ありふれない結界師は比較的優秀 (灰色パーカー)
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設定集

本作の登場人物の設定集です。




・南雲ハジメ…南雲家二十二代目(予定)。本作の主人公。正当継承者。高校二年生。

 

幼少の頃から結界術の修行を続けているため結界師としての能力は非常に高い。術者としてはパワータイプ。

 

間流結界術の他に念糸・切界・式神・修復術などの御池鳩の守護・管理に必要な能力に加え、絶界や無想、極限無想などの能力も扱える。

 

ただし絶界はその性質上(負の心を源とするため)完璧に扱うことができない。

 

勉学は、古典と日本史はクラス内で1位を取るほど得意だが(クラスの皆にはほとんど知られていない)、理系科目は赤点をギリギリ回避できるかどうかというくらい苦手。

 

北地早紀に思いを寄せているが、伝えることはできていない。

 

 

(本作品内ではかなり強い部類ではあるが、最強ではない←重要  戦う相手によってはあっさり負けます)

 

・北地早紀…北地家二十二代目(予定)。本作のメインヒロイン(というか名ばかりヒロイン)。

 

正当継承者。大学一回生(教育学部)。

 

幼少の頃から結界術の修行を続けているため結界師として非常に優秀。

 

術者としては精度や繊細さが売りのテクニカルタイプ。

 

ハジメと同様の能力が使えるが、絶界や無想は使えない。

 

強力な結界を作ることは苦手だが、その技術力で結界を様々な形で利用・応用し戦う。

 

 

文武両道で容姿が整っており、かわいいよりはむしろ綺麗な感じ。

 

中・高ではかなりの人数に告白され、大学でも多くの男子に言い寄られているがまったく意に介していない。

 

当初はハジメのことを快くは思っていなかったが、御池鳩を守っていく上で遭遇した数々の事件を経てハジメに好意を抱くようになった。ハジメが自分に好意を寄せていることにも気づいている。

 

名前の由来はハジメの反対がオワリで、オワリの「その先」という発想から。

 

 

・斑尾…約500歳の南雲家付きの妖犬。嗅覚で妖の位置を補足する。オネエ(重要)。

 

生前は吉野の山で鹿を喰らいながら生きていた。老衰で命を落とした後も吉野に住み着いていたが間時守と出会い、一目ぼれしたことで南雲家に仕えるようになった。

 

白尾…約400歳の北地家付きの妖犬。嗅覚で妖の位置を補足する。早紀のことを「ハニー」と呼び、ハジメのことを「ハジメン」と呼ぶ。

 

斑尾とは仲が悪い。元々は時守に飼われていた犬で、その死後も主の命を守り抜こうとする忠犬の中の忠犬。女好き。

 

・南雲家と北地家…間時守から結界術を学んだ弟子のうちの二人の末裔。時守亡き後、真の後継がどちらかで大いに揉め、現代においてもそのいがみ合いは続いている。

 

ただし、ハジメと早紀は例外。二人も結界師の仕事を始めた頃は仲が悪かったが、今では互いに全幅の信頼を置いている。北地家の発想は南と北、雲(空)と地より。

 




設定は途中で変更・付けたしする可能性が高いです。

他の登場人物の設定も順次記載していきます。


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1.プロローグ

結界師の二次創作って少ないんですよね。だから自分で書きました。
私と同じように結界師のクロスオーバーが読みたいという方がいれば幸いです。


 (あやかし)

別名、妖怪、怪異、呪い。遥か昔より日本の地で人々を惑わし、襲い、喰らってきた脅威。

 

どれほどの時が経とうとも、たとえ科学がこの星を覆っても、妖の存在が消えることは無い。

 

妖とは人の未練や怨念、怒り、嫉妬、悪意、そう言った負の心から生まれるからである。

 

そんな妖を自らの異能を用いて退治し、人々を守る者たちがいる。

 

彼らの名は“結界師”。

 

開祖の名は「間 時守(はざま ときもり)」。

 

彼は今から400年前にこの世に生を受け、生まれ持った強大な異能を用いて数多の妖と戦い、時に滅し、時に封じ、時に鎮めて人々を守ってきた。

 

 

 

時守が全盛の頃、ある妖に出会った。

 

『彼』と出会ったのは偶然だった。その妖は人を襲わず、人を喰らわず、ただじっと洞窟の奥に潜んでいた。まるで誰との邂逅も避けるように。

 

『彼』は力を持っていた。善も悪もない純粋無垢な巨大な力を。

 

その力はあらゆる妖の能力を強大化させてしまうものだった。

 

力を増した妖はむやみに人を殺すだけでなく、自然をさえも蹂躙してしまうほど狂暴化してしまう。

 

『彼』はそれを望まなかった。所以に他者との接触を断つことで他の妖に影響を与えることを避け、人と自然を守ろうとした。

 

『彼』は優しさを持っていたのだ、妖にあるまじき、人を想い自然を慈しむ心を。

 

それを感じ取った時守は『彼』を封印することで彼の心に応えることにした。

 

 

しかし、『彼』の持っている力はあまりに大きく時守ですら完全には封印することができなかった。

 

『彼』が封印された土地には漏れ出た彼の力を求めて多くの妖がやってくるようになってしまった。

 

半端な形で『彼』を封印してしまった負い目から、そしてやってくる妖から人々を守るため時守は封印した土地を〈御池鳩(おいけばと)〉と名付け、守護していくことを決めた。

 

 

たが、時守も人の子。たとえ鬼を滅し、妖狐を封じ、大蛇を鎮める力を持っていても人の生の限界、寿命を超えることは叶わなかった。

 

死期を悟った時守は、己の異能を『結界術』として整理し纏め上げ弟子に伝授した。自分亡き後〈御池鳩〉を守護させるために。

 

 

 

 

 

=============

 

 

 

 

「もぉ~遠いな、まったく!」

深夜22時、僕は〈御池鳩公園〉の中に現れた妖のもとへと走っていた。

 

結界師としての仕事をはじめてから10年、毎晩ここに来ては妖と戦う日々。

 

最初の頃は妖のあまりの恐ろしさに泣いたり逃げたりしていたけれど、今はもうそんなことは無い。

 

 

ただ現れた妖までの距離の長さにはいつもうんざりする。どうせなら僕の近くに現れてくれれば良いのに・・・

 

まぁそんなことを言ってもどうしようもないし、何よりそんなことを言っている時間は無い。

 

現れた妖がどんな奴であれ野放しにしていれば、そのぶん力を増大させてしまう。

 

 

「もっと速く走りな!北地の奴らに先を越されちまうよぉ~」

 

速く走れと促してくるのは、妖犬の斑尾(まだらお)である。

 

そもそも妖の正確な位置を把握しているのは僕ではなく斑尾なのだ。僕がわかるのはあくまで妖の存在とこの土地に侵入したかどうかだけ。

 

「これでも全力で走ってるよ!というか、先を越されても良いじゃないか。退治できるならさあ」

「まぁこの子ったら!越されて良い訳無いだろう!南雲家が優れているって証明しなきゃ白尾のやつを追っ払えないじゃないか‼」

 

「まだその話?開祖は二匹でこの土地を守る手助けをしろって言ってたんでしょ?」

「ふん!私の方が奴より鼻が利くし有能なんだよぉ。だいたいあんな軽薄で誰にでも尻尾を振るようなやつを時守様が信用するわけないだろう。白尾のやつはただの時守様の腰巾着であってお情けでこの仕事を任されただけなのさ。」

 

「何度も聞いたよその話は。それより早く行かないと妖が変化(へんげ)しちゃう」

「さっきからそう言ってるじゃないのさ!」

 

 

斑尾とギャーギャー言いながら走っていると目的の妖が見えてきた。両腕が鋭い刃のような形をした人型の、しかし人の体躯をゆうに超えている化け物がそこにあった。

 

「あれか……4~5mくらいかな、大きさは」

「……ン?ダレダキサマ?タダノニンゲンデハナイナ」

 

こちらが近づくと向こうも僕らに気が付いたようだ。

 

「この地を守っている結界師だ。お前を滅しに来た」

「フン!ニンゲンゴトキガオレサマヲメッスルダト?オモシロイ!ココノチカラヲエルマエニ、キサマヲクラッテクレヨウ!」

 

そう言って奴は此方に飛び掛かり両腕の刃で襲い掛かって来る。

 

僕は後方に飛び退きながら敵の攻撃を回避する。一瞬前まで僕が立っていた場所は奴の攻撃で大きく抉れてしまっている。

 

(腕で攻撃してきたってことは近距離戦闘型、飛び掛かってきた時点で腕を伸ばしたりする遠距離攻撃は無い!)

 

敵の動きを分析しつつその推測が正しいかを攻撃を避けながら確認する。

 

奴の攻撃は地面を抉り、木々を切り倒すほど強力ではあるが速さはそれほどでもないため容易に避けられる。

 

「チョロチョロトウゴキマワリヤガッテ‼メザワリナヤロウダ!サッサトシネ‼」

(おまけに短気…これ以上やると公園の中を滅茶苦茶にしそうだな。早く()()を付けよう)

 

僕は自分の分析が当たっている事とこれ以上時間をかけるべきではないと判断し、奴との間合いを測り即座に術を発動する。

 

結界術の発動にはいくつかの手順を踏む必要がある。

 

方囲(ほうい)!」

 

初手の『方囲』で標的を指定し、

 

定礎(じょうそ)!」

 

二手目の『定礎』で位置を指定し、

 

(けつ)!」

 

三手目の『結』で結界を生成する。

 

「ナ、ナンダコレハ⁉コンナモノォ」

 

結界に囲まれるのは初めてなのか、妖は見るからに動揺している。

 

腕を振り回し暴れるがもう遅い。囲んでしまえばこちらのものだ。

 

(めつ)!」

 

そして四手目、『滅』。結界ごと敵を押しつぶし妖を滅却する。

 

「ギャァァァ!」

 

 

奴の断末魔は結界のつぶれるボシュッという音と共に公園の夜空に消えていった。

 

本日一体目の妖退治完了である。

 

「まったくあんな雑魚に手間取ってるんじゃないよぉ」

 

戦闘中、避難していた斑尾が開口一番そんなことを言ってくる。

 

「いや、まだエンジン掛かってないからさ。だいたい全力疾走した後すぐに戦えっていうのは無茶だよ」

「またあんたはそんなこと言って!こんなのいつもの事だろう!まったくやる気があるのか無いのか、わかったもんじゃないよ」

 

斑尾と言い合っていると、

 

「もっとスマートにやんなさいよね、ハジメ」

「ほんと、出来の悪い妖犬と組んでちゃ大変だよなぁハジメン?」

 

 

御池鳩(この地)を守るもう一人の結界師「北地 早紀(きたじ さき)」とその相棒の白尾(はくび)

 

「早紀、白尾。遅かったね」

「おうさ。いつも俺たちが一番に妖を倒してるからな、たまには一番を譲ってあげようていう俺たちからの心遣いさ」

 

「ふん!遅れて来ておいてよく言うよ!時守様への忠義が欠片もないから仕事に遅れたりするのさ!」

「ケツの軽い駄犬には言われたくないね!」

「何さ!」

「なんだよ!」

 

斑尾と白尾の口論がどんどんヒートアップしていく。いつもの事だと放っておきながら荒れた公園の地面や木を修復して回る。

 

「早紀も手伝ってよ」

「嫌よ、私がやったわけじゃないんだから」

「それを言うなら僕だって自分がやったわけじゃないんだけど?」

「あんたの落ち度でしょ?もっと早く滅っしておけば直す必要もないんだから」

「そうだけどさ」

 

早紀にヘルプを求めるもバッサリ断られたため、粛々と修復作業を続行する。

 

「あんた調子が出てないとか言ってたけど、何かあったの?」

 

修復作業は手伝ってくれないものの、隣で話し相手にはなってくれるらしい。

 

「いや、別に何も。ちょっと学校の課題が……」

「どうせゲームし過ぎて体調管理できてないだけでしょ」

「ち、違うよ!!そりゃゲームもしてるけど、本当に出てるんだよ、数学!」

 

「…………」

「絶対信じてないでしょ!!」

 

「………で?何がわからないわけ?」

「え?」

 

「数学の何がわからないわけ?どうせ持ってきてるんでしょ、その課題」

「教えてくれるの?」

 

「ああ、いらないのね」

「教えてくださいお願いします。三角関数がまったくわかりません」

 

「はぁ~しょうがないわね。まず三角関数っていうのは…………」

 

僕は以前から勉強でわからないことがあったら早紀に教えてもらっていた。

 

最初は聞いても自分で考えろといって何も教えてくれなかったけど、早紀が高校に入って暫く経った頃突然教えてくれるようになった。

 

しかも早紀の方から。当時中二だった僕は数学に大きくつまずいていた。

 

けれど、南雲家と北地家は先祖代々犬猿の仲。家が両隣でも、ご近所付き合いは皆無だ。

 

それなのになぜ早紀が知っていたのかは今でも謎だ。

 

ただ早紀はもともとしっかり勉強するタイプで、頭が良かったので申し出を断る理由は無かった。

 

「………だから三角関数の問題を解くときは、まず最初に………」

「……ああ、なるほど。こうすれば良いのか」

 

だから、こうやって妖退治の合間を縫って色々と教えてもらっている。

 

まあ早紀と仲良く(?)していることが両親や祖父に知れたら雷が落ちそうだが……

 

 

 

バレないことを切に願うばかりである。

 

 

 

 

そんなこんなで壊された場所の修復を終わらせ、早紀に三角関数について教わっていると

 

「「‼」」

 

二人同時に妖が公園に侵入したのを感じ取る。

 

「ハジメ!来たよ、そこそこ大きいのが」

「ハニー、仕事だぜ~」

 

侵入した妖の匂いを補足した斑尾と白尾がこちらに飛んでくる。

 

「急ぐよ、白尾!ハジメも速くしなさいよね‼でないと私が先に倒すわよ」

「じゃあお先に、ハジメン~」

 

先に妖にむけて駆け出したのは早紀達だった。

 

「ちょった急ぎなよぉ!もたもたしてたら手柄が全部取られちまうよ!」

「わかってるよ!……はぁ~」

 

斑尾の催促に辟易しながら早紀たちの後を追う。

 

これから夜は更けていく。妖退治の夜はまだ始まったばかりだ。

 

 

=============

 

 

時は現代、、、結界師の血筋は連綿と受け継がれていた。開祖の想いを受け継ぎながら、、、

 

 

これは『結界術』を受け継いだ第二十二代正当継承者(予定)である「南雲ハジメ」が、結界師として(異世界で)戦っていく物語である。

 

 

 




もしよければ、感想やアドバンスを書いて頂けたらと思います。
筆者の文章力向上にご協力ください。


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2.日常とその終わり

今回は戦闘シーンありません。




 月曜日の朝を憂鬱に思う人は多いと思う。かくいう僕もその一人だ。

 

というか休み明けの登校日は何曜日だろうといい気分ではない。今日からまた一週間が始めると思うと足取りも重たくなる。

 

 

(今日はいつにも増して眠いな)

 

大抵の場合、妖退治はの明け方には終わる。あたりが日が射し始めると妖は活動しなくなるからだ。

 

だが昨夜はいつもと勝手が違った。

 

どういう訳か無数の妖が現れ、御池鳩の至る所を壊されてしまった。その修復作業を行っていたせいでほとんど眠れていないのだ。

 

昨日の妖を恨めしく思っている内に学校に着く。

始業の時間が迫っているので、いそいそと靴を履き替え教室に向かう。

 

今日の一限は何だったかなと考えながら廊下を歩いていると、生活指導の先生とすれ違う。

 

「おはよう‼」

「おはようございます」

 

熱血な生活指導の先生とすれ違い、朝から熱いななんて考えている内に教室に着いた。

 

始業チャイムに間に合い、ほっとしながら教室の扉を開け中に入る。

 

 

その瞬間、教室にいる大半の男子生徒から舌打ちをされ、あからさまな敵意を向けられる。

 

女子生徒も入ってきたのが僕だとわかると目を背け、何やらひそひそと小声で話し出す。

 

(はぁ……)

 

まあ、いつもの事だと気にせず自分の席に向かう。

 

一限目は起きていられるだろうかなどと考えていると、おもむろに4人の男子生徒が近づいてきた。

 

「よぉ、キモオタ!また徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわぁ、キモ~エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

鬱陶しいテンションで話しかけてきたのは檜山大介(ひやまだいすけ)とその取り巻き達だ。

 

これもまた、いつもの事。ほんと飽きもせずによくやる。

 

きっと言ってて楽しいのだろう。人を貶して悦に入る人の気持ちは全くわからないけど。

 

だがどうも檜山たちは僕が何も反応しなかったのが気に入らなかったらしい。

 

「おい、キモオタ!何も言わないってことは図星かぁ?」

 

僕の肩を掴みながらそう言ってくる。

 

「……え?ああ、ごめん。聞いてなかった。何か用?」

「は、はぁ?」

 

僕の返事が予想と反していたのか、檜山君がどもる。大方「うるさいな」などと言って、自分の手を僕が無理やり払うのを予想していたのだろう。

 

「用が無いなら、もう行くよ」

 

適当に言って檜山君達から離れ自分の席に向かう。彼らが後ろでぶつぶつ言っているようだが気にしない。

 

そもそも僕はオタクではない。たしかにマンガもゲームも好きだが、オタクと言われるほど精通しているわけではないし、グッズを集めているわけでもない。

 

第一、結界師の仕事をしているのにそんなことをしてる暇なんてない。

 

彼らが僕をオタクと言って罵ってくるのは、「オタク」という言葉が人を侮蔑する言葉のなかで言いやすい言葉の一つだからだろう。

 

 

 

なぜこんなにもクラス内の男子に敵意や反感を持たれているのか。

 

それは、

 

「南雲くん、おはよう!今日も始業ギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

彼女だ。ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒が僕のところに近づいて来る。

 

クラス内で、いや、学校内で僕にフレンドリーに接してくれる数少ない例外であり、この事態を招いている張本人。

 

彼女の名は「白崎香織(しらさきかおり)」。学校の二大女神と謳われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍もない美少女だ。

 

腰まで届く長く艶やかな黒髪に、少し垂れ気味の優し気な瞳、スッと通った鼻梁に小ぶりな鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

 

 

いつも微笑みの絶えない彼女は、非常に面倒見がよく責任感も強いため、学年を問わず多くの人に頼られる。

 

それを嫌な顔一つせずに真摯に受け止めるのだから、高校生とは思えない懐の深さだ。

 

 

そんな彼女はよく僕に構ってくる。毎晩結界師の仕事で碌な睡眠も取っていない僕は授業中よく居眠りをしている。というかほとんど就寝に近い。

 

そのため多くの生徒に不真面目な生徒と思われており、生来の面倒見の良さから彼女が僕を気に掛けていると思われているのだ。

 

 

これで僕の授業態度が改善したり、もしくは僕がイケメンであったなら彼女が僕に構うのも許容されるのかもしれない。

 

だが生憎僕の容姿は至極平凡、まして結界師の仕事を辞めるつもりもないので授業態度が改善することは無い。

 

そんな僕が白崎さんと親しくしていることが、周りの男子生徒達には納得がいかないのだ。「なんであんな奴が!」といった具合に。

 

女子生徒は単純に、僕が白崎さんに面倒を掛けていること、そして授業態度を改善しようとしないことに不快さを感じているのだろう。

 

「おはよう、白崎さん」

 

すうっと、妖のそれと遜色ない殺気が僕に向けられる。

 

発生源はもちろん周りの男子生徒達だ。この点からも妖が人間由来であることが伺える。

 

僕が挨拶を返すと白崎さんは何やら嬉しそうな表情をする。

 

(なぜ笑う?)

 

今の会話の流れで、どこに破顔する要素があったのか甚だ疑問だ。

 

 

そもそも白崎さんが、ここまで僕に構ってくること自体がおかしいのだ。

 

なぜ僕にここまで構ってくるのか?

 

どれだけ構っても何一つ改善しない奴の事なんて放り出すのが普通だ。

 

まさか僕に恋愛感情を抱いている訳でもないだろう。僕よりいい男なんて数え切れないほどいる。

 

 

というか、白崎さんはもう少し自分の影響力を自覚してほしい。天然といえば聞こえはいいが、それで被害を受けるなんてたまったものじゃない。

 

僕が会話を切り上げるタイミングを計っていると、三人の男女が近づいてきた。そこにはさっき言った“良い男”も含まれている。

 

「おはよう、南雲くん。毎日大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか。全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気のないヤツには何を言っても無駄だと思うけどなぁ」

 

三人の中でただ一人挨拶をして来た女子生徒の名前は「八重樫雫(やえがししずく)」。

 

彼女は白崎さんの親友らしい。ポニーテールにした長い髪が特徴的で切れ長の目は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられ、冷たいというよりはむしろカッコイイという印象を与える。

 

 

次に、些かくさいセリフで白崎さんに声をかけたのが「天之河光輝(あまのがわこうき)」。

 

まるでどこぞの勇者様のような名前の彼は、容端麗・成績優秀・運動神経抜群の完璧超人である。

 

誰にでも優しく、正義感が強い。彼に惚れている女子は数知れず、月に少なくとも二回は学校内外を問わず告白されるという絵に書いたようなモテ男だ。

 

 

最後に投げやり気味な言動の男子は「坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)」。

 

天之河の親友らしい。190㎝のゴリラのような体格で、見た目に反さず努力・熱血・根性が大好きな人間である。

 

そのため僕のような不真面目な生徒は大嫌いらしく僕のことは一瞥した後は見ようとすらしない。

 

「おはよう。そうでもないよ。特に気にしてないから」

 

八重樫さんたちに挨拶を返すとまたも殺気が飛んでくる。

 

「なに八重樫さんとお話してんだ⁉」と、今回は教室内よりも廊下からの殺気を多く感じる。

 

八重樫さんも白崎さんに負けず劣らず人気があるのだ。

 

「南雲、君はもっと自分の悪い点について気にするべきだ。いつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりいられないんだから」

 

甘えたことなんて一度もない。だがそんなことを言ってしまったら、周りの男子生徒に校舎裏まで連れて行かれてしまうだろう。

 

それに天之河くんは思い込みが激しく、自分が正しいと思ったことは、何を言おうと曲げない。だから反論するだけ無駄なのだ。

 

 

そして、”気にしろ”と言われても僕は結界師の仕事が日常生活に与える影響を悪いことだとは微塵も思っていない。だから気にすることなど何も無いのだ。

 

「あはは………」

 

だから僕は笑ってやり過ごそうとした。適当に笑っておけばすぐに済むだろうと思った。

 

だが、そんな僕の目算は無慈悲にも白崎さんによって打ち砕かれてしまう。

 

「?光輝くん、なに言ってるの?私は、私が南雲くんと話したいから話してるだけだよ?」

 

 

白崎さんの爆弾発言で騒がしくなる教室。

 

ある者はギリギリと歯を鳴らし、またある者は僕を呪い殺さんとばかりににらみつけている。

 

檜山君達に至っては僕をどこでシメるかについて話し始めている。

 

(はぁ~~)

 

もう本当、頭を抱えるしかなかい。

 

 

「え?………ああ、ホント、香織は優しいよな」

 

どうやら天之河くんは、白崎さんの発言は僕を気遣ったものだと解釈したらしい。

 

優しいだけで終わらせずに、「甘やかすのは良くない」くらい言ってくれれば白崎さんの方も考え直してくれると思うのだが。

 

 

「…………ごめんなさいね?二人とも悪気は無いのだけど」

 

(それが一番困る)

 

 

そうこうしているうちに一限の授業が始まった。

 

僕はなんとか起きていようとしたのだが、健闘虚むなしく10分で寝入ってしまった。

 

そんな僕を見て、白崎さんは微笑み、八重樫さんは苦笑いし、女子たちは軽蔑の視線を向けていたらしい。

 

寝ていたので気が付かなかったが。

 

 

=============

 

四限の授業が終わりお昼時。

 

教室内が賑わいだす。教卓の近くでは社会科の教師である畑山愛子(はたやまあいこ)先生が数人の生徒と談笑していた。

 

僕は結局1~4限まで爆睡をかましていたが、まだまだ寝足りない。

 

購買に昼食を買いに行く気力もなかったため、栄養ゼリーを取り出した。

 

そして数秒で飲み尽くし再び寝る態勢に入ろうとした。

 

 

だが入れなかった。

 

 

なぜか?

 

女神が、微笑みながら僕の席に近づいてきたからだ。誰か近づいて来るなと、顔を上げて確認してしまったのだ。

 

 

 

失敗だった。

 

購買に行くか悩んだあの時。気力を振り絞って、睡魔に負けそうな体に鞭を打って、教室から出るべきだった。

 

 

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当?よかったら一緒にどうかな?」

 

 

などと、女神の一柱が仰ってこられたのである。

 

(勘弁してほしい)

 

いや、本当に勘弁してほしい。白崎さんが僕にコンタクトを取るのに伴い、教室内に不穏な空気が漂い始める。

 

こうなると居心地が悪くなる一方だ。なんとかこの状況を打開しなければ、おちおち寝てもいられない。そのうち背中から刺されそうだ。

 

「え~と、誘ってくれるのはとても嬉しいんだけど、僕もうお昼食べちゃったからさ。天之河くん達と食べたらどうかな?」

「え、もう食べ終わったの⁉まだ授業が終わってから10分も経ってないよ⁉」

 

やらかした。確かに授業が終わってからまだあまり時間が経っていない。早く会話を終わらせようとして、焦ってしまった。

 

「まあ、お昼コレだけだしね。購買まで行こうかと思ったけど、午後は2限しかないから別にいいかなって」

 

と言って、飲み終わったゼリーの袋を白崎さんに見せた。

 

午後の2時間くらいなら多少空腹でも特に問題は無い。家に帰ってガッツリ食べればいいのだから。

 

これで白崎さんも引き下がってくれるだろうと思ったのだが、

 

「えっ!お昼それだけなの⁉ダメだよ、ちゃんと食べないと!私のお弁当、分けてあげるね!」

 

 

……話聞いてた?

 

僕、お昼は食べ終わったって言ったよね?

 

しかもなんで「お弁当わけてあげる」になるの?

 

言うとしても「お弁当わけてあげようか?」だろう。

 

どうして一段階すっ飛ばして話を進めるのだろうか。白崎さんは気づいていないのかもしれないが、教室内の空気がドンドン荒んできている。

 

 

もう僕一人ではこの女神の横暴(やさしさ)を止められないとあきらめていたその時、救世主が現れたの。誰あろう、勇者様である。

 

「香織、こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて、僕が許さないよ」

 

端から聞いていたらドン引きな天之川くんのセリフだが、これで白崎さんも引き下がってくれるだろう。ほかならぬ天之河くんの言葉だ。

 

まさかここで天然発言などするはずは………無い……よね……?

 

「え?なんで光輝くんの許しがいるの?」

 

素で聞き返す白崎さん。それを聞いて「ブフッ」と吹き出す八重樫さん。困ったように笑いながらあれこれ話す天之河くん。

 

これである。白崎さんにはこれがあるのだ。こちらの予想を超える発言の数々。こんな相手に寝ぼけた頭で勝てるわけが無いのだ。

 

 

結局、僕の席の周りに学校一有名な四人組が集まることになった。どうせ集まるなら他所でやってよ等と思いながら僕はその場を離れることにした。

 

いくら自分の座席とはいえこんなに人目を惹く有名人がいたんじゃ寝るどころか休息すら取れない。

 

 

(図書室に行こう。あそこは静かだからゆっくりできる。呼び止められる前にさっさと出てしまおう)

 

そう考え、椅子から腰を上げたところで、

 

 

異変に気づいた。

 

 

 

天之河くんの足元に光り輝く円環と幾何学模様が現れたのだ。

 

それは以前、御池鳩に攻め込んできた「呪い師(まじないし)」の術式に酷似していた。

 

結界師としての本能がこのままではマズいと警鐘を鳴らす。

 

(ッ!ヤバい、なんとかしないと!)

 

呪い師の術を止めるには呪い師本人か、呪い師が使う呪具(じゅぐ)を破壊するしかない。

 

だが、呪い師の姿など何処にも無く、(まじな)いを発動する呪具さえも見当たらない。

 

(くそ!どういう事だ、何が起きてる?)

 

教室内の生徒も異常に気付き次々に悲鳴を上げていく。

 

愛子先生が「皆!教室から出て!」と叫ぶも時すでに遅く、天之河くんを中心に教室中に広がった円環が眩い光を放ち始めた。

 

(くっ!目を開けてられ……)

 

あまりに強い光であったため、目を開けておくことすら叶わなかった。

 

 

 

数秒か、あるいは数分か強烈な光に塗りつぶされていた教室が、再びもとの色を取り戻した時、そこには誰も居なかった。

 

残されていたのは倒れた椅子や食べかけの弁当、飲みかけのペットボトルだけであった。

 

 

 

これが世にいう「平成の集団神隠し」である。

 




お気に入り登録して下さった皆様、ありがとうございます!

とても励みになります!

「呪い師」の設定は結界師の原作に準じていません。呪い師が使いやすかったから使いました。

その内設定集みたいなの投稿します。


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3.異なる世界

もう少し早い時間に投稿したかった。




目を開けると、そこは教室では無かった。

 

周りには教室にいた皆もおり、何が起こったのかわからないといった顔だ。

 

状況を確認しようとして辺りを見回すと巨大な壁画が目に入った。そこには草原や湖、山々を背景に長い金髪の中性的な顔立ちの人物が描かれていた。

 

(……()()()()()

 

なぜかそう思ってしまった。

 

人物だけでなく、背景の細かい部分も丁寧に描かれており、非常に美しいはずなのに、どうにも称賛する気になれなかった。

 

 

さらに辺りを見回すと、どうやら僕が今いるのは巨大な広間のようだ。大理石のような白い石造りの建物で、柱に彫られた綺麗な彫刻、ドーム状の天井はまるでヨーロッパにある大聖堂のようだ。

 

 

この広間の最奥に置かれた台座の上に自分たちがいること、そしてその台座の前に三十人以上の人間が、まるで祈りを捧げるかのように両手を組み跪いているのが見て取れた。

 

彼らは全員が法衣のようなものを着込んでおり、傍らには錫杖を携えていた。

 

すると彼らの内の一人が立ち上がり、こちらに近づいてきた。他の者に比べ、やけに豪奢な法衣を纏った七十近くに見える老人だった。

 

老人は手に持った錫杖をシャランシャランと鳴らし、外見に見合った深みのある声で言った。

 

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。我々はあなた方を歓迎いたします。私は聖教教会教皇イシュタル・ランゴバルドでございます。以後お見知りおきを」

 

そう言って、老人、もといイシュタルさんは微笑んだ。

 

(この人よく噛まなかったな)

 

周りのみんなが呆然としている中、僕は一人そんなことを考えていた。

 

 

==================

 

今僕たちは先ほどの広間から場所を移し、10m近い長さの机がいくつも置かれた別の広間へと通されていた。

 

おそらく晩餐会などを行う場所なのだろう。例によってこの広間も重厚な造りで非常に赴きがある。

 

上座に近い方に愛子先生と天之河くん達四人組が座り、後は入った人から順に席に着く。僕は一番後ろである。

 

ここまで誰も騒いでいないのは、まだこの状況に頭が追い付いていないからだろう。

 

イシュタルさんが事情を説明すると言ったことや、天之河くんが持ち前のカリスマで皆を落ち着かせたことも影響しているだろう。

 

 

余談だが、天之河くんの生徒をまとめる姿に、愛子先生は「教師よりも教師している」と涙目になっていた。

 

 

全員が席に着くと、見計らったかのようにカートを押しながらメイドさん達が入室してきた。

 

マンガとかゲームでよく出てくるような、顔が整いプロポーションが完璧な、数多の男子が想像するそれである。

 

ほとんどの男子生徒がメイドさんたちを凝視し、ある者は顔を赤くし、ある者は鼻の下を伸ばしていた。

 

それを見た女子は男子たちに酷く冷たい、嫌悪するかのような眼差しを向けていた。

 

少しして僕のもとに肩のあたりまで髪を伸ばした、僕と同じくらいの背丈のメイドさんが飲み物を注ぎに来てくれた。

 

こちらと目線が合うと、ニコッと微笑んでくれたので軽く会釈する。

 

鏡が無いので今自分がどんな顔をしているかわからないが、周りの男子に比べればそれほど情けない顔はしていないだろう。

 

 

なぜかって?メイドさんの破壊力にはすでに慣れているからだ。

 

だが勘違いしないでほしい、別にメイド喫茶に入り浸っているわけではない。

 

 

以前一度見たことがあるのだ、早紀がメイド服を着ているのを。

 

 

 

僕が中三の時志望校をどこにするか悩んでいると、早紀が自分の通っている高校の、つまり今通っている高校の文化祭に招待してくれたのだ。

 

招待されたときは腰が抜けるくらい驚いたが、せっかくなので行ってみることにした。

 

 

文化祭はとても賑やかで雰囲気がとても良かった。そして模擬店を回っていると遭遇したのだ。メイド服を着た早紀を。

 

目にした途端、時が止まった。

 

今まで、制服姿や結界師としての早紀しか見たことが無かった。あとは小さい頃に親に内緒で遊んでいた時くらいか。

 

だから、初めて見た早紀の姿はとても可憐で、とても優美で、とても綺麗だった。

 

あの時、早紀は自分で誘ったくせにかなり顔を赤くしていた。本当に来るとは思っていなかったのだろう。

 

 

その晩の妖退治では早紀は口を利いてくれなかった。

 

 

そんなことがあったので、メイドの破壊力には慣れている。

 

というか早紀に比べれば大したことは無い。

 

(それにしてもあの時の早紀は本当に可愛かったなぁ~また見れないかな)

 

 

なんて、早紀のことを考えていたら、

 

 

ゾワッと背筋(せすじ)に悪寒が走った。

 

 

普段からクラスの男子に射殺されんばかりの視線を向けられているが、こんなにも冷たくおぞましいものは初めてだ。

 

何処から向けられたものなのか視線を巡らせるが、誰から向けられた視線なのかはわからなかった。

 

 

 

全員に飲み物が行き渡ると、イシュタルさんが話し始めた。

 

「さて、皆さんにおかれましてはさぞ混乱なさっていることでしょう。まずは一からご説明させていただきます」

 

と言って、イシュタルさんは長々と説明を始めた。

 

彼の話を要約するとこうだ。

・この世界には人間族と魔人族、亜人族の三種族が存在する

・人間族と魔人族は何世紀も前から戦争を続けており、ここ数十年は停戦が続いていたが、最近になって異常事態が多発している。

・魔人族が魔物、野生の動物が魔力を取り込むことで変異した怪物を使役し始めた。

・魔物の使役によって人間族は“数”というアドバンテージを失いつつあり、滅亡の危機に瀕している。

・そして、人間族救済のために『エヒト神』が僕らを“救世主”として召喚した

 

 

「皆様を召喚したのは“エヒト様”です。我々人間族が崇める唯一神にして、世界を形創った創造神。エヒト様はその慈愛の心でもって人間族の救済をお決めになられたのでしょう。皆様が召喚される少し前に神託が下ったのです、我々に“救い”を送ると。皆様、どうかエヒト神の御意志のもとに魔人族を討ち倒し、我ら人間族をお救い下さい」

 

イシュタルさんはどこか法悦した表情でそう言った。神託が下った時のことを思い出して感動にでも打ちひしがれているのだろうか。

 

すると

 

「ふざけないで下さい‼」

 

突然抗議の声が上がった。

 

まあ遅すぎるくらいだ。これまで出なかったのが不思議なくらいだった。

 

声の主は愛子先生だった。

 

「あなたが言ったことはつまり、この子達に戦争をさせようってことでしょう⁉冗談じゃない!彼らはまだ子供で、戦争どころか殺しの道具すら見たことが無いんですよ!それなのに無理やり戦わせるなんて、そんなこと許せる訳ないでしょう⁉早く私たちを元の世界に返してください‼あなた達がやっていることは誘拐と何も変わらない‼」

 

普段の愛子先生では考えられない語気の強さ。いつもの愛子先生は生徒のために奔走し、そして大抵の場合空回りする所謂“ポンコツ可愛い”先生だ。

 

その微笑ましい姿から一部の生徒達からは、“愛ちゃん”の愛称で親しまれている。

 

周りの生徒は「また、愛ちゃんが頑張ってる………」とぽわぽわした気持ちで眺めていたが、

 

「お気持ちはわかります。ですが、皆さんの帰還は現状では()()()です」

 

イシュタルさんの一言で皆の空気が一瞬で凍り付く。

 

「ふ、不可能って………ど、どういうことですか⁉召喚できたのなら帰すこともできるでしょう⁉」

「先ほど申し上げた通り、皆様を召喚したのは我々ではなく、エヒト様です。我々は異世界に干渉できるような力は持ってはおりませんのでな。全てはエヒト様の御意思なのです。故に皆様が帰還できるかどうかもエヒト様の御心次第ということになりますな。」

「そんな………」

 

続くイシュタルさんの言葉に愛子先生も力が抜けて椅子にへたり込む。

 

まあ、そうだろうなとは思った。異界の神は基本的に人間を顧みない。

 

自分の都合しか考えてはおらず、面白そうだからという理由で人間に干渉してきたりするのだ。

 

 

その点「ウロ様」なんかは本当に良い神様である。ウロ様は普段は隣町の無色沼に住んでいるが、自分がいる異界の調子が悪くなると自分の足で修復を頼みに来るのだ。あれこそ本当の神様だ。

 

 

なんて考えていると、他の生徒達も理解が追い付いてきたらしく、口々に騒ぎ出していた。

 

「嘘だろう⁉帰れないって何だよ!」

「嫌よ、何でもいいから帰してぇ‼」

「戦争なんて冗談じゃねえよ‼」

「ひっぐ、帰してよぉ………」

 

まさに阿鼻叫喚、地獄絵図である。

 

誰もが狼狽えている中、イシュタルさんは何か口を挟むわけでもなく静観していた。

 

なんなら頭の上に?を浮かべているように見えなくもなかった。神に選ばれたというのに何が不満なのかと。

 

悲痛な叫びが鳴り止まぬなか、バンッと思いっきり机を叩く音が響いた。

 

その音の鳴った方を見ると天之河くんが立ち上がっていた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても仕方がない。この人にだってどうしようもないんだ。…………俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人たちが滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない!」

 

さすが天之河くん、一瞬で皆を落ち着かせた。さすがのカリスマ。

 

………だがちょっと待て、話がおかしな方に向かっている気がする。

 

「それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済が完了すれば帰してくれるかもしれない。…………イシュタルさん、どうですか?」

 

確かに天之河くんの言っていることは、望みを持つのに十分な理屈ではある。

 

だが、異界の神はそんなに甘くは無い。用が済んだら、はいおしまい、放ったらかしでそのままだ。

 

僕らを帰すなんてことは絶対にしない。帰りたければ勝手にどうぞというスタンスだ。

 

「そうですな。エヒト様の救世主の望みを無下に扱ったりはなさらぬでしょう」

 

まあ、これだけ異界の神に心酔していたら、神が人間に無関心だなんて思わないのだろう。

 

イシュタルさんはあっさりと、天之河くんの言葉を肯定した。

 

「俺達には大きな力があるんですよね?ここに来てからずっと妙に力が漲っている感じがします」

 

さっきまで只の高校生だったのにもう自分の中の力を感じられるとは、やるな天之河くん。

 

「ええ、そうです。この世界の人間と比べて、ざっと数倍から数十倍の力を持っていると考えてもらえればよろしいかと」

「うん、なら大丈夫!俺は戦う!人々を救い、皆がもとの世界へ帰れるように!俺が世界も皆も救ってみせる‼」

 

大丈夫じゃない。そんな大きな力を与えられたらとんでもないことになる。

 

なんてことしてるんだ、ここの神は。

 

 

とはいえ、天之河くんの一声は皆に希望を抱かせるには十分だったようだ。さっきまで沈んでいた表情は消え、活気と冷静さを取り戻しつつあった。

 

皆の天之河くんを見る目はキラキラと輝いており、女子の大半は熱っぽい視線さえ送っている。

 

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

 

坂上くん、少年漫画みたいに熱いこと言ってるけど何言ってんの?意味わかって言ってる?

 

「今のところ、それしかないわよね………気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

 

八重樫さん、気に食わないなら「私は戦わない」みたいなことを言おう。

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ」

「香織………」

 

白崎さん、他の2人に流されないで。戦わない道はないんですかとかもっと聞こう。

 

いつものメンバーが天之河くんに賛同すると、他の皆も賛同の声を上げ始めた。いや、上げ始めてしまった。

 

「俺もやるぞ!」

「俺も!」

「異世界の救済、やってやるって!」

「私もやる!」

「私も!」

 

こうなるともう止められない。「ダメですよ~」と愛子先生が涙目で皆を止めようとするが、効果は無かった。

 

結局、僕以外の皆が戦争への参戦を宣言してしまいどうしようかと思っていると、

 

「末席のあなた・・・そう先ほどから何やら考え込んでいるあなたです」

 

イシュタルさんが声をかけてきた。末席ということは一番後ろの席だから、たぶん僕だな。

 

「え、僕ですか?」

「そう、あなたです。戦う意志を示していないのはあなただけですが、いかがでしょう?戦っていただけますか?」

「え、え~と」

 

まさか直接意思確認をしてくるとは思わなかった。というか僕が何も言ってないのがよくわかったな。

 

見ていたのか?僕の、というか皆の反応を。ちゃんと戦争への参加の意思表示をするのかどうかを………

 

 

なんにせよ、聞かれたからには答えねばならないが、さて何と言おう?

 

たとえ「嫌だ」と言ってもクラスの全員が参加すると言ってしまっているので、結局言いくるめられる気がする。

 

かと言って「はい」と答える訳にもいかない。一度戦う意志を示してしまえば、後で何をさせられるかわかったものでは無い。

 

どうするか。時間もあまり無いし………

 

「僕は……今の段階では答えられません」

 

悩んだ末、僕はそう答えた。判断を先延ばしにすると……

 

「はぁ?なんだよあいつ」

「マジでクソ。空気読めよ」

「南雲くんって、そういう所あるよね」

 

散々な言われようだが、意見を変えるつもりはない。

 

「………理由を、お尋ねしてもよろしいか?」

「え~と、理由といっても一つしかないんですけど……僕らが本当に力を持っているのかわからないし、本当に戦えるかもわからないので。なんせ、ついさっきまで只の高校生だった訳ですから。ちゃんと戦えるのか確認できてから、改めて判断させてはもらえませんか?」

 

僕が言い終わると、イシュタルさんは少し押し黙る。僕が言っていることはつまり、戦えるか確認して無理そうだったら止めると言っているようなものだからだ。

 

イシュタルさんとしても慎重に返答せねばならないだろう。

 

ここで僕の要求を拒めば、暗に戦いから身を引くことは許さないという意を皆に示してしまう。それで、皆の意思が再び揺れることは避けたいはずだ。

 

 

かと言って、認めてしまえば戦線離脱の自由を許可することになってしまい、戦争の勝利を望んでいる彼らとしては都合が悪いだろう。

 

何より、皆の前で答えなければならないことが最も頭を悩ませていることだろう。

 

一対一での問答であるなら何とでも言える。後で反故にしても証人がいなければ踏み倒せるのだから。

 

だがここにはクラスの皆がおり、下手な事は言えない。

 

(さあ、どう来る?)

 

正直これは僕自身のためというより、この先の皆の事を想ってのことだ。

 

この先、戦いから逃げたくなっても逃げられないとなっては、皆の心は保たないだろう。

 

今でさえ、ギリギリの心を天之河くんの一声で、彼が見せた僅かな希望で繋いでいるようなものなのだから。

 

「まぁ、確かに……」

「何を言っているんだ、南雲!イシュタルさんの話を聞いていなかったのか?」

 

イシュタルさん何かを言いかけたその時、天之河くんが口を挟んできた。

 

「イシュタルさんは、僕らには大きな力が宿っていると言っていたじゃないか。その力はエヒト神が魔人族を倒すために与えてくれた力だと。だったら何も心配することは無いじゃないか。人の話も碌に聞かないで、皆の士気を下げるようなことは言わないでほしいな」

 

 

最悪だ、これ以上ないほどにぶち壊してくれた。

 

 

おそらく今イシュタルさんは僕の要求を呑もうとしていた。天之河くんが口を挟まなければ、この駆け引きには勝っていたのだ。

 

彼が口を挟んで、しかもイシュタルさんを全面肯定してしまったために、僕の目論見は破綻してしまった。

 

「確かに君の言うことも尤もです。ですがそこの彼も言ってくれたように君たちに宿っているのはエヒト様がお与えになられたものです。その力があれば何も恐れることはありません。どうか自信をお持ちください」

 

この先イシュタルさんは、というかトータス側は何が起ころうと、たとえ僕らが戦いたくないと言っても「エヒト様より賜った力を信じなさい」としか言わなくなるだろう。

 

 

まったく余計なことをしてくれた。こうなってしまってはもう首肯するしかない。

 

「…………わかりました」

 

僕が答えたことで、全員の戦争への参加が決定した、してしまった。

 

 

 

 

この先どうなっていくのだろう?もはや退路も断たれ僕らはただ前に進むしかなくなった。

 

 

 

誰かが脱落しそうになった時、果たして僕はその誰かに手を伸ばしてやれるだろうか

 




結界師のウロ様、好きです。


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4.不安

今日は早い時間に投稿できました。


現在僕たちはイシュタルさんから話を聞いた広間から移動し、別の場所へと向かっていた。

 

イシュタルさん曰く、今僕らがいる聖教教会総本山がある【神山】の麓に【ハイリヒ王国】という国があるという。

 

そこで僕らを受け入れ知識や力の使い方を教えてくれるそうだ。

 

建物の外に出るとそこには雲海が広がっていた。高山特有の息苦しさなどは無かったので、魔法で都合よく環境をいじっているのだろう。

 

イシュタルさんについて行くと、円形の大きな台座が見えてきた。そして促されるままにその台座に乗ると、おもむろにイシュタルさんが何かを唱え始めた。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん―“天道”」

 

すると、足元の台座が光だし、ゆっくりと地上に向けて動き出した。

 

よく見れば台座にはなにやら術式が刻まれていた。いやおそらく術式ではなく、これが魔法陣というやつなのだろう。

 

初めて体験する魔法にクラスの皆はキャッキャキャッキャと騒いでいた。雲海に突入する頃にはもう大騒ぎだった。

 

雲海を抜けると眼下に大きな町、いや国が見えてきた。どうやらあれがハイリヒ王国というやつなのだろう。その山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町は、さながらファンタジーに出てくるような、得も言われぬ美しさだった。

 

だったのだが、

 

(遅いな~この乗り物。結界を足場にして降りた方が速いじゃん)

 

僕だけこんなことを考えていた。雰囲気もへったくれも無かった。

 

 

================

 

 

城に着くと、僕らはまっすぐ玉座の間へと案内された。

 

教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を歩いていると、鎧を着た騎士や文官のような人にメイド等の使用人など多くの人間とすれ違った。

 

その全員が僕らに期待の眼差しを向けていた。僕らがどういう立場の者かはある程度知っているらしい。

 

玉座の間に着くと、おそらくこの国の王様であろう、威厳と覇気を纏った初老の男性が玉座の前に立っていた。

 

その隣には王妃であろう女性、更には十歳前後の金髪碧眼の少年と十四、五歳のこれまた金髪碧眼の少女が立っていた。

 

僕らを玉座の手前に残し、イシュタルさんは国王の前まで進みおもむろに手を差し出した。

 

すると、国王はその手を取り、軽く触れない程度のキスをする。イシュタルさんが国王よりも立場が上ということは、この国のトップはエヒト神で間違いないようだ。

 

そこからはただの自己紹介だった。国王の名前はエリヒド・ハイリヒといい、王妃がルルアリア、少年がランデル王子、少女がリリアーナ王女ということだ。

 

あとは、騎士団長やら宰相やら位の高い人の紹介だったが、ほとんど聞いていなかった。

 

 

紹介が終わったら晩餐会が開かれ、異界の料理をご馳走になった。元の世界と変わらない料理から、びっくりするような色の料理が出てきたりと色々あったが、割と食べれた。

 

 

食事をしている間、ランデル王子が白崎さんにしきりに声を掛けっていたのをクラスの男子はみなヤキモキしながら見ていたとか。

 

全く気が付かなかったが。

 

 

晩餐会ではこの世界での僕らの衣食住は保障されている事と、訓練における教官の紹介もなされた。

 

教官は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたらしく、親睦を深めておけとのことだった。

 

晩餐がお開きになると明日の朝から早速訓練と座学を始める旨を伝えられ、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。

 

部屋の中も豪華な造りになっており、天蓋付きのベットまであった。落ち着かないなと思いつつも今日あったことを整理しようとベットに腰を下ろした。

 

 

ようやく一人になれた。今日の事を整理した後、結界術が十全に使えるかどうか確認する。

 

ここまであまり深く考えないようにしていたが、ぶっちゃけ結界術が使えるかどうかが一番の不安要素だった。

 

もし使えなかったら、エヒト神に与えられた力とやらで上書きされていたら、これまでの努力がすべて水の泡になってしまったら、そんな不安がずっと胸の内にあった。

 

かと言ってクラスの皆がにいる所で結界術を使うのはリスクが大きかったため試せなかった。

 

何だそれはと、なぜいきなり魔法が使えるのかと、騒ぎになる恐れがあったからだ。

 

だが今は一人、誰も見ている者はいない。実は監視されているのではとか、盗聴されているのではとかは、もう考える余裕は無い。

 

一刻も早く確認しなければ、不安に押しつぶされそうだ。

 

 

「すぅ~~~、はぁ~~~。よし!」

 

深呼吸をし、覚悟を決めて、いざ!

