テラをかける少女 (NBRK)
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0章 プロローグ
アザゼルの医師の言葉


初投稿です。おそらく投稿は不定期となりそうですがよろしくお願いします。


 ー鉱石病、それは現代医学においては治療不可の死病とされる感染症。

 原石との接触を大元の原因とし、感染者の死と共に感染を広げるこの病は人々から深く恐れられ、感染者たちは各国から隔離、排除され、差別の対象となった。

 人権を失った感染者たちは日の当たる世界から必死に隠れ、明日すら見えないスラムで身を寄せ合って暮らしていた。

 

 しかし世界はそれすら許さなかった。

 

 鉱石病がこの世界に現れて間も無く、致死率100%という脅威を恐れた国々は、封じ込めのために「感染者狩り」を行った。

 捕らえられた感染者たちは人里離れた収容所に送られ、1人残らず生きたまま焼却処分となった。死体を焼く事が、この時判明していた唯一の鉱石病対策だったからだ。

 

 研究が進み、感染者が生きている間は鉱石病を広めることはないと分かった現在では、ここまでの人道を外れた処置をする国は減ったものの、未だに過激な対策を取っている国もまた存在する。

 

 礼を挙げるならば、まずここウルサス帝国がまず上がるだろう。この国は今でも感染者を収容所に送る政策を取っている世界有数の感染者差別の色濃い国家だ。いや、流石に今では殺処分などはしていない。果たして殺されないのが幸せなのかはわからないが。

 

 ウルサスの体質を象徴するものとして、数年前にこんな事件があった。移動式住居を用いた感染者たちの集落が、軍によって一方的に焼き払われたそうだ。気の毒なことだ。彼らは迷惑をかけず、人里離れた土地を転々としていただけであったのに。

 この件は指揮官の独断であったそうだが、当然帝国により隠蔽され世間に報道されることはなかった。やはり悲しい事に感染者に味方してくれる者はここには居なかったそうだ。

 

 え?何故私がそんなことを知っているかって?それはここには沢山の人が来るからね。表じゃ感染者撲滅を訴えてる政治家だって秘密裏にここにやってくる事が有るくらいだし、幾らでも情報は入ってくるさ。

 

 あぁそういえば、その集落の生き残りを名乗る少女が居たという話を聞いたことがある。話によれば黒髪金目のサルカズで、とてつもない怪力の持ち主らしいが、詳しくはわからない。まあただの噂かも知れないがもし出会ったなら気をつけたほうがいい。憎しみは争いを呼ぶものだ。

 

 …そうか、それならばいいさ。そうだ、ロドスはそうして意志を貫くのがいい。さて、私はもう行こう。次に会うことはないかも知れないな。最近何かと物騒な噂が聞こえてね、なんなら直ぐにでも何か大きなことが起こりそうだ。

 

 君たちが無事にチェルノボーグを出て、そして感染者の明日を切り開くことを祈っているよ。



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一章 暗黒時代
一章第一話 レユニオン・ムーブメント


 移動都市チェルノボーグの外側、薄暗いスラムに建つ怪しげなパブは、世間からのはみ出し者達が集まり騒がしいことこの上ない。とはいえ、素性を問われないこの場所はアタシの様な感染者にとっては貴重な場所だ。扉を開け、酒の匂いの充満する男臭い空間に1人ずんずんと入り、空いている4人用のテーブルを占拠する。

 

 この店に入り浸ってもう二月は経っただろうか。初めはよく荒くれ共に絡まれたものだったが、散々返り討ちにしたのが効いたのか、今では遠巻きに見てくるだけになった。

 

 しかし、時たま面倒な奴もやってくる。

 

「やあやあお姉さん、お一人かな?」

 

チッ、と舌打ちをして図々しくも向かい側に座った奴を睨みつける。そこには白い服を着た不健康そうな子供が居た。

 

「…おいガキ、此処はお前みたいな小学生が来る場所じゃねえよ、帰れ。」

 

「つれないなぁ、君に言われたくはないんだけどね、"感染者"のお姉さん。」

 

 "感染者"の部分だけを周りに聞こえない様小声にして放たれたその言葉。何故それを、と思いながら殺気を放つも、目の前の子供は涼しげな顔を崩さない。

 

「まあまあ落ち着いてよ、僕は君を陥れようって訳じゃないのさ。むしろ君を勧誘しにきたのさ。」

 

「はっ!先制パンチ喰らわせといてよく言う。…場所を変えるぞ。おっさん!金置いてくぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 料理を食べなかった分、気持ち多めに金を置いて、パブを出て歩くこと5分。人気のない路地で足を止める。

 

「此処でいいのかな?話を聞いてくれる気になってくれて嬉しいよ。」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら話し始めるこいつに対し、こちらも笑みを浮かべる。

 

「あぁそうだな…。100年先なら考えてやるよっ!」

 

 言い放った瞬間、その無防備な首を狙って飛び出す。反応できないのか、奴は微動だにしない。

 

 "獲った…っ!?"

 

咄嗟にに腕にアーツを集中させ、心臓目掛けて飛来する矢を掴み取る。その衝撃のあまりの重さに手首から嫌な音がするが、幸い胸の一歩手前で矢を止めることに成功した。だが、防御のために足を止めた間に奴は既に間合いの外側に出ていた。その隣には、これまた不健康そうな弓、いやボウガンか?を持った少年が立っていた。

 

「アッハッハッ!まさか…ファウストの矢をそんな方法で防ぐとはね…。聞きしに勝る怪力だ!」

 

「メフィスト…危険。」

 

「心配しなくていいさ。彼女は僕たちの同志だからね。さて、自己紹介しようか。初めまして、僕はレユニオンムーブメント幹部のメフィスト、こっちはファウストだ。率直に言おう。君を僕たちの組織に引き入れたい。どうかな?」

 

レユニオン、その名を聞いて納得する。感染者の間では有名な組織だ。

 

"制服を纏い、シンボルマークを身につけさえすれば、すべての感染者がレユニオンムーブメントに加入できる"

 

 この歌い文句のもと、虐げられている感染者を集めて何かと小競り合いを起こしている組織だ。しかし、以前彼らが起こした暴動を目撃したがまあ酷いものだった。素人同然の暴徒など正規軍の前では紙切れに等しい。しかしそれでも賛同者が後を絶たないのは、それだけ積み上げられた憎しみが深いということだ。

 

「…悪いが、他を当たってくれ。アタシはまだ死にたくない。あんたらの無謀に付き合わされる気はないよ。」

 

 アタシも感染者、しかも非感染者への恨みは並以上にある人間だ。それでもやはり無駄に命を散らす気にはならなかった。しかしメフィストは引く気はないようで言葉を続ける。

 

「そうかもしれない、いや、今まではそうだった。だが、今は違う!これから、僕たちの時代が幕を開ける!世界の変革の時が来るのさ!」

 

「…どう言う事だ?」

 

「3日後だ。3日後、僕たちはチェルノボーグを陥落させる!そして感染者の力を世界に示す!このクソッタレな世界を覆すんだ!」

 

「はっ!?チェルノボーグを…?正気か?」

 

「もちろん本気さ!下準備は整ってる。もはやチェルノボーグなんて踏み台に過ぎない。ウルサス、ヴィクトリア、炎国…全てをひっくり返すんだ!僕たちがね!」

 

 狂ってる。言葉だけなら信用する者などどこにもいない絵空事だ。だが、こいつはその絵空事を微塵も疑っていない。

 

「まだ信じられないって顔をしているね?まあ良いさ!遅かれ早かれ君は目の当たりにするのだから!どうせ君には選択肢はないんだ!復讐したくはないのかい?君から全てを奪った奴らに。」

 

「何を言って…」

 

「アレを指示した奴。居るらしいよぉ?チェルノボーグに。」

 

その瞬間、頭を金槌で殴られたような衝撃が走った。息の仕方がわからない。視界が揺れる。体の奥底から言葉にできない感情が止め処なく溢れてくる。そんなアタシに追い討ちをかけるように火種が投下される。

 

「憎いよねぇ!殺してやりたいよねぇ!君から全てを奪っておいて、甘い蜜を吸い続ける奴に!奴の全てを奪って!想像もできないような苦しみを与えて!命乞いをするそいつを「うるさいっ!」……へぇ?」

 

あぁ、頭が痛い。燻っていた感情が抑えきれない。この憎しみをどうすれば良いか…その答えは、1つしか分からなかった。

 

「…今回だけだ。チェルノボーグ戦だけは参加してやる。詳細を話しな。」

 

なんとか絞り出した言葉はこいつが満足する言葉ではなかったらしく、若干不満げな表情を見せてくる。しかし、直ぐに元のニヤケ顔に戻り、潜伏場所を伝えてきた。

 

 別れ際、メフィストが背中を向ける私に声を掛けた。

 

「君のために最高のステージを用意しよう。きっと君も虜になるさ、復讐という甘い蜜にね。それじゃあよろしく、"ハイネ"。」

 

 …まだ名乗ってもねえよ。

 

 まともに返す気も起きず、返事がわりに舌打ちを一つ残した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして3日後。アタシはレユニオンのエンブレムの付いた白くて粗末なマントを身に纏い、チェルノボーグの街に立った。

 

 暗黒時代の幕開けだ。



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第二話 謎の集団

あの後、傭兵として正式に契約したアタシはメフィストの推薦で50人規模の分隊長として駐留軍への強襲を命じられた。

 

 初めはこのチェルノボーグへの攻撃を馬鹿げていると思っていたアタシも、メフィスト達から聞いたレユニオンの戦力に思わず舌を巻いた。これだけの頭数を一体どうやって集めたのか。ぽっと出の傭兵なんぞにポイと50人を預けられるだけはある。

 

 予定時刻を迎え、他の分隊と共に混乱の治まらない軍の駐屯地に奇襲をかける。流石に正規軍だけあってこちらの戦闘員は次々と倒されていくがそれを数の力で押しつぶしていく。

 

 そしてアタシは1人敵陣に切り込み、建物へ侵入し、敵兵を1人捕らえて憎い男の居場所を問う。抵抗されるが、掌を果実を絞るみたいに握り潰してやると、半狂乱になって命乞いをして、居場所を吐いた。

 

 その部屋の前に辿り着き、ドアを蹴破ると、中には大袈裟なくらいの重装備で身を固めた男が、今にも出陣しようと準備していた。

 

 突然のことに身を固めるそいつに全力で殴りかかる。吹っ飛んで壁に衝突したところに追い討ちをかけるように腹部にもう1発。拳が鎧を突き破り、腹を貫いて血の花を咲かせた。

 

 そしてその首を掴み、問う。

 

「おい、痛えか?後悔したか?なんか言ってみろよ!オイ!」

 

「っ!感染者のクズ共が…やはり貴様らなんぞ生かしてお…」

 

 その言葉を言い終わる前に、全身鎧の上から首を潰され、その男は絶命した。

 

 あの日から6年、アタシの復讐はあまりにも呆気なく終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 制圧が完了し、駐屯地の建物の屋上にレユニオンの旗が立つと、周囲から地鳴りのような歓声が上がった。アタシはそれをどこか他人のことのように感じていた。

 

 本当にこれが、こんなものがアタシが追い求めたものなのか?

 

 嬉々として次の殺戮と強盗を為さんと動き出す仲間たちを尻目に、死体の転がっていない場所を見つけて座り込む。どれくらいそうしていただろうか、今まで少しも使う場面の無かったインカムに初めて通信が入る。メフィストからだ。いやに上機嫌な声が聞こえてくる。

 

「やあ。そっちは片付いたかな?それなら西地区のポイントA-6で合流してくれないかい?」

 

「はぁ?予定にないぞ。どういうことだ。」

 

「いやね、面白いものを見つけてね。とにかくそういう事だから、僕たちは先に行ってるよ。」

 

 それだけ言って通信が切れる。クソッ、つくづくムカつく奴だ。だがこれでも一応は雇い主、複雑な思いを隅に追いやり、指示されたポイントに向かう。

 

 

 

 

 

 10分ほどかけてポイント付近に到着すると、何やら戦闘の音が聞こえてきた。様子を見るために近くのマンションの屋上に飛び乗りポイントを確認すると、二つの集団がまさに激突している最中だった。

 

 片方はメフィスト率いるレユニオン、もう片方は…何だ?チェルノボーグの軍とは違うみたいだが。

 

 その中でも一際屈強な男の指示で放たれた砲撃が高台を撃ち抜くと、メフィストの怒りがピークに達する。その脇を突破しようとする謎の集団。…そろそろ出て行かないとまずいか。

 

 様子見のために登っていた建物から一っ飛びで謎の集団の前に躍り出る。

 

「なっ!?子供?」

 

「アーミヤ!今は関係ない!突破する!」

 

先頭を走る白髪の騎士が躊躇う事なく盾を構えて突進してくる。それにタイミングを合わせて、しっかりと腰を落として真っ直ぐに打ち抜く!まさか反撃されるとは思っていなかった様子の騎士は吹っ飛ばされて後続集団に受け止められる。

 

「にっ、二アールさん!大丈夫ですか!?」

 

「くっ、油断した。大丈夫だ、戦闘行動に支障はない!」

 

「へぇ、やるじゃん。アタシの拳を受けて無事なんて。」

 

 様子見の一撃とはいえ、まさか盾の1つも壊せないとは思わなかったので、素直に驚く。ここでメフィストがアタシの到着に気づき、表情を一変させる。

 

「は、ははははは!そうだ、そうだよ。僕としたことがつい取り乱してしまったよ…!ハイネ!そいつらを殺せぇ!」

 

「うわぁこれ絶対アタシのこと忘れてたなあいつ。つー訳だ。あんたらに恨みはないけど……ブッ潰す!」

 

 今度はこっちから、1番実力の高そうに見える、先ほど狙撃を指示した男に突貫する。しかしさっきの騎士がもの凄いスピードで男の前に立ち塞がり再び盾と拳がぶつかり合う。

 

 今度は互いに油断なしの激突。一瞬の攻防の末、拳が僅かに力で勝り、騎士が体勢を崩す。そこに追撃を加えようとするが、それを許さんとばかりに、騎士の体勢が崩れたことで開けた斜線から男がナイフを投げてくる。

 

 慌てて身を反らして避けたところに今度は横から迫っていた犬耳の女の音速の鞭が襲い掛かる。なんとか顔面で受けることは避けるが腹に強烈な一撃を受け、よろめく所にうさ耳女の黒いアーツが追い討ちをかけてくる。

 

「(こいつら…強い…!)」

 

 たった一度の激突で分かるだけの練度の高さ。ここで仕留められてもおかしく無かった。しかしここでメフィストの部隊の一部が相手集団に攻撃をかける。それに乗じて体勢を立て直す。

 

「はは、面白ぇ!」

 

 こりゃあこの状態のままじゃ負けるな。そう判断して、一旦距離を取り、目を閉じて自分の体に意識を集中させた。

 

 瞳の裏に映るのはあの日の炎、あの日の熱さ、苦しさ、絶望が心を黒い炎で炎上させる。

 

 パチッ、と頭の中で何か弾ける感覚がして、思考が一気にクリアになる。そして、自分指先、筋肉、骨、髪の一本一本までの状態が手に取るように理解できるようになる。

 

 砕けた肋骨はより強固に、筋肉はゴムのようにしなやかで鋼のごとき強さに、アーツが体中を回ってアタシの体を作り変えていく。

 

 目を開けて、トントン、と体の調子を確かめるように爪先で床を叩く。完璧にコントロールできている。今日のアタシは絶好調だ。

 

「(準備完了…ブッ飛ばす!)」

 

 体から赤い蒸気を巻き散らし、こちらを警戒する騎士の目の前まで、一瞬で移動する。そして右足を振り上げ、全力のかかと落としを放つ。間一髪避けられたが、その余波で地面は陥没し、アスファルトが盛大にめくれあがる。

 

 唖然とする謎の集団に笑みを送って言い放つ。

 

「さあさあ、こっからが始まりだ。楽しもうぜぇ!」

 




基礎情報

[コードネーム] ハイネ
[性別] 女
[戦闘経験]6年
[出身地]ウルサス
[誕生日] 3月27日
[種族] サルカズ
[身長]151cm
[鉱石病感染状況]メディカルチェックの結果、感染者に認定。


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第三話 強制退場

今回、アーミヤ視点がメインです。


 くっ、早くチェルノボーグから脱出しなければならないのに!

 

 メフィストを二アールさんが連れてきてくれた行動隊の方々が引き付けている間に突破しようとする私達の前に立ち塞がった1人の女の子。彼女を前にして、私達は歩みを進められずにいます。

 

 ドクターの指揮により有効打を与えたと思った直後、彼女の様子が変わってから、私達は防戦一方です。

 

 ドーベルマン教官でさえ反撃すらできないほどのスピード、二アールさんが歯が立たないほどのパワー。何より痛みを全く感じていないかのような強引な攻めに、術師や狙撃手でも手に負えません。

 

 さらには断続的に襲いかかるレユニオンの兵士たちも居ます。このままでは…。

 

「あっ…嫌ッ!」

 

 !不味いです、ついに医療オペレーター達にまで敵の攻撃が及び始めました!

 

「クソッ!どうするっ!グズグズしているとメフィストを抑えているE3小隊が壊滅するぞ!そうなれば全滅だ!」

 

「しかしあの少女の攻撃…あれは私の盾でも1発防げるかどうか…。」

 

 いつも頼りになるドーベルマン教官と二アールさんの声にも焦りが見えます、いや、2人だけではありません。この戦場に立つオペレーター全員が焦燥を覚えています。

 

 その時、援護射撃をしているAceさんから通信が入りました。

 

「仕方ない、このままでは埒が明かない。ドクター、アーミヤ、ここは私のチームが引き受けよう。」

 

「だ、駄目ですAceさん!誰かを置いていくなんて…全員で行くんです…誰かを見捨てるなんてできません!」

 

「落ち着くんだアーミヤ、死ぬつもりなど無いさ。後から絶対に追いつく。」

 

 そんな…私は、私が皆さんを守らないといけないのに。

 

 ドーベルマン教官も二アールさんも、覚悟を決めた声でAceさんに賛同します。わかっています。これが誰のための決断なのか。それでも…!

 

 無意識に私は隣に居るドクターを見上げてしまいます。私が誰よりも信頼している人。記憶を失くしていながらもその指揮は神がかり的な冴えを見せています。ドクターなら…!

 

 黙って通信を聞いていたドクターでしたが、私のすがる様な目を見て、なにかを決心した様子で深呼吸します。

 

「あー…聞いてくれ。策はある。成功すれば全員でここを突破できる。」

 

 通信機を通して告げられた言葉は、今の私の1番欲しい言葉でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動きが変わった?

 

 アーツを全開にしたアタシに一方的に攻撃されてヘロヘロになっていたはずだったが、さっきから急に士気が上がった様に見える。だんだんと目が慣れてきたのかアタシの動きに反応する奴も増えてきた。

 

 消耗の激しいこの状態はあまり長くは続けたくないし、そろそろ方をつけたい所だ。

 

 すると何を思ったのか、あの騎士が意志の籠もった目をして盾を構えて叫んだ。

 

「来い!レユニオンの戦士よ!私が決着をつけてやる!」

 

「上等!」

 

 迷わずにそこへ三たび突撃する。最初の激突の焼き直しの様に拳と盾がぶつかり合う。

 

「ぐっ!うおおおおおおお!!!」

 

 だが、騎士は僅かに盾の角度を変え、アタシの突進を受け流した。勢いを殺しきれないまま進むアタシの目の前に現れたのは、メフィストが操るレユニオン兵だった。

 

 まずいっ、止まれないっ!

 

 激突。きりきり舞いして吹っ飛ぶレユニオン兵。突然目の前で起きた仲間割れに、レユニオンメンバー達の動きに動揺が生じる。

 

「(舐めやがって!)」

 

 振り返り反撃しようとしたところに、アタシを囲う様に怒涛のアーツと爆撃が振りかかる。直撃弾は無いものの、煙や粉塵で視界が悪くなる。そこに、あの犬耳女の声が響いた。

 

「引き裂け!」

 

 馬鹿め!今のアタシの感覚は音だけでも大体の位置を把握できる!

 

 ここで獲る!足にアーツを集中させ、今出せる最速で犬耳女の場所へ走り、ブッ飛ばす、はずだったのだが。

 

「へ?」

 

何かに足を取られ、超スピードのままアタシは真っ直ぐに転がっていく。煙から脱出したアタシの目の前には犬耳女…の前にピンと張られた4本の鞭が現れた。

 

「まさか!?」

 

しかし完全に体勢を崩したアタシはどうすることもできない。アタシの突進を受け止めた戦闘用の強靭な鞭はゴムのように伸び…そしてそのままアタシの体を空高く打ち上げた!

 

「うっそだろぉぉぉぉオイ!?」

 

 精一杯の叫びも虚しく、戦場は遥かに遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか、よく聞いてくれ。まずここまでの戦闘であの少女は爆発力はあるがその力を持て余し気味だと感じたが、間違いないな?」

 

「ああ、確かにパワーもスピードも桁違いだが、動きは直線的でバリエーションも少ない。力でごまかしているが、感覚に頼り過ぎてこちらのフェイントなどには対応できていない。」

 

「OK。次にあれはメフィストの指揮に恐らく入っていない。先ほどメフィストと戦った時、奴はまるでチェスの駒のように兵を操っていた。しかしあの少女は完全に独立して動いているように見える。つまり、メフィスト戦のような連携を相手は取れない。」

 

「あ、なるほど!つまり相手の行動を誘導して同士討ちを狙うということですね!」

 

「確かにそれは有効そうだ…だが、我々の攻撃でも全く効果のない様子だぞ?レユニオンの攻撃などそれこそ意味がないに等しいだろう?」

 

 名案に思えたドクターの言葉でしたが、ドーベルマン教官の冷静な一言がバッサリと可能性を断ち切ってしまいました。

 

 でも、ドクターにはまだ考えがあるようです。

 

「そうだ、だからそれは相手の動揺を誘うために使う。よく考えてみろ。私達はここを突破出来さえすればいい。倒す必要はない。そこで、だ。彼女にはこの戦場からご退場願おう。ドーベルマン、君のその鞭、予備はあるか?」

 

「?、いつも2本持ち歩いているが、それがどうした?」

 

「2本か…もう1本、いや欲を言えばもう2本欲しいのだが…。」

 

「それなら問題ない。私の他にも鞭を使うオペレーターは数人いる。」

 

「材質は同じか?」

 

「ロドス製の量産品だ。個人用にマイナーチェンジはしてあるが概ね同じ品質だ。」

 

「よし、それなら問題ない。作戦を伝える!チャンスは一回だ!必ず成功させるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドクターの作戦は大成功でした。ドクターの指揮の下、敵味方の配置を調整し、同士討ちを誘発。動揺が収まらないうちに視界を潰し、感覚に頼る相手の特徴を逆手に取りわざと音を出すことで相手を誘い出し、初めのかかと落としでめくれ上がったアスファルトまで利用しました。

 

 最後は突っ込んできた2人をAceさんともう1人力自慢のオペレーターが張った鞭の即席トランポリンで、遠くへ相手を吹き飛ばしてしまいました!

