異世界出稼ぎ冒険記 一億貯めるまで帰れません (黒月天星)
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序章 崖から落ちたら異世界で
第一話 (いつかどこかの)プロローグ


 どうもはじめまして! 小説家になろうの方よりやってまいりました、黒月天星と申します。

 ハーメルンで書くのは初めてですが、どうぞよろしくお願いします。

 家から出るに出られない今日この頃ですが、皆様の暇つぶしにでもなれば幸いです。


そこは石造りの部屋だった。ちょっとした屋内遊技ができる広さがあり、中央には俗に言う魔法陣が刻まれている。その陣の中には服装、年齢もバラバラな四人の男女が呆然と佇んでいた。

 

「おおっ。成功したぞ」

「これで魔族どももイチコロだ」

 

 その陣を囲むように、大勢の西洋風の甲冑を着た兵士のような者達と、数人の法衣を着た者達が立ち、魔法陣の中の四人を見て歓声をあげている。

 

「おいっ! ここは一体何処なんだ!?」

「何だコレ。意味わかんねえよ。さっきまで高速を突っ走ってたってのに」

「…………来た。遂に来たんだ。ボクの時代が」

 

 ある者は状況の説明を求めて怒鳴りちらし、ある者は混乱して周囲を見渡し、またある者がなにやらブツブツと呟いている中、法衣の人物の一人が前に進み出た。他の者に比べ、一際立派な法衣を着た蒼白い顔の老人である。

 

「よくぞ遠き彼方の地から参られました勇者様方。私はこの国の神官長を務めているルキグスと申します。突然のことで皆様驚きと思いますが、まずはお話を聞いて頂ければ幸いです」

 

 ルキグスと名乗った老人の言葉に、ひとまずは説明をもらえると感じたのか、四人はそれぞれ口をつぐんで次の話を求める。

 

「ありがとうございます。端的に申しまして、勇者様方にはこの世界を救って頂きたいのです」

 

 ルキグスはそう言うとサッと手を上げた。それを見た兵士達は素早く動き、四人の側にそれぞれ移動する。それは傍目から見ると貴人を警護するようにも、獲物を取り囲んで逃がさない風にも見えた。

 

 反論しようとした者も、自分達の置かれた状況が異常だと察したのか何も言わない。

 

「ではこちらへ。陛下も勇者様方を心待ちにしておりますので」

 

 ルキグスはそのまま部屋の扉を開けて外に出ていった。四人は戸惑っていたが、兵士達に促される形でルキグスの後に続いて歩いていく。

 

 幾つもの階段を上がり、時には下り、あるいはくねくねと曲がった廊下を渡り、もはや迷宮ではないかという道のりを進む一行。しばらく歩き続けると、明らかに大きくかつ豪華な扉にたどり着いた。扉の前には兵士が二人、槍を持って微動だにせず立っている。どうやら衛兵のようだ。

 

「この先で陛下がお待ちです」

 

 その言葉を聞き、衛兵が両開きの扉を左右から押し開く。ギギッと大きな音を立てて開いた扉の先は玉座の間であった。床には赤い絨毯が敷かれ、絨毯の脇にはズラリと兵士達が立ち並んでいる。

 

絨毯は入口から玉座まで続いていて、その玉座には王冠を被った初老の男が座っていた。また、玉座の周囲には明らかに立派な服装の者達が数名佇んでいる。

 

 一行はルキグスを先頭に段差の前に進み出る。

 

「陛下の御前です。皆様私に続いて」

 

 ルキグスはそのまま片膝をついて恭しく頭を下げる。

 

「「「「!?」」」」

 

 四人は驚いた。何せ、いつの間にか自分達もルキグスと同じように膝をついていたのだから。自分からしたのではなく、何となくそうしなければならないと体が勝手に判断したかのように。

 

「よくぞ来た。あぁ、勇者殿達は楽に。異界とこちらとでは礼儀作法も違いがあろう。無理に作法を押し付けようとは思わぬよ」

 

 玉座に座った男がそう言った途端、少しだけ体が楽になった。四人はそれぞれこわごわと立ち上がる。

 

「余はジーグ・ホライ・ヒュムス。このヒュムス国の王である。突然のことでさぞや困惑したと思うが、コレだけはまずはっきりと言っておこう。ここは勇者殿達の居た世界ではない」

 

 ジーグと名乗ったこの王は、いきなり四人にとってとんでもないことをさらりと述べた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「えっと、ここまでは非常によくあるタイプの……てんぷれっていうんだっけ? よく物語に有りそうな話なんだけど。何か質問は?」

「大有りだよっ!!」

 

 俺の目の前にいる金ぴか少女(自称神様らしい)に対して言い返した。この少女、見た目小学校低学年くらいなのに、それに反比例してやたら偉そうだ。やはり金髪ツインテールの少女は態度がでかいのがデフォなのだろうか?

 

 俺の名は桜井時久(さくらいときひさ)。高校二年。十七歳。趣味は……いろいろだ。ここへ来るまでの経緯なんだが、なんというかまぁ結構テンプレな方だと思う。

 

 一、俺は趣味の一つである宝探しをしにとある山に登っていた。

 

 ……良いじゃないか宝探しが趣味でも。古い地図とかを見つけると確かめたくなるだろ。…………なるよな?

 

 二、お宝(昔の貨幣。但しそれなりに現存しているため大した価値はない)を発見。報告のために一部だけ持って行く。

 

 一応その土地の持ち主に話をつけないとややこしいからな。それに金が目的っていう訳でもない。記念として少し現物を分けて貰えれば充分だ。

 

 三、帰り道にうっかり足を滑らせて崖から転落。

 

 四、地面に激突する瞬間、変な白い光に包まれたと思ったらここに来ていた。

 

 以上だ。いきなり変な場所に連れてこられて、目の前の自称神様に「アナタ、今からワタシ、富と契約の女神アンリエッタの手駒になりなさい。というか決定事項だから」なんて言われる始末。

 

おまけに崖から転げ落ちた時の傷も、このアンリエッタという少女が軽く触れただけで治ってしまった。………うん。訳が分からない。

 

 ここはこの女神(自称)の執務室らしい。見るからに高級そうな家具が置かれていて、壁には何やら分厚い本が本棚にギッシリ並べられている。中央にある机と椅子はやたら存在感を放っているが、持ち主である神様(身長百三十あるかどうか)と比べると大きすぎるんじゃないかと思うんだが。

 

「いやまぁ質問と言ったら色々あるんだけどな。今見せられた映像とか。ひとまず一から説明してくれると嬉しいかな~って」

「……まぁそうよね。良いわ。簡単に説明すると、アナタは神様同士のゲームに参加者として選ばれたのよ」

 

 そう言ってこいつはニヤリと笑った。……ダメだ。どう見ても背伸びしているちびっこにしか見えん。もうちょっと大きくなってからやろうな。

 

 




 本日はストックの修正が出来次第もう二、三話くらい投稿します。応援、感想など反応を返されると、もうニンジンを差し出された馬のごとくやる気が漲りますので何卒よろしくお願いします。


 追記

 別作品の『マンガ版GXしか知らない遊戯王プレイヤーが、アニメ版GX世界に跳ばされた話。なお使えるカードはロボトミー縛りの模様』の方もよろしくです。


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第二話 大“借”金持ちになってしまった

「ゲーム?」

「そう。七柱の神同士がそれぞれ一人参加者を選び、競い会わせるゲーム。一番に選ばれた者は神が出来る限りの願いを叶えてくれるってご褒美があるの」

「……どっかでそんな設定の漫画を読んだ気がするんだが。某聖杯争奪戦的な。それで? もしや最後の一人になるまで闘えってんじゃないだろうな?」

「まさか。ゲームって言ったでしょ。そんな血生臭いことはしないわ。それぞれ参加者には課題が出されるの。課題の難しさとクリアするまでのタイム、それとクリアするまでの過程が評価基準ね」

 

 このちびっ子女神(自称)はやや大きめの椅子にピョンと飛び乗ってそのまま腰掛けた。いや、もう少し小さな椅子にした方が良いって。

 

「舞台はこのゲームの主催者が昔見つけたとある世界。アナタから見れば異世界ってことになるわね。アイツのハマっていたゲームによく似た世界を選んだって言ってたけど、それが今アナタに見せた世界って訳」

 

 さっき見せられた映像。断片的ではあったが、あれはよくライトノベルとかで見かける話だった。勇者。世界の危機。異世界召喚。西洋風ファンタジー。確かに俗に言うテンプレな話だ。

 

「ちなみにアナタには、今の勇者連中に紛れて向こうに行ってもらうから。本来なら参加者を送るのはそれなりに準備もいるけど、ワザワザ向こうから召喚してくれるならそれで手間が省けるわ。色々と特典もあるしね。それじゃあ早速」

「ちょっと待った」

 

 俺はたまらずそこで待ったをかける。説明を求めたがあまりにも急展開すぎる。

 

「それって俺が参加することが前提だろ? もし俺が行かないって言ったらどうすんだ?」

「あら? 行かないの?」

「そりゃまぁ行ってみたい。異世界とはロマンだろ? まだ行ったことのない場所。まだ観たことのない景色。心踊るし行ってみたいさ」

 

 正直な話行ってみたい。当然良いことばかりでもなく、危険なことも嫌なことも有るだろう。でもそれは元の世界でも同じだ。今だって崖から落ちて死にかけた訳だし。

 

「だがこっちにも色々と予定というか約束があってだな。命を助けて貰った恩もあるから力になりたいんだが……このゲームってどのくらい時間がかかるんだ?」

「そうねぇ…………今のところ参加者の中にクリアした者はいないわ。それにあまりクリアに熱心じゃない参加者もいるらしいからはっきりとは答えられないかな」

「それじゃこのゲームっていつからやってるんだ?」

「準備期間だけならそれなりに長いけど、実際に参加者を送り出したのは結構最近よ。…………大体二十年くらい前かしら」

「誠に残念ながら辞退させて頂きます!!!!」

 

 こちとら一応高校生である。今は夏休みに入ったばかりなので学校はしばらく心配ないが、それにしたって二ヶ月ぐらいが限度。幸い親には旅行(という名の宝探しやら何やら)に行くと言ってあるから暫くは問題ない。

 

 問題は妹の陽菜(ひな)と”相棒“との約束である。この二人とは今回の宝探しが済んだ後に合流して、一緒に出掛ける約束をしている。陽菜はともかくとして、“相棒”は時間に厳しいからな。十分遅れただけでも説教されるぐらいだから、もし何日も遅れたとなったら…………うん。鉄拳制裁は確実だな。

 

 約束の日は三日後。つまり三日でゲームをクリア出来るなら何とか間に合う訳だ。しかし二十年も前から始めている参加者がまだクリア出来ていないという。課題にもよるらしいので一概には言えないが、少なくとも三日で終わるものではないだろう。

 

ぶっちゃけた話流石に何年も行っていられない。ということで丁重にお断りさせて頂きたいのだが。

 

「えぇ良いわよ。別に参加しなくても」

「良いのか!? てっきりさっき決定事項とか言ってたから駄目だと思っていたのに」

「えぇ。残念だけど他にも候補はいるし、時間も今がベストってだけでない訳じゃないの。けどその代わり…………」

 

 そこでアンリエッタはニタァと邪悪な笑みを浮かべると、机から一枚の紙を取り出してこちらに放ってきた。だからそういうことしてもお子様にしか見えないんだって。

 

「何だこれ? …………請求書!?」

 

 その紙には日本語で請求書と書かれ、何やら様々な事柄と数字が記されている。

 

「そうよ。アナタを助けるために開いたゲートの使用料に、崖から落ちた時の傷の治療費。他にもアナタを送り返す用のゲートの使用料に女神の尊顔を拝した分のお布施。その他諸々合わせてこのお値段。キッチリ払って貰いましょうか!」

「…………ちなみにこれの通貨って何? 個人的にはジンバブエドル(めちゃくちゃ日本円に比べて安い通貨)とかだと助かるんだけど」

「一応アナタの国に合わせて円よ」

「やっぱりか…………ちょっと高過ぎない?」

 

 その請求書には、庶民の俺からすればあんまり縁の無さそうなお値段が書かれていた。宝くじが当たるくらいじゃないと払いきれないお値段だ。……特に女神の尊顔を拝したお布施代って部分が物凄くお高い。

 

「あらそう? 人間一人にわざわざ神が手をさしのべたにしては安いと思うけど。本来ならこんなことまずないのよ。それに」

 

 アンリエッタはそこでもう一枚の紙を渡してきた。こちらには契約書と書かれている。

 

「ワタシの手駒になってゲームに参加するのであれば、ゲートの使用料や治療費、その他諸々は免除するわ。お布施の分はまたその分別に働いてもらうけど」

 

 いやまず一番高いのが残ってるからっ!! とつっこみたいのを抑えつつ、ひとまず契約書の中身を確認する。

 

 ……ざっと読んだ所、俺がゲームに参加した場合の取り決めが書いてあった。曰く、参加した場合今言った通り諸々の代金を免除するだの、現地でのルールに触れない程度の支援(要するにチート、加護と呼ばれる類いのギフト)を用意するだの、他にも色々と書かれている。

 

 俺契約書関係は苦手なんだよな。それ関係はあらかた“相棒”に任せていたから、細かい内容の精査はどうにも自信がない。

 

「どう? 答えは決まった? まぁワタシとしてはどちらでも良いのだけど」

 

 う~む。これは実質選択肢はないに等しい。命が助かったと思ったら莫大な借金である。目の前の少女が本当に神様であれば踏み倒すという選択肢は論外だ。となれば……。

 

「向こうの時間の流れはこっちと同じか?」

「ほとんど同じよ。まぁ一年ぐらい過ごしたら誤差が何日か出るかも知れないけど、そんなところね。……そう言えばアナタ、予定とか約束があるって言ってたわね。要するにそれに間に合えば参加しても良いってコト?」

「……まあな。バカ高い額を請求されたとは言え命を救われた訳だし、せっかくの異世界のお誘いだしな。三日後の約束に間に合うならそれまでは参加しても良いかなぁって」

「………………よし。それじゃあこうしましょう」

 

 アンリエッタは少し思案したかと思うと、手をポンッと合わせて言った。

 

「アナタがゲームをクリアしたら、アナタが崖から落ちた時になるべく近い時間に戻すわ。もちろん怪我等は無しで。と言っても長く過ごせば過ごすほど誤差は大きくなるけど。それでどう?」

「それだと猶予はどのくらいとれるんだ?」

「そうねぇ。あくまで誤差だから正確には言えないけど、向こうの世界で一年ぐらいまでなら誤差は三日で済むと思うわ」

「一年か…………」

 

 課題によっては二十年かかるゲームを一年で終わらせる。オマケに場所はテンプレ的な異世界。剣と魔法もおそらくアリアリの危険地帯。更に言えばさっきの映像を見た限りでは、何やらくせ者っぽい方もいらっしゃるようで。

 

 頼りになりそうなのはこの女神のチートだか加護だからしいけど、それも何が貰えるかは不明。まぁ仮に宇宙最強天下無敵の力をくれると言っても断るけど。だってそんな力を貰っても確実に使いこなせないだろ? とどめに俺がクリアすべき課題も不明。

 

 ゴールも判らず道のりは険しく、“相棒”が居たら「このバカ野郎!! いや、ただのバカでは生温い。この大バカ野郎!!! こういう時はもっと熟慮しろ」とか説教されること間違いなし。陽菜は何だかんだ最後は苦笑いで許してくれそうだけどな。

 

「………………うっし。参加するか」

「そうそう!! それでこそワタシの見込んだ手駒よ」

 

 …………ゴメン“相棒”。色々考えたけど、やっぱりこのワクワクは止められない。俺はついつい上がってしまう口角を押さえながら、心中で謝罪の言葉を呟いた。

 

「じゃあ、富と契約の女神アンリエッタの名においてここに契約するわ。アナタはワタシの手駒にして使徒。このゲームに参加し、見事課題をクリアしなさい。その暁にはアナタを無事元の世界に送り返し、ついでに何かご褒美でもあげるわ」

 

 そう言い終えた瞬間、何か俺とアンリエッタの間に繋がった感じがした。富と契約の女神だけあってただの契約ではなさそうだ。

 

「ご褒美ねぇ。そんじゃさっきのバカ高いお布施代をチャラにしてくんない?」

「だ~め♪だってそれがアナタに与える課題なんだから」

 

 ちょっと待て。この女神聞き捨てならんことをさらりと言ったぞ。

 

「お布施代が課題って……まさか」

「そう。アナタへの課題は、“ワタシへのお布施代一億円を払いきること”。まぁ向こうの通貨と日本円では大分違うから両替することになるけど、その際には手数料を頂くからヨロシク」

 

 …………俺はすこぶる壮大なボッタクリにあっているのかもしれない。



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第三話 不安だらけの出発

「このちびっ子女神。金の亡者。命の恩人だからって横暴だぞこんにゃろう!」

「うるさいっての。アナタだってそんなに背が高くないでしょうが」

 

 おのれこの女神痛いところを突きやがる。確かに俺の身長百五十?センチはやや高校男子としては小さい方かもしれない。だけどまだ俺だって成長期なんだぞ。その内こうグ~ンと背が伸びるはずだ。……多分。きっと。……身長の話題は避けよう。こっちにもダメージが来そうだ。

 

「さてと、それじゃあワタシの手駒に向こうで役立つ加護をプレゼントしちゃおうかしら」

 

 この金の亡者的ちびツインテ女神に散々文句を言うも涼しい顔で受け流され、ハァハァと呼吸を整えている俺に向けてコイツは余裕の表情で切り出した。

 

 チート。或いは加護。ウェブ小説ではほとんどお約束と言ってもいい能力だ。無論チート等は一切無しの話もあるが、大半はチート持ちである。

 

 大抵の場合、主人公はその能力を駆使して大活躍していく。種類も様々で、超人的な身体能力を得るものやいわゆる魔法の達人になるもの、果ては不老不死になるものもある。大半はその主人公のみの能力、ユニークスキルと呼ばれる類いのものだ。

 

「加護……か。まぁ金を稼ぐ分には元手がいくらあってもいいしな。ありがたく貰っとくよ」

 

 そう答えると、アンリエッタは軽く右手を広げて俺の方に向けた。……なんか嫌な予感。その途端、

 

 ポンッ。

 

 そんな軽い音を立てて白く光る球状の何かが掌に出現し、俺に向かって飛び出してきた。反射的に避けようとするが、アンリエッタの「避けないで」という言葉に踏みとどまる。光の球は俺の胸元に当たると、なんとそのまま身体の中に沈み込んでいく。

 

「なんか気持ち悪いな。これ身体に害があったりしない?」

 

 そう聞くとアンリエッタの奴、「さぁてどうだったかしら♪」なんてニヤニヤしながら言うもんだからますます不安になる。本当に大丈夫だよな?

 

「今アナタに与えた加護は四つ。多いって思うかも知れないけど、内三つは参加者共通だから実質アナタ用の物は一つだけよ」

 

 光の球が完全に沈み込むと、その部分を軽くぽんぽんと叩きながらコイツは説明し始める。

 

「共通の物は身体強化、言語翻訳、能力隠蔽の三つ。身体強化は文字通りアナタの身体を強くする。これは向こうの世界にアナタの身体を適応させるという意味でもあるわ。向こうでは何でもない病気でもアナタにとっては致命的ってこともあるから」

 

 確かに未知の場所に行ったら細菌対策は必須だ。昔見た映画でも、地球侵略に来たエイリアンが人間には何でもない細菌で死んだなんてことがあった。

 

「言語翻訳もそのままの意味。向こうに存在する大半の言語を翻訳するわ。でもあくまで翻訳だから、その言語をアナタが使える訳じゃないの。文字の読み書きも出来ないしね。まぁよくある映画の吹き替えみたいなものよ」

 

 よく見ると実際のセリフと口元が合っていないあれか。文字の読み書きも出来ないと。……こりゃ文字の勉強が必要かもしれない。 

 

「能力隠蔽はちょっと特殊ね。アナタの能力を他人が調べても、よっぽどの力じゃないと分からないようにする加護。向こうでは人の能力を可視化する能力や道具もあるから、いらない騒動を避けるための加護よ。これはアナタにあげた加護のみを隠蔽するものだから、向こうで新しく手に入れた物に対しては効果がないの。その点は注意してね」

 

 なるほど。例えば、俺が異世界に行った後で“手からエネルギー波を出せる”能力を得たとする。しかしそれはアンリエッタの加護では隠せないってことか。

 

「さて、ここまでは参加者共通の加護。最後の四つめが重要よ。アナタに与えた専用の加護は…………これよ!!」

「これは……………………貯金箱か?」

 

 アンリエッタが机から取り出したのは、人の頭くらいの大きさの貯金箱だった。金庫のような形状で、上には掴むための取っ手がついている。前面にはビーズのような赤い鉱石がはまっていて、背面には硬貨を入れるための細長い穴が一つ。…………うん。紛れもない貯金箱だ。

 

 貯金箱でどうしろとっ!? 振り回して攻撃しろとでも言うのか。

 

「まぁまずは使ってみましょう。ほらっ。これをその中に入れて」

 

 そう言って投げ渡されたのは剣と杖が交差した柄の硬貨だった。趣味で宝探しをやっているため多少硬貨の種類は知っているが、こんな柄の物は見たことがない。

 

「それは向こうで使われている硬貨の一種よ。日本円に直すと大体百円くらいかしら」

 

 これが百円ねぇ。見たところ銅貨っぽいな。とりあえず言われた通り硬貨を貯金箱に入れてみる。

 

「では次に貯金箱に言いなさい。『査定開始』って」

「よく分からんが、『査定開始』……!?」

 

 俺がそう言い終えると、突如貯金箱の前面にある鉱石から放射状に光が伸びる。

 

「今度は何でもいいからその光を当ててみなさい」

「光を当てろったって……これで良いか」

 

 俺はさっきまで飲んでいたコーヒーに光を当てる。ちなみにこれは、俺が課題に文句を言っている時にアンリエッタが渡してきたものだ。……口を付けた後で「コーヒー代百円も追加ね♪」なんて言われた時には腹がたったが。

 

「何だ!?貯金箱の裏に何か文字が浮かんできたぞ」

 

 硬貨を入れる穴の下の何もないスペースに突如、

 

 飲みかけのコーヒー

 査定額 十円

 

 という画面が浮かび上がってきたのだ。

 

「それじゃあ今度は文字の下にあるOKボタンを押して」

 

 よく見れば文字の下、貯金箱の底に近い所に二つのボタンが出現している。左側にOKのボタン。右側にキャンセルのボタンだ。左のボタンを押すと、置いてあったコーヒーが消えて代わりに貯金箱に文字が表示された。

 

 現在貯金額 十円

 

「これがアナタに与えた加護。『万物換金』よ。アナタの所有物を自在に査定、換金する加護。それと、これはアナタを持ち主に登録してるから好きな時に呼び出すことができるわ。上手く使えば課題をクリアできるでしょ。」

「う~む。なんというか…………使いづらいな」

 

 確かに何でも金に換えられるなら凄い。使い方によっては一億円稼ぎ出すことも不可能ではないだろう。ただ……。

 

「これは要するに俺の物を金に換える能力だろ? ならまずは元手となる物が必要な訳だ。それはどうやって調達するんだ? まさか人の物をかっぱらえとでも?」

「そこまで口出ししたら課題にならないでしょ。課題への取り組み方は参加者の自由。担当の神が出来るのは送り出すまでの準備と、送ってからのちょっとしたアドバイスだけよ」

「分かった。そんじゃ元手の調達は現地でなんとかするさ。……そう言えば最初に硬貨を入れてたけど、あれは何でだ?」

「あれね。あれはワタシへの査定代と換金代。次からもキッチリお代は頂くわ」

「…………ほんっっとに金の亡者だなお前は」

「失礼ね。本来女神が百円程度の供物で動くことなんてないのよ。それを考えればむしろ感謝してくれてもいいぐらいだわ」

 

 俺達はそんなことを言い合いながら、能力の細かい説明や現地での行動を擦り合わせていく。そして、ついに出発の時が来た。

 

 

 

 

「それじゃあいよいよ出発するわよ。準備は良い?」

「準備はいくらしても良いんだが、まぁ多分大丈夫だ」

 

 俺は崖から落ちた時の格好で立っていた。宝探しは山道や森の中を歩くことも多いので、服装はそれに合ったもの。パッと見はただの山男ルックだが、ベストにあちこちに隠しポケットを取り付けたり、いくつか改造している。隠しポケットには筆記用具やちょっとした小物がいくつか。

 

 荷物は携帯用食料やらキャンプ用具やら色々をリュックサックにまとめてある。一応財布やスマホもあるが、異世界ではあまり使えないというのがお約束だ。あまり当てには出来ない。あとこちらに来る直前に見つけたお宝である昔の貨幣が七枚。無事帰ったら土産がわりにしよう。

 

「さっきアナタに見せた向こうの映像は、これから起こる確率の高い未来。これからそこに割り込ませるわ。……割り込ませると言っても元々アナタは喚ばれる可能性があったから、そんなに歪みが起きることもないけど」

「なぬっ!? 俺って何もしなくても異世界行けたの? だとしたら借金背負っただけ損じゃないか」

「可能性があったってだけよ。そう都合良くあのタイミングで行ける確率は低かったわ。……試してみたい?」

「遠慮しときます」

 

 この女神一瞬目がマジだったぞ。もし本当に試してみて失敗したら死に損だ。やめとこ。

 

「……一つ行く前に聞いて良いか?」

「何よ?」

「何で俺を選んだんだ? いや、何人かの候補者の中でって意味で」

 

 俺は少し真面目な顔で聞いた。これは“相棒”が良く言っていたんだが、物事には常に理由がある。どんなに偶然に思えることでも、そこに至るまでの何かがある。

 

 となれば、俺が選ばれたのにも何かこの女神の思惑があるってことになる。

 

 アンリエッタは少し考え込むと、

 

「はっきり言うとね、アナタより能力の高い候補者は何人か居たの。アナタはそうね………上の中か上の下辺りかしら」

「まあまあってとこかな。それで? 何でまたその上の上辺りをやめて俺に?」

「それはアナタが一番チョロそ……じゃなくて一番相性が良さそうだったからよ」

 

 今チョロそうって言わなかったかこの女神!?

 

「ほらっ。ワタシは富と契約の女神だし、価値ある物には目がないのよ。そしてアナタは宝探しに関してはそれなりの腕がある。違う?」

 

 まぁ失敗した数は相当あるけど、成功も簡単なものなら数度くらいはあるしな。それなりと言うのは間違いじゃないか。

 

「このゲームではクリアの過程も評価基準になるのはさっき言ったわよね。ワタシの課題は“金を稼ぐこと”だから、極論すると時間をかければ誰だってある程度は出来るの。でもそれだけじゃ評価には繋がらないわ」

「ただ地道に稼ぐだけじゃダメってことか」

「そういうこと。特に今回主催する奴は波乱とかハプニングが大好きな奴でね。宝探しなんて、聞いたらすぐに飛びつくくらいの大好物。成功するにしてもしないにしてもね」

 

 確かに宝探しはロマンだからな。宝が有るにしても無いにしても見つけるまでは楽しいもんだ。……同じくらい苦労もあるけどな。

 

「だからただ能力の高い安定した人よりも、アナタみたいなタイプが適任って訳。勿論ワタシ自身も宝物……美術品とか芸術品は大好きだしね。アナタを選んだ理由は大体こんなところかしら。納得した?」

「まだ細かい疑問はあるけど一応な」

「よろしい。じゃあ今度こそ出発よ。気を楽にしてじっとしてなさい」

 

 俺は一度深呼吸をすると、言われた通りそのままの体勢で待つ。アンリエッタが何やらブツブツ呟いたかと思うと、突然俺の立っている場所が光を放った。なんというか移動の仕方もファンタジーである。

 

 そして少しずつ気が遠くなっていく中で、急にアンリエッタの慌てたような声が聞こえてきた。

 

「ウソっ!? 誰かに妨害されてる!? このままじゃ到着にズレが……。中断を……ダメ。もう間に合わな………」

 

 何やら不吉なセリフを最後に聞きながら、俺の意識は一度ここで途絶えた。



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キャラクター紹介(序章終了時点)

キャラクター紹介(序章終了時点)

 

 桜井時久(さくらいときひさ)

 

 高校二年。十七歳。身長百五十?センチ。体重五十四キロ。黒髪黒目。肌はほんの僅かに白っぽい肌色。高校生の平均身長としてはやや小柄。身長のことが()()()()コンプレックス。服装は独自改造した特製山男ルック。

 

 本編の語り部。今の所活躍的に主人公とはちょっと言いづらい。

 

 趣味は色々。宝探しを好むなどアウトドア派と思われがちだが、実際は面白そうなことであれば様々なことに広く浅く手を出すためインドア派でもある。漫画にゲーム、ライトノベルなどもジャンルによっては大好き。いわゆるライトなオタクである。口癖、座右の銘はロマン。

 

 性格は良い意味でも悪い意味でもバカ。異世界と聞いて心が浮き立つも、妹の陽菜や“相棒”との予定を考えて即答しない程度には現実的だが、それでも諸々考えてやっぱり行くと答える程度には夢想家。

 

 女神アンリエッタに助けられ、命の対価に女神の手駒(使徒)となって異世界に送られる。与えられた課題はアンリエッタへのお布施代一億円を払いきること。

 

 手持ちの加護は現在のところ身体強化、言語翻訳、能力隠蔽、万物換金の四つ。あくまで万物換金以外は全参加者共通なので、実質時久のみの加護は万物換金のみ。

 

 一億円の借金や一年間という制限時間など、割とシャレにならない状況に置かれている時久だが、本人は異世界という未知の場所への期待でドキドキワクワク状態なのであんまり気にしていない。

 

 

 

 アンリエッタ

 

 年齢不明。身長百三十センチ。体重は秘密。金髪に金の瞳。腰まで届くツインテールが最大の特徴。服は基本的に白っぽい簡素な布製のものだが、自身の司る権能に恥じないよう所々に高価な装飾品をあしらっている。美少女というか美幼女。

 

 自称富と契約の女神。時久を手駒にして自身の行っているゲームに引っ張り込んだ張本人。

 

 性格はかなり横暴で高飛車。あと少しSの気がある。終始上から目線で偉そうな態度だが、これは神は人より上の存在であるというプライドがあるため。ただし見た目が幼いこともあってあまり威厳は出ていない。

 

 時久を手駒に選んだ理由は本文でもあった通り。適度に丸め込みやすく(時折反論されるが)、それでいてそこそこ頭も悪くない。課題の取り組みも安定性だけでなく、波乱も十分あり得るので評価に繋がりやすいと判断したため。

 

 また時久がかなり乗りやすい性格のため、からかいやすいという意味では相性も良い。

 

 ちなみに余談だが、能力値だけで言えば時久は上の下ぐらいだったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という。

 

 ゲームのルール上手駒に課す課題、与える加護は自身が司っているか関係しているものでないといけない。そのため時久に与えられたのは過度な戦闘用の加護ではなく、あくまで課題クリアのためのもの。派手なバトルはあまり期待していない。

 

 いざ異世界へ手駒を送ろうと言う時に、ギリギリになって妨害されたことで内心かなり慌てている。

 




 まだ序章なので書くことが無いっ! しかしどうせ後になってキャラクターが増えてくると、書くことが多くなって面倒になることでしょう。その時が怖いやら楽しみやら。

 ひとまずはこれで序章が終了です。続きが気になる方は何か反応してくれても良いんですよ!

 次はまた明日……のつもりですが、誰かに応援されたりすると今日中にまた投稿するかもしれません。


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第一章 異世界来たら牢獄で
第四話 フラフラ歩くと捕まります


 読者のありがたい応援を受け、修正が終わった分をさっそく投稿です!


 …………いや。俺も多少なりとも浮かれていた所はあったさ。流石にどこぞのライトノベルよろしく「推定魔力値A以上だと!? 王宮魔術師級ではないか!!」とか、「貴方こそ勇者にふさわしいお方。是非この世界を救ってくださいませ」とかは言われないにしても、最初からそれなりの待遇はあるとは期待していたさ。しかし、しかしだ。

 

「いきなり牢屋なんてイヤじゃぁぁぁ!!!!」

「うるさいぞっ。静かにしろ」

 

 看守に注意されて仕方なく魂の叫びを中断する。右を見ても左を見てもあるのは石造りの通路と牢屋ばかり。

 

 さて、何故俺がこんな所にいるのか?それは俺がこの世界に来たときに時間を遡る。

 

 

 

 

「………………んっ!?」

 

 アンリエッタの所で気を失った後、次に目が覚めたのは石造りの部屋だった。床には俗に言う魔法陣。この場所には見覚えがある。アンリエッタに見せられた映像にあった部屋だ。

 

「よしっ。無事着いたみたいだな」

 

 朧気になる意識の中で、最後にアンリエッタが何か不吉なことを言っていたから心配だったのだが、その心配は杞憂だったらしい。

 

「しっかし…………誰も居ないんだけど?」

 

 この部屋には誰も居なかった。……おかしいな。映像では他にも召喚された誰かと、それを囲むように大勢の兵士たちがいたはずだが? ……参ったなコリャ。うまいこと他の召喚者に紛れながら情報を集めようという段取りがちょっと狂った。

 

 映像では分からなかったが、壁の上の方に明かり取り用の小さな窓がある。そこから外が見えるのだが、星が見えることからどうやら今は夜らしい。

 

「仕方ない。早速使うか」

 

 俺は懐のポケットから丸いケースを取り出した。ケースの上部にあるぽっちを押すと、蓋が上下に開いて中の鏡が出てくる。

 

 これは緊急通信用の道具だ。出発の時にアンリエッタから渡された物だが、エネルギーの関係上一日に二度。一回の通信時間は三分までという縛りがある。もう少し温存したかったところだが、まずは今の状況を知らないと話にならない。

 

「もしもし。聞こえるか? こちら時久。応答してくれ」

『…………プツッ。やっと連絡してきた。こちらアンリエッタ。アナタ大丈夫!?』

 

 鏡の部分にアンリエッタの姿が映し出される。ちゃんと繋がったようだ。

 

「まあな。何とか着いたみたいなんだけど。聞いてた話とちょっと違う状況みたいだ」

『まずはそこからね。よく聞いて。アナタが今いるのはさっき映像で見せた場所。そこは間違いないわ。ただ何者かの妨害にあって到着時間がずれてしまったの。おそらく何日か経った後ぐらい』

「なるほど。道理で誰も居ない訳だ」

『妨害の相手は今調べているけど、そちらには何か異常はない?身体に不具合があるとか?』

 

 言われて軽く身体を調べてみるが特に何も…………いや待った。よく見ると右手首に何か痣のような物が浮き出ている。

 

「不具合かどうか知らないが、右手首に変な痣が出来てる。何かこう縦線が何本か並んでくっついた感じの」

『痣? それならきっと参加者の証の番号よ。参加者にはもれなく身体のどこかにローマ数字が刻まれるようになっているから。アナタは七番目だから、Ⅶって付いているはずよ』

 

 言われて見れば確かにⅦと書かれている。ちょっと分かりにくいが。こういうのって手の甲とかじゃないの? なぜに手首? それと何でまたローマ数字?

 

『ローマ数字なのは主催者の趣味らしいわよ。っとこんな話をしている場合じゃなかったわ。アナタ、それ以外に身体に異常はない?』

「いや特には。強いて言えばいつもより身体が軽い位だ」

『身体が軽いのはおそらく加護の影響ね。幸いなことに一応向こうの召喚に乗っかった扱いになっているから、召喚特典も読み通り付いているみたい』

 

 召喚特典。この女神がわざわざ異世界の召喚に割り込ませようとした理由の一つがこれだ。どうやらこの勇者召喚は、召喚された時点で何らかの加護を付与される類いのものらしい。基本的にはアンリエッタからもらった身体強化や言語翻訳と同じものらしいが、加えて一つ個別に加護が与えられるという。

 

 つまりアンリエッタは、加護の二重取りを狙っていた訳だ。確かに能力が多ければ有利になるし、こちらとしても早くゲームをクリア出来るかもしれないのでありがたいのだが。

 

 一応これはズルじゃないのかと尋ねると、「ルールには過度に参加者に加護を持たせて出発させるなとあるけど、現地で能力を増やすなとはないわ。だからこれはズルじゃなくて、単にルールの抜け穴を突いただけよ」なんて言っていた。

 

 それをズルって言うんじゃないだろうか。まあルールを破っている訳じゃなさそうだけど、他の参加者から苦情が来たらウチの女神が勝手にやりましたって言って逃げよう。

 

『何か良くないことを考えているみたいだけど…………まあ良いわ。現地で何の加護を得たかまではこちらでは分からないから、自分で調べておいてね。……そろそろ通信時間いっぱいだけど、何か聞きたいことはある?』

「とりあえずは大丈夫だ。また後で連絡するよ」

『分かったわ。最後に…………ごめんなさい。これは妨害を警戒しなかったワタシのミスよ。こちらでも時々モニターしているけど、また何か有るかもしれない。気を付けてね』

 

 その言葉を最後に映像が途絶える。まったく。最後にあんなしおらしいことを言われると、少しだけ調子が狂うな。

 

「さて、これからどうすっかな」

 

 到着が遅れたとはいえ召喚された身だ。待っていれば誰か気づいて迎えに来るかもしれない。しかし、

 

「…………近くに誰も居ないみたいだな」

 

 耳を澄ましてみても特に音が聴こえない。もしやここは特別な時以外は使われないとか。部屋の扉にはどうやら鍵はかかっていないようだし、少し妙な気もする。

 

「仕方ない。こっちから行くとするか」

 

 俺はリュックサックを背負い直し、扉を開けて外に歩きだして……………………そして駆けつけてきた衛兵に捕まってしまって今に至る。

 

 

 

 

「考えてみればそうだよな。知らない奴が城内をうろついていたらそりゃすぐに捕まるよ。不審者だもの」

 

 どうやらあの扉に鍵がかかっていなかったのは、開けるだけで警報が鳴って衛兵が駆けつけられる仕掛けがあったかららしい。ここがファンタジーの世界だということをすっかり忘れてたぞ。次からは魔法関係の仕掛けも確認しなければ……確認できればだけど。

 

「それにしても……どうしたもんかな」

 

 剣やら何やら物騒な物を突きつけられて、特に抵抗もしないままにここに放り込まれてはや一時間。ここはどうやら城の地下にある牢屋らしい。

 

 身に付けていた物以外は全て没収されている。幸い抵抗しなかったことから手足を縛られてもいないし、軽い事情聴取と身体検査の後で腕時計や財布、ペンやメモ帳、スマホやライターといった小物の類いも返された(何なのかよく分からないから返したようだが)ので全く何もない訳ではない。

 

 すぐに取り調べが始まって、そこで自分のことを説明すれば誤解も解けるだろうと考えていたのだが。どうやら見込みが甘かったらしい。

 

「ひとまず聞いてみるか。……ちょっとすいません。そこの看守さん。聞きたいことがあるんですが」

 

 俺はたまたま近くを巡回していた看守に声をかける。歳のころは四十くらいといったところだろうか? がっしりとした体格で、こげ茶色の短髪に無精ひげを生やしている。軽く身なりを整えればダンディなおっちゃんと言えるレベルの顔立ちだ。

 

「なんだ?」

「はい。俺はついさっきここに入った者なんですが、取り調べはいつになるのかなぁと思いまして」

 

 一応なるべく丁寧に聞いてみる。初対面の相手、特に年上には多少は気を使うのだ。女神? あいつは見た目小学生だから適応外。看守は懐から何か紙のような物を取り出して目を通す。この世界は紙がそれなりに普及しているらしい。

 

「お前は…………トキヒサ・サクライか。家名持ちとはどこぞの没落貴族か? まあいい。すまんが立て込んでいてな。お前の順番は大分後になりそうだ。早くとも明日の夕方以降だな。それまで大人しく待っていろ」

 

 看守はそれだけ言うと再び巡回に戻っていった。出来ればもう少し詳しく聞きたかったんだが……まあいいか。

 

 ちなみに名前は海外風に名乗っている。最初は普通に名乗ったら妙な顔をされたので、異世界ではこちらの方が良いかなと思って変更したのだ。名字があると貴族というのは別段珍しいことではない。実際日本でも名字がない方が普通の時代があったらしいし、こちらでもそういうものなんだろう。あとは、

 

「明日か……長いな」

 

 少なくともあと丸一日はこんな場所に居なきゃならないかと思うと気が滅入る。……仕方ないのでさっさと寝てしまうことにしよう。早いとこここから出たいものだなあ。




 ここで私は宣誓します。

 本日十一日いっぱい。誰かから初めて応援、評価、感想等々を送られる度に、一時間以内に一話続きを投稿するとっ!!

 場合によっては温存しようと思ったストックが火を噴くかもしれません。 面白いと思ったら、何でも良いので反応よろしくお願いしまっす!


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第五話 牢屋の沙汰も金次第

 反応を返してくれる読者がいる限り、まだまだ行きますよっ! 


 異世界生活二日目。

 

 一応昨日の夜に着いたので、今日は二日目とカウントする。初日はいきなりハプニングだらけのスタートだったので、今日は是非ともスムーズな展開が良いな。具体的に言うと早くここから出たい。

 

「ふわぁ~あ。よく寝た~」

 

 大きなアクビを一度して軽く背伸び。腕時計を見ると現在午前五時五十分。子供の頃、早朝に始まるアニメを見るために早起きを始めてからすっかり習慣となっている。体内時計は異世界でも健在だ。といってもこちらの時間で今何時なのかは分からないが。時間が分かったら時計を合わせないと。

 

「んっ!?」

 

 固い床に直接寝たのに身体はどこも痛くない。普通身体がバキバキになるものだけど。これもアンリエッタの言う加護のおかげだろうか? まあ痛くないのは良いことだが。それにしても、

 

「いくらなんでもベッドどころか毛布もないなんてサービス悪いな。まさか食事もないとかじゃないよな」

 

 この牢屋は広さが大体八畳くらいの個室。牢屋としてはそこそこの広さに壁はこちらも石造り。天井は二メートルくらいの高さで窓もなく、中央の辺りに光を放つ石が嵌められている。その灯りが牢屋を照らしているが、光量はちょっとした豆電球くらいとぼんやりしたものだ。読書には向かなそうだな。

 

 入口は全面太い木の格子で覆われている。格子の隙間は何とか俺の頭が入るかどうか。意外に大きいと思われるかもしれないが、これには幾つか理由があるようだ。多分外から差し入れとかがあるのだと思う。

 

 壁の隅には俺の膝くらいまでの大きさの壺が一つ。蓋を開けて見ると中には親指サイズの透明な石が入っていた。昨日看守に聞いたところ、この中に用を足すと分解、吸収してくれるらしい。匂いも時間が経つと消えるらしく、原理は分からないが便利なものである。日本にあったら被災地とかで役に立ちそうだな。

 

 以上これだけ。──もう一度言う。これだけである。ベッドも毛布も顔を洗う水も食事もない。流石に待遇が悪すぎる。もうちょっと何とかならないものだろうか?

 

 ガラガラ。ガラガラ。

 

 そんな風に思っていると、通路の方から何やら物音がした。

 

「何だ?」

 

 気になって格子から顔を出して覗いてみる。通路には一定間隔で壁に光る石が嵌め込まれていて、少し離れていても何とか見えた。そこには、昨日の看守が何かを引っ張って歩いている姿があった。よく目を凝らして見ると、どうやら小さな荷車のようだ。

 

 看守は一つずつ牢屋を見て回り、何かを荷車から出しては囚人に手渡している。その際必ず囚人と言葉を交わしてから。

 

 ガラガラ。ガラガラ。

 

 そうこうしている内に、俺の隣の牢までやって来た。牢と牢の間隔はおよそ五メートル程。これなら何をしているか分かりそうだ。

 

「次は……イザスタか。まだ寝ているな。おい! さっさと起きろ。配給の時間だ」

「…………ん~っ。何よ。もう朝? もうちょっと寝かせて~」

 

 昨日は色々あって気がつかなかったが、どうやら隣の牢の住人は女性らしい。寝ぼけたような声を上げて看守と話している。

 

「まったく。ほらっ。今日の朝食と洗顔用の水と布だ。さっさと受け取れ」

 

 看守が荷車からパンとスープの入った木製らしき器とスプーン、水らしき物が入ったコップ。それとは別に水のなみなみ入った桶と布を出して牢の前に置く。すると牢の中からニュッと手が伸びて、素早くそれらをかっさらっていった。まるでカメレオンが舌を伸ばすような早業だ。

 

「ありがとね~。いや~ホントいつも助かるわ~」

 

 礼の言葉と共に何やらバシャバシャと水音がする。どうやら早速顔を洗っているようだ。そのまましばらくすると、看守は懐から何かを取り出して牢の中に静かに投げ入れた。

 

「ご要望の品だ。それなりに手間がかかったがな」

「アリガト。これは約束の半金と次回の分。次もまたヨロシクね」

 

 今度は牢の中からまた手が伸びて、看守に何か硬貨のような物を差し出した。遠目だが金貨のようにも見える。看守は何も言わずに受けとると、そのまま荷車を引いてこちらの方に歩いてくる。

 

 ガラガラ。ガラガラ。

 

「トキヒサ・サクライ。配給の時間だ」

 

 看守は荷車から先ほどのようにパンとスープ、水入りのコップを取り出すと牢の前に置いた。…………ありゃ? これだけ?

 

「すいません。隣の人みたいに顔を洗う桶とかは……?」

「無いぞ。あれは金を払った囚人への対応だ」

 

 看守はそういうと、荷車から何か表のような物を出してこちらに広げて見せた。

 

「……あのぅ。俺文字が読めないんですが」

「!? ……家名があるから没落貴族かと思ったが違ったのか。これはな、どれだけの金でどういった待遇になるかの表だ。詳しく言うと、一デンで洗面用の水と布。十デンで加えて用を足す時や身体を拭く時に使う布の貸し出し。五〇デンでさらに食事や毛布が追加されると言った具合だ」

 

 話の流れからすると、おそらくデンとはここの通貨単位だろう。つまり、良い扱いをされたければ金を払えと。だから身体検査の後で財布や小物を返されたのか。……ここ牢屋だよな? 宿屋の間違いとかじゃないよな?

 

「勿論金なしでも元々のここの待遇は受けられる。と言っても食事は朝晩にパン一つとスープ、そしてコップ一杯の水だけだがな。おかわりも認めない」

 

 待遇悪いな。まあ牢屋なのだからそういうものなのかとは思うが、こっちは偶然が重なって捕まっただけで特に悪いことはしていないぞ。それなのにこれはあんまりだ。

 

「では外の宿屋と同じくらいの待遇を受けるにはどのくらい必要ですか?」

「宿屋にもよるがそうだな…………朝昼晩三食お代わり自由付きに身体を洗う水と布、毛布その他細々としたものを加えてここでは一日三百デンと言ったところか。……ちなみにその内二百デンは俺が差っ引く分だ」

 

 ぼったくりじゃねぇか!!! つまり本来百デンのことに、三倍の価格をふっかけている訳だ。なんという悪徳看守。

 

「わざわざ牢屋に物資を届けるんだ。手間賃に多少もらっても構わんだろう。それに本来宿屋で取る宿泊費は入れてない。どのみち今日はここで寝泊まりするだろうからな。それで払うのか? 払わんのか? さっさと決めろ」

 

 金か。……今は無いが実のところ当てはある。『万物換金』の効果は持ち物を金に替えるもの。つまり(にほんえん)(デン)に替えることもおそらく可能だ。しかし、今それを使えば能力がバレる。この明らかに金にガメツイ感じの看守に見せたらどうなることか。

 

「……あらっ!? もしかしてお隣さん?」

 

 ここはひとまず我慢して次の巡回の時に。そう考えていると、突如隣の牢の女性が声をあげた。

 

「寝起きで気付かなかったわ。アタシはイザスタ。ヨロシクね」

「ドモ。時久です。こちらこそよろしく」

 

 挨拶には挨拶で。顔は見えないがかなりフレンドリーな人らしい。

 

「トキヒサちゃんね。いやぁお隣さんが来てくれて嬉しいわ。アタシが来てからずっと両隣が空き部屋だったから話し相手が居なくて退屈だったの。……そうだわ! お近づきの印に今日の分のお代はアタシが持ちましょう。それなら良いわよね看守ちゃん」

「ちゃんを付けるなちゃんをっ!! まぁ俺としてはどちらからもらっても構わん。好きにしろ」

「アリガト看守ちゃん。そういうことだからこれからヨロシクね。トキヒサちゃん♪」

「はい。どうもありがとうございます。イザスタさん」

 

 何だか分からない内に奢ってもらえることになったようだ。助かると言えば助かるので素直に礼を言って受け取ろう。

 

「分かった。では次の配給からその待遇だ。洗面用具は今回用意していないが、朝食は少し予備があるので今渡しておくぞ」

 

 看守は荷車から果物のような物と干し肉、を追加で取り出して渡してきた。おお!! 少し朝食が豪華になった。やはりパンとスープだけじゃ味気ないもんな。

 

「巡回の帰りにまた来る。おかわりが必要ならその時にな」

 

 そう言い残すと看守は荷車を引いて次の牢屋へ歩いていった。おかわりがあるとは流石に待遇が良い。顔を洗う水がないのは残念だが……まあいいか。今は食事からだ。

 

「いただきます」

 

 手を合わせてそう言うと早速朝食に取りかかる。異世界最初の食事だ。いやぁワクワクするなぁ。どんな味がするんだろ。さぞかし食べたことない味がするんだろうな。

 

 …………結論から言おう。一つ一つはあんまり美味しくなかった。パンは相当固くて千切るのにも苦労するし、スープは野菜スープのようだけど具が少なくてかなり薄味。干し肉は塩が多くすりこまれていて辛すぎ。果物はちょっと酸味がきついが、甘味もあって悪くはないかなってところだ。

 

 これは組み合わせて食べるものだと気づいたのはあらかた食べ終わった後のことだった。看守がまた来たらおかわりをもらって挑戦しよう。



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第六話 突撃! 隣のお茶会へ

 本日最後の投稿です。


「ふぃ~。やっぱりスープは肉を入れるとちょうど良い塩加減になったな」

 

 きっちりおかわりもして腹も膨れ、少し壁に寄りかかって食休みをしていた時だった。そう言えば、お隣のイザスタさんはどうしたのだろうか? 話し相手が欲しいと言っていた割には朝食の間話しかけてこなかったけど。

 

 ブルブル。ブルブル。

 

「んっ!?」

 

 いきなり自分が寄りかかっていた壁の一部が震え出した。最初はブルブルと軽い振動程度だったのだが、少しずつ大きくなって今ではグラグラという感じだ。

 

「なんだなんだ!?」

 

 俺は驚いて距離をとる。壁の一部はそのまましばらく震えていたかと思うと、ズポッという音をたてて穴が開いた。そして、穴の向こう側からズルズルと音をたてて誰かが乗り込んでくる。

 

「よいしょっと。……バアッ♪ 驚いた? やっぱりお喋りは相手の顔を見ながらじゃないとね」

「その声……イザスタさんですか!?」

「そうっ!! イザスタ・フォルス。イザスタお姉さんと呼んでくれても良いわよ。むしろ呼んでくれるとお姉さんスッゴく嬉しいわ」

「いや普通にイザスタさんで」

 

 イザスタさんはどこか不思議な感じのする女性だった。歳は二十歳を少し過ぎた辺りだろうか?

 

 瞳の色は澄んだ水色。茶色の髪を肩まで垂らし、青と白を基調としたラフなシャツとズボンを身に付けている。首からは赤い砂時計の飾りが付いたネックレスを提げていて、寒色系のコーディネートの中でそこだけ際立って見える。

 

 特筆すべきはそのプロポーションだ。ざっと一七〇くらいの長身に、それに合わせて出るところは出て引っ込むところは引っ込むスタイル。道を歩けば十人中八、九人が振り返るであろうその姿は、はっきり言って美人だ。

 

 そんな美人が突然目の前に来れば、人慣れしていない奥手男子でなくとも普通は緊張して声も出せないだろう。だが彼女の雰囲気がそうはさせなかった。

 

なんと言えば良いか……全身からご機嫌かつご陽気オーラを出しまくっていると言うか。一言で言うと話しやすいタイプだ。多分大抵の相手と初対面で仲良くなれるだろう。

 

 そして俺もその大抵の中に入る訳で、そこからわずか十分後。俺はイザスタさんの牢に半ばむりやり連れ込まれて一緒にちょっとした茶会をしていた。

 

「ほらほらっ!! 遠慮しないでもっと食べて良いのよ。育ち盛りなんだから」

「いや…………もう腹一杯で。というかなんでこんな大量の菓子が!?」

 

 イザスタさんの牢は牢とは思えない程改造されていた。床には一面にカーペットが敷かれていて、天井から吊り下げてあるのはハンモックか? 壁には本棚に本が置かれ、何やらデカいクッションや絵まで飾られている。

 

 牢の中央には小さな組立式のテーブルと椅子が二つ用意され、俺はそこにおかれた菓子(スコーンみたいなやつで、セットのジャムを付けながら食べると絶品)をたらふくご馳走になった。飲み物に良い香りの紅茶までついている。

 

 …………普通に考えればおかしい。牢屋にしてはサービスが良すぎるんじゃないか? この菓子といい家具といい。それとこの牢自体が俺の牢より大きい気がする。

 

「この菓子? これはアタシが看守ちゃんに頼んで持ち込んでもらったモノよ。家具もおんなじ。それなりに値は張ったけどね。あとこの牢はお金を払って少し広めの場所に変えてもらったのよん」

 

 軽くイザスタさんはウインクしてくるが、それってマズクないか? ここの規則どうなってんの!? 待遇が金で大幅に変わるんだけど。

 

「もちろんあの看守ちゃんが特別なだけ。看守ちゃんはとっても顔が広くてね、お金さえ払えばいろいろと調達してきてくれるの。売り上げの一部を城の設備向上にあてているから偉い人も黙認してるみたいね」

 

 成る程ね。値段が高いのはそのためでもあるのか。俺が一人納得していると、イザスタさんが紅茶のカップを静かに置いてこちらを見つめてきた。どうやらここからが本題ってとこかな。

 

 ……流石に俺もこの人がお隣さんってだけでこんなに良くしてくれるとは思っていない。善意が無いとは言わないけど、向こうにも思惑とかが有るんだろうな。

 

「さてと。お腹も膨れたことだし、腹ごなしに質問タイムでもとりましょうか。何せ時間はたっぷりあるんだから。まずはトキヒサちゃんからどうぞ♪」

 

 彼女はニッコリと笑顔でそう言った。……確かに最初に会った時から話し相手が欲しいって言ってたもんな。どのみちこの世界のことも知らなきゃいけないし、これは良い機会かもしれない。

 

 

 

 

 そのまま俺達は互いのことについて語り合った。簡単な自己紹介から始まり、何でこんな所に居るのかとか、ここから出たらどうしたいとか色々だ。本当にたわいのない話も多かったが、その内に幾つかのことが分かってきた。

 

 まず大きな収穫はこの国について。この国はヒュムス国というヒト種が主導する国の王都らしい。この世界にはたくさんの種族がいて、ヒト種は最も人数の多い種だ。他にもエルフやドワーフ、獣人、巨人、精霊、魔族といった種族もいる。ここまではおもいっきしファンタジー物でお馴染みの種族だ。

 

 基本的に種族毎に集まって国や街が出来ていて、異種族間で友好的な所は少ないという。ちなみにこの国はヒト種至上主義を掲げていて、他の種は劣った存在だとか何とかそういう風潮が広まっているらしい。結構ライトノベルではテンプレな話だが、実際に差別とかがあると聞くとおっかない話だ。

 

 イザスタさんは元は他の国の出で、ここには仕事で来たという。何の仕事かは知らないがこの街に着いて少し経った頃、ちょっとしたいざこざに巻き込まれてここに入れられたらしい。ただ詳しくは秘密だって濁された。ここから出てもしばらくは王都に滞在するという。

 

 それと気になっていたあの壁の穴だが、イザスタさんが来たときから有ったらしい。それについては看守も知っているが放置しているという。おい看守!! 早く塞ごうよ!!

 

 他にも様々な質問をしたが、イザスタさんは一つずつ丁寧に話してくれた。一応最初に、自分はひどい田舎から最近ここに来たと前置きをしておいたが、普通はこんな常識的な質問ばかりしたら不思議がるものだ。だが彼女はちっともそんな素振りを見せなかった。その理由が明らかになったのは大分後の話だ。

 

 

 

 

 イザスタさんと話し込んで気がつけば夕方。途中看守が持ってきた昼食を挟み、中々に有意義な時間になった。

 

 俺ばかり得をしたように思えたが、イザスタさんは「とっても楽しかったわ。トキヒサちゃんもアタシのタイプだし、またお話しましょうね♪」なんて言ってたから少しドキッとした。あれが大人のオンナって奴か。

 

 そういえば今日の昼もあの看守だったけど、一体いつ休んでいるんだろうか? いくらなんでも一人で切り盛りしているとは思えないが。

 

「トキヒサ・サクライ。取り調べの時間だ」

 

 噂をすればなんとやら。件の看守が牢にやって来て俺にそう言った。牢の扉が開き、俺は看守に連れられて外に出る。

 

「アラ取り調べ? ガンバってねぇ」

 

 イザスタさんの牢を通る時に、彼女が手を振って見送ってくれる。ガンバってって言っても俺は別に重罪を犯した訳じゃなし。すぐに終わって釈放されると思うのだけど。……すぐ釈放されるよな?

 

 

 

 

 看守のあとについて通路を歩く。通路の幅はおよそ二車線分くらい。高さは四、五メートルくらいとかなり牢獄にしては大きい。

 

 これには理由があって、牢獄の奥の方にはヒト種以外の種族も収監されている。その中には体の大きな種族も居る訳で、そのことも考えて大きく作ってあるとイザスタさんは言っていた。

 

「あんまり人がいませんね」

 

 歩く途中ふと気が付いた。まったく居ないんじゃない。囚人は何人か居る。だが今日まで取り調べを待たされるくらいだからかなりの人数が居ると予想していたのだけど。人影はぽつぽつといったところだ。

 

「気になるか?」

 

 前を歩いていた看守が歩きながら声をかけてきた。

 

「ちょっとは。予想より囚人が少ないなぁって。一日待たされたんだからたくさん居るのかなと思ってたんですが」

「ここは基本的にヒトが少ないからな。昨日の盗賊団も大半が労働刑等に決まって外に出ている。まだここに残っているのは、取り調べが長引いた奴か特殊な事情の奴だ。自分からここに残っているイザスタとかな」

「えっ?イザスタさんはもう刑期が終わってるんですか?」

「ああ。奴の罪は本来、労働刑にしばらく従事すれば出所出来るくらいのものだ。それに加えてイザスタは毎日高い金を払って物を買っている。ここではそれは国、および俺に貢献したという一種の減刑措置になる」

 

 日本でも保釈金を払うことで出られる場合があるもんな。こっちでも理屈は同じかね? それにしても、イザスタさんは何故自分から牢に? 考え込みながら歩いていると、

 

「ほう。自分の取り調べの前に他人のことを考える余裕があるとはな」

 

 と前を歩く看守にからかうように言われた。いや、取り調べったって。

 

「取り調べと言っても俺はいきなりあの場所にいただけですから。正直に答えればすぐに分かって貰えますよ」

「……確かにお前は衛兵に捕縛された時も特に抵抗しなかったと聞く。それなら基本的にはただの不法侵入だ。本当にそれだけならな」

 

 看守は意味深な言葉を言うとそのまま黙ってしまった。マズイなぁ……これフラグだよね。一回ならまだしもイザスタさんのと合わせて二回目だよ。確実になんかあるパターンだよ。

 

「俺だ。ディランだ。取り調べの囚人を連れてきた。扉を開けてくれ」

 

 頭を抱えて悩みながら進んでいると、どうやら目的地に着いていたらしい。看守は取っ手のない大きくて頑丈そうな扉の前で立ち止まった。

 

 取っ手がないのは内側から簡単に開けられないようにだろうが、ここには見覚えがある。俺が牢に入る時にも通った所だ。今更ながら知ったが、この看守はディランというらしい。一応覚えておこう。

 

 ディランが声をかけてしばらくすると、扉からカチャリと音がして内側に開いた。

 

「さあ。行くぞ」

 

 先に入ったディランに促されて俺は扉をくぐる。扉の先はまた別の通路になっていて、まっすぐ行けば上へ通じる階段。取り調べ室は通路の途中にあった。

 

「お疲れ様です。ディランさん」

「すまんな」

 

 扉の横で直立不動の体勢の衛兵に一声かけると、ディランはそのまま取り調べ室まで歩いていく。

 

「お前の担当は中々に怖いぞ。取り調べでは俺も立ち会うが、精々呑まれないように気をつけることだ」

 

 ディランが口元をニヤリと吊り上げてこちらに言った。そんなに怖いの!? お手柔らかにお願いします。

 

 取り調べ室では一人の男性が椅子に座って待っていた。少し頬のこけた、見るからに神経質そうな顔をしている。服装は結構立派な物なので多分役人か何かだろう。

 

「……遅いぞ。早く座れ」

 

 役人に促されて対面にある椅子に座る。部屋には机と椅子が二脚のみ。ディランは俺と役人の間の壁に腕を組んで寄りかかっている。もし逃げたり暴れようとしたらすぐに対応できる位置だ。

 

「では取り調べを始める。名はトキヒサ・サクライで間違いないな?」

 

 まあこちらの言い方だとそれで合ってるな。俺は静かに頷いた。

 

「トキヒサ・サクライ。これから私がする質問に嘘偽りなく正直に答えるように」

 

 役人は机に紙のような物と筆記用具を取り出す。中世お約束の羽ペンとインク壺のようだ。こうして俺の取り調べが始まった。




 この度初めてアンケートに手を出してみました。読者様の正直なお気持ちを押してくれたら幸いです。


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第七話 魔法はやっぱりロマンです

 およそ二時間後。

 

「疲れた~」

 

 取り調べも終わり、俺はまたディラン看守に連れられて元の牢屋に戻る途中だった。

 

 内容自体は結構形式的なものが多かったが、あの役人とにかく細かい所まで突っ込んで聞いてくるのだ。出身地や年齢等に加えて、住んでいる地域の郷土料理まで尋ねられた時には流石にうんざりしたぞ。

 

 意外に朝イザスタさんと話したことが役に立った。急に聞かれると焦るけど、質問の大半はイザスタさんとのお喋りで聞かれたことばかりだったからな。

 

 それと俺の指を針でつつかれて血を採られた。何でも血はほぼ全て生物固有の物で、それを調べることで種族や能力等を多少判別出来るらしい。これで身の潔白が証明出来るならお安い御用だ。

 

「お疲れさん。予想より長い取り調べで俺も疲れた。お前への判決は数日後になる。しばらく牢の中でのんびりすることだ」

 

 流石に少し疲れた顔をしてディラン看守が言った。そう数日後……数日後!?

 

「数日後!? 即日解放じゃあないんですか?」

「そこに関しては俺も妙に思ってる。ただの不法侵入程度ならここまで普通長引かないし、血を調べることもまずない。取り調べが終わった時点で何らかの刑が決まるのが大半だ。……お前本当に何もやってないんだな?」

 

 疑わしそうな顔をするディラン看守に対し、俺はブンブンと顔を縦にふる。本当に扉から出て数分で衛兵に捕まったのだ。某警備会社もビックリの迅速な行動だった。その間少し通路を歩いた程度である。たったこれだけで取り調べが厳重になるものだろうか?

 

「…………ひとまずは刑が決まるまで牢屋で過ごしてもらう。それとイザスタが払ったのは明日の朝食までの金だ。引き続き待遇を良くするなら朝食の時に次の分を払うように」

 

 そう言えば忘れてた。俺の能力で(デン)を調達出来なきゃ大ピンチだ。後で試しておこう。そのまま俺達はまたテクテクと元の牢屋に戻ったのだが…………。

 

「お帰り~。遅かったわねぇ。もう先に食べ始めてるわよ。これはトキヒサちゃんの分ね」

 

 イザスタさんが夕食を食べながら待っていた。…………俺の牢で。また壁の穴から潜り込んできたようだ。イザスタさんの横には手つかずの食事が一揃い。どうやらこっちが俺の分らしい。

 

「ただいま~って、イザスタさん自分の所で食べてくださいよ!! ほらっ。ディラン看守だって呆れてますよ」

「だって一人で食べる食事は味気ないもの。取り調べが終わって疲れきったトキヒサちゃんと一緒に食べようと思って待っていたのに一向に来ないし」

 

 拗ねた顔をして見せるイザスタさん。だからって俺の牢屋で待たなくても。ディラン看守も壁の穴のことは知っているとのことだけど、それにしたって囚人がこんなに自由じゃあマズイだろ。

 

「…………むぅ」

 

 ほらほら。ディラン看守も眉間にシワを寄せて難しい顔をしてるって。だから自分の牢屋に早く戻ってほしいんだが。

 

「……はぁっ。食い終わったらさっさと自分の牢に戻れ。というかさっさと出所しろ。お前の刑期はとうに終わっているだろう。いつまでここに居るつもりだ?」

「そうねぇ。大体調べたし、もう数日くらいしたら出発しようかしら。それまではまたお願いね~」

 

 イザスタさんはそう言うと、そのまま俺の牢屋で夕食の続きを始めた。本当に食べ終わるまで居座る気だ。まあこっちとしても一人で食べるよりか良いか。俺も牢屋に入って夕食に手をつける。

 

「まったく。早く戻れよ」

 

 ディラン看守はそのまま通路を歩いていった。あの人も取り調べ中ずっと立ち会っていたからな。肉体的疲労と精神的疲労が色々溜まってそうだ。っと、そうだ。折角だから今のうちに聞いておこう。

 

「イザスタさん。さっきディラン看守が言ってましたけど、もう刑期が終わってるって本当ですか?」

「本当よん。だからアタシは出ようと思えばいつでも出られるわ。と言ってももうしばらくはここに居るつもりだけど…………何でか聞きたい?」

「何でですか?」

 

 気にならないと言えば嘘になる。それに刑が決まるまでは暇だしな。そう思って聞いたのだが。

 

「フフっ。だ~め♪ 女には秘密がつきもの。トキヒサちゃんがお姉さんともうちょっと仲良くなるまで内緒。ねっ」

 

 彼女は人差し指で俺の口を塞ぎながら、そんなことを言って微笑んだ。そう言われるとこれ以上は詮索しづらい。今回はやめておくか。

 

 そうしてしばし二人で食事をしていると、急にイザスタさんが訊ねてきた。

 

「そういえばトキヒサちゃん。貴方の魔法適正ってなあに? 元気そうだから火属性とか?」

「魔法適正……ですか? その……俺はそういったことにも疎くて、魔法とかよく分からないんです」

「そうなの? 珍しいわね。あんまりいないわよん」

 

 流石に不思議そうな顔をするイザスタさんに、俺は最初の自己紹介の時と同じようにひどい田舎から来たとの理由で押し通す。

 

……そろそろこの理由じゃ厳しいか。そう思ったのだが、意外なことに彼女はそれ以上突っ込んでこなかった。それどころか、夕食の後で簡単な魔法の説明をしてくれるというのだ。俺はありがたく教えてもらうことにした。

 

 

 

 

「それじゃあよ~く見ててね。水よ。ここに集え。“水球(ウォーターボール)”」 

「おっ! お~っ!?」

 

 イザスタさんの言葉と共に、何もないところから直径五センチ程の水玉が出現した。水玉はふよふよと浮かび上がり、イザスタさんの手のひらから少し上に停止している。事前に軽く周囲を調べたが、手品の種のようなものは見当たらなかった。つまりこれは紛れもなく本物だ。

 

 …………やばいな。興奮してきた。ゲームやライトノベルを嗜んだ者なら一度は大抵夢想しただろう魔法。それがすぐ目の前にあるなんて。

 

アンリエッタのやったようなものはスケールが大きすぎてイマイチ実感が湧かなかったが、こういったのシンプルなものは非常に分かりやすい。指先から火が出るとか、水玉が宙に浮くとか、そういった科学でも何とか真似できそうなものの方がロマンがあるのだ。

 

「フフッ。そんなに眼を輝かされると何だか照れちゃうわねぇ」

 

 さぞ顔に出ていたのだろう。一発で看破される。それも仕方ない。それだけの感動だったんだ。そして水玉はそのまま宙を移動し、俺の手の届く所までやってくる。

 

つい衝動に駆られて指先でつついてみると、何の抵抗もなくすっと指が水玉の中に入っていく。そのまま引き抜いて指先をペロリと舐めてみる。うん。確かに水だ。

 

「じゃあ基本的なことから説明していくわね。まず世界には魔素と呼ばれるものが満ちているの。簡単に言うと魔法の素ね。それを体に一度取り込んで、自分の形に変化させて使うことを魔法と言うの。自分の形って言うのが大事なところよん」

 

 イザスタさんは何処からか取り出した紙に図を描いて説明してくれる。眼鏡とスーツがあったら完璧にどこぞの女教師のような雰囲気だ。水玉を浮かべたままなのが気になるが。

 

「自分の形というと、同じ魔法でも使う人によって違ったりするんですか?」

「そうね。同じ魔法を使っても、使い手の力量やイメージによって微妙に違ったりするの。例えば今アタシが使っているこれ」

 

 そのままイザスタさんは、宙に浮かんでいる水玉を再び自分の所まで移動させる。

 

「これは水属性の初歩的な魔法だけど、魔力の込め方を変えることで大きさや形、水質を変化させたりできるわ。水玉じゃなくて生き物の形とかね」

 

 その言葉に従い、水玉は次々に形を変えていく。球体から棒状、リング状、最後は動物のような姿になり、吠えるような動きをしてまた水玉の状態に戻る。初歩にしてはすごく応用が効くな水属性。

 

「他の属性も基本はおんなじ。トキヒサちゃんに何の魔法適性があるかは分からないけど、それぞれにその属性の個性があるの。次はそれを勉強しましょうか」

「はい! よろしくお願いします」

 

 魔法。魔法かぁ。異世界に来たからには一度は使ってみたいと思っていたけど、俺も遂に使える時が来たのか。ついつい顔がにやけるのを必死に我慢しながら、俺はイザスタさんの魔法個人レッスン(座学編)を受けるのであった。




 一時間後と二時間後にもう一本ずつ行きます!

 夜更かしして呼んでくれた方が反応を返してくれるととても嬉しいです。具体的に言うと、早朝にチェックした時眠気がぶっ飛びます!


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第八話 変な同居人と不機嫌女神

「そろそろいいか……」

 

 腕時計を見ると時間は夜中の十一時過ぎ。隣のイザスタさんも眠ったらしく、耳をすませても物音は聞こえない。周りを軽く確認すると、俺は連絡用の鏡を取り出した。

 

「もしもし。こちら時久。聞こえるかアンリエッタ」

 

 隣の牢と距離があるので大丈夫だとは思うが、念のためイザスタさんを起こさないように囁くように喋る。だというのに、

 

『……プツッ。おっそい!!! もう今日は連絡はないのかとヒヤヒヤしたんだからっ』

 

 怒鳴られた。静かな中に突然の怒声。慌てて鏡をしまい、息を殺して周囲をうかがう。…………大丈夫みたいだ。特に周囲からは音はしない。

 

「アンリエッタもうちょい声を小さく。誰か来たらいけない」

『っ!! ……悪かったわよ。で?』

「分かってる。連絡が遅くなってゴメン。近くに人がいて中々話をするチャンスがなかったんだ」

『……まあこの状況じゃ仕方ないか。いいでしょう。許してあげる。感謝しなさい」

 

 アンリエッタは軽く胸を反らして言った。女神の寛大さを見せつけたいのだろうが、見た目が子供だからどこか微笑ましい。

 

「こっちの状況は大体分かるよな?」

『えぇ。時々モニターしてたから。アナタにはさっさとそこから出てワタシの課題をこなしてもらわなきゃ。そんな所じゃろくに金も稼げないわ』

「そのためにも先立つものが必要なんだ。『万物換金』は(にほんえん)(デン)に替えることは出来るか?」

 

 ひとまずこちらの金を手に入れないと。イザスタさんにお礼をしなければいけないし、明日の朝にはディラン看守にも払わなきゃいけない。それに出所してからも一文無しでは流石にマズイ。こうして考えると、念のため家からもっと金を持ってくれば良かったとつくづく思うね。

 

『勿論可能よ。一度日本円を貯金状態にして、それから支払い金をデンに変更するだけだから』

「助かった。ところで、一度換金した物はもう戻せないのか?」

『戻せるわよ。ただし査定額の一割を上乗せした額を払う必要があるけど。例えば査定額一万円の品を買い戻そうと思ったら、一万千円を払えば良いの』

「手数料ってやつか。一割は多い気もするが了解」

 

 どのみち今は日本円は使い道がないからな。手持ちをあるだけ全て替えておくか。

 

『うん。時間がないからひとまず通信を打ち切るけど、今日の分はまだ一回あるから換金し終わったらまた連絡して。換金自体はそんなに難しくないからすぐ終わるわ』

 

 あっ! そう言えば肝心なことを聞いてなかった。

 

「アンリエッタ。そう言えばこの腕時計の時間はこっちの時間と合っているのか? ここに来る時もあれだったからな。大体の時間は食事の時間から予想できるけど、細かい時間までは分からないし」

 

 言ったあとですぐにマズイと思った。ここに来た時の妨害はアンリエッタも多少落ち込んでいたみたいだし、今の言い方だと傷つけてしまったかも。

 

『…………誤差は特になさそうよ。午前と午後も間違ってないわ』

「そっか。それなら良いんだ。ありがとな」

 

 一瞬の沈黙の後、何事もないように言うアンリエッタ。礼を言うとその言葉を最後に映像は途絶える。あとでちょっと謝っておくか。それにしても一日二回、一回三分までという縛りはもう少しどうにかならなかったものか。

 

 俺は鏡を胸のポケットにしまうと、貯金箱を目の前に出現させた。これは俺を持ち主に設定しているので、出てこいと念じるだけで呼び出すことができる。また、使い終わると勝手に消えるので非常に便利だ。

 

 貯金箱に起動用の硬貨を投入する。この硬貨は出発直前にアンリエッタに渡されたもので、服のあちこちに仕込んである。ちなみにこの分の値段も課題に上乗せされるらしい。

 

「では……『査定開始』」

 

 さっそく貯金箱を起動する。出発前に確かめたが、一度起動すると俺が査定終了と言うか二十分経つまで使えるという。俺の財布を取り出してそれに光を当ててみる。……今思ったが、こういう風にまとめて査定した場合どうなるのだろうか?

 

 貯金箱に浮かんできた文字はこうだった。

 

 財布(内容物有り)

 査定額 七千六百十円

 内訳 

 財布 五百円 

 日本円 円分の紙幣及び硬貨 

 カード(保険証、会員カード等) 買取不可

 

 なるほど。まとめて査定すると一つずつの値段と合計査定額が表示されるのか。カードが買取不可なのは何でだ?

 

文字に触れたらさらに細かい説明が表示されないかと試してみたが、上下にスクロールしたり文字を拡大したりが精々のようだ。微妙にスマートフォンみたいだが、そうそう上手くはいかないか。

 

「ひとまず日本円を全て換金してっと」

 

 どうやら内訳がある場合は選択した物だけを換金できるようで、日本円だけを選択して換金する。すると、財布はそのままに中身だけがスッと消えてしまう。

 

 貯金箱を見ると、

 

 現在貯金額 七千百二〇円

 

 とあった。どうやら成功したらしく、前に換金したコーヒー代にプラスされている。そのまま画面をいじっていると、通貨設定という項目を発見する。

 

 これだな。え~と、円にドルにポンド。色々有るな。デンは…………あった。さっそくこっちに変更してと。これでどうだ。

 

 現在貯金額 七百十二デン

 

 よし。上手くいった。それにしても一デンは日本円で十円分か。つまり課題の一億円はこちらでいう一千万デンだ。覚えておこう。

 

 最後に、貯金額の下に通貨支払いという項目を見つける。あとは実際に金を引き出せば良いんだが……とりあえず全額出すか。画面に表示された空欄に七百十二デンと設定してボタンを押す。さて、どうなるか?

 

 チャリ~ン。チャリ~ン。

 

 ボタンを押した瞬間。貯金箱の側面が一部スライドして、数枚の硬貨がこぼれ出した。画面を見ると貯金額はゼロになっている。こうやって出てくるのか。

 

 硬貨を広い集めると三種類のものがあった。一つは石でできた灰色のものが二枚。次に銅製のものが一枚。最後におそらく銀でできているものが七枚だ。つまり石の硬貨が一枚一デン。銅製のものが十デン。銀製のものが百デンだ。硬貨の情報も多少得られた。

 

 まあ最初はこれで良いか。と言っても七百デンじゃ今の待遇だと二日分にしかならないぞ。さっさと出所しないと一億円貯めるどころか一文無しだ。とりあえず他に何か換金できるものは…………筆記用具かスマホくらいしか無いな。筆記用具はあんまり高く売れないだろうから、一応スマホを査定してみる。

 

 スマートフォン(やや傷有り)

 査定額 五百デン

 

 …………微妙だ。高くもなければ低くもない。何か使い道が有るかも知れないのでひとまず換金は止めとこう。念のため牢の中に有るものを一通り査定してみるが、全て買取不可と出た。これらはここの備品であって俺の物ではないからだろう。

 

「何だこりゃ!?」

 

 まだ数分使えるので適当にあちこち光を当てていると、壁の一部で妙な反応があった。

 

 ウォールスライム(擬態中)

 査定額 買取不可

 

 ウォールスライムって何? というかこの壁生き物だったのか? 試しに鉛筆でつついてみると、そこだけ他の壁と僅かに感触が違う。あくまでスライムはこの縦横一メートル部分だけらしい。

 

「よく見たらここ、イザスタさんが入ってきた所だ」

 

 つまり穴をウォールスライムが塞いでいる形だ。もしかしたら最初からこのスライムだったのかも知れないが今は置いておこう。問題はこのウォールスライムが敵なのか何なのかだが、

 

「特に害意とかはなさそうなんだよな」

 

 つついても特に反応はない。完全に壁に擬態しているようだ。まあもし害意があるならいくらでも襲う機会はあった訳だし、今すぐどうこうなるというものでもないか。

 

ちょっと楽観的過ぎるかも知れないが、どのみちこの牢屋から動けない。ならピリピリし過ぎても疲れるだけだ。変な同居人が増えたと思うことにしよう。

 

 査定時間も終わり、貯金箱はそのまま何もなかったかのように消える。さて、またアンリエッタに連絡するか。再び鏡を取り出す。

 

『……ブツッ。無事換金は終わったみたいね』

「ああ。と言っても換金できるもの自体が少ないから貧乏なままだけどな。それと…………さっきは悪かった」

『……? 何が?」

 

 ありゃ? なんか予想より普通だな。

 

「いやその、さっきの言い方だとお前を責めてるように聞こえたかなって。責めてる訳じゃないって言うつもりだったんだけど」

『あぁ…………アレね」

 

 そう言うとアンリエッタはスゴイ顔をした。何というか不愉快さと怒りと闘志と僅かな申し訳なさをごっちゃにして、くわえてそれを押し殺しているけど押さえ切れていないという感じだ。

 

『気にしてないわよ。……いえ。ちょっと腹が立っているかしら。生意気にも心配するような手駒にも、心配されるようなポカをやった私にもね」

「だから責めてないってのに。そ、そうだ。その妨害をした奴のことは分かったのか?」

 

 これはいかんと話題を逸らす。だが顔を曇らせたちびっ子女神を見て、どうやら上手くいっていないようだと察する。これは藪蛇だったか?

 

『……正直手詰まりね。女神にちょっかいをかけられる奴なんてそうはいないし、わざわざこのタイミングで仕掛けてきたってことはゲームの関係者の誰かだと思うけど。それ以上は今のところ絞れないわ。痕跡も途中で途切れてるし』

「そっか。いきなり牢屋からスタートで、正体不明の妨害者付きとは厳しいけど……まあ何とかするさ。ところで査定中に壁に変な奴が居たんだけど。というか今も居る」

 

 さらに話題を逸らす。もう思いっきり違う話になっているが、これ以上この話題で機嫌を損ねると流石にまずそうなので仕方ないのだ。

 

『それはこっちでも確認したわ。ウォールスライムはその世界に存在する魔物の一種。だけど基本的にはおとなしいから下手に刺激しなければ問題ないわ』

「さっきちょっとつついたんだけど…………これってヤバイか?」

『それぐらいなら大丈夫でしょ。牢屋の近くで派手に暴れでもしない限りは平気。問題はなぜこんな所に居るかだけど』

 

 う~む。こんな所に居たら普通気付くよな。それをあえて放置してるってことか。……まさか城で飼ってるとか?

 

「いくつか考えられるけどあくまで想像だからな。ちなみにこいつって肉食だったりする?」

『種類にもよるけどスライムは基本雑食よ。消化できるものなら何でも食べるわ。ウォールスライムも雑食だけど、人や他の魔物を食べることは滅多にないわね。飢餓状態でもなさそうだしひとまずは心配ないでしょうね』

「それを聞いて安心したよ。じゃあスライムは放っておくとして……そうだ! アンリエッタ!! 俺の魔法適正って何か分かるか?」

 

 夕食の後の座学で魔法の基礎的な知識は教わったのだが、結局俺の適性は不明なままだ。適性を調べるにはそれなりの準備が必要らしく、ここには道具がないから難しいという。

 

『残念だけど、アナタに何の魔法が使えるかまでは分からないわ。ただし異世界補正でそれなりに魔力量自体は多いと思うから、そういう意味では恵まれていると思うわよ』

「いや別にそんな大層なものじゃなくて良いんだよ。正直な話、指先からライター位の火が出るとかでも良いんだ。自分の力で魔法が使える。それだけで一種のロマンだろ?」

『ロマンねぇ。ワタシにはイマイチ理解できないけど……』

 

 アンリエッタはどこか呆れたような態度で言う。ロマンは大事だぞ。まったく。

 

「そこのところをじっくり話し合いたいところだけどそろそろ時間だ。今日はここまでにしとくよ」

『そうね。もうすぐ時間だしここまでにしましょう。明日もまた連絡は今日ぐらいの時間かしら?』

「そうだな。これからも毎日寝る前に定期連絡でいこう。基本的にはこの時間で、急に用件が出来た時の為に一回分はなるべく残しておくやり方で」

『分かったわ。それじゃあお休みなさい。明日は何か進展があると良いわね』

「ああ。お休み」

 

 挨拶が終わるとそのまま映像は消える。明日か。どうしたもんか。ひとまず金は節約しないとマズイよな。何とかディラン看守に値段の交渉をするか。あと壁のスライムのことも気になるし、イザスタさんとこにも居るかも知れないしな。あとはまた魔法についてイザスタさんに聞いてみるとして……

 

 こうして明日に備えて考え事をしつつ、二日目の夜は更けていった。

 



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第九話 王補佐官の暗躍

 ◇◆◇◆◇◆

 

 そこは城のある一室だった。机や本棚など、いかにも執務室といった装いだがどれも華美ではない。しかし、見る目がある者が見れば腰を抜かすであろう程度には良き品々ばかりであった。

 

 その部屋の主は一人、机に向かって書き物をしている。歳は直に六十に届こうかというところか。髪はほとんどが白く染まり、手や顔にはシワが目立つ。だがその鋭い目付きは決して隠居寸前の好好爺などではない。

 

 明かりは机に置かれている燭台と、宙に浮かんで手元を照らすピンポン玉くらいの小さな光球。あまり光量は多くないが、書き物をするには充分なものだ。書き物の為だけに部屋全体を照らす光は要らないという、持ち主の無駄のなさを感じさせる。

 

「…………」

 

 一つずつ書類に目を通し、時折内容の一部にペンを走らせるとまた次の書類にとりかかる。それは華やかさの欠片もない地味な作業。書類は数十枚の束になっていてまだまだ終わる気配はない。

 

だが、もしこの作業を一日でも休めばその影響は国内、国外に大きく伝わるだろう。彼、ヒュムス王補佐官ウィーガス・ゾルガが行っていることはそういう類のものだ。

 

 コンコン。静かな部屋に扉をノックする音が響き渡る。

 

「入りたまえ」

「はい。夜分遅く失礼します。閣下」

 

 扉を開けて入ってきたのは、少し頬のこけた神経質そうな男。今日時久を取り調べた役人である。

 

「結果はどうだったね? ヘクター」

 

 ウィーガスは取りかかっている書類から目を離さずに役人に話しかけた。役人……ヘクターも主の多忙は分かっているのでそのまま報告を続ける。

 

「いくつかの質問をしましたが、『勇者』様方の答えと類似点が多く見られます。彼が異世界人である可能性は捨てきれません。無論どこかで情報を嗅ぎ付けた他国の密偵の可能性も僅かに有りますが」

「宜しい。書類を提出せよ」

「はっ」

 

 ヘクターは脇に抱えていた書類をウィーガスに手渡した。彼はその書類に軽く目を通すと、その内容に少しだけ考え込む。

 

「ふむ…………では、検査の方はどうだね?」

「現在彼の血から情報の読み取りを行っています。種族や能力のみならず『加護』の有無や詳細の確認まで必要となると、夜を徹しても明日まではかかるかと」

「構わん。多少時間がかかっても良いので正確さを優先させよ」

「はっ。かしこまりました」

 

 ヘクターは一礼するとそのまま部屋を退出し、再び部屋にはウィーガス一人となった。

 

「…………現れるはずのないイレギュラーの『勇者』か。はたまた只の密偵か。密偵ならば始末するだけだが…………」

 

 ウィーガスはここでしばし黙考し、手渡された書類にもう一度目を通していく。

 

「トキヒサ・サクライ。いや、異世界風に言えばサクライ・トキヒサか。お前はいったいどちらなのだろうな……」

 

 この疑問に答えられる者は未だ居ない。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 三日目、四日目はあまり特筆すべきことはなかった。強いて言えば、ディラン看守と色々交渉した結果、一日に払う金額が百デンになった(代わりにお代わりは一皿だけになり、他の幾つかの扱いが雑に)ことか。

 

 それと壁のスライムは相変わらずそのままだが、イザスタさんの側から穴を通ろうとするとその部分だけポッカリと空き、そのまま戻るまでじっとしていた。戻り際に一度イザスタさんが「ありがとね♪」と言ってスライムを撫でていったのが印象的だ。

 

 更に言えば、イザスタさんの牢にももう一体スライムが壁に擬態していた。まさか牢毎に一体ずつ居るんじゃないだろうな。

 

 待てよ……このスライム飼ってるのイザスタさんじゃないか? この人なら牢屋にペットか何か持ち込むことは充分あり得る。一応確かめてみたが「ペット? う~ん、まあ当たりじゃないけど完全に的外れとも言えないかなぁ」と言ってはぐらかされた。

 

 大体こんなところだろうか。あとはほぼ変わらずずっと牢の中だ。時折体がなまらないように体操をしたり、イザスタさんに魔法の講義をしてもらって時間を潰している。

 

 ただ、この牢獄全体に魔法封じの仕掛けがあるらしく、ある程度の熟練者ならともかく俺のような初心者では魔法の発動自体が出来ないという。なので教わるのはもっぱら各属性の特徴や使い方。早いところ出所して実際に魔法の練習なんかもしてみたいものだ。

 

 あと気になったことと言えばもう一つ。イザスタさんの苗字についてだ。ディラン看守が俺の名前を聞いて没落貴族だと思ったように、この世界では苗字を持つのは貴族かそれに連なるもののみだという。と言っても何代も前に貴族だった場合でも苗字は残るらしいので、今は食い詰めて平民に戻ったりしているものも多いらしい。

 

 なのであまり気にせずに苗字について訊ねてみたのだが、これにはイザスタさんは少しだけ困った顔をして見せた。

 

「う~ん。実はイザスタ・フォルスって偽名なのよねん。なんていうかその……仕事上本名を語ると色々不具合があるっていうか、だけど最近はずっとこっちを使っているから、ほとんどこっちが本名みたいな感じになっちゃったけど」

 

 非常に少ないのだが、相手の名前を知ることで呪いをかける能力があるそうで、それ対策で普段は偽名を使っているのだという。

 

そんな相手と関わる仕事って何なのかと疑問が深まるが、それは今は置いておく。肝心の苗字についての方は、あるけど内緒。ねっ♪ とはぐらかされた。結局イザスタさんは何者って謎が深まっただけのような気がする。

 

 そんな感じで過ごしていたのだが、考えてみると囚人は服役中色々と働いて罪を償うものだ。俺は働かなくて良いのかと一度看守に尋ねてみたのだが、現在俺は刑が確定していないからしなくて良いという。

 

 俺は悪いことは特にしていないのでそれが自然なのだが、いい加減ずっと代わり映えのしない牢の中というのもそれはそれで嫌になってくる。

 

 アンリエッタの方も毎夜話してはいるが特に進展はなく、早く釈放されないだろうかと指折り数えて待っていた俺だった。だが、待っているだけではマズイと分かったのは更にその次の日、異世界にきて五日目のことだった。

 



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第十話 知らない間に極悪人

 おはようございます! 目覚まし代わりにこちらをどうぞ。


 異世界生活五日目。

 

 朝は基本的にこれまでと同じ。看守が朝食の配給に各牢屋を回り、待遇の向上を望む者は金を払う。またもや隣のイザスタさんはディラン看守に起こされて配給を受け取り、俺も少しグレードの下がった朝食を貰う。

 

 もはや隠す気もないという風に堂々と穴を通ってくるイザスタさんに、それを見て苦い顔をしながら金を請求するディラン看守。なんだかんだでこの面子にも慣れてきた頃だった。

 

「おい。良い知らせと悪い知らせが有るがどちらから聞きたい?」

 

 昼食を運んできたディラン看守がそう聞いてきた。

 

「え~と、それじゃあ悪い知らせから」

 

 昼食を受け取りながらそう答える。出来れば良い知らせだけ聞きたいところだが、こういうのは二つセットになっているのがお約束。それならば心と知力に余裕がある内に悪い方を聞いておこう。

 

「悪い知らせからだな。分かった」

「もしかして判決が延びるとか? そうなると待遇アップに支払う金がないからまた値引き交渉をお願いしたいんですが。もしくは牢屋内でできる仕事を斡旋してもらうとか」

 

 うっかり検査で変な結果が出たとかかも知れん。なんせ別の世界の人間だもんな。不思議じゃないけど。それにしてもこれ以上ここに留まるのは勘弁してほしいけどな

 

「いや。刑自体はほぼ確定だ。あとは書類の作成やらを待つばかりだな」

「それじゃあその書類に物凄く時間がかかるとか? やたら数が多いとかそんな理由で」

「そうでもない。実はな……………………お前は相当な極悪人ということになっているぞ」

「……はい?」

 

 一瞬思考が止まる。……極悪人? 俺が? 確かに人様(特に“相棒”に)に迷惑をかけたことは一度や二度じゃすまないけど、こっちに来てからは何もしてないぞ。……してないよな?

 

「情報によると、お前は城の一室に侵入して重要書類を奪い、駆けつけた衛兵と争いになって数名に重軽傷を負わせ逃亡。逃亡中にたまたま居合わせた城仕えの女性に性的暴行を加え、おまけに食糧保管庫の一部に放火しているところを追ってきた衛兵に取り押さえられたとある」

「な、な、なんじゃそりゃ~!?」

「あらあら。トキヒサちゃんそんなに悪い子だったの? お姉さんちょっとショック」

「いやいやいやちょっと待ってくださいよイザスタさん。俺そんなのやっていませんって。これは何かの間違いです」

 

 いつの間にかこっちの部屋に移動していたイザスタさんに弁明しながらも、俺自身パニックになりかけていた。ディラン看守の話を聞くだけでも不法侵入に窃盗に公務執行妨害、傷害に婦女暴行に放火。…………う~む。これ極悪人じゃね?

 

「何でそんなことになっているかは知りませんが、俺はそんなことはしていません。最初の不法侵入は……いつの間にか来ていたから仕方ないにしても、それ以外は全くのデタラメです」

「だろうな。少なくともお前を取り押さえる際に怪我をした奴は居ない。もしそういう危険人物なら、ここに来るときに身体を拘束されている筈だからな」

「じゃあ、何でまた俺がそんなことをやったなんて話に?」

「それもあるが今の問題はそこじゃない。今問題なのは、それによってお前の罪が一気に重くなったという点だ」

 

 罪か。もしこの濡れ衣が全てまかり通ったりしたら……。一瞬俺の頭にいや~な物がよぎる。磔にされて火あぶりになったり、ギロチンで首と胴体が泣き別れになったりというものだ。まさか、いやいや流石にそんなことはないよな。

 

「これらの罪により、お前は特別房に移送されることになる」

「特別房?」

「簡単に言うと極悪人用の牢屋だ。ここは基本的に軽犯罪者用の牢屋だからな。そのため警備もやや薄く、毎日差し入れなんかも出来る訳だが、特別房はそうはいかない」

「そんなに酷い場所なんですか?」

「そうだな…………ここの暮らしが天国に思えるぐらいには酷い。その上そこに入って出所した奴はほとんど居ない。何故なら」

 

 そこで看守は少し間をおくと、声を潜めながら呟いた。

 

「何故なら、大半は一年経たずに獄中で死亡するからだ」

「イヤじゃぁぁぁぁ!!!! そんなとこ行きたくないよぉぉぉ!!!!」

 

 魂の叫びpart2。そんな最悪の場所に放り込まれるなんて異世界生活六日目にして早くも大ピンチだ。このままではえらいことになる。

 

「じ、冗談じゃないですよ。俺はそんなことやってないんですって。何か手はないんですかディラン看守!!」

「まあそう慌てるな」

 

 慌てて無罪を主張する俺に、ディラン看守はただ淡々とした態度で答える。

 

「ねぇ看守ちゃん。意地悪しないでそろそろ話してくれても良いんじゃない? 有るんでしょ? 良い知らせが」

 

 いよいよ困り果てていた俺にイザスタさんが助け船を出す。確かにまだ良い知らせを聞いていない。もしやこの濡れ衣を晴らす算段とか。

 

「さて、良い知らせだが…………喜べトキヒサ・サクライ。明日は祭のため、囚人にも恩赦が出て金を払わずとも食い放題だ。そのため今日の朝支払った分は次回に持ち越される。一日分浮いたぞ」

「わ~い食べ放題だ~じゃないですよ!! これじゃあおもいっきりあれじゃないですか。最期の晩餐に旨いもの食わせてやる的なものですって。他に何か無いんですか?」

「有るぞ」

 

 事も無げにそう言うと、ディラン看守は荷車から紙のような物を取り出して広げてみせた。また待遇の値段表か? 今さら待遇を良くされても。

 

「えっと何々、『上に無罪又は減刑を掛け合う 千デン』『一日釈放(見張り付き) 一万デン』『出所 方法により金額は応相談』ですって。意外に安いわね」

「えっ!? 金で出所出来るんですか!?」

 

 イザスタさんが読み上げた内容は驚きのものだ。俺の反応にディラン看守は落ち着きはらった様子で説明する。

 

「出来るぞ。と言ってもこの方法で出所した囚人はほとんど居ないが。わずかな時間を大金払って釈放されるよりも、時間をかけて罪を償った方が当然良いからな」

「でもそれじゃあ金持ちの悪者とかすぐに自由の身になったりしません?」

「なれるな。ただし、そういう分かりやすい悪党には基本的にこれは見せないことにしている。これを見せるのはあくまで灰色、罪を犯していない可能性のある奴だ」

「灰色って……まぁそこは良いや。つまり金を払えば何とかしてくれるんですね」

「そういうことだ。絶対の保証は出来ないが、もらった分は手を尽くす。俺は金にはうるさいんでな」

 

 どうしたものか。いくら何でも正直怪しい。これは新手の詐欺ではないだろうか? いきなりあらぬ罪を着せることでパニックを起こさせ、そこに金さえ払えば何とかなるという救いの糸を差し伸べる。ホイホイ信じて金を払ったらそのままとんずら。

 

……あり得なくはないが、金を騙しとるにしてもこんな大袈裟なやり方をわざわざとる必要はない。ただ待遇に関する料金を値上げすれば良いだけだ。となると本当の可能性もそれなりにあるな。しかし、

 

「と言ってもそこまでの金は手持ちにないんですが。今の所持金は精々あと四百デン位しか」

 

 手持ちの現金はそれくらいだ。地味に一日百デンはキツかった。

 

「四百デンか……それでは足らんな。上に掛け合うだけでも千デンからだ。他に払うあては有るか?」

 

 一応はあてはある。また『万物換金』を使ってスマホを換金すれば良いのだ。だが、ここで使ってしまってはもう本当に手持ちの金が無くなってしまう。

 

「何とか後で払うからこの四百デンをとりあえず手付金に、というのはダメですかね?」

「ダメだ。内容が内容だからな。これまでの差し入れ程度とは訳が違う。全額前払いだ」

 

 看守は譲ろうとしない。考えてみれば、上に掛け合うということはそれだけリスクもある。場合によっては上司の心証も悪くなるかもしれないし、元々黙認されているとは言え危ない橋だ。それでも構わないと思わせるぐらいのメリットがいる。

 

「話は以上だ。次はまた夕食の時にでも」

「あっ!ちょっと待って看守ちゃん」

「何だ?」

 

 立ち去ろうとするとディラン看守を、イザスタさんが後ろから呼び止めた。ディラン看守はもうちゃん付けは諦めたのかどこか疲れた顔をして振り返る。

 

「聞き忘れていたんだけど、明日の祭って何? 囚人にも恩赦が与えられる程の祭なら有名なんでしょうけど、それにしてはそんな祭が明日有るなんて聞いたこともないし」

「明日の祭か。つい昨日急に決まったことだから当然だな。だがこれから毎年の記念日になる可能性が高い。何せ『勇者』が現れたことを大々的にお披露目するらしいからな」

「へぇ…………『勇者』ねぇ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、イザスタさんの顔色がほんの一瞬変わった。勇者と言うと、俺がこっちに来る時に割り込む筈だった人達のことだろうか?

 

しかし、俺が着いたのはその人達が来てから数日経った後だとアンリエッタは言っていた。仮に三日のズレがあったとすると、今日までで合わせて八日だ。それだけ時間があって今になってお披露目? それくらいの用意は必要なのかもしれないが……なんか引っ掛かる。

 

「ちなみにお披露目って言うくらいだから、街中を練り歩いたりでもするの? それともお城でパーティーとか?」

「さてな。詳しくは知らされていない。ではそろそろ俺は行くぞ。サクライ・トキヒサ。お前が特別房に移送されるのはおそらく二日後くらいだ。それまで何か要望が有ればまた言え。金さえ払えば出来るだけのことはしよう。イザスタはさっさと出所しろよ」

「……はい」

「ハイハイ。了解よん」

 

 ディラン看守はそう言うと、今度こそ荷車を引いて立ち去っていった。ガタガタという音が少しずつ遠ざかっていく。

 

「…………さてと。それじゃあアタシもひとまず戻るわね。色々とやることもあるし」

 

 バイバ~イと手を振りながら壁の穴に入っていくイザスタさん。通り終わるとすぐにウォールスライムが穴に被さってまた壁に擬態する。そうして俺の部屋は一気に静かになった。

 

「……ふぅ」

 

 俺は軽く溜め息をついてそのまま座り込んだ。一気にややこしいことになって頭がこんがらがってきた。

 

それにしても参ったぞ。整理すると、ディラン看守の言を信じるなら、俺は二日後にその特別房という場所に移送される。罪状は大半が覚えのない冤罪だが、一度入ってしまったらおそらく冤罪を晴らすことは難しい。

 

待遇もかなり……いや、看守の話しぶりから推測するに物凄く悪い。獄中で死亡する者が出るレベルとなると俺も命の危機だ。そしてほぼ間違いなくゲームを一年でクリアするのは不可能になる。特別房に入るのは確実にアウトだ。

 

ならばどうするか? ディラン看守は金さえ払えば出来るだけのことはすると言っていた。また手持ちの品を換金して渡すか? ……それにしたって出来るのは精々減刑を上に掛け合ってもらうだけだ。時間稼ぎにはなるかも知れないが、根本的な解決はしてないからあくまでその場しのぎか。

 

「…………ああもうダメだ!! こういう考え事は俺には向いてない。腹も減ってきたし、まずは何か食べてからだ」

 

 俺はひとまず昼食を摂ることにした。…………決して問題を投げ出した訳じゃないぞ。腹ペコでは頭が働かないからだ。



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第十一話 お隣さんにバレちゃった

「ふぃ~食った。……食ったけど、やっぱりちょっと少なかったかな」

 

 俺はきっちりおかわりもして壁にもたれかかっていた。ただし、あえてパンだけは食べずに残して置いてある。ちなみに今日の昼食は、いつものパンとスープに加えて魚のパイ包み焼きが付いていた。予想より洒落た物が出てきたので驚いたが、基本追加される物は何処かで余った品をまわしているらしい。

 

「それにしても、今日はイザスタさん来なかったな」

 

 ここに来てから何だかんだ理由をつけて一緒に食事をしていたので、急に来なくなると少し違和感がある。……今回に限っては好都合だが。

 

「さてと、やるか」

 

 俺は静かに貯金箱を呼び出し、なるべく音をたてずに硬貨を入れて『査定開始』と呟いた。貯金箱から光が伸び、皿に置かれているパンに放たれる。

 

 パン

 査定額 二デン

 

 設定通貨はデンに変更してある。まぁ囚人の基本の食事だから期待はしていなかったが、それにしたって二デンは安い。日本円にして二十円である。

 

スープも同じくらいだと仮定すると、一食につき四十円である。お代わりを含めても百円いくかどうかの食事って……。考えるのはやめておこう。まずは少しではあるが換金しておくか。

 

 チャリ~ン。

 

 貯金箱から二枚の石の硬貨が出てくる。食事も金になるのではないかと試してみたが一応は成功だ。硬貨を懐にしまうと、俺は貯金箱を持ってそのまま立ち上がった。

 

わざわざ僅かな金の為だけに貯金箱を呼び出した訳ではない。これの査定で少しでも牢の情報を調べるためである。ゲームでも現実でもそうだが、行き詰まったらまず出来ることを色々やってみることだ。俺は再び査定を開始した。

 

 

 

 

「とは言っても、基本的には前調べた時と同じなんだよなぁ」

 

 牢屋の中で腕組みをしながら考える。当然壁や格子は買取不可。ウォールスライムも前と同じく擬態中。食器もまだ取りに来ていないので調べてみたがこちらも公共の品のため買取不可だった。付属のスプーン(木製)や貸し出された毛布まで調べたが同様だ。……もう調べる所がないぞ。

 

「やっぱりスマホを換金して減刑をお願いするしかないか。しかしなぁ……」

 

 今の俺にはまともな収入がない。金がないからと言ってどんどん品物を換金していけば、最終的にはどうにもならなくなるのが目に見えている。食事の一部を毎回換金するという手もあるが、額は微々たるものだろうからとても間に合わない。むしろ腹が減るだけ逆に状況が悪化しかねない。

 

「しかし…………なぁに?」

「仮にお願いしても減刑されるかどうかは不明なんだよなぁ。ここに長居する訳にもいかないし、どうしたもんか…………って!? イザスタさん!?」

「ハーイ!!」

 

 いつの間にかイザスタさんが壁から上半身だけを出してこちらに来ていた。壁からニョキっと生える美女。シュールだ。いや、今はそれどころではない。

 

「あのぉ。イザスタさん……いつからそこに?」

「そうねぇ……トキヒサちゃんが変な箱を何処からか出して、パンをお金に変えちゃった辺りからかしら」

 

 おぅ。俺は手を顔に当てて嘆息する。おもいっきし見られてんじゃん!! この加護のことはなるべく伏せるようにアンリエッタに言われてたのに。

 

「よいしょっと。それでトキヒサちゃん。さっきのは一体なんなのかなぁ? お姉さんと~っても気になるのだけど」

 

 イザスタさんがニヤニヤしながらこちらを見ている。何か面白そうじゃない。ちゃんと説明をするまで動かないわよって感じの目だ。

 

「これはですね、そのぉ……」

 

 俺はそこで言葉に詰まる。下手な説明ではイザスタさんは納得しないだろう。かと言ってこちらの事情をどこまで話して良いものか? 神様に半ば無理矢理協力させられていますなんて言っても普通は信じないよなぁ。しかしどのみち今のままじゃ八方塞がりだ。それならいっそ。

 

「…………はぁ。分かりました。話します。……でもこのことはなるべく内密にお願いしますね」

「そうこなくっちゃ。大丈夫。お姉さんは秘密やナイショ話は得意なの」

 

 イザスタさんはパチリとこちらにウインクしてみせる。……本当に大丈夫か? ちょっと不安だ。

 

「実はですね……」

 

 

 

 

 俺はイザスタさんに『万物換金』の能力について説明した。といっても俺自身まだ完全に把握できてはいないので、何か適当な物に実際に使ってみることになったのだが。

 

「じゃあ……試しにこれに使ってみてくれる?」

 

 イザスタさんが自分の牢から持ってきたのは、以前菓子をご馳走になった時に使っていた食器だった。皿にカップ、ティーポット。あの時は気づかなかったが、それなりに装飾の付いた陶製の品だ。

 

「あの……結構高そうなんですけど」

「そうかもね。アタシがここに入ったばかりの時、看守ちゃんに色々家具を用意してって頼んだの。それなりの値段を吹っ掛けられたから良い品だと思うわよ」

 

 それなり……ねぇ。俺はあまりこういう物の相場は詳しくないが、少なくとも牢屋にホイホイあるような代物ではなさそうだ。

 

「それじゃいきますよ。『査定開始』」

 

 貯金箱から出た光が食器を照らす。査定結果は、

 

 食器類

 査定額 二千デン 買取不可

 内訳

 皿 二枚 八百デン 買取不可

 ティーカップ 二つ 七百デン 買取不可(他者の所有物の為)

 ティーポット 一つ 五百デン 買取不可(他者の所有物の為)

 

 となった。日本円で二万円だ。食器でこれならかなりの値段じゃないか? 家の安物の品とは大違いだ。……ありゃ? 何故買い取れないのかという理由が増えている。前まではついていなかったのに。……これは何度も査定している内に精度が上がったということだろうか? そうだと嬉しいな。

 

「全部合わせて二千デンですね。ただ、これは俺の持ち物じゃないから換金は出来ないんですが」

「あらそう? それならしょうがないわね。これはトキヒサちゃんにあげるわ」

「えっ!?」

 

 イザスタさんがその言葉を言うや否や、査定結果から買取不可の文字が消える。反応早いな……じゃなくて。

 

「えっとですね。二千デンですよ。ただでそんな品を貰うのは気がひけると言うか」

「別に良いわよん。お姉さん相当稼いでるからこれくらいなんでもないし、実際に換金する所を見せてもらう分の情報料だと思えば。…………どうせ経費で落ちるし」

「経費?」

 

 ファンタジーな世界ではあまり出てこない単語に思わず聞き返す。

 

「なんでもないなんでもない。気にしないでちょうだい。それよりも早速換金する所を見せて」

 

 ……なんか気になるが今はおいておこう。改めて食器を換金し、そのまま硬貨として外に払い出す。

 

 チャリ~ン。チャリ~ン。

 

 貯金箱から出てきたのは沢山の銀貨。どうやら一枚で百デンらしいので、二千デンだから二十枚あることになる。床に落ちたそれをイザスタさんが一つつまんでしげしげと眺める。

 

「へぇ~!! ホントにお金に変わっちゃったわ。……魔法で造られた偽金でもなさそうだし、幻影とも違う。スゴいわねぇ」

 

 イザスタさんは大分驚いている。軽く指で弾いたりして調べているが、どうやら納得したようだ。まぁスゴいと言っても貰い物の加護なので、俺自身は誉められている感じはしないが。

 

「どれどれ。一、二、…………確かに二千デン有るわね。じゃあ、はい!」

「……!?」

 

 イザスタさんはそれぞれを確認しながら拾い集めると、そのまま俺に差し出してきた。

 

「はい! って、受け取れませんよ流石に!! 俺のしたことはただ物を預かって金に替えただけですよ。それなら当然この金はイザスタさんの物です」

「さっきも言ったけど、今の品はトキヒサちゃんにあげた物よ。それならそれを金に替えてもやっぱりトキヒサちゃんが受け取るべきよん。それに今は少しでもお金が必要な時じゃない?」

 

 俺はそのまま押し戻そうとするが、彼女も頑として受け取らない。……確かに今は金が必要だ。正直欲しいとも。だからと言って、食事を奢ってもらう程度ならいざ知らず、ほとんど俺は何もしていないのに二千デンも貰うのは落ち着かない。

 

「もうっ。意外に頑固ねぇ。……分かったわ。それじゃあこうしましょう。これからトキヒサちゃんにはアタシのお願いを聞いてもらうから、その分の代金としてこれを受け取ってもらうのでどう?」

 

 ……まぁ頼みにもよるけど、いきなりポンッと貰うよりは良いか。しかし二千デン分となると相当難しいものかね。

 

「分かりました。それで頼みというのは?」

「簡単よ。……アタシはもうすぐ出所するから、その手伝いをしてほしいの」

 

 イザスタさんはニッコリ笑ってそう言った。

 



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第十二話 立つ人跡を濁さぬように

「出所……脱獄ですか?」

「ここの警備体制を考えると出来なくはないけど、そうじゃないわ。普通に正式な手続きを踏んでの出所よん。ホントはもう少しここに居る予定だったんだけど、ちょっと事情が変わっちゃったの」

 

 脱獄も出来なくはないのか。まあこの人なら何か出来そうな気がしてたけど。

 

 ここはイザスタさんの牢屋。話をするならこっちの方が良いと連れてこられたのだが、以前来た時とは大分変わっていた。

 

床一面に敷かれていたカーペットは丸めて壁に立て掛けてあり、絵やハンモック、クッションも一ヵ所にまとめられている。本棚はそのままだが、中の本は外に出して積み重ねられている。

 

他にもいくつかの小物がちょっとした山を造り上げているが、話をするということなので椅子とテーブルはそのままだ。

 

 俺が頼まれたのは、今日出所するイザスタさんの私物を処分することだった。

 

「それにしても助かるわ~。出所しても家具までは流石に持って行けないし、看守ちゃんに頼んで売り払おうにも時間がかかるから、このまま置いて行っちゃおうかって思ってたところなの」

 

 そりゃまあこれだけの量ならそうだろうな。時々ファンタジーに登場する“何でも入るカバンや袋”があるならともかく、こんなデカイ荷物を全部持っていくのは骨が折れる。金に替えられるならその方が良いだろう。

 

「それじゃあ始めますけど、換金するのはまとめられている物で良いですか?」

「ええ。それでお願いね。換金しないものは別にしてあるから大丈夫。椅子とテーブルは全部終わってからで」

「分かりました。それじゃあ二千デン分はしっかり働きますよ。『査定開始』」

 

 俺はまた貯金箱を起動させて査定を始める。事前にまたイザスタさんに許可はとってあるので、おそらく買取不可にはならないだろう。品物に一つずつ光を当てていく。

 

 ハンモック 五百デン

 クッション 二百デン

 カーペット 三千デン

 本棚  二千デン

 絵(真作) 八千デン

 絵(複製) 二枚 八百デン…………。

 

 なんかどれもこれも高い品ばかりだ。ホントにいくらかかったんだか。ちょっと聞くのが怖い額になってきた。

 

「……んっ!?」

 

 査定の途中、まとめられている物の中に小さな袋を発見する。持ってみるとそれなりに重く、中に何か石のような物が沢山入っているようだ。光っているから宝石か何かかね?

 

「イザスタさん。これはなんでしょうか?」

「あぁそれね。それは以前の仕事中に手に入れた物よん。この街で売り払う前にここに入ったから、そのままだったのを忘れてたわ。今は現金が必要だし、ちょうど良いからそれもまとめてお願いね」

 

 イザスタさんは椅子に座ってそう気楽に言う。ちょうど良いからって……売り払う予定があったんなら一応本職の人に見せた方が良いんじゃないの? 一応査定するけど。袋ごと光を当てて査定する。二日目に俺の財布ごと査定して成功したからこちらも大丈夫だろう。

 

 袋(布製 内容物有り)

 査定額 五十九万六千八百十デン

 

 …………えっ? オカシイナ。今なんか妙な額が見えたような。俺は軽く目蓋の上から目を揉みほぐしてもう一度見てみる。

 

 査定額 五十九万六千八百十デン。

 

 ………………うん。間違いない。ってえぇ~っ!?

 

「イ、イザスタさん。な、なんか袋に五十九万デンって査定額が出てますが?」

「へぇ~。そこそこの額ね」

 

 そこそこって!? 五十九万デンだよ!! 日本円で五百九十万の大金をそこそこって言ってのけたよこの人!! 相当金持ちだよ。どおりで牢屋内での待遇にあれだけ金をつぎ込める訳だ。

 

「だから言ったでしょう。お姉さん相当稼いでるって。さっきも二千デンくらいそのまま持っていっても良かったのよん」

 

 椅子に座ったままのイザスタさんが言った。どうやら驚きが顔に出ていたらしい。あと微妙にドヤ顔なのが何とも言えない。

 

「…………いや。やっぱり貰えませんよ」

 

 俺は少し悩んだあとはっきりそう言った。今からでも言えば多分くれると思う。だけど相手が金持ちだからって、ただで持ってって良い訳じゃないからな。やっぱその分は働かないと。

 

「やっぱり頑固者ねぇ。まぁ良いわ。それじゃあどんどん続きをやっちゃって」

「はい」

 

 俺はまた査定に戻って一つずつ確認していった。途中個人的な持ち物もいくつかあったが、判断のつきづらい物はイザスタさんに聞いてみて査定していく。そして、

 

「……ふぅ」

「どう? 終わった?」

「はい。あとはその椅子とテーブルを査定すれば終わりです」

 

 あらかた終わったので換金ボタンを押すと、まとめられていた物はスッと消えてなくなる。代わりに貯金箱の画面には、今の品の金額がしっかり表示されていた。

 

「フフッ。お疲れさま。じゃあこっちに来て一休みしましょうか?」

 

 イザスタさんの申し出を俺はありがたく受ける。何せ小物を合わせると百点近くあったからな。少し疲れた。イザスタさんの対面に座って一息つく。テーブルの上には元々支給されるコップが二つ置かれ、中には冷たい水が入っている。

 

「アタシとしたことがウッカリしてたわ。さっき食器一式を換金したからこのくらいしか出せなくて。ゴメンねぇ」

 

 イザスタさんは申し訳なさそうに言うが、別にこのくらいはどうってこともない。グイッと水を一気に飲み干すと、そのまま気にしないでくださいという風に手を振った。

 

「ありがとね。ところで大体いくらくらいになったのかしら?」

「え~と、椅子とテーブルを抜きにして全部で九十六点、査定額は七十三万五千八百十デンになりました。試しにここにその分を出しますか?」

 

 彼女はこっくり頷いたので、テーブルの一部にスペースを作ってそこに出すことに。

 

 ジャララララ。ジャララララ。

 

 貯金箱のボタンを押すと、一気に大量の硬貨がこぼれ出していく。幸いスペースは広めに空けておいたから下に落ちはしないが、すぐにテーブルの一角はちょっとした硬貨の山が出来た。

 

「……ちょっと予想より凄いわねぇ。袋に入りきるかしら? 多すぎるからいったん戻して少しずつ出すことって出来る?」

「多分大丈夫だと思いますよ」

 

 金は査定しても手数料がかからないのは、すでに前もって試してある。俺はまた硬貨の山をひとまず換金し、今度はキリの良い二十万デンのみを出すことにした。

 

 ジャララララ。

 

 貯金箱から放出された硬貨は全て金貨だった。数が二十枚あったことから考えて、どうやら金貨は一枚一万デン。日本円で十万円らしい。日本の金貨はいくらぐらいだったろうか?

 

 

 

 

「ありがとねトキヒサちゃん。お陰で荷物がすっかり片付いたわ」

 

 金貨七十三枚と銀貨五十枚。合わせて七十三万五千デンをいくつかの袋に詰め終わると彼女は言った。確かに最初は牢屋とは思えないほど飾り立てられていたここも、物が無くなって俺の牢と同じく殺風景な状態になっている。広さはこちらの方が上だが。

 

「残りの金はどうします? まだ半端の八百十デンが有りますけど」

「そうねぇ。また出してもらうのも良いけど……やめておくわ。これはトキヒサちゃんのお駄賃としてあげる。これくらいなら良いでしょ」

「まだ多い気もしますけど……では有りがたく頂きます」

 

 お駄賃と呼ぶにはやや額が大きい気がするが、元の額が凄かったから大したことないような気もするから不思議だ。またさっきみたいに譲り合いになるのも疲れるので、ここは貰っておくことにすることにする。……そのうち何かお礼をしなくては。

 

「フフッ。そう言えばトキヒサちゃん。アタシはもうすぐ出所するけど、あなたはこれからどうするのん?」

「幸い金を頂きましたから、これでディラン看守に上に掛け合ってもらうよう頼むつもりです」

 

 現在の所持金は、イザスタさんから貰った分を含めて合計三千三百二十四デン。日本円にして三万円弱だ。これでディラン看守に頼むとして、問題はその後だ。

 

理想は俺が全くの無罪(不法侵入はまだ受け入れても良いが)となって出所すること。だがディラン看守も絶対の保証は出来ないと言っていたし、何故俺がこんな極悪人扱いをされるのかもひっかかる。

 

「なるほどね。でも看守ちゃんが失敗したらそのまま特別房じゃな~い? その場合はどうするの?」

「それは……」

 

 最悪そうなったら脱走も考えなくてはならない。いくらなんでも無実の罪で捕まるのはゴメンだし、時間も一年という制限があるのだ。いざとなったら取り上げられた荷物の中にある道具を持ってきてもらって壁に穴を開けるとか。

 

「壁に穴を開けて逃げようとか考えているなら、やめといた方が良いわよん。この子達が黙っていないもの」

 

 俺の考えを読んだかのようにイザスタさんは言う。この子? この子ってどの子? 彼女の視線の先には、

 

「この子って……ウォールスライム?」

 

 視線の先にいたのは、牢の壁に擬態していたウォールスライムだった。……ウォールスライムだよね? 見た目壁と変わらないからイマイチ分かりづらいが。

 

「ねぇトキヒサちゃん。ここはやけに看守が少ないな~って思ったことない?」

「そう言えば……ここに来て四日になるのに、ほとんどディラン看守以外の看守には会っていない」

 

 強いて言えば、最初にここに来た時に荷物検査をした衛兵と、取り調べ室に行く途中にいた衛兵くらいだが、よくよく考えてみるとそれはおかしいのだ。

 

 この牢獄はそれなりに広く部屋数も多い。最大収監人数がどのくらいか知らないが、当然それにあった人数の看守も必要になる。そうでないと囚人が暴動を起こした時に鎮圧出来ないからだ。

 

今は収監された人数が少ないからという可能性もあるが、それにしても同じ看守が連日一人で勤務というのは不自然だ。見回りをするにしても一人では大変だしな。

 

「あの看守ちゃんは実質ここが家みたいなものらしいから。配給や依頼された荷物を運ぶだけなら一人でも可能だし、見回りもあんまり必要ないのよん。だってこの子達が見張ってるんだもの」

「……大体話が見えてきた。このウォールスライムが本当の看守ってことか」

 

 このウォールスライム達は俺の牢にもイザスタさんの牢にもいた。察するにこいつらは全ての牢に一匹ずつ居て、囚人が何かやろうとする(例えば牢を壊そうとするとか)と襲いかかるといったところか。

 

「そういうこと。脱走しようとしたらいきなり壁が襲いかかってくるなんて怖いわよねぇ。もっとも、この子達は極力殺さずに捕らえるよう指示されているから死にはしないでしょうけど」

 

 確かに想像すると恐ろしい。この狭い牢屋では逃げ場がない。それに普通は気がつかないので完全な不意打ちだ。武器もなにもない状況で襲われたらどうにもならない。

 

「……ちょっと待ってください。何でまたイザスタさんはそんなことを知ってるんですか?」

 

 彼女の言葉はおそらく間違っていないだろう。実際このウォールスライムが看守だと考えれば色々と納得もいく。問題なのは、イザスタさんは何処からこの情報を仕入れたかってこと。

 

「まさか実際に襲われたとか!? それともディラン看守に金を払って教えてもらったとかですか?」

「何でって、普通にこの子に聞いただけだけど。アタシのスキルでね」

 

 イザスタさんは何でもないという風な気楽さで答えた。スキルとはゲーム的に言えば、その人の持つ特殊技能のことを指す。そしてそれはこの世界にも存在する。

 

 これはイザスタさんと昨日一緒に食事をした時に話題にあがったのだが、ある特定の行動を長くし続けると稀に発現することがあるという。

 

 大抵は元々出来ていたことが更に上手くなるといったものだが、時々それ以外の物が発現することもあるらしい。ちなみに加護とは別物であり、基本的に加護は先天的、スキルは後天的な物だと言う。

 

「聞いたって……スライムにですか? 本当に?」

 

 どうにも信じられないが、ここは異世界だから絶対ないとは言い切れない。もしかしたら意外に普通のことなのかも。

 

「ホントホント。あんまり細かい意思疏通は出来ないけど、大体のニュアンスは分かるわよん。例えばトキヒサちゃんのこともこの子が教えてくれたの。隣の牢で何かしてるよってね」

 

 そこでイザスタさんは言葉を切ると、穴の近くで壁に擬態していたウォールスライムに手を伸ばした。そのままスライムにそっと触れ、目を閉じて動きを止める。

 

「………………んっ」

 

 時間にして数秒程度だったろうか。目を開けると、「この子お腹が空いたって。何か食べ物でもあげたら?」と言い出した。今の今までほとんど動かなかったスライムが、このタイミングで食べ物を食べるのだろうか? 俺は半信半疑ながらも貯金箱を操作する。確かさっき換金したパンがあった。

 

 貯金箱を操作していくと、これまで換金した物の一覧が画面に表示される。パンは先ほど二デンで換金したので、手数料(額の一割。十九デン以下の物は一律で一デン)を加えて三デンで買い戻す。イザスタさんが横で「へぇ~。ホントに戻せるのねぇ」と驚いている。そう言えば物を金に換える所だけしか見せてなかったな。

 

「……ほらっ。食うか?」

 

 取り出したパンを小さくちぎり、手に乗せてスライムに差し出す。……待てよ。うっかり俺の手ごと食べようとするんじゃないだろうな。

 

 グニャリ。

 

 慌てて引っ込めようとした瞬間、スライムが急に動き出して俺の手に身体を伸ばしてきた。そのまま掌のパンを全て巻き込むと、またすぐに元のように壁に擬態して動きを止める。しかしよく見ると、中心の辺りで何かが蠢いているのが分かる。どうやらパンを消化しているらしい。

 

「……普通に食べたな」

「ねっ。言ったでしょう。お腹が空いてるって」

 

 クスリとこちらを見て微笑むイザスタさん。どうやらスライムの言葉が分かるのは本当のことらしい。つまりさっき彼女がスライムから聞いたこと。このスライム達こそが真の看守ということも本当の可能性が高い。脱走がより難しくなってしまった。

これはいよいよディラン看守に全てを託すしかないか。そんな考えが頭をよぎり始めた時、イザスタさんは急に真剣な顔をして俺に言った。

 

「ねぇ。トキヒサちゃん。もしこれからの予定が決まっていないなら………………アタシと一緒に行かない?」

 

 

 

 

 これは、この異世界に来ておそらく最初の分岐点。ふいにそんな感じがした。

 



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第十三話 出所は女スパイと共に

「一緒に行くって……」

「看守ちゃんの出した待遇表を覚えてる? 出所は方法により金額は応相談ってあったでしょう。あれでトキヒサちゃんを堂々と出所させるわ」

「ちょ、ちょっと待ってください。あれは確か一日釈放されるだけで一万デンが必要なはずです。出所となったらそれはもうどのくらいの額になるか」

「そうねぇ。少なく見積もって大体五十万デンくらいかしら。方法によってはもっといくかもしれない」

「五十万デン……」

 

 日本円にして五百万。紛れもなく大金だ。とても今の俺では払いきれない。一年で一千万デンを稼ぐのはまだやりようがありそうだが、こっちは数日で五十万デン。こっちの方が難しい気がする。

 

「その代金。アタシが代わりに支払うわ。トキヒサちゃんがアタシと一緒に来てくれるなら……ねっ!」

「………………いくつか質問しても良いですか?」

「良いわよ。どうぞどうぞ。ただし、次に看守ちゃんが来るまでに結論を出してくれると助かるわぁ」

 

 イザスタさんは椅子に座ったまま、テーブルに肘を置いて軽く頬杖をつく。かなりくつろいだ体勢だ。

 

「じゃあまず、何で俺なんかを誘うんですか? 仮に五十万デンも出してもらっても返せるかどうか」

 

 まずはこれ。相手の目的が分からないのに適当に流れに身を任せると大抵後悔する。“相棒”に何度も言われていることだ。

 

「う~ん。加護持ちだし、見た目や性格もアタシ好みだし、トキヒサちゃんのことが気に入ったから……だけじゃダメ?」

「それでも良いんですが……やっぱダメです」

 

 俺のことが気に入ったという部分は、多分間違いではないのだろう。それなりに希望的観測が入っているが、少なくとも嫌ってはいないと思う。だが理由はおそらくそれだけじゃない。

 

 イザスタさんは少し目を閉じて考え込むと、やがてふぅ~と小さく溜め息をついて立ち上がった。

 

「まぁ秘密は女のアクセサリーとは言え、秘密ばかりじゃ信じてもらえないわよねん」

 

 そのまま彼女は牢の周囲に軽く目を走らせると、「少し周りを見張っててね」と言ってスライムを軽くポンッと叩いた。すると、スライムはそのままずるずると牢の入口に移動する。……完全に言うことを聞いている。

 

 そして彼女は椅子に座り直したかと思うと、

 

「ねぇ。トキヒサちゃん。先に聞いておくけど、トキヒサちゃんは『勇者』だったりする?」

 

 いきなり俺の手を両手で握りしめてそんなことを聞いてきた。

 

 

 

 

「イ、イザスタさん!? 一体何を!?」

 

 なんだなんだ!? いきなり手なんか握っちゃって!? これはあれか? よくTVとかで見られる脈拍を測る嘘発見法とかか? イザスタさんはけっこうな美人だから、急に手を握られて心臓の鼓動が少し速くなる。

 

 いや待てよ待てよ。今はそうじゃない。召喚に乗って来たという意味では俺も勇者と言えないこともないが、実際はおもいっきし遅刻してるしなぁ。それに全く別の何かかも知れないしどう答えたら良いのやら。

 

「…………その反応。やっぱりまるで無関係って訳じゃないみたいね」

 

 俺がドギマギして押し黙っていると、イザスタさんはそう言ってにんまりと悪戯っぽく笑った。この人絶対こういうこと慣れてると思う。これまで何人の男心をもてあそんできたというのか?

 

「スイマセン。その『勇者』っていうのがどうにも分からなくて、そこから教えてくれると助かります」

「良いわよん。簡単に言うと『勇者』とはこの国に伝わる言い伝えの登場人物なの」

「言い伝え?」

「そう。“異世界から『勇者』が現れて人々を救う”っていうもの。それだけなら大なり小なりどこの国にもある昔話なんだけど、それを本気で実現させようとした人達が居たのよ」

「昔話を……実現?」

 

 昔話と言うと桃太郎とか浦島太郎が浮かぶが、そういったものとはまた違うのだろうか? というか実現と言われてもピンとこない。

 

「しかもマズイことに、そんな人達の中には国の中枢にいる人も混じっていてね。それこそ国教の中にさりげなく言い伝えをミックスしたり、国の主導で召喚の方法を試行錯誤したりとドンドンやることが大げさになっていって」

「その流れからするともしかして……成功しちゃったと」

「そ。本当に成功しちゃったの」

 

 ヤレヤレと困った風にイザスタさんは肩をすくめる。

 

「当然周囲の国は大慌て。……まあ何年も失敗ばかりだった召喚が成功したんだから無理もないけど。さっそく『勇者』のことについて調べろってあちこちから調査員がこの国にやって来たの。で、アタシもそんなとある国に依頼された一人。一応依頼主までは口に出来ないんだけど、ここまでは良い?」

 

 俺はコクコクと頷いた。そうか。イザスタさんは女スパイだったのか。頭の中でイザスタさんがスーツでピストル片手にポーズを決める姿が浮かんできた。……うん。カッコいいじゃないか。

 

「話を戻すわね。勇者召喚が成功したのは情報によると十日前。アタシは王都に入って情報を集めている途中、色々あってここに入れられちゃったの。ただ、最初はさっさと出所しようと待遇アップも兼ねて看守ちゃんにお金を払ってたんだけど、意外にここの方が情報が集めやすいことに気がついたのよ」

「それはまた……何で?」

「ここは城の地下に有るからよ。城の外への情報は上手く漏れないようにしてあるみたいだけど、同じ城の中であれば話は別。それに一人二人ではなく何人も『勇者』はいるみたいだから、どうしたって世話をする人が必要になるわ。そういった所から少しずつ探ってるの」

「いや、それにしたってここにいながらどうやって情報を?」

「それなら簡単よ。看守ちゃんにお願いして『勇者』に関する噂話を集めてもらったの。噂話は案外真実に近いものも多いのよ。大分高い情報料だったけど、質はともかく量はかなり集まったわ」

 

 そう言えば、俺がここに来て二日目の朝食の時に何かイザスタさんに渡してたな…………ホント何やってんのあの看守!! というか本当に看守? もはや何でも屋みたいになってるぞ。

 

「もう何度か情報を集めてもらったら出発しようという時にトキヒサちゃんが来たの。そこから先は知ってるでしょうから割愛ね。話の経緯はこんなところかしら」

 

 そう言い終えると、イザスタさんはコップから軽く水を飲んで舌を湿らせる。

 

「え~と、その『勇者』のことは何となく分かってきたんですが、それで何で俺がその勇者だと思ったんですか?」

「いくつか根拠はあるわよん。まず第一にその加護。『勇者』はそれぞれ珍しい加護を持っていたという話だから、トキヒサちゃんのもそれじゃないかな~って」

「ただの偶然ってことはありませんか? 加護持ちは珍しいけど居ない訳じゃないはずです」

 

 これはイザスタさん本人から教わったことだが、加護は基本先天的なモノだ。そして産まれた時に持っている確率は大体千人に一人くらいらしく、加護持ちというだけで様々な場所からスカウトされることも多いという。それならたまたま偶然ってこともあり得なくは。

 

「普通の加護ならね。だけどトキヒサちゃんの加護は見たことも聞いたこともないわ。凄く便利だしね。次に二つ目。アナタがやけに世間知らずだった点。『勇者』は異世界から来るということだったから、こちらのことを知らなくても無理はないかなぁって」

「そ、その、生まれも育ちもここからメチャクチャ遠い場所なもので、それで色々と知らないことばっかりでして」

 

 嘘は言っていない。何せ世界が違うくらい遠いのだ。

 

「それにしたって限度があると思うけど……まあ良いわ。三つ目。アナタが見つかった場所と時間。この城は『勇者』が召喚されてから警戒が厳しくなっているの。そんな中に突然トキヒサちゃんが現れたって言うじゃない。何か関係があるんじゃって思うわよ」

「それは……」

 

 確かに怪しい。一つ一つはまだ偶然で押し通せるかもしれないが、その偶然がこうも続いてはそれはもう必然に近い。

 

「最後に四つ目。…………女の勘。一目見たときからなんとなくそんな気がしたの。アタシの勘はよく当たるのよん」

 

 イザスタさんはどこか得意気な顔でニッコリと微笑んだ。勘って……流石にそれは誤魔化せない。世の男の秘密を暴く最終兵器だ。女の勘恐るべし。

 

「仮にトキヒサちゃんが『勇者』だとすると、この国が予期しなかったイレギュラーの『勇者』ということになるわ。それならここで仲良くしておくのも悪くないかなぁって。とまぁ色々理由を並べてみたけど、納得してくれた?」

「……はい。一応は」

 

 何か適当な理由を並べ立てているだけかもしれないが、とりあえずは納得した。

 

 話の流れを整理すると、彼女はどこかの国の依頼を受けて『勇者』の情報を集めている。色々あってここに入れられたけど、いつでも出所出来る状態をキープしつつ牢の中でも情報集めは継続中。

 

 その途中で俺に出会い、俺が『勇者』ではないかという考えを持つ。だけど俺はこのままだと特別房に入れられてしまう。それは困るので大金を払ってでも助けたい。という感じだろうか? う~む。情報が足りないな。

 

「イザスタさんはさっき、明日『勇者』のお披露目を行うって聞いてから急に出所の準備を始めました。じゃあ俺に一緒に行ってほしいのって」

「そうよん。そのお披露目の場。そこでトキヒサちゃんに『勇者』達を見てもらって、何か気づいたことがあれば教えてほしいの。それから後はアタシは『勇者』に張りついて情報収集に入るけど、トキヒサちゃんには時々仕事で必要になった時に力を貸してもらう。それ以外は自由行動でかまわないわ。以上がアタシの提示する条件なんだけど……どう?」

 

 話だけ聞くと良い条件だ。どのみちここを出なければ話にならないし、イザスタさんに着いていくことでこっちの情報も集まるだろう。時々というのがどのくらいの頻度かは分からないが、それなりには自分の時間もとれそうだ。しかし、

 

「最後に一つ聞かせてください。今までのイザスタさんの話は全て、俺がその『勇者』だという前提があってのことじゃないですか。俺は自分が『勇者』かどうかも分からない。それでも助けてくれるんですか?」

 

 正直な話、勇者召喚に割り込んだ俺は正式な『勇者』ではないと思う。これは能力を得たとしても変わらない。イザスタさんが『勇者』という点だけを評価しているなら、この話は断るのが筋だろう。イザスタさんの答えを、俺はほんの少し身構えて待つ。

 

「えっ!? 助けるけど?」

 

 イザスタさんの答えはひどく軽いものだった。何を迷う必要があるのってくらいの即答だ。

 

「言ったでしょう。トキヒサちゃんのことが気に入ったって。もし『勇者』だってアタシの勘が外れていたとしても、どのみちアタシ好みの子が一人助かるのだから結果として万々歳なのよねぇ。どっちに転んでも損はしないんだから助けるに決まってるじゃない」

 

 多分イザスタさんは良い人だ。それはここまでの言動から見てまず間違いない。これで中身が腹黒だったらアカデミー賞ものの女優だと思う。その人が俺に一緒に来てほしいと言っている。しかも自分が気に入ったからという理由で大金を払ってまで。となれば、

 

「………………参ったなぁ。そう言われちゃうと断る理由がないですよ」

 

 俺は承諾の意味を込めて握手しようと手を伸ばした。そしてイザスタさんは、

 

「引き受けてくれるのね!! ありがとうっ!!」

 

 握手……ではなく熱烈なハグ、抱きつきを敢行してきたのだ。

 

 俺の身長は一般男子高校生の平均よりはちょ~~っとだけ下じゃないかなぁと思わなくもない一五?センチ。対するイザスタさんは一七〇くらいの長身に、それに応じたかなり大きめの胸を持っている。当然俺の顔がイザスタさんの胸に押し付けられる感じになり、

 

「ちょっ!? く、苦し……息が」

「いやぁほんっとアリガトねぇ。やっぱり一緒に行くなら能力とかも大事だけど、自分が気に入るかどうかが一番だと思うのよ。ウンウン」

 

 一人納得してないで早く気づいてくださいよ!! その一緒にいく人が只今絶賛呼吸困難中ですって!! 世の大半の男性と一部の女性からしたら非常に羨ましいかもしれないが、個人的に言えば命の危険を感じる大ピンチ。そんな状況ではあるが、俺はこうして心強い(?)お姉さんと一緒に出所することを選んだ。

 

 

 

 

 …………選んでしまったのだ。



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第十四話 出所前夜は静かに過ぎて

「ということだから、アタシの出所申請ヨロシクね♪」

「何がということかは分からんが、確かに受け付けた」

 

 夕食時、配給に来たディラン看守に対してのイザスタさんの第一声がそれである。俺だったら何がなんだか分からない。看守はよく分かったな。

 

「やっとお前も出る気になったか。いつの間にか牢も片付いているようだし、これでここも平和になるな」

「そんな言い方ないじゃない。看守ちゃんだってアタシからの依頼料でガッポリ儲けたんだから。もぅ」

 

 淡々と述べる看守にイザスタさんが拗ねたように返す。そう言えば色々と『勇者』の噂話を調べてもらっていたらしいからな。相当支払ったのだろう。そのまま配給の品を受け取っていく途中、彼女がまず切り出した。

 

「それと出所前の最後のお願いなんだけど、トキヒサちゃんの出所申請もお願い出来るかしら? 払いはアタシ持ちで良いから」

 

 その言葉を聞くと看守は少しだけ動きを止め、そのままこちらの方に向き直る。

 

「と言っているが、それはお前も了承済みか? トキヒサ・サクライ?」

「はい。その代金はいずれ必ずイザスタさんに返すということで話はついています」

 

 これはイザスタさんの熱烈なハグが終わった後で、二人で話し合って決めたことだ。一緒に行ってくれるなら返さなくても良いと言ってもらったが、それでは流石にイザスタさんに悪いので時間はかかっても必ず返すという話に落ち着いた。

 

 出世払いで期限は決めていないが、遅くとも俺が元の世界に帰還するまでには返却する。……ますます稼ぐ額が増えてしまった。

 

「そうか。では聞こう。出所だが、方法や内容によって必要な額が異なる。どういったものがいい?」

「う~ん。俺が無罪放免で正面から堂々と出られるものでお願いします。もちろん安全第一で」

「ついでに明日の『勇者』のお披露目に立ち会えれば尚良いわ」

 

 かなり図々しい内容だが、実際無実なのだからこれくらいは言っても許されそうな気がする。

 

「無罪放免で正面から堂々と……か。となると事実上最高ランクのものになるな。ちなみにこれをやったのは、俺が知っている限りこれまでに一人だけだ」

「かなりその一人が気になりますけど今は置いといて、その方法だと金額の方はいくらぐらいに?」

「百万デンだ」

 

 ……………………はい!?

 

「百万ジンバブエドルとかでなく?」

「それがどこの通貨かは知らんが、今の内容だと百万デンはかかるぞ。各所への根回しに書類の作成、明日出所ということで特急料金に俺が中抜きして頂く分。その他諸々合わせて百万デンだ」

 

 幾つか気になる点はあったが、それにしたって百万デンって!! イザスタさんの予測のおよそ倍額だ。これはちょっと……。

 

「イザスタさん。すみませんがこれはいくらなんでも高すぎます。そこまで払わせる訳にもいきませんから今回は中止に……」

「百万デンか。まあ必要経費としては妥当なところねん。…………しょうがないか。それじゃコレで」

 

 イザスタさんは懐から白く光る硬貨を一枚取り出すと、看守に向けて格子越しに差し出した。って払えるの!? ホントに金持ちだよこの人。ディラン看守もその硬貨を見て目を見開いている。

 

「…………妙な奴だとは思っていたが、お前はいったい何者だ? イザスタ・フォルス」

「何者って、ただのB級冒険者だけど」

「惚けるな。ただのB級冒険者が白貨を持つ訳がないだろう。王家や一部の貴族、大商人等しか使うことはほとんどない品だ。市場にはまず出回らない。何せ一枚百万デンだ。額が額だからな」

 

 一枚百万デン。日本円で一千万円。ここの物価はどうだか知らないが、確かにそんな大金を日常で使うことなんてあまりない。それこそ家や土地、車を買うくらいでないと。その指摘にイザスタさんの表情がほんの一瞬だけ引き締まる。だがすぐにいつもの、少しだけいたずら気味な態度に戻った。

 

「あら。なあに? 百万デン払えって言ってきたのはそっちなのに、実際に払われたら文句をつけるの? それはいくら何でも横暴じゃな~い?」

「………………まあ良い」

 

 互いに黙って見つめあうこと数秒、先に沈黙を破ったのはディラン看守の方だった。

 

「お前が何者か? 話す気がないなら別に構わん。お前は金を払い、自分とトキヒサ・サクライの出所を申請した。そして俺はそれを受け付けた。今はただそれだけの話だ」

 

 そう言うと、彼は荷車を引いて離れていく。去り際に「二人の出所手続きは明日の朝までかかる。準備を整えておけ」と言い残して。

 

「明日の朝ね。それじゃあたくさん食べて明日に備えましょうか。忙しくなるわよぅ。……あっ! ゴメントキヒサちゃん。アタシのハンモックとか日用品の買い戻し出来るかしら? もう一日泊まることを計算に入れてなかったわ」

 

 ……ホントにこの人は不思議な人だ。さっき看守と話しているときは真面目な顔だったのに、一転してまた気楽な雰囲気に戻ってしまった。こちらに手を合わせてお願いしてくるイザスタさんに苦笑しながらも、ついそんなことを考えてしまう。

 

 この和やかなムードは、互いに夕食を終えて自分の牢(俺は元々ここだが)に戻るまで続いた。

 

 

 

 

『で? ワタシに相談もなく勝手に変な女と一緒に行くことになって、その上余計な借金百万デンまでしょいこんだおバカで自分勝手な手駒が、今更この富と契約の女神アンリエッタに何の用かしら?』

「誠に申し訳ございませんでした」

 

 夜中の十二時少し前。俺は連絡をとったアンリエッタにひたすら平謝りしていた。怒った女性はちびっ子女神でも怖いのだ。アンリエッタはすっかり機嫌を損ねていて、吐き出す言葉の一つ一つに微妙なトゲがある。

 

『まったく。いきなり大金をちらつかせてくる交渉は、少し時間を貰ってじっくり考えるのが基本でしょうが!! それをあんなほぼ即答で決めちゃって……それに百万デンだって、返さなくても良いって向こうが言ってたのだからそのままにしておけば良かったのよ。それなのにワザワザ返済するなんて言っちゃって。余計な手間が増えたじゃないの』

「いやホントにゴメン。確かにこういう大事なことは相談するのが普通だよな。そっちも急に決められて気を悪くしただろうしな。謝るよ」

 

 俺は手鏡の中のアンリエッタに深々と頭を下げる。

 

『ふんっ。よろしい。今回は許してあげる。次からはちゃんと相談しなさいよ』

「許してくれるのか? ありがとな」

『……まぁあの状況では一緒に行く以外の選択肢はほぼ無かったでしょうからね。仕方ないわ。出来ればもう少し条件を付けたかったけど、それは今更な話だし』

 

 そうなんだよな。あそこで話を断っていたら、どのみち手詰まりになっていた可能性が高い。金を稼ぐ算段もついていなかったしな。そのまま金が底をついて特別房に入ることになっていたと思う。

 

『あなたの選択自体が間違っていると言うつもりはないわ。だけどそれはそれとして、あの女……イザスタには気を付けなさい』

「う~ん。個人的に言えば、あの人は良い人だと思うぞ。この牢屋に入ってから毎日顔を合わせてきたけど、少なくとも悪意は一度も感じなかった。下心くらいは有ったかもしれないけどな」

 

 三日も一緒に食事をしたり話をした仲だ。少しくらいは相手のことも分かってくる。イザスタさんは第一印象通り、お気楽かつご陽気な人だ。よく笑うし話も上手い。

 

 時々からかうような態度をとるが、すぐに元に戻ってまた笑うのだ。これら全てが計算ずくの演技だとはとても思えない。……男を手玉にとるのは上手そうだけどな。

 

『悪意が無いからって気を付けない理由にはならないけどね。……とりあえず油断はしないように』

「あぁ。気を付けるよ。しばらくは一緒に行動する訳だからな」

 

 それを聞いて少し安心したのか。アンリエッタは軽く微笑むと、そのまま通信が終了する。

 

「ふぅ~。…………で? この事も報告するのか?」

 

 俺は独り言を言うように話しかける。実際端から見ればそうとしかとらえられないのだが、ここに壁に擬態して動かないウォールスライムが一体いると知っていれば話は変わってくる。

 

「詳しい内容までは分からないにしても、俺がまた誰かと話していたっていう点は報告するだろうな。……まぁここに来てから今日までのことを、ちょくちょくこの城の誰かに報告しているのは分かるけど」

 

 こいつが本当の看守だと言うなら、当然囚人の行動を誰かに報告している筈だ。その相手が自分と同じスライムか人かは知らないが。つまりこれまでのことはほぼ筒抜け。俺が加護で物を金に換えたこともバレている可能性がある。

 

「これくらいのことはどうせアンリエッタも分かっているよな。それでも何も言わなかったってことは、特に心配ないってことか? そうだと良いなぁ」

 

 独り言を続けながら壁にチラチラと目を向けるが、牢屋はシンッと静まり返っていて俺の声以外物音ひとつしない。……反応なしか。それとももしかしてたまたまここに居ないとか? だとしたら本当にただ独り言をブツブツ言ってるだけのイタイ人になってしまう。

 

「……明日何が起きるか分からないし、そろそろ寝るとするか」

 

 心の隅に浮かんだ嫌な想像を振り払い、俺は金を払って支給された毛布にくるまるとごろりと床に寝転がる。体が痛くならないのはここ数日同じことをしているから証明済みだ。

 

 イザスタさんに大きな借りが出来たし、何で俺に無実の罪が被せられたのか不明だし、ついでに『勇者』のことも気にかかる。やることは多いのに謎ばかり深まっていくこの状態。頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも考え続け……いつの間にか意識が遠退いていった。




 という訳で出所することになりましたが、果たして上手くいくのでしょうか?

 続きが気になるという寛大な読者の方々は、お気に入りに追加してくれても良いのですよ!


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閑話 暗躍する者達

 ◇◆◇◆◇◆

 

「……そろそろ寝たわよね」

 

 ここは時久の牢の隣。そこの住人たるイザスタ・フォルスは、部屋に設置したハンモックに揺られながら耳を澄ましていた。隣の牢からは物音はない。それもそのはず時刻は夜中の一時。この牢では娯楽らしい娯楽はあまりなく、囚人は皆早寝早起きが基本である。

 

「毎日毎日。トキヒサちゃんたら誰と話してるのかしらね。まぁアタシも人のことは言えないけど」

 

 イザスタは音もなくハンモックから降りると、隣との穴を塞いでいるウォールスライムを軽く撫でる。スライムは返事がわりにモゾモゾと動きだし、時久と話していた時のように牢の入口に移動する。看守として囚人を見張るのではなく、囚人を他の何かから護るように。

 

「さてと」

 

 彼女は首に提げていたネックレスを持ち上げる。砂時計を象った物のようだが、中の真っ赤な砂は途中で停まっている。

 

「声紋確認。イザスタ・フォルス。……リームに繋いで」

 

 砂時計は一瞬光を放ち、そのまましばらく点滅する。そのまま続けること五、六度。

 

『……どうしましたか? 定期連絡はまだ先の筈ですが』

 

 突如砂時計から女性の声が発せられる。落ち着いた口調に澄んだその声質は、大人のようにも子供のようにもとれる不思議なものだ。

 

「夜中にゴメンね。でも緊急の用事なのよん。……()()()()()

『…………確かなのですね?』

 

 イザスタの言葉に相手も一瞬沈黙し、そのままの調子で確認をとってくる。

 

「まず間違いないわ。一緒に行かないかって交渉して、ひとまず明日から同行することになったの」

 

 そう言うイザスタの声は少し弾んでいる。まるで翌日の旅行をワクワクしながら待つ子供のように。或いはこれからの逢瀬を楽しみにする乙女のように。

 

『そうですか。分かりました。貴女がそう言うのなら問題ないでしょう。他のメンバーには私から伝えておきます。その人のことは次の定期連絡の時に詳しく報告してもらうとして、それまではイザスタさんに一任しますよ』

「了解了解。お姉さんに任せておきなさいって」

 

 砂時計からの声に対し、軽く胸を張って答えるイザスタ。……と言ってもこれはどうやら音声のみのやり取りらしく、互いの姿は見えないのであまり意味はないのだが。

 

『これで五人。あと二人ですか。来ていることは確定しているのでイザスタさんも引き続き捜索を』

「はいはい。分かってるわよん。“副業”と一緒にやっていくから少し時間がかかるかもだけどねん」

『例の『勇者』の情報集めですか? 依頼である以上仕方ありませんが、ただしそれはあくまで“副業”。“本業”の方も忘れないように』

 

 その言葉が終わると同時に砂時計の点滅も終了する。通信が終了したようだ。

 

「相変わらず忙しいこと。仕事とは言え時間はまだあるんだから、もう少しのんびりすれば良いのに」

 

 イザスタはそうポツリと呟くと、牢の入口に待機しているウォールスライムをおいでおいでと手招きする。近づいてくるスライムに対し、

 

「今日もありがとね。これは明日の分」

 

 いきなり自らの指に歯を当ててわずかに噛み裂いた。じわりとにじみ出る血液。それをウォールスライムにほんの一滴だけ垂らす。深紅の雫はスライムにポタリと落ち、そのまま浸み込んですうっと消えていく。

 

 するとスライムは一度波打つように大きく震え、もっともっとと言うかのように身体の一部を触手状にして伸ばす。

 

「だ~め。一日一滴だけって約束でしょ。飲みすぎると……()()()()()()()()。それにしても、スライムにも賄賂って効くのねぇ。ここと隣の牢であったことを誤魔化して報告してってお願いを聞いてくれるんだから。後でまたトキヒサちゃんの所の子にもあげないと」

 

 そう言ってウォールスライムを優しく撫でさするイザスタ。そのすらりとした長い指には、今の出来事がまるで嘘であったかのように傷ひとつ見当たらなかった。

 

 

 

 

 同時刻。トキヒサ達が居る牢屋の上、王城の一室にて。

 

「夜中に突然の訪問とは何のようかね?」

「トキヒサ・サクライの出所許可を頂きたい。至急だ」

 

 この部屋の主、ヒュムス王補佐官ウィーガスに対して、ディラン看守が詰め寄っていた。

 

「貴様!! 閣下に向かってなんだその態度は!」

 

 業務報告をしていたヘクターは憤る。それも当然。一看守が王補佐官に対してこのような夜更けに連絡もなく突然押しかけ、なおかつこのような態度。普通なら不敬罪に問われてもおかしくない。

 

「まあ待てヘクター。この者とは古い仲だ。話を聞こうではないか。……続けたまえ。トキヒサ・サクライとは数日前に牢に入った囚人のことだな?」

 

 ウィーガスはヘクターをたしなめるとディランに続きを促す。だが口調は穏やかなものの、その眼は鋭くディランを見据えている。

 

「良く知っているくせに白々しいな。そのトキヒサ・サクライの出所許可を頂きたい。すでに他の部署には話を通してある。あとは貴方のサインさえあれば明日には釈放だ」

 

 そう言って、ディランは部屋の机に持っていた書類をズラリと並べる。そこにはトキヒサ・サクライを出所させることを認めた旨が何人もの有力な役人のサインと共に記されていた。

 

 サイン欄の一部が空白になっているのは、そこにこの部屋の主のサインを加えることでこれが完成することを示している。書類に眼を通して不備がないことを確認すると、ウィーガスは軽くため息をついてディランに向き直った。

 

「成程。確かに最低限の条件は満たしている。お前は囚人達に対してある程度の権限が有るからな。それに私のサインを加えれば囚人を釈放させることも可能だろう。だがこれはあくまで減刑措置の一種。特別房に入るような罪を犯した者は意味がないのではないかね?」

 

 この国に終身刑は存在しない。罪状に応じて懲役が追加されていき、それに合わせた労働をこなすか罰を受けることで減っていくシステムだ。そのため場合によっては懲役数百年といった状況になる。実際この世界には、数百年生きる種族も少ないながらも存在するため間違いではない。

 

 だが特別房に入るような囚人は特殊だ。何らかの理由で罪が償いきれない、または罪を償う気がない者達である。今回の時久の件もそれであり、罪があまりにも大量にありすぎて生半可なことでは償いきれないのだ。

 

「……そうだな。貴方の言うとおりだ。いくら俺でもあまりに多すぎる罪状を減刑することはできない。トキヒサは相当数の罪を重ねているからな。全てを帳消しにすることはできないだろう」

 

「それならさっさと帰るがいい。閣下はそのようなことに煩っている暇などないのだ」

 

 ディランが静かに言うと、早く話を終わらせようとヘクターが追い打ちをかける。実際その言葉は正しい。ウィーガスは多忙であり、常に国家の運営に関わるいくつもの仕事をこなしている。本来なら話す時間など取らずにそのまま退出させることもあり得た。

 

 それなのにわざわざ時間をとったのは、本人が言ったようにウィーガスとディランが古い知己だということが一点。そして、

 

「……ただ、その罪状の大半が意図的に仕組まれたものならば話は別だ」

「ほう? 仕組まれた? 実に興味深いな。誰がそんなことをしたというのかね?」

「何処までしらばっくれる気だ? 貴方だよ。ウィーガス王補佐官殿。貴方がトキヒサ・サクライにあらぬ罪を着せたのだろう? 情報はこちらも掴んでいる」

 

 そして、ディランが権力云々は別にしても国内に高い影響力と広い人脈を持ち、事の真相に辿り着く可能性が高いことを、ウィーガスは知っていたからでもあった。

 

「何でそんなことをしたのかは知らないが、こちらも金を貰って頼まれた身でね。奴は俺が責任を持って出所させる。正式にはまだトキヒサに判決は下っていない。貴方なら仕組まれた分の罪状は撤回出来るはずだ。違うか?」

 

 強い口調で罪状の撤回を要求するディラン。ウィーガスはその言葉を黙って聞いていた。ただ、二人の視線は空中で交差しながらも、互いにどこか別の何かを見据えているようでもあった。

 

「金を貰って……か。まさか数日であの額を払いきるとはな」

 

 ウィーガスは僅かに驚きと称賛の気持ちを乗せて呟いた。

 

「あれは元々囚人に希望を持たせるためのものだ。これだけ貯めれば出られるという救いの道。ただしまず貯めきることの出来ない見せかけの希望でもある。ヒトは日々のちょっとした贅沢や娯楽で貯めた金をすぐに使ってしまうからな。小悪党では目先の欲に囚われて払いきれない。そうして僅かな満足と引き換えに労働刑に従事し、罪を償い終えるまで働き続けるというものだったのだがな」

「俺としても予想外だった。まあ正確に言えば金を出したのは別のやつだが、規則は規則だ。貴方には悪いが何としても冤罪を撤回させて許可を貰っていくぞ」

 

 ディランはそう言うと、部屋に備え付けてある来客用の椅子を一脚用意してそこに座った。

 

 ウィーガスの考えは分からないが、そう簡単には首を縦には振らないだろう。しかしこちらも自分の受け持つ囚人が大金を払ってまで出所を望んだのだ。その分ぐらいは動かねば筋が通らない。時間いっぱいギリギリまでここで粘る。内心そう考えて長期戦も辞さない覚悟だったのだが、

 

「……………………よかろう。許可を出そう。罪状の方も撤回しようではないか」

「……何!?」

 

 この答えにディランは一瞬間の抜けた表情をしてしまう。この老人の性格なら散々交渉して譲歩を引っ張り出すまでが勝負だと思っていたのだ。こんなあっさりと認めるとは全くの予想外だった。

 

「閣下!! よろしいのですか?」

 

 ずっと傍に控えていたヘクターも思わず口を出す。彼もまた主のこの行動は予想外だった。「構わぬ」と一言返し、ウィーガスはペンで書類にサインを書き記していく。その達筆でみるみるうちに書類の空白は埋まっていく。

 

「俺が言うのもなんだが、やけにあっさりと許可をくれたな」

「ふっ。簡単なことだ。奴はイレギュラーではあるが、こちらに引き込んでもあまり旨味がない。ならばお前に貸しを作っておいた方が何かと役に立つだろうと考えたまでのこと。ヘクター。調査書をここに」

「はっ!」

 

 命を受けたヘクターはそのまま部屋から退室していく。それを見送ったディランだが、何やら急転直下の展開に驚きを隠せない。

 

「調査書? 何の?」

「見れば判る。…………来たか」

 

 少しして部屋に戻ってきたヘクターの手には、数十枚にもわたる書類の束があった。ウィーガスはそれを机の上に置かせると、読んでみろとばかりに何枚かディランに手渡す。

 

「これは…………城内で噂になっている『勇者』様の情報か。名前に人相、体型や年齢。持っている『加護』まで。よくもまあここまで調べたものだ」

 

 興味はそれなりにあるが、なぜ今これを見せられるのかが分からない。ディランはパラパラと書類をめくっていった。そして終わりの方に差し掛かったところで、彼の手がピタリと泊まる。

 

「…………ちょっと待て。これは一体どういうことだ!?」

 

 そこに書かれていたのは、本来ここに載っているはずのない者。トキヒサ・サクライの名前だった。

 

「つまりはこういうことだ。本来『勇者』は言い伝えでは四人。ただし何らかのはずみで、五人目の『勇者』と思われる人物が現れた。それが彼だ。ヘクター等の私の手の者に命じて彼のことを調べさせた結果、一つの結論に達した」

 

 ここまで淡々と話していたウィーガスはそこで一度言葉を切り、トキヒサの書類を手に取ってもう一度見直した。そして以前と変わらないことを確認し、僅かな落胆の色をにじませながら結論を述べた。

 

「彼、トキヒサ・サクライは、()()()()()()()()()()()だ」

 

 

 

 

 それぞれの思惑は少しずつ絡み合いながら、こうして夜は更けていく。




 皆様様々な思惑があるようで。

 これからが第一章後半戦。少々バトル描写も混ぜていきます。

 少しでも面白いなあと思ってくれた読者の方が反応を返してくれると、私のテンションがうなぎ上りになりますので是非よろしく!


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第十五話 襲撃!? ネズミ軍団

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 異世界生活六日目。

 

 いよいよ出所の日だ。ここに来たばかりの頃はいきなり牢屋にぶちこまれ、もうお先真っ暗かと思われる散々なスタートだった。

 

 だがこれからは違う。ついに自由の身となり、異世界という未知の場所(厳密にはここも異世界なのだが)に出るのだ。幸いイザスタさんという心強い同行者も出来た。俺はこれからのことに大きな期待と僅かな不安を胸に秘めて外への第一歩を踏み出す…………つもりだったのだが。

 

「来ないわねぇ。看守ちゃん」

「そうですねぇ」

 

 俺達を出所させてくれる筈のディラン看守が一向に姿を見せない。朝食を運んできたのも今日初めて見る男だった。ディラン看守のことを訊ねてみると、何やら急用が出来て遅れるとのことらしい。

 

 ならばとイザスタさんとこれからの予定を話し合い、今までに分かっている『勇者』の噂話から信憑性の高いものをすり合わせる。

 

 ほぼ確定したものだと、『勇者』は男性三人女性一人の計四人であること。それぞれに専属の世話役や奴隷が付けられて、中々悪くない待遇を受けているということ。加護は不明だが、それぞれ相当高い能力を持っているということが挙げられる。

 

 ちなみに今更だが、この国には奴隷制が存在する。ライトノベルではお約束の奴隷だが、基本的には罪を償うためや借金によって奴隷になるらしい。

 

 奴隷は主人に従う義務が有るが、同じように主人も奴隷に最低限の衣食住を提供する義務がある。奴隷制が良いか悪いかは別として、この世界において一種のセーフティーラインになっているようだ。

 

「予定はこんな感じだけど、何か分からない所はあった?」

 

 話し合いが終わると、イザスタさんが確認のために聞いてくる。

 

「大丈夫だと思います。ここから出たらまず拠点となる宿“笑う満月亭”に移動。そこで用意を整えてから『勇者』のお披露目の場に向かう……でしたか?」

「バッチリ。そこで何か気づいたことがあったら教えてねん。別の世界の人から見た意見も参考になるから」

 

 ちなみにイザスタさんには俺が異世界から来たことはすでに話した。アンリエッタのことなどは伏せたが、それでもイザスタさんは「ほらっ。アタシの勘も大したものでしょう」なんて言って笑っているから驚きだ。異世界の話はここから出てからじっくり聞くと言っていた。

 

「さてと、それじゃあそろそろ自分の場所に戻るとしましょうか。最後くらいお行儀良く看守ちゃんを出迎えてあげないとね」

 

 茶目っ気たっぷりにそう言うと、イザスタさんは壁の穴に潜り込んだ。……彼女が戻る際にチラチラと見てしまうのは、青少年の悲しき性だと言わざるを得ない。

 

「フフっ。触っても良いわよ。脚でもお尻でも」

「さ、触りませんよ!!」

 

 戻る途中でからかうように言うイザスタさんに、俺は一瞬ドキッとしながら見ないように必死に顔を逸らして答える。勘弁してくださいよまったく。

 

「うんっ!?」

 

 その時、牢屋の外の通路で何か音がした。ドタバタと何か転げ回るような音だ。不思議に思って牢屋から顔を出すと、

 

「キシャァァァ」

 

 通路の奥の方で、この牢に居るのとは違うウォールスライムと、ネズミのような何かが争っていた。

 

 ネズミのようなというのは、俺の知るネズミとは少し違っていたからだ。普通のネズミは額から角は生えていないし、サッカーボールくらいの大きさもしていない。そんなやつが瞳を真っ赤に充血させて、涎をだらだら垂らしながら暴れまわっている様は中々に恐ろしい。

 

「な~に? 何かあった?」

 

 穴の中からイザスタさんの声が聞こえる。まだ穴の途中らしい。

 

「通路で角の生えたネズミがウォールスライムと揉み合ってます。こっちの世界のネズミはかなりおっかないですね。あんなのもうろついてるんですか」

「えっ!? 角の生えたネズミ!? それはちょ~っとマズイわねぇ。待ってて。一度向こうに抜けてからそっちに行くから」

 

 少し慌てたような声を出して、イザスタさんは急いで穴を通ろうとする。しかしどうやら慌てすぎたようでどこか引っ掛かったらしく、こちらから見ると足だけでじたばたともがいている。

 

「慌てなくても大丈夫そうですよ。スライムの方が優勢みたいです」

 

 角ネズミはしきりにスライムに噛みついたり角で突いているのだが、何度やってもスライムはすぐに元通りになってしまう。

 

 それもそのはず。前に聞いた話だが、この世界のスライムは某国民的ドラゴンRPGに出てくる青い玉ねぎのような可愛らしいものではない。核の部分以外への物理攻撃はほとんど無効。加えて大抵のスライムの体液は酸性を持っている。下手に攻撃すればそのまま呑み込まれて消化されるという凶悪さだ。

 

 ならば核をピンポイントで狙えばよいという話だが、身体の奥に隠してある核を攻撃するにはそれなりのリーチが必要になる。角ネズミはネズミにしては大きいとは言えサッカーボール程度。なかなか核までは届かない。悪戦苦闘しているうちに、ついにスライムが身体を拡げて角ネズミに覆い被さってしまう。

 

「う~む。想像してたよりスライムエグいな。あんなの突然のしかかってきたら、囚人逃げられずにそのままパクリとやられるんじゃないか?」

 

 もしウォールスライムのことを知らずにいたらと思うとゾッとする。角ネズミの方は何とか逃げ出そうともがいているようで、スライムの身体が内側から所々ボコボコ盛り上がるのだが、ついに力尽きたのか動かなくなった。

 

「トキヒサちゃ~ん。そっちはどうなったの?」

「もう大丈夫みたいですよ。スライムが角ネズミをやっつけたみたいで……」

 

 俺はそこで息をのんだ。決してイザスタさんの引っかかっている様子を眺めていた訳ではない。スライムさん後ろ後ろ!! 今の角ネズミが団体さんでやってきてるよ!!

 

 

 

 

「嘘だろ!? 何体いるんだアレ!?」

 

 通路の奥からどんどんやってくるネズミ達。一匹が二匹。二匹が四匹。四匹が八匹。その数は既に二桁に届き、なおも増え続けている。これがホントのねずみ算かとつい思考が現実逃避する。

 

「キシャァァァ」

 

 奇声を挙げて進撃する角ネズミ達。それを止めようとスライムが立ち塞がる。頑張れスライム。負けるなスライム。下手に注意をひかないよう心の中だけで応援するが、それがまずかったのか単に多勢に無勢なだけか、少しずつ対処しきれなくなっていく。

 

「あっ!? ヤバい!? こっちに来る!!」

 

 ついにウォールスライムをすり抜けて、角ネズミがこちらへ二匹向かってくる。まずいな。こっちは牢の中。こんな畳六畳くらいの部屋では逃げ場がない。何かないかと荷物を探ってみるが、ここに来た時に大半の荷物を没収されている。残っているのは身に付けていた小物類くらいのものだ。……これでどうしろと。

 

 いよいよ角ネズミは俺の牢屋の前までやって来た。牢の格子はギリギリ角ネズミが入ってこられるサイズ。このままでは…………いや待てよ。意外に話の通ずる相手ということはないだろうか? 人を見た目で判断するなと言うじゃないか。ましてここは異世界だ。正確には人ではないが、まずはコミュニケーションからだ。

 

「や、やあ。こんにちは。ご機嫌いかが?」

 

 作戦一。話し合い。まずは挨拶から始まり、平和的に解決しよう。そうさ。瞳を真っ赤に充血させてこちらを見ているけど、明らかにこちらに敵意を向けているように見えるけども、話し合えばこちらを襲ってくるなんてことは……。

 

「キシャァァァ」

 

 やっぱりダメだったよコンチクショー!! 二匹の角ネズミは格子の隙間から牢に入り込み、そのまま俺に向かって飛びかかってきた。

 

「うおっ!?」

 

 何とか突撃から身をかわすが、牢の中でこのまま逃げ続けるのは無理だ。かくなるうえは……。

 

「まぁ落ち着いて。菓子でも食べない? 美味しいぞ」

 

 作戦二。エサで釣る。こいつらも腹が減って気が立っているだけかもしれない。俺は以前イザスタさんと食べた菓子の残りをそっと地面に置いた。さぁこれでも食べて仲直りしようじゃないか。

 

 角ネズミ達はその菓子に向けてふんふんと鼻を動かし、

 

「キシャァァァ」

 

 そのまま菓子を蹴散らしてこちらに再度突撃してきた。これも何とか回避するが、哀れ菓子は衝撃で粉々に。……おのれこのネズ公共め! 食い物を粗末にしやがるとはもう許さん!! 話し合いはやめだ。俺は拳を握り締めて前に構える。

 

 俺と角ネズミ達との距離はおよそ二メートル。さっきまでのこいつらの動きを見るに、このくらいの距離はないのと変わらない。だがこちらもアンリエッタの加護が効いているのか、ここに来てからこいつらの動きにしっかり対応出来ている。それにこいつらはさっきから愚直な突撃を繰り返すばかり。これなら何とかなりそうだ。

 

「さあ来いネズ公共。返り討ちにしてやる。……できれば来ないでくれると嬉しいが」

 

 初の戦いで内心ビビっているのは内緒だ。




 次回主人公初戦闘。彼は生き残ることが出来るか。

 あとイザスタさんは早く穴から抜け出して欲しい所です。


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第十六話 初戦闘はネズミ退治

 つい弱気な本音がポロリと出たのを見抜いたのか、角ネズミは二匹同時に飛びかかってきた。だがこれは想定の内。

 

「こっちは勇者らしい剣も盾もないけどな……代わりにこれがあるんだぞっ!!」

 

 俺は角ネズミ達の動きに合わせて空中から貯金箱を取り出した。そのまま上部の取っ手の部分を掴み、片方の角ネズミに向けてカウンターで叩きつける。

 

 ボキッと何かが折れるような音がして、角ネズミは壁に衝突した。見れば角が半ばから折れていて、身体はぴくぴくと痙攣している。あれなら戦闘不能だろう。そのままもう一体の突撃を貯金箱を振るった反動を利用してギリギリで回避する。

 

「見たか。これぞ秘技貯金箱(マネーボックス)クラッシュ。貯金箱を壊すかのごとく相手に叩きつける必殺技だ。……ただ振り回しているようにも見えるからビジュアルはいまいちだけどな。分かったらそこの倒れている奴を連れてさっさと帰れ。まだ死んでないからうまくいけば助かるかもしれない」

 

 俺はなるべく強そうな雰囲気を醸し出しながら残った角ネズミに話しかける。正直このまま帰ってくれれば万々歳だ。言葉は通じないかも知れないが、戦わずに済むならそれに越したことはない。だが、

 

「ギ、ギギャアァァッ」

 

 それでもこいつは突っ込んできた。その瞳はいささかも怯えを感じさせず、映るのは只々狂気のみ。自分の命を守ることよりも相手の命を絶つことを優先するその様子に、むしろこちらの方が一瞬だけ驚愕で動きが止まる。

 

「やばっ。かわし切れない」

 

 必死に身をよじるが、どう頑張っても身体のどこかにあの角がぐっさりといくコース。刺さったら凄まじく痛そうだ。俺は迫りくる痛みを覚悟して歯を食いしばる。

 

 次の瞬間、目の前に突如として一枚の壁が出現した。いや、よく見れば壁でなく、この牢屋に常駐するウォールスライムだ。身体を大きく広げることで、向かってくる角ネズミをそのまま包み込んでしまう。

 

 外で戦っていた同種のスライムと同じやり方だが、明らかにこちらの方が動きが早くサイズも大きい。瞬く間に包み込まれた角ネズミを瞬く間に沈黙させてしまう。

 

「……ふうっ。ありがとう。助かったよ」

 

 スライムに礼を言うと、角ネズミを包み込んだまま身体をふるふると震わせて反応する。

 

「どうってことないって言ってるんじゃな~い?」

「そうなんですか。……ってイザスタさん!?」

 

 は~いと朗らかに返すイザスタさん。颯爽と立つその姿はとてもさっきまで穴にはまってもがいていたようには見えない。……いや、そうではない。何故、

 

「何で()()()()()()()()()()()()

 

「フフッ。さあてどうしてでしょう。……なんてね。そんなに悩むことでもないわ。ただうちのスライムちゃんに開けてもらっただけ。看守の役目もあるのなら、いざという時の為に牢を開けることも出来るでしょう?」

 

 いささか強引な論法の気もするが、そういうものなのかと一応納得する。実際外には出ている訳だしな。

 

「……っ!! そうだ。外の角ネズミ達は?」

 

 まだ外には二桁を超える角ネズミ達がいたはずだ。何匹かは外に出ていたウォールスライムに押しとどめられているだろうが、また何匹かこちらに来てもおかしくない。だが、牢の中から辺りを伺ってみるも先ほどの角ネズミの奇声が聞こえない。遠くの方で何やら悲鳴や怒号のような声は聞こえるが、近くにはいないようだ。

 

「スライムちゃん達が頑張ってくれたからね。ここら一帯の安全は確保されたんじゃないかしら。トキヒサちゃんは怪我はない?」

「何とか。それにしてもあの角ネズミ達は何なんでしょうか? やたら攻撃的で話も通じないし」

「そうねぇ。……話すより見た方が早いわね。トキヒサちゃん。ちょっと後ろを見てもらえる?」

 

 俺の疑問に対しイザスタさんはそう返してくる。後ろ? 俺は少し警戒しながら振り向いた。

 

「これは……!?」

 

 そこには………………先ほど散らかった菓子を少しずつキレイに吸収していくウォールスライムの姿が。なんというか床がもうワックスをかけたようにピッカピカになっている。……いや流石にこれじゃないだろう。先ほど倒した角ネズミのことだよな。うん。

 

 気を取りなおして角ネズミの方を見てみると、そこで倒れている角ネズミの身体から、光の粒子のようなものが吹き出している。やがて角ネズミが力尽きて動かなくなると、そのまま全身が光の粒子となって消えていった。そのあとには小さな光る小指の爪サイズの石が落ちている。

 

「これは凶魔といって姿形は千差万別だけど、共通する特徴に真っ赤に充血した眼と身体のどこかにある角。それと異常な程の凶暴性があるわ。これはもうさっき体験したわよねん?」

 

 俺は黙って頷く。確かにあの凶暴性は異常なものだった。生物は本能的に自分の命を守る傾向があるけど、あれにはそれがなかった。常に捨て身で向かってくる奴は恐ろしいものがある。

 

「凶魔は生き物というより、肉体を持った魔力、または現象というのが近いわね。だから傷つけばそこから魔力が漏れ出すし、肉体を維持できなくなったら消滅してしまうわ。核となっている魔石を残してね」

 

 魔石というのはこの光る石のことか。一応拾っておく。待てよ? これどっかで見た記憶が……。

 

「魔石はこの国じゃあ日常的に使われるわ。炊事洗濯に照明器具。燃料としても使われるし、言わば生活の要ね。まぁあまり長いこと放置しておくと、場合によっては凶魔に戻ってしまうこともあるから注意が必要だけど」

 

 なるほど。通りで見覚えがあると思ったらここの照明だ。なんて軽く考えていた俺だが、最後の言葉を聞いてギョッとする。この石をずっと持っていたらまたあの角ネズミになるのか!? というよりこの牢屋の照明もそのうちなるんじゃ!?

 

 俺の考えたことが伝わったのか、イザスタさんは茶目っ気たっぷりに笑いながら首を横に振った。

 

「魔力が貯まりすぎないように定期的に使えばまず凶魔にはならないわ。それこそ少なくとも一年近く放っておくくらいじゃないと。……だからこそこんな所で凶魔が大量に出るなんておかしいのよねん。定期的に確認もしてるはずだし……まあ調べればはっきりするわね」

 

 そう言うとイザスタさんは、牢に背を向けて歩き出そうとする。

 

「ちょ~っとそこまで行って原因を調べてくるわ。どこから出てくるかぐらいは調べておかないとね」

「ちょっ!! 待ってくださいよイザスタさん」

 

 俺は咄嗟にイザスタさんを引き留める。何をいきなりふらっと散歩にでも行くかのように歩き出そうとするんだこの人は!?

 

「なあに? アタシのことならなら心配しないでいいわよ。ちょっとした荒事には慣れてるし、お姉さん結構強いのよ。それにここにいればトキヒサちゃんのことはスライムちゃん達が守ってくれるわ」

「いやそうじゃなくて、俺も一緒に行きます。どのみちこの騒動が終わるまでは出所できそうにないし、さっきのであの角ネズミ……凶魔のことも少しはわかりました。次は何とか戦えます」

 

 実際動き自体ははっきり見えていたし、相手が捨て身で向かってくるのは驚いたが、それもどういう奴か分かっていればやりようはある。

 

「どれだけ数がいるか分からないし、今のネズミ以外の凶魔も出るかも知れないわよ。あんまり沢山いたらお姉さんも周りに気を配れなくなるかも。それでも行くの?」

 

 イザスタさんが心配するのも当然だ。身体のスペック自体はかなり上がっていても、不測の事態はいくらでも起こる。さっきみたいにちょっとした隙を突かれてピンチになることも十分に有り得る話だ。だけど。

 

「それでも行きます。どのみちただここで待っているのは性に合わないし、俺もこんなことになった原因を知りたいですから」

 

 イザスタさんは少し考えて「分かったわ」と苦笑しながら言った。ただし、決して許可なく自分の前に出ないこと。危ないと思ったらすぐに逃げることの二つを約束させられたが。

 

 これから助けてもらう女性を一人危険地帯にやって、自分だけ隠れてるっていうのはマズイだろ。男としても人としても。それにいくらイザスタさんが腕が立つといっても、あれだけの鼠軍団を相手にしたらピンチになるかもしれない。少しでも恩返しが出来ればこれからの関係もより良いものになるはずだ。

 

 そうして俺達は、牢を出て事態の原因究明のために出発したのだった。




 剣も盾もないけど貯金箱(鈍器)はある! 戦闘描写って難しいですね。


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第十七話 内緒話とデートのお誘い

 あわよくばイザスタさんに良いところを見せられるかもしれない。なんてちょっとした下心があった時期もありました。だが現実は。

 

「せいっ!」

 

 飛びかかってきた鼠凶魔を、イザスタさんはアッパー気味の掌打で迎撃する。そのまま吹き飛ばした鼠凶魔を別の相手にぶつけることで連携を崩し、その隙に別の個体に肘打ちをお見舞い。

 

 手刀、膝蹴り、拳打。一撃一撃を繰り出すごとに的確に鼠凶魔の数を減らしていき、遅れて向かってきた一体に華麗とも言えるハイキックを決めて見せる。

 

…………なにこのアクション映画ばりの動き!? どこのカンフーマスター!? 決して目で追えないという訳ではない。何というか時代劇の殺陣を見ているかのように、とにかく動きに無駄がないのだ。一つの行動が全て次の攻撃なり防御なりに繋がっているというか。強いとは聞いていたけどまさかここまでとは。

 

「トキヒサちゃん! そっちに一匹行ったわよ」

「はいっ! このぉぉぉっ!」

 

 イザスタさんとウォールスライムが討ち漏らした鼠凶魔に俺は勢いをつけて貯金箱を叩き込む。およそ五キロはある手提げ金庫型貯金箱が直撃した鼠凶魔は、動かなくなると光の粒子となって消滅し小さな魔石を一つ残した。半ば生き物でないとは言われたが、自分達が倒した命への最低限の礼儀として拾っていく。

 

「そっちは大丈夫? トキヒサちゃん」

 

 時折こちらに確認の声をかけてくれるイザスタさんは、何十という数の鼠凶魔と戦ったのに息が乱れていない。改めて俺との実力差を感じさせられる。

 

「イザスタさんとスライムが大半の相手を引き受けてくれたから何とか」

 

 俺達は鼠凶魔が発生している場所を探るべく、奴等が出てきた方向へ突き進んでいた。前衛はイザスタさんとウォールスライム。俺はそこを突破してきた奴を担当する。

 

 まず物理耐性のあるスライムが壁を造り、一度に向かってくる数を制限。そこを抜けてきた相手をイザスタさんが各個撃破。俺の相手は更にそれを抜けてきた鼠凶魔なのだが、大半はイザスタさんとスライムが倒しているのでせいぜい一匹か二匹くらいだ。

 

 ちなみに同行しているのはうちの牢屋のウォールスライムだ。イザスタさんはともかくとして、俺はまだ厳密に言えば囚人に近い。普通に外にいたら他のウォールスライムに取り押さえられる可能性があった。なのでうちのスライムが同行することで、目的地まで護送するという体を装っている。……実際に鼠凶魔を多く倒しているのは事実なのであながち間違ってはいないが。

 

 イザスタさんの牢屋のウォールスライムは元の所で待機。この監獄は大きな環の形に造られていて、ぐるっと一周出来る構造になっている。出入口は俺が入ってきた所だけだが、万が一反対側の通路からも鼠凶魔が来た時に備えてのものらしい。

 

「きつくなってきたらすぐに言ってね。幸い空いている部屋は沢山有るから適当にお邪魔させてもらうから。もう疲れたって時に襲われるのが一番危ないの。早め早めに休まなきゃ」

「まだまだ余裕ですよ。それにあんまり時間をかけると他の人達が危なそうですし」

 

 ここまで来る途中、囚人達とウォールスライムが協力して鼠凶魔と戦うのを見た。イザスタさんによると、凶魔にも襲う優先順位が有るという。鼠凶魔はスライムよりもヒト種を優先して狙う。スライムは囚人が外に出ようとしない限り侵入者である鼠凶魔を攻撃する。そして囚人側としては、下手に逃げようとして両方を相手取るよりもスライムと協力して鼠凶魔と戦う方が得策な訳だ。

 

 幸い鼠凶魔は凶魔の中では弱い部類らしいので、これまでの所誰も死んでいない。しかし大なり小なり怪我をしている者は多かったし、このまま増え続けたら死人が出かねない。まったく。こちらに来てまだ一週間もたっていないのにこんな物騒な事態になるなんて。こちとら早いとこ金を貯めなきゃならないというのに。

 

「焦っても良いことないわよん。……やっぱり小休止をとりましょ。少しくらいなら問題ないでしょう?」

 

 内心の焦りが顔に出ていたのか、イザスタさんに半ば強引に近くの空き牢に入らされる。囚人が入るまでは鍵は開いているようですんなり入れた。元々中にいたウォールスライムが反応したが、同行しているスライムが触手を伸ばして少し触れるとすぐにおとなしくなる。スライム同士で状況は伝わったらしい。

 

「ふぅ~」

 

 壁に背を預けて一度座り込むと、意図せずして大きく息を吐いた。どうやら知らないうちにかなり疲れていたらしい。異世界での初めての実戦。しかも連戦だ。身体は異世界補正のお陰で軽く疲れただけで済んでいても、精神の方はそうはいかない。

 

「はい。お水よ」

 

 イザスタさんが手渡してくれた革製の水筒をお礼を言って受けとる。一度口をつけると、自分が相当のどが渇いていたことに気が付く。ぐびぐびと身体が欲するままに飲み続け、いつの間にか満タンだった水筒は半分くらいになっていた。

 

「す、すみません。俺ばかりこんなに飲んでしまって」

 

 慌てて水筒を返そうとするが、イザスタさんはどうぞどうぞと笑って受け取ろうとしない。そのまま軽く伸びをして、俺の横に同じように脚をくずして座る。ウォールスライム達は牢の入り口で待機。何か外で起きたら反応できる位置だ。イザスタさんが持っていた菓子を与えると、どちらもすぐに菓子を取り込んでしまった。エネルギーの補充はこちらもしっかりするようだ。

 

「さっき戦っているのを見た感じ、力や素早さは明らかに常人以上なのに戦いかたは素人のそれ。多分実戦は初めてだったりするかなぁって思うんだけど……合ってる?」

「……はい」

 

 イザスタさんの問いに俺は静かに頷く。以前“相棒”と山で三日間遭難した時に野生動物と戦ったことはあるが、その時だってここまでキツくはなかった。一番手強かった熊だって“相棒”がほとんど一人で仕留めたようなものだったしな。

 

「やっぱり! じゃあここから出所して一段落したらちょっと訓練した方が良いわね。大丈夫。アタシも仕事がない時は付き合うから」

「……何から何までありがとうございます」

 

 マズイ。ちょっと泣きそう。なんて良い人なんだ。普通下心があったってここまで親身にはなってくれないぜ。そのまま軽く息を整えているうちに、道中気になっていた疑問をぶつけてみる。

 

「それにしても、うちのスライムはやけに強くないですか? 他の所のスライムに比べて」

「そ~お? …………偶然じゃない?」

 

 イザスタさんはそう言って誤魔化していたが、明らかに他より強い気がする。発生源に向かっている途中幾度となく鼠凶魔に襲われたが、何十という数を一時的にとはいえ押しとどめていたのは間違いないわけで。付け加えると他の牢のウォールスライムを何体か見てきたが、どの個体よりも動きが俊敏だしパワーもある。個体差にしてはその範囲を逸脱しているような。

 

「………………分かったわ。トキヒサちゃんの秘密を聞いたんだもの、こっちも秘密を話さないとフェアじゃないわよね」

 

 俺が不思議に思っているのが分かったのだろう。イザスタさんは少し困った顔をしながらポツリポツリと話してくれた。

 

いわく、彼女は自分が牢に入ってから毎日、自分の牢と隣の牢、つまりは俺の牢のスライムに自分の血を少しずつ賄賂として与えていたという。彼女の血はスライムにとってとても栄養があるらしく、うちのスライムが強くなったのは毎日血を飲んでいたかららしい。

 

「賄賂って、毎日血を出して大丈夫なんですか!? 貧血とか色々とまずいんじゃ? というよりなんでまたそんなことを?」

「血といっても一日に数滴くらいのものだから心配ないわ。賄賂の理由は元々監獄内の情報集めのため。といっても最近はアタシやトキヒサちゃんのことを他の人に報告しないでってことも加えているけど。夜中にゴソゴソするのはあまり知られたくないものね。……お互いに」

 

 あちゃ~。夜中にゴソゴソって言い方が引っかかるけど、俺がアンリエッタと話してることもこりゃばれてるよ。お互いにってことはイザスタさんも夜中に何かしていたのかね? まあ今は別にいいけど。

 

「え~っと、つまりは俺が夜中に話していたことはイザスタさん以外にはばれていないってことですかね?」

「そういうこと! 当たり障りのない報告のみしてもらっているわ。もっとも、元々あまり報告が得意な方じゃないからあんまり変わらないかもしれないけど」

 

 助かった。いや、別にこれがもとで何か陰謀とか騒動に巻き込まれるとかを心配していた訳じゃない。スライムが、コイツは毎夜毎夜何かブツブツ言っている危ないやつって報告していたらどうしようと、ちょっと不安だったんだ。内緒にしてくれるならその心配はないな。

 

 俺がそう安堵していると、イザスタさんがじ~っとこちらを見てくる。な、何でしょうか? そんなに見つめられると恥ずかしいんですけど。

 

「…………トキヒサちゃんは聞かないの? アタシの血のこととか、なんでこんな体質になったのかとか?」

 

 そのことか。何か付いているんじゃないかとついつい顔を触ってしまった。イザスタさんの方を見ると、普段よりも真面目な表情をしている。なのでこちらも襟を正して出来るだけ真摯に話すことにした。

 

「う~ん。なんとなく聞いちゃマズイかなぁと思って。ほらっ。イザスタさんって結構おしゃべりな方じゃないですか。だけど話さない一線はきっちりわきまえているっていうか。ここまで話さなかったのはあんまり話したくない話題だからじゃないかって思ったんです。さっきのことは俺の秘密を知ったからその分話してくれたって感じだったし、それじゃあ今は聞く時じゃないなって」

 

 俺の言葉を聞いてどう思ったのか、彼女は「そう……」と言って少しだけ瞑目する。俺もそのまま口を閉じ、そのまま一分くらい沈黙が続いた。そして、軽く息を吐きだすと、彼女はどこか昔を懐かしむように目を細めながら話し始めた。

 

「これは以前色々あって手に入れた……というか、こうなっちゃったというか、そんなスキルなんだけどね。この血の事を知った人は大抵は怖がるか利用しようとしたわ。こう言ってはなんだけどこのスキルは結構アレだから」

 

 だろうな。スライムとか限定で言えばメチャクチャ有用なスキルだ。加えて昨日見せてもらったスライムの気持ちが分かるスキルを併用すれば、スライムを手懐けまくって一大軍団を結成するとか出来そうだ。

 

 この世界ではスライムは雑魚じゃなくてかなり厄介なモンスターらしいし、それを更に強化できるとすれば脅威だ。一個人でそれが出来るってだけで怖がられるのもなんとなく分かる。

 

「どちらでもない人もいたけど、それほど多くはなかったわね。やっぱり怖がられるのも利用されるのも面倒だから、人にはあんまり話さないようにしてるの。だからトキヒサちゃんも内緒ね!」

 

 自分の口に指を当てておどけたような顔で笑うイザスタさん。人の秘密を勝手にばらすなんてことはしませんとも。それがその人にとっての大事なことであれば尚更だ。俺は彼女に絶対に言わないと約束する。

 

「……ありがとね。トキヒサちゃん。さあて、そろそろ休憩も終わりにして先に進みましょうか」

「そうですね。だいぶ話し込んでしまったから急がないと」

 

 なんだかんだで十分くらい休んでしまった。だけど休みながらイザスタさんのことが聞けたのは大きなプラスだ。俺達は牢の外へ注意しながら出る。

 

「それにしても、これでアタシとトキヒサちゃんはお互いの秘密を知る深~い仲になったのよねん。出所したらデートでもしましょうか。うふふふふ」

 

 何故だろう? この言葉を聞くとなんだか一瞬背筋がゾワッとした。何というか肉食獣にロックオンされた小動物の気分というか。……うん。気のせいだよな。

 

 俺は軽く頭を振って気合を入れなおすと、再び鼠凶魔の発生源の探索に向かった。と言っても直ぐにイザスタさんとウォールスライムが先頭に戻ったのだが。なんか情けない。




 悲報。時久色んな意味でロックオンされる! まあ同行を選んだ時点でいずれはこうなる予定でしたが。



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第十八話 怪しい二人

 それからしばらく探索を続け、何度鼠凶魔と戦ったか数えるのも面倒になってきた頃。

 

「どうやらここが発生源みたいね」

 

 俺達は一つの牢に辿り着いた。そこは牢獄の中でも最奥に近い場所。牢獄の入り口のほぼ真反対側に位置する牢だった。ヒト種以外、それも巨人種等の大きな種族用の特注の牢。普通の牢の数倍の広さを有し、もはやちょっとした広場とも言えるその奥に鼠凶魔の発生源はあった。……いや、()()と言うべきか。

 

「何だ? あれ?」

 

 そこの壁際に一人の巨人種の男が倒れていた。粗末な布の服とズボンのみの服装だが、身長は少なく見積もって二メートル半ば。肩幅もがっしりしていて、小山のようなという言葉がよく似合う。

 

 これでも巨人種の中では小柄な部類だというから驚きだ。イザスタさんが言うには、以前仕事中に見た巨人種は自分の軽く倍くらいの背があったという。長身のイザスタさんのさらに倍って、巨人種どれだけでかいんだよ。……羨ましくなんかないぞ。

 

 だが問題はそこじゃない。問題なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……凶魔ってあんな風に産まれるんでしたっけ?」

「……いいえ。凶魔は魔石が周囲の魔素を過剰に溜めこむことで発生する現象に近いモノだから、あんな風に産まれることなんてないはず。それにあれはどう見ても男でしょ」

 

 どこか論点がずれている気もするが、イザスタさんもそれだけ目の前の光景に唖然としているのだろう。倒れている男の周囲には出てきた鼠凶魔が数匹ウロウロしているが、俺達に気づくと当然襲い掛かってきた。それはイザスタさんとスライムが迎撃し、瞬く間に倒して牢の中を伺う。……どうやらひとまず他にはいないようだ。

 

「とにかく近くまで行ってみましょう。牢の外からじゃこれ以上は何とも言えないわ」

「そうですね」

 

 イザスタさんは連れてきたウォールスライムに頼んで、牢の鍵を開けてもらい中に入る。俺も続けて中へ。……そういえばここのスライムはどうしたのだろうか? でかい種族用の牢なのだから当然スライムもそれを抑えられるだけの奴がいるはずだが? そう思いながら男に駆け寄ろうとしたその時、

 

「っ!? トキヒサちゃんっ!! 退がって!!」

 

 イザスタさんのその言葉とほぼ同時に、前方から凄まじい突風が吹き寄せる。急だったので踏ん張ることも出来ず、俺はそのまま牢の入り口の格子に吹き飛ばされる。幸いウォールスライムがクッションになってくれたのでダメージは少ない。イザスタさんは素早く気づいて耐えたみたいでそのままだ。それにしても突風? 牢の中で?

 

 

 

 

「おやおや。念のために様子を見に来てみれば、思わぬ邪魔者がいるようですね」

 

 そこに現れたのは奇妙な風体の二人だった。両者とも全身を黒いローブで覆い、顔もフードですっぽりと隠れていて人相はよく分からない。背丈は片方はイザスタさんよりやや高いくらい、もう片方は俺と同じか少し小さいくらいだ。二人は巨人種の男と俺たちの間に割り込むように立っている。

 

 いや。それよりもだ。こいつらは何処から現れた? さっき牢を外から見たときには見当たらなかったし、仮に見落としていたとしてもあの鼠軍団がほっとかないだろうに。

 

「その口ぶりからすると、あなた達がこの騒動を仕掛けたということでいいのかしら?」

「ご名答。その通りですよそこの方」

 

 イザスタさんの問いに、どこか小馬鹿にした様子で背の高い方の黒フードが進み出て話す。……何かコイツ腹立つな。どこがと言われると答えづらいんだがなんとなく。雰囲気的に。

 

「そう。それじゃあもう一つ。ここにいたスライムちゃんはどうしたの?」

「あぁそれですか。確かに巨人種用に何体かいましたね。そんなモノが。それなら、そこの隅にまだ残っていますよ。グチャグチャの残骸ですがねぇ」

 

 そう言って黒フードがちらりと部屋の隅を見る。その視線を追うとそこには、核の部分を完全に砕かれたウォールスライムであろう物体が広がっていた。あろうというのは、損傷が激しすぎて散らばっているからだ。その無残な姿に、俺は少しだけ見るのに躊躇した。イザスタさんも顔色を変えるが、すぐに普段の落ち着きを取り戻す。

 

「……そこに倒れている巨人種の人。お腹の辺りから凶魔が出てきてるのは、おそらく空属性の応用でしょ? 凶魔を産み出しているんじゃなくて、凶魔のいる何処かとゲートを繋いでいる。それでお腹の部分には、多分ゲート用に調整した魔法陣が仕込まれている。違う?」

 

 イザスタさんは二人の後ろにいる巨人種の男を指さしながらさらに問いかける。

 

 空属性とはイザスタさんの魔法講義で出てきた特殊属性の一つだ。魔法は基本的に土水火風光の五属性から成る。この世界の人は大半がこのどれかの魔法適正があるのだが、これに当てはまらないのが種族魔法と特殊魔法だ。種族魔法はそのままその種族特有のもの。特殊魔法は言わばこれら以外の全ての属性を指す。

 

 空属性は読んでそのまま空間を操る魔法。別空間に物を収納したり、自分や他人を別の場所に移動させたり、離れた場所と場所を繋げたり出来るらしい。普通は触れた相手しか移動できないらしいけど、道具を併用することでそれ以上のことも可能になるという。

 

「……クフッ。クフフフフ。いやいや失礼。初見でそこまで見破るとは大したものです。実に慧眼と言えますよ」

 

 黒フードは不気味な笑い声をあげながら拍手で称える。だがその仕草はどこかおざなりで、称えるというよりも相手をからかっているような感じだ。イザスタさんもそう感じたのだろう。いつもよりほんの少しピリピリした態度で続ける。

 

「魔法封じの仕掛けの中でここまで出来るってのは凄いと思うけど、種さえ分かれば対処法はあるわ。軽く別の魔力をぶつけて流れを乱してやれば、それだけで魔法陣は制御を失って自壊を始める。だけどそれは出来ればやりたくないのよねぇ。慎重にいかないと倒れている人に被害が行きかねないし」

 

 そう言うとイザスタさんは、どこか凄みのある笑顔でにっこりと黒フード達に笑いかけた。

 

「お願いだからこんなことやめてくれない? まだお姉さんが話し合いで解決しようとしているうちに」

 

 怖っ!? 一瞬イザスタさんの後ろに何か見えた。般若か阿修羅か知らないけどそういう類のやつ。笑顔なのがまた非常に怖い。俺に向けられたものじゃないのに背中に冷や汗がたらりと流れる。

 

「いえいえ。我々も仕込みにはそれなりに手間も金もかけていますのでね、はいそうですかと止める訳にもいかないのですよ。それに、まだ肝心のゲストが来ていないですからね」

 

 その笑顔を向けられても黒フードは慇懃無礼な態度を崩さず、まるでサーカスのピエロのようにあえて大袈裟に両手を広げて断る。

 

「あらそう。じゃあ…………お仕置きが必要ね。あなた達が自分から魔法を止めたくなるまで」

 

 そう言うとイザスタさんは軽く構えをとる。パッと見は自然体。だがそこから繰り出される体術の凄さはここまでの道中で見たからよく知っている。

 

「正直お姉さん頭にきてるのよね~。折角これから出所して、お仕事をきちっと済ませたらトキヒサちゃんと一緒に甘いデートを楽しもうとしていたのに。この騒動のせいで台無しよ。おまけに職務に励んでいたスライムちゃんをこんな目に。という訳で覚悟しなさい!!」

「デート云々は置いといて、俺も同じ気持ちです」

 

 俺もイザスタさんの横に立って構える。普通に動くにも、貯金箱を取り出して構えるも両方できる体勢だ。何やら横から「デートは置いとかないでね」等と聞こえてきたが今はそれどころではないのでスルーする。

 

「お前らのせいでどれだけの人がひどい目にあったか分かってんのか!? 怪我をした人は大勢いたし、俺達が見た中にはいなかったけど、もしかしたら死人が出ているかも知れないんだぞ!?」

「ふんっ。どうせここにいるのは罪人ばかり。一人二人、あるいは全て死んだとて何の問題が? むしろ我々の計画に役立つのです。感謝してほしいくらいですねぇ」

 

 俺の問いかけにこの黒フードはそんなことを平然と言ってのける。……この野郎。本気で言ってるのか?

 

「……お前達にどんな御大層な計画だか思惑があるかは知らないよ。知りたくもない。けどな、人を傷つけるのを平然と認めるようなものが、良いもんな訳ないだろがっ!!」

 

 俺は黒フードに向かって走り出した。いけねっ! イザスタさんに前に出るなって言われてたんだった。だけど止まらない。止まる気もない。あの野郎に一発食らわせてやる。

 

 黒フードはフッと嘲笑うかのように、ローブからナイフを取り出して構える。刃物!? 凶器に一瞬だけビビるが、考えてみればこれまでの鼠凶魔の角だって似たようなものだった。要するに当たらなければ良いのだ。

 

 俺はそのままぶん殴るのを変更し、素早く貯金箱を出現させて取っ手を握りしめる。全力で走る勢いを加えて大きく振りかぶり、ナイフごとブチ当ててやろうという考えだ。だがあと数歩と近づいたところで、

 

「……“強風(ハイウィンド)”」

「うおっ!?」

 

 これまでのっぽの後ろで一言も喋らなかった小さい方の黒フードが初めて喋ったと思ったら、突如そっちからさっきと同じく突風が吹き荒れる。風使いはそっちか!

 

 これはイザスタさんの魔法講座で勉強したことだが、基本属性と特殊属性はまず両立しない。生まれつきの適性が特殊属性のどれかであれば、その人は基本属性を持つことが出来ない。その逆も然りだ。何らかのスキルや加護で例外的に持ち合わせる者もいるらしいが、その確率はとても低い。

 

 さっきのイザスタさんと相手の会話から、この黒フードのどちらかが空属性を持っている可能性は高い。そしてここに入った時の突風。あれは風属性の魔法だとすれば、つまりもう片方は風魔法の使い手。

 

 それなら当然俺が殴り掛かれば、どちらかが使ってくるのは予想できた。予想できたのだが、これを受けて俺の身体はほんの僅かに傾く。来ると分かっていても、予想より風の威力が強かったのだ。

 

「死になさい。おチビさん」

 

 のっぽの黒フードが風で体勢の崩れた俺に向かってカウンターでナイフを繰り出してくる。その軌道はまっすぐ俺の心臓を狙っていて、そのままグッサリと…………行くはずだった。俺一人ならな。

 

「“水球(ウォーターボール)”」

「……むっ!?」

 

 イザスタさんの放った水玉がのっぽの手に直撃し、ナイフを弾き飛ばしたのだ。カランと音を立てて転がるナイフ。のっぽが次の物を取り出すまで僅か数秒。すぐに次の手を打てるだけの実戦か訓練を得てきたのだろう。その動きはとてもスムーズだ。だが、その数秒だけで十分だった。

 

「うるああぁぁぁっ!!」

 

 体勢は崩れていたが、俺はむりやりに貯金箱を軸にして身体を回転させる。やったことはないが、ハンマー投げの選手のスイングを思い浮かべる。そのまま転がるように貯金箱を振り回し、ナイフを取り出したのっぽに向けてぶん投げた。

 

 のっぽは咄嗟にナイフを突き出してガードしようとするが、何せ途中まで全速力で走っていた俺が、体勢を崩しながらもそのまま放り投げた貯金箱だ。それなりの速度が乗っているうえに元々の重さもある。貯金箱はナイフをへし折り、勢いを落とさずにのっぽの胸部に直撃した。

 

「ぐふっ!?」

 

 のっぽはそのまま仰向けに倒れこむ。ざまあみろ。あと誰がチビだこの野郎。俺はのっぽに向けて不敵に笑って見せる。決まった…………俺が受け身を取り損ねて床に転がってなければもっと良かったんだが、贅沢は言えないな。




 何やら怪しい黒フード二人。という訳で、ここから本格的なバトル開始です! 


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第十九話 足手まといにはなりたくない

「大丈夫? トキヒサちゃん?」

「……すいません。前に出ちゃいました。でも、一発かましてやりましたよ」

 

 イザスタさんが差し伸べてくれた手を取り、俺は立ち上がりながら謝る。あいつに一撃食らわせたことは後悔してないが、約束を破ってしまったのは少し申し訳ないからな。

 

「もう。無茶しないでよねん。……でも、さっきのセリフはちょっと格好良かったわよ。ガンバレ男の子って感じで、お姉さんちょっと手助けしたくなっちゃった」

 

 イザスタさんは苦笑交じりに言う。手助けとはさっきの水玉の援護のことだろう。あれがなかったら多分刺されてた。我ながらカッとなると後先考えずに動くのは悪い癖だ。これまでもよく陽菜や“相棒”に注意されていたが中々治らない。

 

「……でも、ここからはアタシの出番みたいね」

 

 俺を立たせてくれると、イザスタさんは黒フードの二人に向けて鋭い視線を向けた。黒フードの方はというと、貯金箱を食らった方はもう起き上がろうとしていて、小柄な方は俺に風魔法を使ったきり動きがない。味方が強烈な一発を食らったというのに動きがないのは逆に不気味だ。

 

「クフッ。よくも……よくもやってくれましたねえ」

 

 ゆらりと起き上がったのっぽの方が、怨嗟の声をぶつけてくる。あれをまともに食らってすぐに起き上がってくるとは意外とタフだな。俺だったらしばらく悶絶して動けないレベルだけど。

 

「いやいや。今のは効きましたよ。あなたも空属性持ちとは驚きました」

 

 空属性? のっぽのセリフに一瞬首を傾げるが、すぐに向こうの勘違いに気づく。あいつ俺が貯金箱を出したのを見て空属性と勘違いしてるな。実際は自分の属性もまだ分かってないんだけど、別にご丁寧に教えてやることもないのでそのままにしておく。

 

「別にここで適当にあしらって追い払っても良かったのですが、気が変わりました。私と同じ空属性。万が一ということもありますし、ここで始末しておいた方が良さそうですね」

 

 あののっぽこっちを見て何か怖いことブツブツ言ってる。すると、突然のっぽの姿が視界から消えた。っ!? どこだ? まるで瞬間移動でもしたみたいな…………はっ!!

 

 俺がそれに気づいて振り返った時、そこにはのっぽの黒フードがすでに両手にナイフを構えていた。一体何本ナイフを仕込んでるんだコイツは?

 

 しまった。空属性は自分を移動させることが出来るってイザスタさんが言っていたのに、瞬間移動がどんなものかピンと来なくて頭から抜けてた。

 

「危ないっ!!」

 

 一瞬早く気付いていたイザスタさんが俺を突き飛ばす。そこをナイフが襲い掛かり、イザスタさんの頬の薄皮一枚を切り裂いて通過していく。

 

 だが、ナイフを振り切ったその隙を突いて彼女は反撃に転じた。ひゅんと風切り音を立てて繰り出される強烈な回し蹴り。直撃コースだったそれを、のっぽは再びの瞬間移動で回避。後方五メートル程に移動すると、そのまま両手に持っていたナイフをこちらに向けて投げつけてくる。

 

「おわっ!?」

 

 俺は咄嗟に貯金箱を手元に出してナイフを弾く。イザスタさんの方は……流石だ。軽くステップを踏んで躱している。

 

「やっぱり空属性は厄介ね。こっちがちょ~っと目を離したら姿を消したり、一撃が決まったと思ったら躱されたりするんだもの」

「……ただの邪魔者かと思っていたら以外にやりますねぇ。忌々しいことに。以前にも空属性との戦いに経験が?」

「まあそんなところね」

 

 二人は互いに構えながら言葉を交わす。まいったな。俺は傍から見ているのだが、二人とも動きが尋常ではない。俺が何とか反応出来ているのはアンリエッタからもらった加護のおかげだろう。さっきのナイフだって貯金箱で弾けたのは半ば偶然みたいなもんだ。あののっぽに一撃食らわせられたのは、どうやら向こうが相当油断していたかららしい。

 

 ……俺、役に立つどころかこのままでは足手まといだ。そう歯噛みしていると、イザスタさんがこう切り出した。

 

「空属性の弱点はその魔力消費量の多さ。移動距離や人数によってその消費量は大きく変わるけど、長期戦には向かないはず。このまま戦い続けたら不利なんじゃな~い?」

「確かに、あなたの言う通り長期戦は不利ですねぇ。実を言うと、私は今日仕込みのために既に何度か跳んでいましてね。あと何度か使えばそろそろ休息が必要な具合になるでしょう」

 

 イザスタさんのカマかけに、何とのっぽの黒フードは素直に自分の不利を認めた。更には自分の情報までさらけ出したのだ。だが、それなのに奴はまったく動じなかった。むしろ言葉には熱が入り、その口ぶりの端々から僅かな狂気が垣間見える。

 

「しかしもう計画は止まらないぃ。仕込みは済ませ、あと必要なのはたった少しの時間だけ。その時間邪魔さえ入らなければそれで良いのですよぉ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

“風刃”(ウィンドカッター)

 

 のっぽの言葉が終わると同時に、ここまで動きを見せなかったもう一人が何かを呟いた。イザスタさんはそれに気づいて素早くバックステップ。すると、一拍おいて彼女が立っていた床が突然ひび割れた。いや、何か刃物のようなもので切り裂かれたというべきか。あれは風の魔法でお約束の真空の刃というやつか?

 

「あらら。二対一? 良いわよ。お姉さんもちょっと気合を入れなきゃだけど」

「いえいえ。二対一だなんてまさか。……もう少しいますとも」

 

 イザスタさんの軽口に、のっぽはそう答えた。……もう少し? それはどういうことかと一瞬考えると、すぐにその答えが目の前に現れた。

 

「キシャァァァ」

「鼠凶魔!? まだ残ってたの!?」

 

 鼠凶魔が一体、猛然とイザスタさんに飛びかかっていく。だが一体なら別にどうということもなく、あっさりと迎撃される。しかし、

 

「このっ! 次から次へと」

 

 見れば、倒れている巨人種の男に開いたゲートから再び鼠凶魔達が出現し始めている。しかし奇妙なことに、それらは近くにいる黒フード達には目もくれず、イザスタさんや俺を狙って突撃してくる。

 

「クフッ。クフフフフ。そらそらどうしましたぁ? 私はもうそんなには魔法は使えませんよ。長期戦になったら不利ですとも。かかってこないんですかぁ? ただし、まだまだ凶魔はいますけどねぇ。クハハハハ」

 

 こののっぽめ。その笑い方腹立つんだよっ! 俺も寄ってくる鼠凶魔達を何とか撃退しているのだが、数が多くて一向に減る気配がない。牢の外に出ようとしている鼠凶魔はウォールスライムが食い止めているが、このままではいつ耐えられなくなるか分からない。

 

 そしてイザスタさんはと言うと、的確に鼠凶魔を倒し続けているが減る数と増援の数が拮抗している状況だ。それに鼠凶魔だけならまだしも、小さい方の黒フードも時折風の魔法を使ってくるので動きが制限されている。のっぽの方は余裕の表れか動かないが、この状態はとてもマズイ。

 

「おかしいわね。凶魔が人に従うなんて聞いたことないんだけど」

「クフッ。別におかしなことはありませんよ。凶魔達はただ優先度の高い順に襲い掛かっているだけですとも。襲いやすい順にね」

「……なるほど。凶魔避けのアイテムね」

 

 戦いながら二人の話を聞くに、この黒フード達は凶魔が嫌う香りを放つ道具を身に着けているので、自然と凶魔達が避けて別の人を狙うという。と言っても強い凶魔には効き目が悪いらしいが。

 

「さあて、お喋りしていて良いのですかぁ?」

“風刃”(ウィンドカッター)

「っ!!」

「イザスタさんっ!!」

 

 黒フードの放った風魔法が、まとわりついていた鼠凶魔ごとイザスタさんを襲う。風魔法に気づいたイザスタさんは躱そうとするが、急に途中でガクリと動きが鈍った。それでも強引に回避行動を取ろうとするが、鼠凶魔が邪魔で躱しきれない。

 

 鼠凶魔を両断する風の刃。上がる血飛沫。一瞬の後に飛びずさったイザスタさんの左腕からは、ぽたぽたと血が垂れている。腕が上がっていることから神経までは傷ついてはいないようだが、傷ついた腕を押さえながらイザスタさんは片膝をついた。

 

「おやおや、や~っと効いてきたようですね。特製ナイフの麻痺毒の味は如何です? 本来なら掠っただけで即座に効いてくるのですが、予想より効くのが遅いので少し焦りましたよ」

 

 毒? それを聞いて、さっきイザスタさんが俺を庇ってナイフが掠ったことを思い出す。もしかしてあれか? あのナイフに毒が仕込まれていたのか? イザスタさんは膝をついたまま動かない。

 

「もうそろそろ終わりのようですね。あなた達は実に……実によく頑張りましたぁ。ですがもう終わり。健闘空しくここで倒れるのでぇす。クハハハハ」

 

 のっぽも一気に自分達が有利になったのが分かったのだろう。余裕たっぷりに自分からイザスタさんの方に近づいていく。ウォールスライムも鼠軍団が外に出ようとするのを押しとどめるので手一杯で助けに入れない。

 

「どけよ…………どけえぇぇ」

 

 俺はイザスタさんが傷ついたのを見て遮二無二走り出した。

 

 なんてこった。俺のせいじゃないか。イザスタさんが毒を受けたのは俺を庇ってのことだ。自分への怒りで胸が熱くなる。最初から彼女は言ってたじゃないか。俺は自分の牢で待っていろって。それを半ばむりやりについてきた結果がこれだ。

 

 寄ってくるネズ公達を貯金箱を振り回して牽制しながら、何とかイザスタさんの傍に駆け寄る。だが一歩遅く、のっぽの黒フードは止めを刺そうとナイフを振り下ろした。

 

「そぉら」

 

 迫りくる必殺の刃。だが、それこそが彼女が待っていた瞬間だった。

 

「……はあぁぁっ!」

 

 膝をついて苦しそうにしていたイザスタさんは、降り下ろされたナイフを血塗れの左腕で払いのけ、がら空きになった胴体に渾身の掌打を叩き込んだ。それにより一瞬浮き上がった身体に、追撃の蹴りをお見舞いする。

 

「ごふぁっ」

 

 その威力ときたら、進行方向にいた鼠凶魔数匹を巻き込んで、のっぽを反対側の壁まで吹き飛ばすほどだ。これにより巨人種の男、つまりは鼠凶魔の発生源までの道が一時的にこじ開けられる。壁に激突したのっぽはピクリとも……いや、かすかに動いているから死んではいないようだ。

 

「内臓に良いのが決まったから、これならしばらくは動けないでしょ。今のうちにまずはこの凶魔達が出てくるのを止めないとねん」

 

 駆け寄った俺に対して、イザスタさんはスッと何事もなく立ち上がって言う。その姿はとても今まで毒を受けて苦しんでいたとは思えない程で……。

 

「イザスタさんっ! 毒は? 毒は大丈夫なんですかっ!? それにさっきの風魔法で腕をっ」

「あぁあれ。……実はその、最初から毒なんか受けていなかったっていうか……かかったフリして相手が油断するのを待っていたというか……。腕も血は派手に出てたけど大したことはなくて」

 

 そう自分の頬をポリポリと掻きながら、少しだけ申し訳なさそうに言うイザスタさん。毒を受けていなかった? でもあののっぽはナイフに麻痺毒がどうとかって。

 

「それは…………っと。もうその手は食わないわよっ」

 

 話の途中で、イザスタさんは落ちていたナイフを拾って俺の後ろに投擲する。慌てて後ろを向くと、小さい方の黒フードがふわりと飛びのいてナイフを避けていた。アイツめ。さっきみたいにまとめて風で攻撃しようとしたな。

 

「……イザスタさん。あいつは俺が食い止めますから、その間に早く鼠の元を断ってください」

 

 これ以上、足を引っ張ってばかりはいられない。男には意地でもやらなきゃいけない時があるのだ。……かなりきつそうだけどな。




 男には、やらなきゃならない時がある。……イザスタさんだけでも何とかなりそうな気もしますけどね。

 次回時久は良いところを見せることが出来るのか? 乞うご期待。

 


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第二十話 フードの下は……

「俺が倒れてる人の所に行っても出来ることないですから。だからイザスタさん。行ってください」

 

 俺は向かっていこうとするイザスタさんを手で制しながら言った。もう片方の手には、すっかり武器として使われている感のある貯金箱を構えて。

 

 イザスタさんはのっぽとの戦いの前に、仕込まれた魔法陣は別の魔力をぶつければ自壊すると言っていた。どのみち俺はやり方を知らないのだから行っても何もできない。ならイザスタさんが行って元を断つ間、邪魔されないようにするのが得策だろう。

 

「でも大丈夫? あっちも見た限り結構強そうよ。ここでは魔法は多少制限されるけど、それでもさっきみたいなモノが直撃したら命にかかわるかも」

 

 イザスタさんは俺を心配してそう言ってくれるが、ここで動かなかったら何のためについてきたのか分からない。本当にただの足手まといになってしまう。

 

「時間を稼ぐくらいなら多分いけます。魔法はさっき見たから何とか躱せそうですしね。それに……これから一緒に行く仲間としては、格好いい所の一つも見せておかなきゃいけませんから」

「トキヒサちゃん…………」

 

 相手を警戒しながらなので彼女に背を向けたまま話す。顔が見えないからどんな表情なのかは分からない。生意気なとばかりに思っているのか、それともまだ心配そうな顔なのか。

 

 俺は敢えてそれを確認せず、小柄な方の黒フードに向かって歩き出す。だって……下手に格好つけたから今頃気恥ずかしくなってきたんだよっ!!

 

「っ!? すぐ終わらせて戻るからね」

 

 背中越しにそんな言葉を聞きながら俺は走る。振り向かずとも彼女も走り出しているのが目に浮かぶ。あとは、彼女がこの事態を収めるまで目の前の相手を止めるだけだ。

 

「立場が逆になったな。イザスタさんが鼠を止めるまで邪魔させないぞ」

 

 周囲の鼠凶魔はさっきの一撃でそれなりに数が減り、残りは前に出たウォールスライムが押さえてくれている。のっぽの奴はしばらく動けない。あとはコイツだけだ。俺は目の前の小柄な黒フードに指をクイクイっと曲げて挑発する。と言ってもコイツの顔は口元くらいしか見えないし、ほとんど喋らないからイマイチ効いてるのか分からない。

 

「…………“強風(ハイウィンド)”」

「うおっ!?」

 

 コイツはいきなり最初に食らった風魔法を使ってきた。話し合う気もなしかよ。突風が俺に向かって吹き寄せる。だが、同じ手は二度は食わないとも。俺は前傾姿勢を取って踏ん張り、じりじりと距離を詰めていく。

 

 これまでの奴の動きから察するに、肉弾戦よりも風魔法で距離を取って戦うタイプと見た。こっちも漫画やライトノベルでこういう奴の対処法は知っている。すなわち、何とか近づいてぶっ飛ばすのみっ! 脳筋な考え方だと思われるかも知れないが、実際これが意外に有効なのだ。

 

「こ、こなくそ~」

 

 じりじりと進む俺に対し、向こうは風を放ちながら少しずつ後退る。俺が一歩進めば、向こうも一歩下がるといった具合だ。距離を保つつもりだろうがこっちとしては好都合。時間が経てばイザスタさんがこの事態を何とかしてくれる。最悪勝てなくても追い込んでいれば良いのだ。だが、やはりそう簡単にはいかないのがお約束か。

 

“風刃”(ウィンドカッター)

 

 目には見えないが、何かが飛んでくる気がして咄嗟に貯金箱を目の前にかざす。すると貯金箱に何かが当たったような衝撃が、そして右足に鋭い痛みが走った。見れば膝の部分に切れ目が入り、うっすらと血が滲んでいる。コイツは“強風(ハイウィンド)”を使いながら、もう一つ魔法を使ってきたのだ。二つ同時に使えるなんて聞いてないぞ。

 

 内心で悪態を吐くが、突風で機敏に動けない状態でこれはキツイ。このままでは良い的だ。実際どんどん見えない刃が飛んできて、貯金箱でカバーしていない所に傷を増やしていく。

 

 幸いなのは一撃の威力は大したことないようで、軽く刃物で切ったくらいの傷しか負っていないという点。むしろ服がスパスパ切れていくのが痛い。おのれ俺の一張羅をっ。美女の服ならともかく俺の服など誰得だと言うんだ。

 

「このおぉぉっ」

 

 このまま時間を稼いでも良さそうだが、コイツにも一発食らわさないと腹の虫が収まらない。俺は多少の傷を覚悟の上で貯金箱を掲げながら突撃した。どんどん身体と服に傷が増えていくが気にしない。しないったらしない。傷だらけになりながらも奴の間近まで近づいて拳を握りしめる。

 

「……“風壁”(ウィンドウォール)

 

 いきなり横殴りの風が収まったかと思うと、今度は真上から猛烈な風が吹き下ろしてきた。ウォールというくらいだから壁か? ちょうど殴る前のタメをしていたところに急に風の方向が変わったため、反応が遅れて一瞬体勢が崩れる。

 

 そこにさっきの横のベクトルにまた変更すれば結果はお察しだろう。俺はまた入り口の方に吹っ飛ばされた。このままではイザスタさんの邪魔をされかねない。だが、

 

「そうはさせるかっての!!」

 

 俺は飛ばされながらも貯金箱を操作し、俺の飛ばされる方向にイザスタさんのクッションを出現させた。これは今日の朝、ディラン看守を待っている間に発見したのだが、一度換金したものを再び取り出す場合出現場所をある程度決められるのだ。

 

 例えば、自分の目の前ではなく周囲のどこかといった具合に。試しに軽く検証したところ、自身の半径五メートル以内であればどこでも出せる。下は試せなかったが、上空にも出せるようなので意外に便利だ。

 

 そしてこのクッションは凄まじい弾力性を誇る。イザスタさんも「一度試しにダイブしたら、そのまま跳ね返ってぼよんぼよん跳ね続けていたわ」なんて笑いながら言っていたほどの弾力がある品だ。

 

 ちなみに俺も看守を待っている間にちょっと使わせてもらった。結果は…………少し勢いをつけすぎて天井にぶつかった。だが今回はその弾力性が役に立つ。

 

 俺はそのまま入り口に激突し、クッションの反発を利用して再び黒フードに向かって跳ね返っていった。気分は横向きのバンジージャンプだな。本来なら相当なGがかかって意識が朦朧としそうなものだが、やはりアンリエッタの加護が効いているらしく何とか耐えられた。

 

「っ!? “風壁”(ウィンドウォール)。“強風(ハイウィンド)”」

 

 俺が再び猛烈な勢いで向かってくるのに気付いた黒フードは、慌ててさっきと同じように二種類のベクトルの違う風を吹き荒らさせる。これならまた俺を近寄らせないことが出来ると踏んでのことだろう。だが甘いな。その手口はさっき見たぜ。

 

「もういっちょぉぉ」

 

 俺は再び貯金箱を操作してあるものを奴の目の前に出現させる。それは、イザスタさんの牢屋で換金した本棚である。あえて黒フードに向かって倒れこむように出したそれは、中身が入っていないのでこの突風に長くは耐えられないだろう。だが一瞬の目くらましにはなる。

 

 一瞬後に風で飛ばされてしまう本棚。奴はそのままの勢いで俺を吹き飛ばそうとするが、俺の姿はそこにはない。見失っただろ。どこだと思う?

 

「上からだこんにゃろう!」

 

 わざわざ斜めに角度を付けて出現させた本棚。その狙いは奴を一瞬目隠しすることと、俺の走る足場を作るため。俺は突撃する勢いを緩めずに、そのまま本棚を駆け上がっていたのだ。俺は黒フードの真上に飛び上がっていた。

 

 普通ならこのまま奴の頭上を飛び越えてしまう勢い。だが、今のコイツは真下に吹き下ろす強力な風の壁を張っている。つまりそれにわざと引っかかることで、勝手にコイツの方に引き寄せられるって訳だ。

 

 急激に身体が下方向へ引っ張られるのを利用して、片足をピンと伸ばした体勢をとる。よし。今こそ一度やってみたかったあの技を試す時。

 

「喰らえ。今必殺の、ラ○ダーキィィック!!」

「くっ!?」

 

 俺の必殺キックが直撃する直前、コイツの身体が急激に後ろに後退した。どうやらお得意の風を自分に使うことで回避したようだ。だが、キックの衝撃で奴の黒フードがめくれあがった。

 

「フードもらったぁ。さあて、素顔を見せてもら……えっ?」

「……………………見たな……私の顔を」

 

 

 

 

 そのフードの下にあったのは…………俺と同じくらいの年の女の子だった。




 隠してあるものって暴きたくなるものです。それがどんな結果を呼ぶとしても。

 この少女のことが気になると思った読者様は、お気に入りボタンをポチっと押してもらえるとその内分かるかもしれません。


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第二十一話 遅れてきた男

 フードの下の素顔を見た俺は硬直した。そこにあったのは……美少女の顔だったのだ。歳は俺と同じくらいだろうか? 髪は新雪のような白髪。瞳はまるでルビーをはめ込んだかのような緋色。どこか幻想的とさえ思えるその顔立ちは、俺にはまるで妖精か何かのように感じられた。

 

「……綺麗だ」

 

 ついそう呟いてしまったのも無理からぬことだと思う。だが、それを聞くと彼女はすぐにフードを被りなおし、俺に向かって怒気のこもった言葉をぶつけてきた。これまでのぼそぼそとした言葉ではなく、はっきりと耳に残る声。もはや怒気というよりも殺気と呼んだ方がしっくりくる感じだ。

 

「…………殺す。私の顔を見た者は生かしておけない」

「ま、待って待って!? これはつまりアレか? 顔にコンプレックスを持っているから目撃者を抹殺しよう的な流れ!?」

 

 黒フード……彼女の周りに凄まじい風が吹き荒れ始めた。さっきまでの風を突風とか強風と言うのなら、これはもはや暴風、台風のレベル。必死に踏ん張ってはいるが、少しでも気を抜けば飛ばされる。そうして頑張っていたのだが、じりじりと身体が浮いていく。そして遂に、

 

「……“竜巻”(トルネード)

「う、うわああぁぁっ!? カハッ!!」

 

 目に見えるほどの風の流れが直撃したことで完全に身体が宙に浮き、そのまま猛スピードで天井に叩きつけられる。背中に鈍い痛みが走り、そのまま五メートル下の床にうつぶせに落下。漫画的表現なら人型の穴が開く所だが、そうはならずにただ床に激突。目の前に火花が散り、鼻からは生暖かい液体が流れ出す。せめて顔以外からぶつかってほしかった。

 

 一言で今の状況を言うと……めっちゃ痛い!! 痛みで身体の動きが鈍く、何とか起き上がろうとするがどうにものろのろとしか動かない。

 

「…………今ので死なないなんて。……さっきの“風刃”(ウィンドカッター)の傷もやけに浅かったし、何か防御用のスキルでも持っているの? …………まあいい。それなら……死ぬまで続けるだけ」

 

 確かに普通四、五メートルくらいの高さから顔面から落ちたら、こんな悠長に考えられるほど無事じゃないよな。顔がまともに見れないぐらいズタボロになっていても不思議じゃないが、それにしては鼻血が出て目がチカチカする程度で済んでいる。

 

 しかし物騒なことを言ってくれる。こんなのをまたやられたらたまったものじゃない。

 

「ま、待てって。話し合いで解決しようじゃないの」

 

 息も絶え絶えだが何とかそう言葉を絞り出す。相手が女の子、しかもすこぶる美少女とあっては殴るに殴れない。かと言ってこのまま黙ってやられていたら俺の身がもたない。となればあとは話し合いによる平和的解決を目指すしかない訳だが。

 

「…………話すつもりはない。“竜巻”(トルネード)

「のわああぁぁ。ま~た~か~っ!?」

 

 今度はくるくると空中を錐もみ回転しながらまたもや顔面ダイブ。言葉にすると気楽そうだが、実際は常人ならとっくに閲覧禁止の事態になっている案件である。頭がクシャっていくレベルだからな。それでも俺がまだ無事なのは、おそらくアンリエッタの加護とこっちの召喚特典のおかげだろう。身体強化の二重掛けとかありえそうだ。しかし本当にこれ以上食らったらマズイ。

 

「……本当にしぶとい。これでトドメ」

 

 少女が右手を振り上げる。またさっきの魔法を使う気らしいな。何とか起き上がり、せめて少しくらいはこらえようと身構える。イザスタさんがもうすぐ鼠を止めて戻ってくるはずだ。それまで少しでも時間を……。

 

「終わったわよトキヒサちゃん。もうすぐ術式は自壊するわ。この巨人種の人ももう大丈夫」

 

 タイミングが良いのか悪いのか、こらえようとしたところでイザスタさんの声が牢屋内に響き渡った。それを聞いて少女の注意が一瞬だけイザスタさんの方に向かう。今がチャンスだっ!!

 

「でやああぁぁっ」

「うっ!?」

 

 俺は何とか力を振り絞って少女に突進する。向こうが気付くよりも一瞬早くタックルが決まり、そのまま二人でもつれ合いながら倒れこむ。少女は必死に振りほどこうとするが、俺も死に物狂いで掴みかかる。体格は同じくらいだが、筋力自体はこっちの方が上なので何とか優勢だ。

 

 思った通りだ。風魔法は脅威だが、あくまで中距離から遠距離用のものが大半。ならば組み付いてしまえば大半の魔法は封じることが出来る。俺は少女のマウントをとって両腕をガッチリと押さえつけた。

 

「は、離せっ!!」

「やなこった。距離を取られたらまたさっきのように竜巻大回転だからな。もう絶対に離さないぞ。そっちこそ諦めて降参しろっての!!」

 

 暴れる少女を封じながら降参を進める俺。ここまで来ても出来れば女の子は傷つけたくないのだ。素直に降参してくれると助かるんだが。早くイザスタさんが来てくれれば。

 

「…………トキヒサちゃん」

 

 来た。天の助け! イザスタさんなら傷つけずに無力化する方法の一つや二つくらい持っているだろう。女スパイだもの。

 

「トキヒサちゃん。あなた……こんな所で何を……?」

「何をって、見れば分かるでしょう。こうしてこの人を……」

 

 ここでふと今の状況が周りからどのように見えるか考えてみた。

 

 暴れる少女に跨って押さえつけている男。服はもつれ合っていたのだから当然乱れ、互いの息は今まで全力で戦っていたのだからこれまた当然荒い。またもや彼女のフードはめくれ上がり、その眼にうっすらと見えるのは涙だろうか? 

 

 これだけの状況を客観的に見ると………………うん。婦女暴行の真っ最中だね!!

 

「ご、誤解ですよ。イザスタさん。これはこの人が風魔法を使えないように押さえつけているところでっ」

「フフフ。分かってるわよん。可愛い子だもんね~。アタシも結構好みよ。溢れる欲望を抑えきれなくなっちゃったのよね。だけど嫌がる子に無理やりというのはお姉さんちょ~っと感心しないわ」

「だから違うんですってばっ!!」

 

 中腰になって何とか状況を説明しようとするのだが、よく見たらイザスタさんはニマニマとうっすら笑っている。自分がからかわれていたのが分かって、ほっとするような恥ずかしいような何とも言えない感じだ。そこへ、

 

「ふんっ」

「お、おぅ……」

 

 股間に衝撃が走り、脳天からつま先までビリビリと痺れるような感覚に陥る。全身から脂汗が噴き出し、一瞬力が抜けてしまう。どうやら下にいた少女が空いた隙間を利用して痛烈な蹴りを放ったらしい。流石の加護による身体強化もこれには及ばなかったようだ。

 

 少女はこの一瞬を利用して拘束から抜け出し、素早く体勢を整えてこちらから距離を取る。

 

「私の顔を見た上にこの仕打ち。…………コロス。絶対に殺す」

 

 なんか火に油を注ぐ結果になったというか。ただでさえ殺気が飛んでいたのがさらにすごいことになったというか。もう目に見えるレベルで何か出てる気がする。

 

「あらあら。な~んかスゴイことになってるわねぇ」

「他人事みたいに言わないでくださいよイザスタさんっ!!」

 

 少女の周りに再び暴風が吹き荒れ始める。考えてみれば、魔法封じがされている中でここまでのことが出来るってことは、この少女はよほどの実力の持ち主なのだろう。俺と見た目同じくらいの年頃なのにこれとはスゴイと思うんだ。そう言えば“相棒”と陽菜は今頃どうしてるかなぁ。俺、元の世界に戻ったら三人で宝探しに行くんだぁ。

 

 なんてとめどない思考の現実逃避アンド死亡フラグを続けている中、いよいよ風が形有る小型の竜巻となって少女の周りに出現する。それも一つではなく三つも。

 

「へ~っ!! ここで“竜巻”(トルネード)三つ同時展開なんて……やるわねぇ。攻めてよし守ってよしの良い魔法よ。アタシの知り合いにもここまで出来る人はそんなにはいないわ。アナタ……こんな悪いことやめてうちで働かない? 待遇良いわよ」

「なんでこんな時に勧誘してるんですかぁ!!」

 

 ついツッコミを入れてしまうほどイザスタさんは余裕の表情。いや待てよ。イザスタさんにはこの状況を何とかする作戦があって、だからこんなにも余裕があるということかも。

 

「う~ん。あれが全部発動したらかなりまずいわねぇ。具体的に言うと、この牢にいる人が自分も含めて全員ただじゃ済まなくて、多分別の牢まで影響が出るレベル」

「とんでもないことじゃないですか!!」

 

 自分も含めてって、よくそんな危ない魔法が使えるな。俺だったら嫌だぞ。少女をよく見れば、怒りのあまり我を忘れているようにも見える。誰だあんなに怒らせたのは? ……俺だったよコンチキショウ!!

 

「……全て、全てキエロ。“三連竜(トリプルトルネ)……」

「悪いがそこまでだ」

「……!?」

 

 突如人影が飛び出してきて少女を強襲する。一瞬気が付くのが早かった少女は竜巻を一つ使って迎撃するが、人影はなんと形をもった竜巻を()()()()()()霧散させる。

 

 少女は人影から距離を取り、人影はそのままゆっくりとこちらに歩いてきた。そこに現れたのは

 

「もうっ。遅いじゃないのん。今日の朝手続きが終わるんじゃなかったの?」

「……すまんな。少しばかり野暮用ができたのと、ここに来るまでにネズミ共を仕留めていたら遅くなった」

 

 いつもの看守服に加え、両腕に肘まで覆う白銀に輝くガントレットを装着したディラン看守だった。

 

「……ディラン看守?」

「あぁ。大分手酷くやられたようだな。だが、よくここまで持ちこたえた。あとは任せておけ」

 

 俺を見て一瞬すまなそうな顔をすると、ディラン看守はそのまま少女の方に向き直って言った。

 

「さて、俺の領域でバカをやらかした奴に罰を与えに来たぞ」

 

 両の拳をぶつけあいながらそうのたまう彼の姿は、この牢獄の番人にして罰を与える者。そして正しい意味での看守、囚人を見守る者としての風格に満ちていた。




 知らず知らずに地雷を踏む時久。ラッキースケベに見えるかも知れませんが、実際はかなり命懸けです。


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第二十二話 凶魔化

「クフッ。クフフフフ。やぁ~っとゲストが到着しましたか。待ちわびましたよぅ」

 

 むっ。この聞く者に不快感を与える嫌な感じの声は……のっぽの奴か!?

 

 はたしてその通り。奴はいつの間にか少女の後ろに立つように現れた。また空間移動で跳んできたようだ。何だかんだまだ余力があるみたいだな。

 

 口元にニヤニヤとあざ笑うような笑みを浮かべながら少女の肩に手を置く様は、まるで囚われの姫を嬲ろうとする悪い魔法使いのようで。……まあ実際は姫ではなく、人を風であちこち叩きつけるようなアブナイ美少女なんだが。

 

「お初にお目にかかります。私はクラウン。我らの崇高なる目的の成就のために日々邁進している者です」

「ふんっ。クラウン(道化)とはそのふざけた態度にピッタリの名前だな。それで? 俺の領域を荒らしたのもその目的とやらの為か?」

 

 相変わらず大仰な態度で接するのっぽ……クラウンに対し、怒りを隠そうとせずに目的を問いただすディラン看守。その拳が僅かに震えていることから、彼が凄まじく怒っていることが分かる。

 

「ええまさしくその通り。我らの目的達成の第一歩として、まずは地上にいる『勇者』達を見極めなければなりません。そのためには貴方は邪魔なのですよぅ。二十年前の英雄にして看守長、そして大罪人にしてこの王都から離れることの許されない囚人。ディラン・ガーデン殿」

「……俺のことについて調べてあるみたいだな」

「恐縮至極」

 

 ……え~っと、待った待った。急にディラン看守の情報が増えたんで頭が混乱してきた。整理すると、ディラン看守は昔英雄とか呼ばれてて、実は看守より偉い看守長で、大罪人と言うのはよく分からないが、ここの囚人でもあるからこの街から離れられないと。…………ナニコレ? 一気に属性過多になったよディラン看守。いや、看守長って呼ぶべきなのか?

 

「先に言っておくが、看守長といっても名ばかりだ。実際他の看守はほとんどがウォールスライムだからな。ヒト種で比較的マシだった俺が選ばれたに過ぎん。今まで通りただの看守で構わんぞ」

 

 ディラン看守はこっちの顔色から察したのか、答えを先に言ってくれる。イザスタさんといい看守といい察しが良すぎるぞ。

 

「クフフ。当初の予定では、ここで貴方と一戦交えることになっていましたが……」

 

 そこで一度言葉を切ると、クラウンは俺とイザスタさんを憎々しげに見つめる。

 

「……忌々しいことにですが、予定外の邪魔者によってかなりのダメージを受けてしまいました。この状態では貴方の相手をするのは流石に困難です。今回は顔見せのみとして、引き上げさせていただきますよ」

「……!? クラウン。……私は奴を殺さねばならない。……このまま戦うことは出来ない?」

 

 少女の方がそんな物騒なことを言いながらこちらに熱い視線を送ってくる。好意とかなら嬉しいんだが、明らかに殺意とか怒りの視線だ。……あの体勢になったのは偶然なんだけどなぁ。顔を見ちゃったのは事実だが。

 

「貴女の私情よりも任務の方が優先されますよぅ。……しかしこの状況は……」

 

 少女の言葉にクラウンは当初窘めるのだが、周囲を見まわして少し考え込む。少女は最後にこちらをキッと睨みつけるとフードを被りなおす。被りなおしちゃったか。結構な美少女だったのに少し残念だ。まあ素顔を見たら殺されかけるというのは勘弁だが。

 

「ここまでやらかしておいて、ただで帰れるとでも? 二人ともここで捕らえさせてもらおうか。言い分と目的はその後でたっぷりと聞いてやる」

 

 ディラン看守が一歩前に進み出る。

 

「お前が空属性の使い手だということはさっきの動きで分かった。だがお前がいかに凄腕の術者だろうと、この魔法封じの牢獄から跳ぶとなるとそれなりの溜めが必要だ。おまけに二人となれば尚更と言える。その隙を見逃すとでも?」

「そうでしょうねぇ。いくら私でも、この状況で瞬時に外に跳ぶのは難しい。…………ならば、これならどうですか?」

 

 クラウンはそう言うと、再びフッと姿を消す。そして次に現れたのは、倒れていた巨人種の男の傍だった。

 

「今更何をしようって言うの? そのゲートならもう自壊を始めているわ。繋ぎなおすにしたってしばらくかかるハズよん」

「いえいえ。今使うのはそれじゃあありませんよう。私が用があるのは…………()()()()()()()()()()()()

 

 奴はローブの中から何かを取り出した。それは遠目ではっきりは分からなかったが、見た瞬間何か良くないものだと感じた。何とも言えない気色悪さというか。

 

「っ!? あれはまさか!?」

「……なんかマズそうね」

 

 ディラン看守が何かに思い当たったかのように飛び出し、イザスタさんもそれに続く。だが、

 

「……行かせない」

 

 黒フードの少女が再び風を巻き起こして二人を足止めする。今度は大量の小型の風弾を乱射して数で圧倒してくるので、先ほどのようにディラン看守が殴り消すという方法が効きづらい。そしてそうこうしているうちに、クラウンが倒れている巨人種の男に取り出した何かを突き立てた。

 

「さあて、始まりますよ。クフッ。クハハハハ」

「ぐ、ぐあああぁ」

 

 クラウンが高笑いを上げると共に、男の苦悶の声が牢内に響き渡る。そして変化は突如として訪れた。

 

「あああアアアァ」

 

 一度ビクンと身体が大きく跳ねたかと思うと、男の身体がみるみると膨張していく。肌の色は赤黒く染まり、血管らしきものがドクンドクンと脈打ちながら浮き出る。ビリビリと服が身体の膨張に耐えかねてはじけ飛び、筋肉はまるで鎧のように変化する。

 

 そして男はゆっくりと立ち上がった。背丈は三メートルを超え、眼は爛々と真っ赤に輝き、額からはいかにも鋭そうな角が自身の存在を主張している。その姿はまるで、

 

「……凶魔?」

「グ、グオアアアアアアァ」

 

 その雄叫びは、これまで散々鼠凶魔達が発していたものととても良く似ていた。

 

 

 

 

 まるで凶魔のように変貌した男。もはや物語に登場する鬼のような風貌になってしまったそれは、周囲をその瞳で睨みつける。そしてディラン看守を目に留めると、そのまま雄叫びを上げて襲い掛かってきた。

 

 筋肉が膨れ上がって丸太のようになったその剛腕を振りかざし、ディラン看守に向けて叩きつける。流石のディラン看守も直接受けるのはマズイと判断してバックステップ。躱されてそのまま床に直撃した一撃は放射状にひび割れを入れる。なんて馬鹿力だ。

 

「この腕力。巨人種だからってだけではない。……生物の人為的な凶魔化か!? まだそんなバカげたことをする奴が残っていたとはな」

 

 ディラン看守は苦虫を嚙み潰したような顔でそう言った。凶魔化って、凶魔って魔素から自然発生するんじゃなかったのか?

 

「さあて、では私はそろそろ退場するとしましょうか。次の仕事がありますのでねぇ」

 

 クラウンはそう言うと、奴の背後の空間に突如大きな穴が開く。どうやら俺達が鬼に気をひかれている内に移動のタメを済ませていたらしい。

 

「待てっ!! ぐっ!?」

 

 俺は咄嗟に叫ぶが、まだ身体がふらついていて上手く動かない。さっきの顔面からいったダメージががまだ残っているようだ。イザスタさんやウォールスライムも少女に阻まれて追いかけることが出来ない。

 

「クフフ。エプリ。あとは任せます。分かっていますね?」

「……了解」

 

 エプリと呼ばれた少女を残し、クラウンはそのまま穴に向かって歩いていく。って!? アイツ仲間を置いていく気か!? 

 

「追いかけて来ても良いのですよぉ。ただし、エプリは身体を張って妨害しますし、その凶魔化した巨人種を放っておいても良いのなら……ですが。クハハハハ」

「…………くっ!?」

 

 ここまで音が聞こえるほどディラン看守の歯ぎしりの音が聞こえてくる。ここで無理に追いかければ、間違いなくあの鬼はここを出て暴れまわるだろう。少し見た限りだが、あれは鼠凶魔とは明らかに格が違う。外に出たらかなりの被害が出ることは確実だ。なんとしてもここで止めなくてはならない。

 

 ディラン看守もそれは分かっているのだろう。故に今はこの鬼の対処を優先し、去っていくクラウンのことを睨みつけることしか出来なかった。




 こういう悪党って地味に書くのが難しいんですよね。セリフ回しとか。だけど一回筆が乗ると、今度はスイスイ暴言が出てきて困ったものです。

 この時点でお気に入り数9人。今日中にもう少しいったらワンチャンランキングに乗ったりとか……。

 作者のちっちゃな願望を叶えてあげようという心の優しい読者様が居たら、何卒お気に入りに一票を!


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第二十三話 決着は突然に

「……ひとまずは、ここを何とかしないと追いかけることも出来ないわね」

 

 最初に重苦しい沈黙を破ったのはイザスタさんだった。彼女は話をしながらも、エプリと向かい合いつつ眼を逸らさない。エプリも時折こちらの方に鋭い視線を向けるのだが、イザスタさんを無視することも出来ずに周囲に再び竜巻を展開して機を伺っている。

 

「さっきの人の言い方だと、どうやら『勇者』のお披露目にちょっかいを出すのが狙いみたいだし、急げばまだ間に合うかも知れないわね」

「そうだな。だが、こちらは多少時間がかかりそうだ」

 

 ディラン看守も鬼となった巨人種と戦いながら答える。こちらはやや一方的な展開になっていた。看守はこれまで鬼の攻撃を避けるばかりで、自分からは一度も攻撃していないのだ。ただ、鬼の方も攻撃が当たらないので戦いが膠着状態になっていた。このままじゃクラウンの奴に逃げられてしまう。

 

「よし。俺ももうちょいと踏ん張って……って!? おいっ!?」

 

 何とか身体を動かして、まずはイザスタさんの援護に行こうとすると、急に身体が何かに持ち上げられる。慌てて見ると、ウォールスライムが俺を触手を伸ばして担ぎ上げていたのだ。

 

「トキヒサちゃんは無理しないで一度下がりなさい。さっきの戦いでダメージを受けてるのは分かっているんだから、あとはお姉さん達に任せなさいっての。スライムちゃん。ヨロシクね」

 

 そう言うと、スライムは俺を担いだまま牢の入り口近くまで下がる。牢を開けないのは、万が一にも鬼が外に出るのを防ぐためだ。スライムも看守なので、牢全体のこともちゃんと考えているらしい。

 

「すみませんイザスタさんっ! 少し休んで身体が回復したらすぐそっちに行きますから」

 

 情けない。こんな時にふらつくなんて。

 

 スライムは俺を下ろすと、そのまま俺を守るように前に陣取る。俺のことはいいから、早くイザスタさんの掩護に行けって。こっちは大丈夫だから。

 

 

 

 

 俺が下がったのを横目で確認すると、イザスタさんはエプリに話しかける。

 

「……あなた、何とかアタシの隙をついてトキヒサちゃんを狙おうと考えているでしょ? 何でそこまでこだわるの?」

「…………」

「あらだんまり? もう少しおしゃべりを楽しんでもいいじゃない。あなたの顔を見ちゃったのはアタシも同じだし、看守ちゃんだってそうよん。……やっぱりさっきの揉み合いが原因?」

 

 それを聞くやいなや、エプリは周囲に展開していた竜巻を一つイザスタさんに向けて放つ。危ないっ!! このままではイザスタさんも俺と同じくきりもみ大回転になってしまう。しかし、

 

「“水壁(ウォーターウォール)”」

 

 イザスタさんは向かってくる竜巻にまるで動じず、前方に水で出来た壁を出現させてそれを防ぐ。今の魔法はさっきエプリが使ったものの水魔法版か!? 

 

「フフッ。や~っと反応した。そっか~。アレを引っ張るタイプかぁ。となると…………まだ交渉の余地はありそうね。感情を捨てた人形でないのなら、話し合いが通用するってことだもの」

 

 ここでイザスタさんはちょっと黒い感じの笑みを浮かべる。何だろう? 今までのお気楽オーラと言うよりもいじめっ子のオーラに近いと言うか。この状態の彼女に近寄るとマズそうな雰囲気を感じる。

 

 エプリもそれを感じ取ったようで、一歩後退りをして再び竜巻を放てるよう態勢を整える。残り竜巻の数は二つ。向こうもそうほいほい竜巻を補充することは出来ないようで、二つのままでとどまっている。

 

「本来ならここからじ~っくり話し合いといきたいところだけど、今は時間がないのよねん。だから……ちょっと手荒くいくわよっ!」

 

 言い終わると同時に、今度はイザスタさんの方から仕掛けた。エプリと同様に水玉を周囲に数個出現させ、それを飛ばしつつ自分も突撃をかける。

 

「…………」

 

 エプリは竜巻一つを出して迎撃する。それも当然か。イザスタさんの水玉は明らかに小さくて威力も弱そうだ。例えいくつも飛ばしても、竜巻一つで全て吹き飛ばされてしまうだろう。あとはやってくるイザスタさん本人にもう一つの竜巻をぶつければいい。

 

 実際エプリもそう思ったのだろう。フードの下から見える口元に、うっすらと勝利を確信した笑みが浮かんでいた。そして予想通り、水玉が竜巻に触れてパチンとシャボン玉のように全てはじけ飛び、一つたりともエプリの元には届かない。

 

 そして、そのまま突撃するイザスタさんに竜巻がカウンターで襲い掛かる。竜巻はイザスタさんを飲み込み、ゴオォと音を立てながらその勢いのままで天井に叩きつけた。

 

「イザスタさんっ!?」

 

 天井からボロボロになって落ちてくるイザスタさん。全身は風の刃で切り傷だらけになり、肌はぶつけた時の打撲であざになっている。その痛々しい姿に俺は思わず駆け寄ろうとするのだが、ウォールスライムが壁になって通してくれない。

 

「通してくれって。このままじゃマズイ」

 

 だがスライムは動かない。すでに大勢は決しているかとでもいうかのように。

 

「……“竜巻(トルネード)”」

 

 エプリはさっきのクラウンのように近づかず、再び周囲の風を集めて竜巻を作り始めた。うかつに近づいて、また接近戦に持ち込まれるのを防ぐためだろう。

 

 そして次の竜巻が出来上がり、今にも倒れたままのイザスタさんに向けて放とうというところで、

 

「勝った……と思うでしょ。でも残念。もう勝負はとっくについているのよねん」

 

 そうイザスタさんが倒れたまま呟いた。

 

「何を言って……うっ!?」

 

 エプリは訝しげに言ったかと思うと、何の予兆もなくそのままの体勢でドッと崩れ落ちた。

 

 

 

 

「なっ!? ええぇっ!?」

 

 俺はあんぐりと口を開けてそういうしかない。何せ完全に劣勢。もうあと一撃でトドメを刺されるという崖っぷち。その状況で急にこんな結末になったのだから仕方のないことだと思う。

 

「よいしょっと。ふぅ。今のは結構痛かったわ。やっぱりこの子うちに勧誘しようかしらん」

 

 体をさすりながら立ち上がるイザスタさん。その飄々とした態度にはまだまだ余裕が見られ、よく見れば身体中にあった切り傷もほとんどなくなっている。残っている傷も、もうほとんどかすり傷程度にふさがっていて動きに支障はなさそうだ。そのままエプリの所まで歩いて行って何か確認している。

 

 どうやらエプリは意識を失っているようで、イザスタさんが軽くトントンと身体を叩いても反応がない。かなり深く熟睡しているようだ。

 

「……傷が無くなってるのはもう何も聞きません。さっきも毒を受けたはずだったのにピンピンしていたし、どうせ「アタシのスキルでちょ~っと傷や毒が治りやすい体質なの」とか何とか言うんでしょうから。それについてはもう驚きませんとも。しかし、なんであの状況でこうなったのかくらいは教えてくれませんか?」

 

 まだ戦闘は終わっていないのに不謹慎かも知れないが、いくら何でもこれは訳が分からない。

 

「う~ん。時間がないから手短に言うとね、アタシは水属性の一つである“眠りの霧(スリープミスト)”を使ったのよ。もちろん普通に使っても風で散らされちゃうから、ちょっと工夫してね」

 

 眠りの霧って言うと字面からしたら相手を眠らせるような感じだけど、イザスタさんが戦っている最中に使っていたのは水玉だけで……あっ!

 

 思い出すと少し違和感が有ったのだ。水玉なのだから、つまりは水の塊だ。それなのにさっき竜巻とぶつかった時、水玉はシャボン玉のように弾けた。つまりあれは、水玉に見せかけた眠りの霧だったということか。

 

「気が付いたみたいね。あとは適当にやられた振りをして、向こうが魔法でトドメを刺そうと周囲から風を集めるのを待つだけ。さっきアタシが近づいてきたクラウンを吹き飛ばしたのを見ていただろうから、近づいて攻撃するのは避けるはずって予想できたからね。と言っても、想定より“竜巻(トルネード)”の威力が強くて受け身に失敗した時はどうしようかと思ったけど」

 

 イザスタさんは軽く舌を出して照れ臭そうに話す。なるほど。種を聞いてみれば納得できる。つまりエプリは眠りの霧を自分で自分の所に運んでしまったということか。しかし、わざわざそんなことをしなくても。普通に勝つことだってイザスタさんなら出来そうなもんだけど。

 

「さてと、看守ちゃんの手助けに行くとしましょうか。トキヒサちゃんはここでスライムちゃんとお留守番よ。流石にあんなのに殴られたら危ないから」

 

 ディラン看守を手助けに行こうとするイザスタさんに、俺は先ほど思い浮かんだ疑問をぶつける。質問が多いと言われそうだが、ここはどうしても聞いておきたかったのだ。わざわざ自分が傷つく危険を冒してまで、何故あのやり方にしたのか。

 

「何故って、ただ単に女の子を傷つけるのを避けたかっただけだけど? それにとても可愛かったじゃないあの子。もうそれだけでアタシが身体を張ったやり方をする理由は十分よん」

 

 そう言ってイザスタさんはクスリと微笑むのだ。こんな事どうってことないとでもいうかのように。

 

 う~む。俺なんかよりよっぽどこっちの方が『勇者』だと思うのだが、強いしカッコイイし。なんか俺ホントに自信なくしてきた。こっそりそう思って落ち込んでいる俺なのだった。




 女の戦い(仮)ひとまず決着。……あくまでひとまずですが。



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第二十四話 助けるための戦い

 ◇◆◇◆◇◆

 

「ガアアアアァ」

 

 咆哮を上げながら襲い掛かる鬼は、ディラン看守に対してその剛腕を振り下ろした。何も技もフェイントもない力任せの一撃。ディランは軽くステップを踏んでそれを避ける。もうこんなことが幾度も繰り返されていた。

 

「何処だ?」

 

 ディランは焦っていた。ただ単に倒すだけなら苦労はない。いくら力が強かろうと、こう単調なら躱すのは容易だし先読みもしやすい。身体が筋肉の鎧で覆われているとはいえ、関節や顔面など狙いどころは多々有る。実際このクラスの相手を倒したこともある。なら何故焦っているかと言えば、この鬼はここの囚人だということだ。

 

「ウガアアァ」

 

 今度は片手ではなく、両手を組み合わせてのアームハンマー。これもディランは回避するが、その衝撃は牢全体を振動させる。それにより一瞬バランスを崩しよろめく看守。そこへ今度は平手による横からの薙ぎ払いが襲い掛かる。

 

「ぬっ!?」

 

 素早く体勢を整えるも躱しきれないと判断したディランは、両腕を交差するクロスガードの構えを取る。そして響き渡る轟音。今の鬼の一撃は、常人なら受ければ良くて複雑骨折。場合によってはそれより無惨な結果もあり得るものだ。

 

 故に、その一撃を多少身体が後退した程度で受け切ったディランは、明らかに常人の域を超えていた。

 

「……でやあぁぁっ」

 

 そのまま受け止めた鬼の手を拳で払いのけ、再びバックステップで距離を取る。今の一瞬で攻撃に転じることも出来たはずなのに、ディランはそれをすることはなかった。彼はずっとあるものを探していたのだ。

 

 それは先ほどクラウンがこの男に突き立てたもの。ディランにはそれに心当たりがあった。彼が看守でありながら囚人と言う立場になる切っ掛けとなったもの。生物を故意に凶魔化し、兵器として運用するという恐ろしき実験で使用された特殊な魔石である。

 

 魔石がいつ頃からあるのかはほとんど知られていない。一説によると、はるか昔に封印された神が遺したものだとも言われているが定かではない。ただ魔石は周囲の魔素を吸い込んで蓄積し、溜まりすぎて許容限界を超えると凶魔化するのは知られていた。

 

 そこである者はこう考えた。ならば、仮に生物の体内で魔石が凶魔化した場合、その肉体に影響を与えることは出来ないか? ……結果として肉体に影響を与えるという点では成功した。実験として小型の魔物に投与した結果、その魔物は凶魔に変異したのだ。

 

 そしてその実験は続き、最終的にヒト種によるものを数度行ったところで首謀者の死亡による決着を迎えた。その関係者の肉体と精神に深い傷跡を残して。

 

「くっ。一体どこに有るんだ? 核となった魔石は?」

 

 彼は以前同じように魔石によって凶魔化した者と会ったことがある。その時は、凶魔化した直後だったことと、核となった魔石をすぐに摘出できたことによって、多少の後遺症は残ったものの人に戻すことができた。

 

 今回もおそらく同じ。凶魔化した直後であり、身体のどこかにある魔石を摘出さえできれば元に戻れる可能性は高い。今なら間に合う。……間に合うのだ。

 

 しかし、前回と今回とで決定的に違う点が一つある。それは、核となっている魔石が視認できないという点だ。前回は魔石の一部が身体から露出していたので摘出することが出来た。しかし今回はそうではない。

 

 クラウンの仕草から胸部のどこかにある可能性は高い。だが、この男は凶魔化する際に身体が膨張しているため、正確な位置が把握できないのだ。

 

 当てずっぽうで攻撃して魔石を探すという手もあるが、もし魔石に傷をつければ本体に大きな負担がかかる。場合によっては元に戻れても後遺症に苦しむことになる。このことがディランが鬼への攻撃をためらう理由だった。

 

「……せめて少しでもコイツの動きを封じることが出来れば」

 

 直接身体を調べようにも、鬼が暴れまわるので迂闊に近寄ることが出来ない。もうこれは多少の犠牲を覚悟してでも一度無力化して調べるべきか。……いやダメだ。ディランは一瞬浮かんだ考えを振り払う。

 

 確かに大事を取るならここで攻撃すべきだ。万が一牢の外へ出ようものならその被害は相当なものとなりかねない。しかし凶魔化した者は多少のダメージでは止まらない。それこそ命の危機に瀕するぐらいでないと戦い続けるだろう。

 

「ガアアアアァ」

 

 苦渋の選択を迫られるディランに、鬼は容赦することなく攻撃を仕掛ける。今度は両手による拳の連打。一撃一撃が床にヒビを入れていくが、ディランはその全てを回避して見せた。だがこのまま攻撃しなければ、いずれにせよ凶魔化が進行して元に戻れる可能性は減っていく。

 

「……やるしか、ないか」

 

 もしかすれば、元に戻っても後遺症が残るかも知れない。しかしこのまま放っておくわけにもいかない。彼が覚悟を決めて、出来る限り肉体に傷の残らないように行動不能にしようと拳を構えた時だった。

 

 

 

 

「“水球(ウォーターボール)”」

「ウギャアアア」

 

 どこかから飛んできた水玉が鬼の顔面に直撃した。苦悶の声を上げ、顔を押さえて鬼は腕を振り回す。

 

「お待たせっ! 手助けに来たわよ……って、必要なかった?」

 

 暴れまわる鬼の横をすり抜けて、イザスタがディランの所に駆け寄ってきた。

 

「いや。正直助かる。戦力は多い方が良いからな。それにしても、ただの“水球(ウォーターボール)”にしてはやけにダメージがデカいな」

「あぁそれ。実はちょっと水質を変化させてるのよん。具体的に言うとスッゴク目に染みるものに」

「……なるほど。道理で」

 

 ディランはのたうち回る鬼の姿を見て納得する。よほど痛いのだろう。さっきからずっと目を押さえっぱなしだ。この魔法封じの仕掛けの中で、水属性の初歩の水球とは言え水質を変化させるという高等技法をやったことに関してはあえて何も言わない。今はこちらのことを優先したためだ。

 

「それにしても看守ちゃん。あなたならああなっちゃった子でも軽く倒せるんじゃない? それなのにここまで苦戦しているってことは……何か考えがあるってことかしらん?」

「ああ。身体の中にある魔石さえ摘出できれば元に戻れるはずだ。ただ、それの正確な位置が分からないとどうにもならない。……お前相手の身体の内部を調べる能力は持っていないか? あるいは相手の動きを封じる能力でも良い」

 

 本来なら親しい相手でもないのに能力を聞くのはいささかマナー違反だ。しかし、今は緊急事態と割り切ってディランは質問する。どちらかでも有ればこの状況を打破できる。もしも無ければ……いよいよ多少の後遺症を覚悟してでも力づくで抑え込むしかなくなるのだが。

 

「有るわよ。両方とも。ただし問題が二つあるんだけど」

 

 イザスタは少し困ったような顔で言った。ディランは何も言わず続きを話すように促す。まだ鬼はもがいているようだが、いつ目が落ち着くか分からないので急がなければならない。

 

「一つは、身体の内部を調べるには対象に直接触れなければならないということ。あの大きさの相手となるとそうねぇ……短くても十秒は触れていないとダメね。もう一つは、この魔封じの仕掛けの中でアレを封じるのは数秒間くらいが限界ってこと。仕掛けを解くことって出来ないの?」

「難しいな。それは俺の管轄外だ。今から戻っても解くまでしばらくかかる。それでは間に合わない」

 

 そうこうしている内に、鬼が視界を取り戻して再び襲い掛かってきた。イザスタが水玉を飛ばして迎え撃つも、今度は鬼も学習したのか腕を目の前にかざしてガードする。ただ、視界を取り戻したとは言えまだ痛みはあるらしく、時折目をこすっている。

 

「…………どうあっても助けたい? あの子?」

 

 鬼に対して構えを取りながら、不意にイザスタはそうディランに訊ねた。その顔は普段の彼女とはいささか違い、真剣さを感じさせるものだ。

 

「無論だ。必ず助ける」

 

 ディランは彼女の問いかけに即答した。助けたいではない。助けるのだ。例え囚人だろうが何だろうが、もう自分の目の前で二度とあのような悲劇は繰り返すつもりはない。

 

「………………本気みたいね。仕方ない。それじゃあお姉さんもちょっと本気出さざるを得ないかしらねぇ。……ディランちゃん。一つだけ約束してくれない?」

「……何をだ?」

 

 聞き返すディランに、イザスタはどこか凄みのある笑みを浮かべて答えた。

 

「これからアタシがやることは他言無用。この牢にいる者だけの秘密にすること。これさえ飲んでくれるのなら、この状況をなんとかできる切り札が有るわ。どう? 約束できる?」

「……約束しよう」

 

 今度は少しだけディランは考えた。だがそれも一瞬のこと。すぐに彼はその条件を受け入れた。

 

「良いわ。それじゃあ耳を貸して」

 

 イザスタはディランの耳元で、自分がこれからやろうとしていることを伝えた。それを聞くと、ディランの顔色は明らかに変わる。その表情に浮かぶのは、そんなことが可能なのかという疑念と、これが成功すれば相手を傷つけずに無力化できるという期待。そして…………僅かばかりではあるがこれまでのことで作り上げられた彼女の人柄への信頼。

 

「ようし。それじゃあ始めるとしましょうか。これが片付いたらトキヒサちゃんとデートなんだから。お姉さん頑張っちゃうわよ」

 

 イザスタは鬼と向かい合いながらそう言った。その顔にはまるで気負った様子はなく、いつものように余裕綽々の笑みを浮かべて。




 書いてる内に、もうイザスタさんの方が主人公っぽくない? って思ってしまった回でした。まあタグは間違っていないってことで!


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第二十五話 金の意外な使い道

 ◆◇◆◇◆◇

 

「ただいま~」

「おかえり~って、どうしたんですかイザスタさん!? 今ディラン看守を手助けに行ったと思ったらすぐに戻ってきて」

 

 牢の入口で待機していたところにイザスタさんが戻ってきた。もう鬼みたいになったあの巨人種の人を何とかしたのかと思ったが、視線を移せばディラン看守が一人でまだ戦っている。

 

 依然としてこちらからは攻撃を仕掛けず、せいぜいが攻撃を躱しきれない時に拳で攻撃の軌道を変えるくらいだ。あんなデカい相手の攻撃を殴って回避するディラン看守も十分ものすごいのだが。

 

「それがね、最初は倒そうと思っていたんだけど、凶魔になっちゃったあの子を元に戻す手段があるらしくてね。アタシも協力には少し準備が必要だから一度戻ってきたの。トキヒサちゃんはもう動ける?」

「勿論ですよ。俺は何をすれば?」

 

 体のふらつきも大分収まってきた。これならいけそうだ。

 

「上出来! じゃあトキヒサちゃんは、そこに倒れてるエプリちゃんを牢の隅に運んで。女の子がうっかり巻き込まれたら危ないから」

 

 ……確かにこの状況では、眠っているエプリをほっとくとマズイ。牢の外に出して逃げられでもしたらことだが、かと言ってここで鬼に踏みつけられでもしたら問題だ。

 

「分かりました。他に何か手伝えることは?」

「そうねぇ…………これから準備には数分くらいかかるけど、アタシとスライムちゃんはしばらく動けなくなるの。何かピンチになったら守ってね! ……な~んて、鬼は看守ちゃんが抑えてくれているし、そんなに心配することはないけど」

「了解。任せてください」

 

 スライムも動けないというのは気になったが、俺は急いでエプリを牢の隅に運ぶ。幸い加護のおかげで腕力も上がっているようで、疲れていても女の子一人運ぶぐらいなら楽勝だ。

 

 まだ眠りの霧がしっかり効いているらしく、抱きかかえても身じろぎ一つせずにスヤスヤ寝息を立てている。ホント眠っていれば綺麗なのにな。起きたらあんな危ない奴と言うのが信じられないぞ。

 

「こっちは大丈夫ですよイザスタさん]

「は~い。……さてと、それじゃあ始めるとしましょうか。スライムちゃんこっちに来て」

 

 俺の声を聞いて、イザスタさんの近くで待機していたスライムを呼び寄せる。そのままスライムに手を触れると、目を閉じて動きを止める。一体何をするつもりなのだろうか? 俺も急いでイザスタさんの近くに駆け寄る。

 

「…………そう。受け入れてくれるのね。……ありがとう」

 

 そう静かに言ったかと思うと、イザスタさんは目を開いて訥々と何かを唱え始めた。

 

「“()、イザスタ・フォルスの名において、ここに誓約する”」

 

 

 

 

 その瞬間、イザスタさんの周囲の雰囲気が一気に変わった。昔旅行先で見た、とある神様を奉っていた神殿を思い出す。厳かでどこか近寄りがたい感覚。イザスタさんの表情はとても真剣で、どこか鬼気迫るようにも神々しいようにも見える不思議なものだった。

 

「“私は貴方を我が眷属として迎えることを”」

 

 彼女はそこで自らの指を噛み裂いて、スライムの上にかざす。ジワリと染み出て珠になった血の雫が、一滴スライムに落ちて染み込んでいく。染み込んだ瞬間、ぶるりと一度大きく震えるスライム。だがそれ以上に動くこともなく、ただ次の言葉を待っている。

 

「“貴方の命は我が身のために”」

 

 次の言葉が終わると同時に二滴目。再びぽつりと命の雫が染みていく。それは先ほどと同じだが、スライムの方には明らかに変化が生じていた。少し身体が大きくなり、色も変化し始めている。これまではここの壁の色に合わせた灰色に近かったのが、今では少し赤茶色が混ざっている。

 

「“貴方の力は我が意のままに”」

 

 三滴目。スライムの身体はますます大きくなり、体中がプルプルと波打つように震えている。

 

 ……すごいなこれは。イザスタさんの血にはスライムを元気にする力があるとは聞いていたけど、これじゃあ成長と言うよりも進化に近い。

 

 良く見ればイザスタさんの額から汗が噴き出している。どうやらこれは傍から見るよりも相当の集中を必要とするようだ。一滴垂らすまでにも数十秒くらい間隔が開くようだし、もう少し時間がかかるようだ。頑張ってくださいイザスタさん。集中を途切れさせないように口に出さず、俺が内心そう応援していると、

 

「グオオオオォォ」

 

 牢屋の奥からものすごい咆哮が衝撃を伴って聞こえてくる。何だ今のは? ……まさかっ!?

 

 嫌な予感がして聞こえてきた方を見ると、そこでは鬼がディラン看守に強烈な打撃を加えているところだった。ついに躱しきれなくなったのか、強烈な一撃が直撃したディラン看守はそのまま反対側の壁まで飛ばされる。咄嗟に自分から後ろに跳んでダメージを減らしていたようだが、少し鬼との距離が開いてしまった。

 

 鬼は次にイザスタさんの方へ視線を向け、そのまま近づいてくる。よく見れば鬼の姿も少しだけ変化していた。全身の筋肉の鎧はより膨張して禍々しくなり、先ほどよりも明らかに強そうだ。

 

 何あれ!? 相手も時間経過でパワーアップするなんて聞いてないぞ。ディラン看守がぶっ飛ばされたのもおそらくこのパワーアップのせいだろう。紙一重で躱したつもりが、急に強くなったから予測が乱れたとかそんな感じで。

 

 一歩一歩。ゆっくりとだが、鬼は一歩の幅が大きいのでこのままだとすぐに到達する。イザスタさんの方を見ると、極度に集中しているのかまるで鬼の方を見ていない。

 

「“貴方の思いは我が理の内に”」

 

 四滴目。自らの背後に危険が迫っているというのに、彼女はまるで見向きもしない。只々スライムに自らの血を注ぎ続け、スライムもまた血を受け入れ続けている。

 

「イザスタさんっ! 鬼がこっちに来てます。早く離れてください!!」

 

 スライムの強化はまた後にして、今は逃げるなり迎え撃つなりしないとマズイ。俺はそう思って呼びかけるのだが、イザスタさんはやはり動かない。気づいていないのかと思ったがそうではない。これは単に……途中でやめることが出来ないものなのだ。

 

 さっきイザスタさんは言っていたではないか。自分とスライムはしばらく動けないと。途中で中断できるものならばもうとっくに逃げているはず。それが出来ないってことはそういうことなのだろう。

 

「待ってろっ!! 今行くからな」

 

 ディラン看守が急いでこちらに走ってくるが、どうも鬼がイザスタさんの所に到達する方が早そうだ。いつものイザスタさんなら余裕で何とかなりそうだが、今の状況で襲われたら回避も出来ずにやられかねない。

 

 ……何をやっているんだ俺は。こんなところで。俺は頼まれたじゃないか。ピンチになったら守ってくれと。今がその時だっ!!

 

「うおおおっ」

 

 まだ身体は動く。まだ行ける。俺は声を上げながら鬼に向かって突撃する。ちなみに物凄く怖い。当然だろ? 自分の倍くらいある相手に向かっていかなきゃいけないんだから。正直逃げたい。

 

 だけどな。今俺の後ろにいる人を見殺しにするなんてのは、間違いなく一生後悔する。逃げなかったら死ぬかもしれない。逃げたら一生後悔。それなら話は簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうだ“相棒”。バカだバカだと言われているが、考えて見れば至極シンプルな答えだった。俺もそういつもバカではないんだ。……違う?

 

 鬼は叫びながら走ってくる俺に気づいたようで、こちらに向けて殺意のこもった視線を送ってくる。とりあえずこちらに注意を引くことは出来た。

 

 しかし……なんかこのところ熱い視線を受けまくっている気がするが、それらはほとんどが殺意だの怒りだのとあまり精神的によろしくないものばっかりだ。もうちょっといい意味での視線はないものかね。

 

「ゴガアアアァ」

 

 邪魔者をひねりつぶそうと、鬼は右腕を大きく振るっての薙ぎ払いをかけてくる。力の差は歴然。あんなのと力勝負をしたら、間違いなく俺がぺちゃんこにされて終わる未来しか見えない。受け止めるにしても、それはディラン看守だからできたことであって俺には無理だ。

 

 ならば残る選択肢は一つ。躱しまくって時間を稼ぐことだ。……なんか今日は時間稼ぎばかりしている気がするな。稼ぎたいのは時間じゃなくて金だよ金。

 

 俺はスライディングで大きな腕の下をかいくぐる。頭の上の方が思いっきり掠ったみたいだが何とか無事のようだ。将来ハゲたらお前のせいだからなっ。そのままの勢いで右の脇をすり抜けようとするが、流石にそこまでは上手くいかずに突き出された足に引っ掛けられる。

 

 字面は可愛いが、実際は身体が膨張して三メートルくらいになった巨体から繰り出される足引っ掛けである。目の前にいきなり大きな丸太が飛び出てきたようなものだ。俺は足を強打してそのまま転がってしまう。

 

「~~っ!?」

 

 すぐ立とうとするが、足に激痛が走って動けない。見ると、右足のズボンの破れたところから血が出ているのが見える。今ので足をやってしまったようだ。鬼も勝利を確信したのか、俺に背を向けて再びイザスタさんの方に歩き出した。あいつめ。俺なんか眼中にないってか!! 

 

「“そして貴方の魂は、我が名と我が道と共に”」

 

 五滴目。いよいよ終わりに近づいたらしく、さっきからスライムがドクンドクンと心臓の鼓動のように一定のリズムを持って震えている。しかし、もう少しと言うところで鬼がイザスタさんの背後に辿り着いてしまった。

 

 俺は看守の方を見るが、その距離はイザスタさんまであと五メートル。短い距離だが、その五メートルが今はあまりにも長い。俺が駆け寄ろうにも足を怪我して動けない。

 

 ここまでなのか? いやまだだ。俺は服のポケットから硬貨を取り出す。銅貨。荷物を換金した時に手元に残しておいた硬貨の一つだ。

 

 少しでもいい。鬼の注意を引けさえすれば看守が間に合う。イザスタさんももうすぐ動けるようになる。鬼はイザスタさんを叩き潰そうと腕を振り上げる。このまま振り下ろされればイザスタさんは……。そんなことさせてたまるかっ。

 

 鬼がイザスタさんに剛腕を振り下ろそうという直前、俺は硬貨を鬼の後頭部目掛けて投げつけた。

 

 まだ旅は始まってもいないんだ。これからって時なんだ。俺はあの人にとてもたくさんの恩が有る。来たばかりの俺を幾度も助けてくれて、出所用の金まで用立ててくれた。俺はまだ何一つ恩を返していない。だから頼む。一瞬だけでいい。その腕を止めてこっちを向けよこの野郎っ!!

 

 そんな渾身の力と思いを乗せた銅貨は鬼の後頭部に当たり……そのままカンッと音を立てて真上に弾かれる。

 

 ……たったそれだけ。筋肉の鎧が硬質化してもはや金属に近い硬度となった鬼にとって、今の一撃は衝撃すら感じない程度のものだったらしい。鬼は止まることなく、高く上げた腕を振り下ろしてイザスタさんを叩き潰す……………………はずだった。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………………えっ?」

 

 ぼんっと小さいながらも炸裂したその銅貨は、爆風で振り下ろそうとした腕を逆の方向に押し返す。当然関節とは逆の方向であり、そのまま跳ね上がって動きが硬直する。

 

「グ、グオオアアァ」

 

 鬼は何が起こったか分からなかったらしく、一瞬思考が停止したように呆然としていたようだった。心配するな。俺も何が何だかさっぱり分からない。なんで投げつけた硬貨が爆発? ここの世界の金は爆発物でも仕込んでいるのか?

 

 事態を理解しようとするその空白の時間。時間にして二秒にも満たなかっただろう。だが、鬼が再び気を取り直して腕を振り下ろそうとするまでに、

 

「今度は……間に合ったようだな」

 

 ディラン看守が鬼とイザスタさんとの間に割り込むには十分な時間だった。




 タグ回収。お金は武器(物理)です! 一応言うと、金が爆発するなんてことは時久を含めたごく少数しかありません。細かい説明はまた次回で。

 何とか今日中に一章が終われば良いのですが……修正間に合うかな? 間に会ったらご喝采という事で、反応を貰えると嬉しいです!


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第二十六話 俺の魔法は金食い虫

 鬼の振り下ろした拳を、ディラン看守が両腕を交差させて受け止める。その衝撃でひび割れる床。だが、イザスタさんの所まではその暴力は僅かばかりも届いていない。狙った相手を潰すことが出来なかったのが不満なのか、鬼は怒り狂って再びの猛撃を仕掛ける。

 

 打ち下ろし。薙ぎ払い。叩きつけ。モーションはとてもシンプルだが、一撃一撃は常人を叩き潰すには十分すぎる程の破壊力。それらをディラン看守は回避することが出来ない。回避しようと身体を動かせば、彼の後ろにいるイザスタさんに当たるからだ。故にディラン看守はこの猛攻を真正面から全て受けて立つ。

 

「うるああぁぁ」

 

 鬼に負けじとディラン看守が吠える。動くことが出来ず、反撃して傷つけることも出来ない以上、あと出来ることは防御することのみ。その防御が受け止めるか受け流すかの違いだけ。鬼が一撃を振るう毎に、着実にディラン看守の体力は削られていく。それでも彼は反撃も回避もしなかった。鬼となったとは言え、いや、鬼になってしまったからこそ、巨人種の人は被害者なのだ。

 

 ディラン看守は牢獄の囚人たちにはいつも誠意を持って接していた。高い金をとって要望を受け付けてはいたが、その仕事ぶりはとても誠実だった。囚人から金を搾り取るだけなら、もっと効率的な手段もいくらでも取れたはずなのにだ。

 

 これは俺の推測だけど、ディラン看守は囚人でも一個の人格として尊重しているように思う。故に対価を払えばその分の仕事をしっかりとこなすし、命の危機にはその身を賭して守るのだ。徐々に身体の傷は増えていき、両腕のガントレットも自身の血で所々汚れていく。それでもなお、一度も諦めることも逃げることもなく看守は耐え続けた。

 

 

 

 

 そして、やっと守るべき相手のその時が訪れる。

 

「“我が眷属となりし者に、名を送りて契約の結びとす。貴方の名前は………………ヌーボ”」

 

 この言葉が終わるや否や、凄まじい勢いで赤みがかった飴色の影が鬼に襲い掛かる。強化が終わったウォールスライムだ。その巨体は三メートル程のサイズまで膨張した鬼をも上回り、巨大な壁が倒れこむかのように鬼に覆いかぶさった。

 

 当然鬼も黙ってはいない。覆いかぶさろうとするスライムを何とか押しのけようとするが、いかんせん半液状の相手に物理攻撃が効きづらいのは前の鼠凶魔とスライムの戦いでも明らかだ。

 

 殴っても蹴ってもこたえず、掴もうにも形を変えて手からすり抜ける。核も半液状の身体の中を自在に動き回るので攻撃が届かない。まさに物理特化の相手からしてみれば天敵のような相性である。

 

 これでは鬼もスライムに手一杯で、他の人を相手取るのは無理だろう。…………ほんと無理やり脱獄しようとしないで良かった。あんなのとは喧嘩したくない。

 

「いやあ何とかなるものね。上手くいってホッとしたわ」

 

 その声に鬼とスライムの戦いから目を逸らすと、汗だくになったイザスタさんが歩いてきた。鬼を警戒しながら、少し疲れた顔をしたディラン看守も一緒だ。俺は何とか痛む足を引きずりながら近寄る。

 

「イザスタさん。大丈夫ですか?」

「ちょっと疲れたけど大丈夫よん。それよりもトキヒサちゃんや看守ちゃんの方がボロボロじゃない」

「なはは。ドジっちゃいました。まあ足をちょっと掠めただけですから、唾でもつけとけばすぐ治りますよ。心配いりませんから」

「あらあら。それじゃあお姉さんの唾でもつけましょうか? スンゴク効くわよう」

「折角ですが遠慮しときます」

 

 イザスタさんがそう言って舌をペロリと出すが、俺は紳士的かつ速やかにバッサリとお断りする。イザスタさんの唾なら本当に傷にも効果がありそうだが、何というかイケナイ感じがプンプンするのだ。下手に頼んだらいろんな意味でとんでもないことになりそうな。…………なので非情に残念だが止めておこう。

 

 …………何故かイザスタさんも残念そうな顔をしているが、見なかったことにしておく。

 

「まったくもう。……トキヒサちゃん。またお姉さんの言うこと聞かなかったでしょう。ここに来る前に言っておいたわよね。危なくなったらすぐに逃げるようにって。もうさっきみたいに無茶しないでよん。アタシは万が一攻撃されても何とかなるように用意してあったけど、トキヒサちゃんも危なかったんだから。いざとなったらアタシよりも自分のことを第一に考えて。ねっ!」

 

 あの状態でもしっかりと周囲のことは分かっていたらしい。イザスタさんは怒ったような、それでいてこちらを心配するような声で言った。……また言いつけを破ってしまったな。考えてみればあの状況で完全な無防備になんてなるわけないし、俺が飛び出さなくても何とかなっていたわけだ。でも、

 

「すみません。……でもまた同じようにイザスタさんがピンチになったら、もちろんイザスタさんがそうそうピンチになるなんて想像できませんけど、危ないって思ったらやっぱり俺もまた同じようなことをすると思います。俺は誰かが犠牲になった上で助かるよりは皆で助かる方が良いと思いますから」

 

 この考え方はよく“相棒”に怒られた。俺のやり方はあくまで理想。いつか必ずどこかで失敗して辛いことになるって。それでも……やっぱり俺にはこのやり方しかできない。選べないと思う。

 

「…………しょうがないわねん。分かったわ。それがトキヒサちゃんの性分なら仕方ないわ。性分って言うのは自分ではなかなか変えられないもの。でも、なるべく控えるようにね。それと」

 

 イザスタさんは困ったような顔をしてそう言うと、俺の額に軽くデコピンをしてきた。

 

「二度も言いつけを破った罰。これで許してあげるわ。性分は変えられなくても、それくらいは受けないとね」

 

 …………ありがとうございます。俺は詫びと感謝の意味を込めて頭を下げた。

 

 

 

 

「ひとまずあれなら上手くいきそうだな」

 

 数分後。ディラン看守が鬼とスライムの戦いを見ながら言う。下手に手を出してスライムの邪魔をしないよう、俺達は入り口を押さえて戦いを見守っていた。鬼も大分体力が減ってきたようで、抵抗も少なくなってきたからもう少しで何とかなるだろう。

 

 そう言えばどうやって凶魔になった人を元に戻すのだろうか? 肝心のそこをまだ聞いていなかった。手持無沙汰な今のうちに聞いてみると、

 

「ああ。……以前同じように凶魔になった者を知っていてな。あの時と同じなら身体のどこかにある魔石を摘出すれば元に戻れる。ただ下手に傷つければ後遺症が残るからな。何とか動きを止めて摘出しようと考えていて」

「それでアタシがスライムちゃん……今はヌーボって名前になったけど、そのヌーボを強化することで凶魔になっちゃった人を抑えつけようと思ったの」

 

 なるほど。確かにここのスライムはなるべく相手を殺さずに捕まえるよう言われているらしいし、大抵の物理攻撃は効かないから鬼を抑えるには最適だ。

 

「あとはヌーボが凶魔の動きを封じたら、アタシが魔石の場所を特定。そして看守ちゃんがそれを摘出すればおしまいね。これでや~っと一息つけるわ」

 

 イザスタさんは大きく息を吐いて額の汗を拭うジェスチャーをする。と言っても少し休んでいたので汗はあらかた引っ込んでいたのだが。

 

「それにしてもトキヒサちゃん。さっきのことなんだけど」

「さっきの? もしかして俺の投げた硬貨が爆発したことですか?」

 

 イザスタさんはその言葉に静かに頷く。あれには俺も不思議だったんだ。もしこの世界の金がみんなあんなんだったら、下手に買い物に行くだけで毎日がデンジャラスだ。という訳で金に爆発物が仕込んである可能性はまずない。となるとアレは何なのかだが?

 

「トキヒサちゃん。落ち着いて聞いてほしいんだけど……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 …………今イザスタさんは何て言った? 俺の魔法? あれが? …………いやいやいやちょっと待ってほしい。イザスタさんから教わったことだが、魔法の基本属性にこんな投げた金が爆発するようなものは無かったはずだ。だとすると俺の魔法は……。

 

「トキヒサちゃんの魔法適正は特殊属性。その名も…………金属性」

「あのう…………一応聞きますけど(きん)属性ではなく?」

(かね)属性。言葉通りお金を媒介にして使う魔法なの。さっきのは金属性の基本技“銭投げ”。お金の額によって威力が変わる魔法で、ちなみに使ったお金は消滅するわ」

 

 ……なんてこったい。俺はがっくりきて膝をついた。ただでさえ目標金額が高いうえに、イザスタさんに返す分も必要。その上魔法を使うたびに金が無くなるとは。おまけにこれは特殊属性だから、他の基本属性の魔法とは両立できない。俺が火球(ファイアーボール)とか言ってカッコよく魔法を使える未来も潰えたということか。

 

「元気出してトキヒサちゃん。ほらっ! 前にも言ったでしょ。魔法の属性にはそれぞれ個性があるって。金属性だって使いようによっては十分使えるわよ」

「イザスタさん……」

 

 俺を励ましてくれるのかイザスタさん。……そうだよな。金属性だって使い道が有るはずだ。さっきだって結構な威力だったからな。上手く使えばモンスターとガンガン渡り合うことだって。

 

「ちなみに実用に足る威力となると、少なくとも銅貨数枚以上は必要だな。出費を考えると、そこらの弱いモンスターでは倒しても逆に赤字になっていく。更に言えば、能力の関係上常にある程度の現金を所持する必要があるので荷物が多くなり、現金が無くなると魔法が使えない等の欠点がある。このことから不遇魔法としても有名だぞ。金属性は」

 

 イザスタさんがなんてことをって目でディラン看守を責めるが後の祭り。看守が何気なく言った言葉に、上がりかけていた俺の気持ちはまたぽっきりと折れてしまう。使えば使うほど赤字になるって、今の俺とは相性最悪な属性じゃないかっ。

 

「…………まあ気を落とすなトキヒサ・サクライ。これは本来語ることのない情報なのだが、以前の検査の結果お前が加護持ちだということが判明した。元々今日遅れたのはそれも理由の一つだ」

 

 流石に悪いと思ったのか、ディラン看守も俺を励まそうとしてくれている。それにしても加護? アンリエッタからもらった分は簡単に分からないようになっているはずだから、残るはここに来た時に手に入れた召喚特典の方。……そうだよ。まだそっちがあった。俺は再び気を取り直す。属性は最悪だったが、何とかこっちでフォローできるかもしれない。

 

「お前の加護はとても珍しい物でな、その名も“適性昇華”と言う」

「“適性昇華”? 聞いたことない加護ねぇ。似たもので“適性強化”なら知ってるけど。そっちも珍しいものだけどね」

「詳しい内容は不明だ。ただ“適性強化”とおそらく同系統の、自分の魔法適正を向上させる加護だというのが検査した者の推測だ」

「自分の魔法適正を向上って…………ちなみに金属性持ちでその加護を持っている人はいるんですか?」

 

 俺は悪い予感がしてディラン看守に聞いてみる。頼むから間違っていてくれ~。

 

「“適性強化”の方なら昔いたな。実際試したところ、並みの使い手に比べて魔法の性能自体は格段に上がっていた。威力や射程、技の応用等もだ。ただし、消費する金額の方もそれに合わせて増えていたが」

 

 ……喜べばいいのか嘆けばいいのか。確かに魔法適正が上がるのは良いことだと思う。普通の人にはとても有用な加護なのだとも思う。しかし、しかしだ。…………俺は金を貯めなきゃいけないんだよぉっ!! こんな金食い虫の属性は嫌じゃあぁぁっ!!

 

 やっぱり崩れ落ちる俺に対して、流石の二人もどうフォローしていいか分からず何も言わなかった。……今はその優しさが微妙に心に刺さる。

 

 そこに、ドスンと何か重量のあるものが倒れる音が聞こえてきた。俺は落ち込むのを一時中断して音の方を見る。すると、鬼となった巨人種の男がヌーボに四肢を拘束されて倒れこんでいた。

 

 一瞬殺してしまったのかと思い焦ったが、よく見れば微かに胸が上下していることから気を失っているだけだと安心する。見事鬼を倒してみせたヌーボの姿は、どこか誇らしげにも見えた。




 主人公にとってあんまり嬉しくない魔法説明回でした。威力だけなら相当高いんですけどね。鬼凶魔もひるませましたし。


 次回、牢獄篇完結! 何とか今日中に書き上げますのでご期待ください。


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第二十七話 お別れは笑顔で

「よし。動きの止まった今のうちだ。イザスタ。頼むぞ!」

「はいは~い。それじゃあ調べるわよん」

 

 俺達は倒れた鬼に駆け寄る。鬼は気を失っているが、念のためにヌーボが四肢を拘束したままだ。そのままの状態で、イザスタさんは鬼の身体に触れて目を閉じる。

 

 あれはスライムの気持ちが分かるだけではなくて、触れている相手の身体のことも分かるという。……前々から思っていたがイザスタさんってチート過ぎないだろうか?

 

「………………分かったわ。看守ちゃん! 右胸の上の方。およそ看守ちゃんの指先から手首位の深さにそれらしいものがある。だけどその場所だとその巨人種の人も結構ダメージがいかない?」

 

 十秒ほどそのままの状態だったイザスタさんが、目を開けるなりディラン看守に告げる。確かに考えてみればそうだ。身体の中にある魔石を摘出するにしても、それの位置によっては身体を切開しなければならない。大量の出血もあるだろうし、そこはどうするのだろう?

 

「その点は問題ない。このガントレットは武具であると同時に魔道具でもあってな、身に着けているだけで簡単な光属性の魔法が使える代物だ。これで摘出すると同時に簡単な痛み止めと応急処置をする。あとは牢の外に念のため呼んでおいた医療部隊に任せればいい」

 

 鬼の右胸に触れながら、おおよその辺りを付けるディラン看守。普通の手刀で身体を貫くのは難しいが、ディラン看守の力なら出来そうだ。

 

「了解! 一応アタシも簡単な治癒くらいなら出来るから、出血がひどい場合は任せて。トキヒサちゃんはこういうことの経験は?」

「俺っ? 俺は…………ちょっとした止血くらいしか……」

 

 イザスタさんが急にこちらに振ってきた。ただ、止血のやり方ぐらいは授業で習ったけどそれ以上は無理だ。こんなことなら陽菜からもっと色々教えてもらっておけばよかった。簡単な傷の縫合のやり方とか。

 

「そう……それじゃあトキヒサちゃんにはお姉さんの手が足らなくなったら手伝ってもらおうかしら。看守ちゃん。準備はいい? タイミングはそちらに合わせるわよん」

「分かった。では三つ数えたら始めるぞ」

 

 ディラン看守は一度呼吸を整えると、真剣なまなざしで鬼の右胸辺りに狙いを定める。手は親指をたたんだ貫手の形だ。

 

「三、二、一、はああぁっ!」

 

 三つ数えると同時に、看守は鬼凶魔の右胸に自らの貫手を突き立てた。意識を失っているが痛みは感じるのだろう。鬼が身悶えするが、四肢はヌーボによって拘束されているので周囲に被害が及ぶことはない。

 

 そのままずぶずぶと入っていく手刀。当然血が噴き出し、返り血がディラン看守に降りかかる。傍から見るととても恐ろしい光景だ。

 

「…………これだあぁっ!」

 

 何分も経ったかのように思えるが、実際は十秒くらいのこと。ディラン看守が鬼の身体から何かを掴みだした。さっきは遠目でよく分からなかったが、どうやらあれが魔石らしい。

 

 大きさは鼠凶魔の物が小指の爪くらいのサイズだったのに対し、こちらは看守の手のひらに何とか収まるくらい大きい。色もあちらが透明に近い白だったのに対し、こちらは禍々しく濁って黒ずんだ赤色。

 

 それを掴みだすと同時に、ディラン看守はもう片方の手を傷口に当てる。すると、手のひらから淡く白っぽい光が溢れだした。これが光魔法か。

 

「……よし。落ち着いてきたようだ。あとはこのまま元に戻るのを待てばいい」

 

 ディラン看守の言葉に鬼を見れば、暴れるのが収まって少し穏やかな顔つきになっている。光魔法で痛みが和らいだからだろう。体中を覆っていた筋肉の鎧も少しずつ元に戻っていき、この分ならもうすぐ元の身体に戻りそうだ。これで全て上手くいった。俺がそう安堵した時だ。

 

「……っ!? 看守ちゃんっ! 持っている魔石を遠くへ投げ捨ててっ!!」

 

 急にイザスタさんが今まで出さなかったような焦った声で叫んだ。

 

「何? これはっ!?」

 

 ディラン看守が掴みだした魔石に目を向ける。魔石はドクンドクンと生き物の心臓のように脈動したかと思うと、赤く強い光を周囲に放ち始める。ディラン看守もこれは危険だと悟り、素早く魔石を牢屋の奥の方に投げ捨てた。

 

 魔石は壁にぶつかって転がると、そのままふわりと空中に浮きあがった。なにやら危ないと警戒態勢をとるディラン看守とイザスタさんの前で、なおも赤い光を放ち続ける魔石。そして光が急激に強くなって皆が目を庇った時にそれは起きた。

 

 パリンと何かが割れるような音がしたかと思うとそれは現れた。

 

「…………空中に、ヒビ?」

 

 それは先ほどクラウンの奴が作った穴とは違った。あれが穴、もしくはゲートと呼ばれるものならば、これはヒビ、又は裂け目とでも言える代物だと直感的に感じた。同時に今のままここにいると危ないとも。

 

「マズイ。何かに掴まれっ!」

「ヌーボっ! お願いっ!」

 

 ディラン看守が叫ぶのと、イザスタさんが叫ぶのはほぼ同時だった。その裂け目はダイ〇ンもびっくりの凄まじい勢いで周囲のものを吸い込み始めたのだ。

 

 ディラン看守は咄嗟に地面に先ほどの要領で貫手を突き立てて踏ん張り、イザスタさんはヌーボが触手でキャッチ。ヌーボ自身は戻りつつある巨人種の人に絡みつき、自身の重さと合わせることで耐えている。俺もなんとか巨人種の人にしがみつく。

 

 ゴウゴウと音を立てて全てを吸い込んでいく裂け目。その吸引力に、牢屋内のあらゆる物が吸い込まれていく。戦いの中で砕けた床の破片。鼠凶魔の核となっていた小さな魔石。クラウン達にやられたここのスライム達の肉片等。そこには一切の容赦もなく、只々全てが吸い込まれていった。

 

「もう少し耐えろっ! これはおそらくクラウンの仕掛けたものだ。俺が魔石を摘出するのを予想して、魔石にどこかへの転移術を仕込んでおいたらしい。だがこれだけの規模、あの魔石一つではそう長くは続かないはずだっ!」

 

 ディラン看守が床に踏ん張りながら風に負けないよう怒鳴る。俺はそれを聞いて、クラウンの悪辣さにゾッとした。これらの騒動は、全てディラン看守をピンポイントで狙ったものだと気付いたからだ。

 

 本来ここにはディラン看守が多分一人で来るはずだった。それは今も他の看守が一人も来ていないことから予想できる。多分他の牢や入り口で鼠凶魔を抑えているのだろう。それにディラン看守の実力が信頼されているというのも多分ある。

 

 この牢に俺やイザスタさんが来るのは完全に想定外だったはずだ。奴も逃げる前に言っていたじゃないか。()()()が到着したって。最初からディラン看守を待ち構えていたということだ。

 

 逃げたのも予想外のダメージを受けたからと言っていたけど、最初からあの鬼をけしかける予定だったとすれば辻褄が合う。自分がさっさと逃げてしまえば、鬼が狙うのは自然とディラン看守だけ。囚人を助けようとして、ディラン看守は確実に魔石を摘出しにかかると分かっていたんだ。

 

 そして消耗したディラン看守が魔石を摘出したところで仕込んでおいた魔法が発動。戦いで疲弊したディラン看守は長く踏ん張ることが出来ず、そのままどこかへ吸い込まれるという流れだ。

 

 だが俺とイザスタさんが来たことで流れが変わった。ディラン看守もそんなに疲労していないし、イザスタさんが気付いて魔石を投げ捨てるよう言ったから多少距離もある。あと問題は…………俺がもう保たないってことだ。

 

「ぐっ! このぉ」

 

 さっきはイザスタさんの手前、足の怪我は掠り傷だなんて言ったが、実際はまだかなり痛い。骨は折れていないようだが、ひどい打撲で右足にまともに力が入らない。今もこの吸引力の中、ほとんど腕の力だけで巨人種の人にしがみついている。腕力が上がっているおかげで何とかなっていたが、それももう限界のようだ。さっきから腕も痺れてきた。そして、

 

「…………うわっ!?」

 

 遂に掴まっていた腕がずるりと滑り、一瞬の浮遊感の後に俺の身体は空中に投げ出された。そのままの勢いで裂け目に吸い込まれようとした時、ガシッと何かが俺の腹部辺りに巻き付いてギリギリで静止する。よく見れば、ヌーボが触手を伸ばして俺に巻き付けていたのだ。ナイスキャッチだヌーボ!!

 

 しかし身体の大部分を巨人種の人に絡みつく分とイザスタさんを固定する分に回しているため、こちらの方には多くを割くことが出来ない。伸ばされた触手はピンと細く張り、僅かにブチブチと何かがちぎれるような音も聞こえる。長くは保たなそうだ。

 

「トキヒサちゃんっ! しっかりっ! こっちに手を伸ばしてっ!!」

 

 イザスタさんが必死な顔でこちらに手を伸ばす。自身も下手をすれば飛ばされかねないってのに、身体をヌーボが固定できるギリギリまで移動させて。

 

「イザスタさんっ!!」

 

 俺も裂け目の吸引力に逆らって何とか手を伸ばす。しかし、限界まで伸ばしてもまだ二メートル近くの距離がある。何とかこの距離を縮めるには…………くそっ! こんな状況じゃ頭が回らない。

 

 しかし、どうやら運は俺達に味方をしたらしい。少しずつだが裂け目の吸引力が弱まってきたのだ。視線だけ後ろの方に向ければ、最初に比べて裂け目の大きさ自体も一回り小さくなったような気がする。これなら行けるか?

 

「こ、のおぉぉっ!」

 

 俺は最後の力を振り絞ってヌーボの触手を掴み、そのままそれを手繰って近づいていく。もう少しだけ頑張ってくれ俺の腕。吸引力が弱くなったとは言え、ヌーボの触手もいつちぎれてもおかしくない状態だ。ならイチかバチかこっちから近づく。

 

「もう少しっ! もう少しだっ!!」

 

 ディラン看守も俺を励ましてくれる。イザスタさんが伸ばしている手までもう少し。一瞬でも力を抜けば一気に吸い込まれそうな極限の状況で、俺は本当に少しづつではあるけれど着実に進んでいく。あと一メートル。……八十センチ。……六十センチ。……ここならギリギリ届くっ!!

 

 俺は片手でヌーボの触手を握りしめながら、もう片方の手をイザスタさんの方に伸ばした。その距離、あとほんの僅か。互いの指先が触れるか触れないかまさにギリギリ。

 

「もうちょっと。もうちょっとだけ手をっ!」

 

 互いに互いの指先を掴もうとするも、あとほんの数センチが足りない。……仕方ない。もう少しだけ触手を手繰り寄せて……えっ!?

 

 俺がそれを見てしまったのは全くの偶然だった。それを見るのがあとほんの数秒遅ければ、あるいは見ないふりでもできれば、話は大きく変わっていただろう。

 

 何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ!?」

 

 そして、さらに最悪のタイミングでもう一つトラブルが。消える前のロウソクの火が最も明るく輝くように、裂け目も消える寸前にグンッと吸引力が増したのだ。当然エプリの身体も一気に引き寄せられ、完全に宙に浮いて勢いよく裂け目へと引っ張られる。

 

 ここでそのまま放っておければ良かったのだろう。元々他人だし、この騒動にも一枚噛んでいることはまず間違いない。おまけに俺のことを殺そうとした奴だ。助ける義理なんてない。ああそうとも。助ける義理なんてまったくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あぁもうっ!!」

 

 だけど、気付いたら俺は手を伸ばして飛んできたエプリのローブを掴んでいた。何でだろうな?

 

「目の前で困っている人を助けるのに理由なんていらない」と言うのは陽菜の口癖だった。陽菜だったら間違いなくコイツを助けるだろう。

 

“相棒”だったらそうだなぁ。この状況なら「簡単だ。助けた方がメリットがあるなら助ける。それ以外なら見捨てる。当然だろ?」とか何とか言ってやっぱり助けそうだ。

 

 で、俺が何でこんなことしてるか考えるが………………うん。気が付いたらやってたとしか言いようがない。強いて言えばそう、美少女だったからだ。目の前でピンチの女性、特に美少女をほっとくなんて俺にはできない。

 

 ……“相棒”から常日頃バカだバカだと言われているが、これは自分でもそう思うよ。折角イザスタさんが手を伸ばしてくれたのに。もう少しで掴めるって所まで来ていたというのに。咄嗟にその手をエプリに使っちゃったからな。あとは触手を掴んでいる手のみだが、エプリの重量が加わったことで一気にブチブチという音が大きくなった。もう少しで多分ちぎれる。

 

「トキヒサちゃんっ! 待っててっ! 今からそっちに行くからっ!!」

「待てイザスタっ! お前は動くな。俺が行く!!」

 

 必死に吸引力に耐えながら、ヌーボの触手を命綱代わりにしてこちらに近づいてくるイザスタさん。そして、なんと床に貫手を繰り出して身体を固定しながら少しずつやってくるディラン看守。どちらも危険を冒しても俺を助けようとしてくれている。そのことがたまらなく嬉しく、そして……残念だった。

 

 

 

 

 ブチっ。一際大きな音がしたと思ったら、掴まっていた触手が半分近くちぎれるのが見えた。もうあと一分も保たない。そう直感した俺は、ここで言っておかないといけないことを思い出した。

 

「……ディラン看守。出所のために骨を折ってくれてありがとうございました。あと俺の加護の情報も」

「気にするな。それにまだ出所は終わっていない。貰った金の分の仕事はしていないぞっ!!」

 

 ディラン看守は無念そうに吠える。そう言えばこの場合は払った料金はどうなるのだろうか? 予定の出所はしていないが、いろいろしてくれたのは事実だもんな。……おっと。ディラン看守には悪いが、今はそれよりも重要なことがあった。

 

「……イザスタさん。短い時間でしたがお世話になりました」

「トキヒサちゃんっ! 諦めないでもう少し粘って!! まだ何とか……」

 

 イザスタさんはまだ諦めていない。再びこちらに手を伸ばしているが、こっちにはそれに掴まる手がもう残っていない。

 

「一緒に出所して『勇者』のお披露目に行くのはちょっと無理そうです。すみません。……でももう一つの方、イザスタさんの仕事を手伝うのは必ず守ります」

 

 俺はそこで、イザスタさんの目をじっと見る。何処までも俺の身を案じてくれた恩人の目だ。この状態になってもなお、諦めずに俺を助けようとしてくれている人の目だ。俺はこの目を忘れない。次に会う時まで必ず。

 

「ちょっと遅くなるかもしれないけど、必ず探してまた会いに行きますから。約束ですっ!!」

 

 そこで俺は、とびっきりの笑顔を作って見せた。こんな状況だからうまく笑えたかは分からないが、一時とは言えお別れは笑ってするものだ。

 

「…………えぇ。こっちからも探すわ。それで次に会えたら…………お祝いにデートしましょうね!! 約束よん!!」

 

 ブチンっ!!! その言葉を最後に、それまで辛うじて繋がっていた触手が完全にちぎれた。俺はエプリの服を掴んだまま、凄まじい裂け目の吸引力に引っ張られていく。

 

 そして、俺が裂け目に飲み込まれて意識を失う前に最後に見たのは、俺に合わせてとても眩しい笑顔を向けてくれるイザスタさんの姿だった。それは、俺にもう会えないという諦観の混じったものではなく、必ずまた会おうという強い意志を感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、俺がイザスタさんと再会するのは大分先の話。そして、その再会が元でまた一波乱あるのだが、それもまた大分先の話だ。

 

 

 

 アンリエッタからの課題額 一千万デン

 出所用にイザスタから借りた額 百万デン

 合計必要額 千百万デン

 

 残り期限 三百五十九日

 




 これにて第一章本編は終了となります。あとは閑話を少し載せて、キャラクター紹介を最後に第二章へと移ります。

 エプリと共に裂け目に吸い込まれた時久。果たしてどこまで行ったのか?

 第二章ダンジョン編。近日投稿。こうご期待!

 何とか今日中に書き終わってホッとしました。……ご祝儀に何か反応を返してくれても良いんですよ?


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閑話 ヌーボのお手柄

◇◆◇◆◇◆

 

 時久とエプリが吸い込まれた直後、生あるものを飲み込んで満足したとでも言うかの如く、裂け目はこれまでの勢いをなくして急速に閉じていった。

 

「裂け目が……閉じる」

 

 完全に閉じた時、裂け目があった所には巨人種の男を凶魔化させた魔石が砕けて残っていた。細かく砕けているため、もうこれに人を凶魔化させる力はないだろう。イザスタとディランは急いで裂け目のあった場所に駆け寄った。

 

「行き先は調べられるか?」

「やってみるわ。少し時間を頂戴」

 

 イザスタは砕けた魔石を拾い集め、そのまま目を閉じて集中する。

 

 時久には話さなかったが、彼女の生まれついて持っていた能力は“感応”である。対象の生物・無生物を問わず、触れた相手の思考や情報を読み取る力。先ほど鬼の身体を調べて魔石の正確な場所を探し当てたのもこの能力だ。イザスタは残された魔石の情報から、時久がどこに跳ばされたか探ろうとしていた。

 

 空属性に限らず、全ての魔法は使用することで周囲の魔素に痕跡を残す。それを調べることで、使われた魔法の内容を割り出すこともできるのだ。更に言えば、今回は魔法の触媒として使われた魔石が砕けたとはいえまるまる残っている。

 

 これだけ揃っていれば、空属性でどこに飛ばしたかもある程度は絞り込めるはずだ。そのままの体勢で、イザスタは一分近くじっと集中を続けた。

 

「……………………嘘でしょっ! こんなのって……」

 

 そして、目を開けたイザスタは呆然とした状態で言葉を漏らした。その様子を見て、でディランも何やら良くない結果が出たようだと察する。しかし聞かねばならない。どんなに悪い知らせであろうとも、彼はこの牢獄をまとめる身としては聞かなくてはならないのだ。

 

「どうしたイザスタ? 何か分かったのか?」

「…………この魔石に仕込まれていた空属性の魔法には、()()()()()()()()()()()()()

「何っ? そんなことをしたらっ!」

 

 転移系魔法を使う場合は、必ず具体的な目的地をイメージしなければならない。それはどんな初歩の魔法であっても守るべき決まり事だ。何故なら、目的地を設定しないで発動したその魔法は、使い手自身にも何処へ跳ぶか分からないからだ。極論すれば、すぐ目の前に移動することもあれば遠い空の上、又は土の中に移動することもあり得る。

 

「これじゃあ何処に跳ばされたか調べようがないわ」

「……くそっ! あの野郎。最初からどこへ跳ばされようが知ったことじゃないってことか」

 

 ディランは今はいないクラウンに毒づく。どこか自分に有利な場所に跳ばしてそこで戦うでもなく、ただここではない何処かに跳ばす。それは相手への敬意も何もない、ただ邪魔者を排除するという悪意のみが感じられたからだ。

 

 しかし、実際問題今のところ手の打ちようがない。イザスタは内心困り果てていた。再会の約束を交わした以上、生きているのなら何処に行っても必ず会いに行く。だがどこにいるのか分からなければ探しようがないのだ。流石のイザスタもそこまでの人探し能力は持っていない。持っていたら“本業”も“副業”も苦労していない。

 

 

 

 

 その後もしばらく、二人は何か方法は無いかと考え続けた。肝心の実行犯は行方知れず。ならば遺留品から他に情報が取れないかと考えるが、大半が吸い込まれてしまったためろくなものが残っていない。

 

 一応この場に吸い込まれずに残った品や、倒れている巨人種の男も調べてみたが大した進展はなく、無情にも時間だけが過ぎ去っていく。

 

「…………ここまでだな」

 

 ディランはそう言って牢の入り口に歩き出した。

 

「何処へ行くの?」

「……これ以上は時間がない。さっきお前も言っていただろう? クラウンはこれから『勇者』のお披露目に何かする気だって。なら俺はそれを止める。まずは速やかに鼠凶魔の残党を片付ける必要があるな。俺は行くがお前はどうする? もう少し調べるなら止めはしないが、凶魔退治に手を貸してくれるなら助かる」

 

 よく聞けばディランの言葉の端々には苦々しいものが感じられる。彼も時間さえ許せばまだ時久の探索を続けたいのだ。

 

 しかし今は非常時。まだ他の牢に鼠凶魔が残っている可能性や、『勇者』のお披露目をクラウンが襲撃してくる可能性もあるのだ。人をまとめる立場上いつまでもここにいる訳にはいかない。

 

「アタシは……」

 

 イザスタは少し悩んだ。時久の安否が分からない以上、今は目の前のことを何とかするのが常道だ。だが、まだ何か方法があるのではないか? せめて何か手掛かりが有れば……。

 

「………………うんっ!?」

 

 イザスタは不意に服の裾が引っ張られるのを感じた。振り向けばヌーボの触手である。ちなみにヌーボは今は身体を縮めて他のウォールスライムと同じサイズになっている。これは大きすぎると移動に支障をきたすためだ。

 

「どうしたのヌーボ? 何か見つけたの?」

 

 ヌーボは盛んに自身の触手を振って見せる。イザスタはその様子をじっと見ていたが、ふと思いついたことがあってヌーボに触れて意識を集中させる。もしその考えが正しければ、トキヒサちゃんの居場所が分かるかもしれないと考えて。

 

「…………やっぱり! 看守ちゃん! トキヒサちゃんは無事みたいよ!!」

 

 イザスタが牢を出ようとしていたディランに呼びかける。ディランは出る直前で足を止め、振り向いてイザスタの言葉を待つ。

 

「トキヒサちゃんが裂け目に飲み込まれる時、ヌーボの触手を掴んでいたことを覚えてる? ヌーボったらあの時、自分の核の一部をちぎれた触手の中に移動させておいたんだって。この子ったら頭が良いんだから!」

 

 そこでイザスタはヌーボを抱き寄せて顔をスリスリする。ヌーボはされるがままだが、喜んでいるのか嫌がっているのかよく分からない。

 

「……それで? それがトキヒサの無事とどう関わってくるんだ?」

「コホン。つまりちぎれたヌーボの触手もヌーボの一部だから、何かあったら分かるわけよん。少なくとも今のところは無事。それに身体同士が引かれあうから大体の場所や方角も分かるらしいわ。といってもあんまり離れていると細かい場所までは分からないらしいけど」

 

 ディランはこれを聞いて顔をほころばせた。安否が分かっただけでも一歩前進だ。

 

「ねぇ看守ちゃん。一つお願いがあるんだけど、トキヒサちゃんを探すの手伝ってくれない? もちろん対価は払うから」

 

 イザスタはそう切り出した。ヌーボは大まかな場所と方角くらいしか分からない。となると実際にそこに行ってみる必要があるのだが、まずいことに今は『勇者』の情報を集めるという依頼を受けている。一度請け負った依頼を途中で投げ出すわけにもいかず、迂闊にここを離れて探しに行けないというのが辛いところだ。

 

 ディラン看守もこの王都から動くことが出来ない身だが、彼には隣国にまで及ぶ幅広い人脈がある。それを使って現地の人に協力を仰ごうと考えたのだ。

 

「…………いいだろう。ただし、対価に金は要らない」

「あらっ? あの金にうるさい看守ちゃんのが金が要らないなんて…………はっ!? まさかアタシの身体が目当てだったの?」

 

 両腕で自らを描き抱くイザスタ。もちろん笑っているので本気ではなく冗談である。それを見たディランは呆れたように頭に手を当てる。

 

「そうじゃない。俺が言いたいのは、この騒動を鎮めるのに手を貸せということだ。クラウンが何か仕掛けてくる可能性が有るからな。俺は早く戻って状況を警備に知らせなくてはならない。そこに倒れている巨人種の男も医療部隊に見せる必要があるしな。しかしここには鼠凶魔がまだ残っている可能性もある。人手はいくらあっても足りないのだ。これが対価の代わりだ」

「……良いわ。この騒動の早期解決の協力。確かに引き受けました」

 

 ディランはその答えを聞くと満足そうに頷いた。これでここは何とか収まる。あとはクラウンが何を仕掛けてくるかだ。『勇者』の安全はもちろん、人々の安全も確保しなくてはならない。急がなければ。

 

「それじゃ、行くとしましょうか。依頼はきっちりこなすわよん」

「ああ。行くぞ」

 

 こうして看守と女スパイは連れだって牢を出ていった。その後ろを、気を失っている巨人種の男を元の巨体に戻ったヌーボが運んでついていく。

 

 

 

 

「そう言えば、トキヒサ・サクライはおおよそどの辺りに跳ばされたんだ?」

 

 早足で歩きながら、ディランはそうイザスタに訊ねた。おおよその場所が分かるとは聞いたが、どのくらいの範囲まで絞れるかによって探し方も変わってくる。

 

「問題はそこなのよねぇ。あくまでおおよそだけど、ちょ~っと厄介な場所が候補に入っているのよね。それは…………」

 

 ディランはその場所を聞いて、これならもっと対価を吹っかけても良かったとひどく後悔した。




 時久達が跳ばされた直後の話でした。

 今回でしばらくイザスタはメインストーリーからは離れます。閑話では時々出てきますけどね。

 アンケートもひとまずこの話までで終了とさせていただきます。これを機に清き一票を挙げていただければ幸いです。


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閑話 ある『勇者』の事情 その一

 時久が混ざるはずだった『勇者』達の視点です。


◇◆◇◆◇◆

 

どうしてこんなことになってしまったんだろう? 私、月村優衣(つきむらゆい)は耳を塞いで座り込んでいた。周囲には悲鳴が飛び交い、人々は逃げまどっている。俗に凶魔と言われる意思持つ現象が、急に町中に現れて暴れまわっているからだ。

 

「……これが『勇者』だと!? どのような者かと見に来てみれば、何のこともない。ただの小娘ではないか!?」

「クフッ。見た目だけで判断してはいけませんよぅ。問題なのは身に付いた加護の方です」

 

 私の目の前には、その凶魔をけしかけた人が二人佇んでいた。どちらも黒いローブとフードをしていて顔はよく見えないけれど、声のトーンから男の人のようだった。一人はローブを着ていても分かるほどの筋骨隆々な大男。もう一人も背は高いけれど、どこか粘つく嫌な感じの喋り方をする人。

 

「さあ。私達と一緒に来てもらいますよ『勇者』様。我らが悲願の成就のために」

 

 彼らは座り込んで動けない私に歩み寄ってくる。どこに連れていかれるのかは分からないけど、町の人を凶魔に襲わせるような人達なので良い結果にはならないと思う。

 

 本当にどうしてこんなことになってしまったんだろう? 私はこの()()()に来た時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 それは今日から十一日前、私が通っている高校の図書室で、本の整理をしている時のことだった。脚立に登って棚の上の本を並べ替えていた時、急に地震が起きたのだ。震度自体はせいぜい三か四程度。普通ならバランスを崩しても大したことにはならない。

 

 でも不安定な足場にいた私は、バランスを崩して脚立から落ちてしまった。その時に頭を棚の角にぶつけて、とても痛かったのを憶えている。そしてだんだん意識が遠くなって…………気が付いたら私はこの世界に来ていた。

 

 城の一室。召喚術用の魔法陣が床いっぱいに描かれた部屋で、私は同じようにここに召喚されてきた人達と一緒に呆然としていた。人数は私を含めて四人。そして、あれよあれよという間に周りを城の兵士達に囲まれ、王の間まで連れていかれたのだ。

 

 豪華な装飾がされた広い部屋に、周りに立ち並ぶ中世風の服を纏った人々。そして玉座に座る王冠を被った男の人。子供の頃に読んだ物語に出てくるような光景だと思ったのを憶えている。

 

 この城の王様、自らをジーグ・ホライ・ヒュムスと名乗った初老の人は、私達のことを『勇者』と呼んだ。『勇者』とは、古い伝説にある異世界から呼び出されて世界を救った人だと言う。そして私達はその失われた召喚法を再現して呼び出されたらしい。

 

 王様の説明によると、ここは私達から見れば異世界で魔法が普通に存在する世界。世界は幾つかの国に分かれ、ここはヒト種と呼ばれる者達の国、ヒュムス国。現在世界は危機に瀕していて、凶魔と呼ばれる怪物の出現が頻繁になっている。それは邪悪な魔族達が原因ではないかとされ、『勇者』はその対抗策として召喚されたのだという。

 

 でも、私にはそんなことはどうでもよかった。いきなりこんなところに連れてこられて、半ばパニックを起こしていた私は泣きながら訴えた。私は戦いなんてできません。どうか元の所に返してくださいと。

 

 王様は静かに言った。『勇者』は特殊な加護を所持していて、常人とは最初から地力が違う。極論すれば、仮に子供が呼ばれたとしても来た時点でこちらの平均的な成人並みに強くなっている。鍛えれば更に強くなることは確実だと。

 

 そして…………戻すことは出来る。ただし、戻ったところで私達に待っているのは死であると。

 

 召喚術で呼び出す条件として、一定以上の魔力量を持つことと、死の淵にある者という条件があるかららしい。私は否定しようとしたけれど、ここに来る直前に頭を強く打っていたことを思い出す。他の呼び出された人達を見ると、皆一様に何か気付いたような顔をしている。私と同じように思い当たる節があるみたいだった。

 

 王様は話を続ける。今元の世界に戻しても待っているのは死だが、それを回避する方法もある。かつての『勇者』が所持していたとされる“天命の石”が有れば、戻ったあとで訪れる死を誤魔化すことが出来るという。

 

 石は長い歴史の中で現在行方知れずだが、最後に所在が確認されたのは魔族の国だったらしい。こちらは現在少しずつ情報を集めているのが、なにぶん他国のことなので調査が思うように進まないとのこと。

 

 最後に、「『勇者』殿達はあくまで凶魔や魔族への対抗策。それ以外の戦いに駆り出すつもりはなく、戦うのも基本的には個人の意思に沿うつもりだ。最低限の戦闘訓練は受けてもらうがそれ以上の強要はしない。戦わないのであっても国賓待遇で迎え、望むなら仕事も用意する。だが出来れば一人は戦ってほしい。状況を整理する時間も必要だろうから、部屋を用意するので一晩ゆっくり話し合ってもらいたい。それと、能力の測定等は今日の夜夕食後に行う」という旨の話で解散となった。

 

 その後部屋に案内された私達は自分のことを話し合い、それぞれが確かに死んだ、あるいは死ぬような目に会った後でここに来たことを確認した。私一人なら偶然王様の言ったことが当たったということもあり得たけれど、全員がそうとなるとそれは事実なのだろうと思う。

 

 次に王様の言葉がどこまで本当なのかを考えてみる。このまま戻っても私達は死んでしまうというのは多分事実。次に本当に戻れるのかだけど、ここに関してはどのみち今は確かめようがないので保留。

 

 最後に“天命の石”だけど、これには皆正直半信半疑だった。有るのかどうかも分からないし、適当に探しているという嘘をついて私達をいいようにこき使うということもできる。なのでこれはあまり期待できない。

 

 私達は話し合って、ひとまず自分達の身に付いたという能力を知ってからでも遅くはないという結論に達した。戦うにしても戦わないにしても、自分の能力を把握してからだと。

 

 ……でも、私にはどんな能力だったとしても戦うという選択肢はなかった。勝手にこんなところに連れてこられて、知らないままに身体に変な能力を身につけさせられる。自分が自分でなくなるような感覚を覚えて、私はとても怖くなったのだ。

 

 

 

 

 夕食の後、能力の測定のために私達はそれぞれ血を一滴取られた。本格的なものは時間がかかるらしいけれど、簡単なものであればこの場でもう可能だという。それぞれの検査結果を見るたびに、検査官は驚きの声を上げた。

 

 どうやら私達は魔力というものが常人より相当高いらしい。更に加護と言われるものも一人一つ付いているようだ。これは持っている人が非常に少ないらしく、持っているだけで様々な場所からスカウトがくるレベルだという。

 

 自分が特別だと、人より優れていると言われると大なり小なり嬉しいもので、他の人達も少し浮かれていたように思う。だから翌日再度王様から聞かれた時に、四人の内の二人は戦うことに意欲的だった。私ともう一人は戦わない派。だけど戦う派戦わない派といっても、この短い期間で見た限りではスタンスはそれぞれ違っていた。

 

 一人は()()()()()()()()()に必要だから戦うというスタンス。

 

 次の一人は()()()()()()()()()()に戦うというスタンス。

 

 そのまた次の一人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()に戦わないというスタンス。

 

 そして私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に戦わないというスタンス。

 

 これらは夕食を食べた後に、それぞれの意見を話し合った時に私が感じた印象だ。あくまで印象なので、実際は違うのかもしれない。

 

 王様はそれぞれの言い分を聞いた上で、私達それぞれの要望になるべく合うようにすると約束してくれた。口約束ではあるけれど、約束をしたという事実は少なからず安心するものだと思う。

 

 二人しか戦わないけれど良いのですかという質問があがったけれど、『勇者』がいるということだけで周囲に良いイメージを与えるから問題はないとのこと。『勇者』が最悪戦力にならなくとも、一種の広告塔のようなことをさせるつもりなのだろう。

 

 しかし、『勇者』が居るということが周囲にどこまでの影響を与えるか、この時の私は深く考えもせずに受け取っていたのだ。それに気づくのはこの時点より少し後の話。

 




 数話ほどこのシリーズが続きます。もしも時久がここに混ざっていたら……それはそれで厄介なことになっていたかもしれませんね。


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閑話 ある『勇者』の事情 その二

 

 その日から私達の日常は大きく変化した。いや、元々異世界なんてところに連れてこられた時点で変化しているのだけど。

 

 まず私達はそれぞれ一人専属の付き人がついた。それも全員が美男美女ばかり。一度それぞれの付き人と顔を合わせる機会があったのだけど、全員どこのアイドルかトップモデルかという人だった。

 

 能力も優秀らしく、しばらくはこの世界での教師のような立場も兼任してくれるという。本来の仕事もあるので四六時中一緒とまではいかないけれど、そんな凄い人達が甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれるというのは何だか申し訳なく思った。私は戦いの役には立たないというのに。

 

 私の付き人はエリックさんという端正な顔の美青年だった。歳は見たところ二十歳くらい。魔術師然とした服装で出来る男といったイメージのある人だ。実際本来の仕事は城勤めの魔術師らしい。

 

 最初に顔を合わせた時に、どうぞよろしくと笑顔で手を差し出してきたのだけれど、私は何かが引っかかって一瞬どうしようかと悩んだ。しかし一瞬のことだったのですぐに気を取り直してこちらも握手で返す。この時の違和感は後で分かるのだが、その時の私は深く考えることはなかった。

 

 次に別々の個室が用意された。私達の中で女性は私一人だったので、自分の部屋が有るというのはとてもありがたかった。他の男の人に終始気を気を使うのも使われるのも疲れるから。

 

 そしてそれぞれの部屋には、付き人とは別に城仕えのメイドさん達が数名控えていた。こちらはエリックさんとは違いほぼ一日中交代で部屋に控えていて、何か用があればいつでも何でも申し付けてほしいとのことだった。私が寝る時は流石に別の部屋に引っ込むらしいけど、まるで貴族にでもなったかのような待遇にどうにも落ち着かない。

 

 皆の部屋自体はそれぞれ同じ内装だったのだけど、部屋同士の距離は多少離れていた。何か話があっても少し歩かなければならない距離。そこは微妙に気にかかったけれど、私は自室が宛がわれたことで少しほっとしてしまったのだ。

 

 

 

 

 それからはしばらくは、戦闘訓練とこの世界の一般常識を勉強する毎日だった。私は戦うなんてことは出来ないけれど、最低限の自衛の為と言われたら断りづらい。それに、この世界のことは知っておいた方が良いと考えたのだ。

 

 常識の勉強は私達全員で行うのだけど、何故か戦闘訓練は個別に教わるという。これには理由があって、この世界には魔法が存在するのだけど人によって自分の使える魔法の属性が違う。どうやら私達の使える属性はほぼバラバラで、一緒に訓練するにしても多少慣れてからということらしい。

 

 城の一画にある訓練場で、私はエリックさんとマンツーマンで訓練をした。ただ一つ問題があって、以前私の血を使った略式の検査ではなく一日かけて細かく検査した結果、私の魔法適正は“月”属性だと判明した。

 

 これはどうやら非常に珍しい属性らしく、国中を探してもほとんどいないそうだ。そのため同じ魔法で実演するというのが難しく、城に所蔵された古い書物を頼りに自力でやっていくしかない。

 

 エリックさんは土の魔法適正持ちだけど、魔法を使う際のイメージについてはアドバイスを貰えた。

 

 書物によれば月属性は幻惑及び癒しを司り、時刻や月の位置、月の満ち欠けによって効果が変動するという。逆に相手を直接攻撃する能力はかなり低いらしいが、戦わない私にはあまり関係のない話だった。幻惑というのも身を守るだけなら効果的だ。私との相性は悪くなさそうだった。

 

 一般常識の授業は連れてこられた全員が参加する。手が空いている付き人の誰かが交代制で教えるのだけど内容は様々。この国の歴史や人々の暮らしぶり。食事のマナーに危険な魔物の習性など、多岐に渡って様々なことを教わった。特に他の二人が場合によっては戦うであろう魔族に関することは内容が濃かった。

 

 曰く、魔族は生まれついての魔法の達人が多く、一人でヒト種の兵士数名分の戦力になる。故に戦いになったら女子供でも容赦してはいけない。曰く昔はヒュムス国への侵略戦争を頻繁に行っていたが、ここ数十年は停戦状態。最低限の交渉はおそらく可能なものの、いつまた攻めてくるか分からない状態だ。そのために『勇者』は抑止力として自らを鍛えてほしい。といったことだ。

 

 平和な日本で育った私としては、戦争や侵略と言われても実感がわかない。しかし、そんな恐ろしい相手とはなんとか戦わずに済ませられないかと考えてしまう。

 

 こうして何日か過ごす内に、私はふと皆で会う頻度が減っているのに気が付いた。顔を合わせるのは合同の一般常識の授業ぐらい。食事は各自自室で食べることが増えてきたし、授業の復習も大抵は部屋でやる。微妙に部屋同士が離れているので誰かの部屋に行くことも少ない。

 

 しかし別に問題はないのかもしれない。魔法の訓練もエリックさんと一緒に順調に進んでいる。初歩の幻惑や癒しの魔法は使えるようになり、エリックさんには筋が良いと笑顔で褒められた。この頃は時間帯による魔法の効力の変動について試している。

 

 このままならもうすぐ自分の身を守れるだけの力は付くだろう。そうしたら……どうしようか? 望むなら仕事も与えると王様は言ってくれたので、何か適当な仕事でも貰いに行こうか。

 

 ……だけどエリックさんにはお世話になったし、このまま離れるのも恩知らずという感じもする。しかし初歩の魔法が使えるようになったとは言え私に戦いは無理だ。魔族への抑止力にはなれそうにもない。悶々と考えるけど、内容はまとまらずに頭の中でぐるぐると回るだけ。

 

 

 

 

 そうして考えていると、突然部屋に一緒にこの世界に来た人の一人が訊ねてきた。藤野明(ふじのあきら)という名前で、私より一つ年下の十七歳。少し茶髪の混じった黒髪で、身体はやや線が細いけれど、無駄な贅肉がほとんどなく引き締まっている。

 

 付き人の人達に負けず劣らずの美少年で、どこか中性的で不思議な感じのする子だった。更に付け加えると、ここでのスタンスで()()()()()()()()()()()()()という考えだった人だ。

 

 明(初対面の時に自分を呼ぶ時は名前にくんもさんも要らないと言われたので呼び捨て)は部屋に入るやいなや、部屋にいたメイドさんに用事を言いつけて退席させる。どうやら二人で話したいことが有るみたいだった。

 

 二人になると明はこう切り出した。これから先どうするつもりと。話を聞いてみると、明は趣味でよくネット上にある小説をよむのだけど、私達みたいに異世界に召喚される話は多いという。そしてよくそこで題材にされるのは、偉い人の話だけを鵜呑みにしたりちやほやされたりして最後は惨めに破滅する勇者の話だという。

 

 明はこの世界に来た当初は物語の世界みたいだと浮かれていたのだけど、だんだん周りが本当にその小説のようになっていると感じてきたらしい。

 

 突如として特権階級のような立場になり、皆が自分たちをちやほやするあまりに都合の良すぎる環境。このまま流されては何かとてもマズイ予感がする。そのため自分でも色々と探っているという。無論自分の付き人には内緒で、表向きは城内の探検と言っているらしい。

 

 ボクは元の世界に戻るつもりはないけれど、優衣さんは戻るつもりがあるのでしょう? それなら自分でももう一度考えてみてほしい。自分はこれからどうするか? ただ流されるんじゃなくて、自分の意思で決めなくちゃいけない。…………後悔しないですむように。

 

 明がそう言ったところでメイドさんが用事を済ませて戻ってきた。途端に明は何でもない話に話題を変えて場を和ませる。今の今まで深刻な話をしていたとは思えない程の変わり身の早さに私は内心驚く。そのままちょっとした茶飲み話をしばらくした後、明は自分の部屋に戻っていった。

 

 私は最後に明が言ったことの意味を考えた。私はこれからどうするべきか? やはり私も戦うことを選べば良いのだろうか? だけど明の言っていたことはそんな単純なことではないような気もする。では戦わないなら何をすれば良いのだろう? 

