JUMP DRIFTERS (悪魔さん)
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本作に飛ばされてきたジャンプキャラ

現時点で確認されているジャンプキャラを紹介。
詳しくは◯ニ◯タとか◯クシ◯とか見てくださいな。

なお、物語の展開に合わせて随時追記・修正します。


《漂流者側》

【殺せんせー(初代死神):出典作品『暗殺教室』】

エンドのE組で教鞭を取った最強の殺し屋。

本作ではマッハ20の超高速移動や脱皮などの特殊能力を失い、久しぶりに生身の人間となる。万能ぶりは健在で、あらゆる分野で漂流者勢力を支えるオールラウンダー。

 

【ゴール・D・ロジャー:出典作品『ONE PIECE』】

〝海賊王〟と呼ばれ、「この世の全てを手に入れた男」とも呼ばれた海の王者。漂流者どころか本作に出てるジャンプキャラで実質最強の豪傑で、器がデカすぎて問題を起こす中年。御年五十三歳。

本作では敵も味方も惹きつけながら、黒王との全面戦争に備える。おそらくドリフ世界を最も満喫している人。

 

【ドンキホーテ・ロシナンテ/コラソン:出典作品『ONE PIECE』】

伝説の海兵〝仏のセンゴク〟の部下である、パンが嫌いなドジっ子コラさん。またの名を〝歩く放送事故〟。

本作では原作ドリフの菅野デストロイヤーが不時着した、例のワンちゃん山岳地帯に漂流。獣人達から、その見た目から鳥神様と呼ばれている。

 

【ジョット/沢田家康:出典作品『家庭教師ヒットマンREBORN!』】

主人公ダメツナのご先祖様で、腕っ節も人格も最高レベルの元ゴッドファーザー〝ボンゴレⅠ世(プリーモ)〟。おじいちゃん系男子。器がデカすぎる点ではロジャーと似た者同士。

本作ではやぐらと共に行動を共にすることが多い。意外とフリーダム。

 

【橘やぐら:出典作品『NARUTO』】

〝四代目水影〟と称される、霧隠れの里の長である子供店長。

類まれな才能で若年ながら水影に就任した実力者で、漂流者側には貴重な政治力のある人物。そこらの政治家とは鍛え方が違う。

 

【志村菜奈:出典作品『僕のヒーローアカデミア』】

ワン・フォー・オール7代目継承者である、平和の象徴のお師匠様。孫がエライことになってる人。

本作ではまさかのパワハラ上司とヘラヘラ教祖様という、宿敵オール・フォー・ワンより質が悪い面子とのファーストコンタクトを果たした。その後「北壁」を離脱し、空神様を襲名。

 

【高杉晋助:出典作品『銀魂』】

〝鬼兵隊総督〟。過激派攘夷志士の筆頭。シリアスさと雰囲気は初登場の頃で、常に僕の修羅が騒いでるテロリスト。

本作では原作ドリフにおけるワイルドバンチ強盗団のブッチのポジ。こいつも結構好き勝手やってる。

 

【〝人斬り〟河上万斉:出典作品『銀魂』】

過激派攘夷志士の筆頭・高杉晋助率いる鬼兵隊所属の剣豪。元ネタがどっかの抜刀斎と同じ。

本作では原作ドリフにおけるワイルドバンチ強盗団のキッドのポジ。ぶっ飛んだ面々が多い漂流者の中でも数少ない常識人である。

 

【13代目花開院秀元:出典作品『ぬらりひょんの孫』】

グリリバ陰陽師。アホみたいに強い京妖怪の活動を400年も制限する術を施した、リアルガチの天才。

本作では霊力と陰陽師としての技量はドリフ晴明と同格以上で、その実力を遺憾なく発揮。魔法を駆使するザボエラと渡り合い、無惨の呪いをも封じ込める離れ業を成し遂げている。

 

【奴良鯉伴:出典作品『ぬらりひょんの孫』】

遊び人な元魑魅魍魎の主。東日本における妖怪の最大派閥「奴良組」の全盛期を築いた、父親譲りのカリスマ妖怪。

本作では若干常識人寄り。だってそれ以上の自由人がいるから。ロジャーには実父の面影を感じ取っている。

 

【志々雄真実:出典作品『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』】

〝炎を統べる悪鬼〟。ジャンプどころか日本少年漫画史に名を残す悪のカリスマ。

普通に考えればむしろ廃棄物なのだが、別に世界や人類に対する恨み・憎しみは無いようなので、本作では漂流者として飛ばされた。

 

【L:出典作品『DEATH NOTE』】

言わずとしてた世界一の名探偵。本作で最も頭の良いキャラ。

本作では漂流者軍の参謀として活躍。秀元や殺せんせーらと共にブレーンとして、第六天魔王並みの智謀を見せつける。飛ばされて間もない頃は、甘いものが少ないことにガッカリしてたとか。

 

【胡蝶しのぶ:出典作品『鬼滅の刃』】

無惨絶対殺すマンが揃う鬼殺隊の女傑。医学の知識もあるため、個々の戦闘力が驚異的に高い漂流者達の中で数少ない回復係でもある。

本作では色んな漂流者に振り回されてる中間管理職。実はカナエ姉さんが飛ばされたりすんじゃないかなとか思ってる。

 

【煉獄杏寿郎:出典作品『鬼滅の刃』】

影響力はロジャー並みの炎柱。別名〝400億の男〟。でも実際は世界一の男になってる金柱。

本作でも炎のように熱く燃えており、ロジャーを筆頭とした天災級の怪物達からも一目置かれている。

 

【産屋敷耀哉:出典作品『鬼滅の刃』】

ボンバーマンなお館様。理想の上司の一人。

本作では晴明と秀元の尽力で、実質呪いを解除されたような状態で活躍。総大将級の面々が足軽役を望むため、漂流者側の総大将となる。無惨以上の怪物が何人か味方として混じってることに実はビックリした。

 

【継国縁壱:出典作品『鬼滅の刃』】

化け物から化け物扱いされる、あの全集中の呼吸の開祖である剣士。自画自賛をしない比古清十郎。

本作ではロジャーを介してお労しい兄と和解したが、兄の心を鷲掴みにした海賊王に嫉妬してる。

 

【黒死牟:出典作品『鬼滅の刃』】

兄上から鬼上にジョブチェンジした、お労しい御方。

本作では廃棄物として登場したが、廃城襲撃時にロジャーの強さと人柄に惚れて漂流者へ転職し、癇癪持ちの上司の呪いから解放された勝ち組。弟への怨毒を憧憬する中年で中和している。

 

 

 

《廃棄物》

【鵜堂刃衛:出典作品『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』】

二階堂平法と呼ばれる剣術の使い手で、兇賊〝黒笠〟として明治維新後の暗殺活動を行っていた人斬り。己の殺人欲を満たすために殺人を繰り返すヤバい奴。

本作でも通常運転。

 

【鬼舞辻無惨:出典作品『鬼滅の刃』】

ご存じパワハラ上司。全方位に喧嘩売っても平然とできる、ある意味スゴイ人。

本作では最強の海賊王に喧嘩を売り、百年戦争の英雄を鬼にするなど、輝かしい功績を残すが、その代償として縁壱を呼び寄せちゃった。多分あのまま阿鼻地獄に堕ちた方がまだマシだった。

 

【童磨:出典作品『鬼滅の刃』】

人気投票では上司以上の票を集めちゃった教祖様。原作では描写的に勝ち逃げ感があった。(本作の作者の個人的見解)

本作では相変わらずの人格で廃棄物になり、無惨の部下として黒王軍に参加しているが……?

 

【鳴女:出典作品『鬼滅の刃』】

無限城の管理人。ファンブックで紹介された過去が衝撃的だった。

本作でも続投され、黒王軍からも信任が厚い。多分今の無惨の部下で最も忠誠心がある。

 

【ザボエラ:出典作品『ドラゴンクエスト-ダイの大冒険-』】

御年890歳の妖魔司教。無惨が本物の鬼ならこの人は本物の卑劣様。

本作ではラスプーチンと共に参謀役に。自分の脅威となり得る秀元と晴明を殺したがっている。前の世界の反省を活かしているため、原作より厄介。

 

【ヴァニラ・アイス:出典作品『ジョジョの奇妙な冒険 第三部 スターダストクルセイダース』】

現実の非情さを教えてくれた、かのDIO様の側近中の側近。

本作では黒王に諭され、DIOの後継者を目指す。ただ吸血鬼の体質なので……。

 

【角都:出典作品『NARUTO』】

ガンダムと縁がある、忍者の世界のテロリスト。

本作ではヴァニラ・アイスと共にジョット&やぐらコンビと交戦。最終的にはヴァニラの都合で撤退する。その後の活躍に乞うご期待。

 

【夜神月:出典作品『DEATH NOTE』】

計画通りにやってきたけど、最後の最後で足を掬われた自称新世界の神。

本作では原作ドリフでいう光秀ポジ。L絶対殺すマンを兼任する。ノートがないので、純粋な頭脳で勝負することに。

 

【マキマ:出典作品『チェンソーマン』】

定食になった悪魔。

本作では定食になる前の姿で降臨。でも悪魔そのものみたいな強さの漂流者が数名チラホラいて、内心ではあまり関わりたくない。ただしデンジ、てめーは違う。

 

【トゥワイス:出典作品『僕のヒーローアカデミア』】

一人で二人分の会話を行っている、見た目は何かスパイダーマンみたいな犯罪者。

本作ではパワハラ上司とか神を自称する奴とかマジモンの悪魔とかいるヤバい組織に関わったので、死柄木達の方がよかったと思ってる。

 

 

 

 

《その他》

【光月おでん:出典作品『ONE PIECE』】

一時代を築いた伝説の海賊に好かれた侍。生まれながらの破天荒。

本作では大昔に飛ばされた様子で、廃城と何らかの関係があることが示唆される。

 

【徳川茂茂:出典作品『銀魂』】

あっちの方は代々足軽サイズのブリーフ系征夷大将軍。

本作では大昔に飛ばされた様子で、廃城と何らかの関係があることが示唆される。



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第1幕:〝死神〟の名を冠する殺し屋

もしもジャンプのキャラクターが「ドリフターズ」の世界に召喚されたら、きっとこうなるんじゃないかなと思って投稿しました。


 3月12日、東京都椚ヶ丘(くぬぎがおか)市。

 裏山の古びた旧校舎で、一人、いや一匹のタコのような生物がボロボロの姿で横たわっていた。その周囲には特殊部隊のような服を着た子供達と、二人の大人が立っている。

 彼はかつて、夥しい数の屍を積み上げた地球上で最高の殺し屋だった。そして落ちこぼれの底辺学級を学年一の優秀さを有する最高のクラスに成り上がられた敏腕教師である、世界最強の生物。しかし全ての感情を込めて唯一の弟子と決着を付け、1年間磨き続けた力を使って一度は絶命した教え子を外科手術で蘇生させたことで力を使い果たした。

 全てが片付いた。思い残すことは無い。

「イリーナ先生、参加しなくていいんですか? 賞金獲得のチャンスなのに」

「私はもう充分もらった。ガキ共からもあんたからも、たくさんの絆と経験を。この暗殺はあんたとガキどもの絆だわ」

烏間(からすま)先生。あなたこそが生徒達をこんなに成長させてくれた。これからも……彼等の相談に乗ってあげて下さい」

「……ああ。お前には散々苦労させられたが、この1年は忘れることはない。さよならだ、殺せんせー」

 教師陣の言葉に、優しく微笑んだ。

「……おまたせしました……では皆さん、出欠を取ります」

 タイムリミットが迫る中、超生物は教師としての仕事を全うすべく、最期の出欠を取った。

 

 若き暗殺者達よ。

 今から1つの命を刈り取る。

 君達は、きっと誰より命の価値を知っている。

 たくさん学び、悩み、考えたはずだから。

 私の命に価値を与えてくれたのは君達だ。

 君達を育むことで、君達が私を育んでくれた。

 だからどうか今、最高の殺意で収穫してほしい。

 この28人の未来への糧になれたなら、死ぬ程嬉しいことだから。

 

「本当に、本当に楽しい1年でした。皆さんに暗殺されて先生は幸せです」

 この1年の思い出が、走馬灯のように駆け巡る。

 スラム街の劣悪な家庭環境に生まれ育ち、殺し屋として世界中を渡り歩き、唯一の弟子に裏切られ、実験台(モルモット)にされたという壮絶な人生の果てが、たくさんの教え子に囲まれて感謝されながら殺される。

 暗殺者が暗殺されるというのは皮肉ではあるが、殺し屋にしてはあまりにも上等で穏やかな死だった。

「さようなら、殺せんせー」

「はい。さようなら」

 涙を流しながらも笑顔を見せる教え子――(しお)()(なぎさ)に、笑顔で応える。

 もう、余計な言葉を口にすることはなかった。

 感謝、惜別、全ての気持ちを刃に込めて。魂を注ぐように。全身で〝礼〟をするように。人を殺せないナイフは、恩師の心臓を愛用のネクタイごと貫いた。

 

(……卒業おめでとう)

 

 視界が真っ白に染まる。

 着ていたアカデミックドレスを残して、椚ヶ丘中学校3年E組担任・殺せんせーは光の粒子となって退職(しょうめつ)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 ゆっくりと目を開ける。

 真っ白な世界。この世の光景とは思えないそれに、殺せんせーは動じなかった。

(これがあの世なのでしょうね。雪村先生も、あの子も、きっと……)

 しかし、ふいに両手を見た途端、ガバッと起き上がった。

 自らの姿に、文字通り跳び起きた。黄色い触手が特徴の肉体は、血色のいい肌色でそれぞれ二本の腕と足があった。頭を触れば、ツルツルだったはずなのにフサフサとしている。髪の毛が生えていた。服装もアカデミックドレスと三日月をあしらったネクタイではなく、洋装と丈の長いコート。

 それは殺せんせーが殺し屋の頃――()()()()()()の姿だ。そこはいい。一番驚いたのは拍動――貫かれたはずの心臓が規則正しく動いていることだった。

「なぜ……私は渚君に確かに……それに、ここは……!?」

 気づけば、そこは異様な空間だった。

 目の前にはひたすらに真っ直ぐ伸びる真っ白な通路。その両サイドには無数の扉が並び、その中央にはまるでどこかの役所のようなデスクがある。そこに腰掛けるのは、眼鏡にワイシャツ、袖カバーという事務員のような姿をした七三分けの男だ。

「ここは一体どこですか……あなたは何者ですか?」

 殺せんせーは問う。しかし男は答えない。

 その代わりに、七三分けの男は万年筆を持って机の上の紙に何かを書いた。

 

 暗殺教室 殺せんせー 元椚ヶ丘中学校3年E組担任

 

「な……」

 あまりにも非現実的な光景に、理解が追いつかない殺せんせー。

 ふと、七三分けの男と目が合った。

「次」

 七三分けの男は冷たい口調で告げる。

 すると次の瞬間、殺せんせーの体が石積みの枠で出来た扉に吸い寄せられ始めた。

「うぅっ!? な、これは……!?」

 漆黒のそれに呑みこまれ、とある世界(・・・・・)で地球上で最高の殺し屋と評された元超生物兼中学校教師は、姿を消した。

 その直後。彼に続くように道化師のようなメイクをした長身の男が突然現れた。

「……え……ど、どうなってんだァ!? おれは生きてんのか!? ドフィに蜂の巣にされたってのに……ってかどこだここ!?」

 

 

           *

 

 

「困りましたね……」

 全くと言っていい程、何も存在しない夜の森の中。

 道なき道を歩むのは、黒髪の整った容姿をした青年。彼こそが殺せんせー――ある世界で無敵を誇った伝説の殺し屋〝死神〟である。本名、国籍、年齢……いずれも本人にもわからないが、不可能と思われる殺人をことごとくこなし、「「死」そのもの」と呼ばれるに至った男なのだ。

 前世は事実上の地上最強の生物として一年過ごしたが、彼は人間の頃から超人的な技能の持ち主。未開の地で慣れることなど造作も無かった。

「一応持ち物チェックしましょうか」

 来ていた服に入っている全ての物を取り出す。入っていたのはコンバットナイフ、サバイバルナイフ、回転式拳銃、予備の弾丸、ライターの五つだった。

 ナイフは暗殺用とサバイバル用で使い分ければいい。ライターは火を起こすのに非常に重要。拳銃と弾丸は、限りがあるので戦闘における奥の手として取っておくべきだろう。

 ただ、それ以前に一番の問題が発覚した。

「一番大事な水や食料がないとは……」

 思わずトホホ、と言いたくなった。

 優れた殺し屋は万に通じるとはいえ、所詮は人の子だ。水と食料がなければ生きていけない。超生物だった頃は何でも食えたが、人間の姿である以上は超生物だった頃のようなデタラメさは実現不可能である。

 だが知識とサバイバル術は、失ったわけではない。人間の頃から潜入暗殺の為に様々な知識を身に着けているため、大学教授に化けられる程の頭脳はあるし純粋な学力も桁外れである。殺せんせー自身にとっては、元々の姿に戻っただけであるに過ぎないのだ。

(それにしても、あの眼鏡を掛けた事務員のような男……それに果てしない真っ白な通路に無数の扉……その内の一つの扉に引きずり込まれた私。少なくともここは日本ではなさそうだ)

 家族がいるわけでも、帰るべき家があるわけでもない。

 劣悪なスラム街で生まれ育ち、裏社会で夥しい数の屍を作った男に居場所は最初から存在しなかった。ゆえにあの奇妙な男を恨んでもいないし殺意も湧かない。ただ残念なのは、もしかしたらあったであろう唯一の弟子と学び直す機会と前任だった雪村あぐりとの再会ができないぐらいだ。

(二人には申し訳ないですね……)

 そんなことを考えて森の中を掻き進むと、目の前に廃城が現れた。

「……電気はまず通ってないでしょうが、寝床にはできそうですね。井戸があればいいですが……」

 まるで中世ヨーロッパを彷彿させる廃城。

 殺せんせーの中で、ある可能性が浮かび上がってくる。

(これはもしや、異世界転生というモノでしょうか……?)

 かつての生徒達が読んでいたマンガや小説であったジャンル「異世界転生」。ある世界の住人が死後に別の世界で生まれ変わり、新しく人生をやり直すというもので、多種多様な物語設定となっている。

 もしかしたら自分も、その異世界転生の対象となったのかもしれない。

(灯りがあるってことは、すでに誰かいらっしゃるようですね。交渉して寝泊りさせてもらおう。言葉が通じればいいのですが――っ!)

 ふと、背後に感じた気配。

 目にも止まらぬ速さで距離を取り、コンバットナイフを構えるが……。

「まあすごい。気づかれるなんて思いもしませんでした……これでも気配は殺してたんですよ?」

「! おや、これはこれは……」

 殺せんせーの眼前に立つ、気配の正体。それは何と一人の女剣士だった。

 蝶の羽根を模した髪飾りや羽織を着用し、詰襟を着こなした大正浪漫という言葉が似合う物腰の柔らかそうな女性。しかし腰に差した刀や殺し屋の自分の背後に忍び寄れた隠密ぶりから見て、只者ではないことが伺えた。

 一方で、安堵させることもあった。相手が日本語を話せることだ。

 異世界転生において、異世界のほとんどは亜人やドラゴンなどのファンタジー要素で満ちており、時には人語とは違った別の言語が飛び交うこともある。世界中の言語を習得したとはいえ、世界そのものが違えば話は別……意思の疎通は不安要素であったのだが、それは解決できたようだ。

 そして何より……。

「あの……鼻血出てますよ?」

「ニュッ?」

 初めて会ったのが、麗しい女性だったことだ。

 殺せんせーも何だかんだで一般的な成人男性のような性的嗜好をしており、女子大生と仲良くなる妄想をすることもあったくらいだ。人間の姿で、しかも初めて異世界で会えた人物が人間の女性であるのは奇跡に近かった。

「清楚な見た目の割に、随分な助平さんなんですね」

「し、失敬な! 私は健全な男子ですよ!!」

 笑顔で毒を吐く女剣士に、殺せんせーは憤慨する。

 巨乳好きの殺し屋が言えた義理ではない。

「――それよりも、人と出会えてよかったですよ。石の扉に吸い込まれたら森の中でしたから」

「! やはりそうでしたか……どうやら、あなたも私達と同じようですね」

「それは一体……」

 殺せんせーは首を傾げた。

 その時、廃城の中から男の声がした。

「おい、大丈夫か? 強そうな気配がしたぜ」

「ええ、私達と同じ飛ばされてきた人(・・・・・・・・)ですよ」

「おおっ!? そうか! じゃあ歓迎しようじゃねェか! よォし、宴だ!!」

「またそうやってお酒を……あなた自首とはいえ故郷で処刑されたんでしょう? 鬼に全身の骨砕かれた私が言えた義理じゃないですけど、二度目はお酒でポックリ逝ったなんて、格好がつきませんよ」

「何言ってやがるんだ! 嬉しいことに〝仲間〟が増えたんだ、飲まずにいられるかってんだ!!」

 わっはっはっは、と陽気な声が響く。

 処刑されたとか鬼に全身の骨を砕かれたとか、物騒な発言が飛び交ったが、少なくとも話し合いが通じない者達ではなさそうだ。

 寝床を確保した上に協力者を二人、それも片方が女性というありがたい展開に、殺せんせーはホッと一息ついた。

「ではお兄さん、案内しますよ。ちょうど夕飯の準備をしていたところなんです」

「それはどうも」

 殺せんせーは女剣士のあとを追う。

(――そういえば、森の中でこちらを見ている彼女(・・)には気づいているのだろうか。妙な気を起こすようではなさそうですが……しばらく泳がせましょうかね)

 背後に潜む別の気配に気づくも、敵意も殺意も無いようなので見逃しつつ、廃城に足を踏み入れた。

 

 この時、殺せんせーは知る由も無かった。

 廃城に住む二人が、自分がいた世界の人間ではないということを。




始まりました、「JUMP DRIFTERS」。

トップバッターは「暗殺教室」の殺せんせー。本作では人間時代の姿で参戦です。
次話では、ヒガシザメのステーキが好きな伝説の海賊と生姜の佃煮が好きな鬼退治のプロが登場します。原作のドリフターズに登場するキャラもいるので、お楽しみに。

あと、今更になって「鬼滅の刃」にハマり始めました。(笑)


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第2幕:海の王者と鬼を殺せる女

 廃城の中は思いの外散らかっておらず、それなりに広々としていた。

 部屋の奥では、殺せんせーよりも二回り以上のガタイを持つ男がグビグビとラム酒を飲んでいる。その後ろをよく見ると、波のような口ひげのついたドクロの旗が飾ってあった。

「おお? こいつァまた面白(おもしれ)ェ奴が来たな! 柔な面にしちゃあ強そうだな」

「開口一番鼻血を出した助平さんなんですけどね」

「ちょ、それ今言います!?」

 見かけによらずかなりの毒を吐く。

 殺せんせーは顔を引きつらせた。

「おう兄ちゃん、野宿同然の部屋だが寛いでくれ」

「わざわざ申し訳ありません。助かりました」

「わはははは!! そう固くしなくてもいいんだぜ?」

 廃城の主である男は豪快に笑う。

 男は黒髪のボサボサの頭髪に三白眼、横広がりの大きな口髭が特徴の中年だ。ブラッドレッドのコートを袖を通さず肩に羽織り、首元にはスカーフを巻いたその姿は、一般的にイメージされる海賊のような風貌である。見たところ極悪人みたいな顔をしているが、性格は豪放磊落な楽天家のようだ。

 しかし殺せんせーは、他者に畏敬し畏怖されるような威圧感を感じ取った。例えて言うとすれば、王者の風格といったところだ。

(この廃城の主が17世紀末から18世紀の海賊船の船長、そしてあちらの女性は大正時代の日本人……と言ったところでしょうか。ひとまず二人共日本語が通じてよかった)

 男の方がなぜ日本語が通じるのかはわからないが、最低限の意思疎通(コミュニケーション)はできるらしい。世界中を渡ってきた殺せんせーは数多の言語を使えるが、使い分ける必要は無さそうだ。

「御二方、御手隙ですか?」

「ん?」

「ええ……どうしましたか」

 女剣士が取り出したのは、二羽の野鳥。

 それをズイッと男性陣に突きつけた。

「むしって下さい」

「鬼をぶった斬れるのにそりゃねェだろ」

「むしって下さい」

 笑みを浮かべたまま圧を掛けてくる女剣士に、海賊のような男は呆れ返った。

 すると、殺せんせーはコンバットナイフを取り出した。

「ヌルフフフ……ここは私にお任せを」

 殺せんせーはコンバットナイフを用い、目にも止まらぬ早業で鳥を捌いた。

 神業とも言うべきその手捌きに、二人は目を輝かせる。

「ついでですので内臓を取り出して血抜きもしておきました」

(はえ)ェな! 料理人か猟師でもやってたのか?」

「お見事です! 気色悪い笑い声でしたね」

「余計なことを!」

 

 

 捌いた鳥の串焼きと野草のお吸い物を食べ終え、殺せんせーは二人を見やった。

「あなた達は一体何者ですか? 只者ではないと見受けましたが」

「そりゃあこっちのセリフでもあるがな」

「そうですね……では、私から自己紹介と行きましょうか」

 そう言うと女剣士は刀を抜いた。刀は切っ先と柄付近を残して刃の部分を大きく削ぎ落した特殊な形状で、殺せんせー自身初めて見る代物だった。

 そして軽く弄ぶように刀を操り、ポーズを決めた。

 

「私はしのぶ。()(さつ)(たい)蟲柱(むしばしら)胡蝶(こちょう)しのぶ……鬼を殺せる毒を作った、ちょっとすごい人なんですよ」

 

「……ポーズを決める必要はあったのですか?」

「おれん時もそうだったな」

「殺しますよ?」

 男性陣の言葉に笑顔で凄むしのぶ。

 中年の男は笑いながら「悪かった」と詫びた。

「鬼を殺せる毒……ですか。それは確かにすごいですね」

「そうなんですよ、わかってくれますか! もっとも、私は〝柱〟の中で唯一鬼の(くび)が落とせない剣士ですけどね」

 しのぶ曰く。

 鬼とは日光以外では死なない不老不死性と、超人的な身体能力や怪力を持ち、中には妖術のような特異な能力を使える人喰いの生き物であるという。その首魁は人喰い鬼の原種である()()(つじ)()(ざん)なる者で、人間を鬼に変えることができるという。物理法則を完全に無視した現象を引き起こすこともできる一方で弱点もあり、日光に照らされたら灰化して崩れ去り、藤の花を嫌い近づくことすらできず、日輪刀という武器で頚を刎ねることで殺せるとのこと。

 そしてしのぶは、人喰い鬼を狩る力を有した剣士達が集まった政府非公認の組織「鬼殺隊」の最高位に立つ九人の剣士〝柱〟の一人であり、鬼の弱点の一つである藤の花から精製した特殊な毒を操る鬼退治のプロだった(・・・)のだ。

「それにしても、毒を作る女性……懐かしいですね」

 殺せんせーは思い出す。

 大事な教え子の一人・(おく)()(まな)()は化学の才能に非常に長けており、自ら劇薬を生成できる程だった。強力な下剤は勿論、悪臭化合物にカプセル煙幕まで作り出す、理科の才能が特化していた素晴らしい生徒だ。

「次はあなたですよ」

「おう、そうだったな」

 しのぶに促され、男はゆっくりと立ち上がって腕を組んだ。

 

「おれはロジャー……〝海賊王〟ゴール・D・ロジャー。〝東の海(イーストブルー)〟出身の海賊だ」

 

 ニィッと愛嬌ある笑顔を浮かべるロジャー。

「海賊、ですか。成程、道理でそのような恰好を」

「今じゃ一味も解散しちまったし、船もねェ一文無しだけどな!」

「それはそうと……〝東の海(イーストブルー)〟ってどこですか?」

 わっはっはっは、と笑っていたロジャーの顔が、一瞬で凍りついた。

「んん? んんんんん!? 待て待て、()()()()東の海(イーストブルー)〟を知らねェだと!? 史上初の世界一周成し遂げたおれもか!?」

「ええ、史上初の世界一周を成し遂げたのは探検家フアン・セバスティアン・エルカーノのはずですよ」

「な、何だとォ!? そっちはおれより先に海を制した野郎がいるってのか!? っつーか誰だそいつ!?」

 ロジャーは目を大きく見開いて詰め寄った。

 まるで自分の中の常識が根本から覆されたような様子だ。彼の言葉ではしのぶとも同じやり取りをしていたらしいが、未だに信じられなかったのだろう。

「じゃ、じゃあ世界政府は? 古代兵器は? 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟はどうだ?」

「全く聞いたことないですね。私は職業柄ゆえに世界情勢にも学問にも精通していましたが、初耳ですよそんな単語」

「しのぶとほぼ同じ反応じゃねェか……やっぱりおれはおめェらとは違う世界で生きてたんだな!」

 ロジャーはショックを受けて落ち込むどころか、むしろ大喜びだ。この中年、見た目の割には子供のように単純かつ真っすぐなようだ。

 一方の殺せんせーは、ロジャーの発言を聞いて確信を得た。

(つまりここに集っているのは、それぞれが異なる世界の住人ということなんですね)

 自分と共にいるこの二人は、自分がいた世界とは別の世界にいた人物である。ロジャーも然り、しのぶも然り、全員別々の世界で名を馳せていたのだ。俄に信じがたいが、そう考えると互いの認識のズレについての説明がつくし、辻褄も合ってくる。

「さァ、今度はおめェの番だぜ」

 ロジャーに促され、殺せんせーは優しく微笑んだ。

 

「私は〝死神〟と呼ばれた殺し屋です。とある事情で1年間教師をしたので、教え子達からは殺せない先生……「殺せんせー」と呼ばれました」

 

 誰もがその顔を見て安堵するような、柔和な笑みで挨拶をする殺せんせー。

 しかしロジャーとしのぶは気づいていた。美しい顔に浮かんだ優しい笑みとは裏腹に、闇に蠢く凄腕の暗殺者ならではの冷徹な眼光が黒髪の奥で輝いていたことに。

 殺しの道を極めた伝説の暗殺者の殺気は、異世界においても健在であった。

「道理で人を殺めたことがある目をしていると思ってましたが……凄腕の殺し屋だったのですね」

「殺し屋が先生とは世も末だな、おい!」

「ニュヤッ!? 何を言うんですか! 私達の業界では弟子を持つ殺し屋なんかうじゃうじゃいますよ!」

「わはははは、女受けのよさそうな顔の割に面白(おもしれ)ェ声出すんだな!!」

 プロの殺し屋すら恐れ戦く彼の〝圧〟を、しのぶは意にも介さず、ロジャーに至っては笑っていた。

 この二人を敵に回すわけにはいかない――殺せんせーは、自分の直感がそう訴えているような錯覚を覚えた。

「よしっ! じゃあ殺せんせー、酒はどこまでイケる口だ?」

「そっち呼びですか!? しかもいきなり絡み酒!?」

「頭良さそうだからな!」

「頭良さそうって……まあそうですけども」

「やっぱりな!」

 顎に手を当て、ドヤ顔で笑みを深めるロジャー。

 世間から「鬼」と形容される程に恐れられた男だが、こういった無邪気さが関わった人間から好感を集めるのだ。

「ん? 世界情勢にも学問にも精通っつってたな? だったらそっちの世界について教えてくれ!」

「私が生きた世界、ですか?」

「おうよ! しのぶの世界はすでに聞いたが、殺せんせーはどうなのか気になんだ。酒の肴にゃもってこいだろ?」

 ロジャーはグラスにラム酒を注ぎ、殺せんせーに手渡した。

「では、私から話しましょう。私がいた世界は――」

 

 

           *

 

 

 殺せんせーとロジャーは、互いが生きた世界の話を終えた。

 地理や文化、文明に歴史、思考と思想……一致している所もあれば全く異なる部分もあり、殺せんせーは久しぶりに一対一の会話を楽しむことができた。

「中々面白い話だったぜ!! おれとしちゃあまだ物足りねェけどな!!」

「私も驚きましたよ、同じ人類でも生きている世界がこうも違うとは。――ところでロジャーさん、あなた先程しのぶさんに「処刑された」って……詳しく教えてくれませんか?」

「おう、そうだったな……よし、教えてやろう。半年前の話だ」

 ロジャー曰く、生まれ故郷であるローグタウンの処刑台で刑を執行された直後、奇妙な空間で目を覚ましたという。

 真っ白な廊下、周りに無数にある扉のような物、中央のデスクに座っている七三分けの正体不明な男――彼がロジャーの姿を視認した途端、手元の書類に万年筆でこう書いたという。

 

 ONE PIECE Gol D. Roger Captain of the Roger Pirates

 

「そうしたら石でできた扉に吸い込まれ、ここへ来たってこった。処刑人の剣二振りに貫かれたはずの体はどこも傷ついてねェし、かねてより患っていた末期の不治の病の症状もここで半年過ぎても全く出なかった。おそらく()()()()()んだろうな」

「私もそうでした」

 しのぶも続けざまに言葉を並べる。

 彼女は姉の仇である冷気を操る人喰い鬼・(どう)()との戦闘の末、全身の骨を砕かれてしまったという。しかし次に目を覚ました時には負っていたあらゆる傷が全て元通りになっており、ロジャー同様「例の空間」にいたという。

 ちなみにその時、男は書類にこう書いたという。

 

 鬼滅の刃 胡蝶しのぶ 鬼殺隊〝蟲柱〟

 

「私もです。皆に見守られながら教え子に止めを刺されたら、光に包まれて……目覚めたらあの空間に――」

「おめェ教え子に殺されたのか……女子に相当恨まれることでもしちまったか?」

「なぜ女子限定!?」

 心当たりがある分、何とも言い難い複雑な気分になる殺せんせー。

「しかし、これで少なくともわかったことがあります」

 

 ――ここにいる三人は、何らかの形で死亡している。

 

 しのぶの言葉に、ロジャーと殺せんせーは目を細めた。

 ロジャーは生まれ故郷で処刑され、しのぶは姉の仇に殺され、殺せんせーは教え子の手で穏やかな最期を遂げた。

 一般的には死んだ者はあの世に行き、場合によっては天国に行くか地獄に落ちるかだ。だが自分達は生きている。あの空間にいた男は、死者を蘇らせ異世界に送り込む力があるというのだろうか。

「あの野郎は何も言わなかったが……おれァあの扉に引きずり込まれてる時に〝声〟が聞こえた」

「!」

「何も言わなかったということは、心の声ですか?」

「だろうな。確か……」

 

 ――世界を回せ。世界に「あるべき形」など無い。

 

(私達の力で何かを変えたがっているのか? ともすれば、一体何を?)

 それぞれが異なる世界で死んだとはいえ、死者をわざわざ蘇らせて転送するとなれば、相応の理由があるということになる。

 残念ながら現時点ではその理由までは辿り着けないし、自分達がこの世界に来た意味も理解しかねる。いずれにしろ、自ら動かねばこの世界に飛ばされた理由を理解できないだろう。

「ロジャーさん、しのぶさん」

「「!」」

「私はこの世界に来て間もない。差し支えないのであれば、この世界に関する知識を教えてはくれませんか?」

 知識を身に付け技能(スキル)の幅を広げるのは、殺せんせーの得意分野。ならばこの異世界に関する知識を少しでも深めておく必要があるのは明白だ。

 しかし殺せんせーの頼みを、ロジャーとしのぶは快く承諾はしなかった。なぜなら――

「んなこと言われてもなァ、殺せんせー。おれァこん中じゃ一番乗りだが、この世界に飛ばされてまだ半年しか経っちゃいねェんだ。さわりの部分しか話せねェぞ?」

「ロジャーさんの言う通りです。私に至っては一月半ですよ?」

「構いません、大まかな筋さえわかればいいので。あとは自分の知識で補っておきます、少なくとも私はあなた達よりも遥かに多くの知識と技能を持ってますから」

「わははははは!! そいつァ頼もしいな!!」

 ロジャーは酒を片手に背中をバシバシと叩き、豪快に笑い飛ばした。

 すると殺せんせーは、右手の人差し指を立てて笑った。

「あと一つ言っておきますが、さわりの部分は「要点」を意味するのであって「最初の部分」ではありませんよ?」

「うわ、こいつスゲェ腹立つ。クロッカスの小言より質が(わり)ィじゃねェか」

 

 

 30分程の説明を受け、殺せんせーは顎に手を当て考えた。

 数多の死線をくぐり抜けた暗殺者の洞察力は、常人と比べ物にならない程に高い。ましてや地球上で最高の殺し屋と称された〝死神〟ならば、その力は「心眼」と言っていいだろう。

(この世界では人間・動物の他に亜人という人種やドラゴンのような伝説上の生き物が横行している。ロジャーさんの世界と似ている部分はあるが、文明的な遅れが顕著で交流はほぼ皆無に等しい)

 ロジャーのいた世界は、人間以外にも巨人や小人、魚人に人魚など、あらゆる人種が生活していた。現にロジャーの一味も種族に対するこだわりはなく、魚人族や巨人族の船員もいたことから、人種間の交流の深い面もあったのだろう。

 だがこの世界の場合、人間が他の人種を徹底的に弾圧しているようだ。特にこの廃城のすぐそばの村に住むエルフ族という種族は農奴として不遇の扱いを受けており、ロジャーもしのぶも男性のエルフは見ても女性のエルフを見たことがないことから、露骨な断種政策を受けている可能性も示唆されている。

「未知の世界で敵をむやみやたらに増やすのは愚策。かと言っていつまでもこの廃城で引きこもるわけにもいきませんね……近場でいいので一度散策してみましょうか?」

「おお! やっぱりそう思うよな殺せんせー!!」

「殺せんせー、この人の場合は外で遊びたいだけですよ」

 子供のように大喜びするロジャーを窘めるしのぶ。

 明らかに一番の年長者が一番子供っぽいことに、殺せんせーは苦笑いした。

「私もお二方も含め、この世界の情勢や文明の進歩度に関する情報が圧倒的に不足しています。地理も具体的に把握できてない。私達は計画的に動かねばならない状況です」

「そこで近くの村のエルフ族と接触を試みて、この世界が何なのかを知る……ということですね?」

「その通り」

 廃城を拠点に活動し、自分達が置かれてる状況をきちんと把握する。言語が通じなければジェスチャーをはじめとした他の手段(ツール)を用いて少しでも有益な情報を得る。

 それが殺せんせーが考えた、即席の方針だった。

(この切れ者ぶり、相棒を思い出すぜ。レイリーも同じこと考えただろうな)

 海に出た時からの相棒であった〝冥王〟シルバーズ・レイリーを思い出すロジャー。

「そうと決まれば話は(はえ)ェ! 明日の朝、村に行こうじゃねェか!」

「あんまり怖がらせないでくださいよ、ロジャーさん。この中で一番の悪人面はあなただけなんですから。もし敵と思われたらどうするつもりですか」

「その時はその時だ!」

 ロジャーの奔放さに、殺せんせーは考える前にまずは動く寺坂竜馬(もんだいじ)の面影を重ねるのだった。




原作のドリフターズをやっと買えました。
原作沿いながら、数多のジャンプキャラから選りすぐりの猛者を敵味方問わずぶち込んでいこうと思います。
感想・評価、よろしくお願いします。


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第3幕:異世界での初陣

今回、エルフと兵士達が使うオルテ語は〈〉表記とします。ご了承下さい。


 灯りが消えた丑三つ時。

 廃城の外では、眼鏡をかけたツインテールの女性が双眼鏡を覗き込んでいた。

「鼻毛なのか口髭なのかわからない中年と妙な恰好をした女剣士の次は、助平なイケメン? もうどうなってんの……カオスすぎる」

《セム、聞こえるか? 応答しろ》

 ふと、彼女の傍に置かれていた水晶玉から男性の声が聞こえた。

「は、はい! こちらセムです〝大師匠〟」

《様子はどうだ? 補足できたか》

「はい。〝漂流者(ドリフ)〟三人、ひとかたまりになってます。特に不審な動きはないです」

《そうか……わかった、そのまま監視を続けてくれ》

「はい、了解しました」

 

 

 数分後。

 ボロ布を敷き眠っていたロジャーと殺せんせーは、ガバッと起き上がった。

「気がつきましたか」

 しのぶはすでに起きており、外の様子を見ていた。

「襲われてるようです。あそこはエルフ達の村があります」

 かなり遠いが、煙が上がり火の手がちらほら見えた。何者かによる襲撃を受けているのは明白だった。

 すると、ロジャーが突然目を見開き、サーベルを腰に差して一気に駆け出した。

「「ロジャーさん!?」」

「〝声〟が聞こえた!! 死にかけのガキがいる!! 子供に罪はねェんだ、()っていいわけあるか!!!」

 一目散に走るロジャー。

 その背中を、殺せんせーとしのぶは見つめていた。

「子供に罪は無い、ですか……正論ですね。彼が敵にも好かれる理由が理解できた気がしましたよ」

「行きましょう殺せんせー。大分離れてしまいましたし」

「ええ」

 ロジャーに続くように、殺せんせーとしのぶも廃城を出た。

 

 

 暫くして、殺せんせーとしのぶはロジャーに追いついた。

「お? もう追いついたのか! やっぱ(わけ)ェなァ!!」

「中々速いですね。私の教え子達と引けを取らないくらいに。ロジャーさん、あなた(とし)はおいくつで?」

「53だっ!!」

「「ごじゅっ……!?」」

 中年海賊の年齢を知り、絶句する若者二名。

 殺せんせーの知人には腕利きの殺し屋として名を馳せたロヴロ・ブロフスキがいたが、彼では還暦を迎える手前であり、顔を合わせる以前から暗殺家業を引退している。しのぶに至っては彼女が生きた世界の()()()平均寿命が43歳前後であったため、53歳は長寿の領域――言い方を変えれば隠居して余生を送っているはずの立場だ。

 そんな彼が、この場にいる誰よりも頑丈かつ強靭など、俄に信じがたいものなのだ。五十路を超えているにも関わらず、さすが海賊王である。

「年齢は忘れてしまいましたが、とても複雑ですね……」

「私の三倍も年を重ねてるのに……!」

「わはははははははは!! まだまだ負けねェよ、おれァ!!」

 勝ち誇った笑みを浮かべるロジャー。

 しばらく走ると、前方に人影が見えた。

〈た、たす……〉

〈たすけ……〉

「っ!」

 二人のエルフの子供が体から血を流しながらフラフラと走っていた。その背後からは、馬に乗った兵士達が追ってきている。

 それを見たロジャーは、フリントロック式の拳銃を取り出し、一切の躊躇いもなく引き金を引いた。

 

 ドォン!!

 

 爆発音と共に銃口から弾が発射され、先頭の兵士の心臓を鎧ごと撃ち抜いた。

 銃声に怯んだのか、追手の兵士達は馬を止めた。その隙を、殺せんせーは見逃さない。

()()()で暴れるのは久しぶりですね」

 コンバットナイフを手にして殺せんせーは跳び上がり、馬に乗ったままの兵士の喉元を斬り裂く。そして空中で回転しながらもう一人の兵士目掛けて投擲し、兜ごと眉間を貫いた。この間は僅か2秒。殺せんせーの身のこなしには、一切の無駄が無かった。

 エルフの子供達を保護したしのぶは、戦慄にも似た感情を覚えた。

(何て早さ……! まるで死の塊みたい……)

 敵の兵士二人を一撃で屠り、確実に命を終わらせた。

 鎌を持つ死神が命を奪うように。「眼前の生者を死者に変える」、その意味を限界まで凝縮した、人ではない何かにも見えた。

 これ程までに命を奪うことに特化した人間は、しのぶは今まで会ったことがない。日輪刀を持たせれば全ての鬼を殺せるのではないかと、そう思わせてしまう程に彼は殺しの才能に恐ろしいくらい秀でていた。

「久しぶりの感覚……()()()()の影響が無くてよかった」

 そう呟きながらコンバットナイフの刃についた血を払い仕舞うと、殺せんせーはエルフの子供達に話しかけた。

「大丈夫ですか?」

〈あ……!?〉

〈え……!?〉

(日本語はまず通じず。ならば……)

 殺せんせーは日本語が通じないと知るや否や、別の言語で尋ねた。

 英語、フランス語、イタリア語、スペイン語……色々試したが、全く通じない。ただ、ラテン語に関しては他と違って顔を見合わせるという反応をし、相手が自分達の安否確認をしているのかも何となく理解できたのか、首を縦には振ってくれた。

(ふむ……彼らの言葉は、この世界の言語はどうやらラテン語に近いようだ。しかしやはりと言うべきか、どの国の言語にも当てはまらないとは)

 あらゆる言語に精通している殺せんせーは、エルフ達の言葉は非常に独特だがヨーロッパ系の言語、特にラテン語に近いのではないかと推測する。しかし未知の言語ということには変わりなく、理解し扱えるようになるにはかなりの時間を要すると結論づけた。

 そんな殺せんせーの堪能ぶりに、しのぶはきょとんとした表情を浮かべてから微笑んだ。

「気持ち悪いくらい有能なんですね! 驚きました!」

「しのぶさん、笑顔でその言い方は地味に傷つくのでやめて下さい……」

 一方、ロジャーは全滅した兵士達の服装を観察していた。

「野盗や山賊の類じゃねェな、こいつら」

 その言葉に反応したしのぶと殺せんせーは、ロジャーの隣に立って屍を見つめる。

 絶命した兵士の服装は、鎧と兜、そして手にしていた剣……確かに()()()()()()()()()。野盗や山賊というより、むしろ騎士団やここ一帯の領主の正規兵といったところだ。

 ロジャーは口ひげをいじりながら村の方を見て、意識を集中させた。

「――村の方に兵士が……ざっと13。一人は指揮官だな? で、そいつらに取り囲まれてるのが40ちょい……それがエルフっぽいな。見せしめか税収のどっちかで来たのか?」

「!? なぜわかるのですか」

「〝見聞色(けんぶんしょく)〟でわかるさ。まァタネは近い内に教えてやるよ」

 はるか遠くの村の状況を把握したロジャーに、二人は度肝を抜いた。

 彼がかつて生きた世界は、「覇気」と呼ばれる目に見えない感覚――言わば「意志の力」を操る能力が存在する。それは概念的には気合や威圧と同じなので、世界中の全ての人間が持っている素質であるが、実際に体得する人物は極一部と言われている。

 ロジャーが先程使ったのは「〝見聞色〟の覇気」という生物の発する心の声や感情を読み取る力で、鍛え抜けば遥か遠くにいる相手の位置を正確に把握したり完全に気配を消している相手にも対応できたり、極めれば未来予知すら可能となるのだ。

「放っとくのはあまりにも酷だ。おれが潰してくる!」

「ロジャーさん。それについてですが、私に一つ考えがあります」

「?」

 殺せんせーは意地汚い笑みを浮かべて人差し指を立てた。

 

 

           *

 

 

 赤々と燃える炎が、エルフの村を飲み込んでいく。

 四方から家屋の焼け落ちる音が聞こえる中、エルフの民はただ呆然とその様を見つめるしかない。そんな彼らの顔を見て、彼らの周囲をとりまく兵士達は下卑た笑みを浮かべている。

〈これは一体何事です、アラム様! 私達が何をしたというのです!〉

 エルフの村の村長が、巡察隊を率いる騎士武官のアラムに叫ぶ。

(むら)(おさ)。森に入り、漂流物(ドリフ)の様子を見に行っただろう貴様ら〉

 アラムは村長を睨みつける。

 その冷徹で威圧的な目に、村長はたじろぐ。

〈エルフが森に入ること、弓を作ること、漂流物(ドリフ)に関わること。どれも大きな罪だ〉

〈そ……それは……漂流物(ドリフ)が村を攻撃しないよう……〉

 村を護るための行動なので許してほしい、と村長は寛大な対応を求めた。

 その言葉に嘘は無い。現にエルフ達は、廃城を拠点とした彼らが自分達に敵意が無いと知りつつも、警戒はしていたのだから。

 だがアラムは許さなかった。

〈本当に救いようがなく浅ましくて厚かましいな、エルフってのは。漂流物(ドリフ)の管理は全て「(じゅう)(がつ)()(かん)」の魔術師達の仕事だ。お前達亜人種(デミヒューマン)が関わることは大罪に値する。バレてないとでも思ったか〉

〈ふざけるなッ! そもそも無理な話だ!〉

 村長の言葉を一蹴するアラムに、村長の息子のシャラが抗議した。

 エルフ族は40年前の人間との戦争に敗れて以降、農奴として不遇の扱いを受けている。そもそも森に入らなければ薪も木の実も手に入らないし、狩りも出来ない。したこともない農奴にさせられ、村の女衆は連れ去られた。

 これではまるで―― 

〈――俺達エルフに、死ねと言うのか〉

〈そうだ! 速やかに死ぬべきだ。呪うなら戦さに負けた己の父祖を呪え。お前達エルフもドワーフもホビットも、亜人(デミ)達は種族として絶滅する。――だろ?〉

 刹那、アラムが剣を抜いて村長の胸を貫いた。

 噴き出す鮮血と共に引き抜かれると、村長は大きく目を見開いたままゆっくりと崩れ落ちた。

〈間引きだ。何人がいい? 半分まで減らしていいと言われている〉

〈!!〉

()れ〉

 アラムは非情にも理不尽な殺戮を命じた。

 エルフが一人、また一人と殺されていく。心臓を貫かれ、首を刎ねられ、骸と化していく。

〈や……やめろ!! 俺を殺せ! 俺を…!!〉

〈だめだ。お前はまだ若い。体を大事にしろ。お前には未来がある。みじめな農奴としてのな。――ああ、漂流物(ドリフ)に助けを求めに行ったお前の弟らも、今頃はもう死体になってる。森の虫のエサだな〉

 そう吐き捨てた直後、新たに麦畑から火の手が上がり、一人の兵士が慌ててアラムに報告した。

〈たっ、大変です! 麦畑に火が……!〉

〈何だと!? 収穫前だ、税が減る! 私は何度も気をつけろと言ったろう!〉

 アラムは数名の兵士にすぐさま消火活動を命じた。

 それが「彼」の策謀であることも知らず。

 

 

 時同じくして。

 麦畑にライターで火を放った殺せんせーは、燃え広がる様を丘から見下ろしていた。しのぶは思い切った行動をした殺せんせーを質した。

「麦畑になぜ火を?」

「この麦畑は税である可能性が高い。日本が年貢として米を納めたように、エルフ達は育てた麦を納めているのでしょう。村を襲った者達が領主の関係者であれば、税が減るのは一大事。何としてでも消火活動に人員を割くでしょう」

 麦畑を全て焼き払うという選択肢もあったが、あえて中途半端に燃やすことで消火活動に割く人員を確保させて戦力分散を計った。

 目論見は見事的中し、三人の兵士が麦畑へと向かった。

「さてと、私達も行きますか」

 

 

           *

 

 

〈早く火を消せ! 何をしている!〉

 一方、アラムは兵士達に鎮火を命令していた。

 麦の収穫はまだ早く、収穫前に税が減っては自分達の生活に影響してくる。アラム達にとって、エルフとは種族として根絶やしを図りつつも労働力と見なしている。だからこそ、直接自分達に関係することになれば血相を変えるのだ。

〈耳長共の抵抗か……!? 小賢しいマネを――っ!?〉

 不意に、アラムは背後の気配に気づいて咄嗟に振り返った。

 視線の先には、横広がりの大きな口髭が特徴の男がブラッドレッドのコートをなびかせ立っていた。ロジャーだ。

漂流物(ドリフ)!〉

 

 ヴォッ!

 

 ふと、見えない衝撃が村一帯を襲った。

 するとアラム以外の兵士達が、その場で次々に倒れ伏していった。泡を吹き、白目を剥き、意識を失っていく。

〈な、何だっ!? 何が起こっている!?〉

 一人残されたアラムは混乱する。

 ロジャーが発動したのは、数百万人に1人しか素質を持たないとされる、相手を威圧する〝覇王色(はおうしょく)〟の覇気。圧倒的な力量差がある者を威圧感や殺気で一瞬で卒倒させ、コントロールできれば威圧する相手を限定し、極めれば天を割り周囲を吹き飛ばすといった物理的な破壊力を生むという芸当が成せるのだ。

「……てめェ」

 周囲に広がる惨状に、ロジャーは怒りを覚えた。

 理不尽や予想外など当たり前の海賊界の頂点に君臨したロジャーは、決して恵まれた生い立ちではなかった。ゆえに愛する者を失うことを極度に嫌い、船長でありながら先陣に立って殿も務め、仲間を護る時のロジャーはその凄まじい強さも相まって「鬼」と称されていた程だ。

 自分にとってかけがえのない身内や仲間を失うこと……それがどれだけ恐ろしく悲しいことか、ロジャーは人一倍理解している。だからこそ、エルフの村で起きた惨劇を絶対に許すわけにはいかなかった。

漂流物(ドリフ)……邪魔立てするか!〉

「……」

 ロジャーは応えない。

 だが、人とは本当に怒った時には表情が失せるのだ。ロジャーの怒りは、頂点に達していた。

〈言葉もわからぬ(ばん)()め。我らが剣で語るとしよう。漂流物(ドリフ)め、来るがいい〉

〈アラムは他の兵とは違う!! 代官付きの本物の騎士武官だ、いくら漂流物(ドリフ)でも……!〉

 シャラの制止をよそにロジャーは力強く踏み込み、その勢いのままに体軸を思い切り捻りあげ、サーベルをアラム目掛けて投げ飛ばした。

 サーベルは直線を描いてアラムへと飛び、そしてその切っ先が届く寸前……。

〈さかし! 窮したか! 他愛無し!〉

 アラムは剣を振るって弾いた。

 ロジャーのサーベルは甲高い金属音と共に地面へと突き刺さったが――

「ぶっ飛べ」

〈っ!?〉

 アラムの眼前に、黒光りする拳を握り締めたロジャーが迫っていた。

 

 ゴッ!

 

 右腕が腹を抉った。

 アラムは、我が身に起こったことが信じられずにいた。甲冑で守られていたはずなのに、ロジャーの拳はその甲冑を貫通して鳩尾に減り込んでたのだ。

 「〝武装色(ぶそうしょく)〟の覇気」――見えない鎧を身に纏い、武具のように攻守を強化できる能力だ。腕や足といった己の肉体は勿論、応用すれば刀剣や弓矢といった武器にも纏わせることができ、さらに使用量と実力に応じて威力は変化する。直接的に戦闘力の強化に繋がるため、膨大な量を使用すれば島をも叩き割り、物体などに流し込んで内部破壊することが可能となる。

〈バ、カな……〉

 アラムは白目を剥いて倒れた。その光景に、エルフ達は信じられないとでも言わんばかりに目を見開いていた。

 冷酷かつ冷徹なアラムは、その性格だけでなく剣の腕も立つ実力者。ゆえにエルフ族は彼を恐れ続けていた。その彼を無傷で倒しただけでなく、兵士達に一切手を出さず無力化したロジャーに驚きを隠せなかった。

〈これが……漂流物(ドリフ)

 そう呟いたシャラに、ロジャーは笑みを溢した。

「おれがしてやれるのはここまでだ。あとはお前らの自由だ」

 サーベルを鞘に納める。

 すると、タイミングを見計らったように殺せんせーとしのぶが姿を出した。

「……お疲れ様でした」

「おう」

 殺せんせーはロジャーを労うが、目の前の惨状にそれ以上は何も言えない。

 ()()()()なら何も思わない、ある意味で当たり前の光景だった。そんな彼が心を痛めたのは、「彼女」との出会いとE組での一年間を通じて命の重みを深く理解したからに他ならない。

〈あれが……漂流者(ドリフターズ)……!!〉

 明らかに()()()()の人間ではない者達に、シャラはそう呟くしかない。

〈兄ちゃん!!〉

〈マーシャ! マルク!〉

 シャラの下へ、先程殺せんせー達に助けられたエルフの子供――マーシャとマルクが駆け寄った。

 死んだと思っていた弟達との再会。シャラは二人を抱き寄せた。

〈あの人達が助けてくれたんだ〉

漂流者(ドリフターズ)が! あの女剣士は手当もしてくれたんだ〉

〈そうなのか……〉

 シャラは村へ来た三人が、弟達を助けたことから敵ではないと判断した。

 そんな中、件の三人は戦後処理を行っていた。

「ケガを負った者達の手当てをします。殺せんせー、手伝えますか?」

「外傷であればほとんどの応急処置はできます」

「弔いはおれに任せてもらうぞ」

 しのぶと殺せんせーは負傷者の手当てをするべく、ロジャーは死んだエルフ達を弔うべく、それぞれ動いた。

 こうしてエルフ達は、どこかの世界から飛ばされてきた者達に救われたのだった。




「鬼滅の刃」が人気絶頂のまま完結しましたね。
完結記念に、鬼滅キャラの一部を廃棄物側に出そうと思います。ある程度決めてはいますが、乞うご期待。


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第4幕:カルネアデスの漂流者(ドリフターズ)

漂流者も廃棄物も豪華な面子で揃えようと思ってます。
本作の登場人物の設定に関してはいつか投稿する予定です。


 殺せんせーやロジャーが飛ばされる(・・・・・)前に来た、謎の空間。

 その主とも言えるかの男は、煙草を吹かし新聞を読んでいた。

「……!」

 ふと、男の読んでいたページの文面が水をこぼしたように滲み始める。紙面上で文字や写真がゆっくりと形を変え、それらは新たな記事へと生成されていく。

 新しい記事は「海賊王ロジャー、エルフの村で巡察隊を瞬殺」……エルフの村でのロジャーの活躍が載っていた。

「……フッ」

 

 ヒュボッ

 

「!」

 ふと、男の前方が暗闇に包まれた。それと共に無数に並んだ様々な種類の扉が、ワイヤーフレーム状の扉に変わり始めた。

 それと共に暗闇の奥から黒いワンピースを着た少女――EASY(イーズィー)が現れ、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

「まだそんなムダなあがき(・・・)をしているのね、「紫」」

 EASY(イーズィー)は服と同じく真っ黒の長い髪を掻き揚げると、フンッと小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「あなたがいくら頑張ったところで、あなたがいくら漂流(ドリフ)を送り込んだところで、私の勝ちなの。あなたがいくら頑張っても、全ては無駄なことなの」

「失せよ、EASY(イーズィー)。間違いは正さねばならない」

「!」

 男――紫は冷静に、冷徹に告げる。

「失せよ、EASY(イーズィー)。お前の好きにはさせぬ。哀れな女」

「…………哀れなのはあなたよ。やれるものならやってみなさい」

 その時、紫が手にしていた新聞の記事が再びぐにゃりと文面を変え、今度は「(こく)(おう)、南征開始さる」となった。

「あなたの漂流物(ドリフターズ)なんかで、私の廃棄物達が倒せるわけがない」

 

 

 場面転じて、ここは北方の王国「カルネアデス王国」。

 この国の国境には「カルネアデスの北壁」と異名を取る堅牢な要塞がある。ゴブリンやコボルトといった人外の知的種族〝人ならざる者〟の南下を数百年に渡って阻止し続けていた鉄壁の砦だ。

 その城内の廊下を、白い制服を着こなした黒髪の青年――大師匠が部下を連れて水晶球でセムと連絡を取っていた。

《こちらセム、こちらセム! 大師匠!! 連中やっちゃいましたよ!! これ以上野放しにするのは危険です!! すぐにそちらに連れて行きます!!》

「いやダメだ、間に合わん。セム、彼らをこちらに連れてきてはいかん。お前もこちらに来るな」

《え……じゃ、じゃあ……》

「そうだ、始まった。……始まってしまった!!」

 城壁の歩廊に出ると、かなり遠いが大きな狼煙が上がっていた。

「見えるか」

「はっ、まだ見えませんが感じます。おそらくすぐにでも」

 遠方の煙に、大師匠の顔が強張る。

 それに対し、カルネアデス王国の兵士達は真逆の表情と態度であった。

十月機関(オクト)の方々はなぜそれ程恐れなさる? 北方の化け物共がいくらやって来ようと、この壁を越えられたためしなどありませぬ〉

〈この壁の向こうに奴らが追いやられて数百年。ここは我らカルネアデスの民の鎮守する壁〉

〈化け物共に何が出来よう〉

 完全に慢心しきった様子で高笑いする兵士達。

 その様子を見た大師匠は、踵を返した。

(ダメだなこいつらは。2日と()つものか)

 兵士達だけでは、この国を護れないと確信した大師匠は足早に歩く。

「ここは任せる。カフェトの方に行く」

「あの漂流者(ドリフ)達の下へですか」

「そうだ、彼らが指揮し戦わねばここは滅ぶ!!」

 大師匠は急ぐ。

 この国に迷い込んだ漂流者(ドリフターズ)は、その実力の片鱗を見せていない。しかし人を惹きつける何かを生まれながらに持っているような面々であり、指揮権を譲りさえすれば「奴ら」を返り討ちにできるのではないかという希望を見出せた程だ。

 自らが率いる導師による結社「十月機関」は、国をまたいで漂流者(ドリフターズ)を捜索・集結させて人類を救うための組織だが、独自の軍隊や兵力は持ち合わせていない。だが〝彼ら〟はその穴を埋められる可能性を秘めている。

 今すぐにでも指揮権を一度譲渡させてもらい、迎撃せねばならない。その為には兵士達を説得せねばならない。その考えに至った大師匠は自ら説得に赴いたが……。

〈ふざけたことを言うでない!! 兵の指揮を寄越せだと!? その妙な漂流者(ドリフ)に!? バカなことを言うな魔術師共!!〉

「しかし彼らに任せなければ負けてしまいます」

〈我々を愚弄するか!! たかが魔術結社如きが何を言うかっ!!〉

〈たかが漂流者(ドリフ)に何が出来る!!〉

 眼鏡をかけた構成員・カフェトの説得に耳を貸さない兵士達。

 そこへ、一人の漂流者(ドリフターズ)が近づいた。

「何を揉めておるのだ?」

 カフェトに声を掛けたのは、手の甲に「Ⅰ」の字が刻まれたグローブをはめ、黒スーツの上に黒いマントを羽織った金髪の男。その優し気な眼差しとは裏腹に、決して揺らがないであろう熱意を孕んだ瞳をしている。

 彼は元いた世界の裏社会で、こう称されていた。

 曰く、自身が気に入った人物は誰であろうと受け入れ、彼の下には国王や宗教家、かつての宿敵が集まったという。

 曰く、「全てに染まりつつ全てを飲み込み包容する大空」を唯一体現した歴代最強とされている男だという。

 曰く、仲間思いで名誉や富よりも人々の平和を優先した人格者だという。

 そんな彼の名は、ジョット。この世界に飛ばされる前は母国イタリアで市民を守る自警団を率い、晩年は日本に帰化し「(さわ)()(いえ)(やす)」と名乗ったイタリア人だ。しかし彼が生きた世界の後世(・・)では、本名や改名よりも〝肩書き〟の方で名を轟かせていた。その肩書きは――

 

 ボンゴレファミリー初代ボス ボンゴレⅠ世(プリーモ)

 

「いえ、そのう……あなた方にここの指揮権を渡そうと」

「それはいきなり無理だろう」

 バッサリと切り捨てるジョット。

 しかしカフェトは無理を承知で頼んでおり、やらなければ皆死んでしまうと告げる。

「フム……やぐら殿はどう思う?」

 ジョットは紫色の眼で左目の下に傷がある子供のような風貌をした男・やぐらに知見を求めた。

 このやぐらという者も、かつて生きた世界――強大な力を持つ忍者が統治する世界ではこう呼ばれていた。

 

 四代目(みず)(かげ) (たちばな)やぐら

 

「オレに振るのか? 家康」

「オレと違い、そなたは政を執っていただろう? 政治や軍事に対する理解も深いはずだ」

「それは洗脳されていた頃の話だぞ……」

 掘り返されたくない黒歴史を振られ、やぐらは目に見える程に落ち込んだ。

 しかし、そこはかつての忍の里の長。若年なれど統治を任された手腕と思考は健在だ。

「国も里もどこも一緒だ。当地の支配者が余所から来たどこの馬の骨ともわからない輩に指揮権を渡すわけないだろう」

「!!」

「いいか? 敵がいかに強大であっても、領主という者は軍権を絶対に手放さない。敵の大軍に最後の最後まで追い詰められて自決か戦死するまでな。机上でいくら頭をひねったところで、これは変わらない」

 やぐらの細論にカフェトは目を見開き、彼の主張を聞いたジョットも感心したように見据えていた。

(これは……これが四代目水影か。屈強な忍者達の頂点ともなれば、若年であろうと政治力も優秀なのだな)

 やぐらが生きた世界では、隠れ里という忍者の集落を持つ国の中でも特に強大な力を持つ忍五大国が世を統治しており、隠れ里の長である「影」は忍の頂点たる存在だ。戦闘力は勿論、里内の貧富の差や国境地帯の治安悪化、小国の情勢不安に臨機応変に対応できる政治力も問われる。

 やぐらは水影時代に色々と(・・・)あったが、生まれながらに持っていた類まれな才能を活かした戦闘力と政治力は相当なモノのようだ。

「少なくとも言えることは一つ。お前ら十月機関は兵権の保持に固執する支配者の心理を理解できてない」

 その辛辣な一言に、カフェトは何も言えなかった。

「――お二人共、脱出の準備をなさってください」

「「!」」

 大師匠はやぐらとジョットに声を掛けた。

「もうすぐここは修羅場となりましょう。我々十月機関も撤退します。黒王軍との戦闘が始まる前に、何としても漂流者(ドリフターズ)は脱出せねば」

 その言葉に、ジョットの顔が曇った。

 彼が「前の世界」で自警団を設立したのは、町を守るためだ。住民を脅して金を巻き上げ、言うことを聞かなければ暴力で訴え、警察もアテにならない無法者の天国から市井を法律に代わって守るためなのだ。

 そんな悪政と暴力から人々を守るための自警団を作った自分が、この世界では民を守らずに逃げねばならない――そんな状況に置かれ、ましてやかつての仲間もいない中で決断せねばならなくなった。

 沈痛な面持ちのジョットに、やぐらは首を横に振って脱出を促した。

「家康、ここはもう無理だ。諦めろ」

「だが……」

「オレだって里長だった男だ。情報と時間さえあればやれることはいくらでもあった」

 ジョットを理想主義者とすれば、やぐらは現実主義者だ。

 やぐらは戦争というモノを知っているがゆえ、何をどうすれば国力の疲弊を最小限に抑え被害を食い止められるかを理解している。その上で必要だったのが、敵に関するあらゆる情報と策を練る時間だった。

 しかし、今回ばかりはやぐらでもどうしようもできなかった。それぐらい切羽詰まった状況下にいきなり置かれたのだ。未知の敵に何の考えも無く挑むのは自殺行為だ。

「っ……」

「それでも道中にできることなら、オレはいくらでも手を貸す。この世界に飛ばされて参ってるのはお互い様だろ?」

「……ありがとう」

 その時、大師匠が手に持っていた水晶球からセムの声が途切れ途切れで聴こえてきた。

《セムです。こち、セ……そち……じょ……》

「!!」

「魔導妨害です!」

「しまった、来るぞ!!」

 一気に慌ただしくなる城内。

 そんな中で、二人組の漂流者(ドリフターズ)が壁にもたれかかりながら言葉を交わしていた。

「この感じ……攘夷戦争を思い出すぜ」

 含み笑いを浮かべて煙管の火皿に火を点けるのは、蝶柄の派手な着物を着用して左目を隠すように包帯を巻いた侍。

 男はかつて、元いた世界の戦場で「近代兵器をものともしない戦術」「軍艦二隻を瞬く間に落とす戦闘力」と評され恐れられ、鬼のように強い義勇軍を率いていた。終戦後も国家転覆を目論み、その後は袂を分かった友と剣を手にして背中を預け、強くしなやかに美しく魂を懸けていた。

 実に数奇な人生を歩んだ彼の名は――

 

 武装集団「()(へい)(たい)」 総督 (たか)(すぎ)(しん)(すけ)

 

「懐かしいでござるか? 晋助」

 そしてこんな緊急事態でありながら、悠然と三味線を弾くロングコートを羽織った漂流者(ドリフターズ)。彼は高杉晋助の右腕的存在であり、その剣術の腕前から人々は彼をこう呼んで恐れていた。

 

 武装集団「鬼兵隊」 人斬り (かわ)(かみ)(ばん)(さい)

 

「ククク……まァな」

 肩を振るわせ笑いながら紫煙を燻らせる高杉。

「似蔵の奴は()()()にゃ来てなかったらしいな」

「影も形もござらん。地獄に先に行ったのであろう」

「来たぞ! 〝黒王〟が!!」

 大師匠の声に、緊張が走る。

 ついに来たのだ。世界廃滅を掲げる黒王とそのおぞましい軍勢が。

 

 

           *

 

 

()(シン)(セイ)! 御親征! 御親征ノ時来タレリ!! 耳アル者ハ聞ケ! 目アル者ハ見ヨ! 口アル者ハ吼エヨ! 全テヲ伝エヨ!」

 空を飛ぶオウムが、人語を響かせる。

 その下にはコボルトやゴブリン、オーク達が武装して侵攻している。一部のコボルトはドラゴンの背に乗って上空からの襲撃を始めている。

「御親征! 御親征! 御親征! 世界廃滅ノ旅ノ始マリデアル! 参集セヨ! 参画セヨ! 全テノ権力ヲ黒王ヘ!! 全テノ権力ヲ黒王ヘ!!」

 全人類への宣戦布告を宣言したオウムは、擦り切れたローブを纏いフードを深く被った謎の人物――黒王が手に持つ蜻蛉の装飾をした杖に留まった。

 黒王はそれを皮切りに、背後に並ぶ一騎当千の怪人物達に呼び掛けた。

「土方歳三。ジャンヌ・ダルク。アナスタシア・ニコラエヴァ・ロマノヴァ。行くがいい」

 黒王に応じるかのように、彼ら彼女らは一斉に死地へ赴いた。

 幕末の動乱を戦い抜いた新撰組元副長、神格化もされた百年戦争の「聖女」、帝政ロシア末期の皇女――後世に語り継がれる英傑達が、人類に牙を剥いた瞬間だった。

 そんな中、一人の男がこれから起こる殺戮に期待の眼差しを向けていた。

「とうとうおっ始めたわけだ。本当に世界を無くすつもりかい?」

貴殿(・・)の〝主〟も、私に同意なさっただろう」

「そうだね。愚かで気の毒な人間を救って幸せにしてやるのが俺の使命だし」

 頭から血を被ったような文様の髪をした、洋風の着物を着た青年。

 屈託のない笑顔を浮かべるその陽気さは、到底世界と人類を滅ぼす立場の者とは思えない。その手に持つ千切れた女性の腕を食らっている点さえ除けば。

「この戦い、貴殿はどう動く? (どう)()殿」

「君と同じだよ。俺は優しいからね」 

 腕を喰い終えた童磨――かつて胡蝶しのぶを殺してその遺体を喰らった鬼は無邪気に笑った。 

「……お前はどうだ、()(どう)(じん)()

 黒王は黒い傘を被った着物姿の剣士――鵜堂刃衛を問う。

 双眸に鬼火のような光を輝かせる彼は、人を斬り殺したいという欲求に従う。童磨とはまた別の類の危険人物だ。己の殺人欲を満たす彼は魔物と評されており、あえて標的の警備を厳重にさせることでより多くの人を斬ることを好む。

 今回の虐殺に積極的に手を貸すと思われたが……。

「うふふ……今回は待つ(・・)とするさ」

「ほう」 

 刃衛は意外にも手を引いた。

 その真意を、黒王は問おうとはしなかった。すでに理解しているからだ。彼がこの虐殺にあえて参加しないのは、強敵との斬り合いに至高の快楽を見出す男にとって北壁の兵士は雑魚以下だからだと。

「お前さんの言う漂流者(ドリフターズ)とやらに、必ず剣の使い手がいる。それも俺がいた世界とはまた別の世界のな」

 うふふふ、と獰猛に笑う刃衛。

 彼が最後に戦った相手は、幕末最強とまで謳われた伝説の人斬り〝()(むら)(ばっ)(とう)(さい)〟だ。長年不殺(ころさず)を貫いてきたために殺し合いとしては不満な部分こそあれど、その決闘は己自身満足が行くものだった。

 そして異世界。黒王の勧誘を承諾した彼は次々と人を殺めていったが、緋村抜刀斎の時のような感覚を味わえずにいた。漂流者(ドリフターズ)のことを聞くまでは。

「別世界の強者達とギリギリの殺し合いをする……それもまた面白い人斬りだ」

「それなら俺みたいに鬼になればいいじゃないか。殺したい放題、斬りたい放題、食べ放題……君の欲は全て叶うよ?」

「うふふ……ダメだな。何度も言っているだろう、それじゃあつまらないと」

 懐から煙草を取り出し、口に咥えて火を点け吹かす。

 童磨はいくどとなく刃衛を人喰い鬼へなるよう勧誘しているが、刃衛はそれを蹴り続けている。彼にとって殺し合い、すなわち生死を懸けた命のやり取りこそ至上の幸福である。人喰い鬼となれば不死身にはなるが、それでは殺し合いの価値が失われてしまうと考えているのだ。

「もったいないなぁ。そんなにいい素質を持ってるってのに」

「うふふ……命は失うモノだからこそいいのさ」

 殺戮の夜は、始まったばかりだ。




廃棄物側は原作に出てくるキャラに加え、本作ならではのジャンプキャラも交えて暴れさせます。
敵役にも注目してください。


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第5幕:進撃の黒王軍

ついに5話に突入。
黒王が言っていた「童磨の主」の正体が発覚します。


「そんなに憎いか黒王……「漂流者(ドリフターズ)」もこの世界も、何もかも……!」

 進撃する廃棄物に、大師匠は顔を歪めていた。

 黒王軍の戦力展開は、極めて合理的に行われていた。

 壁に登るためハシゴをかけて乗り込もうとするゴブリン達をカルネアデスの兵士達は上から弓矢で落としていくが、あまりにも数が多くて苦戦していた。そこを狙うように竜が現れ、壁の上の兵士達を焼き尽くす。それに加えて竜で戦力を空から送り込む作戦を展開し、ゴブリン達が降下し始めたことで、戦況は国王軍に傾き始めた。

 圧倒的な戦力に、移動能力に優れた機動戦力の活用による迅速な戦力展開。想像を遥かに超えた軍事力に、大師匠は焦る。

「もはやこれまで……助けられぬ!! 漂流者(ドリフターズ)だけは何としてでも……っ!?」

 刹那、大きく頑丈な門がバラバラに破壊され、黒いコートに袖を通した洋式軍装の侍――土方歳三が乗り込んだ。兵士達は斬りかかるが、それに呼応するかのように土方の両脇に霧が生じ、何と二人の〝新撰組隊士〟を形取って必殺の一太刀を浴びせた。

 同時に別の門からは凄まじい怪力で巨大な十字槍を振るうジルドレと炎を操るジャンヌ・ダルクが突入。さらに白いドレスを着た雪のように白く長い髪が特徴のアナスタシアが冷気を用いて兵士達を凍死させ、異能による無慈悲な殺戮で全ての門を破壊してカルネアデスの兵力を削いでいく。

(何という力……! 高杉殿と万斉殿が脱出用の馬車を確保しに行ってくれたが……)

「大師匠! 上です!」

「上だと……っ!! アレは!!」

 カフェトに言われ、上空を見上げると、空に突然あの石造りの扉が出現していた。

 扉が開き、中から出現したのは……一人の女性だった。

 黒い上着とズボン、赤い腰飾りに白いマント……大師匠が生きた時代とは明らかに別の時代の出で立ちだ。しかしその体は鍛えられており、相当な数の修羅場を生き抜いた強者であるのは明白だ。

 空中に放り出された彼女は、そのまま頭から落下した。

「どっちだ?  ()()()だ!?」

「大師匠、もう時間がありません! 早く脱出を!!」

「っ……漂流者(ドリフ)であってくれっ!」

 かの扉から現れた女性が漂流者(ドリフターズ)か否か。

 それを確かめる機会はこの戦場と化した王国には無く、遺憾の意を胸中にその場を後にした。

 

 

「……ん……ここは……」

 妙な浮遊感を覚えながら、女は目を覚ました。

 ――自分は確か、あの〝巨悪〟との戦いで殿となって、その後……気づいたら変な空間に……。

 現在進行形で裏社会を支配する「悪の帝王」と死闘を繰り広げ、敗北を悟り、未来を繋ぐために弟子と盟友を逃した彼女。意識が薄れゆく中、あの男――オール・フォー・ワンの嘲笑を最後に耳にした。そして気がついたら、扉が並ぶ奇妙な空間に倒れていて、謎の男によって石造りの扉に吸い込まれ……。

 そんなことを考えていると――

「って、何だ!? どうなってるんだ!? 落ちてるのか私っ!?」

 ようやく自分が地面目掛けて急降下していることを理解する。

()()()()()()()()、私の〝個性〟!! 発現してくれっ!!)

 地面まであと十数メートルというところで、落下する彼女の体は止まった。

 彼女がいた世界は、全人口の約8割が先天性の超常能力〝個性〟を有している。それは凶悪犯罪にも利用され、〝個性〟を悪用する犯罪者達は「(ヴィラン)」と呼ばれていた。その(ヴィラン)を取り締まり〝個性〟を利用して人々を救うのが「プロヒーロー」なる名誉ある華々しい職業に従事する者達である。

 その中でも卓越した技量と強力な〝個性〟、そして揺るがぬ正義で社会の平和に貢献した、後に〝平和の象徴〟と呼ばれるようになる伝説のヒーロー・オールマイトの恩師だった人物。それが彼女の正体だ。

 その名は――

 

 ワン・フォー・オール7代目継承者 ()(むら)()()

 

「ふう……しかし、何だこれは」

 生まれつきの〝個性〟である「浮遊」を制御し、ゆっくりと地面に降り立ち辺りを見回す。

 万里の長城を彷彿させる巨大な城。それに攻め込む異形の軍勢。空を舞う竜。民衆の悲鳴や兵士達の断末魔。そして血の臭い。

 この世界がどこなのかはわからないが、今がどういう事態なのかはすぐに理解できた。ここは戦場だと。

「まさか、何かの戦争の真っ只中なのか? ……っ!」

 状況把握に勤しんでいると、背後からゴブリンが槍を片手に突撃してきた。

 菜奈はそれを躱すどころか片手で受け止め、そのまま力を込めて槍を引き千切り(・・・・・)、ゴミのように穂先を棄てた。

 鉄製の槍をへし折るどころか紙のように千切られ、ゴブリン達は顔色を変えて後退った。そんなゴブリン達を、奈々は笑みを浮かべて拳を構えた。

「女の顔に傷をつけようなんて、いい度胸じゃないのさ」

 

 ――ワン・フォー・オール!!

 

 菜奈が大きく拳を振るった途端、轟音と共に爆風が発生。

 その強烈な風圧は、鎧を着たゴブリン達を次々に吹き飛ばしていった。

「事情はさておき、人々の笑顔を奪う気なら放っては置けないな!」

 

 

           *

 

 

 その頃、カルネアデスの城の馬小屋。

「馬二頭のお守りたァな」

「この世界は移動手段が限られている。一番早く脱出するには馬車以外無かろう」

「ククク……前の世界がいかに恵まれたか身に染みるぜ」

 一足早く大師匠が手配した馬車があるという馬小屋に辿り着いた高杉と万斉。

 彼らが生きた世界は船や鉄道、自動車など多様な移動手段があった。それは武器にもなれば逃走経路にもなり、遠方へ向かうのには正体さえうまく隠せればどうとでもなったくらいだ。

 この異世界は、徒歩と馬車と船しかない。移動手段が限定されることがこうも影響を及ぼすことに、二人は自分達の環境が恵まれていたものだと自覚するようになった。

「……万斉」

「うむ」

 すると、何かの気配に気づいたのか二人は抜刀した。

 いつの間にか、黒王軍のコボルト達が姿を現していた。

「こうも早く乗り込まれるとは……敵は中々の軍師でござるな」

「万斉。あの二人や()()()共には(わり)ィが、先に祭りを楽しまさせてもらおうや」

 次の瞬間、高杉と万斉は背後から忍び寄ったコボルト二体を一刀両断する。

 今のは確実に隙を突いたはず――そう言わんばかりに、コボルト達は目に見える程に動揺していた。

「相手が悪かったでござるな」

「今は二人だけだが、鬼兵隊(おれたち)は世界相手に喧嘩売ってきたんだ」

 異形の大軍に囲まれ八方塞がり。逃げ場を失い、追い詰められた絶望的な状況。並の兵士なら心がへし折れそうになるが、高杉は揺るがない。

 少し前までなら、こんな状況はよくあった。師を救けるための戦、師を奪った世界を壊す戦、果ては地球どころか宇宙規模の戦……その度に己を奮い立たせ、己の剣を振るい、己の魂を護ってきた。

 そして異世界。異星人の次は魔物ときた。人外の知的生物との因縁が世界をまたいでなお続くことに、高杉は笑いが止まらなかった。

「ククク……! 人間じゃねェ連中とこうも縁があると、運命すら感じるじゃねェか。そういうのは御免だが」

 高杉は口角を上げた。

「来いよ、介錯は俺が務めてやらァ。ここはてめーら全員の首斬り台だ」

 高杉の気迫に呑まれ、コボルト達は体を強張らせた。

 彼らは知らない。高杉が自分達よりも多くの修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の将であることを。彼の右腕たる万斉も、前の世界では剣豪として知られていたことを。

「晋助、どうする」

「今のでビビってんだ。練度は大したこたァあるめェ………こんぐらいの数なんざ俺や銀時は物足りねェけど、なっ!」

 高杉は一気に大軍へ突っ込み、まず先頭のコボルトを瞬時に斬り伏せた。鎧ごと斬り裂いたその腕前に、敵は怯んだ。

 その隙を逃さず、高杉は勢いを殺さず暴れ回る。逃げ場を失ったら作ればいいと言わんばかりに、臨戦の構えを取ったコボルト達を次々に斬り捨てていく。それは洗練された無駄の無い太刀筋で、一対多数でも十分に威力を発揮していた。

 しかし数という点では、コボルト達が圧倒的に有利だ。各々剣や槍を片手に、一斉に襲い掛かるが――

 

 ギシィィ

 

「無粋な連中でござる」

 コボルト達の動きが止まる。目を凝らしてみると、細い糸のような何かで拘束されている。

 これが人斬り万斉の真髄の一つ。彼は剣術だけでなく三味線の弦をも武器として扱うことができるのだ。弦は鉄の強度を誇り、無理に動こうとすれば身体が引き裂くため、対象に絡めてトラップとして用いるのである。

「演奏中は黙って曲を聴くのがマナーでござる。もっとも、その垢の溜まった耳では聴こえんであろうが」

 そう言いながら弦を操り、絡めとられたコボルト達の肉を裂く。鮮血が飛び散り、人語ではない絶叫を上げたところで目にも止まらぬ速さで首を刎ねていく。

 今までにない戦術に混乱したのか、コボルト達は動きを止めた。それを見逃すわけなどなく、高杉も愛刀でさらに斬り伏せていく。

「晋助だけではこの数の介錯は苦労するであろう」

「ククッ……」

 余裕に満ちた笑みを互いに浮かべ、コボルト達を圧倒する。気づけば、コボルトの大軍は半数以上減っていた。

 だが戦場や死地という場所は予想外の事態や不条理な出来事がよく起こる。逃げ惑うように撤退するわけなどなく、むしろ援軍が来る場合がある。そして、それは現実となる。

「っ! 晋助!」

「ああ。今度は豚の群れだ」

 コボルトの次は、彼らよりも体格のいい武装したオークの軍。

 ところどころ鎧に血がついており、おそらく兵士達を屠ってきた後なのだろう。もっとも、数がいかに多くても技術は二人の方が遥かに格上なので恐れるに足らない。

「どうやら人間ではない者達は皆、侍の一刀が大好きなようでござるな」

神威(かむい)の奴もそうだったな。俺の一太刀浴びといて笑ってたからな」

 

 ――ヴヴォオオオオオ!!