 

「方囲! 定礎! 結!」

 

ビシィッ!と思い浮かべた大きさで、いつも通りの速度で結界は見事に形成された。

 

(ああ~~~よかっったぁ~~~~~)

 

安心した、安堵した、胸を撫で下ろした。最悪の事態ではないことがわかったところで更に確認を続けていく。

 

 

というか、落ち着いて考えればなんてことは無い。

 

正当継承者の証である右手のひらにある方印、これが残っている以上結界術が使えないなんてことは無いはずなのだ。

 

方印を持つ者しか結界術を使えないという訳では断じてないが、その印がある限り正当継承者であることに変わりは無い。

 

だから正当継承者であるならば結界術もそのまま使えるのではという考えに至っても良いはずだ。

 

 

自分が如何に余裕がなかったか、今となってはアホらしくなってくる。

 

確認作業が終わり、これまでの修行で培った能力が元の世界と同じように、寸分違わず使えることを確認すると、そのままベットに横になってしまった。

 

 

===============

 

 

 

翌日朝食を食べ終わると、早速訓練が始まった。

 

皆が訓練場に集合すると銀色のプレートが配られた。全員に配られると騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 

 

「このプレートはステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化してくれるものだ」

 

スカ〇ターかよと思ったのはきっと僕だけではないはずだ。

 

「これは最も信頼のある身分証明書でもあるからな!無くすなよ!」

 

非常に気楽なしゃべり方をするメルドさん。城にいる人達は皆、恭しい態度で接してくるので、メルドさんのようにフレンドリーに話してくれる方が僕らとしても接しやすかった。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される」

 

(・・・大丈夫、それ?気が付いたら自分のクローンが二万体製造されてて、変な実験に参加させられてたりとかしてない?)

 

そんな不安を抱えているのは僕だけなようで皆次々に血を垂らしていく。

 

「“ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ?そんなもん知らんからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

メルドさんの言った言葉に天之河くんが反応する。

 

「アーティファクトっていうのは現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法道具のことだ。神やその眷属が地上にいた神代に創られたとされている。ステータスプレートもその一つでな、()()()()()()()()()()()と共に昔からこの世界に存在する唯一のアーティファクトだ。本来は国宝級の物なのだが、一般にも普及知っている。身分証に便利だからな」

 

メルドさんは快活にアーティファクトの説明をしてくれていたが、わざわざ針で刺して血を出そうなんてことやりたくなかった。雑菌とか色々あるし・・・

 

そうは言っても、皆やっている以上僕もやらざるを得ない。針を指先にチクッと刺し僅かに出てきた血をプレートに垂らす。するとプレートの魔法陣が淡く光った。

 

(これでいいのかな?)

 

辺りを見回すと皆口々に「ステータスオープン!」と唱えていたので、僕もそれに倣うと

 

================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル1

天職:結界師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:結界術・言葉理解

===============================

 

このように表示された。

 

ジーッとステータスを見ているとメルドさんがステータスの説明を始めてくれた。

 

「全員見れたか?説明を始めるが、まず一番上に“レベル”があるだろう。それは各ステータスの上昇と共に上がっていく。レベルの上限は100、それが人間の限界だ。つまりレベルはその人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ってことは人間としての潜在能力をすべて解放した極地だからな、そんな奴は滅多にいない」

 

つまりレベルが上がるからステータスも上がるのではなく、ステータスが上がるからレベルも上がる・・・ということらしい。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上がるし、魔法や魔道具で上昇させることもできる。また、魔力が高い者は自然と他のステータスも高くなる傾向がある。詳しいことはわかっていないからなんとも言えんがな。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ!なんせ救世の勇者様御一行だからな、国の宝物庫大解放だぞ!」

 

メルドさんの話だと、一気にステータスが上がる訳では無いらしい。

 

「次に“天職”ってのがあるだろう?それは言うなれば才能だ。末尾にある“技能” と連動していて、その天職の領分では無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系と非戦系に分類されるが、戦闘系じゃ千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが、……百人に一人はいるな、十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職を持っている奴は結構いるな」

 

僕の天職は“結界師”だ。当然と言えば当然か。これでなければ逆にびっくりする。‟呪術師”という表記ならまだセーフか。

 

 

ただ一つ気になるのは、技能の欄だ。

 

結界術はわかる、体に染みついているし、昨日の夜試したし。

 

言語理解もわかる。昨日からイシュタルさんや王様、メルドさんなどの多くの人の話を聞いて全部理解できているのから。

 

 

問題なのは、この二つしか無いことだ。念糸とか修復術、式神は何処に行った?絶界は?無想は?

 

結界術として一緒くたにされているのだろうか?

 

だとしたらこのプレート全く信用できない。いきなり間違えてるじゃないか。

 

ごちゃごちゃ考えていると、メルドさんの次の言葉が僕の頭をさらに悩ませた。

 

「あとは………各ステータスは見たままだ。だいたいレベル1の平均は10くらいだが、お前たちならその数倍から数十倍は高いだろう!まったく羨ましい限りだ!ああ、ステータスプレートの内容は報告してくれ、訓練内容の参考にせねばならんからな」

 

(え?この世界の平均が10?その数倍のステータスがあるはず?・・・僕全部10なんですけど?あれ?これは、でも、、、アレ?)

 

昨日部屋で確認したとき、体に変化は見られなかった。たぶん日本にいた頃と同じように、妖と戦っていた頃と同じように動けるはずだ。

 

そのステータスが10?それがこの世界では普通?

 

じゃあ皆のステータスってどうなってんの?皆夜行の人たちみたいな身体能力になってるの?

 

噂に聞く裏会十二人会の化け物並みになってたりしてないよね?

 

なんだかすごく不安になってきた。すると、天之河くんがメルドさんにステータスを報告していた。その内容は、

 

=====================================================

天之河光輝 17歳 男 レベル1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言葉理解

==================================================

 

さすが天之河くん、まさにチートと言えるステータス。

 

単純に僕の十倍のステータス。この時点で夜行のトップと同じくらいの強さということになるのか?

 

「ほぉ~さすが勇者様だな、レベル1で既に三桁とは!技能も普通は二つ、三つなんだがな………規格外な奴め!頼もしい限りだ!」

「いや~あはは……」

 

メルドさんの称賛に頭を掻く天之河くんだが、そりゃそうだろう。

 

もし本当に僕の予想通りなら、夜行のトップになれる力量なのだ。

 

天之河くんだけが特別なのかと思ったが、他の皆も往々にしてチートだった。

 

(なんか泣きそう)

 

順番が回ってきたのでメルドさんにプレートを見せる。他の皆のステータスを見てホクホクな笑顔のメルドさんだったが、僕のプレートを見た途端、笑顔のまま固まった。

 

「見間違えか?」という感じでプレートを凝視している。見間違えではないとわかったのか、僕にプレートを返してきた。とっても微妙な表情で。

 

「………ああ、その、なんだ。結界師の天職は他にも()()いたが、主にパーティーの後衛で結界を張ってパーティーを支援・援護するのが主な役割だからな………そのステータスでも、まあ、戦えなくは………ない………と、思うが」

 

なんとも歯切れの悪い。メルドさんも予想外なんだろう。

 

まあ仕方ない、一人だけやたら低いステータスなのだから。

 

そんな様子を見て、僕を目の敵にしている連中が黙っているはずもなく、檜山くんがニヤニヤしながら声を張り上げた。

 

「おいおい、南雲。もしかして非戦系かぁ?結界師なんかでどうやって戦うんだよ?メルドさん、結界師って珍しいんすか?」

「まあ、珍しいことは珍しいんだが、戦闘にはあまり、というか全く向かないな…………」

「おいおい、南雲~。そんなんでお前戦えるわけぇ~?」

 

檜山くんがなんともウザい感じで肩に手を組んでくる。見回すと周りの、特に男子が僕をニヤニヤと嗤っている。

 

「お前、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボくてもステータスは高いんだよなぁ~?」

 

そう言って無理やり僕からステータスプレートを奪い取ると、檜山くんは大爆笑した。そして取り巻きの他の男子にも内容を見せていた。

 

「ぶっはははは~なんだこれ?完全に一般人じゃねえか!」

「ぎゃははは~むしろ平均が10なんだから、下手したらその辺の子供より弱いんじゃねえの?」

「ひゃははは~無理無理!すぐ死ぬよこいつ!肉壁にもならねえよ!」

 

(うわ~、笑い方気持ち悪)

 

今時こんな笑い方する奴いるのか、とか考えているとウガーっと怒りの声を発する人がいた。誰あろう愛子先生である。

 

「こらー何を笑っているんですか!仲間を笑うなんて先生が許しませんよ!早くプレートを南雲くんに返しなさい!」

 

先生の一言で毒気を抜かれたのか、プレートが僕のところまで投げ返されてきた。

 

人の物を投げないでほしい。

 

僕がプレートを拾うと、愛子先生が駆け寄ってきた。

 

「南雲くん!気にすることなんてありませんよ!先生も非戦系?とかいう天職ですから。南雲くん一人ではありませんよ!」

そう言って先生は自分のステータスプレートを見せてきた。

 

==================================

畑山愛子 25歳 女 レベル1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混材育成・自動収穫・発行操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

==================================

 

例に漏れず、先生もチートだった。主に技能が。

 

「あははは……」

「えぇ、どうしてそんな空笑いなんですか南雲くん?」

「あ~あ、愛ちゃん止め刺しちゃったわね」

「な、南雲くん!大丈夫?」

 

八重樫さんが苦笑いでこちらを見つつ、白崎さんがこっちに駆け寄ってくるのが見えたが、もう反応する元気は無かった。

 

 

 

 

僕、大丈夫だろうかこの先。割とあっさり死ぬんじゃないかと不安になる。

 

 

 

そんなことを延々と考えているといつの間にか日は暮れていた。

 




次の投稿はたぶん明後日以降だと思います。


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5.案ずるよりも産むが易し

やっと書き上がりました。戦闘描写むずかしいですね。時間が掛かった割にあまり出来が良くないかもしれません。
ただ、これが今の私の実力なのでご容赦ください。読者の皆さんの想像力と語彙力で補完していただければと思います。

いよいよ小悪党たちとのバトルです!


現実世界において、多くの人が信じて疑わないものと言えば何だろう。

 

時計が指し示す時間?親しい相手との友情?これまでの自分の経験?

 

 

 

そのどれでもない。

 

 

 

時計も友情も経験も、場合によって裏切られる。そんなことは起こってほしくは無いが、時として起こり得るのは事実だ。

 

 

では人が信じ疑わないもとは何か…………

 

 

答えは「伝統」だ。

 

 

さらに言えば「遥か昔から今日まで続くとされる何か」だ。

 

例えば創業150年の団子屋の秘伝のたれであるとか、江戸時代から続く西陣織の専門店だとか。

 

人々がそれを疑うことは無い。秘伝のたれが、実際はスーパーで売っているたれを少しいじっただけのものだとしても。

 

江戸時代からなどと言っているが実際は昭和からで建物が古いからそのように見えるだけだとしても。

 

そういった事は露ほどにも考えない。なぜならそれを教えてくれるのは、その伝統を実際に行っている人だからだ。雰囲気がそれっぽい人だからだ。

 

疑問を持つのは研究者か、よほど興味のある人くらいだろう。

 

 

 

何が言いたいのかというと、人は案外あっさりと騙されるということだ。

 

それも自分より多くの知識を持つ相手の言葉なら、尚更。

 

騙されて、思い込んで、冷静で客観的な思考を放棄してしまう。

 

 

 

そう、今回の僕のように…………

 

 

僕は信じた。メルドさんの言葉を信じたのだ。

 

いや、鵜吞みにしたといった方が正しい。

 

アーティファクトの話や、ステータスの話、僕らに宿っている力の話。

 

ステータスプレートの話もそうだ。メルドさんは言った。プレートに示された数値が現状の自分の能力値であると。

 

だから僕は、僕の身体能力がこの世界では当たり前のもので、クラスの皆はそれの何倍もの力を持っているのだと断定した、決めつけた、そうであると思い込んだ。

 

 

 

 

 

僕が信じたものが本当であるのなら。覆りようのない事実だというのなら。

 

 

 

どうしてこんなことが起きている?

 

 

 

なぜ皆の動きについていけている?何なら僕の方が早いのは何故だ?

 

 

なぜ武器の打ち合いで押し負けない?それどころか押し勝つというのはどういうことだ?

 

 

訓練で相手の拳や蹴りが当たっても、痛みはあるがそれだけだ。

 

粉砕骨折だとか内臓破裂だとか、そんなことは一切ない。

 

 

 

皆僕よりもステータスが高いのだから、むしろ僕は置いて行かれるのではないのか?

 

 

 

つまり、この事実が示すのは、誰かに言われたことではなく自分が身をもって体験したことが示すことは、

 

 

(ステータスプレート、まったく当てにならなーい!!!!!!)

 

 

この一言に尽きる。

 

ちなみにこの事実は訓練が始まって五日目で気づいた。

 

いや、正確には四日目の夜だ。初日と合わせて丸四日訓練に参加していたのに、何も感じなかったのだ。

 

皆強いなとか、なんであんなに速く動けるんだとか、そういった驚きや疑問を抱かなかった。

 

そして五日目の訓練で確信したのだ、僕は置いて行かれてなどいないことを、ステータスプレートが当てにならない事を。

 

 

最初から当てにしてはならなかったのだ。僕の能力を結界術として一緒くたにされているし、ステータスの数値と実際の体の動きはズレまくっているし。

 

 

今回、僕が学んだ教訓は「ステータスプレートの情報は信用できない」だ。

 

 

この教訓は決して忘れない。もう信じるものか、あんな間違いだらけのもの。たとえ、数値が億とか兆とか出ていても絶対に信じない。技能なんかも信じてやらない。

 

 

一通りイライラを吐き出し、教訓だなんだと阿保らしいことを考えることを止めると、新たな疑問が浮かぶ。

 

 

 

なぜ僕のプレートの表示だけがこんなにも当てにならないのか。

 

メルドさんや他の教官達の反応を見るに、僕以外の皆は表示されたステータスに見合った能力を持っているように見える。

 

「さすがは勇者だな!」、「まさに人類の希望だ!」などとそればかり言っているからだ。

 

一方、僕の動きを見た教官は「なんでそのステータスでそんなに動けるの?」みたいな顔をしていた。

 

このことから、僕のプレートの表示だけが狂っているということがわかる。

 

 

問題はなぜ狂っているのかだ。正確に表示されないのはなぜなのかということだ。

 

エヒト神が僕の能力を弄ろうとして失敗し、結果プレートの表示だけが変わったのか?

 

神が失敗するだろうか?どんな神であろうと、神は神だ。人の能力を弄るくらい簡単にやってのけると思うのだが…………

 

 

それとも僕の、というか結界師としての『抵抗力』のせいなのか?

 

結界師はその気になればあらゆる空間に干渉することができる。

 

歪んだ空間を直したり、完全に閉じてしまったりだ。

 

その力が悪用されることを避けるために、結界師となる者は幼少期から精神干渉系の異能に対する抵抗力を鍛えている。

 

その抵抗力が無意識に働いて、プレートの表示を狂わせたのか?

 

 

(・・・いや、違う。抵抗力はあくまで第三者による干渉を防ぐためのものだ。プレートは人じゃない。そもそも僕が自分でやったことだ、抵抗力が働くはずが無い)

 

だが、抵抗力以外に考え付かないのも事実だ。おおかたプレートに垂らした血は僕の一部で、そこには結界術に関する情報も遺伝子レベルで刻まれている。

 

それが外部に漏れないように抵抗力が働いたのだろう。

 

(腑に落ちないけど、まあ………)

 

そういう事にしておこう。

何はともあれ、日本にいた頃と同じように戦えるのだ。それに越したことは無い。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

訓練が始まってから二週間がたった。

 

訓練の内容は割とシンプルだった。武器の扱い方や、陣形の取り方、そして魔法の使い方などである。

 

陣形や魔法に関してはメルドさんや他の教官から事細かに教えてもらったが、武器の扱い方に関しては基本的な事だけで後は個人で素振りなり模擬戦なりをして、時折教官から助言を貰うという形式だった。

 

メルドさん曰く、僕らが使う武器はそのほとんどが自分の天職にあった武器であるため、基本を覚えてしまえばそう時間も掛からずに上達するだろうとのことだ。

 

事実、みんな初日にくらべ武器の扱いがうまくなっている。まあ、成長促進なんて技能を持っていたら当然か。

 

今はそれぞれが思い思いの訓練に取り組んでいた。

 

武器の扱いをマスターしようとする者もいれば、数人で模擬戦をしたり陣形のおさらいをしている者もいる。

 

ようは自主練の時間だ。

 

 

 

僕は皆と少し離れた位置で武器の素振りをしていた。僕が選んだ武器は『槍』だった。

 

御池鳩での妖退治の際には「天穴(てんけつ)」という(ほこ)錫杖(しゃくじょう)を組み合わせたような武器を使っていた。

 

「天穴」と唱えることで異界を開き、輪から妖の亡骸を吸い取るためのものだ。

 

そのため直接戦うために使うものでは無い。ただ、妖退治の合間によく振り回したり、手首で回したりして遊んでいたので、扱いには割と慣れている。

 

周りに人も居らず迷惑もかけないので、教官から教わった槍術の型を繰り返し反復していた。

 

 

 

暫くの間槍の練習をしていると、突然後ろから衝撃を受けた。

 

思いのほか集中していたので、突然のことに反応が遅れ前につんのめる。

 

何事かと振り返ると、そこには心底面倒くさい四人組が立っていた。

 

言うまでもなく、檜山くん達だ。彼らは訓練中事あるごとに絡んできては、やれ「役立たずが何してんの」だの、やれ「無能が何か頑張ってる(笑)」だのと、大声で言ってはゲラゲラと嗤ってくるのだ。

 

「よぉ、南雲。何してんの?お前が槍なんか持っても意味無いだろう~?救いようの無い役立たずなんだからさぁ」

 

「ちょ、檜山言い過ぎ~、いくら本当の事だからってさぁ!ぎゃははは」

 

「つうかさぁ、なんで毎回訓練に参加してるわけ?俺なら恥ずかしくて無理だわ!ヒヒヒ」

 

まったく飽きもせずよくやるなと思う。僕だったらアホらしくてこんな一々人を笑いに行ったりしない。

 

「なぁ大介。こいつボッチで可哀そうだからさぁ、俺らで稽古つけてやんね?」

 

「あぁ?おいおい信治、お前マジで優しすぎじゃね?まぁ、俺も優しいし?稽古つけてやってもいいけどさぁ」

 

「おお、いいじゃん!俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~南雲マジ感謝しろよ~?」

 

(頼んでないよ。というか「マジ」が多いな)

 

檜山くん達はそう言って勝手に武器を構え、彼らの言う所の「稽古」を始めようとする。

無駄だろうか断っておこう。この場合、口に出すことはたぶん大事だ。

 

「いや、稽古はいいよ。自分でやるから」

 

「はぁ?俺らがわざわざ役立たずのお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの?マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってれば良いんだよ!」

 

そう言って、檜山くんは僕の腹部を殴ってきた。だが痛みは無かった。彼の拳を僕は左手で受け止めたからだ。

 

「なっ!」

 

檜山君は、いや彼以外の三人も動揺していた。まさか僕が檜山くんのパンチを受け止められるとは思っていなかったのだろう。

 

地に這いつくばって悶えるとでも思っていたのだろう。

 

なんせステータスがオール10なのだから。

 

「聞こえなかったのかな?稽古はいらないって言ったつもりだったんだけど?」

「…はぁ?お前マジで調子乗んなよ!まぐれで一回受け止めたからって良い気になってんじゃねえよ」

 

そう言って檜山くんは拳を引っ込め、手にしていた短剣で薙いできた。

 

それをバックステップで躱し距離を取る。檜山くんだけでなく他の3人も各々武器を構えて突撃して来る。

 

(4対1の稽古なんてあり得ないんだよな~)

 

内心そう思いつつも、彼らの攻撃を躱していく。

 

特に陣形を組んで攻めて来るわけでも無く、一人が攻撃したら次の誰かがというふうにしか攻めてこないので簡単に避けられる。

 

これでは4対1じゃなくて1対1を何度も繰り返しているようなものだ。

 

避ければ避けるほど檜山くんたちの顔は焦りの色に染まっていく。

 

「くそ!てめえ避けてんじゃねえよ!」

(無茶を言わないでほしい。避けるでしょ、刃物で襲って来られたら)

 

もはや彼らの中には「稽古」という建前もないのだろう。とにかく僕を痛めつけることに躍起になっている。

 

 

 

檜山くんが短剣を振り上げ、勢い良く振り下ろしてくる。

 

それを彼の左側に回り込みながら躱し、背中を押して勢いそのまま彼を遠くにつんのめさせる。

 

「おわっ!く、くそ!」

「おらぁ!」

 

近藤くんが槍で薙ぎ払ってきたので、自分の槍で受け止める。

 

「なっ!」

 

間髪入れずに槍を押し返し、柄の先端で近藤くんの鳩尾にお見舞いする。

 

「がはぁ!」

「礼一!南雲てめえ!」

 

近藤くんがやられたのを見て、斎藤くんが剣を振りかぶり、斬り下ろしてくる。

 

それを槍を薙いで右にいなし、左足で脇腹に一撃入れる。

 

「ごはぁ!」

「良樹!く、くらえ“ここに焼撃を望むー【火球】”」

 

少し離れた位置にいた中野くんが火属性魔法【火球】を撃ってきた。

 

だがこの魔法はただ一直線に飛んでくる。だから射線から外れれば容易に避けられる。

 

「な、なんで⁉」

 

避けた火球は僕の後方でそこそこ大きな音を立てながら爆裂した。

 

ふと足元を見るといい感じの石が転がって来たので、槍を使いゴルフの要領で中野くん目掛けてショットを打ち込む。

 

「あがっ!」

 

シュパーンと飛んで行った石は綺麗に中野くんの額に命中したので、内心ガッツポーズをしてみたり。

 

「クソがぁ!」

 

檜山くんが再び短剣で攻めてきた。かがんだり、後ろに引いたり、槍で受け止めたりして対処していると突然檜山くんが攻撃を止めて後退した。

 

(あれ?どうしたんだ突然)

 

頭に?を浮かべていると、いきなり後ろから羽交い絞めにされた。

 

「え!うわっ」

 

かなり強い力で拘束されてしまう。誰なんだと振り返ってみると、羽交い締めしてきたのは近藤くんだった。

 

「け!捕まえちまえば槍も使えねえだろ!大介、良樹、信治!俺が押さえといてやるから魔法をじゃんじゃか食らわせてやれよ。」

 

「はぁはぁ……ナイス、礼一!そのまま押さえとけよ」

 

「南雲!よくもやってくれたよなぁ~。覚悟しとけよぉ」

 

「あぁ、そうだ。大介、俺と信治が魔法打つからさあ、お前その後南雲に短剣プレゼントしてやれよ!喜ぶんじゃね?」

 

「良樹マジ天才!南雲~俺の短剣ほしいだろう?全然受け取ってくれなかったからなぁ。俺優しいからさあ、特別に出血大サービスでありったけくれてやるよ!」

 

・・・つまり、斎藤くんと中野くんが羽交い絞めされている僕に魔法をぶち当てて、そのうえで檜山くんが短剣で僕を滅多切りにすると……

 

いよいよやることが稽古じゃなくなってきた。

 

とはいえ何とかしなければ。どうにか羽交い絞めから抜けだそうと抗ってみるが上手くいかない。

 

「抜け出そうとしたって無駄だ。絶対に離さねえ!」

「離してよ!気持ち悪いな!」

 

僕は男に後ろから抱き着かれたいなんて願望は持ち合わせてはいない。

 

そんなことを考えつつもなんとか拘束を解こうとしていると、

 

「“ここに風撃を望むー【風球】”」

「“ここに焼撃を望むー【火球】”」

 

斎藤くんと中野くんの詠唱が終わり、それぞれの魔法が発動した。

 

かなり魔力を込めたらしく、先ほどよりも大きな火球とそれに劣らぬ大きさの風球が襲い来る。

 

 

だがこれだけ大きな攻撃魔法であれば、檜山くん達から僕らは見えないだろう。

 

ならば手は一つだ。

 

「絶対離さないって言った?じゃあ、離すなよ?」

 

そう言って僕は、持っていた槍を横に放り投げた。

 

「ああ?お前何して………」

 

近藤くんが何か言っているが気にしない。

 

フリーになった両腕を後ろに伸ばし近藤くんの襟をガシッと掴む。そのまま背負い投げの要領で近藤くんを火球と風球の前に投げ出す。

 

「がぁぁぁ!」

 

二つの魔法は近藤くんの背中に炸裂し、爆煙が上がる。

 

相変わらず檜山くん達から僕は確認できないだろう。

 

離さないと言っていた近藤くんだったが、魔法を受けた衝撃と痛みで僕から手を離してしまっており、ダメージで気を失っている。

 

「ぎゃははは!聞いたかよ、今の情けねえ声!じゃあ次は俺の番だ!存分に堪能しろよ!南雲~!」

 

やはり檜山くんはこのまま短剣で攻撃してくるつもりらしい。

 

だが今、煙の中で蹲っているのは近藤くんであって僕じゃない。このまま檜山くんが攻撃したら近藤くんが滅多切りにされてしまう。

 

さすがにそれを見ないふりはできない。

 

槍を回収せずに煙の中を突っ切って檜山くんの正面に躍り出る。

 

「な!南雲!どうして?」

 

倒れているはずの僕が飛び出してきて檜山くんの顔が驚愕で満ちる。

 

僕はそのまま勢いに任せて彼の顔面に飛び蹴りを食らわせる。

 

「ほがぁぁぁぁ」

 

飛び蹴りをくらった檜山くんは数メートルほどすっ飛んでいく。

 

「は?え?いったい何が?」

「なんで大介が吹っ飛んでくるんだ?」

 

斎藤くんと中野くんは状況をまだ理解できていなかった。今のうちに槍を回収する。

 

「あがぁぁぁぁ!………くっそ!南雲ぉぉぉぉ!」

 

鼻の骨が折れてしまったのか、鼻血をポタポタと垂らしながら立ち上がってくる檜山くん。再び襲ってきそうな雰囲気だったが、

 

 

「何やってるの⁉」

 

 

一人の女の子の、怒気を孕んだ声が響き渡った。

 

その声に「やばい!」という顔をする檜山くん達。

 

 

なぜならその声の主は、彼らが惚れている白崎さんだったからだ。

 

その後ろには八重樫さんや坂上くん、天之河くんにメルドさんもいる。

 

まあ当然だろう、あれだけ魔法を使って爆音を鳴らしていたのだから。何事かと見に来るのが普通だ。

 

 

こうなると、慌てるのは檜山くん達だ。自分たちの方から僕に手を出したのに返り討ちにあっているのだから。

 

「南雲君大丈夫?怪我は無い?」

 

「うん?大丈夫だよ。それよりも、あそこで蹲ってる近藤くんを治してあげて。たぶん重症だ」

 

「え……あ、うん。わかった」

 

白崎さんが僕のもとに駆け寄ってきてくれたので、自分は平気だと伝え近藤くんの治療を頼む。

 

白崎さんは僕が平気なことに驚いていたが、近藤くんの状態を伝えたら彼の方へと走っていった。

 

「さて、どういう事だ、何があったんだ?南雲」

「詳しく聞かせて頂戴」

 

白崎さんが治療を始めると、メルドさんと八重樫さんが事の顛末を尋ねてきた。

 

ごまかす理由も無いので今あったことをありのまま話した。

 

「檜山くん達が稽古と称して4人がかりで襲ってきたので、応戦してただけです。そしたら斎藤くんと中野くんが撃った魔法が近藤くんに当たって倒れました。その後、近藤くんを僕だと思い込んだ檜山くんが彼を攻撃しようとしたので止めました」

 

「………一人で4人を相手にしていたのか?」

「はい」

 

「………南雲君が?」

「うん」

 

「………そのステータスでか?」

「はい」

 

メルドさんと八重樫さんが交互に尋ねてくるので全部肯定する。

 

二人とも僕が言ったことが信じられないのか呆けた顔をしている。

 

「じゃあ彼らが負傷しているのは、彼らの自業自得………」

「何を被害者面しているんだ南雲!今すぐ檜山達に謝れ!」

 

 

……………………え?

 

 

何を言っている?ちょっと意味が分からない。

 

僕らが話しているところに天之河くんが割り込んできたが、そこまでは良い。そこまではわかる。

 

だがその後だ、その後何を言ったのか全然わからない。

 

 

被害者面? 誰が?

 

謝れ? 誰に?

 

メルドさんも八重樫さんも、治療しつつ僕らの話を聞いていた白崎さんも意味がわからないという顔だ。坂上くんでさえ「え?これそういう話か?」みたいな顔をしている。

 

「檜山達は、誰よりも実力が低い君を気遣って一緒に訓練をしていたんだろう!そんな彼らに対して襲われた?近藤が重傷を負ったのは自分のせいでは無い?ふざけるな!恥を知れ!自分の弱さを棚に上げて、彼らの心遣いも理解せず、自分は関係ないなどと!よくそんなことが言えるな!」

 

(うわぁ~~~そういう解釈するの?)

 

呆れて言葉が出ない。一部始終すら見ていないのだから、僕の言葉を全部信じることはできないとしてもその解釈はないだろう。

 

メルドさんも頭を抱え、八重樫さんも「また始まった」といった表情だ。

 

「檜山達は手加減して君の訓練に付き合っていたはずだ。だが君はそれを弁えず彼らを攻撃したんじゃないのか?傷ついた彼らの様子を見れば誰が見たってわかる!」

 

 

もう嫌だ、この人。

 

 

自分で矛盾した事言ってるの気づいていないのか。天之河くんはさっき僕が誰よりも弱いと言った。

 

その僕が、どうやったら彼らをボコボコにできるんだ。実際ボコボコにしたけども。

 

内心ツッコミを入れつつも、相手をするのが面倒になってきた。だが天之河くんを面倒とは思っていない人物がいた。

 

そう、檜山くん達である。

 

「そうだ、天之河の言うとおりだ!俺らはただ南雲のために稽古をつけてやろうと思っただけなのにさぁ、なんか俺らが全部悪いとか言ってるじゃん。酷いよな~南雲は」

 

今の状況で檜山くん達が天之河くんの言葉に便乗すれば、もうダメだ。

 

もはや天之河くんは自分の考えを疑うことも、撤回することも決して無い。

 

「彼らもこう言っている!南雲、君は彼らの優しさを跳ね除け、踏みにじった。そのことに関してしっかりと謝罪すべきだ」

「…………………はぁ」

 

溜息しか出てこない。

 

なんかもう気持ち悪くなってきた、天之河くんの言い分に、天之河くんの考えに。

 

見かねたメルドさんが仲裁に入ってくれた。

 

「そこまでだ、天之河。この件は俺が預かる。………それよりも、これから全体演習の時間だ。天之河と坂上は先に戻って他の教官達に訓練を始めておくように伝えてくれ。こいつらには俺から言っておく」

 

「しかし………はい、わかりました。メルドさんがそう言うなら」

 

「???まあ……はい」

 

天之河くんは最初こそ不満そうな顔だったが、渋々メルドさんの言葉に従った。それに続く坂上くんだが、彼は終始?を浮かべ続けていた。

 

去り際天之河くんは僕の方に視線を向けていたが気にしない。今回の件に関しては、天之河くんは全く関係が無いのだから。

 

 

その後メルドさんは檜山くん達からも事情を聞いていた。

 

檜山くん達は口々にあれこれと訴えていたが、話を聞き終わったメルドさんに先に訓練に向かうよう促されていた。

 

檜山くん達も去り際に僕の方を見ていたが、その眼からははっきりと怒りや憎悪が宿っているのがわかった。

 

「さて……すまなかったな南雲、お前を庇ってやれなくて」

 

「い、いえ!そんな、メルドさんは何も悪くないですよ。檜山くん達に絡まれたのは僕ですし、天之河くんの言葉に反論しなかったのも僕ですから」

 

メルドさんが謝ってきたので、慌ててそんな事は無いと伝える。実際メルドさんは何も悪くない。

 

むしろ僕は感謝している。あの状況で待ったをかけて、場を収めてくれたのだから。

 

「でも、メルドさんは、その………実際どうだと思っているんですか?」

 

正直あの場を収めてくれたからこそ、気になっていた。メルドさんは今回の事をどう思っているのだろう。

 

もしメルドさんも天之河くんと同じような考えを持っていたら、割とショックだ。

 

「うん?そりゃあ、お前の言い分が正しいだろうな」

 

当然だろうと言いたげな表情でメルドさんは言った。

 

「まず4対1で稽古をつけようとした時点で檜山達に非がある。そんなものは稽古とは言わん。それにあいつらはお前が魔法で攻撃してきたなんて言っていたが、お前が魔法を使えないことは知っている。結界師ゆえ結界を張ることはできるが、魔法陣を描いて魔法を撃つことができないことは教官の間では周知のことだ」

 

檜山くん達、何か色々言ってるなと思ったがそんなこと言ってたのか。なんでそんなすぐバレる嘘を。

 

余程僕に罪を擦り付けたかったらしい。

 

「あとあいつらが訓練中、頻繁にお前に絡んでは嘲り侮蔑し邪魔をしているのは知っていた。その都度注意はしていたが、わかったと言いながらもあいつらは懲りずにお前にちょっかいを出していた。その時点であいつ等の言葉を信じる謂れは無い。さらに言うと、お前が毎日必死に槍術の特訓をしていることを、俺達教官はみんな知っている。槍術の型を学び、繰り返し反復していることをな。だから檜山達に比べればお前の方がよっぽど信頼できる。職業柄、訓練への身の入れ方でどんな奴かは大体わかるからな」

 

 

メルドさんが、僕が槍術の型を反復していることを知っているとは思わなかった。しかも面と向かって信頼できるなんて言われたら、なんだかこそばゆい。

 

「……そうですか。ありがとうございます。……良かったです」

 

メルドさんにお礼を言う。だが、同時に途轍もない罪悪感が襲ってくる。

 

(すいません、メルドさん。僕はまだ、あなたに話していないことがある。隠していることがある)

 

僕は自分の本当の力をメルドさん達に伝えてはいない。

 

元の世界においては、一般人に自分の異能について話すことは、有事の際を除いて禁じられている。

 

メルドさんは騎士団長であるため一般人ではない。だが元の世界の異能については全く知らないのだ。

 

その点では一般人と同義だ。故に、まだ話してはいない。

 

(その時が来たら、すべて話します)

 

心の中で謝りつつ、この場に残ったメルドさん、八重樫さん、そして白崎さんと共に訓練場へ移動する。

 

「ねぇ南雲君、いつもあんな事されてたの?」

 

移動中白崎さんが尋ねてきた。

 

「ん?まあ、今日みたいに武器とか魔法とかを使ってあからさまに攻撃されたのは初めてだよ」

 

「あからさまにってことは今までも似たようなことはあったんでしょう?どうして一言も言ってくれなかったの⁉」

 

この二週間、手が滑ったとか言って武器を振るってきたり、狙いが逸れたとか言って魔法を撃たれたりしたことは何度もあったが全部紙一重で躱していた。

 

ただ、そんなことをはっきりと言う訳にもいかず、笑ってはぐらかした。

 

「…あはは。まあ、いつもって訳じゃないし、特に問題も無かったから」

 

はぐらかしたものの、問題が無かったのは事実だ。

 

それでも納得できなさそうな白崎さんだったが、渋々引き下がってくれた。

 

「南雲くん、何かあれば遠慮無く言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ」

 

渋い表情の白崎さんを横目に、八重樫さんが苦笑いしながら、けれど少し心配そうな顔でそう言った。

 

「………ありがとう。じゃあ()()()()()()、その時は言うよ」

 

 

そう言って、僕はこの話を終わらせた。

 

 




いかがでしたでしょうか。楽しんで頂けましたか?
ハジメが槍術師よりも槍術師してしまいましたが、私としてはハジメにはこれくらいやってほしいと思っています。ただ、結界術無しでこれですから、結界術を使ったらどうなるんでしょうね。

ハジメが近藤を背負い投げするのは、ドラゴンボールとかでよくある羽交い絞めの対処方です。ここはもう少しわかり易く書きたかったのですが、言葉が思いつきませんでした。

それと、ここで訂正させて頂きたいのですが、第三話でイシュタルがハジメのクラスメイトは、常人の数十倍から数百倍の力が宿っていると言っていますが、正しくは数倍から数十倍です。原作を誤読していました。
第三話の方も訂正しておきます(2020.5.15)


次はいよいよ迷宮回です(たぶんベヒモス登場まで?)。



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6.深夜の訪問者

ベヒモスまで書くと言ったな、あれは嘘だ




 

白崎さん達と共に訓練場に着くと、やはり全体演習は始まっていた。

 

遅れてきた僕らに対する皆の反応は様々だった。遅れてきたことに対して心配する人や不審そうな目を向ける人、無能な僕が来たことに軽蔑する人など。

 

だが皆の反応を見るに、どうやら天之河くんや檜山くん達はさっきの騒動を皆に話してはいないようだ。

 

これには少し驚いた。檜山くん達はともかく、天之河くんは当然話しているものだと思っていた。

 

檜山くん達の場合、話したとしても皆には笑って流されるか、逆に自分たちが無能のレッテルを張られてしまいかねない。だから彼らが話していないのはわかるのだが……

 

天之河くんの場合、僕が如何に人として間違っているかとか、僕のようには決してなってはいけないとか、もしくはこの世界に来て一層おかしくなった僕を皆で更生させようとか、見当外れな事を言ってそうだったのだが。

 

 

多少引っかかるものの、切り替えて演習に参加する。そう簡単には結界術を使う訳にはいかないので、それ以外の方法で戦えるようにしておかなくてはならない。

 

状況に応じた陣形の組み方など覚えることも多いのだ。他の事を考える暇はない。

 

 

 

~数時間後~

 

 

全体演習も終わり普通なら夕食まで自由時間なのだが、今日はメルドさんから伝えることがあると呼び止められた。

 

「明日から、実践訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。今までの王都外での魔物との実践訓練とは一線を画すと思ってくれ!要するに気合入れろってことだ。今日はゆっくり休めよ!では、解散!」

 

(大丈夫か?こんなに早く遠征になんか行って)

 

一抹の不安を覚えるが、メルドさん達が既に決定してしまっているのでどうしようもない。

 

 

せめて本当に危ない状況にならないことを祈ろう。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

オルクス大迷宮は全100層からなる、七大迷宮の内の一つであるという。

 

この迷宮は層が深くなるにつれて魔物が強くなるものの、階層ごとに魔物の強さを測りやすいという利点があるため冒険者や傭兵、新兵の訓練には非常に人気だそうだ。

 

僕らは今、メルドさん率いる騎士団員複数名と共に【オルクス大迷宮】に挑戦する者のための宿場町【ホルアド】にいた。

 

この町には王国直営の宿があり、僕はその宿の一室にいる。

 

他の皆は二人一部屋なのだが、どういう訳か僕だけ一人部屋だった。

 

明日から早速迷宮に潜り、実践訓練を行うそうだ。今回の遠征では、進んでも二十階層までらしい。

 

メルドさん曰く、

「いくら南雲がステータスに見合わない戦闘が可能だとしても、本職の戦闘員に比べればやはり心もとないからな。二十階層までなら、お前をカバーしながらでも十分全体を機能させられる」

 

とのことだ。初めてなのだから何もそこまで進まなくていいのではと思ったが、口には出さなかった。

 

 

 

 

夜も更け、槍の手入れをもう一度して寝ようかなんて考えていると、部屋のドアをノックする音が響いた。

 

(誰だ?こんな時間に)

 

妖退治をずっと務めていた僕からすれば大したことは無いが、他の人にとっては十分遅いと言っていい時間だ。

 

よっぽど大事な話か、それとも厄介ごとか……なんて考えていると、

 

「南雲君、起きてる?白崎です。ちょっといいかな?」

 

なんて声が聞こえた。どうやら訪問者は白崎さんのようだ。厄介ごとでは無かったので一先ず良かったが、何の用だろうか、こんな時間に。

 

「はーい、起きてますよ~何か用事……です…か?」

 

待たすのも悪いと思って急ぎドアを開けると、純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの白崎さんが立っていた。

 

「…………………」

 

絶句した。なんて格好しているんだこの人は。羞恥心とか無いのか。白崎さんの天然ぶりには本当に驚かされる。

 

「???」

 

ドアを開けたまま何も言わない僕を見て、白崎さんはキョトンとしていた。

 

「……あぁ、ゴメン。で、どうかしたの?何か用事?」

 

とりあえず要件を聞くことにする。できるだけ白崎さんの服装を見ないようにしながら。

 

「ううん、その、少し南雲君と話したかったから・・・やっぱり迷惑だったかな?」

 

 

まぁ、もう寝ようとしていたし、そもそもこんな時間に会いに来るのがおかしいので迷惑かと聞かれればそうなのだが・・・

 

「・・・・・・・どうぞ」

「うん///」

 

白崎さんを部屋に招いた。そうせざるを得なかった。なんとも嬉しそうに部屋に入っていく白崎さんだが、何がそんなに嬉しいんだ?

 

ティーパックのようなものでお茶を入れ、窓際のテーブルに座った白崎さんに差し出し、彼女の向かいに座る。

 

「ありがとう」

 

そう言ってお茶を飲む彼女の姿は、まるでおとぎ話に出てくる天使のようだった。

 

月明かりに照らされた相貌と、漆の光沢のようにきれいな髪はとても神秘的で、クラスの、いや学校の男子が彼女を女神と崇める理由が少しだけわかった気がする。

 

彼女がお茶を飲み終わったタイミングで要件を聞く。

 

「それで、話したいことって何?・・・明日の事?」

「・・・うん」

 

そういうと、白崎さんはさっきまでの笑顔が嘘のように暗く思いつめた表情になった。

 

「明日の迷宮での訓練だけど……南雲君にはこの町で待っていて欲しいの!メルドさん達やクラスの皆は私が必ず説得する!だから、お願い!」

 

白崎さんは話しているうちにどんどん身を乗り出して懇願してきた。いきなりそんなことを言われても困る。

 

「ちょ、ちょっと待って!落ち着いて!・・・それは、足手纏いだから来るなってこと?」

「違うの!足手纏いだからとかそういう事じゃないの!」

 

違った。白崎さんは慌てて弁明する。では何だというのだ。何故そこまで町に残って欲しいのだろうか。

 

 

白崎さんは深く深呼吸をし、ゆっくりと話し出した。

 

「あのね、なんだか凄く嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど・・夢を見て・・・・そこには南雲君も居たんだけど・・・声を掛けても全然気づいてくれなくて・・・走っても全然追いつけなくて・・・・それで最後は・・・」

 

その続きを話すことを恐れるように押し黙る白崎さん。数秒置いて白崎さんは、泣きそうな表情で顔を上げた。

 

「消えてしまうの」

 

そう言って俯いてしまう白崎さん。余程その夢が怖かったのだろう、彼女は僅かに震えていた。

 

だがこっちとしてはそれどころでは無い。

 

「怖っ!え、何?白崎さんって未来予知できるの?」

「・・・え?」

 

震えていた白崎さんだったが、僕の反応が思いのほか大きかったのかびっくりしている。

 

「ていうか消えるって何!?怪物か何かに食べられるの?崖から落ちるの?それとも流れ弾に当たって爆死⁉さすがにそんな死に方は嫌なんですけどー!」

 

勢いよく椅子から立ち上がり、頭を抱えて絶叫する。

 

「ちょ、南雲君落ち着いて!」

 

白崎さんが慌てて落ち着くように促してくる。

 

思いのほか取り乱している僕を見て驚いていたが、あたふたしながらも僕を必死に宥める彼女は、もう泣きそうな顔も、体の震えも無くなっているようだった。

 

()()()()()()、椅子に座る。

 

 

「できないよ、未来予知なんて。さっき言った通り夢で見ただけ・・・でも、やっぱり怖くて・・・」

 

「・・・その夢って危ないのはむしろ白崎さんの方なんじゃ?」

 

「え?」

 

「だって声も届かず、追い付けもせず最後には僕が見えなくなるんでしょ?・・・やっぱり危ないのは白崎さんなんじゃない?」

 

「な、なんで?」

 

「だって僕は明日、全体の最後尾に配置されるんだよ?つまり僕が一番後ろってことは、僕の前にはクラスの皆がいるんだよ。それで僕に追い付けないなら、僕以外の皆にも追い付けないってことでしょ?てことは白崎さんだけが置いて行かれてるってことになるわけで・・・」

 

「あ・・・」

 

ここまで来て白崎さんも僕が言いたいことがわかったらしい。

 

つまり、遠ざかっているのは僕ではなく白崎さんではないのかということに。

 

「いや、でもあれは・・・」

 

言いたいことはわかってくれたようだが、やはり納得はいかないらしい。

 

「夢なんてそんなもんだよ。見方を変えるだけで色々な理解の仕方ができる。結局、迷宮に潜るっていう時点で、僕や白崎さんだけに限らず皆危ない目に合う可能性はあるんだよ」

 

「でも・・・」

 

「ここにはメルドさん達騎士団の人達、強力なステータスや技能を持つクラスの皆がいる。もし何か起きても、皆が力を合わせることができれば何とかなるよ。それにさ・・・」

 

「・・・・それに?」

 

目を閉じて一拍置き、微笑みながら白崎さんの目を見て告げる。

 

「白崎さんやみんなが思っているほど、僕は()()()()()

「!」

 

僕の言葉に白崎さんは驚いていた。

 

当然だ。ステータスが低く、魔法も使えず、まともに戦うことすらできない僕が“弱くない”なんて言っても強がりにしか聞こえないだろう。

 

 

だが事実だ。もし本当に死にそうになっても、何とかできるだけの力は持っている。

 

だからこそ、自信をもって白崎さんに伝えたのだ。取り繕った、上っ面な言葉ではなく、本心からの、ありのままの言葉を。

 

「・・・そっか、そうだよね。南雲君は()()()強いもんね」

 

そういって、クスクス笑いだす白崎さん。なんか思ってた反応と違う。

 

「南雲君は、私と会ったのは高校に入ってからだと思ってるよね?でもね、私は、中学二年の時から知ってたよ」

 

え、そうなの?会ったことあるっけ?全く身に覚えがない。

 

まさか結界師としての僕を知っているのか?なんて少し焦っていると、また白崎さんはくすりと笑っていた。

 

「私が一方的に知っているだけだよ。・・・私が最初に見た南雲君は土下座してたから、私のこと見えてなかっただろうから」

「は?土下座!?」

 

なんて恥ずかしいところ見られてるんだ。

 

いつだ?中二の時に土下座なんてしたか?全然覚えていない、やばい本当に恥ずかしい。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか白崎さんは話を続ける。

 

「うん。ちょっと怖そうな人たちに囲まれて土下座してた。蹴られたり、踏まれたりしてたけど、それでも止めなかったの。そのうち怖そうな人たちも呆れて帰っちゃった」

「そんなカッコ悪いところを見られていたとは・・・」

「ううん、カッコ悪くなんて無いよ。むしろ私はアレを見て南雲君のこと、すごく強くて優しい人だなって思ったもの」

「・・・はぁ?」

 

いよいよ話がわからなくなってきた。土下座しながら蹴られたり踏まれたりしているのが優しいって何だ?