 

 一晩中考えてみたがやはり答えは見つからない。だけど、時間は刻々と流れていく。下手の考え休むに似たりということわざもあるけれど、私はまさにそんな感じなのだろう。気付けばもうすっかり朝になっていた。結局答えは出なかったけれど、この日から少しだけこれからのことを考えていくようになった。

 

 

 

 

 その日の夜。私達は最初の日に通された王の間に再び集められた。何故かそこには人がほとんどいなく、王様と僅かな貴族と兵士だけ。そこで王様に告げられたのは、これから七日後に『勇者』の姿を大々的に国中に知らしめるお披露目をするということだった。

 

 このことを知っているのは現在ここにいる者達だけ、それ以外の城の者や国民にはお披露目の前日に知らせるという。そして私達には戦う戦わないに関わらず全員参加してもらうとのこと。お披露目自体は仕方ないと思う。しかし戦わない者でも参加。しかもそれを肝心の国民には前日まで知らせないとはどういうことだろうか?

 

 このことは言われずとも説明するつもりだったらしく、王様は次のように語り始めた。曰く、戦わない者でも参加なのは、『勇者』は戦わずとも象徴として必要であり、この者達が『勇者』だと国民及び周辺国に知らしめる意味もあるという。

 

 また国民に前日まで知らせないのは、元々『勇者』のことはそれぞれ自衛が出来る強さになるまでは出来る限り伏せておく予定だったためと、その頃には()()()()()()が整っている予定だからだという。

 

 完全には納得できない理由だったけれどひとまずは頷いておく。だけど、『勇者』というのは周辺国からも注目される程度には重要なものなのだろうか?

 

 お披露目までは情報は伏せていくが、周辺国にはもうすでに『勇者』召喚の情報を掴んで密偵を送り込んでいるところもある。そのためこれからはなるべく付き人から離れずに行動してほしいという言葉を最後に、私達は王の間を退室した。もちろん付き人の人達も一緒だ。さっそくということらしい。

 

 

 

 

 私達が自室に戻る途中、何故か通路が慌ただしかった。兵士の人達がばたばたと通路を走っていくのだ。明がその中の一人に何があったのかと尋ねると、私達がここに召喚された部屋に侵入者がいたという。

 

 あそこの扉には特殊な仕掛けがしてあって、扉を許可なく開閉すると城の兵士達に連絡がいくようになっているらしい。さっそく王様の言っていた他の国のスパイだろうか? こんなに早く来るなんて……なんだか怖くなってしまう。

 

 その後遠目にその侵入者が牢に移送されるところを見たのだけど、はっきりとはわからないけれどどうやら小柄な少年のようだった。抵抗もしないで連れていかれる様子を見ているとあれがスパイだなんて思えないのだけど。異世界はスパイが人材不足なのだろうか?

 

 

 

 

 そして七日後。遂にお披露目の日がやってきた。

 




 最後に出てきた小柄な少年の正体は…………まあ御察しですね。

 次は昼頃に投稿予定です。


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閑話 ある『勇者』の事情 その三

 お披露目の日までの七日間。私達召喚された人達にそれぞれ変化があった。

 

 まず私と同じ戦わないスタンスだった高城康治(たかじょうこうじ)さん。元は会社勤めの中間管理職だったという高城さんは、ここを現実として受け入れることが出来ずにほとんどの時間を自室に閉じこもっていた。

 

 しかしこの頃は、どうやらここを自分に都合の良い夢だと認識したらしい。一転して戦うことに積極的になった。どんどん自分の魔法適正である土属性と水属性の腕前も上がり、今では自身の付き人の人と同じくらいにまでなっている。

 

 ただマズイことに、最近『勇者』という特権を使ってやりたい放題をしている節がある。当然のように人を使うようになったし、噂だと毎晩自室に気に入った女性を連れ込んでいるという。夢の中なのだから何をしても良いという考えなのかもしれない。

 

 次に元の世界に帰るために戦うというスタンスだった黒山哲也(くろやまてつや)さん。元の世界ではバイク便をしていたらしいけど、言葉の端々から昔ちょっとヤンチャしていたのではないかというイメージがある。今は気のいいお兄さんという感じだ。

 

 この人はスタンスは変わらないけれど、最近は積極的に他の召喚者の人や付き人と手合わせをしている。強くなること自体がそれなりに楽しくなってきたらしい。私は戦いには向かないので毎回断っているのだけど、高城さんや明はよく捕まっているらしい。ちなみにこちらは風属性と火属性の適性があるという。

 

 そういう明は実力では私達の中で群を抜いていた。魔法適正もなんと土水火風光の五つと破格で、一対一だと私達の誰も敵わない。最近は付き人が二、三人がかりでやっと互角という強さになっていた。少し気になって元の世界ではどんな人だったのかを聞いてみたが、明は困った顔をするばかりで話してくれなかった。

 

 一つだけ分かったのは、明は自宅でネットゲームをしている最中にこちらに来てしまったということ。趣味がネット小説といいネットゲームといい、意外にインドア派なのかもしれない。

 

 最後に私だけど…………結局まだこの先どうするかは分からない。他の召喚された人達とも話をしてみたのだけど、全員戦うことに意欲的なのであまり参考にはならなかった。明はまだあちこちを探っているようだけど、王様が話した以上のことはセキュリティが厳しくてなかなか調べられないという。

 

 

 

 

 ただ、お披露目の二日前に偶然私は付き人さん達の会話しているのを聞いてしまったのだ。自分の魔法について資料を探した帰りのこと、たまたまいつもとは違う道を通った時、途中の一室から付き人さん達の会話が聞こえてきた。

 

 それによると付き人さん達は私達の信頼を得て上手く取り入るように王様から言われているらしい。一番上手くいっているのが高城さんで、このままなら少しおだてれば何でもするようになるなんて言って笑っていた。対して上手くいっていないのは明と黒山さんで、こちらはおだててもあまり効き目がないから別の手を考えるとか言っていた。

 

 そして…………私の話題になった。私のことはあまり良い風には言われなかった。能力は他の人に比べて低く、戦う意思もない。魔法は非常に珍しいものだけど、直接的な戦いには向かず支援特化。これじゃあ取り入る意味もない。私の担当はハズレだ。今からでも他の誰かに代わってもらいたい。

 

 そして、そう言っていたのは………………エリックさんだった。

 

 

 

 

 私はその後すぐに部屋に戻ってベットの中に潜り込んだ。部屋付きのメイドさん達は体調が悪いといって全員追い払い、部屋の灯りも消して真っ暗にする。今はとにかく一人になりたかった。

 

 思えば最初からおかしかったのだ。エリックさんに会った時に感じた違和感。それは、あの人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。最初に笑って手を差し出した時も、訓練の時に褒めてくれた時も、全てが作り笑いだった。それなのに私は気付かなかった。いや、気付いていたけれど見ようとはしなかったのだ。

 

 私の目からいつの間にか涙がこぼれていた。裏切られたというのとは少し違う。最初から向こうはこちらを利用しているだけだったのだ。信用していたのは私の側だけ。私が勝手に信じて、勝手に頼って、勝手に裏切られたと感じているだけ。

 

 どうしてあんな話を聞いてしまったんだろう? 聞いてしまったら、もう聞かなかった時みたいにはいかないのに。明日から他の人と顔を合わせたらどうすれば良いのだろう? 分からない。分からない。……分からないよ。私はそのまま泣き疲れていつの間にか眠りについた。

 

 翌日、私は身体の調子が悪いと言って訓練を欠席した。どちらかと言えば悪いのは身体よりも別の何かじゃないかと思うけど、今はエリックさんとは顔を合わせたくないのだ。その日は一日部屋に籠っていたのだけど、お見舞いに来たのは明と黒山さんの二人だけだった。私は二人に自分の聞いたことを洗いざらい話した。

 

 二人はあまり驚かなかった。どうやらこの二人はこんな事じゃないかとすでに感づいていたらしい。明は自分が読んだネット小説の内容から。黒山さんは驚いたことに自分の加護から。黒山さんの加護は“心音”と言って、相手の心拍から自分への害意や悪意を察知することが出来るという。ウソ発見器みたいなもんだと言っていたけど、それよりももっと凄いものだと思う。

 

 ちなみに私の加護は“増幅”。名前からすると何かの規模や威力を大きくするもののようだけど、使い方が分からない役立たずの加護だ。明と高城さんの加護は不明。こういうのはむやみやたらに教えてはいけないものらしい。

 

 明はこれからどうするか私に再び聞いてきた。相手がこちらを利用しようとしているのは分かった。それでも今のままなら生活の保障だけはおそらくしてくれる。戦わないのであっても他の『勇者』の不興を買わないために不当な扱いはしないだろう。次のお披露目に参加すればひとまずの義理も経つ。その後は自分で決めなくちゃいけないけど、まだ時間が取れると思うと。

 

 黒山さんも無理に戦わなくていいと言ってくれた。戦うのが怖いなんて当たり前だ。俺の場合はそれでも帰りたいから戦うことを選んだけど、月村ちゃんはそうじゃねえだろ? 帰りたいけど怖いから戦わないだろ? じゃあ仕方ねえよ。戦えない奴を無理に戦わせてもロクなことにならないからなと。

 

 優しさと厳しさを併せ持った言葉をかける二人に、私はまた涙が溢れそうになった。最近泣き虫になった気がする。そう。もうすぐ最低限の訓練も終わる。終わったらいよいよこれからのことを決めなくてはならない。だけどまずは明日のお披露目のことだ。

 

 

 

 

 お披露目当日。その内容は昨日全員が集まっていた時に説明があったらしく、私は部屋にいたので当然初耳だった。簡単に言うと町中の決められた場所をパレードするというもので、昼過ぎに城を出発して二時間かけてまた城に戻るという地味に大変な仕事だった。

 

 私達が歩かなくても良いようにオープンカーのような乗り物まで用意されていて、ちなみに馬が引っ張って進むタイプである。幸い気温はあまり高くないので、日射病になる危険は少なそうだった。

 

 一つ気になったのは、召喚された人が一か所に集まって一緒に行くのではなく、ある程度の間隔を空けてパレードするという点。その間隔が約十メートルくらいとかなり大きい。もちろんそこには護衛やら何やらが入るわけだけど、それにしたって広すぎる気がする。

 

 それと、エリックさんとはまだ顔が合わせづらい。彼は時折こちらに話しかけてくるのだけど、また彼は作り笑いを浮かべているんじゃないかと思うと顔を合わせられないのだ。これまでは話しかけられたら嬉しかったのだけど、今は何というか……心が少しささくれているというか。かと言って返事をしないわけにもいかず、少しぎこちない感じになってしまっている。

 

 

 

 

 いよいよ出発の時。順番は明・黒山さん・高城さん・私の順だ。この時のために用意された服を着て、それぞれが城の入り口に待機する。

 

 イメージで言うと、明はまるでおとぎ話の王子様が着るような豪華な服装。黒山さんは格好の良い騎士。高城さんは身分の高い貴族といった感じだ。かくいう私はいかにも魔法使いという薄紫のローブに杖。ただし質はとても良い物らしく、オシャレの部分は身体のあちこちに付けた髪留めやブローチ等のアクセサリーで担っている。

 

 そうして私達のお披露目は始まった。町中の私達の通る道の脇には、町の人であろう群衆が私達を一目見ようと集まっている。ある人は手製の旗を振り、ある人はこちらを見て『勇者』様と歓声を上げる。その熱狂ぶりはオリンピック選手の凱旋パレードのようなありさまだった。

 

 当然手を振られたら振り返すのが基本だし、私達も歓声に応えて手を大きく振る。それだけのことだけど、それをあと二時間もしなければいけないかと思うと気が重くなる。それがおよそ一時間ほど続き、パレードはいよいよ折り返し地点に差し掛かった頃だった。

 

 

 

 

 突如として謎の黒フードの男達が襲撃してきたのだ。どこからと聞かれても、突如空中から現れたとしか言えない。それが急に前の高城さんのグループと私の所に割り込むように出現した。

 

 あまりに突然だったので、最初はこれは演出か何かだろうかと思ってしまったほど。その予想が違うと気付いたのは、彼らの後ろの空間に大きな穴が出現し、そこから凶魔が大量に出現して集まっていた群衆に襲い掛かったのを目の当たりにしたからだ。

 

 合同授業の時に勉強した凶魔。しかし、話を聞くのと見るのでは大違いだった。意思持つ現象。姿も千差万別で、鼠や兎、蛇と言った動物型の姿もあれば、ドロドロしたよく分からない姿のものもいた。共通しているのは、どれも攻撃的で狂暴であるということ。

 

 現れた凶魔達は見える限りで少なくとも五十体以上。前のグループとは空間にぽっかりと開いた穴で分断されていて、先に進んでいる明たちの方からも悲鳴や何かと戦う音が聞こえるから、どうやら向こうでも同じようなことになっているらしい。周りでは護衛の人が必死になって凶魔と戦っているけれど、あまりの数の多さに旗色はかなり悪い。

 

 上がる血飛沫。傷を負って倒れていく人々。凶魔達の咆哮。ただ状況に流されるままで、自分の意思ではほとんど何もしていない。そんな私がこの状況で平静を保っていられる訳はなかった。私はそのまま耳を塞いで座り込んでしまう。そこへ二人の黒フードの男が歩み寄ってきて、そして現在に至る。

 

 

 

 

「さあ。私達と一緒に来てもらいますよ『勇者』様。我らが悲願の成就のために」

 

 嫌な感じのする喋り方の黒フードの男がこちらに手を伸ばす。私は怯えてしまって動くことも出来ず、そのまま男の手がかかる寸前だった。だけど、

 

「『勇者』様から離れろっ! “土壁(アースウォール)”」

 

 誰かの声が聞こえたかと思うと、黒フードの男の足元から土がせりあがって二メートル近くの壁になった。男は素早く飛びのいて直撃を回避するが、壁が男の視界を目隠しする。この魔法は!?

 

「大丈夫でしたか? 『勇者』様」

「エリックさんっ!?」

 

 エリックさんは護衛の人達と一緒に私のグループに居たのだが、凶魔が現れたことにより戦いになっていたはず。急いで倒して駆けつけて来てくれたのだろうか?

 

「あ、あのっ! あれだけいた凶魔達は?」

「ああ。それなら心配いりません。今は一刻も早く安全な場所へ。さあ。こちらに」

 

 エリックさんはそのままこちらに手を差し出してくる。…………何かがおかしい。私はさっきまで凶魔が湧き出ていた穴を見た。すると、

 

「えっ!? あれは?」

 

 穴があった場所は、大きな土の壁で仕切られていた。今の今まで凶魔と戦っていたであろう護衛の人達もまとめて向こう側に。

 

「これで凶魔達はこちら側に来ることは出来ません。あとはあなたをお連れするだけ」

「でもっ!? あれじゃあ護衛の人達もっ!!」

「はい。()()()()()()()()()()()()()

 

 エリックさんはそこでニッコリと笑う。…………違う! この人はエリックさんじゃない! 私は座り込んだまま後ろに後退った。

 

「…………どうしたのですか? そんな怖い顔をして」

「……あなたは誰ですか?」

「誰って、エリックですよ。『勇者』様の付き人の」

「違います。エリックさんはいつも作り笑いしかしません。でもあなたの笑顔は……自然なものでした。護衛の人がこのままだと死んでしまうかもしれないというのに」

 

 その言葉を聞くとエリックさん、いや、エリックさんに化けた何者かは一度動きを止めた。

 

「…………いやはや。彼が作り笑いしかしないとは情報不足でした。次に化ける時は気を付けますよ」

 

 そういうと彼は自分の顔をつるりと撫でた。すると、まるでマスクを取ったかのように顔が変わる。エリックさんの顔から知らない顔に。年齢は三十くらいだろうか? 肩まで伸びた白髪に、整っているがどこか冷酷さを憶える顔。その血のように赤い瞳はじっとこちらを見つめている。

 

「誰なんですか? あなたは?」

「これは自己紹介が遅れましたね。訳あって本名は名乗れませんが、通り名をベイン。無貌のベインと申します。今はしがない雇われ盗賊をしておりますが、今回の私の仕事は『勇者』と呼ばれる方を依頼人の所へお届けすること。流石の私も『勇者』を盗むというのは初めてですよ。……さて、では改めまして」

 

 そこでベインと名乗った人は丁寧に一礼をした。

 

「『勇者』様。この盗賊めに盗まれてやってはいただけませんか?」

 

 何処かの大泥棒が言いそうなセリフだけど、今の私はそんなロマンチックな状況にはなれそうになかった。

 




 やっと『勇者』全員のフルネームが出てきました。それぞれスタンスが違うので、今はともかく将来的には拗れるかもしれませんね。……強いまとめ役が居れば話は別ですが。


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閑話 ある『勇者』の事情 その四

「待って!? あなたはさっき襲ってきた人達の仲間なの? それにエリックさんは一体?」

「……あの者達が誰かは知りません。私と同じように『勇者』様を狙っていたようなので、私はこの騒ぎに便乗しただけ。本来でしたらもうしばらく先ほどの姿で潜入を続けるつもりでしたがね。護衛を引きはがせた今なら多少の無理も必要でしょう。それとこの顔の持ち主ですが、殺してしまっても良かったのですがねね、今はまだ一応生きてますよ。一応……ね」

 

 私はエリックさんが殺されていないと聞いて少しほっとした。利用されてはいたけど、それでも知っている人が死ぬのは嫌だったのだ。しかしこの人の言うことが本当なら、少なくとも私達を狙う勢力が二つもあることになる。どうして? 私達はまだ何もしていないのに!?

 

「どうして自分が狙われるのか分からないという顔ですね。答えは簡単。あなたが『勇者』、強大な力を持っている、あるいはこれから持つからですよ」

「強大な力って、私には戦う力なんて」

「本人だけがそう言っても、周囲はそうは思わないでしょうね。それが嫌なら私と共に行きましょう。…………まあ返事は実のところ要らないのですが。無理やりにでも連れていきますので」

 

 私が動かないのに業を煮やしたのか、ベインは勝手に私の手を取って引っ張ろうとする。そこに、

 

「っ!?」

 

 今度は短剣がどこからかベインの胸元目掛けて飛来し、それをベインはギリギリで気付き身を逸らせて回避する。そのままベインは私を背にして短剣の飛んできた方を睨みつける。一見すると私を守っているようだけど、これは単に獲物を渡さないという行動に過ぎないのだろう。

 

「やぁれやれ。今回の任務は本当に邪魔ばかり入ります。牢獄でのダメージが無ければとっくに全て片が付いていたというのに。全く忌々しい」

「な~に良いではないか。何せ此度の任務の()()はもう達成されている。あとは『勇者』をさらってくるだけという簡単なものよ。それなら邪魔の一つも入らんとつまらん」

 

 壁を大きく迂回してきたのだろう。そこに歩いてきたのは黒フードの男二人だった。大男の方は指の骨をぼきぼきと鳴らしながら。もう一人の方はその手に短剣を弄びながら。どうやら今飛んできたのはこの人のものらしい。

 

 ベインは服から小型の杖を取り出して構える。長さ三十センチ程の短い木の杖で、武器としてではなく魔法の補助のための物だ。ベインはさっきエリックさんの姿で土属性の“土壁”を使っていた。つまりベインの魔法も土属性。対して黒フード達の属性は分からない。あの空中に穴が開いた様子から考えると、片方は特殊属性の空属性の可能性があるけど。

 

 それぞれは互いににらみ合って動かない。数は黒フード達の方が多いけど、私が狙いなら近くに陣取っているベインの方が距離的に有利だ。周りは悲鳴や何かがぶつかり合うような音であふれているというのに、この一帯だけはとても静かだった。

 

「……ふっ!」

 

 先に動いたのは黒フードの側だった。大男がその巨体を揺らしながらベインに突進していく。一足地面に踏み込むごとにドシッ! ドシッ! と聞こえてきそうな力強い脚力。大型の重機のような勢いでベインに襲い掛かる。

 

「“土人形(アースゴーレム)”」

 

 対するベインは土属性のゴーレムを作る魔法で応戦する。地面からせりだしてきた土塊が、およそ二メートルくらいの無骨な二体の人型となって大男の前に立ちはだかる。この魔法は使い手の腕によって扱えるゴーレムの強さや大きさが決まる。普通はこの大きさのゴーレムは一体が限度なのだけど、どうやらベインはかなりの土属性の使い手らしい。

 

「ゴーレム。奴らを倒せ」

「はっはっはっ。面白い!」

 

 大男はゴーレムを見るや、笑い声をあげながらゴーレムの一体に掴みかかった。そのまま互いにギリギリと音を立てて組み合う。体格はゴーレムの方がやや上。パワーの方は使い手によるけれど、あのサイズのゴーレムなら少なくとも常人の倍以上の力があることはまず間違いない。ゴーレムを倒すなら遠距離からの魔法か術者を狙うのがセオリーだけど、

 

「はっは~。ぬるい。ぬるいぞっ! こんなものかっ!!」

 

 なんと大男は、いとも容易くそのゴーレムの手を握りつぶしたのだ。そのままの勢いで強烈な頭突きをゴーレムに叩き込む。陥没するゴーレムの頭部。グラリと傾いたゴーレムに、更に膝蹴りで追撃をかける。それが胸部に突き刺さり、そのゴーレムは完全に沈黙した。ゴーレムはある程度の損傷を受けると自動で土塊に戻る。

 

 そこに、もう一体のゴーレムが大男に殴りかかった。その拳は大男の顔面を狙っていたのだが、拳が当たる直前に察知されて同じく拳で受け止められる。同じ拳同士なのに、ゴーレムの方の拳には今の一撃で軽いヒビが入るのが見えた。

 

「あちらにばかりかまけていて良いのですかぁ?」

 

 そんな声が聞こえるや否や、ベインの真上からもう一人の黒フードの男が出現した。こちらが空属性の使い手らしい。ベインは素早く反応して咄嗟に前に転がるように回避。今までいた所に男の短剣が突き刺さり、そのまま二人で短剣と土魔法の応酬が始まる。飛び交う短剣と土魔法。その奥では大男とゴーレムの力比べ。私は壁際にうずくまって只々震えていた。

 

 

 

 

 私は『勇者』なんかじゃない。『勇者』とは勇気ある者と書く。私には勇気なんてなく、今もこうやって震えていることしか出来ない。物語に出てくる『勇者』であれば、この悪逆を見逃すことなんてしないのだろう。でも周りがこんなに大変なことになっているのに、怖くて動くことができないのだ。

 

「うわあぁぁん。おかあさん。おかあさぁぁんっ!」

 

 突如聞こえてきた泣き声。震えていた私は思わずその泣き声の方を見る。すると、一人の小さな女の子がこの喧騒の中を一人でとぼとぼと歩いていたのだ。周りに親御さんは見当たらない。この騒ぎではぐれてしまったのかもしれない。

 

 こちらへ来ちゃダメっ! 早く離れてっ! 下手に声に出して注意を引いたらこの戦いに巻き込まれてしまう。そう思って心の中だけで必死に叫ぶのだけど、女の子は私を目に留めるとこちらの方へ泣きながら歩いてくる。周囲に誰もいない心細さから、近くに人を見つけたら近づいてしまうのは理解できた。だけど、今この状況で言えばそれは最悪のタイミングだった。

 

「“土弾(アースショット)”」

 

 戦いの中、ベインが牽制の為に放った魔法。土属性の中でも初歩の物で扱いやすいもので知られる。威力もせいぜいがちょっとしたモンスターを倒せる程度で、熟練の騎士や魔法使いにとっては牽制程度にしかならない。実際回避されるか防御されることが前提の魔法だったのだろう。簡単に黒フードの男に回避されても気にも留めなかった。

 

 もちろん両者とも私には当たらない程度の計算はしている。しかし問題なのは、その気にも留めていない流れ弾が女の子の方に向かっていたことだ。

 

 その時、周囲の動きがとてもゆっくりに感じられた。心臓の鼓動がうるさいほどに大きくなり、飛んでくる“土弾”の動きまではっきり分かる。このままで行けば女の子に直撃してしまうのは明らかだった。何の防御もしていない状態で“土弾”を受ければ良くても大怪我。悪ければ……。そう思った時、私の身体は勝手に動いていた。

 

 まだ恐怖が収まったわけじゃない。足はガタガタと震え、心臓は相変わらずバクバクと爆発しそうなほどに音を立てている。息は乱れ、頭が真っ白になる。怖くて怖くてたまらない。

 

 どうせ知らない子じゃないか。傷ついても私に何の問題がある? このままここに居れば良い。このままじっとしていれば、いつも通りその内誰かが助けてくれる。それまで待っていれば良い。

 

 でもっ! それじゃダメなんだっ!!

 

「伏せてっ!」

 

 私の言葉に女の子はビクッとして、だけど言うとおりに身体を伏せる。私は咄嗟に少女を庇うように飛び出した。

 

「“月光幕(ムーンライトカーテン)”」

 

 ギリギリで直撃コースに割り込み、月属性の防御魔法を発動する。白く輝く幕にして膜が、私と女の子を包み込む。本来は纏った対象の姿を見づらくしたり誤認させるための魔法だけど、対象の防御力を上げる効果もある。今は月がまだ出ていないからそこまでの効果は見込めないけれど、それでも少しくらいはダメージを減らせるかもしれない。

 

 迫りくる土弾(アースショット)。当たったらとても痛いと思う。いくら防御しているとはいえ、ダメージが減るだけで痛みがないわけじゃないのだから。私はなるべく身体を縮めて当たる面積を少しでも減らす。

 

 正直に言って今からでも逃げ出したい。後ろにいる女の子を見捨てて走り出したい。でもここで明が言っていた言葉を思い出す。『自分はこれからどうするか? ただ流されるんじゃなくて、自分の意思で決めなくちゃいけない。…………後悔しないですむように』という言葉を。

 

 ここで逃げたら私は一生後悔する。ただ流されて『勇者』と呼ばれた私だけど。自分が戦うのが怖いから他の人に戦いを押し付けたような私だけど。

 

「私は『勇者』なんかじゃないけれど、怖いけど……そんなこと関係ないっ!!」

 

 私は恐怖を振り払うように叫ぶ。私が目的なら、この一撃さえ耐えればこの子を逃がすこともできるかもしれない。後悔しないように自分で決める。そして目の前に土弾(アースショット)が迫り私に直撃する瞬間、私は歯を食いしばって痛みに備えた。そこに、

 

 ヒューーーン…………ズドオォォン。

 

 突如影が差したかと思うと、私の目の前に風切り音と共に何かが突き立った。土弾(アースショット)はその衝撃で霧散するが、どういう理由か私と女の子にはほとんど衝撃がきていない。いくら月光幕があるにしても、これだけの至近距離ならこちらに被害が有るハズなのに。

 

「一体何が……えっ!?」

 

 それは一本の槍だった。長さが二メートルくらいある長槍で、穂先の下部に左右に刃が突き出したいわゆる十文字槍。縦横の刃の交わる箇所に赤い宝石が埋め込まれており、柄は金属の光沢があるけれど何の金属かまでは分からない。今まで戦っていたベインと黒フード達も、一旦戦闘を止めてこちらの様子を伺う。そんな物が急にどこからともなく降ってくれば、驚くのは当然だ。

 

 そこに、スタスタと小さいけれど確かに響く足音が聞こえてきた。足音は私と女の子の背後から聞こえてくる。

 

「あちゃぁ。やっぱりしばらく牢獄暮らしで使ってなかったから鈍っちゃったかしらねぇ? 今のは土弾(アースショット)に当てるつもりだったんだけど、衝撃で吹き飛ばしちゃったわん」

「何者ですかっ!?」

 

 やってきた人物に対して、黒フードの男が鋭く問いかける。それはそうだろう。いきなりやってきて、こんなことをのたまう人だ。怪しすぎる。

 

「何者ってつれないわねぇ。ついさっき会ったばかりじゃないの。あなたが一方的に逃げちゃったから追ってきただけよん」

 

 現れたのは不思議な女性だった。モデルみたいな長身のすごい美人で、ラフなシャツとズボンの上から薄手のコートを羽織り、青と白を基調とした動きやすそうな服装をしている。胸元に下げている赤い砂時計のネックレスだけが暖色系でやけに際立っていた。この美女がさっきの凄まじい勢いで槍を飛ばしたの? 本当に?

 

「ねぇ。そこのあなた。アタシはイザスタ・フォルス。あなたのお名前は?」

「は、はいっ! ユイです。ユイ・ツキムラ」

「そう。ユイちゃんね! ではユイちゃん。あなたが『勇者』で間違いない?」

「……は、はい」

 

 突然の質問に、つい咄嗟にこちら風の名前を答えてしまう。しかし次の質問でこれはマズイと思った。私は自分のことを『勇者』なんて思っていないけど、この状況で『勇者』の私に近づいてくるってことはこの人達と同じく……。

 

「…………良いわねぇ。結構アタシ好み。もぉトキヒサちゃんといいこの子といい『勇者』はアタシ好みの子ばっかりなのかしらん? だとしたらと~っても嬉しいわ」

 

 イザスタと名乗ったこの人はそう言うと、私達を庇うように立って地面に突き立った槍を軽々と片手で引き抜いた。そのまま二、三度軽く回転させると、今度は両手で持って穂先を下にして構える。

 

 その間黒フード達もベインも動かない。……いや。おそらく()()()()のだ。下手に動いて向かっていったら手痛い反撃を受ける。そんな風に思わせる何かが彼女からにじみ出ていた。

 

「フフッ。安心して! アタシの仕事は『勇者』の情報を集めることであって、『勇者』を連れてこいなんて言われてないから。それに……」

 

 彼女はそこで一度言葉を区切ると、黒フードの男を鋭い目つきで見据える。その様子から、どうやら二人には因縁があるようだった。

 

「別件でこの騒動を鎮めることも依頼されてるからね。首謀者であるこの人は敵ってわけ。更に付け加えると、あなたがさっきその女の子を助けようとしていたところ、しっかり見てたわよん。怖いけれど勇気を振り絞って小さな子を守ろうとする。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お姉さんそういうのに弱いのよねぇ。だからあなたの側に付く。信用できない?」

「それは……」

 

 はっきり言ってよく分からない。ここ数日でいろんなことがありすぎて、何を信じればいいのか疑えばいいのか。でも一つだけ言えるのは。

 

「……貴女はさっき私達を魔法から守ってくれました。だから私はイザスタさんのことを信じます」

「ありがとね。それじゃあ、信じてもらえたからにはしっかりとお仕事しないとね!」

 

 イザスタさんはこちらに一瞬軽く微笑むと、そのままベイン達に向き直って声を上げる。

 

「さあ。可愛らしい『勇者』といたいけな少女をいじめる人達には、アタシがキツ~イお仕置きをしてあげるわん。お姉さんのお仕置きを受けたい人からかかってきなさい!!」

 

 言っていることはどこか緊張感が削がれるけれど、槍を構えて私達を守ろうとする彼女の背中から伝わってくるのは圧倒的な信頼感だった。私はこの人を信じたのはおそらく間違いないと確信し、背中で涙を流しながら震えている女の子を安心させるように手を握った。

 

「大丈夫。大丈夫だからね」

 

 私は女の子を落ち着かせるために、何度も何度も繰り返し続けた。……あるいはそれは、()()()()の自分に向けて言っているのかもしれないと思いながら。

 

 何度も。何度も。大丈夫だからと、言い続けた。

 




 イザスタさんこっちに参戦っ! ちなみにこの槍は、牢獄に入る時にディラン看守に没収されていた物です。出る時に返してもらいました。

 ひとまず『勇者』視点はこれで終わりとなります。次の話は夕方頃に投稿する予定ですのでお楽しみに。


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キャラクター紹介(一章終了時点)

ざっくりですが説明回です。


 キャラクター紹介(第一章終了時点)

 

 桜井時久(さくらいときひさ)

 

 やっと主人公らしき感じに少しだけなってきた主人公。魔力適性は金属性特化。『勇者』としての加護は『適性昇華』。

 

 異世界に着いたと思ったらいきなり牢屋行き。おまけに無実の罪を色々着せられるおまけつきという二段構え。

 

 隣の牢の囚人であるイザスタとの出会いで大分良い方に流れが変わるが、出所直前に牢獄への凶魔襲撃が発生。持ち前の好奇心や女性の前で見栄を張る癖もあり、イザスタと共に凶魔の発生源を探ることに。

 

 ディラン看守の助力もあり、どうにか犯人である黒フード二人と鬼凶魔を撃退したのだが、結果としてディラン看守の代わりにエプリと一緒にゲートに吸い込まれることに。

 

 

 

 

 アンリエッタ

 

 地味に時久の出発を妨害されて落ち込んでいる女神。しかし持ち前のプライドの高さから、時久の前では極力そんな姿は見せないように努めている。現在はなんとか立ち直り、妨害者に仕返しすべく割り出しを進めているが、特定まではまだ行かないようだ。

 

 何だかんだ時久のことを気にかけているようで、時折身を案じるのは手駒としてかそれとも……。

 

 

 

 

 イザスタ・フォルス

 

 年齢不詳。身長百七十二センチ。体重は秘密! 澄んだ水色の瞳に茶色の髪を肩まで垂らし、青と白を基調としたラフなシャツとズボンを颯爽と着こなしている。スタイルは長身に合わせて出るところは出て、引っ込む所は引っ込む絶妙なもの。

 

 首からは赤い砂時計の飾りがついたネックレスをいつも提げていて、それは牢獄の中であろうとも外さない。

 

 第一章の導き手にして謎多き美女。トキヒサ曰く女スパイ。極端に魔法の使用が難しくなる牢獄内でも普通に水属性魔法を使用し、黒フード二人相手でもまともに渡り合えるほど戦い慣れている色々な意味で規格外の女性。

 

 かなり特殊な性質の血を有し、血を摂取したスライム系のモンスターを強化、眷属化することが出来る。

 

 また、触れた相手の思考や情報を読み取る“感応”の加護を所有しており、その応用でモンスター(特にスライムやそれに近い相手)とも意思疎通が可能。ただあまり使うことはなく、基本的には普通の対話で相手のことを知ろうとする方が好き。

 

 仕事で『勇者』のことを探っていたが、時久を気に入り一緒に出所しようとする。ちなみに出所時にディラン看守に払った白貨はイザスタにとっては()()()()の出費。かなりの金持ちである。

 

 時久と牢獄で離ればなれになった後、黒フードことクラウンを追って王都へ。『勇者』を助けて結果的に強いコネを作っている。

 

 ちなみに余談だが、もし時久が普通に出所出来ていた場合、後日イザスタの手によってR指定が少しだけ上がるような事態に発展していた可能性が高い。……なにせ彼女肉食系なので。

 

 

 

 

 ディラン・ガーデン

 

 四十代前半。身長百七十五センチ。体重八十六キロ。がっしりとした体格で、こげ茶色の短髪に無精ひげを生やしている。いつも看守服を身に着けていて、トキヒサ曰く軽く身なりを整えればダンディなおっちゃん。

 

 牢獄の看守長にして囚人。二十年前の英雄にして大罪人。日々看守として囚人の世話をしつつ、金さえ払えばある程度の融通を効かせたりする何でも屋の顔も持つ。またディランを慕う衛兵や市民は数多く、王都を歩けば良く声をかけられるくらいには人気も高い。

 

 様々な事情により、正当な理由なく王都から出ることが許されない。しかし王都内及び外国にまで広い人脈と情報網を有し、その伝手で様々な物を調達してくる。

 

 近接戦闘力はかなり高いが魔法はあまり得意ではない。しかしそもそも牢獄内では達人でない限り魔法の発動がおぼつかず、純粋な近接戦闘ではディランに勝つのは複数人でも難しいという仕組み。

 

 王補佐官ウィーガスとは二十年来の付き合い。ディランが今の立場になったのにはウィーガスが大きく関わっている。

 

 牢獄襲撃の際には侵入した鼠凶魔を蹴散らしながら発生源に到着し、鬼凶魔と化した巨人種の男と戦いを繰り広げた。実は黒フード達のターゲットとされており、本来ならディランがゲートで跳ばされるはずだったが時久とイザスタの介入により免れる。

 

 その後は王都の騒動を兵をまとめて鎮圧。被害を大きく抑えることに成功する。現在はまた看守としての業務に戻りながら、消えた時久の捜索()()を水面下で行っている。

 

 

 

 

 ウィーガス・ゾルガ

 

 ヒュムス国王補佐官。六十近い歳で髪はほとんどが白く染まり、手や顔にはシワが目立つ。しかし決して隠居寸前の好々爺などではない。

 

 時久に掛けられた罪状の大半はウィーガスが裏で手をまわしたもの。ディランとは二十年来の付き合いであり、時久の出所を申請された時はディランへ貸しを作っておいた方が利が有ると考え素直に出所の許可を出した。

 

 秘密裏に『勇者』や時久のことを調べており、時久のことを勇者のなりそこないと称した。その真意は未だ謎に包まれている。

 

 

 

 

 クラウン

 

 背丈はイザスタより少しだけ高い。素顔や体形などは不明。

 

 黒フード。のっぽ。牢獄襲撃の犯人。鼠凶魔の発生源に突如現れ、止めようとする時久達に襲い掛かった。

 

 武器はローブの中に忍ばせている短剣。短剣には毒が塗られていて、耐性のない者ならすぐに動けなくなるほど強烈な物。ただし個人的な嗜好として、すぐに死んでしまうような毒はあまり使わない。動けないようにしてからじわじわいたぶる為である。

 

 空属性の達人であり、魔法封じの仕掛けがある牢獄内でも普通に使用できるほど。空間移動しながらの攻撃は毒付き短剣との相性が良く、戦闘能力も低くない。……ただ相手が悪かった。

 

 牢獄から撤退した後は、王都襲撃にも加担している。『勇者』を狙って暗躍していたが、追いかけてきたイザスタに阻まれ交戦。現在は消息不明となっている。

 

 

 

 

 エプリ

 

 身長百五十一センチ。体重は不明。

 

 歳と背丈は時久と同じくらい。髪は新雪のような白髪。瞳はまるでルビーをはめ込んだかのような緋色。どこか幻想的とさえ思えるその顔立ちは、時久曰く妖精か何か。

 

 黒フード二人目。クラウンと共に牢獄にて時久達に襲い掛かる。

 

 風属性の名手。風を刃にして飛ばしたり、自分や相手を風に乗せて飛ばしたりと汎用性もかなり高い。最大三つまで魔法を同時展開できる才能の持ち主。おまけに時間さえあれば魔法を使ってもその分補充できるので、イザスタが言うにはうちに勧誘したい人材。

 

 戦闘中に時久の攻撃によってフードが外れ素顔が露わに。その時の時久の行動がエプリの逆鱗に触れたようで、時久に対して殺意に近い怒りをぶつける。強いて言えば、時久ともみ合いになったことでさらに怒りが倍増。少しの間我を忘れるレベルにまで達していた。

 

 クラウンの撤退時には殿を務め、なおも時久を狙おうとしたところイザスタの眠りの霧で眠らされる。そして戦闘終了時、ゲートに時久と共に吸い込まれて消息不明に。

 

 

 

 

 月村優衣(つきむらゆい)

 

 身長百五十七センチ。体重は不明。高校二年。歳は十七歳。

 

 『勇者』。ヒュムス国の勇者召喚によって呼び出されたうちの一人。魔法適正は月属性。『増幅』の加護を所有しているが、使い方が自分でも分かっていない。

 

 かなり内向的な性格で、突如として異世界に跳ばされ『勇者』としてもてはやされる中、自分達を利用しようとする悪意に気づいて引きこもろうとする。

 

 しかし状況に流されている内に王都襲撃に遭遇。自身が狙われていることを知って恐怖するも、戦いの中少女を流れ弾から守ろうと飛び出す勇気も持っている。

 

 襲撃時にイザスタに助けられ、彼女が新しく付き人になることに大きく喜んでいた。

 




 簡単にでしたがいかがだったでしょうか? 『勇者』陣営の方はまだそこまで語れるほどの情報がないということで保留です。



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接続話 女スパイの報告会

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

『それからどうなったのですか?』

「色々あったわよぅ。色々」

 

 王都襲撃から二日後。

 

 ここは王宮のとある一室。並みの宿屋とはグレードの違うその部屋の中央で、イザスタ・フォルスは誰もいない空間に話しかけていた。

 

いや、誰もいないというのは少し語弊がある。よくよく見れば、彼女が話しかけているのは身に着けていた赤い砂時計の付いたネックレスに向けてであり、そこから誰かの話し声が聞こえることから一種の通信機なのだろう。現在通話中であることを示すかのように、砂時計の部分は僅かに発光、点滅している。

 

「まず王都襲撃事件についてだけど、襲撃の実行犯は確認できただけで四名。内一人は自分をクラウンと名乗っていたけど……これはコードネームの可能性が高いわね。それ以外は全員顔も名前も不明。これじゃあ指名手配にもできないでしょうねぇ」

 

 イザスタは困ったように肩をすくめる。通話は音声のみなので姿は見えないのだが、これは別に見せようと思ってではないのだろう。

 

「被害は甚大。凶魔の軍勢が町中で暴れまわり、それがちょうど『勇者』のパレードの最中だったから更に被害は拡大。パニックになって逃げようとする人が他の人を押しのけて、押しのけられた人がまた他の人をって具合に拡がっていく。結果として逆に逃げられない人が続出してまいっちゃったわ。幸いディランちゃんが兵士を引き連れて来てくれたからすぐに収まったけど、いなかったらと思うとゾッとするわねん」

『ヒュムス国にその人在りと言われた英雄ディラン・ガーデンですか。……成程。第一線を退いたとは言え、未だ健在ということですか。それならこの騒動を速やかに鎮圧できたのは納得です』

 

 聞こえてくる声は女性のようだが、落ち着いた口調に澄んだその声質は、大人のようにも子供のようにもとれる不思議なもので年齢が判別しづらい。

 

「そうなのよん。だけど流石のディランちゃんでも同時に多方面から来られると手が回らなくてね、だから凶魔の対処と群衆の救助は兵士達に任せて、私達は手分けして『勇者』の護衛に回ったってわけ。まあユイちゃんを守れたし、クラウンにもキツ~イお仕置きをしてあげたからしばらくは動けないんじゃないかしら」

『代わりに全員に逃げられたようですが?』

「それは言いっこなしよんリーム。空属性持ちの逃げ足の早さは知っているでしょ。あれを捕まえるにはそれなりの準備がいるわ。他にも『勇者』を狙っていた人が居たみたいだけど、その人もどさくさでいなくなっちゃったし」

 

 リームと呼ばれた声の主はイザスタの痛いところを突く。しかしそれは責めているのではなく、ただ単に事実の確認をしているといったものだった。

 

「それで、何とかユイちゃんと女の子を守りながらディランちゃん達や他の『勇者』と合流して、城にいったん戻ってきたってわけ。凶魔達も兵士達があらかたやっつけたみたいだし、これでディランちゃんから頼まれた分は完了ってとこかなぁ。問題なのは…………()()()()()()()()()()

『国家間長距離移動用ゲートですね。元々こちらの国とは国交は断絶していますが、それ以外の国とも行き来が不能になりましたか。襲撃犯の目的はこちらですね」

「戦っている中の奴らの言葉から推測すると、今回の奴らの目標はゲートの破壊と『勇者』奪取の二つ。ディランちゃんが駆けつけた時にはもうゲートが別の黒フードに壊された後だったらしいわ」

 

 イザスタは深刻な顔で説明する。元々この国には国家間長距離移動用ゲートがあった。これは数が少なく、設置されている国は数えるほど。しかしこれによって、通常移動に数日から十日以上かかる別国への移動が、検査などを踏まえても数時間程度で済ませられるというのは大きな利点だった。しかし、今はそれが破壊された。

 

「ゲートの復旧には少なくとも数か月はかかるわ。その間ヒュムス国は往来が非情に難しくなるわねん。これは黒フード達が自分達を追わせないためと、『勇者』達をここから逃がさないためだと思う。ここから動かなければまたいずれちょっかいをかけられると踏んでのことじゃないかしら?」

『…………今はまだ何とも言えませんね。しかし、イザスタさんは“副業”である『勇者』の情報集めが終わったら一度その国を離れるのでしょう。ゲートが復旧しなければ少し問題ですね」

「あぁ…………それがその…………」

 

 リームのその言葉を聞いて、イザスタはどこか言いづらそうに身体をもじもじさせた。もちろんこれもリームには見えていないのだが。

 

「実はね、色々あって………………ユイちゃんの付き人及び『勇者』達の護衛役を請け負っちゃったりして」

『…………はい!?』

 

 一瞬の間をおいて、リームが少しだけ間の抜けた声で聞き返す。出来れば聞き間違いであってほしいとでも思ったのだろうか。しかしイザスタの答えは変わらなかった。

 

「だから、ユイちゃん達の護衛を引き受けちゃったのよんっ! だってしょうがないじゃないの。本来の付き人のエリックさんは見つかったけど、心身ともにボロボロでとても付き人を続けることは無理そうだったんだもの。護衛の人も今回の騒動で怪我人が多いし、人手が足りないからってディランちゃんに推薦されちゃったのよん。ユイちゃんも何故か喜んじゃって、断るに断れないし……」

 

 いつも飄々としているイザスタも、これには流石に参ったのか少々疲れた声で話す。

 

 

 

 

『……まあいいでしょう。分かりました。貴女はしばらくヒュムス国で『勇者』達についていてください。いずれにせよ『勇者』は依頼抜きでも興味がありましたからね。…………それで、貴女が見つけたトキヒサ・サクライさんのことですが』

 

 リームは少し諦め気味にイザスタの行動を認めた。だが、その後の言葉で場の雰囲気は一変する。今まではどこかなあなあで済む雰囲気もあったのだが、ことこれに関しては妥協を許すことはおそらくないだろうという態度だ。

 

イザスタも珍しく姿勢を正して神妙な顔をする。……別に見えている訳ではないのだけど。

 

「大まかな内容は二日前に言った通りよん。牢獄の中でトキヒサちゃんと、クラウンの仲間とされるエプリちゃんが空属性のゲートに吸い込まれて行方不明。アタシとディランちゃんはすぐにゲートの痕跡を調べたけど、目的地が設定されていなかったから何処へ跳ばされたかは辿れなかった。だけど、新たにアタシの眷属になったウォールスライム……いえ、今は()()()()()()()になったヌーボの身体の一部がトキヒサちゃんにくっついていたことから、ヌーボならある程度の場所の絞り込みが可能だって分かったの」

『そこまでは以前報告を受けました。今聞きたいのはそれが何処かということです。イザスタさんのことですからもう大分場所を絞り込んでいるのでしょう?』

「まあね。それでその場所なんだけど…………ちょ~っと厄介な所なのよねん。今そっちに絞り込んだ場所の情報を送るわね」

 

 イザスタはそう言うと、懐から取り出した地図に印を付けて砂時計の部分をかざした。すると砂時計から光が放たれ、まるでコピー機のスキャンのように地図を覆っていく。

 

『…………情報来ました。……ここは!?」

「そう。リームがいる魔族の国デムニス国と、交易都市群の一部が跳ばされた可能性の高い場所。ここから一番近い交易都市群の何処かであっても、今のゲートが使えない状況では辿り着くまで二十日近く。急いでも十五日はかかるわねん。それがデムニス国の何処かとなったら…………お察しね」

 

 魔族の国となると、正直言ってヒト種には少し生きづらい場所だ。ヒト種から見た魔族はもう不倶戴天の敵だが、魔族から見たヒト種も敵に変わりはない。流石にヒト種までの敵意はないにしても、あまり良い感情を持っていないのが現状だ。ここには流石のディランの人脈でも届かない。

 

 まだ交易都市群の何処かであれば人種も雑多なので少しは問題ないが、どちらにしても捜索は困難を極めるだろう。リームは内心ため息を吐きながらこれからの行動を考えた。

 

『分かりました。デムニス国の方は私が捜索します。幸いこちらでの基盤も固まってきた所なので、多少は人員を捜索に回せるでしょう』

「了解! 今は魔王城仕えの役人だっけ? 流石リームよねぇ。お姉さん的にはもっと休んで楽してほしいんだけど」

『……? 休んでいますよ? 昨日も三時間()寝ましたし、やろうと思えば五日くらい寝なくても問題ありません』

 

 さらりと物凄いことを言うリームに、世間ではそういうのをワーカーホリックって言うんじゃないのかなと思いながらイザスタは困ったような顔をする。

 

「問題は交易都市群の方ね。あそこの担当は……」

『アシュとエイラですね。アシュの方は“副業”で都市群を常に移動していますから、上手くすれば見つけられるかもしれませんね。……まったく。ようやく五人目が見つかった矢先にこの始末。全員見つかるまであとどれだけかかることか』

「まあ時間はあることだし、じっくり探しましょうよん。もちろんトキヒサちゃんのことは急ピッチで進めるにしてもね」

 

 

 

 

 イザスタとリームはそれから捜索の手順、更に細かな場所の特定などを話し合い、しばらくしてから通話を打ち切った。イザスタは静かになった部屋に備え付けられたベットにダイブしてそのまま仰向けに転がる。

 

「……ごめんねトキヒサちゃん。今は動けないけど、いずれ必ず探しに行くから」

 

 彼女のその言葉は、誰の耳にも入ることもなくただ消えていった。




 次回から第二章に入ります。危ない相手と二人きりの探索行。何とかフラグを乗り切れれば良いのですが。

 続きが気になる方は高評価! 感想などが来ると投稿速度が跳ね上がるかもしれませんよ!


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第二章 牢獄出たらダンジョンで
第二十八話 起きる者と眠りにつくモノ


 第二章開幕です。



ブブー。ブブー。ブブー。

 

「うっ!? う~ん」

 

 胸元から定期的な振動を感じて俺は目を覚ました。スマホでも入れてたかな? 思わず胸のポケットをゴソゴソと探る。…………って、ここ何処!? 何故か口の中がじゃりじゃりするんだけど!?

 

 ペッペッと口の中から砂を吐き出し、俺は寝ぼけまなこで周りを見回す。だが、一面真っ暗闇で周囲の状況はつかめない。目が慣れてくるのを待つしかないか。その間にこれまでのことを思い返してみる。

 

 え~っと。確か、これから出所しようってところで鼠軍団があちこちに出てきて、その発生源をイザスタさんと探しに行ったんだよな。それでやっと発生源を見つけたと思ったら、変な黒フード達が襲ってきて……。

 

 そうやって少しずつ思い出していき、自分が空中に開いた穴に吸い込まれたところまで思い出してハッとする。確かもう一人一緒に吸い込まれたはずだ。黒フードの仲間のエプリって呼ばれていた少女が。あいつはどこに行った!?

 

 慌てて周りを手探りする。まるっきり見えない以上仕方ないのだが、ゴソゴソ探っている内に何か手に暖かく柔らかい感触があった。

 

むっ! この感触。エプリかな? そのまま手を当てていると、僅かだが規則的に動いていることから生きていることが分かる。良かった。だけどこの暗闇で離れるとマズそうなのでしばらく手を触れたままにしておく。

 

 ブブー。ブブー。

 

 おっと。さっきからこれを忘れていた。俺が胸ポケットを探ると、そこにあったのはスマホと……アンリエッタから貰った通信用ケースだった。

 

これって俺からだけではなく、向こうからも連絡できたらしい。いやまあ通信機器なんだから一方通行ってことはないだろうけど、向こうからかかってくるのはなんか新鮮だ。俺はケースを開けて通話状態にする。

 

『ブツッ。…………や~っと通じたわね。ワタシからの連絡は十秒以内に出なさいよまったく。それに、何? アナタは毎回予想できないところに跳ばされる体質なの? それはそれでアイツは喜ぶかもしれないけど、こっちはたまったもんじゃないっての!!」

 

 通話が始まるなり、アンリエッタのお小言プラス愚痴が機関銃のような勢いで飛んでくる。こういう時に下手に反論するのは下中の下策。これは“相棒”や陽菜に謝り慣れている俺でなくとも一般常識だと思う。

 

『……まだまだ言いたいことはあるけど、時間が限られているからここまでにしといてあげるわ。こちら側から連絡した場合は通信時間は十分間。その代わり、一度使用したら丸一日そちらからもこちらからも使用できなくなるの』

「了解了解。では手早くいこう。まず、ここは何処で、俺はどのくらい寝ていた?」

 

 まずは状況確認から。こうホイホイあっちこっち跳ばされる身としては、自分の場所は常に把握していないと危ない。それとどのくらい寝ていたかも重要だ。時間制限があるからな。

 

『まずアナタの居場所だけど、目的地が設定されていないゲートで跳ばされたから正確な位置まではまだ分からないわ。ただ、周囲の魔素の状態から考えると、そこは何処かのダンジョンの可能性が高いわね。それと、アナタが跳ばされてからおよそ一日くらい経っているわ』

 

 つまり今は異世界生活七日目の昼頃…………って、ちょっと待て!? 今ダンジョンって言った!?

 

 ダンジョン。それはロマンである。侵入者を試すために仕掛けられた様々な罠。そこに住まう原生生物。命がけの試行錯誤の末に到達する最深部。そこに安置されるのは、製作者がそうまでしても守りたいと思うもの。自らの知恵と力と運を総動員して挑んだ先に有る物は一体何か? あぁダンジョン。何て良い響き!!

 

『…………っと! ちょっと聞いてる!? 何よアナタ!? ダンジョンって聞くなり気持ち悪い笑みを浮かべちゃって。…………そんなに好きなの?』

「大好きだとも!! ダンジョンの話なら漫画にアニメにゲーム、それと実際に俺が体験した分に至るまで、知らない人相手でも五、六時間は語り続けられる自信がある」

『……一応分かってはいたけどここまで好きだとはね。まあ宝探しが好きなのはこちらとしても助かるからいいけど……そろそろ他の話に移っていい?」

 

 呆れながらアンリエッタが言う。おっと。ついダンジョンと聞いて熱が入ってしまった。何せ異世界のダンジョンだから、それはもうものすごい仕掛けがあるんだろうなと思ってしまって。

 

『さっきも言ったけど、アナタが何処にいるかまでは不明よ。本来ダンジョンの中から外へ、あるいは外から中へ意図的にゲートを開くことは難しいのだけど、今回は目的地が設定されていないゲートだったから偶然跳んでしまったみたい。だからダンジョンからは自力で脱出する必要があるわ。あぁ。ワタシの加護は例外よ。そこからでも換金及び返金は可能だから、安心して金を稼ぎなさいね!』

「よしよし。ここでも『万物換金』は使用可能と…………待てよ? アンリエッタ。このダンジョンってモンスターとか居るか?」

『……おそらく居るでしょうね。種類までは不明だけど、何か遠くに動くモノがいるのは感知できたわ」

 

 やっぱりか…………するとやっぱりおかしい。モンスターが居るとすると、丸一日眠っていた俺やエプリに気づかないなんてことがあるだろうか? 少しの間とか、こちらが起きている時ならまだあり得る。しかしそうではないとすると、あと考えられるのは……。

 

 俺は嫌な予感がして、ケースはそのままに貯金箱を取り出して硬貨を入れ、査定を開始する。査定の光を明かり代わりにして辺りを見渡すと、先ほどまでは暗くて見えなかったものが見えてきた。

 

 まずは俺が片手で触れていたエプリ。どうやら俺と同じように気を失っているみたいで、俺の隣に倒れていた。……ちなみに俺がエプリのどこに触れていたかは、彼女の名誉のために伏せておく。……柔らかかったとだけ言っておこう。しかし問題はそこじゃない。問題だったのは、

 

「……何だこれ…………骨!?」

 

 出来れば見たくなかった。周囲には、俺達を囲むように大量の骨が散乱していたのだ。何の骨かは判別できず、一体どれだけの量かもはっきりとは分からないが、人の頭蓋骨のような物と明らかに人ではない物の頭蓋骨が混じっている。

 

 俺は一瞬これがライトノベルや漫画で有名なスケルトンさんかと立ち上がって身構えた。ダンジョンならいてもおかしくはない。しかし、骨は辺りに散乱しているだけでピクリとも動かない。……考えてみれば、動くのならとうに襲われているか。スケルトンなら暗闇なんて関係なさそうだからな。

 

 更によくよく見れば、骨は皆身体の中央に砕けたりひび割れたりした黒っぽい石がある。これは魔石のようだけど何か違う。

 

「こいつらの心臓みたいなもんか? それにしちゃ全部ボロボロだ。これが壊れたから動かなくなったってことか?」

 

 しかし俺達を襲おうとしたタイミングで都合よく全員の心臓が壊れるなんてことがあり得るだろうか? 答えは否だ。つまりこれは誰かがやったってことだ。……俺は気を失っていたから除外。次にエプリだが、彼女も気を失っているようなので外していい。

 

 …………分かっている。立ち上がった瞬間に気づいたよ。これを出来るのはもう一人。いや、もう一体しか居ないってことを。しかし、それは辛い現実を一つ認めることになる。だけど確認しなくてはならない。見て見ぬふりをするわけにはいかないのだから。

 

「…………お前が守ってくれたんだな。ヌーボ」

 

 ゲートに吸い込まれる直前に、俺の身体に巻き付いていた触手。立ち上がった時の体の違和感で分かったよ。

 

 本体の七、八分の一しかないその小さな身体で俺を守るように絡みついていたコイツは、やっと起きたの? とでも言うかのように一度身体を軽く持ち上げると…………そのまま力尽きたかのように俺の身体からずるりと零れ落ちた。

 

「…………ありがとな。助けてくれて」

 

 俺はこの命の恩スライムを抱えてポツリと呟いた。その言葉と一緒に、いつの間にか眼から涙が溢れだしていた。俺がこの世界に来て、初めての……涙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一応言っておくけど、その子疲れて休んでいるだけでまだ生きてるわよ』

「それもっと早く言えよっ!!」

 

 ケースから聞こえてきた声に顔を真っ赤にしながらも思わずツッコミを入れる。すっごい恥ずかしいっ!! 穴があったら入りたい。でも……生きててくれて良かったよ。




 ダンジョン。それはロマン。……という訳で、始まりました第二章。

 第一章は駆け足で投稿してきましたので、ここからは少し投稿ペースが落ちます。しかし反応を返されるとストックをついつい放出したくなるお調子者なので、続きが気になる方は応援よろしくお願いします。


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第二十九話 久々の換金タイム

 アンリエッタが言うには、ヌーボ(触手)はどうやら俺が起きるまでずっと戦っていたから疲労が溜まっていたらしい。そんなことになっていたのに気づかずぐうすか眠っていた自分に腹が立つ。

 

「ヌーボ(触手)には起きたらしっかり礼をするとして……これどうしよう?」

 

 周りにはヌーボ(触手)が倒したであろう骨達がごろごろしている。頭蓋骨の数から見て少なくとも五体分。四つは人型のようにも見えるが、一つは何だか獣のような形をしている。人型の方は何かしら粗末な剣やら服やらを身に着けていて、昔ここで倒れた戦士の亡骸と言われても信じるぞ。

 

「換金するにしても、こう人型の骨を金に換えるって言うのは何というか…………な」

『ふ~ん。意外に信心深いのね? 宝探しなんてやっているからもっとガツガツしてるかと思っていたけど』

 

 宝探しなんてやってるからこそ、そういうことには最低限の敬意を持ってないといけないんだよ。まあこの状況なら“相棒”だったら普通に換金してるだろうけどな。使えるものは基本何でも使うタイプだから。

 

「ちなみにこの骸骨な方々ってどういう風に生まれるんだ? 自然に生まれる様子が想像できないんだが。人の骨とかを基にされてたりすると非常に換金しづらい。心情的に」

 

 二体スケルトンが居たらちっさいスケルトンが生まれてくる……というのでもないだろうな。

 

『基本的に死体とかにゴーストが憑りついて動かすのよ。だからアンデット系は死体の多い戦場や墓地で生まれることが多いの』

 

 やっぱりそういうタイプかぁ。普通に考えたらただの骸骨が何もなしで動き出すなんてないもんな。まだ他の幽霊とかが動かしているという方が納得できる。…………幽霊自体がほとんどお目にかかったことないけどな。

 

『だけどダンジョンではその心配はしなくて良いわ。ダンジョンのモンスターはほとんどダンジョンマスターに造られた物。皆身体の中に黒っぽい石があったでしょう? あれを基に造られた言わば擬似凶魔みたいなものよ。だからスケルトンも基本的には本物の死体じゃないわ』

「なるほど。少しは気が楽になったよ。最悪ダンジョンの中でやられた人がゾンビになって襲ってくるかと思った。……ってか、ダンジョンマスターとはまたロマンだねぇ」

 

 ダンジョンマスターと言ったらやっぱりアレか? 自在にダンジョンを組み替えて、迫りくる冒険者たちを迎え撃つという奴か。俺の昔読んだライトノベルでは、最終的には人間と仲良くするというルートもあったからな。敵になっても味方になっても実に燃える展開だ。

 

『だからなんでそうダンジョンのこととなると意識が明後日の方向に飛んじゃうのよ!? ……これなら換金できる?』

「まあそれならなんとかな。うっかり本物の骨が混ざっていないように祈るよ。……うりゃ」

 

 俺は覚悟を決めて骨に光を当てていく。光を当てるごとに、貯金箱にその名称と値段が表示されていく。……と言っても、

 

 スケルトンの骨 一デン

 スケルトンの頭蓋骨 十デン

 スケルトンの骨 一デン

 スケルトンのダンジョン用核(傷有)二十デン

 スケルトンの骨 一デン

 スケルトンの骨 一デン

 

 …………安い。すこぶる安い。スケルトン一体倒してもこれでは子供の小遣いくらいにしかならない。強いて言えば、ダンジョン用核が傷有だからこの値段ということは、傷のない状態であればもう少し値が上がるのではないかという点か。あとただの骨がやたら多い。

 

 ボーンビーストの骨 五デン

 ボーンビーストの頭蓋骨 三十デン

 ボーンビーストのダンジョン用核(傷有) 百デン

 

 おっ! 一体だけ違う奴はボーンビーストと言うのか。流石にスケルトンに比べて値段が高い。……でも一体分でも百三十五デン。日本円にして千三百五十円。相手がどれだけの強さか知らないが、命を懸けてまで戦う価値があるとは思えない額だ。

 

「……よくライトノベルだと、ダンジョンは一獲千金の場所だと書かれるけど、少なくともここはそうじゃない気がするな」

『それはワタシも同感。牢獄といいここといい、よくもまあ金になりそうもない所ばかり行くものね。早くここを出て課題に手をつけてほしいものだわ』

 

 他に使えそうなものと言うと、

 

 銅製の剣(状態粗悪) 二十五デン

 銅製の剣(状態粗悪) 二十五デン

 銅製の斧(状態粗悪) 二十五デン

 木製の弓と矢(状態粗悪) 十五デン

 革製の鎧(状態粗悪) 二十デン

 革製の鎧(状態粗悪) 二十デン

 布製の服(状態粗悪) 十デン

 

 スケルトンが身に着けていた装備。装備の内容がバラバラなのはよく分からないが、地味にスケルトン本体より値が張るのがなんか悲しい。それと全て状態粗悪がついている。実際に見て見ると、どれも刃こぼれしたり錆びていたりとボロボロだ。どうやらメンテナンスはあまりしていないらしい。他には…………あれっ!?

 

 黒鉄のナイフ(麻痺毒付与) 六百デン

 

 よく見たらクラウンの奴が使っていたナイフだ。戦いの中で落としたらしい。やはり他の装備と違って結構良いお値段だ。本人が言っていた通り麻痺毒が付いている。

 

「そう言えばこれクラウンの物だけど、換金不可とは出ていないな。何でだ?」

『それは簡単よ。そのナイフの元の持ち主はクラウンだけど、持ち主が紛失した場合は次に手に入れた者が所有者になるのよ。ただし、元の持ち主に強い由来がある物は話が別だけどね。何かの祝福とか呪いとか』

「よく分からないが、つまりこれは奴の専用装備とかじゃないから持ち主が変更できたってことか?」

『何か違う気がするけど…………まあそんな感じで覚えておけば良いわ』

 

 それにしてもナイフか……。まあアイツにはひどい目に合わされたから慰謝料代わりに貰っといても罰は当たらないか。

 

 他にこっちに吸い込まれたものは…………戦いの中で砕けた床の破片とか、牢の中で取り出してそのままだったクッション。それと本棚もあったのだが、こっちは風で吹き飛ばされた時にどこかにぶつけたらしくバキバキに割れてしまっている。これでは木材としてもあまり使いどころがない。

 

 あとは牢で戦った大量の鼠軍団が落とした魔石。これは中々数が多くて見つかっただけでも十個。吸い込まれなかった物もあるだろうから実際はもっと多かっただろう。これは一つ六十デン。俺が戦いながら拾っていたものと合わせると合計三十二個になる。一体どれだけいたんだ鼠軍団。つまり魔石だけで千九百二十デンになった。

 

 

 

 

「ふぅ。ざっとこんなところかな」

 

 大体の査定が終了し、ほとんどを換金したところしめて三千二百五十デン。スケルトン達の素材及び装備は換金しても四百デンくらいにしかならなかったが、魔石がかなりの額になったこととクラウンのナイフがそこそこの値がついたのは助かった。まだまだ課題の一千万デンには届かないが、こうして少しずつでも増やしていかないとな。

 

 換金額のうち五百デン分を銀貨と銅貨にして服のあちこちにしまう。使える魔法が金属性と分かった以上、金は武器(物理)でもあるからな。いつでも取り出せるようにしておこう。

 

『ふ~ん。まあまあの収穫じゃない。でもその調子じゃあ一年どころか五、六年かかっても課題は終わりそうにないわよ』

 

 確かに、仮に一日にこの三千二百五十デンを毎日稼ぎ続けたとしても、とても一年では目標額に間に合わない。それに最初にアンリエッタに言われたではないか。()()()()()()()()()だって。こんなやり方で全て稼いだとしても面白くないだろうな。…………やはり折角ダンジョンに来たんだし、お宝の一つでも手に入れてドカンと稼がないとダメか。

 

『それと、そろそろ通信限界だけどまだ話すことはある? これが終わると丸一日通信は出来ないわよ』

 

 そう言えばそう言っていたな。しかし聞きたいことか。急に言われても…………いや、一つあるな。

 

「前々から気になっていたんだけどな。俺が課題で稼ぐ金。今も能力の手数料とかで送っている訳だけど、一体何に使うんだ? 神様でも金を使って買い物したりするのか?」

『…………ワタシ自身はあまり使わないわよ。だけど必要なものではあるから貯めているの』

 

 アンリエッタはそう言うとそのまま黙ってしまった。あまり聞かれたくないことだったのかもしれない。

 

「そっか。よく分からないけど、そっちも必要としているならいい。ただ課題の為だけに集めるよりは良くなった」

『……そろそろ時間ね。じゃあ次はいつも通り夜中頃に。ただ今日一日は使えないから、明日の夜中に連絡しなさいね』

 

 そう言い終わると通信が切れた。俺はケースを胸ポケットにしまうと、明かり代わりにしていた貯金箱で再び周りを照らす。今はまずここから脱出することが第一か。宝探しは準備を整えてからじっくりとするとしよう。俺はエプリやヌーボ(触手)が起きるまで、新たに加わった荷物やこれまでの品の整理をすることにした。




 スケルトンは倒しても旨味が無いのです。何せ骨しかないですし。造る側のコストパフォーマンスは安くて良いんですけどね。


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第三十話 寝た子を起こすは危険です

 なんてこったい! 俺は荷物を整理している内にとんでもないことに気づいて愕然とする。……俺の荷物牢獄に置きっぱなしじゃん!! 本来出所の際にディラン看守から受け取っていくつもりだったが、途中であんなことになったから受け取り損ねた。持っているのは身に着けていた小物のみ。

 

「……俺のキャンプ用品も、宝探し用グッズも、非常食も……楽しみにとっておいたブ〇ックサンダーまでも……なくなってしまった」

 

 凄まじい損失だ。ダンジョンに跳ばされた今こそ使いどころだというのに。最悪換金すればそれなりの価値になる品物だったというのに…………ちくしょうっ!

 

 しばらく地面に手をついて落ち込んでいたが、いつまでもこんな状態ではいられない。多少荷物のことを引きずりながらもなんとか立ち直る。

 

 それにしてもこれからどうしたものか。俺は明かり代わりの貯金箱で周りを照らしながら考える。周囲に散乱していた骨や瓦礫類はほとんど換金し、辺りが大分スッキリしたところで改めてここの様子を調べる。

 

 まずここはどうやら部屋らしい。それなりに広く、テニスコート一面分くらいありそうだ。壁や床は石を組んで作ってあるようで、軽く叩くと鈍い音がする。壁を壊して進むのは難しそうだ。

 

 周囲は明かりもなく真っ暗闇。進むのなら明かりの用意は必須だな。スケルトン達は明かりらしきものを持っていなかったから、暗闇でもこちらのことが分かるのかもしれない。

 

 しかし。俺は貯金箱を見ながらふと考える。いくら何でもずっと貯金箱を掲げたままと言うのは問題だ。査定の時間も限られているし、いちいち使うたびに硬貨を入れなければならないのも地味に懐に来る。…………よし。明かりを作ろう。材料はあるから出来るだろう。

 

 

 

 

 数分後。なんちゃってではあるが松明のようなものが完成した。本来は松の明かりと言うくらいだから松などの樹脂を使うのだけど、残念ながらここにはそんなものは無い。ある物といったら…………。

 

 俺は一応の礼儀として軽く手を合わせると、木の棒の代わりにスケルトンの骨を使わせてもらう。アンリエッタ曰く本物の死体ではないらしいが、それでもまあなんとなくだ。先の部分にボロボロの布の服を裂いてグルグルに巻き付ける。あとは何か油のようなものがあれば…………ないか。まあ骨自体に油成分があるかもしれない。

 

 何とか形だけは整ったので、あとは火を点けるのみとなった。ポケットからライターを取り出しながら、ふとイザスタさんと魔法の練習をしたことを思い出す。

 

「牢獄の中は魔法封じがあるから、あくまで発動のイメトレとか文言の練習だけだったよなぁ。どの属性がきても良いように全部の初歩を練習したけど。……実際は俺の適性は特殊魔法の金属性だったから、基本属性はどのみち使えないんだよなぁ」

 

 ちょっと空しくなって小さくため息を吐くと、何の気もなしに地面に置いた松明に向けて指を指し、火属性の初歩の言葉を呟いてみる。

 

「火よ。ここに現れよ。“火球(ファイヤーボール)”……なんつってね。っておわっ!?」

 

 ポンッ。

 

 呪文を呟いた直後、なんと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 火の玉はせいぜいしょぼいライターくらいの火力しかなかったが、松明の持ち手である骨の部分に当たるとそのまま燃え上がってチロチロと音を立てている。骨部分に可燃性の何かが含まれていたのだろうか…………じゃなくてっ!

 

 俺は自分の指先をじっと見る。……今指から火の玉が出なかったか? いやいやそんなまさか。何かの間違いだよな。ナハハと笑いながら頭をぼりぼりと掻く。

 

「………………“火球(ファイヤーボール)”」

 

 今度は呪文を省略して唱える。すると、今度は線香花火程度の弱々しい火球が指先から飛び出した。軽く風が吹いただけで消えそうなものではあるが、確かに俺の指先から出たのだ。

 

 …………ええええっ!? いやいや待て待て待て。落ち着け。クールになれ桜井時久。深呼吸だ。すーはー。すーはー。……よし。少し落ち着いた。落ち着いたところで状況を整理しよう。

 

 まず火属性は基本属性だ。そして俺は金属性。金属性は特殊属性で、基本属性とは基本両立しないというのがイザスタさんの談だ。このことを踏まえて、この時点で思いつく結論はいくつかある。

 

 一つ目は俺は元々火属性で金属性でなかったということ。だが、それは試しに銅貨を一枚攻撃の意思を持って壁にぶつけてみたところ、パンッと小さな音を立てて炸裂したことから却下。

 

 二つ目はイザスタさんの言うことが間違っていたということ。本当は両立することもあるという可能性だが、そこを疑い始めたらきりが無くなるうえにわざわざ俺を騙す理由がないのでこれも却下。

 

 そして三つ目は、何かの加護かスキルで追加されたということ。俺はここで、ディラン看守がここに来る前に言っていたことを思い出す。俺の加護は“適性昇華”だって。昇華とはたしか、物事が一段階上の状態になるという意味があったはずだ。これが怪しい。

 

 例えばこうは考えられないだろうか? 俺には基本属性の適性は無い。だけど“適性昇華”の力で、適性ゼロが適性一くらいに上がったという可能性。だから魔法は使えるけれど、初歩のしょぼい威力しか出せない。…………適当に考えたが、これは意外に良い線いってる気がする。

 

「……ならもしかして、他の属性も使えたりするんだろうか?」

 

 この時点で、俺は少しテンションがおかしくなっていた気がする。それはそうだろう。一度やってみたかった“火球(ファイヤーボール)”がしょぼいとはいえ本当にできたのだ。ロマンである。ならば他のも試そうと思うのは至極当然だ。俺はそこから軽く魔法の実験をした。

 

 ……結論から言おう。()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 火属性はさっきのようにライターと変わらず、水属性は水鉄砲程度。風属性はそよ風くらいにしかならず、土属性にいたっては公園の砂場でよく見る小さめの砂山を作るのがせいいっぱい。…………しょぼすぎないかこれ?

 

「唯一使えそうなのはこれくらいか…………光よここに。“光球(ライトボール)”」

 

 何とかいけそうだと思ったのは光属性の魔法だった。これは呪文を唱えると、指先に眩い光を放つ光球が出現するものだ。さらに言えば、それは一度使うとしばらくの間自分の周りを滞空する。つまり明かりで手が塞がらないという訳だ。いざという時に手が空いているかどうかはかなり重要になるからな。

 

 光球は俺の周りをクルクルと旋回しながら滞空する。その明るさはちょっとした電球くらいだが、これでも真っ暗な中では大いに助かる。少しは状況が前向きになったことで、文字通り希望の光が差してきた気がした。

 

 ……だが俺は気付いていなかった。ただでさえ魔法の実験でテンションが変な感じになり、うっかり周りのことを忘れて騒いでしまったこと。加えて真っ暗闇の中で急に明かりをつけたこと。それを眠っている人のすぐ近くでやったらどうなるか? …………答えは簡単。()()()()()

 

 そして忘れていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、

 

「“強風(ハイウィンド)”」

「……っ!?」

 

 突如覚えのある声と共に、部屋の中に強風が吹き荒れる。俺はハッとして振り返るも、一歩遅く強風に囚われて壁に叩きつけられてしまう。……なんか壁に叩きつけられるの最近多くないか? そのままずり落ちるところ、風が横殴りに吹き付けて壁に押さえつけられる。

 

「……あの女はいないようね。これでお前を守る者はいない」

 

 俺を風で吹き飛ばしたのはエプリだった。しまった。つい魔法の実験に夢中になって、話し合いのための用意を忘れてた。彼女は少しずつこちらに近づいてくる。ヌーボ(触手)は動かない。こっちはまだ眠っているようだ。

 

 そして、ついにエプリは俺に手が届く所まで到達する。上手く計算されているのか、風は依然として俺を拘束したままだ。

 

「……さっき言ったわよね」

 

 エプリは動けない俺に向けて手を伸ばす。その時風で黒フードがはためき、一瞬だけまた素顔が見えた。

 

「……生かしておけない。殺すって」

 

 そう言った彼女のチラッとだけ見えた顔には、こちらを見据える鋭い赤眼と、口元に浮かぶ不敵な笑みがあった。




 魔法のロマンで胸がいっぱいになったらいきなり命の危機。時久は結構迂闊な所がありますね。


 ちなみにエプリは寝起きなので更に危険度が上がっています。まあ元々が高いので誤差の範囲内ですが。


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第三十一話 勢い任せのプロポーズ(に似た説得)

「……殺す前に喋りなさい。ここはどこ?」

 

 エプリは俺の顔を指差しながら聞いてくる。……そうか! エプリは気を失っていたからここまでの経緯が分からないんだ。

 

「ええと、そのぅ。俺もここがどこだか分からなくてだねぇ」

「“風弾”」

「あだっ!?」

 

 正直に分からないと言ったら、エプリの指先から何か飛んできて俺の額に直撃する。例えるなら昔父さんにくらったデコピンくらい痛い。“相棒”のデコピンに比べればどうってことはないけどな。あれは本気で痛かった。

 

「……やはり頑丈ね。並のヒトなら額が割れて血が噴き出す程度の威力があるのだけど、少し赤くなっただけか」

 

 なぬっ!? 今のってそんな威力があったの!? というかそんなもんを人の頭にぶつけてきたのかコイツは!! 俺は内心怒りを覚えつつも、ここは我慢とじっとこらえる。

 

「……どこだか分からないってことはないでしょう? また誤魔化したり答えられなかったら打ち込むわ。どうせ死ぬなら痛いより痛くない方が良いと思うけど。……素直に喋ることね」

「だから本当なんだってっ! あれからお前が気絶した後にだな……」

 

 俺はエプリが気を失った後のことをかいつまんで説明した。もちろんアンリエッタのことは伏せたが。

 

 部屋は俺の周囲を旋回し続けている光球と、床に置かれたまま燃えているなんちゃって松明があるのでそれなりに明るい。こんな中で話をしていると何故かキャンプファイヤーをしている気分になるな。

 

 ……何故か時々風弾が飛んできて、顔面に直撃するのは理不尽だと思う。俺は全て正直に話しているというのに。そしてここに来て、さっき魔法の実験をしていたところにエプリが起きて俺を拘束したという所で話を終わる。

 

 

 

 

「…………話は分かったわ。オマエが嘘をついているかどうかは別にして、ここがダンジョンだということは間違いなさそうね」

 

 エプリが倒したスケルトンから核を引き抜きながら言う。俺が話をしている途中、部屋から伸びている通路の一方からスケルトンがやってきて襲ってきたのだ。

 

 俺は戦いになればエプリも拘束を解いてスケルトンに集中するかと思ったのだが、エプリは片手間でスケルトンを撃退してしまう。これはスケルトンが弱いというよりは、エプリが相当な実力者であることが大きい気がする。

 

「こういう核はダンジョンのモンスターしか持っていない。だからここがダンジョンだというのは信じる。……しかし参ったわね。今はあの時から丸一日経っているというのは本当?」

「多分間違いない。腕時計で確認したら日付が一日過ぎていた。まあこれはお前が信じてくれることが前提だけどな」

 

 エプリは腕時計を一度チラッと見て訝しげな顔をする。といっても顔の大半はフードで見えないのだが。話の途中、これはいつでも時間が分かる道具だと説明したら興味なさげな態度を取られた。信じていないのかもしれない。

 

「……クラウンからの連絡は無し……か。やはりダンジョンまでは空属性でも届かないようね」

 

 エプリは懐から何かを取り出して確認するとそう言った。俺のケースみたいな通信機器だろうか?

 

「……ふぅ。これでは依頼は不完全ね。どちらにせよ半金は貰っているからその分は良いとして、やはり一度合流が必要ね」

「ちょい待ちっ! 半金ってどういう事だ?」

 

 妙な単語を聞いた気がして聞き返す。

 

「…………言っていなかったわね。私は傭兵なの」

 

 傭兵。つまり雇われて戦う人のことである。俺の脳裏に身の丈よりデカい鉄塊みたいな剣を振り回す男のイメージがよぎる。それと目の前の少女を比べて考えて見ると…………うん。どうにも傭兵と言うのが似合わない。

 

「……似合わないなって顔をしているわね。……まあ良いわ。話は大体聞き終わったし、あとは…………分かるわよね?」

 

 エプリはそう言うと、手のひらをこちらに向けて精神を集中し始めた。げっ! 殺すってマジだったの? 情報を引き出すためのブラフとかじゃなくて?

 

「ま、待った待った。殺されるのは困るんだって。それに何で顔を見ただけで殺されなくちゃならないんだ? 顔を見た奴を殺すんだったら、俺意外にもあの場にいた全員が見ているはずだ。何で俺だけを目の敵にする?」

「顔を見た()()? 違うな。それだけなら脅しをかけて口止めすればいい。実際最初は必ずしも殺すつもりはなかった。だが、オマエは私に許せないことをした」

 

 エプリの声がだんだん凄みを帯びてくる。気の弱い人なら聞くだけで震えあがるような威圧感だ。気のせいか喋り方も少し変わっている気がする。

 

「……もしやあれか。戦いの中でもみ合いになって変な感じになったことか? 確かにあの体勢は傍から見たら酷かったもんな」

「……それもある。けれど、それは戦いの中でのこと。私の身体を押さえつけて無力化しようというのはまだ納得できた。だが…………アレは許すことが出来ない」

 

 えっ!? うっかりセクハラ紛いの体勢になっちゃった件でもないと。すると一体? 俺はエプリとはあそこで初めて会ったはずだしな。

 

「………………本当に分からないのか? あんなことを言っておいて」

 

 俺が考え込んでいると、エプリがしびれを切らしたのかヒントになるようなことを言ってきた。言っておいてということは、俺がエプリの逆鱗に触れるようなことを何か言ったってことになる。しかし何か気に障るようなことを言っただろうか? …………ダメだ。思い出せない。

 

「…………だと言ってきただろう」

「……えっ!? 何だって?」

 

 今一瞬エプリが言った言葉。だが、どうしてそれでこうなるのか分からず、何か聞き間違ったのかともう一度問い返す。

 

「…………()()()と言ってきただろうっ!! この私にっ!!」

 

 遂にエプリは絞り出すようにその言葉を叫んだ。……そういえば言ったなぁ。最初にフードが取れた時に確かに。だっていきなりどこの妖精だと言える感じの美少女が出てきたんだぞ。見とれてつい言ってしまっても仕方ないと思うんだが。

 

「いや確かに言ったけども、それで何で殺されなきゃなんないの? 普通に褒めただけだって」

「この私が綺麗だと…………ふっ。この私がかっ!?」

 

 そこでエプリは、何を思ったのかフードをとって素顔をさらした。雪のような白髪に輝くルビーのような緋色の瞳。可愛い系というより綺麗系の顔立ち。…………うん。やっぱり綺麗だ。俺的には百点満点中で九十五点をあげたい。

 

 ……残り五点はその表情の分で減点だな。だってエプリの今の表情は…………とても悲しく痛々しいと思えるものだったから。

 

「この髪と瞳の色を見ろっ! この身の忌まわしい出自が一目で分かる。それを褒めるだと? そんなことあり得ない。あり得る訳がないっ!! ならばこれは嘘だ。私をあざ笑うための虚言に違いない。…………許せるものか。そんなことは。絶対にっ!!」

 

 エプリは動けない俺の胸倉を掴んで吠えた。その言葉は刺々しく、それでいて切なさを感じさせるものだ。……俺はどうやら彼女の地雷を踏んでしまったらしい。何かは分からないが、トラウマかコンプレックスの深いところを。

 

「もう一回言うぞ。……綺麗だ」

「なにっ!?」

 

 エプリが殺気を飛ばしてくる。ここはなるべく相手を落ち着かせながら話を進めていくところだ。だが、今の彼女には適当な丸め込みは通用しない。それなら話は簡単だ。俺の気持ちを正直に話すこと。今できるのはそれだけなのだから。

 

「俺は誤魔化すことはよくやるけど嘘はあまり吐かない。その俺の見立てでは、お前は綺麗だよ。ここまでの美少女はほとんどいないと思う」

「っ!? この期に及んでまだそんなことを」

「あぁ。何度でも言ってやる。お前は綺麗だ。美人だよ。そこに嘘は吐けない。いきなり人を殺そうとするし、拷問手馴れてるし、おっかないけど…………綺麗だよ」

 

 エプリはそれを聞いて、俺から手を離して少しだけ考えるそぶりを見せた。そして、

 

「………………本当か? 本当にそう思っているのか?」

「本当だとも」

 

 即答だ。生き残りたいから言うんじゃない。本当にそう思ったから言うのだ。もっと安全で甘い言葉を囁くべきだったのかもしれないが、俺にはこんな言葉しか思いつかなかった。

 

 

 

 

「……………………お前は変わっているな」

 

 こちらを見たエプリは、少しだけさっきより落ち着いて見えた。さっきはいつ爆発してもおかしくない爆弾みたいな様相を呈していたが、今は刺激しなければ爆発しない程度には安全になった気がする。……例えとしては自分でもよく分からないが。

 

「元いた世界でも言われたよ。主に“相棒”に」

 

 俺がそう言って返すと、エプリは少しだけ顔色を変えた。

 

「元いた世界? …………まさかお前『勇者』か?」

「……自分じゃそうは思わないけど、まあ別の世界から来たという意味であれば『勇者』だな」

「…………成程ね。そういうことか」

 

 そこでフッと身体を拘束していた風が消えた。そのままずり落ちるが、よいしょっと声をあげて立ち上がる。ずっと押さえつけられていたもんだから身体があちこち痛い。

 

「拘束を解いたってことは、もう戦う気はないってことで良いのか?」

「……まあね。ひとまずは殺す気はなくなったわ。()()()が別の世界のヒトなら……()()()()()()()()()()()()

 

 そう言ってエプリは再びフードを被る。口調も元に戻っている。だが一瞬見えたその横顔は、まだどこか切なさを感じさせるものだった。

 

 

 

 

「ところで、さっきの言葉は愛の告白とでもとればいいのかしら?」

「さっきのって……あっ!?」

 

 確かに勢いに任せて綺麗だとか美人だとか言ってしまった。この部分だけ見れば口説いているようにも見える。いくら非常事態だったとはいえ俺はなんてことを~。

 

 気恥ずかしさでゴロゴロ床を転げまわる俺。それをエプリの奴は、冗談よなんて言って笑っていた。おのれ。覚えてろよっ!




 フラグが立ちました。……何のとは言いませんが。


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第三十二話 短い間の協力者

「それでこれからどうする? 戦うのは勘弁な。俺は女の子を殴る趣味も殴られる趣味もないから」

 

 ひとしきり転げ回ったあと、俺はすくっと立ち上がって言った。今までの醜態をなかったことにするかの如くビシッとした立ち姿だ。……手遅れ? あっそう。

 

「……一応聞いておくけど、そこで眠っているスライムが一体でスケルトン達を倒したって本当? 私達を庇いながら?」

「ああ。直接は見てないけどな。周囲に散乱した骨から俺を守るように絡みついていた。そうでもないと気を失っていたのに俺達が無事だったのに説明がつかないだろう?」

「……そう言えばその骨はどうしたの? 私が目を覚ました時には見当たらなかったけど?」

「それなら置いといたら邪魔になるから俺が預かっているよ。ほらっ!」

 

 俺は貯金箱を操作して、スケルトンの骨を数本とダンジョン用の核を出してみせる。手数料の一割を取られるが仕方がない。まあクラウンも牢では勘違いしてたし、これも空属性の一種って誤魔化せるだろう。きっと。

 

 エプリはそれを見ると何故か驚いたようだった。フードの下で一瞬息をのんだように思える。しかしすぐに落ち着くと、骨や核を手に取ってしげしげと検分する。

 

「…………確かについさっき採れた物のようね。アナタが私が眠っている間に倒したという可能性もあるけど……まあ良いわ。一応そのスライムがやったと信じましょう。それを踏まえてだけど…………()()()()()()() ここを出るまでの間」

 

 それは、イザスタさんの時と同じく一つの大きな分岐点。この選択は確実にこれからに大きく影響する。また不意にそんな気がした。

 

 

 

 

「雇うって……ずいぶん急だな。さっきまで俺を殺すだの色々言ってなかったっけ?」

「…………気が変わっただけ。それに、私を雇うのはアナタにもメリットがある話よ」

 

 エプリは軽く腕を組んで壁にもたれかかりながら言った。

 

「まず私の目的は、早くこのダンジョンから出てクラウンと合流すること。アナタもダンジョンから出るまでは私と目的は同じ。そうでしょう?」

 

 俺はうんうんと頷いてみせる。俺も早くダンジョンから出てイザスタさんと合流しないといけない。

 

「ここが閉ざされた場所でない限り、必ず風の流れがある。例えダンジョンでも入口がある以上、私ならその風を読むことが出来る。外までの最短距離を見つけることが出来るわ。……アナタはただ私についてくればいい。それが一番早くここから出る道よ」

 

 なるほど。本当に風が読めるのなら、それを辿っていけば入口なり出口なりにはすぐ辿り着けるわけだ。しかし、

 

 

「一つ聞きたいんだけど、それなら自分一人だけで行ってもいいんじゃないか? 何でまた俺を誘うんだ?」

「…………この風を読む技には一つ問題があって、読んでいる間高い集中が必要なの。普段ならスケルトンの数体程度なら物の数ではないし、アナタを護衛することも問題ないわ。だけど集中している時だけは無防備になるの。……アナタ、正確にはアナタと一緒にいるウォールスライムにその間だけは私の護衛を頼みたいの。一体でスケルトン数体を仕留められるなら、多少は護衛として役に立ちそうだから」

 

 俺じゃなくてヌーボ(触手)が目当てかいっ! ……まあ分かるけどな。本体から離れてあんな小さくなったのにこの強さだ。

 

「……一応アナタも荷物持ちとしては期待しているから」

 

 俺の顔色を見て察したのか、エプリがフォローのような役割を追加してくる。……荷物持ちか。確かに『万物換金』なら擬似的な収納スペースとして活用できるけどな。しかしあれ金がかかるんだよなあ。

 

「私からの提案は以上よ。断るんだったらここで別れるわ。アナタを仕留めるのは…………そこのスライムと戦うのは面倒だからやめておく。……それで返事は?」

 

 さて、どうしようか。まずここで受けるのはこちらにもメリットはある。今エプリが言ったように、最短ルートで行けるならそれに越したことはない。それに、エプリの戦闘力はここでは相当頼りになる。なんせ散々戦った俺が言うのだ。まず間違いない。

 

 問題なのは、彼女は()()()()()()()()()()と言ったことだ。

 

 おそらく話の流れから、ここから出たらクラウンがお得意の空属性で迎えに来るということなのだろう。それなら牢獄内でエプリが殿を務めたのも多少納得がいく。仮に捕まったとしても、牢の中にも跳べるクラウンが居ればすぐに脱出できるからな。

 

 それでクラウンが合流したらどうなるか? …………うん。ロクなことにならないのは確実だ。襲ってくる可能性もある。そしてイザスタさんのいない状態で、クラウンとエプリの二人がかりで来られたらこちらに勝ち目はまずない。一対一でも多分厳しい。

 

 かと言って、ここで断って俺とヌーボ(触手)の二人旅というのも出来れば避けたい。こちらのダンジョンの特性はまだ不明だし、アンリエッタに聞こうにも丸一日連絡はとれない。それに普段ならじっくりダンジョンを調べて回りたいところだが、何の道具もなしにさまようのは流石に辛い。せめて俺の荷物があれば少しは他にも手があったんだが。

 

「…………やはり私のことは信用できないか。当然ね。今の今まで殺しあっていたのだもの。我ながらバカな提案をしたものね。……今のことは忘れて」

 

 答えない俺を見てエプリはそう言うと、踵を返して部屋の通路に向かって歩き出した。

 

 ……俺は何をやっているんだ。彼女は一人で行くと言った。だけど本人が言っていたじゃないか。風を読むには高い集中が必要だって。このスケルトン達が闊歩するダンジョンで、奴らに見つからずにそんな高い集中が出来るとは思えない。つまり地道に少しずつ探っていくか、危険を冒して風を読むかだ。

 

 普通なら地道に少しずつ探っていく。だが、今の彼女は急いでクラウンと合流しようと焦っている。このままだと一人でも最短距離を探そうとするだろう。スケルトンに襲われるリスクを承知の上で。

 

「まっ、待ってくれっ!」

 

 そう考えたら急に声が出た。自分でもビックリするくらいの大きな声だ。その声を聞いて、部屋を出ようとしていたエプリも足を止めて俺の方に振り向く。

 

「…………俺も一緒に行く。だけど雇い主兼荷物運び兼仲間としてだ。仲間なら互いを護衛しあってもおかしくないだろ?」

 

 俺はそう言って手を差し出した。エプリはその手を怪訝そうな態度で見つめる。

 

「…………この手は何? まさか雇われる側に対価を求めるつもり?」

「違うって! これは握手って言って、挨拶とかこれからよろしくって意味のものだよ。互いに手を握り合うんだ」

「……良いでしょう。一応は雇い主になるのだから顔を立てるとしましょうか」

 

 エプリはそう言うと、俺の手をギュッと自分の手で握り返した。その手はほっそりとしていて暖かく、見た目と同じく戦いを生業にするとはとても思えないものだった。

 

「短い時間だけどこれからよろしく。荷物持ち兼雇い主様」

「ああ。ヨロシクだ」

 

 こうして、俺達は一時的だがちょっとややこしい関係になった。この選択がどう転ぶかは、今の俺にはまだ分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちなみに報酬の件だけど、まず前金で一万デンを頂くわ」

「相場が分からないのでお手柔らかに頼む」

 

 ああ。また金が減っていく。いつになったら貯まるのやら。




 訳アリ美少女の雇い主(仮)になりました! ……字面だけだと事案かもしれませんね。

 アンケート第二弾を追加しました。気が向いたらポチっと押してもらえると嬉しいです。


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第三十三話 エプリのアドバイス

 ひとまずだが、エプリに支払う報酬の件はまず前金で千デン。そしてダンジョンを脱出したあとは、ダンジョン内で手に入れた金になりそうな物を売却した利益の二割ということで決着がついた。

 

 前金一万デンは冗談だと言っていたが、俺が払えるようであればそのままぶんどっていた気がする。あと成功報酬を固定額にしないのは、俺がそこまでの金を持っていなさそうだかららしい。……間違いではないが何とも釈然としない。

 

 さて、そうしてエプリを道先案内人にダンジョン脱出を目指す俺達なのだが。

 

「……前方しばらく行くと分かれ道。右に行くのが最短だけど…………おそらくスケルトンが二体か三体途中にいる。真っすぐだと遠回りになるけど、近くに動くモノのない部屋があるわ。どちらに行く?」

「戦闘は避けよう。真っすぐだ」

「……了解。先行するわ」

 

 と、このようにエプリの先導によってスケルトンを避けつつ進んでいた。エプリの探知能力は凄まじく、多少の時間が必要なものの周囲の通路や部屋の大まかな構造、更には動くモノの有無などまで高い精度で把握できた。

 

「…………近くにモンスターはいない。ここは安全そうね。一度休憩にしましょう」

「そうだな。そろそろ一休みするか」

 

 俺達は部屋の中に誰もいないことを確認して中に入る。部屋は六畳間程度の広さで、相変わらず明かりらしい明かりもない。手に持ったなんちゃって松明(二本目)と、エプリの周りに飛ばしている光球だけが唯一の光源だ。

 

 現在時間は午後四時。何だかんだで二時間は動き続けた。俺は加護のおかげかあまり疲れていないが、エプリは探知と斥候の両方をやっているから負担も大きい。少し休ませた方が良いだろう。

 

「……ここまでは順調ね」

 

 エプリは壁に背を預けて軽く息を吐いた。よく見れば額に汗が浮き出ている。俺は松明をそこらの石で固定すると、持っていたハンカチをエプリに差し出した。ここに来る前から持っていたものだが、意外にこれまで一度も使う機会がなかった。だから遠慮なく使えるはずだ。

 

「……やけに良い布地ね。ありがとう」

「いや、礼を言うのはこっちの方だ」

 

 汗を拭うエプリに対し、頭を下げて礼を言う。実際彼女が居なければ、俺だけではここまで来るのに相当な時間がかかっていただろう。それに途中でスケルトンとも何度もぶつかっていただろうし、エプリには本当に世話になっている。

 

「別に。雇われたからには全力を尽くすことにしているだけ」

 

 エプリはぶっきらぼうに言うが、本当に助かっているのだから頭を下げるのは当然だと思う。

 

 ちなみにヌーボ(触手)は俺の身体に再び巻き付いている。一応起きてはいるようだが、本体の移動速度はそこまで速くないので自分から再び巻き付いてきたのだ。目覚めた直後はエプリの姿を見ていきなり臨戦態勢になったが、俺の話を聞くと少しだけ落ち着いた。

 

「この階層の出口だと思われる場所は探知した限りでは二つ。おそらく上り用階段と、下り用階段ね。……上り用階段の方から風が吹き込んでくるから、ひとまずはそちらに向かっている」

 

 エプリは懐から水筒を出して水を飲みながら言う。休みながらでもこれからのことを説明しようというらしい。

 

「階段までの時間は最短距離を行ってもまだ数時間はかかるわ。実際は途中スケルトンなどの邪魔が入るだろうからもっと。加えて言えば上り階段が即出口とは限らないから、どうしてもどこかで一泊する必要がある。……アナタ野宿の用意は?」

「それが、持っていたんだけど牢獄に置きっぱなしだ。食料も牢を出てから補充するつもりだったから数日分しかない」

 

 ちなみに牢を出所しようとした朝。『勇者』お披露目の祭りのために囚人も朝から食べ放題ということだったので、何度もお代わりしてこっそり保存食になりそうなパンや水を換金していたりする。それを出せば数日は保つ。少しずつ食べれば一週間はいけるだろう。

 

「私も大差ないわ。食料は非常食だけ。それも二日分といったところね。……元々こちらもすぐに撤退するつもりだったから準備はなし。どのみち急いでここを脱出しないと動けなくなるわ」

 

 確かに。ここまで見かけたのはスケルトンばかり。ボーンビーストは見かけていないが、それにしたってどれもこれも骨ばかり。野生の獣なら何とか倒して食べるということも出来るが、骨では食べる部分もない。このダンジョンは地味にやっかいだ。

 

「……そう言えば、エプリは何でまたクラウンと一緒に? 雇われたって言ってたけど?」

「……私が元とはいえ雇い主の情報をペラペラ喋るとでも? そんなことをしていたら評判に関わるわ。それより今のうちに食事でも摂っておきなさい。まだ先は長いから」

 

 気になって聞いてみたがバッサリ切られた。傭兵としては秘密厳守と言うのはとても良いことだが、出来れば今はペラペラ喋ってほしかった。

 

 エプリはまた懐から何かを取り出すと、そのまま口に放り込んでもぐもぐしている。俺も食べとくか。貯金箱を操作してパンと水を取り出すと、一部をヌーボ(触手)に渡して残りを自分で食べ始める。ヌーボ(触手)は身体が小さくなった分、食べる量も少しで良いようで助かった。

 

 

 

 

 …………何故かエプリがこちらを見てくる。そんなにおかしかっただろうか?

 

「……何だよ? そんなにじろじろ見られると食べにくいんだけど?」

 

 俺はたまらずに聞いてみる。そう言えば最初に使ってみせた時も見てたな。牢でも貯金箱を取り出したところは見てただろうし、そんなに驚くことでもなさそうなんだけど。

 

「…………アナタ。それは何の加護かスキル?」

「何ってその…………空属性……みたいなもの」

 

 女神から貰ったなんて説明もしづらいしな。嘘を言うのも心苦しいし、ここは空属性()()()()()()ってことで誤魔化そう。

 

「……へぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()

「…………えっ!?」

 

 そうなのっ!? つまり俺は、使えないはずの魔法を平然と使っている変な奴じゃないか。そりゃあエプリだって見るよ。

 

「……誤魔化さないで。こちらも雇われた以上全力でアナタを脱出させる。そのためには雇い主に何が出来て何が出来ないのか、ある程度は知っておく必要があるの」

 

 そう言うエプリの眼は真剣だった。別に騙そうというのではなく、純粋に脱出の可能性を上げるために訊ねている。

 

「……そうだな。考えてみれば俺が異世界から来たって知ってるわけだし、こんな状況じゃ隠し立てすることに意味はないよな。……話すよ。俺の能力は……」

 

 俺は“万物換金”と“適性昇華”の加護について説明した。もっとも、“適性昇華”は俺の推察に過ぎないし、アンリエッタのことも伏せなくてはならないからかなり不完全になったが。実際にそれぞれの加護を使ってみせることで、エプリも少しは納得してくれたようだった。

 

「“万物換金”と“適性昇華”……ね。どちらも使い方によってはかなり使えそう。特に“万物換金”の方はダンジョンとは相性が良いわ」

「どういう事だ?」

「スキルのアイテムボックスも使えないから、ダンジョンに入る際は少なくとも十日分の準備をしておくのが基本よ。だけど荷物がかさばる上に、ダンジョン内で見つけた宝やモンスターの素材なんかも持たなきゃならない。専用の荷運び、ポーターを雇うことも多いけど、その分全体の取り分は減ってしまうしトラブルの元にもなる。だけど、“万物換金”の加護ならその問題は大半が解決する」

 

 エプリのその言葉に、俺は額に手を当てて少し考える。“万物換金”だからこそ解決する問題…………そうか。荷物運びが格段に楽になる。

 

「この加護なら荷物はかさばらないし、宝や素材もその場で換金すれば良い。ポーターを雇う必要もないってことか」

「そう。取り出す時に金がかかるらしいけど、それで少し金が減る以外は問題は解決するわ。今回は脱出が優先なのであまり使わないけれどね」

 

 おう! 扱いづらかった能力も、遂に役立つ時が来たのか。今にして思えば、普通に活躍したのはイザスタさんの私物を換金した時ぐらいだった。それ以外は貯金箱でぶっ叩いたり、咄嗟にクッションを出して壁に叩きつけられるのを防いだりと普通じゃない活躍の仕方だったからな。

 

「“適性昇華”の方はシンプルに手札が増えたと考えれば悪くはないわ。威力はなくても使えるというだけで大分違うもの」

 

 …………なんだろう? さっきまで散々酷い目にあわされたけど、今になってエプリの評価が爆上がりしているような気がする。これは一時的とはいえ味方になったことによるものなのだろうか? なんだかんだ言って雇い主のことを気にかけてくれるし。仕事ぶりも申し分ない。

 

「…………何? その目は?」

「いや。エプリって良い奴だなって思っただけだ。加護のアドバイスもしてくれたし」

 

 知らず知らずの内に彼女を見つめていたらしい。先ほどとは立場が逆になっている。訝しげな顔をするエプリに俺がそんなことを言うと、

 

「…………言ったでしょう。私はただ雇い主を脱出させるために必要だから聞いただけ。どうせここを出るまでの関係よ。……話は終わり。もう少ししたら出発するから、口を閉じて身体を休めておくことを勧めるわ」

 

 そんなことを言って、エプリは壁によりかかったまま目を閉じる。そうやって人を心配するところが良い奴だと思うんだけどな。俺はまたヌーボ(触手)にと一緒にパンを齧り始めた。そして、その中でまた考えてしまうのだ。

 

 このエプリが、何故クラウンと一緒にあんなバカなことをやったのかと。




 時久のエプリへの好感度が上がった! ……逆だったら良かったんですけどね。一応エプリの方も単純な能力だけならトキヒサへの評価は上がっているのですが。


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第三十四話 予想外の遭遇

「……マズイわね」

 

 それは休憩を終えて、俺達が再びダンジョンを進み始めてしばらくした時のことだった。時間は午後の八時頃。もう少しで階段というところで、定期的に周囲の様子を探っていたエプリが急に顔色を変えたのだ。

 

「どうした?」

「……この先の部屋に動きがある。おそらくスケルトンが少なくとも五体。それと一体動きの速い奴……多分ボーンビースト」

「数が多いな。これまでみたいに避けては通れないか?」

 

 少なくとも六体以上は居るなら、出来れば通るのは避けたいものだ。俺のその言葉に、エプリは静かに首を横に振る。

 

「……ここを避けて行くには相当時間がかかる。少なく見積もっても二、三時間。それに、ここの奴らは部屋から移動する気配がない。つまりこれは()()()()()()()()()()という事。……それが私達なのか、それとも他の誰かなのかは分からないけど」

「つまり、これがもし俺達を待ち伏せているものだったとしたら」

「下手に回り道をしても、移動中に待ち伏せの場所を変えられたら意味がない。しかし待ち伏せの対象がこちらではなく階段から降りてくる誰かと言う可能性もある。……このまま進むか迂回するか。アナタはどう思う?」

 

 えぇ~。そこで俺にふるの? 俺は戦術家でもないただの高校生なんだけど。…………しかしどうしたもんか。

 

「……ちなみに真正面からぶつかったとして突破できそうか?」

「相手の人数や装備にもよるから一概には言えないけど…………アナタを守りながらでもおそらく平気。ただし無傷かどうかはアナタ次第ね。最低限自分の身を守れるのなら問題はないでしょうけど」

 

 自分の身ね。そう言えばスケルトンとは実はまだ戦ったことないんだよな。ああ見えて実は滅茶苦茶強いということはないだろうな。

 

「……スケルトンって強さで言ったらどのくらいなんだ?」

「そうね。……スピードで言ったら牢にいた鼠凶魔の方がかなり上。力もそこまですごいってことはないわ。奴らの厄介な点は、とにかく数が多いことと暗闇でも関係がないこと。だから明かりはなるべく絶やさないように。こちらだけ暗闇で見えないということを避けるために必ず光源を二つは用意しておくことね」

 

 鼠凶魔より弱いなら何とかなりそうだ。あとは、

 

「あとボーンビーストの方はどうだ?」

「こちらは鼠凶魔よりもスピードもパワーも上。一体でスケルトン数体分と思った方が良いわ」

 

 と考えると、実質待ち伏せはスケルトン十体分くらいの戦力ということになる。こっちの戦力は俺とエプリとヌーボ(触手)。俺は鼠凶魔の一、二体なら何とか戦えたし、ヌーボ(触手)は言わずもがな。エプリも数体くらいなら物の数ではないとか言っていたから、数字の上ではスケルトン十体までなら引けはとらないということになる。

 

「………………よし。このまま突破しよう。この戦力なら何とかなりそうだし、迂回して時間をかけても食料と体力がなくなっていくだけだ。なら行ける時に行った方が良い」

「……私も同意見よ。では、作戦を立てましょうか」

 

 俺達は移動しながら対スケルトン用の作戦を立て始めた。

 

 

 

 

「……準備は良い?」

「ばっちりだ」

 

 スケルトンが陣取っていると思われる部屋の手前。ギリギリ中から察知されない通路の途中の曲がり角で、俺達は作戦の最終確認をしていた。

 

「まず、私が先に入って部屋全体に“強風(ハイウィンド)”を使いスケルトン達の動きを止める。部屋全体にかけ続けるのは大体十秒が限界だから、アナタは動きの止まったスケルトンから順に銭投げで仕留めていって。……出来ればボーンビーストを最初の奇襲で仕留められれば一番だけど、位置取りなんかの関係もあるから出来ればで良いわ」

「それで十秒経ったら一度通路に引っ込み、追ってくる奴から一体ずつ倒していくと。広い部屋でそのまま大人数相手にしても不利だもんな」

「そういうこと。部屋の入口には“風壁(ウィンドウォール)”をギリギリ通れる強度で張っておくから、一度に来られる人数には制限がかかる。幸い二人とも遠距離攻撃が出来るし、近づかれるようであればそのスライムの出番よ」

 

 そこで俺は身体に巻き付いているヌーボ(触手)を見る。どうやら俺達の話はしっかり聞いているらしく、会話の中でうんうんと頷くように動いていた。

 

「……では今から私が五数えたら突入する。アナタは更に三秒経ったら突入。“強風”が切れる時に合図するから、それまでになるべく多く倒して。……ではいくわよ」

 

 そうしてエプリはカウントを始める。一、二、三、四、五っ!

 

 五を数えるのと同時に、彼女は一人通路を飛び出して部屋に突入する。俺もここでカウントを開始。エプリが出てから三秒待って突入だ。一、二……。

 

「作戦中止っ!! 入ってこないでっ!!」

 

 俺が三をカウントする直前、先に入っていたエプリが鋭く叫んだ。すると、

 

「ゴアアアアァッッ」

 

 突如として凄まじい轟音。いや、これは咆哮か? しかも、これは生きていないスケルトンやボーンビーストにはまず出せない、怒りと殺気に満ちたものだった。

 

 そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………マズイっ!!」

 

 俺はエプリの言葉を無視して突入した。そうしないと、何かとてもマズイことになる予感がしたからだ。角を曲がって部屋に入る。

 

 そこは凄まじい様相を呈していた。ここにいたスケルトン達は見るも無残に散らばっていたのだ。ヌーボ(触手)がやったのとは明らかに違う。ヌーボ(触手)が関節部や核を狙って骨をバラしたのに対し、こちらはもっとシンプルだ。単純に、力任せに骨を砕き、圧し折り、握り潰す。

 

 どれだけの怪力があればここまでのことが出来るか? 答えは明白、一目瞭然だ。何故なら、それを現在進行形で行っている怪物が目の前にいるのだから。

 

「ゴガアアアァッ」

 

 そいつは一見人型をしていた。しかし、人でないことはその額から伸びている角を見れば明らかだ。それに普通、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 肩の付け根辺りから、それぞれ一本ずつ第二の腕が伸びている。体長は前戦った鬼に比べれば一回り小さく二メートルほど。全身が緑色の剛毛で覆われ、膨れ上がった筋肉とそのシルエットからどこかゴリラをイメージさせる。

 

「……っ! どうして来たっ!? 入ってこないでと言っただろっ!!」

 

 エプリは部屋の入口でその怪物に向き合いながらこちらに叫ぶ。どうやら興奮してるらしくまた口調が変わっている。

 

「何か放っとくとマズイ気がして来た。だけど、この状況を見ると来なかった方が良かったかも」

 

 ヌーボ(触手)も俺に巻き付いたまま臨戦態勢をとっている。明らかにアレはヤバい。

 

「……ガウッ!」

 

 部屋でまだ無事だったボーンビーストが、壁を蹴って怪物に飛びかかった。完全に俺達のことは眼中になく、あの四本腕のゴリラを敵として認識しているようだ。

 

 しかし右肩に食らいつくものの、筋肉とそれを覆う剛毛が予想以上に堅くダメージを与えられないようだ。そうしている内に、左の第一、第二腕にがっしりと掴まれて肩から引き剥がされる。

 

「ゴ、ゴアアアッ」

 

 そのままそれぞれの腕でボーンビーストの前脚と後脚を掴むと、勢いよく胴体から引き千切る。胴体のみになって床に落ちたボーンビーストに、トドメとばかりに四本の腕を重ねてアームハンマーを叩きつけた。

 

 巻きあがる粉塵。床には直撃したところから放射状にヒビが入り、衝撃で一瞬周囲が軽い地震のように揺れる。腕を持ち上げたあとにあったのは、粉々に破砕されたボーンビーストの残骸のみ。

 

「……今からでも逃げられないかね? あんなのとは戦いたくないんだけど」

「無理だな。アレは意外に俊敏だった。普通に逃げても追いつかれる可能性が高い」

 

 俺の提案をエプリは即座に却下する。……かと言って、あんな四本腕ゴリラと戦うなんて冗談じゃないぞ。

 

「ゴアッ。ゴガアアア」

 

 これは非常にマズイ。アイツ完全にこっちをロックオンしやがった。……って、アレって!?

 

 よくよく見れば、ゴリラの胸元に何か光るものが見える。牢の巨人種の男に埋め込まれたものと同じ禍々しい輝き。……ってことはあれも元人間か?

 

「…………一つ聞くんだけどさ。あれもクラウンの仕込んだ何かだったりする? あの牢の巨人種の人みたくあちこち埋め込んでいたりとか?」

「……さあ? 私が奴に雇われたのは最近のことだから、その前のことまでは分からない。私もヒトを凶魔化させるなんてことはあそこで初めて知ったからな。内心凶魔化した時は驚いた」

 

 エプリもあのゴリラのことは知らないと。しかし、もし牢の鬼と同じなら、胸の魔石を取っ払ってしまえば戻せるかもしれない。最悪戻せなくても倒すことは出来るはずだ。狙ってみる価値はあるな。

 

「……来るぞ!」

「ゴガアアアッ」

 

 相手の動きを察知してエプリが警告する。そして向かってくるゴリラ凶魔。スケルトン達と戦うはずが、ややこしいことになってきた。

 

 こうして俺達は、頼りになるイザスタさんもディラン看守もいない状態で、鬼退治ならぬゴリラ退治をすることになったのだ。…………どうしてこうなった?




 分かりやすい弱点が見える奴って大概ハイパワー型ですよね。某傘の造った暴君とか。という訳で、ゴリラ凶魔戦です。



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第三十五話 即興軍師エプリ?

 ゴリラ凶魔は見かけによらず俊敏な動きで襲い掛かってきた。俺とエプリは左右に分かれて回避する。相手が一体なら注意を分散させた方が戦いやすいからな。

 

「……“風刃(ウィンドカッター)”」

「これでも喰らえっ!」

 

 回避しながら、エプリは挨拶代わりとばかりに風の刃をゴリラ凶魔の脇腹にお見舞いし、俺も銅貨を何枚かまとめて散弾よろしく投げつけた。刃はガードされることもなく直撃し、その緑の剛毛を切り裂いて僅かに赤い血を噴出させる。俺の銅貨数枚も命中してそのまま炸裂した。

 

 ……だがそれだけだった。刃が切り裂けたのは毛の部分と表皮のみで、肝心の肉までは届いていない。俺の銭投げも、皮膚の表面を軽く焦がしただけでダメージはほぼ無し。

 

「……ちっ。やはり堅いか」

 

 エプリはそう毒づきながらも素早く体勢を整える。俺も持ってきた松明を素早く壁に出来た割れ目に差し込み、片手に投擲用の銀貨を握りしめていつでも投げられる構えだ。銅貨では威力が足らなかったが、銀貨なら少しは通用するだろう。

 

「ゴオアアアッ」

 

 突撃を躱されたゴリラは、振り向くと明らかに怒りを持ってこちらを見据えてくる。話し合いとかはまず無理な雰囲気だ。エプリはゴリラ凶魔の挙動に目を逸らさぬまま、こちらに声をかけてきた。

 

「……私が奴を引き付ける。その間に後ろにある部屋の通路から脱出を」

「あんなの相手に一人ではキツイだろ? 戦うにしても逃げるにしても二人でだ」

 

 あの鬼と同格だとしたら、流石にこのゴリラ凶魔はエプリでも一人じゃ厳しい戦いになる。俺は直感的にそう感じた。

 

「……それでは逃げ切れない。……雇い主を守るのが私の仕事だ。いいからさっさと行け」

「こっちは雇い主兼仲間だってのっ! 最初に言っただろう? 仲間なら互いを護衛しあっても良いって。仲間を置いて一人で逃げるなんて出来るか。それに、もしこの先の階段が出口まで直通じゃなかったら確実に迷う自信がある」

 

 俺は一人で戦おうとしているエプリに必死に食い下がる。ここでエプリを一人にしたらとても嫌な予感がする。こういう予感は大抵当たるというのがお約束だ。なら何としても避けなくてはならない。

 

 ……あと、後半部分は本当なので説得力があるはずだ。……ちょっと宝探しが趣味としては我ながらどうかと思うが、なんの装備もなしではしょうがないのだ。

 

「…………分かった。雇い主兼仲間兼荷物運びの意見に従うわ。……しかし、出来る限り戦闘中はこちらの指示に従うように」

「おうっ!」

 

 やっと根負けしたのか、エプリは俺を一人で逃がすことを諦めたようだ。冷静になったのか、口調もまた元に戻っている。戦闘中にエプリの指示に従うのは経験の差から考えれば当然だしな。素直に受け入れる。

 

「ゴ、ゴアアアァッ」

 

 そこでゴリラ凶魔は再び突撃してきた。動きはシンプルだが厄介なことは事実だ。あんな怪力で掴まれたらそれだけで軽く握り潰されてしまう。おまけに四本の腕だというからさらに面倒だ。

 

 対して、向こうは堅い剛毛と筋肉で身体を覆っていて生半可な攻撃は通用しない。それこそディラン看守くらいのパワーがないと通じない気がする。

 

「……アナタは私の後ろにっ! “風壁(ウィンドウォール)”」

 

 咄嗟に指示に従ってエプリの後ろに。美少女に守られるというのもどこか情けない気がするが、指示に従うと言った以上いきなり破るわけにもいかない。

 

 迫りくるゴリラ凶魔に対し、エプリは風の壁を張って突進を受け止める。だが、

 

「グルアアアッ」

「…………くっ! 足止めにしかならないか。なら、“三重(トリプル)風壁(ウィンドウォール)”」

 

 風の壁をものともせず、ゴリラ凶魔はそのまま突き進んでくる。だが、エプリは壁を重ね掛けして、ゴリラ凶魔を囲い込むように風壁を張った。押し込められるような体勢になり、尚且つ上から吹き下ろす風にゴリラ凶魔もてこずっているようだ。

 

 いずれは破られるだろうが、これなら少しは時間が稼げる。今のうちに作戦会議だ。

 

「エプリ。これからどうする?」

「…………“風刃”でもまともに傷がつかないとなると、私の魔法でまともにダメージを与えられるのは限られてくるわ。“竜巻(トルネード)”を使うにしても、発動までの時間に距離を詰められると少し危ないし。流石にこれ以上の重ね掛けは難しいわ。……アナタは何か手は?」

「……一つ試してみたい事がある。あいつ、牢で見た鬼と同じように魔石が身体に埋め込まれてるみたいだから、それを摘出したら元に戻ったりしないかな?」

 

 鬼の時とは違って、魔石の位置は最初から分かっている。なら少しでも動きさえ止められれば、何とか魔石をディラン看守みたくぶっこぬけるかもしれない。

 

「……私が気を失っていた間にあったという話? 牢のあの鬼は魔石を取り出すことで倒したの?」

「いや。倒したんじゃなくて、何とか動きを止めて魔石を取り出したら少しずつ元の姿に戻っていった。ディラン看守が言うには、下手に魔石を傷つけると後遺症が残るって話だからそっちでも倒せるは倒せると思う。でも俺はなるべく傷つけずに助けたいと思ってる」

 

 俺がそう言うと、エプリは少し考えて自分も続けた。

 

「…………それで行きましょう。ただし、あくまでも雇い主であるアナタの安全が最優先。戦うことまでは仕方ないにしても、アナタが危ないと思ったら私は後遺症云々は関係なしに直接魔石を狙う。これでいい?」

「…………分かった。でも、ピンチにならなければ問題ないんだろ? 大丈夫だ」

 

 エプリの言葉はとても真っ当なものだった。誰だって見知らぬ他人より知っている誰かを優先的に助ける。俺が雇い主だからということも含めて俺を助けてくれようというのは普通だ。だが、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()と言った。

 

 つまり本人も、俺が危なくならない限りはあのゴリラ凶魔になってしまった人を助けたいと思っている訳だ。それなら俺も大丈夫だって言い続ける。そして成功させるだけだ。

 

「グアゥ。グオアアアアッ」

 

 重ね掛けされた風の壁を、ゴリラ凶魔は強引に突破しようしている。いや、もう半ばまで突破しているという方が正しい。少しずつ身体が風の壁を押しのけている。

 

「……じゃあ、簡単だけど作戦を立てるわ。よく聞いて」

 

 そう言うとエプリは、これからどうやってゴリラ凶魔と戦うかの指示を語り始めた。驚くべきことに、重ね掛けした“風壁”を維持しながらこの短時間で考えたというのだ。…………エプリの頭の中がとても気になる天才っぷりだ。イザスタさんと言いディラン看守と言いエプリと言い、俺の周りの人がやたら頼りになるのは何故だろうか?

 

 急にグイグイと服が引っ張られる。見ると、ヌーボ(触手)が身体をうねうねと俺の前に伸ばしてくる。まるで、自分も忘れないでと言わんばかりに。…………ホントに俺の周りは頼れる奴ばかりだよ。

 

 だがこれで何とか道筋が立った。待ってろよゴリラ凶魔。力づくでも元に戻してやるからな。




 単に倒すだけよりも、助ける方が数段難易度が上がります。この選択は果たして吉と出るか凶と出るか。


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第三十六話 新技だけどなんだかなぁ

「グガアアァッ」

 

 エプリが作戦を話し終えるとほぼ同時に、ゴリラ凶魔も風壁を突破した。瞳は爛々と怒りに燃え、そのままの勢いでこちらに向かってくる。ちょっ! 作戦を吟味する時間くらいくれよ。仕方ない。ぶっつけ本番だ。

 

「今の作戦で行こう。手筈通りに」

「……了解」

 

 俺達はさっそく行動を開始した。まずは俺がポケットから硬貨を一枚掴みだして投げつける。さっきのようにばらまくのではなく、今度は顔面、特に目や鼻と言った筋肉が付きづらい場所を狙い撃ちだ。

 

「ゴアッ?」

 

 知性が残っているのか、それとも単純に野生の勘か? ゴリラ凶魔は走りながら顔を腕の一本で庇う。硬貨は腕に阻まれて炸裂する。目はやっぱり防ぐよな。……しかし普通に庇っていいのか?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ボンッ。先ほどの銅貨がパンパンとクラッカー程度の音だとすれば、この銀貨はもっと重くはじける音。その音と金額にふさわしく、銀貨の爆発はゴリラ凶魔の腕の表皮だけではなく一、二センチほどの肉も抉り取った。

 

「グガアアアアアッ!?」

 

 凶魔になっても痛みはあるのか、ゴリラ凶魔は叫び声をあげる。流石銀貨。一枚百デンは伊達じゃない。だがダメージを受けたのは右腕一本のみで、残りの腕は全て健在だ。ゴリラ凶魔は血走った目でこちらを睨みつける。

 

「や~いゴリ公。ここまでおいで」

 

 俺は軽く挑発すると、エプリから距離をとりながら部屋の通路までダッシュする。ゴリラ凶魔は…………よし。ついてきてるな。奴はエプリよりも俺の方が脅威に映ったらしく、エプリを素通りしてこちらを追いかけてきた。

 

 ここでエプリの方に行くようであれば追加の銀貨をお見舞いするところだ。エプリはそれならそれで俺の危険度が下がるから良いなんて言っていたが、やはり男としてはいかに自分より強いと言ってもあんまり女の子に頼ってばかりはいられないのだ。

 

「ゴアアアッ」

 

 ゴリラ凶魔はなんとここで四足歩行、いや、腕が四本だから六足歩行か? とにかく俗に言うナックルウォークを開始した。そのまま一気に加速して俺の方に突き進んでくる。拳で床を打つ度にぐんぐんと上がる速度。嘘だろっ!? そんなのありっ!? このままでは通路に辿り着く前に追いつかれてしまう。

 

「ぬわああぁっ!? これでも喰らってろっての!」

 

 これはマズイと走りながら硬貨を投げつけるが、ゴリラ凶魔もさっきの一撃で懲りたのか、床を殴りつけて急激な方向転換を決めて見せる。そして身体すれすれで硬貨を回避。硬貨はそのまま床や壁に当たってチャリンと音を立てる。何てこった。あのゴリラ小回り利きすぎだろ。

 

 そして、俺が通路に辿り着くのとほぼ同時に、ゴリラ凶魔も俺にもうすぐ手が届く距離まで追いついてきた。奴が追いつくまであと数秒。これ以上は逃げても無駄か。俺はそこでくるりと反転してゴリラ凶魔と向かい合う。

 

 奴は俺に向かって二本の右腕を振り上げる。左の一本は先ほど怪我しているので今は使えない。残りの一本は床を打って加速したばかりで攻撃に使うまでに少し間がある。つまり、この右からの殴打を防ぐか躱すことが出来れば。

 

 俺は腹をくくってこれから来るであろう拳を待ち構える。来る方向とタイミングさえ分かればなんとかなるはずだ。そこに、ゴリラ凶魔の拳が二つ物凄い勢いで振り下ろされた。

 

 一撃一撃が直撃したらまず戦闘不能。当たりどころが悪ければそのまま……。俺の脳裏にスケルトン達の成れの果てがよぎる。……ぶっちゃけた話おっかない。でもな、美少女ほっといてこんなところで倒れている訳にはいかないだろうがっ!!

 

 「……んなろっ!!」

 

 俺は貯金箱とクッションを左側にかざして全力で踏ん張る。貯金箱は当然として、クッションで少しでも衝撃をやわらげられれば上々だ。元々はイザスタさんの私物だけど、命がかかっているので使わせてもらう。そして二秒後。左側から凄まじい衝撃が襲ってきた。

 

「ぐっ!?」

 

 体験したことはないが、大型動物に本気で体当たりされたらこんな感じなのかと思える衝撃。しっかり踏ん張っていたはずなのに、気が付けば確実に元の場所から数十センチは動かされている。腕は痺れて感覚が薄く足もガクガクだ。だが、()()()()()()

 

 

 

 

「…………準備できた。いつでも行けるわ」

 

 その声にゴリラ凶魔はエプリの方を振り向いた。そう。コイツはエプリのことを完全に失念していた。深くはないが決して看過できないダメージを与えた俺を狙うのは当然だ。だが、だからといってエプリがそれ以上のことが出来ないと思うのは早まったな。

 

「おうっ! ヌーボ(触手)今だっ!」

 

 俺はその合図を待っていた。俺がゴリラ凶魔の気を引いてそのまま通路まで逃げたのも、この位置、この()()()()()にコイツを誘い出すためのもの。俺は痛む体に鞭を打って真横に転がりながら、今か今かと待機していたヌーボ(触手)に合図する。

 

 次の瞬間、俺の身体に巻き付いていたヌーボ(触手)が、身体の一部を鞭のようにしならせてゴリラ凶魔の足を払った。スパーンと気持ちのいい音がして、ゴリラ凶魔はグラリとバランスを崩す。それもそのはず、ゴリラ凶魔はエプリの方に振り向いて足元は完全に意識の外だった。

 

 それにヌーボ(触手)はこう見えてかなりの怪力だ。何せ休憩中に俺と腕相撲したら、小さい分持久力は無いようで勝負自体は俺が勝ったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして俺が退避したことを確認し、エプリは今の今まで溜め込んでいた風を開放する。

 

「吹き飛びなさい。“二重強風(ダブルハイウィンド)”」

 

 その声の直後、俺が以前喰らったものよりも数段強烈な風がゴリラ凶魔を襲った。体勢を崩したゴリラ凶魔には到底耐えることの出来ない暴風。あとはこれで狭い通路に押し込んで動きを封じれば。

 

「グア。グルアアアアアッ!」

 

 だが、ことはそこまで簡単には進まなかった。奴はその崩れた体勢で、咄嗟に四本の腕全てを使って床を殴りつけ、さながらロケットのようにエプリの方向へ跳躍を試みたのだ。

 

 向かい風をものともせず、一直線にエプリへ向かっていくゴリラ凶魔。着地も何も考えず、ただ己の身体を武器とした体当たり。だけど……そのやり方は読めてたぜ。

 

「金よ。弾けろっ!!」

 

 その瞬間、突き進んでいたゴリラ凶魔の目前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。銀貨を含んだそれらの爆風は、空中にいたゴリラ凶魔の勢いを大きく減速させる。結果、

 

「“竜巻”」

 

 エプリの次の手が間に合った。目に見える密度の小型の竜巻が、ゴリラ凶魔のすぐ前に展開。すでに勢いが弱まっていたゴリラ凶魔ではこれを突き破ることは出来ず、そのまま“強風”の分も合わせて再び吹き飛ばされた。

 

 今度は床に腕を付けることも出来ず、通路の中とまではいかなかったがすぐ横の壁に押し付けられて動きを封じられる。よし、捕まえたぞ。

 

 ……凶魔はどれもこれも自分の身より相手を倒すことを優先していたからな。念のためにエプリまでの道に仕込みをしておいた。

 

 実は金属性の銭投げは、慣れてくると炸裂させるタイミングを自分で決めることが出来る。大体だが、投げつけたり爆発の意思を持って設置してから一分以内であれば自分の意思で起爆できるんだ。

 

 ただし時間が経つとそれだけ威力が落ちる。さっきのも、銀貨と銅貨を何枚も使ってやっと最初の銀貨一枚分より少し上の威力だ。流石不遇属性。使いづらい。これで本当に“適性昇華”の加護で強化されているのだろうか?

 

「ひとまずはこれで抑えつけられるけど、魔石を摘出するにしても壊すにしても早くして」

「分かった。にしても」

 

 エプリに促されて、壁に抑えつけられたゴリラ凶魔に近づく。しかし、この状況流行ってるのかねぇ。

 

 このダンジョンでエプリにやられたことを思い出し、抑えつけられながらも暴れているゴリラ凶魔を見て、ついつい自分と重ね合わせてしまう俺なのであった。




 一応新技、任意起爆という奴です。ちなみにこれでもちゃんと強化されています。普通の金魔法は三十秒も保ちません。


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第三十七話 その男、用心棒につき

 ゴリラ凶魔に近づいてみると、こいつは風に抑えつけられながらも暴れまわっていた。辛うじて自由になっている頭部はせわしなく周囲を見渡し、身体は何とか拘束を外そうともがいている。

 

 今下手に近づくと少し危ない気がする。噛みつかれたりしないだろうな?

 

「…………このまま暴れ疲れておとなしくなるまでどのくらいかかると思う?」

「……確実に私が拘束しきれなくなる方が早いわね。いいから倒すにしても助けるにしても早く!」

 

 エプリに急かされて、改めてゴリラ凶魔の方を向く。背丈は以前の鬼と比べて低めだが、それでも二メートルはあるので当然魔石がある場所もやや高め。手を伸ばせば何とか届く場所だ。

 

 だけど当然近づいた俺にゴリラ凶魔の視線がバッチリ集中する訳で、殺意のこもった視線が俺にグサグサと突き刺さる。……あんまりこっちを見ないでほしいんだけどな。

 

「…………待てよ?」

 

 手を伸ばして、魔石に触れようとしたところで肝心なことに気が付いた。このままぶっこ抜いたとして、こんな深々と埋まっているものを摘出したら大量出血だ。それに、俺がここに跳ばされてきた時のように、これも取り出した後で何か発動して、また何処かに跳ばされたりしないだろうな?

 

 念のためエプリにそのことを伝えると、それは多分大丈夫と彼女は言った。

 

「……まず出血についてだけど、魔石を摘出したらすぐに私の持っている道具で応急処置をする。傷口を塞ぐだけなら問題ないわ。それともう一つの方。私自身で見ていないから断言はできないけど、おそらく私達をここへ跳ばしたのは魔石に仕込まれたクラウンの空属性。だけどそういう術式は仕掛けるのに手間がかかるから、そうそう多く作れるとは思えない」

 

 成程。むやみやたらに乱発は出来ない物だから、こんなところでまた仕込まれている可能性は低いってことか。……それを言ったらこんなところで凶魔化した人に出くわすのも大概可能性の低いことだと思うけど、今はそのことは置いておこう。

 

 

 

 

「よし。それじゃあ気合を入れてぶっこ抜くとしますか」

 

 軽く自分の頬を叩き、なるべく刺激しないようにそっとゴリラ凶魔の胸元にある魔石に手を伸ばす。頼むからおとなしくしていてくれよ。

 

「グルアアア」

 

 ゴリラ凶魔はこちらを明らかに威嚇している。頭部にある角を振り回して暴れているが、ギリギリ俺のところまでは届いていない。それでも危ないことに変わりはないので、なるべく下の方からそっと魔石に触れる。

 

 身体から露出している部分はおよそ子供の握りこぶし程度。前の鬼の身体にあった魔石のサイズと同じだとすれば、まだ身体の中に半分以上埋まっている計算になる。俺はそのまましっかりと魔石を握りしめて全力で引っ張った。

 

「グルアアアァッ!!」

 

 痛みを感じるのか、一層ゴリラ凶魔のもがきが激しくなった。考えてみれば当然だな。だけどもう少し我慢してくれよな。俺も負けじと更に力を込めて魔石を引っ張る。

 

 よく見れば、ヌーボ(触手)も一緒になって引っ張ってくれている。ブチブチと音を立てて、魔石も少しずつだが身体から引き抜けつつあるようだ。これならいけるか? 俺はそう思っていた。

 

 

 

 

 ビシッ。ビシッと、何かがひび割れる音が聞こえるまでは。

 

 ……ひび割れる音? まさか強く握りすぎて魔石が砕けたとか? そう考えて魔石を見るも、別段砕けた様子はない。ヌーボ(触手)が握ったところも問題ない。とすると一体何が……。

 

「……っ!? マズイ。すぐにそこから離れてっ!!」

 

 俺がエプリの声に反応したのと、()()()()()()()()()()()()ゴリラ凶魔の右腕が自由になるのはほぼ同時だった。しまった! さっきからもがき続けてたのはこのためか!? 拘束が解けないからって、代わりに土台となっている壁を壊すなんて!?

 

 何故か、自分を含めた周りの動きがとてもゆっくりに感じられた。

 

 奴の右拳二つが俺に向かって迫ってくる。このままいくと一つは俺の顔面。もう一つは胸元辺りに直撃するコースだ。躱そうにも距離が近すぎて躱しきれない。

 

 意図してかどうかは分からないが、俺が魔石を取ろうとしたことの意趣返しになっている。さっきは何とか耐えることが出来たが、今回はガードも何もない状態での直撃だ。まず間違いなく酷いことになる。

 

 意識を周りに向けて見ると、ヌーボ(触手)は咄嗟に体を伸ばしてゴリラ凶魔の腕の一本を絡めとろうとしている。これが間に合うかどうかはギリギリ。間に合えば顔面の方は食い止められるかもしれない。エプリは風で俺を吹き飛ばして逃がそうとしているようだが、距離的な問題でほんのわずかに拳が直撃する方が早い。

 

 …………刻一刻と近づいてくる拳。もう現実ではあと一秒。このゆっくりな体感時間でも十秒くらいで直撃するだろう。……あのパンチ痛そうだな。躱せないならせめて、なるべく痛くないように身体に力を入れる。そして、俺の胸元に拳が直撃する瞬間。

 

 

 

 

「…………悪いね。ちょいとゴメンな」

 

 そんなどこか申し訳なそうな声が聞こえたと思ったら、俺の目の前に迫っていた拳の片方が突如として視界から消えた。どこへいったのかと目で探せば、それはすぐに見つかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もう片方の拳はヌーボ(触手)によって絡めとられ、俺に直撃する直前で止められている。こっちはまだ理解できる。しかし、床に転がっている腕だけがどうにも分からない。

 

「……おわっ!?」

 

 次の瞬間、俺は強い風に吹き飛ばされた。エプリの使っていたものだろう。彼女の所までゴロゴロと転がっていく。ヌーボ(触手)も俺に巻き付いたままなので巻き添えだ。……なんかすまない。

 

「っ~。もうちょっと優しく助けてくれると嬉しいんだけどな」

「…………咄嗟だったから贅沢言わない。……それに、私だけだったら間に合わなかった。間に合ったのはスライムと……あのヒトのおかげ」

「あの人?」

 

 俺が改めてゴリラ凶魔の方を見ると、そこには一人の男が立っていた。

 

 歳は二十歳くらいだろうか? 金髪碧眼で身長百七十半ば。どこか着物にも似た、空色を基調とした服を身に着けている。どことなく涼やかなイメージのある優男と言った感じだ。そのまま日本の町中をぶらついていても普通に留学生か何かで誤魔化せそうである。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だが、二本とも今は納刀されている。

 

「グァ。……グルアアアアアアッ」

 

 ゴリラ凶魔は今の今まで、自分の腕が一本消えたことにも気づかなかったようだった。しかし、床に転がっている自分の腕と、自身の腕があった所から流れ出る血を見てようやくそのことに気が付いたらしく、今までで最大の咆哮をあげる。

 

 それは痛みでと言うよりも、自らを傷つけたと思われる相手に対する圧倒的な怒りと殺意によるもののようだった。

 

「……あぁ。一応聞いておくけど、これアンタらの獲物か? なんかヤバそうだったから咄嗟に斬っちゃったけど、もしそういうことなら悪いことしたなぁと思って」

 

 男はこちらに振り向いてそんな質問を投げかけてくる。俺は首をぶんぶんと横に振って違うと答える。というか後ろ後ろっ! ゴリラ凶魔が今にも殴り掛かってきそうなんだけどっ!

 

 そして当然のごとく、ゴリラ凶魔は怒り狂って目の前の男に襲い掛かった。腕が一本無くなったとは言え、残る三本の腕のパワフルな攻撃と本体の頑丈な表皮は侮れない。……そのはずなのだけど。

 

「……よっ。とっ。あらよっと。いい加減止めとかないか?」

 

 男はゴリラ凶魔の拳をこともなげに全て躱していった。まるで相手の攻撃のタイミングや軌道が全て読めているかのように、少しの無駄もなく紙一重で。おまけに、躱しながら軽くゴリラ凶魔のバランスを崩してよろめかせるなんてこともやっている。明らかに圧倒的な実力差がないと出来ないことだ。

 

 

 

 

「……さてと。どうやらアンタらの獲物でもないみたいだし、意思の疎通も出来ないただの凶魔となれば…………俺が仕留めちゃっても良いのかね?」

 

 そう言って腰の刀に手をかける男の動きに俺はハッとした。

 

「ま、待ってください。その凶魔は元人間かもしれないんです!」

「…………へぇ」

 

 俺の言葉に、男は少しだけ興味を持ったようだった。エプリは事態を静観しているようで動きはない。俺はさらに続ける。

 

「その胸元にある魔石をなるべく傷つけないように摘出できれば、もしかしたら元に戻せるかもしれないんです。だから……」

「だから? 俺に助けてほしいとでも言う気かい? 言っとくけどアンタらを助けたのは偶然だ。これ以上を望むのは虫が良い話じゃないか?」

 

 男はニヤリと笑いながら訊ねる。無論そのやり取りの間も戦いながら。一人でゴリラ凶魔の注意を引きながら、全ての攻撃を回避し続けている。

 

「実際さっきは俺が割って入らなかったらヤバかったんじゃないの? そんな危険を冒してもコイツを助けたいのか? 特に知り合いでもなんでもなさそうなのに?」

 

 俺はその言葉を聞いて一瞬考える。確かにそうだ。俺達にはその人を助ける理由はない。元々魔石をどうこうという話も、まともにダメージが与えられなさそうだからそこに至ったというだけの話だ。他に倒せる方法があったらおそらくそっちを取っただろう。

 

 助ける義理はない。義務もない。正直このままこの人に倒してもらった方がよっぽど楽だ。無理に危険に顔を突っ込むこともない。なんだ。答えは簡単じゃないか。

 

「…………助けたいです。だって、目の前の人のピンチを見捨てて迎える明日よりも、助けて迎える明日の方が気持ちがいいに決まってるじゃないですか!!」

 

 別に考えることでもなかった。俺は見も知らぬ誰かのためにやるんじゃない。自分のささやかな満足のためにやるんだ。何もしなかったらこのままで終わり。それなら助けられるか試してみてからの方が良いに決まってる。勿論死にたくはないので危険な行動はなるべく控えながらだけどな。

 

「…………成程。アンタ自分の考えや行動で周りの人を振り回すタイプだろう? うちのボスに似たタイプだ。ならば…………こうするしかないよなっ!!」

 

 男はそう言うと、刀を握ってゴリラ凶魔の方に向き直った。

 

「何を……」

 

 俺の言葉はそこで途切れた。何せ、男が刀を握って軽く身構えたと思ったら、チンっという音がしてそのまますぐに構えを解いた。俺に見えたのはたったそれだけ。

 

 たったそれだけの間に、ゴリラ凶魔は胸から血を吹き出して仰向けに倒れこんだのだから。

 

 …………何が起こったか分からず、俺は倒れこんだゴリラ凶魔に駆け寄る。すると、よく見れば胸元に埋まっていた魔石が無くなっていた。

 

「下手に長引かせるとマズそうだったんでね。勝手だが魔石の部分だけ断ち切らせてもらった。……急いで傷口を塞いだ方が良いんじゃないか? 本当に人に戻るのなら、放っといたら出血多量で死んじまうぜ?」

 

 振り向くと、男は片手に血まみれの魔石を持ちながら俺にそう言った。返り血もほとんどなく、目にもとまらぬ早業で、この男は魔石を摘出して見せたのだ。

 

「貴方は……誰なんですか?」

 

 あれだけ厄介だったゴリラ凶魔を瞬殺し、自分たちを助けてくれた謎の男に対して、俺は感謝やら警戒やらが色々まぜこぜになった声で質問する。

 

「そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺はアシュ。アシュ・サード。流れの用心棒をやっている者だ」

 

 男、アシュはうっかりしていたとばかりに額をポリポリと掻きながらそう名乗った。




 やっぱり刀ってロマンですよね!


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第三十八話 商人と用心棒

「エプリっ! 応急処置頼む!」

 

 俺のその言葉に、油断なく周囲を伺っていたエプリは小走りでゴリラ凶魔の所に駆け寄る。ゴリラ凶魔は倒れたが、その安心した隙を突いて襲われたらたまらないからな。周囲を警戒するのは納得だ。俺もしとくべきだったかな?

 

「安心しろ。ここに来るまでにざっと探ったが、近くに敵意を持った奴はいない」

 

 警戒するエプリに謎の男、アシュはそう声をかける。摘出した魔石を懐にしまい込んだ後、彼は腕を組みながら近くの壁によりかかっていた。エプリと同じように周囲を探る能力を持っているのだろうか?

 

 エプリは警戒を緩めず、そのままローブの内側から取り出した布で傷口の血を簡単に拭う。大まかに血を拭ったら、新たに取り出した小瓶から何かの液体を患部に振りかけた。

 

 ……あとで聞いたところ、液体はファンタジーではお馴染みのポーション。いわゆる回復薬らしく、患部にかけるタイプと飲ませるタイプの二種類があると言う。

 

 かけるタイプは患部のみの回復力を一気に高め、飲ませるタイプは身体全体の回復力を高める代わりに時間が多少かかるらしい。日本に持って帰れたら重宝しそうだ。

 

 

 

 

「はあっ。はあっ。……雇い主を放って一人で先に進むなんて、まったくなんて用心棒ですか」

 

 そんな声が部屋に繋がる通路の一つから聞こえてきたのは、丁度エプリがゴリラ凶魔の傷口に応急処置を終えて止血が済んだところだった。エプリは素早く俺の前に立って身構え、俺もポケットの中に手を入れて硬貨を数枚握りしめた。

 

 ……通路から現れたのは一人の少女だった。年のころは十三、四くらいか? 蜂蜜色の髪をストレートに腰の近くまで伸ばし、前髪を花を模った髪留めで軽く留めている。動きやすそうな布製の服装に、片手にはカンテラのような照明器具。そこから放たれる光は部屋の中をそれなりに明るく照らしている。

 

 しかし、彼女の特筆すべきところはそこではない。彼女は明らかに体格に合わない巨大なリュックサックを背負っていたのだ。

 

 中に何が詰まっているのかは分からない。しかし、背の低い大人なら丸々一人入れるサイズのリュックサックがパンパンになっている。そして、それを軽々と背負っている少女にはどうにも違和感がぬぐえない。

 

「おう! 悪い悪い。しかし、契約の時にも言っておいたはずだぜ? 俺は用心棒ではあるが従者じゃない。よって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だって。さっきは特に周りに危険はなさそうだから先行しただけさ」

「先行するにしても説明ぐらいしてから行ってくださいよ。いきなり『ちょいと行ってくる』って言って先行するものだから、理由を聞く間も止める間もなかったですよ。…………にしても、何ですかこの状況は?」

 

 現れた少女に、アシュは軽く手をあげて笑いながら話しかける。どうやら知り合いのようだ。少女の方は部屋を見回し、俺やエプリに目を向ける。

 

「まっ、ちょっとした成り行きだな。なあに。すぐに終わるさ」

「すぐにって…………ちょっと!? それ凶魔じゃないですか!! なんで治療なんか!?」

 

 少女はアシュと話していたが、ゴリラ凶魔に目を止めるとひどく驚いたようだった。それも当然だよな。肉体を持った現象とか言われて、手当たり次第に誰彼構わず襲い掛かるような相手を治すなんて何考えてるのかって話だよ。

 

 少女は一目散にアシュの所に駆け出して彼の後ろに隠れる。……どうやら盾にしようとしているらしいが、アシュが全然動じていないのを見て少し落ち着いたのか、恐る恐るといった風に顔を出して覗き見ている。……なんか微笑ましい。

 

「…………見て。戻り始めた」

 

 エプリの言葉を聞いてゴリラ凶魔を見ると、確かに少しずつだが戻り始めていた。四本あった腕のうち、二つはそのまま身体に引っ込むように小さくなっていく。幸いアシュが切り落とした腕は引っ込んでいく方のようで、これなら隻腕にならずに済みそうだ。

 

 全身を覆っていた緑の剛毛は薄くなり、少しずつだが地肌が見えてくる。凶魔の証である角も縮んでいき、最初に会った時の半分程度になってきた。よし。このまま行けば人に戻れそうだ。

 

「…………なんなんですかねぇこの状況? 折角ダンジョンに入ったのにちいっとも儲からないし、雇った用心棒は勝手に行動するし。挙句の果てに……ホント訳が分からないですよ」

「へえ…………本当に変わるとはね。こいつは……」

 

 アシュや少女も、この光景を見て唖然としている。それはそうだろう。今の今までゴリラのような凶魔だったのが、徐々に人の姿になっていくのだから。

 

 ほら。どんどん地肌が露わになっておく。どうやら男らしいな。歳は三十いくかどうかって所か。ゴリラじゃなくなっても中々に筋肉のついた身体だね。腹筋なんかしっかりと割れて…………って!! これはマズイ!!

 

「だ、誰かっ!! 布でも毛布でもいいから何か掛ける物を! さもないと色んな意味でマズイことになるぞ!!」

「…………さっきの布の余りを掛けておく。余りだから身体全体は覆えないけど」

「構わない! 特に下半身を重点的に頼む!」

 

 俺の言葉にいち早く反応したエプリが、さっきの余り布を素早く元ゴリラ凶魔の男に掛ける。……気のせいかフードから覗くエプリの顔が少し赤くなっていたような。……だがおかげで助かった。もう少しで色々見えてはいけないモノまで見えてしまうところだった。

 

 だって考えてみたら、ゴリラ凶魔は服を着ていなかった訳で、当然だがそのまま人間に戻るってことは…………つまりはそういう事だ。野郎だけならともかくここには女性もいるからな。こういう事は未然に防ぐのが一番だ。

 

 

 

 

「しかし、この人どうしたもんかね」

 

 完全に人に戻った元ゴリラ凶魔の男を前に、俺は頭を抱えていた。助けたいと思ったのは嘘じゃない。しかし、流石にダンジョンを裸の男を連れて脱出するのは一気に難易度が跳ね上がる。

 

 なので散らばっていたスケルトンの骨を使って簡単な焚き火を作り、男の意識が戻るまで俺とエプリは男の傍で待つことにした。したのだが……いくら待っても叩いてもつねっても、一向に男は目を覚まさないのだ。

 

「相当身体に負担がかかっていたみたいだな。俺も初めて見たけど、こういうのはいつまで眠り続けるか分からんぞ。下手すりゃ何日かかかるかもな」

「そうですか……。あの、ありがとうございますアシュさん。助けてもらった上に付き合ってもらって」

 

 そう。本来は俺とエプリだけで待つつもりだったのだが、何故かアシュさんと少女も同じ部屋に陣取ってくれている。流石に全員が付き添っていても意味がないので、交替で通路の方を見張りながらだが。今はエプリが周囲の様子を確認している。

 

「ハハッ。良いって良いって。一応俺も助けるのに一役買った訳だし、結末ぐらいは見届けないとな。それに、うちの雇い主にも丁度休憩を挟ませたかったしな」

「だから休憩なんかいいですってば! こんな金にならなそうな人達は放っておいて、さっさと行きますよ。用心棒さん」

「嘘言いなさんなよ雇い主殿。まだ膝が笑っているぜ。もちっと休んでいかないと途中でへばるのは目に見えてらぁ。休むついでに人助けしたって罰は当たらないさ。人間困った時はお互いさまってな」

 

 今にも少女は出発しようと意気込んでいるが、アシュさんはまあまあとなだめながら動こうとしない。少女も自分が疲れていることには気づいていたのか、それ以上反論せずに悔しそうな顔をしながら焚き火の前に座り込む。アシュさんはそれを見ると軽く笑って自分も焚き火に当たりはじめた。

 

 …………なんかアシュさんって誰かに似てる感じなんだよなぁ。あの飄々としているところとか、やたら戦闘力が高いところとか。

 

 それにしても。俺は軽く自分の持ち金を確認する。今回の人命救助にまったく後悔はしていない。していないが、自分の懐が予想以上にダメージを受けたことはキツイ。

 

 今回ゴリラ凶魔相手に使った金は、銅貨や銀貨全て合わせて三百九十デン。アレ相手にそれだけで済んだことを喜ぶべきなのだろうが、倒したわけじゃないので当然収穫はゼロ。

 

 一番期待できそうな魔石はアシュさんに渡した。今からでも言ったら返してもらえそうだが、ピンチのところを助けてもらったからな。その分の礼ってことで。

 

 部屋に散らばっていたスケルトンやらボーンビーストの素材はほとんどが傷物になっていて、精々焚き火用にしかなりそうにない。ダンジョン用核も似たようなもので、なによりこのメンツの前で換金するという訳にもいかない。おまけに、

 

 ぐう~。

 

 さっきから見張りに立っているエプリの腹が鳴っている。どうやらエプリは魔法の能力は高い分、エネルギーの消費も他よりも高いらしい。ゴリラ凶魔との戦いで“竜巻”だの“二重強風”だの相当使っていたからな。

 

 彼女は以前非常食は二日分あると言っていたが、それは少しずつもたせればという意味だったらしい。今も非常食らしい物、どうやら押し固めたパンじゃないかと思われる物を口に放り込んでいるが、腹の音は定期的に鳴り続けている。

 

 微妙に手がプルプルと震えていることから、どうやら恥ずかしいとは思っているらしい。

 

「はあ~。金も無ければ食事もない。ないない尽くしで参ったよまったく」

「おっ! お前さん飯はないのか?」

 

 つい口をついて出た愚痴に、アシュさんが耳ざとく反応する。よく見れば自分は何か饅頭のような物を頬張っている。少女もパンのような物を齧っているが、こっちは牢で出た物よりも上等な感じがする。

 

「俺の分はまだ有るんですが、エプリ……仲間が腹を減らしているのに自分だけ食うのもなんだかなぁって思って。それにここから出るまであとどのくらいかかるか分からないから節約しとかないと」

「成程ねぇ。…………よし。良かったなジューネ。()()()()()()

「今の言葉聞いていなかったんですか? 金が無い相手に何を売りつけろと?」

「なあに。金は俺が払ってやるよ。さっきの魔石は良い値が付きそうだしな。それに比べりゃ食事位安いもんさ」

「…………それならまぁ儲け話にはなりそうですね。良いでしょう」

 

 二人は何やら話し込んでいたが、どうやらまとまったらしく少女がこちらの方を振り向いた。何故かその表情は凄まじいほどに笑顔だった。……これはあれだ。いわゆる営業スマイルだ。しかもとびきり練度の高いやつ。よほど練習を積んだのだろう。

 

「さてさて、ようこそお客様。()()()()()()()ジューネのお店に!」

 

 そこで少女、ジューネは背負っていたリュックサックを降ろすと、上の方にあった留め金をパチリと外した。すると、

 

「おっ、おお~!!」

 

 驚いたことに、そのままリュックサックは中身を出しながら広がった。しかしただバラけるのではない。それは言わば変形だった。

 

 一部は取り外されて簡易型の椅子と台になり、台の上には様々な品物が並んでいる。また別のパーツは小さな屋根と簡単な壁を形作り、畳二畳ほどのちょっとしたスペースを造り出していた。奥の方には台の上に収まり切れなかった品がまだあるようだ。成程。これは確かに移動式個人商店だな。

 

「ちょっとした食料や日用品。あるいは簡単な武器防具からご禁制ギリギリの品まで、取り扱いの広さは我が店のちょっとした自慢でございます。どうぞお気に召すものがあればお持ちくださいませ。……無論お代は頂きますが」

 

 そしてジューネはそれまでの天使のような営業スマイルを解くと、一転して小悪魔のような少しだけ邪気を感じさせる笑みを浮かべてこう締めくくった。

 

「ただし、必要のない物までお買い上げいただくことになってもご容赦を。何せ私…………商人ですから」

 

 こうして俺は、この商人と用心棒の客になった。ダンジョン内で買い物と言うのも不思議な気分だが、これもまたロマン……かもしれない。




 イメージは時々ダンジョン物に登場するショップです。泥棒するとボス並みに強い店員さんに追い回されるアレですね。


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第三十九話 気になる箱

 そっちの嬢ちゃんも実際に見た方が良いだろうと、アシュさんはエプリと見張りを交代してくれるという。通路の近くで待機していたエプリとしばらく会話をしたかと思うと、入れ替わりでエプリがこちらに駆けてきた。

 

「何話してたんだ?」

「……見張りの引継ぎについてね。この部屋に繋がる通路は三つ。うち二つは簡単な罠を仕掛けておいたから、残る一つを見張っていれば良いとか。……あとは互いの探査能力について少し。全ての能力をばらすことは出来ないけど、互いに雇い主を守るために必要な分は情報を共有しないとね」

 

 流石傭兵と用心棒。互いにプロフェッショナルということで、話はスムーズに進んだらしい。詳しくは教えてくれなかったが、アシュさんはエプリが言うにはかなり広い範囲を調べられるという。

 

「そっか。……お前ばかり見張りをさせて悪いな。俺も次は見張りに立つか?」

「……止めといた方が良いわよ。それよりいざって言う時のために体力を温存してもらった方が助かるわ。さっきの戦いでアナタ自身もそれなりに戦力として使えるって分かったし、自分の身を守れるのなら護衛の難易度が下がるもの」

 

 戦力として認められたのは嬉しいが、美少女にばかり仕事をさせるのはどうにも落ち着かない。他に何か出来ることはないだろうか?

 

「……ふっ。雇い主がそんなに気を使わなくて良いの。アナタは無事に脱出することを考えなさい」

 

 俺の考えていることが顔に出ていたのか、エプリは軽く鼻で笑ってそう言った。う~む。そんなに分かりやすいかな俺。

 

 

 

 

「いらっしゃいませ! どのような物をお探しで?」

 

 そんなことをひとしきり話し終えた後、俺達はジューネの店で品物を見せてもらっていた。ジューネは相変わらずの営業スマイルだ。商談は話し合った結果エプリがすることになった。俺だとこちらの物の相場が分からないからだ。

 

「……水と食料をお願いするわ。さしあたって()()で余裕をもって三日分。味よりも腹持ちと栄養価を優先で。出来れば持ち運びしやすくて長持ちすると尚良いわ。……用立てられる?」

 

 ここで三日分と言ったのは、ダンジョンに入ってからここまで来るのに二日かかったという話をアシュさんから聞いたためだ。普通に考えれば入口まで戻るのに二日。ただしまだ目を覚まさない男のことやアクシデントのことを考えて、余裕を持って三日分だ。

 

「もちろんですとも。………………こちらの品は如何でしょうか?」

 

 ジューネは店の奥からゴソゴソと何かを取り出してきた。持ってきたのは水が満タンに入った大きめの水筒が三つと、何かの肉らしき物を燻製にしたもの。初めて見る果物らしき物。そして大量のパン。……しかもやたら堅いことで有名な黒パンであった。

 

「お客様が長期保存と腹持ちを優先ということで、足の速い品は除外してあります。水は三日分にはやや少なめですが、一緒にご用意した果物の水気も考慮してのことです。持ち運びに関しては別に袋をご用意いたします」

「……これだけあれば十分ね」

「いや、それよりそんな大量の荷物どこに収納してあったんだ?」

「商売上の秘密でございます。お客様」

 

 エプリは品物をじっくり検分して、納得がいったかのようにそうジューネに言った。他の品物と合わせると、リュックサック状態の体積より多い気がするのだが気のせいだろうか?

 

 一応訊ねてみたがニッコリ笑ってはぐらかされた。これ空属性の一種とかじゃない? それともリュックへの入れ方にコツがあるのだろうか?

 

「……値段はどのくらい?」

「お代は…………こちらになります」

 

 ジューネは懐から算盤を取り出した。異世界にもあるんだね算盤。そしてしばらく指で玉を弾いていたが、計算が終わったのかこちらに見えるように台の上に置く。

 

 算盤か。そういえば小学生の頃一時期やってたな。どれどれ。…………ちょっと高くない? そこには二人で予想した額の二割増しくらいの値が付いていた。

 

「相場より大分高めね」

「ダンジョン料金で少々割高に設定してございます。お客様。それに品質の方は保証いたします」

 

 俺には品質まではよく分からない。貯金箱で査定すれば分かるかも知れないが、ここでやったら流石に不審がられる。

 

「品質の保証は商人としては当然でしょう? …………良いわ。それで買う。ただし、そこに並んでいる品の一つをタダにするくらいの度量は見せなさい」

「………………分かりました。それでは商談成立ですね」

 

 どうやら値切りは成功したらしい。ジューネはしばし考えて、品物を一つただにしても儲けが出ると踏んだのだろう。笑顔を崩さずにそう答えた。その言葉を聞くと、エプリはローブの中から袋を取り出して硬貨を取り出す。

 

「おや!? アシュが払うという話だったのでは?」

「……雇い主からの要望でね。いくら何でもそんな大量に奢ってもらう訳にはいかないって。……私も借りを作るのは苦手だしね。自分の分は払うわ。…………そこで倒れている男の分だけは仕方がないからお願いするわ」

 

 エプリは二人分の値段をジューネに支払った。俺の分は後でエプリに渡すことになっている。俺はジューネが金を数えている間に、品物を用意された袋に詰めていく。そのくらいはしないとな。

 

 

 

 

「確かに受け取りました。残りはアシュからいただいておきますので。それと、そこで倒れている人の服装も見繕っておきます。さいわい我が商店は衣服も取り扱っておりますので」

「……助かるわ。あの格好でダンジョンをうろつかせられないから」

 

 俺が袋に詰め終わった頃、同じように金を数え終わったジューネがエプリと話を続ける。こういう商談は終わった後も情報収集の場としては重宝する。そちらはエプリに任せて、こっちは品物を見てみるとするか。

 

 ブラッ〇サンダーとかあったりしないかな? 大好物で元いた世界では買い置きもしていたぐらいだ。今回も牢獄に置いてきたリュックの中に入ってたのだけど……今頃溶けてないだろうな? そんなことを考えつつも、俺は一つ一つ手に取って眺めてみる。

 

 ……う~む。何が何だかまるで分からない。まださっきの食料とかは分かったのだが、特殊な道具になると使い方もさっぱりだ。

 

 剣やら盾やらも置いてある横に、何故か木の板やお札のような物も置かれている。置かれているものに一貫性がない気がするが、何か法則があるのだろうか? こんな時こそ査定で情報を得たいところだが、時折ジューネがエプリと話しながらこちらに視線を向けてくる。これでは無理だ。

 

「何か良さそうなものは…………んっ!?」

 

 途中、なんとなく気になるものがあった。手に取って眺めてみると、それは古ぼけた小さな木製の箱だった。一辺が十センチくらいの正六面体。簡単に言うと大きいサイコロみたいな感じだ。

 

 普通箱はどこかに開けるフタか場所があるものだが、これにはそれらしきものが見当たらない。軽く振ってみると中からカラコロ音がする。何か入っているようだ。

 

「ああ。そちらをお求めですか?」

 

 ジューネがこちらに向かってくる。商人らしく客の視線には敏感なようだ。

 

「これは何だい?」

「はい。こちらは以前偶然手に入れた物なのですが…………不明なのですよ」

「不明? 何か分からない物を売っているのか?」

 

 それはちょっと無責任ではないだろうか? 操作方法を誤ったら周りに被害が出るような品じゃないよな?

 

「……お恥ずかしい限りですが。何しろ開け方が分からない箱でして。無理やりこじ開けようにも中身を傷つけてしまうかもしれず。半ばお客様の中でこれが何か知っている方が居ないかと考えて店先に出しております」

 

 中身が分からない箱か。ビックリ箱とかは大好きだが、異世界の箱となると危険度が一気に跳ね上がる感じだ。神話に出てくる開けたら災いが飛び出してくる箱の親戚とかだったりして。…………しかしさっきから無性に気になるんだよなぁ。なんだろ?

 

「…………まあ良いか。これいくら?」

「そちらは……」

 

 ジューネはまた算盤を弾いてこちらに見せる。提示された値段は三十デン。日本円にして三百円だ。何か分からない物なので向こうも在庫処分のような扱いなのかもしれない。あまり高いようであれば買うのを止めていたが、これなら買っても良いか。

 

「よし。買った!」

「お買い上げありがとうございます」

 

 俺はポケットから銅貨を三枚取り出してジューネに渡す。銅貨三枚くらいなら無駄遣いにはならないだろう。銅貨の代わりに木の箱を受け取る。さあて、あとで調べてみるとするか。査定すれば手掛かり位は掴めるだろう。

 

 こうして俺達は、ジューネから多くの日用品を買い込んだ。実際あの後いくつか関係のない品も買わされた(俺だけ)のは流石商人と言ったところか。ちなみにエプリは品物の中で、何か珠のような物を一つただにして貰っていた。一体何だろうな?




 パンドラの箱、コトリバコ、ミミックなど、開けたらマズイ箱は多々有ります。さてさてこの箱はどうでしょうか?


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第四十話 再会の道のりは遠く

 買い物も終わり、俺達は焚き火にあたりながら夕飯を食べていた。時計を確認したところ、なんだかんだ言ってもう夜の九時過ぎだ。

 

 途中何度か小休止を挟んで軽い食事を摂ってはいたが、そろそろちゃんと食事をして身体を休めなくてはいけない。どうやら身体は加護のせいか疲れにくくなっているようだけど、疲れがないわけではないのだ。

 

 ちなみにこの一食はアシュさんの奢りだ。大量の食料をただにしてもらうのは気が引けるが、一食程度ならありがたくゴチになります。

 

 さらにここは奮発して、貴重品らしい砂糖をたっぷり練りこんだクッキーをデザートとして頂いている。これはジューネも個人的に気に入っていて定期的に仕入れる品だという。フードでよく分からないが、エプリもクッキーを手元に運ぶペースが一向に落ちないことから大分気に入ったらしい。実際中々美味い。

 

 ……流石にブラッ〇サンダーはなかった。残念だ。

 

 ヌーボ(触手)の分もついでに奢ってもらっているが、コイツの場合は食事をあげればあげるほど食べるので止め時が難しい。ヌーボ(触手)を初めて見た時はジューネも警戒していたが、徐々に何もしないと分かったのか、手ずからクッキーの欠片を食べさせていた。

 

「この子がいればごみ処理の手間と代金が浮くかも。何とか買い取れないでしょうか?」なんてブツブツと聞こえてきたが……ヌーボ(触手)は恩スライムだからな。売り物じゃないぞ。

 

 一応周囲を警戒する役として、先に食べ終えたアシュさんが通路脇で一人壁に寄り掛かって座っている。そちらをチラリと見ると、すぐに反応して手を振り返すことから常に周りに気を張っているらしい。見かけは自然体なのだが。

 

「……そう言えば、貴方達は何故こんなところに居たのですか? このダンジョンは発見されたばかりで、まだあまり一般には知られていないはずですが」

 

 食事を食べている途中、同じく焚き火にあたりながらクッキーをつまんでいたジューネがそう訊ねてきた。今はお客様じゃないから普通の喋り方だ。

 

 しかしクラウンの奴、そんなところに跳ばしたのか。もしエプリと一緒に行かなかったら、誰とも会わずに最悪餓死してた可能性があるぞ。それにしても……なんて説明すればいいんだ?

 

「え~と。なんて説明すれば良いのか。俺達は……」

 

 俺はこれまでにあったことを説明した。といっても全てそのまま話すと色々ややこしいことになりそうなので、悪い奴(クラウン)が牢屋で暴れていて、戦っている最中にそいつが囚人の一人を凶魔に変えて逃げた。その凶魔を撃退して元に戻したは良いけれど、その時の魔石に仕込まれた空属性の暴走によってここに吹っ飛ばされた。という風に少しかいつまんでだ。

 

 エプリのことはあえてボカシている。今は味方なので、ここで余計なことを言って必要以上に関係をギクシャクさせたくないんだ。

 

「成程…………それは災難でしたね」

 

 ジューネは俺の説明を聞いて、少し間をおいて気の毒そうにそう言った。

 

「……とするとここが何処かも知らずに?」

「そうなんだ。いきなり気が付いたらこんなところに居て、おまけにそこら中スケルトンだらけ。必死にエプリの探査能力を頼りにここまで進んできたら、さっきの凶魔に襲われたってわけ。よく見たら牢で戦った凶魔と似た感じだから、何とか人に戻せないかなって頑張っていたんだけど……アシュさんが来てくれなかったらヤバかったよ」

 

 もし来てくれなかったらと思うとゾッとする。多分あのまま俺はぶっ飛ばされて重症。その場合エプリは、俺を助けるために間違いなく魔石を直接狙う手段に出ていただろう。どっちも良いことがない結果だ。そうならなくて助かった。

 

「どうりでやけに軽装備だと思いました。先ほども言いましたが、ここは最近発見されたばかりのダンジョンです。場所は交易都市群の北の外れ。魔族国家デムニス国との間に位置しています」

「デムニス国……」

 

 エプリがそうポツリと呟いた。何か思うところでもあるのだろうか? デムニス国というのは以前イザスタさんから聞いたことがある。俺が最初に来たヒュムス国。そこから相当北の、交易都市群を越えた先に位置する魔族主導の国らしい。ヒュムス国とはすこぶる仲が悪いという。

 

 しかし参ったなあ。どうやら大分遠くまで空属性で跳ばされたようだ。これはイザスタさんと合流するのはかなりの骨だぞ。俺は内心頭を抱える。

 

「ここは交易路から少し離れているので、見つかった時にはそれなりに大きくなっていました。なので調査が済むまでは立ち入り禁止なのですよ。そんなところに貴方達がいたものですから、もう私ビックリしちゃいましたよ」

「それはゴメン…………って!? よく考えたらジューネ達こそそんなダンジョンになんで潜ってたんだ?」

 

 見つかった時には大きくなっていたという言葉に違和感を感じるが、今はこちらの方が気にかかる。調査が済むまでってことは、この二人は調査員なのだろうか? だがそれにしてはなんとなく違和感がある。

 

 普通こういう何があるか分からない所の調査と言えば、大規模な調査隊を送るものじゃ無いだろうか? それがこんなところで二人だけと言うのは不自然だ。

 

「それは簡単。()()()()()()()()()()

 

 ジューネは急に立ち上がってそう言った。なんのこっちゃ? いきなり予想外の答えが飛び出してきたので俺の反応が一瞬遅れる。それを気付いているのかいないのか。ジューネはそのまま胸を張って話を続ける。

 

「我が商店の取り扱う商品には()()も含まれます。そして情報は鮮度が命! 例え危険だろうとも。いや、危険だからこそ! その持ち帰った情報には価値が生まれるのです。ここに調査隊が入るより前に、私達だけで先行して内部の情報を持ち帰る。それにどれだけの価値が生まれるか……」

 

 そうジューネは目をキラキラさせて話す。……商人というのが最大限の利益を追求するものだとはなんとなく知っていたけど、ここまで命がけでないといけないのだろうか? 無意識のうちに少しだけ後退っていた。商人って怖い。

 

「ただ、このダンジョンは出てくるのがスケルトンばかりで旨味がなく、そのくせ構造は相当広い上に複雑なのですよ。現地で調達できる物でさらに一儲けと考えていたのですが、どうやらそこまでは上手くいかないようです」

 

 そう言ってジューネは軽くため息を吐く。確かに査定したところ、スケルトンから取れる物はどれも安い物ばかりだった。実際は俺のようにその場で換金できるわけでもないだろうし、何処か換金できるところまで運ぶ必要もある。その手間なんかを考えると確かにスケルトンは旨味がないと言える。

 

 それにこのダンジョンが相当広くて複雑というのもマズイ。ダンジョン探索は当然時間がかかる。時間が掛かれば掛かるほど、当然食料等の日用品を消費する。

 

 出てくるモンスターの肉を食べるというのは冒険者のイメージに合っているが、出てくるのがスケルトンばかりではそれも出来ない。何せ最初から骨しかないのだ。身が付いていない。

 

「これ以上はここに居ても収穫は少なそうですし、ここまでの道のりだけでも情報としてはまあ悪くはないでしょう。という訳で私達は明日には引き揚げを開始します。貴方達はどうしますか?」

「俺達はこの人が起きるのを待ってから出発するよ。流石に眠っているヒトを連れて行くのは厳しいからな」

 

 俺もさっさと出発したいところだが、寝ている男の人をどう連れていくかが問題だ。背負っていくには体格が少し…………ほんの少しだけ向こうの方が大きいから難しい。下手をすれば引きずっていくことになる。担架も何もない以上、起きるまで待って自分で歩いてもらうのが一番だ。

 

 問題はその間、男の人の傍に居なきゃいけないんだよな。護衛的な意味で。ヌーボ(触手)も俺達が起きるまではこんな感じだったんだろうか?

 

「そうですか……貴女も同じ意見で?」

 

 よいしょと座りなおしたジューネはエプリにも訊ねる。……よく考えてみれば、エプリはこのままこの二人と一緒に行くというのも一つの手だよな。その方が俺と行くよりも確実に早く脱出できるし。俺はエプリの答えを少しドキドキしながら待つ。

 

「……私は一度受けた仕事は最後まで果たす。だから雇い主が起きるまで待つと言うのなら私も待つ。……彼を無事脱出させるまでが私の仕事だから」

 

 うおっ!! 予想以上にプロ根性の入った返答がきた。

 

「……それなら一度契約を解除するか? その方がそっちは早く脱出できるぞ。…………アイツと合流するんだろ?」

 

 クラウンの名は意図的に伏せておく。エプリがクラウンと合流するっていうのはなんか嫌だが、向こうがするって言うんだから仕方がない。傭兵として色々あるのだろう。そう言った直後。

 

「“風弾(ウィンドバレット)”」

「あだっ!?」

 

 俺の額にエプリの風弾が直撃して悶絶する。前に拷問中に受けたものよりは弱めだが、それでもやっぱり痛い物は痛い。後ろに転がった俺に対し、エプリは冷ややかな口調で言う。

 

「……バカにしないでくれる。今アナタを置いていったら私の傭兵としての沽券に関わるわ。契約を解除しようものなら無理やり引っ張ってでも脱出させるわよ」

 

 気のせいか怒っているみたいだ。だが理由はどうあれ一緒に残ってくれるらしい。そこは素直に嬉しい。俺は額を押さえながらついニッコリしてしまう。

 

「ふぅむ。お二人とも残ると。…………仕方ありませんね。残念ですが、明日はここで別れるとしましょう。留まる経費も馬鹿になりませんからね」

 

 ジューネは言葉通り残念そうに、しかし商人として割り切って宣言した。まあそちらにも都合があるだろうしな。あんまりこっちに付き合っている訳にもいかないだろう。残った方が良いと思わせる物もこちらには……。

 

「…………ねぇ。取引しない? 互いに得になるように」

 

 急にエプリがジューネに対してそのように切り出した。フードに隠されながらも、焚き火に照らされたエプリの口元は不敵に笑っているように感じた。

 




 交渉も出来る傭兵……と言っても本職にはかないませんが。

 面白いと思った方は、いつでも評価お待ちしています。


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第四十一話 取引成立?

「取引ですか。…………良いですとも()()()。何がご入用で?」

 

 取引と聞いてジューネも口調が変わる。商人モードとでも呼ぼうか。

 

「こちらが望むのは、明日アナタ達が出発するまでにそこで寝ている男が起きた場合、その男もそちらの用心棒が護衛するということ。最悪起きなかった場合、男を運ぶために使えそうな道具と、なるべく長い間ここのモンスターから襲われないようにする為の道具の提供。当然アナタなら持っているわよね」

 

 エプリは断言するかのように言う。確かにこれだけ用意の良いジューネなら、いざという時のためにモンスター避けくらい持っているだろう。それがあれば待っている間の危険は確実に減るし、眠っている男を移動させるのにも役に立つだろう。

 

「有りますともお客様。我が商店は取り扱いの幅が広いことが数少ない自慢でございますから。しかしお客様。それだけのご要望となるとこちらとしてもタダという訳にはまいりません。それに見合うだけのお代を頂かないと」

 

 パチパチと音を立てる焚き火の傍で向き合う少女二人。場所的にここは暖かいはずなのに、何故か二人の近くだけ温度が下がっていく感じがする。

 

「……当然ね。しかしこちらにはそれに見合っただけの現金はない。だけどアナタ言ったわよね? ()()も商品として取り扱っているって。お代の代わりにそれで払うというのはどう?」

「……どのような情報で?」

 

 情報という言葉に興味を惹かれたのか、ジューネも先を促してくる。しかしそんなものあったかな? 流石に俺が別の世界出身だってのは話せないしな。加護のこともジューネに話したらどんなことになるか分からないし。

 

「……私達が提示するのは、私達がここまで来るのに辿った道のりそのもの。部屋の様子や通路の数。どこでどれだけの敵と遭遇したか。全てハッキリと頭の中に入っているわ。……何ならここで書き写してみせましょうか?」

 

 エプリのその言葉に、ジューネは口元に手を当てて少し考え込んだ。確かにこれまでの道筋は大体頭の中に入っているし、宝探しをする者の嗜みとして時々道のりを地図に書いていたりする。エプリもちょくちょく俺の書いた地図を見て、細かいところを手直ししてくれたからこれなら少しは価値がある……のか?

 

「…………その情報が正しいという保証はありますか? 一応情報の真偽は確かめませんと」

「……保証はないわ。これは私を信じてもらうしかない。ただ私の探査能力と合わせて考えれば、かなり高い精度の情報にはなっていると思う。……アナタが貰える見返りはさぞ大きいでしょうね」

 

 凄まじく強引な交渉だ。こっちには情報が正しいと証明する方法は無い。向こうも確かめるには実際に近くまで行ってみるしかないが、今から引き上げるというのにそんな余計な場所に寄っている暇はない。

 

 普通なら向こうはこんな提案に乗る必要はない。しかしもしこの情報が真実なら、それを持ち帰れば相当の価値になることは確実。ジューネの考えているのは多分そんな所じゃないだろうか?

 

「なぁ。ちょいと良いかい?」

 

 そこへ通路脇でずっと見張りをしていたアシュさんが割り込んできた。位置は動いていないが、どうやら話の内容は聞こえていたらしい。

 

「その情報。多分本当だと思うぜ。少なくとも嘘は吐いていない」

「……そうですか。……ではお客様。そのお取引、受けさせて頂きます。明日私達が出発するまでに男が目を覚まさなかった場合は荷物をお渡しし、目を覚ました場合はうちの用心棒がその男も護衛対象として近くの町まで連れていきます。以上でよろしかったでしょうか?」

 

 アシュさんがそう断言すると、ジューネは悩んでいた様子をガラリと変えて取引を受けると言い出した。余程アシュさんのことを信頼しているらしい。

 

「……やけにあっさり受けたわね。もう少し粘るかと思ったけど」

「商売では機を逃す者は二流だと考えておりますので。……ただしお代は前払いでお願いいたします。同行する場合は脱出した時で結構ですが、そこの方が目を覚まさなかった場合は荷物と引き換えに頂くという形に」

「成程…………この条件で大丈夫かしら? 雇い主様?」

 

 突如こちらに振ってくるエプリ。いや、そのまま進めちゃって良いんだけど。一応雇い主だからって気を使っているらしい。お代が前払いの件も、俺達の脱出を待っていたら何日かかるか分からないからな。先に貰っておいた方が良いというのは分かる。俺は何も言わずにただ頷いた。

 

「……どうやら交渉成立みたいね」

「はい。それでは情報の件、よろしくお願いいたしますね」

 

 こうしてエプリの機転によって、ジューネとアシュさんの協力を取り付けることに成功したわけだ。そのまま俺達はこれからのことを話し合った。人を運ぶために必要な物は何があるとか。モンスター避けの道具の実演とか。

 

 

 

 

 そうこうしている内に夜中になってしまった。ダンジョン内では朝も夜もないのだが、だからと言って生活リズムを崩す必要もない。野宿用の寝袋等もジューネから購入した。という訳で、俺達は交代で見張りをしながら一夜を過ごすことになった。のだが……。

 

「……本当に俺達が先に寝て良いんですか? 周りの見張りと火の番くらいなら今の俺でも行けますよ?」

「良いって良いって!! いきなりダンジョンに跳ばされた上に、さっきは相手を倒すことよりも助けることを優先した戦いをしていただろ? そういうのは身体にじわじわ来るんだ。今は休んどきな。……嬢ちゃんもだ。平気な風に見せてるが結構消耗してんだろ?」

 

 何故か見張りの順番にアシュさんが一番に名乗り出て譲らない。俺なら大丈夫だというのに。見張りと行っても通路には簡単な仕掛けがしてあるし、実質は火の番くらいのものだ。それに体力だけはそれなりに自信があるぞ。…………貰った加護のおかげというのが少し自慢しづらいが。

 

「……私はまだ問題ない。この程度の連戦なら……まだ」

「あのな。まだやれるって時が一番危ないの。こういう連戦が確実に予想されるところでは、自分の体力が七割切った時点で休むのが鉄則だ! 無論休めるならばだけどな。そんで今は幸いにも休める時。そんな都合の良い機会を逃してどうするのって話だ」

「………………分かった」

 

 食って掛かったエプリだが、冷静にアシュさんに返されて渋々とだが頷く。エプリが言い負かされるのは珍しいな。それだけアシュさんの言葉が的を射ていたってことか。

 

「心配すんな。交代の時間になったら起こしてやるよ。まずは俺。次にエプリの嬢ちゃん。最後にトキヒサの順だ。……ジューネは今のうちにぐっすり寝てろよ。明日もた~っぷり歩くからな」

 

 それを聞いたジューネは苦い顔をして、素早く自分の寝袋に入り込んだ。……足パンパンになってたもんなぁ。さっき店の裏でこっそり自分の足に軟膏のようなものを塗りたくっているのを見ちゃったし、ダンジョンを歩き慣れてはいないらしい。それなのにこんなところに乗り込んでくるとは驚きだ。

 

「それじゃあ最初の見張り、よろしくお願いします」

「おうっ! 寝ろ寝ろ。良い夢見ろよ」

 

 そうして俺達は自分の寝袋に入った。何か手伝えることはないかと考えていたが、やはり疲れていたのかだんだんと瞼が重くなり…………いつの間にか俺は意識を手放していた。




 休める時に休む。これ大事。


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閑話 嘘を見抜く男

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 パチパチと焚き火が弾ける。その明かりに照らされながら、アシュは一人火の番をしていた。無論周囲の警戒も怠っていない。……いや。意識せずとも周囲を探ってしまうと言うべきか。

 

 今のところこの部屋に近づいてくる者はいない。通路に仕掛けを施したことにより、この部屋は下級モンスターから自然と避けられるようになっている。無理やりに入ろうとすれば意外にあっけなく入れるようなものだが。

 

「…………まだ起きてたのか。早く寝な。朝になったらすぐ出発だろ? あいつらとの取引がどっちに転ぼうともな」

 

 アシュは他の者を起こさぬよう静かに、しかし今起きているであろう自分の小さな雇い主に対して声をかけた。ジューネはしばらく動かなかったが、これはもう仕方ないともぞもぞ寝袋から這い出してきた。

 

「……ちょっと話があって。隣良いですか?」

 

 アシュが何も言わなかったので、ジューネは肯定だと受け取ってのそのそとアシュの横に座って焚き火にあたりはじめる。並んで焚き火にあたる商人と用心棒。そのまましばし焚き火の弾ける音だけが聞こえる。

 

「…………まず先に謝っておきます。さっきはゴメンナサイ。貴方の意見も聞かずに取引に付き合わせてしまって」

 

 先に口火を切ったのはジューネの方だった。彼女の方から話があると言ってきたのだから当然と言えば当然だが。

 

「あの場合、護衛である貴方の意見を聞いてから取引に組み込むべきでした。場合によっては護衛対象が増えて貴方の負担が大きくなりますからね。これは私の不手際です」

「良いって。……どのみち俺の意見を聞いた後でも取引自体はやめなかっただろ?」

「それは…………そうですね。その方が儲けがあると踏みましたから」

 

 どうやら彼女にとって、アシュを取引に組み込むこと自体は決まっていたらしい。あくまで謝ったのは、()()()()()()()勝手に組み込んだことのみのようだ。

 

 

 

 

「……それで、あの方達の話したことをどう見ますか?」

「話したって……ここに来るまでの話か? それとも取引のことか?」

「両方です。貴方の率直な意見を聞かせてください」

 

 その言葉に、ふ~むと目を閉じて考えるアシュ。ジューネは何も言わずにただ答えを待っている。十秒ほど経って、アシュは目を開けて軽く膝を打った。

 

「ここに来るまでの話は微妙に嘘が混じってる。多分おおよそは本当だろうが、どこか肝心のところを話していないってとこか。さしずめエプリの嬢ちゃんの辺りだな。隠してんのは」

 

 ジューネはアシュの意見に高い信頼を寄せていた。その理由の一つは、彼は相手の嘘を見抜く能力があるからだ。それが何らかの加護かスキルかはジューネも知らない。アシュ曰く誰でも練習すればこれくらいは出来るようになるらしいが、彼の場合は相手が嘘を吐けばほぼ百発百中で反応する。

 

 あくまで何か嘘を吐いているという事しか分からないらしいが、騙しあいが日常茶飯事の商人の世界では非常に有用な能力だ。

 

「成程。では取引の方は? 情報が間違っている可能性はありますか?」

「こっちはさっき言ったように嘘は吐いていなかった。あるとすれば自分で気が付かない間違いだな。探査に失敗したとか、あとからダンジョンに手が加えられたとかな。……まあ嬢ちゃんの探査能力は相当高いぜ。そこは確認したから間違いない」

 

 アシュはエプリとの話し合いの中で、互いの能力を一部打ち明けあっている。エプリが見せたのは、風を通じて周囲の情報を探る方法。風の流れがある限り、広範囲かつ細かな情報を得ることが出来る優秀な能力だ。

 

 風属性の使い手でもほんの一握りしか出来ないであろう精密かつ圧倒的なコントロール。まさに()()()()()()()()()()()()()()()この妙技に、アシュはすこぶる感心していたのだ。

 

「それなりに情報の正確性は保証されていると。……それなら安心です」

 

 ふぅと小さな商人は軽く息を吐いた。取り扱う情報が正しいかどうかはいつも気にかかるものだ。今回のような大金が動く可能性のある場合は特に。

 

 どこの世界でも、一番儲かる可能性が高いのは最初に足を踏み入れた者だ。無論そこには危険が伴う。あとから来れば来るほど安全ではあるが、その分実入りは少ない。

 

「…………今回のことが上手くいけば、私の目的に大きく近づきます。そのためにも、調査隊にはなるべく高く情報を買っていただかないと」

「そうだな。……おっと。商人が暗くなってちゃお客さんも寄ってこないぜ。ほらっ! 笑顔笑顔!!」

 

 呟くジューネの横顔はどこか張り詰めていて、それを見たアシュは両手の指で彼女の口角をあげて見せる。最初は嫌がっていたジューネだが、すぐに自分で営業スマイルを作ってみせた。

 

「よしよし。その調子その調子。……それじゃあ話が終わったんならそろそろ寝な。明日も歩くぞ」

「はい。見張り番よろしくお願いしますね」

 

 そう言うと、ジューネは軽く服をパンパンと払いながら自分の寝袋に戻っていった。そしてすぐに寝息をたてはじめる。まだ疲れていたらしい。それを確認したアシュは、再び火の番と見張りに戻る。火が弱くなってきたら薪を足し、時折自分の雇い主や一緒に行くかもしれない者達に視線を向ける。

 

 

 

 

「…………まだ交代の時間には少し早いぜ」

「……アナタとジューネの声で目が覚めてしまったのよ」

「それは悪いことをしたな。スマンかった」

「……いえ。丁度良かったわ。どうせ早めに交代するつもりだったから」

 

 ジューネが寝入ったのを見計らったかのように、今度はエプリが起きだしてきた。交代まではまだ三十分ほどあるが、そのまま焚き火の近くにやってきてアシュの対面に座る。

 

「……どうしたの? 交代なのだから自分の寝袋に戻ったら? 別に元々の予定時間まで粘るなんてことは要らないわよ」

「ああ。いや。一応聞いておきたいことがあったしな。折角早く来たから今のうちに聞いとこかなって思ってな」

 

 アシュはそう言うと、もう一度ざっと通路周りを確認する。仕掛けが壊されたわけでもないが、こまめに点検は見張りとして必要だ。

 

「聞いておきたいこと? 取引についての内容確認とか?」

「いや。そういうのじゃなくて…………実は人を探してるんだ」

「ヒト?」

 

 エプリは首を傾げる。

 

「ああ。もしかしたら知ってるか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 そしてダンジョンの夜は更けていく。

 




 時久が知らない間に進行するストーリー。


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第四十二話 思うだけでも禍の元?

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 異世界生活八日目。

 

 俺は荷車に結ばれたロープを肩にかけて牽きながらダンジョン内を歩いていた。両手を使っているため松明は持てないが、代わりに光属性の光球を周囲に浮かべているので暗闇という訳ではない。

 

 その荷車の上には、昨日戦った元ゴリラ凶魔の男が横になっている。男の横にはヌーボ(触手)が陣取り、時折身体の位置をずらして床擦れしないように配慮している。出来たスライムだ。どのようにしてこんな状況になったか。それは今日の朝にさかのぼる。

 

 

 

 

「では、そろそろ出発するとしましょうか」

 

 朝食を食べ、荷物を点検し、周囲を索敵する。そしてそろそろ朝の九時を回ろうかという時、もうここでやることはないって時に、ジューネはそう時間切れを切り出した。

 

 元々いつ出発するかは決まっていなかったが、本来ならもっと早い時点で出発していただろうと言うのはエプリの言。それをここまで引き延ばしたのは、ジューネの方も出来れば残って助けになりたいと思っていたからだと、俺は勝手に想像する。

 

 展開していた店を元のリュックサックに戻し、再びそれを背負うジューネ。……明らかに重量が物凄いことになっていると思うのだが、それを軽々と背負っているのは一体どういう事なのだろうか? アシュさんも服の帯を締めなおし、腰に二振りの刀を提げてジューネに従うように立ち上がる。

 

「……行くの?」

「はい。すでに大分時間を使ってしまいましたから。情報の価値は時間が経てば経つほど下がっていくものです」

 

 エプリの問いかけに、ジューネは軽く肩をすくめながら困ったような顔で返す。

 

「こちらが約束の品です。お確かめください」

 

 昨日の約束の品。怪我人を運ぶための折り畳み式荷車や、近くのモンスターを寄せ付けないための使い捨て魔道具。その他役に立ちそうな品の数々がエプリと俺の前に積み上げられる。…………ホントにどんだけ入ってたんだあのリュック!?

 

「…………確かに。……ではこっちも」

 

 品物を確認すると、エプリは手元の紙の束をジューネに手渡した。中身は俺とエプリで作成した、ここまでの道のりを地図にまとめたものだ。

 

 地図自体はここまでにちょこちょこ書いていたのだが、実際に渡すとなると何だかんだで不明瞭な所も多かった。なので二人で額を寄せ合って、細かいところを書き直していったのだ。朝方のみの短い時間ではあったが、大分見やすくなったんじゃないかと思う。

 

「…………取引成立ですね」

 

 ジューネも中身をパラパラとめくって確認すると、地図を懐にしまってニッコリと笑いかける。相変わらずの見事な営業スマイルだ。世の客商売の方々には是非手本にしてほしいレベルである。

 

「互いに良い取引であることを願いますが……」

 

 そこでジューネは一度言葉を止めて、眠っている男の方をチラリと見る。彼は昨日からずっと眠りっぱなしで一度も目を覚まさない。ずっと飲まず食わずでは身体が弱る一方なので、果物をすりつぶしたものを時折飲ませている。

 

 点滴とかがあればいいのだが、流石にそれはジューネも持っていなかった。どうやらまだ技術的にも医学的にも開発されていないらしい。

 

「……約束は約束。アナタが出発する前に彼が起きなかっただけの話よ」

「そうだな。ジューネは色々用意してくれたし、アシュさんには助けてもらった。礼こそ言え、文句なんて言わないぞ。そっちは急いでるんだろ? 後は俺達が何とか連れて行くから、ジューネ達は先に出発しなよ」

 

 この二人がいなかったらそもそも助けられなかった可能性が高いからな。それに比べればまだ五体満足に無事でいるし、運ぶための道具もある。難易度はグンと下がっているのだ。これ以上は罰が当たるっていうくらい恵まれているとも。

 

「そうですか…………分かりました」

 

 ジューネはそう言うと、こちらに背を向けて通路の方に歩き始める。すでに周りの通路の先にスケルトン等の巡回がないことは、エプリとアシュさんによって確認されている。ここにいるだけで周囲の様子を探れるというのは凄まじく有用だ。これがあったら“相棒”に怒られそうな時も素早く逃げることが…………ダメだな。多分位置が分かっても逃げきれずに捕まる気がする。

 

「……結局出発するのか?」

「えぇ。当初の目的を忘れてはいけませんから」

 

 アシュさんが行こうとするジューネに声をかける。その声は決して彼女を咎めているのではなく、あくまでも確認の為のようだった。そして返事をしたジューネが通路に向かうと、自分もすぐ後ろについてスタスタと歩いていく。

 

「…………ですが」

 

 通路に入る直前、ジューネはそこでピタリと足を止めた。

 

「……先ほどの地図にはやや分かりにくいところがありましたからね。そこの部分を少し確かめてからでも良いでしょう」

 

 やや棒読みなジューネのその言葉に、アシュさんは少しだけ笑ったように見えた。

 

「そういうとこ商人としてはどうかと思うけどな。まあ、だから俺は付き合っているんだけどな」

「……何を言うんですかアシュ。これはあくまでも取引の一環。取引内容に不備がないようにより細かな確認を必要としたためです」

「はいはい。そういう事にしておくよ。それじゃあなるたけの~んびりと確認するとしますか」

「の~んびりとじゃダメです。至急かつ速やかに、それでいて細かな所までキッチリと……ですよ」

 

 二人はそうこちらに聞こえるようなやや大きな声を出しながらこちらに戻ってきた。…………うん。なんだかんだ言ってもう少し待ってくれるのだから、やはりこの二人は良い人だ。俺はこの世界に来て色々酷い目にあっているが、出会う人の運だけは絶好調だと思う。……あのクラウンの奴は除くけどな。

 

 男が目を覚ましたのは、俺達が地図の内容を細かく話し合って一時間経った時のことだった。……というか一時間もよく細かな所まで粘ったなジューネ。もう俺もエプリも話すことが無いってくらいなのに、聞いた話と自分達の情報を基にして新たな地図を作成しつつあったぞ。

 

 

 

 

「……それじゃあ何も覚えてないってことなのね?」

「あぁ。助けてもらって悪いんだがな」

 

 男は自分の名前をバルガスと名乗った。中々に屈強な身体で、歳は以前の見立て通り三十一だという。職業は冒険者。以前牢の中でイザスタさんから聞いたのだが、冒険者と言うのは要するに何でも屋だ。よくライトノベルやゲームで見るように、依頼さえ受ければそれが報酬と危険度と労力に合う限り大抵のことをこなす職業。

 

 内容は町の人のちょっとしたお手伝いから危険なモンスターの討伐まで様々だ。さらにそこから細かく専門とするものが分岐していき、冒険者というのはその職業の総称でもあるという。

 

 バルガスの職業はハンター。冒険者の中でも、主にモンスターを狩って生計を立てる者であるという。基本的にソロで活動していてランクはC級。年齢や実績から考えるとそこそこの位置づけらしい。ただ、ここに来るまでの記憶がぽっかりと抜け落ちているようだった。

 

「最後に憶えているのは、依頼で町はずれの街道に出たはぐれのブルーブルを狩っていた時だ」

 

 ブルーブルとはデカくて青い肌をした牛型のモンスターで、いつもは群れて平原地帯を縄張りにしている。しかしときたまはぐれて町の近くや街道に出没することがある。そのままにしておくと危険なので、発見されたらすぐ追い払うか仕留めるかの依頼がなされる。

 

 群れを相手取るのはとても危険だが、一頭だけならC級一人だけで十分勝てる。それにブルーブルは肉がそれなりに高く売れ、皮や角も様々な素材に使えるのでかなり割の良い相手だ。勢い込んでそうしてブルーブルを仕留めた時、突然後ろから声を掛けられたという。

 

「多分男の声だと思うがどうもはっきり思い出せねぇ。とにかく後ろから声を掛けられて、振り向いた瞬間胸のところに痛みが走ったんだ。そうしたら急に気が遠くなって、気が付いたらここに至るってわけだ。……あんまり役に立てなくてすまねぇな」

「…………いや。参考になりました。ありがとうございます。まだ身体が弱ってますから、横になっていてください」

 

 俺達はこれでひとまず話を打ち切る。まだまだ聞きたいことはあったが、人に戻ったばかりで根掘り葉掘り聞いたら身体に良くないだろうからな。またそのうち聞くとしよう。それにしても、

 

「……まだ歩くことは難しそうだし、やはり荷車で乗っけていくしかないか」

「そうですねぇ。本来なら一緒に行く以上、道具を提供するというのは無しでも良いのですが」

 

 今バルガスが着ている服も、飲んでいる水も、用意したのは全てジューネだ。もしここで全て返せと言われたら、バルガスは裸一貫でダンジョンに放り出されることになる。どうやら自分が身に着けていた物は何処かに落としてしまったらしく、金も無いから支払いも出来ない。だが、

 

「アシュに護衛させると約束した以上、護衛しやすいように用意を整えるのも取引の内ですね。引き続きこのままで行きましょう」

 

 やはり色々言いながらも、助けようとする意思は変わらないようだ。

 

「さて。いくつか方法を考えましたが、時間も有りませんし手早くまとめるとしましょう。…………トキヒサさん!」

「おうっ!」

 

 急に呼ばれたので少し驚いたが、なるべく驚いていないように返事をしてみせる。こちらを見たエプリとアシュさんがクスリと笑ったような気がした。……笑うなよっ! 

 

「これから貴方には、ある意味で一番過酷な仕事をしてもらうことになります。覚悟は良いですか?」

「任せとけ。スケルトン軍団の追撃だって何とか戦ってみせる。あのボーンビーストくらいになると厄介だが、普通のスケルトンなら奇襲さえ防げれば多分勝てるだろう」

 

 俺は意気込んでそう返す。これまであまり活躍できなかったからな。助けてもらった借りを返すために、気合を入れていくぞ。どんな仕事でもかかってこ~い。

 

 

 

 

 そして現在に至る。確かにある意味過酷な仕事だ。俺はバルガスが横になっている荷車を引っ張っていた。どんな仕事でもかかってこ~いと考えるべきではなかったかもしれない。




 良かったね時久。仕事が出来たよ!


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第四十三話 赤い砂時計

「よし。ここらへんで休憩にするか。丁度良さそうな部屋もあるしな」

「さ、賛成です」

 

 先頭を行くアシュさんの言葉に、全身汗だくの俺は一も二もなく頷く。バルガスを連れて俺達がダンジョンの脱出を試みてから、もう午後の七時をまわっていた。

 

 隊列は先頭にアシュさん。次にエプリが時々周囲を調べながら続く。その後を護衛対象であるジューネ。本人曰く戦闘能力はあまり無いそうなので、隊列の中央に入っている。その後ろを俺がバルガスの乗った荷車を引っ張りながら続き、荷車にはヌーボ(触手)が同乗する。

 

 本来なら弱っているバルガスも隊列の中央に入れたいところだが、荷車は手押し式ではなくひもで引っ張るタイプなので、必然的に俺も前衛ということになってしまう。それでは後ろから奇襲を受けた時に真っ先に狙われるのはバルガスとジューネだ。

 

 二人同時に守り切るのは流石に難しいので、せめて一人にしなければマズイ。戦闘能力のないジューネと弱っているが冒険者のバルガス。どちらを優先して守るかと言えばジューネだ。という訳で俺がジューネの後ろに付き、バルガスの荷馬車にはヌーボ(触手)が同乗することで後ろからの奇襲を防ぐという算段だ。

 

 結局、地図のすり合わせをしたりバルガスから話を聞いたりで、俺達が出発したのは昼前。その後一度小休止を取り、ジューネの意向とバルガスを早く安全な場所に送るということから、今まで休まずに進み続けて数時間。いかにスケルトンとの戦いを避けながら進んでいるとは言え、各自の疲労はかなり高まっていた。

 

「……そうね。そろそろ休息が必要な頃合いかしら」

 

 すました顔でエプリもそう言っているが、実際相当消耗しているようだ。ある程度進む度に周囲の状況を探り、スケルトン達を避けて出口へのルートを把握するのは高い集中を必要とするのだから当然だ。その証拠に、出発した時に比べて僅かに息が上がっている。

 

「………………は、い」

 

 ジューネに至っては息も絶え絶えだ。足はガクガクと生まれたての小鹿のように震え、目は微妙に虚ろになっている。考えてみれば、どんな理屈かは知らないが明らかに自分よりも重量のあるビックサイズのリュックサックを担いでいるのだ。こんな強行軍をして、身体に負担のかからないわけがない。

 

 バルガスに関しては言うに及ばず。ということで、ほぼ全員一致でここで本格的な休息をとることになった。

 

 

 

 

 通路の途中には所々に部屋が設置されている。部屋の大きさはまちまちだが、今いる部屋はそこそこ広めでテニスコートぐらいのものだ。……考えてみれば、こういったダンジョンの設計は誰がしているのだろうか? 物語だとダンジョンマスターがお約束だが……今は考えても仕方ないか。

 

 部屋の内部を確認すると、手早くこの部屋に繋がる通路に警戒用の仕掛けをするエプリとアシュさん。そして周囲の安全を確保すると、今度は休憩のための準備をする。俺達も疲れてはいたが、ここで準備をしっかりとしておかないと安心して休めないので気合を入れてやっておく。

 

 全て終わった時、アシュさん以外は全員ヘロヘロになっていた。エプリでさえも壁に寄り掛かって息を整えていたのだから相当なものだ。そのまま夕食の用意をし、交代で通路の方を見張りながら食べる。

 

「えっと、現在位置は大体この辺りですね」

 

 夕食を食べながら、ジューネが手製の地図の一部を指し示す。俺とエプリが作ったものとは別の、ジューネとアシュさんがここに来るまでに書いたものだという。それに依ると、今の場所はこのダンジョンの地下二階。俺達が最初に跳ばされたのが地下三階で、先ほど階段を一つ上がったので間違っていない。

 

「ここまで予定に近いペースで進めています。バルガスさんを連れているのでもう少しかかるかと思っていましたが、予想以上にエプリさんの探査能力のおかげで助かっています」

 

 ジューネが言うには、スケルトンと遭遇しないことで大分時間が短縮されているという。アシュさんなら戦闘時間はほとんどないが、それでも時間が全くかからない訳ではない。それに行きは道を少しずつ探しながら進む状態だったので、今は多少スケルトンを避けて道を逸れてもエプリの能力で相当短縮されたという。

 

「この調子なら、早ければ明日の夜中頃にはダンジョンを抜けられる予定です。まあ今日のような強行軍を連続で続けるのは難しいので、実際はもう少し遅く明後日の朝頃になるかと思います」

 

 明後日の朝か。ダンジョンは好きだしロマンだけど、今は怪我人が居るからな。なるべく早く脱出できるならそれに越したことはないか。

 

「……無理な行軍は長続きしないもの。少し余裕を持った予定は必要ね」

 

 エプリはそう言って千切ったパンを口に放り込む。失った体力を補おうとするかのように食べる。とにかく食べる。…………食いすぎじゃないかってぐらい食べる。

 

 あのパンはかなり噛み応えがあるから一つだけでかなり腹持ちが良いはずなのに、もう五つ目に突入している。このまま大食いキャラで定着しそうな勢いだ。

 

 

 

 

「ところで、バルガスさんの具合はどうですか?」

「あぁ。さっきまた眠ったとこだ。やはり凶魔になっていた時の疲労が今頃になって来たらしい」

 

 移動中も時折話を聞いてみたのだが、思い出したことは特にはなかった。だが、どうやら誰かに襲われたのは今から三日前のことらしい。つまり襲われた時点で凶魔化していたとすると、昨日俺達と戦った時には二日目だったことになる。

 

 凶魔化なんて明らかに身体に悪そうなものを二日もしていたのだから、身体への負担は相当なものだったろう。……というか本当に良く人に戻れたな。最悪あの時もう戻れないことも覚悟していたんだけどな。

 

「それにしてもヒトの凶魔化とは。とんでもないことを考える人がいるものですね。上手く使えばかなりの利益を産み出せそうな話ですが、私個人としてはどうにもやろうとは思えません」

 

 最初に利益のことを挙げる点は何とも商人らしいが、凶魔化自体には反対の意思を示すジューネ。俺もあんな怪物になるのは嫌だ。明らかに理性がぶっ飛んでいたしな。……仮面〇イダーやスパイ〇ーマン的な怪物(ヒーロー)には少し憧れるけど。

 

「……そう言えば、魔石を取り出したことでバルガスさんは元に戻ったんですよね? つまりその魔石を再び人体に打ち込んだら……」

「そりゃあ再び凶魔化を…………って!! 大事じゃないかそれ!! アシュさん。至急あの魔石を誰も触れないようにガッチガチに梱包してですね」

「それなら多分大丈夫だと思うぞ」

 

 慌てまくる俺の言葉に、通路を見張っていたアシュさんが落ち着いた様子で言う。その手には今話題に出たばかりの魔石が握られている。

 

「今のこれからは魔力はほとんど感じられない。仮に凶魔化に大量の魔力が必要だと考えれば、多分この中に溜まっていた分は、バルガスを凶魔化させた時にあらかた使っちまったんだろうな。これなら普通の魔石と変わらんよ」

「……確かに魔力はほとんど感じられないわ。だけど魔力が必要だというのはあくまでも推測。その魔石自体が特殊だという可能性も残っているんじゃない?」

 

 アシュさんの言葉にエプリが冷静に反論する。確かに魔石自体が特殊だったらまたヤバいことになりかねないもんな。だけどエプリよ。せめてパンを手から離して言った方がより説得力があると思うぞ。

 

「それもそうだな。じゃあ大丈夫だと思うが念の為、これは最初のトキヒサの言うとおりにガッチガチに梱包して俺が預かっておこう。……それなら少しは安心だろ?」

 

 アシュさんはあっさりと自分の意見を曲げてエプリに合わせた。どうやら最初からそう言われることは織り込み済みだったらしい。

 

 ジューネが取り出した厚手の布。包んだ物の魔力を漏れないようにするらしいそれに魔石を包み、その上からさらに何重にも縛ってちょっとしたサイズになったものを懐に入れるアシュさん。

 

「これで良しっと。ここから出たら、近くの町に行ってちょっと調べてもらった方が良いな。そうじゃないと売るに売れない」

 

 売る気はあるんだ!? この世界の人はたくましいな。

 

「勿論危険があると判断されたら売らないさ。その場合は然るべきところに預けるかその場でぶっ壊す。ちょいともったいないが、うっかり誰かが使ったりしたらことだものな」

 

 アシュさんはそう言ってニカっと笑う。……う~む。やっぱりアシュさんって誰かに似ているんだよな。それも比較的最近会った人の誰かに。誰だったかなぁ。

 

「アシュ。儲け話になりそうでしたら私にも噛ませてくださいよ。値上げ交渉ならお任せです。その場合儲けた分の一部は山分けですが」

「分かってるって。その時は頼りにしてるぜ。雇い主様よ」

 

 そうして和気藹々と金儲けの相談をする二人。エプリは何か思うところがあるのか、二人の方をじっと見ている。……と言ってもフードを被りっぱなしなので、正確な目線は分からないのだが。

 

 俺も二人が話しているところを見ていて……ふとアシュさんが腰から提げている刀に注目した。やっぱり刀はロマンだと思う。

 

 しかし二本提げてはいるが、両方とも同じ左側に差しているのは何故だろうか? 二刀流にするなら個人的には両側に一本ずつのイメージがあるし、大刀と小刀という感じでもない。というか片方には、何故か鍔の所に鎖がグルグルに巻かれて抜けないようになっている。

 

 そしてその鎖には赤い砂時計を模したような錠前が…………うんっ!? ()()()()()? そこで俺は、イザスタさんもそんなようなネックレスを着けていたことを思い出す。

 

「ああ。そっか。イザスタさんに似てたんだ。雰囲気とか」

 

 俺がそうポツリと呟いた瞬間、ジューネと話していたアシュさんがまるでリモコンの一時停止ボタンを押されたかのごとくビタッと動きを止め、そのまま錆びついたかのようにゆっくりとこちらを振り向く。何故か顔中に冷や汗を浮かべながら。…………これ確実に何かあるな。




 エプリ大食いキャラ疑惑。あと、お揃いの物って連帯感が湧きますよね。


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第四十四話 あの人はとんでもない人でした

「あぁ……その、なんだ。……今俺の聞き間違いでなければ、イザスタさんって……」

「はい。そう言いましたけど。昨日話した牢獄での一件で助けてもらったんです。言ってませんでしたっけ?」

 

 固まった体勢で汗をダラダラと流しながらそう訊ねてくるアシュさんに、俺は正直にそう答える。

 

「……聞いてない。同じく牢に居た人と協力して戦ったとしかな。……いや待て。同じ名前の別人ってこともある。特徴を言ってみてくれ」

「え~と。背の高い美人で肩まで伸びた茶髪。アシュさんの刀にあるみたいな赤い砂時計型のネックレスを付けていて…………あと自分のことをお姉さんと呼んでなんて言っていました」

 

 それを聞くなり額を押さえて嘆息するアシュさん。どうやら知り合いだったようだ。

 

「…………間違いなく本人だ。それで? なんでイザスタさんがそこに居合わせることに?」

「はい。隣の牢に居たんです。詳しくは言っていなかったけど、色々やって捕まったって」

「何やってんだあの人はっ!!」

 

 微妙にいらだち交じりに叫ぶアシュさん。そして大声を聞きつけたエプリとジューネが何事かと近寄ってくる。エプリの方は通路を気にしながらだが。

 

「何事ですか? いくら周囲のモンスターが避けるようになっているとはいえ、それでもこんな大きな声を出せば何かのはずみで気付かれてもおかしくないんですよ」

「それが、俺が知り合いの名前を出したら急に慌てだしたんだ。イザスタさんっていう人なんだけど」

「イザスタ!? 冒険者のイザスタですか? あの記録保持者(レコードホルダー)の?」

 

 イザスタさんの名前を出したら、ジューネも少し興奮した様子を見せる。あと何か妙な単語が出てきたな。

 

「確かに自分のことをB級冒険者だって言ってたな。だけど記録保持者って何?」

「正確には公式ではないんですが、冒険者の中でちょっとした話題の人なんですよ。何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とされる人物ですから。歴代最速記録ですよ」

「……私はあまり冒険者に関して詳しくは知らないんだけど、それはそんなに凄いことなの?」

 

 エプリが不思議そうにジューネに訊ねる。その間アシュさんは額に手を当てたまま何かブツブツ言っている。イザスタさんが牢に居たことがかなりショックだったらしい。

 

「凄いことですよ。私は仕事上冒険者の方々ともよく関わりを持つのですが、B級以上の冒険者は数が限られてきます。それでもそこそこの数はいるのですが、大抵はそこまで到達するのに順調に行っても数年はかかります。F級から始まって、E、D、C、Bと四つのランクを上げる必要がありますし、B級が努力だけで到達できる限界点とされているからです」

 

 つまり、それ以上になろうと思ったら努力以外の何か。例えば加護やスキルと言った特殊能力や才能が必要になるという事か。B級は一種の壁、目標として扱われているらしい。

 

「……成程ね。昇級のやり方は知らないけれど、普通数年かかるものを数か月でやり遂げたのなら確かに凄いことだわ。……だけど公式ではないというのは?」

「あくまでB級()()のランクなんです。本来C級に上がる試験の際にトラブルがあったらしくて、その時にB級でも手こずるような強力なモンスターを単身で倒したという話で。なのでひとまずB級扱いとし、次の昇級試験の結果次第でB級かC級か決めると」

 

 つまり正式な手順じゃないからあくまで非公式だと。それでもB級でも手こずる相手を倒したのだから、B級で良いじゃないかとも思うのだけど。物事はそう簡単にはいかないのだろうな。

 

「それでも話題のヒトなのは変わりませんからね。当然他の冒険者の方々からもいくつもパーティーの勧誘がありました。中にはB級やA級を擁するパーティーもあったそうですが、彼女はどの誘いにも乗らずに交易都市群の一つを拠点としてソロで活動していました。少し前にヒュムス国に向かったのを最後に情報が途絶えていたのですが……」

 

 そこでジューネはチラチラとこちらを見てくる。どうやら自分が話したのだからそちらも話せということらしい。牢獄でのことは凶魔との戦い辺りを昨日話したからな。今度はイザスタさんとのことも話すとするか。アシュさんが落ち着くのを待って、俺は牢獄であったことを再び話し始めた。

 

 

 

 

「牢獄に捕まっていた……ですか。何をしてそんなことになったのかは分かりませんが…………貴重な情報ありがとうございます」

 

 俺がイザスタさんの能力やらエプリのことやらを伏せつつ、大体話せるギリギリまで話し終えると、それを聞き終えたジューネは静かに礼を言って頭を下げた。何故か時折話の途中でアシュさんの方を見ていたようだけど、彼が頷く度にまたこちらの話に耳を傾けていた。

 

「良いけど、こんな事聞いて何になるんだ?」

「情報には価値がありますからね。居場所だけでも知っているのと知らないのでは大きな差が出ますから」

 

 ジューネはそう言って薄く笑う。情報に価値があるっていうのはなんとなく分かるが、どう活用するかまでは分からない。…………俺はマズい相手に喋ってしまったのかもしれない。

 

「……そう言えば、アシュさんはイザスタさんとはどんな関係で? さっきの反応からするとただの知り合いって感じでもなさそうですが」

 

 俺の何気ない言葉に、それぞれは異なる反応を示した。

 

「そ、それは…………」

「それは私も聞きたいですねアシュ。今までそんな話は一言も聞いてませんでしたから。……これは決して野次馬根性からではなく雇い主として知っておかなくてはならないものですよ。さあ正直に話してしまいなさいな」

「……あの女の弱点でも知れれば儲けものね。私も聞いておこうかな」

 

 アシュさんは顔を微妙に引きつらせ、ジューネは少しだけ目を輝かせている。エプリはフードのせいで表情が良く分からないが、興味は一応あるみたいだった。それぞれの視線がアシュさんに集中する。好奇の視線は絡まりあうことで圧力となってアシュさんに突き刺さる。

 

「…………………………だよ」

「はい!?」

 

 アシュさんは無言の圧力に負けて、小さな小さな声でポツリともらす。よく聞き取れなかったので、ジューネはそのまま聞き返す。

 

「だから……身内だよ。俺の仕事上の先輩兼教育係兼育ての親。結構長い時間一緒に過ごしたから家族と言っても良いかもな」

「えっ!? えぇ~っ!?」

 

 衝撃の事実に思わず声をあげてしまう。他の二人も同じのようだ。それもそうだろう。何故ならこの話が本当だとすれば…………。

 

「……()()()()()()()()()()()()()?」

「……同感ね」

「えっ!? なんの話ですか? 私は部下(アシュ)の身内だということで色々と繋がりが出来そうだなと思ったのですが」

 

 一人だけ違うことで驚いていたようだが、俺とエプリは顔を見合わせる。あの人は二十歳過ぎくらいの見た目だった。それでアシュさんも大体二十歳ぐらい。大して年齢的に差はなさそうに見えるが、それにしては同年代の人相手に育ての親と言う表現はあまりしない気がする。

 

「あのぉ。つかぬ事を聞きますけど、イザスタさんって見かけよりその……年上だったりします?」

「あぁ。それなんだけどな。俺にも正確な歳が分からないんだ。何せ初めてあの人に会ったのは俺がまだガキの頃だったけど、その頃から全然顔が変わってないんだよ。一回訊ねたことがあったが、『オンナの歳をむやみやたらに聞くものじゃないわよ』って笑いながら誤魔化されたな」

 

 ……なんか謎が深まってしまった。だがこれだけは言える。

 

 歴代最速(非公式)B級到達者。B級でも手こずるモンスターを一人で倒す年齢不詳の美女。牢獄では盛大に金を使いまくり、鼠凶魔軍団に襲われても平然と撃退。あのクラウンの奴を力技でぶっ飛ばし、スライムの言葉が解ると言う特殊能力の持ち主。

 

 …………俺は序盤も序盤でとんでもない人に助けてもらっていたらしい。




 最初の方でイザスタさんと別れさせた最大の理由がこれです。正直イザスタさんと一緒だと、大抵の事件がヌルゲーと化しますから。

 ……代わりに時久は常時色んな意味で狙われますが。


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第四十五話 どっちもどっち

「それにしても、イザスタさんに()()()()()()っていうのは本当か?」

 

 俺が半ば呆然としていると、アシュさんはそう言って俺の全身を値踏みするように見てきた。なんだろういきなり。

 

「……あぁ。スマンスマン。あの人結構気分屋な所があるからな。そのイザスタさんが気に入って手を貸す。更には一緒に行こうなんて誘うとはどういう事かと思ったんだが…………なるほどな」

「なるほどなって…………一人だけで納得しないでくださいよ」

 

 一人でうんうんと頷いているアシュさんに、たまらず俺はまた聞き返す。

 

「いやなに。……単純にあの人の好みだったんだよ。性格とか見た目とかな。見た目はまず確実にドンピシャ。あの人ちょっと小柄な方が好きなんだ」

 

 グハアァァ!? ちょっと今のは予想せずしてダメージがっ! ……確かに俺は平均よりちょ~っと背が低めかもしれない。しれないのだが、これからまだ伸びるはずだ。……多分。しかし、背が低めでないと一緒に行ってくれないというのか!?

 

「勿論それだけじゃない。俺は昨日初めて会ったが、バルガスを助けようと奮戦していたことからお前がかなりの善人だってのは分かる。あの人はそういう奴も好みなんだ。そういう意味でトキヒサ。お前はモロに好みに合っている訳だ。……気の毒なことにな」

 

 うん!? 何故に気の毒? 俺が不思議そうな顔をすると、アシュさんは少し他の二人から離れて、こっそり俺の耳元に顔を近づけて言った。

 

「…………あの人は気に入った相手にとことん構うんだよ。俺も昔何故か気に入られて、それはもうエライ目に合ったんだ」

 

 話していると、急に遠い目になって虚空を見つめるアシュさん。……何か色々あったらしい。確かに途中イザスタさんから妙な悪寒を感じたことがあったが、あれはそういうことの前兆だったのだろうか?

 

「…………そう言えば、イザスタさんはエプリも好みだと言っていました」

「マズいな。確かにエプリの嬢ちゃんも小柄だし、素顔によっては好みの範疇に入りそうだ。あの人は好みに男女の区別が無いから、以前も何人かの女性からお姉さまなんて言われてご満悦だった」

 

 アシュさんはエプリのフードの下を見たことが無いから断言はしない。しかし後半部分だけ聞くとどうにも百合百合しいな。まさか本当にそういう趣味は無いよな?

 

 俺が一応その懸念について訊ねると、アシュさんは困ったような顔をして黙ってしまった。……せめて否定してほしい。このままだと男女どっちもいけるという色んな意味で脅威の人になってしまうぞ。

 

「…………この話題はもうやめときましょう。聞けば聞くほど色んな意味でマズそうですから」

「そうだな。考えてみれば俺も身内の恥を晒しすぎた気がする。自分と同じような目にあいそうな奴が放っとけなかったという事かもな」

 

 俺とアシュさんは、この時僅かに通じ合ったような気がした。……とりあえず、次にイザスタさんと会った時は、節度ある距離感を保った上で一緒に行こう。俺はそう固く誓うのだった。

 

 

 

 

 その夜、俺はパチパチと音を立てる焚き火の前で悩んでいた。時間はもうすぐ夜の十二時。他の皆は眠っていて、次の見張りであるエプリの番までまだ大分ある。

 

「……たった一日ちょいで怒涛の展開だもんなぁ。絶対怒ってそうだよな。どうしてそんな肝心な時にワタシに相談しなかったのよとか言いそうだ」

 

 俺が今日の見張りを最初に買って出たのは当然理由がある。そろそろあの女神との連絡時間だからなのだが、ここまでの出来事を三分でまとめる自信がない。あと確実に何か文句を言われる気がする。それもかなり耳に来るレベルで。耳栓でもあればいいのだが、バレたらマズイことになりそうだしな。

 

「いっそのこと連絡しないというのも手だな。……いやダメだ。向こうからも連絡できるんだった」

 

 ひどく悩んでいた。……ものすごく悩んでいた。誰が好き好んで自分から死地に足を突っ込むか。かと言って放っておけばドンドン後が怖くなる。

 

 連絡したくないけど連絡しなければならないこのジレンマ。最適解はさっさと連絡することだというのは分かっているが、中々踏ん切りがつかないこともあるのだ。

 

「………………仕方ないか」

 

 俺は覚悟を決めて、連絡用のケースを取り出した。ケースを開いて中の鏡をのぞき込む。電話のようなコール音が三度なったかと思うと、プツンと音を立てて鏡にアンリエッタの姿が映った。映ったのだが……。

 

「あのぅ。アンリエッタさん? 何でわざわざこちらに背中を向けていらっしゃるのでしょうか?」

 

 ついつい敬語になってしまう俺。相手のことを考えればそれは普通かもしれないが、どうにも見た目小学低学年くらいの相手に敬語を使うというのは気恥ずかしい。

 

 その俺が敬語を使って下手に出なければならない程、今のアンリエッタは背中で凄まじい不機嫌オーラを醸し出していた。今の彼女は逆らっちゃいかん人だ。

 

『…………エプリと取引したのは良いわ。あの場合、下手に一人と一匹で彷徨うよりも、道案内が居た方が効率が良いのは確かだもの。ジューネとアシュとの同行もまあ悪くはないわ。物資の補充や戦力としては大分あてになりそうだしね。……ワタシが怒っているのはその前。どうしてバルガスを助けようとしたの?』

 

 そこで彼女は振り向いた。その顔に浮かんでいたのは大きな怒りと、僅かではあるが俺の身を案じるような表情だった。ちなみに前の失敗を踏まえて、大きな声を出しても周囲には音が聞き取りづらいように、通信機を向こうで調整したらしい。

 

『あそこでバルガスを助ける必要なんてなかった。凶魔の危険性は良く知っていたでしょうに。倒すだけなら最初から魔石(じゃくてん)を壊せばいい。逃げるなら適当に傷をつけて弱った所を撤退すれば良い。どちらもエプリとヌーボが居れば十分に可能だったはずよ。それなのにアナタは危険を押してでも助けようとした。結果的にはアシュ達が来たから事なきを得たけれど、一つ間違えば死んでいた可能性もあるのよ!!』

 

 それからのアンリエッタは、まるで癇癪を起したかのように烈火のごとき勢いで俺の行動をなじり続けた。やれハラハラさせるなだの金を惜しまず使えだの、あと女神であるワタシにもっと敬意を払えだの色々だ。……最後のはあまり関係がない気がする。

 

 だけど……その言葉の端々から感じるのは、俺の身を案じる気持ちだった。それが俺という人間個人へのものでも、俺というこのゲームにおける手駒を失わないためであったとしても、どちらにしても俺が返すべき言葉は一つだ。

 

「それでも……また同じようなことになったら、やっぱり助けようとすると思うよ。もちろん俺が死なない程度にだけどな。…………ありがとな。心配してくれて」

『っ!? アナタがあそこで凶魔にペチャンコにされたら、ワタシの手駒が居なくなって困るってだけよ。それに、まだ課題を全然こなしてないじゃないの。せめてアナタを選んだだけの元を取れるまでは頑張りなさいよねっ!』

 

 礼を言ったら何故かプイっと顔を背けてそんなことを言ってる。照れ隠しなのか素なのかどうにも分からない。顔が赤くなってたらまだ可愛いところがあるんだけど、こちら側からでは見えない位置だ。

 

『…………ああもうっ!! お人好しなアナタに説教をしていたらもう時間が無くなってしまったじゃないの! いい? 今日の分はもう一回あるから、通信が切れたら話したいことをまとめてまた連絡してきなさい。ただしあんまり待たせすぎないようにね。分かった?』

 

 そう言い終わると同時に通信が切れる。制限時間三分間を使い切ったようだ。……こういう時に三分間っていうのは短い気がする。さて、話をまとめてすぐにまた連絡したいところだが一つ問題がある。それは、

 

「………………何?」

「何で起きてんのエプリ? まだ時間には大分あると思うんだけど」

 

 俺の後ろに静かに立っているエプリをどうしたもんかってことだ。一応他の人と距離は多少取っていたし、声は潜めていたから周りには聞き取りづらかったはずだけどな。

 

「私は眠りが浅い体質なの。奇襲避けには良いんだけど休みたいときにはやや不便なのよね。アナタが誰かと話しだしている所から目が覚めていたわ」

「そ、それは…………」

 

 どうしようか。正直にアンリエッタのことを話すべきか? しかし、このことは一応秘密である。厳密には誰にも話すなと言われたわけではないが、そうホイホイ漏らしていいものだとも思えない。

 

「……それは通信機みたいね。私にも使える?」

 

 エプリは俺の持っているケースを見て言う。

 

「多分。でも繋がる相手は一人だけで、他の人と連絡することは出来ないぞ」

「そう…………なら良いわ」

 

 俺が正直に言うと、エプリはそう言ってそのまま興味を失ったかのように自分の寝袋に戻っていく。……ありゃ?

 

「聞かないのか? 俺が誰と話していたのかとか、何故黙っていたのかとか」

「……別に。アナタみたいな善人がそれのことを何も言わなかったってことは、それは秘密にするべき何かってこと。もしくは言っても意味のないこと。仕事に必要なら聞き出すけど、そうでないなら無理に雇い主の秘密を聞き出そうとは思わない。…………誰にだって隠しておきたいことはあるもの」

 

 そのままエプリは自分の寝袋に入り、時間になったら起こしてと言って目を閉じ、すぐにすぅすぅと寝息を立て始めた。眠りが浅い割に寝付くのも早いな。…………それにしても、根掘り葉掘り聞かれると思ったんだけどな。

 

「まったくもう。アンリエッタといいエプリといい、人をお人好しだの善人だのと。……自分達だって大概だろうに」

 

 何だかんだ相手のことを思いやる。そんな二人に言われたくはないな。さて、また女神さまが怒りだす前に、今度こそ話をまとめて聞きたいことを聞いておかないとな。




 イザスタさんのストライクゾーンはめっちゃ広いです。ただし見た目と中身の両方がどストライクとなると稀ですが。

 ちなみに昔のアシュもどストライクでした。


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第四十六話 初めてのダンジョン考察(初級編)

 

『さっきの連絡から十分か……正直五分で来なさいよと言いたいところだけど、エプリが起きだしたのは予想外だったから仕方ないわね』

 

 あれから少し経って、俺はまたアンリエッタへの連絡を取っていた。今度こそ他の人を起こさないように細心の注意を払っている。

 

『ちなみにこれまでの出来事に関しては大体知ってるから言わなくて良いわよ。時間がもったいないし』

「……分かってるよ」

 

 一応これまでのことを一分でまとめる用意をしてきたのは内緒にしておこう。……それもバレてるかもしれないが。

 

「じゃあこれまでのことは省くとして、これからのことだ。ジューネの予定によれば、大体明後日の朝ぐらいにこのダンジョンから脱出する道のりらしい。だけど正直、俺はそう上手くいかないと考えている」

 

 ジューネ達を疑っているわけじゃない。ただ、ダンジョンと言えば予想外のアクシデントが付き物だ。それにこっちには弱っているバルガスもいる。それを踏まえると一日ぐらい遅れても仕方がないと思う。

 

「あと気になるのはこのダンジョンだ。これは小説やら何やらで色々ダンジョンを見てきた俺の感想だけど……このダンジョンなんか妙なんだよな」

『妙って何が?』

「…………普通ダンジョンってのはな、製作者の意図っていうか癖が出るんだよ。例えば何かを護るためのダンジョンなら、どうやって護るかというコンセプトがある。モンスターを山のように配置して物量作戦をとるとか、罠を大量に張って地道に侵入者の力を削いでいくとかな。それで俺の見立てだとこのダンジョンのコンセプトは…………()()()()()()()()()()()()()()()()だな」

『……どういう事なの? それ』

 

 アンリエッタは首を傾げている。映像越しだがこういう仕草は中々に愛らしい。見た目がちびっ子だから微笑ましいというべきか。

 

「まずここに居るのはスケルトンばかりだろ? スケルトンは倒しても旨味が無いから大抵皆スルーする。それにこのダンジョンの構造だ。全体的に真っ暗で、だだっ広い通路と部屋のシンプルな構造。罠らしいものはほとんど見かけなかったけど、こんな所を延々とただ歩きたがる奴はあまりいないと思うね。探索だって常に周囲に気を張ってないといけないし、食料や水だって必要だ。だけどここにいるのはスケルトンばかりだからまともに補充も出来ない」

『……よく分からないけど、つまり冒険者にとって嫌なダンジョンってこと?』

「簡単に言えばそういう事だ。単純に入りたくない。そのためにモンスターをスケルトンやボーンビーストに限定しているとしたら筋金入りだよ」

 

 とにかく広くてどこまで続くか分からないダンジョン。途中に利益になりそうな資源もなく、ただただ食料と水を消費していくのみの探索行。途中に補充するあてなどなく、強くはないがあえてカタカタと音を立ててやってくるスケルトンを警戒していくことで徐々に体力を奪われる。罠がほとんど見当たらないのが唯一の救いだ。

 

「……なあアンリエッタ? 昨日ジューネが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言ってたんだが…………ここの世界のダンジョンって時間経過で勝手に大きくなったりするのか?」

 

 俺は前々から疑問だったことを試しにぶつけてみる。アンリエッタはこの言葉を聞くと、少しだけ押し黙った。どうやら何処まで言うべきか悩んでいるらしい。

 

「別に世界の真理を教えろって訳じゃない。何故ダンジョンが出来るのかとか、存在する意味は何なのかとか。そういうのは今は聞く必要はないし、そもそもこの世界の人達が考えるべき問題だ。今は答えられるところだけでいいから答えてくれ」

『…………分かったわ。だけどこのことはあんまり言いふらさないでよ』

 

 アンリエッタはそう前置きをすると、ポツリポツリと話し始めた。

 

『ダンジョンの成長はものによりけりだけどね。一応話せる範囲で言うと、ダンジョンの構築はダンジョンマスターが基本的に行うわ。勝手に大きくなるということはまずないわね』

 

 成程な。そのマスターが任意で成長させるタイプと。と言ってもそのことは外からじゃ分かんないもんな。他の奴から見れば、いつの間にか大きくなっていたって感覚なのかもしれない。

 

「大きくするって言っても、無制限にモンスターを配置したりダンジョンを滅茶苦茶に広げたりは出来ないんだろ?」

 

 そんなことが出来るんなら、ダンジョンはもっと恐れられているだろう。しかし実際は、護衛を一人付けただけの少女商人が乗り込んでくるくらいには何とかなる場所だ。アンリエッタも俺の考えに賛成するように頷く。

 

『詳しくは話せないけどその通りよ。モンスターを産み出すにしてもダンジョンを広げるにしても、基となるエネルギーが必要になる。このエネルギーの溜め方は大体察しがついているんじゃない?』

「おそらく時間経過か…………中に生物を誘い込んでエネルギーに変換する。と言ったところじゃないか?」

 

 それなら大抵のダンジョンに、わざわざ宝やら何やらが置かれている理由に説明がつく。要は店の客引きと同じだ。(ダンジョン)(冒険者)が入らなければ儲けがない。かと言って何もない所に入る物好きはいない。だからわざわざ商品()をおいて人を呼び寄せる。

 

『ほぼ正解よ。時間経過の場合はそこまでエネルギーにならないけど、生物がこの中にいるだけで少しずつエネルギーが溜まっていくわ。死亡した場合は更に多いわね。……なんでダンジョンのことになるとここまで鋭いのかしら?』

 

 アンリエッタが呆れたように言うが、これくらいは世のライトノベル好きなら一般教養の範囲だと思う。

 

「しかし、そうなるとますますこのダンジョンは妙だぞ。このダンジョンがいつからあるのか知らないが、ここは成長の意思が感じられない」

 

 人が居ないとエネルギーをほとんど増やせないのに、コンセプトは人に入る気を起こさせないもの。さらに言えば、時間経過によるエネルギーがどの程度かは不明だが、その分はおそらく単純にダンジョンの拡張やスケルトン達の補充に当てていると考えられる。それだけでより嫌なダンジョンになるからな。しかしそれではますます人を遠ざける。

 

「単純に長くここを存続させるのが目的? しかしそれに何の意味が? いや、仮に少しずつ余剰エネルギーを溜め込んでいるとすれば…………」

『ちょっと!? 一人でぶつぶつ言ってないで説明しなさいよ!』

 

 いかん。思考の袋小路に入った気がする。しかしことダンジョンになるとどうも考察したくなるというか。…………この時点じゃあ推測に推測を重ねるだけか。

 

「ごめんごめん。どうにもダンジョンの話になると夢中になって。だけどまだ仮説ばっかりで話してると時間切れになりそうだ。だからひとまずこのダンジョンの話はここまでにして、残り通信時間はどのくらいだ?」

『あと一分もないわよ。ここまで喋り倒されたんじゃ三分なんてあっという間ね』

 

 あとそんだけか。他に何か話しておくことは…………そうだ!

 

「そう言えば不思議なんだけど、ジューネのリュックサックは見た目より明らかに物が多く入るよな。以前、エプリはダンジョン内ではスキルのアイテムボックスが使えないって言っていたんだ。アイテムボックスっていうのは推測するに道具袋の能力みたいなものだろうけど、これはどういう事か分かるか? 本人に直接聞いた方が早そうだけど、こういうのは第三者からも聞いときたいしな」

 

 俺の能力もダンジョン内で使えるし、そういう例外的な何かなのかもしれない。

 

『それは簡単ね。そのリュックサックが特別なだけ。細かくは直接見てみないと分からないけど、空属性と言うより別の何かの能力が働いているわね』

「加護みたいなものか?」

『さあね。それよりそろそろ時間よ。連絡はまた明日の同じ時間に。それと…………無茶しないように。生きて脱出してジャンジャン稼いでもらうからね』

 

 それだけ言うとアンリエッタの映像が消えた。やっぱりそっちの方が善人じゃないか。俺はケースを戻し、音を立てないように周りを確認する。…………誰も起きてないよな? 耳を澄ませてみても、規則的な寝息が聞こえてくるので大丈夫そうだ。今度はエプリもぐっすり眠っているらしい。

 

 

 

 

「まだ時間は……結構あるな」

 

 腕時計を確認すると、まだ交代の時間まで一時間はある。よし。今のうちに気になっていることをやっておくか。俺はジューネから買い取った古ぼけた箱を取り出した。さてさて、中に何が入っているのか調べてみようじゃないの。こっちには貯金箱と言う頼もしい味方が居るんだぞ! 俺は開かない箱に戦いを挑もうとしていた。

 




 ダンジョンのこととなるとちょっと口数が多くなる時久でした。

 次回は妙な箱との戦いに挑みます。


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第四十七話 箱の中身は幸運と呪い

 

 まず、貯金箱で査定する前にもう一度箱のことを自分でも調べてみる。

 

 大きさは一辺十センチ程度の正六面体。簡単に言えばデカいサイコロのような形だ。どうやら木製のようだけど、大分古ぼけて全体的に黒ずんでいる。大きさの割にはそこそこの重さがあり、振るとカラカラ音がすることから何か中に入っているようだ。

 

「やはりいくら探しても開ける場所は無いか」

 

 ひとしきり調べてみるも、どこにも出っ張りや引っ掛けるところなどは見当たらない。そりゃジューネが見つけられなかったぐらいだから簡単には見つからないか。いっそのこと箱を壊して中身を取り出そうかとも思ったが、下手に壊したら中身もただじゃすまない気がするので厄介だ。

 

「よし。今こそ出番だ貯金箱! 『査定開始』」

 

 俺は問題の箱を地面に置くと、さっそく貯金箱から出る光を箱に浴びせる。さてさて、これで何か情報が出てくれば良いのだけど……。

 

 

 多重属性の仕掛箱(内容物有り)

 査定額 一万デン+???

 内訳

 多重属性の仕掛箱 一万デン

 ??? ???

 

 

 …………何これ? 箱の値段もびっくりだけど、中身が???ってどういう事だ? 初めての表記に少しとまどう。色々ツッコミどころの多い査定結果になったな。それにしても、多重属性の仕掛箱か。

 

「……うんっ!?」

 

 箱を様々な方向から見ていると、それぞれの面の模様が異なっているのに気が付いた。黒ずんで分かりにくいが、何か彫り込んであるようだ。

 

 何だろう? 明かりをつけようとするが、皆が寝ているところにそれはマズイ。特にエプリをまた起こすのは気がひける。仕方がないので、少しでも明るいところで見ようと箱を焚き火に近づける。

 

「なんだろなぁ。動物? いや、モンスターの一種か? 何かを吐いているような図だけど……ってアチッ!?」

 

 うっかり火に近づけすぎてしまったのか、火の粉が飛んできて手に当たる。慌てて立ち上がった拍子に、箱を焚き火の中に落っことしてしまった。

 

「ゲッ!? 早く取らないと。……アチチッ」

 

 困ったことに焚き火の中心辺りに入り込んでしまって、取るのに苦戦する俺。悪戦苦闘しながらなんとか取り出すことに成功する。

 

「すっかりこんがり焼けちゃ…………ってもないな」

 

 焚き火の中にしばらく在ったはずなのに、その箱にはまるで焦げた様子は見られなかった。どうやらただの木製の箱ではないらしい。まあ一万デンもする特別な箱なのだから、それなりに頑丈なのは予想できたけどな。しかしこれで破壊するという最終手段はとれなくなった訳だ。

 

「見かけより結構頑丈だな。しかしどうしたもの……って、なんか形が変わってるな」

 

 よく見れば、ある一面だけ出っ張りが出来ている。その出っ張りも色々調べてみるが、別にここを押したり引っ張ったりしても箱に変化はなさそうだ。しかしどうしてこうなった? そうこうしている内に、いつの間にか出っ張りが引っ込んでしまった。……まさか焚き火にまた放り込んだら形が変わったりしないかな? 

 

 物は試しと再び焚き火の中に放り込んでみると、またもや同じように出っ張りが出現する。しかしいちいち焚き火に放り込むなんて実に面倒くさい。……待てよ!? たしか()()()()の仕掛箱って名前だったよな。ということはつまり……。

 

「……水よここに集え。“水球(ウォーターボール)”」

 

 箱を床に置くと、以前イザスタさんがやったように、水属性の初歩の魔法で小さな水玉を作り出して箱にぶつける。俺の予想が正しければ…………やっぱり!! 箱の別の一面。先ほどの出っ張りの反対側にまた出っ張りが出来る。成程な。これは()()()()()()()するんだ。

 

 この焚き火の種火は、俺が火属性の魔法で作ったものだ。その中に箱を放り込んだことで反応した。そして多重属性の仕掛箱という名称。そこから考えると、これは何かの属性に反応するのではないか? それも多重と言うくらいだからいくつもの属性に。そう思い試しに水属性を打ち込んでみたらドンピシャリだ。

 

「よし。なら他の属性も打ち込んだらどうなるかな?」

 

 そうして他の土、風、光属性の初歩の魔法を打ち込む。その結果、

 

「…………開いた」

 

 一つの属性の魔法を打ち込む度にそれぞれの面から出っ張りが増えていき、五つ目の光属性を打ち込むと同時に、カシャリという音を立てて最後まで何もなかった面が僅かにスライドする。その部分に指をかけると、簡単にその面がパカリと外れた。ここが蓋だったらしい。

 

「………………うおおおっ!!」

 

 俺は周りの人を起こさないように静かにガッツポーズを決める。よっしゃ。開いたぞ。やはりこういうパズルとか謎とかは解けた時はすごくスッキリする。……まあ名前というヒントが有ったからすぐに解けたわけだけどな。

 

 全部自力じゃないのが少し残念な気もするが、それでも嬉しいもんは嬉しい。俺はこの快挙をたっぷり数分余韻に浸り……中に何が入っていたのか確かめるのを忘れていたことに気が付いた。

 

 

 

 

「さて、中に何が入っているのかなっと!」

 

 俺は期待と共に箱を手に取って中を覗き込んだ。そこに入っていたのは、

 

「…………何だこりゃ? 指輪と……何かの羽?」

 

 そこに入っていたのは、紫色の宝石がはまったきれいな指輪と、真っ青な鳥の羽のようなものだった。二つを箱から取り出してしげしげと眺める。

 

 指輪はリングの部分にも凝った装飾が施されていて、あまりこういう物に詳しくない俺でも一目で良い品だと分かる。しかし、気のせいか宝石の輝きが何か濁っている気がする。羽はずっと箱の中に入っていたのにも関わらず、まだふさふさとした心地よい手触りがある。大きさは五、六センチと言ったところか。これがもし鳥の羽だとするなら、あまり大きな鳥の物ではなさそうだ。

 

「よく分からない物が出てきたけど、これだけ大事にされていたのなら良い物なのかね?」

 

 あの箱を開けるのは意外に難しいと思う。開け方をまず知らないとどうにもならないし、無理やり壊せば中の物も無事では済まない。

 

 そして厄介なのは、()()()()()()()()()()()()()()という点だ。この箱を開けるには、おそらく土水火風光の五つの属性の魔法を打ち込む必要がある。

 

 俺は“適性昇華”の加護があったから何とか一人で開けられたが、普通は一人につき使える属性は一つか二つ。誰か仲間が居ないと手が足りない。

 

「一応これも査定して見るか。『査定開始』」

 

 ?の部分が気になったので、箱から出した状態でもう一度査定する。今度はもう少しはっきりと分かれば良いんだが。

 

 

 闇夜の指輪(破滅の呪い特大) 二十万デン

 |幸運を呼ぶ(フォーチュン)青い鳥(ブルーバード)の羽 三万デン

 

 

 ……………………なんじゃこりゃあぁっ!? 俺は目をよ~くこすってもう一度見る。…………もう一度言おう。なんじゃこりゃあぁっ!? 

 

 幸運を呼ぶ青い鳥の羽。まだこれは分かる。羽一枚で三万デンってウソ~んという気持ちはあるけどそこは置いておこう。それよりも闇夜の指輪。問題なのはこっちの方だ。俺はそ~っと指輪を直接触らないように布で包み、そのまま残像が見えるんじゃないのって速さ(体感)で箱に戻した。

 

 ……見なかったことにしたい。だってそうだろ!? さあお宝だと勢い込んで開けてみれば、出てきたのはこれだよっ! なにが悲しくて破滅の呪い特大なんて物騒なモノの付いた指輪を持ってなくてはならんのだ。

 

 しかし問題なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。二十万デン。日本円に直せば二百万円である。

 

 こんな状態でも高値が付くってことは、呪いが無かったらもっと物凄い値がついてもおかしくない。確実にお宝である。だから個人的にはこんなものどっかにポイ捨てしたいところだけど、値段を考えると捨てるに捨てられない。

 

「………………しょうがない。朝になったら皆に相談するか。ジューネなら何か知っているかもしれない」

 

 一度この箱を手に入れた時の経緯を聞いてみた方が良さそうだ。もしかしたら呪いのことが何か分かるかもしれない。

 

 ひとまず青い鳥の羽も元のように箱に納める。わざわざ一緒に入っていたのは何か意味があるという可能性も十分にある。箱は外れていた面をはめ直すと、再び全ての面の出っ張りが引っ込んで元のようになった。オートロックとは凝っている。そういうところも箱自体がそれなりの値段する理由かもしれない。

 

 本当ならまとめて換金してしまった方が良いのかもしれないが、下手に呪いなんかかかった物を換金したらどうなることか。

 

 アンリエッタは一応女神だから効かないとは思うが、それでも呪いのかかった物を送られたら気分は良くはないだろう。下手をすると向こうから怒鳴り込んでくる危険性がある。よくもこんな物を送り付けてくれたわねって。なのでひとまずは手元にもっていないといけないようだ。…………持っていたくないなぁ。

 

 そうして俺は、次の見張りであるエプリを起こす時間まで、時々物騒な物の入った箱をチラチラと見ながら焚き火の番と見張りを続けるのだった。

 




 お宝(呪い付き)を手に入れた!


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第四十八話 破滅の呪い

 

異世界生活九日目。

 

「開いたんですか? あの箱!?」

 

 今は朝食の席。皆が起きてきて、焚き火の前で思い思いに食事を摂る中、俺はジューネに昨日のことを話していた。驚いた様子のジューネに、俺は目の前で箱を出してみせる。蓋はあらかじめ開けてあるので、ジューネはそのまま中を覗き込む。

 

「……中身を取り出しても構いませんか?」

 

 ジューネが確認をとってくるので、俺はどうぞどうぞとジェスチャーですすめる。ジューネは箱を受け取ると、荷物からハンカチを取り出して床に敷き、そこに箱を置く。中身を汚さないためだろう。今度は手袋を取り出して手にはめ、慎重に中身を取り出していく。

 

「…………これは!? まさか、幸運を呼ぶ(フォーチュン)青い鳥(ブルーバード)の羽!?」

 

 ジューネは品物を取り出すと物凄い顔をした。俺が目の前に好物のブラックサンダー十年分を差し出されたらあんな顔をするかもしれない。目の前にあるのが信じられないって顔だ。

 

「何なの? その羽」

 

 エプリが横から話に割り込んでくる。見張りはまたアシュさんが引き受けているらしい。なんかゴメン。アシュさん。

 

「幸運を呼ぶ青い鳥。一種の伝説とされているモンスターです。滅多に人前に姿を現さないことで有名で、その名の通り幸運を呼ぶ力があると言われています。羽一枚だけでも効き目があるとされ、ごくまれに市場に出回ることがあると、好事家の間では数万デンで取引されることもあります」

 

 商人モードの口調になったジューネが説明する。数万デンか。査定でも三万デンって出ていたから嘘ではなさそうだ。しかし羽一枚でも効き目があるのか。

 

「…………数万デン……ねぇ」

 

 エプリが羽の方を見てそうポツリと呟く。…………そう言えば契約内容に、俺がこのダンジョンで手に入れた金目の物を売った分の二割を渡すということがあったな。これも売らなきゃダメかね? こういうのはお守りとして持っていたいものだが。

 

「トキヒサさん。一つ商談があるのですが、この羽を譲ってはいただけませんか? 無論お代はお支払いします。……五万デンで如何です?」

「五万デン!?」

 

 いきなりアンリエッタの査定代を大きく越えた提示額に、俺も内心心臓バクバクだ。貯金箱の査定額はあくまでアンリエッタが決めているものだから、他の人から見たら違う値段になることは十分ある。しかし羽一枚で五十万円である。その青い鳥は全身これ金になるらしい。

 

「足りませんか? ならもう少し上乗せも考えますが。……六万デンでは如何でしょうか?」

「い、いや。まだ他にも箱に入っているから、話は全部見てからの方が良いんじゃないか?」

 

 俺が黙っているのを値段が足りないからだと思ったのか、ジューネは即座に値上げしてきた。俺はここで流されるままに話を進めるのはマズイと思い、一度心を落ち着けるためにも交渉を後回しにする。

 

 ジューネもここで事を急く必要はないと思ったのか、素直にまた箱の中身の検分に戻った。と言ってもあと残っているのは一つだけなのだが。とびきり厄介な奴が一つ。

 

「もう一つは……指輪ですか? 見たところかなり古い品のようですが、何か魔法が掛かっているようですね」

「気を付けてな。何か変な呪いが掛かっているみたいだから」

 

 何かを察知したのか魔法が掛かっていると言うジューネに、念のため事前に呪いのことを説明しておく。何故呪いのことが分かったのかは俺の能力だと説明しておいた。能力についてあまり詳しく突っ込んでこなかったのは正直助かる。

 

「呪いですか。どのようなモノか分かりますか?」

「詳しくは分からないが、どうやら破滅の呪いってものらしい」

 

 それを聞くや否や、ジューネは顔色を変えて丁寧かつ迅速に指輪を箱の中に戻す。

 

「…………ちなみにランクはどの程度ですか? 小ですか? 中ですか? ……まさか大なんてことは」

「ランク? そう言えば特大ってあったな」

「特大っ!?」

 

 それを聞くと、ジューネは脱兎のごとき勢いで猛ダッシュして距離をとった。特大って言うくらいだから相当ヤバいものだとは思っていたけど、どうやらそれは的中していたらしい。

 

「と、特大って、持ち主だけではなく周りの人にまで被害が出るランクじゃないですかぁ!? なんでそんな物が箱の中にっ?」

「知らないよっ!」

 

 えっ!? そこまで物騒な物だったの? 焦りまくって口調も商人モードから素に戻るジューネだが、こっちだって知らなかったのだ。聞いた後ではこの指輪がまるで不発弾か何かのように感じられる。

 

「しかし……これがその箱に幸運を呼ぶ青い鳥の羽と一緒に入っていたんですよね? そうなると、下手に二つを引き離したら危険かもしれません」

「どういう事だ?」

 

 一度深呼吸をして、真剣な表情で考え込むジューネに、俺はたまらず聞き返す。

 

「本来破滅の呪いというのは程度にもよりますが、小であれば少し運が悪くなるくらいで済むものです。物を落としやすくなるとか、少しツイてないことが重なるというくらいで。しかし中、大とランクが上がるごとに少しでは済まないほどの不運に見舞われ、特大ともなれば持ち主とその周囲の人物を最終的に破滅させると言われています」

 

 なんちゅう酷い呪いだ。持ち主だけではなく周りまで不運になるなんて。

 

「しかし、もし破滅の呪いが特大であればその指輪、正確には指輪が入っていた箱を持っていた私やアシュは、とっくの昔に相当の不運に見舞われていることになります。しかし、今のところそんなことにはなっていません。貴方が嘘を吐いているという考えも出来ますが……違うみたいですね」

 

 ジューネはアシュの方を一瞬チラリと見ると、そのままかぶりをふって自分の考えを否定する。信じてくれたのは嬉しいけど何でだ?

 

「そうなると、一緒に入っていた青い鳥の羽か、納められていた箱のどちらかが呪いを和らげていたという考え方も出来ます。ほらっ! 幸運を呼ぶ青い鳥の羽なんていかにもという物が一緒に入っていたこともそれを裏付けていませんか?」

 

 つまり持ち主に幸運を呼ぶ青い鳥の羽を一緒に入れることで、幸運と不運の相殺を狙ったわけだ。これは推測に過ぎないけど、案外当たっているんじゃないだろうか?

 

「つまり、これはこれまで通り箱に納めておいた方が良いと?」

「そういうことになります。……しかしもったいない。折角の青い鳥の羽が目の前にあるのに手に入らないなんて」

 

 ジューネは心底悔しそうに言う。商人としては喉から手が出るほどに欲しいに違いない。エプリも心なしかしょんぼりしているように見える。……だんだんフード越しでもなんとなく表情が分かるようになってきたぞ。五万デンの二割なら一万デンだ。確かにそれだけの臨時収入がフイになるのは少し落ち込む。

 

 しかしどうするか? このままでは指輪と羽を引き離すことが出来ない。まだ箱に何か意味がある可能性も捨てきれてはいないので、箱から出すことにも不安が残る。最悪俺が最初に出した時に呪いにかかった可能性もあるが、朝まで不運らしい不運が無かったので少しくらいなら大丈夫だと信じたい。

 

 いっそのことまとめてアンリエッタに押し付けるか? いや、全部合わせて二十四万デンは魅力的だが、その後に来るアンリエッタの怒りを考えるとはした金のようにも思えるから不思議だ。では何か他に方法は…………。

 

「なぁ。呪いを解くことって出来ないのか?」

 

 考えてみれば呪いをかけられるなら解くことが出来ても良いはずだ。どこかの教会に行くとか、かけた本人と交渉して呪いを解いてもらうとか。しかしジューネは首を横に振る。

 

「ランク小や中ならともかく、特大ともなったら解呪できる人は限られてきます。国中探しても片手の指で数えられるほどしかいないでしょうね。そして大抵の場合、そういう能力の持ち主は国に厳重に管理されています。言わば国にとっての財産ですからね。そんな相手に連絡を取る手段はありませんし、解呪代だけでも場合によっては数万から数十万デンかかります。流石にそこまでの手間はかけられません」

「……私も簡単な解呪くらいなら伝手があるけど、特大となると知り合いに出来る人はいないわね。それにランクの高い呪いの場合、かけた本人でも解くことが出来なくなる場合もあるし」

 

 エプリも補足説明をしてくれる。しかし、聞けば聞くほど悪い知らせばっかりだな。

 

 

 

 

「残念ですが、この箱は何処かに処分した方が良さそうですね。羽と箱だけ持って指輪を捨てていくことも出来ますが、下手に放っておいて呪いが周りに放たれたらどれだけの被害が出るか分かりません。破壊してもその瞬間、呪いが周りにはじけ飛ぶ可能性もあります。あまり人の来なさそうな場所に箱ごと封印しないと」

 

 ジューネは商人としての利益よりも、周囲への影響を考えたのかそう宣言する。それは商人としてはともかく人間としては良い選択だと俺は思うぞ。しかし、封印と言ってもな。どこぞの火山の噴火口にでも投げ込めばいいのだろうか? そこへ、

 

「…………ちょいとそこの少年少女達よ。一人ぼっちの俺にも話を聞かせてくれても良いんでないかい?」

 

 ……そう言えばずっとアシュさん一人で見張りをしっぱなしだった。あちらからすれば一人だけのけ者にされたみたいなものだろう。すみません。今話しますから!!

 

 俺達は話が聞こえるところまで近づき、今まで話し合ったことをアシュさんに伝えた。所々は聞こえていたと思うけれど全部最初からだ。話を聞きながらアシュさんはふんふんと時折頷き、聞き終わると軽く腕を組んで何か考え始めた。そのまましばらく黙考する。

 

「アシュ。どこか封印するのに都合の良い場所に心当たりはありますか?」

「…………スマンがそういう場所にはさっぱりだな」

 

 ジューネが沈黙にたまりかねたのかそう訊ねると、アシュさんは首を横に振ってこたえる。アシュさんでもダメだったか。場の雰囲気が一気に重くなる。このまましばらくはこんな調子か。そう思ったのだが、アシュさんの次の発言で一気に場が動き出す。

 

「だけどな。不思議なんだが…………なんでそうじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()って聞かないんだ? ()()()()()()()()()()()

 

 アシュさんはニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべた。こんな所までどこかイザスタさんに似ているのは、やはり身内だからということなのかもしれない。

 




 アシュがいなかったら、某指輪を捨てに行く物語みたいな展開になってました。


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第四十九話 一緒に行こう

 

「つまり、アシュさんの知り合いにこの指輪の呪いを解呪できる人が居るんですね?」

「本当に大丈夫ですかアシュ? ただの呪いじゃないんですよ。特大ですよ特大! 並の術者では解呪しようとしただけで逆に呪いを受けるランクですよ! それにそれだけの術者となると相当の依頼料も発生します」

 

 驚いて俺やジューネが口々にそう言う中で、アシュさんは大丈夫だと胸を叩く。

 

「俺が知っている中で解呪できそうな人は二人いるけど、どちらも実力的には心配ない。それに依頼料の方も俺が頼めば多分心配いらない」

 

 おお二人も!! それにこの自信たっぷりの態度。これなら期待できそうだ。

 

「しかしアシュ。いつの間にそんな凄い人物と知り合いに? 少なくとも私と一緒に行動していた時には、そんなヒトが居るなんて一言も聞いたことがありませんが?」

「あぁ。それな……」

 

 そこでアシュさんは一度言葉を切ると、どこか言いづらそうに口をもごもごさせて視線を泳がせた。

 

「……アシュ?」

 

 ジューネが無言でじ~っとアシュさんを見つめる。……よく見たらどさくさでエプリも一緒になって見つめている。フードではっきりとは分からないがきっとそうだ。

 

 必死で目を逸らそうとするアシュさんだが、少女の視線は時として男の隠そうとする心を容赦なく刺し貫く凶器になる。遂に耐えられなくなったのか、アシュさんは両手を挙げて大きく息を吐いた。

 

「分かった。分かったよ。だからそうじ~っと二人がかりで俺を見るなって。……正直言うとな、今回みたいな非常時じゃない限りは接触は避けてるんだよ。色々あってな。……深くは聞くなよ」

 

 アシュさんが真面目な顔をして言うので、俺達は一様にうんうんと頷く。誰だって言いたくないことの一つや二つはある。聞く必要のないのに無理に聞くこともない。

 

「それに伝手はあっても行くまでが一苦労だ。一人はまだ交易都市群の何処かだが、もう一人は魔族の国デムニス国だ。このメンツで行ったら場合によっては袋叩きに遭うかもよ」

 

 確かに魔族とヒト種は仲が悪いというのはファンタジーのお約束だ。実際仲が悪いというかヒト種から見れば不倶戴天の敵らしく、ここ数十年は停戦状態ではあるもののいつ戦いになってもおかしくないという。

 

 魔族側からすればまだ比較的敵意は少ないのだが、それでもヒト種だからと言う理由で絡まれることは多々あるというのは以前のイザスタさんの言だ。

 

「変装するという手もありますが……ふとした拍子にバレることも充分考えられますね。とするとデムニス国へ行くのはあまり現実的ではありませんか。もう一つ伝手があるのならそちらの方が良さそうです」

 

 だよなぁ。交易都市群って言うくらいだから交易をしてる訳で、交易をしてるんなら人も多いんだろうな。それなら解呪出来た後で売る相手にも困らなそうだし、色々と情報も集まりそうだ。あと足も調達できればイザスタさんとも合流できるかもしれない。

 

 

 

 

「よし。そんじゃあここから出たら、俺の伝手を頼って交易都市群の方に行くとしますか!! ……ところでこの箱はどうする? ぶっちゃけた話、ジューネがトキヒサから一度全部買い取って終わりにするっていうのもアリだと思うぜ?」

「そうですよトキヒサさん。バルガスさんのことはお任せするにしても、無理に解呪にまで同行することはありません。時間もかかるでしょうし、金額の相談は一度ダンジョンを出てからとしても、それからは別行動で良いのですよ?」

 

 確かにここで、羽やら指輪やらのことを全てジューネ達に丸投げするのも一つの手だ。指輪の値が何処まで付くのかは分からないが、金だけ貰えばあとは自由の身。少なくとも数万デン以上は儲かるのは確実だし、それだけあれば当座の資金としては充分だ。

 

 その資金を基に金策をするのも良し。ひとまずヒュムス国に戻るために使うのも良し。だけど…………。

 

「いや。俺もこのまま一緒に行っていいかな?」

「何故です? お金のことなら相応の額をご用意しますよ。と言ってもダンジョンを抜けてからのことですが。……それとも物自体を手放したくないとか?」

 

 ジューネは不思議そうな顔をする。

 

「それも間違ってないよ。実際青い鳥の羽は俺も欲しいしさ。だけど問題なのはもう一つの指輪の方だ。こんな危ない物を誰かに押し付けて、それで自分だけ楽して儲けようっていうのが何か座りが悪いというか……。一応今の持ち主はまだ俺なわけだし、これがどうなるか見届けないとな」

「しかし、話を聞くとそちらにも予定があるとのこと。ここに来るまでに一緒にいたイザスタさんと合流するのではないのですか?」

 

 イザスタさんの名前を聞いて、アシュさんが一瞬ビクッとした感じになる。よっぽど苦手らしい。それは置いといて、俺はジューネと向かい合う。エプリは話を聞いているようだが何も言わない。

 

「……約束したからな。いずれ合流はするよ。するけどもだ。今ここで色々ほったらかしにして戻っても多分怒られると思うんだ。『お姉さんは悲しいわトキヒサちゃん。だってトキヒサちゃんが女の子に色々丸投げして自分だけ帰ってくる悪い子だったんだもの』とかな」

 

 アシュさんがうんうんと頷いていることから、どうやら本当にそのようなことを言われる可能性が高そうだ。それは出来れば避けたい。

 

「だから一緒に行く。…………まあうまいこと指輪の呪いが解けたら相当な値打ちものかなぁという思惑もあるけどな。それから売り払った方が高そうだろ?」

 

 呪い付きで二十万デンだからなあの指輪。呪いが解けたらどれだけの値になるか分からない。最悪高すぎて売れないってことになったら貯金箱で換金してしまえばいい。呪いがなければアンリエッタも怒らないだろう。むしろ綺麗な指輪だって喜ぶかもしれない。そうすれば査定額に色が付くかもな。

 

「それはそうですが……」

「安心しろよ。解呪出来ても優先的にジューネとの取引には応じるから。羽だってちゃんと渡すとも。ちょっともったいない気もするけど、ジューネなら売ってもいいと思うし」

 

 実際幸運を呼ぶなんて代物は自分で持っているのが一番だが、自分より欲しがっている相手が目の前にいるしな。いきなり羽一枚に査定額の倍の値段を提示するくらいの食いつきようだ。羽もそこまで欲しがってくれるならそっちの方が良いだろう。

 

 

 

 

「…………分かりました。諸々の持ち主は貴方です。トキヒサさん。持ち主の承諾なしで譲ってもらう訳にもいきません。指輪が解呪されるまで一緒に行きましょう。……エプリさんはどうしますか? 先ほどから黙っているみたいですが」

 

 ジューネはエプリの方に矛先を変えた。だけどなぁ。エプリは。

 

「……私はここから出たら用があるの。おそらくそこでお別れね」

 

 そうなんだよな。契約ではここを出るまでの付き合いだ。そこでおそらくクラウンの奴が迎えに来るのだろう。

 

 ……そう言えばもしクラウンに襲われた場合の対処法を考えてなかった。俺も牢獄の時よりは少しはマシになっていると思うが、それでも一対一で勝てるかどうか分からない。

 

 一応こっちも雇い主ということでエプリは攻撃してこないとは思うが、最悪二人がかりで来られたら勝ち目はないな。その場合はダッシュで逃げよう。数々の修羅場を潜ってきたこの逃げ足を舐めるなよっ!

 

「そうですか。貴女の探知能力はとても正確だったので是非同行してほしかったのですが……残念です」

 

 ジューネは言葉通りとても残念そうに言う。なんか俺の時とえらく対応が違うな。確かに俺はあまり役には立たないが、それでもここまで差があると少し落ち込む。

 

「ではエプリさんはダンジョンを抜けたらお別れとして……残るはこれですね」

 

 そう言ってジューネは俺の方に向き直ると、そのまま深々と頭を下げてきた。なになに!? どうしたんだ?

 

「トキヒサさん。元はと言えば、私が商品の仕入れの時に情報集めを怠ったのが原因。この度は商品に不備があり、誠に申し訳ありませんでした」

「良いって別に。元々箱は安かったし、ジューネだって中身のことを知らなかったんだろ? なら仕方ないって」

 

 俺は慌ててそう言うのだが、ジューネは頭を下げたまま上げようとしない。

 

「良くなんてありません。商人としての信用にも関わる話です。買ったお客様が明らかに損をする事態は商人としては悪手です。商売は出来るだけ互いに良い物でなければっ! ……つきましては、補償として何かさせていただきたいのですが」

 

 俺はその言葉を聞いて少し悩んだ。確かに商人としては信用はとても大事だ。いや、商人だけではなく、仕事をする者にとってと言い換えても良い。エプリもそうだったからな。

 

 今回俺はそこまでの被害を受けたとは思っていないのだが、ジューネの側からすれば大問題なのだろう。だとすればここで何も要求しないのは逆に失礼に当たるかもしれない。なら……。

 

「……それじゃあ悪いけど、このダンジョンから出るまでの俺とエプリの食事代を奢ってくれないか」

「そ、そんな簡単なことで良いのですか?」

 

 ジューネは頭を上げて俺に聞き返す。もっと凄いことを要求されるとでも思っていたのだろうか? 数万デンくらいよこせとか?

 

「それで良いよ。それに意外に大変だと思うぞ? エプリは見かけより食うからな」

 

 俺の言葉にエプリはコクコクと頷く。実際少なくとも俺の倍近くは毎回食ってるので間違いではない。間違いではないのだが……普通そう言われたら、女性は否定するものではないだろうか? ジューネは何か考えていたようだが、意を決したように顔を引き締める。

 

「……その補償内容、確かに了承しました。ダンジョンを出るまで毎食必ずこちらで用意しましょう。これまでに食べた分も内容に合わせた分の金額を補填しましょう」

 

 ようし。飯代が浮いた。それにこれまでの分も払ってくれるという。これからの予定も大分定まってきたし、あとはこのダンジョンを抜けるだけだ。俺は心の中でこっそり気合を入れていた。

 

 

 

 

 ここで俺は忘れていたのだ。こういったダンジョン物で一番危ないのは、()()()()()()であるということに。




 腹ペコ傭兵の食費確保!


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第五十話 進むべきか、休むべきか

 その日の移動は終始順調に進んだ。……順調すぎたと言っても良かった。道中巡回のスケルトンはことごとくエプリの探査によって回避し、一度だけどうしてもぶつかる所では、アシュさんが一人でスケルトン数体を撃破する。しかもわざわざダンジョン用核の部分を傷つけないという器用なやり方でだ。

 

 正直に言って俺やヌーボの出番は一切なかった。強いて言うならバルガスを運ぶのが仕事か?

 

「困りましたね。このまま行くとダンジョンを出るころには丁度真夜中です」

 

 しかし順調すぎたのが仇となった。昼頃に俺達は途中の部屋で、昼食の用意をしながらこれからのことについて悩んでいた。

 

 ちなみに今回の昼食は、いつもの保存食に加えて野菜たっぷりのスープ。たまには温かい物を食べないと調子が悪くなると言う事で、全員分のスープをまとめて作っているのだ。俺達の分はジューネが奢ってくれるのでありがたい。ジューネの用意した鍋に材料を投入し、今は火にかけてスープが出来上がるのを待っている。

 

 今回は通路にそれぞれ簡単な罠を張っているので、全員集まった上で相談が出来る。まあ最低限の警戒はアシュさんもエプリもしているようだが。

 

「そのままダンジョンを出ても、一番近くの町までしばらくかかる。夜中に進むのは出来れば避けたいんだがな」

 

 成程。予想よりペースが速すぎるという事か。元々は明日の朝ダンジョンを出る予定だったからな。そこから歩いて数時間であれば町に付くのは昼過ぎ。休憩をはさみながら行っても夕方までには充分辿り着くっていう訳だ。……ペースが速すぎるというのも考え物だな。

 

「とりあえず選択肢は二つですね。一つ目はこのままのペースで進んでダンジョンを出て、夜通し歩いて町まで向かう。二つ目は少し休みを取りながらペースを落とし、明日の朝頃にダンジョンを出るように調整する。皆様の意見を聞きたいのですが」

 

 ジューネは簡単にこれからの予定をまとめる。しかしどうするか。

 

「まず私の意見から言わせてもらえば、私はこのままのペースで良いと思いますよ」

 

 口火を切ったのはジューネだった。

 

「私の意見はシンプルですよ。情報の価値は時間が経てば経つほど下がっていく。多少無理してでも急ぐに越したことはありません。故にペースは落とさずこのまま行きたいと考えます」

 

 これは商人としての意見だな。儲けと安全を天秤にかけた上で急ぐことを選択している。言い終わると、ジューネはそのまま話を促すようにこちらを見てくる。こっちの意見を待っているのか? 

 

「俺は…………そうだな。俺もペースはこのままの方が良いと思う」

 

 俺は少し悩んだが、顔を上げてそう話し出した。

 

「ちなみに何故ですか?」

「確かに夜間に移動するのが危険だって言うのは分かってる。でもバルガスの身体が問題だ」

 

 今日の朝からまた出発したのだが、バルガスはどうやら凶魔化の副作用らしく身体の衰弱が激しい。自分で動こうとするとふらつくようで、まだ俺が荷車で運んでいる。今もまた眠っているが、時折眠りながらうなされているようだ。

 

 なにぶん凶魔化なんて事例がほとんど知られていない以上、なるべく早く医者なりなんなりに見せた方が良いと思う。ということをジューネ達に説明する。

 

「それに単純な危険度で言えばこっちの方がおそらく上だ。いくらモンスター自体はそこまで強くないとは言え、ここはダンジョンだということを考えると長居はしない方が良いんじゃないか?」

 

 これは俺のこのダンジョンに対する勝手な考えなのだが、どうにも妙な感じがするのだ。そこまで強くないモンスターに、ただやたらと広く長いこのダンジョンの構造。これだけなら人に入る気を起こさせないための配置だ。なのだが……このまま長くいると何か嫌な予感がする。

 

「分かりました。ではエプリさんはどう思われますか?」

 

 ここまでですでに二人の賛成。眠っているバルガスや話せないヌーボ(触手)を除くと、ここにいる半分が賛成をしたことになる。多数決ならもう半ば決まったようなものだ。それでも律義に全員に聞こうとするのは、ジューネの気質によるものだろうか? エプリは通路を見張りながらこちらに近づいてきた。

 

「…………私はペースを落とした方が良いと思う。賛成のアナタ達には悪いけどね」

 

 ここで初めて反対の意見が出た。

 

「……多分アシュも気付いていると思うけど、このまま進み続けるのは難しいと思うわ。だって……アナタ達もバルガスほどではないにしても相当疲れが溜まっているもの。もちろん私も」

 

 エプリによると、ここまで戦闘はなるべく避けてはいたとはいえ、ただ進むだけで体力は消費していく。特に元々体力のやや少ないジューネと、バルガスを常時運んでいた俺は今の時点でややペースが落ち始めているという。

 

 いくら加護で体力が大きく上がっている俺でも、ほとんど一日中荷車を引いていれば疲れが出ていたらしい。エプリ自身も連続で探査していることから、集中力が落ちているのを感じていたという。

 

「今の時点でまだたっぷり余力があるのはアシュぐらいのもの。……だけど、一人だけではもしもの事態になった時に対処できない可能性もある。だからペースを落として、少しずつでも休息を挟んだ方が遠回りだけど安全だと思う」

「俺もその意見に同感だな」

 

 エプリの意見にアシュさんも賛成する。おっと。これで意見が二対二になったぞ。

 

「用心棒としては護衛対象の体調も考えなきゃならん。……隠していてもダメだぞ雇い主様よ。軟膏で誤魔化してはいるが、もう足に相当きてるだろ。元々体力はそこまでないのに、ここまで無理に歩き続けりゃそうなるわな」

 

 その言葉でジューネの足を注意深く見ると、ほんのわずかだが小刻みにプルプルと震えている。そういえば昨日休息をとった時もジューネが一番疲労していた。

 

 ……しまった。俺は少しだけ疲れづらい体質になっているようだから一晩休めば回復するのだが、普通はこんな強行軍をして一晩休めば全快なんてことはあんまりない。更に言えばここはダンジョンだ。満足な休息なんて取れない状態で、ジューネが平気な顔をして歩き続けているということがまずおかしかった。

 

「へ、平気ですよこれくらい。今でもまだこんなに元気で……あわっ!」

 

 ジューネは自分がまだまだ動けることを証明しようと軽くジャンプをしてみせるが、その着地の時に軽くバランスを崩して倒れそうになってしまう。咄嗟にアシュさんが受け止めるが、ジューネは顔を赤くしている。……恥ずかしかったらしい。

 

「ほれ見ろ。痛み止めと疲労回復の薬を併用しているようだが、それでも回復しきれないレベルで疲れが出ているじゃないか。エプリの嬢ちゃんが言わなければ俺が言うつもりだったが、ペースを落とした方が賢明だぜ」

 

 うぅ~っとジューネは唸りながら虚空を睨んでいるが、今無理やりに進んでもかなりキツイと言う事が自分でも分かっているようだった。分かっていなければもっと反論するはずだ。

 

「無論ダンジョンに長くいることの危険性とかも分かっている。だが自分で動けない奴を護りながら行くよりも、自分で動けるようになるまで待ってから行く方がこのダンジョンではやりやすいと思う」

 

 アシュさんの言う事ももっともだ。バルガスの身体のことを考えると急いだ方が良いのは間違いない。しかし、ここで無理に進んでも途中でどのみちペースを落とさざるを得ないか。……仕方ない。

 

「…………分かりました。俺も意見をペースを落とす側に変更します。ジューネがそこまで疲れているのにこのまま行くっていうのもマズイですしね」

「すまねぇな。じゃあという訳で、昼食を食ったらちょいと長めの休息をとる。そのあとまた出発して、夜にもう一度休憩。あとは明日の早朝にまた出発して、そのままダンジョンを出て最寄りの町まで休まず進むという予定だ。なるべくお前さんの意見に沿うようにしたつもりだが……何か問題あるか?」

 

 アシュさんは俺に一言謝ると、ジューネに向けてちゃんと確認を取る。ジューネはまだ少し諦めきれない様子だったが、アシュさんの言っていることが正論だと分かっているからこそ何も言わずうんと頷く。

 

「そんな顔してないで、そうと決まったら少しでも身体を休めておきな。今度はこそこそじゃなく堂々と薬を使っておけよ。お前さん達もだ。ここで疲れをなるべく残さないように頼むぜ。……ほらっ。スープも出来たぞ」

 

 アシュさんはテキパキと昼食の用意を整え、器にスープをよそって俺達に配っていく。その手際がとてもスムーズなので、つい俺は手慣れてますねと声をかける。

 

「まあな。一応一通りのことは一人で出来るように練習したんだ。……世話焼きで構いたがりの身内から逃げるためでもあったけどな」

 

 少し暗い顔をしながらそうアシュさんは語る。……昔のアシュさんとイザスタさんの関係がかなり気になる所だ。

 

 

 

 

 ちなみに昼食を食べた後、各自にジューネが使っていたのと同じ薬が配られた。塗り薬だったので試しに手足に塗ってみたら、身体が少し軽くなった気がする。即効性あるなこの薬。

 

「……薬は有料ですからね。使った分はダンジョンを出てから請求しますからそのつもりで」

 

 これはただじゃないのかよっ! 滅茶苦茶高かったらどうしよう。悩みながらもそれぞれ思い思いの場所で休んでいた時。

 

「ねぇ。……ちょっといい?」

 

 エプリが急に話しかけてきた。他の人はそれぞれ別のことをしている。どうやら二人だけで話があるようだ。……何だろうな?

 




 どちらにも理由があって、どこで我を通すか、妥協するかは悩みどころです。


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第五十一話 約束

 

 俺とエプリはそれぞれ壁にもたれかかるように座った。アシュさんやジューネとは少し距離があるので会話の内容は聞こえないはずだ。

 

「それで? 何の話だ?」

「……そろそろ良い頃合いだと思ってね。このダンジョンから出たらどうするか話しておこうと思って」

 

 俺の問いかけに、エプリはそう切り出した。……やっぱりか。ダンジョンから出る目途が立ってきたし、そろそろ言ってくる頃じゃないかと思ってた。

 

「…………ここから出たら、私はクラウンと連絡をとって合流する。アナタとの契約はそこで終了することになるわ」

「……そっか」

 

 予想以上に単刀直入な言葉に、俺もついぶっきらぼうに返事をしてしまう。

 

「半金は既に貰ったからいいとして、残りの半分、このダンジョンで手に入れた物を売った分の二割だけど…………その分はいずれ請求するから準備しておいて」

「……それを手に入れるまでは一緒に行けないのか?」

 

 ()()()()()()ではなく()()()()()()。ついそう漏らしてしまったのは……何故だろうな。

 

 何だかんだで頼りになったし、パートナーとしてはとても良い奴だった。第一印象は悪かったけど、これからも一緒に行きたいと自分でも思っていたらしい。俺のその言葉に、エプリはゆっくりと首を横に振る。

 

「元々あちらの方が先の依頼主だもの。あちらを優先するのが筋でしょう。……その件に片が付いたら、アナタから半金を貰いに行くから」

 

 そうだよなぁ。いくら依頼主が性格悪くて変な笑い方してちょ~っとだけ俺より背が高いからと言っても、順番は順番だ。プロとしてはそこは妥協してはいけないのだろう。

 

「……でもまずはここから出てからの話。雇われた以上、アナタは必ず脱出させてみせる。その点は心配しなくても良いわ。…………それと、これを渡しておく」

 

 そこで急に、エプリは何か懐から珠のような物を取り出して俺に差し出してきた。この珠……なんか見覚えがあるような。

 

「…………それって! ジューネにタダにしてもらってた品だよな?」

 

 思い出した! 以前俺がジューネからあの箱を買った時、エプリがこの珠を貰ってたんだった。結局あの時それが何なのか聞けなかったんだよな。

 

「……前に私が空属性について言ったことを憶えてる? ダンジョン内では基本的に空属性やそれに類するスキルは使用不能だって。あれは実は正確じゃない。ダンジョンの中から外へ、あるいは外から中への移動は難しいけど、ダンジョン内の移動はそれなりに出来るの。そして私は空属性は使えないけど、これで代用するわ」

 

 そう言われるとこの珠はとてもすごい物だと感じられる。見た目はただのピンポン玉くらいの黒っぽい珠なのにな。

 

「これは転移珠と言って、空属性の転移を一度だけ使えるようになる道具なの。かなり希少で値も張るのだけど、いざと言う時に持っていて損はないわ」

 

 そんな希少なもんをタダにしてもらってたんかいっ!! 約束とは言えジューネからしたら良く元が取れたな。……案外それが選ばれるなんて思ってなかったりして。

 

「……ごく最近出回り始めた物だから、私が知らないって思っていたんでしょうね。それを選んだら微妙に困った顔をしていたわ。約束は約束だから構わず貰ったけど」

 

 当たってたよ。俺は心の中でツイていなかったジューネに合掌する。

 

「使い方は簡単。これを手に持って、跳んでいきたい場所かヒトを頭に思い浮かべながら魔力を注ぎ込めばいい。そこに到達できるだけの魔力が入った時点で自動的に発動するから制御も要らないわ」

 

 なんとお手軽。この珠がそんな力を持っているとは驚きだ。使い方が簡単なのも実に良い。適当に簡単な魔法を使う感じで握れば良いのか。……しかし、

 

「なぁ? 使い方は分かったけど、空属性って相手の距離とかによって必要な魔力の量が違うんだろ? しかもかなり多く必要だって聞いたぞ。俺にも使えるのかな?」

「……その点はおそらく大丈夫」

 

 エプリは問題ないというように軽く頷く。何でも、これまでの脱出行の中でざっと見立てたところ、俺の魔力はそこそこ多い方らしい。

 

 魔力の元である魔素はそこら中にあっても、それを自分用の魔力に変換するのは時間が掛かる。魔力が多いというのは、この場合最大貯蓄量と現在の所有魔力が多いという事を指す。説明によると、相手が余程遠くに居ない限り一、二度程度なら問題なく使えるという。

 

「問題は他の魔法に回すだけの魔力が残るかという点だけど…………金属性はあまり関係はないわね」

 

 そうなのだ。金属性は使う魔力が他の属性に比べて極端に少ない。それは魔力の代わりに現物である金そのものを消費しているから…………決して嬉しくなんかないぞ。俺の場合は“適性昇華”によって使う魔力量は少し増えているかもしれないが、それでも相当少ないと思う。

 

「…………でも何でそんな希少な物を俺に? 自分で持っていた方が良いんじゃないか?」

「……ダンジョン内でこれを使うような事態になるとすれば、強力なモンスターの襲撃を受けて逃げる時か集団と離れて一人孤立した時くらいよ。どちらにせよ私よりもアナタがそうなった時の方が危ないわ。だからアナタに渡しておく。その方が護り切れる可能性が増えるでしょ」

 

 正論である。確かにエプリなら大抵の状態になっても一人で生還できそうだ。それを考えると俺に持たせた方が正しいというのは納得できる。ただ、

 

「ちょっと聞いて良いかエプリ。……何でそんなにも俺を護ろうとするんだ?」

「何を今更なことを……契約だからに決まっているでしょう」

「契約だからってだけにしては、ちょっと度が過ぎている気がするけどな」

 

 素っ気なく返すエプリに、俺は一つずつ推測したことをぶつけていく。と言っても責めるような言い方ではなく、ただ単に何故かという疑問からだった。それが後々にどんな影響を与えるかも考えずに。

 

 

 

 

「まず最初に気になったのは、バルガスがゴリラ凶魔になって暴れていた所に初めて出くわした時だ。あの時エプリは先に部屋に入っていたけど、俺に来るなって言ったっきりゴリラ凶魔と対峙していたよな。すぐに逃げるって手もあっただろうにそうしなかった。あれは下手に逃げたら追いかけられて、()()()()()()()って思ったからじゃないのか? 結局あの後俺が部屋に突入したからなし崩し的に戦うことになったけど、そうじゃなかったらお前ひとりで戦うつもりじゃなかったか?」

 

 俺の言葉にエプリは何も言わない。

 

「沈黙は消極的な肯定って受け取るぜ。……次に気になったのはバルガスが目を覚ますのを待つ間、ジューネから一緒に行くかって誘われた時だ。俺が契約を解除しようかって言った時、エプリは傭兵としての沽券にかかわるからって断ったよな? あれも良く考えるとおかしいんだ。この場合契約者自身が打ち切ろうとしているんだから、何かあったとしてもあくまで責任は俺の方にある。だから沽券も何も考える必要はなかったんだ。目撃者(ジューネ)もいたから正当性の方は証言できただろうしな」

 

 やはりエプリは何も言わず、黙って俺の話に耳を傾けていた。そのフードの下はどんな表情になっているのかは分からない。

 

「そして今の一件だ。ジューネが困った顔をしたってことは相当値が張る品だろ? いくら護衛対象を護るためとはいえ、そんな貴重な物を普通に渡したりはしないだろう。それももうすぐ契約が切れて別れる相手にだ。…………ここまで重なったら俺にも分かるよ。エプリが俺を護ろうとしているのは、単に契約だからってだけじゃなさそうだって」

 

 そう言い終わると、俺は一度黙ってエプリの方を見る。何故エプリがここまで俺のことを護ろうとするのかは分からない。接点は牢獄であった時が最初のはずだし、初対面の互いの印象はほぼ最悪に近いモノだった。このダンジョンに一緒に跳ばされてきた時も、いきなり俺を殺そうとしてきたぐらいだ。特に好感度が上がるようなことをした記憶もない。

 

 …………もしやあれか? どさくさで言った愛の告白にもとれる言葉で好感度が上がってしまったとか? いやいやそれはないだろう。あの後エプリ自身が冗談で流していたのだ。しかしそれ以外に何か好感度が上がることなんて……。

 

「…………ふぅ」

 

 エプリは軽くため息を吐いてこちらを見返す。フードからちらりと見えるルビーのような緋色の瞳。視線は空中で交差し、俺達は互いに見つめあう。………………先に根負けしたのは俺の方だった。視線を逸らし、どこを見るでもなくぼんやりと虚空を眺めながら傍らのエプリに問いかける。

 

「俺はそこまで護ってもらうほどお前に何かした覚えはないんだよな。恨まれる覚えなら結構あるけど。だから知りたいんだ。…………教えてくれないか?」

「……別に話す必要はないわね。これはただ契約でやっているだけのことなんだから。……こちらの用は済んだから、ちょっとアシュとこれからの道のりについて確認してくるわ」

 

 エプリはそう言って立ち上がり、フードの位置を確認するとアシュさんの方へスタスタと歩き出した。聞き方を間違えたかな? 個人的に何か話したくないことがあるのかもしれない。これ以上は踏み込むのは無理か。俺がそう考えていると、エプリが急に足を止めてそのままの体勢でポツリと話す。

 

「………………無事にアナタをダンジョンから脱出させたら、そのことについて少しだけ話すわ。このまま行ってまた同じようなことを聞かれても面倒だしね」

 

 そう言い終わると、今度こそエプリは歩き出す。俺はその背中に向かって「分かった! 約束だぞ!」と声をかけた。

 

 ……きっとエプリにもしっかりと届いていたのだろう。彼女は振り向くことはしなかったけれど、そのフードは微かに、だけどハッキリと頷いたように動いていたのだから。

 




 恋愛感情とは少し違います。これは彼女の抱えるエゴで、通すべき筋です


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第五十二話 隠し部屋

 

 昼食を終え、俺達は再びダンジョンの入口に向けて移動を開始する。陣形はこれまで通りアシュさん、エプリ、ジューネ、俺、バルガス、ヌーボの順だ。俺は相変わらずバルガスとヌーボを乗せた荷車を牽いていた。

 

 休息を取ったばかりなのでそれぞれの士気は高い。エプリの探査も絶好調であり、探査する度にほぼ間違いのない精度で突き進んでいる。敵らしい敵にも遭わず、先にある分かれ道や通路の内容もほぼドンピシャである。

 

 アシュさんは真っ先に部屋に入って安全を確認し、ジューネは時折自分の持っている地図に何かを書き加えているが、この調子なら新しく地図の一つや二つ出来そうな勢いだ。バルガスの状態はまだ不安定ではあるが、少しずつ起きていられる時間も多くなってきたように感じられた。ヌーボはいつも通り荷車に乗りながら後方警戒だ。

 

 ダンジョンの入口まであと少し。無理やり進めば今日中にでもダンジョンを抜けられるだろうが、余裕を持って夜はどこかで休もう。この調子ならもう大丈夫だ。メンバーのほとんどにそういう雰囲気が漂ってしまったのも仕方のないことかもしれない。

 

 だが、だからこそ仕掛けるには今が絶好の機会だったと言える。

 

 

 

 

 状況が動いたのは、夜になったのでそろそろ最後の休息にしようと、丁度良い場所を探しながら進んでいる所だった。しかし中々丁度良い部屋が見つからず、仕方なくそのまま進み続けて夜の八時を少し回ったところだ。予定では急げば今日中にダンジョンを抜けられるということなので、もう本当に入口の近くまで進んでいると言えた。

 

「…………待って。そこの壁、何かあるようよ」

 

 いつも通り定期的に行う探査を終えると、エプリは突如そんなことを言い出した。

 

「!? おかしいですね。この通路は以前通ったはずですが?」

 

 どうやらこの通路は、ジューネとアシュさんも前に通ったことがあるらしい。ジューネは首を傾げながらエプリの見ている壁を確認する。

 

「……いや。どうやらエプリの嬢ちゃんの言う通りみたいだぜ。見てみな。ここに小さな取っ手がある。……どうやら特定の方向から見ないと分からないみたいだな」

 

 アシュさんは壁を注意深く調べて、壁の一部に数センチくらいの取っ手があるのを発見した。……本当だ。俺も試しに反対の通路から見てみると、取っ手は丁度壁の継ぎ目に重なって見えなくなっている。だまし絵みたいな壁だな。

 

 アシュさんが軽く取っ手を引っ張ってみると、壁の一部が横にスライドして穴が開いた。手を離すと壁は元の所に自動で戻っていく。

 

「取っ手を引っ張るとその間だけ穴が開くようだな。中はそれなりに広い空間になっているみたいだが…………隠し部屋の一種かね? どうする。入ってみるか?」

「当然です! ダンジョンの隠し部屋と言えば、ごくまれにしか見つからないことで有名。何のためにあるのかは諸説ありますが、私は宝の保管場所という説を支持しますよ! それに隠し部屋を見つけたとあれば、この情報の価値も一気に上がるというもの。悩む必要はありませんとも」

 

 アシュさんが訊ねると、ジューネは鼻息荒く目をキラキラさせてそうのたまった。……しかし隠し部屋か。ダンジョンにはお約束のものだけど、考えてみると何のために有るんだろうな?

 

「なぁエプリ。ジューネの言ってる説以外のやつって何があるか知ってるか?」

 

 ふと疑問に思って聞いてみる。本当は直接ジューネに聞くのが一番だが、あのやる気に満ちている状態に水を差すというのも何か気が引ける。アシュさんは真っ先に乗り込もうとしているジューネを抑えるので手一杯だし、バルガスは今意識を失ったばかりだ。ヌーボは意思疎通は出来ても喋ることが出来ない。となると残るのはエプリという訳だ。

 

「……詳しくは知らないけど、ダンジョンが出来る時の設計ミスとか、何かの事情で使われなくなったというもの。宝ではないけど何かの保管場所というもの。あとから別の誰かの手で増設されたというもの。…………あと一番厄介なのは」

 

 そこでエプリは言葉を言い淀む。

 

「……成程な。今の反応で察しがついたよ。トラップだな?」

「そう。部屋そのものが侵入者をおびき寄せる一種の罠だという説。宝の部屋だと期待して入ったらそのまま……と言う事も良くある話よ」

 

 やっぱりかぁ。ダンジョンでそんな美味い話ばかりじゃないよな。俺はアンリエッタとしたダンジョンの話を思い出す。あの時、ダンジョンの構築にはエネルギーが必要だという話だった。そしてそのエネルギーを稼ぐためには、生物をダンジョンに誘い込んで死亡させることが一番だとも。その点でこの隠し部屋は色々役に立つ。

 

 例えば中に宝を置いておけば、それだけで今のジューネみたいな人は誘い込まれる。そして、加えて罠の一つでも仕掛けておけば、労せずして罠に向こうから引っかかってくれるという寸法だ。つまるところ、多分諸説の内一つが正しいのではなく、いくつも正しいのだろう。

 

「だけど逆に考えれば、良いエサじゃないと人なんて入ってこないよな。つまり」

「宝が本物である可能性もある……と言う事ね。どうする? 一応はアナタの判断に従うわ。もちろん傭兵の立場として言えば危険なので反対だけどね」

 

 さてさて。どうするか? 中には多分、いやほぼ間違いなく罠がある。道中一度も罠に逢わなかったのは、おそらくエネルギーを無駄に使わないためだろう。このやたら広いダンジョンに、適当にあちこち仕掛けてはいくら有っても足りない。俺が仮に仕掛けるとすれば、何処か特別な場所に仕掛ける。そう。例えばここのような、罠が有ると分かっていても入らざるを得ない場所に。

 

「……ゴメンなエプリ。エプリには悪いけど、俺も中に入ってみたい。勿論罠が有るだろうなぁとは思うけど、宝という響きにどうしようもなく心躍らせるのも事実なんだ」

 

 どのみち多少の危険を冒してでも金を稼がないといけないしな。宝というのは見逃せない。エプリはふんと軽く鼻を鳴らすと、そうと一言だけ言って押し黙ってしまった。……ゴメンな。ここから出たら別れる前になんか奢るから。

 

 

 

 

「それにしても、誰が残る?」

 

 俺達は隠し部屋の前で集まって悩んでいた。何故ならば、この部屋の入口は誰かが外で取っ手を引いている間だけ開く。中に別のスイッチなりなんなりが有るのかもしれないが、もしものためにここに一人は待機しなければならない。

 

「それにバルガスさんを連れて行くわけにも行きませんよ。護衛のことも考えると、引っ張る役とその間その人やバルガスさんを護衛する人が必要になります。ちなみに私は絶対行きますからね。ぜ~ったいに!」

 

 ジューネはさっきから凄いやる気だ。気のせいか宝と聞いて目が金の形になっている気がする。実際は決してそんなことにはなっていないのだが、なんとなくイメージとしてそういう風に見えたのだ。アシュさんはやれやれという感じに肩をすくめている。これは残れと言っても聞きそうにないな。

 

「となると私かアシュの二択ね……じゃあ私が残るとするわ。私なら近づかれる前に遠距離から攻撃できるし、アシュよりも拠点防衛には向いている。引っ張る役は……そうね。ヌーボをつけてくれる?」

 

 その言葉を聞いて、荷車の上に陣取っていたヌーボがもぞりと動き出す。しかし何でまたヌーボに?

 

「ヌーボはあまり動き回るのには向かないでしょ? ならここで護衛に専念しましょう」

「…………いや。ちょっと待ってくれ。トキヒサは罠の解除とかは出来るか?」

 

 これでメンバーは決まりかと思った時、ギリギリでアシュさんが待ったをかけた。俺はその言葉に首を横に振る。この世界のダンジョンは初めてだし、魔法とかが使われていたらもうお手上げだ。

 

「そうか……じゃあやはりエプリの嬢ちゃんが部屋に入ってくれ。俺が代わりに残るとするわ。部屋に罠が仕掛けられていた場合、嬢ちゃんの探査なら部屋の違和感とかも気が付けるかもしれないからな。解除できないんならせめてその予兆だけでも掴みたい」

 

 確かにこのメンバーに罠を解除できそうな人はいない。それなら事前に発動の予兆を掴めれば被害を防げるかもってことか。

 

「……でもそうなると、アナタは一時的にとは言え自分の雇い主と離れることになるけど良いの?」

「それは嬢ちゃんだって同じだったろう? だがこの場合、自分の雇い主の意向に出来る限り応えるのも仕事の内だ。だから嬢ちゃんもトキヒサが行くのを止めなかったんだろ? 護ること最優先なら、トキヒサに待機を提案しただろうからな」

「……分かったわ。私が最優先で護る対象はトキヒサだけど、ジューネも一時的に護る対象にすることを約束するわ。アナタの代わりになるかどうかは分からないけどね」

 

 どうやら二人の話し合いは済んだらしい。護られる対象としてはどうにも落ち着かないな。

 

 ジューネの方はというと、どうやら考え事をしているようで話を聞いていなかったようだ。ようやく我に返ったかと思ったら、アシュさんがここに残るということで何やら詰め寄っている。肝心な時に居ないで何が用心棒ですか! とか、いつもいつも置いてきぼりにして! とか。

 

 まあアシュさんの言葉を聞いて少しずつ落ち着いているようだから、もう少ししたら大丈夫そうだな。

 

「……こっちも言いたいことはあるのだけれど、そこの所は分かっているの?」

「いや。それはその…………護衛の手間を増やしてスマン。出来る限り自分の身は自分で護るようにするから許してくれ」

 

 横からエプリの視線を感じた気がして、俺はもう腰を低~くして謝る。これから入るって時にこれである。……いや、これから入る時だからこそ言えるのかもしれないな。この隠し部屋に何があるか分からない以上、入った瞬間言えなくなるようなことになってもおかしくないのだから。

 




 虎穴に入らずんば虎子を得ずなんて言葉がありますが、そもそもダンジョンという虎穴に既に入ってるんだよなあ。


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第五十三話 コンセプトの違和感

 

 こうして俺、ジューネ、エプリの三人は、アシュさん、ヌーボ、バルガスと一時別れて隠し部屋に侵入する。一応入る前に、アシュさん達には二十分経ったら状況に関わらず戻り始めると言っておいた。帰りの時間を合わせると最大四十分だ。時間を決めておかないと危ないからな。待っている方も待たせている方も。

 

 

 

 

「そういえば、地図上でここら辺ってどうなってるんだ?」

「……丁度一部屋分の空白地帯が出来ている所ね。この分なら私じゃなくても地図を見て誰かが発見していた可能性が高いと思う」

「一部屋分ね。確かに広さはこれまで休むのに使った一部屋分くらいなんだけどな…………あと地図には縦の高さも記述した方が良さそうだぜこりゃ」

 

 俺達は壁沿いに()()()()()()()()話していた。これはいわゆる螺旋階段というものだろう。正確には部屋は円形ではなく四角形なのだが、壁沿いに下へと続く階段が延々と伸びている。斜度はそれほどでもないが、その分とにかく長い。

 

 中央にはフロアの半分近くの面積を占めるほどの巨大な穴が開いていて、暗いこともあって底が見えない。試しにコイン(石貨)を一枚落としてみると、大体四、五秒くらいしてから何か当たるような音がした。…………結構深いぞ。俺達は各自明かりを準備して下りていく。

 

「……これは明らかに二、三階層くらい下りてるだろ。俺とエプリが跳ばされた階層よりも下手すると深い所まで行っているんじゃないか?」

「かも、しれませんね」

 

 俺の何気なく言った言葉に、ジューネが息を切らせながら答える。体力ないのに無理してこんな長い階段を進むからだ。途中で引き返そうかと言ったのだが、ジューネは頑として戻ろうとはしなかった。片手にカンテラを提げ、壁に手を突きながら一歩一歩着実に進んでいく。

 

 その様子からは、ジューネがただのかよわい女の子ではないということがひしひしと伝わってくる。

 

 それから俺達は黙々と階段を下り続けた。聞こえるのは互いの息づかいぐらいのものだ。間違っても穴に落ちないように、足元を明かりで照らしながら。……そしておおよそ十分ほど経った頃、

 

「…………どうやら着いたようね」

 

 ようやく階段が終わり、平らな床に到達する。そこは明らかに怪しい場所だった。わざわざ部屋の中央には台座のような物が設置され、そこにはあからさまに宝箱と思われる箱が置かれている。箱のサイズは目算で直径五十センチ位。なかなかに豪奢な作りをしていて、見るからに高そうだ。

 

「…………罠だな」

「罠ね」

「罠ですね」

 

 ほぼ間違いなく罠だろう。いくら何でもこれで罠じゃなかったら逆におかしい。……しかし妙だな。このダンジョンを造った奴にしては、ここまであからさまな罠を用意するというのはどこかイメージが合わない。

 

「エプリ。一応周りを調べてみてくれるか? 多分宝箱に近づくか開けようとするかで発動する罠だとは思うけどな」

「もうやってるわ。…………どうやら周りの壁に僅かな風の流れが有る。仕掛けがあるのはおそらくそこね」

 

 俺が言う前にもうエプリは周囲を探っていたらしい。流石行動が早い。エプリはそのまま探査を続行する。

 

「そうか。この状況でそうくれば、考えられる手はシンプルだな。モンスターの軍勢が壁から飛び出てくるか、対生物用の殺傷力のある罠か…………水攻めとかの手もあるな。どのみち()()()()()()()()()のが分かっていればやりようはあるか」

 

 俺は手元に貯金箱を呼び出して周りの査定を開始する。大半はただの壁と表示されるが、いくつかの場所に壁(罠有り)と反応がある。よしよし。ここだな。

 

「な、なんなんですかトキヒサさんそれは!? どこから出したんですか!?」

 

 そう言えばジューネに見せるのは初めてだったな。しかし今はあまり説明する時間がないので、あとで説明すると誤魔化しておく。…………よし、反応があったのは全部で五か所か。ここから何か出てくる可能性が高いな。反応の有った場所に簡単な印を付けておく。

 

「ジューネ。一つ聞くけど、そのリュックサックの中に網みたいなものは無いか? 出来れば頑丈で簡単に破れないのが五枚以上あるとありがたいんだけど」

「なんですか急に? …………まあ有りますけど。ただし売り物ですよ」

 

 こんな時にも金とるんかいっ! というツッコミを飲みこみ、俺は網五枚を購入する。ちなみに全部で千デンとかなり値が張る。トリックスパイダーという珍しい蜘蛛の出す糸で編まれた物らしく、高い柔軟性と丈夫さが売りだそうだ。いや、そこまで凄い物じゃなくても良かったんだけどな。

 

 俺はその網をそれぞれ壁の反応があった場所に設置する。壁に貼り付けるようにしているので、もしここから何か出てきても上手くいけば引っかかって進みが遅くなるはずだ。

 

「…………大体調べ終わったけど、壁にはもう仕掛らしきものは無さそうよ。あとはあの台座と宝箱だけど、そっちは準備は良い?」

「ああ。ちょっと待ってな。あとはこの網を仕掛け終われば…………よし。出来上がり。それじゃ残るはあの台座と箱だな。どれどれ」

 

 こんな時、あってよかった貯金箱ってね。俺は査定の光を台座と箱に当てる。台座の方は…………特に反応なし。これはあくまで装飾らしい。あと本命の宝箱の方だけど。

 

 宝箱(内容物有り。罠有り)

 査定額 六百デン+???

 内訳

 宝箱 六百デン

 ??? ???(買取不可)

 

 …………これはまた妙な感じの結果だな。宝箱に罠が有ると言うのは予想できたことだから驚かない。内容物が???なのは昨日の箱の例もあるから分かる。多分外から観測できない物は???になるんだろう。しかしそれにしては()()()()()()()()()なのはどういう事だ? 

 

「…………どう? 何か分かった?」

「それが、やっぱり宝箱に罠が有るみたいだ。罠の種類までは分からないけどな」

 

 しかしここは何かおかしい。宝の部屋に罠を仕掛けるのは道理だ。しかしそれにしたって、侵入者を倒して得られるエネルギーと、この罠及び宝を用意する手間暇が釣り合うのか不明だ。

 

 それにまずこのダンジョンのコンセプトと合わない。人を来させないための場所に、わざわざ人を集めるための宝の部屋を造るだろうか? どうにも造り手の意図がチグハグだ。…………おっと。また考え込みそうになった。エプリやジューネがどうしたのかというようにこちらを見ている。

 

「ゴメン。考え事をしてた。とりあえず罠の解除は難しそうなので、箱に触るか開けるかした瞬間罠が作動すると思う」

「ではどうするんですか? このまま宝を目の前にしてみすみす戻ると言うのはどうも……」

 

 ジューネは未練たらたらに言う。それはそうだろう。朝の青い鳥の羽に続いて二度目だもんな。商人としてはたまったもんじゃないだろう。だが、

 

「勘違いしないように。諦めるなんて言ってないぞ」

 

 そう。確かに俺は罠の解除などは出来ない。箱を開けたら中から何か飛び出してくるとか、周りの壁からモンスターの集団が襲い掛かってくる可能性は十分ある。ならば、

 

「箱に触ったら危ないって言うなら、()()()()持ち帰れば良いだけのことだ」

「そんなことどうやって…………いや、その手が有ったわね」

 

 エプリは気が付いたみたいだな。ジューネは訳が分からないのかきょとんとしている。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 唯一気にかかるのは、中身の部分だけが買取不可だったということ。つまり箱を換金した場合、中身だけが外に放り出されることになるのだろうか? それとも箱ごと消えてしまうけれど、その分の金は入らずじまいと言う事なのだろうか? …………考えていても仕方ないか。アシュさんの所に戻る時間も迫っているし、やるなら早い方が良さそうだ。

 

 

 

 

「ジューネ。あのな、実は秘密にしてほしいことが有るんだが」

 

 これからやることをざっと説明すると、案の定ジューネは訝しむような顔をする。それはそうだ。いきなりそんなことを言っても信じられないだろう。なので、実際に適当なものに『万物換金』の能力を使ってみせる。そうしたら、

 

「トキヒサさんっ! 私、貴方とお知り合いになれて良かったですっ!」

 

 まさに喜色満面とでもいうような輝かんばかりの笑顔をこちらに見せてくる。……笑顔は良いのだが、気のせいかまたもや目が金マークになっている気がする。デカい儲け話を見つけたとでもいうような顔だ。

 

 出来れば教えたくなかったのだけど、こうでもしないと罠に確実に引っかかるからな。情報には価値があるって豪語するような奴だから、そうそうあちこちに触れ回るようなことはしないと思うけれど…………しないよな?

 

「任せてください。トキヒサさんの秘密は誰にも話しませんとも。…………適性な価値を付けてくれる人が来るまでは」

 

 後ろのセリフはボソッと言ってたけど、聞こえてるぞ。……ここは宝を諦めて撤退した方が良かったかもしれん。大金を積まれたら誰かにポロッと話しそうな気がする。大丈夫かな?

 

「内密で頼むな。そういう訳だから、ジューネとエプリは階段のところまで下がっていてほしい。換金したら一目散に脱出するからな」

 

 直接触れなくても、何か他の罠が発動する可能性もあるからな。出来れば離れていてほしいのだけど。

 

「……いえ。私はアナタとジューネの中間に待機するわ。いざと言う時にどちらにも対処できるようにね」

 

 成程。道理だ。エプリはジューネの護衛も頼まれているからな。両方を護らないといけない。

 

「分かった。だけどいざとなったらジューネの方を優先して護ってくれよ。俺の方がまだ一人でも何とかなると思う」

「私からすればどちらもそこまでの差はないけどね」

 

 失礼な。知識ではともかく、流石に体力面ではジューネより俺の方が上だぞ。……さぁてと。それじゃあ早速取り掛かるとするか。出来れば罠が作動しない方が良いけど……この流れだと無理だろうなぁ。

 




 商人に能力がバレました! ……まあ出自とかはバレてないのでまだマシですが。


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第五十四話 走れっ! 駆け上がれっ!

 

 俺は貯金箱を構えながら、宝箱の乗っている台座にじりじりと近づいていく。一応近づくだけで罠が作動する可能性も考えて、一歩一歩ゆっくりと慎重にだ。そうして宝箱にギリギリ手の届く所まで近づいた時、

 

「…………んっ?」

 

 台座の周りだけ床の色が微妙に異なっている。よく見ないと気が付かないくらいの違いだし、普通は宝箱や台座の方に目がいって分からない。これはどういう事だ?

 

「…………待てよ。そういうことか。となると……エプリっ!」

「何?」

「多分床にも何か仕掛けがある。壁と床、両方に注意してくれ!」

 

 これはおそらくダンジョンのお約束である落とし穴だ。問題はどのタイミングで作動するか。

 

 上に乗ったら作動するタイプなら乗らなければ心配ない。実際あと一歩でも踏み込んだら乗ってしまうが、ここからでも十分換金は可能だ。又は宝箱に触れたり開けたりしたタイミングの場合。それも触らずに換金するので心配ない。最悪なのはもう一つの可能性。

 

 エプリは何も言わずにこくりと頷く。俺はそれを確認すると、再び宝箱に向き直る。これから宝箱を換金したとして、起こりうるパターンを何通りか頭の中で考え、一つ一つに対してどう動くかを考える。こういう先読みとかは“相棒”にはかなわないが、足りない分はダンジョンの知識と想像力でカバーしようじゃないの。

 

「これから三つ数えたら換金する。終わったらすぐ出口に向かって階段を駆け上がるからな。ジューネも全力で走れよっ!」

「分かってますとも!」

 

 微妙にジューネの声が震えているように聞こえたが、それは武者震いのほうだと信じたい。俺はもう一度宝箱に貯金箱の光を当て、あとは表示されたボタンを押すだけで換金できる用意をする。

 

「じゃあ行くぞ! ……三、二、一、換金っ!」

 

 俺は言葉と同時にボタンを押す。その瞬間、宝箱はフッと消え去った。さて、ここで最初の問題だ。宝箱は換金できたが中身の買取不可だった“何か”はどうなるのか? 答えは……()()()()()()()()()()()

 

「おっと!?」

 

 俺は空中に放り出されたその“何か”を咄嗟にキャッチする。……それは拳大のサイズの石だった。全体的に丸みを帯びてはいるが、所々デコボコしていてまんまるとはとても言い難い。色は反対側がうっすらと見えるくらいには透明度の高い青色だ。魔石にしてはデカいな。それに何というか少し違う気がする。うまくは言えないのだがこう…………質というか。

 

 ビー。ビー。ビー。

 

 俺が一瞬その石に見とれていた間に、事は一気に進行する。突如として部屋中に、耳障りな警報音が響き渡ったのだ。どうやら考えていた最後の可能性が的中したらしい。宝箱が()()()()()()()ことによって作動する場合だ。重量センサーでも付いていたんだろうか?

 

「……おわっと!?」

 

 突如として床が揺れだし、台座の周りから順にヒビが入り始めた。これは落とし穴と言うよりは…………マズイっ! 

 

「全員走れえぇっ!」

 

 俺はそう力の限り叫ぶと、石を素早く服のポケットにしまい込んで一目散に階段に向かって駆けだした。ややごつごつして痛いが、換金できないのでは仕方がない。その僅か一秒後、台座の部分()()の床にヒビが拡がり、次々と崩落を開始する。

 

 やっぱりかっ! 台座の周りだけ違う色だったことからこの可能性は考えていたが、まさかほんとにやるか普通!? これでは下手したら護るべき宝物だって落っこちるんだぞ!!

 

 そんなことを考えながらも、俺は先に走っていたエプリ、ジューネ達と一緒に階段を駆け上がる。チラリと後ろを振り向くと、どんどん床の崩落が進んで遂には階段も下から順に崩れ始めていた。それと同時に反応のあった五か所の壁がスライドし、中から何かが大量に飛び出してくる。アレは……。

 

「……っ!? 気を付けて。ボーンバットの群れよっ!」

 

 エプリが珍しく焦ったような声を出す。その名の通り全身骨だけの蝙蝠みたいなやつが、凄まじい勢いで部屋になだれ込んできた。

 

 大きさは羽(骨だけど)を広げておよそ十五センチ行くか行かないかというところ。あまり大きくもなく、大して怖そうでもないと思えるのは一匹だけならの話。同じような骨蝙蝠が何十と群れを成して襲い掛かってくるのはホラー映画さながらである。

 

 …………今更だが、俺の仕掛けた網はあんまり効いていないようだ。一応何体かは引っかかっているのだが、元々小柄な上に骨だから大半が身体を折りたたんで網の目を潜り抜けてしまうのだ。ちくしょうっ! スケルトン軍団でも出るかと思ったら骨違いだった。俺のなけなしの千デン返せっ!

 

「急げっ! もたもたしてると追いつかれるぞっ!」

「分かって、ますよ。はぁっ。はぁっ」

 

 俺達はひたすら上に向かって走る。しかし道のりは長く依然として出口は見えない。体力面では俺はまだまだ行けそうだし、エプリも少しは余裕がある。しかし問題はもう一人だ。

 

 ジューネも顔を真っ赤にして必死に走っているが、息も荒く今にも足が止まりそうだ。無理もないか。階段を下りる時だって疲れていたものな。

 

 順番もジューネが遅れだしたことで、先頭にエプリ、真ん中に俺、最後尾がジューネになっている。エプリもペースを落としてジューネに合わせようとするが、落としすぎると階段の崩落に追いつかれる可能性があるのでなかなかうまくいかない。

 

 そして、空中からは俺達のところまで追いついてきたボーンバット達が襲い掛かってくる。これは中々に嫌らしい罠だ。時間が経てば経つほど崩落は進み、もたもたしていたら崩落に巻き込まれる。かと言って走ることだけに集中しようにもボーンバットが行く手を阻む。向こうは飛んでるからいくら床が崩れても関係ないしな。

 

「このっ!」

 

 俺は飛びかかってきたボーンバット一体を貯金箱で叩き落す。ガシャっと音を立てて穴に落ちていくボーンバット。サイズも小さいし骨だけだから、一撃当てればそれだけで倒せる。しかしとにかく数が多い。一体倒したところでまだまだドンドン壁の開いた部分から飛び出してくる。目算だが、もうざっと百は出ているのではないだろうか?

 

「きゃあっ!?」

「ジューネっ!」

 

 悲鳴を聞いて後ろを振り向くと、どこから声を出しているのかキイキイと泣き声らしきものをあげながら、ボーンバット数体がジューネに襲い掛かっている。ジューネは手で振り払おうとするが、ひらりひらりと避けながら噛みつこうとするボーンバット達。助けに行こうにも、俺の方にも追いついてきたボーンバットが纏わりつく。このままでは……。そう思った時、

 

「風よ。巻き起これ。“強風(ハイウィンド)”」

 

 救いの声はすぐ近くから聞こえてきた。その瞬間、吹き抜けとなっているフロア中央に強烈な風が吹き荒れる。その風は今にも襲い掛かろうとしていたボーンバット達のバランスを崩し、次々と落下させていく。この風は……エプリの風魔法か。

 

「そこを動かないでっ!」

 

 エプリはジューネに半ば怒鳴りつけるように言う。ジューネは反射的に見をすくめ、一時的に動きが止まる。そこを狙って残ったボーンバットが襲い掛かるが、

 

「“風弾(ウィンドバレット)”」

 

 エプリの放つ圧縮された風の弾が、飛びかかろうとしたボーンバットを一体ずつ撃ち落としていく。そしてジューネの周りにいたボーンバットが全て撃退されると、エプリがジューネの近くに駆け寄っていく。

 

「……大丈夫? 怪我はない?」

「えっ。えぇ。大丈夫です。ありがとうございます。助かりました」

「礼は要らないわ。……仕事でやっているだけだから」

 

 ジューネがお礼を言うと、エプリはただ淡々とした態度で応える。しかしフードに隠れて表情が見えないが、どことなく嬉しそうな気がするのは気のせいだろうか? 意外に微笑ましい風景なのだが、

 

「それは良いんだけど…………こっちも何とかしてくれても良いんじゃないかい?」

 

 そう。こっちに纏わりついているボーンバットはまだ健在だったりする。加護のおかげか噛みつかれてもたいして痛くないのだが、こう何体もくっつかれていると動きづらいしたまったものではない。早く何とかしてくれよっ!

 

「…………いざとなったらジューネを優先して護れと言ったのはアナタではなかった?」

 

 うぐっ! 確かにそれを言われると弱い。一度言ったことを曲げる訳にもいかないしな。……えぇ~い仕方がない。やってやろうじゃないの!

 

「このっ! いい加減離れろっ!」

 

 俺は貯金箱を振り回し、纏わりついてくるボーンバット達を何とか振りほどく。振りほどいた順に倒していき、何とか全て撃退する。

 

 はぁはぁと息を整える俺に対して、エプリは一言「遅かったわね。“強風”でまだボーンバット達が混乱している今のうちに行くわよ」と告げて再び階段を上り始める。ジューネも一休みしたから元気になったのか、さっきよりも幾分軽やかにエプリに続く。

 

 ……おかしいな? いくら何でも軽やかすぎ……あれ!? よく見たらジューネの服が不自然に風ではためいている。そうか。エプリの風魔法で追い風を作っているな。これなら少しはスピードも上がるし、身体にかかる負担も軽くなるってってことか。

 

「なるほどなるほど……って! 感心してる場合じゃなかった。お~い! 俺を置いていくなっ!」

 

 一人納得している内に、階段の崩れる音がドンドン近づいてくる。ボーンバット達も体勢を立て直しつつあるようだ。急がないとな。俺も二人の後を追って再び走り始めた。しかし俺にもかけてくれないかねその風魔法。そうしたらもっと楽なのだが。

 




 トレジャーハント物って崩壊する遺跡からの脱出が結構お約束ですよね!


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第五十五話 避けられない戦い

 

 ペースの上がった俺達は、上りだというのに来る時と大して変わらない速度で進んでいた。やはり一番体力のないジューネが、俺達と同じくらいのペースになったのが大きい。

 

 しかし、延々とただ壁沿いに走り続けるのは思考力が低下するな。いつまで行っても変わらない景色。周りは薄暗く、明かりと言ったら各自で持っている松明やカンテラ。俺の周りに浮いている光球くらいのものだ。

 

 現在殿を務めている俺からは、前を走る二人の明かりがチラチラと見える。通路の幅は大人が三、四人並んだらつっかえるくらいのものでしかなく、中央の穴に気を付けながら進むのは地味に大変だ。

 

 ふと思ったのだけど、この部屋の仕掛けは侵入者を倒すためだけにしては効率が悪すぎる気がする。宝を護るためと、侵入者を逃がさないために罠が有るのはまだ分かる。しかし、それにしたって肝心の宝が失われるような事態になればマズいはずだ。

 

 それなのに、床や階段が徐々に崩落していくようなここの罠。まるで宝が外に持ち出されるぐらいなら、まとめて落ちてしまった方が良いと言わんばかりのやり口だ。

 

「エプリ。まだ俺達が入ってきた所は見えないか?」

「……まだ見えないわ。走った時間から考えると、着かないにしても半分はもう越しているはずだけど……」

 

 体力の消耗を抑えるために極力喋らないようにしていたが、これだけ走ったのだからそろそろ目安ぐらいはついたかもしれない。そう思って聞いてみたのだが、俺の言葉にエプリは疲れたような声で返す。

 

 それはそうだろう。エプリは階段を上りながら、ボーンバット軍団を足止めするための“強風”と、ジューネの身体を押すように別の風魔法も使用している。一つ使い続けるのも大変なのに、二つ同時に使っているのだからその疲労は想像に難くない。

 

「出来るなら少し休みを挟みたいところだけど…………無理だろうな」

 

 少しの間立ち止まって耳を澄ませてみると、かなり近くからキイキイという鳴き声が聞こえてくる。そろそろ“強風”を抜けてきたボーンバットが追いつきつつあるようだ。それにどこからかガラガラと石が崩れるような音も聞こえてくる。階段の崩落も順調に近づいているようだ。止まってはいられないか。俺はまた走り出す。

 

 こんな時、アシュさんの言っていたことが切実に感じられる。確かにダンジョンの中では休める時に休んでおかないとダメだ。俺達はここに入るまでに休息をろくに取らずに来た。そのため階段の途中でジューネは早々にへばりかけ、エプリも疲れが取れ切っていない状態で連戦をする羽目になった。

 

 さらにこういう出口の見えない行動は、長く続くと心身ともに辛い。せめて何か、もう少しで辿り着くという目印でもあれば…………。

 

『…………もう少しだよ。頑張って』

「うんっ!?」

 

 今、誰かに応援されたような気がした。あわてて首を左右に振るが、特に何かいるようには見えない。

 

「……見えたわっ! 出口よっ!」

 

 ハッとしてエプリの声で上を見上げると、小さく俺達が入ってきた所が見える。チラチラとそばに明かりらしきものも見えるから、アシュさんがそこで待っているのだろう。

 

 やったぞ。出口だ! まだそれなりに距離があるが、それでもハッキリと終わりが見えてきたことで気合が入る。心なしか、前を走るエプリとジューネの走りもより力強くなった気がする。

 

 ……それにしても、さっきのはエプリの声だったのだろうか? それにしては声の調子が違った気がしたけど……気のせいか?