 

 大地を震わす程の雄叫びと共に、オークとコボルトの連合軍が波のように押し寄せてきた。

 それに対し二人は同時に地面を蹴り、向かってくる魔物達を薙ぎ倒し始めた。

「!?」

「ッ……!!」

 一人、また一人と斬られ、地を這いずり回る。

 蹴るは殴るは鞘で叩きつけるは、何でもありの殺しの剣法――殺し合いに特化した戦い方に異形の者達は後退る。反撃の隙を与えず、互いの攻撃の隙を互いに補うように剣を振るうそれに、太刀打ちできないでいた。

 オークとコボルトだけならば。

 

 バサッ――

 

「竜!?」

「避けろ!」

 無双状態の高杉と万斉の前に、コボルトが操縦する竜が飛来。

 大口から(ごう)()が放たれ、紙一重で躱す。

「晋助っ!」

「ちっ、空は厄介だな……」

 高杉は舌打ちする。

 かつて参加した異星人・天人とそれに屈した幕府政権との戦争。高杉は当時の戦友達と神出鬼没なゲリラ戦を繰り広げて多大な戦果を挙げたが、空からの攻撃にはひどく悩まされた。陸上での白兵戦や船上での乱戦では無類の強さを発揮したが、その分空飛ぶ戦艦からの砲撃と銃撃では多くの被害を出していたのだ。

 忌々しい過去の記憶を呼び起こすそれに、虫唾が走った。

(あの竜の鱗、かなりの硬度でござるな。拙者らの剣でどこまで通るか……)

 まるで鋼鉄を彷彿させる竜の鱗に、万斉は一筋の汗を流す。

 明らかにコボルトやオークが着る鎧よりも硬そうな鱗。並大抵の攻撃では倒れないであろう巨体。そして最大の武器である灼熱の吐息とパワー。

 倒せないことは無いだろうが、二人だけで、ましてや刀一本では彼ら全員を返り討ちにするのは非常に難しい。ここを脱出できても必ず来るであろう追手を迎え撃つ力は温存しておきたいが、そういうわけにもいかない状況だ。

「万斉、来るぞ!」

「さすがに堪えるでござるな!」

 再び襲い掛かる炎。

 軌道を読んでどうにか避けるが、その隙を狙うように敵の軍が押し寄せる。その逆境を突破せんと態勢を立て直した、その直後だった。

「〝死ぬ気の(ゼロ)()(てん)(とっ)()〟」

 

 パキィィン

 

「「!?」」

 刹那、人ならざる者達に襲い掛かる氷。それは津波のように押し寄せ、彼らを呑みこみ氷漬けにした。

 そこへ駆けつけたのが、額に炎を灯したジョットとその一行だった。

「無事か!?」

「……今のは主の力でござるか?」

「ああ。通常の氷結と違って〝死ぬ気の炎〟でのみ解凍することができる」

「成程……その死ぬ気の炎ってのは、アンタの額に点いてるそれかい」

 圧倒的な力で全軍を氷漬けにしたジョットに、侍二人は驚嘆する。

 ジョットがかつて生きた世界における、人間の生体エネルギーを圧縮し視認できるようにした〝死ぬ気の炎〟。使い方次第では宙に浮き自由に飛び回ることや機械類の動力源にもでき、戦闘においては絶大な威力で焼き尽くす。

 その中でも一際異彩を放つのが、ジョットの技。死ぬ気の炎を強力な冷気に変換し、対象を凍らせるという「死ぬ気の炎を封じるための技」を編み出したのだ。冷気に変換された死ぬ気の炎は自然解凍せず、死ぬ気の炎で融かす以外に解凍手段は無い。

「ひとまず、皆無事で何よりだ」

 誰一人欠けることなく集まれたことに安堵し、ジョットは優しく微笑んだ。

(――似てやがる。あの笑顔……()()()()()()()()

 高杉は目を細め、その姿をかつて自分とその仲間に剣の道を教えてくれた恩師・(よし)()松陽(しょうよう)と重ねた。

「……で、これからどうする気だ? この国は敵の手に落ちたぞ」

 やぐらの言葉に、一同は真剣な表情となる。

 カルネアデス王国は、実質失陥した。おそらくこの国は後に黒王の拠点となり、諸国への侵攻の中継基地となる。態勢を立て直して取り返せば黒王軍への軍事的ダメージは相当なものとなるが、今の戦力では不可能だろう。しかし放置すれば世界は滅び、人類は一人残らず殺されるか人権無視も甚だしい扱いを未来永劫受けるかのどちらかしかない。

 絶望的な状況。それでも大師匠は、一抹の希望を懸けて質した。

「諸君……突然()()()にやって来て、突然戦えと言われても困惑するだろう。でも……でもどうか助けてくれ! どうすればあの〝黒王〟に勝てる……いや、勝ち目はあるのか!?」

「…………どうだろうな。連中、オレを殺した「暁」が可愛く思えるような奴らだぜ」

 かつて自分を死に追いやった、各国の凄腕の抜け忍達で構成された小組織「暁」すら凌駕すると断言するやぐら。その非情な現実に大師匠は言葉を失うが……。

「――家康はどう思う?」

「フッ……ゼロではないだろう」

 ジョットの不敵な笑みに、大師匠もやぐらも釣られるように笑う。

 黒王が率いる大軍の強大さと凶悪さは言語に絶していたが、機は必ず訪れる。今は無力でも、多くの力が集まれば必ず打ち倒すことができる。

 イチとゼロとは違うのだ。

(ゼロじゃない……! そして()()()()()()合流したら、まだ望みはある! 廃城の漂流者(ドリフ)達と……!)

 まだ望みは潰えたわけではない。各々の世界で名を馳せた漂流者(ドリフ)達は、この場にいる者達や廃城の彼らだけとは限らないのだ。

 自らの腕っ節と器量で一時代を築き、後世に名を残した者。歴史の陰で人々を守り支えた者。命の火が消えるその瞬間まで自らの信念を貫き通した者。彼らが集えば、世界の廃滅を目論む廃棄物を討ち滅ぼせる。

「では皆さん、馬車に乗って! カルネアデス王国から脱出します!!」

 

 

 時同じくして。

 戦況を見守っていた黒王は、ゴブリンの大軍をたった一人で無双する菜奈を眺めていた。

「人ならざる者達だけでは厳しいか」

 冷静に実力を推し量る黒王。

 漂流者(ドリフターズ)として飛ばされてきた者達が、それぞれ生きた世界の理が異なることを黒王はすでに見抜いていた。理が異なるということは、同じ人でも能力が大きく違うことと等しい。勢いだけで倒せる程、彼らも甘くはないということだ。

 しかしそれは廃棄物(こちら)も同じこと。土方はかつて新撰組に所属していたと言っていた刃衛を知らなかったのだから、認識のズレは確かに存在している。とはいえ、強いことは変わらない上に認識のズレ自体は悪影響を及ぼすわけではないのでスルーしているのだが。

「黒王。あの女は何者だ」

 そこに現れた、一人の男。

 黒い洋服を着込んで白い帽子を被った、紅梅色の瞳と縦長の瞳孔が特徴の容姿端麗な美青年だ。しかし纏う雰囲気はあまりにも禍々しく、黒王と同等の無気味さを醸し出している。

 彼は人を襲い喰らう鬼の始祖にして鬼の頂点。残忍、無慈悲、傍若無人、傲慢……それらの言葉を体現した、人間も人ならざる者も超越した正真正銘の〝怪物〟。

 

 その名は、()()(つじ)()(ざん)

 最強すらも超越した、人喰い鬼の首魁だ。

 

漂流者(ドリフターズ)だ。私がいた世界の者ではない」

「ほう……」

 無惨は興味深そうに目を細める。

 鬼殺隊との壮絶な死闘の末、日の出と共に朽ち果てた無惨は、廃棄物としてこの異世界に飛ばされ黒王と出会った。黒王が掲げる世界廃滅と〝人ならざる者〟による新たな文明の誕生に興味を示し、手を組んで活動を始めた彼だが、最近夢中になっていることがある。

 それが、自分が知らない未知の別世界から来た漂流者(ドリフターズ)の研究である。自身が選別した十二(じゅうに)()(づき)や忌々しい鬼殺隊とはまた違った能力(つよさ)を宿す漂流者(ドリフターズ)を隷属すれば、自分は完璧をも凌駕した存在になれる――そう確信し、無惨は彼ら彼女らの研究を行っているのだ。

漂流者(ドリフターズ)は決して生かしてはおかぬ……必ずや一人残らず殺してくれる。だが貴殿が同族(おに)にしたいのであれば、私はそれを受け入れよう」

「私が生む鬼もまた、貴様が手を差し伸べる範疇ということか……」

 そう呟きながら無惨は遥か先で戦う菜奈を見つめ、笑った(・・・)

 直感的に思ったのだ。あの女の日輪の如き笑顔を絶望に染め上げ、屈服させてやりたいと。鬼にしてその全てを支配し、自分の女として傍に置きたいと。

 あの女のような漂流者(ドリフターズ)は、手駒にすれば強大な武力を得られるだろう。餌として吸収すれば、(まれ)()以上の力を得られるだろう。確固たる根拠がなくとも、そう確信させられた。

「もったいない存在だ、漂流者(ドリフターズ)……人のままで終わらせるのは、あまりにも惜しい」

 無限の可能性を秘めた漂流物に、鬼の始祖は魅入られていた。




あと1~2話で殺せんせーサイドに戻ります。
ちなみに廃棄物側はちゃんと何名か手配してるのでご安心を。(笑)


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第6幕:プロはいつだって命懸け

「鬼滅の刃」の鬼達が本作のザコ敵と中ボスに向いていることに気づいちゃいました。
鬼滅要素が強くなっちゃう。(笑)

2020年9月14日、一部修正しました。


 カルネアデス王国から脱出するため、十月機関と四名の漂流者(ドリフターズ)が馬車に乗って疾走する。

「家康殿、一体どこで馬術など……」

「俺のかつての仲間は有能で頼もしいぞ!」

 わははは、と呑気に笑うジョット。

 彼は前の世界で色んな人物を〝守護者〟として大切にしており、その内の何名かは社交性に富んでいた。その中で乗馬やチェスは貴族の娯楽兼趣味であり、当時の政治家や有力者との関係を築く上で欠かせないため「ボスとしての学問」として叩き込まれたのだ。

 ただジョット自身の成長ぶりが異常だったので「何で私より出来てるんですか……」と泣いたことも多々あったのは秘密だ。

「……で、大師匠さんよォ。その廃城の連中はどこだ?」

「この国の遥か南です。南下すればエルフ族の村と森があるので、そこを拠点にしているはずです。私の部下が監視しています」

「何人だ?」

「三名です。あなた方がいた世界とは別の世界から飛ばされてきた可能性が……っ!」

 突如、前方から黒王軍が押し寄せてきた。

 このままでは囲い込まれてしまう。大師匠は道を変えるべく声を発しようとした、その時。

「〝(すい)(とん)(みず)(らっ)()〟!!」

 

 ドッ!

 

「っ!?」

 やぐらが馬車を引く馬の背に立つと、口から大量の水を吹き出して黒王軍を全員押し流した。それを見た大師匠は、その規格外の威力に唖然とする。

 やぐらがいた世界では、体内の精神エネルギーと身体エネルギーを練り合わせることで生み出す「チャクラ」を用いて多種多様な忍術を操る。先程やぐらが放ったのは水を利用した〝水遁〟の基本術である技だが、忍の頂点たる影であった彼は凄まじい量のチャクラを有しているため、基本の技でも絶大な威力を発揮するのだ。

「これが忍者か! 見事!」

「俺らの知る忍術じゃねーな」

「同じ忍者でもこうも違うとは……」

 ジョットは初めて見る忍術に大興奮し、高杉達は自分達が元いた世界の忍との違いに驚きを隠せない。

「あの大軍を一瞬で……やぐら殿! その術は何回使えますか!」

「オレのチャクラが切れるまでだが」

「それ程の大量の水を使えるならば、上空からの竜の迎撃もお願いできますか!?」

「竜か……やってみよう」

 その直後、巨大な竜が前方に飛来した。

 竜は大口を開けて炎を吐こうとしたが、その前にやぐらの術を食らい、その水圧で弾き飛ばされ撃墜した。

「助けは不要だな、やぐら殿!」

「お前は馬に集中しろ!」

 やぐらに叱咤されながら、ジョットは馬を操る。

 襲い掛かる黒王軍を薙ぎ倒せば、混乱していた民衆が後を追うように雪崩れ込む。まるで付いて行けば助かるとでも言わんばかりに。

「もうすぐ西門です! 急いで!」

 そして唯一の脱出口である西門を突破した。

「よし、出たぞ!」

「家康殿、このまま南へ向かいます! 構成員のセムと合流します!」

「うむ!」

 西門を突破し、一行はセムがいるエルフの村へと目指した。

(お前の好きにはさせん! させんぞ、黒王! 必ず間違いは正す! お前達はここにいてはいけないのだ!)

 

 

 一方。

「ハァ……ハァ……」

 黄色の手袋で汗を拭い、息を荒げる菜奈。その周囲には無数の黒王軍の兵士が倒れ伏し、まるで天災に遭った後のように地面が大きく抉れ地割れも起きている。

 彼女が扱う「ワン・フォー・オール」は、スピードやパワーと言った筋力が爆発的に強化され、強力かつ応用性の高い〝個性(チカラ)〟である。拳や脚による打撃の一撃一撃が破格の威力であり、直撃を食らわなくても攻撃の余波で圧倒できる程。当然その力に耐えられるよう体を鍛えてあるため、菜奈の戦闘力はかなりの脅威と言える。

 しかしあくまでも身体能力の強化であって、体力は別の話だ。数による消耗戦に持ち込まれては、菜奈の方が不利になる。現に彼女はそういう状況に陥ってしまっている。

(クソ、数が多すぎる……)

 ゴブリン・オーク・コボルトによる白兵戦。

 竜による上空の機動戦力。

 それに対処すべく尽力したが、さすがの菜奈もこれには疲弊した。孤軍奮闘の末、いきなり異世界に飛ばされたヒーローの敗色は濃厚だった。

 それでも、菜奈は笑っていた。笑ってる人間が世の中で一番強いのだ。どんなに恐い時でも、どんなピンチの時でも笑顔を絶やさない。それが彼女の正義なのだから。

「弟子に言っといて師匠が実践しないのは筋違いだよな……(とし)(のり)……!!」

 拳を握り締め、己を奮い立たせる。

 すると、先程まで殺気立っていた黒王軍が、次々の武器を下ろし始めた。それと共に得体の知れない気配を感じ取り、菜奈の顔から笑みが消えた。

 本当に危ない奴が来た――その事実を身体が、本能が察したのだ。

「えらい! 頑張ったね! さすが無惨様が目を掛けるだけあるよっ!」

「……!」

 パチパチと盛大な拍手を菜奈に送るのは、無惨の部下である人喰い鬼・童磨。

 ニカニカと屈託なく笑っているが、全身から漏れ出る血の臭いにさすがの菜奈も恐怖を感じた。

(こいつ……(ヴィラン)なんてモンじゃない! ()()()()()()だ!)

 冷や汗が止まらない。今まで出会った悪意(ヴィラン)が可愛いと錯覚してしまう。

 傷一つ負うことなく笑いながら自分に止めを刺した悪の支配者(オール・フォー・ワン)は、悪の権化と言える男だが妙に人間臭さがあった。しかし目の前の男からは、それが感じ取れない。

 それが余計に、恐怖心を煽った。

「本当なら君の全てを貪り食って俺の一部にしたいけど、そういうわけにもいかないんだよな~……とっても美味しそうなのに残念だよ」

「お前……人間じゃないな」

「正解。俺は人を襲い喰らう鬼だよ。何人喰ったかは……ごめん、忘れちゃった!」

 悪い予感が当たった。

 が、菜奈はどこか納得してもいた。正真正銘の人喰い鬼ならば常軌を逸した数々の言葉にも、全身から漏れ出るあの血の臭いにも説明がつくからだ。

「……見た感じ、私を殺す気は無いらしいな。お前がさっき言っていた無惨という者の命令か?」

「その通り! 人間の弱い女の子にしては察しがいいね! 俺感動したよ!」

(こいつ、絶対他人から嫌われる性格(タイプ)だな……)

 菜奈は何となく童磨の性格を掴めた。

 他者の神経を逆撫でしまくるせいで間違いなく孤立する男だと。

「冥土の土産に教えてあげる。君の予想通り、あの方の命令だよ。あの人、君だけなのかはともかく漂流者(ドリフターズ)に興味津々なんだよ」

「そうか……お前が様付けで呼ぶくらいだ、無惨という奴は相当の(つわ)(もの)だな。――だが、()()()()()()()?」

 菜奈は失った笑顔を取り戻す。

 人喰い鬼が何だ。確かに恐ろしい存在だろうが、自分がその脅威から弱き人々の笑顔を守れなくなる方が余程恐ろしい。

 

 負けられない。

 ヒーローは負けない。

 いつだって勝つのがヒーローだ。

 

 ゆえに彼女は、何度でも立ち上がるのだ。

「絶対に勝てない相手だとわかっていて戦い抜こうとするその愚かさ……()()()()と同じくらい、いやそれよりも素晴らしいな!」

 嬉々とした様子の童磨は黄金に輝く鋭く大きな鉄扇を構えた。

「名前教えてよ! 俺は童磨って言うんだ!」

「私は志村菜奈……ヒーローだ」

 互いに名を名乗った、その時だった。

「何をしている童磨」

「!」

 一触即発となった戦場に現れた男。

 鬼舞辻無惨だ。

 童磨以上に濃厚な血の臭いと禍々しい気配に、菜奈は息を呑む。

「邪魔だ」

「無惨様、前より優しくなってる?」

「首を刎ねられたいか」

 無惨に凄まれた童磨は笑顔で両手を挙げる。

 その気迫に気圧されるも、菜奈は無惨に問いかけた。

「……お前が無惨か」

「いかにもそうだ、漂流者(ドリフターズ)・志村菜奈」

 紅梅色の瞳で、眼前の聡明な女傑を見つめる。

 その視線は粘着的なモノで、支配欲剥き出しであった。

「先程まで見届けていた。揺らぐことの無い心、そしてその圧倒的な力……人のままで終わるにはあまりにも惜しい」

「……そこにいる童磨と同じ人喰い鬼なら、私を喰うならやめといた方がいい。筋張った肉の塊で腹を下して死ぬのは嫌だろう?」

「フフ……中々面白いことを言う。しかしお前は自分がどれ程の価値があるかわかってないようだ」

 それは、純粋な称賛だった。

 一人で異形の大軍と渡り合う強さ。四面楚歌の状況でなお失わない気概。そして見る者を安心させるような、朗らかな優しい笑顔。

 あの忌まわしき耳飾りの剣士――(つぎ)(くに)(より)(いち)のように人でありながら人を超越した力を持ち、それでいて太陽のように他者を明るく照らす女。太陽を克服することで「真の〝完全生物〟」を目指した無惨にとって、たとえ太陽を克服できなくても手中に収めたい存在だった。

「お前は私が嫌う鬼殺隊とよく似ている」

「鬼殺隊……?」

「そうだ。大切な者の仇を討つために自分の命を投げ出す、異常者の集まりだ。限りなく完璧に近い私に殺されるのは大災に遭ったのと同じであるのに、それを理解しようとしない」

「……」

 無惨の言う鬼殺隊が何者なのかはわからないが、菜奈は無惨の言い方から察した。

 鬼殺隊は、無惨がいた世界におけるプロヒーローに近い連中だと。

「志村菜奈、一つ問おう。お前の笑顔は、どれ程の屍の上で成り立っている?」

「っ……!!」

「人の域は超えているが、人のままだ。ならば救いきれなかった命はあるだろう。――志村菜奈、お前の笑顔の為に何人死んだ?」

 菜奈を嘲笑する無惨。

 他者の為に自分の命を投げ出すことも躊躇わない人間とは、他者の犠牲というモノに弱い。それは自責の念を駆り立て、容易に心を砕くことができる。今まで出会ってきた人間がそうであったのだ、この女にも必ず通じる。挫けたところで誘惑し、自分と共にいることがいかに素晴らしいか教え込んでやろう。

 そう思っていた無惨だったが……。

「……!」

 真っ直ぐな目で見据える彼女に、無惨は目を大きく見開いた。

 菜奈の心は、ヒビ一つ入ってなかったのだ。

「ハハッ……ヒーローの自己犠牲ってのをよく理解していないな」

「何だと……?」

 後悔・悲壮感・猜疑心が胸をよぎっても、それでも拳を握り締め平和の為に全てを懸ける。それがヒーローの自己犠牲であり、死より過酷な茨の道を辿る哀しき宿命であり、存在意義である。

 時にはこれでよかったのかと、他にも道はあったのではないかと、信念を鈍らせるような迷いもある。理想と現実の間で悩み苦しみ、果ては絶望し悪に堕ちる英雄もいるだろう。だが、それでもヒーローは前を向くのだ。救えなかった者達の無念を背負い、その手にチカラを込め、殴り続けるのだ。

「命を賭して悪意と戦い、そして勝つ。私がヒーローとしてこの世界に来たのなら、お前を倒すのが道理さ」

「……人間はあっけなく死んでしまう弱々しい生物だ。お前も例外ではないぞ」

「それがどうした? 人間の想いと魂は、必ず受け継がれる……未来に繋げられる! 私が弟子に託したように!」

「っ……!!」

 そう笑みを浮かべて力強く告げた途端、なぜか首を掴む無惨の手が惚けたように緩んだ。

 菜奈はそれを見逃さず、無惨の胸に拳を叩きつけた。

「ぐうっ……!」

「……じゃあな」

 

 ドゴォォォン!!

 

「!?」

 即座に菜奈は渾身の一撃を地面に叩きつけた。

 その瞬間、竜巻状の衝撃波が発生して周囲を吹き飛ばした。まるで空に巻き上げられるかのように、黒王軍の兵士達が絶叫と共に吹き飛んでいく。耐えられたのは、無惨と童磨だけだった。

 土煙が晴れれば、そこには亀裂が生じクレーター上にへこんだ地面だけで、彼女の姿はどこにもなかった。

「……逃げたか」

 夜空を仰ぐ無惨は、思考の海に潜った。

 やはりあの女は、鬼殺隊の隊士共とほぼ同じ価値観だ。己が朽ち果てても想いを継ぐ「継承者」が必ずや叶えてくれると信じてやまない鬼狩り達と似ている。しかも腕といい度胸といい、鬼である自分ですら認めざるを得ない程の実力者ときた。

 あの女は、自分が最も欲する存在だ。

「まさか空に逃げるとはね~……って、アレ? 随分上機嫌だね、無惨様」

「……気が変わっただけだ」

 無惨は笑う。

 己に心身共に消えない傷をつけたあの継国縁壱(バケモノ)はいない。鬼殺隊を率いた(うぶ)()(しき)耀(かが)()もいない。鬼狩りを殺し尽くすという己の想いの全てを託した竈門(かまど)(たん)()(ろう)には鬼殺隊の異常者共のせいで裏切られた気分だが、それすらもどうでもいいこととなった。

 鬼を知らぬこの異世界において、太陽の克服さえ除けば無敵の存在となった自分。己の脅威となる者がいない世界。ゆえに一度は潰えた「永遠の生存」を再び目指さんと胸を躍らせたが、漂流者(ドリフターズ)を知ったことで認識を改めた。

漂流者(ドリフターズ)を利用して、私は自然の摂理のような永遠の存在となる。そうだ、私に殺されるのは大災に遭ったも同然なのだ)

 無惨が導き出した答えは、()()()()()()()()()を永遠の存在とすること。それは日の光をも克服した後継者を育てて「日」と「夜」を支配し、前の世界では果たせなかった「永遠の生存」を実現して自らを神格化させるのだ。

 〝鬼の王〟ではない。それすらも超越した〝万物の王〟を無惨は目指そうとしているのである。

 

 受け継がれる意志。人の夢。

 それは完璧な存在ですら倒すチカラとなる。

 ならば自分も成し遂げてみようではないか。()()()()()()()()()

 

(私の後継者候補は……ひとまず志村菜奈だな。だがあの女以外にも漂流者(ドリフターズ)はいるはず。後継者を決めるのは今ではない、焦ってはいかん)

 鬼は悠久の時を生きるのだ。気が遠くなる程の時を生きるのは苦ではない。

 時間を掛けて、じっくりと吟味すればいい。あとはどうとでもなる。

「私は全ての王となり、全てを平伏させる……人も鬼も、全ての生きとし生けるモノの頂点へ昇り詰めよう……!」

 恐れるモノも立ち塞がる壁も無い。無惨は心の底から歓喜した。

 ただし、鬼殺隊をはるかに上回る力を秘めた漂流者(バケモノ)達がこの世界に飛ばされてきていることを彼は知らない。

 

 

           *

 

 

 その頃、「北壁(カルネアデス)」よりはるか南の廃城では。

「大師匠様と連絡取れなくなっちゃうし……ど、どうしよ。まさか北壁が落ちたなんて無いよね? こっちはあのバカ3人組メチャクチャやるし、もうどうしよう……」

 どうしようもない不安に駆られるセム。

 その直後。

「こんばんは。今日は月が綺麗ですね」

「ヒャアーーーッ!?」

 背後からのしのぶの声に、木々がざわつく程の奇声を上げるセム。

 それと共にロジャーと殺せんせーも姿を現す。

「敵意も殺意も無いようなので見逃してましたが……何者ですか?」

「ひ……わ、うわ……ギャーーー!! 殺されるーーー!! 妖怪〝助平系イケメン〟だーーっ!!!」

「誰が妖怪〝助平系イケメン〟ですかっ!!」

 殺せんせーは手刀を炸裂。

 セムはそのままバタリと倒れた。

「密偵でしょうか?」

「それにしちゃあ間抜けだな。サイファーポールよりひでェぞこりゃあ」

「ええ。私の教え子達の方が百万倍優秀ですよ」

「っつーかそいつ、おれ達と同じ言葉喋ってねェか?」

 ロジャーの一言に、空気が変わった。

 誰がどう考えても別世界である場所に、自分達と同じ言語を扱える者が陰でコソコソとしていたらどう思うか。

 答えは一つ。尋問である。

「何か知ってるぞ絶対」

「尋問ならお任せを。こう見えて女性の扱いには長けておりますゆえ」

「いや~~~~~っ!!」

 ヌルフフフとゲスイ笑みを浮かべて詰め寄る殺せんせーに色んな危機を察し、女は口早に乞う。

「わっ、私は「十月機関」の魔術師でオルミーヌと申します!! お師匠様の命令で貴方達漂流者(ドリフターズ)の監視をしていただけです助けてください!!」

「……何言ってるんですか?」

「怖い!! やめて下さいその真顔より怖い笑顔!!」

 しのぶの微笑みに怯えるオルミーヌ曰く。

 この世界において、殺せんせーやロジャーのように〝向こうの世界〟からやってきた人々を「漂流者(ドリフターズ)」と呼ばれている。その人達を監視して集めることが彼女が属する十月機関の仕事であり、廃棄物と呼ばれる者達と戦うためにやってきたというのだ。

 それを聞いた三人は顔を見合わせ、それぞれオルミーヌに一言。

「断ります」

「んだそりゃ、勝手に決めんな」

「何で私達に押し付けるんですか?」

「えーーーーーーーっ!?」

 オルミーヌの絶叫が木霊した。




次回は結構重要かも。
独眼鉄風に例えると「ドリフターズは何ぞや……!!」です。


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第7幕:生殺与奪の権は我にあり

ロジャー達が原作のドリフとは多少設定が異なるのはご存じかと思います。
今回はそれについて少し触れます。


 無数の扉が並ぶ、例の空間にて。

 人ならざる悪しきもの「廃棄物(エンズ)」を呼び寄せているEASY(イーズィー)は、紫がいるデスクの前にまた姿を現していた。

「何がドリフよ。()()()()()()()()()()()あんな者達をいくら送りこもうと、私の駒には敵わない。戦いに勝つのは私なの」

 圧倒的な能力と指導力で人類を絶滅させようと動く黒王。

 超自然的な能力を会得したカタチで召喚された、世界を憎む黒王の配下達。

 そして、突如として異世界に現れ猛威を振るう人喰い鬼や謎の人物(キャラクター)達。

 これら全ては、EASY(イーズィー)が紫と彼が呼び寄せる漂流者(ドリフターズ)確実に(・・・)勝つために召喚したのだ。

 今までの廃棄物(エンズ)とは格が違う、漂流者(ドリフターズ)ですら勝てないであろう〝厄災級〟の侵略者。その脅威に気づいた紫が同じこと(・・・・)をしているが、すでに手遅れだ。

「無駄な足掻きはしないで素直に敗北を認めたらどうなの? 紫!」

 EASY(イーズィー)は振り向いた。

 が、そこには紫の姿はなく、代わりに「終了しました」と書かれた看板がかけられていた。

「……む、紫ーーーーーーーーーーーっ!!!」

 顔を真っ赤に染め、怒りを露わに叫ぶEASY(イーズィー)だった。

 

 

           *

 

 

 オルテ北部の山岳地帯。

 ここは(イヌ)(ビト)(ネコ)(ビト)といった、亜人の中では最も人間離れした獣頭人身の種族が暮らす地域である。

 そこには、一人の漂流者(ドリフターズ)が迷い込み、犬人達を統率していた。

「〝鳥神様〟!! 空から人間が降ってきました!!」

「ブーッ!!」

 煽った酒を盛大に噴き出す。

 犬人達に〝鳥神様〟と仰がれる、黒い羽毛のコートを羽織りハートをあしらった服を着用した男。体格は屈強というよりも華奢という言葉が似合うが、見上げるような長身はどこにいても目立ちそうだ。

 彼もまた、漂流者(ドリフターズ)の一人。海賊王ロジャーが活躍した時代よりも十数年先の未来から来た、彼の宿敵の一人だった軍人の部下でもある男だ。

 その名は――

 

 ドンキホーテファミリー幹部 〝コラソン〟 ドンキホーテ・ロシナンテ

 

(こんな夜中に人が迷い込む? いくら何でも無茶が過ぎるぞ)

 怪訝な表情を浮かべながらも、煙草を咥えて犬人が発見した人間の元へ向かう。

 彼はこの世界に飛ばされた際、運がいいのか悪いのか犬人達の縄張りに迷い込んでしまった。侵入者として攻撃を受けそうになったが、その長身と服装に気圧され、さらに犬人達を皆殺しにしようとしたオルテの軍をたった一人で全員殴り飛ばして制圧したために〝鳥神様〟と呼ばれるようになったのだ。

 ちなみに鳥神様の名の由来は、常時羽織っているコートからである。

「おい、こんな夜中に不用心だぞ。例の兵士達が襲い掛かるかもしれねェって――」

 呆れ半分で現場に到着したロシナンテは、犬人が発見した人間を視界に捉え瞠目した。

 黒い上着とズボン、赤い腰飾りに白いマントが特徴の女性だ。しかし戦闘の後だったのか、痛々しい傷を負っている。

 重症という程ではないが、意識を失った手負いの女性に、ポロリと煙草を落としてしまう。そしてそれは、見事にコートに燃え移ってしまった。

「お、おい! あんた大丈夫かっ!? しっかりしろ!!」

「鳥神様!! それこっちのセリフ!!」

「水だ、水ぶっかけろ! 鳥神様が香ばしい焼き鳥になっちまう!!」

「もうやだ、この人ドジで!」

 静かな山岳地帯に、漂流者(ドリフ)と獣人達の騒がしい声が木霊した。

 

 

 時同じくして。

 オルミーヌは縄で縛られ殺せんせー達の尋問を受けていた。

「あなた方のようにどこか(・・・)の世界から飛ばされた者達を我々は漂流者(ドリフターズ)と呼んでいます。そして同様に飛ばされてきた、人ならざる悪しき者(・・・・・・・・・)は廃棄物や廃棄者……〝エンズ〟と呼ばれています。私達十月機関はそれを見極め監視し、廃棄物(エンズ)に対抗するために漂流者(ドリフターズ)を集結させることを目的としています」

 十月機関の目的。漂流者(ドリフターズ)は何者なのか。そして同様に飛ばされてきた謎の敵勢力「廃棄物(エンズ)」。

 情報量が多すぎるせいか顔を顰め理解に苦しむロジャーとしのぶだが、大学教授に化けられる程の明晰な頭脳を持つ殺せんせーは独自に咀嚼し整理した。

「成程。十月機関は私達を廃棄物(エンズ)との戦いに勝つための戦力にしようとしているのですね。大方、廃棄物(エンズ)とやらは世界の滅亡か人類の絶滅でも企ててるんでしょう」

「!? な、何でわかったんですか!? まさか知ってたのですか!?」

「あなたの言い方で大体事情は察しますよ。それで、実際はどうなんですか?」

「……その通りです」

 オルミーヌ曰く。

 廃棄物(エンズ)と呼ばれる怪人物達は、全てを滅ぼさねば気が済まない程の憎悪を身に宿し、必ず破壊と(りく)(さつ)を行って人々を惨殺し続けているという。そしてその廃棄物(エンズ)達を率いる「黒王」という存在が現れたことで廃棄物(エンズ)は軍として侵略を始めたという。

 現に黒王を筆頭とした廃棄物(エンズ)は集結し、周辺諸国は勿論、小さな村や集落をも滅ぼしながら進軍を始めているという。

「このままでは彼等にこの世界を壊されてしまう。ですからあなた達ドリフの力を貸してほしいのです!」

 縄に縛られたまま頭を下げるオルミーヌ。

 本来ならば、右も左もわからない状況下で世界を救えと言われても、困惑するだけだろう。しかしこの世界の人間(・・・・・・・)では飛ばされてきた廃棄物(エンズ)相手に勝ち目は無い。

 オルミーヌは(いち)()の望みをかけた。それに応じたのは――

「おれァ乗るぜ」

「「!!」」

「えっ!?」

 何とロジャーがまさかの承諾。一番思い通りに行かないであろう男が、オルミーヌの懇願を受け入れたのだ。この場で一番強い漂流者(ドリフターズ)がゴーサインを出したことに、オルミーヌは大師匠にいい報告ができそうだと微笑んだ。

「ロジャーさん、なぜ?」

 しのぶの質問に対し、ロジャーは理由を告げた。

 が、承諾した理由は三人が夢にも思わない言葉だった。

 

「気に食わねェ」

 

「「「は!?」」」

 何と義憤や正義感ではなく、ただ単純に気に入るか気に入らないかの問題だった。

 オルミーヌはおろか、殺せんせーとしのぶも唖然とする。

「世界滅ぼし軍だか廃棄物だか知ったこっちゃねェ。自分のやりてェようにやって、見てェ夢を自分のやり方で叶え、生きた証を自分の生き方で世界に響かせる。それが〝生きる〟ってこった。それを奪う連中を気に入るわけねェだろ?」

 それは、晩年を不治の病に冒された海の覇者だからこそ言える言葉だった。

 自分の冒険に限界が見えたロジャーは、生き急いだ。限りある人生を我武者羅に生き、無茶をすることも多々あった。その末に〝海賊王〟という形で実を結び、故郷の処刑台で己の残り火を世界中へ燃え広がる炎へと変えることができた。

 ロジャーの信念は「自由」だ。海賊の本分は「支配」であると豪語する宿敵〝金獅子のシキ〟とは戦争レベルで対立し続けたように、自由を奪う人間や他者を支配する人間とは非常に折り合いが悪い。思うままに生きる自由を廃滅という形で奪おうとする黒王には、一発ブチかまさなければならないとロジャーは思ったのだ。

「おれは行くぜ。その黒王ってバカを早くぶっ飛ばさねェと気分が悪くて仕方ねェ!! そうだろう? オルミーヌ」

「へ!? あ、えっと…………」

 オルミーヌは困惑する。

 ロジャーは世界を救うために戦うのではない。「自由」であるために戦うのだ。廃棄物と戦うと決めたのは、その首領たる黒王が己の自由を妨げる〝敵〟と判断したからで、オルミーヌにとっては今までにない理由で戦う人間である。

「おめェらはどうする? 第二の人生だ、好きにしろ」

「そうですね……今世ではあなたのように自分のやりたいように生きるために、共に戦いましょう」

「私も同じく」

「そうか! じゃあ正式におれの〝仲間〟だなっ!!」

 事実上の仲間入りに、二ィッと笑うロジャー。

 だが二人の心中は、別にあった。

((まあ、一番はあなたを敵に回したくないことですけど……))

 二人は理解していた。

 ロジャーという男が、自分達よりも遥かに強く滅茶苦茶であると。雰囲気だけで恐ろしく強いとわかるのだ、敵に回したらどうなることか。

 だが、それ以前に気になることがある。

「さて、オルミーオッパイさん」

「オルミーヌです!」

「私のいた世界と彼らがいた世界は、どうも価値観も理も違う。歴史も異なる。これをどう説明するおつもりですか?」

 殺せんせーの質問に、オルミーヌは目線を逸らした。

「それは……ある廃棄物の出現を境にそういう方々(・・・・・・)が現れたということしかわかりません……一応今までの漂流者との区別の為、私達はあなた方のような異質な漂流者を〝第二(セカンド)漂流者(ドリフ)〟と呼称しています」

「ある廃棄物? 何者です」

「それがわからないんですよ! 何しろ情報が少なすぎるんです! せいぜいわかるのは見た目……縦長の瞳孔をした黒髪の男ってことだけですよ?」

 その一言に、しのぶの顔色が変わった。縦長の瞳孔は、彼女が今まで倒してきた鬼の特徴の一つであるからだ。

 まさかと思い、鬼気迫る表情でしのぶはオルミーヌを問い詰めた。

「その男の特徴を教えて! 知っている限りでいいから!」

「え!? えっと……今わかってるのは見た目では縦長の瞳孔、黒髪、白い肌です。あとは……そうだ、紅梅色の瞳だったそうですけど……何ですか急に」

 しのぶの脳裏に、あの男が蘇る。

 決して忘れやしない、産屋敷邸でのあの一瞬。

 人喰い鬼の原種にして首魁。千年もの時を生きる、全てを超越した残忍無慈悲で残虐非道な怪物の姿。

「鬼舞辻、無惨っ……!!」

「キブツジ? そいつァ確か、おめェがいた世界の鬼の元締めだったよな」

 しのぶは拳を握り締め、瞳に憎悪を宿らせる。

 無惨によって罪無き人々が喰われ、鬼にされた。多くの同胞が殺された。敬愛し心服する「お館様」である産屋敷耀哉を苦しめた。姉である胡蝶カナエを殺した童磨(おに)を生んだ。

 存在自体を許してはいけない生物が、異世界においても悪行を重ねている。その事実に、しのぶは怒りを露わにしていた。

「その無惨って野郎が黒王とタッグを組んでるってことか」

「鬼舞辻無惨って言うんですね、その廃棄物……それだけではありません。今までとは異質の廃棄物(エンズ)も彼らに従属しています。正直なところ、敵の戦力は今までにない程の規模かと……」

「フム……」

 殺せんせーは三人の様子を見ながら、頭の中で情報処理を進めていた。

 しのぶの持つ情報では、鬼は怪力と不老不死性、そして数多の人間の血肉を食べたことで会得する血鬼術なる異能を有している。一方で日光を浴びれば灰となって消滅し、日輪刀と呼ばれる刀剣で頚を斬り刎ねれば殺すことができ、藤の花の香りを嫌うといった弱点も存在する。

 しかし人喰い鬼の首魁ともなれば、事情は変わる可能性が極めて高い。しのぶの情報では日光を浴びることは死に繋がるために避けているようだが、それ以外は弱点となりえないと判断した方がいいだろう。

 つまり遭遇した場合、日の出まで持久戦を繰り広げなければ勝つどころか生き残ることもできないということだ。

「日の入りから日の出までの時間は緯度や経度、季節で異なると思いますが……私の見立てでは、最低半日はぶっ続けて戦えるようでなければならないようですね」

「それって、要は日が昇るまで戦い抜けば勝ちってことだろ? 案外大したことねェな、おれの周りにゃ三日三晩ぶっ続けで戦う奴がわんさかいたぞ」

「まあ弱点があるからには必要以上に恐れなくてもいいという点では賛同しますよ」

「だろ?」

(お館様、私がおかしいんでしょうか? 彼らがおかしいんでしょうか?)

 自分より先に旅立ってしまったお館様に、思わず助けを乞いたくなるしのぶ。

 もっとも、そもそも生きた世界がそれぞれ異なるため、摂理や法則も変わってくるのだが。

「……話の流れでは、その鬼舞辻無惨がこの世界に飛ばされたことで色々なことが起きてるようですね」

「はい……少なくとも言えるのは、今まで飛ばされてきた漂流者(ドリフターズ)では黒王軍には決して勝てないということだけです」

「やはり我々の前にも飛ばされた方々がいましたか」

「ええ、お師匠様も東方の人間の王国「オルテ」の国父もそうですから」

 オルミーヌの言葉に、殺せんせーはある結論に至った。

 この世界は、度々漂流者(ドリフターズ)廃棄物(エンズ)が飛ばされており、両者は幾度となく衝突していた。おそらく()()()()漂流者(ドリフターズ)廃棄物(エンズ)は同じ世界の者達であったのだろう。しかし人喰い鬼の首魁・鬼舞辻無惨がこの世界に飛ばされたことで「何か」が起き、時間軸も世界軸も異なる〝異界の者達〟が現れるようになった。

 あくまでも殺せんせーの仮説だが、こう考えると辻褄が合ってくる。

「そうとなれば、味方の戦力を増やすことを優先しなければなりませんねェ。日光以外で鬼を殺せる手段を持つのはしのぶさんだけですし、廃棄物と鬼だけが敵じゃないでしょう」

「マジか! あ~、こういう時に相棒とかギャバンとかバレットとかがいてくれりゃあなァ~!」

 ロジャーは、猫の手ならぬ伝説の元船員の手も借りたいと嘆く。

 すると殺せんせーは「そこでですが……」と人差し指をピンと立てて提案した。

「戦力ならば、ちょうどいいのが近くにいますよ。彼らを取り入れましょう」

 そう言って指差す先にあるのは、先程立ち寄ったエルフの村だった。

 

 

           *

 

 

 その頃、北壁を陥落させた黒王はラスプーチンという男から損害の報告を聞いていた。

 ラスプーチンの本名はグレゴリー・ラスプーチン。帝政ロシア末期に皇帝ニコライ二世に取り入れられ政界入りし、奇怪な逸話や容貌から〝怪僧〟と呼ばれた男である。彼は黒王軍においては参謀を務めており、頭目である黒王の目的達成の為に様々な策をめぐらせている。

「損害は少なかったですが、あの漂流者(ドリフ)の女を仕留められなかったのは痛いですな」

「うむ」

 黒王にとって、志村菜奈という漂流者(ドリフターズ)が飛ばされたことは想定外だった。

 異能を駆使する怪人や人喰い鬼の恐怖に屈さぬ心。異形の大軍を相手に素手で渡り合う技量。そして一撃一撃が衝撃波や風圧を生む、あまりにも強烈な能力。戦力的な面で言えば、あの場で仕留められず逃がしてしまったのは後の憂いにもつながるだろう。追撃して殺さねばならない。

 が、その前にやるべきことが黒王にはあった。 

「傷を負った者を集めよ」

()()()のですか」

「当たり前だ。ゴブリンもコボルトも竜も全て我が同胞(はらから)だ、救える者は一人残らず救う」

()()()()()黒王様」

 黒王はオークの一人の元へ向かい、左肩の傷口に触れる。

 すると傷口はあっという間に塞がり、痕こそ残ったが何事もなかったかのように完治した。兵達はその()()に頭を垂れて感謝の意を示し、黒王もまた「良く戦ってくれた」と傷ついた兵達を労った。

 黒王の異能は〝生命の増殖〟。命あるものならば細胞でも食料でも無尽蔵に増やすことができ、兵糧においては無類の強みを発揮するため敵対する軍からすれば悪夢としか思えない能力なのだ。

「北壁が落ちたこと、諸方に伝えよ、ラスプーチン。されば今まで人間を恐れていた者共も、人の世が終わることを信じなかった者共も我らの軍勢に参ずるだろう」

 黒王はかつて、人を救おうとしたが拒絶され、人に絶望した。その経験から人間とは他を道連れに無理心中する道路であるという結論に至り、賢すぎる上に大きな可能性を持つゆえに世界を滅ぼす存在と見なした。

 人間によって世は滅びると解釈した黒王は、人間を滅ぼし人間ではない者に世界を継がせることが救世だと判断した。だからこそ、人間を滅ぼすのだ。漂流者(ドリフターズ)も例外ではない。

「逃げた漂流者達を追え」

 黒王は追撃を命じた。

 草の根をわけても漂流者(ドリフターズ)を探しだし、見つけ次第追ってでも殺せと。

「それは私が平伏させた漂流者共もか? 黒王」

「……否。漂流者(ドリフターズ)の生殺与奪の権は貴殿にもある。私は一人残らず殺すだけのこと」

 無惨の質問に、黒王は遠回しに「好きにしてよい」と答える。

 自分はあくまでも漂流者(ドリフターズ)を皆殺しにするのであって、無惨が漂流者(ドリフターズ)から己の後継者を選びたいのなら選べばよい。最終的に目標さえ達成できるのであれば、()()()をしたければすればいい。

 黒王は同胞や同志には心から誠実に接するのである。

「私は不退転。歩き回り叫ぶ不退転の災厄である。人類廃滅の旅は終わらぬ。一人も残さぬ。一人(あま)さず人ならざる者を救う始まりである」

 人ならざる者の為に立ち上がった黒王は、鉄の意志を杖と共に掲げた。




空神様は志村菜奈が襲名しました。(笑)
次回はエルフ村で作戦会議、そして続々と出てくる廃棄物達をお送りします。


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第8幕:時空を越えて

オリジナル展開です。
一度は見てみたいドリームマッチを実現できました。(笑)

ちなみに本作では、オルテ語はアニメのドリフターズの設定である「ラテン語ベースの架空言語」です。


 エルフの村では、村人達が話し合っていた。

 漂流者(ドリフターズ)達が巡察隊を壊滅状態にした後、唯一生き残ったアラムに彼らは止めを刺した。領主の兵を殺してしまった以上、もはや後戻りはできない。

 状況としては最悪だ。

 麦畑は半分焼けてしまい、税を収めることができなくなった。もし許されても収穫は全て持っていかれてしまい、食べるものがなくなるだろう。選択肢は、領主に反旗を翻して倒すか殺されるかのどちらかしかない。だが戦う術を奪われた以上、勝ち目は無い。

 答えが出ず、議論が平行線を辿ると思われたその時――

〈ありますよ〉

 突然木のドアが開いたと思いきや、殺せんせーが話しかけてきた。

 色んな言語を用いた中で、一番手応えがあったラテン語でコミュニケーションを図った。

〈私達が手を貸せば、間違いなく勝てます。ロジャーさんとしのぶさんという頼もしい味方もいますから、あの程度の練度の軍隊なら一捻りですよ?〉

「スゴイですね……異国の言葉を使ってます……」

「何でもラテン語っつー言語に(ちけ)ェらしいぜ。ラテン語が何なのか知らねェけどな」

「そう言えば、オルミーヌさんはなぜ私達と同じ言葉使えるんでしょうね。彼女もこの世界の方(・・・・・・)でしょうに」

 しのぶの呟きに、ロジャーはハッとオルミーヌに顔を向けた。

 そして二ィッと笑った。オルミーヌは嫌な予感がしたのか、ヒッと声を上げた。

「おめェはおれ達と同じ言葉使えるよな。何かタネあんだろ? 教えてくれよ」

 見るからに極悪人のような笑顔のロジャーに、オルミーヌは口早に説明した。

「あ、あのですね! 私達は魔導師結社でして、ずーっとあなた方のことを研究をやってるんでして」

 するとオルミーヌは大師匠なる人物が作った札を掲げた。

「これを貼れば、たちどころに言葉が喋れます。すごいでしょ、うちの大師匠」

「成程……自動翻訳機ですか」

「スゲェな! (おも)(しれ)ェ紙っぺらだな、おい!」

 豪快に笑うロジャーは、オルミーヌに「もっと見せろ」と迫る。

 一方の殺せんせーとしのぶは、彼女が取り出した札に注目していた。

「しかしこの札……まるで陰陽師が使う護符みたいですねェ」

「何者でしょうか?」

安倍(あべの)(せい)(めい)(あし)()(どう)(まん)、それに匹敵する陰陽師……それが大師匠の正体と考えるのが妥当ですねェ」

 日本史上最も有名な、様々な創作物にも登場する陰陽師の代名詞・安倍晴明と蘆屋道満。マンガ・アニメ・ゲームといった後世の大衆文化(ポップカルチャー)に多大な影響をもたらした、数々の伝説を持つ陰陽道を極めし者がこの世界に飛ばされているのなら、可能性は十分にある。もし味方につけば、非常に心強い存在だ。

「まあ、今はまず目の前の問題を片づけましょう」

「そうですね」

 殺せんせーはエルフ達の前に立ち、微笑む。

「さて、皆さん。状況を整理しますよ」

 パンパンと手を叩き、授業でも始めるかのように語り始める。

「ここを支配する領主の討伐隊は迫って来てます。まず間違いなく。アレが巡察隊とすれば、帰ってこないことで反乱が起こってると判断し、領主は討伐隊の編成をします。私の見立てでは、この村に討伐隊がやって来るのは……そうですね、装備がよかったので三日といったところです」

 殺せんせーの言葉に、エルフ達は息を呑む。

 明後日にはエルフの村に討伐隊が押し寄せ、焼き滅ぼす。要はそう言っているのだ。

 そして遠回しに、自分達に助けを求めるのか否かも訊いているのだ。

「村が無くなるまで時間は僅か……あなた達はどうするつもりですか?」

「……お願いだ!! 助けてくれ!! 力を貸して……ください!!」

 シャラはエルフ達を代表して、殺せんせー達に助けを求めた。

「おめェは?」

「奴らに殺された村長の子で、シャラという。弟達が世話になった」

「弟達? ああ、おめェらの兄貴か」

「「うん!」」

 ロジャーは「兄貴が無事でよかったじゃねェか」とマーシャとマルクの頭を撫でた。

「俺達は武器を取って戦ったことがない。40年前に俺達の国が滅ぼされた時はまだ子供だった。あの時戦った俺達の父兄らは殺されてしまった。俺達はろくに戦い方も知らない。お願いだ……お願いします!!」

「え?」

「は?」

「ヌルフフ…………」

 ぽかんと呆然とするロジャーとしのぶ。それに対し殺せんせーはニヤニヤと笑みを浮かべている。

「シャラっつったな……おめェ何歳だ?」

「え? 106歳だけど」

「……おめェらは?」

「39だよ」

「僕は36」

「と、年上……」

 18歳のしのぶは衝撃の事実にしょんぼりと落ち込み始めた。

 それを見たロジャーは、ジト目でオルミーヌを見据えた。

「……」

「何で私が彼女を泣かせたような空気になってるんですか!? 耳長族(エルフ)は長命なんですよ。大体人間の5~6倍長生きです。成長も遅いんですけど……」

「……殺せんせーは知ってたのか」

「私がいた世界じゃ、エルフは色んな物語で活用されてますから。――さてオルミーヌさん、彼らの現状を教えてくれませんか?」

「ハァ……現状ですか」

 オルミーヌは彼ら――エルフ族の今の状況を喋り始めた。

 元はというと、この山林地帯はエルフ族の国だったという。だがエルフ族は40年前に東方の人間の王国「オルテ」との戦争に敗れて以来、農奴として不遇の扱いを受け続けているという。そして戦争で長老衆を失ったため、文化や伝承も廃れてしまっている状況とのことだ。

「今ではここいらは全部オルテの領土になってますよ」

「そうか……女がいねェのも、そのオルテって国の仕業だな?」

「ああ……俺達エルフは年に一度しか子を作れない。その期間になると若い女は代官達に連れて行かれるんだ」

「! ――成程、そういうことか」

 ロジャーは察した。

 オルテの連中は、本気でエルフ族を根絶やしにする気だと。そして連れて行かれたエルフの女子供達は嬲り犯されているのだと。どうやら自分達の想像以上に腐った連中であると。

「他にもこの辺りにあったドワーフやホヴィットと呼ばれる諸族の国々が尽く滅ぼされ、農奴や(こう)()に落とされました。オルテ王国はいまや帝国を名乗り、人間至上を(むね)とした占領制度を()いています」

「そのオルテ、今も拡大中ですか?」

「四方で戦ってますよ。戦線は膠着して一進一退ですけど」

 オルミーヌの発言に、殺せんせーは「あちこちに戦争吹っ掛ければそうなりますよ」と呆れた笑みを浮かべた。

(40年前のオルテだったら黒王に対抗する大きな力になったかも知れないけど、今のオルテじゃ……)

「だが今こそチャンスっちゃあチャンスだぜ」

 ロジャーは自信満々に告げた。

「周辺を次々に侵略しているっつーこたァ、言い方変えりゃあ戦力を分散してるってこった。討伐隊の頭数は少ねェ方だろうよ。そういう意味じゃあ最初で最後の反撃の機会が訪れてるってわけだ」

 この機を逃せば、エルフ族滅亡への一方通行となるだろう。だがここで一斉蜂起し、一気に領主の本丸まで攻め落とせば解放される。立ち上がるのは今しかない。

 ロジャーの言葉に、シャラ達は一筋の希望の光を見出し、覚悟を決めた。

「いい目つきできるじゃねェか。全員フンドシ締めたな? さァ、後は殺せんせーに任せるぞ!」

「ファッ!?」

 ビシッと締めるかと思われた矢先の丸投げに、殺せんせーは絶句。

「こん中で一番頭いいのおめェじゃねェか。頭いい奴が作戦練るのが定石ってモンだろう?」

「あ、それ賛成です」

「私も」

「……」

 ロジャーだけでなくしのぶやオルミーヌまで賛同。三対一の多数決とエルフ達の無言の圧力で、殺せんせーが作戦を練ることとなった。

 何はともあれ、漂流者(ドリフターズ)はエルフ族とオルミーヌで討伐隊を迎え撃つこととなった。

 

 

           *

 

 

 一方。

 カルネアデスから脱出した十月機関は、追手を全て返り討ちにして一息ついていた。

「皆さん、五体満足のようで何よりです。これから我々は、先程言っていたように南下してセムと三人の漂流者(ドリフ)と合流します……って、聞いてるのかあなた達は!!」

 大師匠は怒る。

 彼の眼前では、晋助が煙管を吹かして夜空を仰ぎ、万斉は三味線をかき鳴らし、ジョットは氷の彫刻を作るという珍妙な光景が広がっていた。

「こうしている間にも黒王は迫ってるのです! 早く移動しなければ!」

「何事も重要なのはノリとリズムでござる。これを欠けば何事もうまくいかぬ。ノレぬとあらば、即座に引くのが拙者の流儀でござる」

「しかし……」

 食い下がる大師匠に、やぐらが口を出した。

()()、黒王も軍勢を率いている。むやみやたらに戦力を投入して兵を失うのは避けたがるはずだ」

「っ!」

「勝ち戦であれ負け戦であれ、戦争は得るモノより失うモノの方が多い。いかに優れた指導者だろうと、損害を最小限に抑えることができなければ軍の立て直しができなくなるからな」

 大師匠――平安の世を生きた大陰陽師・安倍晴明は何とも言えない表情を浮かべる。

 晴明が生きた世は、平安といえど源平合戦があった末期ではなく、武士という勢力が台頭する以前の貴族が栄華を極めた時代。軍事についての知識はほとんどない。戦いがあるとすれば、それは当時の都を荒らし回った酒呑童子や玉藻前といった闇の化生との戦いだ。

 反面、やぐらが生きた世界は幾度となく国家間の紛争があり大戦もあった。戦争に関係する知識や技術の理解は、やぐらの方が遥かに深いのだ。

「黒王は軍を立て直しているため、兵を動かすことはしないと?」

「そういうことだ。戦後処理は勝っても負けてもある。軍の再編成や兵糧の確保、作戦の立案……戦に至るまで何をするかなど山のようにある」

《あ~、もし? 声届いてるんコレ?》

「「!」」

 突如響いた京都弁。

 もしや、と目を見開いた晴明は慌てて水晶球を取り出す。

「その声は(ひで)(もと)か! 秀元、無事だったか!」

《お~聞こえた聞こえた。そっちも大丈夫そうやなぁ》

 声の主・秀元が無事であることに晴明は安堵の笑みを溢した。

 この秀元という男は、十月機関の長である晴明のパートナー的存在であり、道術や呪術の研究及び実用化に大きく貢献しているのだ。

「秀元、カルネアデスが陥落した。私達は今セムと共にいる三人の漂流者(ドリフ)と合流する」

《そうか……北壁はこれで連中の活動拠点になってしもうた以上、オルテも時間の問題やな》

 秀元の言葉に、晴明は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 圧倒的な兵力と統率された組織力でカルネアデスを陥落させた黒王軍。

「ところで、例の「鬼」の件はどうした?」

《う~ん、それなんやけど……僕の知ってる鬼とは少し違うんや。妖というよりも、人智を超えた〝生物〟という方が正しい気がする。生物やから太刀打ちできないわけじゃないと思うんやけど、霊力や妖力を封じるというやり方はあまり向かんと思う》

「っ……陰陽道では難しいのか?」

《それは実際に戦わんとわからん話や。向こうは陰陽師が何たるかは知っていても、()()()()()使()()()()()()()までは把握しとらんはずやろうし》

 平安の世において、都に災いをもたらした妖怪・怨霊を鎮めてきた陰陽師。彼らの術は陰陽師によって唱える祝詞も扱う式神も異なる。

 いくら廃棄物といえど、それら全てを把握しきることはできないだろう。ましてや晴明と秀元は生きていた世界が違うのだから。

《そういうわけやから、僕も動かさせてもらうで。どの道攻められるんやし》

「そうか……わかった。だが気をつけてくれ。廃棄物は私達の想像を超えた異能を使ってくるはずだ」

《そっちも気をつけてな~》

 その声を最後に、秀元との通信は切れた。

「……晴明。今慌てふためいたところで何にもならない。お前も疲れてるだろう、見張りは任せろ」

「やぐら殿……」

「疲労で満身創痍の大師匠様では格好つかないだろ?」

「……フッ」

 人懐っこい笑みを浮かべるやぐらに、晴明は釣られてしまう。

 この日初めて、晴明は笑うことができたのだった。

 

 

 そして、ここは陥落した北壁付近の十月機関のアジトの大広間。

「さてと。僕もそろそろ動かんとなあ」

 京都弁の青年は、暢気に呟きながら札を取り出す。

 彼はある世界で、魑魅魍魎が蠢く京の都の守護者。強大な妖怪達から都をらせん状の結界で守った、稀代の天才陰陽師。その名は――

 

 蘆屋家直系京守護陰陽師「花開院(けいかいん)家」当主 十三代目 花開院秀元

 

「秀元さん」

「! あ、耀哉ちゃん」

 そこへ、顔面上部の皮膚が変質した和装の青年が部屋に入った。

 彼もまた、秀元と同様にこの世界へ飛ばされてきた漂流者(ドリフターズ)の一人。彼はしのぶと同じ世界を生きた人間であり、人格者と修羅の顔を持つ鬼狩りの首領。

 〝お館様〟と呼ばれ深く敬愛される青年の名は――

 

 鬼殺隊第97代当主 産屋敷耀哉

 

「あなたの(しき)(かみ)を返すよ。さあ、お帰り」

 耀哉は足元に付き従っていた童子の姿をした二体の式神に声を掛ける。

 すると式神は手を鳥の羽のように変えて秀元の元へ舞い戻っていった。

「お戻り式紙。……耀哉ちゃん、何やってたん? 随分と時間かけたんやな」

「うん、今すぐ来るお客さんの為にお土産を用意していたんだ」

「!」

 刹那、石造りの壁が爆音と共に吹き飛んだ。

 幸いにも二人は爆発した壁から離れていたため、飛んできた瓦礫も届かず無傷で済んだが、土煙が晴れると異形の軍勢が乗り込んできた。

「キィ~~ッヒッヒッヒッ……! 見つけたぞ漂流者共め」

「あらら……見つかってもうた」

 悠然と立つ秀元と耀哉の前に現れたのは、耳が尖った小柄な老人だった。

 その背後には何十体という黒王軍が控えている。彼らは秀元と耀哉を殺そうと武器を構えたが、老人は「ワシ一人で事足りる」と制した。

「ワシはザボエラ……黒王様が率いる黒王軍の妖魔士。この世界で偉大な頭脳を持つ者じゃ」

 悪意に満ちた笑みを浮かべ、老人――ザボエラは自己紹介する。

「晴明ちゃんの言うとった廃棄物か。随分と気持ち悪い気配しとるなぁ」

「鬼ではなさそうだけど、確かに邪悪な気配だね……一応尋ねよう。何をしにここへ?」

「では期待通りの答えを返そう……貴様らを葬るために来たのじゃ!! 〝ザラキ〟!!」

 廃棄物の一人・ザボエラは恐ろしい集団昇天呪文を唱えた。

 相手を死に誘う不気味な声が、二人に襲い掛かるが……。

「……おや? 不気味な声が聞こえたけど、どうかしたかな?」

「な、何じゃとっ!?」

 二人は何事もなかったかのように平然としていた。

 死の言葉を投げかけ、敵の命を奪う強力な呪文が効かないことにザボエラは動揺を隠せない。

(バカな!! あり得んっ!! あの漂流者共は()()()()()()()の住人ではない!! どう考えても呪文の耐性は無いはずじゃっ!!)

「……いきなり失礼やなぁ。今の言葉、ようわからんけど呪詛の類やろ? 他人様の挨拶が呪詛って、えらい酷い爺さんやな」

 どこか苛立つように、秀元は口を開いた。

 彼の手を見ると、人型の和紙が指の間に挟まれており、真っ黒に黒ずんだかと思えば塵となって消滅した。

「も、もしや……その人型の紙を身代わりにしたというのか……!? いや、したというよりも()()()()()()()()と言うべきか……!? 信じられん……貴様、一体何者じゃ……!!」

「僕は花開院秀元や、以後よろしゅう。――じゃあ今度はこっちの番や……!」

 秀元は新たに札を指の間に挟むと無邪気に微笑み、ザボエラは警戒心を高めた。

 妖魔士と陰陽師……時と世界を越え、魔術と陰陽術の達人がぶつかった。




「ダイの大冒険」が今年10月にテレ東でやると知ったので、廃棄物としてザボエラを投下しました。(笑)
一方のお館様、秀元の式紙の手を借りて何をコソコソと準備してたのかは次回発覚します。

あ、もし「この人とこの人を戦わせてほしい」と思った方がいらっしゃったら、アンケートの方にお願いします。


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第9幕:花開院秀元vs.(バーサス)ザボエラ

やっぱり鬼滅の鬼の皆さんは廃棄物にしやすい。(笑)
いえいえ、ちゃ~んと別作品からも廃棄物出しますよ。


 陰陽師と妖魔士の戦い。

 呪詛(ザラキ)を凌いだ秀元は、攻勢に出た。

「今度はこっちの番や……!」

 秀元は人型の和紙と二枚の札を同時に投げた。

 死の呪文を紙の身代わりで回避されたことで警戒心を研ぎ澄ましていたザボエラは、拍子抜けと言わんばかりに嘲笑った。

「恐れるに足らぬわ! 〝ベギラマ〟!!」

「! 秀元!」

 飛ばしてきた紙もろとも二人を焼却するべく、閃熱呪文を唱えると、ザボエラの掌から帯状の炎が放たれた。

 肌で感じた熱から、炎が迫っていることに耀哉は気づいて秀元に叫ぶ。しかし秀元は一切動じず、それどころか笑みを浮かべていた。

「まあ、そうくるやろなぁ」

 そう呟いた直後。

 突如轟音と共に石壁が現れ炎の行く手を遮った。

「な、何ィ!?」

 分厚い石の壁が、炎を受け止める。二枚分展開したことで横から炎が入り込むこともなく、石壁は防火シャッターとなった。

 その上から残された人型の和紙が越えてきて、ザボエラの隙を突いて回り込み背中に貼り付いた瞬間――

 

 バシィッ!!

 

「ぐぬっ!?」

 人型の和紙から、突如として電撃にも似た衝撃が迸った。

 それと共に、ザボエラに強烈な脱力感が襲い掛かった。

「……やっぱりそうやったか。今の炎も妖力か何かで出したんやな」

「き、貴様……何をしたァ!?」

「何って……君の術の源を封じただけやで?」

 秀元の言葉を耳にし、ザボエラは顔を青褪めた。秀元は人型の和紙に妖力や魔力を封じる術を予め施し、それを貼り付けたことで彼の力を削ぎ落したのだ。

 霊力も魔力も、人力を越えた不思議な力がそう無尽蔵にいつまでも使えるような便利なものではない。容量というモノがちゃんとあり、消耗しきれば何もできなくなる。それを妖怪との戦いで熟知している秀元は、妖魔を抑え込みその力を封じ抜く術を会得していた。

 自らの霊力で術を駆使し、式神を操る陰陽師は、古より魑魅魍魎を鎮めてきた闇の力を抑える存在。妖怪や魔物の脅威から人々を護ってきた都の守護者は、異世界においてもその才能を出し惜しみなく発揮していた。

「自分の知識だけで全て推し量ろうとすると、墓穴を掘るんやで。覚えとき」

「ほ、ほざけ若造! 〝メラゾーマ〟!!」

 激昂したザボエラは、火炎呪文を唱え特大の火球をぶつけようとした。

 しかし、唱えたのに火球は出ない。

 秀元の言葉は本当であったのだ。ザボエラは丸腰で敵に身を晒していることを察し、顔面蒼白で怖気づいた。

「そういうわけや、じゃあ僕らは失礼するで。耀哉ちゃん、先乗っとって」

「わかった」

 秀元はそう言うと、ベランダに出て牛車の式神を召喚し、耀哉に乗るよう促した。

「な……貴様ら、逃げる気か!?」

「最初っからそのつもりやで。待てと言われても待つ義理も無いし……それ以前に自分の身を心配した方がええと思うけど?」

「な、何じゃと……?」

 怪訝な顔をするザボエラだが、ふと気づいた。

 どこからか嫌な臭いが漂ってきたのだ。それはザボエラ自身、久しく嗅いでいない臭いだった。

(なぜ火薬の臭いが……?)

 ザボエラの嗅覚が捉えたのは、この場には不釣り合いな戦場の臭い。彼だけでなく、彼に従っていた兵士達もざわつき始めた。

 刹那、ザボエラは気づいた。

 二人はなぜ最初から逃げるつもりだったのか。敵である自分を倒そうとしなかったのか。

「ま、まさか……貴様ら……()()()()()()()()()()()()()()……!!」

「そろそろ時間やから、僕らは失礼させてもらうわ♡ 勝ちはそっちに譲るってことで堪忍な」

「い、いかん! (なき)()ーーーッ!!」

 秀元は牛車に乗ると、そのまま耀哉と共に空へと逃げていった。

 次の瞬間――

 

 ベベン…… ドオォォン!!

 

 空気を震わす程の轟音と共に、凄まじい爆発が起こった。

 大量の火薬を使ったのか、熱気が空を駆ける牛車にまで届いた。

「あ~らら、吹き飛んでもうた」

「これぐらいのことをしないと、廃棄物を手負いにはできないだろう?」

「耀哉ちゃん、意外と過激やな~……」

「フフ……もっとも、前の世界と同じことをするとは思わなかったけどね」

 そう、火薬を仕掛けたのは耀哉。

 廃棄物に居場所を悟られることを察し、秀元の式紙を借りて十月機関のアジトにセットしておいたのだ。

 拠点を一つ消し飛ばしたのはいささか勿体無い気もするが、下手に残して漂流者(ドリフターズ)に関する資料を強奪されるわけにはいかないので、晴明も案外この手を採用するだろうと秀元は勝手に結論付けた。

「まあ、あの廃棄物がこの程度で死ぬとは思えへんが、これで暫くの間は追ってこないやろ。それまでに晴明ちゃんと合流して体勢立て直さんとな」

「そうだね……秀元、私はこの世界に散っている漂流者(ドリフターズ)に早く会いたいんだ」

「……〝(せん)(けん)(めい)〟が、何か感じ取ったん?」

 秀元は目を細めた。

 耀哉の一族、産屋敷一族の者は代々超常的な直感を持っている。それは〝先見の明〟と呼ばれる未来を見透す力で、この力により産屋敷家は財を成し度重なる危険も回避してきた。

 そして異世界。自らを囮として妻と娘と共に自爆した後に飛ばされた彼は、生まれ持つ未来予知レベルの勘からある嬉しい事実を感じ取っていた。

「この世界に、私の〝こども達〟が来ているかもしれないんだ」

「君が率いた鬼殺隊の人間か?」

「会ったら話したいんだ、あの後どうなったのかを」

「まあ、死人に口なしやからな……先に飛ばされた人間は、後から飛ばされた人間から知るしかない。どんな結果であれ、な」

 二人を乗せた牛車は、南へと突き進む。

 先に待つ同志達と、別世界より飛ばされし漂流者(ドリフターズ)と会うために。

 そしてそんな二人を遠くで見つめる人喰い鬼が一人。

「あはは、これは無惨様も荒れそうだな~」

 

 

 同じ頃、廃城ではエルフ達がテントを張って討伐隊を迎え撃つ準備をしていた。

 殺せんせーがロジャー達に現状を報告する。

「銃火器が制限されている以上、戦法はかなり限られてきます。エルフ側は刀剣類を使える者はゼロですが、彼らは嬉々として弓矢を作っています。天賦の才か、弓術の練度はかなりのものです」

「弓矢か……まるで()(ジャ)の戦士みてェだな」

 口ひげをいじり、興味深そうにシャラ達を見つめる。

 ロジャーのいた世界にある無風海域〝凪の帯(カームベルト)〟の女ヶ(にょうが)(しま)「アマゾン・リリー」は、女系戦闘民族・九蛇が住む国であり、意志の力「覇気」の扱いに精通している。九蛇の戦士の多くは飼っている蛇を弓として扱う弓術に長け、覇気を込められた矢は岩すら砕くのだ。

 エルフ達がもし覇気を扱えたら、大きな戦力になっていただろうが、生憎生きた世界の理が異なるため会得は無理だろう。

「白兵戦か弓矢での遠距離攻撃を用いた、地の利を軸とした戦術が妥当です。よって作戦上、主戦力はロジャーさんで、私は参謀として指揮します。シャラ君達エルフは二手に分かれ、ロジャーさんを援護する前線側としのぶさんが指揮する後方支援側で分割します」

「ちょ、ちょっと! 主戦力がロジャーさんだけって、偏りすぎじゃ……」

 作戦会議に参加しているシャラが異を唱える。

 ロジャー一人で敵を相手取らせるなど、いくら何でも押しつけすぎじゃないか。しのぶやオルミーヌも同じことを思っていたのか、ロジャー一人きりでは心配だと難色を示した。

 それに対し、殺せんせーは目を逸らした。

「いや、それがロジャーさんが直談判で最前線で戦いたいと……」

「わっはっはっはっは!」

 何とロジャーが殺せんせーに討伐隊と戦わせろと要求したというのだ。

 その破天荒ぶりに、三人はポカーンと口を開けた。

「シャラ、おめェら長い間戦ってねェんだろ? 人には必ず「出番」ってモンがある。今回はまだ後ろ(・・)だ!」

 シャラはハッとなる。

 この作戦は、実はシャラ達に配慮した作戦でもある。エルフ達は長年戦闘をしていないため、弓術の才があっても経験で差が生じ討伐隊に苦戦する可能性がある。それを考慮すれば、今回のはエルフ達への被害が少ない作戦なのだ。

 そしてロジャーは、決して戦うなとは言っていない。あくまでも今回は主戦力たる自分のアシストをしてほしいと言っているのだ。エルフ達の戦いの記憶を取り戻すのが、この作戦の目的の一つなのだ。

「……じゃあ、いつかはあんたの隣に立っていいのか」

「おう! だが前は譲らねェぞ?」

 ニィッとロジャーは笑うと、それに釣られたようにシャラも笑った。

「……で、おれはともかくエルフ達はどうすんだ。使えるモンはなるべく抑えてェだろ」

「ええ、何しろ使える資源が少ないですからね。まあ矢の方は私に考えがあるので、とりあえずは大丈夫ですが」

 得意げに笑みを深める殺せんせーに、ロジャーは肩をバシバシと叩いて子供のように笑った。

「やるなァ殺せんせー! 全部任せて正解だったぜ!」

「いや、少しは手伝って知恵貸してくださいよ……」

 殺せんせーは海のように深い溜め息を吐いた。

「まあいずれにしろ算段は整ってます。あとは実践あるのみです」

 ――温故知新で討伐隊を撃滅しましょう。

 そう呟いてニヤニヤ笑う殺せんせーに、どうも嫌な予感がしてならないのか、しのぶ達しっかり者組は顔を引きつらせたのだった。

 

 

           *

 

 

 その頃、カルネアデスでは。

「黒王様、ザボエラが帰還なさりました」

「……そうか」

 夜空を仰いでいた黒王の元に、ラスプーチンが歩み寄った。

 その沈痛な面持ちから、黒王はザボエラの奇襲が失敗に終わったことを悟った。

「ザボエラはどこにいる」

「「無限城」にて休息をとっております」

「話を聞かねばならぬ…………鳴女」

 黒王が呟いた途端、どこからか琵琶の音が響いた。

 刹那、二人の真っ正面に襖が現れた。それは意志を持つかのように勝手に開く。

「ラスプーチン、お前に彼ら(・・)の対応を任せる」

「御意」

 黒王は襖の奥へ向かう。

 足を踏み入れ進むと、外界を繋ぐ襖は閉じられ、代わりに物理法則を現在進行形で無視する上下左右が滅茶苦茶になった木造建築の空間が眼前に広がった。

 

 異空間「無限城」。

 鬼の首魁・鬼舞辻無惨の本拠地であり、鬼の弱点である太陽の光が差さない人喰い鬼の巣窟。この空間の所有者は無惨であるが管理人は別に存在し、鳴女という無惨の側近である。

 鳴女もまた、EASY(イーズィー)によって廃棄物として召喚されているのは言うまでもない。

 

「ザボエラよ」

「こ、黒王様!!」

 自らの魔力で回復呪文を唱えて傷を癒すザボエラは、頭を垂れる。

「申し訳ありませぬ……奴ら、拠点を爆破して逃亡いたしました……」

「良い。よく戦ってくれた」

「身に余るお言葉……!!」

 労う黒王に、感謝するザボエラ。

 妖魔司教として勇者ダイとその仲間達を苦しめた彼は優秀な策士だが、自分以外を道具としか思わない下劣で非道な性格であるために人望は皆無で、それが災いして自業自得な末路を辿ってしまった。しかしザボエラは「前回の課題を全てクリアして初めて〝改良〟と言う」と口にしたように、何も反省しないわけではない。どうすれば前の世界のようにいかないかを考えたが、どれ程の時間を掛けても答えが出なかった。

 その中で、彼は黒王に出会った。

 人類廃滅の為に同胞を集めていた黒王の目に留まると、ザボエラは黒王に従うと共に助けを求めた。前の世界での自身を語り、この世界に飛ばされた自分はどうすればよいのかと訊いたのだ。

 黒王は「謝意を示せばよい」と答えた。他者に感謝すれば、同じ策を使って失敗しても評価は変わっている。保身第一ではなく味方のことも考えていれば、敵から軽蔑されても味方からは一目置かれ信頼もされる。さらに出世欲を剥き出しにした振る舞いを抑え、主君への絶対的な忠誠心を見せつければ、居場所を失うことは無いと。

 向こう(・・・)で居場所がなくなったことを思い出したザボエラは、迷いなく実行した。狡猾な策士でありつつも忠臣ぶりを表に出し、黒王軍きっての頭脳派という居場所の確保に成功した。おかげでその多才ぶりから重宝される存在となった。

「ザボエラよ、例の二人はどうだった」

「一人は無力な人間、もう一人はワシと似て非なる術の使い手でございました……心当たりがあるのですかな、黒王様」

「そのもう一人の漂流者にはな。〝あの学者〟に酷似した術を扱う異能の持ち主のようだ。あの者達(・・・・)とはまた別の世から来た漂流者……やはり生かしてはおかぬ。その為にもお前の力と知恵が必要なのだ」

「ははっ……!!」

 黒王は「暫し休むがよい」とザボエラに声を掛けると、今度は無惨の元へ向かった。

「無惨殿はいるか?」

 刹那、黒王に巨大な肉塊が迫った。

 それは大口を開けて黒王を呑みこもうと迫るが、彼は一切動じず無造作に杖を振るって肉塊を弾いた。肉塊は轟音と共に床に叩きつけられ、衝撃で土煙が上がった。

「随分と荒れているようだな」

「黒王……!」

 黒王の視線の先には、なぜか女性の姿になっている無惨がいた。

 そのすぐ傍には、童磨の生首が転がっており胴体の方は直立している。どうやら無惨の理不尽な怒りをぶつけられたようだ。

「童磨殿、首は治せるのか」

「おや、黒王さんじゃないか! 大丈夫、俺不死身だから」

 よっこいしょ、と言わんばかりに胴体は首を掴んで元あった場所にそれを乗せた。

 その瞬間、刎ねられた痕は何事もなかったかのように消え、元の肌に戻った。

「何があったか知りたいかい?」

「いや、おそらく私が伝えたい内容で荒れてたのだろう」

「あは、さすがにわかっちゃうか~」

 童磨はケラケラと笑う。

 黒王は全てを理解しているのだ。無惨がここまで荒れるのは、漂流者(ドリフターズ)の中にかつての〝敵〟がいたからだと。ほぼ無敵の生物が激情に駆られるのだから、非常に因縁の深い相手に決まっている。

「産屋敷……産屋敷ぃっ!! なぜだ、なぜ貴様までこっちに来ている!? どこまでもしつこい男だ!!」

 苛立ちを隠せない無惨は、敵の名を口にする。

 妻も娘二人も巻き込んで自爆したあの男が、よりにもよってこの世界に廃棄物(エンズ)と敵対する漂流者(ドリフターズ)の一人として飛ばされていたとは。もしかしたら前の世界で自分よりも早く死んだあの異常者達も飛ばされてるのではないか。

 受け入れたくない現実に直面し、無惨は絶賛混乱中だった。

「これでは、あの女が産屋敷に毒されるのも時間の問題ではないか……!!」

 文字通りのご乱心な無惨に、童磨は「あの美味しそうな子か~」と呑気に呟く。

 無惨は志村菜奈に執着している。砕けぬ心と超人とも言うべき圧倒的な力に、自らの意志と強さを継いでくれると信じている――というかそう思い込んでいる――からであり、実際彼女を己の後継者の一人と見なして捜索を命じている。

 もし産屋敷と出会えば、あの気味の悪い声に溺れ、自身に振り向かなくなる。万物の王への道筋が途絶える。それだけはどんな犠牲を払っても絶対に避けねばならない。

 好意を抱いてるのではないが、無惨にとって菜奈は重要な存在なのだ。

「何としてでも産屋敷だけは殺さねばならん……!!」

「殺せるとも。だが今はその時ではない」

「何だと……? 黒王、貴様この私があの男に(おく)れを取るというのか……!? 私は限りなく完璧に近い生物だ!!」

「そうとも、貴殿は限りなく完璧に近い存在だ。だが勢いだけで倒せる相手ではない。心を込めて滅ぼさねばならぬ存在、それが漂流者(ドリフターズ)だ」

 その言葉に、無惨は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 黒王は漂流者(ドリフターズ)の力を廃棄物(エンズ)の誰よりも警戒し、その脅威を無惨よりも理解している。だからこそ追撃の際は一切手を抜かず、持ちうる力を最大限使って抹殺を図る。

 それは無惨も内心では同意していたため、額に青筋を浮かべ苛立ちを剥き出しにしつつも激情を抑えた。

「っ……」

「漂流者は皆滅ぶ運命(さだめ)。それが早いか遅いかに過ぎぬ。しかし此度のようにはいかない。機を待ち、一度に一人でも多くの漂流者(ドリフ)を殺す。同胞の犠牲は強いるべきものではない」

 黒王は諭すように語りかけると、無惨が問いかけた。

「黒王、次の進軍はいつだ」

「兵の立て直しが終わり次第、いつでもだ。だが最近エルフ族の反乱が起こった。おそらく漂流者達の仕業だろう。ジャンヌとジルドレが、その付近に向かう手筈になっている」

「ならば私の手駒を連れて行け。その二人ではろくな働きもしないだろうが、奴ならば信頼できる」

 その時、一人の鬼が姿を現した。

 長い黒髪を後ろで縛り、三対の赤眼と炎を彷彿させる赤黒い痣が特徴の剣士。その場にいるだけで相手の戦意をへし折るであろう威圧感に、黒王は感嘆の息を漏らした。

(こく)()(ぼう)殿じゃないか!」

「無惨様……私をお呼びですか……」

 男、黒死牟は頭を下げる。

「黒王の部下と共に、南の漂流者(ドリフ)の元へ向かえ。おそらく産屋敷も向かっている。産屋敷は見つけ次第殺せ。それ以外は素質がある者であれば連れてこい」

「御意……」

 無惨の非情な下知が、漂流者(ドリフターズ)に牙を剥く。




ちなみに本作では、黒王と無惨から離反する廃棄物が何名か出ます。誰が離反するのかお楽しみに。
離反する廃棄物は、すでに決めてます。


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第10幕:死の策略

割といい調子で進んでます。
更新頻度は本作の方が早いかもしれません。


 その夜。

 エルフと漂流者(ドリフターズ)が罠を仕掛けて待ち構えてると知らずに乗り込んだ討伐隊は、村がもぬけの殻になっていることを不審に思いつつもテントを張って滞在していた。

「耳長共はどこへ行ったんだ」

「わからん。明日から周囲の村に捜索に出るんだと」

 兵士達は見張りをしつつ話し合う。

 討伐隊がエルフの村に到着したのは夕暮れだ。その時にはエルフと漂流者(ドリフターズ)は影も形もなく、無人となった村が残されていた。

 しかし奇妙なこともあった。生活に欠かせない井戸に、大小便が放り込まれ使えなくなっていたのだ。討伐隊の隊長はまじない(・・・・)か何かだと判断して放置したが、井戸が使えないのは辛いと言えば辛いというのが本音だ。

「匿っていたらその村を潰すのか。ハハハハ」

「多分な」

 その時、命を刈り取るエルフの矢が襲い掛かった。

 そしてテントの方にも、〝彼〟が迫っていた。

「喉乾いたな……(くそ)投げ込みやがって、クソ耳長共!」

「全くあんな奴らさっさと皆殺しに……」

「誰を皆殺しにするんだ?」

「「!?」」

 背後に突如ロジャーが現れると、兵士の頭を鷲掴みにして投げ飛ばした。

 大の大人二人が夜空を舞い、森の奥深くまでキレイな放物線を描いて消えた。

「さて……そろそろバカ騒ぎの時間だな」

 ロジャーの呟きと共に、エルフ達が放った矢の雨が降り注ぐ。

 ピンポイントに兵士のテントに降り掛かり、断末魔の叫びが木霊する。

「何事だ!!」

「村の東だ!!」

 事態を察した兵士達が続々と集まる。

 その数、ざっと150人以上。

「よ~し……!」

 ロジャーは無邪気に笑うと、そのまま逃走。

 討伐隊は一斉にロジャーを追う。その反対側、西から本隊(・・)が忍び寄っていることも知らず。

「ヌルフフ、全て順調。では皆さん、前もって教えた通りにバリケードを造りますよ」

 殺せんせーの指揮の下、シャラ達は木製のバリケードを造り始めた。

 それはまさしく、群雄割拠の戦国時代に君臨した魔王・織田信長が長篠で築いた()(ぼう)(さく)。馬の侵入をも防ぐそれは、あっという間に完成する。

「さあ、仕上げです。火矢で村を焼きますよ。これであなた達を縛る村と農奴との生活と別れる。これが誇り高きエルフ達の卒業式です」

 その一言を合図に、エルフの放った矢が村を焼いていく。

 火は一気に燃え広がり、オルテ兵は大混乱に陥った。

「これでチェックメイト。カルマ君ならもう二つ程仕掛けるでしょうが、私は残虐ファイトを好まないので情けはかけましょう。その情けも無意味ですが」

 冷酷さすら孕んだ笑みで、殺せんせーは見据えた。

 オルテは戦争中であり、精鋭達は皆最前線で戦っている。それは目の前にいる討伐隊は士気も練度も低い留守居の鈍であるということに他ならない。弱い者イジメに駆り出されるようなレベルの低い相手なら、わざわざ全員相手取る必要はない。半数近く討ち取れば自然と四分五裂になる。

 それにシャラ達エルフが放つ矢には、人糞が塗ってある。眉間や心臓などの急所でなくとも体のどこかにさえ当たれば破傷風を引き起こし、適切な処置をせず放置すれば死に至る。早急に水で洗い流さなければならないが、可哀想なことに殺せんせーの策略で井戸は使えない。たとえエルフを全滅させても、その前に一発でも当たれば傷口が悪化し本拠地に戻る前に死ぬという恐怖と向き合わねばならないのだ。

 全て計算しつくした、合理的な作戦。我ながらいい出来だと、殺せんせーは自画自賛した。

「に、逃げろ!」

「ひいい!!」

「何をしておる!! 数は我々の方が圧倒的なんだぞ!!」

 統率が取れない程の混乱に陥る兵士達。このまま人糞付きの矢を放ち続ければ自然と滅ぼせるだろう。

 もうこれ以上の指導は不要だと判断した殺せんせーだが、思わぬハプニングに見舞われた。

「おい、殺せんせー!!」

「おや、ロジャーさん」

 兵士達を引きつけてたロジャーが、バリケードの前に駆けつけた。

 するとロジャーは背を向けて翻し、総崩れの討伐隊を睨んだ。

「作戦変更だ!! おれがスカッと一発決めてやる!!」

「は? え、ちょ――」

 腰に差したサーベルを抜き、両手で持つ。

 すると刀身が黒く染まり、バリバリと黒い稲妻のようなモノが迸った。

「フンッ!」

 

 ドォン!!

