いっぱい食べたくなってきた。あまり好きではなかったチーズケーキもいまなら1ホールくらい楽勝だろう。

 話は次第に甘味談義になった。私の娘がそうだったようにハツユキも甘いものが好きなようだ。

 アイスクリンの話から始まり、水羊羹、ラムネなどと渋いチョイスの話題が続いた。ハツユキは特に『マミヤ』なるアイスが好きなようだ。

 そういえば炭酸飲料も長い事飲んでいない。今日は縁日の屋台で出る瓶ラムネの事を思い浮かべながら床に就いた。今日はいつもよりハツユキの距離が近かった。

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 ギソウの修理はあと一週間で終わる。そう宣言したがそうはいかなかった。ガス溶接用の溶接棒が無くなったのだ。

 未だ不完全なままのハツユキのギソウ。島中探し回れば溶接棒の一束や二束、あると思うのだが。

 そんなことを彼女に話してみると明日から探そうと提案してきた。ハツユキのおかげで魚は腐るほど干物にしてあるので備蓄には困っていない。

 私はその案に賛成し、粗末なベッドに横たわった。

 

「…ん」

 

 そして一緒に入ってくるハツユキ。このような奇行も慣れたもので、この時ばかりは頭を撫でても何も言わない。彼女もまた人恋しいのだろう。

 

 

 翌朝、島の捜索は朝食を食べ終わってすぐに始まった。元々広い島ではない。一日歩けば三週は見回れるだろう。昼に拠点に戻ることを約束して二手に分かれ、思い思いの場所を探すことにした。

 結果、私の成果はなし。屋根の付いた家屋など拠点ぐらいのものだし他は特になにも無いのだから当然といえば当然だった。一方ハツユキはというと島の真ん中にある大きな岩の下に秘密の地下室を見つけたという。

 昼食を食べてすぐにそこに行ってみると確かに岩に穴のようなものがあった。だが小柄なハツユキだから通れるのであって私では無理だ。

 そう言うと彼女は薄い胸を叩いてこう言った。

 

「まかせて」

 

 何を任せろと言うのか。そう思ったのもつかの間、彼女はなんと岩を押しどけてしまったのだ。形状、大きさから見て5トンはありそうな岩を少女一人が、である。

 彼女にはとんでもない秘密がありそうだ。だが、そんな考えも得意げなハツユキの顔を見ていればなんだかどうでも良くなってくる。

 恐らくだが、彼女は私に悪意をもって何も語っていない訳では無いのだろう。

 

 岩の下は武器庫のようだった。大半は錆びて駄目になっているが、使えるものも探せばあるのかもしれない。ただ、今の生活には不要な物なので救援用の信号銃だけ拾って後はそのまま放置した。

 溶接棒は合計で10束見つかった。これだけあれば足りないことはあるまい。

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 今日は気分転換に月を見に行った。ここの拠点には単眼鏡、いわゆる望遠鏡があるのだ。埃をかぶっている上に精度もよろしくないが、哨戒程度には使える。そんな物だった。

 ハツユキはそんなものに興味がないのか、さっさと寝入ってしまった。私は拠点の屋根の上の特等席に椅子を置いて月と海を眺めた。月並みではあるが、とても綺麗だった。

 しばらくしている内に私も眠くなり、そのまま寝入ってしまった。

 

 

 次の日の朝、目覚めてみるとハツユキが私の膝の上で寝ていた。

 起こして理由を聞いてみると、私が死んでしまう夢を見て怖くなったと言っていた。恐らくは心細くなって私を訪ねてみるも、寝ていたので起こすのも気が引けて抱きついて寝たのだろう。

 そう聞いてみるとハツユキは一回だけ頷いた。彼女の体はまだ震えていた。

 

 

 今日はギソウを直すのを休んだ。連日の作業で肩が凝った。そう言うとハツユキが私の肩を揉んできた。

 一瞬岩を押しのけた出来事を思い出して戦慄したが、ちょうどいい圧力で揉んでくるのでホッとした。力加減はできるようだ。

 揉んでもらったら肩がスッとしたのでお礼を言いながらハツユキの頭を撫でる。

 今日は憎まれ口は無かった。それはそれで寂しいが。

 

 

 次の日は揉み返しがひどく、また休んだ。

 

「ごめん、なさい」

 

 ハツユキに初めて謝られた。

 私は気にしないように伝えるとそっぽを向かれてしまった。女心というのはよく分からん。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 ハツユキのギソウが直った。完璧とは言い難いが一先ず普通に動くようにはなった筈だ。

 早速彼女を呼んで直った事を告げると珍しく、嬉しそうにしていた。

 

「…ありがと」

 

 ハツユキにお礼を言われたのは彼女を拾った初日を含めて二回目である。それだけ嬉しかったのだろう。

 ただ、今日はもう遅い。島を出ていくのは明日にするよう勧めた。

 

「あたま、なでて」

 

 この日、彼女は柄にもなく甘えてきた。

 