 

「もう少しっ。もう少しで着きます」

「おうっ! もう少しだ。ガンバレっ!」

 

 いくら追い風で走りやすくなっているとはいえ、もうジューネは体力的には限界だ。それでも目的地が見えたことによって、何とか足を止めずに走り続けている。俺もその勢いを止めてなるものかと、後ろからジューネを鼓舞する。このままのペースで行けば、あと数分で辿り着くだろう。このまま何事も起こらなければ……。

 

「……止まってっ! 前方に何かいるわ」

 

 何事も起こらなければいいなんて思った直後にこれだよっ!! 前を走っていたエプリが鋭く叫んで構えを取る。さりげなくジューネを庇うように前に出ているのは流石だ。こちらも立ち止まって前方の様子を探ると、ぼんやりと何かが階段の途中に立ちふさがっているように見える。

 

「今度は何だ!? またボーンバットが先回りしてきたか?」

 

 もう少しで出られるって時に邪魔するんじゃないっての!! 俺は立ち止まっているエプリの横に歩み出る。どこのどいつか知らないが、早いところそこを退いてもら…………え~。

 

 そこに居たのは、通路の大半を埋め尽くさんばかりの大量のスケルトン軍団だった。自分達が動く僅かな隙間を残し、ほぼ等間隔で規則正しく整列している様子はある意味で美しくもある。しかし、それがスケルトン軍団でなければの話だが。骸骨が団体さんで整列しているのは普通に不気味である。

 

「どうあっても逃がさない気か。一体どこから湧いてきたんだコイツら?」

「あっ!? あれを見てください!」

 

 突如ジューネが先の通路の途中にある壁の一部を指さす。よく見ればそこにはボーンバット達が入ってきたのと同じく穴が開いており、そこからスケルトンが次々と入ってきているのだ。……しまった。来る時には暗さと下りることに集中していたため分からなかったが、あそこの壁にも仕掛けがあったのか! 

 

 どうやらスケルトン達に上に登っていくような動きはないが、明らかにこちらが上に行けないように道を塞いでいる。たらればになるが、こちらに網を設置しておけば良かった。そうすれば網も無駄にならずに済んだのに。

 

「先に進むには……やるしかないってことか」

「……そのようね」

 

 俺は片手で貯金箱を構え直し、もう片方の手でポケットの中の硬貨を握りしめる。エプリもジューネにかけていた風魔法を解いて、いつでもスケルトンに攻撃を放てるように油断なくスケルトン達を見据えている。

 

 ジューネはエプリの後ろに隠れているが、リュックサックをおろして何かゴソゴソとしている。何かこの事態を打破できるアイテムでもあれば良いんだけど、「あれでもない。これでもない」なんて不安な言葉を言っているからあまり期待は出来そうにない。

 

「……来るわ!」

 

 遂にスケルトン達が整列しながら階段を下りてきた。手に手にそれぞれボロボロの剣や斧、槍や弓を持ち、一糸乱れぬ正確さでこちらに向かってくる。そして正確だからこそ、その動きには一切の感情が感じられなかった。

 

 凶魔のように凄まじい殺気を持って襲い掛かるのでもなく、ただひたすら淡々と動く機械に近い。……これは試さなくても分かる。コイツらには話し合いはおそらく通用しない。そして階段の大半を占めているから避けて通ることも出来ない。……戦うしかない。

 

「私はジューネを護りながら“竜巻”の溜めをするから、それまでなるべくアナタは時間を稼いで」

 

 仕方ないか。確かにあれだけの数をまともに一体ずつ相手にしていたらキリがない。そしてぐずぐずしていたら下から床の崩落が追いついてしまう。それなら一発デカいのを食らわせて、道をこじ開けて突破した方が良い。

 

「一応言っておくけど…………死なないでよ。アナタも護衛対象なのだから」

「気遣いありがとよ。……行くぞっ!」

 

 俺は貯金箱を盾のようにかざしながら、目の前のスケルトン軍団に突撃を敢行した。

 




 最近時間を稼いでばっかりな時久。なかなか金を稼げない。

 かわいそうに思う方は感想にて応援を宜しく!


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第五十六話 無双(に見える耐久戦)

 

「でやああぁっ!」

 

 俺は貯金箱を片手に突撃した……のだが、当然このままでは迎撃されるのは目に見えている。いくら一体一体はそこまで強くなくとも、何十体もいるところに無策で飛び込んだらやられるのは火を見るより明らかだ。なので、まずは陣形を崩す。

 

「これでも……喰らえっ!」

 

 俺は手に握った銀貨をスケルトン達に向けて投げつけた。正確には直線的に投げつけるのではなく、スケルトン達の頭上に来るように放り上げる。そしてなるべくスケルトン達の中央に来るタイミングを見計らい、

 

「金よ、弾けろっ!」

 

 その声と同時に銀貨が光ったかと思うと、多くのスケルトン達を巻き込んで炸裂する。味方同士で密集しているから避けることが出来なかったのだ。

 

 閃光と共に爆炎と爆風が巻き起こり、周囲一帯は煙に包まれる。下手をすれば階段ごと巻き込む危険な手だが、衝撃の大半はスケルトンが壁になるから何とかなるだろう。銀貨一枚は正直割に合わないが、これで少しでも全体の陣形を崩せれば儲けものだ。そう思ってやった手だが、

 

「…………なんか前よりも威力が上がってないか?」

 

 予想よりも爆発の規模が大きい。直撃してダメージを受けたのは四、五体。流石銀貨と言うべきか、その四、五体は皆上半身に甚大なダメージを受けている。

 

 頭蓋骨が砕け散ったもの。肩の関節が吹き飛んだもの。一番ダメージがデカいのは、上半身が丸々大破したものだろう。これはもう一度同じことをしたら本当に階段が保たないかもしれん。

 

 ゴリラ凶魔に使った時は本人の皮膚の強度もあってか、腕の肉を数センチ抉るだけのものだったからそこまでの威力ではないと考えていた。しかしこの惨状を見ると、思っていたよりも威力がエグイ。こんなもの普通の人にやったらスプラッターなことになってしまう。

 

 幸いと言うかスケルトン達は骨だけなので、血も流れなければ肉片が飛び散るようなこともない。だがなんとなく、戦う相手だというのにすまない気になってくるのだから不思議だ。

 

「なんかゴメン。しかし、こっちも加減が出来るほど強くはないからな。やられたくない奴は道を開けろよっ!」

 

 さっきの爆発により、直接受けてはいないスケルトンでも爆風で大半が体制を崩している。武器を持つ手がショックで外れたり、足の骨が外れて膝をついているものもいる。今しか懐に入る機会はない。

 

 俺はそう叫びながらスケルトン達の中に飛び込んだ。一応降伏勧告をしたんだが、当然のことながらどのスケルトンも道を開けようとはせずに武器を構え直そうとする。そうかい。ならば、こっちも暴れるだけだ。

 

 俺はスケルトン達の中で貯金箱を振り回した。狭いところだが、そこは力を入れて強引に振りぬく。当たる端から砕けていくスケルトン達。やはり骨だけの身体だから相当脆いようだ。カルシウム不足かもな。しかしスケルトンは胸部の奥辺りにあるダンジョン用核を何とかしない限り、頭部が取れようが関節が外れようが動き続ける。

 

 目的はエプリの“竜巻”が出せるまでの時間稼ぎだが、守勢に回っていたら押し切られる可能性がある。ただでさえ相手の数が多いのに、まだまだ続々と壁から出てきているからな。おまけに相手にも弓を持った奴が居る。持久戦は悪手だ。ならば、こっちから攻め込んでとにかく数を減らすしかない。

 

 

 

 

「うるああぁっ!」

 

 剣を振り下ろそうとしてきた奴に、下から貯金箱を振り上げて腕ごと剣を弾き飛ばす。そのままの勢いで貯金箱を投げつけ、奥から弓矢でエプリ達を狙っていた個体の胸部に叩きつける。

 

 俺の武器が無くなったとばかりに左右からそれぞれ槍で突いてくるのを、片方に銅貨を投げつけて撃退。もう片方の攻撃を、再び貯金箱を手元に出現させ、受け止めてそのまま弾く。槍の手入れはイマイチだったようで、それだけでぽっきりと折れてしまう。

 

 武器のなくなったスケルトンに、お返しとばかりに蹴りを入れて通路から放り出した。そのまま穴に落ちていくスケルトンを見届けもせず、俺は次のスケルトンとの戦いに臨む。

 

 この部分だけ抜き出すとどこの無双系の主人公だと思うかもしれないが、実際はそこまで無双しているわけでもない。

 

 元々スケルトン達の動きは鼠凶魔などに比べれば大分遅いし、どこかカクカクしているから次の動きが読みやすい。それでも何回かは躱し損ねて身体のあちこちに傷が出来ているし、自分が穴から落ちそうになってヒヤッとしたのも一度や二度ではない。

 

 戦っていて改めて分かったのだが、俺の頑丈さは結構な物だったりする。一度途中で脇腹に斧の一撃を受けた時はもうだめだと思った。しかし、痛いは痛いのだが大した傷にはならなかったのだ。

 

 勿論斧自体が手入れが悪かったというのもある。刃こぼれもあって切れ味は相当悪かったようだしな。だが考えてみれば、これまで牢屋で床に顔面ダイブしたり、額に“風弾”を何発も受けても平気だったことを思えばこれくらいは大丈夫なのかもしれない。

 

「ま、まだまだぁ。かかって、こいやぁ」

 

 しかしいくら何でも体力が無限というわけじゃない。俺ははぁはぁと肩で息をしながら周りのスケルトン達を睨みつける。もうスケルトンを何体倒したか分からない。しかしコイツらは尽きることなく湧いてくる。

 

 元々俺は戦い方なんてろくに知らないのだ。だが何とか戦えているのは俺の加護と、以前イザスタさんの戦い方を見ていたのが大きいのだろう。

 

 あの人の戦い方には無駄がなかった。つまりはそれだけ体力を消費しない戦い方だ。途中でそのことを思い出し、なるべく無駄な動きを抑えるよう努める。

 

 だが、そういう戦い方もあくまで見様見真似。少しずつだが確実に体力は削られていった。もう身体のあちこちがギシギシと鳴り、まるで数十キロの重りでも付けているかのように重い。だが、

 

「エプリの準備が出来るまで、ここを、通さないぞ」

 

 それでも俺は戦うのを止める訳にはいかない。まだ時間稼ぎが終わっていないのだ。…………なんだか牢屋での一件と言いここと言い、時間稼ぎばっかりしているな。次は金を稼ぎたいね。そんなことを考えるくらいにはまだ余裕があるかもしれないが、そろそろキツくなってきた。頼むから早くしてくれエプリ。

 

「……準備できたわっ!! そこから離れてっ!!」

 

 その言葉を待ってたぜ。俺は身体中の力を振り絞ってスケルトン達に銅貨を散弾のようにばらまき、半ば転がり落ちるようにエプリ達の所に戻る。

 

「……待たせたわね。疲れた?」

「なに。もう二、三十分くらい余裕だったさ」

 

 俺はヨレヨレの状態ながらもニヤッと笑ってみせた。こういう時でも男は見栄を張らなければならないのだ。エプリはそんな俺を見て、フッと呆れたように笑う。その彼女の周囲には、風が俺達を護るように渦を巻いて吹き荒れている。以前見た“竜巻”の時よりもさらに凄そうだ。

 

「……ジューネ。これから突破口を切り拓くわ。かなり反動があると思うから、しっかり私に掴まっていて」

「わ、分かりました」

 

 ジューネはガシッとエプリの腰のあたりに手を回す。と言ってもどちらもかなり小柄な方なので、こんな状況でなければ何故かほっこりする見た目である。

 

「ついでに俺も」

「アナタは自力で踏ん張りなさい」

 

 即答である。いつも……と少し間をおいて話すエプリがノータイムでバッサリである。あと微妙に視線が冷たい。やだなぁ。冗談だって。だから、ジューネもそんなジト~っとした視線を向けないように。……ほらっ! スケルトン達が手に手に武器を構えてまたやってきたぜ。だから早いとこ何とかして!

 

「……それじゃあ行くわ」

 

 その言葉と共に、周りに吹き荒れる風が一段と強くなり、目に見える小型の竜巻が二つエプリの前に出現する。二つ? 牢屋で戦った時は三つ出していたと思うが、魔力の温存かね?

 

 そう思った時、なんと小型の竜巻が二つぶつかったかと思うと一つに重なった。その分勢いを増し、もはや俺自身踏ん張るのがだんだんきつくなってきている。スケルトン達の中にもこの余波だけで穴に飛ばされ始める個体が現れる。これはヤバいぞ!

 

「…………風よ。今一つの槍となり、我が敵を薙ぎ払え」

 

 エプリはそこで両手を前に突き出し、それに合わせるように一つとなった竜巻も前方に向けてやや角度を変える。まるで巨大な風の槍のように。……待てよ? さっきの俺の銭投げ(銀貨)で大分階段にもガタが来ていたよな。そこにこんな凄そうな風魔法が決まったら……。

 

 そして、エプリはその言葉を紡ぐ。

 

「……吹き抜けろ。“大竜巻(ハイトルネード)”」

 

 次の瞬間、巨大な風の槍がスケルトン達ごとこの階層を貫いた。

 




 時久は武術等に関しては素人に毛が生えた程度のものですが、加護で上がった身体能力でむりやりイザスタさんの動きを真似しています。


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第五十七話 落下

 吹き荒れる暴風。そして響き渡る轟音。あまりの暴風に、俺は両腕で顔を庇いながら前傾姿勢になって踏ん張る。まさかここまで凄いとは、もしこれを牢獄での戦いで使われていたらエライことになっていたぞ。

 

 “大竜巻”は触れるスケルトン達をことごとくバラバラに吹き飛ばしながら階段を吹き荒れ、そのままの勢いで階段沿いに上部へ突き進んでいく。だが、

 

「マズイっ! 崩れるぞ!」

 

 予想通りと言うか何というか、“大竜巻”の威力に階段や壁が耐えきれず、全体的に少しずつだがボロボロと崩壊が始まった。俺達がいる通路にも小石サイズの破片が落ちてくる。邪魔なスケルトンは一掃できたがこれでは……。

 

「エプリがあんな物凄い技を使うからだぞ! いくら何でも階段まで壊すのはやりすぎだ。これじゃあこっちも通れない!」

「……問題ないわ。ジューネはしっかり掴まっていて…………飛ぶわよ!」

 

 飛ぶ? 飛ぶって一体? 一瞬理解に苦しんでいると、エプリはなんとジューネと一緒に階段から穴に向かってジャンプした。わぁバカ!? 何やってんだ!? 俺は慌てて通路の淵に駆け寄る。すると、

 

「“強風”」

 

 その言葉と共に、落下するエプリとジューネの周りに風が巻き起こり、そのまま空中に浮いたのだ。それだけでなく、ボロボロと崩れ落ちてくる階段の破片が彼女たちに当たる直前で軌道が逸れていく。どうやら風で直撃を避けているようだ。

 

「このままジューネを連れて出口まで最短距離で上がるわ」

「何だよ! 飛べるなら最初から言えよ! 焦って損した。それに最初から飛んでいけばこんなに苦労しなくても良かったのに」

 

 俺は文句を言う。一瞬本気で焦ったんだからな! 

 

「……飛べると言っても長時間は無理だし、護衛()だけ先に行くわけにもいかないわ。それにどのみちスケルトンがあれだけいたら妨害されるのは目に見えていたから、まずは数を減らさないといけなかったの」

 

 エプリは淡々と説明する。理由は分かったけど、次からは先に言っておいてほしい。心臓に悪い。

 

「……エプリさん」

 

 ジューネが掴まったままの状態で呼びかける。両手でがっしりと掴まっているので今は大丈夫そうだが、あまり長くはもちそうにない。よく見たら腕がプルプルしている。

 

「分かってる。……それじゃあ私達は先に行くから、アナタは自力で追ってきて」

「自力でって、一緒に連れて行ってくれないのか? こんな瓦礫が降ってくる中を一人で行けっての?」

 

 さっきから微妙に小さい瓦礫が頭にコンコンと当たっているのだ。今はまだ小さい破片程度だが、もっとデカいのが降ってきたらかなり危ない。

 

「……一度に飛べるのは二人が限度よ。それ以上になると不安定になるし、風による落下物避けもうまく働かなくなるわ。それでも良い?」

 

 そこでちょっと想像してみる。俺が一緒に掴まって出口まで行こうとすると…………うん。降ってきた瓦礫に頭をぶつけて落っこちる様子が簡単に浮かんでくる。それに俺だけならまだたんこぶが出来るだけで済むかもしれないが、エプリやジューネに当たったらたんこぶではすみそうにない。

 

「仕方ないか。それじゃあ先にジューネを頼む。俺は何とかついていくから」

「分かったわ。……ジューネを送ったらすぐ戻るから、それまで頑張って」

 

 そう言うとエプリはジューネを連れて、ふわりと吹き抜けになっている部分を昇っていった。最短距離だし結構速度もあるので、これなら一、二分くらいで出口に到着しそうだ。……よし。あとは俺だけだな。俺は瓦礫の降り注ぐ階段を、崩落しないように慎重に走っていった。

 

 

 

 

「はぁ。はぁ」

 

 俺は一人階段を駆け上がる。エプリの大竜巻から僅かに生き残ったスケルトン達は、降りかかる瓦礫を避けることが出来ずにさらにその数を減らしていた。スケルトン達が出てきていた壁の穴も、瓦礫で塞がれていたので増援の心配はない。

 

 床が瓦礫でデコボコしているためまともに動けるものが少なく、俺を攻撃する余裕のなさそうな奴はそのまま放置して先へ進む。いちいち戦っていたら崩落に巻き込まれかねないからな。

 

「とりゃあっ」

 

 それでも立ちふさがってきた一体に貯金箱を叩きつける。武器を持つ腕を破壊し、倒したかどうかなんて確認もせず、そのまま横をすり抜けて先へ進む。今は時間が惜しいんだってば。襲ってくんな! 俺は目の前に落ちてきたやや大きめの瓦礫を避けながら心の中で呟く。

 

 走りながら時折出口の位置を確認する。瓦礫やスケルトンの妨害のせいで進みは遅いがもう少しだ。あと階段を壁沿いに三周くらいすれば辿り着く。……ほら見えてきた。遠目だが人影が出口にいるのが見える。おっ! エプリも空中を飛んでこちらに向かってくるな。

 

「………………よ!!」

 

 一人だからか、ジューネを連れていた時よりも凄い速さでこちらに向かってくる。そんなに急がなくてももうすぐ到着するってのに。何か叫んでいるようだけど…………何だろうな?

 

「…………急いでっ! 後ろよっ!!」

 

 ようやく聞き取れる距離まで来た時、エプリの緊迫した声が響いた。後ろ? 後ろって…………。俺はハッとして走りながら後ろを振り返る。すると、

 

「キイキイ。キイキイ。キイキイキイキイ……」

「なっ!?」

 

 おびただしい数のボーンバットの群れが、降り注ぐ瓦礫もものともせずにこちらに向かっていたのだ。

 

「“風刃(ウィンドカッター)”」

 

 エプリがこちらに向かいながら風の刃を放つ。だが、それによって数体が切り裂かれ、他にも瓦礫によってそれなりの数が墜落していくのにも関わらず、その集団の勢いはまるで弱まることが無い。

 

「う、うおおおおおっ!」

 

 もう少しだというのに、あんなのと戦っていられるかい! 俺は力を振り絞って階段を駆け上がっていく。しかしどうしても空中と言う最短距離を向かってくるボーンバット達の方が速い。あと出口まで一回り半というところで、俺は遂に追いつかれてしまった。

 

「このっ! 離れろっての!」

 

 体中にこの骨蝙蝠たちが纏わりつき、俺の身体に牙を突き立てようとする。必死に振り払おうとするが、はらってもはらっても襲ってきてキリがない。そして、

 

「離れ…………えっ!?」

 

 急に身体に浮遊感がやってきた。それがボーンバット達に気を取られている内に、()()()()()()()()()()()()ためだと気付いた時には、俺の身体は完全にバランスを崩していた。

 

「う、うわああああぁっ!?」

 

 俺は必死に手を伸ばして何かに掴まろうとするが、全身にボーンバット達が纏わりついていてまともに動かすことが出来ない。そのまま落ちればコイツらもただでは済まないというのに、そんなことはお構いなしにしがみついてくる。おまけにそこはもはや空中だ。掴むものなど何もない。

 

 一番下の床まではどれだけの距離が有るか。元々それなりに距離があったことに加え、今は床が崩落したことによってさらにその下まで続いている。このまま落ちたらいくら何でも助かるとは思えない。このボーンバット達をクッション代わりにするという事も考えたが、骨しかないのでクッションには向かない気がする。固そうだ。

 

 どうする? どうするどうする? 穴に向かって落ちていく中、頭の中がグルグルして考えがまとまらない。マズイ。自分でも軽いパニックを起こしかけているのが分かる。いったいどうしたら……。

 

「………………諦めないでっ!」

「……!?」

 

 ふと上を見ると、エプリがほとんど落ちているのではないかというスピード。いや。すでに自由落下中の俺に追いついてくるのだからそれよりも速くこちらに向かってきていた。さっきジューネにも使っていた風属性の応用らしい。

 

「“風弾”」

 

 エプリは落下しながらも的確に、俺に纏わりついているボーンバット達を撃ち落としていく。そして右腕の部分のボーンバットを全て撃ち落とすと、

 

「手を伸ばしてっ!」

 

 自身もこちらに向かって手を伸ばしながら叫ぶ。俺も自由になった右腕を必死になってエプリの方に伸ばす。互いの距離は残り約三メートルほど。エプリも風を操って少しずつ近づいているのだが、なかなか最後の差が詰められない。

 

「……っ! エプリっ! 危ないっ!」

「……なっ!?」

 

 俺に纏わりついていた奴らだけではなかったのだろう。落ちていく途中に、何体ものボーンバットが今度はエプリに襲い掛かる。エプリは迫りくる相手を次々と仕留めていくが、内一体がエプリの攻撃をギリギリ回避して顔面を掠めていった。

 

 被っていたフードが取れ、露わになった素顔には額から一筋の血が流れている。今の一撃で額を切ったらしい。エプリはそんな自分の傷を、まるで意にも介さずにこちらに突き進んでくる。だが、今の妨害で俺との距離が開いてしまった。もう大分下まで落ちている。まもなく宝箱が有った場所に到達するだろう。時間がない。

 

「……くっ! 加速が足らないわね」

 

 だが、エプリは悔しそうに言いながらもまだ諦めていない。それどころか、さらに速度を上げて俺に追いつこうとしている。……そうだよな。まだ諦めるには早いよな。何か方法が有るはずだ。俺は頭をフル回転させてどうすれば良いか考える。すると、

 

「…………あれは!?」

 

 落下する俺の目に、思わぬものが飛び込んできた。

 




 書いているうちに、これって普通男女の立ち位置逆じゃない? って思ってしまいました。……しょうがないじゃないか時久だもの。


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第五十八話 その手を掴み取ったのは

 俺が落下する先。まるで底の見えない深い穴…………の手前に絶妙な形で引っかかっている網。あれは!? 俺がスケルトンを足止めしようと思って設置しておいた網!? 壁や階段の崩落により、固定していた一部が外れて、うまい具合に部屋に残った台座の一部に引っかかったらしい。

 

 それはトリックスパイダーの糸を加工した物だけに、この状況ではまさに一筋の蜘蛛の糸のように感じられた。

 

「あれだっ! あの網を救助ネット代わりにして引っかかろう!」

「……成程妙案ね。これだけの速度にただ引っかかっているだけの網が耐えられればだけど」

 

 名案に思えた申し出を、エプリはバッサリと切り捨てる。……冷静に考えればそうだ。いくらネットが有っても、このスピードではおそらく外れてそのまま落ちる。……ならスピードを落とせば良いんだ。

 

「エプリっ! 合図をしたら俺の落ちる速度を遅くできるか?」

「……可能だけど、その場合はこちらも速度が落ちるから追いつけないわよ」

「それでも良いっ! 足りない分はこっちで何とかするからな。俺を遅くしたら、エプリはそのまま急上昇だ。()()()()()()()()()()()

 

 俺が何を言っているのか分からないって顔だな。意図したわけじゃないが、さっき相談もせずにいきなり飛んだ事への意趣返しになった。しかし今は迷っている時間はないと判断したのか、エプリはそのまま表情を引き締めてこくりと頷く。

 

 穴までの距離はあと僅か。もう十秒くらいで網の部分に到達する。やるなら今しかない。

 

「じゃあカウント三で行くぞ。…………三、二、一、今だっ!」

「“強風”」

 

 合図と同時に、俺は下から突きあげられるような感覚を覚えた。エプリが自分を飛ばしている風魔法の一部を、俺を下から押し上げるのに使っているのだ。だがエプリ自身が言っていたように、自身の加速に使っていた分をこちらに回したので向こうの速度も落ち、結果的には互いの距離はあまり変わっていない。

 

 そしてすぐにエプリは自分に掛けた風のベクトルを変更し、降下ではなく上昇し始める。……よし。次はこっちの番だ。俺は何とか自由に動く右腕をポケットに突っ込んで、ありったけの硬貨を掴みだす。

 

「頼むぜ。上手くいってくれよ…………どおりゃあぁ」

 

 俺はその体勢から穴の中に向けて、その硬貨を投げつける。元々加速していた俺から放たれた硬貨は、凄い速さでグングンと落下して網に迫る。そして、()()()()()()()()()さらに落下していく。さっきボーンバットが何とか通れたぐらいの網の目だ。通らなきゃおかしいか。

 

 そして遂に俺は網の部分に到達する。しかしその直前、俺は穴の先にいる“何か”を感じて背筋がゾワリとした。

 

 ハッキリと見えたわけではないし、あくまで直感でしかないのだが、この先はとてもヤバい。この先にいるのは、さっき戦ったスケルトンなんかとは明らかに格が違う“何か”だ。底まで落ちたら仮に落下の衝撃を耐えきったとしてもまず勝てそうにない。

 

 網に体がぶつかり、その衝撃で網が大きくたわむ。流石丈夫さと柔軟性が売りだとジューネが言っていただけのことはあり、俺の身体がこの勢いでほぼ完全に沈み込んでも千切れない。

 

 しかし、偶然引っかかっていただけの網なので、許容しきれない重量がかかればこのまま外れてしまう。外れたら今度こそ下へ真っ逆さまだ。

 

「なら……落ちなきゃ良いだけだっ! 金よ、弾けろっ!!」

 

 俺は網が限界を迎えて外れる直前、先に落下している金を炸裂させた。とっさに取り出した硬貨。銅貨銀貨合わせて十枚ほどが一斉に真下の空間で起爆する。

 

 ……爆発による光で穴の奥に一瞬チラリと見えたのだが、何やら重厚な鎧に身を固めたスケルトンや、法衣のような物を身に着けたスケルトン。極めつけは、見るからにサイズが他の奴の倍以上ある巨大スケルトン等が軍勢を成していた。…………絶対落ちたくないぞあんなとこっ!

 

 しかし爆発による爆風は、俺をそんな恐ろしい結末から遠ざけた。網が外れる直前。限界まで網がたわんだ瞬間に、下からの爆風が俺の身体を押し上げる。とっさに貯金箱をかざしていたため顔の部分は無事だが、それ以外に強い熱波が襲い掛かる。

 

「あちちちちっ!!」

 

 熱いっ! 念の為エプリを先に上昇させておいて正解だった。多少身体が頑丈になっていてもやっぱり熱い。だが……この勢いなら行ける。爆風が網が元に戻ろうとする力と合わさることで、俺の身体はまるでロケットのような勢いで上空に跳ね上げられた。

 

 身体に強烈なGがかかるのを感じながらも、俺はこのまま落ちるはずだった穴の底を覗く。今の爆発にスケルトン達の一部が巻き込まれているように見えるが…………見なかったことにしよう。

 

『…………がとう。助……たよ』

 

 またもやどこからか声が聞こえた気がしたが、今はそれに構っている暇はない。体中に纏わりついていたボーンバット達は今の爆風であらかた振りほどくことが出来たようだ。俺の身体はグングンと上昇していく。しかし、その速度がほんの僅かに落ち始めたことで俺はあることに気がついた。

 

「マズイ。……この後どうするか考えてなかった」

 

 そう。考えてみれば今の俺の状態は人間を大砲で打ち出したようなものだ。打ちあがったのは良いのだが、打ちあがったものは放っておけばまた落ちるのが道理。少しずつ少しずつ勢いが弱まっていく。

 

「こんなところで落ちてたまるかっ! これでどうだっ!」

 

 俺はポケットの硬貨を次々に落として起爆させる。さきほどの要領で推進力がわりにしようと思ったのだが、それでも速度が遅くなるのが少しゆっくりになっただけ。遂にポケットの中の硬貨を全て使い切ってしまう。貯金箱から金を取り出して続けたとしても、このままでは直に完全に止まってしまうだろう。

 

 ……諦めるものか。俺は出口に向かって手を伸ばす。こっちはやることがまだまだあるんだ。一年以内に一千万デンを稼いで帰らないといけないし、イザスタさんにも借りた金を返さないといけない。交易都市群に行って物騒な呪いを解いてもらわないといけないし、事が終わったら青い鳥の羽をジューネに渡すのも忘れちゃいけない。それに、

 

「それに…………エプリと約束したんだ。俺が無事に脱出したら自分のことについて話すって。……アイツに()()()()()()()わけにはいかないだろうがっ!!」

 

 

 

 

 しかしその叫びもむなしく、完全に推進力はなくなり、瞬間的に身体は無重力状態になる。誰に向かってでもなく伸ばした手は無情にも空を切り、再び暗い穴の底へのダイブが始まる。

 

 

 

 

「……当然ね。雇い主を守り切れないのはただの二流だもの」

 

 ……はずだった。エプリが戻ってきて俺の手を掴み取らなければ。

 

 よほど急いできたのだろう。その手は軽い汗をかいていて、呼吸も僅かに荒い。さっきの額の傷もまだそのままで、血が形の良い鼻梁を伝っているが、それも拭わずに俺の手を片手でがっしりと掴んでいる。

 

「……まさかこんなバカなやり方をするとは思っていなかったけど、念の為にすぐ戻ってきて正解だったわ。……何で私に先に行くよう指示したの? まさか私を巻き添えにしないためなんて言わないわよね?」

 

 エプリの目が怖い。フードが取れて顔が露わになったのは良いのだが、すこぶる綺麗系の美少女が怒りを込めながらこちらをにらんでくるのは心臓に悪い。冷や汗がさっきから止まらない。

 

 さっきまでひっきりなしに飛び回っていたボーンバット達も、こんな時に限ってほとんど飛んでこない。そしてそれでも飛んできたモノは、ことごとくエプリの“風刃”で切り裂かれていく。……穴の中にいた奴らと今のエプリはどちらが怖いだろうか? 俺的にはこっちな気がする。

 

「いや、そのぉ…………実はその通りで」

「“風弾”」

「痛っ!」

 

 エプリは俺の額にまたもや風弾をぶつけてきた。前喰らったやつに比べれば心なしか痛くないように感じるが、それでもやっぱり痛いもんは痛い。……あと“風弾”を使ったことによって、一瞬だけ身体を受かせている“強風”が弱まって身体がガクッとなった。そこまでしてぶつけるほど怒っているらしい。

 

「…………護衛対象が護衛のことを気にかけてどうするんだっ! まず自分の身を護ることを考えろっ! 今のやり方も、あんな一か八かな方法を取らなくても私が最初から近くにいれば風属性で補助が出来た! それに成功したから良かったものの、一つ間違えばそのまま墜落していたんだぞ。分かっているのかっ!」

 

 喋っている内に興奮してきたのか、またもや口調が変わっている。時々荒っぽい口調になるのは何故だろうか? ついつい現実逃避でそんなことを考えると、それを目ざとく見つけたエプリに追加で説教をされる。俺は片手でぶら下がった状態でぺこぺこ謝り倒し、どうにかこうにか許してもらった。

 

「…………ふう。じゃあそろそろ上に上がって合流するわよ。この態勢を維持するのも大変だから」

「……じゃあわざわざこんなところで説教しなくても良かったんじゃ」

「何か言った?」

 

 再びエプリの目が鋭くなりそうだったので、俺は何も言わずにぶんぶんと首を横に振った。

 

「そう…………じゃあ行くわよ」

 

 エプリはそのまま“強風”を再び上に向けて吹かせ、俺達の身体を出口に向けて持ち上げていく。降ってくる瓦礫は風であらぬ方向に流され、スケルトン達ももう残った階段がほとんどないので大半が落下していく。ボーンバットもすでにあらかた撃ち落とされ、俺達は悠々と出口に向かって上がっていく。

 

「…………約束は守るわ」

 

 上に向かう途中、エプリは上を向きながらポツリとそう呟いた。……もしかしてさっきの聞いてたか? 半ば勢い任せで言ったことなので、聞かれていたとなるとちょっと恥ずかしい。

 

 俺は赤くなった顔を見えないように隠していたのだが、それはエプリには関係がなさそうだった。何故なら、エプリもまた何かを考えながら、ずっと顔を上の方に向けていたのだから。

 




 ちなみに下に落ちていたら、さっきまでとは格の違うスケルトン軍団と第二ラウンドが始まる所でした。モンスターハウスみたいなものですね。


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第五十九話 混血

 

「……見えてきたわ」

 

 エプリのその声を聞いて、俺は顔を上に向ける。そろそろ赤くなった顔も落ち着いただろう。降りかかる瓦礫の中、俺達が入ってきた場所が見えてくる。入口でジューネが心配そうにこちらを見ている。アシュさんは見えないが、外からの相手を警戒しているのだろう。

 

 それを確認すると、エプリは上昇しながらフードを被りなおす。やはり素顔は見せたくないらしい。綺麗だから堂々としていれば良いと思うのだけどな。

 

「……一気に行くわよっ!」

「えっ!? どわああぁっ!?」

 

 そこでグンッと速度が上がり、俺は一瞬舌を噛みそうになる。というか繋がっているのが手だけなので、もう俺の身体が揺れる揺れる。

 

 せめて足にでも掴まろうかと思ったが、美少女の足に掴まる男という構図は見た目が非常によろしくないので必死に耐える。エプリが聞いたら何をバカなことをって言われるかもしれないが、一応男には意地と見栄があるのだ。

 

 どんどん近づいてくる出口。底まで行くのは時間がかかったが帰りは早い。そして、

 

「つ、着いた~」

 

 出口に飛び込むように入り、俺は投げ出すように降ろされる。着地のショックでゴロゴロと転がり、そのまま床に大の字になってそう呟いた。

 

 俺達が入るのとほぼ同時に、入口の部分がスライドして元の壁に戻る。腕にツンツンと触られる感覚が有るので見てみると、そこにはヌーボ(触手)が居た。ヌーボ(触手)が取っ手を引っ張るのを止めたので、壁が元に戻ったようだ。その近くにバルガスが横になっているのが見える。

 

「ふぅ~」

 

 …………いかん。辿り着いたと思ったら一気にどっと疲れが。肉体的には多分まだ行けると思うのだが、これはどっちかというと精神的な疲れだな。何せまさにダンジョンと言うべき罠と戦いの連続だったから。

 

「おいっ! エプリも大丈夫か? …………エプリ?」

 

 ここまで飛んできたエプリもさぞ疲れているだろう。ジューネの分も含めれば二往復だからな。俺はエプリに声をかける。しかし反応がない。不思議に思って顔だけ動かして投げ出された方を見る。すると……。

 

「っ!? エプリっ!!」

「エプリさんっ!」

 

 エプリは突如フラッと体勢を崩し、そのまま倒れこんでしまう。俺は疲れていたのも忘れて急いで駆け寄った。ジューネもだ。アシュさんは周囲を警戒しながらなので遅れてやってくる。

 

「おいエプリしっかりしろ! エプリったらっ!」

 

 声をかけても返事がない。まさかと一瞬嫌な想像が頭をよぎったが、呼吸はしているのでちゃんと生きている。どうやら意識がはっきりしていないだけのようだ。

 

 そう言えばさっきボーンバットが額を掠めていたな。もしかしてそれだろうか? 急いで抱え起こしたのだが、揺さぶったりするのはこういう場合良くないとどこかで聞いた気がする。どうしたら良いんだ?

 

「……はぁ。はぁ。だ、大丈夫よ。少し、疲れが出た、だけだから」

「疲れって、頭に怪我をしているじゃないですか! まずはそこの治療を」

 

 意識が朦朧としているエプリに対し、ジューネがエプリの額から流れる血を見て言うと、リュックサックからポーションを取り出す。患部に直接掛けるタイプのものだ。

 

 ジューネは傷口に直接掛けるためにエプリのフードを取る。エプリは手を伸ばして払おうとするが、力が入らないのかされるがままだ。だが、

 

「っ!? …………雪のような白髪に赤眼。エプリさん。貴女は……」

「成程。何か隠してるとは思っていたが……そういう事か」

 

 エプリの素顔を見たジューネはその手をピタリと止め、何かとても良くないモノを見たかのように表情を強張らせる。アシュさんもひどく困ったような顔でエプリを見ている。

 

「……ジューネっ! 早くポーションをっ!」

 

 俺はそう急かすのだが、ジューネは何故かそのまま動かない。

 

「…………ああもうっ。貸してくれっ! 俺がやる!」

 

 じれったい。俺は半ば奪い取るようにポーションを手に取ると、傷口にそのまま中身を振りかける。傷自体は深くなかったようで、見る見るうちに傷が塞がっていくのはいつ見ても凄い。よしっ! 次は体力の回復だ。

 

 俺は以前ジューネから日用品を買い込んだ時、一緒に買っておいたポーションを取り出してエプリの口元に持っていく。即効性はないが、少しずつ身体の体力を回復させる品だ。強力な栄養剤のような物だと思えば分かりやすいだろうか?

 

「…………んぐっ。んぐっ」

 

 エプリはどうにかポーションを飲み干すと、床に片手をついて自力で身体を起こす。そして頭を軽く二、三度振って額に手を当てる。そこで自分のフードが外れていることに気づいたようで、慌てたように周囲を見渡す。そして自分に視線が集まっているのを自覚すると、

 

「………………見てしまったのね。私の顔を」

 

 そう呟いて再びフードを被りなおした。……あれっ!? 俺の時と態度違わないか? 俺の時は「…………殺す。私の顔を見た者は生かしておけない」なんて言って襲いかかってきたのに。……いや、あの時は俺が綺麗だって言ったことが原因か。顔を見ただけなら口止めすればいいって言ってたもんな。

 

「見てしまいました。…………トキヒサさん。貴方はこのことを知っていたんですか?」

 

 ジューネが俺の方を見て聞いてくる。エプリの素顔を見たことが有るっていう意味ならそうだな。俺はうんうんと頷く。

 

「…………そうですか」

 

 なんだろう? ジューネの顔つきがかなり険しくなっている。そして何かを思案しているようだが、エプリの顔がどうかしたのだろうか?

 

「……なあトキヒサ。トキヒサは()()()()()()()()()()()()()()()()一緒にいるのか?」

「どういう存在かって……」

「待ってっ!」

 

 アシュさんの質問がどういう意味か考えようとしたところで、横からエプリの鋭い声が飛ぶ。その声には、それ以上の言葉を許さないという強い意思が込められていた。

 

「……どうやら知らなかったみたいだな。じゃあ良い機会だからエプリの嬢ちゃん。ここで色々ぶっちゃけちまうことを勧めるぜ。トキヒサが何故知らなかったのかは置いとくが、幸いここにはほとんど誰もいない。俺達は少し離れておくから、じっくり腹を割って話すと良い」

「アシュ。それは」

「良いんだ。ほらっ。俺達はちょっくら離れて休むとしようや。お前だってまだ疲れてんだろ? 横になってゆ~っくり甘いもんでも食べてな。俺はこの通路にスケルトンが入ってこないように罠を仕掛けてくる」

 

 ジューネが何か言おうとするのを遮り、半ばムリヤリ一緒に少し離れたバルガスとヌーボ(触手)の所まで離れるアシュさん。ヌーボ(触手)は空気を読んでいるのかこちらの方に近づいてこない。いや、空気を読まなくても良いから近くにいてくれよ。こんな状態のエプリと二人にしないでくれ。

 

 

 

 

 残された俺達は無言で向かい合った。側から見るとお見合いか何かのように見えるかもしれないが、俺達の間にはどんよりとした重苦しい沈黙がある。

 

「……なあ? さっきアシュさんが言ってたことってどういうことだ?」

「………………」

「エプリがいつもフードで顔を隠しているのと…………何か関係あるのか?」

「………………」

 

 エプリは何も話そうとしない。フードの下にかすかに見えるのは、どこか不安げに震える唇ぐらいだ。何か言おうとしているようにも見えるが、そこからは中々言葉が出てこない。

 

「……そっか。何か言いづらいことみたいだな。そんじゃあ今は言わなくても良いんだぞ。誰だって言いたくないことの一つや二つくらいあるって。うん」

 

 俺は頭をボリボリと掻きながらそう提案する。エプリが何かを伝えようとしているのは分かる。しかし言う切っ掛けが掴めないってことは結構あるもんだ。俺も時々ある。なら、無理に聞き出さない方が良いと思うんだ。

 

 それに、いつも冷静なエプリがこんなになるってことはよっぽどだしな。震える美少女にムリヤリ尋問みたいなことをするのは気が引けるし。という訳で聞き出すのはやめとこう。……ヘタレとか言われるかもしれないけどな。

 

「アシュさんやジューネの反応は気になるけど……まあ何とかなるさ。だから……」

「………………待って」

 

 俺が一足先に他の人の所に行こうとすると、俺の服の袖を掴んでエプリはそうポツリと囁くように言った。先ほどとは違い、どこか弱々しくも身体から絞り出すような声だ。俺が振り向くと、エプリは軽く深呼吸をして…………自分からフードを取った。

 

「エプリ……」

 

 その下にある白髪赤眼の妖精のような顔立ちは、やはりとても綺麗だと思う。これは俺の正直な意見だ。

 

「…………言う。言うわ。……元々ここを出る時に話すつもりだったしね」

 

 本当だろうか? 今の様子から察するにとても言えたとは思えないけど。エプリは自分の髪の毛にそっと触れると、それを複雑そうな目で見つめる。それは憎しみや嫌悪の感情に見えたが、どこかそれとは違う何かの感情があるようにも思える不思議なものだった。

 

「……この髪と瞳の色。これは混血の特徴なの」

「混血? つまり両親が違う種族ってことか?」

 

 俺の言葉にエプリは静かに頷く。……待てよ。この流れはマズイ! つまりこの場面で自分が混血だって明かすということは。

 

「…………予想できたみたいね。そう。……アナタは()()()()()()()()()()()()()()()けど、()()()()()()()()()()()()()。……分かる? 私はこの世界において、居るだけで嫌われる厄介者なの」

 

 エプリはそう言うと、痛々しさと切なさの混じったような笑顔を浮かべた。このダンジョンに来たばかりの頃、俺との会話の中で見せたものと同じ……どこか見ている方も辛くなるような笑顔だった。

 




 バレたくない相手ほど、何故かバレてしまうのだから嫌な話です。


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第六十話 商人の道理

 

「居るだけで嫌われるって?」

「……言った通りの意味よ。正直このフードを取った状態で人ごみを出歩いたら、一分もしないうちに誰かに絡まれるでしょうね。……そして、()()()()()()()()()()()ということになる」

「どうして……エプリはただ歩いていただけなんだろう? 絡んできたのは相手からなんだよな? じゃあ何でまたそんなことに?」

「……さあね。相当昔に私のような混血の誰かが悪さしたって話だけど、詳しくは知らないわ。…………まったく。どこの誰かは知らないけれど、そいつのせいで混血全てが嫌われるというのは……いい迷惑ね」

 

 エプリはあえて気楽に言っているが、その表情から読み取れるのは深い怒りだ。自分の行いではなく、昔の見知らぬ誰かの行動のせいで自分達が悪者になっている。それは何ともやるせないだろう。

 

「……ヒュムス国なんかではもっと酷いらしいわ。あの国は元々ヒト種至上主義を掲げているから、最悪見つかっただけで場合によっては捕まることもあるとか。……その点交易都市群はまだマシな方ね。素顔を見られても精々少し白い目で見られるだけで済むから。……さっきのジューネの反応は大分良い方よ」

 

 俺はさっきのジューネの反応を思い出す。顔は強張り、僅かに腰の引けた態度。どう見ても友好的とは思えない態度だ。…………あれが良い方って、一体エプリはどれだけの悪意にさらされてきたというのか。

 

「……そして、混血と一緒にいる者も嫌われる。物の売買とかの一時的な関係ならともかく、一緒に長く行動するだけでも巻き添えを食いかねないわ。……アシュがさっき言っていたのはそういう事よ」

「…………そっか」

 

 言い終えたエプリは、軽く息を吐いて壁に寄り掛かる。……自分のことを話すだけで、一気に疲れが出たみたいだ。確かにこれはそうそう自分から話したいことではない。俺が何と声をかければいいか分からずにいると、エプリは軽くこちらを睨みつける。

 

「……言っておくけど、安易な同情は要らないわ。そんなことをされても状況が変わるわけじゃないもの。……それよりもこれからの話をしましょうか。いったん戻るわよ」

「そ、そうだな」

 

 …………俺がよく読むライトノベルの主人公ならここでヒロインを慰めるなりなんなりするのだろうが、俺にはどんな言葉をかければいいか分からなかった。

 

 だってそうだろう? エプリ自身が何かやってこうなったのならまだやりようはあるかもしれない。だけどこれはエプリのせいじゃない。強いて言えばその昔何かやった混血の誰かだろうか? しかし、そのことが今でも根深く残っているこの世界そのものにも原因があると言えなくもない。

 

 はぁ~と心の中でため息を吐く。こういう人種差別的な話はファンタジーの世界ではよくある話だが、それにしたって実際に聞いてみると滅茶苦茶重い。

 

 なんでこうも初っ端から来るかねぇ。いや、最初の方だからこそか? この世界のことを知るにつれ、そういうことを避けるようになっていく可能性もあるな。今じゃないとちゃんと向き合えないことかもしれない。

 

 

 

 

「よぉ。お二人さん。話は済んだか?」

 

 アシュさん達の所に行くと、アシュさんは軽く手を挙げて迎えてくれた。どうやら話している間に手頃な部屋を見つけていたらしく、そこに休息の準備がされている。

 

 バルガスはヌーボ(触手)が見ていてくれたようで、今は荷車の上で眠っている。一足先にジューネも眠りについているようで、こちらに背を向けて寝袋の中にくるまっている。

 

「あぁ。ジューネなら横になった瞬間にぐっすりだ。よほど疲れてたんだろうな。……それで、どうなった?」

「……私が何なのかは、簡単にだけどトキヒサに説明したわ」

 

 主語のない問いかけだが、アシュさんが聞いているのはエプリのことについてだろう。エプリもそう思ったのかそのように答える。

 

「そうかい…………で? これからどうするかは話したのか?」

「それはこれからよ。……アナタ達はどうなの? 私のことを知って、このまま出口まで一緒に居られる?」

 

 今のエプリはフードを被っていない。なので彼女の素顔はハッキリと見えている。その綺麗系だがその分凄むと怖そうなエプリの目が、鋭くアシュさんを見据える。その答え如何によってはここで一戦交えるのも厭わないぞという言外の意思表示だ。

 

「まあまあ。そんな怖い顔をしなさんなって。俺個人としてはお前さんをどうこうしようなんて思ってないよ。と言っても雇われの身なんでね。雇い主の意向がそうであれば従うだけだが……」

 

 アシュさんはそこでジューネの方をチラリと見る。ジューネはぐっすりと眠っているようで動かない。

 

「この通り。意見を伺おうにも爆睡中で聞けやしない。だから今はまだ協力関係は継続中だ。……少なくとも明日の朝まではな」

「そう。…………正直アナタと戦わなくて済むのは助かるわ。アナタはどうにも読めないから。言動も……実力もね」

 

 そう。俺達はアシュさんの底が知れない。凶魔化したバルガスを瞬殺したこともそうだけど、なによりあのイザスタさんの知り合いなのだ。

 

 この世界に来てまだ日は浅いけれど、イザスタさんがかなりの強キャラだというのはまず間違いない。そして強キャラの知り合いは、大抵そちらも強キャラだというのがお約束だ。その強さが武力的なものかそれ以外のものかは別としてだが。

 

「そんな大したもんじゃないんだけどな。ただのしがない用心棒さ。雇われて雇い主を護る。エプリの嬢ちゃんと同じだ」

 

 そんなことを言っているが、アシュさんには余裕がある。今も腰に差した刀に手をかけている訳でもなく自然体だ。だがエプリの眼光にたじろぐ様子もなく、まるで受け流すように飄々としている様は、紛れもなく強者の余裕である。エプリもこれ以上は続けても意味がないと判断したのか目を逸らす。

 

「さてと…………それでは今度はこっちね」

 

 そう言うと、エプリはこちらの方に顔を向けて姿勢を正した。自然と俺もそれに倣って背筋を伸ばす。

 

「……まだアナタとの契約は続いているわ。アナタが嫌と言っても必ずダンジョンを抜けるまで護衛してみせる。これは傭兵としての筋よ。……だけど分かったでしょう? 私と一緒に居ればそれだけで厄介ごとの素になる。それが嫌だというのなら、私はなるべく姿を見せずに陰から護衛するけど……どうする?」

 

 どうすると言った時、エプリの表情が一瞬不安そうに見えた。その不安が何に起因するものかは分からない。だけど…………ここで一緒に行かないという男は一発殴られても良いと思う。そして俺は殴られるのは嫌だ。なので答えは決まっている。

 

「決まってるだろ。……一緒に行こうエプリ」

「そう…………アナタも物好きね。自分から厄介ごとを受け入れるなんて」

 

 エプリは口ではそんなことを言っているが、俺の目にはどこか嬉しそうに見えた。……良かった。俺の選択は、どうやら間違ってはいなかったようだ。まあ間違っていたとしても一緒に行ったけどな。

 

「言っただろ? 俺は雇い主兼荷物持ち兼仲間として一緒に行くって。仲間は互いを護りあうものだ。それなのに離ればなれでどうするかって話だろ」

 

 俺の言葉にエプリは唖然とした顔をした。……そんなにおかしなことを言ったかな?

 

「……プッ。フハハハハッ!」

 

 何故かアシュさんにまで笑われた。別に冗談なんか言ってないぞ! 大真面目だ!

 

「ハハハッ。これは参った。()()()()()()か。もしここで嬢ちゃんをバッサリ切り捨てるようだったらどうしたもんかと思ったが、心配は端から杞憂だったという訳だ。……嘘も吐いていないみたいだし、もうそろそろいいんじゃないか? 雇い主様よ」

「…………そうですね。これなら多分大丈夫でしょう」

 

 アシュさんが言うと同時に、寝袋がゴソゴソと動いてジューネが起きてくる。……あのぅ。状況がさっぱり飲みこめないんだけど。笑ってないで説明してくれないですかねぇ。エプリなんか半警戒態勢みたくなってるぞ。警戒すれば良いのか自然にすればいいのか微妙って顔だ。

 

「悪い悪い。実はな、ジューネは最初から寝てなかったんだわ。さっきはあんな態度を取ってしまったから顔を合わせづらいって言うんで、寝たふりして様子を伺ってたんだ。自分が寝ている方が正直に胸の内を語ってくれるだろうってな。……意外に可愛い所もあるだろ?」

 

 そう言ってアシュさんはジューネの頭をワシワシと撫でる。ジューネの方も「やめてくださいよっ」と言ってはいるが、本気で嫌がっているという風でもなさそうだ。ひとしきり頭を撫でられると、ジューネはエプリの方に向かって歩いていく。そして、

 

「……エプリさん。先ほどは失礼しました」

 

 そのまま深々と頭を下げる。日本の社会人にも負けないくらいの綺麗な姿勢だ。エプリはいきなり謝られて戸惑っているようだ。ジューネは頭を下げたまま続ける。

 

「……私は幼い頃から、混血の者について禁忌の結果による忌むべきものだと教わってきました。今でも正直に申し上げて、混血の者にあまり良い印象は持っていません」

 

 エプリは何も言わずその言葉を聞いている。

 

「ですが、貴女個人は嫌いではありません。先ほども助けてもらいましたし、たった一日ですが一緒に行動して見えてきたものもあります。それに何よりもまず先に…………()()()()()()()()

 

 えっ!? という言葉がエプリから漏れた気がした。ちなみにそうだとしても驚かない。俺もビックリだ。

 

「対等な交渉を行い、そして今も取引の最中である以上、誰であれ立派な私のお客様です。お客様にあのような態度を取ってしまったのは私の落ち度。どうかお許しください」

「……別にああいう態度には慣れてるから良いわよ。それよりも顔を上げてくれない?」

 

 ジューネはそのまま頭を下げ続けている。エプリも流石にいけないと思ったのか、ジューネに顔を上げるように促す。

 

「そうですか? では失礼して」

 

 ジューネはエプリの言葉に従って顔を上げる。……おやっ? 顔をよく見ると、頬に変な形の痣が出来ている。あれは……もしや寝袋の跡か? 寝たふりをしている内についついウトウトしてしまったのだろうか? なんか微笑ましい。

 

「……何か?」

「いや何でも」

 

 俺の視線に気づいたジューネが訝しげに訊ねてくるが、面白いので何も言わずにそのままにしておく。アシュさんも笑いをこらえているようで、微妙に身体が震えている。エプリも口元に手を当てていることから笑っているのかもしれない。

 

「何か落ち着きませんが……まあ良いでしょう。今はこれからの話です。エプリさん。もう一度繰り返しますが、貴女が混血であろうがそうでなかろうが、私のお客様ということには変わりありません。故にこちらとしてはここから出るまでの契約内容に変更はありません」

「そう……ありがとうと言えば良いのかしら?」

「いえいえ。商人としては当然のことだと思っておりますので」

 

 エプリが礼を言うと、ジューネは軽く胸を張ってそう返す。

 

「……それと、トキヒサさんがエプリさんのことを聞いて何か変わるかもという考えもありましたが、その心配はなさそうですね。あれだけ堂々と仲間だの一緒に行くだの言えるのであれば」

 

 ぐっ! そう言えばジューネも寝たふりをしながら会話を聞いていたんだよな。エプリと並んでからかわれそうなネタを提供してしまった気がする。俺は普通に話しているだけなのに、なんでこうも後から考えるとやや恥ずかしい言葉がポンポン出てくるのだろうか? まさかこれも加護の一種ではないだろうな?

 

 

 

 

「……とまあ改めてダンジョンを出るまでの契約について確認したところで、そろそろ本題に入るとしましょうか!」

 

 俺が内心頭を抱えていると、ジューネが少しだけ弾んだ声で切り出した。

 

「……本題? どういう事?」

「それは勿論……今しがた手に入れた宝物についてに決まっているじゃないですか!!」

 

 エプリの質問に、ジューネは目をキラキラさせて答えた。……そう言えばエプリの混血騒動が衝撃的過ぎて忘れてたな。俺はそれが入っているポケットを上から触る。あんな奥深く、大量の罠に囲まれた宝箱にあった品だ。それなりに価値のある物だと良いのだが。

 




 ジューネも疲れてたんですよ。うっかりウトウトするぐらいには。


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第六十一話 名付けと夢の中の出会い

 

「まあ待て待て」

 

 そこで、目をキラキラさせて期待するジューネを止めるようにアシュさんが言う。

 

「何ですかアシュ? これだけ苦労して手に入れた物です。ここで確認しておきたいのですけど」

「お宝を確認するのは良いが、皆もうクタクタだろ? 夜も大分遅いし、幸い休むのに丁度良い部屋も見つかった。ここはさっさと休んでだ。確認の方は明日でも良いんじゃないか? 疲れた状態で見ても思わぬ見落としがあるかもよ」

 

 それもそうだ。今はまだ無事お宝を手に入れたこととエプリの一件で興奮しているから大丈夫だが、それが覚めたらドッとさっきまでの疲れが来ると思う。当然それは他の二人も一緒な訳で、そんな状態では何かとマズいか。それをジューネも思い当たったみたいで、渋々ながら了承する。

 

「よし。それじゃあ決まりだ。最初の見張りは俺がやっとくから、お前たちはさっさと寝た寝た。明日は早めに起きて、ダンジョンから出るまで一気に行くからな。ジューネは楽しみだからって夜更かしすんなよ。…………と言っても心配ないか。相当疲れてるだろうからすぐ寝つけるぜ」

 

 アシュさんは熾しておいたのだろう焚き火の前に座り、他の皆に手を振って休むように勧める。ジューネも自分の寝袋を準備し始めた。エプリはまだ疲れているようだが、それでも見張りのことについてアシュさんと話している。

 

 ……それじゃあ遠慮なく休ませてもらうとするか。俺の順番をエプリより先にしてもらってからな。……だってさっき倒れかけた相手に守ってもらってはマズいだろ? せめて俺が先に起きて、その分長く休ませるくらいはしないとな。

 

 ……この関係も明日で最後になるかもだし。俺はまだ疲れを感じていないうちに話をまとめるべく、アシュさんとエプリの所に歩いて行った。

 

 

 

 

『…………ぇ。ねぇ? 聞いてるの?』

「えっ!? ああ。聞いてる聞いてる」

 

 おっと。一瞬意識が飛んでたみたいだ。アンリエッタの怒声が一段と激しくなる。

 

『まったく。ワタシの手駒はたった一日前に言ったことも忘れるようなおバカだったのかしら。ワタシは言ったわよね。無茶しないようにって。それなのにアナタときたら、今日だけで何回死にそうになれば気が済むのかしら』

 

 今はまた夜中の十二時前。何とかアシュさんの後、エプリの前の順番をゲットした俺は、日課となっているアンリエッタへの連絡をしているわけなのだが、まだ疲れが残っているのか少し頭がぼ~っとしている。

 

 これは決して無意識のうちにこの女神様のお小言を聞かないために意識を飛ばしたのではない。…………そう信じたい。

 

『……あのね。確かに金を稼ぎなさいと命じたわ。それに()()()()()()()()()()()と言った。評価をする奴が波乱やハプニングが好きだから、宝探しなんかは大好物という事も言ったわ。だけど、まずクリアすることが大前提よ。こんな序盤も序盤で死んでもらっちゃ困るのよ』

 

 そう怒りを隠さずに言うアンリエッタだが、その言葉には確かに俺を心配するような響きがあった。

 

「分かってるよ。俺だって死にたくはない。だからこれからは危ないことは控えるって…………少しは」

 

 流石に今回みたいな大冒険はもうしばらくはいいや。ダンジョンにはまた潜ってみたいが、やるならせめて万全の状態でだ。こんな突然見も知らぬ場所に放り込まれてという展開は、もう二回目でお腹いっぱいだろうしな。評価するゲームの主催者も。

 

『本当に~? これまでのアナタの行動からすると微妙に信用できないのだけど』

 

 アンリエッタが疑わしそうな目でこちらを見てくる。

 

「ホントホント。このダンジョンから出たらしばらくバトルはなしの方向で行くとも。安全第一でまずは薬草集めなんかどうだ? ライトノベルのお約束だぞ!」

『あんまりそんなチマチマとやっていても困るのだけど…………まあ良いでしょう。これからも私の手駒としてしっかり稼いで頂戴よ。……説教だけで時間の大半を使ってしまったわ。そろそろ終了するわね』

 

 その言葉を最後にアンリエッタは通信を終了しようとして、直前でふと何か思い出したように動きを止める。

 

『……そう言えば伝え忘れていたけど、アナタが手に入れたあの宝物。あれの換金は受け付けられないからそのつもりで。金に換えるのならそちらでやってもらうからね。()()()()()()()()()()()()()……だけど』

 

 そう言い残して、今度こそ今日の分の通信は終了する。最後に何か気になることを言っていたな。あれ自体が望むのならって…………まさか生き物か何かだったりするのか?

 

 俺は慌ててポケットからその石を取り出してしげしげと眺める。別に形や色が変わったりもしていないよな。

 

「………………お前話が出来たりするのか?」

 

 試しに聞いてみるが、当然のことながら返事はない。我ながら馬鹿なことをしたもんだ。念の為査定してみようか…………やめとこう。どうせ明日の朝確認するんだ。その時にすれば良いか。俺は石をポケットに再びしまい、焚き火の傍に移動する。

 

 

 

 

「……いよいよ明日か」

 

 遂に明日ダンジョンを出る。俺が異世界に来てから明日で十日目。このダンジョンに来たのは七日目だから、三日間このダンジョン内を歩いたことになる。

 

 このダンジョンはやたら広く構造も複雑だ。おまけに手持ちの道具は大半が元いた牢獄に置きっぱなし。スケルトンはそこまで強くないからまだ良いとしても…………俺一人だったら下手すりゃ野垂れ死んでたな。

 

「本当に、俺は出会いに恵まれた」

 

 まず一緒にここに跳ばされてきたエプリ。エプリがいなかったら今もダンジョンを彷徨いっぱなしだったと思う。それにアシュさんとジューネ。この二人に会っていなかったら、凶魔化したバルガスを助けることが出来ずに俺もそのまま大怪我をしていただろう。隠し部屋の件もそうだ。

 

 誰一人欠けていても、俺はこうして無事ではいられなかった。もしかしたらこの出会いこそが加護では……なんてな。

 

 そのまま焚き火を見て感慨に耽っていると、急に袖をグイグイと引っ張られる。振り向くとヌーボ(触手)がいた。

 

 ヌーボ(触手)は睡眠時間が少ない上に見た目から起きているのか眠っているのか分かりづらいところがある。動かないから眠っていると思っていたが、どうやら起きていたようだ。俺が気付いたと分かると、今度は小さな触手を伸ばして俺の頭をべしべしと叩き始めた。

 

「イタッ。イタタタッ。分かってるって忘れてないよ。ごめんごめん。お前にも助けられたよな。ヌーボ(触手)がいなかったら眠っている間にスケルトン達にやられてた。感謝してるって」

 

 叩かれながら謝ると、ようやく機嫌が直ったのか叩くのを止めてくれた。本気ではないとは言え地味に痛いのだ。それにしても、

 

「なあヌーボ(触手)。いい加減(触手)って付けるのも長いよな。そのままヌーボって呼んだ方が良いか?」

 

 それを聞くなり、ヌーボ(触手)は身体の一部を伸ばして再びべしべしと俺を叩く。どうやら気に入らないみたいだ。

 

「というか前から気になっていたんだけど、意識というか人格はどうなってるんだ?」

 

 本体は牢獄にいたヌーボで間違いない。しかし切り離されて分裂したことで、その意識はどうなったのかは実は気になっていた。単に本体のコピーが増えただけなのか、それとも新たな生物として生まれたのか? 俺の質問に、ヌーボ(触手)もよく分からないのか伸びたり縮んだりねじれたりと妙な動きをする。

 

「……まあいいか。分からないってことは、少なくとも意識が別物である可能性があるってことだもんな。それじゃあひとまず仮でも良いから呼びやすい名前でも付けるか。…………ボジョって名前はどうだ?」

 

 名づけはフィーリングだと思う。なんとなくヌーボと言えばボジョって言うのがフッと頭に浮かんだのだ。…………どっかの酒の名前にそんなのがあった気もする。今度はヌーボ(触手)も気に入ったようで、叩く代わりに俺の頭をスリスリと撫で始める。

 

「……叩くか撫でるかっていう選択肢はさておいて、じゃあボジョで決まりだ。では改めてこれからヨロシクな。ボジョ!」

 

 ヌーボ(触手)改めボジョは、やるぞ~っとばかりに身体を真上に伸ばしてやる気をアピールする。うんうん。やる気があるのは良いことだ。……なんかさっきより物凄く元気になっている気もするが気のせいかな? 元気なのは良いけどあんまりはしゃぎすぎるなよ! 他の人を起こしたらいけないからな。

 

 何故か元気に動き回っているボジョを止めながら、俺はエプリの番が来るまでまた焚き火の番と見張りに戻った。

 

 

 

 

 その夜。俺は妙な夢を見た。自分で今見ているものが夢だと分かるというのは、確か明晰夢と言うのだったかな? 俺は真っ暗な空間に立っているのだが、不思議と暗闇でも目が見えるのだ。

 

「ここは……?」

 

 いくらダンジョンで眠ったからって、夢の中までダンジョンっぽくなくても良いのに。そして俺の前には、隠し部屋で手に入れたあの丸っぽいがデコボコした石がふよふよと浮かんでいた。

 

『…………やあ! こんばんは』

 

 突然目の前の石が口を利いた。より正確に言うならば、頭の中に言葉が流れ込んできたというべきか。普通なら驚く所なのだが、自分でここが夢だと分かっているからかそこまでビックリはしない。寝る前にアンリエッタから話を聞いていたのも理由かもしれない。

 

『ここは君の夢の中。だけどボクを持ったまま眠っていたから、少しだけ繋がっているみたい。ここならちゃんとお話ができるね』

 

 おっと。よく聞いてみるとこの声には聞き覚えがある。

 

「お話? そう言えば隠し部屋から脱出する時に声が聞こえたと思ったけど、あれはもしかしてお前か?」

『そうだよ。外ではあまり長い間話せないし、一回話したら次はいつ話しかけられるかも分からない。それに言葉も飛び飛びになっちゃうから困るけどね』

 

 以前誰かの言葉が聞こえたと思ったらコイツだったのか。そう言えば石を手に入れてからだな。言葉が聞こえたのは。

 

「それじゃあ先に礼を言っておかないとな。ありがとう。先の見えないマラソンは気が滅入るから、あの時の言葉は少し助かった」

『お礼なんて良いよ。ボクもあそこから出してもらったからお互い様だよ』

 

 石は少しだけ嬉しそうな声をした。どうやら感情はある。もしくはそう聞こえるように話すだけの知性があるらしい。流石異世界。

 

「自己紹介がまだだったな。俺は時久って言うんだ。こっち風に言うとトキヒサ・サクライかな。ヨロシク…………えっと」

『あぁ。名前だね。……ボクには名前がないんだよ』

 

 石は今度は少し悲しそうに言う。名前が無いってのは寂しいな。

 

「……そっか」

『……だけど、ボクの名前じゃないけど色んな人にはこんな風に呼ばれていたかな。………………()()()()()()()って』

 

 石はそこでとんでもない爆弾発言を繰り出した。ダンジョンコアって…………ホントかよ!?

 




 ヌーボ(触手)改めボジョのフラグが立ちました。名前を付けることがどのような影響を及ぼすか、まだこの時点で時久は分かっておりません。

 あとアンリエッタが最近お小言ばかりな件。まあ時久が色々やらかすからしょうがないねってことで。


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第六十二話 ダンジョンコア

 

「……ダ、ダ、ダンジョンコアですって!?」

 

 異世界生活十日目。

 

 俺は自称ダンジョンコアを周りの皆に見えるように持ち、昨日夢の中であったことを皆に説明していた。するとジューネがやたらに興奮してこちらに詰め寄ってくる。時折手にある石にチラチラと視線を向けながらだが。

 

「本当ですかトキヒサさん!? 本当にダンジョンコアとそう言ったのですか!?」

「あぁ。確かにそう言ってた。一応聞くけど、ダンジョンコアって言うのは()()()()()()()()()ってことで合ってるよな?」

「その通りです。各ダンジョンに必ず一つ存在していて、それが有る限りダンジョンは成長を続けるとか。それを壊すかダンジョンから持ち出すことで、そこのダンジョンマスターは消滅し、そのダンジョンは力を失っていずれ崩壊するとされています」

 

 そこら辺はライトノベルでもよくある話だな。それを放っておけばどんどんモンスターが増えていく動力炉であると同時に、どんな凄いダンジョンでもそれを壊されたらおしまいというまさしく急所とも言える。しかし異世界風に言えば、

 

「じゃあもしかして……高く売れたりするのか?」

「それはもう!!」

 

 ジューネがもう爆発しそうな勢いで言う。というか近い近い!? 顔がぶつかりそうなほどの至近距離だ。分かったからもうちょい離れてくれ! アシュさんもやれやれって顔で見てるぞ。

 

「まずダンジョン自体がそこまで多くはありません。加えて攻略されることも数年に一度程度です。以前一度だけ実物が売りに出されるのを見たことがありますが、その時の値段ときたら……」

「いくらくらいだったんだ?」

「……私が見たのはそこまで大きな物ではありませんでした。ダンジョンも出来てからあまり間がなく、攻略難度もそう高くないものだったそうです。それでも一つで十年は遊んで暮らせる額が付きましたよ」

「それにダンジョンコアと言ったら冒険者にとって一種の目標だ。金になるだけじゃなく、ダンジョンを踏破した証でもあるからな。一生自慢できるレベルだぜ」

 

 十年って……いまいち値段が分からないが、ジューネがそう言うのだから相当な額なのだろう。成程。確かにこれなら一攫千金を狙って冒険者がダンジョンに潜るのも分かる。今は少し調子が良いのか、バルガスも起き上がって補足説明をする。

 

「しかし、そんな大事なものが何であんな場所に有ったんだ? 普通ダンジョンコアと言ったらダンジョンの最深部、あるいはダンジョンマスターの傍にあるはずだ」

 

 アシュさんがもっともな疑問を口にする。確かにダンジョンコアが有った部屋は罠だらけだった。しかしそれにしたって絶対安全かと言えばそうでもない。隠し部屋の有った場所は隠されてはいたが、良く調べれば分かるくらいのものだ。

 

 それにアシュさんによれば、ここからダンジョンの入口までそこまでの距離はない。地図とある程度の人員と装備が有れば数時間くらいで辿り着けるような場所に、ダンジョンの重要な物を置くことは考えづらい。

 

「そう。その理由が問題なんです。コイツは夢の中で言っていました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 その瞬間、集まっていた皆は何とも言えないような顔をした。目の前の奴は何を言っているんだろうという空気が漂う。それも当然だな。しかしそう言われたのだから仕方がない。俺は夢の中での会話を再び説明する。

 

 

 

 

 夢の中で自称ダンジョンコアが言うには、元々このダンジョンは自分と自分のダンジョンマスターが管理していたという。

 

 マスターが戦いを好まない性格だったのもあり、ダンジョンのコンセプトは俺の予想した通り人が入りたがらないダンジョン。入口を巧妙に隠し、ダンジョンをとにかく広大かつ複雑にしたという。モンスターもスケルトン系に限定し、人を引き寄せるための宝箱も置かず、旨味らしい旨味のないダンジョンを徹底した。

 

 それでは人が来ないからポイントも貯まらないだろうと訊ねると、ほんの少しずつではあるけれど毎日ポイントが入るので、地道にコツコツ十年ほどかけてポイントを貯める予定だったという。非常に気の長い話だ。

 

 それでポイントを貯めてどうするのかと聞けば、どれもこれも防備に当てるつもりだったという。外に攻め入ろうなんて考えは微塵もなく、只々そこに在り続けたいというだけだった。

 

 その計画は順調に進んでいた。実際このダンジョンが出来て一年間誰も入らなかったという。よほど入口の隠し方が上手かったのだろう。ダンジョンの拡張も進み、ただ最深部に辿り着くだけでも相当な時間を要する大迷宮となりつつあった。しかし、そこで事件が起きた。

 

『……奴らは突然現れた。隠されていた入口から入ってきたかと思うと、ほとんど迷わずにダンジョンを突き進んで最深部に辿り着いたんだ。そして…………ボクのダンジョンマスターを、殺した』

 

 夢の中でそう言った自称ダンジョンコアの声は、その時とても悔しそうに聞こえた。もし肉体があれば、涙を流しながら手を血が出るまで握りしめているんじゃないかと思える。

 

「ジューネ。つまりその瞬間は、ダンジョンにダンジョンマスターが不在となるわけだ。そしてこの石はその瞬間を突かれた」

 

 普通の冒険者ならその場でダンジョンコアを持ち帰ろうとするだろう。あるいはこの場で壊してしまうという選択肢もあった。

 

 コアが壊れた時点で、コアの力で生まれたモンスターは全て消滅する。とても帰り道で戦う体力がない場合、苦渋の決断で壊していくという話が無い訳でもない。事実コアもその覚悟はしていたという。だが、襲撃者の行動はどちらでもなかった。

 

「そいつらは自分達が持っていた石をダンジョンコアと入れ替えたらしい。つまりこの石の言葉を信じるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになる」

「そんな…………前代未聞です! それにそんなことをやる理由が分かりません!」

「ジューネの疑問は当然だ。しかしこう考えたらどうだ? ダンジョンマスターのいないダンジョンに、自分の所有するダンジョンコアがある。つまり擬似的にだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………ちょっといいか?」

 

 ジューネの言葉に対し、俺は夢の中で自称ダンジョンコアと話し合った考えを述べる。それに対して、アシュさんが軽く腕を組みながら声をあげた。

 

「いくつか気になったことがある。一つ目。成程、もしその入れ替えたコアが自分の命令を受け付けるのなら、確かに擬似的にダンジョンマスターの真似事が出来る。金、兵力、その中であれば相当やりたい放題が出来るだろう。しかし、それはあくまで命令を受け付けたらの話だ」

「ダンジョンコアの話では、入れ替えたのはコアに近いけれど別物という話です。どうやって作ったのかは分からないけれど、自分の意思もなく性能も本物には及ばない。しかしその分制御は容易いって」

 

 聞き出したところによると、そのもう一つの方は自分の代わりにこのダンジョンのコアになっているものの、性能の差と元々このダンジョンのコアではないことから、()()()()()()()このダンジョンの部屋やモンスターにはほとんど手出しできないらしい。そのため今は下に下にと新たにダンジョンを増築しているという。

 

「俺が次に気になったのはそこだ。トキヒサが言っているのは全てその自称ダンジョンコアから聞いたことに過ぎない。そいつが嘘を吐いている可能性だって十分あるわけだ」

 

 ……だよなぁ。問題はそこだ。俺自身も言われたことの全てを信じている訳じゃない。いきなり夢の中に現れた石の言葉を全部信じられる奴はあまりいないと思う。だけど……。

 

「…………夢から覚める直前、俺はコイツに聞いたんです。色々話は分かったけど、お前の目的は何なんだ? 俺を利用してマスターの敵討ちでもしたいのか? それとも今のコアを追い出して元に戻りたいのかって。……コイツはこう答えました」

 

『どちらも少し違うよ。このダンジョンは……ボクとマスターが造ったものだから、ボク達以外の誰かに好き勝手にしてほしくない。……ダンジョンが踏破されて消えるのは仕方がない。だけどマスターの思いが、願いが詰まったダンジョンを……穢されたくない』

 

 言葉こそとぎれとぎれだったが、それが逆に真実味があった。自分の気持ちを少しずつ、でもしっかりと言葉として吐き出すこと。それは簡単なようで意外に難しい。

 

「コイツにとってはダンジョンが消えることよりも、ダンジョンが勝手にいじられることの方が問題なんです。だから少なくとも、ダンジョンを勝手に変えようとしている何かがいることは間違いないと思います」

「ダンジョンを勝手に変えようとしている何か……か」

 

 アシュさんが再び目を閉じて何か考え始める。これはアシュさんの癖のようだ。

 

 

 

 

「……あの。話が脱線してきたので確認したいのですが」

 

 そこに再びジューネの発言が飛ぶ。

 

「話は分かりましたが、結局のところその石を売り払って終わりなのではないですか? ダンジョンマスターとダンジョンコアが変わったというのも、私達にはあまり関係のないこと。……確かに事実なら少しは同情しますが、それだけのことではないでしょうか?」

 

 そう。多分それが正解だ。このままさっさと持って帰って売り払ってしまえば、仮に山分けしたとしても相当な額になることはまず間違いない。目標の一千万デンに大きく近づくことだろう。まず失敗のない手だ。…………だけど、本当にそれで良いのだろうか?

 

「多分それが一番なんだろうな。……だけど、俺はあえて別の選択肢を提案したい」

「…………何? まさか私達でダンジョンの最深部に挑んで、そのダンジョンコアを入れ替えようなんて言うんじゃないわよね」

 

 今まで黙っていたエプリが、微妙に皮肉げにここで初めて発言した。ちなみに今はフードをまた被っている。バルガスにはまだ混血のことは話していないためだ。おいおい。また俺が何かするって思ってるのか? 残念ながら今回は違うぞ。

 

「いやいやまさか。俺達だけでは流石にキツイって。いくらアシュさんやエプリがいても、全員を護りながらじゃどうにもならないだろ? だからやれる奴にやってもらう」

 

 俺はそう言うと、手に持った石を再び掲げて見せた。

 

「もう一つの選択肢は、コイツがダンジョンを踏破するのを手伝うこと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言うのも…………面白いだろ」

 




 自分の造ったダンジョンを攻略……なんだか妙な話になって来ましたね。


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第六十三話 コアの力

 

「…………」

 

 俺のその言葉を聞いて、何故か皆唖然とした顔をした。そんなにおかしなことかな?

 

「あの……本気で言ってます?」

「本気だとも。本気で一つの選択肢として提案してる」

 

 ジューネがおそるおそる聞いてくるので、俺は胸を張って断言してみせる。こういうのは自信満々に言った方が良いんだ。自分が出来ると信じていないのに相手に信じさせるなんて出来ないもんな。

 

「考えてもみろよ。コイツの言う事が本当なら、このダンジョンはコイツが……いや、コイツとコイツのマスターが造ったものだ。当然ここの構造は誰よりも熟知しているはずだ。突破するのは簡単だろう」

「簡単だろうって……そもそもその石は自分で動けるの?」

「そりゃあ無理だ。歩くための足も飛ぶための翼も無いんだから」

 

 何故だろう? エプリに返した今の一言で皆からジト~っとした視線を向けられている気がする。……まあ気持ちは分かるけどな。しかしここで終わるわけにはいかない。

 

「それにコイツはこのダンジョンにおいて凄い力を持っている。いやあ残念だなぁ。近くにスケルトンでもいたら見せられるのになぁ」

「おっ! 丁度近くにスケルトンが一体いるようだ。折角だからわざとこちらの場所におびき寄せてみよう」

 

 俺が残念そうな顔をしてみると、アシュさんがそんなことを言って早速スケルトンを呼んできた。上手い具合に一体のみで、手にはボロボロの剣を一本持っている。スケルトンは俺に気づくと、カタカタと音を立てながら向かってきた。

 

 他の人を見ると、俺以外全員壁際に退避している。いつの間にっ!? 俺はスケルトンに対して構えを取ろうとするが、考えてみればこれはチャンスだ。コイツの能力を知ってもらえば多少は話も変わってくるだろう。

 

「よしっ! こいや~!」

 

 俺は片手に石を持ったまま、もう片方の手でちょいちょいと挑発する。それが効いたのかは知らないが、スケルトンはドンドン俺に近づいてくる。そして俺の目の前まで来ると、侵入者を排除しようとばかりにボロボロの剣を振り上げる。

 

 ここで逃げるなり反撃するのは可能だ。しかしそれでは意味がない。俺がとるべき行動は……これだっ! 

 

 俺は手に持ったままの石をスケルトンの前にかざした。次の瞬間、石から眩い光が放出されて周囲を照らす。静かで揺らめくような青色の光。それを浴びたスケルトンは、握っていた剣をポロリと取り落として動きを止めた。

 

「よおし。そのまま…………両手を上にあげろ」

 

 俺がそう言うと、スケルトンはゆっくりとした動きで万歳の体勢を取る。…………ふぅ。上手くいったか。

 

「これはいったい!?」

「…………ほう!」

 

 ふっふっふ。皆驚いているな。よしよし。……まあ俺自身もちょっと驚いている。正直上手くいかなかったらこのまま一撃貰うんじゃないかとビビっていたことは内緒だ。だがそんな態度はなんとか隠しながら、当然だろという風に皆の方に振り返ってニヤリと笑ってみせる。

 

「この通り。このダンジョン内においてコイツが作ったモノであれば、ある程度は言う事を聞かせることが出来る。と言っても宝箱の中に押し込められて力の大半を失っているから近くの相手限定だけどな」

 

 これは夢の中で説明を受けたのだが、ダンジョンを乗っ取られたとはいえコイツはまだダンジョンコアだ。つまり()()()ダンジョンにおける権限はまだ残っていることになる。

 

 正確にはこれはマスターの権限だが、ダンジョンコア単騎でもそれなりのことは出来る。やろうと思えばモンスターの命令や召喚も可能という訳だ。

 

「…………ちょっと待って。それなら何故隠し部屋を脱出する時にスケルトンやボーンバットが襲ってきたの? 言う事を聞かせられるなら、自分が巻き添えを食わないように襲うのを控えさせると思うのだけど」

「それには理由があってさ、さっきも言ったけどコイツは宝箱に押し込められて力の大半を失っている。あの時も出来たのは精々俺に話しかけることぐらい。それも聞こえるか聞こえないかぐらいのものだった」

 

 実際あの状況でスケルトン達を黙らせられればあそこまで苦労はしなかったと思う。しかしあれが実は必要なことだったりする。

 

「コイツが力を取り戻す方法は一つ。ダンジョン内でモンスターを倒していって、それを()()()()使()()()エネルギーを回収していくことだ。偶然だがあの隠し部屋でスケルトンを大量に倒したため、僅かだけどコイツの力が戻ったという話だ」

 

 と言っても作るのに使ったエネルギーがそっくりそのまま戻ってくるという事ではないらしい。もしそこまで回収できるのだったら、ダンジョンは事実上無限に近い勢いでモンスターが湧き出てくる危険スポットになっているだろう。

 

 大体だが、今のコイツがスケルトン一体を作り出すためには、スケルトンを四、五体は倒す必要があるという。

 

「という訳でスケルトンが来ても戦闘にならない。むしろ場合によっては戦力が強化されるという具合だ。これならどうだジューネ? 十分に俺の提案も考える余地があるんじゃないか?」

 

 俺一人だけの意見で周りを巻き込むのはマズいからな。出来れば皆に賛成してもらいたいところだ。特にジューネ。だが、

 

「そうですね…………やはりダメですね」

 

 うわっ!? 一蹴された。一体何故?

 

「確かに有能であることは認めましょう。この元ダンジョンコアが居れば、探索が大いにはかどることは間違いありません。しかしアシュが先ほども言ったように、その石が本当のことを言っているのか分からない以上信用しきれません。それに仮にその石に協力してダンジョンを踏破したとしても、それから先はどうするのですか? 元のようにダンジョンコアに戻って、そのまま私達を攻撃するという事も十分考えられますよ」

「それは……」

「まだありますよ。百歩譲って協力したとしましょう。なんとかダンジョンを踏破したとして、ダンジョンコアが私達を攻撃しなかったとしましょう。…………それで私達に何の利益がありますか? まさかダンジョンコアが二つ手に入るなんて言うんじゃないでしょうね?」

 

 そんなことは言わない。だってだ。そこまで行ったらもうコイツは半ば仲間みたいな関係になっていると思う。そうなったらもう売るなんて話にはならない。ジューネが言っているのは多分そういうことだろう。

 

 なんだかんだジューネも商人としては取引相手に優しい方だと思うからな。簡単にそういう事態が予想できる。

 

「利益か。まぁ正直に言って…………あんまりないな。ダンジョンコアも結局は一つしか手に入らないし、そのくせ苦労は並大抵じゃないときた。なにせ巧妙に隠されていたダンジョンの入口を見破り、このやたら複雑な作りの内部を潜り抜けて最深部まで辿り着いたんだから。相当な強敵だろうな」

「それならば何故?」

「決まってる。こっちのコアの方が長い目で見たら良いと思ったからだ」

 

 これはダンジョンコアと話していて思ったのだが、コイツは人に対して特に害意を持っていない。戦うことを好まなかったというマスターの影響を受けているのかもしれないが、こっちから仕掛けなければ多分襲ってくることはないだろう。ダンジョンの構造も、自分から侵入者をどうこうしようという類の罠はほとんどなかったしな。

 

 対して新しく替わった方はどうにも怪しい。普通ダンジョンコアを入れ替えるなんてするか? それによくそんな物を手に入れられたなと思う。技術として世間に出回っているのなら分かるが、ジューネ達の反応を見ているとその確率はほとんどない。

 

 どうにもそういう胡散臭そうな奴がダンジョンを好き勝手にするよりは、周りに迷惑かけずに引きこもっている奴の方が良い気がする。という事をジューネ達に説明すると、

 

「………………う~ん」

 

 予想以上に悩んでいる。短期的に考えればすぐに町に向かって石を売り払った方が良い。しかし新しいダンジョンマスターとダンジョンコアがどういうものか分からない以上、放っておけばドンドン状況が悪化する可能性が否定できない。勿論この石の言う事を信じるという前提の元だが。

 

「なあトキヒサ。その石は俺とは話は出来ないのか?」

「どうでしょう。俺は持っていたから声が聞こえたわけですが、アシュさんも持ってみますか?」

「分かった。試しにやってみよう」

 

 アシュにそう言われて、俺はダンジョンコアをそのまま手渡す。

 

「ほぅ~これが」

 

 アシュさんは持ってみて軽く目を閉じる。あれはイザスタさんがヌーボと話をする時の姿に似ているな。もしやアシュさんもそういう能力が?

 

「………………うおっ!? 何か声が聞こえてきたな。ふむふむ。成程な」

 

 どうやら石の方からアシュさんに話しかけているらしく、アシュさんは時折ふむふむと相槌を打ちながら俺達から少しだけ離れる。別に話の内容ぐらい聞かせてくれても良いのに。それから一分ほどしてまた戻ってきた。そして開口一番。

 

「多分コイツは嘘を吐いていない。トキヒサに語ったことも本当だろう。だから安心していいぞジューネ」

 

 と自信満々に言ってのけた。何故だろう? その言葉には妙な説得力があった。それを聞いて、ジューネはますます考えこんでいる。何か気になることでもあるのだろうか? そしてしばらくの間じっとしていたかと思うと、突如声をあげて「……決めました」と呟いた。

 

 いよいよか。俺は姿勢を正してジューネの答えを待つ。ちなみに石は今度はエプリに手渡され、そのまま耳元に当てられていた。貝じゃないんだから海の音とかは聞こえないぞ。

 

「結論から言いますね。トキヒサさん。色々と考えたのですが…………やはり私はこのままダンジョンを出て町へ向かった方が良いと思います」

 

 どうやらジューネを説得することは出来なかったらしい。

 




 スケルトン王に俺はなるっ! ってことがやれますね。


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第六十四話 人は引っ張り、骨は押す

 

「……ダメだったか」

 

 俺はがっくりと肩を落とした。色々言ってはみたが、こればっかりは俺一人で行くわけにもいかないしな。石は俺たち皆で見つけたものだから、自分だけの意見を通すことは出来ない。

 

 ジューネがそう言うってことは自然とアシュさんもそっちに味方するだろうし、ここで仲間割れする訳にもいかない。仕方ないが諦めるしかないか。許せ野良のダンジョンコア。

 

「あの、何か勘違いしてませんか?」

「…………へっ!?」

 

 ちょっぴり落ち込んでいた俺に、ジューネが不思議そうな声で言う。何だよ? こっちはしょんぼりモードだから優しくお願いします。

 

「私はダンジョンを出て町に向かった方が良いとは言いましたが、今すぐに売り払おうとは言っていませんよ」

「っ!?」

 

 おや、なにやら流れが良い感じになってきたぞ。俺はその言葉を聞いてむくっと起き上がる。

 

「確かに長期的な視野で見れば、こちらの方が良いのかもしれません。しかし今の戦力では、たとえその石の力を合わせてもダンジョンの踏破は難しいでしょう。苦労の割に儲けにはあまりなりませんしね。なのでより確実に戦力を増やしつつ、そしてより多く儲けるために動きます」

「ちなみに具体的には?」

「簡単です。私が元々情報を売りつけようとしていた相手。このダンジョンにやってくる調査隊ですよ」

 

 そう言えば元々ジューネ達はそのために来ていたんだよな。調査隊より先にこのダンジョンを調査して、情報代をせしめるのが目的だった。当然初見の場所に突入する調査隊なのだから、それなりの戦力を揃えているだろう。そこにこのコアを売り込むという事か。

 

「これまでの情報と共にこのダンジョンコアを売り込みます。調査隊にとっても利の有る話ですから、交渉自体には乗ってくる可能性が高いでしょう。後は互いにどこまで信用できるかという点ですが、そちらのコアについてはアシュも大丈夫だと言っているのでおそらく問題ありません」

 

 う~む。アシュさんの信頼度高すぎだな。一言ああ言っただけでジューネが素直にコアの言っていることを信じたぞ。……ここまで頑張って説得しようとしていた俺の立場は? ちょっぴり涙目になりそうだ。

 

「後は向こうの調査隊の方ですが……こればかりは実際に会ってみないとなんとも言えませんね。まあ何人かは知った顔もいるでしょうが、指揮官によって集団と言うのは大分変りますから」

 

 確かに上に立つ人が誰かによって部下の動きとかも違うよな。人間関係によっても相当変わるし。

 

「という事で、ひとまず当初の予定通りダンジョンから出て町へ向かいます。ここまでで異論はありませんか?」

「俺は雇い主様についていくだけだぜ」

「私もダンジョンから出るまでは異存はないわ」

 

 いつの間にか集まっていたアシュさんとエプリはそのまま同意する。早く医者に見せたいバルガスは言わずもがな。ちなみにヌーボ(触手)改めボジョは、さっきからコアや動きを止めたスケルトンをしきりに触手で撫でまわしている。うっかり溶かすとか壊すとかしないでくれよ。

 

「よっしゃ。それで行こう。……ただ一つだけ問題がある」

「問題? 何ですか?」

「……一つ聞くけど、このコアが何で宝箱の中に押し込められていたか分かるか?」

 

 ジューネは少し考えるが、答えが見つからなかったようで首を横に振る。

 

「答えは簡単。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。ダンジョンコアが壊れたりダンジョンの外に出ると、その時点でダンジョンのモンスターが消滅する。今のダンジョンは二つのダンジョンコアが有るからダンジョン自体の崩壊は無いだろうけど、こっちのコアが作ったモンスターは消えてしまう可能性があった。もしそうなったら上部数階層は完全に丸裸だ」

「……残るのはただ広いだけのダンジョン。罠と食料さえ気を付ければ踏破されてしまう。再配置しようにもこちらのコアが造った部分には手が出せない。まず()()()ダンジョンを下に増設してからじゃないと動けなかったという事ですか」

「多分な。用意が出来るまでは幽閉扱いだったんだと思う。それとあの隠し部屋に関しては、元々こっちのコアが造りかけだったらしい。造りかけだったから少し介入できたって所かな」

 

 これであの隠し部屋の違和感の正体が分かった。違う奴が造っていたんだからちぐはぐになる訳だ。

 

 それにあそこは宝を護る部屋じゃなくて、宝を閉じ込める部屋だったんだから罠も当然多い。あのダンジョン内であればコアの修復も多少は可能だろうから、罠が少々過激になっても構わないと。

 

「つまり今このコアを外へ持ち出すと、中のモンスターがほとんど消える可能性がある。今消えるとコアの能力が証明できないから、その分交渉が難しくなるってことなんだ」

「……厄介なのは可能性があるという事ですね。絶対に消えるのならそれはそれで売り込み方もありますが…………」

 

 俺とジューネは揃って頭を抱える。コアを外に出すのは避けたい。かと言ってここに置きっぱなしと言うのもマズい気がする。今のところ取り戻した護衛はスケルトン一体のみだ。これでは何かあった時に守り切れない。

 

 ……一応こっちのコアにも()()()があるのだが、エネルギー消費が激しいらしくあまり使いたくないらしい。さてどうしたものか。

 

「ちなみにコアが外に出てモンスターが消滅した場合、その分のエネルギーはどうなるの?」

「その場合残ったダンジョンコア。つまり向こうのコアのエネルギーになるな。むざむざ相手を強化するというのは嫌だな」

 

 エプリの質問に夢の中で聞いた話で返す。折角今は向こうが手を出せないのだから、なるべくこちらのコアで押さえておきたい。倒してエネルギーにするかそのまま制御を取り戻すかは別にしても。

 

「じゃあ一時的に誰かがこのコアと一緒に残って、その間に他の奴が外に出て交渉するというのはどうだ?」

「それでも良いですが、交渉がどれだけかかるか分からない以上移動の手間も考えると、場合によっては数日はかかります。流石にそれだけの期間をダンジョンに置き去りと言うのは……」

 

 だよなぁ。自分でも言ってるうちにこれはダメだって思い始めたもんな。だとするとどうすれば……。

 

「…………悩んでいても仕方がありませんね。立ち止まっていても時間が過ぎていくだけですから、この件は移動しながら考えるとしましょうか。入口までは二、三時間も歩けば到着します。それまでにスケルトンに会うようでしたら戦力に加えていくということにしましょう」

 

 そのジューネの鶴の一声で、俺達は入口目指して移動を再開した。……のだが、

 

 

 

 

「はぁ。はぁ」

 

 肝心のジューネは歩き始めて一時間ほどでもう息も絶え絶えだ。無理もない。これまでの探索でも疲れが出ていた上に、昨日は大変だったからな。宝を見つけたばかりの時はアドレナリンがドバドバ出ていたから平気だったろうが、今は完全に反動が来ている。ハッキリ言うと全身筋肉痛だ。

 

 身体のあちこちに湿布のような布を張り付けて、痛みで時折呻き声をあげながら歩く商人少女。……誰得だと言うんだこんな状況。

 

 エプリもまだ微妙に疲れが残っているようで、息切れこそ起こしていないものの動きのキレが悪い。ちなみに俺の体調はほぼ万全に戻っていた。これもアンリエッタから貰った加護による身体強化のおかげだな。身体が回復しやすいというのはそれだけで助かる。

 

 さてここで問題だ。明らかに足取り重く疲れが溜まっている少女が一人。対してこっちは疲れのほとんど残っていない荷車の牽き手。そして荷車には外付けの追加部品があり、その部分に少女一人くらいなら乗せることが出来る。これらの情報から俺に起こる展開を予想すると、

 

「……まあこうなるわな」

 

 俺はバルガスとジューネ、そして二人を護りながら周囲を警戒するボジョを乗せた荷車を力の限り牽いていた。当然ジューネの荷物である巨大リュックサックも一緒なため、合計の重量は三桁に届くんじゃないだろうか? 本当に加護で強化されていて良かった。

 

「大丈夫かトキヒサ? ……すまないな。ジューネまで乗っけてもらって」

「……それにしても体力があるわねアナタ。護衛する方としては助かるけど」

 

 時々前を行くアシュさんやエプリが、歩きながらペースを落としてこちらを気遣ってくれている。ありがたいけどこっちは大丈夫だ。()()()()もいるしな。俺は軽く荷車の後ろの方を振り返る。そこには、

 

「「…………」」

 

 道中でコアが制御を取り戻したスケルトン計七体。コイツらがカタカタと骨を鳴らしながら荷車を押す姿があった。コイツらは結構力が強いので、三体ほどに後ろから押してもらうことで大分楽になった。残りはボジョと同じように周囲の警戒をしながらついてくる。

 

 傍から見ると荷車が襲われているように見えるかもしれないな。バルガスなんか起きて後ろを見たらかなり驚いていた。そのまままた気絶した方が良かったかもしれないが、今は目を覚ましている。

 

 これまではなるべくスケルトンに会わないルートをエプリとアシュさんが選んでいたが、今はコアが居るのだから単純に最短距離を進めばいい。出会ったスケルトンは片っ端から制御を取り戻し、むしろ戦力が強化されるという具合だ。敵が味方になるっていうのはどこか燃えるな。

 

「これだけいれば護衛としては何とかなるんじゃないかジューネ?」

「そうですね。……まだ不安は残りますが、向こうのコアがこの階層に手出しが出来ないのであればしばらくは大丈夫だと思います。あとはこのダンジョンに他の誰かが来た場合ですが…………スケルトンばかりで倒しても旨味が無いのにわざわざ攻撃する者もあまりいないでしょう」

 

 ジューネは横になりながらそう話す。無理に身体を起こそうとすると痛がるので、そのままでいるようにと俺とアシュさんで説得した結果だ。

 

「そうだな。わざわざこんなスケルトンばかりの場所に好き好んでくる奴はそうは居ねえよ。俺もこんなことにならなければ来ることはなかったと思うぜ」

 

 バルガスも後ろのスケルトンを気にしながら言う。まあ普通は出会って数秒でバトルの相手だもんな。それが自分のすぐ近くで黙々と荷車を押しているのだから落ち着かないか。しかしこれなら大丈夫そうだな。

 

『ありがとう。この調子なら何とか戦う目途が立ちそうだよ』

 

 いきなり懐に入れているダンジョンコアから声が聞こえてきた。今は持っている相手にしか言葉を伝えられないらしいので他の人には聞こえていない。

 

「良かったな。だけどありがとうって言うのはまだ早いぞ。まだ交渉は始まってもいないんだから」

『分かってるよ』

 

 知らない人が見たら独り言をぶつぶつ言っている危ない奴に見えるが、全員コアのことは知っているので何も言わない。そのまま少しコアのことやこのダンジョンのことについて話していると、先頭を行くアシュさんが声をあげた。

 

「もうそろそろ入口に着くぞ。ここから出たら一気に環境が変わるからな。気を付けろよ!」

 

 いよいよか。俺のこの三日間のダンジョン生活も、遂に終わりを迎えようとしていた。

 




 目を覚ましたら骸骨の群れ。バルガスも気が気じゃなかったでしょうね。

 次回、遂に時久はダンジョンを出ます。お楽しみに!


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第六十五話 外の世界へ

 

 アシュさんの言葉を聞いて、俺達の勢いは格段に上がった。正確に言えば俺とジューネの勢いだ。ジューネは少し疲れが取れたと言って荷車を降り、自分の足で再び歩きはじめる。

 

 俺もいよいよ外に出られると思うと、自然と足取りも軽くなる。ジューネが降りたことで本当に重量が軽くなっているのも大きいか。

 

 何しろ実のところ、俺はこの異世界に来て一度もまともに外に出ていない。最初はいきなり牢屋からスタートだったし、やっと出られると思いきや今度はダンジョンの中だ。ず~っと屋内だったので外への期待はとても大きい。

 

「……もうすぐよ。風の流れがよりはっきりとしてきたわ」

 

 エプリの言葉にますます奮い立つ俺。額から汗をダラダラと流しながらも全く気にならない。そして歩き続けることしばらくして。

 

「…………見えたぞ! 外の光だ!」

 

 アシュさんが通路の先を指さす。まだ少し距離があるようだが、かすかにだがそこには光が見えた。そして先ほどから、前方から風が吹いているのを感じる。…………間違いない。外だ! 

 

 俺達はタイミングを合わせたわけでもないのに自然と同時に走り出していた。この時ばかりはジューネも疲れを忘れて猛ダッシュだ。エプリやアシュさんも周囲を警戒しながら走る。

 

 俺はバルガスの乗った荷車を牽きながらなので他の人に比べて遅かったが、それでも負けじと走る。……あとスケルトン達もカタカタと音を立てながら走る。何か追われているように見えるのは気のせいだろうか?

 

 

 

 

 走って、走って、走りぬいた先で、遂に俺達はダンジョンの入口に到達した。そこから見えたのは……。

 

「…………うわぁ」

 

 そこに広がっていたのは、荒涼とした岩場だった。よく見ればあちらこちらに砂塵が舞い、どうにも埃っぽい乾燥した風が吹いている。どことなく西部劇の舞台を思わせる景色。どこを向いてもごつごつした岩場ばかりで色気も何もない風景だが……空だけはどこまでも澄み切った青空だった。

 

「何か久しぶりに見た気がするなぁ。青空。…………おっと」

 

 急に明るくなったので眩しくて目を細める。ずっと真っ暗なダンジョンの中にいたからな。しばらく目を慣らさないとダメだなこりゃ。俺はダンジョンの入口で立ち止まる。これ以上進んだらコアがダンジョンを出てしまうからな。

 

「まず俺とエプリの嬢ちゃんで周囲を探るから、もう少しここで待ってな」

「分かりました。…………ここで一度お別れですね」

 

 ジューネが俺に向かって、正確に言えば俺の持っているコアに向かって言う。……そうだな。交渉がどのくらいで終わるかは分からないがしばしのお別れだ。

 

『短い間だったけど助かったよ。こちらでも待っている間に出来る限り戦力を集めておく』

 

 俺は入り口付近で整列して待機しているスケルトン達を見る。確かにダンジョンを取り返すにはあれだけじゃ足りないだろうからな。今のダンジョンコアとマスターがどれだけの相手か知らないが、一度踏破されたぐらいだから相当なものだろう。戦力が多いに越したことはないな。

 

「分かった。こっちも交渉が成功しても失敗してもまた来るからな」

 

 これは移動しながら決まったことだが、交渉の結果に関わらず十日程で一度ここに戻ることになっている。そのままダンジョン攻略と言う風になるかどうかは分からないが、コアは最悪の場合取り戻した手勢だけで再び戦いを挑みかねないからな。上手く交渉が進むことを祈る。

 

 ちなみに次来た時、野良のスケルトンと間違えて戦いにならないように、互いに合言葉ならぬ合印を決めておくことにした。手勢のスケルトン達は皆身体の何処かに白い布を巻いているのだ。

 

 この布はジューネが扱っていた売り物であり、大量に渡しておいたのでそう簡単には品切れにならないだろう。ちなみにその代金(三百デン)は俺持ち。コアが金が無いからって何故に俺が? 解せぬ。

 

 逆にこちらは腕に黒い布を巻く。元々暗いダンジョン内では色は識別しづらいのだが、スケルトン達は暗くても関係ない。布を巻いた相手は攻撃せず、コアの元に案内するようにという指令を出しておけば初対面のスケルトンでも大丈夫だろう。

 

「…………近くに危険な生き物は居なさそうね」

「こっちも大丈夫そうだ。ここから近くの町まで一気に行くぞ。荷車のことも考えると三時間はかかるからな。準備は良いか?」

 

 二人の周囲の探査が終わり、いよいよ出発の時を迎える。俺はスケルトン達の一体にコアをそっと差し出した。スケルトンは恭しくそのコアを受け取って、これまたジューネから買った小さな袋に入れて首から下げる。事前にコアに確認したが、このくらいの袋なら入った状態でも周りのことが分かるらしい。これなら落としたりしないだろう。

 

「……じゃあ、またな」

 

 俺はそう言って、ダンジョンの外へと歩き出した。最後に後ろを見ると、コアを受け取ったスケルトンが頭を下げていた。まるで礼を言うかのように。俺は見送りを確かに受け取って、エプリ達と一緒に外に出る。必ずまた来るからな。

 

 

 

 

 俺達はアシュさんとエプリの先導の元、近くの町に向かった。道中はごつごつした岩場ばかりで荷車が進みづらかったが、幸い途中から少しずつ歩きやすい平原に変わっていった。風も埃っぽい物から、どことなく草の薫りを感じさせるものになる。

 

 ここだけ見るとちょっとしたピクニックのようにも感じるな。まだ時々岩が散見されるが、これくらいならのどかだ。

 

「しかし、太陽はこちらでも同じなんだなあ」

 

 俺はようやく明るさに慣れてきた目を少し上の方に向ける。その青空には、地球とあまり変わらない太陽がさんさんとこちらを照らしている。

 

 色合いも形も大きさも別に違わない。まあもし太陽がもう少し地球に近かったり遠かったりしたら、環境は全然違うものになっていたというらしいからな。ここの環境が地球の物と近いとすれば、こっちの太陽かそれに近い物も逆説的に地球の物に近いという事だろうか? 少し気になった。

 

「こちらでもって……国によって太陽の色でも違ったりするんですか?」

 

 ジューネが俺の呟いた言葉に不思議そうな顔で反応する。……そう言えば、ジューネ達には俺の能力のことは説明したが、『勇者』のこととかは言っていなかったな。どう誤魔化したもんか。

 

「いや、そうじゃなくて…………そう! 暑さ! こっちでも暑いなあって思ったんだ」

「暑いですか? 今は丁度良い具合だと思いますけど。季節も丁度春ですし、風も気持ちいいですよ」

 

 確かにそよそよと風が吹いていて、暑いというにはやや無理がある。ちなみに以前イザスタさんから聞いたのだが、この世界にも四季はあるようで、地球と同じく月日の概念がある。

 

 ただし十二月というのは同じだが、日にちだけは三十日で固定のようだ。それと週の概念もないらしく、日付を指定する時は~月の~日と言うらしい。まあ分かりやすいと言えば分かりやすいのだが、閏年とかどうなっているのだろうか?

 

「これで暑いって、トキヒサの出身は相当寒いところらしいな。それじゃあこれから夏になったら大変だぞ」

「いや、そうでもなくて。むしろ俺が出発した時はこっちは夏休みだったからこっちの方が暑かったというか」

 

 うまく説明したいのだけど、下手なことを言ったら異世界云々のことも言わなければならなくなる。かと言って嘘を吐くと言うのも出来ればしたくはない。……え~いどうしたら良いんだ。俺が頭を抱えて悩んでいると、不意にエプリが鋭い声をあげる。

 

「…………静かにっ! 何か近づいてくるわ」

 

 その声を聞いて前方をよく見ると、小さくだが砂ぼこりが遠くに立っているのが見える。規則的に立っていることから何かが移動しているようだ。

 

「そうみたいだな。あの感じだと……人だな。それも少なくとも数十人規模だ」

 

 アシュさんは手をひさしにして遠くを見ながら言う。ここからあそこまで結構な距離があると思うのだけどよく分かるな。視力が相当良いみたいだ。

 

「ここは街道からは少し離れたところにあります。商人の一団にしては通る必要性がありませんね」

「……盗賊の類でもなさそうね。それにしてはあまりに気配を隠さなすぎだもの。あんなに砂ぼこりをたてて歩いていたら見つけてくださいと言っているようなものだわ」

 

 商人でも盗賊でもないか。すると何だろうか? ますます分からなくなってきた。そう言っている内に、少しずつだがその謎の集団はこちらに近づいてくる。このままだとあと数分もすればぶつかるだろう。

 

 まったく。ようやくダンジョンから出て一息つけると思ったのに、またややこしいことの気配がするよ。いつになったら真っ当に金を稼いで元の世界に戻れるのやら。

 




 これにて第二章は完結です。一度キャラクター紹介を挟んでから第三章に移ります。

 ついにダンジョンを出て歩きはじめる時久達。そこに現れる謎の集団。彼らは一体何者なのか?

 この時点までで結構ですので、面白いとか気になるとかつまらないとか思った方は、是非ともその分の評価をポチっと押して頂ければ幸いです。

 感想、お気に入りなども大歓迎ですのでお気軽にどうぞ!


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キャラクター紹介(第二章終了時点)

 

 キャラクター紹介(第二章終了時点)

 

 桜井時久(さくらいときひさ)

 

 ダンジョンにいきなり跳ばされるものの、むしろ絶好調でテンションがおかしくなっている主人公。これもロマンです。

 

 色々あって同行者が少しずつ増えている。周りがスペックが高い者ばかりなので若干空気になりつつあると本人は実は思っていたり(ただし周りからすれば十分時久も存在感がある)。

 

 半ば強引だが真っすぐなプロポーズ(に似た説得)でエプリと交渉。ひとまず狙われることを回避し、ダンジョンから出るまでの護衛契約を結ぶ。

 

 その後もアシュ、ジューネとの出会いやダンジョンコアとの遭遇など、どんどん同行者が増えて大所帯に。数の力は強いのです。

 

 自身の加護『適性昇華』により全属性の適性が少しあるという器用貧乏状態。それぞれ今の段階ではごくごく初歩しか扱えないが、それによって仕掛箱の解錠が可能になった。……開けて良かったのかどうかは別として。

 

 現在はダンジョンから出て近場の町まで移動中。

 

 

 

 

 アンリエッタ

 

 いきなりのお怒りモードから始まり、なんだか最近私の出番が減ってるんじゃないかしらと思う今日この頃な女神様。

 

 時久が自分から危険に突っ込んでいくのを怒ってはいるものの、課題の評価に繋がるので止めづらいという複雑な心境で、一応時久の身を心配している微妙なツンデレ系。

 

 ダンジョンのことについてはそれなりに知っているようで、まだこの世界のヒトの中で一般的ではない情報も持っている。ダンジョンコアのこともいち早く感づいていたようで、時久にコアについて忠告している。

 

 

 

 

 エプリ

 

 傭兵。仕事人。即興軍師。混血。そして……一応ヒロイン? はっきり言い切れないのが悩ましい所。

 

 ダンジョンで目覚めてすぐ時久を殺そうとしたが、彼のプロポーズ紛いの交渉に何か思うところがあったのか中断。ダンジョンを出るまでの間護衛契約を結ぶことに。

 

 仕事ぶりは極めて真面目であり、払われた対価の分はしっかり働く。護衛のために自らが危険の中に飛び込むことも厭わない。……雇い主が正しく対価を払い続ける限りは。

 

 頭の回転も速く即興で作戦を立てることも。ただし戦術を立てる才は有っても戦略を立てる才はやや劣る。仕事柄多少であれば罠の知識もあり、簡単な物であれば作成も出来る。どちらかと言うと殺傷用より警戒用の物が得意。

 

 混血の証として雪のような白髪と赤い瞳を持ち、それを他人に見せないために常にフードを深く被っている。混血は国の大多数で忌まわしいものとされるが、そのせいもあってあまり他者と深く接することを好まない。ただ仕事に必要とあれば最低限の情報の共有はする。

 

 戦闘スタイルは主に風属性魔法による中距離戦。相手と距離を一定に保ちながら体力を削っていくスタイル。近距離戦は得意ではないが、出来ない訳ではない。

 

 魔力総量はかなり高く、精密なコントロールも得意。同じ魔法を()()()ことで威力を倍加させたり、同時に別々の魔法を使ったりと技も豊富。

 

 意外に腹ペコ属性持ち。時と場合にもよるが、成人男性の倍ぐらいは軽く平らげる。これは使用した魔力を補うためが大半だが、出自と幼少期の出来事も大きく関わっている。……ちなみにそれだけ食っても体型が縦にも横にもあまり変わらない体質。祝福であり呪いでもある。

 

 時久に対してはあくまで雇い主と護衛という態度を崩さないが、何か思うところはある様子。

 

 

 

 

 ジューネ

 

 身長百四十九センチ。体重は秘密。十四歳。

 

 時久がダンジョンで出会った少女。蜂蜜色のストレートヘアーを腰まで伸ばし、前髪を花を模った髪留めで軽く留めている。服は簡素な布製だが、実はそう見えるだけで見る人が見れば分かる程度には上物。時久はあまり気付いていない。

 

 いつも自分より大きいリュックサックを背負っていて、後ろから見ると姿がすっぽり隠れるほど。軽々と背負ってはいるが、それはジューネが怪力だからではなくリュックに仕掛けがあるため。

 

 このリュックは特別な仕掛けがしてあり、上部の留め金を外すことで即座に変形、展開する。簡易的ではあるが屋根と椅子、商品棚が設置され、品物さえあれば即座に商店として機能できる。他にも明らかにリュックサックとしての容量を超えて収納出来たり、空間系の魔法やスキルの使えないダンジョンにおいても作動したりと謎が多い。

 

 ジューネがこのダンジョンに来たのは調査のため。調査隊が来るより早く突入し、内部情報を調べて高く売りつけるのが目的。ついでに何か貴重な宝が発見できればなお良しとの考えだったが、特にお宝もなく資源になりそうな物もない。なので早々に引き上げようとしていた所時久達と遭遇。時久達をお客様兼同行者ととらえ、共に行動することに。

 

 接客中は通称商人モード(時久命名)という状態になり、やや大げさかつ芝居がかった喋り方と営業スマイルが繰り出される。ちなみにこれは育ての親の影響が色濃い。

 

 常に金儲けのことを考えていて、儲け話には目がない。また宝のために危険地帯へ向かうこともしばしばだが、これは無鉄砲というよりも同行者(アシュ)への圧倒的信頼感からのもの。本当にいざとなったら必ずアシュが助けてくれるという気持ちから。

 

 また()()()()()()礼節を重んじ、エプリが混血だと知った直後は腰が引けたものの、すぐ後にお客様に対して無礼だったと謝ることが出来るくらいには真っすぐ。

 

 自身の戦闘能力はほぼ皆無であり、何かあったら咄嗟にアシュなどの背に隠れる癖がある。またリュックを展開させずに何かを取り出す際、物が多すぎて時々目当ての物が出てこなかったりする。

 

 

 

 

 

 アシュ・サード

 

 身長百七十六センチ。体重七十キロ。見た目は二十歳くらい。

 

 時久達がダンジョンの中で出会った人。金髪碧眼でどこか着物にも似た、空色を基調とした服を身に着けている。時久曰くどことなく涼やかなイメージのある優男。腰に二振りの刀を提げており、片方は鍔の辺りが鎖でグルグルに巻かれた上に赤い砂時計を模した錠前で封印されている。

 

 ジューネの用心棒。常に飄々とした態度を崩さず、用心棒なのに勝手に離れたりと自由気ままな行動をとる。しかしそれは周囲が安全であると分かった上でのことなので、ジューネもある程度は小言だけで許容している。

 

 剣の達人。その剣捌きは動体視力も強化されている時久がまるで見えなかったほど。凶魔化していたバルガスから時久を助け、さらに負担がかからないような速さで魔石を摘出してみせた。

 

 相手が嘘を吐くと察知できるという能力があるが、これが加護によるものかスキルによるものかは不明。アシュ曰く誰でも練習すればこのくらい出来るようになるとのこと。生きた嘘発見器。

 

 実はイザスタとは家族のような関係。子供の頃の教育係兼育ての親らしいが、色々あったようでイザスタの名前を聞くだけで冷や汗を流して反応するレベル。苦手ではあるが大切な人。

 

 

 

 

 ボジョ

 

 元ヌーボの触手の一本。ケーブスライム。

 

 牢獄で時久が跳ばされる際に身体に巻き付いていた触手。それにヌーボの核の一部が分裂、移動したもの。ヌーボが直前にウォールスライムからケーブスライムになっていることから、ボジョもまたケーブスライムである。

 

 ヌーボが牢獄で、イザスタから時久を守るよう命令を受けていることから、ボジョもまたその命令を継続している。跳ばされた直後に倒れているエプリを攻撃しなかったのは、時久がエプリを助けようとしていたのを知っていたため。空気を読むスライムなのです。

 

 触手一本分ではあるが、元のスペックが高いことからスケルトン数体程度なら一体で撃破可能。ボーンビーストで少し苦戦するかどうかといった所。

 

 スライムなので身体を伸ばして叩きつけたり、内部に取り込んで消化することが基本攻撃手段。ただそこまで大きくはないが、瞬間的なパワーと瞬発力なら強化された時久と良い勝負。

 

 時久がボジョと名付けたことで、実は()()()()()()テイムされている。テイムの効果によって能力がさらに向上しているが、時久はまだテイムしていること自体を知らない。

 

 そして()()()()()()()イザスタの眷属でもあるので、マスターが二人いるという中々に複雑な状態と言える。

 

 

 

 

 バルガス

 

 ダンジョンの中でゴリラ凶魔として暴れまわっていた男。時久とエプリに襲いかかるも撃退され、アシュの手によって魔石を摘出、ヒトの姿に戻る。

 

 元々はCランクの冒険者。ソロで活動していたが、ある時何者かに魔石を埋め込まれて凶魔化されたらしい。凶魔化の影響で身体が衰弱し、現在は時久の牽く荷車で寝たきり状態。

 

 

 

 

 ダンジョンコア

 

 ダンジョンを乗っ取られるという前代未聞の事態に陥っているダンジョンコア。

 

 隠し部屋に幽閉されていたが、時久が宝箱から出したことで少しずつではあるが力を取り戻しつつある。コアとしての権能で、自身の生み出したモンスターなら制御下に置くことが出来る。

 

 時久と別れてダンジョンに残り、戦力を整えるべく活動中。

 




 大雑把にですけどキャラクター紹介です。

 次の章の始まりは多分今日中に投稿します。流石にそろそろ投稿ペースが落ちてきますが。……一日数話投稿はストックの減りが早いのです。


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第三章 ダンジョン抜けても町まで遠く
第六十六話 用心棒と調査隊


 第三章開幕です。


 

 近づいてくる人達は何者か分からない。さて、どうしたものか。

 

「エプリの嬢ちゃんとトキヒサは、ジューネとバルガスを連れて隠れてな。大丈夫だと思うが念の為だ。俺がまず話をしてみる」

「何を言うのですかアシュ!? 私も一緒に行きます。交渉事なら私が居なくてどうしますか!」

「…………分かったよ。じゃあジューネは俺と一緒に居な。まあいざとなったら護りながら逃げるくらいは出来るさ」

 

 よく見れば微かにジューネの足が震えている。それでもついていこうとするのを、アシュさんは仕方ないなあという顔をしながら渋々認める。荒事になっても何とかなる自信があるのだろう。

 

 俺とエプリは言われた通りに近くの岩陰に身を隠す。俺も出ていきたいが、下手に足手まといになったら目も当てられないからな。ここは我慢だ。

 

 そのまま少しそこで待っていると、ようやく謎の集団の姿がはっきりと見えてくる。それは……。

 

「……何だあれ?」

 

 数は全部でざっと三十人と少し。そのうちの大半が揃いの濃い緑色の制服を着て、これまた揃って馬に騎乗している。馬もただの馬ではなく、尾がいくつも生えていて少し額から角らしきものが見えるものだ。ユニコーンの親戚かね? ファンタジーならユニコーンでもペガサスでも居たっておかしくはないが。

 

 集団はアシュさん達を見つけたらしく、そのまま近づいて行って少し前で動きを止める。そのまま指揮官らしい少し他の人より服装が立派な人が馬から降り、そのままアシュさんに向かって歩いていく。アシュさんの方も近づいていく。これから何が起こるのかとひやひやして見ていると、

 

「…………えっ!?」

 

 なんと、互いに手を出してがっしりと握手したのだ。エプリが知らなかっただけでこの世界にも普通に握手はあったらしい……じゃなくて、あの人は知り合いだったのか? アシュさんはそのまま何か話したかと思うと手を離して、ジューネと共に俺達が隠れている方に向かって歩いてきた。

 

「もう大丈夫だぞ。話はついたからな」

「まったく。心配して損しました」

「あの、何が何だかよく分からないんですけど、あの人たちはアシュさんの知り合いですか?」

 

 気楽な態度で言うアシュさんと、完全に震えも止まって落ち着いた感じのジューネ。二人だけで納得してないでこちらにも説明してほしいのだが。

 

「それが奇妙な偶然がありまして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()

「あと隊長は俺の知り合いだな。飲み友達だ」

 

 調査隊って町にいるという話じゃなかったっけ? あと飲み友達って何? まあ早く合流できたことは良いことか。俺は頭の上にはてなマークを浮かべながらも、何とか前向きに考えることにした。

 

 

 

 

「おおっ! あなた方がアシュ先生のご友人で?」

 

 話がよく分からないまま、俺達は調査隊の隊長さんと引き合わされた。隊長さんは隊長と言うにはまだ若く、二十代半ばくらいだろうか? 人の好さそうな顔をしていて優しそうな印象の人だ。……というかアシュ先生って?

 

「私はこの度ダンジョンの調査隊の隊長を任じられました、ゴッチ・ブルークと申します。アシュ先生には大変お世話になりまして、この度またお会いできて嬉しく思います」

 

 隊長さん……ゴッチ隊長は、ビシッと姿勢を正してこちらに敬礼する。見れば他の調査隊の人達も馬から降りて敬礼している。……アシュさん一体何したんだ?

 

「ああ。以前少し縁があってな。一時期ちょっとだけ剣とか体捌きとかを教えたことがある。……よく見たら今回の調査隊はその時の奴らばかりだな。お前ら元気にしてたか?」

「「「はいっ! 先生!」」」

 

 なんか物凄く慕われている。しかし先生って……アシュさん二十歳くらいの見た目だけど、調査隊の人達明らかに年上の方々も結構いるんだよな。どうにも違和感がある。年功序列の考え方がある日本人特有の物かな。

 

 アメリカとかだと実力主義だから年齢関係ないかもしれないけど、異世界もそんな感じかね?

 

「しっかし調査隊が来るとは聞いていたがゴッチが隊長とはねぇ。ダンジョンの場所的に来てもおかしくはないとは思っていたが、順調に出世しているじゃないか」

「全て先生の薫陶のおかげです。短い期間ではありましたが、様々なことを教わりました」

 

 肩を組んで笑いながらそんなことを話しているけど、その合間合間にアシュさんがゴッチさんの背中をバンバン叩いている。微妙に隊長が痛そうな顔をしているのでそろそろやめたげて。

 

「アシュ。もうそろそろ」

「おっといけね。つい知り合いに会ったもんで嬉しくてな。悪い悪い」

 

 アシュさんはそう言われて姿勢を正すと、ゴッチさんに向き直って少しだけ真面目な顔をする。

 

「ゴッチ。紹介するぜ。まず俺の今の雇い主のジューネ。それとこっちが途中で知り合ったトキヒサとエプリ。それとそこの荷車で寝ているのがバルガスだ」

「ジューネと申します。しがない商人をしています。何か入用な物があれば是非ご一報を」

「トキヒサって言います。どうぞよろしく」

「……エプリよ」

 

 アシュさんが順々に俺達を紹介していく。ゴッチさんも一人一人よろしくと握手していく。第一印象通り良い人みたいだ。そして極めつけは、

 

「……あまり利き腕は預けたくないの」

 

 とどこぞのスナイパーみたいなことを言って握手をしようとせず、おまけにフードを被ったままで思いっきり失礼なエプリの態度にも別に怒らない。それどころか「私が何か気に障るようなことをしてしまったのでしょうか?」なんてこっそりアシュさんに聞いていたりする。

 

 バルガスを見た時なんか「これはかなり衰弱していますね。大丈夫です。うちの部隊には腕の良い薬師も同伴していますから。すぐに診てもらいましょう」と言って調査隊の人を呼んできた。かなりレベルの高い良い人だよ隊長。バルガスもこれならもう大丈夫だろう。一安心だ。

 

「助かるぜ。ところでゴッチ。新しく見つかったダンジョンについてなんだが」

「はい。……もしや先乗りしたんですか先生! 確かに前情報があれば助かりますし、先生ほどのお方であれば大抵の場所は問題ないとは思いますが、我々にも段取りと言うものが」

「それについては私から説明します。……よろしいですか?」

 

 ゴッチさんの言葉にジューネが割り込む。交渉事なら自分がって前から言ってたからな。その際にこちらの方をチラリと見てくる。

 

 コアのことで一番話を聞いているのは多分俺だろうからな。説明するのも俺でなくて良いのかという事だろう。俺は構わず進めるようにという意味を込めて目くばせする。

 

「……少々お待ちを。それならばこんな所で立ち話もなんですので、先にそのダンジョンの近くまで行って陣を張りましょう。先生。大変恐縮ですが、陣を張るのに適した場所を知っていたらお教えいただきたいのですが」

「分かった。丁度来る途中に良い場所が在ったからな。そこまで先導するぜ。……すまないが乗り物を用意してくれるか? 怪我人や疲労困憊な奴もいるんだ」

「それなら輸送用の馬車があります。多少揺れますが布を敷けば大丈夫かと。中も大分余裕を持って空けてあるので皆さん全員が乗っても問題ありません」

 

 その言葉に調査隊の奥の方を見ると、成程かなり大きい幌付きの馬車がある。地球で言うと大型トラック並みの大きさで、御者席には馬が四頭も繋がれている。その馬も他の調査隊の人達が乗っているのとは少し違って、全体的にややずんぐりむっくりしている。速くはなさそうだがその分馬力は期待できそうな感じだ。

 

「さあ皆様どうぞ中へ。先導していただく先生には予備の馬をお出しします」

 

 俺達は調査隊の人に手伝ってもらいながらも全員馬車に搭乗する。中は少し荷物でごちゃごちゃしていたが、ちゃんとロープで固定されているようで安心だ。御者の人に布を敷いてもらい、それと一緒にラニーという薬師の女性が同乗してバルガスの診察を始める。

 

 起こされたバルガスは最初は戸惑っていたが、今ではまんざらでもなさそうな顔をしている。ラニーさん結構美人だもんな。十人に聞いたら七、八人は美人って答えるくらいの整った顔立ちだ。

 

 アシュさんに貸し出されたのはこげ茶色っぽい毛並みの馬だった。軽くアシュさんが背を撫でると、何故か自分からすり寄っていく。あの馬が人懐っこいのかアシュさんが馬に好かれやすいのかは分からないけれど、俺的には後者じゃないかと思う。

 

「では出発しましょう。先生。お願いします」

「分かった。よっと!」

 

 アシュさんは颯爽と馬に跨ると、そのまま軽く手綱を握って足で合図する。すると馬はまるで嫌がりもせずにそのまま走り始めた。

 

 それに続くように、隊長を筆頭に調査隊の人達も出発する。合わせて俺達が乗っている馬車も御者の人が出発させる。殿に調査隊の人が数人後から来ているので、後ろへの警戒も怠っていないようだ。これなら盗賊が来てもよほど大規模でなければ襲われることはないと思う。

 

 

 

 

「うわっと!? 初めて馬車に乗ったけど、やっぱり結構揺れるな」

「……そう? 布もあるし大分揺れも少なめだと思うわよ」

「そうですね。乗合馬車にはよく乗りますが、この馬車は相当乗り心地が良い方ですよ」

 

 俺達はのんびり馬車の旅をしていたが、どうにもガタガタと揺れるのは落ち着かない。地球の乗り物がいかに乗り心地が良いかというのがよく分かるな。それにしても、

 

「さっき出たばかりなのにすぐとんぼ返りとは…………なんか顔が出しづらいな」

 

 まだ別れてから一時間くらいしか経っていないからな。さっきあれだけ見送りをしてもらった身としては居心地が悪いというか。いや、またなって言っておいたから行くのは当然なんだけど、話が急展開すぎて何が何だか。

 

「そう言えばジューネ。色々予定が変わったけどこれからどうする? 交渉はこの人達相手で良かったのか?」

 

 元々の予定では、交渉は調査隊の人達だけではなく他にも何人か町の有力者を交えて行うつもりだった。最初はそんな有力者と繋がりがあるのかと不思議に思ったが、商人としての人脈もあるだろうからあり得ない話ではない。

 

 それが調査隊の人達だけに話をしては問題があるんじゃないだろうかと思ったのだが、ジューネは別に困ってはいなさそうだ。

 

「元々他にも有力者を呼ぶつもりだったのは、相手が信用できない相手だった場合に有力な証人が必要だったためです。それならそう簡単には契約を反故に出来ませんからね。しかしアシュの知り合いであればそれなりに信用できます。他に話す予定だった相手には、あとで町に行った時にまた話を持ち掛けるので問題ありません」

 

 それはそれで大丈夫なんだろうか? だがまあジューネがそう言うなら一応おいておく。バルガスの方を見ると、ラニーさんの診察が終わって何か薬をもらって飲んでいた。

 

「かなり衰弱していたので、まずは体力を回復させるポーションを出しておきますね。怪我の類はなさそうですが、まるで飲まず食わずで数日動き続けたみたいに疲労が溜まっています。何があったのかお話を願えませんか?」

 

 流石薬師。少し診察しただけでかなり細かい所まで把握していた。実際バルガスは凶魔になって、二日間ダンジョンを彷徨っていた可能性が高いからな。加えて人が凶魔になるなんて体に負担がかかって当然だ。

 

「ジューネ。話すけど良いよな?」

「今回は人命優先ですからね。情報の拡散は痛いですが仕方ありません」

 

 人が凶魔化するなんてことは情報通のジューネでも知らなかった。つまり一般には知られていないことだ。そんなことをホイホイ喋るのは色々と問題がある。しかし何も言わずにこのままバルガスに何かあったら大変だ。

 

 一応これから交渉するジューネにも確認を取るが、何だかんだで利益よりも人命を優先するのは助かった。俺はバルガスがダンジョンの中で凶魔化していたことをラニーさんにかいつまんで説明する。

 

「そんな事が…………にわかには信じられません」

 

 まあそれが普通の反応だと思う。あれは実際に目の前で見ていないと信じられない。ラニーさんも困惑していたが、何度も説明してあくまで仮定の話として受け止めてくれたようだ。

 

「それが仮に本当だとしたら、なるべく早く町に連れて行ってもっと綿密に身体を調べた方が良いかもしれませんね。疲労は回復できても後遺症が残っては大変です」

「それについてもあとでゴッチ隊長との交渉の場で話し合います。ですのでこのことはその時まで伏せていただきたいのですが」

 

 ラニーさんは快く承諾してくれた。職業柄相手の秘密を知ってしまうことが多い分、秘密の漏洩にはとても気を付けているらしい。

 

 少しほっとして、俺達はしばらくの間これからのことを話し合った。交渉の内容の確認。話の持っていき方。最悪交渉が失敗した時の別案も。

 

 バルガスも一応参加させたのだが、ラニーさんの指示により途中で退席。また横になってもらう。何だか仲間外れになっている気もするが、美人の薬師さんに介護してもらえるという事で許してほしい。そしてそのまましばらくすると、

 

「見えてきたぞ。あそこなら大丈夫だろう」

 

 先導するアシュさんの声がこちらにまで聞こえてきた。どうやら陣を張る場所に着いたようだ。終わったらそのまま交渉だからな。頑張ってくれよジューネ。

 




 謎の集団は調査隊でした!

 ちなみにアシュ自身はちょっと教えたという認識ですが、調査隊の面々からすればそれどころではないレベルのものでした。


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第六十七話 交渉事は苦手なのに

 

「……とまあ色々あったんだ」

「成程。そうだったんですか」

 

 ここはダンジョンから少し離れたところにある場所。開けていて岩が少なく、見晴らしも良いので襲撃を察知しやすい。調査隊はここに手際よく拠点となるテントを張っていった。そして張り終わると、各自忙しく道具の点検や昼食の準備を始める。

 

 昼食はデカい寸胴鍋で何かの肉や野菜を煮込んだもので、それを当番の人達が汗だくになりながら調理している。俺達も何か手伝おうかと思ったが、お疲れでしょうからゆっくりお休みくださいと言われてしまった。

 

 そうして予備のテントで休んでいると、昼食の用意が出来たという事でゴッチ隊長のテントにお呼ばれする。バルガスとラニーさんは怪我人や病人用のテントで待機だ。

 

 隊長のテントは他の人達の物とあまり差はなかったが、調査隊の人達が何人かで一つテントを使うのに対しこちらは隊長一人で使っているらしい。持ち運び可能な簡単な机などが置かれていて、ちょっとした部屋のようだ。

 

 そこで食事を一緒にご馳走になり、食べながらアシュさんとジューネによるダンジョン内で起きたことの説明がされていた。俺やエプリは所々の補足説明に留める。交渉事は苦手なんだ。地球でも“相棒”や陽菜に交渉事は任せていたからな。こっちでも得意な人にお任せしよう。

 

「おいおい。そんなに素直に信じて良いのか? なかなか信じづらいことを言ったと我ながら思っているけどな」

「……へっ!? だって先生がおっしゃるのですから間違いないのでしょう?」

「俺はお前の信頼度の高さが怖いよ」

 

 まったくだ。しかしゴッチさんはそのままおかしそうに笑いだしたので、これは冗談だとすぐに分かる。

 

「いやあすみません。流石に全て無条件で信じたりはしませんよ。…………しかし先生が意味のない嘘を吐くとは思えません。ヒトをからかったりすることはよくありますけどね」

「確かに雇い主である私もよくおちょくってきますね」

「でしょう? 先生にご指導いただいていた時も、何度か訓練だと言って食事の一部にニガリ草を混ぜられました。誤って食べると凄まじい苦みで悶絶するので大変でしたよ。無事避けて食べきったらアシュ先生自身が食べることになったのは良い思い出です」

 

 なんかめちゃくちゃやってるなアシュさん。ゴッチ隊長も懐かしそうに語っているけど微妙に苦労してたんだなあ。ジューネも分かる分かるという風にうんうんと頷いている。肝心のアシュさんは苦笑いだ。アシュさんはもっと反省してほしい。

 

 

 

 

「という事で、私個人としては今のお話を信じます。しかしだとすると相当な大事ですね。人の凶魔化にダンジョンコアの強制的な変更。そして元のダンジョンコアとの共闘ですか」

「…………あの、その前に一つよろしいですか?」

 

 ゴッチ隊長は口元に手を当て、そのままの状態で目を閉じて考え込む。確かに一つでも厄介なことが、ここまで一度に発生したら大事だ。そうして考えている所に、ジューネが手を挙げて質問を求めた。ゴッチ隊長のどうぞという言葉に、ジューネは軽く咳払いをして話し始める。

 

「これは本来先に聞いておくべきだったのですが、調査隊の皆様はどうしてこちらに? ダンジョンに挑むのは早くてももう数日はかかるという話でしたが?」

「……あぁ。やけに情報が早いと思っていましたが、()()()出発予定もすでに耳に入っていましたか。それが急な話でして、ジューネさんは先日ヒュムス国の王都が襲撃されたことはご存じで?」

「王都が……襲撃!?」

 

 ジューネは驚いた顔でこちらをチラリと見る。……俺も知らなかったぞ。牢獄でのことは話していたが、跳ばされた後のことは分からないからな。どうやらあの後かなりの大事になったらしい。またあのクラウンの奴が何かしたのだろうか? ……イザスタさんやディラン看守は大丈夫かな?

 

「どうやら丁度ダンジョンに入ったので情報が入れ違いになったみたいですね。王都に突如凶魔の集団が現れて暴れまわったとか。人的被害もさることながら、王都に設置されていた国家間長距離移動用ゲートが破壊されたという話です」

「それは大変なことじゃないですかっ!?」

「はい。そのためヒュムス国との国交が難しくなりまして、近々一度交易都市群の各都市長が集まって会談を行うことになりました。議題はこの事態への対応について。細かい日程や会談場所まではまだ未定ですが、その前に足元の不安を解消したいとのことで、予定を繰り上げたダンジョン調査の命が下ったという訳です」

 

 つまりこれからビッグイベントがあるから、その前に厄介な案件を早めに片付けて来いと偉い人から言われたのか。いきなり予定を繰り上げられた方はたまったもんじゃないな。

 

 そして予定が繰り上がったのは王都が襲撃されたからで、その襲撃にクラウンが関わっていたとすれば…………あの野郎ホント碌なことをしない。

 

 話からすると、国家間で行き来できるゲート……よく分からないが大人数を一度に跳ばすための道具か何かかな? それを壊されたと。俺が余計イザスタさんと合流するのが遅れるじゃないか!?

 

「そうだったんですか」

「はい。ですので今回の情報はこちらとしても非常に助かります。なるべく早期に成果を出したいところでしたし、ある程度の危険度や構造、内容が分かれば調査がしやすいですからね。情報が正しいことを確認出来たらそれ相応の謝礼はさせていただきます。額は……そうですね。かなり精密な地図ですし、全て正しければおおよそこのくらいで」

 

 そうしてゴッチ隊長は、持っていた算盤の珠をパチパチと弾くとジューネの方に提示する。……なんでゴッチ隊長も持ってるの? ここの世界は算盤の使用率が高い気がする。

 

 ちなみに「“戦いだけでなく損得勘定も出来ないと人の上には立てない”と言うのがアシュ先生の教えです」と言うのがゴッチさんの談。ホントに色々教えてんなアシュさんっ!?

 

 その提示された額を見て、ジューネは少し顔色を変えている。俺の方からもチラッと見えたのだが…………予想してた額の倍くらいないか?

 

「……相場より大分高いようですが?」

「今は情報がとても必要だったのもありますし、それだけしっかりした内容だったという事です。……まあ先生の前なので、多少気前の良いところを見せたいという気持ちも無い訳ではないですが」

 

 ゴッチさ~~んっ!? 前半は普通に褒めてたのに、後半で微妙に残念感が漂ってるよ。言わなきゃいいのに。ジューネやエプリもどこか困った顔でゴッチ隊長を見ている。それで肝心のアシュさんはというと、頬をポリポリと掻きながら素知らぬふりをしている。目を逸らしてもダメだと思うぞ。

 

「な、成程。では情報の値段交渉はここまでにして…………本題に入りましょうか」

 

 ジューネのその言葉に、そこにいる全員の雰囲気が引き締まる。ここからの交渉の結果如何によって、俺達のこれからの動きが大きく変わってくるのだ。できればあの野良コアにも良い知らせを持って帰ってやりたいところだが……さてどうなるか。

 

 

 

 

「まずですが、私の権限だけでは人の凶魔化やダンジョンマスターの強制的な変更という類の話には手が出せません。よってこちらの話は、近いうちに町へ戻って上に報告させていただきます。場合によってはその時の状況なども聞かれると思われるので、ダンジョンの調査が済むまでしばらくは町を拠点にして活動していただきたいのですが」

「しばらくって…………七日ぐらいですか?」

「そのくらいは見ていただけると助かります。なにぶんかなりの広さと深さを持ったダンジョンのようですからね。調査だけでもそれなりの時間が掛かりそうでして。私だけ先に町に戻ると言うのも手ですが、ダンジョンに入る以上出来れば連携なども万全の態勢で臨みたいですから」

 

 確かにいざ入るって時に指揮官がいなかったらマズいよな。しかも初めての場所だから、普段より慎重にいかなければならない。どうしたって時間かかるよな。

 

「次に、我々調査隊の目的は必ずしもダンジョンの攻略ではないことを申し上げておきます」

「それは分かってる。攻略可能であれば行うが、あくまで第一の目的は調査だろ? だから明らかに危険な場所だと分かれば即撤退するし、調査期間を過ぎてもやっぱり撤退する」

「その通りです。なので途中までの共闘であればまだしも、新しいダンジョンマスターとの戦闘までは確約できません。話を聞くとかなりの手練れのようですからね。部下達に死ぬ可能性の高い相手との戦いを強要することは出来ません」

 

 アシュさんの指摘にゴッチ隊長は静かに頷く。確かに調査ならそうだよな。あまり深追いをせずに安全第一と言うのはある意味好感が持てる。やはり最初に潜った奴が生還するかどうかは後々に響いてくるからな。

 

「しかし、途中までなら共闘は可能なのですよね?」

「はい。少なくとも渡された地図の確認と、それ以外の階層の調査が一段落するまでは可能でしょう。勿論部下達の賛同が得られればですが」

「それは仕方がありませんね。そもそもダンジョンコアとの共闘なんてものは前代未聞ですから。信用できないという人もいるでしょうね」

 

 まあ当然だよな。これまで戦っていたのが味方になるって言うのも変な感じだろうし、いざと言う時に信じられるかと言ったらほとんどの人は否って答えると思う。

 

「こっちのコアも完全に信用してくれているかって言ったら違うだろうな。…………ここから先はトキヒサ。説明は任せた」

 

 え~っ!? いきなりこっちに振られたよ。ゴッチ隊長はこちらをじっと見ているし、よく見たらアシュさんはこっそりこっちにサムズアップをしている。何ですかその場は暖めておいたぜ的な顔は!?

 

 ジューネもお手並み拝見ってばかりに動かないし、エプリに至っては私は関係ないわって感じで腕組みをして一人立っている。……え~い交渉事は苦手だっていうのに仕方ない。こうなりゃいっちょやったるわい。俺は内心ビクビクしながら交渉事に巻き込まれた。

 




 イザスタさんに比べればアシュは常識人ですが、世間一般の常識とアシュの常識は少しズレています。またノリの良い面もあるので時々おふざけでやらかします。

 それでも本当にイザスタさんに比べれば常識人です。


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第六十八話 投げっぱなし隊長

 

 ゴッチ隊長が軽く指を組んでこちらの言葉を待っている。と言ってもどうやって話したもんか。

 

「あの、説明は俺が夢の中でコアと話した時の所感とかも混じっているんですが……良いですか? あと説明とかも苦手なんで、ところどころ下手な話し方になると思うんですが」

「構いませんとも。是非話をお聞きしたい。コアと直接長い間話すなんてことは非常に珍しいですから」

 

 考えてみれば、ダンジョンコアと話し合いをするなんてことは珍しいのだろうか? 確かに持っている相手にしか声が届かないのだから話しづらいとは思うけど、それでもダンジョンから出るまでの間に会話位するんじゃないだろうか? もしや普通のコアは無口なのか? ……いやいや今はこっちの話だ。集中しろ俺。

 

「じゃあ失礼して。話した限りだとこっちのコア……いちいちこっちのって付けるのも面倒なので、前のコアを縮めてマコアって呼びますね。マコアは何度か俺に話しかけてきました。声が小さくてとぎれとぎれだったからほとんど聞き取れなかったですけど。はっきり話が出来たのは一度夢の中で話をしてからです。ちなみに直接持っていたから繋がったって言ってましたけど、他のコアも持っている人に話しかけたりとかするんでしょうか?」

「う~ん。そういったことはあまり聞きませんね。元々ダンジョンを踏破してコアを持ち帰ること自体があまり多くないですから。基本は喋らないと言うのが通説です。ただ時折声のような物が聞こえたという話を聞きますが、大半が単語というより音の類だったという話です。しかし最初はとぎれとぎれだったという事ですから、案外コアが話しかけていても気がつかなかった場合もあるのかもしれませんね」

 

 ゴッチさんは話しかけられても気がつかなかった可能性を指摘する。しかし誰も彼もが気がつかないなんてことがあるのだろうか? これは次にマコアと会ったら聞いてみた方が良いかもしれない。

 

 俺はそのまま夢の中でマコアに今のダンジョンの内情などを聞かされたこと。起きてから皆でそのことを話し合い、おそらく嘘は言っていないと判断したことなどを自分の言葉で何とか説明した。

 

 後の方はアシュさんの話とあまり変わらなかっただろうけど、ゴッチ隊長は時折気になった点を聞く以外は黙って説明に耳を傾けていた。この人かなりの聞き上手だと思う。

 

「あとこれはあくまで俺の感じたことなんですが、さっきアシュさんが言っていた「こっちのコアも完全に信用してくれているかって言ったら違う」という事ですけど、それは多分間違っていないと思います。だけどそれはこちらを敵視しているからというよりも、単に人を知らないからだと思うんです」

「ヒトを……知らない?」

 

 ゴッチ隊長はどこか不思議そうに首を傾げている。よく見ると他の人達も同じような反応だ。これはちょっと考えれば分かりそうなもんだけどな。

 

「他のダンジョンがどういう戦略を立てるのかは知りませんが、マコアはダンジョンマスターと一緒に一年間ずっと隠れ住んでいました。実際隠れ方も巧妙で、発見されたのはごく最近。つまり圧倒的に人と接した回数が少ないんです。唯一入ったのは今ダンジョンマスターに成り代わっている奴のみ。これじゃあ人を信用できなくて当然ですよ」

「そうですか…………するとトキヒサさんは、そのマコアさんと共闘するのは難しいとお思いですか?」

「……いえ。知らないから信用できないって言うなら、互いにこれから知っていけばいいだけだと思います。それに戦う相手は同じですから、それなりに仲良くできると思いますよ」

 

 と言ったものの、流石に俺も誰とも彼とも仲良くなれるとは思っていない。相性だってあるだろうし、性格の問題もあるだろう。

 

 それでも、相手のことを知ろうともせずに共闘出来ないとは言えないし言うつもりもない。……知った上で仲良くできないと言うのは仕方がないけどな。……あとゴッチ隊長もマコアって名前を使い始めた。これでほぼ通称は決まったな。

 

「成程。これから知っていけば……ですか。よく分かりました」

 

 ゴッチ隊長はそう言うと軽く目を閉じ、そのまま数秒ほど身じろぎ一つしなかった。そしてカッと目を見開くと、椅子から立ち上がってこちらを見下ろす形になった。

 

「……やはり実際に会ってみないとよく分かりませんね。アシュ先生もよくおっしゃっていました。“百の噂を聞くよりも、実際に会って話す方が意味がある”と。という事で時間も時間です。さっそくダンジョンに向かってみましょう」

 

 えぇ~っ!? 最後は諸々ぶん投げたよこの人! 会う前に事前情報は必要だと思うんだけどな。

 

「あのっ!? それで良いんですかっ!? まだダンジョンを踏破した場合のコ……マコアの処遇とか、色々と話すことがあるのでは?」

 

 一瞬コアの呼び方をどうするかどもったが、ジューネが何とか止めようとする。しかしそれはかなわずゴッチ隊長は外へ飛び出していく。すぐに俺達も追いかけて外へ出ると、すでに隊長の号令で調査隊の人達が整列を完了していた。どうやら他の人達も準備は整っていたらしい。

 

「驚いただろ? ゴッチの奴は一見落ち着いているように見えるが意外と行動派でな。一度やるって決めたら即実行って所があるんだ。そういうとこトキヒサに似てるかもな」

 

 アシュさんは追いかけながらそんなことを言う。俺ってアシュさんからそういう風に見られていたのか。そこまで無茶なことはしてないつもりなんだけどなぁ。あれか? バルガスの一件か?

 

「それは大丈夫なんですかアシュ?」

「まあ部下を束ねる隊長としては微妙な所なんだが、部下を引っ張っていくという意味では悪くはないな。それに本当に危険だったら流石に行かないし行かせないぞ。それぐらいは心得ている奴だ」

 

 そうこう言っている内に、ゴッチ隊長は調査隊の人達に何か指示を出しているみたいだ。すると、指示を受けた順に素早く皆行動に移っていく。マズイ。ドンドン話が進んでいく。そして半分くらいの人が動き始めた時に、ようやく俺達はゴッチ隊長に追いついた。ゴッチ隊長もこちらに気がつく。

 

「ああ皆さん。先ほどは急に走り出してしまって申し訳ありませんでした。どうにも私は思い立ったら即行動してしまう悪癖があるみたいで、部下を預かる身としては直そうと思っているのですが……」

 

 ゴッチ隊長はどこか申し訳なさそうに頭を下げる。まだ自覚があるだけ良いと思うべきか、自覚しても直らないほど酷いと言うべきか判断に迷うな。

 

「いやまあ前よりはマシになったと思うぜ。少しずつは進歩してるって。……それで? もう出発するのか?」

「はいっ! そろそろ予定の時間でしたし、先生やジューネさん、トキヒサさんのお話を聞くに、そのマコアさんは話せば分かる相手と見ました。あと先生方は如何しますか? お疲れでしたらここでお休みいただいても構いませんが」

 

 ゴッチ隊長はどこか期待するような目で俺達……特にアシュさんの方をチラチラと見ている。あとよくよく周りを見ると、行く準備万端の調査隊の人達も似たような感じだ。

 

 ……これはアレかな? 先生に成長した自分達の姿を見てもらいたい的なものかな? 何故だかアシュさんがさっきから、学園漫画とかで時々出てくる凄腕教師みたいに見えてきた。

 

「そうだな。マコアに事情を説明する必要があるから、俺達の誰かは行く必要があるな。お前達の動きも見たいから俺が行きたいところだが…………」

 

 アシュさんはそこでジューネの方に視線を向ける。アシュさんは立場上ジューネに雇われている用心棒だもんな。ジューネの傍を長く離れるのは出来ない。……ダンジョンの時は安全を確認したうえで極々短時間離れただけだったからノーカンとする。

 

 それならジューネも一緒に行けば良いかというと違う。ジューネは体力的にもうかなりいっぱいいっぱいだ。テントで少しは休めていたが、まだまだ疲労の色は消えていない。こんな状態でダンジョンの探索には行かせられない。

 

「それじゃあ俺が行きますよ! 最初にマコアと話したのも俺ですし、向こうからすれば話しやすいと思います」

「……なら私も行くわ。一応ダンジョンの外に出たから契約は完了だけど、最低限の安全を確保するまでは付き合いましょう」

 

 俺が立候補すると、エプリも行くと言い出した。おう! アフターサービスもしっかりしてるよエプリ。……ホントなんでここまでしっかりした奴がクラウンみたいな悪党についたんだろうか?

 

「分かりました。一緒に行くのはトキヒサさんとエプリさんですね?」

「あっ!? あとボジョも一緒です。出て来いよボジョ」

 

 馬車での移動中からずっと俺の服の中に潜んでいたボジョが、俺の言葉に反応してにょろりと触手を服の袖から出す。なんでか今までずっと動かなかったんだよな。調査隊の人達を警戒していたっていうことでもなさそうだし、一体何なんだろうな?

 

「おや? トキヒサさんはテイマーでしたか? それは心強いですね」

 

 ボジョを見ても驚くこともなく、だけど何故かゴッチ隊長に感心されてしまった。テイマーってよくファンタジーなんかだと、モンスターの調教師がそう呼ばれるよな? 意味合いはなんとなく分かるんだけど、感心されるほど珍しいのだろうか?

 

「改めまして、一緒に行くのはトキヒサさんとエプリさん。そしてボジョ……くんですね」

 

 ウォールスライムの呼び方が分からなかったのか、一瞬言い淀んでからくんづけにするゴッチ隊長。実際スライムに雌雄はあるのだろうか? そのうち聞いてみよう。

 

 

 

 

「では各自手筈通りに。……出発っ!!」

 

 ゴッチ隊長の号令により、調査隊の人達が次々と隊列を組んで馬に跨り出発していく。その動きにはまるで乱れが無く、それだけみても相当高い練度があると分かる物だった。

 

 ダンジョンの場所はすでにある程度分かっていたらしく、今回アシュさんに更に詳しく場所を聞いたので迷うことはないという。

 

「…………そう言えば、俺達はどうやって追いかけるんだ? 歩いてだとダンジョンの入口までだいぶかかるぞ」

 

 俺がそう呟くと、残っていたゴッチ隊長と調査隊の人が俺達の前に馬を連れてきた。どうやらこれに乗っていくという事らしい。

 

「ちなみにお二人は馬には乗れますか? 無理なら私や隊の誰かに一緒に乗ってもらいますが?」

「俺は無理です。エプリは?」

「…………乗って走らせる程度なら何とか。だけどそのまま戦闘は多分難しいわね」

 

 という事なので、俺達はそれぞれ調査隊の人に同乗してもらうことに。……こっちの世界ではいずれ乗馬の練習もした方が良いかもしれない。

 




 無自覚テイマー時久。気が付くのはいつになることやら。


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第六十九話 (半ば捨て身の)同盟成立

 

「という事があって戻ってきたんだ」

『そうなんだ……って!? 早すぎるよ! 予定は十日後のはずだったじゃないか』

 

 そういうマコアの少し焦ったような声が俺の頭の中に響き渡ってくる。まあそれもそうだよな。さっきダンジョンを抜けてからまだ四時間も経っていないのだから。

 

 本来の予定なら町まで辿り着くのにおよそ四、五時間。今早ければやっと町に着いて交渉を始めたかもしれないといった頃だ。そのまますぐに終わってとんぼ返りしたとしても、まだもうしばらく戻れない計算だな。

 

「まあ予定は未定ってよく言うじゃないか。遅くなったんならともかく早くなったんだから許してくれよ」

 

 ここはダンジョンの一階の途中。入口から入って十分ほど歩いたところにある部屋の一つだ。俺達は入ってすぐに、予め決めておいた合印である白い布を頼りにマコアの制御下にあるスケルトンを見つけ出し、ここまで案内をしてもらったという訳だ。

 

 勿論こちらも合印である黒い布を忘れずに身に着けている。この状態で襲ってくるようであればまだ制御下にないスケルトンという事だから、安心して反撃が出来る。幸いと言うか何というか出なかったが。

 

『それに、戦力を連れてくるっていう話だったけど…………すぐに集まりすぎじゃない?』

「そうかな? それを言ったらそっちだってそうじゃないか?」

 

 この部屋は他の部屋に比べてやや広い。しかしそれでもなお、この部屋の半分近くはすでに埋まっていた。なんせ、俺達と調査隊の皆さん。そしてマコアが制御下に置いたスケルトン達。全て合わせて五十近くの大所帯だ。ダンジョンでこの数はいささか動きづらい。

 

 ちなみに内訳だが、まず俺とエプリとボジョ。ボジョは俺の服の中に入り込んでいるので、そこまで場所はとっていないから実質二人だ。

 

 次にゴッチ隊長率いる調査隊の面々。こちらは全員来ているのではなく、およそ半分と少しの二十人だ。残り十数人は拠点防衛の人員や非戦闘員なので来ていない。

 

 ゴッチ隊長によると探索が一段落したら一度帰還し、拠点に戻った人員と交代することで探索を継続するらしい。戦力の逐次投入は戦いにおいて下策とされるが、ローテーションを組んでいるのなら長期的に見ればそこまで悪い手でもなさそうな気がする。それに今は拠点にアシュさんもいるしな。守りは少なめでも大丈夫だろう。

 

 最後にマコアが従えているスケルトン達。それがメンバーの中で最も数を占めていて、なんと二十体以上の集団だ。ここを出る時は七体だけだったのに、今やその三倍以上に増えている。何がどうしてこうなった?

 

「……別れた時よりもスケルトンが大分増えているわね。どうやったの?」

『地道に増やしただけだよ。少しはボクの力も戻ってきたからね。スケルトン達のいる大体の場所は分かるようになったから、あとは制御下にあるスケルトンを二、三体ずつ手分けして連れてこさせればいい。そうして増えたスケルトンにまた別のスケルトンをという風に繰り返したんだ」

 

 そうか。それでここまで……って!? 今マコアは制御下にあるスケルトンの一体が持っているのに、こちらに声が聞こえてきたぞ。俺だけでなくてエプリにも聞こえているようで、声に反応してうんうんと頷いている。これもマコアの力が戻ったからかな?

 

「事情は分かった。だけど……あっちはどうにかならないか?」

 

 俺の視線の先には、

 

「スケルトンがこんなに!? 油断するなよ」

「分かってる。いつ襲い掛かってきても大丈夫なように準備しているぞ」

「隊長っ! 本当に大丈夫なんですか!?」

 

 調査隊の皆さんがスケルトン達と対峙するように向かい合っている。スケルトン達は整列して身動き一つしていないものの、手に手に武器を持ったままだから急に動き出したらちょっと怖い。

 

『しょうがないじゃないか。最初に見た時はまた侵入者かと思って警戒していたんだから。合印が無かったら罠のある部屋に誘い込んで痛い目に合わせていたよ』

 

 言い方が柔らかいのは一応こちらを慮ってのことだろう。この中のことを知り尽くしている訳だからな。どこをどうすれば罠のある部屋に誘導できるかも熟知しているという事か。……まあ()()()()()()()()であって殺傷目的ではなさそうなのは助かったが。

 

 しかし見るからに一触即発。下手をしたら共闘する前にここで戦闘が始まるんじゃないだろうか。

 

「失礼。少しよろしいですか」

 

 そんな危ない状況で、マコアに近づいていく影が。……ゴッチ隊長だ。その動きに反応して、スケルトン達が数体マコアを護るように前に出る。近づいてくる者に対しては自動的に反応するように命令されているようだ。それに伴って他のスケルトン達も一斉にそちらの方に顔を向ける。

 

 当然調査隊の人達も黙ってはいない。各自武器を抜いてはいないものの、いつでも使えるように各自で構えている。マズイ。ここでゴッチ隊長なりマコアなりが何か妙な動きをしたら、それだけでここは戦場と化しかねない。

 

「……お初にお目にかかります。私はゴッチ・ブルーク。このダンジョンの調査するための隊を若輩ながら任されたものです。貴方がダンジョンコアのマコア殿でよろしかったでしょうか?」

『マコア?』

 

 マコアはその名前を聞いてよく分からないというように繰り返す。そういえばまだ伝えてなかった。

 

「お前の呼び名だよ。ダンジョンコアだけだと乗っ取った方と区別しづらいからな。前のコアを縮めてマコア。嫌だったら別のを考えるけどどうする?」

『ボクの……名前? 今まではマスターと二人だけだったから要らなかったけど、確かに必要かもしれないね。……マコア、マコアか…………なんか新鮮だね』

 

 どうやら気に入らないっていう反応ではなさそうでホッとした。

 

「マコア殿。お話はアシュ先生方から伺いました。私共の目的とマコア殿の目的は途中までは交わっていると思われるのですが、如何でしょうか?」

『そうだね。そっちはボクがいれば調査が楽に進められる。こっちは戦力が増えるから奴の所まで辿り着く可能性が上がる。最終的には敵対するかもしれないけどね』

 

 その言葉に調査隊の人達がますます殺気立つ。マコア頼むからもうちょっと言葉を選んでくれ!

 

「こちらとしても、今のダンジョンマスターが話に聞くような得体のしれない相手と言うのは看過出来ません。このダンジョンは最寄りの町からもそれなりに近い距離にあります。すぐにどうこうということにはならないでしょうが、放っておく訳にもいきません。どうかここはご助力を願えませんか?」

 

 ゴッチさんはそう言うと、マコアに向かって深々と頭を下げる。それを見た調査隊の人達は口々に不満の声をあげるが、隊長はそれらを手で制する。

 

『……頭を上げてよ。本当ならこちらからお願いしたいことなんだから』

 

 ガシャリと音がしたのでそちらを向くと、それは整列していたスケルトン達が一斉に片膝をついた音だった。そのまま武器を床に置いて首を垂れる。ゴッチ隊長の前に立ちふさがっていたスケルトン達も同様だ。

 

 マコアを持っているスケルトンだけは立ったままだが、首から下げていたマコアの入った袋を外すとそのままゴッチ隊長の前にやってきて差し出す。

 

「……これは、どういう…………」

『そっちはボクをまだ信用できないのでしょう? 信用しきれないのはボクも同じだけど、互いにそれじゃあ困るんだ。ならどっちかが妥協するしかない。だから……()()()()()()()()。この場合はダンジョンコア質かな?』

「なっ!?」

 

 ゴッチ隊長はとても驚いた顔でマコアと差し出しているスケルトンを交互に見る。それはそうだ。今マコアは非常に危険な状況にある。仮に一つ間違えば、マコアはそのまま砕かれることだってあり得るのだ。

 

 そうでなくてもこのまま袋を貰った時点でダンジョンの外に出るという選択肢もある。それだけでゴッチ隊長は大金を得ることが出来るだろう。調査隊の人達と分けてもかなりの額になるはずだ。なにせ小さくても人一人が十年は遊んで暮らせる額だからな。

 

『これからボクの身柄をゴッチに預ける。出来れば恩が有るからトキヒサが良いんだけど、ここは譲歩しようか。ボクが望みを果たしたその時は好きにしてくれて構わない。ボクが途中で裏切りそうだと思ったらそのまま砕いてしまえば良い。ただし、もしそのまま外に持ち出そうとすれば…………』

 

 その瞬間、膝をついていたスケルトン達が一斉に武器を持って立ち上がる。調査隊の人達が攻撃しなかったのは、ひとえにマコアの声にそれなりの覚悟と凄みを感じ取ったためだった。

 

『ボクも出来る限り抵抗する。このダンジョンで死んだヒトはまだいないけど、その初めての誰かが出ることは覚悟してほしい』

「…………肝に銘じます」

 

 ひりつくような雰囲気の中、ゴッチ隊長はそう言って恭しくマコアの入った袋を受け取った。表面上は何でもないように受け取っているが、その頬には一筋の汗が流れ落ちている。

 

 ゴッチ隊長もおそらく分かっているのだろう。今マコアが言った言葉に嘘はないと。下手に持ち出そうとすれば、この場のスケルトン達が確実に襲い掛かってくる。スケルトン一体一体はそこまで強くないが、こんな密集した場所での乱戦となれば不測の事態が起きてもおかしくはない。

 

『よろしい。……じゃあ今からボク達は同盟者だ。よろしく頼むよ』

「こちらこそ」

 

 その二人(?)の言葉と共にひりついていた雰囲気が霧散する。互いにまだ信用したわけではないけれど、歩み寄るための第一歩と言ったところだろうか。このまま上手く行けば良いんだが。

 




 ダンジョンコア質……我ながら変なワードが出来ました。


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第七十話 別れへのカウントダウン

 

 さて。こうしてすったもんだの末になんとか同盟を結んだマコアと調査隊の皆さんなのだが……。

 

『左の通路からスケルトンが三体来てる。正面からは……スケルトンが一体とボーンビーストが一体。ちょっと手強いね。どうする?』

「分かりました。正面は私達が抑えます。その間にマコア殿達は左の通路の制圧を。……行くぞっ!」

「おうっ! 隊長に続けぇ!」

 

 ……意外にうまく回っていた。マコアの入った袋を味方のスケルトンに渡したゴッチ隊長の指示で、正面から来るボーンビースト達を迎撃する調査隊の皆さん。壁を蹴って変則的な動きをしながら襲い掛かるボーンビーストだが、ゴッチ隊長は危なげなく持っていた片手盾で受け止める。

 

 ゴッチ隊長の装備はオーソドックスな片手剣と片手盾。小型の盾で相手の攻撃を防ぎながら、隙が出来たら剣で反撃していくスタイルだ。そしてまさに、受け止められて動きの止まった今のボーンビーストは絶好の的。残った剣で首を狙うも脚を切り落とすも自由自在。だが……。

 

「ふんっ!」

 

 ゴッチ隊長は剣で切りつけることもせず、そのまま盾で弾いてボーンビーストを吹き飛ばす。ボーンビーストもそのまま無様に叩きつけられるということはなく、空中で体勢を整えてシュタッと着地する。見れば他の人達もそうだ。

 

「囲め囲めっ! 隊長に後れを取るなよ」

「しかし倒さないように戦うって言うのは案外難しいよな」

「まったくだ。おらおらこっちだこっち!」

 

 調査隊の人達も、スケルトンを翻弄しつつも攻撃は極力していない。してもせいぜい持っている武器を狙うくらいだ。それもそのはず。()()()()()()()()()()()()のだから。

 

『こっちは終わったよ。あとはその二体をおとなしくさせるだけだ』

 

 マコアの合図で隊長達は一斉に後退する。それをチャンスだと捉えたのだろう。ボーンビーストと野良のスケルトンはこちらを追ってくる。だが、それはこちらの思惑通り。追いすがる二体の前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目の前に障害物が現れたことで、僅かに動きを鈍らせる二体。だがその一瞬こそが完全に勝敗を分けた。マコアを持ったスケルトンが二体に近づき、袋ごと目の前にかざす。すると袋から青く眩い光が出てボーンビースト達を照らし、二体はそれでおとなしくなる。

 

『これで良しっと。もう近くには居なさそうだね』

「分かりました。二班は周囲への警戒態勢を維持。残りの班は集合してください。それと怪我をした者は掠り傷であっても報告を」

 

 マコアの言葉を聞いたゴッチ隊長の指示で、調査隊の人達はきびきびと素早く整列する。スケルトン達と今おとなしくなったボーンビーストも同じだ。怪我人はどうやらいないらしい。やっぱり安全第一だよな。

 

 調査隊は幾つかの班に分かれていて、ダンジョンにはその内一、二、三班が来ている。ゴッチ隊長によると、屋外の戦いとは違ってこういうダンジョンの調査の場合は、少人数の班をいくつも作る方が効率が良いという。確かに手分けした方が良い場合も多いからな。勿論人数が少なくても生還できるだけの実力が必要不可欠ではあるけれど。

 

 ……ちなみに班分けは以前アシュさんから教わったやり方を参考にしているらしい。アシュさん影響力高すぎ。

 

「皆さん。同盟者であるマコア殿のおかげで、ここまで探索は順調に進んでいます。またマコア殿の提案通り、出てくるスケルトンやボーンビーストを無理に倒そうとせずに制御下に置くことで、戦力の増強及び体力の消耗を避けることも中々上手くいっています」

 

 再びマコアの入った袋を首から下げたゴッチ隊長は、整列した調査隊及びスケルトン達の前で朗々と語る。調査隊の人達は全員直立不動の体勢で音もたてずに聞いている。スケルトン達は聞いているんだかいないんだか分からない。

 

「しかし、だからと言って油断は禁物。アシュ先生も仰っていました。“上手くいっている時にこそ一度落ち着いて考えろ”と。ダンジョンコアとの対話や共闘など、初日から慣れないことばかりで全員見えない疲労が溜まっているはずです。なのでここで本日の探索は終了とし、速やかにダンジョンを出て拠点へと帰還します。……よろしいですかマコア殿?」

『うん。まあそこは仕方ないよね。じゃあ入口の近くまで送るよ。また制御下にない相手が出るかもしれないし』

「心遣い感謝します。では皆さん。今の戦闘で装備が壊れていないか点検を。五分後に出発します」

「「おうっ!」」

 

 その言葉を皮切りに、各自で装備の点検や調整を行う調査隊の人達。う~む。前々から思ってたけどノリが体育会系のそれだ。やはりちゃんとした組織って言うのはこういうもんなのかな? それともここが特別なんだろうか?

 

 

 

 

「…………ってか、俺達マコアとの交渉の時以外はいなくても良かったんじゃないか?」

「……そうかもね。調査隊の練度は相当高いし、スケルトン達との連携も即興にしては上手くいってると思うわ」

 

 やることもなくそうポツリと漏らした呟きに、エプリも言葉少なに同意する。……だって俺達まだ一回も戦ってないよ!

 

 まあ元々俺は強いとは言えないけどさ、俺の所に来る前に速攻でケリが着いちゃうんだよ! マコア自身がこのダンジョンをよ~く知っている訳だからエプリの探査も使う意味があんまりないし。…………本格的に俺達要らない子じゃないか?

 

 ボジョなんてさっきからまるで出番がないのでむくれている。……それは分かったから触手で頭を叩くのはやめてくれ。さっきから調査隊の人達が不思議そうにこちらを見ているじゃないか。

 

「…………見たか今の? まさかあれってケーブスライムの幼体じゃねえか?」

「馬鹿言え。ケーブスライムって言ったら成長したらA級冒険者でも手こずる上級指定のモンスターだぞ。それがホイホイテイムされてたまるか。……多分ウォールスライムの亜種とかそんなもんだろ。それでもテイムされるのは珍しいと思うが」

「そ、そうか。そうだよな。ハハハッ」

 

 …………なんか妙なこと言ってるな。ケーブスライムがどうとか。ボジョは確かウォールスライムのヌーボの一部だったよな。それじゃあボジョもウォールスライムだ。よほどそのケーブスライムって言うのはウォールスライムに似てるらしい。

 

「よく分からないけどボジョはボジョだよな」

 

 そう言ったら今度は触手で頭をナデナデしてきた。スライムのナデポというのは少し斬新な気がする。しかしひんやりしていて中々に気持ちいいな。夏場とかは重宝するんじゃないか? 水枕ならぬスライム枕とか。……ダメかな?

 

「…………でも、頼られないのはある意味好都合じゃない? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……そうだな」

 

 俺達は一度ダンジョンから離れて町へ向かう。これはゴッチ隊長やマコアにも話していることだ。本来なら俺もダンジョン調査と攻略を見届けたいところだが、幾つかやるべきことがあるので仕方がない。

 

 一つ目は、俺の持っている指輪の解呪をアシュさんの知り合いに頼みに行くこと。今はまだ問題はなさそうだが、いつ呪いが周りに降りかかるか分からないからな。例えるならいつ爆発するか分からない爆弾を持っているようなものだ。解呪できるんなら早い方が良い。

 

 今はその人の正確な居場所はアシュさんも知らないらしいのだが、もう何日かしたら情報が入ってくるという。どういう事かは教えてくれなかったが、まあ待ってろよとアシュさんは余裕の表情だ。

 

 二つ目は、ゴッチ隊長の上への報告に証人として立ち会う事。本来なら俺達だけ先に町に行って、ゴッチ隊長は調査が一段落してから来るはずだった。しかしダンジョンコアとの共闘という特殊事例は流石に一度説明しないといけないという訳で、予定を繰り上げて少人数で一度戻るという事だ。ちなみに戻るまでは副隊長に一任するという。

 

 そしてその副隊長はなんとあのラニーさんだったりする。薬師と副隊長の兼任って珍しいと思ったが、本来の副隊長が色々あって町に残っているので仮の役職らしい。

 

 三つ目は物資の補充。これはジューネのことなのだが、何だかんだダンジョン内で食料やら道具やらをかなり消費したため売り物の補充をしなければならないという。確かに商人にとって品物不足は切実な問題だ。

 

「だけど、マコアも了承してはくれたけど…………やっぱり悪いからな。俺が言い出したことでもあるし、諸々片付いたら速やかにここに戻って力にならないと。しかしどんどんイザスタさんの所に行くのが遅くなるなぁ」

「……私としてはあの女は苦手だから会わなくて良いのだけどね。まあ会ったら会ったで次は負けるつもりはないけど」

 

 エプリはそう言いながら僅かに顔をしかめる。よっぽど最初に会った時にやられたことが気に入らないみたいだ。勝ったと思ったらいつの間にか眠らされたんだもんな。次に会ったらまた戦闘にならないか不安だ。頼むからおとなしくしてくれよ。

 

「…………と言っても、その時には私はもう居ないのだろうけどね」

 

 エプリのその言葉に俺は思い出していた。ダンジョンから出て町へ向かうこと。つまり、エプリの俺との契約は…………もうすぐ、終わるのだと。

 




 触手一本でボーンビーストとトントン。それを考えるとケーブスライムの強さはお察しですね。

 それを普通に手懐けるイザスタさんの脅威度ときたら……。


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第七十一話 マコアの思い

 

 調査隊のダンジョンからの帰路は、特に大したトラブルもなくとてもスムーズに進んだ。マコアの制御下にないモンスターはほとんど出ることもなく、出たとしても一体や二体の少人数。その程度ではピンチに陥るはずもなく、マコアの先導によって道に迷う事もなく、あっさりと入り口近くまで辿り着いた。

 

「見送りはここまでで大丈夫です。マコア殿はそちらにお返しします」

 

 ゴッチ隊長はマコアの入った袋を同伴していたスケルトンに手渡す。ちなみに今はここにいるスケルトンは五体だけだ。あんまり大人数で固まっているのも効率が悪いので、スケルトン達にはダンジョン内に散らばってもらっている。野良のモンスターを探してはマコアの所に引っ張ってくるという。

 

『……おや? すんなり返してくれるの? ここにいるスケルトンは五体だけだから、強行突破ぐらい簡単だと思うけど?』

「同盟者を試すつもりならやめた方が良いと思いますよ。()()()()()()()()()()()()()で、この部屋の周りと入口までの通路の脇道に数十体のスケルトンを配しているくらいは未熟な私でも分かります。だから、()()()()ここまでで大丈夫だと言ったのです」

 

 ゴッチ隊長のその言葉にエプリの方を伺うと、エプリは「本当よ。近くに大量のスケルトンの反応があるわ」とこっそり答える。なんとっ! いつの間にか包囲されていたらしい。もし欲に駆られてゴッチ隊長達が裏切ろうものなら、即座にスケルトン達がここになだれ込んでくるといったところか。

 

「一日で信用なされるのは難しいとは思いますが、その点はこれからの行動を見て信用していただくしかありません。しかしこれだけは言えます。一度同盟を結んだ以上、我ら調査隊はマコア殿が先に裏切らない限りは裏切りません。これは私がいない間の隊員全員に言えることです」

 

 ゴッチ隊長はハッキリと自信をもってそう断言した。自分だけではなく、自分以外の隊員たちも裏切ることはないと。それに周りの調査隊の人達も神妙な顔で応える。マコアは黙ってその言葉を聞き、何か感じ入ることがあったのかピカピカと小さく点滅する。

 

『……今包囲していたスケルトン達を下がらせたよ。確かに同盟者に対してやることではなかったよね。……ごめんなさい』

「あっ! いえいえ。疑うのも仕方のないことです。だからこそ信じてもらえるように行動するだけですよ」

 

 心なしか少し落ち込んだ様子で素直に謝るマコア。……そういえばマコアって少し子供っぽいところがあるよな。話し方とか。もしかしたら、対人経験が少ないからその点にも影響があるのかもしれない。ゴッチ隊長もそう感じたのか慌ててフォローを入れる。

 

 ……どうしよう? どうにも俺の中でゴッチ隊長の姿が、落ち込ませちゃった子供を慰める優しいお兄さんっていう風に見える。

 

 

 

 

『うん。じゃあここで一度お別れだね。……それと、トキヒサもここを出たらすぐ出発するの?』

「……ああ。一度拠点に戻って出発の用意をしてからだけどな。急いでこれを何とかしないといけないから」

 

 気を取り直したマコアの言葉に、俺は服の上から件の指輪と羽が入っている箱をポンッと叩く。これの話を知っているのは、ここには俺やエプリを除くとマコアとゴッチ隊長だけだ。調査隊の人達のノリなら言っても問題ないとは思うが、心配してそれが元で動きが鈍ったりしたらマズいからな。

 

『君にはとても助けられた。ボクを宝箱から出した次の日、あのまま外に持ち出しても良かったのにそうしなかった。夢の中で少し話しただけの間柄なのにね。……正直に言うと、あの時とても不安だったんだ』

「不安?」

『そう。突然マスターが殺されて……訳も分からないままダンジョンを乗っ取られて、それであの宝箱の中に押し込まれた。壊されることも、外に持ち出されることも覚悟していたつもりだった。だけど閉じ込められるのは予想してなかったから。……外の様子も分からないし、力の大部分も戦いの中で使っちゃったから無くなっていたし、これからどうなるんだろうって思ってた。トキヒサと初めて会ったのはそんな時だったよ』

 

 マコアの言葉に、俺だけでなくゴッチ隊長や調査隊の人達、エプリまでも聞き入っている様子だった。それほどまでにその言葉には、紛れもないマコアの正直な気持ちがこもっていると感じたからだと思う。少なくとも俺はそうだ。

 

『突然周りの宝箱がフッと消えて、外に放り出されて。気がついたら見知らぬ誰かの手に渡っていた時は……ちょっと怖かったかな。……おまけにボクやマスターの造りかけだった部屋に幾つも妙な仕掛けがされていたしね。でも、そこでスケルトンやボーンバットを倒していったから、少しだけ力が戻ってトキヒサに話しかけることが出来るようになった。ボクは少し複雑な気持ちだったけどね』

 

 そりゃまあ自分のダンジョンで暴れている奴がいるけど、暴れているおかげで自分の力が戻っていくって言うのは複雑だろうな。怒れば良いのか喜べば良いのか。

 

『そこでボクは思ったんだ。少しずつ力が戻ってはいたけれど、それでも今のままではどうにもならない。外に持ち出されたらもうこのダンジョンに戻ることは出来ない。ならばいっそのこと、今ここのダンジョンに起きていることを話してしまおう。それが元でこのダンジョンが踏破されるかもしれないけど、あいつらにこのままダンジョンを勝手にされるのよりはまだマシかなって』

「マコア……」

『…………不安だった。こっちの言葉に耳を貸さない可能性の方が高かったし、あいつらと同じようにダンジョンを乗っ取ろうとするんじゃないかって疑念もあった。だけど今のボクに出来るのは、話しかけることしかなかった。それで…………夢の中でトキヒサにこれまであったことを全部話した』

 

 そこからは俺も憶えている。最初は信じられないような話ばかりで話半分だったな。だけど、マコアが少なくとも必死に話しているという事は伝わってきたから、最後まで話を聞くことにしたんだっけかな。

 

『全部話し終えた後、どこかボクは自棄になっていたと思う。もうこのまま外へ持ち出されても仕方ない。もうボクにはこれ以上何もできないんだから。……だけどトキヒサはこう言ったよね。“そっか。じゃあ()()()()()()()()を教えてくれ。皆が居るから確約は出来ないけど、なるべくお前も得するように掛け合ってくる”って。それでボクも、まだ自分にも出来ることがあるんじゃないかって思えたんだ』

 

 ……そう言えばそんなことも言ったな。俺としては少しでもアピールポイントを作っておけば何かしら役に立つんじゃないかって思っただけなんだけど、マコアの方はもっと深刻な話だったらしい。

 

『こうして今少しだけど力を取り戻せたのも、外のヒト達と一時的にとは言え同盟を結べたのも、全部トキヒサ、君のおかげなんだ。宝箱からボクを取り出したのが他の誰であっても、ボクはここにはいなかったと思う。だから……だから、本当にありがとう』

 

 マコアの言葉と共に、部屋にいたスケルトン達が一斉に俺に向けて頭を下げる。

 

「別に良いって。こっちもその方が良いと思ってやっただけなんだから。それに肝心なところで一旦ここを離れるし」

『ここまでやってくれただけで充分だよ!』

 

 そうかな? 俺がやったことと言ったら、宝箱から取り出して話をして、他の皆を説得しただけだ。それくらい俺じゃなくても出来そうなもんだけどな。

 

「……少しよろしいですか?」

 

 俺がそんなことを考えていると、ゴッチ隊長と調査隊の人達がマコアに向けて近づいていく。なんか今の話でおかしなところでもあっただろうか?

 

『……何かな?』

「…………マコア殿。改めて宣言させていただきます。私達はマコア殿と共に戦うと」

「そうだぜ。俺達をガンガン頼ってくれていいからな」

 

 よく見たら隊長達の瞳が潤んでいる。調査隊の人の中には本気で涙してる人もチラホラだ。今の話が彼らの琴線に触れたらしい。何故か急に好感度が上がったことでマコアも困惑気味だ。

 

『えっ!? 何々急に?』

「実を言いますと、私達は今の今までマコア殿のことを心の何処かで信用しきれていませんでした。結局はダンジョンコア。ヒトのように話が出来るけれど、何を考えているか分からないと。しかし、今のお二人の会話を聞いて考えを改めました」

「……ダンジョンコアでも不安に思ったり、相手に心から礼を言えるってことが分かったからな」

「苦労してきたんだなぁおい。安心しろよ。俺達も協力するぜ」

 

 どうやらマコアの気持ちを込めた言葉が調査隊の人達の信用を得たらしい。これまではどこか一歩引いたような態度だったのだが、一気に軟化した。

 

 ……と言うより軟化しすぎな気がする。一部の人はスケルトンにまで親しく接しているぐらいの変わりようだ。……いや、これまでは気を張っていただけで、どちらかと言えばこっちがこの人達の素なのかもしれない。

 

『何だかよく分からないけど、信用してくれるのは助かるよ』

 

 自分でもよく分かっていないようだが、マコアは少しだけ嬉しそうにそう言った。……隊長がしばらくいなくなったら同盟が崩壊するんじゃないかと不安だったけど、これなら問題なさそうだ。

 

 

 

 

「じゃあ、俺達は行くよ。早いところ色々とやることを終わらせてまた来るからな。その時には何か土産でも持ってくるけど……何が良い?」

『別に物は要らないよ。じゃあ外の世界の話でも聞かせて』

「分かった。土産話をたくさん用意してくるよ。……またな」

「私も報告が済み次第戻りますからね」

 

 こうして一気に信頼度が上がった調査隊一行は、明日の簡単なダンジョンでの探索予定をマコアと話した後、別れ際に約束をしてダンジョンの入口から外へ出た。外には数名の馬番と、各自で乗ってきていた馬たちが待っている。

 

 腕時計を確認すると時刻は六時前。外はもう夜のとばりが落ち始め、これ以上時間が経つと移動に差し障る程になるという。調査隊の人達がそれぞれの馬の確認のため、数分ほど時間を取る。

 

「では急いで拠点に帰還します。それぞれ周囲の警戒を怠らずに。はあっ!」

 

 全員の確認が終わり、ゴッチ隊長の合図で順番に出発していく調査隊の人達。俺も来た時と同じように調査隊の一人に一緒に乗せてもらう。

 

 っと、エプリは何処だ? きょろきょろと見回すと、入口の近くの岩陰で何かゴソゴソとやっている。もう出発だってのに何をしているんだ? 俺は小走りにエプリに駆け寄る。

 

「…………っ!?」

 

 エプリは何かに集中していたらしく、俺が大分近づいてからやっと気がついたようだった。その手には何か持っている。あれは……。

 

「…………何?」

「そろそろ行くぞ。一緒に乗ってくれる人が待ってるんだから早くしないとな」

「……分かったわ。今行く」

 

 エプリは何かを懐にしまい込むと、俺と一緒に待たせている人の所に向かう。だけど俺の意識は、さっきまでエプリが持っていたものに向かっていた。

 

 あれには見覚えがある。あれは…………以前エプリがクラウンと連絡を取ろうとしていた時に持っていたものだ。それを今取り出していたってことは……。

 

「……もうなのか? エプリ」

 

 俺達の契約の終わりは、目前に迫っていた。

 




 マコアと調査隊の絆が深まりました。元々調査隊は体育会系のノリの人が多いからこそですね。


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第七十二話 手紙。そして突然の……

 

 夜の闇の中を、ただひたすらに俺達の乗った馬が駆け抜ける。明かりと言えば、調査隊の数人に一人が持っているカンテラと、夜空から優しく照らす三つ並んだ月のみ。…………そう。()()()()()月だ。

 

 まるで信号機か何かのように、地球のと同じくらいの大きさの月が三つ等間隔に並んでいる。しかし形はそれぞれ少しずつ違っていて、月齢まで同じという訳ではなさそうだ。これを見るとしみじみ異世界に来たんだなあと実感する。これも多分ロマンだ。

 

「もうすぐ着きますよ」

 

 走りながら近づいてきたゴッチ隊長がこちらに向けてそう言ってくる。それは分かったけど……隊長がこんなところに居て大丈夫なんだろうか? それに……。俺は後ろの方にチラリと視線を向ける。その視線の先には、エプリが俺と同じように調査隊の人と一緒に馬に乗って駆けている。

 

 ……結局、あの後すぐに馬に乗って出発したのでエプリとは話をしていない。着いたら話をしてみるか。……でもなんて言えば良い? さっきクラウンの奴と通信してたのかとでも聞けば良いのか?

 

 考えこみすぎて落馬しかけたりしてもやっぱり考え続けたのだが、考えれば考えるほど頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

 

 そうしているうちに、いつの間にか拠点に辿り着いていた。ありがとう一緒に乗ってくれていた人。……しかし参ったぞ。まだなんて聞けば良いか思いついていない。

 

「では各自点呼を。……皆さん! お疲れさまでした。初日の成果としてはすこぶる順調です。しかし、これは始まりに過ぎません。気を緩め過ぎず、馬を馬番のテントに預けたのちに自分の持ち場に移動してください。夕食は担当の班が用意出来次第交代で摂ります。体に異常がある者は僅かであってもラニーか私に報告を。……以上。解散っ!」

 

 ゴッチ隊長の指示により、調査隊の人は思い思いに行動を開始する。自身のテントに向かって歩いて行く人。馬を連れていく人。拠点の一部では夕食を作っている人もいて、そこに加わって食材をザクザクドサドサと切っては鍋に放り込んでいる人もいた。凄まじく豪快な料理だ。しかし昼食は美味しかったので、夕食もあれでも一応期待できるのだろう。

 

「よぉ! お帰り。探索はどうだった?」

「何か儲けに繋がりそうな物はありましたか?」

 

 拠点で待機していたアシュさんやジューネがこちらを見て駆け寄ってくる。

 

「あっ! 二人とも。物はなかったけど進展はあったよ。少し離れていただけなのに、マコアの方の戦力が凄いことになっていてさ。……って、今はその話はあと。エプリ。ちょっと話が」

 

 ついついダンジョンでのことを話し込みそうになったが、今はそれよりもこっちが先だとエプリの方を向く。だが、そこにはエプリの姿はなかった。一緒に乗っていた人に話を聞いてみると、少し疲れたから先に自分たちのテントに戻って休むと言って静かに歩いて行ったらしい。

 

 ……やはり護衛として気を張っていたから疲れていたのだろうか? しかし、そういう事なら今は話すのはやめておくか。

 

「…………どうした? エプリの嬢ちゃんと何かあったのか?」

「あ、いや、ちょっと話があったんですけど、休んでいるなら良いです。じゃあ今のうちにダンジョンで何があったのか話しますね」

 

 また後で聞けば良いか。そう思い、俺はエプリとのことを後回しにして二人に何があったのかを話すことにした。…………その結果、後でどうなるかを考えもせずに。

 

 

 

 

 俺とアシュさん、ジューネは拠点の一画、調査隊全体の夕食を作っているテントに行き、夕食を分けてもらった。自分達のテントに戻って食べようかと思ったが、エプリがもし疲れて眠っていたら起こすのもマズイ。仕方ないのでまたゴッチ隊長のテントにお邪魔させてもらうことにした。

 

 夕食はがっつりとしたステーキに野菜のスープ。調査に備えて初日の夜に少し良い物を食べるのが、この調査隊の恒例になっているらしい。何の肉かは分からないが、噛む度に肉汁がほとばしり口の中で肉が躍る。

 

 これは……良い肉だ。スープも決して主張しすぎず、肉の強すぎる旨味を時折スープを飲むことでさっぱりさせて、また次の一口への準備を整えるのに一役買っている。とても良い組み合わせだと思う。さっきザクドサ調理で作っていた物とは思えない。

 

 ちなみにバルガスは身体の調子が万全ではないという事で、ラニーさんの医務テントで特製料理をふるまわれている。ゴッチ隊長曰く、身体にはとても良いのだけど味がマズ……少しよろしくないという。ついてないバルガスに合掌しておく。

 

「エプリさん。遅いですねぇ」

 

 最初に夕食を食べ終えたジューネが、テントの外の方を見ながらポツリと言う。これはジューネが早食いというよりも、他の人が全員おかわりを一度はしているからである。

 

「確かに。もうあれから大分経っているから、軽い仮眠程度ならもう起きてきても良い頃だ」

 

 アシュさんも三枚目のステーキを齧りながら応える。俺とゴッチ隊長は二枚目。いやだって美味いんだもの。かなりボリュームのある物だけど、美味い物はおかわりしなきゃ損だろう? 幸いゴッチさんも夕食係の人達も、どうぞどうぞと勧めてくれるのでありがたい。

 

 ……しかしこんな美味いステーキだからな。エプリだったらどれだけ食べることか。毎回結構食べるからな。五、六枚くらいはペロリと平らげるんじゃないだろうか?

 

「よし。ちょっと俺が行って呼んできます。エプリの分の夕食を持っていっていいですか? いくら寝てたってこの美味そうな匂いを嗅げば一発で起きてくると思うんで。……多分一枚じゃ足りないと思うけど」

 

 丁度良い。起こすついでにさっきのことも聞いてみよう。そう思い、俺はエプリの食事を持って自分たちのテントに歩いていく。

 

 空を見れば、月明かりのほかに小さな星の明かりもあって少しだけ明るい。しかし夜なので暗いことには変わりなく、念のため光球を一つ呼び出して自分の近くに浮かべておく。

 

 ゴッチ隊長のテントから自分達のテントまで、歩くと地味に一、二分はかかる。歩きながら俺は再びなんて話しかけるか考えていた。……しかしどうにも考えがまとまらない。そして、とうとう自分達のテントに辿り着いてしまう。え~い。こうなりゃ出たとこ勝負だ。会ってから考えよう。

 

「エプリ。夕食だぞ。今日は何か分かるか? ……どうだっ! ステーキだぞ!! 見よこのボリュームを。嗅げこの鼻をくすぐる香りを。かぶりつかずにいられるかな~?」

 

 俺はテントの入口でそんな小芝居をする。これで場を和ませてから上手いこと話を持ち出す。我ながらなかなかの作戦ではないだろうか? ……決して切っ掛け作りのためにこんなことをしているのではない。しかし、

 

「……出てこないな」

 

 待てど暮らせど一向に出てこない。と言うよりも中から何も反応が無い。他のテントに気を遣って心持ち小さめに騒いでいるのだが、それにしたってテントのド真ん前で騒いでいれば何かしらのアクションがあるだろうに。

 

「…………エプリ。入るぞ」

 

 嫌な予感がして、一応断ってから俺はテントの中に入る。もしまだ眠っていて、単に寝起きが悪いだけとかだったら素直に謝ろう。そこには、

 

「誰も……いない?」

 

 テントの中には誰も居なかった。ひとまず食事を簡単な家具の上に置いてきょろきょろと中を見回す。……おかしいな。先に戻ったって聞いたのに居ないなんて。…………もしやトイレか? いや、ただの散歩ってことも考えられるな。しかし何故だろう? さっきから嫌な予感がずっと身体から離れない。

 

「……あの。トキヒサさん……でよろしかったですか?」

「えっ!?」

 

 突然テントの入口の方から自分のことを呼ばれて慌てて振り向く。そこには調査隊の一人であろう女性が立っていた。あまり顔に見覚えが無いので、どうやらダンジョンに行かずに拠点に残っていた人のようだ。

 

「エプリさんから手紙を預かってきました」

「手紙?」

 

 手渡されたそれは、多少地球の物に比べて質が悪かったが間違いなく手紙だった。丸めて筒状になっていて、中央を軽く紐で結ばれている。俺は紐をほどいて手紙を広げてみたのだが、

 

「…………読めない」

 

 確かに文らしい物が書かれているのだが、俺はこの世界の文字が分からない。アンリエッタから貰った加護は自分と相手の会話を翻訳してくれるものであって、字の読み書きまでは対応していないのだ。こんな事なら牢屋の中でイザスタさんに字の読み書きを習っておけばよかった。仕方ないので届けてくれた人にエプリのことを訊ねてみる。

 

「エプリさんでしたら、先ほど私にこれを預けて『後でここに戻ってきたヒトに渡して。……出来ればトキヒサに。私は少し夜風に当たってくるわ』と言って、そのまま向こうへ歩いていきました」

 

 その人が指さしたのは、拠点の外へ向かうための道だった。ドクンと一度心臓が大きな音を立てて、それと同時に俺の中の嫌な予感が一気に膨れ上がる。

 

 わざわざ手紙に書いて渡すなんて……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あのぉ。実は俺文字が読めなくて。代わりに読み上げてくれませんか?」

 

 文字が読めないと言うのは少し恥ずかしかったが今は非常事態だ。しかし、どうやらこの世界では文字の読めない人もそこそこいるらしく、調査隊の人もたいして驚かずに読み上げてくれた。だが、読み上げていく毎に少しずつ顔色が曇っていく。それはそうだ。ここに書かれていたのは……。

 

「……すみませんっ! エプリにこれを渡されたのはいつのことですかっ?」

 

 手紙をよく見れば、まだ最後の方のインクが僅かに乾ききっていない。つまり手紙を書き上げて乾く間もなくこの人に託したことになる。

 

「つい先程です。エプリさんとほとんど入れ替わりにトキヒサさんが来ましたので、まだ十分も経っていないと思います」

「ならまだ間に合うかもしれない。すみませんがこの手紙をアシュさんとジューネに渡してくれませんか? 今はまだゴッチ隊長のテントに二人ともいるはずですから」

「それは構いませんが、トキヒサさんはどうするのですか?」

「決まってる。エプリを追いかけます」

 

 俺はテントを飛び出すと、急いで拠点の外へ向かう道に走り出す。エプリの奴、まさかこんなタイミングで行くことはないだろうに。あの手紙に書かれていたもの。それは……俺の護衛契約が完了したためここを立ち去るという内容だった。

 

 こっちはまだ話さなきゃいけないことが色々あるんだぞっ! どうやって話を切り出そうか散々悩んでいた所なのに、勝手にいなくなるなんて冗談じゃない。頼むからまだ近くにいてくれよっ!

 




 突然の別れ……と言っても幾つか予兆はありましたが。果たして時久は間に合うのか? 間に合ったとしてもどうするのか? 悩ましい所ですね。


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閑話 風使いは月夜に想う その一

 ここからエプリ視点です。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

『今これを読んでいるヒトが誰かは分からないけれど、一応トキヒサの手に渡っていると思って書いているわ。アナタが文字を読めないのは知っているから、これは誰かに代読してもらっていると思う。なので直接的な単語は多少伏せさせてもらうからそのつもりで。

 

 急にこんな手紙が来て驚いているかもしれない。だけど、顔を合わせると引き留められるかもしれないので手紙で伝えるわ。アナタがダンジョンを出るまで護衛するという契約は無事完了した。よって、私は中断している一つ前の契約を終わらせなければならない。そのために一度前の雇い主と合流するわ。

 

 本来なら一度出た瞬間に終了しても良かったのだけど、一応雇い主の安全を確保するまではと考えて、しばらく同行してしまったわ。だけど今の状況なら、私がいなくとも自分から危険に突っ込むようなことをしない限りは問題ないと思う。

 

 それでも何かあればアシュにこう言いなさい。「()()()()()()()()()()()()()()」と。その上で頼めば悪いようにはしないでしょう。

 

 最後に言っておくけど、私みたいな厄介な素性の者を簡単に信用するお人好しのアナタは、もう少し人を疑って警戒することを勧めるわ。アナタの元いた場所と違って、ここはそう優しくない。隙あらば命を含めた色々な物をむしり取ってやろうとする奴もそこら中にいる。それが嫌なら一人でも信用のおける誰かを多く見つけることね』

 

「…………こんなところかな」

 

 私は文の最後に自分の署名を書いて一度読み直す。手紙を出す前にはちゃんと自分で読み返して確認しないといけない。オリバーがよく言っていたな。かつて頼みもしないのに、私に様々なことを教えていったあの老人のことを思い出す。……憎たらしい顔でニヤニヤと笑うところまで思い出してしまったので、軽く頭を振って記憶から追い出す。

 

「……忘れていたわ」

 

 一度読み返して、大切なことを書き忘れていたことに気がつく。……嫌な奴ではあったけど、教え自体は役立っているのが悔しい。手紙の最後に書き足しておく。

 

『追伸。契約の半金は、こちらの用が済み次第取りに行くのでなるべく早く用意しておくこと。……払わなかった場合、アナタは風が吹く度に私に怯える日々を過ごすことになるのでそのつもりで』

 

 ……少し脅かしすぎかもしれない。だけど実際に、これまで代金を払わなかった依頼主には、それ相応の報いを受けてもらっているので嘘は言っていない。まあ指輪の呪いのことなどを考えると、金に換えづらいというのは理解できる。その点は多少は考慮しても良いだろう。

 

 私はそうして書き上げた手紙を紐で軽く縛ると、それと自分の荷物を持ってテントの外に出る。傭兵の仕事上、いつ何時でも動けるように荷物は常に準備してある。以前ジューネから買った食料や日用品も用意出来たし問題はないはずだ。さて、誰に渡そうか。

 

 周囲を見渡してみると、何かの作業から戻る所なのか歩いている調査隊の女性を見つけた。手荷物なども持っていないようで丁度良い。一人のようだしあのヒトにしよう。

 

「……ねぇ。ちょっといい?」

「はい? 何でしょうか?」

 

 私はその女性に、手紙をここに戻ってくるヒトに渡すようにと頼んで手紙を託す。一応トキヒサにと一言添えておいたが、最悪それ以外の相手であっても構わない。ここのテントに来るヒト種はアシュかジューネ辺りだろうから、最終的にはトキヒサに届くだろう。私は一言隊員に礼を言うと、夜風に当たってくると言ってその場を後にする。

 

 私の大まかな場所は、既に二度目にダンジョンを出た時にクラウンに伝えてある。あとは指定された場所に移動して合流するだけだ。……思えばあの時トキヒサにその様子を見られていたのだろう。拠点に戻るまでそわそわしていた様子だったから、何か見たのは間違いないと思う。

 

 もしかしたら私に話しかけようとしていたのかもしれない。……と言ってもこちらも抜け出すタイミングを考えていたので、多少上の空だったかもしれない。落馬しなかったことに、一緒に乗っていた隊員へ向けて少し感謝しておく。

 

「……っと、少し急いだ方が良さそうね。“強風(ハイウィンド)”」

 

 指定された場所と時間を考えると急いだ方が良い。途中までは遠目に見ても散歩に見えるように歩いていたが、そろそろ人目も無くなってきただろう。私は自分の周囲に風の流れを産み出し、ほとんど飛翔に近い浮遊で速度を上げる。これなら短時間であれば、馬よりも早く移動することが出来るので便利だ。

 

 私はまさに風と一体化したような感覚で飛び続けた。目的地は拠点とダンジョンの途中にある岩場。本来なら地上の道なりに行くことと、モンスターを避けて遠回りになることから、拠点から岩場までおよそ二十分ほどかかる。しかし私の場合は単独であればそれは当てはまらない。

 

 飛びながら夜の草原を突っ切り、時折出現するモンスターに気付かれても、そのまま速度を上げて引き離す。さすがにこの速度についてこれるだけのモンスターはそう多くはない。

 

 そうして目的地である岩場に辿り着いた時には、多分まだ半分程度しか経っていないと思う。私は軽く周囲の風の流れを探り、まったく生き物らしき反応が無いのを確認して風の流れを解除する。

 

「…………ぐっ!? はぁ。はぁ」

 

 地面に降り立つと同時に、酷いめまいと激しい動悸がした。思わずその場に膝をついて胸を押さえる。……やはりここまでほとんど休みなしで来たのは少し身体に無理があったみたいだ。魔力の消耗が激しい。

 

 本来一、二分の使用が普通のものを、十分近くほとんど連続で使ったのだから無理もないか。そのまま数秒ほどしゃがみこんでじっとする。

 

「……クラウンが来るまで、少し休んだ方が良さそうね」

 

 私はポツリと呟いて、近くに有った岩に背中を預けてそのまま座り込んだ。そのまま空を見上げると、今日も三つの月が地上を明るく照らしている。月明かりを浴びていると、どこか感傷的になるから不思議だ。

 

 もうすぐあの気に入らない依頼人(クラウン)が来るというのでなければ、さらに良かったのだが仕方がない。待っている間に今回引き受けた依頼の内容を思い返してみる。

 

 

 

 

 まず私が聞いたクラウン達の計画はこうだ。各自所定の位置に着いたことを確認し、空属性で私とクラウンが城の地下にある牢獄に移動。そのまま騒ぎを起こし、牢獄の看守長であり英雄と謳われたディラン・ガーデンを引き付ける。そこから少し間をおいて、別動隊がパレードを行っている『勇者』を襲撃。

 

 第一目標は『勇者』の()()だが、周囲の状況によっては偵察のみで終わることもあり得るとのことだった。『勇者』とは異世界から召喚されるらしいが、今回ヒュムス国がその召喚に成功したという。『勇者』には様々な利用価値があるのだろうな。そうでなければ攫おうなんて思わない。

 

 私の受けた依頼は依頼人(クラウン)の護衛。計画自体はあまり気乗りしないものではあったが、今は依頼を選べる状況ではない。そうして私とクラウンは空属性で牢獄に突入したのだが……そこから先の奴の行動は、ハッキリ言って外道と言えるものだった。

 

 事前に仕込んでいたのだろう。囚人の一人の身体を起点とし、そこから集めておいた凶魔を大量に出現させたのだ。前から準備していたのなら、あとは作動させるだけなのでほとんど魔力も必要としない。

 

 本来なら私達にも襲い掛かる凶魔だが、事前に凶魔避けの道具を持たされていたのでこちらにはまるで寄り付かない。……貰った時点で凶魔に関わることに気付くべきだった。だが襲われないだけで命令を聞くわけではない。そんな制御不能なものをクラウンは牢獄内にばらまいたのだ。

 

 そのまま一度牢の外に跳び、凶魔が完全に牢獄内に広まってパニックになるのを待つクラウンに、当然私は食って掛かった。このやり方では目標を引き付けるどころの話ではない。目標以外の牢にいる囚人全てにまで害が及びかねないと。

 

 しかしクラウンは、それが何だとばかりに耳を貸そうとしなかった。本来なら力ずくで止めるところだが、依頼内容はクラウンの護衛。護衛対象を傷つける訳にはいかない。そんな歯噛みする状況だ。

 

 ……アイツ。サクライ・トキヒサと初めて会ったのはそんな時だった。

 




 ここからしばらくエプリ視点の回想という形で話が進行します。

 自分でも書いている内にヒロインだか護衛だか戦友だかよく分からない立ち位置になりつつあるエプリですが、彼女がどういう人物なのかこの閑話シリーズで何となく掴んでいただければ幸いです。


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閑話 風使いは月夜に想う その二

 

 今更だが、牢獄であの巨人種の囚人に刻まれた術式には、発動中に誰かが近づくと術者に伝わるような仕掛けがあった。

 

 本来目標であるディラン・ガーデンが来るのを見越して用意された物らしいが、予定より明らかに早い時間に仕掛けが作動したのはクラウンも妙だと思ったのだろう。私を伴って様子を確認しに行ったのだ。

 

 ……そこで私達は驚嘆すべきものを見た。並みいる鼠凶魔を退けて、ゲートとなった囚人に近づいている二人組が居たのだ。トキヒサはそのうちの一人だった。

 

 私は今回の依頼中に出会った少し…………いや、かなり妙な奴を脳裏に浮かべる。トキヒサ・サクライという男。トキヒサは初めて会った時から妙な奴だった。

 

 背は私と同じか少し上くらいで、ヒト種の中ではかなり低め。見たことのない珍しいデザインの服を着ていて、黒髪に黒い瞳。ヒュムス国ではあまり見ない姿形だったので、もしかしたら『豪雪山脈』か『断絶海』の先から来たのかもしれない。

 

 当初は敵味方の関係だった。個人的にはゲートを止めてもらいたい気持ちもあったが、相手と対峙した以上依頼人を護衛しなければならない。即座に意識を切り替え、相手の様子を観察しつつ“強風”や“風刃”で牽制する。

 

 トキヒサは動きや戦い方などは素人のそれだったが、何かの加護でもあるのかとにかく頑丈だった。本来“風刃”が直撃すれば、皮膚の頑丈なモンスターならともかく、普通のヒト種は防御していない限りそれなりのダメージがいく。

 

 だというのにトキヒサときたら、精々が切れているのは表皮くらいで肉にも骨にもほとんどダメージが無い。それで取っ手の付いた箱のような物を振り回して向かってくるのだから訳が分からない。

 

 そうして攻めあぐねている内に、戦いの中で私のフードがめくれてしまう。…………私は混血だ。混血は共通した特徴として、生まれた時から白髪と赤い瞳を持つ。そして、ほぼ全ての種族から忌み嫌われている。……そういう目で見られるのは慣れている。目の前のコイツもすぐにその表情に変わるだろうと思っていた。だが、

 

「……綺麗だ」

 

 コイツのこの一言を聞いて、私は一瞬だが完全に思考が停止した。コイツハイマナニヲイッタ? 綺麗? この私が? この禁忌とされるこの身が?

 

 私の脳裏に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()。頭が灼熱したような感覚に囚われ、目の前の奴があの男にダブる。

 

 この瞬間、私は完全に傭兵としての立場を忘れていた。護衛のことは頭の片隅に置かれ、ただただ目の前の男への殺意が溢れ、何が有ってもコイツを殺すという強い衝動に駆られた。

 

 付け加えれば、その後馬乗りされて押さえつけられたことでさらに殺意が増しているが、まあこちらは今なら戦いの中での事故だと考えても良い。……別の意味で許すつもりはないが。

 

 こうして戦いは続き、そこに当初の目標であるディランが乱入。しかしそこで、クラウンはまた私に言わなかったさらなる一手を繰り出した。なんと奴は、ゲートとしての役割が終わった囚人を何らかの方法で凶魔化させたのだ。

 

 敢えて魔石を使わずに長期間放置することで、自然発生的に凶魔を産み出すと言うのは噂程度だが聞いたことがある。しかし生物を人為的に凶魔化するというのは聞いたことが無かった。

 

 驚いている私を残し、クラウンはその混乱に乗じて空属性によりその場を離れる。……そのことについては別段文句はない。依頼人の安全が最優先であるし、最悪私が捕らえられたとしても想定の内。牢の中にも跳べるクラウンが後日助けに来ることになっている。……イマイチ信用できないけれど。

 

 こうして私は殿を務めながらトキヒサを殺そうと襲い掛かったが、一緒にいたイザスタという女に阻まれて失敗。不覚にも戦いの中で“眠りの霧(スリープミスト)”を受けて眠らされてしまう。

 

 普段ならあそこまで完全に食らってしまうことはなかったが、殺意と怒りで周りが見えていなかったと今なら分かる。今度は負けるつもりはないけれど、それでもあの女は相当な手練れだ。

 

 ……あと多分性格が悪い。一瞬戦いの中でみせた黒い笑み。あの状態のイザスタには近づきたくないと感じたほどだ。次会うことがあれば用心しよう。

 

 

 

 

 そして、次に私が目を覚ました時にはそこはダンジョンだった。混乱しながらも状況を把握すべく周囲の様子を探るが、何故かいくつもの属性の初級魔法を操っているトキヒサを発見したので素早く拘束。これまでの経緯を聞き出そうとするも、その内容があまりにも荒唐無稽だったので先ほどの怒りも込めて“風弾”を見舞う。

 

 尋問の途中にダンジョン製のスケルトンが襲ってきたのでそれを撃退。手持ちの通信用アイテムも使用できず、ここがダンジョンだとほぼ確信する。トキヒサが言うにはあれからおよそ丸一日経っているらしく、クラウンとの合流も難しい。ここまで冷静に……いや、冷静であると思っている私は、そのままトキヒサを殺そうとした。

 

 あの時の私はさぞ歪んだ顔をしていたのだろうと思う。完全にトキヒサが私を裏切った奴とダブって見えていた。ただ湧き上がる怒りと殺意をぶつけようとしていたのだ。

 

 ……そんな極限の状況で、トキヒサは命乞いをするのでもなく、殺そうとする私に怨嗟の言葉をぶつけるのでもなく、ただ再び綺麗だと言ってのけた。

 

 本当に命の危機にある時の言葉だったからこそ、自分の目の前の男が以前裏切った奴とは違うとはっきり認識できた。……一言で言うと、少し落ち着いたのだ。もし発せられた言葉が命乞いや怨嗟の類であれば、あの時の私なら確実にそのままトキヒサを殺していただろう。

 

 禁忌である自分のような者を綺麗だなどとのたまう変わり者。そんな奴がこの世界にいた。一瞬だが私はそんな甘い幻想を抱いた。……しかし、それは違うとすぐに分かった。トキヒサは『勇者』だったのだ。

 

 『勇者』はこの世界ではない別の世界から来るという。つまりこの世界において目の前にいる私が。白髪と赤い瞳を持つ混血が。他の種族から疎まれている忌まわしき禁忌の者であるという事を知らないのだ。知らないからこそ綺麗だなどと言える。素顔を見ても普通に接することが出来るのだ。

 

 私はそのことに落胆し、それと同時に少し安堵していた。混血のことを知らなければ、素顔を知っていてもトキヒサは自然体のままで接するだろう。私はそう考えて、自分のことを話さないことにした。……してしまったのだ。

 

 その後、私にはトキヒサを殺す気が無くなっていた。一緒にいたスライムが厄介という事もあったが、どうにも戦う気が起きなかったのだ。それよりは早く外に出て、依頼主(クラウン)と合流することの方が優先だ。

 

 しかしダンジョンを一人で脱出するのは困難だ。食料なども心もとなく、長くいることは出来ない。かと言って無理やり進むのは消耗が激しすぎる。

 

 ……そこで私はつい魔が差した。目の前の男に協力して脱出しないかと持ち掛けたのだ。トキヒサの反応は芳しくなかった。……当然だろう。誰が今の今まで自分を殺そうとしていた相手の言葉を素直に信じる? そんなことが出来るのはよほどのお人好しだけだ。

 

 我ながらバカなことを聞いたと、私はそのままその場を離れようとする。しかし、トキヒサはそのよほどのお人好しだった。私を引き留め、一緒に行くと答えたのだ。雇い主兼荷物運び兼仲間というおかしな答えを。

 

 その時トキヒサは自らの手を差し出してきた。握手という互いの手を握り合う挨拶。……普段の私だったら、たとえ依頼主相手であってもやらなかっただろう。自分の腕を差し出す行為は、それだけ周囲への反応が遅れることになる。

 

 ……だが、その時は私はそれを受けた。それが騙す形になってしまったトキヒサへの誠意だと思えたからだ。

 

 こうして握手を交わした私達は、短い期間ではあるが雇い主と護衛(トキヒサ曰く荷物運び兼仲間)という関係になってダンジョン脱出に向けて動き出した。……ちなみに余談だが、契約なのでしっかりと対価は請求する。そこはどんな相手でもおろそかにしてはいけないのだ。

 




 初対面の時に時久が何気なく言った言葉は、良くも悪くもエプリに刺さっていました。


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閑話 風使いは月夜に想う その三

 

 ダンジョンの中では様々なことがあった。まず、私の能力はそれなりにダンジョン探索に向いている。風の流れさえあれば近くの地形や構造、動くモノの有無も分かるためだ。探っている間はやや無防備になるが、その間はトキヒサとスライムが私を守る。……誰かに守られると言うのも新鮮で意外と嬉しい物だ。

 

 途中で休憩を取った時、トキヒサが何もないところから食料を取り出した時には少し驚いた。ダンジョンでは基本的に空属性やそれに類するスキルは使用できない。何故かは不明だが、一説によるとダンジョンの中と外は道が続いていたとしても別の種類の空間になっているという。

 

 なので中から外、外から中と言うような移動は難しい。そのため空属性による物の収納及び取り出しも本来なら難しいはずだ。それが同じダンジョンの何処かからなら話は別としても。

 

 そこで私はトキヒサの加護である“万物換金”と“適性昇華”のことを知る。……これが『勇者』がこの世界に来る時に貰える加護か。戦闘に向いた加護のみだと勝手に思っていたけれど、こういうモノもあるらしい。ただダンジョン踏破という一点であれば“万物換金”はとても使える加護だ。これなら脱出の可能性は大分上がる。

 

 しかし、道中で数体のスケルトンが陣取っている部屋を見つける。そこを避けるとひどく遠回りになる上に、向こうが移動中に待機する場所を変えないとも限らない。

 

 時間の浪費を避けるために、作戦を立てて正面突破を試みる私達。だが、そこで予想外のことが起きた。トキヒサよりも少し早く部屋に突入した私だが、そこで見たのはスケルトン達を蹂躙する別の何かだったのだ。

 

 素早くその場を離れようとするが、間に合わずにその怪物と視線が合ってしまう。いけない。このまま逃げたとしても、視線が合った私のことを追いかけてくるのはまず間違いない。私一人なら逃げ切ることはおそらく出来るが、その場合トキヒサが追いつかれる。……ダメだっ! そんなことはさせられない。

 

 私はトキヒサに部屋に入ってこないように叫ぶと、目の前の怪物の一挙手一投足を見逃さないように集中する。しかし、そのトキヒサが私の制止も聞かずに入ってきてしまい、足止めするから逃げろと言っても聞く耳を持たない。そんな頑固な雇い主を護るため、なし崩し的に二人(とスライム一匹)で戦う羽目になってしまった。

 

 目の前の怪物は牢の中でみた巨人種が凶魔に変化したものとどこか雰囲気が似ている。なのでトキヒサの言葉もあり、ゴリラ凶魔と呼称することに。この凶魔の胸部に見える魔石は、クラウンが牢で使った物とこれまたよく似ている。

 

 話を聞くと、魔石を壊すか取り出せば良いらしい。しかしトキヒサはあろうことか、この状況で相手を助けたいなどと言ったのだ。ここは自分の安全が優先だろうに、それが分かっていてもなお助けたいと言うのだ。……こんな奴だから私の提案を受けたのだろうなと内心呆れながら、依頼主の望みを叶えるために作戦を立てた。

 

 作戦は上手くいき、ゴリラ凶魔の動きを封じることに成功する。だが、トキヒサが魔石を引きはがそうとした時、拘束を無理やり振りほどいてゴリラ凶魔が反撃をしようとした。直撃すればトキヒサはかなりの深手を負うだろう。

 

 私は咄嗟に風でトキヒサを吹き飛ばして攻撃を避けようとするが、僅かに一秒か二秒足りない。このままやられるのかと思ったその時に現れたのが、自称流れの用心棒のアシュ・サードだった。

 

 アシュは凶魔の腕を断つことでトキヒサを助け、そのまま訳を聞いて凶魔の魔石を摘出した。その剣の軌跡は、私にはまるで見ることが出来なかった。私が知る剣士の誰よりも速く、鋭く、そして恐ろしい剣の冴えだ。

 

 トキヒサは素直に感心していたが、その剣がこちらに向けられるかもとは思わないのだろうか? ダンジョンでは冒険者同士のいざこざなど珍しくもない。念の為私だけは用心しておこう。

 

 魔石を摘出したことにより、凶魔は徐々にヒト種に戻っていった。傷口をすぐに止血したことにより、出血は最低限で抑えられたと思う。その途中、アシュの雇い主だという少女、ジューネが現れた時は驚いた。

 

 ダンジョンと言えば程度にもよるが危険な場所だ。モンスターが徘徊し、気を抜けば罠の餌食になる。そんな場所に護衛一人で潜ると言うのは商人としてはまずない。

 

 あり得るとすれば、商人本人が護衛が要らないほどの傑物か、その護衛が一人で十分なほどの戦力を有しているという場合だ。……おそらく後者だろうと判断する。一応助けた男のこともあり、二人はしばらく同行することになった。

 

 その後ジューネからこれから必要になる日用品や助けた男の衣服などを買い込み、ついでに交渉の結果転移珠を一つただで貰うことに成功する。

 

 ……こう言っては何だけれど、ジューネは商人にしてはまだ経験が浅いところがあるようだ。少し交渉するだけで商品の値引きを許し、品を確かめもせずにタダにしてはいけない。……トキヒサは何やら要らない物まで買ってしまったようだけど。

 

 その日の夜、ジューネ達に話を聞いてみると、このダンジョンは位置的に、交易都市群と魔族の国デムニス国の中間に位置しているという。

 

 ……デムニス国の名前を聞いて少しだけ思うところがあるけれど、今はそれよりも護衛が優先だ。ジューネ達は明日の朝出発するというが、トキヒサは助けた男が目を覚ますまでここで待つという。それだけでなく、私に契約を解除してジューネ達と一緒に行くかなどと聞いてくる始末。

 

 私は多少頭にきて額に“風弾”をお見舞いする。……バカにしてもらっては困る。私は一度受けた仕事は契約違反が無い限り投げ出さない。さらにこれは私から提案した契約だ。依頼人(トキヒサ)が待つと言うならギリギリまで私も待つ。

 

 しかしこのまま待つのは危険が大きいのも事実だ。それに助けた男が自分でまともに動けるかどうかも分からない。……トキヒサが危険だと判断したら無理にでも脱出させるが、そうならないように手を打っておくべく私はジューネに取引を持ち掛ける。助けた男が出発までに目を覚ませばアシュがジューネと一緒に護衛し、目を覚まさなくとも私達に道具などの援助をするという内容だ。

 

 対価としてこちらが支払うのは、これまで私達がダンジョンで見聞きした情報。情報も商品とするジューネならばこの提案に乗ってくる可能性はある。

 

 結論から言うと、ジューネはこの取引を承諾した。情報の真偽と言う点で多少疑っていたようだが、アシュが横から少し口を挟むと何故かすぐに了承したのだ。……アシュとは多少互いの能力を護衛のために打ち明けているが、それが良い方向に働いたらしい。

 

 

 

 

 そうして明日への仕込みも終わり、私達は交代で休みを摂ることになった。そして、私の番になる少し前。

 

「………………んっ!?」

 

 私は誰かの話し声で目を覚ます。仕事上……と言うより子供の頃からの気質か。夜中に襲撃を受けるなんてことはざらだったので、私はいつの間にかかすかな物音でも目を覚ますようになっていた。安眠と言うのはこのところあまりしたことはないが、護衛の際には役立っているので治す気も特にない。

 

 ……どうやらアシュとジューネが何やら話し合っているようだった。こちらを害する相談であれば、このまま奇襲をかけるなり寝たふりを続けて情報を引き出すところだが、単に取引についてのことのようだったので聞くのを止める。それから少しすると、ジューネはどうやら自分の寝床に戻ったようだった。

 

 このままもう少し寝直しても良かったのだが、時間が中途半端で眠りづらい。仕方がないのでそのまま起きだして、アシュと見張りを交代しようとする。だが、アシュはそのまま一向に戻ろうとしない。そして、私に人を探していると切り出した。

 

「ヒト?」

「ああ。もしかしたら知ってるか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私はその言葉に少し考えこむ。何本かの線をくっつけたような痣。そして珍しい加護かスキル。…………もしかして。私は()()()人物を思い浮かべる。一人はトキヒサ。戦いの中でちらりと見えたのだが、右手首に妙な形の痣が見えた。それに“万物換金”と“適性昇華”の加護。まず間違いないだろう。そしてもう一人……。

 

「っ!? 思い当たる人がいるのか?」

「…………その前に聞かせて。アナタは何故そのヒトを探しているの?」

 

 私の言葉に、アシュは一瞬だけ言葉に詰まる。

 

「……言えないのならこちらも話すつもりはない」

 

 私達の間に沈黙が流れる。言葉はなく、あるのは焚き火の弾ける音とトキヒサ達の寝息くらい。……そのまま一分ほど過ぎると、根負けするかのようにアシュは大きく息を吐きだした。

 

「…………はあっ。分かった。言うよ。俺は今でこそ流れの用心棒をやっているが、それとは別にある依頼を受けている。身体の何処かに痣があり、特殊な加護かスキルを持つ奴を探せってな。それで見つけたら報告する。……依頼人は聞くなよ」

「……それだけ?」

「ひとまずはな。一応軽くその相手と話をして、要注意人物だったらその点も報告する。それ以外は特に指示は受けていない」

 

 予想以上に軽い内容に少し拍子抜けする。……いや、もう少し確認しておこう。

 

「…………無理やり拘束するとか、危害を加えると言ったことはないのね?」

「向こうが話し合いに応じないとか、こちらを襲ってきたりしない限りはな」

 

 アシュに僅かな指示しか与えていないという事は、それだけ彼の自由意思に任せているという事。となれば、

 

「…………分かった。こちらも話すわ。だけどタダとはいかない」

「それはそうだ。……いくら欲しい?」

 

 アシュは服から小さな布製の袋を取り出す。しかし中から聞こえるジャラジャラという音から、かなりの金が入っていることが分かる。それも多分金貨が数枚以上。金か。それだけあれば……。

 

「…………いえ。今は言わないでおくわ。その代わり、これは貸しにしておく。いずれ返してもらうから」

 

 どのみちしばらく同行するのだ。今金を貰うよりも、いざと言う時の為に貸しを作っておいた方が無難だろう。あとで役に立つかもしれないからね。

 




 軽くですが閑話の嘘を見抜く男の裏話が少しありますね。時久が寝ている間に何があったのかという感じで。


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閑話 風使いは月夜に想う その四

 

 私の対価を貸しにするという言葉に、アシュは宙を睨んで軽く何かを考えているようだった。

 

「何かまずい相手に借りを作った気がするが……まあ良いだろう。じゃあ情報を貰おうか」

「ええ。……だけど、()()()()()()()()()()()()だから全ては話せない。それでも良い?」

「……そういうところは信用問題になるから仕方ないな。じゃあ言えない所はぼかしてくれ。こちらである程度推測するから」

 

 こういう時は互いに仕事が似ている分話が早い。傭兵の仕事は信用が第一だ。簡単に前のとは言え依頼人の情報を漏らすような傭兵には良い仕事は回ってこない。アシュはすぐに方針を決め、私に話を促した。

 

「では話すわね。……私がそいつに会ったのは、今から七日前のこと。ヒュムス国王都でのことよ」

 

 そう。私にはトキヒサの他にもう一人思い当たる奴がいた。私がクラウンに雇われてすぐ、『勇者』を襲撃するためのメンバーは下見を兼ねて現地で集まったのだ。

 

 私も含めて全員黒いローブとフードで素顔は分からない。だが、その際にちょっとしたいざこざがあった。幸い軽い牽制をしあうだけで済んだのだが、その時一人のローブが少しめくれて左腕が露わになった。そこにあったのは、アシュの言うように幾つかの線がくっついたような奇妙な痣だったのだ。

 

「左腕……ねぇ。これまでのメンツには無かった場所だ。……これは当たりか?」

「……何?」

「あ、いや。何でもない。続けてくれ」

 

 アシュの呟きに妙な違和感を感じながらも、私は続きを話し始める。そいつは声の調子から男だとは分かったけれど、それ以外は不明。そしてその男には奇妙な能力があった。そいつは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「止めるって……どんな風に?」

「……何と言えばいいのか。彼が手を伸ばすと、突然見えない何かに捕まったみたいに止まるの。そしてそいつがそこらに投げるような仕草をすると、止まっていた物も同じように飛ばされてしまう」

「……なるほどねぇ。確かに妙な能力だな」

 

 私はこれを見てからずっと対処法を考えているのだが、強いて言うならこちらが認識できない所からの不意打ちくらいだろうか。風属性は見えづらい物が多いので、そういう意味では相性が良い。しかし正面からではどうにも勝ち筋が見えてこない。

 

「その男は今も王都にいるのか?」

「……分からない。それ以来私は会っていないから。ただ、そのメンバーの中には空属性持ちがいるからもう多分移動している可能性が高いと思う。……今のところ私が話せるのはこれくらいね」

「う~ん。他に何か特徴とか手掛かりとかはないか? これだけだとどうも……」

 

 確かに情報としては弱いか。これだと大した貸しにはならない。……しかしこれ以上はクラウンの方にも関わってくる。あとは……。

 

「……じゃあ俺からいくつか質問するから、答えられなかったら答えられないって言ってくれ。それなら言っていないから問題はないだろう?」

 

 アシュの言葉に私はこくりと頷く。あくまで推測なら問題ないだろう。確証はないはずだ。私はそうしてアシュの質問に時には答え、時には答えなかった。しかし流石と言うか、アシュは()()()()()()()()()何らかの情報を得ていたようだった。

 

 周囲への警戒をしながらの長い話し合いが終わった頃には、もうすぐトキヒサとの交代の時間だった。アシュはそれなりに情報が得られたと思ったようで、「結構参考になった。確かにこれなら借り一つ分にはなるな」と言って自分の寝床に戻っていった。そしてトキヒサを起こした後に、私もまたゆっくりと眠りについたのだ。

 

 

 

 

 次の日は元凶魔のバルガスも加え、私達はダンジョンを脱出するために進み続ける。途中あの女(イザスタ)とアシュがどうやら身内だと知ったことにはやや驚いたが、アシュが弱点になると言うよりはアシュの弱点のようだったので切り札にはなりえそうにない。……いざとなったら貸しを使って手を貸してもらおうと思ったのだが残念だ。

 

 トキヒサが夜中に誰かと連絡を取っていることもその日に分かったのだが、どうやら特定の相手だけにしか連絡できないようだし、トキヒサが何も言わなかったという事はそれは隠したい何かという事。無理に聞き出すことはないと言ってそのままにしておいた。

 

 ……何のことはない。自分も秘密を持っているのだからお互い様だ。下手に踏み込んでこちらのことに必要以上に踏み込んでくるのを避けただけ。……そう。それだけのはずだ。

 

 それからもトキヒサが呪われた指輪を手に入れたり、隠し部屋を見つけて入ったりと様々なことがあった。あの時隠し部屋でトキヒサが崩落に巻き込まれ、目の前で落ちていく彼を見た時は正直焦燥に駆られた。

 

 必死に手を伸ばしても届かない。自分も速度を上げて追いすがるが、ボーンバット達が邪魔をしてギリギリ近づけない。一体が額を掠めて血が流れた時も、焦っている私には痛みよりもただ邪魔だとしか思えなかった。

 

 しかしトキヒサは、なんと途中に引っかかっていた網を利用して跳ね上がるという無茶をやってのけた。さらにそのままでは落下する勢いがありすぎるという理由で、自分の落ちる先で金属性の魔法を使って爆発を起こすという無茶の重ね掛けまでもだ。

 

 この雇い主は無茶をしすぎる。……もう一つ言えば、私に被害が出る可能性を考えたのか、事前に先に行くようにと私を遠ざけたことも気に入らない。

 

 ギリギリまで近くにいれば、それだけ速度等の調節が出来て危険を減らせたのだ。あのまま網ごと落ちていくこともあり得たし、爆風で自分が酷いダメージを受ける可能性もあった。私が手を掴めなければ、そのまま再び勢いを失くして落ちていくところだったのだ。もっと考えて行動してほしい。

 

 途中で彼が口走ったことに関しては……聞こえていたとだけ言っておく。

 

 その後、私はトキヒサを連れて部屋を脱出したが、そこでフードが取れて周りに私の素顔が見られてしまう。……私を見た時の反応は大体予想できたものだった。いや。予想よりは大分マシな方か。最悪攻撃されてもおかしくはないと思っていたけれど、ジューネもアシュも顔色を変えていただけで敵意らしきものはあまりなさそうだった。

 

 私はトキヒサと二人で話し合い、自分がどういった存在なのか打ち明けた。白髪に赤い瞳。両親が別々の種族である混血。ほとんど全ての種族から忌み嫌われている禁忌の存在だと。居るだけで厄介ごとを引き寄せかねない者だと。

 

 全てを打ち明けて返事を聞く前に、私は安易な同情は要らないと釘を刺した。…………私は怖かったのだ。私がどんな存在なのかを知ることで、トキヒサの私に対する態度が変わることが。

 

 トキヒサが善人であるのは行動を見ていればすぐに分かる。こちらのことを考えて何かする可能性は高い。しかしそれは、同情からされたのでは大抵惨めになるだけなのだ。

 

 アシュ達の所に戻り、もう一度契約内容を確認する。護衛するのは変わらないが、一緒にいるのが迷惑だと思うのなら、その場合は陰から姿を見せないように護衛しても良い。

 

 私の提案にトキヒサは……一緒に行こうと普通に答えた。そこには特に気負った様子もなく、さも当然というかのような自然さで。そしてその理由と言うのが、自分は雇い主兼荷物持ち兼仲間だからだと言ってのけたのだ。

 

 これには私も唖然とした。…………私が一緒にいて得られる利点はほとんどない。むしろ厄介ごとの方が多いだろう。トキヒサはバカではあるが損得勘定が出来ないわけではないと思う。当然このことも説明を受けた時に分かっていたはずだ。それでもトキヒサは一緒に行くと言った。雇い主であり仲間として。

 

 そして、寝たふりをして話を聞いていたジューネも、私に向けて頭を下げたのだ。商人として客に対してとる態度ではなかったと。理由は多少妙ではあったが、それはあまり気にならなかった。

 

 トキヒサもジューネも、おそらくアシュも、私のことが分かってもなおまともに接してくれる。それだけで……私は嬉しかったのだ。

 

 それから元ダンジョンコアのマコアと出会い、脱出後に調査隊と合流。再びのダンジョン突入など、非常に濃厚な数日間だった。

 

 

 

 

「…………色々あったなぁ」

 

 三つ並んだ月をぼんやりと眺めながら、私はこれまでのことをとりとめもなく思い返していた。月明かりで私や岩の影はとても長く伸び、一帯は静寂に包まれ、生き物の気配もまるでない。これから来るであろう依頼人(クラウン)が来るまで、ここにいるのは私ただ一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………と、油断していると思った?」

 

 私は突如近くの岩陰から飛来したナイフをすんでの所で回避し、飛んできた方向に向けてお返しにこっそり用意しておいた“風刃”を放った。“風刃”は岩陰に当たる直前で何かに弾かれ、そこから誰かが歩いてくる。姿を現したそいつを見た時、予想通りの顔だったことに私は軽い失望を覚えた。

 

「クフッ。クフフフフ。な~ぜ分かったのですかぁ? 私がここにすでに居たことに?」

「……私がここに来た時、軽く周囲の様子を探ったけれど、全く生き物の気配が感じられなかった。だけどそれはおかしいのよね。いくら近くにダンジョンがあって、こんなごつごつした岩場であったとしても、()()()()()()()()()なんてあり得ないもの。……つまり、何かがあってここら一帯から皆いなくなったか、又は強力な隠蔽の魔法が使われているか。だからこれから来る相手よりも、ここに最初からいた何かに向けてずっと集中していただけよ」

「それはそれは。私の能力を知っている貴女なら、空属性でこれからやってくるであろう私に向けて注意すると思ったのですが……いやいや残念」

 

 そう言って嗤うクラウンを前にして、私はゆっくりと立ち上がって臨戦態勢を取る。予想の一つではあったけれど、やはり裏切られると言うのは心がささくれる。

 

「……さて。説明してもらいましょうか? 何故護衛である私を攻撃したのか。筋の通った答えが出来るのならね」

 




 気合を入れて連続投稿っ!

 回想は終わりますが、エプリ視点自体はまだ続きます。


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閑話 風使いは月夜に想う その五

 

「…………クフッ。せ~っかく()()()()()()()()()()()楽に殺してあげようと思ったのに。やれやれ。こちらの慈悲が分からないなんて、可哀そうなことですねぇ」

 

 私の追及に、クラウンはそう言ってまた嗤いだした。その神経を逆なでするような嗤いは、静寂が支配していたこの一帯に響き渡る。

 

「……なるほどね。最初からこうするつもりだった……という事で良い?」

「当然でしょう? 貴女のような薄汚い混血を、崇高なる我らが組織が本当に雇い入れると思ったのですか? まあ精々使い捨ての盾にでもなればと思ってはいましたが……牢獄ではそこそこ役には立ってくれたようですからね。せめてもの慈悲で私自らが殺して差し上げようと言うのです。感謝して欲しいものですよぉ」

 

 そんな勝手かつ理不尽極まりない理屈を並べるクラウンを見て、これは話すだけ無駄な類であると、私は微かに残っていた話し合いの考えを完全に捨て去る。

 

「それにしても、貴女も思っていたより愚かですねぇ。あの牢獄でディラン・ガーデンに倒されたか、それとも試験体凶魔に殺されていると思っていたのに、わざわざ律義にこちらに連絡してくるのですから。あのまま半金だけ持って逃げれば良かったものを。……おかげで貴女を殺す手間が増えましたよまったく」

「…………あの時点ではまだ契約は切れていなかったから。でも、アナタの言葉を聞いてある意味ホッとしたわ。……私もどうせ契約の打ち切りを申し出るつもりだったから、アナタのような相手なら心が痛まないもの」

 

 そう。私がここに赴いた理由はクラウンと合流することだった。しかしそれはクラウンの護衛を続行するためではない。クラウンとの契約を破棄するためにここに来たのだ。

 

「……先に言っておくけど、私は契約者が悪事を働いたからといって契約を打ち切るつもりはないわ。契約において善悪を語るつもりは無い。依頼を引き受けた時点でそれをどうこう言う資格は無いもの。……私が問題にしているのは、アナタが()()()()()()()()こと」

 

 元々クラウンからの依頼内容は、今回の『勇者』襲撃計画の間クラウンの身を護衛すること。そしてそのためには、その計画を出来るだけ正確に話すのが最低限のルールだ。これは最初に私の方からも説明してある。それだというのに。

 

「今回の計画では、あくまでも行うのは『勇者』襲撃及び確保。牢獄での騒ぎはそのための陽動だったはず。……それなのに、実際には王都のゲート破壊も計画にあったようね。それに牢獄での人為的な凶魔化。あれも事前に私が聞いた作戦にはなかった」

 

 ゲートの破壊を調査隊のゴッチ隊長から聞いた時は、顔にこそ出さなかったものの少なからず動揺していた。そんなことは計画にはなかったからだ。

 

 襲撃の際の流れ弾か何かで壊れたということも考えたが、一度下見した時に私はゲートを確認している。幾重にも防御術式を張り巡らされているあれはちょっとした流れ弾程度で壊れるようなやわな物ではない。つまり意図的な破壊だ。

 

 それに人為的な凶魔化のことも聞かされていない。まあ凶魔を牢獄内にばら撒くということも聞かされていなかったし、聞いていれば依頼自体を断っていた可能性が高いが。……思い返すと本当に目の前の男は本来の計画をほとんど話していなかったな。

 

「…………ふん。貴女のような使い捨ての道具に計画の全てを話すとでも?」

「……道具か。……もっともね。確かに一介の傭兵を信用して全てを話す依頼主は少ないわ。計画を隠す手合いはこれまで何度も見てきたから別に驚かないけど。…………でもだからこそ、そういう手合いには直接会って契約を破棄することにしているの。ケジメとしてね」

 

 これはただのこだわりに過ぎない。……向こうが先に騙したのだから、こちらも依頼を放り捨てて半金だけ持って去ると言うのも一つの手だ。実際そういう形の契約の破棄はかなり多く、評判も特に下がることはない。良くある話だからだ。

 

 だけど、中途半端な破棄ではなく自分の意思での契約の破棄。それをしておかないと落ち着かないだけだ。

 

「無駄なことを。その結果自分が死ぬことになるのですから無様ですねぇ」

 

 クラウンの嘲笑うような声にも大分慣れてきた。基本がこの調子だと分かっていれば、そこまで苛立つこともない。……だけどそろそろ話は終わりのようだ。

 

 クラウンは両手にナイフを構えて軽く左右に広げる。どちらからでも投げ、あるいはそのまま切りつけに移れる体勢だ。……と言うより熟練の空属性使いにとって、自らの体勢や間合いはあまり関係が無い。

 

「……死ぬつもりは無いけどね。この時を持ってアナタとの契約を破棄するわ。理由は依頼内容に関わる事項の故意の偽証。謝罪の意思も再契約の意思も無しと受け取るわ。よって……」

 

 私は話しながら溜めていた魔力を解放する。……ただ話をしていただけと思ったら大間違いだ。私の周囲を“強風”一歩手前の風が吹き荒れ、その際に被っていたフードがはらりとめくれる。……本来ならすぐに被り直すところだが、このことは奴も知っているから構わない。

 

「…………アナタには相応の報いを受けてもらう。覚悟することね」

 

 その時偶然だが、風にあおられて私が寄り掛かっていた岩がぐらりと傾き、ドスンと音を立てて転がる。その音が戦いの合図となった。

 

 

 

 

 先に動いたのはクラウンの方だった。まずは牽制とばかりに右手のナイフをこちらに投擲する。狙いはシンプルに胸元辺り。……奴のナイフはほぼ全て何かの毒が塗ってあると思った方が良い。掠っただけでも危険だ。だけど、

 

「……舐めないでくれる?」

 

 私の周りに吹き荒れる風が、ナイフの軌道を別の方向に逸らす。いくら当たれば危険とは言え、こんな正面から来るナイフなんて対処できない方がおかしい。しかし対処されるのは当然向こうも織り込み済み。

 

「ふんっ」

 

 ナイフの投擲とほぼ同時に、クラウンは空属性で近距離転移を敢行。一瞬で間合いを詰めて私の右側面に出現し、そのままの勢いで左手のナイフで切りかかってくる。しかし、それはこちらも予測出来ていたことだ。

 

「……“風弾”」

 

 ナイフの直撃より一瞬早く、私の放った風弾がナイフを弾き飛ばす。更に風弾を連射して追撃するが、そこは一瞬早く再びの近距離転移で距離を取られて回避される。だが…………()()()()()()()()()()()()()

 

「……“風壁”」

「おぐっ!?」

 

 転移した場所には、既に風壁を展開させていた。これは基本的に防御用の魔法だが、対象の身体を巻き込むように発生させると拘束することも可能になる。ダンジョンで凶魔化していたバルガスと戦った時はその腕力で無理やり突破されたが、今回は上手くいったみたいだ。クラウンの腕を巻き込むように強烈な風が吹き下ろし、そのまま奴は地面に叩きつけられる。

 

「…………うぐぐっ。な、何故正確に私が次に跳ぶ場所が」

 

 ……今回こうしてクラウンと戦闘になることは予想出来ていた。そのため当然対策を講じていたのだ。

 

 空属性は敵に回すととても厄介な能力ではあるが、その本質はあくまで魔法だ。なら魔法によって干渉することが出来る。

 

 ……私は戦いが始まる前から、この一帯に風属性の初歩“微風(ブリーズ)”を発動させているのだ。これはあくまで基礎。攻撃能力は無いに等しく、精々がまさにそよ風くらいのものだ。注意していないと気がつかない。……しかし魔法であることには変わりない。

 

 これが発動しているところで空属性を使えばどうなるか。……答えは簡単。消えて再び現れる瞬間、その地点の風が干渉によって僅かに()()()のだ。使い手である私にしか分からない程度の微かな揺らぎだが、一瞬の予兆さえあれば先手が取れる。

 

 クラウンは地面に押し付けられながら悔しそうにしているが、別に教える必要はないので言わない。自分で考えてもらおう。……それにしても、微妙にさっきのクラウンは動きが悪かった気がする。まだ牢獄でのダメージを引きずっているのだろうか? それとも牢獄を出た後で『勇者』襲撃の際に何かあったのだろうか? 

 

「……ふっ。今はどうでもいいことよね」

 

 ひとしきり考えたが分からない。なので次のことを考える。

 

 さて、この後クラウンをどうするか? 魔法封じなどの道具は無いし、捕まえてもすぐに転移で逃げられかねない。ここで仕留めるのが最も後腐れのないやり方だけど……。

 

「………………こんな時にトキヒサの顔が浮かぶなんてね」

 

 ……知らず知らずの内に、私もトキヒサの甘さに毒されていたらしい。これまでの私ならここでクラウンを仕留めていた所だが、今回はどうにもそんな気分にならない。

 

 あのお人好しなら、悪党が相手でも命だけは助けるだろう。それ以外までは容赦しなさそうだが。……本当に甘い奴だ。手紙でもその点は注意するように書いておいたけれど、なおるかどうかは不安だ。

 

「……勝負はついたわね。私には次に転移で跳ぶ場所が分かる。空属性に頼りきりになっているアナタに勝ち目はないわ。……降伏しなさい」

 

 クラウンはこの言葉を聞いて、ガックリと顔を伏せてうなだれる。こうやって高圧的に相手に迫ることで心を折るのが目的だ。

 

「………………」

 

 クラウンはうなだれたまま動かない。

 

「……降伏しないと言うのなら、腕か足を切り裂いてそこらに放り出すまでよ」

 

 殺しはしないが、またちょっかいを出してこないようにしないとここから先面倒だ。どうせコイツのことだから、かなりランクの高いポーションの一つでも所持しているだろう。いっそ死なないギリギリまで追い詰めて本当にそこらに放り出した方がもうちょっかいを出してこないかもしれない。

 

「……………………」

「……!? ちょっと!? 聞いてるの?」

「…………………………クフッ。クフハハハハハハ」

 

 うなだれていたはずのクラウンは、突如狂ったように笑い出した。おかしくて仕方ないとでもいうかのように。地面に押し付けられたままの状態で。

 

「……何がおかしいの?」

「ハハハハハ。いやはや。これが嗤わずにいられますか? ……私の動きを封じたぐらいで勝った気になっている貴女の滑稽さが実に愉快で。クフフフフ」

 

 嗤いを止めようとしないクラウンに、私も流石に苛立ちを覚える。やはり死なない程度に半殺しにして放り出そうか。そう思って私は“竜巻”の準備をする。今度はイザスタの時のような失敗はしない。

 

「フハハハハ。…………本当に愚かですねぇ貴女は。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その言葉と同時に、クラウンの()()()()()()()()。月明かりのためというにはあまりにも急激な形の変動。そして、

 

「…………っ!?」

 

 平面だった影が突如立体的になったかと思うと、鋭い刃のような形になってこちらに向かって飛び出してきた。

 




 エプリ圧倒っ! ですがこれはエプリがクラウンに対してあらかじめ準備していたということもあるので、互いに完全初見だった場合はもっと拮抗します。


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閑話 風使いは月夜に想う その六

 

 影の刃はいくつにも枝分かれし、十近くの数でこちらを刺し貫こうと飛び出してくる。いけないっ! 躱しきれない!! “竜巻”の発動を中止して咄嗟に後ろに飛び退くが、影の刃の内一本が左腕を掠めていく。予想通りというか何と言うか、影の刃はローブと私の皮膚を切り裂いていた。

 

 視線だけ動かして攻撃者を見ると、クラウンの影の中から何者かが姿を現していた。私やクラウンと同じく黒いローブを纏い、顔もフードで分からない。体格は私と同じくらいでかなり小柄。男にしては背が低いけど、一概に女と断じることも出来ない。

 

「くっ!? このぉっ」

 

 速度を重視して無詠唱で“風刃”を何者かに向けて放つが、相手はそのまま地面に潜って回避してしまう。……油断していた。まだ仲間が居たらしい。しかしあんな奴は『勇者』襲撃の時の顔合わせではいなかったはずだけど。

 

 何者かの潜った辺りに“風弾”を打ち込むも反応が無い。やはりもう移動したか。今のは“影造形(シャドウメイク)”と“潜影(シャドウダイブ)”。“影造形”は影に一時的に実体と形を持たせる魔法。“潜影”は影の中を水中のように潜って移動、又は隠れる魔法だ。

 

 両方ともある種族の種族魔法である闇属性のものだけど……一部のモンスターや特殊なスキルを持った者も使う事があるから絶対ではない。

 

 私の“微風”はまだ周囲一帯に作用している。しかし、流石に影の中までは探れない。つまりこの何者かは、()()()()()()()()()()()()()()()()という事になる。

 

「クフフフフ。ご紹介しますよエプリ。こちらはセプト。()()()()()()()()。本来なら事が済んだ後に貴女を始末してからという話でしたが、居なくなったのでそのまま後任になってもらいました。……まあ多少順序が違ってしまいましたが良いでしょう。どちらにしても…………ここで貴女は死ぬのですからぁ」

 

 相変わらず良く回る口だ。動けない状態でもペラペラと喋ってくれる。……しかし私の後任か。周囲に“微風”による探査を行うものの、まだ影の中に潜っているらしくまるで反応が無い。“潜影”を長時間続けるのには相当量の魔力が必要なので、基本的には長期戦に持ち込むのが対応策だ。だけど。

 

 私は先ほど切り裂かれた左腕を見る。血が指先からぽたぽたと垂れているが、まだ感覚はある。筋を切られたわけではないのでまだ動かせる。しかし早く止血しないと体力を消費するばかりだ。

 

 長期戦はこちらも都合が悪く、だが下手に薬を取り出そうとすればその隙を突かれる可能性が高い。……我慢比べね。私は警戒を緩めず立ったまま再び近くの岩に寄り掛かる。

 

「…………どうしたの? この通り私は片腕を負傷している。攻めかかるなら今じゃないの?」

 

 一応軽く挑発をしてみるが、その言葉は空しく周りの岩場を通り過ぎていくばかり。クラウンと違って自分から姿を晒すような愚は犯さないか。私の後任だけあって中々やる。……相変わらず探査には引っかからず、どこかの影に潜んでいるみたいね。

 

 “潜影”には他にも制限があって、一度潜ったらその影と重なった影にしか移動できない。そしてさっき潜ったのは近くの岩の影。幸いその影はあまり周りの影と接していない。つまり、ある程度は場所が絞れる。あとはその周囲に注意を払えば良い。それにある程度身体が影から出た状態でないと他の魔法は使えないという弱点もある。

 

「…………ふぅ」

 

 私は軽く息を整え、少しでも体力の消費を抑える。血は未だ止まることなく流れ出ていて、少しずつ感覚が鈍くなっている気がする。こちらの方がこのままでは先に参ってしまう可能性が高い。……仕方ないか。私はローブの中に手をやった。そのままゴソゴソと探っていたその時、

 

「……当然そう来るわよね」

 

 その一瞬の隙を突いて、再び影の一部が刃となって襲いかかる。その数はさっきよりも多く、速度も先ほどよりも速い。この一撃で決めに来たようね。……だけど残念。来ると分かっていれば迎撃できる。

 

「……“風刃”」

 

 私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。長期戦を望まないのはこちらも同じ。なら、相手が来るタイミングを自分で選べる今を有効に使えば良いだけのことよ。

 

 ローブを対価とした“風刃”は影の刃にぶつかり、一瞬だけその動きを止める。私は力を振り絞って横っ飛びし、影の刃は全て先ほどまで私のいた岩場に突き刺さるのを横目で確認する。

 

 影を操っているセプトは……居たっ!! やはり目星をつけていた場所の一つ。まさか私が避けられるとは思っていなかったらしく、僅かにだけど身体が露出した状態で動きが止まっている。叩くなら今しかない。

 

「……くっ!」

 

 私は自分に“強風”をかけ、風で無理やり崩れた体勢を立て直して踏ん張る。それを見たセプトは自分が誘い出されたことに気づき、慌てて影の中に再び潜ろうとするけど……逃がすと思うの? 私は無詠唱で“風弾”を乱射して奴に攻撃を仕掛ける。ダメージは期待していない。この一瞬だけ動きを止められればいい。

 

「……もう一度、“強風”」

 

 私は前傾姿勢を取りながらもう一度“強風”を発動する。風は一直線にセプトへと続く道となり、そのまま終着点であるセプトの動きを制限する。目標までの距離はたいして遠くない。これなら……行ける。私は自分からその風の流れに身を任せ、セプト目掛けて高速で突撃する。

 

「…………!?」

 

 奴がこちらを見て驚いている。それもそうかもしれない。私の戦い方は基本的に、相手と距離をとって風魔法で削っていくやり方だ。私のことをクラウンから聞いていたのなら、私がこんなやり方をするなんて予想もできなかったと思う。

 

 ……これもあんなバカなことをする雇い主(トキヒサ)の影響かもしれない。だけど……これもそこまで悪くはない!

 

 みるみるうちに縮まっていく距離。セプトは再び影に潜って回避しようと試みるが、風に囚われているので身動きがとれない。そして、遂にセプトの目前へと迫る。…………だけど一切速度は緩めない。

 

 私は以前戦ったあの女(イザスタ)の動きを思い出し、半ば体当たりのようだけど掌打の構えを取る。

 

 私にはあの女のような近接戦闘の技術も力もない。しかしこの速度で掌底を叩き込めば、ほぼ確実に相手を影の中から引きずり出して空中に打ち上げることが出来る。そうすればそこはもう私の“微風”の中だ。また影に潜る間もなく抑え込める。

 

「これで……決めるっ!」

 

 私はさながら暴風のような勢いで、渾身の一撃をセプトに放った。必殺とまでは言わないけれど、当たれば確実に流れをこちらに引き寄せる一撃。それは…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その一瞬、私は相手を見失って冷静さを失った。それは時間にして一秒にも満たない僅かな時間だったけれど、戦いの中では実に致命的なものだった。

 

「…………っ!?」

 

 そこで急に脇腹に鋭い痛みを覚える。するとそこには、

 

「……クフッ。クフフフフ。油断しましたねぇ。エプリ」

 

 “風壁”で押さえつけていたはずのクラウンがニタニタと嗤っていた。片手で血の付いたナイフを弄びながら。

 




 何とか今日中にエプリ視点を終わらせたい……という訳で、多分今日中にもう一本投下します。


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閑話 風使いは月夜に想う その七

 

 血? 誰の? ……この状況では考えるまでもないか。私は脇腹の辺りに手を当ててみると、その手は血で真っ赤に濡れている。

 

 私は素早く飛びのいてクラウンから距離を取るが、そのまま酷い動悸とめまいに襲われて立っていられなくなる。……これは、毒? やはりナイフに毒を仕込んでいたようね。

 

「……はぁ。はぁ」

 

 意識が朦朧として動けない私の所に、クラウンが余裕たっぷりに歩いてくる。敢えてゆっくりと、焦らすように。

 

「苦しいですか? 苦しいでしょうねぇ。私が調合した特製の毒ですから。……安心してください。この毒は相手を死に至らしめる力はありません。ただし、一度体内に入ればすぐに効き出し、しばらくの間意識が混濁してまともに動けなくなります。……も~っと苦しんでもらいますよ。混血風情が私に手間をかけさせるなんて、その分の償いをたっぷりとしてもらわないと……ねっ!!」

 

 その言葉が終わるか終わらないかと言う時に、クラウンは私の身体を蹴り飛ばした。回避することも出来ず、私はその衝撃でゴロゴロと転がされる。口の中に砂が入り、ゴホゴホと軽く咳き込む。

 

「いやあ貴女のさっきの表情は見ものでしたよエプリ。必殺の一撃を決めたと思った瞬間、その相手がいなくなって呆然とする姿。そして私に脇腹を切られ、毒で苦悶する歪んだ表情。少しは留飲も下がるというものです」

 

 クラウンは再び私の身体に蹴りを入れながら、心底楽しそうにそう語る。何とか動く視線で周囲を探るが、またセプトはどこかの影に身を潜めたようだ。ゴホッと咳き込んだ中に血が混ざっている。……どうやら口の中を切ったらしい。

 

「ねぇ。どんな気分ですかぁ? わざわざ私にトドメを刺すチャンスを自分からふいにし、挙句の果てにその相手に逆に追い詰められているなんて。さぞ悔しいでしょうねぇ。屈辱でしょうねぇ。……クフッ。クフフフフ。クハハハハハハハ」

 

 クラウンは聞くに堪えない嫌な高笑いをし始める。だがその間は蹴りが落ち着いているので、今の内に何でこうなったのか整理する。

 

 さっきのセプトが突然消えたのはよく考えればすぐに分かる。このクラウンの仕業だ。クラウンは“風壁”で押さえられてはいたが、空属性で移動するだけなら容易なのだ。

 

 “微風”で出現先が分かるとはいえ、それはそちらにも注意を向けていればの話。あの時私は完全にセプトに向けて集中していた。そのためクラウンの動きを見過ごしたのだ。

 

 さらに言えば、慣れない近距離戦をしようとしていたという事もある。相手の意表を突いて一気に仕留める作戦だったが、慣れない分こちらももろに影響を受けてしまったという事だろう。

 

「クハハハハ……さあて、留飲も大分下がったことですし、そろそろトドメと行きましょうか」

 

 散々私を蹴り飛ばして少しは気も晴れたのか、最後に蹴りで私を仰向けにすると、クラウンは少し晴れやかな顔でナイフを逆手に持ち替えた。倒れている相手を刺すならこちらの方が確かにやりやすいだろうな。

 

 まだ身体は酷くふらつき、立ち上がることも難しいこの状況。……どうやらここまでのようらしい。

 

 ナイフを振り上げるクラウンを、せめてもの抵抗で睨みつける。腕も脚もまともに動かないけれど、最後までコイツに屈するつもりは無い。……傭兵を始めた時からいつ死んでも良いように覚悟はしてきた。元雇い主に殺されると言うのも傭兵らしいと言えばらしい最期だ。

 

 ……強いて言えば心残りは二つある。一つ目はオリバーのこと。あの憎たらしい老人に、遂に一度も魔法で勝つことは出来なかった。いずれ色々とお返ししてやろうと思っていたが……残念だ。

 

 もう一つはトキヒサのこと。契約自体はあそこで終了しているけれど、一つだけまだ約束が残っていた。自分が何故トキヒサのことを護ろうとするのか。それについて少しだけ話すという約束。

 

 ……これに関しては、ある意味約束を守れない方がこちらにとって都合が良かったかもしれない。だって、それは決して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これはただの意地だ。以前私に「綺麗だ」と言って裏切った男への単なる当てつけだ。

 

 ……私は裏切られた。そして目の前には、その時の奴と同じ言葉を言う(トキヒサ)がいる。ならトキヒサをダンジョンで見捨てたら。()()()()()()()()()()()()置き去りにでもすれば良いのか? 

 

 ……それじゃあ奴と同じだ。だから私はトキヒサを見捨てない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。護る理由なんて……たったこれだけしか、なかったのだ。こんなこと、トキヒサになんて説明すれば良いのか?

 

 あぁ。クラウンのナイフがギラリと月明かりを反射しながら、こちらに振り下ろされるのが見える。やけに動きがゆっくりに見えるのは、もうすぐ死ぬから感覚が非常に鋭くなっているからだろうか? 仰向けになってまともに動けない私の最期の景色は、どうやらこれと空に浮かぶ月だけのようだった。

 

 ……やはり最後に、直接トキヒサに別れを言っておくべきだったかな。これで最期だというのに、心残りが三つになってしまった。

 

 

 

 

「……どうせ死ぬなら、最期に、もう一度アナタの顔が見たかった」

 

 そうぼそりと呟いて、丁度心臓の辺りに迫ってくるナイフを睨みつけていた私だが、ふと妙なことに気づく。クラウンの立っているあたりに変な影があるのだ。

 

 最初はそんなに大きくなかったのだが、少しずつ大きくなってクラウンの半分くらいのものになっている。つまり月明かりを何かが遮っているという事なのだが、ここにはそんなものは無いはずだ。一体何が……。

 

「…………むっ!? 何です?」

 

 クラウンも何かに気がついたようにナイフを止めて頭上に注意を向ける。そこにあったのは、

 

 

 

 

「…………ぁぁぁぁあああああっ!? ど~~い~~て~~く~~れ~~!?」

 

 

 

 

 凄まじい勢いで空から降ってくるバカ。……もとい、最期の瞬間に一目見たいと思っていた男。契約も終わり、もう私とは関係のないはずの元雇い主。私が混血だと知っても一緒に行こうと言った変わり者。この世界とは違う世界から来た『勇者』。

 

 トキヒサ・サクライが上空から降ってきて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし直撃していないとは言えその衝撃は凄まじく、最も近くにいたクラウンは近くの岩場に吹き飛ばされて激突している。

 

 私もその次に近くにいたので衝撃が来るかと思ったのだが、運よくクラウンが盾になった形でそこまでダメージは無い。ちょっと服が砂まみれになって、口の中がじゃりじゃりする程度で済んだのはかなり幸運だった。

 

 そして明らかに相当高いところから落ちたであろうトキヒサ本人はと言うと。

 

「…………アイタタタ。全身がメチャクチャ痛い。具体的に言うと、エプリに“竜巻”で錐もみ回転を食らって顔面ダイブした時より痛い」

 

 それはそうだと思う。どうしてこうなったのかは知らないが、どう少なく見積もってもあの時の数倍以上の高さから、あの時以上の勢いで墜落したのだ。常人ならほぼ確実に命は無い。それなのに痛いで済んでいるトキヒサがおかしいのだ。

 

「…………フフッ」

 

 こんな状態だというのに笑ってしまう。……まったく。月に願いを呟いたら、会いたいと想っていた相手が空から降ってくるなんて。まるでおとぎ話の世界のようで……私の最期にしては上出来過ぎるくらいのものだ。

 

 そんな私達を、三つの月はただただ照らし続けていた。

 




 ヒーローは空からやってくる……というか落ちてきてますね。何でこんな事になったのかは時久視点にて。

 作中でも言った通り、エプリが時久を護ろうとする最初の理由は好意故のものではありません。どこまで行っても自身の意地とエゴ故です。

 ならば今は? ……ご想像にお任せします。


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第七十三話 追いかける理由

 ここから時久視点に戻ります。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「…………う~む。どうしたもんか」

 

 俺が消えたエプリを探して拠点を飛び出したのが少し前。しかしエプリが出ていったという方にひたすら走っているのだが、一向にエプリに追いつく気配がない。

 

 途中何度か野生のモンスター(デカい虫やら獣やら)に出くわしたが、戦う事が目的ではないし戦っている時間も惜しいので、隠れたり適当に硬貨を投げつけて追い払う。

 

 倒すんじゃないから銅貨を数枚ばら撒けば十分だ。ボジョも戦闘になると大張り切り。俺の服から離れて、寄ってくる相手を片っ端から触手でぶっ叩いていく。

 

 ダンジョンのスケルトン達と明らかに違うのは、このモンスター達は生きているということだ。つまり自分たちが明らかに不利だと悟ったら、無理に攻めようとは思わずにさっさと逃げ出す。それくらいの状況判断が出来ないと、野生では生きていけないのだ。

 

 ボジョも時間が無いことは心得ているのだろう。追い打ちをかけてモンスターを捕食しようとはせず、あくまで追い払うだけに留めてくれる。この点は非常に助かった。……いつも思うけど相当ボジョは頭が良いと思う。ヌーボもそうだったけど、この世界のスライムは皆こうなのだろうか? 

 

 ……話が逸れた。とにかくそんなこんなでエプリを探し回っているのだが見つからない。動き回ってもあまり身体は疲れていないのだが、見つからないのに時間だけが刻々と経っていくのは精神にくる。何か嫌な予感が膨れ上がっておさまらないのだ。

 

「参ったな。一度拠点に戻るか? いや、そうしているうちにもっと先に進まれている可能性もある。かといってこのまま探し続けても見つかるか分からない。どうすれば……」

 

 つい独り言をブツブツ言うほどに俺は追い詰められているようだ。頭をガリガリと掻きむしりながら考えるが、焦りもあって全然考えがまとまらない。……こんな時“相棒”だったらすぐに何か考えつくっていうのに。

 

「どうすれば良いんだ……あだっ!?」

 

 悩みまくっていた俺の頭に軽い衝撃が走る。振り返ると、さっきまでモンスターを追い散らしていたボジョが、俺の肩に乗って触手でぶっ叩いていた。まるで落ち着けって言っているかのように。

 

「…………ありがとなボジョ。少し落ち着いたよ」

 

 そうだよな。慌てたってそれで事態が良くなるなんてことはほとんどないもんな。もう大丈夫だよって意思を込めて軽くボジョを撫でる。

 

 ……しかし依然としてエプリが見つからないのは変わらない。追いかけようにも考えてみれば、エプリは得意の風属性で飛んでいった可能性もある。後を追おうにも空を飛ばれたらお手上げだ。

 

 それにエプリが何処に向かおうとしているのかも分からない。クラウンの奴と合流しようとしているのは分かるけど、それが何処なのかは見当がつかない。拠点の近くで合流したら色々揉める可能性もあるからそれなりに離れた場所だとは思うが、それだけでは絞りようもない。やはり一回拠点に戻るべきか?

 

 いよいよ手立てが無くなって拠点に走り出そうとしたところ、急にボジョがグイグイと俺の服を引っ張った。正確に言えば俺の胸ポケットの辺りだ。

 

 何だよボジョ? そこにはアンリエッタとの通信機くらいしか…………って、それだよ! こんな時こそあの女神に知恵を借りよう。ちびっ子女神とは言え女神は女神だ。何か知っているかもしれないしな。

 

 俺は胸ポケットから通信機となっているケースを取り出して開く。

 

「もしもし。こちら時久。起きてるかアンリエッタ?」

『…………プツッ。起きてるわよ。大体状況は把握しているから説明は良いわ』

 

 何度目かのコール音の後にアンリエッタと繋がる。こっちの状況は分かってるみたいだから正直助かる。今は説明する時間も惜しいからな。

 

『先に言っておくけど……アナタバカ? 当てもないのに夜に突っ走っていくなんて、何も考えずに本能だけで生きてるの? せめて手紙のことを説明して手分けして探してもらうとか、一人二人一緒に来てもらうとかあるでしょうに。大体アナタは』

「お説教なら後でたっぷり聞くから今はやめてくれっ! それよりもエプリの場所について心当たりは無いか?」

 

 自分がバカなのは重々承知しているが今は非常事態だ。アンリエッタの言葉を遮って用件だけ言う。しかし、アンリエッタはその言葉に渋い顔をする。

 

『残念だけどエプリの居場所までは分からないわ。ワタシの分かるのは手駒であるアナタの周囲のことだけ。これは他の神や参加者達も特別な加護が無い限り同じ条件よ。だからアナタから離れた所に行ったエプリの動向は分からない』

 

 むぅ。神様だから千里眼くらい使えるかと思ったが、そう簡単にはいかないみたいだ。場所が解れば一発だったんだけどな。

 

 

 

 

『…………ねぇ。なんでわざわざエプリを探しに行くの?』

 

 当てが外れてちょっとがっかりしている俺に、アンリエッタは真面目な声でそう問いかけてきた。なんだよ改まって?

 

『手紙にも書いてあったでしょう? アナタとの契約は切れている。もし仮に追いついたとしても、もうエプリにとってアナタは何でもないただの他人なのよ。下手をすれば牢獄にいたクラウンも一緒にいる。奴に会ったらまたこちらを狙ってくる可能性が高いのよ。それに最悪の場合、エプリがクラウンに付いて襲いかかってくる可能性だって』

 

 アンリエッタの言葉は的を得ている。それらは実際俺もダンジョンでエプリと話をした時から考えていた。……でも、

 

『悪いことは言わないわ。……さっさと拠点に戻りなさい私の手駒。せめて追いかけるにしてもそれなりの準備をしていきなさい。アナタ一人でどうなるって言うの?』

「…………でも約束したんだ。ここから出たらどうして俺を護ってくれるのか教えてくれるって。俺はまだその答えを聞いていない」

 

 エプリがクラウンと連絡を取っていたのを知った時、別れること自体は覚悟していた。そして本当なら別れの前に最後に話をして、その時にこのことも聞く予定だったのだ。だってそうじゃないと…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「俺は約束は大切なものだと思ってる。……もちろん自分じゃどうにもならない事情があって破らざるを得ない状況だってあると思う。それは仕方ないことだ。だけど、それは破った方も破られた方も悔いが残るんだ。だから俺は約束を破らないし、相手にも破らせない」

『……それは自分に都合の悪いことになったとしても?』

「多分。もしクラウンとバッタリってことになって、エプリが向こうに付いたとしても仕方ない。約束のこととそれは別物だもんな。……それにアンリエッタも同じ立場なら同じようなことをするんじゃないか? 富と()()の女神だもんな」

 

 この言葉を聞いてアンリエッタは黙り込んでしまう。図星みたいだな。何だかんだこの女神生真面目な所があるからな。仮に自分に不都合な契約内容になったとしても、投げ出したりせず最後まで契約を履行するタイプだと踏んでいた。それなら俺の言い分も理解は出来るはずだ。共感はしないにしてもな。

 

『…………はぁ。……アナタを手駒にしたのは失敗だったかもね。こうも言う事を聞かないんじゃやりづらくて仕方がないわ』

「まあそう言うなって。しっかり金は稼ぐとも。俺のやり方でだけどな」

 

 疲れたような声を出すアンリエッタに俺はそう返す。これも約束だからな。きっちり守るさ。

 

『…………一つあるわ』

「……? 何が?」

『エプリに追いつく方法。……というか何で今までの流れで出てこないのというくらい簡単な方法ね』

「あるのか!? 頼む! 教えてくれ。……いや、お願いします!」

 

 何故か物凄くぶすっとした態度で、アンリエッタがポツリと漏らす。俺はその言葉に即座に食いついた。両手を合わせて拝むような体勢を取る。……というかアンリエッタは本物の神だったな。なら拝むのは不自然ではないのか。

 

『今頃になって私の偉大さに気がついたようね。……と言ってもこれはワタシが言わなくてもいずれ思い出したでしょうけど』

「思い出す? 思い出すって……何を?」

 

 俺は頭を捻って考えるが、何かあっただろうか?

 

『元々こんな時のためにエプリから貰ったんじゃないの? まあ向こうの考えていた用途とは少し違うかもだけど』

「エプリから貰ったって…………あっ!? そうか。あれがあった!」

 

 俺は隠しポケットからそれを取り出した。……元はジューネの売り物だったものを、エプリが交渉の末にタダで頂いたブツ。それを俺が貰ってから結局ダンジョンの中では一度も使わなかった物。あの隠し部屋で穴から落ちた時、これを使っていればここまでの展開が色々と変わっていたんじゃないかと思われる品。

 

 転移珠。一度だけ空属性の転移を素養のない者でも使えるというアイテム。そのピンポン玉のような小さな黒い球体が、今はとても頼もしく思えた。

 




 随分とお久しぶりな気もする時久視点です。

 聡明な読者の方は、何故前話で時久が空から降ってきたかこの時点で何となく察せられたかと思いますが……つまりはこういう事です。


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第七十四話 突然のスカイダイビング

 

「えっと…………魔法を使う感じで魔力を注ぎ込めば良い……だったよな?」

 

 これまでちょこちょこ簡単な魔法を練習してきたからな。やり方は何となく分かる。だけど空間転移か…………使い手のイメージが悪かったけどこれもロマンだな。

 

『そう。だけど気がかりなのは、エプリの位置がここからどこまで離れているか分からないこと。距離によって使う魔力量も違うから、よほど遠かったりすると跳んだ先で倒れる危険性もあるわ。……まっ、そもそも魔力が足りなくて跳べないって可能性もあるか』

 

 やめろよそんな不安になるようなことを言うのは。…………跳べるよな? これがダメだったらもう手が無いんだぞ。

 

『それにしても勿体ない。この転移珠一つでそれなりの額になるって言うのに』

「だから今更使う気を失くさせようとするんじゃないよっ! …………ちなみにどのくらいだ?」

『……内緒♪』

 

 そう言ってフフッと悪戯気味に笑うアンリエッタ。ホント笑っていると可愛いんだけどな。

 

「……そう言えば帰りはどうするかな? 近場だと良いけど下手に遠かったら帰るのが大変だぞ。徒歩なんだから」

『そんなの知らないわよ。そこまで遠くないことを祈ることね』

 

 バッサリ切り捨てられた。さっきからアンリエッタの言葉にトゲがあるような気がする。……これ怒ってないか? エプリに会いに行くのを反対してたのに無理やり納得させたもんな。……色々終わったら後で謝ろ。

 

『もうすぐ時間みたいね。もう止めはしないけど、無茶はなるべくしないでよ』

「分かってるって。エプリと話をしたらすぐ帰るし、戦いになったら何とかとんずらするよ。……悪かったな。無理言って」

『もう良いわよ。せめて何かしら金を稼げるような話でも仕入れてきなさいな。…………あと、死ぬんじゃないわよワタシの手駒。課題をこなさないで終わったら承知しないんだから』

 

 その言葉を最後に通信が切れる。……相変わらず心配してるんだかしてないんだか分からない言葉を言い残すな。あれもツンデレの一種なのだろうか?

 

「……ボジョはどうする? ここからなら一匹でもまだ拠点に戻れるぞ? 残るか?」

 

 一応肩に乗ったままのボジョにも聞くが、ボジョは怒ったように今度は俺の頬をグニグニと押す。

 

「分かった分かった。残れなんて言わないよ。いざとなったら手を貸してくれよな。……この場合触手か?」

 

 そう言うと、ボジョはそれで良いのだとばかりにポンポン肩を叩き、そのまま俺の服の中に潜り込んだ。なんか最近ここが定位置になっている気がする。普通こういうスライムの仲間って、肩の上とか頭の上とかが定番じゃないだろうか?

 

 

 

 

「……よっし。そろそろ行くか」

 

 一度軽く自分の頬を叩き気合を入れる。自分の手にある転移珠を握りしめ、自分が会いたい相手の顔を思い浮かべる。それと同時に、自分の身体から何かが抜け出て転移珠に流れ込んでいくのを感じた。

 

 ……なるほど、こんな感じなのか。このままエプリの場所に届くまで魔力が溜まったら、その場であの時クラウンの奴がやったみたいに転移が発動するって言う事らしい。大体の感覚で言えば、このままの調子で行けばあと一分くらいで満タンになる感じがするな。この場合の一分ってどのくらいの距離なのかね?

 

「しっかし……発動するまでこんなに時間が掛かるんじゃ、戦っている最中に連続でって言うのは無理そうな気がするな」

 

 と言うより転移珠がいくらあっても足りないか。戦いながら連続で転移して相手を翻弄するって言うのは地味に憧れがあったんだけどな。ちょっとそこは残念だ。

 

 よし。今の内にエプリに会ったらどうするか決めておこう。まだクラウンと合流していなかったら普通に話をするとして、問題はクラウンがいた場合だな。うまいことクラウンと引き離して二人で話がしたいが……傭兵が雇い主から離れるのはあまり無いか。アシュさんみたいな人は別にして。

 

 ダンジョンではアシュさん一人で先行していたもんな。冷静に考えてみるととんでもないことだ。それだけ周りへの警戒がしっかりしていたとも言えるけど、普通はそういうことはあまりないだろう。

 

「やはりここはあれだな。出会い頭に硬貨をばら撒いて煙幕でも張るか」

 

 それで混乱している内にエプリと話をする。これで行くか。ついでにクラウンの奴にあの巨人種の男の分も一発食らわせられれば尚良しだ。……我ながら雑な作戦だけど仕方ない。あとはどうやって逃げるかだけど、クラウンに転移で追っかけられたら逃げるのは難しい気がするな。やはり戦うのは覚悟しておいた方が良いか。

 

 牢獄での戦いを見る限り、クラウンは空属性とあの毒付きのナイフにさえ気を付ければ少しは勝ち目もあるかもしれない。あの時に比べてこっちも少しは手札が増えたからな。問題はやっぱりエプリだけど、

 

 そう考えている内に、そろそろ転移珠への魔力が溜まるようだ。珠がさっきからピカピカと点滅しだしている。また今回も行き当たりばったりな気がするが、いざとなったらボジョにも協力してもらおう。死角からの不意打ちに対処してもらえばそれだけで大助かりだ。

 

 そして光が強くなっていき、俺自身も目が開けていられないほどになる。今だっ!

 

「エプリの所へ……跳べっ!!」

 

 次の瞬間、俺の身体が何かに引っ張られる感覚を感じた。これまでの中で一番近い感覚は、牢獄で裂け目に吸い込まれた時だろうか? 考えてみるとあれも空属性のものらしいから近いのは当たり前か。そして一瞬だけふっと気が遠くなり、気がついた時には……。

 

「………………へっ!?」

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「………………なんでえぇぇっ!?」

 

 いや待て待て。落ち着け俺。こういう時こそ落ち着いて深呼吸だ。すぅ……はぁ……すぅ……はぁ…………って落ち着けるかぁっ!!

 

 上を見れば遠くの方に月が三つ並んでいるのが見える。そして下を見ると…………暗くてはっきりとは分からないが、多分地面らしきものが見える。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうやら跳んだ直後はそこに留まるようで、俺は空に浮かんだ状態でいるようだ。これが無重力状態ってやつだろうか? 

 

 これは意外に気持ちいいな。このままついウトウトとしてしまいそうで……分かってるよ現実逃避だよ。俺だってエプリの所に跳ぶって思っていたのに、いきなり地上数十メートルの所に来るとは思ってなかったよ。

 

 俺はとことんこういう転移系のものとは相性が悪いんだろうか? この世界に来た時だってアンリエッタの転移が妨害されたし、牢獄では裂け目に吸い込まれてダンジョンまで跳ばされるし。そして今回はこれだ。肝心のエプリの影も形も見えないぞ。

 

 ……よし。ともかくまずはこの状況を何とかしないとな。空中に留まっている内に何とか……。

 

 ガクッという不吉な感じが俺を襲ったのはそう思った直後だった。……ちょっと待って! これはまさか……もうなのかっ!?

 

 嫌な予感ほどよく当たるもので、これはマズイと思った瞬間、俺の地上へのダイブが始まった。

 

「のわあああぁぁぁっ!?」

 

 物凄い風圧が俺の身体を襲う。自分では分からないが、今の俺の顔は風でかなりのブサイク顔になっていると思う。しかしそれよりも今は命の危機だ。いくら俺の身体が頑丈になっているからって、この高さからまともに落下したら流石にマズイ。…………これ死ぬんじゃないか?

 

「こんなところで死んでたまるかってのっ! …………これでどうだっ!」

 

 俺は貯金箱を呼び出すと、それを顔の前に盾のように構えながら真下に向かって硬貨を放出する。ダンジョンでも隠し部屋で穴から落ちた時に使ったやり方だ。ただ今回は下にクッションとなる網があるわけでもなく、純粋に爆風で身体を押し上げるために使う。

 

 ……俺の数少ない所持金がさらに一気に減るが仕方がない。命の方が大切だ。

 

「金よ。弾けろっ!」

 

 俺の言葉で、大量に空中にばら撒いた硬貨が一斉に起爆する。石貨に銅貨、銀貨も結構混ざっているためそれなりの爆発だ。盾にした貯金箱がなかったら顔面に爆風が直撃しているくらいには威力があった。当然身体のあちこちを痛みと熱さが襲うが、その甲斐あって少しだが落下の速度が遅くなった。

 

 地面は大分近づいているが、もう一度か二度くらいは出来そうだ。そうしてもう一度銭投げブレーキ大作戦を決行しようとした時、

 

「……げっ!? 嘘だろ!?」

 

 俺が落ちるであろう場所の辺りに誰かいるのが見える。顔まではよく分からないがおそらく二人だ。銭投げで落下速度を緩めようにも、このままでは爆風で下の二人も巻き込んでしまう!!

 

「そこの二人っ!! そこから離れてくれっ!!」

 

 俺は必死で二人に向かって叫ぶが、声が風圧で上手く伝わらない。その間も何とか銭投げで軌道を修正しようとするのだが、下には投げられないので横の爆風しか使えない。これでは直撃は避けることが出来ても勢いがまだ強すぎる。地面まであと大体十秒。ぬわああぁぁっ!? 

 

 その時、服の中にいたボジョが驚くべき行動に出た。もそりと触手を服の中から俺の頭上に伸ばしたかと思うと、その触手が一気に大きく平べったくなったのだ。そのまままるでパラシュートのように形を変え、風圧をもろに受けて落下速度が急激に遅くなる。……当然繋がっている俺も。

 

 ボジョへの礼は後だ。あと俺に出来ることと言ったら、ギリギリまで軌道修正と下の二人に呼びかけること。あとは自分の頑丈さに賭けることだけ。

 

「…………ぁぁぁぁあああああっ!? ど~~い~~て~~く~~れ~~!?」

 

 あと僅かと言うところで、どうやら二人がこちらに気がついたらしくこちらを見上げている。それは良いから早くどいてくれってのっ! うわああぁぁっ!? もうダメだ! ぶつかる~っ!!

 

 

 

 

 …………ドッゴ~~ン。

 

 今時マンガでもそうそう見かけないこんな擬音が付きそうなほど、盛大に俺は地面に激突した。落下の速度は銭投げとボジョの活躍で大分落ちていたとはいえ、人一人が数十メートルの高さから落ちてきた衝撃は殺しきれるものではない。ちょっとした隕石のごとくだったと我ながら思う。

 

 落下地点はかなりのサイズの穴ができ、周りにはその衝撃で舞い上がった砂塵が立ち込めて視界を遮る。

 

 だが俺だって善処したんだ。必死の軌道修正により、何とか二人への直撃は避けて墜落することが出来た。……まあ直撃こそしなかったが、立っていた一人は落下の衝撃でどこかに吹き飛ばされたようで姿が見えない。もう一人はまだ近くにいると思うが、砂煙がおさまらないと見つかりそうにない。また謝らなくちゃならない相手が増えた。

 

 さて…………周りが砂煙で見えないことで今ある意味とても助かっている。何故ならば、

 

「…………アイタタタ。全身がメチャクチャ痛い。具体的に言うと、エプリに“竜巻”で錐もみ回転を食らって顔面ダイブした時より痛い」

 

 今の俺は痛みのあまり、そこらを七転八倒して非常に情けな~い姿を晒しているからだ。……あの高さから落ちて痛いで済めば良い方ではある。俺の頑丈さは想像以上に凄かったらしい。……しかし痛いもんは痛いし俺は痛いのは嫌だ。

 

 そしてボジョはと言うと、なんと墜落の瞬間に俺の服から飛び出し、そのまま華麗にシュタッと離れた場所に着地してみせたのだ。ちょっと動きにキレが有りすぎやしないかいボジョ? ……それとありがとな。

 

「アタタタ…………で、ここ何処だ?」

 

 痛む全身を無理やり動かして立ち上がり、そのまま周囲を見渡す。まだ砂煙が残っているが、この風景にはなんとなく覚えがある。ここは…………ダンジョンから出て拠点に向かった途中にあった岩場だ。いくつか特徴的な形の岩が有ったから覚えてる。ボジョも再び俺の服の中に潜り込んできた。

 

「近いような遠いような微妙な場所だな。こんなところにエプリがいるのか?」

「………………いるわよ」

 

 何気なく呟いたその言葉に、どこか弱々しいながらも近くから声が聞こえてきた。今の声……エプリか! どうやら転移珠は高さはともかく位置はバッチリ合っていたらしい。近くにいるってことは、もしやさっき落下地点にいた二人の内の一人だったのか? マズイぞ。話すも何もいきなりえらいことになっているじゃないか! 

 

「エプリっ。どこにいるんだ? 色々とまだ話すことが有るんだ」

 

 俺は砂ぼこりをこれ以上巻き上げないようにそっと周囲を探す。……すると、横になっている人影を見つけた。そんなところに居たのか。

 

 まずは謝ろう。確実に砂まみれになって怒っているだろうからな。もしかしたら風弾の二、三発くらい飛んでくるかもしれないが、ここは逃げずに甘んじて受けた方が良さそうだ。…………その後は何から切り出そうか? 

 

 行くなって言うのは勝手かもしれないし、やはりここは約束していた話を……待てよ。さっきエプリが食べ逃したステーキの話なんてどうだろうか? 意外にじゃあそれを食べてから行くわなんて話になるかもしれない。こうしてバカな話を出来るのも最後になるかもしれないからな。

 

 などと俺はどこか気楽に考えていた。…………いや。考えないようにしていたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 そして、目を逸らそうとしていたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その時、一陣の風が岩場に吹いた。それは舞っていた砂ぼこりを一時的に散らすには十分のもので、

 

「………………エプ……リ?」

 

 その痛ましい姿を目の当たりにするのもまた……十分すぎるものだった。

 




 今回時久が凄まじい耐久性を見せましたが、これには本人の気付いていない理由があります。そうでもないと流石にここまでピンピンはしていませんから。


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第七十五話 仲間

 

 エプリは酷い有様だった。仰向けの状態でいつも被っていたフードはめくれ上がり、その素顔が露わになっている。しかし紛れもなく美少女と言えるその顔は、不敵に笑ってはいたものの苦痛のせいか僅かに歪んでいる。

 

 いつも纏っていた黒いローブはビリビリに破け、珍しくその下に着ている服が明らかになる。胸や肘、膝などの要所を何かの皮を当てて強化した淡い緑の布地の服。一見するとローラースケートで使うプロテクターを装着した姿にも見える。だが、片腕と脇腹の辺りからにじみ出ている真っ赤な血が、緑の部分をじわじわと侵食していた。

 

「エプリっ!」

 

 俺は急いでエプリに駆け寄った。皮肉にも、傷ついて倒れた姿を月明かりが照らす有様は、いつも以上に現実味のない幻想的なものだった。……しかし間近で見るとそんなことを言っていられないくらいに本当に痛々しい。服から所々ちらりと見える素肌には、あちこち青あざのような物が出来ている。むしろ怪我のないところの方が少ないんじゃないか?

 

「…………フフッ。どうして……空から降ってきたかは……知らないけど、まだ生きてるなんて……本当に頑丈な体ね。……怪我はない?」

「ああ。大丈夫だ……って、それはこっちのセリフだっ! どうしたんだこの怪我はっ!? とにかく手当しないと…………ちょっと待ってろよ」

 

 とぎれとぎれに弱々しく喋るエプリに、俺は以前ジューネから買っておいた体力回復用ポーションを取り出して飲ませる。少しだけ顔色が良くなってきたので、今度は傷口に別のものを振りかける。しかし、傷口は両方とも塞がりかけているのだが、脇腹の周りの色は毒々しい紫に染まっている。……もしかして毒か?

 

「……ありがとう。だけどここは危ないからさっさと逃げなさい。今なら奴らもアナタを見つけていないわ」

「奴ら? 奴らって……」

 

 俺がエプリに聞き返した直後、

 

「クフッ。クフフフフ。おやおやこれはこれは。どこかで見たような顔ですねぇ」

 

 嫌~な聞き覚えのある声が聞こえてきた。もし音に物理的感触があるとしたら間違いなく粘ついているであろう耳障りな声。まさか……。

 

「…………やっぱりお前かクラウン」

「とっくに牢獄で試験体にぐちゃぐちゃにされていると思ったのですが、意外にしぶとかったですねぇ。おまけにこんなところにまで現れて……害虫みたいなヒトですね貴方」

 

 あの牢獄で会った男、クラウンが歩いてくる。……まあエプリはコイツと合流しようとしていたんだからいてもおかしくはないか。試験体って言うのはあの鬼になった巨人種の男のことだろうか?

 

「誰が害虫だこの野郎!! ……じゃなかった。おい大変だ。エプリが毒を食らって動けないんだ。お前は毒に詳しいんだろ? 早く診てやってくれ」

 

 いくらコイツでも自分の仲間が毒を受けて苦しんでいるのなら助けるだろう。そう思った俺は、この野郎への色々な怒りを抑え込んで言った。だが、クラウンはニヤニヤと嗤ってただ突っ立っているばかり。……なんだこの違和感は? 何かがおかしい。

 

「診るまでもありませんよぅ。その毒はパラライズバタフライの鱗粉とポイズンフロッグの血を混ぜたもの。何故分かるかって? 何故なら……()()調()()()()()()()()()()()

 

 ………………今コイツはなんて言った? 私が調合した毒? ……まさかっ!?

 

「……二つだけ聞かせろ。エプリをこんな目にあわせたのはお前か?」

 

 俺は出来るだけ感情を抑えて静かに問いただす。さっき見た時エプリの身体にはたくさんの青あざと二つの切り傷があった。その中で毒が入ったと思われるのは色からして脇腹の切り傷だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()

 

 だが……エプリは傭兵としての筋を通してクラウンの所に戻ったんだ。そんなエプリに対してこんなこと、いくらコイツでもするわけがない。そう考えての言葉だったが、

 

「ご明察。私ですが何か?」

 

 その考えはいともあっさりと覆された。目の前のこの男は、かつて自分を守ってくれていた相手にこんな仕打ちをしたのは自分だと、そう言ったのだ。

 

「そっか。じゃあ二つ目の質問だ。……エプリは仲間じゃねえのかよっ!!」

「仲間? その汚らしい混血がですか? ()()を仲間だと思ったことなどただの一度もありませんよ。……()()()使()()()()()()()()()。使い終わった道具を処分して何の問題が?」

 

 その言葉を聞いて、俺は一瞬目の前が真っ赤に染まったかのような錯覚に襲われた。俺は知らず知らずのうちに拳を握りしめる。

 

「…………よく分かった。お前が心底腐りきった外道だってことはな」

 

 俺は目の前のコイツをぶっ飛ばすと心に決めた。実力? 関係ないね。…………()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺はクラウンを睨みつけて、貯金箱を取り出して構える。そして殴り掛かろうと力を込めた時、

 

「……はあ……はあ。……“強風”」

「なっ!?」

 

 息も絶え絶えだったエプリが、倒れながらも“強風”を発動したのだ。これはクラウンも予想外だったのか、横からの“強風”に少し距離を取る。エプリっ! まだ毒で辛いだろうに無茶すんな。

 

「はあ……今の内よ。さっきのポーションのおかげで少しは動けるようになったから、私が時間を稼いでいる内に……早く帰りなさい。……こんな時のために、転移珠を渡して」

「………………すまん。ここまで来るのに使っちゃった」

「…………はぁっ!?」

 

 エプリが顔色を変えてこちらを見てくる。…………だってしょうがないだろ。エプリに追いつくにはこれしかなかったんだもの。だけど使ったのは正解だったみたいだな。……もし一度拠点に戻るなんてやっていたら、この調子だとエプリがやられていた可能性が高い。

 

「お前は何を考えているんだっ!? 私を追うためだけに転移珠を使うなんて、バカじゃないのかっ!?」

 

 怒りが一時的に毒の効き目を上回ったんじゃないのと言わんばかりに、エプリは立ち上がって俺の服を掴む。口調が変わるのも随分と久しぶりな気がするな。…………だがまたすぐに座り込んでしまう。やはり体力も完全に回復したわけじゃないし、毒が残っている限りまともには動けないみたいだ。

 

「もう私とお前の契約は切れているんだぞっ!? 私がいなくても調査隊の誰かに頼めば近くの町までは護衛してくれる。それからのこともアシュに頼れば悪いようにはしないはずだ。なのに…………なのになんで私なんかを追いかけてきたんだっ!? 貴重な転移珠まで使って!?」

 

 エプリは絞り出すようにそう叫ぶ。

 

「……決まってる。約束しただろ? 無事ダンジョンから出たら、何故俺をここまで護ってくれるのか教えてくれるって。まだそれを聞いていないから聞きに来ただけだ」

「…………たったそれだけのことで?」

 

 エプリは俺の言葉を聞いて理解できないというような表情をする。そんなに不思議なことだろうか?

 

「まあな。それに元はと言えばエプリだって悪いんだぞ。話をしようと思っていたら、いきなりあんな手紙だけ残して出発するなんて心配するだろ。……それが無かったら今頃テントの中で聞いているっての!」

「……『勇者』だから混血である私に同情でもしたのか? 私はそんな同情されるような存在じゃないんだっ! ……生きるために汚いことも平気でしてきた。お前を護るのだってお前の為じゃない。あくまで私の都合。私のつまらない意地のためだ」

 

 その一言一言が、俺にはまるで自分自身を傷つけているように感じるのは気のせいだろうか? エプリはそう言って再び立ち上がろうとする。しかしまだ息も荒く、足もガクガクと震えている。目の焦点もどこかズレていて、身体も明らかにふらついている。

 

「……これで分かったろう? 私はお前が構うようなものじゃないんだ。……逃げ道は()()()()私が作るから、お前は早くここを離れて……」

「ふざけんじゃないってのっ!!」

 

 ……つい大きな声が出てしまった。エプリも少し驚いたようで、ビクッとしてこちらを見る。だけど、ここは一言言っておかないと気が済まない。

 

「同情……は自分でも気がつかないうちにしてるかもしれないから何とも言えないけどな。俺は『勇者』だからとか、お前が混血だからどうこうなんて話じゃないんだよっ! ……仲間が居なくなったら心配するのが当たり前だろうがっ!」

「っ! ……私とお前はただの元雇い主と元傭兵の関係で」

「一緒に戦って! 一緒に食事をして! 一緒に冒険した! それだけでもう仲間だろうがっ! クラウンの野郎が正式にエプリを雇っているなら口を出すのは筋違いだったけどな、今はそうじゃないんだろ? だからこの状況でも一緒に何とかする。……()()()()なんて言うなよな」

 

 つい思うままに言ってしまったが、命をホイホイ捨てるようなことはさせられない。…………げっ!? エプリの奴顔を伏せてふるふると震えている。……俺としたことが美少女相手に言い過ぎたかな?

 

「…………私は混血だ。生きた禁忌の証だ。居るだけでこの世界のヒトは私を拒絶する。一緒にいる者もとばっちりを受ける。そんな私でも……仲間だと言うのか?」

「前にも言ったろ? 俺は誤魔化すことはよくやるけど嘘はあまり吐かない。それに……綺麗な女の子が仲間っていうのは、困難に立ち向かってでも男が得たいロマンの一つなんだぜ」

 

 俺はそこで笑いかけて見せる。美少女には笑顔でいてほしい。仲間だったらなおさらだ。だからエプリが笑顔になれるんだったら、とばっちりの百や二百は受けたろうじゃないの。

 

「……はぁ。ダンジョンの中で同行した時からバカな男だとは思っていたけど、まさか私のような者を仲間と呼んで嫌がりもしないなんて。知らなかったのならともかく知ってからも……これはもうただのバカじゃないわね。大バカねまったく」

「なははっ! よく言われる。主に“相棒”に」

 

 エプリも少し落ち着いたようで口調がまた元に戻った。そして一度顔を腕で拭うと、こちらと真正面から向かい合う形になった。…………目元に一筋の跡があったのは見なかったことにしよう。

 

「分かったわよ。……雇い主兼荷物運び兼仲間の言葉だものね。()()()この状況を切り抜けるとしましょうか」

 

 そう言って彼女は笑ったのだ。これまでのように不敵な笑みではなく、自分の生まれを嘆くような自虐的な笑みでもない。それは……仲間に向ける優しい笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、雇い主ってことはまた契約金とか払うのか?」

「私は傭兵なのだから当然ね。この状況を何とかしたら前の契約の分も合わせて請求するから。……安くないわよ」

 

 …………困難(お金)が早速やってきたみたいだ。

 




 仲間であってもそれはそれ。金銭関係はしっかりしないといけませんからね。


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第七十六話 頼られた男

 

「…………それでだ。わざわざ俺とエプリの話し合いを黙って見ていたお前には、待っていてくれてありがとうとでも言えば良いのか? クラウン」

「いえいえお礼なんて結構ですよ。私もお二人の話を聞いて感動しましたから。……そう。なんて面白い喜劇かとねぇ。クハハハハ」

 

 正直途中で襲ってくるかと思っていたんだが拍子抜けだった。クラウンはエプリの“強風”で空いた距離を保ったまま動かなかったのだ。エプリがまだ毒で弱っている絶好のチャンスなのに何故? 俺を警戒して……と考えるのは流石に無理があるか。

 

「仲間? 一緒にこの状況を切り抜ける? はっ! 出来もしないことを夢見がちに語る愚か者と、その場の雰囲気に流されて自分の境遇を忘れたふりをしている哀れな道具。……その何とも言えない馬鹿馬鹿しさに、私つい見入ってしまいましたよ。今ならチップでも投げてあげても良いくらいです」

「……悪いけどそれは遠慮するわ。……チップの代わりにまたナイフでも飛んで来たらたまらないものね」

 

 クラウンの嘲りに皮肉で返しながら、ふらつきながらもしっかりと相手を見据えて立つエプリ。

 

「……ダメね。頭はグラグラするし、身体がフラフラしてまだまともに動けないわ。さっきみたいに“強風”を食らわせるのもあと何回出来るか分からないわ。…………だけど、()()()()()()()()()()()()()()() クラウン?」

「…………ほう。何を言い出すかと思えば」

「エプリ。それはどういう事だ?」

 

 クラウンの奴も同じって……もしやアイツも毒か何か受けたんだろうか?

 

「さっきトキヒサが来る前、クラウンと戦った時から何か違和感があったの。動きにキレが無いって言うか……。それでさっきから動かないことも踏まえて考えると、向こうもどうやら本調子じゃないみたいね。……さしずめ牢獄を出た後『勇者』にちょっかいを出して、返り討ちにあったというところかしら? ……そちらの方が余程喜劇的なことじゃなくて?」

 

 おっ! クラウンの奴結構頭にきてるみたいだな。フードで素顔は見えないが、僅かに見える頬が引きつっている! 

 

「っ!? い、言わせておけばこの混血の分際でっ!」

「……図星みたいね。……ほらっ! 頭に来たならさっさとかかってきなさい。いつもの短距離転移でも使って……ね」

 

 うわぉ。何かエプリの挑発がガンガンヒットしている。これまでの戦いから考えて、クラウンは人をいたぶるのが趣味の変態野郎だと思われるが、逆に自分がおちょくられることはあまり慣れていないと見る。これだけ言われたらさっそく襲い掛かってきそうなものだが……。

 

「ぐっ……」

 

 動かない。ナイフを両手に構えるもののそれだけだ。何故か転移も使用せず、その場から動こうとしない。確かに違和感がある。

 

「……身体の傷はランクの高いポーションで治せる。体力も無理やり回復させることは可能ね。……だけど魔力だけはそうはいかない。魔力の元である魔素はそこら中に有っても、それを自分の魔力に変換するのはあくまで自分の身体。……おまけに空属性は魔力消費が激しい。この前の戦いではさぞ何回も転移を繰り返したでしょうね。私がいなくなった後も」

 

 エプリは淡々と推測を述べていくが、クラウンは悔しそうに歯ぎしりをしながらもやはり動かない。

 

「そしてその後『勇者』にちょっかいをかけてボロボロにされ、アナタは這う這うの体で他のメンツと一緒に逃げ帰った。惨めに、顔を苛立ちで歪ませながら……」

「だ、誰が『勇者』などに返り討ちにされるものかぁっ!! 忌々しくも邪魔してきたあのイザスタと言う女さえいなければ、今頃は『勇者』を確保していたのだっ!」

「……成程。あの女(イザスタ)にやられたの」

 

 クラウンの奴相当頭に血が上っているらしい。イザスタさんにやられたって自分から自白したぞ。確かにイザスタさん強いもんなあ。牢獄でも鬼が暴れ出さなかったら、あのまま多分クラウンを仕留めていたと思うものな。……元々『勇者』の傍に近づこうとしていたから、牢を出てすぐ向かったんだろう。

 

「イザスタにやられながらも撤退したアナタは、おそらく相当に魔力を消耗したんでしょうね。襲撃のメンバーを全員拾って脱出したとしたら、もうその時点で魔力はほぼ尽きていたはず。数日経ったけどまだ全快しきっていないから、向こうもそこまで戦闘に転移を使ってまた消耗するのは避けたいといったところね。だから最初はさっさと私を殺して撤収するつもりだった。……だけどトキヒサの乱入で話が変わってきた」

「……俺っ?」

「そう。本来さっき私は死ぬところだったけど、トキヒサが降ってきたどさくさで僅かに回復している。これ以上長引けばまた転移を使わざるを得ない。かと言って使いすぎれば撤退用の魔力が無くなりかねない。だから動かず待っているのでしょう…………コイツが来るのをねっ! “風刃”!」

 

 その言葉を言い終わると同時に、エプリは()()()()()()“風刃”を放った。一体何をと一瞬あっけにとられたが、次の瞬間近くの影から何かが飛び出してきてエプリの“風刃”を迎撃する。あれは…………影だ! 影がウニウニと動いて伸び、盾のようになって“風刃”を防いだのだ。

 

 

 

 

 戦端が開かれたのはそれが合図だった。謎の影の出現と同時に、クラウンがエプリを狙って転移を仕掛けた。エプリの注意は完全に影の方に向かっていて、その背後から忽然と現れたクラウンには気がついていない。エプリの読みだともう何度も使えないカード。それをこの絶好のタイミングで切ったのだ。

 

「死になさい」

 

 聞こえるか聞こえないかという小さな声で呟きながら、クラウンは持っているナイフを振り下ろそうとする。その顔は相変わらずフードで隠れて見えないが、口元に嫌な嗤いを浮かべているのだけは視えた。

 

 今のエプリは身体をまともに動かせない。気付いていたとしても躱しようがない一撃。クラウンも必殺を予想していたであろう一撃。だけど、

 

「トキヒサっ!!」

「おうっ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。クラウンがいつ転移を使ってきても良いように、エプリの周りに神経を集中していたともさ。……まあ自分の周りの警戒はおろそかになっていた気もするが、そこはエプリが何とかしてくれると思っていたから良いのだ。

 

 俺はひそかに準備していた銅貨を手首のスナップを効かせて投げつけた。……銅貨は振り下ろされるナイフを持つ手に当たり、その衝撃でクラウンはナイフを取り落とす。

 

 爆発させた方がダメージはデカいとは思うが、仮にも人に向かって爆発物を投げるのも気が引けるし、下手をしたらエプリまで巻き込む位置だからやめとく。……う~む。これが正しい銭投げかもな。決して普通の金は爆発なんかしないし。

 

「……そっちは任せたわよ」

「任されたっ!」

 

 互いにかわす言葉はこれで十分。エプリは今の状況で、クラウンが自分に仕掛けてくることをおそらく予測していたのだと思う。しかし分かった上であの影の対処を優先した。……俺がクラウンを何とかすると。さっきの俺の一緒に何とかするという言葉を信じて。

 

 これまでダンジョンの中で、エプリはほとんどのことを自分でやろうとしていた。戦いの時も真っ先に自分が出て俺を護ろうとしていた。そのエプリが、ここで俺を頼って戦いの一部を任せた。護衛としてだけではなく、互いに護り合う仲間として。

 

 ……ここで奮い立たない奴は男じゃないだろっ!

 

 僅かな時間痛みで動きを止めたクラウンに、俺は身体ごとぶつかる勢いで殴り掛かった。クラウンはお得意の転移で避けるかと思いきや、珍しくバックステップをしながらこちらにもう片方の手でナイフを投げつけてくる。だけどなぁ。

 

「そんなんに負けるかぁっ!」

 

 ここしばらくダンジョンでエプリの魔法を見たりその身に受けたりしてきたせいだろうか? 飛んでくるナイフを冷静に見ることが出来た俺は、ナイフを貯金箱を振り回して弾き返す。こんなのエプリの“風刃”や“風弾”に比べればまだ怖くないっての! ……比較的だけど。

 

「なっ!?」

 

 しかしこの動きはクラウンも予想外だったのだろう。一瞬弾かれたナイフに目が行ってしまう。チャンスっ! 俺は一気にクラウンとの間合いを詰めた。ナイフを投擲した直後のことでコイツの体勢は崩れている。今だ! くらえっ!

 

「うるああぁっ!」

「……ぐふっ!」

 

 俺はこれまでの怒りやら何やら諸々込めた貯金箱を、下から掬い上げるようにぶん回してクラウンの顎をかち上げた。そのまま思いっきり振り抜いて、この世界に来てからそれなりに上がった腕力で本気でクラウンの身体を吹っ飛ばす。……手応えあった! 

 

 クラウンはそのまま二、三メートルは打ちあがり、受け身を取ることもなく背中から地面に落ちていく。牢獄でもイザスタさんの一撃をもらって耐えていたからな。見た目より相当タフみたいだからこれくらいのことなら死にはしないだろう。だが顎を打ち抜いたからしばらくエプリみたいに頭がグラグラするはずだ。

 

「……これは牢獄の巨人種の人の分と、エプリにあんなことをした分だ。他の悪さの分は起きてからまた個別にお返ししてやるから、そこでしばらく寝てろよ」

 

 本当なら縛り付けておいた方が良いのだが、考えてみれば転移で逃げたら縛っても無駄だ。なので今はエプリの方に手助けに行くことを優先する。待ってろエプリ。すぐにそっちに行くからな。

 




 クラウンも万全の状態だったら時久の一撃をむざむざ喰らったりはしなかったんですけどねぇ。

 時久を舐めてかかっているのと、連戦のダメージが残っているってことで一つ。


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第七十七話 俺がやるべきことは

 

 俺は急いでエプリの元へ向かった。さっきのポーションで傷や体力は何とかなっても()()()()()。多少復調したとはいえ、解毒しない限り不調は続くのだ。そんな状態で長く戦えないはずだ。

 

 クラウンから解毒剤をぶんどっておけばよかったかもしれないが、しかしどれが解毒剤かなんて分からないしな。下手に違う薬を飲ませて悪化したら大変だし……エプリに薬の知識が有ったら見てもらうことになるか。そんなことを考えながら向かったのだが……。

 

「…………ありゃっ!?」

 

 だがそこには、()()()()()()()()()()()()。エプリは近くの岩に寄り掛かって動かず、頭上から月明かりが岩場を照らして幻想的な光景を見せている。こんな状況でなければのんびり眺めていたいのだがそうはいかない。

 

「エプリっ! こっちはひとまず大丈夫だ」

「……影に気を付けてっ! そこから襲いかかってくるわっ!」

 

 俺に気づいたエプリだが、そのままの体勢で地面から……正確に言うと地面に伸びている影から視線を切らさない。影か……そう言えばさっき影が勝手に動いてエプリの攻撃をガードしていたな。つまり影を操る魔法か! しかし、

 

「影ったって…………どこの影だ?」

 

 そこら中岩の影だらけで、どこから来るか分からない。ひとまずエプリの近くへ……。

 

「……っ!? トキヒサ足元っ!」

「なぬっ!?」

 

 その言葉に足元をチラリと見ると、真下の()()()()()()()()()()()()。かと思うと、そのまま槍のようになって突き上がってくるっ!

 

 咄嗟に首を傾けて回避するが、僅かに頬を掠めて血が噴き出す。……もし今エプリの声で気付かなかったら、頬じゃなくて首に直撃してなかったか?

 

 呆然としている俺に向かって影は再度攻撃を仕掛けてきた。だが、

 

「このっ! “風弾”!」

 

 エプリが影に向かって風弾を打ち込み、そのおかげで影は追撃を止める。

 

「トキヒサ。今よ!」

 

 その言葉に呆然としていた俺はハッとして、急いでエプリの近くに転がり込むように走る。どうやら操っている影は俺の影ではなく、俺の影に重なっていた岩場の影だったようで、影はその場で再び元の平面に戻っていた。

 

「あっぶな~っ! これまで異世界を舐めてたつもりは無かったけど、今エプリがいなかったらヤバかったな。ありがとエプリ」

「……私がいたから危ない目に遭ったって言い方も出来るけどね。だけど……これで分かったでしょう? これはかなりマズい状況だって」

 

 確かにな。影があちこちにあるこの場所で、そこらから影が襲ってくるってかなりマズイ状況だ。エプリが何故この場から動かないのかと気になっていたが、体の不調だけでなくこの場所は周りの影から離れていることもあるようだ。これなら警戒する場所は少なくて済む。

 

「この魔法は闇属性の“影造形”と“潜影”。影を操りながら術者も影に潜っているの。影の中にいる間はこちらも攻撃できないから、どうしても動きが後手に回ってしまう」

「成程。……ところでそいつは一体誰なんだ? クラウンの仲間か?」

 

 いきなり襲われては何が何だか分からない。ここは少しでも情報が欲しいところだ。

 

「……私もさっき初めて会ったから詳しくは知らないわ。だけどクラウンが言うには奴の名はセプト。私の後任……らしいわね」

「後任って……つまりアイツの護衛役か? 護衛しきれてないじゃん!」

 

 さっきクラウンの奴にキツ~い一発を食らわせたばかりだぞ。護衛役なら妨害の一つくらいしても良さそうだけどな。……もしエプリだったらここまで簡単にはいかなかったと思う。牢獄で俺がクラウンを殴った時は、イザスタさんが掩護してエプリを妨害してくれたおかげだしな。

 

「……そこの所はまだ連携がなってないようね。仮にも私の後任なら最低限の仕事はこなしてほしいものだけど……どちらかと言うと護衛よりも奇襲や暗殺の方が得意そうね」

 

 それは言えてる。静かに影に潜み、こっそりと至近距離に近づいて影の刃で一撃。どこの始末人だと声を大にして言いたい。……まあ静かに風の刃で相手を仕留めるエプリも結構それっぽいけどな。……もしやそういう意味での後任か? そんなことを考えていたらエプリがこちらをじろりと睨んできた。

 

「……アナタ今失礼なことを考えなかった?」

 

 うおっ! ごめんなさい! これ以上考えないよ! イザスタさんといいエプリといい、俺の知り合う女性は勘が鋭すぎる気がする。これは下手なことを考えることも出来ないぞ。

 

 

 

 

「……とまあお喋りをしては見たものの、乗ってこないわね」

 

 そう。エプリはただお喋りをしていた訳じゃない。さっきからずっとセプトが動くのを待っているのだ。影の中に潜られている間は手が出せない。ならば攻めてくる瞬間にカウンターを決めるしかないのだが。

 

「もうどっか逃げちゃったってことは無いか?」

「……それはないわ。“潜影”には制限があって、()()()()()()()()()()()()()()()()。さっき潜った影は範囲こそそれなりに広いけど、今いるここと同じように周りとは繋がっていないわ。だから逃げるにしても攻撃してくるにしても、必ずあの辺りから動きが有るはず」

 

 エプリはそう言って見張りを続ける。だが、その様子を見ている内に俺は気付いてしまった。

 

「……エプリっ! 顔色がドンドン悪くなってるぞっ!」

「……はあ……はあ。どうやら、セプトが待っているのはこれみたいね」

 

 さっきからエプリが岩に寄り掛かっていたのは、そのままだとまともに立っていられないから。折角回復した体力も、毒のせいでまたどんどん減っていく。

 

「……心配しないで。気分は最悪で目眩がして視界がグラグラするけど……まだ戦えるわ。命に関わるものじゃなくて、単に相手を苦しめるための毒みたいなのは不幸中の幸いね。時間が経てば自然に治るらしいし…………クラウンが相手をいたぶって止めを刺す下衆なのが意外に役に立ったわ」

「それは全然大丈夫に聞こえないんだが」

 

 あののっぽ野郎にもう一発後でぶち込んだ方が良いなこりゃ。つまり散々弱らせてから殺す気だったってことだろ? 結果的には助かったが趣味が悪すぎる。

 

「……はぁ。……セプトは、私が不調で集中が途切れるのを待っている。実際このまま長引けば、相手の魔力切れよりも先にこっちが倒れるのが早そうだしね。だから誘いをかけてセプトを引っ張り出そうとしてたんだけど……」

 

 そう言うエプリの体調は明らかに悪くなっていた。ポーションで落ち着いていた呼吸は再び荒れ出し、今にも崩れ落ちそうなところを意地と根性で支えているっていう感じだ。……このままではたとえ勝ったとしてもマズイ。早く決着をつけないと。

 

「なあ? あとどのくらい魔法が使える?」

「…………体調最悪だからダンジョンで使ったような大技は無理。“風刃”や“風弾”なんかなら威力を抑えればまだそれなりに」

 

 つまり威力を抑えなければそう多くは使えないってことか。……ここに来るまで連戦でじっくり休むことも出来なかったからな。体調不良もあるけど地味にそういうのも溜まっていたみたいだ。となれば……。

 

「エプリ。俺に一つ作戦が有るんだけど……聞いてくれるか?」

「……どのみちこの状態じゃ頭が回らないし、放っておいても状況が悪くなる一方だもの。現状打破できるのなら何でも良いわ。……言ってみて」

「分かった。セプトに聞かれるとまずいからな。……ちょっと耳を貸してくれ」

 

 俺がそう言うと、エプリがこくりと頷いてこちらに耳を近づけてくる。……ってか、自分から言ったのだが近い近いっ! エプリのさらさらとした白髪から良い香りが鼻をくすぐる。柑橘系みたいな香りだ。

 

 ダンジョン内では常に危険が伴っていたので、軽く身体を拭いたり簡単な消臭剤で匂いを抑えていた。しかし実は調査隊の人達の所で一度、ゴッチ隊長との話し合いの前にジューネの提案でそれなりに女性陣は身だしなみを整えている。

 

 エプリは服装を変えるのは嫌がったので、代わりにちょっとした香水を付けることで妥協したのだがその時のものらしい。

 

「…………なに?」

 

 エプリが至近距離からこちらを見つめてくる。毒のせいか瞳が熱っぽく潤んでいるように見えてドキッとする。……え~い落ち着け俺! 平常心だ! 今は非常時だぞ。

 

「な、何でもないですっ!! ……ゴホンっ! で、作戦なんだが」

 

 俺は何とか平常心を保ちながら、思いついたことをエプリに語った。……途中台詞を噛んでしまったことは多少許されると思う。時々細かい内容をエプリから突っ込まれたり、逆にセプトについて細かいことを訊いたりもした。敵を知れば何とやらってどこかの偉い人も言ってたらしいからな。

 

 

 

 

「……作戦は分かったわ」

 

 数分ほどかけて話を終えると、エプリは少し苦しそうに言った。毒で身体がキツイみたいだ。……幸いというか不幸にもというか、セプトは一切こちらに手を出してこなかった。やはりエプリが倒れるのを待っているらしい。

 

「……肝心なのはタイミングね。早すぎたら逃げられてしまうし、遅すぎてもこっちがやられてしまう。そして一度使った手に二度も引っかかるとは思えないから、一回で決めないと手が無くなる」

「ゴメンなエプリ。もっと良い作戦が思いつけばよかったんだが、考えついたのはこれくらいだった。エプリや“相棒”みたくは上手くいかないもんだ」

 

 ああくそっ。自分がバカなのをこんなに恨んだことはあまりない。失敗すれば俺だけではない。エプリもやられてしまうのだ。頭を掻きむしって悩む俺に、

 

「……大丈夫よ。問題ないわ」

 

 エプリはそう言って笑った。毒でまだ身体が辛く、顔色も優れないのに……笑ってみせたのだ。

 

「……この作戦がダメだったらまた別の手を考える。それでもダメなら下手に悩み続けるよりも臨機応変に動いた方が良い。それくらい気楽に構えた方がアナタにはあっているわ。……やってみましょう。仲間兼雇い主様」

 

 …………そうだな。“相棒”も前言ってたじゃないか。“バカは悩んで止まるよりも動いた方がまだマシだ。その方が良くも悪くも状況は変わる”って。俺がやるのは悩むことじゃない。行動することだ。

 

 まあその後で、“後始末が面倒だからあまり勝手に動いては欲しくないが”とも言っていた気もするけどそれは置いておこう。

 

「…………ありがとな。……よっしゃ。じゃあ始めるぞ!」

 

 俺のその言葉を合図に、エプリはさっそく行動を開始した。さあ。影からセプトを引っ張り出してやろうじゃないか。

 




 影使いって結構強キャラのイメージがあるんですよね。ほとんど場所を選ばず使えるし支援能力も高いし……という訳でセプト攻略戦です。


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第七十八話 壁(影)は乗り越えるためにある

 

「……“強風”」

 

 まずエプリは、そこらじゅうの地面に向けて強風を放つ。風が辺り一面に広がり、砂塵が舞い上がって周囲に漂う。

 

 先ほど俺がスカイダイビングをしてエプリの所に来た時、しばらく隙だらけだったのにセプトは何もしなかった。エプリもまだ毒及び怪我でまともに動けず、俺もそんな相手が居るなんて知らなかったから無防備。襲うなら絶好のチャンスだったはずだ。だからクラウンもそれを待っていたのだろう。

 

 しかし実際には襲ってきたのはしばらく時間が経ってから。これにどうも俺は違和感を感じていた。

 

 しかしエプリの話を聞いている内にある考えが浮かんだ。……もしかして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 影を操る魔法なのだからまず影が無くては使えない。今は月明かりの光量が十分あるから使えるが、さっきは砂塵が広がることで光を遮っていた。だから砂塵が収まるまで手が出せなかったんではないかという理屈だ。……いきなり人が降ってきて面食らったからというのも否定はできないが。

 

 ならば影の対処法は簡単だ。また砂塵を巻き上げて月明かりを遮ってやればいい。幸いエプリの魔法はそういうのに長けた風属性。それに精度なども関係なくただ強風を吹き荒れさせるだけならそこまでエプリの負担もひどくない。

 

「…………くっ!」

 

 とは言え全く疲れないわけではない。エプリも一瞬身体をぐらりとよろめかせるが、すぐに体勢を立て直して再び強風を発動する。……頼むエプリ。もう少しだけ踏ん張ってくれ。俺は右手に貯金箱を油断なく構え、もう片方の手を切り札を入れたポケットに突っ込む。あとはタイミングの勝負だ。

 

 ……少しずつ砂塵が巻き上がり、だんだん周りに漂って地面の影が分からなくなっていく。この状況はセプトも面白くないはずだ。ここで考えられる行動は三つ。

 

 一つはこのまま我慢比べを続けること。しかしこの調子ならエプリが倒れるよりも砂塵が広がる方が早く、影が無くなれば外へ出ざるを得ないからこれは下策。

 

 二つ目はこちらの思惑を利用して、漂う砂塵に紛れて行動すること。だけどその場合も一度生身で出なければならないことに変わりはない。そして三つ目は……。

 

「まだ影がある今の内に一気に押し込むこと…………来るぞっ!」

 

 地面を見ると、まだ月明かりが照らしている所の影が蠢いた。次の瞬間、そこから何か人影のようなものが浮かび上がる。あれが本体らしいな。距離はここからおよそ二十メートル。

 

 そしてこちらに手をかざしたかと思うと、接している影がまた形を変えてこちらに迫ってくる。ここまでは予定通り。あとはどうにかして奴の動きを少しの間止めるだけ……となるはずが。

 

「ちょっと多すぎないかっ!?」

 

 さっき俺を襲ってきた時は小ぶりな槍みたいな形のものが一本だけだった。しかし今回はどうだ? 前より明らかに一回り大きい槍が、十本近く同時に襲いかかってきたのだ。

 

 コイツさっきまで隠密重視で威力を抑えてやがったな! それがエプリの方にまとめて向かっていくのを見て、慌ててエプリを庇える位置に立つ。

 

「のわああぁぁっ!?」

 

 一つ一つはクラウンの投げナイフよりもやや遅いくらいの速度だが、数の暴力という奴は恐ろしい。ボジョが服の中から何本も触手を伸ばして払いのけ、俺も必死に貯金箱を振り回して弾き返していくのだが、弾いても弾いても四方八方から次の影が襲ってくる。

 

 それもそのはず、影がある限り次の魔法が準備できるのだから弾切れは魔力切れまでない。なんちゅう厄介な魔法だこの魔法っ!

 

「ぐっ!? あたっ!?」

「トキヒサっ!?」

 

 エプリには一切当たっていないのだが、少しずつ弾ききれなかった槍が俺の身体を掠めていく。傷はそこまで深くはないが、このままではジリ貧だ。エプリが掩護しようにも、影の攻撃範囲が広すぎて“風弾”や“風刃”では全てを防ぎきれない。

 

 “風壁”を重ね掛けして周りを囲めば防げるかもしれないが、それでは今使っている“強風”が弱まって砂塵が収まってしまう。これではセプトの動きを止めるどころの話ではないぞ。このままじゃ……。

 

「……なんて諦めている訳にもいかないよなぁっ!!」

 

 俺は貯金箱を振り回しながら無理やり前進する。ドンドン防ぎきれない槍が身体を掠め、細かな切り傷が体中に増えていく。でも少しずつ、少しずつだけど確実に人影に近づいていく。

 

 当初の作戦では、エプリが砂塵を巻き上げながら影の攻撃を食い止め、俺がセプトを影から引っぺがすというものだった。しかしこの魔法はさっきより明らかに威力が大きく、エプリでも片手間では防ぎきれない。ならば作戦変更だ。俺が攻撃を受け止めてエプリが動けるようにすればいい。

 

「……っ!? トキヒサっ! 動かないでっ。こっちは問題ないから!」

 

 エプリが後ろから叫ぶが止まるわけにはいかない。あともう少し。もう少し引き付けないと。そのためにはまだ近づかなくては……。

 

「届かせない」

 

 そんな声が聞こえた気がした。多分女性じゃないかと思われる声が。

 

 次の瞬間、突如俺の視界が黒く染まった。……それは一瞬一枚の壁のようにも見えたが、これまで使っていた影の槍を全てまとめることで巨大な一つの槍衾のようになったものだった。それはデカくなった分単発に比べて少しゆっくりだが、それでも結構な速さでこちらに向かってくる。

 

「…………嘘だろっ!」

 

 マズい。接している影をまとめて使ったって物量でこれはいくら何でも躱しきれない。もはや槍というよりちょっとした波か壁だ。

 

 俺の頑丈さはもはやちょっとした自慢になるレベルだと思うけど、あれはいくら何でも痛いだけではすみそうにない。直撃したら串刺し待ったなしだ。……と言うより躱したら後ろにいるエプリに直撃するコース。

 

 …………使()()()? いや、だけどそれじゃあトドメの一撃が……え~いどっちみち今を乗り切らないと意味は無いか。多少俺も巻き添えを食うかもしれないが仕方がない。

 

「食らえっ!! 必殺の」

「ボジョっ! 私の所に触手を伸ばしてっ!!」

 

 俺がここまでポケットに入れたままの切り札を出そうとした時、エプリが後ろからそう叫んだ。何だかよく分からないが、ボジョは素早く触手を伸ばしてエプリの所に届かせる。……もしやこのまま引っ張ってバンジーみたく引き戻そうってんじゃないだろうな?

 

「トキヒサっ! ()()()()()! そのまま進んで! ……目の前のそれは私が何とかするっ!」

 

 エプリのその言葉に一瞬不安が頭をよぎった。目の前の巨大な影の波を何とかできるものなのだろうか? しかも普段のエプリならともかく、今のエプリは毒で身体が弱っている。……だがこの土壇場。一つ間違えば死ぬであろうギリギリの状況で作戦続行と言うのだから勝算があるはずだ。

 

「私を……信じてっ!」

「分かった!」

 

 そしてこの言葉で不安は晴れた。エプリは仲間だ。……俺は仲間の言葉を信じる。

 

「うおおおおっ!!」

 

 俺は自分から影の波に向かっていった。あれは直撃したらきっと滅茶苦茶痛い。下手すりゃ死んでしまうかもしれない。……だけど俺はその影でなく、その影の向こうにいるセプトに集中した。目の前の影はエプリが何とかしてくれるとその一心で。……そして、遂に俺の目前にまで影が近づいたその時、

 

 ギシッっ!

 

「……っ!?」

 

 妙な音がしたかと思うと、目の前の影が突然何かに阻まれたように動きを止めた。

 

 その理由は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺は走りながら後ろをチラリと見る。するとそこには、エプリが地面の影に手をついているのが見えた。そしてその影はボジョの触手の影を伝って俺の影に繋がっている。

 

 ふと耳元に、エプリの呟く声が聞こえた気がした。「()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()」って。確かにエプリは風属性しか普段使わないけど、それ以外の適性があってもおかしくないよな。

 

 しかしエプリの体調は最悪。顔色も悪く、嫌な感じの汗が頬を伝っている。歯を食いしばって耐えている様子から、これはほとんど保ってられないというのが一目瞭然だった。

 

 だが、そうだというのにエプリの造った影の網は、こちらへなだれ込もうとする影の槍を完全に押しとどめていた。……おまけに網の一部に足が掛けられるようになっていて、そのまま階段のように駆け上がれる形になっている。

 

 エプリの奴無茶をして…………だが、今は戻ってエプリの体調を気遣う時じゃあない。力を振り絞って作ってくれたこのチャンスを無駄にすることだけはしてはいけない。今は前に進むことだけを考えるっ!

 

 網の一部に足を掛けて、そのまま槍も含めて足場にする。ダッダッダッとテンポよく影を駆け上がり、そのまま一番上の部分に到達してセプトの方を見た。残り距離はあと僅か。まっすぐ突き進んだことで一気に近づいたためだ。

 

 奴はこちらに気づくのが少し遅れた。それもそうだろう。巨大な影の波。それは勝負を決めるための必殺の一撃。だがその勝負手が突如動きを止めれば、一瞬だけでも動揺するはずだ。

 

 そしてその止まった影をまさか乗り越えてくるなんてことは想定していなかったと思う。そのためセプトが俺に気づいた時には、

 

「どおりゃああぁっ!」

 

 俺は走るそのままの勢いで、セプトに向かって本日二度目のスカイダイブを決行していた。

 




 エプリが闇属性を使えるのは……まあ混血だからという事でお察しください。それにあくまでサブとして使えるだけでメインは風属性です。



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第七十九話 甘ちゃんだのと言われても

 

 俺は影を蹴って空中へと躍り出た。さっきまでエプリの所に繋がっていたボジョの触手はもう元に戻っている。このままセプトの所まで一直線だ。

 

「…………!?」

 

 ようやくセプトが俺の姿を視認する。ふっふっふ。だが遅かったな。もうこの飛翔は止められないぜ~っ! 