 

 ロジャーはサーベルに纏わせた覇気を、横薙ぎに繰り出し飛ばした。

 その乱暴な一振りで爆発的な衝撃波が発生し、兵士達を村ごと(・・・)薙ぎ払い、燃え広がった火を一瞬で消し飛ばし、はるか遠くの森をも抉った。

『…………』

 その異次元の威力に、シャラ達どころか殺せんせーやオルミーヌですら言葉を失った。

「な、何ですか今の……!?」

 殺せんせーの明晰な頭脳が、情報処理しきれない。

 ロジャーが剣を振るった途端、凄まじい爆風と共に横に大きく広がる何かが銃弾のように放たれた。それがおそらく覇気なのだろう。飛ばされた覇気は絶大な物理的破壊力で全てを吹き飛ばし、兵も村も一撃で薙ぎ更地に変えた。

 しかもロジャーは、おそらく全力で放っていない。まるで挨拶代わりの気分で無造作に放ち、天災の被害に遭った直後の光景を刹那の瞬間に生み出したのだ。

 勝てる気がしない。殺せんせーはそう思わざるを得なかった。

「殺せんせー! ロジャーさん!」

「おや、しのぶさん」

 そこへ、しのぶ率いる後方支援部隊が慌てて駆けつけた。

 先程のロジャーの一撃で、彼らの身に何かあったのではと思ったようだ。

「今の轟音は一体!?」

「ロジャーさんです。あの人、村ごと討伐隊吹き飛ばしたんですよ。それも一振りで」

「……ロジャーさん?」

「お、おう……」

 しのぶは笑っているが、目が笑っていない。

 三人の中で一番の若輩でありながら、その凄みの利いた笑みにロジャーは気まずそうに笑った。

「あのですね。むやみやたらに暴れて味方の被害を出してしまうと困るんですよ。後始末やるのどれ程大変かわかります? それも一撃でこんな惨状生み出したら、余波でこっちまで被害受けるんです。殺せんせー言ってましたよね? 資源が足りないって。人材だってある種の資源なんですよ。自分の力量くらい弁えて下さい、鬼以上の怪物抱えるこっちの身にもなりなさい全くもう」

「な、(なげ)ェ……」

「長いじゃないです。言われたくなければしっかりしてください」

 満面の笑みでロジャーの脛を蹴り始めるしのぶ。

 弁慶の泣き所は世界共通なのか、さすがのロジャーも地味な痛みに「わかったから何度も蹴るな」と顔を歪めた。

「何はともあれ、これでまず一勝。今の内に移動し、領主の根城まで迫りますよ」

「い、今からですか!?」

「本当なら敵の身ぐるみ剥いで変装すれば問題無いと思ってたんですがね……」

 オルミーヌは声を荒げ、殺せんせーは頭を抱えた。

 そもそも殺せんせーは、敵の身ぐるみを奪って討伐隊に成りすまして攻め落とす作戦にするつもりだったのだ。兵士の防具を身につければ警戒心を解いて難なく侵入できたはずなのだが、その防具はロジャーが一撃で全て吹き飛ばしたので、夜の内に移動せねばならなくなったのだ。

 しかし、エルフ達はすでに腹を括っていた。

「俺達は問題無い。いつでも動ける……いや、早く動いて救出したいんだ!」

 シャラの言葉に、漂流者三人組は笑った。

「よし、なら行くか!」

 

 

           *

 

 

 数日後。

 エルフ族占領土政庁執政代官城館「下見の塔館」では、中々帰って来ない討伐隊に(しつ)(ちょう)が苛立っていた。

「兵共はまだ帰って来んのか! 誰一人帰って来ないではないか!!」

 定時連格も断えたままであることに、まさかの事態が頭をよぎる。

 オルテ本国の戦況は悪化の一途を辿り、今や全ての占領地で収奪を繰り返しているため泥沼化している。全ての亜人族の占領地で亜人達が束になって占領地全域で反乱を起こす前に、見せしめとしてエルフ族の村を一つ二つ潰すことでそれを阻止しようと考えていた。その為の大兵力投入だったのだ。

「いざとなれば人質の奴らの女共を何人か首を吊るさねばならん」

 そんな会話を執庁が他の代官と館内でしている中。

 討伐隊を壊滅させたロジャー達は城館の門に到着していた。

「ようやく着きましたね。しかし変装していない分、門を開けさせるという手段に出れませんよ?」

「かと言ってあの時のような衝撃波だとこっちも巻き添え食らいますし……」

 しのぶと殺せんせーは、門をどうこじ開けようか悩む。

 岩を貫通する威力の刺突を繰り出せるしのぶでも、数多くの超人的技能を有する殺せんせーでも、巨大な木製の門を破壊するのは困難を極める。望みがあるのはロジャーだけだが、彼は逆に威力が凄まじすぎて門どころか城館を消し飛ばしかねないのではという不安がある。当然弓術の達人であるエルフ達や魔導結社の構成員であるオルミーヌでも不可能。

 どうしたものか、と悩んでいた時だった。

「おれに任せろ!」

 討伐隊から奪った酒を煽りながら、ロジャーが笑みを浮かべて門の前に立った。

「ロジャーさん! あなたダメだって言って――」

「要は無駄な破壊をしなきゃいいんだろ?」

 そう言って、ロジャーは武装色の覇気を纏った腕で門に触れた。

「ぬんっ!」

 

 ドゴォン!

 

『!?』

 ロジャーが気合を入れた瞬間、門に亀裂が生じ木っ端微塵となった。

 武装色の基本形態は、覇気を纏った箇所が硬質し黒く変色する「武装色硬化」であるが、武装色にはその上のステージが存在する。

 それは覇気を使う際に「力む」のではなく、不必要な場所の覇気を拳や武器に「流す」ことで、体外に大きく覇気を纏う技術だ。この高度な技術はロジャーの仲間であった侍・光月おでんの故郷であるワノ国で「(りゅう)(おう)」と呼ばれ、ロジャー自身も高い精度で習得している。

 この技術は直接触れずに敵とその攻撃を弾くことができ、さらに敵や物体を内側から破壊する「内部破壊」も可能となるのが特徴だ。その威力たるや凄まじく、直接物体などに覇気を流し込めば鋼鉄だろうと容易く握り潰すことができ、達人クラスが遠当て技として放てば自然災害に匹敵する破壊力を秘めている。

 そして先程ロジャーが放ったのは、木製の門に自らの覇気を流し込んで粉砕する内部破壊の技なのだ。

「これで文句はねェだろ?」

「本当に門だけ(・・・)を……!」

「信じられない……」

 ロジャーは意気揚々と先陣を切って殴り込む。

 眼前には、ロジャーの覇気で粉砕された木片を食らい倒れ伏す兵士達がいた。運よく避けれた者達もいるが、20人もいない。

漂流者(ドリフターズ)……耳長(エルフ)共……!」

「よう、悪代官共! 城を攻め落としに来たぞ!」

 ニカッと歯を見せるロジャー。

 漂流者(ドリフターズ)三名に加え、完全武装したエルフ達。勝ち目が無いと悟るや否や、手にした武器を下ろして両手を挙げ、降伏した。

「何だよ、肝っ玉の小せェ連中だな」

 どこか残念そうにボヤくロジャー。

 しかし、ほぼ無血開城に近い形で城館を落とすことに成功した。

「では、私は塔の中に向かいます。しのぶさんとロジャーさんは館内の全てを洗いざらい()っていってください。シャラ君達は来なくていいですよ」

「な、何でですか!」

「心配しなくてもいいですよ」

 

 ――ゾクッ

 

「っ!?」

 シャラは殺せんせーの目を見た途端、冷や汗をかいた。

 いつもの彼は物腰が柔らかそうで、他者を安心させるような優しい目をしていた。だが先程の目つきはまるで別人だった。例えて言うとすれば……人殺しの目だ。

 彼らは忘れていた。殺せんせーが前の世界では〝死神〟の二つ名で恐れられた伝説の殺し屋であったことを。

(殺せんせー、おめェ……)

 そのやり取りを遠くから見ていたロジャーは、目を細めた。

 ロジャーは鬼のような悪名を轟かせる一方で、一味の掟としてカタギへの手出しを禁忌としたり大の子供好きであるなど、意外な一面がある。ゆえに無法者ながらも、行く先々で数々の友情を築く好漢でもあった。

 だからこそ、顔には出さずとも怒りを露わにしていた。彼は「聞こえた」のだ。塔の中から響く、誰にも届かない女子供の悲鳴を。

 殺せんせーの耳にそれ(・・)が届いたわけではなくとも、察してはいるだろう。ロジャーはそれについてとやかく言う気は無い。因果応報だからだ。せめて――

「ここから先は、私が――」

「待てよ」

「……ロジャーさん?」

人手は欲しいだろ(・・・・・・・・)?」

 その言葉に、殺せんせーは目を見開く。

 たとえ城館に巣食う外道共に死を与えても、奴らに苦しめられた女子供を解放するには一人では苦労するだろう。お前が外道共を皆殺しにするならば、その外道共に弄られ続けた女子供を取り返すのがエルフの責務じゃないのか。

 ロジャーはそう告げていた。

「……いいでしょう。シャラ君、付いてきなさい」

「っ……はい!」

 殺せんせーはシャラと共に館内へ侵入する。

「さて、おれ達も行くか。全部持ってくぞ」

「……」

「どうした、しのぶ」

 ロジャーは眉間にしわを寄せ、しのぶの顔を覗き見た。

「……大丈夫でしょうか」

「あいつに任せろ。大方の結末はおめェもわかるだろ?」

 そう、もう結末は目に見えているのだ。

 残虐ではないが冷酷な暗殺者――人を殺す能力を極めた男に殺意を向けられた以上、代官達は等しく死ぬ。それも当然だと言える悪行をしていたのだ、何も言うことは無い。

「しのぶ、よォく覚えとけ。鬼ってのァ(・・・・・)人喰いの化け物(・・・・・・・)だけ(・・)じゃねェぞ(・・・・・)

「――っ!!」

「まァ、鬼だの怪物だの言われたおれが言える義理じゃねェがな」

 ロジャーは「いい酒あるよな、さすがに」と呟きながら館内に入った。それに続くように、しのぶもエルフ達と共に足を運んだ。

 こうして漂流者(ドリフターズ)とエルフ達は、城館を征圧することに成功した。




あと2~3話でジャンヌとジルドレの回を投稿できます。
乞うご期待。

ちなみに漂流者はまだ出てきます。


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第11幕:帝国の崩壊序曲

今回、新たに漂流者が登場。
「待ち望んだ方もいらっしゃるのでは?」というキャラが出てきます。
廃棄物はジャンヌとの戦い辺りから追加していきます。


 城館を征圧した後、ロジャーは代官室の書類を洗いざらい奪っていた。

「ほ……本当に、本当に城館を落としてしまうなんて……」

「おれの生きた海じゃあ島一つ更地にしちまう連中がわんさかいたぜ」

「あなたが前いた世界は人の皮被った化け物しかいないんですか……?」

 ロジャーがいた世界の凄まじさを知らないオルミーヌは、呆れたように呟いた。

「ところでだオルミーヌ、こいつ誰だ? デケェ絵だな」

 ロジャーが巨大な肖像画を親指で差す。

 描かれているのは、右手を掲げるチョビ髭の男。

「これは……この国オルテの()()。オルテ帝国を作った男ですよ」

 オルミーヌ曰く、肖像画の男は今から60年程に突如現れた、漂流者(ドリフターズ)なのか廃棄物(エンズ)なのかもわからない人物だという。

 ある日酒場に現れて人々を扇動し、悪魔的とも言うべき演説力と人心掌握術で反乱を起こし、当時この一対を統治していた国を滅ぼしてオルテ帝国を建国したとのこと。しかし建国後、国父として崇められるようになったのにもかかわらず突如として自殺した。その原因は未だ不明で、半世紀以上経過した今もなお真相は解明されていないらしい。

「ロジャーさん、心当たりは?」

「ある訳ねェだろ。何だこいつのひげは。さては小心者だな?」

「何でそう言い切れるんですか」

「ひげのデカさと人間のデカさは比例すんだよ」

 腕を組んで断言するロジャーに対し、オルミーヌは「物理的な意味も込めてます?」と身長274センチの彼を見上げた。

「ところで、あの人達は今頃何をしてるんでしょうか……」

「惨殺死体を見慣れてねェなら、おれと一緒にいた方がいいぞ」

 その言葉に、オルミーヌは息を呑む。

 殺せんせーは、この城館の人間を皆殺しにする可能性が極めて高い。城館の兵士達が村から連れ出したエルフの女子供を犯すのは明白であり、人の道に反した悪行を許し生かす程甘くはないだろう。シャラ達の怒りと恨みもある。さぞかし惨たらしい光景となるだろう。そんな惨劇を戦場での経験のないオルミーヌが見るのは酷なことだ。

 ロジャーはロジャーなりに、オルミーヌを気遣っているのだ。

「お、お気遣いいただきありがとうございます……」

「気にすんな、おめェもおれの〝仲間〟なんだからよ。それと耳塞ぎたきゃ塞いでな、外で公開処刑が行われるようだぜ」

「!」

 

 

 執庁ともう一人の役人を除いた全ての兵士・代官を皆殺しにした殺せんせーは、執庁を庭に連れ出していた。

「た、助けてくれ! 命ばかりは……!」

 両手を挙げて降伏する執庁。

 しかし殺せんせーは未だ殺意に満ちた視線を送っており、怒りを孕んだ言葉を投げ掛けた。

「今まで散々女子供を弄っておいて、武器を捨て降伏するだけで助かるはずと思ったら大間違いだ。そもそもエルフ族を滅ぼす気満々だったでしょう? なら滅ぼされても仕方ないでしょうに」

「ひっ……!!」

「ではここで問題です。なぜあなただけ残したかわかりますか?」

 その言葉の後、シャラ達が一斉に弓を引いた。

 エルフ達の怒りの矢が一点――領主である執庁に向けられる。

「答えはただ一つ。彼らの40年分の怨嗟を全て受け止めさせるためです」

「ま、待ってくれ! 話せばわかる!!」

「ふざけるな! 散々俺達を弄ってたくせに!」

「てめぇの番になったら命乞いか!!」

 40年にも及ぶエルフ族への露骨な断種政策の禍根が、我が身の危険を前に散々痛めつけた者達に乞い続ける。その光景はひどく滑稽で、愚かで、哀れみすら覚えた。

 すると執庁は何を思ってか、殺せんせーの隣に立つ男――新任の税務計算官のミルズを咎めた。

「じゃ、じゃあ、なぜその男は生かしてるんだっ!!」

「彼が派遣されたばかりの税務計算官で、この城館に赴任してから何もしていないことはすでに把握してますよ。遺言はそれでよろしいようで」

 殺せんせーの冷たい死刑宣告に、執庁は震え上がった。

「せいぜい地獄で悔い改めることですね。誇り高きエルフ族によって殺された己の非道さを。あとはシャラ君、任せます」

「……ありがとう、殺せんせー。全員、放てっ!!」

 シャラの掛け声と共に、40年分の感情を込めた弓矢が放たれた。それは執庁の体に次々と襲い掛かり、一本たりとも外れることなく撃ち込まれ死に追いやった。

 エルフ達の敵討ちも兼ねた戦は、ひとまず収束を迎えた瞬間だった。

「……エルフの皆さん、ご苦労様です」

「これでスッキリしたな!」

「しのぶさん! ロジャーさん!」

 そこへ、各々の仕事を終えたロジャーとしのぶが現れた。

「血の臭いがひでェな。よし、風呂入るぞ風呂!」

「その前に後始末です、それぐらいわかってるでしょうに」

「え~」

「53にもなって駄々こねないでください」

 冷たいツッコミでロジャーをいなし、しのぶは殺せんせーに問う。

「……どうするつもりですか、これ」

「放置したら臭くてたまらないので、埋めましょう。草土と大小便と混ぜて硝石丘を作るのもいいですが、伝染病が流行るのもよくないですし」

 

 

 漂流者(ドリフターズ)の噂は、瞬くに周囲の村々に伝わっていった。

 三人の漂流者(ドリフターズ)がエルフの村を助けて占領代官を襲撃し、囚われてた村々の娘を解放した……その困惑の噂は歓喜の確信に変わった。それだけでなく、帰ってきた娘達には殺せんせーからの周到な土産が付いてきた。 

 それは檄文だ。

 

 ――国が欲しいか? 欲しけりゃくれてやる。共に戦え。お前達の真の自由はその先にある。

 

 立ち上がり漂流者(ドリフターズ)と共に戦うのか、もう一度再び来る新しい代官にその娘を差し出し慰み者にさせるのか。選択を迫る内容一方で、オルテがいかに限界かを示す代官書で集めた書類内容を別紙で添付していた。

 こうもお膳立てが揃ったら、選択肢は一つしかない。

 今こそ自由を得る千載一遇のチャンスだと、エルフ達は続々と蜂起を始めた。

 エルフ占領地はもはやオルテの支配化から離れつつあった。

 

 

「ところで、あの書き出しは一体?」

「おれの前の世界の最後の言葉をイジった!」

「あなたが飛ばされる前の遺言が元ネタなんですか……」

 

 

           *

 

 

 漂流者とエルフの連合軍による城館陥落から数日が経った。

 オルテ帝国帝都「ヴェルリナ」の貴族院では、総力戦会議が開かれていた。

 西方戦域は完全に膠着状態にあり、何しろ兵が足りない。40年間も戦い続けているため、後方占領地の維持兵まで引き抜いている上に物資も不足。本土・属領での税収収奪も限界に近い。オルテの戦局は誰がどう見ても悪化の一途を辿っている。

「和平を考えるべきでは……?」

「何を言うか! 国父様のお考えになった万年帝国。それはこの国の(こく)()だ。そう簡単にやめられるものか」

 平和的解決と唱える者もいれば、このまま武力制圧を続けるべきと唱える者もいる。これではいくら話し合っても平行線で、埒があかない。

 そんな時だった。

「やーもやーも、おくれちゃったわー。ごめんあさーせー。おまたせしましただわさ。おひさー」

「サ、サン・ジェルミ伯……」

 けばけばしい風体の金髪のオカマが、部下二名と共に議場に姿を見せた。

 彼は漂流者(ドリフターズ)のサン・ジェルミ伯。オルテ帝国の3分の1を領有する巨大貴族であり、薬学・錬金術・史学に詳しい政略に卓越した策謀家だ。彼は50年前に国父がオルテを建てる際に最初に寝返った勢力で、彼がいなければ建国できなかったとまで言われる程の人物でもある。

「四方八方戦争吹っかけて回ったツケが来たようね。それにエルフ族の占領地が反旗をひるがえしたそうじゃないの」

「そんなものはどうにでもなる!! たかだか農民の一揆だ、それよりも西方の戦況が……」

(ああやっぱり。ダメだこいつら)

 オルテは周辺を片っ端から攻めて拡張した国だ。そんな国で反乱が起きたということは、エルフに限ったことではなく、全占領地で不満が爆発ということであるのだ。あっという間に野火の様に占領地全土で反乱が起こるだろう。

そしてその影響で国軍のほとんどが駐留する戦争地帯との連絡線が断絶する。しかも北方にはカルネアデスを陥落させた、黒王が率いる廃棄物の軍勢がいる。ジリ貧だった国力の低下が加速するという国の危機を教えても、無能な帝国首脳部は理解しようとしない。

 冷静に分析した結果、サン・ジェルミは結論づけた。

(――あらやだ。この国詰んでる)

 帝国の滅亡は、すぐ目の前に迫っていた。

「アハッ、ウフフオホホ。アタシ急用を思い出しちゃったわん。それじゃ帰るわね。皆さん戦争頑張ってねん。それじゃごめんあそばせ」

 いち早く帝国滅亡をサン・ジェルミは、側近であるアレスタとフラメーを連れて会議室を後にした。即時即決の夜逃げである。

「すぐにエルフの反乱軍と連絡を取るのよ。漂流者が絡んでるとか言ってたわね……()と一緒に行くわよ!!」

「えええ!? エルフ族でしょお? 私も行きたいですわー」

「私も連れてってくださいましー」

「おだまりっ!」

 そんな会話をしつつ廊下を歩いていると――

「……私の予想通りの結果になったようですね」

「アラ、竜崎ちゃん」

 オカマの一団の前に立つ、竜崎と呼ばれる一人の〝漂流者〟。

 目の下の隈、眉が隠れるくらいに長い黒髪、痩せ形の体型……ゆったりとした白い長袖シャツとジーンズを着た青年だが、とても健康そうには見えない。

 しかし彼は、ある世界で数多くの難事件をほぼ単独の捜査で解決し続けた天才であり、犯罪者を「裁く」殺人者と壮絶な頭脳戦を繰り広げた世界最高の名探偵なのだ。その事実を知るのは、現時点ではサン・ジェルミただ一人。

「竜崎ちゃん、とっとと夜逃げするわよ! もうこの国終わってるわ」

「わかりました……今後の動きを決めときましたので、話は移動中にしましょう」

「早いわね! アタシまだ頼んで5分しか経ってないはずだけど!?」

 

 

 時同じくして、例の様々な扉が並んだ空間では紫が一つの書類に目を通していた。

 そこには、サン・ジェルミが「竜崎」と呼称していた漂流者についてこう記されていた。

 

 DEATH NOTE L Lawliet

 

 

           *

 

 

 所変わって、緑豊かなとある森。

 澄み切った水が流れる川辺で、一人の美丈夫が火を焚いて野宿していた。

 黒と緑の縦縞模様の着流しを身に纏い、黒の股引を身に着け肩に手ぬぐいをかけた出で立ち。腰には長ドスを差しており、さながら渡世の仁義を貫く任侠の徒だ。

「米も無けりゃ酒も無い。桜も無けりゃ団子も無い。――変な現世(うつしよ)に流れちまったなぁ」

 川魚の丸焼きにかぶりつきながら、どこか退屈そうに空を見上げる。

 彼もまた漂流者(ドリフターズ)。異世界で自由奔放にさすらうその姿は、ある意味では文字通りの漂流者と言えるだろう。しかしその正体は人間と妖怪の間に生まれた〝半妖〟という存在であり、前いた世界では江戸の闇を仕切り百鬼夜行を率いた魑魅魍魎の主だった男なのだ。

 その色男の名は――

 

 関東妖怪総元締「()()(ぐみ)」 二代目総大将 ()()()(はん)

 

「……っと、さっき立ち寄った「ふぃぞな」って村の連中から貰った地図だと……」

 川魚を平らげ、串を咥えながら懐から古地図を取り出す。

 今いる森は、フィゾナ村という耳の長いエルフ族の集落付近。そこから離れたところに領主の城館や複数のエルフの村、さらに廃墟になったがかなり大きな城がある。

 ぬらりくらりと放浪していた先で出会ったフィゾナ村の間では、エルフを虐げる領主の城館が陥落したという報せが出回っていた。城館を落とした者達は廃城を拠点としており、他の村のエルフ達も大勢いるらしい。

 この廃城に立ち寄れば、この珍妙な現世(うつしよ)がわかるかもしれない。一縷の期待を抱き、鯉伴は移動を始めようと立ち上がった、その時――

「……!?」

 鯉伴は瞠目した。

 背後に目を向けると、突然石造りの門が現れたのだ。

(ありゃあ、確か……)

 彼は知っている。あの門は、自分をこの世界に飛ばした門だ。

 ギギギギィッと、軋むような音を立てて門はゆっくりと開く。

「はてさて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 不敵に微笑みつつも、何が起きてもいいように鯉伴は鯉口に指を添える。

 そして門の奥から人影が現れ、倒れた。

「お、おい! 大丈夫か?」

 倒れた男を介抱する鯉伴。

 現れたのは、毛先が赤く染まった金髪の青年だった。黒い詰襟で身を包み、その上に炎を模した意匠が施された羽織を纏い、腰には一振りの刀を差しており、何かしらの軍か部隊に所属しているように見える。

 洋服と和服を合わせた出で立ちや軍服でもある詰襟は、大正の世も生きた鯉伴にとっては懐かしく感じたが、これ程までに目立つ恰好を今まで見たことが無いのも事実。ましてや明治から廃刀令が敷かれた大正の世で、こうも堂々と刀を腰に差す人間は滅多にいない。

「妖でも陰陽師でも無さそうだな……お前さん何者だい」

 意識を失っている人間の剣士に、半妖の侠客はどこか楽しそうに呟いた。

 

 

 そしてその頃、廃棄物(ザボエラ)との戦いをどうにか凌いだ秀元は、牛車の中で上半身を脱いだ耀哉にある術を施していた。

「どうなん? 調子は」

「とても体が軽いよ。痛みもない。目の方は遠くの物が見えにくいけど……あなたの顔ぐらいなら認識できる」

「そっか♪ そんなら術は成功や。暫くの間は君を縛る呪いを封じれるやろ」

「ありがとう、秀元」

 秀元に謝意を示す耀哉。その背には墨で何やら呪文のような文言が書かれている。

 鬼殺隊を統括する産屋敷家は、鬼の首魁である鬼舞辻無惨と同じ血筋であることから呪いを背負わされていた。その呪いとは「一族の子孫は皆病弱で、生まれてすぐ死んでしまう」というもので、実際に一族の血が絶えかけたという。この時の危機はある神主の助言によって神職の一族から妻を貰うことで一族の未来を救ったが、それでも一族の誰も三十まで生きられないままである。耀哉自身も例外ではなく、日を追うごとに病の病状が悪化し、無惨と対面した頃には寝たきりとなり吐血も度々あった。

 そんな耀哉の身の上話を聞いた秀元は、自身の陰陽術でその呪いを抑え込むことを提案した。陰陽師の護身術の一種である身体を堅固安穏にする〝身固め〟を耀哉の体に直接施すことで、呪いによる病の進行を抑え込むというものだ。現にそれは見事成功し、すでに効果が出ている。

 しかし秀元曰く、十月機関の長である晴明も協力してくれたなら、進行を止めるどころか改善も可能だというのだ。都の闇に巣食う悪鬼達を退けた天才陰陽師、恐るべしである。

「しっかし、君の言う呪いってのが解けてへんちゅーことは……」

「ああ、無惨はこの世界にいる。異なる世界でも、あの男は罪を重ねる」

 耀哉は澄んだ顔で怒りと憎しみを滲ませた。

 秀元を通じて晴明から聞いた話では、第二(セカンド)漂流者(ドリフ)は最期を遂げる前か全盛期の姿で飛ばされているという。これが正しければ、耀哉は呪いによって蝕まれる前の肉体であるはずなのだ。それなのに病の症状である皮膚の変質があるということは、その原因たるモノも存在するということに他ならない。

 それはつまり、鬼舞辻無惨もこの異世界にいるということであるのだ。

「難儀な生やな……僕の子孫も狐の呪いで苦労してたけど、君はもっと苦労しとるんか」

「狐の呪い、か……。ふふ……どうやらお互い厄介な存在に関わっているようだね」

「まあ、呪いは陰陽師にとって色んな意味で縁が深いから気にはせんけどな」

 秀元は筆を仕舞うと、気になることがあると耀哉に告げた。

「僕が気になってるのは、黒王の目的や。人類廃滅を掲げる廃棄物(エンズ)の首領が、どうして君の世界にいた(・・・・・・・)鬼と手を組んだのも気掛かりやし」

「ただ人類を滅ぼすだけではないと?」

「元人間の鬼と組んでまで果たそうとする目的……どうも深い話になりそうや」

 秀元は牛車の物見から空を仰いだ。

 燃えるような真っ赤な夕焼け空に、妙な胸騒ぎを覚えながら。




漂流者がどの順番で召喚されているのかも、いつか発表しようと思います。

お待たせしました、次回はようやく大乱闘です。
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第12幕:棄てられし者共の強襲

やっぱいいのう、戦闘描写は。(笑)


 オルテ帝国を見限ったサン・ジェルミ一行は、ピンク色の巨大な馬車で移動していた。

「戦線を広げすぎた侵略戦争による兵力の浪費、兵力で人を消費し続けるゆえに起こる労働力の減少、被占領地域の住人達への過酷な統治によって膨張した怨嗟とそれによる反乱の危険性……この時点で国としての機能は成り立ってない」

 角砂糖を大量に入れたコーヒーを口に流す。

 この異世界に飛ばされた彼は、サン・ジェルミから内政事情を知った瞬間に見限った。国家は人がいるからこそ成り立つのであり、それが度重なる侵略戦争で国力を疲弊させてる以上、ジリ貧国家を支えるよりも新国家を樹立させた方が手っ取り早いのだ。

 それに黒王率いる廃棄物(エンズ)の軍勢の進撃を、止められる手立ても無い。それができるのは対の存在・漂流者(ドリフターズ)のみだ。

「早々に他の漂流者(ドリフターズ)と連携し、黒王に対抗しうる勢力を築かなければならない」

「でしょうね。アタシもそう思うわ。……んで、どうする気かしら?」

 (エル)は万年筆で地図に記入していく。

「現時点で確認されている漂流者(ドリフターズ)の勢力は、安倍晴明及びその部下と行動を共にする四人。それと東方の海上に存在する「グ=ビンネン通商ギルド連合」に身を寄せている大破座礁した戦艦を持つ剣士。あと拠点を爆破して脱出した二人。そして一番話題のエルフ族と行動する三人」

「他にも漂流者(ドリフターズ)はいるでしょうが……一番勢いのあるエルフのところの三人に接触する気なのかしら?」

「ええ。おそらく彼らは帝都(こちら)に向かっている。そして次に向かう場所も目星はついてます」

 すでにエルフと共にいる三人の行動を見抜いていると語る(エル)に、サン・ジェルミらは目を見開く。

 一体どこなのかと問うと、(エル)は迷いなく地図のある場所を万年筆でトントンと叩いた。そこには「ガドルカ鉱山」という地名が書かれていた。

「ガドルカ鉱山はこの国最大の兵器廠(へいきしょう)である「オルテ官兵ガドルカ大兵器工廠」が置かれている。ここはオルテの軍事的な生命線です。ドワーフ達を解放して兵力に加えるのも狙っていると思いますが、本命は兵器廠の奪取でしょう」

 兵器廠は兵器の購入・保管・支給・修理などを行う機関で、官営の兵器生産工場である。大量の銃火器や弾薬などを軍隊に補給する経済上・技術上の必要から創設されたもので、国家の武力の源とも言える。ここを奪われ掌握されれば、前線で戦う国軍の命をすり減らすも同然。

 そして兵器廠に囚われに過酷な労働を強いられているドワーフは、金属の加工技術、特に冶金技術に長けている。兵器製造に関しては非常に高い水準の精度を有し、別世界の武器の製造も可能であると(エル)は判断しており、もし自分がエルフ達と国盗りを仕掛けるなら迷わずドワーフの解放に動くというのだ。

「さすが世界一の探偵ね、竜崎ちゃん…………確かにあそこ墜ちたらこの国完全に終了よ」

 世界の迷宮入り事件を何度も解決した青年の頭脳に、サン・ジェルミは舌を巻く。

「現実を理解していれば、ガドルカ鉱山は是が非でも死守するべきという結論に至るはずですが、彼らには無理でしょう」

「そうね。いつまで経っても無駄な会議ばかり。とっとと縁切りましょう。それにアタシにいい考えがあるわ、国が滅ぶにも滅び方ってものがあるのよ」

 サン・ジェルミはニヤリと口角を上げた。

 

 

 その頃、鯉伴はというと。

「うまい! うまい! うまい!」

「ハハハ、そんなに言わなくても伝わるって」

 呆れたように笑いながら煙管の紫煙を燻らせる。

 介抱した目の前の青年は、起きるや否や鯉伴に渡された川魚の丸焼きをバクバクと頬張っていた。ちなみにこれですでに12匹目である。

「俺は炎柱(えんばしら)(れん)(ごく)杏寿郎(きょうじゅろう)!! 昼餉を振る舞ってくださり、感謝する!!」

「よせよせ、そんな大したこたァやってないぜオレは。ああ、オレは奴良鯉伴ってんだ。よろしくな杏寿郎」

「そうか! こちらこそよろしく頼む! して、あなたは何者だ? 人のようで人でない気配がするが、かと言って鬼ではない! 実に気になる!」

「……随分と勘のいい人間()だねぇ」

 いきなり目の前の男が人間ではないことを察した杏寿郎に、鯉伴はきょとんとした表情を一瞬浮かべると、口角を上げた。

 妖怪の妖気を察知できる人間は、妖怪退治を生業とする陰陽師や霊力の高い人間くらいのもの。陰陽師でも霊力の高い人間でもないのに、人とは別の気配を察知できた青年を興味深そうに金の双眸で見据えた。

 ――下手にウソを吐くのは野暮だな。

 そう判断した鯉伴は、自身の正体を明かした。

「オレは半妖……妖怪の総大将と人間の間に生まれた存在って言えばいいか?」

「よもや! 妖と人の子とは驚いた! 人を喰わぬ鬼も然り、俺は驚かされてばかりだ!」

「ふぅん……そっちも色々と事情があるみてぇだな。それにしてもさっきの言葉……どうやらオレの知る鬼とは違う言い方だな。杏寿郎、お前さんの言う鬼ってのは妖怪の鬼じゃねぇのかい?」

 その疑問に、杏寿郎は答えた。

 鯉伴の知る鬼とは、邪悪な面を持つ一方で崇拝対象にもなる「超自然的存在」という意味での鬼だ。獰猛かつ暴虐な妖怪であれば亡者を責める役割を負う獄卒でもあり、中には神仏に仕える明王であったりする、人々を脅かす厄災にも福を残して去る神にもなるモノだ。

 しかし杏寿郎の言う鬼とは、鬼舞辻無惨という男の血を注ぎ込まれた人間が、その血に適応できた時に生まれる人智を超えた「超越生物」だという。人間の血肉を喰らうなど妖怪としての鬼との共通点はあるが、日光以外では死なないほぼ不死身の生物という点が妖怪の鬼とは一線を画す。中でも鬼の最高位たる十二鬼月は、鬼を殺す術を会得している剣士の組織「鬼殺隊」の最高位である〝柱〟を幾人も葬っているという。

「柱……炎柱……成程、あんたはその鬼殺隊の最高戦力だったって訳かい」

「うむ!」

「お前さんが鬼退治の桃太郎で、オレは妖怪退治もする魑魅魍魎の主……こいつも奇縁ってやつかね」

 人の天敵である人喰い鬼を狩る鬼殺隊の最高位に立ち、強く生まれた者として弱き人を助け続ける杏寿郎。

 人と妖の間に生まれ、その領分を踏み躙り跋扈する妖怪を退治し、光と共存する道を行く鯉伴。

 生きた世界も理も、そもそも存在そのものが違う両者だが、弱きを助け強きを挫くその心意気は同じだった。

「さてと! なあ杏寿郎、これからどうするよ?」

「ここがどこでどうなっているかわからん! ならば俺は、この世界を駆けるまでだ!」

 右も左もわからない、人喰い鬼がいるのかすら不明な大正の世ではない異世界(どこか)。何の為に飛ばされたのかわからない以上、この世界での自身の存在理由を探るしかない。

 それは奇遇にも、鯉伴と同様の考えだった。

「そうかい……実を言うとな、これから俺はこの先にある廃城にちょっくら行く。この珍妙な現世(うつしよ)に詳しい奴がいるかもしれねぇんだ。――一緒に来るかい?」

「是非とも同行願おう! あなたには大恩がある!」

「決まりだな」

 

 

           *

 

 

 翌日の夜。

 廃城にて、殺せんせーとしのぶは話し合いをしていた。

「やはり刀剣による戦闘術は向いてないですか……」

「ええ、でも弓は凄いですよ。全員弓の申し子のようです」

「となると……遠距離攻撃、それも飛び道具で戦うのが最適。ですが弓矢だけでは心許ないですねェ……」

 殺せんせーは困ったように笑う。

 昨日からエルフ族の戦闘訓練を始めているが、その結果は難色を示すものだった。

 まず刀剣は不向き。剣に関してはロジャーが教えることとなったが、長い航海で積んだ人生経験からエルフ達に剣術は習得できないと即座に判断して却下した。別のグループで殺せんせーも指導していたが、同じ結果だったという。

 一方、弓矢に関しては正確無比を誇り、しのぶは何度もその命中率に驚かされたという。数十年のブランクがあってもすぐに勘を取り戻した、まさしく天賦の才は腐ることなく輝いていた。

「そうなると銃が欲しく…………っ!」

「何でしょうね、この嫌な感じ」

「え?」

「遠いですが……確かに誰かが来てます。それも殺気立っている」

 いつになく真剣な二人に、オルミーヌは息を呑んだ。

 

 

「……面白くねェ」

 その頃、ロジャーは廃城から離れ、一人石壁に(もた)れてボヤいた。

 彼は無差別に人を襲うことは決してしないが、戦闘意欲が強い。敵と交戦する時は「仲間にケガを負わせたくない」と言いつつ満面の笑みで戦いに行くくらいであり、要は売られたケンカは買うタイプの人間である。

 だからこそ、ロジャーは異世界を楽しむと共に退屈もしていた。前の世界では同じ時代をやってきたライバル達と命を削って戦ったが、こっち(・・・)にはそんな骨のある相手がいない。元仲間のダグラス・バレットのように堂々と決闘を申し込む者もいない。全力を出せる機会が無いことに、鬱憤が溜まりつつあったのだ。

「あ~、誰でもいいから(つえ)ェ奴と()りてェ……」

 満月を仰ぎながら酒を煽った、その時だった。

 

「貴様……漂流者だな……?」

 

「!!」

 ロジャーの目の前に、異貌の侍が現れた。

 紫の袴下に黒の袴、後ろで縛った長い黒髪、額や首筋に浮かぶ炎のような赤黒い痣、六つの赤い眼……見る者を恐怖させる禍々しい姿だ。放たれる威圧感も桁外れであり、並大抵の者なら出会った瞬間に心を折られてしまうだろう。

 しかしロジャーは動じない。元々いた世界が多様な人種で富んでおり、中には巨人と魚人のハーフや三つ目の人種もいるので、実際のところ「珍しい奴だな」くらいの認識でしかない。

 それどころか、男の放つ威圧感によってロジャーは確信していた。白ひげ、ガープ、センゴク、金獅子……あの頃の海(・・・・・)に君臨した、同じ時代をやってきた宿敵(ライバル)達に匹敵する力を秘めていると。あの侍は、この異世界において自分の好敵手となってくれる豪傑だと。

「漂流者? ああ、そうだぜ! おめェは誰だ?」

「……黒死牟だ……」

「そうか、よろしくな黒死牟! おれはゴール・D・ロジャーだ!」

「ロジャー……南蛮の者か……? しかし、その凄まじい闘気と威圧感……「鬼の如き人間」とは、興味深い……」

 六つ目の鬼――黒死牟は感嘆の声を上げた。

 戦国の世から数百年。今までに色んな剣士と相対してきたが、それら全てを上回る圧倒的な強さを肌で感じ取れた。それこそ何百年と鍛錬し続けた末に手に入れた、かつての上弦の参・()()()の言う「至高の領域」に達した、鬼のような人間。

 それが目の前のひげ面の男の、ロジャーの第一印象だった。

「んん? おめェ、その風貌……それと腰の刀…………そうか、こいつァ運がいい!! わっはっはっはっはっ!!」

「……何を笑っている……?」

 黒死牟は未知の敵を前に笑うロジャーに怪訝な表情で質した。

「笑うに決まってんだろ! おれァ嬉しいのさ! 〝侍〟と会うのは久しぶりだからな!」

「…………!!」

 彼が言い放った言葉に、黒死牟は六つある目全てを見開かせた。

 不思議な高揚感が、黒死牟の胸に湧き起こる。

 

 最強の侍になりたかった。

 強さの為ならばと全てを捨て、鬼に身をやつしてまで神の如き弟を超えたかった。己の在り方を、心の底から憎んでいたはずの縁壱(おとうと)に求め続けた。だが、その成れの果ては鬼狩りの刀に映った怪物だった。あの姿は今でも忘れられず、脳裏に焼き付いている。

 燃え盛る地獄の炎にその身を焼かれる中で、謎の女に手を掴まれて異世界に飛ばされた、生き地獄を味わう惨めな人喰い鬼。目の前の男は、自分が頚を落とされ体を刻まれてなお負けを認めぬ醜い化け物であったことを知らないだろう。

 それでも侍と呼んでくれるのだろうか。侍だと受け止めてくれるのだろうか。

 

(この私を……〝侍〟と呼んでくれるのか……漂流者よ……)

 黒死牟は、血走った血管を思わせる模様と無数の瞳がついた刀を抜いた。

「うおっ! 目ん玉まみれじゃねェか! (おも)(しれ)ェ刀だな」

「……これは私の肉体から生み出した刀……幾らでも再生できる……」

「スゲェな、生まれて初めて見たぜ」

 黒死牟の異能に「悪魔の実みてェだ」と純粋な興味を向けるロジャー。

 悪魔の実が何なのかはわからないが、まるで三歳児にでも見られている気分に、思わず微笑んでしまう。アレが素の性格だとしたら、とんでもない人誑しの素質の持ち主である。

「ロジャーとやら……私を失望させるな……気を抜いた瞬間、お前の首と胴は泣き別れだ」

 黒死牟は、ホオオオ、と大量の酸素を血中に取り込む。

 ――「全集中の呼吸」。

 鬼殺隊士達が必須として習得する特殊な呼吸法であり、瞬間的に身体能力を大幅に上昇させる特殊な呼吸法。この呼吸法によって繰り出す剣技は、鬼の頸を容易く斬り落とす。黒死牟の場合は「月の呼吸」という鬼が持つ異能力・血鬼術と合一した常勝不敗の戦技であり、剣閃に沿って月輪の斬撃が自動的に発生するため事実上不可避に等しい絶技と化している。

 最強の(けん)()に相応しい戦闘法に、目の前の漂流者(ロジャー)はどう立ち向かうのか。黒死牟は六つの目全てでロジャーの姿を捉える。すると……。

「待ってくれ!」

 ロジャーが待ったをかけた。

 今更怖気づいたかと失望し、 聞き飽きた助命を言うのならば斬って喰らおうかと思ったが、次の言葉に驚くこととなる。

「確か侍の「決闘」は、決まり文句(・・・・・)を言って始めんじゃねェのか?」

「……!!」

 ロジャーは言った。言ってくれた(・・・・・・)

 これは決闘だと。研鑚し極められた肉体と技で全身全霊を懸ける「命のぶつけ合い」なのだから、遠慮せず持ちうる力全てを使えと。

 黒死牟は悟った。これは日輪に手を伸ばし続けて四百年、己の在り方を保てなくなった孤独な悪鬼に訪れた最後の天恵だと。

「ゴール・D・ロジャー……異なる現世(うつしよ)より流れし漂流者……私はあの御方から素質(・・)のある漂流者を連れてくるよう命じられている」

「……」

「だが今は、お前への謝意(・・)として、私自身の為に戦う……!!」

 黒死牟は今この一瞬だけ、鬼舞辻無惨の配下である〝上弦の壱〟としての黒死牟を捨て、ただの黒死牟で決闘に臨むことを宣言した。

 

 漂流者、ゴール・D・ロジャーよ。

 恐れず忌み嫌わず、哀れみもせず、眼前の異形を侍と呼んでくれた鬼の如き君よ。

 傲慢な私を許し、武を以てして教えてくれ。

 私は一体何の為に生まれて来たのかを。縁壱になりたかった私は、どうすればよかったのかを。

 

 その心意を察してくれたかはわからない。だがロジャーは、黒死牟から目を離さず真っ直ぐ見据えていた。

「よ~し……そんじゃあ、いっちょやるか黒死牟!! いざ!!」

「……尋常に勝負……!!」

 互いに得物を構える。

 重厚な威圧感が支配する、時が凍りつくような静寂の中。間合いを測るように睨み合い、そして薙いだ。

「行くぞ!」

「〝月の呼吸 参ノ型〟……!」

 

 ――〝(かむ)(さり)〟!!

 

 ――〝(えん)()(づき)(つが)り〟!!

 

 

           *

 

 

 ドォォン!!

 

『!?』

 凄まじい轟音が廃城を揺らした。

 まるで目の前で落雷でも起きたかのような衝撃だ。その直後に爆風が吹き荒れ、エルフ達のテントが吹き飛ばされていく。

「わあーーーっ!!」

「きゃああっ! な、何ですかこれーーーーっ!?」

「皆伏せて!! 捕まるのよ!!」

 廃城周辺はパニック状態。

 オルミーヌとしのぶ、シャラ達は地面に伏せて飛ばされないようしがみ付くのが精一杯だ。一方の殺せんせーは石壁を利用して爆風を凌ぎ、明晰な頭脳をフル回転させて状況を把握した。

(まさか空爆……!? いや違う! これは、もしやロジャーさん……!?)

 空爆ならば、飛行機が飛んでいたり黒煙が立ち上るはず。それが無いということは、別の要因が考えられる。とすれば、散歩がてら一人離れたロジャーの身に何かがあった可能性がある……というか、それしかない。

 爆風が止んだのを機に、目にも止まらぬ速さで外に飛び出る殺せんせー。しのぶとオルミーヌも彼に続き、恐る恐る外に出た。

 刹那、廃城周辺が火に包まれた。

(まさか、オルミーヌさんの言っていた廃棄物(エンズ)の……!?)

 しのぶは冷や汗を掻く。

 オルミーヌが言っていた、廃棄物なる怪人。異能を操り憎悪と怨嗟に身を焦がす、世界の廃滅を目論む脅威。それらが集った軍勢「黒王軍」と、関与が疑われる鬼舞辻無惨による襲撃に遭っているのではないか。

 その嫌な予感は、見事に的中する。

「オルミーヌさんっ! 逃げて!!」

「!!」

「へ?」

 突如、燃え盛る火炎がオルミーヌに向かって襲い掛かった。

 殺せんせーはすかさず彼女を両腕で抱え上げ、体の正面で抱えながら回避。しのぶも全集中の呼吸で身体能力を上げて躱す。

 炎は廃城にぶつかるも、石造りが幸いしてかはたまた火力が低いのか、火災にならずには済んだ。

「こ、これは一体……」

「見つけたぞ、見つけたぞ漂流者(ドリフ)共!!」

 オルミーヌが動揺する中、憎しみを孕んだ女の声が響いた。

 声がした方向に目を向けると、そこには二人の敵がいた。

 一人は逆十字架模様の鎧を着て大量の剣やナイフを装備した、金色の短髪が特徴の女性。もう一人は体中に刺青を施した、大槍を携え鎖に繋がれた長髪の異様な大男。向けられる殺意は肌がピリピリする程で、殺せんせーとしのぶは身構える。

「あの二人は……」

「どうやら廃棄物のようですね」

 そう言って殺せんせーはコンバットナイフを構える。

「ジルドレ、お前はそっちの女漂流者を()れ!! 私は男の漂流者を焼く!!」

「ジャンヌ、良き(たび)を」

「なっ!?」

 殺せんせーはまさかのビッグネームに唖然とした。

 その隙を逃さず、ジルドレは大槍を振るう。

 

 ギャン!

 

 城壁を真っ二つにする斬撃を、紙一重で躱す。

「何て怪力……!」

「それにしても……まさかジャンヌ・ダルクとジル・ド・レとは……」

 人ならざる者達を率いて人類と漂流者(ドリフターズ)に牙を剥く黒王軍の尖兵が、まさかのフランスの救国の英雄。あの〝オルレアンの乙女〟とその戦友であった大元帥が敵として立ちはだかるなど、想定外にも程がある。

 さすがの死神も、これには度肝を抜かれた。

「殺せんせー、あの二人をご存じで?」

「ええ……フランスという列強の偉人で「百年戦争」の英雄です」

 殺せんせーは大正の人間であるしのぶにわかりやすく解説する。

 14世紀の中頃から15世紀中頃までの中世末期。しのぶが生きた大正の世より500年近く前、フランスとイギリスの間で、王位継承問題や領土問題を主因とした「百年戦争」が繰り広げられた。

 名前通り100年にも及ぶ戦争は、前半はイギリスが優勢であったが、後半はフランスが反攻して形勢逆転し、港として栄えたカレーを除くフランス全土からイギリス軍が撤退して終結した。この百年戦争でフランスを勝利に導いたのが、ジャンヌ・ダルクとその戦友であるジルドレなのだ。

「それ程の英傑でしたか……」

(しかし、民を救うために戦った英雄が民を滅ぼそうとするとは……)

 二人は救国の英雄であったが悲惨な末路を辿っている。

 それが、二人を世界の全てを憎む廃棄物に変貌させてしまったのだろうか。

漂流物(ドリフターズ)!! 黒王様の世界廃滅の道に塞がる障壁!! 漂流物は我々が全て焼き尽くす!!」

 狂気の笑みを浮かべるジャンヌは、右頬から熱気を噴き出し始め両手に炎が宿った。

 火炎放射が来る――直感で察知した殺せんせーとしのぶは、丸腰のオルミーヌを連れて退避する。その直後、勢いよく炎が放たれ三人がいた場所を焼き払った。

「すばしっこい猿共め! 焼き尽くして貴様らこそ廃棄物にしてやる!!」

 ジャンヌは罵声を飛ばし、三人の背後を炎で囲うように炎を放った。

 が、突如石壁が現れて左右からの炎の行く手を遮った。オルミーヌが札を地面に貼り、その札の効果で石壁を召喚したのだ。

「「!」」

「なっ……何だとお!?」

 虚を突かれ呆然とするジャンヌ。

 その隙に殺せんせーはオルミーヌを担ぎ上げ、しのぶと共に一度距離を置いた。

「オルミーヌさん、あなたまさか……」

「いや……あの……石壁しか出せないです。しかもあと2枚しか……大師匠様や秀元様なら色々できたんですけど、あたし未熟者なんで、その……ごめんなさい!」

「何を言いますか。あなたの魔導士としての練度なんか関係ありません。結果的に私達は助かった……オルミーヌさん、どうもありがとう」

 殺せんせーは笑う。

 暗殺者とは無縁な穏やかで純粋さすら孕んだ笑みに、オルミーヌは思わず落ちそうに(・・・・・)なった(・・・)のか、やめて下さいと顔を真っ赤にした。

「さてと。これで分析は完了です」

「え?」

「あの己が手に入れた力を誇るような振る舞い……ああいう手の者に限って、経験が浅い。それにあの感情の激しさでは、煽り耐性がさぞかし弱いのでしょう。ちょっとした挑発で冷静さを欠くように見える」

 あの凄まじい攻撃に遭っている中で、殺せんせーはジャンヌの戦い方を分析し終えていた。

 戦闘において重要なのは、冷静さをどこまで続けられるかだ。冷静さを欠けば判断力が鈍り集中力も散漫する。頭に血が昇った状態に陥ったり、冷静さを失った戦い方をすれば、どんなに強大な能力を有していても負けるリスクが高くなるのだ。

「能力と戦闘経験が比例していない。ジルドレよりは倒しやすいでしょう」

「……」

「さて、ここで少し提案です。私は〝必殺技〟を一つ持ってます。ジャンヌ・ダルクならば3分、いや2分もあれば倒せます」

「――それは私が逃げに徹し、3分以内にあなたがあの女性を倒してから連携で大槍の男を倒す……ということですか? 殺せんせー」

 その言葉に、殺せんせーは無言で肯定する。

 ジルドレの怪力は脅威だが、飛び道具を使う気配は無い。殺せんせーは炎を放つジャンヌを先に倒し、その後にジルドレを倒すという作戦で攻略しようというのだ。

 それは、人間を殺すことに慣れていないしのぶへの配慮もあった。

「しのぶさんの身体能力なら、躱す程度なら造作も無いでしょうが……オルミーヌさんにはこちらを渡します」

 そう言って殺せんせーが懐から取り出したのは、一丁の回転式拳銃だ。

「それは、南蛮銃……!?」

「しのぶさんが生きた大正の世から数十年経った未来の代物ですが、基本的には同じです。ただしマグナム弾も込められてるので、必ず両手で撃つように。肩が外れても責任は取れないので」

「まさか私が銃を持つなんて……」

 戦々恐々のオルミーヌ。しかし異能を操る堕ちた偉人が殺す気でいる以上、そうは言っていられない。

 最強の戦力であるロジャー不在の今、状況を打破するにはこれしかないのだ。

「行きましょう。今度はこちらが攻める番です」

 反撃の狼煙が、ついに上がった。




次回、助っ人登場。心を燃やしてお待ち下さい。
感想・評価、お願いします。


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第13幕:中年の本気

【注意事項】
この話ではパワハラ上司の無惨様がテレパシーを飛ばします。
パワハラ上司の声は〈〉で示すので、ご了承ください。


 憎しみに支配された堕ちた聖女は、炎を撒き散らしながら暴れていた。

「どこに隠れた!! 出て来いよう漂流物(・・・)!! でないと森も城も何もかも燃えてしまうよう!」

「それは困りますねェ、ジャンヌ・ダルク」

 標的がゆっくりと姿を現す。

 その声に反応し、狂気の笑みを浮かべた。

「いたあ!」

 ジャンヌは殺せんせーを視界に捉えると、ナイフを投げつけて次々に地面に突き刺した。

 その直後、投げたナイフが刺さった地点から発炎し、一気に炎が燃え広がって殺せんせーの退路を奪った。

「さあて、もう逃さないよう」

「ええ、私も迷いは断ち切っておいたので」

 殺せんせーは右手でコンバットナイフを弄ぶ。

「それにしても……自慢の剣技は見せてくれないのですか?」

「何、だと……!?」

 殺せんせー、煽りの呼吸を発動。

 ニコリと優しく微笑みながら挑発を重ねていく。

「いやあ、残念です……中世ヨーロッパの剣術は拝んでおきたかったんですけどねェ。ああ、剣は素人でしたっけ?」

「っ……減らず口を!」

「いや、実はただの飾りかもしれないですねェ……何なら剣術教えましょうか? ナイフでもいいですよ? ヌルフフ……こう見えて若者の指導は得意なので」

「気持ち悪い声で笑うなァ!! そんなに望むなら、斬ってから焼いてやる!!」

(チョロいですね、聖女……)

 こうも容易く挑発に乗ってしまうと、逆に不安になる。

 殺せんせーは何とも言い難い気持ちになるが、内心微笑んだ。これでお膳立ては完了だ。

「死ね!! 漂流者(ドリフターズ)!!」

 ジャンヌは長尺の両刃剣を片手に、殺せんせーに迫った。

 殺せんせーはナイフを構えたまま動かない。受け止める自信があるのだろう。

 受け止めた直後に焼き尽くしてやる――ジャンヌは聖女とは思えぬ悪意に満ちた笑みを浮かべ、ナイフに(・・・・)意識しつつ(・・・・・)大きく振りかぶった。

 その時だった。

「……フッ」

 殺せんせーは、ナイフを空中に置くようにし捨てた。

(何だこいつ!? ナイフを捨てた!? 何だ何だ!! 何なんだ!?)

 斬り殺される寸前なのに得物(ナイフ)を捨てる、常識外れの行動を取った殺せんせーに、ジャンヌは得体の知れない恐怖に駆られた。目の前の相手が人の皮を被った化け物に感じた。

 そして――

 

 ――バァァン!

 

 ジャンヌに、音の塊が襲い掛かった。

「あ、が……!?」

「これで無力化はできましたね。暫くは立てないでしょう」

 崩れ落ちるジャンヌを、殺せんせーは見下ろす。

 先程彼が放った技は〝クラップスタナー〟。見た目は単なる猫騙しのような技だが、人間の意識の波長に合わせて脳に音波の強い「山」をぶつけるため、その威力は衝撃で怯むどころか、相手の神経が麻痺して当分動けない程である。

 無手で相手を倒す、常識外れの一撃。これが殺せんせーの〝必殺技〟である。

(そ、そんなバカな……たかが拍手に……こんな子供騙しに……!)

 ジャンヌは白目を剥き、うつ伏せに倒れた。

「さてと……敵と言えど女性ですし、拘束するぐらいでいいでしょう」

 殺せんせーは廃城からいつの間にか拝借していた縄を使い、目にも止まらぬ早業でジャンヌを(がん)()(がら)めにした。

「問題はジル・ド・レとロジャーさんの相手……早く決着を付けさせないといけませんね」

 

 

 一方、しのぶはジルドレと戦っていた。

 巨大な十字槍を振るうジルドレの攻撃は、城壁ごと斬る威力。射程範囲から外れても風圧で体が浮きそうになる。さらに鎖を鞭のように操ることで変則的な攻撃も仕掛けるようになり、劣勢に立たされていた。

「我が(たび)未だ終わらず。故に我未だ終わらず」

「しかしその戦いぶり……()()(じま)さんを彷彿させますね」

 しのぶと同じ鬼殺隊の柱であった男・()()(じま)行冥(ぎょうめい)。彼は盲目ながらも生まれつき恵まれた長身と身体能力の持ち主であり、鬼殺隊の人間として肉体と戦術を命懸けで研ぎ澄ませてきたため、柱の中でも際立って高い戦闘能力を有していた。

 残念ながら童磨に敗北してしまったため、しのぶはその後の鬼殺隊はどうなったのかは知らない。彼もまた無惨との死闘の末に散ったことも、何もかも……。

(マズイ……何とかしないと……!)

 しのぶは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 鎖の攻撃は日輪刀で弾くことはできるが、槍による攻撃とそこから生じる風圧は避けざるを得ない。ましてや事実上の非戦闘員であるオルミーヌを庇いながら戦うのは、かなりの重荷だ。

「散れ」

 

 ジャラララ!!

 

「うぅっ!」

 次の瞬間、ジルドレが放った鎖がしのぶの手足と首に巻きついた。

 ギチギチと締め上げられ、しのぶは苦しそうに悶えた。

「しのぶさん!」

「き……来ちゃ、ダメ……!!」

 しのぶに死の危険が迫っていることを悟り、オルミーヌは殺せんせーから渡された拳銃を構えるが、その姿を捉えたジルドレが槍の穂先を向けた。

 このままではオルミーヌが殺される。首に巻き疲れた鎖で〝全集中の呼吸〟を封じられながらも、しのぶは精一杯足掻く。

 その時、ジルドレに向かって何かが突進してきた。

 

「〝炎の呼吸 弐ノ型 (のぼ)(えん)(てん)〟!!」

 

 ガギィン!

 

「「「!?」」」

 しのぶに襲い掛かった十字槍を、下段から弧を描くように斬り上げる一振りの刀。

 体勢を崩したジルドレは、しのぶを締め上げていた鎖を手放し距離を取る。

「げほ、ごほ……!」

「え……あ、新手の漂流者(ドリフ)……!?」

 オルミーヌは驚いた表情で刀の持ち主を見つめた。

 目の前で佇むのは、先が赤く染まった金髪と炎を模した羽織をなびかせた青年だ。年齢としては二十歳あたりだろうか。詰襟を着用しており、しのぶと共通している部分もある出で立ちだ。

(……ああ、あなたもこっちに飛ばされていたのですね……)

 しのぶは静かに涙をこぼした。

 彼女の前に立つのは、本来は二度と会えないはずの人間。

 その太刀筋と為人、何より己の責務を全うした熱い生き様は、決して忘れることは無い。死後もなお尊敬され続ける、黎明に散った〝柱〟だったのだ。

「久しぶりだな、胡蝶!! 無事か?」

「れ……煉獄さん……!!」

 

 

           *

 

 

 ロジャーと黒死牟の決闘は、壮絶を極めていた。

 剣刃がぶつかれば衝撃で爆風が起こり、距離を置いて斬撃を飛ばせば周囲の物を次々に破砕していく。二つの巨大な嵐がぶつかったかのような、二人の男の戦いが生んだとは思えない絶望的光景、略して絶景が展開されていた。

 しかも二人共、一切の外傷がない。互いに最強の存在として君臨したがゆえに、心技体の全てが拮抗しているのだ。

「素晴らしい……よくここまで鍛え抜いた、ロジャー……!」

「侍に褒められるたァ光栄だ! おめェもとんでもなく(つえ)ェぜ、黒死牟!」

 武者震いする黒死牟と歯を見せて笑うロジャー。

 鬼と成った剣士と、鬼と呼ばれた海の覇者――二人の時空を超えた決闘は、さらに苛烈と化す。

「〝月の呼吸 陸ノ型 (とこ)()()(げつ)()(けん)〟」

 黒死牟は縦横無尽に駆け巡る無数の斬撃を放つ。

 月輪と共に斬撃はロジャーに迫るが、彼は横薙ぎの一閃で覇気を拡散させ、斬撃を真っ向から弾いた。その影響で月輪は四方八方へ飛び、木々を薙ぎ倒していく。

 月輪のいくつかは黒死牟に向かうが、彼は無造作に刀を振るって相殺する。

(私の剣技の性質をすでに理解したのか……)

 黒死牟が極めた〝月の呼吸〟による剣技は、太刀筋に沿って月輪の刃が無数に形成されるという特性がある。この月輪は人体を紙切れの様に容易く斬断し、斬撃に合わせて大きさ・形・長さが常に変化する上、ほんの少しの間だが空間に残り続けるという恐ろしい相乗効果を発揮する。

 前の世界では、その性質と黒死牟自身の絶大な基礎戦闘力によって鬼殺隊の最高位たる柱達を次々と葬ってきたのだが……ロジャーのあまりにも強大な覇気は真っ向から(せめ)ぎ合っていた。

「放たれた斬撃の軌道を逸らすとは……」

「わっはっはっは! 避けられねェ技は弾き返せば問題ねェだろ?」

「フ……言い得て妙だ……」

 ――防御や回避すらも困難ならば、斬撃を月輪ごと真っ向から弾き返せばいい。

 そんなロジャーの言い分に使い手はどこか納得している様子だが、常人どころか鬼殺隊や十二鬼月からしてもメチャクチャな戦い方。鬼狩りの頂点たる柱ですら回避するのが至難である斬撃を真っ向から弾き返すなど、人外の領域だ。

 それを迷いなく実行し実現できるのが、無茶な生き方に定評がある天下の海賊王。とんでもねぇロジャーである。

「今度はこっちの番だ! フンッ!」

 気合一閃。

 ロジャーは乱暴に剣を振るい、斬撃を飛ばした。

「〝月の呼吸 壱ノ型 (やみ)(づき)(よい)(みや)〟」

 黒死牟は一度納刀し、神速とも言うべき速さで抜刀。同時に発生した月輪で飛んできた斬撃を相殺するが、その刹那の瞬間にロジャーは黒死牟に急接近。間合いに入り込み、そのまま剣戟となる。

 斬り結ぶ両者。(けん)(わん)と月輪の効果も相まって黒死牟が有利だが、ロジャーは〝見聞色〟を発動中のまま戦っているため、紙一重だが不規則に襲い掛かる月輪を見事に躱している。

(これは……〝透き通る世界〟と酷似した能力を使いながら戦っているのか?)

 〝透き通る世界〟とは、全集中の呼吸を極めることで行き着く境地だ。

 この領域に至った者は他者の身体の中が透けて見え、それによって相手の骨格・筋肉・内臓の働きさえも手に取るようにわかるようになる。これを戦闘に活用すれば相手の攻撃や動作のパターンを瞬時に見切り、回避や反撃が可能となるのだ。

 当然ながら、黒死牟もこの領域に達している。彼の場合は相手の状態を見通すことで、初動を潰し一方的に攻め立てることが可能だ。現にロジャー相手にも使っているのだが、なぜか彼には通用しなかった。

(この男は月輪を躱すどころか弾くことすらできる……月輪の軌道は柱ですら読めぬ……未来予知に近い能力か……?)

 自分が先の先を現実にできるのならば、ロジャーはその先をも現実にできるのではないか。

 そう考えた黒死牟は、ロジャーの動きを封じるべく次の一手に出た。

「――〝月の呼吸 伍ノ型 (げっ)(ぱく)(さい)()〟」

 

 ゴゥッ!

 

「うおっ!?」

 黒死牟は刀を振るわずに(・・・・・・・)竜巻のように渦巻く斬撃を発生させた。

 さすがのロジャーもこれは予想できなかったのか、初めて笑みが消えた。

(刀振らずに斬撃飛ばせるのか! しかも全方位対応……文字通りの死角なしとなりゃあ、少々厄介だな)

 海賊の世界における少々厄介というのは、とんでもない面倒事である。

 ロジャーは今までに色んな猛者と激闘を繰り広げたが、一太刀で全方位に攻撃を繰り出す剣術の使い手はいなかった。黒死牟の剣技の恐ろしさが、ここで身に染みた。

 しかしロジャーは、臆するどころか笑みを取り戻していた。本気じゃなく、全力を出せる相手だと判断したのだ。

 彼が全力を出せる相手は、白ひげやガープと言った攻撃の余波で天変地異を起こすような怪物達のみ。図らずも黒死牟は、海賊王基準で歩く災厄達の仲間入りを果たした。ある意味では継国縁壱(おとうと)に届いているのだが、当の本人は知る由も無い。

「……今の攻撃を避けきるか……さすがだ……」

「黒死牟の剣は何でもありだな! ゾクゾクしたぞ」

 互いに血が滾るのを感じ取る。

 人生は短く、全盛期はもっと短い。その範疇から逸脱した人を喰らう鬼も、日の光や藤の毒を浴びたり日輪刀で頸を落とされればそれまでの命だ。

 だからこそ、このドツキあいは楽しくて(・・・・)たまらないのだ。

「……ロジャー……人の身でありながら柱をも超越したその強さ、見事だ……だがその強さが我が身に届く道理はない……」

 気を高め、諸肌を脱ぐ黒死牟。それと共に彼の刀の刀身が伸び始め、三又に枝分かれした。

 威圧感もさらに増した鬼に、ロジャーは驚きを隠せないが楽しんでいた。

「成程、それがおめェの全力か。じゃあおれもだ!!」

 

 ボッ!!

 

 刹那、ロジャーから爆風にも似た〝圧〟が放たれ、周囲に無数の黒い稲妻が迸った。彼自身の覇王色の覇気だ。

 覇王色は戦闘力に応じて展開できる規模や威力が変化し、相手の意識を奪うだけでなく物理的な破壊力を生む。心技体を備えた真の覇者であれば、気迫を高めるだけで外界にも大きな影響を与える。そしてロジャーの場合、あまりの強大さで天変地異を引き起こすレベルに達しており、本気を出せば島が吹き飛びかねない程の衝撃波が拡散するのだ。

 海賊・海兵問わず全盛期の生ける伝説達を出し抜き、全ての海賊の頂点に上り詰めたロジャー。かつての仲間達や彼と殺し合いを繰り広げた者しか知らない、あまりの強さに〝鬼〟と恐れられた男の本領発揮だ。

「来いよ侍、第二幕と行こうぜ」

「……!」

 その強さに、黒死牟は目を奪われた。

 力の為、強さの為、黒死牟は全てを捨てて鬼として三百年以上も最強の座に君臨した。しかし目の前のロジャーは、人でありながら最強の黒死牟と同等以上に渡り合っている。〝血鬼術〟でも〝全集中の呼吸〟でもない能力で、人の身のまま鬼を上回らんとする力で真っ向からぶつかっている。

 この男の強さは、何なのか。なぜこんなにも強いのか。

 黒死牟の心に、ロジャーの強さの秘密を知りたいという欲が湧いて出てきた。

(ロジャー……お前を知れば、私は……)

 思い浮かぶのは、花札の耳飾りを着けた弟の姿。

 ロジャーは縁壱ではない。だがロジャーを知れば、日輪(よりいち)に伸ばし続けた手が届くのではないか。

 全力を出せる相手と出会えたことへの歓喜、侍と呼んだことへの謝意――鬼になって400年も過ごした剣士は知らず知らずのうちに、ロジャーに対し特別な感情を抱くようになっていた。

 

 ――黒死牟。

 

(!? 無惨様の声……)

 黒死牟の脳内に響く声。鬼の首魁にして主君である無惨の声だ。

 生物の範疇を超えた無惨は多くの特殊な能力を有し、その一つに念話がある。これはある種のテレパシーのようなもので、離れた場所にいる配下にも言葉による指示を送ることができる。

 無惨は拠点である無限城から、ロジャーとの決闘の真っ只中である黒死牟に指示を飛ばしたのだ。

〈上弦の壱ともあろう鬼が、漂流者一人に随分と手古摺っているな〉

 主君からの苦言。忠誠心の強い黒死牟は、返す言葉も無いのか沈黙する。

 しかしこの後、黒死牟にとっても無惨にとっても想定外の事態が起こった。

「黒死牟、聞こえたか!? 今の声!!」

「!?」

 黒死牟は絶句した。

 何とロジャーは無惨の声が聞こえたのだ。

(ど、どういうことだ……なぜあの男は無惨様の声を聞ける……!?)

 人としても鬼としても常識を逸脱した現実に、動揺を隠せない黒死牟。

 実を言うと、ロジャーは強大な覇気を扱うだけでなく〝万物の声を聞く〟という謎の能力の持ち主でもある。その声は人間だけでなく巨大生物である海王類や1000年以上生き続けている巨大なゾウ〝象主(ズニーシャ)〟、さらには碑石である〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の声すらも聞き取っている。

 その能力で、黒死牟に送られた無惨の念を感じ取ったのだ。本来ならば無惨の血によって鬼となった者にしか聞こえないはずなのだが、ロジャーはどうやら耳に届いたようだ。

「誰だ! こんな時にゴチャゴチャ小言を飛ばす奴は!! せっかく(つえ)ェ侍と()れるってのに、男の勝負に水差すんじゃねェ!!」

 キョロキョロと辺りを見回しつつ、ロジャーは怒声を上げる。

〈――こっ、黒死牟!! 殺せ!! その男は危険すぎる!!〉

 無惨の震えた声が響く。

 鬼にもなってない別世界の住人に、聞こえないはずの自分の声を聞かれたのが恐怖心をかなり煽ったようだ。

 しかし当の黒死牟はと言うと……。

(強い侍……男の勝負……ああ、何と甘美な響きか……)

〈黒死牟っ!?〉

 何とロジャーの言葉に惚れ惚れしていた。

 ロジャーは非常に仲間想いな性格の上、行動も子供の様に単純かつ真っ直ぐである。それゆえに言動も割と裏表が無く、素で言い放つことも多い。

 ただでさえ鬼になる以前から武人である黒死牟は、己を鬼ではなく侍として受け止めるロジャーの力量器量に好意を抱きつつあった。それが無惨からの一方的なテレパシーによって「黒死牟との戦いを邪魔された」と腹を立てたロジャーに、自分との戦いを重んじてくれると感服してしまったのだ。

 世の中には、男を惚れさせる男がいる。人間を自分の糧となる餌程度にしか見てなかったワカメ頭の無惨にとって、戦場で培った男の友情や戦いの中でしか語れぬ情など、到底理解できるわけなど無かった。

「……あの御方には……きちんと言っておく……気を害してすまなかった……」

「わははは! 真面目だな、黒死牟は。そういう奴は嫌いじゃねェぜ?」

〈黒死牟っ!?〉

 黒死牟、まさかの説教宣言。

 ひとえに無惨が邪魔をし、無意識にロジャーを煽った結果である。

「うっし、じゃあ続き始めるか!」

「無論だ……来るがいい、ロジャー……!」

〈……黒死牟……〉

 ロジャーと黒死牟は、無惨の声を無視して決闘の続きを始めた。

 ビジネスパートナーに無視されるどころか「主君のせいで気を悪くして申し訳ない」と明言された無惨は、癇癪を起こすことすらできず、ただ魂が抜かれたような表情をするしかなかった。




キャラ改変のタグが必要であれば、付け足しときます。
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第14幕:黒死牟の誓い

やっと更新です。



 しのぶ達の窮地を救った同志、煉獄杏寿郎。

 彼は庇うように立ち、梟のような眼差しで巨漢の殺戮者を見据える。

(鬼ではないが、禍々しい気だな)

 右腕から胴体にかけて彫り込まれた刺青、腰まで伸びた長髪、鎖で繋いだ首輪と腕輪、巨大な十字槍……その異貌な姿は、己が滅すべき存在・鬼と錯覚してしまう程。

 肌を突き刺すような殺気を放つ敵に、杏寿郎は一筋縄ではいかぬ相手だと警戒を強めた。

「しのぶさん、大丈夫ですか!?」

「ええ、何とか……」

「あの、彼は一体……」

 敵ではないようだが、新手の漂流者(ドリフターズ)の乱入に困惑するオルミーヌ。

 しのぶは微笑みながら答えた。

「私の大切な同志です。――煉獄さん、助太刀感謝します」

「胡蝶、感謝するべきなのは俺ではない! 彼のおかげでここへ来れたのだ!」

 杏寿郎の言葉に、目を細めるしのぶ。

 すると――

「よぉ、嬢ちゃん。杏寿郎の知り合いかい」

「「!!」」

 しのぶとオルミーヌの背後から聞こえた、艶のある声。

 弾かれたように自分の背後へと目を向けると、そこには長ドスを腰に差した美丈夫がいつの間にか立っていた。

 声を掛けられるまで気づかなかったしのぶは、完全に気配を殺していた色男を睨むも、杏寿郎の「胡蝶、彼が俺の恩人だ!」と声を上げたことで警戒を解いた。

「オレは奴良鯉伴ってんだ。よろしくな、蝶の嬢ちゃん」

「……胡蝶しのぶです。あなたも飛ばされてきたのですか?」

「しのぶって言うのか。……まあ、俺も似た境遇さね」

 鯉伴はジルドレに顔を向け、鯉口を切る。

 それに反応するかのように、ジルドレも槍を構える。

「……鯉伴殿、どう思われてる?」

「妖気はねぇが、邪気を感じるねぇ。堕ちるトコまで堕ちた、人でも妖でもねぇ不気味な何か(・・)だ。杏寿郎は後ろの嬢ちゃん達を護ってくれや」

 悠然とした足取りで、鯉伴は前に出る。

「……」

「やる気かい? ケンカならか――」

 買うぜ、と言おうとした途端。ジルドレは容赦なく十字槍を横薙ぎに振るった。

 新手の漂流者(ドリフターズ)となれば、相応の武力の持ち主。ならば、それを振るわれる前に息の根を止める。文字通りの先手必勝だ。

 その言葉通り、鯉伴は十字槍の直撃を受けて胴体が真っ二つになった。しかし――

「……!?」

 ジルドレは瞠目した。

 鯉伴は薄ら笑いを浮かべ、その姿を揺らめかせいたのだ。

 確かに手応えはあったのに、なぜ生きている……? まさか人間ではないのか……? そう思うと同時に、背に冷たい何かが走った。

 それはこの異世界で、今まで感じなかったモノ――「畏れ」。ジルドレの目に映る漂流者が、得体の知れない存在となった瞬間だった。

「っ……!」

 ジルドレは顔色を変え、十字槍を力任せに振るう。

 暴風の如き猛撃が、鯉伴に襲い掛かる。常人ならばすぐに細切れにしてしまう無情の兇刃が、色男の全身をズタズタにしていく。

 だが、それらは全て当たらずに終わり、色男は傷一つない姿のまま。正確に言えば当たって(・・・・)いるのに(・・・・)当たっていない(・・・・・・・)のだ。

「どこ見てぶん回してんだい? 当たんなきゃ意味ねぇぜ、外人さん」

 挑発するように片目を閉じる。

 ぬらりくらりとやり過ごすその姿は、まさに鏡に映る花、水面に浮かぶ月の如し。

「しっかしいい動きしてるじゃねぇの。腕っ節だけなら仲間にしてぇところだが……人に仇なすってんなら退治しねぇとな」

 肩に長ドスを当てて、鯉伴は色気を混ぜた笑みを刻む。

「よもや……あれが妖が扱うという妖術の類か」

「妖怪なのですか……!?」

「妖と人の間に生まれた〝半妖〟とのことだ。俺達が滅する鬼とは根本から異なる、真の妖怪……それが鯉伴殿だ」

 御伽草子や伝承のみの存在でしかない妖怪が、自分の目の前で廃棄物と戦っている。

 俄に信じ難い現実だが、言動から察するに人を護る存在(あやかし)のようであり、しのぶは安堵の笑みを浮かべた。

 それと共に、鯉伴がついに動いた。

「さて……そろそろだな。ちょっと踊らせてもらうぜ、付いてこれるかい?」

「何……!?」

 鯉伴は長ドスを抜き、斬りつけた。

 それは屈強かつ頑丈な肉体を持つジルドレにとっては、致命傷には至らない。が、ジルドレに余裕はない。

 鯉伴の得体の知れない能力は、どんな攻撃も受け付けない。一方的に攻撃を受けてしまう状況なのだ。実体を確実に捉えなければ、ジルドレの勝機は無い。

 焦りを隠せなくなったジルドレは、手当たり次第に攻撃を仕掛ける。十字槍は無差別に襲い掛かるが、やはり鯉伴を捉えられず傷一つ付けられないまま。それと共に自身の体に刀傷が増えていく。

「ぬぅん!!」

「おっとっと、そんなに頭に血が上ってちゃいけねぇな」

 ジルドレを翻弄する鯉伴。

 彼は父親である魑魅魍魎の主・大妖怪ぬらりひょんの能力を継いでいる。その能力は相手に認識されなくなる「明鏡止水」、そして認識をずらして発生した幻影で敵を惑わす「鏡花水月」。ぬらりくらりとして本質を掴ませない、ぬらりひょんの本質を体現したこの能力は、戦闘において無類の無双ぶりを発揮できるのだ。

 現にジルドレは、鯉伴の鏡花水月によって遊ばれてしまっている。

「そんじゃ、そろそろ終いにしようや」

 ふと、長ドスを鞘に収める鯉伴。

 代わりに取り出したのは、朱い盃だった。

 得物の代わりに盃を手にしている鯉伴に戸惑いつつも、ジルドレは距離を詰める。十字槍を大きく振りかぶり、頭から両断しようと振り下ろしかけた、その時だった。

「〝明鏡止水・桜〟」

 鯉伴は盃に入った液体に息を吹きかけた。

 すると波紋が立ち、美しいと思う程に鮮やかな蒼い炎が発生。ジルドレの巨躯をあっという間に包み込んだ。

 酒を利用した奴良家秘伝の奥義は、波紋が鳴り止むまで全てを焼き尽くす。

「あっ、があああああああああ!!」

 断末魔の叫びを上げるジルドレ。

 その声は怨嗟に満ちており、さながら業火に焼かれ続ける地獄に堕ちた罪人だ。

(あの反応……人間にゃ害はねぇと思ってたが……奴は人間じゃねぇってのか?)

 その様子を、眉を顰めながら鯉伴は見届ける。

 妖怪は姿を消して闇に消える〝陰〟の存在。その陰を相殺するのが〝陽〟であり、その力を持つことで陰を消すことができる。すなわち妖怪退治とは「〝陽〟の力を加えること」であり、それが陰陽師が行使する陰陽術の本質だ。言い方を変えれば、〝陽〟の力は妖怪にとっては脅威であるが、悪用さえ(・・・・)しなければ(・・・・・)人間を死に至らしめるような害は無いということでもある。

 そして鯉伴が先程行使した〝明鏡止水・桜〟は、本来妖怪が持たない〝陽〟の力を持つ。人間にとって害の無い力で苦しむということは、廃棄物は〝陰〟の存在であるということに他ならない。が、妖怪特有の妖気を感じ取れないので、妖怪でもないことも事実。廃棄物は、まさに怪人と言える存在だった。

「……見事だ……」

「何て美しい炎……」

 そんな鯉伴の技に、鬼狩り二名は見入っていた。

 人でない存在でしか成せぬ、闇を生きる妖の戦技。二人の顔には、御伽草子や伝承の存在でしかない妖の御業を見られる幸運(・・)に感謝する、不思議な笑みがこぼれていた。

 気づけば、盃の波紋が鳴り止んだのか、ジルドレを包んだ青い炎は消えていた。それと共に、全身が黒焦げになったジルドレの巨体が大木が折れるようにうつ伏せに倒れる。あれ程の火傷を負えば、助かる見込みはまず無いのだが――

 

 ガッ――

 

「っ!?」

「な、何だと!?」

「おいおい、ウソだろ……」

 何とジルドレは動き出し、槍を掴んだ。

 その凄まじい生命力と執念に、一瞬寒気が走った。

「もはや、乙女では、ない……きっと地獄に行く……ならば、今度は……俺が先に行って……地獄(むこう)で待つ」

 ふと、炭と化したも同然のジルドレの体にヒビが入った。

 ヒビは広がっていき、やがて全身に至る。

「ジャンヌ……良い旅を……」

 それが、廃棄物ジルドレの最期の言葉だった。

 地獄でジャンヌと再会することを望みながら、狂気に落ちた聖女の戦友は血飛沫も血反吐も無く、文字通り粉微塵になった。

「……何だこりゃあ」

 ジルドレを倒した鯉伴は、眼前の粉末の山を見つめる。

 その色は、白。焦げて炭のようになった彼の、人間の辿る末路とは思えない。ましてや妖怪が何らかの事象で滅せられた後に遺るモノでもない。

「人でも妖でもねぇ……どうなってやがる」

「あ~あ、ジルドレ()られちまった」

「!?」

 鯉伴の背後に、いつの間にか長い黒髪が特徴的な和装の美少年が太刀を携え立っていた。

 一見は飄々とした風来坊にも見えなくもないが、纏う空気は戦場の真っ只中にいるかのよう。江戸から平成まで長く生きた鯉伴も、鬼が跋扈してるとはいえ太平の世を生きた杏寿郎としのぶも、嫌と思う程血の臭いを放つ人間など初めてだった。

 もし彼をたとえて言うとすれば、戦乱の世を生きた一軍の将と言ったところだ。

「今の妖術……君は妖かい?」

「――ああ、正確に言うなら人間と妖の子なんだがな」

 鯉伴の返答に、美少年は興味深そうに目を細める。

「……オレは奴良鯉伴ってんだが、お前さんは何者だい」

「僕は九郎判官義経。今は廃棄物に付いてる」

「義経…………まさか、源義経公なのか!?」

「あの清和源氏の……!?」

 杏寿郎としのぶは唖然とする。

 判官贔屓という言葉を始め多くの伝説・物語を生んだ平安末期の英雄が、黒王と無惨に加担しているという事実は、あまりにも衝撃的だった。それは鯉伴も同様で、夢にも思っていなかった相手なのか冷や汗を掻いていた。 

「義経公! なぜ貴殿のような英傑が殺戮などする!? 弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務ではないのか!!」

「そりゃあ黒王と鬼舞辻の方が面白いからさ。僕は面白い方に付くと決めてるんだ」

 義経の口から出た聞き捨てならない名前に、杏寿郎は目を見開いた。

「っ!? 鬼舞辻無惨が、この世界にいるのか……!?」

「おや、鬼舞辻を知ってるのかい? じゃあ君らが彼の言う「鬼殺隊」か」

 目を細める義経。どうやら無惨から鬼殺隊に関する情報を伝えられているようだ。

 無惨が異世界で人類廃滅を謳う廃棄物の軍勢と手を組んだ。異世界と言えど無惨が生きているというだけで許せないのに、よりにもよって人類に再び牙を剥いているという事実に、杏寿郎は拳を強く握り締めた。

「面白いだと……? 無惨と共に他者を貪るのか!? 人の命を何だと思っているんだ、義経公!!」

「物好きだねぇ。弱者は淘汰されるのが摂理じゃないか。負けたら殺されても致し方なしってやつさ」

「……見損なったぞ、義経公。何が判官贔屓だ、源平合戦の勇士が聞いて呆れる!!」

 睨み殺す勢いで憤慨する杏寿郎と、それを嘲笑うように見つめる義経。

 しのぶも後世に伝わる話とはまるっきり正反対な性格の義経に、思わず顔を強張らせた。

(これが、あの源義経公……こんな凶暴性を持っていたなんて……!)

 目の前にいる悲劇の英雄が、鬼のように思えた。

 もしかすれば、鬼以上に厄介な存在かもしれない。彼は軍を率いて平家一族を滅ぼした男。その統率力は軍記物に描かれているそれ以上だろう。真っ向から単騎で勝てるような相手ではないのは明白だ。

「まあ、そういう訳だからさ。日が昇るまで時間があるし……」

 その直後、義経は三人の視界から姿を消した。

「「「っ!?」」」

「一緒に遊ぼうじゃないか」

 義経は一瞬で背後に回り、抜刀した。

 その太刀筋に真っ先に反応したのは、鯉伴だった。

 

 ガギィン!

 

 太刀と長ドスが激しく衝突し、戦の申し子と江戸の闇を仕切る半妖が斬り結んだ。

 両者は白刃を振るい、躱し、受け止め、ぶつかり合う。

 だが、そんな目にも留まらぬ早業を繰り出す中で、義経の太刀が鯉伴の腕を斬った。それは剣の腕前は義経の方が格上であることを示していた。

 魑魅魍魎の主(ぬらりひょん)の血を引く鯉伴は、京都に巣食う強大な京妖怪や元禄年間に江戸の覇権を巡って争った百物語組を相手に真っ向から渡り合った、闇に生きる妖怪の中でも際立った強さの持ち主だ。しかし相手は戦術の天才である平安末期の伝説的英雄で、剣士としても圧倒的な強さを誇る武将。一筋縄ではいかない。

(はえ)ぇ……! 伝説は本当だったってことか……!)