 

「だって南雲君、(ほこら)が壊されないように必死に頭を下げていたんだもん」

 

 

・・・ああ、そうか。あの時のことか。

 

 

ようやく思い出した。たしかに中二の時に一度土下座をしたのだった。

 

あれは、前日の妖退治で御池鳩公園に忘れ物をしたため学校帰りに取りに行った時だ。

 

夜に回収すればよかったのだが、誰かに拾っていかれても困るので、夕方に一度御池鳩に行ったのだ。

 

そしたら公園内の割と奥の方にある小さな祠を高校生くらいの不良が壊そうとしていたのだ。

 

その祠には御池鳩の主の御神体が祀られている。

 

もちろん本体がそこにあるわけではない。あくまで木彫りの御神体があるだけだ。

 

その御神体は御池鳩の主が封印された時に、開祖が彫り置いていったらしい。詳しいことはわからないが、非常に大事なものであるため壊されるわけにはいかなかった。

 

ただ、結界術で撃退する訳にもいかなかったので、土下座をするしかなかった。

 

その不良たちは単純に何かに当たりたいだけに見えたので、土下座をすれば僕に意識が集まるだろうとの考えだった。

 

案の定彼らは、僕を蹴るだけ蹴って帰っていった。

 

普段は祠に人払いの御札を張り付けて一般人が近づかないようにしているのだが、その御札は定期的に張り替えなければならなかった。

 

それを僕がすっぽかしていたために招いた事態だったので、土下座する羽目になったのも不良に暴行を受けたのも自業自得でしかなかった。

 

だから情けない思い出として忘れていたのだった。

 

「強い人が暴力で解決するのは簡単だよね。光輝君とかよくトラブルに飛び込んでいって相手の人を倒してるし・・・でも、弱くても立ち向かえる人や自分以外の何かを守るために頭を下げられる人はあんまりいないと思う。実際あの時、私怖くて・・・自分は雫ちゃん達みたいに強くないからって言い訳して、誰か助けてあげてって思うばかりで何もしなかった」

 

 

それが普通だ。白崎さんの対応を責める人は誰もいない。

 

誰だって自分からトラブルに首を突っ込もうとは思わない。天之河くんみたいな人は別だが。

 

「だから、私の中で一番強い人は南雲君なんだ。だから、高校に入って南雲君を見つけたときは嬉しかった。・・・南雲君みたいになりたくて、もっと知りたくて色々話し掛けたりしてたんだよ?南雲君すぐに寝ちゃうけど」

 

「あ、あはは・・・なんか、ごめんね」

 

(ごめんなさい。土下座の件は僕の自業自得なんです。あなたが思っているような強さは僕持ってません)

 

図らずも白崎さんが僕に構ってくる理由がわかり、長い間気になっていた疑問が氷解した。

 

だが予想外の高評価を受けていたことには、そんな事無いのだと苦笑いしながら謝辞を述べる。

 

「だからかな、不安になったのも。迷宮で南雲くんが何か無茶するんじゃないかなって・・・怖い人たちに向かっていった時みたいに・・・・・でも、うん!」

 

白崎さんは決然とした、不安も恐怖も無い真っすぐな目で言った。

 

「南雲君は強いから、きっと・・・大丈夫だよね!」

 

どうやら夢で見た不吉な予感は振り払えたらしい。良かった、柄にもなく慌てふためく演技までした甲斐があった。

 

下手したら余計に不安にさせてしまう恐れもあったけど。

 

 

「でも、もしも・・・本当に危なくなった時は、その時は、私が南雲君を守るよ」

「え?」

 

てっきりさっきので話は終わりだと思っていたのだが、白崎さんは更に話を続けた。

 

守る?僕を?

 

「私の天職は“治療師”だから。誰かの傷を治すことに限っては、誰にも負けないから。もし南雲君に何かあっても、私が必ず治すから!・・・必ず南雲君の命を守ってみせるから!」

「・・・そっか」

 

 

なんと力強く、決意の籠った言葉だろうか。これが先日まで異能を知らなかった人の言葉だろうか。

 

これを聞いて「いや、間に合ってます」などと言える人がいるだろうか?

 

いるはずが無い。ここで断れば、それこそ彼女の心を踏みにじることになる。

 

 

「・・・じゃあ、その時はお願いします。・・・まあ、そうならないのが一番だけど」

「ふふっ、そうだね//」

 

 

僕が笑ってそう言うと、白崎さんもつられて微笑む。その後、しばらく談笑して白崎さんは自室に戻っていった。

 

 

僕はベットに横になりながら、白崎さんとの話を思い出していた。まさか中二の時から僕を知っていたとは・・・

 

まあ、結界師としての僕を知っている訳ではなさそうだったので良しとしよう。割とすぐバレそうだけど。

 

もう寝よう、明日も早い。

 

“弱くない”なんて言った手前、ちゃんと戦えなければ話にならないのだから……

 

 

 

~白崎side~

 

 

自室に戻りながら、私は南雲君が言った言葉を思い出していた。

 

 

“みんなが思っているほど僕は弱くないから”

 

 

南雲君がそう言ったとき、彼が()()()()に見えてしまった。

 

そんなはずはない。あの場にいたのは紛れもなく彼だ。

 

いつも始業時間のギリギリに登校してきては、ほとんどの授業で熟睡している彼だ。クラスの皆に何を言われても、何でも無いかのように笑っている彼だ。

 

 

そのはずだ、彼以外の何者でも無いはずだ。

 

それなのに、どうしてもあの時の彼を、私を安心させようと優しく微笑んでくれていた彼を、いつもの彼とは思えなかった。

 

まるで彼の中に()()()()()()()()()、私が知っている彼が()()()()()

 

そんな錯覚さえ抱いてしまうほどに・・・

 

けれど、不気味さは感じなかった。怖いとか恐ろしいとか、そういった感情は無かった。

 

あるのはただ、()()()だった。彼なら何があっても何とかしてくれるだろうという期待にも似た何か。

 

 

最初南雲君の部屋を訪れた時、不安でどうしようも無かった。ただの夢であるはずなのに、体に纏わりつく言い知れぬ不安があった。

 

だが、あの時の彼の眼は、そんな嫌な気持ちを吹き飛ばしてくれた。彼の眼が私の中の不安を無くしてくれた。

 

 

そうだ、彼は以前から・・・初めて見たあの日から、ずっと強い男の子なのだ。心が強い男の子なんだ。

 

私はまた甘えてしまった。あの日、彼が土下座をしてまで祠を守っていた時と同じように、彼の強さに甘えてしまった。

 

南雲君のようになりたいなんて思っている癖に、結局怖がるだけで、何もしなかった。

 

・・・そうだ、このままじゃダメなんだ。今のままじゃ何も変わらない。

 

彼のように、何かに立ち向かうために、一歩踏み出さなきゃいけないんだ。

 

 

そう思って、決意して、伝えたんだ。私が守るって。どんな怪我をしても必ず助けるって。

 

それを聞いた彼は微笑みながら言ってくれた。守ってくれと、頼んでくれた、任せてくれた。

 

嬉しかった、とても、とても……

 

もう、逃げない。怖くても、不安でも、南雲君みたいに一歩踏み出すんだ

 

 

 

きっと、これが私の()()()()()()()

 

 

 




前書きでも書きましたが、ベヒモスまで書けませんでした。
香織とハジメのやり取りが思いのほか長かったですね。

次こそは、ベヒモス登場まで書きたいです


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7.迷宮の罠

ベヒモス登場(登場だけ)

割と駆け足です。


現在僕らは【オルクス大迷宮】の中を、隊列を組んで進んでいた。

 

メルドさんを先頭に幅5m程の通路をぞろぞろと歩いていると、開けた場所に出た。

 

ドーム状に天井が広がり、高さも10m弱ありそうだ。

 

すると、壁の隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。次から次へと出てくるのでかなり気持ち悪い………

 

 

「よし、光輝達が前に出ろ、他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれは、ラットマンという魔物だ。素早いが大したことは無い。冷静にいけ!」

 

天之河くんと坂上くん、八重樫さんが前衛で迫りくるラットマンを迎撃し、後衛の白崎さんと彼女と特に親しい女子二人、谷口さんと中村さんが魔法を撃つための詠唱を始める。

 

訓練通りの動きで天之河くん達はラットマンを殲滅していく。まあ、後衛の3人が撃った魔法の威力はあきらかに過剰だったが……

 

他の皆も交代しながらラットマンを次々に倒していく。

 

ただ、余り物の僕だけは他の騎士団の方と、後方から来るラットマンを相手にしていた。

 

ずっと、というわけでは無いが時折騎士団の人の間を負傷しながらも抜けてくる個体がいたので、そいつを槍で倒していた。

 

(絶対わざと通してるよな?)

 

なんて疑問を持ちつつも、問題なく倒していく。

全員がラットマンとの戦闘を終えると、メルドさんはどんどん下の階層へと降りていく。

 

他の皆もなまじ能力が高いだけに、特に苦戦もせずについていく。

 

もっとも、これだけスムーズに降りていけるのも騎士団の人達が“フェアスコープ”とやらで道中のトラップの有無を瞬時に判別してくれているおかげでもある。

 

メルドさんにもトラップの確認が出来ていない場所には決して行くなと強く言われている。

 

 

「よし!お前達、ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が出現するからな!今まで楽勝だったからって気を抜くなよ!今日はこの二十階層で訓練をして終了だ!気合入れろ!」

 

メルドさんの言葉に皆、気を引き締める。皆数人ずつでパーティを組んで魔物に対峙していたが、相変わらず僕だけは騎士団の方達と後方で魔物に対処していた。

 

 

(なんか学校でペアワークをするときに、一人あぶれて先生と一緒にやってる感じだ……)

 

なんて考えていると、また騎士団員が魔物を一体こちらに通してきた。

 

わざと通すくらいなら倒しといて欲しいのだが、そんな文句を言う訳にもいかず槍を構える。

 

(…少し距離があるし、試してみようかな、結界)

 

試すと言っても、間流結界術では無い。こっちの世界で習った“トータス流の結界術”だ。

 

トータスの結界術にはいくつかの種類がある。

 

自分の魔力と魔法陣を利用するタイプと、魔力ではなく道具を使うタイプである。

 

道具を使う結界の基本は「点と線」だ。対象の周りに道具を用いて“点”を打つ。そして打った複数の点を“線”で繋ぎ結界を形成する。

 

“点”が多ければ多いほど、より複雑に“線”が繋がり強力になる。

 

ただこのタイプの結界は、刻一刻と戦況が変わる実戦では使われることは無いという。

 

“点”を打つ時点で敵が別の場所に移動してしまったり、先に攻撃を食らってしまうからだ。

 

 

だが、今のこの状況では使用するのに問題は無い。通路の狭さ故に魔物は直進しかできず、魔物との距離故にこちらの作業の方が早く済む。

 

「よっと!」

 

腰に差していた苦無を二本、数m先の通路の端に投擲する。その間を魔物が通り抜けるのを確認し、自分の足元に三本目の苦無を刺す。

 

すると三本の苦無を“点”として“線”が結ばれる。

 

曲線で苦無が結ばれ円となり、さらにその円の中で苦無の三点が直線で結ばれる。

 

こうして三本の苦無を起点とした円の中に逆三角形が描かれた結界が形成される。

 

「グウォォ!」

 

こちらに突進して来ていた魔物だったが、結界の壁に阻まれ呻き声をあげる。

 

突進の威力が大きかったらしく結界に小さな亀裂が入るが、魔物の動きを止められればそれでいい。

 

間髪入れず、槍で魔物の脳天を貫く。

 

「グギャァァ」

 

断末魔を上げながら魔物は絶命していった。

 

 

その後ろを見ると騎士団の人達が「おお~」みたいな顔をしてこちらを見ていた。

 

(そんな感心するくらいなら魔物を通さないでよ)

 

 

これくらいならアイツでも倒せるだろうと思って通すなら良いけど、感心するくらい驚くなら、通さないでほしい。

 

もし僕が対処できなくて、皆の方に行ったらどうするんだ。

 

 

===============

 

小休止に入り、壁に背を預けて座っていると白崎さんと目が合った。

 

白崎さんはニコニコ笑いながらこちらに軽く手を振っているが皆がいる手前、手を振り返すわけにもいかず会釈だけして目をそらす。

 

「はぁ~、香織?なに南雲君と見つめ合ってるのよ?迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」

 

「もう、雫ちゃん!変な事言わないでよ!私はただ、南雲君大丈夫かなって、それだけだよ!」

 

(そんな会話してる時点で二人とも気が抜けてるんだよな………)

 

 

八重樫さんと白崎さんの会話を小耳にはさみながらそんな事を考えていると、何処からか嫌な視線が向けられて来た。

 

ドロドロした気持ち悪い視線。もう何処から向けられているか確認したくも無い。

 

今朝から度々向けられてくるこの視線。反応するのも嫌になる。もう放っておこう。

 

 

 

二十階層の奥は鍾乳洞のような造りになっていた。この先に二十一階層への階段があるらしく、そこまで進んで今日の訓練は終了するとのことだ。

 

若干弛緩した空気の中、先頭を行くメルドさんや天之河くん達が立ち止まった。

 

「擬態してるぞ!周りをよーく観察しておけ!」

 

メルドさんがそう言った直後、前方の壁の色が変色し擬態していた魔物が現れた。

 

胸を叩きドラミングするその姿はまさにゴリラのようだった。

 

「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ、剛腕だぞ!」

 

天之河くん達が相手をしていたが、鍾乳洞のような地形のせいでうまく戦えないらしい。

 

するとロックマウントが突然後退し、大きく息を吸った。

 

(あ、やば)

 

ロックマウントが何をしようとしてるか理解した僕は咄嗟に耳を塞ぐ。直後、

 

「グゥガガガァァァアアアーーーーーーー」

 

部屋全体に強烈な咆哮が響き渡る。後方で、かつ耳を塞いでいた僕は無事だったが、前衛の天之河くん達は硬直してしまっていた。

 

ロックマウントはその隙に突撃してくると思ったのだが、傍らにあった岩を持ち上げて後衛の白崎さん達に向けて投げつけた。

 

白崎さん達は魔法で迎撃しようとするが、すんでの所で硬直してしまう。

 

 

投げられた岩もロックマウントだったらしく、空中で一回転し両手を広げて白崎さん達に迫っていく。

 

(なんかどっかで見たことあるな、あのポーズ…………)

 

のんきなことを考えていたが、白崎さん達にとっては一大事だ。

 

そうとう気持ち悪いらしく、白崎さん達は「ヒィ!」と悲鳴を上げて、固まっている。

 

「こらこら、戦闘中に何をやっている!」

 

 

慌ててメルドさんがダイブ中のロックマウントを切り捨てる。

 

白崎さん達は「すいません」と謝っているが、まだ顔が青ざめていた。

 

そんな彼女たちを見て怒りを露わにする者が一人。

 

「貴様………よくも香織達を……許さない!」

 

 

そう、天之河くんである。彼の怒りに反応してか彼の持つ聖剣が輝きだす。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れー【天翔閃】!」

 

「あ、こら!馬鹿者!」

 

「ダメだ、天之河くん!」

 

メルドさんの言葉を無視し、天之河くんは聖剣を振り下ろす。

 

僕も思わず声を上げるがもう遅い。聖剣に宿った強烈な光は斬撃となってロックマウントを粉砕する。

 

だがそれだけでは終わらず、聖剣の光はロックマウントの更に奥の壁をも破壊する。

 

衝撃で部屋全体が大きく揺れ、パラパラと天井の破片が、落ちてくる。

 

(危なっ!生き埋めにする気か彼は!?)

 

「ふう~」と息を吐き笑顔で振り返る天之河くんだが、メルドさんに拳骨を食らう。

 

「へぶぅ⁉」

「この馬鹿者が!こんな場所で使うような技じゃないだろう!崩落でもしたらどうするんだ!」

 

メルドさんのお叱りにバツが悪そうな顔をする天之河くんだが、白崎さん達に苦笑いされながら慰められていた。

 

 

その時、白崎さんが崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「………あれ、何かな?キラキラしてる………」

 

 

白崎さんの言葉に、全員が彼女の指さす方向を見る。

 

そこには青白く発光する鉱物が、まるで花のように壁から生えていた。

 

その美しい姿に白崎さん含め女子全員がうっとりとした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ、珍しい」

 

 

グランツ鉱石がどれほど凄い物なのかはよく知らないが、メルドさんの口ぶりから察するに相当希少なものなのだろう。

 

「素敵……」

 

白崎さんはメルドさんの簡単な説明を聞いて頬を染めながら、一層うっとりとしている。

 

 

(…どれだけ綺麗に見えてるか知らないけど、警戒を怠っちゃダメでしょ)

 

いくら何でも気を緩め過ぎだ。また魔物が襲ってきたらどうするつもりなのだろう。

 

まだ迷宮の中に居るというのに…………

 

女子だけでなく男子の気も緩む中、僕一人後方で警戒を強めていると、

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

そう言って唐突に檜山くんが飛び出した。彼はグランツ鉱石に向けて崩れた壁をひょいひょいと登っていく。

 

(…え、トラップの確認したの?)

 

そんな疑問を抱いていると、メルドさんが慌てて声を上げる。

 

「こら!勝手なことをするな!安全確認もまだなんだぞ!」

 

安全確認がまだというメルドさんの言葉に不安を覚える。

 

だが檜山くんは聞こえていないのか、はたまた聞こえないふりをしているのか、そのまま登っていく。

 

メルドさんが檜山くんを止めようと追いかけるが、その時、“フェアスコープ”で鉱石のあたりを確認していた騎士団員が最悪の事実を告げる。

 

「団長!トラップです!」

「ッ⁉」

 

遅かった。すでに檜山くんはグランツ鉱石にその手を伸ばしていた。そして彼が鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がり一気に部屋全体に展開される。

 

「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

 

メルドさんが大声で皆に撤退を指示するが、間に合わない。部屋中が光に包まれ、僕らは一瞬の浮遊感に襲われた。

 

 

 

 

浮遊感が襲った直後、僕らはドスンという音と共に地面に叩きつけられた。

 

(痛った…)

 

尻の痛みに辟易しつつも、僕はあたりを確認する。

 

明らかに先ほどまでいた場所ではない。僕以外にもメルドさんや天之河くんなど一部の生徒は周囲を警戒していた。

 

 

ざっと見た感じ僕らは今、石橋の真ん中にいる。

 

100mはあろうかという長さで欄干も縁石も無い橋だった。

 

橋の下には川は無く、あるのはただ真っ暗な闇だけであった。

 

橋の両サイドにはそれぞれ奥へと続く道と、上へと続く階段がある。

 

それを確認したメルドさんは険しい表情で僕らに指示を出す。

 

「お前達、直ぐに立ち上がってあの階段の場所まで行け!急げ!」

 

普段と違い余裕のないメルドさんの指示に、ただならぬ何かを感じわたわたと動き出すクラスの皆。

 

 

しかし皆が動き出したその時、橋の両端に魔法陣が現れる。階段側の魔法陣からは大量の魔物が出現し、反対側の魔法陣からは一体の巨大な魔物が現れた。

 

 

その巨大な魔物を見たメルドさんは唖然としながら、大粒の汗をかきながら言った。

 

 

「……まさか…………ベヒモス、なのか?」

 




いよいよ次回、ハジメが結界術で戦います。
ようやくここまで来た。


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8.解禁(前編)

ついにベヒモスとの戦闘回です。
長くなったので前後編にわけました。


階段側に現れた骸骨の魔物は“トラウムソルジャー”というらしい。

 

骸骨たちは大量の魔法陣から出現しており、その数は既に百体を超えているだろう。

 

 

一方、反対側に現れた魔物、“ベヒモス”と呼ばれたソレはまるでトリケラトプスのような体躯だった。頭部の角に炎を纏いこれまでの魔物とはまるで様子が違う。

 

「グルァァァァァァアアア‼」

「ッ⁉」

 

ベヒモスの咆哮で正気に戻ったのか、メルドさんが矢継ぎ早に指示を出す。

 

「アラン!生徒達をつれてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!何としてもヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段に向かえ!」

 

「待ってください!俺達もやります!あの恐竜みたいなやつが一番ヤバイでしょ!俺たちも………」

 

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら今のお前達では無理だ!ヤツはかつて“最強”と言われた冒険者でさえ歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!俺はお前らを死なせるわけにはいかんのだ!」

 

メルドさんの鬼気迫る勢いに一瞬たじろぐも天之河くんは「見捨てては行けない」と指示に従わない。

 

メルドさんが天之河くんにもう一度撤退しろと伝えようとすると、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。

 

それを止めようと、王国最高戦力が全力の障壁を展開する。

 

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さずー【聖絶】!」」」

 

 

三人同時に展開された純白に輝く半球状の障壁。短時間ではあるが何人の侵入をも防ぐ絶対の壁がベヒモスの突進を受け止める。

 

「くっ!」

 

衝突による凄まじい衝撃波に襲われ、撤退中の皆から悲鳴が上がる。転倒する者も数多くいた。

 

階段側に現れたトラウムソルジャーは今まで戦ってきた魔物とは段違いの戦闘力を誇る。

 

 

前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後方から迫ってくる恐ろしい気配にクラスの皆はパニックに陥っている。

 

隊列など無視して、我先にと階段へと走っていく。騎士団員のアランさんが必死にパニックを抑えようとするが、迫りくる脅威に怯え耳を傾ける余裕も無い。

 

 

(まずいな、このままじゃ死人が出かねない。なんとかしたいけど………)

 

あの骸骨相手でも、皆が訓練通りの動きをすることが出来れば恐らく負けないだろう。

 

だが、パニックに陥っている今の状況では普段通りの動きなど出来るはずがない。逆に近くにいる誰かを負傷させてしまう恐れがある。

 

 

すると、一人の女の子が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げた彼女の前には、一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

(まずい!)

 

誰もあの子が倒れたことに気が回っていない。

 

 

このままではあの子が骸骨に殺される。そうはさせまいと、全力で彼女の方へと走る。

 

 

 

 

~???side~

 

(あ、死ぬ)

 

そう思った。誰かに突き飛ばされてしまい転倒した。

 

転んだ痛みに耐えながら急いで立とうと顔を上げたら、そこには骸骨がいた。

 

剣を振り上げて私を殺そうとする骸骨の姿が、私の命を奪おうとする魔物の姿が、そこにあった。

 

 

なんてあっけないのだろう。ついこの間まで只の高校生で、恐ろしい魔物とか危ない戦いなんかとは縁が無かったのに。

 

突然よくわからない世界に連れてこられて、訳も分からず戦うことになって。

 

必死に戦う術を習ったのに、こんな簡単に死ぬの?

 

 

………ああ、ダメだ。振り下ろされる剣ははっきりと見えるのに、体が動いてくれない。

 

きっと誰も私なんて見てない。目の前の骸骨に後ろから来る化け物、そっちに皆意識が向いている。

 

 

私だってほんの数秒前までそうだった。立場が逆でも私は助けには行けないと思う。誰も助けてくれないことに文句なんか言えない。

 

 

(でも、私はまだ、死にたくない………誰か、助けて……)

 

 

誰も来ないとわかっていても、そう望まずにはいられなかった。

 

 

もう目の前まで剣が迫っていた。私は目を瞑った。せめて痛みを感じませんようにと……

 

 

 

…………けれど、いつまでたっても痛みは襲ってこなかった。

 

どうして?どうして痛みが無いの?…………なんで?

 

もしかして………もう死んでるの?

 

 

そう思い、恐る恐る目を開けると………私の目の前に剣があった。

 

いや止められていた。槍のようなもので骸骨の剣が止められていた。

 

 

………誰?こんな状況で、一体誰が?

 

 

槍で私を守ってくれたのは誰なのかと、槍の持ち主に目を向ける。

それは、その人は…………

 

 

================

 

 

女の子に振り下ろされた剣を済んでのところで槍を使って受け止める。

 

「ぐっ!」

 

さすがに骸骨の力は強く気を抜いたら押し切られてしまいそうだ。

 

 

(結界術を使おう!もう掟がどうこう言ってる場合じゃない!)

 

 

正直な話、今回の遠征では結界術を使うつもりは無かった。使わなければならないほど危険な状況にはならないだろうと思っていた。

 

 

不安ではあったけれど、メルドさん達騎士団の人達がちゃんと安全マージンを取っているだろうと。

 

事実メルドさん達は二十階層という浅い階層が安全を確保でき、僕らにとっても実りある訓練になるだろうと考えていたはずだ。

 

 

ただ、メルドさん達は徹底できていなかった。トラップの危険性をクラス全員に徹底できていなかった。

 

だから今、迷宮のトラップに引っ掛かり、窮地に追いやられている。

 

だがそれは仕方のないことだ。武器や魔法と違い、トラップの事は知識としてしか教えることができないのだから。

 

実体験が伴っていなければ、頭に残ることは難しい。

 

だから、メルドさん達を責めることはできない。

 

だがこのような状況では結界術を使わないなどと言ってはいられない。

 

 

(まずはコイツを倒す)

 

結界術を解禁することは決めたが、今のままでは骸骨を囲めない。

 

骸骨の剣を槍で受け止めているため、両手が塞がっているのだ。

 

(なら、囲まずに倒す!)

 

結界術は囲むだけが全てじゃない。身に纏うことだってできるのだ。

 

僕の場合、下手くそではあるが……

 

 

(絶界!)

 

サァーッと僕の全身を黒い結界、【絶界】が覆う。

 

本来、絶界とは自分の周りに黒い球状の結界を形成し領域内の自分以外のものを消し去る術である。

 

ただ僕の場合、身に纏うことしかできず敵を消し去ることもできない。

 

精々重傷を負わせるか、相手を吹き飛ばすくらいである。だが、今はそれで十分だ。

 

 

僕は絶界を槍にも纏わせることで、槍に触れているものさえも吹き飛ばす。

つまり骸骨を剣ごと後方へと吹き飛ばす。

 

そして一気に距離を詰め、槍に絶界を纏わせたままトラウムソルジャーの首を両断する。

 

「グゴォ!」

 

首を斬られた骸骨は、そのまま橋の下へと落下していった。

 

急ぎ女の子の方へと戻り無事か確認する。

 

「大丈夫⁉」

 

 

~???side

 

剣を受け止めていたのは、南雲だった。

 

クラスの中で最もステータスが低く、役立たずとか無能だとか言われている彼だった。

 

本職でもないのに槍を振り回している彼だった。

 

 

…………どうして南雲が?こんな状況じゃ、一番に逃げ出すはずの南雲が、どうして助けてくれるの?

 

 

「くっ!」

 

剣を受け止めておくのが辛いのか、南雲は苦悶の声を上げている。

 

………無理だよ、君じゃこの骸骨には敵わない。逃げて、このままじゃ君まで………

 

 

そう思った瞬間、逃げてくれと思った瞬間、異変が起きた。

 

南雲の全身を黒い何かが覆った。

 

まるで、()()()()()()()()かのような黒い何かだった。

 

(……なに、あれ?)

 

黒い何かはそのまま槍にまで及んでいった。

 

槍の先端まで覆われた瞬間、骸骨が吹き飛んでいった。

 

南雲は吹き飛んだ骸骨との距離を一気に詰めて首を斬り落とした。

 

 

(……一体、何が…どうなって……)

 

目の前で起きたことが理解できないでいると、南雲は駆け寄ってきた。

 

===============

 

「大丈夫⁉」

 

へたり込んでいる女の子に声を掛ける。目立った外傷はなさそうだったが、念のために確認する。

 

「えっ……あ、うん」

 

やはり怪我は無いようだが、まだ頭が追い付いてない感じだ。放心してしまっている。

 

けれどこのまま呆けている場合では無い。

 

「ほら!何とも無いなら、ぼさっとしてないで直ぐに立つ!」

 

「え⁉は、はい!」

 

「よし!」

 

立つことを促すと、彼女は勢い良く立ち上がる。

 

それを見て彼女に少しだけ微笑む。

 

「この非常時で、あんなに気味が悪くて強い化け物がいたら不安にもなるだろうし、怖いだろうけど…………今までやってきたことをやれば大丈夫だから、ね?」

 

「う、うん……」

 

彼女を落ち着かせるために声を掛ける。悠長に話している暇は無いが、だからって何も言わないのは得策ではないだろう。

 

せめて周りが見えるくらいには落ち着かせないと……

 

「あのさ、出来る範囲で良いから周りの皆に声を掛けてあげて欲しい。落ち着いてとか、陣形を組むようにとか言ってあげて。…僕は、天之河くん達を呼んでくるから。頼んで良い?」

 

「…わかった、やってみる」

 

「よし!じゃあお願いね…………………え~と………ごめん、誰さんだっけ?」

 

「……はぁ⁉そ、園部………だけど……」

「そうだった、()()()()さん。じゃあ、よろしくね」

 

そう言って、僕はベヒモスの相手をしている天之河くん達の方へと急ぐ。

 

今のパニックに陥った皆をまとめられるのは彼だけだ。

 

 

~園部side

「…………え~と……ごめん、誰さんだっけ?」

 

誰だっけって何⁉人の名前覚えてないわけ?

 

…………まぁ学校でも話したことは無かったし、そもそも南雲は人の名前なんて覚えていないのかもしれない。

 

だってオタクだし、三次元に興味無いとか言いそうだし…………

 

「………はぁ⁉そ、園部……だけど……」

 

ただ、聞かれてしまったので反射的に答えてしまう。どうせ直ぐに忘れるんだろうけど…

 

「そうだった、園部さん、()()()()さん。じゃあ、よろしくね」

 

………………………………ッ⁉は?

 

よろしくと、そう言って南雲は天之河君達の方へと走っていった。

 

 

けどそれどころじゃ無い。そんなことどうでも良い。

 

 

今アイツ私の名前呼んだの?園部優花って?私名字しか言ってないのに、なんで下の名前知ってんのよ⁉

 

下の名前だけ覚えてて名字忘れるとかある⁉

 

クラス名簿とか見れば皆のフルネームはわかるだろうけど………もしかして全員の下の名前まで覚えてるの?

 

 

それとも……

 

 

変な疑問を持ってしまい、結局南雲に頼まれたことにはなかなか手を付けられなかった。

 

 

 

~天之河side

 

ハジメが橋の末端で園部優花を骸骨の魔の手から救出している頃、依然としてベヒモスは障壁に向かって突進を繰り返していた。

 

衝突するたびに衝撃波が起こり石造の橋を揺らす。

 

障壁には既にいくつもの亀裂が走っており、突破されるのは時間の問題だった。

 

 

「くそ!もうもたんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前たちも早く行け!」

 

「嫌です!メルドさん達を置いて行くわけにはいきません!絶対、皆で帰るんです!」

 

「くっ!こんな時にわがままを……」

 

メルドは光輝達に撤退を指示するが、光輝はその指示に従わない。

 

メルドはあきらめているわけでは無く、この状況で少しでも全体の生存確率が高い手段を取っていた。

 

ベテランの勘を頼りに、ベヒモスの攻撃を障壁で受け止めながら押し出される形でこの階層を脱出するつもりだった。

 

 

だが、光輝はそれを理解できていなかった。どれだけメルドが説明しても光輝は“置いていく”ということが納得できず食い下がる。

 

 

それが、メルドや自分達だけでなくクラス全体をも危険に晒していることに光輝は気づいていなかった。

 

若さ故か、それとも自分の力を過信しているのかは定かではないが……

 

「光輝!団長さんの言う通りにしましょう!」

 

だが、雫だけはメルドの意図と今の状況を理解できているようだった。

 

日頃から光輝の暴走を窘め、一歩引いた立場で物事を見ているが故だろう。光輝の腕を掴み、撤退を促す。

 

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねえだろ?付き合うぜ、光輝!」

 

「龍太郎………ありがとな」

 

しかし、光輝の残るという意志に賛同する者がいた。

 

坂上龍太郎。彼の言葉に光輝は更にやる気を見せるが、雫は血気盛んな男子二人に苛立ちを見せる。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ!この馬鹿共!」

 

「光輝君!今は撤退した方が………」

 

「下がれぇーー!」

 

雫が光輝と龍之介に激昂し、香織も撤退を促そうとしたその時、メルドの悲鳴と同時に障壁が砕け散った。

 

暴風のような衝撃波が光輝達を襲う。

 

「くぅ!」「うわ⁉」「うぅ!」「きゃッ⁉」

 

皆それぞれ苦悶の声を上げる。最前線で障壁を張っていたメルド達は倒れ伏している。

 

「グゥオオオオオ!」

 

咆哮を上げ、なおもベヒモスは突進してくる

 

「まずい、メルドさん!」

 

「ぐぅ……くそ!」

 

受けた衝撃が相当大きかったらしく、メルド達騎士団の面々はまだ立ち上がれないでいた。

 

「龍太郎、雫、時間を稼いでくれ!」

 

「わかった、任せとけ!」

 

「…………やれることはやるわ!」

 

「香織!君はメルドさん達の治療を!」

 

「うん!」

 

光輝の指示の下、各々が役割を全うする。

 

龍太郎と雫が突貫して時間を稼ぎ、香織がメルド達の傷を癒す。

 

そして、光輝は魔法の詠唱を始める。

 

「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!神の息吹よ!全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!神の慈悲よ!この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!-【神威】!」

 

 

ロックマウントを倒した時とは比較にならない威力の斬撃が光輝の聖剣から放たれる。

 

放たれた斬撃は轟音と共にベヒモスに直撃した。

 

斬撃の余波で橋に大きな亀裂が入る。

 

龍太郎と雫は光輝が魔法を撃つ直前に離脱していたが、僅かな時間稼ぎであったにも関わらずかなりのダメージを負っていた。

 

「これなら………はぁ、はぁ」

 

「はぁ、はぁ、流石にやったよな?」

 

「だと良いけど………」

 

光輝は先の魔法でかなりの魔力を消費しており、肩で息をしていた。

 

光輝の傍に龍太郎と雫、さらに治療が終わったのかメルド達騎士団員も集まってくる。

 

「香織!連続で悪いが、直ぐに三人を回復してくれ!」

 

「はい!」

 

メルドの指示に従い、香織は直ぐに光輝達の治療を始める。

 

そんな中、徐々に砂埃が収まっていく。

 

その先には…………()()のベヒモスがいた。

 

「な!」

「嘘……だろ…」

 

光輝、龍太郎が驚愕の声を上げる。

 

渾身の魔法がまったく効かなかったことに動揺を隠せないでいると、ベヒモスは再び光輝達に突進してくる。

 

 

「くそ!俺たちがベヒモスを止める!光輝!お前はその間に他の三人をつれて今度こそ撤退しろ!」

 

「……い、嫌です!第一メルドさん達だけじゃ!?」

 

「これは命令だ!撤退するんだ!光輝‼」

 

「うわ!」

 

この期に及んでまだ、残ると言い張る光輝をメルドは香織達の方へと突き飛ばす。

 

もうベヒモスはすぐそこまで迫っていた。

 

「ダメ!」

「メルドさん‼」

 

雫と香織も思わず声を上げるが、もう間に合わない。

 

この場にいる全員がメルド達の死を予感したその時、

 

 

「方囲!……定礎!……結!」

 

 

聞き覚えのある声が響くと同時に青い壁が、否、青い結界が形成されベヒモスの方へと伸びていく。

 

そしてそのままベヒモスの巨体を押し返し、橋の末端まで吹き飛ばした。

 

 

「グモォォ――」

 

 

突然のことにベヒモスは何もできずに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

 

それを見ていた光輝が、龍太郎が、雫が、そして香織が一斉に振り向く。

 

 

そこに立っていたのは…………クラスの者たちに無能のレッテルを張られている()()()だった

 




後編へと続きます


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8.解禁(後編)




ベヒモス編後編です。



園部さんを助けた後、直ぐに天之河くん達の方へと走った。

 

見ればメルドさん達が張っていた障壁が壊されており、天之河くんが強力な魔法を放っていた。

 

二十階層の時とは比較にならない閃光と威力。だがベヒモスは無傷だった。

 

その事実に天之河くん達は信じられないといった様子で、動けないでいる。

 

(呆けてる場合じゃない!何してるんだ、まったく)

 

無傷のベヒモスを見て唖然としている天之河くん達を見てついそう思ってしまう。無傷のベヒモスは、なおも突進してこようとしている。

 

メルドさん達が自分たちを盾にして防ごうとしている。

 

(まずはアイツを遠くに追いやらないと話もできないな)

 

そう考え、結界術を発動する。

 

「方囲!………定礎!………結!」

 

メルドさん達の正面に位置指定し、奥行きのある長い結界を形成して突進してくるベヒモスを反対側まで押し返す。

 

僕に無警戒だったベヒモスは、雄叫びを上げながら吹っ飛んで行った。

 

直後、天之河くん達が一斉に振り向いた。皆一様に驚いた顔をしている。

 

「な!南雲⁉……今のは、君なのか?一体何を……」

 

「は?南雲⁉」

 

「……すごい、あの巨体を……吹き飛ばした」

 

「……南雲…君?」

 

四人とも何をしたのか尋ねてきそうな勢いだが、そんな時間は無い。

 

「天之河くん!早く撤退して皆の所へ行ってくれ!このままじゃ皆やられる!」

 

「い、いきなりなんだ⁉それより今のは君がやったのか?一体何を………」

 

「“それより”じゃないんだよ、天之河!」

 

「⁉」

 

一刻の猶予も無い中、天之河くんが僕の話を無視して別の事を話そうとするので、胸倉を掴み、乱暴な口調で強引に遮る。

 

普段と全く違う口調だったからか、天之河くんだけでなく他の三人、更には起き上がってきたメルドさん達も驚いた顔をしている。

 

「あれが見えるか、天之河!階段前で戦っているみんなが!あそこにいる魔物は時間を追うごとにどんどん増えてる!みんなパニックになっててまともに戦えてない!今あそこに必要なのは、一撃で魔物を一掃できる力と、皆をまとめるリーダーだ!わかるか!皆には君が必要なんだ、天之河‼吹き飛んでいったあの魔物を倒すことと、皆の命を守ること!どちらを優先するべきかよく考えろ!」

 

 

怒鳴った僕が指さした方を見て、混乱に陥り悲鳴を上げている皆を見て、天之河くんは逡巡する。

 

 

だがすぐに決断し僕の方を見て言った。

 

 

「…ああ、わかった。直ぐに行く!龍之介、雫、香織!急ごう!」

 

「お、おう!任せとけ!」

 

そう言って皆の方へと走り出す天之河くんと、後に続く坂上くん。

 

「……ええ、行くわよ!香織!」

「う、うん……」

 

さらに八重樫さんも続くが、白崎さんだけはまだ動けていなかった。

 

呆然として、しかしどこか心配そうな目で僕を見ていた。

 

「………()()()()

「へ⁉は、はい!」

 

だから、僕は呼んだ、彼女の名前を。微笑みながら、はっきりと。彼女にちゃんと声が届くように。

 

「向こうには傷ついている人もたくさんいる。早く行って、治してあげてください。それがきっと、()()()()()()ことに繋がる」

 

「う、うん///」

 

そう言って白崎さんは皆の方へ走って行った。

 

これで戦ってる皆に余裕が生まれるだろう。天之河くん達が行けばあの状況でも巻き返せるはずだ。

 

だが、まだだ……まだ足りない。もう一手、皆の士気を底上げするダメ出しの一手がいる。

 

「南雲………お前……」

「メルドさん達も行ってください!正直、天之河くんだけじゃ皆を纏め上げるには足りない!」

 

そう、メルドさんだ。僕らの教官たる彼の力がいる。

 

「しかし!」

 

「確かに天之河くんが行けばあの数の魔物をどうにかすることはできる!でもそれだけだ!皆、天之河くんに任せっきりになるだけだ!必要なんですよ、メルドさんの言葉が!メルドさん達教官の指示が!」

 

「く!だが、ベヒモスはどうする?我々が引いたら………」

 

そう、その問題が残る。橋の反対で既に起き上がってきているベヒモスをどうするのかという問題が。

 

「それは大丈夫です。アイツは、僕が相手をします」

 

「なっ、無茶だ!お前一人では!」

 

「さっきアイツを吹き飛ばしたのは僕ですよ?」

 

「だとしてもだ!さっきはベヒモスの隙を付けたが同じ手はもう………」

 

ベヒモスの相手を僕だけですると伝えると、メルドさんはそれを拒んだ。

 

たとえさっきはベヒモスに一杯食わせたとしても、次は無いと。

 

だから、僕は、ムキにならず冷静に、メルドさんと向き合って言った。

 

「メルドさん。前に言ってくれたじゃないですか。僕を『信じている』と」

 

「⁉」

 

「だから今回も、僕を『信じて』下さい」

 

メルドさんの目を見てはっきりと言った。本来こんな状況で言うようなことでは無い。

 

だが正直これ以外に言えることが無い。今まで本来の実力を隠してきたのだ。それで僕の力を信じろなんて普通に考えたら無理だ。

 

けれど……

 

 

「…………任せていいのか?」

 

どうやら、僕の意思はメルドさんに届いたらしい。

 

「はい、大丈夫です」

 

「…………わかった」

 

「な、団長⁉」

 

「お前ら!クラスの連中の元へ急ぐぞ!」

 

「待ってください団長!いくら何でも、彼一人では!」

 

「ならば!少しでも早く、コイツが撤退できるように全力を尽くせ‼」

 

「は、はい!」

 

メルドさんの指示に一瞬従えない素振りを見せた団員だが、メルドさんの言葉で前を向く。

 

「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな…………必ず助けてやる!だから…………頼んだぞ!」

 

「…はい」

 

そう言ってメルドさん達も走って行った。

 

その頃にはもうベヒモスは起き上がり、こちらに殺意を向けていた。

 

 

「助けるなんて………そんな意気込まなくても大丈夫だよ、メルドさん。この程度の敵、大したことないから」

 

メルドさん達が離れると僕はボソッとそう言った。

 

それが聞こえたのかベヒモスは一層強い殺意を向けこちらに向かって来た。

 

「さあ…すこし付き合ってもらおうかな、ベヒモス」

 

 

臨戦態勢をとり、ベヒモスと向きあった。

 

 

 

~階段前side~

 

トラウムソルジャーの個体数は依然増加し続けていた。

 

その数は優に二百を超えているだろう。階段側の橋の末端を埋め尽くす勢いだ。

 

だが、生徒が包囲されていないだけ幸運だった。もし包囲されてしまっていたら、既に多くの生徒が命を落としていただろう。

 

いまだ誰一人命を落としていないのは騎士団員達が必死に生徒をカバーしていたからに他ならない。

 

だが、騎士団の者たちも満身創痍となり徐々に支援が行き届かなくなる。

 

大半の生徒はまだパニックから抜け出せておらず、今までやってきた訓練も何のその、魔法を使うでもなく無茶苦茶に武器を振り回していた。

 

ハジメが助けた園部が微力ながら声掛けをしたおかげで、冷静さを取り戻し連携を取り始める者も少なからずいた。

 

だが、敵の数が多すぎる。いよいよ全員の限界が近づき、皆がもうダメかもしれないと、そう思ったとき………

 

 

「―【天翔閃】!」

 

 

純白に輝く斬撃がトラウムソルジャーを飲み込んだ。

 

ある個体は消し飛び、またある個体は橋から落ちて奈落へと消える。

 

 

「皆!諦めるな!道は、俺が切り開く!」

 

そんな言葉と共に、再び【天翔閃】が炸裂する。

 

駆けつけた光輝のカリスマにクラス全員の顔に希望が宿る。

 

「お前達!訓練を思い出せ!さっさと連携をとらんか!馬鹿者が!」

 

遅れてきたメルドもまた強烈な斬撃を撃ち敵を一掃する。

 

いつも通りの頼もしい声にクラス全員の士気がより一層高まっていく。

 

龍太郎に雫、香織も駆けつけ、階段前の攻防が一気に優勢に傾き始める。

 

治療魔法に適性がある者がこぞって負傷者を癒し、全体が本来の連携を取り戻していく。

 

 

前衛が隊列を組んで迎撃することで後衛を守り、後衛は強力な魔法で前衛が抑えた敵を倒していく。

 

 

徐々に敵の発生速度を敵の殲滅する速度が上回っていく。そして遂に階段への道が開ける。

 

 

「皆!続け!階段前を確保するぞ!」

 

光輝が先導しクラス全員がトラウムソルジャーの包囲網を突破していく。

 

全員が突破した後、背後で再び橋との通路を骸骨が満ちるのをメルドや他の騎士団員が魔法を撃って阻止していく。

 

クラスの者はメルド達の行動に疑問を抱く。階段は目の前にあるのに何故登ろうとしないのかと。

 

 