 

 この状況でセプトがとりそうな行動は二つ。影に潜って逃げるか影で迎撃するかだ。しかし迎撃しようにも、影の大半をさっき攻撃に回してしまったから間に合わない。じゃああとは実質逃げるって選択肢しかない。

 

 セプトは俺の読み通り、即座に身体を再び影の中に沈み込ませようとしている。じわじわと沈んでいくその様子は、見ようによっては底なし沼か何かに飲み込まれていくような不気味さがある。いくら便利だからっておっかないから俺だったら潜りたくないな。

 

 だが残念。そう来るだろうなって思ってたさっ! 俺はポケットの中から切り札を取り出す。…………それは小さな布の袋だ。だが中に詰まっているのは危険物。銀貨十枚だ。

 

 元々銭投げは硬貨を投げて攻撃する技だけど、硬貨一枚ずつというのは意外に投げづらい。飛距離もそんなに出ないしな。かと言って一度にたくさん掴んで投げるとばらけてしまう。散弾のようにして広範囲を狙うならともかく、ピンポイントを狙うのは難しい。ならどうすれば良いか? 

 

 ……そこで考えたのが、袋に何枚も詰めて投げる方法だ。これなら着弾の瞬間までばらけないし、まとめて炸裂するのだから威力も減衰しない。パッと見はただの財布のように金を入れているだけだから、手荷物検査されても引っかからないという危険物だ。

 

 銀貨一枚でも凶魔となったバルガスの皮膚を抉るに十分の威力を発揮した代物。それを十枚詰め込んだらどうなるか? 今見せてやるぜ。

 

「逃がすかあぁっ!」

 

 俺はその危険物を空中でぶん投げた。…………()()()()()()()()()()()

 

 当然だろ? こんなもん人に当たったら痛いじゃすまないからねっ! 死んでしまうぞ。下手すりゃ木っ端微塵になっちゃうからね! そんなの怖くて投げられるかっての! 

 

 さて、俺がこうしてセプトの真上にぶん投げたのには当然だが訳がある。直接セプトに投げるのはいくら何でも気が引ける。なら、

 

「金よ。弾けろっ!」

 

 空高く舞い上がった布袋は、俺の言葉と同時に起爆。月明かりをかき消すような強い閃光と共に爆発した。爆風で周囲に漂っていた砂塵も吹き飛び、綺麗な夜空に上がったそれはちょっとした花火のようだ。一発一万円のお高い花火だけどな。

 

「これでも、食らええぇぇっ!」

 

 硬貨をぶん投げたままの不格好な体勢だが、この際贅沢は言ってられない。殴り掛かるとも蹴りかかるとも言えない体勢。無理やりカッコ良く言えばフライングボディアタックである体当たりを俺は敢行した。

 

 下を見ると、セプトは砂塵が消えたのをこれ幸いと影に潜ろうとしている。……だが、セプトはその途中で何かに驚いたように潜るのを止めた。

 

 潜れるものなら潜ってみろよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 影は対象が光に照らされることで生み出される。この状況では月明かりで影が出来ていたが、マズい具合にセプトの影と周りの影が一部重なってしまって操れる範囲が増えていた。光源は月なのだから壊すことは出来ない。

 

 ならば一時的にでも良い。他のもっと強い光源を真上に出現させれば、他の影と切り離すことが出来るのではないか?

 

 目論見は見事に当たった。まるでスポットライトのように、真上からの光によって一瞬セプトがくっきりと照らされる。

 

 この時セプトの方に月明かりで伸びていた他の影は、爆発の光で遮断されて入れない。今潜れるのは自身の影のみ。だけど自分一人の影なんて潜ってもまともに動く余裕もない。攻撃に回せる大きさもない。故に潜るのを一瞬躊躇してしまったのだ。

 

 だけどこのタイミングでそれは悪手だぜ。一瞬とは言えこの攻撃を避けることが出来れば、時間が経てばまた影が繋がることはあり得たのだ。

 

 だがこの戸惑いが勝負の明暗を分けた。俺は上からの爆風もものともせず…………訂正する。ちょっと熱かったけど我慢してセプトの所に向けて突撃(という名の落下)をしていき、

 

「…………かはっ!?」

 

 影に潜れずに止まっていたセプトの身体をぶっ飛ばして影から引きずり出した。そのまま二人でもつれ合うようにしばらく転がって止まる。悪いがクッション代わりにさせてもらったぜ。人の命を狙っていたんだからこれくらいは許せよ。

 

 加護のおかげですぐに復活した俺はすばやく起き上がり、そのまままだ倒れているセプトの両腕をガッチリと掴む。こうすれば影に潜ろうとしても引き上げることが出来るし、また影を操ろうとしてもこの至近距離では狙いが定めづらいだろう。

 

 ……しかし腕を掴んでいるのに反応が無い。もしや体当たりの打ちどころが悪かったか? 気を失っているだけなら良いが、頭でも打っていたら大変だ。……エプリに甘いとか何とか言われるかもしれないが、一応状態を確認しよう。

 

 俺は予想より細いセプトの手首を片手で掴みながら、空いた手でセプトのフードを外す。

 

「…………こういう所まで後任じゃなくても良いだろオイ」

 

 戦っている時からそうじゃないかとは薄々思っていたさ。ローブとフードで分かりづらいけど俺より背が低いし、さっき一瞬だけ聞こえたコイツの声はなんかそれっぽかったし、あと今もつれ合いながら転がった時の感触も何というかその……柔らかかったし。

 

 フードの下にあったのは……やっぱりというか女の子だった。

 

 

 

 

 この世界はあれか? フードをした少女は皆強いとかそんな法則でもあるのか? 年のころは俺より少し下くらいで、濃い青色の髪のおかっぱ頭。前髪が目元を隠すように伸びていてその表情は伺い知れない。しかし目元以外で分かる顔立ちは整っていて、まず間違いなく美少女だと感じさせる雰囲気があった。

 

 おっと。悠長に見とれている場合ではなかった。顔の前で軽く指パッチンをしてみるがやはり反応は無い。

 

 気を失っているのはほぼ間違いなく、俺はセプトの口元に手をかざして呼吸がちゃんとしていることを確認。念の為に手首から脈もしっかりしているかどうか確認する。……素人ながらトクントクンと鼓動を感じて一安心だ。

 

 以前妹の陽菜がやっていたのを見様見真似でやってみたが上手くいった。流石に陽菜みたく本腰入れて勉強したわけじゃないから不安だったが、案外何とかなるもんだ。

 

「…………トキヒサ。首尾はどうなった?」

 

 その声に振り返ると、エプリがよろよろとした足取りでこちらへ歩いてくるのが見えた。セプトが操っていた影は繋がりを失って元の影に戻り、もう自分も影で抑えなくてよいと判断したみたいだ。

 

「ああ。こっちは何とか…………エプリっ!?」

 

 しかし歩いてくる途中突然バランスを崩しかけたので、俺は咄嗟に走り寄ってエプリの身体を支える。

 

「全く。毒で身体がふらふらなのに無茶するなよエプリ」

「……フッ。アナタには言われたくないわね。動かないでって言っているのに前進していくのだもの。……あのまま動かずに当初の作戦通りに私がセプトの動きを止めていれば、ここまで苦労はしなかったのに」

 

 そう言えばエプリも影を操る魔法が使えたんだよな。エプリのいた場所もそれなりの影が有ったから、あのまま俺が動かずに様子を見ていればエプリも対抗出来ていたって訳か。しかしなぁ……。

 

「エプリも対抗策があったならもっと早く言ってくれよな。これは俺が踏ん張るしかないと思って結構覚悟決めて行ったんだぞ」

「……話を聞かないアナタが悪い。…………それにこの魔法はあまり使いたくなかったの」

 

 エプリはそう言って少し顔を伏せる。

 

「そりゃあ一度使うだけであんなに疲労していたものな。万全の状態じゃないとあんまり使いたくないよな」

「それだけでもないんだけど……まあ良いわ。……それで? そこに倒れているのがセプト?」

 

 再び自分の足で立つと、エプリは倒れているセプトの方に顔を向けた。今の今まで戦っていた相手だからな。何か思うところもあるのかもしれない。

 

 ちなみに今はボジョが触手で両腕を拘束している。傍から見るとなんか触手プレイに見えなくもないので、俺はあんまり凝視しないようにしている。……チラチラと見てしまうのは男の性という事で勘弁していただきたい。

 

「…………成程ね。……それでどうするの? ここで止めを刺しておく?」

 

 エプリは何かに気づいたように一人頷き、その後とんでもないことを言い出した。周囲に風が巻き起こり、エプリの意思ですぐにでも魔法が発動する勢いだ。傭兵の中では普通なのかもしれないが殺伐としすぎじゃないかい?

 

「俺のことをどう思ってるのか知らないがどうもしないよ。これだけ酷い目に遭ったんだ。もう襲ってくる気もないだろう。放っておこうぜ」

「……甘いわね。報復の手段はいくらでもあるし、こういう輩はしつこく付け狙ってくるわよ。ここで仕留めた方が後々の禍根を断つという意味では確実だと思うけど?」

 

 エプリの言う事はもっともだ。世の中道理を無視して不条理を押し付けようとする奴は沢山いる。セプトはどうだか知らないけど、クラウンの奴はこれまでの言動からしてまず間違いなくそういう類の奴だと感じる。……だけど、

 

「それでも止めは刺さない。命っていうのは簡単に奪っていい物ではないって信じてるからな。相手が悪い奴だから殺すとか、こっちが殺されるかもしれないから殺すとか、そういうのはなんか……嫌だ」

 

 甘ちゃんだの偽善者だのと笑わば笑え。いつか復讐に来るかもしれない。生かしたことで将来こっちが酷い目にあうかもしれない。……それでも、俺は殺さない。()()()()()()()()()()

 

「…………そう。私ならここで仕留めているけど、まあここは雇い主の顔を立てるとしましょうか」

 

 その言葉と共に吹き荒れていた風が収まる。……よく見ればエプリの額から一筋の汗が流れている。俺の意思を確かめるためにまた無理をしたな。

 

「でも……これからもそんな甘い考えを持ち続けることが出来るかしら?」

「俺一人だったらいずれ酷い目に遭って心境が変わるかもしれない。だから、そうならないように助けてくれよな。エプリ」

 

 俺はそう言ってこの頼れる護衛兼仲間にニカッと笑いかけた。それを聞いたエプリは呆れたようにこちらを見て、

 

「…………それも依頼の内ならば」

 

 と一言ポツリと呟いた。

 




 殺さないし殺されない。言うだけなら簡単ですが、それはとても難しいことです。正直言って一人ではどう頑張っても無理ですね。

 そう。……どこかに頼れる仲間でも居ない限りは。


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第八十話 解毒剤を手に入れろ

 

「さあて、それにしても…………帰るのに微妙に時間が掛かりそうだな」

 

 戦い終えて一息ついて、そこで色々と問題が残っていることに気がつく。ここは拠点からおよそ二十分ほどかかる場所にあるが、それは普段の状態ならばの話だ。

 

 俺達の身体はあちこちズタボロで、こんな状態だとどれだけかかることか? それにエプリも毒でまともに動けないし……って、そう言えば忘れていた。

 

「なあエプリ。エプリって薬の知識とかあるか? 俺はまるでダメなんだけど」

「……いいえ。私もそう言った知識は無いわ。精々が簡単な止血用の物を調合できるかどうかって所ね」

 

 エプリも首を横に振る。そうか。薬の知識があれば解毒剤が分かると思ったんだが……。

 

「……とは言え誤って自分が毒を受けた時のために、毒と対となる解毒剤を用意しているっていうのは有り得る話ね。いい加減このまま気分が悪いのも困るし、クラウンを尋問でもして解毒剤を出させるとしましょうか」

 

 そうだな。分からないなら本人に聞けば良いんだ。俺はボジョにセプトのことを見張ってもらい、その間にエプリに肩を貸してクラウンの倒れている所に向かう。

 

「……あそこね」

 

 クラウンは貯金箱を食らった時のままで倒れていた。まだ気を失っているままのようだ。ここで目を覚ましていたら厄介なことになっていたが、不幸中の幸いというやつだな。

 

「……両手を縛りもせずにそのまま来たの?」

「どうせ縛っても空属性で逃げられると思ってさ。それに紐も無かったし」

「…………はぁ。次からは縛っておいた方が良いわよ。紐が無くても相手の着ている衣服や持ち物を使って拘束することが出来るから」

 

 エプリは簡単な衣服を使った拘束術を教えてくれる。袖を外側から結んだりとか、アクセサリ等を紐代わりにして縛るとかだ。……やけに手慣れてるのは何故か聞くべきだろうか?

 

 

 

 

「よし。俺が服を漁って薬っぽい物を探すから、エプリはいつクラウンが起きても大丈夫なようにちょっと離れていてくれ」

「……空属性で跳ぼうとしたら即座に仕留めれば良いのね。……了解」

「仕留めないっての! 解毒剤のことを訊き出すんだろ? もっと平和的に行こうぜ」

 

 相変わらず物騒なことを言うが、何とか納得してくれたようで少し離れたところで待機するエプリ。

 

 流石に美少女に悪党の服の中をゴソゴソさせるって言うのは絵面が悪いからな。待機と言う名の休憩をしてもらおう。……まあ俺にも男の持ち物を漁るという趣味は無いけど、エプリにやらせるよりか大分マシだ。

 

 そんじゃちょっと漁らせてもらうぜ。悪党とは言え人の物を取るのは気が退けるが、緊急事態及び襲ってきた慰謝料代わりってことで勘弁な。俺はクラウンのローブに手を突っ込んで探る。

 

 時折掴みだした物をそっと地面に置くが、どうにも毒々しい色の液体が入った薬瓶だったり、さっき俺に投げつけてきたナイフだったりと危険そうな物ばかりだ。……どれが解毒剤だかさっぱり分からない。

 

「これじゃあどれが解毒剤だか……そうだ。査定だ!」

 

 この際売れる売れないはどうでも良い。あれで少しでも情報が解れば! 俺は貯金箱を呼び出して早速調べてみる。すると、

 

 解毒剤(程度 中)買取不可

 

 と言うのがいくつか見つかった。細かく()()()()()()()解毒剤と書かれていないのがいささか不安だが、この中のどれかにエプリの解毒剤がある可能性が高い。

 

 だがこれ以上は流石に絞り込めない。このままクラウンを叩き起こして聞くか、一度調査隊の拠点に戻ってラニーさんに診てもらうしかないな。

 

「エプリ。解毒剤っぽいものは見つかったけど、どれがエプリの身体に効くやつか分からない。クラウンを起こして聞くか、一度拠点に戻ってラニーさんに診てもらわないとダメそうだ」

「……仕方ないわね。じゃあ尋問するからクラウンを縛り上げて……危ないトキヒサっ!」

 

 その言葉に、咄嗟に振り向きながら貯金箱を振り回す。ガキンという金属のぶつかるような音がしたかと思うと、腕に一瞬鋭い痛みが走った。しかしそれには構わず、俺はそのまま貯金箱を振り抜く。

 

「ぐはっ!!」

 

 そんな声とともに、襲いかかろうとしていた奴は貯金箱が直撃して吹き飛んだ。だが空中で体勢を整えて両足で着地する。……予想はしてたけどまたかよクラウンっ! しぶとすぎじゃない? 

 

「クフっ。正直に言って油断していましたねぇ。まさか貴方がここまでやるとは。……しかし意識を失った私をそのままにしておくなんて、愚かとしか言えませんねぇ」

 

 ……敵にまでダメだしされたよ。いいよ。分かってるよ。エプリにもさっき言われたところだから。

 

「まあ俺が抜けてるのは認めるけどな。……しかしお前何本ナイフ持ってんだよ?」

 

 粗方取り上げたと思っていたが、まだ予備があったらしい。片手でナイフを弄びながらニヤニヤと嗤って答えようとしないクラウンに半ば呆れかえる。……考えてみれば空属性で取り寄せたのかもしれない。人が移動するんじゃないから負担も軽くて済みそうだ。

 

「だけどまた近距離転移で避けようとしなかったってことはそっちも限界ってことだろ。それなら二人がかりのこっちの方が有利だぜ。そうだよなエプリ。…………エプリ?」

 

 反応が無いのを不思議に思って振り返ると、そこには苦しそうに膝をついて息を荒げているエプリの姿が。……考えてみればさっきから動きがまるでなかった。あの状況なら即座に反応して反撃してもおかしくなかったのに。こういう事かっ!

 

「クフフ。私の仕込んだ毒は()()()()()()()()時間の経過で効果が弱まっていくもの。しかしその前にあれだけ無理に動けば毒が一気に回るのは必然。今までは回復した体力及び気力で無理やり戦っていたようですが……ここまで来ては自然回復では収まらないほどに回っているでしょうねぇ。それこそこの解毒剤を飲まないとねぇ」

 

 クラウンはそう言うと、地面に置かれていた薬瓶の一つを掴み上げた。……あれがエプリの毒の解毒剤かっ!

 

「わざわざ教えてくれるって言うのは助かるな。素直に渡してくれ……ないよな」

「渡す理由があるとでも?」

 

 まったくその通りな正論だ。クラウンは持った薬瓶をチャプチャプと揺らしながらクフフと嗤う。仕方ない。なら俺一人で何とか奪い取るしか……。

 

「…………っ!?」

 

 その時、急に頭にズキズキとした痛みが走った。視界がぐらりと揺れたような感覚と同時に軽く目眩がし、反射的に頭を押さえる。何と言うか質の悪い風邪にかかった時みたいだ。……偶然こんなに急に病気が発症するなんてことはまずあり得ない。つまりこれは、

 

「クフフ。ようやく気付いたようですねぇ。先ほど私のナイフが貴方の腕を切り裂き、その毒が貴方を蝕み始めていることを」

 

 そう言われて腕を見ると、確かに浅いものの切り傷が出来ている。ここから毒が入ったみたいだ。

 

「そぉらっ!」

 

 思考が逸れていた一瞬の隙を突いて、クラウンがナイフをこちらに放ってきた。避けようとするが身体が上手く言うことを聞かず、躱しきれずにまた腕を掠めていく。

 

「そぉらそぉらっ! どうしましたぁ? もっと躱しても良いのですよぉ? 動けば動くほど毒が早く回りますけどねえぇっ!」

 

 クラウンは解毒剤をまたローブの中に仕舞うと、そう言いながら次から次へとナイフを投げつけてくる。ホントにどれだけストックが有るんだあのナイフっ!? 

 

 貯金箱を盾代わりにし、動けないでいたエプリを引っ張って何とか近くの岩の陰に身を隠す。……あんにゃろう。さっきからナイフのスピードが少し遅い。わざと俺が躱せるギリギリの速さにしていたぶっているな。

 

「……はぁ。……はぁ」

 

 エプリはさっきから瞳を閉じて苦しそうにしている。……俺とエプリが受けた毒は同じやつか? 同じならクラウンが持ってる解毒剤を手に入れれば二人まとめて治るってことだが…………この状態で奴から奪い取るって難しすぎないか?

 

「ボジョを離したのは失敗だったかな」

「……はぁ。……そう……かもね。でも……泣き言を言っている場合ではないわね」

 

 エプリはそう言うと体を起こして立ち上がろうとする。しかしその顔色はもはや真っ青を通り越して土気色に近い。今にも倒れそうな状態だ。

 

「やめろって! これ以上動いたらホントに毒で死んじゃうだろっ!」

「……どのみち、このままでは……長くは保たないわ。それに…………体調が悪いのは奴も同じようだしね」

 

 その言葉にそっと岩陰から相手を覗き見ると……成程。クラウンも少し息を切らしている。なんだかんだ向こうも貯金箱の直撃を二度も食らっているからな。体力的にも魔力的にも結構消耗しているのは当然か。

 

「なら俺が行く。エプリはそこでじっとしてろ」

「……ダメよ。……私も一緒に」

「そんな状態で何言ってんだっ! まだ俺の方がまともに動けるから俺が行く」

 

 時間経過なのか体質なのかは知らないが、俺の方が明らかに症状が軽い。エプリは今にも倒れそうな具合だが、俺の方は追加で毒を食らったにも関わらず、精々が身体が怠くて頭がグラグラする程度だ。貰った加護が毒にも効いているのかもしれない。

 

「…………悔しいけど……その通りね。……お願いするわ。だけど……危ないと思ったら、私は身体を引きずってでも掩護に入るから」

「そうならないように頑張るよ。じゃあ次に奴の注意が逸れたら……って、ちょっと待て!?」

 

 飛び出すタイミングを計ろうとクラウンの様子を伺っていると、何故か奴は再びローブの中から薬瓶を取り出した。そのまままたチャプチャプと揺らしながら指で摘まむと、軽く腕を伸ばしてこちらの方にニヤリと嗤った気がした。

 

 この状況で出すって……マズイっ!? 俺は仕方なく岩陰から飛び出して走り出す。

 

「クフッ。出てきましたねぇ。……だが、()()()()

 

 奴はこちらを視認すると、そのまま()()()()()()()()()()()()

 




 ホントにどれだけあるんでしょうねあのナイフ? 書いてる自分でもビックリです。


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第八十一話 それは転移などではなく

 

 クラウンの手から離れて落下していく薬瓶。何故クラウンがそんなことをしたのかは大体想像ができる。そんなことをされたら俺は出ていかざるを得ないからだ。

 

 俺に関してはこのまま安静にしていれば何とかなるかもしれないが、解毒剤が無ければエプリは長く保たない。あの解毒剤が何としても必要だ。たとえそれが罠だと分かっていても。

 

「うおおおおっ!」

 

 俺は重い身体を無理やり動かして一心不乱に猛ダッシュする。気分は時々テレビでやっている落ちてくるボールの所まで走るアレだ。あの薬瓶が地面に落ちたらほぼ確実に割れてしまう。その前にキャッチしないとっ! 

 

 集中しているためか、俺の視界がやけにスローモーションに見える。落ちていく薬瓶の軌道までもはっきりと分かるほどだ。……いけるっ! ギリギリ間に合う距離だ。もう少しでとど、

 

「届くと思いましたか? 一瞬でも?」

 

 その時、俺の横っ面に衝撃が走った。……薬瓶に手が届く直前でクラウンに蹴りを食らったと気付いた時には、俺は完全に体勢を崩されて地面に転がっていた。その視線の先には落ちていく薬瓶とそれをニヤニヤしながら見つめるクラウンの姿が。

 

 …………コイツ! これが目的かっ!! ハッキリ言って、俺達を何とかするだけならわざわざ戦わなくても良いのだ。ただそのまま転移でどこかへ逃げるだけで良い。そうすれば解毒剤のない俺達はこのまま毒で苦しみながら死ぬ可能性が高い。……俺はまだ安静にしていれば毒が収まる可能性があるが、エプリの方は今のままだと絶望的だ。

 

 なのにそうしなかった。敢えて解毒剤を見せつけ、俺達に希望を持たせる。……そしてその希望を目の前で砕くことこそが奴の目的だったのだ。

 

 そして薬瓶は俺の目の前で地面に落下し………………()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……!?」

 

 俺は転がりながら視線を移動させる。すると、エプリが岩陰からこちらに手を向けているのが見えた。しかしそのまま倒れこんでしまい、それと同時に薬瓶もポトリと地面に落ちる。距離が近かったので割れてはいないようだ。

 

「風で衝撃を和らげましたか。無駄なあがきを。……まあ良いでしょう。もう一度目の前で落としてあげましょう。その顔が絶望に歪む姿をじっくりと鑑賞させてもらいますよぅ」

 

 クラウンはそう言って落ちた薬瓶を拾い上げる。させるかっ! 俺は重い身体を跳ね上げてクラウンに飛びかかる。

 

「解毒剤を渡せっ!」

「このっ! まだこんな力が!? ……この死にぞこないがあぁ!!」

 

 身体が毒で弱っている俺だが、ダメージを受けているのは向こうも同じ。二人でもつれ合いながら地面を転がる。…………だが、

 

「ぐっ!?」

 

 俺の右肩に鋭い痛みが走ったと思うと、急に身体がより怠くなったように感じられる。その隙を突かれてクラウンに距離を取られてしまった。……また毒か!? あの野郎そればっかじゃないか!

 

「貴方はそこで見ていると良いですよぉ。目の前で解毒剤が消えて無くなる瞬間をねぇ。クフッ。クハハハハっ!」

 

 そう高笑いしながら、クラウンは薬瓶をまるで見せびらかすように高々と摘まみ上げる。何とか止めようとするのだが、さっきよりも身体が思うように動かない。そしてクラウンは、

 

「……では、絶望を味わいなさい」

 

 嘲笑うようにそう言って再び手を離した。落ちていく薬瓶。しかし今度は俺も距離が間に合わない。もうダメなのか。

 

 ……何か方法は無いのか? 考えろ俺。俺やエプリは満身創痍で動けないし、落下を防ぐ手立てもない。銭投げでは薬瓶ごと壊しかねない。何かクッションになりそうなものを『万物換金』で出す? いくらある程度の範囲に自在に出せると言ってもあそこまでは届かない。

 

 いくら考えてもいい案は思いつかず、考えている間にも薬瓶の落下は止まらない。ちくしょう。今さっき言ったばかりじゃないか。俺は殺さないし殺されないって。それがこんな所で終わるのか? それも俺だけじゃない。エプリもこのままじゃ毒で死んでしまうんだ。

 

「動け…………動けよぉぉっ!」

「クフフ。クハハハハハハハハっ!」

 

 身体はまるで俺の身体じゃないみたいに動かず、薬瓶の落下も止まることはない。それを見たクラウンは一人高笑いをする。

 

 そして無情にも薬瓶は地面に叩きつけられる………………はずだった。()()()()()()()姿()()()()()()()()()()

 

「…………えっ!?」

 

 俺は驚きを隠せない。また風属性の魔法かとエプリの方を見るが、エプリは倒れたままで魔法を使った素振りもない。……ならばクラウンの奴か? この野郎ギリギリの所をまた繰り返して俺達をいたぶる気か? そう思って今度はクラウンの方を睨みつけてやるのだが、

 

「ハハハハハ…………なっ!?」

 

 クラウンも何故か高笑いを止めて驚いている。……コイツの仕業でもないらしい。じゃあ誰だ?

 

 

 

 

「ふぅ~。何とか間に合ったみたいだな。久々に気合を入れて走ったぞ」

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 いつも着ている着物のような空色の服を風でたなびかせ、片手には落ちて割れるはずだった薬瓶を軽く持ち、飄々とした態度で汗を拭うアシュさんの様子は、月明かりに照らされて実に様になっていた。

 

 しかし今何が起きたんだ? 俺はその薬瓶から一切目を離さなかった。それなのに一瞬で薬瓶が消えて、いつの間にかアシュさんの手に収まっていた。……まるでクラウンの奴みたいに転移でも使ったように。

 

「……誰ですか貴方はぁ? これからが良いところなのだから邪魔をしないでいただきたい」

 

 クラウンはそう言葉を投げかけた。突然の乱入者に警戒しているのだろう。両手に油断なくナイフを構えている。……そうだ! 今は何が起きたかを考えるよりも大事なことがある。

 

「アシュさん! 早くその解毒剤をエプリにっ! 毒にやられているんです!」

「それはマズいな。分かった。すぐに」

「飲ませると思いますかぁ?」

 

 俺の言葉に頷いたアシュさんに向けて、クラウンがナイフを左右から投げつける。僅かな時間差で対象に襲い掛かるそのナイフは、最初に俺を襲ったやつと同じだ。あの時一本目は貯金箱で防げていた。しかし二本目に気づかず腕を掠めていたのだ。

 

「アシュさんっ! 危な」

 

 危ないと言い終わる前にそのナイフはアシュさんの元に到達し…………そして()()()()()()()()

 

「…………!?」

 

 確かにナイフはアシュさんを貫いた。しかし血が出る様子もなく、そのまま姿がすうっと消えてしまう。今度は何処へとまた視線を動かすと、

 

「ほら。これを飲むんだ」

 

 居たっ! アシュさんはエプリの傍にしゃがみこみ、そのまま身体を抱き起こして口元に解毒剤をあてがっていた。エプリは虚ろな表情ながらも何とかその液体を飲み干すと、少しだけ顔色が良くなったように見えた。毒もそうだけど解毒剤もかなり即効性のある物なようだ。

 

「…………ありがとう。助かったわ。……余った分はトキヒサに。アイツも毒を受けているから。私はその間クラウンの足止めを」

「嬢ちゃんはこのまま休んでな。毒は抜けても体力まではまだ戻ってないだろ?」

 

 再び起き上がろうとするエプリを押し止めながらアシュさんが言う。エプリは一瞬悔しそうな顔をすると、……頼むわと一言呟いてそのまま岩陰に留まる。そのままアシュさんがこちらの方に歩いて来ようとすると、

 

「………………ほぅ。貴方も空属性持ちとは思いませんでしたよ。しかし大した魔力は感じませんねぇ。先ほどはナイフが当たる瞬間に何とか間に合ったようですが、その調子ではあと何度使えますかねぇ?」

 

 クラウンがニヤニヤと嗤いながら俺とアシュさんの間に割って入った。同じ空属性使いでも自分の方が練度は上。自身も消耗してはいるが、未熟な相手なら十分勝てる。そう考えてのことだろう。……確かに一瞬で離れた場所に移動したら、自身も空属性使いなら最初に転移の使用が頭に浮かぶ。

 

 だがクラウン。お前は少し考え違いをしているぞ。俺はさっきと今、急に消えたり現れたりしたアシュさんの足元に注目した。そして気付いてしまったのだ。…………クラウンと戦っている間には無かった妙な跡が地面についていることに。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり……。

 

「何か勘違いしてるみたいだから訂正するが、俺は空属性なんて使えないぞ。俺に出来ることと言ったら」

 

 その言葉を遮るように、クラウンはナイフを振りかぶって襲いかかる。……後ろから見れば、クラウンが後ろ手にもう一つナイフを握りしめているのが見えた。あんな見え見えの振りかぶりはあくまでフェイク。躱されるか迎撃したところをもう一本のナイフで切りつけるつもりなのだろう。

 

「…………おやっ!?」

 

 だが、アシュさんは避けなかった。クラウンのナイフがアシュさんの胸元に突き刺さり、そのまままたも素通りする。そうしてすうっとと消える自分の姿とクラウンを尻目に、アシュさんは俺の所まで辿り着く。

 

「俺に出来ることと言ったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()くらいのもの。転移なんて高尚なもんは出来ないぜ」

 

 …………いやいや。残像が出来るくらいの速度で走って静かに止まるって、十分とんでもないことだと思うんだけど。しかしそう背中越しにクラウンに言ってのけるアシュさんの姿は、紛れもなく人を護る用心棒だった。

 




 ちなみにジューネには、アシュがいない間調査隊が護衛するという形でちゃんと許可を取っています。


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第八十二話 置き土産

 

「ほらっ! 解毒剤だ!」

「ありがとうございます。アシュさん」

 

 アシュさんから解毒剤を受け取って早速飲む。……味は正直言ってかなり不味い。かなりの苦みと舌に残る後味がある。だが効き目はあるようで、すぐに身体が大分楽になった。これなら普通に動けそうだ。

 

「……さあて。これまでの経緯はよく知らないが、これでお前さんの優位はもう無くなったんじゃないか? そこの毒使い?」

 

 アシュさんはクラウンに対し正面を向いてそう言う。……その通りだ。俺もエプリも毒がなくなった今、数的有利はこちらにある。多少消耗しているけれど、それはクラウンも同じこと。このまま戦えば奥の手でもない限りこちらが勝つだろう。

 

 セプトが乱入してきたらややこしくなるが、今は気絶していてボジョが付いているから動けないはずだ。クラウンもそれは分かっているのか、何も言わず歯ぎしりをしている。

 

 それからアシュさんとクラウンは互いに何も言わず、軽くにらみ合って十秒ほど経つ。風がひゅるりと岩場を通り過ぎ、エプリのものほどではないけれど砂塵を巻き上げる。そんな動きづらい雰囲気の中で視線だけエプリの方に向けると、どうやら大分回復しているようでもう立ち上がっていた。

 

 ……次に口を開いたのはまたもアシュさんだった。しかしクラウンに話しかけるのではなく、奴から目を離さずに俺に向かってだ。

 

「ところで一つ聞くが、アイツって空属性とか使えるのか? さっきの言葉だと自分も使えるみたいな意味にとれたんだが」

「ガンガン使います。でも今はエプリが言うにはかなり弱ってて、もうそんなに多くは使えないみたいです」

「そうか。……では話は簡単だな」

 

 それを聞くとアシュさんは大きく頷いて、軽く数歩踏み出すとそのまま腕を組んで目を閉じた。ちょっ!? いくらなんでもクラウンのど真ん前でそんな!? 危ないですって!

 

「…………何のつもりですかぁ?」

「見た通りの意味だが? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まだそのくらいは魔力も残してあるんだろ?」

「なっ!?」

 

 とんでもないこと言い出したよこの人っ!? そんなことしたら……ほらっ! クラウンの奴フードから覗いている顔が真っ赤になってるよ。相当頭にきてるよアレ!

 

「……ふっ、ふざけるなあぁっ!」

 

 思った通り、クラウンはそう言いながらアシュさんに向かって、取り出したナイフを雨あられと投げつけた。その数見えるだけで十近く。ホントにどっから出したのっていう数がアシュさんに時間差をつけて襲い掛かる。だが、

 

 チンッ。

 

 いつの間にかアシュさんが腰の剣に手をかけ、そういう軽い音がしたかと思うと、次の瞬間大半のナイフは地面に叩き落されていた。

 

 残りのナイフも弾かれてあらぬ方向に飛んでいったり、酷いものなどはなんと真っ二つになっている。……あのナイフ前に査定したことあったけど結構良い物だったはずだよな? それを真っ二つって。

 

 しかし、クラウンもそれだけでは終わらない。あれだけ放ったナイフは全てただの囮。ただの目くらまし。本命は……自分自身の残り数少ない転移による背後からの一撃。

 

 そして怒り狂っていたように見せていたのさえただのフェイク。突如アシュさんの背後に現れたクラウンは、静かにナイフをアシュさんの背中に向けて突き出した。掠らせて毒を与えようなどと回りくどい物ではなく、それ自体で相手の命を奪おうという必殺の意思を持った一撃。

 

 それはアシュさんの背中に潜り込んで肉を裂き、筋を断ち、骨まで届きうるものだった。……直撃さえしていればだが。

 

「読みやすくて助かるな。アイツに比べて」

 

 アシュさんはクラウンのナイフが届く刹那、カッと目を見開いて振り向きざまにその剣を振るっていた。一筋伸びる細い剣線。どうにか俺の目に捉えられたのはそれだけだった。だというのに、

 

「か、……かはっ!?」

 

 クラウンは惨い有様だった。手にしたナイフは持ち手だけを残して刀身が何処かに消え去り、身に着けたローブにはあちらこちらに幾筋もの痕が残っていた。まるでその部分を棒状の何かで思いっきり叩かれたかのように。

 

 そのままナイフを取り落として膝から崩れ落ち、何とか両手を地面に突いて倒れるのを防ぐクラウン。誰が見てももう戦闘は不可能と分かる程のダメージだ。もう歯を食いしばってアシュさんを睨みつけるくらいしか出来ない。

 

「だからさっさと失せろと言ったんだ。……一応加減はしておいた。峰打ちという奴だ」

「や、やった!」

 

 強い強いとは思っていたけどここまでとはっ! あれだけ苦労したクラウンをこんなにあっさりと。

 

 ……いや、単に俺が弱かっただけか。殺さないし殺されないなんて言っておきながらこのざまだもんなぁ。今回アシュさんが来なかったらと考えると正直ゾッとする。

 

「ぐ、ぐぎぎぎ」

 

 クラウンは歯の間から苦悶の声を漏らしながらも何とか立ち上がる。しかし今度こそ体力も魔力も尽き果てる寸前といった感じだ。アシュさんは再び軽く腰の剣に手をかけるが、もう振るうつもりは特になさそうだ。

 

「ここまでされて力量の差が分からないという事は無いだろう? やろうと思えば文字通り八つ裂きにすることも出来た。やらなかったのは単に俺の気まぐれだ」

「…………クフッ。お優しい、ことですねぇ」

 

 アシュさんの言葉に、息も絶え絶えと言う感じでクラウンが返す。

 

「良いでしょう。今回は、ここで、退くとしましょう。はぁ……そこの混血は、所詮一度限りの道具。大した情報を漏らすことも、無いでしょうしね」

 

 その言い方にまたムカッと来るが、どうやら帰ってくれるようなのでほっと一安心する。もう顔も見たくないからな。塩でも撒いとくか。

 

「ですが、私をここまで、追い詰めた貴方に敬意を表して、一つ置き土産をしていきましょうか」

「……おい!? それはどういう」

「では、ごきげんよう。クフハハハハハ」

 

 俺は奴の言葉に違和感を覚えて訊き返そうとするも時すでに遅く、クラウンは嫌な高笑いをしながら転移で姿を消した。なんか嫌な予感がするな。……まあ何はともあれ助かった。

 

 

 

 

「あの、ありがとうございますアシュさん。アシュさんが来てくれなかったらどうなっていたか」

「いや何、気にするな。間に合って良かった。俺も気合入れて走ってきた意味が……ごふっ!」

 

 話している途中、急にアシュさんが口に手を当てて咳き込み始めた。どうしたのかと見ると、なんと口の端から血が垂れている。

 

「アシュさんっ! 血がっ!」

 

 もしやクラウンの奴の置き土産ってこれのことか? 知らない間に毒付きナイフでも掠っていたのか? 

 

「……はぁ。気にするな。いつものことだ。ここに来るまでにちょいと無理をしたからな」

 

 口元をグイっと拭ってアシュさんはそう言うと、軽くニヤリと笑ってみせる。無理をしたって……一体何を?

 

「お前がエプリの嬢ちゃんを探しに飛び出した後、俺達も手紙の内容を知って捜索の準備をしていた。しかし夜に闇雲に探すわけにもいかない。トキヒサには悪いがゴッチの奴も隊を預かる身だからな。慎重になる必要があった」

 

 それは仕方がない。偉くなればなるほど責任が重くなるのは当然だもんな。“相棒”もそれで苦労してた。

 

「しかしさっきここら辺でデカい爆発があっただろう? これは何かあるなと、ひとまず俺だけ先に行くことになったんだ。後からゴッチの選んだメンツも何人かここに来る」

「そうだったんですか。……って、爆発からここに到着するまでやけに早いような」

 

 拠点からこの岩場までざっと二十分はかかる。俺の銭投げで空に爆発が起きてからまだそんなに経っていない。用意なんかを先に済ませておいたとしても間に合うとは……。

 

「俺が気合入れて走ればこれくらいはいける。ただそれをやると毎回身体に負担がかかるから滅多にやらないがな。さっきみたいに軽く血を吐いたりとか」

「……すみませんでした。そんな無理させて」

 

 アシュさんは気楽に言っているが、血を吐くというのは現代日本で生きてきた俺にとっては大事だ。戦いが日常の世界では何でもないことなのかもしれないが、申し訳ないという気持ちでいっぱいになる。

 

「分かった上でやった無理だから良いんだ。お前らが無事だったのなら無理のし甲斐がある。……それより嬢ちゃんの方についていてやれ」

「そうだっ! エプリっ!?」

 

 そうだった。毒は消えたけどあれだけ弱っていたからな。まだ動けないなんてことは無いか? 俺がエプリのいた岩陰の方に目を向けると、エプリがまだ少しふらつきながらも一人でこちらに歩いてくる。俺はすぐにエプリに駆け寄った。

 

「エプリっ! 大丈夫か?」

「……えぇ。そっちも無事みたいね」

 

 見たところ顔色もだいぶ良くなっている。解毒剤がしっかりと効いたみたいだ。俺もそうだけど、単に毒が抜けただけにしては回復が早いように見えるので、解毒以外にも体力回復の効果もあったのかもしれない。

 

「……ふっ。ざまあないわね。雇い主を護れないどころか心配されるなんて。こんなんじゃ護衛失格かな」

「そんなことないって。エプリが居なかったら俺はセプトの奴にやられてたよ。十分護ってもらってるって」

 

 自嘲気味に笑うエプリに俺は慌ててフォローを入れる。実際何度も助けられたからな。嘘じゃない。エプリが居なかったらセプトの影の刃に串刺しにされていたか、それともクラウンの毒でやられていたか。そこまで言って、俺はセプトのことを思い出した。

 

「そうだ! セプトはどうなったんだ?」

「……セプト? まだ他にも誰かいたのか?」

 

 そう言えばアシュさんが来た時にはもうボジョと一緒に離れたところに居たんだった。

 

「さっきのクラウンと一緒に襲ってきた奴です。何とか気絶させて今ボジョが見張っているはずなんですが」

 

 もしクラウンがそっちに跳んでいたらボジョだけで勝てるかどうか分からない。慌ててさっきセプトを置いてきた場所に向かおうとすると、

 

「……見てっ! ボジョよっ!」

 

 エプリがこちらへ近づいてくるボジョを発見する。人が走るよりは遅いが早足程度ならボジョも自分で移動できるからな。こちらに来るのは不思議でも何でもない。ボジョは俺のところに来ると、触手を伸ばして服をグイグイと引っ張った。

 

「どうしたんだボジョ? セプトを見張ってたんじゃないのか? もしやクラウンがセプトを連れて行ったとか?」

 

 しかしボジョは慌てた様子で服を引っ張るばかり。……おかしい。連れて行ったわけではないのか? つまり仲間をその場に置き去りにしたってことになる。だけどそれならボジョのこの慌てようは一体何だ?

 

「このボジョの慌てぶり。何かあったみたいです。行ってみましょう!」

「……そうね。私もセプトのことは少し気になるし」

 

 珍しくエプリも賛成する。いつもなら自分が先に行くからアナタは待ってなさいとか言いそうなのにな。

 

「……どうせ待てって言っても行くのでしょ? ならアシュも一緒にいる今の内に全員で行く方が安全だわ」

「俺が行くのも前提か? ……まあここまで来たら行くがな」

 

 エプリの言葉にアシュさんも軽く肩を回しながら応える。

 

「ありがとうございます! それじゃあボジョ。案内してくれ」

 

 その言葉でボジョは俺の肩に乗ると、触手を伸ばして進む方向を指し示す。よし。行くぞ。俺達はボジョの先導で何かあった場所へ向かった。

 

 その時俺の脳裏に、クラウンが逃げる前に言った置き土産という言葉が妙に引っかかっていた。何事も無ければ良いんだが。

 




 通算百話突破っ! というめでたい話数ですが、この章はここからが本番です。

 百話記念として感想やお気に入りをぽちっとやってくれても良いんですよ!


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第八十三話 奴隷と暴走

 

 俺達はボジョの先導を受け、気絶していたセプトの所に辿り着いた。のだが、

 

「何だ…………あれっ!?」

 

 そこはとんでもないことになっていた。セプトが地面に横たわっているのは分かる。だが明らかに苦悶の表情を浮かべながら、周囲の影が無差別に暴れまわっているのはどういう訳だ?

 

 影は刃となり、めったやたらに荒れ狂いながら周りの岩や地面を切りつけている。そしてその破片が新たな影を産み出し、その影がまた刃となって更に周囲へと拡がっていく。

 

 俺達は少し距離を取って近くの岩陰からその現象を見ていた。まだここまでは侵食する影も届いていないようだ。

 

「…………魔力の制御が利かなくなっている!? ……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言った方が近いかしら。このまま使い続けたら最終的には、魔力の暴走が限界を迎えて大爆発を起こしかねない」

「エプリっ! どういう事だ?」

 

 エプリには何か心当たりがあるみたいだった。俺はさっそく訊ねる。

 

「……さっきセプトの素顔を見た時、首の所に首輪があるのが見えたわ。……彼女は奴隷よ。それも非合法のね」

「奴隷?」

 

 奴隷。簡単に言うと、限りなく物に近いモノとして扱われる人のことだ。奴隷制というのがこの世界にあるのは以前イザスタさんから少し聞いていた。よくあるイメージとしては、主人の命令には絶対服従。逆らえば罰を与えられ、食事等もろくに与えられないといったところだろうか。

 

 それだけ聞くと非人道的で許されないことのようにも聞こえるが、しかしこの世界においてそれはある種のセーフティーネットの役割を果たしているとも聞いた。

 

 奴隷となるのは基本的に借金等で身を持ち崩して身売りした人か、何かの罪を犯した罪人だ。どちらにしても一定期間奴隷として働くか、自身を買い上げるだけの金を稼ぐことで解放される。

 

 そして、主人は奴隷に対して最低限の衣食住、及び決められた賃金と生命の保証をしなければならない。さらに定期的に奴隷の様子を商人の所に報告する義務もある。

 

 野垂れ死によりはまだマシという程度ではあるけれど、一応の救済措置であると言えなくもないのだ。

 

「……そう。奴隷は必ず首に奴隷の証である隷属の首輪を着ける。これで主人との奴隷契約がなされるの。そして首輪には主人への反乱防止の機能が標準装備されているわ。……さっきトキヒサが見た時はフードや髪で隠れていたようだし、あまりまじまじと見ないようにしていたようだから気付かなかったみたいね」

 

 確かに慌てていたから見落としたかもしれない。ボジョが縛っているのを触手プレイみたいだと思って目を逸らしていたのも原因かな?

 

「……おそらくセプトは何かしらの命令を事前に受けていた。……例えば、“特定の条件を満たしたら魔力の制御を度外視して発動し続けろ”とかね」

「だけどセプトは気絶していたはずだ。今だって意識があるようには見えない。それなのになんで命令が聞ける? それにいくら奴隷だからって、命の保証をする義務だって有る」

 

 本人の意思とは無関係に発動する命令なんてそんなのありか? それにこのままじゃセプトだって……。

 

「……物事には裏道があるの。非合法にヒトを奴隷にして売買するものは後を絶たないし、隷属の首輪も裏のルートでは高値で取引される。……非合法の奴隷なら使い潰しても報告の必要が無いし、首輪の機能によっては強制的に死ぬまで命令を聞かせられる類のものもあるから。……そんな首輪はよほどの重罪人しか着けてはいけない決まりなのだけどね」

「そんな……じゃあセプトは!?」

 

 俺の言葉にエプリは黙って答えない。……ただセプトの方を見つめ、厳しい表情をするばかり。アシュさんも同じだ。

 

 これが置き土産かよっ! ちくしょう。クラウンの野郎。セプトに俺達を巻き添えに自爆させる気かっ! そのままエプリはくるりと後ろを向く。

 

「……急いでこの場を離れるわよ。今のセプトはいつ限界を迎えるか分からない。……爆発の規模も不明だからなるべく離れた方が良いわ」

「後から来る調査隊の奴にも知らせないとな。またひとっ走り先に行くとするか」

 

 アシュさんは軽く手足を伸ばし、トントンと地面を蹴っている。今にも走り出しそうな勢いだ。エプリも戦いの中でボロボロになったローブを簡単に縛って動きやすい体勢を取る。……これで良いのか?

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

 この言葉が出たのは意識してのことじゃなかった。ついポロリと、こぼれ出るように口から出てしまったのだ。この言葉を聞いて、エプリとアシュさんは怪訝そうにこちらを見る。

 

「…………まさかとは思うけど、セプトを助けたいなんてことを言い出すんじゃないわよね?」

「そのまさかだったりする……んだけど」

 

 じろりとエプリに睨まれて、後半が尻すぼみ気味になったのは仕方ないと思う。エプリは大きくため息を吐くと、何故か可哀そうな人を見るような目をこちらに向けてくる。

 

「……いい? アナタがお人好しなのは充分に分かっているけど、この状況ではどうしようもないわ。……魔力の暴走を止めるのはとても難しい。他人のものなら尚更ね。熟練者が数人横についているならともかく、今の私達では止められない。…………一応聞くけど経験ある?」

「いや、無いな。と言うか俺は魔法の発動自体下手だ」

 

 エプリがアシュさんに聞くが、アシュさんは首を横に振る。確かにアシュさんってなんとなく物理特化っぽいもんな。牢獄にいたディラン看守と同じタイプだ。

 

「……トキヒサは魔法が使えるようになったばかりで細かい制御は無理だし、私もハッキリ言って自信が無い。それに加えてここのアシュ以外全員体調が万全とは言い難いわ。あとは奴隷の主人が命令を解除するかセプトを殺すしか暴走を止める手立てはない。……クラウンが消えた以上、これじゃあもう逃げるしか道は無いの。それとも……あの影の刃をかいくぐってセプトに止めを刺してくる?」

 

 そう言ったエプリの顔は、どこか悔しそうな顔をしていた。……分かってる。セプトの境遇は思いっきりエプリと同じだものな。

 

 片や契約による護衛。片や奴隷としての護衛ではあるが、どちらもクラウンの奴に捨てられる形になっている。勝手な想像だが、エプリとしてはセプトを見捨てるのはやりきれないに違いない。

 

「他に何か方法は無いのか? ……そうだ! 近くに来ている調査隊の人達に手伝ってもらうとか」

「近くまで来ている数人の中に都合よくそれだけの熟練者がいるとも思えない。流石に拠点まで戻って連れてくるには時間が足りないな」

「じゃあ何とか近づいてセプトを叩き起こすとか。セプトだって死ぬのは嫌だろうから、暴走しないように協力できるかも」

「……さっきも言ったけど、隷属の首輪によって強制されている場合は自分の意思ではどうにもならない。……たとえ起きても精々が少し抵抗して別のことが出来るくらいのものよ。簡単な会話とかそれくらい。情報を聞き出すためだけにあんな危険地帯に突撃はしたくないわね」

 

 苦し紛れに出した提案も、次々にバッサリと切り捨てられていく。じゃあ、じゃあ。必死に考える俺だが、エプリが「時間切れよ」という言葉と共に俺の肩に手を置いてまっすぐ見つめてくる。その真紅の瞳を見ていると、どこか吸い込まれそうな感じになる。

 

「……アナタの言う“殺さないし殺されない”という命への考え方は尊いものだと思う。少なくとも私の生き方よりは大分上等よ。けれど、だからと言って何でもかんでも助けようとするのは驕りというものではないの? アナタは決して強くない。……確かに少し頑丈で死にづらいかもしれないけれどそれだけ。痛みが無い訳ではないし、毒を受ければ苦しむ。……誰よりもまず自分の命を大切にするべきよ」

 

 エプリの言葉はとても真摯なものだった。一つ一つが胸に刺さるものであり、それが護衛という契約からだとは言え、心から俺のことを案じてくれているのが伝わってくる。

 

「……エプリの言葉はもっともだと思う」

 

 実際その通りなのだろう。俺が強くないことなんて誰よりも俺が一番よく知っている。地球では喧嘩もほとんどしなかったし、俺や陽菜がピンチになったら“相棒”に助けてもらうのなんてざらだった。

 

 力もないくせに人を助けようとして、結局誰かを巻き込んで自分が助けてもらう。それは確かに驕りだ。せめて自分の身を自分で守れるくらいの者でないと、人を助けるなんて言うべきではないのかもしれない。

 

 ……でも、多分それじゃダメなんだ。

 

「俺は強くない。ちょっとだけ身体は加護でマシになっているかもしれないけど、一人では全然出来ないことばっかりの半端者だ。そんな俺が危険を冒してまで敵だった相手を助けようとするなんて馬鹿な話だと思う。自分でもそう思う。……だけど、助けたいって思ったのも本当なんだ」

「……トキヒサ」

「俺はバカだから、後先考えずに突っ走って失敗ばっかりだ。だけど何度失敗しても、突っ走ったことを後悔だけはしない。そうじゃないと、突っ走ろうとした気持ちまで否定するような気になるからだ。……だから今も、助けたいと思った気持ちを否定しないために考えるんだ。どうすればセプトを助けられるか」

 

 説明になってないとか思われるかもしれない。論点もブレブレで、子供のような言い草だと自分で思う。筋道も立ってないと思う。……でも、

 

「俺は痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌だ。自分がそんな目に遭うのは出来るだけ避けたいと思ってる。だけど、ここでセプトを見捨てたら多分苦しいんだ。……身体じゃなくて心が。きっと助けようとしなかったことを後悔する。……だから俺は強くないけど、自分本位で驕った考えかもしれないけど、()()()()()()()()()()()助けたいんだ」

「………………子供の論理ね」

 

 エプリは今度こそ呆れかえったようにそう呟いた。

 

「子供なら話し合ってもこっちが不利か。……分かった。もう少しだけ待つわ。でもそれが過ぎても打開策が出なかったら……分かってるわね?」

 

 これはエプリなりの優しさと最後通牒。これでダメなら引きずってでも連れて逃げるという意思の表れ。俺はそう受け取った。

 

「分かってるって! 俺はこう見えてロマンチストなんだ。ロマン(理想)リアル(現実)にそう簡単に屈してたまるかっての」

「……すぐ屈しそうな気がするけどね」

 

 エプリはそう言うと、懐から取り出した体力回復用ポーションを一息に飲み干した。そして瞳を閉じて何やら呼吸を整え始める。ああして少しでも魔力の回復を早めるつもりのようだ。ある程度回復したら、一気に風魔法を使って高速移動するつもりかもしれない。つまりそれがタイムリミット。

 

「……で、どうするんだ? 助けたいって思いだけではどうにもならないぞ?」

 

 今まで黙って俺とエプリの話を聞いていたアシュさんが、準備運動を終えてこちらに訊いてくる。問題はそこなんだよなぁ。

 

「……こうなったら専門家に頼りますか」

「専門家?」

 

 首を傾げるアシュさん。……出来れば今は頼りたくなかったけども、背に腹は代えられないか。相手が奴隷契約でセプトを縛ってるんなら、こっちは契約のプロフェッショナルを呼ぶだけだ。……そう。自称富と()()の女神を。

 

 俺は懐から女神との通信機を取り出した。…………さっき連絡したばかりだけど怒るかな? 願わくばなるべく機嫌が良い時に当たりますように。

 




 またやったよクラウンの奴っ! という訳で、今度はセプト攻略戦ではなく救出戦です。

 まあむしろこっちの方が時久的には気合が入りますが。


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第八十四話 消えた貯金と三角関係(嘘)

 

「結論から言うと…………手が無いこともないわ」

「本当かっ!?」

 

 通信機で呼び出したアンリエッタの機嫌は最悪だった。さっき俺との通信が終わった後、間の悪いことにシャワーを浴びていたらしい。おかげで途中で切り上げることになったと怒り心頭だ。

 

 しかし状況を思いっきりかいつまんで手早く説明すると、渋々ながらも落ち着いてくれる。

 

 アシュさんは通信機に映し出されたアンリエッタの姿を見て何か言いたそうだったが、空気を読んでくれたのか何も言わずに俺達の動向を見守ってくれていた。すみません。あとで諸々説明します。

 

「確認するけど、話を聞く限りそのクラウンがセプトの主人ってことで良いのね?」

「確証はないけどな。状況的に見て命令が出来る立場にあるっていうのはまず間違いない。そうじゃなきゃわざわざ置き土産なんて言わないだろ?」

「そっか。じゃあやはり手はあるわ。……ただ理論上は可能なだけで確実ではないし、危険だから無理しないでさっさと逃げた方が良いわよ。ワタシの手駒。そこまでして助ける必要あるの?」

「助けたいから助ける以外の理由は無いな。……アンリエッタだって助ける気が有るから俺に話してくれたんだろ? じゃなきゃ何も無いって言って終わりのはずだ」

 

 そう言うと、アンリエッタは軽く鼻を鳴らしてプイっと顔を背ける。

 

「……まあ富と契約の女神としては、不当な契約には色々罰を下してやりたいところもあるからね。それくらいはサービスしてあげるわ。……エプリを呼んできなさい。あまり時間が無いから全員まとめて話すわ」

「よし分かった。エプリっ! ちょっと来てくれっ!」

 

 俺は瞑想中のエプリを引っ張ってくる。……力づくでも俺を連れて逃げようとしていたエプリだが、自分が連れていかれるのは予想外だったらしく目を白黒させている。すまないけど時間が惜しいんだ。早く来てくれよ。

 

 そのままアシュさんの所に戻り、適当な岩の上にケースを置いて開き他の人にも見えるようにする。

 

「……成程。アナタが以前トキヒサが話をしていたヒトね?」

 

 エプリはケースを一目見るなり察しがついたようで、鏡に映っているアンリエッタに話しかける。

 

「アンリエッタよ。本来ならワタシの凄さをしっかりと知らしめてから話をするところだけど、今は時間が無いからあとでワタシの手駒たるトキヒサからじっくり聞きなさい。……じゃあトキヒサ。今から手短に説明するわよ。セプトが生きたまま魔力の暴走を止める方法を」

 

 

 

 

「……以上よ。方法は提案したけど、危険なことであるのは事実。するしないはアナタ達の判断に任せるわ。じゃあそういうことで」

 

 その言葉を最後に、アンリエッタとの通信は途絶える。……やり方は分かったけど。俺はアンリエッタの提案した方法に頭を抱える。なんでよりによってこんな方法なんだよ! 

 

「理屈は分かったけど、本当に出来るのか?」

「話した限りでは嘘は言ってなかったな。少なくともさっきの奴は出来ると思って言っているみたいだった」

 

 俺の疑問にアシュさんが何故かそう断言する。そう言えば前もこんなようなことがあったな。マコアの話の時とかゴッチ隊長への説明の時とか。……何故かアシュさんが言うと説得力がある。

 

「トキヒサ。今のヒトは信用できるの? アナタの知り合いでしょう?」

 

 知り合いと言ってもまだ十日しか経っていないんだけどな。だけど、

 

「信用できると思います。ここで嘘を吐いてもアンリエッタには何の得もないですから」

「……私としてはアンリエッタという名前を名乗っているだけで胡散臭いけどね。わざわざ女神の名を騙るなんて、余程の嘘つきか物好きだけだもの」

 

 一応本物(自称)なんだけどなぁ。まあ地球でもいきなりアマテラスとかゼウスとかそういう名前を名乗る相手に会ったら胡散臭いと思うか。わざわざ本物だって説明するのも面倒なのでそのままにしておこう。

 

「アシュさん。万が一に備えて、近くに来ている調査隊の人達に事情を話して離れてもらってください。俺とエプリはその間にあの影をどうにかする準備をしますから」

「分かった。すぐに戻ってくるからな」

 

 アシュさんはその言葉を聞くと、そのまま走り出してすぐに見えなくなってしまった。しかし調査隊の人達が何処にいるのか分かっているんだろうか?

 

 協力を頼もうかと考えたが、何処にいるのか分からない以上間に合わない可能性もある。それなら下手に来てもらうよりも、離れてもらった方が安全だ。

 

 俺なんかが心配しなくても良いとは思うけど念の為だ。あのクラウンがわざわざ置き土産として残したセプトの魔力暴走だからな。ここら辺が更地になるとかもあり得そうで怖い。

 

「……ばらしてしまっても良かったの?」

 

 エプリはアシュさんが走っていった方を見ながら言う。……ああ。俺の『万物換金』のことか。確かにこの方法ではこれが要になるし、さっきもアンリエッタの説明の中でチラッと出ちゃったからな。

 

「別に良いよ。どうせアシュさんのことだから、ジューネ経由で知っている可能性もあったし。それなら今ここで言ったって変わらないって。それに知っても悪いことをするタイプじゃない」

 

 エプリはそんな俺達を見て小さくため息を吐くと、そのままキッと表情を引き締める。

 

「……じゃあ本題に入るわよ。さっきの方法だと、どうしてもトキヒサがセプトの至近距離まで近づく必要がある。あの荒れ狂う影の刃の中をかいくぐってね。……細切れになるのはほぼ確実ね」

 

 確かにな。さっきエプリも言ったように、俺は多少頑丈だけどそれだけだ。無理やり突入してもすぐにボロボロにされてしまうだろう。まずあの影をどうにかしないと。

 

「また私が影を操って止めるにしても、あれだけ広範囲のものを完全に止めるのは難しいわ。……トキヒサ。さっきのはまだ使える?」

 

 さっきの? ああ。一万円分の銭投げのことか。確かにあれだけの爆発ならまた上手くいけば影を切り離して弱められるかも。今回はセプトが気絶しているから避けられる心配もなさそうだし。

 

「もちろん使えるとも。一回千デンはきついけど人命がかかってるもんな。この際大盤振る舞いだ。今の所持金から考えて残り……」

 

 そこで俺は貯金箱を取り出して残金を確認した。したのだが、そこで俺の思考はフリーズする。

 

「…………………………なん、だと!?」

「……何が?」

 

 呆然と呟いた言葉にエプリが反応する。

 

「貯金箱の残高が、残り百デンくらいしかないっ!」

 

 おかしい。俺が最後に確認したのは調査隊の拠点で夕食を食べる前辺りだが、その時は確かにまだ二千デン近くあった。

 

 あれからエプリを探しに出た時にモンスター相手に使ったり、スカイダイビング中のブレーキでかなり使ったが、それでもまだざっと千デンくらいは残ってるはずだ。それなのにどうして…………いや、今は原因よりも他の確認をしないと。

 

 ポケットの中を確認すると、そちらの方は無事のようだった。しかし全部かき集めてもおよそ六百デンほど。これではさっきの威力の半分くらいしか出なさそうだ。かくなる上は……。

 

「結局こうなるのか。……『査定開始』」

 

 これまで何かに使えるんじゃないかと思って持っていたが、待てど暮らせど使う気配もなくそのままだった物。この世界に来た当初からあった文明の利器。そう……スマホである。

 

 スマートフォン(やや傷有り)

 査定額 五百デン

 

 と言っても長くほったらかしにしていたからバッテリー残量も残り僅か。ライトノベル的に町に行ったら高く売れるんじゃないかと思っていたが、いつかの大金よりも今の五百デン。仕方なくこれを換金する。

 

「これで、何とか千デン分だ」

 

 何とか千デンを捻出し、心身及び懐に多大なダメージを受けながらも予備の袋に詰めた俺にエプリが一言。

 

「……クラウンが落としていったナイフを換金すれば良かったんじゃないの? 奴がここに居ないのなら換えられるのでしょう?」

「……そうだった!」

 

 それはもっと早く言ってほしかった。しかし今更スマホを買い戻すのも何と言うか気が退ける。一割の追加料金も地味にかかるし。

 

 え~い今はそのことは忘れよう。切り替えろ俺っ! 俺が自分の頬をはたいて気合を入れていると、アシュさんが物凄い勢いで戻ってきた。……なんかニヤニヤしてるな。

 

「調査隊の奴らに知らせてきたぞ。エプリは無事見つかったが、今トキヒサと別の女とで修羅場だから先に戻っていてくれと言っておいた」

「な、なんちゅう事言ってくれちゃってんですかあぁっ!?」

 

 予想外の展開に口をあんぐりさせていると、アシュさんはからかうように続ける。

 

「いや嘘は言っていないぞ。修羅場とは元々激しい戦いや争いの行われる場所を指すからな。お前が(セプト)を助けるために激しい戦いに行く訳で、エプリもそれに参加する気だろ? 何にも間違ってないな」

 

 だからってそんな言い方をわざわざする必要はないでしょうに。それじゃあドロドロの三角関係みたいに聞こえるじゃないですか。そう食って掛かろうとするが、次のアシュさんの言葉にその言葉は止まる。

 

「それに、本当のことを言ってはいそうですかと帰る奴らじゃない。俺が一時期鍛えた奴らだから分かる。調査隊の大半は善人だから、お前を助けに来かねないからな」

 

 そう真面目な顔で語るアシュさんの言葉には真実味があった。確かにダンジョンに潜った時の調査隊の人達のノリならそのまま助けに来てくれるかもしれない。しかしそうなったら下手をしたらより厄介なことになる。

 

「分かったみたいだな。だからここは笑い話で誤魔化したんだ。……あとでこの笑い話を本当にするくらいの気概を見せろよ。心配させたくないのならな」

「はい。……だけど他の話題は無かったんですか?」

「そりゃあこっちの方が面白ゲフンゲフン……いや、咄嗟に思いつかなかったんだ」

 

 忘れてた。アシュさんも人を良くからかっていたってゴッチ隊長も言っていたじゃないか。こういう所はイザスタさんに似てるかもしれない。やはり身内という事だろうか。

 

 エプリの方を見ると、ジト~っとした目でアシュさんの方を見つめている。流石に無言の抗議の視線に耐えられなくなったのか、アシュさんは話題を変える。

 

「それよりもだ。トキヒサ達はあの影を何とかする準備は出来たのか?」

「一応は。エプリの方はいけそうか?」

「……こちらも短時間なら抑えられそうね」

 

 エプリは身体の調子を確かめながら答える。魔力はなかなか回復しないらしいが、体力回復のポーションと瞑想で少しは補えたようだ。これなら少しは成功の目途も立ってきた。

 

 待ってろよセプト。敵だろうが何だろうが、そうホイホイ俺の前で死なせないからなっ!

 




 時久の金が急に無くなったのは当然理由があります。ヒントを挙げますと、金属性魔法は全てが任意発動ではない……といった所でしょうか。


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第八十五話 影の嵐への突入

 

「……準備は良い? もういつ限界を迎えて爆発を起こしてもおかしくない。……時間との勝負よ」

「分かった。アシュさんもお願いします」

「任せろ」

 

 簡単な作戦を立て、俺達はいよいよセプトの魔力暴走を抑えるために動き出す。その方法はある意味非常に単純だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただしそのまま外すのは危険が伴う。

 

 普通隷属の首輪には、下手に外そうとすると奴隷に害を与える機能があるという。それも単に痛みを与えるものから、身体を麻痺させるもの。場合によってはそのまま奴隷及び外そうとした相手を死に至らしめるものもあるらしいから恐ろしい。

 

 今回のセプトの首輪がどの程度のものかは分からないが、あのクラウンのことだからとんでもない仕掛けがある恐れもある。

 

 ならば話は簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ダンジョンでマコアの入った宝箱だけを換金した時の応用だ。

 

 ……先に言っておくが、普通はこんな方法は使えない。奴隷には必ず主人が居て、その人の所有物に近い扱いとして見なされる。身に着けているものも同様だ。

 

 だから例えばそこらの奴隷の首輪を片っ端から換金して、金儲け及び奴隷解放といったことは出来ない。……と言うより奴隷には罪人の奉仕活動という側面もあるので、適当に解放して凶悪犯を野に放つなんてことは避けたい。

 

 ……話が逸れた。という事で普通はおそらくクラウンの所有物であるセプトの首輪を換金することは出来ない。しかしそこで、奴の言った置き土産という言葉が意味を持ってくる。置き土産。つまりは立ち去る前に贈り物として残したものだ。

 

 ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()という扱いにはならないだろうか?

 

 いくら所有権を放棄しようが、最後に残した命令は強制されたままだから普通はどうしようもない。そのまま爆発して終わりだ。しかしこの『万物換金』なら首輪を外せるはずだ。

 

「……タイミングは任せるわ。アナタの銭投げでさっきのようにセプトの影を照らし、出来るだけ周囲の影との繋がりを遮断する。それと同時に私がまた影を抑えるから、動きが止まった瞬間にトキヒサとアシュが突入。アシュが残った影の相手をしている間にトキヒサがセプトの首輪を換金。そのままセプトを叩き起こして魔力暴走を止めさせる。……良いわね?」

 

 エプリが作戦の最終確認をすると、俺の服にまた入り込んでいたボジョが触手を一本伸ばしてアピールする。自分を忘れるなっていう事かな?

 

「……忘れていないわ。ボジョはギリギリまでトキヒサの傍に。最悪起きたセプトがまた襲い掛かってくる場合があるから、その時はボジョが抑えて。……私の代わりにトキヒサの護衛を頼むわ」

 

 エプリの言葉に、ボジョが任せておけって言うかのように触手を振る。

 

「……よし。じゃあ行こうか」

 

 こうして、セプトの魔力暴走を止めるための戦いが始まった。

 

 

 

 

 俺達は再び荒れ狂う影の刃の前に立っていた。……立っていたと言っても、おそらくセプトがいるであろう中心部からは大分離れているが。

 

 おそらくと言うのは、もはや影の刃の範囲が広くなりすぎて、セプトを視認することが難しくなっているからだ。ドーム状になったちょっとした嵐のような影の隙間から、チラチラと僅かに見るのがやっとだ。

 

 これ以上近づけば、まず間違いなく身体をズタズタにされるであろうギリギリの位置。作戦はここから始まる。

 

「でえりゃああぁっ!」

 

 俺は作戦開始の合図である、一万円分の金を袋に詰めて空に放り投げた。加護のおかげか肩の力も大分上がっているので、袋はグングンと空高く舞い上がっていく。そして、大体影の中心部辺りの上に差し掛かったと思う所で、

 

「金よ。弾けろっ!」

 

 上空の袋はつい先程の戦いと同じように、閃光と共に炸裂して一瞬周囲を照らし出した。その一瞬、セプトから伸びていた影が光によって繋がりを断たれ、刃の嵐は少しだけ勢いを弱らせる。だが、

 

「……嘘だろっ!? まだあんなに残ってる」

 

 影の侵食は大分収まったのだが、それでも全ての繋がりを断てた訳ではない。よく見ればセプトの所まで、影が何層もの壁になってある程度の距離ごとに重なっている。

 

 今消えたのは一番外側の層だ。外側が一番広かったようだが、まだ大雑把に見ても全体の半分以上が残っている。

 

 元となっている分が多すぎたんだ。……これじゃあ。

 

「トキヒサっ! “光球(ライトボール)”を!」

 

 俺が気圧されかけた時、エプリの静かだがハッキリとした声が響き渡った。光球を? 一体なんで……そうか! エプリの考えに気がついた俺は、素早く小さな光の球を出現させてエプリの方に飛ばした。

 

 光球はエプリの元に到達すると、その姿を明るく照らして長く伸びた影を作り出す。その影が他に岩場に伸びていた影と重なった瞬間。

 

「……“影造形(シャドウメイク)”」

 

 そう言ってエプリが地面に手を突いたかと思うと、その場所にあったエプリの影とそこに重なっていた影がウネウネと動き出した。そのまま今度は影がまるで一本の樹のように姿を変え、枝分かれしながらセプトの影に向かって伸びていく。

 

 そうして影同士がぶつかったかと思うと、影の刃にエプリの影が絡みついて動きを封じていく。それに呼応するようにアシュさんも走り出した。その走りには一点の迷いもない。

 

「……相手の数が多いなら、こちらもそれだけの数を揃えれば良いだけのこと。……行きなさいトキヒサっ! 助けたいという言葉が口だけでないのならっ!」

 

 その言葉で、気圧されかけていた俺の心が再び奮い立つ。……ここまでされたのに動かなかったら男じゃない。

 

「分かった。ありがとエプリっ!」

 

 俺はエプリに向かって礼を言いながら走り出した。助けたいという言葉が口だけじゃないことを見せてやる。目指すはセプトただ一人。全速力で突撃だっ! 

 

 

 

 

「すみませんアシュさんっ! 少しだけ足が止まってました」

 

 エプリが食い止めている影の層を潜り抜け、俺はアシュさんの所に合流する。先に来ていたアシュさんは、一人影の刃と大立ち回りを演じていた。

 

 四方八方から襲い来る影の刃を刀で切り払い、時には紙一重で回避する。まるで何処から襲ってくるのかが全て分かっているかのような、鮮やかともいえる動きだった。

 

「なぁに。こちらも身体が暖まってきた所だ。それにお前なら必ず来ると思っていたさ。以前ダンジョンで、見も知らぬ他人を助けようしたお前ならな」

 

 アシュさんはこちらを向かずに戦いながらそう言った。ダンジョンでって……あぁ。凶魔化してたバルガスのことか。あの時初めてアシュさんとジューネに会ったんだよな。

 

「お前はあの時言ってたろ? 目の前の人のピンチを見捨てて迎える明日よりも、助けて迎える明日の方が気持ちがいいに決まってるじゃないですか!! って。……あの言葉に嘘は無かった。あれは()()()()()()()()()()()()()()奴の言葉だ。そういう奴は信用できる」

「そうですか? 我ながら結構自分勝手なことを言ってる気がしますけど……ねっ!」

 

 俺はアシュさんの方に走りながら、貯金箱で襲ってきた影の刃をぶん殴った。そこらの岩を簡単に切断する影の刃だが貯金箱の強度の方が上らしい。

 

 アシュさんが斬ってもそうだが、ダメージを受けると影の刃は霧散していく。制御の上手くいっていない今ならすぐに再生すると言うのは無いみたいだ。こんな所で耐久戦なんてことにならなくて良かった。

 

()()()()()()()()()()()()奴よりは大分マシだな。……よし。俺が先導する。トキヒサは自分の身を護りながらついてこい。ボジョはトキヒサの死角を護れ」

 

 気が付くと、影の層の一部に人が通れるくらいの穴が開いていた。いつの間にかアシュさんが道を切り開いていたらしい。俺は穴を潜り抜けるアシュさんについて、より深く影の層に侵入していく。

 

 奥に行けば行くほど影の刃は数を増やしていく。自分の身を護りながら少しずつ前進するのだが、だんだん貯金箱でも防ぎきれなくなってくる。一つ間違ったら俺は何度も串刺しかバラバラの死体になっていただろう。

 

 そうはならなかったのは、凄まじい先読みで影の刃の半分以上を引き受けてくれたアシュさん。そして、自分では躱しきれなかった攻撃を捌いてくれたボジョの力によるものだ。

 

 

 

 

 ……どれほど時間が経っただろう? 三十分くらい戦い続けたような気もしたが、腕時計をチラリと見ると十分も経っていなかった。それだけ集中していたということらしい。

 

 僅かにチラチラと見えるセプトの姿に向かい、ひたすら俺達は進み続けた。そして、

 

「……トキヒサっ! あと少しだっ!」

 

 アシュさんの言葉に、俺は向かってくる影の刃を貯金箱で受け止めながら顔を上げた。アシュさんの視線の先には……居たっ! セプトだっ! 最後の影の層。その先にハッキリとセプトの姿が見える。

 

 彼女はさっき見た時と同じように、瞳を閉じたまま苦悶の表情を浮かべていた。その影は異様なほどに広がり、そこから次々と影の刃が作られていく。やはり本体であるセプトに近いためか、刃の大きさも数もこれまでと段違いだ。

 

 しかし、何故か最後の層の内側。セプトの周囲二メートルくらいには一切影の刃は無い。外側の刃はめったやたらに暴れまわっているというのに、まるで台風の目のようにぽっかりとそこだけ静かだ。

 

 もしかしたらあれも首輪で強制された命令なのかもしれないな。仮にセプトを魔力暴走で爆弾にする気なら、爆発する前に自分の影で自分を傷つけられるのはマズいはずだ。だから使い手には攻撃するなという命令が有ってもおかしくはない。

 

「アシュさんっ! あれなら至近距離まで近づけば」

「ああ。近づいてさえしまえば邪魔されないみたいだな。……もうひと踏ん張りするとするか」

 

 俺達はセプトの目を覚ますべく、最後の壁に向かって走り出した。

 




 影は勝手に荒れ狂っているだけなので、数や範囲は凄くても精密性などは欠けています。時久が何とか食らいつけているのはそのためです。


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第八十六話 生まれついての奴隷

「退けってのっ!」

 

 俺は貯金箱を振り回しながら一歩一歩前進していく。前からの攻撃はアシュさんが数を減らしてくれている。死角からの攻撃はボジョが防いでくれている。

 

 あとは左右からの攻撃に備えるだけだ。進め。進め。進めっ! そう自分に言い聞かせながら。

 

 セプトに近づけば近づくほど、影の勢いはますます激しくなっていく。俺達を包囲するかのように、全方位から襲いかかってくる。しかしあと少し。あと少しなんだ。

 

「でやああぁっ!!」

 

 単身先を行っているアシュさんが、刀で気合一閃。一振りしかしなかったように見えたのに、周りに群がろうとしていたいくつもの刃がまとめて両断される。

 

「今だっ! 走れトキヒサっ!!」

 

 今の攻撃で、ほんの少しだけ包囲網に空いた隙間。まとめて影がここに集まって包囲しているってことは、一度そこを抜ければもうセプトの所まで一気に走りこむだけだ。俺は言われた通り、アシュさんの横を通ってその隙間に飛び込んだ。

 

 ……予想通り、抜けた先にはほとんど影はいない。少し残っているのが見えるが、これくらいなら俺だけでもセプトの所に辿り着けそうだ。

 

「アシュさん! これなら大丈夫そうです。アシュさんもこっちに……アシュさん?」

 

 俺が後ろを振り向くと、アシュさんはこちらに来ようとせずに隙間の前に立って仁王立ちしている。それはまるで……。

 

「トキヒサは先に行け。こいつらはここで足止めしておくから」

「そんなっ! アシュさんも一緒にっ!」

 

 俺が察してこちらに来るように呼び掛けるも、アシュさんはこちらに背を向けたまま動こうとしない。そうしている内に影の一団が再び少しずつこちらに迫ってくる。

 

「俺までそっちに行ったら、こいつらは確実に追ってくるぞ。どのみち足止めをしないとおちおちセプトと話も出来ない。そしてセプトの首輪を何とかできるのはトキヒサ、お前だ。なら俺がここに残るのは当然だろ?」

「だからって一人であの数は……」

「心配するな。……いざとなったら奥の手の一つや二つはある。やろうと思えばこいつらを切り伏せて、一人でここから外に脱出するくらいは余裕だ」

 

 アシュさんはそう言って、腰から提げているもう一方の刀。鎖でグルグル巻きにされている方の刀を軽くポンっと叩いた。……気のせいか今、それに合わせて刀がカタカタと動いたような気がした。見間違いか?

 

「だから安心して行ってきな。それとも……俺が信用できないか?」

「…………分かりました。なるべく早くセプトを叩き起こしてこの事態を止めてきますから、それまで頑張ってくださいっ! 行くぞボジョっ!!」

 

 アシュさんがその言葉に片手を上げて返したのを見届けると、俺は再びセプトの所に走り出した。……まったく。何で俺の周りはこんなに頼りになる人達ばかりなんだ。こんなことされたら行かない訳にはいかないじゃないか。

 

 まだチラホラと残っている影が俺を切り裂こうと襲い掛かってくるが、何とか貯金箱で撃退しつつ先へ進む。そして遂に、俺はセプトのいる最後の層に辿り着いた。

 

 苦悶の表情で横たわっているセプトの周りはうっすらとした影の幕が張られていて、そこを境に影が暴れまわっている。ここを抜ければ。

 

「…………痛っ!?」

 

 見かけが柔そうなのですぐ抜けられるかと思ったが、触った瞬間指に痛みが走った。見ると火傷したみたいに指が腫れて血が滲んでいる。油断した。下手に触ると危なそうだ。

 

「しかしこのまま貯金箱でぶん殴って突破するって言うのもな」

 

 これまでの影と同じなら、これで殴っていけば何とか通れるかもしれない。しかし力を入れて壊したらセプトにダメージが行かないだろうか? ガラスの破片が飛び散るみたいな感じで。……そっとやれば行けるか?

 

 俺は貯金箱を構えてゆっくりと幕に近づけていった。触れた瞬間軽い衝撃があったが、別に貯金箱が傷ついた様子もない。

 

 そのまま静かに押し込んでいくと、急に抵抗がなくなった。よく見れば、幕の一部が裂けて貯金箱が内側に入っている。……これなら行ける。あとはこのまま入口を広げれば。

 

 俺が入口を作っている間にも、残った影の刃は次々に押し寄せてくる。しかしボジョの奮戦によって何とか耐えしのいだ。そしてやっと俺が何とか入れるだけに裂け目が広がり、俺はボジョと一緒に中に転がり込んだ。

 

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 すぐに追い打ちが来るかと思ったが、影は中に入ってこなかった。俺が入った瞬間、標的を見失ったかのように動きを止め、そのまま他の所へ行ってしまったのだ。そして俺の入った入口もすぐに裂け目が閉じてしまう。

 

 やはりセプトの周囲は安全地帯みたいだ。俺は息を整えながら横たわっているセプトを見下ろした。

 

 被っていたフードはめくれ上がり、その整った素顔が露わになっている。地球で言ったら中学に入ったばかりって歳か。

 

 濃い青色の髪がおかっぱのような髪型になっていて、前髪が目元まで伸びて視線を隠している。しかし今は汗ばんで少し乱れ、微かに目元も見ることが出来た。

 

 ……うん。美少女だと思う。これはあれだな。エプリが涼やかな妖精のような幻想的な美少女だとすれば、セプトは言わば静かに佇む人形のように整った美少女だ。美少女のベクトルが違うと言うか……いや、今は見とれてる場合じゃなかった。

 

 セプトの首の辺りを見ると、服に隠れて見づらいが確かに黒っぽい首輪が巻かれている。これが隷属の首輪か。

 

「起こさないように、『査定開始』」

 

 今下手に起こして戦いになったら大変だ。まずは肝心要の首輪が換金で外れるかを確認する。……ここが上手くいかなかったらもうお手上げ。皆で全速力で逃げるしか手が無くなるのだが。

 

 隷属の首輪(ランク中 状態普通)

 査定額 六万デン

 

 うわ高っ!? ランク中ってどのくらいかは知らないが、これ一つで六十万円もするのか? そんなのをポイって置いていくなんて……クラウンって金持ちか?

 

 いや、アシュさんを邪魔に思って倒そうとしたらこれくらいは必要経費なのかもしれないけど。……しかしこの様子なら換金できそうだ。

 

「おい。……おいっ! しっかりしろっ!」

 

 早くセプトを起こしてこの暴走を止めなくてはっ! 俺は近くに腰を下ろすと、セプトの肩を軽く叩いた。

 

 頬を叩くのは気が退けるし、下手に揺さぶったりするのは危ないかもしれない。かと言って早く起こさないとアシュさんやエプリが危ない。なので妥協して優し目に起こしたのだが、どうやらそれで良かったらしい。

 

 軽く息を漏らしたかと思うと、苦しそうな表情ではあるがセプトはうっすらと目を開けた。

 

「起きたか? 良かった……今の状況は分かるか?」

「…………うん」

 

 助かった。目を覚ましたらいきなり襲ってくるかと思って冷や冷やしていたが、セプトは少し身を起こしはしたがそれだけだ。

 

 ボジョが警戒して、いつでも反応できるように俺の肩の上で構えているが、予想外に相手が落ち着いていてどうしたものか悩んでいるようだ。

 

「時間が無いから手短に言うぞ。この魔力暴走を止めてくれ。自分の魔力なら抑えられるだろ?」

「無理。命令だから」

 

 帰ってきたのは素っ気ない言葉だった。まあ予想通りの反応だな。

 

「大丈夫だ。首輪なら俺の加護で外すことが出来る。……もう奴の命令に従わなくて良いんだ。お前だってこのまま自爆するのは嫌だろ?」

「外せる? ……本当に?」

「ああ。ちょっと動くなよ」

 

 確かにいきなりそんなことを言っても信じられないだろう。なら、実際にやって見せれば良い。俺は貯金箱の換金場面を操作し、隷属の首輪を換金する。

 

 すると首輪はフッと消え去り、セプトは驚いたような顔をする。……良かった。外しても特に痛みが走るとかそういうことは起きていないみたいだ。

 

「本当に……外れた」

 

 セプトは首輪の有った場所を何度も撫でまわす。どれだけ着けていたのかは知らないが、それなりの感慨があったのかもしれない。

 

「これで分かっただろ? もうお前は奴隷じゃないんだ」

「奴隷じゃ……ない?」

 

 セプトが顔を伏せながらそう呟くのを見て、俺は彼女を安心させようと笑いかけて見せた。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ああ。奴隷なんかじゃない。もう自由だ。だからクラウンの命令なんてもう聞かなくて良いんだ。だから……おいっ!?」

 

 俺の言葉の途中、セプトは急に懐に手を入れて、小ぶりなナイフを一本取りだした。クラウンが使っていたのとは違ってかなりボロボロだが、それでも刃物であることに変わりはない。

 

 もしやまだ俺を敵だと思って襲ってくるのか? そりゃあさっきまで戦っていたわけだけど、今はそんなことをしている場合じゃないのに!

 

 そう思っていた俺の目に、予想外の光景が飛び込んできた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そのままセプトはこちらの目を見据える。その髪の色と同じ濃い青色の瞳は、どこか怖がっているようにも見えた。

 

 突然のことに反応が遅れた俺は、セプトの動きに全神経を集中させる。これは……ヤバい。あの目はブラフじゃなくて本当に刺しかねない。

 

「セプトっ! 一体何を!?」

「…………けて」

 

 セプトは小さく震えるような声で何かを呟いた。俺はセプトを刺激しないよう、静かに何だと訊き返す。

 

「……もう一度首輪を着けて。私を奴隷に戻して」

「な、なんでそんなことを?」

「私は生まれた時から奴隷。自由なんて知らない。……()()()()()()()()()()()()()()() だから…………戻して」

 

 セプトはどうやら本気で言っているようだった。……俺は致命的な間違いをしてしまったのかもしれない。

 




 奴隷解放。よくこういったファンタジー小説で主人公がやる行動の一つです。

 かわいそうだから。助けたいから。……なるほど。その行いは良いものかもしれません。

 だけど……奴隷が全て解放されたがっていると思うなよ。そんな気持ちを込めて書いてみました。


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第八十七話 助ける理由

 

 俺達はにらみ合ったまま動かなかった。今下手に刺激すれば、セプトが自身を刺しかねない。かと言ってこのまま時間が経てば、いつ魔力が限界を迎えて爆発してもおかしくない。

 

 実際俺達の周囲、覆っている幕の外側がさっきからますます荒れ狂っている。ハッキリとした制限時間が分からないのは痛いな。アシュさんとエプリは大丈夫だろうか?

 

「早くっ! 外せたのならまた着けることも出来るでしょ? 早くしないと……」

 

 セプトは無表情に……いや。無表情を装っているが、どこか隠しきれない怯えを瞳に湛えながらそう言った。そのナイフはカタカタと震えながらも真っすぐに自身の喉元に添えられている。

 

「待てって! このままだとお前だって死んじまうぞ!? 一旦落ち着こう。まずは魔力暴走を止めてくれ。その後でならゆっくり話を聞くから」

「嫌っ! 私を奴隷に戻さないならここで死ぬ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何っ!? エプリは暴走を止める手段としてセプトを殺すことも選択肢に挙げた。だけどそうじゃなかったのか?

 

「さあっ! 早く戻してっ!」

「戻してって言われても」

 

 え~いこうなったら仕方がない。一度首輪を戻して暴走を抑えてもらうしかないが、問題はその後だ。

 

 首輪が外れた時点で最後の命令がキャンセルされていれば良いが、そうじゃなければまた魔力暴走が発生する。そうなったらいよいよもって皆で逃げ出すことになる。

 

 上手く収まったとしても、まだ主人はクラウンだろうから当然また戦闘になる。しかし一人で何とかなる相手じゃなさそうだ。アシュさんやエプリが来るまで持ちこたえないといけない。

 

 ……キツくないかそれ? こんな至近距離じゃ逃げようにもすぐ影にやられそうだしな。

 

「……戻さないなら」

 

 セプトは遂にナイフをほんの少しだけ喉に押し込む。皮一枚が裂かれ、そこから血の筋がつ~っと流れて地面にポタリと落ちる。これ以上は本当にマズい。

 

「分かった。分かったよ。……ちょっと待て。今首輪を取り出すから」

 

 俺は腹をくくって首輪を再び買い戻そうとする。……のだが、

 

「……あっ!!」

 

 そこでとんでもないことに気が付いた。……()()()()()! 首輪の査定額は六万デン。つまり買い戻すには、それに手数料一割を加えた六万六千デンが必要だ。しかし俺の手持ちは元々ほとんどなかった。追加の六千デンなんて用意できない。……ならば、

 

「あのぅ。つかぬことを聞くけども、六千デンくらい持ってるか? 六千デン分の物でも良いんだが?」

「……持ってない」

 

 セプトは無表情な中に困惑の色を滲ませながらも、一言そうポツリと返す。……そりゃ困惑するだろうよっ! 戦闘中に敵に金を無心する奴なんて聞いたことないもんな。どこのカツアゲか盗賊かって話だ。

 

「持ってないか。いやあ残念だなぁ。これじゃあ首輪が戻せない。だから今はひとまずそのナイフを下ろし……わぁ。待った待ったっ! 早まるんじゃないってのっ!」

 

 戻せないと言った瞬間、またチクリと自身をナイフで傷つけるセプト。このままだと首の大事な血管とかを傷つけかねない。慌てて止めるがいよいよ危ないなこりゃ。もう本当に限界だ。時間的にも精神的にも……あと金銭的にもいっぱいいっぱいだ。

 

 どうする? どうするどうするどうする? 頭の中を疑問符が飛び交う。どうにかする手段を考えて頭をフル回転させているが、良いアイデアは一向に出てこない。俺の手持ちで何か金になりそうな品は……。

 

「…………そう言えばこれが有った」

 

 服のポケットを全部ひっくり返す勢いで探した結果、俺は一つ金目の物があることを思い出した。……以前ジューネから買い取った仕掛け箱だ。この中身は危険物だから下手に売れないが、それを入れる箱だけならまだ何とかなる。

 

「セプト。これは攻撃とかじゃないから動くなよ。……『査定開始』」

 

 セプトを刺激しないよう、先に一言言ってから取り出した箱を査定する。出てきた光に一瞬ビクッとしていたセプトだが、警戒しながらもそのナイフはそれ以上動いていない。もう少しそのままでいてくれよ。

 

 

 多重属性の仕掛箱(内容物有り)

 査定額 二十四万デン

 内訳

 多重属性の仕掛箱 一万デン

 闇夜の指輪(破滅の呪い特大) 二十万デン

 幸運を呼ぶ(フォーチュン)青い鳥(ブルーバード)の羽 三万デン

 

 それぞれ前見た時と変わらない査定額だ。時間が経って値段が変わってたりしたらどうしようかと思ったが助かった。あとはこの内箱だけを換金すれば良い。箱の一万デンを足せば首輪を買い戻せる。あとはそれをセプトに渡せば。

 

 ドサッ。

 

 ……なんか嫌な音がしたような。俺がその音に振り向くと、セプトがナイフを取り落として自身もまた倒れこんでいた。

 

 俺が慌てて駆け寄ると、セプトの身体から黒い光とでも言うべき何かが漏れ出している。見るからにマズいぞこれは!? もう爆発寸前だ。

 

「セプトっ!? おいセプトっ! しっかりしろっ!!」

「はあっ……はあっ。大、丈夫。早く、渡して」

 

 セプトは再びナイフを手に取ろうとするが、手に力が入らないのか持った瞬間取り落とす。今だっ!

 

「ふんっ!」

 

 俺は取り落とされたナイフを蹴り飛ばす。手が届かない所に飛ばされたのを確認すると、セプトは荒く息を吐きながら、熱っぽい瞳でこちらをじっと見据える。

 

 これではもう自害は出来ない。強いて言うなら舌でも噛むという手があるが、その場合即座に死ぬわけではないから俺達が逃げる猶予が出来る。その瞳には怯えと共に、どこか諦観と絶望の色が見えた気がした。

 

「……心配するなって。このまま逃げたりしない。だってそうしたら……お前が死んでしまうだろうが」

 

 その言葉に、セプトがまた困惑したように感じた。それもそうかもしれない。この場合俺は逃げるのが普通なのだ。俺とセプトは敵同士。わざわざ敵の心配をする奴が何処にいると言うのか?

 

「何故死んだらいけないの?」

「何故ってそりゃあ……このまま逃げても正直爆発から逃げきれるかどうかは微妙だから、出来れば自分で魔力暴走は抑えてほしいし。あとお前には色々聞きたいこともあるしな。クラウンが何をしでかそうとしているかとか。……それと」

「それと?」

「それと…………何と言うかほっとけないんだよっ! ()()()()()()()()()!」

「……?」

 

 何か理解できないような顔をしているなセプトの奴。だけど仕方ないんだ。

 

「あのな。この世界の基準はどうだか知らないけど、俺から見たらお前は間違いなく美少女だぞっ! 別にそうじゃなくても目の前で死にかけていたら助けるけど、美少女だったら尚更助けるだろ?」

 

 これは世の男たちの大半が共感できると思う。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まあプラス要素と言うだけで絶対的な価値ではないが。それでも美少女の前で気合を入れてカッコつけるくらいには価値があると俺は思う。

 

「……貴方は馬鹿なの?」

「よく言われる」

 

 セプトは少し悩んだ上で一言そう呟く。最近“相棒”以外にエプリにもアンリエッタにも言われてるな。バカなことかもしれないが、これが性分なんだから仕方がない。

 

「という訳でだ。美少女が死ぬのは色々と損失だから助ける。何でわざわざ奴隷に戻ろうとしているかは知らないけど首輪も返す。……だから死のうとなんてするなよ」

「……分かった」

 

 俺の言葉をどう受け取ったのかは分からない。だが、セプトはこくりと頷いてそう言った。

 

 

 

 

「よし。じゃあ約束だ。俺が首輪を渡したら、セプトが魔力暴走を抑える。……と言うかこんなに荒れ狂っているけど抑えられるのか?」

「大丈夫。大半を限界の前に空に放出する」

 

 つまり被害の少ないところに敢えて自分からぶっ放すことでガス抜きをしようってことか。

 

「なら安心だ。その後は色々話を聞かせてもらったらそのまま帰す。もし首輪のせいで魔力暴走が止められないなんてことになったら、また俺が一度外した上でその首輪を着けずにセプトが持っていけばいい」

 

 最悪セプトがまた襲ってくる可能性も残っているが、その時はその時だ。約束を守る相手であることを祈る。そのままクラウンの所に帰るのは不安だが、これが互いの妥協点ギリギリと言ったところだろうか。

 

「うん。……じゃあ首輪を」

「ああ」

 

 俺は仕掛箱を換金し、その分でまた隷属の首輪を買い戻す。その手に出現した首輪には微妙に嫌悪感があるが、今は非常事態だ。俺はセプトに首輪を手渡した。

 

 首輪を受け取ると、セプトはギュッとそれを抱きしめる。その瞬間、無表情だったセプトの顔が少しだけ柔らかくなったように見えた気がした。

 

 普通なら奴隷になるなんて嫌がりそうなもんだけど、セプトは一体なぜ自分から奴隷になることを望むんだろうな?

 

「……先に首輪を着けて良い?」

「えっ!? ……ああ」

 

 セプトの様子を見ていると、この首輪は自分を縛るものであると同時に大切な物のようだった。そのほうが集中できるならと、俺はつい頷いてしまう。

 

 ……しかしよく考えてみたら、また首輪を換金、買い戻しの際の金が足りないよな? 気付いた時にはもうセプトは首輪を着け直してしまった。一度着けると勝手にロックがかかるようになっているようで、ピッタリとセプトのサイズに合っている。

 

「……大丈夫そう」

「そ、そうか。……良かった」

 

 幸い首輪を着け直しても、魔力暴走の促進はなさそうだ。一度外れたことでキャンセルされていたらしい。

 

 ……本当に良かった。もうアンリエッタにブチ切れられるのを覚悟して呪い付きの指輪を換金するしかないかと一瞬考えていたもんな。俺はホッと胸をなでおろす。

 

「じゃあ、始める」

 

 セプトは一度身に着けた首輪をそっと撫で、俺に向かってそう言った。いよいよだ。さっきからセプトの息が落ち着いてきたようだが、これは嵐の前の静けさ的なもののようで怖い。身体から漏れ出している黒い光も止まっていない。もう一刻の猶予もなさそうだ。

 

 頼むぜ。上手くいってくれよ。

 




 戦闘中敵の美少女に金を無心する主人公。改めて書くと色々ダメな感じがしますね時久。


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第八十八話 魔力の受け皿

 

 セプトは一度大きく深呼吸すると、頭上に両手を伸ばして精神を集中させる。すると、急に幕の外側の気配が変わった気がした。

 

 これまではめったやたらに目的もなく暴れまわっているという感じだったが、何か指向性を持ったと言うか。なんとなく魔力の流れみたいなものが上に向かっている感じだ。

 

 見ればセプトから漏れる黒い光も、靄のようになって上に伸びていく。これまではその場で霧散していくだけだったのに。幕は上の方で閉じているのだが、そこに向かって靄が吸い込まれていくようだ。

 

「なんかよく分からないが……良いぞっ! その調子だ」

「分からないなら静かに」

 

 怒られた。……だが着実に物事が良い具合に進んでいるのは分かる。このままいってくれば……。

 

「…………うっ!?」

 

 そんな簡単にはいかないよなやっぱ。セプトがまたふらりと一瞬体勢を崩しそうになるが何とか踏ん張る。しかし腕が下がると同時にまた魔力の流れが止まったように感じた。どうやら腕の向きと魔力の流れは同期しているみたいだ。

 

 しかし一瞬身体から出る黒い光の靄が一気に放出された。つまり自分から放出する量よりも、制御できずに溢れだした分の方が一瞬多くなったという事。そして幕の内側に靄が溜まり始めている。

 

 ここでふと思った。この幕の内側には外の影たちは一切手出しをしなかった。それが以前首輪で強制された命令、つまり使い手であるセプトを傷つけないための行動であったのなら、ここに溜まっていく靄は何だ?

 

 もしかして……これがこの内側に溜まり切ったら爆発するという事か? 内側からこの靄が幕を圧迫し、いずれ幕を吹き飛ばして外へ放出。そうなったら完全に制御を失った魔力が爆発。……なんか想像したらあり得る話だ。

 

 最初に俺がここに入った時にはまだ靄がほとんど溜まっていなかった。それに裂け目もすぐに閉じたので大事には至らなかったという所か。

 

「セプトっ!? 大丈夫かっ!?」

「大丈夫。まだ、できる」

 

 そうやって強がってはいるが、セプトの顔色が悪いのは簡単に見て取れる。何でも良い。何か俺にも出来ることは何かないのか?

 

「何か俺に手伝えることはないか? 何でも言ってくれ」

「……じゃあ、倒れないように支えてて」

「分かった。任せろっ!」

 

 セプトは俺の方を横目で見ると、言葉少なにそう言った。俺はセプトの後ろに寄り添うように立ち、バランスを崩しても咄嗟に受け止められるように身構える。俺にはこんなことしか出来ないからな。いつでもドンとこいだ。

 

「次、いく」

 

 セプトは再び両手を頭上にかざした。あとどれだけやれば暴走を抑えられるのかは分からないが、ガンバレセプトっ! 応援してるぞっ!

 

 

 

 

 それから数分程、見守ることしか出来ない歯がゆい状況が続いた。しかし、俺よりもっと辛いのは確実にセプトだ。

 

 これまでにも何度か先ほどのように、身体から出る黒い光の靄が急に勢いを増してセプトの内側から放出される。その度にセプトは苦しみ、崩れ落ちそうになるが、俺が後ろから支えているのでそのまま立ち続ける。

 

 ……いや、()()()()()()()()()()()()()()と言った方が正しいのかもしれない。

 

 いくらこのままだと魔力が限界を迎えて爆発するとは言え、美少女にこんな苦行をさせなきゃならんとはっ! 俺は歯ぎしりをしながらセプトを支え続ける。

 

「もう少し。あと少しで、安定する」

「よしっ! もうちょっとか。もう少しだけ頑張ってくれセプト」

 

 その言葉通り、さっきから影全体の動きが明らかにおとなしくなってきていた。この調子なら確かにもう少しで収まるかもしれない。だが、

 

「…………っ!? あぁっ!」

 

 呻き声をあげながら、セプトはまた踏ん張りがきかずに崩れ落ちかける。これまでと同じように後ろから支えるのだが、これまでとは明らかに様子が違う。

 

「セプトっ!? お前身体がっ!」

「……もう限界、みたい。ごめん、なさい」

 

 そう答えるセプトの身体から吹き出す黒い光の靄は、もはやちょっとしたスモークのように勢いを増していた。発光量も格段に上がっている。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「溜まっていた、分が、まとめて、出てこようとしている。これは、抑えられない」

 

 途切れ途切れに話すセプトの微かに見える目は焦点が合っておらず、腕を上げようとするももう力も入らないようだ。その俺の首元までしかない小柄な身体は自分の力で立つことも出来ず、俺に寄り掛かっているだけと言った感じだ。

 

「おいっ!? しっかりしろっ! もう少しなんだろっ?」

「多分、これを乗り切れば、終わる。……だけど、もう抑えきれない」

 

 セプトの身体から出る光はますます強くなり、どんどん靄は幕の内側に溜まって視界も悪くなってきた。気のせいか幕から軋むような音も聞こえてくる。

 

「ごめん、なさい。もう、逃げるのも、無理みたい」

 

 だろうな。もし俺の推測通りなら、これはガスがパンパンに溜まった風船から少しずつガスを抜く作業みたいなものだ。

 

 ちゃんとした穴からガス抜きするならともかく、下手に別の場所に穴をあけたらそれだけで破裂する。仮に今俺が幕を壊して外に出ようとすれば、その瞬間ドカンだ。

 

「諦めるなって。じゃないと外で頑張っているエプリやアシュさん、それに俺やお前だって死んじゃうんだぞ。だから…………」

 

 しかしどうすれば良いんだ? このままでは……。考えろ俺。バカはバカなりに頭を使え。……そう言えば。

 

「…………一つ教えてくれセプト。本来魔力暴走って言うのはどうやって止めるんだ? 今のやり方は限界を迎える前の緊急措置的なやり方だろ。エプリは以前魔法の熟練者が数人いれば止められるって言ってた。つまり正攻法のやり方があるってことだ」

「やり方は、ある。でも、貴方では無理」

「無理でも何でもいいから話してくれ。時間が無い」

 

 セプトは何故か言いよどんだが、無理やり教えてくれるよう頼みこむ。数秒経って根負けしたのか、セプトはポツリポツリと話し始めた。

 

「溢れ出す魔力を、他の誰かが、受け皿になって抑える。その間に、使い手が魔力を、制御する」

「……何だ。意外に簡単じゃないか」

「その魔力と、同じ属性持ちじゃないとダメ。もしくは、違う属性でも抑えられるだけの、達人じゃないと。そうじゃないと、今の私みたいに、溜まっていって、爆発する」

 

 成程。エプリが話した時難しいと言ったのはこのためか。セプトの属性はどう見ても闇属性。エプリは闇属性も使えるみたいだったけどメインは風属性。

 

 それに連戦で体力も魔力も消耗していたから自信が無かったんだ。アシュさんも魔法は苦手だって言ってたしな。

 

「…………よし。話は分かった。()()()()()()()()()()()()()

 

 闇属性の適性は持っていないが、他に受け皿になれそうな人もいないしな。俺がやるしかなさそうだ。気分は人間ポンプ……いやタンクか? こうなりゃやったろうじゃないの。

 




 仮にエプリがやっていたとしたら、成功率は万全の状態で五分五分といった所でしょうか。

 ちなみに普通の人では同属性なら三割いけば良い方ぐらい。違う属性では一割あるかないかといった具合です。

 本来それだけ魔力暴走を無理やり抑え込むのは難しいです。


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第八十九話 薄れゆく意識の中で

 

「……ダメ。貴方、死んじゃう」

 

 俺が魔力の受け皿になるという言葉に、セプトはそう言って止めに入る。でもな、それじゃあダメなんだよ。

 

「どのみちこのままじゃ皆そうなっちゃうからな。なら一か八か試してみるさ。それに身体の頑丈さには少しだけ自信が有るんだ。さっそくやり方を教えてくれ。腕にでも触れてれば良いのか?」

 

 俺はセプトを支え直し、その右腕を自分の手で掴む。……掴むというより添えると言った方が正しいかな? 本気で掴んでいたら何かの拍子で力が入りすぎるかもしれない。軽く添えるように持つ。

 

 セプトはまだ止めようとしていたようだが、俺が譲らないことと、この状況を何とかするにはこれしかないという事が分かっていたこともあって、遂に息を大きく吐いて頷いた。

 

「…………分かった。でも、どうなっても、知らない」

「おうっ! 望むところ……って熱っ!?」

 

 その言葉を言い終わるかどうかという所で、セプトの腕から急に熱い何かが俺の身体に入ってくる感じがした。それに呼応するかのように、セプトの身体から出る黒い光の靄の勢いが目に見えて減る。しかし次の瞬間。

 

「ぐっ!? ぐわああっ!?」

 

 急に身体を襲う激痛に、俺はたまらず声を漏らす。身体の中で形のない何かが荒れ狂っているような感覚。これが、今の今までセプトの身体の中で暴れていた魔力かっ?

 

 このたとえようのない痛みに、歯を食いしばって耐えながらセプトの方を見ると、セプトは再び腕を掲げて魔力を頭上に放出していた所だった。目の焦点もはっきりして、さっきよりましになったように見える。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()。もう片方の俺が触れている腕はそのまま下に下ろしている。

 

「大丈夫?」

「……ぐっ! こ、これくらい大丈夫だ。言っただろ。俺は頑丈さには自信があるって。だから、構うことはない。もっと、魔力をこっちにまわせ」

 

 セプトは俺を気遣ってか、身体の中で荒れ狂う分の一部しかこっちに送っていないみたいだ。そうじゃなかったら両腕をさっきみたいにかざして全体の放出のペースを上げている。

 

 俺はただ腕を添えているだけだからな。腕が邪魔になるってことは無いはずだ。

 

「でも、これ以上は、貴方が本当に死んじゃう」

「だがこのままじゃセプトの負担がまだ大きい。セプトが倒れたら結局爆発だ。だから、もっとこっちに送ってくれ。……それに」

 

 俺は支えながらチラッと見えたセプトの横顔が、汗にまみれながら疲労の色がとても濃いのを見て取った。無理もないか。俺の受けている痛みよりも凄い物を、現在進行形で受け続けているのだから。

 

「……美少女が頑張っているのに、何もできないなんて悔しいだろ? ……安心しろよ。俺は死なない。だから、やってくれ」

「…………うん」

 

 セプトも覚悟を決めたのか、俺の言葉を聞いてもう片方の腕も上げる。当然俺の腕も添えたままだ。そして、

 

「…………っ!? ぐあああああああぁぁっ!?」

 

 これまでとは段違いの痛みが全身を襲った。もはや痛みと言うか熱だ。身体の中に真っ赤に熱した鉄か何かが有るのではないかと錯覚するような熱さ。呼吸する息も一呼吸ごとに喉が焼け付くのではないかという感覚にとらわれる。

 

 ……気が付けば、俺の身体からもセプトと同じような黒い光の靄が僅かに出始めていた。

 

「もう少し。もう少しだから」

 

 セプトの方は完全に身体からの靄の放出が止まり、幕の外側の様子はドンドン落ち着いていく。これならもう数分もすれば、

 

「ぐああああああぁっ!」

 

 と冷静に考えるのも難しいか。だけど根性でセプトの腕から俺の腕は外さない。今外したらセプトがこれを受けることになる。

 

 気合を入れろっ! 俺の身体っ! 身体の中で暴れる魔力が何だってんだっ! こんなもの、“相棒”に本気でぶっ飛ばされた時に比べれば痛くないっ! 俺は歯を食いしばりながら、身体を内側から食い破ろうとする魔力を抑え続けた。

 

 

 

 

 それからどれだけの時間が経っただろうか? 体感では一時間くらいこうしていたようにも感じるが、そんなわけはないと自分に言い聞かす。

 

 そして、その瞬間は急に訪れた。

 

「…………ふぅ」

 

 急にセプトが両腕を降ろし、その場に座り込んだのだ。その拍子に俺の腕も外れる。そして、俺の方に振り返ってこう言った。

 

「もう、大丈夫」

 

 俺はその時になってようやく気付いた。もうこの幕の外側は完全に鎮静化していて、あれだけ荒れ狂っていた影も元の岩場に戻りつつあるのだと。道理でさっきから身体の魔力がおとなしくなってきたと思った。

 

「まだ少し残っているけど、時間が経てば消えると思う」

「そっか。良かった」

 

 それなら、もう、俺も休んで良いかな。俺はその場に腰を下ろそうとして……。

 

「……おっと」

 

 急に身体の力が抜けて立っていられなくなり、バランスを崩して倒れこんだ。そのまま地面に直撃するかと思ったが、ボジョが服の中から出てきて咄嗟にクッションになってくれたので事なきを得る。

 

 ちなみにあの中で、ボジョも僅かだけど魔力の制御を手伝ってくれていたのだ。そのためボジョも大分疲れている。

 

「ありがとな。ボジョ。……それとセプトも」

「礼を言うのはこっち。助けてもらった。……そんなになってまで」

「いや、まあ、名誉の負傷ってやつだ。気にするなよ」

 

 身体に力が入らず、何とか首だけ動かして自身を見ると酷い格好だった。身体のあちこちが傷だらけ。力みすぎたのか鼻血も少し出ている。

 

 傷はこれまでの戦いのものもあるけれど、特に酷いのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 同じ属性か魔法の達人じゃないと受け皿になれないという理由がよく分かる。魔力が内側から身体を侵食し、皮膚が少し裂けてそこから魔力が血と一緒に漏れ出した時は気絶しかけた。そのすぐ後で魔力がおとなしくなっていなかったらどうなっていたか。

 

 ……と言うか加護で頑丈になっていなかったら流石に死んでたかもしれん。今更ながらに少し怖くなる。

 

「それを言うならセプトもだぞ。そのローブの下はもう傷だらけだろ? 俺がこんなになっているってことは、セプトも似たようなダメージを受けているってことだからな。ちゃんと治療しろよ」

 

 流石に耐性のない俺よりは少ないと思うが、それでもあんな痛みを受け続けたわけだからな。セプトの方も倒れたっておかしくないはずだ。

 

 ……こんな痛い思いを強いたクラウンの奴は、次会ったら貯金箱(マネーボックス)クラッシュの刑だ。

 

「さて…………うっ!?」

 

 急に目の前に霞がかかったように見づらくなった。頭もくらくらしている。血が上手く回っていないみたいだ。少し頑張りすぎたかな。

 

「大丈夫っ!? ……えっと」

「そう言えば言ってなかったな。トキヒサだ。トキヒサ・サクライ」

「トキヒサ……?」

「そう。流石にちょっと疲れたから、俺はここで少し休むよ。……セプトはどうする? 今なら逃げることも出来ると思うぜ」

 

 身体が動かないんじゃ俺にはもうセプトを止めることは出来ない。もう少ししたらエプリやアシュさんが駆けつけてくるとは思うが、それまでに逃げることは十分可能なはずだ。それに対してセプトは、

 

「ううん。ここにいる。話をするって約束したから」

「そっか。……じゃあ俺も、少しだけ……眠るよ。起きてから……話を聞かせて……もらうから」

 

 だんだん意識が薄れていく。悪いけど倒れた後の俺のことはアシュさん辺りに運んでもらおう。いくら何でもエプリに運ばれたんじゃ情けなさすぎるからな。

 

「アシュさん達には……よろしく……言っておいて。ボジョがいれば……大丈……夫……だから」

 

 薄れゆく意識の中、何とかその言葉を言い終える。これで安心だ。

 

 ……そう言えば、これじゃあアンリエッタに報告が遅れそうだな。また怒られるんじゃないだろうか? ……まあ、これだけ色々あったんだから、少しくらいは大目に見てくれよな。

 

「うん。待ってる」

 

 そんな声が横から聞こえた気がした。……ああ、約束だ。そんなことを思いながら、俺は意識を失った。

 




 名誉の負傷(瀕死の重体)。時久はカッコつけて言っていますが、常人ならとっくに身体が爆発四散して死んでいるレベルです。

 時久のこの異常なほどの耐久性については……もう数話したら語られると思います。


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閑話 長い長い月夜の終わり

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 トキヒサとアシュが影の嵐に突入してからしばらく経った。私は外側から入口をこじ開けるため、そしてこれ以上影が侵食しないように、ここに残って自身の“影造形”でセプトの影を抑えていた。

 

 魔力暴走を止めるのはとても難しい。使い手の力量にもよるが、荒れ狂う魔力の流れを制御することが必要になる。さらに言えば、相手と同じ属性持ちであることが望ましい。違う属性だと身体への負担がかかりすぎる。

 

 暴走直後であれば魔力もあまり溜まっていないので、爆発を力尽くで抑えられるだけの魔力があれば最悪止めを刺すという選択肢もあった。

 

 しかしそれではトキヒサが納得しないだろう。一応あんなのでも依頼主だ。なのでその場から離れる選択をしたというのに、彼はセプトを助けたいと言い出した。

 

 トキヒサは上手くセプトの元に辿り着けただろうか? まったく。トキヒサは本当にバカだ。たった今まで敵対していた相手を命がけで助けようというのだから。

 

 ……まあそれだけのお人好しでなければ、私のような者と一緒に居るなんてことはしないか。そんなことをつらつらと思っていると、

 

「…………んっ!?」

 

 少しずつ向こうの影の勢いが弱まってきた。どうやらセプトと上手く接触できたみたいだ。

 

 これまでは押し留めるだけで精一杯だったのだが、この機を逃さぬように一気にこちらの影で押し込む。少しずつ、少しずつ。焦らず、しかしそれでいて迅速に。

 

 

 

 

 ようやくある程度周囲の影が安定し、もう動かずに全力で抑えに回らなくても良いと判断した私は、影の抑えを一部解いて自らも中に突入する。

 

 内部にはまだ影の刃が予想よりも多く暴れまわっていたが、こちらも影を操って対抗しながら進んでいく。

 

 闇属性は出来れば使いたくないのだけれど、風属性ではやや効きの悪いこんな状況では仕方がない。幸いここなら目撃者は少ないだろう。

 

 混血とまではいかなくとも、使えると知れただけでヒト種からすれば迫害の対象になるものだ。知るヒトは少ない方が良い。

 

「…………あれは!?」

 

 そのまま進んでいくと、アシュが周囲の影を切り伏せている所に出くわした。まるで少し先の動きが見えているかのように、ほとんど全方位からの攻撃を捌いている。

 

 刀……獣人の国ビースタリア国で使われているという独特の形状をした剣を一振りするごとに、何故か影が数体まとめて両断されていく。

 

「ふぅ。……よぉ。そっちの首尾はどうだ? と言ってもここに来ている時点でおおよその想像はつくが」

 

 アシュは大体の影を一掃すると、軽く息を吐いてこちらの方に呼びかけた。身を隠していたつもりなのだけど気付かれていたらしい。……やはり侮れない。こういう相手は敵に回したくないものだ。

 

「……アシュの想像通りだと思うわ。外の影は侵食の勢いが目に見えて弱まっている。だからここに来たの。……トキヒサは?」

「ボジョと一緒に先に行った。セプトまではあと少しだったからな。俺はここで影にトキヒサを追わせないように殿だ。……おっ!?」

 

 アシュも気付いたみたいだ。周りの影が次々に霧散し始めていることを。この調子ならもうまもなく完全に魔力暴走は収まるだろう。

 

「さぁてと。これならもうここで戦う必要はなさそうだな。俺はトキヒサと合流するが……エプリの嬢ちゃんはどうする?」

「……愚問ね。当然私も行くわ」

「だろうな。それじゃあ行くとするか」

 

 私達はさらに先に進んでいく。もう道中の影も襲ってくるものは少なく、またどれも霧散しかけているものばかりで簡単に撃退できた。そして影の中心部、まだ霧散していない影を辿っていって到着したその先には、

 

「……アレね」

 

 そこには影で出来た大きな何かがあった。見ようによっては繭のようにも見えるし、あるいは殻のようにも見える。周囲の影が霧散しつつある中で、その影だけは確かな存在感を放っていた。

 

 微かに中に人影が二つ見える。横たわっている者が一人と、その傍に座り込んでいる者が一人。あれはトキヒサとセプトに違いない。

 

 しかしどうやって入ったものだろう。よくこの幕をトキヒサは越えられたものだ。周囲に張られた幕は簡単に破れそうではあるが、下手に触れれば手痛い反撃を受けるのは魔力の流れからハッキリしている。術者の周囲を守る強力なものだ。

 

 ……逆に言えばこれを破る程の魔力が内側から溜まり切った場合、それだけで大爆発の危険があるのだが。

 

「……アシュはあれをどうにか出来る?」

「斬るだけならな。だが……その必要はなさそうだ」

 

 その言葉通り、その影の殻は急に消滅を始めた。まるでもう中身を抑える必要がなくなったように。影はそのまま空中に霧散し、中にいた人物の姿が露わになる。そして中の様子を見た時……。

 

「……トキヒサ? …………トキヒサっ!?」

 

 私の護るべき依頼人は、見るも無残な姿を晒していた。

 

 

 

 

 傭兵としては初歩の初歩である周囲の警戒も一瞬忘れ、敵であるセプトに見向きもせず、私はトキヒサに駆け寄った。……弱々しいけど息はある。まだ生きている。だけど……。

 

「これは……酷いな」

 

 アシュも続けて駆け寄り、トキヒサの様子を見てそう言葉を漏らす。戦いの中で多くの怪我人を見てきた私やアシュであっても、ここまでのものはあまり見たことが無いほどに、トキヒサは傷ついていた。

 

 身体の傷ついていない所を探す方が難しいほどの大怪我。まるで内側から何か炸裂したのではないかと思われる裂傷で全身傷ついている。

 

 傷口のいくつかは布で縛って止血されているが、とても全てを止血できずに大量の出血が地面に流れて血だまりを作っている。

 

「……トキヒサっ!? 起きてトキヒサっ!?」

 

 トキヒサは完全に意識を失っているようで、その顔色は大量の出血により青白くなっていた。

 

「ねぇ。ポーション持ってる?」

 

 その声をセプトが発したと気付くまで、僅かにだけど時間がかかった。

 

 反射的に臨戦態勢を取ろうとするが、セプトがトキヒサの止血に使われている布を持っている事と、トキヒサと一緒にいたはずのボジョが触手を伸ばして間に入っていることで踏みとどまる。

 

「私はこれくらいしかできないから。持ってるなら、助けてほしい」

「……言われるまでもないわ」

 

 ここで一体何があったのか? 何故セプトがトキヒサを助けようとしていたのか? ……今はそんなことはどうでも良い。急いで止血しないとっ!

 

 私は手持ちの一番良いポーションをトキヒサの傷口に振りかける。値が張る品だけどこれくらいでないと効きそうにない。この瞬間に死んでもおかしくない酷い傷なのだから。

 

「……よし。効いてる」

 

 流石は一つで金貨一枚する上級ポーション。全身の傷が見る見るうちに塞がっていく。次に体力回復ポーションをトキヒサの口にあてがい、少しずつ湿らせるように流し込んでいく。途中でむせて少し吐き出してしまったけれど諦めない。

 

 そうして何とか半分ほど飲ませたところで、やっとトキヒサの息が安定し始める。

 

「…………良かった。峠は越したみたい」

「そうみたいだな。……となると残るは」

 

 アシュもどこか安堵したようにそう言うと、その視線をセプトの方に向ける。……そうなのだ。この状況で最も分からないのがセプトだ。

 

 見たところまだ首輪をしている。しかしそれなら自力で魔力暴走を止められるとは思えない。では魔力暴走を止めた後で首輪を着けた? 何のために?

 

 考えれば考えるほど分からない。目の前の相手がどう動くか。自然と緊張が高まり、互いに相手がどう動いても良いように身構える。ちょっとしたきっかけがあればその場で再び戦いになる雰囲気。だが、

 

「……うっ!?」

「痛い」

「あたっ!? って俺もかよ!?」

 

 突如ボジョがその触手を伸ばし、私とセプト、そしてアシュの頭を順に叩いたのだ。勿論本気などではない。しかしそれにより、一瞬だけ場の緊迫した雰囲気が落ち着く。

 

「…………一つだけ聞かせて。今のアナタは敵?」

「……分からない。でも、トキヒサと約束した。話をするって。だから、起きるまで傍にいる」

 

 セプトは無表情ながらもポツリポツリとそう口にし、そのままトキヒサの方を見つめる。その目に敵意は感じられず、私も警戒を少しだけ緩める。

 

 ……緩めただけでなくしたわけではない。私はトキヒサのように理由もなくヒトを信じるつもりは無い。

 

「そう。……でもどのみちここに置いておくわけにはいかないわ。まだ峠を越えただけで回復しきった訳じゃないもの。出血も多いし、急いで拠点まで連れていかないと」

「よし。じゃあトキヒサは俺が運ぼう。……よっと」

 

 アシュは意識のないトキヒサを軽々と背負う。……いくらトキヒサがやや小柄とは言え、ヒト一人をあそこまで軽々と背負うなんて。優男然とした見かけよりも腕力があるようだ。

 

「そんじゃ行くとするか。ボジョも俺の肩に乗るか?」

 

 アシュの言葉にボジョはブンブンと触手を横に振り、そのままトキヒサの肩にぴょんと飛び上がる。定位置から動く気はないようだ。

 

「……アナタはどうする? 一緒に行く? そうしたら色々と面倒があると思うけど」

「うん。それでも良い」

 

 セプトはこくりと頷いて同行する意思を示す。この分なら拘束して連れていくこともないだろう。

 

 色々と質問攻めにあうと思うがそこは仕方がない。何しろ王都襲撃犯の一味であるクラウンの情報が得られるかもしれないのだから。それにしても……。

 

 セプトはアシュの後を……正確に言うとアシュの背負っているトキヒサの後を無言でついていっている。一体何があれば先ほどまで敵だった相手がああなるのか?

 

「…………まあ考えても仕方ないか」

 

 相手が混血だろうと敵だろうと助けようとするバカのことだ。また無駄にお人好しっぷりを発揮して懐かれたのだろう。……ある意味これも才能だろうか? 

 

 何の気もなく空を見上げると、いつものように見慣れた三つの月が辺りを優しく照らしている。とても長く感じたこの夜ももうすぐ終わり、そしてまた朝が来るのだ。

 

「……早く起きなさいよトキヒサ。私の依頼主。……助けられた礼も言えないじゃない」

 

 そう呟いた言葉は風に乗り、誰に届くでもなく消えていく。私は軽く頭を振って感傷を振り払うと、先に行ったアシュ達を追って走り出した。今度こそ護衛の役目を果たすとしましょうか。

 




 これにてこの章のバトルはひとまず終了です。ここまでやったのにこの章はまだ一日しか経っていないというこの進みの遅さ。

 何故か着いてくるセプトですが……彼女のことについてはまた次回という事で。お楽しみに!


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第九十話 思い出と朝チュンとツンデレ?

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『ふん。“もしも無人島に何か持っていくとしたら”か。俺だったら……そうだな。ナイフでも持っていくな。それだけで大分違うだろう。無ければ現地調達でも構わないがな』

 

 俺は夢を見ていた。……この風景には覚えがある。これは俺が異世界に行く少し前。夏休みに入る少し前の、俺と妹の陽菜と“相棒”のたわいない日常の一コマだ。

 

 学校からの帰り道、俺達はいつもの三人で雑談をしながら歩いていた。その時もしも○○だったらという話になって、陽菜がそんなお題を出したんだったな。それに“相棒”が答えて、この後確か俺が……。

 

『ナイフかぁ。まぁお前らしいと言ったらお前らしいかな。相棒。……ぶっちゃけ無いなら無いで何とかできるだろうけど』

 

 そうそう。そんなこと言ってた。……正直言って、もし“相棒”が異世界に来てたら普通に適応していたと思う。

 

『ちなみに俺だったら……仲間かな。やっぱ一人よりは誰かがいた方が面白そうだろ? 人手が多ければそれだけ色々出来そうだし』

『仲間? 人が増えるのはメリットばかりではないぞ。人が集まればそれだけ必要な物が増える。食料、水、居住空間。限られた資源をめぐって起こる争い。……ふっ! 簡単に想像できるな』

『デメリットばっか羅列すんなよっ! ちょっと怖くなってきたじゃないか』

 

 そう皮肉気に言う“相棒”に、俺は背中をバンバン叩きながら返す。コイツめ。こうしてくれるっ! 

 

『もう。兄さん、ナルが嫌がっているじゃない。やめなよ』

 

 “相棒”が顔をしかめたのを見て、陽菜が俺を止めに入る。ちなみにナルと言うのは“相棒”のあだ名だ。こうやってじゃれ合っている日常が、ずっと続くのだと、あの時はそう思っていたんだ。

 

『スマンスマン。ところで陽菜。出題者だけ答えを言わないっていうのはズルくないか? 俺達が話したんだからそっちも話すもんだ』

『私の? 別に面白い答えなんて無いんだけど』

『いやいや。そういう奴ほどすごい答えが出るんだって。なぁ、お前も聞きたいよな? 相棒』

 

 “相棒”は軽く頷いて見せた。基本的に人嫌いで不愛想で皮肉屋な奴だけど、陽菜に関しては少しだけ空気を読む。……本人は気付いていないみたいだけど多分好きなんだと思う。

 

『そこまで言うなら………笑わないでよ』

『笑わない笑わない』

 

 陽菜は抵抗していたが、俺の言ってくれるまで諦めないという無言の意思に根負けしたのか、はぁと息を軽く吐いて制服の胸ポケットをあさりだした。そして、

 

『私はその……これ……なんだけど』

 

 陽菜が胸ポケットから取り出したのは、人魂をデフォルメした人形だった。頭の部分に紐が付いていて、何かに引っかけられるようになっている。

 

『人形? 見たことないやつだな。オリジナルか?』

『うん。趣味で作ったんだけど、お気に入りの物なんだ』

 

 そう恥ずかしそうに、だけどどこか自慢げに話す陽菜。陽菜は手先が器用で、趣味で時々こういった物を作る。

 

『へぇ。良く出来てるじゃないか。“相棒”もそう思うだろ?』

『ああ。そうだな』

 

 何かダメな所があったらすぐケチをつける“相棒”が何も言わないのは、それだけ出来が良いってことだ。しかし“相棒”は首を傾げている。

 

『だが、何故人形なんだ? あまり役には立ちそうにないが?』

『うん。私がこの問題を最初に聞いた時ね、思ったんだ。私はナルみたいに強くないし、兄さんみたいにどんな状況でも何とか切り抜けられる訳でもない。何か便利な道具を持っていっても多分扱いきれない。でもね』

 

 ここで陽菜はニッコリ笑ってこう言った。

 

『自分の好きな物、大切な物が手元に有れば、どんな時でもきっと大丈夫だよって気になれると思うんだ。だからこれ』

 

 その言葉を最後に、まるで水にインクでも垂らしたかのように急激に世界がぼやけていく。二人も遠ざかっていく。どうやら夢から覚めるみたいだ。

 

 ……待ってくれっ! 俺は届かないと分かっているけど手を伸ばす。しかしますます二人との距離は離れていく。そして、届くことのない手が何かに届いたと思った瞬間、

 

 

 

 

「…………知らない……こともない天井だ」

 

 お約束のネタを起きて早々ぶっこみながら、俺は薄っすらと目を開ける。今の夢と同じように手を伸ばした状態で。

 

 ここは確か、調査隊の拠点にあった怪我人用のテントだったかな? 手を下ろして視線だけ動かすと、いくつかある怪我人用の折り畳み式ベットの一つに俺は寝かされているみたいだ。

 

 何がどうしてこうなったんだっけ? 確か俺はセプトの魔力暴走を何とか食い止めて……そうだっ! セプトはっ!?

 

「……ぐっ!? あいたたたっ!」

 

 急いで起き上がろうとすると、体中のあちこちから激痛が走る。どうやら上半身を包帯でぐるぐる巻きにされていた。布を掛けられているので見えないが、下半身も同様のようだ。ちょっとしたミイラ男になった気分だな。

 

 落ち着け落ち着け。俺がここにいるってことは、多分アシュさんが俺をここまで運んでくれたんだろう。俺は気を失う直前傷だらけだったからな。その治療で包帯グルグルにされたと考えれば何の不思議もない。

 

「これはしばらく誰かを待つしかないか」

 

 動こうにもこの状態ではどうにもならない。おとなしくラニーさん辺りが様子を身に来るのを待とう。それにしても……。

 

「何だかんだ俺もホームシックだったんだなぁ。……あんな夢見るくらいだもの」

 

 身体が弱っている時は心にも影響があると言うのはよくある話だ。その逆も多いけど。地味にこの世界に来てから十……俺どれだけ寝てたんだろう?

 

 まあとにかく十日以上は経っているからな。そろそろ地球が恋しくなってきたと言うか。家族や“相棒”の顔が見たくなったと言うか。……あとそろそろ白米と味噌汁も食いたい。ブラッ〇サンダーも。

 

「あんな夢ってどんな夢?」

「それはちょっと恥ずかしくて言えないかな。男にも秘密の一つや二つは有る物なのさ。…………って誰っ!?」

 

 視界に見える他のベットは現在誰も使っていない。幸い怪我人は俺以外いないようだ。じゃあどこから?

 

 ……うんっ!? 気のせいか? ()()ベットの布が今もぞりと動いたような。それに何かこう微妙に膨らみがあるような……。

 

 ゴソゴソ。

 

 ……っ!? 間違いない。何かいるっ!? しかし今のミイラ男状態では逃げられない。急にホラーテイストに変更でもしたのかっ? ……布の中の何かはもぞもぞとこちらに迫ってくる。そして、俺の間近まで来たかと思うと、

 

「…………ぷはっ!」

「……はへっ!?」

 

 出てきたモノを見てそんな間の抜けた声しか出せなかった俺は悪くないと思う。何故ならそこに居たのは、

 

「おはよう。トキヒサ。待ってた」

「あぁ。おはよう。……確かに待ってるって言ってたな。だけど()()()()()の中に入って待ってなくたって良いと思うぞ。セプト」

 

 そこに居たのは、体感でついさっきまで一緒にいた奴隷少女だった。相変わらず人形じみた無表情ではあったが、寝起きで見るには美少女の顔は……ちょっと刺激が強すぎるんじゃなかろうか? 良い意味でだが。

 

 ……先に言っておこう。冷静に見えるかもしれないが、現在俺の心臓はバクバクと外に音が聞こえそうなほど高鳴っている。起きたら美少女が同じベットでおはようって……それなんてエロゲ? 

 

「顔が赤い。熱でもあるの?」

 

 セプトがそのまま俺の額に手を当てる。手がひんやりとしていて気持ちいいな……じゃなくって!

 

「あの……ちょっと、セプトさん? 出来れば可及的速やかに一度離れてベットから降りてくれるととてもありがたいって言うか……頼むから降りてくださいお願いしますこの通り」

 

 まともに動けない状態だが、何とか切実な声アンド頭を下げてお願いし、どうにかセプトは一度離れてくれる。

 

 しかしマズイ。これはマズイぞ。これはアレか? ちまたで噂の朝チュンなのか? 鳥はいないけど色々大切な一線を知らない間に踏み越えちゃったりしちゃったのかあぁぁっ!?

 

「……何を百面相しているか知らないけど、アナタが想像しているようなことには多分なっていないわよ」

 

 そんな冷静な声に少しだけ落ち着いて周りを見回すと、そこには俺とセプトの他にもう一人いた。俺が起きた時に伸ばしていた方の反対の手。()()()()()()()()()、彼女はベットの脇に椅子を用意して座っていた。

 

「利き腕は預けたくないんじゃなかったっけ?」

「……うなされていた依頼人の脈をとっていただけのことよ。ここで死なれては依頼料を取り損ねるからね」

 

 そう言ってこちらを見ながら口元を微かに上げて見せるエプリ。脈って()()()()()()とるものだったっけ? なんて聞くのは野暮というものだろうな。うなされていた俺の手を握ってくれていたのだろう。

 

 なんだか良く分からない状況だが、一つ言わせてもらいたい。……これもまた、ロマンだと思う。

 




 時久、知らないうちに美少女と同衾する。まあ本当にただ寝ていただけですが。

 そして今回初めて回想でチラッと出てきた二人ですが、まあこれからも時々出ます。かなり重要人物ですよ。

 


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第九十一話 主人の名は

 

「えっ!? 俺が倒れてからもう二日も経ってるっ!?」

「そっ。……ハッキリ言って重傷だったのよアナタ。ポーションで身体の傷は一応塞がったとは言え、出血が相当多かったから。無理やり体力回復ポーションを使って身体を保たせて、その間に急いで拠点に連れて行ってラニーに診せたわ。増血用の薬草が無かったら死んでいた可能性も有ったのよ。……反省しなさい」

 

 俺はエプリから俺が倒れてからのことの話を聞いていた。薬師のラニーさんはちょうど今ゴッチ隊長に呼ばれていて、戻るまで少しかかるという。

 

 エプリはすぐに呼びに行こうとしたが、わざわざ呼びに行かせると言うのも悪いので話を聞かせてもらいながら待つことにした。

 

 しかしそうだったのか。今回は本当に危なかったらしい。俺は素直に頭を下げて謝る。自分を心配してくれた相手に意地を張るというのはカッコ悪いものな。あとで他にも世話になった人に謝っておかないとな。

 

 見ればエプリもセプトも、俺ほどではないけれど身体のあちこちに包帯を巻いている。今更ながらに思うが、それだけの激戦だったのだ。

 

「ごめんなさい」

 

 あと何故かセプトが俺に頭を下げてきた。無表情なのにどこか怖がっているように見える。

 

「そうなったのは私のせいだから」

「ああ。そういう事か。気にするな……とは言えないけどさ、こんなボロボロだし。でもな」

 

 俺はそう言いながら、何とか腕を伸ばしてセプトの頭に持っていく。セプトは一瞬ビクッとなったが、目を瞑っておとなしくそこを動かない。……まったく。こんな怖がっている奴に怒れるかっての。

 

「俺がこうなったのは自分で選んだ結果だから。そこまで気に病まなくていいぞ。……それにちゃんと謝ったろ? なら……それで良いんだ」

 

 そう言いながら安心させるように頭を撫でる。……なんかセプトって話してみると子供っぽいところが有るんだよな。

 

 ローブを脱いで簡素な布製の服に着替えているが、見た目小学生高学年か中学入りたてくらいだからかな。子供ならこうして落ち着かせてやるのが一番だ。

 

 それと当然だが、俺もエプリも血塗れの服を着替えている。以前ジューネから買った服だ。眠っていた俺を着替えさせてくれたのは……ラニーさんかな? お手数おかけします。

 

「うん。ありがと」

 

 考えてみるとこれってナデポって奴じゃないか? ……いや。子供相手に気にしたらマズいか。髪の毛の手触りがサラサラだとか気にしないからな。

 

「…………コホン。続けていい?」

 

 咳払いにハッとすると、エプリがどこか機嫌悪そうにこちらをジト目で見ている。確かに話が途中で逸れちゃったら気分を悪くするよな。セプトから手を離し、エプリの方に何とか向き直る。

 

「ゴメンエプリ。……続けてくれ」

「えぇ。……トキヒサをラニーに診せた後、そこのセプトへの尋問が始まったわ。……アシュの協力もあって色々とわかった。と言っても彼女はほとんど何も知らされてないみたいだったけど」

「そうなのか?」

 

 セプトの方を向いて聞くと、セプトもコクコクと頷いた。

 

「私があの人(クラウン)の奴隷になったのは二週間くらい前。買われてすぐに、私は()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言ってセプトは服の襟元を下に引っ張る。っておいっ!? そんなこと人前でするもんじゃありませ…………えっ!?

 

 セプトの首輪の少し下。大体鎖骨の辺りに……小さな魔石が埋め込まれていた。それを見た俺の脳裏に、以前牢獄で戦った巨人種の男やバルガスの姿がフラッシュバックする。

 

「……簡単に調べてもらったけど、バルガスに埋め込まれていたものに近いものだそうよ」

「そんなっ! じゃあセプトも凶魔にっ!」

 

 俺は慌てるが、エプリは落ち着いてと言って続きを話し始める。

 

「その点はおそらく大丈夫。……あくまで近いものであって同じじゃないという話だから。結論から言うと……セプトは凶魔にはならない。どちらかと言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自然に魔石が限界を迎えるには大分時間がかかるけど、この方法ならかなり短縮できるって話だから」

「つまりセプトは生きた魔力タンク代わりにされていたと」

「……そのようね。本来ならある程度溜まり切ったところで摘出し、凶魔化させる相手に改めて埋め込むつもりだったって所かしら」

 

 クラウンへの怒りがまた沸々と湧いてくる。あの野郎……人を何だと思ってやがんだ。

 

「でもセプトが凶魔化しないって言うのはどういう事なんだ?」

「簡単ね。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()。魔力暴走の規模がやけに大きいと思ったらそれが原因だったのよ」

 

 規模がどうとかはよく分からないが、確かにあんなのがホイホイあったら大変だろうからな。実際はもう少し簡単に暴走を抑えられるらしい。

 

「……次に魔力が溜まりきるまではまだ大分間がある。だからしばらくセプトは凶魔化することはないわ」

「そっか。良かった……じゃあ早いとこ魔石を取っ払ってしまわないと。ちょっと痛いかもしれないけどまたアシュさんにでも」

「…………それはやめた方が良いわ」

 

 俺の言葉にエプリが待ったをかける。何でだよ? いつ爆発するか分からない爆弾を身体にくっつけているようなもんだぞ。

 

「……バルガスの時と違って、埋め込まれた状態で魔力暴走なんて起こしたから魔石が身体とほぼ一体化しているの。無理に取ったら何が起こるか分からない」

「そんな。じゃあセプトはずっとこのままか!?」

「……少なくともここでは無理ね。一流の術者と設備が万全な状態でならあるいは……でもそれには相当な金が要るでしょうね」

 

 くそっ! また金か。世はどこも金が必要ってか。分かっちゃいるけど世知辛いぞこんちくしょう。

 

「大丈夫。溜まりすぎないように時々魔力を放出すれば良いってラニーさんも言ってた。だから、トキヒサがそんな顔する必要ない」

 

 感情がいつの間にか表情に出ていたらしい。セプトが下からのぞき込むように俺の顔を見ている。……参ったな。本来慰める側の俺が慰められてどうするのって話だ。

 

「あぁ。ゴメンなセプト。ちょっと世の中の理不尽さに嫌気がさしていただけなんだ。ほらっ! もう大丈夫」

「良かった」

 

 気を取り直して笑顔を作ると、セプトも安心したようだった。

 

 

 

 

「じゃあ定期的に魔力を使っていたらセプトは凶魔化することはないんだな?」

「……おそらく。元々闇属性の素養が相当高いみたいだし、ヒトの前以外であれば使う場面が無いってことはあまりないと思う。……戦闘力も低くはないし、そこらのモンスターと戦うだけでも多少は減るだろうから」

 

 なんか妙な言い回しだな。だけど毎回戦うのも危険なので、何か適当な使いどころを考えた方が良いのかもしれない。

 

「……話を戻すわ。セプトはクラウンに買われた後魔石を埋め込まれた。しかしその後セプトの闇属性の素養がクラウンに知られた。ただの魔力タンクより、戦闘用として使った方が良いと判断したんでしょうね。だから自身の護衛としてつけた。……こんなところじゃないかしら」

「そういうのって最初に買った時に分からないものなのか? 言いたかないけどセールスポイントってことで値段とか待遇とかに直結するだろ?」

「……奴隷の能力を正確に知るには鑑定系統のスキルか加護、または道具が必要になるわ。どれも珍しいか値の張るものだから、非合法の奴隷商は使わないことも多いの。元々非合法に集めた奴隷だから値もそこまで高くないだろうしね」

 

 ……何と言うか生々しい話だ。あと奴隷商。経費をケチったら良い仕事は出来ないって昔誰かが言ってたぞ。能力くらいしっかり調べろよ。

 

「……セプトから引き出せた情報はこれくらいかしら。セプトが買われたのはデムニス国だったらしいけど、そのあと転移で跳んだから拠点の場所は不明。他にも同じように買われた奴隷が数人いたみたいだけど……そのヒト達は純粋に魔力タンクとして使われるようで、魔力を使わない雑用係として働かされていたという話ね」

 

 聞けば聞くほど酷い話だ。それにそんな人達はおそらく他にもいる。こんなことをしているのがクラウン一人だけじゃないってことは簡単に予想できるからな。……止めようにも拠点が何処か分からないし、何人いるのかも分からないんじゃ手の打ちようがない。

 

「ゴメン。あまり役に立てなくて」

「……えっ! いや、セプトが気にすることじゃないだろ? ちゃんと約束通り知っていることを話してくれたじゃないか。謝らなくて良いんだ」

 

 なんかさっきからセプトからの好感度がやけに高いんだが。さっきのナデポが原因にしては威力が高すぎるだろ。……いくらなんでもそんなちょろい子じゃあないよな? ちょっと不安だ。

 

 

 

 

「それにしてもセプト。お前これからどうする? 一応話は聞かせてもらったし、予定通りクラウンの所に行くのか?」

 

 おおよその俺が寝ている間のことも聞き終わり、それでもまだラニーさんが戻ってこないので今の内にとセプトに今後のことを訊ねる。約束なので俺は手を出さないし、もしゴッチ隊長が拘束するように言ってきても反対くらいする。…………聞き入れてもらえるかどうかは分からないが。

 

「私は奴隷。奴隷は主人のところに居るもの」

 

 自身の首輪を撫でさすりながら、それだけセプトは答えた。……おぅ。なんちゅう奴隷根性。エプリの傭兵の在り方とはまた違った一種の美学だ。しかし立派なのかもしれないが、主人があんなんじゃどうにも素直に行かせられない。

 

「でもその主人は相当タチが悪いぜ。この分じゃセプトを散々こき使って最後にはポイだ」

「大丈夫。そんなことしない。とても優しいから」

 

 えっ!? そうなの!? 意外にセプトにだけは優しかったりするのかクラウンの奴。

 

「でも、今回だってセプトはこんな酷い目にあったろ? これからも同じような目に合うかも」

「大丈夫。頑張る」

 

 のおぅ~っ!? 知れば知る程良い子じゃないかセプトぉぉっ! 無表情に見えるが、僅かに髪からのぞく瞳からは何となく強い意思が伝わってくる。……おのれクラウンの野郎っ! こんな良い子を捨て石の爆弾代わりにしようとしやがって。

 

「……トキヒサ。そう言えば言っていなかったんだけど、あの時首輪は」

 

 横で何かエプリが言っているようだが、今はそれどころではない。俺はあの野郎へのマグマの如き怒りを必死に胸の内にしまい込みながら、目の前のセプトに心配を掛けさせないように努める。

 

「そうか。……セプトの主人への気持ちはよぉく分かった。もう止めないよ」

 

 ここまで意思が強いんじゃどうしようもない。あと俺が出来るのは、いつかまた戦うことになるかもしれないけれど、笑って送り出してやるだけだ。俺は何とか不自然じゃないように笑顔を作る。

 

「いつクラウンの所に行くか知らないけど、元気でな」

「…………? 何故クラウンの所に行くの?」

「えっ? だから、主人の所に行くんだろ?」

「うん。だからここにいる」

 

 ……どうにも話が噛み合わない。主人がここにいるって……まさかっ!?

 

「エプリっ! 周囲を警戒してくれっ! 近くにクラウンが潜んでいるみたいだ」

 

 しまった。もう回復してまたエプリを狙ってきたか。俺はまだまともに動けない。しかしここには調査隊の人達がいる。最初の奇襲を凌いで時間を稼げば一気に追い詰められるはずだ。

 

 だけどおかしいな? いくら目を凝らし、耳を澄ませても、クラウンの姿は何処にもない。

 

「……セプト。その主人がいる方を指差してくれ。エプリはその方向に見つけたら先制攻撃を」

 

 こうなったらこっちから仕掛けるのみ。いつもいつも後手に回ると思うなよ。セプトはゆっくりと人差し指を伸ばす。…………()()()()()()

 

「なぬっ! つまりこっちか」

 

 俺は全身の痛みを我慢しながらそちらの方に顔を向ける。……しかしそこはテントの壁で誰も居ない。隠れるところもない。そして、

 

「ここには誰も……あたっ!?」

 

 突然後頭部に慣れた痛みが走る。見るとエプリが風弾をぶちかましていた。やっぱり()()()()()()

 

「何すんのエプリ。フレンドリーファイアだぞ」

「その火属性魔法は知らないけど、確かに当たったわ。……ここまで来て気付かないというのもある意味凄いわね」

「……何が?」

 

 じゃあ今クラウンは何処にいるかとセプトの方を見ると、指は相変わらず俺の方を指している。……もしかして。

 

 俺がどうにか頭を左右に動かすと、指もそれに合わせて動く。…………これってつまり。

 

「もしかして…………主人って俺?」

「うん。トキヒサ(ご主人様)

 

 …………なんか俺の名前に変なルビが振られた気がする。って、えええええぇぇっっ!?

 

 

 

 

 何故か美少女が知らないうちに俺の奴隷になりました。

 




 お巡りさんこいつです。……とまあ冗談は置いておいて、セプトが途中から妙に素直だったり好感度が高いのはこういった理由があったりします。彼女にとっては仕えるべき対象ですから。

 と言っても時久の場合は、それとは別に素で好感度を上げているという点も多少はありますが。ナデポとか。


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第九十二話 女神と風使いの意地悪っ!

 

「……それでだ。俺が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()首輪の持ち主は俺に変わっていて、その首輪をセプトが身に着けたことで俺が主人に登録されていたと。まあそういう事なんだ」

『へぇ。そうだったの』

 

 今は異世界生活十二日目の夜。腕時計を確認するともうすぐ十二時になるという時間だ。俺は怪我人用のテントで一人、アンリエッタに連絡を取っていた。

 

 薬師であるラニーさんも、流石にここで寝泊まりする訳ではない。少し離れたところに自身のテントがあり、ここのテントには呼び出し用の道具が備え付けてある。

 

 それを使ったら即座にラニーさんに連絡がいって飛んでくるという話だ。病院のナースコールみたいだな。

 

 という事で人が居ないのをこれ幸いと……いや、多分また説教されるだろうから早いとこ謝って少しでも説教を減らそうと、連絡をしたのだが。

 

『それにしてもトキヒサ。セプトが自分の奴隷とアナタが知った時の顔ときたら……ププッ。ダメ……思い出しただけでつい笑いが』

 

 この通り。何故か最初からニヤニヤしてやけに機嫌が良く、説教もせずに俺に事の顛末を報告しろと言ってくる。……つまりこれは、

 

「おいっ! ……こうなると分かってただろ」

『さ~て、何のことかしら♪』

 

 白々しい女神だ。仮にも富と()()の女神が、こうなることぐらい予想してなかった訳がないだろうに。……それに一度換金した時点で、首輪のことも分かっていたはずだ。

 

 それなのにわざわざ俺に事の顛末を報告させるというのが意地が悪い。しかも一回の通信では話しきれなかったので、実はこれは二回目の通信である。一日の制限フルに使わせるとは。

 

『まあまあ良いじゃないの。ワタシの手駒。労せずして良質な奴隷が手に入ったと思えば。見た目もそこそこ悪くなさそうだし……こういうシチュエーション好きでしょ? 男の子なら』

「あのなあ、そもそもアンリエッタのことだから見てたんだろ? ご主人様発言の後どうなったか」

 

 あの後はある意味狂乱の坩堝となった。俺は慌ててエプリにどういう事か訊ね、どうして先に言ってくれなかったのかと聞けば、「アナタが聞こうとしなかっただけ」とばっさり切り捨てられる。

 

 俺が奴隷なんか要らないと言えば、セプトが「私は必要ないの?」と無表情ながらもどこか寂しげな瞳で見つめてくるし。その最中にラニーさんがアシュさんやジューネと一緒に入ってきて修羅場と勘違いされるし。

 

 ……何とか事情を説明したけど本当にしっちゃかめっちゃかだったんだぞ。

 

 その後ラニーさんの診察を受け、まだ安静にしているように注意を受けて一度解散。

 

 俺から離れようとしないセプトは、一緒にいても俺の負担になるからとひとまずラニーさんの所に厄介になることとなった。呼び出しが有ったらすぐに駆け付けるそうだ。

 

 

 

 

「……そう言えば、気になることがあったんだ」

 

 俺はアンリエッタに、戦いの中でいつの間にか貯金箱の残高が減っていたことを説明する。

 

 ちなみにさっき調べたところ、また金が減っている。首輪を買い戻した時の残金は四千デンくらいあったのに、今は四百デンくらいしかない。すると、

 

『あぁ。それね。それは()()()()()()使()()()()()()

「使ったって……俺は特に何も使ってなんか」

『“金こそ我が血肉なり(マネーアブソーバー)”。金属性の魔法の一つでね、効果は術者が受けるダメージを金を消費することで軽減すること』

「……つまり、俺がこれまで身体がやけに頑丈だったのは」

『一応言っておくけど、アナタの基本的な打たれ強さが高いというのは本当のことよ。だって、これまでにこの魔法が発動したのはたったの二回だけ。これが発動する条件は、術者が耐えきれないほどのダメージを受けるか、術者自身がこれを使うと意識した時。つまり』

「……牢獄で発動しなかったのは、これは耐えられると無意識に感じ取っていたからか」

 

 以前喰らったエプリの竜巻や鬼凶魔の攻撃は、身体が何とか耐えられる許容範囲内だったらしい。だから発動することはなかった。だけど、

 

『流石に今回みたいな上空からの落下や、魔力暴走を資質もないのに止めるなんてのはダメージが大きすぎると無意識に判断したんでしょうね。だからこの程度のダメージで済んだと。……魔力暴走の方は使ってもダメージが残ったようだけど』

 

 どんだけ凄い威力だったんだよセプトの魔力暴走。これはもしあのままセプトを見捨てて逃げていても、範囲が大きすぎて逃げきれなかったかもしれないな。……たらればだけど。

 

「……成程。それでいつの間にか金が無くなってたと」

『自身の所持金の九割。それも本来なら最低一万デンからじゃないと使えないんだけど。……もう一つの加護の“適性昇華”で金属性の適性が上がっていたからかしらね。()()()()()()()()()()の九割で済んだという訳。本当ならポケットの中の硬貨も使われていたでしょうに。……惜しかったわね』

 

 所持金の九割って……しかも最低一万デンからって鬼かっ! まずそんな大金を常に持ち歩いている人はそんなにいないってのっ! それに惜しかったって何だよっ!

 

『まあ。だから基本意識して使う事なんて無いの。ただの保険。使えても精々戦闘中に一度か二度だけ。……これからもこれを当てにはしないことね』

「普通に当てにしないよそんなもん。一度使うだけで金欠になるっての」

 

 俺がツッコミを入れると、アンリエッタはどこか安堵したかのように笑う。

 

『それで良いのよ。アナタの世界ではこう言うでしょ。命あっての物種だって。……金は稼いでもらうけど、そのために死んでは元も子もないもの』

「分かってるよ」

 

 それはアンリエッタが常々言い続けてきたこと。金は稼げ。だけど命を大事に。思うにこの女神の本質は、その言葉に集約されるのだと思う。

 

 金が無くても人は生きられる。だけどそれは生きているだけだ。金を使う事で人は繋がっていき、そして生活になる。

 

 アンリエッタはそういう意味で言い続けているのではないかと、俺は勝手ながら推測する。

 

『じゃあそろそろ時間ね。最後に訊きたいことはある?』

「…………一つだけ。さっきのもの以外に俺は金属性の魔法は使えるのか?」

 

 また知らないうちに使って金が無くなるなんてことになったらたまらないからな。精神的にも金銭的にも。だから他にもあるなら今の内に聞いておきたいのだが。

 

『……さあて。どうかしらね♪』

 

 一瞬間をおいて、アンリエッタはわざとらしくそう言って笑い、そのまま通信が切れる。今の反応からすると使えるな。

 

 まったく、言わなかったってことは自分で調べろってことか? やっぱり意地悪な女神だ。俺は通信機器をどうにか仕舞いこみ、そのまま力を抜いてベットに横たわる。

 

 今日はもう疲れた。あとは目を閉じて眠るだけ……。

 

「…………ちょっといい?」

 

 と思ったが、まだもう少しだけ続くようだ。

 

 

 

 

 訪ねてきたのはエプリだった。どうやら俺の話が終わるのを外で待っていたようで、服に多少の砂ぼこりが付いている。

 

「どうしたんだ? まあとにかく入れよ。ここには他に誰も居ない」

「……えぇ」

 

 エプリはテントの中に入ってきて、そのまま入口で立ち尽くす。何だかよく分からないが、ひとまず備え付けの椅子に座るように勧める。

 

 椅子に座ると、エプリはそのまま押し黙ってしまった。俺もどう声をかけたものか分からず、そのまま妙な空気の沈黙が周囲に広がる。

 

 そして一、二分くらい経っただろうか。エプリが意を決したように話し出した。

 

「まずお礼を。……ありがとう。多分アナタが来なかったら、私はクラウンにやられていた」

 

 あの時のことか。確かにエプリは毒で弱っていたしな。俺が割って入らなかったらちょっとヤバかったかもしれない。

 

「気にするなよ。いつも助けられていたからな。たまにはこっちが助ける側にならないと。……まあピンチがホイホイ来たらマズいんだけどな」

 

 俺が気にしないように笑うが、何故かエプリの顔は浮かないままだ。

 

「次に謝罪を。……ごめんなさい。トキヒサが転移珠を使った時に上空に出てしまったのは……多分私のせい」

「どういう事だ?」

「転移珠は相手の魔力を探知してその近くに跳ぶ。だけどあの時、私は広範囲に風魔法の“微風(ブリーズ)”を使っていた。だから正確な位置が掴めず、その範囲内である上空に出てしまったのだと思う」

 

 つまり魔法を使っていたから転移する範囲が増えてしまっていたと。それは。

 

「……それは間が悪かったな。ツイてない」

「ツイてないじゃすまないわっ!」

 

 エプリは俺の言葉を聞いて言葉を荒げる。……しかしすぐにハッとなり、周囲に聞こえないよう音量を抑える。

 

「……一つ間違えばアナタは死んでいたの。アナタはもっと私を責めて良いの。……なのに、なのにアナタはそんなことをおくびにも出さず、起きてからも自分以外の心配ばかり」

 

 そうしてエプリは顔を伏せてしまう。いつも冷静なエプリだが、今回のことで自分を大分責めていたらしい。……だから一人でこうして謝りに来たのだろう。

 

 ここには誰の目もない。つまり俺がどうエプリを糾弾したとしても、自分は甘んじて受け入れるという意思の表れ。

 

 ならば俺は被害者として、しっかりとエプリ(加害者)にケジメをつけてやらなければならない。顔を伏せているエプリに俺はその手を伸ばし……。

 

「…………っ!?」

 

 その額の辺りにデコピンを食らわせてやる。いつも風弾で額をやられているからな。そのお返しだ。呆然と俺を見るエプリに、俺はニヤリと笑いかけてやる。

 

「ほらっ! あの時のことを責めるのはこれでおしまいだ」

「おしまいって……こんな程度で済むはずが」

「済むよ。だって俺が上空に転移しちゃったのはあくまで偶然だろ? エプリがちょうど魔法を使ってたのだってそうだし、俺があのタイミングで使ったのもやっぱり偶然だ。……だから最初から言ってるじゃないか。間が悪かった。ツイてないって。そりゃあ故意にやったんならこんなんじゃ済まさないけどな。本気で一発ぶん殴るくらいはするけど。偶然の重なりならしょうがないって」

 

 ちなみに“相棒”だったらこんなもんで済むとは思えない。本気でデコピンしたら額が割れるかもしれないぞ。それに比べたら俺のは赤くなるくらいで済む。良心的だな。

 

「でも…………でも」

「ああもぅ! 一度くらいピンチにしたからってなんだっ! これまで何度も助けてくれただろ。それでチャラだよチャラ。それでも納得できないって言うんなら……これからまた護ってくれたらいいんだ。一緒に行くんだろ? 俺達は」

「…………そうだったわね。私としたことが、少し弱気になっていたわ」

 

 その言葉と共に顔を上げたエプリの表情は、もう自身を責める痛々しいものではなかった。その瞳には力が戻り、俺の方に向かって手を差し出す。

 

 それは俺達が契約した時の再現。だけどあの時と違うのは、エプリの方から手を差し出したこと。

 

「……確かこうだったわよね? トキヒサ」

「上出来だ」

 

 俺は差し出された手をガッチリと握り返す。

 

「……もうしばらくは、アナタの護衛を務めるとするわ。これからもよろしくね。荷物持ち兼雇い主様」

「ああ。まだまだ付き合ってくれよな。まずは交易都市群に行って、アシュさんの知り合いを探すんだ」

 

 こうして、俺達は再び一緒に行くことになった。護衛と雇い主という関係だけど、また美少女と一緒に旅ができるというのは……ロマンだと思うね。

 

 金も無いしやることも山積みだけど、まだまだ張り切っていこうじゃないの。俺は次の冒険に向けて気合を入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ところで報酬の件なんだけど」

 

 それがあったか。折角次の冒険に向けて気合を入れてたのに。

 

「……まずこれまでのダンジョンでの護衛の報酬は決まっているから良しとして。次に先日のクラウン達との一戦の分ね。あの時は契約は切れていたけど、途中からまた契約したからその分。……それと重症だったトキヒサを治すのに使った上級ポーションの費用もあるわね。それと……」

「ちょちょちょいっ!? ちょっと待ったっ! 少しはそっちにも責任があるんだからそこら辺も考慮してだな」

「……さっきアナタが言ったんじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……つまりこの件に関してはもうアナタは口出しできない。……違う?」

 

 しまったっ!? 言質とられてた。これでは反論できない。

 

「…………せめてお手柔らかにお願いします」

「……善処するわ」

 

 エプリはくすっと笑いながらそう言った。……冒険の前に借金で首が回らなくなるんじゃないだろうか? いつになったら一億貯めて地球に戻れるのやら。心の中で軽くため息を吐く俺なのであった。

 

 

 

 アンリエッタからの課題額 一千万デン

 出所用にイザスタから借りた額 百万デン

 エプリに払う報酬(道具の経費等も含む) ???デン

 合計必要額 千百万デン+???デン

 

 残り期限 三百五十三日

 




 長くなりましたが、これにて第三章本編は完結となります。次章はまた何話か閑話を挟んでからという事で。

 ただいまのアンケートもひとまずここで終了となりますので、章を通してエプリはヒロイン足り得たか、気軽にポチっと意見を投票してくれると助かります。


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閑話 ゲームスタートと女神の思惑

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「………………ふぅ」

 

 ワタシはトキヒサがエプリと別れて眠りに落ちるのを見届けると、一度映像を切って軽く伸びをする。

 

 如何に女神と言っても、長時間座って映像を見続ければ少しは疲れる。肉体的にではなく精神的にだ。私は机に置いていたコーヒーを一気に飲み干す。

 

 まったく。ワタシの手駒のくせして簡単に丸め込まれるなんて。次に連絡が来たら交渉事の練習でもさせた方が良いかもしれない。エプリに良いようにされっぱなしで内心歯噛みしていたのだ。私なら報酬を半分以下に値切ってやったのに。

 

 ……まあそこはトキヒサの頭が悪いからというより、単に気性の問題という気もするので仕方がないが。

 

 それにしても、やっぱりトキヒサは金属性のことについて聞いてきたわね。正直に言っても良かったのだけど、中には今のトキヒサでは扱いきれないものも多いので敢えてぼかした。

 

 これは決して意地悪で言っているのではない。一つ間違えば、まさに自身の命と金を等価交換するような魔法もあるのだ。使えるかどうかまでは分からないが、こういうものはせめてもっと金属性の修練を積んでからでないと教えられない。

 

「…………んっ!?」

 

 いつの間にか、見覚えのない封筒がポツンと机に置かれている。断言するけれど、さっきまであそこに封筒は無かった。……このやり口はアイツか。普通に話をすることも出来るだろうに、わざわざこういう演出をするのだからたまらない。

 

 ワタシは注意しながら封筒をペーパーナイフで開ける。以前同じような手紙を不用意に開けたら中に罠が仕込んであったのだ。アイツは時々そういう悪戯をする。

 

 神相手にそんなことで危害を加えることは出来ないが驚くことは驚く。おまけにその瞬間の顔をバッチリ記録しておくという底意地の悪さだ。トキヒサはワタシのことを色々言うが、アイツに比べれば相当優しく慈悲深いと思う。

 

 中身は……手紙か。一枚きりのようなので慎重に開いて目を通す。

 

『やあやあアンリエッタ元気かい? 君のことだから、罠でも仕掛けてないかと慎重に封筒を開けてこの手紙を読んでいると思う。嫌だなぁ。同じ手をわざわざ仕掛けたりはしないよ』

 

 嫌味なことにこちらの行動を読んでいる。……だとしてもこれからも警戒を怠るつもりは無いけれど。

 

『ちなみに手紙はゲームに参加している神全員に送っているよ。多少文面は違うけれど、大まかな内容は同じだから安心してほしい。

 

 さて。さっそくだけど本題に入ろうか。この度やっと()()()()()()()()()()()()()()()()。最初の参加者がこの世界に来てから二十年。いよいよここからゲームの本格的なスタートとなる。

 

 ちなみに今のところ課題をクリアしたものは誰も居ないね。全員揃うまでこれだけ時間が有ったから、もしかしたらクリア者が一人くらい出るかもと考えていたのだけど……意外と出ないものだねぇ。今なら最初にクリアした参加者は一気に評価で有利になるよ。

 

 協力して課題をこなすも良し。先にクリアされないよう妨害するも良し。クリアを最初から目指さずに勝手に生きるのも良し。

 

 それぞれの選んだ参加者がこの世界でどのようなことを成すのか。僕は()()()()()()楽しみに見守るとするよ。

 

 それとクリア後の景品のことだけどね。これも取り決めの通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まあ神なら大抵のことは自分で出来るとは思うけど、一応景品を考えておいてほしい』

 

 

 

 

 ワタシは手紙を読み終えると、そのまま丁寧に畳んで机の上に置く。短い内容の手紙ではあったけど、はっきりとゲームのスタートを宣言されると身が引き締まるのを感じる。

 

「景品? そんなもの…………()()()()()()()()()()()

 

 他の神達がどのような態度でこのゲームに挑んでいるかは知らない。純粋にゲームを楽しんでいる神も居れば、単に暇つぶしで参加している神も居るだろう。だが、ワタシは最初から一番しか狙っていない。

 

 確かに神たるものは他と隔絶した権限、権能がある。しかし神は決して全能ではない。大抵のことが出来ることではあるが、出来ないことも確かに存在するのだ。

 

 だけど……フフッ。アイツも今回ばかりはミスを犯したわね。この富と契約の女神アンリエッタの前では、口約束であろうとも必ず順守させる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()しかも今回わざわざ手紙ではっきりと書かれている。これでより確実に逃げ場を失くして追い詰めることが出来るだろう。

 

「悪いわねトキヒサ。ワタシの手駒。……ワタシの目的のため、アナタには何が何でも一番になってもらうわよ」

 

 今のワタシの顔はさぞ歪んでいるだろう。だけどアイツに願いを突きつけ、それを逃げ場を失って情けない顔をしながらも履行するアイツの顔を想像しただけで、心に暗い喜びが込み上げてくる。

 

 これまでワタシが受けた屈辱の数々。これで遂に晴らすことが出来る。

 

 無論トキヒサにもそれなりの礼をする予定だ。これはゲームが終了したら成功失敗に関わらず行わねばならない。

 

 課題額をオーバーした分は日本円にして渡すとかはどうだろうか? それとも少し背を伸ばしてあげるとかにしましょうか? ちょっと骨格をいじくるくらいならワタシでも可能だと思う。

 

「フフフフフッ。…………あらっ!?」

 

 思わず笑みが零れるワタシの目に、先ほどの手紙の()()がふと目に留まった。あれで内容は終わりだと思っていたが、裏にも小さく何か書いてあるようだ。まだ連絡事項があったかと、再び手紙に目を通す。

 

『追伸。僕は同じ手は仕掛けないけれど、日々新しい手を模索しているよ。例えばこの手紙。これにはお約束を仕込んである』

 

 お約束? 何のこと?

 

『そう。()()()()()()()()()()()()()。……三、二、一』

 

 そこまで読んだと同時に、突然手紙がパンっという音を立てて破裂した。痛みなどはない。しかし黒煙がワタシの顔を覆い、髪と顔を煤塗れにする。

 

 ………………フ、フフッ。目を通すことで発動する罠か。やってくれるじゃない。

 

 思わず手に力が入り、手に残っていた手紙の破片を握りつぶす。アイツに腹が立つのは当然として、罠を見抜けなかった自分自身にも腹が立つ。

 

「…………この屈辱も含めて、必ずまとめて返してあげるから覚悟しなさいよっ!!!」

 

 そうして、ワタシの怒りと闘志のこもった叫びが執務室中に響き渡った。

 

 ちなみに封筒の方もいつの間にか無くなっていた。……また罠にかかった顔を記録されたらしい。アイツめっ! ゲームが終わったら見てなさいよっ!

 




 なお、参加している神の中で一番主催者の悪戯の被害に遭っているのは間違いなくアンリエッタです。他の神にはそもそもあまり仕掛けられていません。


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閑話 ある『勇者』の現状報告 その一

 今度はしばらく『勇者』月村優衣視点です。


 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「はああぁっ!!」

 

 必殺の一撃と言っていい横薙ぎを繰り出す明こと藤野明。振るっているのは刃の付いてない訓練用の物とは言え、まともに受ければ骨ぐらい簡単に砕けるであろう一撃。それを、

 

「ふっ!」

 

 イザスタさんは訓練用の槍で上手く捌く。そのまま円を描くように動かして剣を絡めとろうとするも、明もそうはさせじとうまく立ち回る。

 

 だけど互いに有効打を与えることは出来ず、互いの武器がぶつかり合ってガツンガツンと音を立てる。

 

 打ち合う事数合。埒が明かないと考えたのか、そこで数歩距離をとってイザスタさんが無詠唱で水属性の“水球(ウォーターボール)”を発動。三つの掌大の水の球を眼前に出現させて明に向かって射出する。

 

 たかが水と侮ってはいけない。高速で射出された水球は、ちょっとした木の板くらいなら簡単に割れるだけの威力がある。

 

「土よ。盛り上がれ。“土壁(アースウォール)”」

 

 明は呪文を詠唱しながら強く地面を踏みしめる。そして土属性の土壁を発動し、地面からせり上がった壁が水球を受け止めた。

 

 詠唱があった分もあり、土壁は水球を受けても壊れない。……だけど、明の目的はただ水球を防ぐことだけではなかった。一瞬だけど、壁によってイザスタさんは明の姿を見失う。

 

 壁を左右どちらかから回ってくるか? それとも壁を乗り越えて頭上からか? イザスタさんは多分そう考えたのだろう。油断なく左右上どこから来ても対処できるように、訓練用の槍を構えて身構えている。

 

「でやあああっ!」

「…………あらっ!?」

 

 だけど明の選択はそのどれでもなかった。明は少し後ろに下がると、そのまま勢いをつけて()()()()()()()()()()()()

 

 助走をつけて壁を壊しながらの突撃は流石に予想できなかったらしく、イザスタさんの反応は一瞬遅れる。明は壁の破片をまき散らしながらイザスタさんに一気に肉薄した。

 

 以前読んだ小説によると、槍の利点はそのリーチの長さだけど懐に入られたら逆に取り扱いが難しくなるという。

 

 奇策によって導き出した必殺の間合い。明の勝ちだ。この瞬間誰もがそう思った。明自身もそう思っていたかもしれない。……だけど、イザスタさんはさらにその上を行った。

 

「よっと!」

 

 持っている槍では迎撃に間に合わない。イザスタさんは明が突進の勢いを利用して袈裟斬りにしようとするのに対し、()()()()()()迎え撃ったのだ。

 

 振り下ろされる剣。カウンターで繰り出される掌底。それは互いに相手の身体に吸い込まれるように動き…………。

 

「そこまでっ!!」

 

 その言葉と同時に、互いの身体に当たる手前で急停止した。その瞬間周囲に行き場のなくなった力が風となって巻き起こる。イザスタさんの掌底は明の胸元寸前で止まり、明も剣を止めているが、勢いを無理やり止めたため足元の地面が抉れている。

 

 そのままの状態で止まる二人に向かって、審判役を務めていた明の付き人サラさんが駆け寄っていく。

 

「両者そこまでっ! 『勇者』様方。そしてイザスタ殿。訓練とは言え素晴らしい戦いでした」

「フフッ! 褒められると何だか照れちゃうわねん」

「…………ふぅ。良い訓練になったよ」

 

 サラさんはそう言って私達を称え、イザスタさんと明はそれに応える…………のだけれど。

 

「……素晴らしいって言われてもなぁ」

「明とイザスタさんはともかく……私達はねぇ」

「…………くそっ」

 

 最後まで立っている二人と同列に比べられるものではないと思う。だって、他の『勇者』である黒山哲也さんや高城康治さん。そして私、月村優衣は、全員イザスタさんにやられて地に伏しているのだから。

 

 

 

 

 以前このヒュムス国王都を襲った大量の凶魔と謎の黒フードの集団。それによる被害は決して無視できるものではないけれど、何とか少しずつ王都は落ち着きを取り戻していった。

 

 あの時、私は付き人であるエリックさんに化けていたベインという人と、それとは別の黒フードの男達に連れ去られそうになった。それを助けてくれたのが、目の前で明と何やら話をしているイザスタさんだ。

 

 恐怖で震えている私を守りながら一対一対二という状況でイザスタさんは戦い、黒フード達とベインを追い払ってくれたのだ。

 

 あの時戦いが終わり、こちらに向けて安心させるように見せた微笑みは忘れることはないと思う。それだけイザスタさんの戦いは鮮烈だった。

 

 その後駆けつけてきた兵士達に、城まで避難するようにと促される。遠回しにだが、他の『勇者』達ならともかく今の私では騒動を収める役には立たないと言う理由だった。

 

 ……事実だったので何も反論できず、私は促されるまま城へ向かおうとする。そこにイザスタさんが、また襲われるといけないから自分も一緒に行って護衛すると申し出てくれたのだ。

 

 兵士達は最初警戒していたが、イザスタさんがディラン・ガーデンという人の名前を出すとすぐに態度を変えて協力してくれた。

 

 ひとまずこの騒動が収まったのは、それから少ししてからのことだった。明達も一度城に戻り、あのパニックに巻き込まれた人達の救助や凶魔の残党を倒すのは兵士達が行うという事らしい。

 

 明達の顔は浮かないものだった。この世界に来て初めての実戦。周囲には怪我した人もたくさんいただろう。……もしかしたら死んでしまった人もいたかもしれない。そんなものを間近で見たら、ショックを受けるのは当然だと思う。

 

 ……怖くて震えていた私が言える立場じゃないけれど。

 

 

 

 

 結論から言うと、この時からイザスタさんは『勇者』の付き人兼護衛として城に滞在している。特定の誰の護衛という訳でもなく、半ば城の食客としての滞在だ。

 

 最初はある程度騒動が落ち着いたらこの城を出る予定だったらしいけれど、その実力を見込まれて推薦されたのだ。

 

 ちなみに推薦したのは、兵士達をまとめて凶魔達を撃退していたディランという人。今回の騒動で、私達の付き人や護衛の人に多くの怪我人が出たことが理由だという。

 

 実際私の本来の付き人であったエリックさんも騒動の後に見つかったのだけど、余程酷い目に遭ったらしく最初は怯えてまともに話せない状態だった。

 

 身体も怪我だらけで、ポーションを使っても完全に治るまで時間が掛かるという。そこにこれだけの実力のある人材がわざわざ来た。ならば使わない手はないというのがディランさんの意見だ。

 

 私としては大歓迎なのだけど、当然反対する人もいた。護衛にしても付き人にしても、ある程度身分のしっかりした者でないと雇えないという意見だ。それはまだ何となく理解できる。

 

 しかしそこはディランさんが緊急措置という事でごり押しし、あくまで正式な護衛ではなく半ば食客という形にすることで誤魔化した。

 

 そうしてイザスタさんは、正式な護衛と付き人が決まるまでこの城に滞在することになった。一応付き人の代わりでもあるので、城仕えのメイドさん達とは別に色々と面倒を見てもらっている。

 

 この世界の一般常識を勉強する時も、イザスタさんが加わったことでまた違う話が聞けたりした。…………よく雑談で話が横に脱線するけど。

 

 

 

 

 私はまだ戦う事が怖い。あの時、女の子を庇って飛び出したのは何かの間違いじゃないかと思うくらいに。それでもまたあんなことが起きるかもしれないのが現状だ。

 

 ならば次は震えて座り込むのではなく、最低限自分の身を守れるようになるというのが今の目標だ。小さな目標かもしれないけれど、今の私には分相応なものだと思う。

 

 王都襲撃以来、それぞれあの事件に思うところがあったようで、個々人ではなく集まって訓練したり、この世界について勉強することが多くなっていた。

 

 個人練習しようにも、付き合ってくれる付き人が居ないのだからしょうがないのかもしれないけど。

 

 王様も『勇者』が自主的に訓練をするという状況は歓迎らしく、あんなことがあったというのに『勇者』を放り出すということもなくサポートを継続してくれている。

 

 

 

 

「ただお城で厄介になっているのも悪いから、一つ訓練に協力させてもらうわねん」

 

 そうイザスタさんが言ってきたのは、私達が集まって訓練の休憩をしていた時だった。

 

 確かに訓練と言っても、基本私たち同士での模擬戦や魔法の制御の練習ばかり。同じ相手ばかりではマンネリになるし、たまには違う相手と戦えれば良い刺激になる。明はそう思ったのだろう。一も二もなくその提案に乗った。

 

 だけどそこからが少し明の予想と違っていた。イザスタさんはなんと、()()()()()かかってきなさいと言い放ったのだ。

 

 これには実力を知っている私以外の全員が反対した。仮にも俺達は『勇者』なので常人よりは強い。いくらイザスタさんが腕に覚えがあるとしても、精々一対一が良いところだろう。

 

 おおよそこのようなことを口々に言ったのだが、イザスタさんはいいからいいからと取り合わない。おまけにチョイチョイと指を曲げて挑発する始末。

 

 そうして四対一の戦いが始まったのだけど、結果は冒頭に話した通り。明とイザスタさん以外は全員地に伏す羽目になった。

 

 まず最初に様子見で、私達の中で二番目に接近戦に強い黒山さんが突撃したのだけど、なんとあっさり槍でカウンターを顎に受けてそのままダウン。

 

 それを見て、遅まきながらに相手が本当に一人で四人を相手取れる実力があると分かった高城さん。やや慌てて得意の土属性でゴーレムを作成するも、作り終える前に水球を顔面に食らってやっぱりダウン。

 

 私はイザスタさんの実力を知っていたから、開始早々油断せずに月属性の“月光幕”を使って自分を認識しづらくしていた。

 

 元々この魔法は幻惑のための魔法だ。防御力を上げるのは副産物。これでこっそり明を掩護するつもりだったのだけど、すぐに見破られてしまう。そのまま喉元に槍を突きつけられて戦闘不能とみなされる。そのまま腰が抜けて崩れ落ちてしまった。

 

 ……当てなかったのは思いっきり手加減されていたようでちょっと悔しい。

 

 もちろんこの間明が何もしなかった訳ではない。幾度もなく切りかかり、時には魔法で牽制も加えていた。その状態でなおイザスタさんは、明以外全員を倒してみせたのだ。

 

 やっぱりイザスタさんは強いなぁ。それに美人で格好いいし……でも何者なんだろうか? 

 

 私が襲われた時、あの時も自分の仕事は『勇者』の情報を集めることだと言っていた。じゃあ他の国のスパイ? ……分からないことばかり。

 

 だけど、私や女の子を助けてくれたのは紛れもない事実だ。それにあの人は…………多分信用できる。あの時見せた人を安心させるような微笑み。あんな風に笑える人が悪人なんて思えない。

 

 まだしばらくはイザスタさんもここに滞在するのだから、これから少しずつ知っていこう。私はそう決意した。…………だけどその前に。

 

「すみません。誰でも良いから手を貸してくれませんか?」

 

 まだ私は腰が抜けて立てないし、黒山さんも高城さんもまともに身体が動かせない。こんな状態で決意しても見た目が悪いものね。私は情けない格好ながらも、他の人達に助けを求めた。

 




 残されたイザスタさんはこっちで頑張ってます。

 正直言って、『勇者』達の大きな敗因は連携にあります。個々の練習ばかりでチーム戦の練習不足というやつです。上手く連携が取れていれば勝ちの目も出てきます。

 まあそれでも一人ずつであれば明以外は軽く倒せるという点で、イザスタさんも充分規格外ですが。

 


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閑話 ある『勇者』の現状報告 その二

 

「う~ん。個人的な感想を言わせてもらって良い?」

「……よろしくお願いします」

 

 訓練が終わり、昼食を終えた私達は城の一室に集まっていた。イザスタさんやサラさんも一緒だ。他の付き人の人達は、報告することがあると言って途中で別れた。

 

 部屋に控えていたメイドさんに簡単なお茶請けをお願いすると、イザスタさんはそう私達に切り出した。……多分さっきの訓練のことだ。私は他の皆を代表しておずおずと答える。

 

「皆の訓練の様子を見させてもらって、一度実際に手合わせさせてもらった訳だけど、一言でいうと……皆能力は高いけど力に振り回されてるわね。何故かアキラちゃんだけは違ったけど。戦いの経験があるの?」

「……えぇ。まぁ」

 

 何故かそこで明は言葉を濁す。確かに明の実力は私達の中でも頭一つ抜けていた。ここに来る前に何かやっていたのだろうか? 格闘技とか。

 

「流石ですアキラ様。別の世界でもお強かったのですね!」

 

 サラさんがそう言うと、明は何故か渋い顔をして黙り込んでしまう。あまりその件は触れられたくないみたいだ。

 

「じゃあアキラちゃんはひとまず良しとして、残るは三人ね。……まずはテツヤちゃんから」

「俺かい?」

 

 黒山さんは自分を名指しされて背筋を正す。

 

「テツヤちゃんは動きの筋自体は悪くなかったと思うわ。拳も蹴りも思い切りがあったし、前の世界でも喧嘩とかよくしてたんじゃないの?」

「ま、まあ昔ちょっとな。でも最近はしてないぜ」

 

 そこに関してはちょっと納得できた。なんと言うか、言動の端々に古いタイプの不良のイメージがあるのだ。昔突っ張っていたけど、今は更生して真面目に働いているという感じ。

 

「なるほどねぇ。だからかぁ。……じゃあ一度試しにちゃんとした戦い方を学んでみましょうか。それだけでも大分変ると思うわよん。あと折角風属性と火属性の適性があるんだから、それを戦いに取り入れてみるのも面白いんじゃないかしら」

「そ、そうか? じゃあ一度誰かに教わってみるかな」

 

 黒山さんは素直に頷いた。やはり一度あっさり負けたことで、イザスタさんへの評価がググ~んと上がっているみたいだ。少なくとも戦いという点では。

 

「じゃあ次に……コウちゃんね」

「おい。コウちゃんではない。康治だ。あと“さん”か“様”を付けろ。無礼な奴だな君は。目上の者に対する口の利き方がなっていないようだ」

 

 高城さんが自身の呼び方に文句をつける。元々この人は元の場所でもそれなりに偉い立場にいたらしく、私達の中でも一番年上の三十二歳だ。だから言葉遣いや礼儀にはそれなりに厳しい。

 

「良いじゃないのコウちゃんで。その方が可愛いわよん! ……あと口調に関してはゴメンナサイね。それなりに長くこの口調なものだから中々変えられないのよねぇ」

 

 結局この後もしばし高城さんがイザスタさんに食って掛かったのだが、どうにものらりくらりと躱されて遂に根負け。コウちゃんの呼び方に落ち着いた。

 

「じゃあ話を戻すわよコウちゃん。コウちゃんはとにかく動き出しが遅かったわね。油断してたっていうのもあるけれど、それにしたってアタシに近づかれるまでに発動も出来ないって言うのはちょ~っとマズいんじゃない?」

「ぐっ! そ、それは……」

 

 図星を突かれて高城さんは押し黙る。確かに高城さんは魔法特化型。近づかれたらそれだけで危ない。

 

「だけど、訓練の内容を見た限りではゴーレムの強さ自体は中々の物だと思うわよん。一度に何体も作れるし、ある程度自立行動も出来るみたいだから発動されると結構厄介だし。もしかしてそういう加護でもあるのかしら?」

「ふんっ! まあ一応だがな」

 

 私は高城さんの加護が何かは知らないけれど、イザスタさんの見立てではゴーレム作成に関連する何からしい。

 

「じゃあ尚更出だしが肝心ね。発動するまでが長いのなら、常に戦局の二手三手先を読んで準備しておかないと。人の上に立つ人は、優れた状況判断力も持ち合わせているものだもの。コウちゃんならそれくらい出来るわよねぇ?」

「も、勿論だとも。言われるまでもない」

 

 ……高城さんが何か上手く乗せられている感がする。

 

「……さてと、じゃあ最後はユイちゃんね」

「は、はいっ!」

 

 先の黒山さんも高城さんも、かなり具体的なこれからの課題を提示されたように思う。それだけイザスタさんの観察眼が凄いってことだろうけど、だとすると私は何を言われるのだろう?

 

 私は、どうすれば良いのだろうか?

 

「ユイちゃんは……っと、その前にお茶請けが来たみたいよ。食べながら話しましょっ♪」

 

 丁度タイミング悪く、部屋のドアがコンコンとノックされる。イザスタさんはそう当たりを付けると、いそいそとドアを開けた。

 

 読み通りにそこにいたメイドさんからお茶請けのクッキーを強奪(本来配膳などもメイドさんの仕事)し、自分でテーブルの上に並べていく。……時々妙にイザスタさんが子供っぽく見えるのは何故だろう?

 

 

 

 

「あらっ!? このクッキー美味しいっ! 作った人良い腕してるわん」

「本当。すごく美味しいですね。生地もサクサクしてて」

「うん。ボクも結構好きだな。こういうの。ついつい手が伸びちゃうっていうか。……紅茶も程よい香りがクッキーに合ってる」

 

 なんだか急にお茶会が始まってしまった。だけど美味しいから良いよねっ! サラさんは遠慮しているのか手をつけない。

 

「…………なんか俺達だけ置いてきぼりな気がすんな。高城の旦那」

「まったくだ。女三人寄れば姦しいとはこのことだな」

「いや明は一応男だろっ! しれっと混じって違和感ないけど。……男だよな?」

 

 何か黒山さんと高城さんが言っているみたいだけど気にしない。美味しいお菓子はどの世界でも正義なのですっ!

 

「フフッ。や~っと笑った」

「えっ!?」

 

 気が付くと、イザスタさんが紅茶を飲みながら私をじ~っと見ている。

 

「気付いてる? 襲撃のあった日からユイちゃん。人前で一度も笑ってなかったのよん。私が見ている範囲内でだけどね」

 

 そう……かもしれない。確かに自分でもここ最近笑った記憶がない。

 

「ず~っと真面目な顔して、どこか思いつめた雰囲気で。それじゃあ人生楽しくないわよん。……さっき訓練でユイちゃんの月光幕をすぐに見破ったのもそれが理由」

「そ、そうなんですか?」

 

 うんうんとイザスタさんは頷く。お茶会の途中で急に来るのだからびっくりだ。

 

「これはなにも月属性に限った話じゃないんだけど、魔法って術者の心理状態がもろに影響するのよねん。熟練の使い手はそうでもないんだけど、覚えたての初心者はそう。さっきのユイちゃんは常に肩に力が入ってるって言うか、そんな状態だったから魔法の効果が弱かったのよ。これじゃあ仮に月が良く出た夜中だったとしても見破られていたわね」

「じ、じゃあどうすれば?」

「簡単よ。肩の力を抜いて、リラックスすれば良いだけ。今みたいにねっ♪」

 

 イザスタさんはそう言って朗らかに微笑んだ。それは以前にも見せた人を安心させるような笑顔で。

 

「……はいっ!」

 

 そうか。そんな簡単なことで良かったんだ。私もそれにつられて笑って答えた。そうして私達の反省会兼お茶会は、そのまま和やかに進んでお開きとなった。

 

 

 

 

 お茶会の後はこの世界についての勉強。そしてそれが終わると自由時間だ。私は一人お城の書庫で読書をしていた。

 

 この書庫には特殊な魔法が掛けられていて、許可を持たない人が中に入ると警報が鳴る。またそれと同時に中にいる人にトラップが起動するらしい。だから司書が常駐する必要もないらしく、書庫には現在私一人だ。

 

 元々私達地球から来たメンバーは、()()()()()()()()()()()()

 

 話すことは何故か出来るので意思疎通に困ったことはないのだけれど、読書好きの私としては由々しき問題だ。なのでこの世界の文字を勉強する時は、戦闘などの講義よりも真面目に聴いていたと思う。

 

 以前まで月属性の魔法を調べる時はエリックさんに代読してもらっていたのだけれど、もう彼はいない。申請すれば代読してくれる人を寄こしてくれるとは思うけど、勉強も兼ねて自力で毎日コツコツと読み進めている。だけど、

 

「ふぅ……えっ!? もうこんな時間っ!?」

 

 普段なら一日にある程度決まった時間だけ読む時間に当てるのだけど、今日は昼間のこともあってつい熱が入ってしまった。もう辺りが暗くなっていることに気づいた私は、慌てて読みかけの本を戻して書庫を後にする。

 

 そのまま自分の部屋に戻る途中、曲がり角の先の廊下から誰かの話し声が聞こえてきた。

 

「あれは……明とイザスタさん?」

 

 そっと覗いてみると、その二人が何か話をしている所だった。どうやら昼間のことについての感想戦のようなものを話し合っているみたいだ。

 

 あそこの攻めは良かったとか、あそこはもっとこうしておけばよかったとか。中々に議論が白熱しているらしい。

 

「……って、私何盗み聞きなんかしてるんだろ」

 

 前にそれで辛い目にあったばかりじゃないか。偶然付き人さん達の会話を聞かなければ、あのあとしばらく落ち込むこともなかったのだ。

 

 好奇心は猫を殺すなんて言葉もある。話の邪魔をするのも悪いし、他の道を行こう。そうして元来た道を戻ろうとした時、

 

「それにしても、貴女は何者なんですか? イザスタさん。ただのヒト種ではないんでしょう?」

 

 私の耳に、明のそんな言葉が飛び込んできた。一体何のことだろう? 私は立ち止まり、再び耳を澄ませる。そのことがこれから先どのような結果をもたらすのかも知らずに。

 




 お茶会発生。どこの世界でも美味い菓子と茶と話のネタがあれば楽しいものです。

 またもや人の話していることを盗み聞きしてしまう優衣ですが、本当に偶然聞いているのだから恐ろしい。某探偵や家政婦に必須のスキルですね。


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閑話 ある『勇者』の現状報告 その三

 

「何者って、最近よくそう聞かれるわねぇ。と言っても、その度にアタシはこう答えるんだけどね。……ただのB級(仮)冒険者だけどって」

「それは多分あってるんでしょうね。だけどボクが言っているのはそういう事じゃない。……貴女はもしかして()()()だったりするんじゃないですか?」

 

 この世界のことを勉強していく中で知ったのだけど、今現在この世界は幾つもの種族が存在する。私達のようなヒト種以外にも、よくファンタジー小説で出る有名どころで魔族、獣人、エルフ、ドワーフ、妖精などだ。

 

 俗にいうモンスターと呼ばれるものは、これらの種族に当てはまらず尚且つ交流するだけの知性を持たないものを指す。

 

 そして古代種と言うのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を指す。のだけど、

 

「な~んのことかしらね? お姉さんよく分からないなぁ」

 

 イザスタさんはピーピーと口笛を吹いている。遠目で細かな表情までは分からないけれど、別段焦った様子もなくいつも通りのイザスタさんだ。

 

「あっ。別に隠さなくても良いですよ。他の人に言うつもりはありませんから。ばれたら色々と厄介そうですしね」

 

 明の言葉に悪意は感じられない。これはイザスタさんを追い詰めようとしているのではなく、ただ単に好奇心で聞いてみただけという感じだ。

 

「……う~ん。さっぱり何のことか分からないけど、アタシだって秘密の一つや二つは持ってるとだけ言っておきましょうか。よく言うでしょ。秘密は女のアクセサリーだって」

 

 そのイザスタさんの言葉に、明は「なるほど。それもそうですね」と言って何か納得したように頷いた。明の中ではこれだけの会話である程度の結論が出たらしい。その言葉を最後に、話題はまたさっきの戦いに戻る。

 

「それにしても、さっきの戦いは見事だったわよん。アタシもつい最後は熱くなっちゃったわ」

「いやあ。まだまだですよ。それに結局最後までイザスタさんは手加減してくれていたじゃないですか。槍使いなのに一度も突きを使わなかったし。使われていたら多分僕も立っていられませんでした」

 

 ……そう言えば、イザスタさんは訓練中に槍での薙ぎや払いはしても、突きは一度もしなかった。私は喉元に槍を突きつけられたけど、あれは攻撃のためというよりも見つかっていることを分からせるためのものだった。

 

 という事は、手加減したうえで四人まとめて相手取れたことになる。

 

「ふふっ。まあ護衛でもあるからね。これくらい出来ないと。……それを言うならアキラちゃんだってまだ余裕が有ったじゃない。本当に全力だったら最後の一撃を途中で止めるなんて出来なかったもの」

 

「バレましたか」なんて言って笑う明。……本当にこの二人は強い。おとぎ話の中の英雄っていうのはこの二人のような人を言うのだろうな。……私なんかと違って。

 

 私はそのまま静かに来た道を戻っていった。胸の奥にどこか劣等感と無力感を感じながら。

 

 

 

 

 コンコン。コンコン。

 

 あれから部屋に戻り、夕食を摂ってから月属性の練習をしていると、急にノックの音が響き渡る。

 

「どなたでしょうか?」

「アタシよ。イザスタお姉さんよん。ユイちゃん居る?」

 

 部屋に常駐しているメイドさんの一人が問いかけると、馴染みのあるご陽気な声が返ってくる。イザスタさんだ。一体何の用だろうか? メイドさんが私の顔を確認してドアを開けると、そのままイザスタさんが入ってくる。

 

「こんばんわ。お邪魔するわよ」

「はい。こんばんわ。……あのぅ。何かあったんですか?」

 

 急にどうしたんだろう? 椅子を薦めると、イザスタさんはそのまま優雅に座ってこちらの方に向き直る。

 

「何って……用事がないと来ちゃいけないの?」

「いえ。そんなことは」

「なら。良いじゃないのん。ただの女子会よ女子会。ほらほら。昼間のクッキーもまだ有ったわよね? 出して出して」

 

 この世界にも女子会なんて言葉が有ったらしい。イザスタさんはメイドさん達にテキパキ指示を出し、あれよあれよと言う間に支度が整ってしまった。

 

 メイドさん達は支度を終えると、何か御用があればお呼びくださいと言って退席する。……今はちょっと気まずいから二人きりにしないでほしいのだけど。

 

 そのまま二人でしばし夜の女子会をするのだが……。

 

「こ~ら。また固くなってるわよん。折角の女子会だもの。楽しまなきゃ」

「す、すみません」

 

 突如イザスタさんが私の顔に手を伸ばし、そのまま指で口端をグイっと持ち上げる。…………どうやら自分でも気が付かないうちに、沈んだ顔になっていたらしい。

 

 私はそのまま笑おうとするが、どうにも上手くいかない。

 

「…………ユイちゃん。何かあった?」

「……すみません。実は……さっきイザスタさんが明と話しているのを聞いてしまったんです」

 

 イザスタさんが心配そうに聞いてくるので、私もさっきのことを打ち明ける。廊下の角から盗み聞きしてしまったことを。

 

「二人が話しているのを聞いて、思ってしまったんです。……やっぱり私は『勇者』なんかじゃなくて、ただの一般人なんだって」

 

 『勇者』などと呼ばれるけれど、私は特別な何かではない。この二人のような英雄的な力もなく、出来ることもやりたいこともそんなにない。

 

 今も月属性の練習をしてはいるものの、出来ることは精々が物の見え方を変化させるくらいのものだ。

 

 何とか動かないものなら周りの風景に溶け込ませるぐらいは出来るようになったけど、少しでも動かしたらすぐに違和感が出てしまう。あとは簡単な切り傷や擦り傷を治す程度のこと。それくらいしか出来ないのだ。

 

 明は言わずもがな、黒山さんも高城さんも私なんかが出来ることくらい簡単に出来るだろう。

 

 光属性も光の屈折を利用すれば幻惑の一種くらい出来るだろうし、他の属性だって治癒の魔法は存在する。月属性は特殊属性ではあるけれど、その内容は決して唯一無二という訳ではないのだ。

 

 それならば他の加護か何かを伸ばせばいいのかもしれないけれど、私の加護は未だ使い方も分からない『増幅』の加護。これじゃあ伸ばしようがない。

 

「突然この世界にやってきて、『勇者』だなんて言われてちやほやされて……だけどあんなことがあって。この世界は決して優しいだけの世界じゃないって分かって、私も自分の出来ることを探そうって思って……でも私に出来ることなんてたかが知れていて」

 

 私はだんだん自分が抑えられなくなっていた。支離滅裂な言葉が感情のままに口をついて溢れ、イザスタさんはただただ何も言わずに私の話を聞いてくれている。

 

「今はまだ皆と同じところに居るけれど……何となく分かるんです。昼間のアドバイスで、他の人達は一気に先へ進むだろうって」

 

 黒山さんはあの後、火属性と風属性を身体に纏わせる訓練を始めていた。今はまだ上手くいかなくて服を焦がしたり風でバランスを崩したりしているけど、多分将来的には自由自在に扱えるようになるだろう。

 

 高城さんもイザスタさんに言われたことを参考にして、状況の把握と先読みを意識した訓練を始めている。こちらも今は試行錯誤の段階だけど、最終的にはゴーレムの軍団を指揮することも可能かもしれない。

 

 明はアドバイスこそ受けていないものの、イザスタさんとの訓練で何か手ごたえを感じているみたいだった。今のままでも強いけれど、このままならもっと強くなるのは間違いない。

 

「私にイザスタさんは、魔法を使うならもっとリラックスすれば良いって言ってくれました。だけど、どうすれば良いのかよく分からないんです」

 

 聞いた直後は簡単なことだと思ったけれど、他の人達がドンドン先に進もうとしているのに自分だけ何もできなくて、そんな状況でリラックスなんてどうすれば良いのか分からなくなって。自分だけ置いて行かれるような感覚があった。

 

 ポタッ。ポタッ。

 

 気が付くと、私の両目から涙が溢れていた。

 

「この城の人達も、町の人達も、私達のことをとても良くしてくれます。だけどそれは私達が『勇者』だからです。私達を特別な何かだと思っているからです。でも私はそうじゃない。……そうじゃ……ないんです。私は……特別なんかじゃ、ない」

 

 私はそのまま顔を覆って崩れ落ちるように泣き続けた。このまま消えてしまえたらいいのに。すっかり心の弱り切った私は、そんなことも平気で考えるようになっていた。

 

 目の前の方からガタンと音が聞こえる。イザスタさんが席を立ったのだろう。

 

 きっとこんな弱い私に愛想をつかして部屋を出ていくんだ。そして他の人達にこのことを話すに違いない。そうすれば私が『勇者』などとは程遠いという事もすぐに分かるだろう。

 

 だけど、いつまで経ってもドアを開けて部屋を出ていく音は聞こえない。その代わりに、

 

「…………えっ!?」

 

 何かに包まれるような感触がした。顔を覆う手を緩めて前を見ると、イザスタさんが()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「イ、イザスタさん!?」

「……心がどうにもならないことで一杯になっちゃった時は、思いっきり泣いて良いのよん。アタシは涙を止めることはしないけど、落ち着くまで胸を貸すくらいのことはしてあげるから」

「…………う、うわああぁぁん」

 

 私はその言葉通り、イザスタさんの胸の中で泣き続けた。

 

 それは初めてこの世界に来た直後以来の大泣きで、涙が枯れるまでずっと、みっともなくも心の中を洗い流していくように……泣き続けた。

 




 ホントイザスタさん何者なんでしょうねぇ。


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閑話 ある『勇者』の現状報告 その四

 

「少しは落ち着いたかしら?」

「…………はい。ありがとうございます」

「フフッ。メイドちゃん達を呼ぶのはもう少し後にしましょうか。ほらっ」

 

 結局その後私が泣き止むまで、イザスタさんは時折背中をさすりながらずっと付き添っていてくれた。

 

 私の顔はさぞ凄いことになっていたのだろう。顔を上げた私の顔を見て、苦笑しながらハンカチを差し出してくれる。返さなくて良いと言ってくれたけど、あとでしっかり洗って返しますから。

 

「ごめんねユイちゃん。アタシの言葉で逆に追い詰めちゃったみたい」

「いえっ! 元はと言えば私がいけないんです。イザスタさんが謝る必要なんてっ!」

 

 イザスタさんが頭を下げてくるので、私は慌てて頭を上げてもらう。

 

「ユイちゃんは真面目さんね。そうじゃなきゃこんなに悩んで苦しんだりは出来ないわ。特に自分以外のことに対してはね」

 

 イザスタさんは優しく語りかけてくる。気を使わせてしまったみたいだ。

 

「元々昼間のあのアドバイスは、単純にあの時の戦闘においての問題点を指摘したに過ぎなかったの。だからユイちゃんの抱えていた悩みに関しては的外れになってしまった。……この機会に言わせてもらうわね。ユイちゃん。あなたは紛れもなく『勇者』だと思うわよ」

「で、でも……私は他の人みたいな特別な力なんてないんです。私の出来ることは他の人達も出来て、私だけ出来ることなんて何もない。そんな私が『勇者』だなんて」

 

 そう言った私を見て、何故かイザスタさんは何かを思い出すように懐かしそうな顔をした。……どうしたんだろう?

 

「あぁ。何でもないのよ。何でも……コホン。ユイちゃんはそれでも、間違いなく『勇者』だと思うわよ。だって、あの時も身体を張って女の子を助けたじゃない」

 

 あの時、私とイザスタさんが初めて会った時のことだろうか?

 

「ユイちゃんはあの時、恐怖に震えながらもなお女の子を守る為に飛び出した。それはとても勇気のいることよ。異世界から来たという意味での『勇者』ではなく、人の希望たる『勇者』でもない。純粋に勇気ある者という文字通りの『勇者』」

「……でもそれは」

「分かってる。ただの言葉遊びよん。そういう意味の『勇者』じゃないって言いたいんでしょ? ……でもね。どの『勇者』も間違いなく特別なの。力が無くったって、自分の出来ることが自分以外にも出来たって、特別なの」

 

 私にはイザスタさんの言っていることは良く分からなかった。でも、懸命に私を励まそうとしていることだけは十分に伝わってくる。だから。

 

「……ありがとうございます。私は特別なんかじゃないと思うけど、それでももう少し……がんばってみようと思います」

 

 私は特別なんかじゃない。この世界に来ても、やっぱりただの女子高生だ。それでも、まだやれることがきっとあると思う。

 

 加護だって使い方が分からないだけで意味があるのかもしれないし、月属性も書物を調べればまだ何かあるかもしれない。ここで立ち止まってなんかいられない。

 

「……そっか。それじゃあ真面目で頑張り屋さんのユイちゃんに、お姉さんから一つ贈り物をしましょうか」

 

 イザスタさんはそう言うと、胸元から何かを引っ張り出した。……これも私にはできないけど、羨ましくなんかないもん。

 

「これは?」

 

 取り出されたのは小さな濃い青色の石がはまったペンダントだった。チェーンも小ぶりだけどしっかりとしていて、一目で質の良い物だと分かる。

 

「お守りよお守り。大事にしてねん」

「こんな高そうなの……受け取れません」

 

 慌てて返そうとするが、イザスタさんは笑いながら受け取ろうとしない。

 

「じゃあこうしましょう。ユイちゃんが胸を張って自分で『勇者』を名乗れるようになったら、その時に返してちょうだい。こういうのは目標があった方が良いでしょ?」

「は、はいっ! がんばります」

 

 上手く乗せられたような気がするけど、確かにイザスタさんに返すという目標があればがんばれるかもしれない。私はペンダントを首から提げ、決意を胸にそう宣言した。

 

 自分でいつ『勇者』を名乗れるようになるか分からないけれど、必ずイザスタさんにこれを返してみせる。見ていて下さい。

 

 こうして私達の夜の女子会は、とても有意義な時間を過ごして終わりを迎えた。

 

 後にして考えると、多分イザスタさんは私が盗み聞きしていたことを知っていたのだと思う。だからわざわざ夜に私の部屋に来たと考えると辻褄が合う。

 

 だけどそれを咎めることもなく、私の言葉を親身になって聞いてくれたのはイザスタさんの性格からだと思う。

 

 ……そういえば、明の言っていた古代種というのは一体何のことだったのだろうか? 色々聞きそびれてしまった。……まあその内聞けば良いよね。

 

 

 

 

 次の日、私は明と一緒に以前の襲撃で被害に遭った人達が集まる仮設テントに来ていた。

 

 襲撃の被害は決して小さくはなかった。怪我をした人も大勢いる。そんな人達は一時的にここに避難し、国の治癒術師や急遽雇われた薬師によって治療されていた。

 

 私と明は少し治癒の魔法が使えるので、あの日から時々訓練の合間に来ては治療の手伝いをしている。……と言っても本職の人には敵わないので、本当に手伝い程度ではあるけれど。

 

「“月光治癒(ムーンライトヒール)”」

 

 月属性の魔法、初歩ではあるけど治癒の魔法を足を怪我した男の人にかける。あくまで初歩な上に今は昼間。効果としては精々が止血とちょっとだけ体力回復、痛み止めが少々と言ったところだ。だけど、

 

「ありがとうございます『勇者』様」

「いえ。……礼を言われるほどのことじゃ、ないです」

 

 たったこれだけのことで、この人は私に感謝の言葉を述べる。治療の度合いで言ったら本職の人に遠く及ばないのに。主な治療は国の術師がやったので、私は緊急度の低い怪我を治しているだけなのに。

 

「…………よしっ! こっちは終わったよ。優衣の方はどう?」

「あとこの人で終わり。……ふぅ。これで大丈夫ですよ」

 

 明の方も割り当てられた人に光属性の治癒魔法をかけ終わり、私も最後の一人が終わる。

 

「ありがとうございます。おかげで助かりました。『勇者』様方」

「いえ。大半は皆さんが治したんです。私と明は手伝いをしただけで」

 

 国の治癒術師の人からも礼を言われるけれど、そこまでのことは本当にしていないのだ。

 

 この人だけじゃない。他の人達も私に、と言うよりも明も含めた『勇者』に感謝するのだ。

 

 こんなことになったのも元はと言えば『勇者』を狙ってきた奴らのせいなのに。ひいては『勇者』が原因の一つと言えなくもないのに。……そのことで私達を責める声はまるでなかった。

 

 その『勇者』に対する強いプラスの思いが、今の私にはとても辛い。

 

 

 

 

「お疲れ様」

「お二人とも、お疲れさまでした」

 

 私達はそのまま今日の治療の手伝いを切り上げて、仮設テントを出る。そこにはイザスタさんとサラさんが待っていた。

 

 近いとはいえここは城の外、なので護衛として二人も同行していたのだ。治療行為を邪魔したらいけないという事で入口で待っていたが、何かあったらすぐに突入してくるつもりだったみたいだ。

 

「うん。この調子なら次かその次でもう手伝いも必要なくなると思うよ。……それじゃあ優衣。ボクは先に戻っているね。いくつか調べたいこともあるし。じゃっ!」

「あっ!? お待ちくださいアキラ様。私も行きます。……それではユイ様。イザスタ殿。失礼いたします」

 

 一足先に走り出す明。そして私達に一礼して、明を追いかけていくサラさん。……付き人も大変だ。

 

「それじゃあ、私達も行きましょうか? それとも少し休んでいく?」

「大丈夫です。……ちょっと疲れただけですから、城についてから休みます」

 

 手伝いとは言え何度も魔法を使ったので少し疲れた。でも、これくらいなら城まで戻ってから休んだ方が良いだろう。その方がイザスタさんも警戒しなくていいはずだ。

 

「そう。じゃあ……その前に、ちょっと後ろを向いた方が良さそうね」

「後ろ? 後ろって……」

 

 何かあるのかと振り向く私。すると、誰かがこちらに向かって走ってくるのが見えた。……まさかまた襲撃っ!?

 

「ユイお姉ちゃんっ!!」

 

 その人はそう言って私の前で立ち止まる。そこに居たのは、

 

「あなたは……マリーちゃん?」

「うん。マリーだよ」

 

 そこに居たのは、私があの時庇った女の子だった。あの時は泣きじゃくる彼女からマリーと言う名前しか聞くことが出来ず、その後すぐに私は城に連れられた。

 

 女の子は避難所の方に連れて行くという兵士さん達の話だったけど、見たところ十歳にも満たなそうだし近くに親御さんらしき人もいなかったので気になっていたのだ。

 

「良かった。……ごめんね。あの時離れちゃって。怪我とかしてない?」

「大丈夫だよ! だって、ユイお姉ちゃんが助けてくれたもの!」

「……助けたって言うか、実際はそこのイザスタお姉さんが何とかしてくれたんだけどね」

 

 あははと苦笑しながらも、私はイザスタさんの方を手で示す。

 

 イザスタさんははぁいとにこやかに笑いながら、マリーちゃんに近寄ってしゃがみこんだ。さりげなく目線をマリーちゃんに合わせている。私も慌ててしゃがんで目線を合わせる。

 

「うんっ! だから二人にお礼を言いたかったの。ユイお姉ちゃん。イザスタお姉さん。助けてくれてありがとうっ!」

 

 マリーちゃんはそう言って満面の笑みを浮かべた。イザスタさんもまんざらでもない顔で笑っている。そして私は……。

 

「あれっ? ユイお姉ちゃん。どうして泣いてるの? どこか痛いところでもあるの?」

「…………大丈夫。どこも痛くないよ。それに、お礼を言うのは私の方」

 

 私の目からまた涙が溢れていた。最近泣き虫になったのかもしれない。私はそのままマリーちゃんを優しく抱き寄せた。以前イザスタさんにしてもらったようには出来ないけど、これが私なりの気持ちの伝え方。

 

「マリーちゃんは私のことを『勇者』じゃなくて、優衣って名前を呼んでありがとうって言ってくれたから、それが嬉しかったの」

「……? 『勇者』でもユイお姉ちゃんはユイお姉ちゃんでしょ? だったらお名前で呼んだ方が良いじゃない」

「……そうね。…………そうだよね」

 

 私はこうして、多分初めてこの世界において、()()()()()()()()()()()()()()()()()()誰かを助け、また助けられたのだと思う。それがとても嬉しかった。

 

 私は特別なんかではない。そんな私であっても見てくれる人がここにいた。それだけで、お礼を言うには十分すぎるくらいなんだ。

 

 私はそんな万感の思いを込めて、マリーちゃんにありがとうと言う。何度も、何度も、言い続けたんだ。

 




 ひとまず優衣視点はこれで終了です。

 優衣は良くも悪くもメンタルを重視しています。何かあったらすぐ落ち込むけど、その度に誰かの手を借りて頑張って立ち直ろうとする強さも持っている。そういう人です。

 ただ一人だけだと中々立ち直れない欠点もあるので、もしイザスタさんやマリーと会っていなかったらまだ落ち込んでいたかもしれませんね。


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閑話 砂時計達の定例会議

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 そこは何処とも分からぬ場所だった。光の射さない真っ暗な空間。なのに何故か部屋の様子はハッキリと見える。壁らしきものはあるのだが扉も窓もない。

 

 在るのは部屋の中央に置かれた円卓と、その周囲に配置された十の椅子。そしてそれぞれの椅子に置かれた赤い砂時計のみ。

 

 音もなく光もなく、そのままの静寂が永遠に続くかと思いきや、砂時計の一つが急に光を放ち始める。そして発光が一気に強くなり、それが収まった時には、そこには一人の女性が代わりに座っていた。

 

 腰まで伸びた紫紺の髪。アメジストの如き澄んだ瞳。どことなくビジネススーツのようにも見える、黒を基調とした服を着こなしている。そして恐ろしく整ったその美貌は、どこか年齢を読めない不思議な雰囲気に満ちていた。

 

 まるでずっとそこに居たかのように自然にそこに座るその女性は、出現して一度周囲を見渡す。自分以外誰も居ないことを確認すると、落ち着いた様子で膝に手を置き、瞳を閉じる。

 

 それからしばらく経ち、変化のなかった部屋に再び光が灯った。また砂時計の一つが光り出したのだ。そしてその光の中から現れたのは、

 

「よいしょっと。一番の…………と思ったら、先を越されちゃったわねん。リーム。こうして会うのは二月ぶりね」

「そうですねイザスタさん。連絡自体は数日おきに取っていましたが、前回の定期連絡会以来です」

 

 現れたイザスタに対して、リームと呼ばれた女性は静かに笑いかける。その笑顔を一度向けられたなら、その心を囚われる者がどれだけいるか知れない神々しさと魔性を兼ね備えた笑みだ。

 

 しかしイザスタは長い付き合いなので慣れたもの。心を囚われることなく笑い返す。そのまましばらく雑談を交わす二人。

 

「それにしても……今回はやけに集まりが悪いわねぇ。もうすぐ予定時間よ。留守番組やオレインはともかく、エイラにロイアちゃん辺りはもう来ても良い頃なのに」

「あぁ。そのことですが……」

 

 イザスタの疑問にリームが答えようとした時、砂時計の一つがまた発光しだした。その光が収まると、その場所に一人の男が現れる。

 

「あらあら。アシュちゃんじゃないの? 二月ぶりねん。元気にしてた?」

「…………お久しぶりです。イザスタさん」

 

 現れた用心棒アシュは、イザスタの顔を見ると丁寧に頭を下げる。だが、

 

「もぅ。そんなかしこまった話し方しなくて良いのに。昔みたいにもっと気楽に姉さんと呼んでくれたって罰は当たらないわよん」

「…………はぁ。じゃあ普通に言いますけどね。……アンタ何やってんのっ!!」

「何って……何が?」

 

 イザスタの何の反省もないその態度に、珍しくアシュが声を荒げて叱り飛ばす。

 

「前回の定期連絡の時にはアンタ交易都市群にいたよな? これからヒュムス国に行くって話は聞いてたけど、何で牢屋なんかに入ってるんだよっ!? 何が有ったか知らないが、イザスタさんなら捕まるなんてへましないだろうに」

「もうそのこと聞いちゃったの? いやぁ。それがちょっとへましちゃったのよん。だって私好みの可愛い子をいじめる貴族の人が居てね、このままじゃちょっとシャレにならないことになる所だったし、ついつい……ねっ♪」

「ねっ♪ じゃないよまったく。具体的に何をやったかは聞かないけど、どうせそのいじめられていた人を助けたついでに、貴族の怒りの矛先を自分に向けさせたんだろ? またその人がいじめられるのを防ぐために」

 

 アシュは自分の目の前にいる人が、どこまでも自身の享楽のために生きていることを知っている。

 

 その本質が今はやや善寄りなのは否定しないが、世間一般に悪と言われる所業であっても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()平気でやらかすのだ。

 

「それでその後一応わざと捕まったってとこか。逃げ切ってしまったらそれはそれで貴族の面目丸つぶれだ。探すために何をするか分からないもんな」

「そうそう。幸い捕まってすぐにその貴族の人と直接話す機会があってね。()()()()()気前よく色々許してくれちゃって……まあ貴族の人を怒らせちゃったのは事実だし、一応私なりのケジメってことでしばらく牢屋暮らしになったのよん」

 

 あっはっはと何でもないように笑うイザスタだが、アシュは内心その()()()貴族に何があったのかを想像して合掌する。あまりロクなことにはなっていないだろう。

 

「だからって、わざわざ牢屋にまで入る必要が有ったのかは疑問だけどな。だいたいイザスタさんときたら……」

 

 アシュはこれまで溜まった諸々の鬱憤も込めて、イザスタに説教を始める。流石のイザスタもちょっとだけ悪いと思ったのか、困った顔で神妙にアシュの言葉を聞いている。

 

 そしてこの二人の様子を、少しだけ離れたところでリームは微笑ましいものでも見るように眺めていた。

 

 

 

 

「…………さて、そろそろ時間ですね。定期連絡会を始めるとしましょうか」

 

 アシュがイザスタに説教を始めておよそ十分。キリの良いところまで話したのを見計らったように、リームのその言葉が部屋に響き渡る。

 

 それは決して大声ではないのだけれど、二人はその言葉を聞いて速やかに姿勢を正す。もうじゃれ合う時間は終わりだと言外に言われたように。だが、

 

「始めるったって、まだここには三人しか来てないぜ? リームさん。もうちょっと待った方が良いんじゃないか?」

 

 アシュのその言葉に、リームは軽く首を振る。

 

「先ほど言いそびれていましたが、エイラとロイアからは事前に今回欠席の連絡が来ています。エイラからは『迷える子羊を助けに行ってきます』と。ロイアは」

「まあロイアちゃんが欠席と言うと……またエストちゃんが暴れ出すタイミングと被ったとかかしらね」

「その通りです。今日から明日にかけていつそうなるか分からないので見送ると」

 

 それを聞いてイザスタもアシュも納得する。可能性は低いが、もし会議の最中にそうなったら色々マズい。

 

「残るはオレインですが……遅刻はいつものことです」

「そうねぇ。まあいつものように寝てる可能性もあるし、来なかったらアタシから連絡しときましょ。下手にアタシやリーム以外が起こすと機嫌が悪くなるから」

「それが無難でしょうね。お願いしますよ。では改めて、定期連絡を始めましょうか」

「それじゃあまずアタシからね。ふっふっふ。アタシの情報はすごいわよぅ。なんと一人依頼の人物を見つけちゃったのよ」

 

 そうしてリームの進行の下、各自が集めた情報がまとめられていく。

 

 目的はある人物達の捜索だが、それとは別に各地で起きている気になった出来事なども挙げていく。何がその人物に繋がるか分からないし、情報自体に価値が出る場合もあるのだ。そうして一つずつ精査していく中、

 

「……そうしてアタシの牢獄生活は終わりを迎え、今は『勇者』達の護衛兼付き人をやってるって訳なのよん。ああ! アタシの愛しいトキヒサちゃんは何処に行ったのかしら。看守ちゃんの人脈でもまだ見つけられないし、ヌーボの一部はまだ反応があるから無事だとは思うんだけど、お姉さんったら心配で心配で……って、どうしたのアシュちゃん? 何か複雑な顔をして」

「…………いや、奇妙な偶然だなって思っただけ。そのトキヒサなら俺の今いるところに居るぜ」

「ホントなのっ!?」

 

 イザスタが思った以上に食いついてきたので、アシュも自身の今の状況を説明する。

 

 今の雇い主と一緒に交易都市群を回っていたこと。儲け話の匂いを嗅ぎつけ、ダンジョンに潜っていたこと。そして、その中で出会った二人組のことを。

 

「……ということで怪我は酷いけど命に別状はない。腕の良い薬師もいるし、何日かすれば動けるようになるだろう。それから一度近くの町に行く予定だ」

「…………なるほど。思わぬところで目標と接触していた訳ですか。しかしそうなると……」

 

 リームはそう言い終えるとチラリとイザスタの方を伺う。そのイザスタはと言うと、

 

「うぅ。……ズルい。ズルいわよぅ。トキヒサちゃんとはアタシが一緒に冒険ア~ンドデートするはずだったのに」

 

 子供のように不貞腐れた顔で円卓に突っ伏していた。

 

「仕方ないですよ。合流するにしても、距離的にかなり離れている上に国家間のゲートは現在使用不能。片手間で向かうということは出来ません。その上『勇者』達の面倒を見ているのでしょう? ここは諦めてアシュに任せるとしましょう」

「…………分かってるわよん。仕事を放りだすわけにもいかないものね」

「それに、トキヒサの方もいずれイザスタさんの所に行くつもりみたいだぜ。約束したからってな。まあ指輪の解呪とか諸々終わってからだけどな」

 

 その言葉を聞いて、イザスタは嬉しそうに目を輝かせる。トキヒサが自分との約束を守ろうとしてくれていることがお気に召したようだ。

 

 

 

 

「それぞれの報告は以上のようですね」

 

 互いの情報のすり合わせも済み、リームの一言で今回の会議はお開きとなる。

 

 予定出席者の半分しか来ていなかったのにも関わらず、話し合いだけで一時間以上が経っていた。それだけ濃密な内容だったと言える。

 

「今回新たに五人目であるトキヒサ・サクライが無事見つかり、残る対象は二人となりました。加えてアシュの報告によると、そのエプリさんから聞いた謎の黒フードの中にそのような人物がいたとか。それがもし確かであれば、さらにもう一人」

「ふぅ。このお仕事も終わりが見えてきたってことね。…………全部終わって戻るにしても、今手掛けている仕事が終わるまでは猶予は有るんでしょ?」

 

 イザスタがそう聞くと、リームは肯定するように頷く。

 

「元々今回の依頼は数年がかりの予定でしたから、それくらいなら問題ないでしょう。ですが……まだ終わっていないのに終わった後のことを話すのはやめた方が良いですよ。最後の一人はまだ手掛かりもないというのに」

「分かってるわよ。ちょ~っと『勇者』達の中に気になる子がいてねん。昔のアナタみたいに、『私の出来ることは他の人達も出来て、私だけ出来ることなんて何もない』なんて言って悩んでいる子が。……人生のセンパイとして、何かアドバイス的なものは無かったりする?」

 

 リームはその言葉に僅かにだけ逡巡する。だがそれも一瞬のこと。

 

「……そうですね。ではもしまだ悩んでいるようであればこう言ってください。『自分の出来ることを徹底的にやってから悩みなさい。話はそれからです』とね」

「フフッ。相変わらずスパルタねぇ。……良いわ。そう話しておく。ありがとねリーム」

 

 女同士の語らいも終わり、そろそろ各自で引き上げようかと言う所で、

 

「あっ!? そう言えば忘れてた。リームさんでもイザスタさんでも良いから、エイラの居場所知らないか? 一つ解呪を頼みたいんだけど」

 

 アシュがうっかりしてたとばかりに発言する。

 

「さっき言ってたトキヒサちゃんの指輪の件ねん。確かにエイラならそういうのは得意だわ」

「それなら私が知っていますよ。欠席の連絡の際に聞いておきました。今は確か…………」

「…………あそこかよ」

 

 リームの語るその場所を聞いて、アシュの顔は僅かに引きつった。

 

 こうして会議は色々とすったもんだを迎えながらも幕を閉じる。一人、また一人と砂時計の光と共に消えていき、部屋の中は再びの静寂に包まれた。

 

 

 

 

 と思いきや、

 

「………………寝坊したの」

 

 砂時計の一つが発光し、そこから一人の少女……いや、幼女が現れる。

 

 見た目は小学校低学年といったところか? そこそこ長い薄緑色の髪は明らかに寝癖でボッサボサ。服も愛らしいフリルの多くついた子供服なのに、着たまま眠ってしまったのかあちこちしわになっている。

 

 眠そうな垂れ目を服の袖でごしごしとこすりながら、幼女は誰も居ない円卓を見渡す。

 

「…………皆、遅刻してるみたいなの。ラッキーなの」

 

 幼女はホッと安心したように言う。いや違うよとツッコミを入れる者は誰も居ない。すると、幼女は一度大きな大きな欠伸をする。その目は明らかに閉じかけだ。

 

「じゃあ……他の人が来るまでオレインは寝るの。……お休みなの」

 

 そのまま自分のことを名前で呼ぶ幼女、オレインは円卓に突っ伏し、数秒もしないうちにスヤスヤと眠りについた。念のためにと様子を見に来たイザスタがオレインを見つけるまで、それはそれは幸せそうな顔で眠っていたのだ。

 




 ある報告会の様子。敵か味方か分からない謎の組織感を出せていたら幸いです。

 


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接続話 これからの予定とたらればの話

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 異世界生活十四日目。

 

「しかし…………これはキツくないか?」

「キツい? 何が?」

「いや。先立つものが無くてな」

 

 俺は拠点のベットの上で横になりながら、今の所持金を計算していた。俺の肩に乗ったボジョが支えとなって、金を数える動きを補佐してくれている。

 

 俺のベットの横にはエプリが座って見張りをしている。これは敵から護衛するというよりも、俺がこの状態で何かやらかさないかという見張りらしい。

 

 ……そんなに俺は何かやらかすように見えるだろうか? まだ全身包帯グルグルで上半身くらいしかまともに動けないし、ラニーさんの見立てではもう二、三日はこの状態で安静にしていないといけないというのに。

 

 ちなみに隣のベットでは、セプトが薬を飲んでぐっすり眠っている。魔力暴走の件で身体に負荷がかかっていたからな。怪我自体は俺よりマシでも、疲労は決して少なくない。

 

 ただ俺から離れようとしないので、こうして隣のベットに寝かせている。

 

 しかし何日も動けないのでは暇だし、クラウンとの戦いやセプトの魔力暴走と、金のかかることばっかりだったからな。一度しっかりと金の動きを調べてみたのだが、

 

「“金こそ我が血肉なり(マネーアブソーバー)”で貯金箱の中の額が十分の一になっていたからな。それに千デン分の特大“銭投げ”と、セプトの首輪を買い戻した代金。あとエプリに支払う契約料とポーション代。それに治療費もゴッチ隊長なりラニーさんなりに払わないといけないし、これからの生活費も踏まえると……完全に赤字だ」

 

 あのあとアシュさんにお願いして、戦闘の際にクラウンが残していったものをかき集めてもらった。妙な薬やらナイフやらがそれなりにまだ残っていて、持ち主のいないそれら全てを換金するとそれなりの額になった。

 

 しかしそれを踏まえても大赤字だ。世の家計簿をつける主婦の方々の苦労がよく分かる。

 

「……治療費はタダで良いと言っていたのでしょう? ならそれに甘えても良いんじゃない?」

「そういう訳にもなぁ」

 

 そうゴッチ隊長は言ってくれたが、いくら何でも食事までご馳走になった上にそこまで厚かましいことは出来ない。今は返せないがいずれ必ず返すとして、次にエプリの契約料の件だ。

 

 エプリと改めて契約をした夜。契約内容についても再び話し合った。

 

 基本的にはこれまでダンジョンで交わした内容とあまり変わらない。エプリは俺を護衛しながら次の目的地である交易都市群に行き、アシュさんの伝手を頼って指輪の解呪をする。そしてその売却によって得る利益の二割を払う。

 

 ここまでは同じだ。違うのはここから。

 

 正式にエプリを雇っている以上、きっちりその分の報酬を払わないといけない。ダンジョンでのものとは別にだ。そしてエプリの提示した額は一日に固定で千デン。ちなみに傭兵の相場としては大分安いという。

 

 日本円にして日給一万円で、危険手当が一切無いことを考えると、エプリの能力からすれば確かに相当安い。おまけに支払いは交易都市群に着くまで待ってくれるという。

 

 何だかんだ俺の怪我の責任を感じて善処してくれたみたいだ。上級ポーション代もあとでラニーさんに聞いたところ、相場のおよそ半額の請求額だという。……それでも五千デンを請求されたが。

 

 

 

 

 ……最後にセプトのことだ。いつの間にか奴隷なんてものを手に入れていた俺だが、正直扱いをどうしようか迷っている。

 

 最初は然るべきところにセプトを預けるつもりだったが、セプトは頑として俺から離れようとしない。首輪を外して奴隷から解放しようとしても、いやいやと首を振るばかりで応じるつもりはなさそうだ。

 

 どうやら奴隷であることに何か強い思い入れがあるみたいだった。

 

 かと言って俺は、自分に甲斐性が無いことをよぉく知っている。人一人養うのはペットを飼うのとはわけが違うのだ。

 

 衣食住の保証は当然だし、相手の人生を背負う必要がある。ライトノベルで簡単に主人公は奴隷を従えているが、よくあんな簡単に出来るものだ。俺にはそんな経済力も鋼のメンタルも持ち合わせがない。

 

「こりゃまずは早急に金を稼がないとにっちもさっちもいかないぞ」

「そうね……いっそのこと冒険者にでもなる? セプトも居るからそれなりに戦力としては揃っているわよ?」

「……やめとくよ。戦うのはしばらく遠慮したいからな」

 

 エプリの提案に一瞬考えてしまったが、まず前提条件として俺は宝探しは好きだが戦いは苦手だ。というか戦いが得意になってしまったらそれはそれで地球に戻った時に問題になる。特に使いどころがないのだ。

 

 そういうのは本来ここに呼ばれた『勇者』達に任せておきたい。今回のことで身体もボロボロだしな。

 

 それに生き物を殺すのも抵抗がある。牢獄の時のような倒すと粒子になる凶魔とか、ダンジョンのスケルトンとかならまだ良いが、実際に肉持つ身体の相手とは戦いたくない。

 

 小動物程度なら昔調理して食べたこともあるから何とかなるが、仮に人型の相手だったりしたらほぼアウトだと思う。

 

 という訳で冒険者の目はほぼ無し。出来ることを強いてあげるなら採取系の仕事くらいだ。これでは余程割の良い仕事でないとどうにもならない。

 

「動けるようになったら近くの町まで行くとして、アシュさんの伝手を頼る前にまずは金稼ぎと地盤固めからだな。戦わなくたって金を稼ぐ手段くらいあるさ」

「私は雇い主の意向に従うだけよ。……まあどのくらいの期間かかるかは知らないけれど、その間にも私へ払う額は溜まっていくから早くすることね」

 

 ぐっ!? そこはもう少し優しくしてくれても良い気がする。しかし一応ではあるが、町での金稼ぎのプランは幾つかあるのだ。と言っても一度町の様子を見てからでないと、出来るかどうかわからないものばかりだけどな。

 

 それにしても、この世界に来て初めての町かぁ。何かワクワクするな。

 

「……フッ。怪我から起きる直前にうなされて涙を流していた時とは大違いね」

 

 俺が目を輝かせているのを見て、エプリはからかうような態度でそんなことを言う。

 

「えっ!? あの時俺泣いてたの? マジか? ホームシック気味だとは思っていたけど、そこまできつかったのかぁ。……ちょっとショック」

「…………ねぇ。あの時どんな夢を見ていたの?」

 

 俺が気恥ずかしさから手で顔を覆っていると、不意にエプリがそんなことを訊ねてくる。

 

「何だよ急に? エプリがそんなこと聞くなんて珍しいな。いつもは仕事に関係のあることばかり話すのに」

「別に。……何となく気になっただけ。あの時セプトも聞いてたみたいだけど、恥ずかしくて言えないって答えてたわよね。そんな夢で涙まで流すものなのかって思えて。…………元居た世界の夢?」

 

 俺が別の世界から来たと知っているのは、この世界において今の所イザスタさんとエプリの二人だけだ。……多分だけど。

 

 イザスタさんはこういう事を吹聴するタイプではなさそうだし、エプリも口の固さはかなりのものだ。こうして情報を共有できるというのは地味にありがたい。なので誤魔化すようなことはせず、正直に話すことにした。

 

「あぁ。元の世界で陽菜……俺の妹な。それと“相棒”の三人でいた時の夢だ」

「……妹がいるのね。それと……“相棒”というのはアナタが時々口にしているヒトね。どういう二人なの?」

「そうだな。まず陽菜は…………優しい奴だな。目の前で傷つく人が居ると手を差し伸べずにはいられない奴だ」

「……成程。つまりアナタみたいなヒトね」

「俺そんな風に思われているのっ!? 俺はあそこまで優しい方じゃないと思うけどなあ」

 

 俺は相手を助けたいと思ったら助けるけど、陽菜はそれこそ“人を助けるのに理由なんているの?”って感じな善人だぞ。おかげで陽菜を悪く言う奴は町内にほとんどいないって評判だ。

 

「あと手先が器用で、地味に大食いで…………身内補正を抜きにしても結構可愛い。だけどドジな所もあって、その度に“相棒”に注意されていたな。もっと周囲に気を付けろって」

 

「…………何かあったら疲れそうな相手だという事は分かったわ。……では、もう一人のその“相棒”というヒトはどう?」

「“相棒”か。“相棒”は……そうだなぁ」

 

 俺は“相棒”のことを思い浮かべる。さて、なんと表現したものか。……不愛想で皮肉屋な人間嫌い? それとも本人はあまり触れたがらないけど、実家が物凄い金持ちで、さらに個人的に稼いだ金でも俺の課題の一億円ぐらいポンっと出せるってことか?

 

 ……どれも“相棒”のことではあるけれど、これだっていう紹介の仕方ではない気がする。

 

 

 

 

 俺は少し考えると、この世界ではこう言った方が分かりやすいと思われることを言うことにした。

 

「一言で表すなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……かな。それこそこの世界でも加護無しで生きていけるレベルの。俺なんかと違ってな」

「……? トキヒサもそこそこやる方だと思うけど? 単純な身体能力だけなら」

 

 エプリのその言葉に、俺は軽く首を横に振る。

 

「俺は『勇者』召喚のどさくさで貰った加護で身体能力を底上げしてるだけ。それが無かったらスケルトン一体にも勝てるかどうか微妙だよ。そして“相棒”なら、加護有りの俺ぐらいなら片手で軽くひねれるだろうな。多分グーパンで一発。それで終わる」

 

 我ながら結構正確な予測精度だと思う。よく俺は地球で“相棒”の拳骨を食らっているけれど、アレは相当手加減している。……それでも泣きそうになるほど痛いが。

 

「……一筋縄ではいかなそうな相手ね」

 

 エプリは“相棒”をそう評価した。微妙に傭兵の顔になっているのは、頭の中でどうやって戦うかを考えているのかもしれない。

 

「まあな。……もしこの世界に俺じゃなくて“相棒”が『勇者』として来ていたら、加護のことも考えると割と本気で、それこそおとぎ話に出てくるような英雄になっていたと思う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まあ全部たらればの話だけどな。まずは早く身体を治して、課題の一億円分を稼がなくては。

 

 アンリエッタの話では、()()()()()課題をクリアすれば地球で俺が崖から落ちた時間に誤差三日以内で戻れる。つまり待ち合わせの三日後にギリギリ間に合うということだ。

 

 待っててくれよ。二人とも。……必ず間に合わせるからな。俺はまともに動かない体ながらも、そう決意をまた深くするのだった。

 




 フラグ建築完了!


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接続話 そして……奴はやってきた

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 時は二日ほど遡る。時久が大怪我から目を覚ました日。もう一つの運命が動き出そうとしていた。

 

 そこはヒト種の国ヒュムス国と、獣人の国ビースタリア国の間。国を隔てる魔境にして、この世界において二番目に広い大森林。通称ココの大森林の奥地。

 

 木々が生い茂り、日は木漏れ日として差し込むものの影もまた多く、様々な生命の気配にあふれた場所だ。

 

 ココの大森林は生息するモンスターの危険度はそこまで高くないものの、その広大さは小国程度ならすっぽりと入ってしまうほど。

 

 一度足を踏み入れれば、森に慣れた者以外では方向感覚がすぐに狂い、散々歩き回った末に森の入口に戻されるという天然の迷路である。

 

 軍勢でもって突破しようにも相当な時間と労力が伴い、仮に一流の道案内を用意したとしても、森林を横断するだけで数日はどんなに少なくともかかるという。

 

 ブワッ。

 

 突如その一角に、周囲に暴風を巻き起こしながら強い光が現れた。……一種の転移魔法である。しかしそれはあまりにも荒っぽいものだった。

 

 それもそのはず、これはその世界の中を移動するものではなく、()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

「…………どうやら着いたようだな。胡散臭い奴だったが、言ったことはあながち嘘という訳ではなかったようだ」

 

 光と風が落ち着いた時、そこには一人の男が立っていた。

 

 背は百八十を超える長身。黒髪に黒目で夏用の学生服を着こなす様は、それだけ見ればどこにでもいるただの日本人の学生である。

 

 しかし袖から見えるその肉体は、自身の動きを阻害しないギリギリにまで鍛え上げ、絞り込まれたものだ。

 

 肌はやや浅黒く、その端正な顔立ちは知性と野性、理性と激情を併せ持った稀有な物だった。

 

 ここまでは異性を惹き付けるのに絶好のものなのだがただ一点、その鋭すぎる程の三白眼が、周りに他者を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。

 

「異世界……という割には、日本でも時々ありそうな森の中だな。多少木々が大きいくらいのものか?」

 

 辺りの様子を見て、男はそう一人で呟く。……いや、正確に言えば一人ではない。一人と一匹(?)だ。

 

「プ~イっ!」

 

 そう声を上げながら、男の頭の上でポヨンポヨンと弾む謎の物体。

 

 ()()()()()()。その“何か”を遠目で見ればそう見えるかもしれない。薄桃色の柔らかそうな肌に丸い外見をしている。

 

 ただそれは遠目で見ればの話だ。近くで見ると明らかに違うということが分かる。何せ、クリクリとした目と口がある四、五十センチ程の苺大福は流石にないだろう。

 

 よく見れば目の上の方に触角のようなものが二つにょっきりと生えていて、何やら身体の後側は尾のように細くなっている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あまりはしゃぎすぎるな。“プゥ”」

 

 男が注意すると、そのプゥと呼ばれた“何か”も弾むのを止める。……男の頭の上からは離れようとしなかったが。

 

 最近は誰かの頭の上を定位置にするのが生き物のブームなのだろうか?

 

「まったく。……それにしてもあのバカ。前から異世界に行ってみたいだなんて言っていたが、まさか本当に行くとは。何をしでかすか分からん大バカ野郎め」

 

 しかし男も僅かにだが興奮しているのだろう。ブツブツと思っていることをぶちまける。……次第にただでさえ鋭い目つきがさらに鋭くなり、その拳は強く強く握りしめられ、怒りの感情が目に見えそうなくらいに増大していく。

 

「異世界に行くのまではまだ百歩……いや一万歩譲っても良い。あのバカなら奇跡的にやらかしてもおかしくはないからな。だがこっちに何の連絡も無しに出発し……それで待ち合わせに()()()()遅れるとはどういう了見だっ!」

 

 その怒りは質量を伴う威圧感となり、本人も知らぬ間に周囲に放出されていた。近くの木々は枝が先から折れ始め、草花は根こそぎ吹き飛ばされる。

 

 それを敏感に察知したモンスター達は、大慌てでその発信源から距離を取り始めた。そこに居る者に今出くわしたら、それすなわち自身の死と同義であると言わんばかりに。しかし、

 

「プ~イプ~イっ! ププイプイ!」

 

 男の頭上にいるプゥに対してだけは、威圧感はまるで及んでいなかった。その能天気な明るい声に、男はハッとなって周囲への威圧感が収まる。

 

「……すまない。一瞬だが我を忘れた。今はそんな場合ではなかったな」

 

 男がよしよしと苺大福モドキの頭を撫でると、その“何か”は気持ちよさそうに目を閉じてうっとりする。

 

「むっ!」

 

 男はいつの間にか周囲の様子が変わっていることに気が付く。自身を中心にまるで竜巻か何かが発生したかのような風景の変わりよう。だが、

 

「…………流石は異世界だ。少し思い出し怒りをしている間に木々が勝手に形を変えるとは。これは進むのが難しいかもな」

 

 いくら何でもただ自分が少し()()()()()()()こんなことになったとは考えが回らず、この森自体の特性か何かだと当たりを付ける。

 

「どのみちここでじっとしている訳にもいかないか。まずは人里に出なければ。荷物は…………これだな」

 

 ここに男を送った者。()()()()()()()()()()()()()()が、餞別代りにと持たせたリュックサック。

 

 何故か少し離れた場所に移動していたそれの中身をざっと確認して背負い、男は一緒に置かれていた灰色の外套と、何かの金属でできた滑らかな手触りの棒を手に取る。

 

 その外套を羽織る時、一瞬服から覗いたその左胸には、参加者の証であるローマ数字のⅧのような痣がくっきりと浮き出ていた。

 

「待っていろよ時久(バカ野郎)。さっさと見つけ出して力尽くでも引っ張って帰るからな」

「プ~イっ!」

 

 男……時久の“相棒”にしてゲームの八番目の参加者。西東成世(さいとうなるせ)はこうして謎の苺大福モドキのプゥと共に異世界に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 ちなみにこれは余談だが、成世の発した威圧感によって半径数キロのモンスターが軒並み逃げ出してしまったため、しばらくは異世界探索と言うよりただのハイキングになってしまったりする。

 




 “相棒”参戦っ!

 ちょろちょろと今まで存在を匂わせてきましたが、この度本格的に登場となりました。

 彼の立ち位置は例えるなら、時久の無茶ぶりを秘密道具に頼らず力技で解決する某猫型ロボットです。多分合流出来たらそれだけでいくつかの問題が解決します。

 ただし代償として時久がぶっとばされます。勿論死なない程度にですが。


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キャラクター紹介(第三章終了時点)

 

 キャラクター紹介(第三章終了時点)

 

 桜井時久

 

 やっとダンジョンから出たと思ったら、今度はダンジョンコアとの仲介役になったり、高さ数十メートルからスカイダイビングをしたりと、結構波乱万丈な具合になっている主人公。だけど後悔はしていない。

 

 クラウンとの再戦。セプトとの戦い。おまけに魔力暴走を食い止めるための器になったりと、身体に物凄い負担がかかってミイラ男状態。……常人ならとっくに亡くなってます。

 

 新技……というより最初から使えた技である“金こそ我が血肉なり(マネーアブソーバー)”によって一命をとりとめるも、今回のことで手持ちの金がほとんどなくなってしまった。

 

 戦いの跡地に散らばっていたものをかき集めたものの、使った分には程遠い。現在治療費やらエプリに払う分やらで頭を抱えている。

 

 知らないうちに奴隷少女(セプト)のご主人様になっている。奴隷は本人的にはロマンかどうか微妙。

 

 本で読む分には好みだけど、実際に人一人を養うとなると倫理観やら何やらがあるので難しい。だけど成り行きでもそうなった以上、自分が納得できるまでは面倒を見ようと考えている。

 

 エプリと再び契約したことに後悔はない。ただ、しかし……護衛料どうしようかと悩んではいる。

 

 

 

 

 エプリ

 

 契約に関しては筋を通しまくる系傭兵。結ぶのも破るのも直接会ってがモットーです。

 

 依頼人の善悪は問わないけれど、依頼内容を故意に偽ったりすると怒る。今回クラウンとの契約を破棄したのもそういう事。

 

 ……まあ依頼内容を正しく伝えていた場合、そもそも依頼を断った可能性もあるけれど。エプリにも仕事の好みくらいはあるので。

 

 きちんと護衛し終わったと判断して時久から一度離れ、クラウンとの戦いを終えて再び時久と契約している。

 

 時久に対して、今回のことで少し関係が変わった……かもしれない。ただの依頼人と傭兵ではなく、少しだけ気になる依頼人(仲間)と傭兵として。……傭兵としての部分は変わらないようだ。

 

 実は闇属性も多少使えたりする。ただし風属性の方が得意であるという点と、闇属性を見せるとそれだけで場所によっては問題になることから普段は使わない。

 

 時久と再契約したことに後悔はない。恩も借りもあるし、個人的に好感も持てる。なにより仲間と呼んでくれた相手と一緒に居ることは居心地が良い。……だけど仕事は仕事。護衛料はきっちり請求する。

 

 ……ちょっとくらいはまけても良いかなとも思っている。

 

 ちなみに調査隊で出されたステーキは、エプリは後でちゃんと美味しく頂きました。……六枚は食べ過ぎたかな?

 

 

 

 

 ジューネ

 

 無事ダンジョンから出た後は、調査隊と合流して情報を売りつけかなりの報酬を手に入れている。ダンジョンコアのことを交渉する際も立ち会い、その後は調査隊の陣にてちょこちょこ商売をしているようだ。

 

 

 

 

 アシュ・サード

 

 ダンジョンから出たと思ったら調査隊とバッタリ遭遇。たまたま隊長が知り合いだったこともあって話がとんとん拍子で進み、なんと当日にダンジョンにとんぼ返りというはめに。

 

 その後はジューネと共に調査隊の陣に残るが、時久の放った銭投げの爆発を見て助けに駆け付ける。クラウンを圧倒的な実力差で下し、セプトの魔力暴走を止める際にも先陣に立って道を切り開いて見せた。

 

 凄まじい速さを誇り、短距離であれば空属性の転移とほぼ変わらない動きも可能。本人曰くただ残像が出来るくらいの速度で走って静かに止まるだけ。……普通は無理です。

 

 調査隊の陣から時久達の所まで、数分で駆け抜けたことは流石に身体に無理があったようで、クラウンを追い払った後軽く吐血している。ただ本人からすれば大したことはなく、許容範囲の無茶らしい。

 

 今の調査隊の大部分は顔見知り。以前少し剣や体捌きを教えていたこともあって、アシュ先生と慕われている。

 

 

 

 

 ボジョ

 

 基本的に時久の服の中に潜り込んでおり、時久がスカイダイビングをした時は自身がパラシュート代わりになって速度や方向をコントロールしていた。

 

 調査隊の陣ではウォールスライムの亜種だと思われている。時久にテイムされていると認識されていて、見られても攻撃されることはない。テイムしている自覚が無いのは本人(時久)のみである。

 

 

 

 

 ゴッチ・ブルーク

 

 調査隊隊長。二十四歳。時久曰く人の好さそうな顔をしていて優しそうな印象の人。

 

 ダンジョンの調査が早まり向かっていた所、時久達とバッタリ遭遇。アシュとは顔見知りだったこともあって話がスムーズに進み、ダンジョンの近くに陣を張って調査に乗り出すことに。

 

 貴族の出ではあるが鼻にかけることもなく、むしろ他人を気遣う事を忘れない好青年。隊員からの評判も良く、戦闘能力や指揮能力もかなりの物。

 

 ただ本人としては、どれもアシュの教えの賜物だと思っている。……間違いではないが、半分近くは本人の資質によるものである。

 

 マコアとの同盟は本来自分の意思のみで決めることは出来ないが、上には事後承諾ということで同盟を進めた。

 

 

 

 

 ラニー

 

 調査隊薬師兼副隊長代理。

 

 本来薬師なのだが、副隊長が事情により町に残っているため兼任している。バルガスの容体を診てすぐにポーションを処方した。その際に凶魔化のことを聞かされる。

 

 時久達が大怪我をして戻ってきた際も、ラニーの迅速な処置によって一命をとりとめている。

 

 

 

 

 マコア

 

 名前を付けられたダンジョンコア。

 

 交渉に向けて陣営を強化していた所、その日に出たはずの時久達が戻ってきたことにビックリ。更に交渉相手である調査隊がもう来たことに二度ビックリ。

 

 しかし相手もマコアが予想より多くスケルトン達を従えていたのにビックリしていたりする。

 

 対人経験が少ないこともあって、相手を試すような言動をとることがしばしば。信じたいけど信じられない。だから行動で信じさせてという理屈。ちょっぴりメンドクサイ性格。

 

 ゴッチ達との同盟後、時久と別れる際に思いの丈を吐露したことでゴッチ達の信用を得る。何故信用されたのか自分では分かっていないのが困った所。

 

 現在はダンジョンにて着々と陣容を拡大中。調査隊と協力して急速にダンジョンの調査を進めている。

 

 ちなみに余談だがダンジョンマスター、あるいはダンジョンコアがモンスターに近くで直接指揮をとる場合、規律が取れたり能力が底上げされたりとモンスターの戦闘能力が一気に跳ね上がる。

 

 もし調査隊とマコアの同盟が成立せずに戦闘になっていた場合、ほぼ確実に調査隊に死傷者が出ていただろう。

 

 マコアと調査隊の協調は、常にそのような危険と隣り合わせで成り立っている。

 

 

 

 

 クラウン

 

 王都襲撃後、イザスタとの戦いで魔力を消耗していた所、エプリからの連絡を受けて口を封じるために合流する。

 

 エプリの後任であるセプトを連れて合流場所で待ち伏せていたが、エプリに看破されて戦闘に。二対一で襲い掛かり、もう少しという所までエプリを追い詰めたが時久の空からの乱入によって邪魔される。

 

 その後さらに乱入したアシュによって身体を滅多切り(峰打ち)にされ、大ダメージを負いながら撤退。相手に毒を打ち込んでいたぶったり、撤退の際にセプトに魔力暴走を強要していくなど非道な性格。

 

 

 

 

 セプト

 

 奴隷少女。エプリの後任。身長百四十七センチ。体重は不明。

 

 クラウンが従えていた少女。濃い青色の髪のおかっぱ頭。前髪を目元を隠すように伸ばしているが、しかし目元以外で分かる顔立ちは整っている。

 

 エプリが涼やかな妖精のような幻想的な美少女だとすれば、セプトは言わば静かに佇む人形のように整った美少女というのが時久の言。

 

 闇属性に高い適性を持ち、影造形や潜影などを使用する。長時間の連続使用が可能であり、単純な魔力量だけで言えばエプリより上。ただし戦闘経験という点ではやや劣り、その点を突かれて敗北する。

 

 クラウンの命により魔力暴走を強要されるも、時久の決死の行動により中断。その際に時久が隷属の首輪を貯金箱で外し、新たに付け直したことによって、現在の所有者は時久となっている。

 

 奴隷であり続けることにこだわりがあるようで、時久が首輪を外した直後は酷く取り乱した。

 

 胸元にクラウンに魔石を埋め込まれているが、魔力暴走の際に相当魔力を消費したため凶魔化までは至っていない。時折魔力を消費すれば凶魔化の危険はある程度抑えられるとのこと。

 

 時久へはあくまで奴隷として接する。奴隷は主人に奉仕するものである。主人が時久であってもクラウンであってもその姿勢は変わらない。ただ……時久への好意が無い訳ではない。

 

 

 

 

 月村優衣

 

 現在は王都でイザスタの指導の下、自分に出来ることはないか模索する日々を送っている。他の『勇者』に対して強い劣等感を持っていて、ちょっとしたことですぐ落ち込む。

 

 王都襲撃で怪我をした人の治療を手伝っていたが、そこで以前自分が助けた少女マリーと再会。自分が『勇者』ではなく月村優衣として誰かを助けられたことに涙を流す。

 

 

 

 

 イザスタ・フォルス

 

 『勇者』の付き人兼護衛としてディランから推薦され、現在は王都に滞在している。手加減した上で『勇者』四人を相手取れる実力を見せ、講義に口を出したり戦闘面の簡単なアドバイスもしたりともう完全に教育係である。

 

 裏でも何やら暗躍しているようで、アシュとはこっそり連絡を取り合っている。

 

 

 

 

 西東成世(さいとうなるせ)

 

 身長百八十三センチ。体重七十五キロ。十七歳。やや浅黒い肌に黒髪黒目。夏用の学生服を着こなしている。

 

 肉体は絞り込まれた細マッチョ。筋トレで付いたというよりも、実戦の中で付いたものである。顔立ちは端正だが、鋭すぎる程の三白眼で他者を寄せ付けない。

 

 時久の“相棒”にしてゲームの八番目の参加者。ゲームの主催者を名乗る者により、時久を追って異世界にやってきた。現在位置はヒュムス国とビースタリア国の境。通称ココの大森林。

 

 時久曰く不愛想で皮肉屋な人間嫌い。実家が物凄い金持ちで、個人的に稼いだ金だけでも課題の一億円ぐらいポンっと出せるほど。そして時久が知る限りもっとも喧嘩が強い男。

 

 加護で強化された自分でもワンパンで負けるという予測だが、今の時久ならしっかりガードを固めた上で殴られれば一撃は保つ……かもしれない。

 

 ゲームの参加者なので加護が付与された結果、遂には軽く苛立って放たれた威圧感だけで周囲のモンスターが怯えて逃げ出すほど。……加護が無くても逃げ出したかもしれないが。

 

 一緒にやってきた“プゥ”という謎の苺大福モドキと共に、時久を連れ戻すべく捜索を開始する。

 




 これにて三章は終了となります。

 次章から時久は、この異世界にて初めて町に足を踏み入れます。いよいよ本来の目的である金稼ぎに本腰を入れ始めるのでどうかご期待ください。

 それとそろそろ毎日複数投稿がきつくなってきたので、次から一日一話か頑張って二話ほどになります。ご了承ください。




 応援を貰えると調子に乗ってちょっと頻度が上がるかもしれません。


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第四章 町に着いても金は無く
第九十三話 そうだ。町へ行こう


 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ガタゴト。ガタゴト。

 

 青い空の下、四頭の馬に牽かれる馬車は、一定のリズムを刻みながら道なりに進んでいた。

 

 先ほどまでの道なき道、時には岩がゴロゴロしている所とは違い、まがりなりにも人が行き来する道なので格段に動きがスムーズだ。地球の舗装された道に比べれば多少揺れるが、それすらもある意味心地よい振動と言える。

 

 周囲はちょうど草原地帯。近くに危険なモンスターもいない。気持ちの良い風が吹き抜け、時折差し込む日差しもまた暖かい。ここだけ見るとピクニックか何かのようだ。

 

「…………平和だねぇ」

「……護衛としては楽でもあり、物足りなくもあると言ったところね」

 

 馬車で横になっている俺の言葉に、風を荷台から伸ばした手で感じながらエプリが答える。それだけで周囲の探査が出来るというのだから実に便利だ。屋外でエプリに奇襲をかけるのはほぼ無理ではないだろうか?

 

「まずは子爵の所にご挨拶に伺います。次にキリと接触して情報の確認。それから組合に向かって商品の補充。……忙しくなりますよ。アシュは私から離れないように」

「はいはい。用心棒使いの荒い雇い主だよまったく」

 

 一緒に乗っているジューネとアシュさんは、これからの予定について話し込んでいる。交渉の予定が多いらしく、事前準備に余念がない。何やら袖の下だとか贈り物だとか言葉の端々から聞こえてくるが…………聞かなかったことにしよう。商人の交渉は戦いなのだ。

 

「これをこうしてすりつぶして…………ほらっ! これで出来上がりですよ」

「これは、塗り薬?」

「はい。だけど水に溶かして飲むとまた違った効能があるんですよ。セプトちゃん。試しに舐めてみます?」

「うん」

 

 馬車の隅ではラニーさんが、振動で揺られながらも器用に薬草をすりつぶしている。普通なら細かな調合など無理そうなのだが、そこは熟練の薬師ともなると違うのだろうか? そしてその様子を興味深そうに見ているセプト。…………なんとものどかだ。

 

 何故このような状況になっているかは、今日の朝方まで遡る。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 異世界生活十六日目。

 

「よっ! ほっ!」

 

 俺はテントの中で、軽いストレッチをしていた。ずっと寝てばかりでは身体がなまって仕方がないからな。勿論ラニーさんの許可は得ている。

 

 もうすっかり上半身の包帯はとれ、足も普通に歩ける程度まで回復した。走ることも少しであれば可能だ。……周りに止められるけど。

 

 ラニーさんが言うには驚異的な回復力らしく、もう少しで元のように動けるようになるという。これも加護のおかげ……なのだろうか? 

 

 気になって時々貯金箱の残高を確認しているが、知らない間に減っているという事はないので大丈夫だとは思う。また何かしらの金魔法が発動していたら怖いからな。

 

「むぅ」

 

 何故か真似してセプトが一緒にストレッチしている。ここ数日寝たきりだったので色々と話を聞く機会があったのだが、その中で二つほど重要なことを発表しよう。

 

 まず話を聞いて分かったのだが、セプトは見かけ中学生くらいなのだが実際はまだ十一歳らしい。子供っぽいところがあると思っていたが、本当に子供だった。

 

 その上他者がやっている興味を持ったことをすぐ真似しようとする。向上心があるのは良いことかもしれないが、悪いことまで真似するんじゃないかと少し不安だ。

 

 ちなみにエプリは俺の一つ下の十六歳。やや大人びた態度や口調は傭兵の経験によるものだと思う。感情が昂った時に見せる口調の変化は……分からないがあっちが素なのだろうか?

 

 次に俺も薄々そうなんじゃないかなぁとは思っていたのだが、セプトは()()()()()()()()()()()()()()()

 

 セプトの使っていた闇属性は、特別な加護かスキルでもない限り魔族と一部のモンスターしか使えないらしい。それにセプトが奴隷として買われた場所が、魔族の国デムニス国だったことも引っかかっていたしな。

 

 実際聞いてみると素直に魔族だと認めた。だけど無表情ながらもどこか不安そうになったので、別に追い出したりしないから安心しろと言っておいた。

 

 ヒト種と魔族は仲が最悪だけど、それは正確に言うと()()()()()()ヒト種が大半だ。例えば交易都市群のヒト種は、場合によっては魔族とも交易しているのでそこまでの嫌悪感はないという。精々がちょっと苦手な相手ぐらいのものらしい。

 

 その後でエプリが闇属性を使っていたことを思い出すが、その点については聞かなくても大体の察しはついている。混血という事だから……つまりはそういう事だろう。気にならないと言えば嘘になるが、下手に聞いたら風弾とかが飛んできそうでおっかない。

 

「ふんっ! ふんっと! ……ようし。こんな所かな」

 

 かなり身体もほぐれてきたので、ベットに座り込んで用意されている布で汗を拭う。セプトが俺の使った布をじ~っと見ていたが気にしない。……気にしないったらしない。セプトは自分用のがあるからそっちを使おうな。

 

 セプトは現在俺の奴隷という扱いになっている。何故か好感度が最初からかなり高いのは置いといて、基本的に命令とかをする気はあまりない。人を使うっていうのがどうにも落ち着かないのだ。だけどセプトは命令待ちでずっと俺の傍に控えている。

 

 ……仕方ないので簡単なお願い(あまり動けないから遠くの物を取ってもらうとか)を時々すると、微妙に嬉しそうな顔をしてやってくれる。……この状態に慣れてしまいそうで怖い。

 

 あと調査隊の人達の態度が微妙に変わっている。ここまでの経緯をアシュさんが面白おかしく誤魔化した結果、俺とエプリとセプトの三角関係のもつれによる修羅場により、俺がズタボロになることで場が収まったという話になったらしい。

 

 真相を知っているのはゴッチ隊長とラニーさん、あとは調査隊の一部の人だけだ。そのためそれ以外の人(特に女性陣)からは結構白い目で見られている。男性陣の大半からは面白がられているし、もうちょっとマシな誤魔化し方はなかったのアシュさんっ!?

 

「…………終わったようね」

 

 ストレッチが終わるのを待っていたのか、タイミングよくエプリが入ってくる。待っていないでエプリも一緒にやれば良いのに。いい汗かけるぞ。

 

「エプリもやるか?」

「遠慮しておく。……それよりもトキヒサ。ゴッチの所に行くわよ。話があるらしいから」

「話?」

 

 呼び出しなんて初めてだ。……もしやもう面倒は見れないから放り出すという事だろうか? まぁそうだとしても、今まで散々世話になったから文句は言わないが。

 

「……何を考えているか知らないけど、その予想は多分違うと思うわよ。…………肩、貸そうか?」

「美少女に掴まっていくというのは悪くないけど、普通に歩くくらい出来るっての。ゴッチ隊長の所だよな。……よいしょっと」

「私も、行く」

 

 俺は立ち上がると、エプリと一緒にゴッチ隊長のテントに向かった。後ろからセプトもついてくる。なんだか昔の陽菜を思い出すな。小さい頃は何処に行くにもついてきていたもんだ。……なんか微笑ましいな。

 

 

 

 

 テントにはゴッチ隊長の他にラニーさんと、調査隊の人が何人か。それとアシュさんとジューネが揃っていた。ゴッチ隊長は俺が意識を失っている間にどこかに行っていたらしく、戻ってきたのはつい昨日のことだ。なので実質数日ぶりに会うことになる。

 

「わざわざお呼びして申し訳ありません。……お加減は如何ですか?」

「おかげさまでこの通り。もう大分元気になりましたよ」

 

 ゴッチ隊長は俺が着くなりそう訊ねてくる。なので俺は軽く腕を回して元気さをアピールする。それを見て、何故か調査隊の人達が驚いた様子を見せた。……元気さが足らなかったかな?

 

「…………驚きました。話には聞いていましたが凄い回復力ですね。私がここを立つ前に一度容態を見せてもらったのですが、少なくとも一月は寝たきりになると考えていました。……その場合も出来る限りの治療を行うつもりでしたが」

 

 予想よりも元気なことで驚いていたようだ。というかそこまで重症だったの俺!? …………ほんとに加護か何かだけだよね? 知らないうちに治りの速くなる金魔法とか発動してないよねっ!?

 

「まあ…………その、身体の頑丈さだけが取り柄みたいなもんでして」

「そ、そうなのですか? まあ治りが速いのは喜ばしきことですが。……コホン。それはそれとして、実はこんな状態ではありますが、トキヒサさんにお話があるのです」

 

 俺は姿勢を正してゴッチ隊長の話を聞く。さあ何でも来い! 追放か? 最近流行りの追放なのか? ……しかしもしそうなったらついて来そうな人が二人ほどいるな。

 

 今の調子だとセプトがついてくる可能性は高いし、それにエプリも何だかんだ護衛として一緒に行こうとするかもしれない。……皆で行ったら追放って感じはしなさそうだが、ちょっと先立つものが無いから苦労を掛けそうだな。

 

 そして、ゴッチ隊長はゆっくりと口を開き、

 

「トキヒサさん。実は急な話なのですが…………貴方には交易都市群第十四都市ノービスに向かってもらいます」

 

 ……最近の追放は目的地も指定されるらしい。

 




 新章開幕。

 それと今章もちょっとしたアンケートを実施します。あくまで今の所なので後から変更もアリです。気軽にご参加ください。


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第九十四話 ゴメン。忘れてた

 

「急なことで申し訳ない。本来はノービスに行くのは体調のことも考えてもう少し経ってからの予定でしたが、ここまで回復しているのなら早い方が良いと考えたのです」

 

 ノービス。交易都市群の都市の一つらしい。どうやらそこに行ってほしいとのことだった。追放にしては目的地があるのは妙だな。……まあ交易都市群にはどのみちアシュさんの伝手を頼ることもあるから行く予定だったから良いけど。だけど、

 

「あのぅ。追放されるにしても、道が分からないので場所を教えてもらえるととても助かるんですけど。あと厚かましいですけど荷物とかも持っていけるとなお嬉しいって言うか」

「追放? そんなとんでもないっ! 元々ダンジョンでのことを報告する際に、証人として立ち会ってもらうという話だったではないですか」

 

 そう言えばそうだった。マコアのこととか色々と話さないといけないんだった。って、つまりここから一番近い町がその交易都市群の都市の一つのノービスだという事か? 何だかんだ町の名前を聞いていなかった俺のミスだな。

 

「それにここよりもノービスの方が医療施設も整っています。このままでもトキヒサさんは回復するとは思いますが……セプトさんのこともあります。こちらも診せるなら早い方が良い」

 

 後ろの方の言葉は少し抑えめだ。セプトの身体に魔石が埋め込まれていることは、混乱を避けるために一部の人にしか知らせていない。ゴッチ隊長もテントの外に話が漏れないように気を付けてくれているみたいだ。

 

「ただ残念ながら、ダンジョンの方でちょうど手が離せない状態でして、私は同行することが出来ません。しかし報告用の書類等はまとめてありますので、ラニーに代わりに行ってもらいます。万が一セプトさんの容体が変化しても、ラニーが一緒に居れば対処できる可能性も上がるはずです」

 

 その言葉にラニーさんが一歩前に進み出る。なんと専門の人が同行してくれるとは心強い。……しかし、

 

「ですがラニーさんは調査隊の薬師なんでしょう? これからまたダンジョンに突入するというのに薬師がいないというのはマズいんじゃないですか?」

「……正直に申し上げて非常にマズいですね。なのでラニーは報告と向こうの引継ぎが済み次第、すぐにこちらにとんぼ返りという事になります。多少強行軍になりますが、本人も了承しています」

「えぇ。セプトちゃんを放ってはおけませんから。そのためなら多少の無茶くらいどうってことありません」

 

 ゴッチ隊長の言に、ラニーさんがそう力強く断言する。ちなみにセプトは調査隊の人(特に女性陣)から人気がある。お人形さんみたいで可愛いとかなんとか。ここの人達は魔族だからと言って特に嫌う様子もなく、セプトも色々と教えてもらっているという。

 

「当然だが俺とジューネも一緒だ。物資の補充とか情報集めとかいろいろやることがあってな」

「儲け話はそこら中に転がっていますからね。商人に暇はないのです」

 

 アシュさんとジューネも一緒に行ってくれるらしい。まあこのまま調査隊と一緒にいるよりは、町に行った方が儲け話が転がってそうではあるが。

 

「……私も護衛として同行するわ」

「うん。行く」

 

 エプリも当然のごとく参加。セプトに至っては居なきゃ始まらない。となると……。

 

「行くのは俺に、ラニーさん、エプリにセプト、アシュさんとジューネの計六人か。どのくらい遠いのかは知らないけど、歩いていくとなるとそれなりにかかりそうだな。……あっ!? 忘れてた。バルガスも連れて行かないと」

 

 ここ数日会っていなかったが、バルガスも凶魔化なんて酷く身体に悪いことをしたんだ。ちゃんとした医療施設に連れて行った方が絶対に良い。……しかし考えてみればおかしいな。俺はずっと医療テントの中にいた。なのに同じく治療中だったバルガスと会っていないというのはどういう訳だ?

 

「えっ!? 気付いていなかったのですか?」

「……意外と薄情ね。トキヒサ」

 

 何やら嫌な予感がして聞いてみると、すでにバルガスは俺が怪我で意識不明の間にノービスに移送されていたらしい。ゴメンバルガス。怪我やら何やらですっかり忘れてた。俺はそっと内心バルガスに手を合わせて頭を下げる。次に会ったら謝ろう。

 

 ちなみに連れて行ったのはゴッチ隊長他数名。着いた後に検査や簡単な報告なども行っていたので、そのまま数日程滞在していたらしい。

 

 その間はダンジョンの調査は足場固めのみに徹し、ゴッチ隊長が戻り次第一気に進む予定だったという。それがゴッチ隊長の言う手が離せない状態という訳だ。確かに調査隊なのに長く調査できないのはマズいよなぁ。

 

「まあ忘れていたのは置いておくとして、移動のことならご心配なく。ノービスまではこちらで馬車を用意しますので」

 

 そう言えば一度乗せてもらったな。また使わせてくれるとは大助かりだ。

 

「……どうされますか? 馬車の用意自体はおおよそ済んでいるので、あとは皆様の準備が出来れば出発していただきたいのですが。勿論まだ体調が思わしくないという事であれば、無理にとは申しませんが」

 

 考えるまでもない。他の皆も出発に乗り気みたいだし、何よりずっとテントで寝たきりと言うのも少し飽きてきた所だ。

 

「無理だなんてとんでもない。馬車まで用意してもらって助かります。すぐに出発しますよ」

 

 という訳で、あれよあれよと言う間に話は進み、昼過ぎには全員出発準備も整い馬車に乗り込むことになった。なんとお見送りに、調査隊の人達の大半が勢ぞろいしていたのだから驚きだ。

 

 

 

 

「セプトちゃ~ん。また来てね~っ!!」

「先生っ! お達者で」

「ジューネ。品揃え良かったから次も来いよな。待ってるからな」

 

 こんな感じで盛大なお見送りだ。なんだかんだ皆して仲良くなった人が居たらしい。……当然俺にも餞別の言葉が来たさ。アシュさんの誤魔化しの結果、比較的年の近い隊員達と仲良くなったのは良いのだが……男ばっかりだったのは気にしてないぞ。女性陣は微妙にまだ白い目で見ているのも気にしないとも。

 

 あと一つ気になったのが、

 

「すりすり。すりすり」

「おいっ! まだか? 次が詰まってるんだから早くしろよ!」

「もう少し。……もう少しだけだから」

 

 何故かボジョの前に行列が出来ていた。一人ずつボジョの身体を撫でていく様は、どこかパワースポットにある触れると良いことがある石像的な何かを思わせる。

 

 後で聞いた話によると、ボジョは調査隊の中でセプトと並んで一種の癒しキャラ的な立ち位置になっていたらしい。確かにあの感触は気持ち良いものな。ナデナデしたくなる気持ちはよく分かる。

 

 それに荷運びを手伝ったりして評判も上々のようだ。時折ふらりといなくなると思ったらそんなことをしていたのか。

 

 それにボジョもただただ撫でられていた訳ではない。あまりに時間が長すぎるようなら触手でぶっ叩いて次の人に回すよう注意しているし、撫でた人から礼代わりにちょっとした食べ物などをせしめている。貰った物が小さな山をなしているぐらいだ。

 

 さらにそれもすぐに食べるのではなく、大きな袋を一つ貰って中に詰めている。どうやら弁当代わりのようだ。本当にしっかりしている。

 

「…………大層な見送りね」

 

 そう言うエプリの周りには見送りの人はほとんど来ていない。これはエプリが意図的に人を避けているためだ。クラウンとの戦いでボロボロになった服をジューネから買った物に着替えたが、相変わらず顔を隠せるフードの付いた物を選ぶのは徹底している。

 

 だが、それでも僅かにだが人が来て声をかけてくる。そういった相手にはエプリも流石に一言二言言葉を返すのだが、フードから覗く表情は嫌がっているような嬉しそうなような複雑なものだ。……もしエプリが混血という事でなければ、もっと普通に話すことが出来たのだろうか?

 

「そろそろ出発します。馬車にご乗車ください」

 

 馬車の御者の人が御者席からそう呼びかける。そろそろ行かなきゃな。その言葉を聞いてそれぞれが馬車に乗り込む。

 

「ラニー。ではこちらをお願いします」

「分かりました」

 

 出発直前にゴッチ隊長が何かの紙の束をラニーさんに手渡している。あれが報告用の書類らしい。一度向こうに行った時に報告しきれなかったものを、こちらに戻ってから大急ぎでまとめ直したという。これからダンジョンに潜るというのに……お疲れ様です。

 

「出発します。はぁっ!」

 

 ラニーさんが乗り込むのを確認すると、御者さんは一声かけて馬に手綱で軽く合図する。それと同時に繋がれた四頭の馬が歩き出し、馬車はゆっくりと進み出した。

 

 見れば出発する俺達に対して、調査隊の人達が手を振ってくれている。……良い人たちだった。粗方やることが終わったらまた会えるといいな。マコアのこともあるし。俺達はそうして調査隊の拠点を後にした。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 とまあそのようなことがあって、俺達は現在ゆっくりとした馬車の旅を満喫していた。馬車の速度は人が走るのより少し早い程度。急げばもう少し速度を上げられるらしいが、俺達を気遣ってややのんびりと進んでいるという。細やかなお気遣いに感謝だ。

 

 そして俺達が出発してからしばらく経ち、

 

「皆さん。……見えてきましたよ」

 

 御者さんが御者席から言う。おうっ! いよいよか。俺は飛び起きて御者席の先を見る。急に動いたから身体のあちこちがギシギシ言っているが、そんなことは気にならないほどにワクワクだ。そして隙間から見えた先は……。

 

「…………うわあぁ!」

 

 まだ少し距離があって細かいところまでは見えないものの、そこに見えたのは確かに町だった。周囲を高い壁に囲まれ、入口に一際巨大な門が存在感を醸し出しているが、壁の上からちらちら見えるのは間違いなく建物の屋根。人が住んでいる証だ。

 

「おっ! ようやくか」

「え~っと。こちらが子爵に送る分、これがキリに支払う分。これが物資調達用で……」

「さて。それじゃあここまでにしましょうか。セプトちゃん」

「うん。教えてくれてありがと」

 

 各自がいよいよ到着となって準備を終える中、エプリが話しかけてくる。

 

「……で、これから初めて町に入る訳だけど。感想は?」

「そんなの決まってる」

 

 まだ見ぬ世界のまだ見ぬ町。まだ見ぬ文化。観光ではないから良いことばかりではないかもしれない。危険なことや嫌なこともあるかもしれない。それでも、

 

「これもまた、ロマンって奴さ」

 

 こうして俺達は、交易都市群第十四都市ノービスに到着した。

 




 ボジョ大人気。野良のスライムに触ると酸でダメージを受けますが、ボジョは自分の意思で酸を抑えているので撫で心地が良いです。

 触られているんじゃない。触らせているんだ。間違えないように。


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第九十五話 入国審査みたいなもの

 

「それにしても…………立派な門だなあ」

「交易都市群には様々な種族の方がいらっしゃいますからね。このくらい大きくないといざと言う時に困ります」

 

 俺達の乗った馬車は町の入口にある門に近づいていった。門を見てついポツリと漏らした感想に、御者さんが説明をしてくれる。

 

 少なく見積もっても門のサイズは十メートルくらいある。この世界には巨人種がいるのは知っているけど、そういった大きいサイズの誰かが通ることも考えられているらしい。よく見ると門の前に行列が出来ていて、その先には受付のようなものが見える。

 

「あの行列は何だろう?」

「ああ。町に入る際は、ちょっとした検査が有るんですよ」

 

 俺が不思議に思うと今度はジューネが答えてくれる。空港とかでよくある入国審査みたいなものか。怪しい奴が入ってきたらマズイもんな……って!? 俺怪しい奴じゃんっ! 元々この世界の人じゃないから戸籍なんてないぞ。

 

「……あぁ。もしかして交易都市群の都市に入るのは初めてですか? トキヒサさん」

「そ、そうなんだよ。だから色々と不安と言うか」

「それなら問題ありませんよ。検査と言っても簡易的なものですから。顔を見せて手配書などに載っていないか調べたり、何のために町に入るのかを聞かれるくらいです」

 

 何だ。それなら安心……じゃないっ!?

 

「だとするとマズいな。俺は何とかなるかもだけど……エプリが色々と言われそうだ」

 

 そう言いながらエプリの方をチラリと見ると、エプリはフードをさらに深く被り直している。顔を見せなきゃいけないとなると、混血だのなんだの言われかねないな。ジューネもその言葉にハッとしてエプリの方を見る。

 

「…………別に、何か言われることは慣れてるわ。……他の都市に入ったこともあるから分かるけど、混血だからと言って入るのを拒まれる訳でもないし。……そうでしょ?」

「え、えぇ。交易都市群のモットーは“どの種族であっても拒まないこと”ですからね。何か言われるかもしれませんが、入ること自体は問題なくできると思います」

「……なら、問題ないわね」

 

 エプリはそう言うと、目を閉じて馬車内の荷物に寄り掛かる。……なんだかなぁ。何か言われることは慣れてるって、慣れても辛くないってことはないだろうに。

 

「分かりました。エプリさんがそう言うなら。……安心してください。いざとなったら」

「まあお得意のアレだな。世渡りの知恵って奴よ」

 

 ジューネとアシュさんがなんか黒い笑みを見せる。これはあれか? 山吹色のお菓子的な何かの出番とでも言うのか? できれば真っ当に通りたいんだが……え~い。こうなりゃ腹をくくってやってやろうじゃないの。

 

 

 

 

「では、並びますよ」

 

 俺達の馬車は列の一番後ろに並ぶ。見れば俺達以外にも馬車などの乗り物で来ている人は多く、中には馬らしいもの以外にも何やら小型の恐竜みたいなトカゲに騎乗している人もいる。流石ファンタジーだ。

 

「……あれは騎竜ね。スピードもかなり速いし、単騎でもちょっとしたモンスターになら引けを取らない戦闘力が売りよ。寒さに弱いのと乗りこなすのがやや難しいのが欠点だけど」

 

 騎竜を見つめていたのが分かったのか、エプリが横から説明してくれる。……やっぱり寒さに弱いんだ。見た目的に。

 

「おやっ!? 騎竜をご所望ですか? もしそうなら良い店を紹介しましょうか? 多少値が張りますが」

「遠慮しとく。ああいうのは憧れるけど、色々と問題が多すぎるしな。……主に金銭的部分で」

 

 ジューネが商売チャンスとばかりに言うが、どうせ紹介料とかをせしめるつもりだろ? それに騎竜を買うにしても、馬にも乗れない俺が乗りこなすまでには時間が掛かる。練習中はしばらくここに足止めになってしまうだろう。

 

 さらに挙げるなら、乗れなくても維持費、つまりエサ代やら寝床の世話やらで確実に首が回らなくなる。つまり時間も金も全然足らないってことだ。ロマンを追うには先立つものが必要だってことだな。

 

 ジューネもこの答えは予想していたのか、それは残念と一言返しただけでそれ以上食い下がりはしなかった。買う見込みのない相手に無理に押し売りするのは下策だとよく分かっているらしい。売れたとしてもほぼ確実に悪い印象が付くからな。

 

 そんな感じで雑談を交わしながら、受付らしき所に向けて行列はゆるゆると進んでいく。少しずつ受付の様子がはっきりと見えてきた。

 

「二手に分かれているみたいだな」

 

 受付が二つあるのは時間短縮のためだろうか? それぞれに数名の衛兵らしき人が待機しており、来る人来る人に何か質問をしているようだ。

 

 ……マズいな。フードなどを被っている相手には一人ずつフードを取らせている。幸い後ろの人には見えないように見せているようだけど、顔の確認はバッチリしてるじゃないの。やはり避けられないのか。

 

「おやっ!? どうしたんですか? そんな困ったような顔をして」

 

 俺が顔を強張らせていたのに気づいたのか、ラニーさんがそう訊ねてくる。そう言えば調査隊の人達にはエプリのことは伝えていなかった。エプリが拠点に戻る際もアシュさんが先に行って、予備の服を取ってきてもらって着替えてから戻ったらしいしな。

 

「……もしかして、エプリさんのことを心配しているのですか?」

「っ!? ……知っていたんですか?」

 

 ラニーさんは俺の正面に立ち、安心させるようにゆっくりと頷いた。そのことはエプリも知っているようで驚いた様子を見せない。セプトは無表情で驚いているのかどうかイマイチ分からないが、ジューネとアシュさんは知らなかったようで少し驚いている。

 

「トキヒサさんが大怪我をして医療テントに運ばれてきた時、エプリさんも表面上は隠していましたがかなりの怪我をしていましたからね。ポーションで無理やり傷を治してはいましたが、見る人が見たらすぐに分かります。その傷の治療の時に知りました」

「えっと……そのことは他の人には」

「言っていません。隊長にもです。バルガスさんやセプトさんの場合は治療のために報告の必要があるものでしたが、今回のことはそうではありません。患者の秘密をむやみに言いふらすようなことはしませんよ」

 

 ラニーさんは真面目な顔で断言する。職業意識がとてもしっかりしているみたいだ。

 

「ラニーさんは……その、嫌じゃないんですか? エプリのこと」

 

 だけどこの点は聞いておかないといけない。仕事と私情は別という人もいるだろうしな。ラニーさんは少しだけ考える様子を見せると、真っすぐに俺の目を見て話し始める。

 

「……私は職業柄、様々な患者を診てきました。その中にはヒト種以外の方もたくさんいました。ヒト種だから助ける。それ以外だから助けないでは薬師とは言えませんよ。それに……」

 

 そう言って、エプリの方を見つめるラニーさん。

 

「私も混血の方は初めて診ましたが、最初に会えたのがエプリさんで良かったと思いますよ。意識のないトキヒサさんの傍をほとんど離れようとしなかったあの様子を見たら、私にもエプリさんが悪人でないことぐらいはすぐに分かりましたから」

「ふんっ…………ただ護衛として、雇い主が死なないように見張っていただけよ」

 

 エプリがその言葉に対して割り込むが、ラニーさんは軽く笑って流してしまう。気が付けば話を聞いていたアシュさんやジューネもニンマリした様子でエプリを見ていた。セプトはよく分かっていないようだが、ボジョまで触手を伸ばしてコクコクと頷いている。

 

 ……確かに俺が起きた時は手を握っていてくれたみたいだしな。間違いなく良い奴だと思う。それが分かってもらえたなら良いんだ。俺はラニーさんに対し、ありがとうございますと頭を下げる。

 

「いえいえ。……話を戻しますね。エプリさんの事についてですが、その点は私が受付でとりなしましょう。ご安心ください」

「ほ、本当ですか!?」

「えぇ。微力ではありますが」

 

 ラニーさんはお任せくださいとばかりに軽く胸を叩いた。このように人を安心させるのは薬師としてのふるまいなのかもしれないが、そのままありがたく受け取るとしよう。

 

 

 

 

 結論から言うと、俺達の馬車は無事に門を通過した。ジューネの言ったように検査と言っても本当に簡単なもので、顔を見せて種族の確認をした後、いくつかの質問をされただけで終わった。名前や職業、どうしてこの町に来たのかとか、泊まる宿などは決まっているかとかだ。

 

 最初は個別に質問をされるのかと思っていたが、代表してラニーさんが答えていた。そこで少し驚いたのは、受付の人達がラニーさんの顔を見るなりビシッと姿勢を正して一礼していたことだ。

 

 実はラニーさんはかなりここの人に顔が利くらしい。……調査隊の薬師と副隊長を一時的にとは言え兼任できるくらいだもんな。それだけ実力があるってことだろう。

 

 ちなみに俺のことは、辺境から出稼ぎに出てきた農民だと説明された。実際そういう人は珍しくないらしく、受付の人もすぐに納得した。遠いところから出稼ぎに来たと言うのはあながち間違ってないもんな。農業の経験はあまりないけど。

 

 町に来た目的はダンジョン調査の協力者として。宿はもうすでに決まっているという。エプリのことも、ラニーさんが何か言ったかと思うと免除されていた。それ以外のメンバーはきちんと確認したが。

 

 最後に受付の人の立会いの下、それぞれ簡易的な証明書をもらう。これはきちんと受付を通って町に入ったという証で、公共の場所で買い物をする場合は見せる必要があるという。

 

 また時々町を巡回している衛兵から提示を求められることがあるらしい。ただし紛失した場合は再発行も出来る。……有料だが。

 

 勿論それがなくても買い物できる場所はある。だがそういう店は大概何かしら訳がある。少し割高だとか、場合によっては不良品を掴まされるとかだ。そしてそれは基本自己責任。何かあっても町としては保障はしかねる。以上が受付でされた説明だ。

 

 あとは町中でのルールだけど、これに関してはそこまで規制はない。ざっくり言うなら、揉め事を起こさないとか、他人に迷惑を掛けないとかそういう日常のマナーみたいなものだ。様々な種族が来る分、規制をし過ぎるとかえって揉め事の種になるということらしい。

 

「では…………ようこそ。交易都市群第十四都市ノービスへ」

 

 全ての審査を終え、受付の朗らかな声に送られながら俺達の乗った馬車はようやく町の中に入る。

 

 いよいよか。そう言えば、こういうのって町に入る時とか通行税とか必要そうなもんだけどな。他の並んでいた人達も渡している様子はなかったし、どうやって財源を賄っているんだろうか?

 

 ふとそんなことを疑問に思いながらも、俺はまだ見ぬ町へドキドキワクワクを募らせていった。

 




 都市長直属の調査隊、それも副隊長(代理)ともなると町のちょっとした顔です。ただどちらかというと、ラニーさん個人の人柄という面も大きいですが。


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第九十六話 町中でのアクシデント

 

 中世ヨーロッパ風という言葉がある。様々なテンプレファンタジー小説で使われている表現だ。あくまで()という所がみそで、必ずしも本当に中世ヨーロッパの風景でなくても良いので、多少実際とは間違っていても問題がない。

 

 しかし中世と言っても幅が広く、いつの時代だか特定しづらいのが問題だ。例えば日本で言ったら一説によると、鎌倉幕府が出来てからだいたい戦国時代までの数百年が中世という話もあったりなかったり……。

 

「………………ヒサ。トキヒサっ。聞いてる?」

 

 俺の名を呼ぶ声にハッとして周りを見渡す。するとエプリがフード越しにこちらをじっと見ていた。

 

「……町に入ってから景色を見るなり急にぼ~っとして、一体どうしたって言うの?」

「俺そんなにぼ~っとしてた?」

「……目の前で軽く手を振ったけど、まるで気が付かないくらいにはね」

 

 ホントかそれ!? まったく気が付かなかった。

 

「あ、いや、色々感慨深くて。よく言われる言葉だけど、実際に見るとこんな感じなんだなぁって思ったんだ」

 

 門の中に広がっていたのは、俺のイメージしていた中世ヨーロッパ()の風景にかなり近いものだった。

 

 現在俺達は馬車で道を進んでいるのだが、流石に町中でスピードを出すと危ないので速度は大分ゆっくりめ。歩くのと走るのの中間くらいだろうか。だがゆっくりの分周囲の風景を見るにはある意味丁度良かった。

 

 視界に見える建物はほとんどが石造り。高さはバラバラで、普通に一階建てのものもあれば、マンションのように縦に積み重なって五、六階建てになっているものもある。屋根はとんがり帽子のようになっていて、雨水などが溜まらないようになっているみたいだ。

 

 道はかなり広く作ってあり、俺達の馬車が二台並んでもまだ人が余裕を持って通れるくらいには広い。道は簡単にだが石で舗装されていて、外に比べたら格段に走りやすい。建物もそうだけど、この辺りは石が良く使われている。近くに産地でもあるのかもしれない。

 

「……? 何のことかよく分からないけど、最低限道を覚えておいた方が良いわよ。どうせまた後で来るんでしょ?」

「まあな。色々見て回りたいし」

 

 ざっと見る限り町には活気があふれている。店が多いのは勿論だが、露天らしきものもチラホラだ。ああいうのはフリーマーケットみたいで結構憧れるな。やることが粗方終わったら行ってみたい。

 

 馬車は現在調査隊にダンジョンの調査を命じた人、ここの都市長の元に向かっている。ラニーさんを見て門にいた衛兵達がやけにかしこまっていると思ったら、元々調査隊が都市長の直属のような立ち位置にあることも理由だったらしい。

 

 別にそこまで偉くはないとはラニーさんの談だけど、その都市一番の権力者の直属と言うのはそれだけで一種のステータスじゃないだろうか?

 

 

 

 

 俺がこの都市でやることはいくつかある。

 

 一つ目はラニーさんの報告書提出の際、証人として同行すること。と言っても先にゴッチ隊長がバルガスを連れてここに来た時、大まかな説明は既にしてあるらしいので今回は補足程度のものだ。なので時間はそこまでかからないだろうと出る前にゴッチ隊長は言っていた。

 

 二つ目はセプトを医療機関に見せること。身体に埋め込まれた魔石は今のところ危険度は低いが、それでも危険が全くないという訳ではない。何かのはずみで溜め込まれる魔力が限界を迎えたら、バルガスのように凶魔化する可能性も無くはないのだ。

 

 それとバルガスの見舞いも出来ればしておきたい。ちょっと存在を忘れてたからな。

 

 三つ目はアシュさんの知り合いの場所を探すこと。ただこれはそこまで心配はしていない。アシュさんはもう大体の目星はついていて、あとは時間が経てば分かるという話だった。手紙でも出して返事を待ってるとかそういう事だろうか?

 

 そして最後に、これが一番重要なことなのだが…………()()()()()()()()()()()()。生活には金が不可欠だ。

 

 課題として貯めなければいけない分にエプリに支払う金。それにいずれイザスタさんの所に合流するにしても、そこまで行く旅費も必要だ。あと金魔法に使う金も要る。かと言って、モンスターと戦って金を稼ぐのは以前もエプリと話したが避けたい。

 

 考えてみよう。護衛に金を払うために護衛に戦わせるなんて言うのはまず本末転倒だ。それならエプリとしても契約なんてせずに普通に稼いだ方が早い。セプトの方も同じだ。それに美少女に戦わせて自分だけ後ろで守られているっていうのはいささか……いやかなり俺のなけなしのプライドに響く。

 

 護衛されないとマズいくらい俺が弱かったり世間知らずだというのは自覚しているが、それとこれとは話が別。なら戦い以外で金を稼ぐしかない。幸いここは交易都市だ。商売で成り立っている町なのだから、探せば金を稼ぐ手段も見つかるかもしれない。そのためにも町の様子は見て回りたいな。

 

 大体さしあたってやることはこんな感じだろうか。頭の中でやることをまとめながら、俺達は馬車に揺られながら都市長の所へ向かっていた。……事件はその途中で起きる。

 

 

 

 

「あとどのくらいで着きますか?」

「そうですねぇ。この調子で行けばもう二、三十分といったところでしょうな」

 

 ふと時間が気になって御者さんに訊ねると、そんな返事が返ってきた。一応補足すると、この世界には時計やそれに類するものは存在する。例えば調査隊の拠点にも一つ共用のものがあったし、町中にもよく見れば時計らしきものを僅かだが見かける。

 

 しかしあまり正確でないようで、大抵が十分や十五分単位で時間が分かるくらいの物だ。中には針が一本のみで大まかに時間が分かるだけなんてものもあった。それにどれもかなり大きく、小さいものでも良く日本で見る家庭用の壁掛け時計より一回りはデカい。

 

 以前ダンジョンでエプリに腕時計を見せた時、時計だといっても微妙に信じていなかった。それはどうやらまだここら辺において、時計はそこまで普及していなかったかららしい。

 

 これがこの交易都市だけなのか、それともこの世界の基準なのかは知らないが、そういったところも調べる必要があるかもな。

 

 しかしあと二、三十分か。まだ大分かかるな。まあ街並みを見てるだけでも発見があるし飽きないけど。俺がそう思いながら腕時計を見ていると、何かに気づいたのかジューネが話しかけてきた。

 

「おやっ!? トキヒサさん。前から気になっていたのですが、その腕に巻いているものは一体何ですか? なにやら面白そうな気配がしますねぇ」

「これ? 時計だけど?」

「時計? 誤魔化さないでくださいよ。時計と言ったらもっと大きいものですよ。そんな小さな時計が発明されたらそれだけで大問題ですって。町中の時計職人がこぞって製法を知りたがること間違いなしですよ。……私とトキヒサさんの仲じゃないですか。隠さないで教えてくださいよ」

 

 やっぱりジューネも信じてないみたいだ。しかし興味深そうに俺の腕時計をチラチラ見ている。

 

「ホントに時計なんだって。ほらっ! 見てくれればはっきりするから」

「見せてくれるんですね! いやぁ時計だなんて嘘までついて、一体何を隠していたんでしょうね? では、ちょっと拝見を」

 

 百聞は一見に如かず。見てみろよと言わんばかりに俺が腕を伸ばし、ジューネがどれどれとばかりに身を乗り出そうとした時、

 

「……きゃっ!?」

「おっと!」

 

 急にガクンと馬車の速度が落ち、車体が軽く揺れた。身を乗り出す形になっていたジューネはバランスを崩しかけるが、とっさにアシュさんが腕を掴んで支える。見ればエプリやセプト、ラニーさんは上手くこらえていた。良かった。しかし、肝心の俺は踏ん張り切れず馬車の中で転がってしまう。

 

「あいたたた」

「大丈夫? トキヒサ」

 

 そのまま馬車の荷の一つにぶつかり、腰をしたたかにぶつけてしまう。揺れが収まった後にセプトが駆け寄ってきて案じてくれるのが救いだ。

 

 エプリはどうしたのかと思ったら、素早く立ち直って外の様子を伺っている。流石切り替えが早い。……ついでに俺のことを気遣ってくれるともっと嬉しいのだけど。

 

「何事ですか!?」

「それが、前方を走っていた荷車が脱輪したようで、横転して道の半分近くを塞いでいます」

 

 少しふらつきながらもラニーさんが御者さんに聞くと、そんな答えが返ってきた。俺も何とか起き上がって隙間から覗くと、確かに道の前方に荷車が横倒しになっている。

 

 周りには積み荷の箱のようなものが多数散乱していて、それなりに広い道と言ってもかなりの部分を塞いでしまっているみたいだ。

 

「こりゃ参ったね。どうするよ? 無理やり進むってことも出来そうだが」

 

 アシュさんはジューネを支えながら言う。その言葉通り、空いたスペースに無理やり車体をねじ込めば通ることも出来そうだ。だけど、

 

「いいえ。それだと私達は通れても、この道自体が下手をするとしばらく使えなくなります。車輪は見てみないと分かりませんが、せめて散乱した荷物くらいは集めて渡してあげましょう。それに……目の前で困っているヒトを助けるのは当然じゃないですか」

「ほうっ。……それで本音は?」

「手を貸してお礼をせしめます。別に物でなくても積み荷の情報だけでも良いんです。何を仕入れたかとか何が売れそうだとか、情報には価値がありますから。アシュも手伝ってくださいね」

「へいへい。用心棒使いが荒いことで」

「では、私もお手伝いします」

 

 ジューネが下心満載だけど手を貸そうと提案する。苦笑しながら付き合う姿勢を見せるアシュさん。それを聞いてラニーさんもどうやら協力するようだ。

 

「トキヒサ。お前さんはどうするよ? どこかぶつけたようだし休んでるか?」

「いえ。これくらいどうってことないですよ。俺も行きます」

 

 どのみち道がこんなんじゃおちおち見て回ることも出来ないしな。ラニーさんが手伝うって言うなら都市長への報告もそこまで緊急って訳でもないみたいだし、それなら多少道草をして人助けをしても問題ないだろう。

 

「……仕方ないわね」

「私も、トキヒサ手伝う」

 

 エプリとセプトも手伝ってくれるみたいだ。エプリは渋々って感じだけど。

 

「よし。それじゃあ皆でちゃちゃっと済ませて先に行こうか」

 

 こうして馬車に御者さんを残し、俺達は外へ出て荷車の方に向かった。身体もだいぶ良くなってきたしな。軽いリハビリには丁度良いや。

 




 町に入るなり事件発生。いったい誰がトラブルを引き寄せているのやら。

 時計のフラグはまたその内という事で。


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第九十七話 セプトは人気者?

 

 俺達が荷車に近づいていくと、より細かい様子が見えてきた。横転している荷車は、どうやら車輪が外れただけでなく、軸となっている棒の部分が折れてしまっているようだ。

 

 引っ張っていたであろう二頭の馬がまだ荷車に繋がれており、酷く興奮した様子でその場で暴れている。下手に近づくと蹴り飛ばされそうで危ない。

 

 幸いと言うか何と言うか、横転したのはちょうど人の居ない所だったようで野次馬は居ないようだ。荷車の傍には、御者席から投げ出されたのだろう男の人が倒れていた。ラニーさんがいち早く駆け寄って状態を調べる。

 

「……う、うぅっ」

「…………ふぅ。良かった。気を失っているようですが、見たところ怪我は投げ出された時の打撲と擦り傷のみで、命に別状はなさそうです」

 

 安心したようにラニーさんはこちらに向かって言う。頭でも打っていたら大変だからな。命に別状が無いって言うのなら良いことだ。

 

「それではラニーさんはその人の介抱をお願いします。アシュ。そこで暴れている馬を落ち着かせることって出来ますか?」

「……まあやっちゃあみるけどな。専門家って訳じゃないから上手くいくかどうか分からんが」

「お願いします。ここで下手に暴れられたらマズいですからね。その間に私とトキヒサさん、エプリさんとセプトさんは荷物の回収を」

 

 ジューネはテキパキとやることを指示していく。頭の回転が速いし行動力もあるから、こういう時は頼りになるな。……緊急時に多少パニくる傾向があるけど。

 

「……ではジューネ。肝心の荷車本体はどうするの?」

「そうですねぇ……動かそうにもかなりの重量がありますからね。ひとまず散らばった荷物を片付けて、道に通れるスペースを作る方を優先しましょうか。その後でヒトを集めるなりなんなりして荷車を動かしましょう」

 

 エプリの言葉に、一瞬だけ考えてジューネは答える。確かに車輪が使えない以上、動かすだけでも大変そうだ。それならひとまず後回しにするというのは納得できる。

 

「よし。それじゃあ荷物を集めて脇に寄せるとしますか」

「うん。分かった」

 

 俺とセプトは早速落ちている荷物を集め始める。ボジョも服の袖から触手を伸ばして拾うのを手伝ってくれた。よく気が利くな。

 

 荷物は大半が木箱のようで、大きさはちょっとした段ボール箱くらい。俺は箱を抱えるようにして持ち上げるが結構重い。それを持ち上げた際に、中でゴロゴロと何か転がる感じがした。石か何かでも入っているのだろうか? 

 

 他にも小さな包みがいくつか落ちていたので、そちらはセプトに任せよう。この木箱よりは持ちやすいだろう。そのまま二人で近くの建物の壁際に移動させる。

 

 いくつも包みを抱えて歩くセプトの様子は、無表情でなければほっこりするものであること請け合いだ。実に惜しい。

 

「その木箱はこちらに。まとめておかないとまた通行の邪魔になりますからね」

 

 ジューネは荷物に傷などが無いか確認しながら置く場所を指示する。確認作業は任せるとしようか。……しかし地味に数が多いな。まだまだあるぞ。

 

「よいしょっと。こりゃあ意外に重労働だぞ。エプリ。そっちはどう……えっ!?」

 

 エプリの方を見ると、木箱を三つほど風で浮かせながら悠々とこちらに歩いてくるエプリの姿があった。そのまま風で壁際に移動させ、ゆっくりと地面に下ろすエプリ。

 

 ……俺は精々そよ風くらいしか吹かせられないけど、けっして羨ましくなんかないぞ。

 

 そんなこんなでドンドン片付けていき、散らばった荷物を大体片付けた頃には、アシュさんも馬を落ち着かせて戻ってきていた。腕時計を見るとざっと十分は経っている。それなりに経ったことで、周囲に野次馬も数名ほど増えてきているな。

 

「人が増えてきたな。これだけいれば、力を合わせて荷車を移動させることも出来るんじゃないかジューネ。…………ジューネ?」

 

 呼びかけても返事がないので振り返ると、ジューネは木箱の一つを真剣な眼差しで見つめていた。それは散乱したはずみに一部が破損しており、僅かに空いた隙間から何やら石のようなものが覗いていた。

 

「…………どうしてこんなものが……」

「ジューネ。どうかしたのか?」

 

 気になって近づくと、ジューネはハッとした様子で顔を上げる。

 

「えっ……あぁ。ちょっと気になるものがあったので。……それより今は荷車の方ですよね」

 

 どこか慌てたようにジューネは荷車の方に歩いていく。なんか怪しいな。まあジューネの言う通り、今は荷車をどうするかが問題だけど。

 

 見ればアシュさんも何とか馬達を落ち着かせたようで、今は優しく馬の首を撫でている。これなら暴れて周りに被害が出るっていうのはなさそうだ。

 

 エプリは木箱を運び終わった時点で壁に寄り掛かり、自分の仕事は終わったとばかりに目を閉じて動かない。……いや、微かにだが周囲に不自然な風の流れがある。護衛として周囲を警戒しているみたいだ。ダンジョンじゃないんだからそこまで警戒しなくても。

 

 さて、問題の荷車だが、ジューネが周囲に集まってきている野次馬たちに手伝いを呼びかけている。しかし荷車も重量があり、集まった数名だけでは数センチほど持ち上げるだけで手いっぱいだ。

 

「よし。俺ももうひと踏ん張り手伝うとするか」

「待って。私、やる」

 

 荷車の持ち上げに参加しようと俺が向かおうとすると、セプトが俺を制するように立ち上がりながら言った。

 

「やるって……あれ相当重そうだぞ。セプトにはちょっときつくないか? やっぱり俺が」

「でも、トキヒサ体痛いんでしょ? 安静に」

 

 まあ確かに身体はギシギシ言ってるし、さっきぶつけたところも地味にジンジンするけど大丈夫だぞ。だけどセプトは俺の腕を掴んで離さない。

 

「トキヒサ。命令して。そうすれば、頑張れる」

「命令って……」

 

 命令をされたがる奴隷なんて聞いたことないぞ。だけどセプトは無表情ながら目だけはやる気に満ちている。下手に止めても聞かなそうだし、それこそ止めろって命令するくらいじゃないとダメだ。

 

 ……仕方ない。まあ他にも人がいるし、邪魔にならないように手伝ってもらうくらいで良いか。

 

「じゃあ……命令だ。“他の人の邪魔にならないように荷車を運ぶのを手伝うこと。それと怪我をしないこと”。以上だ」

「分かった。トキヒサ(ご主人様)

 

 セプトは一度大きく頷くと、皆で悪戦苦闘している荷車の所に歩いていく。……大丈夫かな。

 

 

 

 

 持ち上げようとしている男達がセプトに気づくと、口々に笑いながらやめとけやめとけと言う。あと微妙に数人の顔がにやけている。確かにセプトは見た目華奢な人形みたいな美少女だもんな。そんなセプトから手伝うと言われたら、ついつい顔がにやけるのも仕方ないか。

 

 しかしセプトが引き下がらずに少し会話をすると、根負けしたのかスペースを空けてセプトが持つ部分を作る。

 

 ……なんか他の持ち上げようとしている人達が凄い気合が入った顔してるな。僅かに風に乗って、万が一にもバランスを崩すなよとか、この子に怪我させたらそいつはタコ殴りの刑だぞとか聞こえてくる。あの僅かな時間で心を掴んでないか?

 

「それじゃあ息を合わせろよ。……一、二の……三っ!」

 

 タイミングを合わせて、力を入れる野次馬たち。すると、

 

「おわっ!?」

「おっ!? さっきより軽く感じるな」

「これなら行けるぞ。少しずつこのまま壁に寄せていくんだ」

 

 明らかにさっきより持ち上がっている。これが美少女のために一致団結した人達の実力だと言うのかっ!? そのまま少しずつじりじりと移動し、通行の妨げにならない所に移動させていく。セプトも顔を赤くしながら頑張っている。

 

「偉いぞセプト……って、ありゃ?」

 

 よくよく見ると、荷車の影が不自然な動きをしている。一部が下から浮き上がって、荷車を押し上げている感じだ。そしてその影はセプトの影に繋がっている。

 

 ……まあ魔法を使うななんて言ってないし、他の人にはバレてないみたいだし、邪魔をしている訳でもなくちゃんと手伝っている。なら良い……のか?

 

 そのまま壁際に移動し終わると、口々に男達はセプトのことをほめそやす。魔法のことがバレたようではないが、セプトがいたから出来たというのは分かったのだろう。

 

 そして一通り盛り上がると、野次馬達はやり遂げたような満足げな顔をしてセプトに手を振りながら帰っていった。いつの間にか大人気である。セプトはそのまま俺の所に歩いてくる。

 

「トキヒサ。出来た」

「おうっ! よく頑張ったな」

 

 セプトが無表情ながらもどこか自慢げな口調で報告してきたので、俺も笑いながらそう言って労う。魔法の方はどうせ定期的に使わないといけなかったしな。セプトもバレないようにこっそり使っていたみたいだし、敢えて何か言うこともないだろう。

 

 労うと言ったらこれだろうと、俺はついつい昔陽菜にやったみたいにセプトの頭を撫でる。……待てよ? 小さい頃の陽菜はこうしたら喜んでいたが、これは流石にマズいか?

 

 ちらりとセプトの様子を伺うと……良かった。どことなく嬉しそうだ。基本無表情だから、俺の願望から嬉しそうに見えるだけかもしれないが。

 

 

 

 

「良かった良かった。もう少しかかるかと思いましたが何とかなりましたね」

 

 そう言いながらジューネとアシュさんがこちらに歩いてくる。俺はセプトを撫でるのを止めて二人に向き直る。……微妙に名残惜しげな顔をセプトがしていた気がするが気にしないでおこう。エプリも壁に寄り掛かりながらこちらの話に耳を傾けているようだ。

 

「倒れていた奴が目を覚ましたぞ。今はラニーが介抱しながら事情を聞いている。そろそろ騒ぎを聞きつけて町の衛兵も来るだろうから、来たらあとはそいつらに任せて行くとしよう」

 

 ……そう言えば、そもそも俺達は都市長の所に向かっている最中だったものな。荷車は通行の邪魔にならないように片付けたし、投げ出された人もラニーさんが介抱したんならこれ以上はこの町の人に任せるのが筋か。

 

「ジューネは良いのか? お礼をせしめるとか言ってたけど」

「その辺りは抜かりなく。ラニーさんに言って積み荷のことなども聞いてもらっていますから。……少し気になることもありますしね」

 

 そう言うジューネはどこか思案するような顔だった。さっきも荷物の一つをじ~っと見てたしな。多分そのことだろう。一体何が気になるんだろうな?

 

「…………どうやら来たみたいよ」

 

 急に壁に寄り掛かったままポツリとエプリが呟く。その言葉に道の先を見ると、こちらへ向かってくる一団があった。どうやら衛兵たちが来たらしい。後はあの人達に任せるとするか。

 




 セプトは良い子ですので、言いつけはきちんと守りますよ。


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第九十八話 なにやらきな臭い話

 俺達がこれから行こうとしていた方向からやってきた一団は、全員揃いの柿色を基調とした制服を着ていた。この町に入る時に受付にいた衛兵と同じものなので、これがこの町の衛兵の制服だと分かる。先ほどの野次馬の誰かが呼んだのかもしれない。

 

 一団は俺達の所までやってくると、隊長らしき他の人より少しだけ豪華な服を着た厳めしい顔の男の人が前に進み出た。そして壁際に移動された荷車を一度チラリと見る。

 

「道の真ん中で荷車が横転しているとの連絡を受けてやってきたのだが……あれがその荷車かね?」

「はいっ! そうです。荷車は通行の邪魔になるので私どもで動かしておきました」

 

 その言葉にジューネが対応する。さりげなく自分たちが動かしたという点を主張しているのが微妙にせこい。

 

「ふむ。それはありがたい。こちらとしても仕事は手早く進めたいのでね。……おいっ」

 

 衛兵隊長さんが合図をすると、他の衛兵が何人か荷車の方に向かっていく。見れば一団の中に、茶色の毛並みで尻尾が二股に分かれた牛みたいな生物が何頭かいた。その牛モドキと荷車をロープで繋いでいることから、どこかに引っ張っていこうとしているみたいだ。

 

 ここに置いていくのは壁際と言っても邪魔になるもんな。……何だかレッカー車で運搬される事故車みたいだ。

 

 荷車を牽いていた馬達も、アシュさんが事前に宥めておいたのでおとなしい。衛兵の手によって手綱を取られ、ゆっくりと連れられて行く。

 

「隊長。散乱していた荷物ですが……」

 

 衛兵の一人が荷物を改めている途中、何かに気づいた様子で衛兵隊長さんの所に駆け寄って耳打ちする。衛兵隊長さんは何かを聞くうちに顔をしかめていく。

 

「そうか分かった。引き続き調べろ。…………お待たせしましたな。それと、この荷車の御者はどちらかな? 詳しい話をお聞かせ願いたいのだが」

「あぁ。それならあちらに。怪我をしていたので介抱をしてもらっています」

 

 ジューネが手で指し示した先には、ラニーさんが倒れていた人を手持ちの道具で治療しているのが見えた。一度俺達の馬車に戻って包帯や薬を取ってきたので、応急処置とは言え本格的だ。

 

 どうやら相手も目を覚ましたようで、壁に上半身を持たせかかりながらラニーさんに包帯を巻いてもらっている。

 

「なるほど。ではあとはこちらにお任せ願おう。……済まないがそちらの薬師殿。怪我人を医療施設に連れて行きたいのだがね」

 

 衛兵隊長さんはそう言ってラニーさんに呼びかける。しかしラニーさんは治療に集中していて聞こえていないようだ。仕方なく衛兵隊長さんは二人に近づいていく。そしてラニーさんの傍に立つと、とんとんと軽く肩を叩いた。

 

「はいっ? すみませんがもう少し待ってください。この場で最低限の応急処置はしておかないと」

「そうは言いましてもこちらも職務でしてな。……おやっ? ラニー殿ではありませんか?」

「その声は……ベンさんじゃないですか!」

 

 どうやら二人は知り合いだったらしい。元々調査隊はこの町の人なんだから、知り合いがいるのは当然か。そのまま二言三言話したかと思うと、衛兵隊長……ベンさんがこちらに戻ってくる。

 

「仕方ありませんな。ラニー殿が治療を終えるまで待つとしましょう。あのヒトは一度治療を始めると、自分が納得するまで止めようとしない。……まあ腕は確かなので、医療施設に行く必要がなくなるかも知れないがね」

「あのぉ。ベンさん……と呼ばれてましたけど、ラニーさんとはお知り合いなんですか?」

 

 気になってしまったのでついつい質問する。ジューネは何も言わないことから、そっちも気になってはいたみたいだ。

 

「職務上以前はよく顔を合わせたのでね。それよりも、待っている間にあなた方からも話を伺いたい。よろしいですな?」

 

 よろしいですななんて聞いてはいるが、半ば強制的な尋問だなこりゃ。まあ衛兵と言えば町の治安を守るのが仕事だろうからね。素直に話すとしようか。……しかしただの事故の調査にしては少し物々しい気がするな。

 

 俺達はラニーさんが治療を終えるまでの間、ここであったことをベンさんに話した。と言っても俺が見たことなんて事故直後のことぐらいなので、大したことは言えなかったのだが。

 

 

 

 

「……なるほど。大まかな状況は理解しました。あとはあの二人から話を聞くとして、あなた方はもうお帰り頂いて結構です。ご協力感謝します」

 

 ベンさんは一通りの当時の状況を聞き出すと、そう言い残して治療を終えた二人の方に歩いていく。

 

 いやここでほったらかしっ!? 帰るったってラニーさんが戻らないことには動けないんだけど。ひとまず皆で馬車の中に戻り、ラニーさんの帰りを待つことに。

 

「ふぅ。牢獄で尋問された時に比べれば楽だったけど、それでもやっぱり堪えるな」

「疲れた」

「…………まったくね」

 

 馬車に乗り込むなり、皆して心なしぐで~っとした感じになる。セプトは無表情に座り込み、エプリまでどこかうんざりした感じで立っている。アシュさんとジューネは大丈夫そうだ。話し合いには慣れているという事か。

 

「それにしてもな~んか感じ悪いよな。部下の衛兵から何か耳打ちされてたみたいだけど……どう思うジューネ?」

 

 待っている間暇なので、比較的元気そうなジューネに話を振る。

 

「私の推測が正しければ、おそらく荷物の中のアレが問題になったんでしょうね」

「そう言えばさっき荷物を見て気になったとか何とか言ってたよな。一体何が入ってたんだ?」

「はい。あの荷物の中には……魔石が入っていました」

 

 魔石? 魔石を持っていると何か問題になるのだろうか? 確かに以前イザスタさんに、放っておくと凶魔になると言われたが、それは使わずに長い間あったらの話のはずだけど。

 

「……その顔だとご存じなかったみたいですね。魔石は()()()()()()()()()()()()()()()()違法なんですよ」

「な、なんだって~っ!?」

 

 今明かされる驚愕の事実。つまり、

 

「……俺はまた牢獄行きかもしれん」

「牢獄行きって……その様子だともしかして持ってます? 魔石」

 

 俺はその問いに力なく頷く。黙っていれば良いのかもしれないが、自分がうっかり犯罪を犯していたとなると心穏やかではいられない。気のせいか馬車内の全員の顔が引き締まっている気がする。

 

「ちなみにどのくらいのサイズの物を?」

「それは……これくらいだ」

 

 俺は『万物換金』で鼠凶魔の魔石を一つ取り出してジューネに手渡す。大きさはどれも小指の先の爪くらいの物だ。ジューネはそれを受け取って掌の上で転がしながらじっくり見る。

 

「…………なるほど。他にはありますか?」

「同じのがあと三十ばかし。サイズはみんな同じようなもんだ」

「そうですか。あと三十ほど。……ちなみに手に入れたのはいつ頃ですか」

 

 牢獄にいた時だから十日前だと言うと、ジューネはしばし考えこんだあとに軽く息を吐いた。これはどっちだ? 良い方か? 悪い方か? 

 

「……トキヒサさん。残念ですが」

「そうか。……ちなみにどのくらいだ?」

 

 ジューネはややオーバーなくらい残念そうな顔をする。どうやら刑は免れないみたいだ。知らなかったとはいえ罪は罪だもんな。罰は受けないといけない。情状酌量は欲しいけど。

 

「どのくらい? ……あぁ。このサイズなら……おそらく百くらいだと」

 

 百日か。約三か月もまた牢獄生活なのか。勘弁してくれよ。……どうにか三日ぐらいでなんとかならないかな?

 

「しかし安心してください! 少しでも良い結果になるよう私も手を尽くします。まずは全ての魔石を私に預けてもらってですね」

「からかうのもそこまでにしとけよ雇い主殿」

「そうね。……そろそろ勘違いを正しても良い頃合いかな」

 

 そこにアシュさんとエプリが割り込んでジューネの頭にダブルチョップを食らわす。と言っても全然力など込めておらず、ジューネも笑いながら軽く頭を押さえただけで何も言わない。

 

「分かっていますよアシュ。エプリさん。軽い冗談ですとも」

「え~っと。何がどうなってるのでしょうか?」

 

 からかうって何のことだ? 勘違い?

 

「確かに未加工の魔石を所持するのは違法だ。しかしそれは()()()()()()()()()()()()()()だ。少なくともこれくらいはないと罪には問われないぞ」

 

 アシュさんはそう言って指で輪っかを作って見せる。大体五百円玉くらいの大きさだ。俺の魔石より明らかに大きい。

 

「……それに手に入れてからしばらくは猶予期間があるの。魔石に魔力が溜まるまでの間に決められた場所に持っていって換金する。そうじゃないと凶魔を倒して手に入れた瞬間違法になるから。……十日程度なら全然問題ないわね」

「なんだ。そうだったのか。…………良かった」

 

 俺はどうやら犯罪者にならずに済みそうなのでホッと胸をなでおろす。

 

「からかうなんてひどいぞジューネ。……じゃあジューネが言ってた百って言うのは」

「この都市で売る場合の値段の見立てですよ。一つおよそ百デン。三十ほどあるなら三千デンですね。まあ私に任せてもらえれば値上げ交渉をしてみせます。勿論仲介料は頂きますが」

「なら先にそう言ってくれよ。……ちなみに仲介料ってどのくらいだ?」

 

 からかわれたのは腹も立つが、冗談だったようだし置いておこう。今は値段の話だ。

 

 魔石を『万物換金』で換金した時の値段は一つ六十デンだった。換金額はアンリエッタの采配次第だし、こういうのは場所によって値段が大きく変わるのは良くあることだ。全ての場所で一律だったら交易の意味がなくなるからな。

 

 ならば手数料はかかるけど全部元に戻して、改めてこっちで売った方が利益は大きい。

 

 かと言ってこういうのはどこでどうやって売るのか分からない。ならどうやらパイプを持っているらしいジューネに任せた方が何かと良さそうだ。

 

「そうですね。交渉に成功したら私の取り分は……これくらいではどうでしょう? 失敗したらお代は頂きません」

 

 ジューネは背負っているリュックサックから久々となる算盤を取り出して弾く。パチパチと言う音がしばし鳴った後に提示された額は、全体からすれば微々たるものだった。

 

「値上げできなかったらそのまま渡すだけですからね。成功すれば儲けもの。失敗しても損はなく。なのでこのくらいの額が妥当ですよ」

 

 やけに安いけど良いのかという意図が伝わったのだろう。ジューネはそう言って笑った。しかしその目を見ると、失敗するなどという気は微塵もなさそうだった。

 

「分かった。それじゃあやることが一段落して時間が空いたら頼む。……からかった分しっかり値上げしてくれよ」

「おっと。からかわずに普通に提案した方が良かったですね。……お任せください()()()。互いに儲けるために誠心誠意努力しますとも」

 

 こちらも久々商人モードで返すジューネ。そうして俺の小さな商談がまとまったところで、ようやくラニーさんが戻ってきた。じゃあそろそろ出発だ。予想より長くかかってしまったからな。早く都市長さんの所に行かなくては。

 

 

 

 

「そう言えばジューネ。結局荷車の荷物にあったっていう魔石は何が気になってたんだ?」

「あれですか。大きさは基準値ギリギリでしたが、未加工の物が箱一杯に入っていました。あれだけの量になるとちゃんとした許可があっても見とがめられます」

 

 取り扱い注意の小型の危険物が大量に輸送されているようなものだもんな。いくら許可があるって言っても調べられるのは何となく分かる。

 

「入口を通れたという事は許可があるという事なんでしょうが、それにしては護衛らしき人も無し。あの御者さんも腕に覚えのあるという感じではありませんでした。あれだけの数ならかなりの額が動くのにです。妙でしょう?」

「そうだな。……そんな妙な荷車が、()()()()()()()()()()()()()()()…………偶然にしては重なりすぎかもな」

 

 更に考えてみれば、荷車が事故った場所には()()()()人が少なかった。もし俺達の馬車が少し後ろを丁度通っていなかったら、発見されるまで少しだけど空白の時間が出来たはずだ。

 

「……なにやらきな臭いことになってきたな」

「そうですか? 私にはお金の匂いがしますねぇ」

 

 もうしばらくは戦いはこりごりだってのに。神様仏様。どうかもめ事は無しでお願いします。俺は心の中でどこかにいるかもしれない相手に神頼みをするのだった。

 

 あっ!? 神様と言ってもアンリエッタだった。これはダメかもしれない。

 




 ちなみに、ダンジョンでバルガスから摘出した魔石や、セプトの身体に埋め込まれているものは普通に基準に引っかかります。

 まあどちらも事情があるのでしばらくは猶予がありますが。


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第九十九話 驚きの値上がり千倍

 

 俺達の乗る馬車は、それから何事もなかったかのように走りだした。しかし先ほどのきな臭い話もあったし、念のためという事でしばらくアシュさんとエプリが周囲に気を配ることになった。

 

 この二人なら何かあればすぐに察知してくれるだろう。今の内に色々話を聞いておくか。

 

「ところでラニーさん。さっきの人のことで何か分かったことはありませんか? ……もちろん個人情報を話せないのは分かってますから、事故の時の様子とか」

「そうですね。それなら問題ないでしょうか。先ほどの人はラッドさんというらしいのですけど、私の聞いた話とベンさん達の聞き取りを合わせて考えると、どうやら荷車で走っている最中に急に車輪の軸の部分が壊れたそうです」

 

 こうしてラニーさんが話してくれたことによると、急に荷車の車輪が壊れた後、ラッドさんは何とか制御しようとしたが結局横転してしまったという。それだけなら部品劣化による事故か何かなのだが、気になるのはこの後の証言だ。

 

「ラッドさんが言うには、車輪はつい先日新品に換えたばかりで壊れるとは思えないそうです」

「部品の劣化じゃないとすると、原因は別にあるってことですか?」

「そこまでは流石に。整備不足を誤魔化すための嘘という事も考えられますから。それにあとはベンさん達の仕事。部外者の私達がこれ以上の詮索をするというのはよろしくないと思いますよ」

「それは…………そうですね」

 

 俺達は探偵でも警察でもない。今日この町に入ったばかりの部外者と言える。それなのにこれ以上首を突っ込むのは筋違いか。

 

「ラッドさんは医療施設に送られるという話ですし、散乱した荷物や荷車などはベンさん達が一時的に預かるようです。ラッドさんの怪我が治り次第返却するという事ですから、多分大丈夫ですよ」

「それならまあ安心か」

 

 日本で例えるなら警察に荷物が押収されたようなもんだ。そこらにほったらかしにするよりは相当安全だろう。あとはラッドさんが治れば荷物を返してもらい、それで終了という訳だ。

 

「一つ気になるんですが、魔石の輸送許可を出した人って誰なんでしょうね?」

 

 そこでジューネがふと思いついたように呟いた。

 

「それは流石に話してくれませんでした。聞いていたとしても私もそこまでは話せませんが」

「……ですよねぇ。ここで手詰まりですか。折角金の匂いがプンプンするのに」

 

 ジューネも少し落ち込んだ様子だ。金の匂いがしても危険も大きそうだけどな。ホッとしたような残念なような。……やっぱりホッとしたの方が大きいかな。冒険も良いけど今はやることがありすぎる。

 

 

 

 

「え~い落ち込んでいても仕方ありません。手に入らなかった儲け話はスパッと忘れて、次の儲け話を探しましょう。……そう言えば先ほどの荷車の件でうやむやになっていたのですが、トキヒサさんの腕に着けているものを見せてもらう話でしたね」

 

 そういえばそうだった。時計だと言っているのに信じないんだもんな。俺はさっきと同じように腕を伸ばしてジューネに見えるようにする。

 

「時計なんて言ってましたけど、さ~て一体何が…………えっ!?」

 

 ジューネは俺の腕時計を見て急に言葉を止めた。そのまま数秒ほど何も言わずに食い入るように腕時計を真剣に見つめる。

 

「見づらいなら外して渡そうか? ……ほらっ!」

 

 ずっと腕を伸ばしているのも微妙に疲れるので、一度腕時計を外してからジューネに手渡す。

 

 何故かジューネはそれを両手で捧げ持つようにして受け取り、そのまま穴が開くんじゃないかってぐらいの勢いでガン見する。上だけでなく横からも斜めからもガン見する。……何? どうしたのジューネ?

 

「…………トキヒサさん。一体どこでこれを?」

「どこでって……」

 

 地球のフリーマーケットで買った時計とは言えないしな。ちなみに腕時計はアナログ式のものだ。針に夜光塗料が塗ってあって、暗い所でも時間が分かるようになっている。

 

 一部わざと内部の歯車が見えているところがあり、その部分が逆にしゃれていると思って買ったんだ。値段は二千円。使い込んで多少傷有だったから安く買えた。

 

「なるほど。言いたくないと。……それはそうでしょうね」

 

 俺がどうしたもんかと黙っていると、何やら勝手に何か納得したようにジューネが言う。

 

「え~っと、この時計なんかマズいものなのか?」

「マズイと言うよりスゴイものですよこれはっ!」

 

 ジューネは半ば叫ぶように俺に詰め寄ってきた。皆して何事かとばかりにこちらを見る。……ジューネ顔が近い近い!?

 

「十分や五分刻みではなく一分単位の細工。それに秒数までこのサイズでしっかりと。加えてここはやや暗いのに、針が僅かに光を放っているのではっきり見えています。それにこの歯車の小ささときたらもう驚愕の一言です。これが世に出たら時計業界に激震が走りますよっ!」

 

 そう力説するジューネの勢いに皆引き気味だ。アシュさんだけはニヤニヤしながらこの様子を眺めている。笑ってないで止めてくださいよっ!