 

 そして作戦の成功で士気の上がった私達は、勢いのままに突破に成功しました!

 

 しかし、その肝心のドクターは何処か影のある表情をしています。

 

「ドクター?どうしましたか?もしや…何処か痛みますか?」

 

「いや…、軽かったな、と思ってな。」

 

 軽かった…?何のことか検討のつかない私にドクターは言葉を続けます。

 

「いや、さっきの作戦だが、正直大分ムチャな話だった。成功したのは運が良かったのと、後、あの少女の体重がとても軽かったからだろう。…この世界は、あんな歳の少女が戦うのが普通の世界なのか。」

 

 その言葉はまさにこの世界の真実を突いていました。

 

 感染者は1度そうなってしまえば最後、老若男女問わず元の生活には戻れません。

 

 彼女のように、いえ、それこそ年齢が一桁のうちから少年兵として戦うしかない子供も沢山います。

 

 ですが…それでも。

 

 私はドクターの手を握り、バイザーの奥の目を見つめてはっきりと言います。

 

「それを無くすために、私達は今動いているんです。感染者の未来を作るために、ロドスは絶対に諦めずに戦い続けます。そのためにはドクターの力が絶対に必要なんです。だから、私を信じてください。」

 

 そうです。私達はここで立ち止まるわけにはいきません。

 

 絶対に、ロドスにドクターを連れ帰って見せます!

 




ガバガバ物理…。一応イメージとしては上方向と言うより30度くらいの角度で吹っ飛ばしてます。


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第四話 ウルサス学生自治団

先に言っておきます。私はズィマー大好きです。


「(あーもー何であんな馬鹿みたいな罠に引っかかってんだアタシは!クソッ、今から戻るのは無理か。てか着地どーするよ…。)」

 

 自分の不甲斐なさに腹が立つ。折角久々に面白いと思える戦いだったのが、まさかこんな形で終わってしまうとは。

 

 それはともかくとして、現在絶賛飛翔中である。既に落下が始まっているが、当然のことながら空中での姿勢制御の練習などしたことはない。

 

「(ええい。ままよ!)」

 

 綺麗な着地を諦め、目を閉じて全身を硬質化させる。これなら運が悪くなければ死にはしないはずだ。

 

 そして数秒後、アタシは轟音を伴って建物の天井を突き破り、地面に頭から突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 真っ暗だ。息ができない。

 

 どうやら上半身が完全に埋まってしまったらしい。生命の危機を感じ体に力を込めると、周囲の地面が砕けて体を引き抜くことに成功する。

 

 衝撃で朦朧とする頭を押さえながら辺りを見渡すと、そこそこに広い空間が広がっていて、10数人ほどの若いウルサスが何か恐ろしいものを見る目でこちらを見ている。

 

「て、敵襲ー!」

 

 1人の男が声を上げるとそれを皮切りにウルサスたちが悲鳴を上げ逃走を図る。しかし運の悪いことにアタシが着地したのが出入り口側だったらしく、壁際に追い詰められてしまう。

 

「お、おい落ち着けよ。アタシは偶然ここに落ちただけで…」

 

「何言ってんだ!俺はお前らが俺達を殺して回ってるのを何回も見てるんだ!」「嫌…殺さないで…!死にたくないよぉ!」「お母さん…お父さん…」

 

 そこでようやく自分の格好を思い出す。こいつらからすればアタシは自分の友達や親兄弟をぶっ殺した相手の仲間だ。…元はといえば、こいつらがアタシ達に同じことをしてきたから今の状況があるのだが。

 

「はぁ…。流石に部屋の隅でビビってる奴らをいきなり攻撃したりはしねぇよ。そっちから手を出してこない限りはな。」

 

「ほ、本当か…?」

 

「ああ。まあ勝手にしてろ。アタシは行くから。」

 

 それだけ言って振り返り、外へ出ようとすると、勝手にドアが開いた。そして数人の男女が入ってきて扉の前に立っていたアタシと目が合う。

 

 一瞬の硬直の後、先に動いたのは先頭にいた女だった。

 

 一瞬の躊躇もなく、手に持った手斧を叩きつけてくる。しかし大振りで隙だらけだ。手斧が体に届く前にガラ空きの胴に1発。腹にめり込んだ拳をそのまま振り切り壁に叩きつける。

 

「団長!?チクショウ!かかれぇ!」

 

 ここでようやく硬直が溶けた他の奴らが思い思いの武器を振り上げ襲いかかってくる。が、狭い室内でそれは自殺行為だ。先頭の男の攻撃を身を引いて躱し、後ろ蹴りを叩き込むと、他の奴らも巻き込まれてあっという間に決着がついた。

 

「は、話が違う!手は出さないって言ったじゃないか!」

 

「あ?それはそっちから攻撃しなけりゃの話だろ?今のはどう見てもアタシより先に手を出したのはそっちだろーが。」

 

 情けないことを喚く男を睨みつけて黙らせて、団長、と呼ばれた女の前へと歩く。相手も腹を抑えて咳き込みながらもこちらから目を逸らさない。

 

「あいつが言ってた通り、そっちから手を出さないならアタシは別にあんたらに攻撃する気はない。今ので分かったと思うけど、その気になればいつでもアタシはあんたらを殺せるしな。」

 

「っ!どのクチが言いやがる!」

 

「よせ!団長!ムチャだ!」

 

 なおもアタシに向かってこようとする女を、初めからいた奴らが数人がかりで押さえ込む。

 

 

 そうして暴れること数分。ようやく落ち着きを取り戻したらしい女はやはり不信感に溢れる瞳でこちらを見つめてきた。

 

「何が目的だ。」

 

「いや、別に目的なんてないけど。」

 

「はぁ!?じゃあ何でアタシ達を殺さない?どう考えても裏があるに決まってんだろうが!」

 

「アタシは傭兵だ。命令には従うけど、命令にないことをわざわざする気はねーよ。」

 

「んな話を信じられるか!」

 

「あーあーわかったわかった。なら別にそれでいいから、アタシは行くぞ。まあ精々頑張って逃げな。」

 

 そう言って今度こそこの建物から出ようとする。しかし今度は青みがかった髪を持つ眼鏡をかけたウルサスの女が立ち塞がる。

 

「…何だよ?まだなんかあんのか?」

 

「すみません。一つ確認させてください。貴女は傭兵をしていると言いましたね?」

 

「?、まあ言ったが…それがどうした?」

 

「…単刀直入に言います。貴女をここで、傭兵として雇うことは可能ですか?」

 

「「「はぁ!?」」」

 

 唐突の宣言に、アタシはもちろん、この部屋の誰しもが驚きの声を上げる。特に団長の女は激しくその言葉に反応した。

 

「おいイースチナ!何を勝手なことを言ってやがる!しかもよりによってこんな奴に!」

 

「ズィマー、気持ちはわかります。しかし、先ほどの偵察でまた戦闘員が減り、今は貴女まで負傷してしまっています。今のまま進んでも…全滅する可能性が高いです。」

 

「だからって……クソッ。」

 

 正論だと感じたのか、ズィマーと呼ばれた団長の女は悪態をついて目を伏せた。それを許可と判断したのか、イースチナとやらが話を続ける。

 

「貴女はレユニオンの制服を着ていますが、正式な所属ではなく外部からの契約となっている。しかも、他のレユニオンとは違い貴女は無意味に私達を攻撃しなかった。つまり民衆を攻撃する命令を受けておらず、さらにその行為に対しても良い感情を持っていない。よって、私達からの依頼を受けることも可能であると判断しました。どうか、引き受けては貰えませんか?」

 

 そこまで言い終えて、イースチナはお願いします。と頭を下げた。確かにその予想は当たっているが…

 

「…確かにちゃんとした報酬が貰えるなら引き受けてやってもいい。でも、その報酬にあんたらは何を出せる?一応言っておくが、もしも裏切りがバレたとすれば、アタシの命が危なくなる。アタシが命を賭けるだけの何かをあんたらは出せるのか?」

 

「それは…少し待ってください。」

 

 そういうと、ズィマーを除く人員が集まり、各々の今持っているものを確認し始める。最も、あの様子では大したものは期待できなさそうだが。

 

「あんたは行かなくていいのか?団長サンよ。」

 

「うるせぇな。」

 

 肝心のズィマーは、離れた場所で何か考え込んでいる様子だ。

 

 

 そして待つこと数分、イースチナから、それぞれが持っていた分をかき集めた紙幣や硬貨が詰まった袋を差し出された。中を確認すると、そこそこの金額が詰まっている。緊張した面持ちのイースチナに袋を投げ返して言う。

 

「足りねぇな。流石に真っ当な生まれなだけあってそこそこはあったが。これならレユニオンから受け取った金の方が多い。」

 

「そんなぁ!じゃ、じゃあグムのこの大事なフライパンもあげるから!ほ、他にも…」

 

「無理だ。アタシが命をかけられるだけのモノじゃない。」

 

 沈鬱な空気が流れる。それでも、イースチナはアタシに頭を下げ続ける。

 

 居心地が悪い。胸糞悪さを感じながらも、アタシは背を向け歩き出そうとする。

 

 

 

 

 

 

 

「オイ待て!イースチナ、顔を上げろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 そこへ、静観を決め込んでいたズィマーの声がかかり、足を止める。ズィマーはイースチナに顔を上げさせ、その前に立つ。

 

「で、団長サンは何を差し出すってんだ?」

 

「お前を雇うためにアタシの差し出すものは……アタシの命だ!」

 

 なっ!?と声を上げるイースチナ達一同。それを手で制し、ズィマーは覚悟のこもった目でアタシを見つめる。

 

「…あんたの命なんて欲しくない。」

 

「あぁ…分かってるそんなことは。だが、今のアタシに差し出せるのはこれしかねえ!」

 

 そう言ってズィマーは膝を突き、額を地面に着けた。

 

「頼む…アタシはここで死んでもいい!だが、こいつらだけでも助けてやってくれ!贅沢は言わない、チェルノボーグを出るところまででいい!ここから出たら、こいつら…この、ウルサス学生自治団はお前の下に就く!だから…お願い…します…。」

 

「ズィマー、辞めてください!ズィマー!」

 

「頼む…‥…頼む!」

 

 周囲の制止の声も聞かず、ズィマーは額を擦り付けて懇願する。アタシは黙ってそれを聞き、ズィマーの横に置かれた手斧を手に取る。

 

「一応聞くが、本気か?」

 

「もちろんだ…!二言はねぇよ。」

 

 それを聞き、アタシは手斧を振りかざす。それを止めようとする自治団の連中をズィマーが怒鳴りつけて止める。

 

 

 一瞬の静寂が場を支配する。

 

 

そして、アタシは斧をまっすぐにズィマーの頭目掛けて振り下ろした!

 



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第五話 契約成立

少し長めです。
(追記5/26)一部わかりづらい描写があったので修正しました。セリフなどに変化はありません。


「嫌ァァァァァァァァ!!…………えっ?」

 

 悲痛な声を上げたイースチナが、想像されたグロテスクな音が聞こえないことに戸惑いの声を上げる。ズィマーの頭目掛けて振り下ろされた斧は、その後頭部のわずかに上で止まっていた。

 

「…負けたよ、団長サン。顔を上げてくれ。」

 

 ズィマーは何が起きたのかわからない、と言った表情を浮かべながら体を起こした。

 

「おい…舐めてんのかテメェは。アタシは本気だって言ったはずだぞ!」

 

「団長サンの命なんていらないって言っただろ?第一あんたが死んだらウルサス学生自治団とやらなんてアタシの言うこと聞くわけねぇだろ。覚悟は見せてもらった。雇われてやるよ、あんたらに。」

 

「え……や、やったぁぁぁぁ!ズィマーお姉ちゃん!よかったぁ!よかったよぉぉ!」

 

 すると、さっきのフライパン女が歓喜の声を上げてズィマーに抱きつき、またその他の面子からも歓声が上がった。イースチナは安心して力が抜けたのか、地面にへたり込んでいる。おいおい、こいつらここが敵地のど真ん中ってこと忘れてねぇか?

 

 大騒ぎする奴らを我に返ったズィマーが黙らせる。

 

「フフフ、大人気じゃねえか団長サンよ?」

 

 そう言うと、うるせぇ、とズィマーは悪態をつく。が、その頬は僅かに赤くなっていた。

 

「んじゃ、依頼はあんたらがチェルノボーグを脱出するまでの護衛ってことでいいな。アタシは今レユニオンに雇われてるから、表立って戦うことは出来ねぇが、あんたらが見つからないようにサポートしてやる。報酬はさっきの金でいい。アタシのことはハイネって呼んでくれ。」

 

「ああ、よろしく頼む。アタシはウルサス東学生自治団団長、冬将軍のズィマーだ。よろしく頼む、ハイネ。」

 

 言葉を交し、ガッチリと握手をする。ここまで来るのにどれだけの戦闘があったのか。ズィマーの掌は、何度も斧を振ったことで皮がずるりと剥けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあとりあえずこれからどう動くか決めるぞ。ズィマーと、あと、イースチナでいいんだよな?は来てくれ。他の奴らはいつでも出発できるように準備と治療を済ませとけ。場合によっちゃあ荷物を捨てることになるかもしれねぇから食えるもんがあったら腹に入れとけよ。」

 

 アタシの言葉を聞くと、団員たちは手際良く作業を始める。流石にこの団長が率いるだけあって、学生とはいえなかなかまとまった集団だ。

 

 そしてアタシとズィマーとイースチナの3人は、現在の情報の擦り合わせと今後の脱出プランを話し合う。

 

「へぇ、あんたら城内からここまで自力で逃げてきてたのか。」

 

「あぁ、だがこれでも最初の3分の1も残ってねえ。皆レユニオンにやられちまった。」

 

 そう言ってズィマーは拳を握りしめる。既にボロボロの手から更に血が滲み出すのを、イースチナの手が優しく包む。

 

「ズィマー、貴女のせいではありません。あまり自分を責めないでください。」

 

「…わかってる。今考えることじゃねえな。」

 

「…話を戻そう。地図によれば、ここからチェルノボーグ西門までは約4キロメートル。この辺りは重要施設もそんなにないから、レユニオンの中でも大物はそんなに配置されていなかったはずだ。アタシのアーツで気配を探りながら行けばなんとか辿り着けると思う。」

 

 ちなみにここはアタシが吹っ飛ばされた地点から50メートル程離れた場所にある木造の廃屋だった。ここなら財産目的にレユニオンが入ってくる可能性が低いと考え、一時的に隠れていたそうだ。

 

「助かる。もう偵察に出す人員もほぼ居なかったからな。」

 

「だが油断はできない。アタシはレユニオンの幹部じゃないし、情報を全て持ってるわけじゃない。もしもの時は、アタシが一度だけレユニオンを上手いこと誘導するから、その隙に逃げてくれ。」

 

「了解。ルートも決まったし、早速出発するか?」

 

「いや、まだ治療の終わっていない奴も居るようだし、何よりズィマー、あんたの治療が終わってない。」

 

「アタシは別に…。」

 

「駄目だ。あんたは貴重な戦力なんだからきっちり処置しといてくれ。幸い近くに気配はないし、15分後を目安に出発しよう。イースチナ、頼む。」

 

「わかりました。ズィマー、行きますよ。」

 

「ちょ、イースチナ!離せって!自分で行くから!」

 

 ガッチリと手首を掴まれ連行されるズィマーを見送り、手持ち無沙汰になったアタシは何となく部屋を見渡す。どいつも緊張した面持ちではあるが、この絶望的な状況の中、明るさを失っていない。今も、誰が団長を治療するかで揉めている。…気ィ抜けすぎじゃねえか?

 

 なんかおかしな事になっちまったなぁ、とぼんやり考えていると、さっきズィマーに抱きついていた女がトコトコとこちらに歩いてきた。

 

「傭兵さんっ!これ、あげるね!」

 

「お、おう。ありがと。これは…何だ?」

 

「クッキーだよ!今日の放課後食べる為に昨日作って鞄に入れてたんだ!美味しく出来てると思うから食べてみて!」

 

 クッキー、か。名前だけは聞いたことがあるが…。袋から一枚出して恐る恐る口に運ぶ。

 

「!、甘い…美味いなこれ!」

 

「えへへ、ありがとー!自信作だったんだー今回のは!」

 

 アタシの反応に満足したのか、女はニコニコとしながら隣に座ってくる。

 

「グムって言うの!さっきはズィマーお姉ちゃんを殺さないでくれてありがとう!」

 

「ん、お姉ちゃん?姉妹なのかお前ら?」

 

「ううん、血がつながってるわけじゃないけど、でもこの自治団の子たちはグムにとっては家族みたいな人達なんだ!だからね、グム達の依頼を受けてくれてありがとう!」

 

 眩しい笑顔を向けて、グムがお礼を言ってくる。なんだか尻尾の先がむず痒くなる様な感覚がすして、それを誤魔化そうとクッキーに齧りついた。くそ、ほんとに美味いなこれ。

 

「ハイネちゃんはさ、やっぱり感染者なの?」

 

「いや、ハイネちゃんって…まあそうだな。それがどうした?アタシが怖いか?」

 

「ちょっとだけね。感染者は怖い人だって教えられてたし、実際今日はすごーく怖い目にあったし。でも、ハイネちゃんはそんなに怖くないかも。」

 

「おい、それどういう意味だよ。アタシが小さいからって舐められてんのか?、」

 

「ち、違うよ〜。ほら、そう!厳しいけど、優しい感じがなんかちっちゃいズィマーお姉ちゃんみたいだなって!」

 

 はぁ?アタシとズィマーが?不思議に思ってズィマーを見ると、聞こえていたのか向こうもこっちを見ていた。そんなに似てるかぁ?

 

「だからね、なんか親近感があるというか可愛いというか、ね。」

 

「可愛い?アタシが?何言ってんだお前?」

 

「あうう…そんな本気で心配した声出さないで…。」

 

 グムがしょぼん、とした様子を見せると、突然10数人分の殺気がアタシに降りかかってきた。過保護か。

 

 冗談だよ。と声をかけると、ぱぁっ、と再び笑顔を咲かせる。まあ確かにこれは過保護になる気持ちもわからなくもない。

 

「クッキー、初めて食べたの?」

 

「ああ。アタシの村は移動しながら暮らしてたから小麦なんて作れないし、傭兵になってからも感染者だとバレたらヤバいから街にも入れなかったからな。知り合いに話だけは聞いたことがあったけど、実際に食べたのは初めてだ。」

 

 そう言って腕にできた原石を見せる。体表に現れる原石。これこそが、鉱石病の感染者の最もわかりやすい特徴なのだ。徐々に全身に鉱石が現れ、そして最後、体の中から宿主を食い破るのだ。

 

 以前仕事のためにどうしても街に入る必要があり、体表の原石をアーツを使って取り除いたことがあったが、あまりの痛みと気持ち悪い感覚のためにそれ以来やっていない。体に埋め込まれた紐を引き抜く感覚というのだろうか、とにかくそう言った気持ち悪さだ。

 

「そっか…傭兵の生活は、辛くなかった?」

 

「どうなんだろうな。普通ってのがわかんねぇからなんとも言えない。」

 

 ぶっきらぼうにそう答える。そうだ、アタシは生まれた時からずっと感染者なんだ。今更それをどう思うと聞かれたってどうしろってんだ。気づくと無意識に拳を握りしめていた。

 

 気まずい空気が流れる。しかしグムは、握りしめたアタシの右手にその手を被せて、明るい声で言った。

 

「そうだ!じゃあ今度はホットケーキを作ってあげる!やっぱりグムといえばフライパンを使った料理だからね!」

 

「は?何言ってんだよ…それに、アタシ達はあくまで契約で結ばれてるだけの関係だ。チェルノボーグを出た後はまた他人同士なんだぞ?」

 

「えー!なんでそんなこと言うの!ちょっとくらいいいじゃん!絶対美味しいから、ねえ!」

 

「あーもううるさいうるさい!わかったわかった食えばいいんだろ!全く…言っとくけどお前らがチェルノボーグを出た後の面倒は見れないぞ?自力でどこか辿り着けんのか?」

 

「へへーんだ!グムはこれでもサバイバルの達人だよ?絶対生き延びて、それでハイネちゃんに美味しいもの沢山食べさせてあげる!」

 

 はぁ、なんでこいつはこんなにアタシに構って来るんだ。ズィマーに似てるからっつっても限度があんだろーが。

 

 慣れない、でも暖かい感覚を感じながら、すり寄って来るグムに言葉を返そうとする。

 

「おい、やめ「あーもしもし?ハイネ?聞こえるかい?」………!!」

 

 

 その時、壊れたと思っていたインカムから声が流れてきた。慌ててグムの口を塞ぎ、ズィマーに団員を黙らせるようにジェスチャーで伝える。

 

 念入りに人差し指を唇に当てるジェスチャーをしながら、アタシは1人ドアの外へ出た。

 

「どういうつもりだメフィスト。アタシはてっきりインカムが壊れたもんだと思っていたんだが?」

 

「それはないさ。何しろそいつは今日のための特注品さ。象にでも踏まれない限りは通信機能自体は壊れない。」

 

「そうかよ。それで、通信の一つも寄越さなかった理由は何なんだよ。」

 

「いやぁそれは申し訳ない。まさかかの傭兵ハイネがまさかあんな子供騙しの罠に引っかかるとは思わなくてねぇ。」

 

「喧嘩売ってんのかテメェは…!」

 

「おお怖い怖い。まあそれは置いておいて、君に伝え忘れていたことがあってね。」

 

「何だよ。」

 

「もうすぐ天災が来る。君なら大丈夫だろうが一応伝えておいたから。それじゃあ僕は忙しいから切るよ。」

 

「はぁぁ!?ちょっ、待てよ、おい!…くそっ!」

 

 天災…だと!?冗談じゃないぞ!確かにアタシだけならまだしも、今はあいつらが!