「全員、待て!まだ階段を上るな!南雲がたった一人であの怪物を抑えている!」

 

 

メルドの言葉をすぐには理解できないクラスメイト達。

 

全員何を言ってるんだといった表情だ。なんせ皆そろってハジメのことを無能だと思っているのだから。

 

それは、実際にハジメに助けられた光輝達も同じだった。

 

 

しかしトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこにはたしかにハジメの姿があった。

 

 

あったのだが………

 

 

 

「見えるだろう!坊主があの化け物…を………!」

 

「………嘘」

 

「………何?あれ?」

 

 

“南雲が化け物を抑えてる”と言おうとしたメルドだったが、ハジメとベヒモスの方を見た途端、絶句した。

 

他の者も同様だった。香織と雫だけはかろうじて言葉を紡いだが、それでも目に映る光景を信じられないでいた。

 

 

 

全員の目線の先で、ベヒモスは()()()になっていた。

 

 

===============

 

 

 

メルドさん達を見送った後、僕はベヒモスと対峙していた。

 

吹き飛んで行ったベヒモスは橋の末端の先、奥へと続く通路の前にある開けた場所で、こちらに突進してこようと身を低くして構えている。

 

 

(折角アイツが広い場所にいるんだから、あそこで対処しよう)

 

 

これ以上橋で戦ったら、この橋が落ちるかもしれない。

 

まだ橋で皆が戦っている。今この橋を落とす訳にはいかない。

 

故に、まずはベヒモスを広場で足止めすることを決める。

 

そうこうしているうちにベヒモスはこちらに突貫してきた。

 

その瞬間にベヒモスの右後ろ脚だけを結界で囲む。

 

「結!」

 

 

全力で走ろうとしている相手の片足だけを結界で囲んだ場合どうなるか。

 

簡単だ。前に出るはずの足が出ず、つんのめって転倒する。

 

「グゴォッ⁉」

 

転けたベヒモスは腹から地面にぶつかった。

 

あまりダメージはなさそうだが怒らせるには十分だったようで、ベヒモスが一際大きな咆哮を上げる。

 

 

「グウォォォォォォ‼」

「うるさいな…結!」

 

ベヒモスの咆哮を止めるために、今度は奴の頭の真上に位置指定して結界を形成し、地面へと叩きつける。

 

「グボォォ⁉」

 

地面に顔がめり込み、ベヒモスが苦悶の声を上げる。

 

 

その時後ろから轟音が響く。どうやら天之河くん達が皆のもとへと到着したらしい。その時にロックマウントを屠った魔法をぶっ放したようだ。

 

(まだ…時間が掛かるかな)

 

ベヒモスの方へ視線を戻すと、既にベヒモスは起き上がっていた。さらに頭部が赤熱化しており、マグマのように燃え滾っていた。

 

ベヒモスは後退して助走をつけ、こちらに向かって突進してきた。

 

(また突っ込んで来る気か。芸の無い奴…)

 

また突進してくるのだろうと高を括っていたのだが、次の瞬間ベヒモスは上に跳躍した。

 

そのまま赤熱化した頭を下に向けて、まるで隕石のように落下してきた。

 

一芸だけでは無かったらしい。どれほどの威力にせよ、あんな巨体が落ちてきたら只じゃすまない。

 

「芸が無いなんて言ってごめんよ。…方囲!…定礎!…結!」

 

謝りはするものの、容赦はしない。

 

落ちてくるベヒモスの更に斜め上に位置指定し、結界を斜め下に向けて形成することで、ベヒモスが助走をつけた位置よりも更に奥に叩きつける。

 

「グガァァァ」

 

地面に叩きつけられたベヒモスの顔は苦痛に歪んでいた。

 

顔に着いた砂利を払うためか、それとも痛みを和らげるためか、左右に頭を振っている。

 

「空中で自由に動けないなら、飛んじゃダメだよ。あれじゃ的にしかならない」

 

「グウォォォォォォーーーー!」

 

ダメ出しをすると余計怒らせてしまった。今まで以上に力強く突進してくる。

 

ここはあえて、小細工なしで正面から受け止めることにする。

 

 

「壊せるものなら、壊してみろ!…結!」

 

大きな結界でベヒモスを丸ごと囲い込む。グモォォっと叫びながら結界内の壁に体を叩きつて壊そうとしているが、その程度じゃいつ迄たっても壊れることはない。

 

 

軽く後ろを振り返ると、皆ようやく骸骨の群れを突破し始めた。

 

(あと、少し…………敵を滅さずに戦うのは結構大変だな。いつも直ぐに滅してたからな)

 

 

そう、本来ならば早期にベヒモスを滅することはできた。

 

最初に橋からこの開けた場所に吹き飛ばした時点でどれほどの強さなのかは大体掴んでいたし、片足だけを囲んだときに奴の膂力も把握できていた。

 

だから、すぐにでも滅することはできたのだ。

 

だが、敢えてそうしなかった。

 

 

ここで皆の目からベヒモスが突然いなくなれば、余計な不安を抱かせてしまうかと思った。

 

風景に擬態して近づいてきているのではないか、地面を潜って下から攻撃してくるのではないかといらぬ不安を募らせる可能性があった。

 

 

だから足止めするのがベストだと思ったのだ。

 

「グウォォォーー」

 

ベヒモスはいまだにズドーン、ズドーンと体を叩きつけて結界を壊そうとしていた。

 

奴が勢いをつけて結界の壁に体当たりしようとするその瞬間に…

 

「解!」

 

結界を解いた。ベヒモスは勢いそのまま転倒し、数m転がっていく。

 

再び立ち上がり見せた顔は、もはや悪鬼のそれだ。

 

(すごい表情(かお)してる。怒ってるな、あれは完全に)

 

今までと比にならないほどの怒りの形相になっていた。

 

当然だ、ベヒモスにしてみれば命を奪う対象である人間を蹂躙できず、こんな所で足止めを食らっているのだから。

 

「君の怒りは尤もだけど、こっちも通す訳にはいかないんだ………結!」

 

そう言って、僕はベヒモスの首や前脚、後ろ脚に背中や腹などあちこちに位置指定し、小さな結界をいくつも形成する。そして、そのまま体のあちこちを同時に滅却する。

 

「滅!」

「グギャァァァァーーー!」

 

全身の至る所を滅せられ、ベヒモスは悲痛な声を上げる。

 

負傷した箇所は傍から見ると抉れたようになっている。

 

傷口の全てから血が流れだし、ベヒモスの動きが鈍くなる。

 

その隙を見逃さず、もう一度同じ場所に位置指定し、そのまま奴の傷口に向かって数個の細い結界を形成する。

 

「結!」

「グゴアァァァァ!」

 

ぐちゅり、という音と共に数本の細い結界がベヒモスを貫通し串刺しにする。

 

「グゴォ……ガァァァ…」

 

串刺しにされ、悲鳴すらまともに上げられないベヒモスを他所に、振り返って皆の様子を確認する。

 

皆既に骸骨の群れを完全に突破しており、こちらの様子を窺っている。

 

よくは見えないが、皆驚いた顔をしているようだ。

 

まあ、あれだけ怖い思いをさせられた化け物が串刺しになっていたら、びっくりもするだろう。

 

「足止めはここまでかな………解!」

 

そういって串刺しにした結界を解除する。途端、一気に傷口から血が噴き出した。文字通りの血の雨だ。

 

痛みと出血でへたり込んだベヒモスを一瞥し、結界で囲む。

 

 

「さようなら、ベヒモス…………滅!」

 

別れの言葉を添えて、ベヒモスを完全に滅却する。

 

(皆のところへ急ごう。少しでも早くこの階層から撤退しないと)

 

 

そう思い、ボロボロになった橋を僕は駆けていった。

 




第8話「解禁」前後編いかがでしたでしょうか。
面白かったら感想下さい。


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9.不信と告白


第9話始まります。



ベヒモスを滅却し、皆の方へと急ぐ。

 

激しい戦闘でボロボロになった石畳、生々しい血痕、武装の破片。

 

来た時とはまるで違う様相の橋を駆けていく。

 

そろそろ橋を渡り終えるかというところで、階段前で皆が抑え込んでいた骸骨が一斉にこちらに向かってきた。

 

橋を渡る者を優先して狙えと命令(プログラム)されているのか、単にベヒモスの敵討ちか。

 

いずれにせよ敵となるなら倒すまで。

 

「結!…滅!」

 

もう時間稼ぎは必要ないので一息に滅する。

 

集団から離れていた数体は滅しきれなかったが、両手で数えられる数なので問題ないだろう。

 

そのまま橋を渡り終え、皆のもとへと合流する。

 

「はぁ、はぁ………メルドさん!戻りました!」

 

「………あ、ああ!全員、気を緩めるな!全力で迷宮を離脱する!………南雲、お前は最後尾で後方からの襲撃に対処してくれ!」

 

「了解です」

 

「よし、行くぞーー‼」

 

この場にいる全員、心身ともに疲労困憊ではあるが、迷宮からの生還を目指して最後の力を振り絞る。

 

 

全員が広場から階段に移動したのを確認し、僕も移動を開始する。

 

振り返ると既にトラウムソルジャーの数が十数体にまで増えておりこちらに向かって来ていた。

 

ただ今回は全ての骸骨がかたまって移動して来ていたので、一体も逃さずに囲い込む。

 

「包囲!…定礎!…結!……滅!」

 

ダメ押しにもう一度トラウムソルジャーを滅却して皆の後を追う。

 

==============

 

 

上へと続く階段は想像以上に長かった。感覚的には三十階以上は上っているだろう。いい加減足が重くなってきた。

 

(まだつかないのか?)

 

そう思っていると、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。

 

騎士団員の人がフェアスコープでトラップか確認しているが、どうやらそうでもないらしい。

 

メルドさんが壁の魔法陣を起動させ、壁の向こう側へと進めるようになった。

 

メルドさんを先頭に皆壁の向こう側へと進んでいく。

 

そして壁を抜けた先は………僕らが元々いた二十階層だった。

 

「ここは!」

「戻ってきたのか⁉」

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

クラスの皆が安堵の吐息を漏らす。中にはへたり込んで涙を流している人もいる。

 

だが、ここで立ち止まる訳にはいかない。

 

最大の危機を乗り越えたとしてもここはまだ迷宮の中だ。気を休めて良い場所ではない。

 

「お前達!座り込むな!ここで気を抜いたら帰れなくなるぞ!魔物との戦闘を極力避け一気に地上へ帰還する!もう一踏ん張りだ、行くぞ!」

 

 

休ませろという皆の無言の訴えをメルドさんは睨むことで封殺する。

 

皆もふらふらと立ち上がり、ぞろぞろとメルドさんについて行く。地上まであと少しだ。

 

 

==============

 

二十階層からここまで戦闘を最小限に控え、もし戦闘になっても騎士団員が瞬殺してきた。

 

そしてついに地上へと辿り着いた。

 

皆安堵の表情を見せ、ある者は座り込み、またある者は大の字になって横になる。

 

全員が生き残ったことを喜んでいた。しばらくは皆動けないだろうが、特に問題は無いだろう。

 

メルドさんだけは迷宮の入り口にある受付に何か報告を行っている。

 

(ふぅ~やっと着いた……何はともあれ全員無事で良かった)

 

かく言う僕も足を伸ばして座り込んでいた。なんだかんだ言って、この世界に来て初めてのまともな戦闘だったので少々疲れた。

 

環境が変われば多少なりとも調子に影響するとは言うけれど、全くその通りだ。

 

 

すると、橋で助けた園部さんが歩み寄ってきた。

 

「南雲……」

「やあ、園部さん。お疲れ、大丈夫?」

「うん…そんなに酷い怪我はしてないから」

「そっか。それはよかった」

 

そんな何でもない話をする。疲弊してはいるが、本当に怪我はしていないのだろう。

 

「あ…あのさ……」

「ん?」

「え~と…その…」

 

なんとも歯切れ悪い園部さん。何か言おうとしているのはわかるが、何だろうか。

 

「…………あ、ありがとね。助けてくれて……」

「ん?……ああ。いや、別に良いよ。…誰だって同じようにするさ」

 

恐らく橋でのことを言っているのだろうが、別に特別なことじゃない。あの状況なら誰でも同じことをする。それが偶々僕だったというだけ。

 

「…だとしても、だよ。……お礼を言わなくて良い理由にはならないから」

「そ、そっか」

「うん…………じゃ、じゃあ//」

 

思わぬ返しに一瞬言葉に詰まる。園部さんはそう言って友達の方へと小走りで戻っていく。

 

去り際、園部さんの顔がやや赤くなっているように見えたが、どうかしたのだろうか?

 

まあ普通に走っているし、問題ないだろう。

 

すると今度は白崎さんが近づいてきた。傍らには八重樫さんもいる。

 

「南雲君……」

「お疲れ様、二人とも。……どうかした?」

「どうかしたって……あんたねぇ」

「……」

 

八重樫さんはどこか呆れた様子で、白崎さんは無言でこちらを見ていた。顔に何かついてるのかな?

 

「君、あんなに強かったのね。私達が手も足も出なかったあの化け物を簡単に倒せてしまう程に」

「……まあね」

 

八重樫さんが尋ねてきたので、肯定する。どうやら二人ともそれが聞きたかったらしい。白崎さんも続いて聞いてくる。

 

「………串刺しに、してたもんね」

「うん、なかなか大人しくならなかったから」

「……………………」

 

聞かれたことに答えただけなのだが、白崎さんは押し黙ってしまった。

 

「……………な、南雲君は…」

「南雲!」

 

白崎さんが何かを言おうとしたところで、誰かが僕の名前を呼んで割り込んできた。

 

「南雲!さあ、洗いざらい吐いてもらうぞ!何故君のような奴がそれほどの力を持っているのか、何故あの化け物を倒せたのか!」

 

大声で僕を呼んだのは、天之河くんだった。

 

洗いざらい吐けって、そんな悪者みたいに言わなくても……

 

「……そうだよ、たしか南雲のやつ…」

「あの恐竜みたいな魔物、倒してた…よね?」

「見間違いだろ?あの南雲だぜ?」

「南雲君があんな化け物倒せる訳無いよ」

「じゃあなんであの化け物は急に消えたんだよ?」

「それにあの骸骨だって一度にたくさん倒してたよ?」

 

天之河くんの発言で皆、頭の隅に追いやっていた疑問が蘇ったらしい。口々に橋での僕の戦闘について言い合っている。

 

「ここまでは撤退を優先して聞き出せなかったが、ここはもう地上!危険も無ければ、邪魔も入らない!クラスの皆がいる此処で、言い逃れできると思うなよ!」

 

だから人を(やま)しい事をした奴みたいに言わないでほしい。というか言葉選び下手くそか。言い逃れって………

 

「………別に、話すのは良いけど……その事は明日、ゆっくり話すよ」

「な、何?」

「みんな疲れきってるし、今日はもう休もう。しっかりご飯を食べて、ぐっすり寝て、話はまた明日にしよう」

「ふ、ふざけるな!この期に及んで、まだしらを切るつもりか!」

 

納得がいかないとさらに語気を強める天之河くん。

 

「周りを見なよ、天之河くん。皆もう休みたいって顔してるよ?こんな状態で話をしても頭に入らないよ。それとも、皆の休息より君の知的関心を満たす方が大事?」

「くっ!良いだろう。精々今日の内にマシな言い訳を考えておくんだな!だが、僕を騙せるとは思わないことだ!必ず君の化けの皮を剥いでやる!」

 

そういって天之河くんは引き下がった。もしかして初めてじゃないか?天之河くんに口論で勝ったの。

 

しかし、どうしてそう僕を悪者にしたいのだろうか。言い訳だの、化けの皮だの。

 

「さあ、お前達!宿に戻るぞ、南雲が言った通り今日はしっかり休んでおけよ!」

 

いつの間にかメルドさんが戻って来ており、僕らは宿へと向かうことになった。

 

 

===============

 

 

翌朝、朝食を食べ終わった後、僕らは宿にある大広間に集まっていた。

 

そこでメルドさんによる昨日の迷宮での戦闘の反省会が行われた。

 

「二十階層までは皆訓練通りの動きが出来ており、初めての迷宮探索では及第点といったところだろう。だが問題はその後だ。まず檜山、あれほど迷宮では勝手な行動をするなと言っておいたはずだ。それをお前は無視し、グランツ鉱石の採取に向かった。それが原因で皆を危険に晒した。いいか、今後二度と軽率な行動をするなよ!」

「はい…………すいません」

 

檜山くんが名指しで注意を受ける。だが、これは檜山くんだけの問題ではない。この場にいる全員が肝に銘じておかなければならない。

 

迷宮の罠は命をも失いかねない危険なものであるということを……

 

「次に天之河、坂上。お前達は俺の指示を聞かずベヒモスと戦おうとしたな。俺たちを思ってのことかもしれんが、非常時においては上官の指示に従え」

 

次に名前を呼ばれたのは天之河くんと坂上くんだった。

 

「待ってください!確かに俺はメルド団長の指示に背きました!でもあの状況で誰かを置き去りにして逃げるなんて俺には………」

 

「それであの場にいた全員がやられたら意味がないだろう!それにあの時俺は言ったはずだ、犠牲になるわけでは無いと、ベヒモスの攻撃をしのぎつつ撤退を図ると。その為には橋を塞いでいるトラウムソルジャーを倒さねばならなかった。だからお前たちを先に撤退させトラウムソルジャーの掃討とクラスの者達の補助を指示したんだ」

 

「…………」

 

「いずれお前は勇者としてここにいる者達を導いていく立場となる。その時正確な判断を下せるように、今は俺たちの指示に従え。未来のためにな」

 

「…………はい」

 

天之河くんは最初メルドさんの言葉に難色を示したが、メルドさんに諭され納得したらしく、それ以上食い下がることは無かった。

 

 

「そして最後に………全員気になっているだろうが…………南雲、お前のあれは…何だ?」

 

そう言ってメルドさんが僕に尋ねてきた皆の視線が僕に集まる。

 

するとさっきまでメルドさんに諭され意気消沈していた天之河くんが元気を取り戻す。

 

「そうだ、南雲!今日こそお前の隠している秘密をしゃべってもらうぞ!何故あんな力を君が持っているのか、何故君がベヒモスを単独で倒せたのか、どうして俺たちに黙っていたのか、全てな!」

 

さっきまで自分が色々と言われていたくせに。話題が僕のことになった途端ペラペラと。

 

「…………何故って、僕はこの世界に来る前から結界術が使えたからだよ。ベヒモスを倒せたのも元の世界でずっと妖と戦ってきたからさ。あれくらいの敵とは頻繁に戦っていたから、大して手強くもなかったよ。黙っていたのは、それが掟だからだよ。一般人に異能について話してはならないという掟。だから黙ってた」

 

「…………な、何?」

 

天之河くんだけでなく、話を聞いていた人たち全員がポカーンとしていた。

 

理解が追い付いていないらしい。まあ、いきなりこんな事を言っても伝わらないか。

 

「ふ、ふざけるな‼そ、そんな話信じると思うのか‼」

 

「信じてくれとは言ってないよ。僕はただ話せと言われたから話しただけだよ。信じるかどうかは皆次第だよ」

 

「くっ………」

 

僕の言葉に天之河くんは押し黙り、キッと睨んでくる。

 

「……南雲、もう少し詳しく話してくれ」

「…何をですか?」

「まず、この世界に来る前から結界術が使えるという点についてだ」

 

天之河くんが何も言わなくなると、今度はメルドさんが詳細について尋ねてきた。

 

「その点に関しては特に掘り下げることは無いです。僕の家系が先祖代々、結界術の異能を継承してきたというだけです」

 

「…それは何故だ?」

 

「僕の家系は先祖代々『ある土地』を妖から守ってきました。妖というのは妖怪のことで、この世界のゴーストみたいなものです。その妖から土地を守るために、結界術を継承してきました」

 

念のため妖についても説明を入れておく。わかってないまま話を進めても混乱するだろう。

 

「…お前たちが居た世界にも魔物がいるのか?」

「この世界の魔物の数に比べれば少ないのかもしれません。けど、そのぶん強いものが多いです」

 

淡々と質問に答えて言っているが、まだ皆“何言ってるんだコイツ”みたいな顔だ。

 

「…………掟で話せなかったというのは?」

 

「元の世界には異能者を統括して取り仕切る組織があります。その組織が定めた掟、“異能者は非常時を除いて一般人に自らの異能を開示してはならない”。古くからある絶対遵守の掟です」

 

「…………それは、矛盾してないか?」

 

「どこがですか?」

 

「それはつまり、非常時であればお前の能力を見せていいのだろう?お前たちにとってこの世界で戦うことは非常時ではないのか?」

 

まあ、そこに引っ掛かるよな普通…………

 

「…非常時ではないですよ。皆この状況を受け入れている。これが当たり前であると認めている。当たり前であるなら、つまり非常時ではない」

 

「ふ、ふざけるな!」

 

メルドさんの質問に答え終わると誰かが異議を唱えてきた。

 

「俺たちはこの状況を受け入れたわけじゃない!そうしないと帰れないから、仕方なく戦っているだけだ!」

 

言っているのが誰なのかはわからないが、彼の言う事もわからなくもない。だが、

 

「それは違うよ。皆あのイシュタルという人の前で言ってたじゃないか、“戦う”って。自分の意思で戦う道を選んだ……この世界において魔人族との戦いは“当たり前”の事だとイシュタルさんは言っていた。僕らの世界では戦うことは普通じゃないけど、この世界では普通なんだ…………戦うことを受け入れた時点で、僕らにとっての非常時は非常時ではなくなるんだよ。だから皆には僕の異能について話さなかったんだ」

 

「…そ、そんなのただの屁理屈じゃねえか!」

 

「確かに屁理屈かもしれない。でも、屁理屈を並べてでも掟を破る訳にはいかなかったんだ。掟を破れば罪に問われ、罰を受ける。それだけは避けたかった。だから誰が見ても非常時といえる時が来るまでは本当の結界術は使えなかった」

 

そう。異能を使わず、話すこともしなかったのは掟を破った際の罰があまりにも大きいからだ。

 

ともすれば結界師を続けられなくなる恐れすらある。そんな危険は冒せない。

 

「…クラスの者に話せなかった理由はわかった。では何故俺たちにも話せなかったんだ?」

 

異議を唱えた誰かに答え終わった後、さらにメルドさんが尋ねてきた。

 

「メルドさん達は僕らの世界の異能について何も知らないでしょう?逆説的に知らないということは非常時に陥った人ではないということ、だから伝えませんでした」

 

「…………そうか」

 

「…僕からは以上です」

 

メルドさんの質問に答えた後、周りを見渡した。皆僕の話は全く理解できないといった顔だ。

 

だが、これは揺らぐことのない真実だ。皆がどう思おうとそれは変わらない。

 

 

他に質問も無さそうだったので僕は話を終わらせたのだが、

 

「待て南雲!まだ話は終わってない!」

 

終わらせてくれない人間が一人。誰あろう天之河くんである。

 

「まだ何か?」

 

「ああ、あるぞ!君は掟があったから力を使えなかったと言ったが、結局の所それを理由に皆を守ることを怠っていただけだ!君が最初からその力を使っていれば皆が危険な目に合うことは無かった!掟がなんだ!目の前で危険な目に合っている仲間がいるなら、それを助けることこそ何より優先するべき事のはずだ!君はただ己の怠慢さを、掟という言葉を使って理論武装しているだけに過ぎない!」

 

 

 

 

「……守ってもらえなきゃ戦えないなら、最初から戦うなよ」

「な、何だと?」

 

本当、天之河くんの言い分にはいつもイライラする。

 

綺麗ごとを並べているだけの上っ面な言葉。そんな言葉には何の意味もないことに何故気が付かないのか。

 

「君が言ってるのは、守ってもらえないと戦えないって言ってるのと同じなんだよ。戦うことを選んだのは自分自身だろ?自分で危ない道を進むことを選んだなら、誰かに守ってもらうことを期待するなよ」

 

「ふ、ふざけるな!力を持たない者を守るのが力ある者の義務だ!」

 

「そんな義務は君の中にしかない。押し付けるのは止めて欲しい。そもそも戦うことが危険な事かもしれないってことは誰もが予想できた事だろ?それでも遠征に参加したんだ、それはもう自己責任でしかないよ」

 

「くっ、君という奴は…………」

 

天之河がなにか怒っているがどうでもいい。彼の癇癪に付き合う気は無い。

 

「…………せっかくだから言うけど、魔物との戦いは本当に危険な事なんだ。なまじ強い力を最初から持っているから、皆まだ気が付いてないのかもしれなけど。戦闘中ふとした事で腕を()がれたり、足を千切られたり、内臓を抉られたり、生きたまま喰われたりするんだ。今回のようにあっさりと死の危険に陥ることだってある。漫画や小説のように最初から最後まで無双できることなんてないんだ」

 

 

せっかく皆が僕の話を聞いてくれているから、伝えたいことを伝えておこう。どこまで伝わるかはわからないけど。

 

「さっきはああ言ったけど、僕は別に皆に死んでほしいわけじゃない。むしろその逆、死んでほしくないさ。けど皆は自分で戦う道を選んだ。たとえそれしか道が無かったとしても選んだんだ。ならそれは尊重されるべきものだ…………でも、この機会にもう一度考えてほしい。このまま戦っていくのか、それとも戦わない道を選ぶのか。今回の遠征を踏まえながら、もう一度」

 

「な、何を言い出すんだ南雲!僕たちは戦って魔人族を打倒さない限り元の世界には帰れないんだぞ!」

 

「それを確約した人はいないだろ?」

「そ、それはイシュタルさんが……」

「イシュタルさんはエヒト神が叶えてくれる()()()()()()と言っただけだ。本当にそうなるかは誰にもわからない」

「だから戦っても意味がないなんて言うのか!」

「戦うだけが全てじゃない。戦うこと以外にもできることは沢山ある。わざわざ望んでもいない危険な道を進むことは無い」

 

本当の事だ。この異界の神が僕らを送還してくれる保障は何処にもない。

 

それに戦わずともサポートに回ったり、情報を集めたり、出来ることはたくさんある。適材適所というやつだ。

 

「だ、だがそれではこの世界で苦しんでいる人々を救う人間が減ってしまう!戦える者が多ければ、それだけ救える人の数は増えるんだ!」

「じゃあその“苦しんでいる人”の中にクラスの皆は入っていないのか?」

「そ、それは…………」

「無理やり戦わされることは苦痛でしかない。それでも皆に戦えと、君は言うの?」

「……………………」

 

天之河くんは今度こそ完全に沈黙する。

 

苦しんでいる誰かを助けることが正義だと思っている天之河くんにとって、皆を無理やり戦わせて苦しませることは悪でしかない。

 

もちろん戦いが苦しくなく、自分にとって生きがいだと言う人もいるかもしれない。

 

だが、そう思わない人も一定数いるのは事実だ。だから、天之河くんがこれ以上この話に口を挟むことは無い。

 

「皆もう一度考えて、選んでください。誰かに言われたからではなく、誰かがそうしているからでもなく、自分で自分が後悔しないと思える道を」

 

 

そう言って、僕は頭を下げた。本来こんな事、頭を下げてまで頼むようなことではない。

 

それでもこのまま皆に戦い続けて欲しくはなかった。このまま戦い続けて、万一の事が起きてしまったら。

 

きっとどうしようもないほど無念だろうから…………

 

 

僕が話し終えた時にはもう、日は傾き始めていた。

 

 

 




何日もかけて書くと、何が書きたいのかわからなくなってきますね。

次回、ハジメの意外な特技が披露されます。乞うご期待!


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10.それぞれの選択

大学の課題をやっていたので時間がかかってしまいました。


ホルアドの町から王宮に戻って五日が過ぎた。

 

この五日間はメルドさんの計らいで訓練は延期となっていた。

 

あんなことがあってすぐにまた訓練というのは酷だろうという判断らしい。

 

また、僕が皆に言ったこともこの五日間で考えて欲しいとも言っていた。

 

少々短い気もするが、トータス側としても早急に対魔人族の備えを整えたいらしい。

 

皆の選択は明日それぞれがメルドさんに伝えることになっている。

 

(さて、皆はどうするのかな…………)

 

皆がどういう選択をするにせよ、僕は僕のやるべきことをやるだけだ。

 

結界師としてこの世界でやるべきことは一つ。

 

『結界通路』の形成、それだけだ。

 

『結界通路』は文字通り、空間と空間を繋ぐための道だ。これを完成させれば元の世界に帰ることができる。

 

ただ問題は山済みだ。『結界通路』を作るためには空間の歪みを見つけなければならない。通路を作ろうにも歪みが無ければ作れない。

 

それにその歪みを僕自身が目視できるようにもならなければならない。見えないものはそもそも探せないのだ。

 

そして一番の問題は、通路を作り安定させられるようにならなければならない。

 

どれも、今までの修行では一度もやったことが無い。知識として知っているだけで実際にやったことは無い。

 

しかし、やらねばならない。異界の神が当てにならない以上、帰り道は自分で確保しなければならない。

 

 

その為にも、僕はこの世界で修行を積む必要がある。目を養い、歪みを見つけ、通路を維持する修行を積まなければ。

 

 

だからこそ下準備が最も重要なのだ。結界師として己を鍛え、結界師として戦い、結界師としての務めを果たすために、()()は必要不可欠なのだ。

 

 

全ては日本に帰るために…………

 

 

 

 

==============

 

白崎&八重樫サイド

 

 

ホルアドから戻って五日目、香織と雫は共に今後について話し合っていた。

 

「…雫ちゃんは、この先どうするか………決めた?」

 

香織が不安そうに雫に尋ねる。

 

「私は………戦うわ。確かに今回みたいに危ない目に合うかもしれないけど………魔人族を倒すことで日本に帰れる可能性が僅かでもあるのなら、それに賭ける」

「雫ちゃん………」

 

不安そうに、しかしはっきりと雫は答えた。自らの意思で戦う道を選んでいた。

 

その姿に香織は「やっぱり雫ちゃんはすごいな」と改めて雫の強さに感心した。

 

 

「香織はどうするの?」

「私は………まだ、わからない」

 

雫にこんな質問をしているのも、香織本人がまだ答えを出せていないからだ。

 

だがそれは、戦うことが怖いからというわけではなかった。

 

遠征で明らかになったある事実が頭から離れず、この先の事についてしっかりと考えられていなかった。

 

 

「…………南雲君のことで、悩んでるの?」

「うん………」

 

香織が気になっている事。それは他ならぬハジメのことであった。

 

香織はハジメのことを力で抗うのではなく、心で抗う人だと思っていた。

 

心で戦うハジメだからこそ強い男性(ヒト)だと思っていた。

 

だが違った。ハジメは誰よりも強い力を持っていた。

 

 

魔物とはいえ簡単に命を奪えてしまう程に。

 

 

それ故に香織はわからなくなっていた。一体どちらが本当のハジメなのか。

 

自分が見た土下座していた彼も、掟のために力を使わなかっただけで、掟が無ければ平気で異能を使ったのだろうかと…………

 

自分が信じた彼は最初からいないのではないかと…………

 

 

「そんなに気になるなら、本人に直接聞いてみれば?」

「………え?」

「だから、自分が惚れた相手に直接聞けばって言ってんのよ」

「いや、でも………」

 

雫の言っていることはわかる。香織だってこの五日間考えなかったわけでは無い。

 

ただ、怖かった。もし自分の予想が当たっていたらどうしようと……

 

「他人の事を一人で考えたって答えなんて出ないわよ。はっきりさせたいんでしょ?」

「それは、そうだけど…………」

 

香織自身よくわかっていた。本人に問うことが一番であると。

 

だがあと一歩が踏み出せないでいたのだ。

 

「……じゃあ、私もついて行ってあげるから」

「え?…………雫ちゃん、良いの?」

 

思わぬ助け舟に香織は雫の方に目を向ける。

 

「私だって気になっているから………彼のこと……」

 

 

ここまで何も言わなかったが、雫としてもハジメの事は気になっていた。

 

日本にいた頃はよく香織に付き合って、ハジメの人柄やどんなジャンルのアニメ・ゲームに興味があるのかを調べていた。

 

そのせいでかなりのオタク知識を身につけてしまったが……

 

そうやってハジメについて考え、また本人を見ていくうちに雫も香織と同じような考えを持つようになった。

 

 

当初こそハジメのことは快く思っていなかった。しかし、どれだけ周りに貶されようと嘲笑を浴びようと気にすることなく前を向いていたハジメを、誰よりも心が強い人間なのだと認めていた。

 

だからこそ雫も香織と同じような思いだった。自分が認めた人が実はまやかしだったのではないかと。

 

「さあ、そうと決まればすぐに行くわよ、南雲君の部屋!」

「えっ!し、雫ちゃん⁉」

「ほら、早く早く」

 

突然の提案に驚きつつも、雫に背中を押される形で香織はハジメの部屋へと向かった。

 

 

 

ハジメの部屋の前まで来て香織はホルアドでの夜を思い出していた。

 

不吉な夢を見て宿のハジメの部屋に押し掛けたことだ。

 

(あの時ハジメ君は“周りが思っているほど自分は弱くない”と言っていた。最初は私が安心できるように言ってくれたんだと思ってた。けど、今思えばあれは額面通りの意味だったのかな…)

 

ドアをノックしようとして香織の手が止まる。いまだ真実を確かめることは怖いままだった。

 

「香織…」

(………このまま真実から目を逸らし続けても、進めない)

 

 

香織は深呼吸をし、意を決してドアを叩く。

 

 

==============

 

「ふぅ~、やっと出来た」

 

王宮に戻って来てから今日まで、寝る間も惜しんで作り続けてようやく完成した力作。

 

十分な素材が手に入らない中、それでも懸命に作り上げたこの作品を前に、感涙に咽び泣きそうだ。

 

「これさえあれば…………」

 

 

その時、コンコンと扉をノックする音がした。夕食前のこんな時間に訪ねてくるのは一体誰だろうか…………

 

「はい?」

「あの…………白崎です。南雲君、ちょっと良いかな?」

「…………ちょっと待ってね」

 

先日に続き、またもや白崎さんのようだ。散らかっているものを部屋の隅に寄せ、ドアのカギを開けようとする。

 

 

しかしそこで手が止まる。

 

 

(まさかまた、あの時みたいな恰好じゃないよな?)

 

脳裏には先日宿の部屋に訪ねてきた白崎さんが思い浮かんだ。

 

(あの時と同じような恰好だったらいよいよ疑うぞ。彼女の感性を)

 

 

そこそこの不安を抱きながらそっとドアを開けると、そこにはちゃんとした恰好の白崎さんがいた。

 

(ああ、良かった)

 

内心ホッとする。年頃の女の子がデリケートな恰好で男の部屋に来るというのはいささか問題だ。

 

そうでなくて安心した。ふと白崎さんの奥を見れば八重樫さんの姿もあった。

 

「こんにち……いや、もうこんばんわだね、白崎さん。八重樫さんもいたんだ」

「あら、私が居たらマズい事でもあるの?」

「いやいや、白崎さんの声しか聞こえなかったから、てっきり一人かと……何か用事?」

「うん…………」

「廊下で話すのもあれだから、中に入って良いかしら?」

 

八重樫さんが部屋に入れるよう催促してくるが、今部屋は散らかっている。

 

散らかった部屋に人を通すのは気が引けるが、二人ともどこか真剣な目をしているので断りづらかった。

 

「……散らかってるけど、それでも良いなら」

「そんな!全然気にしないよ」

「じゃあ、お邪魔するわね」

 

そう言って、二人は部屋の中に入って行く。

 

だが、二人はベッドに置かれている()()()を目にした途端、歩を進めるのを止めてしまった。

 

 

「………嘘」

「…南雲君…………これ…何?」

 

 

ベッドには先ほど完成させた()()を置きっぱなしにしていた。

 

白崎さんは口元に手を当て、片や八重樫さんは一歩後ずさりして信じられないものを見たかのような顔をしている。

 

「これって……」

「南雲君。あなた、これ……」

 

 

 

「「和服…だよね(でしょ)?」」

 

 

 

二人のセリフがシンクロした。二人の声音はまさに驚愕といった様子だった。

 

「……部屋に散らばった無数の布切れ、糸くず、ベットの端にある待ち針と針山、糸切りばさみに裁ちばさみ…………あなたこれ………作ったの?」

 

部屋の散らかり具合と、ベットに置かれた裁縫道具を見て、八重樫さんは僕が自作したことを言い当てた。

 

「うん。帰って来てから自分で作ったんだよ」

 

 

僕が王宮に戻って来てから作っていたのは和服だ。それも日本で結界師として戦っていた時に着ていた和服と同じもの。

 

王宮内のメイドさんに頼んで使わない布と裁縫道具を拝借し、満足な明かりが無い中で指先の感覚だけを頼りに、五日間かけてようやく完成させた。

 

「やっぱり着慣れた服の方が動きやすいからさ」

「いや、だからって作れるものじゃないでしょ?」

 

本来和服は簡単に作れるようなものではない。

 

きちんとした職人達が伝統技術を用いて、数か月かけて完成させるものだ。

 

それを僕は簡単に用意できるもので、尚且つ短時間で作り上げた。

 

 

 

 

僕が和服を作れるのは母の影響だ。

 

母はもともと京都の呉服屋に生まれた一般人だった。

 

父がある土地神の依頼で京都に行ったときに知り合ったらしい。

 

その際に一目ぼれし強引に父を襲ってゲフンゲフン…………紆余曲折を経て南雲家に嫁いできたらしい。

 

 

母は小さいころから和服に関心があり、独学で和服の作り方を学んだという。

 

僕はそれを母から学び、家にある物で作れないかと考え修行の合間に試行錯誤していた。

 

結果、『職人が作った程のものではないが、明らかに素人が作ったものではない』くらいの和服を作れるようになった。

 

 

「まあ、頑張ればできるよ」

 

実際ミシンがあれば二日くらいで出来上がるのだが、なんせこの世界にはミシンが無い。

 

手縫いで作るしかなかったため五日も掛かってしまった。

 

「頑張ればって………」

「…………凄い」

 

クラス内で一目置かれている二人から手作りの和服を誉められ、なんとも鼻が高い。

 

 

だが、そろそろ本題に入る。別に和服を見せびらかすために二人を部屋に通したわけでは無いのだ。

 

「で、話って?」

 

そう尋ねると、二人はハッとした様子でこちらを向いた。

 

だがどちらも一向にしゃべりだそうとはしなかった。

 

というか、何か言おうとしているのは白崎さんの方で、八重樫さんはただそれを見守っているような感じだ。

 

どれだけ待っても言い出さない白崎さんを見かねて、八重樫さんが切り出してきた。

 

「聞きたいのは、あなたの事よ。南雲君」

「僕の事?」

「ええ。ホルアドであなたが、日本にいた頃から結界師として戦っていたことは聞いた。でも、それ以外にもまだわからないことがあるの」

 

真剣な眼差しで話す八重樫さんと、何も言わないものの聞きたいことは同じだとこちらを見る白崎さん。

 

さすがに茶化したらダメな雰囲気だ。

 

けれど結界師以外の事で聞きたいこととは何なのか。

 

授業中寝倒していた事か?本職でもないのに槍を振り回している事か?それとも…………

 

「それは、僕が力を使うことをどう思っているのか……かな?」

「!さすがね、一発で私達の聞きたいことを言い当てるなんて」

「それくらいしか無いだろうなって思っただけだよ」

 

力を使うことをどう思っているか‥‥か。

 

八重樫さんはともかく、白崎さんは気になるんだろうな。

 

彼女は僕が心の強い人間だと、暴力に対して暴力で抗う人間ではないと思っているようだから。

 

 

「………前も言ったけど、僕は日本にいた時はある土地を守ってた。その土地を荒らそうとする妖や一般人を襲う妖、敵意や殺意を向けて襲ってくる妖に対しては、僕は容赦しない」

 

とりあえず僕の考えというか、スタンスについて伝える。

 

「もちろん良い妖………というか、人に害を与えない妖もいる。そういった妖に対しては力を使ったりしないし、友好的な関係を築くこともあるよ。まあ、そんな妖はほとんどいないけど」

 

「それはこの世界の魔物に対しても一緒なの?」

 

「基本的にはそうだよ」

 

八重樫さんが確認をしてくるので肯定する。

 

敵と確定したら倒す。敵でないなら手を出さず、場合によっては仲良くする。

 

フィクションとかでも良くある話だと思うのだけど、彼女達にとっては普通ではないのかな………

 

 

 

「あとはまあ…………この力を一般人に対して、利己的に使うことは無いよ」

「…………それは、掟だから?」

 

今までずっと黙り込んでいた白崎さんが尋ねてきた。

 

恐らく白崎さんが一番聞きたいことはこれなのだろう。

 

掟が無ければ、簡単に力を使うのかと。

 

「それもあるけど…………普通に考えてダメでしょ?こんな危ない力を人に向けたら」

 

白崎さんが恐る恐る聞いてくるので、はっきりと答えておく。

 

掟云々もあるけれど、結界術を私欲で使ってしまったら人として終わる。

 

自宅に日本刀があるからといって、それを人に向けてはいけないのと同じだ。

 

「普通にダメ………ねぇ」

「なんか信じてもらえてない気がするけど…………なんにせよ僕の中で線引きはしっかりしてるつもりだよ」

 

とりあえず質問に対しては全て答えたのだが、二人の顔はまだ暗いままだった。

 

 

「………え~と、まだ何か?」

「……うんうん。聞きたかったのは、それだけ」

 

白崎さんはそう言ったが、疑問が晴れたような顔には見えなかった。

 

まだ何か知りたいことがあるのだろうか。

 

しかし本人はもう聞きたいことは無いと言うし。う~ん…………

 

 

「南雲君。あなたはこの先どうするの?」

「僕?僕はこのまま戦うよ。元の世界に帰るために」

 

うだうだ考えていると八重樫さんが、僕の今後について聞いてきた。

 

「でも、このまま戦っても帰れる可能性は低いってあなた自分で言ってたじゃない」

「そうだね。だから魔人族討伐のためでも世界救済のためでもなく、()()()()()()()()()()()()()()戦うんだよ」

 

「………ちょっと、何を言っているのかわからないんだけど」

 

どこぞの勇者と違い、ホルアドでの僕の話を真剣に聞いていた八重樫さんだからこその疑問だろう。

 

戦闘を続けることは日本への帰還に直結しないと言ったのは君だろうと、彼女はそう言った。

 

「実際の所、日本に帰る方法はあるんだよ」

「…は⁉」

 

八重樫さんがぽかんとしたまま固まった。見れば白崎さんも驚いた顔をしている。

 

「帰る方法はあるけど、今のままじゃ無理なんだ」

「どういうこと?」

「結界術を使えば元の世界に帰れるとは思う。ただその方法がわからないんだ。僕は知識としてそれを知っているだけで、実際にやったことは一度も無いから…だからそれができるように、戦いながら修行を積んでいくつもりだよ」

「「…………」」

 

二人とも呆気にとられている。まさかこんなに早く日本に帰れる可能性が出てくるとは思っていなかったのだろう。

 

それとも、コイツ何言ってるんだっていう感じなのか?

 

 

 

 

 

「………僕さあ、教室で皆が()()()()()()()()()()、好きだったんだよ」

 

「「…え?」」

 

ベットの上に腰を下ろしぽつぽつと話し始めた僕に、いきなり何の話だと二人は僕に視線を向ける。

 

「学校の教室で皆、笑ってた。談笑しながらお昼を食べたり、仲間内で集まってゲームしたり、次の授業までの課題を慌ててやったりして、笑ってた。それぞれが思い思いの事をしながら過ごしてた。その風景を見るのが、大好きだった」

 

 

気づいたらそんなことを話していた。聞かれてもいないのに自然と言葉が溢れていた。

 

「僕がこの日常を守っているなんて、そんな思い上がったことを考えていたわけじゃない。ただ、妖が変化して人を襲うのを防いだからこそ、この日常を目にすることができてるんだって、そう思ってた」

 

 

言葉が止まらなかった。何より止めようとすら思わなかった。

 

それは白崎さんと八重樫さんが真剣に聞いてくれているからなのか、誰かに本音を言いたかったのか、それはわからない。

 

「定期テストとか受験とか将来の事とか、そういう事に少なからず不安を持っていたのかもしれないけど、それでもみんな笑って前を向いていたんだ。そんな日常の風景がとっても眩しくて、綺麗で、大好きだった。いつも寝てばかりだったけど、ふとした瞬間にそれを見ると自然と心が安らいだ」

 

 

"自分は異能者で、この場にいる皆とは違う"

 

"どう足掻いてもこの風景には溶け込めない”

 

結界師としての自分に不満は一切なかったけれど、ほんのちょっぴり皆が羨ましかった。

 

風景を()()()見ている僕と違って、()()()()で笑っている皆が………

 

「でも、今は違う。皆大きな不安を抱えてる。この先どうなるのか全く見当がつかない。皆、日ごとに大きくなる不安を抱えてる。でも決してそれを口にしない。不安なのは自分だけじゃないってわかってるから」

 

 

この世界でも皆は笑っている。

 

けれどその眼の奥には不安と恐怖の色が宿ってる。

 

皆と手を取り合って必死に前を向いているけれど、そこにはもうあの頃のような眩しさは無い。

 

「だから、僕は必ず日本に戻る方法を身につける。今まで通り皆が笑っていられるように、皆が()()に戻れるように…………」

 

 

大好きなあの風景がまた見たいから、ただそれだけだ。

 

利己的に力は使わないなんて言っておきながら、結局戦う理由は自分のためだ。まったくひどい矛盾だ。

 

顔を上げて二人を見ると二人の表情は今までと違っていた。さっきまで暗くどこか納得できないといった表情だった二人。

 

だが今はそんなことは無い。謎が解けたかのような、曇りのない晴れやかな表情に変わっていた。

 

「……そうだよね。やっぱり南雲君は、そうなんだ」

「これで…………一片の迷いなく、進むことができるわ」

 

白崎さんと八重樫さんはそう言った。質問の答えには満足してなさそうにしていたのに、今の話のどこに納得いく答えがあったんだ?

 

そもそも二人は、本当は何が知りたかったんだ?

 

「ありがとう、南雲君」

「礼を言うわ。ありがとう」

 

そう言って、二人は部屋を後にした。いきなり訪ねてきて、勝手に納得して帰って行った。

 

腑に落ちないが、二人が良いのならまあ良いか。

 

明日からはまた訓練が始まる。クラスのどれだけの人が参加するかはわからない。

 

願わくばそれぞれが熟考し後悔しない道を選択していてほしい。

 

 

 

 

 

…………あれ?これ結局、僕が恥ずかしい話をしただけなんじゃ?