「ほらほら、せっかく剣を交えてるんだから楽しませておくれよ」

 義経の猛攻に、鯉伴は劣勢に立たされた。

 彼の太刀筋は、全てが速かった。剣の速さは勿論、身のこなしや相手の動きの先読みまで、あらゆる面で速過ぎる。ぬらりひょんの能力である「鏡花水月」で回避しても、剣の速さが追いついてしまうのだ。

 史実通りの戦の申し子である義経には、鯉伴ですら苦戦を強いられた。

 しかし、それはあくまでも鯉伴一人であった場合だ。

「義経公!」

「……」

 義経に突撃する杏寿郎は、日輪刀を振るった。

 それは容易く受け止められてしまうが、受け止めた途端、義経の悦に浸っていた顔が興醒めと言わんばかりの無表情に変わった。

 杏寿郎の日輪刀が、反転していたからだ。

「……峰打ちかい。真剣勝負を甘く見過ぎじゃないかな」

「俺は鬼を殺すのであって、人を殺すのではない! この(あか)(えん)(とう)は、人の血を吸う兇刃ではない!!」

 それだけは譲れなかった。

 日輪刀とは、人を護り鬼を滅するための武器。いくら敵と言えど、人間である以上斬り殺すわけにはいかない。その〝一線〟を越えれば、鬼と変わらぬ外道になる。人を殺さねば生き抜くのは容易ではないこの異世界でも、その〝一線〟だけは越えたくないのだ。たとえ、それを貫くために命を落とすことになったとしてもだ。

 それが癪に障ったのか、義経は眉間にしわを寄せた。

「……温い、温すぎる。戦を知らない君のような青二才が言ってくれるじゃないか。血を浴びてこそ刀は活きる。不殺の剣がこの世にあると?」

 義経の眼光が鋭くなる。

 刀のように鋭く冷たい殺気に気圧されるも、杏寿郎は怯まず己を鼓舞する。

「無いのならやるまでだ!! 俺は決してこの刃を人に向けない!!」

「やれやれ。見かけだけは一人前の半端者じゃあ楽しく――」

 楽しくない、と言い切ろうとしたその時。

 どこからともなく馬車が迫ってきた。

 北壁から逃げてきた晴明達だ。彼らを乗せた馬車は、義経と鯉伴達の前で止まった。

「世界が憎いか廃棄物!! 世界から棄てられた彷徨う怨嗟!!」

「……随分な言い方だな。僕は漂流者でもないが廃棄物でもないぞ」

「黒王に与する以上、あなたはこの現世(うつしよ)を滅ぼさんとする悪鬼羅刹も同然だ!」

「悪鬼羅刹ね~……悪くないな、それも」

 義経は太刀を鞘に収め、口元を歪めた。

「今回はここでお暇させてもらうよ。ジルドレは死んだしジャンヌもあの様、それにお楽しみは最後まで取っておかないと面白くない。()は……まあ引き際も近いから自力で戻るか。ハハハハ!!」

 義経は高らかに笑うと、一気に背後の木まで跳躍。森を伝って遠ざかっていった。

「待て!」

「晴明、深追いは悪手だ」

「しかし……!」

「戦は引き際を弁えねば、被害が無益に拡大するだけでござるぞ」

 北壁から脱出した漂流者――高杉と万斉は晴明を諫めた。

 撤退と見せかけての誘導、それからの包囲しての殲滅……それは歴史が証明している。勝ち戦であっても引き際を見極めねば、余計な損害を被ることもある。戦乱の世の生まれでない晴明にとっては追撃するべきだろうが、戦争を経験している万斉と高杉は追撃は愚策と判断したのだ。

 戦の場数を重ねた言葉には、晴明も引かざるを得なかった。

「お師匠様~!」

「オルミーヌ、無事だったか」

「はい、何とか……」

 オルミーヌは大師匠の晴明の元へ駆けつけた。

 十月機関としての役割を見事成し遂げた彼女を労いつつ、晴明はしのぶ達に声を掛けた。

「どうやら無事のようですね。あなた達を待っ」

 

 ――ズズゥン……!

 

 待っていた、と言い切ろうとした途端に響く轟音。

 何事かと慌てる一同だが、しのぶはパンッと手を叩いて思い出した。

「……そういえば、ロジャーさんが敵と一騎打ちしてたままでしたね」

「なっ!? 何を呑気に! 早く助けねば!」

「いや、助太刀は止めといた方がいいですよ。巻き込まれても責任取れないので」

 しのぶの真剣な表情に、晴明は唖然とする。

 その直後に杏寿郎は「胡蝶の忠告は聞いといた方がいいぞ!!」と声高に叫んだのだった。

 

 

           *

 

 

 竜虎相搏つ。

 それぞれの世で最強の存在として君臨した二人の死闘は、佳境を迎えていた。

「おおっ!」

「ぬんっ!」

 

 ドォォン!!

 

 月下の決闘。 

 〝最強〟達がぶつかる度に地面はクレーターのように抉れ、衝撃波が森を襲い、月輪と黒い稲妻が全てを破壊していく。その光景は意志を持った災害同士が衝突するようで、人間が立ち入ることを許さない領域と化していた。

「ば、化け物だ……」

「これがこの世の戦いか……?」

 雑兵達を返り討ちにしたシャラ達は、ロジャーの援護に駆けつけていたが、誰も弓を射ることができなかった。

 二人の戦いに介入できる隙が無いのだ。

「俺達は何もできない……自分の身を護るしかない。これが漂流者(ドリフ)廃棄物(エンズ)の戦い……」

 戦いの結末を見守るしかないエルフ達を他所に、ロジャーと黒死牟は衝突し合う。

 この異世界では、過去に幾度か廃棄物(エンズ)による侵略が行われた。その対となる存在が漂流者(ドリフターズ)であり、何度か衝突することがあっただろう。しかし今行われている決闘は、お世辞抜きで頂上決戦と言えるような激戦ぶりだった。

(ロジャー……お前のような男が向こう(・・・)にいたら、私は変わっていただろうか)

 凄まじい剣戟の中で、黒死牟は己に問いかけた。

 鬼と成った自分を侍と呼んでくれたのは、四百年の記憶を探っても、目の前にいるロジャーだけだ。鬼に成る前にロジャーのような人間に出会えたら、自分はどうなっていただろうか。

 弟への憎悪と嫉妬、無惨との出会い、妻子との決別、鬼に堕ちてからの数多の所業……どれもたらればの話だ。それが脳裏をよぎる程に、ロジャーという男に意識を持ってかれていたのだ。

「……!」

 ふと、空が明るくなってきた。

 鬼の天敵が姿を現す予兆だ。

「そろそろ日の出……時間だ……」

「ん?」

 黒死牟は納刀し、脱いでいた着物を再び着直す。

 鬼舞辻無惨の血を注ぎ込まれた鬼は、日光に照らされた瞬間に消滅する肉体であるため、日光を嫌う。それは黒死牟も同様で、鬼である以上は決して逃れられない「絶対の理」である。夜間に行動するのはこれが理由であり、空が明るくなったらどんな状況であれ撤退するのだ。

 たとえそれが、己自身にとって最も楽しいひと時であったとしてもだ。

「鬼は日の光に弱い……残念だが、ここまでだ……」

「そっか、おめェも色々と苦労してんだな」

 ロジャーもまた、剣を納める。

 引き際を悟った黒死牟に、もう戦意は無い。戦意の無い相手に手を出しては、男が廃る。

 鬼の悪名を轟かせたロジャーも、相応の礼儀を持ち合わせてはいるのだ。

「……ロジャー……私は必ず、この剣でお前を超えてみせる……!」

 黒死牟は誓った。

 四百年の時の中で鍛え抜き極めた肉体と技に真正面から受けて立ち、その上で互角以上に渡り合ったロジャーを超えると。

 四百年以上生きた鬼の宣言を聞いたロジャーは――

 

「おめェは(つえ)ェぜ。いつでも来い、黒死牟!!」

 

「……!!」

 ニッ……と、見るからに極悪人のようだったロジャーは笑って答えた。

 この男は、どこまで人を惚れさせれば、気が済むのか――ロジャーの笑みに釣られるように、黒死牟も笑った。

 

 黒死牟は生まれて初めて、心底敵わないと思った。

 強さで負けたなど、微塵も思ってない。負けてなどいるものか。だが、この男には是が非でも勝ちたい。

 鬼と成った己を唯一〝侍〟と呼んでくれたこの漂流者(おとこ)を超えれば、求め続けた「高み」にようやく届く。そう信じて。

 

「……次に会うまで、死んではならぬぞ……」

「おう! 今度会ったら、おめェの技をもっと見せてくれよな!」

 ロジャーの言葉に、黒死牟は思わず顔を覆った。

 面と向かって「技がもっと見たい」と言われ、数百年ぶりに恥ずかしい思いをしたのだ。しかもロジャーはお世辞でも何でもなく、素で言い放っているため質が悪い。

「どうした? 目にゴミでも入ったか?」

「っ……何でもない……」

 これ以上の長居は不要だ。

 黒死牟はロジャーに背を向け、「さらばだ……」と告げて一瞬で消えた。

「次に会うまで死ぬな、か……おれは死なねェぜ? 巌勝(・・)……」

 夜明けを迎えたロジャーは、意気揚々と踵を返した。




鯉伴のっていうか、ぬら孫の〝陽〟の力って人間を殺したケースは無かったという記憶があるので、本作で鯉伴が使う〝陽〟の力は人ならざる廃棄物には通用します。

そしてロジャーと黒死牟の決闘は、双方ほぼ無傷です。ロジャー辺りならこれといったケガも負わずに引き分けそうなので。(笑)

ジョットとやぐらがいない理由については、次回詳しく書きます。


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第15幕:カリスマ大集合

今月で24歳を迎えた作者です。
ふと考えたんですが、3年以上活動してたんですよ。時の流れって、早いもんですね……。


 ジャンヌ・ダルクら黒王軍の尖兵の襲撃を跳ね除けたしのぶ達は、十月機関の長と言葉を交わしていた。

「オルミーヌさんのお師匠さんと聞きましたが、何者ですか?」

「私は廃棄物を憎む者で、魔導結社「十月機関」の長をしています。あなた方漂流者(ドリフターズ)を支え、この世界に居てはいけない廃棄物(エンズ)を滅ぼす使命を受けた者……安倍(あべの)晴明(はるあきら)です」

安倍(あべの)晴明(はるあきら)……よもや貴殿は安倍(あべの)晴明(せいめい)か!!」

()()()()()()読まれているそうで。私はそれ程大したものではありませんよ」

 平安の世に活躍した、日本史上最も有名な陰陽師。その数々の伝説は、さすがのしのぶ達も十二分に存じている。

 しかしいざ本物の安倍晴明が現れるとなると、夢か現かわからなくなりそうだ。いくら実在の人物と言えど、約千年も前の世の人間なのだから。

「おう! 無事だったかおめェら!」

「ロジャーさん!」

 そこへロジャーが意気揚々と帰還。

 その姿は、まるで祖国を凱旋する将軍。いつも通りの満面の笑みを浮かべるロジャーにしのぶはホッとするが、彼女以外はロジャーの鍛え抜いた体と放たれる威圧感を前に冷や汗をかいた。

「何だァ? 随分と賑やかじゃねェか」

「ええ、彼らが助けに来てくれたんですよ」

「煉獄杏寿郎という! 貴殿の名は?」

「おれはロジャー! ゴール・D・ロジャーだ! よろしくな杏寿郎!」

 ニッと笑みを浮かべ、固く握手を交わす。

「……で、おめェら誰だ?」

『……』

「……せっかくです、ここで自己紹介しておきましょう皆さん。これから共に黒王と戦うこととなりますし」

 

 

 晴明の一言で始まった自己紹介を終え、話題は戦況報告となる。

「殺していないのですか!?」

「いやあ、私は敵の拠点を知ろうと捕虜にしたつもりでしたが……まさかの源義経で」

「回収されちまったってわけかい」

 そりゃ仕方ねぇわな、と鯉伴は呟く。

 殺せんせー曰く。ジャンヌを拘束した後、ロジャーやしのぶ達の救援に駆けつけようとしたが、そこへ義経が乱入して斬り合いとなり、最終的には彼と黒王軍の兵士によって回収されてしまったという。

「殺せんせー殿。廃棄物は誰であろうと殺さねばならない。手遅れにならぬ内に!」

「そうは言っても、敵は軍勢でしょう? ろくに情報も把握できない以上、一人一人仕留めるのは非効率的。我々は崇徳院と百鬼夜行と酒呑童子一派を同時に相手取るような状況です。弱点を知らず対策も練らず正面突破で勝てると?」

 殺せんせーの平安の人間にとってわかりやすい例えに、晴明は言葉を詰まらせる。

 平安の世を震撼させた妖怪達の猛威を知る陰陽師にとって、現代用語を使うよりも理解が早いようである。

「それはそうと、ロジャーさん。あなた誰と戦ってたんですか?」

「おう、久しぶりに(つえ)ェ奴と()り合ったんだ! 〝月の呼吸〟って剣術を使う侍だ! 自分は鬼だから日の光に(よえ)ェっつってトンズラしちまったけどな」

 向こうにいた頃を思い出したぜ、と豪快に笑うロジャーだが、聞き捨てならない言葉が出てきた。

 〝月の呼吸〟、自分は鬼、日光に弱い……どう考えてもただの敵ではない。というか、鬼殺隊が狩るべき鬼そのものである。

「ロジャー殿……その、何者かわかりますか……?」

「黒死牟っつう六つ目の侍だ! そういやあ真ん中の両目に何か文字も入ってたな」

「なっ!? 〝十二鬼月〟ではないですか!」

 ロジャーの爆弾発言に、晴明は声を荒げた。

 だがそれ以上に驚いたのは、鬼殺隊の柱二名。ロジャーが無惨直属の配下である十二鬼月を真っ向から渡り合ったこともそうだが、何より晴明が鬼の最高位である十二鬼月を知ってることに驚いたのだ。

「なぜ知ってるの……!?」

「私の生きた世には存在しなかったが……かつて私の十月機関に属していた(くわ)(じま)()()(ろう)氏が語っていた。前の世界では弟子に裏切られて腹を切ったようですが……」

「「桑島慈悟郎!?」」

 晴明の言葉に、しのぶと杏寿郎は目を見開いた。

 その驚きように食いついたのか、鯉伴は二人に問いかけた。

「知り合いか?」

「……私達が属する鬼殺隊において、隊士を育てる「(そだ)()」という方々がいます」

「桑島慈悟郎はその一人で、全集中の呼吸の一つ〝雷の呼吸〟の使い手だ」

 二人の言葉に、高杉は「成程な……」と呟いた。

「慈悟郎さんは、どうなったのですか……?」

「5年程前に寿命で亡くなりました。彼の遺言で火葬いたし、散骨も済んでます」

 晴明の言葉に、しのぶと杏寿郎は微笑んだ。

 鬼殺隊に入った、あるいは関わった者で、天寿を全うした人間はそうはいない。隊士もその関係者も、多くは鬼との戦いで死んだからだ。もし天寿を全うできるとしたら、それは鬼の始祖が死んだ時ぐらいだろう。

 いや、それはともかく、まず確かめなければならないことがあった。

「ロジャーさん、追わなかったのですか!?」

「背を向けた相手を叩き潰すのは性に合わねェ」

 決闘だしな、と付け足しながらロジャーは即答。

 それを聞いたしのぶは、ロジャーに叫んだ。

「ロジャーさん!! あなたは鬼という存在を理解していない!!」

 鬼気迫る表情で、しのぶはロジャーに凄んだ。

 鬼とは、人間だった頃の記憶などを基本とした個性と知性を得るが、総じて倫理観が崩れた自己本位な歪んだ人格だ。栄養価の高い人間を喰らうため、息をするように虚言を吐き、騙し絶望させる。その上強い闘争本能を持ち、渇望だけが肥大化する。そんな怪物を見逃すなど、到底信じられないことだ。

 それも鬼の中でも際立った強さを誇る十二鬼月で、更にその中でも絶大な力を持つ〝上弦の鬼〟を正当な理由もないにもかかわらず追撃せず、わざと見逃したとなれば、鬼殺隊なら切腹・斬首案件である。

「鬼は滅ぼさねばならない存在なんです……殺すべき相手なんです! 情けをかけていい相手じゃない!! 約束など以ての外です!!」

「胡蝶の言う通りだ! 鬼とは存在そのものが悪! ロジャー殿、胡蝶が世話になったが、これを許すわけにはいかない!!」

黒死牟(あいつ)はおれを()()裏切らねェ。だから心配すんな」

 ロジャーの一言に、二人はポカンと口を開けた。 

 今までの説得を一言で吹き飛ばす、対峙した悪鬼を信頼するかのような発言だ。

「えっと……一応訊きますけど、なぜそう言い切れるんですか?」

「そりゃ長年の勘だな!」

「……ぷはっ! あっはっはっはっはっ! (おも)(しれ)ぇおっさんだな! いいねぇ、気に入ったぜ!」

「わははは!」

 ドヤ顔で断言したロジャーに、鯉伴は吹き出すように笑った。

 険のある言い方ではない。だが、自分の意思が通ると確信しているような、王者としての威厳すら伺える声。これ程までに自由でわがままな男は、そうそういないだろう。

「「……」」

「……もっとちゃんとした言い訳してください、二人の目が死んでますよ」

 ダメだ、この人あまりにも自由過ぎる――殺せんせーは頭を抱えた。

 生徒も含め多くの人間と出会ってきた殺せんせーだが、自由奔放さや身勝手さで言えばロジャーは断トツの一位だった。赤羽や寺坂が真面目にすら思える程だ。

「まあ、済んじまったことグジグジ掘り返しても仕方ねーだろ。どうせまた()り合うんだ、焦って足掬われる方が悪手だ。アンタのいた世の妖怪退治とは(ちげ)ェ」

 戦争経験者の鬼兵隊総督の声に、晴明は同意せざるを得なかった。

 晴明は乱世に生まれた人間ではないため、軍事に関する知識・技術には疎く、戦歴もこの異世界での黒王との戦争が初だ。指導者として類稀なる才を開花しているが、軍の司令官としての才は皆無に等しいだろう。

 反面、相手が異星人と言えど血生臭い戦場を経験している高杉は「近代兵器をものともしない戦術」「軍艦二隻を瞬く間に落とす戦闘力」と評された程の実力者(カリスマ)。一軍の将としての技量に富んでおり、指揮官としての才はこの場にいる誰よりも優れていると言える。ならば、高杉の提言を受け入れるのが賢明だ。

(確かに高杉殿の言う通りだ……だが、たとえ女子供だろうと、どんな過去があろうとも! 廃棄物は殺さねばならん!!)

 それでも、晴明の心は変わらない。

 廃棄物による侵略の歴史上、黒王と人喰い鬼による連合軍は彼自身も想定の範囲外。だからこそ、一人残らず殺して()を摘まねばならない。世界と人間への恨みを核とした災厄を止めるには、それしか方法が思いつかないのだ。

「……それで、あなた方も漂流者(ドリフターズ)ならば、よくここまで辿り着けましたね」

「ええ。あなたの思っている通り、ここに向かう途中、我々は数度黒王の追撃隊に追われた」

 晴明曰く。

 カルネアデスから脱出した自分達は、廃城へ撤退し体勢を立て直そうと企てた。その道中に黒王軍の刺客に襲われ、そのほとんどは同行した漂流者四名によって返り討ちにできたが、状況を把握した黒王軍側が業を煮やしたのか廃棄物二人が急襲したという。

 一人は、赤い雲の模様が描かれた黒地の外套を身に纏った、頭巾とマスクで顔を隠した大男。そしてもう一人はレオタードのような服装が特徴の男。多くの人々を殺してきたのか、両者共に血の臭いが強かったため、ジョットとやぐらが殿を務めたという。

「ジョット殿とやぐら殿は、我々を逃がすために足止め役を買って出た。前にいた世では後世に語り継がれる程の猛者だったらしいが……」

「そいつらは自分の腕っ節に自身があるから残ったんだろ? だったらおめェは前を見てりゃいい。前へ進まなきゃ、果たすべき目的も果たせねェぜ」

「!」

 仲間であるなら信じろ。追撃してくる敵を返り討ちにし、再会できるという確信があるからこそ囮役を買って出た。心配する余裕があるなら、目の前のことに集中しろ。

 そんなロジャーの激励に、晴明は「……そうですね」と笑みを溢した。

「心配するだけ無駄、ということですか……一理ありますね」

「ならばこの現世(うつしよ)で何が起きてるか、私の口からご説明しましょう。黒王と無惨を倒すために、我々は――」

 晴明が十月機関が集めた情報を提供しようとした、その時だった。

「お~い、晴明ちゃ~ん」

「!? この声は……秀元か!! 無事だったのだな!!」

「秀元さん!!」

 突如、頭上から聞こえた声。

 一斉に上を向くと、そこには牛車が宙に浮かんでおり、物見から烏帽子を被った青年が顔を出していた。

 廃棄物の攻撃を切り抜けた、秀元達だ。

「オルミーヌさん、あの方は?」

「お師匠様と同じ系統の術を扱う、十月機関の次席である漂流者(ドリフターズ)・花開院秀元様です。前の世界ではお師匠様に匹敵する天才だったとか……」

「よもや! 安倍晴明に匹敵するとは!」

 心強いものだ、と杏寿郎は期待を乗せた声を放った。

「いやあ、エライ目に遭ったで。南蛮の呪術を扱う廃棄物に襲われてもうて。拠点一つ吹き飛ばしてここまで来たんや。堪忍な、晴明ちゃん」

「致し方ないことです。生きて再び会えたことこそ最大の功績だ」

 牛車を地上に留め、久しぶりの再会に喜びを分かち合う天才二人。

 廃棄物の侵略・攻撃が激しい中、抹殺対象の漂流者(ドリフターズ)の身だからこそ、その嬉しさは倍以上になる。

「――せや。耀哉ちゃんの呪いでちょっと話あるんやけど、ええか?」

「産屋敷殿の? 何か進展でも?」

「僕が色々試してな。…………って、君らどうしたん?」

 大丈夫かいな、と心配する秀元。

 彼の視線の先には、放心状態のしのぶと杏寿郎が。

「……どうやら、私の剣士(こども)達も流れてきているようだね」

 牛車から響く、男性の声。

 その声を聞いたしのぶと杏寿郎は、静かに涙を流した。

 この異世界に来た以上、もう二度と聞けないであろう声。次に会う時は黄泉の国だろうと思っていた、何よりも敬愛する人物。

「今の声は、しのぶと杏寿郎かな? こうしてまた会えたのも、運命を感じるよ」

「「お館様っ!!」」

 聞く者に心地良さや癒しを与える声音を持つ産屋敷耀哉は、牛車から降りて自分の剣士(こども)二名の前に推参した。

 

 

           *

 

 

 その頃、無限城。

 黒死牟は主君である無惨に絶賛平伏中であった。

「男一人に現を抜かし、殺し合いで情に絆されるとはな」

「……返す言葉も、ありませぬ……」

 血管が浮き出る程に怒りを露わにする無惨。

 無惨と黒死牟の関係は、他の鬼達とは一線を画す。

「あの男に惚れたのではあるまいな、黒死牟」

「っ……!」

 六つの目を全て見開かせ、黒死牟は一瞬動揺した。

「貴様……長年の私への忠誠心はどうした? あんな壮年に揺らいだというのか?」

「……」

「っ……黒死牟!! どこの馬の骨とも知れぬ輩に心を奪われかけるとは、〝上弦の壱〟も堕ちたものだな。お前には失望した」

 黒死牟を厳しく叱責する無惨。

 だが、その心中は怒りで染まっているわけではなかった。むしろ焦り一色だった。

 鬼に成って400年。自分の配下の中で最強である忠誠心の厚い剣鬼が、身内でも鬼殺隊でもない人間の男に心を動かされるという緊急事態なのだ。しかも強さは天災級、度量は天下一品の百戦錬磨の猛者で、現在進行形で黒死牟をゾッコンにさせているヤバイ奴ときた。

 無惨は鬼殺隊のことを異常者だと認識していたが、それ以上の異常者が出てきてしまい混乱しているのである。そもそも最強の黒死牟と真っ向勝負で渡り合い、ほぼ無傷で生還してくる中年男性は人間やめている。縁壱(バケモノ)の再来など断じて許してなるものか。

「……次は無い。あの男は必ず殺せ。喰うか喰わぬかは好きにするがいい」

「……御意」

 無惨は再び、黒死牟にロジャーの抹殺を命じた。

 その命令に従った黒死牟は、静かに立ってその場を後にした。

()()()()()ですな、無惨殿」

「……貴様」

 不敵な笑みを浮かべて無惨に近づく男。

 廃棄物(エンズ)の一人、〝怪僧〟ラスプーチンだ。

「私はてっきり喰い殺すと思ってましたが」

「……黒死牟は戦力としては申し分ない。ただそれだけだ」

「情が湧いたのでは?」

 その瞬間、無惨はラスプーチンの首を掴んで持ち上げた。

 鬼の怪力は桁外れだ。力の加減をほんの少し変えるだけで首の骨をへし折り、千切り飛ばすことすら可能となる。

 ましてや人間どころか部下である鬼に対しても無慈悲な無惨は、外見的は冷静的に見えるが内面はドがつく癇癪持ち。ちょっとしたことで怒りを買ってしまい、無意味に部下を殺したケースも多い。ゆえにその矛先は廃棄物(エンズ)にも向けられるのだ。

「情が湧いただと? 増やしたくもない同類にか?」

「が、はっ……!」

 無惨はゴミのようにラスプーチンを投げ捨てた。何と殺さずに堪えたのだ。

 本来なら殺してやりたい気分だが、実は無惨は鬼殺隊に負けたのは()()()()()()部下を粛正したことで駒を減らしたためではと考えるようになった。同類を増やしたくないのは変わらないが、前の世界のように優勢だった自身がいきなり劣勢になる可能性もあると踏んでいるのだ。

 あくまでも自分のせいじゃないこと前提なのが、彼らしいと言えば彼らしい。

「ごほ、ごほっ……!」

「用件があるなら早く言え、ラスプーチン。私は苛立っている」

「っ………で、では早速……。――もし、廃棄物(われわれ)の中に……げほっ! 鬼に成りたいと申し出る者がいたら、貴殿は如何なさる……?」

「――何だと?」

 

 

 鳴女の能力で転送された黒死牟は、自身が拠点の一つとして使っている廃屋に戻っていた。

 この廃屋は昼でも日光が届かない山中にある。基本睡眠を取らない鬼にとっては、一日中日の当たらない場所はありがたいことこの上ない。

「……ロジャー……」

 黒死牟は天井を仰ぐ。

 あの時、漂流者を取りこむことに躍起な無惨がロジャーを抹殺するよう命じたのは、その規格外の強さから縁壱を重ねたからだと黒死牟は結論づけた。

 鬼殺隊の柱以上に鍛え抜いた肉体、斬撃を飛ばし衝撃を拡散させる戦闘技術、死地で笑みを崩さぬ度胸と覇者の風格……人間、それも全集中の呼吸の使い手でもないのに天災級の武力を有するロジャーに、この世の理の外側にいる弟を見たのだろう。

(鬼と堕ちた我が身……奴はそれでも、この私を……)

 

 ――おめェは(つえ)ェぜ。いつでも来い、黒死牟!!

 

「……私は、どうすればよいのだろうか……」

 ゴール・D・ロジャー。別世界から現れた最強の漂流者。

 彼もまた、縁壱と同様に比する者の無い存在なのだろう。だが、彼は鬼と成った自身を〝侍〟と呼んだ唯一の存在だ。

 縁壱は最期に会った時、「兄上」とは呼んだ。だがその目は実兄としてではなく一体の鬼を見る目であった。だがロジャーは、この異貌を前にしても〝侍〟と呼び、想いも強さも真っ向から受け止めてくれた。

 無惨の命は絶対だが、ロジャーを殺しては今度こそ〝侍〟になれなくなる――そういう意味では、ロジャーは黒死牟に初めて「迷い」を与えた人間(おとこ)だった。しかしその迷いを決して煩わしく思いはしない。

「……鬼を捨て人としての死を選ぶ、か……」

 縁壱に追いつくための永遠の時を与えた無惨(あるじ)への恩義を貫くか。

 己を強き侍として受け止める最強の漂流者(ロジャー)の背中を追うか。

 全てを捨てて高みを求める鬼は、大きく心が揺らいでいた。




本作の無惨は、原作より忍耐力がついた分厄介です。(笑)


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第16幕:祓い、鎮め、護る

本作の漂流者、人の下に付けるタイプが少ない件。(笑)


 ここはオルテ北部の山岳地帯。

 太陽が真上に昇った頃、廃棄物との戦闘を凌いだジョットとやぐらは、密林で休息していた。

「風呂に入りたいな、やぐら殿」

「水と炎があっても、肝心の浴槽が無いぞ」

 夜明けを迎えた空を仰ぐ二人。その体は大事には至らずとも、傷が目立っている。といっても、擦り傷や打ち身、打撲程度なのだが。

「あの頭巾の男……(かく)()と言ったか。何か知ってるのか?」

「……苦い記憶だ」

 やぐらは溜め息を吐く。

 あの時、突如として襲い掛かった二人の廃棄物。その内の一人・角都は面識のある敵で、やぐらにとっては因縁深い〝暁〟という組織の構成員だと言う。曰く、滝隠れの里の精鋭だった忍で、〝忍の神〟と謳われる(せん)(じゅ)柱間(はしらま)の時代の男だと言う。

 だが実際に戦ったことは無く、体中から無数の黒い触手のような物体を出し、雷や竜巻、炎を操る忍術は初めてのようだ。

「オレは()()十蔵(じゅうぞう)とうちはイタチ……別の二人一組(ツーマンセル)にやられた。奴の術は知らないが、おそらく里を抜ける時に奪った禁術の類だろう」

「……手強かったな」

「構成員のほとんどが、忍の里の長に匹敵する力を持つS級犯罪者だからな」

 各国の隠れ里を抜けた忍者達で構成された「暁」は、個々で〝尾獣〟という魔獣を体内に宿す人柱力や忍の頂点たる五影をも倒す実力を持つ。災厄レベルの力を持つ尾獣を完全に制御できたやぐらですら、抜け忍二人組に敗北を喫したのだから、いかに暁の構成員が戦闘能力の高い集団かが伺える。

 だが、やぐらは別に恐れてはいなかった。忍術には五大性質である火・風・水・雷・土の五つの属性が存在するが、火遁は水遁に弱く、土遁は雷遁に弱いといった優劣関係がある。その理屈で言えば、手の内が知れた以上いくらでも対策が打てるからだ。

 問題は(・・・)もう一人の(・・・・・)方だ(・・)

「もう一人の珍妙な恰好の男……やぐら殿はどう思う?」

「皆目見当がつかん……だがチャクラじゃないのは確かだ」

 二人の話題は、角都と共にいた廃棄物の男に変わる。

 その男は自らをヴァニラ・アイスという甘そうな名前を名乗り、二本の角と大きな口を持つ人型のナニかを連れていた。鬼や死神を連想させるそれは、軌道上の物質を無条件で消滅させるという凶悪極まりない能力を持ち、さらに融合した状態では相手の攻撃を一切受け付けないという反則級の特性によって苦戦を強いられたのだ。

 未知の敵との戦いに当初は劣勢だったものの、息の合ったコンビプレーで渡り合い、最終的には夜明けを迎えた途端に敵が撤退したため、どうにか凌ぐことができた。

「お前がいてくれて助かった。家康、何と礼を言うべきか……」

「超直感だけじゃないぞ。やぐら殿が弱点に気づかなければ――っ!」

 ふと、迫りくる気配に二人は立ち上がり警戒した。

 それと共に木々の間から槍を携えた犬頭人身の亜人が姿を現し、その切っ先を突きつけた。

「犬人間……!?」

「敵意はあれど殺意は無さそうだ……縄張りに迷い込んだのかもしれないな」

 ジョットはこの森が犬人達の領土内であると判断し、申し訳なさそうな表情をする。

 無益な争いは極力避けたいのは双方同じのはず。ここから離れようと、やぐらに移動を提案しようとした、その時だった。

「待ってくれ! その人達は敵じゃない、ケガもしてるんだから保護しないとダメだろう!」

 凛とした女性の声が空から(・・・)響いた。

 その声を聞いた犬人達は人語を理解しているのか、両脇に分かれて整列した。

「お前は……!」

「私は志村菜奈。訳あってここのリーダーを務めている」

 空から降り立ち二人の前に現れたのは、志村菜奈。カルネアデスで黒王軍と交戦し、廃棄物となった鬼の首魁・鬼舞辻無惨とその手下の童磨に遭遇した女性の漂流者(ドリフターズ)だ。

「志村菜奈と言ったか……助かった、面目ない」

「そう言わなくていい、ヒーローの仕事を全うしただけさ」

 礼を述べるやぐらに、ニッと明るく笑う菜奈。

 その太陽のような微笑みに、ジョットは「エレナを思い出すな……」と誰にも聞こえない程に小さく呟いた。

「私はこの世界に来て日も浅い。何か知ってることがあるなら教えてくれないか?」

「そうだな。情報を共有しておかないと、これから来る災厄を迎え撃てないからな」

「案内するよ、付いてきな」

 こうしてジョットとやぐらは、新たな漂流者勢力に迎え入れられた。

 

 

           *

 

 

 同じ頃、廃城では二人の陰陽師が呪文を唱えていた。

「「六根清浄(ろっこんしょうじょう)喼急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)! 悪鬼を祓い、厄災を鎮め(たま)え!!」」

 護符を人差し指と中指に差しながら、秀元と晴明は声を合わせて呪文を唱える。

 その先では、五芒星の紋が描かれた床で横になった耀哉が蒼い炎に包まれていた。炎の中にいるにもかかわらず、彼の体はどこも傷ついてはいないが、とても苦しそうに顔を歪めている。そんな彼を、杏寿郎としのぶは歯を食いしばりながら見守っていた。

「ぐっ、うぁ……!!」

「お館様……!!」

「くっ……」

 痛みや苦しみを和らげることができない己の不甲斐なさに、二人は体を震わせていた。

 耀哉は呪いと闘っており、晴明と秀元はその手助けをしているのだ。鬼狩りを担う鬼殺隊は、残念ながら呪詛や厄払いに精通した者は一人としていない。隊士にできることとすれば、お館様を見守り励ますくらいでしかない。

「お館様、もうしばらくの辛抱です!!」

「あともう少し耐えれば、必ず!!」

 剣士(こども)達の声が届いたのか、耀哉は滝のように汗を流しながらも優しく微笑んだ。

 二人の心を少しでも軽くしようと思っているのだろう。

「「休息万命(くそくまんみょう)喼急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)! 貪欲深き鬼から()の命護り(たま)え!!」」

 念を押すように力強く唱えた瞬間、蒼い炎は空気に溶けるように霧散した。

 一同は静まり返る。

 その直後、先程まで炎に包まれた状態で横になっていた耀哉がゆっくりと起き上がった。

「……ひとまずは(・・・・・)祓えたようだ」

「いや~、しんどかったわぁ」

 汗を拭う晴明と秀元。余程霊力を使ったのか、疲労が目に見えていた。

 一方、術を施された耀哉は……。

「こ、れは……」

 信じられないと言わんばかりに、目を大きく見開いた。

 呪いによって爛れた皮膚は滑らかさを取り戻し、肌も健康的な色になっている。身体中に感じた痛みと倦怠感は消え、体が非常に軽く感じる。何よりも光を見ることは無いと諦めていたはずなのに、目に映る景色が鮮明になっている。

「お館様っ!!」

「そんな、信じられない……!」

 敬愛するお館様の奇跡的な回復に、感激のあまり身を震わせる。

 それに気づいた耀哉は、二人の姿を澄んだ瞳で捉えた。

「杏寿郎としのぶ、だね……久しぶり。やっと見ることができた。杏寿郎は父の面影を強く感じるよ、しのぶはカナエにそっくりの美人になったね」

「ぐわあっ!」

「ぐふっ!」

 お館様による、慈愛の笑みからの急降下爆撃が炸裂。

 直撃を受けた二人は轟沈した。

「ありがとう、本当にありがとう。あなたには感謝してもしきれない」

「私は漂流者(ドリフターズ)を支える者、十月機関の長です。これくらいの仕事(こと)はしなければ」

 ほろほろと涙が頬を伝い、着物が濡れる。

 おそらく初めて見る泣き顔に、杏寿郎としのぶも涙を流すが……。

「――でも呪いから、解放されたわけじゃないんだろう?」

「え!?」

「それは本当なのか!?」

「ええ、あれ程までに雁字搦めな呪いは久しく見なかった……」

 晴明曰く、耀哉を蝕む呪いは産屋敷家と鬼舞辻無惨が同じ血筋である影響か、祓っても糸を辿るようにすぐ纏わりつく非常に質の悪い代物だと判明したという。

 そこで秀元と共同で、病気平癒の為の術でもある、呪文を用いて邪気・獣類を制圧して害を退ける〝(じゅ)(ごん)〟という術を施した。二人の強大な霊力のおかげか、(じゅ)(ごん)の効果は絶大で、一族の人間を代々蝕む病を祓い解呪に成功。さらに秀元が施した〝身固め〟を二人がかりで上書きし、呪いの影響を受け付けないようにしたという。

 しかし呪いの源である鬼舞辻無惨が生きている以上、呪いは再び牙を剥く。身固めも永遠に続くわけではないため、晴明としては完全な解呪とは言えないらしい。

「祓ってもすぐ纏わりつくのは、やはり血筋の影響でしょう。本当なら完全に断ち切りたかったのですが……」

「そうですか……晴明さん、その身固めはどれくらい持ちますか?」

「秀元と二人がかりでしたから、10年は効くでしょう」

「「「10年!?」」」

 晴明の口から出た言葉に、三人は心の底から驚いた。

 産屋敷家は代々神職の一族から妻を貰っているが、その子孫達は誰一人として三十まで生きられていない。耀哉自身も御年二十三であり、どんなに己を鼓舞し抗ったところで、あと7年も経てば命が尽きる身だったのだ。

 その状況を覆したのが、日本史上最も有名な大陰陽師・安倍晴明と別世界の慶長年間で活躍した天才陰陽師・花開院秀元。京の都を荒らし回った数多の妖怪達を退けてきた霊力は、鬼の始祖にも通用するのだ。魔除け・厄除けの陰陽師の頂点の力、恐るべしである。

「10年もあれば十分です。今度こそ私の代で全てを終わらせてみせる」

「そうですか……」

 耀哉の熱い想いに心を打たれたのか、晴明は顔を綻ばせた。

「ところで晴明さん、無惨が生きている以上呪いは再び牙を剥くと言ってましたが、無惨を討ち取れば解けるのですか?」

「呪詛の源が悪霊怨霊であれば、祓ったり社を建立して鎮めるのが妥当ですが、あなたの場合は少し(・・)違う(・・)。呪詛の源となる存在を滅却するのがいいでしょう」

「よもや! それはまさしく吉報だ!」

 敬愛するお館様の救済の道を導き出したことで、士気が上がる杏寿郎。

 しのぶも例外ではなく、満面の笑みで耀哉の手を両手で握った。

「ふふ、気合が入ってるね二人共」

「では、私はここで失礼します。用事ができたので」

「僕もここでお暇させてもらうわ。オルミーヌちゃんと話したいこともあるし」

「そうですか……どうもありがとう」

 恩人である陰陽師二人に礼を述べ、耀哉は二人と向き合った。

「しのぶ、杏寿郎。これは二人の自由だけど……もう一度私の悲願達成の為、力を貸してくれるかい?」

「喜んで!」

「今度こそ、我らの剣で鬼舞辻無惨の首を刎ねてみせましょう!」

 力強い返答に、耀哉は微笑んだ。たった三人だけだが、鬼の天敵「鬼殺隊」が再び結成された瞬間だった。

 そこへ、ズカズカとロジャーが相変わらずの見事な悪人面で現れた。

「おう! 随分とスッキリしたじゃねェか、オヤカタサマよォ」

「あなたは……ロジャーさんだね。この世界に飛ばされたしのぶを護ってくれて、どうもありがとう」

 謝意を示すようにロジャーに頭を下げた耀哉に、しのぶと杏寿郎は「どうかお顔を上げてください!」と柄にもなく慌てふためく。

「おいおい、おれァ海賊だぜ? 礼なんざされる立場の野郎じゃねェ」

「だが、私の剣士(こども)の傍にいてくれたのは事実だろう?」

 穏やかに笑う耀哉に、きょとんとした顔になる。

 その数秒後、ロジャーは涙を浮かべて爆笑した。

「わははははは!! ニューゲートみてェだな、おめェ!!」

「? どうかしたのかな」

「いや、おれの知り合いに〝白ひげ〟ってのがいてな。あいつも自分の船員を息子って呼んでたんだよ」

 ロジャー最大の宿敵(ライバル)であり、同じ時代を生きた顔馴染みでもあった大海賊〝白ひげ〟ことエドワード・ニューゲート。彼は海賊としては珍しく金銀財宝に興味を持たず、その反対に位置する「家族」を欲していた。自分の一味を旗揚げした頃からオヤジと呼ばれ、その仲間想いぶりは当時の海では半ば常識と化している程に有名だった。

 かつての好敵手と似た雰囲気を纏う耀哉に、ロジャーは懐かしさを覚えた。

「成程……そのニューゲートさんとやらは、さぞ器の大きい御仁なんだろうね」

「図体もデケェぞ。おれの倍以上はある!」

「本当に人間ですか、その人」

 しのぶの疑問に、ロジャーは「おれと同じ心臓一つの人間だ」と笑った。

 

 

 一方、晴明は殺せんせーと二人っきりで会話していた。

「あなた方は……これからどうするおつもりか。エルフ達を解放し、何をするのです。何を成そうとしているのか」

「そうですね……私達は黒王と鬼舞辻無惨に狙われてる上、この世界も存亡の危機に立たされてる。なので黒王軍を倒さねばならない」

 その答えに、晴明はホッと安堵した。黒王と無惨、そして廃棄物から世界を救おうとしていると知ったからだ。

 だが、そのやり方は晴明とは大きく違った。

「人ならざる者と人喰い鬼を率いた黒王軍の脅威を打ち破るには、まず際限無き戦乱を生んだオルテ帝国を一度地上から消す必要があります」

「!!」

「多くの部族が人間への怒りと恨みを抱いていますが、それはオルテ側だけであって人間という種族に対する善悪の区別はしっかりついている。よってオルテに支配された諸族を解き、漂流者(ドリフターズ)を中心とした連合軍を結成する」

 殺せんせーの目的は人間と亜人による対黒王軍の結成であり、その手段として色々とやってくれたオルテ帝国を滅ぼすという。オルテ帝国に虐げられ迫害された多部族に話を持ち掛ければ、たとえ漂流者(じぶんたち)を信頼せずとも乗ってくれると踏んでいるのだ。

「オルテ帝国を滅ぼしたら連邦制国家を樹立させ、漂流者(わたしたち)に兵権を握らせる代わりに諸族の自治を与える。軍を作るには自らで軍閥を作るしかない」

「その行き着く先は軍閥による(さん)(だつ)だ!」

 晴明は反論する。

 漂流者(ドリフターズ)は生きた人間であり、廃棄物(エンズ)のように世界廃滅の統一意思があるのではなく、自らの思考で行動する。ゆえに予測がつかず、何をしでかすかわからない。それは第二(セカンド)漂流者(ドリフ)も同様だ。

 オルテを作り出した例の国父は、人々を救うために、飢える民の尊厳を取り戻すために国を作った。だがその結果は、殺せんせーが言った通りの際限無き戦乱である。人々を救ったのかもしれないが、あくまでも人間のみで他の亜人は迫害され恨みを募らせることになった。

 それすらもあの男の――〝紫〟の思惑の内なのかは、晴明ですら知る術も無い。

「自治権などうやむやになるのではないのか、死神殿」

〈廃棄物に滅ぼされるよりはいいと思いますけどねェ〉

 晴明の反論に対し、殺せんせーは流暢にオルテ語で返答した。

「エルフ語を覚えて……!」

「シャラ君達に数日程教えていただいたんですよ」

(――何て奴だ、この男の才能に限界は無いのか!?)

 この異世界の独特な言語を、教えられてからほんの数日で完璧に習得(マスター)した殺せんせーに、晴明は戦慄すら覚えた。

「それに他の皆さんが支配に興味があるとは到底思えないので……」

 そう言って殺せんせーは目を逸らし、晴明は何か察したのか複雑な表情を浮かべた。

 確かに十月機関が確認できている第二(セカンド)漂流者(ドリフ)のほとんどが、支配や征服に興味を示さない。あまりにも(・・・・・)自由過ぎる(・・・・・)のだ。

「何でこうも人の下に付けるタイプの人間が少ないんでしょうね……」

「……そればかりはわかりません」

 遠い目をする殺せんせーに、晴明は同情した。 

 

 

           *

 

 

 その日の夜。

「ドワーフとやらを解きに行くことになった」

 ロジャーの宣言に、エルフ達は一斉にざわつく。

 その声は否定的なもので、皆助ける義理は無いと口を揃える。

「何だよ、マズイのか?」

「マズイというか……ロジャーさん達はエルフとドワーフの確執を知らない」

 エルフ達を代表し、シャラが二族間の確執の語り始めた。

 エルフとドワーフ達はこの世界の始まりから互いを敵視しており、オルテに諸国が滅ぼされた時もエルフを助けようとはしなかったという。自分達を守るだけで精一杯だったという可能性もあるが、亜人存亡の危機にもかかわらず同じ亜人のエルフを助けようとしなかったドワーフを不快に思っているようだ。

 シャラ自身、そんなことを言っている場合じゃないとわかってはいるが、やはり過去の遺恨とは割り切れない様子だ。そんな彼らに、ロジャーは「無理に来る必要はねェ」とキッパリ言い放った。

「おれァ行くぜ。おれがいた海にはいなかった連中に、一目会ってみてェしな!」

 ロジャーは笑みを深めて廃城を出た。

「……ちょ、ロジャーさん? まだ作戦練ってないんですけど!?」

「身勝手さも鬼以上だなんて……」

「本当に子供みたいな御仁だな!」

 殺せんせーとしのぶはロジャーの自由奔放さに呆れ、杏寿郎は笑いながら評しつつ、その後を追った。

「どうするシャラ」

「俺は……俺の村の連中は行くよ。あの人に命を救われた」

 若者(シャラ)は語る。

 前のオルテ帝国との戦いで、もしエルフかドワーフのどちらかが遺恨を捨てて共に力を合わせて立ち向かっていたならば、お互いに奴隷に落ちなかったかも知れないと。

「俺は、俺達の上の世代がやったバカを繰り返したくない」

『……!』

 

 

 ロジャーは陽気に歩いていると、馬車に乗った晴明が声を掛けた。

「行かれるのか」

 その問いに、ロジャーは答えない。

 すでに行くと決めているのだ。

「大きく包み込み時に荒れ狂う、海のような御仁だ。あなたの目的は何です?」

「んなモン決まってるだろ? ――冒険だ」

「!」

海は(・・)あっちで(・・・・)制覇しちまったからな、次は陸を制覇する!」

 支配とは無縁のロジャーの言葉に、晴明はあんぐりと口を開ける。

 一緒にいた万斉も驚いており、高杉に至っては「年食った辰馬みてーだ」と呟いて笑っている。

「一緒に来るか? 大歓迎だぜ」

「……我々は、本部に戻らなければなりません。家康殿とやぐら殿との合流に加え、他の漂流者や廃棄物の動きも探らねば」

「そうか」

「だったらおっさん、オレも行くぜ。旅は道連れ世は情けってよく言うだろ?」

 ロジャーの背後で、木に凭れ紫煙を燻らせていた鯉伴が申し出た。

 自由奔放な遊び人気質の持ち主である彼は、これまたドがつく自由人である海賊王の口から出た冒険という言葉に、惹かれたように興味を示したようだ。類は友を呼ぶとは、まさにこのことだろう。

 それを聞いた晴明は、どこか安心したように笑みを浮かべた。

「しかし、人に仇なす連中を倒すのに人の国を倒さなきゃなんねぇとはな……」

「人はそういう生き物ですからねェ」

 ヌルフフフ、といつの間にか追いついた殺せんせーが二人の背後で笑った。

 ロジャーは「もう追いついたのか」と笑っているが、いきなり変な笑い声をすぐそばで聞かされた鯉伴は、びっくりしたのか胸の辺りを押さえていた。妖怪にも心臓に悪いことはあるようである。

「晴明さん、オルミーヌさんをこちらで引き取りたいのですが」

「ええっ!?」

「勿論いいですとも。オルミーヌは導術において、私と秀元を除いた十月機関の面々で一番才能がある。必ずやあなた方の力になるでしょう」

「お師匠様ぁ……」

 涙目で訴えるオルミーヌ。

 絶望すら孕んだ表情の彼女に、いつの間にか現れた秀元が「堪忍な」と肩に手を置いて笑った。

「秀元、産屋敷殿を頼みたい。彼の身に巣食うモノは、薬師が治せるような代物じゃない。それに産屋敷殿の指導者としての素質は、今までこの世界に飛ばされてきた漂流者の中でも際立っている。彼を失うわけには……」

「任せとき。まあ、僕も僕で解呪方法探すわ。残りは晴明ちゃんに任せるで」

 そんな中、高杉は日本酒が入った酒壺をロジャーに投げ渡した。

「海賊王、一本やるよ。洋酒ばっかじゃ飽きるだろ?」

「そういうおめェも、たまにはラムでもどうだ?」

 無類の酒好きであるロジャーも、愛飲するラム酒を高杉に投げ渡す。

「晋助、また本部からくすねてきたのでござるか?」

「クク……餞別ぐれーはいいだろ」

 何とここで高杉が十月機関の本部から酒を盗んできたことが発覚。万斉は呆れた様子で溜め息を吐いた。

「では、我々は行きます。あなた方の武運長久を祈る!」

「じゃあな。祭りはこれからだから死ぬんじゃねーぞ」

 晴明と高杉はそれぞれ激励の言葉を述べ、馬車で廃城から走り去っていった。

 その直後に、シャラ達が弓矢を携え集まってきた。

「各村に伝えろ。兵を集めろ!!」

「ヌルフフフ……全て順調。では行きましょうか」

「おう! ――で、大将は誰がやるんだ?」

 ロジャーのさりげない一言に、漂流者一同は顔を見合わせた。

「そう言えばまだ決めてませんでしたね……」

「ロジャー殿か鯉伴殿はどうだろうか!」

「「え~……」」

(二人揃ってイヤそう!!)

 自由でいたい二人のイヤそうな顔に、長丁場になりそうだと項垂れる殺せんせー。

 最終的には、今いる面子の中で二人以外でカリスマ性がある耀哉が大将になった。




次回はドワーフ解放です。


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第17幕:ガドルカ鉱山攻略戦

滑り込みセーフ!
やっと更新です。


 ドワーフ族居留地ガドルカ鉱山。

 オルテ帝国の最大の兵器廠「オルテ官兵ガドルカ大兵器工廠」が置かれたこの地は、帝国の生命線と言える場所。漂流者(ドリフターズ)の活躍で食料生産力を担うエルフが農作を放棄したため、鉱業ならびに工業を担うドワーフを解放・反乱勢力に取り入れれば工業力の低下を招き、オルテ帝国の滅亡が確定する。

 そんな重要局面を迎えた中で、殺せんせーは作戦を伝えた。

「今回は私と杏寿郎君、鯉伴さん、シャラ君達エルフで攻め落とします。マーシャ君とマルク君はお留守番で」

「「はーい」」

「ちょっと待て、おれはどうなんだよ」

 ロジャーは不服そうに異を唱えるが、殺せんせーに白い目で見られた。

「ぶっちゃけた話、私としては敵の物資も狙ってるので、無駄な破壊は控えたいんですよ」

「おいおい、人を歩く災害みたいに言うんじゃねェよ」

「〝鬼〟と称された人が何言ってるんですか。今回だけは不参加ですよ。いいですね?」

 ただでさえ天災級の戦闘力に加え、周囲への被害を考えずに暴れることを指摘され、ロジャーは「偉そうに」とボヤいてそっぽを向いた。

 五十三にもなった大の大人が鼻息を荒くして不貞腐れるその姿に、一同はクスクスと笑った。

「そうそう、オルミーヌさんも一緒に」

「ええっ!? 何で私が」

「あなたの扱う札が要なんです。こういう修羅場に一番慣れてないのあなただけでしょうし。断るならそれはそれで……」

 ヌルフフフ、と汚い笑みを浮かべて指を動かす殺せんせーに、オルミーヌは涙目で「行きますぅ! 行きますよセクハラ教師!」と叫ぶ。あの動きは胸を揉むつもりの動きだ――そう本能が察したのだ。

 すると、耀哉が穏やかに殺せんせーに尋ねた。

「殺せんせー、一ついいかな?」

「何でしょう」

「こちらとしては君達の様子が知りたい。私もできる限り手助けしたいんだ。今までしのぶ達が頑張ってくれた分、私も少しは頑張らないとね」

「「お館様……!」」

 耀哉の言葉に感極まったのか、しのぶと杏寿郎は目が熱くなるのを感じた。

「オルミーヌちゃん、アレ渡せば?」

「え? アレですか? でも……」

「僕、壊れても作り方知っとるからええで」

「わ、わかりました」

 秀元に言われてオルミーヌが取り出したのは、水晶でできた球だった。

「これは?」

「連絡用の水晶球です。これに話しかければ、持っている相手と会話できます。研究報告用に使ってる物で、数に限りはありますが……」

「そんな貴重な物を……ありがとう、オルミーヌさん」

「はうっ!」

 急降下爆撃、再来。

 ついにはオルミーヌまで被弾し、顔を赤くして轟沈した。

「犠牲者が増えたな」

「棺桶用意しとくか!」

「黙りなさいそこ」

 耀哉の急降下爆撃が通じない鯉伴とロジャーに、殺せんせーはジト目で注意する。

「それにしてもこの水晶球、無線機(トランシーバー)に近いですねェ。……っていうか、何でそんな重要アイテム早く出さないんですか」

「いや、これさっき言った通り研究報告用で……」

 そう主張するオルミーヌに、殺せんせーは「そうですか……」と溜め息を吐いた。

 この水晶球、どうやらオルミーヌや十月機関にとっては便利な玉程度の認識らしい。殺せんせーから見れば、水晶球はスマートフォンなどの無線通信技術や現代技術が存在しない異世界においては強力な兵器だ。軍の通信機器に利用すれば、連絡や中継が瞬時に取れて各部隊の運用の効率化が可能となる。

 戦術として大いに重宝できる。これを思いつかないとなれば、戦略面で黒王軍に後れを取っている可能性があるのだ。

(……もしや漂流者(ドリフターズ)は、技術の渡来者であると同時に「思考の差異者」であるということでしょうか?)

 この世界の技術は確かに素晴らしいが、それをどう扱うのかは自分達次第である。すなわち「発想の違い」が力となり価値をさらに高めるのだ。

 だとすれば、〝廃棄物〟とは一体何なのか。自分達はなぜこの世界にいるのか。

「そうか! なら水晶球の活用法はまた今度とし、ひとまずはドワーフ達の解放を優先しよう!」

「やっと本題に戻れた……では、少し待っていて下さい。すぐ戻りますよ」

 一行はガドルカ鉱山へ進軍し、その場に残るのは耀哉としのぶ、ロジャーに秀元、マーシャとマルクの六名だけとなった。

「ハァ……おれァ今回待ちぼうけかよ」

「御手透きなら僕と双六でもせぇへん? 僕も暇やし」

「お! 何か(おも)(しれ)ェの持ってんのか! マーシャ、マルク! おめェらも来い!」

 秀元が取り出した双六に興味を向けるロジャー。

 あまりもの自由人ぶりにしのぶが項垂れる中、耀哉は口を開いた。

「……ロジャーさん。私はあなたに尋ねたいことがあるんだ」

「ん? 何だ?」

「十二鬼月と戦ったあなたが、鬼を裏切らないと言った理由を知りたい」

 時が凍りついたような静寂が訪れる。

 耀哉にとって無惨配下の精鋭・十二鬼月は不倶戴天の敵であり、何より鬼とは総じて自己本位だ。人間など己の力を強める糧程度の認識であり、親兄弟すら襲って喰う。そんな鬼達の中でも桁外れの強さを有する十二鬼月が、人を裏切らないなど絶対にあり得ないことのはずなのだ。

 ロジャーは「長年の勘」だと言ってのけたが、耀哉はそれ以上の理由があると推測し、彼を問い質したのだ。

「余程の理由があるはずだよ。あなたは人一倍仲間想いな人だってしのぶが言っていたからね」

「お、お館様!」

 敬愛するお館様の爆弾発言に、顔を真っ赤にするしのぶ。

 ロジャーは「半年も同じ場所にいりゃ少しはわかるわな」と納得したように微笑み、耀哉に答えた。

「あいつはおれに誓ったんだ。必ずおれを超えてみせるってよ」

「……!!」

 ロジャーは不敵に笑った。

 

「黒死牟が自分の為におれに挑戦するのも、おれがこの世界を楽しむのも自由だ。おれはあいつの自由(つよさ)に全力で応える! ――男と男の約束だ」

 

 耀哉は光を取り戻した目を大きく見開いた。

 仲間想いであり、自由をこよなく好むロジャー。彼は限りある人生を我武者羅かつ楽しく生きるからこそ、出会った人々に好かれ惹かれ、同じ時代を生きた宿敵(ライバル)達と立場を超えた友情や腐れ縁を築いてきた。

 そしてこの世界で、ロジャーは人喰い鬼との友情を築き始めていた。鬼殺隊にとっては抹殺対象でしかない鬼と、世界も理も超えた、殺し合いの中で芽生えた奇妙な絆が結ばれようとしていた。

 ロジャーの「自由」は、留まることを知らないのだ。

(そうか……成程、その天性の気質(・・)が傲慢な鬼すら惹きつけるんだね)

(ぬらちゃんによう似とるなぁ)

「それに黒死牟は真面目な奴だぜ。男の勝負に水差した上司を一喝しとくってよ。わははは!」

「上司って……まさか……」

「無惨だね。ふふ……!!」

 ロジャーの大笑いに釣られ、耀哉も愉快そうに笑った。

 自分の命令には絶対服従であるはずの上弦の鬼に説教されるなど、夢にも思わないだろう。それを想像したのか、耀哉は今まで周囲に見せなかった満面の笑みを浮かべていた。他人の不幸は蜜の味ならぬ、無惨の不幸は最高の美酒である。

「次会った時は、仲間にしてみてェモンだ!」

「ロジャーさん、それは絶対無理ですよ」

「しのぶ、そいつァやってみなきゃわかんねェだろうよォ!」

 

 

           *

 

 

 その頃、兵器廠を巡回する兵士達がジリ貧の祖国(オルテ)のことを話し合っていた。

「この武器も西方戦場行きか」

「武器も防具も足りない上、さらに量産ノルマを上げろとの命令だ。ドワーフ共にもっと大量に作らせるしかない」

「これ以上連中を酷使するとバタバタと死ぬぞ。もうすでに何人も死んで――」

 死んでる、と言おうとした途端、衝撃が走り兵士達は倒れ伏した。

「いい腕してるじゃねぇの、杏寿郎」

「鯉伴殿も同じだろう」

 兵士達の意識を奪ったのは、杏寿郎と鯉伴。

 それぞれ愛刀で峰打ちをしたのだ。

「そんでもって、ライターってやつで火を点ける」

「鯉伴殿、使い方がわかるのか?」

「そりゃあ大正の後の時代またいでるしな。こいつは煙草を吸う人間達はほとんど持ってたぜ」

 ライターの火で木箱を燃やす鯉伴の言葉に驚き、杏寿郎は「大正の世の次を知ってるのか!?」と声を荒げた。

「教えてくれ!!」

「それはまた今度な……まあ年号は教えてやるよ」

「どんな名だ!?」

「昭和と平成だ。オレは平成に死んじまったから、そっから先は知らね――」

 知らねぇけどな、と言い切ろうとした直後。

 二人目掛けて大量のオルテ兵が詰め寄ってきた。

「侵入者だ!!」

漂流者(ドリフ)か!?」

()()共を率いる奴らか!!」

 火が広まる中、槍や剣を構えて雪崩のように迫る。

 が、そこへエルフ達が放った矢が降り注ぎ、オルテ兵を次々に貫いた。

『オオオオオオオオオッ!!』

 そして、シャラを筆頭としたエルフの軍勢が弓矢を構えて突撃した。

 それはさながら、戦国時代の合戦のごとく。乱世を生きる戦国武将が敵軍を打ち破らんとする光景であった。

「ひいぃぃぃ!」

「ぎゃああっ!」

 エルフによる正確な射撃が、無情に命を奪っていく。

 見張り櫓の兵士達はクロスボウを向けるが、いつの間にか姿を現した殺せんせーがコンバットナイフで柱を斬り、倒壊させた。

「おいおい、アンタも大概だな……」

「よもやよもやだ! 全集中の呼吸を使えないのに、それ程の技量とは!」

 ロジャー程ではないが、殺せんせーの規格外ぶりに舌を巻く二人。

「ヌルフフ、では次の一手に動きましょう」

 殺せんせーは不敵に笑う。

「逃げろーー! 四方が敵だーー!」

「皆殺しにされるぞーー!」

 ふいに、どこからともなく大声が響いた。

 これも殺せんせーの作戦。エルフ達を三つの部隊に分け、シャラ達を本隊として残りの別動隊で偽情報や恐怖を助長させる虚言で混乱を引き起こす。士気を回復する間を与えないことで、敵軍の統制を崩し連携を断たせ総崩れを狙うのだ。

 そして目論見通り、恐慌状態に陥ったオルテ兵の中から恐怖に駆られ逃げ出す者が殺到した。

「殺せんせー、敵が!」

「ええ、逃げた敵は追わなくても結構。あくまでもドワーフ救出が最優先です」

 兵士達を次々と屠り、城門まで進軍する。

 すると城門の跳ね橋が下りて、重厚な鎧で装甲した騎士の部隊が前進してきた。オルテ側の精鋭のようだ。

「ここは帝国(オルテ)の大兵廠の地。我ら帝国(オルテ)党武装親衛兵団鎮護の地! 貴様ら一揆の勢ごときにやられはせ――」

 

 ドドドドドドドドドッ!

 

 精鋭達の合間を縫う黒い影。影が通り過ぎた途端、騎士達は一斉に沈んだ。

 影の正体は、殺せんせーだ。鎧を叩いてクラップスタナーを食らわせ、全員の意識を奪ったのだ。

『……!』

 これにはシャラ達だけじゃなく、杏寿郎と鯉伴、敵のオルテ兵ですら言葉を失った。

 世界は違えど、かつては伝説の殺し屋だった男。並の人間では彼の超人的技能に勝てるはずなど無かった。

「重装兵が壊滅!」

「バカな……何だあれは」

「門を!! 門を閉めろ!!」

 オルテ軍は城門を閉めた。

 籠城し、援軍を呼んで挟み撃ちにする魂胆のようだ。

「さて……どうすんだい? 籠城戦に出たぞ」

「突破できなくもないぞ!!」

 実力行使で城門を吹き飛ばすという選択肢は、確かにある。だが吹き飛ばした城門が破片として降り注ぎ、ドワーフが万が一外に出ていれば重傷を負う可能性もある。

 二人の視線が、殺せんせーを射抜く。

「ご安心を。その為にオルミーヌさんを呼んだので……では、事前に通達した通りに準備を」

「は、はい!」

 オルミーヌは石壁の符をシャラ達に配ると、次々と矢に通していった。

「では、思いっ切りやっちゃってください」

 殺せんせーの号令と共に、一斉に引き絞られた弓から勢いよく矢が発射された。

 それらは一直線に壁へと向かい、突き刺さり、そして――

 

 ――ゴンゴンゴンゴンゴンゴン!

 

「なっ……階段!?」

「うまく行きましたねェ……即席の攻城兵器」

 殺せんせーはガドルカ鉱山の城を攻略する際、必ず籠城戦になると踏んでいた。

 籠城戦になれば、攻城は難しくなる。一刻も早く攻め落とさねば、ドワーフ達の命も自分達の命も危うくなる。

 そこで目を付けたのが、オルミーヌの石壁の符。石壁の符と矢を用いることで、階段を作り出すという常識外れの切り札を用意したのだ。そして実際、それは見事に成功している。

「見事!! 見事だ殺せんせー!!」

 我先にと石壁の階段を駆け上がる杏寿郎。その姿を見て、彼の背を追うようにシャラ達が続く。

「では、私達も行きましょうか」

「ハハ……アンタの頭ン中、どうなってんだい」

 エルフ達に続き、殺せんせーと鯉伴も階段を駆け上がった。

 

 

 城壁を越えた杏寿郎は、シャラ達を率いて峰打ちでオルテ兵を沈めていく。

 それに遅れ、殺せんせーと鯉伴が合流する。

「殺せんせー、煉獄さん、鯉伴さん。ドワーフ達を解放しましょう」

「「「!」」」

 シャラ曰く、エルフは昔からドワーフを「野蛮かつ乱暴、大酒飲みで大飯食らい」と恐れと侮りを込めて親から語られてきたという。しかしエルフはドワーフを嫌っている一方で、エルフが持っていない屈強な戦士としての一面を持つ彼らに対する羨望があるのも事実なのだというのだ。

「かつてならエルフとドワーフが共に戦うなんて考えられなかった。でも今なら……」

「元より()()が目的ですよ」

 兵士達を圧倒しながら、工房へ辿り着く。

 そして工房の出入り口を開いた途端、目を疑う光景が広がっていた。

「……外の騒ぎは何かと思うたが……お前らがやったのか?」

 目の前に広がるのは、薄暗い部屋に押し込められている極端な小柄でありながらガッシリとした体格のドワーフ達だった。

 工房とは名ばかりの収容所。ドワーフ達はずっと鉱山と工房で酷使されていたのだ。

 その過酷な労働や劣悪な環境によってか、シャラ達の言う屈強なドワーフが見る影も無くやつれきっていた。

「皮肉なものじゃい。今更お前らが助けに来たのか……?」

「俺達がじゃない。()()()助けられたんだ、漂流者(ドリフターズ)に」

 シャラの言葉を聞いたドワーフ達は、共闘を願い出た。

 もううんざりだと。自分達も戦えるから解いてくれと。

「元々その為に来たんだ、願い出るまでもねぇぜ」

 片目を閉じて口角を上げる鯉伴の言葉に、ドワーフ達は歓喜の声を上げた。

 目的は達成し、エルフ達も笑みを溢した。しかし、杏寿郎だけは違った。拳を強く握り締め、動揺を隠せないでいた。

「……」

「杏寿郎君、私があえて君を選んだのは、これを見てもらうためですよ」

 言葉を失ったままの杏寿郎に、殺せんせーは声を掛けた。

「あなた達は人を喰らう鬼を狩る。……ですが、人間の心に巣食う鬼までは狩れないでしょう?」

 その言葉が、杏寿郎の胸に深々と突き刺さった。

「はっきりと言いますが……私やロジャーさんは、人を殺した経験がある。と言っても、私は私情ではなく殺し屋の依頼として。ロジャーさんは群雄割拠の過酷な海を生きるために。まあロジャーさんは民間人への危害を己にも仲間にも禁じてたようですが」

「……」

「ですが君達は……鬼殺隊は鬼を殺せても人は殺せない。たとえ人が鬼以上の外道であっても、人は人だから。それはしのぶさんも耀哉さんも同じこと」

 杏寿郎は、この世界は前の世界の理が通じないという現実を突きつけられた。

 鬼殺隊が護る対象は人間で、鬼は滅ぼす対象だ。しかし人間の中には悪事を働く者はいるし、竈門(かまど)()()()のように人を護る鬼もいる。それは前の世界でその目にしかと焼き付いている。

 だが、この世界はそれで済む話じゃない。鬼殺隊が護るべき人間が他の人種を隷属させ、絶滅すら視野に入れて統治・支配しているのだ。これを鬼畜の所業と言わず、何と言うのか。

「……俺に人を殺める覚悟をしろと言いたいのか……?」

「そこについては私は不干渉です。でもあなたの上司ならこう言うでしょう――君の正義を貫け、と」

 その時、殺せんせーが持つ水晶球から耀哉の声がした。

《杏寿郎。殺せんせー。誰か聞こえるかな?》

「おや、噂をすれば……」

《様子はどうだい? 解放できたかな?》

「それが……」

 杏寿郎は耀哉に事情を説明する。

 全てを聞いた耀哉は水晶球越しに「可哀想に……」と悲しそうに呟いた。

《……食事は手配できるかい?》

「は? お、お館様?」

 突然の要請に、杏寿郎は呆然とする。

 しかし耀哉の考えを悟ったのか、殺せんせーは「そういうことですか」と呟きながら返事した。

「私なら作れますよ。食料庫もあるでしょうし」

《じゃあお湯をたっぷり入れて粥にし、ゆっくり食べるよう促しなさい。飢えてて消化に悪いと死ぬよ》

(ああ、リフィーディング症候群……)

 リフィーディング症候群とは、飢餓状態が長く続いたあとに急に栄養補給されると、心不全や呼吸不全、腎不全、肝機能障害ほか多彩な症状を呈し、最悪の場合死に至るという病気だ。

 群雄割拠の戦国時代において、後の天下人・豊臣秀吉が兵糧攻めの後に投降してきた敵に粥をふるまった際、生存した敵兵の過半数がこのリフィーディング症候群で死んでしまったという。

 食事で死んでは、確かに元も子もない。

「では、早速準備しますかねェ」

《よろしく頼むよ。それと杏寿郎、鯉伴さん。今から私の言うことをそのまま相手に伝えてほしいんだ》

「!」

 

 

「攻撃が……止んだ?」

「何だあの煙は……何をしているんだ!?」

 城に立てこもるオルテ兵達は、眼下の光景にざわついた。

 何と破竹の勢いで進撃していたエルフ達が、ドワーフを解放するや否や飯を作り始め配りまくったのだ。食料庫の食材から残った物資まで、片っ端から鍋で煮込んで炊き出しをしている。それもまだ本丸を落としていない、戦闘の最中だ。

 そんな衝撃的な光景に呆然とすると、下から声が掛かった。

「オルテ軍に告ぐ! ドワーフ達は解放したぞ!! 今逃げねば後で皆殺しになる、逃げるのならば俺達は追わん!!」

『!!』

「今は飯に目ぇいっているが、食い終わるまで時間はねぇぜ。降伏して逃げるのなら、俺達が説得しておく」

 杏寿郎と鯉伴の言葉に、オルテ側は動揺し始めた。

 耀哉が一向に頼んだのは、栄養失調状態のドワーフ達を回復させ、その間にオルテ側と交渉することだった。

 ドワーフが解放された以上、籠城しても坑道を掘られて攻め落とされる。何十年も隷属してきた以上、その恨みつらみは言語に絶する。援軍を待っている間に、本当に皆殺しにされてしまう。

 悩みに悩んだ結果……。

「…………漂流者(ドリフターズ)。我々は助けてくれるのだろうな? 城を開ければ、逃してくれるのだろうな?」

「うむ!」

 オルテ側は降伏を選択した。

 しばらくすると門が開き、城に居たオルテ兵達が続々と投降。武器を下ろして両手を挙げた。

「潔し!」

「じゃあ、とっととズラかってくれや。じゃねぇと……」

 ――連中、本気で殺しに来るぜ。

 妖艶な笑みで威圧する鯉伴に恐れをなしたオルテ兵は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。金城鉄壁のガドルカ鉱山を一夜で攻略した瞬間だった。

(この采配ぶり、申し分ない。しのぶさんが心酔するだけありますね……)

 オルテ最大の兵器廠を陥落させたことを一同が喜ぶ中、殺せんせーは一人で考えていた。

 先程の耀哉の立案は見事の一言に尽きる。彼自身は鬼殺隊の最高管理者だとのことだが、殺せんせーから見れば指揮官だけでなく参謀としての才能も持ちうるように思えた。

 現時点の参謀は自分だけだが、耀哉と知恵を絞り戦略を展開すれば、交渉においては無類の強さを発揮するだろう――殺せんせーはそう確信した。

(そうとなれば、早速次の一手を打つ準備をしましょうかねェ)

 殺せんせーは笑った。

 その口を三日月のようにキレイな弧を描いて。

 

 

           *

 

 

 漂流者(ドリフターズ)とエルフの連合軍がドワーフの解放を終えた頃。

 とある廃屋で、黒死牟は気が狂いそうな激しい飢餓に襲われていた。

「がっ……うぐぅ……!!」

 蹲る黒死牟は、人肉を欲する体を理性でどうにか抑え込もうとする。

 人喰いが欠かせない鬼にとって、人肉への渇望を制御するなどほぼ不可能だ。それを承知の上で、黒死牟は己を追い込んでいるのだ。その理由は、たった一人の男の存在だ。

 

 ――ロジャーのあの圧倒的な力は、どこから来るのか。

 

 あの廃城での戦い以降、黒死牟は考え続けていた。

 ロジャーは別世界から来た漂流者(ドリフターズ)であり、全集中の呼吸でも血鬼術でもない、自分がいた世界には存在しない能力(チカラ)を扱う者であるのは理解できた。だがそれだけで、あの鬼のような強さを発揮するとは思えない。

 ――もっと形の無い……精神的な何かが、あの強さを引き出しているのではないか。

 弟以外の〝()()()()()〟を考えたことが無い黒死牟は、考え抜いた末にある答えに辿り着いた。

(私は……家も妻子も人間であることも、全てを捨てて強さを求めた……だがロジャーは、捨てることをしなかったのだろう……)

 捨てるのではなく「最後まで護る」という道を選び続けたからこそ、ロジャーは強いのではないか。護りたい存在がいるからこそ、ロジャーはあそこまで強くなったのではないか。

 黒死牟は――継国巌勝は弟に追いつくために、護りたい存在を自ら捨てた。その結果があの醜い化け物だったのなら、その真逆を行けばロジャーの強さの秘密を知り、緑壱のような侍になれるのではないか。その為には、人を喰らって強くなるのではなく、人を護るために鬼の本能を制しなければならない。

 そう思い立った黒死牟は、人肉を断った。人喰い鬼である己との闘いを始めたのだ。

(私は……悪鬼のままでは……!)

 人喰い鬼のままでは、ロジャーを超えられない。最強の侍にならねば、ロジャーには勝てない。

 そう自分に言い聞かせ、耐え難い程の空腹でみっともなく涎を溢しながら、脂汗を流してどうにか自我を保つ。

 鍛錬には全神経を集中できるが、鬼としての飢餓感は黒死牟の想像以上に強烈で、集中力がすぐ途切れそうになる。

 

 ――いつでも来い、黒死牟!!

 

「ロ、ジャー……」

 ふと、ロジャーの声が響いた気がした。

 幻聴だろうか、と思った矢先に意識が朦朧とし始めた。

 視界が歪む。それでも、黒死牟は抗うことをやめない。

 ロジャーは自分を唯一〝侍〟と呼んだ。強さも想いも真っ向から受け止めてくれた。そんな男を、どうして裏切ることができようか。

「ぐっ……わ、たしは……負けぬ……!!」

 六つの目から血を流しながらも、黒死牟は鬼の本能に抗い続ける。

 弟しか見えなかった自分の視界に現れた、最強の漂流者(おとこ)を超えるために。



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第18幕:敵に回したくない者達

10月最初の投稿です。
今回は敵サイド、廃棄物側と新たな漂流者の話。殺せんせー達は一切出ない、珍しい回です。


 所変わって、オルテ帝国東方の海上。

 ここには七つの商人ギルドが運営する海洋擬似国家「グ=ビンネン商業ギルド連合」がある。

 「貧乏人には戻りたくないだろう。ならば剣を取れ」という標語を掲げ、東方海域圏内を制圧している商人集合国家であるグ=ビンネンの屋敷では、三人の男が会食をしていた。

 一人は、シャイロック商会及びシャイロック銀行番頭にしてグ=ビンネン連合水軍水師である、グ=ビンネンの中でも序列筆頭と認識される若き主導者――〝放蕩 なれど出来息子〟バンゼルマシン・シャイロック8世。

 もう一人は、ブリガンテ商店首席手代及びブリガンテ銀行番頭にして連合水軍軍監師である、シャイロックに次ぐ冷徹な主導者――〝頭を冷たくし 心をなお冷たくし〟ナイゼル・ブリガンテ。

 そして……。

「もはや洋上は「我らが海」となった。オルテ海軍は完全に壊滅状態にある。我々の海上覇権を阻害する者は何もない」

「これ程早く趨勢が決したのも、あなたの「武力」のおかげです()()()殿()

 宿願が叶ったことを喜び、その礼を告げる二人の前で黙々と米に似た食材を食べる一人の剣士。片肌脱ぎに着崩した藍染の着流しと全身に巻いた包帯という異様な姿で、非常に痛々しいが歴戦の強者としての貫禄を感じ取れた。

 彼はかつて「弱肉強食」の理念の下、祖国日本の覇権を握り征服しようと目論んだ一大兵団の首領。伝説の人斬り・緋村抜刀斎と互角の実力を持つとされた凄腕の剣客である彼の正体は――

 

 元長州派維新志士 人斬り 志々雄(ししお)真実(まこと)

 

「俺が動かなくても、頭が回るてめェらなら海を奪えたろ。敵も無能の極みだしな」

「ご謙遜を」

 シャイロックは「あなたが来たことで変わった」と、あくまでも志々雄のおかげだと告げた。

 グ=ビンネンに飛ばされた直後、志々雄はシャイロック達に歓待され、彼らから衣食住を保障する代わりに力を貸していただきたいと申し出られた。現世でも地獄でもない世界に興味を持った志々雄はそれを承諾し、自身が率いた精鋭部隊「十本刀(じゅっぽんがたな)」の一人・(かり)()(へん)()の戦法を基に上空からの奇襲を立案。志々雄の力と知恵を借りたグ=ビンネンは、巨大な鷹のような獣〝グリフォン〟を利用し、魚獣油脂を用いてオルテ海軍の艦船を海に沈め、国盗りならぬ「海盗り」を成功させた。

 シャイロックの言うように、グ=ビンネンの制海権掌握は、実質志々雄の手柄と言ってもいいだろう。

「……で、これからどうすんだ? ようやっとオルテの国盗りか?」

 志々雄は獰猛な笑みを浮かべた。

 国盗り……それは志々雄真実という男にとっては切っても切れぬ縁のある言葉だ。

 そもそも志々雄が武装集団「志々雄一派」を率いて日本征服に動いたのは、明治政府に裏切られ体に油を撒かれ火を点けられたことへの復讐ではなく、自らが覇権を握り取って日本を強くするためだった。明治政府に殺されかけたのは、自分の力量が足りなかったためなのだ。

 その国盗りも、前回(・・)は時代が自らを恐れて不殺(ころさず)の緋村抜刀斎を選んだために阻まれた。しかしこの異世界はどこもかしこも戦争状態――ある意味では幕末の動乱にも似ていた。そんな世界に飛ばされた志々雄の天下取りの野心が再燃しないわけがない。

「我々は海は強いですが、(おか)はねぇ……」

「……それは寄り合い所帯だからか? それとも()()()がねェからか?」

「両方ですよ。よくわかってらっしゃるようで」

 シャイロックは志々雄の洞察力に舌を巻いた。

 グ=ビンネンは制海権を掌握してはいるが、陸上における兵力が不足しているためオルテの首都・ヴェルリナまで進軍はできない。仮にオルテに勝利して領地を得ても、そもそも長年の侵略戦争で国力をすり減らした国家の領地を経営・維持することはできない。正直な話を言えば、海上通商の権益を握った以上はオルテと和平したいと考えているのだ。

「その後でオルテが相変わらず他の国々と戦をするなら、まあそれでいい。オルテにもその敵国にも物資を売って、オルテが崩壊する当日までお客様だ」

「…………そうかよ。話が済んだんなら俺は帰るぜ、国盗りすんなら呼んでくれよ」

 飯を平らげた志々雄は箸を置き、立ち上がって二人に背を向けた。

「あの〝鉄船の残骸〟に戻るので? そろそろこちらに住まわれては? 家は用意しますよ」

「結構。あそこが一番落ち着く」

あれ(・・)を……「レンゴク」をまだ我々に引き渡してはくださらぬか?」

 ブリガンテがそう言った途端、部屋の温度が一気に下がった。

 それが志々雄の殺気によるものと気づき、緊張が走る。だが志々雄はそれ以上のことはせず、無言でそのまま去った。

 その場に残されたシャイロックとブリガンテは、冷や汗を流しながら口を開いた。

「やはりまだ我々を信じてはいないようだ」

「しかし何度も言うが、シャイロック。あの鉄船(レンゴク)を接収するべきだ。あれ(・・)は別の世界の驚異の宝庫だぞ」

「いや……シシオを敵に回したくない。君も今のでわかったろう」

 

 

 志々雄は岩礁で大破擱座する軍艦の甲板に戻っていた。

 軍艦の名は、大型甲鉄艦「煉獄」――総予算の6割をつぎ込んで購入し、大阪湾から出港する寸前のところで手投げ弾数発によって撃沈した装甲艦である。艦内にはアームストロング砲やガトリング砲などの強力な兵器を搭載し、武器庫にも幕末の動乱で活躍した外国製の銃を揃えている。

 これらは日本の国盗りで欠かせない存在だったが、それを阻止せんとした抜刀斎達によって海に沈んだものだ。ほとんど失ったと言ってもいいが、使える物はいくらか残っていた。ただ志々雄自身は剣客なので、いくつかはグ=ビンネンを通じて十月機関に売り飛ばしたが。

「離れたくねェよな……そうだろ? 煉獄」

 錆びついた煙突を見上げる。

 本来なら、この煉獄(ふね)に乗って東京に侵攻する手筈だった。その直前に抜刀斎の仲間である喧嘩屋が投げた炸裂弾で大破し、一切の活躍なく沈み計画が大きく狂うこととなった。そして抜刀斎と死闘を繰り広げ、その果てに地獄の業火に焼かれるように炎に包まれ、自分はこの世界に飛ばされた。

 活躍の場を失ったはずの〝切り札〟がこの世界の海で座礁していたのは、主である志々雄を待っていたのかもしれない。現にあの廊下にいる男の手で飛ばされた時、まず降り立ったのがこの船の甲板だったのだから。愛着と言う程ではないが、苦労して蓄えた資金の6割を払って得たのだから、志々雄としては所有者として手放すわけにはいかなかった。

「由美も方治もいてくれりゃ、ちったァ楽しかったんだがな」

 木箱の上で腰を下ろし、炎を統べる悪鬼は水平線を見つめながら煙管を吹かした。

 

 

           *

 

 

 一方、黒王軍によって陥落した北壁ことカルネアデスは、黒王軍の本拠地となっていた。

 その北壁の城壁で、廃棄物ヴァニラ・アイスは地平線の遥か先を見つめていた。

 ただ静かに見つめ続けるその姿は、決意を表しているようだった。

「……DIO(ディオ)様」

 誰にも聞こえない程に小さな声で、敬慕する主人の名を口にする。

 ヴァニラの主人は、絶大な力を有する悪の帝王・DIO(ディオ)ただ一人だ。

 しかしこの世界に、魔の魅力を持つ主人はいない。忠誠を誓った相手を失ったヴァニラは、この異世界で何をしていいのかわからなくなった。DIO(ディオ)のいない世界など、彼にとっては地獄のような責め苦と言えた。

 黒王軍に加わった本来の目的は、黒王に心酔したからではない。主人無き世界での己の存在意義を知るためだ。この世界に飛ばされた意味を知り、何を成せばよいのかを探るために、不本意ながらも黒王の配下となることにしたのだ。

 

 ――ならば主人の後を継ぐのはどうだ?