 

 そんなことがあるはずない、と脳内で繰り返しながら、恐る恐る空を見上げる。

 

 

 

 そんなアタシの考えを嘲笑うかのように、遠くの空に、禍々しい大渦が浮かんでいた。

 

 

 天災の襲来まで、残り30分。



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第六話 脱出開始

ズィマー視点あり


「ズィマー、緊急事態だ、すぐに出発したい。」

 

「はぁ?それは構わねぇが、何があった?」

 

「天災だ、天災がチェルノボーグに接近してる。もう時間がない。」

 

「なっ!?どういう事だよ!オイ!」

 

 天災という言葉にザワザワと室内が騒がしくなる。その恐ろしさはこの世界に生きる奴で知らない奴はいない。

 

「今レユニオンの幹部から通信が入った。正確な残り時間は分からねぇけど、もう目で見えるくらいまで近づいてる。正直チェルノボーグから出た所で天災は避けられねぇが…レユニオンの撤退用の車両があるかも知れない。急いで脱出すれば間に合う可能性がある。」

 

「そんな…まさかレユニオンはここまで見越していたのでしょうか。」

 

「イースチナ、それを今考えてもしょうがねぇよ。お前ら!急いでここを出るぞ!荷物は最小限にしろ!」

 

 ズィマーの掛け声で団員達がそれぞれ荷物を纏め始める。武器や治療用品を中心にして、食料などは廃棄する。3分後、準備の整った自治団が廃屋の外に整列した。

 

「よし!それではこれより、アタシ達はチェルノボーグを脱出する!先頭はハイネに任せるが、1人1人が生き残る全力を尽くせ!」

 

「「「「「「おぉ!!!」」」」」」

 

「力と!」

 

「「「「「「栄光!」」」」」」

 

「勝利か!」

 

「「「「「「死か!」」」」」」

 

「よし!ウルサス東学生自治団、出陣する!」

 

 そして、アタシを先頭にして、ウルサス東学生自治団の決死の脱出劇が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イースチナ!右手側前方200メートルに10人規模の集団を発見!この通りへ向かってるぞ!」

 

「2つ先の十字路を右へ行きましょう!回り込んで回避出来るはずです!」

 

「了解!」

 

「ズィマー、進行ルートに敵2名発見!」

 

「OKだ!叩き潰す!」

 

 アーツで五感を強化したアタシが索敵、イースチナがルート決定、ズィマーが戦闘員を束ねて少数の敵を確実に潰す。これを繰り返しながら、自治団は順調に進んでいた。

 

 

 

 

「この調子ならあと15分程で西門に辿り着けそうです。」

 

「15分…間に合うか…?順調ではあるけど、アタシの予想よりレユニオンの数が多い。」

 

「ああ、しかもここまでぶっ通しで走ってきたからな。流石にかなり消耗しちまってる。」

 

 今は接近するレユニオンをやり過ごすために路地裏に入り、隠れながら状況を確認している。ここまでは何とか脱落者なしで来れたが、流石にどいつの顔にも疲れの色が見える。そういうアタシも、長時間のアーツの使用で疲労を隠せない。

 

「……よし。どうやら行ったみたいだ。出発するぞ。」

 

「了解。お前ら立て!西門は近いぞ、あと少しだ!」

 

 ズィマーの呼び声に、まだ体力の残っている団員達は力強く頷く。しかし…

 

「無理…です。団長、もう、立てません…。」

 

 座り込んだまま弱々しく答えたのは、出発前にズィマーの治療を担当していた女だった。元々体力のある方ではなかったのだろう。ここまでも気力だけで着いてきていたが、立ち止まったことでその糸が切れてしまったようだ。グムを中心とした団員達が励ましの言葉をかけるが、首を振り涙を流すばかりだ。無理か。

 

「っ、もういい。着いて来れない奴に構ってる暇はねぇ。アタシ達は先に進むぞ!」

 

「そんな…嫌ぁ、死にたくないよ…。」

 

 そう言って背を向けるズィマー。それを見て悲痛な声を上げる女。

 

 当たり前のことだ。アタシだってそうする。きつく食いしばられたズィマーの口、その端から血が垂れるのが目に入った。

 

 …はぁ。

 

「ほら、手ぇだせよ。」

 

「へ……?」

 

「アタシがお前をおぶって行ってやる。団長サンもそれでいいだろ?ほら、早くしろって。」

 

 女の震える手をガッチリと掴み、力任せに引き上げ、器用に背負う。結構軽いじゃねえか。

 

「おい、おぶってくっつったって…」

 

「いいから。傭兵なめんな。こいつ1人しょってるくらいじゃ逆立ちしたって問題ねえよ。ほら、急ぐぞ。時間がない。」

 

「……」

 

「ズィマー?」

 

「何でもねぇよ。………ありがとな。」

 

 他の団員には聞こえないくらい小さな声だった。多分聞こえたのはアタシと、アタシの背中にいる奴だけだった。

 

 首筋に、熱い何かがいくつも落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 またコイツに助けられちまったな、と複雑な思いを抱きながら、目の前を走る少女を見る。

 

 アタシ達の故郷をめちゃくちゃにしやがった奴らの一員で、チビのくせに生意気で、そして強い。アタシ達が普段してる喧嘩とは訳が違う、本物の戦場を知ってる子供。最初コイツにやられた時は、本気で死ぬと思った。

 

 だから、イースチナがコイツを雇おうとした時、頭がおかしくなったのかと思った。だが、もう既にアタシ達が限界を迎えてるのも事実で、それを止めることは出来なかった。

 

 意外なことに、ハイネはすぐに断ろうとはしなかった。冷静に、自分の命と釣り合うだけのものが出せるかとアタシ達に聞いたのだ。

 

 今のアタシ達に出せるものなんて殆どない。案の定かき集めた金はハイネを納得させるには足りなかった。だから、1人でも生き残るために、アタシは自分の命を差し出した。生まれて初めて土下座して、情けなく懇願した。

 

 その結果、アタシは情けをかけられた。屈辱だと思ったが、それ以上にアタシの無事を喜ぶ仲間達を見ると、何か言うのは気が引けた。

 

 正式に契約して、一時的な仲間となったハイネは、思ったよりもずっと普通の奴だった。口調は相変わらず生意気だが、非感染者であるアタシ達にも普通に話すし、アタシ達の意見をちゃんと聞き入れながら作戦を立ててくれた。

 

 その様子を見ていたのか、アタシ達と入れ替わるように人懐っこいグムが近づいていった。グイグイ迫ってくるグムとそれをどうしていいか分からず困っているハイネは、まるで姉妹か何かのようだ。だがグム、そいつとアタシが似てるってのはどういうことだ。

 

 感染者なんて、ロクな奴がいないと思っていた。小さい頃からウルサスでは皆がそう教えられて育つし、実際今日の襲撃でその考えは決定的なものになっていた。

 

 でも、団員を背負って走るコイツを見ていると、それが分からなくなる。すぐ後ろを走っているからわかるが、こいつは既にかなり無理をしている。さっきまでは出さなかった荒い息づかいが聞こえるし、体がよろけることも増えてきた。

 

 何がコイツを突き動かしているのかはわからない。でも、そのおかげでアタシ達はまた1人仲間を失わずに済んだ。

 

 ウルサス人は受けた恩は忘れない。もし生き残ることができたなら、と考えかけて、首を振る。今はそんなことを考える時ではない。

 

 その時だった。前を走るハイネの足が急に止まった。

 

「ハイネ?どうした、おい、大丈夫か!」

 

 あと少しなのに、一体何があるのかと思い駆け寄ると、今まであれだけ頼もしかったハイネの体が震えている。顔も真っ青だ。

 

「しっかりしろ!何が、何があったんだ!」

 

「嘘だろ…。おかしい、早い、早すぎる!」

 

「何だこの音?遠いけど、何かが崩れるような…。」

 

 後続の仲間の声で、アタシもそれに気づく。しかもそれはどんどんこちらに近づいてくる。…まさか!

 

「くそがぁ!全員、自分の身を守れぇ!」

 

 ハイネの叫び声が響くと同時に、轟音が辺りを包む。そして、アタシの意識はそこで途切れた。

 




明日は投稿をお休みします。


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第七話 仲間

お気に入り登録、評価してくださった皆さん、ありがとうございます。とても励みになりました!
これからも精進しますので是非とも応援よろしくお願いします。


「ズィマー、おい、しっかりしろ!くそっ、全員近くの建物の下に入れ!とにかく生きろ!」

 

 そう言った間にも、次々と隕石が降り注ぐ。すぐ近くに落下した隕石の衝撃で吹き飛ばされたアタシとズィマー。アタシはなんとか着地に成功したが、打ちどころが悪くズィマーは気絶してしまった。更に悪いことに背負っている女まで気絶している。

 

 各々が建物へ駆け込むのを確認して、体に鞭打って2人を持ち上げ近くの建物に入り、なんとか2人を起こそうと揺すってみるが、目を覚ます様子はない。こんな時に…。

 

 天災の勢いはどんどん増していく。周囲からは隕石の落下と建物の崩れる音が絶え間なく聞こえてくる。

 

 祈ることしか出来ないまま、どれくらいの時間が経っただろうか。僅かに天災の勢いが収まりはじめたと思ったその時だった。恐れていた瞬間が来た。

 

 今までとは比べ物にならない轟音が辺りを包む。天災が遂にこの建物を捉えた。

 

 崩れ落ちる天井。反射的に逃げようとして、足元に横たわる2人を思い出す。

 

 それは致命的な迷いで、アタシは完全に逃げる手段を失った。意を決して、身を挺して2人に覆い被さる。

 

 そして一瞬遅れ、大量の瓦礫がアタシ達に降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が朦朧とする。どんだけの時間が経った…?今アタシは息をしているのか?

 

 視界が霞み始めたその時、ズィマーの耳がピクリと動き、その目蓋がゆっくりと開かれた。

 

「うぅ、……ここは?一体何がどうなって…」

 

「やっと…お目覚めかよ…。ズィマー。」

 

 そこでようやく混乱していたズィマーの瞳がアタシを捉えた。

 

「ハイネ!?お前、何やってんだよ!」

 

「でかい声出さないでくれ…頭に響く。起きて早速悪いんだが、そいつ引っ張って脱出してくれ。」

 

「脱出ったってお前、お前はどうすんだよ!?」

 

「2人が居なくなれば後は自力で脱出できる…急いでくれ、流石にしんどい。」

 

 アタシの言葉を聞き、ズィマーは悔しげな顔をしながらも奇跡的に空いていた瓦礫の隙間から脱出する。さて。

 

「ぐ、うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 力を振り絞り、背中に乗った瓦礫を押し返し立ち上がる。辺りを見渡すと、建物は崩れ去り、そこら中で火の手が登っている。ちょっと前まであったチェルノボーグの景色は跡形もなくなっていた。

 

 瓦礫の山から顔を出したアタシを見てズィマーが駆け寄って来ようとする。それを手で制し、自力で瓦礫をかき分けて倒壊した建物から脱出する。

 

「はあ、はあ、ズィマー、無事か?」

 

「アタシは無事だ…けど、ボロボロじゃねえかお前!治療しねえと…。」

 

「見た目ほどダメージはないから気にしなくていい。それより他の奴らは?」

 

「っ!なんでそこまで…」

 

「…依頼だからな。それだけだよ。」

 

 ズィマーと共に、生き残った団員達を探す。幸いなことに、崩壊を免れた建物にいた者が多く、そうでないものも奇跡的に生き延びていた。グムとイースチナはかなり危険だったようだが、グムが手に持った大楯に隠れてなんとかやり過ごしたようだ。

 

「生き延びたんですね…私達は天災を。」

 

「やったあ!これで後は外に出るだけだね!あと少しだよ!」

 

 全員揃った自治団のメンバー達は喜びの声を上げる。ははっ、今日はマジで…ついてる…な、

 

「ハイネ?」

 

 あれ、力、入らない…?

 

「ハイネ!?返事しろ?おい!」

 

 視界がぐるりと回転する。あ、今アタシ転んでるのか。やべ、受け身取らないと…

 

 そうして地面に倒れ込みかけた時、ギリギリでアタシの体を誰かが支えた。

 

「馬鹿野郎!何が気にしなくていいだ…。グム、治療だ!ハイネ、どこだ、どこが痛い、しっかりしろ!死ぬな!」

 

 酷く焦った顔をしたズィマーが必死にアタシに声をかける。そんな心配しなくても死んだりしないって。

 

「ちょっと疲れちまっただけだ…。ただ、護衛はもう無理かもしれない。アタシはいいから、先に行ってくれ。」

 

「はぁ!?ふざけんな!お前1人でここに置いてけって言うのか!?」

 

「そんな心配しなくても、死ぬ気はないっての。報酬なら返す、途中で放り出すみたいになっちまうからな。」

 

「違う!そんな話をしてるんじゃねえだろ!第一、死ぬ気がないって本気で言ってんならアタシとちゃんと目を合わせろよ!オイ!」

 

 そんなのわかってる。天災がこれで終わりじゃないってことも、今のアタシじゃ到底生き残りようがないことも。

 

 幸せって何なのかが、アタシには分からない。分からないけど、少なくとも死ぬことではないと思って、今日まで生にしがみついてきた。

 

 念願の復讐を果たせばそれが見つかるかも知れない、そうも思っていたけれど、実際にやってきたのは酷く空虚な感覚だった。

 

 その後戦った謎の集団、あの時はただ戦いを楽しんでいたが、思えばあいつらは全員が命を捨てる覚悟を持って戦っていた。あいつらは一体どうしてそんな風に戦っていたのだろうか。今ならそれが、少しわかる気がする。

 

 負けて、ふっとばされて、辿り着いたのは自治団の隠れ場所。弱いし、臆病だし、その上どいつもこいつもウルサス人。でも、仲間のために泣いて、笑って、支え合う姿を見て、酷く懐かしいものを見た気分になった。

 

 グムが言っていた。私達は家族みたいなものだ、と。そうだ、遠い記憶だけど、アタシにも家族がいた。父さんと母さんとアタシの3人、明日の暮らしも困るくらいには貧しかったけど、とっても暖かかった場所。

 

 そっか、アタシは…家族が…仲間が欲しかったのか。あの集団や、ズィマーのように、それを守るためなら命だって惜しくはないような、そんな居場所が欲しかったんだ。

 

 あーあ、なんで今になって気付いちゃったんだろうな。もっと早く気付いていれば、こんな呆気なく終わるんじゃなくて、もっと良い命の使い方が見つかったかも知れないのに。

 

 まあ、でもこれもそんなに悪くない…か。

 

「ズィマー、ありがとな。おかげで、大事なことに気づけた気がする。」

 

「…」

 

 だから、笑顔を作ってズィマーに礼を言う。しかし肝心のズィマーの反応がない。

 

「ズィマー?」

 

「ふっざけんじゃねえぞゴラァ!」

 

「ブヘェッ!?」

 

 ズィマーの渾身のビンタが左頬に突き刺さる!そのあまりの強さにアタシの体が地面に投げ出される。困惑して顔を上げると、怒りが収まらない様子のズィマーが制止を振り切りアタシの胸ぐらを掴む。

 

「いい加減にしろよテメェ!さっきから勝手に好き放題しやがって!なんだ、そんなにアタシ達のことを馬鹿にしてえのか!?」

 

「違…そんなつもりじゃ」

 

「どう違うってんだよ!?そんなにアタシ達が頼りねぇか!?確かにアタシ達はお前に比べりゃ弱いかも知れねぇが、それでもここで自分達だけ逃げ出すような腰抜けになるつもりはねぇ!アタシ達を…ウルサス人を舐めてんじゃねえ!」

 

「何だよ…だって、仲間を助けたいんじゃないのかよ。あの時命をかけて土下座までして、だからアタシは…。」

 

「お前だって仲間だろうが!!!」

 

「!?」

 

 顔がぶつかりそうなほどの距離で叫ばれたその言葉は、直接ハンマーを打ちつけるようにアタシの心を揺さぶった。

 

「仲間…アタシが?」

 

「そう思っちゃ悪いかよ!始まりがどうだろうが、一緒に行動して、戦って、そしてこの天災を生き抜いた。そんだけあって仲間って言わずに何て言うんだ!確かにアタシ達はお前に助けられてばかりだった。だから、次はアタシ達が義理を見せる番だ!ほら、立て!」

 

 ぐいっ、と手を引かれ無理やり立ち上がらせられる。よろけた所をいつの間にかそばにいたイースチナに支えられて、ズィマーとイースチナに肩を貸される形になる。

 

「前方確認はグムに任せて!ハイネちゃん、あと少しだから頑張ろ!」

 

 2人だけじゃない。いつの間にか全員がアタシを囲むように陣形を整えて待っていた。先頭に立ったグムが弾けるような笑顔を向けてくる。どうして…。

 

「なんで…」

 

「どいつもアタシと同じ意見だってことだろ。こうなったら何としても[全員]で脱出するからな。」

 

「ええ、[全員]ですよ、ハイネ。貴女に繋いでもらったこの命、次は貴女の命を繋ぐのに使わせてください。」

 

 胸が、苦しい。何だこの感覚は。つらくないのに息が苦しい。悲しくないのに目尻が熱い。何か言葉にしたいことがあるのに、言葉が出てこない。出したいわけじゃ無いのに、嗚咽が漏れる。

 

「っぐ、ひっぐ、えぐっ。」

 

「…何だ、こう言うところはまだまだガキじゃねーか。よし!お前ら、準備はいいな!これが多分最後だ!西門まで突っ切るぞ!前進…開始!」

 

 ズィマーの号令で、再び自治団は歩み始めた。その目指す先を、西の遥か先の空でオレンジに光る太陽が照らしていた。




ウルサス学生自治団の5人のうちあと2人はどんなキャラなんですかね?実装が楽しみです。

それはそうとして、次回更新は土曜日の予定です。


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第八話 ロドス・アイランド

 天災の襲来前とは一転して、自治団はゆっくりと歩みを進めていた。その原因が自分であることがとても歯痒いが、それを口に出すとズィマーはまた怒りそうなので黙って歩き続ける。

 

 天災の影響でレユニオンの数が減っているのは不幸中の幸いだった。こまめに隠れて偵察を出しながら進んでいるが、まだ一度も戦闘にはなっていない。あれだけの数が居たのなら生き残りが居てもおかしくないと思うが…。

 

「一旦止まりましょう。そろそろ偵察を出さないと危険です。」

 

「ああ、わかった。全員止まれ!あそこの建物に入るぞ!」

 

 なんとか形を保っている建物に身を隠し、偵察隊を送り出す。今回はグムを中心とした3人小隊で行くらしい。

 

「ハイネ、大丈夫ですか?水でもあれば良かったんですが。」

 

「ああ、大分落ち着いた。なんとか歩けるくらいには回復したから大丈夫だ。」

 

 かなり長々と肩を貸されていたおかげで、アタシの体力も大分回復した。とはいえ戦えるかと言われると微妙ではあるのだか。

 

 イースチナもその言葉を聞き安心したのか顔を緩ませて、良かった、と呟く。しかし緩んだ顔は一瞬で引き締まり、ある懸念を口にする。

 

「それにしても…さっきの火柱は何だったんでしょうか。」

 

「分からない…けど、何となくだけど自然に起きたものじゃない気がする。もしあれがアーツなら、絶対に会っちゃならねえ種類の相手だ。」

 

「……あれは西門の方角で発生していましたね。」

 

「祈るしかねえよ。今更ルート変更ってわけにもいかないしな。」

 

 

 

 

 

 

 その後も同じ動きを繰り返し、門までの距離が1キロを切った。途中、火柱が起きたと思われる、熱で焼け焦げた場所を通ったが、それらしき人影どころかレユニオンの1人すら居なかった。そこに存在していたのは熱で溶けた瓦礫と、元の姿が分からない程に焼け焦げた等身大のナニかだけだった。そこから目を背けるようにアタシ達は先へ進んだ。

 

 そして、残り800メートル、あと少しという所で、偵察隊からこれまでとは違った報告がされる。

 

「生存者ぁ?レユニオンじゃなくてか?」

 

「本当だよ!ちゃんとレユニオンの制服を着てないのを確認したから!でも、怪我してて動けなくなってるみたい…。」

 

 グムからもたらされた情報は、まさかのアタシ達以外の生存者の存在だった。まさか生き残りが居るとは思っていなかったからか、団員達からは喜びの声が漏れる。

 

 しかし当のズィマーは苦い顔をしている。確かに、生存者がいるのはいいかも知れないが、現状自治団だけでも危うい所に人が増えるのは得策ではない。しかも負傷しているというのなら尚更だ。

 

 ただ、団員達の喜びようと、ズィマー自身の意思が判断を迷わせているようだ。

 

「助けに行こうよズィマーお姉ちゃん!せっかく此処まで来たんだもん、皆で脱出しようよ!」

 

「待て待てグム、そうは言ってもアタシ達だけでもギリギリなんだぞ?というか、もっと詳しく聞かせろ。人数は?どんな奴らだ?怪我の状態は?」

 

「えっと…多分10人は居たかなぁ?青系のコートを着てる人がいて…皆武装してたよ!何人かは起き上がっていたけど、立ち上がれない人もいるみたい。」

 

「10…多すぎる。しかも立ち上がりすら出来ねえ奴が居るんじゃ無理だ。グム、諦めろ。」

 

「ええ!?そんなぁ、何とかしてあげようよ!ねえ!」

 

 食い下がるグムやそれに賛同する年少組をズィマーとイースチナが説得しようと試みる。自治団のメンバーは16人、半数を超える人数の負傷者を受け入れるのは流石に不可能だろう。説得を手伝おうと腰を上げる。

 

 しかし、ここで何か頭に引っかかる感じがして、動きが固まる。中途半端な姿勢で止まったアタシに、ズィマー達も口論を止めてこちらを見てくる。青いコート、武装、どこかで…?