 

「ジューネ、怖い」

「……はあ。失礼しました。いかなる時でも取り乱すなんて商人にあるまじき失態。ですがこれは本当にそれだけの価値がある品なのです」

 

 セプトまで少しビビってそうポツリと漏らしたのを聞いて、少しだけ落ち着いたのかジューネも軽く咳払いをして俺から離れる。

 

「よく分からないが、つまりこれは相当に価値に高い品だと」

「それそのものの価値もそうですけど、技術的な面から見ても欲しがる人は多いと思いますよ。どれだけ応用できることか……商人からしたら金のなる木と同じですね」

 

 ジューネがそこまで言うとなるとよっぽどだ。ひとまず腕時計は返してもらおう。……ごねて返してくれないかと思ったが、言ったらすんなりと返してくれるジューネ。

 

「ハハッ。そりゃあ返しますよ。私は商人であって盗賊ではありませんからね。……売却する気とかあります?」

 

 俺が不思議そうに思ったのが顔に出ていたのか、ジューネは笑いながらそう言う。だけど微妙に目が笑ってない。結構本気だ。

 

「う~ん。それお気に入りなんでやめとくよ。だけどこの様子じゃあもう下手に着けられないな。そんな価値のある物だと分かったら本当に盗賊とかに取られそうだ」

「いや。それは多分問題ないと思いますよ。こんな小さなものが時計だなんて言っても普通は信じません。私だって見るまでは信じなかったでしょう? ただのアクセサリーだと言った方がまだ信憑性があります。下手に隠したら逆に怪しまれますよ」

 

 それもそうか。意外にこういうのは堂々としていた方がバレないって言うもんな。じゃあこのまま着けていても良さそうだ。俺は腕時計を着け直す。

 

「しかし、この時計といい『万物換金』の加護といい、つくづくトキヒサさんの近くには儲け話の気配が漂っていますねぇ。本当にトキヒサさんとお近づきになれて良かったです」

 

 ここまで下心満載の言葉もそうそう無いな。なんかジューネの目がお金マークになっている気がするし。……まあ商人として誇りを持ってるっぽいので簡単に裏切るっていう事はなさそうだけどな。それになんだかんだ良い奴だし。

 

「……ちなみにその時計っていくらくらいの値が付きそうなの? ジューネ」

 

 エプリが興味を持ったのかそんなことを聞く。無論この状態でも周囲の警戒は欠かしていない。すると、

 

「そうですねぇ。…………なにぶん初めての品なのではっきりとは断言できないのですが、私の伝手を最大限に生かしてなるべく高く、そして長期的に見て最大限の利益になるように立ちまわったとして……」

 

 再び算盤を弾き始めたジューネ。やがて計算が終わったのかせわしなく動いていた指が止まる。

 

「即金であればざっと二十万デン。時間をかけて大規模なパフォーマンスが出来るのであれば少なくとも五十万デンは堅いと思います。勿論純益で」

「……へぇ」

「………………えっ!? えええぇっ!?」

 

 ジューネが提示したのは驚きの額だった。聞いたエプリ本人も少し驚いたような顔をしているけど、一番驚いているのはこっちだからな。

 

 だって二十万デンですよ二十万デンっ!! 日本円にして二百万円。フリーマーケットで買った二千円の品が二百万円。値段が千倍に跳ね上がってますって!! 地球の高級腕時計みたいな値段になっちゃったよ。

 

「それだけこの技術には価値があるのですよ。魔法などに拠らず技術のみでここまで出来るという証明ですからね。どうです? 私に任せてみませんか?」

「二十万デン…………二十万デンか」

 

 どうしよう。具体的な数字を聞かされると、売り払っても良いかなという気分になってくる。気に入ってはいるけど、それだけあったら一気にお金問題の大半は解決だ。

 

 課題の分とイザスタさんに借りた分にはまだ足らないが、エプリに払う分と当面の生活費、旅費なんかは解決する。だけど…………しかしなぁ……。

 

「あの~。そろそろ目的地が見えてきましたけど?」

 

 御者さんのその言葉を聞いて、俺はハッと我に返る。そうだ。今はこっちの方が優先だ。素早く切り替えてそちらに集中する。視界の端でジューネがもう一押しだったのになんて言っているが……気にしないでおこう。

 

 さあて。いよいよ都市長のいる館に到着する訳だが、ここで根本的な疑問が一つ。……都市長ってどんな人だろうか?

 

 俺偉い人相手の礼儀作法とか知らないけど大丈夫だよね? なんか知らないうちにやらかしてまた牢獄行きとかはホント勘弁だよ? ……念のためにラニーさんに目上の人相手のマナーでも聞いといた方が良いかな?

 




 よく地球産の物を売って大儲けしようって話を見かけるのですけど、下手に物を出しすぎると絶対良くも悪くも色んな人に目を付けられると思うんですよね。

 それこそそれなりの大物をバックにつけるくらいじゃないと、危なくてそうそう売りに出せませんって。

 まあ時久は今はそこまで深くは考えていなくて、ただ時計を気に入っているから売らないだけですが。


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第百話 口説かれるラニーさん

 辿り着いた目的地は、これまでの建物と同じように大部分が石造りの屋敷だった。ただし周囲の建物に比べて確実に二回りくらい大きく、外から見る限りでは少なくとも部屋が十以上はあるみたいだ。

 

 偉い人ともなると家も大きくなくてはならないという事だろうか? 客人用の部屋とか色々と必要になるだろうしな。しかし決して城という訳ではなく、あくまで屋敷の分類に入る建物なのが少し気にかかった。

 

 都市長と言うくらいだからおそらく貴族かそれに連なる血筋。そしてそういう人が住むと言ったら城であるという勝手なイメージだったのだが、どうやら違っていたらしい。

 

 馬車は屋敷の入口にある少し広い場所に停車する。どうやらここは俺達のような馬車や荷車で来た人用のスペースのようだ。停車を確認すると俺達は次々と馬車から降りる。

 

「一応私達がこの都市に来ることは調査隊の拠点から連絡しているので、普段ならこの屋敷にいるはずですが」

 

 ラニーさんはそう言いながら屋敷の扉の前に歩いていき、扉に備え付けられたドアベルを数回鳴らして待つ。すると少し経って扉が開き、どうやら使用人らしき人が数名出てきて深々と一礼する。

 

「ダンジョン調査隊副隊長代理、ラニー・クレイルです。調査の経過報告のために参りました。都市長はご在宅ですか?」

「ラニー様ですね? お話は伺っております。しかしあいにく主人は所用で席を外しておりまして。その間に来た場合は中でお待ちいただくようにとのことです。どうぞこちらへ」

「分かりました。……皆さん。行きましょう」

 

 ここで初めて知ったが、ラニーさんも名字持ちだったらしい。まあゴッチ隊長もそうだったし、そこまで驚くことでもないか。ラニーさんは俺達を伴いながら屋敷へと入っていった。どうもお邪魔します。俺も軽く呟きながらおっかなびっくり入っていく。

 

 後ろを見ると、御者さんは馬車で待っているようだ。長くなりそうだったら使用人の人に馬車を預けて後から来るという。留守番よろしくお願いします。

 

 

 

 

「主人はもうしばらくしたら戻られますので、皆様はこちらでお待ちください。御用があれば何なりとそこの者達にお命じください」

 

 そう言われて案内されたのはどうやら客間のようだった。外観が石造りだったから中も全て石造りかと思ったが、壁や床はともかくテーブルや他の家具などは基本木製だ。

 

 先ほどの使用人さんは部屋を退席し、部屋付きのメイドさんが二人残る。

 

 そう。メイドさんである。よくライトノベルなどで見かけるフリフリの可愛らしさ重視の服ではなく、丈の長く汚れなどの目立たない機能性を重視した物を着ている。

 

 俺はあまりメイドに詳しくはないのだが、クラシックメイドと言うタイプだったかな?

 

 まあそれはどうでも良いのだ。マニアでも専門家でもない俺みたいなにわかから見れば、服装などはそこまで気にすることではない。どちらかと言えばメイドさんの存在は中世よりも近世よりじゃないかということも些細なことだ。

 

 問題なのはその所作、仕える者としての在り方だとも。

 

 俺達は椅子に座りながら都市長が戻ってくるのを待つことに。待っている間、俺はチラリと視界の端にメイドさん達を捉えるのだが……まったく微動だにしない。

 

 椅子に座ろうとした時にさりげなく椅子を引いてくれたり、いつ終わったのか分からないほど静かに各自に紅茶の配膳をしたりした以外は、部屋の壁際にビシッと立って動かない。……なんか気になるけど今はこっちを優先するか。

 

「待っている間に聞いておきたいんですが、都市長ってどんな人なんですか?」

「……そうね。相手のことを事前に知っておくのは大事だわ」

 

 またもや暇になったので、今の内に少しでも情報を得ようとラニーさんに聞いておく。エプリもその話題に食いついてきた。アシュさんとジューネはすでに知っているらしくあまり反応しない。

 

 この都市には前にも来たことがあるようなので驚かないが。セプトに至ってはどうでも良いとばかりにちゃっかり俺の隣に陣取っている。

 

「どんなヒトですか? そうですね…………ご立派な方ですよ。このノービスは交易都市群の中では出来てまだ歴史が浅い方なのですが、それでも他の都市に決して見劣りしません。それは都市長や町の方達の努力のたまものだと考えています」

 

 ラニーさんはその後も都市長についてのことを語ってくれた。それをまとめると、都市長のドレファス・ライネルさんは相当なやり手らしいという事だ。

 

 この都市は地理的に魔族の国デムニス国に最も近い。ヒト種と魔族が相当種族的なわだかまりで仲が悪い中、あえてドレファスさんは魔族とも交易を進めることにしたという。

 

 そのためこの町では、他の都市に比べて魔族の数はかなり多いという。それでも色々なしがらみがあるから全体で見れば一割もいないらしいが。

 

 また町の発展や整備にとても力を入れていて、町人からの人気もとても高い。話だけ聞くと出来過ぎじゃねって言うくらいスペックの高い人のようだ。そういう人もいるんだな。

 

「なるほど。確かに立派な人みたいですね」

「はいっ! ただ多忙なため今回みたいに急に出かけることもしばしばで。はっきりとこの時間に行くという連絡を事前にしておかないと居ないこともしょっちゅうです」

 

 フフッと笑うラニーさんを見て、どうやらそのドレファス都市長さんは本当にいろんな人から慕われているんだなと感じる。出来過ぎた人には疑ってかかるのがお約束だが、どうやらその心配はなさそうだな。

 

 

 

 

「っと、ちょいと飲みすぎたな。待ってる間にトイレに行ってくる」

「用心棒が雇い主の傍を離れてトイレって……すぐ帰ってきてくださいよ」

「へいへい。分かっておりますよッと」

 

 待つこと二十分。仄かにリンゴのような香りのする紅茶を飲みながら待っていた所、アシュさんがそう言って席を立った。そのままジューネとメイドさん達に一声かけて、部屋の外に出てスタスタと歩いていく。

 

 ……おやっ? アシュさんを見送って少ししたところで気になることに気づいた。

 

「ジューネ。アシュさんってこの屋敷に以前来たことあるのか? トイレの場所も聞かずに行ったけど」

「……そう言えば妙ですね」

 

 どうやらジューネも知らなかったらしい。

 

「ああ。それは私から説明します。アシュ先生は以前」

「おやっ!? そこに居るのはラニーじゃないか?」

 

 事情を知っているらしいラニーさんが話をしようとした時、部屋の外から割り込むようにそんな声が聞こえてきた。何かと思ってそちらを振り返ると、一人の男がアシュさんが行った方とは反対側の通路から部屋に入ってくる。

 

 見たところ俺と同じくらいの歳だろうか? しかし僅かに俺より背が高い。……くっ! 羨ましくなんかないやい。いかにも仕立ての良さそうな服を着こなしていて、少し長めの茶髪をかきあげながらラニーさんに向かって歩いてくる。

 

 ……誰この人? もしやこの人が都市長じゃあるまいな。

 

「どうしたんだいラニー。もうダンジョンの調査が終わったのか? それなら僕に連絡をしてくれればすぐに迎えを寄こしたというのに」

「いえ。まだ途中経過の報告ですから終わった訳ではありませんよ。ヒース副隊長」

 

 副隊長っ!? もしかしてこの人が今ラニーさんが兼任している調査隊の本来の副隊長!? 見えないなぁ。

 

 俺が内心驚いていると、ヒース副隊長が今気づいたかのようにこちらを見る。

 

「誰だい君達は? 見たところ調査隊という訳でもなし、貴族という風にも見えないな」

「その方達はダンジョン調査の協力者です。今回の報告に同席してもらうためにお呼びしました」

「……ふん。まあ良いさ。それよりラニー。せっかく戻ったんだ。あとで僕と一緒に食事にでも行かないか? つい先日良い店を見つけたんだ」

 

 協力者と聞いても特に態度を変えることもなく、そのままラニーさんに話し続ける副隊長。な~んか態度悪いな。

 

 エプリは何も言わずにフードを深く被り直し、ジューネは何か知っているようで微妙に苦い顔をしている。

 

 セプトは……無表情でイマイチ分かりづらいが気にしていないようだ。前の主人がクラウンだからだろうか、こういう態度には慣れているみたいだ。

 

 しかしヒースはそんなことお構いなし。どこ吹く風とばかりにぐいぐいラニーさんを誘い続けている。周りからの態度を分かっていないならただの鈍感で済むが、分かっていてやっているのなら大した面の皮だ。

 

「なあ。良いだろう? 食事が要らないと言うならどこかに遊びに行くというのでも良いさ。ダンジョンの調査はかなりの心労があるはずだ。たまにはそんなことは忘れて休まないと身が保たない」

 

 ヒースは話しながらドンドン距離を詰めていって、もうラニーさんとは互いに顔に息がかかるくらいの距離だ。そしてさりげなくラニーさんの手を取っている。

 

 これはアレだな。完全に口説きにいっているな。しかしラニーさんも押されっぱなしという訳ではない。優しく諭すように話しながら手を離していく。

 

「いえ。結構です。これでも薬師ですからね。自分の体調くらい管理していますよ。……それよりヒース副隊長。そろそろ離れてもらえませんか?」

「そんなつれないことを言わないでくれ。ここしばらく会えていなかったからな。せっかくゴッチの奴もいないんだ。今の内に二人だけで友好を深めようじゃないか」

 

 しかしヒースも諦めない。再度ガンガン押し込もうとする勢いだ。だが、

 

「いやぁスッキリした。待たせたな。……ってあれ!? そこに居るのはヒースじゃないか!」

 

 そこへアシュさんがトイレから戻ってきた。部屋に入るなりヒースを見つけて声をかけるアシュさん。すると、

 

「この声は……げぇっ、アシュ先生!!」

 

 ゆっくり振り向くと、なんかどこぞの三国志で使われそうな声を上げながら驚くヒース。

 

 そう言えば調査隊の人達から先生と言われているんだから、こうしてヒースとも面識があって当然だよな。都市長が来ていないのにどんどんややこしいことになってきたぞ。

 




 副隊長登場。こんなのですけど何か嫌いになれないんですよねこの人。

 こんな調子ですが記念すべき本編百話目です。


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第百一話 都市長ドレファス・ライネル

 

「げぇっとは何だよげぇっとは。よぉヒース。しばらくぶりだけど元気そうじゃないか!」

「は、はい。お、お久しぶりです。アシュ先生」

 

 アシュさんが戻るなりヒースの様子がおかしい。先ほどまでの勢いが嘘のように鳴りを潜め、借りてきた猫のようにおとなしくなっている。

 

 あっ! ラニーさんがこっそり笑ってたぞ。確かにここまでの変わりようは少し笑える。

 

「あの、せ、先生はどうしてこちらに?」

「ここにいる面子から聞いてないのか? そこのジューネが今の雇い主でな。ちょうど調査隊が潜るダンジョンに先乗りしていたんだ。それで中で色々あって、町に向かう途中調査隊とバッタリ会ってな。丁度良いから同行することになったんだ」

「へ、へぇ~。そうだったんですか」

 

 なんかさっきからヒースが冷や汗をかいている。察するところアシュさんが苦手らしい。以前何かあったのかね。

 

「アシュ先生は一時期ヒース副隊長の家庭教師を務めていたんですよ。主に護身術などですが。その縁で今の調査隊の皆さんも様々なことを教わりました」

 

 ラニーさんがこっそり俺達に聞こえるように話す。なるほど。ヒースにとっては頭の上がらない相手って訳だ。それからもアシュさんが話しかけ、ヒースが固まりながら返すという微妙な会話が続く。

 

「そうだ。せっかく会ったんだ。腕がなまってないか少し見てやるよ」

「い、いえ。アシュ先生もお忙しいでしょうから。それはまたの機会にということで……」

「良いではないか。見てもらいなさい」

 

 そんな声がまた部屋の外から聞こえてくる。今度は誰だと思い視線をそちらに動かすと、部屋の入口に一人の男性が立っていた。

 

 四十代半ばくらいの落ち着いた雰囲気を醸し出す紳士。口ひげも綺麗に切りそろえられていて、服装も地味な色合いの物だが俺が見ても良い生地を使っていると分かる。

 

「ドレファス都市長!」

「おっと。どうも都市長殿」

「父上っ!」

 

 どうやらこの人がさっきまで話していた都市長さんだったらしい。ラニーさんが素早く椅子から立ち上がって一礼する。アシュさんもどうもとばかりに頭を下げる。

 

 俺達もラニーさんに倣って一礼する。……っていうか今ヒース父上って言わなかったか?

 

「待たせてすまなかったな。お前達が来るまで屋敷で溜まった書類を片付けようと思っていたのだが、急に出かける用事が出来てしまってな。急いで戻ってきたのだが……間に合わなかったようだ」

「いえいえ。お忙しいのは存じています。ただ間が悪かっただけですから。お気になさらずに」

 

 都市長さんが謝罪すると、ラニーさんが慌ててそんなことはないと首を振る。

 

「この詫びは後ほどさせてもらおう。それよりもだ。……ヒース。最近鍛錬にも勉学にも身が入っていないそうだな? 昨日もいちゃもんをつけて逃げ出したと教官達がぼやいていたぞ」

「いえ父上。いちゃもんも何も、もう僕はあの程度の奴らに教わることは何もないのです。ならばそれよりも、その時間を自由に使った方が得策というものではありませんか」

「またお前はそんなことを。教官達はこのノービスにおいて指折りの者ばかりなのだぞ。……だがそれならば、その成果をアシュ殿に見てもらっても問題はないのだろうな?」

「そ、それは……」

 

 その都市長の言葉にヒースは言葉を詰まらせる。というかやはりヒースと都市長は親子だったらしい。しかしあんまり似てないな。茶髪と青色の瞳くらいしか共通点がない気がする。母親似かな?

 

「どうやら話は決まったみたいだな。ジューネ。悪いが少しばかりまた席を外すぞ。久々にコイツをいっちょ揉んでやる」

「だから用心棒が勝手に離れないでくださいって! ……こういう縁は大事にするものです。さっさと行ってきなさい」

「おうよ! さあて許可も出たし久々にビシビシ行くかヒース。まずは肩慣らしに軽く実戦稽古からだ。俺に一撃でも当てられるまで続けるからな」

「や、や~め~て~」

 

 そうしてアシュさんに引きずられていくヒース。どこからかドナドナが聞こえてきそうな雰囲気に、俺はよく知らない相手だというのについつい合掌してしまう。

 

 さらばヒース。お前のことは忘れるまで忘れない。……地味にセプトがボジョと一緒に小さく手を振っているのがまた哀愁を誘う。

 

「我が愚息もこれで少しはマシになれば良いのだが。……さて、そろそろ本題に入るとしよう。君達がゴッチの言っていた協力者かね?」

 

 急に話を振られて内心ドキリとするが、これはまだ自己紹介に過ぎない。落ち着け俺っ!

 

「は、はい。トキヒサ・サクライと申します」

「ジューネ……と申します。交易都市群を回って商いをしております。以後、お見知りおきを」

 

 一瞬ジューネが名乗る際に躊躇した気がするが気のせいだろうか? その後は各自で自己紹介を済ませていく。

 

「ふむふむ。トキヒサにジューネ。エプリにセプト。それに先ほどのアシュ殿の五人だな。ラニー。簡単な報告は少し前にゴッチから聞いたが、今回はこちらの協力者も交えてより詳細な報告があるということだったな?」

「はい。順を追ってご報告します。トキヒサさんやジューネさんも、報告を補完する形で発言をお願いしますね」

 

 おう……って口達者なジューネはともかく俺もっ!? よりにもよってこんな偉い人の前で!?

 

 心臓がチタン合金で出来てるみたいな“相棒”じゃないんだから、俺みたいな小市民には荷が重いっての! ……まあ出来る限り話すけどさ。

 

 

 

 

「ふむ。ダンジョンコアとの共闘。そしてヒトの人為的な凶魔化か。ゴッチから連絡を受けてはいたが……なるほど。厄介なことになっているようだな」

 

 一通り話を聞き終わると、ドレファス都市長は指を組んで難しい顔をする。それを見計らったかのようにお茶のおかわりを用意するメイドさん達。さりげなく自然な動きだ。……只者じゃない。

 

 都市長はラニーさんの報告を静かに聞き、しかし要所要所で的確に質問をしていった。バルガスが凶魔化していた時の状況はとか、マコアとの共闘で無理をしている様子はなかったかとか。

 

 ラニーさんだけでは分からない所に、俺やジューネが実際に見たこと、感じたことを踏まえて補完していく。

 

 エプリも俺と一緒にいたんだから大体話せると思うのだが、都市長相手だというのに相変わらずフードを目深に被ったまんまの状態。

 

 下手に話をさせるとフードを取れという流れになりかねないので、なるべく静かにしてもらっている。

 

「…………結論から言おう。まずダンジョン調査はこのまま継続。そのマコアとの協力関係も同様。つまりは現状維持という事だ」

 

 都市長の発言は驚いたものだった。俺は正直こんなややこしい状態のダンジョン調査からは手を引くという事もあり得ると思っていたのだ。

 

「よろしいのですか?」

「なに。元々ダンジョン調査には高いリスクがある。そのリスクを少しでも軽減するために、調査隊は日々鍛錬を積んでいるはずだ。何があっても生き残って情報を持って帰る為の鍛錬をな。それは想定外のことが起ころうとも変わらない。それにだ」

 

 そこで一呼吸貯めると、ドレファス都市長はニヤリと笑みを浮かべた。ほんの一瞬だけ紳士的な落ち着いた雰囲気が消えうせ、獣のような獰猛さを見せる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 やはりラニーさんの言った通り、この都市長はかなりのやり手らしい。普通の人じゃこうは言えない気がする。それに一瞬だけ見せたあの笑み。……ただの紳士じゃないってことか。

 

「……まあこうは言ったが、ラニーやゴッチの所感から、そのマコアが今の所裏切る素振りが無いから言えることでもあるがな。マコアの話が正しければ、このダンジョンを長期的に放っておくことは危険だ。多少無理をしてでも調査を進めれるだけ進めておきたい。……引き際は調査隊に一任する。戻り次第ゴッチにそう伝えろ」

「はい。了解しました」

 

 ラニーさんは一礼してその命を受ける。

 

「よろしい。……さて、次はヒトの人為的な凶魔化についてだが。これに関しては少々長い話になりそうだ。お茶のおかわりは如何かな?」

 

 都市長はそう言うと、自身のティ―カップを軽く持ち上げてみせた。程よい茶飲み話になれば良いんだけどな。

 




 綺麗なだけでは為政者は務まらない。汚いだけでは認められない。そういった面が伝われば幸いです。


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第百二話 都市長の頼み事

 

「実を言うと、ヒトの人為的な凶魔化は今に始まったことではない。少なくとも数十年前から研究されていたことは確かだ。無論大っぴらにではないし、表向きはどの国でも完全に禁止されているがね」

「…………えっ!?」

 

 ドレファス都市長の言葉は、俺の心にガツンと衝撃を与えるには十分だった。あんなのが何十年も前からあったってのか? そう思うのと同時に、やっぱりかという気持ちも少しだけあった。

 

 以前牢獄で巨人種の男がクラウンに凶魔にされた時、ディラン看守が何か知っているような口ぶりだったのを思い出す。

 

 つまりアレが最初ではなかったということ。流石に何十年も前からとまでは考えていなかったけどな。

 

「研究の目的は様々だ。兵士、あるいは兵器と言い換えても良いがその量産。ヒトから一段階上の生物、超人に昇華するため。……幾分かマシなお題目として、生まれついて腕や足などの動きが悪い者に使う事で健康な体にするためなどというものもあったな。ただしどう綺麗に言い換えようが、()()()()()()()()()()()()()()()という事に変わりはないのだがね」

 

 そう話す都市長の表情は、どこか苦々しいものだった。まるで実際に自分が体験したことのように。

 

「表向きは禁止された後も、僅かに残された資料を基に手を出す者は後を絶たなかった。それでも出回っている情報も少しずつ風化し、ここ数年はその手の事件も少なくなってきたのだが……今回また新たに凶魔化の案件が発生したという訳だ。それも立て続けに」

 

 そこで都市長はセプトをじっと見つめる。セプトはその視線に気づいてもどこ吹く風だが。そしてドレファス都市長は軽く目を細めて、安心させるようにニコリと笑いかける。

 

「ゴッチから報告を受け、すでに検査の用意をしてある。先に医療施設に搬送されているバルガスも現在治療中だ。……安心しろ。凶魔化などさせるものか」

 

 そう力強く断言するドレファス都市長。セプトもつられてうんうんと頷いている。……良かった。凶魔化する可能性があるってことは、ある意味で不発弾を抱えているようなものだ。

 

 当然俺は危険があってもセプトを見捨てるつもりは無いが、都市長のような上に立つ者としてはこういう場合見捨てるという選択肢も多いにあり得たからな。

 

「良かったな。セプト。これなら何とかなりそうだぞ。……ありがとうございます。ドレファス都市長」

「うん。ありがとう。都市長さん」

 

 俺は深々と頭を下げる。助けてもらう相手には当然のことだ。セプトも俺を真似て一緒に頭を下げる。

 

「……ただ都市長様。当然タダという訳ではないのでしょう?」

「そうだな。出来る限り手を尽くすが、無償という訳にはいかないな」

 

 ジューネが確認のためにそう問いかけると、都市長はそう言って頷く。

 

 やっぱりか。ここまで上手くいきすぎると思った。しかし高額の治療費を請求されても今は手持ちがないぞ。ちょっぴり落ち込む俺にドレファス都市長がゆっくりと声をかける。

 

「敢えて言っておくが、私個人としては無償でも良いと思っている。しかし都市長が個人に肩入れしすぎるというのも外聞がよろしくない。そこでだ……代わりに一つ私の頼み事を聞いてはくれないかね?」

 

 それは優しい口調だったが、非常に断りづらいものだった。こうなったら仕方ない。さあ何でも言ってみてくださいよっ!

 

 

 

 

「せやあああっ!!」

 

 ヒースが訓練用の両手木剣を力強く振るう。見た目は華奢なくせにその剣筋は鋭く、並の相手なら受けることも難しいだろう一撃。

 

 だが今の相手はアシュさん。並の相手ではない。アシュさんは軽く身を引くことで木剣を紙一重で回避する。

 

 ここはドレファス都市長の屋敷の中庭。中庭と言っても小さな公園並みの広さがあり、簡単な模擬戦や走り込みぐらいなら普通に出来る。

 

 ここでアシュさんはヒースをしごいていた。アシュさんの身体に一撃でも当てないと終わらないその試合を、二人はもうかれこれ三十分は続けている。

 

「まだまだっ!」

 

 一度躱されてもヒースの攻めは止まることはない。身体ごとぶつかっていくように再度斬りこんでいく。しかし、アシュさんは全ての斬撃を紙一重で回避していく。

 

 ……そう。()()()でだ。つまり完全に間合いを見切られている。

 

 そして攻め続けたヒースにも疲労の色が見え始めた。アシュさんが必要最低限の動きしかしていないのに対し、ヒースは一度も休まずに攻め続けていたので体力の消耗も激しい。そこを見逃すアシュさんではない。

 

「……よっと!」

「がはっ!?」

 

 一瞬の隙をついてカウンター気味に繰り出された木剣の一撃が腹に決まり、そのままヒースは地面に崩れ落ち…………なかった。

 

 閉じそうになる瞼を無理やり見開き、ガクガクと震える足を踏ん張り、力を振り絞って横薙ぎに木剣を振るう。

 

 これは予想外だったのかアシュさんも反応が一瞬遅れ、バックステップで回避したのだが服の一部に木剣がかする。

 

「…………ようし。今の一撃はなかなか良かったぞ。一応合格だ」

 

 服のかすった部分をチラリと見て、アシュさんはにっかりと笑いながらそう言った。それを聞いたヒースは今度こそ崩れ落ちる。

 

 今の一撃は本当にギリギリの一撃だったのだろう。仰向けに転がってはぁはぁと息を荒げたまま動かない。

 

「しかし身体がなまっているのは間違いないぞヒース。このくらいで動けなくなるなんて、最近鍛錬をさぼってたんじゃないか?」

「そ……そんなこと……ありません」

「本当か? 何となく嘘の気配がするぞ」

 

 ヒースは息も絶え絶えに返すが、アシュさんは先ほどとは違うちょっと悪い笑みを浮かべる。それを見たヒースはうっと言葉に詰まり、少しして小さな声で「……少し、さぼっていました」と呟く。

 

「まったく。しょうがない奴だ」

 

 アシュさんは苦笑しながらヒースに近寄っていくと、額を軽く指でピンっと弾く。ヒースは一瞬痛そうにしたものの、疲労困憊という感じでそのまま動かない。

 

「それではしばらく休憩だ…………で? そろそろ休憩に入るから、こっちに来ても良いんじゃないか?」

 

 アシュさんは途中からヒースにではなく()()の方に向けて話しかける。……やっぱりバレてたか。

 

 俺達……俺とエプリ、セプト、ジューネ、ラニーさんは、ゆっくりとアシュさん達の前に進み出た。さっきまで外に出ていたボジョも、今は再び俺の服の中に引っ込んでいる。

 

「そんなこそこそ見なくても堂々と見ていれば良いのに。咎めたりはしないぞ」

「いやその、なんと言うか出るタイミングが掴めなくて。だって……あの激しい試合に割って入るなんて出来ませんって」

「…………戦ったら厄介そうね」

「凄かった。どっちも」

 

 エプリもセプトも言葉こそ違うが称賛の声を上げている。正直言って今の試合はかなりレベルの高い戦いだった。アシュさんが強いのはこれまでのことから当然分かっていたが、予想外だったのはヒースの方だ。

 

 第一印象が態度の悪いナンパ男というものだったので予想していなかったが、こちらも相当強かった。

 

 少なくとも俺だったらあそこまでアシュさんと戦えるとは思えない。伊達に調査隊の副隊長なんて役職に就いていないってことか。

 

「ヒース副隊長。大丈夫ですか?」

 

 ラニーさんは倒れているヒースの所に駆け寄っていく。木剣とは言えあれだけの一撃を食らったんだもんな。怪我していないか心配になったのだろう。

 

「ラ、ラニーっ!? …………情けないところを見せたかな」

「そんなことはありません。今の試合は見事な物でしたよ」

 

 動けないながらも顔を赤くして恥ずかしがるヒースに、ラニーは労わるように優しく話しかける。それを聞いてヒースもまんざらではなさそうに口角を吊り上げた。……結構素直でおだてに弱そうだな。

 

「それで? もしかしてもう別の場所に出発で呼びに来たのか?」

「いえ。それもあるのですが、それだけではないんですよアシュ」

 

 ジューネはそう言うと、背伸びしてアシュさんの耳元にぼそぼそと呟く。それを聞いていくうちにアシュさんの顔が困ったようになっていくのがはっきり分かる。…………俺だってそうだよ。内心どうしたもんか頭を抱えてる。何故なら都市長さんに頼まれたことはとても厄介な内容だからだ。それは、

 

『私の愚息、ヒース・ライネルが最近どうもたるんできている。なので一つ喝を入れてやってくれないか』

 

 なんて、もろに家庭内の問題を押し付けられてしまったのだから。こういう事は家庭内で解決してくださいっての。

 




 ヒースが最後の一撃をアシュに当てられたのは、半分は手加減によるものですがもう半分は間違いなく本人の実力です。並みの剣士では手加減有りでも当てられません。




 活動報告にも載せたのですが、本日六月五日は実験的に、これまで貯めたストックをまとめて投稿して読者数を増やし、ランキングに載れるか試してみようと思います。十話くらいはいけるかな。

 もしも手を貸してやるよというありがたい方がいらっしゃれば、お気に入りボタンをポチっと押して頂ければ幸いです。


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第百三話 バックアップもしてくれますか?

 本日二話目。まだまだ行きますよっ!


 

 時は俺達が都市長の頼み事を聞いたところまで遡る。

 

「愚息に喝を入れるって…………どういう事ですか?」

 

 やけに曖昧な頼みごとに、俺はつい気になって質問を返してしまう。他の皆もどうにもよく分からないといった表情だ。

 

「うむ。実は先ほどのやり取りで察したかもしれないが、このところヒースは鍛錬や勉学をさぼりがちでな。時々昼間にふらりとどこかに姿をくらましては、夜中近くになって帰ってくるという始末だ。どこへ行っているのかと問いただしても、頑として話そうとしない」

 

 なるほど……それは確かに気になるよなぁ。ちゃんとした理由があるなら良いけど、話してくれないとなると心配になる。

 

「その上なまじ剣術も学問も出来るため、大抵の相手を自身より下に見るという悪癖がある。下手な教官では舐められて終わるということもしばしばだ」

 

 うわっ! 何その絵に描いたみたいな良いとこの坊ちゃん像。そういうのは本か何かで読む分には良いけど、実際に居たらかなり扱いに困るよな。

 

「そんな中にまたアシュ殿が来たのはある意味丁度良かった。アシュ殿はヒースが自分から教えを乞うた数少ない男だからな。下に見ることもない。アシュ殿が連れて行かなかった場合、私からまた頼むつもりだった」

「……つまり、アシュさんがヒースを足腰立たなくなるまで鍛えたらそれで終わりってことですか?」

「そうだ。今のアシュ殿の雇い主はジューネなのだろう? ジューネからアシュ殿に頼んでくれればよい。どのみちセプトの診察や治療にもかなり時間が掛かる。それに君達もしばらくこのノービスに滞在するのだろう。その間だけで良いのだ」

 

 意外に何とかなりそうだな。……あれっ!? でもこれって苦労するのはアシュさんだけで、俺達は特にすることが無いような。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。これでは結局根本的な問題の解決にはなっていないのでは?」

「その通りだ。これでしばらくは大丈夫だろうが、アシュ殿がいなくなればまた同じことの繰り返しだろう」

 

 ジューネの指摘に都市長は淡々とした口調で返す。その質問は想定内だと言わんばかりに。そう言えば確かにそうだ。

 

 結局なんでヒースがさぼるのか? さぼってどこに行っているのか分からないことには解決にはならない。

 

「そこでだ。喝を入れるのはアシュ殿に頼むとして、君達にはアシュ殿とは別にヒースにさりげなく近づいて調べてほしいのだ」

 

 なんかさらに滅茶苦茶なお願いをされた気がする。多分こっちの方がメインの頼み事だな。

 

「頼む。私の私兵では面が割れていて、近寄るだけで気付かれる恐れがある。このためだけに新たにヒトを雇い入れるというのもよろしくない。その点君達ならアシュ殿の知り合いという事で近づくきっかけもあるからな。……それに一日中一緒に居ろという訳でもない。アシュ殿の鍛錬のついでに寄って話をするくらいの頻度で良いのだ。それ以外の時間は自由にしてもらって一向にかまわない」

「そんなこと、急に言われてもどうしろって言うんですか? ……やってはみますけど」

「おお! 引き受けてくれるのか」

 

 俺は素直に頷く。セプトのことがあるからな。金も無いし肉体労働で何とか支払うしかない。問題は他の面子がどう動くかだけど。

 

「俺は引き受けようと思うけど、他の皆はどうする?」

「……私は遠慮しておくわ。……ただどちらにしても、護衛としてトキヒサの近くにはいるけど」

 

 エプリはそう言って俺の後ろに立つ。……まず人と接すること自体があまり好きじゃなさそうだしな。今回は積極的には動かないって所か。

 

 まあ護衛としては一緒にいるみたいだし、これまでと変わらないと言えば変わらないか。

 

「私もやる。私の、事だから」

 

 セプトは珍しくやる気だ。自分の身体を治すために必要なのだからある意味当然だが。

 

「ジューネはどうする?」

「もちろん引き受けますとも。セプトちゃんのためですから」

 

 ジューネは任せておいてくださいとばかりに軽く胸を叩く。……意外だな。いくらセプトのためとは言え、それ以外はあまりメリットはない。

 

 そればかりか、下手をするとそれなりに時間的拘束を受ける可能性もある。商人としてはあまりよろしくない状況だから断るかもと思っていたんだけどな。

 

「ちなみに都市長様。引き受けるとなると、当然何らかの協力と言うか手助けをしてもらえるのでしょうねぇ?」

「勿論だとも。セプトの治療は調査が成功しなくとも引き受けた時点で行うし、成功すればそれとは別に何らかの報酬を用意するつもりだ。他にも必要な物があれば手配する」

「そうですか。それは良かったです。報酬の細かい内容は後で詰めさせていただきますね」

 

 ジューネはその言葉を聞いて、以前ダンジョンで見せた営業用天使のスマイルを見せる。

 

 ……待てよ? 考えてみれば、こうして都市長という権力者と面識が出来ただけでジューネにとってはかなりのメリットだ。

 

 その上今の発言から成功報酬と必要なバックアップも約束させた。これなら多少のデメリットを受けてでもやる意味がある。流石ジューネ交渉に関してはしたたかだ。

 

 あとはラニーさんだけど、

 

「すみません。私は今日中にはここを発たねばなりませんので、ご一緒は出来ないのです。力になれず申し訳ありません」

「力になれずなんてとんでもない。ラニーさんには色んな事を助けてもらいました。……こっちこそすみません。気を使わせたみたいで」

 

 どこかすまなそうにするラニーさんに、俺も静かに頭を下げる。

 

 ラニーさんはこれから諸々の支度を済ませ、セプトの診察を見届け次第調査隊の所に戻ることになる。ほとんど休むことも出来ないハードスケジュールだ。これ以上頼ることは出来ない。

 

「引き受けてくれるのだな。この度の急な頼み事を引き受けてくれたことに感謝する。それでは早速セプトを医療施設に連れて行くとしようか」

「あ、少し待ってください。先にアシュと合流してこのことを説明しないと」

 

 支度をするために部屋を出ていくドレファス都市長に、ジューネがそう言いながら追いすがっていく。なんかやることが増えてしまったけど、しかしこのままここにいても何も始まらないか。

 

 残った俺達も急いでジューネ達の後を追いかけた。

 

 

 

 

「という事がさっきまであったんです」

「なるほどねぇ。それはどうにも難儀なことだ」

 

 場面は戻って都市長の屋敷の中庭に。ヒースの鍛錬の休憩中に、アシュさんにこれまでの経緯を説明する。アシュさんはふむふむと木陰に入って静かに聞き、俺が語り終わるとそうポツリと呟いた。

 

「何ですか他人事みたいに。アシュだって関わっているんですよ?」

「関わっているって言っても、俺は奴の鍛錬の相手をしているだけだしな」

 

 ヒースも現在木陰に設置された長椅子で横になって休んでいる。傍らで座っているラニーさんが診たところ、意識もはっきりしているし怪我の程度も軽いものだという。と言うよりラニーさんに看病されて微妙に嬉しそうに見える。

 

「いっそのこと俺が問いただした方が早くは無いか?」

「それはやめた方が良いかと。都市長様の話では、下手に直接聞くと警戒して口を閉ざすかもしれないとのことです」

「流石に黙りこくられると俺にも分からないな。となると難しいか」

 

 ジューネとアシュさんが話し合うが、どうにもうまいやり方は思いつかないようだ。かくいう俺もアイデアが浮かばない。

 

 エプリは我関せずといった感じだし、セプトも頭を捻っているがダメみたいだ。今回は一体どうしたものか。

 

「……まあ一日で終わるとは思っていませんから、気長にするとしましょうか。幸いこの屋敷に滞在用の部屋を用意してもらえましたし」

 

 都市長からのバックアップがいくつか受けられるのは大きな利点だ。そのうち一つが、この屋敷の客用の部屋をいくつか無料で使わせてくれるというものだ。

 

 宿屋に泊まると宿泊費も馬鹿にならないので、これはとてもありがたい。まあ普通の宿屋に泊まってみたかったという気持ちも少しはあるが、それは資金に余裕が出来てからでも良いだろう。

 

「そうだな。どうやらヒースも鍛錬をさぼっていたみたいだし、その分を取り返すために少し時間が掛かりそうだ。都市長さんのご要望通りたるんだ心と体に喝を入れてやるとするか」

 

 まずは他の教官にも会って教える内容を決めないとなと張り切るアシュさん。ただ闇雲に教えればよいのではなく、他の教官達の鍛錬内容にも沿わなければいけないので大変らしい。

 

「今回は都市長の覚えがめでたくなるかどうかの一大事ですからねアシュ。もう気合を入れてビシバシしごいちゃってください。そうしてヘロヘロになった所を私達が話を聞き出しますから」

 

 ジューネが提案したのはつまりアメとムチ作戦だ。上手くいくと良いけど。そこにラニーさんがヒースと連れ立って歩いてきた。

 

 ヒースも大分回復したようなので、そろそろ先に都市長が向かっている医療施設にセプトを連れて行くとするか。

 




 この町での拠点ゲット! やっぱり権力者とのコネが出来るってのは強いですよねぇ。


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第百四話 教会と見舞い

 本日三話目。


 

「ヒース副隊長ももうそろそろ大丈夫ですので、私達も出発するとしましょうか」

「そうですね。アシュは……」

「済まないがもうちょっとだけ居させてくれ。どうせ一度ここに戻ってくるんだろ? その時に拾ってくれればいい」

「だから用心棒が離れては意味が……もういいですよ。こういうヒトだって分かってますとも」

 

 出発しようとするが、アシュさんはここに残るようだ。ジューネは諦めたように軽くため息をついて許可を出す。この二人の関係も謎だよなぁ。用心棒と言う割にはちょくちょくジューネの傍を離れるし。

 

「もう行ってしまうのか? ラニー」

 

 出発しようとする俺達に……正確に言うとラニーさんに呼びかけるヒース。もう大分回復したようで、多少ふらついてはいるものの自分の足で立てている。

 

 あの一撃をもらってもう回復したのはスゴイ。地球に居た頃の俺だったら、一時間くらいまともに動けないんじゃないだろうか?

 

「はい。このセプトちゃんを医療施設に連れて行って、引継ぎを終えたらまた調査隊に合流しなければ。……鍛錬、頑張ってくださいね。でも()()()()()()()()()()()()()。アシュ先生もその点は気を付けてくださいね」

「……あ、ああ。分かってるよ」

「鍛錬に怪我はつきものなんだが……まあ上手くやるさ」

 

 どこか凄みのあるラニーさんの言葉に、男二人は揃ってうんうんと頷いた。こういう時、女性の言葉に逆らってはいけないのだ。

 

 そうして鍛錬の続きを行うアシュさん達を残して、俺達は屋敷を出て再び馬車に乗り込んだ。目指すはこの町の医療施設。

 

 しかし考えてみると、医療施設とは言うけれど一体どんなところだろうか? もしや拠点にあった仮設テントを大きくしたようなものじゃないだろうな? 

 

 

 

 

「皆さん。着きましたよ」

 

 馬車に乗り込んでしばらく経ち、今度は目の前で事故が起こることもなく目的地に到着した。そしてラニーさんの言葉で降りた先に見たのは、

 

「ここは……教会か?」

 

 見たところ規模としてはそこまで大きくはない。一戸建てよりも少し大きいくらいだ。

 

 これまで見てきた建物と同じく石造りで、一際高く伸びた屋根の部分にそこそこの大きさの鐘と十字架が飾られている。…………うん。教会だ。

 

 まあ教会と病院というのは昔深い結びつきがあったというし、教会が医療施設であっても別に驚きはしないけどな。

 

「うむ。来たな」

 

 入口の扉の前にはドレファス都市長ともう一人、穏やかな顔をした老シスターが待っていた。

 

 顔はしわだらけだが背筋はまっすぐ伸びていて、身に着けている修道服も年季が入ってはいるものの、傷やほつれなどは見当たらない。品の良い老婦人といった感じだ。

 

「お待たせしました。ドレファス都市長。皆様をお連れしました」

「ご苦労。ラニー。……ではエリゼ院長。よろしく頼む」

「はいはい。分かっていますよ。ドレファス坊や」

 

 エリゼさんと言われた老シスターは、歳を感じさせないしっかりとした足取りでこちらに歩いてくる。……って言うかドレファス坊やって!?

 

 都市長が僅かに顔を赤くしている。どうやら恥ずかしかったみたいだ。

 

「皆さん初めまして。私はエリゼ。この教会の院長をしているわ。……と言っても私以外にシスターが数人いるだけの小さな教会だけどね。フフッ」

 

 エリゼさんはそう言って明るく笑う。……優しそうな人だ。俺達も各自で自己紹介をする。……おや? ラニーさんだけ自己紹介をしない。すでに顔なじみなのだろうか?

 

「……それで? ここでセプトを診るの? ドレファス都市長」

「ああそうだ。ヒトの凶魔化がらみのことを下手な場所で調べる訳にもいかないからな。エリゼ院長なら口も堅く信用できるのでここを贔屓にしている」

 

 エプリの疑問にそう答える都市長。考えてみればこういう事は情報漏洩が一番怖い。下手に大きな施設だと人目に触れやすいし、このくらいの規模の方がバレにくいのかもしれない。

 

「さあさあ。いつまでもこんなところに居ないで。中へお入りなさいな」

 

 エリゼさんが扉を開けて中に入り、そのままこちらを手招きする。

 

 確かにここにずっといても仕方ないか。教会というとどうも荘厳な感じがして苦手なんだけど、まあセプトのためだ。俺達は扉の中に入っていった。……御者さんはまたここで待機だ。

 

 

 

 

 教会の中は結構想像していたものに近かった。室内は奥に広い空間になっていて、左右には人が数人座れそうな長椅子がそれぞれ三列ずつ。

 

 中央には通路があり、そのまま進むと祭壇のようなものが見える。祭壇には屋根についているのと同じ十字架が飾られていた。

 

 やや地球のキリスト教に近い感じだが、よく見れば十字架に妙な細工がされている。中心部に掘られた円環の周囲に、七つの小さな丸が均等に配置されている。

 

 教会の屋根に飾られていたものも、遠目だったけど同じような細工が見えた気がするな。一つの円環と七つの丸。この世界の宗教に関係があるのだろうか?

 

「シスターとしては本来ならここで説法の一つでもするのだけど、今回はそんな場合じゃないわね。さあ。こちらへどうぞ」

 

 エリゼさんについて奥へ進み、祭壇の脇にある扉から中に入る。どうやらこっちがシスターの居住スペースらしい。

 

 通路の壁にはいくつかの扉があり、部屋になっているようだ。照明代わりの魔石が一定の間隔で壁に埋まっている。そのまま石でできた通路を進んでいくと、

 

「「「キャッキャッ!! スゴイスゴイ」」」

「そ、そうか? それならこんなことも出来ちゃうぞ」

 

 何やら部屋の一つが騒がしい。……いや、何と言うか妙にハモっていると言うか。そしてよく見れば扉が僅かに開いている。

 

「あらあら。まったくあの子たちときたら……ちょっと待っていて頂戴ね」

 

 エリゼさんは少しだけ困った顔をすると、俺達にそう一言残して一人先に行って扉を開ける。

 

「貴女達。お客様が来るというのに遊んでいるんじゃありませんよ。……それにバルガスさんも。まだ完全には治り切っていないんだから、無理をしないように」

 

 なぬっ!? バルガス!? 俺達はその言葉を聞いて急いで扉に駆け寄った。するとそこには、

 

「「「ゴメンナサイ。院長先生」」」

「すまねえ院長先生。しかしこいつらを責めないでやってくれよ。俺がちょっと調子に乗っちまっただけなんだ」

 

 綺麗にハモって全く同じ風にエリゼさんに頭を下げる三人のシスターと、同じように頭を下げるバルガスの姿があった。

 

 シスターの方は顔もほぼそっくりだ。三つ子かな? ……いや、今はそれよりも。

 

「バルガスさん!」

「うんっ!? その声は……トキヒサじゃないか! それにお前達も! 見舞いに来てくれたのか?」

 

 バルガスは俺達に気づいて嬉しそうな声を上げる。エリゼさんは苦笑すると、そのまま三人のシスターと一緒に少し下がる。気を使ってくれたみたいだ。

 

「ま、まあそんな所です」

 

 正確にはセプトの診察及び治療のためなんだけど、どのみちいずれお見舞いをしようと思っていたのも事実だ。

 

 調査隊の拠点でいつの間にかいなくなっていても気が付かなかったしな。悪いとは思っているのでバルガスを傷つけないよううんうんと頷く。

 

「お加減は如何ですか? バルガスさん。あっ! これ見舞いの品です」

「おう。ありがとよ。まだ全快とは言わないが、大分回復してきたんだ。院長先生が言うには、あと数日もすればまた冒険者として仕事ができるようになるってよ」

 

 さりげなくリュックから何かの果物を取り出して手渡すジューネ。しまった。見舞いの品を忘れてた。……次来る時に持ってくるから勘弁してもらおう。

 

 バルガスは果物にムシャリとそのままかぶりつき、嬉しそうな顔で近況の報告をする。

 

「良かった。早く良くなってくださいね」

 

 俺が言うのもなんだけど、やはり一緒にダンジョンを抜けた仲だ。元気がないよりは早く良くなるに越したことはない。

 

 その後他愛のない世間話を少しし、俺達はバルガスの部屋を離れて別の部屋に向かった。今度はセプトもこんな感じに笑えると良いんだけどな。

 

 

 

 

「ちなみに部屋の中で何をしていたんですか? あの三人と一緒に」

「ああ。あれか。あれは俺が身体を鍛え直そうと腕立て伏せをしていたらあの三人に見つかってな。興味深そうに腕の筋肉を見てるから、よかったら触ってみるかって力こぶを触らせてたんだ。そうしたら予想より喜んだから、今度は一人腕にしがみついたままで持ち上げてやろうとしたんだ。直前で院長先生に見つかったけどな」

 

 一応病人なんだから、もっと安静にしていてくださいね。

 




 こんな所にいましたバルガス。忘れてたとは言いづらいですね。

 やっぱ土産の定番は果物ですかね?


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第百五話 濃ゆい面子と診察結果

 

「本当にお騒がせしたわね。……ほらっ! 貴女達も謝って」

「「「どうもすみませんでした」」」

 

 バルガスの部屋を出て、エリゼさんは俺達に深々と頭を下げる。三つ子と思しきシスター三人組もだ。別に俺は気にしてないし、他の皆も特に気にした様子はないから大丈夫だと思う。

 

「この子達ったらここに泊まるヒトが居ると必ずちょっかいを出すの。いつも注意しているのだけど聞かなくて」

「だって院長」

「ここに泊まるヒトなんて」

「滅多にいないんだもの」

「「「ねぇ~」」」

 

 エリゼさんの言葉に、三人組は順序良く綺麗に最後はハモりながら言葉を返す。エリゼさんは困ったような顔をしてはいるが、怒っているという感じではない。このくらいのことは日常茶飯事なのだろう。

 

「ホントにこの子達は……もう。まだお客様に名前も名乗っていないでしょう」

「「「そうでした」」」

 

 エリゼさんの言葉に、三人組はしまったとばかりに姿勢を正してこちらに向き直る。

 

「コホン。では改めまして。長女のアーメです」

「次女のシーメだよ」

「ソーメです……末っ子」

「「「私達、三人揃って…………『華のノービスシスターズ』」」」

 

 そこで言葉を切ると、何故か三人でそれぞれポーズをビシッと決める。……なんだろう。彼女たちの後ろは壁のはずなのに、某戦隊ものよろしくドカーンと爆発が起きたように一瞬見えた。

 

 他の皆も唖然としている。というかこの場合、修道女としてのシスターと、姉妹としてのシスターの二重の意味だよな。微妙に名乗りが洒落ている。

 

「……大丈夫なの? このヒト達、頭でも打った?」

「本当にごめんなさいね。こんな子達だけど、悪い子じゃないの。ただちょっと悪ノリをする癖があるというか」

「すごい」

 

 エプリが理解できないという顔をし、エリゼさんが頭を抱えながらそう返す。……セプトはどうも興味深そうに見ているな。しかし……なんか濃ゆい人達だなぁ。

 

「前に来た時とは名乗りが変わっているようだな。前は『エリゼ院長をお助けし隊』と名乗っていただろう?」

「考えてみたらそれはここにいる以上当然のことでしたので。それにこっちの方が格好いいでしょう?」

 

 都市長の言葉にアーメが代表して答える。というか他にも名乗りがあるのか!? いちいちポーズを決めるのは大変なんじゃないだろうか?

 

 ちなみに俺は戦隊ものよりライダー派だが、決して戦隊ものが嫌いという訳ではない。……これもまた一つのロマンだ。

 

 それと、さっきの言葉からこの三人が姉妹だというのはハッキリした。そして、よく見てみるとまだ十代前半といったところか。

 

 それぞれ顔立ちも背丈もほぼ同じだけど、全員が少しずつ形の違うブローチを服に付けている。今はそれで見分けるしかないか。

 

「あの。紹介も済んだ所でそろそろ先に進みませんか?」

 

 一同濃ゆい自己紹介にどこか呆然としていると、ラニーさんがいち早く立ち直って声をかける。そうだった。こんな所で止まっている場合ではなかった。

 

「そ、そうね。貴女達もいつまでもそんなポーズをしていないで。まだまだやることは沢山有るはずよ。……遊ばず真面目にね」

「「「は~い」」」

 

 三人は元気よく返事をすると、再びバルガスの部屋に戻っていく。まだ仕事がやりかけの状態で遊んでいたらしい。エリゼさんが言ったように、今度は真面目にバルガスの看護をしてもらおう。

 

 

 

 

 気を取り直してまた歩き出す一行。そして少し行くと、エリゼさんはいくつかある部屋の一つに入る。俺達も続くと、そこは簡素な椅子とテーブル、ちょっとした家具が置かれているだけの殺風景な部屋だった。

 

「よいしょっと」

 

 全員が入るのを見届けると、エリゼさんは扉をゆっくりと閉める。

 

 ……あれっ!? やけに重そうだなと思ってよく見ると、ここの扉は木製をベースに所々金属で補強されている。さっきのバルガスの部屋や通路の途中の部屋と違ってかなり頑丈そうだ。

 

 おまけに扉の鍵穴の上に何か小さな魔法陣のようなものが刻まれている。何故にここだけ?

 

「ここは凶魔化に関わったヒト専用の診察室だ。ここなら万が一突然凶魔化したとしても、外への被害を最低限に抑えられる。防音、盗み見対策も万全だ」

 

 ドレファス都市長が気になったことを代わりに説明してくれる。なるほど。患者が暴れても良いように最低限の家具しか置いてないって訳だ。

 

 エプリは魔法陣を少し調べて、俺に向けてこくりと頷く。嘘じゃないってことらしい。

 

 エリゼさんが椅子に座り、俺達にも座るようにと勧めるのでお言葉に甘える。エプリだけは座らずに扉脇の壁に背中を預けて立ったままだ。そこまで警戒しなくても。

 

「じゃあ早速診察を始めるとしましょうか。セプトちゃん。ちょっとこちらに来てくれる?」

 

 エリゼさんの言葉にセプトは一瞬こちらを見てきた。行っても良いかという伺いを立てているみたいだったので、大丈夫だという意味を込めて軽く背中にポンっと手を当てる。

 

 それが伝わったのか、セプトはそのままエリゼさんの所に歩いていく。

 

「ドレファス坊やから話は聞いているけど、やはり実際に診てみないと何とも言えないから。もし良ければ……私に身体の魔石を見せてはもらえないかしら?」

 

 エリゼさんは優しく語りかける。この様子を見ていると、どちらかと言うとシスターというより医者のイメージがあるな。

 

 セプトはその言葉を承諾したかのように自身の服の襟に手をかける。そしてその綺麗な鎖骨の辺りと共にあの恐ろしい魔石が……って!? 見てちゃまずいだろ!?

 

「ご、ごめん。俺ちょっと後ろを向いてるよ」

 

 俺はそう言ってくるりと後ろの壁の方を向く。無表情でどこか子供っぽいとは言え女の子だからな。そういうのはじろじろ見るもんじゃない。

 

 ……何故かセプトからじ~っと視線が来ている気がするが、俺はけっして振り向いたりしないぞ。

 

「…………魔力の流れを確認したいから、少しだけそのままで魔法を使ってくれる? 簡単なもので良いから」

「分かった」

 

 その言葉と共にガタゴトという音が聞こえる。何が起こっているのかは分からないが、セプトがお得意の影の魔法を使っているのだろうか?

 

 考えてみれば、こういう闇属性の魔法は基本的に魔族の使うものだと前に聞いた。それなら影を操った時点でセプトは魔族だとバレることになる。驚かれたりしないだろうな?

 

「そのままちょっとだけ維持しててね。そのままよ」

 

 だが聞く限りではエリゼさんの口調に変化は見られない。無理しているという感じでもなく、ごく自然に診察をしているみたいだ。

 

 そのまま少しの間沈黙が場を支配する。小さく継続的なガタゴトという音は聞こえているが、これはセプトが魔法を続けているという事だろう。そして、

 

「…………ふぅ。もう魔法を止めても良いわよ。服も元に戻して良いわ」

「うん」

 

 その言葉と共にガタゴトという音が止み、服の擦れるような音がする。襟を正しているのだろう。もう振り返っても良いかな。俺はそう判断して振り返る。

 

 ……よし。しっかり服も戻っている。ラッキースケベもハプニングも要らないからな。あれもまたロマンではあるが今はおよびじゃないの。

 

「見ても、良いのに」

「いや見ないからねっ!?」

 

 セプトが何処か残念そうな顔をしている。見せたがりかっての。何でこんなに懐かれてるんだろうホント。

 

「それでエリゼ院長。何か分かったか?」

 

 そんなことを考えていると、都市長がエリゼさんに問いかける。そう。今はそのことだよ。俺はそっちに意識を傾ける。しかしエリゼさんの表情はどこか浮かない顔だ。

 

「あまり状況は芳しくないわねぇ。事前に聞いた通り、魔力暴走の一件でセプトちゃんの身体と魔石は完全に一体化してしまっている。後付けの()()()()()といっても良いわ」

「そんなっ!? じゃあその魔石を摘出したら」

「身体の一部を無理やり引き千切るのとおんなじことよ。当然身体に何らかの不具合が起きてしまうわね。治癒魔法をかけながら摘出したとしても、身体の奥にどんな影響が出るか」

 

 俺の言葉にも静かに返すエリゼさん。その静かさが、話していることはすべて真実だと暗に示している。そんな……じゃあセプトはこれからずっとあんな危ないのを身体に埋め込んだままで。

 

「大丈夫。まだ方法はあるわ」

 

 エリゼさんはそう言ってニッコリと笑顔を浮かべる。それは患者を不安にさせないためのものにも見えたし、迷える子羊を救おうとしているものにも見えた。ただ、

 

「待っていれば良いのよ。自然に魔石が外れるまでね」

 

 その言葉には不安しか覚えないんだけど。もうちょっと詳しく説明してくれませんかねぇ。

 




 この三つ子は大体これが平常運転です。毎回爆発は起きませんが。


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第百六話 都市長さんの成り上がり

 

「なあ。どう思う? さっきのエリゼさんの言葉」

 

 俺達はエリゼ院長に連れられて、一度来客用の部屋に通された。エリゼさんは準備をすると言って部屋を出て、そのままもう三十分は経っている。

 

 最初は静かに部屋の様子を見ながら待っていたのだが、だんだん飽きてきたのでついそんなことを切り出してみた。

 

「…………さあね。待っていれば何とかなるというのは眉唾物だけど」

 

 だよなぁ。病気は安静にしていれば治るかもしれないけど、今回のは病気とは言えないしな。しかしエリゼさんには何かしらの手があるみたいだった。今はそれを信じて待つしかないか。

 

「安心したまえ。エリゼ院長が方法があるといった以上、必ずある程度以上の勝算があって言っているはずだ。それがどんな方法かまでは分からないがね」

 

 ドレファス都市長は悠然と椅子に座ったままそう語る。……そう言えば、

 

「ドレファス都市長ってエリゼさんとは長い付き合いなんですか? さっきも坊やって呼ばれてましたし」

「…………はぁ。だから人前で坊やと呼ぶのはやめてほしいと言っているのに」

 

 気になっていたので試しに訊ねてみると、ドレファス都市長は軽くため息をついて困ったような顔をした。

 

「時々トキヒサさんのその無神経に近い訊ね方が怖くなりますよ。私も気になっていたけど気を遣って聞かなかったのに」

 

 ジューネはそう言うけど、こういうのは早め早めに聞いておいた方が良いと思うぞ。時間が経てば経つほど聞きづらくなるんだから。

 

「……まあ良いだろう。エリゼ院長もまだ来ないようだし、先ほど屋敷で待たせてしまった詫びと考えれば。私のちょっとした昔話で良ければ話すとしよう」

 

 最悪機嫌を悪くするかと思ったが、都市長は困った顔をしながらも話してくれる。……意外に都市長も退屈していたのかもしれない。

 

 

 

 

「エリゼ院長との出会いと共に、この町の成り立ちを話しておこうか。この二つはある意味密接に関係しているからな。……この町の始まりは元々小さな村だった。名前らしいものもなく、ただ開拓のために拡げられた村。交易都市群第十四都市ノービスとして()()()認められたのは、今から十年ほど前のことだ」

 

 そう言えばラニーさんが、このノービスは歴史が浅いとか以前言っていたな。確かに認められて十年ではまだまだ出来立てと言えるかもしれない。

 

「私は幼い頃、その名もなき開拓村で暮らしていた。日々の暮らしは決して恵まれたものではなかったな。来る日も来る日も荒れ地を耕し、少しでも作物を作ろうとしていた。その暮らしは一生変わらないのだと、当時は本気で考えていた」

 

 ……今の都市長の様子からはそんなこと想像も出来ないな。

 

「だが、私がもうすぐ十になるという時に転機が訪れた。開拓村に行商人のキャラバンがやってきたのだ。開拓中で小さいとはいえ村ではあったからな。他の都市に向かう途中にふらりと寄ったという所だろう。彼女とはそこで初めて出会った」

 

 ドレファス都市長が四十過ぎくらいの見た目だから……少なくとも三十年以上前か。エリゼさんの年齢はよく分からないが、仮に現在六十歳とすると当時三十いくかいかないかぐらいだ。

 

「彼女は当時、キャラバンにシスター兼薬師として同行していた。シスターはキャラバンと共に方々を巡ることで安全に布教を進め、キャラバンは腕の良い薬師を一人抱えることが出来る。互いに利のある関係だったのだろう」

 

 それは何となく分かる。キャラバンが何故出来るかといえば、簡単に言えばその方が安全だからだ。

 

 人が多ければ多いほど、盗賊や魔物としては反撃される恐れがあるから襲いづらい。それにその場合、メンバーで金を出し合って護衛を雇うので一人頭の負担も少ない。

 

 エリゼさんも同行するならそういう集団の方が良いと判断したのだろう。

 

 また、旅の途中で病気や怪我に遭うこともザラだ。その場合医学知識のある人が居るかいないかで大きく差が出る。キャラバンとしては隊の中に一人はそういった知識を持つ人が欲しかったのだろうな。

 

「私はそこで、村で布教する彼女から様々な話を聞いた。世界には他にも多くの村や町、国があり、多くのヒトが暮らしていると。……今にして思えば普通のことなのだが、その村のことしか知らなかった私の心をくすぐるには十分すぎる程だった。……そしてキャラバンが出立する日、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんかいきなりぶっとんだ話になってきたな。行動力有りすぎだろドレファス都市長っ!

 

「今の私からすればなんとも恐ろしい話だが、当時の私からすればこれしか道はないと思っていたのだ。その後次の休息地点で発見され、私はキャラバンのメンバーに必死に頼み込んだ。雑用でも何でもするので一緒に連れて行って欲しいとね」

「ご家族は心配されなかったのですか?」

 

 話を一緒に聞いていたジューネがそう質問する。そうだよな。急にいなくなったらきっと心配するはずだ。その点はどうしたんだろうか?

 

「……残念ながらというか何というか、私の両親はその時すでに亡くなっていてな。おかげで村で私はごくつぶしのような存在だった。私がいなくなって悲しむ者はいなかったのだよ。……もし悲しむ者がいたら、当時の私も行くのを躊躇していたかもしれない。……もしもの話だがね」

 

 重い過去をさらりと言うドレファス都市長。その顔に苦悩の色は見えず、もう都市長の中ではそれは決着のついたことなのかもしれない。

 

「戻っても喜ぶ者もいない。それに戻る場合のキャラバンの移動費も馬鹿にならない。結局私はキャラバンの雑用係として旅に加わることになった。……雑用係なんて細かな怪我がしょっちゅうの仕事だから、そこでエリゼ院長には大分世話になったな」

「なるほど。手のかかるヒトだったから坊やって呼ばれてたんですね」

「先に進もう。そうして私は数年ほどキャラバンで過ごした。僅かずつではあるが金を貯め、商人からは文字や数字を教わり、護衛として付いていた冒険者から簡単な手ほどきなども受けたりしたな。エリゼ院長からは薬師としての技術を教わった。……あまり才能はなかったみたいだが」

 

 図星だったのか恥ずかしかったのか。素早く次の話題に行ったな。それと結構色々教わっているみたいだけど。

 

「そうして十五になった時、私はヒュムス国で紆余曲折あってキャラバンを離れ、事もあろうに冒険者となった。若者特有の一攫千金を狙ったためなのだが……本当によく無事だったと今にして思うな」

 

 ……聞けば聞くほどドレファス都市長の印象が変わっていく気がする。ジューネも唖然とした顔をしている。ヤンチャってレベルじゃないな。というか冒険者だったんですね都市長。

 

「良いことも悪いこともあった。死にかけるような失敗をしたこともあれば、望外に上手くいったこともあった。一人で動くこともあれば、パーティを組んで背中を預け合ったこともあった。愚かしく、馬鹿馬鹿しくも……輝かしい時だったな」

 

 ドレファス都市長はそう言って、どこか遠くを眺めるような目をした。……何があったのかは分からないけれど、それだけの思い出があるのだろう。

 

「……ある時、大きな戦いで手柄を立てる機会があってな。国が爵位をくれるという話になった。だが当時の仲間は皆権力や栄誉に興味のない奴らで、半ば押し付けられる感じで私が代表して受けることになった」

「どういう思考してるんですかそのパーティっ!? わざわざ貴族になれるのに断るなんて」

「欲が無い訳ではないんだが、貴族となるとしがらみも多いからな。それが面倒だからと嫌がったんだ。かと言って断ったのでは向こうも体裁が悪い。なので誰かが受けざるを得なかったのだ」

 

 ジューネが何故か憤慨していると、ドレファス都市長は苦笑しながら宥めるようにそう言う。

 

「こうして一応貴族の末席に名を連ねた私だが、ここでふと自分の住んでいた村のことを思い出した。もう十年以上も戻っていないが、あの村はどうなっているだろうか? それまでただガムシャラに生きてきた私だったが、一度思い出してしまうとどうにも気になってしまう。なので戦いの骨休めも兼ねて、仲間達と行ってみることにした」

 

 里帰りか。やはり十何年ぶりに帰るとなると感慨深いものがあるんだろうか?

 

「国家間長距離用ゲートで都市群の一つに跳び、そこから何日もかけて辿り着いたそこは…………()()()()()()()()。どうやら私が村を出てから数年後、疫病が蔓延したらしい」

「疫病……」

「ああ。そのあと仲間達が私を気遣ってくれるのだが……不思議なことに、生まれ育った村が廃村になっていてもあまり悲しみはなかったな。あるのはなんと言うか……怒りと悔しさだった。幼い頃の自分にとって村は世界だった。だけどその世界は、こんなにもあっけなく崩れ去る程度のものだったのかとな」

「ドレファス都市長……」

 

 日本にも限界集落というのがある。何らかの理由で維持が限界を迎えた村や集落のことだ。ドレファス都市長の村ももしかしたらそういうものだったのかもしれない。

 

「そこからは意地のようなものだったな。村を復興させる。そのために様々なことをした。ヒトを集め、荒れ地を耕し、より住み良くなるよう開拓していった。貴族としての権力や、キャラバンや冒険者として出来た繋がりもドンドン使った。パーティの仲間達も、一度解散した後各地でこの村の噂を流してくれた。……ちなみにエリゼ院長は初期の頃のヒトの募集で来てもらったな。ヒュムス国で布教していた所を昔の伝手で半ば強引にだったが」

 

 そう言えばエリゼさんとの繋がりが話の始まりだったな。ここで再会したということか。

 

「廃村はいつの間にかしっかりとした開拓村になり、小さな町になり、少しずつ拡張を繰り返している内に交易都市群の一つとして認められるようになった。そうして交易都市群第十四都市ノービスは今に至るという訳だ。……私の話はこんな所だな」

「…………はぁ。何と言うか、凄い話ですね」

「そうだな」

 

 ジューネがポツリと漏らした言葉に俺もつい反応する。見れば、エプリやセプトも話に聞き入っていたみたいだった。

 

 というよりドレファス都市長すごい成り上がりじゃないか!! 村人の身から立身出世で都市長って、どこの豊臣秀吉か某勇者かって話だよ。

 

「もし子供の頃、エリゼ院長から外の世界の話を聞いていなければ、私はキャラバンについていくこともなく村に残っていただろう。村の復興の際も良く力を尽くしてくれた。それもあって今でも彼女には頭が上がらない」

 

 それで今でも坊やって呼ばれているけどやめさせられないと。子供の頃からの力関係は中々変えられないもんな。少しだけ親しみを感じる。

 

 そうして俺達が都市長の昔語りを聞き終わって一息ついていると、

 

「…………ようやく来たみたいね」

 

 エプリがそう言って知らせてきた。やっとエリゼさんが戻ってきたらしい。さてさて。大分待たされたけど、一体どんな用意があるのだろうか?

 




 一応ドレファス都市長はヒュムス国の爵位を受けています。なのでノービスもヒュムス国に属する扱いです。……建前上はですが。


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第百七話 試作品と治療法

 

「待たせてしまってゴメンナサイね。準備に手間取ってしまって」

 

 やっと戻ってきたエリゼさんは、開口一番そう言って頭を下げる。見れば先ほどのシスター三人組も一緒だ。いえいえ。待ってる間にドレファス都市長の昔話を聞けたから結構有意義な時間でした。

 

「それでエリゼ院長。何を準備してきたのだ?」

「そうね。まずはそのことを話さないとね。私が用意したのは…………これよ」

 

 都市長の言葉に、エリゼさんは手に持っていた物を机の上に出す。これは……。

 

「これは……何だ?」

 

 そこに出されたのは妙な物体だった。お椀のような形をしていて、大きさは俺の掌より少し小さいくらい。色は肌色に近い茶色で、中身がくりぬかれて空洞になっている。

 

 よく見れば、上から見ると丁度正三角形になる三点に留め具が付いている。これで固定するようだ。

 

 そしてその三角形の中央。お椀の底の部分には留め具から細い線が引かれていて、それぞれの線が交わる場所には一円玉くらいのサイズの加工された魔石が埋め込まれている。

 

「これは一言で表すと、中の物の魔力の流れを断つ道具よ。基本材質には魔力の流れを遮断するバリの木。だけどそれだけだとちょっとした衝撃で簡単に割れてしまうので、補強のために乾くと固まるカチリカの木の樹液を塗り込んであるわ」

 

 魔力の流れを断つ道具? いったいなんのこっちゃ?

 

「バリの木もカチリカの木も、どちらも魔素が大量にある森でないと育たない珍しい木です。それらの素材を使うということは、かなりの値が張る品のようですが……」

 

 ジューネもそう言いながら首を傾げている。どうやらこれが何かよく分からないらしい。エプリやセプトも分かっていないようだ。……俺だけが分からないという事ではなくてちょっとだけホッとする。

 

「じゃあ順を追って一つずつ説明するわね。セプトちゃんに埋め込まれた魔石を確認したのだけど、さっきも言ったように身体とほぼ一体化しているから摘出は危険を伴います。出来なくはないけど身体に負担がかかりすぎるので最後の手段ね。なので時間はかかるけど、負担のかからない穏便な手段を取ろうと思います」

「その穏便な手段に必要な道具がこれという事か?」

「そうよドレファス坊や。調べたところ、人為的な凶魔化には魔石に魔力が満ちる必要がある。ならば逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 確かにそうだ。だけどそれなら、拠点でも言われたように適度にセプトが魔法を使って消費すればいいのでは? 俺の疑問を察したのか、エリゼさんは説明を続ける。

 

「魔力が溜まったら使うというのも一つの手だけど、これはもっと根本的なもの。()()()()()()()()()()()()()ことを目的にしているわ。これをセプトちゃんの魔石に被せることで、理論上は空気中からの魔素の吸引は防げる」

「しかし、セプト本人から流れる魔力はどうする? そればかりは流石に遮断は難しいだろう?」

「器具には取り外し可能な魔石を埋め込んであるわ。セプトちゃん本人の魔力はそちら側に優先して流れるよう器具の内部を設計してあるから、身体に埋め込まれた方に流れるのはごく微量。ほぼないに等しいでしょうね。数日おきに取り付けた魔石を交換する必要があるけど」

 

 都市長の言葉も予想していたようで、エリゼさんは落ち着いて対処法を語っていく。

 

「しばらくその状態を続ければ、埋め込まれた魔石は不要なものだと身体が判断して自然と外れていくと思うわ。まるで髪や歯が生え変わるみたいにね」

 

 言いたいことは何となく分かる。例えば髪の毛は毎日たくさん抜けて、その分新しく生えるというサイクルを繰り返しているし、サメは歯が傷つく度に新品の歯に生え変わると聞いたことがある。

 

 だから身体の一部が自然に外れることはそこまで珍しくはない。でも……。

 

「話は分かった。しかし上手くいくのか?」

「ここで誤魔化しても仕方がないわね。結論から言うと……分からないわ。勿論理論上はこれで上手くいくはずよ。でもこれは試作品。魔石()()()使ったら完全に遮断できたけど、まだ一度もヒトには使ったことはないの」

 

 考えてみればその通りだ。ヒトの凶魔化なんてまず起きない。なら使う機会もほとんどないだろう。……だけど困ったな。これじゃあイマイチ不安だ。

 

「だから、最終的な決断はセプトちゃん自身に委ねるわ」

「私?」

 

 急に話を振られてセプトが無表情ながら驚いた様子を見せる。……セプトも一応自分のことなんだから聞いとかないとダメだぞ。

 

「そう。もしこれを使うのが不安であるというならそれでもいいわ。ラニーの見立て通り、おそらく定期的に魔力を消費して魔石に溜まり切らないようにすれば凶魔化はしないと思う。無理やり摘出するという場合でも、出来る限り手を尽くして副作用がなるべく出ないようにする」

 

 エリゼさんはセプトに目線を合わせて静かにそう語りかけた。その言葉は静かではあったけど、どこまでも真剣で真摯な物だった。

 

「でも、個人的には私を信じてこの器具を使ってほしいの。それが一番安全にその魔石を外せる方法だと思うから」

「…………トキヒサ。どうする? 私は奴隷だからトキヒサに従う」

 

 こんなタイミングで奴隷根性出さなくても。……しかしどうしたもんか。エリゼさんの言う通り、こういうのは自分で決めるのが一番良い。

 

 だけど、セプトはどうも自分のことでも俺の方針を優先する気がある。自分のことを決めるのは最終的には自分であれと思うんだけどな。

 

 

 

 

「エリゼさん。いくつか質問があるんですが。まずその器具ってどのくらいの間着けてないとダメなんですか?」

「先ほど調べたセプトちゃんの魔力量、それと魔石の状態から見て、少なくとも七日はかかるわね。魔石の取り換えの時や体を洗う時なんかに短期間外すくらいなら問題はないと思うけど」

 

 七日か。見たところそこまで大きな物でもないけれど、常時着けているというのは地味にしんどいかもしれない。補強はしてあるとはいえ壊れる危険性もあるし、これはサポートしないとマズいな。

 

「じゃあ次の質問です。セプトが器具を着けている間、魔法とかは使えるんですか?」

「可能よ。魔力を抑えるというより流れを変えるための器具だから。むしろ時々使った方が確実に身体の魔石から魔力を減らせるわ」

 

 器具を着けたままでも魔法の使用は奨励と。いざとなった時の護身も出来ないんじゃ危ないもんな。となると残るは……。

 

「……最後の質問です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「思わないよっ!」

 

 最後の質問の答えは思わぬ所から返ってきた。シスター三人組の……確か次女のシーメだったかな? ブローチの形から多分そうだと察する。

 

「エリゼ院長と私達で頑張って作ったんだもん。絶対不具合を起こしたりなんかしないから」

「そう。その通りです。良く言ったわシーメ」

「シーメ姉の言う通り」

 

 シーメがそう力説すると、他の二人も掩護射撃する。それを聞いたエリゼさんは、困ったようでそれでいて笑っているような不思議な表情を浮かべる。慕われているんだなぁ。

 

「この子達ったら……でも、そうね。試作とは言え、ヒトを助けるために全力を尽くして作ったわ。なので敢えて言います。不具合を起こすことはないとね」

 

 ……そうか。今の言葉で腹は決まったな。ならば、

 

「…………セプト。エリゼさん達を信じてみよう」

「分かった」

 

 セプトは何のためらいもなく承諾した。……いや少しは自分でも考えようよ。

 

 正直ドレファス都市長の信頼度なんかを踏まえると、もう最初からある程度は信頼していた。それに着けたままでも魔法の使用有りの時点で、最悪不具合があってもカバーできる可能性が高いと踏んだしな。

 

 だけど、最後の決め手になったのは三つ目の質問。ここでの質問に対し、シスター三人組は迷うことなく答えた。そして、エリゼさんもはっきりと不具合を起こさないと言ってみせた。

 

 これはそれだけ自分達の作った物に、あるいは行った仕事に全力を尽くしたという事だ。そういう人は信用できる。

 

「エリゼさん。こちらからもよろしくお願いします。セプトに埋め込まれた魔石を何とかするのに力を貸してください」

 

 俺が頭を下げると、エリゼさんは柔らかな微笑を浮かべながら静かに頷いた。

 




 これは大抵の職業に当てはまると勝手に考えていますが、自身の仕事に全力を尽くしたのであれば、それは自然と自信に繋がると思います。

 そして根拠のしっかりとした自信から出る言葉には信用がおける……という流れですね。時久の思考としてはそんな感じです。


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第百八話 添い寝。それもロマン……なのだけど

 

「お世話になりました」

「お世話だなんてとんでもないわ。なんにせよこれからだもの」

 

 俺達は教会の前に立っていた。セプトの魔石に無事器具を取り付け、簡単な諸注意も受けたので、ひとまずドレファス都市長の屋敷に戻るのだ。

 

 見送りにエリゼさんとシスター三人組、そしてバルガスが来てくれる。調査隊の時もそうだったけど、ここの人達は皆こういう所がしっかりしている。……それは結構嬉しい。

 

「さっきも言ったけど、何か身体に異常を感じたら小さなことであっても気にせず来てね。それと器具に使われている魔石は小さなものだから、魔力が溜まって色が変わり始めたら早めに交換を。交換用の魔石はトキヒサ君に渡してあるわ」

「分かった」

「それと器具は補強してあるけど、それでも手荒には扱わないように。寝る時はなるべく仰向けを心がけてね」

「うん」

 

 さっきからエリゼさんがセプトにもう一度諸注意をしている。大事なことだからな。セプトも無表情のままでコクコクと首を縦に振って相槌を打っている。

 

 ちなみに魔石は魔素が溜まれば溜まるほど色が濃くなるという。色自体はそれぞれ違うが、その点だけは共通しているらしい。

 

「ジューネもまたね」

「待ったね~!」

「……また」

「はい。またいずれ寄らせていただきますよ。……ところで、セプトに着けられた器具の設計について教えていただきたいんですが」

 

 シスター三人組とジューネは意外に仲良くなったらしい。

 

 正確に言うと、三人の方は普通に人懐っこいのだが、ジューネの方は金の匂いでも嗅ぎつけたようで、ちょくちょく突っ込んだところまで聞こうとしているけどなかなか聞き出せないといった感じだ。

 

 まあ下心とは別に普通に仲良くしようとする意思もありそうなので良いのだが。

 

「ほ、本当か? 本当に俺の治療費全部出してくれるんだなっ? ドレファス都市長!」

「ああ。それに無くした装備や道具も多少ではあるが補填しよう。その代わりといっては何だが、この件は一切他言無用で頼みたい」

「勿論だ。こんな事言ったってほら吹きって言われるのがオチだしな。そんなことで良ければ喜んで従うぜっ!」

 

 ドレファス都市長がバルガスに口止めをしている。凶魔化のことをなるべく広めたくない都市長としては、こういう根回しは必要なことなのだろう。

 

 ……秘密を知るものをこっそり始末するっていう流れにならなくて良かった。

 

「……これで注意は以上よ。あとはセプトちゃん次第だから頑張ってね。それと……ラニー」

「はい」

「前に来た時より少し痩せたんじゃない? ちゃんと食事は摂ってる? 患者の治療が忙しいからって自分のことを後回しにしてない? たまには休まないと身が保たないからね」

「もう。そんなに心配しないでください。しっかり食事は摂ってますし、休みだって定期的に取ってますから」

 

 おおよそのセプトへの注意を伝え終えたエリゼさんは、次に何故かラニーさんに声をかける。

 

 そう言えばラニーさんはここに来てからほとんど話さなかったな。どうも二人は知り合いのようなんだけど、どういう関係なんだろうか?

 

 そんなこんなでそれぞれの話も終わり、俺達は馬車に乗り込んでいく。

 

「皆様お気をつけて。七神の加護がありますように」

 

 別れ際にエリゼさんとシスター三人組が、そう言って俺達に向かって祈るような仕草を見せる。

 

 ……なんか初めてシスターのシスターらしい所を見た気がする。どちらかと言うと薬師みたいなイメージがあったからな。

 

 そうして俺達を乗せた馬車は、教会を出てドレファス都市長の屋敷へ戻るのだった。

 

 

 

 

『…………それで? その後どうなったの?』

 

 その日の夜。俺は屋敷の自分に用意された部屋で、アンリエッタに定期連絡をしていた。繋がるなりアンリエッタは何があったのか聞かせろとせがむ。

 

 ……どうせ見ていただろうに。俺は声を抑えながら報告する。

 

「そうして屋敷に戻った後、ヒースをしごき終わって一息ついていたアシュさんと合流。ジューネ達はまた何処かへ出かけようとしたが、もうそれなりに良い時間なので今日は休むようにと都市長に止められてた」

『そのようね。まあこんなこともあろうかと、事前に都市長に頼んで手紙を何通か送っていたみたいだけどね。近々伺いますとでも書いたのかしら?』

 

 俺そんなこと初耳なんだけど! 一応アンリエッタの分かることは俺の周囲のことのみと聞いてはいるが、実際どのくらいの周囲なのかは詳しく知らされていない。

 

 普通に聞いても話を逸らすし、下手すると結構情報を掴んでいそうだ。

 

「ヒースのことについても明日からってことになった。……正直な話、アシュさんがついついしごきすぎてまともに動けないくらいになっていたらしい。ラニーさんがやりすぎだって怒ってた」

『まあ私からすれば、途中でへばらずに最後までしごきに耐えきったヒースはそれなりに評価に値するわね。少し見たけどあのしごきは中々ハードよ。普通のヒトならすぐに音を上げるレベルね』

 

 確かに屋敷を出発する時のアシュさんとの試合は凄かった。あんな感じのしごきを何度も続けられるのなら、それは評価されることだろう。

 

「あと特筆することと言ったらラニーさんのことかな。ラニーさんも本来ならセプトのことが終わった時点で調査隊の所にとんぼ返りするはずだったけど、ドレファス都市長に止められて明日の早朝出発するって。……いや。()()()()()()言われたからかもな」

 

 今日の夕食の時に分かったのだが、実はエリゼさんとラニーさんは叔母と姪の関係だという。エリゼさんの妹の娘さんがラニーさんらしい。

 

 ラニーさんの両親は子供の頃に亡くなっていて、一時期エリゼさんが親代わりとして育てていたという。

 

 そうして薬師としての技術を教えられていた時、昔の伝手でエリゼさんを頼ったドレファス都市長と出会い、それが元で調査隊の薬師になったという。……一応言っておくと、決してコネによるものではなく実力で入っているらしい。

 

「まあ大体そんな所かな。あとは夕食が豪華で美味かったとか、用意された部屋が良かったとかそれぐらいだな」

 

 俺達は客人扱いなので、夕食をしっかりご馳走になった。

 

 何かの鳥の丸焼きや、果物と野菜を綺麗に盛り付けたフルーツサラダなど、調査隊の所で食べた食事に比べてこっちの方が手間暇かけて作られたって感じがしたな。

 

 それとドレファス都市長はテーブルマナーにはあまりうるさくなく、俺ものんびりと夕食を味わうことが出来たのは幸いだった。昔冒険者をやっていたので多少の行儀の悪さには寛大みたいだ。

 

 あと、俺達やドレファス都市長の他に意外だがヒースも夕食に顔を出した。結構フラフラではあったけどな。庶民と一緒に食卓など囲めるかと言いそうなイメージだったのだが、どうやらもっぱらラニーさん狙いらしい。

 

 口説こうとまた頑張っていたのだが、肝心のラニーさんはどうにもつれない感じだ。ジューネも早速会話に混ざろうとするのだが、ヒースはラニーさんにしか目がいってないようで難航している。

 

「夕食の後は各自に用意された部屋に行って、明日も早いからさっさと寝ようって話になった。それで俺は寝る前にアンリエッタに定期連絡をしてるって訳だ。……ほら。話し終わったぞ」

 

 流石に客人用の部屋だけあって、内装もかなり凝っている。壁には何やら絵が飾られているし、高そうな置物も部屋の隅に置かれている。……と言うか本当に高い。

 

 さっき試しに部屋の中の調度品を査定してみたが、どれもこれもウン万円するものばかり。以前牢獄でイザスタさんの物を査定したけど、あれよりもお高い物ばっかりだ。当然持ち主がいるので換金不可。泥棒ダメ。絶対。

 

 俺が語り終わったのに、アンリエッタはニヤニヤと笑ってこちらを見つめている。…………何だよ? 何か言いたいことでもあるのか?

 

『へぇ~。全部話し終わったんだ? じゃあ聞くわよトキヒサ。ワタシの手駒。…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺はその言葉にゆっくりと後ろを振り向く。そこには俺が寝るために使うはずだったかなり大きめのベットがあり、そこではセプトがスヤスヤと寝息を立てていた。

 

 そして少し視線をずらすと、そこには人一人横になって眠れる大きさのソファーが置かれており、エプリがわざわざ横にならずに座ったままの状態で毛布にくるまっていた。

 

 こっちは……寝息が聞こえないってことは多分起きてるな。今の会話で起こしてしまったか。眠りが相当浅い方って以前言ってたもんな。あとで謝ろう。

 

「これは………………やむを得ない事情って奴だ」

『へぇ~~~?』

「ああもうさっきからそのニマニマ顔を止めろってのっ! どうせ見てたんなら分かってんだろ? エプリは護衛として同じ部屋にいるって頑として聞かないし、セプトも俺から離れようとしないから仕方なくこうなっただけだ」

 

 この部屋で眠れそうなのはベットとソファーの二つ。女の子を床に寝かせるなんてのは論外だ。

 

 なのでちゃんと横にならないと器具が外れるからとセプトを何とか説得してベットで寝かせ、エプリも適当な壁に背中を預けて寝るというのを妥協させてソファーを使わせた。そうして二人を起こさないように静かに今まで話してたって訳だ。

 

 ちなみに二人とも気を遣ってか、それぞれベットとソファーに()()()()()()()だけのスペースを空けておいてくれている。

 

 ……気持ちは嬉しいんだけど、美少女に添い寝されるとか色んな意味で眠れないことになりそうなのでお断りします。

 

 ロマンではあるのだけども、だからこそ手を出すつもりは無いと言うか。まだまだ紳士でありたいと願う今日この頃と言うか。

 

 俺は軽く頭を振って煩悩と邪念を振り払う。こういう時は……そう。他の話に話題を逸らすのだ。

 

「そう言えばアンリエッタ。七神って何のことか知ってるか?」

 

 それはエリゼさんが別れ際に言っていた言葉。

 

 最初はこの世界でも何らかの神様が信じられているのだろうと軽く考えていたが、深く考えてみれば俺の目の前には()()神様がいるではないか。話を聞くには丁度良い。そう思って聞いてみたのだが。

 

『ワタシ達のことだけど、それがどうかしたの?』

 

 そんな風に何でもない感じで返された。……いやもう少し重々しい感じで話してほしかったなそういう事は。

 




 添い寝です。それ以上でも以下でもなく添い寝です。

 ちなみにもしどちらかを選んで一緒に寝ていたら……ご想像にお任せします。


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第百九話 彼女の地雷にご用心

 

「え~っと。……本当にその七神って奴なのか? アンリエッタは」

『本当だけど。何? やっと女神たるワタシへの崇拝と尊敬の念に目覚めたの? 遅すぎるわと言いたいところだけど、ワタシは寛大な女神だから平身低頭して「これまでの無礼をお許しください偉大な女神アンリエッタ様」と言えば許してあげなくもないわよ』

 

 映像の中でアンリエッタがおもいっきり胸を逸らしてふんぞり返っている。……やっぱり何度見ても神様と言うよりただの偉そうな小学生にしか見えない。絶対ランドセルとか背負っていても違和感ないって。

 

「崇拝と尊敬って言うか、本当に神様だったんだなぁって思って」

『何よトキヒサ。手駒のくせに信じてなかったの?』

「只者じゃないとは思っていたけどな。だけど俺のイメージする神様とはどうにもイメージが違うから」

 

 ジト目でこっちを見るアンリエッタ。世間一般のイメージする神様と言うと、例えば白い服を着てひげを蓄えた老人とか、後光とかで良い具合に顔の部分が見えない男性とかだろうか?

 

 ちなみに俺も大体そんなイメージ。後はまあ日本神道の天照大神とかの女神のイメージだ。間違っても目の前の金髪ツインテ少女ではない。

 

『人が勝手に神の姿を想像する分には自由よね。それは咎めないし、実際そういう神も何処かには居ると思うわよ。ワタシ達の中には居ないけど』

「なるほどねぇ。じゃあつまりアンリエッタは()()()()()神様なのか?」

『それは……っと。そろそろ通信時間が切れるわね。今日の分はあと一回あるから、十分後にまた掛け直しなさい。それと聞きたいことはまとめておくこと。気が向いたら話してあげるわ。じゃあね』

 

 その言葉を最後に映像が消える。アンリエッタへの報告で時間をくっていたからな。こんなことなら先に考えておけばよかった。さて、じゃあ質問をまとめておくとして……。

 

「エプリ。起こしちゃったか?」

「…………まあね」

 

 俺の言葉にエプリが毛布にくるまったまま片目を開いて応える。やっぱり起こしちゃってたか。以前も眠りが浅い体質だって言ってたもんな。

 

「……またアンリエッタとの連絡?」

「ああ。毎回こんな調子だから、やっぱりエプリは別の部屋の方が良くは無いか? 話の度に起こしちゃうと悪いし」

「……別に気にしないで。眠りが浅い分すぐに寝つけるように訓練してるから。……向こうが話を聞かれたくないなら少し離れていても良いけど?」

「う~ん。別にこのままで良いと思うぞ。どうせセプトの一件の時に顔を合わせてるし、アンリエッタも喋るなとは言ってないしな。それにエプリならここで聞いたことをペラペラ話したりもしないだろ」

 

 エプリは何も言わずに頷く。まだ短い付き合いではあるが、エプリが依頼主の情報を漏らすような奴じゃないのは分かってるからな。

 

「…………そう。じゃあ私はこのまま寝ているから、居ないものとして扱って」

 

 そう言うと再びエプリは目を閉じる。……本人の言う通りすぐに寝息を立て始めた。

 

 そのまま起きているという手もあったのだけど、再び寝直してくれるというのは話しやすいようにやっぱり気を遣ってくれたのだろう。俺の周りは気遣いの出来る人ばかりで困ってしまう。

 

 

 

 

「よし。そろそろやるか」

 

 今度は聞きたいこともいくつか考えてある。短い時間にしっかり聞いちゃるからな。俺は意を決してアンリエッタを通信機で呼び出す。

 

『…………プツッ。それで? まずは何が聞きたいのかしら?』

 

 開始早々アンリエッタも本題に入ってくる。こちらの考えを読まれているようでちょっと悔しいが、実際さっさと本題に入るのはこっちとしても望むところでもある。

 

「最初はさっきの質問の続きから。アンリエッタは()()()()()神様なのか?」

『そうよ。と言っても()()ってだけだけどね』

 

 アンリエッタによると、世界には基本的に管轄する神が一柱以上は存在するという。

 

 管轄と言っても大体はただ居るだけの管理者で、積極的に世界に関わったりする神の方が少数派らしい。アンリエッタはその少数派の方だ。

 

 元々は別の世界の神だったらしいが、今回のゲームのために一時的にこの世界に移動しているという。

 

「じゃあ自分の世界に神様がいなくなって大変なんじゃないか?」

『他の七神も全員そうだけど、勿論それぞれの世界には代理を置いているわ。それにちょくちょく元の世界に戻っているからそこまで問題にはなってないの』

 

 そりゃそうだよな。いくらゲームのためとはいえ、自分の管轄をほったらかしにすると言うのは正直どうよって話だ。

 

「では次の質問。そもそも七神って何なんだ?」

『この世界の住人からすれば一番メジャーな信仰の対象……といった所かしら。ヒトの間じゃ七神教って呼ばれているわね』

 

 聞いてみるとキリスト教などのように唯一神を頂点とするものではなく、あくまで同格の七柱の神を崇める宗教のようだ。

 

 ただし宗派によって細かく分類され、特定の神のみを崇める七神教~~派なんてものもあるという。好きなアイドル集団の中でも更に推しメンは誰みたいな感じかね? よく分からないが。

 

『まあ七神教の細かいことはそれこそエリゼにでも聞きなさいな。またセプトのことでそのうち会うでしょうから』

 

 それもそうだな。俺は宗教については絶対に正しい物はないと思っている。どれもそれぞれに真理があり、人によって捉え方もまるで違うのだから。

 

 ならまずはこの世界の人に話を聞いて、それから本人に問いただしても良いだろう。

 

『ほらほら。どんどん時間が経っていくわよぅ。他に質問はないのかしら?』

 

 アンリエッタは微妙に俺をおちょくるように言う。分かってるっての。しかし次は何を聞いたものか。

 

 願わくば七神繋がりで他の神様のことをポロッと漏らしてくれないかとちょっと期待したが、そう上手くはいかないみたいだしな。……そう言えば。

 

「なあ。一つ気になったんだけど、()()()()()()()神様はどうなったんだ? 世界には一柱以上神様がいるんだろ?」

 

 それは何となく聞いた質問。次の質問に繋げるまでのほんの世間話的なものだった。なのだが、

 

『………………言いたくないわね』

 

 それを聞いた途端アンリエッタの機嫌が目に見えて悪くなった。

 

 少しの沈黙と共に声が少し低くなり、今の今まで俺をおちょくっていたとは思えない変わりようだ。……これは何かアンリエッタの地雷を踏んだか?

 

「ああいや、別に言いたくないなら言わなくても良いんだ。俺もそこまで気になっている訳じゃないし」

『……ふぅ。賢明な判断よワタシの手駒。まだ時間が少し残っているけど、今日はここまでにしましょう』

 

 咄嗟に俺が発言を撤回すると、アンリエッタの機嫌も少しだけ戻る。しかしどうも話をする気が無くなってしまったようだ。これ以上はやめた方が良さそうだな。

 

「そうするか。……それとエプリのことなんだけど」

『私は構わないわよ喋っても。ルール上誰彼構わず話すのは面倒事が増えるかもだけど、彼女なら言いふらしたりはしないでしょう。それに依頼人に対して真摯な所は嫌いじゃないわ。富と()()()女神としては多少の無礼を許せる程度にはね。……それじゃ、また明日』

 

 アンリエッタも俺とほぼ同意見のようだ。そしてそのまま通信が終了する。……さて、一応お許しも出たけど。

 

 そこで俺がエプリの方をチラリと見ると、今度は本当に寝息を立ててぐっすり眠っているみたいだ。また起こすのは悪いな。明日話すとするか。

 

 出来るだけ静かに部屋にあった毛布を一枚床に敷くと、そこにゆっくりと寝転んで目を閉じる。掛け布団は以前ジューネから買った布で良いか。

 

 この世界に来た当初の牢獄やダンジョンでの寝泊まりに比べれば、ここは十分寝やすいのでこれで十分だ。

 

 明日も確実に忙しくなりそうだ。だがやっぱり、何だかんだワクワクは止まらない。こんな調子で寝られるかと思っていたのだが、目を閉じていると徐々に意識が薄れていく。そうして意識がなくなる直前、

 

「…………別にまた起こしても良かったのに」

 

 そんな言葉が聞こえたような気がした。……どうやら寝たふりだったらしい。

 




 神様にも言いたくないことはあります。特に同じ神様のこととかね。無理に聞き出すには……ちょっと好感度が足らないかな。


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第百十話 気になるあの子のテーブルマナー

 

 異世界生活十七日目。

 

 俺はいつもの通り朝早く目を覚ます。半身を起こして軽く背伸びをし、頭をしゃっきりとさせるのだが……おや? 妙に足が暖かいな。買った布はあんまり質の良い物じゃなかったはずだけど。そう思って足元を見てみると。

 

「…………何やってるんだセプト?」

「起きるの待ってた。奴隷は、主人より先に起きて待つもの」

 

 俺の足にセプトがしがみついていた。道理で暖かい訳だ。……そこまでは良い。お前ベットで寝てただろとか、ここ床だけど寝づらくなかったかとか言いたいことはあるけど、それはまだ許容範囲内だ。しかし、

 

「それはそれは真面目な奴隷根性だ。関白宣言もビックリだな。だけどだ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何せセプトの今の格好は、寝間着の胸元がはだけて非常にアブナイ感じになっている。身体に取り付けられた器具は勿論のこと、チラチラと見えるか見えないかギリギリの所にある二つの膨らみが……。

 

「どうしたの? トキヒサ」

「な、何でもない。それより早く離れて……あと服はきちんと着てプリーズ」

「うん。分かった」

 

 イカン。一瞬胸元に目が吸い付けられて離れなくなるところだった。セプトの声でハッと我に返り、自身の理性を総動員して顔を背けながらセプトを引き離す。セプトはそのまま少し離れると、いそいそと服を整える。

 

「…………朝からお盛んね」

 

 その声はエプリか! そちらを向くと、すでに着替え終えて身支度を整えたエプリが扉の脇に背を預けて立っていた。

 

「お盛んじゃないってのっ! って言うかエプリ。先に起きていたんなら見てたんだろ? どうして起こしてくれなかった」

「……別に危害を加えようってことでもないし、トキヒサもぐっすりと眠っていたようだから」

 

 危害を加えないからって止めないというのもどうかと思うけどなぁ。しかし考えてみると、俺が眠っている間にエプリは横で着替えをしていたのか?

 

 想像すると胸の鼓動が速くなるのでまた頭をブンブンと振る。煩悩退散邪念よ消え去れ。

 

 ……もう良いかな。俺が振り向くと、セプトはしっかりと服の乱れを直し終えていた。ふぅ。危ない所だった。

 

 まだ十一歳の相手に何やってんだと思われるかもしれないが、いくら妹で慣れているとは言え女性と一緒と言うのはドキドキするものなのだ。

 

「……で? なんで足にしがみついてたんだ?」

「足が寒そうだったから」

 

 確かに上に掛けていた布はやや小さくて、足先が少しだけはみ出していた気がする。まあそれくらいなら特に気にもしていなかったが、セプトにとっては気になったらしい。

 

「そっか。それはまあ……ありがとう。だけど次からはわざわざくっつかなくても、適当に他の布を掛けてくれれば良いからな」

「うん」

 

 俺の言葉にセプトはすんなり頷く。また寝てる間にくっつかれていたら、俺の色々な何かがヤバいのでちゃんと言っておかないとな。エプリも何も言わず黙って俺達を見ている。

 

「それにしてもセプト。意外に寝相が悪かったんだな。寝間着があそこまではだけるなんてどんな寝方をしたんだ?」

「……? あれは、一緒に寝るならああした方が良いってアーメ達が言ってた。ダメだった?」

 

 あのシスター三人組なんちゅうことを教えてんだっ!? 次に行った時にはその点を厳重に抗議してやると心に決めながら、セプトにそれは違うと説明する。

 

 なんでこう朝っぱらからドキドキハプニングに遭わなきゃならんのよ。……決して嬉しくない訳ではないが。

 

 

 

 

 さっさと顔を洗って身支度を整え(着替えている間は二人には少し離れてもらった)、三人で昨日も夕食の時に来た食堂に向かう。すると、

 

「昨晩はお楽しみでしたね」

「そういう事はしてないってのっ!」

 

 着いて早々先に来ていたジューネからそんな言葉を言われるもんで、ついつい俺もムキになって言い返す。

 

 横ではアシュさんもニヤニヤしながら見ているし、何なんだ? そんなに俺はそういうことをしそうに見えるのか!?

 

 食堂にはまだその二人と、部屋の隅に控えているメイドさん数人しかいなかった。他の人はまだ来ていないのか。

 

「コホン。まあ冗談はここまでにして、席に座って待っているとしましょう。もうすぐラニーさんとドレファス都市長もいらっしゃいますから」

 

 そう言いながら席の一つに近づくジューネ。それに合わせてメイドさんが素早く椅子を引いてくれる。ジューネが席に着くと、アシュさんもそれに倣って隣の席に座る。冗談って……まあ良いか。俺達も座るとしよう。

 

 俺も席に近づくと、メイドさんが椅子を引いてくれる。なんか偉くなった気がするな。実際は何でもないただの客というだけなのだけど。

 

 セプトは昨日も今日も奴隷だからという事で座りたがらなかったが、ドレファス都市長は特に何も言わなかったじゃないかと強引に隣の席に座らせる。

 

 だって一人だけほったらかしにして食事をすると言うのも落ち着かないだろ?

 

「……へぇ」

 

 そしてエプリはと言うと、とても優雅な所作で席に着いていた。これはメイドさんの椅子の引き方だけではなく、本人にもちゃんとした動きが要求される。一瞬だけど俺はその姿に見とれてしまう。

 

「……何?」

「いや、エプリはこういう所に慣れてるのかなって思って。昨日もテーブルマナーとかしっかりしてたし」

 

 昨日の夕食の時、俺やセプトはナイフとフォークはあまり得意ではないので悪戦苦闘していたのだが、エプリやジューネは普通に使っていた。

 

 大きな音を立てたりもしないし、俺にはよく分からないがナイフなどを使う順番も迷いがなかった。

 

 ちなみにアシュさんは早々とメイドさんに頼んで箸を用意してもらっていた。箸も有ったんかいっ! とツッコミたくなったが、こっちは意地で最後までナイフとフォークで頑張った。

 

 ジューネの方は商人だから、こういう場でのマナーを知っているのは何となく分かる。だけどエプリは傭兵だ。俺の勝手なイメージだが、傭兵でこういう事に縁があるというイメージがない。

 

 貴族とかのお抱えなら話は別だが、エプリは混血と言うこともあって一か所に長居するという事はなかったらしいし、不思議な話だ。

 

「……別に。以前ある憎たらしい老人に仕込まれただけよ。今の時代は力だけではなくこうした教養も必要だってね」

 

 エプリはそう言いながら顔をしかめるが、それは心底嫌がっているというよりも困った相手への苦笑いと言う風に感じられた。

 

 ……エプリも大切な相手がちゃんといるんじゃないか。彼女が一人じゃなかったっていう事に少しだけ嬉しくなる。

 

「そっか。じゃあその人に会ったら礼を言っておいてくれ」

「…………今の流れで何故そうなるのかよく分からないけど、憶えていたらね」

 

 その後しばらくして、ヒースとラニーさんが一緒にやってくる。ただ一緒にと言うよりも、ヒースが勝手にくっついているという感じだ。ラニーさんが言うには都市長は少し遅れるらしく、先に食べ始めることに。

 

 朝食の間も食事の合間に不作法にならない程度にヒースがちょくちょく話しかけるのだが、ラニーさんにはどうにも脈がなさそうだ。なんだかヒースに少しだけ哀愁を感じてしまう。

 

 その途中ドレファス都市長も遅れてやってきて、朝食は和やかに進んだ。今度は俺も二度目だ。何とか昨日に比べて少しはまともにテーブルマナーを守れたと思う。……そのはずだ。

 

 そうして朝食が終わり、いよいよラニーさんが出発する時がやってきた。

 

 

 

 

「すみません。見送りまでしてもらって」

「いやいや何を言うんだいラニー。僕が君の出発に立ち会わない訳がないじゃないか。またいつでも戻ってきておくれよ。……出来れば今度もゴッチ達は置いておいて一人で」

「ありがとうございますヒース副隊長。次は調査を終わらせて調査隊全員で戻りますね」

 

 ラニーさんの見送りは、俺達や屋敷の人も加えた大人数のものとなった。当然ヒースもここぞとばかりに点数を稼ごうとするが、ラニーさんに普通に対応されてしまう。

 

 この明らかなヒースのアプローチにラニーさんは気付いているのだろうか? もし気が付いていてこの対応だったらちょっとヒースが気の毒に思える。

 

「ラニー。追加の物資は馬車に積み込んである。今回の事態はかなり厄介ではあるが、調査隊の行うことは変わらない。一時的な共闘と言うのなら、裏切る気の起きないようこちらの実力を見せつけろ」

「ご支援感謝します都市長。ご期待に応えるよう全力を尽くします」

 

 ドレファス都市長の言葉に、凛とした態度で礼を言うラニーさん。確かに馬車を見ると、行きには無かった荷物がいくつか増えている。

 

 昨日は結構な時間馬車を使わせてもらっていたが、いつの間に運び込んだのだろうか? 

 

「セプトちゃん。短い時間ではありましたが、とても楽しかったですよ。最後まで身体の調子を診られないのは残念ですが、治ったらまた会いましょうね」

「うん。じゃあねラニー」

 

 セプトに挨拶を終えると、今度は俺達の方に向き直るラニーさん。

 

「皆さんもお元気で。私は一刻も早く戻らなければなりませんが、皆さんのこれからが上手くいくことを願います。……それとアシュ先生。ヒース副隊長のこと、()()()()()よろしくお願いしますね」

「お、おう。じゃあなラニー。ヒースのことは任せておけ」

 

 こうして最後にあまりやりすぎないようしっかりと念を押しつつ、ラニーさんは馬車に乗り込んで再びダンジョンへと戻っていったのだった。

 

 ちなみに御者さんもまた一緒だ。今回なんだかんだで名前が聞けなかったので、次に会う時には聞いておくぞ。

 

「……さて。ラニーさんも出発したことですし、そろそろ我々もするとしましょうか」

 

 見送りも終わり、屋敷の人達が持ち場に戻っていく中、アシュさんを伴ってジューネが俺達に話しかける。

 

「する? するって何を?」

「決まっているでしょう? 今日の予定を立てるんですっ!! 今日はやることが盛りだくさんですからね。忙しいですよぅ!」

 

 ジューネはニヤリと笑うと力強くそう言った。そうだな。幸いセプトの方の目途も立ってきたし、エプリへ払う金も稼がなきゃいけないから文字通り時は金なりだ。早いところ予定を立てて動かなければ。よおし。やったるぜ。

 




 エプリはパーティーに出ても失礼にならない程度の礼儀作法も手ほどきを受けています。まあ基本的にそういうものに出ないので使いませんが。


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第百十一話 やるべきことを整理しよう

 

「さて。これからの予定を立てるのですが……本当に行ってしまうんですかアシュ」

「すまないなジューネ。こっちでもヒースの鍛錬の予定を立てなきゃならんのよ」

 

 都市長の屋敷の一室。都市長に用意してもらった部屋に集まっていた俺、エプリ、セプト、ジューネ、アシュさんの五人だが、いきなり問題発生のようだ。

 

「俺だけが教えれば良いんならともかく、他にも教えている人が居るとなるとそちらとも話し合いが必要だからな。昨日は都市長殿のコネで無理に時間を譲ってもらったし、またこっちの都合で話し合いを伸ばすって訳にもいかない」

 

 確かにな。ヒースは都市長の息子なんだから、その分多くのことを勉強しなきゃいけないはずだ。

 

 つまりそれだけ科目ごとに教師が居る訳で、当然それぞれ時間の都合とかもあるだろう。話し合わないといけないことは沢山あるだろうな。

 

「…………確かに必要だという事は分かります。しかし貴方は私の用心棒であって、そうホイホイ離れてもらうと困ると言うか」

「なあに心配すんな。離れるといっても基本的にこの屋敷にいるし、打ち合わせとヒースの鍛錬の時以外は傍にいるって。……今日はちょっと長引きそうだが」

「今日が肝心なんでしょうにっ!」

 

 二人はなおも言い合うがなかなか収まらない。二人の話をまとめると、ジューネは今日いくつかの所に交渉に出向くのだが、その際一人だけだと不安だからついてきてほしいという事だ。

 

「そんなんじゃありません。ただその……アシュがいるといないとでは交渉のやりやすさが全然違うと言うか。最悪荒事になるようなことになっても安心と言うか」

 

 やっぱり不安なんじゃないか。……だけど気持ちは何となく分かる。アシュさんがいるとなんかこう安心感が半端ないもんな。大抵の無理難題は力技で解決してくれそうな感じの。

 

「護衛と言う点なら大丈夫だ。どうせトキヒサ達も一緒に行くだろうからな。……そうだろ?」

「えっ!? そりゃあまあセプトのことも急を要するものじゃなくなったし、金を稼ぐためにも一度じっくり町の様子を見てみようとは思ってましたけど」

「それなら話は簡単だ。ジューネが交渉に行く時一緒に行けば、道すがら町の様子も見れる。エプリやセプトもいるから多少の荒事も問題ない」

「……あくまでトキヒサ(雇い主)の護衛が第一だけどね」

トキヒサ(ご主人様)の命令なら」

 

 なんかもうウチの護衛と奴隷が真面目過ぎるんだけど。もうちょっとゆる~くいっても良いんだぞ?

 

「で、ですが……」

 

 ジューネはまだどこか渋っている。なんとなくだけど、理屈では分かっているけど感情では納得していないという所か。ジューネとアシュの関係も用心棒と雇い主というだけではないのかもしれない。

 

 そんなジューネに対してアシュさんは、

 

「とまぁ色々言ってはみたが、肝心要の交渉自体はジューネに任せるぜ。ただ儲ければ良いってもんじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()。……まさか出来ないなんて言わないよな? 我が雇い主様よ」

「……っ! あ、当たり前じゃないですか。商人たるもの、自分だけでなく相手も儲かるように交渉できてこそ一流。アシュがいなくともそのくらいどうってことありませんともっ!」

 

 ジューネはアシュの挑発に乗ってそう力強く宣言してみせる。…………いや、挑発であることはジューネも分かっていただろう。それでも今の言葉の中には、何か譲れないものがあったのかもしれない。

 

 

 

 

「では改めて、これからの予定を立てたいと思います。()()()来ないとは言えアシュにも関係のある話ですからね。しっかり聞いておくように」

「そのくらいの時間はあるさ」

 

 結局アシュさんは今日はこの屋敷に残ることになり、俺達はこれからの予定を話し合うことになった。

 

「まずですが、それぞれの目的から話し合いましょうか。まずはトキヒサさんから」

「俺? って言うか予定じゃなくて目的?」

 

 いきなり話を振られたので自分を指差して確認すると、ジューネはうんうんと頷く。

 

「それぞれが()()()()()()()動くのか。それによってやることも変わってきますからね。一度最低限の共有をしておこうと思いまして。……もちろん言いたくないことは伏せてもらっても構いません。エプリさんとセプトさんもお願いします」

「……私達も?」

「はい。一応で良いですから」

 

 ジューネはそう言ってこちらの方を見てくる。……目的か。最終目的はアンリエッタの課題である一億円分の額を稼ぐことだけど、それは言うべきかどうかちょっと悩む。

 

 何と言うか、神様とかそこら辺の事情をジューネに話すと問題がありそうだ。下手に話したりはしないだろうけど、商人だから適正な価値を付ける相手にはバラしそうで怖い。……となると、

 

「さしあたって俺の目的はイザスタさんとの合流かな。……約束したんだ。必ずまた会うって」

 

 あとイザスタさんがデートがどうとか言っていたような気もするけど…………そこはまあ会ってから考えよう。イザスタさんの性格からして俺をからかっただけかもしれないしな。

 

 それとアシュさんが何やら困ったような顔をしている。会いたくないのだろうか?

 

「それに色々事情があって金を稼がないといけない。これからの生活費とかエプリに払う分とか……あと俺の魔法にも使うしな」

「なるほど。そのイザスタさんとの合流及び資金稼ぎと。……資金の方は問題ないのでは? トキヒサさんの持っている時計。私に任せてもらえれば、昨日も言ったように上手く皆が儲かるようにさばいて見せますよ?」

 

 ジューネは昨日俺の腕時計が高値で売れるといっていた。嘘を吐くとは思えないし、実際に高く売れる可能性は高いのだろう。だけど、

 

「……いや。これは売らない。少なくとも本当にどうしようもなくなるまではな。お気に入りなんだ。……それに」

「それに?」

「毎回困ったら自分の物を売れば良いってだけだと、結局最後には何も残らないと思うからな。売り払うだけじゃなくて自分でも稼げなきゃいつかジリ貧になる。……だから売らない」

 

 自分の愛着の有るものが無くなっていくのは少し寂しいしな。それに、下手に異世界の物を売り払って技術革新を引き起こすっていうのもマズいし。自分で金を最低限稼げるようにならないと。

 

「……そうですか。持ち主の許可が貰えないのでは仕方ありません。しかし気が変わったらいつでも言ってくださいね」

「気が変わったらな」

 

 まだ未練たらたらのジューネにはそう言っておく。実際本当にどうしようもなくなったら売り払うからな。そうならないのが一番だけど。

 

「コホン。え~。話が逸れましたので戻しますが、トキヒサさんの目的は分かりました。次はエプリさん。如何ですか?」

 

 今度はエプリの方に質問の矛先が向く。これは良い機会だからエプリの目的も聞いておきたいな。

 

「……別にこれといった目的は無いのだけど。と言うより……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 予想以上に重い言葉が返ってきたよっ!! 本当にこの世界において混血の扱いは酷いらしい。そんな言葉が普通に出るくらいに。

 

「エプリさん……」

 

 ジューネも心なしか表情が沈んでいる。この世界の住人であるジューネなら、俺よりも混血の扱いについて詳しいはずだ。それなのにこの言葉を予測できなかったことに自分を責めているのかもしれない。

 

 アシュさんも同様だ。セプトもなんとなく悲しそうに……してるのかどうか無表情で分かりづらいな!

 

「……フッ。冗談よ」

 

 じょ、冗談!? 唖然としているジューネ達の前で、突然エプリがニヤリと唇の端を吊り上げて悪戯が成功したかのように微笑む。

 

「……私も()()()()()()()()()()()()。理由までは話す必要はないわよね?」

「え、えぇ。理由までは。つまりはエプリさんも資金集めが目的と」

「……そうとってもらって構わないわ。今はトキヒサと護衛の契約を結んでいるけど、それも根本の理由は金を稼ぐため。…………幻滅した?」

「えっ!? 何で?」

 

 最後の方の言葉は俺に向かって言ったようなので答えるが、何で俺が幻滅しなければならないんだ?

 

「理由はどうあれ助けてもらっているのは事実だろ? ならこれまでと変わらないじゃないか」

「…………そう。アナタはそういうヒトだったわね」

 

 エプリが呆れたような、それでいてどこか笑っているような顔をする。何だかよく分からないが、俺は思ったことを言っているだけなんだけどな。

 

「じゃあエプリさんは金稼ぎをしつつトキヒサさんの護衛と。ふむふむ。……では次はセプトさんですね」

「……? 私は、トキヒサに従うだけだけど?」

「い、いえ。そうじゃなくて、セプトさんがやりたいことって何かないんですか? 奴隷の身分から解放されたいとか?」

 

 あっ!? その話題はマズイ!

 

「……私は、生まれた時から奴隷。だから、奴隷じゃなくなったら、私は私じゃなくなる」

 

 セプトはどこか強い口調でまっすぐジューネを見据えながら言った。魔力暴走の時もこんな感じだったからな。

 

「わ、分かりました。奴隷から解放されるつもりは今のところ無いと。それじゃあ他には何かないですか?」

「他? う~ん」

 

 セプトが目を閉じて考え込む。なんだかこれは少し時間が掛かりそうだ。

 




 時々こうやって目標を確認しないといけません。……そうじゃないと書いているこっちもうっかり忘れそうになるので。


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第百十二話 言語翻訳の落とし穴

 

「これはしばらく決まりそうにないな」

 

 セプトが悩みだしてから数分が経過した。

 

 最初は(ご主人様)の傍にいることが望みであり目的なんて言っていたが、俺が「じゃあ仮にで良い。仮に俺がいなかったら、セプトが自分のためにしたいことを考えてみてくれ」と言うと、無表情ながらも真剣な顔をして悩み始めたのだ。

 

 今更もっと軽く考えてとかとても言えない。

 

「まだかかりそうだから、先に他のメンツから聞こうぜ」

「他と言ってもトキヒサさんとエプリさんは聞きましたし、あとは……」

 

 アシュさんの言葉にジューネがそう返したその時、俺の服に潜んでいたボジョがびよ~んと触手を伸ばしてアピールしだした。

 

「ボジョも聞いてほしいみたいだぞ」

「そうなのですか? ……じゃあボジョさん。貴方の目的は何ですか?」

 

 不思議そうにしているが、ここで聞かないのも悪いと思ったのかジューネが質問する。するとボジョは俺の服から抜け出し、何やら奇妙な動きをし始めた。

 

 一瞬大きく膨れ上がったと思ったら急に触手のみの形になったり、鞭のようにしならせて振り回したかと思ったらポンポンと飛び跳ねたり。さらになんと一瞬ではあるが分裂して二匹になったりもした。すぐにまた一体に戻ったが。

 

 そんな動きを悩み続けるセプトの横で行うボジョ。何と言うか……シュールだ。そして、最後に天高く螺旋状に身体を伸ばしてピタッと静止するボジョ。ここまでおよそ一分にもわたった渾身のジェスチャーを見て、

 

「……すみません。何が言いたいのか分かりませんでした」

「ゴメン。俺も」

 

 俺達にはイマイチ何が伝えたいのか分からなかった。それを聞いてへなへなと崩れ落ちるボジョ(螺旋タワーのまま)。

 

 なんかホントゴメン。こんな時こそ『言語翻訳』の加護仕事しろと言いたいところだが、まずボジョは喋れないのだから翻訳も何もあったものではない。

 

 崩れ落ちたままのボジョに何と声をかけたら良いものか。なんとか分かってやりたいんだが……そうだ。

 

「ボジョも、俺と同じでイザスタさんの所に行きたいんだよな?」

 

 その言葉に、崩れ落ちていたボジョがピクリと反応する。元々ボジョは牢獄にいたウォールスライムのヌーボの触手だった。そしてヌーボはイザスタさんの眷属って話だ。つまりは今も一緒に居る可能性が高い。

 

「じゃあ元のヌーボの身体に戻りたいのか?」

 

 元々同じ身体だし、戻りたいのだろうと推測して言ったのだが……何故かボジョは即答ではなく少しだけ迷ったような様子だった。

 

 数秒ほど動きを止めたかと思うと、伸ばした触手がほんの僅かに頷くかのように上下に動く。

 

「……という事みたいだジューネ」

「な、なるほど。ボジョさんもトキヒサさんと一緒にそのイザスタさんと合流することが目的と。分かりました。とすると残るは……」

 

 そこで俺達はセプトの方を見ると、まだ真剣な顔をして悩んでいる様子だ。これは何かアドバイスでもした方が良いのだろうか? そう考えていると、

 

「なぁ。ちょっと良いかい? セプトの嬢ちゃん」

 

 アシュさんがセプトに近づいていって声をかけた。そこでセプトは考えるのを一時やめてアシュさんの方を見る。

 

「なに? アシュ」

「ずいぶんと悩んでいるようだが、どうしたよ? トキヒサも仮にって言ってたろ? もっと軽く考えていこうぜ」

 

 その言葉に、セプトはふるふると首を横に振る。

 

「ずっと、考えてた。だけど、どうしても自分だけだと、やりたいことが見つからないの。奴隷は、自分のことなんて考えないから」

「俺から言わせればその奴隷観はちょいとどうかと思うがね。まあそれは置いといてだ。それなら今は無理に目的を作らなくても良いんじゃないか?」

「えっ?」

 

 その言葉にジューネが何か言いたそうな顔をするが、俺は黙ってやり取りを見守る。

 

「目的なんざ生きてるうちにころころ変わるもんだ。だったら今無理やり目的をひねり出さなくたって、やりたいことが出来るまで待ってりゃいいのさ」

「でも、それで良いの?」

「良いって良いって。人生それなりに長いからな。目的の一つや二つポンポン出てくるさ。……だから安心しろよ」

 

 そう言って軽くウィンクするアシュさん。その言葉を聞いて何か感じるものがあったのか、セプトは顔を上げて俺の方へ駆けてくる。

 

「トキヒサ。私、一人でやりたいことが見つからなかった。でも、一緒に行っちゃ……ダメ?」

「ダメなもんか。セプトがやりたいことを見つけるまで、一緒に行こうぜ」

「うん」

 

 俺の言葉にセプトは少しだけ嬉しそうな顔をして頷いた。無表情がデフォのセプトがここまで顔に出すのは珍しい。

 

 ……俺にとっては何でもないことだけど、それだけセプトは真剣に考えていたのだろう。アシュさんがいなかったら、俺は気の利いたことも言えずに待っているだけだったかもしれない。後で礼を言っておこう。

 

「……今の言葉には実感がこもってましたね。もしかしてアシュもそういうことで悩んだことがあるんですか?」

「まあな。……ガキの頃、俺はこのために生きているって思っていた目的が白紙になったことがあってな。数年ほど何のために生きているか分からん時期があった。あの時は……正直今にして思うと酷い日々だったな」

「へぇ。アシュにもそんな時があったんですねぇ。じゃあその時はどうやって立ち直ったんですか?」

「そうさな。俺の場合は…………“元”神様に喧嘩を売ってたな。それで返り討ちに遭って拾われて、鍛えられている内に悩んでることがバカらしくなっていた」

「ハハッ。何ですかそれ。冗談ですか?」

 

 何だかアシュさんが物凄いことを話しているようだが、ジューネは冗談だろうと笑っている。……冗談だよな? 結構身近に神様がいるし、アシュさんが言うと本当のように聞こえるから怖い。

 

 

 

 

「ふむふむ。皆さんの目的は大体聞き終わりました。それじゃあこれらの情報を基に早速これからの予定を」

「ちょっと待った!」

 

 話を切り上げようとするジューネに俺がそうはさせじと待ったをかける。気分はなんか逆転しそうな裁判の弁護士のノリだ。

 

「俺達も話したんだから、今度はジューネやアシュさんも話さないと。そうじゃなきゃ公平じゃないだろう?」

「……まあ確かに、一方的に聞くだけ聞いておいて自分のことは言わないっていうのはどうなのかしらね? ……商人としては」

 

 エプリからの掩護射撃が入る。そうだそうだ。もっと言ってやれ! 

 

「も、勿論言うに決まってるじゃないですかヤダなぁもう。今のはちょっとだけ先走ってしまっただけですよ」

 

 ジューネはそんなことを言っているが、声が微妙に早口かつ棒読みになっているぞ。横でアシュさんもこっそり笑っているし。

 

「私の目的は言わなくても分かりますよね? そう。商人は金を稼ぐものです。それは私も例外ではありません」

「そこは言わなくても大体察しがつくよ。ちなみに肝心の理由の方は……」

「それは秘密です。この先は有料ですよ」

 

 やっぱりかい! まあエプリもそうだったし、俺も目的の全ては明かしていない。ジューネ自身が最初に()()()()情報共有と明言している以上、当面はこれだけで十分だという判断だ。

 

 しかし秘密と言われると、聞きたくなるのが世の定め。

 

「一応聞くけど有料ってどれくらいだ?」

「そうですねぇ。やはり乙女の秘密をさらけ出すわけですから大体……これくらいは払ってもらわないと」

 

 そういって算盤を弾いてこちらに提示した金額は…………こんなん俺破産するぞ。聞くのやめとこ。

 

 

 

 

「最後は俺だな。……と言ってもそんなに大した目的はないんだが」

 

 アシュさんがあまり気乗りしないような感じで言う。そんな事言わないでお願いします。

 

「これはジューネも知っているし、以前エプリの嬢ちゃんにも言ったな。俺は()()()()()()()。だから商人であるジューネの用心棒をしながら情報を集めているって訳だ。商人の情報網は侮れないからな」

 

 おう! やっとちゃんとした目的が出てきた。皆して金稼ぎばっかりだったからな。

 

「それってどんな人か分かりますか? 何か特徴とかがあれば俺も協力を」

「トキヒサ」

 

 俺が詳しく話を聞こうとすると、突然横からエプリが割り込んできた。僅かに口調が鋭い気がする。どうしたんだ急に?

 

「……その話はやめておいた方が良いんじゃない? 今はひとまずの目的を話し合う時であって、あまり深く掘り下げるのは良くないと思うの。……アシュも予定が詰まっているようだしね」

「まあ確かにそうですね。これが終わったらアシュも行かねばならないし、予定を立てる前に時間をかけすぎるというのも問題ですか」

 

 エプリの言葉にジューネも賛同する。そう言われてみればそうかもしれない。今日はやることが多いみたいだからな。

 

「分かった。じゃあアシュさん。その話はまた後でってことで」

「そうだな。また時間がある時に話すとするか」

 

 その言葉を聞いて、何故かエプリがホッと息を吐いた。何か話したらマズいことでもあったのだろうか? ……よく分からない。

 

 しかし、アシュさんはどんな人を探しているんだろう。案外俺の知っているやつだったりしてな! ……それはないか。

 




 目標確認後編。といってもそれぞれ話したのは表面だけのようですが。


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第百十三話 馬の代わりに羊はいかが?

 

「え~。皆さん。皆さんの目的をまとめた結果、一言で表すなら…………()()()()という事で良いでしょうか?」

「そうだな」

「……えぇ」

「まあ金は無いよりある方が人探しは楽になるな」

 

 それぞれ思うように返事をする。セプトは目的を見つけることが目的という何だかよく分からないことになっているが、一応こちらの話には耳を傾けているようだ。

 

「ではそれを踏まえて、まずこの町でやることを挙げていきましょう。一つ目はセプトさんの治療。これには少なくとも七日はかかるとのこと。万が一器具が不具合を起こした時のためにも、その間はこの町に留まる必要があります」

 

 それはそうだ。信用していないという事ではないけれど、物事に絶対はない。不具合が起きはしないだろうけど念のためにというやつだ。

 

「二つ目は私の商談。今日行うものですが、これも場合によっては数日に渡ってしまう可能性があります。……このことにつきましては、アシュの言う通りトキヒサさん達に同行してもらえると助かります」

「それは任せてくれ。俺じゃああまり役に立たないかもだけど、エプリとセプトがいるから護衛としてはばっちりだ。……ボジョだってついてるしな」

「……そうね。……護衛対象が増えるのはあまり気乗りしないのだけど、単純な戦力だけならそれなりのものでしょうね」

 

 エプリはやや顔をしかめたが、出来ないとは言わなかった。仕事上難しいと判断したらハッキリと言うから、おそらく問題ないという事なのだろう。

 

 セプトも何も言わずにこっくりと頷く。ボジョは……俺の頭を触手で撫でながら、さらに触手を一つ伸ばして了承したように上下に振っている。忘れてないから大丈夫だぞ。

 

「ありがとうございます。それでやることの三つ目ですが、ドレファス都市長の頼み事であるヒース・ライネルの鍛錬、及び彼のことを調べることです。鍛錬に関してはアシュのこれからの話し合いで期間などが決められるので何とも言えませんね」

 

 この言葉と共にジューネが視線をアシュさんの方に向ける。その視線に気づいたアシュさんは、軽く前に出て説明を引き継ぐ。

 

「まあこちらも少なくとも数日くらいはかかると見た方が良いな。下手すると十日ぐらいはかかるかもしれない。鍛錬の方はそれで良いとして、その間ちょこちょこ鍛錬を見に来るという口実でヒースに近づくのか?」

「そうなります。今日は商談を優先しますが、明日からでもさっそく行動ですね」

 

 半ば前払いで、屋敷に客人扱いで泊めてもらってるもんな。それとは別に成功報酬もあるみたいだし、これもきっちりこなさないとな。

 

 それと都市長との細かい交渉はジューネがということだったけど、そこら辺はどういう風になったのだろうか? これは後で聞いておこう。今はこの町でやることの確認だ。

 

「ひとまずはこんなところでしょうか。これらが当面やることですが、まとめるとどれもそれなりに時間が掛かるものです。……それぞれの資金集めについても後で話すとして、他にやることや質問がある方はいますか?」

 

 う~ん。この町でひとまずやることは大体分かった。後はその間いかに金を稼ぐかだけど、そこはやはりジューネに同行する道すがら町の様子をじかに見てみないとな。何が金儲けのヒントになるか分からないから。

 

 ……初めての異世界の町を観光したいという気持ちももちろんあるが。

 

「……ところで一つ気になったのだけど、ジューネの商談と言うのは誰とのものなの?」

「そういえば相手を聞いていなかったな。一体どんな人なんだ?」

 

 ナイスだエプリ。もしおっかない人だったら事前の覚悟がいるからな。こういうのは先に聞いておいた方が良い。

 

「今日の商談の相手は三人です。それぞれ立場も居場所も違うのですが、どれも重要な商談であることに変わりはありません。ここで話すと長くなるので、それぞれのことは移動中に話すとしましょう」

 

 まあ町を見ながら話をする時間くらいはあるか。じゃあ今は聞かないでおこう。

 

 

 

 

「……ふぅ。大まかな内容としてはこんな所じゃないかしら」

 

 一通りこれからの方針を話し終え、誰ともなく軽く息を吐く。意外に内容の濃い話し合いだったな。いつの間にか三十分近くは経っているぞ。

 

「じゃあそろそろ俺も行くとするか。今から行けばヒースの鍛錬についての話し合いにも丁度良い頃合いだろう」

 

 話し合いが終わるのを見計らい、アシュさんがゆっくりと席を立つ。

 

「はい。……ヒースさんのことはお願いしますね」

「おうよ。そっちもしっかりな」

 

 背を向けるアシュさんに対してジューネが声をかけると、アシュさんも振り返って二カリと笑いながらそう返した。これだけでもこの二人が良いコンビだというのが分かるな。

 

「……さて、それじゃあ私達も出発しましょうか。一人目の商談相手が待っています」

 

 アシュさんが行ったのを見送ると、ジューネはそう言って出発の準備を始める。いつもの大きなリュックサックを背負い、服装に乱れは無いか身だしなみを確認。どんな相手だか知らないが、俺達も身だしなみは整えておかないとな。

 

 そうして全員の用意が出来ると、俺達は連れ立って屋敷の入口に向かう。……のだが、

 

「……あっ!? すっかり忘れてたけど、どうやって商談相手の所に行くんだ? もう馬車は無いんだぞ」

 

 昨日使っていた馬車は調査隊の物。ラニーさんが乗っていってしまった以上もう使えない。もしかして歩いていくのだろうか? ……観光には良さそうだが、商談前に体力を使うのもなんだかな。

 

「フフッ。その点はご心配なく。ちゃ~んと用意は出来ていますとも」

 

 俺の言葉にジューネは何やら含みのある笑みを浮かべる。代わりの馬車でも用意しているのだろうか? よく分からないまま屋敷の入口に出る俺達。するとそこには…………()()()()()

 

「メエェ~」

「これは…………羊か?」

 

 鳴き声は羊のようだが、その見た目からそう思うまで少し間が出来た。大きさは小型のバスくらい。全身モフモフの白い毛で覆われ、僅かに覗くクルクルの角が生えた頭と四本のひづめから何とか羊だと推測する。

 

 しかしそれは近づかなければ見ることが出来ず、遠目から見たらまるで空に浮かぶフワフワの雲のようだ。

 

「……クラウドシープなんてよく用意出来たわね」

「エプリ。これが何だか知っているのか?」

 

 このフワフワのデカい雲羊のことを知っているようなのでちょっと聞いてみよう。

 

「……クラウドシープ。上級指定のモンスターの一種よ。……気性こそおとなしいけど、体を覆う体毛は下手な武器では突破できないほどの防御力を誇る。その上簡単な魔法なら弾いてしまうの」

 

 この雲羊がねぇ。こんなモッコモコでつぶらな瞳。頭から生えたクルリと巻いた角も意外に可愛らしいのだけど、そんな凄いモンスターとは。にわかには信じられない。

 

 セプトなんかこのモッフモフの肌触りが気に入ったようで、さっきからずっとモフモフしているぞ。微妙に嬉しそうだ。

 

「都市長からこの町に滞在中の足として使うよう用意されたモンスターです。これに乗っていきますよ」

「これに乗っていくって……どうやって?」

 

 見たところ掴まるような鞍も何もない。それなりに大きいから飛び乗るというのも大変そうだ。

 

「こうやって……です」

 

 するとジューネは軽く雲羊の頭を撫でたかと思うと、なんと毛の中に両腕を突っ込んだ。すぐに止まるかと思いきやそのままドンドン沈んでいき、遂には身体がすっぽりと入ってしまう。

 

 そして少し経つと、今度は毛皮の上の方から顔を出す。一体どうなってんだ!?

 

「クラウドシープの体毛は少しずつ力を加えると柔らかくなり、一気に力を加えると固くなるんです。だからこうやって()()()()()()なんてことも出来るんですよ」

「……テイムされたクラウドシープは要人警護にも使われることがあるほどよ。……毛の中に入ってしまえばそう簡単には突破できないもの」

 

 聞けば聞くほどビックリな羊だ。しかしなるほど。毛の中に潜り込めば良いのか。

 

「あ~その、羊くん。俺もちょっと入らせてもらって良いかい?」

 

 急に入って機嫌を悪くしないよう、さっきのジューネと同じように軽く頭を撫でながら聞く。

 

「メエェ~!」

 

 すると雲羊は一声鳴き、こちらの方に体を寄せてきた。どうやら大丈夫らしい。俺も意を決してゆっくりと手を押し当てる。

 

 モフモフの触感。そのまま力を少しずつ込めていくと、ズブズブと手が沈み込んでいく。

 

 そして手首、肘、二の腕と入っていくのだが、手を伸ばしても本体らしきものに触れる気配がない。実に不思議だ。そして俺の頭まですっぽり入ってしまう。

 

 ……羊毛なのでやはり暖かい。全身を高級な布団にくるまれているみたいだ。意外に息もそんなに苦しくなく、そのままジューネのように上へ上へと毛をかき分けていく。

 

「…………よっと!」

 

 そのままこっちも顔だけ外に出す。……すぐ隣にジューネの顔があったので一瞬ドキッとするが、向こうはそんなに気にしていないようなのでこちらも気持ちを落ち着かせる。

 

「それにしても……これは良いや」

 

 乗り心地は結構快適だし、エプリの言葉によると防御力もバッチリ。こんなすごい雲羊を貸してくれるなんて、ドレファス都市長も太っ腹だ。

 

「さあ。皆さんクラウドシープに乗り込んで! 全員乗り込んだら出発しますよ!」

 

 ジューネの言葉にセプトやエプリもゆっくりと毛に潜り込んでいく。いよいよ出発だ。……それにしても、一体ジューネの商談相手はどんな人なんだろうか?

 




 デカい羊さんです。フワフワモフモフは正義です。……異論は受け付けます。


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第百十四話 一人目はおじいちゃん

 

 俺達は最初の商談に臨むため、都市長の用意してくれたクラウドシープに乗って出発した。先頭に頭を出しているジューネが時折方向などを指示すると、雲羊(クラウドシープ)はその方向に進んでいく。だが……。

 

「……なあ。ジューネ」

「何ですか?」

「一つ気になったんだけどさ…………()()()()()()()()()()?」

 

 考えてみよう。見た目ふっわふわの雲みたいな羊が町中を移動していたらどうなるか? 答えは簡単。非常に目立つ。さっきからすれ違う町の人に好奇の目で見られているもんな。

 

 おまけにこの雲羊はそこまで速度は出ていない。体感で言うと自転車と同じか少し早いくらいだ。……雲みたいなデカい羊が車みたいな猛スピードで動いてたらそれはそれで怖いが。

 

「あぁ。それはそうですよ。これは敢えて()()()()()()しているんですから」

「どういう事だ?」

「元々このクラウドシープは、この町ではドレファス都市長が客人に貸し出すことで有名なんです。つまりこれに乗っているという事は、都市長の庇護下にあるという事。この町において都市長は相当の実力者ですからね。商談の時に切れるカードは多い方が良い」

 

 なるほど。つまりこうやってわざと目立ちながら行くことで、商談相手にジューネのバックには都市長がいるぞって知らせてるわけだ。

 

 なんか虎の威を借る狐みたいだけど、商人としては準備段階ですでに商談は始まっているみたいなもんなんだろうな。

 

「それにあらかじめこうしておけば、この町で動く際には色々と楽になると思いますよ。顔も売れますし」

「商人じゃないんで別に顔は売れなくて良いんだけどな」

「……同感ね。逆に動きづらくなりそう」

 

 まだ何かを売ると決めたわけでもないし、知らないうちに有名人になっているっていうのも困るんだけどな。

 

 エプリも何処かげんなりした顔をしているし、セプトはいつも通りの平常運転で時々周囲をじっと眺めている。ボジョは俺の服の中に引っ込んだっきりだ。

 

 まあそれは置いといて。

 

「ジューネ。そろそろ商談の相手のことを話してくれても良いんじゃないか?」

「……そうね。護衛としては情報があった方がやりやすいから」

 

 俺の言葉にエプリも追従する。移動中に話すってことだったからな。頃合いのはずだ。ジューネもその言葉を聞いて、雲羊に何かの指示を出すとこちらに向き直る。

 

 すると雲羊は、心なしか少し速度を落として勝手に進み始めた。場所さえしっかり指示しておけば自分で向かってくれるらしい。賢い羊だ。

 

 

 

 

「この調子ならおよそ二十分もあれば到着するでしょう。その間に、これから会う方について話しておきましょうか」

「出発する前に聞いた話だと、今日会う三人の内の一人なんだよな?」

 

 俺がそう聞くと、ジューネはそうですと頷いて答える。

 

「ヌッタ・ムート子爵。この方は一言でいうと……収集家です。それも分野を問わない類の」

「分野を問わない? つまり種類とかに関わらず自分の気に入った物をドンドン集める人か?」

「はい。宝石や絵画など美術品に始まり、刀剣などの武具や古代の魔導書まで、様々な品を収集しています。……ですがその中には常人の感性が及ばないものもいくつかあったりして」

「他者の評価を頼りにするんじゃなくて、完全に自分の趣味で集める人か」

 

 時々いるんだよなぁそういう人が。他の人から見ると訳の分からない物でも、自分が気に入っているから大事に集めるタイプ。

 

 管理がしっかりしていないと家が物で溢れてごみ屋敷になっちゃうこともあるけど、貴族らしいからそこまでは大丈夫かな。メイドさんとかが片付けてくれそうだし。

 

「いわゆる趣味人……って奴かね?」

「まさしくその通りです。ただ以前はヒュムス国の王都に居を構えていたそうですが、あまりに財を使うもので他のムート家の方達に半ば無理やり隠居させられ、そのままここに追いやられたと以前仰っていました」

「それは……なんというか」

 

 そこまでされるとは一体どれだけ使ったんだか。ちょっとやそっとなら追い出すまではしないだろうからな。それこそ家に影響が及ぶくらいの額じゃないと。

 

「……私には理解に苦しむわね」

「しかし上客であることは確かです。それに能力や人格的には申し分も無いのです。本来であれば子爵ではなくもっと上の爵位を得ていてもおかしくないと評判でした」

 

 だけど散財のせいで諸々ダメに。……本人がどう思っているかは知らないけど、傍から見たら転落人生もいいところだぞ。

 

「……それで? 商談なのだから品物を売り込むのでしょう? 何を持ち込むの?」

「色々ですよ。何で琴線に触れるか分かりませんからね。……トキヒサさんのお持ちの時計も売り込むつもりだったのですが」

 

 そこでジューネが俺の腕時計をチラリと見る。

 

 なるほど。昨日腕時計を即金で二十万デンで売り込むとか話していたけど、それはどうやらそのヌッタ子爵に売り込むつもりだったらしい。……だから今は売らないっての。

 

「まあ気が変わったらいつでも言ってくださいよ。……それと、ヌッタ子爵はとても寛容な方ですが、それでも失礼のないように。特に収集品には絶対に触らないでくださいよ」

「分かってるって。エプリは大丈夫だとして……セプトもボジョも触っちゃダメだぞ」

「うん」

 

 二人(一人と一匹?)も了承したように頷く。さてさて。その趣味人の子爵さんはどんな人なのかな?

 

 

 

 

 到着した子爵の屋敷は都市長の屋敷より一回り小さかったが、それでも一般家庭からすれば豪邸と呼べるものだった。

 

 大体この時間に来ることは出しておいた手紙で分かっていたのだろう。すぐにメイドさんに連れられて応接間に招かれる。偉い人はどこでもメイドさんを雇うものなのだろうか? そして少しして、

 

「やあやあジューネちゃんじゃないか。ここしばらく顔を見せに来てくれないものだから、ワシもすっかり老け込んでしまったわい」

「人前でちゃん付けはやめてくださいよヌッタ子爵。……お久しぶりです。しばらくダンジョンに潜っていまして。それとまだまだお元気そうですよ」

 

 やってきたヌッタ子爵とジューネはこんな会話から商談が始まった。

 

 ちなみに俺のヌッタ子爵の第一印象は…………タヌキだ。歳は見たところざっと六十くらいか。身長は俺より少し上くらいで高くはない。

 

 だがでっぷりと出た太鼓腹を揺らして歩く様は、どことなくユーモラスでタヌキを連想させた。酒瓶でも持っていたら完全に信楽焼のアレである。

 

 だけど二人の会話ぶりからすると、どうにもただの商人と客と言う感じではなさそうなんだけど。

 

「ワッハッハ。さあさあ座って座って。お~い。もてなしの準備じゃ。ジューネちゃん甘いもの好きだったじゃろ? この前王都から届いた菓子でも食べるかの? 中々にいけるんじゃよ」

「えっ! 甘いもの! いやいや。今は商談をしに来たんですから要りません。……終わったら頂きます」

 

 なんかおじいちゃんと孫みたいだな。顔は全然似てないんだけど雰囲気が。

 

 ……気のせいかエプリが複雑な顔をしている気がする。フードをしているからはっきりとは分からないんだけど、何となく。

 

「ところで……そこの者達はどちらさんかの?」

 

 こちらを見る時、一瞬だけ子爵の目が値踏みするように細まる。流石貴族。ただのおじいちゃんじゃあなさそうだ。

 

「彼らは私の同行者です。本来ここにはアシュが立ち会うはずだったのですが、急な用事が入ってこれなくなってしまったのです。そのため護衛として来てもらいました」

 

 ジューネの紹介により、子爵から出る鋭い気配が収まっていく。自己紹介するなら今だな。俺達は順に名前を名乗っていく。

 

 しかし、何やら子爵の様子がちょっとおかしい。俯いてふるふると震えている。

 

「………………」

 

 もしやエプリがフードを取らずに自己紹介なんてしたから怒ったのか? それともセプトが子供っぽ過ぎるからとか? ……まさか男子が護衛なんかしちゃダメってことはないよな?

 

 そして子爵はグッと顔を上げ、

 

「…………ジューネちゃんが友達を連れてきおったああぁっ!!!」

 

 腕を天に突きあげ、力の限りそう叫んだ。そこなのっ!? それとそのポーズはそのまま昇天しそうだから止めといた方が良いですよ。 

 

「えっ!? 友達と言うより同行者なんですけど。あと取引相手でもあります」

 

 ジューネの否定とも肯定とも微妙な言葉を聞きもせず、ヌッタ子爵は小躍りしている。それが終わると何故か順に俺達の手を取っていく。

 

「ありがとうの。お若いの。このジューネちゃんときたら、商人に友達は不要なんて意地を張って同年代の相手と全然仲良くなれなくてのぅ。ましてやここに他人を連れてくるなんて滅多にない。心配していたんじゃが、これで少し安心したわい。どうかこれからもジューネちゃんと仲良くしてやっておくれ」

 

 さっき一瞬見せた鋭さはどこへやら。完全に孫を心配するおじいちゃんの様相である。しかしその思いはどうやら本物のようで、俺はただうんうんと頷くしか出来なかった。すごいおじいちゃんである。

 




 こんなんですが一応凄いおじいちゃんなんですヌッタ子爵。

 ちょっとジューネに対して甘々で収集癖の強い残念系のおじいちゃんなだけなんです。

 それ以外に対してはそれはもうキレッキレで……ホントですよ。


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第百十五話 地下の展示室

「ところでジューネちゃんや。そういえばワシに何か用があるんじゃったかの?」

「だから商談だって最初から言っているじゃないですかっ!」

 

 ひとしきり喜んだあと、ヌッタ子爵がそう言えばと切り出したのにジューネが食いつく。まあまあ。落ち着けよ。最初から向こうに主導権を握られてるぞ。

 

「ああそうじゃったそうじゃった。それで? 今回はどんな品を持ってきてくれたのかの? 言っておくがワシは物にはちとうるさいぞい」

「今回もあちこち回って色々と集めてきましたよ! ……ただ少々この部屋では手狭と言うか」

 

 子爵がニカッと笑いながら言うと、ジューネが少し困ったように答える。

 

 ……それはなんとなくわかる。ダンジョンでもジューネの背負っている巨大リュックサックが拡がって店になったからな。この応接間で拡げると少し問題がありそうだ。

 

「よしよし。無事にそれも機能しとるようじゃな。ならいつもの通り確認室に向かおうかの。あそこなら広いし頑丈に造ってあるから安心じゃ。……お前さん達もどうじゃ?」

「言わずもがな。ご一緒します」

「……護衛が離れても仕方ないものね」

「一緒に、行く」

 

 という事で、俺達もその確認室に同行することにした。話の流れからすると収集品のチェックをする場所のことだろう。いったいどんな風なのか少し興味がある。

 

 俺達は先頭に立つヌッタ子爵の先導の下、その確認室に向かった。お付きのメイドさんは一緒には来ないようだ。ちょっと残念。

 

 

 

 

 向かう先は地下にあった。偽装されてパッと見壁にしか見えない扉から入り、それなりに階段を下りた先の通路をヌッタ子爵の後に続いて歩く。地下はこの世界に来たばかりの頃の牢獄を思い出すな。

 

 通路はいくつにも枝分かれしていて、少しでも道を間違えたりすると防犯用の罠が作動し、死なない程度に侵入者をボロボロにして捕まえるというから恐ろしい。ちょっとしたダンジョン並みの防犯システムだ。

 

「そう言えばお前さん達。ちょっと展示室に寄っていくかの? どんなものがあるかは気になるじゃろ?」

 

 途中二つに分かれた通路の前で急に立ち止まり、ヌッタ子爵がそんなことを言いだした。

 

 ……確かに気にならないと言えば嘘になるが。エプリの方を見ると興味ないわと言わんばかりに首を横に振っている。一応危険はなさそうだけど今は護衛中だしな。

 

「はぁ。また子爵の自慢話ですか? ……仕方ありません。ちょっとだけですよ」

 

 そこで意外なことにジューネ本人がOKを出した。苦笑しているのでこのことも想定内という事だろうか。まあ商談のための計算づくというよりは、おじいちゃんの趣味に付き合っている孫という感が否めないが。

 

 折角ジューネの許可も出たので、そうして別れた通路の片方を通って辿り着いたのは、明らかに上の建物の敷地よりも広い空間だった。地下だからって他の人の土地に入ってないかこれ?

 

 この場所のあちこちに明かりとして魔石が埋め込まれているようで、地下であっても光量は充分。そこには多くの品物が整然と並べられていた。まるでデパートか何かだな。

 

「これは…………すごいですね」

「そうじゃろそうじゃろ。分かってくれるかトキヒサ君」

「ええ。これだけあるとある意味壮観です」

 

 そこの品は整然と並べられてはいたが、とにかく種類が多すぎて全てを把握するのは難しそうだ。

 

 武具、書物、宝石類、絵画。そこまではジューネから聞いた内容とも一致するので心の準備が出来ていた。しかしそれ以外にも何だかよく分からない品がゴロゴロしている。

 

「あのぅ。これは何ですかね?」

「よくぞ聞いてくれたトキヒサ君。それはロックスネークの抜け殻じゃよ。ロックスネークは数年に一度脱皮するんじゃが、大概古い皮はすぐに風化して無くなってしまうんじゃ。しかしこれは風化する前に素早く処置を行ったため、この通りほぼ全身そのままで残っておる。しかもこの大きさを見よ。何度も脱皮を繰り返したようで平均より二回りは大きい。ここまでの品はめったに手に入らないわい」

 

 やたらデカくてゴツゴツした蛇の抜け殻を指差すと、ヌッタ子爵は嬉々として説明してくれる。……これ少なく見積もっても某パニック映画の蛇並みにデカいぞ。あの蛇みたいに人を丸呑みにするんじゃないだろうな。

 

「じゃあこれは?」

「おぅ! セプトちゃんはこれに興味があるのかい? なかなか良い好みじゃのう。これはな、十年花の苗木じゃよ。その名の通り十年かけて花を咲かせるという珍しい品種でな。くわえて育て方によって咲く花の色や形が変わるという。……と言ってもまだ二年目なんじゃがの」

 

 セプトが小さな植木鉢に興味を持つと、子爵は優しく笑いながら教えてくれる。植木鉢からは芽が出ているが、二年でこれだけしか成長しないとは気の長い話だ。

 

 他にも下手に触ると毒性のある石とか、見るからに禍々しい感じの鎧なんかも置かれていたけど、見て回るのは結構楽しいな。博物館とか元の世界でも割と好きだったし。

 

 コレクターというのは皆自分の集めたコレクションの自慢をするのが好きという話だし、どうやら子爵もその例に漏れず、聞けば丁寧に解説してくれるので嬉しい。

 

「…………子爵。そろそろ先に行きませんと」

「おっと。そうじゃった。すまんのうジューネちゃん。ついつい話が弾んでしまっての」

 

 あんまり悪びれていない感じで子爵は謝り、名残惜しそうに一度振り向いたかと思うと再び歩き出した。まずはそっちだよな。うん。……コレクションはまた後で時間が出来たら見せてもらいたいな。

 

 

 

 

「着いたぞ。ここじゃ」

 

 そうして子爵に連れられて一度通路の分かれ道まで戻り、反対の道を進んでしばらくすると妙な部屋に出た。

 

 入口も壁もやたら大きく、そして頑丈そうに作られていて、外から勿論のこと()()()()こじ開けて出てくるのは難しそうだ。

 

 確認室と言うのだからつまりはそういうことだろう。その確認する何かが危険物だった場合、外への影響を少しでも減らすための部屋。

 

 さっきのコレクションの中にも何やらちょこちょこ物騒な物もあったしな。どうしても安全性の確保のためにこういう部屋は必要なのだろう。

 

 子爵がカギで扉のロックを外し、俺達は全員中に入ったところで再びカギがかけられる。中は俺の通っている高校の教室よりも少し広いくらい。

 

 天井もかなり高めでおよそ建物二階分と言ったところだ。下りた階段の距離を考えるとそのくらいはあるのか? ……下手にショックを与えたら崩落とかはしないよな?

 

「よし。ここなら良いじゃろ。じゃあジューネちゃん。さっそく品物を見せてもらおうかの」

「はい! では皆さん。少しだけ離れてください」

 

 子爵の言葉にジューネ以外は全員壁際まで退避する。そして全員離れたことを確認し、ジューネはリュックサックを下ろして上部の留め金を外した。

 

 するとリュックサックは見る見るうちに拡がり、あっという間に簡易的な店を形作る。簡単な机に椅子。棚には細かな商品が並べられ、ちょっとした屋根まで付いているので野外でも問題なさそうだ。

 

 ……相変わらずどうなっているんだこのリュックサックは? 明らかに元の体積より物が多いぞ。ライトノベルやファンタジーでお約束の道具袋みたいだな。

 

「ふむふむ。不具合も無くちゃんと動いておるわい」

 

 子爵はたいして驚きもせずにその一連の流れを眺めている。旧知の仲のようだから、これのことも当然知っていたのだろう。

 

「さあてお立合い! ここに建ちますは移動式個人商店ジューネのお店。我が店に並びますは、種類だけはちょっとした自慢の品物の数々。どうぞ存分にご確認くださいませ」

 

 久々にジューネが商人モードになって、オーバーアクション気味にゆっくりと一礼しながら宣言する。

 

 品物をそのまま品物だけで売るのは二流。上手い商人は品物()()もフルに使って売るものだ。声や身振り手振りから始まり、買い手が買っても良いと思えるように場の雰囲気を盛り上げる。だが、

 

「ほほう。言うのぉジューネちゃん。しかしワシも少しばかりは目鼻舌肥えついでに身も肥えた男。ワシを唸らせられるほどの品が用意できるかのぅ?」

 

 その口上を聞いてフフフと不敵に笑うヌッタ子爵。確かに子爵も多くの品物を集めてきたコレクター。その見識は伊達ではなく、生半可な物なら簡単に突っ返されるだろう。気のせいか子爵とジューネの間に一瞬火花が散った気がした。

 

 剣と剣を、拳と拳を、魔法と魔法をぶつけあうだけが戦いではない。互いに向き合い、いかに自分の望む展開に持っていくか。それは決して物理的なものばかりではない。

 

 敢えて言おう。それもまた戦いだ。

 

 

 

 

「…………もう少し普通に出来ないのかしら」

「よく、分からない」

 

 ジューネとエプリは微妙によく分からないといった感じで一歩引いて眺めている。良いんだよ。これも多分ロマンだと思うから。

 




 セキュリティは万全の展示室と確認室です。何せ外に出たらヤバい品もいくつか有るもので。


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第百十六話 護衛と言うより観客で

 

「はぁ。はぁ。……よし。では、これも買い取るとしようかの。値段は……こんな所でどうじゃ?」

「ま、毎度、ありがとう、ございます」

 

 商談開始から一時間近く。長い長い交渉と言う名の戦いも、遂に決着の時を迎えようとしていた。

 

「…………長い戦いだったわね」

「すごかった」

 

 最初は少し引いていたエプリとジューネだったが、今では少しだがジューネと子爵に畏敬の念を感じているように思える。

 

 それもそうだろう。今まで行われていたのは商談であり、戦いであり、そしてどこかエンターテイメントだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 流石と言うかジューネの用意した品は、どれも子爵のお眼鏡にかなっていた。しかしあくまでそれは最低ライン。問題はそれらの品物にどれだけの値を付けるかである。

 

 ジューネも子爵も多くの品物を見て養った鑑定眼がある。品のおおよその適正価格を頭の中で算出し、それを相手に悟られないように値付け交渉に移る。

 

 互いにこのくらいで終わらせたいという設定価格があり、それに向かって進めていくのだが、

 

「ご覧くださいこの芸術的ともいえる曲線美を! 見るだけで心が洗われるようではありませんか!」

「ふむ。確かに見事の一言じゃ。しか~しここを見るがいい! この小さな傷こそが僅かに全体の調和を乱している。獣国ビースタリア風に言うのなら、これこそまさに玉に瑕!」

 

 という具合に見た目の評価から始まり、

 

「むっ! これはまさかワシが以前手に入れた物と同じ作者か?」

「その通りでございます。元々あの作品とこちらは繋がりがありまして、それはもう聞くも涙、語るも涙の遍歴が」

 

 てな具合で買い手の情に訴えかける手を使ったり、

 

「よし。ではこれはこの値段で」

「いやいや何をおっしゃいますか子爵様。仮にも子爵ともあろう方がこれの価値が分からないはずがないでしょうに。ここはド~ンと貴族たるものの度量を見せると思って……このくらいで」

「ジューネちゃんこそここはワシとは今後ともよろしくという事でじゃな、ここら辺をもちっと下げて……このくらいが妥当じゃないかの?」

 

 などと互いに自身の設定金額に近づけようと交渉は白熱した。ある意味心理戦と言うか何というか、互いが互いの妥協できるギリギリのラインを見極めようとカマをかけ合い探り合う。そして、

 

「……この手は出来れば使いたくなかったのじゃがの。値下げしてくれんというなら仕方がない。かくなる上はジューネちゃんの恥ずかしい話をそこのトキヒサ君達に語って聞かせるしかないようじゃな」

「ちょっ!? 何を言うんですかおじいゴホンゴホン……子爵様っ! そんな卑怯な番外戦術をして恥ずかしくないんですかっ!」

「フォッフォッフォ。これが年寄りの知恵というやつじゃよ。さあどうするかの? 最初はジューネちゃんが初めて展示室に入った時のアレでも話そうかの」

 

 突如そんな手に出てきたヌッタ子爵に対し、ジューネは明らかに顔色を変える。どうやらそのことはジューネのウィークポイントらしい。……と言うかジューネ今おじいちゃんって言いかけなかったか?

 

「そちらがその気ならこちらにも考えがありますよ。皆さんっ! 実はヌッタ子爵はなんと結婚式前日に奥様以外の女性とですね」

「げぇっ!? 何故その話を知っているんじゃ!? ジューネちゃんには一度も話したことないのに」

「以前ここに来た時メリーさんが教えてくれました」

「おのれメリー! 余計なことを喋りおってからにっ!」

 

 思わぬジューネの反撃に、子爵も歯ぎしりをしながら叫ぶ。

 

 ちなみにメリーさんと言うのは、交渉の途中から来て俺達の後ろで甲斐甲斐しくお茶の準備をしてくれている年齢不詳のメイドさんだ。なんとこう見えて三十年もヌッタ子爵に仕えている古株らしい。

 

 子爵が軽く睨むが、メリーさんは素知らぬ顔。そのまま悠然と俺達のカップにポットから茶を注いでいく。メイドさんと言っても主人に絶対服従ということではないらしい。

 

 そのまま互いに硬直状態に陥るジューネとヌッタ子爵だが、このまま言ったら双方ダメージを被ると考え秘密の暴露大会は始まることなく終わった。

 

 こちらとしては聞いてみたかった気もするのでちょっと残念だ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その後も何とか商談は進み、こうして全て終わって今に至るという訳だ。ここまで来るともう二人とも互いに疲労困憊というありさまだった。

 

 今日はまだ二つも商談が残っているはずだけど大丈夫だろうかジューネ。

 

「な、中々やるのぅジューネちゃん。品物の質は勿論じゃが、値段の設定も見事じゃった。値付けの競り合いでワシが押されるとはのぅ。予定していた額より一割ほど高くついたわい」

「お、お誉めにあずかり光栄です。しかし私からすれば、予定金額より安く買い叩かれたというのが本音ですが。……この日のために大分前から準備してきたんですがね」

 

 感心するヌッタ子爵の言葉に、展開した店を再び仕舞い直しながらジューネが微妙に無念そうに応える。仕舞う時も所定の位置に置くだけで元のリュックサックに戻るというのだから驚きだ。

 

 結局あれって何なんだろうな? あ、お茶のお代わりお願いしますメリーさん。

 

「貴方達。貴方達だけ優雅にお茶を飲んで見物というのはズルくないですか?」

「いや。あの中に割って入るのは無理だって。なぁ」

 

 ジューネの恨みがましい声に、俺は目を逸らしながらエプリやセプトに同意を求める。……よし。ふたりとも同意見だ。

 

 俺はそこまで弁の立つ方じゃないし、エプリも流石にあの交渉に割って入れるほどとは思えない。セプトに至っては何が何だかよく分かっていない感じだ。護衛ならともかく交渉をこのメンツに期待しないでほしい。

 

「……はぁ。もういいですよ。メリーさん。私にもお茶をお願いします」

「メリー。ワシにも頼むわい。ジューネちゃんにこっぴどくイジメられてもうヘロヘロじゃよ」

「むしろこっちがイジメられた気がしますけどね。子爵のお茶はとびっきり渋くしてやってください」

 

 そんなことを言いあう二人に、メリーさんはニッコリ笑って待ってましたとばかりにお茶の準備をする。……やっぱり仲良いよなこの二人。さっきのこともあるし一応聞いてみるか。

 

「……あの。ちょっといいですか?」

「おや。何かの?」

「さっきジューネが言いかけたんですけど、()()()()()()って。……もしかしてヌッタ子爵はジューネのおじいさんなんですか?」

 

 思い返してみれば、彼女はずっとジューネとだけ名乗って名字は言わなかった。

 

 それは名字が無いからだと思っていたが、以前都市長の前で名乗った時ジューネは一瞬名乗るのに躊躇していたように感じた。まるで本来の名前を名乗るべきか一瞬悩んだみたいに。だが、

 

「ああいやいや。それは少し違うのぅトキヒサ君。ジューネちゃんとワシに血縁関係はないよ。ただ家族ぐるみの付き合いだったことは確かじゃがの」

「家族ぐるみ……ですか?」

「ああ。……ジューネちゃん。こういう事はジューネちゃんが話した方が良いんじゃないかの? 友達なんじゃろ?」

 

 そこで子爵はジューネにどことなく優しい視線を向ける。ジューネは「だから友達というより同行者で取引相手ですってば」と言いながら、何か考え込むようにじっと床を眺めていた。そして何かを決意したように顔を上げる。

 

「このことはあまり言いふらすつもりはありません。……他言無用とまでは言いませんが、意味無く吹聴するというのは避けてくれると助かるのですが」

「……えっと。聞いた俺が言うのもなんだけど、言いたくないことだったら言わなくて良いんだぞ。なんだかんだここの面子は全員人に言いづらいことの一つや二つあるし」

 

 俺は異世界人で、セプトはこの町ではあんまりうるさく言われないかもしれないけど魔族だ。エプリなんか混血だし……本当に知られたら面倒なことになる面子ばっかりだな。今更だけど。

 

 エプリも何も言わずに頷いている。常に特大の秘密と共に暮らしているエプリからすれば、仕事に関係のないプライベートなことは無理に聞くことはないと考えているのかもしれない。

 

「……いえ。うっかり口を滑らせた私にも非が有りますし、これからしばらく同行する相手に隠し続けるというのも不義理というものですからね。元々いつかは話さねばと思っていましたし……これも良い機会かもしれません」

 

 ジューネはそうして疲れているのにもかかわらずしっかりと立ち、こちらを強い意思を感じさせる目で見据えた。その姿はどこか商人というよりも……。

 

「私の名はジューネ・コロネル。由緒正しきヒュムス国コロネル公爵家の血を引く者であり、ゆくゆくは王族を補佐し国を導く者である! 皆の者、平伏するがいい!!」

「は、ははぁ~」

 

 ついついその場のノリで平伏してしまう俺。そのままチラリと他の皆を見ると、この場で平伏してるのは俺だけだったりする。

 

 いや、分かってはいるんだけどさ。だってジューネは口調こそあれだけど、ニヤニヤ笑ってこっちを見てるんだもの。

 

「…………と言うものの、実際は爵位を取り上げられた没落貴族なんですけどね。まあ良い反応を見せてもらいましたからやった甲斐はありましたけど」

 

 フフッと笑いながらジューネはそう言う。その笑顔は最初に会った時のような、ほんのちょっとだけ邪気を感じさせる小悪魔的笑顔だったが、どこか少しだけ自虐の色が混じっているようにも見えた。……まだなんか裏がありそうだな。

 




 商人は元大貴族でした……と急に言われてもピンときませんけどね。今じゃこれですし。


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第百十七話 ジューネの過去(お試し版)

 深夜から十三時間連続投稿。……今にも燃え尽きそうですが、なんとか頑張ってます。

 今日はちょっと疲れましたのでしばらく休憩かな。


 商談も終わったしもうそろそろ良いだろうという事で、俺達は屋敷の応接間に戻った。実を言うともう少し展示室を見て回りたかったが、流石にそういう雰囲気ではないのでそこは自重する。

 

「別にあのまま展示室に行って話しても良かったんじゃないかの?」

「そうしたらそのまま自慢話に持ち込むつもりでしょう? トキヒサさんあたりと話し込んでしまうのは分かってるんですから」

 

 戻るなりヌッタ子爵は未練がましくそんなことを言うが、ジューネの先を読んだ言葉でバッサリ切り捨てられる。

 

 ……確かにそうなる可能性は非常に高い。多分あの中だったら一日居ても飽きないと思う。説明してくれる相手がいるのならなおのことだ。

 

「ふぅ。次の商談まで少し間があります。今の内に食事でも……ご馳走してもらえると嬉しいのですが」

「えっ!? こんな隠居ジジイにたかろうというのかいジューネちゃん? ワシ今思いっきり散財したばっかりなんじゃけど」

 

 何だかジューネのヌッタ子爵に対する言葉遣いが少し砕けたものになったな。いや、こっちが元々の話し方なのかもしれない。最初のは人前での畏まった話し方という感じだったからな。

 

 そうして結局子爵が根負けし、皆でここで食事をご馳走になる運びとなった。

 

 食べたらすぐに出発するというジューネのリクエストにより、簡単に摘まめる白パンで出来たサンドイッチなどの軽食が主だったが、だからと言って手抜き料理という事ではない。

 

 サンドイッチの具は何種類もあり、しかもどれも作り置きではなくどうやら出来立てだ。

 

 何かの焼いた肉はまだ熱々でジューシーだったし、レタスのような野菜を挟んだものは歯ごたえがシャキシャキとしていて美味い。パンそのものもややしっとり系の食感で具材とケンカしない味わいだ。

 

 ……これは元々食事をご馳走してくれるつもりだったのだろう。わざわざ俺達の分も用意してあったからな。それは俺達がここに来た時から準備していないと無理だ。

 

「フォッフォッフォ。良い食べっぷりじゃの。念の為多めに用意した甲斐があったわい」

 

 ヌッタ子爵が驚くほどに、さっきからエプリが静かにだがものすごい勢いでサンドイッチをパクついている。種類も多いし一つの大きさもそこそこあるのに、もう見たところ全種類制覇して二週目に行っている。

 

 前から思っていたけどエプリは相当の健啖家だ。さっきからメリーさんを始めとするメイドさん達も給仕役で大忙しだ。少しは遠慮しろよ。

 

 それにボジョも触手を伸ばしてサンドイッチを頂いている。身体に入れてじわじわ溶かしているのだが、どうやら味もお気に召したらしくさっきからポンポンと軽く跳ねて喜んでいる。

 

 喜ぶのは良いけどあまり跳ね過ぎないようにな。行儀が悪いって言われるから。

 

 セプトとジューネも美味しそうに食べていて、子爵もその様子を嬉しそうに見つめている。

 

 ……そう言えば子爵はここで隠居しているという話だけど、他の家族はどうしたのだろうか? 元々王都にいたらしいから今もそこに住んでいるのだろうか? ちょっとそんなことを考えながらも、和やかに昼食は終わった。

 

 

 

 

「ご馳走様でした。すごく美味しかったです」

「えぇ。美味しかったわ」

「うん」

 

 ちなみにライトノベルでよく突っ込まれる異世界食前食後の挨拶問題だが、この世界でも頂きます、ご馳走様で一応通じる。

 

 ただ厳密に言うと通じるであって、地域によって微妙に挨拶が違ったりする。宗教色の強い所なんかだと、食前の祈りが数分くらいかかる場合もあるというから驚きだ。

 

「あっ! 余った分は包んでくれると助かります」

「まったく。ジューネちゃんは抜け目ないというか何と言うか。……アシュ殿の分かの?」

 

 ジューネは言葉にこそしなかったものの一瞬顔がほころんだのを見て、子爵も仕方ないとばかりにメイドさん達に準備を任せる。確かにこのサンドイッチは美味しかったもんな。アシュさんに土産として持っていくのも良いか。

 

「さてと。お腹が落ち着くまで……先ほどの話の続きでもしましょうか」

「何だ? 食事中に一切さっきのことについて話さなかったから、これ以上言う気はないと思ってたんだが」

「あの説明じゃあ何が何やら分からないでしょうからね。簡単な補足説明ですよ」

 

 ジューネは俺達に向けて、ポツリポツリと自身の生い立ちを話し始めた。

 

 曰く、ジューネの生まれたコロネル公爵家と言うのは、ヒュムス国でもかなり古くから続く大貴族だという。

 

 公爵と言えば、確か貴族の中でも相当偉い爵位のはずだ。長い歴史の中で公爵になったのか、公爵だったからこそ長く続いたのかは知らないが。

 

 ジューネの両親はヌッタ子爵とは個人的に付き合いがあり、子爵がこのノービスに隠居してからもちょくちょく会っていたという。その際、まだ小さかったジューネも何度か両親とともにここに来ていたのだ。

 

 ここでヌッタ子爵がまたジューネの恥ずかしい秘密をこっそり耳打ちしようとしたのだが、メリーさんが静かに後ろに立つと慌てて口をつぐんだ。長い付き合いなだけあって、単なる主人と従者ではない何らかの関係性があるみたいだ。

 

 このようにしてジューネとヌッタ子爵は出会い、何度か交流を深めていった。しかし、

 

「……それから色々ありまして両親は他界。残された遺産は管理の名目で遠縁の顔も知らない親戚に次から次へと奪い取られ、今では爵位も取り上げられてコロネルの名ばかりが残るのみ。ああ哀れなジューネちゃんの運命はいかに? ……という訳で、お試し版はここまで。ここから先は有料になります♪」

 

 金取るんかいっ! 折角盛り上がってきた所なのに!? 両親が亡くなって遺産も奪われてって、なんかどこぞの悲劇のヒロインみたいだ。小公女的なノリの。

 

 見るとジューネの語りに引き込まれていたのは俺だけではなかったようで、エプリもセプトもじっと聞き入っていたようだった。

 

 内容も気になるけど、ジューネは流石と言うかとにかく語り方が上手いのだ。話の読み聞かせとかやったら売れるんじゃないだろうか?

 

「同行者への義理はこれで十分。これ以上は乙女の秘密に踏み込むわけですからね。秘密は金がかかるのです」

 

 前もそんな事言ってたな。金を集める理由の時に。……もしかしてこの二つって繋がってたりするのか? 詳しくは知る由もないが。

 

「……ふむ。ジューネちゃん。そろそろサンドイッチを包み終わったようじゃぞ。あと王都で評判の菓子も一緒に詰めておいたから、後で食べると良いじゃろ」

「ホントですか! ありがとうございます子爵様! さあ皆さん。そろそろ出発しますよ」

「フォッフォッフォ。昔みたいにおじいちゃんと呼んでくれても良いんじゃよ! ……って聞いてないのジューネちゃん」

 

 何やらヌッタ子爵がドヤ顔をしながらポーズを決めているのだが、ジューネは聞こえていないようでテキパキと支度を進めていく。おじいちゃんショック。

 

 

 

 

 そうして全員準備を整え、ヌッタ子爵の屋敷を後にすることになった。雲羊も待っている間しっかりお世話されていて、身体の毛がさっきよりモフモフになっている気がする。

 

 さっそく子爵に別れの挨拶をしながら一人ずつ乗り込んでいき、最後にジューネが乗り込むその直前、

 

「……ジューネちゃん。以前の話、考えてくれたかの?」

 

 そう真面目な顔をして、ヌッタ子爵がジューネを呼び止めた。ジューネも神妙な顔をして振り返る。

 

「養女の件……ですか?」

「そうじゃ。正確に言うと娘ではなく孫扱いなんじゃがの。ワシの所なら元のようなとは言わんが、それなりの暮らしが出来るはずじゃ。……もうジェイクやタニア、お前の両親が亡くなって何年も経つ。忘れろとは言わんがの、ジューネちゃんは過去に縛られて生きなくても良いんじゃよ」

 

 ……なんか重い話になってきたぞ。さっきの秘密に関わる話かな? 俺は羊の毛に埋まりながらというちょっと残念な状態で聞いているのだが、他の皆も耳を澄ませているようだ。

 

「…………ありがとうございます子爵様。でも、これは私が選んで決めた道なんです。自分が納得いくまでもう少し続けてみるつもりです」

「ジューネちゃん……」

「フフッ! そんな顔しないでくださいよ。また何か子爵が喜びそうな物を見つけたら集めておきますから」

 

 どこか寂しげな表情をするヌッタ子爵に、ジューネは殊更明るく声をかける。そしてそのまま雲羊の毛に潜り込み、上から顔を出すと雲羊に出発の指示を出す。

 

「メエェ~!」

 

 雲羊は一声高らかに鳴くと、次の目的地に向けて進み始める。見送りに出ていたメリーさんを筆頭としたメイドさん達は揃ってこちらに向けて頭を下げ、ヌッタ子爵も軽く手を振って送ってくれる。そして、

 

「どうかお身体を大切に。…………()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()

 

 そのみるみる離れていく大切な人に対して別れ際に送る言葉。確かに届いただろうその言葉を聞き、どこか寂しげだったヌッタ子爵は満面の笑みを浮かべていた。

 

 そしてその言葉を言った本人はと言うと、

 

「さあ。移動中に次の商談相手について話してしまいましょう。皆さん傾聴です!」

 

 いつものように商人モードになり、これからのことについて話し始めていた。

 

 今の行為の気恥ずかしさからか、ちょっとだけ顔が赤くなっているのは……まあ見なかったことにするか。さてさて。次はどんな人が出てくるのやら。

 




 時には孫がデレることもあります。やりすぎると調子に乗るのであまりしませんが。


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第百十八話 二人目はもろに……

 

「着きましたよ」

「おっ! おおおおおっ!?」

 

 雲羊から降りて辿り着いた場所を見て、俺はついつい驚きと感動の声を上げてしまう。

 

 この町の大部分の建物と同じく石造り。しかしその大きさは都市長の屋敷に匹敵し、今も様々な人達が出入りしている。

 

 その顔ぶれは十人十色。あのやけに耳の長くて金髪の美形はエルフかな? それとやたら髭もじゃでずんぐりむっくりしたおじさんはドワーフだろうか?

 

 ヒト種がいるのは当然として、明らかにそれ以外の種族もチラホラと見える。それもそうだろう。ここは俺が異世界に来たら行ってみたいと思っていた場所の一つ。

 

 異世界物の話において、その登場頻度はおそらく王城や冒険者ギルドに迫るものであり、場合によっては上回るであろう場所。

 

「…………あまり来ることはなかったけど、相変わらずヒトが多いわね」

「私は初めて。ヒト種以外も、たくさん」

 

 エプリは以前も来たことがあったようだが、少し目を細めて顔をしかめている。人混みとか苦手そうだもんな。セプトは初めてらしく目を輝かせているな。俺と同じだ。

 

「ふふんっ! そうでしょう! ここはいつもヒトの出入りが途絶えることなく、物と金の流れもまた然り。年齢性別種族を問わず、金を稼ぐという共通するただ一つの望みを持つ者達の集う場所」

 

 ジューネはいつにもなく芝居がかった態度で両手を広げながら語る。それもそうだろう。ここはジューネのような商人にとっての言わばホームグラウンドなのだから。

 

「正式名称は国家間総合商人互助組合。またの名を……商人ギルドノービス支部へようこそ!」

 

 ジューネはそう言うと優雅な仕草で一礼する。遂に来たぜ商人ギルド。金を稼ぎたい俺からすればある意味冒険者ギルドよりも重要だからな。ここで金稼ぎの手掛かりでも見つけたいところだ。

 

 ……まあ周りには海千山千の商人がゴロゴロしている訳だから、気を付けないと逆に諸々ぶんどられるかもしれないけどな。

 

 

 

 

 中に入ると、そこはいくつもの受付に分かれていた。それぞれの受付には人の列が出来ていて、担当の人と先頭の人がそれぞれ何か話している。どうやら目的に応じて決まった受付に行くみたいだ。

 

 ……区役所とか市役所を思い出すな。受付の文字がなんて書いてあるか分かれば良いんだけど。

 

「私達はこの受付です。少し並んで待つとしましょう」

 

 ジューネは迷うことなく端っこの受付に並ぶので、俺達も一緒に並ぶことに。前には数人ほどなのですぐに済むだろう。

 

「なぁジューネ。そのネッツさんって言うのはどんな人なんだ? ここの職員だというのは聞いたけど」

 

 並んで待つ間に、俺は次の商談相手について詳しく聞くことにした。先ほどここに来る途中では、ネッツという名前と簡単なプロフィールしか結局聞けなかったからな。

 

「ネッツさんは……そうですね。この支部において物の仕入れを担当している職員の一人です。今回の商談では商品の補充について交渉します。ここしばらくダンジョンに潜ったり調査隊の方々に売ったりと、品ぞろえが自慢の我が商品も在庫が少々心許なくなってきましたからね」

 

 考えてみれば、ダンジョンでは俺やエプリに数日分の食料や衣類を売ってくれたし、それまでにアシュさんと二人で何日もダンジョンに潜っていたらしい。

 

 ダンジョンから出た後も調査隊の人達とも商売をしていたようだし、補充なしなら品ぞろえが減ってきても当然か。……むしろ個人でそれだけを持ち歩けるのが凄いというか。

 

「……でも、単に物資の補給だけなら都市長にでも頼めば良いんじゃない? 滞在中の物資くらいならすぐに準備してくれるでしょう?」

「そう。確かにこの町にいる間ぐらいならそれで十分でしょう。しかし()()()()のことも考えると、事前にこちらでも物資は用意した方が良いです」

 

 エプリの疑問にジューネも冷静に返す。そうだよな。ずっとこの町に居る訳にはいかないし、俺も早いところ手元にある呪い付きの指輪を解呪しないといけない。

 

 そう言えばその解呪できる人の居場所は分かったんだろうか? アシュさんは時間が経てば分かるといっていたけど。

 

「あとはまあ付き合いという事もありますね。ネッツさんとは商品の仕入れで何度か世話になっていますし、商品も品質は保証します。……これはエプリさん風に言えば当然のことかもしれませんが」

 

 最後のは以前エプリに高価な転移珠をタダにされた時の皮肉だろう。と言っても商人からすれば軽いジャブ程度のこと。エプリも大して気にすることもなく、そのまま列は進んでいく。

 

 そしていよいよ俺達の番になり、ジューネが受付に座っている受付嬢の前に立った。

 

「すみません。ネッツさんと約束のあるジューネという者ですが」

「ジューネ様ですね。確認しますので少々お待ちを」」

 

 さっそく受付の女性に話をすると、女性は何やら手元の紙をめくっている。どうやら本当に約束が入っているか確かめているみたいだ。

 

「……確認出来ました。ようこそジューネ様。ネッツさんなら奥で作業をしております。すぐにお呼びしますのでもうしばらくお待ちを」

 

 受付嬢はそう言うと、受付に何か文字の書かれた板を置いてその場を離れる。エプリに聞いてみると板には『ただいま席を外しております。御用の方はしばらくお待ちください』と書いてあるらしい。本当に役所みたいだな。

 

 幸いというか何というか、そのまま俺達の後ろには誰も並ばないまま数分が経つ。どうやらこの受付はあまり人気がないみたいだ。

 

「この受付はあんまり人が来ないな。他の受付は結構にぎわっているのに」

「ここは担当の誰かを予約指名する受付ですからね。何度か取引をしている常連でないとあまり使いません」

 

 常連御用達の受付か。ジューネもさっき何度も世話になっているって言ってたし、そういう事ならこっちに並ぶのが正しいのか。

 

「……それにしても、ここも随分と騒がしいわね。以前見た冒険者ギルドにも劣らない」

 

 ジューネがそう言って僅かに顔をしかめながら辺りを見渡す。確かに周囲は中々にやかましい。ジューネとヌッタ子爵の商談を見ても分かるように、()()()()()()()

 

 静かなものもあるにはあるが、大抵は声を張り上げ自身の品の良さを宣伝し、相手の不安や心配をかき消して買っても良いという気にさせるのが基本戦術。

 

 見れば客が受付の人と話すだけではなく、列に並んでいる者同士でも何やら話に熱が入っているようだ。

 

「どこにどんな情報があるか分かりませんからね。並んで待っている間も情報収集は基本です。ここの受付には私達以外は並ばなかったので私はしませんでしたが」

 

 ジューネは平然とした態度で言う。どうやらこれがここでは平常運転らしい。これじゃあ冒険者も商人も変わらないな。隣の列の人達なんか特に話に熱が入って……。

 

「っ!? ジューネ後ろっ!?」

「えっ!?」

 

 突然隣の列の若い男性が一人、ジューネに向けて倒れこんできた。その方向を見ると、顔を真っ赤にした男の人が両手を前に出した状態だ。

 

 何が有ったか知らないが、どうやら怒りに任せて相手を突き飛ばしたみたいだ……なんて冷静に考えている場合じゃない! 

 

 ジューネは完全に後ろを向いていて、俺の言葉に振り向くも男の人は目前に迫っていた。このままではぶつかってしまう。俺は慌てて駆け寄ろうとして……すぐにその心配はないことに気が付いた。

 

「“強風(ハイウィンド)”」

 

 素早く状況を察知したエプリが、風を下から上に吹き上げることで倒れこんでくる人を浮かせたのだ。倒れこんできた人は何が何やら分からず目を白黒させている。

 

 ちなみによく見ると、セプトの足元の影が微妙に蠢いていた。セプトも何らかの備えをしてくれていたらしい。……俺本格的に要らなくない?

 

「あ、ありがとうございます」

 

 助けられたのが分かったのか、倒れかけた人がエプリに礼を言う。エプリは気にしないでと一言だけ返して押し黙り、ジューネもほっと一息つくと突き飛ばした相手を見据える。

 

「危ないじゃないですか! こんな所で」

「ふんっ! そいつが悪いんだ。俺はただここいらで簡単に儲けられそうな場所か仕事はねえか? と聞いただけなのによ。貴方のようなヒトが簡単に儲けるのは難しいなんてってぬかしやがるから」

 

 突き飛ばした男は赤い顔をしてそうわめく。ふと鼻にアルコール臭がした。どうやら目の前の奴は怒りでというよりも酔っぱらって顔が赤いみたいだ。

 

「そんなの当たり前ですっ! ここは商談のための場所。こんな昼間から酔っぱらっているようなヒトを誰が相手にしますか」

 

 もっともだ。交渉相手と軽く食事して酒を飲むってことはまだあるかもしれないが、それにしたってこんなになるまで飲む時点で交渉も何もあったもんじゃない。

 

 今のジューネはどちらかと言うと、ぶつかりそうになったことよりも相手の商人としてのだらしなさに憤慨している気がする。

 

 いつの間にかこの男を周りの人が遠巻きにし、何だコイツはと言う感じの冷たい視線を向けている。しかし男は気付く様子もなく、そのままジューネを睨みつけている。

 

「どうしても儲けたいと言うなら、まずその酔いを醒まして万全の態勢を整えてからここに来ればいいでしょう。その程度の労力を惜しんでいる時点で、簡単に儲けるなんて無理な話だと分かりなさいっ!!」

「……っ!? このガキがっ!」

 

 相手は今度こそ怒りで顔を真っ赤にしてジューネに掴みかかろうとする。今度こそ俺の出番だと前に出ようとしたその時、

 

「何の騒ぎですかねぇ」

 

 そんなのほほんとした声が割って入ってきた。決して大きな声ではないのに、その声を聞いただけで周囲のざわめきが少し小さくなる。何事かとその声のした方向に目をやれば、

 

「……キ、キツネ?」

 

 そこに現れたのは、黄色と茶色の毛並みを持つ一匹のキツネだった。しかし明らかにただのキツネではない。

 

 普通のキツネは着流しのような服を着たりしないし、頭に帽子を乗っけたり小さな丸眼鏡をかけたりもしない。ましてや二足歩行もしないだろう。これはもしや獣人というやつだろうか? よく見たら骨格とか顔の形もやや人っぽいし。

 

 キツネの獣人が来ると集まっていた人達がすぐに道を空ける。そうしてそのままホタホタという擬音が似合いそうな足取りでこちらにやってきた。

 

 急に現れたこの人を見て、掴みかかろうとしていた男も何事かと動きを止めている。

 

「これはこれは。お久しぶりですねぇジューネさん。元気にしてましたか?」

「お久しぶりですネッツさん!」

 

 ネッツ!? この人がジューネの商談相手なのか!? いくら一人目が何処かタヌキみたいな雰囲気のヌッタ子爵だったからって、二人目でもろキツネが来ることはないだろうに! どうなっちゃうんだこの展開!?

 




 タヌキが出たならキツネも居る……という訳で登場しました。

 まあ別に仲が悪いとかはないんですけどね。


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第百十九話 のほほんキツネは重役キツネ

 

「少~しだけ待っていてくださいねジューネさん。このヒトと()()()()を終わらせたらすぐに用件を伺いますから」

 

 ジューネに対して穏やかに微笑みながら、ネッツさんはそう言って男の前に立つ。

 

「な、何だてめえは? 邪魔すんじゃねぇよこの獣人風情がっ!」

「まあまあ落ち着いて。喧嘩はいけませんって」

 

 急な乱入者に一瞬たじろいだが、ジューネに掴みかかろうとした男はその怒りの矛先をネッツさんに向ける。その瞬間、周囲からの冷たい視線がなお一層鋭さを増してむしろ敵意に近くなったのにも気づかずに。

 

 なんで気付かないんだよこの酔っ払いっ! 近くにいる俺の方が気付いてるくらいなのに。

 

 しかしネッツさんはまるで柳に風のごとく、男の怒気を意にも介さない。ただただ落ち着くようにと宥め続ける。

 

「ええと貴方は…………昨日このギルドに登録したダストンさんでしたかね。以前はDランク冒険者で、交易都市群第六都市ファビウスを拠点に活動。モンスターとの戦いで傷を負い冒険者を引退となるも、その後流れ流れてこのノービスに辿り着く。違いますか?」

「お前、何でそんな事まで知って……」

「何でって、簡単な素行調査くらい登録した時点でしますよ。元冒険者だけあって血の気が多いですねぇ」

 

 簡単な? たった一日で相当深い所まで掘り下げているように思うんだけど。つまりこれは、お前のことは把握しているぞっていう言外の説得。

 

 しかし男……ダストンはそれにまったく気づく様子もない。なおも詰め寄ろうとするところを、さらにネッツさんも言葉を重ねて押し止める。

 

「いやまあ血気盛んなのは良いんですけどね。口でならともかく腕っぷしで喧嘩っていうのはよろしくないですって。見たところ大分酒も回っているようですし、悪いことは言いません。ここは一つちょいと落ち着いて、軽く酔いを醒ましてから出直しましょうよ。酔い覚ましの水くらいご用意しますし、一眠りする寝台くらい別室にありますから」

 

 終始やんわりとした態度を崩さないネッツさん。だが古今東西酔っ払いが言葉だけで止まるのなら苦労はないんだよな。

 

「てめえふざけやがって。獣人がヒト種に楯突くんじゃねぇっ!」

 

 ダストンは怒りのあまり目を血走らせながら、ネッツさんを殴ろうと腕を振りかぶり、その顔面目掛けて拳を振るう。元冒険者と言うだけあってその腕は太く、そんなもので殴られたら大怪我をしかねない。だが、

 

「仕方ありませんねぇ」

 

 そうネッツさんが呟いたかと思うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………なっ?」

 

 ネッツさんはその状態で微かに首を傾げてダストンの拳を避けると、さらに密着するほど肉薄する。

 

 ここまで近づかれるとは予想していなかったのか唖然とするダストン。しかし唖然としたその一瞬は、この状況では大きすぎる隙だった。

 

 そのままネッツさんは伸ばしきったダストンの腕を肩に掛けるように取り、相手の足を自身の足で払いながら身体ごと巻き込むように半回転する。

 

 バランスを崩したダストンの身体は一瞬だが完全に宙に浮き、あとは訳も分からぬまま床に叩きつけられるばかり。

 

 つまり何が言いたいかと言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐふぅっ」

「……ふぅ。まだまだ私も未熟ですねぇ。自分で言ったばかりだってのに、口だけで止められないからって腕に頼ってしまうとは」

 

 ダストンは受け身も取れず身体を床に叩きつけられ、白目をむいて完全に意識を失っている。石造りの床なので大丈夫かと一瞬心配したが、呼吸はしっかりしている。仮にも元冒険者と言うべきか大事はなさそうだ。

 

「……今の技、ビースタリアでよく使われる柔術と言うものね。以前一度使い手と戦ったけど、対策なしだと懐に入られた時点でやられる厄介な技だったわ。……それに最後の瞬間、わざわざ加減して致命傷にならないようにしている。相当やるわね」

 

 エプリが俺の横に来てそうポツリと呟くと、ネッツさんに対して僅かに警戒するような仕草をする。

 

 今の柔術と言い以前のヌッタ子爵の言い回しと言い、どうやら獣人の国と言うのはどこか日本に似ているらしい。あるいは日本がそちらに似ているのかもしれないが。

 

「さあてと。……ああ。これはいけませんね。こんな所でのびていては、列に並ぶ方々に踏んづけられても文句は言えませんよ」

 

 自分でやったくせにそんなことを言いながら、ネッツさんは軽く着流しを整えるとパンパンと軽く手を打ち鳴らす。すると建物の奥から職員らしき人が何人も出てきて、床でのびているダストンを担ぎ上げて運んで行った。

 

 ……どこへ連れて行かれるのかは知らないが、あんまり良いところではなさそうだ。自業自得とは言え心の中で一秒くらい合掌しておく。

 

「さあさあ皆々様。お騒がせいたしました。どうぞ商談をお続けになってください」

 

 ネッツさんがそう言ってゆっくりと頭を下げると、周囲の張り詰めた空気も大分緩和されて再び列が動き始めた。

 

 そうして大体の流れが落ち着いたのを見届けると、ネッツさんは最初にダストンに絡まれていた若い男の人の所に歩いていく。

 

 彼は突き飛ばされたショックで少しふらついていたようだが、ネッツさんが近づいてきたのを見ると無理やり背筋を伸ばして迎える。どこか緊張しているように見えるけど何だろうか?

 

「貴方は確か……ロイさんでしたか。災難でしたねぇ。大丈夫ですか?」

「い、いえ。これくらいのことは商人にとってはよくあることですから。全然平気ですっ! それと、俺みたいな駆け出しの名前をネッツさんみたいな方が憶えててくれるなんて感激です!」

 

 この人はロイと言うのか。しかしロイさんの口ぶりだと、ネッツさんってどうやら相当な有名人みたいだな。

 

「そりゃあ憶えますよぅ。このギルドで登録したり商談したヒトは、全員顔と名前と簡単な情報くらいは憶えるようにしています。誰がいつお得意様になるか分かりませんからね」

 

 ネッツさん今サラッと言ったけど、それって大分凄いことなんじゃないか? 記憶力が悪くてテスト期間はヒイヒイ言ってる俺からしたら何とも羨ましいぞ。

 

 なおも目を輝かせるロイさんに対し、ネッツさんは一言二言何かを囁く。

 

 そのままポンポンと肩を叩くと、ロイさんはネッツさんとジューネやエプリにぺこぺこと礼を言いながら建物の外へ出ていった。あの人も並んでたんだから商談があったのだと思ったのだが。

 

 それを見送ると、今度こそネッツさんはこちらの方に歩いてきた。

 

「お待たせしましたジューネさん。後ろの方々は……護衛ですか?」

 

 ネッツさんは俺達のことを聞く時に一瞬だけ逡巡したように見えた。まあその気持ちは分かる。

 

 顔をフードで隠した人物と、よく見たら胸の所に何か変な物をくっつけている少女。そしてあまり強そうじゃない男。……このメンツを護衛と見抜けるだけで凄くないか?

 

「護衛であり取引相手でもあります。アシュが急用で来られなくなったのでその代理だと思ってください」

「アシュさんの代理とは恐ろしい。お手柔らかにお願いしますよぅ」

 

 ネッツさんは帽子を取って胸に当てると、俺達の方に向けて軽く一礼する。俺達もそれぞれ返すのだが、やはりエプリは完全には警戒を緩めない。

 

 失礼に思われたかと相手をチラリと見るのだが、あまり気にしていないようだった。ドレファス都市長と言いヌッタ子爵と言い、この町で出会う人は度量が広い人が多い気がする。

 

 

 

 

「では皆様。こちらへどうぞ。奥でお話を伺いましょう」

 

 そう言って歩き出すネッツさんについて俺達も歩き出す。……そうだ。気になったから今の内に聞いておくか。

 

「なあジューネ。聞いてた話と大分違うんだけど」

「何がですか?」

「さっきの説明だと、あくまでネッツさんは物の仕入れを担当する職員の一人って感じだったけど……見ろよ」

 

 ネッツさんに連れられて行く途中、何度かギルドの職員らしき人ともすれ違うのだが、皆してネッツさんにしっかりとした一礼をしていく。

 

 中には尊敬のまなざしで見ている人もいるのだ。まあネッツさんの方も気楽な調子で一人一人にちゃんと一礼しているのだが。

 

「さっきのロイさんの口ぶりと言い、ただの職員にしてはなんか変じゃないか?」

「別に変じゃありませんよ。()()()()()()()()()に敬意を払っているだけです」

「…………ちょい待ち。商人ギルドの仕入れのトップって……それ相当偉くないか?」

 

 商人ギルドと言えば物と金の流れに強い影響力がある。そこの物の仕入れのトップと言うのはかなり重要な役職だと思うのだが。

 

「大体ですが、このノービス支部ではギルドマスターの次の次くらいに偉いらしいですよ」

「それ普通に会社で言ったら重役クラスじゃないかっ!」

 

 今度の商談も一筋縄ではいかなさそうだ。

 




 よくライトノベルでは、主人公が一介の冒険者としてギルドマスターなどと普通に会う場面がありますけど、あれって考えてみれば一般人が普通に社長と会見しているようなものなんですよね。深く考えると地味に怖い話です。

 まあこっちのキツネはアポ有りで、あくまで重役クラスなのでまだ比較的あり得る話じゃないでしょうか。都市長の後ろ盾もありますしね。


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第百二十話 世間話と三人目

 

「物資の補充ですか? 構いませんよ」

「交渉成立ですね」

「…………えっ!?」

 

 俺がついつい声を漏らしてしまったのは責められないと思う。だって交渉に入ってからまだ五分も経っていないんだぞ。

 

 ネッツさんに連れられてこの商談用にしつらえられた部屋の一つに入り、ジューネが簡単な近況報告をし、それから本題である物資の補充について切り出した瞬間にこれだよ! ヌッタ子爵との商談とはえらい違いだ。

 

「こんなに早く物資の交渉が終わったのが不思議ですか?」

「まあな。さっきのヌッタ子爵みたくこう丁丁発止の交渉が展開されるのかと気合を入れてたんだけど」

 

 ジューネが不思議そうに聞いてくるので、俺もついそう返してしまう。

 

「まあ物資については昨日の内に手紙でリストを送っておきましたから。必要な物とその値段、用意してほしい予定の期日や金額の支払い方法などもね。あとは実際に会って細かなすり合わせをするだけという訳です」

 

 そう言えば昨日アンリエッタが言ってたな。ジューネが手紙を何通か送っていたって。さきに交渉の内容を書いて送っておくことで時間の短縮を図ったってことか。

 

 さっきのヌッタ子爵の場合は実際に見てみないと分からない品物とかが多かったからあんまり意味はなかったようだけど、こっちの方はバッチリ効いているみたいだ。

 

「それにしても何も変更がなかったというのは驚きました。私が言うのもなんですが、リストのままで良かったんですか? ネッツさん」

「構いませんよ。物資は十分に用意できる物でしたし、納品の期限も無理のないものでした。多少適正価格より値切ってありましたが……まあこれは最初から商談の中で私が引き上げると予測してのことでしょうかね。このくらいならここは一つ、()()()()()()()()という事でお受けしましょうか」

 

 これにはジューネもちょっと苦笑い。本来ならここで値段の競り合いをする予定だったのだろうが、先に全部OKを出されては交渉のしようがない。それに向こうは全て分かった上で譲歩してくれた感じだしな。

 

 ジューネにとっては金が儲かった分代わりに、借りを一つネッツさんに作ってしまった形になる。こういう目に見えない貸し借りと言うのは結構後々に効くんだ。素直に適正価格にしておけば良かったかもな。

 

 

 

 

「ほうほう。あの町でそんなことが」

「そうなんですよ。アシュがいなかったらどうなっていたか。……まあアシュがいなければそもそも関わることはなかったんですけどね」

 

 速攻で交渉が終わり、次の商談までは少し余裕が有るということで軽く世間話に興じることに。と言っても商人からすれば、世間話こそが大事な情報源なのだが。

 

 ジューネの話はどうやら俺達と会う前のことが主なようで、俺達もビックリする話も多かった。ジューネとアシュさんはこのノービスを拠点に、いくつかの交易都市を回っていたらしい。

 

 その旅路はけっして安穏としたものばかりではなく、時には道に迷ってモンスターに襲われ、またある時は人同士のいざこざに巻き込まれた。

 

 その度にジューネの交渉術やアシュさんの力技で乗り切っていく様子は、子供の頃に読んだ冒険譚そのままだ。

 

 ワイバーンの群れに襲われたところなんかもう手に汗握ったもんな。一緒に居た商人や冒険者と協力して切り抜けたりとか。

 

 それをジューネが臨場感たっぷりに語るもんだからなお凄い。ネッツさんも驚きながら聞き入っていた。

 

「そう言えばネッツさん。最近魔石の値段が高騰か何かしていませんか?」

「……? いえ。特にそういった情報は来ていませんが。ここしばらく値段も安定しています。……何かありましたか?」

 

 ジューネはその言葉を聞いて、こちらの方にチラリと視線を向ける。

 

 魔石と聞いて思いつくのは今のところ二つ。俺の持っている鼠凶魔の魔石と、昨日このノービスに入ってすぐの荷車事故で、積み荷の中に有ったという大量の魔石のことだ。

 

 俺の魔石のことだったら交渉は全部任せるつもりだったので別に良い。荷車の方はややきな臭い感じがするが、目の前のネッツさんはこの商人ギルドの重役だ。物の流れから何か分かるかもしれない。

 

 この場合、唯一の懸念は目の前の相手がその件に最初から噛んでいる場合だが……俺よりも付き合いが長く商人として勘も鋭いジューネが話そうとしているんだ。おそらく問題はないだろう。

 

 念の為エプリともアイコンタクトを取るが、エプリは我関せずの態度だ。セプトもそういう所にはノータッチだし、ここはジューネの意思を尊重しよう。

 

 俺がそのまま静かに頷くと、ジューネも分かったというかのように軽く頷き、ネッツさんに昨日の出来事を話し始めた。

 

 突然荷車が横転したこと。その積み荷の中に大量の魔石があったこと。そんな貴重な物を運んでいる割には護衛らしき護衛もなく、丁度人気のないところで横転したことなどどうにもきな臭いという事もだ。

 

 ネッツさんは話を聞いている内に少しずつ難しい顔になっていく。

 

「……という事があったんです。なのでネッツさんの耳には何か届いていないかと思いまして」

「ふ~む。期待に沿えなくて申し訳ありませんが、私の所には特に情報は来ていません」

「そうですか……」

「いえ。むしろこれで良かったのかもしれませんよ」

 

 少しがっかりした顔をするジューネだが、ネッツさんの言葉にどういう事ですかと首を傾げる。

 

「私の耳に入らなかったという事は、その物が完全に非正規の流れの物である場合か、かなりの力を持つ誰かが隠そうとしている場合です。どちらにせよ、下手に探れば手痛いしっぺ返しを食う可能性があります。安全性を取るなら関わらないのが一番ですよ」

 

 ネッツさんはどこか諭すように、そしてジューネの身を案じるようにそう語った。その意見には俺も賛成だ。俺は冒険は好きだがもめ事は好きじゃない。

 

 別に法に触れている訳でもないし、肝心の荷物はベンさん達衛兵に没収された。御者のラッドさんも医療施設に送られたらしいし、これ以上わざわざ掘り返すこともないだろう。

 

 ジューネはどこか釈然としない風だったが、どのみちこれ以上の詮索は難しいと判断したのか素直に頷いた。

 

「それにしても、久しぶりにこちらに来たと思ったらクラウドシープに乗ってくるとは、流石はジューネさんですね。やはり私のヒトを見る目はそれなりにあったようですねぇ」

「褒めても何も出ませんよネッツさん。色々ありまして、少し都市長様と繋がりが出来ただけですよ。ネッツさんも個人的に繋がりがあるでしょうに」

 

 少し強引だが話題を変えてきたネッツさんの言葉を、ジューネは何でもないようにさらりと返す。やはり町の偉い人同士だと繋がりがあって当然か。都市長としては町の物流に一枚噛んでいる方が自然だしな。

 

「いえいえ。私はギルドという組織としての繋がりに過ぎません。ジューネさんのように個人としての繋がりを持てるヒトはとても珍しいんですよ。これからも是非良き取引相手として、ご贔屓にしていただければ幸いです」

「それはこちらこそお願いしたいところです。これからもよろしくお願いします」

 

 ネッツさんが言葉と共に差し出した手を、ジューネはしっかりと握り返す。これがこの商談の終了を知らせるものとなった。

 

 

 

 

 無事商談も終わり、俺達は商人ギルドの外に出る。ちなみに俺の持っている魔石のことも忘れていない。ジューネはギルドに掛けあい、しっかり値上げ交渉もして四千二百デンで買い取ってもらうことに成功した。

 

 普通に売ったら全部で三千デンくらいの所を、およそ千デンも値上げさせたのだから流石だ。まあ交渉の相手はネッツさんではなく一般職員だったが。

 

「それじゃあお客様! こちらが私の取り分になりますね!」

「ああ。ありがとなジューネ。おかげで儲かったよ」

 

 約束通り、値上げした分の一部である二百デンを取り分として持っていくジューネ。商人としての交渉だったからまだ商人モードが抜けきっていない。

 

「……儲かったみたいね。じゃあ私への払いも少しずつ出来るのかしら?」

「それはもうちょっと待ってくれると嬉しいというか何と言うか」

「私も、稼いで渡す?」

「セプトは俺のためと言うよりも、まず自分のために稼ごうな」

 

 エプリの軽い催促を両手を合わせて拝みながら回避し、セプトが無表情ながらもやる気を見せるのを何とか宥める。

 

 商人ギルドにも冒険者ギルドと同じく商人向けの依頼やら何やらがあるのだが、俺やセプトが出来そうなものもいくつかあった。それに刺激されたらしい。

 

「まあ今はそれは置いておいて、さっそく次の商談に向かいますよ」

 

 ジューネの意見はもっともだ。先にそっちを片付けないとな。俺達はギルドの外に待たせている雲羊の所に向かった。……だが、何故かそこには先客がいた。

 

「よしよ~し。良い子だ。実にもふもふだねぇ。流石高級衣類の材料にも使われるというクラウドシープの毛並み。癖になりそうだ」

「メエェ~!」

「…………誰だアレ?」

 

 妙な人物が雲羊の毛並みを撫でまわしていた。

 

 頭には砂漠でよく見るようなターバンを巻き、服もダブっとした布製の物で体型などがまるで分からない。声からすると女性のようだが、やや声の高い男性と言う可能性もある。

 

 そして撫でまわされている雲羊は嫌がっているかと言うとそうではなく、むしろ気持ちよさそうな顔をしている。適当に撫でまわしているように見えて的確に気持ちのいい所に触れているらしい。

 

 ……姿と言い動きと言い、これは只者じゃない。

 

「……これは予想外でしたね。まさかそちらから来るとは」

「たまたまだよ。丁度近くにいたから寄っただけ。クラウドシープを撫でまわす機会でもあったしね」

 

 年齢性別共に不明のその誰かは、そこでやっと雲羊を撫でまわすのを止める。なんかこっちの方が目的だったっぽいな。

 

「ジューネ。知り合いか?」

「知り合いと言うか、このヒトがこれから会いに行こうとしていた三人目。情報屋のキリです」

「お~っとこういうのはもう少し焦らしてくれてもいいんじゃないかい? まあ良いけどね。只今ご紹介に与りました情報屋のキリですよっと。お代と時間さえいただければ、大抵のことは調べてみせるよ。以後よろしく!」

 

 この妙なテンションの人が三人目の商談相手!? ヌッタ子爵といいネッツさんといい、何か濃い~面子ばっかりじゃないか? しかしまあこれで商談は終わる。ここもきっちり頑張れよ! ジューネ!

 




 ジューネとネッツの交渉はややネッツに軍配といった所ですかね。この辺りはまあ年季の差という事で。


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第百二十一話 やっぱりもふもふは偉大です。

 

「キリ。商談に移る前に、まずは前回の依頼の件についての報告をお願いします」

「はいは~い。もちろん調べてありますよ~。……だけど」

 

 ジューネのその言葉と共に、目の前のキリと名乗る人物はこちらの方を見る。よく見ると顔の部分もターバンに隠れて表情が読めない。ほとんど素肌を見せないけど暑くないのかね?

 

「そっちのトキヒサ君達の前で報告しちゃって良いのかな~って、ボクとしては一応確認をとっちゃったりするんだけど」

「……!? なんで俺の名前を?」

「そりゃあまあ情報屋だからね。他のヒトよりちょ~っと耳が早くて広いと自負しているよ。勿論トキヒサ君だけじゃない。君の後ろの二人のことや、君の服の中にへばりついているスライム君のことだってよ~く知ってますとも」

 

 まだ名乗っていないはずなのに、さも当然とばかりに知っているキリ。おまけにエプリやセプト、ボジョのことも言い当てられた。

 

 カマをかけているにしてはかなり的確だし、これは流石情報屋と言うべきか。……ただちょっとエプリの警戒度が上がった感じだけど。

 

「そんなに警戒しないでよエプリん。少~し宣伝を兼ねて驚かそうと思ったお茶目じゃない」

「……エ、エプリん?」

 

 おっ!? エプリが珍しくあっけに取られているぞ。しかしエプリんって。俺もそのうち呼んでみ……何でもないですはいっ!

 

 俺の心中を察知したかのように、フードの下から鋭い視線を感じたので素早く思い直す。

 

「そうですね。個人的なものやアシュの依頼内容までは話すつもりはありませんが、それ以外ならここで報告してもらっても構いませんよ」

「へぇ~。これは少し驚いたね。以前のジューネだったら全部隠そうとしていたのに。アシュさん以外にも信用できる相手が出来たようで何よりだよ。それじゃあ……これを。頼まれていた、君が居ない間にこの都市で新しく出来た店のリスト」

 

 キリはどこか楽しそうな声でそう言いながら、服の下から書類のようなものをジューネに手渡した。表紙は地図のようになっていて、ジューネは表紙に軽く目を通すとどこか満足げに頷く。

 

 どうやらジューネは自分が出かけている間、キリに町の情報収集を頼んでおいたらしい。

 

「良く調べてありますね。流石キリ。高い情報料を払っただけのことはあります」

「ちなみに所感とか評価は()()()()ってことで! まあ見立ては商人であるジューネの方が正確だろうから、あくまで参考程度に留めておいてね」

「店の内容や店員の簡単な情報まで調べておいてサービスですか。追加報酬でも吹っかける気ですか?」

「いやいや。単純な話。本腰入れて調べるまでもなく、現地を見て分かったことをまとめただけなのよっと。そこまで大したことじゃないからサービスね」

 

 片手間でやったことだから気にするなってことか。それにしたってジューネがここまで言うってことはよっぽどだけどな。

 

「それでこっちが、ジューネの個人的な依頼とアシュさんの依頼の分。こっちはきちっと本腰を入れたからね。追加報酬なんか頂けるとと~っても嬉しかったりするんだけど……どう?」

「それは内容次第ですね」

 

 自分の方が背が高い(キリは俺と同じ百五十?センチぐらい)くせしてわざわざ屈んで上目遣いをするキリに、ジューネはすげない態度で受け取った書類をリュックの中に仕舞いこむ。

 

 ちなみにこっちの書類は二束あったが、どちらも先ほどの書類よりも分厚くてちょっとした本並だ。本腰を入れたというのは間違いないらしい。

 

「ちぇっ! そう簡単には報酬上乗せは無しか。まあいいや。ところでトキヒサ君達は何か依頼とかあったりしちゃう? 今なら初回サービスでお安くしておくよ!」

 

 キリは一瞬落ち込んだように顔を伏せたかと思いきや、すぐにググっと立ち直ってこちらの方に向き直った。

 

 どうしようかな。腕は確かみたいだし、こういう時初回サービスとか聞くとついついお得感を感じちゃうんだよなぁ。

 

「ちなみに依頼料っておいくらだったりするんですか?」

「別に敬語じゃなくても普通に話してくれて良いよ~。内容や期限にもよるけど、この都市のことで簡単な依頼だったら銀貨十枚くらいかな。期限が短いとか別の都市とかになると追加でお代を頂くけど。今なら出血大サービスでさらに半額で引き受けちゃうよ!」

 

 ってことは半額の銀貨五枚。五百デンか。探偵や興信所に頼むよか断然安いな。しかし調べてほしいものと急に言われても出てこないし。

 

「う~ん。半額ってのはそそられるけど、今は特に調べてほしいことは特にないな。イザスタさんのことは気になるけど……こういうのは自分で調べる方が好きって言うか」

「あ~ららそういうお方? それは残念。じゃあエプリんやセプトちゃんはどう? 誰か気になるヒトのあ~んな事やこ~んな事も知りたくはない?」

 

 俺が断るとキリは一瞬残念そうな声色に変わるも、すぐに立ち直って今度はエプリとセプトの方に依頼の確認をする。

 

「私は、トキヒサに自分で聞くからいい」

「……エプリんって言わないで。……個人的に知りたいことはあるけれど、こんな場所で言うべきものじゃないわね」

「え~っ! エプリんでいいじゃん。こっちの方が可愛いと思うよ。それと、フムフムなるほど。セプトちゃんは望み薄だけど、エプリんは何かありそうだねぇ」

 

 エプリの鋭い視線も意に介さずに、エプリん呼びを続けるキリ。命知らずなやつだ。

 

 ただまあこの場で聞きはじめるという事は流石にせず、「もし連絡を取りたくなったらこちらまで」とエプリに連絡先を書いた紙を渡す。俺も後で見せてもらおう。ところで……。

 

「セプトは俺に何か聞きたいことがあるのか?」

「うん。トキヒサはどうしたら喜んでくれるかなって」

「……とりあえず、その気持ちだけでお腹いっぱいなんで今は良いよ。またそのうち考えよう」

 

 ホントにどうしてこんなに好感度が高いんだか。魔力暴走の件で恩に着ているんだったらそこまでしてもらわなくても良いんだが。……やっぱり以前のナデポが原因か? よく分からん。

 

 

 

 

「さてと。では前回の依頼も終わったところで、次の商談……と言うより依頼に移りましょうか」

「お仕事だねっ! 一体どんな情報をご所望なのかな?」

 

 意識を切り替えてジューネの言葉を待つキリ。情報屋に頼らないといけないとなると、かなり重要な案件じゃないだろうか? 俺達が聞いても良いものなんだろうか? 

 

「……個人的なことなら少し距離を取っても良いわよ」

「いえ。エプリさん。これはむしろ聞いておいてほしいものですから。トキヒサさん達も一緒にね」

 

 エプリが俺の言いたいことを見透かしたようにそう訊ねると、ジューネは視線をこちらに向けながらそう答える。つまり俺達にも関係があることだな。

 

「キリ。調べてほしいのはある指輪のことなんです。闇夜の指輪という」

 

 闇夜の指輪。俺が持っている箱の中に入っていた物。破滅の呪い(特大)というものが付与されながらも二十万デンという高値をたたき出しているお宝だ。

 

 しかし分かっているのは査定で表示された名前だけ。いったいどういうものなのか? どんな来歴があるのかなど未だ謎が多い。

 

 以前それとなく調査隊の面々に聞いてはみたけれど、誰も知っている人はいなかった。

 

 直接見せたらまた違う反応があるかもしれないが、下手に箱から出して呪いが振り撒かれでもしたらと思うと危なっかしくて出すに出せない。という訳で結局分からないままになっていたのだ。

 

「闇夜の指輪……ねぇ。残念だけど聞いたことないな。お宝なの?」

「お宝であり厄介ごとでもあります。トキヒサさんが言うには破滅の呪いが付与されているようです」

「な~るほど。それは確かに厄介ごとだね~」

 

 破滅の呪いと聞いてもキリの態度は変わらない。肝が据わっているというべきなのか。

 

「現物を見たいところだけど……呪い付きとなると色々マズいか。じゃあいくつか教えて。形状とか手に入れた経緯とか」

「分かりました。まず手に入れた経緯ですが……」

 

 ジューネは指輪についてのことを出来る限り説明する。以前アシュさんと立ち寄ったところで偶然手に入れた箱のこと。それを俺が買って開け、中身を確認したこと。大きさや宝石の形状など、出来る限りのことだ。

 

 キリは服の中から取り出した紙に内容をメモしていく。なんだかこっちが情報屋みたいだな。

 

「大体分かったよ。それじゃあこれらを基に調べてみる。期限はいつ頃まで?」

「そうですね。ひとまずは十日後を目途に。その頃にはヒースさんとの件も良い所まで進展しているでしょうから」

「十日ね。あんまり時間はなさそうだ。さっそく行動しないとね。……話は変わるけど、報酬の方はどんなもんなのかな~って思っちゃったり。依頼の内容から考えるとそれなりに奮発してくれるのかな~?」

 

 キリのその期待するような言葉に対し、ジューネはキリの耳元に顔を寄せてぼそりと何かを呟く。すると、

 

「おおっ! ジューネちゃん太っ腹! それじゃあボクも気合入れて頑張っちゃおうかな。やる気出てきたよ~!」

 

 なんか凄くやる気が漲っている。いったいジューネはどれだけの報酬を約束したんだ? 高すぎる値段だと儲けが少ないんじゃないかと少し不安になる。

 

「なあ? キリになんて言ったんだ? ジューネが値段交渉もせずに即決なんて珍しい」

「フフッ。実はキリはもふもふの毛並みに目がないんですよ。だからこう言ったんです。都市長様に口利きして、キリ好みのもふもふをたっぷり堪能できる機会を用意するってね」

 

 う~む。この世界でももふもふの力は偉大らしい。あとジューネ。それ自分の懐一切減ってなくないか? そういう視線を向けると、ジューネはニヤリと小悪魔のような笑みを浮かべるのだった。

 




 エプリん……絶対トキヒサがそう呼んだら怒りますね。風弾どころか場合によっては竜巻が飛んできますねハイ。

 作者的にはその呼び方も気に入っているんですけどねぇ。


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第百二十二話 解呪師の居場所

 一日二十話投稿。……ストックがあるとは言え難行でした。

 流石にストックが減ってきたので、しばらく次の投稿はお休みさせていただきます。早く次を用意しなくては。


 

「よ~し。報酬でやる気も出たところで、早速出発するとしますか」

 

 キリはそう言うとグッと体を伸ばす。出発って……何処へ? 俺がそう訊ねると、

 

「まずはその箱を見つけたっていう町に。実際に行ってみないと分からないことも多いからね! という訳で、ゴメンエプリん。戻るまで依頼は受けられそうにないや」

「だからエプリんと呼ばない! ……別に依頼は良いわ」

「まあまあそう言わずに。戻ったら色々と引き受けるからね。例えばそう……()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……っ!? どうしてそれをっ!?」

 

 薬? 薬って何のことだ? 不意に出たその言葉にエプリは妙な反応をした。まるで隠していた秘密をズバリ暴かれたような、ひどく驚いた様子だった。

 

「さ~てどうしてでしょう。おっと。そろそろ行かないと馬車に乗り遅れちゃうよ! それじゃあ皆さん。またね~」

「待って。まだ話は……」

 

 エプリの呼びかけに応えることなく、キリはそのままシュッと指を振ると素早く身を翻して走り出した。……速っ!? 瞬く間に人混みに紛れてしまったぞ。

 

 見えないほどの速さだったアシュさんとは違い、こっちは視界には入るんだけど視線から上手く外されてしまうというか。どうやらそれはエプリも同じだったらしく、悔しそうにキリの消えた方を睨みつけている。

 

「ふぅ。いつも現れる時もいなくなる時も突然なんだから困ります。まあ仕事が早いのは良いことなんですけどね。それで、商談は終わった訳なんですが……どうします? 予定より大分早く終わりましたし、少し町を見て回りますか?」

 

 ジューネの言葉に俺は一瞬考え、

 

「いや。一度都市長さんの所に戻ってアシュさんと合流しよう。向こうの様子も気になるし。そうだろエプリ?」

「…………そうね」

 

 見て回りたいのはやまやまだが今の俺達はジューネの護衛だ。ならば早いところアシュさんと合流した方が良い。

 

 そう思ってエプリに声をかけたのだが……どこか気のないというか、心ここにあらずと言う感じだ。どうしたのだろうか?

 

「そうですか。それじゃあ戻るとしましょうか。皆さんクラウドシープに乗り込んでください」

 

 そうして俺達は一度都市長さんの屋敷に戻ることにした。ただその間、エプリがずっと何か考え事をしている様子だったのが気にかかった。

 

 

 

 

「今日はありがとうございました。おかげで助かりました」

「そうかなぁ。あの分だったらジューネだけでも大丈夫だったんじゃないか?」

 

 屋敷に到着し、アシュさんと合流することで護衛の仕事は終了した。しかしお礼を言われるとどうにもこそばゆい。今回俺は特に何もしていないからなあ。

 

 ヌッタ子爵の所では歓迎されていたし、キリとの商談もそこまで長くはなかった。唯一ちょっと危なかったのは商人ギルドでの一件だが、それにしたってエプリとセプトはともかくとして俺はほとんど役に立っていない。

 

「いえいえ。一緒に居るだけでトラブルの抑止になることもあるんですよ。何せ私はほらっ! ただのか弱い少女ですから」

「いや雇い主様よ。ただのか弱い少女が護衛一人でダンジョンに潜ったりはしないだろ」

 

 アシュさんの的確なツッコミを、ジューネは軽く目を逸らして誤魔化す。

 

 全くその通りだと思う。特に今日の様子を見た後ではそうだ。あんなに堂々とした交渉をしておいてか弱いとは何を言うかって話だ。

 

「まあ何はともあれだ。皆ありがとうな。……おかげでこっちもそれなりに進展があった」

 

 アシュさんの言葉に全員の注目が集まる。つまりアシュさんがここに残った理由であるヒースのことについて、何か進展があったという事だ。

 

「まずこれからのヒースの鍛錬におおよそ目処が立った。ひとまず十日の予定を組んだから、その間はここに滞在することになる」

 

 その点は出かける前にもそんな感じのことを言っていたから分かる。セプトの治療にも最低七日くらいかかるらしいしな。キリと話した時の期限も十日だったし、特に問題はない。

 

「それともう一つ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……!? 本当ですかアシュ」

「ああ。ジューネ達が出ている間に連絡が来た。本当は大体の居場所は少し前から掴んでいたんだが、本人から連絡が来るまで待っていたんだ」

「……やっとね」

 

 指輪の解呪。これはエプリもジューネも他人ごとではないので身を乗り出す。

 

 ジューネからすれば欲しがっている幸運を呼ぶ(フォーチュン)青い鳥(ブルーバード)の羽がかかっているし、エプリもダンジョンでの契約の際に、俺がダンジョンで手に入れた金目の物を売却した利益の二割を払う事になっている。

 

 この場合ダンジョンの中で指輪(の入った箱)を手に入れたので、一応権利はエプリにもあるのだ。

 

「それでアシュさん。その解呪できる人は何処に?」

 

 羽も指輪も額が額だからな。何せ箱も合わせると二十四万デンにもなる。

 

 加えて呪いが解けることによって値段も上がる可能性が高く、上手くいけば目標額まで一気に近づくことが出来る。当然俺も真剣にならざるを得ない。

 

「それが……場所はハッキリしたんだが、少々厄介な場所でな。今エイラ……その解呪できる俺の知り合いなんだが、エイラは交易都市群第十二都市ラガスにいる」

「ラガスっ!? 何でまたそんな所に?」

「それがよく分からないんだ。あそこは性格的にも能力的にも合わないと思うんだがなぁ」

 

 何やら場所を聞いた瞬間、ジューネが驚いたように話すとアシュさんも首を傾げながら答える。

 

 二人だけで納得していないで俺にも教えてくださいよ! 俺のそういう視線に気が付くと、二人してこちらの方を見る。

 

「うん? ああ。トキヒサは知らなかったか?」

「はい。ここら辺の地理とか詳しくなくて」

「じゃあ私が説明しますね。エプリさん達は大丈夫ですか?」

 

 ジューネが確認すると、エプリは知っているようだった。セプトは知らないようなので俺と一緒に聞くことに。二人で勉強しようぜ。

 

「分かりました。では簡単に説明すると、交易都市群の各都市にはそれぞれ特色があります。例えばこのノービスは交易都市群の中で魔国と一番近い都市。そのため魔族の方への対応も他の都市と比べてかなりしっかりしています」

「それはなんとなく分かっていたよ。……なるほど。これが都市ごとの特色って奴か」

「はい。そしてそのアシュの知り合いのエイラさんがいるラガスは、一言でいえば賭け事に力を入れている都市です」

 

 ジューネの説明によると、そのラガスと言う都市は別名ギャンブル都市とも呼ばれていて、実に都市の五分の一が賭け事に関連する店らしい。

 

 全交易都市の中で金の流れだけで言えば一、二を争うほど賑やかだというから驚きだ。しかしギャンブルか。ちょっとやってみたい気もするな。

 

「ただそういう所は治安が悪くなることも多くて。腕に覚えのある人か護衛をつけていないと危険なんです」

 

 つまり金と欲望渦巻く危険地帯って訳か。確かにそれは厄介そうだ。だが、

 

「大丈夫。私が、トキヒサ守る」

「……やっと護衛らしい仕事が出来そうね」

 

 しかしこっちには頼れる護衛と言うか仲間が居る。まあやる気を見せている二人はひとまず置いておいて、俺は話の続きを促す。

 

「ラガスはノービスからだと馬車でおよそ二日。歩きだと早くても四、五日ほどかかります。やはりネッツさんに頼んで物資の準備をしてもらって正解でしたね」

 

 馬車でも二日か。これは遠いというべきか。それとも近いというべきか。日本に居た頃の感覚で言ったら遠いというべきなのだが、この世界においては近い気もする。

 

「ところでアシュさん。そのエイラさんは賭け事には強い方なんですか?」

「微妙だな。くじ運とか引きの強さだけなら結構強いと思うが、心理戦とかが絡むとちょっと不安って所だ。ポーカーフェイスも得意じゃないし」

「そうですか。じゃあ強くないけど賭け事自体が好きとか?」

「それもどちらかと言うと違うな。賭け事を否定はしないだろうが、積極的にするという奴でもない。だから妙なんだ」

 

 確かに不思議だ。そんな人が何の用があってラガスにいるのか?

 

「……今は気にしても仕方ないな。エイラとはまた連絡を取り合うから、その時にでも聞けば良いさ。それより今はこのノービスでやることをしっかりやっておいた方が良いな」

「セプトの治療とヒースのことですね」

「そうだ。鍛錬は俺が毎日少しずつ受け持つとして、話を聞くのはジューネ達に任せる。頼むぜ」

 

 こうして俺達の次の目的地は決まり、話の途中で夕食の時間となったため一時解散となった。

 

 今回は最初から都市長も食事に間に合い、身体のあちこちに打ち身などを作ったヒースも交えて比較的和やかな夕食の席となった。次もこうだと良いんだが。

 




 情報屋は色んな事を知っています。何せ飯のタネですからね。


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第百二十三話 勉強会の約束

 

 夕食の後、俺はちょっと用があってジューネに用意された部屋に向かった。

 

 エプリとセプトには先に部屋に戻っていてほしいと言ったのだけど、大した手間でもないと言って二人してついてくる。……まあ良いか。別に隠すまでもないもんな。

 

「文字の読み書きを教えてほしい……ですか?」

 

 目の前のジューネが驚いた様子でそう口にする。そんなに驚くことかな?

 

「いえ。ちょっと予想外でしたから。トキヒサさんはそういう教育を受けていそうな感じがあったので」

「えっ! そんなに頭良さそうに見えるか?」

「頭がというよりも育ちが良さそうな見た目ですかね」

「……それはこっちも同感ね。雰囲気的に苦労知らずのお坊ちゃんって感じかな」

 

 何か女性陣からの評価が胸に痛いっ! だけどその点は一つ物申させてもらいたい。こちとらそこそこ平和な国で育った一学生だからねっ! これが基本だからっ!

 

 それにエプリは俺が異世界出身だって知ってるだろうに。ちょっとはフォローしてくれっ!

 

「おうおう。散々だなトキヒサ」

 

 俺達より先に来ていたアシュさんがこっちを見ながら笑っている。笑ってないで助けてくださいよ。セプトとボジョがポンポンと背中をさすってくれるのが逆にツライ。

 

 今回のことで、俺もそろそろ簡単な読み書きくらいは出来ないとマズイと思い知った。

 

 “言語翻訳”の力で会話は問題なくとも、文字が読めないのでは色々と生活に支障が出る。金を稼ぐのにも知識は大いに必要だ。

 

「育ちの方は置いといてだ。会話はともかく残念ながら文字の方はまったく読み書きできなくてな。そこでジューネにここにいる間だけで良いから少し教えてもらえないかなぁと」

「はぁ。私も商人ですからね。仕事上一応は読み書きも出来ますし、基礎的なことであれば教えることもやぶさかではありません。……しかし商人に頼むという事は、分かっていると思いますがタダでは動きませんよ」

 

 ジューネはニヤリと笑いながらこちらに掌を差し出す。まあこの展開は予想通りと言えば予想通りだ。なので、

 

「分かってるとも。……いくらぐらいだ?」

 

 こちらも貯金箱を出して金を出す意思をアピールする。ますます金が無くなっていくが、こればかりは必要なことだからな。先行投資と思って我慢しよう。

 

 しかし、ジューネはこちらに向けていた掌をグッと握ってそのまま引っ込めた。

 

「現金も良いのですが……その代わりにお願いを一つ聞いていただければ」

「お願い? 何だ?」

 

 雲行きが怪しくなってきたな。俺はジューネの次の言葉を聞き洩らさないよう全神経を集中させる。すると、

 

「別に大したことじゃありませんよ。トキヒサさんは色々と儲け話に縁があるようですからね。また何かあったら優先的に一口乗らせていただきたい。ただそれだけのことです」

「…………それだけか? こう言っちゃあ何だけど、俺に損がまるで無いぞ。儲け話だってそうそうあるとは限らないし、もしかしたらジューネの丸損になるかもよ」

「いえいえ。多分そんなことにはならないと思いますよ。ダンジョンで箱を開けれたのはトキヒサさんでしたし、マコアとの話し合いもトキヒサさんがいなければ無理でした。それに昨日の時計のこともありますしね。……時々いるんですよ。生きているだけで自然とそういう特殊な流れを引き寄せるヒトが」

 

 ジューネの言葉に何故か皆してうんうんと頷く。そうかなぁ? ちょっとこの世界に来てからアクシデントばっかりに見舞われているけど、そこまで俺はトラブルメーカーではないと思うぞ。

 

 着いたと思ったらいきなり牢獄にぶち込まれたり、出所直前に牢獄が襲撃を受けたり、そのままダンジョンに跳ばされてダンジョンコアを見つけたり……って思った以上にトラブルに見舞われているな。結構ショック。

 

「まあ……そういう事なら良いよ。うん。ジューネがそれで良いならそれで」

「交渉成立、ですね」

 

 俺とジューネは交渉成立の証としてガッチリと握手をする。……何かエプリから気になる視線が飛んできている気がするけど、何故だろうか?

 

「ちなみにトキヒサさん、何故私に頼んだんですか? エプリさんだって以前の手紙を考えるに相当学がありそうですし、ヒースさんの勉強を見ている講師のヒトを都市長様に紹介してもらうという手もあったでしょうに」

 

 その手があったかぁ~。考えてみれば確かにそうだ。置手紙を残せるくらいだからエプリだって読み書きは得意だろうし、それこそ本職の人に頼むという手だってあった。

 

 そのことに思い当たらなかった俺のバカバカバカ。ジューネは商人だから読み書きも一番上手だろうって先入観で物事を見てたな。

 

「…………今からでも変えちゃダメかな?」

「ダメです。もう交渉は成立しちゃいましたから!」

 

 ジューネが意地の悪い笑顔でこちらを見ている。だよなぁ。商人にとって一度した約束はとても重い。口約束で書面もないとは言え下手に破ることは出来ない。

 

 さっきのエプリの視線はこのことか。咄嗟に気が付いて止めようとしてくれたのかもしれない。ごめんエプリ。

 

 チラリと振り返ると……あちゃ~。何かさっきより不機嫌そうに見える。気のせいだと良いんだけど違うよな。

 

「では明日から早速やっていきますよ。ちなみにトキヒサさんは今現在どの程度読み書きが出来ます?」

「それがその……まるっきりダメで」

「……言葉通りの意味よ。まだそこらの子供の方がマシなくらい」

 

 エプリのフォローだか口撃だか分からない言葉に、ジューネは口元に手を当てて考え込む。

 

「なるほど。分かりました。じゃあひとまず明日の夕食後くらいにまたこの部屋に来てください。そういうヒトだと分かっていればやりようもありますから」

 

 その言葉に内心少しだけホッとする。ジューネならまずないとは思ったが、そんなの面倒見切れませんとか言われたらちょっと心がキツかっただろうからな。

 

「分かった。じゃあ今日は一度部屋に戻るとするよ」

「ねぇ。私も、やって良い?」

「……付き添いは必要よね?」

 

 話もまとまってさて帰ろうと言う時に、エプリとセプトが待ったをかけた。

 

「やるって、読み書きの勉強ですか?」

「うん」

「……私は付き添いとして。護衛が依頼人から離れる訳にもいかないから」

 

 二人してやる気十分のようで、特に断る理由もないので明日一緒に勉強することに。あと何故かボジョも触手を伸ばしてアピールしていた。

 

 何だ結局全員じゃないか。よおし明日から全員で勉強会だ!

 

「二人とも。商人にモノを頼むときは対価をですね」

「……今日アシュの代わりに護衛した件の謝礼についてだけど」

「無料で引き受けさせていただきますっ!」

 

 二人からもお代を吹っかけようとしたジューネだが、エプリのその言葉に素早く意見を翻す。え~っ!? それで良かったのか! それだったら俺も、

 

「トキヒサさんとの交渉はもう終わってますからね」

 

 やっぱり間に合いませんでした。まあセプトもお代は今回の護衛の件で良いことになったのでまあ良いか。ボジョの分は……余った俺の分の謝礼で払うってことでOKをもらった。

 

 ボジョも自分で払おうとしたのだが、持ち物と言ったら以前調査隊から貰った袋と食料くらいだったからな。……少し小銭が混じっていたのは驚いたが。

 

 そうして明日からの勉強会を約束し、俺達は自分の部屋に戻った。

 

 

 

 

『じゃあ。また明日ね。ワタシの手駒』

「ああ。また明日」

 

 日課となっているアンリエッタへの定期連絡を終え、ふぅと軽く息を吐く。いつもながら定期連絡の時は力が入るな。

 

 向こうも大体のことは見ているくせに、あえて俺の言葉で説明させようとするから毎回大変だ。それでいてこっちの知りたい情報は中々口を滑らさない。まあ長い付き合いになりそうだから気長に行くが。

 

「……終わったようね」

「ああ。そっちは?」

「……まだかかるから、先に眠っても良いわよ」

「先にって、ここ一応俺の部屋なんだけど」

 

 俺が連絡をしている間、エプリは自身の持ち物を床に広げて整理を行っていた。自分の部屋があるのにまたこの部屋に来ているのはもう何も言わない。

 

 しかもまたソファーで寝る気満々で、すでにソファーがエプリに用意された寝具に占拠されている。だからここ俺の部屋なんだけど。

 

 エプリはいつもフード付きのローブの内側から取り出しているのであまり見られないのだが、ローブの裏には様々な道具を常備しているのだ。以前俺に使ってくれたような薬や、いざと言う時のための食料や武器なんかもだ。

 

 やっぱりここから離れようとしないセプトには、先にまた部屋のベットで眠ってもらっている。

 

 昨日みたいなトラブルを防ぐために、今回は事前に都市長さんに無理言って小さな寝袋を用意してもらった。俺はこれで寝るとしよう。寝袋なら流石に潜り込んでは来られまい。……だよな?

 

 そのまま黙々と作業を続けるエプリ。その手際は淀みなく、もう何度もこうして整理してきたことが分かる。

 

 部屋に響くのは作業の音と、眠っているセプトの柔らかな寝息のみ。……聞くのなら今がちょうど良いかな。

 

「なあ。ちょっと良いか?」

「……何?」

 

 エプリは作業の手を止めることなく応じる。

 

「気になってたんだけど、昼間のキリの言ってた薬って何のことだ?」

 

その言葉を聞いて、それまで止まることなく動き続けていたエプリの手が一瞬止まり、すぐにまた作業に戻る。

 

「…………何のこと?」

「誤魔化さなくてもいいぞ。昼間それを聞いた時から、エプリが何となくいつもと違うっていうのは感じてたさ」

「……たかだか十日程度の付き合いで、いつもと違うなんて思っても説得力がないわね」

()()()一緒に居るの間違いだな。それにこんなの付き合いが長くなくても気付くさ。実際あの場にいたほぼ全員がエプリの様子がおかしいのに気づいていたと思うぜ。それをわざわざ隠そうとするなって言ってんの」

 

 おまけにそれを隠して平静を装っているのだから更によろしくない。

 

「どうしても言いたくないなら良いけど、そうじゃないならせめて言えるところだけでも良いから言ってくれ。俺の自己満足のためにも」

「……そこは私のためにと言うんじゃないの?」

「人のためにも自分のためにもなる方が良いだろ?」

 

 エプリが少し呆れたような声を出すが、俺はさらりとそう返してやる。これでも人のため()()()動くほど善人じゃないつもりでね。

 

 さて。寝る前に本日最後の話し合いといこうじゃないか。最後が俺の主導でなんだけどな。

 




 十日の付き合いを長いと取るか短いと取るかは人それぞれ。長さではなくこの場合は質の問題ですかね。時久にとっては濃密な十日間でしたから。


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第百二十四話 稼ぐ理由は人それぞれ

 

「これは俺の勝手な推測なんだけど、エプリが金が必要な理由ってその薬のためなんじゃないか? 俺に以前使ってくれたポーションは相場は金貨一枚した。つまり良い薬はそれだけ値が張るってことだ。しかもキリの言葉から察すると、そんじょそこらにあるような物じゃない。つまりエプリはいつその薬が見つかっても良いように金を貯めている。違うか?」

「…………話す理由はないわね」

 

 コトリと薬瓶の一つを床に置き、エプリは作業の手を止めずにそう言った。まあ簡単に話すわけは無いか。それにあくまで想像だから間違っている可能性も高いもんな。

 

「……確かにキリとの話に出てきた薬の件で、少し考え事をしていたのは事実よ。……いつも通りに振る舞っているつもりでトキヒサ達に気を遣わせたのなら謝る。……だけどそれと内容を話すことは別問題。そこははき違えないように」

 

 それはもっともだ。言うつもりのないことまで無理やりに聞き出そうとは思わない。と言うか聞き出せる気がしないしな。

 

「そっか。分かった。そうなると十日後にキリが戻ってきたらそのことについて話を聞くのか?」

「…………そうね。まずはジューネの依頼した指輪の情報を手に入れてくるか確かめてからね。……まだ私はキリの情報の信憑性については知らないから」

 

 まずはキリの腕前を知りたいってことか。このままキリが指輪のことについて調べてこれたのなら、それはキリの情報収集能力が高いことを示している。

 

 キリの言う薬がどういうものかは知らないが、エプリとしては今日会ったばかりの相手が探し物の情報を持っているのは少々胡散臭い。

 

 なら実力の証明として、ジューネの依頼を無事にこなせるかを見るというのは一応納得できる。試すようなやり方は個人的にあんまり好きじゃないけどな。

 

「もしキリがその薬の情報を持っていたら……どうするつもりだ?」

「……多少の無理をしてでも情報を聞き出す。対価としてどれだけの物を要求されるかは分からないけれど」

「そっか。じゃあその薬の在処が分かったらそっちに向かうのか?」

 

 そんな言葉が口から出たことに自分でも驚いた。今のは自然と口をついて出たのだ。

 

「…………何? 私が依頼人を放っておいて薬を取りに行くとでも思っているの?」

 

 その言葉と共に、エプリは静かに立ち上がってこちらに歩いてくる。

 

 う~ん。この流れはアレか。ちょっと予想できる流れに、俺は言葉選びを間違ったとうっすら冷や汗を流しながら迫りくるエプリをじっと待つ。そしてエプリは俺の前に立つと、

 

「……舐めないでくれる?」

 

 その言葉と共に指先から発射された“風弾”が俺の額に直撃した。アウチッ。久々に食らったけどやっぱり痛い。悶絶しながら額を押さえたところに、エプリが俺の鼻先に指を突きつける。

 

「……たとえ情報が正しくても、依頼人の護衛を投げ出すつもりは無い。()()()一緒に居たなら分かってるんじゃないの?」

 

 俺が先ほど言った言葉を皮肉気に返すエプリ。今のは完全にこっちの失言だった。

 

「悪かった。確かにエプリは請け負った仕事をホイホイ投げ出すような奴じゃなかったよな。相手がどんな嫌な奴だって、仕事をキャンセルするだけの理由がない限りは絶対最後まで守り切る。エプリはそういう責任感の強い奴だ」

「……分かれば良いのよ」

 

 あのクラウン相手にだって、筋を通して仕事をこなそうとするくらいに義理堅い奴だ。あんな言い方をしたら怒るのは無理ないだろう。

 

 俺が頭を下げながら謝ると、少しは機嫌を直してくれたのか指先を下ろすエプリ。

 

「それにしても、こちらが悪かったから仕方ないとはいえ、一応依頼人に風弾をぶっ放すのはどうかと思うぞ」

「……心配しないで。手加減はしてあるし、余程無礼なことを言った相手かトキヒサにしか撃ったりしないから」

「俺常時無礼者扱いっ!?」

 

 そんな所だけ特別扱いしなくても良いんだけどな。俺の額赤くなってないかとさすっていると、今の騒動で目が覚めたのかセプトがベットから抜け出してこちらに歩いてきた。

 

「ゴメンな。起こしちゃったか?」

「別に良い。トキヒサ。大丈夫?」

「ああ。大丈夫さ。ちょっと額をぶつけただけだ」

 

 エプリにやられたとは言わない。わざわざ事を荒立てるものでもないし、セプトを心配させることもないだろう。

 

 セプトは俺の額をじっと見つめている。……自分じゃ見えないけどやっぱ赤くなってるかな? そして、

 

「よしよし」

 

 セプトはググっと背伸びをして、何とか届いた手で俺の額を撫で始めたのだ。

 

「ど、どうしたセプト?」

「私、治癒系統使えないから。これで、少しは良くなるかなって」

 

 う~む。年下の子にナデナデされるこの微妙な背徳感。……だがこれもまたロマンだ。逆ナデポってのはないのかね? 

 

「……ちなみにこれも情報元はアーメ達だったりするか?」

「うん。こうすると、男は元気になるって言ってた。でも、やりすぎると元気になりすぎて危ないから、基本的に好きなヒトだけにやった方が良いって」

「そ、そうか。確かに誰彼構わずするとマズイからな! うん」

 

 言外に自分のことが好きだと言われている訳で、ちょっと体感で顔が熱くなっていたりする俺。

 

 ……ただエプリのジト~っとした冷たい視線が後頭部辺りに突き刺さっているので、実質プラマイゼロな気がする。

 

「も、もう大丈夫だからっ! ほらっ! この通り元気になったからもう良いよっ!」

「本当? 良かった」

 

 これ以上続けたらエプリの視線がマジな意味で痛みを伴いそうなので、僅かに名残惜しみながらもセプトを引き離して元気だぞアピールをする。幸いセプトは素直に引き下がった。

 

 ……言っちゃあ何だが、俺の言う事に全面的に従う美少女っていうのはある意味グッとくるものがあるな。これがずっと続くといつかダメな奴になってしまいそうでホントに怖い。

 

「ということでだ。もう俺は大丈夫だからまたお休み。明日も忙しくなるぞ」

「うん。分かった。……トキヒサも、一緒に寝る?」

「お、俺はもう少し起きてるからっ! お休みセプト」

 

 上手いことセプトをベットに押し込み、すぐにスヤスヤと寝息を立てるのを確認する。エプリもセプトもやたら寝つきが良いよな。

 

 

 

 

 エプリは再び作業に戻り、今度は護身用と思われる短剣を布で拭いていた。……エプリが刃物を持つと一気に凄みが増すからおっかない。人となりを知らずに夜道で会ったりしたら腰を抜かすかもしれないな。

 

「そう言えばエプリがそれを使っているのを見たことが無いな」

「……でしょうね。実際これを戦いで使ったことは数えるぐらいしかないもの。……敵を切り裂くなら“風刃”で事足りるし、そもそもこれを使うほどの接近戦自体あんまりしないから。……接近戦が出来ない訳じゃないけど」

「でも、それにしちゃあ大切に手入れしているみたいだな」

 

 その短剣には古くて細かな傷がたくさんあった。明らかに最近ではなく、何年も前に付いた傷らしきものもある。

 

 しかし傷がたくさんあるというのに、その刀身にはほぼ曇りが無かった。これは定期的に、それもそれなりの長い時間手入れをしていないとこの状態は保てない。

 

「……フッ。ただの貰い物なだけよ。捨てるのも売り払うのも面倒だから持っているだけ」

 

 皮肉気にそう笑ってみせるエプリ。だが彼女のそれを見る瞳からは、決してそんなどうでも良いものを見るようには見えなかった。

 

 そもそも本当にどうでも良いものだったら面倒くさがらずに捨てるなりなんなりしているだろうしな。エプリだったら。それをしないってだけで大切な品だと分かる。

 

「そうか。……じゃあ聞きたいことも一応聞けたし、そろそろこっちも寝るとするかね」

 

 なんだかんだアンリエッタの後連戦で結構話し込んだので、こっちもまぶたが重くなってきた。今日無理に全部聞く必要もないか。欠伸を一つすると、俺は用意された寝袋に潜り込む。

 

「今日はジューネの護衛もあって無理だったけど、明日こそは町の様子を探って金稼ぎの糸口を見つけるからな。早いとこ稼がないとエプリの給料も払えないし」

「……そこについてはぜひ頑張ってほしい所ね。……あんまり期待していないけど」

 

 言ってくれるじゃないか。見てろよっ! このノービスにいる間に、少なくともこれまでのエプリの給料分くらいは……行けるかどうか分からないけど、出来る限り稼いでやるからな。

 

 そんな思いを胸にしつつ、一気に俺の意識は薄らいでいく。そう言えば寝つきが良いのは俺も同じだった。

 

 薄れゆく意識の中で、

 

「…………待ってなさいオリバー。嫌だって言っても助けて見せる。……病気で死に逃げなんて許さないから」

 

 そうエプリが短剣を見つめてポツリと漏らしたような気がした。だが俺はそれがどういう事か考える余裕もなく、完全にまどろみの中に落ちていった。

 

 

 

 

 アンリエッタからの課題額 一千万デン

 

 出所用にイザスタから借りた額 百万デン

 

 エプリに払う報酬(道具の経費等も含む。現時点までで) およそ一万デン

 

 その他様々な人に助けられた分の謝礼 現在正確な値段付けが出来ず

 

 合計必要額 一千百一万デン+????

 

 残り期限 三百四十八日

 




 ほんの少しだけエプリの心情が垣間見えた回でした。

 これにて四章の本編は終了です。またしばらく閑話を挟んでから次の章に向かいますのでお楽しみに。

 何だか実験のために一日で大量投稿したせいか、この章は短い期間で終わった気がします。分量自体はそこまで違わないんですけどね。


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閑話 名もなきスライムが名を得るまで

 今回は普段と少し毛色が違います。


 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ちょっと遅くなるかもしれないけど、必ず探してまた会いに行きますから。約束ですっ!!」

 

 ワタシの自意識がハッキリと芽生えたのは、おそらくその言葉を聞いた時だったのだろう。

 

 

 

 

 ワタシはケーブスライム。名前はまだない。……いや、正確には大本のケーブスライムのヌーボ。その触手に核の一部を分け与えられた分体なので、ヌーボであるとも言えるし別の新たに生まれた何かであるとも言える。

 

 ワタシが生まれた経緯についてそこまで複雑な理由はない。大本のヌーボが“トキヒサというヒト種を守れ”との命令の為に、咄嗟に分体を作っただけの話だ。

 

 ちなみにこの命令はワタシにも適応される。自身がヌーボであるのなら、それは当然のことなのだから。

 

 生まれたてという割には我ながら思考が流暢だが、これには少し理由がある。最初に言っておくがスライム種は大半が知能が低く、基本的に本能で生きている。

 

 しかし何事にも例外はある。長く成長を続けて知性を獲得するか、上位の存在に強化される場合だ。

 

 前者の場合は数年ほど生き続ければそこそこの知性を得る。まあそこまで残るのはあまり多くはないが。

 

 ワタシ、と言うより大本のヌーボは後者だ。まずヒト種のテイマーにテイムされ、城にて看守の役割をこなしていた時点で少しだけ能力が強化されていた。

 

 そのままでも簡単な指令を聞き分ける程度の知性を獲得していたのだが、肝心なのはその後だ。

 

 イザスタ様という()()()()()()()()()あのお方。あのお方の血を受け眷属となったことによって、大本のヌーボは急激な成長を遂げた。

 

 そしてその結果、元々の種族のウォールスライムからケーブスライムへと進化を遂げる。

 

 この場合眷属の知性、力量などは主人のそれに比例するので、それによって基本的な知性も大きく上昇し、分体であるワタシもヌーボの記憶と知識を持ったまま自意識に目覚めることが出来たという訳だ。

 

 更に言えば、ヌーボは牢獄内にいたスライムの中でも比較的古株である。その分他の個体よりも情報量が多かったのも理由の一つかもしれない。

 

 

 

 

 さて、自意識が芽生えた直後、守るべき対象であるトキヒサと共にどこか分からぬ場所に跳ばされるという事態になった訳だが……どうしたものだろうか?

 

 現在位置は不明。洞窟か何かのようにも思えるが、周囲に流れる魔素の在り方がまるで違う。大本のヌーボが持っていた知識によると、どうやらここはダンジョンというものらしい。

 

 どちらかと言えばこちらの方が心地よい。魔素が身体に合っているのかもしれない。……だが浸っているわけにもいかないようだ。カタカタと音を鳴らしながら、スケルトンがこちらに向かっていた。

 

 ダンジョンにはダンジョン特有のモンスターがいる。このスケルトンもその一体なのだろう。スケルトンはワタシが巻き付いたまま倒れているトキヒサを認識し、攻撃しようと近づいてくる。

 

 させるものかっ! ワタシはスケルトンが持っていた剣を振り下ろそうとした時、身体を伸ばしてスケルトンの核を一撃する。

 

 幸い能力的にはこちらの方が上らしく、簡単に核は砕けてスケルトンはそのまま崩れ落ちた。……しかし、これだけ動いているのにトキヒサは一向に目覚めない。余程眠りが深いのか?

 

 試しに軽く頬を叩いてみるが、反応はすれど目を覚ます様子はない。これは起きるまでまだまだかかりそうだ。

 

 

 

 

 それからしばらく、ワタシは周囲の様子を探りながらトキヒサが起きるのを待ち続けた。散発的にスケルトンが襲撃してくるが、大半は一体ずつだし能力的にはこちらの方が上だ。撃退するのはそれほど苦ではなかった。

 

 だが厄介なことに、トキヒサの近くに先ほどまで戦っていた黒フード。エプリとか呼ばれていた奴も倒れている。あちらが先に起きた場合は戦闘が再開する恐れがある。

 

 気を失っている内に止めを刺すという選択肢もあるが、トキヒサがこの少女を助けようとしていたのは明白だ。目を覚まして死んでいるのを見たら気落ちする可能性がある。

 

 つまりはエプリもトキヒサが目を覚ますまでは護衛対象という事だ。やるしかない。

 

 そんなことをつらつら考えている内に、また何かが近づいてくるのを感じる。しかしその動きはスケルトンとは一線を画していた。

 

 ワタシが警戒を強めていると、その何かが姿を現す。……ボーンビーストだ! その骨で出来た獣はこちらを認識すると、グルルと低く唸りながら今にも飛びかからんとする。

 

 モンスターとしての格ならおそらくこちらの方が上だ。しかし格は上でもこちらは生まれたばかりの幼体。

 

 おまけに倒れているトキヒサとエプリを庇いながらとなると、条件的には分が悪い。……だが、ここで逃げてはワタシの存在意義がなくなる。

 

 ならばやることは決まっている。来るなら来いっ! ワタシは迫りくるボーンビーストを身体を伸ばして迎え撃った。

 

 

 

 

 結論から言えば、無事ボーンビーストを撃退することが出来た。だがその戦いは長く厳しいものだった。

 

 壁や床を縦横無尽に動き回って飛びかかってくるボーンビースト。対してこちらはトキヒサから離れることが出来ず、相手の攻撃に対してのカウンターを狙うことしか出来ない。

 

 しかし素早いボーンビーストにカウンターを決めるのは至難だ。幾度もなく失敗し、身体の一部を逆に削られた。

 

 おまけに戦っている間に別のスケルトンが出てくるなど、激闘と呼ぶにふさわしいものだったと本当に思う。

 

 いけない。だんだん身体の動きが鈍くなってきた。生まれたばかりでこれだけの連戦をしたのだから仕方がないのだが、ここで眠ってはトキヒサが守れない。

 

 スライム種はあまり眠る必要はなく、そこまで長い時間が必要なわけでもないのだが、その分ほぼ完全に無防備になってしまうのが欠点だ。

 

 ダメだ。……もう、身体が……。

 

「うっ!? う~ん」

 

 その時、やっとトキヒサが目を覚ました。トキヒサは服から取り出した道具で誰かと話し、その後周囲をきょろきょろと見回してワタシに気が付く。

 

「…………お前が守ってくれたんだな。ヌーボ」

 

 やっと起きたのかと一発ひっぱたいてやろうと思ったけど、流石にもう限界だった。絡みついているのも困難で、そのままずるりと床に落ちてしまう。

 

「…………ありがとな。助けてくれて」

 

 その言葉と共に、何か温かい水滴がワタシの身体に零れ落ちた。……どうやら泣いているらしい。ただ眠りにつくだけなので、涙を流すほどではないのだけど。

 

 しかしその勘違いを正す前に、ワタシの意識は薄れていった。

 

 

 

 

 そうして小さな激闘が終わり、ワタシが目を覚ましてからも多くのことがあった。

 

 懸念だったエプリとは一応の和解をし、以前牢獄で戦ったようなヒトを凶魔化したものとも戦った。

 

 さらにどこかイザスタ様と似た雰囲気を持つアシュというヒト種や、商人を名乗るジューネというヒト種の同行。偶然見つけた隠し部屋への突入。その中での攻防戦。

 

 ダンジョン内のわずか三日でこの出来事である。トキヒサには危険を引き寄せる才能でもあるのかと疑いたくなるほどの内容の濃さだ。

 

 トキヒサは先ほど隠し部屋で手に入れた石のことで、誰かと通信をしている。いつも夜中に通信をしているのは牢獄から変わらない。ワタシにも話してくれても良いのだが。

 

「……いよいよ明日か」

 

 うんっ!? トキヒサが焚き火にあたりながらそう呟いた。誰かと話している様子もないから、おそらくこれは独り言なのだろう。

 

「本当に、俺は出会いに恵まれた」

 

 確かにわずか三日間でこれだけ色々と出くわすのは、良い意味でも悪い意味でも才能だろう。感慨に耽っているようだが、一応ワタシのことも忘れてはいないかと袖を引っ張ってアピールする。

 

 ……今気づいたって顔をしたな! 僅かな怒りを込めて頭をひっぱたく。

 

「イタッ。イタタタッ。分かってるって忘れてないよ。ごめんごめん。お前にも助けられたよな。ヌーボ(触手)がいなかったら眠っている間にスケルトン達にやられてた。感謝してるって」

 

 まあこのくらいにしておこう。他の同行者に比べればワタシは影が薄いと思うから。

 

「なあヌーボ(触手)。いい加減(触手)って付けるのも長いよな。そのままヌーボって呼んだ方が良いか?」

 

 そのままヌーボか。ワタシはヌーボであると言えばそうなのだけど、それだと大本のヌーボと紛らわしい。それなら(触手)と付けた方が区別できるだけまだマシだ。

 

 伝わるかどうかは別として、抗議の意味を込めてまたひっぱたく。

 

「というか前から気になっていたんだけど、意識というか人格はどうなってるんだ?」

 

 そこはワタシも悩ましい。ヌーボであるとも言えるし、そうでないとも言える。身体を動かしながら分からないことを伝えると、

 

「……まあいいか。分からないってことは、少なくとも意識が別物である可能性があるってことだもんな。それじゃあひとまず仮でも良いから呼びやすい名前でも付けるか。…………ボジョって名前はどうだ?」

 

 ボジョ。響きとしては悪くない。これなら良いか。そう思った瞬間、フッと何かがワタシとトキヒサとの間に繋がった気がした。

 

 この感じは……なるほど。そういうことか。なら拒む必要はないのだろう。ワタシはそれで良いという意味を込めて、トキヒサの頭をスリスリと撫でた。

 

「……叩くか撫でるかっていう選択肢はさておいて、じゃあボジョで決まりだ。では改めてこれからヨロシクな。ボジョ!」

 

 今の繋がった感覚。本能的に分かる。これはワタシが()()()()()()証だ。

 

 モンスターをテイムするには大まかに言って三つの条件がある。

 

 モンスターに名付けをし、相手がそれを受け入れること。モンスターに自身の魔力を与えること。モンスターに自身を認めさせることの三つだ。

 

 まず名付けは今したので間違いない。次に魔力だがこれは心当たりがある。以前のトキヒサの涙だ。血にこそ劣るが涙などにも魔力が宿っている。偶然涙を取り込んだことで条件を満たしたのだろう。

 

 そして最後なのだが……自分でも少し意外なことに、ワタシはトキヒサを認めていたらしい。

 

 これまでの行動を見るにトキヒサはお人好しである。あと頭は悪くないようだけど些か非合理的な面があり、それを何だかよく分からないロマンという言葉で片付ける。

 

 ……と言っても混血をすんなり受け入れるほどのお人好しともなるとそうはおらず、肉体の性能もそこそこ悪くないとは思うのだけど。

 

 それにテイムされることでワタシの能力が上がっているというのも間違いない。自由意思を奪われるというものでもなく、明らかに出来ない命令であれば断ることも可能だ。

 

 まあつらつらと考えてはいたが、結局のところこの言葉に集約される。改めてよろしく。…………ワタシの()()()()

 

 

 

 

 こうしてワタシはボジョとなった。ちなみにトキヒサはワタシがテイムされていることに気づいていないようだが、それは言わずともいずれ分かることだろう。

 

 トキヒサのテイムを受け入れたこの選択に後悔は……今のところ無い。あまりトキヒサがバカなことをやらかし続けるようであれば分からないが。

 

 しかしそうなると一つ問題がある。ワタシはヌーボの分体として生まれた。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トキヒサがイザスタ様と再び出会う時、それはつまりワタシとヌーボが一つに戻る時を意味する。その時、ワタシはヌーボとしてあるのだろうか? それともボジョとしてあるのだろうか? 

 

 まあワタシは今日もトキヒサを守るのみだ。……トキヒサには悪いけれど、その時が来るのが先延ばしになればよいと思いながら。

 




 という訳でボジョの独白回でした。普段喋らず気配を消しているボジョですが、内心では色々考えているという事が少しでも伝われば良いのですが。


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閑話 都市長と用心棒の食事会

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「そうだ。建材の件は商人ギルドに話が付いている。壁の補修についてはそのまま進めて構わない」

 

 ここはノービス中央にある中央会館。都市の整備計画など重要な事柄は、その大半をここで決められている。

 

 その一室、ドレファス都市長の執務室。部屋の主は次から次へと部下に仕事を割り振っていた。そして動かしているのは口だけではなく、その間も机に溜まっている書類へと手が伸びる。

 

 書類を読み込み、サインをし、終わった書類を控えている部下に渡して次の書類に移る。部下も指示を受けてすぐに動き出し、代わりにまた別の部下がやってくる。

 

「冒険者ギルドにも依頼を出しておけ。補修の人手が必要だ。報酬は……相場の金額に加えて少し色を付けろ。加えて道具と食事はこちら持ちにすればそれなりに集まる」

「かしこまりました。食事の手配はどこに任せましょうか?」

「『駆ける子犬亭』に手配しろ。あそこが数日前、食材の調達を誤って大量に在庫を抱えていることは調べが付いている。在庫処分を手伝ってやると持ち掛ければ了承するはずだ。その際に少し値切りを……いや、その分少しそれぞれの食事の盛りを増やせと言っておけ。腹いっぱい食わせればそれだけで不満の種が減る」

 

 本来なら、ノービスを囲むように建てられている壁の定期補修はもうしばらく先になるはずだった。

 

 しかし先日の王都襲撃事件。そしてそれに伴い、各交易都市群都市長が集まって会談を行うという話が持ち上がる。まだ会談の場所と日取りは決まっていないが、万が一のために諸々の予定を早める必要があった。

 

 だが急に予定を早めるのは難しい。その分皺寄せはどこかに行き、それを一部担っているドレファス都市長の姿は、正しく為政者と言えるものだった。

 

 

 

 

「ふむ。これで本日中にやる必要のある物は終わりだな」

 

 都市長は愛用のペンを置き、今一度机の上を見直す。自身のサインの必要な物はきれいさっぱりなくなり、残るは緊急性が低いか代理のサインでも大丈夫なものばかりだ。

 

「はい。あとの処理と明日の準備は私どもにお任せください。都市長様はお休みを」

「ああ。頼むぞ。……では、また明日」

 

 都市長は身支度を整えると、後のことを部下に任せて部屋を出る。中央会館の入口には送迎用の馬車などが常駐しており、そのうちの一つに乗り込んで御者に自宅まで向かうように指示を出す。

 

 こうして中央会館と自身の屋敷を往復する毎日。多くの部下から自分達が都市長の屋敷に伺うと言われているのだが、毎日大人数で押しかけられるのも困るので、こうして都市長が中央会館に出向き続けている。

 

(今日も遅くなってしまった。夕食には間に合わなかったか)

 

 時刻はおよそ午後九時。しかしこのところの仕事量を考えれば、この程度の遅れで済んだとも言える。

 

 後処理を押し付けてしまったこともあり、部下達の頑張りに何かでいずれ応えようと考えながら、都市長は馬車に揺られて自身の屋敷に到着。都市長が降りると馬車は中央会館へと戻っていく。

 

「「お帰りなさいませ。旦那様」」

 

 主人の到着に気づいてやってきた下男に荷物を持たせ、屋敷の中に入る都市長。すると、数人のメイドと執事と思しき男が一礼をして出迎えた。

 

「ああ。ヒースと客人達の食事はもう終わってしまったか? ドロイ」

「はい。残念ながら。……今からですと温め直すのに少々お時間を頂きますが、よろしいでしょうか?」

「頼む。もう大分遅いのにすまないな」

「その言葉は料理長に仰ってください。私共は旦那様の意に沿うよう動くのみでございます」

 

 ドロイと呼ばれた男の言葉に都市長は静かに頷き、一度自室に戻って少しゆっくりめに部屋着に着替える。そうして料理の出来る時間を稼ぎ、のんびりと食堂にやってくるとそこには先客がいた。

 

「おや? もう食事は終わったと聞いたが」

「いやなに。うちの依頼人に合わせて終わったのは良いが、少し食い足りないと思いましてね。何か残り物でもないかとぶらついていたら丁度都市長殿のご帰還。となればご相伴にあずかれるかなと思った次第ですよ」

 

 食堂にはアシュが席に着いて待っていた。後ろには食事の世話係としてメイドが一人付いているが、アシュが断ると一礼して都市長の後ろに移動する。

 

「良いとも。丁度こちらも折り入って話したいことがあったのでな」

 

 タイミングを見計らっていたのだろう。都市長がそう言って席に着くのとほぼ同時に、食堂に夕食が運び込まれてきた。

 

 運び込んだメイドは配膳を終えるとこちらも都市長の後ろにつく。夕食と言うには遅く、夜食と言うにはやや早い食事会だ。

 

 それからしばらくは黙々と食事をする音だけが響いていた。都市長の後ろに控えるメイド二人は給仕役として動く以外は微動だにせず、よく訓練されているのが分かる。

 

 そして前菜や主食が終わる頃、話の口火を切ったのは都市長からだった。

 

「ところで、愚息の様子はいかがかね? アシュ殿」

「それは剣技の方ですか? それとも隠し事の方で?」

「両方ともだ」

 

 その言葉を聞いて、アシュは少しだけ悩んだ素振りを見せる。そして数秒ほど思案すると、

 

「まず剣技の方ですが、やはり少しなまってますね。ただ元々筋は良いし、基礎もしっかりできている。間違いなく都市長殿の剣をしっかり継いでますよ」

(出来れば剣より学問の方に力を入れてほしかったのだが)

 

 個人の武力が必要無い訳ではないが、学問も出来なくては人の上に立つことは出来ない。その点は若い頃の自分に似てしまったかと、都市長はその言葉を聞いて少し困った顔をする。

 

「俺個人としては下手に今の形を崩すよりも、戦い方に幅を持たせる程度の教え方で良いと思っています。どちらかというとヒースには、俺よりも都市長殿の剣の方が合っている」

「そうか。ではそちらはそのようにお願いする。ただ愚息はアシュ殿の剣を選ぶかもしれないがな。……隠し事の方はどうかね?」

「あ、ああ。そちらね」

 

 都市長としてはこちらの方がどちらかと言えば本命なのだが、アシュはどうにも歯切れが悪い。

 

「……何か気にしているのはすぐに分かったんですが、細かい内容まではまだどうにも。あんまり根掘り葉掘り聞いたら頑なになりかねませんし。……やはりそっちはジューネ達に任せた方が賢明じゃないですかね」

「やはりそれしかないか」

 

 そうして話が途切れたのを見計らい、小皿に乗せられたデザートが運ばれてくる。この辺りではやや贅沢品の果物の盛り合わせだ。それを摘まみながら、都市長はふと問いかける。

 

「それはそうと、やはり考えは変わらぬかねアシュ殿。我が家では貴殿を食客としてもてなす準備は充分あるのだが」

「……折角の申し入れですが、俺は流れの用心棒なもので。あんまり長くどこか一か所に留まるつもりは無いんですよ。それに今は依頼主がいますしね」

「そうか。……惜しいな。貴殿ほどの剛の者がいれば私も頼りにできるのだが。純粋な武力としても、愚息や調査隊の教育係としてもな」

 

 都市長は心から残念がっていた。都市長会談も近い今、いざと言う時のための戦力は多いに越したことはない。特にアシュほどの実力者であればなおのことだ。

 

「買い被りですよ。俺はただの用心棒ですから」

「ただの用心棒がかの『剣聖』と引き分けることなぞ出来まいよ」

 

 今でも都市長はあの時の興奮を忘れない。初めてアシュを見た時、彼がヒト種最強の剣士と謳われる『剣聖』レオンと一対一で戦い引き分けた時のことを。

 

 あの時にどうにか口説き落とし、短期的ながら愚息や調査隊の鍛錬を頼めたのは我ながら英断だったと思っているほどだ。

 

「あの時は時間制限がありましたから。上手いこと時間いっぱい逃げ切っただけですよ」

「はっはっは。謙遜することはない。並の剣士では『剣聖』相手に五秒と立っていられぬよ。それだけに……やはり惜しい。もし気が変わったらいつでも声をかけてほしい。当家はいつでも歓迎しよう」

 

 そうしてその後は他愛無い雑談などを挟みながら、食事会はお開きとなった。

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 自室に戻り、椅子にもたれかかって大きく息を吐く都市長。多少疲れが溜まっているようだと自己分析するも、この都市の都市長としては休むわけにはいかない。

 

(寝る前に一杯飲んでおくとするか)

 

 都市長は部屋の棚から果実酒を取り出し、共に備え付けられているグラスに注ぐ。

 

 嗜好品としても良い物だが、遠くココの大森林でしか採れないココの実の果汁を混ぜてあるため、若干の体力と魔力の回復にも効果がある。それに口をつけようとした時、

 

(……んっ!?)

 

 机に置かれている通信用の魔道具が点滅している。これは点滅によって相手の特定が出来るため、都市長はすぐに誰の連絡か分かった。都市長はそのまま椅子に座ると、魔道具を起動して通話状態にする。

 

『よう。まだ起きていたか?』

「ああ。寝る前に一杯やろうとしていた時にこれだな。せめて一口飲んでから連絡すれば良いものを」

『どうせ飲んだ後なら後で、飲む前に連絡しろよとか言うだろう?』

「まあな」

 

 都市長は少し砕けた口調でそう返す。それもそのはず、相手は古い馴染みだ。対外用に取り繕った言葉遣いなどあまり意味がない。

 

「まあ良い。果実酒だけでは少し寂しいと思っていた所だ。酒のつまみ程度には面白い話があるんだろうな? ディラン」

『ああ。色々と話すことがある。つまみだけで腹いっぱいにしてやるぜ。ドレファス』

 

 自分を役職名ではなく名前で呼ぶ友人に少しだけ機嫌を良くしながら、ドレファス都市長はゆっくりと果実酒を口に含んだ。

 




 ちょっとした伏線回です。全てがこれから話に反映されるかどうかは進行度次第ですが。


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閑話 探し続ける者達

 

「ふむ。やはり国家間長距離用ゲートはまだ復旧できそうにないか」

『そうだ。外側の設備はあらかた直りつつあるが、肝心要の動力源である魔石の目途が立っていない。人力で補おうとすれば、少なくとも腕の良い空魔法の使い手が十名は必要になる』

「ただでさえ多くない空魔法使いを少なくとも十人。それも腕の良いという指定がつくとなると難しいな」

 

 ドレファス都市長は果実酒を口に含みながら思案する。ちなみに一杯で終わらぬほどに話は進み、瓶の中身はもう半分以下になっている。

 

「王都襲撃の傷はまだ深し……と言ったところか」

『まったくだ。ところでそっちもこのことで会談を行うんだって?』

「ああ。まだはっきりとした日取りも場所も決まってはいないがな。大体この辺りという目星くらいはついている」

 

 ドレファス都市長の推測では、本命が交易都市群第一都市アスタリオ。次点で第四都市ドンザンだ。

 

 ちょっとした集まりなら交通の便の良さでドンザンに集まるのが通例だが、今回はおそらく全都市長が召集される。この場合権威という意味でアスタリオが優先される可能性は高い。

 

 日取りについては未定だが、いつ決まっても良いようにドレファス都市長は動いていた。

 

『都市長は苦労が多いな。俺だったら二、三日で投げ出してる』

「二、三日は出来るのなら代わってみるか? 今なら有能な部下も付くぞ」

『遠慮しておく。俺は過労で倒れたくないからな』

 

 都市長の冗談交じりの言葉に、ディランは茶化しながらも真面目に返す。以前その言葉通り本当に倒れたことのある都市長は、言外に働きすぎるなと言われている気がして耳が痛い。

 

「それもこれも、誰もあの時爵位の話を受けようとしなかったからだろう。折角冒険者から貴族になれるチャンスだったというのに」

『それはそうだ。あの時の面子は全員貴族なんて柄じゃない奴ばっかりだったものな。あの中でまともに受けられるのはお前くらいのものだったろうよ』

「もしあの時の私に会えたら一言言ってやりたいよ。死にそうなほど苦労するから覚悟しろとな」

『……だが、お前はそんな言葉を聞いたとしても、投げ出したりはしなかっただろうな。一度決めたことを簡単にはよ』

「…………多分な」

 

 ディランのしみじみとした言葉に、ドレファス都市長は照れたようにポツリと呟いた。

 

 

 

 

 その後も互いに利が有ったり、あるいは単なる雑談になったりという会話を続けていき、もうすぐ話も終わりの時が近づいてきたと都市長は考える。

 

 本音を言うならまだじっくり話をしたいところだが、都市長という身分上寝坊して遅刻なんてことは避けなければならないのだ。

 

 よって、いつも話の締めに決まって持ち出す話題を振る。

 

「……ディラン。()()()()の情報は有ったか?」

『いや。相変わらずあの時からどちらも消息が途絶えたままだ。モンスターにやられて食われたとしたら遺体の一部や血痕も見つからないのはおかしい。丸呑みという事も考えられるが、その場合は身に着けていた装備が排泄物と一緒に残るはずだ。アンデットにでもなったとしたら見た奴の報告がありそうなものだし、純粋に消えたという表現がぴったりだ』

 

 二人が話すのは、昔一緒にパーティを組んでいた冒険者仲間のこと。馬鹿馬鹿しく、愚かしく……最も輝かしかった頃の戦友達。

 

 一人はお喋りでお調子者かつ悪戯好きなパーティのムードメーカー的存在。もう一人は逆に寡黙だったが、良い腕をした斥候だった。

 

『ドレファス。前も言ったが、もう十年以上も消息不明となると生存自体は絶望的だ。それでもお前は諦めないのか?』

「生きているから探す。生きていないから探さないではない。あいつらに何が起きたのか知りたいから探す。それだけだ。……それに、お前もそれを知りたいから今でも調べ続けているんだろ? ディラン」

『まあな。こっちもまだ終わらせるつもりは無い。妖精国フェアルフでもジニーが調べてくれている。向こうも探すのをやめる気は無いってよ』

「まったく。私も含めて諦めの悪い奴ばかりだ。……では、諦めの悪い奴らでもう少し粘るとするか」

 

 ドレファス都市長は残った果実酒をグイっと飲み干すと、もう少しだけ明日寝坊するかもしれない危険を冒すことにした。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 二日前の昼過ぎ。ココの大森林にて。

 

「行けども行けども木々ばかり。一向に人里につく気配が無いな」

 

 時久(バカ野郎)を追いかけて異世界にやってきた、ゲームの八番目の参加者にして“相棒”こと西東成世(さいとうなるせ)は……四日ほどココの大森林を彷徨っていた。だが、特に食料などに困っている様子はない。

 

「プ~イ。プイプ~イ!」

 

 謎の苺大福モドキのプゥは元気いっぱいにそこら中を跳ねまわり……と言うよりふよふよと浮かんでいるので飛び回り、木々に生っている果実を発見しては器用に触角と口でもいで地面に落としている。

 

 時々ついついそのまま食べてしまうのはご愛敬。成世もそれを見て軽くため息をつきながらも、見つけた者の役得だと割り切って怒ることなく落ちた果実を拾っていく。

 

 ココの大森林はその広大さもさることながら、森の恵みという点でも非常に優れた場所だ。

 

 よく探せば果物もあちこちに生っているし、食用になるキノコなんかも色や大きさなど気になる点を度外視すればあるにはある。

 

 流石にプゥが極彩色のキノコを食べた時は成世も焦ったが、その後何事もなく跳ねまわっていたのでホッとしたのは内緒だ。

 

 その分そうした物を主食とするモンスターも多く生息しているのが普通だが、初日の成世の威圧感で軒並み逃げ出したためほとんど出くわしていない。

 

 そのため成世も無理やり強行軍をするのではなく、食料などを確保しながら少しずつ着実に進んでいた。

 

 

 

 

 そんな中を半ばハイキングのごとく突き進む成世達だったが、今はここに来た当時と少し変わっていた。奇妙な道連れが増えていたのだ。

 

「ヘイヘイプゥやプゥさんや。オレ様のとこにも一つ落としてくれニャいか? ……っと。その調子ニャ。ど~れオレ様も一つ頂こうかニャ」

 

 プゥが落とした果実にあ~んと大きな口を開けてかぶりつこうとするそいつに対し、成世は横からサッと果物をかっさらう。

 

 カチンと音を立てて歯を噛み合わせたそいつは、残念そうな顔で成世を見つめる。

 

「ヒドイっ! メシを奪うだなんて動物虐待ニャよボス! こんニャか弱い子猫ちゃんをいじめるニャんて……ハッ!? もしかしてそういう趣味があるニャ? コワ~い」

「お前のどこがか弱い子猫だ。ナエ。お喋りでお調子者のふてぶてしい猫の間違いだろ?」

 

 ナエと呼ばれたそいつは、真っ赤な炎のようなキレイな毛並みをした猫だった。思いっきり子猫ではなく成猫サイズである。

 

 それが普通に人をおちょくるかの如くペラペラと喋るのに、成世もこの数日で大分慣れていた。

 

「プゥに採らせて自分だけ楽しようとするんじゃない。せめて自分で採ってこい」

「えっ!? 自分で採ってきたら食べても良いのかニャ?」

「無論俺がそのまま持っていく」

「理不尽ニャっ!」

 

 ナエはコミカルにコロコロと表情を変えながら、仕方ニャいなとばかりに地面に何か生えてないか探し始める。

 

「まったく。お喋りばかりで少しはリョウを見習え。あいつはさっきから黙々と仕事をしているぞ」

「あのワン公は元々無口ニャ。リョウに比べれば誰だってお喋りってもんだニャ」

 

 成世とナエの視線の少し先には……一頭の狼がいた。影のような真っ黒な毛並みに堂々たる体躯。上に乗って走れるとまではいかないが十分デカい。

 

 それなのに自称犬のリョウは、一頭だけ先行して様子を探っていた。自分達以外の痕跡が何かないか? あるとしたらそれはどんな奴のものか? とても重要な仕事である。

 

「少し不安になってきたので一応改めて聞くが、お前達は俺の“召魂獣”で間違いないんだよな」

「そうともニャ。ボスのご命令とあらば、たとえ火の中水の中。愛玩用ペットから戦闘の手伝いまで引き受ける“召魂獣”ニャ~よ」

「お前はまるで俺の命令を聞かないくせによく言うな」

 

 成世がこの世界に来る際に、特典として貰った加護は“召魂術”。文字通り()()()()()()()()、魔力で()()()()器を形作って召魂獣として使役する。俗に言う死霊術と似て非なるものだ。

 

 戦力としてはともかく人手が増えるのは助かると考えた成世だったが、実際はこの通り決して絶対服従ではないため扱いが難しい。

 

 おまけに誰の魂を呼び出すのか、どんな姿で呼び出されるかもランダムだ。一度呼んだ相手なら指定は出来るが、下手に厄介な奴を呼び出したら面倒なのでホイホイ使えないという困った加護でもあった。

 

「……で? ()()()()()()()()()()()()()()?」

「そうだニャ。朝もリョウの奴に軽く聞いてみたけど、向こうもあまり思い出せないって。元となった魂の記憶が虫食いだらけってのは困るよニャあ。自分のニャ前も死因も全然思い出せニャいんだから」

 

 召魂術で呼ばれた召魂獣は、共通して記憶に欠落を抱えている。特に前世に繋がるような部分はかなりぽっかりと消えているらしく、今の名前は全て成世が付けたものだ。

 

 特にプゥは記憶の欠損が酷く、ほとんど子供のようなまっさらな状態だ。

 

「プ~イ。ププイプ~イ」

 

 飛び回って疲れたのか、プゥが最近定位置となりつつある成世の頭の上に着地する。何の話? というような眼をしたので、成世が軽く説明したがよく分かっていないようだった。

 

「やはりナエもリョウも、なくした記憶を取り戻したいと思ったりするのか?」

「リョウがどうかは知らないけれど、オレ様はそうだニャ。と言ってもオレ様が元それなりに腕の良い冒険者だったってことはちゃんと憶えてたし、記憶が無いと不便ではあるけどもしかしたらこっから先ふっと思い出すかもだしニャ。気長に行こうぜボス」

「……そうだな。もしお前達が自身の記憶について調べたいというのなら、俺もあの時久(バカ)を探すついでくらいには手を貸すとするさ」

 

 記憶が戻れば何か情報が得られるかもという下心からではあるが、成世はそう言ってナエに不敵な笑みを見せる。ナエはその言葉に一瞬驚き、

 

「……堂々とついで扱いするその言葉にもうオレ様喜んでいいやら呆れていいやら。乙女心を揺さぶる罪な男だニャ。でもまあ、それじゃ手を貸してよかったって思えるくらいにはお仕事頑張ろうかニャ。はいこれ! そこに生えてたキノコニャ!」

 

 何とか食べれそうなキノコを見つけて成世に差し出す。成世はそれを受け取ると、

 

「預かろう。……それとこのタイミングでこっそり一つちょろまかすのはどうかと思うぞ」

「バレたかニャ」

 

 ナエはペロリと舌を出しながら、肉球の間に器用に挟み込んでいたキノコを見せて困ったように笑った。

 




 という訳で伏線回その二。“相棒”の動向もちょろりと紹介です。何か旅の道連れが増えてますねぇ。

 ちなみに“召魂獣”の今の名前はプゥを除いて“相棒”命名です。名前の由来はそれぞれを漢字に直したらピンとくるかもしれません。


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接続話 たまにはぶらり観光を

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 異世界生活十八日目の夜。

 

 カリカリ。カリカリ。静かな部屋にペンを走らせる音が響く。

 

「……出来た! 出来たぞっ!」

「私も、出来た」

「はいはい。それじゃあ確認しますね」

 

 俺とセプトは書き上げた物をジューネに手渡した。ジューネは紙の内容にざっと目を通して軽くうんと頷く。

 

「はい。お二人ともちゃんと書けてますね。書き取りテスト合格です!」

「おう!」

 

 やはり最初から躓くって言うのはマズいからな。無事に出来て良かったよ。

 

「ボジョさんの方はどう……すごい! ちょっと字が歪んでいますけどちゃんと書けてます。この調子なら次には合格できますよ」

 

 あとボジョも地味にすごい。触手を上手く使ってペンを握り、スラスラと文字を書いていた。どうだと言わんばかりに触手を上に突きあげている。今はまだ半分くらいだが、確かにこれならすぐ全部の文字を覚えそうだ。

 

 俺とセプト、ボジョはジューネの部屋で、昨日約束した勉強会を行っていた。エプリも付き添いで一緒だ。

 

 アシュさんも途中まで一緒だったのだが、小腹が空いたとか言って食堂に行ってしまった。ついでに俺達の分も持ってきてくれると嬉しいんだけどな。

 

「……と言っても基礎中の基礎。よく使われる文字を覚えられたかどうか確認しただけだけどね」

「うるさいっての。全く分からない所からここまで頑張った俺をもっと褒めてくれて良いんだぞ。当然セプトとボジョも」

「うん。私も、頑張った」

 

 エプリの言う通り、今日やったのはあくまで基礎中の基礎。ここらで多く使われている文字を一覧にして、ひとまずざっと覚えて書き取りをしただけだ。

 

 エプリは流石に基礎中の基礎という事でやらなかった。出来る奴は余裕だ。というか本当に付き添いだけなのね。

 

 最初は話が出来るんだから書き取りも簡単だろうと思っていたのだが、新しい文字を覚えるって言うのは思った以上に大変だ。

 

 ……考えてみればこういう事が簡単に出来るのなら、前にやった英語のテストで赤点すれすれにはならないか。

 

「はい。それじゃあここまでにしましょうか。明日も復習がてら書き取りテストをしますからね。ちゃんと予習しておくように」

 

 そうだな。腕時計を見るともう夜の九時過ぎだし、これ以上はジューネも明日の準備があるだろうし迷惑だろう。引き上げるとするか。

 

 ボジョもゆっくりペンを置くと、そのままするりと俺の服に入り込んだ。

 

「ああ。ありがとなジューネ! いや、ジューネ先生」

「先生。ありがと」

「先生って……おだてたって対価をまけたりはしませんからね」

 

 おっ! ジューネが照れている。先生という呼ばれ方には慣れていないようだ。ちょっと顔を赤くするジューネと別れ、俺は自分の部屋に戻った。

 

 ……当然のように一緒に来るエプリとセプトはもう気にしない。折角自分の部屋があるのにもったいない。

 

 

 

 

「ふぅ~。体力はまだまだ余裕があるんだけど、代わりに頭が疲れた気がするな」

「私も、ちょっと、疲れた」

 

 俺とセプトはそれぞれソファーとベットにダイブする。いくら加護で身体が丈夫になっていても、精神的な疲れまではどうにもならないみたいだ。

 

 それと最近はセプトも自分から休むようになってきた。最初の頃は言われないと限界まで立っていたりしたからな。それに比べれば今の方が自然だ。

 

「……まあ最初はこんな所ね。私だったらもっと厳しくいくけど」

「厳しく教えれば良いってもんじゃないってことでどうか一つ頼むよ」

 

 エプリに教わらなくて正解だったかもしれない。早く覚えれるのかもしれないがスパルタ過ぎるのは嫌だ。内心少しホッとする。

 

 そのまましばらくソファーでダラダラしていると、エプリがダラダラするなとばかりに切り出した。

 

「…………ねぇ? 明日からどう動くつもりなの? 今日一日色々と見て回ったのでしょう?」

「ああ。それね」

 

 昨日はジューネの護衛(仮)で忙しかったので、今日は俺、エプリ、セプトの三人で半ば観光のつもりで街をぶらついてみた。

 

 ジューネとアシュさんは別行動。まだまだ交渉の相手自体はあちこちにいるらしく、今回はアシュさんもいるから二人で充分らしい。

 

 クラウドシープは観光には向いていなかったのでジューネ達に譲り、俺達は徒歩で軽く近くを見て回った。

 

 結果として、軽く見るだけのつもりだったが昼に出発したのに帰りは夕飯時になったと言っておく。見るものが多すぎた。

 

「一日だけじゃ何とも……かな。見て回るものが沢山ありすぎたと言うか」

「……やはりアナタの居た場所とは大分違う?」

「まあそれなりにな。だけどどこでも町に活気があるのは良いことだ。露店を冷やかすだけでも楽しかったしな」

 

 今回多く見て回ったのは市場。なんというか以前行ったフリーマーケットを彷彿とさせる場所だったな。

 

 雑多で、人混みでがやがやしていて、露店が多く見られたのが特徴だった。もちろん普通に建物の中に有る店もだ。

 

 あと行きかう種族はやっぱりというか様々。一番多いのはヒト種だが、それでも全体の六割くらいだろうか。

 

 残りは獣人だったり、エルフだったり、ドワーフだったりと、ファンタジー感たっぷりの人混みだった。そしてこのノービスの特徴として、魔族っぽい人もちょこちょこ見かけたな。

 

 これまで知る機会はなかったのだけど、一言で魔族と言っても結構細かな分類があるらしい。

 

 大まかな特徴としては大体が人型で、身体の何処かにヒト種と違う部分があると思えばいい。額に第三の目があるとか、肌の色が緑色だとかだ。

 

 獣人との最大の違いは、獣人が基本動物が二足歩行したような見た目ですぐ分かるのに対し、魔族はヒト種と違う部分さえ隠せばヒト種とほとんど変わらないという点だ。ある意味これがヒト種が魔族を嫌う理由かもな。

 

 ちなみにセプトは分かりづらいのだけど、背中の肩甲骨の辺りから小さな黒い翼が生えていた。身体が大きくなるにつれて翼も成長するらしい。

 

「……楽しむのは勝手だけど、油断して金をスラれないようにね」

「それはほらっ! エプリが見張っててくれれば大丈夫さ。……やりすぎには注意してほしいけど」

 

 間食にブルーブルの串焼きを買って食べ歩いている途中、一度スリにポケットの金をスラれかけたのは驚いたな。まあ銀貨数枚をもって逃げようとしたところをエプリに見破られて風弾を脚にぶち込まれていたが。

 

 その人はそのまま近くを巡回していた衛兵さんに連れられて御用となった。話を聞くとスリの常習犯だったらしい。

 

 過剰防衛じゃないかとひやひやしたが、ちゃんと手加減していたのでせいぜいが軽い痣が出来る程度のようだ。俺にも手加減してほしい。

 

「私も、次は、やっつける」

「頼むからセプトもやりすぎないでくれよな。しかしここまで魔族が普通に出歩けるんだったら、警戒してセプトに魔法をこっそり使わせなくても良かったかな」

「……どうかしらね。全く魔族への敵意を持たない者ばかりじゃないし、隠せるなら隠しておいても良いかも」

 

 それもそうだ。セプトはパッと見はただの美少女だし、むやみに魔族だって知らせることもないか。

 

「じゃあこれまで通りセプトは魔法を使う時はこっそりとな」

「分かった」

 

 セプトは素直に頷く。と言っても毎日ある程度は魔法を使わないといけないので、適当にこの屋敷の中庭を使わせてもらう事になりそうだ。

 

「それとな。明日からは早速金を稼ぐために色々やってみようと思う。と言ってもまだ思いついたことが二つ三つあるだけだから、上手くいくかどうか分からないけどな。あんまりあてにはならないかもだけど、二人とも手を貸してくれるか?」

 

 正直俺は“相棒”じゃないので商才とかは多分ない。それに一人で何でもできるとも思っていない。ならばその分は誰かに手を貸してもらうしかない。

 

 こういうものはどちらかと言うとジューネに頼んだ方が良い案を出してくれるだろう。勿論ジューネにも後で相談するつもりだ。

 

 だけど、先にどうしてもこの二人に話しておかなくてはいけないと思った。何せ俺が失敗したら最も影響が出るのはこの二人だからな。そして、

 

「うん。任せてトキヒサ(ご主人様)

「……内容にもよるけどね。無論その場合護衛代とは別に対価を請求するけど。……だからしっかり成功させて稼ぐことを勧めるわ」

 

 ほとんど即答の二人の言葉に、俺は深々と頭を下げる。……ちょっとエプリの言葉が不安だったけどそこは置いておこう。

 

「ありがとう。二人とも。……ってイタタタッ!?」

 

 急にボジョが服から触手を伸ばして俺の頭をぶっ叩いた。どうやら二人にだけ聞いて自分に聞かなかったことに腹を立てたらしい。

 

「悪かった。悪かったってば。ボジョも手伝ってくれるか?」

 

 そう聞くと触手はピタリと止まり、ゆっくりと上下してまた服の中に戻っていった。今のは手伝ってくれるってことかな?

 

「……まったく。締まらないわね。でもアナタらしいと言うべきかしら」

 

 俺としてもここでビシッとしたかったんだけどな。中々上手くいかないもんだ。

 

「……それで? 結局私達に何をさせようって言うの? ギルドで依頼を受けてモンスターの討伐でもすれば良いのかしら?」

「ああいや。まずは明日ジューネも含めて案を聞いてもらって、そこで意見とかを言ってもらえれば良いかな。あとはまあ場合によっては護衛しながら売り子もやってもらう事になるけど」

「……売り子? 商売でも始めるの?」

「まあな。まずは手始めに、()()()()()()()()()()

 

 それを聞いてエプリもセプトも不思議そうな顔だ。確かにこの手段はあんまり使っていいものじゃないしな。やりすぎるとマズイことになりかねない。

 

 だがまあこの都市の滞在期間はもう十日も無いし、ごく短期間ってことで勘弁してもらおう。

 

 さあて。明日から忙しくなるぞ。

 




 書き取りテストと次章の展望についての回でした。

 正直セプトもボジョも頭が悪いわけではないので、うかうかしていると時久はすぐに追い抜かれます。まあその分トキヒサも頑張りますが。

 次回はざっとですがこの章のキャラクター紹介です。人物を思い出したい方はお読みください。


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キャラクター紹介(第四章終了時点)

 

 キャラクター紹介(第四章終了時点)

 

 桜井時久

 

 遂に町までやってきた主人公。初めて見る町の景色や様々な人の日常に内心感動している。

 

 全身大怪我でズタボロだったが驚異的な回復を見せ、数日でそこそこ動けるようにまでなった。これには怪我人に慣れている方々もビックリ。常人なら一月は寝込む大怪我だったりする。

 

 今章で都市長やヌッタ子爵、ネッツといったこの町の有力者達と面識が出来たが、それがどのような意味を持つのか時久はイマイチ分かっていない。

 

 ジューネに言われるまで気がつかなかったが、腕時計やら魔石やら売ったら金になりそうな物を結構持っていたりする。ただ積極的に売りたがるかと言うと話は別。

 

 文字の読み書きをジューネに頼んで皆で教わっている。決して時久は読み書きが苦手という訳ではないのだが、本当にゼロから覚えるので苦戦中。

 

 

 

 

 アンリエッタ

 

 本当に神様だったという時久にとって驚きの事実。アンリエッタの属する七神は、この世界においてはかなりメジャーな信仰の対象である。元々はこの世界の神ではなく、一時的にこちらに来ているだけだという。

 

 この世界の元の神のことを聞くと一気に不機嫌に。どうやらこの話題は地雷らしい。

 

 

 

 

 エプリ

 

 時久の護衛として同行中。護衛のためなら同室だろうと添い寝だろうとお構いなし。むしろ近い方が護りやすいという徹底ぶり。仕事に真面目過ぎるのも考え物です。

 

 実はテーブルマナーや礼儀作法などもそれなりに嗜みがある。やろうと思えば簡単なパーティーに出席しても恥をかかない程度には。……そもそも出ようとは思わないが。

 

 文字の読み書きも結構達者。時久がもしエプリに教わっていた場合、それはそれでしっかりと教えていただろう。……少しでも間違うと風弾が飛んでくるスパルタな授業ではあるけれど。

 

 誰かのために特殊な薬を探しているようで、金をひたすら稼いでいるのはそのため。薬の情報を持っているかもしれないキリを次会ったら問い詰めてやろうと考えている。

 

 

 

 

 セプト

 

 時久に従って何処までも。奴隷はただ主人のために。基本的に自分の意思より主人を優先するので、時久としては困りもの。

 

 魔族ではあるものの、背中に生えている小さな羽さえ隠せばヒト種と変わらない。また人形のようなかわいらしさもあって調査隊でも町でも大人気。……本人が意図して狙っている訳でないのが恐ろしい。

 

 今回自身に埋め込まれた魔石のことが問題になっており、それが時久の負担になっているのではないかと考え解決には積極的。

 

 しかしそれはそれとして主人第一主義なので、ほとんど時久の傍を離れようとしない。当然寝床も一緒……のつもりだったが、そこは時久が断ったので断念。あとで早起きして足にしがみつくくらいで勘弁してくれました。

 

 あるシスター三人娘によって色々吹きこまれており、時久の精神に地味にダメージを加えたりする。

 

 今は魔石を安全に外せるよう、胸に特殊な器具を着けて生活している。時久と共に勉強会にも参加しているが、こちらの方が物覚えが良いのでもうすぐ追い抜きそう。

 

 

 

 

 ジューネ・コロネル

 

 商人の本領発揮とばかりに町で動きまくっている少女商人。クラウドシープという便利な足も手に入れて、ますます金儲けに余念がない。

 

 実は元々公爵家の血筋であることが判明。しかし本人曰く没落したようで、それが何故今は商人になっているのかは不明。ただ金を集めているのはそれに関係がありそうな雰囲気。

 

 都市長やヌッタ子爵、ネッツやキリといった曲者ぞろいの相手に対し、自分の利を確保した上で互いに儲かるように交渉するのは至難の業。

 

 それでも今回出来ているのは、ジューネの交渉術もあるが相手側も同じように考えているのも大きい。互いが互いの利益を尊重できるからこその結果である。

 

 着々と次の町に行く準備を整えているが、今はヒースの一件とキリの帰還を待っている状態。

 

 

 

 

 アシュ

 

 今回珍しくジューネと別行動が多い用心棒。

 

 一時期ヒースや調査隊の面々の教育係として都市長の屋敷で厄介になっていた。その縁もあって再びヒースを訓練することに。

 

 これまで教えていた教官から話を聞いたり、一度ヒースの動きを見てから訓練の内容を考えたりと、結構計画的な訓練になる予定。

 

 都市長からは食客として誘われているが、あくまでジューネの用心棒というスタンスは変えないようだ。

 

 

 

 

 ラニー・クレイル

 

 調査隊から一時離れ、セプトの治療と都市長への報告のため時久達と町まで同行する。この町において多少の顔が利き、ラニーの口利きによってエプリは審査の際にフードを取ることを免除された。

 

 教会のエリゼ院長とは叔母と姪の関係。薬師としての実力はどうやら叔母譲り。

 

 本来セプトのことが済んだらすぐに出発する予定だったが、エリゼの忠告もあって一日休んでからの出発に。

 

 

 

 

 ドレファス・ライネル

 

 交易都市群第十四都市ノービス都市長。四十代半ばの落ち着いた雰囲気を持つ紳士。しかしそれだけではなく、時として獣の如き獰猛さをもちらつかせるやり手の男。

 

 セプトの治療などに協力する代わりに、息子であるヒースの訓練と調査を時久達に依頼する。

 

 以前から凶魔化についてすでに情報を掴んでおり、バルガスやセプトの治療が迅速に行われるよう手配した。

 

 他にも宿泊の手配、移動手段であるクラウドシープの貸し出しなど、様々な面で時久達のバックアップをしている。……むろんそれに見合うだけの成果を時久達が挙げるのを見越してのことだが。

 

 実はヒュムス国のディランとは冒険者時代の戦友。時折連絡を取り合う事で情報交換をしている。都市長としての仕事の間に行方不明になった昔の戦友の行方を追っている。

 

 

 

 

 ヒース・ライネル

 

 調査隊副隊長。都市長の息子。

 

 貴族然とした優男。背は時久より少し上。やや長い茶髪をかきあげる様はそこそこ絵になる。……練習したのかもしれない。

 

 ラニーに好意を寄せていて、ちょくちょくアタックを掛けるのだが全てスルーされている。ちょっと不憫。

 

 なまじ才能があるため大抵のヒトを自分より下に見る悪癖があり、教官をおいて鍛錬をすっぽかすこともしばしば。特に最近はひどく、昼間いなくなって夜中に戻るということが続いている。

 

 アシュのことは数少ない教えを乞う価値のあるヒトだと思っている。それなりに尊敬もしている。鍛錬も強くなったと実感できる。ただ……いつも全力全開で倒れるまでやるのでかなりキツイというのが正直な所。だから少し苦手。

 

 

 

 

 エリゼ

 

 教会兼医療施設の院長。品の良い老婦人。バルガスやセプトのような凶魔化関係の患者を専門に扱っている。

 

 ドレファス都市長の子供時代の恩人でもあり、都市長の数少ない頭の上がらない人。都市長のことを時々ちゃん付けする。

 

 セプトに埋め込まれた魔石を安全に摘出するため、独自に開発した器具の試作品をセプトに渡した。

 

 ラニーは姪であり、彼女の体調を会うたびに気遣っている。

 

 

 

 

 アーメ、シーメ、ソーメ

 

 シスター三人娘。エリゼの元でシスターとして働いている。アーメが長女。シーメが次女。ソーメが三女の三つ子である。

 

 『華のノービスシスターズ』『エリゼ院長をお助けし隊』など様々な名乗りがあり、その度に某戦隊ものよろしく背中に爆発の幻覚が見えたり見えなかったり。エリゼ曰く悪い子ではないが少し悪ノリをする癖がある。

 

 

 

 

 ヌッタ・ムート

 

 子爵。六十半ばででっぷりとした太鼓腹を揺らしながら歩く様は、どこかユーモラスでタヌキを連想させる。

 

 珍しいものを集める収集家で、屋敷の地下に屋敷よりも広い展示室を作るほどの趣味人。能力的には更に上の爵位になれたものの、趣味で財政を圧迫しすぎて本家から無理やり隠居させられたという。

 

 ジューネとは祖父と孫のような関係。元々はジューネの両親と交流があった。ジューネが商人として活動することになった理由の一つは間違いなくヌッタ子爵である。

 

 定期的にジューネはヌッタ子爵に集めた珍品を売り込んでいるが、ちゃんと()()()()()売り込まないと買い取らないという中々にメンドクサイ性格をしている。

 

 取引の時以外は完全に孫に甘いおじいちゃん。そしてジューネの側もほとんど家族のように接している。

 

 前々からジューネに養女……正確に言うと孫にならないかと打診しているが、ジューネは今はまだその気はなさそうだ。

 

 

 

 

 ネッツ

 

 商人ギルド仕入れ部門トップ。キツネの獣人。着流しのような衣服に帽子と小さな丸眼鏡を着けている。

 

 物腰はとても穏やか。腕力による争いを好まず話し合いによる交渉を好む。しかし戦闘能力がない訳ではなく、大の大人を軽々投げ飛ばす柔術の名手。

 

 特技として、商人ギルドで一度でも登録、商談したヒトの顔と名前と簡単な情報は全て頭に入っているという。

 

 ジューネとは何度も取引をしていて、いずれノービスを出発する際に補給物資を用立ててくれることに。……ただしジューネは値切ろうとして逆に貸しを作る結果になってしまった。

 

 

 

 

 キリ

 

 情報屋。頭には砂漠でよく見るようなターバンを巻き、服もダブっとした布製の物で体型などがまるで分からない。もふもふに目がない。ジューネの依頼で不在の間に出来た店などの情報をまとめていた。

 

 時久達のこともある程度情報を掴んでいて、服の中に潜んでいたボジョの事まで言い当てて見せた。ジューネに時久の手に入れた闇夜の指輪について調べるよう依頼を受けて出立する。

 

 去り際にエプリの探している薬について仄めかしていった。

 

 

 

 

 西東成世

 

 現在ココの大森林を探索中。もう数日彷徨っているが、幸い食料は豊富だったためほとんどハイキングのような様相になっている。

 

 自身の加護『召魂術』によって、真っ赤な毛並みのお喋りな猫ナエ、寡黙な自称犬の真っ黒な狼リョウを召魂。苺大福モドキのプゥも合わせて着々と森を探索している。

 




 これにてこの章は終了です。なんとな~く出てきたキャラクターをまとめられたでしょうか?

 次章はバトルよりも金稼ぎの方に焦点を当てていきます。やっとタイトル通りになってきたという感じですね。

 新たなキャラクターも出てきますのでご期待ください。……割と重要キャラですよ。


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第五章 塵も積もればなんとやら
第百二十五話 もしもばれていなくても


 

「……はい。もう魔力は抑えて良いわよセプトちゃん」

「うん」

 

 ここはエリゼ院長の教会。セプトの経過観察のため、前に来た凶魔化対策のされている部屋で再び診察を受けていた。

 

 またエリゼさんが魔力の流れを見たいとのことで、セプトが闇属性の“影造形(シャドウメイク)”を使って影絵を披露している。

 

 内容は次々に違う動物に変化していくというもので、少し前に適当に教えた影絵に着想を得たという。地味に集中力と魔力を消費するので、魔力消費のノルマとして今では毎日の日課だ。

 

「ど、どうですか? セプトの具合は?」

「大丈夫。経過は順調よ」

 

 おそるおそるした俺の質問に、エリゼさんは微笑みながら返した。その瞬間部屋の中の雰囲気が明るくなる。

 

「良かったなぁ。嬢ちゃん」

「はい。良かったですねセプトちゃん」

「うんうん。やっぱり元気が一番だよね」

「健康なのは……良いこと……です」

 

 俺がホッとしている横で、バルガスや三つ子たちも口々にセプトに語り掛けている。

 

 バルガスは同じく凶魔化した縁で。三つ子たちは純粋に仲が良くなったらしく、それらの言葉にセプトもどことなく嬉しそうだ。……相変わらず無表情だけど。

 

 扉に背を預けているエプリも口元がほんの少しだけ上がっている。なんだかんだセプトのことを気にしていたからな。

 

「この調子ならもう二、三日で外れると思うわ。もうちょっと頑張ってね。……はい。器具の方も問題ないわ」

「うん。ありがとう」

 

 器具の点検を終えたエリゼさんの言葉に、セプトはペコリと頭を下げる。……っと。忘れるところだった。魔力が溜まった方の魔石を返しておかないと。俺はエリゼさんに魔石を取り出して差し出す。

 

 ちなみに回収した魔石は換金して道具の整備費用などに充てるらしい。それにドレファス都市長からも資金を貰っているので医療費などは心配しなくても良いとのこと。ありがたいことだ。

 

「……確かに受け取ったわ。だけど予想以上に交換が早かったわね。まさかこんなに早く魔石が限界を迎えることになるなんて」

「はい。なので今回交換の後、念のためにこちらに伺いました」

 

 交換のペースにはこちらも驚いた。エリゼさんに最初聞いた話では、もう一日二日は交換まで間が有るはずだったのだ。

 

「器具に異常は見られなかったわ。どうやらセプトちゃん自身の魔力量が私の予想よりも多かったようね。……ごめんなさいね」

「いえ。セプトに大事が無くて良かったです。それに治療の経過は順調なんですよね? じゃあこのやり方は間違っていないってことです。逆にこっちがお礼を言わなきゃですよ。ありがとうございます」

 

 無理やり埋め込まれた魔石を外して後遺症が出るなんてことになったらマズいけど、この分ならそうはならないはずだ。それだけでもこっちが礼を言うべき立場だろう。

 

 予想がずれて表情を曇らせるエリゼさんに対し、俺は深々と頭を下げて礼を言う。

 

「トキヒサくん……ありがとうね。こんなおばあちゃんに気を遣ってくれて。じゃあ気を取り直して、ここしばらくのセプトちゃんの様子を聞いてもいいかしら。セプトちゃん自身にも後で聞くから大まかでいいんだけど……時間は大丈夫?」

 

 俺は腕時計をチラリと見る。……うん。まだ()()()()()()()大分余裕が有るな。

 

「大丈夫です。じゃあちょっと長くなるかもですけど、お話しますね」

 

 俺はこれまでにあったことを振り返りながらぽつぽつ話し始めた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 異世界生活十九日目。

 

 一昨日の朝のように起きたらセプトがくっついていたというハプニングもなく、相変わらず先に起きて着替えを済ませていたエプリに軽くいじられながらも用意を済ませて食堂へ。

 

 そのままいつもの面子と朝食をご馳走になり、それぞれの部屋に戻るまでが昨日までの流れだ。だが、今日は少し違った。

 

「ジューネ。ちょっと話があるんだが……良いか?」

 

 食事を終えて、アシュさんを伴って部屋に戻ろうとするジューネ。そこに俺が声をかけると、ジューネは怪訝そうな顔で振り返る。

 

「話? 勉強会のことですか? わざわざ念を押さなくても今日の夜も行いますよ。書き取りテストですから気を引き締めてくださいね」

「ああいや。それもだけど、それとは別にいくつか話があるんだ。……約束してた勉強会の対価の件で」

「それは……儲け話という事ですか?」

 

 その言葉と共に、ジューネの表情が引き締まった。そして一瞬置いてニヤリと笑みを浮かべる。アシュさんは……こっちは何も言わずに流れを見守るって感じだな。

 

「そうなるかどうかはまだ何ともって感じだな。だからこそ、こういう事に鼻が利くジューネに相談したいんだ。頼めるか?」

「モチのロンですとも。ではさっそく私の部屋に行きましょうか。さあさあ早く早く。アシュも行きますよっ!」

 

 そう言うとジューネは一人ウキウキと部屋に向かっていった。アシュさんはそんなジューネを見てやれやれと肩をすくめながらついていく。乗り気になったのは嬉しいんだけど、肝心の俺を置いていかないでほしいんだけどな。

 

「……トキヒサ。ジューネに相談するのは良いけど、()()()()()()()()()?」

 

 ゆっくりとジューネの後を追う俺に、いつものようにフードを目深にかぶりながらエプリがそう話しかけてきた。

 

「問題はそこだな。一晩考えたんだけど、場合によっては全部ぶっちゃけても良いかもって思ってる」

 

 今回考えたやり方では『万物換金』の加護をかなり使う事になる。ジューネには前にダンジョンで加護について説明したけど、今回はそれだけじゃないからな。流石に普通の加護じゃないってばれるだろう。

 

 まあジューネやアシュさんとも知らない仲じゃないし、この際俺が異世界から来たってことをバラしても……ちょっと不安だけどまあ何とかなる……か?

 

 一応夜中にアンリエッタにも諸々確認をとったけど、あまり大人数にばらさなければ問題ないらしいからな。

 

「…………そう。分かった」

「ちょっと意外だったな。エプリだったら止めるかと思ったけど」

「……傭兵は基本的に依頼人に従うものだもの。……ただ忠告はさせてもらう。話す相手は選ぶことね」

「分かってる。そうそうむやみやたらに言いふらしたりなんかしないさ。俺が信用できると思った相手にしか言わないって。まあエプリの場合はこちらが話す前から色々ばれてたけどな」

 

 そう言うと、エプリは少し皮肉気に口元を歪める。

 

「……そう。なら、ばれていなかったら私に話すようなことはなかったかしら?」

「どうだろな? 結局たらればになるけど、多分言ってたんじゃないかな」

 

 もしもの話なんで想像することしか出来ないが、おそらくエプリがこっちのことを知っていなかったとしても話すことになっていた可能性は高いと思う。

 

「……理由は?」

「少なくともそれくらいには信用してるってことさ。信用できない相手だったらあの時契約続行しようなんて言わないって」

「…………なるほど。では、その信用の分くらいは働くとしましょうか」

 

 どうやらこの答えはお気に召したらしい。フードの下に僅かに見えたその表情は、どこか機嫌の良さそうなものだった。

 

「トキヒサ。早く行こう」

 

 軽く俺の服を引っ張りながらセプトが急かす。セプトは前とは違って今はフードはしていない。エプリと違ってパッと見はヒト種とそう変わらないから隠す必要があまりないのだ。違う所と言ったら背中の翼くらいだしな。

 

 セプトにも……言っても良いかな。奴隷だからって訳じゃないが、何故か分からないけど俺を慕ってくれているのはどうやら間違いないみたいだしな。話した結果態度が変わったりしたらそれはそれで仕方ないけど。

 

「ああ。そうだな。急がないとジューネが機嫌を悪くしそうだ」

 

 俺は軽くポンっとセプトの肩を叩くと、そのまま皆でジューネの部屋に向かった。

 

 

 

 

「遅いですよ! トキヒサさんから提案してきたのに遅れないでくださいよ」

「俺が遅れたというかジューネがさっさと先に行ったからだよ。道すがらちょっと話しても良かったのに」

「甘いですねぇ。こういうのは誰に聞かれてるか分かりませんからね。なるべく安全な場所でやるものですよ」

 

 いや、一応ここドレファス都市長の屋敷だからね。聞かれてるったってこの家の人達だろうし、そこまで気にすることもないと思うんだけどな。

 

「念の為嬢ちゃんの頼みで部屋の周りを探ってみたが、潜んでるやつはいなさそうだな」

 

 アシュさんも大真面目に言っている。よく見たらエプリやセプトも一緒になって調べている。……これって俺の危機管理能力が低いだけなのだろうか?

 

「それじゃあ本題に入るとしましょうか。相談と言うのはどういったことでしょうか?」

 

 ざっと確認し終えた後、ジューネはメイドさんが淹れてくれた紅茶を飲みながらそう切り出した。……ってメイドさんいるじゃんっ!? 普通に聞いている人いるじゃないかっ!?

 

「さっきのは不特定多数のヒトに聞かれてはマズイという意味です。このメイドさんは肝心の所では耳を塞いでくれるので大丈夫ですよ」

 

 耳を塞ぐって……あっ!? ホントにメイドさん紅茶を淹れた後に手で耳を塞いでる。意外にノリが良いな。

 

「まあこれは流石にジョークだけどな。メイドさんには全員の茶を淹れてもらったら一度退席してもらう」

 

 アシュさんの言う通り、全員分の茶を用意し終わるとメイドさんはペコリと一礼して部屋を出ていった。何か悪いことをした気がするな。

 

 俺達はそれぞれ好きな所に座り、相談と言う目的上俺は小さなテーブルをはさんでジューネの前に移動する。

 

「では改めまして、相談と言うのは何でしょうか?」

「ああ。このノービスに来てから色々金を稼ぐ方法を考えていたんだが、いくつか思いついたことがあるから現実的かどうか教えてほしいんだ」

 

 この言葉と共に場の雰囲気が少しピリッとする。主にジューネがだが。

 

「まず一つ目は……これなんだ」

 

 俺は事前に用意しておいた品を数枚取り出してテーブルの中央に置く。その内の一つをジューネはゆっくりと手に取ると、様々な角度からじっと見つめる。

 

「これは……硬貨ですか? しかし私の知っているどの硬貨とも違うようですね」

「ああ。俺の故郷で流通しているものでな。ここらへんじゃまず出回ってないと思うぜ」

 

 俺も同じように今取り出した硬貨、()()()を手に取る。まずは何処までもシンプルに、(日本円)(デン)で売れるかどうか調べてみようじゃないか。

 




 新章突入。前章でもチラホラ出てきましたが、いよいよ本格的に能力を使って金稼ぎに入りますよ。

 今章のアンケートは前のものとはまた少し違いますが、お気軽に答えていただければ幸いです。


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第百二十六話 一円玉の底力

 

「ふ~~む」

 

 ジューネは一円玉を見ながら難しい顔をする。それもそうだろう。儲け話と聞いたらいきなりこんなものを見せられたのだ。困惑しているのかもしれない。

 

「……どう言ったら良いのか。なにしろ初めて見る品ですからね。この……」

「一円玉だ」

「はい。このイチエンダマですが、これはどういった用途で使われる物なんですか?」

「いや、だから見たまんま硬貨だって」

 

 そう言うとジューネは再び悩み始める。何かおかしなことでも言ったかな?

 

「いえ。最初は硬貨かなと私も思ったんですが、よくよく見れば非常に細かい造形ですし、ただの硬貨にしては芸術性がやたら高いというか」

 

 そこっ!? まあ確かに流石ジャパンクオリティーと言うか、やたら細かいところにこだわる国民性が硬貨にもろに出てしまったと言うか。

 

 一円玉なんてある意味その極みとも言える。なにしろ実は造る度に赤字になっているぐらいなのだ。

 

「どれどれ。俺にも見せてみな。……ほう。なるほどねぇ。こいつはよく出来てるな」

「よく出来ているどころじゃないですよアシュっ! 何かの植物の葉を模ったこの精密な彫り。意味は分かりませんが紋様のようなものも彫ってありますし、仮に硬貨だとしても相当な価値のある硬貨だと見ました」

 

 言いづらいなぁ。それ日本国硬貨で一番価値の低い奴なんだけど。ジューネが真剣に考察している中、俺はちょっと申し訳なく思う。

 

「ま、まあ硬貨云々は今は置いておいてくれ。どうせここらじゃ硬貨としての価値はあってないようなものだしな。今見てもらいたいのは……()()()()()()()()()

「素材として……ですか」

 

 ジューネが不思議そうな顔をして一円玉を見つめる。そう。別に一円玉を一円のままで売ろうなんて思ってはいない。硬貨としては一円にしかならなくても、素材としてはまた別だろう。

 

 今日までこの町を見て回っていくつか気付いたことを挙げると、まずこのノービスは基本石材を多く使っている。

 

 例えば建物や道路の大半は石造りで、次に多いのが木材だ。他にも鉄などの金属類も使われてはいるのだが、石材や木材に比べると相当少なかった。

 

 石材や木材が多いのは近くに森なり石切り場なりがあるからだとして、じゃあ金属類が少ないのは何故だ? 近くに鉱脈が無いからか? そんなことをつらつら考えていると、ふとこれは儲け話に使えるのではないかと頭をよぎった。

 

 つまり『万物換金』の加護で適当な硬貨を大量に出し、それを金属の素材として売りさばけるのではないかという考えだ。

 

 ちなみに一円玉にしたのは単にコストパフォーマンスが最も高いため。仮に失敗したとしても元の単価は安いので、損害はほとんど発生しないというのも魅力だ。

 

 さて。どうなるか。ざっと町を見た限り一度も見かけなかったし、それなりにここら辺では珍しい方だと高く売れそうなんだが。

 

 最悪ダメだった場合は次は十円玉でも用意してもみるか? だけど確か日本の十円玉って銅以外にも色々混ざってるって話だしな。そう色々考えながら固唾を飲んで見守るのだが、

 

「…………困りました。素材としても初めて見ますね」

 

 えっ!? ジューネはそんなことを言いだした。嘘だろっ!?

 

「そのぉ。アルミニウムって金属なんだけど、ここらへんじゃ使われてないか? 俺の故郷じゃわりと良く使われている金属なんだけど」

「少なくともこの町や近くの交易都市では見たことがありませんね。私が商人として未熟であるという事を差し引いても、相当珍しい金属じゃないでしょうか?」

 

 本当かと言う風にエプリとセプトの方を見ると、二人ともうんうんと頷いている。……しまったあぁぁっ!! 俺としたことがコストパフォーマンスのことばかり気にして、そもそもこっちにない場合のことを考えてなかった。

 

 昨日たっぷり二人に聞く機会はあったのに、うっかりしてた俺のバカバカバカ。数が少ないならともかく、無いんじゃあ値段のつけようがないじゃないか。心中で自分のことを殴りつけながら俺はがっくりと膝をつく。

 

「ちょっ!? 大丈夫ですか?」

「ああ。ありがとうジューネ。ちょっと予定が狂って力が抜けただけだから気にしないでくれ。セプトも大丈夫だから」

 

 俺が膝をついたのを見て、ジューネとセプトが駆け寄ってきた。エプリはいつものように壁に背を預けながら額に手を当てている。まいった。呆れられてるみたいだ。アシュさんは……なにやら難しい顔をしているな。

 

「それはそうでしょう。私だってこんな品が出るとは思いもしませんでした」

 

 そうだよなぁ。これじゃあ売れないよな。何せ情報の一切無いものだ。そんな危なっかしいものを取引するなんて物好きは……。

 

「こんな…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 …………はいっ!?

 

「いや。俺が言うのもなんだけど、ジューネくらいの奴がこれ見たことないんだろ? つまりここら辺では一切無いってことだ。一切の前情報のない品なんてよく扱えるな」

「いえいえ。だってこれはトキヒサさんの故郷でよく使われている品なのでしょう? ならばそこまで危険ってことも無いでしょうし、トキヒサさんから性質なり何なりを聞けば良いだけの話じゃないですか。……それに」

「それに?」

 

 そこでジューネは一度言葉を切ると、目をキラキラさせて俺の顔を見つめた。

 

「初めてという事は、この品に自分達で適正価格を考え、付けていくということ。これほど心躍ることはそうはありませんよっ! ああどうしましょう。胸が高鳴りますねぇ」

 

 そうだった。ジューネはこういう奴だった。多少の危険を踏まえた上で、それでもなお儲け話に手を伸ばす根っからの商人だった。ここで安全策をとるような奴ならダンジョンにたった二人で潜るなんてことはしないもんな。

 

 何やら予想外の展開になってきたが、これはこれでオッケー……なのだろうか?

 

 

 

 

「フムフムなるほど。おおよそですが理解しました」

「り、理解してくれて助かるよ」

 

 それから二十分ほど、俺はジューネから根掘り葉掘り一円玉、というよりアルミニウムという金属についての質問攻めにあった。

 

 と言っても俺も滅茶苦茶詳しいってわけではないので、あくまで俺が教えられる一般常識的なもののみだったが。

 

「話を聞く限りでの特徴は、金属にしては軽く、そして比較的細工がしやすいという点ですね。まあ加工という点では本職の方に確認をとらないと何とも言えませんが」

「そうか。……それで、ジューネの目から見てこれは売れそうかな?」

「……そうですね」

 

 そう言うとジューネは目を閉じて少し考えこむ。

 

「…………素材としては良いと思います。何しろ未知の金属ですからね。商人ギルドに持ち込むにしても個人的に誰かに売り込むにしても、欲しがる者は多いでしょう。ですがいくつか問題があります」

「問題……と言うと?」

「まず一つ。出所の問題です。こちらはトキヒサさんの故郷で使われているもの。だけどトキヒサさんはあまりその辺りのことは明かしたくないのですよね? 先ほどのことから察すると」

 

 これはさっきの話し合いの中で話題になったのだが、流石に異世界のことはあんまり言いふらすわけにもいかず適当にお茶を濁すことにしたのだ。

 

 無論いざとなったら話すつもりだったが、ジューネもそこはあまり突っつかないでいてくれたので助かった。

 

「ああ。どうしても必要なら仕方がないけど、出来れば話したくない」

「何かさらなる儲け話の気配がプンプンするのですが……まあ良いでしょう。となるとこの品はどうやって手に入れたかという事になりますが」

「…………いっそのこと、ダンジョンの中で手に入れたとでも言えば良いんじゃない?」

 

 ここでエプリからの掩護射撃。何だ? 基本話し合いに口は出さないと言っていたが、良いアイデアを出してくれるじゃないか。

 

「そうかその手があったな。ダンジョンで新種の金属が出たとでも言えば何とか誤魔化せるんじゃないか?」

「……本気? 冗談で言っただけなのだけど」

 

 何故か言い出しっぺのエプリが驚いているが、ジューネは結構真剣な顔をしてこの提案を考えている。

 

「となると調査隊の皆さん。ひいてはドレファス都市長にも話を付ける必要がありますね。大分大掛かりになりますが、まあそこは何とかなりそうです」

 

 どうやら無事に済みそうだ。そう安堵しかけた時、

 

「ですが、まだもう一つ肝心な問題が残っています」

「もう一つ?」

 

 ジューネが真面目な顔をして再び俺の目を見据える。まだ何か凄い問題があるのか?