 

 その言葉に、ヴァニラは衝撃を受けた。

 エジプトの首都(カイロ)を拠点に世界征服を目論んでいたDIO(ディオ)の忠誠の証として、主人の後継者として生きればよいと諭されたのだ。

 「道」を示した黒王にヴァニラは感謝こそしたが、あくまでもDIO(ディオ)の臣下であるため、協力はするが黒王とは線引きをしている。ヴァニラが黒王軍に協力するのが自らへの恩義ではないことは、黒王自身も承知の上である。

「――僭越ながらDIO(ディオ)様……このヴァニラ・アイス、DIO(ディオ)様の意志を継ぎ、DIO(ディオ)様の野望を果たしてみせまする」

 全てはDIO(ディオ)の為。

 それを掲げ、ヴァニラ・アイスは漂流者(ドリフターズ)をどう滅ぼすか考え始めた。

 

 

 同じ頃。

 黒王は樽の中から穂一本分の麦粒を手に取り、強く握った。すると黒王の手から麦の粒が湧き出て、辺り一面を埋め尽くした。

 黒王の異能は「生命の増殖」――命あるものならば細胞でも食料でも無尽蔵に増やすことができ、重傷を負った兵を一瞬で治癒することもできる、敵からすれば悪夢としか思えない能力である。しかも細胞を無制限に増殖させることで腫瘍を起こして殺すという応用もでき、現に先程軍門に下した巨大な青銅竜も、身動きの取れない肉団子に変えられてしまった。

「我が王」

「ラスプーチン、出来ているか」 

「ええ。私は元々本職でしたから極々単純な体系ですが、単純な方が彼らには良いでしょう」

 黒王軍の参謀であるラスプーチンは、黒王に任された役目の途中経過を報告した。

 彼の役目は、人ならざる者達の為に宗教体系や文字を作ることだった。

「シンボルは目にしました。モデルは拝火やそれ以前のヴァルナ、エジプトやケルト……おいしい所は全部混ぜてしまいました。それとこちらも、ローマ字を素にと言うかまんまですが、理解させるのに時間が掛かるでしょうね」

「そうか」

 そんな二人の会話に、水を差す()が一人。

 鬼舞辻無惨の配下である童磨だ。

「素晴らしい能力だ! 無惨様も欲しいだろうなぁ。でもなぜ愚かで気の毒な人間と同じことをさせるんだい?」

 その様子を見ていた童磨は、黒王に問う。

 (へい)(たん)の概念を崩す強大な能力を行使すれば、わざわざコボルトやゴブリンに農業を教える必要はないのではと考えたのだ。

「それは私が永遠に生きる神でも、貴殿のようにほぼ不死身の鬼でもないからだ」

 黒王は淡々と答えた。

 というのも、彼の能力は絶大ではあるが自身の命を酷使する〝自己犠牲の能力〟でもあるのだ。行使し続ければ自らの命を縮め、ジルドレのように塩の塊となって消滅する可能性があるのだ。黒王自身はそれについての躊躇いは無いが、心酔する廃棄物からは寿命を縮めないよう進言されているのも事実だ。

 それに黒王の目的は、化物と揶揄された多種族を一体化させ、人類に取って代わる文明を作り出させることだ。その為に原始農業を教え、ラスプーチンを通じて共通文字を作り、シンボルを目とした統一宗教を作り教化させた。

「無限の時を生きることができぬ者は、目に見える形、あるいは目に見えぬ形で次代へ伝える。人の想いもまた、永遠と言える」

「おやおや、人間は死んだら無になるだけだぜ? 想いなんか死んだら伝わるわけないじゃないか?」

「否。人は賢い、()()()()。それは貴殿も一瞬でも思ったことはあるのではないか?」

 黒王の言葉に、童磨は目を見開いた。

 思い当たる節はある。無限城でのあの戦いで喰らった、鬼殺隊の柱である女隊士――胡蝶しのぶだ。()った女の体が猛毒の塊だったなど、夢にも思わなかったのだから。

「……確かに、しのぶちゃんには一本取られたなぁ」

「そう。人間とは他を道連れにする無理心中の道路だ。そんな狂った救いようの無い生命が牛耳る世は亡ぼさねばならぬ」

「…………そっか。じゃあ俺は好きに動くよ」

 童磨は黒王の元から去った。

 しかしその胸中にあるのは、黒王への呆れだった。

(無駄なことをやり抜く愚かさが人間の素晴らしさだ。それを否定するのは筋違いだよ)

 その考え自体が筋違いであることも知らず、童磨は黒王を嘲笑った。

 

 

           *

 

 

 多種族の人ならざる者達が集い、黒王の手によって原始農耕を始め、人外による文明化が進む都となりつつある元王国の城壁内。その一室で、殺せんせーに敗れたジャンヌは目を覚ました。

「ここは……!?」

「ようやくお目覚めね」

 起き上がったジャンヌの隣に座るのは、どこか悲しげな雰囲気の美女。

 全てを凍らせる吹雪を操る廃棄物(エンズ)――ロシア帝国ロマノフ朝の第四皇女、アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァだ。

「ここは……!!」

「「北壁」よ。騎竜があなたを回収したの」

 アナスタシアは、斥候部隊に救出されて本拠地であるカルネアデスに運び込まれたことを告げた。

「……!! ジルドレは!?」

「死んだわ。塩の塊となって」

 同じ戦場を駆けた戦友が、漂流者(ドリフターズ)との戦いに敗れて戦死した。

 残酷な真実を突きつけられたジャンヌは、怒りに震え立ち上がった。

「どうするつもり」

「あいつら焼いてくる! 殺してくる!」

「駄目よ。彼らを甘く見ていた。漂流者(ドリフターズ)は侮れない!!」

 ジャンヌは水の入った桶を投げた。

「次は殺すよ!! ちゃんとちゃんと殺す!! ジルドレの仇を取るんだ!!」

「駄目!! 機を待ちなさい!! 最後には必ずあなたの思う通りにさせてあげるから」

「くっ……!!」

 悔しさを滲ませるジャンヌに療養を優先するよう諭し、アナスタシアは部屋を出た。

 その近くには、壁に凭れかかって様子を伺っていたであろうラスプーチンの姿が。

「どうでした彼女」

「ようやく起きたわ。神経の麻痺はもう大丈夫そう」

「クク……ジャンヌを()()()()()()怒ってますね」

「……怒ってるもんですか」

 強く言うアナスタシアだが、ラスプーチンは「怒っていますよ」と断言する。

 現世への憎しみが強い廃棄物の中では、アナスタシアは常識的な人物であると共に面倒見の良い性格をしている。同じ女としてか、それとも壮絶な過去に同情してか、常にジャンヌのことを気に掛けている。

 ジャンヌを戦闘不能に追い込んだ漂流者は、女だからと手加減をしたのだろう。だからこそ、彼女は今まで以上に憎悪を膨らませたのだろう。

「それにしても……最近黒死牟殿の様子がおかしいようです。あのロジャーという男に会ってから」

「……そうなの?」

 ラスプーチンは、黒死牟がロジャーと戦ってから様子が変わったことに気づいていた。

 今回の襲撃の結果は、黒王から各々に伝えられた。その中でも黒王が危険視していたのが、ロジャーだった。

「黒死牟殿の強さは国家戦力級……彼と渡り合ったあの男、実に厄介だ。黒王様が警戒するのも当然だ」

「……そうね、確かにあの強さは脅威だけど……」

 アナスタシアは、ロジャーの真の脅威は実力ではないと勘づいた。

 黒死牟は無惨への忠誠心が厚く、尊崇に近い敬い方で接している。主と配下という明確な序列を重んじ、廃棄物の面々からも一目置かれている彼は、自分達が慕う黒王からも信頼されている。そんな彼が、たった一人の中年の漂流者(ドリフターズ)に心が揺れ動いているのだ。それがどれだけ異様なのかは嫌でもわかる。

 彼女は他の廃棄物と違い無惨との関係がそこまで悪くないため、彼から鬼という存在がどんなものかは大方把握している。

「あの男……もしかしたら〝王の資質〟を持ってるかもしれないわ」

「〝王の資質〟、ですか」

「敵も味方も見境なく魅了し、人を惹きつけ率いる、最も恐ろしい能力(チカラ)よ。そんな男に彼が絆され始めてるとなれば、黒王軍(こっち)の戦力は大きく削がれる」

 黒死牟が寝返れば、黒王軍の兵力・戦力はかなり減るのは明白だし、無惨の癇癪も悪化する。廃棄物の軍勢は黒王の導きによってこれからも拡大し続けるだろうが、貴重な戦力が抜けるのは避けたい。

「早く手を打つべきだわ……手遅れになる前に」

 

 

 その頃、一人残されたジャンヌは落ち込んでいた。

「ジルドレ……」

「ほう、あの男が死んだか」

「っ! ムザン……!!」

 ジャンヌの元に現れたのは、白い洋装の上に黒いコートを羽織った無惨だった。

「小娘。お前は強さを求めているようだな」

「知った口を利くな、怪物め……!」

「黙れ。私の言うことを否定するのか?」

「っ……!!」

 無惨の声に恐怖すら感じながらも、ジャンヌは拳を強く握り締める。

 言い方は腹立たしいことこの上ないが、無惨の言葉を真っ向から否定はできなかった。油断や慢心はあったが、能力としては明らかに圧倒していたはず……それなのにあの黒髪の漂流者に手も足も出ず、これといった手傷を負わせることもできなかったのだ。

 そんな彼女の様子を見た無惨はほくそ笑み、悪魔の囁きをした。

仏蘭西(フランス)の堕ちた聖女……私と同じ鬼になればよいではないか」

「!?」

 ジャンヌは目を見開いた。

「私の血を受け、人の血肉を喰らって強くなれば、奴らの全てを支配できる。死に場所も死に様も意のままに操れる。地獄で待つジルドレも、鬼と成った貴様の勇姿に涙を流して尊崇するだろう」

 その悪魔の誘惑に、ジャンヌは笑みを浮かべ始める。

 廃棄物の中でも世界と人間に対する憎悪が一際強い彼女にとって、人の道を外れることも地獄に堕ちて当然の所業に手を染めることも、何もかも知ったことではなかった。ただ、目の前の怨敵を全て焼き滅ぼせればよかったのだ。

 鬼になれば、不死身の肉体を得て憎き漂流者達を一人残らず殺せるだろう。絶望に染まった彼らの顔を拝みながら、最高の気分に――

「……してくれ……私を鬼にしてくれ! むしろしろ(・・)!!」

「――その憎悪に狂った眼差し、気に入った」

 無惨は口角を上げ、鋭い爪が光る指をジャンヌの額へ伸ばした。



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第19幕:合流、サン・ジェルミ

無限列車、メチャクチャ感動しました。
猗窩座の声が石田さんだったとは……遠目に見ると我愛羅っぽいからかな?(笑)
煉獄さんは本作でも活躍するので、お楽しみに。


 ドワーフ族収容所――ガドルカ大兵器工廠では、ドワーフ達が元の姿に戻っていた。

「銃ってなんじゃい? 食えんのかそれ」

「ニュアンス的に食べ物じゃないことぐらいわかって下さいよ」

「食ったら元気になりすぎだろ! (おも)(しれ)ェ連中だな!!」

 痩せ細っていたドワーフ達が一気にガタイがよくなったことに、ロジャーは酒を片手に爆笑。

「この兵廠には大量の食料もあったはずなのですが……」

「な、何てこと……」

 それなりの日数は持つはずの食料があっという間に空っぽになり、ドワーフの豪快ぶりにしのぶとオルミーヌは唖然とする。それはエルフ達も同様だが、シャラは「寝物語のドワーフが帰って来た」とどこか嬉しそうだ。

「どれ、その銃とやら見せてみい」

「おいおい、壊すなよ? そいつァおれのだからな。しかも世界に一丁だけだ」

「壊しゃせんわい!」

 ロジャーは殺せんせーに促され、ドワーフ達に銃を渡した。

 火打石を取り付けたフリントロック式の銃は、雷管を用いたパーカッションロック式が登場するまで百年以上も使われた。銃というモノが存在しない世界では、見た目だけでなく構造すらも興味を誘う。

「これは何じゃ? 鉄の筒じゃな」

「この引金のからくりはクロスボウのようじゃい。単純なもんじゃのう」

「何らかの射撃装置かのう」

 鍛冶職人としての顔つきになったドワーフ達に、殺せんせーは微笑みながら見つめる。

「で、これがお前さんが言っていた銃というヤツかの?」

「その通り。熱や衝撃などをきっかけにして鉄の筒の中で火薬を爆燃させ、鉛の玉を撃ち出す武器です」

「その火薬とやらは何か知らんが、なぜわざわざそんな面倒な事をするんじゃ? 弓やクロスボウで良いではないか。これで無ければダメなのか?」

「ええ、その二つの理由を説明しましょう」

 殺せんせーは銃にこだわる二つの理由を語る。

 一つは、長い射程や高い威力だけではなく練度を上げる訓練・鍛錬の省略ができること。狙いを定めて引金を引くだけで誰でも即戦力になり得る。また、クロスボウや弓は矢をセットするときにそれなりの筋力が必要になるが、銃は火薬と弾さえ込めればいいだけなので余計な体力・筋力を使う必要が無いのだ。

 そしてもう一つが、敵軍に恐怖心を植え付けること。火薬が爆発する音と煙が上がると誰かが死ぬということを理解させ、侵攻する敵を前へ進めないようにするのだ。ましてや原始的な兵器が主軸であるなこの異世界において、銃や火薬は未知の存在……人間とは未知の存在に恐怖心を抱きやすいため、それを利用するのだという。

「まるで未来を知っているようじゃな、小僧。それも漂流者(ドリフターズ)だからか?」

「ヌルフフフ、それは秘密です」

 ニヤニヤとした笑みで茶を濁す殺せんせー。

 そんな彼に、現在の漂流者(ドリフターズ)の総大将・産屋敷耀哉は問いかけた。

「では殺せんせー、肝心の火薬はどうするのかな?」

「この銃に使われる火薬は黒色火薬……火縄銃と同じです。硝石は便所や土間の土から取れますし、硫黄は火山、木炭はテキトーに作れば最低限は確保できます。三日もあれば実戦に使えます」

「お前さんの頭ン中どうなってんだ」

 すでに数歩先を言った考えの殺せんせーに、鯉伴は若干引いた。

「今日は疲労が溜まっているでしょう、明日試しに造ってみてください」

「うむ」

 

 

           *

 

 

 翌日。

「ほれ、一本目」

「もう完成したんですか!?」

「図面だけからならまだしも、モノがもうあるんじゃ。わしらが造れるに決まっとろうが」

(さすが鉄に長けたドワーフ。加工技術もずば抜けている)

 昨日の今日で、早速銃が一丁出来上がった。

 その仕事の早さと完璧なまでの精密さに、驚愕を隠せない殺せんせーは尋ねた。

「ではドワーフ長……この工房都市は、オルテの武器の半分以上賄っていた。あなた達が全力で動いたら、一日何丁造れますか? 剣や鎧と勝手が違い、慣れるまで時は掛かるかと思いますので大体で構いません」

「そうじゃな……モノが小さいからな、この大きさならまず10丁。筒の部分の長さを伸ばすとなれば6、7丁程じゃろう」

「大きさはともかく、週休二日と仮定すれば一週間に少なくとも30丁は確保できる……上々ですねェ」

 ヌルフフフフフ、と悪い大人の顔を浮かべる殺せんせーに一同は呆れる。

 すると、耀哉が自分の大切な剣士(こども)である杏寿郎がいないことに気づいた。

「……おや、杏寿郎はどうしたのかな?」

「煉獄さんなら、ロジャーさんを連れて外に行きましたけど……」

「そういや、わしらの若い衆も付いて行きおったな」

 

 

 一方、外では時空を超えた試合が始まろうとしていた。

「ではロジャー殿! 手合わせ願おう!!」

「おう! いつでも来い!!」

 誇り高き精神を持つ鬼狩りの最高位と、海の王者となった最強の海賊。

 世界は違えど、無類の好漢である二人は対峙する。

「いざ、勝負!!」

 先制攻撃を仕掛けたのは、炎の呼吸を極めた杏寿郎。

 力強く踏み込み、一気に間合いを詰めてから袈裟斬りを放つ〝壱ノ型 不知火〟を繰り出した。

 ロジャーは愛用のサーベルに覇気を纏わせ、真っ向からそれを防ぐ。ノーダメージではあるが刃が交わった際の衝撃は伝わっており、その重さにロジャーは感心していた。

「しのぶの方が(はえ)ェが、一撃が(おめ)ェな。シビれるぜ杏寿郎!」

「よもや俺の斬撃を真っ向から受け止めるとは! やはり只者ではなかったか!」

 笑みを深めると、二人は目にも止まらぬ速さで剣戟を繰り広げた。

「な、何だアレは……」

「この世の組手(たたかい)とは思えん……」

 あまりの速さに、興味本位で見に来たドワーフの若者達は唖然としていた。

 ドワーフの戦いは一撃必殺……斧の一撃に全てをかける闘法だ。しかし二人の戦闘技術は、ドワーフのそれとは比べ物にならない力を秘めていた。

 岩塊よりも硬い鬼の頸を斬り落とす〝全集中の呼吸〟と、極めれば天をも割り未来予知ができる〝覇気〟。今目の前で行われてるのは、その戦闘技術の達人だ。道を極めた者による、まさに「至高の領域」なのだ。

「では、勝ちに行くぞ!」

「!」

 両者一歩も譲らぬ剣戟の中、杏寿郎は勝負に出た。

「〝弐ノ型 昇り炎天〟!」

 日輪刀を下から上に向けて振るい、猛炎の如き斬り上げでロジャーの体勢を崩す。

 そして今日一番の大技を放った。

「〝伍ノ型 (えん)()〟!」

 烈火の猛虎を生み出すように刀を大きく振るう大技。

 ロジャーはそれを受け止めるが、伍ノ型は間合いを一気に詰めてから強力な斬撃を放つ〝炎の呼吸〟の中でも強烈な技である上、杏寿郎自身も技の威力で列車の横転の衝撃を和らげる程の実力者。〝柱〟の本気の一撃に、さすがのロジャーも宙へ弾き飛ばされた。

 しかし空中で受け身を取って着地したロジャーは、それこそ鬼のようなあくどい笑みを浮かべた。

「何と!」

「いい一太刀だったぜ、杏寿郎! お返しだ! 〝(かむ)(さり)〟!!」

 ロジャーは横薙ぎの一閃を繰り出し、斬撃を飛ばした。

 数多の屈強な海賊・海兵達を一撃で吹き飛ばした海賊王の御業。その威力は、最強の鬼である〝上弦の壱〟に匹敵する技量でないと相殺できない程。銃弾のような速さで迫る斬撃を、杏寿郎は足を踏み締め日輪刀を振るった。

 

 ――〝参ノ型 気炎万丈〟!!

 

 上から下へと弧を描くように日輪刀を振るい、飛ぶ斬撃を正面から受け止める。

 しかし(かむ)(さり)の威力は、杏寿郎の想像を遥かに超えていた。受け止めた瞬間に暴風にも似た凄まじい「圧」が全身を襲い、指一本、筋肉の筋一本でも気を抜いたら吹き飛ばされそうになったからだ。

 最期に戦った〝上弦の参〟猗窩座に匹敵、いや、それ以上の破壊力を生む海賊王の一撃。猛炎をかき消さんとする、神をも退けんとする衝撃に、杏寿郎は限界まで酸素を取り込んだ。

「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 空気をビリビリと震わす程の叫びを上げ、どうにか軌道を逸らし弾いた。

 飛ぶ斬撃はそのまま宙へ向かい、はるか上空で雲を吹き飛ばしながら爆散した。

「おっ! やるじゃねェか! 今のを真っ向から弾くのは早々できねェぞ?」

「ハァ……ハァ……」

 笑い飛ばすロジャーに対し、息を荒くする杏寿郎。

 実力差がありすぎることに、戸惑いを隠せない。

「よもやよもやだ……まさしく天と地……技量の差がこうも大きいとは」

「おれはそうは思えねェなァ」

 異次元の強さに呆然としていた杏寿郎に、ロジャーは微笑んだ。

「おめェの剣はぶっちゃけスゲェと思うぜ、おでんと引けを取らねェ。ここまでの剣の使い手は滅多に見なかった。黒死牟もそうだったが、侍の剣はおれのような海賊の剣とは格が違うな!」

「……!」

「どうする? まだやるか? おれはいいぞ!」

「いや、これ以上やってお館様に御心配を掛けるわけにはいかない! それに俺の未熟さも確認できた、前以上に鍛錬を重ねるまでだ!」

 快活に答える杏寿郎に、ロジャーは「おめェも真面目だな」と笑った。

 その時だった。

「エルフに続いてドワーフまで味方に引き入れたとは、漂流者(ドリフターズ)って手が早いのね~」

 突如響いた声。

 声のした方向へ顔を向けると、けばけばしい風体のオカマ二人――サン・ジェルミの側近であるアレスタとフラメーが見下ろしていた。

「いつの間に!!」

「誰じゃ。いや何じゃお前ら!! オルテの手の者か!!」

「そうねぇ、オルテの手の者だわねぇ。()()!!」

 アレスタが腰に差した二本の剣を抜くと、ロジャーと杏寿郎に斬りかかった。

 

 

 そして同時刻。

 工房ではオルテ帝国を見限ったサン・ジェルミが姿を現していた。

「まさか銃を造らせようとしてるとはね……なんておっかないのかしら」

「誰じゃ貴様!」

「あらら、サン・ジェルミちゃんやないか」

「あらやだ、お久しぶりねぇ秀元」

 工房に乗り込んできたサン・ジェルミに手を振る秀元。

 それに応えるかのように、サン・ジェルミもにこやかに笑う。

「たったっ大変です! サンジェルミの馬車が、あのオカマ大番地伯が……あ」

「失礼しちゃう」

 慌てて駆けつけたオルミーヌに、耀哉はサン・ジェルミは何者なのか尋ねた。

「オルミーヌさん、あの人はどなたかな?」

「サン・ジェルミ伯です!! オルテの3分の1を支配する大貴族!! な、何でここに……」

「わざわざこの私が出向いて来たというのに、あんた達あの廃城から出たっきり帰ってこないじゃないの」

 靴に付いた泥を払い、呆れたように言い放つサン・ジェルミ。

 その正体は、ヨーロッパ史上最大の謎の人物であるサン・ジェルマン伯爵。そんな彼の正体を知るのは、この場では殺せんせー以外いない。

「サン・ジェルミ伯……いえ、サン・ジェルマン伯爵。何用でここに?」

「あら、私のこと知っているなんて! あなた何者?」

「これといった名はありません。一応「殺せんせー」と名乗っています」

「殺せんせー……あら! 伝説の殺し屋さんだったのね。私は()()()()()姿()()()を知ってるわよ」

 クスクスと笑うサン・ジェルミに、殺せんせーは目を見開いた。初対面の相手が自分が超生物だった頃の姿を知っていると言われれば、驚きを隠せないだろう。

(油断ならない相手ですね……さすがは伝説の天才錬金術士)

 殺せんせーがそう評する中、サン・ジェルミはオルミーヌと言い争っていた。

 オルミーヌ曰く、サン・ジェルミはオルテ帝国建国の立役者ゆえに漂流者(ドリフターズ)だけでなく廃棄物(エンズ)ではないかと疑っているという。オルテ帝国の蛮行の数々を知ればそう勘繰って当然と言えるが、「こんな廃棄物いるか」と一蹴された。

 しかもサン・ジェルミによると、国父であるあのアドルフ・ヒトラーもれっきとした漂流者であり、彼はこの世界で世襲による腐敗を無くして富を公平に分配し、一部の被差別階層を作ることで強力な中央集権国家を成したという。

「……それで、その大貴族サン・ジェルミ伯がなぜここへ?」

「手を組むに値するかどうか確かめに来たのよ。あなた達、互いの立場と肩書きわかってる? ここには伝説の殺し屋に江戸の闇の支配者、天才陰陽師、それにあの鬼殺隊の当主と隊士がいるのよ?」

「あとこっちの陣営にはロジャーと杏寿郎もいるぞ」

「は?」

 鯉伴の発言に、サン・ジェルミは耳を疑った。

 ――ロジャーって、誰? まさかゴールド・ロジャーなの?

 サン・ジェルミどこかぎこちなく、殺せんせーに尋ねた。

「え、杏寿郎は炎柱の煉獄でしょ? それはわかったけど……ロジャー……ロジャーって、まさかゴールド・ロジャー?」

()()()()()()()()だと頑なに言ってますがね」

 本当にゴールド・ロジャーだった。

 衝撃の事実を知ったサン・ジェルミは凍りつき、二の句が継げなくなった。

 

 ――終わった。この国(オルテ)終わったわ、完全に。

 

「クォルァ紫ィ!! どうなってんじゃゴラァ!! 黒王と鬼舞辻のワカメ頭グルだからって冗談抜きでメチャクチャになってんぞ!!」

「……どうしたのかな?」

「エライことになっとるなぁ」

「こっちの話よ! ほっといて、もう」

 漂流者の中に天災級の怪物が混じっていたことにご乱心のサン・ジェルミ。

 その直後。

「おひいたまぁぁ」

「たじげで~~~~~~」

「おれに勝負挑むんなら、白ひげや金獅子でも連れて来いってんだ!」

 アレスタとフラメーがボコボコにされた状態で工房に入り込んだ。

 その後に、肩をいからせるロジャーと二人の哀れな姿を同情するように見つめる杏寿郎が現れた。

「んん? 何だおめェ、何しに来た」

「うわデカ、何センチあんのよ! ――あたしは売国奴、オルテを売り飛ばしに来たの。今なら大安売り大サービスよ」

『売り飛ばす!?』

 サン・ジェルミの目的を知り、一同絶句。

 彼曰く、国にも滅び方があり、諸国軍が押し寄せて城下之盟(じょうかのちかい)で降伏して国土がバラバラに分割されるわけにはいかないという。

「オルテがまだ力のある内に、たった一撃で効率よく国を滅亡させる必要がある。どうかしら?」

「……ではサン・ジェルミ殿、私達は何をすればいいかな?」

「クーデターよ、()()()

 サン・ジェルミが持ちかけたのは、帝国(オルテ)に対する武力攻撃で政権奪取を行うことだった。



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第20幕:クーデター決行

11月最初の投稿です。


「クーデターだと?」

「ええ。全ての手引きをしてあげるわ。オルテを丸ごと売ってあげるのよ、いい話でしょう?」

 サン・ジェルミが持ち掛けたのは、オルテ帝国へのクーデターだった。

「殺せんせー、どういう意味かな?」

「首都を直撃して国を簒奪することですね。武力による奇襲攻撃によって政権を奪取するわけですが……話の流れだと無血開城に近いようですね」

「西洋の用語のようだね……ということは、あなたはどうやらいくつもの時代や世界を自由にまたげるようだ。私の死後もご存じで?」

「ンホホホ、どうなったか知りたい? 教えてあげても良いわよ。この場にいる第二(セカンド)漂流者(ドリフ)のいた世界の未来は全て知ってる。ただ……あなた達鬼殺隊は、心して聞いた方がいいかもしれないわ」

 その言葉に、しのぶと耀哉は一瞬だけ顔を強張らせた。

 彼の独り言から、無惨は倒される直前に鬼殺隊を絶望させるような()()をしたのだろう。それがどんな結果であれ、受け入れがたい事実であれ、受け止めねばならないのだ。

 しかし、それを一蹴する者の声が響いた。炎柱である杏寿郎だ。

「聞かなくてもわかっている!!」

「!?」

 満面の笑みを浮かべながらも覇気に満ちた声に、サン・ジェルミはたじろいだ。

「鬼舞辻無惨のことだ、()()()で残された竈門少年達に倒された際に最後の足掻きでもしたんだろう。だがその結果、仮に竈門少年が鬼にされても、妹のように人を喰わないと俺は信じてる!!」

「煉獄さん……」

「杏寿郎……」

 杏寿郎の脳裏に浮かび上がる、誰よりも優しい鬼殺隊士の少年とその妹。

 あの無限列車での任務で、彼は竈門兄妹の可能性を見出し信じていた。あの二人こそが、鬼と鬼殺隊の戦いに終止符を打ち、鬼の始祖・鬼舞辻無惨を倒してくれるのだと。

 

「俺にできることはただ一つ!! 己の責務を全うすることだ!! ここには柱すら凌駕せんとする猛者もいる!! この世界でも猛威を振るう鬼舞辻無惨を、今度はこの煉獄の赫き炎刀で焼き尽くし滅するのみ!!」

 

 杏寿郎から放たれる炎のような気迫。

 鬼狩りとして、強く生まれた者としての使命感の熱さ。この誇り高き精神こそが杏寿郎の強さの源なのだ。

「アツッ! 火傷しちゃうわ、何あの子」

「大丈夫ですよ、アレはいつも通りですから」

「そういうことだ!!」

 キッパリと言う柱二名に、サン・ジェルミは耀哉のスゴさを思い知った。

 ここまで我が強い人間を、コントロールできる自信が無い。

「……で、何の準備も無しにできるのかい? 群雄割拠の戦国乱世じゃなくとも、国盗り仕掛けるからには勢いでやれるわけないだろ?」

 鯉伴がそう言い、妖艶な眼差しを細める。

 射止められたサン・ジェルミはあくどい笑みを浮かべた。

「ええ、当然()()()がいるわ。それもとびっきりデキる子が」

 

 

 一同はサン・ジェルミによって馬車の中へと案内された。

「Lです。竜崎とも呼んで構いません」

「こいつが……助っ人?」

 鯉伴は思わずそう呟いた。

 サン・ジェルミが期待と信頼を寄せている人物が、まさかの不健康そうな青年だったとは。

 ロジャーと耀哉を除いた一同は、何とも言えない表情を浮かべていたが、サン・ジェルミは不機嫌そうに告げる。

「見かけに騙されないでよね。彼は()()()()()では世界一の頭脳の持ち主だったのよ。本物の天才なんだから」

「まあ、君がそう言うんなら信じるしかあらへんな」

 不貞腐れたサン・ジェルミを宥めるように秀元は口を開き、Lに問う。

「それで、竜崎ちゃん……オルテを獲るには何をするん?」

「まずオルテの首都・ヴェルリナで藩治伯権限で貴族達を集めます。サン・ジェルミ伯の一声があれば大抵は集まるそうです。そこでサン・ジェルミ伯は貴族達にクーデターを宣言。反発されても予め懐柔した貴族には意見に賛同するよう手配してあります。その直後にあなた達が強行突入してオルテを解体してください」

「どう? 素晴らしいでしょう竜崎ちゃんの考え。これ私が頼んでから2分で考えたのよ?」

 淡々と計画の内容を述べるLとサン・ジェルミが告げた言葉に、一同は息を呑む。

 思い付きではない、綿密で合理性のある計画。これを2分で立案できる者などほとんどいないだろう。殺せんせーも大学教授に化けられる程の明晰な頭脳を持つが、彼はそのさらに上を行っていた。

 上には上があるとはよく言ったものである。

「成程……だがどうやって首都に入るんですか? 国力がすり減ってると言えど、警備自体は厳重でしょう」

「侵入の際はこの馬車を使います。サン・ジェルミ伯はオルテ中枢の信頼も厚いので、馬車の中には兵士がいると言っておけば勘づかれることもない。向こうがそれぐらいの直感があればの話ですが。それとロジャーさん、でしたね。あなたに頼みたいことがあります」

「ん?」

 

 

           *

 

 

 ――という訳で、一行は馬車にすし詰めにされながらも一週間掛けてヴェルリナに移動した。

 ヴェルリナに入る前に門番に止められたが、「サン・ジェルミが戦争に加わる」と告げた途端兵士達は感激し、あっさりと通してくれた。なお、このやり取りに危機感が無さすぎると感じたのか、耀哉は「これじゃあ滅ぶね」とバッサリ切り捨てている。

「ここがヴェルリナか……」

「思った以上に酷いですね」

 窓から首都の様子を伺う一行。

 帝国と名乗るからには相応の発展を遂げていると思われたが、現実は真逆だった。

 見かけ建物は立派だが、物流が止まってるからか、目抜き通りの市なのに並んでいる商品が貧しすぎる。通りにも店にも若者がおらず、徴兵のしすぎで労働力がなくなっている様子だ。中には負傷して道端で物貰いをする元兵士達もちらほら見られた。

「国父の思想に縛られ続けた末路、ですね……」

「一番の被害者はこの国に生きる者達だ、確かに変えねばならんな」

 杏寿郎の言葉に、一同は頷いた。

「しかし準備する時がもう少し欲しかったですねェ……銃もあまり揃えられなかったし、訓練に至ってはほぼぶっつけ本番。黒色火薬の量も銃一丁につき4発が限界ですから」

 殺せんせーとしては、話を持ってくるのが早過ぎると感じていたのか、どこか不満げだ。

 それを聞いていたロジャーは、自らの強さに絶対的な自信があるからか「どうにかなるだろ」と楽観的だ。

「問題なのは……黒死牟達だな」

「! ロジャーさんも同じようなことを……」

 二人が気掛かりなのは、廃棄物(エンズ)も似たようなこと、あるいは同じことを目論んでいるのではないかということだった。

 人類廃滅を掲げる彼らにとって、オルテ帝国は是が非でも滅ぼしたいはず。黒王と鬼舞辻無惨がどう考えているかはともかく、廃棄物(エンズ)側にも参謀の一人や二人はいるだろう。その参謀が、もし同じことを考えていれば、戦争になるのは明白だ。

「そうなると……竜崎君の予想通り、廃棄物(エンズ)はすでに」

「気にすんな、どっちにしろぶつかるんだ。どう勝つかを考えねェといけねェぜ」

 

 

 数十分後。

 オルテ帝国議事堂・総力戦会議議場では、藩治伯権限でサン・ジェルミがオルテ上層部を招集していた。

「サンジェルミ伯。藩治伯権限で会議を招集なさった理由をお聞きしたい。何故この逼迫した状況になってようやく招集なされたのか」

帝国(オルテ)の店仕舞のお知らせをしたくて」

『!?』

 議場でオルテのクーデターを発表したサン・ジェルミに、上層部一同は気色ばんだ。

「この国は私達「漂流者」が丹念に()()()()()物。それを半世紀も貸してあげてたの。でももうごめん無理。なので返して貰うことになりました。本日でオルテ実験帝国はお終いになりました」

「な……何を……何を言ってる!! サン・ジェルミ伯!!」

「何ってアナタ。これ以上分かりやすく言ったじゃない」

 始まった瞬間に閉会どころか反乱を宣言するサン・ジェルミに驚いたのか、重臣の一人が衛兵を呼ぼうとする。

 しかしその衛兵達は殺せんせー達によって一人残らず制圧済みであった。

「サンジェルミ、これは反乱だ! 反逆だぞ!」

「誰に対して? 国父? 党派? 私の案に賛成の人、手を挙げて」

 おちゃらけた様子で告げると、出席した何人もの重臣達がサン・ジェルミを次々に支持する。伯の真意を読み取れなかった反対者達は、言葉を失う。

 が、最後の二人だけは違った。

「「帝国(オルテ)指導部の解体を支持する」」

「うんうん、いいわ」

「だが新たな漂流者を首班に置く新国家には反対する。新たな国の………全ての権力を黒王へ。 我らはただただ黒王様に許しを乞いて平伏し、その尖兵として人類世界の廃滅の事業をお助けする」

「!!」

 何と、出席者がすでに廃棄物に操られていたのだ。

 それも操っていたのは、国家中枢を操ったことで知られる怪僧ラスプーチンだった。その姿は半透明であり、どうやら操っている男を「端末」とし、遥か遠く離れた場所から遠隔操作しているようだ。

「ラスプーチン! 廃棄物(エンズ)になったか!」

《サン・ジェルマン伯、考えることは似たようなことだったかな。相変わらずバカみたいな格好して》

 

 ――お前の思い通りになると思ったら、大間違いだ。

 

 人類史に名を残す稀代の怪人物が対立する。

 余裕の表情のラスプーチンに対し、サン・ジェルミは渋い表情を浮かべている。

 そんな議場に、漂流者一行は殴り込んだ。

「おいおい、話と全然(ちげ)ェ感じになってるじゃねェか。マズそうだな」

「ニタニタ笑いながら言わないでください、ロジャーさん」

《君達が漂流者の面々か。ジャンヌとジル・ドレイが世話になったそうで……私はラスプーチンという》

「ラスプーチン……!? 百年戦争の英傑の次は、帝政ロシア末期の怪僧ですか……」

 近代史最大の怪人の暗躍を知り、殺せんせーは驚愕する。

《黒王様はとてもお忙しい。正直あなた方に関わっているヒマはありません。何しろこれから世界を滅亡させるもので……ですので私は()()()()策を》

 ラスプーチンは指をパチンと鳴らす。

 すると次の瞬間、議事堂の外で火の手が上がり、市街地に広がっていった。さらには議場に黒王軍が乱入し、オルテ上層部は混乱する。

《私もこの都に兵を入れさせて頂きました。まあ嫌がらせの類ですが。いやはや誠に申し訳ありま》

 

 ゴウッ!!

 

 議場に、見えない衝撃が走った。

 ロジャーの〝覇王色〟だ。

 全ての海賊達の頂点に登り詰めた、海の王者の規格外の〝威圧〟。それをモロに食らったオルテ上層部の重臣達と黒王軍は白目を剥き泡を吹いて気絶し、窓ガラスは砕け散り、壁には大きな亀裂が生じた。

 さらに追い打ちを掛けるように、ロジャーはラスプーチンが操っていた男を問答無用で殴り飛ばした。操られた男はそのまま吹っ飛んで壁に減り込み、体をピクピクと痙攣させた。

(全て掌の上だと優位を誇っている相手を全無視……中々えげつないマネを考えますね、()は)

(これはキツイで)

 殺せんせーと秀元は、思わず同情の眼差しを向けてしまう。

 ラスプーチンもサン・ジェルミも仰天のあまりポカンとする中、クーデターのキーパーソンであるLが現れて口を開いた。

「あなた達廃棄物(エンズ)が暗躍しているのも想定して動いてました」

《んなっ!?》

「私の真の狙いは、世界の危機が迫っているという事実を知らせることですから」

 その言葉に、絶句するラスプーチン。

 実を言うとLは、九割以上の確率でオルテ内部に廃棄物(エンズ)が潜り込んでいると考えており、クーデターを利用して黒王軍の脅威を知らせようと考えていた。そして万が一にも廃棄物(エンズ)が潜り込んでた場合、「漂流者(ドリフターズ)は救世主だ」と認識させるために黒王を恐れない態度をその場で示すようロジャーに頼んだのだ。

 実際、ラスプーチンは帝都を火の海にして代表者の一人を操ろうとした。それだけで黒王軍はただの人外の寄せ集めではなく「本当に世界を滅ぼす気でいる一大勢力」だと認識せざるを得なくなる。

 これが全て、Lの筋書き通りなのだ。

「成程……本当はあなたも無血開城を狙っていたようだ。しかし私達の突然の乱入で計画を乱されていた」

「いい塩梅の大義名分ができたという訳ですね、お館様」

「おい兄ちゃん、笑顔引きつってんぞ」

《っ~~~~~!!》

 耀哉、しのぶ、鯉伴の順に畳み掛けられた途端、悔しそうな表情と共にラスプーチンは顔を歪めて消えた。

 今頃本音を言い当てられ、自分の策が完全に裏目に出た上にプライドを傷つけられたことで八つ当たりでもしているだろう。

「……皆さんにお伝えしたいことがあります」

 ふと、Lは殺せんせー達に顔を向け、こう告げた。

「あなた方と違って、私は命を懸けた勝負はまだ()()()です。ですが私は、幼稚で負けず嫌いなので、あなた達の手助けをすることはできます」

『……!』

「ここに集った命懸けの漂流者で見せてやりましょうよ。――我々が必ず勝つということを」

 怪僧を出し抜いた天才(エル)は微笑んだ。

 己が信じる正義の為、黒王に立ち向かうことを宣言した瞬間だった。

 

 

 同時刻、北壁にて。

「くっ……クソッ……あいつらめ……!!」

《ラスプーチン。答えろどうした?》

 紫色に光る魔法陣の中で念じていたラスプーチンの野卑な言動に、ヴェルリナに侵攻していた鬼の副長・土方が問う。

 ラスプーチン曰く、オルテ貴族を操り兵を入れたが、漂流者(ドリフターズ)の動きの早さは自身の想像を遥かに超えていたという。

「奴ら頭がおかしいぞ! 滅茶苦茶だ! まともじゃない」

《狼狽えるなラスプーチン。こいつは合戦だぞ、想定外の事は必ず起きる》

 そんな二人のやり取りを聞いていた黒王は、こう命じた。

 ――ヴェルリナを奪われたら奪取から破壊に切り替えろ、と。

「なるべく大きな破壊と混乱を起こすべく動け。なるべく多く殺し、なるべく多く燃やせ、漂流者(ドリフターズ)に渡さぬためだったが、渡ってしまうなら傷物にせよ」

「御意」

「御意の儘に。恐ろしい黒王様」

 手に入らぬなら壊せ。漂流者に与えるな。

 苛烈にして合理的な政治的判断を下した黒王は、それが最善だと判断したのだった。



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第21幕:最強と最悪

ついにあの二人が対峙する……!


 黒王軍を迎え撃つべく、一同は迎撃準備を進めていた。

「エルフ200にドワーフ200……敵の数がわからないから何とも言えないですね」

「馬車に紛れて侵入させるのはこれで目一杯だったしな」

 殺せんせーと鯉伴が悩んでいると、サン・ジェルミが帝都の外で伏せておいた五百人の精鋭軍が向かってることを伝えた。

 数も質も把握できないが、戦力が色々と偏っているためありがたいことだ。本音を言えば少なすぎるので心配なのだが、あえて伏せておいた。

「サン・ジェルミ伯の軍が表に到着!」

「来たようですね」

「それが……」

「それが?」

 

 

 サン・ジェルミの兵が到着し、表に出て見に行った一同。

 だが、どうも様子が変だ。サン・ジェルミの軍は男衆で、誰もが屈強な肉体の持ち主なのだが……よく見ると男同士手を繋ぎ合ってる。

 これがどういう意味かを察した一同は、サン・ジェルミをジト目で見据えた。

「そ、そうよ! 男同士のつがいの軍よ! な、何よ! 私の軍をどうしようと私の勝手よ! 文句あんの!?」

「領土の割に兵の少ない理由はこれか……」

「そりゃあ選りすぐりじゃねェと無理だな!!」

 鯉伴は苦笑いし、ロジャーは爆笑。

 むしろよく五百も集められたものだ。

「……ふむ。杏寿郎、号令を一ついいかな?」

「お任せを!」

 サン・ジェルミの精鋭の練度を確かめるべく、耀哉は杏寿郎に命じた。

「――並べっ!!」

 空気をビリビリと震わせる程の声が響く。

 その号令に、サン・ジェルミの軍は隊列を組み直した。

「……うん、確かに兵力として申し分ない。では燧発銃を」

 サン・ジェルミの軍は木箱からフリントロック式の小銃を取り出し、空に掲げた。

(ウッソ……燧発銃兵(フリントロック・ガナー)作ったわよこいつら!!)

 サン・ジェルミはこの世界で初めての銃撃隊を目の当たりにし、武者震いをした。

「突貫で揃えた銃は100丁。砲身が長い分、これ以上はさすがに無理じゃった。じゃが物は良いはずじゃ」

「ドワーフ長、ありがとうございます」

「さて……今回の作戦について説明します」

『!』

 Lは淡々と今回の防衛戦について説明をする。

 今回の指揮はLと耀哉が執り、部隊を率いる者と単独行動を取る者に分けて戦うという。

「オルミーヌさんの水晶球六つで、ヴェルリナ全体の戦況を把握できる情報網(ネットワーク)を作りました」

 しのぶと殺せんせーに、水晶球が渡される。

「一つは万が一のストックとして取っておき……残りの三つは私達が一箇所にまとめ、会話を統括。誰に連絡をしたいのは本部である我々を介します。言わば即席の通信司令部です」

 古今東西、情報戦は戦局を大きく左右する。

 情報は戦況の客観的判断材料であり、兵器や兵の数よりも無視できない存在。人類史においても、強大な軍事力を得て物量の差で勝っていても、情報戦に負けたがゆえに敗北した戦いも数多くある。特にこの異世界では、情報の伝達が非常に遅いため、いかに情報戦を制するかで全て決まるような状態なのだ。

 それを解決させたのが、水晶球による情報網の構築なのだ。

「成程! 戦況の僅かな変化ですら容易に把握できるという訳だな!」

「その通り。向こうがどれ程の規模で来るか把握できないからね。杏寿郎は民間人の避難誘導を。()()()()()()は一任するよ」

「御意!!」

 杏寿郎は片膝を突いて頭を垂れる。

 そしてLは鯉伴にこんな命令をした。

「鯉伴さんはドワーフの皆さんを連れて敵を殲滅してください」

「せ、殲滅!? 竜崎ちゃん、まさか皆殺しにするの?」

「ええ、もちろん」

 Lの躊躇いの無い宣言に、しのぶと杏寿郎、オルミーヌも難色を示した。

 敵とはいえ、何も皆殺しにする必要は無いと考えていたからだ。

「そこまですることは無いんじゃないの? 奴らもオルテをかっさらいに来たんだから、無理と見れば引いていくんじゃないの?」

「サン・ジェルマン伯爵、あなた色んな時代を渡ったクセに戦争の歴史知らないんですね」

「な、何ですって!」

「撤兵が一番危ないんですよ」

 殺せんせー曰く。

 敵軍が拠点を落とせないと判断した場合、目的が占領から〝嫌がらせ〟に変わり、撤退する兵士は()()()()()に備えて本拠に帰るまでにありとあらゆる残虐行為をするという。

 民を平気で殺し攫い犯し、城は奪い燃やし、本拠に帰る途中の村は全部襲う。そんな〝嫌がらせ〟だけに敵が集中したら為す術も無い。ゆえに余計な被害を出さないためには皆殺しにしないといけないのだ。

「確かに……国の傀儡化が無理となりゃそうするかもねぇ」

「そもそも黒王は世界を滅ぼすつもりなんです、治める気が無いとなれば非人道的なことも平気でやるでしょう。盗れないなら国を壊す……それが向こうのやり方でしょう」

 ――もっとも、一番いい塩梅なのは「程々に襲わせといて私達がそれを助ける」……なんですけどね。

 黒王の思考を読んでいた殺せんせーは、()()を言わず腹の内に仕舞っておいた。

「……そう言えば、ロジャーさんはどこに行ったのかな」

 ふと、耀哉の一言に一同はハッとなった。

 さっきまで会議に参加していた、この中で一番ガタイが良く目立つはずの男が、なぜかいないのだ。

「退屈だからどっか散歩にでも行ったんじゃねぇか?」

「何をしてるんですか、こんな時に……!!」

 しのぶは「あの自由人め……!」とこめかみに血管を浮かべた。

 殺せんせーが飛ばされてくる前までは廃城で二人っきりだった彼女は、ロジャーの奔放さに疲弊したことも多い苦労人。色々と察したのか、一同は顔を引きつらせ静まり返った。

「そうだね……ロジャーさんは我々の最高戦力だから、連れ戻してくれるかな」

「お館様!! それはこの煉獄杏寿郎にお任せを!!」

「そうだね。頼んだよ」

 

 

           *

 

 

「よう! また会えて嬉しいぜ黒死牟」

「ロジャー……」

 最強の海賊は、最強の鬼と再会していた。

 二人の口角は、上がっている。前回は夜明けを迎えたことで切り上げざるを得なかったが、今回は日が落ちてさほど時間は経っていない。()()()()()()()()()()()

 黒死牟は腰に差した刀を抜き、切っ先をロジャーに向けた。

「ロジャー……決着を付けよう……!」

「お! 早速()る気か? いいぞ、生きててこその殺し合いだ! ――と言いてェが、その前にお前に言っておかなきゃならねェ」

 そう言うとロジャーは手を差し伸べ、満面の笑みを浮かべた。

巌勝(・・)!! おれと一緒に来い!!」

「!?」

 黒死牟は六つの目を全て見開かせ、驚きを隠せないでいた。

 超えると誓った相手が、己を勧誘しているのだ。

 その笑みには邪念は一切孕んでおらず、心から願っているモノ。ゆえに黒死牟は、その意図を理解できなかった。

「何を……」

「仲間はいっぱいいた方が楽しいじゃねェか! それにお前のような侍なら、おれは相棒のように背中を預けられる! だから巌勝、おれと一緒に来い!!」

 黒死牟は数百年ぶりに度肝を抜かれた。

 ロジャーとは一度殺し合っただけで、今回が二度目の邂逅。たった二回しか会ってない相手に「お前は信用できる」と本心で言われたら、呆然となるに決まっている。ここまでのお人好しは滅多にいないだろう。

 しかし、黒死牟の動揺を誘うには、あまりにも十分過ぎた。

 ロジャーの手を掴めば、あの強さの秘密を知ることができる。たとえ自分より先に逝き、記憶の中の幻となっても、強いロジャーを超えると誓ったのだ。彼の差し伸べた手を掴めば、この世界で海の王者を超え、今度こそ縁壱に……。

「……なぜだ……」

「?」

 黒死牟は、ロジャーに本心を――前の世界での末路を語った。

「……私は……こんな惨めな化け物に成り下がっても……負けたくなかった……生き恥しか残せない醜い男だ……! 私は縁壱に届かぬ…………ロジャー、そんな男に侍という言葉など――」

「それは(ちげ)ェなァ」

 黒死牟の言葉を、ロジャーは遮った。

「本当に(つえ)ェ奴は腕っ節じゃねェ、どうやって生きてどう死んだかで勝負すんだよ。どんなに強くても人間一度っきりの人生だ。自分が望んだ生き方で望んだ死に様で終えられたら、それが勝利なんだよ」

「……」

「前の世界で負けちまったなら、()()()で勝てる生き方をすりゃいいんだよ! やるだけやりゃあ違う景色が見えるはずだぜ?」

 一度は海を統べた者の言葉に、黒死牟は息を呑む。

 ロジャーは史上初にして前人未到の世界一周――偉大なる航路(グランドライン)制覇を成し遂げ、さらに自らの死と引き換えに「大海賊時代」という新たな時代の扉を開いた。鬼のように悪名を馳せたことで恐れられる一方で、〝海賊王〟に恥じぬ最期は後世に語り継がれているため、敬意を抱く者も少なくない。

(ロジャー……お前も縁壱のいる〝高み〟にいるのか……)

 その鬼のごとき強さに、どれ程の敵が恐れていたのか。

 その生き様に、どれ程の人間が惹かれたのか。

 その死に様に、どれ程の人々の記憶に残ったのか。

 黒死牟は、弟に対して向けていた〝嫉妬〟とは少し違う感情(モノ)――〝羨望〟を覚えた。

「それに決闘なら仲間であってもやれるから問題ねェよ!」

「な……!?」

「おれの仲間にバレットってのがいてな。そいつはおれを倒すために仲間になったんだ。3年ちょいの付き合いだったが、あいつは今でもおれの仲間だ!」

 黒死牟は呆然とした。

 一戦交えたことで、ロジャーという男がどれ程大きい存在かは理解できた。だが自分の命を狙う者を仲間として迎え入れるなど、器がデカすぎると言うより危機感が無さすぎる。黒死牟自身も自らの強さには絶対的な自信があり、闘志剥き出しの相手の扱いには長けてるが、ずっと同じ場所で過ごすとなるとさすがに気が滅入る。

(バレットとやら、猗窩座より厄介なようだな……)

「……で、巌勝。どうだ?」

「黒死牟とは……呼ばぬのか……?」

「何だ、黒死牟って呼ばれてェのか?」

 笑みを崩さぬロジャー。

 最強の侍になるために、最強の海賊王(ロジャー)の仲間になる。それで強さの果てに辿り着けるというのなら――

 黒死牟はロジャーに手を伸ばした。

 が、ここで黒死牟自身も想定外の事態が起こった。

「……黒死牟、何をしている?」

「――っ!」

「!!」

 その声に、黒死牟は背後を振り向く。

 視線の先には、洋装で身を包んだ黒髪の美丈夫が黒死牟を深いそうに睨んでいた。

「貴様、まさかこの男の軍門に下るわけではあるまいな?」

「無惨……様……」

 鬼の首魁・鬼舞辻無惨が誰にも気配を悟られずに現れた。

 ロジャーはその姿を目視し、眉を顰めた。

「その声……そうか、()()()決闘の邪魔をしたのはおめェだな?」

「貴様がロジャーか……成程、確かに鬼狩りの異常者共が赤子に思えるな」

 無惨は目を細める。

 千年もの間、自らをしつこく追ってきた鬼殺隊。その最高戦力である柱はそれなりにできたが、ロジャーは比べ物にならない強さを雰囲気だけで醸し出していた。それを察知した無惨は、面倒臭い相手に絡まれたなと苛立った。

(隙が無い……あの耳飾りの剣士(バケモノ)と似た何かを感じる……)

()()()()()強そうじゃねェな……)

 海の王者と鬼の始祖は、互いに睨み合う。

 すると、無惨が怒りを込めて黒死牟の心をゆすった。

「黒死牟、お前は何の為に鬼になった? 強さを求めるためだろう? 醜く衰え、老いというくだらぬ束縛にもがいて死にゆく男の紛い物の強さに、一体何の価値がある」

「それはおめェが決めることじゃねェ、巌勝が決めることだ! 自分がどう生きるのか、それは巌勝の自由だぜ」

「……そうなのか?」

 ロジャーの言葉を聞いた無惨は、邪悪な笑みを浮かべた。

 

「――では黒死牟がどうなろうと、私の自由だな」

 

 刹那、無惨は右腕を異形に変えて黒死牟の首筋に針を刺した。

 そこから無惨の血が注がれていき、黒死牟は全身に血管を浮き出して悶え苦しみ始めた。

「あ゛あ゛っ……があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

「巌勝っ!!」

「そいつを喰え。〝高み〟はその先にあるぞ?」

 無惨はまるでゴミでも見るような目で、蹲って悶える黒死牟を見下す。

「…………今まで色んな野郎に会ったが……てめェ程あくどい奴はいなかったぞ」

 ロジャーは、久しぶりに激昂した。

 この世界で初めての好敵手(ライバル)が、自由の答えを見出そうとしていたのに、それを根こそぎ奪い嘲笑った無惨(おとこ)に、怒りが湧き出てきた。

「何とでも言うがいい。鳴女」

 無惨がそう言うと、ベンッと琵琶の音が響き、襖が現れた。

 逃げられると悟ったロジャーは、サーベルを抜いた。

「〝神避〟!!」

 ロジャーは無惨に覇気を纏わせた斬撃を飛ばす。

 が、あと少しで無惨に届くというところで――

 

 ガギィン!!

 

「っ!?」

「ほう……醜くはなったが適合できたか」

 斬撃を相殺したのは、誰が見ても醜くおぞましい化け物の姿となった黒死牟。

 侍の姿から遠くかけ離れた異形の怪物と化した彼に、ロジャーは言葉を失った。

「ロジャーと言ったな……貴様は黒死牟には勝てぬ。人間が鬼に敵うわけなどない」

「てめェ……」

「せいぜい黒死牟の糧になるがいい」

 そう言い残し、無惨は襖の向こう側へと消えていった。

 その場に残されたのは、鬼と称された海賊(おとこ)と異形の怪物のみとなった。

 これ程までに戦いにくい殺し合いは、久しくなかった。再戦を約束し、殺し合いの中で生まれた奇妙な腐れ縁(きずな)で繋がった最強同士。その誇りと時空を超えた友情を踏み躙った無惨に、ロジャーは怒りで震えた。

「……い、ざ……」

「――!」

 しかし、希望はまだあった。

 侍の姿を失ってなお、黒死牟は刀を抜いたのだ。

 鬼の本能にほとんど呑まれても、侍であり続けようと抗っているのだ。

「……そうだよな。こんなところでつまづいてちゃ、らしくねェよなァ」

 ロジャーはサーベルを構えた。

 まだ、手は届く。

 鬼の本能に抗い、いつ切れてもおかしくない「糸」を必死に繋ぎ止める相手に、自分がへこたれてどうするのか。

「巌勝、歯ァ食い縛れ!! 決闘の続きは、この後にしようぜ!!」

 ロジャーは、この世界で「好敵手を救うための戦い」に挑んだ。

 倒すべき敵は、巌勝(とも)を蝕む黒死牟(おに)だ。




ロジャーって、案外追撃はしない主義かなって思います。
迎撃と殿は滅茶苦茶強いけど、背を向けて逃げる敵は追わないみたいな……そんな性格だと思ってます。本作ではそういう面が原作と違って色濃く出てるかなと。


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第22幕:敵将・土方歳三義豊

12月最初の投稿です。


 ついに首都ヴェルリナで、防衛戦が始まろうとしていた。

 殺せんせー達漂流者(ドリフターズ)と亜人達、そしてサン・ジェルミの精鋭の連合軍は、万全の装備で迎撃の構えを取っていた。

《いいかい? この世界で初めての銃火だ。君達が魁であり、その後には何億丁もの銃が続く。君達は、この現世の世界史を塗り替える唯一の存在だ)

 水晶球から発せられた耀哉の声に、銃を構えていたサン・ジェルミの精鋭は不安げな表情を一変させ、数多の視線をくぐり抜けた覚悟ある兵士の顔になる。

 その様子を見ていた殺せんせーは、不思議な高揚感を覚えた。

(それにしても耀哉さんの〝声〟スゴイですねェ……時の為政者が持ってたら歴史変わりますよホント)

 かねてより殺せんせーは、耀哉の声音――聞く者に心地良さや癒しを与える「1/f(エフぶんのいち)ゆらぎ」に目を付けていた。彼の声を兵の鼓舞に応用し、士気を高めようと予め話し合って決めたのだが、効果が予想以上だった。

 士気は時に兵器以上の力を発揮する。それが目に見える形で効果が出たことに、驚きを隠せない。

「来ましたね」

 ヴェルリナに乗り込んで来た黒王軍の尖兵を、視界に捉えた。

 しかし、殺せんせーは極限まで引きつけるよう命じる。マスケット銃は有効射程が50メートル程度と言われているためだ。

「撃て!!」

 十分に引き付けてから、殺せんせーは号令を出した。

 引き金が一斉に引かれ、銃口から次々に銃弾が発射。硝煙を撒き散らしながら目標の黒王軍に命中し、次々と黒い鎧を貫いた。

 黒王軍は突然の銃撃に驚くが、サン・ジェルミ軍も銃の性能に驚愕する。一方の殺せんせーは、銃という兵器が存在しない世界での実戦で練度不足がどう響くか、鋭い眼差しで見据えるが――。

(今のところ、問題無いようですね)

 黒王軍の狼狽する姿を確認した殺せんせーは、狙い通りの効果が上がったことを確信して口元を緩ませた。

「通信司令部! しのぶさんに合図を!」

《は、はいっ!!》

 水晶球で司令役の通信司令部に連絡をする。

 それから数秒程で、黒王軍の頭上に矢の雨が降り注いだ。

(混乱する敵兵、勢いづく味方兵、水晶球の統括運用……効果は絶大。念の為にと紙製薬莢(ペーパーカートリッジ)を作ったのも正解でしたね)

 殺せんせーの傍では、サン・ジェルミの精鋭達が筒状の物を開いて銃口に火薬を注ぎ入れている。

 火縄銃も然り、燧発銃も然り、前装式の銃器は装填に手間がかかる。特に装填の作業では火薬を入れる分量を間違えれば暴発に繋がるため、細心の注意が必要だ。ましてやこの異世界では銃器という兵器が存在しないため、扱いは全員不慣れである。

 そこで殺せんせーは、すでに計量済みの火薬と弾丸をまとめて内蔵した紙製薬莢を製作。装填中に薬量をはかる行為の省略をし、さらに兵士の配置を工夫して交代の連射を行える戦法を立案。これにより空白時間を短縮させ、練度不足による次弾準備の遅れを解決させた。

「第二射、撃て!」

 二度目の火吹き。

 第二射も命中し、悲鳴と共に骸と化したことで動きが鈍くなる黒王軍に、殺せんせーは黒い笑みを浮かべた。

 初めての銃声を耳にしたことで「あの音と煙が上がると誰かが死ぬ」と刷り込まれ、怯んで足を止めてしまったのだ。そもそも100丁の銃は「恐怖させる〝脅し〟」に過ぎず、本隊は斧を持つドワーフの部隊と長距離攻撃ができるエルフの部隊。

 刷り込みが完了した時点で、連合軍の勝利は間近なのだ。

「じゃあ、あとは頼みますよ」

「あいよ!」

「50年分の鬱憤、晴らしに晴らしてくれるわっ!!」

 銃列隊が退くと同時に、鯉伴がドワーフ達を率いて黒王軍を(ざん)(かく)せんと突撃した。

 鯉伴は軽い身のこなしで翻弄するように敵軍の中を掻い潜り、それに気を取られた隙にドワーフ達が物量と気合で押し、意気揚々に敵を薙ぎ倒していく。見る見るうちに敵の戦線は崩壊していき、その状況を見ていた殺せんせーは、通信司令部を通じて援護射撃するよう指示を出すが……。

(……嫌な予感がする。いくら何でも黒王軍(あいて)がこんなに無能なわけがない)

 

 

「前衛は捨てる」

 殺せんせーの予感は、的中していた。

 反撃を受けた黒王軍は、元新撰組副長・土方の指示で前衛を切り捨てることとなった。

「兵は小部隊に分かれ 都市の小道を分散して議事堂に向かえ」

 一旦兵を下がらせて引き付けておき、その間に下がらせた兵を散開し都市の通路を通って議事堂を攻めるという作戦を実行しようとしていた。

「あの突撃隊は俺が相手する」

 

 

           *

 

 

 鯉伴が率いる突撃隊は、あっという間に前衛を壊滅させた。

 退却を始めた敵に、ドワーフ達は呆れ返った。

「何じゃい、骨の無い連中だの」

「他に肝の据わった奴はおらんのか?」

 ドワーフ達がボヤく中、鯉伴は異変に気づいた。

「……後備えがいない?」

 後備えという、撤退させるために死兵となる部隊がいない。この防衛戦は近現代の戦争というより戦国時代の合戦なので、必ず殿を務める部隊が存在しなければならない。敵に背を向けるという戦術的に劣勢な状況で、追撃を阻止せねばならないからだ。

 殺せんせーもそれに気づいたのか、その引き際の良さに不気味さを覚えていた。

(追撃を阻止するというより、追撃してもらいたがるような態度……これは……)

 もしやと思い、殺せんせーは水晶球で連絡を取った。

「通信司令部、しのぶさんに連絡を。屋上から見て、状況はどうなってますか?」

《わ、わかりました!》

 オルミーヌの慌てた声がした後、しばらくして返事が来た。

《敵が少人数に分かれて街中に分散し始めてます。各所で火を付けているため煙で見通しが利かないようです》

「っ! 参りましたね……恐れていたことが現実となってしまった……!」

 しのぶの報告に顔色が変わった殺せんせー。

 柄にもなく余裕が消えた表情に、サン・ジェルミも怪訝そうな顔をする。

「な、何? どうしたの?」

「銃を知っている廃棄物(エンズ)が指揮している可能性が非常に高い」

「何ですって!?」

 殺せんせーは、顔に焦りを浮かばせる。

 小部隊に分かれた黒王軍が各所に火をつけて視界を潰す――これは組織的な撤退で、敵の指揮官が戦況を見て判断したのではなく、()()()()判断したことに他ならない。この戦法自体も「敵が銃を知らないこと」が前提なので、銃では対応しにくい状況を意図的に作られれば不利になる。

 先日のジャンヌ達と違い、明らかに戦術を心得ている廃棄物が指揮している可能性が浮かび上がってしまった。戦国乱世の武将・軍師か、はたまた世界的に有名な将軍か。いずれにしろ、かなり厄介な相手が敵軍の将として侵攻しているのは明白だ。

 だが、殺せんせーはもう一つある可能性に気づいた。

(いや、待て……だとしてもおかしい。対応が早すぎる。敵の指揮官は……銃を知ってるだけじゃなく、局地戦にも慣れている? ということは……)

 

 

 一方、鯉伴達は黒王軍が撤退した直後に現れた男と対峙していた。

「…………ドワーフさん達よう、ここは俺に任せちゃくれねぇかい」

「お主はどうする? まさか一騎討ちか?」

「妙な気配がする。アイツって言うよりも()()()()だ、アンタ達じゃちょいと厳しいかもしれねぇ」

 鯉伴はドワーフ達を退却させ、土方と対峙する。

「オレは奴良組二代目・奴良鯉伴ってんだ。お前さんは何て言うんだい」

「新撰組・土方歳三義豊」

「新撰組……久しぶりだねぇ」

 目を細め、懐かしそうな笑みを浮かべる。

 幕末期、鯉伴は在りし日の新撰組と京の都で邂逅している。その際には一番組組長の沖田総司を苦しめた黒塚という妖怪を退治したのだ。

 が、それはあくまでも()()()()()()()()の話。今目の前にいる土方歳三は、違う世界の土方歳三なのだ。

「オレは薩長の連中じゃねぇし、幕臣でもねぇ。江戸を仕切る闇の主だ。お前さんにゃ恨みも何もねぇ……だからここは引いちゃくれねぇかい?」

「それはこちらも同じこと、俺もお前に恨みは無い。だがお前が漂流者(ドリフターズ)である以上、生かしてはおかない。斬って捨てるまで」

 土方は体から煙のようなモノを吹き上がらせた。

 それは渦を巻き、少しずつ人の姿になっていく。その姿は、鯉伴も一度は目にしたダンダラ羽織が特徴の出で立ち――新撰組の隊士だ。

「妖と人外の次は亡霊かい。オレは随分好かれてるようだね」

「散れ、漂流物」

 土方の一言を皮切りに、新撰組の亡霊達が一斉に鯉伴へと斬りかかる。

 その剣刃は鯉伴を次々と串刺しにするが、姿を揺らめかせ笑っており、土方は眉間にしわを寄せた。

「……義経の言う通り、小賢しい妖だったか」

「オレの能力は知られてるってかい。――しかしこの幽鬼、おっそろしいねぇ。攻撃が実体化して通ってる。おまけに……」

 鯉伴は長ドスを抜き、次々と亡霊達を斬り捨てていく。が、亡霊達に斬撃は通じず、すぐ再生してしまう。

 そう、土方の従える亡霊達は、自分達への攻撃を無効化しつつ相手への攻撃を通すという反則的な能力を有しているのだ。

「こっちの攻撃は通さないときた。だから……」

 鯉伴は〝明鏡止水・桜〟を発動させ、蒼い炎で亡霊達を全て焼き払った。

「っ……! 貴様っ……貴様に〝士道〟はないのか」

「化かし合ってナンボの妖に言っても困るぜ。オレは新撰組でも侍でもねぇからな」

 一理ある言い分に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべると、土方は愛刀を抜いた。

 亡霊達を攻撃しても、あの蒼い炎で焼き払われるのがオチだと察し、一騎打ちの斬り合いで雌雄を決しようと考えたのだ。

「貴様は俺達を、新撰組を舐めているようだな。思い知れ!」

 

 

 魑魅魍魎の主と鬼の副長が斬り結んでいる頃、通信司令部では。

「……マズイことになってるようだね」

「できればそうならないことを願ってたんやけどなぁ……」

 司令部もまた、打開策を必死に練っていた。

 マスケット銃は有効射程の短さと命中精度の低さゆえ、纏めて初めて意味がある。分散するにしても、練度が低い上に小隊を率いることができる者もいない。杏寿郎なら小隊長としての才能がありそうだが、今はロジャーを探しに行っている。全員で打って出て潰して回すにしても、それでは時が掛かり過ぎて城市が壊滅する。

 戦闘の指揮を前線で行った経験のない二人が明晰な頭脳と勘で策を練る中、Lは状況を整理した。

(敵は前衛は捨て、一旦兵を下げている。立て直しができないと即断した。その次に小部隊に分かれ、各所に火をつけ視界を潰している。国盗りから、国を壊す方針になった。それにしても、何でこんな攻めやすい街をすぐ諦めた……っ!)

 ふと、Lは気づいた。

 このヴェルリナの最大の特徴は、戦争になった際に敵軍にとっては攻めやすく、自軍にとっては守りにくい点だ。サン・ジェルミが籠城戦を考えずに土地構想に携わっていたため、守りにくい平地の都市にも関わらず城壁すら存在しないからだ。

 それに敵軍にとっては、ヴェルリナの建物の構造上、地上の相手から姿を目視で確認されずに攻められる。それはつまり――

「しのぶさん、町全体と火の広がり方を見て、敵の動きを見てくれませんか?」

《敵の動きを? わかりました、少々お待ちを》

 Lの要請にしのぶは快諾し、しばらくすると彼女が報告した。

《確かに敵勢は分散してバラバラに動いています。一見滅茶苦茶に見えますが……大きく迂回したりしてそちらに向かってますよ?》

「「!」」

(やはりか。彼らはこの国を奪うことを諦めていない)

 Lは敵軍が初期目標に固執していることに気づいた。

 その意味を理解したのか、秀元も耀哉も目を大きく見開いている。唯一ピンと来ないのは、胸はデカイのに頭が軽い疑惑があるオルミーヌだけである。

「殺せんせー、聞こえますか? 敵の腹が読めました」

《っ! 本当ですか!?》

「敵は〝嫌がらせ〟に切り替えていない。大きく迂回してこっちに向かってます」

《っ! ……成程、戦術は玄人でも戦略は素人ということですか》

 殺せんせーも敵軍の狙いを悟ったのか、笑みを含んだ声を上げた。

 黒王軍の目的は当初から切り替わっておらず、この期に及んで変えていない。それはつまり、敵将は局地戦においては抜群の指揮能力を持つが、戦場全体の勝ち負けや損得を見る視点が無いということ。

 殺せんせーは「率いる者として素人なら、手玉に取れる」と言い切って提案した。

《本営を囮にし、敵軍を一人残らず誘い込みましょう。全員庁舎から出てください》

 指揮官としては不十分だと判断した殺せんせーは、散った敵を一か所に集めて一気に潰す策を考えたようだ。

 事態の打開策を見出したことで、司令部は安堵に包まれた。

「オルミーヌさん、例の石の札を。すぐにでも発動できるようにね」

「は、はい!」

 脱出の準備を進める司令部。

 そんな中、秀元は複雑な表情を浮かべていた。

(……いや、ちょっとおかしいで。廃棄物が国盗りに固執なんてあるんかいな?)

 廃棄物は世界廃滅を標榜としているのは言うまでもない。

 だが漂流者が作った国を、滅ぼすのではなく乗っ取ろうとしているのは本来あり得ないことだ。この異世界において、廃棄物は世界廃滅の為に問答無用で潰すだけのはずだからだ。

(北壁で、まさか建国でもしてるんか……?)

 黒王軍に制圧されたカルネアデスがどうなっているか、今になって確かめたくなった秀元だった。




次回はロジャーと黒死牟の頂上決戦第二幕です。
多分煉獄さんは何もできないと思います、巻き添え食らうので。(笑)


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第23幕:ノートが無い神

今年最後かもしれません。

金柑頭・光秀のポジションは、あえて彼にしました。
あと、オルテ語は〈〉で表記します。


 鯉伴は土方と新選組の亡霊達を相手取っていた。

 新選組の亡霊達は、相手の物理攻撃を無効化するが自分達の攻撃を通すことができる。土方本人の剣の技量も相まって、一個師団以上の力を発揮する。

 しかし鯉伴も、認識に干渉するぬらりひょんの畏の活用で敵を惑わすのを得意とする。半妖ながらも妖怪としての能力は非常に高く、土方は苦戦を強いられた。

「副長さんよ、そういやあお前さん他は召喚できないのかい?」

「……? 何を言っている」

 ギィン! と刃をぶつけ、鍔迫り合いに持ち込む。

「隊士はいるが、他の組長はいるだろう。沖田とか永倉とか」

「っ!」

「……もしかして、まだ未完成なのかい?」

「……」

 土方は無言を貫いた。

 廃棄物となった鬼の副長は、隊士達を召喚はできても幹部格の召喚は一度たりとも成功していない。沖田総司や永倉新八、齋藤一といった新選組でも随一の剣豪の召喚ができていないのは、まだ能力が覚醒しきってない可能性があるのだ。

 その可能性を見抜いた鯉伴に、舌打ちしながらも肯定した。

「ちっ…………ああ、確かに今の俺は勇さんや総司を召喚できない。だが……」

「!」

「今の状態でも、お前達を殺すには十分だ」

「……そうかい」

 互いに距離を取り、再び得物を構える。

 その時だった。

 

 ドォン!

 

「っ!? な、何……だと!!」

「……あ~、そういうことね」

 土方は顔色を変えて驚愕した。

 何と乗っ取るはずの議事堂が爆発し、激しく燃えたのだ。

 

 

 時同じくして、議事堂は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 議事堂に黒王軍が突入したのだが、それは罠であり、エルフ達が放った火矢で油の入った樽を引火・爆燃されたのだ。

〈脱出しろ!〉

〈逃げろ!〉

〈焼き殺されるぞ〉

 オルテ語で撤退を促す黒王軍。

 しかし出入り口に向かった途端に「石壁」で塞がれ、逃げ場を失ってしまう。それならばと窓を割って〝残された逃げ場〟から脱出しようとするが、もれなく銃兵が配置されていた。

〈敵が!〉

 刹那、銃口から火が吹き、弾丸が次々と黒王軍を屠っていく。

「こんなに簡単に死ぬのか……! こんなに簡単に殺せるのか……!!」

「ま……また私の札がひどい事に使われている……」

 石壁で逃げ場を無くした上での殲滅戦。

 兵器として使うなど考えたこともなかったオルミーヌと、あっけなく敵が死んでいく姿にサン・ジェルミの精鋭達は衝撃を受ける。

 一方、その様子を見ていた殺せんせーとLは勝利を確信していた。

「敵の目的はこれで見失いましたね」

「潮目はこれで変わりました。この戦いはこれでチェックメイトです」

 

 

 場面変わって。

 火が上がった議事堂を目にし、茫然とする土方。

 まんまと罠に嵌った黒王軍は壊滅し、これ以上の戦いは無益となった。

〈――土方、もはや潮である〉

「!」

 土方の頭の中に、黒王の声が響く。

 それは、撤退命令だった。

「まだだ! まだ俺は負けていない!」

〈そうだ、負けていない。勝ちだ。だがこれ以上は勝てぬ〉

「っ……」

 この戦いはオルテの都も傷物にできたため、紛れも無い黒王軍の勝利であるが、()()()()はいたずらに兵力を減らすだけであり、さらなる勝利は望めない。

 黒王の言葉の意味を察し、土方は悔しそうな表情を浮かべつつも愛刀を鞘に収め戦線離脱を決めた。

 それに合わせるように頭上から竜が現れ、土方は飛び乗った。

「奴良鯉伴と言ったな。次は必ず殺す。なますに刻んでやる」

「……そうかい。じゃあ、それまで楽しみに待ってやるさ」

「ぬかせ」

 土方は竜に乗って飛び去っていった。

 その姿が見えなくなるまで、鯉伴は空を見続けた。

 そして完全に見えなくなったところで翻し、その場から離れていたドワーフ達と合流した。

「小僧」

「うまく切り抜けたの」

「ああ。どうやら、ここはこれまでのよう――」

 

 ドォォン!!

 

『!?』

 突如、轟音と共に夜空が明るくなった。

 見上げてみると、赤黒い稲妻と大小様々な月輪が天に向かって昇っていた。

「な、何じゃあ!?」

「おいちょっと待て、あっちは確か杏寿郎が向かってた方向じゃねぇか!!」

 

 

           *

 

 

 同時刻。

 炎柱・煉獄杏寿郎は、〝天災〟の衝突に固唾を飲んで見守っていた。

 いや、見守るしかなかった。

「「オアアアアアアアア!!!」」

 地を震わせる、ロジャーと黒死牟の咆哮。

 それと共に、両者の剣が激突。衝撃波が発生する鍔迫り合いが繰り広げられた。

「ぐうぅっ……!!」

 自分の身を護るのが精一杯で、その場から一歩も動けない杏寿郎。

 目の前で行われる攻防は、人智を超越していた。上弦の鬼と生身で戦った経験があるからこそ、鬼殺隊の柱として人々を護り鬼を滅し続けたからこそ、目の前のぶつかり合いがいかに異次元の戦いであるか容易に理解できた。

(……俺は、何もできないのか……)

 強き者ですら弱者となり、助太刀が足手まといになる。

 何者も寄せ付けない真の最強である者のみが足を踏みいることを許される領域――「頂点」の前では、鬼狩りの最高位ですら間合いに近づくことすらできないのだ。

「うりゃああっ!」

 ロジャーは強引に斬り上げ、黒死牟の体勢を崩す。

 体をよろめかせ、隙を見せた彼に豪拳を一発ブチ込むと、そのまま飛び上がってサーベルを薙いだ。

「〝(かむ)(さり)〟!!」

 空中から放たれる海賊王の剣技が、上弦の壱に襲い掛かる。

 すると黒死牟は、三又に枝分かれした大太刀を横薙ぎに振るった。〝捌ノ型 月龍輪尾(げつりゅうりんび)〟――両手で振り抜いて放たれる、月輪を纏った極太の斬撃だ。

「がああああっ!」

 黒死牟は真っ向から受け止めると、それをロジャーに弾き返した。それと共に無数の月輪が襲い掛かるが、ロジャーは覇気を纏わせたサーベルを振るい、次々に打ち破っていく。

 すると黒死牟は大太刀を両手で持ち、飛び上がってロジャーと斬り結んだ。空中で繰り広げられる凄まじい高速戦闘は、両者がぶつかる度に赤黒い稲妻と月輪が迸り、周囲の大気が震える。

(ロジャー殿の剣は日輪刀ではない……日輪刀を持つ俺が行かねば、あの鬼は倒せない! だが、体が拒否している……!! 柱として、鬼殺隊の隊士として、不甲斐無さすぎる!!)

 杏寿郎も人の子だ。

 だからこそ、人としての生存本能が鬼殺隊としての信念を抑えつけていた。

 恐れや怯えは一切無いが、体が気づいているのだ。()()()()()()()()。あの二人と自分自身の、絶対的な力の差を。

 

 

(また、私は醜い化け物に成り下がったのか……)

 熾烈を極めた戦いの中、黒死牟は己に絶望していた。

 ロジャーのサーベルの刀身に反射して何度も映る、侍の姿から遠くかけ離れた異形の怪物。〝日の呼吸〟の使い手ではない者達に頚を落とされた、あの時と同じ姿だ。

 

 仲間も家族も人であることすら捨て、高みへと手を伸ばし続け、一人孤独に塵と還った黒死牟。

 仲間を見捨てず裏切らず、この世の全てを手にし、自らの死で時代を変えたロジャー。

 

 同じ〝最強の男〟でありながら、一度目の生き様と死に様が対極に位置する二人。

 さらなる強さを求め続けた者と、自由を求め続けた男とでは、こうも大きな差があった。

(……もうよい。もうよいのだ、ロジャー……お前は私を、唯一〝侍〟と呼んでくれた……もはやそれ以外はいらぬ……)

 このまま消えて灰になりたいと、自分自身への怨毒が湧いてくるのを覚えた。

 鬼となったことを、今になって後悔し始めた。鬼は剣士には成れても〝侍〟には成れないのだと。ロジャーに惹かれた時点で、主君(むざん)に見限られていたのだと。

 それでも、己の強さも想いも全て受け止める、この海のように広い男と同じ世界に生まれ、剣を握って同じ時代を生きたかった。

 ――この異世界でも、同じ過ちを繰り返すのか。

「ロ、ジャ……」

「巌勝っ!」

 空中から再び地上へと戦局が移った途端、黒死牟は刀を手放して膝を突き、それに気づいたロジャーは剣を止めた。

 遠くから見ていた杏寿郎は、急ぎ二人の元へ向かう。

「ロジャー殿!」

「! おめェ……杏寿郎だったか?」

「その鬼は、もしや〝上弦の壱〟か」

 鬼殺隊にとっては不倶戴天の敵である十二鬼月の頂点。

 それ程の強力な鬼が、あの禍々しい殺気と威圧に満ちていた鬼が、どういう訳かは不明だが戦意を失っている。

 今はその頚を斬り落とす絶好の好機。杏寿郎は日輪刀の鯉口を切るが――

「そいつァ何の冗談だ? 杏寿郎」

 

 ズンッ!

 

「っ!?」

 ロジャーが睨んだ途端、杏寿郎は今まで感じたことの無い圧迫感に襲われた。

 急に体が重くなる。息が荒くなる。怖気が止まらない。

 気風は読めないが快活な楽天家と見ていた杏寿郎は、ロジャーが本物の王者であることをその身を以て思い知った。

「丸腰の相手にそれは無粋だろ?」

 サーベルを納刀するロジャーに、杏寿郎は汗を拭う。

 戦わずに敵を屈させることも、海の王者にとって造作も無いことなのだ。

「……すまない、早とちりだった」

「気にすんな! おめェも(わけ)ェんだ」

 先程の覇気はどこへやら。

 ニッと笑うロジャーに、杏寿郎は苦笑いした。

「……で、どうなんだ巌勝」

 ロジャーは腕を組んで黒死牟に向き直る。

 黒死牟は、本来の双眼から涙を流していた。

(鬼が、涙を……!)