 

 頭に浮かんだことを確かめるためにグムに尋ねる。

 

「なあグム、その青系のコートってどんなのだったかわかるか?」

 

「へ?えーっとね、確か真っ青!って感じじゃなくてグレーに水色のラインが入ってる感じだったような…どうしたの?何か気になるの?」

 

 それを聞いて、あのうさ耳女の姿が頭に浮かんだ。よく思い出すと、あいつらは同じようなコートを着てる奴が多かった。ただ、10人というのは少なすぎる気がするが。

 

「ズィマー、そいつらはアタシが今日戦った奴らの仲間かもしれない。レユニオンと敵対してたし、接触してみる価値は有ると思う。」

 

「お前もかよ…もしその予想が合ってたとしても、そんだけのリスクを犯す意味はねえだろ。違うか?」

 

「いや、ある。確かにここじゃ意味無いけど、ここを出た後に意味が出てくる。」

 

 そういうと、イースチナは何かに気づいたようでハッとした表情を見せる。

 

「つまり…チェルノボーグを脱出後、その人達の所に保護してもらう、ということですか?」

 

「ああ、あの実力…。少なくともその辺のしょぼい組織では無いと思う。」

 

 正直これは賭けだ。何しろアタシが見たのは相手の実力だけで、あいつらが何者なのかは全くわからない。しかし、ズィマーはもう決断したようだ。

 

「イースチナ、今チェルノボーグに1番近い都市がどこかわかるか?」

 

「確か…龍門が今1番近かったはずです。でもここからだと徒歩なら5日はかかると思います。今私達には殆ど物資もありませんし、無事にたどり着くのは困難です。」

 

「はぁ、どの道選択肢はない、か。わかった。グム!案内しろ!すぐに出るぞ!」

 

「うん、任せて!よーし、皆、グムについて来て!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グムの先導で歩くこと数分、例の場所に着いたが、そこには瓦礫が広がるばかりでは人の姿は見えない。

 

「おい、本当にここだったのか?誰もいねえじゃねえか。」

 

「あれぇ?おかしいなぁ…確かにここだったはずなんだけど…。」

 

「身を隠しているのかも知れません。少し辺りを探してみましょう。」

 

 イースチナの提案により、手分けして周囲を探す。相当な重症だったらしいから、そう遠くには行っていないはずだ。

 

 それにしてもこの辺り一帯は特に崩壊が激しい。戦闘があったのだろうか、所々に爆弾が爆発したような跡がある。爆弾…か。

 

 脳裏に以前出会ったサルカズの傭兵の姿が浮かぶ。いや、まさかあの人がこんな所に居るはずが…。苦々しい記憶が思い出される。同じサルカズのよしみとか言って、当時駆け出しの傭兵だったアタシを鍛える…という面目で散々弄んで笑っていたっけ。散々罠に嵌められて爆破されて…、お陰で戦場に慣れるまでは早かったけど。

 

 そうこうしている間に、探索は進み、アタシはある一軒家の前にたどり着いた。ボロボロになってはいるが、概ね形は保たれてるし、身を隠すならうってつけかも知れない。

 

「おい!誰かいねえのか!」

 

 …返事はない。誰も居ないのだろうか。入り口の扉に耳を当てるも、アーツなしでは特に聞き取れるものはなかった。

 

 仕方ない。開けるか。

 

 ドアノブを回し、慎重に扉を開ける。特に罠もないようだ。

 

 僅かにだけ開けた扉を一気に開け放つ。開けた視界に映ったのは、槍を構えた青髪の女……!?

 

「はぁぁっ!」

 

 裂帛の気合と共に突き出された槍がアタシの頬を薄く切り裂く。間髪入れずに2撃、3撃、豪雨のような連続の突きが体を貫かんとする。

 

 防戦一方となり、そしてついに致命的な隙を晒してしまう。まずい、獲られる!

 

 その隙を見逃さんとばかりに槍使いが強く踏み込む。しかしそこでバランスを崩し槍はアタシの体の横を掠めるに留まった。…足か!

 

 体勢を立て直そうとする槍使いに今度はこちらから接近する。苦し紛れに放たれた払いを体を屈めて躱し、肉薄、狙うは…踏み込み足!

 

 渾身の蹴りがその場所を捉える。予想した通り、足を負傷していたらしい槍使いは苦痛の声を上げて崩れ落ちた。なおも抵抗しようとするが、その前にアタシに組み伏せられる。

 

 騒ぎを聞きつけて、他の団員も集まって来た。

 

「おいおい、こりゃ一体どういう状況だ?」

 

「アタシに聞かれても困るって…。コイツが急に攻撃して来たから対処しただけだよ。」

 

「は?……って当たり前だろうが!自分の格好思い出せ!」

 

 あ、やばいまた忘れてた。…制服はともかく、このマントだけでも脱いどくか。

 

「え…ウルサスの学生?なんでレユニオンと…。」

 

 槍使いは女だった。困惑した様子で会話するアタシとズィマーを交互に見ている。

 

「あー、アタシはズィマー。見ての通りウルサスの学生で、こいつらのリーダーだ。そこのレユニオンの服を着ている奴はハイネって言うんだが、色々あってチェルノボーグ脱出に協力してもらってる。アタシ達に敵対する意思はない。こっちの偵察隊があんたらを見つけたから確認しに来たんだが、他の奴らはどこに居る?」

 

 ズィマーの言葉を聞いて、槍使いの体から力が抜けた。それを確認して拘束を解く。おっとっと、気が抜けたのか忘れていた疲労が襲ってきてよろけてしまう。

 

「すっ、すみません!私、早とちりしてしまって。」

 

「いや、気にすんな。自分の格好忘れてたアタシが悪い。それで、どうなんだ?」

 

「は、はい。私達はレユニオンと戦っていて…それで敗北してしまって。とどめは刺されなかったものの身動きが取れなくなっていました。なんとか動ける者たちでさっきの家まで避難していた所でした。」

 

「で、こいつが来た、と。」

 

「本当にすみません…。」

 

「ハイネも言ってただろ?あんまり気にしないでくれ。とにかく案内してくれるか?アタシ達も余裕がある訳じゃねえが、治療の手伝いくらいは出来る。」

 

「それは助かります!私はフェン、見ての通りの槍使いです。仲間の所まで案内します、付いてきてください。」

 

 そう言ってフェンは家の中へ歩き出す。足の痛みがあるだろうに、それを悟らせない様子は流石によく訓練されているなと思う。

 

 そして予想通りのデザインのコート、その背中に刻まれた文字。

 

"RHODES ISLAND"

 

 その名前を、アタシはひっそりと心に刻み込んだ。

 



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第九話 協力関係

 

 フェンに案内された、とは言っても家に入って廊下を歩いただけだが、その先は野戦病院を彷彿とさせる光景が広がっていた。

 

 血と肉が焦げた様な臭いがして、ズィマー達は顔をしかめる。アタシでさえこの臭いにはいつまで経っても慣れないのだから、昨日まで学生だった自治団には相当キツいものだろう。

 

 今はフェンが状況の説明を行なっている。相当手が足りていなかったのか、医師らしき2人の喜びようが凄かった。

 

 挨拶をする間も惜しい、との事で早速治療に取り掛かる。とはいえ経験のほぼない自治団メンバーは主に軽傷者の手伝いに回され、唯一戦場での経験が多いアタシだけが重傷者の治療のサポートに回った。

 

 特に傷の深かったアドナキエルという奴の治療は困難を極めた。どうやら爆弾がゼロ距離で爆発したらしい。破片で体はズタズタに引き裂かれ、普通なら到底生き残れそうもない様子だった。しかし、2人の医師のうちのサルカズの方の医療系アーツにより一命を取り止めた。

 

 医療系アーツというのは特に習得が難しい。優れたアーツ技術の他に、医者としての深い知識が求められるからだ。実際、傭兵仲間に医療系アーツを扱える者はほとんどいなかったのがその証拠だろう。

 

 そんな環境に居たわけだからアタシの知る医療行為というのはだいぶ荒っぽいもので、正直役に立てたとは思えなかった。それでも治療が終わった後2人にはとても感謝された。なんでも指示に対して躊躇いなく従ってくれたのが良かったとか。…まあ確かに傷は見慣れてるからな。

 

 

 

 そうして一つの山場を超えて、相手側の代表者とズィマーが対峙する。

 

「治療への協力に感謝する。私はロドス・アイランド行動隊A4隊長、ヤトウだ。」

 

 ヤトウと名乗った女は、仮面で目元を隠した鬼の剣士だった。左手を吊った状態で頭を下げる彼女からは歴戦の戦士の雰囲気が感じられる。

 

 しかしそこは流石のズィマー、臆することなく堂々と名乗りを返す。

 

「ウルサス東学生自治団団長、ズィマーだ。感謝を言う必要はない。アタシ達にも考えがあってのことだ。」

 

「ふむ…。それで、その考えとは?」

 

「なに、そんな難しい話じゃない。アタシ達はここを脱出した後の居場所を探してる。そこで、あんたらの組織、ロドス・アイランド?とやらにアタシ達を受け入れて貰いたい。その対価として、アタシ達があんたらの撤退を支援する。」

 

 ズィマーが早速本命の要求を切り出す。対するヤトウはその言葉に対し全く表情を変えずにズィマーを見つめる。チッ、こう言うところも一流かよ。

 

 反応がない様子に、ズィマーは焦りと苛立ちを見せる。

 

「どうした、あんたらにとっても悪い話じゃないはずだろ!?16人中まともに動けるのは6人、重傷者が3人。あんたらだけでこのチェルノボーグを出るのは不可能なはずだ!違うか!?」

 

「ああ、確かに悪くない話だ。だが、君たちは私達の実力を知らないだろう?どうしてそう言い切れる?また、君たちがロドスにとってマイナスの因子になる可能性も捨てきれない。君は、自分達がロドスに害を為さないと示せるか?」

 

「ああ?んなこと言わなくとも、アタシ達には他に選択肢がねえんだ。ただで受け入れてもらえるとは思ってねえ。あんたらの指示には従うつもりだし、アタシが不満は言わせねえ、それで十分だろ?」

 

 まずい、ズィマー、それは悪手だ。害意がないことを伝えるのはいいが、こちらから選択肢がないことを教える意味はない。

 

 案の定、ピクリとも動かなかったヤトウの表情が変わり、その口角が上がった。

 

「フフッ、物怖じしないところは良かったが…20点と言ったところか。」

 

 しかし、その口から出た言葉はアタシが予想したようなものではなかった。ズィマーもそこで己の失態を悟り、悔しげな表情でヤトウを睨みつける。それをなだめるように優しい口調でヤトウは話を続けた。

 

「すまなかった、試すような真似をして。だが許して欲しい。私としても助けは欲しいところだったが、ロドスに不穏分子を持ち込む訳にはいかないからな。今の言葉で安心したよ。こちらからも是非ともよろしくお願いしたい。」

 

 そう言って差し出された手を、ズィマーは乱暴に握った。しかし地力が違うのか、ヤトウは涼しげな表情を崩さない。それがズィマーの苛立ちを加速しているようだ。ありゃあ大変だ、イースチナ頑張れ。

 

 ヤトウはそっぽを向いてしまったズィマーに満足げに頷くと、今度は視線をアタシに向けてきた。

 

「それで、君はどうする?協力者ということは聞いているが、私達が脱出した後はレユニオンに戻るのか?」

 

「アタシは…、わからない。けど、レユニオンに戻ることは無いと思う。アタシの目的は果たされたからな。また流れの傭兵にでも戻るかもな。」

 

「いいのか?どうにもお仲間は君について来て欲しそうだが…。」

 

 確かに自治団から凄い視線を感じる。特にグム、その握りしめたフライパンは何に使うつもりだ。

 

「バカ言え、レユニオン上がりの奴なんてあんたが認めても上の方が認めないだろ。」

 

「いや、ロドスは経歴を問わないのだが…。まあいい、気が変わったら言ってくれ。こちらとしては君のような精鋭が入ってくれると嬉しい。」

 

 こうして協力関係は成立した。ロドスが感染者の治療を目的とした組織と聞いた時はどうなるかと思ったが、自治団の反応は思ったよりも普通だった。なんでも、「ハイネと会う前なら断ってたかも」だそうだ。調子が狂う。

 

 気になっていたうさ耳女たちについて聞くと、なんとあのうさ耳女はアーミヤといってロドスの最高責任者だそうだ。どうにもこいつらは元々アーミヤ達の本隊との合流地点を守っているところを攻撃されたらしい。

 

 そしてヤトウ達を襲ったレユニオン、これが問題だ。

 

「白髪に赤い角、爆発物を使うサルカズですか…。」

 

「ああ、しかも手榴弾に時限爆弾、地雷となんでもござれだ。こちらからの接近は配下の兵士たちに阻まれて、一方的に爆破されてしまった。何より恐ろしいのは味方の兵士を巻き込むことも厭わないあの残虐さだ。」

 

「くそっ、普通のレユニオンですら面倒なのに…、ハイネ?どうした、頭抱えて。」

 

 ああ最悪だ。よりにもよってあの人か。どうしてこうも上手くいかない。

 

「…それは多分、Wって言う傭兵だ。アタシの傭兵としての師匠みたいな人だ。」

 

「師匠?それなら何でそんな嫌そうな顔してんだ?それだけ強いってことか?」

 

「それもある…けど、とにかく性格が悪い。いっつも人を馬鹿にして、嫌味を言わずには喋れないのかって何度も言いたくなった。その癖強いし罠に嵌めてくるしで毎日死ぬ思いだった…。」

 

 アタシの恨みのこもった話に室内の雰囲気が一段と暗くなる。これから脱出だってのに勘弁してくれ。悪いのはアタシだけど…いや違う、全部Wが悪い。

 

 しかし一つ疑問が残る。6年前、偶然出会ったWと過ごした日々は1か月にも満たない短い時間だった。その時の記憶では、あの人がレユニオンのような思想に染まるタイプでは無いように感じた。何故あの人がレユニオンに?

 

 その疑問を隅に追いやり、とにかく彼女と出会わないことを祈る。気まぐれなあの人のことだ、きっとどこか別の場所に行っているはず…。

 

 しかしそんな都合の良い祈りが届くはずもない。

 

「あ〜ら、さっきのロドスの奴らじゃない。しぶといわねー全く。」

 

 西門を目の前に置いた広場、夕日を背に、最後の砦がアタシたちの前に立ちはだかった。

 

 




フェンたちの部隊の正確な規模がわからなかったので、とりあえず行動隊A4、行動予備隊A1、A4にプリュムとジェシカを足した人数としています。何か矛盾があったらすみません。


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第十話 W

ちょっと忙しくて短いです。


 場に緊張した空気が流れる中、愉悦の表情を浮かべるWは酷く異質なものに見えた。ズィマーの額からは汗が流れ落ち、フェンの足がじりっ、と後退する。

 

 しかしその元凶はまるでアタシたちの警戒を楽しんでいるかのようだ。しばらく睨み合いが続いた後、先に口を開いたのはWだった。

 

「あーあ、本当はもう一度あなたたちをボロ雑巾みたいにしてあげたかったのだけれど。残念ながら気が変わっちゃったのよね。」

 

「何?どう言うことだ?」

 

 予想外の台詞にヤトウが戸惑いの声を上げる。Wは心底つまらないと言った表情を浮かべながらその理由を話した。

 

「さっきねえ、アーミヤたちが来たのよ、ドクターを連れてね。あの子は良いわね、頑張りが伝わってくる。だから貴方たちは彼女の従順な下僕として命を投げ出すことを厭わない。そんな子をあんまり虐めるのも可哀想でしょう?だから今回は見逃すことにしたのよ。あなたたちも特別にここは通してあげる。………ただし、そこの裏切り者を除いてね。」

 

 ドクン、と心臓が跳ねた。それはまるで死の宣告のようで、指先から寒さが上ってくるような感覚がした。

 

 そんなアタシを庇うようにズィマーやイースチナがアタシの前に立った。まずい、そんな事をしたら…。

 

「言っておくけど、そいつを庇おうって言うなら話は変わるわ。あなたたちも折角ここまで逃げて来たのに死にたくはないでしょう?」

 

「…ズィマー、イースチナ。いい、アタシは大丈夫だ。」

 

「大丈夫ってお前!」

 

「…目的を見失うなよズィマー。ズィマーの目的は自治団全員での脱出で、アタシの仕事はそれを叶える事だ。初めに言ったろ?もしもの時はアタシがレユニオンを引きつけるって。今がその時だ。アタシのことは忘れて早く脱出してくれ。」

 

「待てよ!おい!」

 

 前に進み出ようとするアタシの腕をズィマーが掴む。その手を全力で振り払うと、力で劣るズィマーの体が地面に投げ出された。それを自分にできる最大限に冷ややかな目で見下して言う。

 

「足手まといなんだよ。言っておくけど今アタシはアーツは使ってない。アーツを使えば今の何10倍ってレベルの力が出るし、Wはそのアタシでも厳しい相手だ。そんな所に出しゃばられても邪魔なだけだ。」

 

 な、とズィマーの瞳が見開かれる。そしてすぐに怒りでその目が血走る。が、同時に現実をわかってしまっているためか、固く握られた拳は行き場を失ったように地面に叩きつけられ、その口は血が出るほど強く食いしばられていた。

 

「…イースチナ、グム、ズィマーを連れて行ってくれ。」

 

「ハイネ…。」「ハイネちゃん!」

 

「そんな顔すんなよ。このくらいよくある事だって。グム、もしまた会うことがあったら約束、果たしてくれ。ズィマー、仲間って呼んでくれて嬉しかった。ありがとな。」

 

 それだけ一息で言い切って、ズィマー達から視線を外し、Wの元へ歩み寄る。自分の名を叫ぶ声が聞こえるが振り返らない。脇を抜けていくロドスの奴らが残した、すまない。という言葉に片手を振って答えると、自治団とロドスは西門へ向かって遠ざかって行った。

 

「へーえ、死ぬ覚悟があることだけは評価してあげる。顔を上げなさい。せめて顔くらいは覚えておいてあげるわ。」

 

 深呼吸を一つして、キッ、Wの顔を見つめる。視線が真っ直ぐにぶつかり合い、Wの顔が一瞬驚きに染まった。しかしその顔はすぐにいつもの愉悦を浮かべた表情に戻った。

 

「あらあなた…まさかハイネ!?久しぶりじゃない、6年ぶりかしら?背丈は伸びたけどその生意気な目は変わらないわね。しっかしあなたが何でこんなとこに居るのよ。」

 

「それはこっちの台詞だ、W。あんたがレユニオンに居るなんて思わなかった。…随分と落ちたもんだな。」

 

「色々あるのよあたしにも。それにしても随分と口が生意気になったものね。昔みたいにW姉様と呼んでくれないのかしら。」

 

「それはあんたが無理やり呼ばせてただけだろっ!」

 

「そういえばそんな気もするわね。まあどっちでも良いわ。というか、何でそんなボロボロになってるのよ。」

 

「あんたには関係ない。」

 

「関係あるわよ。あたしが1ヶ月も面倒見てあげたのにどうしてそんなヘマしてんのかって聞いてんのよ。あーあ、あの時はせっかくの掘り出し物だと思ったのに、やっと傭兵として様になって来たと思ったら逃げ出しちゃうんだもの。ゆくゆくはあたしの右腕にしようと思ってたのにね。」

 

 冗談じゃない。あの人のところにあれ以上いたら間違いなく5回は死んでる。

 

 会話をしながらWと自分の状態を観察する。見たところWの体に目立った傷はない。あの上機嫌な様子からしてメンタル面や体調も最高と言って良さそうだ。対するアタシは既に満身創痍。アーツを数秒維持するのすらしんどい上に、瓦礫を受け止めた時に肋骨が幾つか逝き、腕や肩周りもヒビが入っているかも知れない。

 

 あまりに絶望的な状況だ。加えて、Wの後ろには配下の傭兵がざっと100は並んでいる。たとえWを倒しても生き残る見込みはほぼゼロに等しい。

 

 だが、それでも。

 

 瞳を閉じ、意識を体の内部に向ける。ボロボロの体が頭に緊急信号を送るが、それを無視して体を作り変えていく。

 

 薄目を開けると、こちらが戦闘態勢に入ったのに気付いたのか、Wが部下達を下がらせている。どうやら一人でやるつもりらしい。

 

「懐かしいわね、この感覚は。昔のあなたはちょっと力が強いだけで、憎しみに振り回されるつまらない小娘だったわ。あれから6年…どんな風に生きて、何を手に入れたのか、テストしてあげるわ。…さあ、来なさい。」

 

「ああ…行くぞっ!」

 

 全ての力を足に集中して、弾丸のように飛び出す。ワンテンポ遅れてWが爆弾をアタシとWの間に投下する。

 

 そして、アタシの足下の地面(・・)が爆発し、爆風が辺りを包み込んだ。

 




後二話で一章完結…するはずです。


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第十一話 生きる意味

日付が変わる前に間に合わなかった…。


「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 痛い痛い痛い痛い!足が、足が!

 

 あまりの痛みに叫び声を上げてのたうち回る。アーツによる強化のお陰で何とか足は繋がっているものの、両足の骨は砕け散り赤々とした肉が顔を見せている。

 

「馬鹿ねぇ、あたしが何の準備もしてないとでも思ったのかしら?この辺りはとっくのとうに地雷原よ。あたしがアーツで直接操ってるから誤爆の心配もないわ。ロドスの連中が逃げた時起爆しなかったのはそのせいよ。」

 

 Wが何か話しているが、痛みのあまり殆ど頭に入ってこない。Wの足音が近づいてくるが、立ち上がることすらできない。

 

「それにしても…、あなたがまさか逃げ出す(・・・・)なんてね。昔のあなたなら絶対にそんなことしなかったわ。ねえ、どうして向かってこなかったの?あの死に急いでいたあなたはどこに行ったのかしら?」

 

 伸びてきた手を体を転がして避ける。抵抗されたことにWが僅かに不機嫌な顔を見せる。

 

「なんて無様な格好してるのよ。芋虫みたいに地面に這いつくばって、そこまでしてあなたはどうして生きたいと思うのかしら?まさか、さっきのウルサス達が未練なんて言わないわよね?」

 

 もう何かを答える気力も、地面を転がる体力もない。それでも最後の力を振り絞って這って動こうとしたところを、Wの足に押さえつけられる。

 

「あっはっはっはっ!あー可笑しいわ!よりにもよってあなたが!あの非感染者嫌いのあなたがそんな友情ごっこにはまるなんて!」

 

 そうしてひとしきり笑った後、Wはアタシの頭を押さえつけていた足をどかし、右手で胸倉を掴んで顔を上げさせた。そこでアタシの目に映ったWは、先ほどまで爆笑していた人物と同じとは思えない程冷酷な顔をしていた。

 

「あなた、つまらなくなったわね。元々つまらない子供だったけど、あの頃のあなたには牙があった。自分から全てを奪った奴らを殺し尽くしてやると言わんばかりの復讐心、そしてそれを叶えられるだけの才能があった。だからあたしは荒野で倒れていたあなたを拾ったのよ。でも今のあなたは違う。復讐心を忘れ馴れ合いに興じて、その力で戦わずに逃げることを選んだ。情けないわ。まるでただの子供じゃないの。今のあなたを生かしておく価値があるとは思えないわ。」

 

 Wの左手がアタシの首に添えられる。

 

「何か言い残すことがあれば言いなさい。もっとも、喋る力が残っているかもわからないけどね。」

 

 首に添えられた手に、少しずつ力が加わっていくのを感じる。幾多もの命を奪ってきた指は酷く冷たいものに感じた。そのせいだろうか、アタシの頭の中は不思議なくらい澄んでいた。

 

 走馬灯が見える。暖かい家族、それを失った日。全てを失って辿り着いた街では石を投げられ、散々に棒で打たれた。思えばその時が、アタシの復讐心の始まりだった。

 

 Wと出会い、傭兵として一人立ちしてから、健常者、感染者に関係なく数え切れないほどの命を奪った。全ては復讐の時まで生き延びるためだ。そう信じて、機械のように戦い続けていた。

 

 しかしいつしか月日が経ち、目的だったはずの復讐心すらぼやけていった。生きる意味もわからずに毎日を生き延びるために戦い続ける。そんな日々に嫌気が差して、傭兵団を抜け、流れの傭兵として旅に出た。

 

 そうして辿り着いたチェルノボーグで、復讐の相手と巡り合った。そしてメフィストの誘いでレユニオンに入り、アタシは念願の復讐を成し遂げた。駐屯地に旗が立った瞬間のレユニオンの歓声が忘れられない。痛めつけ、殺して、奪い尽くす。地獄と化したチェルノボーグには、あらゆる感染者が望み、そしてアタシも望んでいたはずだった景色が広がっていた。

 

 そう、それが、アタシの牙の存在理由。

 

 

 

 

 違うだろう…!!