 

()()()()()()()()()()()。これだけでは新素材が見つかったという証明にはなっても、これそのもので交渉と言うのは難しいと思います」

 

 量か。確かに一円玉一枚くらいじゃどうにもならないよな。だったら、

 

「じゃあ大体どのくらいあれば交渉になりそうだ?」

「そうですね。……まあ素材としてみるなら同じものがざっと千枚もあればひとまずの交渉くらいは」

「千枚か。そのくらいで済むならお安い御用だ」

 

 俺は空間から貯金箱を取り出すと、通貨設定を日本円の一円玉に変更して通貨引き出しのボタンを押す。すると、

 

「…………なっ!?」

「これは以前ジューネには話したよな。俺の『万物換金』の加護は自分の物を金に換えられる。そしてこの一円玉は俺の故郷の硬貨。つまり金だ。なのでこの通り。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って訳だ」

 

 俺とジューネの間にあるテーブルには、一円玉がちょっとした山を作っていた。ちなみに枚数は奮発して二千枚。といっても二千円、こっちで言うと二百デンなのでそこまで凄い出費ではないのだが。

 

「出そうと思えばまだまだ出せる。……これでいけるか?」

 

 ジューネは一円玉を数枚手に取り、それぞれが本物であることを確認すると、無言でグッと拳を握りしめながら笑った。……答えはそれだけで十分だ。

 




 身近なものでも意外と知らないことってありますよね。時久もジューネに話せたのは大まかな特性だけです。化学式とかは言っても……ね。

 交渉はまだまだこれから。どうなりますことやら。


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第百二十七話 金の生る木

 

「しかし、ある意味勿体ないとも言えますねぇ。折角ここまでの装飾が彫られているのに素材としてだけ使うというのも。おじい……もといヌッタ子爵なら大喜びするでしょうに」

 

 多く出し過ぎてテーブルから零れ落ちた一円玉を拾い上げながら、ジューネがふとそんなことを呟いた。……確かにあの子爵だったらこういう珍しいものに食いつくかもな。

 

「そうだな。じゃあこういうのはどうだ? あくまで素材として扱う分とは別に、収集品として何枚か子爵に送るとか。どうせ喜びそうな物を集めておくって言ってあるんだし」

「う~ん。そうしたいのはやまやまですが、ヌッタ子爵はああ見えてただで物を貰うのが苦手と言うか。交渉で自分有利に持っていって貰うのが好きと言うか。そういうちょっと面倒なヒトなんです」

 

 面倒って……。まあこれを聞いて、この前の地下室での交渉の意味が分かった。それでついついジューネに温かい目を向けてしまう。

 

「ど、どうしたんですかその目は?」

「いや、ジューネって優しいところもあるんだなって思ってな。つまりこの前のヌッタ子爵とのあれは、素直に受け取らない子爵に対する壮大な芝居だったんだろ? いざとなったら華を持たせる的な」

「……? 何のことですか? あれは勿論最初から最後まで本気だったに決まっているじゃないですか」

 

 えっ!? そうなの!? 照れ隠しかと疑うが、どうやら目の前のジューネにそんな様子はない。

 

「そりゃあ私だって多少のヨイショをしようとした時もありました。しかしおじいゴホンゴホン……ヌッタ子爵ときたら、わざと手加減しようとするとすぐに察知するんですよ! そのくせそうなると逆にひねくれて、急に年寄りっぽくやれ関節が痛いだの咳が酷いだの言って交渉を打ち切ろうとするし……」

 

 そのままジューネの愚痴……と言うか、ある意味家族間コミュニケーションの様子をたっぷりと聞かされた。

 

 つまり手加減抜きの全力で交渉しないと意味がなかったわけだ。だからと言って毎回あれでは身がもたないんじゃないかと思うのだが。特に周りが。

 

 そう思ってアシュさんの方を見ると、俺の思ってることが伝わったのかうんうんと微妙に苦笑いしながら頷いている。お疲れ様です。

 

「という訳なので、子爵の方はそのうちまた話を持っていくので今は良いです。それよりもこのイチエンダマ。硬貨ではなく素材としてならアルミニウムでしたか? これをどう売り込むかを考えましょう」

 

 気を取り直して話し合い再開。ジューネの言葉で仕切り直しだ。まあジューネが大いに脱線した発端でもあるんだけどな。

 

「ああ。と言っても俺は商人じゃないから、こういう時どうやって売り込めば良いかなんて分からないしな。大体のところはジューネに任せるよ」

「おいおい。良いのかうちの依頼主様に任せても? 色々任せたりしたら自分が儲けるためにこっそり裏で動いたりするかもよ」

「なっ!? なんてことを言うんですかアシュ。…………まあ否定は出来ませんが」

 

 アシュさんの言葉にそうポツリと呟くエプリ。否定出来ないんかいっ!? まあ予想してたけどさ。

 

「まあそこは別に良いですよ。誰だって自分が儲かるために動くのは当然ですし、それに、良い商人はそれも込みで皆が一番儲かる風に動くもの。だよなジューネ?」

「むむっ!? そう言われたら、良い商人としては勿論ですと返さざるを得ませんね。……良いでしょう。ばっちり皆儲かるように動いてみせましょうとも!」

 

 わざと少し挑発気味に言うと、それを分かってかどうかは別としてジューネも気合を入れてそれに応じる。

 

 前にもアシュさんに似たようなことを言われていたけれど、ジューネの行動原理は意外に分かりやすいのかもしれない。

 

 

 

 

「ではまず誰に売り込むか……ですね。ちなみに私のおすすめとしては、一番がドレファス都市長。次点で商人ギルドのネッツさん個人。その次が私の伝手を頼って知り合いの鍛冶屋や細工師、ヌッタ子爵、商人ギルド全体と続きます」

「一番と次点はなんとなく分かるけど、その後はよく分からないな。商人ギルドそのものに話を通すのはダメなのか?」

 

 出所の問題でドレファス都市長に話を通し、一緒に品を出して交渉するという手は分かる。次点のネッツさんも、商人ギルドの偉い人なのだから交渉事にはうってつけだ。

 

 だがその後に個人の知り合いを出して、商人ギルド全体を最後に持ってきたのがよく分からない。と言うよりネッツさんに声をかけたら普通にギルドにも話が通るだろうに。

 

「確かに、長い目で見て最も利益のことを考えるなら商人ギルドが一番です。ネッツさんに協力をお願いして大々的に広めるというのも手ですね。しかし前提として、そう長くこのノービスに滞在できないという点と、アルミニウムの出所を誤魔化す必要があるという点が挙げられます」

「……成程ね。大々的に売り込めば売り込むほど、こちらに興味を持って調べようとする者も増える。それにいちいち関わっていたら時間がいくらあっても足りないし、誤魔化すのが難しくなってくるわね」

 

 エプリの言葉に俺もなるほどと内心頷く。諸々終わったら早く次の目的地であるラガスに向かわねばならないが、そのためには都市長から頼まれた件とセプトに埋め込まれた魔石の件を終わらせる必要がある。

 

 予定では情報屋キリが戻るのがあと八日。ベストなのはそれまでに終わらせてさっさと情報を貰う事だが。

 

「エプリさんの言う通りです。つまるところ如何に早い時間で、それでいて誤魔化しきれる程度に小規模に、なるべく儲かるよう売り込まなければならないという実に難しいお題なのですよ」

「という事で商人ギルド全体に話を通すのは悪手だ。ネッツ個人に話をするならまだ問題はないだろうけどな。これで大体分かったかトキヒサ?」

「はい。何とか」

 

 アシュさんの言葉にゆっくり頷く。しかしちょっと縛りが多すぎやしないかこの状況。時間に情報に金。どれも大切だから仕方ないが。

 

「となると……やっぱり最初はドレファス都市長の所に売り込むか。訳を話して出所を誤魔化すのに協力してもらおう」

「そうですね。ただこのアルミニウムがどこまでの値が付くかとなると…………正直未知数です。それに、場合によってはトキヒサさんの方が問題になります。何せ金が続く限りアルミニウムを産み出せるわけですからね。アルミニウムの価値次第ではトキヒサさんは金の生る木と同じです」

 

 自分が金の生る木っていうのはピンと来ないけどな。だけどまあ何となく理解は出来る。

 

「そう考えると価値が出過ぎない方が良い気もするな。そこそこ売れる程度で良いのか?」

「そこは話の持っていき方次第ですね。まあ交渉の方は私とアシュに任せてください。こういう事は慣れてますから」

 

 自信たっぷりに言うジューネ。これは頼もしい! 頼りに出来そうだ。ジューネだけじゃなくて……アシュさんもいるしな。

 

「何故か微妙に頼りにされていないような気もしますが……まあ良いです。次はどのように売り込むかですが、正直な所どこまで話します? 加護について全部話しますか?」

「一応全部……かな。そこについては俺から話すよ。ただ『万物換金』で一円玉を出すには多少の制限があるという事にする。だからほいほい無尽蔵には出せないってな」

 

 嘘は言っていない。結局のところ金が無ければ出来ないからな。無から有を産み出すものじゃないってことだ。

 

「……気休め程度かもしれませんが、まあそれで少しは誤魔化せますかね。では簡単にまとめると、まずドレファス都市長様にはアルミニウムのこととその出所について説明。その上で協力を仰ぎ、周囲の方にこれはダンジョン産であると喧伝してもらう。そうすれば次の交渉が大分やりやすくなりますからね。ひとまずは以上ですが……何か質問は?」

「次のってことは、都市長以外とも交渉するのか?」

「当然です。ドレファス都市長様との交渉が上手くいけば、ある程度は情報を制御しながら新たに交渉が出来るようになりますからね。その間に出来る限り伝手を頼って売り上げます。……と言ってもまずはアルミニウムの細かな性質などを確認する必要がありますが、そこは私の知り合いの鍛冶屋に見てもらう事になりそうです」

 

 俺の言葉に対し、何を言っているのかと言わんばかりにジューネは返す。こういうのはただ売れば良いだけだと思っていたが、ジューネからすればただ売るだけではなくドンドン次の交渉に繋げていくつもりのようだ。

 

「これはもう全体でどれだけの額が動くことやら。想像するだけで……いやあ夢が広がりますねぇ!」

 

 さっきからまたジューネの目が金マークに見える。自分の想像に悦に入っているみたいだけど、声が掛けづらいなぁ。なんか幸せそうだし。まだ話すことがあったんだけど、元に戻るまで待つとするか。

 

「…………大丈夫かしら? 今のジューネに任せて」

「大丈夫さ。……多分」

 

 微妙に呆れたような声でエプリがそう呟く。なので俺も大丈夫だと返すのだが……本当に大丈夫だよな? 商人として信用してるから頼むぜまったく。

 




 ジューネの場合腕は良くても突っ走りすぎることがありますからね。時久の不安はもっともです。

 まあアシュが横に居るので致命的なことにはなりませんが。


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第百二十八話 誰かの要らない物は誰かにとっての良い物

 

「では早速都市長様の所へ突撃……と言いたいところなのですが、流石に今はマズいですね」

「そうだな。朝食の後にすぐ出発してもう向こうに着いている頃合いだ。予約も無いのに急に押し掛けるのは迷惑だろうしな」

「となると戻るのはまず確実に夜でしょうからね。……仕方ありません。それまで待つとしますか」

 

 ようやく落ち着いたジューネだが、そう言ってアシュさんと一緒に悩んでいる。

 

 まあ確かに客人扱いとは言え、アポも無しにいきなり仕事場に押しかけて売り込むというのは乱暴だろうしな。駆け込み営業やってんじゃないんだから。

 

「そう言えば二人とも、今日は他の商談とかは無いのか?」

「大きな商談は先日まとめて終わらせましたからね。今日しなければならない商談は無いんですよ。勿論やろうと思えばいくらでもやることは有りますけどね。これまでの貯蓄や財産を確認したりとか」

「数少ない至福の時間だものな。お前ら知ってるか? うちの依頼主様ときたら、部屋で金を数えていると時々にま~って締まりのない顔で笑うんだぜ」

「アシュっ!? 皆さん嘘ですからねっ! 私そんな顔で笑いませんからっ! もっと計算高くニヤリと冷静に笑う感じですからねっ!!」

 

 金を数えていると笑うのは否定しないのか。慌てたように訂正するジューネを、アシュさんはニマニマと笑いながらさらにからかう。……なんというか微笑ましい。良いコンビって奴だ。

 

 しかし、ということは二人は半休日みたいなもんか。まあヒースのこともあるから一日中という事はないだろうけど時間がある。これはある意味丁度良いか?

 

「じゃあ時間のあるジューネとアシュさんに、一つこっちを手伝ってもらえると助かるんだけど」

「手伝い? ……もしやまた儲け話的な話ですか?」

「こっちは儲け話というほどでもないかな。まあちょっとした儲けになれば良しって感じだ」

 

 ジューネがまた目を輝かせてこちらを見てくるが、こっちは正直アルミニウムの件よりも望み薄だからな。

 

「簡単に言うと()()()さ。ただし町中で持ち主の許可を取って……だけどな」

 

 

 

 

「よう。昨日スリにやられた坊主じゃないか!」

「その言い方だとなんか不本意だからやめてくれって! こんにちは串焼き屋のおっちゃん。とりあえず景気づけに串焼き十本ね」

「あいよっ!!」

 

 俺とエプリ、セプトは色々準備を整え、昨日ぶらり観光していた市場へとやってきた。ジューネとアシュさんは少し別行動だ。

 

 目的の場所に着くなり、昨日ブルーブルの串焼きを買った屋台のおっちゃんに声をかけられる。見た目五十歳くらいの禿頭のおっちゃんが、ねじり鉢巻きをして金網で串焼きを作る様子はなんというか日本風だ。……もろに顔は西洋風だが。

 

「ところでおっちゃん。昨日の話は憶えてるかい?」

「俺んとこで串焼き百本買うって話だったか?」

「そんな事言ってないからねっ!? ほらっ! 要らない物を買い取りますって話だよ」

「あ~そっちな。一応あるにはあったが……ホントにゴミばっかだぞ?」

 

 昨日市場を巡っている時、買い物がてらあちこちの露店や屋台の人に声をかけておいた。といっても難しいことじゃない。要らない物や価値のよく分からない物が有ったら買い取りたいので持ってきてほしいってだけだ。

 

 要するに資源回収だな。これなら必要な元手は査定代だけ。戦うこともないし安全だ。あわよくば某何でも鑑定する番組みたくお宝が出てこないかなぁと思ってはいるが……流石にそこまで上手くはいかないだろうな。

 

「いいのいいの。壊れて使えなくなった道具とか、売れなくて困ってるものとかもジャンジャン持ってきてよ。上手くすれば金になるかもよ」

 

 買取価格は査定額の半分くらいを考えている。少しぼったくりかもしれないが、こちらも初めてのことなので相場が分からないのだ。売れ行き如何でちょっと修正しよう。

 

「そんなもんかねぇ。ほ~ら串焼き十本お待ちっ! 十本で五十デンだ。それと……よっと。こっちの袋が要らない物をまとめた袋。こんなもん金にならんと思うがね」

「この美味さとボリュームで一本五デンって……もっと取れるよおっちゃん。じゃあこれがお代ね。袋の中身を確認するからちょっと待っててな」

 

 店にも依るけれど、イートインスペースのある物が有る。おっちゃんの屋台は椅子だけではあるけどそれがあって助かった。勿論こういう場所では長居すると嫌われるので素早く済ませるのが鉄則だが。

 

 俺はおっちゃんに串焼きのお代を払ってそこに移動すると、串焼きをエプリとセプトに渡して貯金箱をこっそり取り出す。

 

 査定の間二人は手持無沙汰になってしまうので、俺とジューネ達の分を残して先に食べてもらう。ここの串焼き昨日も食ったんだけど美味いんだよな。一本五デンでこれはお買い得だ。

 

「……予想通り。というより予想より期待できなさそうね」

「そんなにダメそうかね? 結構色々入っていそうだけど」

 

 袋ごとまとめて査定する方が楽ではあるが、実際に目で見ながらの方が品物の種類も分かる。なので下に用意した布を広げ、中身を一つずつ出して査定していると、エプリが横から袋の中身を覗き込んできた。

 

 時折周囲を気にしているのは昨日のようなスリなどを警戒しているからだろう。それは立派なのだが……片手の指に串を二本挟んで持っているのはどこかシュールだ。

 

 セプトはボジョと一緒に仲良く一本ずつ頬張っている。セプトもこの串焼きは気に入ったようで、無表情に目を輝かせるという何とも器用なことをしているな。

 

 モグモグしている様子は微笑ましいのだが、次の場所にも行かなければならないのでちゃっちゃと済ませなくては。

 

「え~と。刃こぼれした銅製のナイフに穴の開いた鍋。焦げ付いた金網……俺金物屋じゃないんだけどな」

「だからゴミだって言ったろ」

 

 その後も正直碌な物がない。他にもどうにも使い道の分からない道具やボロボロの板切れ、脚の外れかけた椅子なんてのもあった。品物の明細をメモ帳に一つずつ書き込みながらドンドン査定を進める。

 

「結構量があるけど……直すとか売るとかは出来ないのおっちゃん?」

「ここまでボロボロだと直すより買い替える方が安く済むんだ。それに他の店や商人ギルドに持ち込んでも売り物にならないとか労力に見合わないって突っ返されたり、かと言ってそこらにポイ捨てというのもバレたら衛兵に罰金を取られかねない。てなわけで家で埃を被ってたんだ」

 

 修理が意外に高くつくというのは異世界でも同じらしい。労力云々はよく分からないが買取も拒否と。あとポイ捨てはこっちでもやっちゃダメらしい。ポイ捨て。ダメ。ゼッタイ。

 

 しっかし次から次へと査定しているが、どれもこれも状態粗悪だの何だのマイナス評価のオンパレード。あんまりたくさんやっているせいか途中から、

 

 木製の椅子(脚部破損のため状態粗悪) 二十デン(所有者が居るため買取不可)

 

 なんてやや説明が細かくなった。使い続けていたから能力がレベルアップしたとかだとちょっと嬉しい。このままいったらもっと細かい説明が出るのかもな。

 

「…………ふぅ。終わった」

 

 そんなことを考えている内に全部の査定が終わり軽く息を吐く。

 

 ……うんっ!? 目の前に串焼きが突き出された。出所を見ると、エプリが何も言わず一本差し出してくれている。俺はありがたく受け取ると肉にかぶりついた。う~ん! ジューシー!!

 

 ありがとうエプリ。礼を言おうとエプリの方を見たら、

 

「追加で串焼き五本お待ちっ!」

「……ありがとう。お代は彼につけておいて」

 

 とっくに自分の分を食い終わり、素早くおっちゃんに次の物を用意させているエプリの姿があった。お代わり俺持ちかいっ!

 

 しかし給料を待ってもらっている身としては文句も言いづらい。それに……セプトとボジョにも一本ずつ追加しているみたいだしな。残りは自分でパクつき始めたけど。

 

「あ~ゴホンゴホン。おっちゃん。査定終わったよ」

「おう坊主。坊主の連れはよく食うな。食いっぷりの良いのは良い客だ。査定は……その顔だとあまり良い結果じゃなさそうだな」

「ゴメン。実はそうなんだ」

「まあ気にすんなよ坊主。良くある話だ」

 

 その言葉の通り、おっちゃんは気にしている風には見えない。だがなにぶんどいつもこいつも状態粗悪ばっかりで、定価より大分値下がりしていることはまず間違いないのだ。

 

「やっぱり全体的に状態が悪いからそのままじゃ使えないし、となると素材として使うくらいしかなくて」

「しかし素材に分けるにしても手間がかかる。その分の手間賃を考えると買い取った方が下手すると赤字になるってことだろ? 店でも言われたから分かるって。まあ金にはならなくても引き取ってくれるだけで十分だ。部屋も広くなるしな」

 

 笑っているおっちゃんを見るとちょっと言いづらい。しかしこちらも稼がないといけない身。ここは心を鬼にして、査定額の半額で買取交渉だ。

 

「それで大体の額を計算したところ、このくらいで買い取らせてもらえると嬉しいかなって」

 

 最後にもう一度メモの内容を確認し、そのままおっちゃんに見せる。

 

 難しい文字はまだ無理だが、簡単な単語と値段くらいなら何とか書けるように練習したからな。値段の方は間違っていないはずだ。おっちゃんの方も露店に串焼きの値段が書いてあったし、それくらいの文字は読めるはず。

 

「…………坊主。お前これ本気で言ってんのか?」

「一応本気なんだけど……やっぱり安かったかな」

 

 やはり半額は安すぎたんだ。おっちゃんが凄い顔してるもの。仕方ない。どうせ元手はタダみたいなもんだし、どうにか四割は貰えるように交渉を……。

 

「いやそうじゃねぇよ。逆だ逆。引き取ってもらった上にこんなに貰っちゃ悪いって言ってんだ」

「…………へ? いやだってこんな諸々あって、四百デンしか出せないんだけど」

 

 正確に言うと合計八百デンにギリギリ届いていなかったのだけど、最初だしキリの良い数字として半額の四百デンという設定にしたのだ。それでも俺としては安いと思っていたのだけど……何やら食い違いがあったらしい。

 

「店とかじゃあ良くて百デンぐらいだしな。場合によっては逆に引き取り料を取られる場合もあるし、それに比べりゃ大金だ」

 

 ……なるほど。むしろ場合によっては金を取られるのね。粗大ごみを出す時にゴミ券が必要なのと同じ理屈か。

 

 こっちは貯金箱が勝手に査定、換金する訳だから素材として分ける手間暇もなく、その分の金がまるっと浮くわけだ。これは盲点だった。

 

 だけどという事は……。

 

「じゃあこの金額で問題ないってことかいおっちゃん?」

「むしろこっちが貰いすぎるくらいだ。悪いからさっきの連れの買った分は奢りってことにしておくぜ」

「…………そう。では店主。更に十本追加で」

 

 気に入ったのかどさくさで更に追加しようとするエプリ。いやこれからの分は奢りにはなんないからねっ!? セプトとボジョもまた食べられると思ってじ~っと見ないっ! 

 

 仕方ない。儲かった分でちょっと追加するか。俺も食うからなっ! まったく。

 




 時久の考えた金稼ぎ方その二です。まあこっちは儲かったら良いな程度の期待ですが。

 よくゲームでは道具を何でも半額で買い取ってくれますけど、よく考えるとおかしいんですよね。品物の品質やら在庫の数やら色々と影響するはずなのに全部同じ額って。

 今回はそういう物の売買の疑問をちょっとだけ形にしてみた金稼ぎ回でした。


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第百二十九話 金で繋がった関係

 

 串焼き屋のおっちゃんに諸々のお代を払うと、おっちゃんはホクホクした顔で受け取った。

 

 そりゃあ不用品の買取だけでなく、結局合計二十本も串焼きが売れたのならかなりの儲けだろう。……串焼きが美味いのと、エプリが一人で五本も食うのが悪いんだ。

 

 おっちゃんは他の客にも話しておいてくれると言ってくれたので、また明日にでもまた顔を出そうか。受け取った荷物は別れた後にこっそり換金する。

 

 さて。こうして一人目が終わったところ、串焼き代や買取代を差っ引いた純益はおよそ三百デン。元手無しでいきなり約三千円儲かったと思えば悪くはないのか。

 

「トキヒサ。これから、物持ちになるの?」

 

 次に話しておいた人の所へ向かう途中、セプトがふとそんなことを口にした。

 

「物持ちって言うか……俺名義で預かっているものが増えるだけって感じだけどな。持ってても金が無いと引き出せないし」

「でも、お金があれば、引き出せる。すごい」

 

 そりゃあまあそういう能力だからな。素直にすごいと言ってくれるセプトにこそばゆいものを感じるが、貰った加護のおかげなので喜びづらかったりする。同じ加護が有ったら大抵の奴が出来ることだし。

 

「……ねぇ。一つ気になったのだけど、金に換えた物は一体どうなっているの?」

「ああ。これは前にも言ったけど、全部アンリエッタの所に送られるんだ。時間経過やなんかで劣化しないよう見てくれているらしい。まあ個人的に欲しい物の品定めも兼ねているようだけどな」

「……以前一度見た彼女ね。そう言えばその査定の額も決められているのだったわね。……つまりあんなものでも何か使い道があるという事か。でも大量に物を送り続けて気分を害するという事は無いかしら?」

 

 そう言えばそうだ。元手無しに金が入ったので浮かれていたが、もしこれからもこういうのを換金し続けていたら、アンリエッタが気分を悪くするというのは充分考えられることだ。エプリの言葉に少し考えさせられる。

 

「一応こういう事をするっていうのは事前に説明しておいたから大丈夫だとは思うけど、あとで連絡を取る時が少し怖くなってきたな。『よくもワタシのところにこんな物ばかり送り付けてくれたわね』とか怒り出しそうだ」

 

 これは本当に品物の中にアンリエッタの気に入る物が入っていないとマズいかもしれん。どうか掘り出し物の一つでも出てくれよ。

 

 

 

 

『…………で? 結局ワタシの所にはそういった掘り出し物は一切来ていない訳なのだけど……何か申し開きはあるかしら? ワタシの手駒』

「いやあ元から望み薄ではあったけど……やっぱ無理だった」

 

 その夜、いつもの通り定期報告である。予想通りと言うか、大量に物を送り付けたことでアンリエッタは出だしからご立腹だ。

 

「しかしまあ話を聞いてくれ。なんと今日一日で純益が二千四十デンにもなったんだ。日本円に直すと二万四百円だぞ。一日の稼ぎにしては中々のもんだろ」

『それは……まあ否定しないけどね』

 

 あのあと俺達はいくつかの場所を回って不要な物を買い取っていった。

 

 驚いたことに、物を処分できずに困っている人はそれなりに居て、おっちゃんと同じく半分ほどの額を提示しても皆喜んで売ってくれたのだ。おまけに他の人も話しておいてくれるというのでまだ稼げそうだ。

 

「安全だし、今日は初日ってことで早めに切り上げて戻ったけどこの稼ぎ。移動時間や交渉時間を考えても実質三、四時間でこれだけいけたんだ。もうしばらくは稼げると踏んでいるけれど……どうだ?」

 

 ちなみにこういう商売で問題になるのは商売敵。つまり同じような商売をしている人とぶつからないかという事なのだが、その点はジューネ達に別行動をして調べてもらった。

 

 以前キリに貰ったこの町の店や商人などの情報と照らし合わせたところ、いるにはいるのだが大半が副業程度に行っているものばかり。あまり長期的かつ大々的にやらなければ目を付けられることもないだろうとのことだ。

 

『ずっとこれだけで稼ぎ続けることは出来ないのは分かってるみたいね。まあここに滞在する間くらいなら問題ないでしょう。だけど』

「だけど金を稼いで貯めることは大前提。肝心なのはその内容……だろ? 分かってるって。だからこの稼ぎだけじゃなく、都市長さんに今日アルミニウムの売り込みをしたじゃないか」

 

 結局今日もドレファス都市長が返ってきたのは夕食後のことだった。都市長さんが食事を食べ終わるのを見計らい、ジューネ達を伴って早速売り込みを開始したのだ。

 

「長く激しい戦いだった。都市長さんも疲れていただろうに真剣に話を聞いてくれてな。まあ話の流れ上加護の実演をしてみせることになったけど」

 

 やはりこの『万物換金』の加護は都市長さんから見ても珍しい物らしい。アルミニウムとは別に何やら大分驚かれた。

 

「結局のところ、都市長さんの協力により、アルミニウムの出どころをダンジョン産として売り出すという事はなんとか出来そうだ。いくつかの条件付きではあるけどな」

『まず都市長の選んだ職人にアルミニウムについて調べさせること。それで特性などをはっきりさせたうえで、危険性が無いと判断すれば許可する……だったかしらね』

「その後も取引の際の優先権やら色々あった。そこはジューネやアシュさんにフォローしてもらって、何とか交渉らしきものにまとめ上げた。俺一人だったら確実に良いように使われてたな」

 

 流石は都市長さんと言うべきか。交渉事でもビシバシ突っ込んでくるもんだから気が抜けない。逆に言えばこれくらい出来ないと都市長として働くなんてことは出来ないのかもしれないが。

 

『今回はアナタの手腕が悪いというよりも、相手の方が一枚も二枚も上手だったと褒めるべきね。ジューネもなかなかのものだったけど、都市長は更に上を行ったわ。あれは才能もあるけれど、踏んだ場数の差が圧倒的に違うという所ね』

 

 あのアンリエッタが珍しく普通に褒めている。言うまでもないことだけど、それだけ都市長さんが凄いってことか。

 

「サンプルとして現物をいくつか渡したから、数日後にはひとまずの結果が出るらしい。それによって値段交渉にも相当影響が出るだろうからな。上手い方に転がってくれると嬉しいんだけど」

『上手く転がりすぎても困るんだけどね。今回の一件で確実に都市長に目を付けられてるわよ。向こうが友好的に接していることだけが救いね」

「目を付けられてるって……まだこの時点ではなんか不思議な加護だなくらいしか考えていないと思うぞ。それかアルミニウムがもし良い物だったら手を付けておくくらいじゃないか?」

『だと良いけどね。まあここの都市長は中々に悪くない人材だから、せいぜい仲良くしておきなさいな。ワタシの手駒』

「そうさせてもらうよ」

 

 その言葉を最後に通信が切れる。もう一回分通話できるが……すぐにはしないでも良いか。こちらが話すことをまとめてからだ。

 

「…………向こうもおおよそ知っているでしょうに、何故わざわざトキヒサに聞いていくのかしら?」

「前にもそう聞いたんだけど、俺の主観も込みで聞きたいんだとさ」

 

 相変わらず俺の会話で目が覚めてしまったのだろう。ソファーにもたれて眠ったままの体勢で薄目を開け、エプリがそうポツリと口にする。というかむしろ毎回起きているんじゃないだろうな? セプトなんかぐっすり眠っているのに。

 

 起こしてしまうのも悪いのでアンリエッタに説明して時間を変えようかと言ったのだが、エプリは別にいつもの時間で良いと譲らない。この場合は譲り続けていると言うべきか? 

 

「そうだ! 忘れるところだった」

 

 俺は貯金箱を呼び出すと、中から銀貨十枚を取り出してエプリに差し出す。エプリはそれを見て少し困惑しているようだった。

 

「……これは?」

「これまでの依頼料だ。今日はちゃんと金が入ったしな。溜まっている分全部は無理だけど、少しずつでも払っていこうと思って」

 

 一日ごとにドンドン溜まっていくからな。払えるうちに払っておかないと、そのうち借金で首が回らなくなりそうだ。エプリは銀貨を静かに受け取ると、そのまま服の中に仕舞いこむ。

 

「……確かに受け取ったわ。だけど、次からはもう少し懐に余裕が出来てからにした方が良いわよ。……いざと言う時に金が無いとマズいでしょう? 能力的にもこれから稼ぐにも」

「まあな。だけど、いつまでも払いを待ってもらってばかりというのも悪いからな。支払う意思はあるってとこをしっかり見せておこうと思って。それに……そのいざと言う時にこそエプリがいてくれたら助かるしな」

「…………受け取った分の仕事はするわ」

 

 そう言ってエプリは再び目を閉じる。相変わらず寝つきがものすごく良いな。十秒もしないうちに寝息を立て始めたぞ。

 

 金で繋がった関係。俺とエプリを一言で言い表すとそれだろうな。だけど、字面こそ悪いけど中身はそう悪いもんじゃないと思う。

 

 どんなものであったとしても、繋がりは繋がりだからな。まあこんなことが言えるのはエプリの気質によるものも大きかったりするけど。

 

「……さあてと。今度はアンリエッタに明日の予定でも説明しようかね」

 

 明日は資源回収とは別に、ヒースとアシュさんの鍛錬に協力するって約束があるからな。早いところ報告を終わらせて寝るとするか。

 




 普通は資源回収のみで生計を立てるのは難しいですからね。時久の『万物換金』だから稼ぎになるってだけで。なので商売敵はほとんどいません。

 少なくともこの町にはですが。

 


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第百三十話 横やりは石貨で

 

 異世界生活二十日目。

 

「はっ! でやあぁっ!」

「まだまだ。今だけを見るんじゃない。もっと動きの先を読めっ!」

 

 ヒースの打ち込みを軽くいなしながら、反撃と共にアシュさんの喝が飛ぶ。二人の攻防はもう十分にも及んでいるが、アシュさんもヒースもまだまだ元気そうだ。体力有りすぎない?

 

 昨日アシュさんに「明日のヒースの鍛錬を手伝ってくれ。これなら話のきっかけにもなるだろ?」と言われて来たのだが……どうしろと?

 

 割って入れとかじゃないよね? 動きを見るだけで手いっぱいだぞ。加護で動体視力が強化されていなかったらまさに目にもとまらぬって動きだ。

 

「……戦闘訓練としては上物よ。見るだけで参考になる動きも結構あるし」

「目が、疲れてきた」

「……何が何だか全然見えませんね」

 

 この動きを普通に見えているエプリはやはり凄い。セプトはなんとか目で追えると言ったところか? ジューネは見えていない様子っと。

 

 流石にジューネに負けると色々な男としての自尊心的な何かが崩れ去りそうなので少しホッとする。セプトに負けそうなのは出来ればノーカンとしたい。

 

「……よおし。大分身体のキレも戻ってきたな。準備運動はこの程度で良いだろう」

 

 そう言ってアシュさんが剣を下ろすと、ヒースもふぅと息を吐きながらそれに合わせる。えっ!? これで準備運動なのか? アシュさんには準備運動なのかもしれないけど、ヒースの方は少しだけ疲れたって感じだぞ。

 

「ずっと同じように二人で戦ってばかりじゃ味気ないからな。今回は少し趣向を凝らしてみようと思う。……お~い! 待たせたなお前ら。出番だ。……ジューネも暇なら一緒にな」

「暇じゃありませんっての! ですが頼まれごとなので仕方なくですよ」

 

 ようやく出番らしい。俺達はそのまま二人に近づいていく。ジューネもぶつくさ言いながらだが一緒だ。

 

「来たな。……ヒース。今回の鍛錬はこのメンツにも協力してもらう」

「はぁ。しかしアシュ先生。この者達は父上の客人。怪我でもさせたらことなのでは? 見たところ僕の相手になれそうなのは……そこのフードの者、エプリでしたか? その者くらいのものです」

 

 普通にこっちの戦力を見抜かれてるよっ! いやそうだけどさっ! さっきの動きに完全に反応出来ていたのはエプリくらいのものだったからな。

 

「……正直トキヒサの護衛以外は契約の範囲外だけど、多少程度なら付き合うわ」

「別に直接戦えとは言ってない。まあ実際まともにやり合えるのはお前さんと……周囲の損害やらなにやら度外視して良いのならセプトも戦いになるな。トキヒサは…………全財産をぶち込んで二、三度斬られる覚悟をすれば勝ち目が出てくるか」

 

 うん。こっちも冷静に分析されてるな。セプトは最初に戦った時みたく影をフルに使えるのならいけるかもしれない。

 

 ヒースは動きは速いけど見たところ直接攻撃のみのようだし、それなら先に影で囲ってしまえば動きを制限できる。と言ってもこの中庭はあまり遮蔽物のない場所だから、まず影を作るために準備がいるけど。場を荒らす的な。

 

 あと俺に関して言えば、まず斬られた時点で負けだからね普通。二回も三回も斬られること自体がまずズレているからねホント。あと全財産って……。

 

「私も、戦う?」

「いや、三人がかりでヒースと戦うというのもアリだが……今回はあくまで俺とヒースでこれまでのように戦う。お前さん達に頼みたいのは横やりだ」

「横やりですか?」

 

 俺の問いかけに、アシュさんはあぁと首を縦に振る。

 

「俺とヒースが戦っている最中に、適当に金魔法でも風魔法でも何でもいいから攻撃を加えてくれ。一応威力は弱めでな。ちなみに狙いは俺を狙おうがヒースを狙おうがかまわないが、出来れば無作為の方が良い。流れ弾のような感じだ」

「なっ!? アシュさん。それはちょっと危ないんじゃ?」

 

 威力は弱めったって、一番弱めの石貨でもちょっとしたかんしゃく玉くらいの威力はある。服の上からならまだしも素肌に当たったら火傷くらいはするし、目にでも当たったらえらいことだ。

 

 エプリの風弾だって結構痛いし、セプトの魔法も然りだ。それで横やりとなると少しだけ不安というか。

 

「戦いは常に目に見える相手だけとは限らない。一人相手だと思いきや、陰から伏兵が来るなんてのも良くある話だ。だからそういう時に備えて鍛錬を積んでおかなきゃいけない。それにだ」

 

 俺の不安を見て取ったのか、アシュさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せる。

 

「なに。心配するな。ヒースは一発や二発当たったところでダメになるような鍛え方はしていない。それに……俺がエプリの嬢ちゃんならともかく、お前さんの金に当たると思うかい?」

 

 なるほど。もっともだ。確かに俺がいくらアシュさんに金をばら撒いたとしても当たるとは思えない。ならヒースにだけ注意していれば良い訳だ。

 

「……分かりました。でもちゃんと避けてくださいよ。あとヒースもな」

「当然だ。……それと呼び捨てではなくさんか様を付けろ。父上の客人であろうともな」

 

 はいはい。それではまだちょっと不安だけど、鍛錬に協力するとしますか。……そう言えばここで使う石貨は必要経費か何かで出してくれるのかね? 自腹だとちょっときついんだけど。

 

 

 

 

 こうして再び二人の鍛錬が始まった。基本的には先ほどと同じように剣による試合である。しかし今回は、

 

「金よ。弾けろっ!」

「……“強風(ハイウィンド)”」

 

 このように俺とエプリが邪魔を加える。金は言われた通り特に狙いも付けず、半ばばら撒くように投げるものだ。

 

 破裂するタイミングも適当。エプリも同じような物だろう。するとどうなるかというと、投げた金が風に流されてそこら中を飛び回るという予想しないことが起きていた。

 

「くっ!? このっ!」

「ほらほらどうしたヒース? 反応が遅いぞっ! そおらっ!」

「ぐはっ!?」

 

 威力は弱いといっても魔法は魔法。自身の近くや視界内で金が破裂すれば一瞬とは言え気を取られるし、風に押されれば僅かに体勢だって崩れる。それが戦いの中ではどんなに少しであったとしても致命になる。

 

 哀れヒースはほんの一瞬とは言え隙が出来、そこをアシュさんに突かれてビシバシ身体に木剣を当てられている。

 

 ちなみにアシュさんときたら、適当に投げているとは言え飛んできた硬貨を全弾回避しているのだから驚きだ。ほぼ真後ろからのものもあったんだけどな。いったいどうやっているんだ?

 

「……やるわね。こっそりアシュを風弾を混ぜて狙撃してみたけど、三発撃って一発掠っただけか」

 

 エプリそんなことやってたんかいっ!? だけどよく当てたね。

 

「私も、やる?」

「今回はやめておいた方が良さそうだ。だって見ろよ。俺とエプリの分だけでアレだぜ」

 

 セプトはやる気だが、この時点でヒースはもうボロボロな気がする。これに追い打ちをかけるというのはちょっと気が退けるな。

 

 それにセプトは闇属性の魔法を使った時点で素性がバレる。多分大丈夫だとは思うが、今はさせなくても良いだろう。

 

「はぁ。はぁ。こんなもので……負けるかぁっ!」

「おっ!?」

 

 今にも倒れそうになっていたヒースだが、木剣を杖のようについてなんとか踏みとどまる。しかしフラフラで身体中ボロボロだ。

 

「よし。良く立った。では今日はこれで終わりだ。最後に思いっきり来いっ! 一撃当てて見せろっ!」

「はいっ! うおおぉっ!」

 

 最後の力を振り絞り、ヒースは剣を構えて声を上げながら吶喊する。今にも倒れそうなのになんて気迫だ。

 

 途中風に乗って石貨が何枚かぶつかりそうになったが、なんと木剣で弾き飛ばしてそのまま一気に距離を詰めてアシュさんに迫る。だが、

 

「速さは良い。気持ちも乗った良い剣だ。だが……真っ正直すぎるっ!」

 

 ヒースの剣を半身をずらすことで紙一重で躱し、アシュさんはカウンター気味の一撃でヒースを胴薙ぎにする。ヒースはその一撃で膝を折り、遂にその場に崩れ落ちた。

 

「…………よし。今日の分はここまでとするか。最後もしっかり一撃当てたしな」

 

 倒れこんだまま疲労であまり動けない様子のヒースに対し、アシュさんはそんなことを言う。えっ! 最後はアシュさんはギリギリで躱していたように見えたけど。

 

 アシュさんは何も言わずに服の袖の一部を指差す。そこには……石貨の破裂によって出来た焦げ跡が付いていた。

 

 そうか。これは途中でヒースが弾いた石貨だ。アシュさんは自分に向かってきた石貨は全て回避していたけど、ヒースが弾いた分までは回避しきれなかったらしい。

 

「じゃあこのまま少し休んだら戻るとするか」

「ちょ、ちょっと。結局私来た意味無いじゃないですか!」

 

 ジューネときたらただ見てただけだもんな。暇だったらって呼ばれたから微妙に怒っている。

 

「ジューネの仕事はこれからだ。休んでいる間に話をしておいてくれ。トキヒサもな」

 

 そう言えばそうだ。これまで都市長さんから頼まれてはいたものの、じっくり腰を据えてヒースと話をしたことはなかったな。折角ジューネもいることだし、ここは一つやってみるとするか。

 




 アシュが作中で話した戦力考察ですが、時久の場合単純な実力ではほぼ勝ち目がないです。耐久力は有っても長期戦に持ち込まれたらただの良い的ですから。

 ただ時久の場合“金こそ我が血肉なり”があるので、やられたと見せてヒースが油断したところを残った全財産を使って攻撃したらワンチャン……といった具合です。


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第百三十一話 気になる相手にペアリングを

 

 自分でまともに動けないくらいにボロボロなヒースをひとまず壁沿いの影になっている場所に運び、俺達はしばらく休むことに。鍛錬の後の運び要員としても呼ばれたかなこりゃ。

 

「よし。さっき近くにいたメイドに頼んで薬師を呼びに行ってもらったから、それまでここで休んでいるとするか。ラニーではないからヒースはがっかりするかもしれんが」

 

 ヒースは明らかにラニーさんのことが気になっているみたいだもんな。あれだけ熱烈なアプローチもさらりとラニーさんはスルーしていたが。

 

「しかしアシュさん。休むったってこれからの予定とかはないんですか?」

 

 ちなみに今の時間は朝の九時前。朝食の後すぐに呼ばれてそのまま鍛錬に突入したので昼食までまだ大分時間がある。

 

 午前中はセプトの魔力消費に付き合ったり、エプリとの打ち合わせの時間に回すつもりだけど、アシュさん達はどうするんだろうか?

 

「そうだな。ヒースに関して言えばまだまだ予定が目白押しだ。これでも都市長の息子だからな。勉強だって鍛錬だってしっかり時間が決められている。まあこんな感じに思いっきり体を動かして回復させるまでの時間も込みで貰ってるから、もうしばらくはこのまま休んでてもいいだろう」

 

 なんだかなぁ。ヒースの第一印象はいきなりラニーさんを口説きだすナンパ男だったけど、こうして聞くと少しずつ変わってくるな。

 

「アシュ。ヒース様に関してはそれで良いかもしれませんが、こっちはまだいくつかやることがありますからね。忘れないでくださいよ」

「分かってるって。後でそっちも付き合うさ。それが終わったらトキヒサの件と……どうにも忙しいな」

「忙しいという事はそれだけ儲け話があるってことですよ。稼げるうちに稼がないと後悔しますからね」

 

 こっちの方も手伝ってもらってホント申し訳ない。そう思いながら二人の言い合いを眺めていると、ヒースがうぅっと呻き声を上げながら身体を起こした。

 

 まだダメージが残ってるみたいだ。俺の石貨は直撃していないはずだけど、さんざんアシュさんに木剣で打ち据えられたからな。

 

「大丈夫か? 怪我が残らないように加減したが、薬師を呼んでおいたので念のためにあとで診てもらうと良い」

「は、はい。先生。……と言っても今はラニーはいないんだけどな」

 

 後の方はポツリと呟くような感じだったので聞き取りづらかったが、アシュさんの予想通りの言葉を言っているな。……っと、こうしちゃいられない。

 

「はいはい。まだ安静にしていなさいよっと。……エプリ。アシュさんとヒースに“微風”で軽く風を起こして涼ませてくれ。セプトは見える範囲で良いから剣が当たって痣になっていないか確認。薬師の人が来るまでに場所くらいは把握しておこう。ジューネは痣に効く薬くらい持ってるだろ? 少し出して塗ってやってくれ。……いや待てよ? 一応薬は本職の人と相談してからの方が良いか」

「……アナタも何かしたら? 話の切っ掛けにもならないわよ」

「じゃあ……マッサージでもするか。だけどこういう場合下手にマッサージするよりも患部を冷やした方が良いか? ヒースはどう思う?」

「だからさんか様を付けろ。それで何をやっているんだ!?」

 

 ヒースが何やら困惑している。見て分からないか?

 

「何って鍛錬の手伝いだよ。石貨を投げるだけが仕事じゃない。こうして疲れたヒースのケアをするのも仕事だ。ところでどこか身体で凝ってる場所とかあるか?」

「別に凝ってない……って、何故お前達にそんなことされなければならない!」

「そりゃまあ頼まれたからだよ。あとは丁度良いから話がしたかったという事もあるかな」

 

 嘘は言っていない。鍛錬の方はアシュさんから頼まれたけど、何か隠していることを聞きだしてほしいというのは都市長さんからだからな。

 

「ともかく、別に何かしてほしいなどと僕は一切頼んでいない。だから放っておいてくれ。どうせもうすぐ薬師が来る」

「まあまあそう言わずに」

 

 そうこうしている内に、セプトに身体をちょこちょこチェックされたりエプリの微風で火照った身体を冷まされたりと、ヒースもだんだん落ち着いてくる。こうなったらもうこのまま薬師が来るまで待っていた方が良いと考えたのかもしれない。

 

「……で? どこか凝っている場所は?」

「まだ言うかっ!? ラニーならともかく何故お前にマッサージなどされなければならないんだっ!」

 

 結局薬師の人が来るまでマッサージはさせてもらえなかった。まあ本格的なマッサージはやったことはないので良かったのかもしれないが、俺だけ何もやっていない気がする。

 

 

 

 

「はい。もう大丈夫ですよヒース様。痣になっている所も薬を塗っておきましたからすぐに治ります。ただもう少し横になっていることをお勧めしますよ」

「ちなみに薬は私の商品は使っていません。流石に本職の薬師の方が用意した物の方が品質が良いですからね」

「当たり前だ。そうでなかったら家で雇っていない。……ラニーがいたら別だがな」

 

 屋敷の医務室で薬師の人の診察と治療を受け、ヒースは上体を起こして応える。ジューネの薬は結局使わなかったな。

 

 しかしラニーさんがいたら雇っていないのか。これはラニーさんの方が腕が良いからなのか、それとも単に好きな相手に見てもらいたいという男の性か。

 

 ……ちなみに薬師の人は白い髭を伸ばしたおじいちゃんだった。薬師というより仙人っぽいな。

 

「しかしアシュ様も見事と言うか何と言うか。ヒース様の身体中に打ち込みの痕が有りますが、どれも痣が出来るだけですぐに治るものばかり。痛みや疲労は有っても大事にはまずなりませんよ」

「さすがアシュ。大怪我でもさせたら大変ですからね。そこの所はバッチリです」

 

 ジューネがアシュさんの背を軽く叩きながら言う。そうだよな。石貨が風で飛び回るのを避けながら、怪我させないように加減して打ち込むっていうのは難しい。相当の実力差がないと無理だろう。

 

 そのことはヒースも分かっているのか、どこか悔しそうな顔をしている。

 

「まあ次の授業までまだ時間もあるしな。しばらくのんびりしてな。俺は次の担当の教官と話をしてくる」

「……はい」

「では私も薬の補充があるので少し失礼します。それほど長くはかかりませんので、安静にしていてくださいね。ヒース様」

 

 そう言ってアシュさんと薬師の人は二人で医務室から出ていった。ヒースは再び横になり、そうして医務室に静寂が訪れる。

 

「…………で? お前達はいつまでここにいる?」

 

 静寂は普通に破られた。それはまあ俺にジューネ、エプリにセプトもまだいるし当然だけどな。

 

 さて、どう話を切り出したものか。都市長さんから聞いたけど、最近フラッと授業をすっぽかして帰りが遅くなっているがどこ行っているんだ? なんてド直球に聞くわけにもいかないしな。

 

「まあまあ。そんな事言わずにお客様。ただ横になっているのも退屈でしょうし、ちょっと私共とお話でも致しませんか? これでも私は商人の端くれでして、何か必要な物でもあれば相談に乗らせていただきたく思いまして」

 

 ジューネはまず揉み手をしながら切りこんだ。久々に口調が商人モードになっているな。やはりまずは直接聞かずに搦め手からか。

 

 商人? と訝しむヒースだが、ジューネの話術にだんだん引き込まれてふむふむと頷いている。

 

「やはり意中のヒトを落とすにはこれっ! 見た目は何の変哲もないただのブレスレット。しか~し侮るなかれ。着けているだけで精神耐性が付き、簡単な眠りや幻惑の魔法なら防いでしまう優れものでございます」

「ふむ。なるほど確かにそこそこ有用な装備じゃないか。しかしこれと意中のヒトを落とすのと何の関係が?」

「さらにこれはなんとペアリングになっておりまして、最初は気になるヒトに有用な装備だとでも言ってそっと渡すのです。しかし使っている内にふと相手は気付く。貴方が自分の使っている物と同じものを使っていると」

「ほうほう」

 

 そこでジューネは少し大仰なほどに身振り手振りで続ける。

 

「ふとした気付きから見つける自身との共通点。それから何かと気になって目で追ってしまい、時々交わる視線。少しずつ縮まる距離。そして最後は……あぁ。これ以上は話すだけ野暮と言うものでございます」

 

 ……いやちょっと終わりの方は強引じゃないかそれ?

 

 確かにペアリングを贈るんだから、その時点で多少なりとも好意を持っていることは伝わるだろうけど。だからって流石にそこまで都合良くいくかなあ? ヒースだってちょっと疑問くらい持って、

 

「よし。言い値で買おうじゃないか」

 

 買うんかいっ!? 即決だったよこの人っ! 俺が言うのもなんだけどもっと悩めよ。

 

「ちなみにお値段は……こちらになります」

「安いっ! これでラニーとの仲が縮まるなら安いものだとも。……ただ今は手持ちがないので、後日払うがそれでも良いかい?」

「よろしいですとも。お買い上げありがとうございますっ!!」

 

 ジューネに算盤で提示された金額を見ても、ヒースはまるで退かずにそのまま購入。ただ現金の持ち合わせはちょうどなかったようで、ペアリングだけ貰って支払いは後払いとなった。

 

 無理もない。だって算盤にあった額は少なくとも四桁以上はあったもの。いくらヒースでもこの額はそうそう持ち歩いてはいないのだろう。

 

 早速リングを一つ腕にはめ、もう一つを大切に懐にしまい込むヒース。これでラニーさんにまたアタックするのだろう。一応心の中で応援しておこう。がんばれヒース。玉砕したら骨は拾うからな。

 

「ふふふ。良い買い物をした」

「ねえ。聞いても、良い?」

 

 ご機嫌そうにリングを見つめるヒースに、急に今まで黙っていたセプトが話しかけた。

 

「うん? 何だい? 今の僕はすこぶる機嫌が良い。多少のことなら笑って答えようじゃないか」

「じゃあ聞くね。ヒースは、最近授業を逃げてるって聞いたけど、ホント?」

 

 突如落とされた爆弾に、またもや医務室を静寂が覆った。一つ言わせてくれ。セプトド直球すぎっ!?

 

 しかしこうなったら仕方ない。出たとこ勝負だ。この機にグイっと押し込んでみようじゃないの。

 




 決してヒースは普段からここまでちょろい奴じゃないんです。ただちょっとラニーのこととなると一直線なだけなんです。……ホントですよ。


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第百三十二話 これはご褒美か尋問か?

 セプトの言葉にこの医務室にいる人達の顔色が変わった。エプリはフードの上から軽く額に手をやり、ジューネは商談が終わってほくほく顔だったのが凄まじく強張っている。そして肝心のヒースはというと、

 

「…………誰から聞いた? そんな事」

 

 その声はどこか探るようで、それでいてセプトを威圧しないようにどこか優しさを感じられるものだった。子供相手に咄嗟に気遣いをしたみたいだ。

 

「都市長様に。ヒースが、何処に行っているのか、聞いてって言われた」

「そうか。……お前達もか?」

「……ああ。そうだ。アシュさんの鍛錬のついでに聞き出してくれって頼まれた」

 

 ここまでくると下手に隠す方がマズいか。俺達を見据えるヒースの言葉に俺は静かに返す。悪いなジューネ。搦め手で少しずつ聞き出すつもりだったのだろうけど、段取りが変わりそうだ。

 

「ということはこの商人もか。……もしかしてこのリングも実際は効果がないとかじゃないだろうな?」

「それだけは絶対にありません。商品に嘘を吐かないのが商人の最低限の誇りですから」

 

 僅かに疑いの気持ちを見せるヒースの言葉に、ジューネはハッキリとした口調で断言する。そこは商人として譲れないのだろう。

 

 ヒースはしばらく買ったリングと睨めっこしていたが、「良いだろう。商人はともかく商品は信じよう」とポツリと漏らす。

 

 ジューネは平然とした見た目だったが、横から見ると微妙にホッとした様子なのが分かる。折角売れた品が返品にならなくて良かったって所だな。

 

「まあこうなったら仕方ないな。という訳で普通に聞くけどヒース。結局授業をさぼってどこ行ってるんだ?」

「だからさんか様を付けろ。……僕に答える義務があるとでも?」

「全然ないな。なら……これならどうだ」

 

 その言葉と共に、俺はセプトをずずいと前に出す。セプトは無表情ながらも、じっと前髪の隙間から覗く眼がヒースを見つめている。

 

 人形じみた外見のセプトにじ~っと見つめられると妙な圧力を感じるからな。しかも今回はセプト自身も自分の身体についての交換条件みたいなこともあってやる気がある。さてさてどれだけ耐えられるかな。

 

「お願い。教えて」

「…………ふ、ふん。そんな目で見ても教えると思うなよ。この僕を誰だと思っている。ヒース・ライネルだぞ」

「お願い」

「……このまま続けても結果は同じだ。いいからさっさと出ていけ。早くっ!」

「お願い」

「………………」

 

 無言の圧力に耐えられなくなったのか、ヒースは布団を頭まで被ってベットに横になる。しかしセプトは見つめることを止めない。

 

 ヒースもチラチラと布団の隙間からこちらを伺っているのだが、セプトは視線を逸らそうともせずじ~っとガン見しているのでたまらない。

 

「…………まさかセプトに取り調べの才能があったとは驚きね」

「別に取り調べってほどじゃないんだけどな。ただこうああいう感じの子に無言で見つめられると弱いっていう人はいるもんなんだよ」

 

 無表情人形系美少女に見つめられるのは、ある意味どこぞの業界の方にとってはご褒美なのかもしれないが、ヒースはどうやらその類ではなさそうだ。

 

 そうして遂に十分が経過した。徐々に布団の中という隠れ家に籠城を決め込むのも難しくなっていき、ヒースは僅かな諦めと共に起き上がろうとしたように見えた。その時、

 

「お待たせしました。ヒース様。御加減はいかがですか?」

「……!? あ、ああ。問題ないさ。大分疲れも抜けたようだ」

 

 間の悪い。もう少しという所で薬師さんが戻ってきた。ヒースはそのままスムーズに身体を起こしてベットから立ち上がる。

 

「さて、そろそろ次の授業の用意でもするとしようか。では君達。さらばだ」

 

 そうあからさまに言い訳じみた言葉を残し、ヒースは素早く身を翻して医務室の外へ出ていく。君達なんて余裕を見せようとするところが微妙に何とも言えなさがあるな。

 

「…………あの、私何かマズイことをしてしまったのでしょうか?」

「いや、そんなことは。……ただ少し間が悪かったってだけですよ」

 

 間が悪いって言うのは責められるようなことではない。俺達はそのまま薬師さんに一礼して静かに医務室を出る。当然ながら近くにヒースの姿はない。逃げられたか。

 

「よう。遅くなって済まない。ヒースに話は……その様子じゃ聞けなかったみたいだな」

「はい。もう少しだったんですが」

 

 そこにアシュさんが戻ってきたので、簡単にさっきのことを説明する。仕方ない。仕切り直して一度ジューネの部屋に戻るとしようか。

 

 

 

 

「しかし、これからどうしましょうか。私としてはもう少し時間をかけて聞き出していくつもりだったのですが、少し段取りが狂いました」

「ごめんなさい。私のせい」

「セプトを責めないでやってくれよジューネ。今回の都市長さんからの頼まれごとは、セプトにとっては自分の身体を治療するための交換条件みたいなところもあるからな。それに、俺も分かっててさっきセプトを前に出したしな。謝るなら俺の方だ。ゴメン」

 

 ジューネの部屋に戻った俺達は、これからどうしようかと悩んでいた。表情が分かりづらいが少し落ち込んでいたセプトはジューネに向かって頭を下げ、俺も悪かったと続いて頭を下げる。

 

「……ああもぅ二人とも、別に責めてはいませんよ。それを言うなら段取りを伝えていなかったこちらにも非が有ります。すみませんでした」

 

 こうしてジューネも頭を下げ、三人それぞれ頭を下げ合うという妙な構図になってしまった。

 

 傍から見ているエプリとアシュさんは、それぞれ呆れたり笑ったりしている。俺も傍から見る立場だったら笑っていたかもな。

 

「じゃあもうこの話はおしまい。次のことに向けて切り替えていきましょう」

 

 ひとしきり謝り合った後、ジューネが最初に立ち直って話題を変える。そうだな。ずっと気に病んでばかりもいられないしな。

 

「私は当初、徐々に商品を売り込みながら近づいて信用を得、さりげなく情報を聞き出すつもりでした。しかし今回のことで、ヒース様も次は警戒するでしょう。これではさりげなく聞き出すのは難しいですね」

「やっぱり、私の……」

「ただし、今回のことで良い風に働いた点もいくつかあります」

 

 また落ち込みかけたセプトの話をぶった切り、ジューネはなおも話を続ける。

 

「一つは時間。私のやり方では、アシュがヒース様の鍛錬を全て終える予定の八日後。それに合わせて聞き出す想定でした。しかし逆に言えば、どうしても八日は()()()()()()()やり方です。そこまでかからない別の方法に切り替えるなら早い方が良いですからね」

 

 時は金なりって言うしな。時間がかかるやり方よりもかからないやり方の方がそりゃ良いよな。

 

「二つ目はヒース様の人となりが知れたこと。こればかりは直接当たってみないと分からない所がありますからね。それに、セプトさんのやり方でもそれなりに効果があるのが分かりました。結局のところ、上手くいったことも多いんです。ですから……もう落ち込まなくて良いんですよ」

「……うん。大丈夫。ありがと。ジューネ」

 

 最後に慰めるような言葉を付け加えるジューネに、セプトは静かに礼を言う。……うん。どうやら少しは落ち着いたみたいだ。ジューネナイスフォロー!

 

「まあこうなった以上、さりげなくというのは無理でしょうからね。明日からは作戦を変えましょう」

「とするとやはりまたド直球か?」

「上手く先ほどのようにヒース様を逃げられない状況に追い込めるなら一考の余地ありなんですけどね。それは流石にヒース様も警戒して避けるでしょう。なので……これまで通り普通に接します」

 

 普通にって、警戒されてるって言ったばかりじゃないか。しかしジューネにからかっている様子はない。

 

「どうせアシュの鍛錬の時にまた顔を合わせますからね。まずは警戒を解くことから始めましょうか。まだ時間は有りますし、二、三日は何も聞かないで放っておいても良いくらいです」

「下手に聞いて意固地になられるよりは、一歩退いて機会を待つってことか。では俺の鍛錬の時はまたこれまで通りに全員来るってことで良いのか?」

「そうなりますね。トキヒサさん達は先ほどと同じく鍛錬の手伝いをしてもらえれば問題ありません。話も無理に聞き出そうとさえしなければ大丈夫でしょう」

 

 ジューネにしてはやや消極的だな。だけどまあ一応これからの方針が立ったのは喜ばしい。明日からも鍛錬に付き合ってガンガン石貨を投げまくってやろうじゃないの!

 

「それにしても、今度は何を売り込みましょうかねぇ。こちらのことを警戒している相手に売り込むとなると……ふふっ。腕が鳴りますね」

 

 ちょっと訂正。全然消極的じゃないよこの商人。むしろ積極的だよ! アクティブだよ! まあこれくらいじゃないと商人なんてやっていられないのかもしれないが。

 

 だけどまずは明日のことより今日のこと。今日も今日とて資源回収に勤しむとしますか。

 




 ちなみに時久にも尋問です。私には……どちらでしょうね。




 ここで私事なのですが、これが出る少し後ぐらいに新作の連載を始める予定です。初めての二次創作で、遊戯王とロボトミーコーポレーション(カードだけ)のクロスとなっております。もしご興味のある方は、そちらの方も覗いていただければ幸いです。


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第百三十三話 やましいことはしていません

 

「いやあ今日は結構儲かったな」

「……そうね。まさかここまでとは私も正直思っていなかったわ」

「トキヒサ。物持ち」

 

 ヒースの一件の後、俺達は昨日と同じく町中に繰り出して、不要になった品を買い取るという事をやっていた。

 

 今回も収穫は上々。全員とはいかないが、ほとんどの人が半額の値段に満足してくれたようで助かった。満足しなかった人も少し色を付けたら売ってくれたしな。これからも最初は半分の額で良さそうだ。

 

「今日は純益で四千七十デンの儲け。元手ほぼ無しでこれだから笑いが止まらないなこりゃ」

 

 元手と言ったら自分で歩き回る労力くらいのもの。それでこれなら相当割の良い仕事だ。買取のついでに市場巡りをすることも出来るし、まだ見つかってはいないがお宝探しも継続中だ。趣味と実益を兼ねた実に良い仕事だな。うん。

 

 懐も温まり、意気揚々と俺達は都市長の屋敷への帰路についていた。雲羊には乗ってこなかったので、三人揃ってテクテクと歩く。

 

「ただ……これで儲かっている俺が言うのもなんだけど、そんなに素材とかに分けるのは金や手間がかかるのかね? そこの所がどうもよく分からない」

「……そうかしら?」

 

 むしろ引き取ってもらうのに金を払う場合があるとか言われると、簡単に金に換えている身としてはピンと来ない。そんなことを言って悩んでいると、エプリが珍しく口をはさんできた。

 

「……例えば最初に串焼き屋から買い取ったもの。銅製のナイフや焦げ付いた金網なんてあったわよね。アレを加工するにはどうしたら良いと思う?」

「そうだなぁ。やはり単純に火で溶かすとか?」

「……そうね。間違ってはいないわ」

 

 エプリは静かにそう言って頷く。ただこの言い方は何かしら含みがありそうだな。間違ってはいないけど正しくもない的な。

 

「……でも素材ごとに加工に適した火力は違うし、下手に違う素材ごと入れたらどちらもダメになる可能性もある。なら入れる前に選り分ける必要があるけど、木材や鉄、銅、モンスターの一部といったように一つの物に使われている素材は様々。……細かく分けるだけで一苦労ね」

「それは……確かに手間暇かかるな」

「……それに、加工できるほどの火力が出せる炉は専門の鍛冶屋ぐらいにしかないし、それだけに使っていられるほど暇でもない。……さらに言えば、炉に火を焚き続けるのもタダではないもの。これだけ言えば納得できるかしら?」

「なるほど……納得した」

 

 これだけ言われれば大体分かる。これじゃあ逆に金を払って引き取ってもらうというのも道理だ。時間的コストも金銭的コストもメチャクチャかかる。

 

「じゃあ、何故やるヒトが、いるの?」

 

 今度はセプトも歩きながら質問する。こうして自分から普通に話しかけるようになったのはちょっと嬉しい。仲良くなったってことだからな。

 

 今の質問は……何でそんなコストがかかりそうなことを副業としてやる人が居るのかってことかな?

 

「……建前としては、誰もやらないのでは結局資源が減っていく一方だからといったところかしら。この辺りは多分私よりジューネの方が詳しいわね。……まあ本音としては、これで儲けられると判断したからでしょうね。……高位の火属性持ちか土属性持ちが居れば出費も抑えられるし、鍛冶屋だって仕事上多少手間でも素材を貯めておく必要があるだろうから。そういう伝手があれば割高でも買い取る場合はあるわ」

 

 ケースバイケースって奴かな。コストが抑えられるのなら、手間がかかってもやる人はいるってことか。建前の方も国の主導とかで本当にやっている可能性はあるからな。こういう流れが無くなると大局的に町全体が困るってことで。

 

「しかしそう考えると、俺の『万物換金』って資源回収に間してはとても使える加護じゃないか? 手間暇要らず出費もかからず」

「……今頃気付いたの?」

 

 何故か呆れられた。いやまあ俺もこれほど資源回収に向いている加護とは知らなかった。ある意味天職かもしれないな。日銭を稼ぐだけならまず不自由しないぞ。

 

 ……このやり方だと課題を終えるまで何年かかるか分からないけど。

 

「これで出発の日まで稼いでいけば、多少だけど元手が出来る。生活費が貯まって余裕が出来たらエプリにしっかり払うからな。それとセプトにも」

 

 何だかんだエプリの護衛代が溜まっているからな。それはしっかり払わないといけないし、セプトもいつまでも俺の奴隷という訳にもいかない。

 

 能力はともかくまだ子供だしな。いざとなったら最低限何とかなるくらいの貯蓄をさせる必要がある。……少なくとも俺が課題を終えて帰る一年以内に。そう言って笑いかけたのだが、

 

「……前にも言ったけど、本当に懐に余裕が出来たらね。この調子だと自分の分が無くなっていざと言う時に困りそうだから。……そうなると守る手間が余計にかかりそうだし」

「私も、今はいい。お金は、大事。トキヒサが、持ってて」

 

 なんか二人して逆に心配されたっ!? 俺ってそこまで散財しそうに見えるかな? 自分だとそんな自覚ないんだけど。むしろ“相棒”の方が必要とあれば金に糸目をつけないタイプで、俺がよく止めてたんだけどな。

 

 そんな風にワイワイと話しながら、俺達は都市長さんの屋敷に戻ったのだった。

 

 

 

 

 コンコン。コンコン。

 

「トキヒサ様。エプリ様。セプト様。よろしいでしょうか?」

「別に様なんてつけなくても良いですよ。どうしましたドロイさん?」

 

 都市長さんの屋敷に戻ってみると、アシュさんとジューネは出かけているようだった。俺達が出る時にはまだ屋敷に居たのだけど、向こうも向こうでやることがあったらしい。行く前に頼んでおいた件は上手くいってると良いんだけど。

 

 夕食までまだ時間があるので部屋に戻っていたら、突如ドアをノックする音と共に執事のドロイさんが訪ねてきた。

 

 四十くらいの穏やかな顔立ちで、フードを被りっぱなしのエプリや表情が分かりにくいセプト相手でも、いつも丁寧に接してくれる人だ。

 

「はい。実はトキヒサ様方がお戻りになる前、一度ジューネ様方がお戻りになられまして。またすぐに出るけれど、もし自分達より先にトキヒサ様方が戻られたら言伝を頼みたいと。『こちらは順調。例の品も鑑定が終わったので、戻り次第細かな報告をします』とのことです」

「なるほど。……ありがとうございますわざわざ。助かりました」

「いえいえ。夕食まではまだもう少々お時間を頂きます。それまでどうぞおくつろぎください」

 

 ドロイさんは恭しく一礼すると、そのまま部屋を後にする。執事の仕事で忙しいだろうに余計な仕事を増やしてしまった。悪いことしたかな。

 

 しかし、ジューネが一度戻ってまで言伝を頼むとなると……予想以上にアレは凄いものだったのかな? 預かりものだとは言え何もしない訳にもいかないしな。

 

「…………ねぇ。今のって、今日出かける前にジューネと話していたものよね? わざわざ私やセプトまで遠ざけて、しばらく部屋に籠って話し込んでいたわね。……()()()()()()

「うん。私達を置いて、()()()()()()

 

 むぅ。やけに二人っきりでの所を強調するな。二人共微妙に目つきがジト~っとしてるし。なんだか分からないが視線と口調に若干のトゲがある。俺はやましいことなんかしていないぞ。

 

「だ、だから、ここを出る時にも言っただろ。ちょっと持っているもので気になる物が有って、ジューネに頼んで調べてもらっただけだって。俺が行ければ良いけど鑑定士の伝手なんてないし、じゃあ私が持っていくので俺は資源回収に行ってきてくださいってジューネが」

 

 出かける前にも一悶着あったっていうのにまた再発したっ! 何故俺がこんな浮気を問い詰められるみたいな状況に追い込まれなくてはならないのか? ただ普通に調べ物を頼んだだけなのに理不尽だっ!

 

 そうして俺はジューネ達が戻るまで、何故自分達を同席させなかったのかとか、結局何を隠しているのかとか諸々弁解する羽目になったのだった。

 




 実際時久の『万物換金』は日銭を稼ぐだけならほぼ困りません。ただそれだけだと課題を終わらせるのにどれだけかかるかという話です。




 新作『マンガ版GXしか知らない遊戯王プレイヤーが、アニメ版GX世界に跳ばされた話。なお使えるカードはロボトミー縛りの模様』もよろしくお願いします。


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第百三十四話 忘れていた値打ちもの

 

「…………あの女(イザスタ)から貰った物の中に魔石があった?」

「ああ。俺も今日まですっかり忘れてたんだけどな。牢獄にいた頃、イザスタさんが出所するってことになったんだけど荷物が多くて、丁度良いから俺の『万物換金』で換金してしまおうってことになったんだ。それで思い出してみると、その中に魔石らしきものが結構あったのに気が付いた」

「イザスタって、誰?」

 

 エプリ達に問い詰められ、俺は仕方なく何をジューネと話していたのかを白状する。そう言えばセプトはイザスタさんについて知らなかったっけ。後で話しておこう。

 

「この前ジューネに、魔石は場合によっては持っているだけで罪になるって聞いたろ? あの時は小さくて手に入れたばかりの魔石だったから良かったけど、以前イザスタさんから預かった物はもっとデカかったからな。万が一ってこともあるから調べてもらってたんだ」

 

 この前の鼠凶魔の魔石はせいぜい小指の爪くらいのサイズだった。しかしイザスタさんから預かった石は、どれもこれも一回りか二回りはデカかった。これじゃあ規定に引っかかるかもしれない。

 

 ということでジューネに訳を話し、諸々を調べてもらう事になったという流れだ。流石に全部取り出すのは金が足りなかったので、渡したのは適当に選んだ二、三個だけだが。

 

 だって手数料を合わせると六十万デンを超える額だぞ。適当に選んだものでも合わせて二万デンはしたから結構痛い出費だ。

 

「…………ジューネに何を頼んだかは分かった。だけど、どうして私達に言わなかったの?」

「それは……もし最悪俺が罪に問われて牢獄送りなんてことになったら、エプリやセプトに迷惑がかかるかもって思ってさ。存在を知らなかったってことならまだごまかしが利くかなって……あたっ!?」

 

 途中まで言ったら急に風弾が額に飛んできた。最近エプリさん怒るとこのやり口が多くないですか? 一応俺は雇い主なのでもう少し優しく扱ってくれ。

 

 額を押さえていると、エプリが心なしか乱暴な勢いで俺の鼻先に指を突きつける。勢いが付きすぎてエプリの被っていたフードがめくれ上がり、その下の端整な顔立ちが露わになるのだが、その顔には怒りと……ごく微かにだが悲しみが見て取れた。

 

「……そういうのをね、要らぬ心配余計なお世話って言うの。迷惑がかかるかも? ハッ! 何も知らないうちに雇い主が捕まる方が迷惑という話よ。……その程度には信用してくれていると思っていたのだけど?」

「エプリ……」

「……それに、トキヒサが居なくなったら困るヒトがそこにも居るじゃない」

 

 その言葉と共にセプトがタタッと俺の方に駆けてきて、そのまま服の裾をギュッと掴まれる。だがそれも一瞬のこと。すぐに強く掴んだ手は力が弱まり、そっと摘まむような感じに変わった。そのままセプトは上目遣いに俺の方をじっと見る。

 

「置いて、行かないで。居なく、ならないで。……お願い」

 

 ……そうだった。経緯はどうあれ、今の俺はセプトの保護者(自分からご主人様と名乗るつもりはない)なんだ。それが急にいなくなってはセプトも不安になるだろう。

 

 ジューネも言っていたじゃないか。「私が言うのもなんですが、やはりエプリさんやセプトさんに話しておいた方が良いと思いますよ。迷惑をかけたくないというトキヒサさんの気持ちも分かりますけどね」って。思えばあの時点で素直に二人に話しても良かったんだ。

 

 それなのに俺は話さなかった。迷惑をかけたくないなんて言ってはいたけど、実際の所エプリに指摘されたように信じ切れていなかったのかもしれない。

 

「……ゴメンな二人共。確かに二人に何も言わずにいたのは良くなかったよな」

 

 俺は裾を掴んでいたセプトの手を取り、少し膝を曲げて目線を合わせる。この方が話しやすいだろう。

 

「約束するよ。次にまたこんなことがあったら、必ず先に内容をちゃんと話す。……まああんまりこんなことがホイホイ起きてほしくはないけどな」

「置いて、行かない?」

「ああ。……明らかに連れて行ったら危ないと感じたら止めるかもしれないけどな。だけど先に必ず相談する。エプリもな」

 

 言葉の最後の方でエプリの方に視線を向ける。エプリはまだ怒っているようだったが、ほんの少しだけ落ち着いてきたようだった。

 

「護衛として雇ってるって言うのに、雇い主の方が情報を明かさないんじゃ護りようが無いって話だよな。エプリが怒るのも当然だよ。……だからと言ってちょいちょい風弾を食らわすのは俺の頭がボロボロになりそうなので控えてほしいんだけどな」

「…………そうね。護衛としては情報の共有は大事なことよ。だから……危険云々より前にまず話しなさい。知っているからこそ浮かぶ知恵もあるだろうからね」

 

 何か一瞬エプリが複雑そうな顔をした気がするが……気のせいか? ともあれ、そこまで言ってくれるなんて嬉しい限りだ。

 

「ちなみに、話したけどどうにもならなかったらどうするんだ?」

「当然逃げるわよ」

 

 いつものタメすらなく即答かいっ!? そこはもうちょっとこう……ね? 悩む素振りとかさぁ。ちょっぴり落ち込むぞ。

 

「……私の力ではどうすることも出来ないと思ったら普通に逃げるわよ。私に出来ることなんてそう多くはないし、やるべきことがあるのに全て投げだす訳にはいかないから。ただ…………」

 

 そう言うと、エプリは最後に何かを呟いてフードを深く被り直した。そのままふいっと後ろを向いてしまうエプリだったが、「ただ…………私一人で逃げるなんて、そんなことはさせないでよね」と、さっきの呟きはそんな風に聞こえたのは気のせいじゃないのだろう。

 

 ジューネが戻って来たのはそれから少ししてからのことだった。

 

 

 

 

「魔石じゃなかった?」

「正確に言うと、()()()()魔石ではなかったが正しいですね」

 

 戻ってきたジューネとアシュさんも俺達の部屋に集まり、早速調べてもらった内容を説明してもらう事に。しかし最初からよく分からないことになってきたな。

 

「普通の魔石は在るだけで周りから魔素を吸い上げて溜め込む。それで許容量を超えると凶魔に変貌する。ここまでは知ってるよな?」

「はい。前にイザスタさんに聞きました」

「よし。それでだ。時間をかければ半永久的に使える魔石だが、扱いを間違えると凶魔になって暴れる。それじゃ危ないので、そうならないように加工する。吸い上げる量を減らしたりとかな。そうして絶対ではないが危険性を減らすわけだ」

 

 なるほど。つまりリミッターか何かを付けるってことか。アシュさんの言葉でちょっと加工の意味に納得する。

 

「それで調べてみた魔石ですが、どれもしっかりと加工されて安全処理がされていました。これならもう数年は放っておいても問題ないレベルだという結果が出ましたよ」

「まあ考えてみれば、あのイザスタさんが安全管理の出来ていない品をホイホイ人に渡したりするかって話だけどな。……いや待てよ? 以前いたずらでやらかすことはあったな」

 

 アシュさんの言葉に多少の不安を感じながらも、とりあえずはまた牢獄送りという事にはならなそうなのでホッとする。

 

「じゃあ、トキヒサ、連れて行かれない?」

「ああ。大丈夫みたいだ」

「良かった」

 

 言葉少なにだが、セプトが喜んだような顔をする。と言っても傍目からだといつもと変わらぬ無表情なんだけどな。微妙な違いだけど喜びの無表情みたいな感じだ。

 

 ずっと俺の服の中に入っていたボジョも、触手を伸ばして何故か俺の頭を撫でている。ちょこちょこ俺にナデポを仕掛けてくるスライムめ。ちょっと嬉しいぞ。

 

 エプリも壁に背を預けながら喜んで……いると信じたい。フードで表情がこっちも見づらいけど。

 

「はあ。まったく大変だったんですよ! いきなり大きめの魔石を見せられて、『これが規定違反になるかどうか調べてくれ。出来れば今日中で頼む』なんて言われて。おかげで今日の予定を少し変更することになりましたよ」

「変更って言っても、それぞれの交渉を少しずつ早めに切り上げたってだけだがな。だがトキヒサなら、この雇い主様の手間賃くらいはビシッと払ってくれるよな?」

 

 二人からの苦労したからその分払えよアピールに対し苦笑いしか出ない。まあ仕方ないか。無理に頼んだのはこっちだもんな。と言っても何で払えば良いのやら。

 

「ちなみに手間賃ですが、その加工された魔石の売買に一枚噛ませてもらえれば結構です。出かける前のトキヒサさんの話しぶりからすると、あの魔石と同じような物がまだかなりあるようですからね。私の見立てではかなりの額が動くと見ました」

「えっ!? 魔石は売らないぞ」

「そうなんですか?」

 

 だって取り出す代金を考えると全部はとても払いきれないし、無いとは思うけどイザスタさんが返してほしいって言うかもしれないしな。

 

 そのことを話すと、せめてただ働きにならないよう調べてきた分だけでも売買をお願いしますとジューネの泣き落としを食らった。ほぼ泣き真似だと分かってはいるのだが、女の涙というのは男心に特攻ダメージを与えるからたまらない。

 

 加えてアシュさんの「少しくらいなら良いんじゃないか? ちゃんとイザスタさんに金を払っているならもうこれはトキヒサの物だ。数個くらいならイザスタさんだってとやかく言わないさ」という掩護射撃もあり、仕方なく出した分だけは鑑定の後売り出すことを約束する。

 

 我ながら押しに弱いなまったく。アンリエッタが見てたら絶対説教案件だぞ。だがこの際だ。なるべく高く売れてくれることを願おう。

 

 

 

 

 ちなみに俺が約束した瞬間、ジューネの涙はピタッと止まっていつもの営業スマイルに戻ってた。……なんかズルい。

 




 女の涙は武器ですから! 仕方ないね。

 ちなみに魔石を出す際の手数料はジューネにちょっと貸してもらいました。だって取り出すだけで金がかかるんだもの。



 


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第百三十五話 三人娘に囲まれて

 

 異世界生活二十一日目。

 

「……という事があったんです」

「成程ね。色々大変だったみたいね」

 

 こうして、俺はこれまでのことを大雑把にだがエリゼ院長に語り終えた。

 

 朝、セプトの経過観察をしていた所、付けられた器具が予定より早く交換の兆しを見せ始めたため、朝食を食べてすぐに教会を訪ねてきたのだ。流石に急ぎという事もあって、都市長さんの雲羊を借り受けることに。

 

 ただジューネは別件で動けないので運転はどうしようかと思ったが、エプリが簡単になら出来ると言ってきたので頼むことにした。ずっとジューネのやり方を見ていて覚えたらしいが、普通そんなに早く覚えられたっけ?

 

 そして簡単なセプトの診察も済み、確認のためにこれまであったことを話すことになって今に至る。

 

 その間セプトは用意された菓子を摘まみながら、シスター三人娘に囲まれて何やら話し込んでいた。仲が良いのは結構だけど、また変なことを教えられてないだろうな?

 

 エプリは……さっきまで三人娘と話していたようだけど、今度はどうやらバルガスと何か話しているようだ。もうすぐ退院という事らしく、バルガスもすっかり元気になっている。

 

 そこそこ話も弾んでいる……というより、主にバルガスが話しかけてエプリがそれに答えると言った感じか? 傭兵と冒険者という事で、共通の話題でもあるのかね?

 

 と言っても時々こちらの方をエプリがチラチラと見ているようなので、護衛としての仕事もしっかり務めているみたいだ。ここではあまり危険はなさそうだけどな。

 

「聞いた感じでは別段器具に影響を与えるような出来事もなさそうだし、セプトちゃん自身にも問題は見られなかったわ。……やはり私の見立てよりセプトちゃんの魔力量が多かったことが原因みたいね」

「そうですか。でも器具も確認したし、あと三日位で身体に埋め込まれた魔石も外れるんですよね? 良かった」

 

 魔力量が多いこと自体は悪いことじゃないはずだし、つまるところデメリットと言えば器具に付けられた魔石の交換が頻繁になっただけ。

 

 それもこれまでのペースを考えると、あと三日くらいなら余裕で保つはずだ。それくらいなら特に問題はないのでホッと胸をなでおろす。

 

「約三日ね。三日経っても自然に外れるまでは出来る限り触らないで。多少身体から外れ始めているとは言え、まだ無理に取ったら危ないという事に変わりはないから」

「分かりました。セプトにもよく言い聞かせておきます」

「お願いね。……じゃあ今度はセプトちゃん本人にもお話を聞きたいのだけど、トキヒサくんは時間の方は大丈夫? 今は時間が無いという事であれば後日また来てもらっても良いけど」

「時間は……大丈夫です。約束までまだ結構余裕が有りますから」

 

 今日はこのあと、昼食を食べてからジューネと一緒にイザスタさんの魔石の一部を売りに行く約束をしている。それが終わったらアシュさんとヒースの鍛錬の手伝い。時間が余ったらまた資源回収で、夕食後には文字の勉強会もある。

 

 最近やることが多くなってきたな。まあずっと都市長さんの屋敷で食っちゃ寝しているよりは張り合いがあるし、頼まれているヒースのことにも少しずつ迫れている感じがあるしな。

 

「分かったわ。じゃあ……セプトちゃん! 少しこちらでお話を聞かせてくれないかしら?」

「うん。分かった」

 

 セプトがエリゼさんの呼びかけを聞き、三人娘と別れてこちらに歩いてくる。

 

「トキヒサくんはどうする? 少し時間がかかると思うけどここで待ってる? それとも一度外に出る?」

「そうですねぇ。別に外に出る必要も今はないですし、ここで待ってます」

 

 時間がかかると言っても俺の時みたいに二、三十分くらいだろう。そのくらいなら待つのは特に問題ない。セプトも無表情に見えるが、自身の身体のことだから多少不安になっているだろうしな。

 

「じゃあ、ちょっと付き合ってもらえますか?」

「そうそう。色々と聞きたいこともあるもんね」

「ぜひ……お願いします」

 

 うおっ!? その言葉と共に、シスター三人娘に両腕と服を掴まれた。えっ!? えっ!? 十代半ばくらいの見た目に反してかなり力が強い。

 

「エリゼ院長。トキヒサさんも待っている間お暇でしょうから、暇つぶしにちょっとお話しててもよろしいですか?」

「貴女達ったら……まったく。トキヒサくんはそれで良い? 嫌ならすぐにでもやめさせるけど」

「いえ。ちょっと驚いたけど、別にこれくらいなら良いですよ。セプトはそれで良いか? 横に立っていた方が良いか?」

「うん。大丈夫」

「では決まりね。じゃあトキヒサさん。ちょ~っとこちらに」

 

 セプトがこくりと頷くと、三人娘にそのまま部屋の隅まで引っ張られる。別に害意も悪意もなさそうだけど、普通に歩けるんで連行しないでほしいな。そしてこんな時に限ってエプリは知らん顔。ちょっと護衛さ~ん!?

 

「ふふふ。さ~て。もう逃げられませんよ」

「洗いざらいぶちまけてもらっちゃうよっ!」

「観念して……話してください」

「……何か俺やらかしましたっけ?」

 

 壁際に追い込まれ、お話というよりも尋問に近いこの雰囲気。しかもうまいこと三人で視界を遮っているから周りからはこちらが見えない。まさしく死地って奴だ。しかしどうにも俺にはこうまでされる心当たりがない。

 

「別に何かやらかしたという事はありませんよ。……むしろやらかしてくれた方が面白そうというか」

 

 なんのこっちゃ? 

 

「もう。ここまで言ってもわっかんないかなぁ。……セプトちゃんのことどう思ってんのかって聞いてんの」

「とても……気になります」

「へっ!? セプトはその、妹みたいに思ってますよ」

「「「本当に~?」」」

 

 本当だとも。確かに以前はいきなり寝起きにしがみついてこられたり、あどけないというかだらしない格好を見せられたりで多少ドキドキはしたけどな。

 

 考えてみれば陽菜の小さい頃も結構こんなことあったし、最近ではセプトもあんまりしなくなった。慣れてしまえばどうという事も無いのだよっ!!

 

「セプトちゃんは本当にトキヒサさんのことが好きなんですよ。前の時もさっきも、お喋りの話題は大半がトキヒサさんに関することばかりで、もう何なのこの子? どこまで私をキュン死にさせたいのって感じなんですよ!」

「そうそう。最初に見た時は隷属の首輪を着けていたし、もしかしたら無理やりひどいことをされてるんじゃないかって思ったんだよねぇ。だからちょこちょこ話をしてみたんだけど、全然そんなことなかったよ」

「はい。身体に怪我も……なさそうでしたし。トキヒサさんのこと……慕っているのは嘘じゃない……と、思います」

 

 その後も三人娘にセプトのことについて次から次へと語り聞かされた。女三人寄れば姦しいというけれどまさにそれだ。

 

 どうやらこの三人娘は、俺がセプトのことをどう扱っているか知りたかったらしい。確かにまだ十一歳の子供に隷属の首輪、しかも強制的に言う事を聞かせられるレベルの強力な奴が付いているというのはただ事ではない。

 

 だからまずは外堀であるジューネと仲良くなって訊ね、それからエプリ、セプトと段階を踏み、最後に俺に直接聞きに来たという事らしい。セプトを心配してという事なら話さない理由もない。俺は三人の質問に出来る限り答えていった。

 

 ……途中恋バナは乙女の栄養剤だとか、やはり頑張っているヒトを手助けするのはサイコーだとか、妙な言葉がチラホラ聞こえたような気がするが気にしない。気にしてはいけない類の気がする。

 

 

 

 

「トキヒサくん。セプトちゃんへの質問が終わりましたよ」

 

 セプトの問診が終わってエリゼ院長に呼ばれた時、三人娘の質問から逃れられて心の中でちょっとホッとしていたのは内緒だ。少しだけ意識が飛びかけていた気もするしな。

 

「セプト。エリゼさんの話はどうだった?」

「うん。色々、聞かれた。正直に話したけど、ダメだった?」

「ダメなもんか。正直に話して良いんだよ」

 

 セプトがほんの僅かにだけ不安そうな顔を見せたので、心配ないというように軽く頭を撫でる。するとすぐに不安そうな顔が納まり、むしろ自分から手に頭をこすりつけるような仕草をする。

 

 それを見て何やらまた三人娘がざわついているが……見なかったことにしよう。

 

 エプリも終わったことを察知したようで、バルガスから離れてこちらへやってくる。そう言えば結局何を話していたんだろうか? ……こっちも気になるが今はセプトの方だ。

 

「はい。セプトちゃんにも話を聞いたけど、やはり問題はないみたいね。このままの調子でいけばやはり三日くらいで魔石も外れると思います」

「そうですか。良かった。もう少しの辛抱だぞセプト」

「うん」

 

 という事でセプトの診察が終わり、俺達は帰ることになったのだが。

 

「……あっ!? そう言えば忘れてた」

 

 以前アンリエッタにも言われていたけど、七神教についてエリゼさんから聞くんだった。時計で時間を確認すると、移動時間を考えると猶予は大体十分くらいか。この際だから少し聞いてみるとしようか。

 




 この三人娘、セプトに良くも悪くも影響を与えてますからね。意外に重要な役どころです。


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第百三十六話 五分で分かる読み聞かせ

 

「七神教について聞きたい……ですか?」

「はい。ちょっと気になったというか。成り立ちとか神様についてとか」

 

 ではそろそろ出発しようかという時、ふと気になっていたことをエリゼさんに訊ねてみることにした。

 

「それは良い心がけです。信仰の門はいつでも誰にでも開かれているものですからね。ではまず簡単な所で、歴史上有名な聖女アルマリアの活躍と茶目っ気たっぷりの失敗談から……」

「ちょっと待ってください院長。院長のお話はとてもためになる話なんですが、一度始めるとなかなか終わらないですからね。……トキヒサさんはあまり時間が無いのでしょう? ここで聞き始めると間に合わないかもしれませんよ」

 

 エリゼ院長の言葉を遮り、三人娘の一人……長女のアーメがそっと忠告してくれる。確かに十分しかないからな。聞くにしても余裕のある時の方が良いか。

 

「なので……シーメ! ソーメ! あれの準備を」

「ほいきた」

「了解」

 

 アーメの呼びかけに素早く他の二人が行動を開始する。ささっとどこからともなく人数分の椅子を用意し、部屋の中央に何やら布を掛けられた物体を持ってくる。そこそこ大きいけど何だろなアレ?

 

「準備出来たよ姉ちゃん」

「こっちも……大丈夫だよ」

「よろしい。ではトキヒサさん達はお座りください。バルガスさんやエリゼ院長もご一緒にどうぞ」

「俺もか? まあ暇だし良いけどな」

「なるほど。そういう事ですか。……では失礼しますよ」

 

 何だかよく分からないが、それぞれ思い思いに着席を……と思ったらエプリだけは壁に背を預けて立ったままだ。ここは空気読もうよ!

 

「では行くとしましょうか。“五分で分かる七神教の成り立ち”はっじまっるよ~!!」

 

 どことなく某NHK番組を思わせる口調で、アーメはバッと中央に置かれた物の布を取り払う。するとそこにあったのは、

 

「…………紙芝居?」

 

 そう。そこにあったのは、最近ではほとんど見ることのない紙芝居だった。わざわざ台まで用意されていて、その上に紙芝居が鎮座している。懐かしいな。小さい頃は近くの図書館で読み聞かせを陽菜と一緒に聴いてたもんだ。

 

「昔々のそのまた昔。今ではもうどれだけ昔かもよく分からないほど昔。かつてこの世界は、一柱の神様が治めておりました」

 

 アーメはいつの間にか手に紙の束を持ってそれを朗読していた。これもう完全に読み聞かせじゃね?

 

 そしてアーメが朗読するのに合わせて、紙芝居の紙が引き抜かれていく。……あれはどうやらソーメだな。テンポよく紙芝居を進めるのは一人じゃ難しいからな。役割分担だ。

 

「その神様はとても悪い神様で、世界を自分の好き勝手にしていました。毎日空は黒い雲に覆われて陽も差さず、大地にはほとんど草木が育たず、人々はみな困り果てていました」

『ガハハハッ。世界は俺の物だぁ』

 

 全体的に暗いイメージのページに変わったかと思うと、いきなり紙芝居の台の下から黒っぽいいかにも悪者といった感じの人形が現れる。

 

 ……よく見たらシーメが下から棒で操作していた。声を当てているのもシーメっぽい。紙芝居と人形劇を混ぜた感じだな。

 

「勿論ヒト達は悪い神様に、世界を好き勝手しないようお願いしました。しかし悪い神様は聞いてくれません。逆にお願いしたヒトをひどくいじめる始末」

『この世界は俺の物なのだから好きにして良いのだ。歯向かう奴はこうしてくれる』

 

 今度は小さな人形が沢山現れて神様に群がっていく。しかし悪い神様人形が大きく身体を動かすと、小さな人形は皆吹き飛ばされてしまう。

 

 そこでチラリと横を見ると、セプトが食い入るように紙芝居を見つめていた。エプリはフードでよく分からないが、一応しっかりと見てはいるみたいだ。

 

「立ち向かってもこうして返り討ちに遭ってしまい、長い間人々は怯え苦しんでいました。しかし」

 

 そこで紙芝居のページがめくられ、今度は少し明るい雰囲気のページに変わる。そこには、小さな七つの光の球が描かれていた。

 

「ある時、この世界とは別の世界から七柱の神様がやってきました。別の世界の神様達はこの世界の荒れ様を見て心を痛め、悪い神様に悪いことを止めるように言いました。しかし悪い神様は言う事を聞きません」

『ふん。止めるつもりなどさらさらない。止めたければ力尽くでやってみるんだな』

「神様達は仕方なく、悪い神様を止めるために戦いを挑みました。けれど悪い神様も黙ってはいません。自分の力を分け与えた眷属をたくさん創り出して応戦します」

 

 また紙芝居は次のページに移り、今度は悪い神様のミニチュアみたいな人形がいくつも現れる。だが先ほど吹き飛ばされたはずの小さな人形も現れて、ミニ悪人形とぶつかりあった。

 

「戦いは七日七晩続きました。最初は怯えて動けなかったヒト達も、神様達の戦う姿を見て立ち上がり、悪い神様の眷属と戦いました。そして……八日目の朝」

『ぐあああっ!! や~ら~れ~た~」

「遂に悪い神様は別の世界の神様達に倒され、この世界に平和が戻りました」

 

 悪い神様人形が迫真の演技で倒れこんで下に引っ込むと、また紙芝居の内容がガラリと変わる。今度は空を覆っていた黒い雲が消え、荒れ果てた大地も少しだけマシになったような風景だ。

 

「しかしまだ問題はありました。()()()()()神様が居なくなってしまったことです。世界には神様が居なくてはなりません。それに悪い神様の眷属もまだ多く残っていました」

『ふっふっふ。俺の眷属達は俺が居なくても残って暴れるのだ。……ガクリ』

 

 わざわざ律義にまた悪い神様人形が出てきて説明したかと思うと、言い終わったらすぐに倒れて下に引っ込んだ。ガクリってわざわざ口で言わなくても。

 

「悪い神様の眷属は自分達で何とかしなければならないけれど、神様が居なくなったのは仕方のないことだ。優しい神様達は自分達の世界に戻ることをやめ、しばらくこの世界に残ってヒト達を見守ることにしました。こうして人々は新しい神様達に深く感謝し、それぞれの神様をお祀りする様になったのでした。おしまい」

 

 アーメの朗読が終わるとともに、おしまいと紙芝居の最後のページが表示され、これまで出てきた人形がまとめて出てきてこちらに向かって一礼する。全部まとめて動かすとは凄いなシーメ。……ってか悪い神様も一礼してるけどそこは良いのか?

 

 何はともあれ出来はとても良かったので、ついつい立ち上がって拍手をしてしまった。見ればセプトも珍しく少し顔を紅潮させて手を叩いている。余程気に入ったらしい。

 

 バルガスやエリゼさんも同じだ。エプリは……あっ!? 小さく手を叩いてる。

 

「大体ですがこんな所でしょうか。如何でしたか? 参考になりましたか?」

 

 紙芝居を終えて、三人娘がこちらにやってくる。

 

「ああ。ありがとう。なんとなくだけど七神教について分かった気がするよ」

「それは良かったです」

「へへっ! 成功成功ってね!」

「上手く出来て……良かったです」

 

 そう言ってアーメは静かに、シーメは得意そうな顔で、そしてソーメはどこかホッとした顔で、三者三様の笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 

「そういえばどうして読み聞かせ風? いやまあ面白かったし良いんだけどさ」

「このところ教会に来る方も減ってしまって、どうにか来てくれるヒトを増やせないかと色んなやり方を前から考えていたんです。今回トキヒサさんが七神教について知りたいと言ってくれたので、考えていたものの一つを試しにやってみたのですが……どうでしょうか?」

「とても、面白かった。影絵の参考にもなるし、またやってほしい」

 

 俺より先にセプトがその言葉に食いついた。無表情ながらも目を輝かせていたもんな。それに人形を操るのは影絵の要領とも近い。

 

「今の読み聞かせは多分子供向けに作られたものだと思うけど、それでいてよく出来ていたし良いんじゃないかな。人形の動きとかも良かったし」

「……悪くはなかったわね」

「俺はこういうこまごましたのはよく分からんが、子供受けはすると思うぜ」

 

 俺の意見の後にエプリやバルガスも続々と感想を述べる。概ね高評価って奴だ。

 

「ありがとうございます。……院長先生。こうして参考になる意見も頂けたことですし、これからもこれは時々こうして教会で行っても良いですか?」

「お願いだよ院長。折角練習したんだから。ねっ!」

「お願い……します」

「……しょうがないですね。見たところ出来はしっかりしていましたし、あくまでも時々ですからね」

 

 三人娘の懇願に、苦笑いしながら許可を出すエリゼさん。なんか上手いことダシに使われたような気もするけど、七神教について少しは知れたから良しとするか。

 

「トキヒサくん。今回はこの子達に付き合ってもらった形になっちゃってごめんなさいね」

「いえ。良いんですよ。時間があればもう少し詳しく聞きたかったくらいです」

 

 エリゼさんが何処か申し訳なさそうに言うけれど、元々こちらが時間がないのに無理して聞こうとしたわけだからな。この三人はそれに応えただけで謝るようなことでもない。それにこういう神話とかは結構好きだしな。

 

「フフッ。そう言ってもらえると助かるわ。セプトちゃんの件以外でもまたいつでも来てくれていいからね」

「評判が良かったら、今度は“五分で分かる七神教の成り立ち『第二幕』”も考えていますからね。その時はまた来てくださいね」

「人形の動きが良いって言ってくれてありがとねっ! またその内観に来てよトキヒサさん。……なんかトキヒサさんって呼ぶのも堅苦しいからトッキーって呼んで良い?」

「また……来てくださいね。次も……頑張りますから」

「はいっ! セプトがしっかり治ったら改めてまた来ますね」

「うん。また観に来る」

 

  こうしてシスター達から熱いお見送りを受けながら、俺達は雲羊に乗り込んで都市長さんの屋敷に戻るのだった。

 




 日々布教のために様々なことを行っているシスターと三人娘ですが、中々上手くはいっていないようです。まあ別の仕事もありますからね。忙しいのです。


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第百三十七話 女性の買い物は多くて長い

「なあエプリ。最近順調に儲かりすぎて怖いんだけど」

「……何よ急に。儲かっているなら良いことじゃない」

「だってさ。見てみろよこれ!」

 

 俺が指さす先には、今回イザスタさんから預かった加工済みの魔石を売り払った分の代金がテーブルに乗せられていた。

 

 その内訳は、銅貨が七枚に銀貨が十三枚、それに何と金貨が四枚もある。しめて四万千三百七十デンの大金だ。……四十一万三千七百円と言った方が分かりやすいだろうか。

 

 教会から戻った俺達は、昼食の後で予定通りに商人ギルドに魔石の鑑定と買取を依頼に来ていた。その買取結果がこれだ。

 

 この交渉をまとめ上げたジューネは、さっきから買い取ってくれた商人ギルドの人や鑑定士の人と握手をしながら談笑している。商人にとってこのくらいの額は慣れっこってことか?

 

「この世界に来てからまだ三週間、二十日ちょいしか経ってないんだぞ。それなのにこんな大金ばかり目にして……まあ牢獄でイザスタさんの荷物を換金した時の方が凄かったけど、これじゃあ金銭感覚がおかしくなるっての」

「……そう? 私も割の良い仕事をしばらく受けたらこのくらいの稼ぎになることがあるけど」

 

 エプリは落ち着いた態度でそう返す。そうだった。エプリも考えてみれば高給取りの護衛だった。色々あって料金をまけてもらった上で護衛料一日千デンだもんな。

 

 実際は契約の内容によってもっと高額の場合もあるだろうし、金貨も見慣れているってことだろうか。

 

「トキヒサ。大丈夫?」

「ありがとうセプト。……セプトは流石にこの額は大金だと思うよな?」

 

 周りの人の予想以上の金への慣れにちょっとふらつく俺に、セプトが心配して近づいてくる。

 

 そうだセプトがいるじゃないか。言い方は悪いがセプトは奴隷だ。あまり大金には縁が無いはず。そんな少し情けない思いから出た言葉だったが。

 

「ごめんなさいトキヒサ(ご主人様)。クラウンが、よく金貨数えてた。だから、あんまり」

 

 セプトもだったかあぁっ! と言うかおのれクラウンっ! お前セプトの横で普通に数えるくらい金持ちだったのか?

 

 考えてみればエプリを雇ったくらいだから金があるのは当然か。……どのみち許すまじっ!! 少し理不尽かもしれないが、あんにゃろめは次会ったらこの分も含めてぶっ飛ばす。

 

 そんな怒りを燃やしていると、服の中からそっとボジョが触手を伸ばして俺を慰めるようにポンポンと背中を叩いた。ありがとよボジョ。

 

 そうこうしている内に、ジューネが話し合いを終えてこちらに戻ってきた。その顔ときたらどこのエビスさんかというくらいほくほく顔だ。

 

「いやあ今回は中々に大きな取引でしたね。私も内心ドキドキものでしたよ」

「嘘言え。平然としていたくせに」

「それはそう見えただけですよ。あんまり顔に出すと交渉に差し障りますからね」

 

 そんなことを言うジューネだが、それにしたってあそこまで平然といけるのだろうか? 俺だったらすぐに顔に出そうだな。

 

「普通魔石は加工すると使い道が限定されて値が下がるものなんですが、今回の品はよほど腕の良いヒトが加工したんでしょうね。安全性を確保した上で機能性がほとんど損なわれていませんでした。加えて元々の質が良かったこともありましたからね。かなり良い値が付きました」

「……元々相手の提示した三万デンからここまで値上げさせた訳だけどね。……よくもまあ一万デン以上も引っ張ったものよ」

「いえいえ。それは違いますよエプリさん。多分相手方も初めから四万デンくらいで決着するつもりであの値段を提示したんです。値段の引き上げも織り込み済みですね。私のやったことと言ったら、その思惑に乗った上で()()()()値上げしてもらえるよう交渉しただけですよ」

 

 エプリの言葉に謙遜したような態度で返すジューネ。少しだけねぇ。向こうからしたら値段は三万代後半くらいに抑えるつもりだったと思うんだけどな。

 

 だって四万まで値上げした辺りから微妙に苦笑いしてたもの。さらにそこから千デン以上引き上げたんだから中々にエグイ。

 

「ではトキヒサさん。事前に決めていた通り……」

「ああ。ジューネが値上げした分の二割を報酬に渡すんだったな」

「サービスで端数はまけておきますよ。ここではなんですから、屋敷に戻ってから支払いをお願いしますね」

 

 ジューネはふふふと小悪魔的に小さく笑う。う~む。最近順調に儲かっているのは、やはりこういった金に強い知り合いが増えたからかもしれない。エプリといいジューネといい、それに都市長さんやネッツさんもそうだ。

 

 考えてみれば、そもそも最初に自称富と契約の女神の手駒になってるんだから、こういう縁が深まるのはある意味当然か? 神様パワー的な物が作用しているのかもしれん。その分くらいは後で感謝しとこ。

 

「ところでトキヒサさん達はこれからの予定はお決まりですか? もし良ければ少し付き合ってほしいのですが」

「付き合う? 俺は別に良いけど、二人はどうす……って聞くまでも無いって顔してんなこりゃ」

「……当然ね」

「うん」

 

 終わったら資源回収に行く予定だったが、考えてみれば必ずしも毎日行く必要はない。少し間をおいて物が溜まるのを待つというのも有りだ。

 

 念の為エプリやセプトの予定を聞こうとしたが、二人して俺に同行する気満々のようだ。

 

「よし。それじゃあ付き合うとするか。……ところで何に?」

「簡単です。これでも私だって女の子ですからね。()()()()()()()

 

 この時のジューネの言葉に微妙に違和感を持ってしまったのは俺だけじゃないと信じたい。

 

 

 

 

 交渉も終わり、すぐに戻ってヒースとアシュさんの鍛錬に付き合うのかと思いきや、今日の予定では鍛錬の時間は少し遅いらしく、それまでジューネは以前キリから貰った情報を頼りに買い物をしていくという。

 

 なので荷物持ち代わりとしてこちらに付き合う事になった。それは良いのだが、

 

「ちょ、ちょっと買いすぎじゃないかジューネ」

「何を言ってるんですかトキヒサさん。まだまだ予定の半分くらいしか回っていませんよ」

 

 半分って……俺もう両手どころか両肩まで使ってるんだけど。今の俺を遠目で見たら、一瞬人型に見えずにとまどう人が出るかもな。

 

 ジューネときたら、最初から行く店を決めているのかずんずんと突き進み、めぼしいものを幾つか買うとすぐに次の場所へ向かう。それだけなら普通のことかもしれないが、その繰り返しをもう六回は続けているとなると話は別だいっ!

 

 買った物を入れた袋を身体のあちこちにぶら下げ、バーゲン帰りの主婦はもしやこんな感じかと考えを巡らせる。

 

「トキヒサ。私、持つ?」

「気持ちはありがたいけど、もうセプトもキツイだろ? 腕がプルプルしてるぞ」

 

 遂に俺だけでは手が足らず、セプトまで荷物持ちになる始末。持たせたのは比較的軽い方ではあるが、長く持っていればそれだけ負担も大きい。移動が雲羊じゃなかったらとっくにへたばってるぞ。

 

 一度『万物換金』で金に換えて屋敷で戻そうかと提案したが、手数料がもったいないからと断られた。やっぱダメか。

 

「エ、エプリも一つくらい持ってくれよ」

「……護衛は荷物を持たないの。手が空いていないといざと言う時に対応出来ないから」

 

 もっともな意見だ。しかしそれはそれとして、一人だけ身軽というのはちょっと妬ましい。見ろっ! ジューネだって片手に袋を……って、あれっ!?

 

「そう言えばジューネ。いつものデカいリュックサックはどうした? あれがあれば一発じゃないか」

 

 今にして気付いたが、ジューネがいつも背負っているリュックが無い。あれに入れてしまえばある程度重量やらなにやらを抑えられるはずなのに。

 

「残念ながら、あれは昼間の内にヌッタ子爵に預けてるんですよ。時折整備をしてもらわないといけませんからね。私も簡単なものなら出来ますけど、この際ですから本格的な整備を頼んだんです」

「整備ね。もしかしてあのリュックはヌッタ子爵が造ったとか?」

 

 何だかんだダンジョンの時からあのリュックには謎が多い。もし作ったのがヌッタ子爵だとしたら興味があるが。

 

「いえ。ヌッタ子爵は以前珍しいから貰ったと言っていました。その時持ち主になるという事で、徹底的に整備の仕方を叩き込まれたらしいですよ」

「貰ったって言うと……誰に?」

「それはですね……って、ちょっと待ってください。あれは……」

 

 急に言葉を止めると、ジューネは俺の後方にじっと目を凝らす。何だよ。何か気になるものでもあったのか? 俺も荷物を落とさないよう気を付けながら振り返る。

 

 市場だけあって人で混雑していて、どこに目を向ければ良いか分からない。だがジューネの視線から見て少し遠くの方に視線を向ける。そして、

 

「おっ! あれってもしかしてヒースか?」

 

 ちらりと見えただけだが、そこには見覚えのある顔の奴がいた。多少距離があったためかこちらに気づいた様子もなく、そのまま雑踏の中をどこか目的地があるかのように真っすぐ歩いていく。

 

「へぇ~。あんまりイメージが湧かないけど、ヒースも市場で買い物かね?」

「……おかしいですね。今は屋敷で講義を受けている時間のはずです。以前アシュが鍛錬の時間を調整する際にそう言っていました」

 

 ってことはさぼりか!? ……待てよ。これはある意味チャンスじゃないか? 都市長さんの頼みである、時々ヒースがさぼってどこに行っているのか調べてほしいという話の。

 

「なあジューネ。いったん買い物を中止して、こっそりヒースを尾行するってことにしないか?」

「それは……まあアリと言ったらアリですね。ただその格好でですか?」

 

 ジューネは大量の荷物でシルエットが凄いことになっている俺を指差す。確かにこの格好はマズいな。どっかに荷物を置けるコインロッカー的なものはないもんかね? 俺は自分の格好を見てため息をついた。

 




 ちなみにこれでもジューネは遠慮しています。アシュが居るかリュックがあったらまだまだ買い込んでました。




 ここで読者の皆様にご報告があります。この度新作として遊戯王とロボトミーコーポレーションの二次創作を開始いたしましたが、こちらとの同時連載がことのほか厳しく、そのためこちらの投稿速度が少し遅くするという考えに至りました。

 これからは二日に一話くらいのペースで投稿になりますので、楽しみにしている読者様にはご迷惑をおかけいたします。


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第百三十八話 尾行は中々大変です

 

 とにかくこんな荷物を抱えて尾行する訳にはいかない。それに雲羊が凄まじく目立つ。さっきは相当離れていたから良かったものの、近づいたら俺達よりも先に雲羊が見つかること請け合いだ。ということで、

 

「そう怒るなよエプリ。しょうがないだろ。雲羊を操れるのはエプリかジューネしかいないんだから」

「………………ふんっ」

 

 素早く相談した結果、一旦エプリが荷物を雲羊でまとめて屋敷に運ぶことになった。雲羊だけでも帰るだけなら出来そうだが、荷物を途中で落っことす可能性があるので却下だ。

 

 ちなみにジューネが残ることになった理由は、単純にジューネの方が土地勘があるから。尾行するだけならこっちの方が適役という訳だ。

 

 護衛が護衛対象から離れるなんてとエプリが渋りまくっていたが、なんとか宥めすかして雲羊に乗り込んでもらう。

 

「……セプト。この中で戦力になりそうなのはアナタだけだから、くれぐれも二人を頼むわ。……またトキヒサがバカをやって危険に突っ込んでいこうとしたら力尽くでも止めて」

「分かった。任せて」

 

 エプリは雲羊の上からセプトにそんなことを言っている。失敬な! 戦力になりそうもないのは事実だが、自分から危険に突っ込んでいくなんてことは……そんなにないぞっ!

 

「エプリさん。念の為……これを渡しておきますね」

「……これは?」

 

 ジューネが持っていた袋から何かを取り出してエプリに投げ渡した。何だアレは?

 

「それは私の商品の一つでして、簡単に言うと対になっているものと引き合うようになっています。私がそれの対を持っていますから、帰りが遅いと感じたら迎えに来てください」

「……成程ね。分かったわ。夕食時になっても戻らなかったら迎えに行く。……その時はまたこれに乗っても?」

「多分その頃には尾行も終わっているでしょうから大丈夫です。お願いしますね」

 

 エプリは渡されたものを懐に仕舞うと、そのまま雲羊を転回させて出発する。勿論ヒースが歩いて行った方向とは逆方向からだ。

 

「さて。それでは行きましょうかお二人共。くれぐれもバレないように静かにですよ」

「任せろ。こう見えてかくれんぼと鬼ごっこは得意なんだ」

 

 以前色々やらかして、カンカンになっている陽菜や“相棒”から逃げ回っていたからな。自然にどこに隠れれば見つかりにくいかとかが分かるようになっていったんだ。

 

 ……最終的には大抵見つかって拳骨とお説教をくらったけどな。

 

「よく知らない言葉ですが、まあ自信があるなら良いでしょう。セプトさんは……トキヒサさんより上手そうですね」

 

 何が? と思ってセプトの方を見ると、なんとセプトの身体が半分影の中に沈み込んでいる。そう言えばそういう能力があったな闇属性って。

 

「隠れるの、得意。任せて」

 

 そう言うと、セプトはずるりと影の中から足を抜き出して地面に立ち、珍しく自慢げに胸を張る。確かにこれには負けるな。

 

 こうして俺達は当初の予定を変更し、ヒースの尾行を開始するのだった。

 

 

 

 

 尾行の鉄則は相手に気づかれないこと。それならば離れれば良いという話だが、離れすぎれば見失う。よって付かず離れずの距離を保つことになるが、それが中々難しい。

 

 当然だが道にはヒースだけではなく普通の通行人もいる。見失わずに追いかけるだけで一苦労だ。おまけに今日に限ってヒースはいつもの仕立ての良い服ではなく、茶色と灰色を基調とした地味めな服で人混みに紛れやすい。

 

 見つからないよう時には遮蔽物に隠れ、ある時はセプトの影で身を隠して追っていく。便利なことに、セプトと手を繋いでいる間はこちらも影に潜ることが出来るのだ。

 

 影の中は少し息苦しいが我慢できないほどではなく、影の隙間から外の様子を覗き見ることも出来る。水の中みたいな感じだ。

 

 まあ影の大きさと中の広さは比例するので影によっては狭苦しいし、セプトと手を離した瞬間影から弾かれてしまうのだが。それに何人も同時に入っているとセプトの消耗が激しいので乱用も出来ないしな。

 

 そうして悪戦苦闘しながら歩くことしばらく、

 

「……で、尾行してるのは良いのだけど、一体どこに向かってるんだ?」

「そうですねぇ。この方向だと……ちょっと大通りから離れた場所になりますね。ここまでくると店も少なくなってきますし、私もあんまり来たことはありませんね」

 

 なるほど。確かに周りの様子を見れば、先ほどのような活気が減って少し寂しい感じになっている。店も無い訳ではないのだけど、これまでいた市場と比べると半分くらいってとこか。

 

 ジューネとしてもこういう儲け話の少なそうな所にはあまり来ないか。

 

「こんな所に何の用なのかね? ヒースは」

「分かりません。ですが、これはいよいよ……」

「何だよジューネ。いよいよって?」

 

 ジューネが何か考え込むように眉根を寄せるのを見て、ちょっと俺も気になって聞いてみる。こんな状況だからな。隠し事は無しだぞ。

 

「いえ。都市長様の屋敷で噂を聞いたんですが、ヒース様は以前調査隊の仕事中にミスをして、それが元で一時的に副隊長を退いていると。今ではすっかりやさぐれて、後ろ暗いことにまで手を出しているとかいないとか」

 

 ジューネがわざわざ両手を前に垂らしておどろおどろしい雰囲気を出そうとする。それじゃあ幽霊か何かだよ。

 

 しかしこの状況。噂が本当になりつつあるぞ。失敗して落ち込んでグレてって、どんどん落ちていく王道パターンじゃないか。

 

「まあとにかく。とにかくだ。ヒースが何処へ行くのかちゃんと見届けるまでは尾行を続けよう。もし本当にそんな厄介なことになっていた場合は……速やかに戻って都市長さんに報告。それで良いか?」

 

 俺の言葉にうんうんと頷くジューネとセプト。いざという時のことは常に想定しておいた方が良いって以前“相棒”も言ってたからな。

 

 そのままさらに尾行を続けていくと、ますます人気が無い場所に入っていく。裏道とかもいくつか通っているし、慣れない人だと確実に迷子になるぞ。

 

「あそこ、入っていく」

 

 セプトが指さす先には、路地裏のどん詰まりにひっそりと一軒の建物があった。

 

 ちょっとした民家ほどの大きさでまるで存在を主張せず、見つけようと思わなければまず見つかることはないだろう。造りは他の建物の大半と同じく石造りだが、扉だけは木製のものだ。

 

 ヒースは一度きょろきょろと周りを見渡すと、扉を開けて素早く中に入りすぐさま閉めた。

 

 こちらは途中の建物の影に隠れていたので見つからなかったが、ああいう仕草をするってことは見つかりたくないってことか。俺達はそろりそろりと忍び足で建物に近づいていく。

 

「……外から見ただけじゃよく分からないな。ジューネそっちはどうだ?」

「こちらもよく分からないですね。特徴らしきものも無いし、普通の民家のようにも見えます」

「見て! あそこから煙が出てる」

 

 外から建物を観察していると、セプトが建物の隙間から白い煙が噴き出しているのを見つけた。一瞬火事かと思ったが、よく見たらそこには内部から筒状のものが伸びている。煙の排出口になっているようだ。

 

「煙ねぇ。……まさか」

 

 さっきのジューネの言葉から、俺の頭の中にこっそりタバコ的なものをふかして煙をプカプカと浮かべているヒースのイメージが浮かび上がる。

 

 いや、それだけならまだいい。だがもしもそれがタバコ的なものではなく、()()()()()()()()だったとしたら……。

 

「ちょっとマズいかもしれないなこの状況。場所も分かったしこのまま撤退するのも一つの手だけど、一刻を争う状況ってことも考えられる。突入するか?」

「……そうですね。正直今日はこのまま様子を見て出てくるのを待つつもりでしたけど、万が一のことがあったら都市長様に顔向けが出来ません」

 

 ジューネも覚悟を決めた顔で言う。安全を取るなら最初に言ったように待つのが一番だ。それでも行くというのは、ヒースの身を案じているからだと俺は勝手に想像する。やはりジューネは良い奴だ。

 

「私は、出来ればやめてほしい。トキヒサ、また危ない目に遭うから」

 

 セプトは相変わらずの無表情でそう言う。さっきエプリに言われたことを守ってのことだろう。でも、

 

「……そうだな。危ない目に遭うかもしれない。でも見逃したらマズイことになるかもしれない。これでも一応知り合いだし、ほっとくわけにもいかないよ」

「じゃあ私も行く。危ないことからトキヒサを守る」

 

 それがセプトの精一杯の妥協なのだろう。……勝手な保護者(仮)でゴメンな。

 

「ああ。頼りにしてるよ。あと俺だけじゃなくジューネも守ってくれよな。……おっ!?」

 

 それにもぞりとした感覚が服の中からしたかと思うと、ボジョが触手だけ出して任せろとばかりに振り上げる。忘れてないって、ボジョも勿論一緒だとも。

 

 決意は固まった。それじゃあ突入するぞ。ジューネはいざと言う時のために少し離れたところに残し、俺とセプトは静かに扉の前に立つ。

 

 本来ならセプトもジューネの近くに残したかったのだが、一緒に行くと言って聞かなかったのだからどうしようもない。さっきの譲歩の分はこっちも妥協だ。

 

 罠は……ざっと見たところではなさそうだな。念のために貯金箱を取り出して扉の周りを査定するが、別段不自然な物は無かった。

 

「…………うんっ!?」

 

 取っ手の部分に手を掛けた時に気が付いたのだが、扉の横辺りに妙な長方形の跡がある。これは……日焼けの跡みたいだな。

 

 元々ここには長い間長方形の何かがあったけど、今は取っ払われているってことか? よく見れば上の所に何かをひっかけるような出っ張りがあるし。

 

「トキヒサ。何か、良い匂いがする」

「匂い? ……そう言われると確かに。待てよ!」

 

 扉から微かに漂う匂いに、俺はふと考える。白い煙、扉の横の日焼け跡、そしてこのどこか()()()()()()()()()()()()()匂い。

 

「……もしかして」

 

 俺はある予感をしながら扉を開ける。あまりに自然な動きにセプトが慌てるが、俺の予感が正しければ危ないことには多分ならないと思う。扉を開けると中からむわっとした熱気が噴き出し、それと共に匂いも強くなる。

 

 そこに居たのは、

 

「…………らっしゃい」

「うんっ!? なっ!? お、お前達どうしてここにっ!?」

 

 こちらを一目チラリと見て不愛想にそう言う男と、席に着いて男から大きなどんぶりを受け取るヒースの姿だった。どんぶりにはなみなみとスープが注がれ、中には多くの具材と縮れた麺が泳いでいる。

 

 つまりここは…………()()()()()だ。

 




 セプトの隠密能力はかなり高いです。

 影に潜っている間は視認はほぼ無理ですし、セプトは胸に付いている魔石の関係もあって一人なら長時間潜っていられます。影の多く繋がっている町中であるなら尾行はお手の物ですね。


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第百三十九話 ああ。ラーメンは偉大だな

 飯テロとかではないです。


 

「…………おまちどう」

「ありがとうございます」

 

 俺は店主からラーメンを受け取り、そっとテーブルの上に置く。

 

 そのどんぶりからは出来たてであることを示すように真っ白な湯気が立ち上り、中で具材と麺が存在を主張している。まるで早く食べろ早く食べろとせっつくかのように。

 

「いただきます」

 

 ぐぅ~と小さく腹の虫がなり、俺は挨拶もそこそこに箸を構えて猛然と目の前のラーメンに挑みかかった。

 

 最初に食べるのはやはり麺だろう。俺は麺のみをまず摘まみ上げ、そのまま勢いよくすすり込む。

 

 熱いっ! だが美味い。麺はやや固ゆでと言う所だが、その分しっかりとした歯ごたえがあり食事をしているという気分を強く意識させる。

 

 他の具材は薄切り肉、輪切りの煮卵、そして軽くネギのような野菜を刻んでまぶしただけのシンプルな物。だが逆にそのシンプルさこそが、このラーメンに対する店主の強い自信と意気込みを表しているような気がしてならない。

 

 肉は麺とは打って変わってとても柔らかく、箸でも簡単に割くことが出来る程。だが決して食べ応えが無い訳ではなく、噛む毎にじわっと染み込んだスープが肉の旨味と共に舌に響いていく。この味は……豚肉に似ているがかなり上質な物だな。

 

 ネギのような野菜は味こそやや薄いが、他とは少し違ったシャキシャキという食感で結構楽しい。

 

 そして卵だが、良く煮込まれた卵は中の黄身も合わせてとてもまろやかだ。あえて純白の卵ではなく良く煮込まれて茶色がかった煮卵にすることで、より強くスープの味を際立たせる。

 

 そう。スープだ。これらの麺と具材をまとめ上げて一段階上の味に引き上げている立役者は間違いなくスープなのだ。レンゲ代わりの木製のスプーンを使い、スープのみを掬い取ってじっと見る。

 

 スープはキラキラと黄金色に輝き、それでいて澄んでいるのだから驚きだ。どれだけ丹念に灰汁取りをすればここまでになるのというのだろうか? 俺はそっとスープを口に含み……知らず知らずの内に涙を流していた。

 

 これまで三週間ほど食べていなかったという事もあったのだろう。食べることで郷愁の念を思い出させたという事もある。元の世界に居た頃はよく母さんの手製のラーメンを食べていたものな。

 

 決してロクなモノを食べていなかったというわけではない。特にここ最近は都市長さんの屋敷で結構豪華な食事をしているもんな。あの食事に不満があるわけでもないのだ。

 

 だが、だがそれとは別に敢えて言わせてもらいたい。

 

「俺は今……美味しいもの(ラーメン)を食べている」

「…………あの、何を言ってるんだか分からないんですが」

 

 おっと。某グルメ番組よろしく心の中で喋りまくっている内に、外で待たせていたジューネがしびれを切らして入ってきたみたいだ。まあ仕方ないか。いつの間にかそれなりに時間が経っていたみたいだしな。それじゃあ簡単に説明するとするか。

 

 

 

 

「デート用の店を見繕ってたっ?」

「そ、そういうことだ」

 

 唖然とするジューネに、ヒースは少し苦々しげにそう言った。まあジューネが唖然とするのも分かる。噂とは全然違うもんな。……まあ講義をさぼっていたのは悪いことだけど。

 

 折角食べ物屋に入ったってことで、俺はジューネが来る前に全員分のラーメンを先に注文しておいた。今は皆で席に着き、目の前に置かれたラーメンをがっつきながら事の流れを話し合っていた。

 

「ラニーがいつダンジョンから戻っても良いように、僕は常日頃からこういう隠れた名店を探しているんだ。候補は多少余裕を持って見繕っていた方が良いからな」

「なんだ。そうだったんですか」

「それで見つけたのがこの店で、ここのラーメンが個人的にも気に入ったらしくて時々来ているんだと。そうでしたよね店主」

「……へい。数日おきにいらしては、ラーメンを食って夕方ぐらいに出られます」

 

 歴戦の料理人という感じの店主が、見かけと同じ渋い声でそう答える。まあヒースの気持ちは分かる。このラーメンはかなりレベルが高いからな。リピーターになったんだろう。

 

 俺はまた一口ズズッと啜る。うん。やはり美味い。涙が出そうに美味い。というか出てる。

 

「そんなに美味しいんですか? どうも初めて見る品で心の準備が」

「まあ一口食ってみろよ。セプトなんかすぐに食べ始めたぞ」

「美味しい。美味しい」

 

 俺の横の席に座って、セプトもモグモグと口を動かしている。やっぱり箸は使いづらいのか、小さなフォークで麺をパスタのように巻きながら口に運ぶ。口にネギっぽいものが付いてるぞ。後でちゃんと拭こうな。

 

 ちなみにボジョもこっそり触手を伸ばして麺や具材を取り込んでいる。食う度にプルプルと震えているのでどうやらお気に召したみたいだ。

 

「箸が苦手ならセプトみたいにフォークで行くか? 店主に言えば出してくれるぞ」

「……では私もフォークでお願いします。どうにも箸はアシュやトキヒサさんのようにはうまく使えなくて」

 

 店主がすぐにフォークを用意してくれて、ジューネもおそるおそる麺を少し巻き付けると口に運ぶ。すると驚いたように目を見開き、そのまま次の一口、そしてまた一口とフォークが止まらない。

 

 ふっふっふ。堕ちたな。流石ラーメン。異世界でも人の心と胃袋をガッチリと掴んで離さない。

 

 そのまま全員でラーメンを平らげると、水を貰って腹を休めながら話の続きをする。

 

「え~っと。つまり、ここしばらくヒースが講師にいちゃもんつけて講義を抜け出していたのは、この店みたいなデートスポットを探していたから……ってことで良いのか?」

「…………ああ。それにしても、お前達はどうしてここに? まさかつけてきたのか?」

「ごめん。買い物中に偶然ヒースの姿を見つけてな。今の時間は講義中のはずなのに何処へ行くのかって気になってさ」

 

 一瞬ヒースの言葉が詰まったような気がしたが気のせいだろうか? 呼び捨てにも反応しなかったし。だがひとまずそれは置いておこう。

 

 ヒースの追及だけどここで嘘を言っても仕方がないので正直に話す。まあ都市長さんの頼みもあったし、ジューネの聞いた噂が無かったら店に突入まではしなかったと思うけどな。

 

「ふんっ。油断してたな。と言うよりお前達がこそこそ隠れながら追ってくるのが上手かったと言うべきか。父上も妙な奴らを差し向けたものだ」

「元はと言えば、ヒース様がこんな時間に出歩いているのも悪いのですよ。それも都市長様が気に掛けるくらいに何度も。デート場所を探すくらいなら普通に言えばいいんですよ」

 

 ジューネがヒースの言い分に反論する。怒ってというより諭すようにといった感じだ。あれくらいのことじゃやっぱり怒らないか。

 

 ……ちなみに俺も怒ってない。実際にこそこそ隠れながら追っていたんだから間違ってないもんな。あとラーメンを食って心に余裕が有るっていうのも大きいな。

 

「父上に話したら確実に護衛が付くだろう。それにここら辺のやや治安が悪くなり始める場所ならなおのことだ。こういう所にこそ名店が多いというのに」

「だからって講義をさぼってまで行くのはどうなんだ? 勉強は一応大事だろ?」

 

 俺も好きではないけどやっておいた方が良いっていうのは分かる。実際今もジューネに勉強会をしてもらっているものな。読み書きくらいは出来るようになっとかないと。

 

「それに関しては前にも父上に言ったが、あの程度の奴らに教わることは特にないな。僕が数日教わっただけで大体先の流れを予想出来てしまうのではマズいだろう。続けても復習程度にしかならないし、それくらいならこうして外に出て、自由に時間を使った方がまだマシというものだ」

 

 自信満々に言っているが、もし本当だとしたら凄いな。一を聞いて十を知るという言葉があるがまさにそれだ。

 

 都市長さんが以前ヒースのことを、剣術も学問も出来るため大抵の相手を自身より下に見る悪癖があると言っていた。それはこういう事かね。

 

「ではアシュのこともそんな風に思っているのですか?」

「アシュ先生は数少ない例外だ。確かに倒れるほど厳しい鍛錬だから得意ではないがな。まだまだ勝てるイメージが湧かないし、実際戦いでためになる動きや言葉は数多い。僕が教わるに十分値するヒトだ」

 

 言葉自体は偉そうではあるが、そう言うヒースの表情はアシュさんへの敬意を思わせるものだった。

 

「もう良いだろう。父上に報告するのなら好きにしろ。どのみちもうすぐ……いや。何でもない。僕はもう少しここで食休みしたら屋敷に戻る。満腹の状態で先生のしごきを受けたら気持ちが悪くなりそうだからな」

「分かりました。この件は都市長様に報告させていただきます。先に戻っていますから、あとから来てくださいね。……それと、なるべくはやはり講義はさぼらない方が良いと思いますよ」

「そこは俺も同感だな。一応向こうも教える専門家なんだろう? ならじっくり話を聞いてみたら教わることもまだあるんじゃないか?」

 

 ヒースは一言「これからは少し控える」と言ってそのまま目を閉じ、俺達はヒースを残して先に帰ることにした。

 

 もたもたしているとエプリが心配して迎えに来るかもしれないしな。それに、おそらくあの感じならヒースもこのままさぼったりはしないだろう。お勘定を払い、皆で店を出る。

 

 ちなみにラーメンは一杯百五十デン。ラーメンのみではやや高めな気もするが、あの感動を味わえたのだからこれぐらい安いもんだとも。また個人的に来よう。

 




 食事描写って難しいですよね。どうすればこの美味しさが伝わるのか試行錯誤の連続でした。


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第百四十話 修業は子供の頃から

「……戻ってきたのね。……どうだった?」

「色々あったよ。まあそこは部屋に戻ってから話すとして、とりあえず出発はもう良いんじゃないか?」

 

 ヒースと別れてからおおよそ一時間ほどで屋敷に戻ってきた俺達だが、そこで今まさに雲羊に乗って飛び出そうとしているエプリとバッタリ鉢合わせする。

 

 危なかった。もう少し遅れてたら行き違いになる所だった。買い物を続けようとしたジューネを止めてそのまま帰って本当に良かった。

 

 まあこれ以上買い物をして、荷物をたくさん持っていくのがきつかったというのもあるが。

 

 部屋に戻ってエプリに経緯を説明する。ヒースを追いかけていったらそこはラーメン屋だったこと。ヒースは時々講義をさぼっては、こうしてラニーさんとのデート用に隠れた名店を探しているということ。一応店主に確認したが、ここしばらく数日おきにラーメン屋に通っては夕方ごろに店を出るといったこと等だ。

 

「…………そう」

 

 エプリは話を聞き終わると、何故か手を口元に当てて少し考えこむようなそぶりを見せた。

 

「何か気になるようなことでもあったか?」

「…………いえ。何でもないわ。ただ何となく気になっただけ」

 

 何が気になったのかと聞いても、エプリは自分でもはっきりとは分からないという。一緒に連れて行けばその違和感が分かったかもしれないが、たらればって奴だな。

 

 それと、後でエプリがぼそりと「……ラーメン……か」って呟いていた。その内誘って一緒に行った方が良さそうだな。食い物の恨みは怖いから。

 

 

 

 

 その後は鍛錬の準備をしていたアシュさんも交えて買った物の整理。

 

 予定の半分くらいしか店を回れなかったと嘆くジューネだが、それでも目の前にある小山のような量を見ると十分多いと思う。絶対いつものリュックが無いと無理なヤツだって。

 

「正直これを見ると、今日は一緒に行かなくて本当に良かったって思うぜ」

「まったくですよ。アシュさんが居ればもう少しは楽だったのに。今回の鍛錬はそんなに準備がいるものなんですか?」

「いや。鍛錬の内容自体は前と同じものを考えているぞ。ただちょっと都市長殿に呼ばれててな。それで都市長殿の部屋で話をしている最中にヒースに逃げられたんだから面目ないが」

「アシュが責任を感じることはありませんよ。あくまでも都市長様に頼まれたのはヒース様の鍛錬のみですし、そもそも今回の一件はヒース様が悪いのですから。その分みっちりと鍛錬でしごいてやれば良いのです」

 

 男二人でぼやいていると、ちょっと機嫌の悪いジューネがアシュさんをフォローするように話に入ってくる。買い物の予定を潰されたから機嫌が悪いというべきか、それともアシュさん絡みだからかは微妙な所だ。

 

「それに今回来れなかったのは惜しかったですよアシュ。途中で食べたラーメンという麺料理がそれはもう美味しくて、この辺りではあまり食べられない品でしたからね」

 

 考えてみたら異世界でラーメンはどのような立場なのかとあの時店主に聞いてみたが、どうやら獣国ビースタリアの一部で細々と作られている郷土料理らしい。ビースタリアちょこちょこ日本というか地球要素を出してくるな。何でかね?

 

 店主は昔獣国に料理の修行に出ていたことがあって、その時必死に頼み込んで作り方を教えてもらったという。その後独自に修練を重ね、やっと客に出せる程度には納得いく品が出来るようになったと語ってくれた。

 

 とまあここら辺ではめったに出ない料理のことを話してちょっとドヤ顔するジューネなのだが。

 

「しかしラーメンか。俺も久々に食いたかったな」

「おやっ!? アシュはラーメンを知ってたんですか?」

「まあな」

「……そう言えばアシュの格好は獣国の物に似てるわね。……以前行ったの?」

 

 普通に食ったことあったよアシュさん。ドヤ顔が一気に崩れてつまらなそうな顔をするジューネ。そしてそこに珍しくエプリが自分から話の輪に入ってくる。

 

 確かに言われてみればアシュさんの服装は思いっきり和風だ。着流しだし、武器も二振りの刀だし。まあ金髪碧眼なので多少違和感があるけどな。

 

 時々着替えはするものの、基本的にいつも似たような和服だ。獣国は和風の者が多いらしいからそこ関連を考えるのはもっともだ。だが、

 

「いや。直接は行ったことはないな」

 

 アシュさんは予想外の返答をしてきた。えっ!? そんなもろ和風の格好なのに?

 

「服がそこの物だからってそこに行ったことがあるとは限らないっての。この服は昔手に入れた物だが、単に気に入ってるから良く着てるだけだよ。動きやすいしな。ラーメンも色々あって食べる機会があったってだけだ」

「何だ。そうだったんですか。獣国に伝手でもあったらまた儲け話に繋がるかもって少し期待したんですが」

 

 ジューネがまたガックシきている。どんな状況でも金儲けを考えているな。その根性はある意味尊敬するよ。ジューネが課題を貰っていたらすぐにクリアできたんじゃないか?

 

 そんなこんなで時間は過ぎ、俺達が帰ってから三十分くらい遅れてヒースが到着。アシュさんの鍛錬の開始時間ギリギリのことだった。

 

 

 

 

「ふんっ! やあっ!」

 

 今回の鍛錬も昨日と同じ。アシュさんとヒースの一対一の試合中に、俺とエプリで金属性と風属性による横槍が入るものだ。二人が戦っている中庭には風が吹き荒れ、風に乗って石貨が飛び交っている。

 

 だけど前回のことですでに対策をしてきたのか、今回はまだ二人共一度も直撃していない。

 

 アシュさんは普通に後ろからでも難なく回避するし、ヒースも木剣で上手く弾いたり躱したりしている。……ヒースは石貨は回避出来ても時々アシュさんに打ち据えられてはいるが。

 

「毎日毎日よくやるよ二人共」

「……こういうのは毎日やるから意味があるの。……アナタだってそうでしょ?」

「ま、まあそうだけどさ」

 

 俺だってこのところ毎日ジューネに読み書きを習っているし、セプトの影絵の練習に付き合って簡単な魔法を一緒に練習したりしてる。

 

 相変わらず読み書きは難しいし、火属性はライター使った方が早い火力しかないし、水属性も水鉄砲程度のものだったが、毎日やっている内に少しずつ進歩しているのは実感できるもんな。

 

「確かにこういうのって、自分が進歩してるって実感できるなら楽しいよな。俺の場合元々無かったから、何をやっても進歩になるわけだし。エプリも今の感じになるまで練習とかしてたのか」

「…………まあね。オリバー……私に色々なことを教えた憎たらしい老人ね。子供の頃は毎日そいつにひどい目に遭わされたわ。そいつを倒そうと毎日試行錯誤や工夫、練習をしている内に、それなりに風属性が上達していたってだけ」

 

 それなりっていうけど、エプリほどの術者はあんまり見ないな。以前会った調査隊の人達からも、俺が怪我して動けないでいる数日の内に一目置かれるようになってたし。

 

 勝てそうなのはイザスタさんくらいじゃないか? 俺がここまでで会った人の中では。

 

 これはちょっと興味本位でアンリエッタに聞いたんだけど、この世界で魔法を同時に幾つも発動及び操作できるのはそんなに多くないらしい。

 

 二つくらいまでならそこそこいるらしいけど、三つ以上になるとかなり限られてくるという。エプリって確か三つまで同時に以前使ってたよな。この時点でその限られた一人に入っている訳で、やっぱりそれなりと言うのは謙遜だ。

 

「よく分からんけどなんか大変な子供時代だったみたいだな。それならこれだけ強いのも納得か。……じゃあセプトはどうだ? 何か特別な修行とかしてたのか?」

 

 俺は横でじっと二人の戦いを眺めていたセプトに声をかけた。セプトも以前大規模な影の魔法を使ってたし、エリゼさんが読み間違えるくらいに魔力の総量が多いって話だったしな。もしやこの歳で壮絶な修行をしてたりとか……。

 

「よく、分からない。覚えてない。だけど、毎日使ってたら、いつの間にかこうなってた」

 

 そんなに毎日使う機会があったのかいと聞きたくなるが、話すと長くなりそうなので一旦置いておく。つまりはこっちも使い続けたことによる成果と言えなくもない。継続は力なりというけど、魔法も同じみたいだ。

 

「それじゃあ俺の魔法も毎日使ってたら少しはマシになるのかね?」

「……さあね。それよりも……ひとまず休憩になりそうよ」

「えっ!」

 

 エプリのその言葉とほぼ同時に、ヒースがアシュさんの強烈な一撃を受けてバタリと倒れる。どうやら今回は飛んでくる金を全て回避か迎撃できたのは良いものの、その代わりにアシュさんへの対応が少し遅れたらしい。

 

「まったく。だらしが無いな。仕方ない。少し休憩するか。お~い救護班。出番だ」

 

 救護班って俺達のことかね? まあ良いけど。それじゃあ救護班らしく助けに入ろうじゃないの。俺達は二人に駆け寄った。

 




 エプリの場合、元々スラムで毎日生きるか死ぬかの状況だったので自然と熟達していったというのもありますね。そうして実戦の中で粗削りに磨かれた技を、オリバーによってさらに研ぎ澄まされたといった感じです。


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第百四十一話 二人っきりのカミングアウト

 その日の夜。俺は何の気も無しに屋敷内をぶらついていた。

 

 ヒースの鍛錬も終わり、夕食も終わり、ジューネの勉強会も終わって時間は午後十一時。アンリエッタへの定期報告にはまだ少し時間がある。

 

 魔法か読み書きの練習でもしようかと思ったが、もうエプリもセプトも早々と眠りについてしまっているので明かりで起こすのは気がひける。

 

 トイレに行くついでに散歩でもしようかと、そんな軽い気持ちでこっそりと部屋を出、暗い廊下をなるべく音を立てないように歩く。

 

 流石にこの時間となると屋敷内も静かな物だ。廊下の明かりも最低限の物しか点いておらず、以前捕まっていた牢獄の通路を思い出す。

 

 まああそこは常時暗かったけどな。幸い部屋からトイレはそんなに距離も無い。すぐに到着した。

 

「…………ふ~。スッキリした。さてと」

 

 用を足したけれどすぐに戻る気にもならず、そのままぶらりと屋敷内を散策している内に、いつの間にか中庭にまで出ていた。

 

 少し夜風に当たるのも良いかもな。俺は中庭に置かれた長椅子まで歩いて腰掛ける。

 

 中庭は吹き抜けになっているので、上を見るとぽっかり空いた建物の隙間から夜空が見える。俺はそのまましばらく空を眺めていた。

 

「相変わらず月が三つ並んでいるのは慣れないな」

「……そう? 私としてはこれが普通なのだけど」

「こっちの世界では普通かもしれないけど、元居た世界では月は一つしかなかったんだよ。……って!? いつの間に来たんだエプリっ!?」

 

 独り言のつもりで言ったのに普通に反応が返ってきた。驚いて振り向くと、長椅子の後ろにエプリが静かに立っていてさらに驚く。

 

 それなりに月明かりで姿は見えるのだが、フードを被った状態で急に出てくると心臓に悪い。

 

「……さっきからいるけど。部屋から出たっきり戻らないから探しに来ただけよ。……トイレかと思って待っていたけど遅かったから」

「ゴメン。起こしちゃったか」

「……起こさないように気を遣って出たつもりだろうけど、私に言わせれば普通に歩いているのと大差なかったわよ。……隠密は向いてないわね」

 

 そうかもしれん。今日もヒースを尾行している時に危ないところも何度かあったし、自分でも実はこういうのは苦手だったのかも。逃げてもよく“相棒”に見つかってたし。

 

 ずっと立たせたままというのもマズいので、座るように言うとエプリは静かに長椅子に腰を下ろした。

 

「……それで? 何があったの?」

「何がって、いつもの定期報告にはまだ時間があるし、かと言って勉強をしようにも明かりをつけて起こすのも悪いし、何となくぶらついていただけだよ」

「…………そう」

 

 エプリはそう言うと、それきり静かになってしまう。俺も何となく声をかける気にならず、沈黙が少しの間続く。だが、

 

「……やっぱりね」

 

 急にエプリの方からまた話しかけてきた。何かあったかな?

 

「やっぱりって何が?」

「……普段のトキヒサなら、ここで沈黙するってことはまずないわ。思うままにペラペラと喋って時間を潰すくらいのことはするはずよ。……それにわざわざこんな所で一人月を眺めてる。アナタがそんな柄かしら?」

「失礼な。俺だってこういう事くらいするさ。……多分」

「……思えば一度別れた後で、屋敷に戻ってきてからどこか妙だったしね。自分でも気が付いていなかったみたいだけど」

 

 そうかな? 自分では普段とそんなに変わらないつもりだったんだけど、どうやらエプリから見たら違和感があったみたいだ。

 

「参ったな。前エプリに対して同じようなことを言った身としては、特大のブーメランが返ってきた気分だ」

「…………意趣返しとしてはこんな所かしらね。……それで何があったの? 言っておくけど私は言いたくなければ言わなくて良いなんて甘いことは言わないわよ」

「そこはもうちょっと優しくしてくれても良いんだけどな」

 

 エプリの厳しい言葉に、ちょっと苦笑いが浮かんでしまう。と言ってもこう黄昏れている原因は自分でも大体察しが付いてはいるし、少し言いづらいだけで言えない訳じゃあないんだけどな。

 

「……今日な。ラーメンを食ったんだよ」

「……私を置いてアナタ達だけで食べたという物ね」

「それは悪かったって。またその内一緒に連れてくから! ……話が逸れたな。実を言うと、俺がいた世界でもラーメンはよく食べていてさ。母さんの得意料理なんだ」

「……母親……か。続けて」

 

 一瞬エプリの声のトーンが低くなったが、すぐに元に戻った。何だったのだろうか? いや、それよりも今はこっちか。

 

「もちろん今日食べたラーメンは以前食べていたものとは別物だ。だけど、食べてたら色々と考えてしまってさ。俺の世界のこととか」

「……トキヒサ」

「何だかんだあってこっちの世界に来てさ。気がつけばもう三週間にもなった。こっちに来たことに後悔はないし、いずれ必ず帰るつもりだ。だけど……なんというかこう、郷愁の念っていうのかな。寂しいって気持ちが出てきたのさ」

 

 たった三週間でって言う人もいるかもしれない。だけどこうした気持ちは時々何かのきっかけで不意に出てくるものだ。それには時間の長さはあまり関係が無いと俺は思う。

 

「…………そう。帰るあてはあるの?」

「……そうだな。そろそろ話しておいても良いかもな」

 

 ムードのせいもあったのかもしれない。あるいはホームシック気味で心が弱っていたからかも。誰かに話を聞いてほしい。そんな気持ちがあったことは否定しない。

 

 俺はエプリに自分のこと。自分がこの世界に来た時の経緯や、アンリエッタと話したゲームについて、自分の課題についてのことを話すことにした。

 

 アンリエッタの話ではあまり言いふらさない相手であれば話してもいいらしいし、エプリは間違ってもそういうタイプではない。というよりこんな話を信じるかどうかって話だけどな。

 

 異世界から来たってだけでも眉唾なのに、その上神様の手駒としてゲームに参加しているだの、一億円分稼がないと帰れないだのと、普通の人が聞いたら頭がおかしいと思われるレベルの話だ。そしてそれを聞いたエプリは、

 

「…………そう。分かった。信じる」

「そうだよな。いきなりこんな事言われても信じる訳が……って信じるのっ!?」

 

 普通に信じるって言ったよこの人っ!? 俺の言葉を聞いたエプリは、少し考えて静かに首を縦に振った。

 

「……嘘なの?」

「いや。本当だけどさ。だからってこんな話普通信じないだろ。正直ここで信じてくれなかったら、月夜の晩の冗談ってことですませるつもりだったんだけど」

「……正直アナタ以外のヒトが言ったら距離を置くような話ね。だけど……私を騙そうとするにしてももっとマシな嘘を吐くだろうし、嘘を吐いている様子もない。となると結論は二つね」

「と言うと?」

「……全て本当の話か、アナタがそれを本当だと信じ込んでいるだけか。……どちらにしても信じて私に害があるわけでも無し。なら雇い主との関係を円滑にするためにも信じる。……つまりはそういう事ね」

 

 なんか聞いていると、信頼関係というよりも合理性で信じてくれたってだけの感じがするな。

 

「……それで、トキヒサの言葉を信じるなら、課題として一億円分……こちらのお金で言うと一千万デンね。それを稼がないといけないと。…………騙されてないそれ?」

「正直そこの所は俺も気にしてた。まあそこは信じるしかないよな。大前提だもの」

 

 エプリの懸念は実にもっともだ。課題自体が高難易度だし、仮に課題が完了したとしても帰れるかどうかはアンリエッタの匙加減次第という事になる。

 

 少しでも気が変わったらこの世界に置いてきぼりという事も十分あり得る訳だ。だけど、

 

「これは多分だけど、アンリエッタは約束は破らないと思う。自分自身が富と契約の女神だからってこともあるだろうけど、それ以前にこう……そういう所はしっかりしてるって感じなんだ。これまでに何度も話した感想みたいなもんなんだけど」

「…………そう。アナタの言いたいことはなんとなく分かった。だけど注意してね。……トキヒサはヒトの良い面ばかり見ようとする甘いところがあるから」

「そんなに甘いかな。……まあ肝に銘じておくよ」

 

 この世界ではただ甘いだけではいけない。そう言外に言われている気がして、エプリの言葉をしっかりと覚えていようと心に決める。

 

 こうして俺はエプリにいくつかの秘密をカミングアウトしたわけだ。イザスタさんにも話していないことだったけど、このことがはたして吉と出るか凶と出るか、今はまだ分からない。

 




 ムードのある夜はつい口が滑るものですよね。

 という訳で、この度エプリにあらかたカミングアウトした時久君でした。秘密を知ったことでエプリがどう動くのか。それが問題ですね。


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第百四十二話 エプリの過去と俺の家族

 

「ふぅ。なんだか話したら少し気が落ち着いた気がするよ。ありがとなエプリ」

「……別に。アナタが勝手に喋って、勝手に落ち着いたってだけの話よ。礼を言われるほどのことでもないわ」

「勝手に……か。悩みを言わされたって感じだったけどな。それでも話せたから気持ちが軽くなったっていうのは確かだ。だからやっぱりありがとうな」

 

 そう言うと、エプリはフードを深く被り直してふいっと顔を背けた。おっ! これは照れてるな。さて、まだ定期報告まで時間があるけどどうしたものか。

 

「…………ねぇ。少し、聞いても良い?」

「別に良いけど……珍しいな。エプリの方から質問してくるなんて」

 

 折角だしまた何か話でもしようかと思っていた所に、エプリがポツリと口を開いた。珍しいこともあるもんだ。これ幸いと話題に乗っかることにする。

 

「…………アナタの家族って、どんなヒトなの?」

「家族? そうだなぁ。まず父さんは久則(ひさのり)っていってさ。サラリーマン……って言っても分かんないか。こっちでいう商人ギルドみたいな場所で働く人なんだけど、それをやってる。そこそこ偉い方でさ、今は単身赴任……家とは別の国で働いてる。二、三か月に一度は戻ってくるくらいかな」

 

 帰ってくると必ず土産とか持ってきてくれるし、俺が宝探しが趣味になった一因は多分父さんにあると思う。若い頃もよく世界中を旅行していたって言ってたし。そういう意味では俺のあこがれだ。

 

「次に母さんは菜希(なつき)っていってさ。ごく普通の主婦をやってる。……普通というのはちょっと人によっちゃ違うって言うかもだけどな。若い頃は女子プロレス……格闘技の選手だったから。残念ながら俺にも陽菜にも才能は無かったけど」

 

 今年で四十になるって言うのにまだまだ三十前くらいで通るほどに若々しいし、実力も有ったから結構人気選手だったらしい。そんな母さんが結婚のため引退ってなった時は、ちょっとした騒ぎになったという。

 

 実際に試合をしている映像を昔見せてもらったが、父さんが単身赴任に行く前はよく夫婦喧嘩の度に技を掛けられていたのであまり感慨は湧かなかった。

 

 大抵父さんがギブして終わってたけどな。それで少ししたら仲直りまでがセットだ。

 

「両親についてはこんな所かな。あとは妹の陽菜だけど、陽菜については前調査隊で厄介になっていた時に言ったよな? それと俺で計四人家族だ。だいたいこんな所かな」

「…………そう。仲、良かったようね」

「まあ悪くはなかったと思うな。喧嘩ぐらいはよくしたけど、それくらいは普通だと思うしな」

 

 一瞬だけど、またエプリの声の調子が変わった気がした。

 

 今回エプリの方から話を振ってきたことと言い、家族に対して何か思うところがあるんだろうな。そこの所はエプリが混血って言ってたことからもなんとなく想像はつく。

 

 エプリはまた「…………そう」とだけ呟き、フード越しに自分も空を見上げた。ここは俺もエプリが何か話しだすまで待った方が良さそうだな。俺も一緒に空に目をやる。相変わらず月が三つも並んでいると変な感じだ。

 

 

 

 

「…………私は物心ついた時、魔国のとあるスラム街に居たわ」

「……えっ!?」

 

 急にエプリが切り出したと思ったら、いきなりヘビーな話で驚いてしまう。

 

「……魔国はそこそこ治安の良い国だけど、それでもどうしたってはぐれ者や社会の底辺にいる奴の場所が出来る。……私はそんなところで育った。親の顔も知らずにね」

「……エプリ」

「……混血だから邪魔になって捨てられたのかもしれないし、他の理由でそこに居たのかもしれない。でも一つ確かなのは……その場所で数年育ったけど、誰も迎えになんて来なかったってことね」

 

 そう言うエプリの表情はフードで隠されていてよく見えない。ただ、唯一見える口元は僅かに歪み、その口調は自虐的とでも言うべき感じがした。

 

「……毎日生きることに精一杯で、良く生き延びれたと自分でも不思議に思うわ。いつもお腹を空かせていて、満足に食べられるなんてことは……ほとんどなかった。下手に食べ物を持っていたら、寝ている間に命ごと盗られた奴なんてごまんといたもの。運良く食べ物を手に入れたらさっさと食べて、寝ている時も誰かが近づいてきたらすぐに目が覚めるようにいつも浅い眠り。……そんな生活だった」

 

 想像以上に凄まじいエプリの体験談に、俺は言葉に詰まってしまった。物心ついたってことは当時大体幼少期を過ぎた頃。五、六歳くらいだろうか? その歳でこれはあまりにも……。

 

 これまでエプリが見た目によらずよく食べるのも、ちょっとした物音ですぐに目が覚めるのも、子供の頃の体験が元になっているのかもしれない。

 

「……幸いと言って良いか分からないけど、私はその頃から風属性の適性が高かった。生き延びられたのはそのためでしょうね。……“強風(ハイウィンド)”を自分にかけて逃げたり、誰かの持っている食べ物をわざと風で落として、捨てていった分を食べたりもしたわね。ある程度力がついてからは直接奪う事も多くなっていたけど、小さな頃はそれくらいしか出来なかったから」

 

 暗い体験を語るエプリの様子は落ち着いていた。……少なくとも落ち着いているように見えた。

 

「……奪って、奪われて、生きて、死にかけて、そんな暮らしを数年続けていた頃、オリバーと出会ったのはそんな時だったわね」

「オリバーと言うと、鍛錬の時に言ってた老人だったかな?」

「えぇ。そう。……何の用があってあんなところに居たのかは結局言わなかったけど。……私は最初、いつものように風属性で動きを止めている間に金目の物か食べ物を奪おうとした。その結果……返り討ちに遭って逃げ出したの」

「今じゃあんまり想像できないけどな。エプリが負けるところは」

 

 もちろん当時から今のように強かったとは言わないけど、今のエプリを見ているとあまり負けるイメージが出てこない。絶対とまではいわないけどな。

 

「……それからというもの、何が面白いのかオリバーはちょくちょく私の前に現れるようになったわ。頼みもしないのに勝手に魔法の講義を始めたり、動きの癖なんかを指摘されたわね。……何度追い払ってもいつの間にかしれっと戻ってくるし」

 

 そこだけ聞くとかなりとんでもないじいちゃんだな。だけど、そのことを語っているエプリからは暗いイメージはあまり感じられなかった。

 

「遂には私が混血だという事がバレたことがあってね。これでもう来ないだろうと思っていたのだけど、その翌日には何でもなかったかのようにやってきてこう言ったわ。『混血ぐらいならこの歳になるともう飽きるぐらいに見ているよ。それよりも今日は魔法の同時使用について勉強しようか』ってね。……トキヒサに会うまでは、私の出会った中で唯一混血ということで態度を変えないヒトだった。まあアレを世の中の基準にするっていうのは無理だから例外みたいなものだけどね」

「…………色んな意味で凄い人らしいな」

「……まあね。その点は認めるわ。悔しいけど一度も魔法の勝負で勝てたことはないし」

 

 エプリはそう言うと少し悔しそうに口元を引き締める。前々から思ってたけど、クールそうに見えて結構負けず嫌いな面があるな。

 

「……多分オリバーに会っていなかったら、今の私は無いと思う。スラム街で野垂れ死んでいたか、どこかで身売りでもしていたか。……とても、とても遺憾ではあるけれど、何だかんだ世話になったという意味ではオリバーは家族のようなものなのよね」

「家族……か」

「そう。……だから私は実の家族のことは顔も名前も分からないけれど、アナタの家族に対して寂しいと思う気持ちは少しだけ分かるつもり。大事な繋がりであればあるほど、一緒に居れば居るほど、一度離れた時にその気持ちは強くなるものだと思っているから」

 

 どうやらエプリは俺を慰めようとしてくれているらしい。突然の生い立ちから入って何事かと思ったけどな。そう言ってエプリは長椅子から立ち上がり、僅かに自分からフードをまくり上げてその綺麗な赤い目でこちらを見つめる。

 

「アナタが課題を無事に終わらせられるよう、私も出来る限り協力するわ。……無事に帰れると良いわね」

「…………ありがとうな」

 

 俺も立ち上がって、再度お礼を言う。こういう礼は何度言っても良いのだ。さて、そろそろ良い時間か。部屋に戻ってアンリエッタに定期報告をするか。俺達は一緒に部屋に戻っていった。

 

 

 

 

「……自分の分もそうだけど、私に払う分も忘れないでね」

「そこはこれまでの流れでまけてくれると嬉しいんだけどな」

「それはそれ。これはこれよ。……しっかり稼ぐことね」

 

 エプリはフードを被り直すと、口元だけでクスリと笑うのだった。ホントぶれないねうちの護衛は。それじゃあエプリの分も頑張って稼ぐとしますか。セプトの分もボジョの分もあるし、寂しがってる暇なんてないもんな。

 




 月夜の晩に二人きり。ムードは人の口を少しだけ緩めます。それはエプリも例外ではないようで。

 エプリにはエプリなりの家族観があり、少なくとも血の繋がりだけが家族ではないと考えています。故にオリバーはエプリにとっての“家族”に最も近いヒトな訳です。


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第百四十三話 妨害者

「エプリ。一つ頼みがあるんだけど良いか?」

「……内容によるわね」

 

 部屋に戻る途中、俺はふと思いついたことがあってエプリに話を切り出した。

 

「これまではずっと、アンリエッタと話す時には席を外してもらってたり、一人でこっそりしていたけど、今回からはエプリにも聞いていてもらいたいんだ。もちろん毎回じゃなくて、都合の良い時だけで良いけどな」

 

 もうエプリには色々と話してしまったことだしな。この際一緒に話を聞いてもらって、時々アドバイスなんかを貰えると助かる。そう考えて頼んでみたのだが、エプリは少し悩む素振りを見せる。

 

「…………構わないけど、問題は向こうがどう出るかね。これまでずっと一対一で話していた相手が、急に他のヒトを連れてきたら話しづらいという事にならないかしら?」

「そっか。……言われてみたら確かにそうだな。俺が出ると思っているのにいきなりエプリが出たらそりゃ驚きそうだ」

 

 まあ最近は基本夜中の十二時少し前に連絡するって流れがほぼ決まってるから、それに合わせて向こうも用意をしてくれているけど、前に急に連絡した時なんか丁度風呂に入っている時に呼んじゃって機嫌最悪だったもんな。

 

 慌てて上がってきたって感じにまだ髪とかが濡れてたから、つい濡れた髪はよく乾かさないと風邪をひくぞと注意したら余計に機嫌が悪くなった。しょうがないだろ。見た目完全にお子様なんだから。

 

 そんな状態を他の人が見ていたら、恥ずかしさのあまり通信を打ち切りそうだ。いちいちそうなっていたら話が一向に進まないからな。

 

「……だから話自体はアナタがこれまで通り一人でした方が良いと思うの。……私は基本的に横で聞いているだけにするわ。その方が話しやすいでしょう」

「分かった。それだけでも後で相談できるから助かるよ。一応アンリエッタにはその点は伝えておくな。どうせ向こうもこっちの様子を時々覗いているからすぐに気づくだろうし」

 

 それで良いわと返すエプリと一緒に、俺達は静かに部屋に戻った。セプトはベットの中でよく眠っているようだ。セプトまで起きていたらさらに申し訳ない度が跳ね上がるので助かった。

 

 エプリは普段寝床に使っているソファーに背を預けるが、いつものように眠ろうとせずにこちらに目で合図する。いつでも良いってことか。

 

 それじゃあこっちも始めるとするか。俺はもう手慣れてしまったアンリエッタへの定期連絡を始めることにした。

 

 

 

 

「……という訳で、今回からはエプリも話を聞いてるけど良いよな? 基本的に話には割り込まないって言ってるけど」

『構わないわよ。富と契約の女神たるワタシの言葉を拝聴したいというのは良い心がけだしね』

 

 意外にあっさり許可が出た。アンリエッタは余裕綽々にそう言って偉そうにふんぞり返る。

 

 だから女神の寛大さを見せたいのだろうけど、見た目がお子様だから微笑ましさぐらいしか出ないっての。まあ今はその寛大さに甘えさせてもらうが。

 

「ありがとなアンリエッタ。それじゃあ定期連絡といくか。いつもの通り今日の出来事を俺の言葉でまとめれば良いのか?」

『いえ。今回は良いわ。ちょっとこっちからも話したいことがあるのよね。……これまでず~~~っと調べていたんだけど、ようやく目星がついたのよ』

「目星って……何が?」

『何がじゃないわよ何がじゃっ! トキヒサをその世界に送り出した時、横からどっかの誰かが妨害を掛けてきたでしょうがっ!』

 

 ……そういえばそうだった。最初にそんな話があったきりで、もう全然出てこないからとっくに忘れられた話かと思っていたぞ。

 

「……驚いたな」

『ふふん。偽装が上手くてなかなか手こずったけど、ワタシにかかればざっとこんなもの。これが女神の力というやつよ』

「いや。これまでとんと音沙汰が無かったから、もう匙を投げて諦めてるもんだと」

『だ~れが諦めるかっての。ワタシの手駒、ひいてはワタシの華々しいゲームスタートの時を邪魔した奴は、きっちりその分の落とし前を付けてやるわ。具体的に言うと、きっちり慰謝料をふんだくるわよっ!』

 

 アンリエッタはふんすと鼻息を荒くしている。よっぽど最初に邪魔されたことを気にしてたんだろうな。あの時は珍しく俺に謝るほどだったし。

 

「ま、まあ話は分かった。……それで誰なんだ? 最初に妨害してきたのは?」

『それなんだけど……どうやらライアンの所から妨害されていたみたいなのよ。あの糸目の腹黒神め~っ!』

 

 ライアン? 聞いたことない名前が出たな。知り合いの神様かね。

 

「……ライアンというのは七神教の神の一柱。光と裁定を司る神よ。それと主にヒト種から信仰されることが多いので知られているわ」

 

 横からこそっとエプリが耳打ちする。なるほど。ありがとエプリ。今のは割込みというより補足説明という感じだったので、アンリエッタも別段何も言わない。

 

「つまりは同僚か。嫌われてんなアンリエッタ」

『むしろ向こうが嫌われてるっての。いっつも薄ら笑いを浮かべて何考えてるか分からないし、今回のゲームだって最初はやる気なかったのよアイツ。それなのに賞品のことを聞いたら急にやる気になっちゃって』

「賞品? そう言えば参加者が一番になったら願いを叶えてもらえるっていうのは聞いてたが、神様側にも賞品が出るとは聞いてなかったな。道理でアンリエッタがここまで熱心にやるわけだ」

『…………えぇそうよ悪い? 娯楽としてもそうだけど、賞品があった方がやる気が出るじゃないの! 評価が一番だったらその参加者を選んだ神にも賞品が出るの。そっちのこととはあまり関係が無いから言わなかっただけよっ!」

 

 少しテンパりつつも、アンリエッタは半ば開き直るようにまくしたてる。

 

「いや。別に悪くないけど。確かにゲームだって賞品があった方がやる気が出るよな。俺だって友達何人かと、勝ったやつがお菓子一つなって賭けゲームをしたことくらいある。要するにそのスケールのデカい版だろ?」

『怒らないの? 黙ってたことに?』

「う~ん。最初に言ってほしかったってのはあるけどな。ほらっ! その方がやる気が出るだろ? 同じ目的のために協力しあってるって感じがして」

 

 隠し事ぐらい誰にでもあるっていうのは分かる。最初から全てをさらけ出すなんてことはそりゃあ出来ないよな。

 

 ただ今回のは別に言っても問題ない類のことだったからな。それでも言えなかったってことは向こうにも思惑があったか、もしくは言うと俺が気を悪くすると思ったか。

 

「まあなんにしても、そっちも狙ってるものがあるっていうのは分かった。今はそれだけで良いさ。細かい内容とかは気が向いたら話してくれよ」

『女神に気を遣うなんて千年早いわよ。ワタシの手駒。……だけど、そうね。それなりに課題を進めたら少しくらいは話してあげてもいいかしら。だからそれまで張り切ってお金稼ぎに励むことね』

 

 俺の言葉に、アンリエッタは少しだけ優しげな顔をしてそう答えた。相変わらず偉そうではあるけれど、これで少しは前より互いに信頼出来たってことで良いのかね。……うんっ!?

 

「ちょっと待った。よくよく考えてみると、まず課題として一億円分渡さなきゃいけない訳だよな。それが終わった後で、評価によってはさらに賞品。……報酬の二重取りじゃんっ!?」

『ギクッ!? な、何のことかしらね』

 

 ホントにギクッっていう奴初めて見たぞ。あ~どうして賞品について言わなかったか大体察しがついた。二重取りを狙っていることをバレたくなかったな。

 

「俺がこの世界に来た時も『勇者』召喚に乗じて加護の二重取りを狙ってたし、地味にせこいぞアンリエッタ」

『う、うるさいってのっ! せこいんじゃなくてしっかりしてると言いなさい。これは財テク。そう。財テクの一種なのよ。取れるものをしっかり取ってるだけ!』

「それなら俺の課題をもう少し楽にしてくれても良いじゃんっ! そもそも課題を達成できなかったら評価も何もないだろ?」

『簡単な課題で評価が良くなるわけないでしょうが。……あとワタシの取り分が多い方が嬉しいし』

 

 チラッと本音が漏れたぞこの女神。さっき一瞬だけ芽生えた信頼がガラガラと音を立てて崩れていく感じだ。やっぱり金の亡者だろアンリエッタ。俺なんでこんな女神に目を付けられちゃったんだろ。

 

 

 

 

「……はぁ。分かったよ。そこの言い合いは時間が無いからひとまず置いとこう。……ひとまずだからな。またその内蒸し返してやっからな」

『賢明な判断ね。それで一応これからのことだけど、ライアン陣営からの妨害には目を光らせておくからもうそうそうちょっかいを掛けるってことはないと思うわ。……向こうの手駒に直接そちらの世界で妨害を受けるってことはあるかもしれないけど』

「襲撃に気を付けろってことか。その点はこっちには頼れる護衛がいるから大丈夫だ。それにしても……課題が被っていないんなら手を組むってことは出来ないのか?」

『どうかしら。一応参加者の方に意思決定権があって、担当の神はそれぞれアドバイスくらいしかできないってルールなんだけど……正直神の側が主導権を握る方が多いと思うのよね。ワタシみたいに控えめな神ばかりじゃないから』

 

 どこが控えめだと声を大にして言いたいが、そこはぐっとこらえて先を促す。

 

『だからライアンの側から妨害をしてきた以上、敵対の意思がおもいっきりあると思ってほぼ間違いないのよね。少なくともそこの陣営とは仲良くなるのは難しいわね。これまでの慰謝料をきっちり払った上で、無礼を泣いて謝って同盟を結んでくださいと言うんだったら考えなくもないけど』

「つまり同盟の目はほぼ無しと。じゃあそこの参加者の情報とか分かるか? 男だとか女だとか」

『互いの選んだ参加者についての情報は一切なし。だから向こうもアナタの姿までは知らないはずよ。……そういう加護かスキルを持っていなければの話だけど。……大体話すのはこんな所かしら』

 

 アンリエッタはそこで話を一度打ち切る。見ればもう通信時間ギリギリだ。また後でかけ直した方が良さそうだな。

 

「そうだな。一度考えをまとめるから、十五分くらいしたらまた連絡するよ。今度はこっちからも聞きたいことがあるからな」

『分かったわ。じゃあまたね。ワタシの手駒』

 

 そうして一度目のアンリエッタとの通信が終わった。ふぅ。妨害してきた相手が分かったのは進歩だけど、これからどうしたもんかね。

 

 俺が横をチラリと見ると、エプリはしっかりと今の会話を聞いてくれていた。

 

「…………何?」

「いや。何でもない。それじゃあさっきの話のまとめといくか。エプリも気になったことをジャンジャン言ってくれよな」

 

 これまで一人で考えるばかりだったけど、今回からは一緒に考えてくれる人が居る。それだけでこんなにも安心感が有るものなんだな。

 




 参加者同士だけでなく、神様同士でも当然様々な関係があります。対立する者。協力しようとする者。我関せずで進む者など。

 その辺りはヒトと変わりませんね。


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第百四十四話 昔話の真実

「まず今の話では分かったのは、以前妨害してきたのが七神教の神様の一人のライアンであること。それと今回参加者を担当している神様連中も、それぞれ一番になったら賞品が出るってことか。それも神様でも欲しがるような何か。参加者と同じく何でも願いが叶うとかかね? まあ大きなのはこの二つか」

 

 進展と言えば進展だけど、俺に直接プラスになるようなことじゃないな。

 

「……それよりまず、アナタ知らない誰かから妨害を受けていたの? 初耳なのだけど」

「ああ。言ってなかったっけ? そもそも妨害が無かったら、俺は普通に『勇者』として国の人に迎えられていたと思うぞ。まあ妨害を受けて牢獄行きになったからこそ、今こうしてここに居るということでもあるけどな」

「…………契約内容を見直した方が良いかもしれないわね。状況が大分変ったから」

 

 げっ!? そういえばエプリは契約内容に物凄くキッチリしてるんだよな。故意にではないとは言え、これは依頼内容に嘘を吐いたってことになるんじゃないだろうか?

 

 もしや契約打ち切りとかか? これまでの報酬まとめて払えって言われても今は無理だしなぁ。

 

「報酬の支払いはもう少し待ってくれると嬉しいんだけど」

「……? 別に言われなくとも、解呪師の所に着いて解呪するまでは待つわよ?」

 

 エプリはキョトンとした様子でそう答える。ほっ。どうやら急に打ち切りということにはならなそうだ。当初の予定通り、指輪の呪いを解呪して換金するまでは付き合ってくれるらしい。助かった。

 

「じゃ、じゃあ契約内容についてはひとまず置いといて、まずは今の話について考えていこうか。何か気になったことはあるか?」

「……そうね。そのゲームというのは七人の参加者がいるってことで良いのよね。それでそれぞれに一柱ずつ神がついている。……単純に考えれば、七神教の神七柱がそれぞれついていると思えば良いのかしら? ……あんな子供が本当に女神アンリエッタだと認めることになるけど」

「七神がそれぞれついているっていうのは前にもアンリエッタが言ってたからな。間違いないと思う。……まあアレが神様だと認めづらいのは分かるけどな」

 

 神様ならもう少し神様らしくしてほしいものではあるが、アンリエッタは見た目がただの偉そうなお子様だしな。

 

 あんなのが神様ですって言われても、世の大多数の人が認めないだろう。……まあ美少女というか美幼女だから、ロリが好きな方々からは崇められるかもしれないが。

 

「……私はあまり信仰心がある方ではないからまだ良いけど、ヒトによっては卒倒するかもしれないわね。アンリエッタ派のヒトは特に。……いや。それ以前に信じないか」

「もっともだ。七神教の神様についても聞いておきたいところだけど……それは時間がある時に聞いた方が良いか。エリゼさん辺りなら喜んで話してくれそうだしな。あとは賞品のことだったか」

「……こちらに関してはまるで浮かばないわね。神が欲しがるもの……信仰とか?」

「どうだろな。そこに関してはホントに俺も分からない」

 

 普通権力者とかが欲しがるものと言ったら金、力、女という辺りが相場だ。不老不死なんかも欲しがるかもしれない。

 

 しかしどれもこれもアンリエッタに当てはまるかと言うとピンと来ない。……金は欲しがると思うけど、それならここまで手間暇かけなくても自分の力で手に入れれば良いだけだしな。

 

 その後も二人で話し合ったのだが、結局アンリエッタの欲しがるものはどうにも思いつかなかった。直接聞くという手もあると言えばあるが、あの調子だと話すとは思えない。しばらくこれは保留にした方が良さそうだ。

 

「そろそろ時間だけど……次に聞くことは決めているの?」

「ああ。ちょっと気になっていることがあってさ。試しに聞いてみようと思ってるんだけど……もしかしてエプリからも何か聞きたいことがあったか?」

「……まあね。だけど、トキヒサが思いつかなかった場合に聞く程度のものだったから問題ないわ。それに……これからもどうせ一緒に聞いていてくれと言うのでしょう?」

 

 流石に眠る前という事でフードを外しているエプリが、分かってると言わんばかりに口元をニヤリとさせる。むっ!? 読まれてたか。

 

「そうだな。じゃあ今回は譲ってもらうか。……次回も付き合ってくれよ」

 

 そう言いながら、俺は再びアンリエッタへの通信機を起動させた。

 

 

 

 

『時間通りね。まあこのワタシを待たせるなんてことをしたらキッツ~イ罰を与えたところだけど。次回から換金の度に千デン取るなんてどう?』

「手数料が暴利すぎるっ!? まあそうなると課題に影響がありまくるから勘弁な」

 

 開始早々とんでもないこと言い出すアンリエッタだが、まあそこは会話を進めやすくするための冗談だろう。……冗談だよな?

 

『それで、聞きたいことって何? ワタシの望む賞品についてでも聞きたいのかしら?』

「それも聞きたいことだけど……どうせ教えてくれないだろ? 課題を進めてアンリエッタの機嫌が良くなった時にでもまた聞くさ。ポロリと漏らしてくれることを期待してな」

『へえ。じゃあ何が聞きたいの?』

 

 アンリエッタは余裕の表情。今ならそれなりの質問も答えてくれるだろうか?

 

 正直言ってこれを聞くべきかどうかまだ少し悩んでいる。課題に直接関わりのあることではないし、場合によってはアンリエッタの地雷を踏み抜くことになりかねない。

 

 だけど……ある意味で俺個人に関わるかもしれないことだからな。エプリもいるし、ここが聞きどころなのかもしれない。

 

「単刀直入に行くぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『ああなるほど。そっちね。……本当よ。それなりに美化と脚色が入ってはいるけどね』

 

 アンリエッタは一瞬考えて、そのまま何でもないように答えた。見たところ動揺している様子もない。大筋はあの話の通りってことか。

 

「じゃあ次の質問だ。……正直な所悪い神様と戦った理由は? ここの人達が困ってたから……なんて殊勝な理由で動くなんて奴じゃないだろ? 少なくともアンリエッタは」

『当然ね。強いて言うなら……()()()()()()()()()()()。とだけ言っておくわ』

 

 その言葉を聞いて、そんな昔から準備してたのかという驚きと、微妙に知りたくなかった歴史の真実を知ってしまったという何とも言えなさを感じる。スケールがデカすぎてもう腹いっぱいだ。

 

『まあ間違いなく()()()()()()()()()()()アイツが邪神であったことは確かだし、行動を改める気が無かったのも事実ね。勿論話し合いで済めば一番良かったことだけど、向こうから襲いかかってこられたんじゃあ迎撃せざるを得ないわよ』

「実はわざと挑発してたりとか?」

『そんなことしないわよっ! 神同士の戦いは基本御法度なの。ゲームや代理決闘くらいなら良いけど、今回ルールを破って直接襲ってきたのは向こうよ』

 

 まあ一応本当だと信じよう。アンリエッタがそこまでゲスいやり方をするとは思いたくないし。だけど、最後にこれだけは聞いておかないといけない。かなり重要なことになるかもしれないからな。

 

「最後の質問だ。……その話、もしかして『勇者』が関わっていたか?」

『…………!?』

 

 ここで初めてアンリエッタは俺の言葉に沈黙で返した。その反応で大体分かったよ。当たっててほしくなかったけどな。

 




 やはり相談する相手が居ると話が進みやすいですね。

 ゲームが本格的に始まったのは最初の参加者が来た二十年ほど前ですが、ゲームの下準備自体は相当前から始まっています。


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第百四十五話 盗品と文明の利器

 異世界生活二十二日目。

 

 ズルズル。ズルズル。店の中に盛大にラーメンを啜る音が響き渡る。

 

「なるほど。これは美味いな」

「そうでしょう。これだけのものは中々ありませんよ」

 

 一口食べるなりアシュさんは顔をほころばせ、それを見たジューネが自分が褒められたかのようにエッヘンと胸を張る。まあ自分の気に入った物を相手も気に入ってくれたら嬉しいものではあるな。

 

 しかし、元の世界では日本人がラーメンを啜る音を外国の人が耳障りに感じるという話があったけど、こっちではあまりそんなことはなさそうだ。

 

 アシュさんが盛大に啜っていても、ジューネは特に不快そうな顔をしていない。ただ単に付き合いが長いから許容しているってこともあり得るけどな。

 

 今日はヒースの鍛錬は午前中で終了し、ジューネもアシュさんもひとまず時間が空く。午後からはヌッタ子爵の所に行って整備を頼んでいたリュックを取りに行くということなので、ならばその途中で皆でまたラーメンを食べに行こうと提案したところ、全員一致で雲羊に乗ってラーメンを食べに行くこととなった。

 

 特にアシュさんとエプリはかなり乗り気だったりする。前回食べられなかったものな。その肝心のエプリだが、

 

「……店主。お代わり」

「……あいよ」

 

 もう既に三杯目に突入している。セプトがまだ一杯も終わっていないというのに、使い方を教わったばかりの箸を器用に使って静かに、だがものすごい勢いで食べ進んでいる。

 

 相変わらず大食いで早食いだ。……昨日の過去話を聞いた後だとそれも納得だが。

 

「トキヒサ。食欲、ないの?」

「えっ!? あぁ。そんなことはないよ。ちょっと考え事をしていただけ」

 

 セプトに言われてふと気づくと、知らず知らずの内に箸が止まっていた。ラーメンが冷めないうちに慌てて箸を動かす。決して食欲がない訳ではないし、ラーメンはすこぶる美味いのだけどな。

 

「……もしかして、昨日のことを考えているの?」

 

 エプリが少しだけ箸を止めると、そう言ってまた静かにラーメンを口に運び始める。大きな声で言わないのは、あまり周りに聞こえないようにという配慮だろう。

 

「まあな。結局あれ以上のことは聞けなかったからな。詳しく聞こうとしてものらりくらりと躱されて、時間になったらサッと通信を切られたし。こうもやもやとした感じが残りっぱなしというか」

 

 しかしアンリエッタのあの反応。思いっきり隠したがっていることは分かりやすいくらいだったからな。これ以上突っ込んでも下手にこじれるだけかもしれない。

 

 しかし、『勇者』が関わっていたとなると知っておいた方が良い気もするしなぁ。悩ましいところだ。

 

「……ところで、何故あんな風に思ったの?」

「別に確証があった訳じゃないよ。以前イザスタさんが『勇者』について、ヒュムス国に伝わる言い伝えの登場人物だって言っていた。しかしその後で、どの国にも大なり小なりある昔話だとも言っている。つまりいろんな国で昔話になったような共通の原型があるってことだ」

「……その原型があれだったということ? それはいくら何でも発想が飛び過ぎじゃない?」

「そうだな。正直な話、可能性は低いと思ってた。個人的に当たってほしくないレベルだったし、これをきっかけに話を続けていくつもりだったくらいだ。悪い方向に今回は的中しちゃったってことだな」

 

 嫌な予感ばかり当たるとよく耳にするけど、実際に当たると何とも言えない気持ちになるな。

 

 というかエプリ。毎回俺の話している間に素早くラーメンを食べ、自分の話す時にはしっかり咀嚼して飲みこむというのは結構慌ただしくないか? 普通に食べ終わってから話しても良いだろうに。

 

「何の話か、よく、分からない」

「ああ。ごめんごめん。その内話すから、今はのんびり食べてな」

 

 横で聞いていたセプトだが、何のことかよく分からないと言った様子だ。セプトには……まあいずれ話しても良いかもしれない。周りに言いふらしたりとかはしないだろう。

 

 だけどなぁ。そんな昔にいったい『勇者』がどう絡んでくるのか。その『勇者』達はどうなったのか。色々気になるところが実際多いんだよ。それを考えると余計もやもやする。

 

 ……え~い悩んでいても仕方ないか。今はただ目の前のラーメンに食らいつくのみっ! 俺は勢いよくズズっとラーメンを啜り込んだ。

 

 

 

 

「あ~食った食った。ラーメンなんて久々に食ったけど、またそのうち予定が空いたら来るか。そこの所どう思う? 雇い主様よ」

「そうですねぇ。お値段的にそう何度も何度もとはいきませんが、たまに来る分には良いですね」

 

 食べ終わって店を出ると、アシュさんは満足そうに腹をさすり、ジューネも気持ちの良い満腹感にあふれているようだった。アシュさんの方は満足してくれたみたいだな。問題は……。

 

「アシュさんはああ言ってるけど、エプリの方はどうだった?」

「…………そうね。とても美味しかったわ。流石一杯百五十デンもするだけのことはあるわね」

「気に入ってくれて良かったよ。けどな……食いすぎじゃね?」

 

 満足してくれてよかったのだが、エプリときたらその一杯百五十デンもするラーメンを最終的に四杯も平らげた。そのくせ見たところ体型が全然変わっていないのだから実に不思議だ。食った分は何処に入っているのだろうか?

 

「おまけにその分の代金俺持ちだし、自分の分とセプトとボジョの分も合わせて千デン超えちゃったよまったく」

「……これでもすぐ動けるように腹八分と言ったところなのだけどね」

「まだ食えるんかいっ!?」

 

 良く食うと思ってはいたが、実際どれだけ食うのやら。元の世界だったらフードファイターになれるかもしれない。

 

「はぁ。まあ良いけどな。エプリにはこれからも世話になるわけだし、昨日だって付き合ってもらったしな。食事代はこっちで持つよ。……千デンか。結構デカいなぁ」

「トキヒサ。私の分、返す?」

「いやいやセプトの分は良いんだよ。一杯だけだろ? それぐらいは余裕だって」

 

 いかん。セプトに気を遣わせてしまった。見るとボジョも銀貨を一枚差し出してくれているし、これくらい奢るのはどうってことないという風に胸を張って笑ってみせる。……というかボジョはいつの間に銀貨なんか手に入れてたんだ? 

 

「さてと。いったん雲羊まで戻るとするか。この店はラーメンは美味いが、やや立地に問題があるな」

 

 この場所へはいくつかの細い路地を通っていくので、大きい雲羊だと途中で引っかかってしまう恐れがあった。それで仕方なく路地の入口で待機してもらっているのだ。

 

 一頭だけ残しておいて大丈夫なのかと不安になったが、ジューネ曰く雲羊は都市長の客人に貸し出される生き物だと知られているので、この都市で手を出す不届き者はまずいないという。そんなことをしたら都市長を敵に回すようなものだからな。

 

 それに雲羊自体が高い防御能力がある上に賢いので、ちょっとしたチンピラ程度なら撃退できるとのこと。凄く有能だ。

 

「それで? トキヒサ達はこれからどうする? 俺とジューネの嬢ちゃんはこのままヌッタ子爵の所に向かうが」

 

 俺達は腹ごなしをかねて歩きながら、これからの予定について話していた。そういえばジューネは預けていたリュックを取りに行くんだったな。

 

 う~ん。どうしたものか。着いていってヌッタ子爵のコレクションを見せてもらうというのも良さそうだけど、今デカい出費をしたばかりだしな。また歩き回って資源回収で金を稼いでおいた方が良い気もする。

 

「そうですね。……じゃあ」

「……止まって」

 

 路地を歩いている途中、急にエプリが俺達を制止する。何かと思ってエプリを見ると、エプリは路地の途中に立っている男を注視している。

 

「…………何か用? 先ほどからこちらをチラチラ見ているけど」

「ああいや。へへへ。別に怪しいもんじゃねぇですよ。何でも、色々と良い値で買い取ってくれるヒトがいるって話を小耳に挟みやしてね。俺の持ち物も買い取ってくれねぇかなあと思った次第で。へへっ」

 

 口元に薄ら笑いを浮かべながら、男はゆっくりと揉み手をする。怪しいっ! 怪しすぎるっ! 典型的なTHE小物的なムーブしてるぞこの人。

 

 見た目もよく見たら汚いし、何となく酒臭い。四十過ぎの浮浪者って感じだ。同じような年齢のドレファス都市長やディラン看守とは大違いだ。

 

 さりげなくアシュさんとエプリが前に出、ジューネはアシュさんの後ろに隠れる。セプトも俺の前に出ようとしたが、そこは流石に保護者(仮)として抑える。

 

「……どうする? アナタに用があるみたいよ」

 

 エプリはそう言いながらも相手から目を離さない。何か不審な行動をしたらすぐに対処できるようにだろう。

 

 正直言ってこういうタイプとはあんまり関わりたくない。さりとて、丁度金を稼ぎたいと思っていた所に向こうから客がやってきたのも事実。まずは品物だけでも見せてもらうか。

 

「まずは聞くだけ聞いてみよう。……お待たせしました。ではまずは品物を見せてもらいたいのですが」

「へへっ。そう来なきゃ。買い取ってほしいものなんですが……これなんでさぁ」

 

 男は脇に置いていた袋をこちらに差し出す。っと!? 結構重いな。中に色々入っているみたいだ。

 

「じゃあ一つずつ取り出して確認しますから、ちょっとだけ待ってくださいね」

 

 俺は男から見えないようにこっそり貯金箱を取り出し、袋から一つずつ物を取り出して査定を開始した。したのだが……あまり碌な物が無いな。

 

「壊れたコップに何かの木片。錆びてボロボロになったナイフ。……およっ!?」

 

 やけに綺麗な装飾品が混じっている。ブローチとかイヤリングとかだ。違和感があるけど一応査定してみる。

 

 宝石のあしらわれたブローチ(盗品) 四百デン(盗品のため換金額低下)

 宝石のあしらわれたイヤリング(盗品) 二百五十デン(盗品のため換金額低下)

 

 なんか盗品って出たんですけどっ!? 遂にはそういう事までわかるようになったよこの貯金箱。しかし盗品でも換金自体は出来るらしい。換金額が低下するらしいが元値はどんなもんだろうか?

 

「何かありましたか?」

「いや。それがどうも盗品らしいものが混じってる。一応換金自体は出来るみたいだけど、こういうのは受け付けられないな」

「そうですね。盗品だと明らかに分かるものを売買するのは違法ですから。そうでなくてもこういうものは揉め事の種ですし、ここは理由を話して買い取れないと断った方が良いでしょうね」

 

 商人であるジューネに訳を話すと、ジューネもおおよそ俺と同じ考えだ。自分からそんなアンダーグラウンド的な所に首を突っ込む必要もない。全てチェックした後で説明しよう。

 

 そうしてあらかた確認を終え、袋の底が見えてきた時のことだった。

 

「え~っと。あとは……ひん曲がった金物。綺麗な石。ボロボロの布。先の欠けた羽ペン。スマホ。ヒビの入ったインク壺。何やら酒の香りがする汚れたシャツ……って、アレっ!?」

 

 何か今明らかに妙な物が有った気が……。

 

「…………何でこんな物が?」

 

 そこにあったのは、この世界にそうそうあるとは思えない物。やや型落ちして傷だらけになっているが、間違いなく文明の利器。……()()()だった。

 




 盗品が売れないじゃなくて値が下がるのが何というかアンリエッタらしいですね。

 さて。異世界に不釣り合いなスマホですが、一体誰の持ち物なんでしょうか?


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第百四十六話 事件を事件にさせないように

 俺はスマホを手に取ってしげしげと眺める。……間違いなくスマホだ。しかしどうして?

 

 念のため貯金箱を確認してみるが、自分のスマホは確かにアンリエッタの所にある。となるとこれは別物ということになるが、もう一度査定してみよう。

 

 スマートフォン(傷有り) 四百デン

 

 型落ちしているためか俺のより安い。盗品と出ていないってことは、このスマホはあくまでこの人の所有物のようだ。

 

 じゃあこの人は俺と同じ世界の人か? ……それにしては喋っている言葉はこの世界の言葉のようだ。勿論この世界で覚えたっていう可能性はあるけど、なんかこう違和感がある。顔ももろに西洋風だしな。

 

「……何か掘り出し物でもあったの?」

「えっ!? ……あぁ。ちょっとな。詳しく話を聞いてみたい物が有って。もうすぐ査定が終わるからその時に聞いてみるよ」

 

 エプリの言葉にハッとして査定を再開する。スマホのことは気になるが、まずは全部調べるのが先だな。俺は心なし急いで全ての査定を終わらせ、個別の値段や諸々をメモ帳に書きつけてジューネに手渡す。

 

「へへっ。どんなもんですかね? 俺としちゃあ良い値で買い取ってもらえりゃあ何の不満もありはしませんが」

 

 男はいやらしく顔を歪ませながらこちらを見る。どうにもこの人はあまり好きになれそうにないな。だけど仕事だし、一つずつ説明するか。

 

「大体の査定は終わりました。まず最初に言っておきたいのは、うちでは何でも買い取れるわけではないってことです。流石にそこらで拾った石を持ってこられても値段の付けようがないですし、あとは明らかに揉め事になりそうな品もお断りしています。例えば()()()()()()()()()()()とかね」

 

 その言葉を聞いて男の顔色が変わる。分からないとでも思っていたのだろうか? 査定で表示されなくたって、ボロボロの品の中に僅かにだけあんな高価な物が有ったらそれだけで疑われると思うんだけど。

 

「お、俺が盗みを働いたってのかっ!?」

「そこまでは言ってません。ただ……ジューネ。頼む」

「はい。……こちらとこちら。随分と美しい品ですねぇ。ただどうにも以前これと同じような物を見た記憶がありましてね。はて。あれはどこのお客様の身に着けていた物でしょうか?」

 

 ジューネは盗品と表示された品をピンポイントで指差してみせる。一つ一つ指差される毎に、男の顔色がドンドン悪くなっていく。ダラダラと冷や汗を流し、自身の立場が急速に悪くなっていることに気づいたらしい。

 

「雇い主様よ。丁度良い機会だから、これから顧客の所にご機嫌伺いにでも行くとするか? 偶然同じような物を()()()()困っているかもしれないぞ」

「そうですねぇ。それも良いかもしれませんね。もし盗まれたなんてことになっていたら大変です」

 

 うわぁ。こう着々と逃げ場を塞いでいく感じ、某ミステリ物の犯人を追い詰める時みたいだな。

 

「…………くそっ!」

 

 あっ! 男が逃げたっ! くるっと身を翻し、急いで路地を抜けて通りの方へ向かおうとする。だが、

 

「おいおい。そう慌てることもないだろうよ。腹でも壊したか?」

「それはいけませんね。簡単な痛み止め程度であればお売りしましょうか?」

 

 一瞬の内にアシュさんが男の逃げようとする先に回り込み、そのまま腕をガッチリと掴んで離さない。そのまま両腕を後ろ手に極められ、加えてじたばたできないよう足を踏んづけられる男。

 

 そうして動けなくされたところに、ジューネが白々しく懐から薬を差し出してみせる。

 

 こわ~。ホント味方で良かったよこの二人。男も何とか抜け出そうともがいていたが、どうにもならないと分かるとガックリと肩を落とす。

 

「さてと。それでトキヒサさん。これなら話が出来ますか?」

「ああ。ありがとなジューネ。アシュさんも。上手く伝わってホッとしたよ」

「それは私の教え方が良かったからですね。お礼に追加授業料を払ってくれても良いのですよ」

 

 実は先ほど書き付けた紙に、盗品以外で気になることがあるから逃げようとしたら捕まえてくれと書いておいた。字を覚えたての上にまだ単語くらいしか上手く書けないので、伝わるかどうかは賭けだったがジューネの方で上手く読み取ってくれたようだ。

 

 俺はゆっくりと男に近づく。男は僅かに濁った眼で睨みつけてきた。おっかないな。

 

「じゃあ、いくつか聞きたいことがあるんですが……良いですか?」

「……ぺっ」

 

 おっと危なっ!? 唾を吐かれた。そんなに敵意むき出しにしなくても。まあこんな状況じゃ仕方ないかもしれないが。

 

「まあ落ち着けよ。何も取って食おうって言うんじゃないんだ。……正直な話、ここでお前さんを衛兵なり何なりに()()()()()()って選択肢もあるんだ」

 

 男をしっかりと極めながら、アシュさんは後ろから静かに語り掛ける。えっ!? そうなの? 俺はアシュさんの言葉にちょっと驚く。男は顔をがばっと上げてアシュさんの方を振り向いた。

 

「ほ、本当かっ!?」

「本当だとも。まずお前さんが盗った品物を持ち主が認知しているか確認する。その上で向こうが被害届を出しているならお前さんを突き出さなきゃならないが、向こうがまだ気づいていないとか表沙汰にしたくないとかなら話が変わってくる。うっかり落としたものを拾って届けたって形に丸く収めることだってできる訳だ」

 

 アシュさんの言いたいことはなんとなく分かる。わざわざ事件にして大事にするよりも、事件になる前に終わらせてしまおうってことだ。

 

「ただし、お前さんが素直に話に応じることが最低条件だ。それと他にも盗った品があるなら全部出すこと。そうすれば最悪衛兵に突き出すようなことになっても、まあちょっとくらいなら融通を利かせてもらえるように話をしてやってもいい。……どうだ? 悪い話じゃないだろう?」

「………………」

 

 男は少し考えこんでいるようだった。今の話が本当だとしたら確かに悪い話ではない。だけど嘘だとしたらそのまま捕まる上に喋り損ってことになる。どうしたものか……と言ったところだろうか? 

 

「ちょっと良いですか?」

 

 最後の一押しになるかは分からないが、俺もここで少し条件を提示しようと思う。男はまたこちらの方を警戒する様に見つめた。

 

「盗品は受け付けることは出来ないですけど、それ以外は話がどう転んでも買い取らせていただきます。全部で……これくらいになりますが」

「……こんなに? 嘘だろ?」

「本当です。この額をお支払いします」

 

 俺が値段の合計額を書いた紙を見せると、男は予想以上の額だったのか驚いた様子を見せる。

 

 ちなみに実際の買取額はもう少し安い。この額では俺の儲けはほとんどないと言っても良い。だけど話し合いを進めるためにもここは少し身を切る。

 

「その上で、こっちの質問に出来る限り正確に答えてくれれば追加で謝礼をお支払いします。どうか、話を聞かせてはもらえないでしょうか? お願いします」

 

 俺はそのまま男に頭を下げる。他の皆が唖然とした様子でこちらを見ているが、そんなに変なことだろうか?

 

「…………分かったよ」

 

 男は俺を不思議そうに見つめるとそうポツリともらした。

 

「ありがとうございます。……じゃあ最初に、お客さんの名前を教えてください」

 

 

 

 

「なあ、俺の言葉遣い変じゃなかったか?」

「……どうかしらね? 私自身言葉遣いが綺麗な方だとは思ってないし。……でもそこまで固くならなくても良いんじゃない?」

「私より、上手だと、思う」

「セプトは大体俺を立ててくれるから参考になりづらいな。だけどそうか。一応お客さん相手だから、最近はなるべく丁寧に話そうと努めているんだけどな。ジューネの商人モードを参考にしてみたんだけど……やっぱ難しいや。もう少し練習しないと」

 

 俺とエプリ、セプト、ボジョは、男……ビンターに教えられた場所に向かっていた。

 

 アシュさんとジューネ、ビンターは雲羊に乗って一度都市長さんの屋敷へ。ビンターの盗った物の確認が取れたら顧客の所に当たって、場合によってはアシュさんの言った通り事件になる前に収めるらしい。

 

 落とし物を拾ったという事で謝礼をせしめられたらなお良しとジューネが目論んでいたが、そこはそう上手くいくかな?

 

 ビンターはその間都市長さんの屋敷で軟禁……もとい、話を聞かせてもらうらしい。事件になった場合はそのまま衛兵に突き出されるという。こればかりは仕方ないけど、出来ればそうなってほしくはないな。

 

「…………それにしても、少し意外だったわね」

「何が?」

「……トキヒサは問答無用で衛兵に突き出すと思ったから。そういう所あるじゃない? 自身の善悪の感覚がきちっとしているというか。……さっきの場合盗んだのは事実みたいだから、たとえ事件じゃなくなっても突き出せと言うかと思ったけど」

 

 そうなのだろうか? 自分ではよく分からないけど、悪いことをしたら罰を受けるのは当然だと思うぞ。むろん状況によって絶対ではないと思うけど。

 

 牢獄に捕まっていた時だって、不法侵入の分くらいは素直に捕まっていても良かったと思ってるしな。

 

「俺だって事件じゃなくなるのならそんな事言わないっての。盗みは悪いことだけど、それだって時と場合によるだろ? それに……あのペンを見たらちょっと考えちゃってさ」

「……ペン? ああ。……そう言えば品物の中に有ったわね。あれは換金しないでそのまま返していたけれど、何故?」

「あのペンさ。先が少し欠けていたけれど、それ以外はとてもよく手入れされていた。他の物は乱雑に扱われていたのにな」

 

 おまけにあのペンは査定の中で買取不可が出ていた。理由として、()()()()()()()()()()()()()からと出ていたしな。

 

「何があったかは知らないけど、あんなになってもこれだけは捨てられないって物を売りに出す。自分の心に嘘を吐いてでも金が欲しい。それがどんな理由かは知らないけど……そう考えると、一概に衛兵に突き出すっていうのもなんか違うって思ってさ」

 

 同情とか憐れみなんてするなとか言われるかもしれない。人によっては虫が好かない考え方かもしれない。だけど……なんとなくその気にならなかった。それだけのことなんだ。

 

「…………そう。分かった。……そろそろ着くわよ。気を引き締めた方が良いと思うけど?」

 

 フードに隠されて分からないが、エプリはどこか嬉しそうな様子でそう言うと、フードを被り直して注意を促した。

 

 さて、いよいよだ。スマホの元の持ち主にご対面といくか。……平和的に済むと良いんだけどな。

 




 ちなみに今回はたまたま上手くいきましたが、もし時久がジューネ以外にメモを渡していたら読み取れたか微妙でした。まだそんなに字が上手くないのです。


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第百四十七話 菓子で繋がる絆

 ビンターに教えられた場所は、意外にも今までいた路地裏から近い所にあった。ただ近いとはいえ、一旦大通りに戻って雲羊と合流してから別の脇道に入り直したので多少の時間がかかった。数十分くらいかな。

 

「ここ……か?」

「ボロボロ」

 

 セプトがそう漏らしたように、そこは一言でいえばボロ家だった。

 

 ここらでよく見かける石材で建てられたものではなく、そこらに落ちていた廃材やらゴミやらをむりやり家の形に仕立て上げた……みたいな感じだ。これぞホントのごみ屋敷……って、笑い事じゃないか。

 

 扉も屋根もなく、代わりに大きな布を廃材の柱にピンと張って雨風を凌いでいるようだし、まだ調査隊の使っていたテントの方が住処として上等だと思う。入口に別の布を暖簾のように垂らしているのは扉の代わりだろうか?

 

 俺達は少し離れた場所で止まり、軽く周囲の様子を伺うが誰も居ない。中にいるのだろうか? ここらは通行人もあまりいないので静かな物だ。

 

「……そのようね。ビンターの言っていたことが本当なら」

「それは多分間違いないと思う。あの状況で嘘を吐いたら立場が悪くなるのは分かっていたはずだろうし、交渉慣れしているジューネやアシュさんも何も言わなかったしな。だけど」

 

 嘘は言っていないと思うのだが……これを見るとちょっと疑いたくなる。人の住処としてはかなり悪い方じゃないか? こんなとこ住んでたらいつ倒壊してもおかしくないと思うけど。

 

 ビンターの話によると、あのスマホは数日前にここの住人から三十デンで買ったらしい。見たことのないものだったので、上手く高値で誰かに売りさばいてやろうと思ったらしいけど誰も買わず、仕方なく噂になり始めていた俺の所に持ってきたとのことだ。

 

 よく分からない物を買うビンターもビンターだけど、スマホを三十デンで売る方も売る方だ。上手くやればもっと高値で売れただろうに。

 

「……それにしても、さっきの板の出どころにここまでムキになる所を見ると……例の?」

「ああ。あれは俺の元いた世界の物だからな。他の参加者、あるいは『勇者』が関わっている可能性が高い」

「……でも、向こうが友好的とは限らないわよ。わざわざ関わらなくても良いんじゃない?」

 

 エプリの言う事はもっともだ。相手がどんな人なのか分からない上に、昨日アンリエッタが言っていたようにこちらを狙っている参加者もいる。こちらから関わりに行くというのが必ずしも良いこととは限らない。だけど、

 

「そうかもしれないな。でも……そうじゃないかもしれない。話せば分かる相手かもしれない。なら……まずは会ってみないとな」

 

 とまあ色々理由を並べ立ててはみたが、一番の理由はシンプルだ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この時点で仲間だって思ってしまうのだから、自分でも実に甘ちゃんだ。もし悪い奴だったら? その時は全速力で逃げる。後悔も反省も、まず行動を起こさなきゃ出来ないのだから。

 

 

 

 

「よし。これ以上は外から見ていても分からないし、気合を入れて行ってみるか」

「……気合を入れるようなものでもない気がするけどね。……行くとしましょうか。可能性は低いけど、いきなり戦闘になることもあり得るわ。いざとなったら……護衛として動くからそのつもりで」

「私も、守る」

「二人共頼りにしてるよ。といっても荒事にはしたくないからな。あくまでも話し合い。向こうが敵意を向けてきたら全力で逃げる。ひとまずの方針はそれでいこう。……では」

 

 では出発……という所で、俺の足の下で何かがかさりと音を立てる。なんか踏んだかな? ……っ!? これはっ!?

 

 俺は落ちていたものを残像が残るくらいの速度(体感)で拾い上げ、それをまじまじと穴が開くんじゃないかと思うほど見つめる。こ、これはまぁさかっ!!

 

「…………どうしたの?」

「……ぶ、ぶ」

「ぶ?」

「ブ〇ックサンダーだあぁぁっ!!!」

 

 俺はつい大きな声を上げてしまう。このパッケージ。内側にごくわずかにこびりついているチョコレートの欠片。間違いない。これはかの黒い雷神ブ〇ックサンダーの包装紙。この世界でまた会えるとは夢じゃなかろうか? 俺は包装紙を両手で空に掲げる。

 

「ブ〇ックサンダー? 雷属性の一種?」

「違うっ! ああいや、意味合いとしては合っているんだけど魔法とかじゃなくて。というか雷属性なんてあるんだな。……これは俺が元居た世界でよく食べられてたブ〇ックサンダーってお菓子を入れる袋だ。ちなみに俺も大好物」

 

 そう言えばこっちに来る時も何個かリュックサックに入れておいたけど、牢獄に置きっぱなしになっているんだよな。

 

 他にももろもろ装備が入ったままになっているし、あれは今頃どうなっているのだろうか? ディラン看守あたりが保管してくれていると助かるんだが。

 

「お菓子? それ、美味しいの?」

「勿論だともセプト。甘くねっとりとしたチョコレートの中に、サクサクとしたパフが絶妙なバランスで入っていてな。ココアの風味がまた一口ごとに食欲をそそるんだこれが。口の中でじっくり舐めて味わうも良し。一気にかみ砕いて食感を楽しむも良し。一つでいくつもの楽しみ方が出来る実に素晴らしい菓子だぞ。おまけに値段も手ごろで、俺もよく学校帰りに買ってたもんだ」

「よく、分からないけど、凄いんだね」

 

 セプトは前髪から僅かに覗く目をキラキラさせる。こうして純粋に凄いと言ってくれるのは、ブ〇ックサンダー好きとしてはとても嬉しい。

 

「…………その菓子には少し興味があるけど、今は置いておきましょう。……その菓子の袋がここに落ちていたという事は」

「ああ。まず間違いなく俺の居た世界の人が関わってる」

 

 俺がそんなことを言うのとほぼ同時に、入口の布がゴソゴソと動いた。それに気づいたエプリは素早く俺の前に立って何が出ても良いように構え、セプトも自身の影を僅かに揺らめかせる。

 

 咄嗟の対応に迷いのない二人に、俺はちょっと自分が情けない気分になりながらも頼もしくも思うのだから複雑だ。

 

「誰っすか~? あたしの家の前で騒いでんのは? 騒ぐならよそでやってほしいっすよ~」

 

 その言葉と共に布をまくり上げて出てきたのは、俺と同年代くらいの少女だった。

 

 

 

 

 俺と同じくらいの背丈に上下濃い群青色のジャージ。袖から見える肌は軽く日焼けしていて、いかにも運動か何かをやっているという感じだ。

 

 少し赤毛が混じった茶髪で、顔立ちは綺麗系というより可愛い系といったところ。イザスタさんとはまた違う明るい雰囲気を持った少女だ。あともろに日本人。これは間違いないか。

 

「……それで? あんた達は何かあたしに用っすか? 言っとくけどこちとら金なんかないっすからね。強盗も泥棒も旨味なんかないっすよ。あっ!? それとも別の世界から来たなんて言ってる頭のおかしな大ぼら吹きだって笑いに来たっすか?」

 

 少女は肩をすくめながら、どこかおどけたような拗ねたような態度でそう口にする。

 

 確かにこんな家に泥棒に入る奴は余程食い詰めている奴だけだろう。それに別の世界から来たなんて言って普通に信じるのはごく少数だと思う。……俺は信じるけどな。

 

 俺はゆっくりと前に進み出て、先ほど拾ったブ〇ックサンダーの袋を少女に差し出した。

 

「およっ!? ……ああ。これっすか? これはあたしの世界で大人気の菓子の袋っすよ。その名も」

「黒い雷神ブ〇ックサンダーだろ? 俺も大好きだ」

「えっ? この文字が読めるって…………もしかして、もしかしてあんたは!?」

「ああ。多分……そっちと同じだと思う」

 

 少女は微かに顔を伏せて肩を震わせていたが、それも一瞬のこと。キッと顔を上げ、俺に向かって歩いてきた。少女からは敵意とはまた違う闘志のようなものが漂っているように感じる。

 

 エプリが間に割って入ろうとしたが、俺は優しく手で制してこっちも前に出た。大丈夫だエプリ。この人は敵じゃない。

 

 そしてそのまま、俺と少女は互いに手を伸ばせば届く位置にまで近づいて見つめ合った。

 

「もし、もしあんたが本当にあたしと同じ所の出身で、ブ〇ックサンダーが好きっていうのなら、一つ質問に答えてもらうっす」

「なんだ?」

「ズバリ、一番好きな味は?」

「そうだな。もちろんブ〇ックサンダーはみんな好きだ。白いのもゴールドも期間限定の奴もそれぞれの味わいがあって好きだとも。だが、だが敢えて言おう。()()()()()()()()()()

 

 少女はその言葉を聞き、無言のまま大きく右腕を振りかぶった。俺も対抗して右腕を振りかぶり…………がっしりと互いに固い握手を交わす。

 

「驚いた。戦うのかと、思った」

「…………私も一瞬そうなるかと思ったわ。……よく分からないのだけれどトキヒサ。アナタついさっきまで相手がどう出るか身構えていたわよね。それが落ちていた袋を拾って少し話をするなりすぐに打ち解けて。……どういうことなの?」

 

 エプリもセプトも、俺の服の中に入っているボジョまでどこか不思議そうな具合だ。そんなにおかしなことだろうか? だってそうだろう?

 

()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()

 

 俺達は固く握手をしながら、エプリ達に向かってはっきりとそう告げた。ほらっ! 当然だろ? 

 




 私も全てではありませんが、大半は善人であると信じています。




 別作品『マンガ版GXしか知らない遊戯王プレイヤーが、アニメ版GX世界に跳ばされた話。なお使えるカードはロボトミー縛りの模様』の方もよろしくです!


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第百四十八話 センパイと後輩

「しかしこんな所で立ち話もなんですし、どうぞどうぞ。大した所じゃないですがお入りくださいっす!」

「ありがとう。しかしこんなにいるけど大丈夫か?」

 

 ブ〇ックサンダーの同士と固い握手を交わした後、彼女は自分の家に俺達を招く。しかし見るからに家は小さく、俺達は三人もいる(それにボジョも)。一度に入って大丈夫だろうか?

 

「まあ三人くらいなら何とかなるっすよ」

「そっか。じゃあお言葉に甘えて……お邪魔します」

「……失礼するわ」

「失礼、します」

「どうぞっす!」

 

 少女が中に入るのに続いて、俺達も布をくぐって中に入る。家の中は……こっちは予想に反して結構片付いているな。

 

 広さは俺が以前いた牢屋くらい。天井はやや低めで、ここに“相棒”やイザスタさんがいたら間違いなく頭をぶつけているだろう。俺だと結構余裕が有るな。……羨ましくなんかないやい。

 

 地面には布が敷かれ、廃材を組み立てて簡素なテーブル……というよりちゃぶ台か? それが中央に置かれている。部屋の隅にはまた別の布が何枚か畳まれており。上に枕らしきものまであることからどうやら布団らしい。

 

 他にも小物らしきものがちらほら。ビニール袋らしきものもあるな。元の世界の物にちょっと感動する。

 

「いやあこの家にお客さんなんてあんまり来ないっすから。なんかウキウキしちゃうっすね。座布団までは用意してないんですが、まあ座ってくださいっす。……あっ! この中は一応毎日掃除してるからばっちくはないっすよ。ボロくはあるっすけどね」

 

 少女はあははと笑いながら、率先してちゃぶ台の横に胡坐をかいて座る。俺達もちゃぶ台の周りに座ることに。

 

 地面に直接敷いてある布だけど、きちんと小石やら何やらを取り除いているのかごつごつした感じはまったくない。……なんか落ち着くなぁ。この感じ。

 

「俺は慣れてるけど、二人は直接床に座っても大丈夫か?」

「私、気にならない。普通のこと」

「……昔はよく地べたで寝ていたから。良くあることよ」

 

 そうだった。この二人もそれくらいのことは気にしないタイプだった。ある意味助かったと言うべきか。

 

「まずは自己紹介から。あたしの名前は大葉鶫(おおばつぐみ)。元の世界では花の高校一年生。陸上部に入ってましたっす。好きなことは身体を動かすこと全般。気軽につぐみんと呼んでもらっても良いっすよ!」

「つぐみんって……まあ普通に大葉って呼ぶぞ。俺は桜井時久。こっちじゃ外国風にトキヒサ・サクライって名乗ってる。元の世界だと高校二年生。部活ではないけど、宝探し同好会みたいなものに入ってたな。よろしく」

「おおっ! じゃあセンパイっすね。宝探しってなんか凄そうっす。それになるほどなるほど。名前も郷に入っては郷に従えって奴っすね。了解っす。あたしも次からそう名乗ろうっと」

 

 軽いなこの子。それとセンパイって、いつの間にか後輩が出来ちゃったよ。あとキリもそうだったけど、最近気軽に~~んって呼ぶのが流行っているのだろうか?

 

 俺もエプリをエプリンって呼んだら……ダメだな。この一瞬で察知したのかエプリからまた冷たい視線が飛んでくる。呼ばないからその視線なんとかして。

 

「次にこの二人はエプリとセプト。こっちに来てから知り合った仲間だ」

「……エプリよ。今はトキヒサの護衛をしているわ」

「セプト。トキヒサ(ご主人様)の、奴隷。よろしく」

「護衛さんに……ど、奴隷っすか!? まさか桜井センパイっ!? 年下の子にご主人様なんて呼ばせるコアな趣味があったんすか!?」

「違うってのっ! セプトは成り行き上預かっているだけだよ。俺はいわば保護者。……(仮)みたいな感じだけどな」

 

 大葉がズササッて音を立てて俺から距離を取るので、俺は心外だとばかりに説明する。まったく。俺はロリコンじゃないぞ。何故かセプトが微妙にしょんぼり感を醸し出しているが……奴隷としては扱わないからな。

 

 そうしていると服の中からボジョも触手を伸ばして催促する。分かってる忘れてないよ。ちゃんと紹介するって。

 

「あとこのうにょうにょしているのがボジョ。確かウォールスライム……だったかな」

「おわっ! なんすかコレっ!? スライム? なんかムニムニして気持ちいいっすね!」

 

 差し出された触手をおそるおそる指で突っつき、その感触が気に入ったのか軽く握ったり離したりする大葉。ボジョもまんざらでもないのか、抵抗もせずされるがままになっている。

 

 気持ちは分かるぞ。ボジョの感触はホントにこうムニムニというかもにゅもにゅというか気持ちいいんだよな。

 

 ひとしきり触って満足したのか、大葉は満ち足りたような顔をしている。

 

「いやあ良かったっす。……それにしても、いきなりこんな所に跳ばされて早二週間。右も左も分からずにいたっすけど、こうして同じ境遇の人に会えるっていうのは良いもんっすね。なんかホッとするっていうか……あっ! ゴメンナサイっす」

 

 しみじみとしている中、大葉の目にほろりと涙が浮かぶ。慌てて涙を拭こうとする大葉だが、次から次へとあふれ出て止められないようだ。……二週間か。俺よりかは短いけど、いきなり別の世界に連れてこられてどれだけ大変だっただろうか?

 

 ……んっ!? 二週間? 何か一瞬違和感があった気がしたが何だろうか? 

 

「あ~っと。……良かったら使うか?」

「あ、ありがとうっす。センパイ」

 

 俺がハンカチを手渡すと、大葉は素直に受け取って涙を拭う。……ついでにズビ~っと鼻もかんでいたのは見なかったことにしよう。

 

 それから少しして、どうにか涙やら鼻水やらが収まってきたのか大葉はゆっくりとこちらに向き直る。

 

「すみませんっす。急にホッとしたら涙が。ハンカチ後で洗って返すっすね」

「別に良いよ。そのまま持ってってくれ。……これまで、大変だったみたいだな」

「……はいっす。聞くも涙。語るも涙の二週間だったっす。……聞きたいっすか?」

 

 なんか最後の方は立ち直って普通に話したい風に感じるけど、まあ他の人の話を聞いてみたかったのも事実だ。俺が素直に頷くと、大葉はコホンと咳ばらいを一つ。

 

「ではお話いたしましょうっす。あたしがこの世界に来て、今までどんな風に過ごしてきたか。最初から最後まで山場、クライマックスの連続っすよ……はっ!? その前に、あたしとしたことがお客さんにお茶も出してなかったっす。ちょっと待ってくださいね。今日は久々に奮発するっすよ!」

「そんなに気を遣わなくても良いって」

 

 見るからに暮らし向きは良さそうではない。ましてやこの世界で数少ない同郷の相手だ。なるべく失礼にならないように断ろうとしたら、

 

「まあまあそう言わずに。……センパイの前でいいカッコしたいんすよ。てなわけで……使わせてもらうっす。ジャジャジャジャーン」

 

 そういうと大葉は、明らかにここに似つかわしくない物を急にどこからともなく取り出した。それは……()()()()()()()だった。取り出したものに一瞬エプリがピクリと反応する。そこまで過剰に反応しなくても。しかし何故このタイミングでタブレット?

 

「『ショッピングスタート』。カテゴリは飲み物。それとコップっす」

 

 大葉のその言葉と共にタブレットが起動し、画面にずらりとペットボトル飲料や缶ジュース、そして様々な材質のコップの一覧が表示される。……これはまさか!?

 

「飲み物は……炭酸飲料は初めての人もいるし避けた方が無難っすかね。リンゴジュースにでもするっすか。コップは……すみませんが紙コップで勘弁っす。ではでは……『会計』っす」

 

 タブレットを備え付けのペンで操作したかと思うと、その言葉と共にタブレットが光を放つ。光が収まった時、ちゃぶ台の上には今までなかったものが鎮座していた。一本のリンゴの柄の付いたペットボトルと、袋に包まれたお徳用紙コップセットだ。

 

 大葉は袋をびりっと破いて人数分の紙コップを配り、その中にペットボトルからジュースを注いでいく。ちゃんとボジョの分まであるのは気配りがしっかりしているな。

 

「これがあたしがこっちに来て使えるようになった能力。『どこでもショッピング』っす。正直これが無かったら、この世界で二週間も生きられなかったかもしれないっすね。あたし的には微妙な能力だと思うっすけど」

 

 大葉はお恥ずかしいと言わんばかりに笑いながら頭をぽりぽりと掻く。…………いやこれ凄い能力じゃね? 俺は目の前の後輩が実はとんでもない奴だと理解した。

 




 という訳で、後輩こと大葉鶫参戦です。

 彼女の加護はわりとチートなのですが、当然使う際には対価が要求されます。上手く使えば一攫千金も夢じゃないのですけどね。


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第百四十九話 身の上話の語り合い

「じゃ、じゃあ頂くな。……美味い」

「おいしい」

「…………っ! ……美味しいわね。お代わり貰える?」

 

 コップを受け取って一口飲んでみると、間違いなく普通のリンゴジュースだ。セプトは気に入ったようでゴクゴク飲んでいる。エプリは……最初の一口は用心して僅かに口に含む程度だったが、害がないと分かると一気に飲み干したな。

 

 あとボジョはというと触手から少しずつ吸い取っているのだが、その部分がリンゴジュースの色に染まっているのがちょっと面白い。

 

「いやあこうして喜んでもらえると出した甲斐があるっすね! ……ただ、お代わりはそんなに出せないんすよ。すいませんっす」

 

 大葉がそう申し訳なさそうに言う。何かしらあるみたいだな。能力的に制限か何か。……まあそれはおいおい聞いていくとするか。

 

「では改めて、あたしのこれまでの出来事をお話しするっす。ちょっと長い話だけど……退屈はさせないっすよ」

 

 大葉は一度姿勢を正して座り直すと、少しずつ自分にあったことを語りだした。

 

 

 

 

 三十分後。

 

「……と、だいたいこんな所っすかね。そして今日センパイ達に出会ったという訳っす。……どうしたんすかセンパイ? そんな呆けた顔して」

「いやまあ何と言うか……凄まじいの一言だな。まさしく最初から最後までクライマックスだった」

 

 大葉が言うには、この世界には日課の早朝ランニングをしている時に来てしまったらしい。だから上下ジャージ姿だったわけだ。走っている最中にふと一瞬意識が遠のき、気がついたらここに居たという。

 

「来たばっかの時はホントにヤバかったっすね。持ち物と言ったらポケットに突っ込んでいた財布とスマホくらい。それ以外な~んも無かったっすから」

 

 この世界に来たばかりの時、右も左も分からない大葉だったが、何故かいつの間にか持っていたタブレットに様々なことが記されていたという。それを読みながら迫りくる困難をかいくぐっていく大葉。

 

 どうにか自分の家らしきものを知り合った人達の協力によって組み上げ、そこに住み着いたは良いものの、時には路地裏にたむろする者達の争いに巻き込まれ、またある時は悪徳奴隷商人に売り飛ばされそうになった。

 

 戦ったり、逃げたり、だけど時には友好的な話し合いが出来たこともあったという。

 

 そんな平凡とは言い難い内容の日常だったが、大葉はあくまで笑い話として語って見せた。それが純粋に笑い話と本人がとらえているのか、それともこちらに気を遣ってそう語ったのかは分からない。

 

「それにしてもあれっすね。なんでかこっちに来てから身体が軽いんすよね。タブレットには身体強化云々とも書いてあったっすけど、センパイの方もそんな感じっすか?」

「ああ。やはり担当の神様が言っていたように、身体強化とかはゲームの参加者全員共通みたいだな」

「……えっ!? …………な、なるほど。そうみたいっすね」

 

 一瞬大葉の様子がおかしくなった。……何か気になることでもあっただろうか?

 

「しかし二週間前か。……となると俺の少し後だから、大葉は八番になるわけかね?」

「……ほえっ!? 何のことっすか?」

「いや、だから番号だよ。俺はほら! 手首に七ってある」

 

 右手首に付いたローマ数字のⅦのような痣を見せると、大葉は不思議そうな顔をした。

 

「妙っすね。あたしも確かに変な痣が出来ましたけど、こっちはローマ数字じゃ無かったっすよ」

 

 大葉も自らの右手首を見せるが、そこにあったのはローマ数字ではなくなにやらギザギザした丸っぽい黒い痣。もしや漢字とかアルファベットかとも思ったが、どうにもそんな感じでもない。

 

「……どういうことだろう? 俺は確かに担当のアンリエッタから、ゲームの参加者は皆身体の何処かにローマ数字で番号があると聞いていたが」

「そう! 問題はそこっすよ。あたしがここに来た時有ったのはタブレットだけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 大葉のその言葉にますます話が分からなくなる。担当がいない? つまり大葉はゲームとは無関係ということか?

 

 しかしそれにしては身体にしっかりと参加者の証の痣がついている。でも痣はローマ数字じゃなくて妙な黒いギザギザの丸。……どういう事だ?

 

「……ねえ。一つ良い? 何やら予想外のことが起きているようだけど、それならその自称神に聞けば良いんじゃないの? ……連絡できるんでしょう?」

 

 悩んでいる俺に対し、エプリが横から助け船を出す。そうだった。いつも寝る前に呼び出しているけど、いざとなったらいつでも呼び出せるんだった。ゲームそのものの問題なんだから、アンリエッタだって無視は出来ないはずだ。

 

「その手があったな。ありがとうエプリ。……大葉。今からこっちの担当に話を聞いてみようと思うんだけど」

「えっ!? 神様とそんな簡単に話が出来るんすか? 神様というとお告げを聞こうとするだけで苦労するイメージがあるっすけど」

「通信機が有るからな。連絡自体は簡単だし、むしろ毎日今日の出来事を報告しろって言うくらいだよ。……じゃあ呼び出すぞ。悪いけど大葉も居てくれるか? こういうのは直接見てもらった方が良いから」

「勿論良いっすよ! あたしも神様っていうのは興味があるし、もしあたしをこっちに送った奴ならいっちょ文句を言ってやるっす!」

 

 エプリは何も言わず、セプトは何が何やら良く分かっていないようだ。それでも二人共動く気はなさそうなので、このままアンリエッタを呼び出すことにする。俺は通信機をちゃぶ台の中央に置いて、全員に見えるようにした。

 

 さて、どうなることやら。俺はさっそく通信機で呼び出しを始めた。

 

 

 

 

『…………どうなっているの?』

「こっちが聞きたいよそんなこと」

 

 呼び出すなりアンリエッタは難しい顔をして宙を睨んでいる。どうやら向こうとしても完全に想定外だったみたいだ。

 

『そうね。そこの……アナタ名前何だったかしら?』

「大葉っす! 大葉鶫。気軽につぐみんと呼んでくださいっす! それにしても本当にあんた神様っすか? な~んかあたしの思い浮かべる神様像と全然違うっていうか。あっ!? 貶してるんじゃないっすよ! 予想より数段プリティーでキュートって奴っす! 抱きしめたいっす」

『ツグミね。ではツグミ。神の姿を人が勝手に想像するのは罪ではないわ。それに女神であるワタシが綺麗で可愛らしいのは当然のことね。もっと讃えなさい。あと抱きしめるのは不敬だからやめるように。……それはそれとして、手首の痣を見せなさい』

 

 こうっすか? と大葉は痣を通信機の近くに出してみせる。アンリエッタはそのまま痣をじっと見つめるが、しばらくするとまた難しい顔をしてもう良いわと呟く。

 

「どうだ? 何か分かったか?」

『……やはり参加者の証の痣とは少し違うようね。だけどどこか似ていると言うか……トキヒサ。その痣の情報を送りなさい。査定の要領で出来るはずだから』

「査定の要領か。分かった。……大葉。ちょっとごめん」

「えっ!? なんすかそれ!? あたしのタブレットと同じようなもんすか?」

 

 俺は貯金箱を取り出し、大葉の痣に向けて査定の光を当てる。大葉は突如出てきた貯金箱に驚いていたが、特に痛みもないのでそのまま光を受けてくれる。そう言えば向こうのタブレットも色々と不思議だ。あとで調べてみるか。

 

 三十秒ほど経ち、もう良いわよとのアンリエッタの言葉を聞いて俺は貯金箱を下ろす。大葉もずっと緊張して動かないでいたから、光が消えた瞬間一気に力が抜ける。

 

『今日はここまでにしましょう。このことはひとまずこちらで調べてみる。少し時間がかかるかもしれないから、次の連絡は明日の夜中辺りにしましょうか』

「ああ。よろしく頼むよアンリエッタ。今回のことはそっちとしても色々問題だろ? なるべく早めに調べてくれ。こっちも大葉にちょこちょこ聞いておく。それと…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、一瞬大葉の表情が険しくなったように見えた。彼女の言葉が確かなら、本当に訳も分からずここに跳ばされたという事だ。そんな理不尽を課した相手に対して思うところは当然あるのだろう。

 

『ワタシじゃないわよ。そもそも手駒が増えるならアナタに言わない訳がないじゃない。隠すよりも協力させた方が勝率が上がるもの。……じゃあ、また明日ね。ワタシの手駒』

 

 その言葉を最後に、アンリエッタとの通信が終了する。通信時間だけならあともう少しあったが、今は話よりも解析の方を優先したのだろう。

 

「……ふう。なんか妙なことになってきたな」

「まったくっす。……と言ってもあたしとしては、この世界に来た時点で訳が分からないっすけどね」

 

 先ほど一瞬見せた険しさはきれいさっぱり消え、大葉はいつものように笑ってそう答える。やっぱり笑っている方が良いな。

 

「まあな。正直大葉は俺より脈絡もなく異世界に来ているもんな。まだこっちの方が切っ掛けらしき物があった」

「あっ!? そう言えばまだあたしの話ばっかりで、センパイの話を聞いていなかったっすね。あたしよりも前かららしいし、ぜひぜひ聞いてみたいっす!」

 

 そう言うと、大葉は目をキラキラさせてこちらを見る。……自分の苦労話を聞かせたんだから、そっちもそれぐらい話せよということなのかな?

 

「日にちは少し長いけど、そこまで凄いものじゃなかったと思うぞ。……まあそこに居るエプリやセプトに全殺し一歩手前くらいにはボコボコにされた記憶はあるけど」

「全殺し一歩手前って大げさな。痴話げんかか何かっすか?」

 

 あははって笑っているけど、あの顔は信じてないな。本当なんだぞ。

 

「……そんなこともあったわね。あの時は“竜巻”で頭から床に叩きつけたというのに死ななかったのは驚いたわ」

「私も、最初に会った時は、ごめんなさい。影で、串刺しにしようとして」

「えっ!? ……お二人共ホントっすか!?」

 

 二人の言葉を聞いて、流石に大葉もちょっと笑顔がひきつる。確かにあれは少し頑丈になっていた俺じゃなかったらマジで死んでいたかもしれんからな。知らない人が聞いたらビビること請け合いだ。

 

「それじゃあ今度はこっちの話をするとしようか。と言っても最初からクライマックスなんて凄いもんじゃないけどな。出た場所がお城の中でいきなり牢獄にぶち込まれたくらいだ」

「それだけ聞くと十分最初から凄いっすけどねっ!?」

 

 そうして今度は、俺が大葉にこれまであったことを語ることになった。と言っても、考えてみたらまだこっちに来て二十二日しか経っていないんだよな。そこまで話すこともないし、こっちも三十分くらいで終わるかね。

 




 大葉の方の大冒険はまたいつか気が向いたら。

 ちなみに大葉は正式な参加者ではありませんが、それに準ずる能力と資格はあります。


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第百五十話 後輩はラブ話がお好き

 二時間後。

 

 どうしてこうなった? 予想では長くてもせいぜい一時間で終わるはずだったのに、倍の時間かかってしまった。自分でも話すことがそれなりにあったらしい。

 

「…………とまあ大体こんな感じだ」

「ほへぇ~。……ちょっと凄すぎないっすかセンパイ?」

「そうかな?」

「そうっすよっ!」

 

 何故か大葉は目をキラキラさせ、鼻息荒くこちらにグイグイと迫ってくる。いや近いっ! 近いからっ!

 

「これもう大冒険じゃないっすかっ! 牢獄に入れられたり謎の美女とお近づきになったり、牢獄に襲撃があったと思ったら今度はダンジョンに跳ばされ、なんとかそこから出たと思ったら今度は月夜の大決戦っすか? いやもうお腹いっぱいっすよ!」

 

 改めて考えてみると……自分でも結構色々あった気がするな。内容が濃い日々だったことは間違いない。

 

「それと……お二人のこともなんとなく分かりましたっす」

 

 そう言うと大葉はエプリとセプトの方に向き直った。二人もその視線に気づき、それぞれ大葉と視線を合わせる。

 

「つまりお二人共……センパイのことが好きなんっすね?」

「…………はぁっ!?」

 

 大葉は真面目な顔でそんなことを言ってのけた。何言っちゃってくれちゃってんのこの人っ!? エプリはフードをギュッと被り直し、口元だけ見えるようにする。セプトは……特に反応がないな。

 

「…………意味がよく分からないのだけど、何故そんな風に思ったの?」

「だってそうじゃないっすか? さっきのセンパイの話では微妙に濁してましたけど、牢獄でセンパイが戦った内の一人って多分エプリさんっすよね? 最初は敵だった相手と突然二人でダンジョンに跳ばされて、そこで一時的な共闘。そして外に出た後もセンパイが助けに入ったり、それフラグバッチリ立ってるじゃないっすか!! もうムネアツっすよムネアツ」

 

 さっきから大葉のテンションがおかしい。……いや、俺が知らないだけでこれが素なのだろうか? だとしたら話すだけで疲れそうだ。

 

「……私はただの傭兵よ。雇われて付き合っているだけ」

「え~っ? そうっすか~? 話を聞く限り、ただの傭兵にしては親身にしすぎな気がするっすけどね。特にダンジョンを出た辺りから」

「…………雇われたからには最善を尽くすというだけよ。契約が終わるまではね」

「本当にそれだけっすかね~?」

 

 エプリは表情がうかがえないが、大葉はもう嬉しそうに口元に指を当て、ムフフとした顔でそんなことを言っている。お前はアレか? 人がちょっと仲良くしたりするとすぐに恋愛感情に結びつけようとする類か?

 

 それと、エプリの契約が終わるまでという言葉に少しだけ寂しいという気持ちが湧く。……そうだよな。エプリも家族のために金を稼がなきゃならないみたいだし、いずれは別れないといけないんだよな。そしてそれは、俺が指輪の解呪をして換金するまで。もうそんなに先の話ではないのだ。

 

 心の中でそんなことを考えていると、大葉は今度はセプトの方に話を切り出す。

 

「じゃあ次っすね。セプトちゃんはセンパイのこと好きっすよね?」

「うん。トキヒサは好き。私のご主人様」

 

 こうストレートに好きと言われるとなんか照れるな。う~む。子供に慕われる親の気持ちはこんな感じなのかね? ……あくまで保護者(仮)のつもりだけど。あと何故か大葉がそのセプトの言葉に悶えている。

 

「ご主人様とか年下の子が言うとなんかグッとくるものがあるっすね。ある意味背徳的っていうか。……ちなみにその好きはライクの方っすかね? それともラアァヴの方っすかね?」

「……?」

 

 大葉がやけに巻き舌でそんなことを言っているが、セプトは意味がよく分かっていないようだ。キョトンとした顔をしている。といっても傍から見たらいつもと同じ無表情なので分かりにくいが。

 

「むぅ。まだセプトちゃんにはちょ~っと早かったっすかね。いやあセンパイモッテモテじゃないっすか!!」

「モッテモテって言ってもな。あくまでエプリは護衛として色々気を遣ってくれるようだし、セプトに至っては俺が今の主人だからだぞ」

 

 まあまったく好意を持たれていないとは言わないが。そうだな……仲間として好きぐらいはあるかな? なんだかんだ一緒に過ごしてきたからそれくらいはあると思いたい。やっぱりラブというよりライクの関係だな。うん。

 

「まあ、そういう事にしておくっすよ! やっぱりラブ話はこっちの世界でも良いもんっすね~」

「俺は大葉のそのテンションが疲れるよまったく。大葉って元の世界でもそんな感じだったのか?」

「いやいやまさか。あたしだっていつもは初対面の人相手にここまでノリノリで話したりはしませんっす。ただ……久しぶりに同郷の人に会えたからテンションが良い感じになっちゃってるだけっす」

「いつもこんな感じじゃなくてホッとしたよ」

 

 

 

 

 それからまたしばらく、俺達はたわいのない雑談を交わしていった。途中口が寂しいという事で、大葉がなんとポテトチップス(うすしお味)を取り出した時は驚いたな。

 

 俺達の分も分けてもらい、久々にポテチの懐かしい食感と塩味を堪能する。……そのうちブ〇ックサンダーも出してもらいたいな。

 

「それにしてもこの『どこでもショッピング』って便利な能力だよな。これがあれば食料とかに困ることもなさそうだし、エプリやジューネなんかとても欲しがりそうな能力だ」

「……そうね。食料が常時手に入るのは良い能力ね」

「どれも、おいしい」

 

 エプリは素直にそう頷く。毎回よく食うからな。食料問題は切実なのだ。ジューネも商人としては喉から手が出るほど欲しい能力だろう。だが、大葉は困った顔で笑いながら首を横に振る。

 

「実際はそこまで凄い能力でもないっすよ。ショッピングだからあくまで元手が無いと買えないし、買える量や種類にも制限があるっす。()()()()()()()()()()()()()()()()()品じゃないとタブレットに表示されないみたいっすからね。こんなことになるんなら護身用グッズの一つでも買っとけばよかったっすよ」

「催涙スプレーとかスタンガンとかか? 確かにあった方が便利かもしれないな」

 

 なにぶん物騒な世界だからな。外を歩けばモンスターの襲撃も有り得る。街中でも場合によっては争いになる場所だ。

 

 俺は幸い心強い護衛がついていてくれるから安心だけど、一人だったら護身用グッズの一つでも欲しくなるかもしれない。……モンスター相手に効くかどうかは別としてだけどな。

 

「それに……多分もうすぐ元の世界の品を買うことも出来なくなるっすからね。こっちの世界の物は買えると思うっすけども」

「どういうことだ?」

「どうやら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいなんすよ。だから元の世界の物を買おうとしたら元の世界の通貨が必要になるし、こっちの世界の物を買おうとしたらこっちの世界の通貨が必要になるっす。……持ってきた財布に入ってた分はもうそんなに残ってないっすからね」

 

 大葉はジャージのポケットから財布を引っ張り出して振って見せる。財布は明らかに軽そうだ。お札らしきものも千円札らしきものが一枚あるっきり。一言でいうと……金欠だ。

 

「ほとんどからっけつじゃないかっ!? ……そんな状態で俺達に分けてくれたのか?」

「それだけ嬉しかったんすよ。自分が一人じゃないって分かったから。そういう時にこそお金は奮発するもんっす。それにこちらの世界の金も少しは稼いでますから、食うだけなら何とかなるっすよ」

 

 俺の言葉に大葉はアハハと笑ってそう返す。自身の生命線である日本円を、俺達をもてなすために使って一切の後悔もなし。俺の目の前にいる少女はつまりはそういうことが出来る人だ。

 

 間違いない。大葉は良い奴だ。

 

「それにしても、ついつい話し込んじゃいましたっすね」

「おっと。もうこんな時間か」

 

 気がつけばもうすぐ午後五時。なんだかんだ日も少しずつ傾き、入口の布の外から見える景色もやや薄暗くなってきている。

 

「そう言えばセンパイ。どうしてここまで訪ねてきたっすか? 偶然って訳でもないっすよね」

「ああ。うん。ついつい話が弾んで本題を忘れてたな。俺がここに来るきっかけになったのは……これなんだ」

 

 俺は荷物からスマホ(ビンターから買い取った物)を取り出して大葉に見せる。

 

「これは……なるほど。この前売り払ったあたしのスマホっすね」

「俺は今物の買取をして金を稼いでいるんだけど、これが持ち込まれた時はビックリしたな。慌ててこれの出どころを聞いて、なんとかここまで辿り着いたんだ」

「そうだったんすか。……これ明かりとか時計とかに使ってたんすけど、ついにバッテリーが切れちゃって仕方ないから売りに出したんっす」

 

 やっぱりか。一応点くかどうか試してみて、バッテリーが切れているからそんなところだろうとは思ったけどな。

 

「だからって三十デンはないだろう。通話は出来なくたって明かりとかカメラ機能はあるんだから、その点で売り出せばもっと高値で売れただろうに」

「それはあたしも考えたっすけど、そもそもそんな高値で売れる伝手が無かったんすよ。それに上手く高値で売れたとしても、どのみち充電が出来ないっすからね。あとでクレームが来ること間違いなしっす。だから仕方なく安値で売るしかなかったんすよ」

 

 高値で売ってそのままとんずらするという考えはなかったらしい。まあ俺でもその手は使わないが。相手によっては追いかけてくる可能性があるからな。騙して売るのは互いのためにならないのだ。

 

「と言ってもこのスマホのおかげで近くにいることが分かったんだけどな。俺も他の参加者とかには興味があったし、会ってみようと思ったんだ」

「そう考えるとスマホを安値で売ってよかったとも言えるっすね。ツイてたっす!」

「そうだな。正直持ち主が大葉で良かったよ。おっかない相手だったらどうしようかと思ってた」

 

 同年代で話も合うし、どうみても悪人ではない。少し話のテンションによっては疲れるかもしれないが、それくらいは大なり小なり他の人と一緒に居ればあることだ。…………誘ってみるか。

 

「なあ大葉。もし……もし良かったらなんだけど、一緒に行かないか?」

 

 俺は意を決して大葉にそう告げる。これは、イザスタさんやエプリの時と同じように、これからの流れを大きく左右する選択肢。

 

 だけどこれまでと違うのは、()()()()()()()()()()()()

 




 実際大葉の加護は元手さえあれば非常に応用が利きます。その元手が問題なんですけどね。


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第百五十一話 これってハーレ……な訳ないよね

 俺の大葉を誘うその言葉に、エプリとセプトがピクリと反応する。

 

「悪いな二人共。相談もせずに勝手に誘って。……今回のは完全に俺のわがままだ」

「…………はぁ。仕方ないか。トキヒサなら誘いそうな気がしてたから。利点も多そうだしね。……でも護衛として言うなら、事前に一言欲しかったわ」

「私は別に良い。嫌いじゃ、ないから」

 

 エプリは軽くため息をつきながら、セプトは相変わらず無表情にそう返す。戻ったらまた説教コースかもしれん。だけどここで誘わなかったら後悔する。そう思ったら自然に口から言葉が出たんだ。

 

「お出かけっすか? もうすぐ夕食時だしどこか食事にでも行くっすか? ……はっ!? もしやセンパイ。後輩にたかろうって言うんじゃないっすよね? 奢ってくれるのならゴチになるっすよ!」

「えっ!? 俺が奢るの? 久々にポテチとかにありつけたしその分は奢っても……じゃなくてっ! しばらく一緒に行動しないかって言ってんの! ……一つ聞くけど、元の世界に帰りたいか?」

「当たり前っすっ!! 訳も分からずこんな場所に来てしまったけど、帰れるんならすぐにでも帰りたいっすよ」

 

 ハッキリと、そして切実な様子で大葉はそう答える。そこには今までのおちゃらけた様子は微塵も見えなかった。もしこの世界の方が良いっていうのなら、また違う誘い方をするつもりだったけどこれならそのままいくか。

 

「そっか。ならやっぱり一緒に行った方が良さそうだ。どうしてこうなったのか今アンリエッタが調べているから、上手くすればそっちの方面から帰してもらえるかもしれない。もし難しいってことになっても、俺が課題を終わらせて帰る時に一緒に帰してもらえるよう頼んでみるよ。ほらっ! 少し帰れる目途が立ってきただろ?」

「……確かにこのままここに居るよりは帰れる可能性がありそうっすね。そういう意味では渡りに船って奴っす。だけど良いんすか? 正直あたしあんまり役に立ちそうにないっすよ? 『どこでもショッピング』ももうすぐ日本円が尽きるっすから、こっちの物を買うぐらいしか出来ないっす。……荷物持ちと賑やかしくらいしか出来ないっすよ?」

 

 大葉はどこか遠慮する様に自分をそう評した。この瞬間、ふと俺が牢獄でイザスタさんに誘われた時のことを思い出す。あの時のイザスタさんも今の俺のような気持ちだったのだろうか?

 

「荷物持ちは俺の仕事だから盗らないでくれよな。賑やかしはまあ必要だけど、それが出来なくたって誘ってるぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に大葉は首を傾げる。……そういえば俺の加護は細かくは説明していなかったな。良い機会だから実際に見せるとするか。俺はまた貯金箱を取り出しちゃぶ台の上に置く。

 

「俺の加護は『万物換金』。さっきの話の中でもあったように、俺の物を金に換える加護だ。使う道具が貯金箱なので金を貯めることも勿論できる。取り出しも当然可能だ」

 

 俺は貯金箱の中に入っている金の内五百デンを取り出してみせる。それを見てふむふむと頷く大葉。

 

「さて、ここからが本題。これは金であれば結構様々な応用が効く。例えば……こちらの金を日本円に両替したりとかだ。こんな感じにな」

 

 今度は取り出した五百デンに光を当てて一度換金した後、設定を日本円に変更して再び五百デン分……つまり五千円を取り出してみせる。俺の手でひらひらと動く千円札五枚に大葉は目を奪われる。

 

「つまりだ。日本円が無くなるって言うなら、補充してしまえば良いってことだ。これなら大葉は加護を最大限発揮できるし、こっちも日本産の物の恩恵を得られる。…………具体的に言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()。互いに良いこと尽くしだと思うんだ。……どうだ?」

「おおっ!! それは良いっすね! そういうことなら喜んで同行させてもらうっす! この大葉鶫。お役に立つっすよ」

 

 先ほどの遠慮するような様子から一転。大葉は一気に元気になっておどけて敬礼してみせる。互いに一番の好物がかかっていると話が早くて助かるな。

 

「ありがたい。交渉……成立だな」

「はいっす!」

 

 こうして、俺がこの世界で初めて会った同郷の人。大葉鶫も一緒に行くことになった。大葉もなにやらややこしいことになっているようだけど、一緒に行こうと誘ったこの選択は多分間違っていないと思う。ただ……。

 

「では改めまして自己紹介っす。この度センパイの一行に加わることになりました新人の大葉鶫っす! なんとか元の世界に帰るべく日々頑張って生きてます。どうぞその時まで、皆さんよろしくお願いしますっす!」

「セプト、です。よろしく、お願いします」

「……エプリよ。あなたの加護はかなり有能そうね。物資の補充が出来るのは強みだと思うわ。……ところで、護衛としては実力についても聞きたいのだけど」

「お二人ともよろしくっす! あと実力って言ってもこの通り、あたしときたらただの女子高生っすからね。()()()()()()()()()()()()()()()

「…………そう。分かったわ」

 

 エプリは大葉をジッと見つめると、何か納得したかのように軽く頷いた。護衛として今のやり取りで何か分かったんだろうか? 二人に挨拶し終わると、大葉はこちらに近づいてムフフとからかうように笑う。

 

「センパイの服の中にいるボジョ……くんっすかね? さんっすかね? まあどちらにせよよろしくっす。それとセンパ~イ! いよいよハーレムっぽくなってきたんじゃないっすか? よっ! この色男っ!」

「だぁからそんなんじゃないってのっ! 何がハーレムだってのまったく」

「またまた~。綺麗どころを侍らせておいてそんな気が一切まったくないとでも言うんすか? そしてこのあたしもそのうちセンパイの毒牙にかかり……キャ~っすよ♪」

「トキヒサ。ハーレムって、何?」

「え、え~っとだな。セプトにはまだ早いと言うか何と言うか」

「セプトちゃん。ハーレムっていうのはっすね」

「わぁ~っ!? それ以上言うんじゃないよ大葉」

「…………賑やかなことね」

 

 大葉を誘った選択は間違っていないと思う。ただ……ずっとこのテンションだと俺が疲れまくる気がする。特に精神的に。

 

「まあこんな感じっすけど。よろしくお願いしますね。センパイ!」

「ああ。よろしくだ」

 

 

 

 

 

「さて早速しゅっぱ~つ……といきたいところなんすけど、そう簡単にはいかないんすよね。センパイ。ひとまず近日中に遠出する予定とかあるっすか?」

「そうだな。……あくまで予定だけど、近いうちに別の交易都市に行くことになる。六日後か七日後くらいかな。今はそのための旅費を貯めているってとこだな」

 

 キリが戻ってくる日にちとヒースの鍛錬が終わるのがどちらもあと五日。それから一日か二日余裕を持ってそのくらいに出発だと思う。

 

 単純に解呪師がいるというラガスに行くだけなら今の所持金でも何とかなる。馬車の料金は足りているからな。だけど実際はそれだけでなく、滞在費やら何やら色々物入りなのだ。

 

「なるほどなるほど。こちらも旅支度やら色々あるから余裕が有るのは助かるっす。……こんな場所だけど知り合いも何人か出来たっすからね。別れの挨拶もしておきたいっす」

「そっか。……そうだよな。じゃあこっちも一度出直すとするか。次はいつ頃来れば良い?」

「この町を一緒にぶらつくだけならいつでも良いっすよ。遠出には少し準備がいるってだけっすから」

 

 そうか。……そう言えば明日はヒースの鍛錬は午前中からだったな。午後からは一応アシュさんもジューネも予定が空くはず。顔合わせと金稼ぎ(資源回収)も兼ねて誘ってみるか。

 

「じゃあ明日の昼頃、遠出する面子で街の市場に食べ歩きに行くんだけど、一緒に行くか? 今日のポテチとジュースの礼に奢るぞ」

「奢りっすか! 良いっすね! 喜んでゴチになるっすよ!」

 

 大葉は喜色満面で喜んでいる。ふっふっふ。言質取ったぞ。ようこそ食べ歩き(資源回収)の旅へ。顔合わせも兼ねてみっちり手伝ってもらうぜ。

 




 大葉が仲間になった!

 実際時久と大葉の能力は凄まじいほど相性が良いです。正直この二人で時間さえかければ、普通に課題がクリアできると考えてもらえれば。

 といっても時久の場合は金云々よりも、またブ〇ックサンダーを定期的に食べられるという点を重視した感がありますが。


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第百五十二話 もし加護が無くても

 明日また来る約束をした俺達は、一度屋敷に戻るべく大葉の家を出る。……その時、

 

「……センパイ」

「何だ? やっぱり明日はやめとくか?」

 

 後ろから大葉の声が聞こえたので振り返る。先ほどまでと違って真剣な声だ。

 

「もし……もしあたしがセンパイと相性の良い加護を持っていなかったら、センパイはあたしのことを誘っていたっすか?」

「持っていなかったら? う~ん……誘ってるな。それでも」

 

 俺は少し考えて、それでも同じ行動をしていたと告げる。

 

「勿論加護の相性が良いっていうのは一緒に行くことを決めた一因だけどさ、それだけで行く気になった訳じゃないしな。例えば加護があったって、明らかに性格の悪い奴だったら誘わないって」

 

 俺はそこまで合理的には動けそうにない。地味にストレスが溜まりそうだしな。“相棒”なら完全に割り切ってそういう相手でも誘えると思うけど。

 

「実際に会って話してみて、大葉なら一緒に行っても大丈夫そうだと思ったから誘ったんだ。それに、細かいところは違うかもしれないけど同じ境遇の身だろ? ほっとけないって」

「…………そうっすか。分かりましたっす。いや~もし加護が無かったら置いてくなんて言われてたら、流石のあたしでも泣いちゃってたっすよ。そうならなくて良かったっす!」

 

 大葉は俺の答えを聞いてどう思ったのだろうか? 少しの間顔を伏せていたものの、すぐに顔を上げてまたいつものようなおチャラけた雰囲気に戻る。

 

「うんじゃまた明日。待ち合わせ場所はここで良いんすよね?」

「ああ。昼頃に迎えに行くよ。じゃあ明日な!」

「楽しみにしてるっすよ~!」

 

 こうして今度こそ、俺達は都市長さんの屋敷に戻るのだった。エプリはゲームのこととか既に話しているけど、セプトは終始よく分からないって顔をしていたからな。これは一度ちゃんと説明した方が良いかもしれない。

 

 ……あっ!? 結局ヌッタ子爵の所に行きそびれた。コレクション見せてもらうつもりだったのになんてこったい。

 

 

 

 

「遅かったですね。こっちは盗品の確認やら諸々終わってヌッタ子爵の所まで行ってきましたよ」

「行ってきたんかいっ!? というかよくこの時間でそこまでやってのけたな」

「商人は活動的でないとやっていけませんから」

 

 帰ってきた俺達に、先に自身の部屋に戻っていたジューネは平然とそう言ってのける。雲羊が向こうにあることを考えても、数時間足らずで良くそこまで色々出来たもんだ。頼んでいた整備が終わったのだろう。トレードマークのデカいリュックサックもばっちり部屋の隅に置かれている。

 

「幸いと言うか何と言うか、上手く話がついて事件にはならなさそうです。先方が無くしたことにまだ気づいていなかったのが幸運でした」

「気付いていなかったって……結構値打ちものっぽかったけど?」

「無くしたのが元々ああいう品をいくつも身に着けている資産家ですからね。一つ二つ無くなってもどうってことないということでしょう」

 

 俺にはよく分からん話だが、頭の中で自然と全身にジャラジャラと装飾品を大量に身に着けている人を想像する。世の中にはそんな金持ちがいるんだな。……考えてみたら“相棒”もそうだった。アンリエッタも多分そうなんだろうし、結構周りにいるな金持ち。

 

「店で落としたのを拾ったという話にしたら、まあそれなりに喜んでくれましてね。謝礼とまではいきませんでしたが、次回の商談を取り付けることが出来たので悪くない展開でした」

「じゃあその後ですぐヌッタ子爵の所まで行ったのか?」

「はい。リュックサックの受け取りも兼ねて世間話を少々。コレクションを自慢する相手が居ないのでおじい……コホン。ヌッタ子爵も残念がってましたよ」

「それはぜひ行ってみたかったな」

 

 純粋にコレクションの方も気になるが、リュックサックの整備の様子も見てみたかった。リュックのあの変形とかロマンだしな。

 

「……じゃあ、ビンターはどうなったんだ?」

「問題はそこなんですよね。ビンターさんには別室で待機してもらっています」

 

 それまで機嫌よく話していたジューネだが、ビンターのことを話題にすると少し難しい顔をする。

 

「今回の事件は無かったことになるので衛兵に突き出すことはありませんが、それでもビンターさんが盗みをしたことに変わりはありません。簡単に事情を聞いたところ今回が初犯のようですが、はいそうですかと無罪放免にするということにも出来ないですからね」

「……ちなみに、この町で盗みはどの程度の罪になるの? ジューネ」

「そうですねぇ。初犯であれば罰金程度で済みますかね。勿論物の値段等にも依りますけど。しかし罰金を課そうにもそもそも金をほとんど持っていませんし。働いて返してもらうにしても仕事探しからしなくてはいけないし。ああもうなんで私がこんな事で悩まないといけないんでしょうか? 私衛兵でも何でもないただの商人なのに」

 

 エプリの質問に答えつつ、ジューネはさらに難しい顔をしてウンウンと悩んでいる。そうは言いつつも関わった相手を簡単に投げ出さないのが律義だ。……そういえば、

 

「なあ。その罰金って俺がビンターに払う謝礼の分で払えないのか?」

 

 スマホの謝礼や持ち物の代金はまだ払ってはいない。諸々確認が出来てからという話だったからだ。情報は本当だったし、その分を渡せば罰金も払えるのではないだろうか?

 

「物の値段が値段ですからね。全額ではありませんが仕事が見つかるまでの手付金くらいなら。しかし良いんですか? このまま踏み倒すことも出来なくはないですよ?」

「元々どう転んでも渡すつもりだった分だからな。それにジューネだってどうせ、俺と同じ立場だったら金をしっかりと払うだろ?」

「それは……まあそうですけどね。商人は商売上の約束事はきっちり守るものです。信用に関わりますから。エプリさんだってそうでしょう?」

 

 急に話を振られたエプリは何も言わずこくりと頷く。エプリといいジューネといい、職業意識が高すぎないかまったく。 

 

「じゃあビンターさんはトキヒサさんから貰う謝礼から罰金分をひとまず支払い、残った額はこれから仕事を探して稼いでもらうという事でひとまず落着ですね。良かった良かった。これで儲け話にならなそうな案件が一つ片付きました」

「そんなことを言って、ジューネは最初からこの展開を予想していたんじゃないか? この話題を振れば、俺が謝礼の件を言い出して丸く収めようとするって」

「さあて。どうでしょうかね。私としてはこのままビンターさんに、ちゃんと働いて罪を償ってほしい所ですけどね」

 

 ジューネはどこか複雑そうな顔をしてそう言う。この屋敷でアシュさんと一緒に事情を聞いたらしいから、その時に何か思う事があったのだろう。…………うんっ!?

 

「そう言えばアシュさんは一緒じゃないのか? さっきから姿が見えないけど」

「ああ。アシュですか。アシュなら都市長様から何やら話があるとかで呼ばれています。もうそろそろ戻ると思うんですが」

 

 アシュさんだけ? いつも二人は一緒に居るイメージがあったので、一人だけ呼ばれるというのは珍しい。そう不思議に思っていると、ドアのノックの音と共にアシュさんが入ってきた。噂をすれば影だ。

 

「おっ!? トキヒサ達も戻っていたのか。お帰り」

「ただいま帰りました」

「うん。ただいま」

 

 セプトは小さくただいまを言い、エプリは何も言わず片手を上げる。挨拶は大事だぞエプリ。

 

「丁度良かった。トキヒサ達が戻ったら話そうと思っていたんだ。都市長殿が調査が一段落したから一度来てほしいとさ」

「調査って……何かありましたっけ?」

「何だ忘れたのか? お前さんの出した一円玉。アルミニウムの調査のことだよ。色々品質の確認が出来次第もう一度交渉する手はずだったろ?」

 

 そうだった。性質やら細かいことを調べてからじゃないと売り出せないっていう事で、サンプルを渡していたんだった。その調査がようやく終わったのか。

 

「いよいよですか。これは気合を入れていかないといけませんねぇ。場所は都市長様の部屋で良いのですか?」

「ああ。時間は夕食にはまだ時間があるし、今ならおそらく大丈夫そうだ。ただしこっちの都合が合えばだが。どうする?」

 

 急ぎの用事はないし、色々世話になっている都市長さんの呼び出しだ。断る理由はないな。

 

「もちろん行けますよ。ジューネは聞くまでもないって顔だけど、エプリとセプトはどうする? 部屋で待ってるか?」

「……それこそ聞くまでもないことね。一緒に行くわ」

「私も、行く」

 

 となると俺を含めて五人か。少し人数が多い気もするが、向こうから呼んだという事だからその点も当然織り込み済みだろう。なら問題はないかな。

 

「それじゃあ全員で行くとするか。上手く交渉が進めば良いんだけど」

「そこの所は私やアシュも出来る限り協力しますよ。結果次第では凄い儲け話になりますからね。大きな商いに関われるのは腕が鳴りますよ」

 

 ジューネはそう意気込んでいるが、前回は都市長さんに終始交渉の主導権を握られていた感じだったからな。この交渉の結果によって、アルミニウムの売買が認められたら一気に大儲けするチャンスだ。俺は元々こういった交渉は不得意だし、今回は頼むぞジューネ。

 

 

 

 

「残念だが、このアルミニウムを大々的に売り出すのは難しいと言わざるを得ないな」

 

 都市長さんの部屋に到着し、挨拶もそこそこに発せられた言葉がこれだった。ジューネもこれには顔色を変え、アシュさんやエプリも難しい顔をしている。セプトは無表情ながらも何故と疑問に思っているって感じか?

 

 おいおい!? いきなり交渉が難航し始めたよ!? 本当に頼むぞジューネ!

 




 次話は完全に交渉回ですね。交渉事で都市長相手にどこまでジューネが食い下がるか、乞うご期待です!


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第百五十三話 希少性、実用性、そして危険性

 ドレファス都市長の執務室には異様な雰囲気が漂っていた。机の上に置かれているのは以前俺の渡した大量の一円玉。それを一枚指で摘まんで弄びながら先ほどの発言をしたドレファス都市長に、室内の面子はそれぞれ異なる視線を向けている。

 

 驚き。傍観。推察など様々だが、ジューネの視線にあったのはどうやら困惑のように見えた。

 

「……どういう事ですか都市長様? このアルミニウムは間違いなく希少金属。少なくとも交易都市群において見たことも聞いたこともない品です。仮に性質があまり使用用途が無い物であったとしても、その希少価値だけで十分欲しがる方は多いはずです。それなのに売り出せないとは」

「まあ落ち着けよ雇い主様。都市長殿は()()()()売り出せないって言っただけだぜ。……そこら辺の説明くらいは説明してもらえますよね? 都市長殿」

「勿論だとも」

 

 困惑するジューネを制しながら、アシュさんはあくまで自然体でそう都市長さんに問いかける。都市長さんも静かに答えたのを聞いて落ち着いたのか、ジューネも一言「申し訳ありません。取り乱しました」と詫びて頭を下げる。

 

「大きな商談だからな。それを最初から頓挫させられそうになれば困惑もするだろう。しかしだからと言って、冷静さを欠くのは感心しないな。ヌッタ子爵やネッツなら顔色一つ変えずに切り返してくるぞ」

「……っ!? ……肝に銘じます。そもそも大々的に売れなくともよかったのでしたよね? つい商人として儲ける方に思考がいきました。トキヒサさんにも謝罪します」

「別に良いって謝罪なんて」

 

 いきなりペースを乱され、おまけにそのことを指摘された上で知り合いと比較されるというダブルパンチ。しかしジューネは一度大きく息を吐き、落ち着いた様子でそう返しつつ俺の方にも頭を下げた。

 

「さて、アシュ殿の言った通り、アルミニウムは大々的には売り出せない。その理由だが大きく分けて三つある。希少性と実用性、それと危険性だ。希少性……という点はあえて触れずとも分かるな?」

 

 都市長さんは俺を一度チラリと見る。それは俺も分かるぞ。この世界にあるかどうか分からない以上、現在アルミニウムを出せるのは俺一人。……もしかしたらあの後輩もアルミ製品なんかを出せるかもしれないが、それはひとまず置いておこう。つまりは入手経路が少なすぎるってことだ。

 

「そもそもトキヒサさんしか用意できない以上、大々的に売るのはまず不可能……という事ですか。希少性についてはよく分かりました。しかし実用性と危険性というのは? そんなに使用用途が限定されましたか?」

「いや。そこはむしろ逆だ。()()()()()()()()売り出せない」

「高すぎて?」

 

 これにはジューネやアシュさんも不思議そうな顔をする。使えないから売れないというのは分かるけど、使えすぎるから売れないってどういうことだ?

 

「私の選んだ職人、及び学者の調査により、ある程度のアルミニウムの特性は判明した。おおよそはトキヒサの話した通りの物だったよ」

 

 以前売り込みに行った時に話したことだな。まあ簡単に言うとアルミニウムはとても軽いとか、やや金属にしては軟らかくて加工しやすいとかそういうことだ。

 

「金属そのものの使用も細工などでは中々に有用だが、問題は別にある。()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそミスリルに近いレベルでな」

「…………!?」

「ミスリルっ!? あのほとんど出回らない希少金属ですかっ!? 加工が困難で一流の鍛冶師でも手こずるものの、一度加工できれば何十年もその状態を保ち続けるというあの?」

「ああ。純粋な魔力を通す度合いでは劣るが、代用品としては十分使用可能な代物だった。加工のしやすさという点だけで言えばこちらの方が数段上とも言える。……硬度そのものは低いので武器や防具としての活躍は出来なさそうだがな」

 

 説明ありがとうジューネ。しかしミスリルかぁ。よくファンタジーもので見かける伝説の金属だけど、この世界にもあるんだな。だけどアルミニウムがそんな大層な代物の代用品になり得るとは驚きだな。

 

 ミスリルと聞いて少しエプリが反応したが、何か気になることでもあるのだろうか?

 

「さらに付け加えれば、ミスリルは数が少ないので一部の有力なヒトの装備や道具に使用されています。一流と言われる冒険者や王宮に勤める近衛兵などですね」

「ミスリル装備は一種の憧れだからな。持っていればけっこう自慢できる品だと思えばいい。魔法の触媒としても優秀だ」

「ジューネとアシュ殿の言う通りだ。そしてそれだけ実用性のある品を下手に売り出したらどうなるか。分かるかねトキヒサ」

 

 そこで急に都市長さんに話題を振られる俺。学校で授業中に急に指名されて問題を答えさせられる気分だ。えっとつまり……。

 

「……元のミスリルの価値が下がる……とかですか?」

「それもある。しかしもっと問題なのは、場合によっては同じような他の代用品もまとめて値下がりすることだ。誰でも単純に考えればより良い性能の物を使うからな。値段設定を誤れば市場に大きな影響を与えかねない。故に大々的には売り出せないという事だ」

 

 実際一円玉を出すのにコストはそれほどかからない。だからと言って仮に安い値段で出してしまうと、皆してそればかり買ってしまい他の品が売れなくなる。

 

 自分の利益だけ考え、それもごく短期的に稼ぐのであれば問題はないのだろう。しかし長い目で見れば良いことばかりじゃない。都市長さんとしてはそれを懸念しているのだろう。

 

「そして三つ目の危険性についてだが……これはある意味実用性とも言えるものだ。あえて分ける必要は無かったかもしれないが、一応説明しておく。このアルミニウムだが、もらった分より少し数が減っているのは理解していると思う」

 

 それは俺も気になっていた。机に置かれているのは大まかに見積もって、俺が以前渡した分の七、八割くらいだ。まあサンプルとして渡した分だから好きに使って良いのだけども。

 

「調査の過程で使用した……ということでしょうか? 都市長様」

「その通りだジューネ。魔力そのものを通す実験だけではなく、それぞれの属性にどう反応するかなども調べていた。その結果、粉末状にしてから火属性の魔法、または普通の火で燃やしたところ、強い白色の光を放ちながら燃えることが分かった」

「……? それだけなら実用性ではあっても危険性ではないのでは?」

「それだけならばな。その後火を消すために水を掛けたところ、驚いたことに()()()()()()()()()()()。元の量は実験用に控えめにしておいたのにも関わらずだ」

 

 その言葉を聞いて、ふと粉塵爆発という言葉が頭をよぎる。まあ小麦粉なんかのそれとは少し原理が違うかもしれないが、似た何かの原理が作用したのかもしれない。ああもうアルミニウムについてもっと詳しく調べておけばよかった。それはそうと、

 

「あの、それでその調べてた人達は大丈夫でしたか?」

「その点は心配いらない。幾重にも安全措置を取るのが調査の基本だからな。怪我人は出なかった」

「良かった」

 

 俺の渡したもので怪我人が出たら責任を感じるからな。本当に無事で良かった。

 

「だが、少しの量を粉末状にして燃やしたうえで、消火しようと水を掛けたらこの有様だ。使いようによっては武器としても使えそうだが、何かのはずみで事故になる可能性は十分にある。故にある意味実用性でもある危険性という訳だ」

 

 取り扱い注意の危険物になってしまったわけか。魔力を良く通すとか、市場に出回ったら影響が出るとか、異世界では大いに一円玉は重要になってしまった。……地元では一番安い通貨なのに出世したな。

 

 

 

 

「以上のことから、アルミニウムの大々的な販売は許可できない。ただしこのサンプル分と、追加である程度の量を()()()()買い取りたい」

 

 アルミニウムの交渉はこれで終わりかと思ったら、都市長がそう続けてきた。別にサンプル分はただで渡したものだから良いんだけど……追加?

 

「個人的にですか? それに追加って?」

「危険だからと言って使わないというのも惜しい品だからな。安全管理さえしっかりすれば問題はない。それに調査も引き続き進めておきたいのでな。純粋に量を増やしたら火力が何処まで上がるかなども調べておきたい。加工して魔力の触媒として使う方向性でも進めたいので、量自体は多ければ多いほどいいのだ」

「なんだ。そういう事でしたら、すぐに追加をし」

「あの。少しよろしいでしょうか都市長様?」

 

 追加が欲しいということであれば問題ない。すぐに用意しようとした時、横からジューネが口を挟んできた。何か気になることでもあったかな?

 

「何だね?」

「個人的にということですが、そこまでして買い取る理由は何でしょうか?」

「ほう!? 有用な品を欲しがるということに何か問題でもあるのかね?」

 

 ジューネの言葉に都市長さんはあくまで態度を崩さない。しかし一瞬、ほんの一瞬だけ都市長さんの表情が動いたのをジューネは見逃さない。

 

「アルミニウムが有用なのはあくまで代用品としての話。純粋な価値としてはミスリルに及ばないし、調査にしてもまだサンプルがこれだけ残っているのなら追加は必要ないはず。加工しやすいという点は優れているものの、魔力の触媒にしてはそこまで大量に必要とする理由が分かりません」

 

 一つ一つ挙がるその疑問。考えてみれば確かにそうだ。アルミニウムは良い品ではあるけど、絶対に必要って訳ではない。有ったら便利くらいのものだ。それなのに、都市長さんはさっき多ければ多いほどいいと言った。

 

「都市長様が悪用するとは思えません。しかし、危険性云々は都市長様自身が言われたこと。その安全管理という点を踏まえた上で大量に追加を欲しがる。……その理由を、お答えいただけませんか?」

「…………ふむ。最初に忠告したのが仇となったか。流石はあの二人にしごかれただけのことはあるな」

 

 そのジューネの問いかけに、都市長さんは紳士らしからぬ不敵な笑みを浮かべた。どうやらまだ交渉は終わっていないらしい。

 




 ちなみに最初の先制パンチを食らっていなかったら、ジューネはそのまま話を通していた可能性が高いです。

 こう見えて都市長の前で緊張していましたが、最初の失態で逆に冴え渡っています。


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第百五十四話 ちょっとした金持ちになりました

「さて。どうしたものか。私としては理由を聞かずにこのまま取引に移ってもらった方が助かるのだが……一度気付かれてしまったらそれは難しいか」

「ま。そうでしょうな。ジューネはこういう隠し事に食らいつくとそう簡単には離しませんから。ちなみに俺は、今回()()雇い主様の方につかせてもらいます。その意味はお分かりですね?」

「下手な嘘は吐くだけ無駄……ということか。つくづく敵に回すと恐ろしい男だよ」

「ただ嘘を見破るのが少し得意な用心棒ってだけですよ」

 

 アシュさんと軽くそんな会話をすると、都市長さんは机に肘を軽くついて困ったように口に手をやる。とは言え余裕を崩している訳でもなく、どうしたものかと思案しているようだった。

 

「ふむ。ならばトキヒサはどうだろうか?」

「えっ!? 俺?」

「そうだ。この交渉、あくまでもトキヒサの代理人としての立場でジューネ達は立っている。トキヒサが一言、何も聞かずにこのまま取引を進めると言ってくれるのならそれに越したことはないのだが……どうかな?」

「確かに……トキヒサさんがこのまま取引を進めると言うのであれば、私としては止める権利はありません。最終的な決定権はトキヒサさんにありますから」

 

 そう言って二人の視線がこちらに集中する。いや違うか。この部屋にいる全員の視線だな。だから俺は交渉は苦手だってのに。

 

 しかしこの状況をどうするか。ジューネの言葉通り、都市長さんはおそらく何かを隠している。調査のためとかも嘘ってことはないだろうけど、それ以外にきっと目的があることは確かだ。その目的のためにアルミニウムを大量に欲しがっている。

 

 アシュさんもジューネの側につくと言っているし、このまま問い詰めればもしかしたら話してくれるかもしれない。ただ、

 

「…………あの、都市長さん。アルミニウムを大量に欲しがる理由って、悪いことのためじゃないんですよね?」

「誰にとっての悪、誰にとっての善かはおいておくが、私がアルミニウムを大量に手に入れることによって直接被害者が出るというのはおそらくない。私は都市長として、このノービスのために行動していると断言しよう。自分自身のためでもあるのは否定しないがね」

 

 アシュさんの方をチラリと見ると「嘘は言っていない」と真面目な顔で呟く。そうか。それならば……良いかな。

 

「ジューネ。このまま取引を続行しよう」

「よろしいんですか? どうにもこれには大きな出来事の匂いがします。上手く流れを読み切れれば凄い儲け話に繋がると思いますけど?」

「ああ。この取引の結果怪我人とかが出るのなら止めるところだけど、そうじゃないみたいだしな。それに、ジューネだってこれ以上無理に聞き出して都市長さんとの関係を壊したくはないだろ?」

「まあそれはそうですが……分かりました。依頼人はトキヒサさんですからね。ご要望とあれば従いましょう」

 

 ジューネは一瞬未練のあるそぶりを見せたものの、軽く顔を振って未練を振り払う。ただ単純に金が欲しいだけならもっと深く切り込むことも考えたんだけどな。あんまり人が隠していることを暴きすぎるのも考え物だと思うんだ。

 

「という訳で都市長さん。取引はこのまま続行したいと思います」

「……すまないなトキヒサ。本来なら持ち主であるトキヒサには語るべきことなのだろうが、これからやろうとしていることはなるべく知っている者が少ない方が良いことだ。そのことを踏まえて、代金の方は多めにさせてもらおう」

「ありがとうございます!」

 

 こうして都市長さんとの取引は順調に進んでいった。何のために都市長さんがアルミニウムを欲しがった。それを聞いておくべきだったのかどうかは……この時はまだ分からなかった。

 

 

 

 

「…………はぁ~。ちょっと休んで良いよな? よし。休むぞ!」

 

 都市長さんとの取引を終えて、一度俺の部屋に全員で戻ると、俺は盛大に息を吐きだしてそのままベッドにダイブする。肉体的疲労はそれほどでもないけれど、それ以上に精神的疲労がドッと来たんだ。

 

 顔だけ動かして皆を見ると、それぞれ度合いは違うものの疲れはあったようで、思い思いの体勢で休んでいる。だが、その表情は疲れだけではなく僅かな興奮も見て取れた。

 

「なぁジューネ。これって夢じゃないよな?」

「現実ですとも。なんならほっぺでもつねりましょうか? ……アシュが」

「勘弁してくれ。アシュさんにつねられたら赤くなるだけで済まない気がする」

「……なら、私が試してあげましょうか?」

「どうせエプリのことだから、また俺の額に風弾を撃ち込んだりするんだろ? ごめんだね」

「じゃあ、私がつねられる?」

「何でそうなるの!? というよりセプトをつねると子供をいじめているみたいになるから却下な」

 

 そんなことを言いあっていると、これまでずっと服の中に隠れていたボジョが俺の頬を触手で軽くビンタする。痛い痛い。……だが、夢じゃなさそうだ。

 

「夢じゃないってことは、これも本物なんだよな」

 

 俺は都市長さんから受け取ったアルミニウムの代金を胸ポケットから取り出す。それは白く光る一枚の硬貨。一瞬銀貨と見間違えそうになるが、銀貨とはまた違う輝きだ。

 

 俺はその輝きを知っている。それはかつて一度、イザスタさんが牢獄から俺を出所させるためにディラン看守に支払った物。たった一枚で百万デンの価値を持つ硬貨。……白貨だった。

 

「はい。間違いなく白貨です。前に何度か白貨での取引は経験がありますから分かります。今回は久々に大口の取引でした」

 

 ジューネが椅子に座り込んで少し疲れた顔をしながらそう言った。今回の取引は、都市長さんに追加でアルミニウム十キログラムを渡すということで話がついたのだ。一円玉が一枚一グラムであると考えると単純に一万枚だ。軽さの割に結構かさばる。なので一度に渡さずに、何度かに分けて渡すという形を取った。

 

 まあこれには一度に出せる量を誤魔化すという狙いもあるのだが。ジューネが言うにはホイホイ言われた通りに出すのは交渉としては下策らしい。そこまで誤魔化さなくても良い気がするけどな。

 

 白貨。つまり百万デンというのはアルミニウム全体の金額だ。お代を先渡しされた形だな。ちなみにこれにはこの取引のことを周囲に漏らさないという口止め料と、都市長の目的を突っ込んで聞かなかった分も含まれている。

 

「ただ、禁止事項として都市長様以外にむやみやたらにアルミニウムを売らないという縛りがついたのは痛かったですね」

「市場の混乱とかいろいろ言われたら仕方ないさ。それにごく少量程度なら問題ないとも言われたし、あくまで商人ギルドなんかの大きな物流に乗せないようにってだけだよ」

 

 そこでふと大葉のことを思い出した。彼女ならアルミニウム製の道具を出すことも出来るだろうけど、市場が混乱するほど大量に出すとは思えない。せいぜいがジュースの空き缶とかそれくらいだと思う。まあ一応明日会ったら言っておくけどな。

 

「しかし百万デンかぁ。一気にちょっとした金持ちになってしまったな」

「トキヒサ。お金持ちなの?」

 

 セプトが前髪の隙間からジッとこちらを見ている。一瞬セプトが自分で自分を買い戻せると期待したのかと思ったが、その目からはどうにも読み取れなかった。そこに映ったのは期待や喜びというよりも、ただ流れのままにあるという諦観のようでもあった。

 

「そうですねぇ。暮らしぶりにもよりますが、これだけで数年は普通に暮らせる金額です。トキヒサさんの目的はイザスタさんとの合流でしたよね? これだけあれば問題ないのではないですか?」

「……まあな。あとは早いとこ指輪を解呪してもらって、上手く売り払えれば目標額も見えてくる。諸々返す分の借金のこともあるから先は長そうだけどな」

 

 日本円にして一千万という大金を手に入れたわけだが、まだまだ金は入用だ。イザスタさんから借りた分や、セプトがある程度自立できるようになるまでの資金。エプリに支払う分や次の町に行くまでの交通費、滞在費なんかもいるし、そもそも課題の目標額である一千万デンにはまだまだ届かない。……そうだ!

 

「じゃあ金も入ったことだし、今の内に払える分は払っておくとするか。まずはジューネとアシュさんの分な」

「待ってました! 今回は苦労しましたからね。その分上乗せしてくれると嬉しいのですが」

「あんまり欲張りすぎないようにな。雇い主様よ」

「分かっていますとも」

 

 アシュさんに諫められるジューネを横目に、俺は一度白貨を貯金箱で換金すると代わりに金貨三枚を取り出してジューネに差し出す。それを見ると、ジューネは少し驚いたような顔をした。何か気になることでもあっただろうか? 贋金ってことはないはずだが。

 

「上乗せが欲しいとは言いましたが、ちょっとこれは出しすぎでは?」

「ジューネの口出しによって増えた利益の一割だろ? ジューネがいなかったら都市長さんが何か思惑があるってことは分からなかっただろうし、その分の口止め料とか純粋な値上げ交渉とかを考えると多分二十万デンくらいは上がってると思う。だからその分の一割で二万デン。それに上乗せ分で一万デンを加えて三万デン。何か間違ってるか?」

「上乗せしすぎですっ! 私としてはこう銀貨数十枚くらいの上乗せを考えていたんですって! 大金を手にして金銭感覚がおかしくなったんですかまったく!」

 

 まああながち間違っていないかもしれない。一千万というのはそれだけの大金だ。少なくとも俺みたいな庶民にとってはな。さっきから心がふわふわしている気がする。“相棒”だったらこれくらい平気なんだけどな。

 

 しかし、しかしだ。これから課題で一億円を稼がなきゃならないのに、一千万でこんな調子でどうするのかって話だ。これから金を使わなきゃならない可能性もあるし、大金を払うことに慣れておく必要がある。という訳でジューネに払う分を奮発したのだが、こんな時に限って謙遜するんじゃないよ。

 

 結局ジューネに払う分は二万デン。そして上乗せ分として、アシュさんに五千デン払うという事で話がついた。アシュさんがいたからこそ都市長さんも下手に嘘が吐けなかったという話だし、それくらいの活躍はしているはずだ。そういう流れにするとジューネも素直に受け取った。

 

 さてと、次はエプリの分だけど……。

 

「………………」

 

 何故か僅かに怒ったような顔でこちらを見ている。俺なんかしたかな?

 




 人間急に金が入ると気が動転します。時久の場合は散財……する度胸は無いので、とりあえず身近な誰かへのお返しに使いますね。

 まあやりすぎると止めに入る神様と護衛が身近にいますが。


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第百五十五話 塵は積もって……

「さ、さてと。じゃあ次はエプリに今まで溜まっている代金を」

「……トキヒサ。ちょっと来て」

 

 代金を払おうと言おうとしたら、突然エプリに腕を掴まれて強い力で引っ張られる。

 

「少しトキヒサを借りるわ。……セプトも一緒に来て。どのみち言われなくてもついてくるでしょうけど」

 

 エプリはそう言い残すと、俺を連れて部屋の外に出る。あとからセプトも部屋を出ると、エプリはそのまま扉を閉めて周囲を軽く見まわす。廊下には特に誰も居ないようだ。

 

 それを確認すると、エプリは俺をフード越しでも分かるような鋭い視線で見据える。なんだなんだ!?

 

「……あのね。トキヒサは本当に帰る気があるの? 帰るために少しでも金が必要なんじゃなかったの!? それなのにこんなに景気よく金を支払って」

「分かってるよ。ただこういう時はしっかり払っておかないと後々に響くんだって」

 

 金は確かに必要だけど、こういう時に代金を出し惜しみしたら関係の悪化もあり得る。それに今回は予想以上の儲けだったからな。多少は大目に渡しても問題ないだろう。

 

「……それに今回金が入らなかったとしても、それとは別に支払う分を貯めているわね? 屋敷の使用人に頼んで簡単な仕事を回してもらって。……違う?」

「えっ!? バレてたのか?」

「……当然ね。本当に片手間で出来るような簡単な仕事ばかりだし、代金も子供の駄賃程度のようだったけど。…………考えることは皆一緒か」

 

 資源回収でそこそこ稼げてはいるけど、これも長くは続かない。夜中に皆が眠った後、少しでも他の収入を得ようと模索していたのだ。簡単な物の仕分けとか。

 

 まあそんなに稼げてなくて、一日に銀貨一、二枚くらいの儲けだけどな。無いよりはマシって程度だけど、僅かずつでも貯めておいて損はない。塵も積もれば山になるってやつだ。だけど、考えることは皆一緒って……。

 

「……まったく。……まさか私の分も多めに渡そうとか思ってないわよね?」

「そんなまさか……どうしてバレた?」

 

 長く待たせたから利子も付けて払おうと思ったのだが、こっちも普通に読まれてました。

 

「そんなことだろうと思ったわ。……あくまでこれまでの分と、これから解呪師の所に行くまでの分のみで良いからね。……上乗せは自分でその分だけ働いたと思った時に別途で請求するから」

「そのこだわりがよく分からないんだよな。まあ良いけど」

 

 俺はエプリにこれまでの分とこれからしばらく雇う分の前渡し。以前使った道具の経費等、合わせて三万デンを支払う。解呪師に会うまで時間がかかるようであればまた追加で払うことになりそうだ。

 

「これでエプリの分も終了っと。……あとはセプトとボジョの分だな」

「私達の、分?」

 

 セプトが不思議そうな顔をする。そして、今まで俺の服の中で静かにしていたボジョも触手をにょろりと伸ばしてこちらの顔に向ける。

 

「ああ。セプトは自分のことを奴隷のままで良い、奴隷としてしか生きられないって言うけどな。それはそれとして給料を払う必要があると考えていたんだ。細かい取り決めとかは状況が悪かったから出来なかったけど、よく働いてくれているのに変わりはないからな。それに、今は目的が見つからないかもしれないけど、いざその時になったら先立つものが必要になるだろ? だから渡しておく」

「でも」

「良いから。それにこれだって余裕が有るからできるだけの話だしな。俺自身余裕が無くなったらまたケチりだすかもしれないし。今の内に取っとけって」

 

 まだセプトは悩んでいたようだが、強引に銀貨を十枚握らせる。他の人に比べて大分少ないのは、これ以上だとさらに頑として受け取らない可能性があったからだ。一人だけ小遣いのようになってしまった。なにか仕事でも頼んで、定期的に渡す機会を考えないといけなさそうだ。

 

 それとボジョにも一応同じく銀貨を……渡そうとしたのだが、考えてみるとボジョは金を貰っても使えるのだろうか? まあ賢いのは間違いないし、もしかしたら使えるかもしれない。試しに銀貨をセプトと同じく十枚手渡してみると、普通に触手に巻き込んで持っていった。

 

「……だから、渡しすぎだって言っているでしょうにっ!」

「これも必要なことなんだって!」

 

 エプリにまた怒られた。これ以上怒らすと風弾が飛んできそうで怖い。しかしこっちも考え無しに渡している訳ではないのだ。あくまでこれからの円満な関係のために必要だと思うから渡しているので勘弁してほしい。

 

 

 

 

「お帰りなさい。お早いお帰りで」

「ただいま。これ以上長引いたら本気でキツいので帰ってきたよ」

 

 エプリにこってりと絞られ、ついでにセプトにももっと奴隷らしく扱えと言われてから、俺達は部屋に戻った。戻るなりジューネがそんなことを言ってきたので、こっちも軽口風に返す。長引いたらキツいというのは本当だが。

 

「ハハッ。エプリの嬢ちゃんに説教でもされたか? それとも愛の告白かな?」

「説教の方ですよ。何ですか愛の告白って?」

 

 ジューネに続いてアシュさんまで大葉みたいなことを言いだした。エプリが俺に告白なんてそんなことあるわけないだろうに。……そうだ。忘れるところだった。

 

「そう言えば二人共。明日の予定はどうなってますか? 午前中はヒースの鍛錬として、午後の方は? 良ければ午後からの資源回収にまた付き合ってほしいんですが。……会わせたい人もいるし」

「明日の午後ですか? う~ん。リュックの整備も終わったし、昨日の夫人との取引は少し先だし……はい。空いてますね。トキヒサさんが会わせたいとなると……また儲け話の匂いがしますね。楽しみです」

 

 ジューネは意外に乗り気だ。予定があるとかなら無理に誘う必要もないと考えていたけど、これなら大丈夫そうだな。だが、そこでアシュさんが待ったをかける。

 

「あ~。悪いな。明日は午後からちょっと都市長殿に呼ばれててな。俺は別行動になる」

「アシュ。いつの間に都市長様とそんな約束を?」

「うん? さっき俺だけ呼ばれてたろ。その時にちょっくら個別にな。前の雇い主だし色々と積もる話もあるんだよ」

 

 確かに時々アシュさんは都市長さんと話しているな。以前ここに厄介になっていたというし、そういう縁もまだ残っているのだろう。しかし予定があるのか。

 

「そうですか。じゃあ仕方ないですね。それではジューネ。明日ちょっと付き合ってくれ。……多分お前好みの儲け話に繋がると思う」

「それは良いですね。ですが、まずは夕食後の勉強会のことも考えてくださいよ。今日はたまたま機転を利かせて上手く文字にして伝えられたから良かったですが、それは()()()()()()()()()()()()()()読み取れた部分が大きいですからね」

「……そうね。なんとか読める程度にはなっていたけれど、お世辞にも綺麗な字とは言えなかったわね」

「うぐっ……おっしゃる通りです」

 

 我ながら癖字だと思うからな。さぞ読みにくかったと思う。まだまだ精進が必要だということか。

 

「セプト。また今日の勉強会も一緒に頑張ろうな」

「うん。頑張る」

 

 セプトは俺の言葉に素直にこくりと頷く。ええ子や。癒されるなぁ。

 

「セプトさんの方がトキヒサさんより筋が良いですよ。この調子ならすぐに普通に読み書きが出来るようになるでしょうね」

「……ボジョの方もね。スライムとは思えないくらいに器用なのよ。……もたもたしていると抜かれるかもしれないわね」

「ホントかよ!」

 

 こんな身近にライバルだらけとは。負けてられないな。早速勉強会に向けての予習復習を……という所で、扉をコンコンとノックする音が聞こえた。

 

「そろそろ夕食のようだな。まあ何はともあれだ。まずは腹ごしらえをしてからでも遅くはない。……どうだ?」

 

 その言葉と共に、ググ~っと部屋の中に腹の虫が鳴く音が響き渡る。名誉のために誰の物とは言わないでおくが、ヒントを一つ言うと俺ではないぞ。

 

 

 

 

 今日一日で色々なことがあった。例えば一円玉を売ったことによる一千万という大金の入手。ある程度まとまった金を手に入れたことで、これから出来ることの幅が広がるかもしれないな。

 

 それにしても、塵も積もれば山となるなんて言うけど、都市長さんは一体大量のアルミニウムを何に使うつもりなのだろうか?

 

 それに俺と同じ参加者かもしれない大葉鶫との出会い。大葉の『どこでもショッピング』は、ある意味ジューネにとって喉から手が出るほど欲しい加護だろう。商人ならばこの能力にどれほどの価値があるか分からないはずはないからだ。

 

 他にも諸々気になることはあるのだが、アシュさんの言う通りまずは夕食だ。誰かさんの催促もあったことだし、さっそく夕食をご馳走になりに行くとしますか!

 

 

 

 

 

 

 

 現在の所持金 おおよそ(これまでの分も合わせて)百万デン

 

 アンリエッタからの課題額 一千万デン

 出所用にイザスタから借りた額 百万デン

 エプリに払う報酬 この時点で完済

 その他様々な人に助けられた分の謝礼 現在正確な値段付けが出来ず

 合計必要額 一千百万デン+????

 残り期限 三百四十三日

 




 これで第五章本編は終了となります。

 次話からはまた閑話をしばらく書いた後次章という流れですね。

 ここまでで面白いと感じた読者の方は、お気に入り、感想、評価、なんでも良いので反応を返して頂けると幸いです。


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閑話 ある『勇者』の王都暮らし その一

 またしばらく勇者サイドです。


 ◇◆◇◆◇◆

 

 ヒュムス国王都にて。

 

「『剣聖』?」

 

 私は髪を梳いてくれているマリーちゃんの方を振り向いて聞き直す。聞き慣れない言葉だけど何かの役職だろうか?

 

「そう。マリーもお母さんから聞いたんだけど、ヒト種の中で一番強い剣士って言われているヒトなんだって。あっ!? ユイお姉ちゃんもう少し前を向いててね」

「う、うん。ごめんね。そう……なんだ。どんな人なんだろうね」

 

 私は大人しくまた前を向いて姿勢を整える。なんだか着せ替え人形にでもなった気分だ。

 

 

 

 

 数日前。マリーちゃんと再びの出会いをした私は、彼女に抱きついたままわんわんと泣いてしまった。当然その光景は周りの人達からすれば驚きのことで、マリーちゃんにも注目が集まってしまう。

 

 このままではいけないと思い、どうしたものかとイザスタさんに訊ねると、

 

「う~ん。……とりあえずここじゃ人目につくから、連れてっちゃいましょうか!」

 

 と、今から考えると完全に誘拐じゃないかと思う発言を笑いながらした。そして更にマズかったのは、普通ならそんなことはないのだけども、その時の私は大泣きして多少普通じゃなかったという事だ。

 

 結果として、イザスタさんの言葉通りマリーちゃんを私の部屋に連れて帰ってしまったのだ。この時点で完全にアウトな気がする。部屋付きのメイドさん達の視線が気のせいか痛いもの。

 

 その後色々とマリーちゃんから話を聞くと、あの王都襲撃の際に家が半壊。おまけに父親が命に別状はないものの酷い怪我をし、今では家族三人で仮設テント暮らしだという。

 

 元々光属性の適性が少し有った母親が、父親の看病と共に他の怪我人の治癒にも全力で当たっていく。そうして金を稼ぎながら、疲れきった身体で尚自分を心配させまいとする母の笑顔を見て、マリーちゃんも何か出来ることはないかと探していたという。私達と再会したのはそんな時だった。

 

 可哀想と思ってしまうのは傲慢かもしれない。家を壊されたのも家族が怪我をしたのもマリーちゃんだけじゃないんだ。それでも、私は目の前にいるこの子のために何か出来ることはないかと考えてしまう。

 

「そうねぇ。……ねぇマリーちゃん? もし、もしよかったらなんだけど、このユイちゃんのお手伝いをしてくれないかしら? 身の回りのお世話とか」

「イ、イザスタさんっ!? 何を言い出すんですか一体っ!?」

 

 いきなりのとんでもない発言に驚く私に、イザスタさんはそっと顔を寄せて囁く。

 

「まあまあ落ち着いてユイちゃん。よ~く考えてみるとこれで大体は丸く収まるのよん。ちゃんとしたお仕事となればマリーちゃんにもお給料が入る。そうすれば家族への仕送りだって出来るし、お金を貯めて家を建て直すことだって出来るかもしれないわ。それに……」

 

 イザスタさんはそう言ってチラリとこちらの方を見る。その仕草で私は気付いてしまった。イザスタさんは()()()()()気遣っていると。

 

 私がマリーちゃんの前で泣き出してしまった時、私の感情が不安定になっていたことにイザスタさんは気がついていたのだろう。だから敢えて引き離すようなことをせずに、私の部屋に連れてくるなんてことを提案したのだ。

 

「どうかしら? もちろんお手伝いしてもらうんだからちゃんとお礼もするわ。それで少しはお母さんの手助けが出来るかもしれないし、お父さんの怪我を治すのにも役立つかもしれないわよん」

 

 正直に言って、マリーちゃんが居てくれた方が良いと思う自分がいる。『勇者』ではなく一人の人間、月村優衣として呼んでくれる人が近くに居れば、それだけで少し救われた気分になれると思う。……だけど、

 

「マリーちゃん。イザスタさんはこう言っているけど、無理に手伝ってくれなくても良いの。お仕事だって一度始めたら家族と会える時間が減ってしまうかもしれない。色々と辛いこともあるかもしれない。だから、手伝ってくれなくても……いいの」

 

 それはあくまで私のエゴ。私のわがままだ。このことにマリーちゃんをつきあわせることは出来ない。それに、急に家族と引き離される辛さは……よく分かっているつもりだから。

 

 なんとか笑顔を作りながら語る私の言葉に、マリーちゃんは少し考えている様子だった。そして今度は少し怒ったように私の顔をじっと見つめる。

 

「……じゃあ、じゃあなんでユイお姉ちゃんはそんなに辛そうな顔をしているの? やっぱりどこか痛い所でもあるの?」

「えっ!? そ、そうかな?」

「うん。痛くて辛くて今にも泣きだしそうな顔。そんな時はさっきみたいに泣いて良いんだよ。お母さんが言ってたの。我慢ばっかりしていると、周りのヒトは気付くことが出来ないよって。それじゃあ助けることも出来ないって。……それなのにお父さんもお母さんも最近そんな顔ばっかり」

 

 ……おそらくマリーちゃんの両親は、子供に心配を掛けまいとしていたのだろう。だけどマリーちゃんからすれば、その行動こそが逆に心配を煽っていたんだ。

 

「そうなのよ。このユイちゃんも自分が辛くても我慢しちゃう所があるのよねん。そのくせ中々人前で泣くことが出来なくて」

「だから、だからマリーはお手伝いがしたいの。お父さんも、お母さんも、それにユイお姉ちゃんも、痛いのを我慢しないで済むように」

「……本当に、良いの?」

「うん。お手伝いする。だから、辛い時は泣いて良いんだよ」

 

 そんなことを言うマリーちゃんの姿を見て、またもや私の目に涙が溢れてくる。……本当に私は泣き虫になってしまったらしい。

 

 

 

 

 そうしてマリーちゃんは私のお手伝いとしてお城に入れるようになった。しかし当然だけど色々問題がある。

 

 私達『勇者』の身の回りのお世話をする人は、ちゃんとした審査を受けてなった人が大半らしい。それなのに急にお手伝いという形で入れたものだから、そこら中から批判を受けたのだ。

 

 『勇者』と言っても私は別段この国に貢献している訳ではない。なのでむりやり押し切るわけにはいかない。かと言って国の方でも、どうやら一応『勇者』である私の言う事に出来得る限りは応えたいという考えがあったみたいで、いくつかの条件付きで認められるようになった。

 

 簡単に言うと、きちんと身元の確認をすること。あくまでメイド見習いとしての立場で研修を受けること。まだ年齢的な問題もあるので家族の許可を取ることといった所だ。

 

「ざ~っと国の方でも調べたみたいだけど、マリーちゃんの身元はバッチリ保証されたみたいよん。どこかの国から送られたスパイって線は一切なし。家がこの前の襲撃で壊されたのもお父さんが怪我したのもホントみたいね」

「そうですか。良かった! ……って、良かったって言うのは不謹慎ですよね。怪我なんてない方が良いんだし」

「フフッ。まああんまり気にしすぎも良くないでしょうから、普通に話しても良いと思うけどねん」

 

 イザスタさんが調べてくれた事柄にホッと胸をなでおろし、しかし言い方が悪かったと慌てて口を押える私に、彼女は軽く笑いかけてくれる。

 

「研修を受けながらだけど、半分はユイちゃん専任のメイドという扱いになるみたい。ゆくゆくはちゃんとしたメイドとしてのお仕事もしてもらう予定だってサラは言ってたわ」

「イザスタさんはサラさんとも仲が良いんですね」

「まあね! お仕事上他の付き人さんとも付き合いがあるし、情報交換は密にしないとねん」

 

 サラさんは明の付き人だけど、時折国側の内情を少しだけ話してくれる。勿論話しても問題ない範囲でだろうけど、こういう時にはとても助かっている。

 

 それと結構苦労人だ。明がちょくちょく単独行動をとろうとするので追いかけるのが大変だとこの前愚痴っていた。お疲れ様です。

 

「それと肝心要の家族の許可なんだけど、意外なことにあっさり許可してくれたわ。むしろ感謝されたぐらいよ」

 

 どうやらマリーちゃんが『勇者』付きのメイドになったのは、ご両親からすればとても誇らしいことだったらしい。

 

 元々この国の『勇者』に対する感情がとても好意的なことに加え、見習いとは言え城仕えということもある。日本でいうのなら良い就職先に娘が就いたということなのかもしれない。

 

「ただマリーちゃんはまだ小さいこともあるし、くれぐれも娘をよろしくって念を押されたわ。愛されてるわねぇ」

「はい。……マリーちゃんはこれからも時々家族に会えるんですよね?」

「そこは大丈夫よん。ちゃんと規則も調べたし、基本は住み込みだけど何日かに一度は家族のもとに帰れるわ。お給金は本人の希望で、大半が父親の治療費や家の修繕費に充てられるそうよ」

 

 良い子だ。とっても健気だ。ちょっぴりほろりとしたところで、トントンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 

「は~い。ちょっと待ってね~。……あら噂をすれば! ユイちゃん! マリーちゃんが来たわよん!」

「ユイお姉ちゃん!」

 

 イザスタさんが扉を開けると、マリーちゃんが元気よく飛び込んでくる。見習い用の簡素なメイド服に身を包んでいてとても愛らしい。

 

「マリーちゃん! もう今日の研修は良いの?」

「うん。皆優しく教えてくれたよ!」

「そっか。良かったね」

 

 花が咲いたようなマリーちゃんの笑顔を見て、私もつられて笑顔になる。それを見たイザスタさんもくすりと笑みを浮かべた。

 

 イザスタさん。マリーちゃん。自分をただの月村優衣として見てくれる人。半ば私のわがままにつきあわせるような形になってしまったけれど、出来ればこの人達にはこれからも笑っていてほしい。そう思うのだ。

 




 見習いメイドマリーちゃん誕生!

 これには優衣もイザスタさんもニッコリです。


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閑話 ある『勇者』の王都暮らし その二

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ここで話は冒頭に戻る。

 

 日課となっている朝のマリーちゃんによる髪の手入れ(発案はイザスタさん)の途中、ふとマリーちゃんが先輩メイドさんから聞いた話を教えてくれたのだ。

 

 その中には、『剣聖』と呼ばれる人物がもうすぐこの王都にやってくるというものがあった。

 

「なんでも、これまでは北にある……えっと、交易都市群? いくつもの町が集まった国に行ってたんだって。そこで悪い魔族と仲良くして悪いことをしようとするヒトが居ないかどうか調べてたんだけど、急に戻ってくることになったらしいよ」

 

 交易都市群。以前この世界のことに関する授業でも話題に上がったことがある。マリーちゃんの言う通り、いくつもの都市が集まることで国に近い規模まで膨れ上がったというものらしい。

 

 そのスタンスがまた独特で、『ヒト種、魔族、獣人等問わず、どんな種族であっても拒まない』というらしい。いわゆる中立国だ。勿論都市によって程度はあるし、種族は問わなくても犯罪者などは拒む場合もあるらしいけど。

 

 位置的にヒュムス国と魔族の国デムニス国との中間にあり、そのためヒト種だけでなく、獣人や魔族とも地理的に近い都市では堂々と交易を行っているという。中の悪いデムニス国と直接の戦争になっていないのはこの国が在るからだとも言われている。

 

 それには少し納得だ。いくら何でも国一つを突っ切っていくわけにもいかないし、迂回するにしても時間がかかる。それに他の国とも交易しているのなら、下手なことをすればそっちも黙ってはいないだろう。

 

 建前上はヒュムス国に従っているし、それぞれの都市の都市長の何人かはヒュムス国で選ばれた人が就いてはいるけれど、必ずしも言う事を聞く訳でもない。敵対はしていないけれど油断できる物でもなく、交易自体はこちらにもかなりの利があるので止める訳にもいかない。痛し痒しの相手だというのが授業での評価だった。

 

「う~ん。つまり査察ってこと? 聞く限りでは『剣聖』というと凄く強い人みたいだけど、なんだかイメージと違うね」

 

 そんなに強い人なら、ファンタジー的に言えばドラゴンとかそういう人の手に余る相手と戦うものではないだろうか? それこそ『勇者』なんて皆にも言われた私に言えることじゃないかもしれないけど。

 

「これまでも時折行ってたらしいよ。今回は……この前のことがあって急に戻ってくることになったんだって」

 

 話している途中、一瞬だけマリーちゃんの言葉が詰まり、そしてまたすぐ普通に話を続ける。……まずかった。あの時の襲撃のことを思い出させてしまったかもしれない。

 

「……大丈夫だよユイお姉ちゃん。最近ではお父さんの怪我もだいぶ良くなってきたし、お金も少しずつ貯まってきているってお母さんも喜んでくれたの。だから気にしないで」

 

 逆に気遣われてしまった。こんな良い子に気を遣わせるなんてっ! ちょっと自己嫌悪だ。だけど落ち込んでいるとまた気を遣わせてしまいそうなので、無理やりにでも気持ちを奮い立たせる。

 

 そのまましばらく部屋には髪を梳く音のみが響き渡る。ちなみに今現在この部屋には私とマリーちゃんしかいない。本来なら部屋付きのメイドさんが常に一人か二人別に待機しているのだけれど、朝のこの時間だけは無理言って二人にしてもらっている。

 

「……よいしょっと。よし。出来たよユイお姉ちゃん!」

「いつもありがとうね。……辛くない? もし嫌だったらいつでもやめて良いからね」

「ちっとも辛くないよ。これもメイドのお仕事の内だし、マリーいつもお母さんに髪を梳いてもらってたから誰かの髪を梳くのって憧れてたの!」

 

 そこにトントンと扉をノックする音が響き渡る。タイミングピッタリ。私が扉を開けようとすると、マリーちゃんがいち早く反応して扉に小走りで駆け寄る。何でも自分でやりたがるお年頃なのだろうか?

 

「はぁい! おはよう! 今日も良い天気よん」

「あっ! イザスタお姉さん。おはよう!」

「おはようございますイザスタさん。今日もタイミングピッタリですね」

 

 イザスタさんはここ最近決まってマリーちゃんが髪を手入れし終わる頃にやってくる。一度どうして分かるのかと訊ねたけれど、「フフッ。ナ~イショ!」とはぐらかされてしまった。毎日の習慣を完全に読まれている感じだ。

 

「フフッ。今日は珍しく『勇者』全員が朝食に揃っているみたいよ」

「本当ですか? それは確かに珍しいですね」

 

 朝食は『勇者』用に用意された貴賓室に集まって摂るのだけど、朝食の時に全員揃うのは意外に少ない。私と黒山さんはよく朝食の時に顔を合わせるのだけど、明は少し早めに摂ることが多いので度々入れ違いになる。

 

 逆に高城さんは少し遅い。朝食にしてはやや遅い時間にやってくる。噂によると、よく自分の部屋から気怠そうな感じで女性と一緒に出てくるらしい。これは……つまりはそういうことなのだろうか?

 

 深く考えると顔が赤くなってくるので、軽く頭を振ってこれ以上考えないようにする。

 

「まあせっかくの機会だし、久しぶりに皆で集まるっていうのも良いんじゃな~い?」

「そう……ですね。じゃあ早速行くとしましょうか」

「マリーも!」

「いけません」

 

 マリーちゃんも同行しようとした時、部屋の外に控えていた少し年配のメイドさんにがっちりと腕を掴まれる。マリーちゃんの教育係であるローラさんだ。もう二十年もこの城で働いている古株のメイドさんで、これまで何人ものメイドさんを育ててきたという。

 

「マリー。研修の時間ですよ。あなたはまだ半人前なのですから、一刻も早く一人前になるためしっかりと勉強をしませんとね」

「え~っ!」

「え~っじゃありません! その言葉遣いもビシビシ直していきますからね。それでは『勇者』様。イザスタ様。マリーは研修がございますので一度退席させていただきます。代わりのメイドが同行いたしますのでお許しくださいませ。……行きますよマリー」

「分かったよ。それじゃあユイお姉ちゃん。イザスタお姉さん。またね!」

 

 ローラさんが優雅に一礼して歩き出し、一緒に半分ローラさんに引きずられるような感じだけど、マリーちゃんもこちらに手を振りながら去っていった。代わりにローラさんと同様に控えていたメイドさんが傍にやってくる。

 

「今日もマリーちゃん捕まっちゃったわね。お勉強頑張ってほしいわよねん。それじゃあユイちゃん。気を取り直してお食事に行くとしましょうか!」

「そ、そうですね」

 

 ほとんど毎朝繰り広げられるこの光景に少しほっこりしていたとはなるべく顔に出さず、私はイザスタさんやメイドさん達と一緒に朝食に向かうのだった。

 

 イザスタさんが口元に手を当てて笑っていたのでバレているかもしれないけどね。

 

 

 

 

「あっ! 優衣さんおはよう。お先に食べてるよ」

「おはよう明。今日はのんびりしてるのね。高城さんも黒山さんもおはようございます」

 

 部屋に入ると、イザスタさんが言った通り『勇者』全員が集まっていた。普段明の傍にサラさんが付いているように、それぞれ自身の付き人と一緒だ。イザスタさんは一応全員の護衛兼付き人扱いなので、少し私から離れて全員の動きに目を光らせている。……ちょっと寂しい。

 

「今日は起きてすぐにやることがあってね。それを終わらせてたら少し遅くなってしまったんだ。だけど久しぶりにみんな揃ったからたまには悪くないかな」

 

 明はそんなことを言ってニッコリと笑う。

 

「よお。おはようさん月村ちゃん。今日もイザスタの姉さんと一緒か? 仲が良いねぇこのこのっ!」

「おはよう月村。良い所に来たな。黒山がやたらに話しかけてくるので困っていた所だ」

「まあそう言うなって高城の旦那。旦那は普段朝食に顔を出すのが遅いだろ? こんな時じゃなきゃのんびり話も出来ないもんな。訓練中とかは話しづらいし」

「だからいつも気安く話しかけるなと言っているだろうに。あと旦那ではなく高城さんか様を付けろ」

 

 黒山さんは朗らかに、高城さんはどこか気難しげに挨拶を返してくれる。

 

 意外にこの二人は仲が良いのかもしれない。歳は離れているし性格もまるで違うのだけど、黒山さんの方がかなり社交的で高城さんに合わせている感じだ。なので高城さんもそこまで嫌っている訳ではなく、その結果上手い具合にまとまっているというか。

 

 実際この二人は最近連携も上手になってきている。黒山さんが持ち前の風属性で速攻を掛けて相手をひっかきまわし、その間に高城さんがゴーレムを何体も作って物量で押し切るというのが最近の鉄板戦法になっている。

 

 実際これで付き人さんとの模擬戦にもなんとか勝利を収められるようになった。手の内がバレているから絶対ではないけどね。

 

 私も空いている所に座ると、待ってましたというかのように控えていたメイドさんが私の前に朝食を並べてくれる。相変わらず手際が良い。これを見ていると、マリーちゃんもここまで出来るようになるのか考えてしまう。

 

「う~ん! 今日も美味しそうね。さあさあユイちゃん。アタシ達もいただきましょうか!」

「そうですね。では、いただきます」

 

 私は手を合わせてそうしっかりと口にする。こうして、私月村優衣の一日が始まるのだ。

 




 勇者同士の仲はそれなりに良好のようです。

 ……少なくともこの時点では。


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閑話 ある『勇者』の王都暮らし その三

 朝食はとても和やかに進んだ。あまり食事中に話すのはマナーが良くないかもしれないけど、私は家でも時々そうしていたし、黒山さんもどうやらそうみたい。主に黒山さんが話をし、それに高城さんが付きあわされて、私が時折相槌を打つという感じだ。

 

 明は意外なことに自分からはあまり話しかけない。だけど話を聞いていないという訳でもないようで、黒山さんが冗談なんかを言うとアハハと自分も笑っていたりする。食事中はあまり話さないとかそういう育ちなのかもしれない。

 

 高城さんも自分からは話さないのだけど、イザスタさんがちょくちょく会話に混ざってくるので会話は全然途切れない。今もまた、黒山さんが以前やった失敗談を語ってそれに皆で笑いを返している所だった。

 

「そうなの? テツヤちゃんったらまったくもう。……そう言えば、アナタ達も大分実力がついてきたみたいねぇ」

「おうよっ! この前のイザスタ姉さんのアドバイスを参考に風属性の魔法を取り入れてみたら結構調子が良くてよ。火属性はまだ本番で使える感じじゃねぇけど、前より確実に動きにキレが出てきているのは間違いないぜ」

「ふんっ! 君の言う通り、出だしを意識することで確かに流れがスムーズになった。そこは礼を言っておこう。……しかし、あの程度言われなくとも自分で気づけたことだ。あまり調子に乗らないことだな」

 

 イザスタさんが確かめるように聞くと、二人はそれぞれそんな反応をする。どうも以前の模擬戦から、イザスタさんに対する二人の態度は少し変わったように思う。

 

 黒山さんは時々自分からアドバイスを聞く所が見られるし、高城さんはどこか……何と言えばいいのだろうか? カッコつけるというか気取っているというか、そういう態度をイザスタさんの前でとるようになってきた。それだけ二人から頼りにされているという事かもしれない。

 

 ただ……実力か。私は自分の手をじっと見つめる。最低限の自衛手段を得るという事で訓練は続けているけれど、相変わらず私は弱いままだ。訓練で模擬戦をしても、役に立たずに終わることもしばしば。『勇者』なんて呼ばれるには程遠い。……やっぱり戦いには向いていないのだろう。

 

「あら!? ユイちゃんったらま~た落ち込んじゃって」

 

 私が考え込んだのを目ざとく察知して、イザスタさんが明るい感じで声をかけてくる。

 

「直接戦うだけが能じゃないのよん。それに月属性は謎が多い属性だから、簡単に使いこなせなくても仕方ないわ。ユイちゃんはゆっくり自分の出来ることを見つけて行けば良いの。大丈夫。戦いが嫌だっていうのならそれ以外のやり方を探せばいいのよん」

「……本当ですか?」

「ホントホント。アタシを信じなさい!」

 

 そう言うとイザスタさんは軽くウインクする。そう言ってもらえると少し気分が落ち着く。こうやって人を気遣えるイザスタさんは大人だなぁと良く思う。だけど時折子供みたいな態度をとることもあって、どっちが彼女の素なのか分からなくなる。

 

「アキラちゃんは……特に問題ないわね」

「ありがとうございます。……ですが何も言われないとそれはそれで寂しいような気も」

 

 実際ただでさえ強かった明は、最近ますます強くなっている。あまりこういったことはよく分からない私だけど、その私でさえ分かるくらいに強くなっていると言えば良いのだろうか? 

 

 イザスタさん曰く、多少戦い方が粗削りな所があるけれど、才能だけで言ったら相当良い線いってるらしい。「場合によってはうちにスカウトしようかしら」なんて言ってたけど何のことだろうか?

 

「ふむふむ。これならそろそろ良いかもしれないわねん」

「そろそろって……何がですか?」

「フフッ。秘密! またその内話すとしましょうか」

 

 呟くように言ったその言葉が気になって訊き返すが、イザスタさんは笑ってごまかした。なんだかんだイザスタさんは秘密主義で話してくれないことが多い。自分が何者なのかとか。どうしてそんなに強いのかとかだ。いつかそういったことも話してくれるのかな?

 

 そうして朝食は終始和やかなまま終了し、それぞれ一度自室に戻ることに。イザスタさんもちょっと準備があるって言って別行動だ。授業にはまだ時間があるし、それまでは書庫から無理言って借りてきた本の続きでも読もうか。そんなことを考えていた時、

 

「やあ。ちょっと良いかな?」

 

 これまで食事の席ではほとんど話さなかった明が突然声をかけてきた。

 

 

 

 

 何やら話があるという明を連れ、私達は自分の部屋に戻った。部屋に入るなり、同行していたメイドさん達が素早く部屋を整え来客を迎える準備をする。あれよあれよと言う間にテーブルは整えられ、椅子が並べられ、簡単な茶菓子が用意される。……今朝食を食べたばかりなんですけど。

 

 とは言え、一仕事終えてビシッと整列しているメイドさん達に文句を言う訳にもいかず、曖昧に笑ってしまう私。うぅっ! 我ながらなんでこうハッキリとものを言えないんだろう。

 

「あ、ありがとうございます。明もとりあえず座ったら? 何か話があるんでしょう?」

「そうだね。それじゃあお言葉に甘えて、失礼するよ」

 

 私が椅子に座ると、明も私の隣に来て椅子に座る。……なんか距離が近くない? こういうのって普通対面とかじゃないかなっ!?

 

「さて、話なんだけど」

 

 明はそこで一瞬言葉を切って視線を逸らす。逸らした先には先ほどのメイドさん達。これはつまり……。

 

「ああ。…………忘れてたっ! これから本を返しに行くんだった。どうしよう困ったなぁ。急いで返しに行かないと怒られそうだけど、これから明とも話さないといけないしなぁ」

 

 チラッ。チラッ。言いながら視線を何度もメイドさん達の方に向ける。ちょっと棒読みになったけど、ちゃんと伝わるかな? 

 

「かしこまりました。では本は私共の方でこれから返却してまいります。少々お時間を頂きますので、その間『勇者』様方は()()()()()()()()()ご歓談くださいませ」

 

 なんとか伝わったようだった。メイドさん達は各自一礼しながらゆっくりと部屋を出ていく。……扉を閉める際にメイドさんの何人かがこうムフフって感じの顔をしていたが気のせいだよね。妙な勘違いされてないよねっ!?

 

「…………大丈夫。聞き耳を立てているって感じはなさそうだよ」

 

 明が扉の前に立って外の様子を探る。そんなことしなくても大丈夫……と言いたいところだけど、さっきの様子を見るとホントに居そうで怖いから明に任せる。

 

 そして明はそのまま椅子に座る……と思いきや、椅子やテーブルもざっと調べ始めた。別にそこまでしなくても。

 

「……うん。何か仕掛けられている様子はなしと。ごめんね優衣さん。どこから監視されているか分からないから」

「監視って……そんな大げさな」

「だと良いんだけどね。じゃ、改めまして失礼するよ」

 

 そこまでしてやっと椅子に座る明。あれ? そう言えば、

 

「ねぇ明。サラさんはどうしたの? 考えてみればさっきの朝食から姿が見えなかったけど」

「朝食の席で言ったよね。やることがあって遅くなったって。サラにはそのことで用事を頼んでいるんだ」

「その用事って……明がここに来た理由とも関係あるの?」

 

 うんと明は頷く。その顔は至って真面目だ。メイドさんを退出させたことから考えても、どうやら大切な話らしい。

 

 そして明は姿勢を正すと、私に向かってとんでもないことを言いだした。

 

「優衣さん。頼みがあるんだけど……力を貸してくれない? ボクが逃げ出すために」

「逃げ出すって……まさか王都から!? ダメだよっ! ついこの前襲撃を受けたばかりじゃないっ! 今出たらまた襲われちゃうかもしれない」

 

 私の脳裏に先日の王都襲撃の様子が浮かび上がる。暴れまわる凶魔。上がる血飛沫。そして私を狙ってきた黒フードの男達と、エリックさんに化けて襲ってきたベインという男。思い出すだけで身体が震えてくる。

 

 私が今こうして無事でいるのは、運良くイザスタさんが助けに入ってくれたからだ。目の前の明なら強いから、一人でも切り抜けられるかもしれない。それでも王都を出ることでわざわざ向こうを挑発したら、それに合わせてまた襲ってくるかもしれない。

 

 もう二度とあんなことは起こしてはいけない。マリーちゃんみたいな被害者をもう出してはいけないんだと私は思う。だから明がもし王都を出ようというのなら止めなくちゃ。

 

 そんな私の様子を見て、明は少しだけ真面目な顔を崩す。

 

「王都から逃げだすわけじゃないよ。ここに居た方が安全だしね。……少なくとも今はまだ」

「そ、そう。良かった。じゃあ逃げ出すってどういう事?」

 

 明の何処か含みのある言葉が気になったが、それはひとまず置いておいて話を続ける。

 

「実はね、今日の訓練の時間あたりにちょっと抜け出そうと思っているんだけど、その間優衣さんにボクの身代わりを頼みたいんだ」

 

 なんだか話が大変なことになってきた気がする。

 




 明は結構こう見えてやらかすタイプです。行動力があるので一度動き出すと止まりません。……優秀なストッパーが居れば話は別ですが。


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閑話 ある『勇者』の王都暮らし その四

「ちょちょちょっと待って!? 色々理解が追いつかないんだけどっ! そもそも何でまた抜け出そうなんて?」

「……そうだね。まずはそこから説明しようか」

 

 いきなりそんなことを言いだした明は、落ち着いた様子でテーブルの上に置かれた紅茶を飲む。茶菓子には紅茶が付き物という理由で用意されたものだけど、さっきと違ってこちらには特に警戒はしないみたい。

 

「優衣さんは憶えているかな? 最初にボク達がここに来た時の事を」

「…………忘れられないよ」

 

 あの日から、私の世界は変わってしまった。この場合は文字通りの意味で世界が変わったのだからしょうがないのかもしれないけど。

 

「急にこんな所に連れてこられて、『勇者』だなんだって言われて、あの日のことを思い出さない日なんてない」

「……そうだね。ボクもだ。その点はおそらくここに来た全員が思っていることだと思う。黒山さんも高城さんも例外なくね。じゃあ次の質問。……今でも優衣さんは元の世界に帰りたいと思っている?」

「思っているに決まっているじゃない!」

 

 当然のことだ。何故今更明はそのようなことを。

 

「うん。それじゃあ続けて訊くけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() もしくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「えっ!? …………それは……」

「……その反応だとどちらもないみたいだね」

 

 そう言って明は軽くため息をついた。

 

 恥ずかしい。こうして指摘されるまで、自分が流されるばかりで自分から帰るための行動をほとんどしていないことに気がついてしまったからだ。

 

 今やっている訓練だって、最低限身を守る為に必要だからと()()()()()やっていることにすぎない。自分の意思で決めたことはほとんどないんだ。

 

「……ごめんなさい」

「仕方ないよ。こんな状況じゃあね。……話を戻そうか。もうこの世界に来てから一月近く経つけど、城側からは“天命の石”の調査状況は全くと言っていいほど報告されていない。そこが問題なんだ」

 

 私達が元の世界に戻るだけなら可能だと、以前にここの王様は証言している。しかし今のまま戻っては、戻った時点でそれぞれ何らかの理由で死んでしまう可能性が高い。

 

 ここに『勇者』として呼ばれる理由の一つに()()()()()()()()()というものがあるためだ。私の場合はここに来る直前に頭をひどくぶつけていることから心当たりがある。

 

 その戻った際の死を誤魔化すことが出来るという“天命の石”だけど、どうやら最後に確認されたのが魔族の国デムニス国らしい。王様はその石の所在についても調査してくれるという話だったけど。

 

「でもそれは調査が単純に進んでいないからじゃない? ただでさえ魔族の国って言うくらいだから仲が悪いだろうし、襲撃があって移動用のゲートも壊されたから思うように移動できないとか」

「……それだけなら良いんだけどね。問題なのは、こちらに報告が一切されていないということなんだ。いくら調査が難航しているからって報告しないっていうのは変だよね」

 

 言われてみればその通りだ。この場合調査報告っていうのは、内容があまり進んでいなくても()()()()()()()()()()()()報告するものだから。

 

「ボクもサラにそれとなく聞いてみたけど、サラも詳しいことは聞かされていないみたいだった。黒山さんや高城さんにも訊ねてみたけど結果は同じ。ここまで来ると可能性は二つだ。……何か知らせるとマズイことが分かってこちらに情報を与えないようにしているか、そもそも最初から調べるつもりが無いか」

「調べるつもりが無いって……まさかそんなっ!?」

「あくまで思いついた二つの可能性の内の一つ……だけどね。ボクとしても何かの間違いで報告が届いていないだけって思いたいよ。しかし向こうとしては好都合な展開であることも事実なんだ。“天命の石”が在る()()()()()()以上、調査すると言っている向こうに主導権があるわけだからね」

 

 信じたくない。全て何かの間違いだって叫びたい。だけど明の言葉を聞けば聞くほどこの国への不信感が募っていく。

 

「仮に知らせるとマズいことが分かった場合、何か適当なことを報告しようにも、黒山さんの“心音”の加護は話す相手の悪意や害意を感じ取ってしまう。騙そうとした瞬間にバレるから嘘なんて吐けないよね。そうなったらもう不都合なことを隠すには一つだけ。沈黙しかない」

「じゃあ明は、この国が国ぐるみで私達を騙そうとしているって言うの?」

 

 私の脳裏にこの国で会った人達が浮かぶ。確かに『勇者』の付き人として選ばれた人達、エリックさんやサラさん達が『勇者』のことについて色々と話していたのは以前聞いてしまった。だから必ずしも信用できるわけじゃないっていうのは分かる。

 

 だけど、イザスタさんやマリーちゃんみたいな人もいる。そういう人達まで疑うのは何か違う気がする。

 

「……分からない。今まで言ったことが単にボクの壮大な勘違いっていうこともあり得る。そうあってほしいという信じる気持ちもあるからね。だから……そう信じる確証を得るために城の中を調べたいんだ。その為に、優衣さんの力を貸してほしい」

 

 そう言って、急に明は椅子から立ち上がると私に向かって丁寧に頭を下げた。

 

「えっ!? 頭を上げてよっ!? そんなかしこまらなくても。そもそも私に何が出来るって言うの?」

「今日の訓練の時、優衣さんの月属性魔法“月光幕(ムーンライトカーテン)”でボクの身代わりを仕立ててほしい。月光幕なら短時間ならボクの姿を貼り付けることが出来るはずだ」

「身代わりって……無理よっ! 私の力じゃそんなに長くは保っていられない。そもそもなんで訓練の時間にわざわざ?」

「これまで城の探検と言ってあちこち調べていたけど、情報がありそうな部屋をいくつか目星はつけていたんだ。だけど普通に行っても見張りが居て通してはもらえなかった。そもそも『勇者』は人目につくから一人で行動するのは難しいんだ」

 

 それは私も分かる。少し前にもサラさんが愚痴っていたからね。明はよく自分を撒いて一人で行動したがる。それこそあの手この手を使って逃げ出すから付き人も大変だって。どちらも苦労しているみたいだ。

 

「他にも一度夜中にこっそり調べようとしたけど、夜中は特殊な魔法がそれぞれの部屋にかけられていて部屋を入退出した時点で気付かれる。だから昼間の内に、なおかつ『勇者』の位置がはっきりしていて警戒が薄れる訓練の時間に抜け出そうと思ったんだ。普段なら急に優衣さんが魔法を使ったら驚かれるけど、訓練中なら不自然じゃないからね」

「理由は分かったけど……ダメだよ。私の力じゃ精々三十分くらいが限界だし、姿を誤魔化せるだけで声や能力までは真似できないもの。うっかり話しかけられたら言い訳も出来ないよ。それに貼り付ける何かだって必要になるんだもの」

「三十分もあれば充分。ざっと調べて何とか戻ってこれるよ。それにボクも何か理由を付けて話しかけられないような状況に持っていく。あと貼り付ける何かはこちらで用意するから問題ないよ」

 

 私の提示する問題点を、明は一つずつ問題ないとばかりに返していく。その姿は頼もしいの一言だ。だけど、

 

「…………やっぱり無理。そんな急に言われたって出来ないよ。それに何かあって途中で魔法が解けるかもしれない。明だって知っているでしょう? 私が『勇者』の中では間違いなく一番の役立たずだって。月属性だって全然扱えないし、さっきイザスタさんはゆっくり自分の出来ることを見つければいいって言ってくれたけど、それだって……分からないの」

「優衣さん……」

 

 私は絞り出すようにそう口にして俯く。皆が『勇者』だって言ってくれるけど、自分はただの女子高生なんだとこれまで何度も何度も痛感している。

 

 だけど目の前の明は違う。こんな状況になっても何処か落ち着いていて、今だって私と違ってしっかりと考えて行動に移そうとしている。力もあるし、『勇者』と呼ばれるのにふさわしいのはこういう人なのだろうと間違いなく思える。私なんかが助けになれるとはとても思えない。

 

「…………ボクは役立たずだなんて思わないよ」

 

 明はどこか悲しそうな声でそう告げる。手伝えなくてごめんね。だけどこんな私じゃやはり力にはなれないと思う。誰か代わりの人を探すのぐらいなら手伝えるかもしれないけど。

 

「……ありがとうね。でも……やっぱり私は」

「話は聞かせてもらったわ!」

 

 はっきりと断ろうとした時、その言葉を遮るように聞き覚えのある声がして扉がゆっくりと開いた。そこに立っていたのは、

 

「は~い! なにやら面白そうな話をしているわねぇ。アタシも混ぜてもらっちゃダメかしらん?」

 

 先ほど何か準備があるとかで、朝食が終わってすぐに別れたはずのイザスタさんだった。何でまたこんな所にっ!?