「……私は……もう、疲れた……」

 黒死牟は、少しずつ言葉を紡ぐ。

「見ないで、くれ……この、醜い姿を……!! ……()()()()()()……()()()()……!!」

 強く焦がれ、強く求め、その果てが二度もなった今の姿。

 一度目は戸惑って精神が揺らぎ、二度目は己自身に絶望した。

 今の黒死牟にとっては、時に不敵に、時に豪快に笑うロジャーの顔が、死よりも恐ろしく思えた。それ程までに追い込まれていたのだ。

 しかしロジャーは、絶望すら塗り替える言葉を投げ掛けた。

「――おれを超えると言った時のおめェは、生き生きしてたぜ」

「!!」

「巌勝、おれァ「答え」を聞いてねェ……だから教えてくれ、おめェはこれからどうしたいんだ?」

 ロジャーは、ニカッと歯を見せた。

 それは、必ず期待通りの言葉が出ると信じて疑わない、確信を持った顔だった。

「……ロジャー……!」

「おう」

「私は……お前に勝ちたい……!!」

 それは、かつて「最強の侍」という夢を持った男の本心。全てを犠牲にした男が、全てを手にした男の強さに惹かれていた証拠だった。

 黒死牟にとって、ロジャーは特別な存在だった。

 嫌悪も慢心も傲慢も、剣技もろとも真っ向から受け止め、鬼となった自分を〝侍〟と呼んだ唯一の男。人間が自分を打倒し得る領域に至ると、強い苛立ちを覚えていたのに、ロジャーにだけはそれが湧かなかった。

 それは、ロジャーという人間に憧憬していたことに他ならなかった。

「……そっか! じゃあおれと一緒に来るんだな!」

「無論……」

 黒死牟の答えに満足したのか、ロジャーは子供のように大喜びした。

「……よもやよもやだ。まさか鬼を、それも上弦の壱を……」

 杏寿郎は唖然とする。

 数百年もの間、十二鬼月最強として君臨し、人々を貪ってきた上弦の壱。それ程の怪物と真っ向から渡り合ったロジャーの強さと、鬼となったことで負の面が肥大化した男の想いを受け止める器の大きさに、敬意すら抱いた。

「歓迎するぜ巌勝! ……と言いてェが、その前に顔と背中のをどうにかしねェとな」

 ロジャーのさりげない一言に、黒死牟は落ち込んだ。

 今の黒死牟の異形ぶりは、確かに色々とマズイだろう。

「そういうカッコ(わり)ィのは侍にゃ似合わねェ……杏寿郎、何かいい案ねェか?」

「俺に振るのか!?」

「この手の類はおめェの方が詳しいだろ」

 海賊であるロジャーとは違い、杏寿郎は鬼狩りであり、鬼という存在の知識はある程度把握している。

 ただ、知っているだけだ。鬼の息の根を止めることはできても、その力の抑制は全くの無知なのだ。

「………………胡蝶に任せようっ!!」

 考え抜いた結果、杏寿郎は同僚に一任することにした。

 

 こうして、ヴェルリナでの防衛戦は幕を下ろした。

 首都は奪われなかったものの壊滅的な被害を受けたため、完全勝利とは決して言えない。しかし幸いにも漂流者側は死傷者はおろか負傷者すらおらず、黒死牟という最強の鬼を軍門に下すという奇跡と言える戦果を挙げた。

 

 

           *

 

 

「も……申し訳、ありませぬ……。みすみす黒王様の兵を……しかもあの黒死牟が……」

「いや、兵は無駄死にではない。威力偵察の成果は高い。オルテの都も傷物にできた」

 征圧されたカルネアデスの城内で、ラスプーチンは険しい表情で体を震わせた。

 今回の作戦は、オルテ帝国首都の破壊。黒王は威力偵察と都を傷物にするという本来の狙いを達成できたと評価しているが、目的の達成度は中途半端な上、廃棄物を除いてヴェルリナに投じた軍勢を皆殺しにされるという大損害を出した。

 そして何と言っても一番の痛手は、剣技を極めた最強の鬼・黒死牟が漂流者に寝返ったこと。黒王軍にも剣術に長けた廃棄物はいるが、その中の頂点と言える黒死牟が漂流者側に寝返ったのは想定外。黒王軍の人間関係や士気にも関わる一大事だ。

 しかし黒王は、それを意にも介さず淡々と告げた。

「ジャンヌが無惨殿の血に適合し、黒死牟に匹敵する力を得ようとしている。我が軍に加わる同志も増えた。いずれにしろ、次の遠征まで時間はかかる。それまでに戦力を拡大させよ」

 黒王の命令に、ラスプーチンは「御意」と頭を垂れた。

 その後、黒王はその場に居合わせた新たな廃棄物に顔を向けた。

「それに奴らの指揮系統も大よそ把握できた。その一人と面識があるようだな〝キラ〟」

「ああ。あの声、間違いない……間違えようも忘れようもない」

 声を発したのは、黒いスーツを纏った青年。

「また僕の邪魔をする。「新世界」創生の邪魔をする」

 青年は立ち上がり、フードで顔が見えない黒王を見つめる。

 そして、氷のように冷たい微笑みを浮かべた。

 

「Lを殺せるのは、この夜神月(やがみライト)だけだ。理想の世界を作るというのなら、Lを殺せというのなら、あなたの同志として加わるよ」

 

 夜神月。

 名前を書いた人間を死なせることができるという死神のノート「デスノート」を使い、犯罪者のいない理想の世界を創ろうとした、稀代の大量殺人者〝キラ〟。あらゆる面において卓越した才能を発揮する天才にして独善的かつ歪んだ正義感の持ち主であり、異世界に漂流者(ドリフターズ)として飛ばされた世界的名探偵・Lを葬った張本人だ。

「ノートは無いが、僕には新世界の神に相応しい頭脳がある。今回の作戦はLが勝ったよ。だけど次は僕が勝利に導く」

 戦乱の陰で、冷酷無情な〝狂気の正義〟が廃棄物の王と共に世界に牙を剥こうとしていた。




皆さん、意外でした? それとも期待通りでした?
今後の展開次第で漂流者・廃棄物は追加しますので、乞うご期待。


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第24幕:戦後処理

新年早々、ロジャー、フラグを建設。


 一夜明け。

 オルテ帝国の掌握に成功した漂流者一同は、戦後処理に追われていた。

「どうしてくれんのよ! 政庁舎に至っては、完全に廃墟じゃないの!!」

「火薬やら油やら、ありったけ使いましたしねェ。それに敵が戊辰戦争で徹底抗戦した土方歳三となったら仕方ないでしょう」

 殺せんせーの反論に、サン・ジェルミは歯噛みする。

 すんなり無血開城のはずが、廃棄物との戦闘となり、都がこんがり焦げてしまった。しかもロジャーと黒死牟が戦った場所に至っては、衝撃の余波やら流れ弾ならぬ〝流れ斬撃〟やらでメチャクチャ。復興には骨が折れそうだ。

 しかし、もし鯉伴が土方の足止めに成功しなかったら、土方は迷いなく銃部隊を襲うだろう。下手をすれば訓練した兵も量産した銃も台無しとなり、再建不可能だったかもしれない。

 問題は首都が燃えたことで、四方で戦っている軍隊が従わなくなること。予定通りなら政権奪取で指揮権も奪えたが、無血クーデターができなかったため、各地の軍隊は恭順してくれず、任地で軍閥化・小さな国となって群雄割拠することが予想される。

「そうやって人類をバラけさせることが、黒王の目的の一つだったんでしょう」

「……策はありますか?」

「勿論。――ですがその前に、まずはサン・ジェルミ伯。投資としてあなたの資産全額出してください」

「何ですってーーーーー!?」

 デザートをつまみながら発言したLに、サン・ジェルミは激怒。

 しかし「経済」こそ軍の根本である。経済資源を取り込むことは、自軍が作戦を効率よく遂行する上では重要であり、敵軍が戦争を上手く遂行できないようにさせるための必要な手段なのだ。

「確かに国庫から評議会の皆さんの財産も何もかも、資金を集めなければいけませんね。戦争するのにも金が要りますし、搾れば搾る程よく出てきますし」

「周辺諸国、特にグ=ビンネン通商ギルド連合との和解も必要やしなぁ」

「わかってるわよ!! 私がどうにかするわボケェ!!」

 殺せんせーと秀元も続くように課題点を上げ、怒りながらも自分が一任すると宣言。

 振り回され続けているせいか、段々やけくそになっている。

「……だが当面は各地の方面軍を何とかしたいわね」

 地図を広げ、相談し合う一同。

「海岸線の第五軍はすでに海のモクズで問題にはならない。オルテの肝である西方の第三軍・第四軍をどうするか……」

「北の第二軍は? かなりの規模のようだけど」

「それがね、不可解なのよ」

 サン・ジェルミ曰く。

 第二軍は北方の亜人達を征服すべく、犬人や猫人の諸部族と交戦している。だがその諸部族が急に凶暴化して大攻勢をかけてきており、首都の状況を知らずに救援を求めてきたというのだ。

「何が起きてるのかしらん。まさか黒王軍……?」

 

 

 その頃北方では、オルテ帝国の第二軍が軍閥化した獣人達の猛攻を受けて壊滅状態に陥っていた。

 その指揮を執っているのは、漂流者(ドリフターズ)・橘やぐらである。

「水影様、敵を追い詰めました!!」

「伏兵を出して殲滅しろ」

 忍らしく冷徹に指揮をするやぐら。

 その表情はどこか退屈そうで、骨の無い奴らだとでも言わんばかりだ。

「……何か、私らの出番は無いようだね」

「やぐら殿は里を治める器量もあるからな」

「うむ……ひとまず、無事で何よりでござる」

 最前線に立つ必要性が無くなった菜奈とジョットは、十月機関の使者を務める万斉と言葉を交わす。

「しかし……晋助殿は一緒ではないのか? 同志だろう?」

「晋助は今、北壁に向かってるでござる」

 万斉の一言に、ジョットは目を見開いた。

 北壁――カルネアデス王国は、黒王軍の侵攻の前には為す術もなく陥落してしまっている。カルネアデスには晴明の指令の下、十月機関の構成員とドグという冒険者が偵察をしているため、高杉は二人の応援に向かったということなのだろう。

「廃城の漂流者達と連携できているが……一番は東方の海上にいる漂流者でござる。話し合いが通じる相手であればいいが……」

「……この際、おれが出張るか?」

「お前は止めておけ、ドジ踏んで最悪の事態にでもなったら困る」

 バッサリ切り捨てるやぐらに、コラソンはショックのあまり項垂れるのだった……。

 

 

           *

 

 

 その日の夜。

 漂流者(ドリフターズ)として飛ばされた鬼狩りによる会議が行われていた。

「上弦の壱の……巌勝殿の容体はどうだい?」

「あれ以来熟睡中ですね。()()()さんみたいに体質が変化しているのかもしれません。いきなり背負って連れられた時はどうすればいいか迷いましたよ……」

「頚を落としたり日光に一瞬晒したり……少し申し訳ないことをしたな」

 たった三人の鬼殺隊は、今後の方針を話し合っていた。

 大正の世と違い、日輪刀も「全集中の呼吸」の使い手も同志達も、鬼狩りの組織として致命的な欠陥を抱えている。一方でロジャーや鯉伴をはじめ、個々の戦闘力で言えば上弦の鬼と同等かそれ以上の猛者が味方しているのも事実。打倒無惨と言う面では前の世界よりも有利かもしれない。

 しかしこの異世界には、人類を滅ぼそうとする黒王軍がおり、無惨はその勢力に加担している。人類全体としてはかなりの劣勢に立たされているだろう。

「……鬼殺隊は鬼以外の存在を直接殺めた経験が無い。介錯を務めることはあっても、それと殺生は別物だ」

 耀哉は断言する。

 同じ時代を生きたライバル達と熾烈な覇権争いを繰り広げたロジャーや、攘夷戦争という修羅場を潜り抜けた高杉と違い、鬼殺隊は人を護る組織であるがゆえに人間同士の殺し合いを経験していない。

 人間が人間を殺し、人間が他の種族を弾圧・侵略する世界において、鬼殺隊としての矜持を貫くのは容易ではない。

「でも鬼殺隊として、越えてはならない一線を越えるのもいかがかと」

「その通り。……だからこそ、鬼殺隊として最も恥ずべき事態を避ける努力を継続するのが、今後の方針の一つとなる」

「うむ! 世界の為という大義があろうと、鬼殺隊が人を殺めては本末転倒だ!!」

 戯言とぬかすも結構。

 何とでも言うがいい。

 我々はいかなる状況だろうと、決して人を殺さない。

 その揺るがぬ信念を確認した耀哉は、穏やかに微笑んだ。

「ところでお館様! 上弦の壱は今後どうなされるおつもりでしょうか!」 

「巌勝殿は目を覚ます次第には話し合うつもりだ。彼は千年以上も我々に一切の情報を掴ませなかった無惨の手の内を知っている」

 耀哉は無惨が産屋敷家に襲来した際、覚悟を決めた妻と子供と共に自爆した。

 杏寿郎は猗窩座との死闘の末、無惨と対峙することなく黎明に散った。

 しのぶは無惨の根城・無限城で姉の仇である童磨に、その肉体に吸収される形で捕食された。

 つまり、三人共無惨の能力を知らないのだ。廃棄物としてこの異世界にいる以上、前の世界で確実に死んだことは明白だが、どうやって死んだのかは知らない。そして倒すために無惨がどれ程足掻き、鬼殺隊がどれ程の犠牲を払ったのかも知らない。

 鬼殺隊がたった三人という現状で、黒死牟の強さと情報源は必要不可欠であったのだ。ましてやここは異世界、前の世界よりも無惨の居場所を突き止めるのは困難を極めるだろう。

「巌勝殿はロジャーさんに任せるつもりだよ。何せたった一人で、それもほとんど無傷で十二鬼月の頂点と互角以上に渡り合った豪傑だ」

「ああ!! 柱として不甲斐無いが、俺ですら助太刀が足手まといになると痛感した!!」

「煉獄さんですら……伝説と呼ばれるだけありますね」

 鬼狩りの最高位の中でも上位に位置する実力者(きょうじゅろう)ですら、海賊王と呼ばれたロジャーには遠く及ばない。それはロジャーが最強の漂流者であるという事実でもある。

 しかし杏寿郎もまた、成長中である。鍛錬を続ければ()()()よりもはるかに強くなっていただろう。

「俺はあの人に師事して、さらに己を磨く!! 父上に勝るとも劣らない男から、多くのことを学ぶつもりだ!!」

「その意気や良し。期待しているよ杏寿郎」

 耀哉は朗らかに笑うと、世界を取り戻した双眸で二人の顔を見据えた。

「ここだけの話なんだけどね……ロジャーさんは、敵対する者にとって最も恐ろしい能力の持ち主だと私は思ってる」

「「!」」

「巌勝殿の心酔ぶりを見ればわかるだろう?」

 その言葉に、杏寿郎としのぶは目を見開いた。

 そう、ロジャーは単に武力で黒死牟を軍門に下したのではない。強さも想いも、黒死牟の全てを真っ向から受け止めた上で勝利し、仲間にしたのだ。

 海賊王の真の恐ろしさは、天災に匹敵する戦闘力ではなく、敵をも惹きつけ味方にさせてしまう不思議な魅力にあると耀哉は考えているのだ。

「しのぶ。私や杏寿郎よりも長く付き合っているだろう? 彼をどう思ってるんだい?」

「豪快な楽天家と言ったところですね。でも……炭治郎君と似ている部分もありますね」

「竈門少年と? どう見ても性格は真逆ではないか?」

「ええ。しかし相手が誰だろうと衝突を恐れないところは、二人共似ている気がするんですよ」

 しのぶはクスッと微笑んだ。

 かつての柱合会議で、炭治郎は妹の禰豆子を傷つけた同僚の不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)に激怒して頭突きを食らわし啖呵を切っていたのを思い出したのか、杏寿郎と耀哉も釣られるように笑った。

「ハハハハ!! 確かに真っ直ぐな人とも言えるな!!」

「性格は全く似つかないけどね」

 

 

 時同じくして。

 政庁舎のある部屋で、元の侍の姿に戻った黒死牟は目を覚ました。

「……ここは……」

「気がついたのか」

「!」

 六つある目が、テーブルの上に座って酒を煽るロジャーを捉える。

 人としても鬼としても、生まれて初めて羨望した存在。同じ最強でありながら嫉妬と憎悪しか湧かなかった縁壱(おとうと)への想いとは違い、憧憬と敬意を覚えた唯一無二の男。そして……己を〝侍〟と認めた、唯一の人間。

 心底楽しそうに、心底嬉しそうに短い生を謳歌する王者に、剣を極めた鬼は目を細めた。

「……お前には……礼を述べねば……」

「そうかしこまることはねェだろ? お前はもうおれの仲間だ、もう少し砕いたっていいんだぜ」

「……」

 呆れた男だと、黒死牟は心の底から思った。

 元はというと、鬼になる前の黒死牟は戦国時代の武家の長男だ。海千山千の強者達の長となれば、風格と威厳、そして一切の隙を見せない警戒心が求められる。そうでないと組織の統制が利かなくなるのだ。事実、上弦の壱として無惨の配下にいた頃は、序列を重んじて十二鬼月の頂点に君臨してきた。

 しかしロジャーはどうも、上下関係を重んじつつ周りの動向には常に目を光らせることを嫌っているようであった。覇者が集団の序列をあまり重視せず、敵対した相手を信じ切るなど、それこそ黒死牟の常識を根本から覆すことだ。

「巌勝……(わり)ィが、決闘はまた今度にしてくれ。今やりてェ気分だろうが、お互いどやされちまうからな」

 わははは、と豪快に笑うロジャーに、黒死牟は釣られるように微笑んだ。

 すると――

「そういやあよ、巌勝……縁壱って誰だ? 寝言でたまに言ってたぞ」

「!?」

 黒死牟の顔が、みるみるうちに青褪めた。

 それは、彼自身が最も恐れていた事態だ。

 心の底から羨望した男に、心の底から憎んでいた弟のことを知られる。嫉妬や憎しみとは無縁であろうロジャーに、己の業であり弱みである縁壱への妄執を暴かれるのは、何よりも耐え難いモノだ。

「っ……!」

 黒死牟は傍に置いてあった刀に手を伸ばした。

 一人にして欲しかった。研鑚し極められた身体に渦巻き、世界をまたいでなお魂を焼き尽くす嫉妬と憎悪の劫火を鎮めるには、他者が居てはならないと。

 しかしロジャーは、刀に手を伸ばすよりも早く右腕を掴んだ。黒死牟は手を振り払おうとしたが、まるで力を吸い取ってしまったかのように、ピクリともしなかった。

「言ったろ、お前はもうおれの仲間だってよ」

 不敵な笑みのまま、ロジャーは口を開いた。

 全てを見え透いているかのような、何とも言えない不思議な空気を纏い、それでいて全て受け止めてやると言わんばかりの眼差し。

 この男に隠し事やウソは通じない――そう悟ったのか、黒死牟は怨毒に満ちた過去を語り始めた。

「縁壱は……継国縁壱は、私の実の弟だ……」

 黒死牟は、鬼としてだけでなく継国巌勝(にんげん)としても心中を吐露した。

 鬼狩りの長き歴史の中で最も優れた剣士であり、この世の理の外側にいる、神々の寵愛を一身に受けた弟。神の領域の強さを有し、その強さと剣技を手に入れようと全てを捨て去った己自身。鬼舞辻無惨との出会いと、赤い月夜の晩の戦い。そして無限城での鬼殺隊との最後の戦い……。

 気づけば、この異世界に飛ばされる直前までの話をしていた。黒死牟はぶつけたかったのだ。この身体に渦巻く感情を吐き出したかったのだ。

「なぜお前だけが特別なのだ……なぜお前だけ……!!」

「それは(ちげ)ェなァ、巌勝」

 有無を言わさぬ声が響いた。

 見るからに極悪人のような顔に、六つ目を向ける。

「絶対的な力を持つ一人でも、成し遂げられねェことはあるんだ。だから仲間や家族がいる!! 不治の病が末期を迎えても冒険を続けられたのも、最後の島(ラフテル)に辿り着いて世界一周できたのも、〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を見つけられたのも、おれ一人じゃ不可能だったからな」

「お前が、不治の病……だと……!?」

 黒死牟は動揺を隠しきれなかった。

 最強の海賊王(ロジャー)が、不治の病に蝕まれていた。しかも末期を迎えてたとさりげなく暴露しており、鬼の強さを誇る男でも病魔に抗い切れなかったという事実に、衝撃を受けて呆然となった。

「人間ってのァな、特別ゆえに悩み苦しむことがあるんだ。強すぎるから、出来が良すぎるから、そういった理由(わけ)で他人に疎まれ恐れられちまう」

「……ロジャー……」

「縁壱は、お前に好かれたかったんじゃねェのか?」

「っ!!」

 黒死牟はハッとなる。

 決別した今、縁壱が巌勝(あに)をどう思っていたのかはわからない。

 鬼殺隊を裏切ったことを恨んでいるのか。鬼舞辻無惨の部下になったことを憎んでいるのか。自分を追い続けた兄を疎んでいたのか。

 もし、それを知ることができるなら――

「……縁壱……お前に会いたい……」

 黒死牟は小さく呟いた。

 あれ程憎んだ弟でも、あんなにも嫌悪した存在でも、今一度邂逅して強さも想いもぶつけたい。ロジャーのように全て受け止めなくてもいい。それでも、お前になりたかった私を見てほしい。

 遥かなる高みを目指し続けた男の本音を耳にしたロジャーは、「どうにかなるかもな!!」と豪快に笑った。

「ここじゃ色んな世界の(おも)(しれ)ェ奴らとたくさん会えるんだ!! その内おめェの弟も()()()()()()()ひょっこり顔を出すんじゃねェか?」

「っ!? わ、笑えぬ冗談は止せロジャー……!!!」

 縁壱だとあり得そうだからやめてくれと、顔を覆いながら憧憬した男に訴える黒死牟だった。




早くドリフターズの最新刊出ないかなぁ……。


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第25幕:暗黒時代

原作読んで、本作書いて思ったんですけど、やっぱり黒王の正体ってキ○○○なんでしょうかね……?
未来人説とかあって、色々気になります。


 殺せんせー達がオルテ帝国を盗り、やぐら達が第二軍に殲滅戦を仕掛ける一方。

 黒王軍陣営の偵察を続けるドグ達が、意を決して内部調査に打って出ようとしていた。

「どうする、俺だけ潜るか?」

「いや、僕も行く。でなければ何が起きているか判らない」

「師弟共に無茶するな「十月機関」は。導士やらせておくのが惜しい」

 その度胸を高く買い、二人はコボルトの兵装でカモフラージュしてカルネアデスに潜入した。

 かつては人外達の侵攻を防いできた城塞都市だったカルネアデス。一体内部はどうなっていたかというと……。

「何という数だ、これじゃ完全に「都」じゃないか!」

 北壁の内部を目の当たりにし、驚きを隠せない二人。

 商人達の〝グ=ビンネン〟以外は戦争で国力が疲弊しているというのに、北壁は大陸で最も盛況な都と化しているのだ。しかも信じ難いことに、銅幣と言葉で「商売」が行われている。

 銅幣はおそらく、すぐ近くに鎮座する青銅竜を供給源としているのだろう。「生きた青銅鉱山」として解体され続けているようで、文字通り生かさず殺さずの身になっていた。

「北壁に元々居た、カルネアデスの人達はどうなったのだろう……」

 あの黒王軍による侵攻では、北壁から脱出した者もいれば逃げ遅れた者もいるはず。

 彼ら彼女らがどうなったのか。皆殺しにされてしまったのだろうか。

 そんなことを考えながらドグ達はさらに奥へと潜入すると、カルネアデスの人々が奴隷として扱われてるのを目撃する。

 しかし奴隷制度そのものは古今東西いかなる国にもあり、現にオルテ帝国もそうであったため、二人は強い衝撃は受けなかった。だがその奥を見て人間との違いを知り、絶句した。

「っ!! ……何ということだ」

 冒険者として多くの血生臭い場面を見てきたドグも、吐き気を催した。

 それは、体を切り刻まれ、肉として売られていた人間の一部だ。

 人が牛馬に労役をさせ、やがて食べてしまうのと同じで、売買して荷役をさせ働けなくなれば食ってしまうという「人間の家畜化」が浸透していたのだ。

「我々とて、始めは野にいる馬や羊の群れを捕らえた。この場合畜産と奴隷制が同一に進んでいる。だが……早すぎる!」

 大通りを離れ路地裏に隠れる二人は、黒王軍の現状について話し合う。

 この北壁の内部で一番驚くべきことは、文明化の進行度合いだ。農耕も文字も貨幣経済も労役奴隷制も、人類は数百年かけて成し得たこと。単に黒王や廃棄物(エンズ)達が答えを教えただけでは済まない領域だ。

 間違いなく、人ならざる者達の平均的な知的レベルが急激に上がっている。

「化物と呼ばれる者達に、何か()()()()のではないか」

「さぁーて……何をしているんでしょーうか」

「「っ!」」

 そこへ、二人の正体を見抜いた者が。

 九郎判官義経だ。

「いずこかの国の間者かな? それとも十月機関とかいう連中かな? 度胸あるじゃないの君ら」

 刹那、ドグが素早い動きで剣を抜く。

 しかし義経は更にその上をいく素早さと身軽さで躱し、太刀を抜いた。

 

 ギィン!

 

「「「!」」」

 太刀音が鳴った。

 義経の太刀はドグに届かず、女物を思わすような派手な着物を着こなす剣士に受け止められていた。

「クク……そいつが世に言う八艘飛びかい」

「おや、これは驚いた。僕の太刀を真っ向から受け止められるのはそうそういないよ?」

「「高杉さん!!」」

 義経の前に現れたのは、単独で潜入していた漂流者(ドリフターズ)・高杉晋助。

 攘夷戦争の最前線で戦った剣技は衰えず、必殺の一太刀を真っ向から受け止めた晋助に戦上手の剣豪は感心するように微笑んだ。

「なぜここに……」

「向こうの手の内知らねーと、勝てる戦も勝てねーだろ」

 肩を震わせて笑うと、高杉は義経を見据えた。

「俺が見てーのは市場や文化じゃねェ、軍事力だ。壁の向こう側はどうなってるか教えてもらおうか、牛若丸さんよォ」

「随分と勘がいいねェ、漂流者(ドリフ)の君。――そうさ、()()()見るべきは()()()()()()だよ」

 

 

 義経に導かれ、三人は「壁の向こう側」を見せた。

 壁の向こうでは、軍事教育が行われていた。よく目を凝らしてみると、コボルトやオーク達以外にもケンタウロスや巨人族もおり、武装・軍隊化が施されていた。

「「……!!」」

「そうだろうたァ思ってたぜ。丸腰で戦争仕掛けるバカはいねェ」

 高杉は予想が的中してたようで、顔色一つ変えずに煙管を吹かす。

「廃棄物とアレが(くつわ)を並べて進軍する。僕も久々の戦でワクワクする。もはやコボルトだゴブリンだって話じゃない。これは人類と化物の全てを賭けた生存戦争なんだ」

「そ、そんなバカな……! 種類も文化も生態も違う化物共が、一つにまとまるなんてことが……!?」

自分(てめー)のやろうとしていることは、敵だってやる。それぐらい当然だろうが」

「へェ……やっぱり君、戦を知ってるね?」

 高杉が十月機関と違って戦場を知る人間と知り、義経は好戦的な笑みを浮かべる。

「黒王はお前達よりも早くできた。そりゃそうさ、救い主になることに慣れているからな」

「!」

 春秋戦国時代を終わらせ中国全土を初めて統一した始皇帝や、人類史上最大級の帝国を創設したチンギス・ハンも然り。「万学の祖」とも呼ばれる古代ギリシャの哲学者アリストテレスや、人類の学問に関するあらゆる分野で才能を発揮した芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチも然り。歴史の中で、偉大な王や英知の学者は山程いた。

 だが黒王は、それらとは比べ物にならない「救世主の玄人」であった。種族も言葉も生態も違う人外を束ねることができるのは、救世主としての経験があるからだった。

「姿を現せ安部晴明。いつまで弟子の影から見ているつもりだ」

 そこへ、杖を突いて廃棄物の頂点・黒王が姿を現した。

 それに呼応するように、十月機関の構成員の背中から形代が群がり、晴明が現れた。

 どうやら北壁の内部に入る前から術で潜んでいたようだ。

「人を救わぬ救世主など救世主にあらず。無用有害そのものだ」

「この世が人の物であると考える。御用学者の不遜そのものだ」

 邂逅早々、論争を繰り出す。

 人の可能性を信じて微塵も絶望していない晴明の言葉に対し、黒王は人に変わって新たな者が世界を継ぐ「世代交代」だと反論する。

「人の可能性と言うたな、「十月」。その可能性とやらが許せぬのだ。人は賢すぎる」

 漂流者によって色々な物が持ち込まれたが、それは漂流者が持ち込まずとも何百年か経てばこの世界の人間も勝手に作り出すだろう。漂流者が去ったとしても改良を重ね、さらに優れた武器で何百万何千万と殺す。そしていつかは都市どころか国をも滅ぼす爆弾や疫病を生み出す。ゆえに人間は他の種族や地球を道連れに心中する救いようがない狂った生命であり、その根幹は賢さにある。

 黒王はそう語り、全てを道連れにするその前に人間を滅ぼし、人ならざる者達にノウハウを継がせ世界を譲渡させると宣言する。

「これが私の救世だ。故に人間は殺し、滅びを加速させる漂流者を殺す」

「そいつはどうかねェ。世代重ねりゃ同じことになるだろ」

「高杉殿……」

 黒王の主張に、高杉が割って入った。

 人間は賢すぎるが、人ではないコボルトやオーク達は違うというのは、楽観視が過ぎる。黒王の望み通り人間が滅んだとしても、人外達は世代を重ねるごとに進歩発展し、いつかは争いを始め殺し合うようになる。狭くとも可能性は残っていれば同じだ。

 高杉は鋭い眼差しで黒王を見据え、笑みを深めた。

「世の中最初(ハナ)から皆で仲良くってできちゃいねェ。そこの天人もどき共も同じ未来辿るぜ。それを止められるってんならぜひお聞かせ願いたいモンだ」

(これが武士の末裔か……何という胆力……!)

 廃棄物の王を前にしても毅然とした態度を崩さない高杉に、晴明は息を呑む。

 すると高杉の言葉に答えるように、黒王は言葉を紡いだ。

「技術も文明も、一歩も進まぬ時がある。むしろ後ろに戻ることすらもある」

 黒王は中世期の「暗黒時代」を語った。

 それは、当時の世界の教えに反する科学的知識が弾圧を受け、文化を後退させた時代。地動説を唱えたガリレオが弾圧されたように、宗教が絶対的な支配力を持っていたがゆえに革新者達が圧力で口をつぐんだ停滞期。

 最終的には暗黒時代は終焉を迎えたが、黒王はそれこそが望みであるのだと告げた。

「絶滅の恐怖もなく、星を汚さぬ安寧の揺り籠。無限永久に続く、素晴らしき暗黒時代を。私の名はそれゆえ「黒王」なのだ」

 技術も文明も一歩も進まない世界。

 黒王は中世期の暗黒時代を再現し、永遠に続くようにすることを目標としているのだ。

 生きとし生ける者が、世界を滅ぼす知性を得ないようにするために。世界を保全するために。

「人類は滅ぼされ、天人もどき達は文明も一歩も進まねェ統制社会を強いられる。つまらねェ世の中だな」

「黒王、やはりお前は倒さねばならん! 壁のこちらの者にとっても、向こうの者にとってもな」

 ――人間を舐めるなよ……人は強いぞ。

 黒王に宣戦布告した晴明は、高杉らと共に得意の符呪術で北壁から脱出した。

「符呪術か! こっち側にいる鬼の術も然り、あっちも面白い術を使う」

「――舐めてなどいるものか。心を込めて滅ぼすとも」

 人の強さを誰よりも理解している黒王は、虚空を見上げるのだった。

 

 

           *

 

 

 その頃、オルテでは目が覚めた黒死牟が殺せんせー達に情報提供をしていた。

「黒王と無惨様……いや鬼舞辻は……異形の者達を統一し、戦に備えている……」

「兵力はやはり我々の数倍、いや数十倍はあるようですね。――廃棄物は何人いますか?」

「私の知る限りでは、同じ上弦の鬼が二人……それとジャンヌの小娘、土方歳三義豊、ラスプーチン、アナスタシア、源九郎判官義経……それに鵜堂とかいう人斬りとザボエラなる者、あとヴァニラという者もいた……これよりも増えてるかはわからぬ……」

「となると、それ以上と考えるべきですね……」

 しのぶは盛大に溜め息を吐いた。

 黒王軍の詳細な内容がわかり、漂流者側も進展すると考えていたが、黒王軍の規模は予想を遥かに超えていた。

 廃棄物の中には、黒死牟のような規格外の戦闘力を有する者がいる事実が今回の防衛戦でわかった。個々の戦闘力が驚異的に高いのはお互い様である以上、今の戦力で黒王軍を打ち倒すのは非常に厳しい。

(それにしても〝アナスタシア〟という名前……どうも引っかかる)

 妙な胸騒ぎを感じ、落ち着かなくなる殺せんせー。

 そこへ黒死牟は、さらなる爆弾を投下した。

「今はどうなってるかは知らぬが……ジャンヌとかいう小娘は、鬼になっている」

『!?』

 その衝撃的な情報に、驚愕する一同。

 廃棄物の異能の脅威は、二度の戦闘で承知している。そこに鬼の特異体質が加われば、戦闘力も危険度も跳ね上がるのは明白だ。

「〝オルレアンの乙女〟がそこまで堕ちたとは……正真正銘の魔女ではないですか……」

「鬼になることを自ら選ぶとは言語道断!! 人々に敬われ讃えられる英雄だろうと鬼に堕ちたのなら斬首するまで!!」

 呆気にとられる殺せんせーに対し、杏寿郎は快活に一刀両断する。

「……困ったなぁ。どいつもこいつも廃棄物が鬼になったら、手に負えへんで」

 秀元の言葉に、息を呑む一同。

 ただでさえ能力がえげつない廃棄物が鬼化すれば、厄介なことこの上ない。体力や戦闘力が規格外であるロジャー以外で、一騎打ちで負かすなど困難を極める。これは戦略を大きく変える必要があるだろう。

「ふむ……貴重な情報をありがとう、巌勝殿。これで対策は多少なりとも打てる」

「当たりめェだバカヤロー!!」

 そこへ、酒を片手にロジャーが黒死牟の元へと向かう。

 顔はほんのり赤く、酒の臭いが強い。大分飲んで酔っ払った様子だ。

「おれの〝今世の相棒〟が仲間を貶めることなんか言わねェよ!! なあ巌勝?」

「ロジャー……買い被りすぎだ……」

 豪快に笑いながら肩に手を置くロジャーに、黒死牟は困ったように微笑む。

 重厚な威圧感が緩むのを感じ、殺せんせーは「随分と絆されてるようで……」と呆れた笑みを浮かべる。

 そこへ、ロジャーよりも早く飲んで酔っ払っている鯉伴がしゃっくりしながら窘めた。

「飲み過ぎだ旦那、五十路過ぎてんだから控えな……ヒック」

「あァん? ウルヘー!! 飲んだくれの色男に言われたかねェよ!!」

「んだとぉ!? オレは魑魅魍魎の主だぞ!! 酒に呑まれるバカはやらねぇよ!!」

 それを皮切りに、酒場でよく見る酔っ払い同士の殴り合いが始まった。

 止めるべきかと耀哉は尋ねるが、とばっちりを食らいたくないという理由で殺せんせーは無視するよう返した。

「まあ、これで黒王は暫くは刺客や尖兵を送ったりはせえへんやろ。懐柔されるなんて夢にも思っておらんかったろうし」

「ええ。それよりも問題はオルテの残軍です」

 ここで防衛戦の立役者であるLが、本題に入った。

 第二軍は謎の大苦戦中、東方第五軍はグ=ビンネンに潰された。しかし残る第三軍と第四軍は、補給路を絶たれ弱体化したとはいえ規模も錬度も無視できない。まともに相手するわけにもいかない。

 そこへ何と意外にも黒死牟が声を掛けた。

「両軍の……将の仲はどうだ……?」

『!?』

 まさか敵だった者が話に加わるとは思わなかったのか、一同は目を点にする。

「へ!? ……い、いや……悪いと言いたいけど、普通ね」

「いや……良くはないはずだ……」

 黒死牟曰く、平時はともかく本国が壊滅して同程度の軍が二つ近在した今、必ず主導権を争うという。

 確かに中央の統制が緩めば、双方独自に動いて主導権を争うのは当然の成り行きと言えよう。

「私とて……元は戦国乱世の武家の長男だからな……」

「生きた時代が時代だからか、スゴくリアルですね……説得力が違う」

 群雄割拠の戦国時代の生き証人の説得力に、殺せんせーは顔を引きつらせた。

「しかし、兵力不足の現状を考えると双方の兵士は欲しいね」

「せやけど、一度中央の統制から離れたんやろ? 僕はまたそのまま従ってくれるとは思えんけどなぁ」

 秀元の言葉に、耀哉と殺せんせーは無言で頷く。

 中央の指揮下から離れた軍隊が素直に恭順してくれる保障は無い。弱体化し、混乱した上に連携も取れないとなれば、むしろ従ってくれた方が内紛の種として危険ではないかと三人共考えているのだ。

「ええ。そこで一つ私から提案があります」

『!!』

 そこで動いたのが、世界一の頭脳を持つ天才・Lだった。

「サン・ジェルミ伯。あなたの名義で両軍に書状を送ってください。文面は――」

 Lは菓子を口に運びながら、サン・ジェルミに次の一手を伝えた。

 

 

 後日。

 オルテ第三軍駐屯地では、指揮官であるジグメンテ将軍がサン・ジェルミの使者から書状の内容を聞いていた。

「本国からの補給は止まったまま。亜種族共の一揆で途上は寸断。何が起きている?」

「帝都が襲撃され、炎上とのこと」

「何だと!? グ=ビンネンか!?」

「いえ、黒王軍と称する化物の軍です」

 使者は帝都の現状を説明する。

 黒王軍の襲撃で帝都は戦場と化し、一応撃退はしたが大きな被害を受けたため帝国の指導部も壊滅してしまい、自分では事態収拾ができないと判断して使者を送ったという。

「当然だ。あのような男か女かわからぬ文弱の徒に何ができるというのだ」

 呆れ返るジグメンテ。

 すると使者は、ある「地位」を言及した。

「そこで数十年空白であった「国父」の地位を復活させ、第三軍もしくは第四軍の将軍にその地位を受けていただき、国威と秩序を回復していただきたいとのことです」

「何……だと!?」

 手紙の内容に衝撃を受けるジグメンテ。

 事態収拾の為に、空位となっていた「国父」を復活させるというのだ。

 手元に王の地位が転がってくるというまさかの報せに、ジグメンテの目つきが変わった。

「使者はどうした!?」

「それが……これより第四軍のレメク将軍にも伝えると」

「すぐそちらに向かいました」

「――先に帝都に到達し、主導権を握った者が()()以来この国初めての()()になる。そういうことか」

 すぐさま早い者勝ちであることを理解し、ジグメンテは部下達に命じた。

「すぐに帝都(ヴェルリナ)に向かうぞ。速度が命だ、少数の騎兵で向かう。それとは別に、もう一隊を編成する。意味は……わかってるな?」

『はっ!!』

 別働隊の派遣を決め、ジグメンテは帝都への帰還に動いた。

 それすらも、Lの思惑通りとも知らずに。




本作ではドグは生存します。
原作読んでて、惜しい人物だったので。


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第26幕:日輪漂流

タイトルで察してください。


 時同じくして。

 国父位の座をジグメンテに渡すわけにはいかないと、第四軍のレメク将軍は帝都に向けて急いで馬を走らせていた。

「急げ皆! 馬の()(ばら)が裂けるまで駆けよ!!」

「レメク将軍!! 前方に何かが!!」

 レメクらの前方に、簡易的な関所が現れた。

 ジグメンテが派遣した別動隊が、先回りして首都との最短通路に突貫で関所を設けたのだ。

「この関は何事か!! 関を除けよ、我らを遮るつもりか!?」

「その通り」

 すると別動隊の兵士達が次々とクロスボウを向け、第四軍に一斉射撃を浴びせた。

「な、何をする貴様ら! 正気か!?」

「将軍を帝都に行かす訳にはいかんのですよ。射て!!」

 次々と放たれる矢を前に、レメク将軍と第四軍は成す術も無くを惨殺されてしまった。

 

 

「ふふふ……おいどうだ、俺が国父だぞ、この俺が! ははは!」

 ジグメンテは高笑いしながら帝都を目指す。

 サン・ジェルミの使者は先に第三軍の元へ来た。だからこそ罠を張ることができ、先を急ぐ程に同じような妨害も受ける可能性が下がる。

 両将軍の〝競い合い〟は、ジグメンテに軍配が上がったかのように思えたが……。

 

 ヒュパッ!

 

『将軍!!』

 ジグメンテの首を、矢が貫いた。

 それと共に、鬨の声を上げて第四軍が現れた!

「バカな……第四軍だと!?」

「貴様ら……そんな……!」

「退け!! 退けェェ!!」

 第四軍の奇襲で大混乱に陥った第三軍は、指揮官を失ったこともあってすぐさま撤退した。

 彼らは知る由も無かった。自分達を襲ったのは()()第四軍であることなど……。

「退いていくぞ」

「うまく行った」

 被っていた兜を外す偽四軍。

 その正体は、シャラを筆頭としたエルフ衆だった。そしてジグメンテ暗殺の実行犯は――

「……しかしまあ、本当によく当たったな……」

「ええ。クロスボウは使い慣れていないので、ちょっと心配でしたよ」

「絶対ウソだろ……」

 ニヤリと笑みを浮かべる殺せんせーに、シャラ達は苦笑いせざるを得ない。

 ジグメンテは頭が切れ、用心深い性格である。現に万が一攻撃に遭っても、見分けられないように全員フードを被って配慮していた。しかし服装が同じでも頭は必ず「護られている」のであり、それを看破すれば暗殺など容易いことだ。

 そして殺せんせーは超人的な技能を持つ伝説の殺し屋〝死神〟であり、不可能と思われる殺人を悉くこなす暗殺術のスペシャリスト。クロスボウを操り、一発で喉笛を射抜いて暗殺することなど造作もないのだ。

「さて。あとは竜崎君に任せるとしましょう」

 

 

           *

 

 

 水晶球越しに殺せんせーから任務成功の報告を受けたLは、次の作戦に打って出た。

「これで潰し合いが始まります。この間に西方諸族へ講和、もしくは休戦を申し込み成立させます」

 第四軍は第三軍に将を討たれ、第三軍は第四軍に将を討たれたと()()()()()ことで、両軍が対立する状況になった。そして両軍が混乱し反目している間に、50年近く続いた戦争に終止符を打つのである。

 しかし西方諸族も疲弊しているが、それ以上に恨みが積み上がっている。無条件の講和などまず不可能だろう。

 そこでLが考えた「手土産」は、占有した西方全領地の即時全返還。それに加え、疲弊しきった両軍が将を失って大混乱で反目しており、叩き潰し失地を取り戻す絶好の機だという情報。この二つを差し出すというのだ。

「竜崎ちゃん、正気!? 第三・第四軍を西方諸族の()()()()にするの!?」

「放っておいても潰し合って滅ぶでしょう。ならば無駄死には避けねばならない。〝()〟ならこうするでしょう」

 統制のとれない地方軍に対し、軍の兵を差し出せと命じて素直に応じるわけがない。嫌々従う大軍など、内部分裂を引き起こすだけだ。それならいっそ、壊滅させて「敗残兵」にし行き場を失くした方がいい。それに第三・第四軍がすり潰しきってから西方諸族が攻め寄せれば、敗残兵もロクに残らず、休戦に応じることなく帝都まで侵攻する可能性が高い。

 それら全ての事情をひっくるめた上で、他所から来た第三者である漂流者(ドリフターズ)が軍団の軍兵を手に入れるには、壊滅した軍団の敗兵を吸収する以外に方法は無いのだ。

「サン・ジェルミ伯。グ=ビンネンとの講和は漂流者(ドリフターズ)の存在を出せば成立すると思ってます。ですので、黒王の次の目標が西方諸族であり援軍が行くから今攻めるべきと伝えて下さい」

「ハッタリをかませってこと!?」

 両軍団を潰し、西方にも打撃を与え、自分達には兵隊が手に入り和平もできるハッタリ。

 しかしハッタリやウソも立派な交渉術だ。

「わかったわよ! 一応やってみるけど!」

 Lの策が理解できる上に対案が無いため、サン・ジェルミは承諾した。

 このオカマ、政治家としてかなり誠実なのかもしれない。

(っていうかさっきの竜崎ちゃんの言い方だと、元いた世界には似たような天才がまだいるってことじゃない……)

 Lがいた世界が、それはそれで恐ろしく感じた伝説の怪人物だった。

 

 

 その日の夜。

 グ=ビンネンに身を寄せている志々雄は、煙管の紫煙を燻らせ月を仰いでいた。

「……!」

 ふと、背後から得体の知れない気配を感じ取り、刀に手を添える。

 人間ではない禍々しい気だったが、不思議と笑みが零れた。

「やあやあ、こんばんは。いい夜だねぇ」

「フン……けったいな生臭坊主が来たな」

 志々雄の前に現れたのは、童磨だった。

「こんな所に何の用だ? 茶は出せねェ――」

「それにしても酷い火傷だね。可哀想に、何か辛いことでもあったのかい?」

 童磨の一言に、眉間にしわを寄せる志々雄。

 この火傷は、かつて戊辰戦争で自らの力と野心を恐れた同志によってつけられたモノ。しかし復讐や怒りの象徴ではなく、自らが掲げる「弱肉強食」の信念において当時の自分の力量が足りなかっただけという、一種の教訓なのだ。

 それを辛いや可哀想の一言で片づけられるのは、癪に障るというものだ。

「――てめェの物差しで計るんじゃねェよ。それより誰だ」

「俺は童磨。あの御方の命令で君を殺しに来たんだ」

「……志々雄真実だ」

 志々雄がそう名乗ると、童磨は得物である対の扇を取り出した。

「それじゃあ、とっとと終わらせようか。〝血鬼術 ()(れん)()〟」

 童磨は扇を振るって氷の花吹雪を巻き起こした。

 砕いた氷花弁による、広範囲の切り裂き攻撃。回避困難の無情な異能が志々雄に襲い掛かるが――

「〝(いち)()(けん)焔霊(ほむらだま)〟!!」

 

 ゴゥッ!

 

「!?」

 志々雄が抜刀すると、突如として刀身に炎が発生し、氷花弁を呑み込む。

 凍てつく冷気を炎で蒸発させていくその光景は、まさしく炎を統べる悪鬼。

 全方位の攻撃を易々と捌き切った志々雄に、童磨は扇を小脇に挟んで拍手した。

「わーっ! すごい! 血鬼術でもないのに燃える剣なんて初めてだ!」

「そいつはお互い様だ。俺だって扇から氷を出す奴なんざ初めてだぜ」

 その間にも炎が収まり、志々雄の刀の真の姿が露わになる。

 刀身は極めて細かい鋸状の刃で構成されており、一見は切れ味が鈍そうな刀。

 奇剣とも言える異様な一振りに童磨は興味を持った。

「変わった刀だね。わざと刃をこぼしてるみたいに見えるけど、それじゃあ鬼の俺は斬れないよ?」

「ほう、てめェは鬼なのか?」

 童磨の鬼という言葉に、今度は志々雄が興味を持った。

 修羅や羅刹という言葉こそ自分に似合うと思っていたが、目の前の男は〝本物の鬼〟だというのだ。

 童磨は不死身の怪物を前にしても不敵な笑みを浮かべる志々雄に、微笑み返した。

「今度はこっちから攻めるぜ」

 志々雄はお返しと言わんばかりに、童磨の懐に飛び込んだ。

「シャアアッ!」

「じゃあ次は……〝(つる)(れん)()〟」

 鞭のようにしなる氷の蔓が襲い掛かるが、志々雄は大熱を帯びた斬撃で斬り払っていく。

 炎と冷気が打ち消し合い、絶妙に拮抗することに童磨は「困ったなぁ」と志々雄の攻撃を捌きながら苦笑いした。

 童磨は冷気を操る血鬼術の使い手で、その真髄は全集中の呼吸による身体強化の封殺。すなわち対鬼殺隊に特化した血鬼術である。冷気を一度吸えば肺胞が壊死し、呼吸すること自体に危険が伴うため、初見殺しの効果もある恐ろしい異能なのだ。

 しかし志々雄は極めて高い身体能力を持っている上、炎を付随させた攻撃を繰り出せる。さらに童磨自身は全く知らないが、志々雄は全身が常に常人以上の高熱を帯びている状態である。体質にも戦闘法にも冷気への耐性がついているのだ。

 つまり童磨にとって、志々雄は天敵にも近い存在なのである。

「いやぁ、すごいすごい! 君、柱より強いんじゃない? 今までの剣士なら即死なのにねぇ。しのぶちゃんでも()()()()()()以外成す術も無かったんだから!」

「人の心配をするより、てめェの心配をしな!」

 志々雄は一瞬の隙を突き、童磨の左腕を斬り飛ばし、続いて首を掴んだ。

 相手の隙を突きつつ自分の隙を見せない志々雄に、童磨は驚く。 

 そして――

「〝()()(けん)紅蓮腕(ぐれんかいな)〟!!」

 刹那、志々雄の左手に嵌めた手袋が爆ぜた。手袋の甲部分に仕込んだ火薬に、刀の炎が引火して爆発したのだ。

 そして志々雄は追撃。三度斬りつけてから殴り飛ばした。

「…………成程、鬼ってのはそういうことか」

 志々雄は目を細める。

 視線の先には、傷が全て塞がり元通りになった童磨が平然と立っていた。

「ごめんねぇ、傷全部治っちゃった。それにその刀、日輪刀じゃないから頸斬り落とせても俺は殺せない。残念だね」

「言いたいことは、それだけか?」

 志々雄は、なおも笑う。

 ほぼ不死身の怪物を前にした人間とは思えない、余裕に満ちた態度。それは強がりではなく、自らの強さに絶対的な自信と信頼があることに他ならない。

「あー……君、猗窩座殿みたいだねぇ」

 己を信じ貫く、神や仏に頼らない人種。

 目の前の彼に至っては、神や仏、それどころか鬼の始祖を前にしても屈さないだろう。

 自分に対する賛美や怨嗟とは無縁の、己の信念に従う武者に、童磨は真剣な表情を浮かべた。

「ちょっと本気を出した方がいいかもね」

「やっぱり手ェ抜いてやがったか……まあ国盗りの余興にゃ相応しい」

 童磨が氷の分身を作り出し始めた、その時――

「へ?」

「……何だ?」

 突如、二人の間に石造りの門が現れた。

 軋むような音を立てて門がゆっくりと開くと、そこから一人の和装の剣士が放り出された。

「……ここは?」

 剣士は辺りをキョロキョロと見回す。

 長い髪を一つに纏めた炎のような痣が特徴の青年も乱入に、二人は戦闘を思わず中断してしまう。

「……てめェも飛ばされてきたのか」

「ってことは、漂流者かな?」

「っ! では、あなたも?」

「え? 俺無視されてる?」

 志々雄に顔を向けた青年に、童磨はしょんぼりとする。

 ――が、次の瞬間!

 

 ドッ!

 

「「!!」」

「当然のこと。お前は鬼だろう」

 刹那の瞬間。

 童磨の体が、青年によって斬り刻まれた。咄嗟に反応したため頸は落とされずに済んだが、両手両足は斬り落とされてしまった。

 それと共に童磨の脳に主人の絶叫が木霊し、琵琶の弦の音が響いて障子が現れた。

「うわー、無惨様荒れてるなぁ。これじゃあ戦えないし、これで失礼するよ」

「っ!」

 逃がすものかと青年は刀を振るったが、その時には童磨は逃走に成功し姿を消していた。

「逃がしてしまった……」

「……てめェ、何者だ?」

 項垂れる青年に、志々雄は声を掛けた。

 

 虚を突かれたとはいえ、ほぼ不死身である鬼を一瞬で追い詰めた剣の技量。

 人斬り抜刀斎に匹敵、もしかすればそれ以上であろう「速さ」。

 

 幕末の動乱を生きた志々雄にとって、目の前の青年は規格外が過ぎた。

 しかし表情には、恐れや忌避も、嫌悪も嫉妬も無い。あるのは純粋な称賛だった。

「俺は志々雄真実という。お前の名を教えろ」

「……私は継国縁壱という者だ」

「縁壱か。よろしくな」

 それは、日輪と悪鬼の時空を超えた出会い。

 そして日輪の新たな戦いの始まりだった。




志々雄様なら上弦と互角に勝負できそうな感がしてならない。(笑)
これで漂流者側もカリスマ四天王揃いそう。

廃棄物もいい加減新キャラ出さないと、パワーバランスが……。
ヒロアカのヴィランとか、チェンソーマンのキャラとか……


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第27幕:和平交渉

お待たせしました。
三月最初の投稿です。


 二日後。

 ヴェルリナでグ=ビンネンとの和平交渉が行われることとなり、サン・ジェルミは議場へと向かった。

「グ=ビンネンもまさか、ブリガンテを寄越してくるなんてね」

 サン・ジェルミは気を引き締める。

 最初の和平交渉で、グ=ビンネンはいきなり序列二位の重鎮ナイゼル・ブリガンテを向かわせたという。

 優勢でありながら敵地(オルテ)まで来る現場主義ぶりに驚きつつも、常識的に考えて「グ=ビンネンも内実は和平したい」という表れなのだろう。

「気合入れてやらないと……っ!?」

 議場の扉を開けた途端、サン・ジェルミは衝撃を受けた。

 実際に来たのはブリガンテではない。さらにその上の存在――ギルド序列筆頭のバンゼルマシン・シャイロック8世だったのだ。実質、グ=ビンネンのトップに君臨する商人である。

「「物事は単純に素早く、そして単純に」……我が商会の社訓でね。この方が話が早いだろ? やあ、久しぶりサン・ジェルミ」

 社訓に従い自ら現れたという筆頭。

 交渉を素早く進めたいその度胸は、商人として一級品だ。

「まだ私達は戦争中なのよ!! 命知らずというかバカというか……」

「私に傷一つ付けただけで全て終わる。オルテ国民全員、餓死するまで()()

 自分に傷一つつけただけで帝国(オルテ)は詰むと脅すシャイロック。

 だが和平目的である上、そもそも終わってるような国なので、サン・ジェルミは「顔以外全然かわいくない」と言うだけで挑発には乗らず、交渉を始めた。

「まあまあ、そう言わんで。降参したいんだって?」

()()よ」

「まあどっちでも簡単には行かないねェ」

 シャイロックは、この戦争はオルテが仕掛けてきたのであって全てにおいて勝っていると主張。彼に付き添った部下達も、このまま戦争状態を続けてもオルテ内陸を攻めても問題無いと付け加える。

 しかしサン・ジェルミは商人根性の権化と言えるグ=ビンネンを熟知している。占領統治と陸軍運用の経験蓄積の無いシャイロック達がそんなリスクに手を出すわけがないと論破した。

「軍への「浪費」を、とっとと抑えたいんでしょう? それがあなた達! 本当は和平したくて仕方ない!!」

「………煮ても焼いても食えない。どっちがだよサン・ジェルミ」

 内情を見抜かれ、困ったように笑うシャイロック。

 交渉を有利にしようと色々仕掛ける相手に、的確に切り返し反論をする交渉術。それが政略に卓越した策謀家サン・ジェルミ最大の強みだ。

 その上で、帝国の海軍も廻船商人も壊滅したため海を掌握したグ=ビンネンに、要求賠償一切無しの「白紙和平」を突きつける。

「ふん……まあ良いかな? まだ(・・)あるんだろう? サン・ジェルミ」

「それと当面の食料物資諸々と、お金を貸しなさいな」

 帝国と連合が和平成立したと思いきや、さらに立て続けに要求するサン・ジェルミ。

 その内容にシャイロックの側近達は仰天する。

「殺し合いをしていた相手に「飯」どころか、「金」も出せと?」

「これは先物買いというか……先行投資と思って欲しいわ」

 笑みを深めるサン・ジェルミの意図を察し、シャイロックは目を細めた。

 北からは人類廃滅を掲げる黒王率いる廃棄物と人外の軍勢が押し寄せる。その矢面に立つのはオルテであり、オルテを強くしなければ黒王軍を打破することはできず、世界が崩壊すれば商業などは成り立たない。

 黒王に負けて滅べば商売不能――そう考えれば、サン・ジェルミの言っていることは一理あるのだ。

「質に入れるタネならあるわ? 銃よ」

 サン・ジェルミが指を鳴らすと、側近が銃をテーブルの上に置いた。

 グ=ビンネンに特別に卸す腹積もりのようだ。

「漂流者世界の武器か……我々もそれを複製・製造してしまい、君達を介さずとも済んでしまうとは考えないか」

「作れても〝割に合う代物〟かは別でしょう」

『!』

「殺せんせー、あなた……」

 そこへ現れたのは、「漂流者(ドリフターズ)」殺せんせーだった。

 突然の漂流者の介入に、一同は目を見開く。

「別の勢力によって、いずれそうなるのは目に見ています。ですが、あなた達ではどうしようもないものがある」

「ほう?」

 殺せんせーは、銃はオルテという人間帝国でしか生み出せない代物だと語る。

 構造自体は単純なものだが、銃身はドワーフ達の冶金鍛冶、銃床と落とし鉄はエルフの細工・木工で成り立つ、言わば高度技術者による質の高い代物なのだ。

 何より銃に欠かせない火薬の原料は、木炭と硫黄と硝石。木炭は作れるし、硫黄は火山で取れるが、硝石は違う。鉱床が見つかってない以上便所の土からしか採れず、現時点では他に硝石を入手するアテがない。

「……どうでしょうか筆頭。鉱床について調べが足りない上に黒王に対する〝盾〟が無いあなた方にとって、これは必要不可欠だと思いますが」

「……確かに黒王がやってくるその前に、弱ったオルテをマトモにせねばな。――商談成立だ、飲もうその話。利子はきっちり取り立てる」

「言質取ったわよおぉぉぉぉ……」

 最高責任者として食料と資金を貸すと約束するシャイロックに、サン・ジェルミは力尽きて真っ白になる。

 これでグ=ビンネンとの繋がりができたという訳である。

「銃を担保に融資を受ける……まるで武器商人みたいですね」

「んな時代遅れの代物より、もっといいのがあるぜ」

 そこへ、新たなる声が。

 ピリピリと肌を刺す感覚が徐々に強くなり、殺せんせーは警戒する。

「やあマコト。どこに行ってたんだい?」

「下の名前で気安く呼ぶんじゃねェ、気持ち(わり)ィ……俺がどこに行こうが勝手だろうが」

 部屋に入ってきたのは、体中に包帯を巻いた異様な姿をしている剣士。

 漂流者(ドリフターズ)として飛ばされてきた〝炎を統べる悪鬼〟志々雄真実だ。

「しっ……志々雄真実……!?」

 先程まで真っ白に燃え尽きていたサン・ジェルミは、とんでもない大物の登場に絶句した。

(え? ウソでしょ? 一番廃棄物(エンズ)っぽい奴が漂流者(みかた)側なの?)

 味方になれば非常に頼れる戦力だが、それ以上に底知れない野心家である志々雄。

 人の下に付けないタイプの人間が増えてきている現状に、サン・ジェルミは頭を抱えたくなった。

「てめェが本隊の一人か? そんな安物でよく国を取れたモンだな」

「……あなた、ただの悪党じゃないですね」

「ああ、極悪人だ」

 口角を最大限に上げる極悪人(ししお)

 彼はテーブルの上に、袋に包まれた長い何かを置いた。

「殺せんせー……とか呼ばれてたな、アンタ。名乗るような本名はねェのか?」

「ええ。教え子から授かったあだ名が、私の名前です」

「フン……まあいい。アンタは頭がよさそうだ、コイツを知ってるか?」

 志々雄が袋を剥ぐと、そこには意外なものが。

「これは……「スペンサー銃」!」

 フリントロックよりも一世紀以上も未来の兵器に、殺せんせーは驚いた。

 ――この異世界に、まさかこんな高性能兵器が流れ着いていたとは……!!

「殺せんせー、知ってるの?」

「管状弾倉装填式のレバーアクションライフルです。アメリカの南北戦争後に余剰品が世界中に流れ、日本では戊辰戦争で官軍も幕軍も一部の人間が使用してます。銃床から7発の弾丸を込めることができる仕組みで、先込め式のエンフィールド銃と比べてはるかに火力が優れてますし、射程距離もゲベール銃より――」

「もういい! もういいわ、詳しいのはわかったから!」

 ここで区切らねば話が長くなる。

 サン・ジェルミは両手をブンブン振って喋るのを止めさせた。

「ほう……そこまで知ってやがったか」

「あなた、なぜこのような代物を?」

「甲鉄艦の中の武器庫から持ってきた。仕組みがわかってるんなら、話は(はえ)ェ。銃を造るんだろ? こっちにゃもっと質のいいヤツがあるぜ」

 自他共認める極悪人は、戦慄すら覚える程の獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

           *

 

 

 その頃、漂流者(ドリフターズ)の総大将・産屋敷耀哉はある人物と面談していた。

「私の代の柱は、戦国の時代、始まりの呼吸の剣士以来の精鋭達が揃ったと思っていたけど……まさかその始まりの呼吸の剣士がお越しいただけるなんてね。とても心強いよ」

「……私はそのような大層な人間ではない。私はしくじったのです、期待されるような才覚の剣士じゃない」

 その相手とは、継国縁壱。

 つい先日飛ばされたばかりの漂流者であり、今回の和平交渉の場に同行した天才剣士だ。彼は鬼の始祖にして最強の鬼である鬼舞辻無惨を類稀なる剣才で追い詰めた、最強の鬼狩りである。

「……何だか冨岡さんと話しているみたいですね……」

「うむ! 冨岡もどちらかと言うと物静かな男だ!」

 面談に同席したしのぶと杏寿郎は、同僚の〝水柱〟(とみ)(おか)()(ゆう)を思い浮かべた。柱は口数が少ない剣士と縁が深いのだろうか。

 その時、ふとしのぶは冨岡と縁壱を重ねて見たことで気づいた。

「……あれ? まさか冨岡さんの言っていた「俺はお前らとは違う」って……自己肯定感の低さだったりします?」

「……」

「……あのような表情で驕ってるようには見えなかったんだけどね……」

 協調性に欠ける人物として認識されている義勇。

 それがまさか、言葉足らずに加えて自己肯定感の低さによって引き起こされたとしたら?

「……今になって気づくなんて……」

「誰が何と言おうと、あいつが自分をどう思おうと、冨岡が水柱なのだがな!」

「ごもっともですよ、煉獄さん」

 しのぶは盛大に溜め息を吐いて頭を抱えた。

 死んで異世界に飛ばされ、似たような雰囲気の人物と出会ってようやく気づいた同僚の真意。長年の不和の原因が、口足らずに加えて自己肯定感の低さだったとは。

「……それで、縁壱殿。なぜそこまで自分を否定するのかな」

「あの時、息の根を完全に止めていれば、あなた方を死なせることは無かった。止めを刺す直前にあの男は自らの肉体を弾けさせ、無数の肉片となって逃亡した。その全ての肉片を斬り捨てれば……」

「そんなことができるのか!?」

「鬼の再生能力ならでは、と言ったところでしょうか……」

 鬼舞辻無惨の能力の全てを、鬼殺隊は把握していない。そもそも遭遇したことがない上、遭遇しても殺されて情報を持ち帰れないからだ。

 だが目の前にいる痣を持つ剣士は、無惨を追い詰めた猛者。それゆえに能力の一部を垣間見ることができた。

「……そうとなると、日輪刀で頸を落とす程度では死なない可能性が非常に高い。やはり日光が唯一倒す手段のようだ」

「お館様……」

「だが勝機はある。こちらには異世界から来た屈強な傑物達が味方してくれている。それも一時代を築いた程のね」

 無惨だけでなく、黒王が猛威を振るう異世界。

 しかし自分達には、それぞれの世界で名を轟かせ、激動を生き時代を変えた猛者が揃っている。彼らと一致団結すれば、いかなる困難も打破できる。

 耀哉はそう確信していた。

「縁壱殿、もう一度力を貸してほしい」

 そう嘆願する耀哉だったが、縁壱は首を縦に振らなかった。

 なぜかと言うと――

「兄・巌勝が産屋敷家当主を殺し、裏切って鬼となった」

「「「!」」」

「私は妻子も守れず、兄一人も救えない。……何の価値もない男なのだ」

 縁壱にとって兄の巌勝は、仲が良かろうが悪かろうが関係なく、大切な存在だった。

 兄が人喰いの鬼と成り果てた原因は、自分にあるのだと。無惨によって鬼と成ったのではなく、自分のせいで鬼と成ったのだと。

 ずば抜けた剣の才能を持ちながら、大切な人間を救えなかったことに、縁壱は後悔していたのだ。

「その兄が、また私達の味方になっていたらどうするのかな?」

「えっ……?」

「巌勝殿、今だよ」

 縁壱はまさかと思い、背後を振り返った。

 そこにいたのは、鬼と成り果てた兄だった。

「縁壱……」

「……あ、兄上……!?」

 それは、時を経て、世界を越え、最強の兄弟が再び対峙した瞬間だった。

 全てを聞いていた黒死牟は複雑な表情を浮かべ、縁壱は動揺を隠せないでいた。

 あの赤い月の夜……もう二度と会うことがないと、分かり合えることは決してないと、完全に袂を分かつことになったのに。

「……」

 今までにない程に、目に見える動揺を見せる縁壱(おとうと)を見て、黒死牟はロジャーとの会話を思い返した。

 

 強すぎるから、出来が良すぎるから、そういった理由で他人に疎まれ恐れられてしまう特別ゆえの苦悩。

 己が縁壱になりたかったように、縁壱は兄に好かれたかったのではないか。

 そしてそれを確かめる機会は今であり、その手段も口である必要もない。

 

「縁壱」

「……はい」

「今宵、手合わせ願おう」

 己の全てであった剣で語ることを決意し、黒死牟は初めて縁壱に決闘を申し入れたのだった。




ちなみに本作の縁壱は、耳飾りをすでに炭吉に手渡しているので付けてません。

次回は縁壱もロジャーに……。


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第28幕:化け物1号・2号

あ~あ、出しちゃった。(笑)
男の方はいいけど、女の方はヤバイかも。(笑)


 その日の夜。

 ロジャーはエルフの兄弟――シャラの弟であるマーシャとマルクから帽子を受け取っていた。

「はい! ロジャーさん、帽子できたよ!」

「おう! ありがとな!」

 目に見えて嬉しそうに笑うロジャーは、帽子を被る。

 それは、波のような口ひげのついたドクロが刺繍された、羽飾り付きの二角帽(バイコーン)……いわゆるキャプテンハットという代物だ。

「こいつがねェと、どうも頭が寂しくていけねェ」

 プレゼントを貰った子供のような、無邪気な笑みを溢す。

 かつて愛用していた帽子は仲間に譲ったため、渡したことに後悔は無いが思い入れもあったので、もう一度被りたくなったのだ。そこで手先が器用なエルフで、中でも個人的に仲が良い関係であるマーシャとマルクに作成を依頼したところ、かつて海賊稼業をしていた頃と瓜二つの代物を渡されたという訳である。

「こうしていると、船や海も恋しくなっちまうな」

「ロジャーさん、海賊だったもんね」

「あの頃は全てが面白かったからな!! 今はまた別の面白さがあっていいがな、やっぱり海賊は海がお似合いだ」

 前の世界の冒険を思い返すロジャー。

 するとそこへ、オルミーヌが慌てて駆けつけた。

「ロジャーさん!」

「どうした? オルミーヌ」

「縁壱さんと鬼が、決闘をすることに……!」

 オルミーヌの言葉を聞き、ロジャーは目を輝かせた。

「〝縁壱〟? 巌勝の弟か!!」

「あんな化け物、私達じゃどうにもできませんから! 助けて下さい!」

「よし、おれが止めに行ってやる!!」

 ロジャーは満面の笑みで外へ飛び出した。

 その背中を見つめ、オルミーヌはもっとヒドいことにならないか心配するのだった。

 

 

           *

 

 

 満月の光が、辺り一面を照らす。

 ヴェルリナ郊外の野原では、日輪と月輪が対峙していた。

「「参る」」

 黒死牟は自身の血肉から形成される愛刀・(きょ)(こく)(かむ)(さり)を、縁壱は数々の惡鬼を滅殺してきた日輪刀を抜く。

 そして――

(――〝月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮〟!!)

(――〝日の呼吸 壱ノ型 円舞〟!!)

 同時に黒死牟と縁壱は動き、刃を交えた。

 それから速すぎて見えない程の連撃を両者繰り出した。かつては広すぎる差があった両者に技量だったが、黒死牟は数百年という長い年月で心技体を研鑚し極め、人も鬼も貪った。その強さは文字通り異次元の戦闘力を有している。

 類稀なる剣の才を持つ縁壱と、互角に渡り合っていた。

(同時に何という斬撃の数……透き通る世界をもってしても躱し続けるのは困難とは、見事です。――まさに冴え冴えとした闇空に輝く、孤高の三日月……)

(私の剣技を相殺しながら日の呼吸の型を繰り出すか。何と忌々しく……美しい。まさしく、はるかな高みから見下ろす天照、神々しい日輪)

 対の存在なれど、互いに最大限の称賛を胸に剣を振るう。

 この兄弟、案外大差ないのかもしれない。

「〝月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾〟」

「!」

 黒死牟はここで、畳み掛けにきた。

 愛刀を三本の枝分かれした刃を持つ大太刀に変化させると、抉り斬るような横薙ぎの一閃を繰り出し、極太の斬撃で攻撃する。

 龍が尾を振るうかの如き一太刀に加え、剣閃に沿って放たれる無数の三日月状の斬撃をも、縁壱は跳び上がって回避。それによって背後の木々や岩々が見事に両断された。

「〝(くだ)(づき)(れん)(めん)〟」

 宙を舞った縁壱目掛け、玖ノ型で雨のように降り注ぐ無数の斬撃を放つ。

 が、縁壱は前方広範囲に渦を描く様に放つ〝灼骨炎陽(しゃっこつえんよう)〟を空中で繰り出し、相殺しながら着地。その流れで〝烈日紅鏡(れつじつこうきょう)〟を放ち、向かい来る斬撃を切り裂いていく。

 互いに大技をぶつけ合い、周囲が次々と破壊されていく。

「素晴らしい……!」

「ああ……スゲェな」

 二人の攻防に、杏寿郎と鯉伴は感嘆の声を漏らす。

 人間だとか妖怪だとか鬼だとか関係なく、男として惚れるような戦い。血が騒ぐとは、まさにこのことだろう。

 しかし、そう言ってる状況ではない。二人の剣戟によって周囲の物が無造作かつ無差別に粉砕されているのだ、このままでは街にまで影響が出てしまう。

「……そろそろ二人を止めるか、鯉伴殿!!」

「ああ、そうしようや」

 杏寿郎は日輪刀を、鯉伴は長ドスを抜くが――

「待て! 鯉伴! 杏寿郎!」

「「!」」

「君達にケガさせるわけにはいかん」

「……()りてえだけだろ、アンタ」

 そこへ駆けつけたのは、ロジャー。

 災厄に等しい力を持つ黒死牟をして「この世の理の外側にいる」と評する剣士と一戦交えたいのか、ウキウキした様子である。

「バトンタッチだ、巌勝っ!」

「ロジャー……!?」

 黒死牟を追い越し、ロジャーは縁壱へと突撃した。

「よう、会いたかったぜ縁壱!!」

(っ!? 私の名を……? それにさっきは兄上の名も……)

 自らの名どころか兄の名すらも知る、立派な口ひげを生やした異人の登場に縁壱は戸惑う。

 対するロジャーは、嬉しそうに走りながらサーベルを抜いた。

「〝神避〟!!」

 

 ドォン!!

 

「っ!?」

 強大な覇気を纏わせた一閃が、至近距離で放たれた。

 ロジャーの〝神避〟は、十二鬼月最強の鬼の絶技と同格以上の威力を持つ。ましてや至近距離で受ければ、いかなる強者でも直撃すれば遥か遠くへ吹っ飛ばされてしまう。

 事実、真っ向から受け止めた縁壱は、その衝撃に耐え切れず――

「ぐっ!」

(――縁壱が吹き飛ばされた!?)

 六つの目全てを見開き、口をポカンと開けて驚愕する黒死牟。

 正真正銘の神童が、その剣技が最強の御業であった剣士が、文字通り吹き飛んだのである。あれ程嫉妬に狂う強さを持っていた縁壱が、唯一心から羨望した男の一振りで一蹴されたのだ。

 が、そこは鬼の始祖を圧倒し追い詰めた男。両足でうまく着地すると、一気に距離を詰めて

ロジャーに迫る。

 剣の力量だけでなく素の身体能力も規格外な縁壱の反撃に、ロジャーは嬉々として迎え撃った。

「ぬぅん!」

 ロジャーは両足首が地面に減り込むぐらいに踏ん張り、両手持ちで横薙ぎに剣を振るう。

 縁壱は限界まで肺に酸素を送り、唐竹割を繰り出した。

 

 ドォォン!!

 

 海賊の頂点と鬼狩りの頂点が、衝突する。

 刃と刃がぶつかったとは思えない雷鳴のような轟音が響き、その衝撃で夜空を漂う雲すらも吹き飛ばした。

 そして衝突と共に衝撃波が発生し、全方向に襲い掛かった。杏寿郎達どころか、黒死牟ですらその場で伏せて耐えるしかない。

「ぐぁっ!」

 弾かれたのは、縁壱だった。

 再び吹き飛ばされ、地面を何度も跳ねながら大岩に激突した。

「おいおい、ありゃマズイんじゃ……!?」

「縁壱殿!!」

「縁壱……!」

 立ち昇る土煙に、視線が集中する。

 すると土煙が切り裂かれ、縁壱が姿を現す。頭からは血が流れており、それを見た黒死牟は絶句した。

(――あの縁壱が、戦いで血を流しただと!?)

「……」

「いい面構えじゃねェか」

 一筋の赤い線を額から流しつつ、ロジャーを鋭く見つめる。

 対するロジャーも、縁壱の高まる気迫を肌で感じ取り、笑みをさらに深めた。

(先程の黒い斬撃……兄上とはまた別のモノを感じた……一体何者だ?)

 異なる世界から飛ばされた大海の覇者に、縁壱は今まで相対してきた者達とは格が違う相手だと察知する。

「よ~し……いっちょやるか縁壱!!」

 完全に戦闘欲を刺激され、()る気満々のロジャーだが……。

「何がいっちょやるかですか!!」

 

 メギャッ

 

「うぐォッ!?」

 突如として黒髪の男の飛び蹴りが炸裂。

 ロジャーの意識が縁壱に集中していたこともあってか、完全に気配を殺した上での不意打ちは対応できず、そのまま蹴り飛ばされてしまう。

「その声、殺せんせーか!? 何しやがる!!」

「何言ってんですか、今どういう状況かわかってるんですか?」

 青筋を浮かべる殺し屋に、楽しみを邪魔された海賊王は立ち上がってズカズカと詰め寄って睨みつける。

 一方の継国兄弟は、殺せんせーが一切の気配を悟らせずに現れたことに驚いていた。

(あの男、いつの間に……!?)

(完全に気配を殺していた……もしや〝透き通る世界〟を習得して……!?)

 殺気や闘気といった、戦闘の無意識に出てしまう情動を一切感じ取れなかった事実に戸惑っていると、殺せんせーに睨みつけられた。

「お二方にも灸を据えさせてもらいますからね」

「「っ……」」

 

 

 ヴェルリナの政庁舎にて。

「黒死牟さん、縁壱さん。家庭問題で色々あったんでしょうけど、今は復興中なんですよこの国。ただでさえジリ貧国家なんです、これ以上暴れて阻害されては溜まったものじゃないんですよ? 戦国乱世を生きたのであれば、国というものぐらいはわかってるでしょう?」

「返す……言葉もない……」

「申し訳……ありませぬ……」

 殺せんせーに叱られてシュンとなる継国兄弟。

 ハシャギすぎたのは自覚しているようだ。

 だがそれ以前に……。

「……っていうかロジャーさん、あなた「止めに行ってやる」ってオルミーヌさんに言ってたじゃないですか。逆に被害大きくしてどうするんですか」

()りたくなったから仕方ねェだろ! わっはっはっは!」

 豪快に笑うロジャーに、しのぶは盛大に溜め息を吐いた。

 この自由気ままな王者歩みを止められた者は、相棒として支えてくれた副船長(レイリー)も、同じ時代を生きた百戦錬磨の好敵手(ライバル)達も、ロジャーの傍に立ったり立ちはだかったりすることはできても止めることはできない。

 異なる世界から飛ばされてきた英傑達も、それは例外ではない。

「……かつてのお仲間さんの苦労が目に見えてきます」

「大将なのに戦闘では勝手に一番槍と殿(しんがり)やる人ですからね」

「……それは……一軍の将として……目に余るぞ……」

「さすがに度が過ぎる……」

 ロジャーの破天荒さに、継国兄弟はドン引き。

 戦国時代を生きた者だからこそだろう。

「ともかく、今度からは剣ではなく口で語って下さい。何の為に顔に口が付いてると思ってるんですか」

「おめェ割と口うるせェんだな」

「勿論です、元教師ですからね!」

 青筋を浮かべ、終始お冠な死神であった。

 

 

           *

 

 

 一方、ここは無限城。

 鬼と廃棄物の拠点の一つであるこの空間で、鬼の始祖は発狂していた。

「なぜだっ!!! ようやくあの男の悪夢を見なくなったと言うのに、なぜまた現れるのだ!!!」

 無惨の無惨な叫びが木霊する。

 彼にとって、漂流者(ドリフターズ)は恐れるに足らない存在だと認識している。それぞれの世界から勇名・悪名を馳せた猛者が飛ばされようと、人間の力では不死身の怪物である鬼に敵わないと思い込んでいるからだ。現に前の世界で自分を滅ぼしたのは、鬼殺隊というよりも太陽の光だった。

 だが今世においては、あの二人は……継国縁壱とゴール・D・ロジャーだけは別だった。

 継国縁壱は言わずと知れた最強の鬼狩りであり、無傷のまま己を死ぬ間際にまで追い詰めた化け物1号である。生物として全てを超越した大災たる自分が傷つけることすらできないなど、未だに理解できない。

 そしてこの世界で対峙した異人……ゴール・D・ロジャーは、絶対的な関係を結んでいた忠臣・黒死牟と一対一で互角以上に渡り合うどころか、たった一回の邂逅で完全に絆して軍門に下らせるという縁壱ですらできなかった芸当を成した化け物2号である。鬼殺隊は異常者の集まりだが、実際はロジャーこそが真の異常者ではないのかと錯覚する始末だ。

 つまり、縁壱とロジャーは、この世界において最大の脅威であるということだ。

「全ては黒死牟があの異人と会ったことが始まりだ!! 私を裏切りおって……!!」

 その裏切りも、廃城やヴェルリナへの侵攻時に散々水を差した無惨にも一因があるのだが、当の本人は全くの無意識。いや、自覚しても自分ではなく黒死牟がいけないと主張するだろう。

 するとそこへ、前の世界からの付き合いである童磨が顔を出した。

「無惨様、ご報告があります」

「……しかもよりにもよって残ったのが貴様とはな……何の用だ童磨」

「例のジャンヌとかいう娘、素質あったようですよ。俺もびっくりするぐらいに成長してますから」

「ほう……」

 ようやく吉報らしい吉報が来たかと、無惨は心を落ち着かせた。

 廃城の戦闘での敗北以来、ジャンヌは鬼になることを選び、侵攻の度に数多の人間を貪り喰らった。それも全てはジルドレの敵討ちと黒王の救世の為だが、その成長ぶりが上弦並みであることには無惨自身も感心していた。

 実戦経験が少ないため、黒死牟の後釜として役に立つとは思っていないが、この世界は鬼を確実に殺せる手段を持つ者が前の世界よりもはるかに少ない。その上人間達も想像以上の弱さであるため、戦力(こま)としては十分すぎる程だ。

「それとつい先日飛ばされてきた、人格が二つある男、分倍河原(ぶばいがわら)だったかな? その男、少々面白い能力の持ち主で、何でも無限に複製ができるとか」

「……複製か」

 その言葉に、無惨は少しばかり口角を上げた。

 

 同じ頃、廃棄物の王・黒王はある廃棄物を迎えていた。

「我らの盟に加わること、心から歓迎しよう〝マキマ〟」

「……キミが私の思っている通りの()()なら、楽しいかなと思っただけです」

 

 

           *

 

 

 そしてワイヤーフレーム状の扉が並ぶ、とある空間。

 廃棄物を呼び寄せる女・EASY(イーズィー)は、腹を抱えて笑っていた。

「フフ……アハハッ! アハハハハ!! 脇が甘いわね紫!! 私の廃棄物(エンズ)に敵うもんですかっての!!」

 

 数多ある世界から集結し始める漂流者(ドリフターズ)廃棄物(エンズ)

 両勢力の全面戦争は、刻一刻と迫っていた。




ロジャーが被っている帽子は、単行本九十六巻のあの帽子です。


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第29幕:童貞人間の廃城復元計画

四月最初の投稿です。
やっと童貞人間が活躍。彼は本作では殺せんせーやお館様に重宝される中間管理職です。


 サン・ジェルミがシャイロック8世との和平交渉が終わってから、三日後。

 オルテ帝国東方の海上、グ=ビンネンの沖合の岩礁で大破擱座する装甲艦「煉獄」に、客人が乗り込んだ。

「おおおおっ! いい船だな、おれのオーロ・ジャクソンよりデケェ!!」

 そう目を輝かせているのは、大海で暴れ回った海賊王ロジャー。

 かつて苦楽を共にし、仲間達と共に海を制覇した自らの船よりも大きな軍艦に興奮している。

「スペンサー銃にガトリング砲……結構な重装備ですねェ」

 そして艦内の兵器に目を通して感嘆するのは、元超生物の殺せんせー。

 死神の通り名で殺し屋を営んでいたため、武器の知識が豊富な彼にとって、この装甲艦には惹かれるものがあった。

 そしてこの煉獄の所有者こそ、先日合流した漂流者(ドリフターズ)・志々雄真実である。

「他の武器は?」

「ねェよ。抜刀斎とつるんでるトリ頭のせいで海の藻屑だ」

 志々雄はどこか呆れたように呟いた。

 爆装や燃料もほとんど失墜したも同然で、船体自身も大きく損傷している。煉獄を復活させ、海を渡ったり軍艦としての機能を果たすのも不可能に近い。船を直せる技術があろうと、何十年かかることか。

 しかし、志々雄は不敵な笑みを崩さない。

「この世界は、元いた世界じゃあ化石同然の火縄銃すらも脅威になる。()()()()()()()()は満足にやれねェだろうが、天下の覇権を取るには十分過ぎる価値があんのは事実だ」

「火薬という代物(モノ)が存在しない、源平合戦みたいな世界ですしねェ」

「銃を盗まれても、火薬爆薬を造れなきゃ効果は発揮できねェ。造ろうにも何年かかるか見当もつかねェ。連中の技術的進歩は数年で変わるこたァまずねェだろうな」

 志々雄は、漂流者の連合軍も黒王軍も中核は個々の実力になると語る。

 その上で、殺せんせーにこんなことを尋ねた。

「なあ〝死神〟、おめェ人にモノ教えんのうまいらしいな」

「!」

「……この煉獄にある全ての武器、耳長や小人共に使いこなせるように仕込めるか?」

 志々雄の言葉に、殺せんせーは悩んだ。

 物事において、人間には必ず向き不向きがある。それはエルフやドワーフも例外ではなく、武器の使用において銃火器は両者共に経験がゼロな上、勝手が違うので教え込もうとしても結果が実を結ぶかは別だ。

「難しいですね……サン・ジェルミ伯の精鋭ならば問題ないでしょうが、この船の銃火器は少し厳しいかと。火縄銃とは構造が違いますし、何より()()()()()()かと」

「……あのオカマの軍勢は500人ぐれェだったな。あいつらにはガトリングやアームストロングの方を叩き込みてェ」

 その言葉に、殺せんせーは顎に手を当て頷く。

 やはり志々雄なりに考えた上での提案のようだ。

「おいおい、ションベン玉に全部任せるのはダメだろ。大事なのはてめェの腕っ節だぜ」

「あなたのいた世界とは違うんですよ、ロジャーさん! 剣一本で艦隊滅ぼせるような怪物は一人としていないんですから!」

「まあ、この世界の人外や人間は俺達が思うよりも弱かったりするからな。戦国乱世の落ち武者狩りの方が腕も度胸もあるだろうよ」

「しかし、このまま放置するわけにも行きませんね……」

 殺せんせーは考える。

 カルネアデスの陥落、強大化する黒王と廃棄物(エンズ)達の軍勢、同盟を良しとしない亜人や各地の人間勢力……この状況下で、煉獄にいつまでも幕末の兵器を置いとくのは盗難の可能性を拭いきれない。これ程強力な銃砲が敵対組織に盗まれたら、それこそ取り返しがつかなくなる。その為には、より安全な場所に移送して保管する必要がある。それも絶対に信頼できる人物がいる場所へ。

 その条件が全て当てはまる場所は、一つだけだった。

「志々雄さん。この煉獄(ふね)の物資、廃城へ移送しませんか?」

 

 

           *

 

 

 その頃、オルテ北部の山岳地帯。

 犬族の信頼を勝ち取った漂流者のジョット軍――リーダー格がジョットなので――は、アメーショ率いる猫族をも懐柔に成功し、今後の動向について話し合っていた。

「南のオルテ本国は漂流者が乗っ取ってるでござる。事が起きたら、そこで落ち合うのが一番でござろう」

「晴明の話じゃあ、すでに多くの漂流者が集結しているようだぞ。家康」

「うむ、異論はない」

 万斉とやぐらの意見、ジョットは頷く。

「しかし……オルテにいる漂流者についての情報、随分と我が強いのが集まってるじゃねェか。写真が無くても伝わるなんざ」

「我が強いのは、こっちも大差ねェでしょうが……」

「ククク……(ちげ)ェねェな〝鳥神様〟」

 酒を飲むコラソンの指摘に、一枚の紙を見ながら笑う高杉。

 それは、十月機関から渡された漂流者の情報リスト。氏名は勿論、立ち位置や大まかな戦闘力なども記載されているのだが……総じて()()()()()()()()()()というカオスっぷりだったのである。

「まあ名前からして強そうなのがいるな。特にこの煉獄杏寿郎ってのは。まあロジャーは規格外だったが」

「ブーーーーーッ!!!」

 ロジャーの名を聞いた途端、飲んでいた酒を噴水のように噴き出すコラソン。

 噴いた酒は犬族に直撃する。

「おい、汚いぞ」

「ロ、ロロロロ、ロジャー!? まさかゴールド・ロジャーか!? 冗談だろ!?」

「……何か知ってるのか?」

 やぐらの注意を無視して動揺するコラソンに、怪訝に思ったのか菜奈は尋ねた。

「ロジャーは……ゴールド・ロジャーは、世界一周を成し遂げた海賊王だ。おれの上司であるセンゴクさんとも渡り合った、文字通りの海の王者」

「ああ、本人から聞いたぜ」

「もし本当に海賊王が味方なら心強いが……制御は不可能だろうな。特に組織に身を置くとな」

 コラソンは、上司やその同僚から聞いたロジャーの話を語り出した。

 ロジャーという男は、楽天的で仲間想いな性格であるが、仲間への侮辱や危害を非常に嫌う男でもある。共に逃げれば仲間に危険が及ぶからと、船長という立場ながら自らが先陣に立って敵の注意を引きつけ、時には「仲間を侮辱した」という理由だけで一国の軍隊を潰す程に苛烈だったという。

「そこは、おれもわかるぞ」

「家康、そこは共感していいところか?」

 ジョットは共感するように深く頷いた。

 彼もまた人一倍仲間想いであり、仲間の為に命を張るロジャーに好感を抱いたようだ。

 ただロジャーは仲間の悪口でも過剰に反応するだけでなく、日々起こる抗争に苦悩することもあったジョットとは正反対な好戦的な一面を持ってるが。

「……っていうか、漂流者(ウチら)は総じて人の上に付けるタイプは多くても、人の下に付けるタイプが少なすぎないか?」

「確かに……()()()()だな。ある意味で人材不足かもしれんが、まあ大丈夫だろう」

「どうせ踊るなら、アホとよりとんでもねェアホと踊る方が(おも)(しれ)ェしな」

「……こういう連中がチームになるのかよ……」

 どこか楽観的なジョットと高杉に、コラソンは盛大に溜め息を吐いたのだった。 

 

 

 一方。

 漂流者勢力の中核である産屋敷軍――総大将が耀哉であるため――の物資を担う一大拠点となっている廃城にて、旧エルフ居留地税務計算官だった童貞(わかもの)・ミルズが物資や火薬増産の管理といった雑務をこなしていた。

「ミルズさん、やはりここで一括して作業するより、各地で製造させた方が効率的だと」

「弓や剣はそれでもいいと思うけど、火薬は取り扱いが難しい。焦土の硝石化と火薬調合は、手先が器用で用心深いエルフじゃないと。事故のリスクはなるべく減らしたい。管理もしやすいしね」

 火薬にかかわるエルフ族に大きな信頼を寄せていると語るミルズに、エルフ達は満足そうに笑みを浮かべる。

 殺せんせーに見込まれる形でスカウトされたミルズは、当初こそ元オルテ帝国の役人という経歴ゆえ、エルフ達からの当たりがキツかった。しかし総大将の耀哉をはじめとした元鬼殺隊関係者を介して周囲と打ち解けるようになるのは早く、激しい嫌悪感を向けていたエルフの女性陣ともある程度話せるようになった。

 そんな産屋敷軍の要である廃城で重要な立場に置かれている、出来る男臭が半端ない童貞(ミルズ)だが、ある問題に直面していた。

 

 それは、廃城が手狭になってきたことである。

 

 物資の一大集積地となった廃城は、先日のグ=ビンネンとの交渉が成立したことで、商人ギルドによる物資供給も始まった。

 焦土の集積地、弓矢の工房、火薬調合場、馬車荷馬の往還所、(ぎょ)(しゃ)の宿に厩……廃城一箇所にこんなにも集まれば、もはや城下町だ。

 今後を考えれば、集積地拡大は必須だろう。

「マーシャ君とマルク君の曽祖父以前の建造物だと言ってたなァ……」

「例の件ですか?」

 ミルズの呟きに、エルフ達は反応する。

 現在は遺構程度しか残っていないこの廃城だが、マーシャやマルクの曾祖父の代にはすでに廃城と化しており、それ以前に大きな戦があったために大勢の人々が亡くなったと言っていた。しかも彼らの曽祖父が存命だったのは四~五百年は前の頃。少なくとも五百年以上前の建造物だという事実が判明している。

 数百年以上前の大戦で使用された廃城は、一体……。

「ミルズさん。例の調査の件はどうなったかな?」

「産屋敷さん!」

 そこへ、ミルズの提言からエルフに廃城周辺を調査するよう頼んでいた耀哉が、しのぶと共に顔を出した。

「前々から、この廃城のことは気になっていた。誰が何の為に作ったのか……私はこの城から、漂流者と廃棄物の戦いに終止符を打つ()()があると確信してる」

「お館様……」

 するとそこへ、廃城を調査していたフィゾナ村の若いエルフ達が帰還した。

「ミルズさん、産屋敷さん」

「調査が終わったんだね」

「この廃城、デカいよ」

 その言葉に、ミルズ達は目を見開いた。

 調査の結果、どうも廃城の範囲は現在認識されるものよりも広く大きなものらしい。調査の際に地図を描いて視認しやすくしたところ、崩れたり土に埋まってたりしているが、今いる部分は廃城全体のごく一部だということが判明し、周囲の山や丘全体を包む様に遺構があったのだ。

「余程の大戦で使われたんだと思う」

「大戦か……オルテ帝国の蛮行さえなければ、伝記や言い伝えで何かわかると思っただろうに。とても残念だ」

「うっ」

 エルフの長老の昔話や伝説の書物などに記録が残っていればよかったが、最終的にはオルテがメチャクチャにしてしまったせいで何も残っていない。

 直接かかわってないが、ミルズは落ち込んでしまう。

「――とにかく元の城の縄張りを、少しずつでいいから使えるようにしよう。ドワーフ達にも頼んで壁を直して、堀や井戸を掘り返してもらおう」

「壁や堀まで?」

「ふむ……そうだね、念の為にやっておくことに越したことはない」

 

 

 その廃城の、ある場所。

 遺構となった城壁や柱が野晒しにされてる中、ポツンと置かれたサイコロ状の石碑に、誰にも知らされてない二人の人命が刻まれていた。

 

 築 光月おでん 徳川茂茂




一番最後の石碑に関しては、ご想像にお任せします。
漂流者達は、この石碑の存在を知りません。当然廃棄物も。


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第30幕:世界で一番の兵力

五月の投稿です。
今回は少し短めです。


 シャイロック8世との商談成立、漂流者(ドリフターズ)達の集結、亜人達の同盟……各地であらゆる種族達が様々な動きを見せる中、ついに災厄が動き始めようとしていた。

 

「門を開けよ。人間世界を(オイクーメネー)非人間世界に(ウーオイクメネー)

 

 黒王の言葉と共に巨大な門が開かれ、ゴブリンやコボルトをはじめとした人外達が溢れ出てくる。その中には重厚な青銅鎧と長大な武器で完全武装した、城壁を越える程の巨体を持つ巨人族もいる。

 人類根絶に向け、黒王が廃棄物達と共に集めた、まさしくこの世界で一番の兵力と言えよう。

 そしてそれを指揮するのは、廃棄物(エンズ)として飛ばされた夜神(ライト)だ。

「夜神! ()()()()()()の騎兵はもらうぞ。俺の好きにさせてもらう」

「ぜひお願いします。僕は合戦の無い時代の人間だ、平家を滅ぼした時のように思う存分蹂躙してください」

 申し出を断るどころか、むしろ頼み込むライト。義経の戦の手腕は疑いようもなく、それが自然な流れだろう。

 その言葉を耳にし、戦の申し子は口角を上げた。

「先行する部隊の大将は、判断も作戦も含めてあなたに任せます土方さん。後方の本軍を待たず、思う存分やってください。ただし無理攻めだけは……」

「しなければいいのだろう……」

 ただ一言、冷たく言う鬼の副長。

 そこへ、黒王軍の参謀の一人であるラスプーチンが語りかけてきた。

「土方、負傷兵は出すな。黒王様は遍く治す」

 それは、決して兵の身を案じての言葉ではない。

 黒王は、どんな雑兵でも負傷兵は全て治す。しかし黒王の能力は自身の命を酷使する自己犠牲の能力という一面があり、強力無比なれどその能力の行使には大きな代償が伴う。黒王の寿命を縮めてしまうことを、ラスプーチンはよく思っていないのだ。

「負傷して残るくらいなら、いっそ死なせるか鬼共に処理させろ」

 非人道的な注文をするラスプーチンを、土方は無言で睨む。

 そんな中でも、ライトは次々と指示を出す。

「アナスタシア皇女は童磨教祖と待機してください」

「戦はあまり好きじゃないわ……暑いし。しかも何であいつと?」

「アナスタシアちゃん、それどういうこと?」

 気怠げに答えるアナスタシアの露骨な態度に、童磨はアハハと苦笑い。

 しかし二人共冷気を操るという共通点があり、使い方次第では劣勢に立たされても一気に逆転できる。ライトはそれを見抜いており、戦局次第で動かすつもりのようだ。

 まるで、チェスをしているかのように。

「ラスプーチンさんは――」

「敵の懐柔だな?」

「はい。少しでも躊躇させるだけで十分かと」

「お安い御用だ」

 ラスプーチンとキラは、互いに笑みを深める。

 そんな両者に、アナスタシアは人類を滅ぼすのに寝返る者がいるのかと尋ねる。

「皇女様、人は処刑場の前に来るまで自分だけは助かると思うものです」

「そう……処刑の列の後に行くためならば、処刑人に媚を売り、他者を差し出す。僕が裁いた〝悪〟の中にも大勢いた」

「……そうね」

 アナスタシアは二人の言葉に頷いた。

 するとそこへ、思わぬ人物が駆けつけた。

「キラ!! 私も行く!!」

 鬼となったジャンヌ・ダルクだ。

 一見は変わってないように見えるが、よく見ると犬歯や爪が鋭くなっており、瞳孔も猫のように縦長のモノとなっている。

 何よりも多くの人間を喰らったのだろうか、血の臭いが強い。その変貌ぶりに、アナスタシアは顔を顰めた。

漂流者(ドリフ)は、あの黒髪は私が殺す!! 骨一片残さず()()()()、絶望の内に殺さなければ!!」

 鬼としての本能と激情のままに荒れ狂うが、そんなジャンヌに黒王が声を掛けた。

「ジャンヌ」

「黒王様! 命じて下さい私に!」

「そう、お前が無間の闇へ葬るのだ。だから待つのだ」

「……」

 黒王の命令に、ジャンヌは渋々従った。

 鬼となったジャンヌは、廃棄物としての異能を開花させている一方で鬼としての異能「血鬼術」がまだ開花していない。廃棄物の中で唯一鬼となった彼女が血鬼術を覚醒させれば、いくら規格外の強さを持つ漂流者(ドリフターズ)と言えど一溜りもないだろう。

「ところで童磨教祖……あの人は?」

「無惨様? 何でも「あの化け物がしつこい」って、長征への参加を拒否したんだよ。ついさっきまではやる気だったんだけどね」

 童磨曰く、無惨は自分が志々雄真実なる漂流者と接触した際に遭遇した剣士から撤退した際に、今までにない程に恐怖で体を震わせてるという。

 四百年掛けてようやくあの男から解放されたのに。長い年月をかけてあの男の悪夢から逃れたのに。

 鬼の始祖は、童磨の報告を耳にした途端にそう叫び怯え、無限城に引きこもることを宣言したらしいのだ。

「その剣士と、ロジャーという男は優先的に排除しなければならない。その役はあなた方に任せます、マキマさん、鵜堂さん」

「キミって人は随分と恐ろしいね」

「うふふ」

 どこか愉快そうに、悪魔と凶賊は微笑む。

「キラ、蹂躙せよ。北の氷土から南の北壁まで、西の漠土から東の海原まで。生まれる前の腹子から今際の際の老人まで、一人も残すな」

 丁寧に几帳面に。

 確認し再確認し。

 草の根をわけて。

「――一切の差別なく心を込めて、一人も残さず地上から人類を鏖殺せよ」

 黒王は宣言した。

 すでにジルドレが倒され、ジャンヌや土方が退却を余儀なくされ、黒死牟が寝返った。

 油断できない勢力である漂流者(ドリフターズ)との総力戦を、黒王は早くも仕掛ける。人類廃滅の為に。

「進軍を、開始せよ」

 

 人類とエルフやドワーフをはじめとした亜人族と、コボルトやゴブリンに代表される人外達……そのどちらがこの世界に住み続けるのか。

 種の生存を懸けた決戦の(とき)が迫っていた。

 

 

           *

 

 

 時同じくして。

 漂流者側の参謀・Lは一人で地図を見ていた。

(カルネアデスは陥落。黒王軍は南下してオルテを攻めるだろう)

 地図の余白に筆でメモを取りながら、黒王軍の進軍ルートを予想する。

 廃棄物の頂点・黒王の狙いは、人類廃滅。それは人類だけでなく亜人の者達も含み、人間の範疇にある種族は根こそぎ皆殺しにするのは言うまでもない。

 そしてこの世界は、オルテやグ=ビンネンの他にも国や村、集落がある。それらをも襲撃・滅亡させ、オルテに攻め込む可能性が極めて高い。

 そうなれば、オルテ直行というよりもちり取りで部屋のゴミを端から箒で集め捨てるように、()()()滅ぼしていくだろう。そういう意味では、オルテ本国陥落による人類滅亡にはまだ猶予はある。

(そうとなれば、どこで迎え撃つか……)

 そう、これが一番の問題点だ。

 漂流者の中にはロジャーや縁壱、鯉伴にジョットなど、各々が生きた世界で伝説や神話の領域に達した、個人で国家戦力や天災に匹敵する真の豪傑達が雁首を揃えている。

 とはいえ、帝都で迎え撃つのは被害が甚大な上、そもそも帝都自体の防衛機能が存在しない。城壁や関所もないただの平地にあるただの都で籠城など不可能。はっきり言って、こんなところに都を作った者の気が知れない。

帝都(ヴェルリナ)は論外。だが資源に限りがある以上、平地の少ない場所に拠点を置くのが現実的)

 条件としては、黒王軍の戦列が制限される所で、ヴェルリナへの侵攻の阻止点となる場所。

 これらの条件が整う場所は――

(マモン間原サルサデカダン……)

 Lが目を付けたのは、ヴェルリナ近郊の間原。

 ここならば戦場になっても問題ない。

「サン・ジェルミ伯や産屋敷さんを呼ばなければ」

 残念ながら、この地への下見の準備の時間も惜しい。

 黒王の軍勢が眼前に迫ろうとする中、やれるのは作戦を練り、いかに早く強固な即興の防御壁を構築できるかだ。

 幸いなことに、こちらには白兵戦の玄人が多く、特に戦国時代を生きた継国兄弟は戦争や野営に慣れている可能性がある。相手方の軍隊としての練度は相当高いだろうが、Lが生きた時代と違って()()()()()を展開するため、実際のところ五分五分だろう。

 あとは参謀の腕次第だ。

(しかし……どうも胸騒ぎが止まらない。まさかとは思うが……)

 かつて自分を葬った青年の顔が脳裏によぎる。

 彼があの後どうなったのか、Lは知らない。だが正義が最後に勝つのだから、彼は敗北したのだろう。むしろそうであってほしい。

「警察の指揮はしたことがありますが……今回はキラの時以上の覚悟がいるようです、ワタリ」

 その独り言は、誰の耳にも届かなかった。




別の作品でもお伝えしましたが、時期を見計らって新作を投稿します。
優先順位として、多分本作が一番最後になると思います。そろそろ原作に追いついちゃいそうなので。
なので……まあ、気長にお待ちください。


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第31幕:タンクデサント

やっと更新できました!