 

 

 

 

 冷え切った指先に火が灯ったような感覚がした。限界を迎えたはずの右手が、首を捉えるWの手首をがっちりと掴んだ。

 

 自治団の姿が頭に浮かぶ。楽しそうに歌を歌う団員達、踊るグム、それを一歩離れた場所からくだらなそうに見るズィマー、そのズィマーを説得してつれて行こうとするイースチナ。それを見て、皆と同じ制服を着て、アタシは笑っているのだ。

 

 Wの顔が驚きに染まる。そうだ、アタシの価値をお前が決めるんじゃねえ!変わったんじゃない、アタシの人生は、ようやく始まりを迎えたんだ!

 

「感……染…者だとか…鉱石…病だとか……そんな…こと…は、どうでも…いい…!あん…な…からっぽの…ものが、アタシの…生きる…意味なわけが…ない!」

 

 だらんと下がった左手を力の限り握りしめる。爪が食い込んで血が流れてるが、その痛みすら、アタシを生につなぎ止めてくれているように感じる。

 

「ズィマー…達が…教えて…くれ…た。感染…者…だから…、そんな…ことは…言い訳だ…!こんな…アタシでも…。仲間って…言って…くれる奴らが…いる!足りない…のは、ちょっとの…勇気…それだけ…だ!それさえ…皆が持てれ…ば。きっと…この悲しみは…終わる…はずだ!」

 

 手首を掴んだ右手に力を込める。それは手首をへし折るには至らなかったが、首を掴んだWの手の力が一瞬緩んだ。

 

「アタシの力は!その為に!あるんだぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 アタシの左拳が、Wの腹部に突き刺さった。吹っ飛ぶW。そして、アタシはグチャグチャの両足で地面に立つ。どうやって立っているのか自分でもわからない。ただ本能が叫ぶままにWへ突撃する。

 

 体勢を立て直したWが次々と爆発物を投擲してくる。それを最小限の動きで躱し、地雷の爆発を置き去りにして走り続ける。

 

 残る距離はわずかに2メートル。Wが苦し紛れに爆発物をばら撒いた。逃げ道はなくなった。しかしそんなことは既にアタシを止めることは出来ない。

 

「アタシは!生きるんだぁぁ!!!!」

 

 そう叫んで、真正面、最もアタシとWに対して近い位置に浮いた爆弾をアタシの拳が捉えた。爆発が連鎖し、爆発音と衝撃だけがアタシの世界を支配した。

 

 薄れゆく意識の中、視界の端に仰向けに宙を舞うWの姿が映った。

 

「(ざまぁみろ。)」

 

 そして、アタシは意識を失った。




 ハイネの能力は「変性」です。サリアのように体の成分を操って体を強化しています。一つ違うのはハイネは理論ではなく、感覚でそれを行なっています。イメージとしては進撃の巨人のミカサのように、幼少期のショックで自分の体のことを感覚で理解できるようになったと考えて貰えると良いかなと思います。

 それはそうと、朝起きてなんかUA伸びてるなーと思ったら、評価に色が付いていました。二次創作は初投稿で不安も多かったですが、沢山の人に読んでもらい、こうして評価を頂けて本当に嬉しいです。

 次回、一章完結。更新は今日中か明日の予定です。
 


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一章最終話 始まりの時

9話でWが仲間を巻き込むことを気にしない、といったことを書いたのですが、戦場の逸話を見返したところ、自分の直属の部下は大事にしてるみたいですね。なので、直属の部下以外の仲間を巻き込んだ、という風に解釈していただけると幸いです。

長文失礼しました。今回はW視点から始まります。


「W!おい、大丈夫か!?」

 

 壁に叩きつけられた背中が痛む。これだけのダメージを受けたのはいつ以来だろうか。

 

「ごほっ。あーもう最悪だわ。窮鼠猫を噛むとはこのことかしら。」

 

 駆け寄ってきた部下のサルカズに助け起こされる。爆心地を挟んだ反対側にはあたしを追い込んだ少女が、ピクリとも動かずに横たわっていた。死んじゃったかしら?

 

 少女のそばに座り、口元に手を翳す。すると、まさに虫の息と言っていいほど弱々しいが、確かな息遣いが伝わってきた。その手を少女の額へ持っていき、優しく前髪をかき上げる。記憶の中の顔よりも少し大人びたが、昔の面影が色濃く残っていて懐かしい気分になる。

 

 

 6年前。この子を拾ったのは本当に気まぐれだった。ボロボロの服を着て倒れていた彼女を見て、初めは放って置こうとした。あたしにはやる事があったし、何よりこの世界では子供が倒れているくらいよくある事だったからだ。

 

 ただ、小さいけれどその頭から覗くサルカズの角を見て、せめてもの慰めに、と携帯していた食料を取り出し声をかけた。なんとか意識があったらしい子供はゆっくりとその頭を持ち上げ、あたしのことを見つめた。

 

 そこで、あたしはその目に魅了された。

 

 透き通るような金色の奥に、混沌を煮詰めたかのように真っ黒な炎が揺らめいているような、そういった危うい魅力がその目からは放たれていた。すっかりその魅力に取り憑かれたあたしは、本来の予定をキャンセルして子供を拠点に連れて帰った。

 

 拠点に戻って、泥や血の汚れをを洗い流すと、予想に反して可愛らしい少女が現れたので、あたしはますます嬉しくなった。だからだろうか、つい可愛がり(・・・・)過ぎてしまったのは。反抗心からか、最初はお人形さんみたいな見た目に可愛らしい口調だったのに、2週間経つ頃にはすっかり傭兵らしい野蛮な口調を覚えてしまった。

 

 それすらもまるで反抗期の子供を見ているような気分で可愛く見えていた。だから、あの子が居なくなった日には柄にもなく落ち込んだのを覚えている。

 

 その日は雨が降っていて、人攫いにとっては足の付きにくい絶好のチャンスだった。あたしに恨みを持つ人物が主導して、最近可愛がっていると噂になっていたハイネを人質として誘拐したのだ。

 

 いくら1ヶ月付きっきりで技術を仕込んだとはいえまだまだ子供。その道のプロが複数でかかって来れば到底敵わない。あたしはとても怒った。怒りのあまりに部下を集めることすら忘れ、単身で敵の待つ場所へ突撃した。

 

 そこからは酷い戦いだった。まさか1人で来るとは思っておらず準備の遅れていた敵を片っ端から爆破して回った。手足を縛られたハイネを連れ出して来てあたしを脅した奴は他の3倍の威力で吹き飛ばしてやった。

 

 疲労困憊になりながらも敵を殲滅し、恐怖で震えるハイネを連れて拠点に帰った。あたしに用があったらしい女の部下が訪ねて来ていたので、彼女にハイネの治療を任せた。あたしは血と汗で汚れた服を脱ぎ去りベッドに飛び込み、死んだように眠った。

 

 そして目覚めた時には、既にハイネは居なくなっていた。あたしの部屋には猿轡を噛まされた状態で拘束された部下と、一枚の手紙が残されていた。手紙を手に取ってみると、そこには拙い字で、「Wへ、ごめんなさい、ありがとう。」とだけ書いてあった。

 

 

 あの日から6年、あの日と同じくボロボロの見た目をしたハイネの瞳から、あの危うい魅力は失われていた。何故かは知らないがロドスとウルサスの学生と行動を共にしていた上に、戦いから逃げ出そうとまでした。

 

 記憶の中の姿とのあまりの違いに初めは失望した。しかし、記憶の中にもなかった、あの子の魂の叫びを聴いて、あたしは気付いた。瞳の奥にあの黒い炎は見えないけれど、代わりにもっと暖かい金色の火種が芽吹いていることに。きっとあのウルサスの学生たちとの出会いは、あの子に友情以上の何かを与えたのだろう。逃げ出したのは、そうまでして生きる理由が出来たということなのだろう。

 

 ふふっ、親心というやつかしらね。

 

 離れている間の教え子の成長に思わず頬が緩んでしまう。もしかするとこの子にも、アーミヤのように世界を変えることが出来る見込みがあるのかもしれない。それならば、その命をここで摘んでしまうのはあまりにも惜しい。

 

 頭をひと撫でして、立ち上がる。本当は連れて行きたいところだが、今の彼女は裏切り者。レユニオンに戻ることはあたしが許してもあの龍女が許さないだろう。

 

 その様子を見た部下が心配して声をかけてくる。

 

「いいのか?こんな所に置いていって?」

 

「大丈夫よ。そのくらいで死ぬような子じゃないわ。それに…ふふっ、いい仲間を持ったものね。」

 

 疑問符を浮かべる部下に、西門の方を見るよう促す。そこには、先ほど駆け抜けて行ったはずのウルサスの学生が戻って来ている姿があった。

 

「さてと、邪魔者は去りましょうか。まだ戦場の後始末が残ってることだしね。………ハイネ、せいぜい頑張って生きなさい。それじゃあ、また会いましょう。」

 

 それだけ、意識のないハイネに言い残して、あたしは背を向け歩き出した。

 

 暗くなり始めた東の空に、月が柔らかく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……知らない天井だ。

 

 真っ白の天井に、人工灯が眩しい。視線を自分の身体に向けると、今まで触ったこともない上質なベッドに自分が寝かされていることに気づく。

 

「ここは…一体…!?」

 

 そこで自分の腕に違和感を感じて視線を送ると、腕から沢山の怪しい紐が伸びていた。その先には高い位置に吊り下げられた、液体の入ったパックがある。アタシは一体何をされたんだ!?

 

 恐る恐る紐を引っ張ってみると、自分の腕に軽い痛みを感じた。どうやら腕に針か何かを刺して繋いでいるらしい。どうする、引き抜くか?

 

 考えること数分、意を決して、紐を力強く掴む。その瞬間、部屋の扉が開いた音がして、特徴的な白衣を着た女が現れた。その露出した肩からは、いくつもの鉱石が突き出している。

 

「それを今抜くことはお勧めしない。死にたければ話は別だがな。」

 

 いまいち感情が読めないが、まるで全てを見透かしているかのように落ち着いた声に不気味さを感じ、紐を握った手を離す。それを確認して女は静かに頷いた。そこへ続けて2人の人物が入ってくる。チェルノボーグで見たうさ耳と、フードの男だ。ということは……。

 

「ケルシー先生、ここに居たんですね。ドクターが聞きたいことがあると……あ!目を覚ましたんですね!ヤトウさん達から話は聞いています。私からもお礼を言わせてください、今回は私たちの仲間を助けていただきありがとうございました!」

 

「えっ、あ、どーも。あの…それでアタシはどうなったんだ…ですか?」

 

 どうやら敵意はないようだが…。こんな風に無防備な状態で3人に囲まれているとどうにも落ち着かない。アタシの質問には、ややテンションの高いうさ耳に代わって白衣の女が答えた。

 

「君がチェルノボーグでロドスとウルサスの学生の撤退の殿を務めたことは覚えているな?あの後、学生の一部が諦めきれずに引き返したらしい。そこで気絶した君を見つけてロドスまで運んで来たというわけだ。運が良かったな。運び込まれた時、君はかなり危ない状態だった。あのままチェルノボーグに置き去りにされていれば間違いなく命はなかっただろう。」

 

 そうか…ズィマー達が。

 

 先に行けってあれだけ言ったのに。馬鹿だ。でも、頬が緩むのを止められない。予想外だったのはこれまで無表情を貫いていた白衣の女がアタシを見て薄く微笑んだことだった。意外といい人なのだろうか。

 

「自己紹介がまだだったな。私はケルシー、ここの医療部門の代表をしている。この子はアーミヤと言って、ロドスの最高責任者だ。そこのフードの男は…ドクターとでも呼べばいい。」

 

 ?、なんだ、今の感じ。ケルシーとドクターは仲が悪いのだろうか。どこか言葉に棘を感じる。

 

 アタシが不思議に思っていたのを見て勘違いしたのか、アーミヤがアタシの手を取り、目線を合わせてくる。水色の瞳は水晶のように綺麗であると同時に、心をぐっと引き込まれるような不思議な深みがあった。アタシは少しそれが怖かった。

 

「不安に思うのはわかります。でも、安心してください。少なくとも今は、私達はあなたの敵ではありません。」

 

 真剣な言葉に、ついつい頷いてしまう。意思が伝わったことにアーミヤは満足気に頷き、優しく微笑んで言った。

 

「ようこそ、ロドスへ。ハイネさん、私達はあなたを歓迎します。」

 

 

 

 こうして、物語が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一章 暗黒時代 完




これにて一章は完結です。ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました。この後、現時点で公開できるハイネのプロフィールを投稿したら、二章の執筆に入ろうと思います。今後の投稿の予定などもそこで話そうと思いますので、目を通して頂けると嬉しいです。


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図鑑情報(一章完結時点)

ちなみに主人公の外見ですが、黒髪ポニーで金目、服装はWとほぼ一緒、ということくらいしか決めていません。
ポニー←ここ重要


Data No.US00

 

基礎情報

 

[コードネーム] ハイネ

[性別] 女

[戦闘経験]6年

[出身地]ウルサス

[誕生日] 3月27日

[種族] サルカズ

[身長]151cm

[鉱石病感染状況]メディカルチェックの結果、感染者に認定。

 

 

能力測定

 

[物理強度]卓越

[戦場機動]標準

[生理的耐性]優秀

[戦術立案]普通

[戦闘技術]普通

[アーツ適正]優秀

 

 

個人履歴

 

流れの傭兵として活動する少女。まだ年少ではあるが戦闘経験は多く、持ち前のパワーとスピードで敵を圧倒する。レユニオンに加入しチェルノボーグ襲撃に参加したが、そこでウルサス学生自治団と出会い心境の変化があった模様。現在は患者としてロドスに滞在しているが、今のところ本人に正式に所属する意思はない。

 

 

健康診断

 

造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。循環器系原石顆粒検査においても、同じく鉱石病の兆候が認められる。以上の結果から、鉱石病感染者と判定。

 

[原石融合率] 8%

鉱石病の進行度合いとしては初期〜中期と言えるが、彼女の感染歴、境遇などを考慮するとかなり低い数字であると言える。生活環境を改善し正しい治療を本人が受け入れるならばさらに進行を抑えられる可能性があるだろう。

 

[血液中源石密度] 0.27u/L

これも比較的低水準ではあるが、油断は禁物である。経過観察と継続した治療は必要だろう。

 

彼女の診断結果には不可解な点がいくつもある。彼女の自己申告によれば体表に原石が最初に現れたのは4歳の頃であったそうだが、それから9年近く時が経ったにしては融合率、血中原石密度ともに値が低すぎる。さらに彼女からは興味深い話が得られた。彼女は自分のアーツを応用して自力で原石を取り除いた経験があるそうだが、検査の結果当該部位のみ著しく結晶化が遅れていることがわかった。通常そのような現象は見られないことから、彼女のアーツとの関連性を調べる事は非常に重要な調査であると言える。彼女の同意のもと、研究を進めていく予定だ。

 

ーケルシー医師

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これで本当に一章は完結です。改めて、ここまで読んでくださりありがとうございました。この小説を書く前に思っていたことは、物語本体のシリアスさは大事にしながらも、Wと戦った後の行動予備隊のようにストーリーで語られなかった部分も想像して書いてみよう、ということでした。今後もこのテーマは変えずに続けて行こうと思いますのでお付き合い頂けると嬉しいです。

 

二章についてですが、いくつか展開を考えているので少し書いてみてある程度形が固まったら投稿を再開します。早ければ日曜日の夜、遅くとも1週間以内には投稿できると良いなと思っています。

 

一章を通しての質問、感想、評価等あれば頂けると幸いです。

 

それでは、また二章でお会いしましょう。

 

 

 



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二章 相思相殺
二章第一話 出発


お待たせしました。第二章の投稿を開始していこうと思います。
感想、評価を下さった皆さん、本当にありがとうございます!おかげでなんと日刊ランキングにこの小説が乗りました。今後ともお付き合い頂けるととても嬉しいです!

また、整理の関係で、各話タイトルの前に話数を追加しました。今後も誤字以外での変更があった場合は前書きでお伝えします。

長文失礼しました、それでは本編をどうぞ!

6/15 追記 行動予備隊A1をA4と間違えていたので修正しました。


 レユニオンによるチェルノボーグ襲撃が世界を震撼させてから3日が経った。今アタシは例の青い奴ら…ロドスの基地に乗って、丁度今日滞在許可が下りたらしい龍門へ向かっている。

 

 知らない間に連れてこられて最初は戸惑ったが、今では大分ここでの生活に慣れてきた。むしろここには感染者だからと言って差別する奴も居ないし、今までに比べたらずっと快適だ。正直なところ、元の生活に戻れるか不安なくらいだ。

 

「…い。おい!聞いてんのかハイネ!」

 

「へ?あ、すまん。聞いてなかった。何だって?」

 

「だから!ロドスの誘いを断ったってどういうことだって聞いてんだろうが!全く…ようやくベッドから出てきたと思ったらこれだ。ちゃんと説明してくれるんだろうな?」

 

 不機嫌さを隠さずに問い詰めてくるのは、先日チェルノボーグで出会ったズィマーだった。食堂の日替わり定食を食べる彼女の体にもまだ傷が目立つ。隣に座ったイースチナが、傷に触る、と言ってズィマーを宥めている。

 

 ちなみにグムは既に調理師としてキッチンの一角を任されている。本来は専門の調理師の他に、料理の得意なオペレーターが当番制で食堂を回していたそうだが、チェルノボーグでその多くが負傷、または亡くなったせいで人手が全く足りないらしい。人手の欲しいロドスと、立場を確立したい自治団。グムは迷わずにコックとして立候補し、その料理はなかなかの好評を得ている。特に行動予備隊A1のメンバーの喜びようは凄かった。何でも、お陰でハイビス飯を回避できた、だとか。ハイビス飯って何だ…?

 

 

 そんな訳で今日はそんなグムの様子を見る兼近況報告、という形で集まったわけだが…見ての通りの状況である。一体どこでそんな話を聞いてきたのか。

 

「そんなこと言ってもなぁ。アタシは傭兵だし、別にロドスに残る理由もないし…。」

 

「理由がないなら別に居てもいいだろ。結構いい条件だったって聞いたぞ?何が不満なんだよ。」

 

「うーん…。何と言ったらいいか…。」

 

 別に大した理由があるわけではない。ただ、今までずっと放浪していたせいか1ヶ所に留まることに抵抗があるのが一つ。それともう一つの理由としては…。

 

「…なんか胡散臭いんだよなぁ。特にあのケルシーって医者は何考えてるのかわかんないし、ドクターとかいうのも記憶喪失らしいし。ここに保護してもらうように提案しといてアレだけど、アタシはまだロドスを信用できない。」

 

 周りに聞こえないよう、小さい声で本音を打ち明けると、ズィマーとイースチナも複雑な表情を浮かべた。2人は自治団のまとめ役という立場上、アタシ以上に不安を抱えているだろう。

 

「それでも….私達には他に行き場所はありませんでしたから。幸いなことに悪意のある対応もされていませんし、他に滞在している人々からも評判は良いみたいですから、今のところは安心して良さそうです。」

 

「だな。しかしここに居るのもただって訳にはいかないだろ。早く何か仕事を貰わないとな。」

 

「…ズィマー?無理はしてはいけないと散々言ったはずですが。」

 

「う…わかってるっての。はぁ、とにかく今はグムに感謝しないとな。あいつが居なかったらアタシ達は本当にただ飯食らいだ。」

 

「あれ〜?グムの話をしてるの?なになに、どうしたの?」

 

 そんな話をしていると、仕事を終えたグムがアタシ達の席までやって来た。手に持った大皿には何やら美味しそうな焼き色をした円盤状のものが3枚積まれている。

 

「あら、今日は早かったんですね。何かありましたか?」

 

「ううん、本当はあと1時間くらいキッチンに立つ予定だったんだけど、この3日ずっと働きっぱなしだから今日は早く上がっていいよって料理長が言ってくれたの。ハイネちゃん、約束のホットケーキ焼いてきたよ!」

 

「へえ…これがホットケーキか。このまま食べていいのか?」

 

「うん!このかかってるシロップってのが甘くて美味しいから、それに絡めて食べて!」

 

 なるほど、匂いはうまそうだが…。言われるとおりにホットケーキを切り分けて口に運ぶ。あ、超おいしい。

 

 夢中になって食べていると、3枚あったホットケーキはあっという間に無くなってしまった。食べ終わって顔を上げると、3人から妙に温かい視線を送られていた。そこでようやく自分が会話も忘れて食べることに熱中していたということに気づき、頰が熱くなった。

 

 それを誤魔化すように咳払いをすると、その姿がまたおかしかったのか遂にグムが吹き出した。これは形勢が悪いと判断して、アタシは別の話題を切り出した。

 

「むぅ…まあロドスを離れるとは言っても、しばらくはちょくちょく顔を出すことになったから。ほら、これ。」

 

 そう言ってポケットから顔写真の載ったカードを見せる。

 

「研究特別協力員…?何だこれは?」

 

「どうにもアタシの鉱石病の症状が特殊らしくてな。治療法の開発に役立つかも知れないからよかったら研究に協力してくれって言われたんだ。だからロドスが龍門にいる間は定期的に顔を出すよ。」