 

 

 

 

=============

 

白崎&八重樫サイド

 

ハジメの部屋を後にし、二人は自分たちの部屋へと向かっていた。

 

「良かったわね、香織」

「うん」

 

二人の心は実に晴れやかだった。

 

ハジメの部屋を訪れた時二人とも不安を抱えていた。自分たちが信じたハジメは偽物だったのではないかと。

 

実際、ハジメに尋ねても答えは得られなかった。

 

ハジメが答えたのは結界師としての彼の言葉だった。それが嘘ではないというのはわかったが、決め手に欠けた。

 

だが、ハジメがぽつぽつと語り始めた話を聞くうちに、徐々に理解した。ハジメが戦う本当の理由、それは日常を守るためであると。

 

彼が如何に妖と戦い人々を守ろうとも、そこに対価は無い。誰からも称えられず、決して終わることは無い。

 

それでも彼が戦うのは、私たちの日常を守るためだった。

 

 

ハジメの愛した日常は私たちが居ないと成り立たないから。

 

 

“クラスの皆が笑っていられるように”

 

 

それこそがハジメの願いなのだと、優しさなのだと理解した。二人にはそれで十分だった。

 

 

嘘も偽りも無かった。自分達がふれ合い、関わり、目にして来たハジメが等身大のハジメだった。

 

 

自室に着くと香織は椅子に、雫はベットに腰を下ろし互いに向き合って座っていた。

 

「私が最初に出会った時から、南雲君は変わってなかった。あの時から心の強さも優しさも何一つ変わってなかった」

 

香織はそれが何より嬉しかった。一時は疑念を抱いてしまったけれど、もうそんなものは消え去った。

 

「高校に入って見てきた彼は嘘じゃなかった。今回の一件で本当は心の中は真っ黒なんじゃないかと思ってしまったけど、まったくそんなことは無かった。私が認めた彼はまやかしなんかじゃなかった」

 

雫は以前からハジメを認めていた。心から凄い人だと思っていた。

 

だからこそ、それが嘘であってほしくなかった。人前では取り繕って裏では他人を嘲笑うような人であってほしくなかった。

 

けれど、ハジメが語った話はそんな迷いを振り払うには十分だった。

 

 

「…………でも南雲君、少しだけ悲しそうだったね」

「…そうね」

 

それはハジメの話を聞いたからこその感想だった。

 

二人の目には、話しているハジメがどこか悲し気に映っていた。

 

「本当に、好きなんだろうね。教室での風景」

 

香織にはハジメの悲し気な顔は、好きだったものを、愛したものを目にすることができないことに対するものだと解釈していた。

 

ハジメの話は、本当に日常を愛しているということが伝わってきたから。

 

「……………そう、ね」

 

だが、雫は香織とは少しだけ違っていた。確かに香織と同じような感想は持ったが、それだけではなかった。

 

雫にはハジメの顔が悲し気に、そして同時に、少しだけ寂し気に映った。

 

理由はわからない。ただ何となく寂しそうに見えただけだ。それでも雫にはそれが気のせいだとはどうしても思えなかった。

 

 

「それで、結局香織はどうするの?」

「………私も、戦うよ。雫ちゃんや、南雲君と一緒に」

 

それが、香織が導き出した答えだった。

 

雫もハジメも戦う道を選ぶ以上、どこかで必ず傷を負う。ならばその傷は自分が治してみせる。

 

二人だけじゃない、戦う道を選び負傷した皆を治し、全員で日本に帰るのだと。

 

ハジメが愛した日常を彼一人だけに守らせやしない。共に帰って、また一緒に日常を送る。香織はそう心に決めていた。

 

 

「そう」

 

雫もわかってはいた。幼いころからずっと香織と過ごしてきたのだ。彼女が迷いを振り払った今、進まないなんてあり得ない。だからこそ………

 

「じゃあ、まずは強くならないとね。今の私たちじゃ南雲君の隣どころか彼の後ろにすら立てないから…………一緒に頑張りましょ」

 

共に戦い、前に進もうと告げる。それを聞いた香織は満面の笑みで答えた。

 

「うん!」

 

そしてそのまま雫の胸に飛び込んだ。雫は香織を受け止めてその背に手を回す。ちょうど二人が抱き合っている構図だ。

 

それは互いに友愛の証明であり、互いが互いをかけがえのない存在と認めていることと同義であった。

 

 

そこに邪な考えが介在する余地はなく、不埒な思いが付け入るすきも無い。

 

 

無いのだが…………

 

 

「香織!雫!もうすぐ夕食の時間…………だぞ」

「おう、さっさと食堂に行こう…ぜ…………」

 

 

不意に部屋のドアが開けられる。

 

そこには光輝と龍太郎が立っていた。二人は王宮に戻ってからすぐに訓練を再開していた。

 

皆を守ると言いながら、メルドの撤退の指示を無視しベヒモスとの戦闘では全く歯が立たず惨敗するという失態を犯したのだから。

 

二度とそんな無様な醜態を晒すまいと今まで以上に気合を入れて訓練を行っている。

 

二人は訓練を終え夕食に向かう途中に香織と雫を呼びに来たのだろう。

 

だが、光輝と龍之介は扉の前で口を開けたまま立ち尽くしている。

 

「あんた達、どうし………」

「す、すまん!」

「じゃ、邪魔したな」

 

訝しんだ雫の問いかけに食い気味に言葉を被せ、光輝と龍太郎は慌てて部屋を去って行った。

 

そんな二人を見て、香織はキョトンとしていたが、聡明な雫にはその理由がわかっていた。

 

現状雫はベッドの上に座っている。

 

更に香織は雫の膝の上に半ば座り込む形で彼女の首元に両手を回しており、雫もまた香織の腰と肩に手を回し香織を支えていた。

 

 

つまり二人の顔の距離は今にもキスできそうなほどに近づいていた。

 

 

畢竟、激しく百合百合しい光景が出来上がっているのだ。人によっては香織と雫の周りに百合の花を幻視してもおかしくないほどに……

 

 

今だ事態を理解できていない香織とは裏腹に、雫は深々と深呼吸をして声を張り上げた。

 

 

 

「さっさと戻ってきなさい!この大馬鹿者ども!」

 

 

 

 




という訳で、ハジメの特技は和服づくりでした。結界師には、やっぱり結界師の服を着て戦ってほしいので、ハジメ自身に作ってもらいました。

ちなみにハジメが作った和服は『結界師』の良守くんが着ているのと同じです。



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11.異端審問


今回ちょっと用語の使い方アバウトなところあるかもです。


 

地下牢。

 

それは殺人等の重罪を犯した者、他国に情報を売ろうとした者及び王国の内情を探ろうとした者、そして()()()()()()()()()に手枷を付け閉じ込める場所だ。

 

 

そこに窓は無く、四方は壁と鉄格子で囲まれている。

 

訪ねてくるのは看守か壁の隙間からやってくるネズミだけ。

 

牢の中に明かりは無く、通路の松明の明かりが僅かに射す程度である。

 

 

現在僕はこの冷たい牢屋の中に閉じ込められている。

 

なぜこんな場所にいるのか、それを話すには少し時計の針を戻さなくてはならない………

 

 

 

==============

 

 

 

白崎さん達が部屋を訪ねた翌日、僕は朝食を食べた後王宮の訓練場へと向かっていた。

 

王宮務めの文官やメイドさん、兵士の人達とすれ違うたびに奇異の目を向けられる。なんせ今僕が着ているのは昨日完成させたばかりの和服だからだ。

 

見た感じこの国でこんな服を着ている人はいない。そりゃあ変な目で見られることもあるだろう。

 

「南雲君、おはよ~」

 

すたすた歩いていると、後ろから誰かに名前を呼ばれた。振り向くと後方で白崎さんが手を振っていた。その傍らには八重樫さんもいる。

 

「おはよう。白崎さん、八重樫さん」

「おはよう。早速着てるのね、その和服」

「やっと完成したからね。それに落ち着くから」

「そう。似合ってるわよ」

「うん、カッコいいよ南雲君」

「ありがとう」

 

二人から誉め言葉を貰いつつ、一緒に訓練場に向かう。今日の訓練の前に生徒それぞれの選択をメルドさんに伝えることになっている。

 

訓練場の扉を開け中に入るとなんと僕ら以外の皆は全員集まっていた。

 

 

「おはようございます」

「おお、来たか……って、南雲その服は…なんだ?」

 

メルドさんに挨拶をすると、やはり和服について尋ねられた。メルドさんの言ったことを聞いた皆が一斉に僕の方を見る。

 

「これですか?日本にいた頃に着ていたものです。ホルアドから戻って来てから自分で作ったんです」

「そ、そうか」

「はあ?あれ和服だろ?」

「南雲君が自分で作ったの?」

 

 

僕が自分で作ったことに関してか、メルドさんは割とびっくりしていた。他の皆も口々に驚いた様子で何か言っている。

 

「………まあ、良いだろう」

 

何やらメルドさんの様子がおかしいがどうかしたのだろうか。

 

この格好がダメなのだろうか。メルドさんはそれ以上何も言わなかったから、結局よくわからなかったが。

 

「さて、全員集まったな。皆この五日間今後についてよく考えてくれたと思う。早速だがそれぞれの答えを…………」

 

 

メルドさんが皆に答えを聞こうとした瞬間、バターン!と大きな音を立てて訓練場の扉が開け放たれた。

 

 

扉の向こうには神山の教会にいたエヒト神の教徒達だった。

 

彼らはなにやら物々しい雰囲気で訓練場に入ってくる。

 

僕らの前までやって来ると教徒の中で最も偉そうな人が進み出た。

 

「メルド騎士団長、しばし時間を頂く……勇者様、そしてその御同胞の皆様、修練の場に押し掛ける御無礼をお許しください。先日の遠征での活躍は我々も聞き及んでおります。我々も精一杯助力させていただきますので、これからもこの世界のためどうか御力添えを」

 

 

メルドさんには上からものを言っていたくせに、僕らに対しては恭しく話す教徒代表。下手に出れば僕らが言うことを聞くと思っているのだろうか。

 

「本日この場に赴いたのには理由が御座います。それは、ここにいる異教の徒の疑いがある者を()()()()にかけるためでございます」

 

 

異端審問。

 

たしか中世のヨーロッパにおいて、カトリック教会によって異端の疑いがある者に行われた裁判のことだったはず。

 

「その者はエヒト様の御意思を否定し己が力で皆様を惑わし、異端の道へ堕とそうとした重罪人でございます」

「待ってください!僕らの中にそんなことをする人間はいない!そんなのは何かの間違いだ!」

 

教徒代表の言葉に異を唱える勇者、天之河くん。僕の仲間にそんな奴はいないと食って掛かる。

 

「勇者天之河。御同胞を庇護なさるお気持ちはよくわかります。ですがあなた様も既に気づいているのでしょう?」

「な、何を言って………」

「居た筈です。自らの素性を隠し、力を封じ、弱者を演じることで皆様を騙していた者が。そして強大な敵の前で正体を晒し、皆様の心に異端の言葉を投げかけた者が」

 

……ん?それって

 

「まさか!」

「そう。その異教の徒は…………貴様だ!南雲ハジメ!」

 

おお……やっぱりか。そうじゃないかとは思ったけれど。

 

「そんな!南雲君が力を隠していたのにはちゃんと理由が!」

「白崎様。この異端者を庇う必要はございません。既に多くの証拠や証言も得ています。彼が異端であることは最早疑いようの無い事実なのです」

「そんなの嘘です!あなた達は南雲君の話を聞いていないから!」

「香織の言うとおりだわ。南雲君は…………」

 

白崎さんと八重樫さんが必死に弁明してくれるが、教徒代表は聞く耳を持たず、二人の言葉を遮って言葉を続けた。

 

「何より、今のこの男の恰好が全てを物語っている」

 

は?僕の恰好……ただの和服だろう。この国では珍しいかもしれないけど。

 

「その男が着ているものはかつての大戦で滅んだ竜人族、エヒト神を否定し自分達こそが世界の頂点と宣った者達が身につけていたものと同じ。それをこの男が身につけているということは………どういうことかお判りでしょう」

「…………つまり南雲は、竜人族の手先だと?」

「ご名答、その通りでございます」

 

いやいやいや、勘違いも甚だしい。いきなり何を言い出すのか。

 

「これは僕が自分で作った物ですよ。竜人族なんて知りません」

「ふん、白々しい。弁明は審問の際に聞いてやる」

 

無視ですか、そうですか。ここで何を言おうと無駄らしい。

 

「見え透いた嘘だな、南雲。和服なんて大それたものを君が五日で作れる訳が無い。仮にお前が竜人族と関わりが無いとしても、その恰好はエヒト神の敵が身につけていた物だ。つまりお前はその和服を敵から受け取り自ら身につけることで皆の注意を惹き、じわじわと外側から敵側に引きずり込むつもりだったんだろ。ふん、外堀から埋めようとするとはな」

 

本当、天之河くんはどういう思考回路をしているのか。あれだけの情報でよくぞここまで都合のいい解釈ができるものだ。

 

そもそも僕が和服を作れるはずがないって、何も知らないくせにどうして何でもかんでも僕を否定するのか。

 

 

とはいえ少しマズい事になった。この格好云々ではなく、このままだと牢屋に入れられそうな気がする。

 

問題なのは牢屋に入れられた際、異能封じの枷を付けられないかということだ。ただの枷なら絶界で壊せるだろうが、異能封じの枷だとまず無理だ。

 

 

ただ、ここで逃亡を図ればそれこそ異端者認定されかねない。ここは大人しく縛につくべきかと悩んでいると、

 

「光輝君!どうしてそんな風に南雲君を悪く言うの?南雲君の事何も知らないのに!あの和服は南雲君が実際に作ったものなんだよ!」

「ええ、私と香織は実際に彼が作ったのを見ているわ。これこそちゃんとした証言になるんじゃない?」

 

白崎さんと八重樫さんが猶も僕の弁護を図ってくれていた。まったく、二人の言う通りだ。

 

二人のその気持ちは嬉しいが…………

 

「香織、雫。南雲を庇う必要はない。彼は既に一線を越えている」

「一線って何?光輝、あんたホルアドでの南雲君の話忘れたの?」

「ホルアドで南雲が話したことには何の信憑性も無い。南雲の話が確かなら異能者と呼ばれる奴等は大勢いるはずだ。それなのに、異能者がいるなんて話も目撃したという噂は聞いたことが無い。それを信じろというのは無理な話だ」

 

確かに天之河くんの言い分はある意味正しい。だがそれは、それだけ異能者が掟を遵守しているということでもある。

 

「南雲の話よりも、彼がこの世界で密かに敵と内通し、僕らを陥れようとしているという話の方が自然だ」

「それはあんたがそう思ってるだけでしょう!陥れようとしてんのはどっちよ!あんたの考えを私達に、南雲に押し付けてんじゃないわよ!」

 

白熱する八重樫さんと天之河くん。だがこのままだと八重樫さんにまで疑いが掛かりかねない。

 

「もういいよ、八重樫さん」

「南雲君、でも!」

「疑いが掛かっているのは僕だ。だったらまずは僕が身の潔白を訴えるのが筋だ。」

「でも…………」

「別に証拠だけ並べて即(はりつけ)って訳でもないだろうし、弁明の機会くらいあるでしょ。その時に全部話すさ」

 

不安そうな面持ちで白崎さんも寄って来るが、これ以上二人に迷惑をかけるのは良くないだろう。

 

最悪、僕が処刑ないし追放の沙汰が下っても何とかなる。だがこの二人まで巻き込む訳にはいかない。

 

「良いよ教会の人。その異端審問、僕は逃げない」

「ふん!その潔さだけは誉めてやろう、この異教徒め!」

 

そう言って、教会代表の男は僕に手枷を付けて連行していった。後ろでは白崎さんと八重樫さんが心配そうにこちらを見ていた。

 

 

=============

 

 

これが、僕が牢に入れられた経緯の全貌である。

 

 

 

それにしても異端審問……か。

 

あの教会代表は証拠も証言もあると言っていた。証言はまあメルドさん達から得たとして、それが審問に掛けるような証言になるのか?

 

メルドさんが僕を嵌めたのならわかるが、あの人はそんなことはしないだろう。

 

 

だとすれば誰だ? クラスの誰かか?それに証拠とは一体なんだ?まさかこの和服ではないだろう。見せたのは今日が初なのだから。

 

 

それよりも疑問なのがこの手枷だ。これには異能封じの効力が無い。それに牢の格子や壁にもそれらしいものは無い。

 

どういうことだ?これでは抜け出せと言っているようなものだ。

 

そもそも教会が集められたという証拠は、僕を異端と断じれるほど決定的なものなのか?

 

 

そこまで考えて、頭に浮かんだ一つの可能性、一つの仮説。

 

 

 

まさか教会の狙いは…………

 

 

 

==============

 

 

 

牢に入れられて三日目。とうとう判決の日が来た。

 

しかしあれからまだ三日しか経ってない。それなのにもう判決とは、なんとも動きが早急すぎる。

 

この三日間ずっと尋問を受けていたが、やれエヒト神の教えだの、やれエヒト神の偉大さだの、大して関係なさそうな事をまくし立てるだけで尋問らしい尋問はほとんど無かった。

 

僕は今王宮の城下町にある大きな広場に設けられた処刑台のような場所に立たされている。

 

処刑台の周りには多くの人が集まっており、そこにはクラスの皆も来ていた。

 

皆の表情は人それぞれだった。心配そうにしている人、意味も無く緊張している人、当然だと言いたげな顔の人、そして()()()()()()

 

そうこうしていると教会の長であるイシュタルさんが登場した。

 

彼の後ろに異端審問官が控えており、この異端審問官が判決文を述べるのだろう。

 

「これより異教徒の疑いがある南雲ハジメに対する異端審問の判決を言い渡す。この異端審問は敬虔なる信者の一人が告発し、その他多くの信者及び勇者並びにその同胞による証言から執り行ったものである。南雲ハジメ、この男は我らが神エヒトの教えに背き、戒律を破り、神の意志を否定した。更には自らの素性を隠し勇者及びその同胞を騙し異教の道へと堕とそうとした大罪人である。」

 

 

後半はともかく、前半の話は事実無根だ。そもそも教えも戒律も知らないのだから。そんな僕の心情など知ったことでは無いとばかりに判決文は読み進められていく。

 

「…………などが挙げられる。もはやこの男を異教徒と断ずるに不足はない。神エヒトの教えに従い、異教徒は拷問の末火刑に処すものである」

 

そう述べられると、周りの人たちは歓声を上げた。

 

「異教徒を生かしておくな!」だの「エヒト様万歳」だのと口々に叫んでいる。

 

火刑か。まさしくそれは異端審問の結末と言えるだろう。だが、僕の予想ではこの異端審問はこれでは終わらないはずだ。

 

「皆の者、静まれぇ!我は聖教教会教皇イシュタル・ランゴバルドである!」

 

 

やはり。動いたのはイシュタルさんだった。彼は歓声に沸く民衆をその名を以て静まらせる。

 

 

「この異教徒の男を断罪することは私とて相違ない結論である。エヒト様の教えは絶対であるからだ!しかしこの男は、元を正せばエヒト様が御遣わしになった救世主の一人!たとえ異教の道に堕ちていようとその事実は変わらぬ!故にこの男には、まだ僅かに救済される余地がある!」

 

 

そう、教会側は僕を殺すことは、少なくとも自分たちが手を下すことは無い。自らの手を汚すのが嫌なのだろう。

 

だから僕が()()()()()()()()()に仕向けた。枷にも壁にも異能封じが施されていなかったのはそのためだ。

 

僕が逃亡すれば完全に異教徒認定されるため、討伐指令や指名手配、更には民衆による魔女狩りも容認される。

 

だが僕は逃亡しなかった。この場合、次に教会が取るであろう一手。それは…………

 

「この男の救済は、数多の信者の命を奪ってきた()()()()()()()()()()()()()()を以て完了するものである。かの迷宮は人類にとって脅威。この男の迷宮攻略はその脅威を無力化させる一助となろう。それは数多の信者の命を守ることとなり、その偉業はエヒト様も認めて下さることだろう。その時こそ!この男は異教の道から立ち戻り、魔人族を討ち払う真の救世主の一人となるのだ!」

 

 

僕を迷宮に放り込むこと。これが教会の次なる一手だ。僕が迷宮で死ねばそれで良し。逃げ出したなら今度こそ異教徒認定。

 

よしんば攻略しても情報を搾取するだけ搾取して何かしら理由をつけて異教徒認定。教会側は手を汚すことも無くデメリットも無い。

 

とにかく教会は僕を排除したいらしい。

 

そりゃあエヒトを全否定し、勇者よりも大きな力を持った人間である。正に僕は目の上のたんこぶだろう。

 

 

イシュタルさんの言葉を聞いた後の広場はイシュタル万歳、エヒト様万歳の嵐だった。

 




結局ハジメは奈落行きです。彼女との邂逅イベントまで秒読みです。


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12.再訪問





 

異端審問の翌日、僕はホルアドに護送されていた。手枷を付けられたまま馬車に乗せられ、役人に見張られる形で座席に座っていた。

 

役人の話によると僕はホルアドに着いたらそのまま迷宮に連れていかれるらしい。正直、数時間乗り慣れない馬車に揺られるのだから休ませてほしいものだ。

 

 

 

馬車に揺られながら、僕は出発する前のことを思い出していた。護送用の馬車に乗る前、クラスの何人かが見送りに来てくれた。

 

そこには白崎さんや八重樫さん、園部さん、更には畑山先生もいた。

 

「南雲君…………」

「ごめんなさい。私達がもっと光輝を説得できていれば…………」

 

皆それぞれ表情は違ったが、白崎さんと八重樫さんの表情が特に沈んでいた。天之河くんの強硬意見を変えられなかったことを相当気に病んでいるらしい。

 

「別に良いさ。天之河くんが何か言おうと言うまいと、この結果は変わらなかったと思うから」

 

そう。教会側が僕を排除すると決めた時点で、こうなることはほぼ決まっていたと言って良い。

 

天之河くんはただ利用されただけだ。まあ、あの性格だし教会としても扱いやすらしい。

 

 

「こんなことは間違ってます!今からでも先生が教会の方々に………」

「先生、落ち着いて。今更何を言っても向こうは聞きませんよ」

 

畑山先生は他の皆と違い、かなり熱くなっていた。というか怒り狂っていた。教室では見たことの無い激情に駆られた姿。ある意味新鮮でもある。

 

「知った事ですか!先生は生徒を守る義務があるんです!」

「………だったら尚更、冷静さを欠かないで下さい」

「…え?」

「僕ら生徒を守ってくれようとするなら、熱くなっちゃダメです。先生がやるべきことは僕のことなんかより、他の皆に寄り添うことです。それは先生にしかできない」

 

 

役人が近くにいるため大きな声では言えないが、皆の選択をトータス側に尊重させるには畑山先生の存在が大きなカギとなる。

 

先生の天職はこの国の食糧問題を事実上無くすことができる力がある。それ故教会側は先生の協力を得られなくなることを恐れている。

 

それを利用すれば、教会側との交渉で優位に立てる。だがそのためには先生には冷静でいてもらう必要がある。

 

「………南雲。その、大丈夫なの?」

「…………どうかな。あのベヒモスみたいな奴が出てくるぶんには問題ないけど、あれ以上の魔物は当然いるだろうし、行ってみないとわからないかな」

 

心配そうな顔で園部さんは尋ねてきた。楽勝だとは思っていないがそれほど苦戦はしないだろう。

 

そう思うもののやはり役人の前なのではっきり言う訳にもいかず、言葉を濁すしかなかった。

 

「…………無茶しないでよね。危なくなったら逃げれば良いんだから」

「…そうするよ」

 

 

 

 

 

「定刻だ、南雲ハジメ。これより貴様をオルクス大迷宮へと護送する。馬車に乗れ」

 

皆と話しているうちにとうとう出発の時間になってしまった。役人に促されるまま馬車へと乗り込んでいく。

 

「南雲君!」

 

今にも馬車が走り出そうかという所で、大声で名前を呼ぶ声がした。声が聞こえた方を見れば必死な顔の白崎さんと目が合った。

 

「南雲君!私達、これからどうしたらいいの?君が居なかったら、私達………」

 

それは、恐らくこの場にいる皆が心のどこかで思っている事だろう。戦わない選択をした者はこれからどうすればいいのか。

 

その道を示したのが僕である以上、どうすればいいのかもまた僕が示す責任がある。

 

だが、長々と話す時間は無い。

 

 

()()()()()()。今はそれだけを考えていれば、十分だよ」

 

そう、何はともあれ死なないこと。

 

僕が王宮から姿を消すことで、教会側はより一層エヒトの教えを説き皆に戦いを強要するだろう。

 

もしそうなって危ない目に合っても、決して死なないこと。最大限の生きる努力をすることこそが、今最も重要なことだ。

 

「大丈夫。死にさえしなきゃ何とかなるから」

 

 

言い終わると同時に馬車が走り出した。それが、僕が皆に掛けた最後の言葉となった。

 

 

「南雲君!絶対、絶対帰ってきて!」

「…戻ってきなさいよ、必ず」

「………待ってるから」

「頑張ってください!南雲君!先生は君の味方ですから!」

 

 

みんな最後にそう言葉を掛けてくれた。僕は、皆の姿が見えなくなるまで枷のついた手を振っていた。

 

 

 

=============

 

 

そんなこんなで大迷宮に着いた。数日前にも見た迷宮の入り口をくぐり下の階層へと連行される。

 

役人が襲い来る魔物を一蹴しながらグングン進み、これまた数日前にも来た二十階層に到着した。

 

ここに来てようやく手枷を外される。入り口で枷を外さなかったのは、逃げ出す可能性があったからだろう。

 

「南雲ハジメ。これを渡しておく」

 

手枷が付けられていた手首をさすっていると、役人の一人がナップサックのようなものを渡してきた。

 

ナップサックの中を見ると、竹水筒とリンゴが二つ入っていた。

 

「何ですかコレ?」

「神がお与えになったものだ。道は暗くどちらに進めばいいかもわからない恐怖と絶望の中で、空腹に耐えかねて食す果実のありがたさ。それこそが我らが神エヒト様の恩情であり偉大さなのだ。たとえ咎人であろうとも一片の救いをお与えになるこの慈愛こそが我ら人間族が幾多の危機を乗り越え今日まで繁栄してこられた理由なのだ。我らがエヒト様の恩情をその身で知ってこそ、貴様は真に救済される資格を得るのだ」

 

仰々しいというか何というか。よくここまで心酔できるよな。念のため竹水筒の中身を味見しておく。

 

毒とか薬物が入っていたら困るしな。

 

「………ふ~ん、ちゃんとした水なんですね」

「貴様!エヒト様の恩情を信じられないというのか!」

 

エヒトを何とも思っていないから異端審問に掛けられたようなものなのだが。

 

「まあいいや。貰っておきます」

 

ナップサックの紐を調整し、靴ひもを結びなおす。ストレッチをして強張った体をほぐしていく。異端審問中没収されていた槍を肩に担ぎ、いざ迷宮に入ろうとする。

 

「我々は迷宮の入り口で見張っておく。貴様が逃げ出せば直ぐにわかる。そうすれば我々は速やかに教会へと伝達する」

 

逃げ出せばその時点で指名手配となる。暗にそう伝えてくる役人。その顔は先ほど以上の嫌な嗤い顔になっていた。

 

僕が逃げ出すかを見張るだけとは随分楽な仕事だな。好き勝手しゃべって、いいだけ酒を(あお)って、ゲラゲラ笑いながら、時たま迷宮の出入り口を確認するだけなのだから。

 

「御自由にどうぞ」

 

そう言って僕は迷宮の奥へと進む。しかし地図も無いまま一番下の階層まで行くのはかなり面倒くさい。楽な方法はないかと考えていると、ふと一つの考えが脳裏をよぎる。

 

「…あ、そうだ。階段」

 

前回来た時、ベヒモスがいた階層から戻るときに使った階段。あれを使えば一気に三十階近く降りられるはずだ。

 

そう仮説を立て階段が隠されている場所へと向かう。途中何体か魔物と出くわしたが、無視して階段へと走っていく。

 

 

目的の場所に着いたものの階段は岩壁の裏側にあるためまずはこの壁を壊さなくてはならない。

 

「包囲!……定礎!……結!……滅!」

結界で壁を壊すと、思った通り下へと続く階段があった。

 

「よし、当たり!」

 

早速下層に向かって降りていく。ここには魔物が出現しないので楽に降りていける。

 

一番下まで降りてくると、数日前にも見た奈落へと続く谷が見えてきた。だがそこにはあの骸骨の魔物もベヒモスもおらず、橋もボロボロのままだった。

 

確かメルドさんの話だとベヒモスが出てくるのは65階層だったはずだ。つまり少なくともここは60階層前半であることは確かだろう。よって残りは30~40階層と言ったところか。

 

だが、ここから先はマッピングされておらずどう進んだらいいかわからない。少なくとも勘だけで進むにはあまりに無謀だ。

 

広いうえに入り組んでいるのだ。最悪の場合、来た道すらわからなくなる。

 

 

(久々にやるか、()()

 

 

『無想』

 

それは己の心を何事にもさざめかない『無』の状態にすること。精神状態によって力がスポイルされることを防ぎ、自分のフルパワーを発揮できるようにする状態の事だ。

 

 

無想を使うことで平常時よりも術の強度・精度が飛躍的に上昇する。

 

 

 

(よし、無想に入った。更にここから……)

 

一度深呼吸をして、無想の状態を更に高めていく。無想が高まるに連れて僕の右横の空間が陽炎のように揺らぎだす。

 

そして徐々にその陽炎の中から鳥の姿が現れる。

 

その鳥は雪のように白い体を持ち、力強く羽ばたかせる純白の翼、彼方にいる獲物をも射貫く鋭い眼光を持つシロフクロウだ。

 

このシロフクロウが僕の()()()であり、この管理者を出現させた状態こそ、無想の到達点『極限無想』の完成を意味する。

 

極限無想は無想を極限まで高め、管理者を出現させた状態の事。

 

管理者は、極限まで高まった感覚が受け取る刺激を調整する役割を持つ。管理者がいなければ攻撃が頬を掠っただけで肥大した痛覚により戦闘不能になってしまうからだ。

 

「久しぶり、福郎」

「ヒュー、ヒュー」

 

この管理者の名前は福郎。フクロウの当て字だが、福を運んで来ることを祈ってこう名付けた。

 

「早速だけど福郎、探査用結界の準備だ」

「ヒュー!」

 

指示を出すとホバリングしていた福郎の目つきが変わる。そして目線を前方に、いや全方位に向け探査用結界を広げていく。

 

探査用結界はもともと領域内の妖の情報を洗い出すためのものだが、応用すれば領域内の壁や通路の構造を把握することもできる。

 

これを使えば、入り組んだ迷宮でも次の階層への最短ルートを見つけ出せる。

 

「ヒュー、ヒュー(経路特定、移動推奨 )」

「了解した。じゃあ行こう」

 

ルートを見つけ出したので移動を開始する。福郎も飛びながらついて来る。

 

 

最下層まで大して時間は掛からないだろう。

 

 

 






福郎のイントネーションは元野球選手の「イチロー」と同じです。


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13.封印されし者






オルクス大迷宮は全100層から成る迷宮であると、最初に言ったのは何処の誰なのだろう。

 

何を根拠に100層だと判断したのか。じっくり話したいところだ。

 

 

そもそも踏破した者もいないのに何故100層と断言できるのか。

 

65階層までしか踏破していないのなら、「わかっているだけでも65階層」と言うのが普通ではないのか。

 

きりが良いからか?100層もあれば浪漫があるからか?

 

何にせよ根拠のない情報を、まして教会側の情報を鵜吞みにするべきでは無い。

 

今回の事でより一層そのことが身に染みた僕である。

 

 

==============

 

「結!結!……滅!」

 

福郎を呼び出してから早数時間。僕は今数体の虫のような魔物と交戦していた。

 

現在いるのは推定1()2()7()()。そう、100層なんてとっくに超えている。

 

福郎を呼び出した階層が仮に60層だったとしても既に67階層降りていることになる。

 

40層ほど降りれば終わりだと思っていたのだが、そうはならなかった。

 

福郎が更に下へと続く階段を見つけたのだ。

 

最初は自分の数え間違いかと思いながら下の階層に降りていたのだが、どこまで進んでも下の階層への階段が見つかるのだ。

 

階段を見つけたらその都度降りているので、気が付けば127階層なんていう深い階層まで来てしまったのだ。

 

「ふぅ~さすがにちょっと疲れたな」

 

ここまで来る途中、色々な魔物と出くわした。

 

脚力が尋常ではないウサギや、手がやたら長く鋭利な爪を持った熊、毒の痰を吐き出すカエル、分裂するムカデなど様々である。

 

しかもそのすべてが、上層で出てきた魔物とは比較にならない強さだった。

 

また、迷宮全体が薄い毒霧に覆われている階層や、蛾が放つ麻痺性の鱗粉が充満した階層なんかもあった。

 

幸い絶界で毒霧や鱗粉を消滅させ自分の周りだけは澄んだ空気に変えることができたので事無きを得た。絶界が無ければ危なかった。

 

 

「それにしても、こんな地下深くでスイカを食べることになるとは」

 

ムカデと戦った階層に出てきた樹の魔物。あの樹が投げつけてきた果実は食べることができた。

 

見た目がまんまスイカだったので、不安ではあったが少しだけ食べてみたのだ。

 

これが抜群に美味しかった。スイカではあるのだが、水分が非常に多いため二つほど拾っておいたのだ。

 

ナップサックに一つと左手で抱えているのが一つ。内左手で抱えていたスイカを食べていた。これで空腹も喉の渇きも安心だ。

 

 

「さて、休憩終わり。先に進むぞ、福郎」

「ヒュー」

 

羽を休めていた福郎も飛び上がり、探査用結界を広げていく。

 

 

==============

 

 

あれからまた数時間。僕の推測が正しければ、ここは150階層。

 

この階層には一か所奇妙な場所がある。

 

福郎のアシストのもと探査用結界で階段を広げていると、階段に向かう途中に異質な空間を見つけたのだ。

 

実際に向かってみると、そこには3mはあろうかというやたら厳かな扉とその両脇に二体の巨人の彫刻が鎮座していた。

 

明らかに人為的なものだ。自然にできるようなものでは無い。

 

「何だ、コレ?わざわざこんな所に部屋を作るなんて」

 

扉がある以上この奥には部屋があるだろう。

 

だが何故か、この扉の奥を探査用結界では見通せなかった。

 

最下層を目指すうえでここはあまり重要ではないが、少し興味が湧いたので中を見てみることにする。

 

扉の側まで来たが、鎮座している巨人の彫刻がなんとも迫力がある。今にも動き出して、襲い掛かってきそうなくらいだ。

 

「けどなんで彫刻があるんだ?まるで扉を守っているみたいじゃあないか(フラグ)」

 

そんなことを考えながら扉の側まで歩いていく。近づくと扉の中央に何か術式のようなものが書いてあるように見えたが、無視して扉に触れ開けようとする。

 

 

その瞬間、

 

バチィィ!

 

「痛って!」

 

扉から電流のようなものが流れ、思わず扉から手を離す。そのまま後方にジャンプして距離を取る。

 

見れば、右手が少し火傷していた。ふぅーふぅーと息を吹きかけていると、

 

 

―オオオォォォオォ!

 

 

いきなり野太い方向が部屋中に響いた。直後、巨人の彫刻が動き出した。

 

ゆっくりと動く巨人の体から、長年積もった砂や埃がパラパラと落ちていく。

 

その巨人は鎧を身につけ武器を構えた一つ目の化け物だった。おとぎ話に出てくるキュクロプスというやつだろう。

 

日本でも一つ目の鬼とかは見たことあるので、あまり新鮮味も無いが。

 

「さて、あんたらは扉の番人ってことで良いのかな?入っちゃダメなら大人しく去るから見逃して「オオオォォォオォ」くれる訳ないよね(汗)」

 

右側の巨人が咆哮と共に大剣を振りかぶり、力の限り振り下ろしてきた。

 

「結!」

 

咄嗟に周りを結界で囲み防御する。結界に阻まれた大剣は、バキィン!という音と共に呆気なく折れてしまった。

 

「……オオ?」

 

大剣を振るったキュクロプス(右)も一瞬剣が折れたという事実について行けてなかった。

 

当然だろう。本人としては殺すつもりで振るったのだろうから。躱されたり、防がれたりすることは頭にあっても、まさか折れるとは思っていなかっただろう。

 

「ごめんね。そんなに貧弱じゃないんだよ、今の僕の結界は」

「ヒュー、ヒュー」

 

 

極限無想を使った状態の結界は平常時に比べ遥かに強度が上がっている。

 

平常時ですら半端な攻撃は通さないというのに、呪力でもないただの大剣で壊せるものか。福郎も余裕そうにホバリングしている。

 

「オオオォォ!」

 

得物を失った動揺を瞬時に振り払い、キュクロプス(右)は結界を連続で殴打してくる。

 

キュクロプス(左)もいつでも参戦できるよう機を伺っている。そうまでして守る理由が扉の奥にあるのか、それとも久方ぶりの敵に奴らが興奮しているだけか。

 

「そんなに滅多打ちにしたところで意味なんか無い。ただ僕に攻撃の機会を与えるだけだ……結!」

 

殴打し続けるキュクロプス(右)の胴体を結界で串刺しにする。

 

「オゴアァァ!」

 

胸元を二本の結界で貫かれ、キュクロプス(右)は血を吐き、呻き声を上げる。

 

殴打が止まった一瞬を逃さずキュクロプス(右)を囲い込む。

 

「結!…滅!」

 

痛みに悶えながらも結界を壊そうとするキュクロプス(右)の抵抗むなしく、ボシュッ!っという音と共に、奴は消滅した。

 

 

「………オォ?」

 

相棒が消えたことにキュクロプス(左)は唖然としていた。相棒が死体すら残らずに消え去ったのだから無理もない。

 

 

だが、戦場ではほんの僅かな隙が命取りになる。

 

 

「結!」

 

棒立ちになっているキュクロプス(左)を一瞬で囲い込む。囲い終わったところで、ようやく冷静さを取り戻したようだが、もう遅い。

 

「……解」

 

自分の周りに張っていた結界を解き、ゆっくりとキュクロプス(左)に近づいていく。

 

近づくにつれ、僕を見るキュクロプス(左)の顔色が恐怖に染まっていく。此奴にはわかっているのだろう。数秒後の自分の死が。

 

「さようなら、単眼の巨人(キュクロプス)。………滅!」

「ヒュー!」

 

ボシュッという音と共にキュクロプス(左)も消滅した。しかし、こんな奴が上層に居なくてよかった。

 

もしいたらクラスの何人かは確実に死んでいた。

 

 

 

邪魔は入ったが、改めて扉へと歩み寄る。指先でそっと扉に触れるがもう電流が流れることは無かった。見かけ通りの重たい扉を何とか開ける。

 

 

そして、扉を開けた先には広大な空間が広がっていた。王宮の訓練場並みの広さはあるだろう。

 

目を凝らしながら暗闇の中を見ていると、部屋の中央辺りに巨大な立方体の石があった。

 

 

その立方体からは、何かが生え出ていた。部屋の暗さにも慣れてくると、立方体から生え出ているものの全容が徐々に明らかになってくる。

 

 

「………………人、か?」

「………ヒュー?」

 

僕も福郎も互いに首を傾げる。見えてきたもののシルエットは人そのものだった。手首から先と下半身が立方体に埋まってしまっているが……

 

(あれは、封印か?じゃあ、あの立方体は呪具?というか、なんで中途半端に体が出てるんだ?…封印が解けかかってる?………それともああいう仕様?)

 

矢継ぎ早に湧いてくる疑問に頭を悩ませていると、

 

「………だれ?」

 

件の封印されている者が動き、かすれた声を上げた。声から察するに、恐らく女の子だろう。

 

改めて立方体に埋まっている子を見る。目を奪われるほどの白い肌、金色に輝く長髪と双眸、その姿はまるで………

 

 

 

「………おとぎ話のお姫様、だな」

「え?」

 

月並みな感想を抱きつつスタスタと立方体の方へと歩いていく。見たところこの部屋は本当にこの立方体しかないようだ。壁画や装飾は無く、ただの壁と真っ暗な天井しかない。

 

「………あなたは誰?」

「ん?僕はハジメだよ。君は?」

 

立方体を見たり触れたりしていると、立方体に埋まっている少女が話しかけてきた。せっかくなので並行して少女にも話を聞いていくことにする。

 

「名前は…………もう、無いのと一緒」

「そっか…………異能封じは無しっと。君はいつからここに居るんだ?」

 

見たところこの立方体には異能封じは刻まれてはいないらしい。だとすると、どうやってこの子の力を封じているのだろうか。

 

「……わからない」

「まあ、こんな場所にいたんじゃ時間の感覚なんて無くなるか。異能は……魔法は使えないの?」

 

「発動は、できる……でも途中で魔力が私の手を離れる。何故かわからないけど………」

「ああ、そういうこと」

 

彼女の今の話で合点がいった。この立方体は最初から彼女の力そのものを封印しているわけではないらしい。

 

この立方体による封印は、その大部分が彼女自身の力で賄われているのだろう。彼女自身の力を利用して彼女を封印しているのだ。

 

だからこそ彼女は魔法を起動することはできても、魔法で立方体から脱出することが出来ないのだ。

 

確かにこれなら異能封じは必要ないだろう。彼女が最大出力の魔法を発動しても、使った魔力の全てが立方体の封印に転用されるのだから。

 

 

 

「用は済んだし、僕は行くね」

「…え⁉た、助けてくれるんじゃ、ないの?」

「そんなこと、一言も言ってないよ」

 

何を勘違いしているのか。まああれだけ立方体を調べていたら、解放してくれるのだと思うのかもしれないが………

 

「助けて!ケホッ………お願い!待って!」

「待たない」

 

扉の前まで戻ってきたころには、彼女は掠れた声で必死に助けを求めていた。彼女の必死さは伝わってくるが、封印されている者を安易に解放するわけにもいかない。

 

 

封印されているということは、それ相応の理由があったはずだ。でなければわざわざこんな場所に封印なんてしない。

 

 

「お願い…………なんでも言う事聞くから……助けて」

「君がどう思っているか知らないけど、君は封印されるようなことをしたんだよ。でなきゃ封印なんてされない。ま、因果応報ってやつなんじゃない?」

 

適当な事を言って彼女の懇願を無視し、外に出る。

 

だが、結局この部屋が探査用結界に引っ掛からなかった理由はわからなかったな。まあ特に問題も無かったし、気にしなくて良いだろう。

 

「私は!ケホッ………私は、悪い事なんてしてない!……私はただ、皆を()()()()()()()!」

 

 

 

 

守っていただけ。扉を閉め切ろうとしたその時、部屋の中から聞こえたその言葉が、僕の歩みを止めた。

 

普段なら命乞いになど耳を傾けたりしないのだが、彼女のその言葉だけはどうにも無視できなかった。

 

「………()()()()()()()?じゃあどうして君は封印されているんだ?潔白だと言うならこんな所にはいないだろ?」

 

九割方閉めてしまった扉をもう一度開け、中に居る少女に問う。我ながら、馬鹿なことをしているものだ。封印されている者の言い分を聞くなんて。

 

少女の方は、僕が戻ってきたことに唖然としていた。待ってくれとは言ったものの、本当に戻って来るとは思わなかったのだろう。

 

それとも既に諦めてしまった後だったのか。

 

「私………先祖帰りの吸血鬼…………凄い力持ってる…………だから国の皆のために戦った…………皆を敵から守ってた…………」

 

彼女は掠れた声でポツポツと話し始めた。うつむき加減で話すところを見ると、思い出すのも辛い事であるらしい。

 

「でも、ある日…………家臣の皆…私の事、いらないって………おじ様が王位に就くからって…………私は、それでもよかった………でも、私の力は危険だからって………殺せないから…封印するって………それで、ここに」

「王族だったのか?」

「…………(コクコク)」

 

王位継承をめぐって色々あったということか。力を持った者の責任、それを彼女は果たしていただけということか。彼女の話が本当であるのなら………

 

「殺せないっていうのは?」

「…勝手に治る…………首を斬られても………体が、粉微塵になっても………しばらくしたら、元に…戻る」

(魂蔵持ち…………か?)

 

話を聞いて最初に頭を過ったのはそれだった。

 

魂蔵持ちは、力を自身の中に無尽蔵に蓄えられる特異体質だ。もし魂蔵持ちであるのなら死なないことにも納得がいく。

 

 

だが、恐らくこの子は魂蔵持ちではないだろう。あれは人間の体質であって吸血鬼が、妖が持つものではないはずだ。

 

(……ああでも、妖混じりの人間っていう解釈ならあり得るのか?……)

「ヒュー、ヒュー」

 

魂蔵持ちなのかそうでないのかの疑問が頭を離れない。福郎もうんざりしている。僕もだ。

 

 

「………助けて……」

 

福郎と二人で考え込んでいると、絞り出すような声で彼女は言った。そう、本当に解決するべきはそれだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

普通に考えたら助けるべきではない。誰かが施した封印を勝手に解くべきではない。まして自分は被害者だなどと言う奴の話など信じるべきではない。

 

しかし、ここまで話を聞いておいて、はいサヨナラというのは何とも後味が悪い。それにもし彼女の話が本当だったら、彼女には何の罪もない。

 

(見たところこの部屋に封印されてから結構な時間が過ぎている。真っ暗で何も無いこの場所にずっといたんだ。心には相当堪えているだろう。死ねないというのなら猶更だ…………解放、するか?)

 

 

「ヒュー!ヒュー!ヒュー!」

(いや!ダメだ、ダメだ!何を考えている?封印を解いた後、彼女が悪さをしない理由がどこにある?)

 

 

事ここに至っては、彼女の封印を解くのも(やぶさ)かではない。だがそれは、万一の時、僕が彼女を滅することができればの話だ。

 

 

(再封印する道もあるにはあるけど……僕は斑尾に施された封印しか知らないし。あれヒト型にも使えるのかな?)