 進軍を開始した黒王軍は、次々と人間と亜人の国や村、集落を侵略して滅ぼしていき、北壁の南に位置する小国ラ・ズナ()(こう)国の国境まで迫っていた。

 その先にはオルテがある。漂流者(ドリフターズ)・Lの予想通りの進軍ルートだった。

「程々でいいぞー」

 義経は笑みを浮かべてケンタウロスの部隊に命令した。

 視線の先には、逃げ惑う難民達の姿が。

「恐怖を植え付けろ」

 その一言を機に、武装したケンタウロスの軍勢が駆け、難民達に襲い掛かった。

 しかし、義経は皆殺しにはしない。皆殺しでは意味が無いのだ。難を逃れて民が隣国に行けば、隣国は逃民達に道を塞がれ都は溢れ、軍を集めるのも軍を動かすのもままならなくなるからだ。そうなれば攻めやすくなる。

 隣国とはすなわちオルテ。漂流者(ドリフターズ)の本拠地だ。

「さあ、どんどん辛くしちゃおうね」

 狡猾かつ的確に攻める、先を見た戦略を取る義経に対し、刃衛は血塗れの刃を疾駆させた。

「うふふ、うふふふふ!!」

 不気味に笑いながら、武装した兵士達を一瞬で鎧ごと斬り捨てる。

 血を浴びてこそ刀は生きるもの。肉を貫き、骨を斬り裂き、臓物を破り……そして絶命。刃から手に伝わるこの〝流れ〟が、刃衛にとっての至福だった。

「んーむ……この感触……いいね」

 そう呟きながら、人の域を超えた膂力(りょりょく)をもって虐殺する。

 恐怖に耐えかねたように襲い掛かる兵士も、逃げ惑う兵士も、次々に斬り裂かれていく。

 その光景は地獄以外に何と例えればいいのか。

「刃衛め、困るんだよなあ。人間は大事な資源なのだぞ? まあジャンヌだったらもっと酷いか……」

「まあ、よいではないか。死んでも使えるであろうに」

 蹂躙ぶりを遠くから眺め、顔を顰めるラスプーチンとニヤけるザボエラ。

 彼らの周囲には、戦死した者達の亡骸が転がっていた。

「人の死体は粗末に扱うな。大事に大事に扱うのだぞ」

 髪は()()()や縄ひもに。

 血肉は飲食料に。

 皮は衣類に皮製品に。

 骨は装飾品に。

 「人間に捨てる所なし」と語るラスプーチンは、黒王の負担を減らすべく侵攻とともに戦後処理を進める。

 一方、そんな仲間達と違い土方は乗り気ではなかった。

(……心が沸かん。だがあの色男との戦いは少し楽しめた。なぜだ? 俺は戦餓鬼だというのに……)

 そんな廃棄物がそれぞれのやり方で蹂躙する中、彼らを指揮するライトはマキマと共にある光景を見つめていた。

 それは、黒王軍の巨人とコボルトとが共闘し、人間の軍隊を蹂躙する光景。それもただの力押しではなく、現代戦の戦闘方法だった。

「〝デサント〟か。只者じゃないとは思ってたけど、まさか実現できるなんてね」

(……竜による空からの支援といい、空から兵を降ろす戦い方といい、黒王はなぜ知っている?)

 マキマが感心する中、ライトは一人考える。

 デサントもとい「タンクデサント」は、戦車に跨乗して移動・戦闘に参加する歩兵の戦術で、兵員輸送車両の不足を抱えた第二次世界大戦中のソビエト連邦が行っていたことで知られている。

 この戦術は歩兵の移動手段となるだけでなく、戦車の生存性を高め、さらに戦車兵にとっては防衛拠点構築や野営を手伝わせることができるという利点がある。反面、戦車に跨乗する歩兵は()()()()()()()()()()()()()であるので死亡率が高く、その危険度はタンクデサント兵の寿命は従軍して一週間程度とも言われる程だ。

 しかし、侵攻作戦において偵察・奇襲などで長く用いられ、第二次世界大戦後もベトナム戦争やアフガニスタン紛争、チェチェン紛争でも用いられている。同乗歩兵には多大な出血を強いるという欠点を抱えつつも、形を変えて現代でも有効な戦術として重宝されているのである。

 そしてこの異世界において、デサントは道にして強大すぎる戦術だった。青銅の鎧で全身を覆った戦車(きょじん)が前面に立って蹂躙し、それに跨乗した跨乗部隊(コボルトやゴブリン)が周囲を警戒しつつ指示と支援に徹する――まさに黒王軍は、現代の軍隊だった。だからこそ、黒王の正体に矛盾が生じたのだ。

 自分の予想通りなら、彼は近代戦術を知らないはずなのだから。

「……マキマさん」

「ん? どうしたんだい?」

()()()()()()()()()()()()()()なのか?」

「……それは私もわからないな」

 その疑問は、支配の悪魔をもってしても結論を言えなかった。

 彼女も同じことを思っていたからだ。

(まあ……彼であろうとなかろうと、私にはどうでもいい話だけどね)

 正体について様々な憶測が味方から飛び交う中、黒王は前進を続ける。

 国も都も、壁も堡塁も尖塔も、何もかもを刈り取って。

 

 

           *

 

 

 所変わって、オルテの首都・ヴェルリナ。

 グ=ビンネンとの交渉がまとまったことで、食料が行き渡るようになったため市民達は落ち着きを取り戻していた。

「秀元さん、竜崎さん、西から続々と敗残兵が……」

「予定通り壊滅したようですね」

 シャラの報告に、Lは砂糖を大量に入れたコーヒーを飲みながら呟く。

 計画通り第二軍と第三軍が壊滅し、続々集まる敗残兵の対応を迫られることになったが、首都まで来たらサン・ジェルミが回収する手筈になってるので問題ない。

 ただし軍隊の再編は殺せんせーとLの意向で、人間とエルフやドワーフは混ぜず、エルフとドワーフは混ぜず完全に分けるという。黒王と廃棄物という強大な〝脅威〟を前にしたからといって、過去に遺恨がある者同士が簡単に団結など出来ないという意見が一致したからだ。

「あと残るは難民ですね」

「難民?」

「黒王のことやで? わざと追い立てるに決まっとる。征服者とは全然ちゃうんやし」

 式神で遊びながら、秀元はそう断言する。

 征服者にとって、民は後の自分の領民・自分の資産であり、絶対に逃散などさせない。しかし黒王の目的は人類廃滅――ヒトを滅ぼすことだ。ゆえに意図して人々が帝都に集まるように進撃し、オルテごと殲滅する算段だろう。

 とどのつまり、本土決戦となる可能性が高いどころか、再び帝都が地獄と化す可能性があるということだ。

「こっちは過去の怨恨を引きずる連合軍……危機が迫ってもその軋轢は無くなりません」

『……』

「ところで、他の皆さんは?」

 Lの問いに、シャラはハッとなる。

「あっ……何か浴場に行ってるらしいですよ」

「風呂かぁ。僕も入りたかったなぁ~……耀哉ちゃんも一緒なんかな」

 日本人と風呂は、切っても切れない関係。

 霊力を維持し、時に高めるために心身を浄化する(みず)()()などの禊は毎日欠かさずするが、純粋に疲れを癒す風呂に入る機会が少ないため、とても恋しくなった。

「まあ、僕は庁舎のシャワーとやらで今日は我慢するわ。竜崎ちゃんはどないするん?」

「いえ、私は面倒なので洗ってくださるのなら」

「そっかー、ほんなら僕と一緒に水垢離しよか?」

「……少しだけ自分でやります」

 さすがに大量の冷水をぶっかけられるのは嫌だったようで、普段は自力でやらないLも渋々従うのだった。

 

 

 そして同時刻。

 それぞれの世界で雷名を轟かせた漂流者(ドリフターズ)の男衆が、大衆浴場を貸し切っていた。

「お館様、お背中お流しします!」

「ああ、すまないね杏寿郎」

 快活な杏寿郎の申し出を受け入れ、色白の肌を洗ってもらう。

 大事な剣士(こども)に背中を洗ってもらうなど、前の世界では耀哉には無かった経験だ。呪いに蝕まれ続けたがゆえだ。

 こうして一人の男として、お館様ではなく()()()()()()耀()()()()()他者と接することができたのも、同じ漂流者にして稀代の天才陰陽師である晴明と秀元のおかげだ。

(……お館様の背に刻まれた、この経文のような文字。これが鬼舞辻の呪いを封じる呪術の式なのか)

 日々の鍛錬で鍛え上げ引き締まった肉体である

 女性にも思えるくらいに細い体躯。その背中にびっしりと刻まれた、古文書に目を通したことがあるにもかからわず、どういう言葉でどんな意味があるのか一切わからない文字。この文字が全て消える時こそ、この世界でも災厄として人々を貪る怪物・鬼舞辻無惨の最期だ。

(無限列車の任務では志半ばであったが、異世界(ここ)では()()()のようなヘマはしない。絶対に逃がさず、赫き炎刀で骨まで焼き尽くす!!)

 そんな決意を胸に、丁寧に優しく耀哉の背中を洗う。

 するとそばで頭を洗っていた殺せんせーが声を掛けた。

「しかし、お風呂はやはりいい物ですねェ」

「この世界ではそうそう入れないからね」

 桶のお湯を被り、泡を洗い流す殺せんせーを杏寿郎は見つめる。

 無駄を削ぎ落した肉付き。しなやかで締まった体型。くっきりと割れた腹筋。世界最高峰の殺し屋として恐れられた男の肉体は、この異世界でも()()()()()()()を続ける杏寿郎にとっても一目置ける程だった。

 ――自分と同じ世界の人間ならば、さぞ腕の立つ剣士となっていたことだろう。

「あなたが鬼狩りならば、間違いなく柱となってただろうな! 殺せんせー!」

「君こそ私のクラスにいたら、まとめ役として申し分なかったでしょうねェ」

 互いに褒め称える中、先に入っていた鯉伴と継国兄弟は、その光景を浴槽から眺めた。

「ハハハ、若いっていいねぇ。何百年も生きるオレにとっちゃ、可愛らしいったらありゃしねぇや」

「……ロジャーには到底及ばぬが、練り上げた肉体……悪くはない……」

「お兄さん、あのおっちゃんが随分気に入ってるようだな。まあ親父と似たような空気纏ってるから、親しみやすいっちゃ親しみやすいな」

 湯船につかりながら、十月機関やグ=ビンネンを介して送られた清酒を煽る。

 すると、物静かに入っていた縁壱が、黒死牟にいきなりすり寄ってきた。

「よ、縁壱!?」

「……」

「あー、嫉妬してんだな? 兄貴の心を鷲掴みにしたあのおっちゃんに」

(縁壱が嫉妬!?)

 黒死牟は驚きを隠せないまま縁壱に視線を向けた。

「……お前も……人の子、だったのか……縁壱……」

「……」

「おい、何か言えよ……」

 無言を貫く縁壱に呆れる鯉伴。

 その直後、バンッ! と豪快に戸を開けてロジャーが登場。

「おう、全員揃ってるのか野郎共!!」

『!?』

 全員がギョッと目を見開いた。

 この場にいる誰よりも広くゴツい肩。数多の修羅場をくぐり抜けたガッシリした肉体。バキバキに割れた腹筋と盛り上がった胸筋。歴史上初めて〝海賊王〟と呼ばれた男の身体つきは、他の面々とは一線を画していた。

 御年五十三の肉体とは到底思えない!!

「……あの、ロジャーさん? 私の知ってる五十路と全然違うんですけど?」

「わははははは! 男はこれぐらい鍛えないとな!」

 豪快に笑い飛ばすロジャー。

「そうは言うがよォ、おめェらも中々だぞ? ガープもセンゴクもニューゲートも、おれと殺し合った奴ら全員バッキバキだったぜ」

「ウソだろ、あんたが前いた世界は青田坊まみれかよ」

 筋骨隆々がその辺にいるような世界と知り、鯉伴は「嫌な世界だな」と顔を引きつらせる。

 その話を耳にした杏寿郎は、「悲鳴嶼さんが無数にいる世の中か……」と感慨深そうに呟いた。

「まァそりゃどうだっていいが……おめェら、大事な話がある」

 お湯でサッと体を流しながら、ロジャーは不敵な笑みで告げた。

 その鋭い目に射抜かれ、一同は体を強張らせた。

「実はよ、おめェらを鍛えようと思ってんだ」

『!!』

 その言葉に全員が目を見開き、一部の面々は口角を上げた。

 最強の海賊の宣言に、どういうことかと殺せんせーは質す。

「敵は軍隊だぜ? それに幹部連中も腕の立つ奴らが揃ってるし、数も向こうが上らしい。だったらおれ達も決戦まで修行した方がいいんじゃねェか?」

「その意見には納得しますし、私も賛成はしますが……あなたが言うと構ってくれる相手がいなくて暇だって副音声が聞こえるんですけど」

「そ、そんなこたァねェ!」

(絶対そうだ……)

 ジト目に囲まれるロジャー。

 もっとも、誰よりも仲間想いなロジャーのことなので、言っていることに偽りはないだろうが。

「しかし、方法は? 向き不向きがありますよ」

「そんなモン、いっちょ()りゃあいいんだよ!」

「全然考えてないじゃないですか!! 死人出ますよ!!」

 やっぱり戦いたいだけの内容に、殺せんせーは青筋を浮かべた。

 すると、そこへ意外な人声が。

「それなら、しのぶに聞いてみればいい」

 声の主は、何と耀哉だった。

「実は前の世界では、柱による隊士達全員の稽古を行っていたんだ。それならちょうどいいんじゃないかな」

「よもや、そんなことを……」

「杏寿郎が死んでからのことだからね」

「そう言えば、全員一回死んでるんですよね……」

 異世界で生きてるからか、一度死んだ身であることを忘れてしまう。

 誰もツッコんでいないことなので、今更だろう。

「そうとなれば、そうそうに決めないとね」

「おい、巌勝! おれと一緒に〝エルバフの槍〟やってみようぜ!」

「何だ……それは……?」

「うわ、早速話聞いてないじゃないですか……」

 話の続きは、とりあえず入浴を終えてからにしよう。

 殺せんせーはそう結論づけ、湯船へと向かった。




ちなみに本作では、作品の枠を超えたスーパーコンボによるオリジナルの合体技とかを出しますので、お楽しみに。


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第32幕:ちり取り

八月の更新です。


 それから四日程経った夜。

 オルテの街がようやく機能し始めた中で、凄まじい〝試合〟が郊外で繰り広げられていた。

 

 ギィン!

 

「「ハァ、ハァ……」」

「……両者、そこまでだ……」

 息を切らす高杉と杏寿郎を制止する黒死牟。

 二人は納刀すると共に、投げ渡された瓢箪の中の水を飲む。

「ハッ……それが全集中の呼吸ってヤツか。久しぶりに熱が入ったぜ……」

「うむ! 高杉殿の剣の技量も見事! 呼吸の使い手であったなら、瞬く間に柱になり得ただろう!」

 口角を上げ、互いに健闘を称える。

 ロジャーの提案から始まった、漂流者を鍛える特別稽古。当初こそ基礎体力向上や筋肉強化訓練などのメニューがあったが、そもそも百戦錬磨の男衆であるため、やっぱり試合という形で収まった。

 そして現在。互いに戦ってみたい相手と一対一の打ち込み稽古となり、高杉と杏寿郎の試合は引き分けに終わった。なお、その前に黒死牟は鯉伴と一戦交えており、黒死牟が地力で上回っている。

「しかし……侍が滅びかけたというのに、これ程の剣士がまだ生き残っていたとは」

 時代が変わり、力を奪われた侍。

 鬼狩りはその生き残りの一種と、万斉は認識していた。

 奇しくも万斉と高杉は天人を、杏寿郎ら鬼殺隊は人喰い鬼を相手にしており、人間とは明らかに異なる種族と熾烈な戦いを繰り広げたという点で共通している。

「よ~し……! それじゃあ今度はおれ達の出番だな!」

「お手柔らかに頼むぞ、ロジャー殿」

 そして最後に、ロジャーとジョットが対峙した。

 互いに最強と称されたアウトロー同士の一戦は、やはり注目の的なのか、男衆の視線が集まる。

(風格は間違いなく本物。実力はいかに……)

(……あの南蛮人の実力は、未だ見たことがない……見極めさせてもらおう……)

(額と両手に灯る炎は、一体……?)

 次々と疑問が湧く中、彼らを代弁するようにロジャーが興味深そうに尋ねた。

「その炎は何だ? 何の能力だ?」

「これか? これは〝死ぬ気の炎〟と言ってな、人間の生体エネルギーを圧縮し視認できるようにしたものだ」

 死ぬ気の炎は、オーラより密度の濃い超圧縮エネルギー。使い方次第では、攻撃だけでなく移動手段や機械類の動力源にも活用でき、炎の強さを示す炎圧の制御が精密であればレーザーのように飛ばすことも可能となる。

 そしてジョットは、死ぬ気の炎を扱うマフィアグループ「ボンゴレファミリー」創立者にして、歴代最強のボスとして後世に語られている。ロジャー同様、伝説的な人物であるのだ。

「へェ、(おも)(しれ)ェな。だが無尽蔵じゃねェだろ?」

「まあ、そうだな」

 ロジャーの指摘に、ジョットはあっさりと肯定した。

 死ぬ気の炎は生体エネルギーであり、言い換えれば生命力を熱エネルギーに転換したようなモノだ。無尽蔵に使える都合のいい代物ではなく、使い過ぎれば消耗し、最悪の場合は命の危機にもなり得る。

 しかしジョットは、生まれつき純度も炎圧も極めて高い死ぬ気の炎の持ち主だ。戦闘力も死ぬ気の炎も上限が見えない程であり、並大抵の異状では倒れることを知らない。心配は無用だ。

「覇気か死ぬ気の炎か……力比べと行こうじゃねェか、ジョット」

「うむ……その言葉、乗った!」

 久々に本気で戦える相手だと悟ったのか、ジョットは嬉々とした様子で答えた。

 ロジャーとジョット――伝説の海賊と伝説のゴッドファーザーの手合わせが始まった。

「そォらァ!」

 先手はロジャー。

 愛刀〝エース〟を抜き、無造作に一閃。強力な斬撃がジョットに迫るが、彼は何と両手を突き出し受け止めた。

「……ハァッ!」

 額の炎が大きく燃え上がったかと思えば、凄まじい圧が両手から発生して斬撃を打ち消した。炎圧を高め、受け止めた斬撃をそれ以上の力で相殺したのだ。

 斬撃を真っ向から相殺した死ぬ気の炎の力と、ジョット自身の凄まじい技量を肌で感じ取り、ロジャーは自然と笑みが零れた。

「今度はこちらの番だ」

 そう言うと、ジョットは地面を蹴って拳を振りかぶった。

 ロジャーは即応し、〝武装色〟を纏った拳を振るう。炎圧を高めたのか、威力は五分だ。

「ぬんっ!」

 ロジャーは拳を押し込み、弾こうとする。

 その時、ふと体勢を崩した。ジョットが目の前から一瞬でいなくなったのだ。

 すかさず上を仰ぐと、ジョットが両手に嵌めたグローブから炎を射出し、宙に浮いているではないか。

「炎の推進力で飛べるってことか……!」

 ロジャーは死ぬ気の炎の応用を看破する。

「ああ……では海賊王、これはどうだ?」

 刹那、炎の推進力を駆使してジョットが距離を詰めた。

 ロジャーは斬撃を放つが、その瞬間には視界からジョットが消えていた。

「――っ!」

 〝見聞色〟で()()()()()()を見たロジャーは、目を見開いて真後ろを向き、斬撃を再び放つ。が、外れ。飛んだ斬撃はそのまま遥か彼方へと向かって行った。

 

 バキッ!

 

「!?」

 左頬に、拳が減り込んだ感覚が襲う。

 殴られたのだ。しかも焼き(ごて)のような〝熱さ〟も感じ取れた。

 今まで食らったことの無い打撃に一瞬怯んだロジャー。その隙を見逃さず、ジョットは鋭く重い連撃を叩き込み、さらに回し蹴りで鳩尾を穿つ。

 フラフラと後退ったところで、掌底をロジャーの額に叩き込んだ。

 

 ガギィッ!

 

「!?」

 ジョットは度肝を抜かれた。

 確かに掌底を額に叩きつけた。手応えもあった。なのに、今の金属音は一体……?

 息を呑んで言葉を失うジョットに、ロジャーは笑った。

(つえ)ェな……やっぱ男はバカ正直に()るのが一番だ」

 気づけば、ロジャーの額は黒く染まっていた。

 〝武装色〟だ。額に集中させることで、そこに叩き込まれる衝撃を防ぎ切ったのだ。

「何と……」

「中々いい筋だ。ガープ程じゃねェが、な!!」

 

 ドンッ!!

 

「ぐっ!」

 ロジャーが気迫を爆発的に高めた途端、ジョットは宙へと大きく吹き飛んだ。〝覇王色〟の覇気を発散させ、その圧力で物理的な破壊力を生ませたのだ。

 すかさず炎の推進力で体勢を立て直すと、そこへ無数の斬撃が襲い掛かるが、ジョットはマントすら傷つけることなく躱し切った。

 ジョットは〝超直感〟と呼ばれる、常人を遥かに凌ぐ直感力を持っている。それは全てを見透かす力であり、幻覚・幻術を見破ったり、相手の性格や本心を見抜くなど、あらゆる分野で発揮する。当然戦闘に活かすことも可能で、手の内を見抜いて先読みすることなど造作もないのだ。

「……〝見聞色〟じゃねェが、似たような能力(モン)使ってるな。それに宙に浮いてるあの姿! シキを相手取ってる気分だ!」

 戦争レベルで対立していた宿敵の〝金獅子のシキ〟は、空中戦の強さは海賊界でも随一で、〝空飛ぶ海賊〟として猛威を振るっていた。

 その絡繰りは、〝フワフワの実〟の能力。自分自身や触れた物を浮かすことができる能力で、浮力で空中を動くことができた。目の前にいる男は、理屈こそ異なるが似通った戦法を駆使している。

 黒死牟(さむらい)だけでなく、かつての宿敵を彷彿させる戦い方をする男とも()り合える……ロジャーはそんな異世界に飛ばされたことに、内心感謝していた。

「やはり手強い……ならば、これはどうだ!」

 ジョットは炎圧を高めると、強く踏み込んで掌から極大の炎をレーザーのようにして放った。

 ロジャーは動じず、サーベルの刀身に覇気を纏わせ、地面を踏みしめて振るい炎を真っ二つに斬り裂く。続けざまに無数の炎の弾が降り注ぐが、これを〝神避〟で一閃し、全て撃ち落とす。

「お返しだっ!」

 ロジャーは獰猛な笑みを浮かべ、サーベルを両手で持ち、覇気を溜めた。

 黒い稲妻が迸り、刀身も漆黒に染まる。

(いかんっ!)

 超直感が凄まじく強力な一撃が襲い掛かるのを予感し、ジョットは咄嗟に死ぬ気の炎を一気に高め――

 

「〝(かむ)(さり)(づき)〟!!」

 

 ――ドドォォン!!

 

 ロジャーがサーベルを横薙ぎに振るった瞬間、黒い三日月状の斬撃が発生して広範囲を破壊。剣閃上の万象をことごとく抉り斬っていく。

 片手で振るう〝神避〟と違い、〝神避月〟は相手を斬ることに特化している。強大な覇気使いであるロジャー自身の技量が上乗せされ、文字通り異次元の破壊力を発揮した。

 何よりこの技は――

「あれは……私の……!」

 黒死牟は興奮し、口角を上げた。

 ロジャーの渾身の一太刀は、〝月の呼吸〟のオマージュだったのである。その剣技は〝捌ノ型 月龍輪尾〟に酷似しており、月輪の刃こそ無いが凄まじい威力だ。マトモに食らえば、どんな強者強豪でも太刀筋の錆と消えるだろう。

 それを真っ向から受けるハメになったジョットの安否は――

「……何という威力だ……」

 冷や汗を流すジョットに、ロジャーは気づいた。

 頬から一筋の血を流す彼の足元には、その場にないはずの氷が散らばっていたのだ。

 これこそ、〝死ぬ気の零地点突破・初代(ファースト)エディション〟。自らの死ぬ気の炎を強力な冷気に変換し、対象を凍らせる技だ。死ぬ気の炎をも封印することが可能で、死ぬ気の炎でのみ解凍することができる。

 しかし解凍は氷を溶かすことであり、解凍と砕くとでは話は別だ。ロジャーの攻撃はジョットが生んだ氷の防御壁を破壊し、彼の頬に一筋の傷を入れた。超直感が見透かさなければ、さすがのジョットも一溜りも無かっただろう。

「もういっちょやろうぜ、ジョット! もっといいモン見せ――」

「ないでくださいね、ロジャーさん」

「胡蝶!」

 ロジャーが構えた途端、背後から舞い降りるようにしのぶが姿を現す。

「しのぶ……今いいトコだったんだぞ」

「お館様が皆さんを呼んでるんですよ? こんな所で子供のようにはしゃがないで、とっとと来てください」

「…………」

『イヤそう!』

 露骨に嫌がるロジャー。

 これにはしのぶも青筋を浮かべ、「五十三歳のクセに我が儘言わないでください」と半ギレ気味に毒を吐いたのだった。

 

 

           *

 

 

 庁舎に集合した漂流者達は、眼下の光景に唖然としていた。

 黒王軍に追われた難民がオルテ帝都に雪崩れ込んだのだ。北からも西からも流れており、あっという間に難民に満ちている。

「そこに集っているのは全て難民だ」

「……よもやよもやだ」

 あまりの人の数に、杏寿郎は顔を引きつらせている。

「黒王はわざとこっちに彼らが逃げるように追い立ててる。これはもはや民族の大移動に近いわ」

「でも、何で……」

 オルミーヌが抱く疑問に、やぐらは統治者として答える。 

「普通の征服者はそんなマネは絶対しない。民は後の自分の領民・資産になるからな。だが黒王の目的は征服ではなく殲滅だ。この時点ですでに答えは出ている」

 そう、黒王軍は人間全てを滅するのが目的。人類絶滅を図る黒王は、オルテのように四方で進軍するのではなく、追い込み漁のように一箇所に追い詰めているのだ。

 人間も亜人も、一人残らず滅ぼすため。

「むう……ここはちり取りということか」

「でなきゃ土間の(すみ)だな」

「ああ、志々雄殿の言う通りだ」

 そこへ十月機関の長・安倍晴明が、同じ漂流者である志々雄真実を連れて姿を現した。

「大師匠様!!」

「あらら、晴明ちゃん」

「久しぶりだなオルミーヌ、秀元。――皆、聞いてくれ。黒王軍が何をしているのかがわかった」

 晴明の一言に、緊張が走る。

 曰く、黒王軍は進軍途上の国や市民を文字通りはき清めるように進軍しているという。虱潰しに攻めており、南のオルテへの逃げ道だけを残し、小さな村や集落すら見逃さず丁寧に襲撃し、難民がオルテに集まる形を意図的に作っているらしい。

 正も狂もない、沙汰の外。おそらく王軍のいる地より北には、一人としてヒトは住んでいるどころかロクに生きてすらいないだろう。

「今までの()()()()とは訳が違う。まとめた〝チリ〟を浚いに黒王が本隊を連れて直接来る」

「……ど、どうすれば……」

「まず籠城は却下(ナシ)だな。ここはただの平地のただの都だ、城壁すらねェ。はっきり言わせてもらうが、ここを作った奴は大バカだぜ」

 志々雄の容赦ない指摘に、一同は苦笑い。

 建国に関与したサン・ジェルミは「廃棄物(エンズ)に攻められるなんて判るわけない」と若干ビビった様子で反論する。

 さすがに自称極悪人の前では戦々恐々らしい。

「そもそも籠城どころか持久戦も怪しい。流民達が際限なくやってきたら、我々の兵糧がもたないのではないでしょうか?」

「……それも、連中は狙っているだろう……」

 継国兄弟の意見に、Lは目を細めた。

 オルテは帝国を名乗るだけあって、この異世界随一の大穀倉地である。だが今まで散々戦争をしてきたこともあり、ジリ貧国家なので兵糧はとても足りない。

 ならば黒王軍(てき)はどうなのか。

「晴明さん。黒王軍の食糧はどうなんでしょうか」

「黒王は食物を好きなだけ生み出すことができる……という話です」

『……はあっ!?』

 晴明曰く。

 パンを千切れば軍団に分けて余る量となり、数匹の魚を大量に増やし、穂一本分の麦粒で辺り一帯を埋め尽くし、燃料となる薪すらも無限に増やすことができるというのだ。

「黒王は……兵站の概念を崩す……鬼舞辻とは違った恐ろしさを有している……」

「フザけんな!! そんなのこっちが欲しいわ!! それなら戦も楽だろうな!!」

 戦争経験者のやぐらの叫びに、サン・ジェルミは「すごい実感こもってる……」と気圧される。

「……で、あの包帯野郎はどこ行ったよ」

 ふと、志々雄がいつの間にか消えていることに気がつく。

 あまり積極的に関わる気が無いのかと思ったら、シャラが慌てて駆けつけた。

「大変です!! さっきの包帯の人、避難民達の前に……!!」

「それ絶対やめさせないと!!」

「余計面倒なことになりますよっ!!」

 殺せんせーとしのぶはとんでもない事態になると予感し、声を荒げた。

 志々雄真実という男をあまり詳しくは知らないが、あまりにも我の強い人間であるのは火を見るよりも明らか。そんな人間が人前に出たら何が起こるか、皆目見当もつかない。

「これで暴動起きたら黒王どころじゃないわよ!!」

「……一応止めに行ってくれないかい?」

「はい、勿論!」

 しのぶ達は慌てて志々雄を止めに向かう。

 しかしロジャーを筆頭とした歴戦の古豪強豪達は、その場に残って若者の手助けには行かなかった。

「あなた方は止めに行かないのか!?」

「わははは! どうにかなるさ、気にするこたァねェ!」

「言っても無駄ってところはそこのオッサンに同感だ。そもそも人の下に付けねェタイプの人間がわんさかいるチームだぜ?」

「あの場は兄ちゃん達に任せときゃいい。そん時ゃそん時だ」

 ――こんな調子で、黒王軍を退けることが本当にできるのか?

 漂流者(ドリフターズ)は「一寸先は闇」を地で行く集団であると悟り、晴明は頭を抱えたのだった。




本作では、いくつかの設定変更があります。
今回の「死ぬ気の炎の冷気=溶かすのは無理でも砕くのは可能」もその一つであります。ご了承ください。

また、本作ではオマージュ技が今後増えます。ロジャーが全集中の呼吸や血鬼術は使えませんが、それを覇気で模倣した技を繰り出すことができるといった感じです。
オマージュ技のアンケートもするかもしれないので、その時はその時でよろしくお願いします。


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第33幕:どんづまり

だんだん原作が近くなるので、オリジナル展開を混ぜて進めます。


 漂流者・志々雄真実は、庁舎の前に群がる難民達の前に姿を現した。

 その異様な出で立ちと圧迫感に、騒いでいた難民達は一瞬で静まり返った。

「候子様、あれが漂流者(ドリフターズ)でございます」

「ああ……」

 黒王の軍勢に敗れたラ・ズナ士候国の候子は、その姿に息を呑む。

(あの異様な剣士が漂流者(ドリフターズ)……若いな。どんな男か見定めねばなるまい)

 候子が志々雄を見極めようとする中、難民達は続々と声を上げた。

 曰く、黒王に国も町も奪われたと。

 曰く、村も家も焼かれたと。

 曰く、家族も家も全て奪われ殺されたと。

 漂流者(ドリフターズ)廃棄物(エンズ)と戦うため、黒王を倒すために来たのだという認識で、助けを求める。

 だが、相手が悪かった。なぜなら――

 

「てめェらの()()()で俺を語るんじゃねェ。そもそもてめェらが(よえ)ェのがいけねェんだろうが」

 

 特大の爆弾発言を平然と言い放つ志々雄。

 当然のように全くブレずに持論をぶちまけた彼に、難民達は唖然とする。

 同じタイミングで駆けつけたしのぶ達も、この発言にはドン引きした。

「ああ……」

「よ、よもや……」

「詰んだ……これ絶対詰んだ」

 一斉に頭を抱える他の漂流者達。サン・ジェルミはこのままでは暴動になり、黒王どころではなくなるのではと慌てふためいたが……。

「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。弱者は強者の糧となり、糧にすらならない弱者は存在する価値すらねェ。そんなどんづまりに逃げ場なんざねェ」

 乱暴な思考のように感じるが、弱肉強食は自然の摂理だ。実力があればどの世界でも自分を貫くことができ、逆に力が無ければ人にいいように使われる。

 黒王軍に勝てずとも、各々の国が進行を一刻食い止める程度の軍事力(チカラ)があれば、国や町村は滅びても命の犠牲は増えなかったのかもしれない。あるいはや時代のうねりに敏感で、十月機関の言葉に耳を傾けたり、いつ動乱の時代になってもいいように準備していれば、先手を打てたのかもしれない。

 その真実からは、誰も逃れられない。全てが後の祭りだ。――志々雄はそれを突きつけているのだ。

「これは自分(てめェ)の誇りの問題だ。泣き喚いて死ぬか、戦って死ぬか。そんな覚悟ができねェ奴は消えろ、二度とその面見せんな。ここは弱者を助ける場じゃねェ」

「!!」

「だが……死んででも黒王(やつ)の首取って国盗りしてェなら、俺がお前らにいの一番の勝利を味わわせてやる」

 不敵とも余裕ともとれる笑みを浮かべる志々雄。

 その言葉に感銘を受けたのか、候子は声を上げた。

「漂流者殿……私は廃棄物(エンズ)故国を滅ぼされた北の一将だ。我々は貴方と共に戦う。めそめそ死ぬのはいやだ!!」

 共に黒王軍と戦うことを宣言した候子に、満面の笑みを浮かべる志々雄。

 候子の言葉は響いたのか、つられる様に他の国々の兵士達も共闘を申し出た。

「漂流者の言う通り!! 自ら戦わずして、何も手に入るまい!!」

「追い立てられ追い詰められ、泣きながら獣のように殺されるより、故郷を家を取り戻すため、前を向いて死んでくれる!」

「勝ちに驕る黒王に、廃棄物共に、化け物共に目に物を見せて死のう! 彼らと!!」

『おおおおおおおおお!!!』

 何と、あっという間に難民の心を掴んでしまった。

 自らの力で明治政府を倒し国盗りを成就させようとした男は、異世界においてもそのカリスマ性は健在だった。

「あ、危なかった……」

「寿命減りますよ、全く……」

 しかし、結果としては上手くいった。

 非常に危険な綱渡りが成功し、大勢の兵力を手に入れた。

「そうとなりゃあ、兵力を整えねェとな」

 煙管の紫煙を燻らせ、高杉は提言した。

「難民をこれから兵の経験者、指揮経験者、そしてズブの素人に分ける。男女老若では分けねェ」

「っ!」

「なっ……」

「――高杉さん、あなた正気ですか!?」

 高杉の言っていることは、女子供や老人も戦力にするということ。

 非戦闘員であるはずの者も兵力とするやり方は、遥か昔から多くの偉人を苦しめてきた。それに兵力が乏しい現状、効果的か否かと言われれば効果的だ。

 しかし、鬼殺隊の面々や平和主義的な思考のジョットからは、反感を間違いなく買う戦術だ。暗殺技術を生徒に指導した殺せんせーも難色を示し、鯉伴も真剣な眼差しで高杉を睨んでいる。

 しかしそこへ、黒死牟が言葉を掛けた。

「……女子供でも……火縄銃の玉込覚えのいい者は、射ち方もできる……」

「!」

「その通りだぜっ!」

 ロジャーはドカッ! と豪快に座り込み、不敵に笑った。

「おれァ海賊だし、おめェらも(つえ)ェが〝軍人〟じゃねェんだろ? だったら()()()()()()を積んでる巌勝と晋助が一番詳しいんじゃねェか?」

 黒死牟は人間時代、群雄割拠の戦国乱世で武将としての経験を積んでいる。

 高杉は攘夷戦争をはじめ、多くの激戦地を刀一本でくぐり抜けてきている。

 一対一(サシ)や総力戦による戦争ではなく、戦略や戦術が重要視される戦争なら、その手の経験を積んでいる者の意見を軸にするべきじゃないのか。

 そんなロジャーのあまりにも真っ当な意見に、一同絶句。

「……一番そういうのに疎そうな奴から正論出やがった」

「わっはっはっは!」

 するとそこへ、難民達に喝を入れてきた志々雄が戻った。

「そこのオッサンの言う通りだが、正しくは()()だ」

「……ホンット危なかったのよ? 極悪人は伊達じゃないわね」

「それは褒め言葉だぜ、オカマ」

 志々雄はそう言い放つと、Lの傍へと向かう。

「――竜崎。俺の言うことをよく聞け」

「話は聞きますが、判断はそれからでお願いします」

「……フン」

 志々雄はニヤリと笑い、提案した。

「まず難民共の中に壊滅したオルテの兵ぐれェ混じってるだろ。オカマはそういうのを集めろ」

「まあタテマエ上、仕方ないわね」

「で、負け犬共は俺に最初に賛同したあのオッサンに任せろ。デキる男のニオイはする。その上で連中と耳長・小人を絶対に一緒にすんな」

 勘を働かせている志々雄の、まさかの言葉にざわついた。

「ちょ、今更反目しないよォ?」

「いっくらワシらでも空気ぐらい読むわい!!」

「人心掌握できるのに、疑心暗鬼なんですか?」

「世界の存亡かかってるんですからね? それ把握してるんですよね?」

 当事者のシャラやドワーフ長、漂流者達からも反対の声が上がるが、志々雄は却下した。

「呉越同舟とかよく言うけどな。危機が迫れば軋轢や不和がなくなると思ってんのか」

『!!』

 志々雄は、相手は必ずしも自分の味方であり続けるとは限らず、些細なきっかけで敵対関係に陥ると語る。

 そもそも志々雄は幕末の動乱では幕府要人の暗殺――いわゆる人斬り稼業に身を投じていた身で、言い方を変えれば薩長中心の明治政府の「弱み」を握っている人物だった。それゆえに戊辰戦争の混乱の最中、同志によって刀で額を突かれ、身体に油を撒かれ火を点けられる形で口封じされた。もっとも、生き延びた志々雄はこの出来事を「いい経験」と言ってのけているが。

 いずれにしろ、住時の不和は土壇場に限って狙うように露わになるモノで、そのせいで取り返しのつかない事態となり、勝てる戦いも負ける。志々雄はそう言いたいのだ。

「そ……そんなことないッスよ……ドワーフくせえとか人間死ねとか思ってないッスよ……」

「イヤ、ホントそうじゃそうじゃ。エルフきもいとか人間死ねとかもう思っておらんじゃヨ」

「ほら見ろ」

 さらに志々雄は、鬼殺隊にも目を向けた。

「戦力として申し分のねェ六つ目のお侍も、鬼殺隊(てめェら)の天敵らしいじゃねェか。しかも洒落にならねェ軋轢って聞いてんぞ。海賊の外人がいりゃあ問題ねェだろうが、俺としちゃ耳長と小人より心配だぜ」

 ビクッとする煉獄達。

 そう、竈門兄妹はあくまでも例外。鬼殺隊を裏切って十二鬼月の頂点に君臨し、罪無き人々と多くの柱を葬り腹に収めてきた元上弦の壱は、鬼殺隊にとってまさしく不俱戴天の仇。ロジャーという縁壱以上の規格外の人物がいたからこそ、元サヤに戻って人間味を取り戻したのであって、未だに人間の血が必要な鬼であることに変わりはない。

 その事実を誰よりも理解している巌勝は、非常に重たい空気を纏って項垂れていた。

「……返す……言葉も……ない……」

「み、巌勝さん! 大丈夫ですよ! とっととくたばれ糞野郎とか、人を殺した分だけ拷問するとか、微塵も思ってませんから!!」

「そ、そうとも!! 斬首するなど一度たりとも考えてないから安心するといい!!」

 本音が見え隠れする、何の意味もない宥め方をする二人。

 志々雄は呆れた様子で耀哉を睨んだ。

「産屋敷、こいつら抜きでやろうぜ」

「そ、そう言わないでおくれ……私の大事な剣士(こども)達だからさ」

「と、とにかく迎撃するとして、この都(ヴェルリナ)が使い物になんないんなら、どこで決戦するのよ」

 何とも言えない空気を切り裂く、サン・ジェルミの言葉。

 ハッとなった一同は、テーブルに広げた地図を見る。

「んなモン決まってる。三つの条件が当てはまるトコだ」

 志々雄が言う三つの条件。

 まず一つ目、街道の結地である場所。

 次に二つ目、黒王の軍の布陣が制限される場所。

 そして三つ目、帝都侵攻の阻止点となる場所。

 この三つ全てが当てはまる地に、強固な陣あるいは砦を設けるという。

「……とすれば、ここはどうだ?」

 やぐらは決戦の地の候補に、オルテの西に存在する「マモン(かん)(げん) サルサデカダン」という山間の平原を指差した。

「昔ここには関所があったわ。オルテの建国で無くなったけど、守るにはいいかも……」

「地形を利用して、身を隠す堀や土塁を造るといいかもね」

「なら水関係は俺が()ろう。白兵を少しでも足止めしなきゃならないだろ」

「野営には……心得がある……私も加わろう……」

 サン・ジェルミや総大将(かがや)、やぐら、黒死牟からの賛同も上がり、布陣の話し合いにまで進む。

「そうとなりゃあ、少し戦力を分けるぞ」

「え?」

「ただ勝つだけじゃ意味がねェ。勝った上で敵の本拠地をガタガタにしねェといけねェってことだ」

 煙管を咥え、志々雄は獰猛に笑った。

 

 

           *

 

 

 同時刻。

 漂流者勢力の一大拠点である廃城で、ミルズはエルフ達と調査をしていた。

 きっかけは、手狭になってきた廃城の集積地拡大。今後を考え、調査の時間を多くとっている。

 そんな中で、事件は突然起きた。

「ミルズさん! 壁の下から、地下への入り口が!」

「何だって!?」

 どよめくエルフ達の前に出て、ミルズは確かめる。

 視線の先には、人が一人通れる程度の穴が。よく見ると階段が整備されており、明らかに地下室が存在している。

「……穴のつくりは思ったより頑丈そうだ。一回調査しよう、使い道はいくらでもある」

 

 

 準備を終え、ミルズはエルフ達と地下室へと入り込む。

 そこには、驚きの光景が。

「これは……!」

「スゴイ、こんなに武器が!」

 それは、武器庫だった。

 武器と言っても近代的な代物ではなく、大抵は刀剣と槍、飛び道具も弓矢と火縄銃ぐらい。だがその数は相当なモノで、戦国大名の本隊に匹敵する程の量だ。それも刀剣は日本刀だけでなく、サーベルやレイピア、野太刀など多種多様。

 まるで、この先に起こる巨大な戦いに備えているかのようであった。

「一体誰が……ん?」

 ふとミルズは、すぐ傍の戸棚に手を伸ばし、ある本を手に取りめくった。

「……これって、そんなまさか!!」

 ミルズは驚愕のあまり、体を震わせた。

 その本は、何と大昔に飛ばされてきた漂流者(ドリフ)達の記録が載っていたのだ!




大昔に飛ばされた漂流者達は、おでんと茂茂以外にも当然います。
誰がいたかは、次回以降紹介します。


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第34幕:おでんの書物

久しぶりの更新。
今回は短めです。次から大きな戦となりますので。


 黒王軍との総力戦が少しずつ迫る中。

 ミルズから緊急の連絡を受け、漂流者達は廃城に集っていた。

「ミルズ君から聞いてると思いますが、先日この廃城の地下から武器庫が見つかりました。近代兵器はありませんが、この先に起こる巨大な戦いに備えているかのように多種多様な武器が揃ってました」

 ミルズの直属の上司となった殺せんせーは、彼から渡された本を取り出した。

「この本は、大昔に飛ばされてきた漂流者達の記録が載ってます。重要な手掛かりが描いてあると思います。著者は光月おでん……おでんって本名なんですかねえ」

「お、おでん!? おでんが書いたのか!? おい、寄越せそれ!!」

「あっ!?」

 ロジャーは著者の名に驚愕。

 目にも止まらぬ速さで殺せんせーから本を奪い取り、最初の一ページをめくった。

「……この筆跡、間違いねェ……!! おでん、おめェも……!!」

「お前の……知己か、ロジャー……」

「――仲間だ。一年だけだったが、大切な仲間だ」

 黒死牟に質されると、ロジャーは懐かしそうに目を細めた。

 光月おでん――それは、ロジャーが土下座をしてまで旅の同行を懇願した、鎖国国家「ワノ国」出身の海賊(サムライ)。とある島で最大の好敵手(ライバル)であるエドワード・ニューゲート率いる白ひげ海賊団と交戦した際、前人未踏の世界一周を成し遂げる上で重要な〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を解読できるため、宿敵に頭を下げてスカウトしたことは()()()()()()()()はっきり覚えている。

 そんなかつての仲間が、自分よりも早くこの異世界へと導かれていたのだ。

 何か運命めいている気がすると言い、ロジャーはニッと微笑んだ。

「ロジャーさん、申し訳ないが、中身を読んでほしい。読めるかい?」

「当たりめェだ、仲間の字だぜ?」

 ロジャーは本の内容を読み始めた。

 

 

 一通り読み終え、一同はまず思った。

 ――これ程の機密情報に満ちた書物、よく廃棄物(てき)の魔の手から逃れられたな。

「内容としては、一応は廃棄物(エンズ)に勝利を収めているようですね」

「しかし、まさかあの英雄まで飛ばされていたとは……」

「彼らはどんな最期を遂げたのか不明な点を残している。きっとこの世界に飛ばされたからなのだろうね」

 おでんの記した本の中身に触れたことは、まさしく僥倖と言えるだろう。

 耀哉は彼の記録を端的にまとめると、四つに分けられると唱えた。

 

 一つ目。おでんがこの世界に飛ばされた以前から、漂流者は廃棄物による侵略と戦ってきたこと。

 二つ目。この廃城は、おでんと共に異世界に来た漂流者達が造り上げた城であること。

 三つ目。当時の漂流者勢は、(しま)()(とよ)(ひさ)()()(のぶ)(なが)那須(なすの)()(いち)の三人が主導する勢力とおでんと徳川茂茂が主導する勢力が存在しており、この廃城で合流を果たし連合軍を結成したこと。

 四つ目。当時の廃棄物は「DIO(ディオ)」と名乗る男が率いており、漂流者達は壊滅寸前に追い詰められたが、〝捨てがまり〟で兵力を立て直し不能になるまで削ぐことに成功し、日光が射して怯んだ一瞬の隙を突いて討ち取ったこと。

 

 つまり、漂流者と廃棄物は必ず総力戦で全面衝突するというのだ。

 この記録においては、DIO(ディオ)という廃棄物の主導者は既に故人であるが、おでんは彼以上の脅威が再び現れることを危惧し、廃城の地下に武器庫を造設したようだ。

DIO(ディオ)……知らない名前だな」

「だが当時の漂流者を壊滅寸前に追い込んだのだ、相当な猛者なのだろうな」

「いや、それ以前に歴史上の偉人が関与していた方がスゴイと思いますけどね……」

 いずれにしろ、おでんの危惧は現実となった。

 おでんの記録は、今回の黒王軍はDIO(ディオ)の代以上に強大な勢力で、厳しい戦いを強いられることになると暗に示してもいたのだ。

「記録では当時の他の廃棄物は消息不明のようだ。もしかしたら、彼らの目を掻い潜って生き延び、今度こそ世界を滅ぼせるよう繋いでたのだろうね……もどかしい限りだ」

 すると、そこへ緊急の連絡が入った。

 Lからだ。

《皆さん、至急ヴェルリナに。最後の作戦会議をします》

『!!』

《黒王軍の軍勢はすぐそこまで迫ってる。今の内にやっておきましょう》

 

 

           *

 

 

 ヴェルリナに戻った一行は、作戦会議をしていた。

「サルサデカダンでの迎撃は、堀や土塁を造って砦を造る。これで確定しており、現在築城中です」

 殺せんせーはすでに行動を起こしており、エルフやドワーフ達が一生懸命作っているという。

漂流者(われわれ)は個の武で言えば無双集団ですが、それ以外は練度が低いという欠点を抱えてます」

「当たり前だ、今まで戦乱と無縁だったんだからな。百姓一揆に毛の生えた弱兵だ」

 辛辣な一言を告げる志々雄に、黒死牟は頷いた。

 兵の数で言えば、廃棄物は巨大だが漂流者はそれよりも少ない。言わば漂流者側は寄せ集めの雑軍であり、まともに戦うためには支えとなる「柱」が必要だ。

「そこで参考にしたのが、長篠の戦いです」

「長篠……織田信長公か!」

「その通り。防護柵を作り、堀を掘って万全の防御態勢を用意する」

 いわゆる野戦築城。自軍にとって有利に戦略を進められる場所に即席の城を作り上げ、相手からの攻撃を待つという作戦だ。

「戦力は本体と別動隊に二つに分ける。本隊は黒王軍と衝突し、別動隊は黒王の拠点を叩く。――皆殺しだ」

「皆殺し!?」

「……当たり前だ……下手な情を挟むと、禍根を残す……」

 情けは人の為ならずと言うが、情けは時に復讐を生む。

 復讐を生まないために、禍根を残さぬように、一人残らず刈り取るのだ。

「……で、その別動隊は?」

「俺とそこの仏頂面、それと片目と色眼鏡と金髪二人で行く」

「……まあ、おれの能力を考えれば当然か」

 煙草の紫煙を燻らせるコラソンは、志々雄の采配に感心した。

 コラソンは「ナギナギの実」の能力者であり、周囲で発生するあらゆる音を遮断することができる。地味な能力と言えば地味な能力だが、敵地侵入や暗殺といった隠密行動・工作活動においては無類の効果を発揮する。

 志々雄の作戦は、総力戦を囮にするという前代未聞の計略。互いの主戦力がサルサデカダンで衝突している間に、別動隊がナギナギの能力を活用しながら本隊が不在となった旧北壁(カルネアデス)を侵入・襲撃してガタガタにするというのだ。

「これをすりゃあ、俺達が負けたとしても連中は拠点の復旧を余儀なくされる。うまく行けば挟み撃ちも可能だぜ?」

「……〝あの男〟は、もしかしたらいるかもしれないのか」

「キブツジって奴のことか? んなモン行きゃあわかる」

 そう、廃棄物の軍には鬼舞辻無惨がいる。

 おそらくこの戦いで前線に出ることは無い。とすれば、カルネアデスに潜んでいる可能性が高い。ただ黒死牟やしのぶの情報では、鳴女という鬼が管理する異空間「無限城」に無惨は居座ってる可能性があり、討ち取れる可能性はあるだろうがそれ以前に索敵の可能性がゼロに近い。

 しかし、不死身の怪物が化け物扱いする人間がいる以上、万が一を見越して直属の手下は控えるはず。縁壱を派遣するのは間違いではないだろう。

「まあ、向こうがどれ程の規模でいつ来るかなんか、どうでもいい!」

 どっこいせ、とロジャーは立ち上がる。

「来い、相棒! 手間を省くぞ」

「……こちらから……出向くのか……」

「ああ、ワクワクして仕方ねェのさ」

 ニヤリと笑うロジャーに釣られ、黒死牟も笑って立ち上がる。

 この二人、作戦を聞く気がないのか。

「ロジャーさん! あなた話聞いてました!?」

「砦はまだなんだろ? それまでいっちょ()ってくるだけだ」

「……所詮は、寄合所帯に過ぎぬ……」

 二人の言い分は、あながち間違いではない。

 敵の大軍に、廃棄物は何人いるのか見当もつかない。ジルドレやジャンヌといった歴史上の偉人も、廃棄物と成れば異能を使う。それに連合軍は全員が一致するわけでもなく、己の頭で何かしら考える。そこには我もあれば欲もあり、情もある。あらゆる可能性を潰しても、何かしら出てくるのが戦いなのだ。

 そうなる前に、ある程度敵の戦力を減らしておくのは悪手ではない。悪手ではないのだが……。

 

(ただ戦いたいだけだろ、あんたら!!)

 

 その思いは満場一致であった。

 ロジャーは残虐ではないが好戦的な海賊。歯応えのない敵には「お前らじゃ何も面白くねェ」とボヤき、ライバルとの戦いでは毎度楽しげに笑みを零すなど、ある種の戦闘狂である。

 黒死牟は戦国時代を生きた武人であり、敵に対しても実力や研鑽を素直に認めて賞賛し、いつか己を超えると誓う者へはその成長に期待する。

 そう、この二人は結構似た者同士であるのだ。たとえ生きた時代・世界が違っても、類は友を呼ぶのである。

「お二人共、もう暫く待ってほしい」

「「?」」

 そこへ、総大将の耀哉が微笑みながら声を掛け、二人を制した。

「黒王軍は、明日までには戦場に到達すると思う。それまで体力を温存すべきじゃないかな?」

「お館様、それは……!」

「私の勘が、そう訴えている」

 耀哉の言葉に、ロジャーは目を細めた。

 ロジャーは見聞色の覇気を扱い、その制度は未来予知にまで達している。耀哉もまた、道理こそ違えど似たような能力を生まれつき持っているのではないか……そう悟り、ロジャーは「それもそうだな」とすんなり引いた。

 それに、ロジャーは理屈よりも直感を信頼する。無茶な生き方をしたがゆえだろう。

「……この戦いは、前の世界よりも大きな危機を迎えている」

『!』

 徐に立ち上がり、一同を見渡して総大将は宣言する。

「それぞれの世界から集った君達がここにいるということは、それ以外の道が無いということだ。だがここには始まりの呼吸の剣士達だけじゃなく、それぞれの時代に名を残した英傑達が揃っている。皆の武運長久を祈る。必ず……生きて戻っておいで」

 その言葉に、一同は口角を上げた。

 

 

           *

 

 

 扉の並ぶ通路では、紫が新聞を介して漂流者達の動きをチェックしていた。

 新聞には「マモン間原にて決戦」「産屋敷耀哉 開戦を宣言」という見出しがあり、漂流者側の総大将である耀哉や参謀役のL、最高戦力のロジャーの顔も載っていた。

「……」

「地に堕ちたわね、紫!」

 真剣な顔つきで新聞に目を通す紫の前の空間が、女性の罵声と共に破られる。

 現れたのは、廃棄物を呼び寄せているEASY(イーズィー)だ。

「その病人が総大将? 愚かを通り越して可哀想だわ」

「それは違う。人は自ら人智を越える珍妙な生き物だ」

 気ままに生き、気ままに死に、そして合間合間で世界を変えるのが〝ヒト〟という生命。

 そんな彼ら彼女らを駒のように扱ったことは一度たりともないと断言しつつ、産屋敷耀哉という人間が()()()()多い「王の器の持ち主達」の上に立ってることは喜ばしいことだとも告げた。

「君の言葉は、まさしく継戦器らしい驕った言い草だ。ゲームでもしているつもりか」

「っ――ほざいてろ民生屋!! お前の漂流者(ドリフターズ)なんか皆殺しにしてやる!!」

 図星だったのだろうか、それともただ気に入らず癪に障っただけなのか、ヒステリックに怒って帰ってしまったEASY(イーズィー)

 紫はそれを見届けると、再び新聞に目を通すのだった。




本作について、作者は漂流者側は「仲間殺しの無いロックス海賊団」で、廃棄物側は「悪魔と鬼の連合軍」をイメージしてます。(笑)


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第35幕:天下分け目のマモン間原・その1

三ヶ月ぶりの更新です。
明けましておめでとうございます。そしてお待たせしました。
原作ドリフが少し進んだという情報を聞いたので、亀更新で投稿します。

ついに決戦です。


 翌日、マモン間原サルサデカダン。

 黒王軍を待ち受ける漂流者と諸族の連合軍は、寸刻を惜しんで野戦築城し、準備を整えていた。

「右手の山上に布陣した流民共の連合も、必死に普請しているぞ」

「そのまま続けるようにしましょう。人喰い鬼も兵力として加算するとなると、黒王軍は夜戦を仕掛けてくるはずです」

 広大な戦場に築かれる防護の陣。

 その徹底ぶりはさすがと言えるだろう。

「黒王軍の特性は「ただ進み 押し潰し 殺す」……大軍の典型だ。だがその全てが一つの塊であり、弱点でもある。後備えも与軍もねェからな」

「おやおや。国盗りを仕掛けただけあって軍事学の心得はあるようで」

「こちとら幕末の動乱生きてるからな」

 志々雄曰く、黒王軍は黒王の能力こそが軍を維持する核であり、それゆえに黒王への依存度が高いとのこと。

 すなわち、黒王軍は膨大な補給を黒王自身が生み出すモノに頼っているため、短い間の小兵なら分けられるが、そのほとんどは黒王直下でしか生きられない「個軍」なのである。個軍は一度大敗すると再建できないため、この戦いで全てを決めることも可能だというのだ。

 ただ、一度敗けたら終わりなのは漂流者達も同じなのだが。

「さて……今一度確認しないといけませんね」

「……君はここにいていい人間じゃないでしょう、竜崎君」

「魔導妨害による通信障害があると、私の指示が通らなくなる場合がある。それに命を懸けると言ったのは私です、こうしないと筋が通らない」

 今回の戦いでは、何とLが参謀総長として矢面に立つことになった。

 カルネアデスでの魔導妨害や兵士達の士気を考え、自らも前線に出た方が良いと判断したようだ。

(本隊である私達は真っ向から黒王軍と衝突。別動隊は高杉殿を頭目とした「諸族奇兵隊」でカルネアデスを強襲。敵勢もカルネアデスに廃棄物(エンズ)を残しているはず……彼らをそこでなるべく討つ)

 高杉、万斉、縁壱、鯉伴、コラソンと多部族で構成した即席のゲリラ部隊「諸族奇兵隊」。

 Lは彼らの活躍次第で黒王軍の命運を左右すると考えている。ゆえに黒王の軍勢をいつまで引き付けてられるかがカギを握る。何せ相手は圧倒的では済まされない程の超大軍なのだから。

(……気になるのは、相手方の参謀役ですかね)

《注進!! 「やぐら・ジョット」から連絡!! 黒王軍を発見!!》

 ふと、偵察に出ていたやぐらとジョットから連絡が入った。

 ついに黒王軍が国境を越えたのだ。

《おい、マズイぞ!! 晴明達の言う通り、滅茶苦茶な大軍だ!! 真っ直ぐそっちへ向かってる!!》

「っ!」

「わははは、エッド・ウォーを思い出すな」

 その言葉に、緊張が走る。

 屈強な忍者の長ですら滅茶苦茶だと言わしめるのだから、とんでもない数なのだろう。

 しかし、それでもLと殺せんせーは普請をギリギリまでするよう命じた。

「……来たな」

 これから死地となる場所でも、優雅煙管を吹かす志々雄は〝異変〟に気づいた。

 山の向こうから突如として()が立ち込め、まるで経のような音が鳴り響いた。

「何だ、この音は?」

「経?」

 そして遠くから、次第に不気味でおどろおどろしい化物の軍隊が姿を現した。

 黒王の本軍だ。

「竜に巨人に大軍勢……!! 十月機関の言った通り……!!」

「アレを潰さねば、全て終わるっ……!」

「まるで百鬼夜行だな……!!」

 文字通りの異形の軍勢。

 あまりの異様さに、鬼殺隊の柱でも随一の猛者であった杏寿郎も怯む。

 その一方で……。

「面白ぇじゃねぇか。鳥羽伏見やり直してる気分だ」

「わははははは!! バスターコールも真っ青だな!!」

「ついに合戦か……血が滾るな……」

 動乱や群雄割拠の時代を生きた者達は、やはり一線を画す見方をしていた。

 

 

 同時刻、黒王本軍。

 この戦において参謀役を担うこととなったライトは、目の前に広がる陣形に目を細めた。

「防護柵に堀に土塁……戦国時代の真似事か?」

 見てくれは良さそうだな、と評するライト。

 己に優位な状況を作っているつもりだろうが、本軍は別格だ。

「鎧を着た巨人兵を前に押し立てて、防衛線を突破する。コボルトとオークらはそれを支援するんだ。竜騎兵は空から時を伺い、敵の配置がわかるまで待つように」

『はっ!』

廃棄物(エンズ)の皆さんは、思うがままに蹂躙を。その力を以て一人残らず()()してください」

 一斉に攻撃の準備にかかる化物達。

 ライトは迎え撃つ軍勢を睨みつけると、背後からマキマが姿を現した。

「ライト君、首尾はどう?」

「今のところは順調だよ。気になるのは〝奴〟がいるかどうかだけさ」

「……君を追い詰めた探偵さんのことかな」

「追い詰めてない。僕は勝ち逃げしたよ」

 ライトはそう言い切るが、どこか憤慨している様子でもあった。

 

 

           *

 

 

 コボルトやオークを始めとした、ヒト型の化物の大軍。

 全身鎧に身を包んだ見上げるような巨人の兵団。

 宙を舞い炎を吐く竜。

 エルフやドワーフ達も怖気づかずにはいられず、「あれに勝てるのか」と次々に質し始めるが、漂流者(ドリフターズ)は誰一人として答えなかった。

 負ける気など、ビタイチも無いからだ。

「しかし、ありゃあ銃弾は厳しいな」

「おそらく……身に纏うは、青銅の鎧だ……」

「向こうも銃を知ってる人間が参謀やってるようだな」

 製造した銃では巨人用の厚い鎧を貫通できないと読み、志々雄は前線司令部であるLと殺せんせーに合図を送った。

「おいタコ助! 釣瓶射ちしても弾と火薬の無駄だ、連中は土塁に取り付いて突き崩してくるぞ!」

《ニュヤッ! わかってますよ、それくらい! 最前線の壕二つを捨てて懐に入れ、ドワーフの戦士達と袋叩きにしますよ! 総攻めだけは阻止しますから》

「わかりゃいいんだよ、わかりゃあ」

 ったく……と呆れた笑みを浮かべる志々雄。

 その時、ふと黒死牟が気づいた。

「む……ロジャーは、何処へ……」

「あ?」

 その言葉に、志々雄もハッとなった。

 あんなにも騒がしい男が、煙のように消えた。

 どこへ行ったのかと壕から顔を出すと、その先には敵の大軍目掛けて単身で突っ込んでいく見慣れた姿が。

「わっはっはっは! 仲間達にケガさせるわけにはいかんっ!」

 

『何やってんだーーーーーっ!!!』

 

 連合軍の絶叫が戦場に木霊した。

 やっぱり海賊王(ロジャー)が一番のネックだった。

 初っ端から味方のせいで作戦が狂ってしまい、一同は頭を抱え始めてしまった。

《あーあ、やっぱ突っ走ってしもうたかぁ……》

《まあ、こうなるんじゃないかとは薄々思ってはいたけどね……ちょっと早すぎたかな》

 漂流者側の司令部は、ロジャーは絶対暴れると読んではいたようだが、序盤からこうなるのは想定外だった様子。

 しかし、水晶球を介して殺せんせーの指示が送られる。

《もうこの際、ロジャーさん囮にします。 大軍引き寄せてもらいます。そうした方がこちらも楽といえば楽ですし……》

「おい、そっちお通夜になってねぇか」

 志々雄は戦場を真っすぐ駆ける中年の背中を見つめ、「餓鬼か、あのオッサンは」とボヤいたのだった。

 

 

「どけどけどけどけ~~!」

 愛刀〝エース〟を片手に敵兵を薙ぎ倒していくロジャー。

 さながら竜巻のように突進し、敵陣中央突破していくその様に、遠くから眺めていた廃棄物達も「何だあのオッサン!?」と口を揃えた。

「……ドリフ……ドリフドリフドリフゥゥゥ!!」

「っ! 行ってはダメよ!」

 高笑いしながら化物達を蹴散らすロジャーに、鬼となって強化されたジャンヌが憎悪を爆発。アナスタシアの制止を振り切り、特攻していく。

「燃やしてやるっ!! 燃やしてやるぞ漂流者!!」

「よう、廃棄物!!」

 猛烈な速さで炎を纏いながら迫るオルレアンの乙女と、子供のかけっこのようにドタドタとした走りで近づく海賊王。

 ジャンヌは地獄の業火を彷彿させる、かつての廃城の戦いとは比べ物にならない火力でロジャーを骨まで焼き尽くさんとするが……。

「互いに景気づけの一発だな! 〝神避〟!!」

 

 ドオォン!!

 

「ぐわあぁっ!?」

 まさかの一蹴。

 身に纏った炎も一振りでかき消され、身軽さも仇となったのか数百メートル先まで吹っ飛ばされてしまった。

「はははは、おっかねーオッサン」

 ケンタウロスに乗って見物していた義経は、苦笑いを浮かべる。

 が、その直後ロジャーへ向かう一人の影を目に移す。

「……へえ。お手並み拝見と行こうじゃないか」

 そして、当然ロジャーも気づいている。

「新手か! いいぞ~、かかって来い!」

「簡単に死なないでよね」

 ロジャーに立ちはだかった新たな廃棄物は、マキマだった。

 その手には剣が握られており、真っ向勝負を仕掛けるつもりのようだ。

「ふんっ!」

「ぬんっ!」

 

 ガンッ!!

 

 ロジャーの愛刀と、マキマの剣が激突する。

 だがよく見ると互いの剣刃は触れていない。まるで見えない〝圧〟でドツキ合いしているかのような状態だ。

 

 ボンッ!!

 

 互いの〝圧〟が暴発し、衝撃波となって戦場へ迸る。

 コボルトやオーク、宙を飛び交う竜騎士すら巻き込み、空を漂う雲すらも文字通り吹っ飛ばした。

 そんな気軽な環境破壊を物ともせず、〝悪魔〟と〝鬼〟は対峙していた。

「ははは! やるじゃねェの、嬢ちゃん」

「それは私の台詞だよ。あなた、ただの中年じゃないでしょう」

「只者じゃねェのは、お互い様だろ?」

 笑みを浮かべながらの、腹の探り合い。

 何人にも抗えぬ「支配」を持つ女と、何人にも止められぬ「自由」を掲げる男。

 二人の衝突は、必然であった。

「ええい、何をしておるのだマキマ!! そんな若造とっとと滅せぬか!!」

 その様子に苛立つのは、黒王軍の参謀の一人であるザボエラ。

 アホみたいに突っ込んできた漂流者を袋のネズミにしてくれようとしたところだったが、期待の新戦力が一騎打ちを望むような雰囲気を醸し出したことにカンカンだ。

(だから()()()()()()は儂は嫌いなのだ! 騎士道だの何だのほざく小童共は、己の勝負に水を差されるのを極端に嫌う!)

 顔を歪めて舌打ちするザボエラだったが、漂流者側の陣営に目を向けた途端、驚愕した。

 何とあの青銅の巨人達が、炎に包まれたり爆発に呑まれたりして次々と倒れ伏していくのだ。

「や、夜神っ! 巨人共が屠られとるぞ!」

《塹壕に嵌められたようです。巨人では身動きが取れない。小賢しい真似をする》

《左様。火薬と油、銃砲で先手衆を潰されただけにすぎぬ。巨人を前面に出す戦法は正しい》

「こ、黒王様っ!」

 総大将からの声に、ザボエラはハッとなる。

《暫しの間、夜神の差配に従え。戦局に応じ、この私も打って出る。数では我々が遥かに優勢だ、漂流者(ドリフターズ)達の各個撃破も同時に進める》

「は、ははっ!」

《よし。ここで総攻撃だ。全ての力で彼らを滅ぼし尽くせ!》

 瞳を赤く輝かせ、死神は氷のような笑みを浮かべて総攻めを仕掛けた。




原作に負けない大乱闘で進めますので、次回もお楽しみに。


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第36幕:天下分け目のマモン間原・その2

お待たせしました、久しぶりの更新です!


 ついに開戦した、マモン間原の戦い。

 壕内の戦いでは自分達が有利と、Lは懐に入れて身動きを取れなくさせる作戦を実行。見事黒王軍の巨人兵を退けることに成功した。

「やった、やったよ!! 巨人共を倒したよ!!」

「まだです。尖兵を潰しただけです、ここから総攻撃が来ますよ」

 壕内の戦いでは巨人は不利と悟っていると判断し、総攻撃を仕掛けてくると予見するL。

 それは見事に的中し、ゴブリン・コボルト・オークに竜と、敵軍が出せる兵力が次々に投入されていく。数では漂流者達を圧倒している以上、脅威である。

 それだけじゃなく、廃棄物も多い。ロジャーが囮役となったとはいえ、相手がどう出るか……。

「オルミーヌさん、双眼鏡ありましたよね。貸してくれませんか?」

「え? は、はい……」

 双眼鏡を手に取ると、敵陣へ方向を定める。

 敵軍の参謀の姿も、立派な情報源だ。ふとした仕草もサインとなるため、確認することに越したことは無い。

 そしてピントを合わせ、敵陣地を覗くと、見慣れた姿がそこにあった。

 

 ――夜神月の姿が。

 

「……やはり来てましたか」

「知ってる顔だったかい?」

「私を殺した相手です」

「時を超え、世界を超えて再び始まる因縁の戦い……ってことかい」

 こんな鉄火場でも煙管を燻らせる鯉伴だが、その眼光は鋭い。

 その時だった。

「おい、何だありゃあ!?」

「化け物だ!!」

「!?」

 戦況の異変に気づいたLは、声がした方向へ顔を向ける。

 そこには、この世のものではない異形の軍勢が踊りかかっていた。

 未知の兵力に、さすがのLも冷や汗を掻いた。

「くっ……!」

 しまった、と内心悪態を吐いた直後だった。

 

「〝壱ノ型 不知火〟!」

「〝蝶ノ舞  戯れ〟」

 

 鬼狩り達が肉眼での視認が困難な速さで吶喊。

 次々に頸を斬られ、藤の毒を打ち込まれ、あっという間に倒れ伏した。

 そう、異形の正体は人喰い鬼だったのだ。

「鬼舞辻の差し金だな!」

「とはいえ、かなり弱いですね。竈門君達なら苦も無く倒せる程度の練度です」

「竈門少年か……彼らもこっちに来てくれればありがたいが」

 自分の最期を看取った若人に思いを馳せる杏寿郎。

 その直後、どこからか冷気が漂い始めた。

「……何だ? 妖力とは(ちげ)ぇな」

「これは……」

 異変を感じ取り、一同は警戒する。

 中でもしのぶは一際鋭い眼差しで、相手を射殺す程の圧を放っている。

「胡蝶……?」

「やあやあ、久しぶりだねぇ。あの時はビックリしたよ」

『!?』

 背後からの声に、杏寿郎達は距離を取る。

 いつの間にか潜り込んでいた敵に、Lも警戒した。

「……廃棄物(エンズ)ですね」

「そう呼ばれてるみたいだね。君がこの軍の参謀かな?」

「ええ。……あなたは?」

「俺は童磨だよ。しのぶちゃんとはそれはもう――」

 朗らかに自己紹介していると、童磨の頭をしのぶの日輪刀が貫いた。

「……ちょっとしのぶちゃん、まだお話の途中なんだけどー?」

「黙れ。くたばれ。これ以上喋るな糞野郎」

「うわマジか、こんなに口調悪くなんの?」

「相手が鬼だからな!!」

 しのぶが急に柄が悪くなったことにドン引きする鯉伴。

 対する杏寿郎は、相手が鬼だからであり普段はお淑やかだと擁護する。

 鬼狩りは鬼を前にすると柄が悪くなるのである。ただし元から柄が悪いのもいたが。

「……で、童磨とやら。お前さんちと油断しすぎやしないかい?」

「?」

「シャアァッ!」

 

 ドンッ!