 




 困った時のイザスタさん登場ですっ! 大抵のことは力技で解決してくれますともっ! ……まあ欠点として、確実に事態がややこしくなりますが。


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閑話 ある『勇者』の王都暮らし その五

 イザスタさんが入って来たのを見て、明は素早く警戒するような構えを取る。

 

「ちょっと何やってるの明っ!? イザスタさんに失礼でしょ!?」

「良いのよ良いのよ! 今の話の流れ的にあんまり他の人に聞かれるのは良くないもんね。あっ! このクッキー貰うわよ」

 

 そんな態度をとられているというのに、イザスタさんはまるで気にしていないようにフフッと笑いながら自然に予備の椅子に座ってクッキーを摘まむ。その様子を見て、明も落ち着いたのか構えを解く。

 

「すみません。ちょっと神経が過敏になってました。……その、どの辺りから聞いてましたか?」

「う~ん……アキラちゃんが『今でも優衣さんは元の世界に帰りたいと思っている?』って言った辺りかしら。べ~つに聞き耳を立てるつもりは無かったんだけど、扉をノックしようとしたらそんな会話が聞こえちゃってね。何やら深刻そうな話をしているし、入る機会を窺っていたの」

 

 わりと最初の方だった。明も気のせいか顔色が悪い。……それも当然かも。さっきまでの明の口ぶりからすれば、ここの人をあんまり信じていないって言っているようなものだもの。明はおそるおそるイザスタさんに訊ねる。

 

「ボクが今言ったことを誰かに報告しますか?」

「えっ!? 別にしないけど?」

 

 イザスタさんはそんな風に軽い調子で言う。この返しには明も僅かに唖然とした顔をした。

 

「だってこっちの方が面白そうじゃない! こっそり訓練を抜け出してお城の中を調べるなんてスリリングだし……まあ()()()()訓練を抜け出すっていう点はちょっとどうかな~とは思うけどね」

「そう言えば、今日の訓練はイザスタさんが主体で行うものだったわ。明よくそんな時を狙って抜け出そうなんて考えたね」

「…………忘れてた」

 

 忘れてたのっ!? 意外に明もうっかりしてる。そんな気持ちを込めて視線を投げかけると、明は少し顔を赤くして気まずそうに目を逸らした。……ちょっと可愛い。

 

「さてと。話を戻しましょうか! さっき聞いた話をまとめると、訓練の間にユイちゃんの月光幕でアキラちゃんの姿を何かに貼り付けて、それと入れ替わる形でアキラちゃんが場内を探索。気になる部屋を調べたら月光幕の効果が切れるまでに戻ってまた入れ替わると。……中々難しそうねぇ」

 

 改めて聞いてみるととんでもない話だ。そもそも昼間だって巡回している兵士さんがいるし、私が明に手を貸す以前にいったいどうやって場内を調べるつもりなのだろうか?

 

「当然城内で見つかったらそこまで。一回抜け出したってことで監視の一つや二つくらい付いちゃうかもねん。ちなみにアキラちゃんは隠密行動に向いたスキルか加護が有ったりするの?」

「……一応は。本職にはまるで及ばない程度ですが」

「あら意外! だけどそれならまあ少しはなんとかなりそうね」

 

 イザスタさんが驚いているけど私も同じだ。明ったら強いだけでなくそんなことも出来たらしい。

 

「となると問題は入れ替わる時ね。ここでアキラちゃんはユイちゃんに月光幕を使ってもらうつもりだったけど……」

「……ごめんなさい。私には無理だからって断っていたんです」

 

 イザスタさんがチラリと視線をこちらに向けてきたので、私は申し訳ない気持ちで一杯になりながらも頭を下げる。

 

「……分かったよ。これ以上無理強いする訳にはいかないからね。……だけど困ったな。ボク自身の光魔法では離れたら数分くらい保たないし、それだけの時間じゃ流石に部屋を調べるのは無理だ」

「なんなら、手伝ってあげましょうか?」

 

 今回は諦めるしかないか。そう言いながら肩を落とす明に、イザスタさんが思わぬ提案をする。

 

「手伝ってくれるんですか?」

「まあね! 水属性にも多少はそういった魔法があるし、アキラちゃんが大まかに形作ったのをアタシが補強すれば暫くはいけるんじゃないかしらん」

「あ、ありがとうございますイザスタさんっ!! 良かったね明。イザスタさんが手伝ってくれるなら心強いよ」

「そうだね。だけどタダって訳じゃないんですよね?」

「アタシ的には面白そうだからお代は要らない……と言いたいところだけど、どうもアナタ達が納得しない感じね。……それじゃあ一つ貸しってことで! 何か思いついたら言うわねん」

 

 そうしてあれよあれよと言う間に話は進み、私達は午後からの訓練の際にどう動くかを話し合った。

 

 まず訓練中、頃合いを見計らって明が魔法でなるべく大きな砂煙を起こす。魔法の練習という理由を付ければそこはおそらく問題ない。その砂煙に紛れながら、明はサラさんの用意した人形と入れ替わる。朝にサラさんが居なかったのはこの人形の手配があったかららしい。

 

 ただサラさんは計画については聞かされていないらしく、人形については訓練に使用するためだと言ってあるらしい。話すと止められる可能性が高いからって言うけれど、確かに私もサラさんと同じ立場だったら止めに入ると思う。それだけのことなのだ。

 

 人形には明とイザスタさんで明の姿に見えるよう魔法をかける。それだけでは長くは続かないので、残るイザスタさんが訓練中に時折かけ直すことで時間を伸ばす予定だ。

 

「だけどただの人形じゃあ動かないからすぐばれちゃうかもよん? アタシは見逃すから良いとしても、他の人達はどう誤魔化すつもり?」

「その点はおそらく大丈夫です。用意した人形は半自立行動可能の特別製ゴーレム。持ち主(ボク)が近くに居なくてもあらかじめ簡単な命令をしておけば動けます」

「えっ!? ゴーレムって使い手が近くに居ないとダメなんじゃないんですか?」

 

 少なくとも授業ではそう教わった。作った直後から常に使い手の魔力をある程度流し続ける必要があって、それが途切れると動かなくなり、時間経過で消えてしまう。高城さんのような特別な加護があればしばらくは動かせるらしいけど、流石の明もそんな物を持っているとは聞いたことがない。

 

「魔力で一から作ったゴーレムはそうなんだけど、今回用意したのは材料を手作業で組み上げて魔石を動力としたゴーレム。だから魔石にある程度の魔力を補充すればしばらく行動可能らしいよ優衣さん。まだ直接見たわけじゃないから又聞きの知識だけど」

「……ちょっと待ってアキラちゃん。よく動力式のゴーレムを手に入れられたわねん。あれは一体作るのに結構手間暇かかるから、手に入れるのは大変よ」

「以前自力で動けるゴーレムは作れないかと自分で試してみたんですがダメで、サラに相談したらディランという人を紹介されたんです。その人なら用立ててくれるかもしれないって。それで会ってみたら数日あれば調達できると……かなりの大金を請求されましたけどね」

「それで今日の朝サラちゃんが取りに行ったわけね。まあディランちゃんに頼んだなら品質は安心して良いわよ。彼がそう言ったならまず間違いなく用意してくれるでしょうからね。……『勇者』相手でも大金をふっかけるのがディランちゃんらしいと言えばらしいけど」

 

 イザスタさんは何か納得したかのようにうんうんと頷いている。ディランという人は以前イザスタさんを『勇者』の護衛にと推薦してくれた人で、それなりにこの王城でも影響力を持った人だという。

 

「話を戻すよ。ひとまずそのゴーレムなら動けないってことはない。適当に戦う事を命令しておくとして、ただ魔法は使えないからどうにか誤魔化してほしい」

「その点はアタシが相手をすれば少しは誤魔化せそうねん。しばらく魔法無しの訓練ってことにすればいいし、多少の動きの違和感くらいなら合わせることも出来るから」

「助かります」

 

 そしておよそ三十分の間時間を稼ぎ、戻ってきた明の合図に合わせて今度はイザスタさんが目くらましで大きめの魔法を放つ。それに乗じて明が人形と再び入れ替わるという流れだ。人形はそのタイミングで目立たない場所に移動させ、あとは訓練終了時に人目が無くなってから回収すれば良い。

 

「多少ぶっつけ本番な所があるけど、大まかな流れはこんな所ね。ユイちゃんも流れは掴めた?」

「はい。大丈夫です」

 

 と言っても私のやることは特にない。強いて言うなら人形が話が出来ない点を他の人から誤魔化すことくらいだ。それ以外はほとんど普段の訓練とやることは同じ。魔法の練習をしたり他の人の動きを参考にしたりだ。

 

 私が月光幕を貼り付けることを断ったから、二人して気を遣って私でも出来そうなことを割り振ってくれたのだろう。

 

「あの、二人共。私はあまり力になれないですけど、それでも出来る限り頑張りますから」

「そう! その意気よユイちゃん。がんばってね!」

「うん。頼んだよ。……ボクも出来る限り調べてみるから」

 

 

 

 

 大まかに話が終わると、タイミングよく用事を頼んでいたメイドさん達が帰ってきた。もしやこの人達にも話を聞かれてたんじゃと思ったけど、こっちはどうやら本当にちょうど今来たらしいとイザスタさんも明も言う。

 

 そこで軽くお茶会をした後いったん解散。昼過ぎにある訓練までの間、私はドキドキしながら授業を受けた。おかげで内容があまり頭に入らなくて困ったこともあったけど、気がつけば昼食もいつの間にか終わっていた。緊張していて食事の味もよく分からなかったのはちょっともったいない。

 

 そして、遂に訓練直前。訓練場に向かう私の所に明がやってきた。最後の確認をしながら並んで歩く。

 

「人形の動作確認は出来たよ。少しぎこちなさは残るけど、フォローがあればなんとか誤魔化せる範囲だと思う。先に運び込んでおいたからいつでも入れ替われるよ。黒山さんと高城さんにも簡単に説明しておいた。あくまで人形と入れ替わって抜け出すとだけだけどね。少しやることがあるからと言ったら二人とも分かってくれたよ。黒山さんには加護で微妙にバレてるかもしれないけど」

「明。二人に全部話して協力を頼まなくて良いの?」

「今回のことはなるべく伏せておきたいからね。話すにしても今回のことでもう少し情報を得られてからだ。……ごめん。色々手伝ってもらうことになって」

 

 歩きながら頭を下げる明に、私は手を横に振りながら頭を上げてと言う。

 

「そんな。こっちこそごめんなさい。私が手伝えることなんてこんなことくらいで。明にばかり難しい役目を押し付けちゃう形になったし……だから、手伝えることは出来るだけ頑張るからね」

 

 元の世界に戻るための行動。それを明に押し付けるようになっているのはまず間違いない。本来なら私達全員がやらなければならないことなのに。この世界で生きるというスタンスだった明にこんなことをさせて…………えっ!?

 

 その時ふと私の脳裏に疑問がよぎった。そう言えば明は確か私達と違って、最初から()()()()()()()()()()()()()というスタンスだったはず。それならば戻る時に必要になる“天命の石”なんて意味ないはずなのにどうして?

 

 そんな疑問が浮かぶ中、私達はいよいよ訓練場に到着する。黒山さんや高城さん、イザスタさん達が先に着いて準備運動をしていた。

 

「さあ。ボク達もまず準備運動でもしようか?」

「そ、そうだね」

 

 私は頭に浮かんだ疑問をひとまず振り払い、訓練場に足を踏み入れた。今はまず出来ることをやらなくちゃ。

 




 イザスタさんも加わって悪だくみ開始です。

 上手く進めば良いのですが。


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閑話 ある『勇者』の王都暮らし その六

「はいは~い! 今日も元気にいくわよ~!」

 

 訓練はそんなイザスタさんの掛け声から始まった。こんな始まり自体はこれまでにも何度かあったもの。しかし今回に限って言えば、訓練場の中はいつもと違う雰囲気に満ちていた。

 

「でえりゃああっ!」

「ふんっ!」

 

 まずは準備運動代わりの模擬戦。戦っているのは黒山さんと高城さん……正確に言うと、高城さんの作ったゴーレム三体だ。ゴーレムは一体が高城さんの護衛に徹し、残り二体が黒山さんに殴り掛かっている。

 

「おせぇっ!」

 

 一発でも当たると相当の大怪我を負いかねないゴーレムの拳を、黒山さんはギリギリの所で躱しながらカウンター気味に裏拳を繰り出す。そんなことをすれば普通に考えれば黒山さんの方が傷つくだろう。しかしその瞬間、拳が真っ赤に輝いたかと思うと直撃したゴーレムの肩を打ち砕いた。

 

「どうよ! 相変わらず火属性を飛ばしたりとかは下手だが、こうやって一か所に集中すればゴーレムだってこの通り……っておわっ!?」

「たかだか一発決まっただけで調子に乗るな。壊れたのならまた作れば良いだけのことだ」

 

 余裕で技の解説をしようとした黒山さんに、もう一体のゴーレムが襲い掛かる。更に肩が壊れた方のゴーレムも、高城さんが何やら呟いて腕を振ると、少しずつ壊れた所が修復され始めた。

 

「なら直りきるまでに削り切ってやらぁっ!」

「やってみろっ! 出来るものならな!」

 

 二人の戦いは激しさを増していく。模擬戦にしては激しすぎるかもしれないけど、これまでどちらも大怪我をしたことはない。互いにここまでなら大丈夫という感覚が分かってきているのかもしれない。やはりこの二人も私なんかと違って強い人達だ。

 

「あっちも張り切っているわねぇ。まあやる気があるのは良いことよね。……それじゃあこっちもいきましょうか! ユイちゃん。アキラちゃん」

「はい。よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

 

 黒山さん達とは少し離れた場所で、イザスタさんは普段と変わらない態度でそう言う。明はこちらも普段通りに一礼するが、私はさっきから緊張で身体がガチガチになっている。なんで明はこんなに落ち着いていられるんだろう。

 

 流れとしては、イザスタさんと明が模擬戦中に入れ替わる。私は今回直接戦闘には関わらないけれど、訓練なので月属性を上手く扱えるよう練習だ。イザスタさんからの課題として、月属性の初歩である“月光球(ムーンライトボール)”を合図があるまで維持し続けるというものをやっているけれど、これは何の役に立つのだろうか?

 

 私は出した月光球に集中しながらチラリと訓練場の周囲を見回す。訓練中の不慮の事故に備える治療術師や薬師。場合によっては訓練に加わるそれぞれの付き人。他にも何人もの人がこちらを見ている。こんな中から抜け出すなんて本当に出来るのだろうか?

 

 

 

 

「…………ふぅ! 上手くいって良かったわねユイちゃん!」

 

 普通に上手くいきました。

 

 明とイザスタさんは戦いの中、あらかじめ人形を運び込んで隠してある場所まで移動。明の風魔法で人形に被せてある大量の砂を巻き上げて小さな砂嵐を起こし、僅かな間周囲の視覚を奪ってその間に人形を引っ張り出す。

 

 出てきた人形は高城さんの作るゴツゴツしたゴーレムとは大分違って、どちらかと言うと見た目はデパートなんかに展示されているマネキンに近いように感じられた。

 

 全体的に滑らかな丸みを帯び、顔の部分はつるりとしたのっぺらぼう。だけど明が人形の首筋にある出っ張りに手を当てて魔力を流すと、人形は自力ですっと立ち上がった。

 

 明が何やらぼそぼそと人形に呟くと、人形は明から手渡された試合用の木剣を受け取る。そのタイミングで明とイザスタさんが人形に魔法をかけ、明の姿に見えるように誤魔化す。近づいてよく見るとなんとなく違和感があるけれど、遠目で見る分には明に見える。

 

 そして本物の明が砂煙が残っている間に訓練場を抜け出して今に至ると。周りの様子を探ってみるも、皆砂嵐で驚いてはいるものの入れ替わっているとは気づいていないよう。よくバレなかったものだ。

 

 よく見れば黒山さんがこちらを見て笑っている。高城さんは微妙に不機嫌そうな顔だ。抜け出すとは聞いているのであまり驚いてはいないようだけど、今の小さな砂嵐で向こうにも砂がかかったらしい。ごめんなさい。

 

「あとはアキラちゃんが戻るまで待つだけだけど…………よっと!」

「イザスタさんっ!?」

 

 入れ替わって気が抜けていた私を尻目に、明の姿をした人形がイザスタさんに向けて切りかかってきた。明やイザスタさんには及ばないまでも、構えはしっかりしているし動きも速かった。イザスタさんは軽く剣を躱して自身も試合用の槍を構える。

 

「ちょ~っと離れててねユイちゃん。それと月光球の集中は途切れさせないでね。……それにしても、この動きは結構良い品質のゴーレムね。ディランちゃんったら良い仕事しすぎよん。まあこのくらいじゃないと周りを誤魔化すなんて出来ないか」

「大丈夫なんですか?」

「ヘーキヘーキ。ただ……アキラちゃんがした命令は『アタシが中止と言うまでアタシを攻撃しろ』だったからねぇ。下手に止めたらそれ以降の命令を受け付けない可能性があるし、ずっと棒立ちじゃあ怪しまれる。実質戻ってくるまで攻撃を止められないのよねん。……いやあうっかり命令権限をアタシと半々にしてもらうのを忘れてたわ」

 

 つまり明が戻ってくるおよそ三十分後まで、イザスタさんは人形と戦い続けなくてはならないってこと? しかも時折明の姿になる魔法を掛け直さなければいけないし、攻撃を当てて壊してしまう訳にもいかない。そんな無茶苦茶なっ!

 

 人形の狙いはあくまでもイザスタさんのようで、私や黒山さん達には反応していない。人形はジリジリとイザスタさんとの間合いを詰めようとし、イザスタさんも合わせて少しずつ後退……違う。私から離れようとしているんだ。下手に近づいて万が一にも人形の標的にならないように。

 

 そのまま少し距離をとったかと思うと、人形は再びイザスタさんに向かって突撃した。

 

 

 

 

 遅い。遅いよ明。……明が出発してからもう予定の三十分が経った。しかし一向に戻ってこない。いったいどこまで行ったのか。

 

 イザスタさんは始まってからずっと戦い続けている。人形の攻撃を時に躱し、時に受け流し、その上で私達の訓練のアドバイスもするという離れ技を見せた。加えて戦いの中で、人形の動きが明に比べて悪い点を自分も敢えて動きのキレを悪くすることで誤魔化したり。

 

 しかし予定の時間を過ぎても戦いは終わらない。黒山さんと高城さんも模擬戦を終えて休憩している中、だんだんイザスタさんの動きが本当に悪くなってきた気がする。

 

「ふぅ。流石にちょ~っと疲れたわねぇ。お姉さん軽く汗かいてきちゃったわん」

 

 私はイザスタさんの邪魔にならないギリギリの所まで近づき、周囲の人に聞こえないように注意しながら話しかけた。

 

「イザスタさんもう止めましょうっ! 明もまだ帰ってこないし一度人形を停止させて」

「大丈夫大丈夫! アキラちゃんは少し遅れてるみたいだけど、アタシもまだもう二、三十分くらいは…………ってあらっ!?」

 

 その時、一瞬人形の姿がブレ、明の姿から元のマネキンのような姿に戻りかける。しかしイザスタさんが槍を構えながらキッと強く視線を向けると、また明の姿に戻った。そんな状態でも人形の攻撃は止まることなく、イザスタさんも槍で上手く捌いていく。

 

「おっとっと。地味に戦いながら姿を誤魔化し続けるのって大変ねん。戦うだけならまだまだいけるけど、気を抜くと魔法の方が解けちゃいそう」

 

 今のは注意して見ないと気がつかない程度だったけど、次もこんなことがあったらいよいよ気付かれてしまう。やっぱりもう限界だ。改めてイザスタさんに中止を進めようとした時、

 

「どうしたものかしらねぇ……そうだわ! ねえユイちゃん。悪いんだけど手伝ってくれない?」

「えっ!?」

 

 私が言うより先に、戦いながらイザスタさんはそんな提案をしてきた。

 

「昼間に言ってた……よっと。危ないわねぇ。大人しくしてなさいっ」

 

 そこで斬りこんできた人形をいなし、カウンターで胴に強烈な薙ぎ払いを仕掛けるイザスタさん。これを人形はなんとかガードするも、少し吹き飛ばされてそのまま軽く距離をとる。イザスタさんも槍を構え直すと、油断せずにそのまま話を続けた。

 

「昼間にユイちゃんとアキラちゃんが言っていたやり方、月光幕でアキラちゃんの姿を貼り付けるやり方だけど、今それをやってほしいの」

「わ、私がですか?」

「そう。さっきみたいにうっかり魔法が解けるかもしれないし、ここで一つユイちゃんにお任せしたらアタシも戦いに一層集中できるかなぁって」

 

 イザスタさんはそう気楽に言う。だけど、

 

「ダ、ダメですよ!? 私じゃ他の人みたいに上手く出来ないし、貼り付けるのに失敗したら逆に不自然になってばれてしまうかも。だから……」

 

 全然成功するイメージなんて浮かばない。ただでさえ止まっている相手じゃないと使ったことが無いのに、今の相手は動き回っている相手だ。それについていけるような身体能力なんてない。やはり私には出来ません。そう断ろうとしたのに。

 

「大丈夫よ! だって……ほら! ユイちゃんはアタシの課題がちゃんと出来てるじゃない!」

 

 そう言ってイザスタさんは私の出している月光球を指差す。勿論人形への警戒も怠っていない。

 

「戦いながら見てたけど、課題を守って一度も消さなかったわよねん。ちゃんと魔力のコントロールが出来ている証。それだけのことが出来れば月光幕だって十分維持出来るわ」

「……私に、出来るでしょうか?」

「出来ると信じてるからお願いするの。アタシも……アキラちゃんもね」

 

 昼間、自分のことを役立たずだと言った私に、明は役立たずなんかじゃないと言ってくれた。イザスタさんもこんな土壇場で出来ると言ってくれている。私は……。

 

「…………やります。私。明が来るまでどのくらいかかるか分からないけど、もしかしたら十分かそこらで魔法が消えちゃうかもしれないけど……やってみます」

「そう。……ありがとね。ユイちゃん」

 

 私が誰かより何か出来るなんて今でも思っていない。それでも、私を信じてくれる人が二人もいる。なら……せめてその気持ちに応えたい。そうして私は一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあカウント三でこちらの魔法を解くからね。三、二……」

「あわわっ!? 急過ぎますよイザスタさん!? まだ心の準備が!」

 

 ……やっぱり踏み出すのはまだ早かったかもしれない。

 




 結構スパルタなイザスタさんです。

 ちなみに他の『勇者』達も着々と能力は上がっています。


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閑話 ある『勇者』の王都暮らし その七

 結局、明が戻ってきたのはさらに二十分経った後のことだった。その間何度諦めそうになったか分からない。それでもなんとか続けることが出来たのは、ちょっとだけ誇らしいことだ。

 

「……イザスタさんっ!!」

「了解よん!」

 

 決められていた合図とともに、戦い続けていたイザスタさんが水属性魔法で濃霧を作り、僅かな時間ではあるが周りの視線を遮る。その霧に紛れて明が訓練場に走り込んできた。

 

 それと同時に私も人形に掛けていた月光幕を解除する。人形は元のマネキンのような姿に戻ったけど、構わずイザスタさんに攻撃し続けている。

 

「遅いよ明! 何があったの?」

「ごめん。話は後でするよ。……イザスタさん。お待たせしました」

「お帰りアキラちゃん! それじゃこの人形を止めてちょうだいな。アタシが止めるとそのまま動かなくなるかもしれないから」

 

 明ははいと頷いて人形に停止命令を出すと、人形は剣を手放して動きを止める。まだ霧が残っている間に、明は今度は人形に命じて訓練場の出口に移動させた。よく見れば出口にはサラさんがいて、そのまま人形の手を取ってどこかへ歩き出す。

 

「サラには訓練で使うと言っておいた。このままボクの部屋まで回収してもらうから大丈夫だよ。そして……“強風(ハイウィンド)”」

 

 そして、明は風属性の魔法を使ってイザスタさんの出した霧を吹き飛ばす。周りが雨上がりのような爽やかな感じになった気がする。

 

 ……よく見たら離れた所で連携の練習をしていた黒山さん達がこちらをジト目で見ている。今の霧で黒山さんの出した火が弱くなってしまったみたいだ。邪魔してしまったから後で謝っておかなきゃ。

 

「よし。これで大丈夫かな。ずっと霧が出っぱなしじゃ訝しまれるからね」

「あ~ららさっぱりしたわね! ……それで? 折角皆見ていることだし、このまま訓練の続きをする? アタシはまだちょびっと位なら余力があるわよん」

「だ、ダメだよ明。イザスタさんは今の今まで休まず戦い続けていたからお疲れなんだよ!」

 

 ただでさえ私や黒山さん、高城さんにアドバイスしながら戦って、その上予定より長い間休むこともなかった。気楽に言っているし構えもしっかりしているけど、流石にこれ以上はイザスタさんでも辛いと思う。

 

「……そうだね。ボクも色々あって疲れたから、今は遠慮しておきたいな」

「そう? それじゃあ今回は訓練はここまでにしておきましょうか! テツヤちゃん達にも伝えてくるわねん。それと……ユイちゃん」

「何ですか?」

「よく頑張ったわね。ユイちゃんはもっと自分に自信を持っても良いと思うわよ。あれだけのことが出来るんですもの」

 

 イザスタさんは軽く私の肩に手をポンっと置くと、そう言い残して黒山さん達の方に走っていった。あれだけ戦ったのにまだ動けるなんて本当に凄い。だけど、今回私も少しは誰かの役に立てたのかな? そう思うとちょっとだけ嬉しい。

 

「優衣さん。夕食を食べたら部屋で待っていてくれないかな? 抜け出している間何があったのか……そこで話すよ」

 

 少し休んで次の講義に向かう途中、明がぼそりとすれ違い様に呟く。普通に言っても良いと思うのだけど、まだ警戒しているみたいだ。またメイドさん達に言う適当な用事を考えなきゃ。

 

 こうして訓練中に身代わりを立てて脱出するという明の作戦は無事終了したのだった。

 

 

 

 

 その日の夜。食休みがてら部屋で本を読んでいた私の部屋に、明が宣言通り訪ねてきた。……黒山さんと高城さん、イザスタさんと一緒に。

 

「よお! 明に話があるから一緒に来てほしいって言われたんだが……まさか月村ちゃんの部屋でとはね。何か密談でもすんのか?」

「はい。出来ればあまり他の人には聞かれたくないことなので。ひとまず中に入りましょう」

「立ち話っていうのもなんだしねん。それじゃユイちゃん。ちょ~っとお邪魔するわよ」

「ふんっ。何でも良いがこちらも忙しいんだ。さっさと済ませるぞ」

 

 そうしてぞろぞろと皆入ってくる……一応私の部屋なんだけどな。来るのは分かっていたから拒みはしないけど。ただ予想より多いので、急遽マリーちゃんを始めとしたメイドさん達に手伝ってもらって椅子などを追加で用意する。

 

「悪いね。あとすまないけど、これから大切な話があるんだ。出来れば席を外してもらえないかな?」

 

 適当な用事を言って出てもらおうとしていたのに、明は直接そんなことを言ってメイドさん達を追い出してしまう。せっかくいくつか考えていたのに。……まあ良いけどね。

 

 全員席に着いたのを見計らい、明が立ち上がって口火を切る。

 

「皆さん。まずは呼びかけに集まってくれてありがとうございます。今回集まってもらったのは他でもありません」

「固くなってるわよアキラちゃん。そんなかしこまらなくてもっと普通に言っても良いんじゃない?」

「そうですか? でも高城さんが怒りそうだし一応敬語でいきます。……集まってもらったのは、『勇者』としてのこれからの方針についてです」

 

 明の言葉に、席に着いていた面々は少しだけ顔を引き締める。やはり私以外の皆は言われなくてもそのことについて考えていたのだろう。これまで流されるだけだった自分が恥ずかしい。それと、イザスタさんだけは何のことだろうって顔をしていた。

 

「ところで……何でイザスタ姉さんもここに? いや、居ちゃダメってことはないんだが……な」

 

 黒山さんがチラチラとイザスタさんを見ている。確かに『勇者』としての集まりならイザスタさんは対象外だ。だけどその疑問に明は軽く首を横に振って答える。

 

「イザスタさんにも色々手伝ってもらったから。今日のこともあるし一緒に聞いてもらおうと思って」

「今日の? ……なるほど。訓練場での一件か。今日はやけに広範囲の技が多くてこちらにも被害が来ると思ったが、イザスタも一枚噛んでいたのか」

「その件はすみませんでした。ボクが抜け出す時と戻る時に色々と。だけど、そうしただけの甲斐はありましたよ」

 

 高城さんの微妙に苛立ちの混じった言葉に明は静かに頭を下げる。だけどその後、顔を上げて言葉を続ける明の様子はどこかさっきまでと違って見えた。

 

「まず前提として、ここにいる『勇者』の皆さんは()()()()()()元の世界に帰りたいと思っているんですよね?」

「ああ。勿論だぜ」

「…………そうだ」

「うん。私も帰りたいよ。この世界に来てからずっと」

 

 私達は口々に帰りたいと口にする。僅かに高城さんが言葉に詰まったように思えたけど、それよりも明の言葉が気になった。自分を除いてって、やはり明は戻るつもりがないみたいだ。

 

「分かりました。じゃあ話を続けますね。この世界に着いてすぐ、ボク達は王様から“天命の石”について話を聞いたはずです。それさえあれば元の世界に戻ってから訪れる死を誤魔化すことが出来ると」

 

 そこから先は以前明が私に聞いてきたこととほぼ同じだった。“天命の石”について調査報告はなかったか? ないとすれば何故そんなことになっているのかといったことだ。

 

 高城さんも黒山さんも、その辺りについては薄々と不思議に思っていたらしい。しかし元々こちらもやることが多かった点と、無理に聞き出して城側との関係を悪化させることもないと考えて後回しにしていたという。

 

「今回ボクは訓練を抜け出して、あらかじめ目星をつけておいた城内の部屋のいくつかを調べていました。もし城側が“天命の石”の調査状況について隠しているのなら、隠している分の情報だけでも知っておく必要があると思ったからです。……正直空振りに終わってくれたらそれはそれで良かったんですけどね。ただ調査報告が遅れてるってだけで済むから」

「その言い方だと、何かしら本当に隠しているものが見つかっちゃったのかしらん?」

「…………はい。見つけた調査報告書によると、“天命の石”は確かに有ってそれが魔族の国デムニス国にあることも確認されました。城側でも何とか手に入れようと動いていることも事実です。……だけど」

 

 そして少し間を置くと、明は私達にとって衝撃の事実を語りだした。

 

 

 

 

「…………だけど、“天命の石”は一つだけ。しかも一度使ったら無くなってしまう使()()()()の品。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私は目の前が真っ暗になった気がした。

 





 城側としても、これは下手に報告すると『勇者』同士の内部分裂を招きかねないと黙ってました。

 実際『勇者』同士の信頼度によっては仲間割れは充分あり得ます。


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閑話 ある『勇者』の王都暮らし その八

 そこからしばらくのことはあまり覚えていない。明が他にも調べてきたことを話してくれたみたいだけど、どこか聞き流してしまったように思う。後から考えると失礼な話だけど、それだけの衝撃だったのだ。

 

 黒山さんが何度も“天命の石”について明に聞き直してから肩を落とすのに対し、高城さんがそんなに動揺していなかったのはどこか印象に残った。だけど、どちらにしても結果は変わらない。無事に元の世界に戻ることが出来るのは、たった一人だけという事実は。

 

 明が一通り話し終えると、部屋に重苦しい雰囲気が漂う。高村さんはやるせなさをこらえるかのように拳を握りしめ、高城さんは何か考え込むように顔を伏せている。明も自身で言ったことを噛みしめるように難しい顔をしている。だけど、

 

「あ~らら。なんだか大分困ったことになっちゃったみたいねん」

「こんな、こんな時になんで落ち着いていられんですかイザスタ姉さんっ!」

 

 そんな重苦しい雰囲気の中、最初にそれを打ち破ったのはイザスタさんだった。こんな時であってもどこか飄々とした様子に変わりはなく、それが気に障ったのだろう。黒山さんが勢いよく椅子から立ち上がって詰め寄った。

 

「とは言ってもねぇ。アタシのやることは特に変わらないし、テツヤちゃん達もそうでしょう? ……アキラちゃん。この城の人達が“天命の石”について手を講じていたのは事実なのよねん?」

「はい。隠してはいましたけど調査内容自体はしっかりしたものでした。国家間長距離用ゲートが壊れた中で、これだけ調べるのはとても大変だっただろうと思えるほどに。ボク達に情報を伏せていたのは、石が一つしかないのが分かったら混乱を生むと考えてのことでしょう。……それでも伝えては欲しかったですが」

「じゃあ城側に落ち度があるってこともないし、特に悪い人がいるってことでもないわね。それに……まだ肝心の石を手に入れていない訳じゃない? それなのにここでわちゃわちゃしてもあんまり意味が無いわよねって話よん」

 

 イザスタさんはあくまでも気楽に、それでいて他の人を落ち着かせようと語る。それを聞いて黒山さんも落ち着いたのか、静かにまた席に着いた。

 

「落ち着いた? テツヤちゃん」

「…………ああ。ひとまずはな」

「それは良かったわ! じゃあ次はこれからのことについて考えましょうか! ……と思ったけど、今はちょっと休んだ方が良さそうねん」

 

 その言葉と共に、イザスタさんが私の方をチラリと見る。よく見れば明もこちらを気遣うような視線を向けていた。……そんなにひどい顔をしているのだろうか? 自分では分からないけれど。

 

「……そうだな。色々と聞かされて、それぞれじっくり考える時間も必要だ。ここでひとまずお開きにするか」

 

 私もそうだけど、やはり聞かされた内容は簡単には消化できなかったのだろう。そこまであまり喋らなかった高城さんがそう言って席を立ったのを始めとして、それぞれどこか深刻な表情で部屋を退出していく。イザスタさんだけはいつもと変わらなかったけど。

 

「優衣さん。また明日ね」

「うん。また明日」

 

 最後に残った明がそう言い残して部屋を出ると、私はよろよろとした足取りで部屋のベッドに倒れ込んだ。

 

 …………疲れた。もうこのまま眠ってしまいたい。何もかも忘れてこのベッドのぬくもりに溶けてしまいたい。そのままの体勢で少しジッとする。

 

 元の世界に戻れるのは一人だけ。当然私は戻りたい。だけどそのせいで他の人が帰れなくなるのは嫌だ。黒山さんも高城さんも戻りたいに決まってる。そうは言ってないけどきっと明だって……。

 

「私は……私は、どうしたら……」

「何がどうしたらなの? ユイお姉ちゃん」

 

 突如横から聞こえてきた言葉に振り返ると、そこにはマリーちゃんが心配そうにしゃがみこんでこちらを見つめていた。慌てて身を起こしてベッドに座り直す。

 

「ごめんなさい。ノックしたんだけど返事が無くて。メイドの先輩達は止めたんだけど気になって入っちゃった。お姉ちゃんがベッドに突っ伏したまま動かないから」

「……うん。大丈夫だよマリーちゃん。……他のメイドさん達は部屋の外?」

「そうだよ! メイドは主人が入ってほしくない時は事前に察して外で待つものなんだって。でもマリーは、こういう時は誰かとお話した方が良いって思ったの。……ダメだった?」

「…………いえ。良いの。……ありがとうね」

 

 正直今は疲れて誰とも話す気分じゃない。だけどマリーちゃんの言う通り、誰かと話すのは必要かもしれない。一人で考え続けてもロクなことにならなそうだし。

 

 だけどあんまりたくさんの人と話すのは流石にしんどいし、外で待機しているらしいメイドさん達には悪いのだけどもう少し待ってもらうことにした。

 

「それでユイお姉ちゃん。どうしてそんな風にうつ伏せになってたの? お休みするならちゃんと毛布を被って寝た方が良いよ。マリーもよくお母さんに言われるんだ」

「う~ん。ちょっと疲れちゃってね。なんだかもうなんにもしたくないな~って思って」

「そんなに疲れちゃったの? 今日の訓練大変だった? 他の『勇者』様とケンカでもしたの?」

「……そうだね。訓練も大変だったし、それに喧嘩ってほどじゃないけど色々あったから。……ねえマリーちゃん。マリーちゃんはお友達っているの?」

「いるよ! えっとね……トム君でしょ、バンク君に……あとミミちゃんも。それから」

 

 友達を両手で指折り数えるマリーちゃん。結構たくさんいるみたいだ。……私はこんな性格だからほとんどいないので少し羨ましい。

 

「そっか。……もしも、もしもだよ。ここにマリーちゃんの欲しいものが有るとします。だけどそれはマリーちゃんのお友達も欲しがっているもので、ここにはたった一つしかないの。そんな時、マリーちゃんはどうする?」

「欲しい物? お菓子かな? それとも出来たてアツアツのパン?」

「それは分からないけど、マリーちゃんがとっても欲しいものよ」

 

 私は何をやっているんだろう。まだ十歳にも満たない子にこんなことを聞くなんて。この答え次第で自分のこれからを決める気だろうか? 情けない話だ。

 

「う~んと。よく分かんないな。どのくらい欲しいものかも分かんないし、お友達がどのくらい欲しがっているのかも分からないもん。だけど……もし本当にマリーより欲しがっている人が居るのなら、譲っちゃうかもしれない」

「……そっか」

 

 やはり私も譲るべきなんだろう。自分より一回りも小さな子がそう言えるんだ。私がそう出来ない訳はないのだもの。明日また皆に会ったらハッキリ言わなきゃ。そうして心が決まりお礼を言おうとした時、マリーちゃんがちょっと考えてさらに続けた。

 

「…………でもね。やっぱりまずマリーはそれをこんなに欲しいんだって言ってから決めると思う。それにお友達がどのくらい欲しいのか聞いてからかな。だって、言葉にしないと伝わらないこともあるんだもん」

 

 その言葉に私はハッとした。だって私はさっき何一つ自分の気持ちを言葉にしていないし、他の人がどう考えているかを聞こうともしなかった。ただ目の前の事実にショックを受けて、勝手に落ち込んで、周りの人に気遣ってもらっただけ。

 

「……マリーちゃん」

「何? ユイお姉ちゃ……わふっ!?」

 

 私はマリーちゃんをギュッと抱きしめる。……このところ感情表現がイザスタさんの影響を受けてオーバーになってきた気がするなぁ。元の世界に居た頃だったらこういうことはあんまりしないと思うし。

 

「ありがとうね。……ちょっと元気になった」

「良かったぁ。お姉ちゃんが元気になって。ケンカしたなら早く仲直りした方が良いよ」

「だから喧嘩じゃないよ。……でも、マリーちゃんの言う通りだよね。明日また話してみるから」

 

 私のその言葉を聞いて、マリーちゃんは花が咲いたような笑顔を見せた。

 

 本当に私は周りの人に助けられてばっかりだ。だからこそ、ちゃんと話さなくちゃいけない。自分の気持ちを。そして聞かなくちゃいけない。皆の気持ちを。

 

 もちろん話をした上で私より帰りたい人が居るかもしれない。正しい理由があるのかもしれない。それでも、聞かなければ分からないし、言わなければ始まらないのだから。

 

 

 

 

「お、お姉ちゃん。元気になって良かったけど……ちょ、ちょっと苦しい」

「あっ!? ごめんマリーちゃん。大丈夫?」

 

 いけないっ!? マリーちゃんをギュッとしたままだった。花がさっそく散りそうにっ!? 私は慌てて腕を緩めた。

 

 ……もう少しの間だけ、緩めるだけで許して欲しいかな。

 





 ちょっとだけ前に進む勇気を得た優衣でした。

 優衣視点はひとまずこれで終了となります。


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接続話 女スパイはお出かけを提案する

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「さ~て。どうしたものかしらねぇ」

『……? 何がですか?』

「いやね。昨日色々あって、ちょっとややこしいことになっちゃっているのよん」

 

 ここは王城の一室。自身の担当する訓練まで手持無沙汰なイザスタは、自身に用意された部屋で手持ちの砂時計を通じて誰かと連絡を取っていた。

 

「実は“天命の石”のことについてアキラちゃんが調べてね。そのことでちょっと揉めかけちゃったのよ。……それぞれの仲が一気に悪くなるんじゃないかってひやひやしたわ」

『その様子だと、そうはならなかったようですね」

「まあね。一度冷静になって話そうって各自部屋に戻ったのだけど、それが良い方に働いたみたい。さっき朝食の時に『勇者』の皆の顔を見たら、大分昨日に比べて落ち着いた顔をしていたわ。……特にユイちゃんは昨日あんまりひどい顔をしていたから正直ホッとしてる」

『ユイというと……貴女が以前私にアドバイスが欲しいと言っていた方ですね。その後お変わりありませんか?』

「それよリーム! それなのよんっ!!」

 

 イザスタは少しだけ興奮した様子で砂時計の向こうに居る誰か、リームにまくしたてる。

 

「さっき食事の後で、ユイちゃんが自分から思いの丈を話してくれたのよん! 『私、今日の訓練が終わったら皆さんとまた話してみようと思います。……まだ自分の言葉で上手く伝えられるか分からないけど、それでも……話してみようと思います』って。……いやもうほんっと精一杯頑張ろうって姿にお姉さん胸がキュンって来ちゃったわよん」

『……元気でやっているようで何よりです。貴女も、そのユイさんも』

 

 砂時計から聞こえる声に、極々僅かに呆れに近い感情と成長を喜ぶ感情が混じっている。それを察したのか、イザスタは軽く舌を出していたずら気味に微笑んで見せた。……この連絡は音声だけで姿は見えていないのだけど。

 

「元気でやっていると言えば、リームってばちゃんとやれている? いやまあリームのことだから、仕事に関しては人一倍しっかりやれてはいると思うんだけどこう……日常的なことで」

『日常ですか? …………特に問題なく過ごせていますが?』

「その間がちょ~っと怖いのよねぇ。まあ良いけど」

 

 その後はちょっとした雑談などを挟みながら、互いの近況報告やら仕事の進捗具合を話していく二人。しかし、途中のイザスタの言葉に一気に話が進展する。

 

「ところで……ぶっちゃけた話さっき話した天命の石ってなんとか手に入らない? リームなら何処にあるかも調べが付いているんでしょう?」

『調べ……というほどではありませんが、私の現在居る魔王城の宝物庫に収められていることは直に見て確認が取れています。勿論正当な手続きの上でです』

「さっすがリーム! 仕事が早いわねん! ……ちなみに貸し出してもらえたりは」

『無理ですね』

 

 イザスタが若干猫なで声で聞くのだが、リームはばっさりと即答する。

 

『まず一度しか使えないのに貸し出すも何もありません。次に私のような新参者がそんな貴重な品を欲しいと言っても聞き入れられるとは到底思えません。加えて死の運命を捻じ曲げるような強力な道具をそう簡単に使おうというのがナンセンス。さらに言えば』

「もう分かった。分かったわよんっ!! まったく、相変わらず理屈っぽいんだからリームったら」

『必要なことだからです。……さらに言えば大前提として、()()()()()()()()()()()()()()という話もありますが』

 

 その言葉にイザスタもムムッと真剣な顔をする。

 

『何事も対価もなしに手に入れられるものはありません。通貨、行動、時間、あるいは信用で必ず支払われるものです。……それでも手に入るとすれば、それは自分以外の誰かがすでに対価を支払っているからです。はたして『勇者』の方々に死の運命を覆すだけの対価を払えるかどうか? そこが私には分からないのです』

「対価って言ってもねぇ。……お金で解決って訳にもいかないわよね」

『難しいですね。いったいどれだけの値になるか測りかねます。そもそも知っての通り、ヒュムス国とデムニス国は犬猿の仲。これまでは国家間長距離用ゲートがあった為最低限、本当に最低限国交断絶一歩手前ギリギリですが繋がりがありました。しかし今はそれすらない。こんな状況では国同士で交渉を始めること自体がまず困難と言えます』

「そうよねぇ。まずはそこなのよねん。まだゲートが復旧するまでどれくらいかかるか分からないし……もうしばらく待つしかないかしらね」

 

 イザスタはふぅ~とため息をつきながら、困ったように手を顔に当てて考える。こればかりは自分一人で解決出来る問題ではないし、どちらかと言えば国が何とかするべき問題だ。

 

 石がデムニス国の宝物庫にある以上、国家間の交渉が必要不可欠。しかしゲートが壊れている以上移動手段は限られ、それ以外の手段では移動にやたら時間がかかるし道中の危険も多い。ならまずはゲートが復旧してからとなるけど、そもそもそこまでして国が石を手に入れようとするかが少し心配だ。

 

 『勇者』は確かに重要だけど、それをわざわざ元の世界に帰すために仲の悪い国に借りを作るような真似をするだろうか? もちろん『勇者』の不興を買うのを避けるために何らかの行動を起こすことは間違いない。だけどそれは石を手に入れる以外のことで誤魔化されることもあり得るのだ。

 

 あるいはヒュムス国を通さず『勇者』個人としてデムニス国と交渉を行うという方法もある。しかしそれはヒュムス国にとって裏切り行為と取られる恐れもあるし、なによりまだ個人で対価を払えるほどの実力も財力も功績も足りていない。最近は鍛錬の甲斐があって戦闘力だけならそこそこついてきているけど、圧倒的に世慣れしていないのだ。

 

「手を貸してあげたいところだけど、あんまりこういう事に干渉しすぎるとマズいのよねぇ。……何かリームは良いアイデアはない?」

『そうですね…………『勇者』の方々がやるべきことは多々有りますが、国家間での交渉を主に進めるのであれば国への発言力を増大させること。個人として直接交渉するのならそれだけの実力を身に付けることからですね。……どちらにせよ一朝一夕に出来ることではありませんが』

「まずは土台固めからってこと? 思いっきり正論ね」

『何事も地道な努力に勝るものはありませんから』

 

 もっともな意見にイザスタも苦笑いする。間違ってはいないのだけど状況を劇的に改善するものではない。しかし今はそれしか手が無いのも事実。

 

「ありがとね。参考になったわリーム」

『役に立ったのなら何よりです。……では私はそろそろ仕事に戻ります。イザスタさんもくれぐれも『勇者』だけではなく本来の仕事を忘れないように』

「は~い。分かってるわよん。また連絡するわね」

 

 その言葉と共に通信が切れ、イザスタは軽く頭を掻きながら虚空を見つめる。

 

「……やっぱりまずはアレかしらね。そうと決まれば時間までに早く許可を取ってこなくっちゃ! お姉さん張り切っちゃうわよん」

 

 イザスタは一人考えをまとめて頷くと、考えを実行に移すべくさっそく行動を開始した。

 

 

 

 

「という訳で、これから皆でお出かけするわよん!」

 

 急に飛び出たイザスタの発言に、いつものように訓練場に集まった面々はそれぞれ驚いた表情を浮かべた。それもそのはず、ここしばらくは襲撃の危険もあってほとんど城にこもりっきりの毎日だったからだ。明と優衣は怪我人の治療ということで城の外に出たが、それも城からごく近い場所のみに限定されていた。

 

「勿論許可も取ってあるわ。ずっと城の中で講義ばっかりだと色々差し障るのよねん。一般常識とか。だからここは一つ町へ繰り出しちゃおうと思います」

 

 教えられた知識と自分で体験した知識では大きな差がある。国側としてはもうしばらく城の中に居てほしいという思惑があったのだが、イザスタは『勇者』の成長のためということで何とか許可をもぎ取ったのだ。……いくつかの条件を出されたが。

 

「お出かけですか? たまには良いかもしれませんね。優衣さんも皆さんもそう思うでしょう?」

「おう! そうだな明。このところず~っと城の中でいい加減飽き飽きしていた所だ」

「ふん。やっと出歩けるわけか」

 

 余程鬱憤が溜まっていたのだろう。明達が久々の外出に胸躍らせる中、優衣は一人不安そうに声を上げる。

 

「で、でも大丈夫なんでしょうか? また前みたいに襲撃なんてことがあるかも」

「そうね。その危険性は完全には否定できないわ。凶魔はディランちゃんや衛兵さん達の活躍であらかた撃退されたと思うけど、まだ襲撃犯の一味が潜伏している可能性はある。なので、今回は護衛を増やすことになったのよん」

 

 そうイザスタが言うのと同時に、強い圧力と共に訓練場に何者かが入ってきた。

 

 その者は異様だった。全身を銀と灰色を基調とした鎧で覆い、同じ材質であろうフルフェイスの兜を装着して素顔ははっきりと分からない。腰には一本のロングソードを差しているが、鎧がほとんど傷らしい傷もないのに対して剣の鞘の部分は酷く傷だらけだ。

 

 鎧は無駄な装飾もなくややシャープな印象を受けるが、それにしても普通に考えれば相応の重量があると考えられる。それなのにほとんど金属音も足音もしないのだ。

 

「な、なんだアレ?」

 

 黒山はとっさに拳を構えるが、本人も気がつかないほど僅かに拳が震えている。それは高城や優衣も同じく、訓練場の入口に控えていたそれぞれの付き人達も同様だ。

 

 アレに殺気はない。それどころか敵意も害意もない。あるのはその何者かから漏れ出る指向性のないただの圧力のみ。それでもここまで鍛錬を重ねてきたからこそ、本能的に感じ取ってしまったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この中である程度平静を保てていたのはイザスタと明だけだった。それでも明の首には冷や汗が浮かんでいたし、イザスタも珍しく少し真剣な顔つきでこの鎧の騎士の動向を見守っている。

 

 鎧の騎士は静かに『勇者』達の前に歩み寄ると……そのまま片膝をついて首を垂れた。その瞬間漏れ出ていた圧力がフッと消え去り、この場に居たほとんどの者が安堵のため息をつく。

 

「え~っと、初対面でいきなりこんなことになっちゃったけど、この人が追加の護衛としてしばらく就くことになったレオンちゃんよ。……分かると思うけど実力の方は保証付きよん。普段は少し離れたところに居るけど、いざとなったらすぐに駆け付けてくれるから頼りになるわ!」

 

 イザスタが少し重くなった雰囲気を振り払うように明るく語るが、鎧の騎士……レオンは黙ったままだ。かなり無口な気質らしい。

 

「あの、実力の方は分かったんですけど、この人いったい何者なんですか? こんな目立つ人これまで城内に居たらすぐに分かると思うんですけど」

「ああ。それね。なんでもレオンちゃんってばしばらく交易都市群の方に居たらしいんだけど、王都襲撃の報を聞いてさっき帰ってきたらしいわよ。そこで丁度追加の護衛を探してたところだったし、無理言って引っ張ってきたってわけ」

 

 明の質問にイザスタは軽い調子で返す。そして一拍間を空けると、さらに加えてこう言った。

 

「あと『剣聖』って呼ばれてるらしいわよ。ヒト種最強の剣士ですって」

 

 その一言でまた場が固まったのは言うまでもない。

 





 こうして『剣聖』を護衛として引っ張ってきたイザスタさんでした。

 大分過剰戦力の気がありますが、国も結構過保護な所があるのでOKを出しています。

 次回はこの章のキャラクターのまとめです。


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キャラクター紹介(第五章終了時点)

 キャラクター紹介(第五章時点)

 

 桜井時久

 

 一円玉の交渉、資源回収と、ちょこちょこ戦い以外で金稼ぎを進めている主人公。これでも平和主義なのです。

 

 ちょっとした小遣い稼ぎになればと資源回収を始めたは良いものの、予想以上に儲かって結構金銭感覚が不安になりつつある。また、一円玉の交渉で百万デンという大金を手に入れるが、まずは溜まった借金などを返すなどに充てるためこれを使って豪遊しようとかはあまり考えていない。…………少しくらいは個人的に使いますが。

 

 今回ラーメンを食べたことがきっかけで軽度のホームシック気味。だがそれによってエプリと少し腹を割って話す機会に恵まれる。落ち込んでいる時にこそ進展することもある。

 

 今章で家族構成が判明。実は時久が小柄なのは両親の遺伝。

 

 ブ〇ックサンダー大好き。基本こそ至高!! 異議は認める。偶然同郷の人、大葉鶫と出会うのだが、ブ〇ックサンダーの同士ということですぐに打ち解ける。ブ〇ックサンダー好きに悪い奴はいないのです!

 

 能力的にも性格的にも相性が良いと判断し、大葉を一緒に行こうと誘う。……大葉の言う通り着々とハーレム展開になりつつあるが、今のところ誰に対してもラアァブではなくライクである。……誰かに対してはほんの少しラブ寄りかもしれないが。

 

 

 

 

 アンリエッタ

 

 なんだか久しぶりに登場した感のある女神。しかし出ていなかっただけで、裏では色々と動いていたことが明かされる。

 

 ようやく自身の華々しいゲームスタートを邪魔した相手を特定したと思ったら、今度はゲームに関わるのかよく分からないイレギュラーが出てきて内心お疲れ。それでも持ち前のプライドの高さから時久には内緒。神は人前で弱みを見せない。

 

 この世界の前の神とのいざこざの際に『勇者』が関わっていたかという時久の質問に、アンリエッタは沈黙で返した。

 

 時久に妨害者に気を付けるよう忠告し、現在は大葉のことについて調べている。

 

 

 

 

 エプリ

 

 今回もブレずに時久の護衛。ただ厳密には契約の範囲外ではあるが、ヒースの鍛錬に付き合うなど護衛以外のことも行っている。

 

 相変わらずの食いっぷりを発揮し、特にラーメンは気に入ったようで一人で四杯を軽く平らげている。……余談だがこれでも時久に気を遣っていて、腹八分で抑えているのが怖い所。食べようと思えばまだまだイケる。

 

 夜中に時久と二人っきりで話したことで、互いに少しだけ歩み寄った……のかもしれない。時久が金を貯める理由を知り、数少ない秘密を共有する仲に。……イザスタさんと再会したらちょっぴり嫉妬されるかもしれない。

 

 幼少期からスラム育ちだったことが判明。やや年齢の割に小柄なことや平均以上に良く食べること、ちょっとした物音ですぐに目を覚ますことはこのスラム時代の影響が大きい。

 

 生来の風属性の才能により生き延びていたが、オリバーとの出会いによって運命が流転する。エプリにとってオリバーは、顔も憶えていない両親よりも大切な家族である。

 

 今回同行する約束をした大葉に対しては、食料問題がかなり重要なエプリとしては能力的にはとても有用なので同行自体は好意的。ただし最初のやり取りから、あくまで準護衛対象と考えている。……つまり、付きっきりで護衛する必要は無いという事だ。

 

 

 

 

 セプト

 

 治療は順調に進行中。エリゼ院長が読み違える程魔力量が多く、器具を早めに取り換えた以外は問題なし。その際シスター三人娘からまた色々吹きこまれているようで、時久としては不安だったりする。

 

 都市長の頼みでヒースから諸々聞き出そうとする際に、エプリから尋問の才能が有ると評される。ただセプトの場合普通に(傍から見たら人形めいた無表情少女が淡々と訪ね続けるという精神に負担のかかりそうな光景だが)聞いているだけなので、その手のことをご褒美と取れる相手には通用しない。

 

 また、闇属性を活用することでヒースの尾行の際にも高い適性を見せた。かくれんぼで無双するかもしれない。

 

 時久から小遣いを貰ったのだが、今のところ使い道がない。と言うより奴隷の物は主人の物という考えが根底にあるので、ただ預かっているという認識が強い。

 

 

 

 

 ジューネ・コロネル

 

 地味に今章交渉で動きまわっている商人少女。ヒースへの売り込み、都市長との交渉、時久の交渉をサポートするなど大忙し。

 

 ヒースから諸々聞き出そうとする際に、一緒にペアリングを売りつけている。ちなみに精神耐性や睡眠耐性等は間違いなく本物だが、ムード作りなどはあくまで自己責任。持っていき方はヒース次第である。がんばれヒース。

 

 都市長との交渉では始めから押されっぱなしだったが、アルミニウムの追加の際に都市長の痛い所を突いたのはジューネの実力。それによって金額は相当値上げされ、結果として百万デンの大取引に。

 

 盗品持ち込みの際は上手く事件にならないよう立ち回り、それでいてお得意様に次回の商談をまとめるなど強かに動いている。

 

 

 

 

 アシュ・サード

 

 最近用心棒と言うより教官になりつつある男。ヒースの鍛錬に時久達を巻き込み、それをきっかけにヒースと話す機会を作るなど色々気をまわしている。

 

 最近は前の雇い主であるドレファス都市長と密談をすることが多く、ジューネと別行動をとることが目立つ。しかしあくまで今の雇い主はジューネなので、交渉などではジューネ側に立つ。公私はそれなりに分けるタイプなので。

 

 服装や装備などは獣国ビースタリア風なのだが、実は直接行ったことはないという。そのくせ箸の使い方なども手慣れていて、獣国で作られているラーメンも食べたことがあるという。未だ謎が多い。

 

 

 

 

 ドレファス・ライネル

 

 今章でアルミニウムを時久から売り込まれる。預かって特性を調べた結果、希少性、実用性、危険性の三点を踏まえた上で時久に追加発注をするという行動をとった。結果として時久からアルミニウム十キロを百万デンで買い取っている。

 

 ジューネの指摘通り、アルミニウムはミスリルの代用品として使えるが、あくまで代用品な上に危険性も多少あるため個人で大量に必要とすることはあまりない。それでもドレファスには大量に必要とする理由がある。

 

 都市長としてノービスのために行動している。ドレファスのこの言葉に一切の嘘偽りはない。……その行為がノービス以外の都市にどのような影響をもたらすかは敢えて言わないが。

 

 

 

 

 ヒース・ライネル

 

 このところアシュとの鍛錬でボロボロになったり、セプトに淡々と尋問されたりと諸々酷い目に合っているヒースである。ちょくちょくアシュ以外の講義などを抜け出して夜中に帰るということを続けている。

 

 アシュの鍛錬が徐々に厳しくなっているが、それになんとかついていけている時点でかなりの実力者。実際に時久達と模擬戦をした場合、エプリとは実戦経験の差でやや分が悪いがセプトと時久にはだいたい勝つ。勿論絶対ではないが。

 

 惚れた相手の気を引くためにジューネからペアリングを買ったり、デートに使えそうな食事処を見繕うなど結構努力家であるが、その努力が実る可能性はかなり低い。

 

 またラーメンは純粋に気に入っていて、デート抜きにしてもちょくちょく通っている。店主の話では夕方には店を発っているというが……。

 

 

 

 

 大葉鶫(おおばつぐみ)

 

 高校一年。十六歳。身長百五十八センチ。体重は内緒っす! 少し赤毛が混じった茶髪を少し短めに切りそろえ、顔立ちは綺麗系と言うより可愛い系。上下濃い群青色のジャージに、袖から見える肌は軽く日焼けしていて、時久曰くいかにも運動か何かをやっているという感じ。

 

 イレギュラー。ゲームの()()()参加者ではない。参加者の証である痣は時久と同じく右手首にあるが、本来ローマ数字が刻まれる代わりにギザギザで歪な黒い丸が浮き出ている。そのため現在アンリエッタが調査中。

 

 時久の数日後に突如この世界に跳ばされ、現在までに様々な困難に遭遇している。ノービスの裏通りの一画に住み着いていたが、時久と出会いブ〇ックサンダーの同士として意気投合する。

 

 イレギュラーだが参加者共通の加護は所持しており、加えて『どこでもショッピング』の加護を持っている。これまで生き残れたのはこの加護といつの間にか持っていたタブレットのおかげだという。

 

 『どこでもショッピング』の()()()()()()大葉の買ったことのある物をどこでも再び買うことが出来る。物資の補給という点では非常に重宝され、貴重な地球産の品を手に入れられるということもあって商人から見れば喉から手が出るほど欲しがる能力。

 

 ただしこの加護の能力は()()()()いくつかの制限があり、その一つが品物のある世界の通貨しか使えないという点。この場合地球産の品を買うには地球の通貨が必要になる。そのため大葉はいずれ使えなくなると考えていたが、時久の『万物換金』は金であれば両替が可能なので実質制限をなくすことが出来る。

 

 ちなみに物を買う場合、値段がどのように決められているかは不明。

 

 イレギュラーなため直接担当に会った訳でもなく、能力などの説明は全てタブレットに記載されていたもの。突如かつ理不尽に跳ばされたことで元の世界に戻りたいという気持ちは強い。そのことや能力的な相性もあって時久達と同行することを約束する。

 

 

 

 

 月村優衣

 

 『勇者』として鍛錬の日々を送っていたが、明の計画に協力して“天命の石”について調べるため行動する。

 

 他の『勇者』との関係は食事の時に同席する程度には良好になりつつあり、イザスタの機転でマリーをほぼ専属メイド(見習い)に迎えてからは大分精神も安定しつつある。

 

 天命の石が一つだけしかないという事実を知って再び不安定になりかけるも、どうにか立ち直って問題に向き合おうと決意する。

 




 これにて第五章は完結です。

 次章は話のストック補充のため、少し間をおいて月末辺りから投稿する予定です。

 楽しみにして貰っている皆様には申し訳ありませんが、少々お待ちいただきたく思います。


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第六章 積もった金の使い時はいつか
第百五十六話 身分証明は異世界でも大事


 お待たせしました!

 第六章開幕です!


 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「センパ~イ。あたし……あたしもう我慢できないんすよ」

「ま、待てって大葉」

 

 大葉がじりじりとこちらににじり寄ってくる。はぁはぁと息は荒く、その姿はまるでケダモノの如し。

 

「実を言うと、今日最初に会った時からもう……わりと限界って言うか、もう辛抱たまらんって言うか、だから……だから、センパ~イ」

 

 そして大葉は俺に向かって飛びかかり…………そのままズザザッと音を立てながらスライディング土下座を決めつつ伏し拝むように両手を合わせる。

 

「そこの屋台のプリップリのお肉ちゃんを奢ってくださいっす~っ! この通りっすよ~っ」

「…………いや、もっと普通に頼めよ。そんなことしなくても奢るって」

「ホントっすか! ありがとうっすセンパイ! ゴチになるっす! 今日はこの時に備えて朝食抜いてきたんでもう腹ペコで……待っててねお肉ちゃん。今行くっすよ~!」

 

 そう言って屋台に突撃していく大葉。わざわざ朝食抜いて気合入れてこなくても。エプリはその様子を一歩引いた様子で見守り、セプトは相変わらず無表情だ。始まりからこれだとこれから先どうなっちゃうんだろうか。少し不安だ。

 

 

 

 

 異世界生活二十三日目。

 

 昨日の約束通り、昼頃俺達は大葉を誘って市場へ資源回収(食べ歩き)に出発した。と言っても、たった今大葉が突撃した串焼きの屋台は以前も行ったところなのでもう回収するものはなさそうだが。

 

「むっふ~! この串焼きメッチャ美味しいっす!! 噛む度にじゅわっと肉汁があふれ出て、あたしがこれまで食べた中でも相当美味しいっすよこれ!」

「……美味しいという所は同感ね。……店主、もう十本追加で」

「あいよっ! 相変わらず良く食うな。良い食いっぷりだ」

 

 大葉は目を輝かせながら舌鼓を打っている。いつの間にか自然にエプリまで混ざっているのは見なかったことにしたい。おのれあいつら人の金だと思ってバクバク食いまくってからに。

 

「……はぁ。まったくあいつらは。こうなったら俺達も食うぞ。……セプトもボジョも遠慮しないで良いからな。どうせエプリはその分も買ってるだろうから」

「うん。食べる」

 

 セプトはそう言ってこくりと頷き、ボジョも俺の服から触手をにょろりと出して反応する。それじゃあ行くとするか。

 

「おっ!? 坊主じゃないか! 何やらまた女の子が増えているようで、坊主も隅に置けねえな」

「茶化すなよおっちゃん。俺にも串焼き三つね」

 

 俺達が近づくと、串焼き屋のおっちゃんが軽く手を振ってくる。俺も串焼きを注文し、エプリは頼んでおいた分をセプトとボジョに二本ずつ手渡す。残りは自分の物とばかりに指に挟んでいるが、俺の分も取っておいてくれても良いのに。

 

「おっちゃん。今回は食べ歩きがてら話を聞きに来たんだ。前に教えてもらった要らない物で困っている人は大体あたったからね、こっちで歩いて探してはいるけど確実じゃないし、他にそういう人はいないかな?」

「う~む。他かぁ。坊主達は結構な上客だし力になってやりたいが、誰か…………あっ! そう言えば居たな。丁度良い奴が」

 

 おっちゃんは少し肉を焼きながら考えていたが、誰か思い当たる人が居たようでその人の店を教えてくれる。その場所を簡単にメモし、串焼きを食い終わると俺達は早速その店に向かうことにした。と言っても食べ歩きも目的なので、時折途中の店に寄ったりしながらののんびりしたものだが。

 

 う~ん。やはりある程度金に余裕が有るとついつい財布のひもが緩む。心に余裕を持つのは良いけどうっかり散財しすぎないようにしなくては。

 

「ふぃ~。久しぶりに腹いっぱい食ったっす! やっぱり美味しいものをたらふく食うっていうのは幸せになるっすよね!」

「そうだよな…………特にタダ飯だと尚良いだろうなぁ。人の金だと思ってよくもまあ食ったもんだ」

「ゴチになりました♪ こういう時は後輩に器の大きい所を見せるもんっすよセンパイ! それに……エプリさんに比べれば控えめな後輩っすよ。なんすかあの食べっぷり? フードファイター?」

「俺もよく分からない。胃袋どうなっているんだろうな?」

 

 腹ごなしも兼ねてぶらりと歩きながら、俺と大葉はチラッとエプリの方を見る。……こちらが見ていることに気づいても何も言わない。傭兵として雇う時に基本食費はこっち持ちにしちゃったからな。その内食費だけでえらいことになりそうだ。

 

ご主人様(トキヒサ)。私、やっぱり我慢しようか?」

「あっ!? セプトは大丈夫だからな。むしろ育ち盛りだから遠慮せずに食べろよ。……だけど大葉。久しぶりに腹いっぱい食ったって言ったけど、金とかは無かったのか? 『どこでもショッピング』があるんだからそのまんま食べ物を出しても良いし、何か売りに出して金に換えても良かっただろ? 日本の品を取り寄せて異世界で売るなんて結構王道パターンだと思うけど」

「あ~……あたしも初めはそう考えたっす。だけど前のスマホのこともあったし、ここらへんじゃ売る伝手が無いんすよね。……そもそも真っ当な店じゃあたし買い物出来ないんすよ」

「買い物出来ない? それはまたどうして」

「…………証明書」

 

 妙な話に悩んでいると、エプリが横からぼそりと話す。証明書? ノービスに入った時に作ったな。毎回店で買い物する時は見せてるけど……あっ!?

 

「センパイも分かったみたいっすね。あたしは急にこの町に来たから持ってないっすよ。それがないと表通りの店では買い物出来ないし、発行しようにも元手が無いし、下手したら不法入国でお縄っすからね。なくても大丈夫な店は何かしらワケアリの店が多くて危ない……ってな訳っすよ。だからこれまでは食事の大半を『どこでもショッピング』でチビチビ食い繋いでたっす」

 

 予想以上に深刻な問題だったあぁっ!? あっけらかんと言ってるけど買い物出来ないって相当マズいからな。今の内に聞けて良かった。

 

「……そっか。じゃあ仕事が終わったら一緒に発行してもらいに行こう。ここまできたらもうそれも奢りで良いよ」

「ホントっすか! いやもう神様仏様センパイ様って奴っすよ! ありがたやありがたやっす♪」

 

 だから拝まなくて良いっての。調子が良いんだからまったく。

 

「……能力的には有用だけど性格的にやや難があるかもね」

「ツグミ。変な子なの?」

「そんなっ!? お二人共ヒドイ。変じゃないっすよ~っ!」

 

 何だかんだエプリやセプトととも打ち解けているようで何よりだ。俺達はそんな風に親睦を深め合いながら歩いていく。

 

 

 

 

「ところでセンパイ。この町から遠出する面子で食べ歩きって話でしたけど、昨日家に来た人ばっかりっすよね? 他にはいないんすか?」

「うんっ!? それがもう二人来るはずだったんだけど用事が入っちゃったんだ。一人は後から遅れてくるって言ってたからそのうち追いつくんじゃないかな?」

 

 アシュさんはドレファス都市長と用事があって留守番。ジューネは来るはずだったのだが、今日の昼前急に商人ギルドのネッツさんから呼び出しを受けたのだ。急ぎということで雲羊に乗って行ったため、こっちは歩きということになった。まあ食べ歩きなのでどのみち雲羊は乗らなかったとは思うけど。

 

「ジューネは儲け話に敏感だから、大葉の加護を知ったら絶対食いついてくるはずだ。顔も広いし商人としての腕は確かだから仲良くしておいて損はないと思うぞ」

「商人っすか……この町で最初に会った商人が奴隷商だったからイマイチ良いイメージが無いんすよね。でもまあこれから一緒に行くことになるわけだし、まずは話してみるっすよ」

「それは最初が悪すぎな気もするけど……まあジューネなら大丈夫だ。後でじっくり話してみてくれ。……おっ!? あれじゃないか?」

 

 話している内に、どうやら目的地らしい店に辿り着く。メモと周りの立地を確かめ……うん。間違いなさそうだ。

 

「しっかし異世界に来て三週間になるけど初めて来たな。だけど考えてみたらそりゃああるよ。必要になるもの」

「そうっすね。モンスターが普通にいる世界っすから。ファンタジーの世界だからこそ大真面目にあるっすよね」

「……私にとっては仕事柄見慣れたものだけどね」

「私は、あんまり行かない」

 

 四者四様の言葉を並べつつも、俺達はその店を眺めていた。そう。中世風ファンタジーでは大抵の冒険者がお世話になる店。

 

 THE・武器屋である。

 




 ちなみに大葉も結構食べる方です。エプリにはかないませんが。……このメンバーの食費を考えるとすぐ金が無くなりそうで怖いですね。


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第百五十七話 手間暇かかった良い品は高い

「すいませ~ん。誰かいますか?」

 

 剣と盾を模った飾りがついた扉を開けると、俺はそう言って店内を見渡す。中はそんなに広くはなさそうだが、壁のいたるところに剣やら槍やら武器と防具が飾られているのはイメージ通りだ。隅にある棚にはそれ以外に身に着ける小物なども陳列されていて、武器屋兼雑貨屋と呼んでも良いかもしれない。

 

 明り取り用のガラスのない窓から光が差し込んでいるので大分明るく、その光があちこちの刃に反射してギラリと輝く。いかにもファンタジーって奴だ。地味に男心をくすぐるな。

 

「お留守っすかね? うおっ!? スゴイっすねこれ! 漫画みたいっす!」

 

 俺の後ろから大葉が入り、一目見るなり感嘆の声を上げる。それに続いてエプリ達も店内へ。

 

 セプトはいつもと同じように無表情で俺についてくるのだが、エプリは飾られている武具を真剣に眺めている。時々「…………使えそうね」なんてブツブツ言ってるのが微妙に近寄りづらい。プロは道具選びの時から全力らしい。

 

「なんじゃい。騒々しい。…………客か?」

 

 そうこうしていると、カウンターらしき所の奥からのっそりと誰かが出てくる。小柄で横にでっぷりと太い体型。しかし不健康と一言で断ずるには早く、その腕は常人など軽くひねれそうなほど筋肉が盛り上がっている。

 

 やや丸っこい顔の下半分はもじゃもじゃの髭で覆われ、所々に焦げ跡のようなもののついた前掛けを身に着け、片手には今の今まで使われていたと思われるやっとこが握られている。ま、まさかこの人は!?

 

「センパイ。ドワーフっすよドワーフ! もろファンタジーの住人って感じの人が出てきたっすよ!」

「ああ。俺も以前商人ギルドでチラッと見たきりだったけど、こうして実際に目の前に居ると感慨深いものがあるな」

 

 店の奥から現れたのは、まさに絵に描いたようなドワーフだった。もうあとハンマーでも持たせれば、完全にドワーフという言葉で大体の人がイメージするドワーフ像そっくりである。ちょっと感動して呆けていると、この人は半ば呆れるような口ぶりで話しかけてきた。

 

「ワシはバムズという。お前さん達ドワーフを見るのは初めてかの? ヒュムス国寄りの町ならともかくここらへんじゃ珍しくもなかろうに。……で? 何の用じゃ? 何か欲しい装備でもあるのか」

「いえ。そういう事ではないんですが、実はルガンに話を聞いてきたんです。不要品などがあれば買い取らせていただきたいんですが」

 

 ちなみにルガンとは串焼き屋のおっちゃんの本名。毎回おっちゃん呼びしているからどうにも慣れない。

 

「不要品…………ああ! そう言えばルガンがこの前言っていたわい。不要品を高値で買い取ってくれる奴がいると。お前さん達のことじゃったか」

「はい。使い道が無くて置き場に困ってるものや、見るからに役に立たなそうな物でも出来る限り買い取らせていただきます。何かそういった物はありませんか?」

「おおっ! そういう事なら丁度良い。早速持ってくるが少々量があっての、しばし待っておれよ」

 

 そのまま奥へ引っ込もうとするバムズさん。時間が掛かるなら一つ聞いておくか。

 

「あっ!? 待ってる間に店内の品を見て回っても良いですか?」

「良いも悪いもそこに出ているのは全て商品じゃからのう。断りなぞ要らんから勝手に見るがよい。壊さなければそこで試し切りなんかも出来るからの」

 

 バムズさんが指さした店の隅には、確かに試し切り用と思われる傷だらけの丸太が置かれていた。やはり皆そういったことをするのだろう。

 

「ありがとうございます!」

 

 そうして奥に戻っていったバムズさんを待っている間、折角なので各自で店内の商品を見て回ることにした。実際の武器なんて触れる機会はあんまりないものな。中々に面白そうだ。

 

 

 

 

 それからしばらくして、

 

「エプリ。そっちは見終わったか?」

「……大体はね。結構良い品が揃っていたから個人的に二、三買って行こうと思って」

 

 ざっと店内を見て回った俺は、ある商品棚の前でじっと悩んでいるエプリに声をかけた。

 

 見ればいくつかの品を自身の脇に置いている。武器は無かったが、何かの革で出来た手袋や胸当てなど比較的簡単に身に着けるものが多い。

 

「……以前のクラウンとの戦いの時、装備のいくつかが傷ついたから予備を少しね。……トキヒサは何か有った?」

「あ~……それな。一応俺も男だし、格好いい武器とかに憧れたりもするわけだよ。これも一種のロマンだと思うしな。だけど……だけどだ。考えてみたら俺武器を振るうのって無理だわ」

 

 俺に剣の心得とかは無い。学校の授業で剣道をかじったぐらいだが、そんな数時間ぐらいのものがこっちの実戦で使えるかと言うとまず無理だ。そういう技術がない以上、これまで通りシンプルに貯金箱でぶん殴っている方が多分良い。

 

 それに俺の金魔法は基本投擲技。わざわざ剣の間合いまで近づくよりも遠くから金を投げていた方が早い。そもそもそんな戦うようなはめに陥りたくはないけどな。

 

「…………確かにね。傭兵として雇い主に戦わせることはあまりない。最低限の自衛さえ出来ればそれ以上のものは必要無いか」

「と言っても俺の場合その最低限も出来るかどうか怪しいけどな。……それに」

 

 俺はそこで言葉を切り、壁に飾られた一本の槍の横にある値札を見る。紙自体は珍しくないし、書かれている文字も勉強したので何となくは分かる。分かるのだが、

 

「それにこうお高いんじゃ買う気が無くなるよ。この槍なんか一つ五十万デンだってさ」

 

 この世界において良い装備というのは値が張る。いやまあ良い物を作るのに金がかかるというのは分かるつもりだ。素材に設備に人件費にだって金がかかる。そこで金をケチっては良い品は出来ないのだろうし、費用の分だけ値段を上げないと商売として成り立たないというのも仕方のないことだ。

 

 戦いの中でほんの少しの装備の良しあしが明暗を分けるというのも良くある話。ちゃんと需要があるからこの額に設定しているのだろう。それに関しては認める。

 

 しかしだ。今でこそ多少小金持ちになった身だが、それでもこんなのをホイホイ買ってたらすぐになくなるっつ~のっ! 

 

「他のも十万デンとか二十万デンとか平気で出てくるし、ここらの武器の相場ってこんなにするのか?」

「…………そうね。あくまで私の経験上で言えば、平均的な武器の相場から大分高いわ。だけどその分質の良いのが揃ってる。……特に壁の武器はほとんどが一級品ね」

 

 エプリがそこまで言うってことは相当良い物らしい。確かに見た目も中々に強そうだしなこの槍……ってあれっ!? そこにあった槍はどこ行った?

 

「へぇ~! これ五十万デンもするっすか? スゴイっすね!」

「げっ!? 大葉何やってんのっ!? 早く戻せ戻せ!」

 

 なんと大葉がその五十万デンの槍を壁から外して持っている。おまけにポンポンと軽く放ってはキャッチしているので心臓に悪い。その後も恐ろしいことに、大葉は他にも飾られている品を一つずつ手にとってはしげしげと眺め、時には実際に構えたりもしている。一度なんかそのまま試し切りコーナーに持っていこうとしたくらいだ。

 

「だってこういうのは使ってみないと分からないっすよセンパイ。さっきのドワーフさんだって壊さなければ試し切りOKって言ってたじゃないっすか!」

「いやそうだけどもっ……お前明らかに構え慣れてないじゃんっ! そんなのにお高い装備は持たせられませんってのっ!」

 

 一足先に見終わっていたセプトに「トキヒサを、あんまり困らせちゃダメ」と叱られ、しょんぼりとしながら最後に手に取っていたやたら強そうな剣を渡してくる大葉。

 

 しっかしなんだろうな。こういう強そうな剣って持っているだけで自分が強くなったような気がしてくるよな。試しにちょっとだけ構えてみようかな。

 

「あっ!? センパイあたしには持たせられないなんて言っておいて自分だけっ! ズルいっすよ!」

「そう言うなって! 大葉だって構えてたじゃないか。俺も一回だけ」

 

 以前授業でやったように、竹刀を持つような感じで剣を握って構える。……おおっ! 意外に様になっているんじゃないだろうか? なんか歴戦の戦士になったような気分が…………。

 

 そこで俺は、大葉以外に俺を見つめる二つの視線に気がついた。一つは無表情ながらもどこか目をキラキラさせている風に見えなくもないセプト。そして、

 

「………………はぁ」

 

 軽くため息をつき、フードの隙間からどこか呆れたような嘆いているような何とも言えない表情でこちらを静かに見つめる傭兵さんである。

 

「…………センパイ。戻した方が良さそうっすね」

「…………そうだな」

 

 大葉に促され、俺はちょっぴり恥ずかしい気持ちで優しく剣を飾ってあった場所に戻す。……値札に八十万デンって書いてあるのは見なかったことにしよう。

 

 結局大きな袋を持ってバムズさんが戻ってきたのは、それからもう少ししてからのことだった。





 地味にこういうお店に初めて入って興奮気味の時久と大葉でした。



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第百五十八話 新素材の持ち込み先は

「お~う。待たせたのう」

 

 戻ってきたバムズさんは、背負っているパンパンに膨れた袋をよっこらせと床に置く。……気のせいか一瞬床が揺れた気がしたぞ。いったいどれだけ入ってるんだ?

 

「結構量がありますね。これで全部ですか?」

「いや。実は一度で運びきれなくてのう。スマンが先にこれだけ頼めるか? その間に次の物を用意するわい」

「他にもですか……分かりました。では先にこれだけ査定しておきますね。中身は外に広げても良いですか?」

 

 ただでさえ多いのにまだ有るという事で少し及び腰になるも、多ければ多いほど儲かると考えて腹をくくる。調べやすいように中身を出しても良いかと訊ねると、バムズさんはおうと頷いて再び次の品を用意しに奥へ戻っていった。

 

「さて、始めるとするか。……しっかし量が多いな」

 

 袋の口を開けると有るわ有るわ。やはり武器屋という事で、古びたり壊れかけている武器や防具がどっさり。日用品と思われる品もあったけれど、一番多そうなのはやはり武器防具系統だ。

 

 俺は早速貯金箱を取り出し、一つずつ査定を開始する。ただ、これは時間が掛かりそうだな。

 

「……かなりの量ね」

「トキヒサ。手伝う?」

「大丈夫。俺一人で…………いや、やはり手伝ってもらおうかな」

 

 俺一人で良いと返そうとしたが、セプトの場合逆に断った方が気を遣わせることになるかなと思い直す。エプリはいつも通り我関せずといった具合。まあ他の資源回収の時も基本そうだしな。

 

 時折手伝ってくれたりもするけど、今回はアシュさんもいないし護衛対象が増えたという事で護衛の方に集中しているみたいだ。……増えたといえば丁度良い手伝いがもう一人いたな。

 

「大葉! そこで素振りしてないでちょっと来てくれ」

「……? どうしたっすかセンパイ?」

 

 今度は特売品コーナーに乱雑に置かれていた武器を振り回していた大葉が、何事かと駆け寄ってくる。よ~しよし来たな。これまで奢った分たっぷり働いてもらうぜ!

 

「仕事だよ仕事。これから俺が査定した奴を仕分けてほしいんだ。……ところでこっちの文字って分かるか?」

「仕事? ああなるほど! 途中話してた資源回収って奴っすね。それは良いっすけど、こっちの文字はチンプンカンプンっすよ。話すだけなら不自由しないんすけどね」

「そこは俺と同じか。……分かった。じゃあ大葉は俺が査定しやすいようにドンドン袋から出して、終わったらそこに敷いた布の上に置いてくれ。慎重に扱ってくれよ」

「了解っす!」

「セプトは俺が言った査定の内容をメモしてくれ。出来るか?」

「うん。任せて」

 

 セプトはこくりと頷いた。無表情ながらもなんとなくやる気に満ちているようにも見える。勉強も上手くいってるようだし良い傾向だ。念の為、エプリにある程度書き終えたらメモを確認してもらうことにする。そのくらいなら護衛しながらでも何とかなるだろう。

 

 こうして皆の協力の中査定を始め、予想よりも早い時間で査定を終わらせることに成功する。やはり人手があると違うな。

 

「……よし。これで大体終わったかな」

「そうみたいっすね。それにしてもボロい武器とかが結構多かったっすね。武器屋って言うくらいだから、全部素材とかにしちゃってゴミは出ないかもって思ってたんすけど……違うんすかね?」

「そうじゃのう。そこが頭の痛いところだわい」

 

 大葉がつい漏らした疑問に、また袋一杯に何かを詰めて持ってきたバムズさんがどこか難しい顔をして答えた。

 

「そこの武器なんかは、ここで武器を買った冒険者なんかが代わりに置いていったもんじゃ。この店では武器の下取りもやっておってな。じゃが……手入れがなっとらんものが多すぎての。出来得る限り修理したり素材ごとにばらして使えるもんは使うんじゃが、素材としても質が悪くなりすぎちょるもんまではどうにもならんのよ」

 

 確かに。査定した時もひどい有様だったもんな。どれもこれも状態粗悪の品ばかり。ダンジョンでスケルトンが持っていた武器より安いものまであったぐらいだ。逆によくこんなのを下取りで出したなと思ったよ。それに素材としても使えないって……どんな使い方をしたんだか。

 

「そうだったんすか。……その、すみませんっす。何というか想像だけでさっきあんな事言っちゃって」

「なあに気にするでない。分かってくれたら良いんじゃ。それと、なるべく道具は大事に扱う事じゃの。さっきみたいな雑な取り回しじゃあすぐに痛んじまうわい」

「うっ……ゴメンナサイっす」

 

 どうやらさっき勝手に持って振り回していたのを見ていたらしい。言い回しからすると試し切りがダメというよりも上手く使えていなかったことがダメなようだ。それもあってすっかり大葉がしおらしくなってしまった。

 

「バムズさん。ひとまずさっきの分の査定は終わりましたよ。これが簡単なリストになります。大まかにですが個別に値段が書いてありますから確認をお願いします」

「確認じゃな? …………こりゃ結構良い額じゃ。これだけ貰えるなら大いに助かるわい! それと、今度はこっちも頼みたいんじゃが」

 

 バムズさんはメモの値段を見て相好を崩す。値段はお気に召してもらえたようで何よりだ。それと入れ替わりにバムズさんにまた別の袋を渡され……うっ!? 重っ!! 中に何入ってんだこれ!?

 

 新たに渡された袋の中を覗き込むと、こちらには様々な金属片、それに何かの生物のウロコや皮といった、武器や防具というより純粋に素材そのものが詰め込まれていた。

 

「これも…………全部ですか?」

「ああ。スマンがよろしく頼むわい」

 

 内容に少し違和感があるものの、売ってくれる品が多いのは良いことだ。俺達は早速また査定を開始した。

 

 

 

 

「へぇ~。バムズさんは鍛冶屋もやってるんですか!」

「そうじゃよ。この店の商品は大半がワシが造った自慢の作品じゃ!」

 

 査定しながらもちょいちょい世間話をするくらいは慣れたもの。人によっては些か不真面目と取られるかもしれないけど、こういう所から得た情報が場合によっては儲け話に繋がるというのはジューネの言だ。幸いバムズさんもこういった話題は好きなようで、さっきから話が弾んでいる。

 

「……見たところ、壁にかかっている品はどれも一点物。それも良い素材を良い職人が使って造られた一級品ね。状態も良いし……これならこの値段も納得だわ」

「ふふん! お前さん分かっとるな! 素材だけでも職人だけでも良い品にはなり得んのじゃ。さらに言えば良い使い手も必要じゃな。……じゃというのに、最近はめっきりそういう客は少なくなった。装備だけに頼って自らを鍛えるのを怠り、あまつさえ肝心の装備の手入れすらまともに出来ない輩ばかりじゃ。実に嘆かわしい」

 

 エプリがここまで褒めるのは珍しい。それだけの品ばかりということか。エプリの言葉に少し気を良くするも、今度は少し最近の客層について愚痴りだすバムズさん。色々と溜まっていたらしく、次から次へとポンポン愚痴が飛び出してくる。まあお客さんだしこういうのを聞くのも仕事の内かね。

 

「じゃあ壁にかかったもの以外の……この棚の奴とかこっちの特売品の奴もバムズさんの作品っすかね? それにしてはなんかちょっと雑っすけど」

「棚の所の一部と、特売品の物はワシの作品ではない。商人ギルドなんかを通して、職人見習いが自身の作品をあちこちの店に卸して生活の足しにするんじゃよ。値段が安い代わりに出来栄えはピンキリ。……まあ初心者なんかには丁度良いかもしれんがな」

 

 バムズさんは微妙な顔をしながらそう説明してくれる。自分の作品でない物を売るのはあまりしたくないけど、ギルドのしがらみかなんかで断れないとかそんな所かな?

 

 そう言えば特売品のコーナーはざっとしか見ていなかった。初心者向けというのも俺向きで気に入ったし、査定が終わったら見てみるのも良いかもしれない。

 

 

 

 

「しかし、この査定の品は全体的に何か焦げたようなものが多いですね。……これだとちょっと値段が下がってしまいます」

「真っ黒」

 

 セプトの言う通り、査定している品の大半がどこかしら焦げ付いている。しかもわりかし最近のもののようだ。ナマモノ的なウロコとか皮が焦げるのはまだ分かるのだが、熱に強そうな金属類まで影響が出るって相当だ。鍛冶の最中にアクシデントでもあったとかかね?

 

「やはりか。しかし下手に使う訳にもいかん。ここまで素材が痛んでは作品の出来も悪くなるからのう。その点お前さん達が来てくれて助かった。……いかに新素材の実験のためとは言え、これらの素材が完全に無駄にならなくてすんだわい」

「……新素材ですか?」

 

 何か面白そうな話が出てきた。儲け話かな? 金は稼がないといけないし、こういう情報はちょこちょこ集めておいた方が良い。

 

「ああ。数日前持ち込まれた物でな。特性やら使い道やらを調べてくれと頼まれての。新素材とあらば職人としては黙っちゃおれん。渡された品を色々調査しておったんじゃが、どうやら特定の条件を満たすと周囲に燃え広がる厄介な性質があっての。実験のために用意していたこれらの素材が焼けてしまったという訳じゃ。いやあ迂闊じゃったわい」

「おっかない話っすね」

 

 大葉が査定の品を運びながら言う。これだけの素材が一度に焼けてしまうなんて相当な損害だ。その新素材というのは大分物騒な物らしい。誰だそんな危険物を見つけたのは?

 

「名前は何て言ったかのう……そうじゃ! 確かアルミニウムとか言う素材じゃった。珍しく都市長が来て持ち込んだ時は驚いたもんじゃわい! ……おっと!? これは内緒にしておけという話じゃったな。スマンがこのことは内密に……どうしたんじゃ? 急に頭なんか下げて」

「いや。何と言うかその………………申し訳ございません」

 

 俺が都市長さんに渡した奴だったよちっくしょう! バムズさんには悪いことしたな。査定額には色を付けておこう。そんなこんなで俺達はなんとか査定を終えたのだった。




 地味にドレファス都市長と繋がりのあったバムズさんでした。

 それと、今話でひとまずアンケートを打ち切りたいと思います。皆様の投票に感謝を!


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第百五十九話 鑑定からの転売は控えめに

 合計査定額を見せると、バムズさんは大分驚きながらも喜んでいた。何度も、この額に間違いは無いか? 本当にこんなに貰って良いのか? と訊かれたぐらいだ。……通常より少し色を付けてあるのでどうか何も言わず受け取ってほしい。ご迷惑代という事で。

 

 それにしても、このバムズさんが都市長さんがアルミニウムの調査を依頼したヒトだったとは。偶然とは恐ろしい。実際腕の方は間違いなく良さそうだし、先ほどうっかり話しそうになったことを除けば優秀な人物なのだろう。

 

 査定が終わったら、今度は純粋に客としてセプトと一緒に店内を見て回る。エプリなんかは普段からすると珍しく、バムズさんと熱心に装備について話していた。仕事上使う物に関しては妥協を許さない……プロフェッショナルとはこういうものよって態度で示しているな。うん。

 

「セプトは何か欲しい物は有ったかい?」

「大丈夫。私、あんまり武器、使わないから」

 

 セプトはいつものようにポツリポツリと答える。確かにセプトは極端な魔法使い型。直接殴り合うとかそういうイメージは湧かない。かといって他の人が買い物してるのにセプトだけ何もないというのも寂しい気がする。

 

「そっか。じゃあ……これなんかどうだ?」

 

 俺は咄嗟に商品棚に置かれていた小さな緑色のブローチを手に取った。武器屋にしてはやけに可愛らしい品だが、他にもわずかばかり似たようなものが置かれている。これも商人ギルドから卸されたものかもしれない。値段の方も五十デンとリーズナブルだ。

 

 ……しかしこのブローチどこかで見た覚えがあるような無いような。

 

「大丈夫。私、欲しくないから」

「それにしては一瞬目がそっちに行った気がしたけどなぁ。……じゃあこうしよう。俺が個人的に気に入ったので買うから、セプトが持っていてくれ。あと持っているだけじゃ寂しいから、時々付けてくれればなお良しだ」

 

 セプトはまだ断ろうとしていたが、俺が半ば無理を言って渡すと諦めたように受け取った。

 

 相手の都合を考えず勝手にプレゼントするのはあまり褒められたことじゃない。これはどこまで言っても俺の自己満足だ。だけど、ずっと奴隷だからと言って俺についてきてくれる相手に何か返せるものがあれば良いと、そんなことを考えてしまったんだ。

 

 まあ後で会計の時にまた渡してもらうけどな。

 

 

 

 

「センパ~イ。ちょっとちょっと! 来てくださいっす!」

「どうした大葉?」

 

 何やら特売品の品の前で大葉が呼んでいる。なんだなんだと駆けつけると、大葉はムフフと何やら悪そうな顔をしていた。この短い時間でも何か企んでるなって分かるくらいに分かりやすいぞ大葉。

 

「センパイ。あたし良いこと考えたっす! この非売品の品はバムズさんの作じゃないっすけど、それぞれ別の人が作ったんなら一つぐらい掘り出し物があるかもっすよ! ここは一つセンパイの査定パワーで掘り出し物を見つけてガッポガッポっすよ!」

 

 査定パワーって……だけどまあ掘り出し物を見つけるということでは確かに使えなくもない。実際の値段と査定の額は場合によって一致しないのは知っての通りだ。単純に価格より高い査定額を出したものを買えばそれだけで儲けだもんな。ただ、

 

「言いたいことは分かるよ。こういう所にこそ掘り出し物が埋もれているのは王道だもんな。某海賊的なアレや使い魔的なアレだって何でもない武器屋の片隅に良い武器が眠っていたしな。だけど……それはなんかダメじゃないか?」

 

 考えてみよう。俺がここの物を査定したとする。それをバムズさんの目の前で堂々とやるっていうのはものすごく気がひける。日本で例えるのなら、古本屋とかでスマホで買取価格を探りながら買うようなもんである。場所にもよるけどマナー違反だ。

 

「バムズさんがOK出すとかならまだしも、そうじゃなきゃ売り物を勝手に査定するなんて出来ないよ」

「それもそうっすね。……じゃあちょっと聞いてくるっす!」

「えっ!? ちょ、ちょっと待った」

 

 しかし止める間もなく、大葉はバムズさんに聞きに行く。まさかいきなり聞きに行くとは予想外だ。エプリとの話を中断されたので気を悪くするかと思いきや、意外にもわっはっはと笑っている。大葉は二、三軽く話をすると、すぐにこちらに戻ってきた。

 

「店内での鑑定系のスキル、加護の使用は問題ないらしいっすよ!」

「別段鑑定されて困るようなもんは置いておらんからな。どれも品質はワシが保証するわい。……ただそこの特売品コーナーのもんはワシの作品じゃないからのう。出来が良いのも悪いのも混じっておるからそこは目利きの腕次第という所かの。その点をスキルなり加護なりで補うというのは仕方のないことじゃわい」

「……ありがとうございます」

 

 バムズさんは良いと言っているが、一応の筋としてきちんと一礼をする。いささか個人的にはどうかと思うが、折角の儲けるチャンスでもある。ご厚意に甘えさせてもらおう。

 

「じゃあやるとするか。言い出しっぺの大葉はしっかり手伝えよ!」

「モチっす! ……ところで、これで儲かった分はあたしの取り分になったりしないっすか?」

「きちんと儲かって、その分だけちゃんと働いたらな。セプトも頼むよ」

「うん」

 

 ある意味これが正しい『万物換金』の金の儲け方なのかもしれないが、ちょっと悩みながらも俺達は査定を開始する。

 

 途中からエプリも掘り出し物を探しだしたのは驚いた。護衛は良いのかという話だが、先ほどバムズさんと話していたのはどうやらこの店の警備についてもだったらしい。自分がずっと気を張っていなくても何とかなるレベルだと判断したという。

 

 そして結論から言うと、少しだけ儲けたといった所だ。特売品コーナーの品は実際の値段とほぼ同じ、もしくは少しだけ安いものが大半。それでも数個値段よりも高く売れそうな品が見つかったので、さっきまで皆で見て回った分とまとめて購入することに。

 

 ちなみに証明書がない大葉の分は俺が代わりに買うことになった。ここは奢りじゃないからな! その内返してもらうから憶えてろよ!

 

 バムズさんはさっきの不用品の査定額と合わせてホクホクした顔をしていたが、こちらとしては内心複雑。買った品は普通に使う物もあるが、いくつかはそのまま転売する予定だからだ。他のは出来るだけ大事に使うので許してください。

 

 

 

 

「う~~ん! 今日は良く働いたっす!」

 

 時刻はもうすぐ午後五時。あらかた今日の食べ歩き(資源回収)も終わり、大葉はグッと伸びをしながら言う。

 

「その分人の金でゴチになりまくったけどな」

「それを言わないでくださいよセンパイ! それを言ったらエプリさんなんかあたしの倍……いや三倍は食べてますって。不公平っすよ!」

「……私の食事代は基本トキヒサ持ちの契約だから。正当な権利を行使しているだけよ。……何か問題でも?」

 

 素知らぬ顔をするエプリに俺は苦笑して返す。大葉よ……誰かと契約する時は食費なんかの項目もしっかり吟味した方が良いぞ。いやホントに。

 

「それにしても……ありがとうございますセンパイ。多分今日はあたしがこの世界に来てから一番良い日だったと思うっす」

「そっか。楽しんでもらえたら食べ歩きに誘ったかいがあるってもんだ」

 

 どこか神妙な態度で礼を言う大葉に、俺は敢えて茶化すような態度で返した。今日まで大葉がどう過ごしてきたかは以前聞かせてもらったからな。その大葉が一番良い日だと言えるのなら、それは良いことなのだと思う。

 

「センパイから日本円で分け前も貰っちゃったし、今日は奮発してスウィーツなパーリーでもしちゃうっすか? 我慢してた甘味とかが火を噴いちゃうっすよ!」

「俺が言うのもなんだけど、あんまり無駄遣いしすぎるなよ。その調子じゃ五千円なんてすぐ無くなっちゃうぞ」

「無駄遣い、ダメだよ」

「了解了解! 分かってるっすよ!」

 

 この五千円はさっきの特売品の儲けの一部を大葉に分配したものだ。元々言われなくとも多少の元手を渡して元の世界の品を出してもらう算段だったので、さっきの大葉の請求はちょうど良いタイミングだったと言える。

 

 あとどうにもセプトが大葉に注意する様子が微笑ましくて仕方がない。会ってまだ間もないけど、関係は意外に上手くいっているようで何よりだ。その点で食べ歩きは正解だったみたいだな。

 

「……そう言えば、ジューネは結局来なかったわね」

「そうだな。珍しいこともあるもんだ」

 

 この時間になってもジューネは追いついてこなかった。商人ギルドに呼ばれた用事が余程長引いたのだろうか? 出来ればここで大葉と顔合わせといきたかったのだが仕方がない。

 

「じゃあそろそろ都市長さんの所に戻るか。買った物の整理もあるし、明日に向けて用意もあるからな。……大葉も来るか? 会わせたい人もいるし、証明書の発行も上手くすれば頼めるかもよ?」

「それは助かるっす! ぜひ伺いますっす! ……ついでに夕食もご馳走になれればもう言う事ないんすが?」

「ちゃっかりしてるなまったく。まあ夕食くらいなら頼めば何とかなるかもな。まだ時間もあるし」

「そう来なくちゃっす! タダ飯は美味しいっすからね!」

 

 そう言ってウキウキと足取り軽い大葉を加え、俺達は都市長さんの屋敷に一度戻ることにした。結局ジューネは合流しなかったので雲羊もなく、当然徒歩である。

 

 

 

 

「…………うん!?」

 

 歩き出そうとした時、エプリが何かに気がついたように足を止めて裏路地に繋がる道を見た。

 

「どうしたエプリ? 何か気になることでもあったか?」

「…………いえ。何でもないわ。一瞬都市長の息子がいた気がしたのだけど、気のせいだったかもしれないわね」

「ヒースが?」

 

 もしやまた講義をさぼってぶらついているのだろうか? しかしいたような気がするだけで特に姿は見えない。

 

「……どちらにしても一度戻ろうか。見間違いならそれで良いし、さぼっているのだとしても夕食頃に戻ればそれはそれで問題ないしな」

「…………そうね」

 

 俺達はたいして気にも留めずにその場を後にした。

 

 それなりに儲かり、これからの準備も着々と進んでいる。今日はとても良い一日だった。

 

 

 

 

 そう。()()()()()





 流石に簡単には掘り出し物は出てきません。そもそも最低限最初にベテランであるバムズさんやギルドの職員が見ているわけですからね。良い品だったらそこで見抜かれて大半が普通に飾られます。


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第百六十話 プレゼントは贈る物? 贈られる物?

「お帰りなさいませ皆様」

 

 歩いて都市長さんの屋敷に戻ると、執事のドロイさんが出迎えてくれた。ジューネとヒースのことを聞いてみると、どちらもまだ戻っていないという。やはりさっきエプリが見たのはヒースだったらしい。

 

 ここに帰る途中でエプリが見かけたかもしれないという話をすると、ほんの僅かにドロイさんは顔をしかめ、すぐにまた普段の表情に戻る。場所を尋ねられたので大まかな場所を説明する。

 

「ありがとうございます。皆様お疲れでしょう。お部屋でおくつろぎくださいませ。夕食の際にはお呼びいたします。……失礼ですがそちらの御方は」

「あっ! すみません。こいつは大葉っていって、ちょっと商談のために来てもらったんです。ジューネに立ち会ってもらうはずだったんですがすれ違いになっちゃったみたいで」

 

 この理由はここに来る途中で考えたものだ。いきなり身分証明書を作ってもらいに来ましたというのはいくら何でもマズいので、ひとまずジューネも交えて商談を行うという体で来てから少しずつ話を持っていくためだ。

 

 それと今の大葉はジャージの上下ではなく、市場で買ったちょっと良い服を着て身だしなみを整えているのでパッと見は商人に見えなくもない。ちなみのこの服代はあくまで貸しだ。大葉がそのうち金が入ったら返してもらう。

 

「え~っと、ご紹介に与りましたツグミ・オオバっす。どうぞよろしくお願いしますっす!」

「……左様でしたか。ようこそおいでいただきましたオオバ様。お部屋をご用意いたしますので少々お待ちを」

「部屋っすか! ありがとうっす!」

 

 ドロイさんは一瞬探るように大葉を見つめたが、特に何も言わず他の使用人達に指示を始める。……やっぱり服と身だしなみを整えただけじゃ商人じゃないって感づかれたかな? だけどこれから本当に商人になるかもなので見逃していただきたい。

 

 

 

 

 自分の部屋を見せてもらってくるという大葉と別れ、ひとまず俺の部屋に集まる。夕食までもう少しかかるので、今の内に今日の収穫を確認しよう。

 

「え~っと、資源回収の純益が六千百二十デン。そこから食い歩きで使った分とバムズさんの店で買った分、そして大葉の服代にエプリに払う契約料、貯蓄用の分を差っ引いてっと…………良い感じで黒字だな」

 

 やはりバムズさんの所の儲けがデカい。今日は他にも回ったけど間違いなくダントツだ。量がとんでもなかっただけあって、これまでの資源回収の中で最高額をたたき出した。迷惑代で買取額を多めにしたのにこれだけ儲かったのだから凄い。

 

 大まかに計算し終わると、俺は軽く息を吐いて椅子にだらんともたれかかる。体力は加護のおかげでまだまだ余裕があるけど、それとは別に精神的な疲れはあるのだ。

 

 横目でチラリとセプトの方を見ると、夕食の前に自分の袋から果物を摘まんでいるボジョを優しく撫でている。リラックスできているようで何よりだ。その室内用に着ている服の左胸には、今日買った何かの動物を模ったような形をしている緑色のブローチが光っていた。

 

 時々それをそっと触れて満足そうな顔(元が無表情なので分かりづらいが)をしている所から、少なくとも嫌がってはいないようでホッとする。

 

「…………また無駄遣いかしら?」

 

 いつの間にか横に立っていたエプリが、どこか皮肉気な顔でそう言った。見ればエプリも今日買った品、何かの革製の手袋と胸当てを身に着けている。常時身に着けるというものではないけれど、ある程度使う事で馴染ませる必要があるらしい。

 

「無駄なんかじゃないさ。少なくとも俺にとってはな」

「……ふっ! 分かってるわ。からかっただけよ。……あのブローチ、非常に弱いけど魔力を流すと少しの間光を放つようになっている。セプトの闇属性を考えれば光源があった方が活用の幅が広がるもの。悪くない物よ」

 

 エプリは皮肉気な表情から一転、少しだけ感心したような表情を見せる。えっ!? あのブローチそんな効果があったの? 何となくセプトが視線を向けてたから手に取っただけだったんだけど。

 

「…………その様子だと知らなかったみたいね。……金が入ったからって適当に使いすぎるのは考え物だと思うけど?」

「そうだな。だけど……セプトはあんな性格だから自分から何か欲しいなんて言わないだろ。欲しがっても我慢してしまう。今回はたまたま欲しそうに見ていたものが俺でも手が届くぐらいの値段だったから、これ幸いと思って買っただけさ」

「……まあ結果的に有用な物だったから良しとしましょうか」

 

 エプリもセプトの方をチラリと見て、分かってくれたのかそこで言葉を切る。最近エプリに財布を握られかけている気がするな。一応俺雇い主なんだけど。

 

「……それで? そういうアナタ自身は自分の分は買わなかったの? 転売用の分や私達の分ばかりで」

「俺っ? 俺はいいよ別に。元々俺の身体は頑丈なの知ってるだろ? 武器だってロマンだとは思うけど、自分で使う予定はないしな。いつもみたいに貯金箱振り回す方が性に合ってるよ」

「…………はぁ。セプトもそうだけど、アナタも自分のことに対して無頓着過ぎね」

 

 そうかなぁ? それを言ったらエプリだって相当なものだと思うけど。なんだかんだ身体を張って依頼人を守ろうとするし。

 

「……まったく。…………ほらっ!」

「うわっとっと!? これは……何だ?」

 

 エプリが投げ渡してきたのは、エプリが身に着けているものと似た革製の胸当てだ。ただサイズが若干大きくなっているし、エプリの物に比べて少し厚みがある。バムズさんの所で何故か二つ胸当てを買っていると思ったら、これはもしかして俺用か?

 

「……トキヒサが頑丈なのは知ってるけど、だからと言って痛みがない訳ではないでしょう? 武器の方は仕方ないとしても防具くらいは用意しておくべきよ。……いざという時のためにね」

「エプリ。そんなに俺のことを心配してくれていたのか?」

「……当然でしょう? アナタみたいな雇い主を護衛するにはいくら用心しても足りないもの。……今回は私が用意したけど、これを機に時々は自分で防具も用意することね」

 

 なんだろう? この胸が暖かくなる感じは。なんか手のかかる雇い主扱いされているが、そこは実際そうなので気にしない。早速この贈り物を身に着けてみなければ!

 

「よっ……と。おっ! 特に動きにくいということもないし良い感じだ」

「トキヒサ。とても、似合ってる」

「……伸縮性があって衝撃に強いホッピングガゼルの革を使っているから動きも邪魔しないし、ちょっとした打撃くらいなら衝撃そのものを半減させるわ。……いつもとは言わないけど、安全のために出来るだけ服の下にでも着こんでおくことね」

「おう! 分かったよエプリ。プレゼントありがとうな」

 

 俺のことを思って贈り物をしてくれたというのが実に胸に沁みる。この装備は大事に使わないとな。

 

「……それと、防具代はトキヒサ持ちで会計は済んでいるから。プレゼントではないから間違えないようにね」

 

 プレゼントではなかったよっ! ……だけどまあ俺のことを考えて選んでくれたのは確かだし、これから使わせてもらうけどな。実際自分のことになると疎かになっていた感も確かに有ったし。

 

「プレゼントじゃなくても……やっぱり、ありがとうな」

 

 俺がそう言うと、エプリはふいっと顔を背けてまた自分の分の調整に戻った。……もしかして照れてたりするのかね? 顔を見てみたいと思ったが、どちらにせよ風弾が飛んできそうなので止めておこう。

 

 

 

 

 それからしばらくして、

 

「……何やら部屋の外が騒がしいわね」

「何かあったかな?」

 

 エプリの言う通り、何やら廊下の外から言い争う声が聞こえてきた。その言葉は最初は離れた所から聞こえていたのだったが、少しずつこの部屋に近づいてくるように感じる。

 

「ドロイさんかな? しかしそれにしてはやけに騒々しいな」

「……あの執事がこんなに騒がしく来るとは思えないけどね」

「だよな。じゃあ誰だ?」

 

 遂にその言い争っている声はこの部屋の前あたりまで到達する。なんだなんだと俺は扉を見つめ、ボジョは素早く俺の服の中に潜り込む。セプトは俺の傍にトコトコと歩み寄り、エプリに至ってはいつでも迎撃できるよう臨戦態勢をとっている。……ちょっと警戒しすぎじゃないか?

 

「…………ですよ!」

「………………っす!」

 

 うん!? この声は!! 聞き覚えのある声に各自の警戒レベルが少し下がった瞬間、扉が凄い勢いで開け放たれ外から二人の見知った顔が入ってきた。

 

「トキヒサさん!」

「センパイ!」

「「そこに商人を名乗る不審者がいたから連れてきました(っす)」」

 

 互いに互いのことを指差しながらこちらを見る少女商人と後輩。……なんかよく分からないが、初対面からして最悪になったことは間違いなさそうだ。

 




 誰かのためを思って贈る物と、誰かに思われて贈られる物。

 立場は違えど、どちらも喜ばしいものであってほしいものです。


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第百六十一話 商人少女と後輩(なりたて商人)

 いきなり部屋にやってきた大葉とジューネ。二人の言い分をまとめるとこうなる。

 

「……するとこういう事か? まず大葉が案内された部屋を一通り見てからこの部屋に来る途中、同じく向かっていたジューネとバッタリ遭遇」

「はいっす! 大体部屋も見て回ったし、そろそろセンパイと合流しようかなって歩いてたら、この子が廊下を歩いているのが見えたんす。子供が一人でこ~んなデッカイ荷物を背負って歩いてるなんてめっちゃ怪しいっすよ! 何者っすか?」

 

 大葉は腕を大きく広げて大きさをアピールする。確かに大きいよなあのリュックサック。

 

「だから私は商人で、これは私の移動式個人商店だって言ってるでしょうにっ! そちらこそ何ですか? 商人だなんて言っていますが、明らかに嘘っぱちじゃないですか! 服なんて明らかに着慣れてないし、商人だというのなら商品を見せてくださいよ」

「色々あって今は見せる訳にはいかないんすよ。あと商人は今日なったばかりだからしょうがないっす。それと移動式個人商店ってなんすか? そんなん聞いたことないっすね。そっちこそ見せてみろっす」

「こちらもここじゃ見せられないって言ってるでしょうに!」

 

 互いに睨み合ってはいるものの、それ以上のアクションはとれないのだから困りもの。だって大葉には事前にあんまり能力を人に見せるなと言ってあるし、ジューネの方も下手にここで店を展開したら邪魔でしょうがない。

 

 つまり互いに証拠を出せないので口で言いあうしかないというのが現状だ。……若干大葉の方が分が悪そうだけどな。ジューネの方が手慣れてるみたいだから。

 

「……それでその結果、互いに証明してくれる知り合いが居るからって俺の所に来たと」

「そうですとも。さあトキヒサさん。このヒトに説明してあげてください。私は商人ですよと」

「センパイ。この子にビシッと言ってやってくださいっす! 私は商人だって」

 

 そう言って二人してこちらに強い視線を向けてくる。……何だろうなこれ。説明が実に面倒なレベルだぞ。

 

「え~っとだね。まずこっちのジューネは商人だ。大葉。俺が保証するよ。……不思議だと思うけど、このリュックサックは本当に移動式個人商店と言うしかない代物なんだ。ここで下手に広げると場所を取るから出せないだけで」

「ふふん! そうですともそうですとも!」

 

 ジューネがどうだと言わんばかりに大葉を見ると、「え~っ。ホントっすかぁ?」と納得できない顔でそんなことを言う。それが本当なんだから仕方がない。

 

「次に、この大葉も一応商人だ。ジューネ。と言っても本人の言う通り今日なったばっかだけどな。それと商品を見せなかったのは、俺が大葉に頼んだからなんだ。売り出す前に情報を洩らしたくなくてさ」

「そうっす! その通りっす!」

 

 今度は大葉が俺の言葉を聞いてドヤ顔をする。別に勝負してる訳じゃないんだからドヤ顔すんなっての。

 

「なるほど。確かにトキヒサさんの知り合いというのは間違いなさそうですね。……商人という点では未だ疑問が残りますが。なんですか今日なったばかりって」

「こっちだって、アンタが商人だって言われてもピンと来ないっすよ。……センパイの知り合いっていう点は認めるっすが」

 

 どうやら俺の言葉だけじゃ完全には納得しきっていないみたいだ。互いにまだ油断ならなそうな様子で警戒している。一触即発……とまでは言わないが、良い雰囲気であるとはどう見ても言えない。

 

「……トキヒサ。これはもう互いに見せ合った方が早いんじゃない? ……そうじゃないと納得しないようよ」

「そうかもな。となると場所が問題だぞ。……セプト。悪いけどドロイさん辺りに、中庭を少し貸してくださいって頼んできてくれ。もうすぐ夕食だけどすぐ済ませるからって」

「うん。分かった。行ってくる」

 

 エプリの言う事も一理ある。場所の手配を頼むと、セプトは軽く頷いてそのままタッタッと扉を開けて走っていく。俺が頼むよりも可愛らしいセプトが頼んだ方が良いと踏んだのだが……慌てて転ぶんじゃないぞ。さて、次はこっちか。

 

「まあまあ二人共。初対面が酷かったからって喧嘩するなよ」

「喧嘩などしてませんよ。こんなヒトと喧嘩するのは時間と労力の無駄以外の何物でもありませんからね。私はトキヒサさんが儲け話があるという事で気合を入れてきたんですから」

「こっちだって、アンタみたいなおこちゃまとケンカしてるほど暇じゃないんすよ~だ。センパイから会わせたい人が居るから夕食後も少し残ってくれって言われて、どう話したものかと悩んでるんっすよこっちは」

 

 何とか宥めようとするも、二人の険悪なムードは崩れない。

 

「二人共。これから商売する相手にそれだと後で困るんじゃないか?」

「……? それってどういう事っすかセンパイ」

「商売……もしかして儲け話って……」

「まあこういうのは実際に見せた方が早いよな。ひとまず皆で中庭に移動しようか。……中庭なら広いからジューネだって出せるだろうし、大葉もそこでなら物を見せていいから」

 

 そう言うと二人は互いに不敵な笑みを浮かべて睨み合う。

 

「なるほどなるほど。……良いでしょう。そういうことであればこれは()()です。商談とあれば商人の腕の見せ所。相手が誰だろうと、真正面から売り込んでみせましょう()()()

「ふっふっふ。それはこっちの台詞っす。OKが出たらもうこっちのもんっす! 商人としての最初のお客さんに目にもの見せてやるから覚悟するっすよ!」

 

 そして睨み合ったまま中庭に向かって走り出す二人。ジューネはともかく大葉は場所分かってんのかね?

 

「しっかし場合によってはこれから一緒に行動するってのに、最初からこれで大丈夫かね?」

「……さてね。でも」

 

 これからのことを考えて頭が痛くなる俺に、エプリはフードの下で軽く笑いながら答える。

 

「……初対面で殺し合いになっても一緒に居るヒトに比べれば、この程度はどうってことないんじゃない?」

「それは状況が特殊過ぎる気がするけどな」

 

 基準がちょっと低すぎる気がしないでもないが、まあ確かにそれに比べれば大丈夫かな。俺はその言葉に苦笑いしながら、エプリと一緒に二人を追いかけた。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 十分後。中庭にて。日も大分沈み、屋敷のあちらこちらに灯された明かりが中庭を照らしている。と言ってもあくまで間接照明なので、明るいとまではいかない程度だが。

 

「ぐむむむむっ!」

「………………ふむ」

 

 そこでは商人少女となりたて商人が、互いの開示した商品を見て難しい顔をしていた。

 

(むぅ。なんすかあのリュックサックはっ! あの子がなんかしたと思ったら、あっという間にホントに小さな店になっちゃったっすよ!? 中にはちゃんと商品っぽいものも並んでるし、これは確かに移動式個人商店っす。……テントとは違うけど自分の家が持ち運びできるのって憧れるっすよね。あの変形もカッコ良かったし、あのリュックサック売り物だったら欲しいっすねぇ)

 

「ちょっと。この棚の品を手に取って見ても良いっすか?」

「…………えっ!? あっ! ……はい。構いませんとも。……こちらも品物を見せていただいても構いませんか?」

「別に良いっすよ! そっちに比べたら全然少ないっすけど」

 

 初対面があれだったので突っかかってはみたものの、こっちなんて出したものといったらちょっとした食べ物や飲み物ぐらいのもの。品揃えも店そのものも明らかに向こうの方が凄そう。種類だけで言ったら数倍は差がありそうだ。

 

 お子様の見た目ではあるが、どうやら本人の言ったようにれっきとした商人らしい。大葉はそんなことを考えていたが、驚いているのはジューネの方も同じだった。

 

(…………何でしょうこの品々は? どれも見たことのない品ばかりです)

 

 ジューネは先ほど大葉が『どこでもショッピング』で取り出した品々を一つずつ手に取って検分し始める。

 

 流石に急だったので棚などを用意しておらず、大葉は手持ちの布を広げてその上に品物を並べている。品物はどれも一種類ごとに一つずつ。大葉の『どこでもショッピング』の制限によるものだが、ジューネはあくまで見本として一つずつ取り出したのだと解釈した。

 

(何もない所から取り出したのは先ほど触っていた道具が関係しているとしても、そもそも取り出した品も不思議な物ばかりです。例えばこの透き通った筒のようなもの)

 

 そこでジューネは取り出された物の一つ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を手に取った。

 

(中に入っているのはおそらく水。しかしこの筒は一体何なのでしょう? ガラスにしてはやわらかく、しかし脆いという訳ではなく僅かに弾力性もある。冷たくない氷……という言い方も出来そうですが、軽く振っても逆さにしても一切水漏れしない。それに)

 

 そこでジューネはペットボトルに巻かれたラベルにも注目する。

 

(ここに描かれた絵の精巧さときたら、これだけでもおじいちゃんが欲しがりそうな逸品です。それがこの透き通った器と合わさり、一種の芸術品と呼べる出来になっている。そして)

 

 ジューネはペットボトルを置き、他にも布の上に無造作に並べられた品々を見つめる。どれもジューネの知識にない物で、それぞれが商人としてのジューネの興味を引く物ばかり。

 

(種類こそそう多くはありませんが、どれも珍しい品ばかり。……もしこれだけの品を全て売りに出したらどれだけの金が動くことか。そしてそんな品をここまで無造作に惜しげもなく出す相手。…………これは、見た目だけで侮った私の落ち度ですね)

 

 ジューネはそう内心自嘲しながらも品物の確認を続ける。今は反省や後悔よりも、目の前の未知なる品々を見ずして何が商人かと言わんばかりに。

 

 

 

 

「…………グミっす」

「はい?」

 

 互いに商品を物色する中、大葉が不意にポツリと呟いた。

 

「あたしの名前。ツグミ・オオバっす。そういえばまだ名乗ってなかったなぁって思って」

「……そうでしたね。いくら頭に血が上っていたとはいえ、そもそも商談の相手に名乗らないとは私も商人として無礼でしたね。私はジューネ。()()ただのジューネです。先ほどは失礼いたしました」

 

 ジューネがそう言って一礼すると、大葉も慌てて礼を返す。

 

「あたしもいきなり不審者扱いして悪かったっすよ。ゴメンナサイっす」

「はい。……ではここで一つ、仲直りとしましょうか! ……どうやらこれから長い取引相手になりそうですし」

 

 その言葉と共に、ジューネは軽く手を自身の持っている布で拭いてそのまま差し出した。

 

「取引相手っていうのはよく分からないっすけど、じゃあ仲直りの握手っす!」

 

 大葉は差し出されたその手をしっかりと握り返す。こうして酷い初対面だった二人は、ひとまずの和解をしたのであった。

 




 なんだかんだ認め合う相手が居るって良いですよね。

 といってもまだ互いに初対面のマイナスがようやくプラスになったぐらいのものなんですが。


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第百六十二話 打ち解けすぎて洩らしすぎ

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ほうほう! このとても薄いのにそこそこ頑丈な袋。ビニール袋……でしたか? 興味深いですねぇ。これは一度にどのくらい出せるのですか?」

「これと()()()となると一日一束までっすね。だけど()()()()()()ならもっと出せるっすよ!」

「良いですね! そのお話。もっと詳しくお願いします」

 

 俺達が中庭に着いた時、さっきの険悪なムードとうって変わって大葉とジューネは和やかに談笑していた。途中セプトにお願いされているドロイさんと会い、直接頼んでいたら少し遅れてしまった。しかしその僅かな時間でここまで話せるようになっていて何よりだ。

 

「どうやら上手いこと話がまとまったみたいだな」

「……そのようね」

「あっ! センパ~イ! コッチっすコッチ。話してみると意外にジューネちゃん良い子だったっすよ!」

 

 中庭に近づいていくと、話をしていた大葉がこちらに気づいて笑いながら手を振ってくる。

 

「意外にというのがやや引っ掛かりますが、まあオオバさんもこれからしばらくの良き取引相手になるとは思いますよ。……ある意味トキヒサさん以上に儲け話の気配がしますからねぇ」

「流石に鋭いな。まあその辺の話はひとまず夕食の後でってことでどうだ?」

「夕食っすか! 良いっすねぇ! こういう大きなお屋敷の食事って初めてだから楽しみっす! やっぱ豪華なんすかね? ワクワクっす」

 

 夕食の言葉に大葉が素早く反応する。ジューネはまだ話を聞き足りなかったようだが、これからも話す機会があると思い直したのかすぐに頷いた。

 

 さ~て。それじゃあ夕食をご馳走になりに行きますかね。

 

 

 

 

「美味しいっす! デリシャスっす! ワンダフルっす! こんなの初めて食べたっすよ!」

「ありがとうございます。ジューネ様のお言葉は私から料理長にお伝えいたします」

 

 大葉は目を輝かせながら用意された夕食に舌鼓を打ち、ドロイさんは微笑を浮かべながらビシッとした姿勢で答える。最初はテーブルマナーとか良く知らないと言って困っていた大葉だが、あまり堅苦しくなくて良いと聞くと凄い勢いで食べ始めた。

 

 あれだけ美味そうに食っているのを見ると、某孤独な食事番組よろしくこちらも腹が減ってくるものだ。こちらも負けじと口を動かす。気のせいかセプトもいつもより良く食べている気がするな。良いことだ。

 

 ……うん!? エプリ? もちろんいつもと変わらず食べまくってますが何か? あらかじめ他の人より大盛りにしていてもすぐペロリだもんな。

 

「それにしても……今日は人が少ないな」

 

 ここに居るのは俺にエプリ、セプト、ジューネ、大葉、それとドロイさんを始めとする屋敷の使用人さん達だ。主であるドレファス都市長やアシュさん、ヒースの姿がない。

 

「旦那様は所用がございまして、本日は戻れぬとのことです。皆様と夕食をご一緒出来ないことを残念がっておられました」

「そうなんですか。……ジューネはアシュさんのことは何か知ってるか?」

「はい。アシュは都市長様からのたっての頼みということで都市長様と一緒に居ます。……私の用心棒だというのにまったくもう。アシュがいればオオバさんとのことももっとスムーズにいったというのに」

 

 ジューネはそうブツクサ言いながら、その苛立ちを発散する様にフォークを口に運んでいた。確かにアシュさんが居れば初対面で話が拗れることはなかったかもしれない。まあ互いにあの初対面だったからこそ打ち解けられた面もあるかもしれないけどな。

 

「そしてヒースはまだ帰ってないと……すみません。こんなことならヒースらしき人をエプリが見かけた時連れ戻してもらえば良かったです」

「いえいえ。トキヒサ様に非はございません。こんな日まで外をぶらついているヒース坊ちゃまに非がございます。お戻りになりましたら私からきつく申しあげておきますので、皆様はお気になさらずごゆっくりお食事をお楽しみくださいませ」

「そう……ですか?」

 

 どこかドロイさんの言い方が気になったが、今は食事を楽しもう。俺は違和感をひとまず押し込めながら、再び目の前の食事に没頭するのだった。

 

 

 

 

 たらふく夕食を食べ、デザートに食べやすいようカットされた薄緑色の果物を摘まむ。この屋敷では菓子などはあまり出されず、大抵がこういった果物などだ。実に健康的だな。

 

「これも美味いっすね! なんて果物っすか?」

「これはファマの実ですね。本来ならデムニス国でしか採れない果実ですが、このノービスではデムニス国とも交易を行っているのでそれなりに手に入ります」

「へぇ~! デムニス国って言ったら確か魔族の国っすよね。なんかイメージ的にヒト種と仲が良くない感じっすけど、交易するくらいだから仲良いんすね」

 

 すっかり打ち解けた大葉とジューネはこんな感じで食事中も話をしていた。ジューネからは特に商談なんかの話は振っていない。その点は食事が終わってからじっくりということかもな。

 

「基本は仲が悪いらしいぞ。この町は交易第一の国だからOKなんだって」

「なるほど。場所によって差があるんすね。了解っす!」

 

 俺が補足すると、大葉は機嫌よく答えながらカットされたファマの実を口に放り込む。皮ごと食べられるのは食べやすくて良いな。……あとで忙しくなりそうだし食事が終わる前に聞いておくか。

 

「そう言えばドロイさん。今日って何か特別な日だったりするんですか?」

「いえ。特に祝日ということはございませんが。何故そのようなことをお聞きに?」

「ああいや、さっき俺がヒースについて話した時、『こんな日までぶらついているヒースが悪い』って言ってたじゃないですか? 普通は『こんな()()まで』って言い回しをするんじゃないかってふと思ったんです。だから今日という日に何かあるのかなぁって」

 

 そう訊ねると、ドロイさんは少しだけ視線を泳がして困った顔をする。反応からして何かあるってことは間違いなさそうだな。

 

「そ、それはですね」

「トキヒサさん。食べ終わりましたから部屋に戻りましょうか」

 

 ドロイさんが話そうとした時、突如横からジューネが口を挟んできた。何だよいきなり。

 

「戻るんすか? あたしはたらふく食べて満腹だからもう少しここで腹が落ち着くまでのんびり」

「何を言うんですかオオバさん。オオバさんには色々とまだ聞きたいことがあるんですから、さっさと行きますよさっさと! ここでは色々話しづらいですからね。トキヒサさん達も早く早く!」

「ちょ!? ちょっと待ってくださいっすよ! ジューネちゃんったら!」

 

 急に大葉を引っ張り、ズンズンと部屋に向かって歩いていくジューネ。……って俺達も!? 

 

「すみませんドロイさん。なんか慌ただしくなっちゃって」

「いえいえ。構いませんよ。……残りのファマの実はお包みして後で部屋にお持ちしましょうか?」

「ありがとうございます。夕食ご馳走様でした。……ジューネ待ってくれよ!」

 

 俺は手を合わせて一礼すると、さっさと自分の分を食べ終えていたエプリ、セプトと一緒にジューネ達の後を追う。

 

「……トキヒサ。分かってると思うけど」

「ああ。あからさまに割り込んできたよな。ジューネの奴」

 

 向かう途中、エプリが確認のように話しかけてきたので、俺も分かってるとばかりに返す。俺にも分かるくらいのやや強引なやり方だったからな。

 

 どうやらジューネとしては、ドロイさんにこれ以上突っ込んで聞かれるのが嫌だったらしい。……普通に急いで大葉の能力について話したかったっていうのもあるかもしれないけど。

 

「今日急にネッツさんに呼ばれて出かけていたことと関係があると思うか?」

「……どうかしらね。そこまではまだ分からないわ」

「だよなあ。ただジューネも何か知っているみたいだし、大葉との話が終わったら一度聞いてみるか」

 

 そんなことを話しながらジューネの部屋に向かう。中からぼそぼそと微かに話し声が聞こえるから、この部屋に居るのは間違いなさそうだ。……何故だろう。なんか嫌な予感がするな。

 

「お待たせ。早いってジューネ」

 

 たかだか部屋に入るだけでなぜこんな予感がするのか? 俺はこの形のない不安を振り払い、軽く扉をノックしてそう言いながら部屋に入る。そこには、

 

 

 

 

「ホントですかオオバさんっ!? ホントのホントに()()()から来たんですか?」

「ホントっすよ! と言ってもあたしからしたらこっちが異世界なんっすけどね」

 

 そこには、よりにもよって儲け話に目のない商人に特大の情報を洩らしてしまった後輩の姿があった。

 

 なんちゅうことしてくれちゃったんだあの後輩はぁぁっ!?

 




 バレたらまずい人にバレました! ……大葉に悪気はないんですよねぇ。ただうっかり口が滑っただけで。


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第百六十三話 語らなかった秘密と優越感

「わあぁっ!? エプリ。早く扉を閉めて早く!」

「……今更閉めてもそんなに差はないと思うけどね」

 

 全員が入ったのを確認し、エプリは廊下をもう一度見て静かに扉を閉め、こちらに合図する。

 

「よし。……えっと、何をどこまで話したんだ大葉?」

「えっ!? そりゃああたしの能力とか、能力で出す品物の出どころとか……これって言っちゃダメなヤツだったっすかね?」

 

 慌てて詰め寄ると、大葉はこれはマズイって顔をしながら頬をポリポリと掻く。

 

「……ダメとは言わないけど、そうホイホイ言う事でもない気がするぞ。言うなって事前に言っておかなかったこっちも迂闊だったけどさ」

 

 そう言えば最初に会った時、別の世界から来たなんて言ってる頭のおかしな大ぼら吹きだって笑いに来たかなんて言ってたからな。つまり信じてもらえないながらもそう言い続けていたってことだ。口止めしなかったこっちが完全に悪いなこれは。

 

 しかし大葉自身も言うように、いきなり異世界だのなんだの言っても信じる人なんて極少数。ジューネだってそう簡単に信じたりは、

 

「おおっ!! 異世界の品を取引出来るなんて商人冥利に尽きますねこれは! もう特大の儲け話の匂いがプンプンと漂ってきますよ~っ!!」

 

 ジューネはどこか興奮した様子でそう言った。普通に信じているじゃないかこの商人っ! いやもっと疑おうよそこは!

 

「……珍しいわね。普段のジューネだったらもっと疑ってかかるのに。……何か事前に確証でも得ていたのかしら?」

 

 俺と同じことを思ったのかエプリがそう口にした。するとジューネはほんの少しだけ落ち着いた様子で返す。

 

「見せてもらったのは一部だけのようですが、どれも見たことのない品物ばかりでした。むしろ異世界の品物と言われた方がしっくりくるという感じですかね。……それに最近勇者召喚によって『勇者』様が異世界から召喚されたという話もあります。その話を聞いていたから連想出来たということもありましたし」

「なるほどね。まあジューネとアシュさんにはどのみち話すことになってただろうし、それが早まったと思えば良いか」

「おやぁ? その口ぶり。トキヒサさんもオオバさんのことについて知っていたようですね。そう言えばこの前のイチエンダマのことも色々気になってはいましたし、その点も含めて詳し~くお話を伺いたいものですねぇ」

 

 なんかジューネがどっかの刑事ものよろしくねっとりとした口調でこちらをニヤニヤと見ている。

 

「分かった。話すっ! 話すからそのねっとり口調はやめてくれっ! ……セプトも良い機会だから聞いてくれるか」

「うん」

 

 観念して話をしようと席に着くと、各自で話を聞く姿勢を……ってまともに聞く姿勢なのセプトとジューネだけじゃないか。エプリは相変わらず壁に背を預けて腕を組んでるし、大葉に至っては床にぐで~っと広がったボジョをムニムニ摘まんでご満悦な顔をしている。

 

「エプリはいつものことだけど、大葉は自分のことでもあるんだからちゃんと聞こうな」

「…………はっ! 一瞬意識がふわ~って飛んだと思ったら、つい手が伸びてしまったっす! ボジョちゃんの魅惑のムニムニボディのせいっすよ!」

「ボジョのせいにするんじゃないっての! 聞くだけじゃなく自分でも説明してもらうからな」

「はいっす! お任せっすよセンパイ!」

 

 返事だけは良い大葉と共に、俺達は自分達が地球……つまりこの世界から見た異世界から来たことなどを説明した。

 

 ゲーム云々や神様なんかについては一応伏せたが、ジューネもセプトも目を輝かせていたように見えた。といってもセプトは元々表情が分かりにくいので何とも言えないし、ジューネの方は一瞬目が金の形になったように見えたから少し不安だけどな。

 

 エプリは既に知っていたので特に普段と変わることはなかった。……いや。気のせいかほんの僅かだけ口元に笑みを浮かべているような。

 

 まあ何はともあれだ。話し終えてみると、意外にどこかスッキリした感じがした。なんだかんだ自分達の抱えていた秘密を誰かと共有できるという事は良いこと…………あっ!!

 

 俺はそこまで考えて、さあ~っと血の気が引いたような感じがした。バカか俺は。秘密の共有なんてエプリの特大の地雷案件じゃないか。

 

 俺や大葉のことも結構な秘密ではあるが、話してもせいぜいがほら吹き扱いされる程度。エプリのように悪意を向けられるまでのものではない。そんな前でペラペラと秘密を話すことができる相手を見たらあまり良い気はしないだろう。

 

 それを踏まえてエプリの方をもう一度見ると……なんか口元の笑みがどちらかと言うと自嘲、自虐的な笑みに見えなくもない。これはマズイ!

 

「エプリ。何か……そのぉ…………ゴメンナサイ」

「……ゴメンって何が?」

「いや。色々と……ゴメン」

 

 手を合わせて頭を下げたのだが、一度さらに大きくニヤリと笑みを浮かべ、それからしばらくその笑みは絶えることはなかった。怖い。とても怖い。これなら風弾を五、六発食らった方がマシな気がするなぁ。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆  

 

 私の目の前で、我が雇い主がこの部屋に居る者に向けて話をしている。決して弁が立つという訳ではなく、むしろどちらかと言えば下手な部類ではあるが、それでも何とか理解してもらおうと言葉を重ねるのは好感が持てる。

 

 本来ならオオバも一緒に、というよりオオバの方が主となって話すべき事柄もあるけれど、どうやらオオバはトキヒサとはまた違う意味で説明には向かないようだ。

 

「……そうしてあたしはこのセンパイと出会ったって訳っすよ! これぞまさにブ〇ックサンダーが繋いだ縁」

「何ですかそのブ〇ックサンダーというのは?」

「ブ〇ックサンダーというのはそりゃもう美味しい菓子の一種でっすね」

「その話は今は良いから! 話が進まない」

 

 よく話が脱線し、聞く側であるジューネに事細かに訊ねられてその都度トキヒサが窘めている。本来ならトキヒサの方もよく脱線するのだが、今回はオオバが先にしてしまうので止め役になりつつあるようだ。

 

 

 

 

 私は既に一度トキヒサから聞かされているのでそこまででもなかったが、やはり異世界から来たというのは衝撃だったらしい。ジューネは明らかに表情を変えていた。セプトはやや分かりづらかったが。

 

 ただ、どちらも驚きではあっても、それは決して悪意や害意といった負の感情ではなかった。それがジューネ達の善良さによるものなのか、トキヒサ達の人柄によるものなのかは分からないが。

 

「エプリ。何か……そのぉ…………ゴメンナサイ」

 

 大まかな説明が終わり、何故かトキヒサが謝ってきた。先ほどの説明で私が気を悪くしたとでも思ったのだろうか?

 

 確かに妬ましくはある。少なくとも私が自身の秘密を打ち明けたとして、悪意や害意が微塵もないというのは想像が出来ない。あるいはトキヒサと同じく異世界の住人であるオオバなら打ち明けても問題ないかとは思うが、それでも自分から打ち明けるつもりは今のところない。

 

 妬ましくはあるのだけど、実のところそこまで怒りを覚える訳でもない。もう何人かには知られているから開き直れるというのも要因の一つかもしれないし、仮に打ち明けることになっても何とかなるかもしれないという微かな希望があるからというのも考えられる。

 

 だけど一番の要因を聞いたら、この雇い主は笑うだろうか? それとも呆れるだろうか? 

 

 

 

 

 ただ……ただトキヒサが、()()()()()()()()()()()()からというだけなのだから。

 

 

 

 

 この前の夜、この屋敷の中庭で話した内容。トキヒサがこの世界にやってきた理由。神を名乗る者達のゲーム。トキヒサに与えられた課題。これらのことは今の話の中では触れられていなかった。

 

 ただ単に忘れていただけなのかもしれない。言う機会を逃しただけなのかも。あるいは言うべきではないと考えたという事もあり得る。

 

 しかし、それでも、同じ境遇のオオバと聞いたけれどあまり理解していなかったセプトを除いて、()()()()()()()()()()()ということにほんのわずかの優越感を得たことが一番の要因だと知ったら、アナタはどんな顔をするだろうか?

 

 もちろん課題のことを考えれば、ジューネや他の有力者により正確に語ることは必要だろう。今そう指摘して話させることも一つの手だ。どのみちこの程度の優越感はすぐになくなる。

 

 だけどもう少し、もう少しだけこのまま浸っていたいと思ってしまうのは許して欲しい。

 

 

 

 

 何故かそれからしばらくの間、トキヒサが私に対しておそるおそる接してきた。私はただ自然と笑みが零れるくらいに機嫌が良かっただけなのに。不思議なものだ。

 




 こうしてジューネやセプトにも、異世界関係の知識が共有されることになりました。

 と言ってもゲーム関連のことまで知っているのは今のところエプリだけですが。


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第百六十四話 能力のおさらいと試食会

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 こうして俺と大葉が異世界出身であるという事を受け入れられたのだが、早速と言うか予想通りと言うか、ジューネは大葉の能力について詳しく聞きたがった。

 

「さあさあ聞かせてくださいよ! 異世界の物を取り寄せる能力なんてもう商人からしたら垂涎ものですからね」

「ジューネちゃんが期待しているトコ悪いっすけど、あたしの『どこでもショッピング』はそこまで使い勝手が良くないってことを先に言っておくっすよ。何でもかんでも出せる能力じゃないっす」

「前に言ってた制限って奴だな? それも含めて一から能力についておさらいしてもらえるか?」

 

 大葉と初めて会った時にざっと聞かせてもらったけど、詳しくは聞けなかったからな。良い機会だからじっくり聞かせてもらおう。

 

「了解っすセンパイ! そんじゃ基礎的なことから説明してくっすよ! セプトちゃんやエプリさんもバッチシついてきてくださいっすね!」

「大丈夫。任せて」

「……努力はするわ。内容よりも口ぶりで疲れそうだけど」

 

 セプトはさっきから引き続き行儀よく座り、エプリも壁に背を預けたままぶっきらぼうに返す。どうでも良いけどいつも壁とかに背を預けてるな。ダンジョンの中でもそうだったし、部屋の中でもあまり普通に座らずにそういう姿勢を取っている。癖なのかね?

 

「じゃあいくっすよ! まず能力を使う時は、このタブレットを使うっす」

 

 そう言いながら大葉は俺の貯金箱と同じように、どこからともなくタブレット端末を取り出して見えやすいようにテーブルに置く。

 

「使う時の合言葉は『ショッピングスタート』。まず最初にカテゴリ、つまり大まかな買いたいものの種類を言うっすよ。例えば……決めた! カテゴリはお菓子っす」

 

 大葉のキーワードで起動すると共に、画面にスナック菓子やちょっとした和菓子、簡単なケーキなど様々な食べ物が表示される。……なんか微妙に種類が偏っている気がするな。大半はちょっとしたコンビニで買えるような菓子ばっかりだ。

 

「なるほど。こうして品物を絵で実際に見ることが出来る訳ですか! それにしても実に鮮明な絵ですね」

「まあ画質は結構良くて助かってるっす。次に欲しい品を選んで、このペンでタッチするとマークが付くっす。それと一緒に隅に金額が表示されるっすよ! 品物を選んだら『会計』っす」

 

 そうしてポンポンと画面をタッチし、終わりのキーワードを告げる大葉。するとタブレットから光が放たれ、光が収まった後にはテーブルの上にいくつかの菓子の小袋が置かれていた。

 

 ただあまり目にしたことのないものが多い。大葉はメジャーな品よりマイナーな品を好むのかもしれない。……とは言えブ〇ックサンダーはしっかり()で出されていたが。一箱二十個入りの業務用だ。ちょっと分けてもらおう。

 

「とまあこんな感じっす。やっぱ売り込むならまず試食が先っすよね! さあさあ皆様遠慮せずにどうぞどうぞっす! と言っても夕食食べたばっかでまだお腹が空いてないかもしれないっすから、どれも少しずつ控えめに用意したっす」

 

 と言って大葉は満面の笑みを浮かべる。確かに袋一つ一つは手のひらサイズだから、一人一口か二口でなくなるぐらいか。多くの種類を味わうんならこれくらいで丁度良いか。ちなみに俺はまだまだ食える。ブ〇ックサンダーを見て食欲が湧いたぐらいだ。

 

 こうして商談相手にアピールすべく、唐突に大葉プレゼンツの商品試食会が開催されたのだった。

 

 

 

 

「え~っとその、これはどうやって食べるのですか? というよりこれは菓子……なんですか? 私のイメージする菓子とは大分違うというか」

「ああなるほど。ジューネはこういう奴は食べたことなかったな。ほらっ! まずこうやって袋を破くんだ」

 

 ジューネに見えるように袋のギザギザの部分を破り、俺は中のブ〇ックサンダーを大口を開けて放り込む。……いかん! 久々だったもんで一口で食ってしまった。 しかしコレだよコレ! 果物とかも悪くないけど、ブ〇ックサンダーはやはり美味いっ! ついでにジューネの分も袋を開ける。

 

「トキヒサ。食べて良い?」

「ああ。大葉もどうぞって言ってるし、俺の許可なんて要らないからセプトも貰っておきな。エプリなんか誰よりも早く手を伸ばしてたぞ」

 

 あの言われなきゃ食べようとしなかったセプトが、()()()()食べて良いかと聞くだけで大きな進歩だ。

 

 それと俺は見たぞ。どうぞと言われた瞬間、目にも止まらぬ速さで自分の分を何個か確保して食べ始めたエプリの姿を。こっちは少しはセプトみたいに遠慮してほしい。食うなとは言わないが。

 

「……これは毒見。護衛として必要なことだからしたまでのことよ」

「毒なんか入ってないっすよ~! いやまあ美味しいものは女の子にとって甘い毒なんて言葉はあるっすけどね。太っちゃうし。だけどあたしは食べた分動くからへっちゃらっすよ!」

 

 エプリは素知らぬ顔で口をモグモグさせながらそんなことを言い、大葉も冗談っぽく反応した。そしてセプトが菓子を口いっぱいに頬張る愛らしい姿を見て、ジューネも意を決したのかブ〇ックサンダーを一口かじる。

 

「…………っ!?」

 

 その途端目がいっぱいに見開かれ、今度はもう一口大きくかじると目を閉じてゆっくりと味わうように口の中で転がす。ふっふっふ。その反応。お気に召したみたいだな。流石ブ〇ックサンダー! 異世界でもこの美味さは健在だ。

 

「驚きました。こんな菓子は食べたことがありません。砂糖が大量に練り込まれているようですが、けっして甘味だけでごり押しするのではなくどこか香ばしさや繊細さを感じさせます。それに中に何か別の穀物のような物を加えることで、ポリポリとした食感もさりげなく追加されていますね。飽きさせない味という奴です」

 

 食べ終わると突如としてどこぞの審査員よろしく解説をし出したジューネ。だが分かるよその気持ち。エプリ達が何だかぽか~んとした顔で見てるけど分かるとも。

 

「……これほどの物となるとかなり高級な菓子とお見受けしました。材料費に職人の腕も考えると、私の見立てでは一つ……そうですね。八十デンといった所でしょうか? 如何ですか?」

「もうちょっと安いっすよ。手数料抜きで六十四デンっす。種類によっては八十デンくらいの物もあるっすが。ゴールドの物とか」

 

 ブラックサンダーが一つ三十二円として、一箱二十袋だから六百四十円。計算は間違ってないな。手数料というのがどれくらいかは知らないけど、大葉の口ぶりからするとそこまで大した額という事はなさそうだ。

 

「なんと! これが六十四デンなら十分安いですよ! それに他の種類まであるとは。是非ともうちの商品として扱わせてほしいほどです」

「扱うってブ〇ックサンダーをっすか? 別に良いっすけど。むしろ売れるかどうか見てもらうために試食をお願いしたんだから、売れるんなら大助かりっす!」

「おぉ! それはありがとうございます!」

 

 中々いい感じだ。これを取り扱おうとするとはやはり目の付け所が良いなジューネは。だけどあんまり渡しすぎると分けてもらえる分が減りそうで少し不安だ。

 

「……確かに美味しいわね」

 

 現に今もヒョイヒョイとエプリがパクついているし、セプトも無言でコクコクと頷きながら顔を少しほころばせている。……無表情な人形みたいだったセプトがここまで笑えるとは。お菓子はやはり良い物だ。

 

「……ちなみにこの箱には今の品がいかほど入っているのですか?」

「中身っすか? これは一箱二十個入りっすけど」

「二十個ですか。……とすると一箱千二百八十デンですね」

「…………へっ? 何がっすか?」

 

 気のせいか? 今とんでもない額が聞こえた気がしたんだけど。

 

「ですから、一つ六十四デンが二十個で千二百八十デン……ああなるほど。無論まずこちらで買い取る際にはそれに加えてお代を上乗せしますとも」

「いや、そうじゃなくってっすね。……これ一袋で六十四デンじゃなくて、()()で六十四デンなんすけど」

 

 その言葉にジューネが目を丸くしたのは言うまでもない。

 




 異世界ファンタジーあるあるですが、砂糖を練り込んだ菓子は大概高いです。

 なので一般的には、果物に味付けをした菓子などが普及したりします。


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第百六十五話 儲けを諦めない商人と心配する執事

「じゃあ皆さん。食べながらで良いんで説明の続きを聞いてくださいっす」

 

 中々値段を信じようとしないジューネにはひとまず一通り試食してからまた話そうということになり、各自試食を一巡したのを見計らって大葉の説明の続きとなった。……ちなみに一巡しただけでまた終わった訳ではない。これが甘いものは別腹という奴か。

 

「とまあざっと食べてもらったんすけど……売れそうっすかねジューネちゃん? こんなんで」

「売れそうかですって? そんなもんじゃありません。これは間違いなくバカ売れしますよっ!!」

 

 大葉のどこか自信なさげな言葉に、ジューネは食いつくように力強く断言する。というか半ば叫びだ。

 

「このブ〇ックサンダーという菓子にも驚かされましたが、他の品もどれも凄い逸品ばかりです! この味、この品質、そこらの菓子にうるさい貴族でも十分黙らせられるほどの品ですよこれらはっ!」

「ジューネがそこまで言うとなると……ホントに結構売れそうだな」

「それがどれもこれも一つ数デン。いっても十デンくらいって……一体価格設定はどうなっているんですかこれはっ!?」

 

 そんな事言われてもなぁ。今出てるやつそこらのコンビニとかで売ってる駄菓子とかばっかりのようだしな。ブ〇ックサンダーなんかまさにそれだ。庶民の強い味方だぞ。

 

「えっと、俺や大葉が居た所では大体こんな感じだったけど、こっちだと同じような物を売るとしたらどれくらいの値段になるんだ?」

「誰を売る相手にするかで多少変わりますが……例えばこのブ〇ックサンダーを売るとして、美食家の貴族ならさっき私が推測したように一つ数十デン。場合によっては百デン出しても食べたいというヒトは居るでしょうね」

 

 一つ下手すりゃ千円近くって……元値の約三十倍になってるじゃないか! 他の品もどうやら高評価みたいだし、上手くすれば濡れ手に粟の大儲けが出来るだろうな。ただ……大葉の様子からすると無理そうだけどな。

 

「どうでしょうかオオバさん! 異世界の品を大量に入荷して、私の伝手で販売するというのは? これなら確実に売れること間違いなしですよ! 無論オオバさんの意向は最大限配慮しましょう。……どうですか?」

「う~ん。ジューネちゃんに任せてぼろ儲けってのも魅力的な話なんすけど……そもそもそれ能力の制限に引っかかって上手くいかないと思うっすよ」

 

 そこで一拍おいて、大葉はポツリポツリと『どこでもショッピング』の制限について話し始めた。

 

 

 

 

「一つ目、一日に買い物できる最大上限は合計三千円分までっす」

 

 仮に三千円地球の品を買い物すると、もうこちらの品も買えなくなる。また合計額だから仮に地球の品を千五百円、こちらの品を百五十デン買ったとしてもやはり制限に引っかかるという。

 

「二つ目、あたしがこれまでに買ったことのある物しか買えないっす」

 

 道理でさっきタブレットで見た一覧が偏っていると思った。完全に趣味嗜好買い物履歴が反映されている訳だ。ちなみに値段に関しては、どうやらその世界での平均的な額をどういう訳か算出して出しているらしい。

 

 試しにジューネからこっちの世界の菓子(前にダンジョンでジューネが食べていたクッキー)を安い価格で売ってもらったら、タブレットの一覧に()()()()()で追加されていた。値段操作は出来ないという事か。

 

「三つ目、同じ商品は一日一つしか買えないっす」

 

 これは正確に言うと、大葉が一つの商品として買った物は一つずつしか買えないが正しいらしい。例えば大葉は以前ブ〇ックサンダーを箱買いしたことがあるという。その場合、単品として一つと箱丸ごとの一つは別物だ。なので別々の品として一つずつ買える。同じものでも規格違いなら可という事だ。

 

「四つ目、これまでの一日一回のカウントは、夜中の十二時にリセットされるっす」

 

 これは俺の通信機のタイミングと同じらしい。つまりは一日が終わるギリギリで買い物をしたとして、そのまま十二時を過ぎたらすぐにまた買い物が出来るみたいだ。

 

「う~ん。まあ大体()()()()()()()こんな所っすかね。という訳で、ジューネちゃんが考えるみたいな大量販売ってのは無理だと思うっすよ。毎日同じものばかりジューネちゃんが買い続けるんならいけるかもしんないっすけど、それだとあたしが新しく別のを仕入れるのが難しくなるっす」

「むむむっ! 悩ましい所ですね。……ブ〇ックサンダーは確かに魅力的な商品ですが、同じ品ばかりというのも困りもの。かと言ってそれぞれを少しずつでは継続した販売は難しい。しかし時間を掛ければ可能ならあるいは……。もしくは珍しい鉱石などでも」

 

 大葉が説明し終わるのを聞いて、ジューネはどこかにやけた顔をして悩み始める。今ジューネの頭の中では、数多くの売り込む相手とその手順、それによって生じるリスクとリターン、まわりに起きる影響などがグルグルと渦巻いているのだろう。

 

 あの顔からすると大儲けした未来でも想像しているのかもしれない。幸せな悩みという奴だ。……ここは引き締めるためにも言っとかないとマズいかな。

 

「なあジューネ。ちょっと良いか?」

「むむ……む!? どうかしましたかトキヒサさん?」

「それとこれは俺の意見だけど、異世界の物は大量に売り出すのはどうかと思うんだ。都市長さんにアルミニウムを売り込んだ時もアレだったし、下手に持ち込みすぎるとどんな影響を及ぼすか分からない」

 

 悩んでいるジューネに助け船……というかちょっとした意見を述べる。まさか一円玉を大量に渡したら実験で被害が出るとは思わなかったしな。地球では何でもない品でも、こっちでは危険物になるという事がまた起きないとも限らない。

 

 ジューネもそのことに思い至ったのか、ハッとした様子で表情が引き締まる。

 

「……確かにその点を失念していました。食べ物類くらいならまだともかくとして、いちいち販売する品を検査していたらキリがありません。時間が掛かりすぎますね」

 

 まあ極論すれば食べ物とかも世界が違うから影響が出る可能性はあるんだけどな。……そこは流石に何かあったらアンリエッタが言ってくると思うので心配してはいなかったけど。

 

「……それに一日三千円分、デンに直すと三百デンだったわよね? 三百デンなんて何かあったらすぐ無くなってしまうわ。……いざ何か必要な時に使えないのではマズいし、まだまだオオバの出せる品に何があるのかも把握できていないのに、今から焦って決めなくても良いんじゃないかしら?」

 

 加えてエプリの掩護射撃にセプトがこくこくと頷く。食べ物なら安いからそれなりに出せると思うけど、それにしたって箱買いばっかりしてたらすぐに上限に引っかかる。ここら辺の課題を何とかしないと大量販売は無理だな。

 

 その後もジューネはなんとかならないかとウンウン悩んでいたが、結局定期的に今試食した品を大葉から買い取るという話で一応の決着がついた。もちろん上限のことも考えて少しずつだ。

 

 菓子類は日持ちするから保存食としても使えるし、毎日少しずつ貯めていけば大量販売も決して不可能ではない。もしくは美食家の貴族に絞って売りに出すことでパイプを作るのにも使える。ジューネ的にはそんなことを考えているようだ。

 

 個人的には貴族とのパイプとか厄介ごとの気配がするので避けてほしいのが本音なんだけど、それを言っちゃあ都市長とかヌッタ子爵はどうなるのって話だし、ジューネにはぜひやりすぎないようにお願いしたいところだ。

 

 そして途中ドロイさんがファマの実を届けてくれたこともあり、そこで一度能力の説明及び試食会は終了し、それぞれ自分の部屋に戻ることになった。

 

 と言っても大葉はジューネに引き留められて、もうしばらく説明を続けることになったが。……商人モードになったジューネは大変だからがんばれよ大葉。

 

 

 

 

「……浮かない顔ね?」

「うん!? やっぱそう見えるか?」

 

 部屋に戻って少ししたところで、普通に一緒に部屋についてきたエプリに声をかけられる。……当然のごとくセプトもいるし、もう自然に返事をしてしまう自分に何とも言えないな。

 

「大丈夫? どこか、痛いの?」

「ああ。そういう訳じゃないから大丈夫だよセプト。ただ……ちょっとさっきから気にかかっててね」

「……ヒースのことね?」

 

 心配そうにこちらを上目遣いで見るセプトを安心させつつ、エプリの質問に頷きで返す。

 

「さっき試食会の終わり際に、ドロイさんがファマの実の残りを包んで持ってきてくれたろ? あの時のドロイさんはどこか心配そうな顔をしてた。おそらくまだヒースが帰ってきてないからだ」

「……そのようね。ドロイはヒースのことになると顔に出るみたいだから」

「というより、()()()()()()()()というのが大きいかもしれないな」

 

 この数日屋敷で世話になっていたから分かるけど、ドロイさんは基本仕事中に何かあっても顔に出すような人じゃない。

 

 これまでもヒースが夜遅くまで帰らなかったというのは有ったらしいし、言っちゃあ悪いけど慣れているはずだ。となると普段とは違う状況だから心配してると考えた方が自然だ。

 

「それにもう一つ気がかりなことがある。都市長さんが仕事で遅くなるっていうのは分かるけど、アシュさんまで一緒に行ったというのがどうしても引っかかるんだ。だってアシュさんはジューネの用心棒だろ?」

「……いくら以前縁があるヒトとは言え、今の依頼人の元を長時間離れるのはおかしいって訳ね。……つまりそれだけの何かがある」

「おそらくな。そしてそんないつもと違う日だからこそドロイさんがいつもよりヒースを心配している。……流れとしてはこんな感じかね」

 

 何が起きているのかは分からない。しかし何かが起きている。あるいはもうすぐ起きる可能性はかなり高い。とくれば、

 

「よし。やっぱりちょっと行ってくるよ」

「……行くって、ドロイに直接問いただすつもり?」

「いいや。ジューネのとこだ。今のドロイさんに聞き出すのは酷だと思うからな」

 

 そろそろ大葉との話も一段落しているだろう。思い立ったが吉日とばかりに、俺はジューネの部屋に戻ろうとする。すると、

 

「わざわざ来ることはありませんよ。……こちらから来ましたから」

 

 コンコンというノックの音と共に、そのようなことを言いながらジューネが真剣な顔で大葉と連れ立って部屋に入ってきた。大葉は心なしか少し疲れたような顔をしているな。

 

 しかし丁度良い。色々聞きたいことがあった所だ。じっくり話してもらおうじゃないの。




 実際ジューネは頭の中で、いくつかの販売ルートを思いついていました。大葉に制限がなければ一年で一億円も普通に稼げていたでしょうね。

 そろそろストックが無くなってきてしまったので、次回からは投稿頻度が遅くなります。三日に一話くらいですね。


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第百六十六話 荒事前に探しに行こう

「セ、センパ~イ。あたしはもうダメっす。ジューネちゃんに根掘り葉掘り手取り足取りぬっちょりねっとり探られちゃって、足腰立たないくらいにヘロヘロになっちゃったっすよ~」

「ちょっ!? 言い方を考えてくださいよ言い方っ!! ……そりゃあまあつい聞き取りに熱が入ってしまったのは事実ですが、一切オオバさんには触れていませんからね! 商品だけですから!」

 

 大葉がおよよっとばかりにしなをつくりながら座り込み、ジューネが慌てて弁明する。……わざわざ説明しなくても、大葉がいたずらっぽく笑ってるから冗談だって分かるよ。

 

「まったくもう。……こほん。オオバさんも勉強会に参加したいとのことで、今日は抜き打ちの簡単なテストを行うつもりだったんですが……その様子だと私に聞きたいことがあるようですね」

「ああ。ちょっと気になることがあってさ」

 

 ジューネと大葉が部屋にある椅子に座ったのを見計らって、俺は早速本題を聞くことにした。腹の探り合いは趣味じゃないしな。……決して抜き打ちテストが嫌だったからじゃないぞ。

 

「ジューネ。もしかしたらなんだけど、今日何か特別なことが起きた……あるいはこれから起こるってことはないか?」

「…………何故そう考えたのですか?」

 

 今の間からすると、この予想は間違っちゃいなさそうだな。俺はさっきエプリと話し合ったことを説明する。都市長さんとアシュさん、ヒースが居ないこの状況。ドロイさんの様子、あとついでにアシュさんとジューネの今日の違和感についてもだ。

 

「違和感? 何かありましたか?」

「まあな。アシュさんの方はさっき言った通りで、今日に限って言えばジューネもそうだ。夕食の時は俺がドロイさんに聞こうとするのをわざと遮ってたし、そもそもこれまで一度も今日どうしてネッツさんに呼ばれたのか話してない。……大葉のことで話すタイミングを失くしたってことなら今話してくれても良いと思うな」

「そ、それは……」

 

 ジューネは何か言おうとして、そのまま口ごもってしまう。……言えない理由でもあるのだろうか?

 

「……おそらく、内容を誰かに話すことを禁じられているのでしょうね。大きな商売には良くあることだし、場合によっては契約を強制的に実行させる道具もある。……違う?」

「そういうことです。道具などは使われていませんが、口止めはされています。()()()()()()()()()()()()()商人の信用に関わりますから」

 

 自身も傭兵として契約を結ぶことが多いエプリが察すると、ジューネも静かにそう返す。……成程ね。今の言い回しはつまりそういう事か。

 

「じゃあいくつか答えられる範囲で教えてくれ。……何か起こるのはこれからか?」

「詳しい時間までは分かりません」

「じゃあ次だ。アシュさんと都市長さんはそれに関わっているか?」

「…………」

「言えない。つまりは関わっている可能性が高いな」

 

 直接情報を洩らすことは出来ない。言い換えれば、周りが勝手に外堀から推察するのは自由ってことだ。

 

 ジューネも明確な返答をせず、ギリギリ話して大丈夫な所までを話している。回りくどいけど今は聞けるのがジューネくらいなので仕方ない。

 

 

 

 

 そのまま問答を続けることしばらく。どうにか輪郭だけでも朧げに把握できたものをまとめてみる。

 

「まず時間ははっきり分からないけど、今日の夜中から明日の未明にかけてアシュさんと都市長さんが何やら大事に関わる」

「……しかも二人だけではなく、少なくとも百人近い衛兵が動くようね」

「アシュさんに衛兵百人ってどんな戦力だよ? どう考えても荒事の気配しかしないぞ」

 

 さらに付け加えるなら、元々このノービスはデムニス国に近いという事で、交易が盛んになるまでは半ば国境の防波堤のような扱いでもあったという。つまりそんな所の兵が弱いという訳もなく、交易都市群全体でも兵の練度で言えば三本の指に入るらしい。それが百人とは相当なことだ。

 

「それで何か起こるらしき場所が……よりにもよって町の外じゃなくて中。外だったらダンジョン攻略の援軍って考え方も出来たんだけどな」

「どうにもきな臭い話っすね。まさかどっかを焼き討ちするとか!?」

「この内容だとあながち間違いでもなさそうで怖いよ」

 

 大葉が自身を抱きしめながら物騒なことを言っている。場を和ませようとしているのかもしれないが、今は言うと本当になりそうだからやめとけな。

 

「それでそんなマズい状態の時にヒースが帰ってこない。……そりゃあドロイさんも心配になるはずだよな」

「うん。心配、する」

「セプトちゃんの言う通りっす。あたしはそのヒースって人は知らないっすけど、さっき一度トイレに立った時に屋敷の人達が心配そうに話してたのは聞いたっすよ」

「となれば……やっぱこのままジッとしてるってわけにはいかないよな」

「ちょっ! ちょっと待ってください!?」

「トキヒサ。少し待ちなさい」

 

 俺がそう言って立ち上がると、エプリとジューネがどこか慌てたように扉の前に立ちふさがって止めに入った。何かあったかな?

 

「あのですね。詳しいことは言えないのですが、今外出するのはあまりお勧めできないというか。ないとは思いますけど下手をして巻き込まれたら危ないんです」

「……私も行くのには反対よ。話を聞く限り、厄介ごとであることは間違いないもの。……護衛としてはこのままここで大人しくしていることを勧めるわ」

 

 二人共そう言って俺を引き留める。セプトと大葉は何も言わない。セプトは俺の意見に従うつもりのようだけど、大葉は……どうだろうな? 状況を見守っているって感じか。

 

「大丈夫だって! 別に危ないことに首を突っ込もうってわけじゃないんだ。ちょっとヒースを探してくるだけだから」

「…………本当? 本当にヒースを探してくるだけ? アナタのことだから途中で別件の厄介ごとをひっかけてこないでしょうね?」

「どっかでナンパしてくるみたいに言わないでくれよ! そんなに信用ないかな俺。そりゃあまあ色々あったけど、今回は本当に探しに行くだけだって」

「あたしが言うのもなんすけど、センパイは色々じゃ済まないくらいトラブルを巻き起こしてると思うっすよ。この前のいきさつを聞いた限りではっすが」

 

 俺は弁解するのだが、それに対してエプリに加えてジューネや大葉も何とも言えない表情を見せる。

 

 ……いや分かってるけどね。確かに少々トラブルに遭う確率が最近多いなあとは思ってるけど、どれもこれも自分から好き好んで突っ込んでいるんじゃあないんだ。……ホントだぞ。

 

「それに探しに行くにしたって、ヒース様が何処に居るか目星はついているんですか? ただ闇雲に探しても見つかるかどうか」

「ひとまずは今日、最後にヒースらしき人をエプリが見た場所からあたってみる。そこに居なかったらそこを中心にそこらを回ってみるつもりだけど……」

「実質当ては無いってことじゃないですかっ!? ……もしかしたら見つからないかもしれません。他のヒトが見つけるかも。もしくは探しに行って入れ違いになるかもしれません。……それなのに行こうって言うんですか?」

 

 ジューネが理詰めで止めようとするのに対し、俺はそこで力を込めて頷きながらただ我儘に自分の意思をぶつけていく。

 

「他の人が見つけるんなら上々だし、すれ違いになっても自分で帰ってくるならそれはそれで良いよ。……俺はただ、後になってあの時やっておけばよかったって思いたくないだけなんだから」

 

 それは別にヒースのためって訳じゃない。都市長さんに頼まれているからっていうのも少し違う。近いのは……そう。この屋敷の人達が心配していたから。

 

 より正確に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「待っていれば解決する話なのかもしれない。それでも、周りの人達が心配する中ではいそうですかと一人寝てたら寝覚めが悪いって話だよ。それになんだかんだ一緒に話をして、一緒に鍛錬をして、一緒に食事をした仲だしな。放っておけない」

 

 だから頼む。行かせてくれと、俺はゆっくり頭を下げる。理屈ではなく感情で動いているのだから、最低限これくらいの誠意は見せなくてはどうするのかという話だ。

 

「私からも、お願い」

「セプトちゃん!? 貴女もですか?」

「うん。トキヒサと、一緒に行く。ヒースのこと、私も気になるから」

 

 横を見ると、セプトも俺と同じように頭を下げていた。前にヒース絡みのことで失敗したこともあるから自分からは口を出さないかと思ったけれど、どうやらそんなことはなかったみたいだ。

 

「………………はぁ。分かったわ。二人共顔を上げて」

「え、エプリさんまでぇ」

「……考えてみれば、トキヒサが一度こうと決めたらそうそう曲げるとは思えないもの。……一応護衛として忠告はしたし、あとはもう雇い主の意に沿うよう動くのみよ」

「ありがとな! エプリ!」

「……ただし、探しはするけど際限なくじゃ困るわ。時間をあらかじめ決めておいて、その時になったら見つかってなくても切り上げる。……嫌だと言っても私が無理やりにでも引っ張っていく。それが最低限の譲歩よ。……約束できる?」

 

 ああ。約束するよ! そう言うと、軽くため息をつきながらエプリはセプトと同じく俺の側に立った。

 

「ああもうっ! 分かりましたよっ!」

 

 そしてその様子を見たジューネは、本当に渋々といった感じで一歩扉の脇にずれてくれた。すまないなジューネ。また儲け話とかあったらお詫びに真っ先に話すからな。

 

 

 

 

 そうして探しに行くことになったのだが、肝心の問題がまだ残っていた。

 

「しかし、根本的に当てがほとんどないまま探すというのはどうかと思いますよ」

「そうだよなぁ。もっと他に手掛かりはないもんかね?」

 

 こうなれば仕方ないとばかりにジューネも含めた面子で知恵を絞るのだが、どうにも良い手が思いつかない。

 

「例えばエプリの探知能力なら探れないか?」

「……難しいわね。私の風を読む技では、おおよその地形や何かの動きを察知するくらいので限界。……動きから種族くらいは予想出来ても、個人までは特定できないわ」

「そうか……この時間に出歩いている人は昼よりかは少ないけど、それでもまだまだいるだろうしな。あぁもう! せめてもっと人手があればな」

 

 屋敷の人達に応援を頼もうかとも思ったけど、考えてみたらとっくにヒースを探しに何人かもう出ているはずだ。資源回収から戻った時、ヒースを見かけた場所をドロイさんに訊ねられたからまず間違いないだろう。

 

 せめてもっと人が居れば人海戦術という手も使えたのに。そう愚痴をこぼした途端、

 

「人手っすか? それなら何とかなるかもしれないっすよ!」

「本当か大葉?」

 

 思わぬ所から救いの手が差し出された。……少し不安な手ではあるけれどな。

 




 正直この町の衛兵の練度は、作中でも述べたように相当高いです。もしダンジョン攻略に動いていたら、小さなダンジョンなら一日で制圧出来るかもしれませんね。

 ……と言ってもマコアのダンジョンはある意味相性が悪いですが、兵站的な意味で。


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閑話 都市長と用心棒と衛兵隊長

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「急げっ! あと一時間で出発だぞっ!」

「分かってる! 品物の納品にまだ時間が掛かるんだ。……おいっ! 準備はどうなってる?」

「現在八割方完了といった所だ。終わるまでもう少しかかるっ!」」

 

 ここはノービス中央会館に近い場所に建てられている衛兵の詰め所の一つ。ノービスにはここと同じような詰め所が分散して配置され、それぞれに数十人から百人単位で衛兵が常駐している。

 

 ただしこの詰め所はノービスの中枢と言うべき中央会館に一番近いということもあり、有事の際には要人が避難して立てこもることも可能な設計がされているため、規模としては最も大きく砦と言っても間違いではない。

 

 衛兵の人数も、常に交代制で五百近い人数が居ると言えばどれだけ破格か分かるだろう。

 

 ちなみにあくまでノービス内の警備や治安維持に当たるのが衛兵であり、戦争などで主に戦う常備軍とは異なる。

 

 さて、そんな詰め所ではあるが内部は喧騒に包まれていた。慌ただしく衛兵が通路を行き来し、もはや罵声に近いレベルの声が飛び交っている。

 

 その中の一室、貴賓室において、三人の男達が向かい合って座っていた。ドレファス都市長とアシュ、そして衛兵隊長のベンである。

 

「出発まであと一時間。急な申し出によく応じてくれたなベン。働きに感謝する」

「感謝など不要ですよドレファス都市長様。我々はただ責務を全うするのみですから。……しかし驚きましたな。まさか先日の荷車横転事件がここまでの大事に発展するとは」

「そこについては目の前で関わった俺も同感だな。……まああの時点でこうなるって分かっていたら、もう少しやり方が変わっていたかもしれないが」

 

 アシュがどこか苦い顔をしているのを横目に、都市長が景気つけとばかりにグラスに酒を注いで口に含む。その一連の動きは優雅ではあるが、決してそれだけではないことはその鋭い瞳を見れば明らかだ。

 

 先日、初めて時久がこの町に来た時、目の前で急に荷車が横転した事件。その荷車の御者であるラッドをベン達衛兵が聴取したところ、その裏に隠された様々なことが明らかとなった。

 

 

 

 

 事のあらましはこうだ。まずラッドを使って荷物、正確に言うと荷物に紛れ込ませてあった魔石を運ばせていたのは、ラッドの証言によると商人ギルドの仕入れ部門トップのネッツだという。

 

 ギルドを通さないこと自体は特に問題行為ではない。多少金を多く積む必要があるが、仕入れ部門トップとなればその程度の額は誤差の範囲だ。だが、

 

「しかし、まさかネッツ氏も()()()()()()()()()()()()()とは思っていませんでしょうな」

 

 ラッドを医療施設に運び、荷物の依頼主であるネッツに確認を頼んだ所、そもそも荷物を依頼していないというのが発覚した。

 

 ラッドの持っていたサインを調べたところ、よく出来た偽物だと判明する。荷物の代金を支払わされたネッツとしてはいい迷惑だっただろう。

 

「だが本来ならそれも発覚しないはずだった。襲撃が未遂に終わったのは不幸中の幸いだったと言える」

 

 衛兵達が事故の後周辺を捜索した結果、近くの裏通りにそれなりの人数が集まって襲撃の準備をしていた痕跡や証言があった。

 

 おそらく荷車が横転したのも事故ではなく故意。横転したところを襲撃してラッドを口封じのために殺害、荷物を奪取する計画だったのだろう。

 

 しかし横転してすぐに時久達が来たこと、しかもその中に都市長と繋がりのあるラニーやアシュがいたことで襲撃を断念したというのがここの面子の見解だ。

 

「ラニーの口利きで審査を顔パスしたから、その分前との間隔が短くて間に合ったんだろうな。ツイてたと言っちゃあツイてたな」

「こちらとしてはそれを部下の怠慢と叱るべきか、それがまわりまわってヒトの命が助かったのだから褒めるべきか悩ましい所ですな。……まあ両方するとしますが」

 

 誰がネッツの名を騙って魔石を取り寄せたかは現在調査中だ。しかし状況的に商人ギルドの誰かの可能性が高く、そしてサインを偽造できるとなると更に限られている。もう数日もすれば進展があるだろう。

 

 

 

 

「それにしてもドレファス都市長様。疑う訳ではないが、本当に確かな情報ですかな? ヒトの人為的な凶魔化、それに必要な魔石を精製しようする輩がこの町に居るというのは?」

「可能性が高い……という所だがな」

 

 押収した魔石を詳しく調べたところ、とんでもないことが判明した。時久達がダンジョンにおいてバルガスから摘出した魔石。それと同じ細工が押収した魔石にも施されていたのだ。

 

 もちろんヒトの凶魔化について知っているものは限られる。魔石自体のサイズや魔力は規定内、一般の衛兵には知られていないため、普通に門を抜けることが出来たのだろう。

 

 調べる際に偶然その手の知識のある者が担当になったことから発覚し、都市長の耳にも入ることとなった。

 

 送った相手も現在調査しているが、こちらに関してはラッドはただの中継で、受け取った品が何処から来たかまでは知らされていなかった。

 

「それとネッツから妙な話を聞いた。一応荷物の受け取り主として受け取ったものの始末に困っていた魔石を、わざわざ欲しいという連絡が来たと言う。それも荷物に在った品と指定した上で相場より大分高い値段でだ」

「よく言うよ都市長殿。事情を話したうえで囮としてネッツさんに渡したんだろ? この魔石を欲しがるヒトがいたら知らせてくれってな」

 

 アシュはそんな事を言って笑う。その魔石の意味を知っている者からすれば、それは多少の金を積んでも取り返したいはずだ。そう考えて協力を頼んだ都市長だが、ネッツは都市長に貸しが出来るとばかりに喜んで協力した。

 

 そして現在、ネッツは信頼できる少数の護衛と共に取引場所に向かっている。指定された場所は大通りから大分離れた場所で、後ろ暗い取引をするにはぴったりの場所だ。

 

「取引が終わり次第取引相手の後をつけ、そしてねぐらを掴んだらそのまま包囲後に一気に強襲。分かりやすいやり方ですな」

「作戦は準備こそ綿密に行うものだが、内容自体は単純な方が良い。……あえて取引場所に一番近い詰め所ではなく、やや離れた場所であるここで準備をしているのは用心のためだがな」

「用心深いのは結構なことですな。本日ネッツ氏とジューネ殿に仕入れてもらった品もその用心の一種ですかな?」

「その通りだ。最悪時間までに間に合いそうもなければ置いていくつもりもあったが……なんとか間に合いそうで安堵している。必要無いなら無いで良いのだがね」

「左様ですか。……さて、では私は準備の方に戻ります。お二方はしばしこちらでおくつろぎください。では」

 

 そう言ってベンは敬礼し、きびきびとした動きで部屋を出ていった。

 

 

 

 

「ふむ。……飲むかね?」

「いえ。俺は酒は好きなんですが弱いもんで。特にこれから忙しくなりそうなんで止めときます」

 

 都市長が酒を勧めるが、アシュは軽く手を振って断りを入れる。公式の場では不敬にあたる態度だが、この場には二人しかいないという事でそれなりに緩い。

 

「しかし、都市長殿自ら出張るとは珍しいんじゃないですか? 書類仕事なんかも溜まるんじゃ?」

「一応今日の分は昨日できるだけやっておいたので気にするな。それに、私の出番がないに越したことはないよ。……今回はそうも言ってられんかもしれないが」

「つまり、場合によってはそれだけ大物が絡んでいる可能性もあると?」

 

 アシュの疑問に都市長はまた軽く酒を呷って頷く。これだけのことだ。どんな権力者が絡んでいてもおかしくない。その際衛兵だけでは権力で押し切られる可能性がある。都市長はその可能性を懸念したのだ。

 

「それに、それを言うのならアシュ殿に同行してもらえるとは予想外だ。頼みこそしたがジューネから離れることはないと思っていたのだがね」

「……まあ普通なら如何に前の雇い主の頼みでも、今の雇い主をほっとくってことは筋が違うんですがね。一応ネッツを通してジューネにこのことはざっと連絡してますし……ちょっと気になる言葉を聞きまして」

「『始まりの夢』……か?」

 

 その言葉を聞き、アシュから闘気とも言える気配が漂った。肌を刺すようなものではなく、他者を害そうというものでもなく、ただ単に一瞬我を忘れたという感じで。

 

「『始まりの夢』。かつて伝説と言われた幻のギルドであり、その噂は数多い。曰く全ての冒険者ギルドの基礎を作った。曰く対価と引き換えに一国の王にすら立ち向かった。曰くおとぎ話の邪神との戦いに参戦していたなど、眉唾な噂が多く今では実在を疑問視されている。……ネッツに連絡を取ってきた者の一人が自らをそう名乗ったというが、アシュ殿はどう思うかね?」

「どうとは?」

「幻のギルドの構成員を名乗る。それは単に箔を付けたいだけのお調子者か、あるいはそれだけの実力がある故か。……先ほどの反応からすると、無関心ということではないのだろう?」

「……さあて。どうですかね」

 

 そこでアシュは、周囲に漂わせていた闘気を霧散させる。

 

「どちらにせよ、まずは会ってみないことには何とも言えませんや。それでもし、万が一本当の『始まりの夢』だったりした日には…………俺も本気出さないといけないかもしれませんね」

 

 腰に差した刀の内の一振り、それを縛る赤い砂時計を模した錠をそっと撫でながら、いつものように飄々と返すアシュ。それを満足そうに見ながら、都市長は残った酒をグイっと一息に飲み干した。




 以上女っ気が少しもない対談でした。

 時久達とは別に物語は裏でも進行しているという訳です。


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第百六十七話 照明弾と予期せぬ来訪

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「それで? 大葉の言う通り先にこっちに寄ったけど……これからどうするんだ?」

 

 人手に当てがあるという言葉を頼りに、俺とエプリ、セプト、大葉の四人とボジョは、エプリの駆る雲羊に乗って大葉の家までやってきた。すっかりエプリが運転手として板についてきた気がする。

 

 外はすっかり夜の帳に覆われ、一応町の大通りに街灯らしきものはあったけど念の為、俺の“光球”とセプトが持つカンテラ(屋敷で借りてきた)、それとしれっと大葉が取り出した懐中電灯を明かりにしている。

 

 そんなのまで有ったのかと驚いたら、「前に防災グッズをセットで買っておいて助かったっす!」なんて言ってた。……俺も牢獄に置きっぱなしにしている荷物の中に入れていたはずだけど、今頃あれどうなってるかな?

 

 ちなみにジューネは屋敷に残って、ヒースが入れ違いに帰ってきた時のための連絡係だ。エプリが出発の前にジューネから特殊な道具(商品)を借りたらしく、話したりは出来ないものの離れた所でも合図を送るくらいは出来るという。

 

 ドロイさんが客人にそんなことはさせられないと引き留めてくれたが、そこはジューネに説明を頼んである。上手いこと説得してもらおう。

 

 まあ個人的には普通にヒースが帰ってきて、こっちがくたびれもうけに終わるっていうのが一番良いんだけどな。

 

「まずはちょっと家の中に入って連絡用の道具を取ってくるっす。……すいませんがちょっとここで待っててほしいっすよ」

「確かに大人数で入っても邪魔になりそうだしな。分かったよ」

 

 そうして大葉は家の中に入り、俺達は外で待つことに。

 

 それから少しして、

 

「お待たせしましたっす! 使わないと思って家に置きっぱなしにしててまいったっすよ」

 

 何か筒のような物を手に持って大葉が家から出てきた。あれは……何だ?

 

「……照明弾の一種のようね。小型の魔石を空に打ち上げて炸裂させるの。……個数なんかで合図としてもよく用いられるわ」

「炸裂って……もしかして魔石も金属性みたいに爆発したりすんのか?」

「……物によるけどね。強い火属性や光属性の魔力がこもっていると、強い衝撃や火を点けることで爆発するの。地面に叩きつけたりとか」

 

 エプリが軽く説明してくれる。全部が全部爆発するって訳ではないらしい。……もしそうだったらただでさえ危ない特性の魔石がさらに危なくなるからな。ちょっと安心した。

 

「え~っと。つまりこの打ち上げ花火みたいなやつで誰かに連絡を取ると。……何と言うか古風だな」

「まああたしも実際に使うのはこれが初めてなんすけどね。用があったらこれで呼んでくれって言ってたし、今は夜だから少しは見やすいんじゃないっすかね? そんじゃ早速一つ打ち上げてみるっすか!」

 

 大葉はそのままそれを地面に置き、何やら横の部分を弄り始める。どうやらあそこから点火するようだが、懐中電灯を持ちながらなのと暗いのとでやや手こずっているようだ。

 

 手助けしようと俺の“光球”を向こうに飛ばそうとした時、

 

「これで、どう?」

「……おっ!? ありがとうっすセプトちゃん! もうちょっとそのままで頼むっすよ」

「うん。分かった」

 

 セプトが先にそっと近づいてカンテラを差し出していた。大葉も一瞬驚いたようだが、そのままにっこり笑い返して作業を続ける。

 

「なあエプリ。最近セプトも()()()()動くようになったと思わないか?」

「……そうね。調査隊のテントに居た時は、それこそトキヒサが何か言わない限り動こうとしなかったもの」

 

 いつも俺に言われるか、あるいは確認を取ってからじゃないと動こうとしなかったセプトが、こうして自分から行動する。これならいずれ俺から離れても大丈夫になるかもしれない。それはとても喜ばしいことだ。

 

「……よ~し。それじゃあ皆さん。打ち上げるから少し離れるっすよ!」

 

 いよいよか。そう言って軽く距離を取る大葉とセプト。俺とエプリも少し下がる。すると、ポンっとシャンパンの栓が抜けるような音と共に筒から光の球が放たれ、空高くまで舞い上がって炸裂した。

 

 考えてみると、夜に町の中でこれは色々と迷惑じゃないだろうか? 前に俺が銭投げで空に起こした爆発に比べれば弱いが、それでも結構遠くから見えそうな光量だ。……いざとなったら緊急事態ってことで許してもらおう。

 

「た~まや~っす!」

「完全に照明弾というより花火だよその台詞は。……ところで、これで誰を呼ぶ気なんだ?」

「ああ。言ってなかったっすね。それは」

「……待ってっ! 誰か近づいてくるわ」

 

 大葉が答えようとした時、エプリが何かに反応したらしくやや鋭い声で警戒を促した。慌てて耳をすませば、暗闇の中を誰かが歩いてくる足音がする。それもどうやら一人ではなく複数。もう大葉の呼んだ誰かが来たのか? 

 

 そうして明かりと共に現れたのは、明らかに妙な集団だった。暗がりではっきりとは見えないが、少なくとも十人以上はいるだろうか?

 

 年齢、性別はバラバラだが、一人を除いて共通しているのは同じような柄の灰色っぽい服を着ていること。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。……つまりこの人達はセプトと同じ奴隷らしい。

 

「おやぁ? おやおやおや? 夜の散歩中にふらりと立ち寄ってみれば、何やら面白いことになっているじゃないかツグミ! ここは一つ私も混ぜてはくれないかい?」

 

 唯一首輪をしておらず、他の人よりも明らかに上質な服を着た男が一歩前に出て喋り出す。動きや言葉の一つ一つが大仰で、どことなく役者か何かを思わせる人だ。

 

「げぇっ!? 面倒な奴が面倒な時にやってきたっす。なぁにが夜の散歩中にふらりとっすか? ただの散歩でそんな人数引き連れる人はいないっすよ。あとあんたにはツグミって呼ばれたくないっすね」

「くっくっく。いやいやこれは手厳しい。まあ散歩というのは嘘なのだがね。交渉帰りについふらりと君の顔を見に寄っただけのことさ」

 

 妙な男に対し大葉も一歩踏み出して牽制する。どうやら知り合いらしいが、いつも明るい大葉が珍しく嫌な奴にあったとでも言わんばかりの顔で見ているな。今にも塩でも撒きそうな勢いだ。

 

「……大葉。この人達は?」

「知り合いって言いたかないけど知り合いっす。こいつはレイノルズ・エイワ―ス。ここら辺の裏通りを仕切ってる性質の悪い奴隷商人っすよ」

「性質の悪いとは心外だな。私は極めて真面目に商売に勤しんでいるだけの商人に過ぎないよ。商品を必要としている客に必要とした商品を対価と引き換えに提供する。それだけさ。それに奴隷は私の取り扱っている商品の一つに過ぎない。私などが奴隷商人と呼ばれたら本職の奴隷商人に怒られてしまうな」

 

 よし。胡散臭い人だってのははっきり分かった。気のせいかエプリやセプトもさっきから警戒を緩めていない。油断できない相手みたいだ。

 

 しかし奴隷商人と言うと、以前大葉が俺と会うまでのことを話してくれた時に言っていた奴隷商人のことだろうか?

 

「ああもうっ! それで何なんすかこの悪徳商人。こっちは今とっても忙しいから後にするっす! というかもう来んなっす!」

「まあそう言わずに。私としては君とは友好な関係を築きたいと思っているんだよ。察するところ、どうやら困っているようじゃないか? 例えばそう……ヒトを探すのに()()()()()()()とか?」

 

 その言葉を聞いて一瞬大葉の動きが止まる。何で知っているのかという点はさておいて、レイノルズの言葉は的確に今一番必要な所を突いていたんだ。

 

「どうだろうか? ここは一つ私の商品を貸し出すというのは? ヒトを探すのに人手はいくら有っても良いだろう?」

「……何が望みっすか?」

「言っただろう? 君とは友好的な関係を築きたいと。その相手が困っている所に手を差し伸べるのは当たり前のことではないのかな?」

 

 レイノルズはそう言って大葉にゆっくりと手を差し伸べた。助力を受け取るのならこの手を取れと言わんばかりに。

 

「あんたがそんな人並みの情で動くような奴なら、あたしだってもっと普通に話すっすよ。……あんたが損得勘定度外視で動くなんてことはあり得ねえっす。今回のことだって、どうせ助けるついでに恩を売ろうとか都市長さんへのパイプを作ろうとかまあそんな所っすか?」

「ご想像にお任せすると言っておこうか。しかし、この差し伸べた手は間違いなく本物だ。……どうするかね?」

 

 そう言ってニヤリと不敵に笑うレイノルズの顔は、どこか魂を対価に契約を迫る悪魔のようにも見えた。ジューネが時折見せる小悪魔なんて可愛らしいものではなく、一つ間違えば全てを台無しにして破滅させかねない……そんな顔に。

 




 呼んだ人と別の人が来て嫌な気分になっている大葉でした。

 ちなみにレイノルズが大葉と友好関係を築きたいというのは噓ではありませんが、端から見てその関係が良いものだとは限りません。


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第百六十八話 悪徳商人と再びの三人娘

「ちょ、ちょっとタンマ!? 相談タイムっす!? ……どうしましょうっすか皆さん?」

「どうしましょう……って言われてもなぁ」

 

 いくら何でも急すぎると判断したのか、大葉は一度仕切り直すべくこちらに話を振る。そのまま少し離れて顔を突き合わせるが、しかしこっちも急で戸惑っているし、まず相手がどういう人物か分からない。

 

 まあ今のやり取りで気を抜いて良い相手じゃないってことだけは分かったけどな。

 

「まずレイノルズって人を知っている人はいるか? 大葉以外で」

「ごめん。知らない」

「……噂を聞いた程度なら」

 

 セプトは首を横に振るが、エプリは何か思い当たることがあるようで僅かに顔を上げる。

 

「……かなりやり手の商人で、武器の販売から奴隷の売買まで幅広くやっているとか何とか。……この町だけでなく近くの交易都市にも顧客が居るという話よ」

「腕は確かかもしんないけど、人間的には最悪の奴っす! あたしが初めて会った時なんか『君の能力は素晴らしい。私の()()になるつもりは無いかね? 出来得る限りでの好待遇を約束しよう』なんて大真面目に言ってきたんすよ!」

 

 なるほど。その話が本当なら確かにとんでもないな。だけど商人として有能なのは間違いなさそうだし、そんな人が人探しを手伝ってくれるというのなら心強いのは間違いない。

 

「まあ人間的に信じられないのはともかくとして、人手が必要な所に向こうから来てくれたっていうのはありがたい。となるとあとは向こうの狙いが何かだけど……やっぱり大葉の言った通り恩を売るかパイプを作るためか?」

「おそらくそうっす! 少なくともタダで動くなんてことは絶対ないっすよ!!」

 

 大葉は力強く断言する。そこまで言うとは以前余程のことがあったらしい。

 

「……そもそも何故向こうはこっちがヒトを探してるって分かったのかしら? ……勘や当てずっぽうという感じではなかったけど」

「相当広い情報網があるっすからね。どっかでその情報が引っかかったのかもしれないっす」

 

 エプリの疑問に大葉はそう返すが、俺は一瞬違和感を感じる。

 

 いくら情報網が広いって言ったって、ヒースの帰りが遅くなるのは言っちゃ悪いが今日に始まったことじゃない。それなのに今日に限って、しかも今さっき探しに出た俺達……特に大葉に声をかけた。それはつまり……。

 

「相談中の所悪いのだがね。手を差し伸べっぱなしというのも少々疲れるものがあるので、そろそろ手を取るか払いのけるかどちらか決めてくれると助かるのだが」

 

 その声に振り返ると、レイノルズがわざわざ先ほどと同じように手を伸ばした体勢でこちらを見ている。その仕草も何処か演劇じみていてオーバーだ。だが確かにあんまり待たせる訳にもいかないし、時間も有限じゃない。

 

「それでどうするっすか? 正直アイツの手を借りるのはどうにも良い気分はしないんすけど」

「……トキヒサが決めなさい。私はそれに従うわ」

「俺が?」

「……元々トキヒサが始めたことだもの。こういう時は言い出した者が責任を負うものよ」

 

 大葉やセプトの方を見ると、二人もうんうんと頷いて見せる。大葉は今あんまり手を借りたくないって言ったばかりだけど、俺に委ねて良いんだろうか?

 

「明らかに怪しいのは間違いない。……でも手が多いに越したことはないってのもまた事実だ」

 

 ここまでやって普通に帰ってきましたってなったら笑い話にしてはかなりキツイが、残念なことにエプリにジューネからの帰宅の連絡があった様子はない。……え~い話だけでも聞くとするか。

 

 俺が意を決して近づくと、レイノルズは手を引っ込めて興味深そうにこちらを見る。何か値踏みされている感じがするな。後ろについているエプリ達は油断なくいつでも動けるよう身構えている。

 

「え~っと、レイノルズさんで良かったですか?」

「ああ。君のことは……トキヒサ君と呼べば良いかな?」

「はい。……もしかしてこっちの話を聞いてましたか?」

「いいや。そこに離れて話していたことなら聞き取れなかったとも」

 

 つまり()()()()()()()()()()俺の名前は事前に調べていたと。ますます胡散臭くなったぞこの人。

 

「じゃあレイノルズさん。商品を貸し出すって言ってましたけど、それはつまりその……」

「君の察する通りだ。この商品(奴隷)達を貸し出そう。……なんなら買い取るという形でも構わないぞ」

 

 ホントに奴隷を商品って言ってるよこの人。俺は奴隷や奴隷制度そのものを否定する訳じゃないけど、そこまで徹底して道具として見ることは出来そうにない。この時点でこの人とはあんまり仲良くはなれそうにないな。

 

「確かに人手は必要です。……ですがいきなりそんなことを言われても困るというか。第一相場がいくらは知らないけど人を雇うにしてもお代が払えるかどうか」

「なあに心配することはない。本来なら代金がかかる所だが、今回は私から友好の証として言い出したこと。金を取ろうとは思わない」

 

 つまり無料レンタル。……話がうま過ぎるな。

 

「納得できないかね? ……実の所、先ほどツグミが言っていたのはあながち間違いではない。これを機にドレファス都市長との表立った繋がりを作れれば良いとも考えているし、君達に恩を売るというのも悪い話ではない。その方が良いと思える相手なら尚のことだ」

「大分高い評価で驚きですが、残念ながら俺達は近いうちにこの町を出ることになると思うんですが」

「それならそれで構わないさ。またいずれこの町に戻ることもあるだろうし、繋がりが無くなるわけではない。持っていて損が無いのなら、多く作っておいた方が良いだろう?」

 

 ……そうか。この場合俺達に話がうま過ぎるというよりも、向こうがどう転んでも損をしない形なんだ。

 

 仮に俺達が奴隷を借り受けたとする。直接金が入るわけじゃないけれど、手伝ったという点でレイノルズが気に入っているであろう大葉に恩を売れるし、上手くすれば都市長とのパイプも出来る。

 

 そしてこの話を断ったとしても損はない。何もしていないんだから当然だ。……むしろ断った負い目がこちらに出来る可能性があり、もし次に交渉することがあれば場合によっては付け込める。

 

 唯一損をするとしたら奴隷、向こうの言う商品が怪我か何かをする場合だけど、戦闘とかならともかくただの人探しだ。危険度は低いと判断したのだろう。

 

 それならば……別に断る理由は無いか。奴隷というより日雇いの派遣社員か何かを雇うと考えれば多少は気も落ち着いてくる。

 

「なるほど。分かりました」

「では……私の申し入れを受けてくれるのかな?」

 

 俺がレイノルズの差し出した手を握ろうとした時、

 

「ちょっと待ってくださあぁぃ!!」

 

 どこからともなく制止する声が響き渡る。今のは一体誰だ? 周囲を見渡したがこの場には俺達しか見当たらない。というかどこかで聞き覚えのある声だ。

 

 俺は振り向いてエプリ達を見るが、それぞれ自分じゃないと否定する。じゃあレイノルズの側の誰かかと思ったが、そちらもどうやら違うようだ。では一体誰が?

 

「…………あそこよ!」

 

 最初に気づいたのはエプリだった。おそらく風で周囲を探ったのだろう。真っ先に反応してある一点を指差す。

 

 そこはレイノルズ達がやってきた方向の反対側。その途中に、三人の白いローブとフードを纏った誰かが立っていた。それぞれ俺のように“光球”が身体の周りを回転しながら浮遊しており、姿かたちはハッキリと見える。

 

「ふぅ。連絡を受けたので慌てて来てみれば、これはどういう状況か説明していただけませんか?」

「およっ! よく見たらオオバ以外にもトッキーにセプトちゃん、エプリも居るじゃん。やっほ~!」

「その。こんばんは……です」

 

 連絡を受けたって大葉の照明弾のことか? ……それにこの口調、どこかで聞き覚えがあるような。あとトッキーってもしかして俺のことか?

 

「おやおや。何者かな?」

「何者か……ですか。問われたからには答えなくてはなりませんね。私達は」

 

 レイノルズは一度手を引っ込め、顎に手を当てて白ローブの三人に問いを投げかける。この場の全ての視線を釘付けにする中、三人はそれぞればさりと音を立てながらフードをまくり上げた。

 

 その中に有ったのは全て同じ顔。ただ同じ顔ではあるものの、それぞれ自身の内面を映し出すように雰囲気が異なる。……よく見たら知ってる顔なんですけど。

 

「長女アーメ」

「次女シーメ!」

「末っ子……ソーメ」

「「「私達、三人揃って…………『華のノービスシスターズ』」」」

 

 そこで言葉を切って三人がポーズをビシッと決めると、彼女たちの後ろから特撮の爆発が起こる姿を幻視した。唖然とするレイノルズ達。まあいきなり見たらそんなもんだよな。分かる。

 

 そしてこの濃い三人娘を呼びつけた肝心の大葉はと言うと、何も言わず無言でグッと親指を立ててサムズアップしていた。なんか一気にシリアスがぶっとんだ気がするぞ。

 




 爆発はあくまで幻視です。

 まあこんな三人ですが、実はそれぞれかなり有能です。……雰囲気がぶっ壊れるのが長所であり短所でもありますが。


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第百六十九話 善意の対価はゴハンの奢りまで

「な、なんであのシスター三人組がここに?」

「そりゃああたしがさっきの照明弾で呼んだからっすよ。だけどセンパイも知り合いなら話が早いっす! 待ってたっすよ三人とも!」

 

 俺がつい素朴な疑問を洩らすと、大葉が耳ざとく聞きつけて説明し、そのまま三人娘の方に走っていく。大葉を見るなり三人が笑顔になったので、知り合いというのは間違いなさそうだ。

 

「それにしてもやけに早かったっすね。教会からだったらもう少し時間がかかるかと思ったっすけど?」

「丁度この近くを巡回中だったんですよ。もうそろそろ帰ろうかという時に、急に以前連絡用に渡した照明弾が打ち上がったから何事かと思いました」

「はい。驚き……ました」

「それで急いで来てみたら……何やら厄介なことになっているみたいだから声をかけたってわけ。まさかトッキー達と一緒に居るとは思ってなかったけどさ。はぁいトッキー! 元気?」

 

 そんなことを話しながら、シーメはこっちに向かって手を振ってきたのでこちらも振り返す。何が何やら良く分からない。

 

「まあ再会を喜ぶのは後にして……何故貴方がここに居るか伺ってもよろしいですか? レイノルズ氏」

「私は商人なのでね。客が居る限りどこにでも行くとも。……と言っても、今回はあくまで互いの友好のために協力を申し出ただけだがね」

「信じられない……です」

「これまでやったことがやったことだかんね。私もちょ~っと信じられないかも」

「おお。何とも嘆かわしい。こんな一介のしがない商人を目の敵にするなどとは」

 

 アーメが突如警戒の色をあらわにしてレイノルズの方を見る。レイノルズが何でもないように答えると、シーメとソーメも疑わしそうな顔をした。俺は戻ってきた大葉にちょっと気になったことを訊ねてみる。

 

「え~っと。いまいち俺には立ち位置がよく分からないんだけど、アーメ達とレイノルズさんってもしかして仲悪いのか?」

「アーメ達は普段シスターの仕事とは別に、こうして町の見回りや治安維持の手伝いなんかもしてるっす。あの悪徳商人は衛兵の動けないギリギリのラインでアコギな商売をするんすけど、アーメ達は衛兵とは違うから時々ぶつかって邪魔されるんすよ! ちなみにあたしと初めて会ったのもそんな時っす!」

 

 それシスターの領分完全に超えてるよね。自警団みたいな感じか? ……考えてみれば、三人娘の所のエリゼ院長は都市長さんの古い知人なのだから、下手に手を出すと都市長さんとぶつかることになる。レイノルズからしたらやりにくいったらないだろうな。

 

 その後少し互いに世間話というか牽制をしあい、軽く息を吐いてアーネ達がこちらに近づいてくる。

 

「遅くなりましたがトキヒサさん。エプリさんにセプトちゃん。こんばんは。宜しければこれまでのいきさつを説明願えませんか? オオバさんに呼ばれて来たのですが、レイノルズ氏が絡んでいるとなると少々問題の気配がしますので」

 

 俺達はアーメ達にこれまでのことを大まかに説明した。

 

 人を探していること。ただ探す当てがなく人手も足りない所、大葉が人手なら当てがあると言って照明弾を使ったこと。そうしたら先にレイノルズが奴隷を引き連れて手を貸すと言ってきたことなどだ。

 

 一応探す相手が誰かまではまだ言っていない。横でさりげなくレイノルズが聞き耳を立てているみたいだしな。こういうのは正式に手を借りてから話した方が良い。

 

 

 

 

「なるほど。そういう事でしたら私も協力しましょう!」

「私も協力するよ! 他ならぬオオバの頼みだし、トッキー達も居るしね。シーメはどうする?」

「うん。私も……手伝います」

 

 三人は快く手伝ってくれるようだ。それを見てレイノルズは何故か少しだけ苦い顔をしている。これはどうしたことだろうか?

 

 ちなみにレイノルズの奴隷達は少し離れた所に待機している。近くに居たら話しづらいだろうというレイノルズの計らいだ。出来れば最初からそうして欲しかった。

 

「だけどタダでってぇことはないよねトッキー? まあヒト探しくらいなら……私達にゴハン奢ってくれるくらいはしてくれるんじゃないかなぁ?」

「私、お魚の料理が良い……です」

「もう二人共……すみませんトキヒサさん。全然お断りしてもらって構いませんから」

 

 シーメとソーメがそんなことを言うと、アーメはそれを抑えながら申し訳なさそうにこちらを見る。……なんか期待されてる気がするな。

 

「ああいや。ゴハン奢るくらいで良いんなら喜んで。何せこっちには多分一人でそれより食う人が居るから、もう数人増えたって今更って感じだし」

 

 それを聞いて今度はエプリがプイっと顔を逸らす。最近ますます食べる量に遠慮が無くなってきた気がするからな。地味に本来の護衛料に加えて食費が嵩んできている今日この頃だ。

 

「ありがとうございます。……さて、こうして私達が手伝うと宣言した以上、レイノルズ氏。貴方()()()協力するということではなくなりました。それでもなお()()()協力すると仰りますか?」

「無論だとも。先にもツグミ達に述べたが、友好な関係を築きたい相手が困っている所に手を差し伸べるのは当たり前のことだからな」

「……良いでしょう。そういう事にしておきます」

 

 レイノルズとアーネの視線が一瞬鋭く交差する。だがアーネはすぐに視線を外し、こちらに向かって小さくウインクをしてきた。何だろう今の言い回しは? どこか引っかかる。

 

「…………そう。そういう事」

「何か分かったのかエプリ?」

 

 今のやり取りを見て、どこか納得したようにエプリが頷く。

 

「……これは単純に貸し借りの分散よ。レイノルズ()()()手伝ったのなら、それがたとえ善意からであれこちらもそれだけ大きな借りとして扱わざるをえない。おそらく後で大きな貸しを一つ作れると踏んでいたんでしょうね。……だけどここでアーメ達も協力すると言ってきた。唯一の協力者という立場を失った以上、得られる貸しも少なくなる」

 

 借りが少ないのなら、精々ちょっとした頼みをそれぞれから聞くだけで良い。大きな頼みを一つ聞くよりはこっちの方が大分マシか。

 

 加えてアーメ達は対価に食事を奢ってもらうということを先に提示した。つまり人探しの貸しは精々そのくらいだとレイノルズに釘を刺した形な訳だ。これなら後々予想外の頼みをされることもない。

 

 どうやらアーメ達には腹いっぱい好きな物を奢ることになりそうだ。

 

 

 

 

「そんじゃ細かい交渉はお姉ちゃんに任すとして、私達はこっちでお話でもしよっか! オオバがトッキー達と知り合いなんて初めて知ったし、シーメはセプトちゃんと話がしたいよね」

「うん! セプトちゃん。私……また色々お話したい」

 

 教会で身体を診察してもらった時から仲良かったもんな。その言葉に、セプトはこちらを一瞬チラリと見る。この状況で俺から離れるのはマズイと思ったのかもしれない。

 

「こっちにはエプリもいるし大丈夫だから。ゆっくり話をしてきな」

「ありがと、トキヒサ。……行ってくるね」

「じゃああたしもちょっと近況報告がてら行ってくるっす。そっちの話が終わったら呼んでくださいっすセンパイ!」

 

 えっ!? 大葉も行くの? 大葉は両方に面識があるから出来れば一緒に話してほしかったんだけど……あいつめ俺に丸投げかい。

 

 そうしてひとまず大葉達は大葉の家に引っ込み、ここに残ったのは俺とエプリ、アーメ、レイノルズのみとなった。

 

「ふむ。では思わぬ乱入があったが、先ほどの続きといこうかトキヒサ君。私も商品を貸し出して君達のヒト探しに協力しよう。この申し入れを受けてくれるかね?」

「はい。よろしくお願いします」

 

 再びレイノルズが手を差し出してきたので、今度こそその手をしっかりと握る。順番的にアーメ達の方が先になってしまったけど、どのみち申し出は受ける気だったしな。

 

 まあ俺も用心だけはしておくつもりだけど、元々こういう裏の裏まで読むってのは“相棒”に任せっきりだったからな。何かミスったら誰でも良いからフォローよろしく。

 

「よろしい。ではトキヒサ君。早速だが、探しているヒトの情報を貰えるかな? なにぶん誰を探せば良いのか分からなくてね」

「そう言えばそのヒトの名前はまだ伺ってませんでしたね。これだけの大事となると、余程の人物とお見受けしますが」

「そうですね。ではお話します。実は探しているのは……都市長さんの息子のヒース・ライネルなんです」

 

 その名前を聞いて、二人の顔色が明らかに変わる。やはりヒースの名前もこの町ではかなり有名らしい。あいつ今ホントにどこに居るんだか?

 




 レイノルズ、およびシスター三人娘に協力を取り付けました。

 なんだかんだ時久自身も人脈が広がりつつあります。


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第百七十話 各自捜索開始


 久しぶりに連日投稿です。


 俺はレイノルズとアーメに事の経緯を説明した。ヒースがまだ帰ってこないこと。これまでも時々遅くなることはあったけれど、今日は訳があって早く帰ってもらわないと困ることなどだ。

 

 今日何か起こりそうなこと、都市長とアシュさんがおそらくそれに関わっていることなどは伏せておいた。アーメはともかくとして、レイノルズに知られるのは何か嫌な予感がしたからだ。

 

 説明を受けた後のレイノルズの行動は迅速だった。

 

「ふむ。早速私の手の者に情報を回し、最後にヒース様が確認された場所を中心に探させよう。トキヒサ君の話だと、既に都市長様の屋敷の者が数名探しに出ているようだ。その者達に会ったらこちらで話を通しておく。見つかり次第連絡を入れ、屋敷に送り届けよう。では失礼するよ」

 

 レイノルズはそう言って奴隷たちを引き連れて去っていく。だけどどうやって連絡するのだろうか? 何かそういう道具でもあるのかね?

 

「じゃあ私達も……と言いたいところですが、流石にレイノルズ氏のような人海戦術は厳しいですね」

 

 アーメは難しい顔をして言う。……それはそうだ。向こうは奴隷とかを考えると相当の人員を回せる気がする。対してこっちはシスター三人。同じ方法では太刀打ちできない。

 

「一度シーメ達を呼んできましょうか。あの子達ったら放っておくとずっと話し込んでしまいそうですから」

「そうですねアーメさん。これからどうするか話さないと」

「……なんで急に敬語に?」

「いや……まあさっきのやりとりを見ていると、ちょっとこっちも気合入れて話さないといけないかと」

 

 レイノルズとのやりとりは、これまで何度か見てきたシスター三人娘の一人とは思えない程短いながらも鋭さあふれるものだった。こっちが素だとしたらタメ口というのはいささかマズいんじゃないだろうか?

 

「別に普通に話してくれて構いませんよ! むしろ普通のままで! トキヒサさんって見たところ私達とそんなに歳の差もなさそうじゃないですか。それなのに敬語というのはその……落ち着かなくて」

「そうか? それじゃあいつもの喋り方で行くよ。……それとさっきはありがとうな。多分アーメ達が来なかったら、普通にレイノルズ達に協力を頼んでたっぷり借りを作ることになっていた」

 

 そこで礼と共に頭を下げると、アーメは慌てたように手を広げてぶんぶんと振る。

 

「あ、謝る必要なんてないですって。たまたま呼ばれたところで何やら大変そうだから手を貸しただけですから。……それと奢りのことなんですが、先ほどはレイノルズ氏を牽制するためにああ言いましたけど、ほんとに奢ってくれなんて言いませんから」

「いや、それじゃあこちらの気が済まないし、その分はしっかり奢らせてもらうよ!」

「……ふふっ。ありがとうございます! じゃあその時を楽しみにしていますね」

 

 そう言いながら、アーメはニッコリ笑って大葉の家に皆を呼びに行く。……不覚にも一瞬その笑顔に見とれてしまった。お~い。待ってくれよ! 俺も一緒に行くって!

 

 

 

 

「……それで? 私達が真面目にこれからのことを考えている時に、貴女達は何をやっているんですか!」

「まあまあそう言わずに。お姉ちゃんも一つどうこれ? このうま〇棒ってのもうメッチャ美味いよ!」

「シーメ姉の言う通り! これ美味しいよアーメ姉!」

 

 どうやら話をしている間、皆して大葉の出した駄菓子で軽いパーティーをしていたらしい。皆でうま〇棒をかじっている。……うま〇棒も箱買いしてたんかい。

 

 俺達も入るが、元々大葉の家は狭いので全員入るとかなりぎゅうぎゅうだ。何とか空いたスペースに腰を下ろした。

 

 その際にほとんど密着に近いレベルでエプリとセプトが隣に居るのは考えないことにする。……ちょっとうま〇棒(コーンポタージュ味)の混じった良い匂いがするなんて思ってないぞ。

 

 大葉とシーメが両手に花だのなんだの言って笑っているのが何とも言えない。

 

「まったくもう。…………本当に美味しいですねコレ! このサクサク感がなかなか!」

「喜んでもらえて何よりっす! センパイ。こっちではほら……互いにどういった知り合いなのかとか、ちょこちょこ話してたっす! センパイ方の首尾はどんな感じっす?」

 

 俺とアーメはレイノルズとの話の内容を説明した。加えて今日何か起こる可能性が高いこと等もだ。

 

 ヒースのことを聞いたシーメとソーメは少し顔を険しくしたが、全て聞き終わるとどこか納得したように大葉の方を見る。

 

「なるほどなるほど。緊急用の照明弾を使ってまで呼び出すなんてどんな一大事かと思ったけど、こりゃあ確かに問題だよね」

「はい。一大事……です。オオバさんが呼ぶのも納得」

「そうなんすよ。我ながらナイス判断っす!」

 

 大葉がドヤ顔でそんなことを言っているが、まだ見つかってないんだからドヤ顔は後にしような。

 

「もしかして、今日アーメ達がここら辺を巡回していたのも何かあるって知ってたからとかか?」

「いいえ流石にそこまでは。ただ今日は昼間から妙な感じがすると言うか……何となく嫌な予感がするとソーメが言うので、念のため普段と少し違う場所を回っていたんです。結果的に正しかったようで何よりでした」

「そっか。じゃあソーメには礼を言わないとな。おかげで助かったよ」

「たまたま……です」

 

 ソーメが恥ずかしそうに顔を伏せる。その勘のおかげで助かったのだから恥ずかしいことなんてないのにな。

 

「しかしどうしましょうか? ……まだ屋敷からの連絡はないのですよね?」

「……ええ。つまりまだヒースは帰ってきてはいないようね」

 

 アーメの言葉にエプリがそう返す。ヒースが何をやっているのか知らないが、ここまで遅いとなるともう自分で帰るのを待っている訳にもいかない。

 

「となるとまずは大前提として、ヒース様を見つけて連れ帰ること。そして出来れば()()()()()()()()()()ということが望ましいですね」

 

 それは言われなくても分かる。先に見つけられたらそれを元に何を言われるか分かったもんじゃない。

 

「じゃあわざわざレイノルズと一緒の所から探すことはないね。どのみち向こうの方が人数多いし。私達は別の所から探そう。目星はあるのトッキー?」

「それが全然。……むしろアーメ達の方が知ってるかもって思ったんだけど? エリゼ院長は都市長さんと古い付き合いらしいし、その縁で心当たりがあるかなあって。それもあって呼んだんじゃないのか大葉?」

「えっ!? それは知らなかったっすよ! 呼んだのはただ単に、前に連絡用の道具を渡されたのを思いだしたからっす」

 

 知らなかったんかい! まあ考えてみれば最初は都市長さんのことも知らなかったようだし、繋がりが有るのを知っていたならアーメ達の伝手で会いに行くとかもやっていただろうしな。

 

「こっちも教会の縁で人手を集めるとか出来ないんすかね?」

「恥ずかしながら、うちの教会も最近ヒトがあまり来なくて困っているくらいです。それにこんな時間に手伝ってくれそうな方となるとさらに少ないですね」

「あぁ……なんかゴメンっす」

 

 自分で言ってちょっぴり落ち込むアーメに、大葉が慌てて謝る。そもそも前見せてもらった人形劇スタイルの読み聞かせも、来る人を少しでも増やすために考えたらしいしな。どこも世知辛い世の中だ。

 

「……ただエリゼ院長なら確かにヒース様が行きそうな場所も知っているかもしれません。今から戻って聞いてみるというのも一つの手ですね」

「だけどアーメ姉。ここからだと……教会まで少し掛かるよ」

「そうですね。行って戻るとなるとそれだけで大分時間が掛かりそうです。なら何人も連れ立っていくこともありません。あとで私が一人で向かいましょう」

 

 一人でってのは少し気にかかるが、確かに話を聞くだけなら何人も行く必要は無い。ここはお願いするとしよう。

 

「じゃあ頼むよ。後は誰か探す当てみたいなところはあるか? アーネを待っている間も出来れば動いておきたい」

「……と言っても、ヒースとは基本屋敷の中で会ってばかりだしね。一緒に出かけるという事も無いから当てと言っても」

 

 エプリが素っ気なく言うがもっともだ。これなら一回ぐらい一緒に講義を抜け出して飯でも食いに行けばよかったかな? …………待てよ? そう言えば、

 

「ラーメン、一緒に食べた」

 

 そこでセプトが俺と同じ考えに至ったのか、そうポツリと呟く。

 

「ラーメン……ですか?」

「ああ。そう言えばヒースがこのところ、数日おきに通っている店があったんだ。もしかしたらそこの店主なら何か知っているかもしれない」

「なるほど……そこなら何か分かるかもしれませんね」

 

 幸いそのラーメン屋はここからそう遠くはない。ただ通りに待たせている雲羊の所に一度戻ってとなると少々タイムロスになるかもだ。それを伝えると、アーネが何か思いついたかのように頷く。

 

「……ここは三手に別れましょう。まず私が教会まで単身で向かいます。そしてそのラーメン屋に向かう組と、クラウドシープを回収しながら途中を捜索する組を作るというのはどうですか?」

「…………他に探す当てがない以上、今はそれくらいしか手が無いか。……よし。それでいこう」

「では、一足先に出発しますね。一番時間が掛かるのは私みたいですから」

 

 ひとまずの作戦を決めると、アーメは周りの人に当たらないようゆっくりと立ち上がり、そのまま家の外へと歩いていく。さっそく教会へ向かうつもりらしい。

 

「あっ!? ちょっと待ってくれアーメ。一人で行くのはまあよく巡回するくらいだからある程度は安全だとして、連絡手段はどうする?」

 

 後ろから声をかけると、アーメは白いフードを被り直しながら振り向いて微笑んだ。

 

「ああ。それなら妹達が一緒に居る限りは心配ありませんよ。話すと少し長くなるかもしれませんから、詳しい説明は二人に聞いてください。光よここに。“光球(ライトボール)”」

 

 そう言ってさっと“光球”を身体に纏わせ、夜の闇の中に消えていくアーメ。……二人に聞けって何のことだ?

 

 よく分からないのだが、まずは早いところ組み分けをするとしようか。

 




 異世界でもうま〇棒は人気です。




 それと個人的な報告ですが、本日お昼頃に別作品で、この作品を本編とした外伝を投稿する予定です。

 時久がもしあの時こうしていたらということをテーマに書いていこうと思うので、よろしければご一読いただけると幸いです。


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第百七十一話 同調の加護

 結局組み分けとしては俺とセプト、大葉、シーメがラーメン屋へ向かい、エプリとソーメが雲羊を回収し、捜索をしながら一番近くの通りまで移動して後で合流する……という流れに落ち着いた。

 

 エプリは護衛として離れる訳にはいかないと反対したが、雲羊を操れるのがエプリしかいないという理由から渋々同意。そしてソーメが付き添う理由だが、

 

「“同調”の加護?」

「そっ! 私とお姉ちゃんとソーメが生まれつき持っていた加護。ざっくり言うと、()()()()()()()()()()()()()()

 

 組み分けをする直前、それなら私かソーメの加護が使えるからどっちか一緒に行った方が良いというシーメの言葉に従って別れた後、ラーメン屋に移動しながら細かい説明を受ける。

 

「繋がってるって……どういう事だ?」

「う~ん。なんて言えば良いかなぁ。離れていてもある程度互いのことが分かる……みたいな? 大体の居場所とか考えていることとか」

「それは凄いな! 三人限定のテレパシーみたいなものか?」

「てれぱしーってのは知んないけど、相手に伝われ~って強く念じると伝わるよ。相手の考えを勝手に読むのは無理だけど」

 

 詳しく聞いてみると、その範囲ときたらこの町をまるっとカバーできるくらいだという。

 

 その範囲内であれば普通に大まかな位置も分かるし連絡も取れる。相手がケガをしたり調子が悪くなっても何となく分かると言うから凄まじい。三つ子の間のみではあるが凄い加護だ。

 

「そう言えば前もそんなことがあったっすね。あの時は連絡用の道具を使ってるのかと思ってたっす!」

 

 大葉も何か納得したように頷く。……前にも使ってたなら信用できるな。

 

「っていう訳だから、連絡役なら任せといて!」

「ああ頼むよ。……そろそろ着くぞ」

 

 暗い夜道を歩く中、前に行ったラーメン屋が見えてくる。店から煙が伸び、明かりも見えることからどうやらまだ営業中のようだ。

 

「それにしてもこっちにもラーメン屋があったんすねぇ。……センパイ。ここで一つ食っていきましょうかっす?」

「そう言えば、今日は帰ってから夕食にするつもりだったからお腹空いたなぁ。さっきのうま〇棒は美味しかったけど結局少しだけだったし、食べてくんなら私も私も!」

「今はヒースを探すのが優先な。事態が収まったらまた改めてこよう」

 

 大葉とシーメが二人してお腹をさすりながら言うので微妙に緊張感が削がれるなまったく。さて、他に客が居たら申し訳ないが、少し話を聞かせてもらおうか。

 

 

 

 

 ラーメン屋に辿り着いた俺達は、丁度客が居ないのをこれ幸いとヒースの行方を尋ねた。だが、

 

「えっ!? とっくに帰った? 本当ですか?」

「……へい。今日もヒース様は、ふらりと店にやってきてラーメンを注文し、夕方少し前に帰られやした」

 

 あちゃ~やっぱりか。一番良い展開は、ここでヒースが夕飯代わりのラーメンを啜っているのをひっとらえるという流れだったんだが……流石にそうはいかないか。

 

 おやっさんは一人で机を拭いたり次の仕込みをしながら話してくれる。……ちなみにおやっさんっていうのは俺の勝手な呼び方だが、別に呼び方は何でも構わないと快く許してくれた。

 

「まあ考えてみれば、五時頃にエプリがそれらしい人を見てるわけだしな。今もここで食べているってのは無いか」

「しっかしどうしましょうっすか? 手がかり無くなっちゃいましたっす」

「そうだよね。となると後は院長先生に聞きに行ったお姉ちゃんからの連絡待ちかな? 今の所…………あ、ダメだ。まだ教会に着くまでもうチョイかかりそう」

 

 大葉が困ったように言い、シーメが軽く念じるように目を閉じてからそんな風に返す。さっそく同調の加護でアーメの位置を探ったらしい。

 

 セプトは何も言わないが、前髪から覗く瞳がどうしようかとこちらに語り掛けているように感じた。しかしあと手掛かりといっても何が。

 

 そうして皆手詰まりになったかと思いきや、

 

「…………あ、おじさん! ちょっと聞きたいんだけど、ヒース様が来る時間と帰る時間はいつも決まってた?」

「へい。来る時間は日によってまちまちでしたが、帰る時間はいつも大体夕方頃でした。ラーメンを食べた後は毎回腹がこなれるまで休んでいましたんで」

「なるほど…………次はっと…………じゃあこれまで何か休んでいる間に言っていたことや変わったことはなかった? 小さなことでも何でもいいの」

 

 急にシーメが軽く頭を指で押さえながら、時々ふむふむと応答する様に頷きつつおやっさんに訊ねる。……あれってもしかして誰かと連絡しながら話してるのか?

 

 おやっさんは少し考えこむと、何か気付いたような顔をする。

 

「何か……あぁ。そう言えば、いつも休みながら何か書き物をしてやした。客の相手のついでにチラッと見ただけなんで何とも言えやせんが、あれはおそらくこの町の地図でしたね」

「地図? 書き物ってことは印でも付けてたんですか?」

 

 大きな手掛かりに俺も話に食いつく。

 

「へい。いくつかの場所に丸が付いてたんですが、店に来る度に丸が塗りつぶされてやした。……それと今日は妙なことを言ってやしたな。『おそらく今日。有るとしたらどちらかだ』って。本当にポロッと洩らしたって感じだったんで、もしかしたら自分でも口に出したことに気づいてなかったかもしれやせんが」

「どちらかか…………分かった。ちゃんと聞くから…………おじさん。あとどこに丸が付いてたかは分かる?」

「流石にそこまではなんとも。あまり役に立てないで、申し訳ねぇ」

「とんでもない。おやっさんが謝る必要ないですって! 十分参考になりました」

 

 深々と頭を下げるおやっさんに、俺は慌てて頭を上げてもらう。おやっさんは頭を上げ、そのまま仕事に戻っていった。

 

「それであらかた聞いたけど、これからどうするトッキー?」

「ひとまずエプリ達と合流しようか。……それに、さっきの話も加護で伝えてるんだろ?」

「当然! それと質問の内容を考えたのはエプリね! それをソーメが中継してこっちに伝えてたって訳」

 

 やっぱりか。さっきの態度からそんな感じはしてたんだ。……だけど内容を考えたのはエプリか。向こうでも何か気付いたことがあったのかね?

 

 

 

 

「ちょっと待って下せえ」

 

 店を出ようとした時、後ろからおやっさんが何かを持って声をかけてきた。やっぱ何も頼まずに話を聞いただけってのはまずかったかな? だけど今は時間ないんだよなぁ。

 

「ああすいません。今は時間がないんで注文は出来ないんですが、次来た時に今日の分もまとめてたっぷり頼みますから」

「ああいや。そうじゃねえんです。……こちら、お土産にどうぞ」

 

 そう言って手渡されたのは、少し大きめの木製の器に蓋の付いたものだった。蓋を開けてみると、中には熱々の餃子のようなものが沢山入っていた。……ラーメンがあったからもう驚かないぞ。これもどうせビースタリア風なんだろ?

 

「おっ! 餃子っすか!? やっぱラーメンには付き物っすよね餃子!」

「ご存じでしたか。これはヒース様も好物で、毎回帰りに買って行かれやした。……器の方は返さなくても構いません。餃子も今回は無料ですんでそのままお持ち下せえ」

「ありがとうっす!」

 

 大葉が代表して器を受け取り、ホクホク顔で早速一つ摘まんでいる。熱々で口をハフハフさせているが、とても美味しそうだ。

 

「ありがとうございます。……でも何でまたお土産を?」

「……あっしには皆様の話はよく分かりやせん。ただ、ヒース様はうちの大事な常連さんです。力になれることがあるなら力になりてぇんでさ」

 

 最後に「うちの常連さんをよろしく頼んます」と言って、おやっさんは深々と頭を下げて俺達を見送ってくれた。詳しくは話していないのだが、話の流れからおやっさんもヒースのことを察したのだろう。

 

 屋敷に居る人達だけじゃない。こうしておやっさんみたいな関わった人も心配してくれている。それなのにいったいどこに行ったんだヒースは?

 

「早いとこ見つけないとな」

「……ムグムグ……そうっすね」

「……そうだよね……ムグムグ」

 

 俺達はエプリ達の待っているここから一番近い通りまで急いだ。あと大葉にシーメ。シリアスな雰囲気なのに餃子を頬張りながら言うのはやめような。セプトなんか悲しそうにそっちを見てるじゃないか。

 

 決して美味しそうだから自分も食べたいと思って見ているのではないと信じたい。

 

 

 

 

 そうしてエプリ達が雲羊と待機している通りに辿り着いたのだが、

 

「……遅かったわね。……それと餃子を私達にも渡しなさい」

 

 お前もかいエプリっ!! 合流してすぐコレだよまったく。それと()ってことはソーメも狙ってんのか!?

 

「ちょっとだけ……本当にちょっとだけ、お腹が空いてしまって。すみません」

 

 シーメと同じ顔だが、その内面を表すようにソーメはどこか遠慮がちな表情でそう呟く。これはセプトと同じタイプだな。いつもどこか我慢してしまう類だ。

 

 ……気付けば今まで服の中で大人しくしていたボジョも、袖の中から触手を出して催促している。

 

「……ああもう分かったよ。時間が無いからさっさと皆で食べてしまおう。セプトも遠慮せず食え! 俺も食う!」

「ありがと。トキヒサ」

 

 こうして熱々ジューシーで器にたんまり入っていた餃子は僅か数分で空っぽとなった。これはホントにラーメンと一緒に食べたかったな。

 

 器をどうしようか悩んだが、折角蓋もあるし持っていくかと他から見えないようにこっそり換金する。……値段は四デン。微妙。

 

「それで? エプリの方は何か分かったか? 話は聞いてたんだろ?」

「…………そうね。直接の居場所じゃないけど、私の中で大まかなヒースの足取りについては纏めれたわ。あとは……」

「…………エプリさん! アーメ姉が教会に着いたみたい。多分……今()()()()()()()()をエリゼ院長と話してます」

「……そう。じゃあ各自雲羊(クラウドシープ)に乗り込んで。……残りの話は移動しながらしましょう」

 

 エプリはそう言って、颯爽と雲羊に乗り込む。俺を含めそれぞれ乗り込み、モフモフの毛の中に沈んでいく。

 

「全員乗ったわね? ……出るわよ」

 

 エプリの合図とともに、雲羊は一度メエェと鳴いて走り出した。その動きには迷いがなく、的確に目的地を目指しているようだ。

 

「なあエプリ。そう言えば今どこに向かってるんだ? さっき大まかな足取りを纏めたって言ってたから何か目星でも付いたのか?」

「…………そうね。では着くまでの間、一つずつ話していきましょうか。……と言っても気になった点を自分なりに考えてみただけだから、必ずしも正しくはないかもしれないけどね」

 

 そう言って自身の考え……というより推測を話し始めたエプリの姿は、一瞬俺にはパイプや安楽椅子が似合う名探偵のように見えた。

 




 やっぱラーメンには餃子ですよね。

 名探偵エプリ爆誕! ……という訳ではありませんが、次回彼女なりの推理をお楽しみに!


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第百七十二話 考察するエプリ

「……まず私が気になったのは、ヒースのこれまでの言動と目的が合っていなかったことよ」

 

 エプリは雲羊を駆りながら、俺達に聞こえるようにゆっくりと話し始めた。

 

「……私はあの場に居なかったけど……トキヒサ。ヒースをあのラーメン屋で見つけた時、なんて言ってたか覚えてる?」

「ラーメン屋で? 確か、ラニーさんとのデート用の店を見繕っていて、個人的に気に入ったから時々来ている……だったか?」

「そうね。そう私はトキヒサから聞いたわ。……その時点で思ったのだけど、()()()()()()()()()()あの店は合わないんじゃない? ましてそれなりに気位の高そうなヒースが」

 

 そう言えば……確かにあの店のラーメンは美味いけど、奥まった場所にあるから移動には不便だし、馬なんかで乗り付けるのも問題だ。

 

 それに何となくだけど、ヒースはラニーさんを誘うならもっと華やかな場所にする気がする。おやっさんには悪いけどな。

 

「だけど、あそこまで美味いラーメンはそうはない訳で、美味さ重視で考えたって可能性も」

「うん。ラーメン。とても、美味しかった」

 

 俺の疑問にセプトも追従するが、エプリは軽く首を振って否定する。

 

「……それにしたって、候補として他の店を探さないってことはないと思うけどね。……あと数日に一度は来ているって話だったけど、そもそもヒースだって毎日屋敷を抜け出していた訳ではないはずよ。つまり、抜け出してほぼ毎回あの店に寄っているという事になる。……この時点でデートの店探し云々の話は辻褄が合わない」

 

 つまりデートの話は俺達を納得させるための嘘だったってことか? だけどなんでまたそんな嘘を。

 

「…………というかエプリ。あの時点で気付いてたんなら一言言ってくれれば良いのに」

「……何故そんな嘘を吐いたのかが分からない以上、下手に話してアナタが突っ込んでいくのを防ぐためよ」

 

 突っ込むって……流石にそこまではしないって。その内エプリの俺に対するイメージを一度しっかり聞いた方が良いかもしれん。

 

「あそこで食事をしてから他の店を探していた……ということも一応考えたけど、それなら来る時間はともかく出る時間がいつも同じ夕方くらいだったという点に疑問が残るわ。食べに行くだけならともかくとして、探すのなら早いに越したことはないもの」

 

 そう言われればそうだ。さっきおやっさんは、ヒースはいつも夕方頃に出るって言ってた。エプリはそれを確かめるためにさっき聞いていたのか。

 

「……じゃあヒースはこんなすぐバレる嘘を吐いてまで何をしていたのか? これはさっきの店主の話でなんとなく分かったけど、この町の何処かを探しているといった所ね。……しかも毎回屋敷に戻るのが夜中になるという都市長の話から、おそらく普通の店などではない。……何故だか分かる?」

「えっ!? え~っと…………何でっすかね? センパイ?」

「俺かよっ? ……何故だろうな?」

 

 急にエプリが大葉に振り、大葉は俺に振るが……よく分からない。

 

「簡単じゃん! それってさぁ、単にそんな時間までやってる店が少ないってことでしょ!」

「そう。夜は、皆早く寝る。トキヒサ……いつも夜更かし」

「……そういうこと。まあ無い訳ではないけど……あまり真っ当な店ではないでしょうね。だけど、特定の店に入り浸っているのならわざわざ地図の印を消していくなんてことはない。……つまり、今もまだ何かを探している途中ってことね」

 

 シーメはエプリの問いに簡単に答える。ここのところは生活習慣の違いかね?

 

 日本じゃ二十四時間営業の店なんて普通だったけど、こっちじゃ明かり代も馬鹿にならないから夜は早く閉める店も多いという。

 

 それでも開いているといったら……よそう。一瞬頭に大人の店が浮かんだ。それで遅くなってこんな大事になっているとは思いたくない。

 

 あとセプトは俺が夜更かししてるというけど、このところアンリエッタへの報告のために夜中起き出してるだけだからね。日本では早寝早起きをモットーにしていたぐらいだからな。

 

 しかしヒースが今も探している何かか。いったい何だろうな?

 

「それでエプリさん。そのヒースって人が探してるのは何なんすか? さっきからこの羊をガンガン走らせてるっすけど?」

「……確信って程じゃないわ。ただ、さっきのラーメン屋からヒースが毎回同じ時間に出発していること。店主からさっきの餃子をいつも帰りに買っていたという事。そして地図を見ながらつぶやいた言葉。……そこから考えるに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……といった所でしょうね」

 

 もしかして……刑事ドラマでよく見る張り込みか! 餃子が張り込んでいる最中に食べる夜食だとしたら辻褄があってくる。俺がそう伝えると、そうかも知れないわねとエプリは少し考えて頷く。

 

「……今は、さっきのラーメン屋から私がヒースらしき人影を見た場所、そしてさらにその先に向けて走らせているわ。……細かい場所の特定は、さっきソーメを通してアーメに調べるよう頼んでいるからその結果待ちね。まあ……」

 

 そこでエプリは一瞬間をおいて、どこか憂鬱そうな表情をフードの下から覗かせる。

 

「近くに飲食店の類が無く、夜になると人気が無くなって何か後ろ暗いことをしてもバレにくく、ラーメン屋を起点として同じくらいの距離に同じような条件が整った場所なんて、そうそう見つかるとは思えないんだけどね」

「……うん。分かった…………エプリさん。今アーメ姉から、院長先生がそういう場所にいくつか心当たりがあるって……連絡が来ました。」

「こっちも受け取ったよ! エプリの読み通りじゃん!」

 

 シーメとソーメが口々にそう言うのを聞きながら、エプリがどこか驚いたような表情を見せる。

 

「……普通に有ったな」

「…………そうね。推測に推測を重ねたものだったから、当たっていると逆にどう受け取ったものか分からないわね」

「まあ別に良いんじゃないっすか?」

 

 自分でも当たっているとは思っていなかったらしい。微妙な顔をするエプリに、大葉がにょっきりと羊毛をかき分けてニカッと笑いかける。

 

「推測だろうと適当だろうと当たってたんっすから! あたしだったらこれ幸いと全力で乗っかるっすよ! はっはっは! どうだスゴイだろうっす! 崇め奉ってゴハン奢ってくれても良いっすよってな具合で」

「俺もそう思うぞエプリ。よくまあこんな少ない情報だけであそこまで考えられるもんだと感心したよ。どこの刑事か探偵かって思ったもの。推理モノのドラマを現実に見てるって気がしたくらいだ」

「…………よく分からないけど、アナタ達よりは多く考えているって分かったわ」

 

 なんか呆れられた気がする。失敬な。そこの後輩よりはこっちの方が真面目に考えていたぞ。そう思って大葉を見ると、向こうもどうやらほぼ同じタイミングでこちらを見ていた。解せぬ。

 

 

 

 

 そんな事を言っている内に、いつの間にか雲羊はヒースを見かけた辺りまで走っていた。

 

 視線をそこらに向けると、通りのあちらこちらで人影がチラホラ見える。都市長さんの屋敷の人と、レイノルズの部下の人達かね?

 

「ゴメン。少しだけ止めてくれエプリ。……すみませんっ! ヒースの情報は何かありましたか?」

「おお。貴方方でしたか。……いいえ。こちらではまだ手掛かりらしきものは何も。先ほどからレイノルズ殿の部下の方も協力して探してくれているのですが、どうやらあちらもまだ見つけられていないようです」

 

 エプリに雲羊を止めてもらい、適当に屋敷で見たことのある人に声をかけたが、向こうも手掛かりが無くて困っているらしい。

 

「分かりました。こっちは雲羊(クラウドシープ)が有りますから、もう少し範囲を広げて探してみます」

「よろしくお願いします。私共はもう少しこの近辺を探してみますので。……それと申し訳ありません。客人の皆様にまで手伝ってもらうなんて」

「いえ。気にしないでください。困った時はお互い様ですよ。……エプリ。頼む」

 

 屋敷の人が頭を下げるのを押し止め、俺達は再び雲羊で走り出した。

 

「カッコつけて走り出したは良いんだけど、俺達はどこに向かってるんだ? エリゼさんの心当たりっていうのがあるんだろ?」

「ちょっと待って。今説明するから。……さっき私とソーメがお姉ちゃんから受けた連絡によると、この先にあってエプリの出した条件に合う場所は二つあるみたい」

「……二つ?」

 

 エプリが聞き返すと、はいとソーメが頷く。

 

「どちらもラーメン屋さんからおおよそ同じくらいの距離があって、近くに食べ物屋もなくて、夜に人気がなくなる場所……だそうです。道は、私とシーメ姉が先導するから大丈夫。……だけど」

「……この二つ自体は離れている。といった所かしら?」

「そういう事。ヒース様が居るとしても、どっちに居るかは分からない。最悪どっちにも居ないってこともあるかもよ」

「それは仕方ないんじゃないっすか? むしろここまで絞り込めたエプリさん凄いって話っすよ!」

 

 大葉はどこか気楽な感じにそうシーメに返す。そこは俺も同感だ。

 

「ってことは……途中でいったん二手に別れて探すってことになるのか?」

「……それが妥当な判断でしょうね。わざわざ全員固まって一か所ずつ探すのは時間が掛かるもの。……今の内にどう別れるか決めておいた方が良さそうね」

 

 エプリの一声で簡単な班分けをすることに。と言ってもさっきも二手に別れたし、そこまで悩むことでもない気がするけどな。

 




 エプリ本人としては、あくまで推測でしかないので当たるとは思っていませんでした。しかし考え自体は当たっていようが間違っていようが続けているのでいつかは当たるという類です。


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第百七十三話 名前の一致と人違い

「…………あっ! うんうん……今着いた。そっちは…………分かった。引き続きよろしくね」

「シーメ。向こうはどうだって?」

「先に着いて探しているけどまだ見つかってないって。まあ簡単に見つかれば苦労はないんだけどね」

 

 シーメは額に手を当ててむむむっと連絡をしていたようだが、こちらが声をかけると首を横に振って答えた。エプリなら居たらすぐに見つけられそうだし、もしかしたら向こうには居ないのかもしれない。

 

 

 

 

 結局俺達は二手に別れてヒースの居そうな場所を探すことにした。俺、シーメ、セプトの班と、エプリ、ソーメ、大葉の班だ。

 

 このメンバーの理由だが、まずシーメとソーメは加護の関係上連絡係としてそれぞれの班に別れる必要がある。次に、俺と大葉が一緒に居ても荒事になった場合足手まといになる可能性が高い。そのためここも分けなくてはいけない。

 

 そこまでは良かったのだが、最後にエプリとセプトがどっちが俺の方に付くかで少し揉めた。どちらも自分が俺の方に付くと言って譲らなかったのだ。……俺ってそこまで心配されそうな感じに見えるのかね?

 

 最終的にエプリが一時的に離れるという事でしぶしぶ妥協した。

 

 これはエプリしかこの中で雲羊を操れないこと。それと風を読むことで人の気配を探ることが出来ることから、即行で片方の場所を探した後すぐに合流できるという点からだ。

 

「……なるべく早く探して合流するから、私が居ない間無茶をしないように。特に自分から荒事に首を突っ込むことの無いように。……良いわね?」

「大丈夫大丈夫! そうそう厄介なことは起こらないって! ……多分」

 

 ヒースが何を探しているのか分からないので、その点だけ不安だという意味で多分と匂わせると、エプリは一つ大きなため息をついて「……その多分がアナタが言うと非常に怖いの」と返してきた。心配性だな。

 

「いや……センパイのこれまでの武勇伝を聞くと、そういう反応も全然間違いじゃないと思うっすよ?」

「うん。すっごく心配」

 

 何故か大葉が困ったような顔で俺を見て、セプトはぎゅっと俺の服の裾を掴む。気のせいか服の中に居るボジョも同感とばかりもぞもぞ動いている。いやそれは大葉もどっこいどっこいだろっ!

 

 

 

 

 とまあこんな感じのことがあって二手に別れ、俺達はやっと目的の場所に到着した。……けっこう歩きで来るのは大変だったと言っておこう。幸いセプトもシーメも疲れはなさそうだけどな。

 

 ここら辺はどうやら倉庫街のような場所らしい。建物はそこら中に建っているのだが、どれも画一的な造りで窓なんかがほとんど見当たらない。

 

 おまけにほとんどの建物の扉が外側からしっかり施錠されているようで、明らかに住居としては不適格だ。

 

 そんな建物ばっかりで普通の店はまるで見当たらない。まあ考えてみれば、人があまり来ない所に店を建てても仕方がないという事なのかもしれないけどな。

 

「確かにエプリの言った条件に当てはまっている場所だけど……どういった場所なんだろうな?」

「ここらは通称物置通りって言ってね、確かテローエ男爵って貴族様が管理してるって前お姉ちゃんから聞いたよ。なんでも、金を払うと一時的に物を預かってくれるんだって。……話によると後ろ暗い物なんかも結構あるってさ」

 

 ……なんか日本でも見たことあるなそんなの。異世界でも物の保管場所に困る人は居るらしい。

 

 でも管理しているのが貴族なら下手に手を出す人はそうそういないだろうし、商売としてはよく考えられているのかもしれない。

 

 そこでふと気になったが、このノービスには何人の貴族が居るのだろうか? この前ヌッタ子爵にも会ったばかりだし、詳しくは聞かなかったけどドレファス都市長だって立場上貴族であるはずだ。

 

 領地やら何やら貴族というと特権持ちのイメージがあるが、そんなのが沢山いたら町を運営するのも大変なんじゃないだろうか? ことわざにも「船頭多くして船山に上る」なんてものがあるしな。

 

 これまではセプトのこととか金稼ぎとかいろいろ忙しくて考える間もなかったが、折角貴族とかも普通に居る世界に来たんだ。そこらへんもまとめてその内誰かに聞いてみたいな。

 

「トキヒサ。大丈夫?」

「……えっ!? あぁ。大丈夫だ。ちょっと考え事をしてただけ」

「何してんのトッキー? ヒース様を探すんでしょ? おいてくよ」

 

 気が付くと、いつの間にかセプトは心配そうにこちらを見ていて、シーメは既に建物の一つを外側から見て回っている。時々耳を澄ませて中の様子を探ってもいるな。

 

 考え事はあとあと。まずはヒースを探さないとな。俺は軽く頬をパチンと叩き、シーメを追って捜索に加わった。

 

 

 

 

 そうしてさあ探すぞとやる気を出したのは良いものの、間の悪いことに月が分厚い雲で隠れ始めた。

 

 空に三つ浮かぶ月の内、二つまでが完全に雲に覆われ残る一つも陰り始めている。ただでさえ暗いのに、月明かりも無くなったら余計探しづらい。幸先が悪いな。

 

 俺とシーメは“光球”を再び出し直し、セプトも明かりとしてカンテラをしっかり持つ。特にセプトは魔法の関係上、光源の有無がかなり重要だ。そのまま建物群をあてどなくぶらつきながら探していく。

 

 だが、視界が悪いとはいえ他にも探すにはまだ手はある。こんな人気のない所だから、誰かいたらそれは高い確率でヒースに違いない。住宅も近くにないのなら大きな音を出したって問題はないだろう。という訳で、

 

「ヒース様~。どこですか~」

「ヒースや~い! 近くに居るならさっさと出てこ~い! こらっ! 聞いてんのか良いとこのボンボ~ン」

「ボンボ~ン」

「何そのボンボ~ンって? 聞いたことないんだけど?」

 

 そこら中に響くよう声を張り上げて探していると、シーメが不思議な顔をして聞いてきた。この辺りじゃ言わないのかね?

 

「ああ。ボンボンってのは俺の故郷で、金持ちの親に甘やかされて育った奴のことをそう言うんだ。ヒースってもろにそんな感じだろ?」

「ちょっ!? いくら何でもそれはちょっと不敬じゃない? 確かに愛情はたっぷり注がれてると思うけど」

 

 ……まああれでも都市長さんの息子だし、大抵の人に様付けされてるんだから偉いんだろうな。そんな相手にこんな事言ったら確かに不敬と言われてもおかしくない。だが、

 

「良いんだよこれくらい。ヒース一人のためにどれだけの人が心配して動いてくれてるかって話だよ。むしろガツンと言ってやんなきゃ分かんないんだって」

 

 そう言うと、何故かセプトが無言でこちらを見ている。……何となく俺が言うなって言われてる気がするけど、そこは気がつかないフリでいこう。

 

「……そうだね。言われてみればトッキーの言う通りかもしんない。まあこんな状況だし、最悪あとでエリゼ院長にとりなしてもらえば悪ノリで許してもらえるか。そうと決まれば……ヒース様~。ボンボン様~。居るなら早く出てきてくださいよ~! 出てこないと以前エリゼ院長から聞いた恥ずかしい話をペラペラ喋っちゃいますよ~!」

 

 シーメは少し俺の言葉を聞いて考えたかと思うと、にんまりと少し楽しげな感じでそう声を張り上げた。おぉ……これはヒドイ。いくら人気が無いからってそこまでやるか。

 

 一応話し方からそれなりに敬っているのは感じていたが、それとは別に日頃言いたいことの一つや二つ溜まっていたらしい。良い機会だからどさくさで言ってやろうって感じだ。

 

「ヒースのボンボンや~い。……なんか楽しくなってきたな。アシュさんにぶっ飛ばされまくっているボンボンや~い」

「ボンボ~ン。ボンボ~ン」

「ボンボ~ンのヒース様の恥ずかしい秘密その一~! 実は小さい頃、うちの教会に遊びに来た時にうっかりお漏らししたことがある~っ! その二~! その時にこっそり部屋の壁に描いた落書きがまだバレてないと思ってる~っ! ちなみに内容は『らにーだいすき』。その頃から甘酸っぱいですよ~!」

「……シーメ。武士の情けでそこまでにしといてやってくれ。流石にちょっとかわいそうになってきた」

 

 そんな感じで俺達は、ヒースをおちょくるような言葉を敢えて選んで呼びかけ続けた。そして遂に、

 

「ボンボ~ン」

「ボンボ~ン!」

「ボンボボ~ンのボ~ン!」

「やかましいわこの野郎っ!!」

 

 おっ! 俺達以外の反応があった! そこら中をぶらつきながら呼びかけ続けた甲斐があったな。

 

 建物の一つの中から、明かりらしきものを持っている誰かがのしのしと歩いてくるのがぼんやりと見える。

 

 この建物は他の物とは違い、扉が施錠されていないようだ。そうして出てきた人物に対し、俺はようやくかとばかりに声をかける。

 

「やっと見つけたぞヒー……って、誰だあんたは?」

 

 そこに居たのはヒースとは似ても似つかぬ姿。見るからにガラの悪そうな、ガタイの良い男だ。

 

 わざわざまくられた袖から見えるムキムキの腕は古傷だらけで、いかにも荒事に慣れてますって言わんばかりだ。いやホントに誰?

 

「散々今の今まで無茶苦茶言いやがっただろうがっ! このボンボーン様によぉっ!」

「えっ!? あんたボンボーンって名前なのっ!?」

「そうだよ悪いかっ! さっきから黙って聞いていれば、ぶっ飛ばされただのお漏らしだのと何言ってやがんだこのチビが!」

 

 その男、ボンボ~ンは凄まじい剣幕で詰め寄ってくる。チビと言われると一瞬ムカッとしたが、向こうの言っていることが本当なら悪いのはこっちだ。

 

 まさかこんな人気のない場所に、丁度ボンボーンなんて珍しい名前の人が居るなんて思わなかった。

 

 どうしたものかとシーメとセプトの方をチラリと見たら、なんと素早く二人は俺から距離を取っていた。……セプトの方はこっちに来ようとしているようだが、シーメが肩に手を置いてさりげなく止めているようだ。

 

 この薄情者と言いたいところだけど、下手にセプトが来たら状況が悪くなる可能性もあるのであながち間違っていない。しかし、

 

「おい。どうしたよ!」

「なんだなんだそのガキ共は?」

 

 さらなる厄介ごとが現れた。建物の中からまた他の人が二人やってきたのだ。しかも二人共ボンボーンに負けず劣らずガラが悪そうな顔してるし。

 

 ごめんエプリ。俺は荒事に首を突っ込むつもりはないんだけど、向こうからガンガンやってくるみたいだ。

 




 なんか知らない内に自分の秘密が暴露されているヒースでした。こういう時自分の子供の頃を知っている相手が口が軽いと恐ろしいものです。


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第百七十四話 探し人は見つけたけれど

 さてどうしたものか。目の前のボンボーンは明らかにお怒りモードって感じだし、新たにやってきた二人も友好的な感じはあまりしない。これで実は平和主義者……ってことはないかね?

 

「珍しく外が騒がしいと思ったら、どうしたよボンボーン?」

「何だお前らか。このガキ共が俺のことを貶してやがったからよ、今からちいっとヤキを入れてやろうと思ってな。今からチャチャっと済ませるからさっさと戻んな」

「ヒヒッ。良いねぇ。丁度酒も切れて退屈していた所だ。俺も混ぜろよ」

 

 ボンボーンが手をヒラヒラと振って追い返そうとするが、男の内の一人が拳をぽきぽきと鳴らしながら、歪んだ笑みを浮かべてこちらへ歩いてくる。どう考えても平和主義者じゃないだろアレっ!?

 

「ま、待った! ちょっと待ってくださいよ。これは色々な偶然が生んだ悲しいすれ違いって奴で、俺達は決してそこのボンボーンさんを貶してた訳じゃないんですって!」

「そうだよそこのお兄さんたち。私達はちょっとヒトを探していただけで、そこのお兄さんがボンボーンって名前だなんてこれっぽっちも知らなかったんだよ!」

 

 俺とシーメは慌てて何とか弁解しようとするのだが、二番目の男は止まる気配がない。……よく見たら顔が赤みがかっているしうっすらと酒臭い。この人酔っぱらってんじゃないか!?

 

「……ったく。俺がやるから良いってのに。自分で歩いて帰れるぐらいまでにしておけよ。わざわざ遠くに放り出すのも楽じゃねえんだから」

 

 ボンボーンも明らかにぶっ飛ばしてやるぜって様子でこちらを見てるし、これもうどうしたら良いんだ?

 

「トキヒサ。このヒト達、やっつける?」

「待てってセプト。こういう時は話し合いで解決しないと」

 

 小さな声で、セプトが俺達にだけ聞こえるように呼びかけてきた。よく見たらカンテラの光に照らされたセプトの影がやや不自然に蠢いている。なんでこっちもそんな喧嘩腰なの? 

 

 シーメもよく見たら謝りながら身構えている。実力とかはよく分からないけど、いつでも逃げ出せるように準備しているのだろうか? こっちはヒースを探してるだけなのに、何でこんな事になっちゃうのかね? 

 

「そこら辺にしておけよ。お前ら」

 

 今にも乱闘に発展しそうなこの状況。そこにこれまで何も言わなかった三人目の男が止めに入った。おうっ! もしや話せば分かる平和主義の人か!?

 

「おいそこのチビ。お前らの言い分は分かった。ボンボーンのことを貶したのはあくまでも偶然だって言うんだな?」

「……はい。その通りです。偶然とは言え気を悪くさせたことは謝ります。申し訳ありませんでした」

 

 チビと言われたことはグッと飲みこみ、俺はその問いに素直に頷いて頭を下げる。怒られて殴られるくらいは仕方ないから受け入れよう。痛いのは嫌だけど、“相棒”の拳骨に比べればまあ多分大丈夫だろう。

 

「そうか。……それなら許してやってもいい。俺達も話の分からねえ訳じゃないんだ」

「本当ですか!? ありがとうございます」

「おい! 良いのかよ?」

「まあ待てって。……その代わり、そっちも誠意って奴を見せてもらわねえとなぁ」

 

 ボンボーン達が不服そうな顔をするが、それを諫めながら男はニヤリと笑う。……なんか嫌な予感がするな。

 

「もしかして金を払えとか? あまり手持ちがないのでそんなに払えないんですが?」

「誰もガキの小遣いなんか期待してねぇよ。なぁに簡単なことだ。……そっちのオンナ二人を置いていきな」

「………………へっ!?」

 

 今言われたことが理解できず、つい呆けた顔をして聞き返してしまった。今なんて言ったこの人。

 

 その言葉と共に、シーメがセプトを連れて一歩下がり、セプトの影もより荒々しく蠢き始める。

 

「よく見りゃあ二人共可愛い顔してっからよぉ。最近ご無沙汰だったし、軽く遊んでいくのも悪くねぇと思ってな。ちいっと一人はガキ過ぎて好みじゃねえが、まあそういうのが好きな物好きに渡せば金になりそうだ。むしろ男は要らねえ。消えな」

「何だそういうことかよ! ヒヒヒッ。なら小せぇ方は俺に寄こせ。渡す前に大事に遊んでやっからよ。安くならない程度になぁ!」

 

 そう言いながら、二人目の男が好色そうな笑みを浮かべながらセプトに手を伸ばした。だが、あと少しで触れるという所で動きが止まる。ボンボーンが横から手で腕を掴んで止めていたからだ。

 

「何のつもりだボンボーン?」

「そりゃあこっちの言葉だ。舐められたらその分ぶちのめすのは当然だが、ガキに手を付ける程日照っちゃあいねえんでな。……ほどほどにぶちのめして追っ払うつもりだったが、気が変わった。おいガキ共。さっさと行け。今回は見逃してやる」

「おいおい。そりゃあないぜボンボーンよぉ」

 

 なにやら男達とボンボーンの間に険悪なムードになってきた。一触即発って奴だ。だが、そんな事よりも問題なのは。

 

「……うん? ヒヒッ! なんだチビ助。消えろって言われたのに逃げないなんて悪い子だなぁ。ああそうか! お前もそこの奴らと遊ぶのに交じりたごはあぁぁっ!?」

 

 俺は目の前で聞くに堪えない言葉を垂れ流す男の顎に、素早く取り出した貯金箱を下からかちあげるように叩きつけた。

 

 ボンボーンがそのまま手を離したので、二番目の男は勢いよく地面に仰向けに倒れ込む。完全に白目を剥いていて、よく見れば今ので舌を噛んだのか血が出ている。

 

 だが呼吸はしっかりしているようなので、まあ窒息で死にはしないだろう。流石に死なせたら目覚めが悪いしな。

 

「……黙って聞いていたら無茶苦茶言って、いい加減にしろよっ!!」

 

 俺の突然の行動に周囲の視線が集まる。セプトの影まで心なしか落ち着いているのはアレか? 人が怒っているのを見るとその分冷静になるってことか? だが安心しろ。俺は冷静に怒っているから。

 

「こっちはちゃんと謝るつもりだったんだ。ボンボーンさんを偶然とはいえ貶してしまったのは事実だから、二、三発殴られるくらいは仕方ないと思ったし、多少であれば金を払っても良いと思ったさ。けどな……仲間を、しかも美少女を身代わりに差し出せなんてこと言われて、黙ってられるわけないだろうがっ!!」

 

 セプトは言わずもがな、シーメもなかなかの美少女っぷりだ。それを初対面でいきなり手を出そうなどと恥を知れこの野郎。

 

 おそらく触れられた瞬間、セプトの影が反撃して普通に撃退出来ていただろうとは言え、ここで言わなきゃ男じゃないっ!

 

「そうよ。もっと言ってやってトッキー! 特に美少女の所を重点的に」

「おうよ……ってそこっ!? ま、まあそれも言ってやるからしっかりセプトを抑えててな。……あとそこのあんた!」

 

 シーメの声援を受けながら、俺は三番目の男をビシッと指差す。……本来なら人を指差すのはちょっと行儀が悪いことだけど、今は勢い重視なので許して欲しい。

 

「そもそも迷惑をかけたのはボンボーンさんであって、あんたじゃないの! それなのに横からしゃしゃり出てきて言いたい放題。俺をチビって言ったこともムカッと来たが、美少女二人をいきなり手籠めにしてあまつさえ売り払おうとはどういう了見だっ!! 一発こっちがぶん殴ってやるからそこに直れっ!」

 

 俺の言葉を最後に、静寂がその場を支配する。…………頼むから誰か何か言ってくれ。何か俺が盛大に滑ったみたいな感じになっちゃったじゃないか。

 

「……てめえチビ。覚悟は出来てんだろうなぁ? もう泣いて謝ったって遅えぞ」

「謝るかっ! むしろそっちが二人に謝れっ!」

 

 三人目の男は額に青筋を立ててこちらを睨みつけてくるが、こちらも負けてたまるかと睨み返す。二度もチビって言ったからさらにこっちもむかっ腹が立ったぞこの野郎!

 

「……っは! はっはっは! 言うじゃねえかオイ! 少しだけ気に入ったぜそこのガキ」

 

 何故かボンボーンがこっちの様子を見て、先ほどの怒りが嘘のように爆笑している。

 

 元はと言えばこの人が最初に詰め寄ってきたのだが、さっき横からセプトに手を出すのを止めてくれてたしこの三人の中ではまだ好印象だ。……比較的という意味でだけどな。

 

 三番目の男はもう顔を真っ赤にして拳もぷるぷると小刻みに震えている。そして、

 

「このガキがあぁっ!」

 

 大きく腕を振りかぶり、そのまま殴り掛かってきた。まともに当たったら痛そうだ。

 

 ……だけどなぁ。こちとらこれまで異世界に来るなりヒドイ目に遭いまくってるんだ! 今さらこんなんでビビると思うなっ!

 

 俺はその拳に合わせて貯金箱を盾のように突き出し、男の拳は貯金箱に思いっきり当たってガツンと鈍い音を立てる。

 

「がっ……このっ!」

「どおうりゃあぁっ!!」

 

 一瞬男が痛みでひるんだ隙を突き、貯金箱でそのまま男を横薙ぎに殴りつけた。男は獣のような呻き声を上げながら殴られた場所を押さえる。……今の感触だと、骨は折れていないだろうけど結構痛いはずだ。

 

 以前スケルトンと大乱闘をやっているうちに、相手の骨が折れた時の手ごたえがなんとなく分かるようになってしまった。こんな暴力沙汰でしか使えないような特技は要らないやい!

 

「……一発。確かに食らわせたぞ。これでこっちの気は済んだ。ここで互いに謝って終わりにしよう。あんただってそんな腕じゃ続けられないだろ?」

「ふ、ふざけるな! ちくしょうぶっ殺してやらぁっ!」

 

 男は無事な方の腕で服の中から何かを掴みだす。……げっ!? ナイフじゃないか!? そんな物騒な物を人に向けるなよ! 目は血走り、怒りからか痛みからか、口の端からダラダラとよだれを垂らしている。完全に危ない奴じゃん!

 

「くそっ! くそがっ! ふざけやがって。殺してやる……殺してやるぅっ!」

「トキヒサっ! 危ないっ!?」

「トッキーっ!?」

 

 いきなり男が俺に向かってナイフを振りかざして突進してきた。急だったのと男の殺気に当てられて、一瞬だけど俺の動きが止まる。やっぱり怖いもんは怖いんだ。

 

 セプトの影がズズッと音を立てて俺を守ろうとして伸び、シーメが割って入ろうと走り出す。俺もハッと我に返り、慌ててまた貯金箱で防ごうとした時、

 

「ガアアァっ……ぐわっ!?」

「…………あれっ!?」

 

 一瞬まるで疾風のように何かが目の前を通り過ぎ、怒声を上げながら向かってきた男が急に倒れた。何かに躓いた? ……いや、よく見ると首筋に一筋の痕が出来ている。

 

 まるで()()()()()()()()()()()()()()……これは!

 

 俺の脳裏にこんなことが出来そうな一人の用心棒の姿が浮かび上がる。だが、

 

「さっきから騒がしいと思ったら、どうしてお前達がここに居る?」

「アシュさ……って今度はお前かよヒースっ!」

 

 そこにカンテラを持って歩いてきたのは、あの頼れる用心棒ではなく、ある意味今日ここに来る理由となった都市長の息子ヒースだった。

 

 もう片方の手には鞘に納められた剣らしきものを持っていて、どうやらあれでぶっ叩いたみたいだ。

 

 いやまあ探していた人なんだけど、このタイミングで来るなよな! 文句を言うべきなのかお礼を言うべきなのか困るじゃないか。




 変態らしき人は速攻でやられるのでした。……真摯でもなく紳士でもない変態に慈悲はないのです。

 そして現れるヒース。……アシュじゃなくてがっかりはしていませんとも。


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第百七十五話 喰らえっ! 皆に心配かけた分!

 うっかり予約時間を昨日のつもりが一日間違えていました。

 お待ちいただいていた読者の方々にはご迷惑をおかけいたします。


 急にこの場に現れたヒースは、男二人が倒れている状況をチラリと見ると、軽くため息をついてボンボーンに向き直った。

 

「……さて、仲間がやられたわけだが、お前は敵討ちでもするのか? 僕としても聞きたいことは有るが、去るのならそこで倒れている奴らに聞くので追わないが」

「はんっ! 仲間なんて言えるほどの仲じゃねえよ。ただの金で雇われただけのごろつき同士さ。それに、どうせ気に入らねえからぶちのめしてやろうとしてたとこだ。その点については手間が省けて逆にありがてぇくらいだな。……だがよ」

 

 ボンボーンはそこで言葉を区切ると、拳を握りしめてヒースに向けて構えを取る。その姿に逃げるなんて意思は少しも感じられない。

 

()()()()気に入らねえんだ。去るなら追わないなんてその上から目線の態度がよぉ! ……都市長の息子だからって良い気になってんじゃねえぞ」

「……僕をドレファス都市長の息子だと知って向かってくるならそれでもいい。武器があるなら出すがいいさ。そちらだけ素手では不公平だろう」

「その態度が上から目線だって言ってんだろうがっ! 舐めてんじゃあねぇぞ」

 

 都市長の息子と呼ばれて一瞬顔をしかめたヒースだが、すぐに落ち着いた様子で剣を抜きはらって構える。

 

 ボンボーンも声こそ怒っているが、無手で構えたまま油断なく軽くステップを踏んでいる。というかヒース普通に顔バレしてるじゃん!

 

「……行くぞ!」

「来いやあぁっ!」

 

 そうして二人が今にもぶつかり合おうとする瞬間、

 

「いい加減にしろこのバカっ!」

 

 俺が横から割って入ってヒースの頭にチョップを叩き込んだ。ヒースは頭を押さえて目を白黒させている。そんなに強くは殴っていないつもりなんだけどな。

 

「なっ!? 何をするんだ!?」

「うるさいってのっ! いきなり現れて、こっちを無視してバトルを始めんじゃないの! そもそもお前を探してこんなとこまで来たんだからな!!」

「そ、それはだな……大体お前達が何やら絡まれているようだったから割って入って助けたのであって」

「言い訳無用だこの野郎! セプトっ! 一発コイツにかましてやれ。ここに居ない人たちの分も含めてな」

「分かった。皆の分。まとめて」

 

 俺の合図とともに、セプトの影が大きく盛り上がっていくつもの形に枝分かれする。剣のような影、ハンマーのような影、槍のような影など様々だ。

 

 ……何故かハリセンみたいな形の影もある。以前俺が何の気も無しに非殺傷武器として教えた奴だ! 他の武器に比べてなんか違和感があるな。

 

「あんまりやりすぎないでねセプトちゃん。流石にそれ全部当たったらいくらヒース様でもケガするから」

「ケガで済むかあぁっ! ま、待て! 早まるな。話せば分か……うわあああっ!?」

 

 シーメのどこか面白がった言葉を尻目に、夜空にヒースの叫び声が響き渡った。皆に心配かけた罰だ。甘んじて受けてもらおう。

 

 ……ちなみに余談だが、色々セプトが食らわせたが直撃したのはハリセンだけだったりする。アシュさんとの鍛錬はしっかり役に立っていたようだ。

 

「……ちっ! なんか白けちまったな」

 

 ボンボーンもどこかやる気が削がれた感じで拳を下ろした。何とか尊い犠牲(ヒース)一人で平和的に済んで何よりだよ。

 

 

 

 

「この度は……誠に申し訳ありませんでした」

「私も、ごめんなさい」

「知らぬこととは言え私も色々言っちゃったからね。すみませんでした」

 

 俺達は深々とボンボーンに対して頭を下げる。そもそも横から茶々を入れてきた二人が居なくても、こっちの件はまだ片付いていないのだ。

 

 それとさっきぶっ倒れた男達は、ヒースが何か聞きたいことがあるというので暴れないよう縛って寝かせてある。

 

 久々に以前エプリから教わった、紐が無くても相手の着ている衣服などで拘束する方法が役に立ったな。

 

「他の二人の分も俺が引き受けますので、気が済むまで殴ってください。……出来ればそんなに痛くない感じだと助かりますが」

「奴隷の失敗を主人が被るなんて、ダメ。殴られるのは、私」

「それはダメだってセプト。あのボンボーンさんのぶっとい腕を見ろよ! あんなので殴られたらえらいことになるぞ」

 

 セプトがそう言って進み出るが、美少女がみすみす殴られるのを見過ごしたと有っては目覚めが悪すぎる。それぐらいならこっちが殴られた方がまだマシだい!

 

「トッキーが引き受けてくれるっていうのなら、私は遠慮なくお願いしちゃおうかなぁ。ほらっ! 私ってか弱い女の子だし」

「なんかそう言われると引き受ける気持ちが揺らぐけどな!」

 

 今にして思うけど、シーメって大葉と同じタイプな気がしてきた。どこかふざけるのを自然にやっているって感じで。

 

 見たところアーメやソーメとも性格は大分違うけど、姉妹だからと言って一纏めにしちゃいけないってことだな。

 

「もう良いっての! さっき俺は見逃すって言ったろ? そこの都市長の息子にはイラッて来たが、おめえ達が散々やってたのを見たらやる気が削がれちまった。俺の気が変わらないうちにさっさと帰んな」

「ボンボーンさん……ありがとうございます」

 

 顔に似合わずもっとも話が分かるのはこのボンボーンだったらしい。俺は再び深く頭を下げた。

 

「……という訳だから、ほらっ! 早いところ屋敷に帰るぞヒース。なんでこんな時間までぶらついてたのかは知らないけど、皆心配してたんだからな」

「そうですよヒース様。今お姉ちゃんやソーメにも連絡しました。じきに迎えが来ますからね」

 

 俺とシーメはそうヒースに呼びかけた。後はヒースを連れて帰ればこの一件は落着だ。だというのに、

 

「……悪いがまだ帰るつもりは無い。探しているものがあるんでな。それが済むまで待て。……あと毎回言っているが、気安く呼ぶんじゃない。名前に様かさんを付けろ」

「なっ!? なんでだよヒース!? そもそもこんな夜更けに何を探すって言うんだ?」

 

 名前云々は華麗にスルーする。だけど、ヒースが何かを探しているっていうのはエプリの推測した通りだ。ここまで来たらそれを聞いておかなくては。

 

 ヒースは何も言わずにボンボーンの所に歩いていき、何かを話しかけている。……って無視かよっ!

 

「へっ? 俺達が何であの建物に居たか? そんなの金貰って雇われていたからだ。今夜いっぱい使いの奴が来るまで()()()()()良いっていう美味い話でな。誰にってのは口止めされてるから言えねえが」

「だろうな。……まあおおよその見当は付いているが」

「こらっ! 無視するなよヒース!」

 

 ヒースはボンボーンと話し終えたが、俺が話しかけても返事もしない。おのれこの野郎……もしかして。

 

「ヒース……さん。一体どういうことか説明してくれないですか?」

「……良いだろう。先ほどの暴力はまあこちらにも非が有ったし、これで水に流そうじゃないか。これからもその態度と敬意を忘れなければ問題はない」

 

 ヒースはふふんと軽く笑みを浮かべてそんな事を言った。ちくしょうこの野郎! さっきチョップをかましたことを根に持ってたよ! 毎回ちゃんとさんって付けないとダメかね?

 

「ちなみにセプトも同じ扱いだったり? さっきのハリセンの恨みとか」

「まあさっきのはそれなりに痛かったが」

 

 ヒースはハリセンではたかれた個所を軽くさする。他のに比べれば安全とは言え、凄まじい勢いではたかれたから赤くなっている。

 

「だからと言ってこんな子供に責を問うほど僕は狭量では無いのでね。……その分この子の主人だというお前にはきつく当たるが」

「自分から主人って名乗ったことはないけれど、それはどうもありがとよっ! ……それで結局何を探してるんだ? せめてそれくらい話してくれてもいいだろ? 皆を心配させた分ってことでさ」

「お前に話す義理があると」

「お願い。教えて?」

 

 ばっさりとすげなく断ろうとしたヒースだが、セプトがまた無表情な瞳でお願いすると軽く後退る。以前のことや今日のこともあって、どうやら苦手意識が芽生えているのかもしれない。

 

「…………分かった。話す。話すからじっと見つめないでくれ。……まず先に訊ねたい。お前達は僕の行動についてどこまで知っている? 偶然でこんな所まで来るという事はないだろう?」

 

 ヒースはどこか諦めたようにそう言うと、目つきを鋭くしてこちらを見た。それは半ば睨みつけるようで、明らかにこちらを警戒している。そんなに警戒しなくても良いんだけどな。

 

「こっちもはっきりとヒースがここに来るって分かってたわけじゃないよ。足取りを追っては来たけど、ここに来たのは本当に半分くらいは偶然だ」

 

 俺はヒースにこれまでの経緯、ラーメン屋の主人から話を聞いたことや、今日ヒースらしき人影を見かけたことなどを照らし合わせ、ヒースの行動を推測して追いかけてきたことを説明した。

 

 ヒースはふむふむと頷きながら話を聞き、話し終わるとどこか呆れたような驚いたような顔をする。

 

「多少当てずっぽうではあるが、よくここまで僕の行動が予測できたものだ。……あのエプリという女性は何者だ? 以前少しだけ食事の際に彼女の所作を見たが、あれはかなりしっかりとしたマナーを学んでいないと出来ない所作だった。今回の件も踏まえると、そこらの庶民ではなく高い教養を持った者だ」

「そこは俺だって知りたいね。……っと、今はそのことはどうだっていいんだよ。大体そんなことがあって、俺達はここまでヒースを探しに来たって訳だ」

「……なるほど。では細かい理由などはまるで知らないのだな?」

「だからそれを聞かせてくれって言ってるの!」

 

 ヒースの言葉に少しだけこちらも声を荒げる。ボンボーンじゃないけど確かにイラっとするな。するとヒースは俯いて少し考えていたが、意を決したように顔を上げた。

 

「……ふむ。ではこちらも簡単に説明しよう。先に結論だけ言うならば……僕はその建物の中に有る物に用がある。まだ確認していないのでおそらくという話だがな」

 

 ヒースはボンボーン達が居た建物を指差した。あの中にいったい何があるっていうのだろうか?

 




 異世界にハリセンが伝来しました。……すぐ廃れそうですが。

 次回からしばらく視点が変わります。
 


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閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その一


 ここからはエプリ視点です。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「……シーメ姉。そっちは今どこに? …………そう。こっちも探しているけどまだ。……うん。もう少し探してみる」

 

 ソーメが目を閉じて誰かと話している。おそらく二手に別れたシーメの所だろう。……こうして遠くのヒトとの連絡が道具なしで出来るというのは便利だ。護衛対象の様子もすぐに分かる。

 

 私達はトキヒサ達と二手に別れ、こうしてヒースが居る可能性のある場所の一つを探していた。

 

 ちなみに、ここまで乗ってきたクラウドシープは近くで待機している。この辺りは狭い路地が入り組んでいるらしく、中までは入ってこれないのだ。

 

 ソーメはおおよそ話し終えたのか、目を開けてこちらに歩いてくる。

 

「シーメ姉たちも、今着いたみたい……です」

「……そう」

 

 私は言葉少なに返して周囲の探査を再開する。風の流れの中に僅かに自身の“微風”を混ぜていくイメージで、自身の魔力を拡げていく。

 

 風は建物の間、立っている街灯、無造作に置かれているよく分からない道具など、様々な物を吹き抜けていく。

 

 ……ひとまず近くには、私達以外に動くものは感じられない。少しずつ少しずつ、調べる範囲を広げていく。

 

 風の流れを読んで探るのはそれなりの集中が伴う。出来れば一人静かに行いたい。……まあ仕事以外で他のヒトと話すこと自体があまり得意ではないというのもあるが。

 

 見たところソーメも自分から話しかけるのは不得意なようだし、こちらが集中しているのを酌んで静かにしている。こういう静寂はあまり嫌いじゃない。……だというのに。

 

「どうっすかエプリさん!? 何か分かりましたか? それにしても周りのことがここに居ながらにして分かるってのは凄いっすね! あと風を読むっていうのはどんな感じなんっすかね? 本を読むみたいな感じっすか?」

「…………騒がしいわね」

 

 私は内心大きくため息をつく。やはりこの班分けは間違いだったのではないだろうか? 無理にでもセプトと交代して、トキヒサの側に付くべきだったかと今更ながらも少し本気で考える。

 

 目の前のオオバという女。トキヒサと同じく異世界の住人。それが先ほどから事あるごとに私に話しかけてくるので、風を読むのに支障はない程度だがどうにも落ち着かない。

 

「もしかして気に障ったっすか? ……だとしたらすいませんっす。あたしってばよく空気読めないって言われてたんすよ。直そうとは思ってるんすけどね」

 

 オオバは頭の後ろに手を当てながらペコペコする。その顔は本当に反省しているようだ。

 

 ……悪意があって故意にやったのなら容赦はしないが、単に本人の気性の問題であれば別段事を荒立てることもない。私は別にそこまでじゃないと静かに言う。

 

「そうっすか? ……なんかエプリさんって口数が少ないから、そこだけ聞くとまだ怒ってるんじゃないかって思っちゃうんすよ」

「わ、私も……そう、思います」

 

 何故かソーメも話に入ってきた。口数が少ないのはアナタも同じじゃないかと思う。

 

「……特に必要が無いから言わないだけよ。喋り過ぎは隙に繋がるから」

「隙って……エプリさんってホントに傭兵さんなんっすねぇ。いつも気を張ってるし、センパイと話している時みたいにもっと普通に話せばいいのに」

 

 何故今トキヒサの名前が出てくるのだろうか? 別に話し方を変えているつもりは無いのだけど。

 

「もしかして気付いてないっすか? エプリさんセンパイと話す時は確実に他の人の倍以上話してるし、それにいつもちょっとだけ楽しそうっすよ! ……普段見えるの口元だけっすけど」

「……それは単なる勘違いね」

 

 大葉が急に口元に手を当ててムフフと笑う。……少しその表情にイラっと来たが、顔に出すような真似はしない。

 

 風を読むのに神経を注ぎながら、ほんの少しだけ言葉に不快感を乗せてその間違いを正すべく言い返す。

 

 まあ直接の依頼主ということもあって、多少他のヒトに比べて話をする頻度は多いかもしれない。そこは認めても良い。それにしたって流石に楽しそうというのはないだろう。

 

「……私はどこまで行ってもただの傭兵。トキヒサとは雇い主と護衛という間柄でしかない。……楽しいだなんて護衛の際に邪魔になるだけの感情を、私は依頼人に見せたりはしない」

「う~んそうっすか? 今日見た時は確かにそう見えたし、今だって明らかにセンパイ絡みだから口数だって増えてると思うんすけどね。……まあ一応そういうことにしとくっすよ! ちなみにこれについてどう思うっすかソーメさん?」

「そこで私に、振らないでください!」

 

 ソーメが何やら「……これは強敵だよセプトちゃん」などと呟いているが、一体何のことだろうか? 今の所セプトとは、トキヒサを護るという点で利害は一致している。敵対などするとは思えないのだけど。

 

「……さあ。気が済んだのなら二人共、少し静かにし…………うんっ!?」

 

 もうこの二人には付き合っていられないと、再び本腰を入れて周囲を調べようとした時、現在の感知範囲ギリギリに動くものの存在を捉えた。

 

 その場所に感覚を集中させ、明らかにヒトの動きだと確信する。だけど、

 

「……ソーメ。この辺りはこの時間人気が無いという話だったわよね? ……だからこんなところに居るのは探しているヒースの可能性が高いと」

「はい。この辺りは、大通りからも距離が有ります。近くに、住んでいるヒトでもない限り、通りません」

「それにここの人達は早寝早起きの人が多いから、夜は何か事情でもない限りさっさと寝ちゃうって話っす。だから人気が無いんだったっすよね?」

 

 ソーメへの質問にオオバも補足する。……早寝早起きというよりは、単に異世界のヒトが寝るのが遅いだけと言おうとしたが、ここにはソーメも居るので語らずに呑み込む。誤魔化すのが面倒そうだ。

 

「もしかしてエプリさん。探してるヒースって人が見つかったんすか? それなら早く行きましょうっす!」

「……慌てないで。確かにヒトらしき反応は向こうの方からあった。ここから歩いて数分といった所かしらね。……ただ」

 

 私はそこで一度切り、明らかにおかしいと思えることを口にする。

 

「ただ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()怪しい集団の中に、そのヒースが居るとは限らないと思うのだけどね」

 

 

 

 

 これまでの動きを軽く思案してみる。考えてみれば、ヒースはいつも一人で居なくなっていたらしいが、途中で誰かと合流するということは決してない訳ではない。

 

 反応が二人や三人程度なら、こんな時間ではあるが誰かと会っていたという線も十分にあり得る。都市長の息子とはいえこっそり会う友人の一人や二人は居るだろう。昼間に会えない事情が有ってもおかしくはない。

 

 私の推測とは多少外れているが、別にヒト探しの専門家でもない自分の考えが間違っていたとしても何の不思議もない。

 

 しかし、少なくとも二十人以上の集団となると一気に話が変わってくる。昼間ならともかく、こんな時間に集まるのは不審以外の何物でもない。

 

「これは明らかに怪しいっすよね。問題はこの中にヒースさんがいるかどうかってことなんすけど……そこはエプリさんでも分からないっすか?」

「……分かったらさっさと進むなり退くなりしているわ。……風ではそこまで詳しくは分からないもの」

 

 モンスターや凶魔のように、よほど特徴的な動き方をしているならともかく、個人の細かい特定までは風を読んでも出来ない。分かったのはあくまでも、ヒトらしき動きをしているのが少なくとも二十人は居るという事だけだ。

 

「もしかして、私達と同じように、ヒース様を探している方達……では?」

「……最初は私もそう思ったわ。先ほどのレイノルズのこともあったし、探しているヒトが居てもおかしくないと。……だけどそれにしては動きが不自然なの。誰かを探しているというより……隠れているという感じ」

 

 ソーメはそう言うけど、ヒトを探しているのなら相手の方が逃げ回っている場合を除いて、相手に気づかせるために探す側が声を上げたり分かりやすく動くはずだ。

 

 屋敷の使用人たちの探していた様子から、ヒースがそこまで逃げ回るという事もなさそうだし。

 

 しかし、補足したヒト達は動きはごく僅かで、大きく声を上げている様子もない。少しは会話しているようだが、それも近くのヒトに向けてのみのようだ。

 

 もしヒースがあの中にいるのなら、素早く接触して帰るよう促すべきだ。しかしもし居ないのなら盛大な空振りになるし、接触の結果何か揉め事に巻き込まれる可能性もある。

 

「……さて。どうしたものかしら」

 





 なんだかんだ時久抜きではあまり絡まない三人の話です。

 これを機に仲良くなってくれると良いのですが。


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閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その二

「まあこうなったら一つ会ってみたらどうっすか? そしたらなるようになるんじゃないっすかね?」

 

 私が悩んでいる最中、オオバは暢気にもそんなことを言う。……今はとても重大な判断の時だというのにこの女ときたら。状況を分かっていないのではないだろうか。

 

 私はトキヒサの護衛ではあるが、トキヒサが一緒に行くとオオバを誘った以上、こちらも優先度は低いが護衛対象だ。そしてソーメも貴重な連絡係であり、また協力者でもあるので護衛対象に入る。

 

最悪あの集団と接触して揉め事になった場合、私一人ならともかく二人を護りながらとなると危険度は一気に増す。簡単に決められることではない。

 

「もしかして、あたし達が足手まといとか護りながらはキツイとか思ってたりするっすか? だとしたら……舐めてもらっちゃ困るって話っすよ!」

 

 私の表情を見て取ったのか、オオバは人差し指を立ててチッチッチと数度振って見せる。

 

 ……何故だろう。その仕草にまたもやイラっと来る。さっきのことと言い、どうやらオオバは自然に相手を煽るのに長けているようだ。

 

「こう見えても逃げ足には自信があるんすよあたし! なんかマズそうなことになったら、即ダッシュで逃げるから大丈夫っす! それに、ソーメさんも大丈夫って顔してるっすよ」

「は、はい。……私も、がんばります。だからエプリさん。私達のことは、気にしないでください」

 

 自身の足を掌でパンっと張りながら笑うオオバに、どこかオドオドとしながらもハッキリとそう言ってみせるソーメ。

 

 私は知らず知らずの内に二人を過小評価していたのかもしれない。確かに私の仕事は護衛ではあるけど、そもそも二人に話も聞かず、勝手に護ろうなどと考えていたのだから。

 

「……私としたことが、作戦を立てるにしても護衛対象との意思疎通を疎かにするなんてね。……改めて聞くわ」

 

 そこで私は姿勢を正し、二人の方に向き直る。トキヒサと合流するまでの短い時間とは言え、今の護衛対象に対しての最低限の礼儀だ。

 

 二人も私の雰囲気が変わったのを察したのか、少しだけ真剣な顔つきになる。

 

「……接触すれば危険が伴う可能性がある。もしもの時は、ある程度自分の身は自分で守ってもらう事にもなる。……それでも良い?」

「そこで()()()()って言っちゃうんだから、やっぱエプリさんてば優しいっすね。これがいわゆるツンデ……あたっ!?」

 

 私はオオバの額にトキヒサの時よりさらに手加減した風弾を撃ち込み、よく分からないが益体もないことを言おうとしたその口を塞ぐ。

 

「……それと、これからは護衛対象と言っても、無礼を働いたら遠慮せず撃ち込むのでそのつもりで。……分かった?」

 

 ソーメを見ると、こちらを見てぷるぷると震えながらこくこくと頷いている。そこまで怖がらなくても、別に無礼なことをしなければ何もしないのだけど。

 

「あたたたっ!? あの。あたしの額割れてないっすかね? もうメッチャ痛いっす! これじゃあ下手なこと言えないっすよぉ」

「……加減しすぎたかしら。赤くなっているだけで割れてないわね」

「割る気だったんすかっ!?」

「冗談よ。……さて、ではオオバの言う通り、なるようになると期待して行くとしましょうか」

 

 私は幾分か肩の力を抜き、しかし周囲への警戒を完全には緩めぬまま、二人を伴って謎の集団の居る所へ向かうのだった。

 

 

 

 

「それで着いたは良いものの……なんすかねあの人達」

「……さあね」

 

 私達は、ヒースの情報を得るべく怪しげな集団に接触しようと近づいた。風で大まかな位置を読み取り、視認できるギリギリの位置から建物の影に隠れて様子を伺う。

 

 そこは少し開けた場所だった。元は何かの建物が在ったようだが、いくつかの支柱らしきものを残してそこらに瓦礫が散らばっている。

 

 そして、()()()()()()数人の何者かがそこに立っていた。遠目なので細かな人相までは不明だが、一人は持っている明かりで照らされた肌がやけに毛深いように見える。耳の形もヒト種ではないのでおそらく獣人だ。

 

 人影の横にはそこまで大きくない荷車が一台。あまり大きすぎると、クラウドシープのように路地の中に入れないという事態になるからだろう。

 

 その荷台にはそこそこ大きな袋が載っていて、膨らみを見るに中にぎっしりと何か詰まっているようだ。

 

「人が居るには居るっすけど、二十人も居るようには見えないっすよ?」

「…………近くの瓦礫の影に二人、向こうの通りの入口に三人。……他にもあちこちに隠れているようね」

「ほ、本当ですか? …………私には、見つけられないです」

 

 周囲に聞こえないよう抑えた私の言葉を聞いて、オオバとソーメはきょろきょろと辺りを見渡す。しかし見つけられないようで目を白黒させている。

 

 実際相当上手く隠れている。私が場所を把握できたのは、先に吹き抜ける風からほんの僅かなヒトの動きを感知したからだ。前情報の無い状態でもし探せと言われても、正直一人二人見つけられるかどうか。

 

 しかしこの時点で完全に、偶然一般人が集会をしているという可能性はなくなった。これは明らかに訓練を積んだ者の隠れ方だ。ますます話しかけづらくなった。

 

「この辺りは、少し前に事故で建物が崩れて危ないから、作業をする昼間以外はあんまりヒトが立ち寄らないんです。こんな所で……何を、しているのでしょうか?」

「…………分からない。横に袋が置いてあるから、取引か何かじゃないかしら? ……ヒトが立ち寄らないのなら、秘密の取引をするにはうってつけだろうしね」

 

 その夜になると人気が少なくなるという点で、この辺りもヒースが探している場所の候補に挙げられた訳なのだが、どうやら現在別口の何かが起きているらしい。

 

 しかしどうにもきな臭い。これが何かの取引だと仮定すると、これからその取引相手が来ることになる。

 

 だが微かに隠れている者達の挙動から感じ取れるのは、警戒というよりも下手をすると敵意に近い。

 

 普通に立っている者達は落ち着いているようだけど、あまり穏便には終わらないかもしれないわね。……私には関係のない話だけど。

 

「そう言えば……誰が話しかけに行くっすか?」

「……私が行くわ。二人はここで待っていて。何かあったら近くで待たせているクラウドシープの所まで走って。……緊急事態となったら自分で都市長の屋敷に戻るよう躾けてあるらしいから、急いで乗り込めばそれで少しは安全よ」

 

 後ろ暗いことには慣れている。最悪揉め事になっても一人の方が撤退しやすい。簡単な説明をして、私は静かに歩き出そうとする。だというのに、突如服の袖をオオバに掴まれた。

 

「ダメダメ。ここはあたしにお任せっすよエプリさん! こう言っちゃなんっすけど、エプリさんって若干話し合いに不向きっぽいっすからね」

 

 代わりに歩きだそうとするオオバだが、今度は私が行かせまいとがっしり腕を掴む。

 

「……ここで待っていてと言っているでしょう。第一私のどこが話し合いに不向きだと?」

「ほらっ! そうやってすぐスゴむ。そんなぶっきらぼうな態度ばっかじゃ聞ける話も聞けなくなるってもんっすよ! ここはこれまで口先と逃げ足で乗り切ってきた見習い商人のあたしにお任せっす!」

「……何を言っているの? 確かにアナタのような、相手を苛立たせることで話の主導権を握ろうとするヒトは、交渉事にはある意味向いているかもしれない。……しかし話を聞くだけならむしろ逆効果。私が行った方が良いわ。そもそも商人になったのは今日からでしょう?」

 

 オオバはかたくなに譲ろうとしない。もしオオバを行かせた場合、最悪話し合いが決裂したら撤退の掩護をする手間が増える。私だけの方が簡単だ。

 

 ……こうなったら力尽くでと一瞬考えたが、それこそオオバの言ったことを認めることになりかねないと軽く頭を振って否定する。

 

「あ、あの。私が、行きましょうか?」

「……それこそ論外ね」

「同意っす」

 

 ソーメがおずおずと手を挙げるのを見て、私とオオバはバッサリと切り捨てる。こんな時は息が合うのが何とも言えない。

 

「まず前提として、アナタ()()()()()()()()()()()()()()()?」

「それは……そうですけど」

 

 私でも見ていれば分かる。ソーメはヒトと話す時、よくつっかえたり妙な所で言葉を区切ったりする。相手が姉妹であるシーメ等なら比較的少ないようだが、それ以外ではとにかく多い。

 

 人見知りなのか何なのかは知らないが、このソーメに行かせるくらいならオオバを行かせる方がまだほんの僅かにだけマシだ。

 

「そうっすよソーメさん。無理しないでここで待っていてくださいっす! という訳で、エプリさんはソーメさんを宜しくっす!」

「……と自然な流れで行けると思わないことね」

 

 さらりとそのまま行こうとするオオバを、素早く私は制止する。そのまま軽く向かい合って睨み合う。

 

「……私が行くわ」

「あたしに任せるっす」

「私が」

「あたしっす」

「おい! お前達!」

「「何?」っすか?」

 

 突如横からかけられた声に、二人して同時に振り返る。すると、

 

「お前達。何者だ?」

 

 いつの間にか、闇夜に紛れやすい黒い服を全身に着込んだ男達が、私達を取り囲んでいた。中には短い棒をこちらに向けて構えている者もいる。

 

 しまった。言い合いに気を取られていて、近づいてくる相手に気がつかなかった。私としたことがこんな簡単な失敗をするなんて。

 

 内心自分を罵りながら、私はすぐに動けるように感覚を研ぎ澄ませつつ視線を他の二人に向ける。

 

 ソーメは……自身をかき抱くような態勢で身をちぢこませている。しかし、その目は怯えの色に支配されてはいないようだ。

 

 ではオオバの方はというと、両腕をゆっくりと上げて抵抗の意思はないことを見せながら、一歩だけ前に進み出た。男達のどう見ても好意的とは言い難い視線が集まり、オオバはそこで足を止める。

 

 もうこうなっては、位置取り的にオオバが話し合いをする流れだ。あれだけさっきまで自分が行くと言っていたのだから、出来るだけ穏やかに話し合いで切り抜けて欲しい所だけど。

 

「ど、どうも皆さん。通りすがりの者っす!」

 

 ……話し合いでは無理かもしれない。私は半ば諦めの境地で静かに魔力を溜め始めた。

 




 エプリだってうっかりミスをやらかすことはあります。……主に時久と大葉が絡んだ時ですが。


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閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その三

 男達の視線が、より一層鋭くオオバに突き刺さる。それも無理はないけれど。……この状況で通りすがりの者はないでしょうに。

 

 男達の中から話に応じるように一人進み出る。周りの態度からまとめ役かもしれない。

 

「通りすがりだと……嘘を言え嘘を! こんな時間にこんな場所をうろついている怪しい奴がそうそう居る訳ないだろう」

「実際に居るんだからしょうがないっすよ。それに怪しさで言えば皆さんだって半端ないっすよ! こんな時間にこんな場所で大勢で集まって、台詞をそっくりそのまま返せるレベルっす!」

 

 オオバときたら囲まれているというのに、まるで世間話をするように普通に話しかけている。それもかなり相手を煽りながら。

 

 これだけのことをしているのだから、余程の豪胆なのか考え無しか。私は男達を刺激しないようゆっくりとオオバの顔色を伺える位置まで移動する。

 

 その顔を見ると…………これはダメね。微妙に顔が強張っている。豪胆じゃなくて考え無しの方らしい。それなのに自分が話すと言ったのかと少し呆れる。

 

「だから、こっちは人を探しているだけなんすよ! ここら辺に居るかもしれないって話を聞いて探しに来ただけっす!」

「ヒト? どんなヒトだ?」

「それはっすね…………あっ! 名前って出しても良いんすかね?」

 

 オオバが男達にヒースのことを話そうとした時、何かに気づいたようにこちらに問いかける。

 

「……出来れば避けた方が良いわね。あまり広めて良いことじゃなさそうだし」

「了解っす! ……ところで、その人(ヒースさん)ってどんな見た目の人っすかね? よく考えたらあたしその人の顔知らないんすよ。まいっちゃったっすね!」

 

 まずそこからっ!? ……確かにオオバは直接ヒースに会ったことはないし、私達も顔などは説明していなかった。

 

 オオバが同行する前の私達は全員会っていたし、アーメ達も繋がりが有るようだったから言いそびれていたのだ。

 

 そのままオオバは何とか話を聞いてもらおうと奮闘するのだが、名前を出せない上に姿かたちも説明できないと有っては信じてもらえる訳もなく。

 

「怪しい奴らだ。大人しくこちらに来てもらおうか」

「……ゴメンっす。エプリさん、ソーメさん。交渉失敗っす。いやあ手強い相手でしたっす」

「……あれだけ自分がやるって言っておいて」

 

 軽くジト目で見ると、オオバは申し訳なさそうに肩をすくめる。……それにしても、拗れた話を今からでも修正できればいいけど。

 

「さあ。来てもらうぞ。他の二人もだ」

「だから怪しいもんじゃないんすよ~!」

「あ、あの……その」

 

 男達の手が私達に伸びる。オオバはなおも弁明しようと慌てながらも視線をキョロキョロさせ、ソーメもじりじりと壁際に追い詰められる。……賭けだけど、やるしかないか。

 

「……待って! この扱いは、私達を都市長ドレファス・ライネルの客人と知ってのことかしら?」

「何だと?」

 

 私はここで一か八かの発言をする。思った通り、この言葉を聞いて男達の動きが少し止まった。このノービスにおいて都市長の影響力はとても強い。その客人とあれば下手なことは出来ないはずだ。

 

 ただこれには、もし相手が都市長に敵意を持つ類だった場合、私達を捕まえて利用しようとする可能性がある。それにさっきオオバが詰まったように、そもそも説明が出来るかどうか。

 

「おかしなことを言うな。それこそ先ほどの通りすがりの方がまだ信憑性がある。本当にそうだと証明できるのか?」

「……ここを少し行った路地の入口にクラウドシープを待たせているわ。都市長に借りている個体なのは、問い合わせればすぐに証明できるはずよ」

「なるほど。……おい!」

 

 まとめ役の男が囲んでいる内の一人に合図すると、その男は何も言わずスッと走っていった。クラウドシープの有無を確かめに行ったようだ。

 

 まずは話し合いの席に着くことには成功。でも問題はここから。まとめ役の男をフード越しに気を引き締めながら軽く見つめる。相手もここからが本番とばかりに軽く呼吸を整える。

 

「ふん。なるほど。まだ確認が取れたわけではないが、仮にお前達が都市長様の客人だったと仮定しよう。それで? 何故都市長様の客人がこんな場所をうろついているのか聞かせてもらおうか?」

「……そこに関してはさっきそこのオオバが説明した通りよ。……情報を得てヒトを探している最中ここを通りすがり、やけにヒトが集まっているから気になって近づいただけ。……話さえ聞けたらさっさとここを立ち去りたいのだけど、そちらは話を聞く気がある?」

「…………良いだろう。まずはそちらが話してみろ。ただし手短にだ。それと明らかに嘘だと判断したら拘束させてもらう。異論はないな?」

 

 男は少し考えてそう口にした。問答無用で拘束にかかるのならこちらも無理やりにでも脱出するつもりだったけど、それならそれでうまく切り抜けるのみ。

 

 横でどこかしょんぼりしているオオバを気にしないようにし、私はなるべくヒースについて特定されないようこれまでの経緯を話し始めた。

 

 

 

 

「話は分かった。……残念ながら、やはり信用できないな」

「……何故かしら? クラウドシープのことは確認が取れたはずよね?」

 

 話し終えて帰ってきた言葉に、私はある程度予想出来ていたことだが訊ねた。

 

「確かにお前達が都市長様の客人であるという事は分かった。しかしそれはそれとして、こんな所をぶらついていたのは明らかに不審だ。加えて探しているヒトの名前も明かせないとあってはな。まあ聞いた特徴の男はどちらにしても見ていないのだが」

 

 痛い所を突かれる。肝心のヒトの名前を言えないのはどうしたって不審だ。私もなるべく名前を出さずに容姿などを説明していたが、話術に長けている訳ではないのでやはり限界はある。

 

「俺を納得させられない以上、やはり拘束させてもらう。都市長様の客人という事で手荒なことはするつもりは無いが、これも職務だ。許してもらいたい」

 

 僅かにだけ男の言葉が柔らかくなったのは、こちらが都市長と繋がりがあるとはっきり分かったからだろう。他の男達もその言葉と共に構えていた棒を下ろし、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「エプリさん……」

「……どうしたもんっすかね」

 

 ソーメもオオバもこちらを見ている。言葉ぶりからしてこの集団は都市長に敵対しているという事でもなく、ここで拘束されたとしても酷いことにはならないだろう。だが、

 

()()……ね。なるほど確かにそれは守るべきもの。だけど」

「むっ!?」

 

 私を中心に、軽く風が吹き始める。それが自然の風でないことに男達も気がつき、何かが起きても対処できるよう腰を低くして構える。

 

「……そちらに職務があるように、こちらにも事情があるの。探しているヒトがこの辺りに居ない以上、急いで移動しなくてはならない。……今は拘束されるわけにはいかないわね。ソーメっ! オオバっ!」

「は、はい」

「了解っす! いつでも行けるっすよ!」

 

 ソーメは()()()()()()()()()()()()()服に仕込んだ何かを手に握り、オオバもトントンと軽くつま先でステップを踏んでいつでも駆け出せる態勢。

 

「この場を我々が逃がすとでも? 抵抗はしないでもらいたいのだが」

「……それはこちらの言葉ね。先ほどは話し合いで済むかもしれないからそうしたけど、邪魔をすると言うのなら……押し通るだけ」

 

 逃げる手順はさきほどすでに相談しているので問題はない。クラウドシープを確認しに行った男が戻ってきたことは確認しているから見張りが居る可能性は低い。仮にいたとしても一人か二人だろう。

 

 ここを振り切りクラウドシープに乗り込んで離脱。早々にトキヒサと合流しなくては。

 

 力技で押し通ることになってしまったけど、この件はおそらく後日正式に謝罪することになる。トキヒサと都市長には迷惑をかけるかもしれないが、緊急事態だったという事で許して欲しい。

 

 相手も雰囲気が変わったのに気付いたのか、いつ飛びかかってきてもおかしくない。ただ武器らしきものは全員収めているので、こちらもなるべく怪我をさせないよう出力だけを上げた“強風”を準備する。

 

「……二人共、私が合図をしたら全力で走りなさい」

 

 私が小さくそう言うと、二人共何も言わず静かにこくりと頷く。

 

 少しずつ風は強くなり、ひゅうひゅうという音からごうごうへと変化していく。魔力は十分に溜めこんだ。もうあとは解き放つだけ。

 

「総員……かか」

「…………今よっ! 走っ」

「待った! 双方お待ちくださいっ!!」

 

 両陣営がほぼ同時に動こうとした時、男達の後ろから誰かが声を上げて走ってきた。

 

 その声に男達は僅かに動きを止め、私も強風の発動を踏みとどまる。……溜まった魔力はそのままなのでいつでも再発動可能だが。

 

「へっ!? のわあぁっす!?」

 

 若干一名走り出そうとして急に止まったため、バランスを崩しているオオバが居るが……見なかったことにしたい。倒れたオオバに慌ててソーメが駆け寄っている。

 

 こちらに走ってくるのはどうやらさっき影から視認した獣人のようだ。しかし今の声、どこかで聞き覚えのあるような。

 

「はぁ。はぁ。……間に合って良かった。こんな所で争っても良いことなんてないですからね。特にこれから商談になるっていう時には。……そうじゃありませんかエプリさん?」

「…………っ!? アナタは!」

 

 やってきたヒトは急いで走ってきたためか、軽くかいた汗を拭って息を整えながら笑いかけてきた。何故このヒトがこんな所に。

 

「エプリさん? 知り合いっすかこのヒト…………というかキツネの獣人さん?」

「おや? これはお初にお目にかかる方がいらっしゃいますね。それでは自己紹介をば」

 

 彼は被っていた帽子を脱ぎ、そのまま胸元に持っていくと軽く一礼する。

 

「私の名はネッツ。ノービスの商人ギルドにおいて、未だ未熟の身ではありますが仕入れ部門の職員を務めさせていただいております。以後お見知りおきを」

「これはご丁寧にどもどもっす! あたしはツグミ・オオバって言います。一応商人(見習い)をやってるっす! 以後よろしくっすよ!」

 

 商人ギルド仕入れ部門のトップに対し、知らないとは言えまるで臆さず普通に礼を返すオオバ。……ある意味大物かもしれないわね。

 





 なんとか一触即発の状況を回避できました。ちなみにこのまま逃走を選んでいた場合、わりと全員逃げ延びる可能性は高いですが後日面倒なことになってました。


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閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その四

「ネッツ殿。もうすぐ予定の時間です。軽々に持ち場を離れられては……」

「だからこそですよ。もうすぐ時間だというのに、こんな近くで大捕り物とあっては相手が警戒してしまいます。それに、こちらのエプリさんは私の知り合いですからね。私が対応した方が早く話が済むと思った次第です」

 

 まとめ役の男がネッツに呼びかけると、ネッツは微笑を浮かべながらさらりと返す。

 

「……意外ね。一度会っただけ、しかもただの護衛のことを憶えているだなんて」

「ヒトの顔と名前を憶えるのは商人にとって必須ですから。……それに貴方はフード越しとは言えとても印象に残りましたからね」

 

 そう言えば、ネッツは商人ギルドで取引した相手のほとんどの顔と名前を憶えているという話だった。記憶力は伊達ではないという事か。

 

 それに、室内でもフードを取らずにいた護衛のことがつい気になったというのもあり得なくはない。……下手にフードを取るわけにはいかないし、仕方のないことなのだけどね。

 

「という訳で、エプリさん達のことは私に任せていただきたいのですがよろしいですか? ……そこまで時間はかかりませんので」

「…………良いでしょう。ただし手短に。我々は所定の位置に戻りますので。……おい。行くぞ」

 

 男は最後にこちらを一度じろりと見ると、そのまま他の男達を連れて去っていった。……と言ってもまだ近くに潜んでいるだけのようだが。

 

「いやあビックリしたっすね~。それにしても、あの人達何か態度悪くないっすか? ピリピリしてるっていうか」

「あまり悪く思わないでください。あの方々は不愛想ではありますが、ただ職務に忠実なだけなんですよ。それに今は間が悪いということもありましてね」

 

 オオバが憤慨しながらも疑問に思うという器用な真似をすると、ネッツは宥めるようにそう言った。

 

「あ、あの。お久しぶり、です。ネッツさん」

「貴方は……ソーメさんじゃないですか!? お一人とは珍しい。お姉さま方とエリゼ院長はお元気ですか?」

「はい! 以前お薦めされた茶葉……とても、美味しかったです」

「それは良かった。またご入用の際はお声がけください。お代は勉強させていただきますから」

 

 どうやらソーメとネッツは顔見知りらしい。一瞬詰まったとは言え、三つ子の内ソーメだと断定できるぐらいには付き合いがあるようだ。

 

「さて、それでは皆様方。どうぞこちらへ。何度も面倒だとは思いますが、お話をお聞かせください。お時間はとらせませんので」

「…………分かったわ。こちらも急いでいるから簡単にだけどね。アナタ達はそれで良い?」

「あたしは良いっすよ! さっきの人より話しやすそうっす!」

「私も、ネッツさんとなら、良いです」

 

 一応争いを仲裁してもらったという形になったので、その分は従っても良いか。私達はネッツに従って歩き出した。

 

 

 

 

「……なるほど。それは一大事ですねぇ。まさかヒース様が」

 

 私達が連れられた先、最初にネッツが立っていた開けた場所には、明らかに先ほどの男達とは別のいかにも商人らしいヒトが数人ほど居た。

 

 どうやらネッツの部下で、ネッツ自身が信用が置けると連れてきたらしい。

 

 私はネッツ達にこれまでのことを説明した。こちらにはヒースの名前も隠さずにだ。勿論近くに隠れている男達に聞こえないよう声は潜めているけど。

 

 これはネッツが都市長、ジューネとアシュ、そして今分かったことだがソーメ達姉妹やエリゼとも繋がりがあり、なおかつそれぞれからそれなりに信頼されていることから話しても良いと判断したためだ。

 

 ネッツは最初話を聞いて驚いたようだったが、話を聞き終わるとすぐに冷静さを取り戻し、部下達に今の話は口外しないようにとくぎを刺す。

 

「……先ほどの男達に話せなかったのは、まだ信用出来るかどうか分からなかったため。それでもアナタには話した。……意味は分かるわね?」

「はい。その信用に背かぬよう、努めさせていただきます。衛兵の方々には私から話を通しておきますので、このまま出立してもらって結構です」

「衛兵!? さっきの人達がっすか? それにしちゃ以前見た人とは服装が全然違うっすけどね」

「衛兵と一口に言っても様々な部門がありますからね。先ほどの方々は……何と言えば良いのか」

 

 会話に入ってきたオオバの素朴な疑問に、ネッツは少しどう答えようかと悩む。別にオオバもそこまで子供ではないので話しても良いでしょうに。……まあ精神的には少し疑わしいけど。

 

「……見たところ、()()()()()()()()()()に対する部隊といった所かしら」

「まあ……そんな所です」

 

 どんな組織でもそういったものは存在する。隠密や諜報など、表沙汰に出来ないことを主に行う俗に言う裏方の部門だ。私自身傭兵としてそういう裏の依頼を受けたこともある。

 

 ヒトによっては忌避されることもあるが、そういう部門がしっかりしている組織は信用できると以前オリバーが言っていた。

 

 それを聞いてオオバは「……ああなるほど。そういう事っすか。警察の公安みたいな感じっすね」と、よく分からないことを言いながら一人何かに納得したようだった。

 

「しかしながら参りましたね。力をお貸ししたいところなのですが少々間が悪い」

「取引……だったわよね」

「はい。とても重要な取引でして、私が今離れる訳にはいかないのです」

 

 ネッツがそう言って済まなそうな表情をする。商人にとってはこういった仕草すらも武器なので、全てを鵜呑みにするわけにはいかないが、一見すると本当に申し訳なく思っているように見える。

 

「そりゃ取引ってのはどれも重要だろうっすけど、こっちも都市長さんの……っと。とにかく大事っすよ!」

「それは理解しております。故に私共も取引が終わり次第、信の置ける者に連絡をとって速やかに捜索に協力したいと思います。どうか今はそれでご理解ください」

「…………いえ。助かるわ。ありがとう」

 

 どこかまだ納得のいっていないようなオオバだったが、私が礼を言うとそれ以上食い下がることはなかった。

 

「……最後に、そちらの取引は都市長が噛んでいるの?」

「その質問にはお答えできませんね」

「……フッ。その答えだけで十分よ」

 

 オオバはその言葉を聞くと小さく「あっ!」と声を上げた。どうやら気がついたみたいね。

 

 都市長の息子であるヒースのことだというのに動けない。つまりそれ以上の、それこそ()()()()()()()()()()()()くらいの重要な取引だという事。その関係が直接なのか間接的なのかは別としてね。

 

「……じゃあそろそろ失礼するわ。急いでトキヒサと合流しないと。話は通しておいてくれるのよね?」

「はい。ヒース様のことはよろしくお願いします」

 

 ヒースの情報自体はなかったけど、ネッツに協力を取り付けられたので良しとしよう。早くクラウドシープの所に戻らなければ。

 

 ネッツが頭を下げるのを背に、私はクラウドシープを待たせている場所に戻ろうとする。そこに、

 

「…………うん。……うん……分かった。急いで戻るね。……あ、あのっ! エプリさん!」

「……何かあった?」

 

 さっきから喋らなかったソーメが何かしら独り言を呟いたかと思うと、表情を明るくして軽く片手を上げながら、歩こうとする私を呼び止めた。何か他の姉妹から連絡があったみたいね。

 

「今、シーメ姉から連絡があって、別れた先で無事ヒース様を見つけたそう、です」

「ホントっすか! それは良かったっす!」

「それは良い知らせですね! 無事見つかって良かった!」

 

 オオバはグッと拳を握って我が事のように喜び、ネッツも先ほどより明らかに顔をほころばせている。

 

 私も内心ホッとしている。最悪向こうでも見つからずにまた捜索を続けるという事になったら、より一層トキヒサが厄介ごとに巻き込まれる可能性が高くなる。早く見つかったのなら後は屋敷に戻るのみだ。

 

「……それで? 他には何か言っていた?」

「はい。見つけたは良いけど、中々帰りそうにないから、しばらく、迎えが来るまで待機していると。アーメ姉にも、伝えたそう、です」

「……そう。ならますます合流が必要ね。では」

「申し訳ないが、そうはいきませんな」

 

 今度こそ出発という所で、先ほど身を潜めたはずの衛兵が行く手を遮る。……いい加減こう何度も遮られると嫌になるわ。

 

「何っすか黒っぽい衛兵さん。もうお話はこっちのネッツさんに話したっすよ!」

「そうですよ。この方々のことは私が保証します。細かく話が出来なかった理由も私が伺いましたので、出発には問題はありません」

「それは大いに結構。しかし今度は我々の方の問題でしてな。……()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉にネッツはハッとし、僅かに慌てた様子でこの場所に繋がる道の一つ、私達がクラウドシープを待たせているのと反対側の通路を見る。すると、そこから数名の何者かが歩いてくるのが見えた。

 

 どうやら向こうもこちらを視界に捉えたらしく、明らかに視線を向けてくる。何となく嫌な感じだ。

 

「……本当に間が悪い」

 

 それを見て、ネッツは少し顔をしかめてついこらえきれずという具合にポツリともらした。

 

「……あのヒト達は?」

「今回の取引相手です。……少々難しい御人のようでしてね。本来なら皆様をお引き留めしたりはしないのですが、見られてしまった以上今から出立されると怪しまれます。どうかもう少しだけ留まっていただけないでしょうか?」

 

 どうやら今回は、私達の方に厄介ごとがやってきたらしい。これがトキヒサの方でなかったことに安堵すべきなのか、これでまた合流が遅れることに腹を立てるべきなのか。

 

「……面倒なことになりそうね」

 

 やっとヒースが見つかったというのに、まだこの夜は終わりそうにない。

 





 こっちの視点はここからが本番です。

 まだまだ合流まではかかりそうですね。


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閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その五

「……一応言っておくけど、私達にはここに留まる義務はないわ」

「存じております。しかしながら、この取引が失敗すると都市長様にご迷惑がかかります。それは貴方方も本意ではないはず。……何卒この度はご協力をお願いできませんか?」

 

 私達はあくまでも部外者だ。ここへ来たのも偶然だし、ネッツの言う取引に関わる義務もない。

 

 そのためさっさと振り払ってトキヒサと合流するつもりだったが、都市長のことを引き合いに出されて少しだけ思案する。

 

 都市長は直接的な雇い主ではないが、雇い主(トキヒサ)の支援者でありこの町の有力者だ。戦闘ならともかく交渉事で自分達に何か出来るとは思えないが、ここで無理に押し通って都市長の心証を悪くするというのはトキヒサに不利益だ。

 

 かと言って、ここに長く留まるのは護衛としての仕事が疎かになる。今回はたまたまこちらに厄介ごとが来たが、あの歩く事件吸引機のようなトキヒサを長く放っておくのは危険すぎる。

 

「あの、エプリさん。私、残っても良いと、思います。ネッツさんも、困ってるみたい、ですから」

「あたしもよく分かんないけど残っても良いっすよ! センパイの方でヒースって人を見つけたんなら、そう慌てて迎えに行かなくても良いんじゃないっすかね?」

 

 オオバとソーメは二人共残ることは問題なさそうだ。ただ、ソーメはネッツとも繋がりがあるから協力したいというのは分かるけど、オオバに関してはもう少し考えて発言して欲しい。

 

「…………分かったわ。取引が一区切りついたと判断できるまでは待つ。……この分は貸しということで良いのよね?」

「それで構いません。ありがとうございます。……では、しばしの間ご同席願います」

 

 少し考えてからそう言うと、ネッツは深々と頭を下げる。腕利きの商人にしては珍しい口約束。貸しと言ってもどのくらいか分からないのに了承するなんて、それだけこの取引が重要という事かしら。

 

 こうして私達は、この取引に立ち会う事となった。この取引がどのような意味を持つのかも知らずに。

 

 

 

 

『待たせたか?』

「いえいえ。予定時間よりも早いくらいですよ。私共が大分早めに来ていただけなのでお気になさらず」

 

 やってきた取引相手というのは妙な相手だった。体型の出ない黒いローブを着ているが、背の高さや仕草からしておそらく男だ。

 

「うわぁ……メッチャ怪しいっすね。あの人達」

「こ、怖そうです」

 

 オオバとソーメがこっそりこちらに話しかけてくる。怪しいというのは同感ね。

 

 先頭の男は顔に白い仮面を着け、声もその効果か不自然に高くなったり低くなったりと細工されている。正体を知られたくないにしてもかなり徹底しているようね。

 

 他にも後ろに控えているようだが、立ち位置からして護衛だろう。少し違和感があるけど。

 

『ならば良い。……そいつらは?』

「私の護衛兼取引の立会人です。人数が多いのはお許しください。なにせこんな場所と時間ですので」

 

 ネッツはなんてことないようにそう説明する。この場に同席するに従い、私達は仮ではあるがネッツの護衛という立ち位置となった。あくまでこの取引が一区切りつくまでという限定的なものだが。

 

 ただ確かに数は多い。ネッツの他に元々いたネッツの部下が四人。衛兵のまとめ役の男に、飛び入りで私達三人の合わせて八人が付き従う構図だ。取引の規模にもよるが、静かに進めたいのならやや多い。

 

 対して相手側は仮面の男と、その後ろに控える三人の男達。それぞれ服装も風体もバラバラで共通点はなく、一人など服もボロボロで浮浪者のよう……うんっ!?

 

『……良いだろう。では取引を始めよう。品物はどこだ?』

「こちらにございます」

 

 ネッツのその言葉と共に、部下達が脇に置かれていた荷車に積まれている袋を抱えてくる。複数人で抱えるほど重量があるようだ。それを取引相手と私達のおよそ中間にゆっくりと置く。

 

『確認させろ』

「はい。……君達」

 

 ネッツの部下が袋の口を縛っていた紐をほどき、大きく広げて中身を相手に見せる。……こちら側からでは中はよく見えないわね。

 

『直接触れて確認したい。構わないか?』

「お待ちを。その前にお代の方を確認させていただきたく」

『…………これだ』

 

 向こうも懐から袋を取り出し、こちらに向けて中身を見せる。あれは…………金貨のようね。それもかなりの数。仮に中身が全て金貨だとすれば、どう少なく見積もっても三、四十万デンはいく。

 

「す、すごい大金、です」

「……意外ね。都市長とも繋がりがあるのだから、大金は見慣れているかと思ったけど」

「教会は、質素倹約を旨と、しているんです。だから、銀貨ぐらいまでしかあんまり見ないです」

 

 確かに、凶魔用の部屋があるとは言え、教会の規模自体はあまり大きくはなかった。金の管理はおそらくエリゼ院長がしているとして、それならソーメ達が金貨を見慣れないというのも納得できるわね。

 

『先に確かめさせてもらうぞ』

「ようございます。どうぞ」

 

 ネッツの言葉を聞くや否や、仮面の男は置かれている袋に近づき、ネッツの部下達を下がらせて中を探り始める。そして一つ何かを掴みだすと、袋からゆっくりと引き抜いて観察し始めた。

 

「あれは…………魔石?」

「はい。今回の取引の品です」

 

 私が何気なく呟いた言葉に、ネッツがぼそりとそう返す。ただ口元を手で隠しながらこっそりとだ。それを見て私も口元を向こうから読まれないように隠す。

 

「……あの袋の中身が全部? それにしては向こうの出した額とは釣り合わなそうね」

 

 魔石の質にも依るけれど、これくらいの量なら金貨十枚くらいといった所だろうか? あくまで目安だけど、その数倍の額を普通に出すのは妙だ。

 

「詳しくは話せませんが、特殊な細工が施されている魔石でして」

「……相手からすればそれだけの価値があるという事ね」

 

 仮面の男は何か納得したように一度頷くと、懐から取り出した紙と魔石を見比べ始める。どうやら表か何かと照らし合わせているようだ。

 

「……ところでネッツ。向こうの後ろに控えている奴らだけど」

「はい。……あの方々は妙ですね」

 

 最初は護衛か何かだと思っていたのだけど、よく見るとどこかおかしい。

 

 浮浪者のような身なりの男と、普通にそこらを歩いていそうな町人風の男。それと冒険者風の男の三人だが、前者二人はどう見てもそうは見えない。

 

 加えて明らかに目の焦点は合っていないし、口元がずっと動いている。だが会話にしては他の者が反応している様子もなく、魔力を溜めている様子もないので独り言か何かのようだ。

 

 冒険者風の男はその限りではないが、嫌な感じの笑みを浮かべてこちらを見る瞳はまた別の意味で淀んでいる。あれは出来れば雇い主にしたくない類だ。

 

「……それと、あの中の一人に見覚えがあるわ。確か以前商人ギルドに居たわよね?」

「ダストンさんですね。勿論覚えています。前と大分見かけが変わっているようですが」

 

 以前トキヒサ達と一緒に商人ギルドに行った時、騒ぎを起こしてネッツに投げ飛ばされた男。ダストンという名前までは忘れていたが、顔は薄っすらと覚えていた。

 

 何があったのかは知らないが、それが今では浮浪者のようにみすぼらしい姿でそこに立っている。奴隷にでもなったかと思い首元を注意して見るが、隷属の首輪を着けている様子もない。

 

「そのダストンさんってのは知りませんけど、あれどう見ても普通じゃないっすよ? お酒の飲み過ぎか変な薬でもやっちゃったんじゃないっすかね?」

「…………かもしれませんね。一応取引が終わったら、またダストンさんのほうも調べてみないといけませんね。場合によっては荒事になるかもしれません」

 

 悲しいことですけどね。とネッツは軽く帽子を被り直す。先の一軒のことを根に持っているのならあり得る話だ。私もさっきからいつ飛びかかられても良いよう気を張っている。と言っても、向こうがこちらを認識できているのかも不明だが。

 

『……良いだろう。品物に間違いはなさそうだ。そらっ!』

 

 仮面の男は確認を終えると、ネッツに向けて金の入った袋を投げ渡した。ネッツは慌てて何とか袋を受け止めると、中身の金貨の枚数を数え始める。

 

「…………確かにお代を頂戴致しました。品物の運搬は如何しましょう? こちらの荷車とヒトをお貸ししましょうか?」

 

 考えてみれば、袋にぎっしり詰まった魔石はかなりの重量がある。普通に運ぶのはそれなりに苦労するし、相手側の荷車なども見当たらない。ネッツの指摘はもっともな話だ。

 

『構わん……と言いたいところだが、折角の好意だ。荷車だけ借りるとしよう』

「かしこまりました。荷車はこちらをお使いください。返却の際は五日以内に商人ギルドまでご連絡いただければ、ノービス内であればどこへでも取りに伺います」

 

 ちなみに荷車云々は決して好意だけのものではない。先ほどの衛兵達の動きからも分かるように、おそらくこの仮面の男達は、ここに来た時から見張られている。

 

 すぐに捕まえるという感じでないのは、予想だけど泳がせているからだろう。この男が誰かと接触するか、あるいは根城に戻るのを待っているといった所か。

 

 どちらにせよ見張るのであれば、荷車で荷物を運ぶ方がなにかと見張りやすい。ネッツの部下も一緒に行くという事であればなおのことだったが、流石にそれは向こうから断ったのでどうしようもない。

 

 荷車に魔石の詰まった袋を乗せ、牽き手をダストンと町人風の男が務める。

 

『では、取引はこれで終了だ。荷車は()()()返却する』

「はい。本日はありがとうございました。またの取引をお待ちしております」

 

 ネッツはにこやかに笑いながら片手を差し出す。握手の体勢だ。仮面の男はそれを見て一瞬考えこみ、『ああ。()()()()有意義な取引だった』とその手を握り返した。

 

 

 

 

「ふぅ。終わったっすねぇ」

「そう、ですね」

 

 荷車を牽いて男達が去っていったのを確認し、オオバとソーメは大きく息を吐いてその場に座り込む。アナタ達は特に何もしてないでしょうに。ふと空を見ると、今の今まで雲に覆われていた三つの月の一つが顔を出していた。

 

 ネッツはそこらに散らばっている瓦礫の一つに腰かけ、懐から煙管を取り出すと指先から火を点けて一服し始める。火属性の使い手だったらしい。

 

 部下達も思い思いに休んでいる。やけに疲労の色が見えることから、もしかしたらここに来る前にも何かあったのかもしれないわね。

 

 そうして疲れを取っていたネッツの所に、取引に立ち会っていた衛兵の男が歩いていく。

 

「では我々はこれで。あの者の後を追い、魔石が何処へ流れるか突き止めねば。……手の者にギルドまで送らせましょうか?」

「いえいえ。お気遣いは無用です。私共の仕事はこれで終わりですので、ここで少し休んでからギルドへ戻ります。皆様は構わず職務を全うしてください。それと、都市長様によろしく」

「分かりました。……それと、貴方方」

「……私達のことかしら?」

 

 急に衛兵がこちらを振り返る。もうこれ以上は付き合うつもりは無いのだけど。そう思っていると、急に男はこちらに頭を下げた。

 

「この度は都市長様の客人に無礼を働いたこと。誠に申し訳なく思います」

「えっ!? どしたんすか急に? さっきまでとはまたえらく感じが違うっすね?」

「先ほどまでは取引を滞りなく進めることが第一でしたので。……それも終わり、次の職務に向かうまでの間に是非謝罪をしたく」

 

 オオバが驚く中、男はそう言って頭を上げる。

 

「……別に良いわ。アナタはただ職務に忠実だっただけ。それを責めるつもりは無いわ。……分かったなら早くあのヒト達を追う事ね」

「ありがとうございます。では、これにて失礼します」

 

 そう言い残すと、衛兵の男は素早く身を翻して仮面の男を追って行った。……周囲に潜んでいた者も少しずつ移動していくわね。

 

「それにしても、皆様お疲れさまでした。この度は急な頼みごとに応じていただき感謝いたします」

「お疲れ様、でした。ネッツさんも」

「……私達はただここに居ただけよ。幸いそんなに時間もかからなかったし、それほどのことはしていないわ」

 

 一服が終わったのか、今度はネッツが話しかけてきた。ソーメも丁寧にお辞儀をする。ただ本当に大したことはしていないので、この分では貸しも大したことにはならなそうだ。

 

「それでもです。時は金なりと申します。貴重な時間を割いていただきましたので。……お礼の方は後日改めてさせていただきます」

「お礼っすか! 良いっすね! それならあたしは買ってほしいものがた~くさん……あたっ!?」

「……いつまでも喋ってないで行くわよ。予定外に時間が掛かったけど、早くトキヒサ達を迎えに行かないと」

 

 出しゃばろうとするオオバを風弾でお仕置きし、今度こそクラウドシープの所に行ってトキヒサを迎えに行こうとした瞬間、

 

「ぐわあああぁっ!?」

 

 衛兵達が追いかけていった方角から、夜の静寂を裂くような大声が響き渡った。

 




 凶魔化しても武器が使える件ですが、あくまで使えるだけで使いこなせる訳ではありません。

 なので例えばネーダの場合、剣の技術自体は確実に落ちています。その分剣の威力と凶魔のポテンシャルでむりやりヒースをごり押ししています。


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閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その六


 朝方、間違えて現在のストックの最新話を投稿し、十話ほど先の話を出してしまいました。

 急展開で何が何だか分からないと思われた方に深くお詫び申し上げます。


 事態の急転を察したネッツの反応は迅速だった。

 

「襲撃ですっ! 合図の照明弾を打ち上げてくださいっ!」

 

 ネッツの部下達はその言葉を受けてテキパキと動き、オオバが使っていた物より強力な照明弾を空に打ち上げて光の球を輝かせる。

 

 多少月明かりが出てきたとはいえまだまだ薄暗い中、これなら離れていてもよく見えるだろう。

 

「な、何がどうなってんっすか!?」

「叫び声、みたいでした」

「……襲撃があったようね。さっきの衛兵達が何者かと交戦しているみたい」

 

 オオバとソーメが急な展開に慌てている中、私は衛兵達が向かって行った方に意識を傾ける。距離はそう離れていない。察知は比較的容易いわね。

 

 大まかに風で察知できたのは、さっきの衛兵達らしい反応を多数の誰かが取り囲んでいる様子。

 

 不意を突かれたのか、おそらく衛兵側の数人が地面に倒れこんでいる。反応は……微弱だけどまだ有るから死んではいなさそうね。

 

 衛兵達の人数は、倒れている分を除くと十五、六人。対して取り囲んでいる何者か達は確認できるだけで四十人ほど。三倍近いわね。

 

 さらにそこから離れていくのが数名。これはさっきの仮面の男達といった所かしら?