 

 

「…………(ウルウル)」

「ああーそんな目で見るな。わかったよ、解いてあげるよ。その封印」

「本当!」

 

 

「ただし…………もし妙な素振りを見せたら、その時点で()()。良いね?」

「………わかった」

 

我ながら本当にどうかしている。たかが「守っていた」という言葉にここまで流されるなんて。

 

 

いつの間にか無想も解けてるし。まだまだ修行が足りない証拠だ。

 

 

まあ、もし彼女が悪さをしようとしたら、その時は滅却すればいい。

 

もしも本当に魂蔵持ちだったとしても、()()()()()()()()()()()()

 

彼女が嘘をついているかどうかも、最下層まで行く間に判断すればいいだろう。それで足りなければ帰ってからも側においてじっくり検討すればいい。

 

「さて、じゃあ早速解くとしよう。じっとしてて」

「…うん」

 

 

こういった対象の力を利用する封印の場合、力が循環する造りになっている。だから外部から力の流れを弄ってしまえば割と簡単に解くことができる。

 

だから僕は力の流れとかお構いなしに、自分の呪力を一気に立方体に流し込んだ。

 

「このぉ!」

 

呪力を流し込むにつれ、立方体の中から何かが軋む音や回路が壊れるようなバチっという音が聞こえ始める。しかもその音は徐々に大きくなり、音が鳴る回数も増えていく。

 

「これで!どうだ!」

 

立方体全体が異常を告げるような赤色になってきたところで、ありったけの呪力を流し込む。

 

 

 

直後、立方体が内側から破裂した。内側に溜まっていた呪力と彼女の魔力が一気に外に漏れだし、閃光が走る。

 

「うわぁ!」

 

立方体が破裂した衝撃で僕は十数メートル吹き飛ばされてしまった。ゴロゴロと床を転がるも何とか受け身を取る。

 

「痛った………吸血鬼、大丈夫?」

 

立方体があった場所を見ると、吸血鬼の彼女は無事封印から解かれ、四肢が自由になっていた。

 

「うん…………ありがとう」

 

両腕を抱き、へたり込みながらも、ちゃんと彼女は返事をしてくれた。さっきの衝撃はそれほど食らわなかったらしい。

 

 

彼女の側まで戻り腰を下ろす。僕も彼女も数分間、ぐったりしたまま動けなかった。

 

「……付けて」

「は?」

「名前………付けて。新しいやつ」

「いや、いきなりそんな事言われても……」

 

先に沈黙を破ったのは彼女だった。しかも開口一番名前を付けてくれなどと。

 

以前の自分を捨てて、新しい自分と価値観で生きる。その気持ちはわからなくも無いが……

 

彼女も期待するような目でこちらを見ているので、適当な事を言うわけにはいかないが、なかなか思いつかない。

 

「…………じゃあ、“ユエ”は?」

「ユエ?」

 

「そう、“ユエ”。君はもともと吸血鬼族の英雄だったんだろ?でも今や君は英雄の立場とは真逆………だから“えいゆう”を逆にして“ユエ”…………どうかな?」

 

「ユエ………ユエ………」

「君はもう今までの君じゃない。以前のように自分の力を使って一族のため、国のために戦う必要なんてない。これからはただの吸血鬼として、自由に生きていけばいい」

 

「…………んっ。今日からユエ……ありがとう」

「ふふっ。どういたしまして」

 

お礼を言た彼女は無表情に見えたが、それでもどこか笑ているように見えた。

 

 

 





令和3年10月16日 
一部内容を修正しました。


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14.最後の刺客

ソレが現れたのは突然だった。吸血鬼を封印から解き、“ユエ”という新しい名を与えた直後、僕らの真上にいきなり()()は現れた。

 

「危ない‼」

「え?きゃっ!」

 

気配を感じた瞬間、僕はユエを抱えてその場から飛び退いた。

 

直後、上からソレが落ちてきた。床に置きっぱなしだった槍はソレの下敷きとなってしまった。

 

 

「ど、どうしたの…ハジメ?」

「動くな、敵だ!」

 

土煙が収まり、見えてきたソレは巨大なサソリだった。四本の腕に巨大なハサミ、二本の尻尾と一般的なサソリではなかったが。

 

この部屋の最後の仕掛けといったところだろうか。ユエを生きて逃がさないための最終駆除装置。

 

「いや・・・この部屋にいる者全てを、かな?」

 

にじり寄って来るサソリモドキに対し臨戦態勢とる。サソリもこちらに向かい攻める機会を伺っている。

 

「「………………………」」

 

互いに互いを捉えて動かない。重たい緊張感が漂う。

 

 

先に動いたのはサソリモドキの方だった。奴は片方の尻尾の針から紫の液体を噴射してきた。

 

「結!……なっ⁉」

 

結界で奴が放った液体を防いだのだが、着弾したところがジュワーという音と共に溶かされていく。慌てて結界を解き、ユエを抱えて後退する。

 

だがそう易々と後退させてくれず、すぐさまサソリモドキは距離を詰めてきた。

 

しかし直進してくるだけなら問題無い。

 

「包囲!定礎!…結!」

 

サソリモドキが通過するであろう場所を予測して位置指定する。案の定サソリモドキは直進してきたため、そのまま結界で囲い込む。

 

「キシャァァァ!!」

 

結界の中でハサミを振り回すサソリモドキだが、結界を壊せるほどのパワーは持っていないようだ。

 

「滅!」

 

ボシュッという音が響いた。いつもの様に結界で押しつぶし、いつもの様に滅した。

 

滅したはずだった。

 

 

だが、無傷のサソリモドキがそこにいた。

 

「なっ⁉」

 

この迷宮に来て、いやこの世界に来て初めて滅することができなかった。

 

このサソリモドキの鎧甲はこれまでのどの魔物よりも固いらしい。

 

一瞬の動揺を見逃さず、サソリモドキはもう一本の尻尾から巨大な針を射出してきた。しかもその針は途中で破裂し、散弾となって僕らを襲う。

 

「くっ、結!」

 

周りを結界で囲み針の散弾を防ぐが、数が多すぎる。散弾を防いでいる間にサソリモドキに肉迫されてしまう。

 

サソリモドキは物理的に結界を壊そうと、四本の腕を器用に使って結界の至る所を殴打してくる。

 

「キィシャァァァァ!」

 

一発一発の威力は大したことないが、これほど連打を続けられると結界を解いて後退する隙が無い。

 

「くっ!この……結!」

 

咄嗟にサソリモドキの側面に位置指定しそのまま結界で横方向に吹き飛ばす。

 

部屋の壁に打ち付けられ、ドゴォンという音が部屋中に響くがサソリモドキに大してダメージは無いだろう。

 

「キィ…シャァァァ‼」

 

壁際で起き上がろうとしているサソリモドキ。再度滅しようと術を発動する。

 

「結!滅!……結!滅!…………硬いな。あれじゃ結界で貫くのも無理そうだ」

 

しかし何度やっても結果は同じだった。サソリモドキの鎧甲には傷一つつかない。

 

おまけにこちらの攻撃に嫌気が差したのか、随分とこちらを睨んでいる。

 

「キエェェェ‼」

 

直後、サソリモドキの腕が伸長して襲い掛かってきた。まさか腕が伸びるとは思わず、結界を張るのが遅れてしまう。

 

「おわっ⁉」

「きゃっ!」

 

サソリモドキの射程より僅かに外にいたのか、伸長した腕は僕らの手前の地面に激突した。

 

だがその余波で僕とユエは吹き飛ばされてしまう。

 

おまけに吹き飛ばされた時にユエを掴み損ねてしまい、ユエとの距離を離されてしまう。

 

「生きてるか?ユエ!」

「な、なんとか」

 

ユエが無事なのを確認しサソリモドキに目線を戻すと、奴は既にユエに向かって走り出していた。やはり最優先の抹殺対象はユエらしい。

 

「まずい、ユエ!逃げろ!」

「えっ?」

 

ユエの反応が完全に遅れた。仮に遅れていなかったとしても、まだ全快していないユエでは避けることはできないだろう。

 

 

急いで彼女のもとへ走るが、この位置からではサソリモドキの伸長する腕の方が先にユエに届いてしまう。

 

「キシャァァァア‼」

「させるか!」

 

サソリモドキの凶刃がユエに当たる直前に、左手から出した5本の念糸を奴の腕にシュルシュルと巻き付ける。

 

そのまま念糸を全力で引き、サソリモドキの攻撃を止めさせる。

 

「キィィ?」

 

サソリモドキは自分の腕に巻き付いている不可解なものに疑問を抱いているようだった。その隙に奴の邪魔な腕を滅却する。

 

 

「さっきとは違うぞ…結!…滅!」

 

 

ボシュッ!今度は確実にサソリモドキの腕を消し飛ばした。

 

「キィィヤァァァ⁉」

「……へ?な、なんで?」

 

サソリモドキは腕を失ったことによる激痛で叫びまわり、ユエはサソリモドキの硬い鎧甲で覆われた腕が消し飛んだことに混乱していた。

 

 

無理もない。先ほどまでいくら攻撃しても傷一つつかなかった鎧甲を、今度は一撃で滅したのだから。

 

サソリモドキはユエが目の前にいるというのに、自分の腕を破壊した僕を信じられないといった様子で見ていた。

 

()()か、まあそんな所かな」

 

 

『多重結界』

 

一度にいくつもの結界を重ね掛けすることで、滅する威力を格段に引き上げる応用技。

 

もちろん一度に多くの結界は張るため一度に消耗する力も増えるが、これを使えば硬い鎧甲も滅することができる。

 

「確かに一度や二度滅したところでお前の鎧甲は壊せないけど、何重にも結界を重ねて滅すれば破壊できる」

「キ、キィエエェェアアァァア!!!」

 

今までで一番大きな咆哮を上げるサソリモドキ。死の恐怖を紛らわすためか、はたまた最優先の抹殺対象を僕に変えただけか。

 

いずれにせよ多重結界が有効とわかった今、これ以上時間をかけることも無い。

 

「結!……滅!」

「キィヤァァァ!」

 

ボシュッ!多重結界で全身を覆われたサソリモドキは断末魔を上げながら呆気無く消えていった。

 

 

 

 

「ふぅ~大丈夫、ユエ?」

「……え?あ、うん」

 

どうやらユエも無事らしい。だが見たところ状況に理解が追い付いていないようだ。片言でしか返事が来ない。

 

「……今、どうやって倒したの?しかも……完全に消滅させるなんて……」

「言ってなかったっけ?僕は結界師なんだ」

 

そういえば僕の天職については教えていなかったか。まあ、言うタイミングが無かったというだけなのだが。

 

「結界師?いや、でも……結界師って結界を張るだけじゃ?それにハジメ、詠唱してなかった……魔力操作、持ってるの?」

「魔力……何?まあ、良いや。道すがら話すよ」

 

封印部屋の最後の刺客も打破したので、ひとまずこの部屋を出る。この部屋にはもう用はないのだから。

 

 

 

 

 

「ところで、ユエはここが迷宮のどの辺りなのか知ってるの?」

「ごめん、わからない……」

 

封印部屋を出た後、再び極限無想に入る準備をしながらユエにここがどの辺なのかを尋ねたが、返答は芳しくなかった。

 

「でも……この迷宮は反逆者が作ったと言われてる」

「ふぅん……………あ、え?何、反逆者?」

 

丁度無想に入ったところだったので、ユエの言葉を聞き流してしまった。ユエがわからないと言った時点で、もう何も情報は無いだろうと油断していた。

 

「そう、反逆者…………神代に神に挑んだ神の眷属のこと………その反逆者の住んでる場所があるって言われてる………そこなら、地上への道があるかも………」

「なるほどね……」

 

反逆者とやらの話は後日改めて聞くとして。

 

もし反逆者の根城があるのなら、地上に続く道が、ないし地上に戻る方法があるかもしれない。

 

こんな地下深くから毎回徒歩で地上に行くとは到底思えない。

 

「なら、帰りは楽かな。一々階段を登らなくても済みそうだ…………ふぅ~、よし」

「ヒュー!ヒュー!」

 

再度極限無想に入り、福郎が姿を現す。

 

だが様子がおかしい。何か怒ってる。

 

そう思っていると福郎はくちばしで僕の頭を攻撃してきた。キツツキがホバリングしながら木に穴を空ける時の様にズガガガッと。

 

「ヒュー!(怒)ヒュー‼(激怒)」

「痛い!痛い!痛い!やめろ…………痛ててて!ごめんって」

 

ユエの懇願を聞いた時に無想が解けたことが、相当頭に来たらしい。

 

管理者って普通主人に手を上げたりしないと思うのだが…………

 

 

「………そ、その鳥は……何?」

「痛っ~~まぁそれも道すがら、ね。それより早く下を目指そう。思ったより時間が掛かった」

 

そう。もともと封印部屋については少し調べるだけのつもりだったのだ。

 

それが、単眼の巨人やサソリモドキと次々に現れた敵性個体を一々対処していたのだ。時間がかなり押している。

 

「わかった……でも途中で血が欲しい……可及的速やかに」

「そっか。吸血鬼だもんな、吸わないとやってられないよな」

 

数百年も飲まず食わずで封印されていたのだ。死なないとはいえ、腹も減るだろう。それに彼女の特性上血を摂取しないことには力も発揮できない。

 

 

少し注意して魔物と戦わないといけないな。でないと血も残さず滅してしまう。

 

「ハジメ。その言い方だと私が、何か危ないものを吸っているみたいに聞こえる」

「平気さ。誰も聞いてない」

「むぅ~」

 

常に無表情なユエには珍しく、頬を膨らませて拗ねている。

 

 

探査用結界では階段迄の道中に魔物を感知しなかったので、ユエに血を飲ませられるのは次の階層以降だ。

 

そうとなったらユエを担いで階段へと急ぐ。福郎も飛びながら付いて来る。

 

 

 

「ところで、ユエ。吸血うんぬんの前にさ、その恰好どうにかしないとね」

 

「……あ」

 

 

今まで触れてこなかったが、ユエはずっと裸のままであった。

 






今回の話で出た多重結界のくだりですが、【結界師】の正守さん登場回を真似ました。無想のままだと一撃で倒しかねないので、前回の話で強引に無想を解かせました。

次回はいよいよ最下層で最後の決戦になります。


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15.最奥の怪物


迷宮ラスボス戦、始まります。





ユエの封印を解いてから数時間。大迷宮に潜ってからはもう一日は経過しているだろう。

 

今いるのは200層へと続く階段だ。

 

ここまで来るのも大変だった。一輪の花を頭につけた恐竜みたいな魔物に追い回され、人間と植物が混ざったような触手の化け物に襲われもした。

 

そろそろ最下層であって欲しい。いい加減うんざりだ。福郎も心なしかぐったりしている。

 

 

ユエは相変わらず表情がわかりにくい。ここまで多くの魔物から吸血しているため魔力・体力ともに全快しているとのことだが。

 

 

格好も裸では無くなり、自身の能力で生み出した服を着ている。見た感じ元の世界にあるつなぎ服や作業服といった感じだ。古風な感じも、ましてお姫様といった感じもしない。

 

 

ユエ曰く、「()()()()()()()()()」らしい。意味はわからなかったが、知らない方が良さそうだったので深くは聞かなかった。

 

 

 

階段を下り終わると、そこは無数の巨大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本に彫刻が彫られ一定の感覚で並んでいる。地面も平らで荒れたところが一つもない。

 

 

道中の洞窟の岩肌や草木が生い茂っているといった自然的なものではなく、誰かが意図的に作ったような人工的な空間だった。

 

 

探査用結界で部屋を探るが、魔物の反応は何も無かった。特に危険もなさそうなので部屋の奥へと歩いていく。

 

 

200mほど歩くと前方に巨大な扉を見つけた。全長10mほどの巨大な扉。ユエが封印されていた部屋の扉を遥かに超える大きさのそれは名状しがたい雰囲気を放っている。

 

「これは……重厚な造りだな。ここが、そうなのか?」

「……反逆者の住居?」

 

正に迷宮の最奥部と言っていい様相に僕もユエも同じ意見に達する。遂に最下層に着いたのだと。

 

 

 

だが、諸手を挙げて喜ぶ気にはならなかった。この空間に魔物が一体もいないという事実が、むしろ僕に警鐘を鳴らしていた。

 

何か厄介な相手が出てきそうな予感がする。

 

 

「……とはいえ進むしかないか」

 

嫌な予感はするが、それでも進まなければならない。そうでなければゴールに着くことも、まして地上に戻ることもできないのだから。

 

 

「ん。ハジメは強い……私も強い……福郎もいる…………大丈夫」

「ヒュー‼」

 

ユエの言葉に福郎も賛同する。意を決して扉に向かう。

 

 

そして、扉まであと数十mといったところまで進んだ時だった。

 

突然目の前に巨大な魔法陣が出現し赤黒い光を放ち始めた。脈打つような振動音を響かせながら、徐々に光を強くさせていく。

 

 

「……やっぱりこうなるのか」

 

結界師ゆえか、多くの修羅場を超えてきたからか。こういう時の直感は外れない。

 

「ヒュー!ヒュー!」

 

目の前に現れた魔法陣からはこれまで以上の魔物が出てきそうだ。福郎も警戒レベルを上げるよう伝えてくる。

 

ユエは既に臨戦態勢を取り、真っ直ぐに魔法陣を睨んでいる。

 

 

一際強い閃光が走った。光が治まると、そこには六つの頭に長い首、鋭い牙に赤黒い眼をした怪物。

 

それはゲームや漫画に出てくるヒュドラと呼ばれる化け物に酷似していた。

 

 

同時に、

 

(八岐大蛇みたい……首が二本足りないけど)

 

 

伝承に残る八岐大蛇のようだという印象も持った。かつてスサノオノミコトが討伐し亡骸から天叢雲剣を発見したという伝説級の妖だ。

 

 

「「「「「「クルゥァァァァァ!」」」」」」

 

 

不協和音のような音色の咆哮を上げ六対の眼光が僕らを射抜き、強烈な殺気を向けてきた。

 

 

「っ!結!」

 

直後、赤い紋様が刻まれた頭が口を開き、火炎放射を放ってきた。炎の壁と言って相違ないそれを咄嗟に結界を張ることで防御する。

 

 

炎が止むと同時に結界を解き、僕とユエは左右に分かれる。走りながら赤い紋様の頭に狙いを定める。

 

「方囲!定礎!結!……滅!」

 

赤い紋様の頭を結界で囲い込み滅却した。見た目の威圧感とは裏腹に、サソリモドキのような頑丈さは無く簡単に滅することができた。

 

耐久力の低さに妙な違和感を持った時だった。

 

白い紋様の頭が咆哮を上げた。すると白い光が赤頭を包み、消し飛んだ頭を再生させた。

 

 

やや遅れて、ユエも氷の魔法で緑の紋様の頭を吹き飛ばしたが再び白頭が咆哮を上げ緑頭を再生させた。

 

 

(白頭は回復役か?)

 

今度は青い紋様の頭が無数の氷の(つぶて)を連射してきた。礫と言うにはあまりに長く鋭いそれは、むしろ氷の槍と言った方が的確かもしれない。

 

「っ!……結!」

 

走って避けるには数が多すぎるため周りを結界で囲み耐え凌ぐ。無想状態の結界であるためどれほど鋭利な氷槍であっても貫かれることは無い。

 

が、如何せん数が多く、容易に結界を解いて動くことができない。

 

 

青頭の意識が僕に向いている隙にユエが反対側から白頭を攻撃する。

 

「“緋槍”!」

 

燃え盛る灼熱の槍が白頭を急襲した。

 

だが、直撃する瞬間に黄色い紋様の頭が射線に割って入り、自身の頭の周りに黄色い障壁のようなものを展開する。

 

ユエの緋槍は黄色い障壁に直撃し、無傷で受け止められてしまった。ここに来るまで多くの魔物を屠ってきたユエの魔法が容易に防がれたことに驚きを禁じ得ない。

 

既に青頭の氷槍の攻撃は止んでいたので、その場から離脱する。今度は赤頭が数発の炎弾を撃ち放ってきた。

 

威力は桁外れだが、今回は数がそれほどでもないため走りながら回避していく。ユエの方も緑の紋様の頭からの攻撃を回避していた。

 

緑頭の口からは半透明の巨大な刃がいくつも撃ちだされていた。

 

ユエが回避した場所には鋭い傷跡が残っていおり、恐らく風属性の攻撃だろう。

 

 

(赤は炎、白は回復、青は氷、黄色は盾、緑は風………黒は?)

 

これまでの短い戦闘から各頭の行動はだいたいわかった。しかし黒い紋様を持つ六体目の頭がまだ何もしていないことに気づく。

 

黒頭は戦闘中ほとんどユエの方を向いていたが、攻撃らしい攻撃をまだしていないはずだ。

 

 

(各頭で役割分担がなされているのに、黒には何も無いなんてことがあるのか?)

 

嫌な予感がする。赤頭の炎弾を避けつつユエの方へと走る。

 

 

すると、

 

 

「いやぁあああぁぁぁ‼」

 

 

 

突然ユエの絶叫が響いた。見た感じ緑頭の風の刃を受けた様子は無い。ただ頭を抱えて、いや目を覆って悲鳴を上げている。

 

ただならぬ様子に一刻も早くユエの下へ向かおうとするが、赤頭と緑頭が行く手を阻む。

 

炎弾と風刃を無数に放ち、僕の行く手を阻んでくる。

 

まさに弾幕。避けることはもはや困難を通り越して不可能に近い。

 

 

だが、僕には()()がいる。

 

「福郎!」

「ヒュー!」

 

福郎の名を叫び、福郎もまた僕の呼び声に応える。そして瞬時に探査用結界を展開させる。

 

展開された探査用結界はこれまでのように階層全体に広げるのではなく僕の正面十数mに限定している。範囲が狭い代わりに、結界内に入ったあらゆるものを感知し把握できる。

 

(…左!三歩先!そんで……ここで屈む!)

 

そして結界内に入ってきた炎弾や風刃に対し、その数や大きさ、軌道を感知し、最適な方向とタイミングで回避しながら弾幕の中を駆けていく。

 

弾幕に突っ込んでいく僕に容赦なく追撃してくる赤頭と緑頭。だがそのどれも僕には当たらない。

 

(右に三歩!斜め左に一歩!前に走って……四歩先で飛ぶ!)

 

 

弾幕攻撃は敵を殲滅するのに有効な手段ではある。ただ一つデメリットなのは攻撃している方からも相手が見えないこと。

 

 

だから、()()()弾幕を抜けて敵が姿を現したら……

 

 

「方囲!定礎!結!」

「「!」」

「滅!」

 

虚をつかれ対応に遅れてしまう。だからこんなふうに簡単に二つの頭を滅することができる。

 

「はぁ……はぁ……ユエは?」

 

赤頭と緑頭の二体を撃破し、ユエの方を見る。いまやユエは膝までついてしまっている。無防備な状態の彼女を逃すまいと青頭が首を伸ばし、その顎で噛み砕こうとしていた。

 

「させるか!……結!」

 

ユエを囲って身を守りつつ、天井に向かって一気に結界を形成する。結界はユエの頭上から迫っていた青頭の顔面に直撃し、そのまま天井に衝突させる。

 

「グロアァァ!」

 

天井に叩きつけられた青頭は脳振とうでも起こしたのか、唸りはするが攻めては来ない。赤頭と緑頭はまだ再生しきっておらず、白頭は回復の真っ最中。黒頭は何かしてくる気配は無い。

 

「ユエ!」

 

急いでユエのもとへ向かい彼女を抱きかかえる。何をされたのかわからないが、ユエは目を見開いたまま震えている。

 

「一体何が?」

 

ユエが受けた攻撃が何なのか思案しようとするが、見晴らしのいい場所で座り込む訳にもいかない。一番近い柱の陰に隠れとにかくユエを正気に戻す。

 

「ユエ、おい!しっかりしろ!おい!」

 

ユエの体を揺らしながら呼びかける。頬をペチペチと叩いたり、左右に引っ張ったりしていると、僅かだが正気に戻ってきた。

 

「ユエ!しっかりしろ」

「……ハジメ?」

「そうだよ、僕だ。何があった?」

 

どこか焦点の合わない眼で、何かに恐怖しているかのような顔でこちらを見るユエ。その体は今も僅かに震えており、まるで体の自由が利かないかのようだ。

 

「……裏切られたかと……また、暗闇に一人で……」

「……はぁ?」

 

ユエがぽつぽつと話し出すがまるで要領を得ない。突然強烈な不安感に襲われたとか、僕に裏切られて再び封印される光景が頭に浮かんだとか。

 

けして見たくない悪夢を見せられ、恐怖で体が動かなくなったと。

 

そこまで聞いてようやくピンときた。あの黒頭の力は……

 

 

()()()()()……」

 

 

恐らく精神感応系と精神支配系の複合。ユエの精神を覗き見て、彼女が最も忌避する映像を見せることで洗脳し体の自由を奪ったのだろう。

 

(精神系の異能……専門外だな。黒頭の眼を見なきゃ良いのか?)

 

精神系の異能者がどれほどいるのかは知らない。少なくとも僕がこれまで出会って来た異能者には精神系の異能者はいなかった。

 

だから能力についてもよくわからない。眼を見なければいいのか、それとも咆哮を聞いてはいけないのか。

 

黒頭の異能の発動条件がわからず、いくつかの仮説を立てている時。

 

 

「っ!」

 

ゾワッっと背筋に悪寒が走った。

 

警戒を緩めたつもりはない。にもかかわらず何かに背後を取られた。()()()()()()()がすぐそこまで迫っている感覚に全身から嫌な汗が噴き出す。

 

(くっ!)

 

迫りくる悍ましい気配。その気配が僕の背中に届く刹那、全力で絶界を発動する。

 

咄嗟に纏った絶界にその気配が触れた瞬間。

 

バチッ!と何かが絶界に弾かれた。次の瞬間、柱の裏から悲鳴が聞こえた。甲高い金属音にも似た苦悶の叫び。

 

柱から覗き見れば黒頭が頭部を暴れさせながら唸っていた。

 

(アイツが、何かしたのか?)

 

結局何が僕の背後を取ったのかはわからない。何も見えなかったから。

 

だが確実に何かいる。目に見えない何か。音も無く静かに這い寄り、こちらに攻撃してくる何かが。

 

しかしその何かに触れた瞬間、直感した。

 

絶界でも壊せると。触れられたらアウトだが、触れられる前ならば対処できると。それに…………

 

(絶界で迎撃した途端に黒頭が悶え始めた。あの気配に対する攻撃は、黒頭自身にも届くのかもしれない)

 

そんな予想を立てていると、黒頭は暴れるのを止めて既にこちらを凝望していた。

 

(来るなら来い。今度はその見えない『何か』、確実に破壊してやる)

「クゥラァァァァ!」

 

黒頭が吠えた瞬間、空気が変わった。今までの何倍も重たく、底冷えするほどの圧。

 

確実に黒頭の能力が発動しているのがわかる。だが、見えない何かが迫ってくる気配が無い。

 

というよりわからない。先ほども突然背後に現れたのだ。

 

つまり、気配を感じた瞬間に速攻で対処するしかないということだ。

 

「「…………………」」

 

僕も黒頭も互いに目を逸らさない。互いの攻撃が致命傷になり得るとわかっているからこそ、最大限の警戒態勢を取る。

 

数舜の睨み合いが続く中、どこかで瓦礫が崩れた時。

 

 

先ほど以上に冷たい悪寒と共に悍ましい気配が出現する。見えない脅威が僕の背中に届く刹那、最大出力の絶界を発動する。

 

紫紺に染まり、陽炎のように揺らめく拒絶の結界。未熟ゆえ完全な球状にすることはできないが、それを差し引いて余りある規模で体の周りに放出する。

 

そして燃え盛る炎の如き激烈な絶界が、背後に迫った『何か』に触れた瞬間。

 

 

ガラスが割れるかのような甲高い音が響いた。さらにこちらを睨んでいた黒頭が絶叫する。

 

「クルアァァァ!」

 

激しく頭部を揺らし、首を振り回す黒頭。幾ばくか暴れた末、こと切れたように首ごと地面に倒れ込む。

 

 

(やった…のか?)

 

背後に迫った冷たい気配も消え、黒頭も沈黙し、この勝負に限っては終わったと思われる。

 

(……とにかく他の五体も、すぐに倒さないと)

 

一体倒したからと言って気は抜けない。先ほど滅した赤頭と緑頭は既に再生が完了しており、天井に叩きつけた青頭も起き上がってきている。

 

まだ体の自由が戻っていないユエを柱にもたれさせる。

 

「ユエ、君はここで待ってて。あの怪物は、僕一人でやる」

「なっ!私も、私も何か……」

「今の状態じゃ足手纏いだよ。一人で動くこともできないのに、どうやって戦うのさ」

「でも……………」

 

案の定ユエは反対したが、まともに動けない彼女では戦闘はおろか陽動すらできない。じっとしていてもらう方がずっと良い。

 

立ち上がり、八岐大蛇(ヒュドラ)の方を見る。敵も既にこちらに照準を合わせつつある。

 

 

一人で戦うと言ったものの、まだ判らないことがあった。黄色頭の障壁の事だ。

 

あの障壁がどれほどの防御力なのかを確認しておく必要がある。

 

 

一気に柱の陰から駆け出した。飛び出した僕に対し各頭が次々に攻撃を仕掛けてくる。それを柱の陰に隠れながら躱していく。

 

 

ユエから数十m離れ、ヒュドラの意識が完全に僕の方に向いたところで黄色頭に対し攻撃を試みる。

 

「方囲!…定礎!…結!………め、なっ!」

 

結界で黄色頭を囲い込んだ。そのまま滅しようとした時だった。結界が障壁に触れた瞬間、結界が砕け散った。

 

(あの砕け方………あの障壁、異能による攻撃を防ぐというよりも()()()()()()を無力化するのか)

 

あの障壁の本来の役割は剣や槍などの物理攻撃を防ぐことで、異能の無力化は前提でしかないのかもしれない。

 

(まぁそれならそれで、やりようはある)

 

ここまで各頭は攻撃や防御を行っていたが、相変わらず黒頭は倒れ伏したままだ。さっきの攻防によるダメージが抜けきっていないの、それともあれでもう死んでいるのか。

 

(どっちにしろ、先に黄色頭と白頭を仕留める!)

 

青頭の氷槍を避けながらまずは盾役と回復役の二頭を倒しにかかる。赤頭が放った巨大な火球で互いの視界が一瞬遮られた隙に黄色頭に狙いを定める。

 

「方囲!……定礎!」

 

だが、今回位置指定するのは障壁を展開している頭部ではない。胴体と頭部を繋ぐ()

 

「結!」

「クァ、ラァァ」

 

いくら異能を無力化する障壁があるといっても、その障壁で触れられなければ意味が無い。

 

どれほど首が長く柔軟であろうとも、決して届かない部分はある。そこを囲んでしまえばこちらのものだ。

 

「滅!」

「クラァッ!」

 

首を滅却し頭部が地面に向かって落ちていく。胴体からの魔力が供給されなくなったからか、展開されていた障壁が消えつつある。

 

黄色頭が倒され即座に回復させようと白頭が吠えるが、そんな隙は与えない。盾役がいない今こそ最大の好機。

 

「結!結!……滅!」

「!」

 

落下中の黄色頭と回復させようとしていた白頭を同時に囲い、間髪入れず滅却する。

 

 

黄色頭と白頭が碌な断末魔も上げず消滅したことに、他の三頭は瞠目する。その間に動かないでいる黒頭の方を見る。

 

「……結!…滅!」

 

未だに微動だにしない黒頭だが、いつまた動き出すかわからない。先手必勝、やられる前に滅却する。

 

 

「「「クルゥァァァ!」」」

 

都合三頭がやられたことをようやく理解し、残った三頭が激昂する。今までで最も強い敵意を向けて襲い来る。

 

 

 

「さあ、大詰めだ」

 

 

決着の時は近い

 

 

 





今回のヒュドラ戦、黒頭の能力について補足します。原作での黒頭がユエに精神攻撃を行っていたので、結界師の精神系能力を採用しました。

作中では精神感応系能力と精神支配系能力の複合としました。まず感応系でユエのトラウマを読み取り、支配系でトラウマとなる映像を見せてる感じです。


精神支配系能力で↑の内容が全部できるのか判断が難しかったのでこのような形になりました。

黒頭の力のイメージは『蛇』です。もう一体の見えない黒頭を想像してもらえたらと思います。

力のイメージを破壊した時のハジメの絶界は、ドラゴンボールの悟空やベジータが気を解放した時に纏うオーラのイメージです。


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16.迷宮踏破

ラスボス戦、クライマックス


迷宮に踏み入った者を待ち受ける最後の敵、八岐大蛇(ヒュドラ)。地下深くで探索者の到来を待っていた多頭の大蛇の攻撃はまさに苛烈の一言に尽きる。

 

だが既に当初の半分まで頭を減らされたヒュドラには余裕が感じられない。

 

まあ無理も無い。探索者にとって絶望的な脅威を、ヒュドラにとっては自らの生命線ともいえる黄色と白の二頭が倒されたのだから。再生を封じられた今、僕の殺害に躍起になっている。

 

 

「命懸け……だな」

 

連携なんてなんのその。各々が必死に魔法を放ってくる。赤頭は火炎放射、青頭は無数の氷槍、緑頭は烈風の刃。だが、そのどれもが僕に届くことは無い。

 

「「「クルゥァァァ!」」」

 

地面を駆け、柱に隠れ、時には空中に張った結界を足場にして避けていく僕に三頭は徐々に苛立ちを募らせていく。

 

赤頭と緑頭が魔法を撃ち続ける中、青頭は打ち終わった氷槍を再装填するかの如く、魔力を溜めているようだった。

 

「方囲……定礎……」

 

青頭の口内に青白い光が満ちていく中、火球や風刃を躱しながら奴の口内に位置指定をする。そして、青頭が氷槍を撃ち放とうとするその瞬間に……

 

「結!」

「クル、ゴオォ!」

 

口内に厚さ8㎝ほどの非常に硬い結界を形成する。そうすると、どうなるか?

 

口外に放たれるはずの氷槍が口の中で暴れまわる。一発一発が甚大な速度で撃ちだされる氷槍が詰まり、青頭の頭蓋を内側から刺し貫く。

 

「オオォ……ゴオォ」

「結!……滅!」

 

ボッシュ!

 

まさに見えない位置からの攻撃に、頭蓋を穿たれた衝撃と痛みに、硬直した青頭を即座に囲んで滅却する。

 

「「ク、クルアァァ!」」

 

四頭目がやられたことに赤頭と緑頭は、より一層激しく攻めてくる。魔法だけに頼らず、遠心力を使った首による体当たり、鋭い牙による噛み付きなど、執念すら感じる。

 

「結!…結!…結!」

 

赤頭による強烈な頭突きを跳躍することで避け、そのまま結界で空中を移動しながら緑頭の顔の高さまで登っていく。

 

「クウゥゥアアァ!」

 

緑頭は自分の目線にまで登ってきた僕に対し、特大の風刃を繰り出してくる。僕の体を両断しようと水平に放たれた風刃を、もう一度跳躍することで回避する。

 

風の凶刃は強固な柱をも切り裂き、壁面に深い傷をつけた。

 

「すぅ~、結!結!結!結!結!結!結!……結!」

 

一度深く息を吸いながら、跳躍したまま緑頭を囲っていく。最初に口、次に右側頭部、更に長い首の至る所に結界を形成し、緑頭の自由を奪う。

 

「おっと」

 

空中の結界に着地し、動けない緑頭と相対する。動けないながらも怒気と殺意を孕んだ鋭い眼光を放つ緑頭だったが、突然目の色が変わる。

 

「クルアァァ!」

 

振り返ると赤頭が炎弾を今まさに放とうとしていた。こちらも今まで以上の火力で攻撃しようとしている。

 

だが、赤頭は僕を殺すことで頭が一杯になっている。僕が今いる位置、もし僕が炎弾を回避したらどうなるかをわかっていないのだ。

 

「クルアァァ!」

 

特大の炎弾が放たれた直後、僕は後ろ向きのまま結界から飛び降りる。高さ十数mからの自由落下。天井に向いた僕の視線を紅蓮の炎球が通り抜ける。

 

「グギャアァァァァ!」

 

放たれた炎は赤頭と僕の延長線上にいる緑頭に直撃する。首以外の結界を解くことで炎を遮るものが無くなり、炎熱は緑頭の顔面を容赦なく焼き尽くす。

 

「結!」

 

真っ逆さまに落ちていく中、赤頭の顎の下に位置指定し、そのまま結界で頭部を貫いた。

 

「グガァァ!」

 

真下からの急襲に反応できず、頭部を貫かれた激痛で呻く赤頭。閉じかけた視界に緑頭が黒煙を上げている姿が映り、ようやく赤頭は己の過ちに思い至る。

 

 

「結!」

 

結界をクッションにし、受け身を取りながら地面へと着地する。体勢を整えすぐさま二頭への最後の攻撃を敢行する。

 

「方囲!…定礎!…結!……滅!」

 

既に死にかけとなっている二頭を囲い込み、完全に滅却する。頭部を失った首が力無く地面へとうなだれる。

 

残ったヒュドラの胴体を一瞥し、ユエのいる柱へと歩いていく。ある程度回復したのか、ユエも柱に寄りかかりながら立ち上がっている。

 

「ユエ、大丈―」

「!ハジメ、逃げて!」

 

大丈夫かと、聞こうとした途端にユエの顔色が青に染まる。切羽詰まった声と見開かれた彼女の瞳に、何事かと後ろを振り返れば七つ目の頭が胴体から音も無くそそり立っていた。

 

七つ目の銀色に輝く頭は、僕に対し鋭い眼光を向け、何の予備動作も無く極光を放った。

 

「ハジメ!」

 

これまでの六頭とは一線を画すその攻撃に、ユエが悲鳴さながらに僕の名を叫ぶ。

 

けれど、

 

「ヒュー!」

「…………結」

 

激烈を極める死の閃光を、結界の壁で受け止める。極光の威力は確かに他の六頭の魔法を大きく超えているが、それだけだ。

 

いまだ極光は結界を破壊し、僕を蒸発させようと放出され続けているが、結界はびくともせず亀裂どころか傷一つ付かない。むしろ極光の方がその勢いを失いつつある。

 

 

当然だ。ただ威力が高いだけの呪力の砲撃など、脅威ではない。まして、極限無想による僕自身最高の結界で迎え撃っているのだ。満に一つも極光が僕に届くことは無い。

 

やがて結界に遮られた極光はその勢いを失い完全に消失した。新たに出てきた銀頭は僕が被弾していないことに激昂している。

 

「これで本当に最後だ。…結!」

 

今度は頭だけと言わず、胴体を含めたヒュドラ全体を巨大な結界で囲い込む。

 

 

もう今日だけで千対以上の魔物と戦っている。挙句の果てにはこんな大型の怪物まで出てくる始末。

 

やっとこさ六つの頭を滅したと思ったら、身を隠していた七頭目の出現。

 

もういい加減、うんざりだ。

 

「滅」

「クギャァァ!」

 

極光を防いだのが僕の最高硬度の防御なら、これは最高強度の攻撃だ。妖だろうが魔物だろうが例外なく滅却する。

 

正真正銘、最後の断末魔を上げヒュドラは完全に消滅した。今度こそ階層内を静寂が包み込む。

 

「ユエ、大丈夫?」

「え…あ、うん」

 

不死身の所以たる自動回復で体の外傷は治癒しているが、黒頭による精神ダメージまでは治っていないらしい。まだ少しふらついている。

 

だが、それよりも気になるのはユエの様子だ。目を丸くし、まるで信じられないものでも見ているかのように唖然としている。

 

「どうかした?」

「……あの極光、防いだ」

「それが?」

「あんな魔力の攻撃…止められるのは…おかしい」

 

吸血鬼として絶大な力を持つ彼女が言うのだから相当なものだったのだろう。でも、僕にとってはそれほどでもない。

 

むしろあの規模の力を()()()()()()()()攻撃された方がよっぽど厄介だった。かつて戦った()()()のように……

 

そんなことを考えていると、八岐大蛇(ヒュドラ)が守っていた巨大な扉が重たい音を上げながら開きつつあった。

 

「扉が開いたみたいだし先に進もう。ほら」

「…………ん」

 

ふらついているユエを背負い、完全に開いた扉の奥へと進んでいく。

 

 

扉をくぐり踏み入った先には……

 

「凄いな」

「……反逆者の住居」

 

住み心地の良さそうな広大な空間だった。天井には太陽と見紛う光り輝く球体、壁面には天井付近から流れ落ちる滝、部屋の奥へと続く川、家畜小屋のようなものに住居まである。ここが地上だと言われても驚かないような光景だった。

 

「この川、魚までいるのか」

 

川をのぞき込むと数匹の魚がいた。もしかしたらここも水は地上から流れているのかもしれない。

 

「ヒュー!ヒュー!」

 

念のため探査用結界で部屋中を調べるが、この魚達以外何もいない。それにヒュドラが出てきた時のような嫌な感じもしない。ここが迷宮の果て、反逆者の住居で間違いないだろう。

 

 

住居のうち、最初に入った部屋はベッドルームだったのでユエを寝かせ休ませる。

 

「少し休むといい」

「ん…そうする………………スゥー、スゥー」

 

ベットに横になったユエはすぐに寝息を立て始めた。相当疲れが溜まっていたのだろう。数百年の封印から解放されてすぐに迷宮の中を走り回ったのだ。その上八岐大蛇(ヒュドラ)との決戦でのダメージも残っているようだし無理も無いだろう。

 

「ふぅ……僕も、休もう」

 

一人でこの建物を調べようと思ったが、存外僕も消耗しているらしい。もう動く気が起きなかった。

 

幸いこの空間には敵性反応は無かったことだし、備え付けのソファーに横になった。

 

「……結局、この迷宮に入って……どの…くらい……」

 

考えに耽る間も無く、僕の意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

Side白崎

 

ハジメがオルクス大迷宮に連行されてから一日と十数時間。香織は雫や他のクラスメイトと共に鍛錬に勤しんでいた。去り際にハジメが残した『死なないこと』という言葉を信じ、己の身を守るための修練を積んでいた。

 

「南雲君……」

 

けれど、香織にはハジメのことが気がかりだった。いくら強大な力と蓄積された戦闘経験があるとしても、危険が蔓延る迷宮にたった一人で挑むことが不安で仕方がなかった。

 

「香織……大丈夫?」

「…雫ちゃん」

「南雲なら大丈夫よ。きっとすぐに戻ってくるわ」

 

そんな香織に雫が優しく声を掛ける。雫とて香織と同様にハジメを信じている人間の一人だ。香織と同様にハジメを心配する気持ちは当然ある。

 

それでも今は信じるしかないと、ハジメの帰還を待つことしかできないとわかっている。歯がゆさを感じながらも、ハジメが戻ってくるまで自分達もできる限りのことをやろうと香織を励ます。

 

「……うん。そうだよね」

 

香織もまた雫の励ましを受け取り、気を入れなおす。ハジメが示してくれた活路を信じ、本人が戻ってくるまで全力を尽くそうと。

 

「……早く帰ってきて、南雲君」

 

ハジメの一刻も早い帰還を祈りながら、死なないための、『生きようとする努力』を再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

Side???

 

夜も更けた午前0時。一人の異能者が木々の間を駆けていた。己が滅すべき相手、御池鳩を荒らす妖を屠るために。

 

「包囲!定礎!結!……滅!」

 

結界に囲まれた妖は抵抗むなしく塵となって消えていった。数日前までハジメが担っていた使命。結界師が果たすべき責務。

 

その血筋の宿命とも言える生業をハジメが失踪した後も、ただ一人その役割を全うする者がいた。

 

「……ハジメ」

 

その者の名は北地早紀。結界師の血統にして南雲家と鎬を削る間柄。

 

 

 

 

そして。

 

南雲ハジメを恋い慕い、愛する者。

 




ヒュドラに関してですが、最初にハジメが八岐大蛇みたいだという印象を持ったので、文中でも八岐大蛇にヒュドラのルビを振っています。

実際、精神干渉系の黒頭の力のイメージが蛇で、極光を放つ最後の頭を入れれば全部で頭が八つになるので、ご容赦ください。


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17.北地早紀という結界師①


南雲ハジメと同様に結界師として妖を滅する一人の女子大生、北地早紀。


これは、彼女の記憶。彼女の想い。



 

小さいころから、アイツは私の傍にいた。家が隣同士で通う学校も同じ。親同士の仲は悪かったけど、目を盗んで良く二人で遊んでいた。

 

アイツは、小さい頃は泣き虫だった。嫌なことがあればすぐに泣きだし、底の浅い川に落ちてずぶ濡れになっただけでぐずついていた。

 

正直、手のかかる弟のような感じだった。

 

 

でも結界師としての修行を重ねていく中で、徐々にアイツの家との因縁を意識するようになった。

 

アイツの家が憎たらしいだとか、私達こそが真の継承者であるとか、そういうふうに考えていた訳じゃない。

 

ただ、北地家の次期当主となる以上、いがみ合っている相手と一緒にいるべきではないと思った。

 

それに、いつまでたっても泣き虫が治らないアイツにうんざりしていたという理由もあると思う。

 

 

そのうちアイツとは距離ができて、だんだんと張り合うようになっていった。どちらが妖を多く滅するか、どちらがより大きな成果を上げるか。

 

でも当時の私は、アイツの結界師としての在り方にすらうんざりしていた。本当に修行をしているのかと思うほどに術は稚拙で、結界師としての誇りも無くて、覚悟すら無いようにも感じた。

 

だからなのだろうか。何とも思っていなかったアイツのことが少しずつ嫌いになっていった。

 

(私はこんなに努力しているのに、誇りを持ってやっているのに!)