 

 刹那、童磨の頸が斬れて燃え上がった。

 あっという間に炎に包まれる童磨だが、冷気がまるで意思を持ったかのように童磨の周りを渦巻き始め、炎をかき消した。

「……ちっ、浅かったか」

「あーもー、ビックリするじゃないか、木乃伊の君」

「久しぶりだな、虹色野郎」

 童磨を斬ったのは、志々雄だった。

 その目には殺意を孕んでおり、獰猛な笑みを浮かべている。

「あの時の続き、しよっか? 勝敗は目に見えてるけど」

「フッ……鬼の首魁の前哨戦には悪くねェ。どっからでもかかって来い」

 二対の扇を構える童磨と、愛刀の切っ先を虹色の瞳へ向ける志々雄。

 しかし二人の戦いは、勃発しなかった。

「志々雄さん。あの鬼は私が殺しますので」

「ああ?」

 しのぶが童磨の相手を申し出たことに、苛立つ志々雄。

 しかし、その瞳に宿る憎悪と怒りに心が動いたようで――

「ほう……見かけの割にいい目つきするじゃねェか。気に入ったぜ、譲ってやる。せいぜい喰われねェようにしな」

「……()()()()()()()()()()。ですので煉獄さん、場所を変えますよ」

「むっ! 待て胡蝶!」

「しのぶちゃーん! 置いてかないでよー!」

 刹那、二人の鬼狩りと人喰いの伝道師は姿を消した。

 まるで瞬間移動したかのような光景に、一同は魔法使いなのかとざわめいた。

「……純粋な身体能力で、人はあそこまでなれるのか……!?」

(宗次郎の縮地とは(ちげ)ェな……この大戦が終わったら喧嘩売ってみるか)

 勝利前提で志々雄が考える中、静かに瞑想していた剣士が動き出した。

 黒死牟だ。

「私は……ロジャーの元へ行く……。道中……敵軍殲滅には、善処する……」

「なるべく廃棄物を優先してください。彼ら彼女らの異能は未知です」

「愚問だ……」

 黒死牟は単身でロジャーの後を追い、自軍の陣地から離脱する。

 戦力が分散したと思えるが、それでも勝てるようにするのが参謀の務め。Lは陣地の地図を広げ、次の一手をどう打つか考え始めた。

「……まずあの飛竜が吐く炎を何とかしなければ。北壁と同じ運命を辿ってしまう」

 Lは参謀として、尖兵の中でも一際強力かつ厄介なドラゴンの対策を練る。

 空中の機動部隊として配備されているドラゴンが吐く炎は、大量の人間を一発で焼き殺す程の火力を有する。射程も長く、避けきるのは容易ではない。

 その反面、炎自体は直線状に放たれ、幅もさほど広くはない。壕堀に対して縦に吐かれても壕内に伏せて潜んでいればあまり被害はない。

 問題は壕に対して沿って横に吐かれた場合だ。カルネアデスが落ちた最大の理由は「直線の城壁しかなかった」という点であり、壁に沿って吐かれると皆殺しであり、壁上の兵は突き進んでくる炎地獄にきれいに列を作っているのと変わらない。

 壕もまた同じであり、炎は壕内をなめる様に突き進み一吐きで壕内は皆殺しになる。

「だが逆に考えれば、黒王軍は当然狙ってくる。必ず横一直線にやってくるため、どこから襲撃するかなど一目瞭然です」

「間合いに入ったら俺が全部ぶった斬るぜ。龍殺しも悪くねェ。まあ一番は廃棄物だけどな」

 幕末の動乱、それこそ戊辰戦争以上の大戦に血潮が騒いだか、志々雄が名乗り出た。

 人の下に付けるタイプの人間ではないが、利害の一致でも協力してくれるのはありがたい。

「なら私が空中戦を担おう。撃墜ならできる」

「じゃあ、俺達は騎乗者を狙います! 止まらなくとも動きを遅くはできるはず!」

「私も行こう。竜とて獣……法理道理は違えども、どうにか出来るやも知れない」

 菜奈やシャラ率いるエルフ衆だけでなく、十月機関の大師匠も推参を宣言する。

「……巨人に竜に鬼退治。今日一日で頼光と田村麻呂超えるってかい。親父にも見せたかったぜ。行くぞ!」

 長ドスを抜き、鯉伴は反撃の狼煙を上げた。

 

 

           *

 

 

 一方、海の王者(ロジャー)と対峙していた支配の悪魔(マキマ)は、苦戦を強いられていた。

「わっはっはっは! (つえ)ェな、お前」

「いや……君こそ、本当に人間なの?」

 不敵な笑みを浮かべるロジャーに、マキマは引き攣った笑みを浮かべる。

 マキマは悪魔としての強大な能力を行使するが、この異世界は彼女にとって〝前の世界〟よりも不利だった。 

 というのも、マキマ自身はずば抜けた戦闘力を持つ絶対的強者ではない。鳥やネズミを支配して聴覚を借りる能力も、負ったダメージを他人に全部押し付けて不死性を得る能力も、扱える超常的能力は入念な下準備と根回しありきで成り立つモノ。言い方を変えれば、純粋にスペックが高い相手には通じないケースも多い。

 もちろん、指先から衝撃波を放ったり剣術に優れてたりと、相応の戦闘手段はあるし、並の人間では決して歯が立たない。だがさすがの彼女も今回は相手が悪すぎた。

(それにしても、まさか私が「この男は()()()()()()()()()」と感じてしまうなんてね)

 何よりも致命的だったのは、一切の支配能力が通じない点だった。

 

 マキマは「自分より程度が低いと思う者」を洗脳する能力を有している。人間だろうが人外だろうが見下した相手を文字通り「支配」することができ、忠誠心を植え付けるのは朝飯前、記憶の改竄も容易に行える。ましてや廃棄物として送られた今、その支配力は生前以上に強化されている。彼女の支配下に置かれた廃棄物もおり、彼らでも抗い切れない程だ。

 だが、ロジャーは支配に抗うどころか、彼女の支配力を真っ向から打ち破ってみせた。そもそもロジャーは「自由」という信念を掲げる男であり、同時に「支配」を非常に嫌う男……信念のある人間は揺るがぬ覚悟と強大な意思を持ち、他の干渉に抗いきれるのだ。

 

(このまま長期戦に持ち込んでも、スタミナ切れは期待できそうじゃないな)

 マキマは、ロジャーとの戦闘を避けて他の漂流者を狙おうかと考えた。

 だが、直感が「それだけはしてはいけない」と警鐘を鳴らしている。

 はてさて、どう切り抜けようか……そう考えた時だった。

「――ん?」

「〝風遁・圧害〟!」

「!」

 

 ボゥ!

 

 突如、ロジャーの真横から竜巻の塊が襲い掛かった。

 地面を抉りながら風圧が迫るが、見聞色で未来予知していたロジャーは、愛刀に覇王色の覇気を纏わせて一薙ぎ。真っ向から受け止め、強引に()()()()()

「……ウソでしょ」

「何だ、新手か?」

 竜巻を剣で弾き返すという、マンガみたいな展開についていけないマキマ。

 一方のロジャーは、極悪人のような笑みを浮かべて新手の乱入に胸を躍らせている。

「マキマ、何を手古摺っている」

「……角都」

 現れたのは、黒地に赤い雲が描かれた外套を纏った角都という男と、彼に服従する黒い繊維状のナニか。

 今まで見たことない相手が現れ、ロジャーは笑みを深めた。

「スゲェのが来たな。ひじきが生きてやがる!」

「死にたいようだな、貴様」

 いきなりの爆弾発言に、角都は額に青筋を浮かべた。

 彼は基本的に冷静沈着な性格だが、トラブルが起こるとすぐに殺意が湧き、仲間であろうと容赦なく殺害するという悪癖がある。今回は敵のありのままの感想だが、まあ確かにカチンと来ると言えばカチンと来る。

「……それにしてもお前、(おも)(しれ)ェ気配だな。五人はいるな」

「……!! 貴様、一体」

「上等上等、生きててこその殺し合いだ! このバカ騒ぎを楽しもうぜ!」

 

 戦況は、絶えず混沌と化していく。




今ちょっと呪術廻戦のネタとか考えてまして。
煮詰まったら一人か二人出そうと思います。


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第37幕:天下分け目のマモン間原・その3

前回の更新から三ヶ月経とうとしてた!!
お待たせして申し訳ありません!


 ついに互いの存在を確認することになったLと(キラ)

 戦局はさらに混沌と化す。

()(コク)()(ケイ)(オン)(カム)()まり()す! (モロ)()(タチ)(ヒロ)(マエ)にて(カシコ)(カシコ)み白さく()()()()()の理法(オン)治め(タマ)う! ()()()()()()(クサ)の変理()()(ケン)(ゾク)鎮め(タマ)め!」

 十月機関の長――稀代の天才陰陽師・安倍晴明は呪文と符を用いた陰陽術で竜を調伏した。

 廃棄物を除き、黒王軍の強大な戦力の一部を奪うことができるのはかなり大きい。ましてや晴明は、戦国乱世の天才陰陽師・十三代目花開院秀元と共に術を強化しているため、一度に複数の獣を従えることができた。

「よし、入った!」

 調伏が完了したところで、晴明は命じた。

「黒王軍の人ならざる者達を滅却せよ!!」

 その一言で、次々と晴明に服従した龍が飛翔。

 口から吐く炎の火力でゴブリンやコボルト、オークだけでなく巨人すらも攻撃。

 戦場を掻き乱していく。

「やるじゃねぇか、陰陽師」

「これでこちらの負担は少なからず減ります。今のうちに――」

 その時だった。

 

 ドクンッ!

 

『!?』

 突如、見えない何かが襲い掛かり、身体が金縛りのように動かなくなった。

 晴明だけじゃなく、その場にいるもの全員が、だ。

 その直後、血塗れの刀を片手に黒い傘を被った男が晴明に迫った。

「死ね」

「っ!」

「大師匠様!!」

 地獄の底から響くような声で、男――廃棄物となった鵜堂刃衛が晴明の心臓を突き刺そうと突っ込んだ。

 が、それは一振りの刀によって防がれてしまう。

「二階堂兵法と片手平突き……いい太刀筋してるじゃねェか」

「ほう……!」

 浮浪(はぐれ)人斬りを止めたのは、人斬りだった。

 志々雄と刃衛は、凶暴に笑いながら睨み合う。

「抜刀斎に負けた狂犬さんよォ、あんなフザけた野郎に尻尾振ってんのか?」

「うふふ……俺は人を斬りたいだけだ。あっち側の方が都合がいいだけに過ぎんよ」

「そうかい、じゃあ――」

 

 ガシッ!

 

「ぬっ!?」

 志々雄は刃衛の首元を掴むと、すぐさま炎を纏った無限刃を手袋の甲部分に当てた。

 次の瞬間!

 

 ドォォン!

 

「なっ!?」

「仕込み火薬!?」

 志々雄のカウンター技に、一同は驚く。

 〝弐の秘剣 紅蓮腕(ぐれんかいな)〟……相手を手で掴み、手袋の甲部分に仕込んだ火薬を焔霊で点火して爆発させる技だ。この技は志々雄の手には一切ダメージがないように考慮されており、至近距離での爆破攻撃なので生身であればタダでは済まない。

 しかし、そこは人類廃滅を謳う廃棄物の一人。そう簡単にやられるような相手ではない。

「うふふ……殺しは剣にこだわらない、か」

「お前の前にいるのは〝極悪人〟だぜ? 聖者だと思われる方が反吐が出る。――おい、助兵衛野郎」

「誰がスケベですか!?」

「ははは、お前さん以外いねぇだろ」

 激昂する殺せんせーだが、志々雄はお構いなしに告げる。

「こいつは俺と同じ、幕末の匂いを知ってる人斬りだ。人斬り同士愉しませてもらう」

「わかりました。必ず倒してくださいね」

「それと一言言わせてもらうが……」

 志々雄は殺せんせーを見据え、目を細めて言い放った。

()()()()()、あの難民共は確実に寝返るぞ」

『!?』

 

 

 同時刻、右陣山上の難民連合陣地。

 そこには、思い悩む公子がおり、その隣にはあのラスプーチンがいた。

「幾ら悩んだ所で、道はもう一本きりしかないでしょう? 公子」

 ラスプーチンは、黒王軍に寝返る様に呼びかけていたのだ。

 巧みな話術で次々と説き伏せ、すでに反対しているのは公子ただ一人。他の将も公子の部下さえもラスプーチンに同意している。

「慈悲深い黒王様は約束された。今この時、ただ今に転ぶならば、君達の祖国を分けて与えよと」

 寝返りやすい様に相応の手土産まで用意していたラスプーチン。

 そんな相手に必死に抵抗する公子だが、それすら見越して卑劣に笑う。

「あなたは名誉の死を望んでも、あなたの家族やあなたの将の家族、そして兵達の家族はたまったものではないでしょう」

 何と、家族をすでに捕縛しているとラスプーチンは脅し方を変えた。

「美しい奥方にかわいいお嬢さんだ。6歳でしたかな? あなたの部下や兵らの家族も捜しましょう」

「っ……!!」

「元の土地に戻って国を再建しなさい。今転べばあなた方に国をあげる」

 優しい言葉で公子を説得しようとするラスプーチン。

 好条件を提示されるも信じられないと一蹴した公子だが、ラスプーチンは「たとえ処刑場の列の最後尾に周るだけだ」と語り、今断れば今日女房子供がオークの昼飯になると断言した。

「公子、どうか決断を」

 公子は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、戦争という局面で迷う己を呪いながら声を上げた。

「全軍聞け!! 故あって寝返る!! 寝返るのだ!!」

 その言葉に、ラスプーチンは勝ち誇ったかのように満面の笑みを浮かべた。

 しかし、彼は寝返りを打たせたことへの成功に酔いしれて、失念していた。

 それすらもひっくり返せる〝海の覇者〟が、漂流者として参戦していることを。

 

 

           *

 

 

 公子の寝返り。

 その動きは、瞬時に察知された。

「おい、こりゃあまさか……!」

「ええ、寝返ったようですね……!! 今はまだマゴついているだけでしょうが……」

 志々雄の忠告が現実となり、連合軍の中枢は揺れた。

 たとえ全軍が転んでいなくても、一部が雪崩れ込んで来たら一溜りもない。

 殺せんせーは、どこでしくじったのか必死に考えるが、Lは考えるだけ無駄だと諭した。

「事情はどうあれ、寝返られた以上は計画を変更します」

「!? まさかまだ戦うのか!?」

 Lの言葉に、緊急要請を受けて降り立った菜奈が声を荒げた。

 敗戦が濃色だというのに、これ以上戦うのは無益な被害を拡大させるだけだ。

 市民を護るプロヒーローだった彼女にとって、到底受け入れられない方針(もの)だが……。

「今ここで少しでも意識を我々に向けねば、別動隊の皆さんの努力が無駄になる。少しでも引きつけ、北壁を壊滅状態に追い込まねばなりません」

 その言葉に、一同は目を見開いた。

 Lの真の目的は、北壁の壊滅。本体が離れている内に拠点を使い物にならなくさせることで、敵軍全体のチカラを削ぎ落とすこと。

 その為には、このマモン間原に黒王軍を一分一秒でも留めねばならないのだ。

「……そういうことです。そして個人でそれを実現できる人もいる。――ロジャーさん、出番です」

《わはははは! 任せとけ!》

 水晶球から、豪快に笑う男の声が響いた。

 

 

           *

 

 

 水晶球をコートに仕舞い、ロジャーは笑みを深める。

「おうおう、おれに構ってくれるのは嬉しいが、ちょっと多すぎやしねェか?」

 ロジャーは軽くフットワークしながら、眼前の()()を見やる。

(どうすっか……まさか分身を作れる奴がいたとはな。おれが行って正解だったぜ)

 ロジャーは分身を作ったラバースーツのマスク男――トゥワイスを見据える。

 見たところ、彼の能力は複製を生み出すらしく、自分自身だけでなく他人のも可能なようだ。しかも性格と能力もコピーできるようなので、いくら天災に匹敵する強さを持つロジャーでも骨が折れる。

 他の漂流者が行ってたら詰んでただろう。最強の漂流者であるロジャーだからこそ、彼らと対等に渡り合えるのだ。

「変なひげだな! カッコいいぜ!」

(あとアイツ、言動が(おも)(しれ)ェな)

 一人で二人分の会話を行っているような喋り方をするトゥワイスに、ロジャーは興味津々。

 戦闘中でも童心は忘れないようだ。

「さて、どうする漂流者。大人しく死んでくれるのなら、何人かは見逃してやってもいい」

「それかワシの実験台になるのなら、お前も助けてやってもよいぞ」

 いつの間にか戦場に駆けつけたザボエラも、勝利を確信したように悪い笑みを浮かべた。

 先の寝返りも知った以上、普通なら誰もが異能を操る恐ろしい者達に降伏するだろう。だがロジャーは違う。

「わはははは! やなこった! おれは〝支配〟が嫌いなんだよ廃棄物!」

 ロジャーは豪快に笑い飛ばす。

 廃棄物の言葉は、自由であることにこだわり、それを信念とする者には通じない言葉だった。

「ぬぐ……おのれェェ……!! 構わん、消せ!!!」

 ザボエラは交渉決裂と即断し、始末するよう命じた。

 一斉にロジャーに襲い掛かる武装した化物達だったが、次の瞬間には全員が事切れていた。

「な、何ィ!?」

 突然の出来事に慌てふためくザボエラ。

 そこへ現れたのは……。

「わっはっはっは! 来たか、巌勝!」

「……待たせたな……ロジャー……」

『黒死牟!?』

 黒王軍から離反し、漂流者に寝返った黒死牟だった。

「おのれ、裏切り者めが! 黒王様への反逆は万死に値する!!」

「笑止……あの男にも、鬼舞辻にも……貫く忠義はもう無い……!!」

 得物を構える黒死牟に、黒王軍は眉をひそめた。

 黒死牟の強さは、強大な鬼の中では悪名高き鬼舞辻無惨に次ぐ程。廃棄物の中でも上位に君臨し続けた彼を相手取るのは中々に面倒だ。

 それに、その隣には彼を()()()下した漂流者(ロジャー)がいる。状況的には優位だが、決して油断ならない。

 どうしたものかと考えた時だった。

「よォし……一発やるか!」

「無論……!」

 黒死牟は諸肌を脱ぐと、得物である虚哭神去を三本の枝分かれした刃を持つ長大な大太刀に変化させ、ホオオオ……と呼吸を整える。

 ロジャーも愛刀のエースを腰から抜き、刀身に〝覇王色〟の覇気を纏わせ、黒い稲妻を帯びさせる。

「わっはっは、うっかり足滑らせんなよ!」

「ふっ……誰に言っている……!」

 軽口を叩き合いながら、二人の怪物が構えた。

 その瞬間、空気が激しく震え、押し潰すかのようなとてつもない〝圧〟が放たれた。

 それは遠く離れた黒王の本陣にも伝わり――

「っ!? 撤退せよ!!」

 黒王の緊急の号令が響き渡る。

 それを聞いた廃棄物(エンズ)達は息を呑んだ。

 余裕綽々であった黒王の、ただならぬ声色。それはこの戦局が一瞬でひっくり返る、恐ろしいことが起こるということだ。

「息を……合わせよ……!」

「そりゃこっちの台詞だァ!」

 ニィッ……と獰猛に口角を上げる両者に、マキマ達の背筋が凍った。

 ――()()()()が来る!!

「な、何をしておる!! 逃げるぞ!!」

「無理だ、避けきれねェ!!」

 トゥワイスは断言した。

 あの二人は、逃がすつもりなど毛頭ない。いや、たとえ逃げようとしても、この威圧感でわかってしまう。

 ――逃げても無駄なくらい、大きな攻撃が来る。

「行くぞ、ロジャー……!!」

「おうっ!!」

 二人は地面に亀裂が入る程に強く踏み込み――

 

「「〝覇極(はきょく)〟!!!」」

 

 ズンッ!!

 

 ロジャーと黒死牟は同時に渾身の一振りを繰り出し、月輪を纏った巨大な衝撃波を放った。

 天地を吹き飛ばす最強の海賊の「意志の力」と、数百年に渡る研鑽と強化を経て至った最強の鬼の「絶技」……二人の頂点が背中を預け放った〝災厄〟は、人類廃滅を掲げる廃棄物達を呑み込まんと迫った。

「ちょっと反則じゃないか!?」

「クソッ!!」

 

 ドガアァァン!!!

 

 戦場が、激震する。

 海の覇者と鬼の侍が放った、この世の理すら破壊するのではと錯覚してしまう程の一撃。

 あまりの破壊力に、敵味方問わず絶句した。

「……」

「……よもや」

「えー……冗談でしょ……?」

 それは、遠く離れた冷気漂う死地でも確認できた。一進一退の攻防を繰り広げていた童磨と柱二人は、上弦の鬼と海賊王の合体技に呆然としていた。戦場を一変させる文字通りの異次元の攻撃に、童磨は思わず「俺、寝返ろっかな……」とボヤいてしまう。

 それだけじゃなく、斬り合っていた志々雄と刃衛、さらには巨人達と交戦していたジョットとやぐらも唖然と見つめていた。

「……ちょっとやり過ぎじゃないか?」

「ちょっとやり過ぎどころか、禁術レベルだぞ!! あんなの連発されたら漂流者(こっち)も滅ぶわ!!!」

 思わず頭を抱えるやぐら。

 しかし、彼ら彼女らの声が届くわけもない。

「……おっ!」

「ほう……さすがだな」

 一方の例の二人は、極大の射程を誇る災害級の攻撃にも五体満足でいられた廃棄物達に感心した。

 が、被害状況は甚大そのもの。化物の軍勢は軒並み全滅、トゥワイスとザボエラは瀕死の重傷、悪魔であるマキマと角都も無視できない程の深手を負っている。

「……何やら……ラスプーチンが……企んだようだが……これで振り出しだな……!」

「次はどいつだ? 全員まとめてかかってきてもいいぞ!!」

(全く、どっちが悪魔だよ)

 支配の悪魔は、目の前で笑う二人の〝鬼〟に顔を引き攣らせた。




ロジャーと黒死牟が放った〝覇極〟は、カイドウとビッグ・マムが放った〝覇海〟と同じくらいの破壊力だと思ってください。


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第38幕:天下分け目のマモン間原・その4

お待たせいたしました。
四ヶ月ぶりの投稿なのですが、今年最後の投稿となります。
何せ、原作がまだね……。


 戦局は、一気に傾いた。

 ロジャーと黒死牟の合体技は、黒王軍に大きな痛手を負わせた。

 これ以上軍が消耗すれば、組織の立て直しが利かなくなる――幕末の動乱と戊辰戦争でそのことを思い知っている〝鬼の副長〟は、ジャンヌやアナスタシアに声をかけ、奇襲や嵌め手で二人を封じ込めることを提案し、突撃した。

「フンッ!」

 

 ガギィッ!

 

「ほう……中々の手練れが来たな……」

 土方の一振りを、真っ向から受け止める黒死牟。

 その直後、ロジャーは自分に襲い掛かる業火と冷気に気づき、愛刀を一閃して薙ぎ払った。

(おも)(しれ)ェチカラだな!! 悪魔の実じゃねェようだが……戦闘には慣れてなくても能力は研ぎ澄ましてるってトコか?」

「ドリフ……!!」

「……!!」

 余裕綽々とした態度のロジャーに対し、ジャンヌは憎悪に満ちた表情を浮かべ、アナスタシアも顔を強張らせる。

 人類廃滅をかけた一大決戦で、軍の一部が寝返ったにもかかわらず、まるで自分の勝利を疑わない。そんなロジャーが、いかにも憎らしい。

 だが、最強の漂流者である事実は変わらない。強くもどこか甘そうな男だが、腕っ節は天災級。下手をすれば、純粋な〝武力〟では黒王すら上回りかねない。もっとも、黒王は統率者であって、特定の敵を全力で殺しに行くことはないし、彼の本気を知る者は一人としていないが。

「さて……どっちから来る? 全員まとめて……っ!!」

 ふと、ロジャーは殺気を感じ取り、バックステップで退避した。

 次の瞬間、先程までロジャーがいた場所が「ガオン!」という音と共に抉られた。あのままいたら、生身であるロジャーはひとたまりもなかったろう。

「何だ、新手か?」

「くっ……」

「……来たのね。ヴァニラ・アイス」

 アナスタシアが、新手の名を呼ぶ。

 奇天烈な格好をした廃棄物(エンズ)――ヴァニラ・アイスは、一筋を汗を流しながらロジャーを睨んだ。

(バカな……暗黒空間からの奇襲を()()()()()()()など……!)

 ヴァニラは思わず舌打ちする。

 彼の能力は、超能力を具現化・擬人化した存在(スタンド)を操ることで、〝クリーム〟という本体と自分以外の飲み込んだもの全てを粉微塵にする凶悪なスタンドを使う。このクリームというスタンド、本体と自身を口の中に入れれば姿を完全に消すことができ、入っている間は気配や匂いも察知できないのだ。だからこそ、攻撃を完璧に躱されたことが信じられないのだ。

 まさか相手が少し先の未来を視ることができるなど、夢にも思っていないだろう。ロジャーの能力は、他の漂流者とは一線を画すのだから。

(……あの妙ちきりんは厄介だな。未来視じゃねェと回避が厳しいなんざ)

 ロジャーもロジャーで、ヴァニラを警戒していた。

 気配を察知できないのは、やはり戦闘ではかなりのハンデだ。見聞色を常に発動したまま、武装色や覇王色を纏って攻撃するのは、いくら肉体が全盛でもキツい。

 その点を考えれば、無限の体力を誇る黒死牟の存在はありがたい。

「……ヴァニラ……やはり来たか……」

 黒死牟はヴァニラを睨む。

 廃棄物として黒王軍に在籍していた頃があるため、ヴァニラの戦い方は熟知している。彼も日光に弱い吸血鬼であるが、ジャンヌのように無惨の血を取り込んで強化している可能性もゼロとは言い切れないため、油断はできないだろう

「……引きつけるのは成功だな、相棒」

「ああ……ここからが、天王山だぞ……ロジャー……!」

 互いに得物を強く握り、気迫を高めたその時だった。

 

 スウゥゥゥ……

 

『!!』

 突然、目の前に石造りの門が現れた。

 その門にロジャーは心当たりがあった。

「ありゃあ、おれをこの世界に飛ばした、あの時の……!」

 あの謎の男が業務をしている廊下のような空間にあった、石造りの門そのもの。

 それはギギギギィッと、軋むような音を立てて門はゆっくりと開いた。

 一体、誰がやってくるのだろうか……敵味方問わず、手を止めて様子を伺った。

「ぬおっ!?」

 門の奥から人影が現れ、勢いよく倒れた。

「ってーな……んだ、ここは……?」

 現れたのは、細身ながらも筋骨隆々な肉体に、黒の短髪に口元の傷が目立つ男だった。

 

 

 時同じくして、例の様々な扉が並んだ空間では、紫が一つの書類に目を通していた。

 マモン間原に降り立った漂流者に関する書類だ。

「……」

 紫が手にした書類には、こう記されていた。

 

 呪術廻戦 〝術師殺し〟伏黒甚爾

 

 

           *

 

 

 天下分け目の戦場に降り立った男――(ふし)(ぐろ)(とう)()は、周囲を見渡した。

 確か自分は、五条のガキに……。

「……ピンピンしてやがるな」

 明らかな致命傷――それも即死級――を負ったのに、かすり傷一つない肉体に戻っている。

「面白そうなのが来たな!」

「……随分と鍛えている……」

 状況をのみ込めてない甚爾に、ロジャーと黒死牟は舌を巻いた。

 この男は、間違いなく強い。長年の勘がそう告げている。頂点に立った自分達の勘が告げているのだから間違いない。

「……しっかし、何だてめーら。化物屋敷かここは」

「……お前も漂流者か! 焼いてやる!」

 漂流者への攻撃性が強いジャンヌは、甚爾を焼き尽くそうと業火を放つ。

 が、甚爾は一切動じることなく回避。ロジャーの隣に立った。

「おい、デカイおっさん。ありゃあなんだ」

「何だおめェ、おれが敵だと思わねェのか?」

「戦場でそんな間抜け面晒す奴を疑う方が無理な話だろ。それに第一印象でヤバそうなのはあいつらだしな」

 甚爾の言葉に、ロジャーはニヤリと笑った。

 しかし、状況はあまりよろしくない。

(クソ、どっかに武器落ちてねェのかよ。丸腰じゃあさすがに厄介だぞ)

 内心で悪態を吐く甚爾。

 かつては愛用していた格納呪霊を体内に隠し、そこから武器を取り出していたが、生憎手元から離れており、今の甚爾は目の前の怪人達と真面に張り合うことはできない。ヒモな上にお荷物は、はっきり言って笑えない。

 が、そこに手を差し伸べたのは黒死牟だった。

「……人間、これを使え……」

「ああ? って、何だお前!?」

 六つ目の侍と目が合い、さすがに驚く甚爾。

 そんな彼の反応を意に介さず、黒死牟はメキメキと生々しい音を立てながら、自らの得物と同じ一振りの刀を生み出した。刀身や鍔には血管の様な模様が走り、刀全体に眼が無数に付いている業物に、甚爾は「その辺の呪具より呪具っぽいじゃねぇか」と言いつつも拝借した。

 次の瞬間だった。

 

 ドシュシュッ!!

 

「かっ……!?」

「がっ……!!」

 一瞬で甚爾は間合いを詰め、角都とジャンヌを斬りつけた。

 まさに秒殺。鮮血が飛び散り、深く斬りつけられた二人はノックダウンした。

 

 伏黒甚爾という男は、常人離れした身体能力と五感を有する「フィジカルギフテッド」である。水面を駆ける、目視で捕捉することが困難な程の速度で動くなど、控え目に言って超人なのだ。

 

「ジャンヌ……!!」

「ここへ来て厄介なのが来たね……」

 まだ戦える廃棄物達も、甚爾の想定外の強さに驚きを隠せない。

 が、ここは異世界。何も怪人だけが脅威ではない。

 

 ゴウッ!!

 

「うおっ!?」

 甚爾目掛けて上空から襲い掛かる業火。

 不意打ちを躱した甚爾は上空を見上げ、空を飛ぶドラゴンと目が合った。

「……おいおい、聞いてねぇぞ」

 甚爾はようやく、()()が空想上の怪物が平然と存在する世界だと理解した。

 ふと、辺りを見渡せば、青銅鎧に身を包んだ巨人や弓と槍を手にしたケンタウロス、ファンタジー映画に出てくるようなゴブリン達が人間と戦っているのが見えた。

 つまりここは、人類と人外の全面戦争の舞台。ここで人類が敗ければ、世界は終わる。――その結論に至った甚爾は、黒死牟から受け取った刀を構え直した。

「あー……事情はわかった。ひとまずお前らにつくぜ」

「……それは……心強いことだ……」

「また盛り上がってきたな! ホラ、連中も気づいて編成変えたぜ!」

 ロジャーの言葉に、甚爾と黒死牟は目を見開いた。

 黒王軍の主力である歩兵の人外達が、こちらに向かってくるのだ。おそらく、甚爾が廃棄物を二人返り討ちにしたことが伝わり、司令部が戦術を変えたのだろう。

「……おい、ところでお前の名前は?」

「――伏黒甚爾だ」

「そうか、トウジか! おれはゴール・D・ロジャー! こっちは巌勝だ!」

「……継国巌勝だ……今は……黒死牟と名乗ってる……」

 各々自己紹介を軽く済ませると、すぐさま敵の大軍に向き直る。

 二人倒したとはいえ、驚異の異能の使い手はまだ大勢いる。ここで気を抜けば、味方の軍の立て直しが利かなくなる。ここで戦局をひっくり返す以外に打開策はない。

「ったく、俺も焼きが回ったもんだぜ」

 〝天与の暴君〟と称された男の参戦により、戦場はさらなる混乱へと加速していった。

 

 

「何ですか、あの人!? 廃棄物を二人も倒したなんて……!!」

漂流者(ドリフ)のようだが……」

 甚爾が現れたことで、漂流者側の司令部も混乱していた。

 だが、戦力差を考えると甚爾の存在はありがたいことだ。化物共の何割かがロジャー達がいる戦場へ向かっており、物量と兵力に絶対的な差がある中での戦闘である以上、利用しない手はない。

《どうやら、そちらで何か大きな事態が起きたようだね》

《晴明ちゃん、何が起きたん?》

「……新しい漂流者(ドリフ)が、ロジャーさん達に加担した。我々でも見たことない男だが、相当な強者だ」

 十月機関ですら未確認の男だが、彼を味方につけねばこの戦争は敗ける――本能がそう告げている。

 晴明は即断した。

「オルミーヌ!! 全ての漂流者達に通達だ!!」

「は、はいっ!!」

「新たな漂流者が現れた!! 彼を味方につけ、徹底抗戦する!!」

 晴明は撤退ではなく、徹底抗戦に方針変更した。

 あの男を味方につければ、別動隊の彼らが本陣を叩くのに好都合。もしかしれば、いくらかの廃棄物を討ち取ることもできるかもしれない。

(何者かは知らないが、頼んだぞ……!!)

 

 

 動きは、黒王軍にも起きた。

「バカな!! ジャンヌ・ダルクと角都が倒されただと!?」

 ライトはまさかの事態に声を荒げた。

 気が短いとはいえ、二人は戦力的には一個師団にも匹敵する。いや、強化された以上は国家戦力級だ。その二人が容易く捻じ伏せられるなど、夢にも思わない。

 そんな芸当を成し遂げたのが、伏黒甚爾であった。

「このままじゃあ、僕はLをこの場で討てないじゃないか……!!」

 ライトは焦りを隠せない。

 というのも、前の世界では死神を利用してLを倒したことで、実質世界の流れを手玉に取れた。言い方を変えれば、Lがいる限りライトは思う通りに動けないということ。

 この戦場こそ、最初で最後のチャンスである可能性があるのだ。ここで殺せなければ、おそらく二度と倒す機会は与えられない。何としても、倒さねばならない。

「……!!」

 しかし、苛立っているのは黒王も同様だった。

(猿めが……()()()()()()……!!)

 プルプルと拳を震わせる黒王。

 怒りを堪えつつも、次の一手を命じた。

「夜神よ、出し惜しみはできん。私の能力で倒れた者を再び治す」

「!!」

「一刻も早く、あの三人を討ち取らねばならぬ。山津波の如く押し流すのだ!」

 人類廃滅の為、ついに廃棄物の王が重い腰を上げたのだった。




という訳で、まさかまさかのパパ黒召喚。
ってか、海賊王とパパ黒、誕生日同じだったんだね……。親父同士馬が合うかな?

それと、本作での黒王の正体……ご想像ください。

次回以降はアレかなー。パパ黒と土方がやり合ったり、縁壱がカルネアデスで無惨を見つけ出したりとかかな?


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第39幕:天下分け目のマモン間原・その5

本当に久しぶりの投稿です。
お待たせしました。

原作は85話まで行ってるそうですが、完結にはまだ程遠そう……一回どこかで区切ろうと思います。


 伏黒甚爾の乱入で、混沌と化す戦場。

 劣勢だった連合軍だったが、甚爾によって廃棄物が二人仕留められたため、士気が上がった。

「……縁壱を、彷彿させるな……」

「おめェの弟か。確かにあの身のこなしと腕っ節、只者じゃねェな」

 甚爾の強さに舌を巻く怪物二人。

 するとそこへ新手が現れ、甚爾に斬りかかった。

「っと……」

「ジャンヌと角都を倒すか……」

 新手――土方の一太刀を受け止めた甚爾は、蹴り上げて頭を狙う。

 が、土方は仰け反って回避。その勢いでバック転しながら距離を取った。

「お! 侍か?」

 好戦的な笑みを浮かべ、ロジャーは土方に興味を向けた。

「……気を付けよ、甚爾……手強いぞ……」

「わーってるよ」

 黒死牟から受け取った刀を担ぎ、鋭い眼差しで男を睨む。

「やるじゃねえの。兄ちゃん、一体誰だ?」

「……土方。土方歳三義豊」

「……えっ?」

 素っ頓狂な声を上げる甚爾。

 ――土方? 土方って、〝鬼の副長〟の?

 目の前の廃棄物の正体を察し、思わず悲鳴を上げた。

「えーーーーーっ!? ウソだろ、おま、まさか()()土方歳三なのか!? 新選組の!?」

「それがどうした?」

「おいおいおいおい……マジかよ、冗談抜きで五条の坊よりもエラいのが来ちまってんじゃねぇか……〝鬼の副長〟なんて聞いてねーぞ……!!」

 いくら世界が違えど、日本史は大まか同じだ。

 さすがの甚爾も、歴史に名高い新選組の〝鬼の副長〟には驚きを隠せないようだ。

 すると黒死牟が、人差し指を突き立てて補足した。

「……ちなみにだが……お前が斬った二人の内……片方は……ジャンヌ・ダルクと、名乗っている……」

「ハァァァ!? ジャンヌ・ダルクゥ!? あの鎧姿の貧乳のガキがか!? 何の冗談だ!!」

「……貧乳は余計よ」

 気絶して部下に運ばれるジャンヌを指差すと、アナスタシアはジト目で呟いた。

 世界史や習うビッグネームを斬り捨てたことに、甚爾は衝撃を受けていた。

「それと、ウチの仲間には晴明ってのががいるぞ! (おも)(しれ)ェ術使うんだ」

「晴明って、まさか陰陽師の安倍晴明か!? もう何なんだよ……どうなってんだこの世界はよ……さすがに両面宿儺はねぇよな……?」

 ロジャーの追加情報に、ついに頭を抱え始める甚爾。

 稀代の天才陰陽師もこの世界にいるなど、情報処理が追いつかない。どうやら味方らしいが、元いた世界では滅茶苦茶面倒なことになってるので、もし知ったら激怒しそうだ。

「……まあ、とりあえずこの修羅場を切り抜けることが先か」

 頭を掻きながらも獰猛に笑う甚爾に、黒王軍は身構えた。

 すると、甚爾は二人に声をかけた。

「おい、おっさん。ここは俺が引き受ける。本丸叩いた方がいいんじゃねぇか?」

「……!」

「そうだな、喧嘩は親分を倒すのが一番(はえ)ェ」

「させるか!!」

 ロジャーと黒死牟は同時に駆け、本陣を狙う。

 ヴァニラはそれを阻止せんと動き出すが、甚爾が一瞬で懐に潜り込み、脇腹を斬られてしまう。

「ぐっ!」

「っと……お前らの相手は俺だろ?」

「貴様……!!」

 一筋縄ではいかない相手に、ヴァニラは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

 その様子を望遠鏡で眺めていた晴明は、Lに報告した。

「新手のドリフが廃棄物二人を引き受け、ロジャーさん達が本陣を狙った!」

「この機を逃すわけにはいかないですね。そのまま二人に任せ、他の戦場の援護に徹しましょう……!」

 Lは最後の好機と判断し、全戦力を投入したのだった。

 

 

           *

 

 

 その頃、カルネアデスでは。

「ハァ……ハァ……!」

「もう終わりだ。今まで犯した罪は、ここで終わらせる」

 切っ先を突きつける縁壱に、男――鬼舞辻無惨は後退った。

 数百年ぶりに再会を果たした化け物(トラウマ)に、完全に恐れをなしている。

「本当に……貴様は命を何だと思ってるんだ」

「ククク……! 随分とお優しいこったな、戦国最強は」

 ビュッ! と刀身に付いた鮮血を払う晋助。

 それと共に万斉も顔を出し、三味線を弾き始める。

「志々雄殿の提案した、天下分け目のマモン間原を囮とした北壁襲撃……どうにかうまく行ったでござるな」

「まあ、これでしばらくは使い物にならねェだろうよ」

「正直、拙者達だけでは手に負えぬと読んでたが……主のおかげだ、鬼舞辻無惨」

 万斉の一言に、無惨は怒りに震えながら数時間前の出来事を思い返した。

 

 

 連合軍が黒王軍と戦ってる間、縁壱と鬼兵隊はカルネアデスに侵攻し、そこにいる黒王軍とまだ待機してるであろう廃棄物を叩きに行った。そこで鉢合わせたのが、鬼の首魁・鬼舞辻無惨だった。

 縁壱の姿を捉えた途端、無惨は「鳴女ーーーーーーっ!!!」と叫び、突如地面に現れた襖に落ちる形で撤退。だが縁壱は襖が閉じる寸前に飛び込むことに成功し、追撃に向かった。その間に鬼兵隊は特製の爆弾やオルミーヌの札を活用し、じわじわと畳み掛けてくる人外達を屠った。

 そして戦闘開始からわずか二分、地面が盛り上がって爆発し、中から縁壱と無惨が飛び出た。その時の無惨の姿は、最初に見かけた時のスーツ姿ではなく、白い長髪で身体中に禍々しい口を生やした邪悪な出で立ちで、しかも全裸であった。

「この異常者共めっ!!」

 地面に着地すると、無惨は両腕を鞭のように変化させ、多数ある口で強烈な吸息を始める。

 吸息の際に飛んだ小石が一瞬で消滅したのを見た縁壱は、鬼兵隊に注意した。

「晋助殿、万斉殿! 近づきすぎるな!」

「わかってるよ!」

「厄介な能力でござるな……!」

 地面すら抉る吸息に加え、圧倒的攻撃範囲と攻撃速度を誇る両腕の脅威。

 よく見ると骨が変化したと思わしき刃もあり、斬撃対策もちゃっかりしている。

(あの吸息は厄介だ……通常の何倍もの体力消耗を強いられる。晋助殿達がいくら歴戦の強者でも、これは手古摺りそうだ……こんな時、兄上がいてくれたら……!)

「ガァァァァァッ!」

 突如、無惨は咆哮する。

 それと共に右肩から左腰にかけて巨大な口が形成され、そこから稲妻のようなモノが放たれた。衝撃波だ。

「なっ!?」

「うおっ!?」

「くっ!!」

 距離を取っていたため、どうにか躱せた三人。

 だが、近寄り過ぎればタダでは済まないだろう。あれは外傷だけでなく内傷も与えられる。

 すると無惨は二発目を仕掛けた。これも躱す三人だが、消耗戦は無惨が優勢なので、決定的なダメージを与えられず歯噛みした。

「しつこい!! 飽き飽きする 心底うんざりだ!!」

 触手を無数に生やして全方位攻撃を始め、 さらには稲妻のような衝撃波攻撃をする無惨。

 縁壱と晋助、万斉は連携を取って触手を斬り、衝撃波を躱し、少しずつ削っていく。

「私に殺されることは大災に遭ったのと同じだと、大正の世でも言ったというのに!! まだわからんのか!?」

「大災に遭わないために対策をするのは、人間として当然ではござらんか?」

 万斉に至極冷静なツッコミを入れられ、無惨は唖然とした。

 その一瞬の隙を突き、縁壱と晋助はそれぞれ頸と胴体を斬った。

「化け物共ォ……!」

 頸を刎ねられた無惨は、まだ生きていた。

 〝前回〟よりも遥かに生命力が強くなってることに、縁壱は驚きを隠せない。

 その間に飛んでいた頸は触手によって回収され、元通りになった。

「ハァ……ハァ……肝を冷やしおって……!!」

「そこまででござるな」

 無惨は触手を振るおうとしたが、なぜか動けない。

(毒か? いや……これは……三味線の弦か!?)

「鉄の強度を誇る弦でござる」

「小癪な!!」

 無惨は強引に弦の拘束を引き千切る。

 だが、その時には――

「鬼舞辻無惨、覚悟!!」

「何だと!?」

 

 

 ……というわけで、日の呼吸の御業を()()()()叩き込まれ、段々と弱体化した無惨はついに追い詰められたのだ。

 ちなみに無惨が暴れ回ったせいで人外達は甚大な被害を被り、鳴女も縁壱によって仕留められてしまった。

「この、異常者共がっ……!」

「クク……ハハハハ! 〝異常〟ねェ……正常なんざ保って、戦に馳せ参ずるこたァできねェだろ?」

「世界を相手に喧嘩を打った我らにとっては、褒め言葉でござるな」

 疲弊しつつも、不敵に笑う鬼兵隊。

 その間も縁壱は一切隙を見せず、日輪刀を突きつけている。

「……どうやら肉体分裂はできないようだな」

「だから化け物なのだ、貴様は……! しても斬りつくすまでやるだろう!」

「無論」

 即答する縁壱に、顔を青褪める無惨。

 段々可哀想になってきたなと、晋助は煙管を咥えながら暢気に思った。

「……しかし、ここで始末するのも少し惜しい気もする」

「万斉殿……!?」

 すると、意外にも万斉が無惨を生かすという選択肢を考えた。

 これには縁壱も驚いた。

「拙者らは敵の大将……黒王の正体を知らぬ。その黒王と立場上は対等であるのなら、何かしらの手札にもなり得るでござろう。今の漂流者の戦力であれば、この男が暴れても抑えきれる」

「しかし……」

「どうせ殺すなら、使い潰してからでもいいという話でござる。消したければいつでも消せるのだからな」

「確かにな……!」

 万斉の言葉に、晋助は悪い笑みで同意。

 鬼の始祖を「いつでも消せる」と豪語する鬼兵隊に、縁壱と無惨は言葉を失った。

(これは……お館様に何と報告すべきか……)

(どうなる、私の一生……!)

 決戦後も一波乱ありそうだと、相容れぬはずの鬼狩りと鬼の首魁は不安を覚えたのだった。




これで鳴女ちゃんは脱落です。
出番短かったけど、お疲れ様でした。(笑)

そろそろ童磨とヴァニラも殺すか……。


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第40幕:天下分け目のマモン間原・終結

伏黒パパ、子安さんでしたね。
中の人ネタで少し盛り上がるかな?


 その頃、しのぶ達は本気を出した童磨に苦戦を強いられていた。

「しのぶちゃん、もう()()()のような特攻はできないね。でも今回は仲間に恵まれた。俺は君に惚れてるというのに、中々思うようにはいかないねぇ」

「っ……」

 童磨は扇で口元を隠しながら言葉を投げかける。

 疲弊しきったしのぶと杏寿郎、息が上がった鯉伴に対し、先頭に立つ志々雄は仁王立ちしながら笑っている。

「ったく、鬼狩りとやらも半分妖怪の猛者も大したことねェな」

「志々雄殿、あなたは大丈夫か!?」

「ハッ! あいつが冷気を飛ばすおかげで絶好調だ」

 志々雄は獰猛に笑う。

 というのも、志々雄はかつての裏切りで身体に油を撒かれ火を点けられたために、全身の発汗組織がほぼ全滅している。そのせいで体温が常人を超える熱さなだけでなく異常な速さで上昇しやすい。当時の医者の見立てでは志々雄が全力で動ける時間は15分も短く、前の世界では何気に15分以上戦えたが最終的に人体発火を引き起こして最期を遂げた。

 その体質ゆえか、童磨の冷気を操る血鬼術は志々雄にとっては天の恵みに等しかった。肺が凍りついて壊死する程の冷気を、志々雄は逆に常時吸い込んで発汗組織の代用としたのだ。掠っただけでも凍結できる技を童磨は駆使するが、志々雄はそれを食らっても体質ゆえに融けるのが早く、そもそも鬼殺隊の柱以上の剣の技量を持ってるため、上弦の鬼とも互角以上に渡り合えている。

 体力という点では不利なのは変わらないが、志々雄にとってはどうでもいいことだ。

「それにしても、君は刃衛殿と斬り合ってたんじゃないのかい?」

「あいつ、途中で勝負投げ出しやがった。大よその見当はつくがな」

 志々雄は笑う。

 彼は先程まで刃衛と戦っていたが、甚爾が現れたことで彼の気配に反応し、勝負はお預けだと一方的に言い放って撤退したのだ。志々雄としては不完全燃焼だったが、彼も甚爾の気配に興味があったので、追撃せず戻ってきたのだ。

「さてと、そろそろ大勝負と行くぜ」

 志々雄は笑いながら、鍔元から切先に至る無限刃の刀身全体を鞘の鯉口にこすり付け、巨大な竜巻状の炎を纏わせた。

 炎を統べる悪鬼の、究極の奥の手――〝(つい)()(けん)火産霊神(カグヅチ)〟だ。

「シャアアアァァァ!!!」

 志々雄は全力で跳びかかり、刀身全体を発火させた無限刃を振り上げた。

 童磨は本能的にヤバいと察し、最後の大技である〝霧氷(むひょう)(すい)(れん)()(さつ)〟を繰り出し、巨大な氷の仏像で叩き潰さんとした。

 力任せに斬りつける志々雄は、そのまま刀身の炎で焼き切っていく。万全の状態ながら段々と押されていき、童磨は嫌な汗が止まらない。

 そして……!

「うらあァァァァ!!!」

 

 ドパァン!

 

 氷の仏像は、真っ二つに割れた。

 まさか人間に破られるとは思わなかったのか、童磨は心底驚いた。

 それが一瞬の隙だった。

「〝玖ノ型 煉獄〟!!」

「!?」

 童磨の眼前に、灼熱の業火の如き威力で猛進してくる杏寿郎の姿が。

 志々雄の大技は童磨の術を突破するためで、本命は日輪刀を持っている炎柱だったのだ。

 隙は文字通り刹那の瞬間。しかしその刹那の瞬間こそ、懐に潜り込めた鬼殺の剣士にとっては十分すぎた。

(心を燃やせ!! 煉獄杏寿郎!!)

 己を鼓舞し、闘気をさらに解放し、臨界点に達する。

(あ、マズい)

 童磨は、避けられないことを悟った。

 懐に潜り込まれた以上、自分が扇を振るって鬼狩りの頸を刎ねるよりも早く刎ねられる。

 ――まあ、しのぶちゃんに会えたからいっか。

 童磨は敗北を受け入れ、手にしていた扇を落とした。

 

 ザンッ! ゴトッ……

 

 ついに上弦の弐の頸が落ちた。

 杏寿郎は体力が切れたのか、勢い余って豪快に倒れた。

「ハァ、ハァ……」

「いやー、見事としか言えないねぇ」

 ボロボロと崩れていく、童磨の肉体。

 それでも彼は――笑っていた。

「あの時みたいにしのぶちゃんを美味しくいただいてから死にたかったなー」

「とっととくたばれ糞野郎!」

「アハハハ、また聞けた! それじゃあ、また地獄であ――」

 会おう、と言い切る手前で童磨は消滅した。

 廃棄物の討伐が、成功したのだ。

「手強い鬼だったなァ……」

「志々雄殿がいなければ、倒せなかったかもしれない……! 柱として不甲斐ない……!」

 黒王軍の幹部を討ち取ったが、まだまだ本隊は健在。

 これ以上の長期戦で不利になるのは、自分達だ。幸いロジャー達の無双ぶりのおかげで寝返った軍勢は静観を決めているが、不利なものは不利だ。

「皆さん、よく倒してくれました」

 塹壕の中で、Lは健闘を称えた。

 童磨は極めて厄介な存在だ、彼を討ち取れたのはかなり大きい成果である。

「ですが、早めに退かねばこちらも危ない。後退の合図を。()()()()()()()()()()()

「え? 時間を稼いだ?」

「志々雄さんの目論見通りということです」

 Lはニコリと笑い、水晶球で撤退を指示した。

 それを遠くから双眼鏡で眺めていたライトは、怪訝に思った。

(あの余裕は何だ……? 僕の方が優勢だというのに……ここで退くのか? そういえば、北壁からの連絡が一切来ていないが……ま、まさかこの()()()()()()()()で、狙いは別にあるのか!?)

 ライトは血の気が引いた。

 この巨大な戦いは、本隊を誘き出すためのもので、真の目的は本拠地とする北壁にあったのだ。

「黒王!! 後退する敵を追撃するな!! 即時撤退だ!!」

「何?」

 追撃をするなというライトの言葉に、廃棄物は耳を疑う。

 しかし、そのあとに続く言葉によって全てを悟ることになる。

「罠だ!! 敵の真の目標は、北壁だ!!」

「何だと!?」

「どういうことだ!?」

「あー、そういうことかぁ……参ったね」

 甚爾と戦っていた義経は何かを悟り、くるりと踵を返した。

「おいおい、ここまでやっといてトンズラか?」

 問答無用で斬りかかる甚爾だが、義経はひょいっと跳躍して躱す。

「おっとっと……! そういうことだから、今回は君達の勝ちでいいよ。じゃあね、また遊ぼうや」

(あれが有名な「(はっ)(そう)(とび)」か……大した跳躍力だ)

 フィジカルギフテッドの甚爾も、義経の度を越えた跳躍力に舌を巻いた。

 その時、とてつもないプレッシャーが襲い掛かった。

(何だ、このヤベェ圧迫感!?)

 バッと振り返ると、視線の先にはロジャーと黒死牟が構えていたのだ。

 本能的に危機感を覚えた甚爾は、その場からすぐ離れた。

「逃がさぬ……!!」

「もう一発かますぞ、巌勝!!」

 ロジャーと黒死牟は渾身の一振りを繰り出し、全てを破壊する一撃を再び放った。

「「〝覇極〟!!!」」

 

 ズンッ!!

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!』

 二発目の災厄に、廃棄物の軍勢が大勢巻き込まれた。

 その凄まじい破壊力に、ヴァニラ・アイスやザボエラがのみ込まれ、人外の軍勢と共に斬滅していった。

「……ちっ、取り逃したか」

「だが、黒王はこれで……大きく失った……しばらくは……攻められまい」

「そっか! ありがとよ巌勝、助かったぜ!」

「……ああ」

 満面の笑みで肩を組むロジャーに、ほわほわとした表情で微笑む黒死牟。

 その時、甚爾が呆れた様子で二人に声をかけた。

「しっかし、本当にひでェな。呪術師でもここまで暴れねェぞ」

「わっはっはっは! 生きててこその殺し合いだ、手加減なんざ無粋ってもんだ!」

「左様……敵が抜くのならば……此方も抜かねば……無作法というもの…」…

「スゲェ戦闘狂だな、おっさん二人」

 甚爾は「そこらの特級呪霊や呪詛師より質が(わり)ィな」とボヤいた。

 自身もおっさんであることは棚に上げて。

「甚爾っつったか? おめェもこっち来い! いい仲間になれそうだ」

「……おい、いいのかよ。氏素性もロクに知らねェ〝猿〟をよ」

 眉間にしわを寄せる甚爾だが、ロジャーは「海賊には関係ねェよ!」と一蹴した。

 その上で、いつものように笑いながら言い放った。

「おれを助けて戦った以上は、おめェはおれの仲間だぜ」

「……!!」

 自分の意思が通ると信じて疑わない声色と、真っ直ぐな眼。

 落ちこぼれだの猿だのと吐き捨てられてきた甚爾にとって、ロジャーの言葉には度肝を抜かれた。

 ロジャーはさらに続けて言う。

「おめェ程の男が、何で自分(てめェ)のことを猿呼ばわりするぐらい卑下するかは聞かねェ。だがな、おめェは間違いなく〝(つえ)()()〟だ。おれが断言してやる。おめェを猿呼ばわりするバカはおれがぶっ飛ばしてやる!!」

「……」

 誰よりも仲間想いの最強の男の言葉に、甚爾は思わず口角を上げたのだった。

 

 

           *

 

 

 一方の黒王軍は、マモン間原から撤退していた。

「撤退とは、一体どういうことだ! 夜神!」

 詰め寄る土方に、ライトは冷静に言葉を返した。

「彼らは囮だ……まんまとかかってしまったんだ。本命は僕達じゃない」

「本命、だと?」

「それは……」

 その時、伝令兵の一人が声を上げた。

〈大変です、キラ様!! 北壁が漂流者(ドリフ)の奇襲に遭い、壊滅的な損害を……〉

「やはりそうだったか……!!」

「何……だと……!?」

 土方だけでなく、その場にいた全ての者が理由を悟った。

「もう手遅れね……やられたわ……」

 アナスタシアは気絶したジャンヌを介抱しつつ、悔しさを滲ませた。

 戦好きの義経も、険しい表情を浮かべている。

「いやはや、一ノ谷の奇襲を見事にやられたねぇ……どの世界も敗軍は惨めだよ」

 重い空気を纏う廃棄物の軍勢。

 それに対し、漂流者達はというと……。

《産屋敷殿、竜崎殿。拙者らの奇襲は成功した》

《クク……! 北壁は半年は使い物になんねェだろうよ》

「北壁が壊滅……!? いつの間に?」

「はっ、やっぱ戦はこうじゃねェとな」

 水晶玉からの報告に目を見開くオルミーヌ。

 志々雄は煙管を吹かしながら極悪人のような笑みを浮かべた。

 志々雄達は、天下分け目の決戦勃発の前に鉄床戦術(スレッジハンマー)――一方が敵をひきつけているうちに、もう一方が背後や側面に回りこみ本隊を叩く戦術を仕掛けたのだ。

 敵の本隊が来るということは、本陣たるカルネアデスが手薄になるということ。鬼の始祖・鬼舞辻無惨が控えていたが、無惨のトラウマである継国縁壱を鬼兵隊と共に送りこみ、鬼の相手を縁壱が、それ以外は騎兵隊が司令を務めて殲滅に動いたのだ。

「まあ、これで向こうは軍の立て直しに躍起だろうよ。その間に俺達も立て直して、今度こそ滅ぼそうじゃねェか」

 志々雄はニヤリと笑った。

 その直後――

《おい、ところで無惨のワカメ頭捕えたんだが、そっち連れてくぞ》

『……えェーーーーーーッ!?』

 

 こうして、天下分け目のマモン間原の戦いは、漂流者軍の辛勝でひとまずの決着を見た。




ロジャーはやっぱりおっさんホイホイだと思うんだ。しかもコンプレックスがある程に効果が強くなる特典付きで。(笑)


本作はあと二・三話で区切ろうと思います。


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第41幕:終戦、そして真実へ

お久しぶりです、ようやく更新です!

ドリフターズ七巻出ましたね。
やっぱり兵糧攻めが効果的なんですね。


 黒王との全面戦争は、どうにか勝利を掴めた漂流者達。

 しかし負った傷は深く、失った兵も少なくない。

 その上、戦後処理を進めている最中に新たな廃棄物が攻撃してきてもおかしくないため、緊張の糸は緩められない。

 だが、それでも得られるものは得られた。

「また会ったね、鬼舞辻無惨」

「っ……()よりも元気そうだな、産屋敷」

 穏やかに微笑む耀哉に、無惨は不愉快そうに睨んだ。

 戦時中、別動隊として縁壱と鬼兵隊はカルネアデスに侵攻し、黒王軍に無視できない損害を与えた。その際に大物廃棄物の鬼舞辻無惨と遭遇し、縁壱の鬼のような猛攻に屈して捕らえられたのだ。

 鬼狩りの首領と人食い鬼の首領は二度目の邂逅なのだが、前回は病床の耀哉とドヤ顔――すぐに屋敷ごと爆破される運命――の無惨だった。今回は呪いを抑えられて独歩も可能な程に快調な耀哉と、崖っぷちの無惨……前回と正反対の状態である。

「こうして立場が逆転すると、色々思うことがあるのだけれど、まず聞きたいことが一つ」

「何だ……」

「なぜそんなに痛めつけられてるのかな?」

 その言葉に、全員が「そこ言っちゃうかー」と思った。

 というのも、無惨は耀哉の前に連れて来られる前、ロジャーに覇王色を纏った拳でぶん殴られたのだ。

 なお、ロジャー曰く「黒死牟を侮辱したケジメ」とのことだが、この一撃で民家が二・三軒吹き飛んだのは秘密だ。

「フフ……やはりこの世界でも、君は虎の尾を踏んで龍の逆鱗に触れているのだね」

「地雷原の上でタップダンス踊れるその度胸は大したものだと思うでござるよ」

「万斉君、彼は平安出身やから「祟り場で蹴鞠してる」っちゅーのが正しいと思うで」

 思いっきり茶化す万斉と秀元に、無惨は「黙れ貴様ら!!!」と叫んで怒りを露わにするが、すぐさま縁壱に日輪刀を突きつけられたので押し黙った。

 やはり自分の命は惜しいようだ。

「何と言うべきか……複雑ですね」

「うむ、あの鬼の始祖が囚われの身だとは……」

 しのぶだけでなく、杏寿郎もジト目で無惨を見据えた。

 鬼殺隊で鬼狩りとして、柱として命を捧げた者として、あまりにも強大なはずの無惨があっけなく捕まったのは嬉しいが、少しばかり呆れてもいた。

「さてと……気を取り直して。無惨、黒王軍の情報を吐いてもらえないかな?」

「黒王軍には前代未聞なことが起きているぞ、産屋敷」

「ウソだろ、あっさり自白しやがった!」

 手の平を返した無惨に、一同は唖然とした。

 ただその中でも、ロジャーや志々雄は「まあ、その程度の男だろうな」とでも言わんばかりの眼差しだったが。

「フン!! あの男は信用できなかった、機を伺って縁を切る腹積もりだったわ!! 私とて奴を庇い立てる義理もない」

「そもそも前の部下もロクに信用してねェ感じだろ、アンタ」

 煙管を咥えながら冷たいツッコミを浴びせる高杉。

 思わず肩をビクッと動かす無惨に、喉を鳴らして笑った。

「クククク……そんなんだから鬼殺隊(ガキども)に負けたんじゃねーか?」

「だろーな」

「やかましい!!」

「……で、この俺と似たような声のおっさんは?」

 高杉はふと、新手の男に目を向けた。

 するとロジャーが現れ、肩を組んで挨拶した。

「今日から仲間になるトウジだ!! かなり(つえ)ェぞ!!」

「伏黒甚爾だ、ヨロシク」

 口元の傷が目立つ男――甚爾は不敵に笑う。

 ロジャー程の強者が認めるのだから、相当な手練れなのだろう。一同は歓迎した。

「……で、話を戻すけど、前代未聞なこととは?」

「決まっているだろう。軍は食糧が大量にあるが、農業を始めたばかりの後背地にはないのだ」

 無惨の言葉に、首をかしげる一同。

 しかし、屈強な忍者達を統率していた元水影(やぐら)は「本当なのか!?」と驚き、高杉と万斉は面食らった表情を浮かべ、戦国の武家出身である継国兄弟も目を見開いた。

 どうやら戦争を経験した者ならわかるようだ。

「おい、どういうこった?」

「……志々雄さんも勘づいているようですが、わかるんですか?」

「幕末の動乱もそうだったからな。()()()()()()()()()()()

 志々雄の呟きに、一同はハッとなる。

 いくらでも食い物が湧き出て食いに飽きる最前線と、にわか農業の文明ごっこを始めた食うにも餓える後方地。

 千年に及び常夜に君臨したとはいえ、人間の世の移り変わりは目にしてきた無惨にとって、あまりにもおかしい事態なのだという。

「突然始めた農業で食っていけるわけないだろう。そう簡単に使い物になるものか。それに黒王軍には陶器を作る技術がないから食料を保存する技術がない。全く、玉壺の壺の方がまだ立派だ」

 愚痴でも溢すように無惨が吐き捨てる。

 しかし、一言一句聞き逃さず思考に浸っていたLは、大きく目を見開いた。

(……!! そうか、そういうことか!!)

 Lは思わず笑みを溢した。

 これなら、奴らに追い打ちをかけられるかもしれない。

「黒王軍は食糧が湧き出る最前線から、後方に食糧が送られるという逆転構造……普通に考えればあまりにも重い負担となる。だが「人外が国を作り人類に取って代わる」というお題目がある以上、辞める訳にいかない。それが黒王軍の隙となる……!!」

『!!!』

「そこの小僧は、私には及ばないが鬼狩りや産屋敷よりは賢いようだな。お前のような男が側近であれば、産屋敷も鬼狩りもそこの化け物もすぐ滅ぼせた」

 Lの推理力を、無惨は彼なりの最大の賛辞を贈った。

 しかし内心では、「こいつも化け物じゃないか!!」と冷や汗を流している。

「そうとなれば、兵糧攻めだな」

 甚爾は簡潔に結論を言った。

 黒王軍の圧倒的優位性と思われた兵站不要の無限兵糧と、彼らの「文明ごっこ」。無敵だと思っていた黒王軍のそれが、大きな足かせであり隙となる唯一の部分だったのだ。

 黒王軍が終始余裕なのは、食糧に困らないから。だが兵糧攻めを仕掛ければ、黒王だ救世主だなどと言ってられない状況となるのは明白だ。

「北壁は攻めたが、あくまでも厄介な幹部格を仕留めた。足軽共はやっちゃいねェ」

「兵糧攻めはその人外達を追い込むに持ってこいということでござるな」

「そうとなれば、早めに移す必要がありますよ。敵も相当厄介な参謀がいますし」

 がやがやと慌ただしくなる漂流者達。

 そこへ甚爾が待ったをかけた。

「なあ、おたくら」

「あ?」

「多分、兵糧攻めは黒王自身へのダメージにはならねェぞ」

 その言葉に、誰もが目を見開いた。

 今までの話を聞いていない訳ではない。甚爾には心当たりがあるからだ。

「その黒王の正体、少し心当たりがある。もし俺の予想通りならな……」

「一体誰なんだい?」

 甚爾は目を細め、かつて敵対した人物のことを口にした。

「名前は……何つったっけな……五条悟の方は知ってんだけど……誰だっけあいつ」

『ハァ!?』

「わっはっはっはっ!!」

 まさかの聞き忘れに、一同は憤慨。

 ロジャーだけは豪快にサムズアップしている。

「仕方ねェだろ、秒で倒してそれっきりだぞ? だが顔は知ってるのは事実だ、それはマジで信じろ」

「まあ、その内思い出すだろ!! 知らねェけどな!! わっはっはっはっ!!」

「面白いおっさんだな、ホント」

 涙が出るくらい爆笑するロジャーに、甚爾も釣られて笑った。

 あまりのカオスさに、無惨も言葉を失ったが、事態打開の為に黒王の情報を提供した。

「おい、男。私は一度だけ顔を見たことがある。照らし合わせてみろ」

「ん?」

「髪の毛を結った、両耳に黒い碁石のような耳飾りを付けている男だ。私も何者かは知らんが、どうなんだ?」

「あ、そいつで合ってるわ」

 あまりにも軽いノリで、黒王が甚爾の顔見知りだと発覚し、ついに全員がポカーンと口を開けた。

 ロジャーは相変わらず爆笑しているが。

「……じゃあ、これで連中の親玉は確定だな!! お前の顔見知りなら、大体の能力は知ってるだろ?」

「まあ、目に視えればの話だが。あいつ呪術師だし」

「呪術師? 何だそりゃ」

「それについては私達から説明しましょう」

 そこへ、漂流者を支える十月機関を率いる晴明が現れた。

「晴明!」

「晴明? あの安倍晴明か!」

「此度の戦、よくぞ生きて戻ってきてくれました。そして伏黒甚爾殿、貴重な情報を感謝する」

「お、おう……」

 頭を下げる晴明に、甚爾は動揺を隠せない。

 同じ情報提供者の無惨には言わないあたり、線引きはしているようだ。

「で、お前らは何か知ってるのか?」

「実はその呪術師に関する記録が十月機関で保管されているのです。当初は私のような陰陽道の使い手かと思いましたが……異なる部分も多く、ある意味では怪文書とも言えました。あなたがここへ飛ばされたのも、運命やもしれません」

「……俺みたいな猿がねェ」

 晴明は簡潔に呪術師の説明をした。

 

 呪術師は呪術を用いて呪いを祓う人間だが、陰陽師と違って一般人には知られずに暗躍する。

 彼ら彼女らが退治するのは、妖怪ではなく〝呪霊〟という人間の身体から流れた負の感情が具現し意思をもった異形であり、一般人には見ること・触れることも不可能。

 呪霊を視認し呪術を使う才能を持つ呪術師でないと呪霊を祓えないため、並の人間では太刀打ちできない化け物なので、極めて危険な存在である。

 

 一通り話した晴明は、その上で呪術師という者がこの世界に来ていたことを改めて語った。

「その者はいつかの未来で呪霊達が跋扈しても太刀打ちできるよう、()()()()を倒せる武器を遺しています。製造方法も残しているようですが……」

「武器自体は作れても、倒せるかは別問題だな……」

 ジョットの言葉に、晴明は無言で頷いた。

 視認できなくても、第六感や霊感で大よその位置を把握すれば、あとは自力でどうにかなる。だが武器自体に呪力が宿ってなければ無意味なのも事実だ。

 どうしたものかと考えあぐねるが、ロジャーは心配することはねェと笑った。

「相手は人類を滅ぼすんだろ? そのジュレイってのが人間から生まれるなら好都合だ。あとは武器が壊れないようにすりゃあいいだけだろ?」

 ロジャーが言ったのは、単純な一言。

 しかし黒王の目的が人類廃滅である以上、それは一理あり、彼の言う通りでもあった。

 この世界でも人間の割合は多いが、〝前の世界〟には及ばない。コボルトやオークと言った人外が存在しなかったからだ。人外から呪霊が生まれるという記録はないようだが、少なくとも視えない敵が想像を超える規模の数になることはないだろう。

「まだ勝機はあります。が、今は身体を休め、敵を知ることに集中しましょう」

「そうだね。体のいい人質もいるし」

「産屋敷め……」

 笑顔で毒を吐く耀哉に、無惨はとても苦い顔で忌々しそうに呟くのだった。




次回で最終回というか、一回区切ります。

あと、大事な情報を公開するのでそこもお楽しみに。


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第42幕:戦いは続く

ついに一区切りつけます。
あとがきに前回載せた「大事な情報」を公開します。

黒王の正体は、まさかの人物です。


 戦後の傷が癒え切ってない漂流者達は、最初にして最大の拠点である廃城にて今後の方針を話し合ってた。

「敵の黒幕の正体には近づけたけど、今は立て直しが先だ」

「ったく、根性ねェなてめェら!」

「……軟弱千万……その言葉に、尽きる……」

「いや、この状態で追撃するのは無謀すぎるだろ!!」

 総大将・耀哉は戦後復興を宣言するが、力が有り余ってるロジャーと黒死牟は不満気な様子であり、コラソンは必死な表情で諫めた。

 戦争は勝っても負けても失うモノが多いのが常。今は身体を休め、力を蓄える他ない。それは黒王軍も同様のはずだ。

(強いて言えば、源義経がどう出るか……)

 耀哉の不安要素は、源義経だ。

 彼は人類や世界への憎しみが原動力ではなく、黒王軍にいた方が面白いと思っているから居る、食えない性格だ。その上合戦となれば天賦の才をいかんなく発揮する戦の申し子で、剣の腕も柱以上、指揮官としても有能だ。

 今回の戦争では、彼は追撃することなくあっさりと引き上げたが、本当は疲弊したところを叩くために自分の部隊を温存させることが目的かもしれない。

 下手な廃棄物より質が悪い――それが源平合戦の英雄・源義経なのだ。

「まあ、しばらく黒王もキツいやろ。こっちも敵さんを随分と討ち取ったんやから」

「うむ! だがいつ攻めてくるかはわからんからな! 日々の鍛錬は怠らないべきだ!」

「同感だな」

「ああ、弱点があるとはいえ組織力で言えば奴らが上だからな」

 杏寿郎に続き、ジョットややぐらも同意する。

 兵力で言えば漂流者側が不利なのは変わらない。戦争は数の暴力、言わば物量が最終的にものを言うからだ。

 そんな会話をしていると、「ごめんあそばせー」と軽い調子でサン・ジェルミが現れた。

「ミルズちゃんが手紙を発見したわよー」

「手紙ですか?」

「殺せんせーなら読めるでしょ? 世界中の言語に通じてるから。手紙はバリバリの日本語だけど」

 サン・ジェルミから古い手紙を渡される殺せんせーは、裏返して送り主を確認すると、あんぐりと口を開けた。

 

 山口多聞

 

 ミッドウェー海戦における主力空母部隊の一つ「二航戦」の司令官である、旧日本海軍が誇る名将。

 彼もまた、漂流者としてこの世界に飛ばされていたのだ!

「や、山口多聞!?」

「ええ、あの〝人殺し多聞丸〟よ」

「まさか、あの多聞丸が……」

 近代日本史における、海外にも名が知られる海軍軍人の書状。

 紙が破れぬよう恐る恐る開くと、達筆な文字で彼のメッセージが記されていた。

 

 

 紫なる人物にこの世界に飛ばされた この手紙を読む日本人へ

 いつか再び 世界の脅威となり得る存在が現れた有事に備え この書を認める

 私は大日本帝国海軍少将 山口多聞である

 当方は戦国乱世の武将や伝説の弓の名手を筆頭とした あらゆる時空から飛ばされし者達と共に廃棄物の軍勢と戦い 見事勝利を収めた

 しかしいつか 世界を滅ぼさんとする廃棄物の王の再臨に備え この廃城の奥深くに我々の武力と知識を眠らせた

 もし 再び世界廃滅の危機が訪れたとしても 我々の戦いの記録は必ず役に立つはずである

 諸君らの武運長久を祈る

 

 

「山口多聞直筆の手紙……売ればいくらになるかね」

「伏黒さん、この世界に日本の通貨は通じませんよ。そういうこと言うと嫌われますよ」

 頭の中で勘定する甚爾に、しのぶが苦言を呈した。

「手紙の内容だと、どうやら廃城は最重要アイテムらしいじゃねーか」

「それに数百年前の話とはいえ、同じ状況下で勝利を掴んだようでござるな」

「記録は上手くいったからこそ残すもの……敵に解読されないよう、あらゆる言語を用いてもおかしくないでしょう」

 高杉と万斉、縁壱がそれぞれ口を開く。

 情報や記録は資産であり、場合によっては貴重な戦力となる。

 山口多聞らが、かつての漂流者達が遺したものは、敵の手中に収まってはならない。

「縁壱さんの言っていることが正しいと思います。謎解きは得意ですので、こういうのは私に任せてください」

 Lの提言に、全員が頷いた。

 ドリフターズでも最高クラスの頭脳を持つ彼なら、余程のことがない限り解読不可能という事態はないだろう。

「殺せんせー、ぜひ取り組みましょう。一刻も早く――」

「じゃあ、僕も首突っ込んでもいいかな? ()()()()()()()

『!?』

 突然響いた声。

 全員が一斉に玄関に顔を向けると、そこには日本刀を携えた長い髪に細身の美青年が立っていた。

 廃棄物に味方しているはずの源義経だ。

「義経公……!!」

「……あん時の(ぼん)か」

 全員が警戒心を高める。

 その時、しのぶはハッと気づいた。

「――ロジャーさん、あなたの見聞色の覇気とやらでも感知できなかったんですか……?」

(わり)ィ、気ィ抜いてた」

「ロジャーさん!!!」

「わっはっはっはっはっ!!」

 豪快に笑うロジャーに、頭を抱えるしのぶ達。

 少し先の未来を視れるロジャーが、気を抜いて探知できなくなっては元も子もない。

 もっとも、それ以外でも勘の鋭い者も大勢いるので、彼らに悟られなかった義経はさすがと言える。

「単刀直入に言おう……源義経公、なぜここに?」

 耀哉は直球で質した。

 敵軍の将がこの場にいることは危険極まりないが、同時に不自然でもあった。

 なぜなら、武将であるはずの義経が黒王軍の部隊を率いておらず、単身で廃城にいるからだ。

 本当に自分達を壊滅させるつもりなら、すでに奇襲を仕掛けているはず。戦の申し子が「こいつらは疲弊しているから一人で十分」などと慢心するとは思えない。むしろ少数の過剰戦力で徹底的に潰す方だろう。

(事情はどうあれ、何かしらの考えがあって来たに違いないね)

「あの野郎、俺を殺そうとしに来やがったから出た」

 あっけらかんとした様子の義経に、全員が思わずコケそうになった。

 しかし内容は俄かに信じ難いものだ。あの黒王が、義経の暗殺を謀ったというのだから。

「……黒王も馬鹿じゃねえ。お前にも理由があるはずだろ」

 高杉は煙管を咥えながら、鋭い眼差しで見据えた。

 平安末期の伝説的武将を、何の考えもなしに切り捨てる訳がない。

 そう考えて、「実際は?」と短く尋ねると……。

 

「お前らの方が面白そうだからって、手切った」

「学校で習う偉人の性格じゃねえぞ、おい」

 

 さも当然のように返答した義経に、鯉伴のツッコミが炸裂。

 あまりにも奔放な有様に、かつては同じ組織にいた無惨と黒死牟は愕然とし、殺せんせー達は絶句。サン・ジェルミも天を仰いだ。

 そんな中でロジャーと甚爾、高杉だけはゲラゲラと爆笑していた。無法者な強者とは馬が合うようである。

「追手はどうしたでござる?」

「んなもん全員斬って捨てたよ。黒王軍の連中、どいつもこいつも()()()()()()()()()()()楽だったよ。勘も鈍いし」

「異常者め……」

「今のは正しい使い方だよ、無惨」

 義経の問題発言に嫌悪を示した無惨に、ちゃっかり同意する耀哉。

 そのやり取りを目の当たりにした杏寿郎としのぶは、眩暈を覚えた。もし他の柱達が飛ばされてきたら、何と言えばいいのか。

「……で、何の手土産もなしに来たのか?」

「俺の武力がある」

「成程、自分を売るってのかい」

 不敵どころか悪い笑みを浮かべる義経に、甚爾は釣られるように笑って耀哉に進言した。

「総大将さんよ、こいつは迎え入れようぜ」

「甚爾さん?」

「信用するかどうかは別として、現場指揮官は要るだろ? ちょうどいいヘッドハンティングじゃねえの」

 甚爾の言葉に、耀哉は考える。

 今の漂流者の軍は、命のやり取りを経験した者は豊富だが、戦争や紛争地域で指揮官を経験した者は少ない。カリスマ性とはまた別の、司令官として人を率いる才覚を持つ強い人間がいないのは、今後起こるであろう戦争にはかなりのハンデとなる。

 平安末期に起こった多くの合戦を経験している義経ならば、その穴を埋めることは十分可能だ。それが吉と出るか凶と出るかは別なだけだ。

 それに、自分の()は警鐘を鳴らしていない。ということは――

「……君の言葉を信じよう」

「おっ」

「「お館様!?」」

「私の勘は問題ないそうだ。――大丈夫、私には君達がいる」

 柔和な笑みを浮かべる耀哉に、抗議しようとした杏寿郎としのぶは目を見開きながら引き下がった。

 この感覚は覚えている。柱合裁判の時と同じだ。

「まさかこっちで同じになるとはね、鬼舞辻」

「っ……猗窩座と童磨を足したような男と馴れ合いたくないわ」

 肩を組む義経に、無惨は顔を背けて忌々しそうな表情を浮かべる。

 何はともあれ、義経はこちらに与してくれるようだ。これ程心強いことはそうそうないだろう。

「どうやら、方針は決まったそうですね」

「お師匠様、我々は……」

「私達も全ての研究資料を見直す。何か見落としがあるはずだ」

「じゃあ、用心棒は私が請け負うよ。ボランティアでね」

 十月機関は別行動を取ることに、ボディーガードとして菜奈が名乗り出た。

 彼女なら実力も経験値も豊富なので問題ないだろう。

 彼女にかつて興味を抱いていた無惨は、自分の立場のことで精一杯なのか見向きもしなかった。

「おう、ちったぁ進んだか話は」

「志々雄さん!」

 そこへ、大きな袋を背負った志々雄が悠然と現れた。

 煙管の紫煙を燻らせながら、彼は着物の中からある本を取り出した。

「グ=ビンネンのシャイロックから面白い物を借りたぜ」

 志々雄が手にした本は随分と古びており、表紙には「HOLY BYBLE KING JAMES」と書かれていた。

 それを見た殺せんせーとLは、目を見開いて口を揃えた。

「「欽定訳聖書……!!」」

 欽定訳聖書。

 1611年に刊行された、時のイングランド王国国王ジェームズ1世がイングランド国教会の典礼で用いるため聖書の標準訳を求め、彼の命令によって翻訳された聖書である。その荘厳で格調高い文体から、口語訳の普及した現実世界も多くの愛読者を保ち続けている。

 つまり、聖職者の漂流者がかつていたということだ。

欽定訳聖書(こいつ)の持ち主はシャイロックの先祖に、救世主の奇跡を伝えたらしい。病を治し、傷を癒し、食料を無人に増やし分け与えた……()()()()()()黒王がやっていることと全く同じだ」

『……!』

「そして同時に、こう考えたらしい。――「他にもできるんじゃねえか」って」

 志々雄の言葉に、殺せんせーとLは冷や汗を垂らした。

 

 聖書の中には、神とイスラエル民族との関わりの歴史と救いの約束を描いた「旧約聖書」があり、その中の一書に「出エジプト記」という書物がある。預言者モーセが虐げられていたユダヤ人を率いてエジプトから脱出する様子を描いており、ユダヤ教の成立の最も重要な契機とされている。

 その中でモーセは、手にしていた杖を振り上げて海を割り、ユダヤ人を引き連れて渡ったと記されている。

 

 もし黒王が海を割ることができれば……!

「海を真っ二つに割って、黒王軍が来る……!?」

「海に逃げても無駄ということか!?」

「水遁忍術だったら禁術レベルだぞ!!」

「冗談じゃねェぞ、おい……!」

 黒王のまだ見ぬ異能の可能性に、緊張が走る。

 殺せんせーはLの顔を見て「一度読み直さねばならないようですね……」と引き攣った顔で呟いた。

 しかも志々雄が投下する爆弾は、それだけではなかった。

「こいつも貰った。俺が飛ばされる前に入手した武器だ」

 袋を開けると、そこにあるのは二股の刃物のような十手風の見た目をした短刀。

 それを見た甚爾は目の色を変えた。

「〝天逆鉾〟じゃねえか!!」

「何っ!?」

「本当かいな!?」

 まさかのビッグネームに動揺する晴明と秀元。

 鬼殺隊の面々や鬼兵隊、無惨と黒死牟も唖然としている。

 だが、持ち主だった甚爾は神器ではなく呪具であると説明した。

「こいつは言わば呪霊や呪術師を倒す代物だ」

「ということは、甚爾さん専用になりますね」

「だろうな」

 軽く手に取って遊ぶ甚爾。

 あの時に死んで以来、もうどこかに消えてるか新しい持ち主を得てるかのどっちかを辿ったんだろうと思っていたが、まさかこうして自分の手元に帰ってくるとは。

 これもまた運命なのだろうか。

「これで甚爾さんも即戦力。あとは黒王軍との二度目の大戦に備えましょう」

「これから忙しくなるぞ」

 漂流者達は、先人達が遺した全てを駆使し、黒王軍の撃破を誓うのだった。

 

 

 時同じくして。

 黒王軍の本拠地では、ライトが怒りの声を上げていた。

「追え! 追うんだ! 追撃だ、追撃するんだLを!!」

「追撃隊はもちろん出しましょう。だが全軍でなどと……疲労と損害が大きすぎる」

 参謀のラスプーチンは難色を示した。

 というのも、本拠地の北壁は漂流者軍の別動隊のせいで甚大な被害が出たからだ。

 少数の奇襲であったが、これにより鬼の鳴女は討ち取られ無惨も行方不明、人外達も無視できない数の死傷者が出ている。マモン間原での大戦でも廃棄物が討ち取られているので、追撃よりも立て直しが優先だからだ。

 だが、ライトはそれでもLを殺すことが大事だと述べた。

「あなた方はLを!! エル=ローライトという男を知らないから言えるんだ!! 生かしておけば必ず再起する!! 神をも脅かす!! 一個人で状況を簡単に覆してしまう!!」

 鬼気迫る表情にラスプーチンが怯む。

 そこへ黒王が声を掛けた。

「ライト、心配することはない」

「黒王……!」

「奴らも追撃できない状況。それに今回我々が敗北したのは、想定外の戦力(さる)が現れたことだ。――彼がこっちに与してくれればよかったんだけどね」

『!?』

 ふと、黒王の声が急に変わった。

 低く威厳に満ち溢れた声色が、青年のように軽くてどこか不気味な声色に。

 それは、黒王が本性を現したことに他ならない。

「こ、黒王様……!?」

「今までずっと仮の姿を演じてきたことは謝るよ。あの声じゃないと付いてきてくれなさそうだからさ。まさか〝彼女〟がこんな能力を与えてくれるとは思わなかったけどね」

 黒王は身に纏っていたローブとフードを脱ぎ、正体を露わにした。

 

 黒髪の長髪に特徴的な前髪。

 大きめの耳に大きなピアス。

 黒の僧衣と袈裟。

 そして、額の大きな縫い跡。

 

 それは、まさに最悪の敵というべき廃棄物だった。

 

「私の本当の名は羂索(けんじゃく)。しがない呪術師だよ」

 

 

 

           *

 

 

 とある異空間。

 廃棄物を送り出すEAZY(イーズィー)は、自室に置かれているノートパソコンを見ながら笑みを浮かべていた。

「ようやっと現したわね。さあ、お行きなさい!! ここから先は救世主の御業と呪術師の呪いで奴らを殲滅するのよ!!」

 悪い笑みを浮かべる彼女は、おまけと言わんばかりにある〝()()〟を廃棄物として送り出した。

「こいつなら羂索でも問題ないでしょ。せいぜい足掻くがいいわ紫!! いくら民生屋のあなたでも〝歌の魔王〟を超えることはできない!!」

 

 ――トットムジカの名の下にね!

 

 狂喜する継戦器に対し、民生屋こと紫は例の廊下で静かに業務をこなし、ある人物を迎えていた。

「……は? 俺、傑達といたはずだよな?」

 白髪と碧眼という日本人離れした美形の男性は、唖然とした表情で廊下に仁王立ちしていた。

 

 

 漂流者と廃棄物の戦争。

 紫とEAZY(イーズィー)の対立。

 その果てに何が待ち構えてるのかは、正しく神のみぞ知る。

 

 

 JUMP DRIFTERS  To Be Continued




という訳で、本編はここで区切ります。情報過多ですけど。
黒王はメロンパンでした。まあ、黒幕なら夏油よりこっちの方がいいかなって思ったので。(笑)
そして最後にチラッと出た漂流者、あの人です。呪術廻戦の原作がああなっちゃったので、まさかの参戦で希望を持たせました。
それとEASYが最悪の刺客をぶち込みました。当然、彼女なりの細工を施してます。送り出す側はやりたい放題でしょうし。

そして前書きにあった「大事な情報」についてですが……ふたつあります。
一つは、本作のエピソード0。いわゆる第1幕以前の島津豊久達の話の投稿を予定しております。感想欄でかなり所望されておりましたので、しっかりやります。予定している話数は不明ですが。
そしてもう一つは、新作に関して。
新作で呪術廻戦をやろうと思ってます。大よその流れは決まってて、原作よりは明るいと思います。

ひとまず本編はここまで。エピソード0をやって連載を完結させようと思います。
2020年05月11日から、約3年4ヶ月。とても楽しくやれました。応援ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
……まあ、もう少し続くんですけどね。


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