 

「定期的って…。具体的にはどれくらいだ?1ヶ月に1回くらいか?」

 

「いや、3日に1回くらい。」

 

「はぁ!?そんな頻繁に来るのかよ!はぁー、心配して損した。というか、それならもうロドスに居るも同然じゃねえか。」

 

 そう、実はロドスの勧誘を断った時、ケルシーからこの話を持ち出されたのだ。アタシだってこの3日間ただぼうっとしてた訳じゃない。3日間、治療を受けながら観察した結果、何故製薬会社がこんなに戦力を集めてるかは別として、鉱石病の治療、ということに真剣なのは伝わって来た。だから、この話を受けることにしたのだ。多くはないが報酬も出るし。

 

 驚く3人を見て、サプライズが成功した、と思わず笑ってしまった。

 

「はははっ。まあ確かにそうなんだけど…、アタシも、やっとやるべき事が見えてきた気がするんだ。まだ具体的に何をするかとかはわからないけど、自分の足で色んな場所に行ってそれを探したいって思ったんだ。だから、ロドスと正式に契約はしない事にした。…言っとくけど、それに気づかせてくれたのはズィマー達だからな?」

 

「は?アタシ達は別に何も…。」

 

「そりゃあズィマー達からしたら大した事じゃないかもしれないけど、アタシにとっては結構重要な事があったんだよ。だから…ありがとう。」

 

 

 その後は、グムの仕事話や自治団の今の生活などの話をしながら、穏やかな時間が過ぎた。ズィマー達と別れた後も、昔の知り合いと会ったり、リハビリついでに訓練の手伝いをしたりと色々あって、あっという間に龍門に着いてしまった。

 

 そして、たった今、アタシはロドスから降りて龍門外環に降り立った。見送りにはチェルノボーグで一緒に脱出した面子に加え、アーミヤが来てくれた。

 

「それではハイネさん。次は3日後にお越し下さい。ロドスはここに逗留していますから、その研究特別協力員のカードを見せれば入れると思います。…チェルノボーグの件で龍門も警戒を強めているので、トラブルに巻き込まれないよう気を付けてください。」

 

「ああ、わかった。そっちも大変だろうけど頑張ってくれ。ズィマー達をよろしくな。」

 

 そうアーミヤに告げて歩き出す。ズィマー達の声に対し一度だけ振り返り片手を上げて答えたあと、目の前にそびえる巨大な都市を見据えた。

 

 この都市では一体何を見つけられるだろうか。そんな期待を胸に、アタシは真っ直ぐに龍門へ向かって走り出した。

 




二章の投稿頻度に関してですが、アイデア自体はもりもり湧いているのですが、リアルの方がかなり忙しく、一章ほどの投稿頻度は保てないと思います。とりあえず次回は明日か明後日に投稿する予定です。


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第二話 出会い

5/26 一章第五話の本文を一部修正しました。
ストーリーに大きく関わる変更ではないので特に確認しなくても大丈夫だと思います。


「参ったなこれは…。どうしたもんか。」

 

 意気揚々として龍門の入り口へ向かったアタシが目にしたのは、設置された検疫所に群がり暴動を起こす人々だった。それを遠巻きに見守っている男に近づき声をかけてみると、男はひぃっ!、と情けない声を上げて飛び上がった。

 

「な、な、何だよ脅かすなよ!ん?子供?どうしてこんな所に…。」

 

「あー、アタシはまあ…旅をしててな。なあ、何でこんなことになってるんだ?」

 

「何でってそりゃああのレユニオンとかいう感染者どものせいに決まってるだろ!あいつらがチェルノボーグを落としたせいで龍門も感染者の取り締まりを強化してるんだ。そしたらどこから来たのか感染者が見つかるわ見つかるわで。しまいには逮捕しようとする近衛局と感染者でドンパチ始まっちまった。あぁ恐ろしい。さっさととっ捕まえて欲しいよ。」

 

 その話を聞いて昂っていた気持ちが一気に沈んだ。ウルサスから出てみても感染者の扱いはどこも同じか。まあ確かに今は警戒されても仕方ない面はあるが…。

 

 男に礼を言って、こっそりとその場から離れる。とにかく正面から入るのは無理そうなので、外周に沿って歩いて何かないか探してみることにした。

 

 そうやって30分ほど歩いただろうか。ここまでは巨大な堀に囲まれていて街並みは遥か遠くにしか見えなかったが、その状況に変化が生まれた。堀の外側に町がある。そこからはとても身に覚えのある雰囲気が滲み出ていた。間違いない、スラムだ。

 

 移動都市の外周には、決まってこういった大きいスラムがある。実はこういったスラムは感染者にとって比較的住み心地の良い場所となっている。

 

 いかに感染者に対して厳しい国家であっても、全ての感染者を捉えることは難しい上に、捕らえた感染者を下手に扱えば都市内部から感染が広まりかねない。そこで、各都市はこういったスラムを黙認することで感染者たちを一か所に集めて管理しているのだ。

 

 感染者側としても、貧しく不衛生な生活を強いられるものの、少なくとも捕らえられたり迫害されたりしないので皆がスラムに集まってくる。こうして、移動都市は上手く鉱石病から身を守っている。

 

 というわけで、アタシはスラムに足を踏み入れた。ひどい臭いがする場所だが贅沢は言っていられない。まだ昼間ではあるが、日没までには寝床を確保しておきたいため、住民の居ない場所がないか探しながら入り組んだ道を歩いていく。

 

 そんな時、突然首筋にピリッとした感覚を感じ、アタシは一度立ち止まった。警戒モードのスイッチを入れ、歩みを速める。

 

「…………。」

 

 右。右。左。2つ直進して左、そのまま引き返す。そうやって歩き続けたアタシは、遂に袋小路へ追い詰められた。

 

「…誰かは知らねえけどやるな。まさかアタシがここまで追手を撒けないとは。しかもその上、袋小路に誘導までするなんてな。」

 

 振り返ってそう言うと、アタシが通ってきた道から2人の女が現れた。1人は180cmはあろうかと言う長身に三角形の大楯を持った鬼、もう1人は二振りの剣を腰に刺した龍の女だった。龍女が口を開く。

 

「警告する。無駄な抵抗さえしなければ命までは取らない。近衛局まで同行願おう。」

 

「それはまた突然だな。ちなみにそれはどういった要件で呼ばれているのか聞いてもいいか?」

 

「フン、残念だがお前の姿は既に近衛局に割れている。対話は時間の無駄だ。ホシグマ!」

 

「了解!」

 

「っ、問答無用かよ…。くっ!」

 

 鬼の女が盾を構えて突進してくる。それを一歩身を引いて躱すも、空いている手がアタシを撃ち抜かんと振り抜かれる。目まぐるしく降り注ぐ攻撃をなんとか防ぐが、一歩一歩と壁に追いやられてしまう。

 

「貰った!」

 

 そして遂にアタシの背中が壁に付いた。それを好機と見たのか鬼女はその盾を大きく振りかぶった。馬鹿め、油断したな。

 

 その見え見えの隙を見逃すアタシではない。アーツを発動して左へ転がり回避しようとする。しかしここでアタシは自分の失敗に気づいた。

 

 鬼の女の体の影から、龍の女が現れたのだ。体勢を崩しているアタシはこれ以上回避はできない。その右手に握られた剣が、側面(・・)を向けて振り下ろされる。アタシは右手を剣と自分の間に滑り込ませた。

 

「ほう?」

 

「峰打ちとは…。舐められた、もんだな!」

 

 力任せに剣を受け止めている腕を振り抜き、剣をかち上げる。そうして生まれた隙に最速でタックルを喰らわせる。体勢が悪く大した威力は出なかったが、相手を数歩分吹き飛ばすことに成功した。

 

 戦況がリセットされ、再び一対二の睨み合いが始まる。…いや、違うか。

 

 いつの間にかさっきまで感じなかった気配が増えている。この場所を囲むように10数人ほどが均等に配置されているようだ。どういうことだ?アタシは初めからマークされていたのか?

 

「おい、アタシには心当たりがないんだが、いい加減追われてる理由くらい教えてくれてもいいんじゃないのか!」

 

「フン、この期に及んでまだ惚ける気か。お前の姿がチェルノボーグで目撃されている。それだけ言えばわかるだろう?レユニオンの構成員。」

 

「!、何故その事を!?……いや、なるほど。スパイか。」

 

「察しがいいな。お前はチェルノボーグ軍駐屯地での戦闘で大暴れしたと報告されている。要注意リストを見た時は自分の目を疑ったが…見た目に似合わず実力は確かのようだな。」

 

「お褒めに預かりどうも。ちなみに、もう既にレユニオンから抜けたと言ったら、見逃してくれたりはしないか?」

 

「たわけ。お前の言い分を聞くのは取調室の中だけだ。」

 

 なるほど、どうやらアタシに選択肢はないらしい。会話をしながら状況を打開する方法を探す。

 

 地面は土が剥き出しになっている。雨でも降ったのかややぬかるんでいて動きづらい。そして左右と背後には二階建ての建物、屋根の上にも敵が待機している。正面は大楯持ちの鬼と龍女。

 

 取れる策はとても少ない。アタシは賭けに出た。アーツを最大出力で発動し、前の2人を睨みつけて言う。

 

「それじゃあ行くぜ…。しっかり防げよ!」

 

 そう言い終えた瞬間、全力で地面を蹴り建物の壁に張り付く。落下する前に次の壁へ、まるでピンボールのような動きで相手を撹乱していく。

 

「何て速度だ…。隊長、私の影に隠れてください。」

 

「ああ、任せた。」

 

 龍女が鬼の女の背後に隠れ、鬼の女がどっしりと盾を構えた。そう、それを待っていた…!

 

 狙いが的中した事を確認して、アタシは敵2人の正面の建物の壁に飛び移った。勝負は一度だ…絶対に成功させる!

 

 壁が凹む程の力で壁を蹴り、超高速のドロップキックを放つ。2階の壁から跳び、矢のように進むアタシの先には鬼の女が立ち塞がる。

 

 ゴォン!という激しい音がして足と盾がぶつかり合う。しかし盾は揺るがずに、見事にアタシの蹴りを受け止めて見せた。だが…それがアタシの狙いだ!

 

「足場、借りるぜ?」

 

 衝撃の反動、アーツ発動中のアタシの脚力、そしてぬかるみのない強靭な足場。条件は整った。

 

「ぶっ飛べぇぇぇぇ!」

 

 アタシの足が盾を強烈に蹴り付け、鬼の女が後ろへ吹き飛ぶ。そして、つい先日の焼き直しのようにアタシの体が空高く舞い上がった。待機していた敵達も、自分の頭の上を飛んでいくアタシを見上げるしかできない。

 

 そんな奴らに手を振って、アタシの体はスラムの中央方向へ向けて飛んでいく。落下が始まったアタシの進む先には走る人影が…人影!?

 

「おい!避けろぉぉぉぉ!」

 

 アタシの声がギリギリ届き、その人影が足を止める。その瞬間、その目と鼻の先の地面にアタシが空から飛び込んだ。ぬかるんだ地面がその衝撃を受け止めきれる筈もなく、ずるり、と足が滑る嫌な感覚とともにアタシは地面を転がり、逆さまになって壁に激突した。反転した視界の中、ぶつかりかけた少女と目が合う。

 

「あの…大丈夫?」

 

 これが、アタシとミーシャの初めての出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、逃したか。」

 

「すみません、隊長。追いますか?」

 

「ああ。そう遠くには行っていないはずだ。だが無理はするな、見つけたら怪しい動きがないか監視して私に伝えろ。無理して戦闘に持ち込む必要はない。」

 

「なるほど、隊長はどうされますか?」

 

「私はこの後ロドスの代表者を迎えに行かなくてはならない。ホシグマ、後の指揮はお前に任せた。」

 

「了解!」

 




最近とても忙しくなかなか執筆時間が取れません…。次回更新は土曜日の予定です。


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第三話 平穏

改めてストーリーを見返したところ、8話にて重大な矛盾が発生していることがわかりました。訂正したのはイースチナの発言で、チェルノボーグから龍門まで徒歩で20日かかる、とのことだったのですが、原作2章でチェルノボーグから逃げた人々が5日程で龍門に辿り着いた描写がありました。

よって、20日と書いたところを5日に修正し、それに伴い台詞を一部変更しました。以下に修正後の簡単な時系列を記すので脳内補完してもらえると嬉しいです。

チェルノボーグ陥落→3日後、ハイネ目覚める→さらに4日後、龍門到着→今話

以上です。長々とすみませんでした。それでは本編をどうぞ!

5/31 ハイネの体に原石が生えた時期に誤りがあったので訂正しました。


 結局あの後龍女たちは追って来ず、アタシは先ほどショッキングな出会い方をしたミーシャと共に彼女の拠点に向かっていた。最初は警戒していたミーシャだったが、アタシも感染者であること、居場所がなくて困っていることを話すと快く自分の拠点に案内してくれた。

 

「へぇ、ミーシャも龍門に来たのは最近なのか。」

 

「うん、というか3日前のことなんだけどね。街が怖い人たちに襲われて…他の人と一緒に必死で逃げて龍門まで来たんだ。でもあの検疫所でみんな捕まってしまって…。私はそこから何とか逃げ出して、ここまでたどり着いたの。」

 

「それは…。大変だったな。」

 

 ミーシャの言葉を聞いて、アタシは複雑な気持ちになった。ミーシャの話に出てきた街とは、間違いなくチェルノボーグのことだろう。いくら裏切ったとはいえ、アタシが襲撃に加担した事実は変わらない。もしミーシャがそのことを知ったらどんな反応をするのだろうか。

 

 問題の先延ばしであることはわかっているが、アタシはその事実をミーシャに告げることは出来なかった。そして、目的地にたどり着いた。ミーシャが大きめの薄汚れたバラックに声をかけると、中から数人の子供たちが姿を現した。

 

「ただいま。みんな。」

 

「おかえり!ミーシャお姉ちゃん!」

 

 余程懐かれているのか、隣に立っていたアタシが追い出されてしまう程の勢いで子供たちはミーシャを取り囲んだ。しかしひとしきり騒いだ後、子供たちは今度はアタシの方を興味深々な様子で見つめ始めた。

 

「ミーシャお姉ちゃん、あの子は?」

 

「あ、えーとね。さっき出会ったハイネって言う子だよ。あの子も感染者で住む場所が見つからないって言ってたから連れてきたんだけど…大丈夫かな?」

 

「もちろん!わーい!ハイネお姉ちゃんだ!よろしくね!」

 

「わっ、ちょっ、引っ付くなよ!くそっ、逃げたりしないから離れろって、もう!」

 

 ミーシャにくっついていた子供たちが今度はアタシの方へ飛びかかってきた。村が無くなって以来子供の相手なんてしていないアタシがうまく子供をあしらえる筈もなく、全身もみくちゃにされてしまう。その様子を見たミーシャが笑った。笑ってないで助けてくれよ!

 

「ごめんごめん、実は私もこの子たちの家に受け入れてもらったばっかりなんだ。ちょっと元気すぎる気もするけど、みんな良い子ばっかりだから…ふふっ、頑張って。」

 

「くそっ!後で絶対泣かすから覚えてろよミーシャ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後10分ほどおもちゃにされ続けたところでミーシャが止めに入り、アタシはようやく家に入ることができた。

 

 この家のルールは毎日の水汲み、食事は皆で摂ること、各自が食料を探してくること以外は特にないらしい。一通り説明が終わると子供たちは食料調達へ出かけていった。なんでもアタシの歓迎パーティーをしてくれるらしい。気にしなくてもいいと断ったが、子供たちはこの機会にご馳走を食べたいと言って聞く耳を持たなかった。

 

 取り残されたアタシとミーシャは特にやる事もなかったので、この家に住むせめてものお礼として掃除をすることにした。まあ碌な道具もないので焼け石に水程度だが。

 

 そんな時、木箱を運んでいたミーシャが突然頭を押さえて蹲った。

 

「!?おい、ミーシャ!大丈夫か!」

 

「う…だい、じょうぶ。ちょっと頭痛がしただけ…。すぐ収まるから…。」

 

 その言葉は事実で、10秒ほどで痛みは収まったようだった。落ち着いたミーシャから話を聞いたところ、彼女は元々頭痛持ちではなかったらしい。しかしあの天災から逃げた後、体から鉱石が生え始めてから頻繁に痛みを感じるようになったそうだ。

 

「…ハイネ。私、死んじゃうのかな。あとどれくらい生きられるのかな。」

 

「そんな悲しい事言うなよ。アタシはこれでも鉱石病になって少なくとも10年は経ったけどピンピンしてるし、ミーシャだってきっとまだまだ生きていられる。…でも、少し症状が進むのが速いかもしれない。」

 

 もしミーシャが鉱石病に元々かかっていなかったのならば、ミーシャは1週間ほどで鉱石が生え始めた事になる。アタシがその症状が出たのは4歳のころで少なくとも感染から2年以上経ってからだったから、相当速い筈だ。

 

「もし心配だったら、アタシと一緒に医者に診てもらうか?今龍門にはロドスっていう鉱石病のプロが来てるんだ。そこで診てもらえれば何か分かるかもしれない。」

 

「鉱石病のプロ…?でも、わたしお金が…。」

 

「それくらいはアタシに任せてくれって。そいつらにはちょっと貸しがあるし、きっと大丈夫だ。」

 

「そう…なんだ。じゃあ、お願いしようかな。ありがとう、ハイネ。」

 

 

 

 その後はミーシャの負担にならないよう座って他愛もない話をしていた。今までの生活のこと。好きな食べ物。得意なこと。アタシの話はそんなに面白い内容がなかったと思ったが、ミーシャは楽しそうに聴いてくれた。

 

 子供たちが帰ってきた後はさらに楽しい時間になった。魚、肉、パン、野菜。どれも質の良い食材と言うわけではなかったが、なけなしの貯金を切り崩して用意してくれたらしい。アタシが携帯していた調味料を使って作った簡単な鍋を皆で囲みワイワイと騒ぎ合う。アタシにとってはそれはとても暖かくて幸せな時間だった。

 

 そんな風に過ごして早2日。ようやくここでの生活に慣れてきた所だったが、その平穏は突然崩れ去った。

 

 それが起こったのはアタシとミーシャが水汲みから帰ってきた時だった。いつものバラックの前に見慣れない人影が見えたのだ。不審に思い歩みを速めると、当然そいつがバラックの扉を蹴り破った。

 

「なっ!?ミーシャ、アタシが先に行く!ミーシャも急いで来てくれ!」

 

 全速力で走り中へ入ると、そこには子供の襟首を掴み乱暴に持ち上げる男がいた。

 

「おい!死にたくなかったらさっさと吐け!あのウルサスの女はどこに行った!」

 

 子供を怒鳴りつけて脅すその姿を見て、プチッ、と頭の中で何かが切れる音がした。

 

「てぇんめぇぇ!!!誰の許可取ってそいつに触ってんだぁぁ!」

 

 怒りのままにそいつを殴り飛ばす。壁に叩きつけられた男を放置して、子供の体を調べる。…良かった、怪我はしていないらしい。

 

「なあ、何があったんだ?わかる範囲で教えてくれ。」

 

「わからないよ…。今日は早めに食べ物が見つかったからここでみんなを待ってたら急にあの人がきて、ミーシャお姉ちゃんを出せって言ったんだ。それで怖くてドアを開けなかったら無理やり入ってきて…。」

 

「そうか、わかった。ありがとな。よく頑張ったな。」

 

 乱暴に頭を撫でながら状況を整理する。敵の狙いはミーシャなのか?でも一体なぜ…。というかミーシャ、ミーシャがまだ外に!

 

「居たぞ!あいつだ!あいつを捕まえろ!」

 

 外から野太い声がして、複数人の走る足音が聞こえてきた。チクショウ、間に合え!

 

 子供を背負い、ドアがふっとんだ入り口から外へ出る。そこで目にしたのは、逃げるミーシャと、それを追う大量の暴徒の姿だった。

 




次回更新は月曜か火曜の予定です。


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第四話 意思表明

早めですが投稿します。若干短めです。


 ミーシャはバラックから離れる方向に逃げていった。すぐに後を追おうとするが、その前に数人の敵が立ちはだかる。

 

「はっ!悪いが人質になってもらうぞ!あの女も仲間が捕まってると聞けば大人しく捕まるはずだ!」

 

「ちっ、邪魔だぁ!」

 

 子供を背負ったまま突っ込み先頭の敵を蹴り飛ばす。そのまま駆け抜けようとするが横から飛びかかってきた男にそれを妨害される。両手が使えない状態での戦闘は初めてで思うように戦えない。全員を片付けた時にはミーシャの姿は既に見えなくなっていた。

 

「畜生、どうすれば…。」

 

「ハイネ姉ちゃんあっち!ミーシャ姉ちゃんはあっちに曲がってった!」

 

 その時、背負っていた子供がスラムの中心方向を指さしてアタシに叫んだ。どうやらアタシが戦っている間ミーシャのことを見ていてくれたらしい。

 

「でかした!道案内は任せていいか?」

 

「うん!まずはそこの道を右に行って!多分先回りできるから!」

 

 子供の誘導に従って走る。途中何度かミーシャを追う奴らとすれ違ったが、アタシ達の顔はそんなに広まっていないのか特に絡まれることはなかった。

 

 そして走ること5分、ついにミーシャを発見した。アタシの強化された聴覚が、路地裏で身を潜めるミーシャの息遣いを捉えたのだ。最初は驚き身構えたミーシャだったが、アタシ達の顔を見ると安心してへたりこんでしまった。

 

「おい、ミーシャ?大丈夫か?」

 

「うん…何とかね。ハイネたちは?」

 

「やっぱり敵の狙いはミーシャだけらしい。アタシ達は敵に見向きもされなかった。さっきのあいつは偶然ミーシャがあの家に出入りしているのを見かけたんだと思う。」

 

「そんな…何で私が…?」

 

「わからない。でもいつまでもここに居る訳にはいかない。とにかく急いでこのスラムから脱出しよう。」

 

「そ、そうだね。わかった……うっ!」

 

 その時、再びミーシャが頭を押さえ倒れ込んだ。まさかこんな時に…しかも今回は激しい運動のせいかなかなか頭痛が収まる様子がない。しかし敵も着実にここへ近付いてきている。どうする…どうする!?