 

 

 次の日は雨だった。

 私はもう一日後にするように勧めた。

 なにかと気まずい日になったが、ハツユキの赤くなった顔が見れたので良しとしよう。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 今日は快晴だった。ハツユキは今日こそ此処を出立する。

 朝のうちに機動チェックを行い、簡単な練習をしてからお昼を食べた。

 弁当を持たせたりハツユキの要求に応えている内に陽が傾きかけたが、無事に送り出すことができた。

 ハツユキが言うには一日あれば帰れると言っていた。救助が来るのは三日と掛からないだろう。

 今日はなかなか寝付けなかった。隣に誰も居ないのは寂しいものだ。

 

 

 

 

 爆音が聞こえた。 

 日を跨いでようやく寝つけた私にとっては寝耳に水もいいとこで、驚きすぎてベッドから落ちてしまった。

 急いで爆音の音の正体を確かめる。爆音は連続して響き、その全てが初雪が出て行った方角から聞こえた。

 嫌な予感がした私は屋根に上り、海上にチカチカと灯る何かに向けて単眼鏡を覗いた。

 

 そこにいたのは真っ白な少女。夜半でありながらその体は存在感に溢れており、体に取り付けたハツユキのような装備から次々と火を放っている。

 そして見つけたのがボロボロになったハツユキ。せっかく修理したギソウも所々ボロボロになっている。

 

 私は居ても経ってもいられなくなった。あの白い少女が何者かは知らないが、ハツユキに危害を加えているのは事実。かといって私にはあいつに対する攻撃手段など持ち合わせていないと考え付き──足元に転がっている信号銃に気が付いた。

 こんなもので狙える距離でないのは判っている。だが、あいつの気を逸らすことが出来ればハツユキを逃がすことくらい出来るはずだ。

 私は信号銃を持って駆け出し、砂浜の一番目立つ場所に陣取った。

 そして上に向けて信号弾を放つ。

 

 

 それは綺麗な、花火のような輝きだった。信号弾と思っていたが、これは曳光弾だ。だが、これだけ明るければ私も目立つことだろう。

 曳光弾を放ったその数瞬後、海がチカリと二回光った。

 そして私はいきなりの爆風に吹き飛ばされ、気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 次に目を覚ました時。ハツユキが私を見つめながら目に涙を溜めていた。

 ハツユキのギソウはボロボロだ。顔に煤もついている。だが、生きていた。

 良かった。そう声を出そうとしたが、苦しそうな息が口から漏れ出るだけ。

 しょうがないのでハツユキの顔の煤を拭ってやった。代わりに赤い物が付いた。

 

「………。……!」

 

 今気が付いた。これは私の血だ。

 ハツユキが何かを言っているが、まるで聞き取れなかった。

 次第にハツユキは大泣きしてしまい、私の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らし始めた。

 私はまどろみに身を任せるように、意識を手放した。



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おじさんと初雪

 私は目を覚ました。

 次に目覚めることなど無いと思っていたのでこれには驚愕した。

 私は清潔なベッドとシーツの上で寝転がっている。そう、これはまるで病室だ。というよりは、病室そのものだ。

 

 やった!私は帰ってこれた!

 

 年甲斐もなく大声で叫んでしまった。間を置かずに看護師と医師がやってきて、私の家族に連絡を取ってくれた。家族といっても娘しかいないのだが。

 

 

 娘は1分もしない内に病室までやってきた。そしてそのまま泣き付かれてしまった。

 娘の話を聞くに私の乗っていた船の乗員は生存者ゼロで、私も当然死亡扱いされていたようだ。船を襲ったのは深海棲艦と名のついた謎のオカルトめいた存在だったという。

 娘は私の命を奪った(と思われた)深海棲艦憎さに、新設された『深海棲艦対策本部』に整備士として志願したそうなのだ。動機はともかく、手に職を付けてくれて私は嬉しく思う。

 そこの上司も話が分かる人で、特別に休暇をくれたそうだ。

 そういえばハツユキという少女を知らないかと聞いてみたら、知らないと言われた。

 代わりに怪我が良くなったら呉市のとある場所に行ってほしいと言われた。言われて初めて気が付いたが、ここは広島だったようだ。自分の墓参りはまた今度になるな。

 

 ちなみに私の怪我は脳震盪と切り傷だけだった。

 昔から体の頑丈さだけには自信はあった。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 私は退院して直ぐに散髪に行った。というよりは娘に無理やり連れて行かれた。

 二年間も放置していたので髪はボサボサ髭もボーボー。そんなの見てられないと言われてバッサリやられた。娘の髪も随分長いので一緒に切らないかと提案したところ却下された。

 私の二年間溜めた髭は30分もしない内に綺麗になくなってしまった。顎がスースーして落ち着かない。

 

 