 

アイツの『親に言われたからやっている』という態度に、『やりたくてやってる訳じゃない』という腑抜けた考えに、一時は本気で不愉快に感じた。

 

 

そんなアイツも、ある時を境に修行や仕事に真剣に取り組むようになった。

 

 

それは私が小5の時、アイツが小3の時に起きた。

 

甘さの消えていなかったアイツは結界で捉えた妖の命乞いに耳を貸し、隙を晒した。その隙に御池鳩の力で強大化した妖が結界を破り、アイツの命を奪おうとした。

 

私は間一髪で二人の間に割って入り、妖を結界に閉じ込めて滅した。その時妖の爪で右腕を深く傷つけられてしまったけど、それ以上に私はアイツへの怒りの方が大きかった。

 

「あんたはまだこの土地がわかってない!ここは奴らに無差別に力を与えるんだ!」

 

負傷した腕の激痛をよそに、私はアイツに怒号をぶつけた。

 

「奴らが欲しがっているのは力…そして時間。ここでは時間が力になる。奴ら、時間を稼ぐためならなんだってする。情けをかけてる暇なんて無いんだ」

 

アイツはずっと腰を抜かしたまま私の話を聞き入っていたけど、右腕の流血が止まらないことに徐々に顔を青くしていくようだった

 

「情けをかけてるヒマは無いんだ。放っときゃ人だって殺す。よく覚えとき…な」

 

そこまで言ったところで私の意識は遠のいた。右腕の痛みと流血で気を失ったらしかった。

 

次に目を覚ましたのは2日後だったか、3日後だったか。妖の毒気にあてられて中々目を覚まさなかった。

 

気が付いてから暫くは怪我をした右手が完治していないこともあり、結界師の仕事は祖母に変わってもらっていた。だからアイツとも会わない日が続いたけど、一度だけ顔を合わせたことがあった。

 

その時は「怪我は大丈夫か」とか「俺のせいでごめん」だとかそんなことを言っていた気がする。私も「大したことない」とか「心配しすぎ」とか返していた気がする。

 

後で聞いた話じゃあアイツが私を家まで運んでくれたらしい。泣きながら必死に「早紀は大丈夫か」と繰り返していたとも聞いた。

 

でも、その時以来アイツが泣いている所を私は見たことがない。稚拙だった結界術もどんどん腕を上げていっているように感じた。

 

 

そして、アイツに追い抜かれたかもしれないと感じたのは私が高1の時、アイツが中2の時だ。御池鳩の力を狙い『黒芒楼』という名の妖の集団が侵攻してくる事件があった。

 

流石に敵の規模が大きかったため夜行の人たちにも手伝ってもらった。けどアイツは敵の本拠地に単身乗り込んで半壊させ、敵勢の主戦力のほとんどを一人で討伐してしまった。

 

そんな危険な行動に私は思いっきり怒ったけれど、周りが引くくらい引っ叩いたけど、心の中ではきっと、誰よりもアイツを褒めていたと思う。

 

 

今思えば、あの頃が一番大変な時期だった。

 

 

驚異的な頑丈さと再生力を持つ『黒兜』の出現、神佑地狩りを目論む呪い師一派の侵攻、御池鳩の力を狙う様々な敵の襲来。

 

数多くの事件が起きたけど、毎回アイツが何とかしてくれた。もちろん私だって結界師のはしくれだ、何の対処もしなかったわけじゃない。

 

けれど、どんな事件もアイツがいなかったら解決しなかったと思う。もしかしたら今のようなこの街の平穏も無かったのかもしれない。

 

強大な敵と戦っていくたびに結界師としての力量がどんどん上がっていくアイツにはもう、泣き虫だった頃の面影は無くなっていた。

 




お久しぶりです、戻ってまいりました。

短期ですが、また投稿します。


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18.北地早紀という結界師②

南雲ハジメと同様に、結界師として妖を滅する一人の女子大生、北地早紀。


これは、彼女の記憶。彼女の想い。



 

結界師としての確かな実力を身につけ、数多くの修羅場を潜ってきたアイツだったけど、さすがに学業を両立させることはできなかったらしい。

 

いつだったか、修行をしている時にアイツが大声で叫んでいるのを聞いた。

 

「一次関数なんて消えてしまえー!!!」

 

そんな絶叫の後に何かを投げつけるような音と、たぶんアイツのお爺さんに怒鳴り散らされている声も聞こえた。

 

修行中の私にさえ聞こえてくるほどだったのでよく覚えている。同時に、いくら術士としての腕を上げても、学業は年相応なのかとすこし呆れた。

 

 

すこし呆れて、すこし安心した。アイツにも苦手なものがあるんだって。泣き虫が治って、妖に対する甘さが無くなって、術士としての実力が追い抜かれても。

 

まだ子供らしさが残っていることに、まだ私の方が勝っているものがあることに。

 

 

「あんた一次関数つまずいてるでしょ」

 

その晩、私はアイツにそう言った。アイツは心底驚いていたけど、ばつが悪そうにゆっくりと顔をそむけた。どうやら本当につまずいているらしかった。

 

そんないじけたアイツが、どこか懐かしくて、可笑しくて、ほんのちょっぴり愛らしかった。

 

「明日わからないところ持ってきなさい、教えてあげるから」

 

自然とそんなことを口にしていた。アイツはその日一番驚いていたけれど、私自身びっくりしていた。

 

北地家の次期当主としてアイツとは距離を取っていたはずなのに、自分からその距離を詰めようとしていたのだから。気恥ずかしくて今度は私が顔をそむけてしまった。

 

とは言えこれまでのこともある。アイツもまさか真に受けないだろうと思っていたけど、あろうことかアイツは「本当に⁉ありがとう!」なんて言ってきた。

 

しかも次の日には本当に教科書やノート、問題集まで持ってきていた。自分から言い出した手前止める訳にもいかず、それからはずっとアイツの勉強の面倒を見続けた。

 

幸い、何度か教えればアイツもすぐに理解してくれたから、さほど苦労は無かった。

 

 

妖退治の合間の勉強会。それはいつしかアイツと私との間で当たり前になっていった。自分から隔てた距離さえも一瞬で埋まるくらい、その当たり前の時間は続いていった。

 

それでも、この頃まではまだ、アイツに対して特別何かを想っている訳じゃなかった。

 

 

 

私が高2の春、日本各地の神佑地が何者かに襲われ、その地に眠る絶大な力が奪われる、いわゆる『神佑地狩り』と呼ばれる事件が多発した。

 

その『神佑地狩り』の被害に遭い、神佑地を追われたある土地神が御池鳩に紛れ込んできたことがあった。

 

お地蔵様のような姿をしたその土地神は神佑地を奪われた悲しみと怒りで半ば暴走状態だった。

 

いくら結界師といえど、侵入してきたのが土地神では迂闊に手を出せない。その隙をつかれたアイツは土地神の能力で身動きを封じられてしまった。

 

土地神の攻撃をまともに受けようとしているアイツを助けるには、なりふり構っていられなかった。私は咄嗟に土地神を結界で囲い込み、そのまま土地神を滅却した。

 

 

神殺し。

 

それは緊急時であっても決して侵してはならない禁忌。その禁忌を破った私は裏会による尋問を受けることになり、裏会が所有する島へと連行された。

 

 

けど、この一連の出来事自体が『神佑地狩り』を企んだ一派の罠だった。私が連れていかれた島に複数の異能者が現れ、私と裏会の術者達に襲い掛かってきた。

 

奴らの要求は結界師である私の引き渡し。それが『神佑地狩り』とどう関係しているのかはわからなかったけれど、思うようにさせてはマズいという事だけはわかった。

 

それに私自身捕まるつもりなど無かった。裏会の人たちも異能者達が今回の一件の首謀者だとわかり、なんとしても捕えようと躍起になっていた。

 

 

激しい戦闘が続いたが、異能者達の実力はこちらを凌駕しており、奴らの綿密な計画もあってか、私達は成す術も無かった。

 

人質までとられてしまい、私が投降しなければ一人ずつ殺していくとさえ言ってきた。

 

「選べ女。我々に協力するか、こいつらを殺されるか」

「勘違いするなよ。お前が迎える結末は一つだ。その過程で死人が出るか出ないかの話だ」

「もはや人間として生きてはいけんのだ。最後くらい人間として真っ当な選択をしろ。そのほうがこちらとしても手間が省ける」

 

どうしたら良いのかわからなかった。捕まったら何をされるかわからない。けどこのままじゃあ大勢が死ぬ。

 

「まだ自分の立場がわかっていないのか?」

「ぐあぁ!」

「や、やめて!」

 

思考が纏まらない中、連中は人質を痛めつけ始めた。ただでさえ重症を負っている者を、尚も傷つけようとする奴らを前に、もはや選択の余地はなかった。

 

「……わかったから。言う通りにするから、その人達を放して」

 

投降の意思を伝えると、私はすぐに二人の異能者に腕を掴まれ、地面に膝をつかされた。

 

「最初からそうしておけば良いものを。お前のせいで連中は傷ついたんだ。お前のせいで負う必要のない痛みを負ったんだ」

 

髪を掴まれ、引っ張られながら、私は異能者の言葉を聞くしかなかった。下手に抵抗してまた誰かを傷つけられる訳にはいかなかった。

 

ただただ悔しくて、歯を食いしばるしかなかった。

 

「ふん、まあ良い。行くぞ、この女を例の場所へ………ごはぁ!」

「「がはぁっ!」」

 

「…………へ?」

 

 

どこかに連れて行かれそうになった瞬間、異能者達が吹き飛んだ。掴まれていた腕が離されて地面に手をついた。

 

 

何が起きたのかと顔を上げると、目の前に一人の術士が立っていた。

 

ここにいる筈の無い、一人の結界師。

 

 

「お前ら、早紀に何してるんだ?」

 

 

アイツが、()()()がそこに立っていた。

 




感想を書いてくださった皆さん、ありがとうございます。

感想が来る=読んでくれている誰かがいるということがわかるのでとても嬉しいです。


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19.北地早紀という結界師③

南雲ハジメと同様に、結界師として妖を滅する一人の女子大生、北地早紀。


これは、彼女の記憶。彼女の想い。



 

「…………ハジメ?」

 

目の前にいるハジメを見ても、最初は信じられなかった。なぜここにいるのか、どうやってここまで来たのか。

 

吹き飛んだ異能者達のことは、頭からすっぽり抜け落ちていた。不安や恐怖、悔しさと怒り。それまで私の心に重くのしかかっていたものさえ忘れて、ただ目の前に立っているハジメのことだけが心にあった。

 

「早紀!大丈夫⁉怪我は?変なことされてない!?」

 

そんな私をよそに、ハジメは素早く振り返って私の肩を掴んだ。力強く、それでいて優しく支えるようにして。

 

それまでの私以上に不安そうな顔で。決して泣いてはいなかったけど、今にも泣きそうな顔で。

 

「だ、大丈夫よ、大丈夫だから……周りの人たちに比べたら私なんて」

 

そう伝えても、まだハジメは半信半疑のようだった。思えばこの時が初めてだったかもしれない。普段はハジメの無茶な行動を心配したり、叱責するのは私の方だった。

 

だから、ハジメが本気で心配してくれている顔を見た時、私の中にあったのは。

 

ほんの少しの申し訳なさと、それから―

 

 

 

「くっ!誰だ、貴様ァ!」

 

すると、吹き飛ばされた異能者達が立ち上がってきた。他の異能者もよろめきながら立ち上がっていた。

 

「……早紀。ちょっと待っててよ」

「…え?」

 

ハジメの意図がわからなかった。けど奴らを横目に見て、ハジメはそっと立ち上がった。そして奴らの方に向きを変え、ゆっくりと歩き始めた。

 

「アイツら、やっつけてくるから」

「え……ま、待って!無茶よ、いくらあんたでも!」

 

ハジメが歩きだしてようやく意図が伝わった。同時に強烈な不安が押し寄せた。ハジメは奴らの恐ろしさをわかっていない。

 

「貴様、もう一人の結界師か!」

「……どうする?ここでこいつを殺す(やる)と計画が…」

「かまわん。順序が多少入れ替わるだけだ、やれ!」

 

異能者達がついにハジメに向かって動き出した。目の前にいる異能者達の力は常軌を逸している。

 

何百という強力な妖を使役する異能、発動条件がまるでわからない爆破の異能、こちらの異能を封じる異能、自然支配系能力であろう氷雪系の異能。

 

どれを相手にしても非常に厳しい戦闘を強いられる。それが同時に何人も。たった一人の結界師がどうこうできる筈がない。

 

「ハジメ!ダメ、あんた一人じゃ―」

 

「大丈夫だよ………早紀は、()()()()

 

 

 

そこから繰り広げられた戦闘は―

 

――――――――――――――――――

 

「……ニー、ハニー?」

「…えっ!?ご、ごめん。何、白尾?」

「何じゃないぜハニー。妖が入ってきた、早く退治しにいこうぜ」

「……そうね」

 

 

そうだ。今私は御池鳩にいるんだ。侵入してきた妖を退治しなければならない。白尾の誘導に従い、妖がいる場所へと向かう。

 

「キリリリリリリリリリリリリ!」

「…うわ~」

 

視界に捉えた妖は昆虫の特徴を持った体躯だった。クワガタムシのような二本の角にカマキリのような鎌。見ていて気持ち悪いけど、Gに比べれば耐えられる。

 

「包囲!定礎!結!」

 

私はハジメほど大きな結界を張ることはできない。けれど、あれくらいならば私でも囲める。

 

「滅!」

「キイィィィ!」

 

奇声を上げながら昆虫の妖は絶命した。結界に押しつぶされて飛び散った肉体の破片は放っておくと御池鳩の力で再生してしまう恐れがある。

 

「天穴!」

 

それを防ぐために、すぐさま左手に持つ天穴で妖の亡骸を吸い取り、輪を通して異界へと送る。

 

「お疲れ、ハニー」

「うん……」

「なぁ、どうしたんだよハニー。最近変だぜ?上の空っていうか心ここに在らずみたいな感じだ」

「…………」

 

心ここに在らず、か。付き合いが長いだけあって白尾にはお見通しみたいだった。最近仕事中でもボーっとすることが多かったし、気づかれてもおかしくはないのかな。

 

「ハジメンのことか?」

「…………うん」

 

ハジメが姿を消してから一ヶ月半。今もって手掛かりは見つかっていない。現場の状況や目撃情報からどこかの異界に引きずり込まれたこと。わかっているのはそれだけだ。

 

どこの異界にハジメ達がいるのかについては何もわかっていない。

 

「……白尾。ハジメのやつ、大丈夫かな」

「まぁハジメンのことだし、元気にしてるんじゃない?ほら、ハジメンはマイペースな所あるし」

 

そう。割と普通に過ごしている可能性もある。異界でも難なく過ごしているのかもしれない。

 

状況的に同じクラスの子達も飛ばされているだろうから、ハジメが皆をまとめている可能性も……

 

「それは無いか」

 

ハジメは人の前に立ってまとめるような奴じゃない。むしろ何もかも一人で解決しようと躍起になっている可能性の方が高い。もしかしたら、無茶なことだってやっているかもしれない。

 

でも、本当の問題は別にある。もっと大きくて、深刻な問題。

 

「……アイツ、帰って来るよね?」

 

一番の問題は、ハジメがこちらの世界に戻ってこられるのかということだ。結界通路を使い、こちらとあちらを繋げば帰っては来られる。けれど、結界通路を作るのは極めて困難な作業だ。

 

ハジメがどこの異界にいるにせよ、そこからアクセスできる異界は無数にあるはずだ。その中からこの世界を見つけて、且つ結界通路を繋ぐことがどれほど難しいか。

 

異界への干渉において天才と謳われたお婆ちゃんでさえ、習得には相当な時間が掛かったと聞く。

 

「ハニー……」

 

考えれば考えるだけ、不安は大きくなっていく。つい膝を抱えて座り込んでしまう程に。

 

 

ハジメがいなくなってここまで苦しくなるなんて思わなかった。小さいころから一緒にいるのが当たり前で、後ろをついてくるだけだったハジメが、いつの間にか私の前を歩くようになって。

 

そんなハジメが突然目の前からいなくなって。

 

自分が思っている以上に、ハジメの存在が大きかったことを痛感する。会えないことが寂しくて、声を聞けないことがもどかしくて、触れられないことか狂おしい。

 

 

「……ハジメンが苦境に強いことはハニーが一番よく知ってるじゃないのか」

「…………」

 

そう。ハジメはいつだって逆境を乗り越えてきた。どんなに強い妖が相手でも、どれだけ追い詰められていても。必ずそれを打ち破ってきた。

 

あの時、私を守るために戦ってくれたあの時だって。たった一人で敵の異能者達を倒してしまった。

 

わかっている。ハジメならきっと何とかする、何とかできる。それだけの力を、ハジメは持っている。

 

それでも、不安な気持ちが消えることは無い。二度と会えないんじゃないか、そんな考えがいつも頭をよぎってしまう。

 

「…………!ハニー、また妖が入ってきた。今度のはさっきのよりも大きい」

「うん……………わかってる」

 

白尾に促され、立ち上がる。ハジメがいないからって妖退治を休むわけにはいかない。

 

 

今、御池鳩を守れるのは私だけなのだから。

 

 

 

 

 

 

私はハジメの帰りを待っている。どれだけ心が苦しくても、ハジメを信じて待っている。

 

いつかハジメが帰ってきたら、お帰りと言って抱きしめよう。よく頑張ったと誉めてやろう。よくも心配させたなと泣いて一杯困らせてやろう。

 

 

 

「だから早く帰ってきなさいよ、バカ」

 

 

 




異能者達とハジメの戦い。どれほどの激戦だったのかは、読者の皆さんのご想像にお任せします(一応筆者の中でも考えていたのですが、長くなるうえに本編にはさほど関係がないので省略しました)。

ただ言えるのは、この頃のハジメ君は「雑に強かった」ということです。まだ無想も使えなかった頃ですからね。効率性など度外視して、余りある力を贅沢に使って戦ったんだと思います。

案外、敵の弱点を瞬時に把握し、そこをついて倒したのかも?


~追伸~
(需要があれば、ここの戦闘シーンをいつか書くかも)





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20.最深部のオアシスにて

ボチボチ書いて行きます。


「・・・んん」

 

目が覚めた。どのくらい眠っていたのだろうか。200階層近い迷宮を下りきった疲労もほとんど取れている。

 

(なんか・・・バカって言われたような気がする)

 

声が聞こえたわけでも、夢の中に誰かが出てきたわけでもない。ただ、何となくそう思っただけ。

 

普段からキモオタだのと口汚いことを言われているけれど、ストレートにバカと言ってくるのは一人しかいない。

 

(元気かな・・・早紀)

 

ずっと一緒に戦ってきたもう一人の結界師のことを思い出しながらソファーから起き上がる。ベッドでは今もユエがスヤスヤと寝息を立てている。

 

「さてと」

 

この建物に入ってすぐに眠りについてしまったため、まだここが何なのか調べていない。ユエが起きてくる前にざっと見ておこうと立ち上がる。

 

「ここ、二階あった気が・・・なっ⁉」

 

部屋のドアを開けると数体の岩人形のようなものが動き回っていた。各々僕を一瞥するも、すぐに僕から目線を外し各々の動きに戻る。

 

「何やってるだ?・・・掃除?」

 

良く見れば箒やちり取りといった掃除道具を持っている。ある人形は川に手を突っ込んで異物をすくい上げていたり、ある人形は庭の芝生を整えたりしてる。

 

「まあ・・・良いか」

 

全く敵意を向けてこないことから害はないと判断し、建物の捜索を始める。

 

意外と広い建物内、書斎らしき部屋、鍵がかかった部屋。色々見て回っているうちに三階部分があることに気づく。

 

三階に一つだけある鍵がかかった部屋。少々強引に入ると、中にあったものに驚いた。

 

「が、骸骨?」

 

ローブを纏った白骨死体が椅子の上に座っていた。反射的に妖ではないかと警戒するが、妖気を感じない。本当にただの白骨死体(ガイコツ)なのだろう。

 

部屋を調べてみようと中に足を踏み入れると、途端足元が光りだした。それと同時に何かが頭に流れ込んでくる。

 

「ぐぅ!」

 

眩しい光と激しい頭痛に耐え兼ね膝をついてしまう。幾ばくかして光が治まると、そこには・・・

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

「・・・何やってるの、ハジメ?」

 

起きてきたユエに開口一番そう言われた。

 

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・別に、大した、ことじゃな・・いよ・・」

 

上半身半裸で息を切らし、やたらと石に向かって叫んでいる男がいたら誰だってそう言うだろう。

 

「何かあったの?」

「実は、ちょっと・・・」

 

僕はあの部屋であったことをユエに話した。光が治まった後、あのガイコツの前に人間のホログラムが投影されていた。そのホログラムはメッセンジャー的な役割を担っていたようで、色々と情報を得ることができた。

 

かつて『解放者』と呼ばれた集団が、争いが絶えなかった世を救おうと立ち上がったこと。その『解放者』達はこの世界の神の介入によって、救おうとした人々に迫害されてしまったこと。そういった事を詳らかに教えてくれた。

 

正直この世界の歴史だとか真実だとかはどうでもいい情報だったのだが、二点有益なものがあった。

 

一つ、かつての『解放者』の生き残りたちがこの世界に迷宮に創り、その迷宮を踏破した者に彼らの力である神代魔法を譲渡する意思を固めたこと。

 

二つ、【オルクス大迷宮】を踏破したことで神代魔法の一つである生成魔法が譲渡されること。

 

地上にある残りの迷宮にも神代魔法なるものが眠っている。もしかすればそこに結界術に類する能力があるかもしれない。

 

独力だけで結界術を極めて元の世界に帰る道を創らなくてもいいかもしれない。外に出たら他の迷宮を探そうと大雑把に考えていると、ふと思いついた。

 

折角だから生成魔法なるこの世界の異能を試してみよう。どうせ一生使うことは無いのだ。試しに一回くらいやってみるのも悪くないと思った。

 

生成魔法は鉱物に魔法特性を付与する異能。そのためそのへんから石ころを持ち出して生成魔法を発動しようとした。

 

が、

 

「生成!生成!!生成!!!!」

 

何をやっても、何度やっても、一向に発動しなかった。頭に流れ込んできた情報をもとにやっているのに一つも上手くいかない。

 

「セイセイ!SEI☆SEI!Say☆Say!」

 

やはり変わらない。こう何度も叫んでいれば、寝ていたユエも起きてくるだろう。

 

「ハジメ・・・その石貸して」

 

僕の話を聞き終わったユエも例の部屋へ向かい生成魔法を取得してきたらしく、石に向かって発動しようとした。

 

すると何やら魔法陣が石に刻み込まれた。ユエがいとも簡単にやってのけたことが信じられなかった。

 

「んん~?」

 

目を見開き間抜けな顔で石の魔法陣を見ていたのだが、ユエは唐突にその石を遠くに放り投げた。そして地面に落ちた直後、

 

ドカーン!

 

その石は爆発した。しっかり芝生を破壊している。

 

「・・・え、何で?何でユエは出来るの?」

「・・・・・・・才能?」

「ぐはぁ⁉」

 

大ダメージだった。僕の心は傷ついた。

 

「よくわからないけど・・・ハジメは結界術に関しては、右に出るものはいないけど・・・・・逆に他のことはほとんどできないんじゃない?」

「がはぁ⁉」

 

膝から崩れ落ちた。一芸に秀でる者は多芸に通ずというが、ここまで結界術を修めていても他の異能には通じないらしい。

 

 

 

「それで・・・ハジメはこれからどうするの?」

 

ショックで屍になっていた僕だったが、ユエの言葉で正気に戻る。

 

「とりあえず他の迷宮に挑戦するよ。運がよければ目当てのものが手に入るかもしれない」

 

川を泳ぐ魚を捕まえ、腹ごしらえの準備を進めながら今後の方針を詰めていく。

 

(その前に一度皆に連絡した方が良いかな?だいたい迷宮がどこにあるかもわからない訳だし・・・)

 

外に出てもすぐには迷宮探索を始められそうにないなと、前途の多難さに溜息をもらす。もはやあの聖教教会のことは眼中に無い。異教徒なんて言われていることもどうでも良い。

 

重要なのは皆の安全と、元の世界に戻ることだけだ。

 

(教会の人達は僕が最下層まで踏破したなんて絶対に思ってない。そこを利用する)

 

迷宮内で死んだか、今も生きようと必死に抗っているか。教会が考えていることなんてそんなところだろう。

 

その思い込みを逆手にとって、裏で動く。気取られないように注意しながら。

 

 

 





少しずつ書いて行きます。


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21.不穏な空気



少しづつオリジナル展開へ





時は少し遡る。ハジメが【オルクス大迷宮】を踏破し、反逆者の建物で眠りについた頃。一人の男が王都の端、人気のない場所で座り込んでいた。膝を抱え、顔をうずめて動かない。

 

「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツが悪いんだ………ちょ、調子に乗るから」

 

その男は暗い笑みと濁った瞳でぶつぶつと呟いていた。

 

「お、俺を騙して…内心見下してやがったからだ……天罰だ。ヒヒ、ヒヒヒ…」

 

この男は檜山大介。聖教教会にハジメが背信者だと伝え、偽りの罪を被せた張本人。この男はハジメが自分よりも強いこと、優れていることを妬み、自分勝手な妄想でハジメを悪人だと決めつけていた。

 

「アイツがいなくなれば…し、白崎は俺のモノだ。あんなクズに…やってたまるか……ヒ、ヒヒヒ……あんな()()()より、人間の俺の方が…白崎にふさわしいんだ。そうだ。あの女は、俺のものだ」

 

それもこれも香織への歪んだ恋心が端を発していた。自分のことを棚に上げ、異能者であるハジメを化け物と断じ、非難する。自分に言い聞かせるように檜山は暗い笑みを浮かべていた。

 

「ふ~ん、やっぱり君か。どう?冤罪でクラスメイトを死刑台に送った感想は?」

「⁉」

 

不意にかけられたその声に、檜山は動揺した。誰もいなかったはずのこの場所に突然現れた謎の人物。慌てて振り向いた先にいた人物に、檜山は驚愕する。

 

「なっ!お、お前……なんで、ここに!」

「あはは。どうでもいいんだよ、そんなこと。それよりさ……君が南雲を教会に売ったって、皆に言ったらどうなると思う?」

 

その人物はクスクスと笑いながら楽しそうな表情を浮かべる。普段の様子と明らかに違うその人物が、檜山の目には酷く不気味に映った。

 

「クラスは今二つに割れている。あえて言うなら天之河派と南雲派の二つ。全員が南雲を信じている訳では無いよ?でも君みたいに、自分のためだけに他人を陥れて、しかもこの世界の連中と手を組んで死刑台にまで送る……皆が知ったらどうなるかな?」

「……へ、へへ!そんなもん皆俺に逆らえなくなるだけだ!……そうだ、俺は教会の連中から信頼されてるんだ!下手な事すれば、誰だって連中を使って俺が!」

「同じことを()()()の前で言えるかい?」

「ッ!?」

 

『あの子』という言葉に檜山が声を詰まらせる。開き直ろうとしていた檜山の表情が凍り付く。

 

「あの子は間違いなく君を非難する。いや、もしかしたら今度は彼女が君を追放するんじゃない?」

「なっ!そ、そんなことできるわけねえ!」

「わからないだろう?直接あの子が何かしなくても、感化された南雲派の誰かが君に剣を突き立てるかもしれない」

「ッ⁉」

 

檜山は追い詰められる。もはやクラスのメンバーからの信頼が無いのはわかっている。迷宮での一件が尾を引いているのは彼自身、気が付いている。

 

「なんなら僕がその場を設けてあげようか?僕としてはとても面白いと思うんだ」

 

さらに悪いのは、この相手。檜山に絶望を突き付けていくこの人物は嗜虐的な表情を浮かべ、明らかに楽しんでいた。

 

「ど、どうしろってんだ⁉」

「ん?心外だな~まるで僕が脅しているみたいじゃないか。ふふ、別にすぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まあ、とりあえず……僕の手足となって従ってくれればいいよ」

「そ、そんなの……」

 

事実上の奴隷宣言。到底受け入れられない檜山だったが、断れば確実に檜山がやったことが晒される。どうしたら良いのかと思考を巡らせる檜山に、目の前の人物は魅惑的な言葉を投げかける。

 

()()()()が、欲しいんだろう?」

「ッ⁉な、何を言って……」

 

檜山のこの状況を掻い潜るために巡らせていた思考が完全に止まる。相手の甘美な言葉に目を見開く。そんな檜山の様子を見て暗い笑顔でその人物は続けた。

 

「僕に従うなら……いずれ白崎香織が手に入るよ?それに……()()()()()も完全にこの世から消すことができる」

「は?……南雲?」

 

予想外だにしない名前が出てきたことで、檜山の思考は混沌を極める。

 

「アイツを気に入らないのは君だけじゃないんだよ。僕には僕なりに、アイツが邪魔な理由がある」

「け、けど!南雲は迷宮に送られて……」

()()()を甘く見過ぎだよ。あんな迷宮、結界師はすぐに出てくる」

 

いよいよこれは夢なのではないか思ってしまう檜山。まるで南雲が言っていた結界師について知っているような口ぶり。そしてあの【オルクス大迷宮】を‟あんな迷宮“と言ってのけることに絶句し、悪寒が走る。

 

「君にとっても悪くない話……いや、むしろ良い話だろう?全て終われば僕らは他人同士。なんせ互いに欲しいものが手に入り、互いに不要なものが消え去るんだから………さて、返答は?」

 

あくまで小バカにした態度を崩さないことを不快に感じながらも、少しづつ冷静になってきた頭で、檜山は決断する。

 

もとより選択肢など無い。むしろ従った方が自分に利があると、冷静さを取り戻してきた頭が導き出す。

 

「…………従ってやるよ、お前に」

「アハハハハ!それは良かった!僕も使えそうな駒を手放すのは惜しいと思っていたんだ!まあ、仲良くやろうよ、奴隷くん!アハハハ!」

 

そう言ってその人物は踵を返し、王都の喧騒に消えていった。もはや平然と駒やら奴隷やらと呼んでくることに苛立ちながらも再び膝に顔を埋める檜山。

 

(……やってやる。たとえ、泥をすするようなことになっても……あの女は、俺のものだ……ヒヒ、ヒヒヒ)

 

檜山の頭にこびりついている光景。大迷宮に潜る前夜に目撃した、香織がハジメの部屋から出てくる場面。あまりの衝撃と苛立ちに、はらわたは煮えくり返り、大迷宮では幾度となく香織と目を合わせるハジメを睨んでいた。

 

そしてハジメが自分を遥かに上回る力の持ち主であるという屈辱。見下ろしているはずが、実は見下ろされていたという妄念。

 

それら全ての負の感情が、この千載一遇のチャンスを無駄にするなと繰り返す。邪魔者を排し、理想の女を手に入れる。

 

膝を抱えながら、檜山はその欲望に満ちた未来を夢想し続けた。

 

 

 






結界師要素、絡めていきます
(出来る範囲で)




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22.光を求めて





あの後、白骨死体(ガイコツ)を埋葬した僕は建物の部屋を片っ端から調べ上げた。分厚い本や用途がよくわからない道具、それに役に立ちそうな物などを物色しながら、地上に出る準備を整えていった。

 

「おお、これも入った。凄いな、コレ」

 

中には四次元ポケットの指輪版のような道具まであり、かき集めた道具を持ちだすには苦労しなさそうだった。

 

「♪♪♪」

 

ユエも数百年ぶりの外の世界に向けて身支度を整えていた。永劫出られないと思っていた暗闇の迷宮からもうじき出られるからか、やや口角が上がっているような気もする。

 

準備の途中で迷宮内の魔物からありったけの血を吸い取って来たユエは、完全に力を取り戻していた。

 

「さて、そろそろ行くか。ユエ」

「ん……準備OK」

 

互いの支度が済んだところで、いよいよ外へ通じている魔法陣へと向かう。

 

建物内の部屋を見て回っている時に、あの部屋の魔法陣とガイコツがつけていた指輪を使えば外に出られることがわかった。

 

「何日かぶりの外だ。早く日差しを浴びたい」

「ん……私も何百年ぶりかの外。待ちきれない」

 

三階の例の部屋で指輪を使い魔法陣を起動させる。ホログラムが起動したときとは違う光が僕らを包む。

 

 

光が治まり、身に入ってきた景色はあの部屋のものではなく洞窟の岩肌だった。そのまま道なりに進むにつれて徐々に外の光が差し始める。

 

「……ハジメ、外!」

 

差し込む僅かな光へと一目散に走っていくユエ。子供のようにはしゃぎながら先に進む彼女を無理に追いかけず、ゆっくりと光指す方へ向かう。

 

ユエほど外に出たい欲が強いわけではないのだ。迷宮に入ったのつい最近だし。

 

「んん……外か」

 

少しずつ強まる光に目を細めながら、遂に僕も洞窟の外に出た。見上げれば青い空と白い雲。洞窟や迷宮とは違う新鮮で澄んだ空気。断崖に挟まれた谷底ではあるようだが、間違いなく地上であることを確信する。

 

「さて、まずはここが何処かだけど…………ユエ?」

 

先程まで元気だったユエがずっと黙り込んでおり、どうも様子がおかしい。空を見上げながら立ち尽くしている。そっと覗き見た彼女の相貌は……涙であふれていた。

 

「…………」

 

外に、地上に出られたことで胸が一杯であるらしい。僅かに嗚咽を漏らしながら、ただただ涙を流している。

 

(しばらくそっとしておこう)

 

ここでユエの感動に水を差すほど野暮ではない。他の人よりも濃い人生を送ってきたとは言え、しょせん僕は十数年しか生きていない。ユエはきっと僕には及びもつかないほどの感動が押し寄せている。

 

ましてあの地の底の、暗闇に満ちた場所で封印されていたのだ。照り付ける光はきっと、彼女に温もりとやすらぎを与えているはずだ。まるで光がユエを抱きとめるように。

 

少し離れたところに腰掛けて、ユエが落ち着くまで時間を置く。断崖に吹く風に身を任せながら………

 

 

****

 

 

「ごめん、ハジメ………もう大丈夫」

「そっか……」

 

程無くしてユエは調子を取り戻した。目元は腫れているが、その表情は朗らかだ。

 

「ここ谷底だけど、どっちに行く?」

「そうだな……………あれ、付いて来るの?」

 

話の流れでユエはついてきそうな雰囲気だが、良いのだろうか。勝手に封印を解いた手前、最後までユエを監視する責任が僕にはある。だからついて来てくれると言うなら非常にありがたい。

 

けれどようやく地の底から出られたのだから、やりたい事や行きたい所くらいあると思っていた。

 

「ん……外で生きられるなら、他にやりたいことも無いし………それに」

「それに?」

「……一緒にいた方が、良いことありそう」

 

良いこと…………まあ、ユエの力は強力だ。手を貸してもらえるならば、非常に心強い。

 

「たぶん、大変なことが多くなると思う」

 

まずは空間干渉系の異能、もとい神代魔法を求めて各地の迷宮を巡ることになる。多くの魔物や、この世界の人間と敵対している魔人族ともそのうち遭遇することになるだろう。

 

さらに言えば、僕はエヒトに逆らった異教徒扱い。教会連中に気づかれれば、追われる立場にもなる。それを伝えてもユエの意思は変わらなかった。

 

そこまで意思が固いのならば無下にすることも無い。改めて協力関係になったことで、互いに握手を交わす。

 

「それで、どっち行くの………」

「どうしようかな」

 

土地勘も地理もわからないため、にっちもさっちもいかない。それでも進まない訳にはいかない。

 

「じゃあ—」

 

 

いざ、情報収集のため、王都へ。

 

 

 




誤字脱字の指摘ありがとうございます。
また最近気温が急に低くなっております。
読者の皆様、体調には十分お気を付けください。

(感想下さい)


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23.しゃべるカラス

Side白崎

 

ハジメが【オルクス大迷宮】に送られてから二週間。香織達は今まで以上に訓練に勤しんでいた。

 

以前はその力に酔い、面白半分やレジャー気分の者が多かった。異形の魔物さえ容易に倒せる天職とスキル、この世界の人間からの好待遇が異界への拉致という異常事態に対する緊張を弛緩させていた。

 

しかし大迷宮で死の恐怖を体感したことで、緩み切った心は一気に緊張を取り戻した。

 

気を抜いていたら死ぬ。何も考えずにいたら一瞬で足元をすくわれる。

 

全員がそれを理解したことで、訓練の雰囲気はそれまでとは違う、真剣で緊張感のあるものへと変わっていた。

 

 

「宵闇を照らす一条の光、天の刃となりて悪辣を討つ―『光芒白刃(フォトン・エッジ)』!」

 

「優大豪壮、剛力無双!何人も我を妨げること能わず!―『突撃拳(ストライクブロー)』!」

 

特に光輝と龍太郎の意気込みは強かった。二度とベヒモスのような敵に負けないために、今度こそ自分の手で仲間を守るため。

 

その目は決意と闘志で溢れており、既に新たな魔法を習得し我が物としていた。

 

「八重樫流……応用編『垂り雪(しずりゆき)』!」

 

雫もこの世界で生き抜くため剣を振っていた。自身が納めた流派『八重樫流』の剣術と向き合い、両刃剣でも打てる応用技を形にしつつあった。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん―『天恵』!」

 

香織もまた自らの治療師としての能力を高めていた。他の三人のように新たな力を身につけるには至っていないが、治療にかかる時間を従来よりも短縮することに成功していた。

 

他のクラスメイト達も各々力をつけ始めている。全て成長促進のスキルがあってこその結果であった。

 

「よし!今日はここまで。各自、自主訓練もほどほどに上がれよ!」

 

メルドの一声でこの日の訓練は終了した。

 

 

***

 

 

翌日、同室の香織と雫は早朝から自主練に励んでいた。彼女達だけではない。光輝や龍太郎、それ以外にもちらほら自主練に取り組む者達がいる。

 

「そろそろ戻りましょう、香織」

「そうだね」

 

一時間ほどするとほとんどの者が早朝練を切り上げていく。香織と雫も同様に早朝練を終え、自室に帰ってきた。

 

「……え?し、雫ちゃん」

「何?」

「窓に、何かいる……」

 

部屋に戻ってすぐに香織は窓にいる何かに気が付いた。雫も香織に言われてその存在に気が付く。

 

「カ、カラス?」

「……だよね?たぶん」

 

警戒しながらじっと窓を見つめ、その正体が黒い鳥であることに気づく二人。するとカラスがコンコンと窓をつつきだした。まるで開けてくれとでも言うかのように。

 

「……開けてみる?雫ちゃん」

「まあ……そこまで変な感じもしないし」

 

不可解さはあるものの、特別危険な様子も無いことから、二人は窓を開けた。するとカラスはトテトテ歩いて部屋に入ってきた。

 

暴れないことに内心胸を撫で下ろした香織と雫だったが、次のカラスの行動に仰天する。

 

『主人カラ伝言ガアリマス。オ聞キニナリマスカァ~?』

「「ひっ⁉」」

 

いきなりしゃべりだしたカラスに香織は驚き雫に抱き着いた。雫も気味悪さに香織を抱き寄せながら後ずさる。

 

本物のカラスのように羽根をつついたり、キョロキョロしながらこっちを凝視してくる“しゃべるカラス”に香織も雫もどうしたら良いかわからない。

 

『主人カラ伝言ガアリマス。オ聞キニナリマスカァ~?………主人カラ伝言ガアリマス。オ聞キニナリマスカァ~?』

 

何度も同じ内容を繰り返されたことで、雫だけは僅かに平静を取り戻した。

 

「もしかしてこれ、()()()の……」

「え⁉」

 

ハジメの名前が出た途端、カラスへの怯えが消え目の色が変わる香織。

 

「たぶんこのカラスは魔物じゃない。魔物特有の嫌な感じがしないし」

「……たしかに」

「さっきから主人って言ってるし、ゲームの使い魔的な……」

「っ!もしかして南雲君の能力?」

「かなって」

 

香織と共にオタク知識について調べていたこともあってか、すぐに使い魔という発想が出てくる雫。

 

怯えていたとは言え、香織も雫と同等のオタク知識・ゲーム知識がある。そんな彼女よりも早く使い魔の発想が頭に浮かぶ雫。単に頭の回転が速いのか、それとも……

 

「聞かせてちょうだい」

「聞かせて下さい」

 

二人同時にカラスに応えると、キョロキョロしていたカラスが二人に正対した。そしてつらつらとしゃべりだした。

 

『拝啓。白崎さん、八重樫さん。南雲です』

 

「南雲君!」

「やっぱり」

 

『連絡が遅くなって申し訳ないです。大迷宮は最下層まで踏破して今地上にいます』

「「!」」

 

その言葉を聞いて香織はへたり込んでしまった。ずっと心配していたハジメが既に地上にいるとわかり、安堵する。思わず涙があふれてしまい目を覆う。

 

雫もそっと香織の肩を抱きながら彼女を支える。良かったわねと背をさすりながら、カラスの話を聞き続ける。

 

『まあ()()()()()は置いておいて、真っ先に伝えなきゃいけないことがあるので、こんな形で連絡しました』

 

地上に生きて戻ってきたことを“そんなこと”で片付けるハジメに雫は少しムッとする。こっちはずっと心配していたのに、ごめんの一言もないのかと。

 

ただ“そんなこと”で片付けたのもハジメとしては、大迷宮の難易度がそう高くなかったという理由もあるのだが、単に誰も心配していないだろう思っていたのだ。変な所で自己評価が低かった。

 

『今から言うことはどうか心に留めておいてください。まず、【オルクス大迷宮】には()()()行かないで』

 

「え?」

 

『行かないでというより、下の階層を目指して攻略しようなんて事はしないで。クラスの皆の実力じゃ、あそこの魔物には()()()()()()()

 

「「⁉」」

 

絶対に勝てないと断言するハジメの言葉に驚く二人。これまで一度も言われなかった“勝てない”という言葉が二人の心に重くのしかかる。

 

『どう頑張っても、今の皆があの魔物たちを倒すことはできない。だからあの迷宮を攻略しようとはしないで』

「…………そんなに、手強い奴らってこと?」

「南雲君でも、手強かったのかな?」

 

念押ししてくるところを見ても、本当に無理だという判断を下しているのだろうと悟る二人。

 

攻略してやろうという気は全くないが、もし攻略しようとする者達がいたら今後は止めなければならないのかもしれないと心に留めるのだった。

 

 

『それから、あと一つ』

 

話の続きに再び聞き入る二人。次は何の話だろうか。王都に帰って来る日時についてか、それとも協会に追われる立場故の連絡の取り方に関する話か。はたまた、図らずも迷宮の最深部で手に入れた特大の情報だろうか。

 

 

『とても言いにくいことなんですが……』

「「?」」

 

そんな予想をしていたというのに、何故か言いよどむカラス。香織と雫が前のめりになって耳を傾けているせいで、言葉に詰まるカラスが本当に言いにくそうな雰囲気になっている。

 

 

『道に迷いました』

 

 

「「…………は?」」

 

 

直後、二人の思考は止まった。

 

 

 




勇者組の新技の名前には深い意味はありません。思いついた名前を付けてます。

なお続編執筆のため、更新遅くなります。
なるだけ早く投稿できるよう頑張ります。




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24.天啓あるいは不用意な直感


駆け足な感が否めませんが、思ってたよりも早く書けたので。


Sideハジメ

 

【オルクス大迷宮】を脱出し、地上に出てから早数日。僕とユエは王都に向かっていた。向かってはいるのだが。

 

「…………あー、疲れた」

 

地上に出てからしばらくは峡谷を馬鹿正直に歩き続けていた。

 

後からわかったことだが、僕らがいたのはライセン大峡谷という場所だった。地上でも特殊な環境で異能が普段通りに使えない場所だった。仮に僕が結界術を使おうとすれば普段の何倍もの量の呪力が必要になるようだった。

 

「ん……これなら迷宮にいた時の方が、進んでる実感を持てた」

 

仕方なく歩いて峡谷を進んでいたのだが、【大迷宮】程の強さではないにしても魔物は当然のように襲い掛かって来るし、どれだけ歩いても峡谷の終わりが見えてこない。

 

【大迷宮】の時は階段を下りて次の階層に行くということを繰り返していたから、着実に前に進んでいる実感があった。ゴールが見えなくてもまだマシだったが、今回はその実感すらないため酷くもどかしい。

 

「………決めた。とりあえずこの峡谷から出よう。断崖の上まで出ればいくらかマシになるよ、たぶん」

「ん……賛成」

「行くよ………結!」

 

流石にこのまま歩き続けても無駄と思い、足元に形成した結界を無理やり断崖の上まで伸ばして峡谷の脱出を試みる。

 

「オオォ―!」

 

術を発動したそばから結界が崩れそうになる。ありったけの呪力を費やしながら無理やり結界を維持し断崖の上を目指す。断崖の高さは場所によって差があったが、運悪くかなり高い場所で術を使ってしまった。

 

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ………」

「出られた……」

 

何とか断崖の上まで出られたものの、峡谷の特殊な環境のせいでかなりの呪力を失ってしまい、歩き続けたこともあいまってヘトヘトになってしまった。

 

「……今日はもう休む?」

「そ、そうしたい…………」

「ん……わかった」

 

ユエはあまり疲れていなさそうだが、僕はもう動きたくなかった。仕方なくその日はそのまま野宿をし、翌日また王都へ向かうことにした。

 

 

***

 

 

翌日、呪力を回復し再び王都に向かって歩き出した。しかしそこで問題が起きた。

 

「…………王都は、どっちだ?」

 

断崖に沿って進むべきか、別の方向に進むべきか。僕もユエも現在地を把握している訳ではないため迷ってしまう。

 

「福郎、どうだ?」

「………………ホォー」

「何も無いよな、やっぱり」

 

探査用結界を使ってはみたものの、結界の範囲内には森しかなく町のようなものもありそうにない。元の世界のGPSがどれだけ有用であったのかをここに来て痛感した。

 

「ん……どうしよ」

 

しばしの間、ユエと共に頭をひねっていたその時だった。

 

「……むむ!唐突に閃いた!」

 

森の向こうに進めば良いことありそう。直感的にそう思った僕はユエと共に森の中を進むことにした。

 

しかし、これが間違いだった。

 

幻惑の異能にかかったという訳でも魔物に襲われ過ぎて進む方向がわからなくなったという訳でもなく、()()()道に迷った。

 

森の中であっちこっち進んでいるうちに元々進んでいた道すらわからなくなってしまった。三、四日迷い続けた挙句ようやく街道と思しき開けた道に出られた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ、やっとまともな道………」

「けど……結局方角がわからないままなんだよね」

「うんざり……」

 

しかしすでに食料は尽きており、空腹で体力も限界。情けなく街道に倒れ込んでいると偶然商人の馬車が通りかかった。地獄に仏とはこのことだと、必死に頼み込んでどうにか馬車に乗せてもらった。

 

「何日も飯食ってねえ?仕方ねえなあ、これでも食うとけ」

 

なけなしの食糧まで分けてもらい一食一飯の恩に預かり感謝しかない。久しぶりの食事に腹を満たし、しばしの間馬車に揺られる。暖かな陽光と心地よい風、馬車のゆっくりとしたスピードに思わず眠気が襲ってくる。

 

「ふぁ~、やばい。寝そう」

「ん……ハジメ、1時間したら起こして」

「言ったもん勝ちはずるいよユエ。ここはまずジャンケンをして―」

 

「「「キャー!」」」

 

「「⁉」」

 

寝る順番を厳正な手段で決めようとした矢先、馬車の外から悲鳴が響き渡る。慌てて外を見れば、群体の魔物に前方の馬車が襲われていた。

 

相当強いのか相当厄介なのか、商隊が依頼していた用心棒は割に合わないと一人離脱してしまったようで姿が見えない。

 

「ちょっと行ってくる!」

 

助けてもらった恩を返そうと、僕は一人馬車の外に出る。ユエも手伝おうかと言ってくれたが、そこまでの相手ではないだろうと思い馬車に残ってもらう。

 

「皆さん!後ろの馬車まで下がって!こいつらは僕が!」

 

魔物に襲われそうになっている商隊の人たちを後方に退避させ、正面の魔物達と相対する。

 

群体というだけあってかなりの数の魔物がおり、一体一体の強さも地上の魔物の中では高い方だろう。たしかに用心棒がトンズラするのもわかる。

 

「結!結!結!…………滅!」

 

それでも、【大迷宮】で嫌になるほど倒してきた魔物には遠く及ばない。ほぼ全ての魔物を滅してしまうと、残った数匹の魔物は一目散に逃げて行った。群れでいないと臆病になるのかもしれない。

 

ともあれ危機は去ったと、馬車と商人達の方に戻る。

 

「なんとお強い!あなた様は冒険者なのですか?」

 

すると馬車に隠れながらこちらを伺っていた商隊のリーダーがこちらに飛んできた。にじり寄りながら尋ねてくるリーダーに対し僕は言葉を詰まらせる。

 

(な、なんて答えよう………)

 

エヒト神に召喚(拉致)された通称“神の使徒”と呼ばれるメンバーの一人であることや、異教徒の烙印を押され【大迷宮】に追放されたとか、そんな話をするわけにはいかない。

 

正体が露見すれば、最悪この人たちから教会に情報が伝わってしまう。そのため旅をしているが冒険者ではなく、単に森で道に迷っただけだと説明する。

 

「なんと!そうでしたか。それはなんとも奇縁ですな。あなたが道に迷わなければ我々は全滅していた」

 

納得してもらうには苦しいかと思ったが、リーダーさんは割とすぐに納得してくれた。その上、

 

「あなたの強さを見込んでお願いしたい。どうか我々の護衛を頼まれてはくれませぬか?無論、タダでとは言いませぬ!逃げて行った用心棒に渡そうとしていた残りの依頼金に色を付けてお支払い致します。お連れ様共々食事もご用意させていただきます。どうか、何卒!」

 

こんな申し出まで。倒れている所を助けてくれたり、深く聞かずにご飯を食べさせてくれたりとなんと優しい人達だろうか。

 

(………どうしよう。早く王都に行きたいのもあるけど、助けてもらった恩もあるし……謝礼金がもらえるなら何かと便利ではあるけど)

 

「いかがでしょうか?」

 

(まあ、この人たちが目指す町を経由して王都に行った方が迷うことも無いのかな。多少の軍資金もあれば上出来だろうし)

 

そう考えリーダーさんの申し出を承諾する。王都のみんなに申し訳なく思いながらもうしばらく馬車での移動に身を任せることにする。

 

「ところで今からどこへ向かうんですか?」

「んあ?フューレンだべ。わてらはブルックの町からフューレンに向かう途中なもんでな」

「フューレン………」

 

都合よく向かっている町が王都だったらいいのにと思ったが、そう上手くはいかなかった。この世界の地理は一つもわからないうえに、メルドさん達の座学でもたぶん出てこなかった町だ。

 

…………出てきてないよね?とにかく一度別の町に立ち寄ってから王都を目指すことにする。

 

その後、商隊の皆さんが襲われた馬車の簡易的な修繕や積み荷の整理をしてから出発の準備を進めていく。一通り手伝えることが終わったので先に馬車に乗りこんでおく。

 

(………そうだ。この事、ユエに伝えておかないと)

 

馬車で待っているユエにこの商隊の護衛に付くこと、フューレンという町に向かうことをまだ言っていなかった。

 

「ユエ、これからの事なんだけど―」

 

馬車に戻って話しかけようとした。

 

そこには、

 

 

「スゥー、スゥー」

 

爆睡をかましている幼女がいた。

 

 




フューレンに向かうということは、そう。
次に向かう先はあの場所です。


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25.直感が導く先






商隊の警護について四日。ようやく彼らの目的地である中立商業都市フューレンへと到着した。高くそびえる外壁がどこまでも続いており、商隊の人に聞いた話では大陸で一番の商業都市であるらしい。

 

「ここまでの道中、我々を守っていただき感謝いたします」

「いえ、こちらこそ助かりました。僕らだけじゃここまで来られなかったと思うし」

 

都市の正面ゲートを抜け、商隊の人達が積み荷を下ろしている隣で、リーダーさんに声を掛けられた。当初言われていた謝礼金を受け取りながら、リーダーさんと話を続ける。

 

「それで、ハジメ殿はこれからいかがなさるのでしょうか?」

「そうですね……どこか、色々と話を聞ける場所があったら、そこへ行こうかと思ってます」

「左様ですか。ならば、中央区にある冒険者ギルドに行くのがよろしいかと」

「ギルド?」

「はい。ギルドであればこの街の大概のことは把握しているでしょう」

 

聞きなれない『ギルド』という単語。話を聞く限り、元の世界の市役所とかに近い施設なのかな。

 

何はともあれ、当てがない以上まずはその『ギルド』を目指すことにした。リーダーさんや他の人たちとも別れを済ませ、ユエと一緒に街の中心部へと向かう。

 

 

「まあ実際、聞きたいのはフューレンのことじゃなくて王都への行き方と、この世界の何処かにある迷宮のことなんだけどね」

「ん……一応、聞けば教えてくれると思う」

 

(……大迷宮を出てから、たぶん10日以上は経ってる‥‥早く状況を整理して式神を飛ばさないと)

 

王都への正確な方角がわからないため式神を使ってクラスの皆、特に白崎さんや八重樫さんに現状を伝えることができていなかった。何とか今日中には送りたいなと考えながら、僕らは『ギルド』を目指した。

 

 

***

 

 

「…………つまり、中央区に近いほどその店の信用度が高く、品質も保証されているとお考え下さい。逆に離れているほど―」

 

幸いにも、メインストリートと呼ぶべき大通りがそのまま『ギルド』に続いていたため、迷子になることは無かった。今はこうしてギルドで紹介された案内人のリシーさんにこの街の基本を教わっていた。

 

「………ですからお泊りになる際には中央区ではなく観光区で宿を探すことをお勧めします」

「そうなんですか。色々とありがとうございます」

「いえいえ!これが仕事ですので」

 

絶えずにこやかに対応してくれるリシーさんに低下価格帯の宿を教えてもらいつつ、本題に入る。

 

「あの、この街から【ハイリヒ王国】の王都にはどう行ったら良いんでしょうか?」

「王都ですか?」

「はい。元々そこを目指していたんですけど、道に迷ってしまって…………」

「え……………お、王都でしたら―」

 

リシーさんの顔から営業スマイルが消え、唖然とした表情に変わった。『この人マジか』という顔にいたたまれなくなる。穴があったら入りたい。

 

何とか恥ずかしさに耐えながら王都への行き方を教えてもらい、数日あれば到着できそうだとわかった。

 

「ありがとうございます…………それから、あと一つ」

「はい?」

「この街に図書館というか、資料館のようなものはありますか?七大迷宮についての資料があったら見てみたいんですけど」

 

七大迷宮とその所在については、本来王都に戻ってから調べようと思っていた。けれど、この街で調べられるなら調べておきたい。ともすれば王都にはない情報もあるかもしれない。

 

(というか、王都で調べものを出来るのかっていう疑問もあるし)

 

異教徒扱いであること、迷宮に島流しにされたこと、何より王都の人たちには僕の顔はかなりの確率で覚えられている。王都の図書館に忍び込むのも難しいだろう。

 

白崎さんや八重樫さんに代わりに調べてもらう方法もあるが、何がきっかけでバレるかもわからない。下手をすれば彼女達にまで異教徒の烙印が押されかねない。フューレンで済ませられるならそれに越したことは無い。

 

「図書館ですとギルドが管理しているものがありますので、そちらをご利用ください。ただフューレンは商業都市ですので、七大迷宮の研究書類などについてはそれほど多くは無いかと」

「いえ、あるだけ見られれば十分です!」

 

そう言って、ギルド直営の図書館へと案内してもらい目当ての資料を探し回る。ユエにはリーダーさんと共に喫茶店でお茶を飲みながら待ってもらっている。

 

「さて、七大迷宮についての書物は……」

 

三十分ほど回ってそれらしい本を数冊見つけ出す。それからそれなりに詳細に書かれている地図も棚から取って一緒に持っていく。場所と方角、大体の距離を見ておけば今回のように迷うこともないだろう。

 

「さて……現状見つかっているのは【オルクス大迷宮】と【ハルツェナ樹海】、それから【グリューエン大火山】の三つ…………」

 

資料によると、七大迷宮のうち所在がわかっているのはこの三つだけであるらしい。残りの四つに関しては明確にはわかっていないものの、いくつかのアタリはついているらしい。

 

「地図で言うと、ここがフューレンで…‥‥…ああ、ここが王都か。それでこっちが【オルクス大迷宮】……樹海がここで……ん?」

 

場所がわかっている迷宮を地図で照らし合わせていると、あることに気がついた。

 

「【グリューエン大火山】が…………なっ!?」

 

思わず立ち上がってしまう。何度見直しても【グリューエン大火山】が、ここフューレンから()()()()にある。別の地図で照らし直してもやはりそうだ。

 

(王都に戻ってから向かうよりも、先にこっちの【火山】に行った方が良いんじゃ?)