 

 アタシが悩んでいると、倒れ込んだミーシャが頭を押さえて立ち上がった。そのままよろよろと路地裏から出ようとするのを、慌てて手を掴んで止める。

 

「馬鹿!そんな状態でどこ行く気だ!」

 

「う…でも…敵の狙いが私なら…私が逃げればハイネ達は…安全でしょ?」

 

「それが馬鹿って言ってんだ!今のミーシャを放っておける訳ないだろ!…くそっ!」

 

 迷っている暇はない。アタシはジャケットの裏からナイフを一本取り出し子供に向き合った。そしてその手を取ってナイフをしっかりと握らせた。

 

「良いか、よく聞け。あいつらの狙いはミーシャだ。そして今ミーシャはめちゃくちゃ体調が悪い。今ミーシャだけじゃなくお前も連れて逃げたら幾らアタシでも守り切れるかわからない。だがどうやらラッキーなことにあいつらはアタシやお前ら子供の姿までは把握してない奴が多いらしい。だからお前は一人で逃げるんだ。真っ直ぐに家に帰って他の奴らと一緒にこのスラムから脱出しろ。もし途中でお前に気付いた奴がいたら何も考えずにそのナイフを向けて突進しろ。迷ったら死ぬのはお前だ。絶対に迷うな。」

 

 そう一方的に言うと、子供は真剣な目でしっかりと頷いた。アタシはその頭をくしゃくしゃと撫で、ギュッと抱きしめてやる。まだ一桁の子供にこんな無茶をさせる代価としてアタシが出来ることははそんなことしかなかった。

 

「悪い…。絶対にミーシャは助けて、お前らのところに連れ帰るから、お前らも絶対に生きろ!約束だ!」

 

「…うん!信じてるから…待ってるからね!」

 

 そう言って子供は振り向かずに走っていった。その姿が見えなくなるのを見届けて、アタシはミーシャの方へ振り返った。ようやく頭痛が収まったらしいミーシャがアタシを睨みつけた。

 

「どうして…!?あの子はたった8歳なんだよ!?もし何かあったら…。ハイネなら任せられるって思ったのに!」

 

「ミーシャ…。」

 

「何で!?何で私なんかのために!?どうせ私はすぐ死んじゃうのに!こんな…もう人ですらない私なんかに…どうして!」

 

「っ、ミーシャ!」

 

 目尻に涙を浮かべてそう言うミーシャの肩をぐっと掴む。ハッとしてアタシの顔を見たミーシャがヒッ、と声を上げた。ああ、アタシはきっと今凄く怖い顔をしている。

 

 心を落ち着かせるために数回深呼吸して、ミーシャの目を見つめた。今度は怯えた素振りが無いことを確認して、アタシは話し始めた。

 

「そんなことを言うなよミーシャ。私なんか、なんて言わないでくれ。アタシはミーシャだから助けたいと思うんだ。子供に懐かれて、行くあてのないアタシを快く迎えてくれたミーシャだから助けるんだ。そんな優しい奴が人じゃないなんて訳がないだろ。大丈夫。きっとミーシャは死なないし、アタシが死なせない。だから今は、アタシのことを信じてくれ。」

 

 そこまで言い切って、アタシはもう一度ミーシャの目を見つめた。アタシの気持ちがどこまで伝わったかはわからない。でも、一瞬の沈黙の後、ミーシャはこくり、と小さく頷いてくれた。

 

 ミーシャの肩から手を下ろす。さてと、とアタシは小さく言い拳を鳴らした。アタシ達の左右は声を聞いてやってきた敵に塞がれていた。アタシはミーシャに背を向けつつ言う。

 

「なあ、ミーシャ。アタシはさ、世界を変えてみたいって思ったんだ。感染者だとか非感染者だとか関係なく、楽しく過ごせる世界がアタシは見たい。……ミーシャ一人助けられない奴に、そんなことが出来る訳ねえよな。」

 

 背後からの返事はない。馬鹿げた話だと思われたかもしれない。でも、それでもいい。これはただの意思表明みたいなものだ。

 

 目を閉じ、アーツを身体中に巡らせる。調子も悪くない、さあ行くぞ!

 

 弾丸のように飛び出し、アタシは敵の前に渾身のかかと落としを叩き込む。衝撃波が巻き起こり、敵がボーリングのピンのように吹き飛んだ。

 

「さあ行くぞ!しっかりついて来い!」

 

 唖然とするミーシャに声をかけ走り出す。

 

 

 

 

 …この時のアタシは、この騒動の複雑さをまだ理解していなかった。

 

 ましてやこの先の戦況が混沌としたものになることなど、知る由もなかったのだ。




次回は水曜〜木曜の予定です。


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第五話 邂逅

何とか間に合いました。
今回、アーミヤ視点から始まります。


「エクシアさんの情報によると、今回の調査目標はこの辺りのはずですね。」

 

 ウェイ長官との交渉から2日、私達は近衛局からの要請でこのスラム街に潜むレユニオンの調査にあたっています。

 

 残念ながら龍門とロドスはまだ信頼関係を築けていないのが現実です。こう言った小さな任務から信頼を勝ち取っていくしかありません。

 

「もう!またこんな使いっ走りみたいな任務?やる気出ないわねー。」

 

「フランカ、気持ちはわかるけどそんなこと言っちゃダメだよ。チェルノボーグ襲撃で龍門も警戒を強めてる。すぐには信頼されないのは当然だよ。だから、こういう任務をしっかりやらないと。」

 

「はいはい、わかってるわよー。これだから真面目ちゃんは。もうちょっと肩の力抜いた方がいいんじゃない?それっ!」

 

「ひゃっ!?もう、フランカ!!」

 

 今回の任務にはペンギン急便からテキサスさんとエクシアさん、BSWからはフランカさんとリスカムさんに来てもらっています。フランカさんとリスカムさんは先ほどから後ろでじゃれあっているようですが、いざという時にはとても頼りになる人達です。

 

 そんな風にしてスラムを探索すると、そこでは何やら異様な雰囲気が漂っていました。いつの間にかBSWのお二人も真剣な表情に変わって周囲を観察しています。一体何が起きているのでしょうか。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 そんな風に思っていると、近くから叫び声がしました。声のした方向へ向かうと、そこには必死にもがく男の子と、それを押さえつける男性の姿がありました。

 

「おいテメェ、さっきのあいつはどこに行った!言え!今度こそぶっ殺すぞ!」

 

「い…やだ。絶対に…言うもんか!」

 

「チッ、強情なガキだな。そんなに痛いのが好きならたっぷり味あわせてやるよ!」

 

 そう言って男性は拳を振り上げました。いけない、止めないと。ドクターに目配せすると、ドクターは小さく頷いてくれました。

 

 片手を男性の近くの地面に向け、アーツの弾を飛ばします。突然の出来事に戸惑う男性は、地面に空いた穴を見てぎょっとした顔をしました。

 

「警告します、今すぐその子から離れてください。さもなければ…。」

 

「ヒッ!じゅ、術師かよ!なんでこんなところに…畜生!」

 

 脅しが効いたのか、すぐに男性は走り去って行きました。残された男の子の方を向くと、彼は何かを探してキョロキョロと辺りを見回しています。

 

「大丈夫だった?何か探してるの?」

 

「う、うん。ナイフが…大事なナイフが何処かに行っちゃったんだ。さっきの奴に捕まったときに何処かに放り投げられちゃって…。」

 

「ナイフ?もしかしてこれかしら。」

 

 フランカさんの手には、刃渡り20センチ程の小ぶりのナイフが握られていました。それを見た男の子は目をぱあっ、と輝かせて私達にお礼を言ってきました。

 

「お姉ちゃん達ありがとう!」

 

「ふふ、どうもいたしまして。そのナイフ、大事なものなの?」

 

「うん…。悪い人に見つかったらこれを向けて突進しろって渡されたの。さっきは上手く行かなかったけど…。」

 

 そう言って、男の子はナイフをぎゅっと握りしめました。その様子を見て、少し悲しい気持ちになりました。この子が感染者なのかはわかりませんが、この場所で生き抜くには幼いうちから自分の身を守る術を身につける必要があったのでしょう。しかしここで、意外な情報がもたらされました。

 

「あれ…?そのナイフ、ハイネのやつと同じじゃない?」

 

 そう言ったのは、先鋒オペレーターのヴィグナさんでした。そう言えばヴィグナさんはロドスでハイネさんと戦闘訓練をしていました。その時見た彼女の装備の中に、このナイフがあったということでしょうか…。男の子はそれを聞いて、驚いた様子で私達に詰め寄ってきました。

 

「えっ、お姉ちゃん達、ハイネ姉ちゃんの仲間なのか!?」

 

「え、は、はい。確かにハイネさんとは協力関係になっていますが…。」

 

「そ、それなら、ハイネ姉ちゃん達を助けて!今ハイネ姉ちゃんとミーシャ姉ちゃんがあいつらに追われてるんだ!このナイフもおれを逃がす時にハイネ姉ちゃんが渡してくれたんだ…。」

 

 思いもよらぬ状況にオペレーター達からざわめきが生まれます。まさかハイネさんが騒動を起こすとは…。彼女の実力ならばそうそう遅れを取ることはないと思いますが、一体何が…。まさか、レユニオンが彼女を追ってきたのでしょうか?

 

 先を急ぐという男の子に別れを告げ、私達はとりあえずハイネさんを探してみることにしました。そして行動を開始しようとしたその時、今度は近衛局から通信が入りました。どうやら人探しの依頼のようです。白髪のウルサス人の少女で、名前は…ミーシャ?

 

「リスカムさん、代わってください。…もしもしチェンさん、聞こえますか、アーミヤです。なぜこの少女を探すのか、理由を教えてください。」

 

「それを説明する必要はない。ただ、この少女を急いで保護する必要がある。すぐに取り掛かってくれ。」

 

「わかりました…。」

 

 結局詳しいことは何も聞けず、通信を切られてしまいました。ミーシャという名前は先ほどの男の子の話に出てきましたが、どうやらハイネさんと行動を共にしているようです。

 

 一体このスラム街で何が起こっているのでしょうか。そんな不安を抱えつつも、私達は行動を開始しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、くそっ、聞いてないぞこんなの…!うわぁぁぁ!」

 

「邪魔だ、ぶっ飛べ!」

 

 立ちはだかった集団の最後の一人を殴り飛ばす。周囲には夥しい数の暴徒が痛みにうめき倒れ込んでいる。背後に立つミーシャが驚きの声を上げた。

 

「凄い…。ハイネってこんなに強かったんだ。」

 

「大したことないって。というか、さっきから何回も見てるだろ?」

 

「いや、そうなんだけど…。」

 

「まあいいや。しかしここは本当に走りにくいな。さっきからずっと似たような景色ばっかりだし。」

 

 もうだいぶ走った気がするのだが、視界には所狭しと立ち並ぶ建物ばかりが映し出される。自分がどこへ向かっているのかわからなくなりそうだ。

 

 自分1人なら屋上を走っていくのもアリだが、今はミーシャが居るから狙撃が怖い。仕方ないので今は時折アタシが屋上に乗って方角を確認しながら進んでいる。

 

「ミーシャ、頭痛は大丈夫か?」

 

「うん、今のところは痛みは出てないよ。もっとスピードを上げても大丈夫だよ?」

 

「いや、無理すんなって。敵もこのくらいなら十分対処できるし、むしろ後で倒れられたりした方が困る。」

 

「そっか。ごめん、ありがとう。」

 

「気にすんな。あと半分くらいだから頑張ろう。」

 

 そう言って走ること5分、アタシ達はやや広めの通りに出た。そう言えばアタシがこのスラムに入った時もこのくらいの道を通った気がする。もしかするとここがメインストリートなのか?

 

 もし予想が正しければ、この道を辿っていけば外に出られるはずだ。ミーシャも同意見のようで、アタシに向かって頷いてきた。よし、これなら…。

 

 その時、ぞわりとした感覚が背中を伝った。今、何か発射音がしたような…!!

 

 ミーシャを抱き寄せ、覆い被さるようにして庇う。その直後、アタシのすぐ後ろで大爆発が起きた。とっさにアーツで体を強化したが、その衝撃に思わず歯を食いしばった。

 

「ハイネ!大丈夫!?」

 

「ああ。一体誰が…。」

 

 爆発によって舞い上がった砂煙が晴れると、誰かがこちらに歩み寄ってくるのが見えた。その後ろには数え切れないほどの暴徒…いや、レユニオンの制服を着た者たちが武器を構えて控えている。歩み寄ってくる奴は顔を覆うガスマスクにフードを被っており、その細い両腕には二丁のグレネードランチャーが握られている。じりじりと後退しながら睨み合っていると、相手が先に沈黙を破った。

 

「やっと…見つけた。ミーシャ。」

 

「え…?何で私の名前を…?」

 

「俺は…ずっと…お前を探して…。」

 

 そう言って奴はミーシャに近づいてくる。アタシはミーシャを庇うようにその間に体を割り込ませた。

 

「おい、それ以上近づくな。テメェは何者だ、どうしてミーシャを狙う!」

 

「お前は…Wが言っていた奴か。聞いたぞ…ウルサス人やロドスを助けたそうだな…。この、裏切り者が!」

 

 W、その名前が出てきて心臓がドクンと鳴った。まさかまたあの人がここに来てるってのか?

 

 奴は手に持ったグレネードランチャーをアタシに向け、怒りの篭った声で名乗りを上げた。

 

「俺の名は…スカルシュレッダー。裏切り者め…ミーシャは返してもらうぞ…!」




次回は土曜日か日曜日の予定です。
それから、一話あたりの長さについてのアンケートを設置しました。今後の執筆の参考にしたいのでお答え頂けると嬉しいです。


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第六話 亀裂

誤字報告ありがとうございました。

それから、アンケートに回答してくださった皆さん、ありがとうございます。結果としては3000字程度が1番票数が多かったので、これからも1話の長さは変えずに進めていこうと思います。ただ、思ったよりも僅差だったので、少し長めに書くことは意識していくつもりです。

長くなってしまいすみませんでした。それでは本編始まります。


「俺の名は…スカルシュレッダー。裏切り者め…ミーシャは返してもらうぞ…!」

 

 奴のその言葉を合図として、レユニオンの集団がじりじりと包囲の輪を縮め始めた。しかし、当の本人は手に持ったグレネードランチャーのトリガーを引く様子はない。恐らくアタシのすぐ傍にミーシャが居るからだろう。それなら勝機はある。

 

「ミーシャ、アタシが道を作るから絶対に離れるなよ。……ミーシャ?」

 

 しかし、アタシの声かけにミーシャは反応しなかった。振り向くと、ミーシャはアタシの服の端を掴み俯いていた。

 

「……どういうこと?」

 

「は?」

 

「裏切り者って…どういうこと?ハイネはあの日、チェルノボーグにいたって言うことなの?ハイネは…あの日街を襲った人たちの仲間だったってこと?」

 

「なっ!?それは…!」

 

 そう聞かれた瞬間、心臓がドクン、と鳴った音がした。しまった、ミーシャにはまだその事を話していなかった。アタシの反応を見たミーシャが不信感を露わにする。

 

「…やっぱり本当なんだ。ねえ、どうして黙ってたの?」

 

「それは…ミーシャが傷付くと思って。」

 

「傷付くなんて今更でしょ…?じゃあ何、ハイネは私が感染者になったから優しくしてくれたってことなの?」

 

「違っ!?なんでそうなるんだよ!」

 

「だってそうでしょ!?あんなに沢山の罪のない人を殺したんだよ!?そんな人が私と仲良くする理由なんて…私が感染者だから以外に何があるの!」

 

「それは違うぞ、ミーシャ。」

 

 答えに窮していたアタシに助け舟を出したのは、意外なことにスカルシュレッダーだった。

 

「罪のない人?ハッ、そんな者はチェルノボーグ、いやウルサスには居ない!あいつらの誰が隔離政策に反対した!?俺達感染者が凍えるような採掘場で野垂れ死ぬのを待つことに反対した奴がどこに居た!あいつらは、殺されるのに当然の事をして来たんだ!」

 

 そのあまりの剣幕にミーシャの体がビクリと震えた。そしてアタシはその言葉を聞いて静かに目を伏せた。その気持ちが痛いほどに分かってしまったからだ。

 

「…すまない、怖がらせてしまった。だがミーシャ、お前だって本当は分かっているんだろう?それに…今はもうお前も感染者なんだ。」

 

「あなたは…まさか。」

 

「こっちに来い、ミーシャ。レユニオンはいつだって感染者の自由のために戦っている。俺達がお前のことを守ってやる、だから…。」

 

 ミーシャの瞳が揺れている。話の途中からミーシャは何かに気付いたようで落ち着かない様子を見せていた。奴と面識でもあるのだろうか。

 

 数秒の沈黙の後、ミーシャの足が動いた。まずい、止めなければ!と思ったまさにその時、突然包囲の一角から悲鳴が上がった。

 

「こ、近衛局だ!くそ、ぐぁぁぁ!」

 

「ー追跡対象と保護対象を発見。レユニオンに包囲されていたので交戦しました。……了解。戦闘許可が出た!これよりレユニオンを殲滅する!」

 

 あれは…!龍門に来た日にアタシを追って来た奴らか。あの龍女と鬼はいないようだが…。何にせよ今はラッキーだ。

 

 突然の出来事に足を止めたミーシャの手を掴み声を掛ける。

 

「ミーシャ!逃げるなら今しかない!アタシが信頼できないのは今はもういい。でも、ミーシャを助けたいって気持ちは絶対に本心だ。ロドスに行けばお前の病状も良くなるはずなんだ。…だから、今はアタシを信じろ!」

 

「………わかった。」

 

 スカルシュレッダーの方を見て何かを悩んだいたミーシャだったが、最終的に渋々といった様子で従ってくれた。ミーシャを抱き抱え、アタシは包囲の崩れた場所へ全力で走り出した。

 

「くそっ!近衛局のクズ共のせいで…。行かせるかっ!」

 

 その瞬間、背後から発射音が炸裂した。あの野郎っ、ミーシャが居るのに撃ちやがった!まずい、避けられない…。アタシは再びミーシャに覆い被さり、ぎゅっと目を瞑った。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 しかし、予想した衝撃は来なかった。何が起きたのかと振り返り見ると、そこには青いジャケットを身に纏ったヴィーヴルが、アタシとミーシャを庇う様に盾を構えて立ち塞がっていた。

 

「無事ですか?ハイネさん、ミーシャさん。」

 

「リスカム…!ということは…。」

 

 周囲を見渡すと、目当ての人々は建物の屋上に立っていた。そしてリスカムに続き、アタシ達を囲む様に次々と降り立った。

 

「お待たせしました、ハイネさん。事情はあの男の子から聞きました。ここからは私達に任せてください!」

 

 そうアーミヤが言うと、ロドスのオペレーター達が戦闘を開始した。ここに居る面子はロドスで顔を合わせた奴らばかりだったが、流石に練度が高い。スカルシュレッダーの爆撃をものともせず、鮮やかな連携でレユニオンを屠っていく。堪らずレユニオンの1人が声を上げた。

 

「くっ、スカルシュレッダー!これ以上は無理だ!撤退するしかない!」

 

「くそっ、…あと少しなんだ…。あと少しであいつを…!」

 

「スカルシュレッダー!」

 

「…分かった、撤退する。…覚えておけ、ロドス。お前達だけは…絶対に許さない。感染者の裏切り者め…。」

 

 そう言い残し、レユニオンは撤退を始めた。その背中を見ながら、アタシの横のミーシャが口を開いた。

 

「あれが…ロドス…?」

 

「ああ、そうだ。あいつらならきっと、お前の鉱石病も…。」

 

「…そうなんだ。」

 

 その呟く様に放たれた声は、ぞっとするほど冷たかった。




3000字とか言っておいていきなり2000字程度しかありませんでしたね…。申し訳ないです。

次回更新は火曜日か水曜日の予定です。


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第7話 決裂

はいアウトォ!間に合いませんでした…反省です。
そう言えば今更なのですが、2章からはヴィグナのように弊ロドスの攻略メンバーの一部が出てくる場合があります。まあそんなに重要な事では無いので、ストーリーに居ないキャラが出てきたらそういう事か、と思ってください。


「あれー、もう終わり?なんか呆気ないなぁ。どうする?追っちゃう?」

 

「やめておけエクシア。作戦目標は確保したんだ。余計なリスクを負う必要はない。」

 

「ちぇーっ。で、なになに?その子が例のミーシャって子なの?」

 

 戦闘が終わり、場にはやや緩んだ空気が流れていた。短髪のラテラーノ人が興味津々といった様子でミーシャに詰め寄ろうとするのを、隣のループスがやれやれと言った顔で止めている。一方で詰め寄られる側のミーシャは表情も変えず、どこかぼうっとした様子で遠くを見つめていた。

 

 …あの冷たい声は何だったのだろうか。真相を問いたい所だったが、アタシはそれを聞くことは出来なかった。アタシとミーシャの間に、何か見えない壁の様なものができた気がした。

 

 ミーシャに何も言えず気まずい思いをしていると、アタシを追っていた奴ら…近衛局とかいうのと話をしていたアーミヤがこちらにやってきた。

 

「お二人とも、怪我はありませんか?」

 

「ああ、何とかな。それでどうしてロドスがここに?しかも…。」

 

 ちらりと近衛局の奴らの方に視線を送る。それだけでアーミヤはアタシの懸念を察したらしい。落ち着いた様子で説明を始めた。

 

「大丈夫です。ハイネさんがロドスの協力員であることを近衛局の皆さんに説明したので、取り敢えずは安心していいと思います。私達は龍門からの要請でこのスラムに隠れたレユニオンの捜索にあたっていたのですが、そこで偶然ハイネさんのナイフを持った子供と出会いました。その子からハイネさん達が追われていると聞いて駆けつけた次第です。」

 

「そうか…助かった。」

 

「いえ、当然のことですから。ところで、そちらの方がミーシャさんで間違い無いですか?」

 

「!、そうだ!ロドスに頼みたいことがあるんだ!」

 

 それからアタシはアーミヤにミーシャの病状と、ロドスでミーシャを診てほしい旨を伝えた。この3日間で気付いたことなどを余さず伝えると、アーミヤの表情が真剣なものになった。やはりあまり病状が良いとは言えないらしい。

 

「ミーシャさん。貴女の容態についてですが…。どうやらミーシャさんの鉱石病は急性のもののようです。詳しく話すと長くなってしまうのですが、早急に適切な処置を行わなければ命が危ないです。」

 

「そ、そんな…。」

 

「アーミヤ、ロドスで処置をすればミーシャは助かるのか?」

 

「…私達もまだ鉱石病の完全な治療法は開発できていません。でも、今きちんと治療すればそれなりに長い期間普通に過ごすことが出来るはずです。」

 