 せっかく街に出たのだから甘いものを食べに行った。

 どの店にするか悩んでいたところ、娘にこの店がいいと勧められた。店の名は『間宮』。ハツユキの言っていた『マミヤ』と読みが同じだった。

 メニューを見てみると納得した。羊羹やらラムネやらと渋いチョイスの物が並んでいる。私はハツユキが大好きだと言っていたアイスクリンとずっと飲みたかったラムネを頼むことにした。

 久しぶりに食べたアイスは涙を流す程美味しかった。

 ラムネは炭酸がきつくてむせてしまったが、まあこれもご愛嬌というものだ。だから娘よ、過剰に反応しないでくれ。私はピンピンしているから。

 

 

 帰り際、露店があったので娘と一緒に寄ってみた。その中で赤いリボンを物欲しそうにしていたので買ってやることにした。割と高かったが、娘が喜んでくれたので良しとしよう。

 

 次の日、娘は長い髪を赤いリボンで結んでいた。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 今日は娘に連れられてとある場所に赴いた。何でも『呉鎮守府』というらしい。なんとも歴史を感じる名前だ。

 物々しい警備を抜けて中に入ると少女たちが私をチラチラ見てきた。少女たちの格好はハツユキにとても似ている。

 まさかと思い娘に問いかけてみるも、お答えできませんの一点張り。

 ため息を吐いて再び前を見ると、噂のハツユキが居た。

 

 「おじさん…!」

 

 彼女は私を見つけるなり抱きついてきた。周りの少女達がはやし立てる。

 恥ずかしくなって視線を逸らした先に、パリッとした制服に身を包んだ老人が居た。彼は初めましてと言うなり、帽子を外して深々と頭を下げる。

 

「この度は初雪が大変お世話になりました。初雪が無事に帰ってこれたのは貴方のお蔭だと聞き及んであります。本当にありがとうございます」

 

 いきなり感謝された私はポカンとしながらも、彼がハツユキの保護者であるのだろうと想像がついた。それならこの対応も納得である。

 こんな偉そうな格好した人が客人を玄関近くまで迎えに行くこと自体稀な事だろう。そう考えていると老人は「難しい話もあるので続きは中で」と勧めてきた。私は二つ返事で頷き、その老人について行った。

 ちなみにハツユキはその間ずっと離れなかった。

 

 

 さて、難しい話は本当に難しかった。ハツユキは艦娘といい、人であって人でない存在だという。それだけでも頭がこんがらがるのに艦娘自体の存在は秘匿されているため、私の扱いは『機密を知った一般人』になるそうな。

 そこで私は二つの道を老人から持ちかけられた。

 一つは監視付きの一般人として暮らすこと。もう一つは『ギソウ』を碌な道具も無いような状況で直した手腕を生かして整備士としてここで働くこと。

 一般人として暮らすとなれば、当然ハツユキと顔を合わせることは無くなるだろう。それに娘とも疎遠になる。

 私の答えはもはや決まっているようなものだった。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 私は今、老人…いや、提督の提案を受けて呉鎮守府の工廠で働いている。娘は私の居なくなっていた時間を取り戻すように甲斐甲斐しく世話をしてくるし、艦娘たちとも仲良くなった。初雪があまり甘えてくれなくなったのが少し悲しいが。

 

「おじさーん!ライトもうちょっと下ー!」

 

 今は新しい艦娘がここにやってくるとのことで、ナカと一緒にサプライズの準備をしていた。彼女は変人ではあるが、悪い子ではない。むしろ良い子だ。

 彼女が言うようにスポットライトの光を下げると、満足そうな顔をした。

 

「オッケーだよー!ありがとー!」

 

 ナカが手をブンブン振る。私もつられて手を振りかえす。

 

「なに、してるの?」

 

 はたと、だれかに問いかけられた。振り返るとそこには初雪が居た。

 彼女に新しく入ってくる『マルユ』へのサプライズだよと答えたら、気のない返事を返してきた。興味は無かったようで、さっさとどこかに行ってしまう。

 

「あ…おじさん」

 

 思い出したように初雪の足が止まった。その双眸は私をじっと見つめている。

 何を言い出すのかと待っていると、初雪が私の前まで寄ってきて、頭を差し出した。

 

「…ん」

 

 なるほど、これは撫でろと言う事か。私は彼女の頭に手を載せて、優しく撫でてやる。

 今日は憎まれ口も出ない。

 しばらく撫でてやると満足したのか、初雪が珍しくお昼ご飯に誘ってきた。

 今日は珍しい事が続くものだ。

 ナカが妹を見守るような視線を初雪に向ける中、私達は工廠を後にした。

 

 

 

 ここは呉鎮守府。素直な子やそうでない子も沢山いるけれど、私を受け入れてくれる素晴らしい場所だ。

 私はおそらく死ぬまでここで働くのだろう。まあ、簡単にくたばる気は無いけれど。




読了ありがとうございます。


おじさん→初春の言う『腕のいい職人』

おじさんの娘→アイテム娘

無人島→緑マップ(弾薬)


もし読み返す場合はこれを頭に入れて読んでみてくださいね。


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