 

思っていた以上に次の迷宮が近くにあることに内心驚いてしまう。途中砂漠を越えて【アンカジ公国】に立ち寄る必要はあるが、王都に戻ってから樹海と火山のどちらかを目指すよりも効率がいい。

 

「………怪我の功名、か」

 

ドサッと椅子にもたれ掛かりながら天を仰ぐ。峡谷をひたすら歩き続け、何日も森を彷徨った甲斐があった。結果的に、あの時の直感に従って良かったと言うべきだろう。

 

(……【グリューエン大火山】に行こう。ここまで来たら、とことん直感に委ねてやる)

 

次の目的地を王都から【グリューエン大火山】に切り替えることに決め、席を立つ。果たして【グリューエン大火山】に目当ての神代魔法、結界術に類する能力があるかわからないが、こればかりは行ってみるしかない。

 

最悪、全ての迷宮をしらみつぶしに巡る必要はあるが、闇雲に修行するよりは良いだろう。

 

「ん……おかえり」

「ただいま」

 

ユエ達が待つ喫茶店に戻った時には既に日が落ち辺りは暗くなっていた。

 





これからは16~18時の間に投稿するようにします。


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26.手紙は詳らかに知るすべし


ワクチンの副反応きっつ




Side白崎

 

『…………という訳で、今は【グリューエン大火山】に向かう準備を進めてます』

「「…………」」

 

ハジメの道に迷った発言に唖然とした香織と雫ではあったが、事の顛末を聞いて納得した。二人とも『そりゃそうだろう』という感想だった。

 

「………彼は凄いのか凄くないのか、わからないわね」

 

地図も持たずに森をあっちこっち行っていたら迷うに決まっていると思わざるを得なかった。

 

「道に迷ってあたふたする南雲君………………()()()()

「…………え?」

 

 

ぼそっと言った香織に思わず雫は振り向いてしまう。法悦とした顔で彼方を見つめる香織とは対照的に、雫は引き攣った顔になっていた。

 

(最近……多くなってきたわね、こういうの)

 

もともと香織がハジメに好意を向けていることは知っていた。元の世界にいた頃は毎日ハジメと会えていたが、ここ最近はハジメと会えない日が続いている。

 

だからだろうか。雫は香織の言動に違和感を持ち始めていた。違和感というよりは、むしろ危機感と言った方が良いのかもしれない。

 

それまで、少なくとも口には出してこなかったハジメへの好意。それがストレートなもので、一般的な思いであれば何とも思わなかった。しかし、

 

(あたふたする南雲を想像して、なんでそんな顔になるのよ……)

 

口にするのがほぼ全てアブノーマルに寄ったものなのだ。まだ想像したハジメがカッコイイだとか良いかもなどと言うレベルであるが、言い知れぬ不安を雫は抱きつつあった。

 

(……嫌よ、香織?そんな、ダメな方向に走らないで?)

 

香織の変化が、平穏だった日常からこの危険な世界に放り出されたせいであることを切に祈る雫。間違ってもこれが香織の本来の顔であるなんて微塵も思いたくなかった。

 

 

『この手紙が届いた時点でフューレンから【グリューエン大火山】に向けて出発する予定でいます。たぶんまだ一ヶ月くらいは王都に帰れないから、それまでは白崎さんも八重樫さんも気をつけて』

「一ヶ月……」

 

ハジメが帰ってくるまでまだまだ時間がかかることに一抹の不安を覚える香織。いくら皆の意識が変わってきていると言っても、万が一の時に一番頼れる存在がいないということにプレッシャーを感じてしまう。

 

これからもより慎重に進んでいく必要があると、改めて心に留めるのだった。

 

『追伸。この手紙と内容についてはメルドさん以外には口外しないようお願いします。教会の奴らに知られたら大変だから』

 

それを最後にカラスは喋るのを止め、ボシュっという音と共にただの手紙になってしまった。

 

追伸の内容も尤もであるなと思いながら香織も雫も各々ベッドや椅子に腰かける。何はともあれハジメが無事とわかっただけでも十分すぎる情報だった。

 

「……………………ん?」

 

何かに気が付いた雫がおもむろに立ち上がり、ハジメからの手紙を手に取る。熱心に読みふけるその様子を見て、香織も立ち上がって手紙を覗き見る。

 

「雫ちゃん、どうかしたの?」

「…………ねえ、南雲君はあの【大迷宮】を脱出したのよね?」

「そう言ってたよ?」

「で、道に迷った末にフューレンとかいう街にいる」

「うん」

 

カラスが言っていた内容と相違ない雫の言葉にそのまま肯定する香織。何か問題でもあるのかと首を傾げる香織をよそに、雫の顔は疑問の色に染まっている。

 

「…………なんで、【大火山】に行くわけ?」

「…………え?」

「フューレンからの方が近いから先にそっちに行くって書いてるけど。何しに行くわけ?」

「さ、さあ?」

 

そう。ハジメが綴った手紙には現状報告こそしっかり書いているものの、何のために【グリューエン大火山】に向かうのかについては一切書かれていなかった。

 

七大迷宮のそれぞれに神代魔法が眠っており、その中に結界術に類するものがあるかもしれないなんてことは一つも書かれていないのだ。そこがすっぽり抜け落ちてしまっているせいで、香織と雫にはハジメの意図がまったく伝わっていなかった。

 

「え、ちょっと……もしかして一番大事な所が抜けてるんじゃないの、この手紙⁉」

「うっかり屋さんな南雲君…………えへへ」

 

手紙の内容不足につい感情的になっていた雫だったが、またおかしなことを言ってうっとりとした表情になる香織を見て思わず目を覆ってしまう。

 

(お願い南雲君、何でも良いから早く帰ってきて!香織が、香織がおかしくなってきてる!)

 

ますますおかしなことを考えだしている香織を見て、一層早く帰ってきてくれと願う雫であった。

 

 

***

 

 

Sideハジメ

 

「………よし。無事に手紙は届いたらしい」

 

フューレンの宿で休んでいると、式神が呪力を解いて手紙に戻ったことを感知した。魔物に攻撃されて破壊された様子が無いことから、恐らく白崎さん達のもとに届いたのだろう。

 

遠く離れた王都まで式神を飛ばさなくてはならない都合上、多くの呪力を使わなければならない。まして狙った相手のもとまで行かせ、手紙を読み上げさせるとなると七、八割の呪力を込めなければならない。

 

そのせいで今日まで碌に動けず、【大火山】へも出発できていなかった。ひとえに僕の未熟さ故である。たぶん早紀や父ならもっと効率よく式神を操れるだろう。

 

「何はともあれ、呪力も戻ったしそろそろ出発しよう」

 

まだ早朝。【アンカジ公国】に向かう馬車にも十分間に合うだろう。今度は方角もわかっているし地図もあるが、公国行きの馬車があるならそれに乗っていこうとユエと話していた。

 

ソファーで丸くなっているユエを起こし、宿を出る準備を進める。

 

「ん……あと5分」

「眠いのはわかるけど起きて。また馬車で眠れば良いさ」

 

もぞもぞと起き上がるユエをよそに完全に出発の準備を終わらせる。何だかんだユエもすぐに身支度を終わらせてくれたので、宿をチェックアウトする。

 

朝のさわやかな空気と、温かな日の光を全身で感じながら馬車が出る正面ゲートへと向かう。

 

おそらく【大火山】でも強力な魔物が襲ってくるだろう。面倒な環境であることもわかっている。それらすべてを乗り越えて最深部に着いたとしても()()()()が目当ての異能であるかもわからない。仮に違ったとしても、結界師としての修行になれば―

 

「…………あっ」

「ん?………どうしたの、ハジメ?」

 

いきなり立ち止まった僕を見て首を傾げるユエ。特徴的な金髪が陽光に照らされキラキラと輝いているが、それどころではない。大変なことに気が付いた。

 

「神代魔法のこと、手紙に書くの忘れた(汗)」

「え…………ウソ」

 

 

やってしまった。

 




≪補足≫
ハジメは結界師としてはパワータイプなので、式神に簡単な命令を下すことはできても複雑な命令や操作をすることは苦手としています。

一方で早紀は結界師としてはテクニック派なので、呪力の繊細なコントロールに秀でています。なのでハジメに比べ式神の扱いに優れています。

またハジメの父親に関してはパワータイプとかテクニック派とかではなく、「熟練」という一言に尽きます。



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27.第二の迷宮【グリューエン大火山】


諸肌脱ぎ
→和服を脱いで上半身だけ裸になった状態


フューレンから数日かけて【アンカジ公国】へと到着し、更にそこから100kmほど北へ進んだ場所に【グリューエン大火山】はある。直径5km、標高3000mの火山であり、周りを巨大な砂嵐が覆っている。

 

「うわ~入りたくない」

「ん……目に入る」

 

最悪なのは火山の中に入るにはあの砂嵐を超えて一度火山の頂上まで行かなくてはならないことだ。いくら結界を駆使して砂嵐を超えて行けるとは言え、飛んでくる砂はあまりに多く鬱陶しい。せっかく着替えた和服も、すでに砂だらけである。

 

「行くよ」

「ん」

「包囲!…定礎!…結!」

 

いちいち足場を作って登るのも面倒なのでまずは足元に位置指定し、そのまま結界をありったけ上へと伸ばしていく。

 

流石に一回で3000mの高さには届かないが、数回同じことを繰り返すことで火山と砂嵐を見下ろせる高さまで飛び上がる。

 

「ふぅ………よっ!」

 

そして、今度は砂嵐の中心。台風の目のようにぽっかりと口を開けている渦の真ん中へとダイブする。

 

「きゃあー」

 

傍らに抱えているユエの本気かどうか判別しにくい絶叫が響く中、砂嵐の中心にして火山の頂上へと落ちていく。

 

「………結!」

 

あと十数mというところで頂上の地面に位置指定し、結界をクッション代わりにして着地する。

 

「おっと!」

「………歩きにくい」

 

頂上は無造作に乱立した大小様々な岩石で埋め尽くされた煩雑な場所だった。尖った岩、丸まった岩、滑りやすい岩、多種多様な岩々に足元を取られなんとも歩きづらい。

 

「ん……ハジメ」

「階段………入り口か」

 

歪なアーチを形作る全長十mほどの大岩の下に、火山内部へと続く階段が見えた。危険渦巻く烈火の迷宮、その内部へと続く道。

 

「行こう」

「ん!」

 

いざ、二度目の迷宮制覇へ

 

 

***

 

 

「あっつ~い」

 

火山内の暴力的な暑さに、踏み入ってすぐに泣きが入った。暑すぎる。いや、熱すぎる。和服なんて着ていられない。速攻で諸肌脱ぎになったものの大して変わらない。

 

それもこれも、この迷宮の一番の特徴であるマグマのせいだ。川に流れる水のようにマグマが通路や広間の至る所で流れている。

 

さらに驚くことに、このマグマが流れているのは地面だけではない。空中さえも、このマグマは流れているのだ。うねりながら空中を流れる赤熟した溶岩はまるで竜が飛び交っているようにすら見える。

 

そして、一番厄介なのは

 

「ッ!危ない!」

「え、きゃあ!」

 

壁の至る所から前触れなくマグマが噴き出してくることだ。無想状態で探査用結界を壁の内側まで広げていなかったら回避するのはほぼ不可能だった。

 

「ありがとう、ハジメ」

「気にしないで」

「ホォー」

 

迷宮自体は【大迷宮】ほどの広さではないが、この暑さとマグマのせいで進む速度がなかなか上がらない。

 

僕もユエも互いに玉の汗を流しながら、慎重に進むこと約1時間。八階層へと続く階段を降り切った時だった。強烈な熱風と共に巨大な火炎が襲い掛かった。

 

「ッ結!」

 

咄嗟に展開した結界で防御し、火炎の射線にいる敵を注視する。火炎を放ったのは、一言で言えば燃える雄牛であった。全身にマグマを纏わせ、息を吐く度に口から火炎が漏れ出している。しかも立っているのがマグマのなかだ。

 

「火耐性極振りって感じだな………結、滅」

「ギュオオ⁉」

 

だが火を噴こうが、マグマの中に立っていようが関係ない。射程内にいるなら、囲ってしまえばそれで終わる。

 

ウソだろぉ?とでも言いたげな断末魔を上げ炎牛は消滅した。

 

そのままさらに下の階層を目指すが、徐々に多くの魔物が出現し始める。コウモリにウツボ、カメレオンにハリネズミ。それらすべてが体にマグマを纏い、マグマを利用した攻撃を見舞ってくる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

暑さも階層を下るごとに酷くなっていく。流石に休まなければ危険と判断し、広間の中心に陣取って多重結界製の急造の待避所に逃げ込む。結界内ではユエの魔法で氷塊を出してもらい、しばらくの間涼を取る。

 

「んー……生き返る」

 

魔物よりも迷宮の熱さの方がよっぽど難易度が高い。前情報でこの迷宮に挑む冒険者が極端に少ないということはわかっていたが、それも頷ける。

 

【大迷宮】の住居で拝借した指輪から水を取り出して一気に飲み干し、出発する。降りた階層は27。火山全体が迷宮になっているとして、頂上から下っていることを考えればもう中腹も過ぎているはずだ。この暑さもあと半分の辛抱だと自分に言い聞かせ先へと進んでいく。

 

 

***

 

 

あれから更に階層を降りて今は50層へと続く階段にいる。やはり下の階層に行くほど魔物の出現数も増えて行ったが、【大迷宮】の時のように魔物の種類までがらりと変わることは無かった。

 

強さも大きく変化することも無かったため苦戦することは少なかった。問題なのはやはり暑さ。もはやサウナどころの話ではない。蒸し焼きにされている気分だった。暑さばかりはさすがの絶界でもどうにもならない。

 

「はぁ……はぁ……」

「………ハジメ、大丈夫?」

「………あ、うん………大丈夫」

 

正直な話、かなりヤバイ。水分補給はこまめに取っているが、すぐに汗となっているのか補給が追い付いていない感じがする。

 

(ぐっ!……クソ、頭が……割れる……)

 

それに先ほどから激しい頭痛と吐き気が襲って来ており、眩暈まで起こす始末。

 

だがすでに引き返そうにも引き返せない所まで来てしまっている。むしろ最下層まで降りてそこから外に出た方が早い。幸い標高的にはもう麓のあたりまで来ているはずだ。

 

(もう少し……もう少し、だ)

 

頭を抑えながら痛みに耐えつつ階段を降りていく。

 

 

けれど、この時点で僕は自分の状態を見誤っていた。頭痛や吐き気よりも、もっと根本的で、致命的な変化に………

 





続きは明日


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28.「人間」としての限界


他作品の技、出ます。




「はぁ………はぁ………」

 

階段を下り終わった次の階層は、それまでとは様相の違う景色が広がっていた。

 

あまりに広い空間とその八、九割を覆う灼熱の真っ赤な海。ぐつぐつと煮えたぎっているマグマと所々で吹き出す紅蓮の火柱が作り出すその光景は、まさに地獄と呼ぶに相応しい。

 

今僕らが立っている階段前の広めの足場以外はほとんど生身で立てる場所が無く、所々に飛び出している岩が辛うじて足場にできるかどうかだ。

 

「ん………ハジメ、あれ」

 

ユエが指さしたもの。それはマグマの海の中心部にせり出ている岩石の島。マグマのドームで覆われたその島の異様さに自然と目線を奪われる。

 

「………あれが、ゴールか」

 

探査用結界でも階段らしきものが無いことから、あれが目的地。神に挑んだ反逆者の住居にして、神代魔法が隠された場所なのだろう。

 

「………よし、結界で足場を…作って、一気に」

「危ない!」

 

あの島に向かって一息に行ってしまおうとした直後、ユエに体を突き飛ばされる。突然のことで反応できずユエと一緒に地面に倒れ込む。体を起こすと、一瞬前までいた場所がドロドロに溶けていた。

 

「えっ……何が」

「ハジメ、上!」

「ッ!結!」

 

促されるまま上を見れば、空中を流れるマグマから、マグマそのものが弾幕のように降り注いできていた。反射的に結界でマグマの弾幕から身を守るも、自分の反応の遅さに愕然とする。

 

(気を抜いていたわけじゃない、警戒はずっとしていた………なのに何で?)

 

合点がいかないが、今はこの弾幕を何とかしなければならない。結界で自分達の身は守れても、足場までは守り切れない。

 

結界で跳弾した炎弾や、そもそも軌道が外れた炎弾が足場に着弾し、刻一刻と地面を削り続けている。もたもたしていたら先に足場が崩れかねない。

 

「ユエ!一瞬でも、この弾幕を止められるか!?」

「できる!」

「任せた!」

 

そう言って結界を解く。遮るものが無くなりマグマの凶弾がふり注ぐが、それをユエの魔法が迎え撃つ。

 

「“五雷指”!」

 

ユエの右手の爪が雷光を帯びる。薙ぎ払うように振るわれたその爪は強力無比な雷撃を放ち迫りくるマグマの弾幕を吹き飛ばした。その隙にユエを担いでマグマの海に向かって走り抜ける。

 

 

「結!結!結!」

 

小さな結界をいくつも作り、足場にして中心部の島へと跳んで行く。また、いつ、何処から炎弾が放たれるかわからない。脇目も降らずに島を目指す。

 

 

「…はぁ……はぁ………アレ?」

 

 

結界から結界へと跳躍しながら島へと向かう中、今なお激しい痛みが襲ってきている頭に疑問が湧く。

 

“なんで、ジャンプしながら移動してるんだ?”

 

島まで結界を伸ばして、その中を通った方がはるかに安全のはずだ。それを何故、わざわざ小さな足場をいくつも作って移動しているんだ?

 

時間が無かったと言えばそれまで。ユエが弾幕を吹き飛ばしたものの、またすぐに炎弾が飛んでこないとも限らない。だから急ぐ必要があった。満点ではなくとも、及第点の選択であるはずだ。

 

それなのに、“なぜ”という疑問が頭を離れない。

 

そんな時だった。結界から結界へ跳躍したその時、マグマから大きな口を開けた大蛇が飛び出してきたのは。

 

「ッ!け、結!」

 

咄嗟に体の右側に位置指定して結界で体を左方向へと弾き飛ばす。加減し損ねたせいでかなりの威力で吹き飛んでいく。

 

「クソッ、結!」

 

それでも何とか体勢を整えてマグマに落ちる前に結界で足場を作り着地する。着地と同時に担がれていたユエがするっと腕から抜け出し大蛇に向かって攻撃する。

 

「“破断”!」

 

ユエの右手から放たれた水のレーザーが大蛇の頭部を穿ち、吹き飛ばす。しかし残った大蛇の体を見て驚愕する。

 

「え……マグマ、だけ」

「今までとは……違うのか?」

 

それまでのコウモリやハリネズミと違い、あの蛇はマグマだけでできていた。体の内部に骨や内臓、血液といったものが何一つなかった。僕らが驚いていると、絶命したと思った蛇の体がうねり、こちらに向かって突撃して来た。

 

「ちっ、結!」

 

正面に結界を張ることで防御したが、間髪入れずにまた問題が起こる。僕らの左側から四体の大蛇、もといマグマ蛇が灼熱の海から出現し襲いかかって来る。

 

「クソッ!結!」

 

咄嗟にユエを掴み再び結界で僕ら自身を吹き飛ばす。距離を測る余裕が無かったためにありったけ結界を伸ばしたのだが、それが裏目に出てしまう。

 

「ぐあ!」

「うぅ!」

 

広間の壁に激突してしまい、壁の熱さとぶつかった衝撃が背中を襲う。幸い、下はマグマの海ではなく、最初マグマの弾幕を受けた階段前の足場だった。

 

「………結局、ここまで押し戻されたか」

 

膝をつきながら灼熱の海から顔を出すマグマ蛇に視線を向ける。先ほど現れた四体の他にさらに十数体出現しており、いくつもの眼がこちらを向いている。

 

「これを……倒せば、良いのか?」

「ん…【大迷宮】の時もそうだった。反逆者の住居の前には厄介な奴がいる」

「はぁ……はぁ………じゃあ、早く倒そう」

 

そう言った途端、無数のマグマ蛇が鋭利な牙を見せながら襲って来た。ユエの魔法で頭部を破壊しても動き続けた以上、うねる胴体ごと消し飛ばすしかない。

 

「包囲………定礎………結!…滅!」

 

襲い来る全てのマグマ蛇を囲い込み、一息に滅却する。さすがに根元から丸ごと消し去ってしまえば終わると思った。だが、

 

「うそ………だろ………」

 

消し飛ばし、倒しきったはずのマグマ蛇が再びマグマの中から現れた。二十体ほどの灼熱の大蛇は、ゆらゆらと動きながらこちらに狙いを定めている。

 

「はぁ………はぁ………くそ」

 

倒しても再生して攻撃してくるというならどうすれば良いのか。一般的に魔物は体内の核を破壊されると絶命する。だが、このマグマ蛇には核が無い。

 

迷宮が反逆者の用意した試練である以上、何か他に倒し方があるはずであり、今はそれを手探りで探すしかない。

 

「はぁ………はぁ………やってやる…よ」

 

膝をついた状態から立ち上がりマグマ蛇に向き合おうとした。が、出来なかった。

 

「え………?」

 

立ち上がれず、ドサッと地面に倒れ込んだ。

 

「ッ!ハジメ⁉」

 

ユエが慌てて駆け寄ってくるが、僕自身何が起きているのかわからない。

 

(あれ………立てない………体が、()()()()

 

思うように体が動いてくれない。力も入らず、目がかすむ。激しい頭痛も地面の熱さもどんどん酷くなっていくのに、それすらわからなくなるほど、徐々に意識が遠のいていく。

 

(あ………そうか………………しまった)

 

薄れ行く意識の中でようやく気づいた体の異常。もっと早く気付かなければならなかった。

 

暑さによる発汗。尋常じゃない速さで失う体の水分にばかり気が向いていたが、もっと別のことに意識を向けるべきだった。

 

迷宮の暑さで失っているのは水分だけじゃなかった。()()も同等以上のスピードで失い続けていたのだ。普段通りのペースで、普段通りの動きで迷宮を進んでいるつもりでいた。

 

違ったんだ。

 

()うの昔に症状は出ていたんだ。内側から金づちで叩かれているような激しい頭痛、何もしていないのに続く息切れ。そしてそれら全てが要因となった集中力の低下。判断力の低下。誤った選択。

 

(初撃で、反応できなかったときに………気づくべきだった………)

 

いや、あの時点ですでに取り返しのつかないところまで行っていたのだろう。気づかぬうちに解けていた無想。消えた福郎。

 

すべてが遅すぎた。

 

目の前が暗転する。

 

 





ハジメ、ピンチ!

※五雷指は『犬夜叉』の鋼牙の技です。


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29.ユエの奮戦

1年と1ヶ月、長らくお待たせしました。
(待ってくれてる人どのくらいいるんだろう)

サブタイトルは変わるかもです。



 

 

Sideユエ

 

予兆はあった。少し前の階層から、ハジメの様子はおかしくなっていた。

 

異常な発汗、おぼつかない足取り、頭を手で押さえ必死に痛みに耐えている苦痛な表情。

 

「はぁ……はぁ……」

「………ハジメ、大丈夫?」

「………あ、うん………大丈夫」

 

虚ろな目をしてそれでも進み続けるハジメを見て、休もうと言うべきだったのかもしれない。一面マグマの海で囲まれた階層に降りると、中心に特徴的な島を見つけた。

 

「………よし、結界で足場を…作って、一気に」

「危ない!」

 

突如、空中を流れるマグマから炎弾が発射され、私達に向かって来た。いつものハジメならこんな攻撃、簡単にいなしてしまっただろう。

 

けれどこの時、ハジメは全く反応していなかった。そもそも空中を流れるマグマにすら意識が向いていない。

 

咄嗟にハジメの体を突き飛ばして回避したけど、それでもハジメは何が起きたのかわかっていない。

 

その後、弾幕のように降り注ぐ炎弾をやり過ごし、ハジメに抱えられた状態で中心の島へと向かうもマグマの海から飛び出してきたマグマ蛇によってそれを阻まれる。

 

ハジメが空中の私達を結界で無理やり横に弾き飛ばしてくれたおかげで喰われることは避けられた。

 

けどハジメのこの対応が既におかしい。

 

いつもならどれだけ不意を突かれても瞬時に私達ごと結界で覆って防御する。自分もダメージを負うような方法で離脱しようとはしないはずだ。

 

結界の足場に着地した瞬間、私はハジメの腕を抜け出してマグマ蛇に攻撃した。

 

「“破断”!」

 

私の魔法は確かにマグマ蛇の頭を撃ち抜いた。けどマグマ蛇は倒れなかった。骨も内蔵も無いマグマだけの体で再び攻撃を繰り出してくる。

 

これはハジメが防御するも、今度は私達の左からマグマ蛇が四体も出現し、咬み殺そうと向かってくる。

 

「クソッ!結!」

 

再びハジメが結界で私達を後方に弾き飛ばすも、勢いがつきすぎて壁に激突してしまう。

 

まただ。こんなミス、ハジメなら絶対にしない。

 

ぶつかった衝撃と壁の熱さに悶えながら立ち上がると、マグマ蛇は数を増やし二十体ほどに増えていた。

 

それを見たハジメが巨大な結界で全てのマグマ蛇を胴体ごと消し飛ばした。けれどマグマ蛇は絶命せず、再びマグマの海から現れた。

 

さっき私がやった時と同じ。倒しても死なず、殺しても蘇り襲い来る。たぶんこの謎を解かないと、この灼熱の迷宮を制覇したことにはならない。

 

「はぁ………はぁ………や、やってやる…」

 

息を切らしながら立ち上がろうとしたハジメ。しかし、ハジメは立てなかった。立つどころか、逆に地面に倒れ伏した。

 

「ッ!ハジメ⁉」

 

慌ててハジメに駆け寄った。虚ろで焦点の合わない目で、呼吸も荒く、体を思うように動かせていない。

 

ここでようやく理解した。

 

ハジメの異常に。

 

ハジメは驚異的な速さで迷宮を突き進み、襲い来る魔物も難なく倒してきたが、それ故に忘れていた。

 

どれだけ強かろうと、どれだけ魔法の熟練度か高かろうと、ハジメはただの「人間」だ。私のような「亜人」ではない。肉体の耐久力は「亜人」のそれに遠く及ばない。

 

私でさえこの暑さのせいで万全ではないのに、「人間」のハジメが普段通りでいられるわけがない。

 

「マズい!」

 

倒れ込んでしまったハジメをこのままにはしておけない。しかしマグマ蛇にはそんなことはお構いなし。牙を見せながらにじり寄ってくる。

 

(一度撤退する選択もある……けど、それじゃ解決にならない)

 

上の階層に戻って、氷属性の魔法でハジメの体温を下げて休ませる方法もある。けれどハジメの結界なしにマグマによる攻撃を予測することも防御することも不可能だ。

 

なにより、この環境であとどれだけハジメの体力が続くかわからない。やはりここを突破して反逆者の住居に希望をつなぐ方が賢明だ。

 

「ッ!」

 

直後、それぞれのマグマ蛇が不規則な動きで襲い掛かってきた。止んでいた空中からの炎弾も再開し、あらゆるマグマの波状攻撃にさらされる。

 

「“凍雨”!」

 

速度で勝る炎弾に対し、こちらも速度と数に秀でる技で対抗する。凍雨は氷の針を無数に打ち放つ技。針というにはあまりに大きく太いそれは、炎弾を相殺するには十分すぎる威力を持つ。

 

「“天灼”!」

 

迫りくる炎弾を払いのけ、立て続けにマグマ蛇を攻撃する。

 

雷属性の最上級魔法“天灼”は、上空に出現させた雷球から範囲内の敵に雷撃を食らわせる。これにより、一気に八体のマグマ蛇を葬り去る。

 

「くっ!ダメ、これじゃ!」

 

しかし、これでは時間がかかりすぎる。宙から降り注ぐ無数の炎弾、にじり寄る幾体ものマグマ蛇。それにただ倒すだけではコイツらはすぐに復活する。

 

(このままじゃジリ貧………でも、どうしたら)

 

攻略の糸口が見つからないままマグマ蛇たちとの攻防が続く。それでもあきらめるわけには行かない。ここでハジメを死なせるわけには行かないのだから。

 

 

【オルクス大迷宮】では何度もハジメに救われた。何より久遠に続くと思われた地の牢獄での封印。そこから解き放ってくれた恩を仇で返すわけには行かない。

 

(あの日見た空は忘れない!あの時の心の昂ぶりも!全部ハジメがいてくれたから!だから今度は、私がハジメを外まで連れて行く!)

 

助け出してもらった大恩も、自由という名の救済も。もたらされた全てに報いるために、今ここで全力を出す。

 

 

 

--------------

 

Sideハジメ

 

 

真っ暗な視界で、音だけが響き渡る。

 

何かがぶつかり合う音。その後に鳴り響く蒸発音。そして轟く雷鳴。

 

交互に、時にどちらかが連続で鳴り響く。

 

「“―灼”………“凍―”………“―雷指”!」

 

辛うじて聞こえる誰かの声。必死さが滲み出るその声が、辛うじて僕の意識を繋いでいる。

 

(ユエ………か?)

 

もはや指一本動かせなくなっている僕を庇いながら、敵と戦っているのだろうか。音が止まないということは、それだけ多くの敵と戦っているということかなのか。

 

(クソッ………体が、動かない)

 

ユエの魔力も無限じゃない。温存してきたとはいえ、いつ枯渇するかわからない。しかし一緒に戦おうとしても、もう体の自由が利かない。

 

下手をすればここで共倒れだ。ここまで来て、あと一歩という所で。

 

暑さという抗いようの無い、“自然”という驚異に打ちのめされて終わる。

 

終わってしまう。

 

「……………“―――”……………“――”」

(ああ………ダメだ)

 

辛うじて聞こえていた轟音さえ、もう届かない。

 

何も見えない。

 

何も聞こえない。

 

何も、感じない。

 

(こんな………所で………みんな………………………早紀………)

 

 

--------------

 

 

Sideユエ

 

いくらマグマ蛇を倒しても、いくら炎弾を弾いても状況はまるで好転しない。この試練を突破するためのヒントも、マグマ蛇が復活する理由も一向に見えてこない。

 

「はぁ………はぁ………マズい」

 

まだ余力はあるけれど、決め手がないのではそのうちやられる。

 

(………いっそ無理やり突破して、あの島まで行くべき?)

 

このマグマ蛇たちがあの島に行かせないためにいるとしたら、無理にでもあの島まで行ってしまえばそれで解決するのではと思ってしまう。

 

けれど無理矢理突破しようにも、足場が少なすぎる。所々にせり出ている岩を使うとしても、先にその岩々を壊されてはどうしようもない。最悪マグマの海に落ちて私もハジメもお陀仏だ。

 

 

そうやって思考を巡らせている時だった。今いる足場のすぐそばから二体のマグマ蛇が突然現れた。

 

「ッ!この!」

 

それまでの炎弾への対処から瞬時に切り替え“天灼”で二体を吹き飛ばす。しかしその二体に気を取られたせいで背後に現れた存在に気付けなかった。

 

「ギュウオオオオ!」

「なっ、雄牛⁉」

 

序盤の階層で会敵した炎牛が背後の階段から現れ、今にもあの巨大な火炎を放とうとしている。さらに別方向からも予想外の存在が迫っていた。

 

「ハリネズミ………コウモリ………ウツボまで」

 

何処から現れたのか、宙を漂うマグマの上を複数のハリネズミが漂っていた。さらには炎コウモリが宙を飛び交い、壁からは多くのマグマウツボが突っ込んで来ようとしている。

 

「そんな………」

 

完全に周りを囲まれた。これじゃあハジメを守り切れない。何処を攻撃してもどれかの攻撃が必ずハジメに直撃する。再生する私と違って、ハジメは一発でも受けてしまったら終わりだ。

 

けれど、マグマを纏うこいつ等は待ってくれない。機を同じくしてあらゆる存在が私達に牙をむいた。

 

 

 

灼熱の絶望が降り注ぐ。

 

 

 

「………結」

 

 

 

しかし、それらは全て届かなかった。私達の周りを大きな結界が覆っていた。それが全方位からの攻撃を完全に防ぎきっていた。

 

「………え?」

 

雄牛の火炎は遮られ、ハリネズミの燃える無数の針とコウモリのマグマ攻撃は弾かれ、マグマウツボは堅牢な結界の壁に激突して頭から潰れてしまっている。

 

宙を流れるマグマからの炎弾も、マグマ蛇の毒牙も、私達には届かなかった。

 

「………………ハジメ?」

 

こんなことをできるのは一人しかいない。ゆっくりと振り向いたそこには、指を構えたハジメがいた。

 

地面に手をつき、膝をつきながらも起き上がっているハジメが。

 





読者の皆さん、お久しぶりです。
灰色パーカーです。

長らく投稿できず申し訳ありません。私が就活や卒論で忙しかったため、なかなか次の話が書けずにいました。無事就活も終わり、卒論も一旦めどが立ったので、今回続きを投稿しました。

年末年始にかけて2、3話投稿できたらなと考えています。また、話の感想などもお待ちしております。励みになり執筆もはかどるので、どしどし感想をお寄せください!


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29.『結界師』として積み上げたもの

連日投稿です
(今回の話までは書き溜めてました)



 

 

「ハジメ!大丈夫?………………ハジメ?」

 

再起したハジメに安堵し駆け寄った。けれどいつまで経っても返事が返ってこない。傍に駆け寄りハジメの体を支えても、反応すらしない。

 

「………ハジメ?」

 

何かがおかしい。言葉も無く、反応もない。それなのに堅牢な結界は今なお健在。不可解な状況に一抹の不安を覚えた時、マグマを纏う魔物達が動き出した。

 

マグマ蛇は一度距離を取って再び突撃する態勢を整え、ハリネズミとコウモリもまた飛び道具を充填しつつある。

 

階段前にいる雄牛も大熱量の火炎をその口に溜め込んでいる。全員がこの結界を破壊し、私達の命を奪おうと躍起になっている。

 

(……………ハジメ)

 

この結界はあとどれだけ持ち堪えられるだろう。

 

ハジメの様子が普通でない以上、過信するのは危険だ。先ほどの一斉攻撃には耐えられたが、次はどうなるか……。

 

そんな時、

 

「包囲………定礎………」

「ッ!ハジ……!」

 

再びハジメが指を構えた。しかし顔を上げた彼の目を見て愕然とした。

 

ハジメの目には、光が無かった。精気も意思もそこにはなく、虚ろな瞳は焦点すら合っていない。

 

 

今のハジメには、()()()()()

 

 

「結」

 

瞬間、辺りにいた全ての魔物が結界に封じられる。灼熱の海から顔を出すマグマ蛇も、真後ろにいる雄牛も、結界に激突して絶命したウツボさえも。ハリネズミもコウモリも例外なく、全てをハジメは結界に閉じ込めた。

 

「滅」

 

そして、その全てであらゆる魔物を滅却した。一体も消し損ねることなく、完璧に。

 

跡形もなく、完全に。

 

「………………え?」

 

あり得ない。

 

目の前で起きたことが信じられなかった。ハジメは確かに意識を失っている。にもかかわらず、正面の敵だけでなく視覚外にいる魔物すら消し飛ばした。

 

福郎の姿は無い。いつの間にかいなくなったままだ。つまり今のハジメは無想すら使っていない。使えていない。

 

そんな状態で、これだけのことをやってのけている。

 

(なんで……………一体、何が?)

 

疑問は尽きない。理解が追い付かない。だがそんな事、迷宮は意に介さない。マグマ蛇は再び、何事も無かったかのように復活した。

 

「あ、また!」

 

再三現れるマグマ蛇に苛立ちを隠せない。いい加減本気で対処法を見つけなければこの状況がループし続けることになる。

 

今度は急速に迫って来るマグマ蛇達だったが、それを阻んだのはやはりハジメだった。

 

「包囲………定礎………結」

 

今度はマグマ蛇の体に無数の小さな結界が展開される。十体ほどのマグマ蛇に対し、一体につきおよそ十個。総数およそ百個の結界が一瞬で形成された。

 

「なっ!」

「滅」

 

私が驚いている間にマグマ蛇は体の至る所を滅せられた。バランスが取れなくなったマグマ蛇達は相次いで灼熱の海へと還っていく。

 

しかし安心するのも束の間、今度は新たに現れたハリネズミやコウモリによる攻撃、そして空中からの炎弾が襲い来る。

 

「結」

 

そんな波状攻撃さえも、ハジメは無数の結界で受けきった。宙のマグマに浮かぶハリネズミも、宙を飛び交うコウモリも、降りしきる炎弾さえも、すべての攻撃を結界で囲い込み無力化した。

 

「………………うそ」

 

宙にいる魔物そのものはともかく、それらが撃ちだした攻撃も、弾幕のような炎弾さえも囲い込んだハジメの(わざ)に驚嘆する。なぜ気を失っている状態でこんなことができるのか。

 

「滅」

 

囲い込んだすべてを消し去ったハジメ。それでも、やはり魔物は再起する。無数のマグマ蛇は体を完全に再生して蘇った。

 

「もう、しつこい!」

「………………」

 

何度でも蘇って来るマグマ蛇に悪態をついた時、それは私の視界に入ってきた。気を失い、それでも結界術を発動するハジメのほんの僅かな挙動。

 

ゆっくりと、しかし確実に、ハジメはマグマ蛇の方に()()()()()。虚ろな闇に染まったその目で、ハジメは確かにマグマ蛇に視線を向けていた。

 

「………………まさか」

 

ふと脳裏を横切った可能性。今ハジメに起きていることを説明できる、ある推測。しかしそれ以外考えられず、きっとそうだという根拠のない自信があった。

 

 

「……………()()?」

 

 

ハジメはこの世界とは別の世界から来たと言っていた。その世界で、迷宮に出現する魔物さえ寄せ付けない、強大な敵と戦い続けてきたのだと。

 

 

激しい戦歴で磨き上げた『結界術』

 

 

多くの敵と戦うことで得た『経験値』

 

 

背負った使命を果たそうとする『決意』

 

 

友と交わした大事な『約束』

 

 

そして、大切な誰かを守るという『覚悟』

 

 

 

それら全てが、結界師として積み上げてきた全てが、本能となってハジメの体を動かしている。

 

そう思わずにはいられなかった。

 

「結」

 

再度迫りくるマグマ蛇に対し、ハジメは無数の細い結界で串刺しにした。形を保っていられなくなったマグマ蛇が灼熱の海に還っていく。

 

「…………ん?アレは?」

 

マグマ蛇で遮られていた中央の島。その側面部で何かが光っていた。それも一つや二つではない。

 

横一線に、まるで島を一周しているかのように光が並んでいる。

 

その光も一つ、また一つと消えていく。まるで目の前のマグマ蛇が消えるのに呼応するかのように。

 

「……まさか」

 

もしもマグマ蛇とあの光がリンクしているのだとしたら。反逆者の住家の可能性が高いあの島に辿り着くための方法が、島を一周しているように見えるあの光を全て消すことだとしたら。

 

もしそうならマグマ蛇が復活することも辻褄が合う。

 

そもそも前提が違うのかもしれない。復活しているのではなく、倒されたそばから新たな個体が出現しているのだとしたら。

 

現にこうしている間にもマグマ蛇は出現し続け、ハジメによって倒されている。そして島の光も数が減り続けている。

 

「間違いない………このまま押し切る!」

 

予想が確信に変わる。ここまでで既に数十体のマグマ蛇を倒している。島の円周から見ても、光の数はもう半分以上消えているはずだ。

 

「“天灼”!」

 

ハジメの攻撃の合間を縫いながら、間髪入れずに攻撃する。謎が解けた以上、出し惜しむ必要はない。

 

最後にハジメを抱えて、あの島まで移動する余力があればそれでいい。

 

「“破断”!」

 

もはやマグマ蛇が完全に姿を現すまで待つ必要もない。マグマから頭を出した瞬間に絶命させていく。

 

「結……滅」

「“凍雨”!……“五雷指”!」

 

 

もう時間はかけない。最短最速でこの炎海を突破する。

 

 

 

 





今回話の中ハジメが無想を使わずに背後の敵も倒していたシーンを補足しておきます。

『無想』は術者の雑念や雑味などを完全に無くすことで、力のロスなく術を発動する能力だと筆者は捉えています。

今回ハジメは気絶している状態の中、本能のみで戦っていたため雑念といった無駄な要素が全くない状態でした。そのため無想を発動せずとも結界術、探査用結界ともに100%の精度で発動できたというわけです。


年末年始の期間でもう1話ほど投稿できたらなと思います。次の話で火山編は終わりの予定です。


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