「そうか…!な?ミーシャ、言ったろ?ロドスに行けば何とかなるかも知れないって。」

 

「そうだね…。私、普通に生きられるんだ…。」

 

 先ほどまで冷え切っていたミーシャの声に暖かみが差し込んだ。硬かった表情も少し緩み、ほっとした様子を見せている。

 

 しかし、その表情は続く言葉によってすぐに一変した。

 

「ただ一つ問題が…。私達のもう一つの任務は、ミーシャさんを保護することだったんです。それで今、近衛局からミーシャさんを引き渡すように指示があって…。」

 

「えっ?…近衛局が…どうして?」

 

「すみません、実は私達にもそれが分からなくて…。」

 

「…龍門の感染者への対応の話は聞いたことがあるし、この目で見たこともある…。あんなのウルサスと大差ない。…少しだけ信用したのが馬鹿みたい。どうして感染者の貴女達が龍門に協力するの?」

 

 そこまで一息で言った後、今度はミーシャはアタシに目を向けてきた。今までにない、鋭く冷やかな瞳だった。

 

「…ハイネはこれを知っていたの?知っていて私をロドスに連れて行こうとしたの?それなら…初めからそう言えばいいのに。こんな回りくどい真似をしないで。」

 

「違う…。違うんだよ、ミーシャ…!」

 

「…知ってる。ごめん、今の私、凄く嫌な女になってると思う。それでもやっぱり私は…貴女を信じられない。」

 

 そう言って、ミーシャはアタシに背を向けた。何か言おう、と思って口を開くも、アタシの喉からは「あ…」だの「うぅ…」だのと言った意味のない音が漏れたのみだった。ミーシャから発せられた「貴女」という言葉が、アタシとミーシャの関係の決裂を決定的なものとしていた。

 

「ミーシャさん…。確かに、今の話だけを聞くと私たちが悪者に見えるのは仕方ないと思います。けれど、私達はミーシャさんの味方です。そこだけは絶対に本当なんです。とにかく、今は安全なところに行くことが第一です。そこへ着いたらきちんと話し合いましょう。きちんと話し合えば、分かり合えるはずなんです。近衛局の皆さんも…きっと。」

 

「……どの道選択権は無いんでしょ。近衛局でもどこでも、好きに連れて行けばいいよ。」

 

「……ありがとうございます。」

 

 アーミヤの必死の言葉も、今のミーシャには響かなかった。結局その後移動を開始するまで、ミーシャが口を開くことは一度もなかった。

 

 よろよろと壁に持たれかかる。分からない、どうしてこんなにも上手くいかないのか。行き場のない憤りを感じて拳を壁に打ち付けると、あっさりと壁にヒビが入った。力ならある。でも、この力は今のアタシの問題を解決してはくれない。

 

 もしも、ズィマーがここに居たらどうするのだろうか。ズィマーじゃない他の誰かでもいい、この場における正解を誰かに教えて欲しかった。だって、アタシには家族もいなければ友達もいなかった。ましてや、仲直りの方法なんて知っている訳がないのだから。

 

 そうして俯いていると、浮かない顔をしたアーミヤが遠慮がちに話し掛けてきた。

 

「あの、ハイネさん…。ごめんなさい、こんなつもりじゃなかったんです…。」

 

「わかってるよ。アーミヤが悪いわけじゃない。ミーシャも悪くない。誰も悪くないはずなんだ…。」

 

「…そろそろ出発します。ハイネさんも一緒に来てもらえますか?」

 

「…ああ。」

 

 

 その後の動きは非常にスムーズに行われた。特に大きな戦闘も起きることなく、アタシ達は合流地点へと到着した。そこには、龍門に来た日、アタシを追いかけて来た龍女が険しい表情で待っていた。

 

「君がミーシャか。では今から近衛局が君を保護する。こちらの指示には従ってもらう。」

 

「…はい。」

 

「チェンさん。龍門がこの方に何をする気かはわかりませんが…。この方の安全と適切な治療を約束してください。彼女の病状は芳しくありません。この件が終わったら、私はミーシャさんにはロドスで治療を受けてもらいたいと思っています。」

 

「…わかった。ウェイ長官に申請しておく。検査で何も問題がなければ、我々はすぐに彼女の身柄をロドスへ引き渡すつもりだ。」

 

「わかりました…信用します。」

 

 アーミヤと龍女の話が終わると、ミーシャはすぐに近衛局に連れて行かれることとなった。そこで、ずっと目を合わせなかったミーシャがアタシの方を見て言った。

 

「…私が居ない間、子供たちのことをお願い。…それだけ。」

 

「っ!ミーシャ、アタシは…!」

 

 ミーシャはそれだけ言い残すと、アタシの返事を聞くことなく背を向けてしまった。そして一度も振り返ることなく、近衛局と共にミーシャは出発してしまった。アタシは酷い無力感に襲われて、思わず天を見上げた。

 

 西の空を、巨大な黒い雲が覆っていた。




次回、2章最終話。土曜日に更新…出来たらいいなぁと思います。


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二章最終話 雨

二章最終話です。長くなってしまったので2話に分けるか悩んだのですが、結局1話として投稿することにしました。

ミーシャ視点から始まります。




 どうしてこうなってしまったのだろうか。…いや、わかっている。こうなったのは紛れもなく私のせいだ。あの子を信じられない私の弱さが原因なんだ。

 

 3日間いつも隣に居たあの子はもう居ない。あの温もりも、優しさも、全部自分自身で過去のものとしてしまった。その代わりに今の私の周りには、全身を重装備で覆った近衛局の隊員の人達と、その隊長さんが居る。しかし彼らは私のことを見ようとはしない。距離も詰めようとしない。私と彼らの間の不自然な距離が、感染者であるということの意味を嫌というほど私に感じさせた。

 

 …やっぱりわからない。どうしてあのロドスの人達は龍門に協力するのか。何故同じ感染者同士で戦うのか。同じ苦しみを知っているはずなのに、どうしてあんなに躊躇いなくレユニオンの人達を傷つけられるのか。それに…あのスカルシュレッダーと言う人は…もしかすると…。

 

 頭の中で疑問が渦を巻いている。そのせいで目の前を歩く隊長さんが足を止めたことにも気付けず、その背中にぶつかってしまった。

 

「痛っ、す、すみません…。」

 

「いえ、問題ありません。ただ、この辺りはまだ敵が展開している可能性があります。気を抜かないように。」

 

「…はい。」

 

 まるで機械のような対応だった。怒りも優しさも感じられない無機質な声。…でも私は知っている。私を受け入れてくれた子達から話を聞いたからだ。

 

「チェンさん…でしたっけ。あのスラムには…他にも感染者の子供がたくさん居ます…。どうか、あの子たちのことを…。」

 

「龍門と龍門の市民を守るのが近衛局の仕事です。…しかし、感染者は龍門の市民ではありません。」

 

「……。」

 

 その言葉を聞いて、私は思わず手をぎゅっと握り締めていた。こうなることなんてわかっていたのに、どうしてそんな馬鹿な質問をしたのだろうか。アタシが目を伏せて黙り込んでいると、小さなため息と共に、再びチェンさんが話し始めた。

 

「ですが…龍門の感染者は間違いなく龍門の一部なんです。」

 

「えっ…?」

 

「今後どうなるかはわかりませんが…、私は私のやるべきことをやるだけです。」

 

 顔を上げると、チェンさんは既に私に背を向けていた。しかし、その声には今までにない感情が込められていた。怒り、悲しみ、優しさ、色々な要素がごちゃ混ぜになったような声だった。

 

 その声の理由が知りたくて、私はチェンさんとの距離を一歩詰めて言った。

 

「…あの子達から聞きました。チェンさん、あなたはこれまでも…。」

 

「それは私がやるべきことをやったまでです。」

 

「………ありがとう。」

 

「……。」

 

 私が全てを言い終わる前にチェンさんは言葉を被せてきた。それはこれ以上話す気はないという意思表明に思えた。

 

 正直、私は誰も信じられない。ロドスも、近衛局も、ハイネのことも。ただ、チェンさんが今までこのスラムの子供達にしてきたこと、それについての感謝だけはしておきたかった。結局、チェンさんは私の感謝の言葉に対して何か反応をすることはなかったけれども。

 

「…どうして我々があなたを探していたかわかりますか?」

 

「わかりません…。でも、もしかしたら…原因は私自身じゃなくて…私の、お父さん。」

 

「そうです。あなたの父親はチェルノボーグで最も高名な科学者であり、同時に政治的にも重要人物でした。…確証はありませんが、あなたの身にもそれだけの価値がある可能性があります。そのため、あなたがレユニオンの手に落ちる事だけは避ける必要があったのです。」

 

 そうか…やっぱり原因は私自身じゃなかったんだ…。その事実に私は納得すると共に、酷く落胆したような気持ちになった。故郷を追われて…感染者になって…酷い扱いを受けて…訳もわからず狙われて…、挙げ句の果てにその理由は私自身じゃなくて私の父親だなんて。私のことなのに、私を無視して物事が進んでいく。誰も私のことを見てくれない。唯一私と向き合ってくれた子は自分で拒絶してしまった。もう、()が生きている意味なんて…()自身の価値なんて…ないんじゃないのか。

 

 そうだ、私に価値なんかない。それに気付いた時、私は猛烈な息苦しさに襲われた。思わずその場に蹲る。気持ち悪い、目が回りそうだ。

 

 突然の私の異変を見て近衛局の隊員たちに動揺が走る。爆発すると思ったのか、一斉に距離を取り盾に身を隠している。唯一チェンさんだけが、私を恐れずに手を伸ばしてきた。

 

「ミーシャ!?どうした、大丈夫か……ムッ!」

 

 しかし、その手が私に触れることはなかった。

 

「ようやく見つけたわよ!龍門近衛局!あなた達に恨みはないけど…あなた達の為に、最高のシナリオを用意したわ!さあ、開演よ!」

 

 高らかな声と共に現れたのは、赤い服を身に纏ったサルカズの女性だった。そして彼女の宣言と共に、無数のレユニオンの兵士が私達に襲いかかって来た。

 

「くそっ、一体どこにこれだけの数を隠していた…。ミーシャ!私から離れるな!各員、敵を護送対象に近付けるな!」

 

 了解!と揃った声が返って来て、近衛局の隊員も迎撃を開始した。しかし、スカルシュレッダー達と戦った時は圧倒していたはずの近衛局だったが、今は立場が逆転し徐々に劣勢に立たされていった。

 

「ま、まさかこいつら全員サルカズだって言うのか!?隊長!まずいです、止めきれません!」

 

「チィ…特別督察隊の主力部隊に連絡して援軍を急がせろ!」

 

「ダメです!あちらもレユニオンに足止めを食らって動けないそうです!しかもあちらの敵はたったの1人とのことです!」

 

「馬鹿な…!レユニオン如きにそんな連携が取れるはずがない!しかも1人だと!?まさか…!」

 

「そのまさかよ、特別督察隊隊長さん。」

 

 気が付くと、私とチェンさんは5人の敵に囲まれていた。そして正面には初めに姿を現したリーダーらしき女性が立っている。彼女は妖艶な笑みを浮かべて言った。

 

「隊長さん、わかっているわよね?あなたの考えが正しいということは援軍は一生待っても来ないということよ。私も鬼じゃないわ。大人しくそこのミーシャを差し出すなら手を引いてあげるわ。」

 

「ほざけ。この程度の数で私を下せるとでも思っているのか?思い上がるのもいい加減にしろ!」

 

「…ふーん。あっ、そう。それなら仕方ないわね。じゃあ標的を変えることにするわ。」

 

 そう言うと今度は彼女は私に視線を向けて来た。…なんだろう、まるで全てを見透かされているかのような不思議な目だ。言いようのない不安に駆られながらその目を見つめていると、突然彼女は笑い出した。

 

「あっはっはっ!あの子のお気に入りと聞いて気になっていたけれど…。やっぱりあの子の趣味はよくわからないわね。ねえミーシャ、あなたの今の気持ちを当ててあげるわ。不安なんでしょう?当然よね、龍門が感染者にしてきたことを考えれば。信頼できる人もいない、困難を跳ね返す力もない、挙げ句の果てに、追われる理由すらあなた自身を目的としたものではなかった。生きていく理由が分からなくなっているんでしょう?」

 

「……っ。」

 

「図星かしら。その顔、まるで世界で一番自分が不幸だとでも言いたそうな顔ね。そう、確かにあなたは不幸だわ。でもそれを理解してくれる人は龍門には居ないわ。それが何故だか分かる?」

 

「ミーシャ!奴らの話に耳を貸すな!」

 

 チェンさんが私に何かを言っている。しかしそれが聞き取れないほどに、私は彼女の話に魅入られていた。

 

「それはね、あいつらにとってあなたは不幸であるのが当たり前だからよ。あなたが感染者である限り、あいつらはあなたを同じ人間とは見ないわ。でも、私たちなら違う。」

 

 そう言って、彼女は両手を私に向けて広げるジェスチャーをした。

 

「こっちへ来なさい。ミーシャ。私達ならあなたの不幸を分かってあげられる。志を同じくする仲間として歩んでいけるわ。レユニオンはあなたの父親を求める奴らとは違うわ、今の、感染者となったあなたそのものを必要としているわ。もしあなたがこちらへ来たいと思うのなら…自分の足で一歩を踏み出しなさい。」

 

 私が、必要とされている…?その言葉は、言葉にできない様な快感を伴って私の心へ響いてきた。気がつくと、無意識に私は片足を前へ向けて踏み出そうとしていた。

 

『ミーシャ!』

 

 しかし、頭の中に響いた声にその足が止まった。思い浮かんだのはちょっと荒っぽい口調で話すあの子の姿。()だから助けるんだ、と言ってくれた人。あの子と過ごした3日間が、私の一歩をギリギリの所で引き止めていた。冷静になった私の耳に、チェンさんの叫びが聞こえて来る。

 

「ミーシャ、よく聞いてくれ。確かに龍門は感染者に対し厳しい政策を取っている。だがそれをいつまでも続けるつもりはない。私が、この龍門を変えてやる!だから戻ってこい!」

 

 そうだ…。この人は、感染者である子供達の世話をしてくれていた。感染者も龍門の一部だって言ってくれた。この人なら…。

 

 一度傾いたシーソーが、ゆっくりと戻り、反対側へ傾いていく。そうだ…私は間違えない…。チェルノボーグの悲劇を思い出せ!

 

 

 しかし、拮抗したシーソーゲームは

 

 次の一言によって、一瞬で決着を告げた。

 

 

 

「ねえ、ミーシャ。」

 

「○○○○が、待ってるわよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ。」

 

 

 

 私の右足は。

 

 紛れもなく、一歩を踏み出していた。

 

 

 

「決まりね!さああなた達、行きなさい!」

 

 私達を囲っていた敵が一斉にチェンさんに襲いかかった。そしてチェンさんがそれを受け止めている間に、目の前の女性は一瞬で私を抱き抱えて駆け出した。

 

「くそがぁ!舐めるな!」

 

「馬鹿ね!吹き飛びなさい!……皆!作戦目標を回収したわ!撤退よ!」

 

 4人を振り払ったチェンさんが猛烈な勢いで追って来たが、女性は爆発物を投げてその勢いを封じた。そして他のレユニオンの人たちが足止めをしている間に、私は遥か遠くへと連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 こうして、私はレユニオンに加入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、ロドスめ…!絶対に…絶対に許さん!喰らえっ!」

 

 スカルシュレッダーの攻撃を至近距離で受け、アタシの体が宙を舞った。そして地面に落下する直前にリスカムに受け止められる。畜生、体が思うように動かない…!アタシの背後に迫る敵を切り裂いたフランカが怒声を上げた。

 

「ちょっと!何やってるのよハイネ!戦いに集中しなさい!」

 

「くそっ、悪い…。」

 

「謝る暇があったら体勢を立て直しなさい!やる気がないなら邪魔なだけよ!」

 

「わかってるっての…!」

 

 ミーシャ達と別れた後すぐに、アタシ達はレユニオンの襲撃を受けた。敵の数は圧倒的で、アタシ達は持久戦を強いられていた。敵集団の頭はやはりスカルシュレッダーだった。ミーシャがいない今、奴の爆撃を止めるものは何もない。その上、アタシは謎の不調に陥っていた。気持ちが戦いに向いて行かないのだ。この戦場で最も足を引っ張っているのは間違いなくアタシだった。

 

 結局ロドスのドクターとやらにアタシは後方へ下がるよう命じられた。そこからさらに時間が流れ、遠くの空に見えていた黒い雲がいつの間にかスラムを覆い、雨が降り始めた。アタシは後方でレユニオンの雑魚を倒していたが、その間に前線ではスカルシュレッダーを今にも追い詰めようとしていた。

 

 しかしここで、突然レユニオンが信号弾を打ち上げ撤退を始めた。突然の行動にロドス側にも動揺が走る。しかしその答えはすぐにもたらされた。

 

「はい、こちらアーミヤです。……えっ?そ、そんな!どういうことですか!?」

 

 ただ事ではない様子のアーミヤに注目が集まる。通信を切ったアーミヤが、深呼吸して口を開いた。

 

「ミーシャさんが…レユニオンに連れ去られました…。」

 

 は?と自分の口から間抜けな声が漏れた。

 

 しかしその音は、地面を打つ雨の音にかき消された。

 




ここまで読んで頂きありがとうございます!これにて二章は完結です。
正直、二章はどの話も難産でした。いまいち盛り上がりに欠ける展開が続いてしまったのは申し訳ないと思いました…。
その分三章ではバンバン盛り上げていきたいと思っているのでこれからもよろしくお願いします!

二章までの感想、評価等ありましたら頂けると嬉しいです!

それでは、一章同様に図鑑情報を公開したら、二章は完全に終了です。更新は明日を予定しています。二章の展開に関する軽い解説や三章以降の更新予定についてもそこに書く予定なので是非とも覗いてみて欲しいです!


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図鑑情報(二章完結時点)

Data No.US00

 

基礎情報

 

[コードネーム] ハイネ

[性別] 女

[戦闘経験]6年

[出身地]ウルサス

[誕生日] 3月27日

[種族] サルカズ

[身長]151cm

[鉱石病感染状況]メディカルチェックの結果、感染者に認定。

 

 

能力測定

 

[物理強度]卓越

[戦場機動]標準

[生理的耐性]優秀

[戦術立案]普通

[戦闘技術]普通

[アーツ適正]優秀

 

 

個人履歴

 

流れの傭兵として活動する少女。まだ年少ではあるが戦闘経験は多く、持ち前のパワーとスピードで敵を圧倒する。レユニオンに加入しチェルノボーグ襲撃に参加したが、そこでウルサス学生自治団と出会い心境の変化があった模様。現在は研究特別協力員としてロドスと協力関係を結んでいる。

 

 

健康診断

 

造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。循環器系原石顆粒検査においても、同じく鉱石病の兆候が認められる。以上の結果から、鉱石病感染者と判定。

 

[原石融合率] 8%

鉱石病の進行度合いとしては初期〜中期と言えるが、彼女の感染歴、境遇などを考慮するとかなり低い数字であると言える。生活環境を改善し正しい治療を本人が受け入れるならばさらに進行を抑えられる可能性があるだろう。

 

[血液中源石密度] 0.27u/L

これも比較的低水準ではあるが、油断は禁物である。経過観察と継続した治療は必要だろう。

 

彼女の診断結果には不可解な点がいくつもある。彼女の自己申告によれば体表に原石が最初に現れたのは4歳の頃であったそうだが、それから9年近く時が経ったにしては融合率、血中原石密度ともに値が低すぎる。さらに彼女からは興味深い話が得られた。彼女は自分のアーツを応用して自力で原石を取り除いた経験があるそうだが、検査の結果当該部位のみ著しく結晶化が遅れていることがわかった。通常そのような現象は見られないことから、彼女のアーツとの関連性を調べる事は非常に重要な調査であると言える。彼女の同意のもと、研究を進めていく予定だ。

 

ーケルシー医師

 

 

第一資料

 

ハイネはサルカズ人には珍しくカズデルを出身地としない人物である。彼女の両親がウルサスを選んだのにはきっと理由があったはずだが、それによって彼女が苦しんだことは想像に難くない。故郷を失って1人で生き抜いてきた彼女の精神は年齢を考えると極めて成熟していると言えるが、一方で愛情や友情などに対して強い執着を持つ一面もある。ロドスは彼女がまだ幼い子供であることを忘れずに、彼女の精神面のケアを行っていく必要があるだろう。

 

第二資料

 

ハイネのロドス内での人間関係は概ね良好である。不慣れながらも真っ直ぐに人と向き合おうとする彼女の姿は第三者から見て好ましく感じられるためだろう。しかし彼女のこの性格は以前からのものではないというのが、かつて戦場を共にしたことのあるメテオリーテの言葉だ。メテオリーテによれば、かつてのハイネは復讐に燃える孤独な少女であり、今のように他人との関わりを求めることはなかったという。この変化は何も良いことばかりであるとは言えない。他者との関わりを持つということは背負うものが増えることを意味する。彼女がこの先も戦い続けるのならば、いずれは非情な選択をせざるを得ない場面が訪れるだろう。その時に、彼女の心が壊れてしまわないことを祈るばかりだ。




これにて二章は完全に終了です。改めて、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!

二章は原作ではキャラクターの顔見せ的な部分も多く、なかなか展開を動かすのが難しかったです。そんな中、原作と大きく変化した部分はミーシャの心理状態でした。
原作でのミーシャはまず最初にロドスと出会い、その後スカルシュレッダーと対面していました。しかしこの作品ではその順序が逆転したことで、ミーシャはアーミヤ達と話して彼女らを理解することなく、レユニオンを打ち倒す場面のみを見ることになりました。結果的に、ミーシャの中のロドスの心証が悪化し、レユニオンの心証は逆に良くなっています。その結果、自らの意思でレユニオンに参加することとなりました。

……それだけかっ!って感じですが、それくらいしか動かせなかったです…。今思うともう少し展開を練るべきだったと思っています。

何はともあれ二章も完結し、いよいよミーシャ編完結の第三章です。果たしてハイネはミーシャの運命を変えることができるのか。今後の展開にご期待ください!

最後に、三章の更新についてですが、少し時間が空いてしまうかもしれません。非常事態宣言が明け徐々に忙しさが増している上、危機契約も来ているために時間を取るのが難しいためです。

目安としては1週間以内の更新再開を目指していますが、執筆状況によってはかなり前後するかもしれません。もしそうなっても、見捨てないで目を通して頂けると嬉しいです。

二章を通しての感想、評価等頂けると幸いです。

それでは、三章でまた会えることを祈っています。


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