 

「エプリさん。貴方は離れた場所の情報が分かる能力をお持ちなのですか?」

「……少しならね。相手は少なくとも四十人以上。質では多分こちらが上だけど、不意を突かれたこともあって衛兵達も苦戦しているようね」

「そうですか」

 

 ネッツはその言葉を聞いて少し考えこむ。だが、

 

「……さっき迷わず照明弾を打ち上げたってことは、()()()()()()()()()()()()()()()という事で良いのかしら?」

「えっ!? そうなんっすか? だったらなんで不意打ちを食らってるんすか?」

「……あるかもしれない。という程度でしたからね。それに十人くらいの足止めは予想していましたが、まさかそこまでの大人数とは。隠密性を考えて人数を絞ったのが裏目に出たみたいです」

 

 オオバの言葉にネッツは困ったような顔をする。……それはそうだろう。見たところネッツは商人として交渉したり人をまとめる才は有っても、戦いの専門家という訳ではない。個人では多少戦力にはなるかもしれないけどそこまでだ。

 

 おそらく作戦を立てたのは別人だろうし、今この場でネッツを責めても仕方がない。オオバも少し考えてそれに気づいたのか、それ以上責めることはなかった。

 

「とにかく、今は一刻も早くここを離れてここに向かってくる衛兵隊の本隊と合流しましょう」

 

 近くで戦っている衛兵達の所へ行こうとは言わないネッツの判断は正しいと思う。商人の戦場はここではなく、下手に近づけば助けになるどころかむしろ足を引っ張りかねない。だけど、

 

「……それに関しては同感ね。ただ厄介なことに、こちらに向かってくる一団があるわ。こちらを取り囲むように移動しているから、早めに来た衛兵隊ってわけでもなさそうよ」

「げっ!? まさかこっちにも来てるっすか? なんでなんでっ!? 別にこっちは向こうを追いかけてるんでも何でもないっすよ!?」

「……さあね。もしかしたら、この取引に関わった者全員の口を塞ぐ……なんてことかも知れないわよ?」

 

 冗談めかして言ってみたが、流石にこれは自分でもないと思う。だとしたらそれこそ商談中に品物を確認した時点で動きが有っても良いはずだ。律義に商談の終わるまで待つことはない。

 

 それと追ってきた相手の足止めとして伏兵を置くのは理に適っているけど、わざわざこっちにまで手を回す理由が分からない。……いや、今はそんなことを考えている場合ではないか。

 

「……それで? どうするのネッツ? 敵が近くまで来ている以上取るべき手段は二つよ。……ここで迎撃するか、さっさと逃げるか。……個人的にはクラウドシープに乗って逃げるのを勧めるわ」

「よろしいのですか!? 取引が終わった時点で、エプリさん達は私達を置いて出発するものとばかり」

「……仮にとは言え護衛の仕事を受け、まだ正式に終了の宣言をしてもされてもいないなら、安全を確保するまでが護衛の仕事よ。……それにクラウドシープなら、アナタ達を乗せて衛兵隊の所に送った後そのままトキヒサと合流しに行けるからね」

 

 ネッツはひどく驚いたような顔をした。……確かに合理的に考えれば、さっさとネッツ達を見捨てて撤退するのが常道だ。だけど、クラウドシープまで一緒に行くだけなら大した手間はかからない。

 

 幸い私達とネッツ、それに部下達を含めても合わせて八人。クラウドシープに十分乗り込める人数だ。一度乗り込んでしまえば突破は困難。速度もただ走るより大分速いので、逃げ切ることも可能だろう。

 

 ちなみに衛兵達に加勢するつもりは無い。そこまでやると流石にネッツ達の護衛が疎かになりかねないし、そもそも苦戦してはいるものの負けるという訳ではない。

 

 今も継続して探っているが、最初の不意打ち以降誰も衛兵がやられていないのがその証拠だ。倒れた者を庇いながらのようで迂闊に攻めに転じられていないが、本隊が来るまで持ちこたえればそれで勝ちなのよね。

 

 ただしその間に仮面の男は逃げおおせるだろうけど、そこまでは護衛の範囲外なのでこちらが手を出すのは筋違いだ。

 

「ありがとうございます。ここに貴方達が居合わせてくれたのは幸運でした。……では申し訳ありませんが、クラウドシープに私達も乗せていただきます。よろしくお願いします」

 

 そう言ってネッツ、そしてネッツの部下達は深々と頭を下げた。今は時間がないんだからそこまでしなくても良いのだけど。……まあ良いわ。

 

「……そう。じゃあ完全に取り囲まれる前に向かうわよ。私が先頭に立つからついてきて。……それとソーメ。今も加護で連絡は出来る?」

「は、はい! アーメ姉とシーメ姉に連絡して、助けを呼ぶんですね?」

「……いいえ逆よ。連絡はするけど、シーメ達にはそこで待機させて。……この状況で下手に動かれた方がかえって危険だわ」

 

 目を閉じて早速連絡をしようとするソーメを静かに制止する。

 

 今から向こうが動いたとしても、クラウドシープはこっちに居る以上時間が掛かる。なら下手に動かれて位置が分からなくなるよりも、こちらから合流しに行った方がマシだ。それに、

 

「……荒事がこっちで起きるのなら、むしろ好都合といった所ね」

 

 そう呟きながら自嘲するような笑みを浮かべる。

 

 トキヒサの予想していた今日町で起こる何かがこのことならば、トキヒサはこちらへ来なければ安全だ。幸いヒースは向こうで見つかったようだし、後は早くこの場から離れて合流すれば良い。

 

 ……やはり私はトキヒサが言う良い奴などではないのだろう。

 

 頭にあるのは護るべきヒトの安否ばかり。最優先はトキヒサとして、その仲間や関係者、今仮とは言え護衛を請け負っているネッツ達が無事ならば、それ以外はどうでも良いと思っているのだから。

 

 

 

 

「……速くっ! もっと速く走ってっ!」

 

 私達はクラウドシープを待たせている場所まで路地を走っていた。直線距離でならともかく、入り組んだ路地を駆け抜けるのは思いのほか時間が掛かる。

 

 クラウドシープの場所から先ほどの開けた場所までおよそ歩いて十分掛かるか掛からないか。走れば五分ほどで着くだろう。途中()()()()()()()()()()だけど。

 

「ヒィ……ヒィ……体力はまだ余裕なんすけど……おわっ!? こんなとこ走りたくないっすよ!!」

「私も、同感、です」

 

 最後尾を走っていたオオバとソーメの服を掠めるように飛んでくる刃。二人はすんでの所で回避しながら走り続ける。走り始めてからもう幾つ目だろうか? 私達全員に飛んでくるのが二十を超えてからは数えていない。

 

 クラウドシープの所まで走っている間、私達はこうして姿を見せない何者かからの攻撃を受け続けている。動きからして衛兵達と戦っている者とは多分別口だ。

 

 あちらが数を頼りにしたチンピラなら、こちらは十名ほどだが少なくとも何かの訓練を受けている。と言ってもこれだけ有利な状況で、私達を仕留められないのだからあくまでそこそこのようだけどね。

 

 ただ数人が仕掛ける間に他の者が先回り。そして散発的に攻撃を仕掛けた後すぐに移動を繰り返すこのやり口。中々に厄介ね。

 

 姿を見せていないだけである程度の位置は絞れるものの、下手に反撃をしようものならその瞬間、四方八方から飛んでくる刃に誰かが貫かれることだろう。

 

 ネッツや部下達に当たらないよう常時風で散らしている身としてはなんとも歯がゆいわね。

 

「もうダメっす! あたしにも強めに風を吹かせて守ってくださいっすよエプリさんっ!」

「私も、お願い、します」

「つべこべ言わない! ……ある程度自分の身は自分で護ってもらうと言ったでしょう?」

「「だからって殿は嫌です」っすよ~っ!!」

 

 今の隊列は、私を先頭にネッツ、ネッツの部下達、そしてオオバとソーメが殿を務めている。

 

 当然私に近い方が風で護りやすいので、ネッツ達への刃は掠りもしないのに対し、オオバとソーメの方はあくまでギリギリだ。

 

「……次の道を左に行くわよっ!」

「はいっ!」

 

 入り組んだ路地は、少しでも道を間違えたら速度が落ちる。速度が落ちたら良い的だ。

 

 なので予め道を指示し、なるべく速度を落とさないよう走り続ける。ネッツもその点は理解していて、私の指示を聞き逃さずすぐに従っている。素直な依頼人は嫌いじゃない。

 

 現在使っている魔法は、相手の攻撃を逸らすためのものと周囲の様子を探るもの。そして味方の速度を補助するための追い風だ。

 

 正直走りながらこの人数に使い続けるというのは消耗が激しい。あまり長くは続けたくないわね。

 

「……もうすぐ着くわっ! 死にたくなければ力を振り絞りなさいっ!」

「言われなくても振り絞ってるっすよっ!」

「ちょっと、きつく、なってきました」

 

 まだ喋れるだけ余裕が有るようで何よりね。ネッツの部下達は、元々疲れている所にさらにこの有様なので余裕はなく、ネッツの方は体力の消耗を抑えるためか口数を減らしている。

 

「……見えてきたっ!」

「おおっ! あれですか!」

「や、やっとっすか」

 

 最後の直線。路地を抜けた先にクラウドシープが待機しているのがチラリと見える。姿を視界に捉えたネッツが安堵の声を上げ、オオバは少し疲れながらもはっきりとした声を出している。

 

 その出口が見えたことによる一瞬の気のゆるみ。それを見逃すほど襲撃者達は甘くはなかった。

 

「…………ちっ!」

 

 一気に数を増して飛んでくる刃。この数をこれまでのように一つずつ軌道を逸らすのは難しい。どうやら向こうもここが正念場と定めたようね。……ならばこちらも出し惜しみなしよ。私は舌打ちしつつ咄嗟の防御策を取る。

 

「……“二重強風(ダブルハイウィンド)”」

 

 速度重視の無詠唱強風の二重掛け。ほんの一瞬追い風を止め、襲い来る刃を逸らすのではなく力技で()()()()()

 

「ぐわあっ!?」

「ぎゃっ!?」

 

 吹き飛ばした先で何人かの呻き声が聞こえた。自分達の放った武器が逆に刺さったのかもしれない。よし! 相手が混乱している今の内に路地の外に辿り着けば。

 

「炎よ。柱となりて我が敵を焼き潰せ。“炎柱(フレイムピラー)”」

 

 そんな思考の死角を突こうというかの如く、空から路地の一画ごと私達を潰そうとする巨大な“炎柱”が私達に向けて降ってきた。

 





 次で閑話は一区切りつきます。


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閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その七

 しまった。本命はこっちっ!? 私は降ってくる“炎柱”を見て内心冷や汗をかく。これまで物理的な攻撃のみだったので、相手が魔法による追撃をしてこないと無意識のうちに思ってしまっていた。

 

 この炎柱は見たところかなりの大きさと威力がある。普通の“強風”では無詠唱では防ぎきれず、詠唱有りでは間に合わない。

 

 かといって先ほどのように無詠唱の重ね掛けをしようにも、こちらは今使ったばかりで連発が出来ない。

 

 このまま走り抜けようにも範囲から考えれば避けきれず、仮に引き返して直撃を避けたとしても爆風で大怪我は必至。逃げ場がないっ!

 

私一人だけなら全力で自身を風で飛ばして回避に専念すればもしかしたら……しかしそうなればネッツ達はまず間違いなくやられる。

 

 炎柱が直撃するまであと僅か。どうする……どうすれば良い? とっさに使える分全てで少しでも相殺する? それとも風でむりやり回避? ダメっ! 考えがまとまらないっ!

 

「「エプリさんっ!」」

 

 後方から聞こえるその言葉に、私は一瞬だけチラリと視線を向ける。顔に疲れが見えながらも、護衛()を信じて走るネッツとその部下達。そして、

 

「「任せてください(っす)っ!!」

 

 最後尾を走る二人。この二人の半ば叫びに近い大声により、ほんの少しだけ諦めかけていた私の心に活が入る。

 

 私は傭兵。護衛として依頼人を護る者。本来それは誰の手によるものでもなく自分の力で行うこと。……だけど、自分だけで出来ないからって護ることを諦めていては護衛なんて言えないわね。

 

「……このまま走り抜けるわっ! 私が出来る限り散らすから……()()()()()()()()()!」

 

 覚悟は決まった。なら後は行動するだけ。私は足を止めることなく間近に迫りくる炎柱を見据える。

 

「……“風刃”っ!」

 

 普通に風をぶつけても、生半可なものでは却って炎の勢いを強めるだけ。ならば出力が足りない以上、より鋭く研ぎ澄ませたもので切り散らすっ!

 

 私は周囲を探っていた風を攻撃に回し、風の刃で炎柱を切り刻む。だけど、

 

「エプリさんっ!? まだ核がっ!」

「……っ!? やはり()()()しか散らしきれないか」

 

 ネッツの焦ったような声に、私も苦々しくそれを睨みつける。

 

 炎柱の特徴は、()()()()()()()()()()()()()()()()()。中心部に土属性で核を作ることで、ごく短時間ではあるが高い物理的な破壊力も有する厄介な魔法だ。

 

 そのため炎だけ散らしても、一抱えほどある大きさの核を防ぎきれなければ被害が出る。だから……()()()()()()()()()()

 

「『どこでもショッピング』、カテゴリは槍。試用(トライアル)……スタートっす!!」

「魔力、注入。……抜剣っ!」

 

 私の後ろから、左右に別れて二つの影が走り出る。二人は壁の僅かな出っ張りや壁そのものを足場に、瞬く間に迫りくる炎柱の核の前に躍り出た。

 

 よく見れば二人……オオバとソーメはそれぞれこれまで持っていなかった武器を持っていた。

 

 オオバはどこかで見たことのある装飾の施された槍を、ソーメは持ち手から魔力が噴き出して薄青色の刀身となった剣をそれぞれ構えていて、構えもそれぞれ堂に入ったものだ。オオバに関しては以前武器屋で見た時とはまるで違う。

 

「せ~の……ちょいさ~っすっ!」

 

 そしてオオバがどこか気の抜けた掛け声とともに空に向けて槍を投擲。槍はグングンと速度を上げて核に到達し、そのまま核を貫いて打ち砕く。しかしまだ拳大の破片が大量に残っている。

 

「やあああっ!」

 

 それはまるで舞踏を見ているよう。降り注ぐ破片をソーメが素早い身のこなしで切り払い、走り続ける私やネッツ達には一切届かせない。その舞踏は全ての降り注ぐ破片が粉々になるまで続いた。

 

「ふい~。……今の内っすっ! 次が来ないうちに早いとこ逃げるっすよっ! にしてもどうっすかあたしの活躍は? 褒め称えてくれても良いっすよ!」

「……みんな止まらず走り抜けて! ソーメも早くこっちに。……もう後方の警戒は要らないわ」

「えっ!? ……は、はい!」

「ってちょっと!? あたしを置いてかないでほしいっすよ~っ! だから殿は嫌っす~!」

 

 調子に乗って鼻高々なオオバ(バカ二号)は放っておいて、この先に待たせているクラウドシープまで駆け抜ける。

 

 まずは安全を確保してからよ。叱るのも……礼を言うのもね。

 

 

 

 

「ふひ~。ドッと疲れたっす。もう後はさっさとセンパイ達を迎えに行ってぐっすり寝たいっすよ」

「私も、へとへと、です」

「……そこは同感ね。私も、少し疲れたわ」

 

 まあ疲れたと言っても、少し休めば戦闘続行できる程度のものだけど。……そして見たところ、この二人もおそらくそんな所ね。

 

 私達は待たせていたクラウドシープに乗り込み、ネッツの情報から衛兵隊の本隊がやってくる方角を目指していた。

 

 周囲を“微風”を二重に重ね掛けして探っているので、今なら大分離れた所でもそれらしい動きが有れば分かる自信がある。念の為追手の気配も探っていたが、どうやらその気配はなさそうだ。

 

「皆様。この度は本当にありがとうございました。貴方方が居なければどうなっていたか。深くお礼申し上げます」

「ネッツさんの、役に立てて、良かったです」

「……仮とは言え護衛として仕事をしただけよ。それに礼なら無事に合流してからにすることね」

 

 ネッツ一同が頭を下げようとするのを軽く制する。どうもネッツ達は商人のためかいちいち頭を下げようとするけど、そういうのは全部終わってからで良い。

 

「それにしても驚いたっすね。このヒツジさんの所に戻ったと思ったら、周囲に変な奴らが倒れてるんすから」

「……おそらく先回りしていたのでしょうね。だけど……クラウドシープを甘く見ていたのね」

「メエ~」

 

 私の言葉に呼応するようにクラウドシープが高らかに鳴く。実際乗り込む際に、周囲に武器を持った男達が数名気を失っていた。

 

 気性がおとなしくこんな見た目で油断する者が多いけど、成獣のクラウドシープはれっきとした上級指定のモンスターだ。戦闘力も当然そこらのモンスターでは相手にならないほど高く、簡単な人語を解する程度には頭も良い。

 

 高い防御力で並の魔法や武器では傷つけることが出来ず、その巨体を活かして敵に突撃していくのはかなり厄介だ。その上都市長直属のテイマーに躾けられているとなれば尚更だろう。

 

「けど良かったんすか? 倒れてる人達をそのままにして。捕まえて話を聞くって手もあったっすよ?」

「……私は護衛よ。雇い主を護る以外のことに首を突っ込むつもりは無いわ。……それにあの場合、一人でも乗せる人数を増やしたらそれだけクラウドシープの速度が落ちるし、取り戻すためになりふり構わず追手がかかる可能性もあったから避けただけ」

 

 極論すれば倒れている奴らに止めを刺すという選択肢もあったけど、それこそ時間をかけて追撃を受けたら本末転倒だしね。

 

 ちなみに今再び探ってみると、クラウドシープにのされた男達の反応は消えている。おそらく他の奴が起こしたか運んで行ったのだろう。

 

「それにしても、よくあの時あたし達を信じて動いてくれたっすね。任せてくれたのはちょっち嬉しかったっすけど、我ながらよくあんな言い方で任せる気になったなって思ったっすよ」

「私も、気になって、ました。どうして、ですか?」

「……別に。ただ私一人では護り切るのは難しい場面で、可能性が有りそうなヒトが名乗りを上げたから任せただけよ。……最悪少しでも時間が稼げれば対処の仕様があるし、それぐらいはおそらく二人共出来るって予想できたから」

 

 そう。ある程度は予想が出来ていた。この二人は少なくともそこそこの実力か、あるいは隠している何かがあると。

 

「う~ん。あたしエプリさんの前でそんな素振り見せましたっけ? それにソーメさんも」

「……最初にアナタの家で会った時、護衛として実力を訊ねた時にこう言ったわよね? ()()()()()()()()()()()()だと。あれは逆に言えば、自分の身を守れる程度には自信があるということ。既に二週間もあそこに住んでいてああ言えるという事は、最低限自衛が出来ると見て間違いないもの。……トキヒサと同じ出身なら尚更ね」

 

 トキヒサの言動から想像するに、異世界はそれなりに平和な場所のようだ。そんな世界から急にこちらに飛ばされてこんなことが言えるとなると、それだけの実力があるか余程強い加護かスキルがあると考えられた。

 

「……一応これまでそれとなく観察していたけど、身のこなし自体はトキヒサより上だけど一流とまでは言い難い。これは加護かスキルでまだ何かあると踏んで任せたけど、どうやら当たっていたようね。武器屋で試し切りをした槍が出てきた時は少し驚いたけど。……あれは確か()()()()()()()()のではないかしら?」

「これはその……あんまり褒められた能力じゃないんで出来れば言いたくないんすよ。実質使い捨てにしてるみたいなもんですし……その内言えるようになったら言うっす」

「…………なら良いわ」

 

 護衛としては護衛対象の能力はなるべく把握しておきたい。言わないと言うならもう少し粘るつもりだったけど、言う意思があるのなら待っても良いだろう。

 

 ちなみに、決してオオバがすまなそうに目を伏せていたことに調子が狂わされたわけではない。ただ無理やり聞き出すことで不和を招かないように配慮しただけのこと。

 

「……次にソーメだけど、こちらも最初から大体察しはついていたわ。()()()()()オオバの所に駆け付けた時点でね」

「そうだったんですか?」

 

 ソーメが驚いたような顔をするが、これくらいは普通に推測できると思う。そもそも夜の町を巡回するという時点で、最低限の実力が無ければ危険なことは明白。

 

 後に知った加護のことを考えれば、実力が無いのなら教会で連絡役に徹するという選択肢もあった。そうしなかったという時点で、()()()()それだけの実力者だというのもほぼ確定。

 

「……三人一緒に居ることに意味がある能力も考えはしたけど、途中でアーメが一人で離脱した時点でその線は消える。……ならやはり一人でも何とかなる程度に実力があると考えた方が自然ね」

「よくそこまでほとんど知らない相手のことを推察できるもんっすね。……エプリさんって探偵か何かっすか? その内椅子に座って話を聞くだけで謎を解いたりとかしそうっす」

「本当に、凄いです」

「……そんなに大したことはしていないつもりだけどね」

 

 あと敢えて言わなかったが、先ほど衛兵達に見つかった時にこれらのことはほぼ確信に変わっていた。

 

 所属不明の武器を所持した男達に囲まれれば、まず大なり小なり普通なら身がすくむ。だがオオバはどう見ても普段通りだし、ソーメも縮こまっているように見せながらも服に仕込んだ何かを取り出そうとしていた。今考えるにさっき使っていた魔力剣だろう。

 

 こうしてどこか余裕が有るのを確認したために、私も最悪押し通る気で行動した。流石にそうでもなければあそこまで強引な手は使わない。……大抵は。

 

「……お喋りはそこまで。少し先にかなりの数のヒトが集まってこちらに向かっているのを感じるわ。……多分ネッツの言う衛兵隊の本隊だと思う」

 

 動き的にさっきの衛兵達と近いし、まず間違いないだろう。そのことを伝えると、全員の雰囲気が大分和らいだ感じになった。

 

 それと何故かオオバが「しかしその剣カッコいいっすね! ライト〇イバーかビーム〇ーベルかって感じっす!」などと訳の分からないことを言いながらソーメの魔力剣を見ている。ソーメも褒められてまんざらではなさそうなのが何とも言えない。二人共なごみ過ぎね。

 

 と言ってもあとはネッツを送り届ければ護衛は完了。先ほどの場に残っている衛兵達がまだ戦っているようだけど、それはこの本隊に任せるとしましょう。

 

 ただ一つ気にかかるのは、あの仮面の男達の動向だ。先ほどから周囲を探っているのにまるでそれらしい反応がない。

 

 先ほど私は、少しの間“炎柱”を迎撃するために風による周囲の察知を止めた。そしてクラウドシープに乗り込む際、風による察知を再開した時にはもう仮面の男達を見失っていた。その時間は長くても数分といった所だろう。

 

 わずか数分で風の範囲外に逃れるのは難しい。少なくとも荷車を牽きながらではほぼ不可能だ。荷物だけ持って逃げるにしても、あの魔石はそれなりの量があった。そのまま運ぶのは少し苦労する。

 

 空属性持ちでも近くに居て転移で逃げた? その場合途中まで普通に移動して逃げるのは不自然だし、そんな魔法を使えば前にクラウンと戦った時のように風が反応する。転移珠も同じ。となるとあと考えられそうなことと言ったら……。

 

「……風の届かない場所に入った?」

 

 ふと考え着いたことを言葉にする。つまり反応が消えた辺りに、仮面の男の隠れ家か何かがあるという事になる。ただしその場合、下手に閉じこもったら追い詰められるだけなので、何か他にも策が有りそうなものだけど……。

 

 まあ、これ以上は私の考えることではないか。おそらくもう会うことはないだろうし、ネッツ達を無事届けたら最低限状況を説明して早くトキヒサと合流しなくては。

 

 もうすぐ迎えに行くから、どうか何事もなく待っていなさいよ雇い主様(トキヒサ)

 

 

 

 

「ところで、あたし達が一応自衛出来るって考えてたんなら、どうして護衛云々って言い続けてたんすか? そこまでしなくても良かったのに」

「……自衛出来るかどうかは関係ないの。強かろうが弱かろうが、一緒に行く以上二人共私の護衛対象で護らない理由はないわ。だから……おとなしく護られていなさい」

「…………何かセンパイがある意味気の毒になってきた気がするっす」

「これは……やっぱり強敵だよセプトちゃん」

 

 普通に答えたら、二人の目が何とも言えないヒトを見るような目になった。何故かしらね?

 




 純粋な戦闘力だけなら大葉もソーメも時久より普通に上ですね。……まあ本人も言ったように、対象の強さは護らないという理由にはならないのでエプリは普通に護衛に付きますが。

 次回からまた時久視点に戻ります。


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第百七十六話 ヒースの追っているもの

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 物置通りにてヒースと合流した俺達は、迎えが来るまでまだ時間があるという事で、これまでの経緯を話してもらうことにした。

 

 純粋にヒースがどうしてこんなことをしたのかも気になっていたし、話していれば逃げないだろうという打算も少しある。

 

 ちなみに場所はボンボーン達の居た倉庫の前だ。中には椅子ぐらいあるだろうし入りたかったのだけど、ボンボーンが言うには今夜いっぱい使いの者以外を追い払う事も仕事の内だそうで、中に入ることはさせられないとのことだった。

 

「そうか。ならば仕方ないな」

「……? あんだけ詰め寄っていたにしちゃあ随分と素直じゃねえか」

 

 それを聞いたヒースの言葉に、ボンボーンがどこか拍子抜けしたような顔で言う。

 

 確かに、何を探しているかは知らないけど、こんな時間まで探していたにしてはあっさり引き下がるもんだ。また乱闘になったらどうしたものかと思っていたので少しホッとする。

 

「その使いの者が来た時点で仕事は終わるのだろう? ならそれまで待ってからなら文句はあるまい? まあその時には僕に先に迎えが来ているだろうが、引継ぎはしておくのでその者に調べさせればいい」

「……ケッ! それなら良いけどよ。じゃあ俺達は中に戻るが……ついてくんじゃねえぞ!」

 

 そう言うとボンボーンは、縛られて転がっていた男二人を引き摺って倉庫の中に戻っていった。嫌っているとは言え二人を連れて行くというのが意外に真面目だ。

 

 これは余談だけど、中に入ってすぐに小さな椅子がいくつか飛んできた。さっきからボンボーンの評価が最初に比べてうなぎ上り何ですけど! ……ただ一人分足らない所に微妙に私怨を感じるな。

 

 

 

 

「さて、ではまず何から話すとするか」

「何からと言っても……ひとまず最初から話してくれよ。こっちは全然分かんないんだから」

「そうだよねぇ。私なんかさっきヒース様のことを聞かされたばっかりで、もっと何が何やら分かんない状況だし」

 

 当然のように椅子をぶんどっていったヒースに対し、一人だけそこらの大きな石に腰かけているからちょっと痛い。さっそく自分の椅子を差し出そうとしたセプトを何とか宥めながら、ちょっとだけ恨み節も込めて訊ねる。

 

 ……シーメならそこまで良心は痛まなさそうだけど、ちゃっかり二番目に椅子を確保してたもんな。

 

「良いだろう。事の起こりは二か月ほど前、僕がとある事情により調査隊副隊長を退くきっかけになった時だ」

 

 そう言えばジューネがそんなようなことを言っていたな。調査隊時代に何かミスをして、それが元で副隊長を一時的に退いているって。

 

「ちなみに何やって副隊長をクビに?」

「クビじゃないっ! 一時的に退いているだけだ。……ラニーを待たせているからな」

 

 確かに、ラニーさんはヒースに対していつ戻ってきても良いというスタンスをずっと通していたな。あくまで兼任だから、仮にヒースが戻ったらすぐに副隊長の座を譲れるわけか。

 

「なるほど……じゃあ早く戻ってやれよ。ラニーさんの口ぶりだと戻れるんだろ? 今自分でも一時的にって言ったしな」

「言われなくてもすぐ戻るさ。今やっていることが済んだらな。……話が逸れた。続けるぞ。まず最初に、調査隊とは言っても常にダンジョンの調査のみをしている訳ではない。むしろそれ以外のことをしている時間の方が多い。正式名称は父上の私兵という意味も込めて、都市長直属特別総合調査隊といったところか。長いので大抵調査隊の呼び名で済ませるがな」

「凄そう。とっても」

 

 セプトが珍しくポロリと口から出るくらいに、なんか一気に凄い名称になったな。こっちだと何でも調べる集団みたくなった。

 

 ……こっちの方がカッコよく感じるのはあれかな。漢字を多く使っているとカッコよく感じるからかね?

 

「調査隊は対人、対モンスター等様々な状況に対応できるよう訓練を受けているため、場合によっては衛兵や常備軍に協力することもある。そしてあの時は、町の治安維持のため衛兵と合同で事に当たっていた時だった」

 

 そこでヒースは少しだけ遠い目をする。当時のことを思い出しているみたいだ。

 

「当時この町で、富裕層を標的とした組織的な強盗事件が多発していた。犯行の手口としては、数人から数十人で家に押し入り、家人を拘束して金目の物を根こそぎ奪っていくという悪質なものだ」

「あっ! それなら私もちょっと聞いたことがある! 逃げ方が不思議だって衛兵さんの噂になってた。私達が巡回している場所からは離れていたから直接は知らないけどね」

「不思議? なんのこっちゃ?」

 

 手口が凶悪とか残虐とかはよく聞かれるけど、逃げ方が不思議というのはあんまり聞いたことが無い。

 

「妙なことに、奴らは逃走中にしばらくすると突然フッと消えるのだ。まるで霧か風にでもなったかのようにな」

「消えるって言うと……普通に考えたら転移系の術者か道具持ちが居たんじゃないか?」

「そうだな。だが魔法に反応する探知機なども用意していたが、まるで反応がなく操作は難航した。当初は衛兵だけで調べていたのだが、手口の凶悪さや不明さ。被害額が相当なものになったこと。富裕層から早く解決しろと圧がかかったことなどから、調査隊と合同で捜査するという事になった」

 

 なんだか刑事ドラマかミステリーっぽい話になってきたな。異世界でそれはあんまり似合わない気がするけど。

 

「その後協力して調べていくうちに、その犯罪集団の恐るべきやり方が明らかになった。奴らが突然消えた理由は、考えてみれば実に単純なものだった。……トンネルだ」

「トンネル? まさか逃走先に抜け穴でも掘っていたとか?」

「そうだ。だが非常に厄介なことに、()()()()()使()()()()()()()()()だ。これでは魔法探知機に反応する訳がないな」

 

 聞いた瞬間割と良くあるネタで肩透かしを食らった感じだったが、魔法無しの手作業となると話が変わってくる。

 

 この世界では魔法が、特にこういう場合は土魔法があるから工事自体は結構楽だ。

 

 しかしその代わり、人力でとなると逆に大幅に効率が悪くなる。魔法があるから育たない技術という奴だ。それなのに全て手作業となると相当に苦労する。

 

「違法奴隷を大量に集めることで、無理やり目的地までのトンネルを掘らせていたんだ。作業環境は劣悪で、どれだけ犠牲になったか今も正確には分かっていない」

 

 その言葉に、セプトが軽く自身の首輪を撫でて反応する。何か思うところでもあるのかもしれない。

 

 しかし違法奴隷って……ただ穴掘るだけなら奴隷以外でも良いだろうに。元々仕事が全て終わったら口封じするつもりとかだったら実に胸糞悪い話だ。

 

「ご丁寧に一度使い終わった後は、内側から完全に封鎖して外から分からなくするという念の入りようでな。結局このことが分かったのは、そいつらがある家を襲撃していた時に、丁度近くを見回っていた俺を含めた調査隊員が駆けつけたためだった。偶然抜け穴に入る所を見なければまだ捜査は行き詰まっていただろう」

「でも、偶然だろうと事件が解決できたんなら良いんじゃないか?」

「全部解決できたのならな。……だけど話はそう上手くはいかなかった。トンネルを逆に辿り、奴らの本拠地に突入したまでは良かったのだが、その際に最後のあがきか奴らの首魁は仕掛けていた罠を作動させたんだ。トンネルと本拠地の一部ごと俺達を生き埋めにしようとな」

「……つまり最後の手段の自爆スイッチみたいなもんか?」

 

 俺の脳裏にドクロのマークのスイッチが浮かび上がる。悪の組織には自爆スイッチはお約束だよな。これも一種のロマンだ。……実際にやられたらシャレにならないけど。

 

「何とか調査隊と衛兵達に死者は出なかったが、本拠地の崩落の際に怪我人が多数。相手の側も崩落で死者が出る酷い結果になった。肝心の首魁も盗難品の一部を持ってそのどさくさで逃走。今も見つかっていない」

「…………そっか」

 

 ヒースはどこか辛そうな顔をしていた。シーメやセプトも息を呑んでいる。思ったより悲惨な内容に、俺もどう言葉をかけたものか分からない。

 

「トンネルを塞がれる前にと慌てて突入の指示を出したのは僕だ。結果として奴らの多くを捕らえることは出来たが、こちらにも多くの怪我人を出してしまった。それに盗難品も全てを取り戻せたわけではない。……誰かが責任を取らないといけなかった」

「それでヒースが副隊長を辞めることになったのか」

「だから辞めたんじゃない。……本来なら辞めるべきだったのだろうが、父上やゴッチ、ラニーたちの口添えもあって一時的に任を解かれただけだ。実質は謹慎処分のようなもの……気を遣われたんだろうな」

 

 それを言うならヒースだけが責任を取る必要なんてない。そう言おうとしたが、ヒースの目を見ると下手な慰めは逆効果になりそうだった。

 

「そうして僕は屋敷に連れ戻され、謹慎が解けるまで講義と鍛錬の日々を送ることとなった。……そこの話はすでにお前達には話したな?」

「えっと……自分が数度受けただけで大体理解できてしまう講義なんかやっても意味がない。それなら外へ出てラニーさんと一緒に行く店を見繕った方が有意義だ。って話だったかな?」

 

 以前ラーメン屋で聞かされたこと。今回はシーメもいるので大雑把にそのことを意訳すると、大体合っているという風にヒースは頷いた。シーメもなるほどと納得が言ったように手を打つ。

 

「でも結局、今までの話と夜中まで出歩いて何かを探していたこととどう繋がるんだ?」

「そうだな。これまでのことは、これから話すことのために前提として知っておくことというもので、ここからが本題だ」

 

 ようやくか。その言葉を聞いて俺も背筋を正す。……石に座ってるからちょっと痛いけど我慢だ。

 

「結論から言うと、あの倉庫の中には()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性が高い。僕の目的はそれを使う何者か、そしてそれを辿って逃亡した組織の首魁を捕まえて償いをさせることだ」

 

 そう言ったヒースの目に一瞬見えたのは、抑えようと思っても抑えきれない激情だった。

 




 そろそろ本編のストックが大分減ってきたので、しばらく補充のためお休みしたいと思います。

 次回は来月初旬辺りを予定しています。読者の方々にはご迷惑をお掛けいたします。


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第百七十七話 張り込みには餃子が一番

 お待たせしました。連載再開です。


 ……ちょっと待ってくれよ。俺が今ヒースから聞いた話をざっと整理するとだ。

 

 大体二か月ほど前、まだヒースが副隊長としてブイブイ言わせていた頃、この町で金持ちばかりを狙った大規模な強盗事件が多発していた。そいつらの手口は、家の人を拘束して金目の物を根こそぎぶんどるという悪質なもの。

 

 しかも逃げる時に影も形もなく消えるという手際からなかなか衛兵だけでは犯人を捕まえられず、都市長直属の調査隊(正式名称はやたら長いので割愛)に声が掛かりヒース達も調査に乗り出す。

 

 消えた手口が手作業によるトンネルという事が分かり、ヒースの指揮の下トンネルを逆に辿って本拠地に乗り込むが、敵のボスが自爆スイッチを作動させたことによりトンネルと敵の本拠地が崩落。

 

 調査隊に死者こそ出なかったものの怪我人多数。強盗側も死者が出た上に、結局敵のボスは盗難品の一部を持って逃げおおせるという結果に終わった。

 

 強盗の大半を捕らえることは出来たものの、ボスには逃げられ盗難品も全ては戻らずじまい。怪我人も多数出たことから、ヒースが責任を取って副隊長を一時的に辞する形に。それからはしばらく屋敷で謹慎の日々。

 

 そして最近夜中に出歩いて何かを探していたのは、どうやら目の前にある倉庫だという。この倉庫の中には、封鎖されていないトンネルの残りがある可能性が高い。

 

 ヒースはそのトンネルを足掛かりに、今もこれを使っている何者かと、以前逃げた敵のボスを捕まえようとしているという。

 

 

 

 

「…………っと、こんな感じで良いか?」

「ああ。大雑把にだがそれで合ってる」

 

 長い話だからな、時折こうやって確認をとらないと訳が分からなくなるんだ。

 

「え~っと、私は途中参加だからまだよく分からないんですけど、どうしてそのトンネルの残りがあるってことが分かったんですか? 捕まえた強盗達の残りが口を割ったとか?」

「いいや。捕らえた奴らは自分達の使っていた分しか把握していなかった。トンネルを掘らされた違法奴隷も大半がその時に死亡。助かった奴隷も全体を把握している訳ではなく、唯一判明した分も急いで駆けつけた時には崩落していた。全体を把握していたのはおそらく敵の首魁一人だ」

 

 シーメの言葉にヒースはそう返した。情報は知っている人が多ければ多いほど洩れやすくなる。おそらくその点を考えてのことだろう。手を回される前にトンネルを崩落させておくのは何とも周到だ。

 

「まだ残っているトンネルの存在を知ったのは、謹慎中に僕が個人的に懇意にしている情報屋からの連絡があったからだ。似た手口の事件がまた起きたとな」

 

 情報屋ねぇ。……もしかしてキリじゃないだろうな? 俺の頭にあのもふもふに目がない情報屋が浮かび上がる。

 

「規模こそ大分小さいものだったが、手口はほぼ同じものだ。……以前の戦いで向こうも組織が半壊したからな。あまり大規模な動きは出来ないと見える」

 

 そりゃあ本拠地を自爆させるなんてことをやった訳だしな。仮に()()()()()()だったとしても、簡単には補充出来ないはずだ。

 

「それから俺は情報屋と協力し、出来る限り町中に存在するトンネルを探した。そしてこれまでの事件の傾向から幾つかの場所の候補を絞り込んだ。だがそれ以上は直接現地で調べないと分からないし、見つけても下手に突入すれば以前のように崩落させられる恐れがある。なら後は……使う瞬間を狙うしかない」

「つまり出口の候補で待ち伏せして、入るなり出るなりしたところを捕まえるつもりだったと? それなら何で都市長さんに言わなかったんだよ!」

「今の僕は一応謹慎中だ。父上の兵を借りる訳にはいかない。個人的に付き合いのある調査隊は現在ダンジョンを調査中で動けない。おまけに、下手に大勢で動けば察知されてまた雲隠れされる可能性が有った。……動くなら気付かれないように少人数でだ」

 

 下手な所で真面目なんだからまったくもう。都市長さんならそういう隠密系の人の心当たりくらいあるだろうにな。

 

「じゃあこれまで講義を抜け出していたのは」

「場所を探すためと、候補の場所で張り込みをするためだ。これまでの事件は全て夜に起きていた。だから現行犯で捕らえるなら夜に動くしかなかった」

「……なんともまあ人が聞いたら呆れるぞそれ。……で? その候補の一つがここらへんなのか?」

「ああ。これまでの候補は全て空振りだった。残る候補はここともう一つだけだ。もう一つの方はやや可能性が低めだったので、個人的に信用できる者を向かわせた。……出来れば情報屋にも張り込みに協力させたかったが、急に仕事が入ったとかで数日前から町を離れていてな」

 

 やっぱりそれキリの気がするな。指輪の情報探しでこの前出かけてたし。かち合っちゃったわけか。

 

「そして本命のここはおそらくこの倉庫群のどれかだと当たりを付けていたが、わざわざ今日限定の見張りまで居るとなるとあの倉庫でまず間違いない」

 

 この場合壮大な陽動ってことも一応考えられるが、陽動は相手が気付いていることを逆手に取るやり方だ。ヒースはどうやら完全に独自に動いているようだし、こちらが調べていることに気づくのは難しい。

 

 見張り、それも今日のみの短時間という事は、今日何かやらかす可能性が高い。それこそトンネルがあるとしたら使うほどの何かを。

 

「……大体話は分かったよ。だけどやっぱり危ないことは良くないからさ。迎えが来たら素直に帰ろうぜ。……都市長さんも何だかんだ心配してるみたいだしさ。あとはその迎えに来た人に引き継いでもらおう」

 

 何故か「ご主人様がそれを言うの?」って視線がセプトから来ている気がするが気にしない。

 

「それは事ここまで来たら仕方ないな。どのみち候補はここを合わせてあと二つ。おそらく今日事態は動く。それが僕が見張っている間か、引継ぎが来てからの違いだ。……僕としては自分でケリを着けたいところだがね」

「……分かった。じゃあそれまではこっちも張り込みに付き合うよ。相手が何人で来るかは知らないけど、そんなに多くはないだろうしな。それにどのみちエプリ達もこっちに向かってるし」

 

 このくらいの人数なら気付かれたりもしないだろ。……まあさっきの乱闘はノーカンってことで。わざわざ見張りを置いたってことは、自分の手が回らないからって考えられるしな。

 

「私も付き合いますよ~っ! どうせお姉ちゃんもソーメも来るまでまだ間があるし、町の平和を守るのが『華のノービスシスターズ』の仕事ですから」

「私も、付き合う」

「お前達…………ふっ! 良いだろう。付き合わせてやる」

 

 ヒースは一瞬呆けたような顔をして、そのまま少しだけ表情を和らげた。

 

「……ただし一つ条件がある」

「何だよヒース。条件って?」

「単純な話だ。……名前は呼び捨てではなくさんか様を付けろ」

 

 あっ! そこはこだわるのね。

 

 

 

 

「ハフ……ハフ。やはり張り込みにはあの店の餃子が一番だ」

「ホントに気に入ってたんだなその餃子」

 

 俺達は張り込みという事で、明かりを抑えて目当ての倉庫から少し離れた別の倉庫の陰に陣取っていた。張り込み中に腹ごしらえを始めるヒース。……やはりあの店の餃子かい。器も全く同じだぞ。

 

「私も今日食べたんですけど、この餃子美味しいですよね! 肉汁もタップリで」

「そうだろうそうだろう。あの店はラーメン以外も美味い。……少々匂いがきついのだけが難点だな」

 

 確かに餃子って匂いがきついよなあ。そう考えると張り込みに不向きじゃないか? 熱々なのは助かるけど。

 

「………………」

「…………くっ!? 分かった。一つだけ分けてやるからそう見つめるな。ほらっ!」

「ありがとう。……どうぞご主人様(トキヒサ)

「あ~。俺は良いからセプトが食べな」

 

 セプトの凝視に負けて餃子を手渡すヒース。だがセプトが俺に渡そうとするので丁重に断った。

 

 いくら何でも小学生くらいの子から餃子を恵んでもらうっていうのは外聞が悪すぎる。なので代わりに以前換金しておいたパンを取り出して摘まむ。

 

「ほう。空間収納系の能力か。便利なものだ」

「そこまで便利でもないんだけどなヒース……さん。それにしても、まだ迎えが来ないな」

「そうだね。お姉ちゃんはともかく、ソーメはエプリ達と一緒にクラウドシープで動いてるはずだから、そんなに時間はかからないと思うんだけど……ちょっと待ってて」

 

 そう言ってシーメは目を閉じると動きを止める。加護で他の二人と連絡を取っているのだろう。今の内にちょっと聞いておくか。

 

「そう言えばヒース……さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「何だ?」

「さっきボンボーンさんと話している時、雇い主に何か心当たりがあるみたいなこと言ってたよな? それって誰なんだ?」

 

 つまりはその雇い主はトンネルのことを知っている。そしてトンネルのことを知っているならヒースの追っている組織のボスとも繋がりがあるはずだ。勿論ボス本人という可能性もある。

 

 その相手に当たりが付いているなら何故直接乗り込まないのか。そういったことも含めて訊いてみたら、ヒースはどこか困ったような顔をした。

 

「……あくまで可能性という話だ。仮に当たっていたとしても証拠がない。直接問いただしても言い逃れられるだろう。それに多少政治的な話にもなってくる。軽々には話せないな」

「つまりそれだけ大物ってことか」

「そういうことだ。……まあこの件が片付いたら、父上に報告して背後関係を調べてもらえば」

 

 ガターンっ!

 

 その言葉と共に、大きな何かが倒れるような音が目当ての倉庫から聞こえてきた。俺達は一気に警戒度を上げる。そして、

 

「くそがっ!」

 

 突如倉庫の扉が中から破られ、誰かが転がるように飛び出してくる。あれは……ボンボーンだ。さっきの二人を引きずっていて、見れば全員身体のあちこちから血を流している。俺達との乱闘の傷じゃないぞ!?

 

「ボンボーンさ」

「待てっ! まだ中に誰かいる」

 

 急いで駆け寄ろうとしたら、突如ヒースに肩を掴まれた。そして大きな音を立てないよう静かにそう囁く。……そんなことを言っても酷い怪我だ。早く手当てしないと。

 

「分かってる。……だがせめて相手の出方を伺いたい。もう少しだけ待て」

「…………分かった。だけどこれ以上ボンボーンさんがやられるようなことになったら飛び出すぞ。……セプト。掩護を頼めるか?」

「大丈夫。出来る」

 

 セプトの返事と共に、僅かな明かりで照らされた影が一気に蠢き始めた。シーメも連絡が終わったようで、緊張した面持ちで向こうの様子を伺っている。

 

「……出てくるぞ」

 

 ヒースの言葉に俺達は倉庫を注視する。ボンボーンが内側から開けた穴。そこから出てきたのは、

 

『やれやれ。先ほどの取引のように有意義な時間はおくれそうにないな』

 

 白い仮面を被り、妙な声をした謎の男だった。……誰だあれ?

 





 如何だったでしょうか?

 さて次回からですが、私用によりこれまでのようなペースでの投稿が難しく、次からは三日に一度から四日に一度に投稿頻度を遅らせたく思います。

 一応最新話は小説家になろうの方で一足先に掲載しておりますので、どうしても早く続きが読みたいという読者の方はそちらに赴いていただければ幸いです。

 読者の方々にはご迷惑をお掛けいたします。


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第百七十八話 見つかった敵を前に


注意。途中視点変更があります。


 白い仮面の男が出てきた瞬間、

 

「…………っ!?」

「えっ!?」

 

 俺の横を一陣の風が吹いた。いや、そう思わせる程の勢いでヒースが飛び出したのだ。

 

 ヒースはそのまま流れるような動きで剣を抜剣。仮面の男に向かって剣を振り下ろす。だが、

 

 ガキ―ン。

 

「ハッ! アブねぇアブねぇ。これはいきなり随分なごアイサツじゃねえか」

「くっ!?」

 

 仮面の男の後ろから出てきたどこか淀んだ目をした冒険者風の男が、ヒースの剣を二振りの短剣で受け止めたのだ。あの一撃を受け止めるなんて相当だぞ。……というかヒースが最初に突っ込んでどうするんだよ!

 

 その後ろにさらに誰かいるようだが、ここからじゃよく姿が見えない。

 

「……せいやあぁっ!」

 

 ヒースはそのまま鍔迫り合いをせず、一度剣を弾いて軽く距離を取った。そして仮面の男に向けて睨みつけるような視線を向ける。

 

「……ようやく見つけたぞ。その仮面、その言葉遣い。あの時から何度夢に見たことかっ! 本拠地では逃げられたが今日こそは逃がさないっ! お前を捕縛し、あの時の罪を償わせてやるっ!」

『ほう。……よく見ればあの時乗り込んできた者の一人か。元気そうで何よりだ。その後、調子はどうかね? まあすぐにお別れすることになるが』

「うるさいっ! お前にそんな事を言われる筋合いはないっ!」

 

 何が何だか分からないが、どうやらあの仮面の男がヒースの話していた組織のボスらしいな。しかしヒースが突っ込んだってことは……よし。俺も行くぞ!

 

「セプトはここに隠れながら掩護を頼む。俺はヒースを助けに行く。……シーメは」

「…………よし。緊急事態をお姉ちゃんとソーメに伝えたから、もう少しで到着するよ! 私はボンボーンさんと倒れているヒト達を見てくる。手当も必要だし、気を失ってちゃ危ないから叩き起こさないと」

「分かった! じゃあ皆時間を稼ぎながら怪我しないよう命大事にで行こうぜ。……行くぞ!」

 

 俺達は早速動き出した。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「この……どけえぇっ!」

「やなこった! そっちこそサッサとくたばりなっ!」

 

 ヒースと冒険者風の男は激戦を繰り広げていた。ヒースは素早い剣捌きで果敢に攻め立てるが、冒険者風の男が器用に繰り出す二振りの短剣で凌いでいる。

 

 二人の実力は伯仲……いや、ややヒースの方が優勢だ。相手はほぼ防戦一方で中々反撃に移れない。

 

 このままいけば、時間が掛かってもヒースがいずれ勝つだろう。だが、

 

「土よ。槍となりて我が敵を貫け。“土槍(アースランス)”」

「ちいっ!?」

 

 それは相手が一人だけの話。仮面の男の魔法で地面から急に突き出された土の槍がヒースを貫こうと襲い掛かり、それをヒースは体勢を捻ってすれすれで回避する。

 

「ヒャッハー! 横っ腹ががら空きだぜ~!」

「ぐあっ!?」

 

 そこを冒険者風の男が切りかかり、ヒースは咄嗟に剣でガードするも体勢が悪く躱しきれない。浅くだが脇腹を切られて血が滲み、そのままヒースはゴロゴロと転がって距離を取る。

 

「ちっ! 仕留め損なったか。……だがこれはこれで悪くねえ。嬲り殺しショー開幕ってな! ヒャーッハッハッハ!」

『ネーダ。楽しむのは結構だが、あまり時間をかけて追手が来ては面倒だ。速やかにことを終えて引き上げるぞ』

 

 高笑いをする冒険者風の男……ネーダに、仮面の男が静かに言う。目の前で戦いが起きているというのに、その言葉にはまるで揺らぎが無い。あたかも目の前のことなどこの男にとって、どうでも良いことのように。

 

「分かってるって。ってなわけでそこのお前、どこの誰だか知らねえが、とっとと死ねやぁっ!」

「ぐぅっ!?」

 

 ネーダの一撃を何とか受け止めるヒース。しかし傷のせいか、その動きは先ほどに比べてほんの僅かに精彩に欠けていた。ネーダの持った二振りの短剣から繰り出される連撃が、上下左右あらゆる角度から斬りこまれる。

 

 最初とはうってかわって一気にヒースが劣勢になり、その上仮面の男からの土魔法の対処で余計に動きが悪くなる。ここ数日アシュとの訓練、特に流れ弾を考慮したものをしていなかったら、今頃とっくに動けなくなっていただろう。

 

「はあっ! はあっ!」

「おいおいどうしたよぉ! 息が上がってんぜぇ」

 

 だが、それにも限界はある。……一つ、また一つとヒースの身体に傷が増えていき、どんどん体力を消耗していく。

 

「黙れっ! ……僕は……アイツを……必ず」

『ふむ。大した意気込みだ。だがこちらとしても早々に退散したい所なのでね、速やかに死んでもらえると助かるのだが……どうだろうか?』

「ぐっ……このっ!」

 

 ヒースは怒りで身を震わせる。やっとだ。この二か月間、ほとんど毎日のように夢に見た敵が目の前にいる。

 

 あの時、盗賊団の本拠地に乗り込んだ時、ヒースは目の前の仮面の男と会っている。仮面の男は、()()()()()()()()()()()自ら本拠地及びトンネルを崩落させ、数多くの犠牲者を出した。それをヒースは決して忘れない。

 

 怒りが崩れ落ちそうな体を支え、まだその手の剣を握る力は衰えない。だが、

 

「いい加減くたばれよ。この死にぞこないがぁっ!」

「しまっ……」

 

 怒りは良いことばかりではない。仮面の男への怒りに気を取られ、一瞬ヒースはネーダの動きを忘れた。その代償は大きく、ネーダに懐に入り込まれる。

 

 繰り出される双短剣。ヒースは何とか捌こうとするが、懐に入られては圧倒的に短剣の方が取り回しが良い。ガキンと音を立てて何とか止められたのは片方のみ。もう片方の短剣が、ヒースの喉元目掛けて突き出される。

 

 

 

 

(ここまでか……)

 

 その瞬間、ヒースの脳裏によぎったのは、忘れようと思っても忘れられないあの時の記憶。

 

 あのトンネルを偶然発見した時、突入の指示を出したのはヒースだった。あの選択が本当に正しかったのか、ヒースは今でも考えている。

 

 状況的に見て、相手がトンネルを使って逃げた直後だったため追撃をかけるのは自然だ。時間をかければトンネルは内側から封鎖される。時間はなかった。だがあの時、富裕層からの催促があったとは言え、自分は功を焦っていたのではないかとヒースは自問自答する。

 

 応援を待つべきだったのではないか? あるいはあくまで本拠地を探ることだけに全力を尽くし、後日準備を整えてから改めて襲撃をかけるべきだったのかもしれない。

 

 だが、結局のところあの時突入を決めたのは自分だ。結果として多くの強盗団のメンバーを捕縛できたが、犠牲はあまりにも大きかった。

 

 調査隊や衛兵に死者が出ていない? ()()()居ないだけだ! この怪我が元で退役することになった者もいる。

 

 強盗団側はもっとひどい。崩落に巻き込まれて死者多数。おまけにその死者の多くは、自由意思を奪われて働かされていた奴隷達だ。罪が一切無いとは言わないが、明らかに他のメンバーに比べて罪の軽い者達だ。

 

 だというのに……()()()()()()()()()()()()()()

 

 皆がアレは仕方のなかったことだと言って自身を慰める。父も、同僚も、恋したヒトも、怪我をした者達までが口々に。……だが、それがヒースにはたまらなく苦痛だった。

 

 悪党から責められても自業自得としか返せない。罪なき者は大半が死者で責められない。

 

 故に、ヒースは自身と同じく罰を受けるべき者を追い続けた。あくまで信頼できるごく少数の者にだけ協力を求め、周囲から自身の素行が悪くなったと見られてもなお動き続けた。

 

 あの仮面の男に、正しく罪の報いを受けさせるために。

 

 そうしなくては……自分で自分が許せなかったから。

 

 そうすれば……もう一度胸を張って先に進めると信じたから。

 

 だが、どうやら自分はここまでらしい。喉元に迫りくる短剣。アレが届けば自身の命はないだろう。せめて目を閉じることだけはすまいとヒースは敵を睨みつけ、

 

「諦めんなこのバカっ!」

「なっ!?」

 

 突如ヒースの目の前に、見覚えのある物が聞き覚えのある言葉と共に飛んでくる。ヒースは咄嗟に訓練のことを思い出し、力を振り絞って飛びずさった。次の瞬間、

 

「金よ。弾けろっ!」

「チィッ!?」

 

 飛んできた石貨がヒースとネーダの中間で炸裂し、素早く動いたヒースは回避できたもののネーダはその閃光で一瞬目が眩む。そこへ、

 

「どおりゃあっ!」

 

 駆け寄ってきた時久が貯金箱を両手ですくい上げる様に振り抜き、走る勢いそのままにネーダに叩きつけた。ネーダは咄嗟に短剣でガードするが、目が眩んでいたこともあってガードしきれず距離を取る。

 

「土よ。ここに集え。“(アース)……むっ!?」

「お前の相手は俺だっ!」

 

 ネーダの掩護に土属性の魔法を使おうとした仮面の男だが、横から殴り掛かったボンボーンの攻撃に詠唱が中断される。

 

 ボンボーンはそのまま時久達の方に駆けよってくる。その身体は最低限の応急処置が施されていて、短期間の戦闘なら問題なさそうだ。

 

「お前達……どうして?」

「どうしてもこうしても無いっての! お前何いきなり突っ込んでんだっ!」

 

 ヒースがどこか呆然としながら訊ねると、時久は怒ったような態度で返す。

 

「途切れ途切れに聞いただけだけど、あの仮面をつけた奴がヒースの追っていた奴だってことはなんとなく分かる。だからって一人で行くなよ! 付き合うってさっき言っただろうがっ!」

「俺はそっちの都合は知んねえけどよ。こっちは見張りしてたら急に襲われた。売られた喧嘩は買うだけだ」

 

 ボンボーンの方は単純に迎撃しているだけ。味方という訳ではないが敵は同じだ。

 

「……なるほど。だが良いのか? 予想より手強そうだぞ?」

 

 時久はヒースのその言葉に相手をチラリと見る。……先ほど貯金箱をブチ当てたネーダはもう体勢を整えているし、仮面の男もまだ余裕が有るように見える。倉庫の中に控えている誰かが全く動きが無いのもまた不気味だ。

 

「そりゃあ真正面から戦ったらヤバそうだけどな、要するにこっちは応援が来るまで粘れば良いんだ。ならやりようがあるだろ?」

「ふん。……付き合ったことを後悔するなよ。それと」

 

 そこでヒースは剣を構え直しながら一瞬だけ言葉に詰まり、

 

「…………先ほどはありがとう。助かった」

 

 時久達に顔が見えないよう、少しだけそっぽを向きながらそうぼそりと呟いた。

 





ヒースの抱えるドロドロとした思いが少しでも表現できたら幸いです。


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第百七十九話 炎熱と氷雪

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「……ぷはぁ。よし。まだ行ける」

 

 ヒースは持っていたポーションを一息に飲み干す。どうやら体力回復系のようで、さっきまでやや血の気が失せつつあった顔色が少しマシになった。

 

 さて、こうしてヒースを助けに飛び込んだは良いもののどうするか。さっきの攻防を見る限り、どうもこいつら俺より強そうなんだよな。

 

「あ~。今のは効いたぜ。ちっと腕が痺れちまったよ。お礼に……その腕二つとも切り落としてやろうか? ああん?」

『ふむ。これはまいった。実に、実に面倒な話だ。君達もそうは思わないかね? どうせ死ぬならそのまま首を差し出してもらえると、こちらとしても早く済むしそちらも痛みが少なくて済むと思うのが……どうだね?』

 

 怖えっ!? ネーダとか呼ばれていた冒険者風の奴もそうだけど、その後ろの仮面の男は別の意味でまた怖えっ! 凶魔とかと対するのとはまた違った怖さだ。

 

「はっ! 言ってくれんじゃねえか。てめえらこそここで素直に詫び入れて俺にボコボコにされるってんなら優し~く殴ってやんよ! その舌が回らなくなる程度までだけどな」

「おっと。それは困るな。この者達……特にその仮面の男にはこちらも借りがたっぷりあるんだ。捕縛してごうも……尋問出来るだけの分は残しておいてくれ」

 

 う~む。こっちも怖さじゃ負けてなかった。口喧嘩ならどっこいどっこいだな。……俺? 俺はそこまで口が達者じゃないから言わないのさ。というか出来ればこんなのに混ざりたくはない。

 

 しかしどう見ても相手は目撃者をぶっ殺す的な殺気を放ってるし、こっちの二人も殺気ではないがそれに近い勢いだ。全面対決は避けられそうにない。……まあ俺個人的にも、どう見ても悪者っぽい向こうの二人を捕まえることは賛成なので助太刀はするが。

 

「……ところで、ボンボーンは怪我の方は? さっき見た時は全身にそれなりの傷を負っていたようだが」

「おう。さっきシーメってガキに軽く手当てをな。まだ安静にしてろって言われたけどよ。……やられっぱなしは趣味じゃねえんだ」

 

 ヒースの疑問にボンボーンさんは軽く腕をあげて答える。そう言えばあの三姉妹はそれぞれ光属性が使えるという事だったな。光属性の中には人の傷を治す魔法もあるし、多分それだな。

 

 横目でチラリと見ると、シーメは他の建物の陰にボンボーンさんが引っ張っていた二人とともに隠れている。小さく光っていることからまだ向こうは治療中らしい。

 

「おうおう。もっと喋れよぉ。それがお前らの最後の団欒になるんだから未練の無いようになぁ!」

 

 向こうは余裕だな。ヒースがポーションを飲むのを見逃して、おまけにこっちの作戦会議を黙って聞いているなんて……いや、向こうもよく見たら何かを口に含んでいる。互いにこの時間を利用して回復を図っているってわけか。

 

 まあ時間をかけるのはこっちとしては好都合。シーメの治療には見たところまだかかりそうだし、時間をかければ応援が駆けつける。こっちとしてはもうしばらくこうして睨み合ってもらった方が助かるくらいだ。だが、

 

「おい。早速前払いのアレ使っても良いか? この糞どもを手っ取り早くかつ惨たらしくぶっ潰してやりたくてよぉ」

『……良いだろう。ただし手早くな』

「そうこなくっちゃあ!」

 

 その言葉と共にネーダが一歩前に出る。……どうやら奴が向こうの護衛の立ち位置らしい。相変わらず仮面の男は前に出ようとせず、その後ろに控えている誰かも動きはない。しかしそれがかえって不気味だ。

 

「おい。……お前じゃねえんだよ。俺はそこの仮面の野郎を殴りてぇんだ。サッサと退きな!」

「僕も同感だ。無論お前も捕らえるつもりではあるが、まずはその仮面の男からだ」

「うるっせえなどいつもこいつも。……お前らは黙って俺に刻まれてたら良いんだよぉ。この新しく手に入れた剣の試し切りになぁっ!」

 

 ネーダは今まで使っていた短剣を仕舞うと、服の内側から新しく別の二本の短剣を取り出す。それを見た瞬間、

 

 ゾクッ!?

 

 俺の背に悪寒が走る。アレはなんかヤバいっ!

 

 形はどちらも同じでやや反りのある両刃。ただ色だけが対照的で、片方は刀身が透き通った深い青色。もう片方が炎のような赤みがかったオレンジ色だ。

 

 芸術品としても明らかに高そうと一目で分かる品だが、ただそれぞれ柄の部分に明らかに後付けと思われる黒い宝石が埋め込まれていて、そこから嫌な感じを漂わせている。

 

 一応先に言っておくが、俺に武器の良し悪しの知識はない。今日武器屋に行った時だって、店内に置かれていた武器の目利きは全て貯金箱で行っていたし、見ただけでは数十万デンの武器も数千デンの武器もよく分からなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、その二本の短剣は圧倒的な存在感を示していた。

 

 ネーダが短剣を取り出したことで、互いの緊張は一気に高まっていく。ヒースは剣を強く持ち直し、ボンボーンは拳を握って構えを取る。俺は……とりあえずポケットに手を突っ込んで小銭を握りしめる。

 

「さあてたっぷり休めたことだし、そろそろケリを着けようじゃねえか。……お前達がボロ雑巾みたいになって死ぬって結末に向けてなぁっ!」

 

 そう言いながらネーダが左右に軽く短剣を切り払い、こちらに向かって突撃してくる。それが戦いの再開の合図となった。

 

 

 

 

「……くっ! 僕とトキヒサでこの短剣使いに当たる。ボンボーンは仮面の男を足止めだ!」

 

 ヒースはほんの一瞬だけ葛藤しながら、向かってくるネーダを自分と俺が当たることを宣言した。

 

 個人的には自分が一番に仮面の男を追いたいのだろう。しかし、いくらヒースでもネーダと仮面の男の二人を相手取ればさっきの二の舞だ。

 

 だが今はさっきまでとは違い、相手を分断させられるだけの人数が居る。そしてネーダとついさっきまで戦っていた自分なら相手の癖なども分かる。体力も回復したしもう遅れはとらないという判断だろう。

 

「命令すんな! 俺は俺で勝手にやるだけだっ」

 

 ボンボーンはそう返しながら大きく回り込んで仮面の男の方に向かった。向こうも仮面の男を狙っていたようだし、断る理由は特にない。

 

 ……僅かな時間でここまで考えたのは正直凄いと思う。流石以前調査隊の副隊長を務めていただけあって、状況判断には優れているのだろう。……だけど、だけどな。

 

「何で俺がこっち側なんだよっ! 俺は応援が来るまでどちらかというと後方支援が良いんだけど」

「今さっき付き合うと言ったばかりだろうが。……来るぞ! 訓練のように金属性を頼む。今回は流れ弾でなくて良いからな」

「ああもうっ! しょうがない。こうなったらやけくそだっ!」

 

 俺は両手に硬貨を持って構える。さあ来るなら来い! ……出来れば来ないで欲しいけどな。

 

「ヒャッハー! くたばれやぁっ!」

「むんっ!」

 

 凄い速さで斬りこんできたネーダの一撃を、ヒースはその長剣でがっちり受け止める。

 

 ネーダはさっきと同じように二刀を持って様々な角度から斬りこむが、一対一であればヒースも負けはしない。全てを長剣一本で完全に受け切って見せる。この調子なら俺が出る必要ないんじゃないか?

 

「うおりゃあっ! 黙って俺の拳を食らえやぁ!」

『“土弾”……“土槍”』

 

 向こうも別の意味で凄いことになっている。仮面の男が速度重視の無詠唱で放つ礫や鋭い土の槍を、ボンボーンさんはそのガタイに似合わぬ機敏さで回避しながら拳を繰り出す。

 

 だが向こうもつかず離れずの距離を保っているので拳がなかなか当たらない。硬直状態だ。

 

「どうやらそっちはあの仮面の男の掩護は期待できないようだな。なら……このまま押し切らせてもらうっ!」

「甘ぇなあ。甘い甘い。わざわざ俺がこの剣を取り出した意味がまるで分かってねぇ。……()()()レッドムーン!」

 

 その瞬間、赤い短剣の刀身が()()()()()()

 

「何っ!? うわっ!」

 

 ヒースは燃える斬撃をとっさに受け止めるが、剣を通して炎熱が手の甲を軽く炙る。一瞬反射的に剣を取り落としかけるも、そのまま強く上に剣で弾いて返す刀で振り下ろそうとする。しかし、

 

「熱いか? なら冷やしてやんよっ! ()()()()()()ブルーム―ン!」

 

 今度はもう片方の青い短剣から凄まじい冷気が放たれ、まるで局所的な吹雪のように氷の粒がヒースに襲い掛かる。剣で払おうにも相手が吹雪じゃあどうしようもない。ヒースはたまらず一度バックステップで距離を取る。

 

「うほぉっ! スゲースゲー。実戦で使うのは初めてだが気に入った!」

「……その剣は」

 

 ヒースは突如として炎と氷を発生させた二つの短剣を警戒しながらそう言う。

 

「炎を操る短剣レッドムーンと、氷を操る短剣ブルーム―ン。今回の仕事の報酬の前払いって奴だ。……今の内に聞いといてやるぜ」

「何をだ?」

 

 ネーダは二つの短剣をクルクルと手で弄びながら、その濁った眼で俺達を見ながら気持ちの悪い笑みを浮かべる。

 

「なぁに簡単だ。自分の死因くらいは選ばせてやんよ! ……焼け死ぬのが良いか凍り付いて死ぬのが良いか、それとも普通に切られるか刺されて死ぬか? わざわざ選ばせてやるなんて俺ってホント優しいよなぁ! ヒャーッハッハッハ!」

 

 どれもごめんだよこの野郎っ! これはヒースにばかり頼ってられなさそうだな。

 




 この武器は結構前から構想があったのですが、今回やっとお披露目となりました。

 たまには別作品の宣伝ということで、『マンガ版GXしか知らない遊戯王プレイヤーが、アニメ版GX世界に跳ばされた話。なお使えるカードはロボトミー縛りの模様』の方も興味のある方はどうぞ!


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第百八十話 迫る炎 現れる盾

「おいおいどうしたよぉさっきまでの勢いは? もっと近づいてきても良いんだぜぇ。近づけるもんならな……ヒャハ八っ!」

「……くっ!」

 

 ヒースとネーダの戦いはやや一方的なものになっていた。

 

 ネーダが先ほどの短剣を取り出してから、下手にヒースに近寄らずに炎と氷での攻撃に切り替えてきたのだ。どうもこれまでの戦いで、ヒース相手に接近戦は分が悪いと判断したらしい。

 

「この卑怯者め。こっちに来て剣で戦ったらどうだ?」

「はっ! わざわざ相手の間合いに入るバカが居るかよ! お前らはこのまま丸焼きか氷漬けで決定だ!」

 

 現在俺とヒースは、戦いの中で出来た瓦礫の陰に身を隠している。

 

 ヒースが軽い挑発で接近戦に誘い込もうとしているのだが、向こうもそれは分かっているのか一定の距離を保って近寄ろうとしない。

 

 というか()()()って……俺も標的かよっ!

 

「ヒャッハー! 爆ぜろレッドムーン!」

「うおっ!」

 

 今もまた俺達が隠れている瓦礫の脇を、轟っと音を立てて熱風と炎が通り過ぎていく。あんなの直撃したら消し炭になってしまうぞ!

 

「あっぶな~! しかし何なんだあの剣は? 声をあげたり軽く振るうだけで炎や氷が飛んでくるなんてどういう原理だ?」

「……以前父上から聞いたことがある。何でも、特殊な細工を施すことによって武器や防具、道具に魔力を込め、適性のない者でも魔法が使えるように出来ると。最近だと転移珠という物にも使われているな。……僕はまだ使ったことが無いが」

 

 転移珠って……あれか! 俺が以前エプリに貰って、使ったらスカイダイビングするはめになった奴。あれからまだ二週間も経っていないはずなのに、もっと長い時間経ったような気がするな。

 

 あの時は空属性の適性がない俺でも使えたからな。あの剣もそれと同じで魔力を込めるだけで使える便利な代物ってわけか。

 

「だけどこれからどうする? 転移珠は一回きりの物だけど、あっちは明らかに何度も使ってるぜ」

「このまま待つというのも一つの手だ。相手が調子に乗って使えばいつかは魔力も尽きるだろうし、時間稼ぎはこちらとしても望む所。応援が来るまで粘ればそれだけで有利になる。……だが」

「あんまり大勢になったら、確実にあの仮面の男が逃げを打つ……だろ?」

 

 俺の呟いた言葉にヒースがどこか驚いたように顔を上げる。これぐらいちょっと考えれば分かると思うんだけどな。

 

「あいつらが俺達を狙ってるのは、おそらく目撃者を消すっていうのが目的だ。だから逃げずに戦闘になった。……だけど応援が来たら、流石に向こうも逃げるしかなくなる。そうなったらまた追いかけっこだ。ヒースはなるべくここであいつらを捕まえたいんだろ?」

「……ああ」

「だったら何か手を考えないとな。応援が来て奴らが逃げに入る前に、奴らを捕まえるかもしくは足止めになるような手を。……まずはあのヒャッハーな奴からだ」

 

 その言葉に、俺の袖からボジョがにょろりと触手を伸ばす。存在を知られていない自分が不意を突くという事だろうか。

 

「奇襲は良いけど、ボジョとは明らかに相性悪そうなんだよなアイツ。だから出番は本当にギリギリになってからな」

 

 ボジョは物理攻撃には強そうだが、如何せん相手は炎と氷使いだ。炙られて蒸発したり、凍らされて砕かれる可能性が有る。だから出るにしても他に手段がない時だ。

 

「なあ? ヒースは魔法使って攻撃とか出来ないのか?」

「だからさんを付けろ! ……生憎だが、僕の場合は水属性の初歩が少し出来るぐらいだ。水球ぐらいではあの炎も氷も突破出来ない」

「なるほど。アシュさんと同じく剣技特化なんだな」

「……アシュ先生ほどの実力があれば、あんな奴はあの二振りを使わせる間もなく瞬殺出来ていただろうに。……僕はまだまだその域までは達していないようだ」

 

 ヒースはどこか悔しそうな顔をする。確かにヒースはかなり強いけど、アシュさんはなんか格が違うって感じがするもんな。

 

「そういうお前はどうなんだ? 何か有用な攻撃手段を…………済まない」

「謝るんじゃないよっ! 確かにこっちの適性は金属性だけどさ!」

 

 あのヒースが俺に軽くではあるが頭を下げる。金属性が不遇属性と言われているのをヒースも知っているようだ。現金が無いと何もできないってのは実際かなりの縛りプレイだもんな。

 

 一応他の属性も使えるが、どれもこれも初歩の初歩ばかり。最近暇を見てエプリやセプトと一緒に練習してはいるものの、どれもまだ実戦で使うのは難しいと太鼓判を押されてしまったぐらいだ。

 

 エプリはこういう時歯に衣着せずハッキリ言うからおそらく分析は間違いない。……泣いてなんかないやい!

 

「一応それなりの金はあるから、やろうと思えば結構な威力にはなる。だけど、俺は人にそんなもんを投げたくはない」

「……そうか。ならそれで攻撃するのは難しいな」

 

 俺は相変わらず人に本気で金を投げつけるのには拒否反応がある。さっきの戦いに割り込ませたのだって一番威力の低い石貨だったしな。

 

 相手が善人だからとか悪党だからとかそんなんじゃない。人をむやみに傷つけることをしたくないし殺すなんて論外だ。……まあ個人的にムカッと来た奴は一発ぶん殴りたくはなるけどな。

 

 ヒースも何となくその葛藤に気がついたのか、すぐに金属性で戦う事を諦める。……いや投げられなくはないんだ。威力低めとか、人以外の物ならいけるんだって。以前戦ったスケルトンとか。

 

「となると後は…………げっ!?」

「なにっ!?」

 

 俺達は話している最中に何となく周囲を見渡し、そこら中に火が放たれていることに気がつく。あの野郎っ!? 埒が明かないからってここら辺一帯を火の海にする気か!

 

「ヒャ~ハッハッハ! オラオラ。さっさと出てきて丸焼きになんな! まあこのまま隠れてても良いが、その場合は蒸し焼きになるだけだがな!」

 

 こっそり覗いてみると、この熱さの中ネーダはちゃっかりもう一つの剣の冷気で自身の周囲だけ冷やしている。なるほど。元々こういう用途で二本あるわけかあの剣は!

 

 先ほどまで戦っていた仮面の男とボンボーンさんも場所を移したようで、ここからだと微かに声が聞こえるかどうか。向こうまで炎に巻かれるなんてことになったら大事だぞ。

 

「ああもう仕方ない。まずは火のない所にひとまず移動を」

「いや待て! 今出たらそのまま狙い撃ちだぞ!」

「だからといってこのままここに居る訳には……危ないっ!」

 

 上を見ると、一抱えもある火の玉が幾つも空から降ってきたっ! あれは火属性の火球(ファイアボール)!? そんなもんまで出せんのかよっ!? ……って、冷静に判断している場合じゃないっ!

 

「っなろっ!」

 

 俺は咄嗟に持っていた硬貨を火の玉に投げつける。一つは空中で当たって爆発し、もう二つ誘爆する。しかしまだ二つ残っている。

 

 ヒースは咄嗟に身を躱そうとするが、このコースだとどちらも躱しきれない。

 

「ヒースっ!」

 

 ヒースがこれから来るであろう火球の衝撃と火傷に耐えるべく身を固くしたその時、

 

「……“影造形”」

「魔力注入……障壁、展・開っ!」

 

 突如飛来する火球の一つに影の槍が突き刺さり、そのまま空中で火の粉を散らす。さらにヒースと残った火球の間に誰かが割り込み、左腕に着けた小型の盾のような物を前にかざした。

 

 その瞬間、薄青色の半透明な幕がその人を中心に俺達を囲むように広がり、飛来する火球を受け止めてかき消す。凄いな。

 

「た、助かった」

「やっほ~! 大丈夫トッキー? あとヒース様もご無事ですか? どこか火傷とかしてませんか?」

「トキヒサ。大丈夫?」

 

 俺が安堵の声をあげる中、割り込んできた人物……シーメが盾を下ろしてこちらを振り向いた。いつそんな盾を着けたんだよ! そしてセプトも後から瓦礫沿いに走ってくる。

 

「セプト! 隠れてろって言ったじゃないか! ここは危ないぞ」

「ごめんなさい。トキヒサが心配だから、隠れながら来た。近い方が、掩護出来ると思って」

 

 セプトは無表情ながらも少ししょげた感じでそう言った。……こう言われるとこれ以上責められない。仕方ないので今度はなるべく俺から離れないように注意すると、セプトはそのままこくりと頷く。

 

「お前達だったか。おかげでこちらは大丈夫だ。ありがとう。それより……先ほどまで治療していた者達はどうした?」

「そのヒト達なら、怪我が治った瞬間に慌てて逃げていっちゃいましたよ! まあここに居ても危ないですからね。逃げるなら逃げるで気にかけなくて済むから助かります」

 

 あの態度の悪い二人か。まあ居ても俺と喧嘩でどっこいどっこいな人じゃ戦力にはならないか。

 

「そう言えば、シーメが来てから熱くなくなったな。この幕の中に居るからか?」

「そうだよトッキー! このエリゼ院長と共同開発した魔力盾の力で、私が魔力を注ぎ続ける限りこの中は安全だよ! ……と言っても長くは保たないんだけどね。さっき治療で結構魔力使っちゃったし」

 

 シーメはどこか自慢げに盾を見せる。へえ~。この盾はエリゼさん達が作ったのか。セプトの胸の器具を作ったのもそうだけど、エリゼさん達は物作りの名手らしい。シスターよりこっちの道で食べていけるんじゃないだろうか?

 

「ふむ。となるとあと残った問題は、この状況をどう切り抜けるかだ。……シーメ。その盾はどのくらいの強度がある?」

「はいヒース様! 注ぎ込んだ魔力の量にも依りますけど、さっきぐらいの炎なら楽勝ですよ! 短時間であれば倍ぐらいの火力でも大丈夫です!」

「……そうか」

 

 それを聞いて何か考え込むヒース。まさかシーメに障壁を張らせたまま突っ込むとかじゃないだろうな? それはいくらなんでも強引すぎるぞ。

 

「先に聞いておくがシーメ。()()()()()()()()使()()()()()?」

「あ~。私用に調整しているから細かい操作は無理ですね。魔力を流してさっきみたいな幕を展開するだけなら出来ますけど」

「……それで十分だ。済まないが、その盾を少しの間貸してはくれないか?」

 

 そう言ったヒースの表情は、どこか覚悟を決めた顔をしていた。

 





 末っ子がアレだったので多少予想できたことですが、この通り次女も結構強いです。役割はまるで違いますが。


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第百八十一話 双剣対剣盾

「オイオイ。ようやく出てきたと思ったらお前一人かよ。一緒に居た奴はどうした? まだそこらの瓦礫の後ろでブルっちまってんのか?」

 

 作戦会議を終え、瓦礫から姿を見せたヒースに、ネーダは嘲笑うかのように訊ねる。

 

 一足飛びで距離を詰めようにも、その前に奴の持つ短剣によって丸焼きか氷漬けにされる可能性が高い。ネーダもそれを分かっているのか、話しながらも一定の距離を保っている。

 

 作戦通り上手くやれよヒース!

 

「さあな。戦う相手に言う義理があるとは思えないが? それが反撃のされないような所から攻撃するだけの臆病者なら尚のことだ」

「……言ってくれるじゃねえか。そっちこそ、さっきと違って盾が増えたくれぇで俺に勝とうってか? 粋がってんじゃねえよ!」

 

 戦いは剣を交えるより前から始まっている。互いに少しでも優位に立とうと攻撃ならぬ口撃が飛び交う。

 

 そしてヒースは先ほどまでと違い、右手にこれまで使っていた長剣を、左手にシーメから借りた装着型の盾を身に着けていた。

 

「確かに……こうして盾を借り受けることになったのは、間違いなく()()()()だけで勝てなかった僕の落ち度だろう。粋がっていると言われるのも仕方のないことだ。……だが、これでお前やあの仮面の男のような悪党を捕らえられるというのなら、僕は喜んで()()()()を受け入れよう」

「はっ! キレイごとほざいてんじゃねえよ。俺を捕まえるだぁ? そんな事はよ……これを食らっておっ死んでからあの世でほざきなっ! 爆ぜろレッドムーンっ!」

 

 真っすぐ前を見据えて語るヒース。その正論らしい正論に耐えかねてか、先手を取ったのはネーダの方だった。これまでのように強く振るったオレンジの短剣から激しい炎を吹き出し、ヒースを丸焼きにしようとする。だが、

 

「障壁展開っ!」

 

 ヒースも当然何の対策も無しにのこのこ出てきたわけではない。シーメから借りた魔力盾をかざし、その言葉と共に前方に幕が展開して炎を防ぐ。

 

 幕と炎のぶつかり合い。その中心部から白い光が放たれ、闇夜から急に明るくなったことでまともに直視することも出来ない。地面に映った幕の内側に居るであろうヒースの影だけが、妙にくっきりと周囲に存在を証明している。

 

「しゃらくせぇっ! 止められたんならもっと出力を上げれば良いだけだろうがっ! おらあっ!」

 

 ネーダのその言葉と共に、剣から放たれる炎がさらに勢いを上げた。あんにゃろまだ火力を上げられるのかよっ!

 

 さらに火力と幅が広くなった炎を光の幕はしっかりと受け止める。……しかしそれも一瞬のこと。ほんの数秒ほどで幕は風船が割れるような音を立てて消滅し、対照的に中の人影は音一つ立てずに炎の奔流に呑み込まれる。

 

「……ハ。ヒャーッハッハッハ! 大口叩いた割にはあっけねぇなオイ! まあそれも当然か。この剣に、そしてこの剣を自在に操る俺に勝てるはずねぇんだからよっ!」

 

 ネーダはひとしきり嫌な高笑いをすると、やっと気が済んだのか軽く腕を振って周りの瓦礫を見渡す。

 

「さあて。あとは瓦礫のどっかに隠れている奴らを一人一人見つけ出していたぶり殺してやれば」

「それはどうかな?」

「……!?」

 

 悪党とは言え流石にヒースと最初は切り結べただけのことはある。ネーダは咄嗟に双剣を交差させ、死角から斬りこんできた何者かの剣を受け止めた。だが、斬りこんだその相手の顔を見てネーダは困惑する。

 

「お前っ!? なんで無事でいやがんだっ!? たった今そこで焼け死んだはずだろうがっ!」

「ほおっ! それは知らなかった。僕は焼け死んだのか。……それではこの僕はいったい何だと言うのだろうなっ!」

 

 ネーダに斬りこんだのは、今炎に吞まれた()()()()()()ヒースだった。

 

 

 

 

 種明かしをすると実に単純だ。さっき炎に呑まれたのはヒースではない。

 

 まず最初に瓦礫から出た時は間違いなくヒースだった。しかしその後、ネーダの剣から放たれた炎を受け止めたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 見るからにそれらしい盾をかざし、「障壁展開っ!」と威勢よく掛け声を上げた瞬間、瓦礫の陰に隠れていたシーメが障壁を張っているなどとは誰も思わない。

 

 そうして障壁と炎がぶつかった瞬間、白い光が中心部から放たれる。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先ほど魔力盾でシーメが割り込んで炎を防いだ時も、そんな光は一切出なかった。ではあの光は何か? ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一円玉、つまりはアルミニウムを細かく砕いたものを燃やすと白い光を放つ。俺はシーメと一緒に、瓦礫の陰からこっそりアルミニウムの粉末を詰めた袋をタイミングを合わせて投げ入れていたのだ。

 

 そして光に紛れてヒースがネーダの死角に回り込み、それと同時にセプトが影造形(シャドウメイク)でヒースに似せた影を身代わりに置く。毎日練習していた影絵の技術と読み聞かせの時の知識がこんな所で活かされるとは驚きだな! 動きまでそれっぽかった。

 

 あとは頃合いを見計らってわざとこっちの出力を落とし、タイミングを合わせて障壁を砕かせる。その時はとっくに皆他の瓦礫に退避しているため、残っているのはセプトが伸ばしたヒースに似せた影のみという訳だ。

 

 まあ予想より相手の火力が高かったので驚いたが、余裕を持って退避していたので特に問題はなかったな。

 

 ……とまあ種明かしはここまで。あとはヒースの仕事だ。最初は意表を突かれたが、次は白兵戦なら負けないと言ってのけたその実力、しっかり見せてもらうぜ!

 

 

 

 

 ヒースとネーダ。この二人の戦いは佳境に入っていた。

 

「この糞野郎がっ!」

「失礼なっ! これでも身だしなみには気を遣っているんだぞ!」

 

 ネーダのついた悪態に、ヒースはどこかズレた返答をする。

 

 ヒース本人が豪語したように、戦闘自体はヒースの方が優勢だった。片手持ちなので先ほどより若干長剣が重いだろうに、そんな事をまるで感じさせない動きでネーダを追い詰めていく。

 

「このっ! 凍てつかせろブルーム―ン!」

 

 当然ネーダもやられっぱなしではない。一度鍔迫り合いに持ち込んだ時、超至近距離で青色の剣より放たれる冷気が礫となってヒースを襲う。だが、

 

「なんのっ!」

「ぐふぁっ!?」

 

 なんとヒースは至近距離からの礫を魔力盾でガードし、そのまま鈍器のようにネーダの顔面に裏拳気味に叩きつけたのだ。

 

 軽く鼻血を出しながら思わずよろけるネーダに、ヒースはそのまま猛攻を仕掛ける。……う~ん。あの盾で敵の攻撃を完封しながら倒す戦い方、どっかで見たことある気がするんだよな。

 

「凄いな。盾を持ってから、ヒースは一度も相手の攻撃を貰っていない。仮面の男の掩護がないとはいえ、ここまで違うものなのか?」

「そりゃそうだよトッキー! 元々今の剣と盾のスタイルが、本来ヒース様が都市長様から伝授されたスタイルなんだから」

 

 えっ! そうなのっ! というかそんなのよく知ってるなシーメ。

 

「エッヘン! 教会にはいろんな情報が集まってくるのです! 元々都市長様は一流の剣士でね、調査隊のヒト達に型の基礎として自分の戦い方を教えていたの。だから調査隊の多くは剣と盾のスタイル。隊長のゴッチさんもそうだったはずだよ!」

 

 そうだゴッチさん! 以前ダンジョンの中で見たゴッチさんの戦い方がさっきのヒースの動きにダブったんだ。

 

「だけど都市長様も多忙で毎回剣を教えられる訳じゃないし、剣だけならともかく盾は嵩張るからね。いっつもヒース様みたいな要人が持ち歩く訳にもいかない。だから新しく来たアシュってヒトの戦い方を学んで、剣一本で戦えるように練習していたんだって!」

 

 そこでアシュさんが教育係という話に繋がるのか。確かにアシュさんはいつも剣一本だし、いざとなったら棒切れでも何とかなりそうだ。

 

 しかし話をきいてみると今のヒースの動きにも納得だ。アシュさんがヒースに教えたのは確か半年にも満たない時間だったと聞く。対して都市長さんの方は、おそらくヒースが子供の頃から何年も教えてきた剣技。

 

 積み重ねた時間が全然違う訳だ。それはもう()()()()()()()劇的に変わるくらいに。

 

「ねぇトキヒサ。ヒースの掩護、するの?」

 

 影の人形を操るのを止め、セプトはこちらを上目遣いにじっと見つめる。自分が関わった以上、ヒースのことが気になるのだろう。ここで待機している俺達には。いざとなったらさっきの仮面の男の掩護を阻止する役割もある。

 

「いや、多分もう必要無いと思う。だって」

 

 ズバッ!

 

「うぎゃあああっ!」

 

 俺の言葉とほぼ同時に、ヒースがネーダの双剣をかいくぐってその左肩から胸元にかけてを切り裂いていた。

 

 勝負あり……ってところかね。

 




 ヒースの場合適性だけなら父親と同じ剣盾スタイルの方が高いです。ただし個人的に覚えたいと考えているのはアシュと同じ剣一本のスタイルですね。

 別作品の『マンガ版GXしか知らない遊戯王プレイヤーが、アニメ版GX世界に跳ばされた話。なお使えるカードはロボトミー縛りの模様』の方もよろしくです。


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第百八十二話 生まれつつある絶望


 注意! この話からしばらくかなり暗い話となります。落ち着ける状態で読むことを推奨します。


「ぐっ!? ……ぁあああっ!」

 

 カランっ!

 

 胸元の傷はやや浅いが左肩の傷は深く、力が入らずに左手の青い短剣を落とすネーダ。しかし必死で右手で赤い短剣を振るいヒースから距離を取る。

 

 だが、ヒースはそれ以上追撃をしようとはしなかった。まるでこれ以上はその必要が無いとばかりに。

 

「クソっ! このクソ野郎がっ! 殺してやる……殺してやらぁっ!!」

 

 ネーダは怒りと殺意の入り混じった目でヒースを睨みつけ、近づかなくても良いようにもう片方の炎を操る短剣を振りかざす。だが、

 

「爆ぜろぉレッドムー……あぎゃあああっ!」

 

 先ほどまでと違い、炎が噴き出してヒースに向かうと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ヒースに届く前にネーダが集中を乱したため、荒れ狂う炎は途中で霧散する。これは一体どうなってんだ? なんでまた急に制御が?

 

「見たところ、その赤と青の魔剣は二刀一対の物。()()()()()()()()()()()()()()()()で、持ち主への負担を無くしていたと見える。つまり……片方だけではお前ではその魔剣を扱いきれない」

 

 ネーダが自らの炎で右腕を焼かれて転げまわる中、ヒースはただ冷静に理由を語る。なるほ……ど? どういう原理だそれ? ただ実際にネーダは炎を上手く扱えなくなっているようだし。

 

「……諦めて投降しろ。その傷では剣を片方振るうのがやっとだ。魔剣も片方だけでは真価を発揮できず、傷を塞ごうとポーションでも使うそぶりを見せたらその瞬間斬るっ!」

「ちっ……くしょぉっ。俺が……俺が、こんな所で……」

 

 息も絶え絶えのネーダは、残った赤い魔剣を火傷だらけの右腕で必死に握りしめながら、恨みがましい目でヒースを……いや、隠れている俺達も含めて睨みつける。

 

 その時、

 

『ふむ……これはまいったな。なんとも面倒なことになっているようだ』

「お前っ!?」

 

 ネーダの後ろにどこからともなく仮面の男が現れた。ヒースが現れた因縁の相手に敵意をむき出しにする。だけど、さっきまでボンボーンさんと戦っていたはずなのに。

 

「待ちやがれこらっ!」

 

 あっ! ボンボーンさんも来た。身体の所々に擦り傷や軽い痣が見られるが、どうやら大きなけがは負っていないようだ。仮面の男はボンボーンさんから逃げてきたらしい。

 

『こちらもそろそろ片付いた頃だろうと見に来てみれば……誰一人仕留めていないとはな。ネーダ。予想以上に使えない奴だ』

「使えねぇだと……まあ良い。俺を助けろっ! お前なら俺を連れて逃げられるはずだ。そして傷を癒したら今度こそこいつらを」

『何か勘違いしているようだが、私がネーダ、君を助ける理由はないな。むしろ護衛がこの体たらくとは実に嘆かわしい話だ。……そうは思わないかね?』

「なっ!?」

 

 ボロボロのネーダを助けに来たのかと思ったがそうでもないようだ。傷つき助けを求めるネーダに対し、仮面の男は素っ気なく返す。

 

「て、てめぇ。……元はと言えば、全部てめぇのせいだっ! 何が『これは英雄と呼ばれる者が持つにふさわしい武器。これを使えば君は英雄になれる』だっ! よくもこんな欠陥品を押し付けやがったなっ!」

『心外だな。私は嘘は言っていない。確かにそれはかつて英雄と謳われた者が使っていた武器であり、使()()()()()()()()その者は間違いなく英雄と言われるだろう。実際それの以前の使い手は、片方だけだろうが溢れ出る熱も冷気も制御してみせたという。制御できなかったと言うなら単にそれは……君が英雄の器ではなかったというだけの話だ』

 

 淡々とただ事実を述べているといった風の仮面の男に、ネーダは怒りのあまり唇を噛み切ってしまったらしく血が流れる。

 

 だがすでに身体はズタボロで言う事を聞かず、掴みかかろうにも片腕はまともに動かない。ネーダにあと出来ることと言えば、まだ動くその舌で目の前の男に対する罵詈雑言を浴びせかけることくらいだったようだ。

 

 少なくとも、本人や俺達はそう思っていた。……()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「てめぇのことを欠片でも信じた俺がバカだったよっ! 何が英雄の武器だ。全部嘘っぱちじゃねぇかっ! どうせアレも嘘なんだろうっ? てめぇがあの『始まりの夢』と繋がりがあるって話もよぉっ!」

 

 始まりの夢? 一体何のことだ? この言い方だと何かの組織みたいだけど。

 

『私は嘘は吐かない。私は確かにその』

「いい加減にしてもらおうかっ! ……お前がネーダを助けようが助けまいが関係ないっ! もう逃げられないぞ。速やかに縛に着けっ!」

『ほお。威勢の良いことだ』

 

 遂に我慢が出来なくなったのか、ヒースが仮面の男に対して剣を突きつけながら叫ぶように告げた。

 

 ……もう少しボロボロ吐いてくれるのを待つべきだと思ったが、それは捕まえてじっくり聞けば良いだけかと思い直し、こちらも隠れながら硬貨を握りしめる。何かあったら煙幕ぐらい張れるように。

 

 といっても実際一対一であればおそらくヒースは仮面の男に後れを取らない。あとはもう捕まえるのみなのだが。

 

『ふむ。……ネーダ。最後に君は身を挺して護衛としての任を果たそうとは思わないかね?』

「やなこった! むしろてめぇも道連れに捕まれや。……ヒャーッハッハッハ!」

 

 そこには依頼人への信頼も敬意もまるでなく、ただ恨みを込めて相手も酷い目に遭えば良いというネーダの歪んだ思いがあった。

 

 まあある意味恨むのは当然かもしれないが、うちのエプリの爪の垢でも煎じて飲ませたい奴だ。エプリは身を挺してでも護衛としての仕事をこなす奴だぞっ!

 

『やれやれ。では仕方がない。使うつもりはなかったが、このままでは私が捕まってしまうのでね。使わせてもらうとしよう。……出てきたまえ』

「な……何を?」

 

 その言葉と共に、先ほどまでボンボーンさんが居た倉庫の中、そこでずっと動かないでいた人影がこちらに向かって歩いてきた。

 

 歩いてきたのは二人の男だった。一人はまるで浮浪者のようなボロボロの姿。もう一人はそこらに居そうな町人風の男だった。

 

 どちらも目の焦点が合っていない上に、何やらブツブツと独り言を喋っている。……うんっ!? あの浮浪者風の男どこかで見た気がするな。でもどこで見たのか思い出せない。

 

「この二人がどうしたと言うんだ? こんな明らかに正気を失っている奴らに僕が後れを取るとでも?」

『それは当然だな。二人共魔法と薬の併用で思考力を極端に低下させている。そのような者で君をどうこうできるとは思っていない』

 

 何かまた物騒なこと言い出したぞコイツっ!? 薬と魔法で思考力をってコワ~っ!

 

 ……ただ本人も言ったように、二人共見るからに反応は鈍いし歩みも鈍い。これなら下手すると俺でも勝てるぞ。それを今更なんで?

 

『さて、そろそろ私も行かねばならないのでね。……ここまで面倒をかけてくれた君達にせめてもの礼だ。僅かながらの敬意と悪意を残しておこう』

 

 そう言いながらローブの下に手をやる仮面の男。その言葉に、目の前の仮面の男に以前戦ったクラウンの姿がだぶる。

 

 ヒースは危険物だったら即座に斬るとばかりに仮面の男の一挙手一投足を油断なく見ている。そして取り出したのは……何だアレ? 音叉? 

 

 ここで取り出されていたのがはっきりと分かる危険物、何かの武器や薬と言ったものであれば、ヒースはためらうことなく突撃して仮面の男に斬りかかっていただろう。

 

 しかし取り出されたのは、用途のよく分からない代物。ヒースから見ればただの持ち手の先がUの字型に曲がった金属の棒である。

 

 鋭く尖っている様子はないので刃物ではないし、鈍器にしても形状が妙過ぎる。なのでヒースは一瞬攻撃をためらった。

 

 ……その一瞬こそが仮面の男の必要な物であるとも知らずに。

 

「な、何をっ!」

 

 仮面の男はその音叉らしきもので近くの瓦礫を軽く叩いた。振動と共にキーンという音を周りに響かせる音叉。そして次の瞬間、後からやって来た二人組に変化が起こる。

 

「がっ!? あがあああっ!?」

「何だっ!?」

 

 二人が急に苦しみだしたのだ。そして口から泡を吐き、白目を剥いたかと思うと、その身体に変化が起きる。その肉体が膨張し、着ていた服が内側から張り裂けんばかりに張り詰める。

 

「……おいおい。ちょっと待ってよっ! この状況って!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 この世界に着いたばかりの頃、監獄の中で起きた大騒動。そこでクラウンが逃げる際に、巨人族の男に魔石を埋め込んだ時と同じ。

 

「「あああアアアァっ」」

 

 遂に服がはじけ飛び、二人の肌が赤黒く染まっていく。鎧のような筋肉で身体が覆われ、背丈は一回りも二回りも大きくなる。

 

 瞳は爛々と赤く輝き、それぞれ額から角のようなものが伸びる。……そう。これは、

 

「凶魔化……だとっ!?」

「ぐっ……ああアアァっ!?」

 

 それと呼応するかのように、ネーダの持っていた赤い魔剣に取り付けられていた黒い宝石。それが怪しい光を放ちながらネーダの腕を侵食し始めたのだ。

 

『ネーダがまだその剣を片方とは言え身に着けていて助かった。……まだ触れる程身近でないと起動しないのでね』

「てめぇっ!? てメェアアァっ!」

「ネーダっ! 早くその剣を捨てろっ!」

 

 ヒースが何かに気づいてネーダに捨てるように促すが一足遅く、もう浸食は肩のあたりまで達している。

 

 ちくしょうっ! このままだとまたあの時みたいに皆凶魔になってしまうぞ。一体どうすればっ!

 

 

 

 

 そして、絶望はまだ終わらない。

 

「トッキーっ!? セプトちゃんがっ!!」

 

 シーメの慌てたような叫びに俺はハッとそちらを振り向く。

 

「うっ!? ……うぅっ!?」

「セプトちゃん? ……しっかりしてセプトちゃんっ!」

 

 セプトが急に胸を押さえて苦しそうにうずくまり、シーメが心配そうに声をかけている。俺は慌てて駆け寄って様子を見る。

 

 ……セプトの胸部から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がネーダの魔剣の宝石と同じく怪しげな光を放っていた。

 





 再びの凶魔化案件です。

 セプトに関しては、エリゼさん達の処置が効いているので他のメンツに比べて少しだけ症状が軽いです。あくまで少しだけですが。


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第百八十三話 追い込まれる者達

「セプトっ! しっかりしろっ!」

「うぅっ……胸が、熱いっ!」

 

 ドクンっ! ドクンっ! と、まるで脈動するかのような規則的な怪しい輝き。それがセプトの胸にかつてクラウンに埋め込まれた魔石から放たれていた。

 

『ほぅ!? 興味深いな。特別に加工された魔石を身に着けていたのもそうだが、何よりそれが発動してもなお凶魔化せずに堪えていられるというのは実に興味深い』

 

 こちらの様子を見て、どことなく思案する様に顎に手をやる仮面の男。……いや、今はそんなことどうでも良い。

 

「……おいそこの仮面野郎。セプトとこの人達に一体何した?」

『君にそんなことを話す義務が有ると』

「話せっ!」

 

 自分でもここまでドスの効いた声が出るとは思わなかったが、仮面の男を睨みつけるように話を促す。

 

『……良いだろう。なに。簡単なことだ。この道具から出る振動は、特殊な加工を施した魔石に反応して強制的に凶魔化を促す。もちろん溜まっている魔力量や状態によって差はあるがね。……そしてヒトが身に着けている場合当然だがヒトも凶魔化する。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「うおおおっ!!」

 

 その裂帛の雄叫びを聞いて振り返ると、そこには荒れ狂う凶魔と化したヒトを必死で抑えようとするボンボーンさんの姿があった。

 

 しかし以前監獄で見た鬼凶魔よりは小柄とは言え、それでも二メートル以上ある巨体で周りに襲い掛かる凶魔二体。それをたった一人で迎え撃つのはボンボーンさんでも厳しいらしく、さっきから防戦一方だ。そして、

 

『ウガアアアっ! ガガっ! オレハ……オレハアアっ!』

「ぐっ!? このっ!」

 

 遂に腕どころか肩、そして顔の一部まで浸食が進んで赤黒い外殻のような物で覆われたネーダが、半ば支離滅裂なことを叫びながらヒースと相対している。

 

 ただ凶魔になっただけならまだヒースも対処の仕様があったかもしれない。だが質の悪いことに、さっきから自分の身を焦がす勢いで、自身と一体化しかけている赤い魔剣から炎を吹き出していてまともに近寄ることが出来ない。

 

 あいつ凶魔化して理性が飛んじゃってるのに何で剣を扱えてんだよっ!?

 

『ふむ。やはり実験通り、道具と魔石を一体化させた状態で凶魔化すると、その道具にある程度自然と馴染むか。……どこまで扱えるかは素体の能力次第という感じだが』

「このっ! 皆を元に戻せっ!」

 

 俺は頭にきて仮面の男に貯金箱で殴り掛かるが、流石にボンボーンさん相手に回避し続けていたのは伊達ではなくするりと躱される。

 

『残念だが、この道具で出来るのは凶魔化を誘発することだけだ。そして私は戻すための道具を所持していない。……どうしても戻すというのなら、核となっている魔石を砕くか摘出することだな』

「ならお前を捕まえて、治せる道具のある場所まで案内させてやるっ!」

 

 魔石を壊そうにも摘出しようにも、持っている武器に埋め込まれているネーダはともかく他の二人はどこに持っていたのか分からない。

 

 見える場所にない以上、監獄でやったみたいに動きを止めて身体を調べる必要があるが、流石に三体相手にこの面子じゃ厳しい。

 

 なにより……()()()()()()()()()()()()()()()。それは何が何でも避けないとっ!

 

 

 

 

『捕まるのは御免こうむる。……さて、ここで予定外に素体を使い潰すことになったが、まあ最低限の仕事は出来た。そろそろ引き揚げさせてもらおうか』

 

 その言葉と共に、仮面の男は懐から球のような物を取り出し地面に叩きつけた。その瞬間、薄紫の靄が凄い勢いで辺りに巻き起こる。

 

「うっ!? 何だこの靄はっ!?」

 

 色からして咄嗟にヤバいと判断して口元を覆う。……だがその靄に紛れて、仮面の男を見失ってしまった。くそっ! どこ行った? 視界が悪くて見つからない。

 

「ごふぁっ!?」

 

 バキバキっと何かが折れるような嫌な音と共に、誰かがこっちに吹き飛ばされてきた。見ると、

 

「ボンボーンさんっ!」

 

 先ほどまで凶魔二体と戦っていたはずのボンボーンさんだった。その姿は酷い有様で、何か凄い力で殴られたかのように左腕が赤く大きく腫れあがっている。これ折れてるんじゃないか?

 

 おまけに今のでさっきの傷口まで開いたらしく、あちこちからじわじわと血が滲み出ている。

 

「……うっ。痛ってぇなちくしょうっ! 何だこの靄。さっきから目が霞みやがる」

「トッキーっ! ボンボーンさんっ! この靄を吸っちゃダメ! 幻惑系の成分が含まれてるっ!」

 

 ボンボーンさんが悪態をつく中、自分とセプトの周囲を光の幕で覆ったシーメからの声が飛ぶ。どうやらあそこならこの靄の影響を受けないみたいだ。しかし幻惑系?

 

「まともに吸ったら目が霞んだり身体がふらついたりする奴っ! 治療するから早くボンボーンさんをこっちにっ!」

「分かったっ! ……っておわっ!?」

 

 急いでボンボーンさんを連れて行こうとするが、そこへさっきの凶魔の一体が殴りかかってくる。幸い直撃こそしなかったが、空振って地面に直撃した拳が一瞬周りを揺らす。

 

 なんちゅう馬鹿力だ。こんなの二体相手にボンボーンさんは渡り合っていたのか? 最初に会った時に喧嘩にならなくてホント良かった。

 

「ちっ! どいてろっ! うらあぁっ!」

 

 ボンボーンさんは俺を押しのけると、無事な右腕で鬼凶魔の顔面をぶん殴った。それは鬼凶魔がよろける程の一撃。だが、

 

「……はぁ……はぁ。うぐっ!?」

 

 追撃をしようとするボンボーンさんだが、もう片方の腕はボロボロでほとんど動かない。その隙にもう一体の鬼凶魔が襲い掛かり、

 

「このっ! 金よ。弾けろ!」

 

 目くらましには目くらましだっ! 俺は小銭をまとめてボンボーンさんと鬼凶魔達の間に投げ込み、軽い煙幕を起こして足止めをする。その間に俺とボンボーンさんは何とか距離を取って、シーメの作っている光の幕の中に滑り込んだ。

 

 ここは瓦礫の陰になっているので、鬼凶魔達も俺達を見失ったようだ。それを確認して俺は大きく息を吐く。

 

「……ぷはぁっ! この中までは靄が入ってこないみたいだな」

「大丈夫トッキー? ……咄嗟に危ないと感じて張ってみたけど上手くいって良かったわ。ボンボーンさんは腕を見せて」

 

 この光の幕は常に気を張っていなくても大丈夫なようで、シーメはテキパキとボンボーンさんの治療を始める。……と言っても近くに鬼凶魔が居るので丁寧さより速度重視のようだが。

 

「すまねえな。急に靄に巻かれて目が霞んでるうちに一発貰っちまった。どうやらあいつらには効いてねえみたいだが……それにしても一体どうなってんだあいつらは? あの仮面野郎が何かをしたと思ったら、急に一緒に居た奴らが化け物に」

「それについてはここを何とかしたら話します。……今は早いとここの場を乗り切らないと」

 

 とはいうもののこれは非常にマズイ。相手は一体でさえ厄介な凶魔がネーダも含めて三体。あと見失ったけど仮面の男。まだ近くに潜んでいる可能性もあるもんな。

 

 対してこっちはあまり戦闘には自信のない俺に、今もネーダと戦っているヒース。傷だらけのボンボーンさんにそれを治療しているシーメ。そして……。

 

「……はぁ……私も……戦……うぐっ!?」

「安静にしてなきゃダメだよセプトちゃん。今一番危ないのはセプトちゃんなんだから」

 

 うずくまったセプトが立ち上がろうとするのを、シーメはやや強い口調で諫める。それだけ今のセプトは危ないってことか。

 

「シーメ。セプトの容体は?」

「正直めっちゃ悪い。なんだか知らないけど、セプトちゃんに埋め込まれていた魔石が急に凶魔化ギリギリの状態まで悪化してる。今凶魔化してないのは、爆発寸前の魔石からこの前付けた器具の魔石へ魔力が流れているから。……でもそれもあとどれだけ保つか」

 

 ちょっとゴメンと断りを入れてセプトの胸元に被せられた器具を見ると、器具に取り付けられた後付けの魔石が凄まじく色が濃くなっている。もうとっくに交換時で、このままだとこっちも爆発寸前だ。

 

「じゃ、じゃあ何でも良いからセプトに魔力を使わせて消費しないと」

「待ってっ! それはやめた方が良いと思う。今セプトちゃんが魔法を使おうとすれば、下手したらその衝撃で暴発するかもしれない」

 

 げっ! じゃあどうすればっ!?

 

「一刻も早く教会に連れて行ってエリゼ院長に見せなきゃ。慎重に魔石を交換すればまだ抑えられるかもしれない」

「分かった。……でもまずはこの状況を何とかしないとな」

 

 周りにはまだ仮面の男の残した靄が漂っていて、下手に吸い込んだら危ない。

 

 そのくせそこらをまだうろついている凶魔達にはまるで効かないという理不尽さ。おまけに、

 

「ウガアアアっ! ……コレダ。ヤハリ、フタツナイト」

「くっ!? まさかこの姿になっても()()()()使()()()なんて」

 

 鬼凶魔達とは反対側の場所で今も戦っているヒース。その相手であるネーダが、先ほど取り落としたはずの青い魔剣を拾って辺り構わず火炎と氷雪をばら撒いているという始末。

 

 この酷い状況をいったいどうしろって言うんだよっ!

 

「……トキヒサ」

「心配するなセプト。必ず助けるから」

 

 俺はなるべくセプトに不安を与えないよう、敢えて力強く断言する。……そうだった。今は無理でも何でもやるっきゃないか!

 





 凶魔化しても武器が使える件ですが、あくまで使えるだけで使いこなせる訳ではありません。

 なので例えばネーダの場合、剣の技術自体は確実に落ちています。その分剣の威力と凶魔のポテンシャルでむりやりヒースをごり押ししています。


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第百八十四話 即席のコンビネーション

 さて、しかしどうしたものか。俺達は瓦礫に身を潜めながら、この状況をどうするか作戦を立てることにした。勿論時間が無いので手短にだが。

 

「まず何と言ってもセプトのことだ。早く教会に連れて行って診てもらわないと。というかそれ以外に診てもらえる場所は無いのか?」

「……普通の怪我とかならまだしも、こんな風に凶魔化関係となると多分無理。治せないのもそうだけど、万が一凶魔化したら対処できない」

 

 珍しくシーメが大真面目にそう答える。確かにあの教会は、()()()暴れられても大丈夫なように備えがしてあった。普通の医療施設にそんなの無さそうだしな。

 

 ってことは、やっぱりどうにかあの教会まで連れてかないとダメな訳だ。ここから結構距離があるっていうのに。

 

「次にここら一帯にばらまかれたこの薄紫の霧だ。シーメは幻惑系って言ってたけど?」

「正確には分からないけど、魔法の霧に毒素を後から混ぜ込んだみたいなものだと思う。さっきも言ったけど、吸うと目が霞んだり身体がふらついたりする奴っぽい。距離感が掴めなくなったりもあるかも。……ボンボーンさんは今体験したんじゃない?」

「ああ。当たったと思った攻撃が空振って、躱せると思った攻撃を食らってこのザマだ」

 

 シーメの応急処置を受け、左腕を布で縛って簡単に固定したボンボーンさんが嘯く。その状態で「……よし。これなら殴れるな」なんて言ってるのでシーメに止められている。

 

「幸いこの中なら大丈夫みたいだけど、ずっとこのままって訳にもいかないな。一時的にでも良いから効かなくなるようには出来ないか? もしくはこの霧を何とか出来るとか?」

「……数分程度なら何とか症状を抑えられると思う。だけどそこまでが限界かも。この霧を何とかするとなると、それこそ院長級の光属性の使い手が毒素を浄化するか、ものすっごい風属性の魔法でまとめて吹き飛ばすとか」

 

 ……どっちもこの面子じゃ無理だな。それに症状は抑えられるみたいだけど数分って……どうしろと? まあ数分程度は効かなくなるなら、その間にあいつらを引き寄せてその隙にセプト達を逃がすという手も出来るか。

 

「あとはあの凶魔達をなんとか出来れば……そうだっ! ボンボーンさん。さっきの奴らの身体に黒っぽい魔石がくっついてませんでしたか? それを壊すか抜き取れば元に戻るかもしれないんです」

「魔石? ……いや、特にそれらしいものは見なかったぜ」

 

 かつてダンジョンで会ったゴリラ凶魔ことバルガスのように、魔石が外に露出しているなら摘出すれば戻せる。そう考えていたのだが、無情にもそういうものは無かったとの返答が来る。これじゃあ一体どうすれば、

 

「……マズっ!? 見つかったっ!」

 

 ガキ―ンというどこか金属音のような音が響き渡り、俺はハッとしてその方向を見る。そこには周囲に張られた白く輝く幕に拳を打ち付ける鬼凶魔の姿が。だが、

 

「“光壁(ライトウォール)”。あっぶな~! だけど私ときたら、自前の盾無しでも防御にはちょっち自信があるんだよね」

 

 鬼凶魔がさっきから何度も拳を打ち付けているが幕はびくともしない。シーメが鬼凶魔に向けて手をかざしているので、どうやら今の一瞬で周囲の幕を強化したらしい。

 

 だが表情こそいつもの通りだが、その額からはたらりと汗が流れている。言うほど余裕ではなさそうだ。

 

「ちっ! おいシスターっ! 俺にさっき言ってた霧の効果を抑える奴を!」

「こっちにも頼むっ!」

 

 相手はどうやら一体だけのようだが、居場所がバレてしまった以上仕方がない。こうなったら腹をくくって戦うしかないか。

 

「任せてっ! 光よ。幕となりてこの者達を守って! “光幕(ライトカーテン)”」

 

 シーメがもう片方の手で俺達の方にも手をかざすと、周りに張っていたものとは別に俺達を包むように白い幕が広がる。……うん。何か少し気分がスッとした気がする。

 

「私はセプトちゃんから離れられない。だからあのデカいのは二人で何とかして!」

「ああ。セプトを頼む。……少し待っていてくれセプト。すぐ戻る」

「ダメ。私が……行くから。……うぅ」

 

 セプトは俺を追って立ち上がろうとし、すぐに胸を押さえて蹲る。……こんな体調で、前に出させるわけにはいかない。俺が何とかしなきゃ。

 

 俺は片手に貯金箱、もう片方の手に硬貨を握りしめてシーメが周囲に張っていた幕の外に出る。ボンボーンさんも同様だ。

 

「やるっきゃないみたいですね。……その腕大丈夫ですか?」

「生意気言ってんじゃねえ。……てめえこそ行けんのか?」

 

 まだ治っていないのは間違いない。それでもなお、ボンボーンさんも拳を構えて鬼凶魔を真っすぐ見据える。鬼凶魔の方も、壊れない幕よりも外に出てきた俺達の方に意識を向けたようだ。

 

「前に似たような奴と二度戦ったことがあります。一人で勝てるとまでは行きませんが、足止めや簡単な囮くらいならなんとか」

「上等だ。……じゃ、行くぜおらあぁっ!」

 

 ボンボーンさんの雄たけびを上げながらの突撃が、戦いのゴング代わりとなった。

 

 

 

 

「ガアアアアァ」

「うっせぇっ! うらあぁっ!」

 

 咆哮と共に殴り掛かる鬼凶魔。しかしその攻撃を軽いステップで躱しながら、ボンボーンさんがカウンター気味に無事な右腕で脇腹に痛烈なボディブローを叩き込む。

 

 左腕が使えないってのになんで普通に戦えてんだこの人っ!? あとボンボーンさんの方もうるさい。……っと。見てばかりじゃいけないよな。

 

「金よ。弾けろっ!」

 

 時折隙を見ては、鬼凶魔の足元を狙って硬貨を投げつけ態勢を崩す。そこをボンボーンさんが殴りつけるという即席のコンビネーションで、どうにか俺達は鬼凶魔を相手取っていた。

 

「そうらもう一丁だっ!」

「ウガアアアアァ!?」

 

 ボンボーンさんの鉄拳が鬼凶魔の額から伸びる角の横っ腹を捉え、当然繋がっている頭を揺らされ鬼凶魔も僅かにふらつく。あれは結構効いただろう。……しかし、

 

「……なんてタフな野郎だ。もう五、六発は叩き込んだのにまだ動きやがる」

 

 そう。鬼凶魔ときたら、ボンボーンさんの鉄拳やら俺の銭投げを何発も食らっているのに一向に倒れないのだ。

 

 ダメージが無い訳ではない。だが、まだまだ殺る気十分といった感じで襲ってくる。無力化してあとで魔石を摘出するというやり方がこれじゃあ出来ない。

 

「ボンボーンさんっ! 身体の何処かに魔石っぽいモノありましたか?」

「……やはり見当たらねぇな。身体の中に埋まっちまってるんじゃないか?」

 

 想定はしていたがやっぱりか。それさえ何とかしてしまえば一発だっていうのに。

 

「ガっ!? ガアアっ!」

 

 鬼凶魔は散々横やりを入れ続けた俺にヘイトを溜め込んでいたようで、今度は俺に向かって一直線に突撃してくる。なんのっ!

 

「いくら強くたって、一直線にしか来ないんならやりようはあるってのっ! これでも喰らえっ!」

 

 俺は向かってくる鬼凶魔に対して、バッと硬貨を散弾よろしく空中にばらまいた。全て威力は控えめの銅貨ではあるが、十枚くらいまとめてなので足止めには十分だ。

 

 突っ込んできた鬼凶魔が自分から硬貨に触れた瞬間起爆し、表面だけではあるが爆炎が全身の皮膚を焼き焦がす。

 

「ウギャアアア」

 

 そうなってはいくら何でもたまらない。鬼凶魔も流石に一瞬だが動きを止め、その間にボンボーンさんが追いついて再び殴りつける。

 

 ……よし。かなりタフではあるが着実にダメージは通っている。こうなったら時間をかけてでも大人しくさせて、

 

「ダメ! トッキーっ! もうすぐ効果が切れるっ!」

「何っ!? ……うっ!?」

 

 突如シーメの声が響き渡るのとほぼ同時に、急に()()()()()()()()動きが鈍くなった。

 

 よく見れば俺達の身体を覆っていた光幕が随分と薄くなっている。……マズイ。いつの間にか時間が経っていたみたいだ。

 

「ぐっ!? またかよっ!」

「ボンボーンさんっ!?」

 

 目が霞むのか軽く顔を押さえるボンボーンさんに向けて、鬼凶魔がこれ幸いと反撃に転じる。鬼凶魔も弱っているみたいだが、ボンボーンさんもふらついている。これはヤバいっ!

 

「トッキーっ! 早くボンボーンさんをこっちにっ! 光幕を掛け直すから」

「分かった! ボンボーンさん。今行きます!」

 

 俺はボンボーンさんの方に向けて駆け出そうとし…………()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うわあっ!?」

 

 そのままゴロゴロと地面を転がって止まる俺。……痛っってぇっ!? 貯金箱越しだけど物凄い衝撃が来たぞ。なんだ今のは……げっ!?

 

 身体のあちこちから来る激痛を何とかこらえて衝撃の方向を見ると、そこには()()()()()鬼凶魔の姿が。

 

 さっきから見ないと思ったら、今頃になって出てきやがったよっ! 今のはアイツにぶん殴られたのか? ……しかしこれはマズイぞ。

 

「ぐっ!? うらあっ!」

 

 ボンボーンさんは何とかさっきまでの鬼凶魔と打ち合っているが、やはり片腕が使えない上に目も霞むとあっては不利だ。じりじりとだが押されつつある。

 

 そして俺の目の前にはもう一体の鬼凶魔。さっきまではボンボーンさんが率先して鬼凶魔にくっついていてくれたから良かったが、正直言って俺一人だけではキツイ。だが、それでも、

 

「負けるわけにはいかないよな。……行くぞ!」

 

 俺はさらに強く貯金箱を握りしめる。セプトとシーメをさっきから待たせてるんでね。さっさと大人しくしてもらうからな。

 





 一応シーメも魔法の同時発動は出来ます。ただ流石にエプリみたいに三つ同時や重ね掛けなんかは無理ですが。


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第百八十五話 決死の引き付け役


 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 と書いておいてあれですが、そろそろストックが大分減ってきたので、補充のためしばらく連載をお休みさせていただきます。

 読者の皆様にはご迷惑をお掛けいたします。


「がはっ!?」

 

 鬼凶魔の拳を躱しきれずに一撃もらい、またもや吹き飛ばされてゴロゴロと転がる。金魔法の“金こそ我が血肉なり(マネーアブソーバー)”が発動している様子はないが、俺が少しばかり人より頑丈じゃなかったら大怪我してるぞ。

 

 戦いの流れはすこぶる悪い方へと向かっていた。

 

 鬼凶魔が増えたことにより分断され、目の前の奴と一対一を余儀なくされたこの状況。ボンボーンさんが向こうで手一杯な今、合流したいところだがそうもいかない。

 

「グガアアァ」

 

 完全に理性をなくした目の前の鬼凶魔。力は凄まじいが動きそのものは単調なので読みやすい。俺が今まで何とか生き延びているのはそれが理由だろう。だが、

 

「……はぁ……はぁ。あぁもうっ! どれだけタフなんだよコイツはっ!」

 

 さっきから鬼凶魔を無力化すべく、手足を狙って硬貨を投げつけたり貯金箱で殴ったりしているのだが、それを気にせず突っ込んでくるので始末が悪い。

 

 もちろん金額を上げれば威力を上げることもできるだろう。幸いこの前都市長からたっぷりと貰っているので資金は潤沢だ。

 

 だが生き物相手、それもついさっきまで人だった相手に威力を上げたものを投げつけるというのは、どうしても抵抗があった。

 

「ぐぅっ! くそがっ!」

 

 離れたところでは、必死にボンボーンさんがもう一体の鬼凶魔と戦っていた。

 

 片腕がまともに動かず、おまけに辺りに漂っている薄紫の霧のせいで動きも鈍い。おまけにシーメ達に鬼凶魔が向かわないよう、少しずつ距離を取りながら戦っている。

 

 向こうの鬼凶魔も、それまでのダメージの蓄積で動きがやや鈍っているのが唯一の救いだ。

 

「……はぁ。ヒースの方はどうしてるかな」

 

 そうぽつりと漏らしたが、ヒースも別の場所で戦っているようで、離れた所から何か壊れたり爆ぜるような音が聞こえてくる。向こうもかなり派手にやっているらしい。

 

 ネーダは凶魔化しても剣を扱える程度には理性を残していたように見えたからな。あっちもこちら側に助けに来れないぐらいに苦戦しているらしい。

 

 セプトは凶魔化寸前で苦しんでいるので戦えず、シーメもそんな調子のセプトの傍を離れるわけにはいかない。それぞれが自分のことで手一杯の状況にあった。

 

 もうここまで来たら残る勝ち筋は、何とかどれでも良いから倒すなり無力化するなりして他の場所に加勢に行くか、もうすぐここに到着するであろうエプリ達が来るまで持ちこたえて数の暴力で撃退すること。

 

 

 

 

 そんなギリギリの状態で保たれていた均衡が、

 

「グガアアァっ!」

「ぐおっ!?」

 

 ボンボーンさんがガードの上から鬼凶魔の一撃を食らって吹き飛ばされたことで一気に崩れる。幸い何とか受け身は取れているようだけど……あの方向はマズイっ! 

 

「うわマズっ!? ボンボーンさんっ! しっかりしてっ!」

「……馬鹿野郎! 俺にかまってる場合かっ! シスター。そのガキを連れて早く離れろ!」

 

 よりによって飛ばされたのはシーメ達のど真ん前。これまで注意がそちらに行かないように戦っていたが、霧で視界が歪んだ一瞬の隙を突かれたのだ。

 

 シーメはとっさにボンボーンさんを自分の張っている光の幕の中に引き込み、身体の傷と霧の毒性の治療を始める。

 

 しかし鬼凶魔が自分の獲物を見逃すはずもなく、そのままボンボーンさんを追ってシーメ達の方に向かっていく。これはマズいぞ!

 

 いくらシーメと言っても、鬼凶魔の攻撃を防ぎながらセプトの様子を見つつボンボーンさんの治療をするのは無理がある!

 

「このぉっ! 金よ! 弾けろっ!」

 

 目くらまし代わりに目の前の鬼凶魔に硬貨をばら撒き、爆風で一瞬こっちを見失った隙にもう一体の鬼凶魔に向けて銀貨を投げつける。

 

「グオオオっ!?」

 

 これまでの銅貨とは違い、銀貨ともなると多少距離が離れていても威力は十分。

 

 あくまで注意を引き付けるために足元を狙ったので直撃こそしていないが、爆風が鬼凶魔に襲い掛かり皮膚の表面を軽く焦がす。

 

 この一撃から俺の方に狙いを変えたらしく、最初の鬼凶魔は俺の方へ歩みを変える。……そうだ。それで良い。

 

「ちょっとトッキーっ!? 何やってんのっ!?」

「シーメはセプトとボンボーンさんを頼むっ! こいつらはこっちで引き付けるからっ!」

「それは無茶だってっ! トッキー一人じゃ無理だよっ!?」

 

 確かに、今この瞬間戦っている奴に加えて、さらにもう一体相手しろと言われても勝ち目はない。だけどこのままでは、鬼凶魔が一体シーメとセプトの所にまで行ってしまう。

 

「グルアアアっ!」

「うぐぅっ!?」

 

 さっきまで戦っていた奴が、目くらましのお返しとばかりその剛腕を振るってくるので何とか貯金箱を盾代わりに受け止める。きっつ~っ! 腕が痺れる。やっぱ真っ向勝負は無理だわ。

 

「でも勝つのは無理だけど時間稼ぎくらいはできる。今のうちに早くボンボーンさんを治してくれっ! それっ! これでも喰らえっての!」

 

 俺は距離を取りながら硬貨を投げまくり、何とか鬼凶魔二体の注意を引く。あいつら完全に俺に対して頭にきているみたいだな。それは実に好都合だ。

 

「トキヒサっ! ……私も、そっちに……うぅっ!?」

「ガキはそこでじっとしてろっ! ……シスター。こうなったら急いで俺の治療を頼む! すぐにそっちに行くから死ぬんじゃねえぞっ!」

 

 ボンボーンさんはセプトを制止しつつ、俺に一声かけてから幕の中でどっかりと座り込んだ。正直俺一人じゃ長くは保たないので、早いとこ援護に来てくれると助かります!

 

「ほらほらっ! こっちだこっち!」

「「ウガアアアっ!」」

 

 俺は怒り狂う鬼凶魔達を引き連れてその場を離れた。引き連れたくはないけどな。

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ」

「ウガアアアっ!」

「うおっ!? あぶなっ!?」

 

 月明かりに照らされながら、鬼凶魔の一体が振り下ろす腕を俺はすれすれで回避する。格好いい躱し方なんてもんじゃなく、半ば勘で横っ飛びしたのが上手くハマっただけだ。

 

 俺はシーメ達から少し離れた場所で鬼凶魔達を相手取っていた。離れないとシーメ達が狙われかねないが、かと言って離れすぎるとボンボーンさんが復活した時に合流が難しい。

 

 俺一人で全部何とかできるなんて一切思ってないからな。助けてもらえるなら助けてほしいし、ボンボーンさんが治ったらすぐに抑え役を交代するとも。……でも今は俺しかできないから仕方がない。

 

「グルアアアっ!」

「ウガアだのなんだのうるさいってのっ!」

 

 今度はもう一体が横薙ぎに腕を振るってきたので、また大量の硬貨を散弾のようにばら撒いて少し軌道を逸らす。

 

 金ならまだタップリあるからな。もうこうなったら大盤振る舞いだ! 貯金箱からジャラジャラと硬貨を大量に取り出して適当に掴み取る。

 

 幸いこいつらは本能のままに攻撃してくることしかしない。ネーダのように武器を使うようなこともなく、殴り掛かってくるだけであればまだもうしばらくは耐えられる。

 

 だけどさっきからどれだけ経っただろうか? もうそれなりに経っているので、そろそろ救援が来てもいい頃合いなんだけど。

 

「グオオオっ!」

「足元がお留守だぜっ! 食らえっ!」

 

 また一体が襲い掛かってくるのを、先ほどばら撒いて()()()()()()()()()()()()を起爆させて足止めする。

 

 もうここら辺一帯は戦いの中でばら撒いた俺の硬貨だらけ。時間が経てば経つほど威力は落ちるものの、投げてしばらくは俺の意思一つで起爆できる。足止めだけならこれで十分だ。

 

 そうやって何とか隙をついてまた金をばら撒き、距離を取って足止めに徹する。流石にあれに近づいて貯金箱で殴るというのは避けたいからな。

 

 そうやって時間を稼いでいると、ついにその瞬間が訪れた。

 

「……はぁ。いい加減倒れてくれよ。……うぐっ!?」

 

 急に眩暈がして一瞬バランスを崩す。……この感覚は以前クラウンに毒を食らった時に似ているが、あの時よりはまだ少しはマシだ。少しふらつくだけでまだ動ける。

 

「くっ!? これがこの霧の効果か」

 

 ボンボーンさんみたく吸ってすぐにふらつくというものではなかったが、俺も戦いの中で霧を吸っていったことに変わりはない。

 

 シーメのかけてくれた魔法で抑えていた分も、ボンボーンさんがさっき身をもって限界を知らせてくれたわけだしな。個人差があるにしてもそのうち症状が出るとは思っていたがついに来たか。

 

 そしてこの鬼凶魔達には全然効かないっていうんだから始末が悪い。こっちだけ一方的に状態異常かよっ!

 

「ウガアアアっ!」

「しまっ……うっ!?」

 

 少しとはいえふらつきはふらつき。鬼凶魔達は足止めが無くなった数秒のうちに一気に俺との距離を詰め、そのまま俺に掴みかかった。

 

 マズイっ! 殴られるとかならまだ一発ぐらいなら俺も耐えられるかもしれない。だけど掴まれるとなると、そのまま動きを封じられてもう一体にボコボコにされるっ!

 

 とっさに足元にある分を起爆させて迎撃しようとするが、視界が僅かに歪むせいで正確な位置を起爆できず、見当違いの所で起爆してしまう。

 

 そうして鬼凶魔の腕が俺の目前まで迫り、

 

「“影造形(シャドウメイク)”っ!」

 

 その声と同時に俺の影が槍のような形をとり、向かってきた鬼凶魔の腕を貫いて受け止めていた。この声は……。

 

「……うぅ。大……丈夫? トキヒサ」

「セプトっ!? なんでこんな所にっ!?」

 

 その方向には、息を荒げて胸を押さえながらも、俺から地面に伸びていた影に手を当てて操るセプトの姿があった。

 

 俺は足止めのためにコントロールなどお構いなしに硬貨を鬼凶魔に投げつけ、少しふらつきながらも慌てて駆け寄る。

 

「トキヒサを……はぁ……追ってきたの。あとは、私が……頑張るから」

 

 そう青白い顔をして今にも倒れそうなセプトが口にし、

 

 ピシッ!

 

 その胸元の器具からは、何かにヒビが入るような音が聞こえていた。

 




 ちなみに時久が霧の効果が遅かったのは、霧に含まれる毒性が前に時久が食らったものと一部同じで耐性がついていたからです。……まあそれでも一部だし、大量に吸い込めば耐性に関係なく毒を受けますが。

 別作品の『マンガ版GXしか知らない遊戯王プレイヤーが、アニメ版GX世界に跳ばされた話。なお使えるカードはロボトミー縛りの模様』の方もよろしくです。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その一

 ここからしばらくセプト視点となります。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ほらほらっ! こっちだこっち!」

 

 そう言ってトキヒサ(ご主人様)が凶魔達を引き付けて行ってから少し経った。

 

 情けない。ここで蹲ることしかできない自分が情けない。

 

 クラウンに以前胸に埋め込まれた魔石が黒く染まり、まるでもう一つの心臓みたいに脈打っている。だけど多分それ以上に、私自身の心臓もさっきから煩いほどに鳴っている。

 

 このままじゃトキヒサが危ない。そう考えるだけで胸が苦しくなる。私はトキヒサの奴隷だというのに、なぜトキヒサの傍に居られないのか?

 

「……はぁ……はぁ……ふぅ」

 

 呼吸を整え、少しでも痛みを和らげようとする。……ふと、こんなようなことが以前もあったのを思い出した。

 

 

 

 

 私が物心付いた時、私の世界は小さな檻の中だけだった。

 

 外に出ることはほとんどなく、出るとしても時折最低限の日の光を浴びる程度の時間だけ。

 

 他にも見える範囲で檻はいくつかあり、その中の住人もまた時折入れ替わった。老いも若いも男も女も、様々なヒトが入っては出ていく日々だった。

 

 

 

 

 私の母は奴隷だ。なぜそうなったのかは詳しくは分からない。生活苦で自分を売ったのか、何かの罪を犯したのか。何度聞いても教えてはくれなかった。

 

 ただ、奴隷になった少し後で私を身籠っていたことが分かり、そのまま大分経ってから牢屋の中で私を産み落としたというのは間違いない。

 

 父親が誰かも教えてはくれなかった。いや、母も分からなかったというのが正しいのかもしれない。心当たりが何人もいるらしく、その内の誰かだろうという。

 

 奴隷が子供を産んだ時、その奴隷に家族や親族などの引き取り手が居ない場合に限り、その子もまた奴隷として所有者の物とされる。付け加えると、そもそも奴隷商は国に出産の正式な届け出自体をしていなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 私の最初の所有者は、母を所有していた奴隷商だった。

 

 今にして思うと、その男はどうやら非合法の奴隷商としてはそこそこ手広くやっていたように思う。それなりの数と種類の奴隷を抱え、それでいて餓死させない程度にはちゃんと商品の手入れもしていた。

 

 質の悪い非合法の奴隷商だと、劣悪な環境故に奴隷に餓死や病死が多いという話を他の奴隷から聞いたことがある。

 

 それを考えると、年に数名程度しか奴隷にそういった者を出さなかったのだから、やはりそこそこ良い奴隷商だったのだろう。

 

 ただ、流石に奴隷をいちいち鑑定できるほど余裕があるわけではなかったようだけど。

 

 

 

 

 私は他の奴隷と比べてほんの少しだけ待遇が良かった。それは、私が届け出のない生まれながらの奴隷だったからだ。

 

 合法の奴隷は、自分で金を稼いで自分を買い直すことができる。罪人の奴隷も同じだ。働けば働いた分だけ罪が減り、決められた分だけ働けば解放される。

 

 ただ、生まれながらの奴隷はそうじゃない。そもそも奴隷以外の何者でもなく、最初からどこにも居場所がない。

 

 そういった奴隷は、後ろ暗い稼業のヒトや特殊な嗜好を持ったヒトに重宝される。使い潰そうが何をしようが、届け出のない以上身元不明の奴隷としか分からないからだ。

 

 だからなのか、私は奴隷としての最低限の教育を受けただけで、それ以外を奴隷商から教わることはなかった。なまじ余計な知識を与えることを避けたのかもしれない。

 

 だけど、他の奴隷達と話をする内に、多少ではあるけど知識を得てはいた。それが余計な知識なのか必要な知識なのかは分からないけれど。

 

 

 

 

 母は奴隷としてよく働いていた。それが自分自身を買い直すためだったのか、罪人として罪を償うためだったのか。

 

 ……あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただ結論だけを言えば、母はそれが元で身体を壊して死んだ。

 

「良い? セプト。あなたは幸せになってね。……私よりも、誰よりも。良いご主人様に出会って、幸せになってね。……それだけが、私の願いよ」

 

 母の最期の言葉は、今でもよく覚えている。でも幸せになるというのがどういうことなのかは分からなかった。良いご主人様に出会うというのも。

 

 私は奴隷なのだから。どこまで行っても奴隷でしかないのだから、良いも悪いもなくただ主人に従い奉仕するためにある。

 

 でも母は死の間際まで、一言も私のことを邪魔だなどとは言わなかった。だから、母の最期の願いは叶えてあげたいとは思った。

 

 

 

 

 私の次の所有者は、背の高い黒いフードを被った男だった。

 

「これと……これ。あとこれも。……ほぅ! 未登録の奴隷とは。……丁度良い。素体として使えるかもしれませんね。これも買いましょう」

 

 その日店に現れた男はクラウンと名乗り、私を含めた数名の奴隷を購入した。奴隷商を除き、私の初めてのご主人様である。

 

 クラウン(ご主人様)は私達を見知らぬ場所へと空属性の転移で連れ込み、その日の内に特別な加工を施した魔石を私達の身体に埋め込んだ。

 

 身体に異物を埋め込まれる痛みを強引に治療術師の魔法で癒し、完全に身体と一体化したのを確認すると、クラウンはそのまま道具を使って私達の身体を調べ始める。そんな中、

 

「……ふむ。どうやらあなたは他の奴隷に比べて魔力がかなり強いようですね。クフフ。これは思わぬ拾い物です。……少し鍛えれば、盾ぐらいにはなるかもしれませんね」

 

 そう言って、クラウンは他のヒトとは別に私だけ転移で別の場所に連れて行った。それはどこかの建物の中。そして、そこにはクラウンと同じように黒いフードを被った男が居た。

 

「セプト。私はこれからしばらくやることがあります。あなたに私自ら手ほどきをしている暇はないので、この者に数日ほど戦闘訓練を受けなさい。……次に迎えに来るまでに、少しでも私の役に立てるように精進するのです」

「おいちょっと待てっ! なんでそうなるっ!? 俺に子供のお守をさせる気かっ!?」

 

 それだけ言って、クラウンはもう一人の男の文句を無視しながら、来た時と同じように転移でどこかへ行ってしまう。

 

 残ったのは私と、もう一人の黒フードの男のみ。

 

「ちくしょうっ! なんてこったい! あの野郎次に会ったら見とけよっ! ……ったく。それで? お前の名前は?」

 

 自分の名を名乗ると、男はやれやれと首を振りながら部屋に備え付けられた椅子に座り込む。

 

「セプトか。まあ……なんだ。押し付けられたみたいになっちまったけど、こうなったらそれなりに使える奴になって見返してやろうや。と言ってもクラウンの野郎のことだから、ちょっと使える物ぐらいにしか思わんかもしれないけどな。……ああ。自己紹介がまだだったな」

 

 男はそう言ってフードを脱ぐ。そこから現れたのは、黒髪黒目の無精ひげを生やした男の顔。

 

「俺はジロウ。ジロウ・ヤスナカってんだ。元サラリーマンで、今はしがない悪の組織の幹部……みたいなものをしてる。まあ数日間だがよろしくな!」

 

 ジロウと名乗った男は、私を怖がらせないためかそう言ってにっこり笑いかけた。

 





 という訳で、セプト視点の話です。

 本編と重なったり少し長い話だったりしますが、お付き合い頂ければ幸いです。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その二

 ジロウはどうやら、ここではちょっとした指導教官のような立場にあるらしい。

 

 この家は彼の住まい兼新兵の教育施設……のようなもので、ちょうど今は誰も使っていないのだという。

 

「普通はもう少し年のいった奴の面倒を見させられるんだが、セプトくらいの年の奴は初めてだ。とりあえず方針を立てるためにも聞いておくが、お前さん戦闘はどのくらい出来る? 何か以前に教わったりしたか?」

 

 私は一度も本格的な戦闘訓練を経験したことはなかった。

 

 自己流で闇属性の魔法を多少練習したことはあっても、それ以上のことは奴隷商から禁じられていたのだ。後から思うとおそらく反乱防止だったのだと思う。

 

 その点で初めて手ほどきをしてくれたのがジロウであったことは、ある意味で幸運である意味で不運だったのだろう。

 

 私が自分の実力を申告すると、ジロウが提案した訓練内容はとても簡単なものだった。

 

 “魔法を一撃で良いから自分に当てる”。たったそれだけ。それができるようになったら最低限の戦闘訓練は終了だという。だけどそのたったそれだけが難しい。

 

「ほらほら! そんな調子じゃいつまで経っても当たらないぞ!」

「……うぅっ!」

 

 訓練用に連れられた家の近くにある訓練場。そこで私の“影造形”で造った影の槍を、ジロウは体術だけでこともなく躱していく。

 

 そして躱すだけではなく、時折軽くだけど私に向けて落ちている石を放ってくるので、常に幾つも影の刃を展開する必要があった。

 

「せっかく高い魔力があるんだ。それを活かすにはシンプルに物量を増やすのが一番! 攻撃だけでも防御だけでもなくて、もっと一度に出してみな!」

「は、はい!」

「甘い甘い! そんな全部同じように放ったんじゃ動きを読まれるぞ。数を用意できるなら次は動きの工夫だ! 相手の逃げ道を塞ぐように出すんだ!」

「はいっ!」

 

 ジロウはクラウンが私を迎えに来るまでの数日間、出来うる限りの戦い方を私に教えた。

 

 “影造形”による戦い方。“潜影(シャドウダイブ)”による隠密と奇襲のやり方。ジロウ自身は闇属性の適性はなかったけれど、数日という短期間で少しずつでも出来るようになるまで厳しいがとても親身に教えてくれた。

 

「魔力が切れたら回復するまでしっかり休憩だ! なあに心配するな! 狭いが個室くらい用意してあるからな。鍵もかけられるからプライバシーも万全だぞ!」

「身体作りはバランスの良い食生活から。ということで……ほらっ! これぞ俺特製スタミナスープ! 肉も野菜もたっぷりで栄養満点だ。しっかり食べないと大きくなれないからな。じゃんじゃんお代わりするんだぞ!」

 

 そして戦闘訓練以外でも、ジロウは私に世話を焼いてくれた。私はただの奴隷なのだから、そんなことはしなくても良いのに。

 

 何故頼まれたこと以外も私に世話を焼くのか? 一度疑問に思って聞いてみた時、ジロウは笑いながら答えた。

 

「あのな。これくらいは世話の内にも入らないっての! それにある偉い人がこんな言葉を言っている。“よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む”。それが大切ってな! つまる所、強くなるには戦闘訓練()()じゃダメなんだ」

「それだけでは、ダメなの?」

「ああ。出来れば時間をかけて体と一緒に心も強くならないとな。といっても数日じゃあどうしても限界があるが。なんとか延長できないもんかねぇ」

 

 言葉の意味はよく分からなかったけれど、少なくとも鍛えようという思いは間違いなく本物のようだった。

 

 それと戦闘訓練の途中、一度だけクラウンが私ではなくジロウを連れてどこかへ行ったことがあった。自主練習をしているとその日の内に戻ってきたが、ジロウはただいざこざがあっただけだと詳しくは話してくれなかった。

 

 だけどそのどこか申し訳なさそうな顔は、どこか印象に残るものだった。

 

 

 

 

 そして、予定ではクラウンが私を迎えに来る日の前日。卒業試験代わりに、私はジロウに一撃当てるべく全力を尽くした。

 

 開始時間ぴったりに潜影からの奇襲から始まり、教わった通りのほんの少し時間差のある影の刃による追撃。そして極めつけは、

 

「おいおいおい! そんなのアリかよっ!?」

 

 訓練場のところどころにある実戦を想定された岩場や樹木、その影を少しずつ浸食してより合わせた特大の影造形。

 

 もはや巨大な刃の壁というべきものにまで膨れ上がったそれを突進させた時、私はハッとした! これは明らかに訓練の域を超えている! こんなのが当たればジロウだってただでは済まない。

 

 慌てて気づいて影を霧散させようにも、渾身の魔力を込めてより合わせた魔法は自分自身でも簡単には解けない。

 

「ジロウ! 避けて!」

 

 私が叫ぶのと、ジロウがなにやら壁に向かって右手を翳したのはほぼ同時。そして影の刃壁はジロウの目前に迫り……()()()()()()()()

 

 それは私が制御できているのではなく、ジロウが何かしているためなのは明らかだった。まるでこの巨大な刃壁を、()()()()()()()()()()()()()()かのように。

 

 そしてジロウはもう片方の手も翳して何かを掴むような仕草をすると、

 

「ぜいやああっ!」

 

 そのまま大きく両手を左右に広げるのと同時に、影の刃壁はまた動き出してジロウに向かい……そのまま中央から左右に裂けてジロウをすり抜けていった。

 

 私はジロウが無事なのを確認して、へなへなと崩れ落ちる。これは安心したというのもあるけど、一度にあれだけの大きな魔法を使って魔力切れ寸前ということもある。

 

「……はぁ……はぁ……ふぅ」

 

 身体に力が入らなくなり、自分の呼吸の音だけがやけに荒く聞こえる。

 

「セプトっ!? 大丈夫か?」

 

 ジロウが慌てて駆け寄ってくるが、私は俯いたまま動けない。ジロウが怪我をしなかったのは良いのだけれど、私は結局最後まで一撃当てることはできなかった。これでは奴隷としての責務を果たせない。

 

 私のことを叱責するためだろう。ジロウは私の前で立ち止まり、

 

「ちょっと顔を見せてみな。……よし。どうやら単なる魔力切れみたいだな。まあ仕方ないか。今の一撃は正直見事なもんだった」

 

 ジロウは私のことを怒りもせず、ただ顔色や腕の脈をとって私の身を案じるだけだった。

 

「どうして? 私はあの一瞬、我を忘れて、当たったら、怪我じゃすまないような魔法を。……だけど、だけどそれだけやっても、当てることはできなくて。……これじゃあ、奴隷として役に立つことなんて」

「まあ一つのことに集中しすぎるあまり、それ以外が頭から抜ける悪癖は直した方が良いかもな。だけど……確かに一撃は当たったぜ。……ほらっ!」

 

 ジロウはそう言いながら自分の着ている黒いローブの首元を指差す。そこには、さっきまでなかった大きな切れ込みが入っていた。

 

「いやあさっきのは正直ビビったぜ。咄嗟に少しだけマジになってしまった。……まあその時うっかり軽い攻撃を弾き損ねて、ローブにお洒落な切れ込みが入ってしまったけどな!」

 

 私は語られるその言葉よりも、その切れ込みから見えたものに目が行っていた。

 

 そこにあったのは()()()()()。つまり目の前のこの男も奴隷なのだ。この奴隷などという言葉とはどこまでも縁遠そうな男が。

 

「…………んっ!? ああ。言ってなかったっけ? いやあ俺としたことが大分前にドジってここのボスに捕まっちゃってさ。こんな変な首輪を着けられて逃げられないようにされてしまったんだ。なんか向こうも俺を殺したくはないみたいでな」

 

 ジロウは困ったように頭を掻きながらそう言う。

 

「それ以来ここで新入りの訓練を任されているんだが……まあそれはともかくだ。安心しろよ。セプトは無事俺に一撃入れた。これならクラウンの奴も納得するんじゃねえかな? 戦闘訓練は一応これで終了だ」

「……良かった」

 

 ふと自分の口から洩れたこの言葉は、いったい何に向けての良かっただっただろうか?

 

 自分が確かに認められたこと? ジロウが怪我をしなかったこと? それとも……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分の中のよく分からない感情を抱えながら、私達は疲れた体を癒すべくジロウの家に戻った。

 

 そして翌日、クラウンが再び家にやってきた。いよいよ出発の時なのだろう。望んでいたことのはずなのに、なぜか少しだけ胸の奥が締め付けられる感じがした。

 




 予想はされていると思いますが、ジロウは以前ダンジョン内でエプリがアシュに話した王都襲撃メンバーの一人です。クラウンと一緒に行ったときはその顔合わせの時ですね。

 ちなみにいざこざの時にはエプリもその場に居ました。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その三

「ふむ。どうですか? その奴隷は少しは使えるようになりましたか?」

「来るなり第一声がそれかよ!? もう少し労ってやったらどうだ?」

「道具を労って何か私に益でも?」

 

 クラウンの言うことにジロウが食って掛かるが、私は別に腹も立たなかった。実際私は奴隷であり、主人の道具と言われても間違っていない。

 

「ったく! セプトも何か言い返して良いんだぞ!」

「別に、良い。間違って、ないから」

「……はぁ。出来ればそっちの方も改善しておければ良かったんだけどな」

 

 ジロウはなぜか溜息をついていた。何故だろう? ただ当然のことなのに。

 

「戦闘面に関しては及第点だ。まだ粗削りではあるが、そこらの暴漢程度には遅れはとらないだろう。出来れば心構えとかも鍛えたかったんだが、流石に時間が足らなかった」

「それは別にいいでしょう。道具に意思などは不要です。細かい調整は私の方でしておきましょう。……さぁ。行きますよ」

 

 クラウン(ご主人様)は私に向かってそう言い放ち、自分の開けた転移用ゲートに歩いていく。主人が行くのであればそれに従うのが奴隷の務め。私も後に続こうと一歩踏み出した時、

 

「待った」

「何です?」

「最後にもう五分くれ。これでも一応短いとはいえ弟子だ。別れの言葉くらい言わせろよ。セプト。ちょっと来い」

「……三分です。それなら待ちましょう」

 

 しぶしぶという感じで足を止めるクラウン。私はまだ何か話すことがあっただろうかと不思議に思いながらも、ジロウに呼ばれてそちらに向かう。

 

「何か、あった?」

「実をいうとな…………()()()()()()()()。って待った待った! それじゃあって感じで普通に去ろうとするんじゃないよ! 最後になるかもなんだしもっとお喋りしようぜ!」

 

 何もないみたいだから行こうとしたらやっぱり止められた。

 

「とまあ場を和ます小粋なジョークはここら辺にしておいて、本題に入ろうか。……本当はな、お前さんを鍛えるのを止めようかと最初は思ってたんだ」

 

 ジロウは真面目な顔をしてそう言った。これはおそらく本当なのだろう。

 

「それは、私が出来ない子だから?」

()()()()()。クラウンにはああ言ったけどな。ぶっちゃけた話、お前さんの才能は相当なものだ。素の魔力量もそうだが、並の魔族じゃ大人でもあそこまでの影造形が出来る奴はあんまりいない。それをこの齢で出来るってのは凄いことだぞ。それを一日目で感じて、昨日の卒業試験で確信に変わったね」

「でも、結局ジロウに一撃当てられたのだって、無我夢中で、次は多分出来ない」

 

 私がそう言うと、ジロウは軽く首を横に振った。

 

「俺が教えた奴は他にも何人もいるけど、()()()()()()俺に一撃食らわせた奴はお前さんが初めてだった。筋の良い奴でも皆十日近くはかかってたよ。最短記録更新だ。まぐれだろうが何だろうが、これまでの奴が誰も出来なかったことを成し遂げた。お前は凄い奴だ。……だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「どうして?」

「ここが悪の組織で、俺がそこの幹部みたいなものだからだよ」

 

 ジロウは初めて見る表情をしていた。どこか笑っているような、泣いているような、それでいて開き直っているような、そんな顔を。

 

「首輪を着けられたことは問題じゃない。俺は悪事を働いたことがあるし、これからも多分行うのだろう。そして、このままだとお前さんもそうなる」

「私も?」

「ああ。俺が鍛えることで、お前が強くなって何かやらかすかもしれない。もしかしたら平然と誰かを傷つけるようになるかもしれない。しかもそれが凄い才能を持った奴で、おまけに()()()()()()()()()なおさらだ」

 

 ジロウはそう言いながら横目でクラウンの方をチラリと見る。

 

「だから最初は無理にでも断ろうかと思った。……だがな、セプトがあんまりにも俺の訓練に懸命についてくるもんで、結局止め時を見失って今に至るってわけだ。なので、鍛えちまったもんの責任として言っておくことがある。……()()()()()()()()

「大切なもの?」

「ああ。ヒトでもそうじゃなくても良い。守るべき何かって解釈でも良い。ただし()()()()でな。主人に尽くすのはお前の考えなら当たり前だろうから、主人以外に大切と思える何かを作れ。……それがいざって時に、お前を繋ぎ止めてくれる。ちなみにこれは実体験だぜ! 俺にはそういうのが居なかったから、ずるずる流れて結局こんな風になっちまった」

 

 主人以外に大切なもの。……特に思いつかない。家族はもう居ないし、他の奴隷達もそこまでではなかった気がする。強いてあげるとするなら。

 

「うん。分かった。ジロウがそれ」

「……嬉しいが俺も抜きだ。どうせなら悪党以外にしてくれ」

「いい加減にしなさいっ! もう三分過ぎてますよ! これ以上は付き合いきれない。行くぞセプト」

「では、ジロウ。お世話に、なりました」

 

 いつの間にもうそんなに経ったのか、クラウンはしびれを切らして一人すたすたとゲートに歩いていく。これ以上はいけない。私もペコリと頭を下げ、クラウンを追いかける。

 

 そしてクラウンがゲートを通ったのを確認し、自分もそれを通ろうとした時、

 

「じゃあこれは宿題だからな! 次に会うことがあったら、俺にそれを紹介するんだぞ!」

「うん。分かった」

 

 宿題ということであれば手を抜く訳にはいかない。まだ大切なものというのはよく分からないけれど、奴隷としての奉仕の合間にでも探してみようと思った。

 

 

 

 

 それからしばらく、私はクラウンに従い最初に連れられた拠点で、クラウンの身の回りの世話をする日々だった。

 

「ふん。こんな程度の雑務もこなせないとは、役立たずですねぇアナタ」

「すみませんっ! 申し訳ありませんクラウン様」

 

 私以外にもそういった奴隷は何人もいて、クラウンは奴隷が何か失敗をする度にそう言葉と身体への暴力で責め立て、奴隷の方はただ跪いて許しを乞う。それの繰り返し。

 

 その様を見ていると、どうやらクラウンはわざと奴隷が失敗しやすいように仕事を割り振っているようにも見えた。

 

 そうして奴隷が失敗した時、そのフードの下の素顔はどこか厭らしく歪んだ笑みを浮かべていた。つまり私達(奴隷達)は成功しようが失敗しようがどちらでも良いのだ。成功したら良し。失敗したら虐める口実が出来る。

 

 私自身も当然何度か失敗した。その度にクラウンに責められる。のだが、

 

「……もう良いです。下がりなさい。……まったく。つまらない子ですねぇ。どれだけいたぶってもあまり表情が変わらない。これなら他の奴隷を相手にした方がまだ幾分か楽しめるというものです。使えるのは戦闘面だけですか」

 

 何故かクラウンは、他の奴隷に比べてあまり私を責めることは無かった。他の奴隷達は私の事を羨ましそうに見ているが、私からすればより主人の役に立っている他の奴隷達の方が羨ましい。

 

 よく無表情だと周りから言われていたが、それがこんなことになるなんて。

 

 ジロウからの宿題である大切なものもまだ見つかっていないし、私はどうしたら良いのだろうか?

 

 

 

 

 ある日、

 

「くそっ! あの女め。奴さえ……奴さえいなければこんなことには。あのイザスタとかいうクソ女めがああぁっ!」

 

 今日はとても大切なことがあると言って朝からどこかへ出かけて行ったクラウンが、全身ボロボロで疲労困憊の有り様で帰ってきた。

 

 そのイザスタという誰かへの恨み節をぶちまけながら、自身を手当てしようとする奴隷達に八つ当たりで拳を振るう。私にも当たったが、弱っているせいかいつもより痛くない。

 

 場合によっては私達よりも高価なポーションもふんだんに使い、どうにか身体の傷までは完治したものの、魔力がほとんど空に近い状態らしくクラウンはしばらくベッドで安静にすることとなった。

 

 その状態でもいつものように奴隷達に仕事を申し付けるクラウンだったが、普段より弱っているため失敗しても折檻があまりなく、他の奴隷達はずっと寝たきりなら良いのにと噂しあっていた。

 

 

 

 

 そしてしばらく経った頃、ようやくクラウンも魔力もほどほどに回復して寝たきりではなくなり、奴隷達がまたあの酷い時に逆戻りかと嘆いていた時、

 

「ほぅ。てっきりあの場で実験体に殺されたかと思っていましたが、まだ生きていたようですね」

 

 クラウンが、誰かと連絡を取り合っているのをたまたま見かけた。クラウンは私を見てもまるで置物か何かのように気にも留めない。

 

『……えぇ。命からがらといった所だけどね。……それよりも、これからの契約のことも話し合いたいから一度合流したいの。……迎えに来てもらえる? 場所はこの道具で大体分かるのでしょう?』

「構いませんとも。ただ、周りにヒトが居る所には向かいたくありませんね。……そこから少し離れた所に岩場があったはずです。そこで二時間後に合流ではいかがですか?」

『……場所は構わない。でも時間は三時間後にして。こちらにも色々と都合があるの』

「良いでしょう。では、三時間後に」

 

 それを最後に通信は切れる。……どうしたのだろうか? クラウンの顔がまた妙なことになっている。

 

 それはまだ万全ではない身体を使おうとすることの億劫さと、奴隷達が失敗した時に向けるどこか歪んだ笑みが混ざったような顔。

 

「クフッ! あの場で死んでいれば良かったものを。……まあ良いでしょう。多少の手間ではありますが、あの忌まわしい顔が苦痛に歪む様を見物するというのも中々に面白い趣向です。どんな風になるのか楽しみですよ()()()

 

 そしてクラウンはひとしきり嗤ったかと思うと、急に私を伴って出かけると周りに宣言した。時間は今から三時間後。どうやらさっきの連絡の相手と会う際に私も同行させるらしい。

 

「さあて、やっと貴女が役に立つ時が来ましたよセプト。そのたった一つの取り柄である闇属性の力、存分に振るってもらいます」

 

 クラウンの言葉に、私はただこくりと頷いた。

 

 私は奴隷。どんなヒトであろうとも、ただ主人に尽くすだけなのだから。

 




 いよいよ次話から本編の方に絡んでいきます。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その四

 もうすっかり日も落ち、空から三つの月が辺りを照らしている。

 

 クラウン(ご主人様)に同行して辿り着いたのは荒涼とした岩場。そこらにゴロゴロと身の丈ほどもある岩が転がり、ほとんど植物らしきものも生えていない。

 

 ここがクラウンの言うエプリというヒトとの待ち合わせの場所だった。

 

「クフッ! さあてセプト。貴女は影に潜み、私が合図するまで待機していなさい」

 

 私はこくりと頷き、潜影(シャドウダイブ)で近くの岩の影に潜む。クラウンは私が潜んだのを確認すると、持っていた道具で周囲に隠蔽の魔法をかけた。

 

 聞いた話によると、エプリと言うヒトは風属性の使い手で、周囲に居る生き物の動きを風魔法で感じ取れるという。

 

 わざわざ待ち合わせの相手から姿を隠すということは……あまり穏やかにはこの待ち合わせは進まないかもしれない。

 

 

 

 

 予想した通り、始まりはクラウンの奇襲だった。死角である岩陰からのナイフの投擲。普通の相手ならこれだけで終わるだろう静かな一撃。

 

 だけど、エプリというヒトはそれを覆した。飛来するナイフをギリギリの所で躱し、反撃の風刃を放って隠れていたクラウンを引きずり出す。

 

「クフッ。クフフフフ。な~ぜ分かったのですかぁ? 私がここにすでに居たことに?」

「……私がここに来た時、軽く周囲の様子を探ったけれど、全く生き物の気配が感じられなかった。だけどそれはおかしいのよね。いくら近くにダンジョンがあって、こんなごつごつした岩場であったとしても、()()()()()()()()()なんてあり得ないもの。……つまり、何かがあってここら一帯から皆いなくなったか、又は強力な隠蔽の魔法が使われているか。だからこれから来る相手よりも、ここに最初からいた何かに向けてずっと集中していただけよ」

 

 気配を消していたからこそ、彼女は逆にクラウンの奇襲に気が付いたという。それだけのことで気が付くなんて、どうやら戦い慣れしているみたいだ。

 

「それはそれは。私の能力を知っている貴女なら、空属性でこれからやってくるであろう私に向けて注意すると思ったのですが……いやいや残念」

「……さて。説明してもらいましょうか? 何故護衛である私を攻撃したのか。筋の通った答えが出来るのならね」

 

 護衛? このエプリがクラウンの? どういうこと?

 

 二人の話の大半は分からないことだったけれど、どうやら以前クラウンがエプリを護衛として雇っていて、この前クラウンがボロボロになって帰ってきた時にその場に置いてきたらしい。

 

 そのことで怒っているのではと最初は思ったけれど、どうやらエプリが怒っているのはそれではないようだった。

 

「……先に言っておくけど、私は契約者が悪事を働いたからといって契約を打ち切るつもりはないわ。契約において善悪を語るつもりは無い。依頼を引き受けた時点でそれをどうこう言う資格は無いもの。……私が問題にしているのは、アナタが()()()()()()()()こと」

「…………ふん。貴女のような使い捨ての道具に計画の全てを話すとでも?」

「……道具か。……もっともね。確かに一介の傭兵を信用して全てを話す依頼主は少ないわ。計画を隠す手合いはこれまで何度も見てきたから別に驚かないけど。…………でもだからこそ、そういう手合いには直接会って契約を破棄することにしているの。ケジメとしてね」

 

 その言葉を皮切りに、クラウンとエプリの戦いが始まった。クラウンは空属性の転移によって、ナイフの投擲と直接の切り付けを織り交ぜながら攻撃していく。

 

 クラウンのナイフはそれぞれ毒が付与されていて、耐性がない限りすぐに動けなくなるというもの。一撃でも掠ればそれで大まかな勝負は着くのだけれど、エプリは巧みに風を操ってナイフを対処していく。そして、

 

「……“風壁(ウィンドウォール)”」

「おぐっ!? …………うぐぐっ。な、何故正確に私が次に跳ぶ場所が」

 

 一瞬の隙を突き、エプリの風壁が転移したクラウンを捕らえて地面に押さえつける。方法までは分からないけれど、エプリは次にクラウンが跳ぶ場所が分かっていたらしい。

 

「……勝負はついたわね。私には次に転移で跳ぶ場所が分かる。空属性に頼りきりになっているアナタに勝ち目はないわ。……降伏しなさい。降伏しないと言うのなら、腕か足を切り裂いてそこらに放り出すまでよ」

 

 その言葉を聞いて私が思ったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだった。

 

 クラウンはおそらくヒトの中ではかなり悪性の強いヒトなのだろう。他者をいたぶることを楽しみ、他者の不幸に喜びを覚える。そのようなヒト。

 

 だけどこのエプリというヒトは違う。戦いの前にわざわざ話をするなど、私には分からない考え方を持っているみたいだけど、それでも倒れた相手をいたぶるようなこともせず、脅しをかけてはいるけれど殺さずに降伏を勧めている。

 

 仮に目の前で戦っているこのヒトがもしクラウンに置いて行かれなかったとしても、考え方の違いからいずれ必ず衝突していただろう。どちらかといえばジロウと気が合ったかもしれない。

 

「…………………………クフッ。クフハハハハハハ」

「……何がおかしいの?」

「ハハハハハ。いやはや。これが嗤わずにいられますか? ……私の動きを封じたぐらいで勝った気になっている貴女の滑稽さが実に愉快で。クフフフフ」

 

 だからこそ、私はほんの少しだけ残念に思う。ちょうど倒れているクラウンの影は私の潜んでいる岩影に接している。なので、

 

「フハハハハ。…………本当に愚かですねぇ貴女は。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その言葉を合図と見なし、私は潜んでいた影伝いにクラウンの影に移動。そこからそっと身体を出して影造形を発動し、もっともエプリに近いクラウンの影を操ってエプリに襲い掛かった。

 

 私はクラウンの奴隷で、クラウンは私のご主人様なのだから。主人に尽くし、主人の命令を果たさなければならない。

 

 

 

 

 ごめんねジロウ。やっぱりジロウの言ったように、私は平然と誰かを傷つけるヒトになったみたい。

 

 

 

 

 咄嗟のことで反応が遅れたようだけど、それでも尚エプリは私の影造形の刃を片腕を掠めるだけで躱してみせた。

 

「くっ!? このぉっ」

 

 それだけではなく、影から出ている私に向けて反撃の風刃を放ってきた。私は素早く影に潜り直して風刃を回避する。

 

 この影に潜って攻撃を回避するというのは、ジロウとの訓練の中で何度も使った技だ。ジロウから言わせると、影の中というのは大抵の相手に対して安全地帯らしい。

 

『やっぱずっこいよなそれ。要するに自分だけ動ける空間が多いってことだからな。移動にも使えるし、隠密や緊急避難にも使える。それに影は大抵の場所にあるから使えないという状況の方が少ない。練習しておいて損はないぜ』

 

 彼の言ったそんな言葉を思い出しながら、素早く影を伝ってその場を離れる。一拍置いて今居た所に追撃の風弾が撃ち込まれるのを見て、私は内心冷や汗をかく。

 

「クフフフフ。ご紹介しますよエプリ。こちらはセプト。()()()()()()()()。本来なら事が済んだ後に貴女を始末してからという話でしたが、居なくなったのでそのまま後任になってもらいました。……まあ多少順序が違ってしまいましたが良いでしょう。どちらにしても…………ここで貴女は死ぬのですからぁ」

 

 クラウンはエプリが傷ついたのを見て一気に上機嫌になって喋り出す。やはりこういうヒトなのだ。

 

 だけど互いに長期戦は厳しい。こちらの潜影は使っている間どんどん魔力を消費するし、向こうも片腕に怪我をしてさっきから血が流れている。止血しないと辛いはずだ。

 

「…………どうしたの? この通り私は片腕を負傷している。攻めかかるなら今じゃないの?」

 

 エプリは近くの岩に寄りかかりながらそう挑発するが、潜影の利点は場所を相手に悟られないこと。相手は大まかには影の範囲で絞れても、正確な位置までは分からない。なら今は機会を待たなきゃ。

 

 

 

 

 先に動いたのはエプリの方だった。

 

 岩に寄りかかったまま呼吸を整え、少しでも体力の消費を抑えようとしていたみたいだけど、ついに回復のための何かを取り出すべく手をローブの中に入れる。……ここだ!

 

 私は勝負に出るべく少し離れた所から身体を出し、その瞬間再び影の刃を展開してエプリに攻撃を仕掛ける。片腕が怪我で使えず、もう片方もローブに入れた不安定な態勢の今なら迎撃は難しい。私は勝利を確信し、

 

「……“風刃”」

 

 エプリが()()()()()()()()魔法で迎撃したことに、私は驚きを隠せなかった。

 

 ローブが千切れ飛び、その下に着ている淡い緑の布地の服が露わになりながらも、エプリは迎撃した魔法で作った一瞬の時間を使って影の刃を回避する。……いけない! 攻撃を誘われたみたいっ!?

 

 急いで影に潜ろうとしたが、それを見逃す甘い相手ではなかった。無詠唱で威力を度外視した風弾を乱射し、私の動きを阻害してくる。

 

 そこに風で速度を上げたエプリが突っ込んできた。これまで風で遠距離からの戦いをしてきた相手が急に接近戦に持ち込んできたことに、私は一瞬慌てて動きが止まってしまう。

 

 目前まで迫るエプリ。この距離になっても速度はまるで落ちていないことから、多分この勢いで体当たりを仕掛けるつもりなのだろう。影に逃げ込もうにも風が邪魔をして動きが取れない。

 

 私はこれから来る痛みに備えて身体を固くし……そのままフッと身体が浮く感覚と共に地面に投げ出されていた。

 

 ぶつかった? いや、これは前にも体験した転移の感覚。そしてこの状況で転移を使えるヒトといえば、

 

「……クフッ。クフフフフ。油断しましたねぇ。エプリ」

 

 エプリが私を見失った僅かな時間の間に、クラウンがその脇腹を毒のナイフで切り裂いていた。

 




 エプリ対セプトのセプト視点でした。次は時久との話です。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その五

 エプリが身体に毒を受けてからは、一気に形勢はクラウンへと傾いた。

 

「いやあ貴女のさっきの表情は見ものでしたよエプリ。必殺の一撃を決めたと思った瞬間、その相手がいなくなって呆然とする姿。そして私に脇腹を切られ、毒で苦悶する歪んだ表情。少しは留飲も下がるというものです」

 

 毒で意識が朦朧としているエプリを蹴り飛ばしながら、クラウンは嗜虐に満ちた笑みを浮かべていた。本当にこのヒトは誰かを虐めるのが好きなのだ。

 

「クハハハハ……さあて、留飲も大分下がったことですし、そろそろトドメと行きましょうか」

 

 散々エプリをいたぶった後、エプリにとどめを刺すべくクラウンはナイフを逆手に持ち替える。そして大きくナイフを振り上げる姿を、私は再び影の中に潜みながら特に何の感慨も抱くことなく眺めていた。

 

 これがこれからも続く日常になるのだろう。

 

 私はただ奴隷として主人に従い、これからも何度もこのような出来事を見続けるのだろう。そう考えた時……何故だろう? ほんの少しだけ胸の奥がチクリと痛んだように感じた。

 

 そしてクラウンが勢いよくナイフを振り下ろそうとした時、

 

 

 

 「…………ぁぁぁぁあああああっ!? ど~~い~~て~~く~~れ~~!?」

 

 

 

 空からヒトが降ってきた。

 

 凄まじい勢いでそのヒトはクラウンに直撃するすれすれのところに墜落し、クラウンは当たってこそいないとはいえその衝撃で近くの岩場に吹き飛ばされる。……困った。急なことだったから影で受け止めるまではいけなかった。多分無事だろうけど。

 

 私は岩の影の中に潜んでいたため無事だったけれど、困ったことに今の衝撃で周りに酷い砂埃が舞っている。これじゃあ月明かりが遮られて影を操ることができない。

 

 幸い影に潜み続けるギリギリの分はまだ月明かりも差していたので、私はクラウンの身を案じながら砂埃が収まるまでしばらく様子を見ることにした。

 

 それが、この時はまだ名前を知らなかったけど、私がトキヒサの姿を初めて見た瞬間だった。

 

 

 

 

 二人の話を影から聞くに、二人は雇い主と護衛という私とクラウンの関係にどこか近しいものだった。奴隷と護衛という違いはあっても、どちらも誰かに仕えるという面では同じなのだから。だというのに、

 

「もう私とお前の契約は切れているんだぞっ!? なのに…………なのになんで私なんかを追いかけてきたんだっ!? 貴重な転移珠まで使って!?」

「……決まってる。約束しただろ? 無事ダンジョンから出たら、何故俺をここまで護ってくれるのか教えてくれるって。まだそれを聞いていないから聞きに来ただけだ」

 

 もうすでに契約は切れているというのに、危険を冒してまでこの男のヒトはエプリを助けに追ってきた。

 

 それも護衛が雇い主を助けに来るのならまだしも、雇い主が護衛を助けに。そしてそれからトキヒサの言った言葉がさらに私を混乱させた。

 

「仲間が居なくなったら心配するのが当たり前だろうがっ!」

「っ! ……私とお前はただの元雇い主と元傭兵の関係で」

「一緒に戦って! 一緒に食事をして! 一緒に冒険した! それだけでもう仲間だろうがっ!」

 

 仲間? 仲間って何? この二人は主従関係じゃないの? ……分からない。

 

 いや、だけど今それは考えることじゃないのだろう。私は奴隷。ただ主人のために行動するだけ。話の間に砂埃も収まり、影を操るのももう支障はない。

 

 あとは先ほど戻ってきたクラウンに合わせて二人に奇襲をかけるのみ。そして、

 

「だから動かず待っているのでしょう…………コイツが来るのをねっ! “風刃”!」

 

 私が仕掛けようとした瞬間、話の流れの中自然に私に向けて風刃を放ってくるエプリ。ほんの僅かに仕掛けるべく揺らいでいた影を見破られたらしい。仕方ないので奇襲を諦めて影の刃で風刃を迎撃する。

 

 そこから戦いは一気に目まぐるしく動いた。私へと注意の向いたエプリに対し、近距離転移で一気に死角に跳んで攻撃を仕掛けるクラウン。

 

 だけどそれを見越していたトキヒサがクラウンを抑え、少し離れた所で戦いを始める。……また私とエプリで一対一になったみたい。

 

 こんな時ジロウなら下手に離れず連携を取るやり方で行くのだろうけど、クラウンは転移を多用するためか単独行動がとにかく多い。私の影が支援できる所に居てほしいのだけど、それが主人の意向ならそれに従うだけ。

 

 

 

 

 だけど、戦いといってもこちらは実に静かなものだった。

 

 私が影に潜んでいる以上エプリは後手に回らざるを得ない。しかし今下手にこちらから仕掛ければ、先ほどのように攻撃の予兆を察知して反撃してくる可能性が高い。

 

 そうなると耐久戦だけど、私は潜影の使用による魔力の消費、エプリは受けた毒による体調の悪さが弱点となる。そして互いに仕える相手を援護に行きたいということもあって長引かせたくない。

 

 私はエプリが毒で一瞬でも隙を見せたら攻めかかろうと備えていたのだけど、

 

「エプリっ! こっちはひとまず大丈夫だ」

 

 トキヒサだけがこちらに戻ってきた時は驚いた。これは……まさかクラウンが!? ……いや、私の首輪に何の反応もないことから死んではいない。

 

 クラウンはいくつかの条件を予めこの首輪に設定している。その一つが()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。この設定は手間がかかるようで、どうやら他の奴隷にはやっていないらしい。

 

 だけど死んでいないにしても主人に何かあったのは事実。敵を仕留めるべく重なっていた影を槍状にして攻撃するが、エプリによって防がれそのまま合流される。

 

 その後しばらくの間にらみ合いが続き、何かしら私に聞こえないよう二人で話し合ったかと思うと、

 

「……“強風”」

 

 エプリが魔法で周囲の砂を巻き上げ、そのまま砂塵で月明かりを覆い隠そうとする。……いけない! このまま光が差さなくなったら影がなくなってしまう!

 

 これが誘いであるのは分かってはいるけど、攻めるなら影がまだ潤沢にある今のみ。私これまでのように隠密重視で魔力を抑えるのを止め、速攻で仕留めるために数と威力を重視した影の連撃を放つ。

 

 一番に風を巻き起こしているエプリを狙いたいけれど、それを庇いながらトキヒサが一歩また一歩と近づいてくる。躱しきれず自分の身体に防ぎきれない傷を少しずつ刻みながらも。

 

 何故? 何故トキヒサが。()()()()()()()()()()進んでくるの? ……分からない。やはり私には分からない。

 

「届かせない」

 

 分からないことが多すぎて、それでも近づかせたらいけないということだけは分かって、私は以前ジロウに向かって放ったような極大の影造形を発動。刃が縒り合さって壁のようになったものをトキヒサに向けて差し向けた。

 

 直線状の物を薙ぎ払っていくそれは必殺の一撃になるはずだった。範囲も広いので横に躱すのも難しい。なのに、

 

「…………えっ!?」

 

 急に影の動きが止まった。こちらからではよく見えないのだけど、以前ジロウがやったように何らかの方法で相手が止めているようだった。

 

 だけど驚きこそしたけど、動きは完全に止められている訳じゃない。影から伝わってくる感覚からすると、このままでもあと少し時間が経てばおそらく押し切れる。

 

 ならばあとは相手が左右から回避しようとすることにだけ気を付けてこのまま押し込めば良いだけ。そう考えていたら、予想外の光景が目の前に飛び込んできた。

 

「どおりゃああぁっ!」

「…………!?」

 

 なんとトキヒサが、壁を上から乗り越えて空中から突撃してきたのだ。危ないっ!? ここは影の中に潜って回避を。

 

「逃がすかあぁっ!」

 

 トキヒサは服の中から何かを掴み取り、空中で私の真上に向かって放り投げた。……何? 私にじゃなくて?

 

「金よ。弾けろっ!」

 

 その何かがトキヒサの言葉と共に爆発し、爆風が周囲に巻き上がっていた砂塵を僅かに吹き飛ばす。何を狙っているのか知らないけど、砂塵がなくなればこちらとしては好都合。このまま影に潜ってしまえば……これは!? 

 

 私は驚いた。今の真上からの爆発の光によって、私の影が周囲から切り離されていたのだ。今や入れる影は私の影のみ。攻撃に回すにしてもこの大きさじゃほとんど使えない。一体どうしたら。

 

 このたった一瞬の躊躇いが勝敗を分けた。この一撃さえ無理やりにでも影に潜って回避してしまえば、時間が経てばまた周りと影が繋がることもあったのだ。だけど焦った私はそのことに気づかず、

 

「…………かはっ!?」

 

 トキヒサの空中からの体当たりを受け、身体の中から空気が押し出される感覚と共に、私の意識は一度途切れた。

 

 

 

 

「おい。……おいっ! しっかりしろっ!」

 

 そして次に目を覚ました時、私の目の前にあったのは、ついさっきまで戦っていた相手が私を心配そうに見つめている姿だった。

 




 セプト視点でもトキヒサが壁を乗り越えてきた時は驚いていました。普通は乗り越える手段はとらないですからね。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その六

「起きたか? 良かった……今の状況は分かるか?」

「…………うん」

 

 どうやら私はこのトキヒサに肩を叩かれて起こされたようだった。

 

 少し身を起こして視線を巡らすと、自分達の周りをユラユラとした影の幕が覆っているのが見えた。これは……どうやら以前クラウン(ご主人様)が首輪に仕込んでいた術式が作動したらしい。

 

 クラウンは私の首輪に幾つかの条件を設定している。例えば、“クラウンが死んだら私も道連れになる”。“クラウンの意思一つで首輪が締め付ける”などだ。奴隷はただ主人に仕える者なので、それに関しては特に何も思う所はない。

 

 そしてその設定の一つに“私の意思に関係なく魔力暴走を起こさせる”というものがある。これは私にわざと魔力暴走を引き起こさせることで大爆発を起こすというもの。言わば生きた使い捨ての爆弾となる設定だ。

 

 私はクラウンにとってそこそこ価値のある奴隷だと認識されていたように思う。それは他の奴隷達より多く設定を組み込まれていることから明らかだ。

 

 それでもこの手段を取ったということは、私を連れて撤退するよりも目の前のトキヒサか先ほど戦ったエプリ、あるいはその近くにいる他の誰かをそれだけ殺すべき相手だと判断したのだろう。

 

 トキヒサの肩に乗っているスライム(後に分かるけど名前はボジョ)がこちらを警戒しているけど、クラウンが居ない以上こちらとしてはもう攻撃するつもりはない。あとはただ奴隷として最後の命令に従うだけ。

 

「時間が無いから手短に言うぞ。この魔力暴走を止めてくれ。自分の魔力なら抑えられるだろ?」

「無理。命令だから」

 

 トキヒサの問いに私はただ事実だけを答える。これが一度発動した以上、主人の命令が無ければ私自身の意思で止めることはできない。

 

「大丈夫だ。首輪なら俺の加護で外すことが出来る。……もう奴の命令に従わなくて良いんだ。お前だってこのまま自爆するのは嫌だろ?」

「外せる? ……本当に?」

「ああ。ちょっと動くなよ」

 

 急にそんな事を言い出したトキヒサを私は訝し気に見つめる。首輪を外すには持ち主の承諾と、専用の道具が必要となる。見た所道具らしきものはないし、無理に外せば奴隷は死ぬ。それを知らないのだろうか? 

 

 そしてトキヒサが持っていた箱のようなものを何やら触れると、驚くべきことにたった今着けていたはずの首輪がフッと消える。

 

「本当に……外れた」

 

 無理に外したら私は死ぬはずなのに。首輪のあった場所を撫でると、そこから感じるのは自分の肌の感触だけ。

 

「これで分かっただろ? もうお前は奴隷じゃないんだ」

「奴隷じゃ……ない?」

 

 トキヒサの言葉に足元が崩れるような感覚がした。奴隷じゃない。()()()()()()()()()()

 

「ああ。奴隷なんかじゃない。もう自由だ。だからクラウンの命令なんてもう聞かなくて良いんだ。だから……おいっ!?」

 

 私は懐からナイフを取り出し、自分の喉元に突きつけてトキヒサの方を見据える。トキヒサを傷つけても首輪は取り返せない。なら今の私にできるのは、私自身の命を脅しの道具にすることだけ。

 

「…………けて。……もう一度首輪を着けて。私を奴隷に戻して」

「な、なんでそんなことを?」

 

 なんで? 目の前のトキヒサには分からないのだろう。()()()()()()()()()()()()。だけど、私は違う。

 

「私は生まれた時から奴隷。自由なんて知らない。……()()()()()()()()()()()()()() だから…………戻して」

 

 ヒトから普通の奴隷になった者ならあるいはヒトに戻れるのかもしれない。でも私はそうじゃない。

 

 私は生まれた時から奴隷だった。ヒトではなく奴隷として生まれ、そのように生きてきた。では私が奴隷でなくなったら、それはヒトなのだろうか?

 

 ……違う。私が奴隷でなくなったら、それはただの何者でもないモノだ。それは死ぬことよりも、クラウンに使い捨てにされることよりも、ずっと恐ろしいことだと感じられた。

 

 

 

 

 私達はしばらくそのまま睨みあって動けずにいた。ボジョもさっきからいつでも動けるように触手を伸ばしているけれど、止めるよりも私がナイフで自分を傷つける方が早い。

 

「早くっ! 外せたのならまた着けることも出来るでしょ? 早くしないと……」

 

 何者でもないモノになるのは嫌だ。それくらいならこのままナイフを自分に突き立てて死に、そのまま自爆した方が良い。

 

 早く私を奴隷に戻してほしいと脅し交じりの懇願をし、トキヒサも渋々再び首輪を取り出そうとしたが、

 

「あのぅ。つかぬことを聞くけども、六千デンくらい持ってるか? 六千デン分の物でも良いんだが?」

「……持ってない」

 

 何故かお金を請求された。金がないと戻せないなど妙なことを言い出したので、軽く自分の首に傷を付けるとトキヒサも慌てだす。……よく分からないけどどうやら本当のことらしい。

 

 その後トキヒサが何やら取り出すのを警戒しながら見守っていると、

 

 ドサッ。

 

 気が付いた時には、私はその場に倒れ込んでいた。力が入らず、視線だけ動かすと自分の身体から黒い光とでも言うべき何かが漏れ出しているのが見えた。魔力暴走の最終段階に入ったらしい。

 

「セプトっ!? おいセプトっ! しっかりしろっ!!」

「はあっ……はあっ。大、丈夫。早く、渡して」

 

 呼吸が上手くできない。息を荒げながら取り落したナイフを持とうとしたけれど、その前にトキヒサにナイフを蹴り飛ばされる。……もうダメみたい。私はこのまま何物でもないモノとして死ぬのだろう。……だけど、

 

「……心配するなって。このまま逃げたりしない。だってそうしたら……お前が死んでしまうだろうが」

「何故死んだらいけないの?」

 

 目の前のヒトはそんなことを言い出した。私はトキヒサにとって敵だ。おまけにたった今まで戦っていた相手だ。わざわざそんな相手を気にかけるヒトはいない。だというのに、

 

「何故ってそりゃあ……このまま逃げても正直爆発から逃げきれるかどうかは微妙だから、出来れば自分で魔力暴走は抑えてほしいし。あとお前には色々聞きたいこともあるしな。クラウンが何をしでかそうとしているかとか。……それと」

「それと?」

「それと…………何と言うかほっとけないんだよっ! ()()()()()()()()()!」

 

 目の前のヒトが何を言っているのか、私にはまるで理解できなかった。美少女? 私が? この今や奴隷ですらなくなりそうな私が?

 

「あのな。この世界の基準はどうだか知らないけど、俺から見たらお前は間違いなく美少女だぞっ! 別にそうじゃなくても目の前で死にかけていたら助けるけど、美少女だったら尚更助けるだろ?」

 

 よく分からないけど、目の前のヒトは馬鹿なのだろうと感じた。そう伝えると、トキヒサはよく言われると返す。自分でも分かってはいるらしい。

 

「という訳でだ。美少女が死ぬのは色々と損失だから助ける。何でわざわざ奴隷に戻ろうとしているかは知らないけど首輪も返す。……だから死のうとなんてするなよ」

「……分かった」

 

 私はこくりと頷いて了承する。一度首輪が外れた以上、今はクラウンは私の仕える相手ではない。なら命令を守る必要はなく、私を奴隷に戻してくれるというのならこちらに従わないと。

 

 奴隷は誰かに従う者なのだから。

 

 

 

 

 結局話し合った結果、トキヒサが首輪を返した後、私が荒れ狂う魔力を空に放出して抑え込むということになった。

 

 ここまで来ては魔力の完全な制御は難しく、制御できる量になるまで放出するしかないからだ。

 

「うん。……じゃあ首輪を」

「ああ」

 

 トキヒサから手渡された首輪を私は思わずギュッと抱きしめる。これは私が奴隷であることの証。私が私であることの証明なのだ。

 

「……先に首輪を着けて良い?」

「えっ!? ……ああ」

 

 トキヒサが頷くのを確認し、首輪を自分の首に当てると勝手にかちゃりと音を立てて固定され、私の首に慣れた感触が戻ってくる。先ほどまでの自分の中で常に感じていた不安が落ち着いていく。

 

「……大丈夫そう。じゃあ、始める」

 

 私は身体から今も出続けている黒い光のような魔力に意識を集中し、一度大きく深呼吸して息を整え上に向けて両手を伸ばす。魔力の流れを上に向かわせるために。

 

 

 

 そして、目の前の()()主人の命を果たすために。

 




 セプトは自分をヒトではなく奴隷というカテゴリで見ています。なのでセプトにとっての奴隷からの解放は、自身の存在の否定に繋がるのでパニックを起こすわけです。

 ちなみに自分が奴隷であれば良いのであって、誰の奴隷であるかはあまり重要視していません。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その七

 暴走する魔力を上手く放出するのは難しい。私は一度だけ奴隷商の所に居た頃それに近いことがあったけれど、あの時よりも遥かに難しい。

 

 それはあの時に比べて魔力量が上がっているからと、すでに爆発寸前にまで魔力が溜まっていたから。なので、

 

「…………うっ!?」

 

 一瞬自分の魔力が抑えきれず態勢を崩しかける。同時に激痛が絶え間なく身体中を駆け巡る。

 

「セプトっ!? 大丈夫かっ!?」

「大丈夫。まだ、できる」

「何か俺に手伝えることはないか? 何でも言ってくれ」

 

 トキヒサが私を心配そうに見つめてそう言う。それはそうだろう。私が失敗すれば確実にトキヒサが巻き添えを食う。だけどこれは私にしか出来ないこと。手伝ってもらえることなんか……あっ!

 

「……じゃあ、倒れないように支えてて」

「分かった。任せろっ!」

 

 トキヒサは私の後ろに立つ。これでさっきみたいに倒れそうになっても大丈夫。

 

「次、いく」

 

 私は再び両手を上に翳す。感覚では、この調子で行くとあと十分くらい。それまで身体が保てば良いけど。

 

 

 

 

 どれだけ時間が経っただろうか? 全力で魔力を放出していく中、もう十分経った気もするし、まだ一分しか経っていない気もする。

 

 だけど何度か私が崩れ落ちそうになったこと。そしてその度に後ろから支えられていることから着実に時間は経っている。トキヒサはよくやってくれていた。だというのに彼の顔色は優れなかった。

 

 何故貴方がそんな辛そうな顔をするの? 貴方のおかげで私はまだ立てているのに。私の身体の内側で、何かが音を立てて傷ついているみたいだけど、貴方には一切傷が付いていないはずなのに。

 

「もう少し。あと少しで、安定する」

 

 きっと不安なんだろう。私が成功するかどうかで運命が決まるのだから。だから彼を安心させるべく私はそう話しかけ、

 

「…………っ!? あぁっ!」

 

 

 ()()()()()

 

 

 それはとても唐突で、完全に身体に力が入らなくなり、そのまま崩れ落ちる所をトキヒサが受け止める。だけど、

 

「セプトっ!? お前身体がっ!」

「……もう限界、みたい。ごめん、なさい」

 

 私の身体から、制御しきれず勝手に噴き出す魔力の黒い靄が周囲に溜まっていく。

 

「溜まっていた、分が、まとめて、出てこようとしている。これは、抑えられない」

 

 あと少し。あと少しのはずなのに、もう視界も朦朧としてどこか目の前のトキヒサも遠く感じる。私達を包む幕が軋む音が不気味に響く。

 

「ごめん、なさい。もう、逃げるのも、無理みたい」

 

 もう幕を内部から無理やり突破するという方法も使えない。私の魔力が幕の内部に溜まっている以上、幕が破れれば一気に爆発してしまう。

 

 私は目の前の仮の主人の命を果たせないらしかった。クラウンに比べればいくらか良きヒトだったのに。申し訳ない気持ちになる。だけど、

 

「…………一つ教えてくれセプト。本来魔力暴走って言うのはどうやって止めるんだ?」

 

 目の前の仮の主人は、まだ諦めてはいなかった。

 

 

 

 

「溢れ出す魔力を、他の誰かが、受け皿になって抑える。その間に、使い手が魔力を、制御する」

「……何だ。意外に簡単じゃないか」

 

 貴方では無理だと言ってもトキヒサは聞き入れようとせず、私は仕方なくやり方を説明する。

 

 簡単なように思えるけど、使い手と同じ属性じゃないと身体が耐え切れずに爆発する。私は闇属性。トキヒサはどう見てもヒト種だからまず闇の適性はない。だと言うのに、

 

「…………よし。話は分かった。()()()()()()()()()()()()()

「……ダメ。貴方、死んじゃう」

 

 適性が無ければほぼ確実に受け皿には耐えられない。だから止めに入るのに、トキヒサは首を横に振る。

 

「どのみちこのままじゃ皆そうなっちゃうからな。なら一か八か試してみるさ。それに身体の頑丈さには少しだけ自信が有るんだ。さっそくやり方を教えてくれ。腕にでも触れてれば良いのか?」

 

 トキヒサは私を支え直して片腕を取り……いや。力を入れずにそっと触れている。この状態でもこのヒトは私を気遣う。

 

 この状況を何とかするにはこれしかないのは分かっていても、仮とは言え主人を傷つけるようなことはしたくない。だけどいくら止めてもこのヒトは聞き入れようとせず、仕方なく少しだけ魔力を流す。

 

「ぐっ!? ぐわああっ!?」

 

 驚いた。少しとはいえ、耐性がないヒトが受ければまともに動けなくなることもあるのに、このヒトは歯を食いしばって耐えている。

 

 ほんの少しだけ余力が出来たこともあって、私は()()()()上に掲げて魔力放出を再開する。

 

「……ぐっ! こ、これくらい大丈夫だ。言っただろ。俺は頑丈さには自信があるって。だから、構うことはない。もっと、魔力をこっちにまわせ」

「でも、これ以上は、貴方が本当に死んじゃう」

「だがこのままじゃセプトの負担がまだ大きい。セプトが倒れたら結局爆発だ。だから、もっとこっちに送ってくれ。……それに」

 

 トキヒサはそこで私の顔をちらりと見た。

 

「……美少女が頑張っているのに、何もできないなんて悔しいだろ? ……安心しろよ。俺は死なない。だから、やってくれ」

 

 このまま片腕分だけでも時間をかければ安定させることは可能かもしれない。この身が内側から砕け散る可能性の方が高いけど、仮の主人にこれ以上怪我をさせることはない。ただ、

 

 トキヒサが私を見つめるように、私もトキヒサを見つめる。そしてそこに浮かんだのはどこか強がっているような、それでいてどこか覚悟を決めた顔。

 

 もし目の前に居るのがクラウンならば、決して自分で痛みを引き受けようとはしないだろう。でも、今目の前に居るのはクラウンじゃない。

 

「…………うん」

 

 なら私はこのヒトの覚悟に応えよう。奴隷は主人のためにあるのだから。

 

 私は下ろしていたもう片方の腕を上げる。トキヒサへと流れ込む魔力が一気に増大し、その分制御する分が容易くなる。そして、

 

「…………っ!? ぐあああああああぁぁっ!?」

 

 トキヒサは先ほどとは段違いの魔力に叫び声を上げた。トキヒサの身体からも、流れ込む魔力が黒い靄となって僅かに放出される。だけど、そうして周囲に溜まるよりも、私が空に向けて放出させる分の方が多い。

 

「もう少し。もう少しだから」

「ぐああああああぁっ!」

 

 トキヒサはよく耐えていた。今彼に流れている量は、()()()()()()()()()()()()()()()()、耐性の無いヒトであればまず確実に意識を失い場合によっては死んでいる量。

 

 とても痛くて苦しいはずなのに、彼は私の腕を外そうとはしなかった。それも力の限り握りしめるのではなく、どこまでも優しく私に痛みが無いように。

 

 私は奴隷だというのに。ヒトではなくモノだというのに。どこまでも優しく扱っていた。

 

 

 

 

 そして、ついに終わりが訪れる。もう無理に魔力を放出しなくても良いほどに暴走は安定し、私は両腕を下ろして座り込む。その拍子にトキヒサの腕が外れたのが……何故だろう? 少しだけ寂しい。

 

「もう、大丈夫。まだ少し残っているけど、時間が経てば消えると思う」

「そっか。良かった」

 

 トキヒサは私の言葉に軽く微笑み、その場に腰を下ろそうとしてそのままバランスを崩した。咄嗟にボジョが彼をその柔らかい身体で支える。

 

「ありがとな。ボジョ。……それとセプトも」

「礼を言うのはこっち。助けてもらった。……そんなになってまで」

「いや、まあ、名誉の負傷ってやつだ。気にするなよ」

 

 トキヒサはそう言ってまた笑おうとするけど笑い話じゃない。トキヒサの身体は傷ついていない所の方が少ないくらいに傷ついていた。

 

 魔力が流れ込んで内側から暴れまわった結果、身体のあちこちは裂け全身細かい傷だらけ。本人は気づいていないようだけど、目や鼻の血管も切れたのか血が流れている。

 

 今もなお流れ出ている血が服を真っ赤に染め、足元に小さな血だまりを作っていた。

 

 

 

 私のせいだ。私が判断を誤ったから。仮の主人をこんなにも傷つけた。

 

 

 

 何がこのヒトの覚悟に応えるだ。私は奴隷でありながら、主人の意思だと理由を付けて無意識のうちにこの痛みを避けた。自身がこの痛みと傷を背負うことから逃げたんだ。

 

 こんなことなら、最初の通りに私が全て引き受ければよかった。奴隷の命で主人が傷つかないのならそれが一番だったというのに。

 

「それを言うならセプトもだぞ。そのローブの下はもう傷だらけだろ? 俺がこんなになっているってことは、セプトも似たようなダメージを受けているってことだからな。ちゃんと治療しろよ」

 

 全然似たようなじゃない。自分の魔力なのだから当然適性がある。だからこのローブの下の身体も多少裂けているだけの事。貴方の方がよほどヒドイ。

 

「さて…………うっ!?」

「大丈夫っ!? ……えっと」

 

 急にトキヒサが眩暈を起こしたように頭を軽く振る。血が足りていないんだ。このままじゃ。

 

 私はとっさに呼び掛けて、この時点ではまだ名前を聞いていなかったことに気が付いた。

 

「そう言えば言ってなかったな。トキヒサだ。トキヒサ・サクライ。流石にちょっと疲れたから、俺はここで少し休むよ。……セプトはどうする? 今なら逃げることも出来ると思うぜ」

 

 逃げる? どこへ? もう私は()()()()()奴隷ではない。誰の奴隷でもなく、強いて言うなら貴方が仮の主人なのに。それにさっき私の事を話すと約束もしたのに。

 

「ううん。ここにいる」

「そっか。……じゃあ俺も、少しだけ……眠るよ。起きてから……話を聞かせて……もらうから」

 

 トキヒサはボジョに支えられて横になったままゆっくりと瞼を閉じる。まるでもう何も危険がないとでも言うかのように穏やかな顔をして。

 

「アシュさん達には……よろしく……言っておいて。ボジョがいれば……大丈……夫……だから」

「うん。待ってる」

 

 そうしてトキヒサは意識を失った。もう私の声が聞こえたかどうかも分からない。それでも私は()()()()()と口にする。

 

 ジロウ。私は以前貴方の言っていた()()()という言葉を信じる。時として逆に死の原因に成りうるとも言っていたけれど、それと同じくらいに約束はヒトの生きる理由になるのだという言葉を。

 




 フラグ云々は、ジロウが休憩中の雑談に適当に話していたのをセプトが覚えていたためです。ちなみに作者は死亡フラグよりも生存フラグとしての約束を信じる派です。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その八

 私がトキヒサの止血をしていると、周囲の幕が消えて外から二人のヒトが入ってきた。

 

 一人は先ほど戦っていたエプリ。もう一人は見覚えの無いヒトだけど、エプリと一緒に居ることから向こうの仲間みたい。

 

「これは……酷いな」

「……トキヒサっ!? 起きてトキヒサっ!?」

 

 エプリはさっきまで敵だったはずの私には目もくれず、一直線にトキヒサに駆け寄った。やはりこのヒトとトキヒサは傭兵と依頼人というだけではなく、それとは別の何かでもあるのだろう。

 

「ねぇ。ポーション持ってる?」

 

 私がそう呼びかけてやっとエプリは私に反応した。そのまま迎え撃つ体制を取ろうとしたけど、ボジョが触手を伸ばして間に入ることで踏みとどまる。それと私がトキヒサの止血をしていたのもとどまった理由かもしれない。

 

「私はこれくらいしかできないから。持ってるなら、助けてほしい」

「……言われるまでもないわ」

 

 エプリは懐から見ただけで高価な品だと分かるポーションを惜しげもなくトキヒサの身体に振りかける。全身の傷が少しずつ塞がっていくのを確認すると、次に体力回復ポーションをトキヒサの口にあてがって飲ませていく。

 

「…………良かった。峠は越したみたい」

「そうみたいだな。……となると残るは」

 

 そこで知らないヒト……アシュが私に視線を向ける。確かにさっきまで戦っていた相手が目の前に居たら訳が分からないだろう。

 

 こちらとしてはもう戦うつもりはない。だけど今ここでやられたらトキヒサを待つという約束を果たせなくなる。

 

 そうして自然と緊張が高まる中、

 

「……うっ!?」

「痛い」

「あたっ!? って俺もかよ!?」

 

 ボジョの触手によって全員がひっぱたかれ、それによって僅かに場の緊迫した雰囲気が落ち着く。

 

「…………一つだけ聞かせて。今のアナタは敵?」

 

 エプリのその言葉に、私は少しだけ言葉に詰まった。もうクラウンの奴隷ではないので敵対する理由はない。だけど、今の私は主人を持たない奴隷。強いて言うなら今の仮の主人はトキヒサだ。

 

「……分からない。でも、トキヒサと約束した。話をするって。だから、起きるまで傍にいる」

「そう。……でもどのみちここに置いておくわけにはいかないわ。まだ峠を越えただけで回復しきった訳じゃないもの。出血も多いし、急いで拠点まで連れていかないと。……アナタはどうする? 一緒に行く?」

 

 私の言葉にエプリは少しだけ警戒を緩めたようだった。緩めただけでなくしていないのは傭兵としての行動だろう。

 

 トキヒサの移動と同行の提案に、私はこくりと頷いて同行する意思を示す。トキヒサも色々聞きたいことがあると言っていたし、着いて行かない理由はない。

 

 そうして私はトキヒサを連れた二人に着いて行くことにした。

 

 

 

 

「これは酷い……すぐにそこに寝かせてくださいっ! 怪我はポーションで無理やり塞いでいるようですが、出血が多すぎる。急ぎ増血薬を投与しないと。……薬草の在庫をありったけ出してくださいっ!」

 

 エプリ達に連れてこられた拠点の医療用のテントで、ラニーという薬師が鬼気迫る勢いで他のヒトに指示を出していく。その手際は以前奴隷商の所に出入りしていた薬師とは比べようもないほどテキパキしていた。

 

「……トキヒサの容体は?」

「はっきり言って重症です。しかし幸いダンジョン探索に備えて幅広い薬草の準備をしていますから、増血用の薬草も備えがあります。怪我自体も止血してあるし、ポーションで傷口も完全ではないにしても塞がっています。……大丈夫! 必ず助けます」

 

 ラニーはそう言って安心させるようにエプリ、そして私に向かって笑いかけた。アシュはどうやら大した怪我もないようで、一足先にこの件の報告に行っているらしい。

 

「それと……トキヒサさんが一番の重症ですが、アナタもどうやらその服の下にかなりの怪我をしているようですね。僅かにですが血の匂いがしますよ」

「私は、別に良い。それより、トキヒサを助けて」

「トキヒサさんを最初に治療するのは当然です。明らかに一番重症ですからね。しかしアナタも治療が必要です。私がトキヒサさんの治療をしている間、こちらの女性隊員に診察を受けてくださいね。……エプリさんもですよ。毒を受けたという話でしたが、完全に解毒できているか調べなくては」

 

 私は奴隷なのだから別に良いというのに、ラニーは私やエプリの治療も行うべく自分と同じ服装のヒトに怪我の様子を簡単に調べさせた。

 

 と言っても治療自体は主にラニーが行うようで、直接の手当てはせずあくまでどういった怪我や症状があるかを知るだけの診察のようだった。

 

「……ふぅ。トキヒサさんの方はこれで応急処置は終わりと。エプリさんの診察はどうですか?」

「エプリさんはかなりの疲労と出血が見られますが、解毒と止血はしっかりされているようで緊急性はやや低めかと」

 

 同じテント内なので、多少布でそれぞれ仕切られているとは言えこちらにも声が聞こえてくる。エプリは少なくとも私が見た限りにおいて、大きな傷はクラウンに負わされた脇腹のものと私との戦いのもののみ。

 

 加えるならクラウンは深い傷を与えることよりも、浅くても良いので確実に傷を付けて毒を与えることが戦法。なのですぐ止血と解毒をしたのであれば、出血自体はトキヒサに比べれば大分少ないはず。

 

 ここまで来れるだけの体力もあったし、治療は必要だけどまだ余裕があるということかな?

 

「これはっ!? ……ラニーさんっ!」

「何かありましたか!? ……これは!?」

 

 私の身体を診ていた隊員が焦った声でラニーを呼ぶ。ラニーはこちらに駆け寄り、私の身体を見て驚いた様子を見せる。

 

 怪我自体はトキヒサに比べたら比較的まだ余裕があるけれど、どうやらラニー達が気にしているのはこの胸に埋め込まれた魔石の方らしい。ラニーは埋め込まれた魔石をじっと見て、

 

「……いえ。どうしてこのようなことになっているかは分かりませんが、見た所こうなったのは少なくとも数日前のようですね。魔力も大半を使い切っているようですし、今すぐどうにかなるというものではなさそうです。どちらかというとトキヒサさんと同じく身体中に見られる裂傷の方が問題ですね。……仕方ありません。トキヒサさんの次はセプトちゃん。その次にエプリさんの順で治療を行います」

 

 適性があるのでトキヒサよりは酷くないけど、それでも身体中に小さな傷が拡がっている。一つ一つは小さいけど、数が数だけに出血量だけで言ったら私の方が多い。その点でこのヒトは私を優先しようというのだろう。

 

 トキヒサといいこのラニーというヒトといい、私が奴隷であっても他のヒトと同じように扱う。そのことが私には不思議だった。

 

 

 

 

「……はい。お話は大体分かりました」

 

 治療を終えた翌日、私はこの目の前にいる男、ゴッチ・ブルークというヒトからの質問に答えていた。横にはエプリとアシュが同席している。

 

 トキヒサはまだ目を覚まさない。本当なら傍で待っていたいところだけど、私の話を聞きたいということで呼ばれているので仕方がない。出来ればトキヒサに話したかったのだけど。

 

 ただ、ゴッチは様々なことを聞いてきたけれど、あまり答えられるものはなかった。クラウンは秘密主義な所があって、私のような奴隷に対してはほとんど何も話さなかったし、アジトの場所も普段転移で移動していたので不明。

 

 ただ私の身体に埋め込まれている魔石の話題になると、何故か皆痛ましいモノを見るような目で私を見る。

 

 ラニーが診た所、どうやらこの魔石は私の身体とほぼ一体化していて取り外すことが難しく、外すにしても専門の設備と術者が必要になるらしい。このままでは最悪の場合魔石が凶魔化し、それを身に付けている私もそうなるという。

 

 ただそれは魔石が限界を迎えたらの話で、定期的に私が魔力を消費すればある程度は抑えられるらしい。それなら心配は要らないみたい。痛みも特にないし、奴隷として活動する分には問題なさそう。

 

「さて、最後にセプトさんの処遇ですが、セプトさん自身はどうしたいですか?」

「私?」

「はい。その首輪を調べました所、何故か現在()()()()()()()()()()()()()()()()()()状態にあります。……そういった契約を結ばれましたか?」

 

 トキヒサが私の? 思い返してみると、一緒に幕の中に閉じ込められていた時、何故かトキヒサは無理に外したら命を奪うこの首輪をいとも簡単に外してみせた。その時首輪が一度消えたと思ったら、少ししてまたどこからともなく取り出して私に手渡した。

 

 あの時自分が主人になるように登録を……いや、それにしてはトキヒサはそのような素振りは見せなかった。それに命令も特にしていなかった。

 

 一度外したことでクラウンの登録は解除されるにしても、首輪に正式に登録しなければ、ただ着けただけでは主人にはならない。

 

「……いいえ。だけど、トキヒサが主人ならそれで良い」

 

 私は少し考えて、そしてすぐに考えるのを止めた。奴隷には主人が要る。それが誰で、どんなヒトであっても。

 

 でも今確実に言えるのは、トキヒサは私の主人でなくてもほんの少しだけ気に掛けたいと思えるヒトだということ。

 

 それが主人となるのなら、気に掛けないという道理はない。これから彼に尽くし、彼に仕え、彼のモノであろう。

 

 

 

 

 ジロウ。あなたの宿題。私にも主人以外に少し気にかけるヒトが出来たけど、そのヒトが主人になった場合はどうすれば良いんでしょうか?

 




 トキヒサが意識不明の間の話でした。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その九

 トキヒサが目を覚ましたのは、さらに次の日の事だった。

 

「…………知らない……こともない天井だ。……ぐっ!? あいたたたっ! これはしばらく誰かを待つしかないか」

 

 起き上がろうとして痛がるトキヒサ。命に関する傷こそ塞いではいるものの、全身の細かい傷はまだ残っているのだから当然だと思う。

 

「何だかんだ俺もホームシックだったんだなぁ。……あんな夢見るくらいだもの」

「あんな夢ってどんな夢?」

「それはちょっと恥ずかしくて言えないかな。男にも秘密の一つや二つは有る物なのさ。…………って誰っ!?」

 

 以前ジロウが、夢にはそのヒトの抱えて居る何かが現れると言っていた。なので私は少しだけ気になって、()()()()()()()()()()()()()()姿を見せる。

 

「おはよう。トキヒサ。待ってた」

 

 ちなみに同じベッドに入っていたのは、「男の心を掴むには同じベッドに入れば一発よ」とここの女性隊員達が話しているのが聞こえたから。これで少しでも喜んでもらえれば良いのだけど。

 

「あの……ちょっと、セプトさん? 出来れば可及的速やかに一度離れてベットから降りてくれるととてもありがたいって言うか……頼むから降りてくださいお願いしますこの通り」

 

 顔が赤いので熱でもあるのかと思って近づいたら、何故かそう言って頭を下げながら表情をころころと変えるトキヒサ。

 

 主人の言いつけであれば従うのが奴隷。私は速やかにベッドを降りる。

 

「……何を百面相しているか知らないけど、アナタが想像しているようなことには多分なっていないわよ」

 

 トキヒサの護衛として傍についていたエプリが、冷静な口調でそう告げる。

 

 ベッドの中に潜り込んでいた私の方が喜んでもらえるとは思うけど、エプリのように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のも喜んでもらえたかもしれない。

 

 

 

 

「えっ!? 俺が倒れてからもう二日も経ってるっ!?」

「そっ。……ハッキリ言って重傷だったのよアナタ」

 

 薬師であるラニーは所用で外に出ていてもうしばらく帰ってこない。なので待っている間、起きたトキヒサはエプリから寝てる間の事を聞いて驚いていた。

 

「ごめんなさい。そうなったのは、私のせいだから」

 

 私は申し訳なくて頭を下げる。あの時はまだ主人ではなかったとはいえ、このような酷い怪我を負わせてしまったのだもの。叱責されても仕方ないだろう。だけど、

 

「ああ。そういう事か。気にするな……とは言えないけどさ、こんなボロボロだし。でもな」

 

 トキヒサはそう言って私に手を伸ばす。殴られるのはクラウンで慣れてるけど、あまり強く殴られると仕えるのに差し障る。私はゆっくりと目を閉じて、内心そう強く殴られないように願いながら衝撃に備えて身を固くする。

 

 しかし来たのは衝撃ではなく、包帯越しだけど温かい手の感触だった。

 

「俺がこうなったのは自分で選んだ結果だから。そこまで気に病まなくていいぞ。……それにちゃんと謝ったろ? なら……それで良いんだ」

 

 そう言いながら私を安心させるように頭を撫でるトキヒサ。こうやって頭を撫でられるのはいつぶりだっただろうか?

 

『良い? セプト。あなたは幸せになってね。……私よりも、誰よりも。良いご主人様に出会って、幸せになってね。……それだけが、私の願いよ』

 

 私の脳裏に、同じように頭を撫でながらそう言った母の最期の言葉が過ぎる。少なくとも、目の前のこのヒトは確実にクラウンよりは良い主人だと思う。これなら母の最期の願いも叶えられそうだ。

 

「うん。ありがと」

 

 だから私もそう謝るのではなくお礼を返す。するとまたトキヒサは少し顔を赤くした。やはりまだ熱があるのだろうか?

 

 そこにエプリの咳払いが入り、トキヒサの手が離れた。……ほんの少しだけ温かい感触がなくなったことに寂しさを覚えつつも、エプリがまた説明を続ける。

 

 そして私の話題になった時、

 

「私があの人(クラウン)の奴隷になったのは二週間くらい前。買われてすぐに、私は()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って服の襟元を下に引っ張り、私はその魔石を露わにする。そしてラニーが私の身体を診て話してくれたこと。つまりこの魔石に魔力が溜まり切ったら凶魔化する危険性があることや、下手に取り外すことが出来ないことなどを話した。

 

「そんな。じゃあセプトはずっとこのままか!?」

「……少なくともここでは無理ね。一流の術者と設備が万全な状態でならあるいは……でもそれには相当な金が要るでしょうね」

 

 トキヒサはただの奴隷の事だというのに酷く取り乱し、どこか憤懣やるせないというような態度だった。

 

「大丈夫。溜まりすぎないように時々魔力を放出すれば良いってラニーさんも言ってた。だから、トキヒサがそんな顔する必要ない」

「あぁ。ゴメンなセプト。ちょっと世の中の理不尽さに嫌気がさしていただけなんだ。ほらっ! もう大丈夫」

 

 主人を気遣うのは奴隷の務め。なので私がしたから覗き込むように見上げると、トキヒサも心配をかけまいとしたのか笑ってくれる。

 

 奴隷が主人を気遣うのではなくて、主人が奴隷を気遣うのではあべこべなんだけどな。

 

 

 

 

「それにしてもセプト。お前これからどうする? 一応話は聞かせてもらったし、予定通りクラウンの所に行くのか?」

 

 一通り話も終わり、トキヒサはふと思いついたようによう聞いてくる。

 

「私は奴隷。奴隷は主人のところに居るもの」

 

 私は自身の首輪を触りながらそうはっきりと宣言する。

 

 クラウンが今もまだ私の主人であるのなら戻っただろう。それが奴隷として仕えるということだから。だけど今の主人はトキヒサ。クラウンの所に行くつもりはない。

 

「でもその主人は相当タチが悪いぜ。この分じゃセプトを散々こき使って最後にはポイだ」

「大丈夫。そんなことしない。とても優しいから」

 

 トキヒサが何故か心配そうにそう言うが、目の前のヒトがそんなことをするとはどうにも思えない。むしろ優しすぎて、奴隷のためにあれこれ気をまわしかねない所があるのでそうじゃないと教えなくては。

 

 だというのにさっきからトキヒサが何やら悶えている。「……おのれクラウンの野郎っ!」とかぼそりと口から洩れているけどどうしたのだろうか?

 

「……トキヒサ。そう言えば言っていなかったんだけど、あの時首輪は」

 

 エプリが横から何か言っているけど、今のトキヒサには聞こえてないみたい。

 

「そうか。……セプトの主人への気持ちはよぉく分かった。もう止めないよ。いつクラウンの所に行くか知らないけど、元気でな」

 

 トキヒサは無理やり作ったような強張った笑顔を浮かべながら、それでいてどこか悲しそうにそう言った。

 

「…………? 何故クラウンの所に行くの?」

「えっ? だから、主人の所に行くんだろ?」

「うん。だからここにいる」

 

 なんだか話が嚙み合っていない気がする。遂にはトキヒサはまだクラウンが近くに居るんじゃないかと警戒する始末。……もしかして、気づいていないのだろうか?

 

「……セプト。その主人がいる方を指差してくれ」

 

 私は言われた通りトキヒサに向けて指を指し示す。そのまま自身の後ろを振り向くトキヒサだけど、当然そこには何もない。

 

 そしてエプリの助言と、私の指がさっきから自分を差し続けていることにやっと気が付き、

 

「もしかして…………主人って俺?」

「うん。トキヒサ(ご主人様)

 

 テントにトキヒサの叫び声が響き渡った。どうやら本当に気が付いていなかったらしい。私は最初から主人として接していたというのに。

 

 

 

 その日の夜、私はラニーの個人テントに泊めてもらうことになった。

 

 本当は奴隷としてトキヒサの近くを離れたくはないのだけど、まだ怪我が治りかけていないのに傍を離れなかったらトキヒサの負担になると言われたら仕方がない。

 

「…………はい。もう良いですよセプトちゃん」

 

 そう言われて、私はそっと服を正す。調べたいことがあるからと、ラニーにまた私に埋め込まれた魔石を診てもらっていたんだ。

 

「どう、だったの?」

「やはりことはそう簡単には行きそうにありませんね。ここまで身体と一体化しているとなると、普通のやり方では摘出は難しい。……やはりエリゼ叔母様に頼むのが最善でしょうね。しかし……むぅ」

 

 ラニーはそこで何とも言えない表情をした。嬉しいような、恥ずかしいような、それでいてどこかむくれているような、そんな表情を。

 

 この場所に来て短いけれど、目の前のヒトが腕の良い薬師であることは疑いようがない。そしてそれは腕だけでなく、常に怪我人のことを思い不安にさせないよう笑顔で安心させるところもそうだ。

 

 それなのに、ラニーがこんな表情をするのは初めてだった。なので私はほんの少しだけ興味を持った。

 

「その、叔母様ってヒトが、嫌いなの?」

「へっ!? いや、そんなことはないんですよセプトちゃん。ただ……その、なんて言いますか」

 

 ラニーは珍しく慌てた様子でぶんぶんと腕を振り、そしてどこか昔を思い出すような顔をする。

 

「叔母様は、私の育ての親のようなものなんです」

 

 それからラニーはぽつりぽつりと話してくれた。

 

 自分が小さい頃両親を亡くしたこと。母の姉であるエリゼに引き取られ、薬師としての技術を叩き込まれたこと。その時の縁が元で今の上司に出会い、その下で働くうちにこの隊の薬師になったことなどだ。

 

「叔母様を嫌ってなんていません。むしろ慕っているし、恩も感じています。叔母様は薬師としてもヒトとしても尊敬できるし、実力も確かです。ただ……私にとってはそれと同時に()()()()()()なんです」

 

 叔母様は私と会う度、いつも私の身体の調子を気遣ってくれる。だからこそ、近くに居ると甘えそうになってしまう。そんなことじゃいつまで経っても叔母様に届きそうにない。ラニーはそういったことを言って苦笑していた。だから、

 

「甘えても、良いんじゃないかな?」

 

 私はついそんなことを口走っていた。

 

「大切なヒトは、いつ居なくなるか分からない。傍に、居られなくなるかもしれない。だから、甘えられる時に甘えても、良いと思う」

 

 もし母が今も生きていたら。そんな益体の無いことを考えることは今までなかったけど、ラニーの言葉を聞いてふと考えてしまった。

 

 今もまだあの奴隷商の下で親子で奴隷だったのかもしれないし、クラウンに揃って買われていたのかもしれない。あるいは別々のヒトに買われていたのかも。

 

 だとしても、多分今よりもっと多く話をすることが、もっと多く触れ合うことが出来たのだろう。それは必ずしも良いことばかりではないかもしれないけど、そういうかけがえのない何かがあったのだろう。

 

 だからこそ、今その大切なヒトと話す機会のあるラニーは、その分甘えても良いんじゃないかと、そう思ったんだ。

 

「……そう……ですかね。じゃあその一瞬一瞬を大事にまた話してみるとしましょうか。ふふっ! ありがとうございますセプトちゃん。少しだけ気分が軽くなりました。……だけど本当なら薬師が患者の不安を取り除くのが仕事ですから。これじゃああべこべですね!」

 

 ラニーは少しだけ吹っ切れたような顔をして、そう一本取られたように私に笑いかけた。

 

 そうしてその日の夜は更けていったのだった。

 

 

 

 

「なので、私もまたトキヒサの傍に行っちゃダメ?」

「ダメです! それは怪我が治ってからね」

「…………分かった」

 

 良い雰囲気のまま許可を取ろうとしたけどダメだった。惜しい。

 




 セプトがトキヒサと一緒に寝ようとしたりするのはこういった理由がありました。と言っても下心というより、主人に喜んでほしいという面の方が強いですが。

 あと調査隊の女子隊員の言葉は、あくまで本当に一部の隊員の意見だと思っていただければ。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その十

 流石にセプト視点も長くなってきたので途中までダイジェストです。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 そうして私がトキヒサの奴隷になり、埋め込まれた魔石を取り除くためこのノービスに来てからも色々なことがあった。

 

 

 

『トキヒサ。出来た』

『おうっ! よく頑張ったな』

 

 着いたばかりでいきなり荷車の横転事故に巻き込まれた時も、倒れた荷車を運ぶのを手伝い終わったら、トキヒサはそう言って労いながら頭を撫でてくれた。この瞬間は気分がほっこりした。

 

 

 

『ゴッチから報告を受け、すでに検査の用意をしてある。先に医療施設に搬送されているバルガスも現在治療中だ。……安心しろ。凶魔化などさせるものか』

 

 ノービスの偉いヒトであるドレファス都市長に、息子ヒースに喝を入れる代わりに私の身体を診てくれるヒトに取り次いでもらった。どこかヒースとの関係に悩んでいそうなヒトだった。

 

 

 

『皆さん初めまして。私はエリゼ。この教会の院長をしているわ。……と言っても私以外にシスターが数人いるだけの小さな教会だけどね。フフッ』

 

 ドレファス都市長に教えてもらった場所で、実はラニーの叔母だというエリゼに私の身体を診てもらった。ラニーの言った通り、優しくて落ち着いたヒトだった。

 

 

 

『コホン。では改めまして。長女のアーメです』

『次女のシーメだよ』

『ソーメです……末っ子』

『『『私達、三人揃って…………『華のノービスシスターズ』』』』

 

 ちょっとよく分からないけど、何故か凄いと思えるアーメ、シーメ、ソーメの三姉妹と仲良くなった。あの独特の名乗りはどこから持ってきたんだろう?

 

 

 

『…………セプト。エリゼさん達を信じてみよう』

『分かった』

 

 エリゼの作った私の魔石が自然に取れるようになる試作品の器具を、エリゼの言葉を信じたトキヒサの言葉を信じて身に付けた。あんまり重くないしそこまで邪魔にもならなくて良かった。これまでと変わらずにトキヒサに仕えることが出来る。

 

 

 

『どうしたの? トキヒサ』

『な、何でもない。それより早く離れて……あと服はきちんと着てプリーズ』

 

 わざわざ奴隷をベッドで寝かせて自分は床で寝ていたトキヒサが、毛布から足がはみ出て寒そうだったので起きるまでしがみついたりもした。

 

 アーメ達にトキヒサと一緒に寝るならこうした方が良いと言われて、わざと服を少し乱したけど、身体に付けた器具が出てしまったせいか、すぐにトキヒサに服をちゃんと着るよう指摘された。どうやらあの話は少し間違っていたみたい。

 

 

 

『それなら今は無理に目的を作らなくても良いんじゃないか? 目的なんざ生きてるうちにころころ変わるもんだ。だったら今無理やり目的をひねり出さなくたって、やりたいことが出来るまで待ってりゃいいのさ』

 

 ジューネとトキヒサに聞かれて、自分のやりたいことを考えたけど思いつかない時、アシュにそう言われてそういう考え方もあるのだと知り、

 

『トキヒサ。私、一人でやりたいことが見つからなかった。でも、一緒に行っちゃ……ダメ?』

『ダメなもんか。セプトがやりたいことを見つけるまで、一緒に行こうぜ』

 

 トキヒサにも言われて私は焦らなくても良いのだとホッとした。ジロウの宿題もそうだけど、これでまた一つやることが増えた。

 

 

 

『やあやあジューネちゃんじゃないか。ここしばらく顔を見せに来てくれないものだから、ワシもすっかり老け込んでしまったわい』

 

『……ふぅ。まだまだ私も未熟ですねぇ。自分で言ったばかりだってのに、口だけで止められないからって腕に頼ってしまうとは』

 

『只今ご紹介に与りました情報屋のキリですよっと。お代と時間さえいただければ、大抵のことは調べてみせるよ。以後よろしく!』

 

 その後もジューネに護衛を頼まれたトキヒサに付き添って、取引相手のコレクターで貴族のヌッタ子爵、商人ギルドの仕入れ部門のトップだというネッツ、何故かモフモフに目がない情報屋のキリに会いに行ったり、

 

 

 

『こうすると、男は元気になるって言ってた。でも、やりすぎると元気になりすぎて危ないから、基本的に好きなヒトだけにやった方が良いって』

『そ、そうか。確かに誰彼構わずするとマズイからな! うん』

 

 夜中に目が覚めたらなんでかトキヒサの額が赤くなっていたので、以前アーメ達に教えてもらった男のヒトを元気にする方法の一つ、痛そうな所を優しく撫でてあげたら、トキヒサがすぐに元気になって引き離されたこともあった。

 

 ……もう少しこのままでも良かったのに。

 

 

 

『……出来た! 出来たぞっ!』

『私も、出来た』

『はい。お二人ともちゃんと書けてますね。書き取りテスト合格です!』

 

 それから皆で一緒に勉強会もした。奴隷にはこういった知識は不要というのがかつての持ち主だった奴隷商の教えだったけど、こうして勉強してトキヒサの役に立てるならとても嬉しい。

 

 どうやらトキヒサもこれは得意じゃなさそうなので、その分私が頑張ればもっと役に立てるかもしれない。

 

 

 

『これは……硬貨ですか? しかし私の知っているどの硬貨とも違うようですね』

『ああ。俺の故郷で流通しているものでな。ここらへんじゃまず出回ってないと思うぜ』

 

 他にもトキヒサが能力で出したイチエンダマ。素材で言うとアルミニウムというものをジューネに見せて売り込もうとしたり、

 

 

 

『ねえ。聞いても、良い? ヒースは、最近授業を逃げてるって聞いたけど、ホント?』

『……僕に答える義務があるとでも?』

『お願い。教えて』

 

 毎日の鍛錬の終わり際、ヒースに何故他の講義をさぼるのか尋ねてみたりもした。あの時何故かヒースは私から目を逸らしてずっと隠れようとしていた。私はただ普通に尋ねていただけなのに。

 

 

 

『ごめんなさい。私のせい』

『セプトを責めないでやってくれよジューネ。今回の都市長さんからの頼まれごとは、セプトにとっては自分の身体を治療するための交換条件みたいなところもあるからな。それに、俺も分かっててさっきセプトを前に出したしな。謝るなら俺の方だ。ゴメン』

『……ああもぅ二人とも、別に責めてはいませんよ。それを言うなら段取りを伝えていなかったこちらにも非が有ります。すみませんでした』

 

 だけど尋ねたけどそのまま逃げられてしまい、私が勝手にやったことなのにトキヒサとジューネもそれぞれ謝って結局皆で互いに頭を下げあったりもした。ジューネはまだしもトキヒサは私の主人なのだから頭を下げるのはおかしいと思うんだけどな。

 

 

 

『……そういうのをね、要らぬ心配余計なお世話って言うの。迷惑がかかるかも? ハッ! 何も知らないうちに雇い主が捕まる方が迷惑という話よ。……それに、トキヒサが居なくなったら困るヒトがそこにも居るじゃない』

『置いて、行かないで。居なく、ならないで。……お願い』

 

 自分が魔石の不法所持で最悪牢獄送りになった時のために敢えて何も言わなかったトキヒサに、つい縋り付いてしまったこともあった。

 

 奴隷という立場から言えばそれはとても不敬なこと。実際すぐに私も離れた。だけどあの時トキヒサが居なくなったらと考えて、急に胸が怪我もしていないのにチクチクと痛んで、無性に触れていたいと思った。

 

 次はちゃんと我慢しなきゃ。

 

 

 

『準備出来たよ姉ちゃん』

『こっちも……大丈夫だよ』

『よろしい。ではトキヒサさん達はお座りください。“五分で分かる七神教の成り立ち”はっじまっるよ~!!』

 

 ある時はアーメ達の演じたお芝居がとても面白く、影絵の参考にもなるのでまたやってほしいと思った。

 

 あれなら練習すれば、人形だけなら私も近いことが出来るようになるかもしれない。声まではちょっと自信ないけど。

 

 

 

『ちょ、ちょっと買いすぎじゃないかジューネ』

『何を言ってるんですかトキヒサさん。まだまだ予定の半分くらいしか回っていませんよ』

『トキヒサ。私、持つ?』

『気持ちはありがたいけど、もうセプトもキツイだろ? 腕がプルプルしてるぞ』

 

 ジューネの買い物に付き合うトキヒサと共に荷物持ちをしたこともあった。毎回こんなに買い物をするなんて、商人はとても大変だ。

 

 

 

『……セプト。この中で戦力になりそうなのはアナタだけだから、くれぐれも二人を頼むわ。……またトキヒサがバカをやって危険に突っ込んでいこうとしたら力尽くでも止めて』

『分かった。任せて』

 

 講義をさぼって街に出ているヒースを尾行する際、別行動をすることになったエプリにトキヒサの事を頼まれた時は、時々予想を超えたことをやらかすトキヒサを何としてでも守らないとと奮起したり、

 

 

 

『そんなに美味しいんですか? どうも初めて見る品で心の準備が』

『まあ一口食ってみろよ。セプトなんかすぐに食べ始めたぞ』

『美味しい。美味しい』

 

 初めて見るラーメンという食べ物を、トキヒサに勧められて舌鼓を打ったりもした。食べていると身体と心がほっこりする食べ物だった。

 

 

 

 そして、食べ終わった後の帰り道、品物を買い取ってほしいという浮浪者のようなヒトの品物をトキヒサが確認していた時、

 

『…………何でこんな物が?』

 

 品物の中にあった小さな板みたいなものを見て、トキヒサが凄く驚いたような顔をしたのに気が付いた。それがトキヒサにとってどれだけの意味を持つのか、この時の私にはまるで分らなかった。

 



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閑話 ある奴隷少女の追憶 その十一

『まずは自己紹介から。あたしの名前は大葉鶫(おおばつぐみ)。元の世界では花の高校一年生。陸上部に入ってましたっす。好きなことは身体を動かすこと全般。気軽につぐみんと呼んでもらっても良いっすよ!』

 

 笑いながら自己紹介をしたそのヒトは、どこかジロウやトキヒサと同じ感じがした。

 

 トキヒサが気にしていた小さな板、スマホというらしい物の出所を探し、辿り着いたのは私から見てもボロボロと思えるほどの家の形を保っただけの何か。そこに住んでいたのがこのツグミだった。

 

 ツグミが何故かトキヒサをセンパイと呼ぶのは驚いたけど、ここで互いに自己紹介をした時、

 

『護衛さんに……ど、奴隷っすか!? まさか桜井センパイっ!? 年下の子にご主人様なんて呼ばせるコアな趣味があったんすか!?』

『違うってのっ! セプトは成り行き上預かっているだけだよ。俺はいわば保護者。……(仮)みたいな感じだけどな』

 

 トキヒサのこの言葉に、私は少しだけ落ち込んだ。私はトキヒサの奴隷なのに、トキヒサは預かっているだけだという。……もっと役に立たないと。

 

 

 

 

 ツグミには不思議な能力があった。

 

『『ショッピングスタート』。カテゴリは飲み物。それとコップっす』

 

 そう言って変な道具に触れると、それだけで突然目の前に見たことのない飲み物が現れたのだ。

 

 好きなだけ出せるというものではないらしいけど、それでも空属性という訳でもなく色んな物が出せるというのは凄いと思った。

 

 その後何やら私がよく分からないまま話が進み、トキヒサの持っていた道具から綺麗な女の子の姿が映し出されて何か話していたけれど、その辺りはやっぱりよく分からなかった。

 

 ただ、トキヒサとツグミが会ったばかりなのに何か気が合っているのを見て、ほんの少しだけ前みたいに胸がチクチクとした気がした。

 

 

 

 

 そしてトキヒサがツグミに一緒に行かないかと誘ったその日、

 

『しかし百万デンかぁ。一気にちょっとした金持ちになってしまったな』

 

 ドレファス都市長とのイチエンダマ……アルミニウムの取引で、トキヒサは百万デンという大金を手に入れた。

 

 暮らしぶりにもよるけど数年は何もしないで暮らせるだけの額。トキヒサはイザスタというヒトを探しているらしいので、当然全てそのために使うものだと思っていた。……なのに、

 

『じゃあ金も入ったことだし、今の内に払える分は払っておくとするか。まずはジューネとアシュさんの分な』

 

 そう言ってジューネ達に謝礼を払うまでは分かる。だけど普通に上乗せとして金貨を払おうとしたり、エプリにも大目に払おうとしたり、遂には、

 

『これでエプリの分も終了っと。……あとはセプトとボジョの分だな』

『私達の、分?』

 

 なんとボジョと一緒に私にまで渡そうとした。私は奴隷としてしか生きられないから自身を買い戻す金なんて必要ないのに。

 

『ああ。セプトは自分のことを奴隷のままで良い、奴隷としてしか生きられないって言うけどな。それはそれとして給料を払う必要があると考えていたんだ。細かい取り決めとかは状況が悪かったから出来なかったけど、よく働いてくれているのに変わりはないからな。それに、今は目的が見つからないかもしれないけど、いざその時になったら先立つものが必要になるだろ? だから渡しておく』

 

 何度私をもっと奴隷らしく扱ってほしいと言って断っても時久は納得せず、強引に私に金を握らせてきた。

 

 私は困ってしまった。生まれて初めて自分で好きに使える金を持ってしまったことに。一体どうすれば良いのだろうか?

 

 

 

 

『しっかし異世界に来て三週間になるけど初めて来たな。だけど考えてみたらそりゃああるよ。必要になるもの』

『そうっすね。モンスターが普通にいる世界っすから。ファンタジーの世界だからこそ大真面目にあるっすよね』

『……私にとっては仕事柄見慣れたものだけどね』

『私は、あんまり行かない』

 

 トキヒサが資源回収で向かった武器屋。私は以前一度だけ使いで行ったことがあるけれど、トキヒサやツグミは行ったことがないみたいだった。

 

 店のヒトに要らない物を見せてもらい、早速一つずつ調べようとした時、

 

『セプトは俺が言った査定の内容をメモしてくれ。出来るか?』

『うん。任せて』

 

 ()()()()()()()()()()()()()。それだけでやる気が漲る。

 

 これまでの勉強会の成果を見せるべく、私は一言も漏らさぬようにトキヒサの言葉を書き留めていった。

 

 

 

 

『セプトは何か欲しい物は有ったかい?』

 

 査定が終わり、トキヒサと一緒に店の中を見て回ると、トキヒサが急にそんなことを言い出した。

 

『大丈夫。私、あんまり武器、使わないから』

 

 これは本当のこと。私は自分が肉体的に優れているとは思っていない。だからジロウとの訓練の時も、流石に数日で肉体を鍛えるのは難しいということで徹底的に魔法のみを鍛えあげた。

 

 エプリみたいに肉弾戦も出来ればと少し教わっているけど、まだまだ上達には至っていない。なので武器らしい武器は今は特に使わない。

 

 もし()()()()()欲しいものと言われたら、

 

『そっか。じゃあ……これなんかどうだ?』

 

 一瞬だけそう考えて目線が行ったのを読み取られたのか、トキヒサは私が見ていた小さなブローチを手に取った。

 

 それは、アーメ達が身に付けていたブローチとよく似た物。もしかしたら同じヒトが作ったものなのかもしれない。

 

 横のある説明文をどうにか読める所だけ読み取ると、どうやら魔力を流すと僅かに光を放つ細工がされているようで、私の魔法を使う時に使えるかもしれないと思っての事。

 

『大丈夫。私、欲しくないから』

 

 だけど普通に欲しいと言ったら、トキヒサがまた自分の金で私に買いかねない。なので欲しくないと言ったのに、

 

『それにしては一瞬目がそっちに行った気がしたけどなぁ。……じゃあこうしよう。俺が個人的に気に入ったので買うから、セプトが持っていてくれ。あと持っているだけじゃ寂しいから、時々付けてくれればなお良しだ』

 

 そう言って半ば無理やりに押し付けられてしまった。……トキヒサはやはり普通より感覚が少しずれている気がする。私みたいな者にこうして贈り物を贈るなんて。

 

 だけど……主人に従うのが奴隷の務め。付けていてほしいというのが願いであれば、それを叶えなくては。

 

 そうしてあとでそのブローチを服の左胸に付けた時、少しだけ自分の顔がほころんだ様に感じた。

 

 

 

 

 その後は初対面ととなったジューネとツグミが喧嘩して仲直りし、それが元でトキヒサとツグミが異世界、ここではない別の世界から来たことを知った。

 

 私には別の世界と聞かされてもよく分からない。元々私にとっての世界は奴隷商の所の牢屋の中ぐらいだったし、こうして外へ出てからも世界は広いのだと毎日のように思う。

 

 なのでさらに別の世界があると聞かされても、そうなのかとしか思わない。ただ、トキヒサやツグミが少し普通のヒトと感覚が違うのはそのためかもしれないとは感じた。

 

 そうすると、二人と似たような感じのしたジロウも別の世界の出身なんだろうか? それなら次に会う時にそのことを話してみるのも良いかもしれない。こちらだけ宿題を出されて不公平だと思っていたけれど、これを聞いたらジロウを驚かすことが出来るかも。

 

 

 

 

 その後ツグミの能力を確認がてら異世界の食べ物を食べたり、ジューネがお菓子の値段を聞いて目を丸くしたり、そんなことをしている内に、トキヒサがヒースの事を気にかけていた。

 

 今日は何かしら起きる可能性が高いけど、そんなときにヒースが家に戻らないのはおかしいと。

 

 そして事情を知っていそうなジューネに尋ねると、言える範囲でいくつか話してくれた。今日の夜中から明日にかけて、この町で何かが起こると。それも都市長やアシュ、それに百人以上の衛兵が動くような何かが。

 

 トキヒサはそれを聞いてヒースを探しに行こうとした。エプリとジューネが理詰めで止めようとするも、トキヒサは感情のままに行こうとする。

 

 私は……この場合どうすれば良いんだろうか?

 

 トキヒサの安全を第一に考えるなら二人と共にトキヒサを止める方が良い。……だけど、主人がしたいことを手伝うのもまた奴隷の務め。そして……。

 

『私からも、お願い。トキヒサと、一緒に行く。ヒースのこと、私も気になるから』

 

 元々ヒースの事は、私の身体の件と引き換えに都市長から頼まれていたことでもある。なら、その分は私も動かなきゃ。

 

 そうして何とかエプリとジューネを根負けさせ、探しに行くことを認めてもらったけれど、肝心のどこを探せばいいのかは分からなかった。

 

 人手を増やそうにも、もうすでに屋敷のヒト達は探しに出払っている。顔を突き合わせて困っていた時、

 

『人手っすか? それなら何とかなるかもしれないっすよ!』

 

 そう言い放ったツグミが、これまでになく頼れる顔つきに見えたのは錯覚だったかもしれない。

 




 やはりセプトの出るシーンだけとはいえ百話くらいをまとめ直すのは結構しんどいものがありますね。

 セプトの内心もありますし、もはや閑話だけで下手すると短い章が一つできるんじゃないかと。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その十二

 屋敷にジューネを残し、ツグミの提案でトキヒサ、エプリ、ツグミ、そして私の四人で一度ツグミの家に立ち寄り、連絡用の道具を取ってくるということに。

 

 そして合図である照明弾を夜空に打ち上げて少しした時、

 

『おやぁ? おやおやおや? 夜の散歩中にふらりと立ち寄ってみれば、何やら面白いことになっているじゃないかツグミ! ここは一つ私も混ぜてはくれないかい?』

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 少なくとも十人以上の奴隷を引き連れたその男は、ツグミが言うにはレイノルズ・エイワ―スという奴隷商人らしい。

 

 私は一目見て分かった。この男は前私を所有していた奴隷商とは格が違う。

 

 奴隷を商品として扱うから()()()()、自分以外の……いや、場合によっては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()何かであると。

 

 レイノルズが商品(奴隷)を貸し出すと言ってきた時、トキヒサは少し悩んでいた。私はトキヒサがどんな判断を下しても着いて行くつもりではあるけれど、レイノルズには常に警戒していようと感じた。

 

 そしてトキヒサがレイノルズの申し入れを受けようとした時、

 

「ちょっと待ってくださあぁぃ!!」

 

 響き渡る制止する声と共に、現れる三人の白いローブ姿のヒト。それは、

 

『長女アーメ』

『次女シーメ!』

『末っ子……ソーメ』

『『『私達、三人揃って…………『華のノービスシスターズ』』』』

 

 昨日教会で会ったばかりの、アーメ達シスター三人娘だった。

 

 

 

 

『そんじゃ細かい交渉はお姉ちゃんに任すとして、私達はこっちでお話でもしよっか! オオバがトッキー達と知り合いなんて初めて知ったし、シーメはセプトちゃんと話がしたいよね』

『うん! セプトちゃん。私……また色々お話したい』

 

 そう言ってツグミの家に誘ってくるシーメとソーメ。私としてはまた話をしてみたいけど、トキヒサから離れるのもマズい気がする。なのでその意を込めて視線を向けると、

 

『こっちにはエプリもいるし大丈夫だから。ゆっくり話をしてきな』

『ありがと、トキヒサ。……行ってくるね』

 

 そう言われてしまっては仕方がない。話をしてみたいというのは間違いないし、私は素直にシーメ達と一緒にツグミの家で待つことにした。……あと近況報告もしたいということでツグミも一緒に。

 

『はいは~い。それじゃ座って座って! 何も遠慮することはないっすよ!』

『もう座ってるよオオバ! しっかし驚いたよね。まさかオオバがトッキー達と知り合いだったなんて』

『うん。驚いた』

 

 皆で机を囲んで座り、互いにこれまでの経緯を話し合う。どうやらツグミはこの世界に来たばかりの頃に偶然アーメ達と知り合ったらしい。

 

『いやああの時はまいっちゃったっすよ。丁度レイノルズと色々あって、アーメ達と会ってなきゃ今頃どうなっていたことか』

『そうかなあ? なんだかんだオオバは一人でも何とかやっていた気がするけどね!』

『そう……だと思う』

 

 そうして話も弾み、今度は私達との出会いの方に話が伸びていった。

 

『……ってなわけで、あたしも近日中にセンパイと一緒にちょっと遠出してくるっすよ! 上手くいけば帰れる手段も見つかるかもしれないっすから』

『そっかそっか! やっと自分の世界に帰れるかもってことだね。やったじゃん!』

『うん! 良かったですね。オオバさん』

『二人は、知ってたの? ツグミが、別の世界のヒトだって』

 

 今の会話の中で、少しだけ気になったのでそう聞いてみる。すると二人は顔を見合わせてこくりと頷いた。

 

『その様子だとセプトちゃんも知ってたんだね』

『オオバさんは、いつも自分は異世界から来たって、言ってたから』

『だって本当の事っすよ! ……まあ信じてくれた人なんてほとんど居なかったっすけど』

 

 話によると、前にも言っていたけどツグミはこの世界に来た当初から隠すことなく異世界から来たことを話していたのだという。

 

 だけどそんな話をまともに取り合ってくれるヒトは少なく、結局信じてくれたのはアーメ達くらいだったという。

 

『まあ私達の場合も途中まで半信半疑だったけど、オオバのあの能力を見ちゃうとね。出したのがどれも見たことも聞いたこともない物ばっかりだったし、これはもう下手に疑うより信じた方が面白そうかな~って』

『面白そうって何っすか~!? もう……そうだ! 久しぶりに皆で菓子でも摘ままないっすか?』

『お菓子!? ……でも、オオバさん、大丈夫ですか? その、お金とか』

 

 そういえば、ツグミの能力はお金がかかるんだった。それに一日に使える分にも限りがあるとか。だけどツグミはそれを聞いてムフフと笑う。

 

『そこはもうこれまでのあたしじゃないんっすよ! これまでは日本円……あたしの世界のお金が心許ないんで満足に買えない状況でしたが、そこは色々あって大幅に改善されたっす! ……見よっ! この五千円札ちゃんをっ!』

 

 ツグミがそう言って目の前で広げてみせた紙は、今日の食べ歩きの途中でツグミがトキヒサに貰っていた物。その時はよく分からなかったけど、後からそれが異世界で使われているお金だと知った。

 

『……何その紙? なんか絵みたいなものが描いてあるけど』

『ふっふっふ。これぞ異世界のお金五千円。こっちの世界で言うと五百デン分っす! ……まあ少し使っちゃったけど、まだ今日使える分でちょっとした贅沢なら出来るっすよ!』

『これがお金……なのですか? ……不思議』

 

 ソーメがツグミからその紙を借りてジッと興味深く見つめる。私も最初紙がお金だなんてちょっと驚いた。軽いから運びやすいと思うけど、ちょっと引っ張ったら破けてしまいそうで怖い。

 

『おおっ! よく分からないけど、それならお言葉に甘えていただいちゃおうかな! ちなみにどんなお菓子なの?』

『みんな大好きブ〇ックサンダー……と行きたい所なんっすけど、それはさっき出しちゃって今は出せないんすよね。なので……美味い・安い・腹持ちが良いと三拍子揃ったこのうま〇棒の出番っす!』

 

 ツグミはそう言ってまた道具(タブレットというらしい)を操作すると、棒状の何かがたくさん詰まった袋を取り出した。

 

『とりあえずパーティー用の詰め合わせセットを出してみたっす! これだけ詰まってなんとお値段三百円! こっちで言う所の三十デンっすよ。さあさあお一つどうぞ!』

『これは……前のブ〇ックサンダーみたいに袋を破けば良いんだよね? よっ……と。いただきま~すっ!』

 

 シーメは袋を破り、中の薄黄色い棒状のものに齧り付く。そして、

 

『……美味っ!? これメッチャ美味いね!』

『すごく、サクサクしてます』

 

 すぐにシーメは目を輝かせる。次におそるおそる齧ったソーメも、その食感が癖になったみたいで目を閉じて口だけもぐもぐさせている。

 

『これだけあって三十デンって…………一個一デンっ!? いや絶対もっと行くでしょっ!? 一個三十デンの間違いじゃないの?』

『いやホントに一個一デンっすよ! これぞ庶民の強い味方。安いから小腹が空いた時についつい買って食べちゃうんすよね』

 

 ツグミも一つ齧りながら微妙に変な顔をしながらそう言う。トキヒサが前言っていたけど、ドヤ顔というものらしい。

 

『ありゃ!? セプトちゃんは食べないんすか?』

 

 奴隷が主人を差し置いて勝手に食べるというのはどうにも抵抗がある。なので食べないでいると、ツグミから声をかけられた。

 

『私はいい。トキヒサの分を残しておかないと』

『ああ。なるほど……セプトちゃんは良い子っすね。だけどたくさんあるから大丈夫っすよ! どうぞどうぞっす! それにセンパイは下手に遠慮しない方が喜ぶんじゃないっすかね?』

『そうだよ。セプトちゃん。これ、美味しいよ!』

 

 ツグミに加えてソーメも勧めてくる。……確かにトキヒサは、私は奴隷だというのに普通のヒトのように振る舞ってほしいようだった。なら、毒見も兼ねて一つだけ先に頂いても良いのかもしれない。

 

『分かった。じゃあ一つだけ貰うね』

 

 そうして一つ分けてもらったうま〇棒は、名前の通りとても美味しかった。

 

 

 

 

『ところでセプトちゃん。その、胸に付けてるブローチ。どうしたの?』

 

 一向に来ないトキヒサ達を待っている間、ふとソーメがそんなことを口にする。私はその言葉に咄嗟にブローチを手で撫でる。

 

『そういえば、今日武器屋に行った時にセンパイが買ってましたっすねぇ! 自分で付けるにしては可愛らしいものだと思ってましたけど、まさかセプトちゃんへのプレゼントだったとは』

『えっ! 何々? プレゼント? ……その話詳しく!』

 

 ツグミがニヤニヤしながらそうポツリと漏らし、それを聞いて何故かシーメが鼻息荒く詰め寄って少し離れる。……よく見たらソーメも話を聞く態勢に入っている。

 

 時折、『おぅっ! そこはかとなく漂うラブ話の気配っす』とか、『やっぱこういうのは乙女の栄養源だよね!』とか聞こえてくる。ソーメも話に合わせてコクコクと頷いているので聞こえているみたい。

 

 よく分からないけど、何だかこのままだとどんどん勝手に話が進んでしまいそうなので訂正しておかないと。

 

『別に、たまたまシーメ達が身に付けているのと似たブローチに目が留まって、それをトキヒサも気に入って買っただけだよ。それに贈り物ではあるけれど、あくまでトキヒサの物だから私は預かっているだけ。付けた方がトキヒサが喜ぶから身に付けているけど。あと魔力を流したら光るから暗い所でもトキヒサの役に立てるし』

『『『へ~。本当に~?』』』

 

 何故かほぼ同時に、三人がこちらを微笑ましいものでも見るみたいに見ながら言う。……どこにそんな要素があったのだろう?

 

 トキヒサ達が来たのはそれから少ししてからの事だった。

 




 トキヒサがエプリ、アーメ、レイノルズ達と話している間の話です。

 ちょっとした女子会みたいになってしまいました。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その十三

 トキヒサとアーメにさっきのレイノルズとの話の内容を聞き、ひとまずレイノルズ達より先にヒースを見つけて連れ戻すという方針が皆の中で決まる。

 

『“同調”の加護?』

『そっ! 私とお姉ちゃんとソーメが生まれつき持っていた加護。ざっくり言うと、()()()()()()()()()()()()()()

 

 三手に別れ、ヒースの手がかりを探して私とトキヒサ、ツグミとシーメで以前行ったラーメン屋に向かう途中、シーメからそんなことを聞かされた。

 

 何でも、この町の端から端までくらいの距離であれば姉妹で互いの場所や考えていること、体調なんかが分かるらしい。

 

 羨ましいと思った。そんな力があれば、離れていてもトキヒサ(ご主人様)のことを感じていられる。もっと役に立つことが出来るのだから。

 

 

 

 

 その後ラーメン屋に着いたけど、もうヒースはここを出ていて店のおじさんも今どこに居るのかまでは知らなかった。

 

 これでもう手がかりがなくなってしまったと困り果てるトキヒサやツグミ。だけどそこへ、シーメを介したおじさんから情報を引き出したことでエプリが何かに気づき、一度合流して話し合おうということになった。

 

 そうして店を出ようとした時、

 

『ちょっと待って下せえ。……こちら、お土産にどうぞ』

 

 おじさんがお土産と言って持たせてくれたのは、ギョウザという蒸かしたパンのようなもの。後でツグミに聞いてみると、中に刻んだ野菜や肉が詰まっているらしい。ホカホカの湯気を立ててとても美味しそうだ。

 

『うちの常連さんをよろしく頼んます』

 

 そう言って深々と頭を下げるおじさんの姿は、紛れもなく誰かを大切に思うヒトの姿だった。なのに、

 

『早いとこ見つけないとな』

『……ムグムグ……そうっすね』

『……そうだよね……ムグムグ』

 

 トキヒサはともかくツグミとシーメは早速ギョウザに齧り付いている。二人とも早く見つけに行かないと! それにしても美味しそう。

 

 ちなみに、

 

『……遅かったわね。……それと餃子を私達にも渡しなさい』

『ちょっとだけ……本当にちょっとだけ、お腹が空いてしまって。すみません』

『……ああもう分かったよ。時間が無いからさっさと皆で食べてしまおう。セプトも遠慮せず食え! 俺も食う!』

『ありがと。トキヒサ』

 

 合流したらエプリとソーメ、それにボジョもギョウザを欲しがり、結局皆で食べてから行くことになった。……やっぱり思った通りとても美味しかった。

 

 

 

 

『全員乗ったわね? ……出るわよ』

 

 ギョウザを食べ終わってクラウドシープに乗り込んだ私達は、これまでの事柄を纏めたエプリの推測、そして教会に向かったアーメの心当たりを頼りに次の場所へ向かう。その途中、

 

『ゴメン。少しだけ止めてくれエプリ。……すみませんっ! ヒースの情報は何かありましたか?』

『おお。貴方方でしたか。……いいえ。こちらではまだ手掛かりらしきものは何も。先ほどからレイノルズ殿の部下の方も協力して探してくれているのですが、どうやらあちらもまだ見つけられていないようです』

 

 エプリが今日ヒースを見かけたらしい場所、そこでは何人ものヒトがヒースを探していた。屋敷で見たヒトも居れば、さっきレイノルズと一緒に居た奴隷も居た。これだけでもヒースがいかに多くのヒトから気に掛けられているかが分かる。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 私が仮に居なくなったとしても、身を案じて探すようなヒトはそうはいないだろう。もしかしたらトキヒサは優しいから探すかもしれないけど、やはりそれくらいだろう。

 

 だって……私は、ただの奴隷なのだから。

 

 

 

 

『…………あっ! うんうん……今着いた。そっちは…………分かった。引き続きよろしくね』

『シーメ。向こうはどうだって?』

『先に着いて探しているけどまだ見つかってないって。まあ簡単に見つかれば苦労はないんだけどね』

 

 私とトキヒサとシーメ、エプリとソーメとツグミの二手に別れ、アーメの調べてくれた心当たりの場所に到着。そこは倉庫のような建物が集まった場所で、ヒトもほとんどおらずどこか寂しい場所だった。

 

 早速シーメがエプリ達と連絡を取るけれど、向こうもまだ見つけられないでいるらしい。ただ、

 

『……なるべく早く探して合流するから、私が居ない間無茶をしないように。特に自分から荒事に首を突っ込むことの無いように。……良いわね?』

『大丈夫大丈夫! そうそう厄介なことは起こらないって! ……多分』

『……その多分がアナタが言うと非常に怖いの』

『センパイのこれまでの武勇伝を聞くと、そういう反応も全然間違いじゃないと思うっすよ?』

『うん。すっごく心配』

 

 別れる前にそんなやり取りがあったので、エプリ達は向こうに居なさそうならすぐにこちらに合流しに向かうと思う。エプリは風で近くに居るヒトを見つけることが出来るし、クラウドシープに乗ってくるからそんなに時間はかからないはず。

 

 そうしてこちらはこちらでヒース探しを始めたものの、一向にその姿は見当たらない。

 

『確かにエプリの言った条件に当てはまっている場所だけど……どういった場所なんだろうな?』

『ここらは通称物置通りって言ってね、確かテローエ男爵って貴族様が管理してるって前お姉ちゃんから聞いたよ。なんでも、金を払うと一時的に物を預かってくれるんだって。……話によると後ろ暗い物なんかも結構あるってさ』

 

 そんな雑談を交えながら、月が隠れてすっかり暗くなった場所を、明かりをつけてヒースの名を呼び掛けながら探す私達。その途中、

 

『ヒースや~い! 近くに居るならさっさと出てこ~い! こらっ! 聞いてんのか良いとこのボンボ~ン』

『ボンボ~ン』

 

 トキヒサが言うには、金持ちの親に甘やかされて育ったヒトのことをそう言うらしい。甘やかされたかはともかく、意外と語呂が良いのでつい私もそう呼んでしまう。

 

 いくら何でもそれは不敬じゃないかとシーメがたしなめるけど、

 

『良いんだよこれくらい。ヒース一人のためにどれだけの人が心配して動いてくれてるかって話だよ。むしろガツンと言ってやんなきゃ分かんないんだって』

 

 なるほどとトキヒサの言葉にそう思った。私とは違って、ヒースはあれだけ多くのヒトに自分が気遣われているということを知るべきだ。

 

 だけど……トキヒサにもそれは当てはまるのじゃないかと少し思う。トキヒサが居なくなったら、少なくともエプリやボジョ、ジューネ、アシュ、ツグミ、それに当然私も探すだろう。なのでその点を踏まえてじっと見たら、トキヒサはあからさまに顔を背けて知らないフリをしていた。

 

 それからはシーメも気が変わったのか興が乗ったのか、

 

『ヒース様~。ボンボン様~。居るなら早く出てきてくださいよ~! 出てこないと以前エリゼ院長から聞いた恥ずかしい話をペラペラ喋っちゃいますよ~!』

 

 なんてことを言いながらにんまり笑っていた。それなりに敬っているのは態度から分かっていたけど、それでも普段から溜まっていたものはあったらしい。……とても楽しそうだ。

 

 そして遂に、

 

『ボンボ~ン』

『ボンボ~ン!』

『ボンボボ~ンのボ~ン!』

『やかましいわこの野郎っ!!』

 

 呼びかけにやっと反応があった。良かった! ここに居た! そう思ったのに、そこに建物の一つから現れたのはヒースではなくボンボーンという別人だった。

 

『さっきから黙って聞いていれば、ぶっ飛ばされただのお漏らしだのと何言ってやがんだこのチビが!』

 

 トキヒサに詰め寄る怒り狂うボンボーン。危ないっ!? このままじゃトキヒサが殴られてしまうと前に出ようとしたが、

 

『待って。今出ると余計ややこしくなりそう。ここはトッキーに任せようね』

 

 そっとシーメが私の肩に手を置いて引き留めてきた。……確かに私が戦ったら、場合によってはトキヒサに迷惑がかかるかもしれない。

 

 本当にトキヒサが危ないと思ったら飛び出すつもりだけど、ここはトキヒサの実力を見守ろう。……ただ、

 

『おい。どうしたよ!』

『なんだなんだそのガキ共は?』

 

 ボンボーンが出てきたのと同じ建物から、別の二人が出てきた。

 

 やっぱり私も加勢した方が良いかもしれない。




 話を書くために一度読み返してみると、実に多くの誤字脱字があって嫌になります。中々なくならないものですね。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その十四

『珍しく外が騒がしいと思ったら、どうしたよボンボーン?』

『何だお前らか。このガキ共が俺のことを貶してやがったからよ、今からちいっとヤキを入れてやろうと思ってな。今からチャチャっと済ませるからさっさと戻んな』

『ヒヒッ。良いねぇ。丁度酒も切れて退屈していた所だ。俺も混ぜろよ』

 

 新しくやってきた二人。どちらもまた明らかにこちらに好意を持っているとは言い難い雰囲気のヒト達だった。トキヒサとソーメが何とか弁解しようとするも、どうも話を聞いてくれる感じじゃない。

 

『トキヒサ。このヒト達、やっつける?』

 

 私はトキヒサとシーメにだけ聞こえるよう小さな声で話しかける。トキヒサ(ご主人様)に手を出そうというのであればそれは私の敵だ。命令さえあればすぐにでも目の前の三人に攻撃を仕掛けるべく、手に持ったカンテラの光で照らされる私の影に軽く魔力を送る。

 

 以前の怪我も治って身体の調子もほぼ万全。毎日治療の一環で影属性の練習もしているので、精密さに関して言えば以前よりも格段に上がっていると思う。

 

 トキヒサはどうやらヒトを殺すことを嫌うみたいなので、死なないように相手の急所を避けて腕や足の関節を狙えば良いかな?

 

『待てってセプト。こういう時は話し合いで解決しないと』

 

 だけどやはりトキヒサは優しいから、あくまでも話し合いで解決しようとする。シーメはどう転んでも大丈夫なようにこっそり身構えているみたい。

 

 このまま戦いになるかと思った時、相手の一人が許してやっても良いと言ってきた。トキヒサは安心したように顔をほころばす。だけど、その男の表情に近いものを私は見たことがある。クラウンがわざと奴隷に失敗させて相手を苛めようとする時と似た顔だ。私は警戒を緩めない。

 

『その代わり、そっちも誠意って奴を見せてもらわねえとなぁ。なぁに簡単なことだ。……そっちのオンナ二人を置いていきな』

『………………へっ!?』

 

 トキヒサは今の言葉が上手く伝わらなかったように呆けた顔をして聞き返す。

 

 シーメは私を庇うように手で制しながら一歩下がり、私もより一層影に魔力を込めてもう今にも荒れ狂いそうなほど。

 

 どういう目的で私とシーメを置いて行けと言ったのかはよく分からないけれど、私は()()()()()奴隷だ。それを奪おうというのなら見過ごすことはできない。

 

 もちろんトキヒサ自身が置いて行っても良いと言うのなら私はそれに従うけれど、シーメはその限りじゃないはずだし。ならわざわざこんな要求を呑む必要はない。

 

 だけど向こうは既に決まったことだと言わんばかり。男の一人がなにやらクラウンとはまた違う気持ちの悪い笑みを浮かべながらこちらに手を伸ばし、

 

『何のつもりだボンボーン?』

「そりゃあこっちの言葉だ。舐められたらその分ぶちのめすのは当然だが、ガキに手を付ける程日照っちゃあいねえんでな。……ほどほどにぶちのめして追っ払うつもりだったが、気が変わった。おいガキ共。さっさと行け。今回は見逃してやる」

 

 そこで何故か最初に出てきたボンボーンが横から他の男を止める。どうやら向こうも一枚岩じゃないみたい。そして、

 

『……黙って聞いていたら無茶苦茶言って、いい加減にしろよっ!!』

 

 自分から歩み寄ったトキヒサの一撃が、男の一人の顎に綺麗に入ってそのまま打ち倒した。まさか最初に動くのがトキヒサだとは思っていなかったので、私も少しだけ驚いて揺らめいていた影が収まる。

 

『こっちはちゃんと謝るつもりだったんだ。二、三発殴られるくらいは仕方ないと思ったし、多少であれば金を払っても良いと思ったさ。けどな……仲間を、しかも美少女を身代わりに差し出せなんてこと言われて、黙ってられるわけないだろうがっ!!』

 

 仲間……か。多分だけど、トキヒサの中ではそれは私も含まれている。トキヒサはそういうヒトだと思うから。だけど私はあくまで奴隷。いざとなったら真っ先に見捨ててほしいと思う。

 

 だから、トキヒサが私の事を含めてそう言ったことに、今一瞬だけ胸の奥底がドクンと弾んだのは良くないことなのだろう。

 

 その後ボンボーンは何故か戦おうとせず、残ったもう一人が逆上してナイフを出してトキヒサに襲い掛かろうとした。

 

 だけど、私やシーメが割って入って防ごうとしたその瞬間、まるで風のように何者かが男の首筋を叩いて気絶させる。そこに現れたのは、

 

『さっきから騒がしいと思ったら、どうしてお前達がここに居る?』

『アシュさ……って今度はお前かよヒースっ!』

 

 探していた人物である、都市長の息子ヒース・ライネルだった。

 

 

 

 

 突如現れたヒースだったけど、何故かボンボーンと喧嘩になりそうだったのでトキヒサが仲裁に入る。

 

『なっ!? 何をするんだ!?』

『言い訳無用だこの野郎! セプトっ! 一発コイツにかましてやれ。ここに居ない人たちの分も含めてな』

『分かった。皆の分。まとめて』

 

 私は魔力を影に注ぎ込み影造形を発動する。

 

 トキヒサ、私、エプリやシーメ達、一応ツグミに、他にもヒースを探している沢山のヒト達。私が思いつくだけのヒトの数だけ影は枝分かれしていき、一つ一つがそれぞれ剣や槍や大槌などの形をとってヒースに向けられる。

 

 あとこの前トキヒサに教えてもらったハリセンという武器も出てきた。……これは多分トキヒサの分だと思う。

 

『あんまりやりすぎないでねセプトちゃん。流石にそれ全部当たったらいくらヒース様でもケガするから』

『ま、待て! 早まるな。話せば分か……うわあああっ!?』

 

 流石にこれはマズいと思ったのかヒースは逃げようとしたけど、影はジリジリと間を詰めて伸びていき、一斉にヒースに襲い掛かった。ゴメン。トキヒサの命令だから。

 

 だけど、結局まともに当たったのはハリセンの影だけだった。少し悔しい。

 

 

 

 

『この度は……誠に申し訳ありませんでした』

『私も、ごめんなさい』

『知らぬこととは言え私も色々言っちゃったからね。すみませんでした』

 

 その後、ボンボーンにトキヒサやシーメと一緒に謝って、どうにか許してもらえることになった。

 

 シーメも加護でアーメやソーメに連絡を入れて、あとはヒースを連れて帰るばかり。そう思ったのだけど、話はそれだけでは終わらなかった。

 

『……悪いがまだ帰るつもりは無い。探しているものがあるんでな。それが済むまで待て。……あと毎回言っているが、気安く呼ぶんじゃない。名前に様かさんを付けろ』

『なっ!? なんでだよヒース!? そもそもこんな夜更けに何を探すって言うんだ? ……こらっ! 無視するなよヒース!』

 

 トキヒサに返事をすることもなく、ヒースはそのままボンボーンに尋ねて何か当りを付けているようだった。仕方なくトキヒサがさんを付けると、ヒースもようやく口を開く。

 

『……それで結局何を探してるんだ? せめてそれくらい話してくれてもいいだろ? 皆を心配させた分ってことでさ』

『お前に話す義理があると』

『お願い。教えて?』

『…………分かった。話す。話すからじっと見つめないでくれ』

 

 何故か私が聞くと、ヒースは少し後退りながらも普通に話してくれる。私は嫌われているのかもしれないけど、トキヒサのためならさらに嫌われてもどうということもない。

 

 

 

 

 そうしてヒースの口から語られたのは、私にはよく分からない話だった。

 

 今から二か月ほど前に起きた、ヒースが調査隊の副隊長を退くことになった事件。主に裕福な家ばかりを狙う組織的で大規模な連続押し込み強盗。

 

 その手口は、強盗の後()()()()()()()()トンネルを掘らせ、それを通って逃げるというもの。奴隷達の作業環境は劣悪で、どれだけ犠牲になったか今も正確には分かっていないという。

 

 そのことを聞いて、私は少しだけその奴隷達の事を思い自分の首輪をスッと撫でる。その奴隷達は主人に恵まれなかったのだろう。あるいはそれ以外の何かに。

 

 奴隷は主人に仕えるモノだけど、基本的に自分で主人を選ぶことはできない。僅かとはいえそれが出来て、そして主人にも恵まれた私はおそらく幸せなんだろう。

 

 話を戻すと、ヒースは部隊を引き連れてトンネルを逆に辿ることで組織の本拠地へと乗り込んだ。だけど組織の首魁の罠によりトンネルは崩落。部隊に死者は出なかったけど、組織のヒトや多くの奴隷達が亡くなったのだという。

 

 ヒースはそのことの責任を取って副隊長を一時的に退くことになり、それからはその逃げた組織の首魁を追って情報を集めていた。

 

 そして、ボンボーン達が居た倉庫の中にまだ残ったトンネルがある可能性が高く、それを使って悪いことをしようとする奴を待ち伏せているということらしかった。

 

『じゃあこれまで講義を抜け出していたのは』

『場所を探すためと、候補の場所で張り込みをするためだ。これまでの事件は全て夜に起きていた。だから現行犯で捕らえるなら夜に動くしかなかった』

 

 ヒトを増やすと相手に勘づかれる可能性が増えるから少人数。それでほぼ単独(協力者はいるらしい)で動いていたのだという。

 

 しかし連絡した以上もうすぐ迎えが来る。そうなったら素直に引継ぎに応じると言うヒースに、

 

『……分かった。じゃあそれまではこっちも張り込みに付き合うよ。相手が何人で来るかは知らないけど、そんなに多くはないだろうしな。それにどのみちエプリ達もこっちに向かってるし』

『私も付き合いますよ~っ! どうせお姉ちゃんもソーメも来るまでまだ間があるし、町の平和を守るのが『華のノービスシスターズ』の仕事ですから』

 

 一緒にここで待つつもりのトキヒサとシーメ。もしここにその組織の誰かが来るのなら、こんな場所からは早く離れた方が良いのかもしれない。……ただ、迎えがこちらに向かっていることを考えると、ここで待って速やかに合流した方が安全かもという考え方もある。結局、

 

『私も、付き合う』

 

 主人の意に沿うよう行動するのが奴隷の役割。トキヒサが残るというのなら私も残る。

 

 そうして私達はここで迎えを待ちながら、ヒースに付き合って張り込みをすることになった。

 




 そろそろ現在に追いついてきました。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その十五

『そう言えばヒース……さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、さっきボンボーンさんと話している時、雇い主に何か心当たりがあるみたいなこと言ってたよな? それって誰なんだ?』

 

 張り込みの途中、急にトキヒサが何か思い立ったようにそうヒースに尋ねた。さんと名前に付けないと機嫌を悪くするというのは面倒だと思う。

 

 ヒースが言うにはあくまで可能性の話で、多少政治的な話にもなるので軽々に話せないらしい。私はそういうことはよく分からないけれど、話さないなら話さないで良いと思う。トキヒサが聞いたら自分から危ないことに向かっていきそうだもの。

 

 その時、急に事態は動いた。張り込んでいた建物の中から、さっきまで話していたボンボーンが同じくさっきの二人を連れて外に飛び出してきたんだ。建物の中にはまだ誰か居る。その誰かがやったみたい。

 

 トキヒサはすぐに飛び出そうとしたけど、ヒースが相手の出方を窺いたいと引き留める。

 

『…………分かった。だけどこれ以上ボンボーンさんがやられるようなことになったら飛び出すぞ。……セプト。掩護を頼めるか?』

『大丈夫。出来る』

 

 張り込んでいるので明かりは控えめだけど、それでも僅かな月や星の光で影は出来る。その影に魔力を送り込み、私はいつでも動けるように影を揺らめかせる。

 

 そして、ボンボーンの後に建物の中から出てきたのは、

 

『やれやれ。先ほどの取引のように有意義な時間はおくれそうにないな』

 

 白い仮面を被り、妙な声をした謎の男だった。その姿を見た瞬間、待つと言ったはずのヒース自身が怖い顔で飛び出していった。そのまま切りかかるけれど、それは男の後ろから出てきた別の淀んだ眼をした双剣使いの男に阻まれる。

 

『……ようやく見つけたぞ。その仮面、その言葉遣い。あの時から何度夢に見たことかっ! 本拠地では逃げられたが今日こそは逃がさないっ! お前を捕縛し、あの時の罪を償わせてやるっ!』

 

 どうやらあの仮面の男がヒースの探していた相手のようだった。

 

『セプトはここに隠れながら掩護を頼む。俺はヒースを助けに行く。……シーメは』

『…………よし。緊急事態をお姉ちゃんとソーメに伝えたから、もう少しで到着するよ! 私はボンボーンさんと倒れているヒト達を見てくる。手当も必要だし、気を失ってちゃ危ないから叩き起こさないと』

 

 明らかに戦いになる雰囲気に、トキヒサは咄嗟に私に指示を飛ばす。本来ならトキヒサこそ安全第一でこの場に残ってもらいたいのだけど、先に行くと言われたら奴隷としては従わざるを得ない。

 

『分かった! じゃあ皆時間を稼ぎながら怪我しないよう命大事にで行こうぜ。……行くぞ!』

 

 そう言ってヒースの後を追ったトキヒサを援護すべく、私は魔力をさらに細かく制御し始めた。

 

 

 

 

『大丈夫? ボンボーンさん。痛い所はない?』

『ああ。悪いな。俺はもう大丈夫だ』

 

 私がここで待機していると、シーメがボンボーン達を連れてきて治療し始めた。……と言っても倒れていた二人は私が影造形で引っ張ってきたのだけど。

 

 トキヒサの援護が第一なのだけど、下手に近くで倒れていたら邪魔になるかもしれないと言われたら仕方がない。トキヒサならホントに倒れているヒトにまで気を遣いかねないし、シーメの方も援護しなきゃいけない。

 

『……よし。じゃああの野郎に仕返しに行くとするか。ありがとよ嬢ちゃん。この礼はいずれまたな!』

『あっ!? ちょっと! 出来ればもう少し安静に……行っちゃったよまったくもう』

 

 傷が大体治るや否や、回り込むように戦いの場に向かって走っていくボンボーン。どうやらあの仮面の男を狙っているみたい。

 

『ところで……治療に集中してて分からなかったけど、今どんな状況?』

『少し、悪いかも』

 

 ヒースは見る限りでは明らかに劣勢だった。

 

 一対一なら多分ヒースが優勢だったと思う。だけど相手は二人。仮面の男の土属性の魔法に体勢を崩され、その隙にもう一人のネーダというヒトに少しずつ押されていく。

 

 そして隙を突かれて致命的な一撃を受けそうになった時、

 

『諦めんなこのバカっ! 金よ。弾けろっ!』

 

 トキヒサの金属性で相手の目をくらまし、その一瞬をついて割って入ることで何とか防ぐことが出来た。それと同時に怪我を応急処置したボンボーンが合流し、三対二で向かい合う。

 

 私も行きたかったけれど、私のやることはここから皆(特にトキヒサ)の援護をすることなので我慢する。今もトキヒサが失敗してたら影で攻撃を防げるように伸ばしていた。

 

 直接相手を攻撃するということも出来たけど……何故だろう? あの仮面の男からは何だか嫌な感じがしてちょっと躊躇った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『お前達……どうして?』

『どうしてもこうしても無いっての! お前何いきなり突っ込んでんだっ! 途切れ途切れに聞いただけだけど、あの仮面をつけた奴がヒースの追っていた奴だってことはなんとなく分かる。だからって一人で行くなよ! 付き合うってさっき言っただろうがっ!』

 

 トキヒサのこういう所は私にはよく分からない。だけど、トキヒサには独自の価値観やルールみたいなものがあってそれを守ろうとする。それこそ、ただの奴隷で敵だった私を命を懸けて助けることをしたりとか。

 

 だから今回の事も、きっとそういうことなのだろう。なら私は奴隷としてそれを助けるだけ。

 

『ふん。……付き合ったことを後悔するなよ。それと…………先ほどはありがとう。助かった』

 

 トキヒサに聞こえないよう後の方はそっぽを向いてヒースはそう言っていたけど、私の方には普通に聞こえていたりした。トキヒサにも聞かせてあげれば良いのに。

 

『あ~らら! ヒース様ったら素直じゃないんだから! それじゃこっちは他の二人を治療しよっか! セプトちゃんはもうちょっと付き合ってね』

 

 ……シーメにも聞こえていたらしい。意外と皆に聞こえてるね。

 

 

 

 

 その後数の上ではトキヒサ達が有利になり、普通に行ったらこのまま勝てるはずだった。私も特に援護する必要もなく。……だけど、

 

『うるっせえなどいつもこいつも。……お前らは黙って俺に刻まれてたら良いんだよぉ。この新しく手に入れた剣の試し切りになぁっ!』

 

 ネーダが服から取り出した二本の赤と青の短剣。それを見た時何となく寒気のようなものを感じた。使っている本人よりももしかしたら危ないかもしれない。そう思えた。

 

 そして、その予感は正しかった。

 

『……()()()レッドムーン! ()()()()()()ブルーム―ン!』

 

 その言葉と共に、赤い短剣からは強烈な炎が、青い短剣からは強烈な氷の粒がそれぞれ噴き出してヒースを襲ったのだ。

 

 なんとか回避するヒースだけど、ネーダは接近戦では不利だと思ったのか炎と氷で距離を取って攻撃するやり方を取り始めた。ヒースの方は遠くから攻撃する技が無いみたいで、近づこうにもなかなか届かない。

 

『シーメ。まだ?』

『もう少し…………よっし! これで大丈夫。さあ起きた起きたっ!』

 

 シーメは治療の終わった二人の頬を叩いて強引に叩き起こす。二人は怪我が治って気が付くと、そのまま何か喚きながらすぐに逃げていってしまった。まあ近くに居ても邪魔なだけだしこれで良いのかもしれない。

 

『この卑怯者め。こっちに来て剣で戦ったらどうだ?』

『はっ! わざわざ相手の間合いに入るバカが居るかよ! ()()()はこのまま丸焼きか氷漬けで決定だ!』

 

 いけないっ! 私が少し目を離したすきに、ヒースの挑発も聞かずにネーダは一緒に居たトキヒサまで攻撃してきた。ヒースと一緒に瓦礫に隠れるトキヒサ。しかし、

 

『ヒャ~ハッハッハ! オラオラ。さっさと出てきて丸焼きになんな! まあこのまま隠れてても良いが、その場合は蒸し焼きになるだけだがな!』

 

 ネーダは二人を燻りだすために、周囲に剣の力で火を放ったのだ。仮面の男とそれを追っていったボンボーンも近くには居ない。自分はもう一つの剣から出る冷気で火から護られ、このままじゃ焼け死ぬのはトキヒサとヒースだけ。

 

『助けに行かなきゃ!』

『いや、セプトちゃんはここで待ってて! ここは私が……マズっ!?』

 

 シーメが何かを見た様に叫ぶ。その視線の先には、剣の先から一抱えもある火球を幾つも空に打ち上げて嗤うネーダの姿。あんなのが一つでも当たったらトキヒサ達もただでは済まない。

 

 それを見て私の足は自然とトキヒサ達に向かって走り出していた。ほぼ同時にシーメも。

 

 ゴメントキヒサ。命令を破るのは奴隷失格だけど、ここからじゃ影で迎撃するのは届かないからそっち行くね。

 

 

 

 

『……“影造形”』

『魔力注入……障壁、展・開っ!』

 

 トキヒサに飛来する火球の一つを私の影で出来た槍が貫いて四散させ、ヒースの方に来た火球はシーメの翳した盾から出る薄青色の幕に弾かれる。

 

 これはシーメが言うには魔力盾というもので、魔力を注ぐ限りこのように攻撃を防ぐ幕を周囲に張ることが出来るという。本気を出したらちょっとしたものだよとシーメはさっき言っていたけど、実際かなり頑丈そう。

 

『やっほ~! 大丈夫トッキー? あとヒース様もご無事ですか? どこか火傷とかしてませんか?』

『トキヒサ。大丈夫?』

 

 途中で体力の違いからか追い抜かれてしまったけど、シーメの後から私もトキヒサの所に走り込む。怪我は……良かった。見た所してないみたい。服の裾からこっそり覗くボジョも元気そう。

 

『セプト! 隠れてろって言ったじゃないか! ここは危ないぞ』

『ごめんなさい。トキヒサが心配だから、隠れながら来た。近い方が、掩護出来ると思って』

 

 命令を破ったから怒られるのは当然だ。私は申し訳なく思いながら顔を伏せる。だけど、トキヒサはそのまま『来ちゃったものは仕方ない。危ないからなるべく俺から離れるなよ』と私に言いつけた。

 

 これは……つまり私に護衛をしろということなのだろう。なら何としてでもトキヒサの身を守らないと。私はこくりとその命令に頷いた。

 




 長かったセプト視点ですが、次回で多分終わりとなります。


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閑話 ある奴隷少女の追憶 その十六

 大分駆け足になりましたが、何とかここまで終わらせることが出来ました。長いセプト視点の話でしたが、これまでのおさらい的な感じで読んでもらえれば幸いです。


 その後の流れは途中まではとても良かったのだと思う。ヒースはシーメから魔力盾を借り、ネーダの懐に飛び込むため私達全員で一芝居打った。

 

 ネーダの放つ炎をヒースが魔力盾で受け止めるように見せかけて、陰からシーメが光属性の“光壁(ライトウォール)”を展開。同時にトキヒサがイチエンダマ……()()()()()()の粉末を炎に投げ入れる。

 

 アルミニウムは粉にして燃やすと強い光を放つらしく、その光で一瞬ネーダの目を眩ませている間にヒースは素早く近くの瓦礫に隠れる。そして居なくなったことを気づかれないように私が影造形を発動し、ヒースのように見える影を同じ場所に身代わりに置く。日頃練習していた影造形が役に立った。

 

 あとはわざとシーメが魔法を弱めて炎に壊させ、ヒースに似せた影を焼き尽くさせてネーダが油断した所をヒースが奇襲するという流れ。

 

 それは上手くいき、剣と盾の両方を持ったヒースは剣のみの時より鋭い動きでネーダを翻弄した。そしてそれなりの深手を負わせてあと一歩のところまで追いつめた時、

 

 

『こちらもそろそろ片付いた頃だろうと見に来てみれば……誰一人仕留めていないとはな。ネーダ。予想以上に使えない奴だ』

 

 

 ボンボーンと戦っていた仮面の男が、ボンボーンから逃げてこちらまでやってきたのだ。さらに援軍なのか、明らかにふらついて目が虚ろな二人の男もやって来て、そのあとからすぐにボンボーンも仮面の男を追ってきた。

 

 だけどもうネーダは大怪我でまともには戦えず、仮面の男も一対一ならヒースが多分勝てる……と思う。トキヒサには下がってもらうとして、私とシーメがトキヒサの護衛をしながら援護。そしてボンボーンが加勢すれば余程のことがない限り負けは無い。

 

 だから……私は油断してしまっていた。仮面の男がローブの中から変な形の棒のようなものを取り出した時、一瞬魔法を使うべきかどうか迷った。

 

 そして、仮面の男がその棒で瓦礫を軽く叩き、周りにキーンという高い音を響かせた瞬間、

 

 

 ドクンっ!!

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 例えようのない痛みが身体を襲い、痛みには慣れていると思っていた私でも胸を押さえて蹲ってしまう。ドッと嫌な汗が流れ、息もひどく荒くなる。

 

 その痛みの出所は、以前クラウンから胸に埋め込まれた魔石。それがどくどくとまるで脈打つように変な光を放っている。

 

『セプトちゃん? ……しっかりしてセプトちゃんっ!』

 

 異変に気が付いたシーメが慌てて私に駆け寄る。

 

 おかしい。確かに前受けた説明で、この魔石がいつか凶魔化するかもとは聞いていた。だけどそれを抑えるために付けた器具もあるし、適度に毎日魔力も使っていたからここまで急になるとは思えない。なるにしても前兆があるはず。

 

 器具が壊れたかなとちょっとだけ思ったけど、目の前のシーメが器具を確認していることから多分そうじゃない。壊れたならシーメが少しは応急修理をしそうだもの。だけどする様子はない。つまりこの器具は壊れていない。

 

 じゃあ何故こんなことに? ……決まってる。あの仮面の男の仕業だ!

 

『……おいそこの仮面野郎。セプトとこの人達に一体何した?』

 

 こんな怒ったトキヒサの声は初めて聴いた。トキヒサのその言葉に周りを見ると、さっきまで居た虚ろな目をした男達の姿が変わっていた。鎧のような筋肉で体を覆い、瞳を赤く輝かせて額から角のようなものを生やした怪物。

 

 私の知るそれとは大分違うけど、その二体は間違いなく凶魔になったのだと判断する。

 

 それとさっきまでヒースと戦っていたネーダも、持っていた剣から浸食されたみたいで半分凶魔みたいになってそこら中に炎をまき散らしている。

 

 凶魔二体とボンボーン、半分凶魔のネーダとヒースの戦いが始まる中、元凶である仮面の男に殴り掛かるトキヒサ。だけど仮面の男は懐から球のようなものを取り出して地面に叩きつけ、そこから出た薄紫の靄に紛れて姿を消してしまう。

 

 そしてその靄には毒性もあったみたいで、凶魔二体と戦っていたボンボーンがそれで身体がふらついたところを殴り飛ばされてさっきの傷口が開いてしまう。

 

 何とかトキヒサの機転で凶魔達を振り切り、瓦礫の影に隠れてシーメの張った膜の中に退避したけれど、もう皆ボロボロでヒースともはぐれてしまった。

 

 そして、

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「心配するなセプト。必ず助けるから。シーメはセプトとボンボーンさんを頼むっ! こいつらはこっちで引き付けるからっ!」

「それは無茶だってっ! トッキー一人じゃ無理だよっ!?」

「勝つのは無理だけど時間稼ぎくらいはできる。今のうちに早くボンボーンさんを治してくれっ! ほらほらっ! こっちだこっち!」

 

 そう言ってトキヒサがここを離れ、今に至る。膜の中ではシーメが、普段とは違う切羽詰まった真剣な顔でボンボーンの治療をしている。

 

 自分の胸に埋め込まれた魔石は真っ黒に染まり、それを抑えるために付けられた器具の魔石もほぼ漆黒に近い。まるでもう一つの心臓のように脈を打つ魔石だけど、多分私の心臓の鼓動の方がずっと煩いほどに鳴っている。

 

 このままだと私もさっきのヒト達みたいに凶魔になるのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トキヒサが、私のご主人様が必死に戦っているんだ。危ないからなるべく俺から離れるなよと護衛を言いつけられた私が、こんな所で蹲ってなんかいられない。

 

「……はぁ……はぁ……ふぅ」

 

 このままじゃトキヒサが危ない。そう考えるだけで胸が苦しくなる。凶魔になりかけている痛みとは別の痛み。だけど、多分こっちの方は慣れることはないのだろう。

 

 だから呼吸を整えて少しでも痛みを和らげる。……大丈夫。痛みも落ち着いてきた。我慢できる。

 

 そこで思い出したのはこれまでの記憶。奴隷の子として生まれ、生まれながらの奴隷として生きた日々。クラウンに買われ、ジロウに戦い方を教わり、エプリとの戦いではクラウンに使い捨てにされ、そしてトキヒサの奴隷として着いて行くことになった記憶。

 

 一つずつ思い返す中ふと気が付いた。トキヒサが危ないと考えると胸が痛くなる。だけどそれとは別に、普段のトキヒサの事を考えるとどこか胸が温かくなったように思えた。

 

 これが多分、以前ジロウの言っていた大切なものが出来たということなんだろう。なら、私のするべきことはもう決まっている。

 

 

 

 

 私はシーメがボンボーンに完全に集中した一瞬を見計らって膜の外に出、そのままトキヒサを追ってなんとか走り出した。

 

 後からこちらを見て慌てるシーメだけど、丁度ボンボーンの治療も肝心な所に入っていたから私を止められない。全部終わったら、ちゃんと謝らなきゃ。

 

 僅かに聞こえてくる戦いの音。そして馴染みのある破裂音を頼りにトキヒサを追う。

 

 先ほどから周りに漂っている薄紫の靄だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。よく分からないけど好都合。

 

 そして遂に、トキヒサと二体の凶魔の戦っている場所に辿り着く。だけど、そこで急に戦っていたトキヒサがバランスを崩した。今頃になって靄の影響が出てきたみたい。シーメの魔法で多少抑えられているけれどそれでも完全には影響を打ち消せない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()で、凶魔二体は構わずトキヒサに腕を伸ばす。だけどそんなことさせないっ!

 

「“影造形(シャドウメイク)”っ!」

 

 距離的に自分の影では間に合わなかったので、僅かにこちらの方に伸びていたトキヒサの影を使って鬼凶魔の腕を刺し貫き受け止める。

 

 ドクンっ!

 

 魔法を使ったらまた魔石の脈動が強くなった。少し息が切れかけたけどまだ大丈夫。まだ頑張れる。

 

「……うぅ。大……丈夫? トキヒサ」

「セプトっ!? なんでこんな所にっ!?」

 

 トキヒサが足止めのために硬貨を凶魔に投げつけ、自分もふらついているというのに私を心配して駆け寄ってくる。

 

「トキヒサを……はぁ……追ってきたの。あとは、私が……頑張るから」

 

 ピシッ! ピシッっとさっきから胸の器具から、何かヒビの入るような嫌な音が聞こえてくる。チラリと見ると、器具に備え付けられた魔石の方にヒビが入っていた。これが割れたらもう一気に凶魔化するだろう。

 

 あともうどのくらい保つだろうか? あと何度魔法を使えて、あとどのくらいの時間私は私でいられるだろうか?

 

 だけど最悪凶魔になったとしても、今この時間トキヒサを護れるのならそれで良い。もう少しでエプリ達も駆けつけてくれる。そうすればトキヒサは助かる。……私の方は分からないけど。

 

 

 

 

 今度はもう間違えない。例え自分が傷ついてでも、トキヒサは優しいから私の事で悲しむのだとしても、絶対にこれ以上傷つけさせない。

 

 私はトキヒサの奴隷で…………トキヒサは私の大切なヒトなのだから。

 




 セプト視点は如何だったでしょうか? 少しでも別の視点からの出来事が表現できていればいいのですが。

 そろそろストックが減ってきてしまったので、ひとまず次の投稿はしばらくお休みさせていただきます。


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第百八十六話 一瞬の油断に付け入る槍

 お待たせしました。短いですが久しぶりの投稿です。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 一人で鬼凶魔二体を相手に奮戦していた俺。しかし周りに撒かれた毒霧のせいで不覚を取り、もう少しでやられるという所で、駆けつけてきたセプトに助けられた……のだけど、

 

「……はぁ……はぁ」

「セプトっ! 無茶するな!」

 

 どう見てもセプトの体調は最悪だった。その青色の前髪はべったりと嫌な感じの汗で顔に張り付き、息も絶え絶えでいつ倒れてもおかしくない。おまけにさっきから、セプトの胸の魔石はどんどんその嫌な輝きを増している。

 

 だというのに、セプトはその両手を鬼凶魔達に翳して“影造形”を発動し続けていた。……俺を守るために。

 

 セプトに繋がっているそこらじゅうの影が剣となり槍となり、様々な形に変化して鬼凶魔達に殺到するが、何度かその拳と打ち合う毎にその数を減らしていく。また、幾つかは身体にも届いているが、その皮膚の頑丈さから痛手にはなっていない。

 

「あ~もうっ! 金よ。弾けろっ! ……こっちだセプトっ!」

 

 俺はポケットから硬貨を掴み出し、そのまま鬼凶魔達に投げつけながらセプトの手を掴んで走り出した。

 

 さっきからこの霧のせいで気持ちが悪く眩暈も酷い。足もふらつくがまだ目の前のセプトよりはマシだ。まずは距離を取らないと。

 

「うわっ!?」

「トキヒサっ! ……“影造形(シャドウメイク)”!」

 

 とは言え、眩暈の中投げつけたから上手く決まらなかったらしい。鬼凶魔の片方が爆発をものともせず殴り掛かってきたのを、セプトが今度は影を盾のように変化させて拳を受け止める。さっきのシーメやヒースの事を参考にしたのだろう。

 

 ただ今度はそう上手くはいかなかった。影で受け止められたのも一瞬の事。すぐにセプトは苦しげな声をあげて影の力が弱まり、そのまま押し切られてしまう。

 

「んなろっ!」

 

 俺も咄嗟に貯金箱を拳の前に掲げてセプトを庇うが、元より純粋な腕力では鬼凶魔に敵わない。身体への直撃こそ防いだものの、貯金箱と俺の身体ごと吹き飛ばされ、セプトと一緒にゴロゴロとその場を転がる。

 

 くっそ~。こりゃマズイ。俺もセプトも絶不調だ。特にセプトはどう考えても一刻を争う。

 

「セプト。何とか俺が時間を稼ぐから、早くシーメ達の所に戻るんだ」

「ダメ…………トキヒサを……守らなきゃ」

 

 俺が何とか立ち上がってセプトの前に立とうとすると、セプトも息も絶え絶えになりながら、必死の形相で立ち上がった。

 

 だけどそこには逃げようとする意志など欠片も見当たらない。身を挺してでも俺を守ろうという意志ばかりだ。……仕方ない。

 

「早く行けっ! これは()()だっ! ……頼むから、逃げてくれ」

 

 命令なんてしたくはない。こんなことを度々していたら、いつの日か完全にセプトを自分の物のように扱ってしまいそうだから。

 

 だけど今敢えて俺はそう言う。これならセプトは逃げてくれるだろう。そんな俺の思惑は、

 

 

「…………()()()()()()

 

 

 初めてセプトが俺の言葉に従わなかったことですぐに崩れた。

 

「私は……奴隷。奴隷は……主人に従うもの。……はぁ……だけど、さっき……トキヒサに頼まれたから。……()()()()()()()()って……言われたから。……二つ命令が……あるなら。私は……こっちの命令を守る。……はぁ……自分で…………選ぶ。離れないで……守るから」

 

 普段のセプトならしないだろう長台詞。声もかすれて苦しみながらも言うからこそ、セプトが間違いなく本気だと感じられた。

 

 命令をわざと曲解してでも、必死に俺の前に立って鬼凶魔達に向き合おうとするセプトに、俺はそれ以上逃げろなんて言えなかった。……だから、

 

「……あ~もうっ! 俺一人で引き付け役をやる筈が、何で来ちゃうかな全くっ! ……()()()()援護頼む」

 

 それが俺の妥協点。

 

 逃げないのはもう仕方ない。だけど俺が前に立つことは譲れない。俺がそう言って前に出た時、セプトの表情は陰になって見ることは出来なかった。

 

 

 

 

 とは言ったものの、

 

「グガアアァっ!」

「このっ!」

 

 鬼凶魔の片割れの剛腕を、セプトの影造形の力も借りて何とかいなす。

 

 いくらセプトの援護があるとはいえ、そもそもどっちも体調最悪。そこらに今もばら撒いている硬貨を起爆させたり、さっきのように俺に直撃しそうな攻撃だけをセプトの影造形で横から絡めてずらすことでなんとか抑えてはいるものの、それ以上のことは正直厳しい。

 

 それにさっきから、セプトの影造形自体も弱々しくなっている。最初は二、三回打ち合って消える程度だったのに、今では一度拳に当たっただけで消えてしまう。そのことも戦況の悪化に拍車をかけていた。

 

「セプトっ! お前やっぱり身体がっ!」

「……はぁ。身体……まだ、大丈夫。だけど、光が……弱くなって、影が……」

 

 その言葉を証明するかのように、空の月が雲に少しずつ覆われていく。げっ!? なんでこんな時に!?

 

 セプトの影属性の基点は当然だが影だ。影は光源がなきゃ出来ない。俺が戦いの中セプトの周りに飛ばした光属性の“光球(ライトボール)”も、それ自体の光量はそこまで強くないしこれ以上数を出すことはできない。

 

 さっきネーダとやりあっていた場所なら残り火で光源には事欠かなさそうだが、そこへはここからじゃやや距離がある。

 

 だからこのまま月が雲に隠れたら、一気に影が無くなってセプトは援護どころか自衛すらおぼつかなくなる。他に何か光源になるような……そうだ! さっき使い残したアルミニウムの粉末だ!

 

「セプト! さっきネーダに使った手で行こう! タイミングを合わせてくれ!」

「……はぁ……分かった。トキ……ヒサ」

 

 俺の意図が伝わったみたいで、セプトは片方の鬼凶魔の足を千切れかけの影の帯で引っ掛けながら頷く。ああやって少しでも時間を稼いでくれているのを無駄にはしない。

 

 俺は使い残した粉末の入った袋に起爆用の硬貨を入れ、チラリとセプトの方を見る。そこでセプトと目が合い、軽く頷いたのを合図に袋を鬼凶魔達に向けて投げつけた。

 

「グルアアア!?」

 

 鬼凶魔達も流石に学習したのか、飛んでくる袋に馬鹿正直に当たることもなくそのまま躱される。……だが別にそれでもかまわない。どうせ眩暈で正確な場所に投げられないのは分かってらぁっ!

 

「金よ。弾けろっ!」

 

 その言葉と共に、()()()()()()()袋の中の硬貨が起爆。そしてその小さな爆炎に反応し、粉末が白い閃光を放ちながら燃える。……今だ!

 

(シャドウ)……造形(メイク)っ!」

 

 直接光を見てやられないよう咄嗟に目を庇いながら、セプトが()()()()()()()()()()()鬼凶魔達の影に直接影造形を発動する。

 

 そして鬼凶魔達の影が一気にぐわっと伸び上がったかと思うと、そのまま膜のように自分の本体に向けて覆い被さった。

 

 考えたな! こいつらときたらボンボーンさんにぶん殴られても俺の金属性を喰らっても倒れないからな。ダメージが無いってことは無いだろうが、このままやりあっていたらこのタフさでどこまでしつこく向かってくることか。

 

 だけどこれならダメージを与えなくても無力化出来る。今も中から破ろうとしているみたいだが、元々自分の影だけあって絡まって引き剥がせないようだ。……以前牢獄で戦った奴もヌーボに纏わりつかれて無力化されてたし、案外こういうのが弱点らしい。

 

「よっしゃ! ナイスだセプト! あれならそう簡単には出られない」

「……はぁ……これでしばらく……大丈夫。トキヒサ……今の……内に」

 

 そうだ。時間稼ぎはこれで多分十分だろう。早くセプトを連れてシーメ達かヒースと合流しなくちゃな。セプトの容体ももう限界そうだし、俺だってさっきからフラフラだ。

 

「ああ。早く戻らないとな。急いで戻れば凶魔化の件だってきっと大丈夫だ。……さあ。セプト」

 

 俺はセプトに向けて安心させるように手を伸ばす。そしてセプトが苦し気ながらもこくりと頷いてその手を取り、

 

 

 

『“土槍(アースランス)”』

 

 

 

 胸に強い衝撃があった。不思議に思って見てみると、

 

「…………ははっ。な、なんだよ……これ」

「トキヒサ? …………トキヒサっ!?」

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 




 この話から投稿が不定期になります。書けたら出すくらいなので気長にお待ち頂ければ幸いです。


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第百八十七話 間に合った者と間に合わなかったモノ

「ぐっ……うぅっ!?」

 

 自分の胸に土の槍が突き刺さっているのを自覚すると、一気に胸の辺りから痛みを感じた。急に顔から血の気が引いていく感じがして、足に力が入らなくなりその場に崩れ落ちる。

 

 くそっ! さっきからの眩暈と相まって意識がっ!? 急に視界が暗くなってきた。胸の土の槍はボロボロと急速に風化して崩れていくが、むしろなくなったことで出血が酷くなりそうだ。

 

 マズい……さっき少しだけ聞こえた声は、おそらくあの仮面の男のもの。鬼凶魔達を無力化した一瞬の隙を突いてきたんだ。この近くに居るのは間違いない。

 

 ダメだ! 俺がヤバいのは当然として、今の状態のセプトじゃ逃げることも出来ない。何とか起きないと……。だけどいくら力を入れても視界はどんどん暗くなり、

 

「トキヒサっ!? ねぇっ! しっか……あぐぅっ!? あああアアァっ!?」

 

 ピシっ! パキーン!

 

 俺の意識が飛ぶ直前に見たのは、胸と取り付けられた器具の()()から強烈な暗い光を放ってうずくまるセプトの姿だった。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

『ようやく片付いたな。実に手こずらせてくれたものだ』

 

 その言葉と共に、自身の予定を台無しにした者への報復を済ませたと見たのか、建物の陰から仮面の男は姿を現す。辺りにはまだ紫の毒霧が漂っているが、体質なのか仮面のおかげなのか苦しむ様子はない。

 

「グルアアアッ!」

 

 そこに、今まで影の膜に覆い被さられていた鬼凶魔二体が、何とか影を振り払ってやってきた。鬼凶魔達は新たに見つけた獲物(仮面の男)に対して本能的に腕を振り上げる。

 

 だが、鬼凶魔達はその直前、急に何かに気づいたように仮面の男から距離をとった。その顔は何かに怯えるような、それでいて手を出そうにも出せない歯がゆさというか、そういう複雑さが見て取れた。

 

『……ふむ。この状態でも凶魔避けの道具は有効と。やはり本能のみで動く凶魔は扱いやすい。狙う矛先を変えることが出来れば…………戦力として運用も可能か』

 

 男はそうポツリと漏らし、何か思いついたようにセプトの方に向き直る。見ればセプトは凶魔化の直前といった様子だったが、その姿は仮面の男がこれまで何度も()()で見てきたものとはやや異なっていた。

 

「あああアアァっ!? トキヒ……サ……アアアァ」

 

 セプトの身体は幾重にも自身の影のような黒い何かに覆われていた。それはまるで自らの身を守るために影を纏ったような、あるいは虫が成長して羽化するための()のような。そんな何かだった。

 

 その様子をもし時久が見ていたら、以前あったセプトの魔力暴走のことを思い出していたかもしれない。規模や周囲への影響の違いはあれど、今の状態はそれに酷似していた。

 

『ほう!? これは興味深いな。凶魔化の進行がやけに遅いのも妙だったが、その過程と結果にも差異があるとは。胸に付けていた何かの器具の影響か、それとも素体そのものが特異なのか?』

 

 本来ならヒトの凶魔化は、埋め込まれた魔石によって肉体そのものを強化、膨張から変質させるのが基本だ。それは時久がこれまで見た凶魔化した者達が、どれも筋肉が膨張して鎧のようになったことから明らかだろう。

 

 だが今のセプトはどうしたことか、それとはまた少し違う変質を成そうとしていた。

 

『ふむ。動きを止めたか。始末する予定だったが……このまましばらく動きがないのであれば持ち帰るということも視野に入れるべきか?』

 

 先ほど即時撤退ではなく、目撃者の始末に敢えて残ったことで思わぬ素体が手に入ったかもしれない。仮面の男がそう思案していると、先ほどの鬼凶魔二体が時久の方に向けて歩いていくのが見えた。

 

 時久は倒れてこそいるが、まだその身体は僅かに動いている。息がある証拠だ。

 

 このままなら自分が手を下すまでもなく、凶魔達がそのままとどめを刺すだろう。もう()()と判断したのか、鬼凶魔達はセプトの方には軽く視線を向けただけ。これならわざわざセプトに攻撃せぬよう処置をする必要もない。仮面の男はそう考えた。

 

 遂に鬼凶魔達は、セプトの横をすり抜けて時久の所に辿り着く。あとは倒れてまともに身動きできない目の前の獲物に自身の剛腕を振り下ろすだけ。

 

 示し合わせたわけでもなく、二体はほぼ同じように腕を振り上げ……そのまま時久に振り下ろす。その時、

 

 

「……“風壁(ウィンドウォール)”。“強風(ハイウィンド)”」

 

 

 一陣の風が吹いた。

 

 

 時久が叩き潰される直前、鬼凶魔達の腕が急に何かに上から強く押されたかのように角度を変えて目標の手前に振り下ろされ、それと同時に猛烈な勢いで吹き荒れる風に押されて時久がゴロゴロと転がる。

 

 そして転がった先に立っていたのは、一人のフードを目深に被った少女。

 

「……まったく。私が居ない間無茶をしないようにと言っておいたのにこの始末。念のため先に一人でこちらに来て正解だったようね」

『何者だね?』

 

 仮面の男は油断することなく後ろ手に土属性の準備をする。

 

 こんな所に通りすがりがこの時間に来るという可能性は非常に少ない。なら目の前の相手は邪魔者だと判断し、溜めの時間を稼ぐために話しかける。なので相手がどう答えようとも関係はない。

 

 鬼凶魔達も、新たに現れ自分達の獲物をかっさらっていった別の獲物にグルルと唸り声を上げる。

 

「……別にアナタに名乗る必要はないわ。ただの傭兵よ。……だけど」

 

 少女は一度チラリと倒れたままの時久の傷口を見て、何か分かったように安堵の笑みを浮かべると、次の瞬間その表情に明らかな怒りを浮かべて目の前の敵を睨みつける。

 

 少女の静かな怒りに呼応するように、その周囲に風が吹き荒れ紫の毒霧を吹き飛ばす。

 

 霧が晴れると時を同じくし、丁度空を覆っていた雲が流れて三つ並んだ月が顔を出した。そして月明かりがサッと少女を照らし出す。

 

「私の雇い主に手を出したこと……たっぷりと後悔してもらいましょうか」

 

 少女……エプリもまた()()()()()()()()()()静かに溜め込んでいた魔力を解き放とうとし、

 

「…………っ!? 強風っ!」

 

 咄嗟に何かに気づいて身を翻すと同時に、倒れていた時久を強風で浮かせて自分の後ろへと飛ばす。

 

 次の瞬間、さっきまでエプリと時久が居た所を猛烈な勢いで火炎と氷雪が蹂躙した。

 

「ガアアっ! オレハ、コレデ、エイユウニ」

「何が英雄だっ! 良いからさっさとその剣を手放せっ!」

 

 続いてその場に現れたのは、既に赤い魔剣だけでなく青い魔剣にも侵蝕を受け、顔の一部を残してほぼ全身が赤黒い外殻に覆われつつあるネーダと、それを追って服の一部が焦げながらも駆けるヒース。さらに、

 

「おいボウズこの野郎っ! まだ死んでねぇだろうなっ!」

「ちょっち待ってよボンボーンさんっ! まだ解毒と腕の応急処置しか……ってトッキー大丈夫っ!? 生きてるっ?」

 

 申し訳程度の応急処置を終えてまだ傷口が完全に塞がり切っていないボンボーンと、時久を見て顔を青くするシーメ。

 

「……ふっ。騒がしくなったものね」

 

 エプリはこの様子を見て、まだ警戒は解かないまでも風向きが良くなったことを感じていた。

 

 今増えた凶魔らしき者を足して向こうは合わせて四体。こちらも初見の者も居るけど、戦えない時久と何故か妙な膜に覆われているセプトを除いて四人。これだけ居れば戦うにしても撤退にしても大分やりやすい。

 

 それは仮面の男も分かっていたのだろう。表情こそ仮面で見えないものの、僅かに焦った様子で一歩退く。

 

 そしてほんの少しの硬直状態の後、最初に飛び出したのは二体の鬼凶魔だった。知性の大半を喪失し、ほとんど本能のみで動く凶魔として、二体は最も近くに居た獲物であるボンボーンに襲い掛かる。

 

 ボンボーンはそのまま拳を握って迎え撃とうとし、

 

「へっ! しゃらくせ……何っ!?」

 

 突然ハッとした様子で慌てて大きく後ろへ飛びずさる。そしてそのまま追撃しようとした鬼凶魔達は………………()()()()()

 

 鬼凶魔達の両手両足を貫き、まるで磔のように空中に縫い留めていた物。それは()だった。

 

 その影は先ほどのネーダの攻撃の残り火で伸び、未だ影の膜で覆われているセプトまで届いていた。……いや、セプト()()繋がっていた。

 

 そして影の膜はハラリハラリと一枚ずつ解かれていき、遂に中に居るセプトの姿を露わにする。だが、

 

「…………セプト? アナタ……本当にセプトなの?」

 

 そこから出てきたのは異形のモノ。濃い青色だった髪は長く伸びて漆黒に染まり、やや細身ではあるがその背丈は明らかに普段より一回りか二回りは大きい。身体の線も女性らしくやや凹凸が見られる。

 

 その姿はまるで影のドレスを身に着けた様。僅かにだが確実に常時ブレており、見るとそのドレスの裾に当たる所が地面に不自然に繋がっている。

 

 見た目だけで言えばこれまでの凶魔に比べて明らかにヒトらしい。だが、その表情はベールのような薄い影に覆われて定かではない。

 

 そしてその何かはエプリの呼びかけに対し、

 

 

 

 

「アアアアAaaaar」

 

 もはや意味のあるかどうかも分からない。それでも、どこか悲し気なただの咆哮で応えた。

 




 という訳で、エプリ達合流及びセプト凶魔化事件発生です。ただ仮面の男が推察したように、普通の凶魔化とは少し異なっています。


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第百八十八話 その名を忘れてなお

 注意! 途中視点変更があります。


 エプリは内心困惑していた。

 

 目の前の何かがセプトであることは見つけた時の状況からしてまず間違いない。だが、あの奴隷の少女と目の前の異形とがどうにも結びつかない。

 

 凶魔化したからと言えばそれまでなのだろうが……何かそれとは別の違和感を感じていた。まがりなりにもそれなりの時間を共に過ごした者として。

 

「……っ!? おい見ろっ!」

 

 ボンボーンが指差す先、そこに居るのは先ほど磔にされた鬼凶魔達。二体は必死に身体を捩って拘束から抜け出そうとしていたが、影の刃はそれぞれがガッチリと両手両足に食い込んでいてちょっとやそっとでは引き剥がせそうにない。

 

 そしてさらに追い打ちをかけるかのように、新たに地面の影から生成された刃がそれぞれの鬼凶魔に向けて伸びると、なんとそのまま幾重にも細かく枝分かれして胸元に食い込んだ。

 

「「グガアアァっ!?」」

 

 鬼凶魔達は苦悶の叫びを上げるが、その程度で刃は止まる筈もなく、ズブズブと音を立てながらドンドン潜り込んでいく。そして、

 

「「アアアァ…………あぁ」」

 

 ぐちゅりと嫌な音を立てて何かをそれぞれの身体から引きずり出したかと思うと、突如興味が無くなったかのように鬼凶魔達をその場に放り出す。

 

 鬼凶魔達は崩れ落ちるとそのままピクピクと痙攣し、みるみると縮んで元のヒトの姿に戻っていく。しかし、その顔色は明らかに悪く身体もあちこち傷だらけだ。

 

 抜き取られたのは凶魔化の原因、核となっていた魔石だった。魔石は妖し気な光を放ちながら脈動している。

 

「魔石を……抜き取っただと? いや、そもそもどうして()()()()()()()()!?」

 

 ヒースは驚きの表情を見せる。それもそのはず凶魔はヒトを襲う。モンスターも襲う。だが()()()()()()()()()()()()。無論明らかな敵対行動をとった場合は別だが、それが凶魔という現象であり常識だ。

 

 いきなり常識からズレた行動をとる新たに現れた凶魔……影凶魔に警戒を露わにするヒースだが、目の前のネーダに向けても構えを崩さない。

 

 ……だが、この後の影凶魔の行動によって一同はさらなる驚愕を味わうことになった。

 

 影凶魔は二体から抜き取った魔石を影で包み、そのまま()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

『…………そうか! なるほどそういう事か! フハハハハ。これは実に珍しい!』

「……へぇ。そこのアナタ。何か知っているみたいね」

『ああ知っているとも。まさかとは思ったが……これは()()()()だ』

 

 仮面の男がつい抑えきれずという感じで肩を震わせて笑い出したのに対し、エプリがダメ元で尋ねてみる。どうせ先ほどの自分のように答える必要は無いと返されるかと思っていたが、意外にも仮面の男は普通に答えた。

 

 声を僅かに弾ませ、まるで喜びを隠しきれないように。

 

『凶魔の中でも数少ない変種。ヒトのみならず他の凶魔をも襲い、その魔石を取り込むことで成長していく生きた現象……いや、いずれ()()にも成り得るモノ。実験では未だ数少ない偶然でしか産み出せていないモノが、まさかこんな所で見つかるとは! 素晴らしいっ!』

 

 仮面の男はゆっくりとした足取りでセプト……影凶魔の方に近づいていく。

 

『さあもっとよく見せてくれたまえ。君は貴重な検体だ。何故通常の凶魔化ではなく凶魔喰いとなったのか? それが素体に何か意味があるのかそれとも身に着けていた器具に原因があるのか、はたまた別の要因があるのか? それが君の身体を調べることで解き明かされるかもしれないのだ。さあさあ早く私の元に…………おや』

 

 どこか狂気を感じさせる勢いでまくし立てる仮面の男だったが、ドスッという音と共にふと自分の胸を見る。

 

 そこには、影凶魔から伸びた影が槍のように何本も束ねられて突き刺さっていた。そのワンシーンはまるで、自らが時久に対して行ったことへの意趣返しのようで。

 

『……ほぉ。これは驚いた。まさか凶魔避けの道具をものともせずに攻撃してくるとは。一瞬()()()()()反応が遅れてしまった。……素晴らしい! 君は実に素晴らしい検体だとも! ますます欲しくなっ…………ゴハッ!?』

 

 話している途中だったが、仮面の男の言葉はそこで途切れた。なにせ身体の内部から影の槍がばらけ、そのまま()()に向けて一斉に突き出されたのだから。

 

 仮面の男は身体の内部から幾本もの影の槍に貫かれ、そのまま一度大きくビクッと跳ねると動かなくなった。

 

「Aaaaarっ!」

 

 影凶魔は先ほどよりもぞんざいに仮面の男の身体を放り捨て、そこへさらに追撃とばかりに一抱えもある影の大槌がひとりでに振り上げられる。

 

 以前のハリセンのような非殺傷武器ではなく、完全に殺意を込めた一撃。それがぐしゃりと仮面の男の身体を叩き潰した。

 

 

 

 

「……おい。どうするよこの状況?」

「こっちに振らないでよボンボーンさん。それより今はトッキーの方! 大丈夫トッキー?」

 

 どうにか最低限の応急処置を終え、急いで時久とセプトの後を追ってみればこの状況。トキヒサが倒れていたことはまだ予想の範疇にあったが、セプトがああ成り果てていることまではボンボーンも予想できていなかった。

 

 しかしボンボーンが困惑している中、シーメは慌てて怪我人である時久に駆け寄る。だが、そこには既に先客が居た。エプリだ。

 

 エプリは時久の傍らで、未だ戦い続けているヒースとネーダ、そして今なお仮面の男の身体を執拗に壊し続けている影凶魔に警戒し続けていた。いざとなればどちらかに、あるいは両方同時に介入できるように。

 

「エプリ! トッキーの容体は? 見た所胸に酷い傷があるみたいだけど」

「……大丈夫。ざっと調べただけだけど外傷はごく僅かよ。()()()のおかげね」

 

 エプリは、時久の服の穴からにょろりと覗く()()()()()()()()、ボジョを指し示した。

 

 時久が土の槍で貫かれる時、()()()()()()()()()()()()()()ボジョが咄嗟に触手で槍を受け止めていたのだ。

 

 だが、ボジョの力だけでは完全に防ぎきることは出来なかった。そこで地味に役立ったのは、今日買い物の中でエプリが時久に贈っていた革製の胸当てだった。

 

 時久がそれを偶然出発の前に服の下に着込んでそのままにしていたこと。衝撃に強く伸縮性のあるホッピングガゼルの革を使ったものだったこと。ボジョの力で槍の勢いが大分弱まっていたこと。

 

 そして時久本人の耐久力などの要因が重なり、実際は土の槍は時久の薄皮一枚を傷つけただけだった。

 

「トキヒサが気を失ったのは……まあダメージのためというよりさっきまでの毒霧のため。それで弱っていた所に、自分の胸に槍が刺さったのを見て勘違いした……といった所かしら」

「だとしても毒で弱っているのは間違いないから、私はトッキーの治療に移るね。……エプリはどうする?」

「私は……ちょっとやらなきゃいけないことが出来たようね」

 

 エプリは時久の治療を始めたシーメを手で自身の後ろに回すと、時久共々背に庇うように立つ。その視線の先には、仮面の男の身体を完膚なきまで破壊し、今度はこちら……正確に言うと()()()視線を向ける影凶魔の姿があった。

 

「……こうしてアナタと戦うのは二度目ね。来なさいセプト」

 

 風が吹き抜ける。エプリの周囲にヒュルリヒュルリと。そして、エプリは挑発するように軽く影凶魔に向けて笑いかけた。不敵に。不遜に。

 

「……一応アナタも私が護る対象の一人だけど、護るべき誰かを見失ったというのなら……思い出すまで相手をしてあげる」

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ……暗い。とても暗い。そして寒い。

 

 私の主人が、××××が倒れてしまった。これ以上傷つけさせないと自分に誓ったのに。

 

 目の前が真っ暗になり、私の身体は影に……いや、それとは少し違う何かに包まれる。

 

 私は奴隷。奴隷は主人のためにあるモノ。自分で選んだ主人が居なくなってしまったら、自分の大切なヒトが居なくなってしまったら、私はどうしたら良いのだろうか?

 

 

 

 

 気が付いたら、周りにはよく分からないモノが沢山居た。暗いからか何なのか姿がよく分からない。

 

 壊せ。打ち砕け。食らいつけ。殺せと、自分を包む()()が囁く。今ならいつもよりも強く、早く、まるで手足のように影を伸ばせそう。

 

 言われるがまま、私は影を伸ばしてそこそこ大きい二つを捕まえる。これともう一つ……いや二つ? からは少し美味しそうな感じがしたからだ。気が付いたら私は酷くお腹が減っていた。

 

 美味しそうな所だけを引きずり出し、それ以外は要らないから放り出す。影に取り込み早速それを味わう。……そこまで美味しくなかった。変な苦みがある。

 

 ()()はさっきからずっと私に囁きっぱなしだ。喰らうだけでなく殺せと。壊せと。

 

 いけない。これは私の主人じゃない。だから従ってはいけない。私は声を無視しようとする。だけど、

 

『~~~~~~』

 

 周りのモノの中の一つ、耳障りな音を立てているそれを見て反射的に思った。これは壊すべきモノだ。喰らう価値は無いが殺すべきモノだ。

 

 何やら近づきたくない何かを持っているようだが、それに構わずそのモノを影の槍で貫く。そしてそのまま槍をばらけさせて内側から串刺しにする。

 

 あぁ。だけど足りない。こんなものじゃ全然足りはしないっ! どこかから湧き上がるこの感情を影は形にしてくれる。

 

 剣で切り裂き、槍で貫き、大槌で叩き潰し、思いつく限りの武器で責め苛んだ。

 

 壊して、壊して、壊して、壊した。

 

 途中からこれはただの物だと分かったけれど、それでも影は止まることなく壊し続けた。そしてもう物としても形が残っていないと頭の片隅で判断し、気は晴れないけど影を収めた。

 

 

 

 

 私は何をすれば良いのだろうか?

 

 何かを忘れているような気がするのだけど、それも思い出せない。

 

 ()()は相変わらず五月蠅いほど囁き続けている。だけど特に従う気も起きない。

 

 お腹はまだ減っているからまた美味しそうなモノを取りに行こうか? そうして視線を動かした時、

 

 

 ××××を見つけた。

 

 

 ××××は倒れ伏している。……そうだ! 私は何でこんな大事なことを忘れていたのだろう?

 

 早く。早く。××××の所に行かなくちゃ。その周りにまだよく分からないモノが居るようだけど、邪魔するのなら追い払うか壊してしまえば良い。

 

 今行くから。もう少しだけ待っていて××××。

 

 

 

 

 

 

 ××××って……誰だっただろうか?

 



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第百八十九話 風と影は夜に躍る

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ザンっ!

 

 地面を切り裂くように、影凶魔の足元から黒い影が幾筋も伸びる。

 

 その一つ一つが狙うのは……いや、もはや執着と言って良いほどにまで求めるのは、倒れ伏したままシーメの治療を受けている時久ただ一人。

 

 だが、そうはさせじとばかりにエプリが強風でもって影の接近を阻む。魔力でもって伸びる影である以上、同じく魔力によって操る風であれば干渉できた。

 

「Aaaaarっ!?」

「アナタがそう成り果ててなおトキヒサを求めるのは……いえ。()()()()()()()()()()と思っているのは理解できるわ。……でもセプト。今のアナタをトキヒサに近づけるわけにはいかない」

 

 影凶魔が苛立ちのような声を上げる中、エプリはまるで駄々っ子を諭すように口にする。

 

 エプリは影の挙動から、まだセプトが程度は不明だが意識を残していると判断した。さっきから時久のみに影を伸ばし、それ以外には迎撃を除いてほとんど手を出していないからだ。

 

 しかし、だからこそ今のセプトは近づけさせるわけにはいかない。今のセプトはおそらく()()()()()()時久を傷つけかねないことを自覚していない。

 

 魔力で伸ばした影は凶器だ。もちろん精密な魔力操作によって影で物を持ち上げたり、人形のように操作することは可能だろう。だがそれは普段のセプトならの話。今の影凶魔と化したセプトではそこまでは難しい。最悪先ほどの仮面の男のようになりかねない。

 

 ここで影凶魔を仕留めるという選択肢もあったが、それは頭の片隅に追いやる。第一護衛対象が時久であることは間違いないが、セプトも一応同行者……優先順位はやや劣るが護衛対象の内だ。凶魔化を解ける可能性がある以上、仕留めるにはまだ早い。

 

 故にエプリのとった行動は、“時久の治療が終わって自衛ないし逃走が出来るようになるまで防御に徹して時間を稼ぐ”という、先ほど時久がやろうとしていたこととほぼ同じものだった。

 

「Aaaaarっ!」

 

 影凶魔が苛立って影の本数を増やすも、エプリはまるで影の動きが分かっているかのように全て“風刃”で相殺していく。

 

 いや、実際に分かっているのだ。既に周囲一帯は“微風”の影響下。魔力の流れがあれば大まかにだが感知できる。おまけに普段のセプトならまだしも、今の影凶魔は愚直に、直線的に時久のみを狙っている。

 

 これだけ揃っていれば反応できない道理はない。時折邪魔者であるエプリ自身に二、三本影が伸びてくるが、こちらは自身を強風で巧みに加速、減速を織り交ぜ回避していく。

 

「…………うぅっ!」

「……!? エプリ! トッキーもう少しで目を覚ましそうだよ!」

 

 治療中のシーメからの言葉に、エプリはそのまま影を蹴散らしつつザザッと時久達を守るように着地する。

 

 完全に状況はエプリの優勢……()()()()()()()()()()()()()()。だが、

 

(……チッ。やはりこのままじゃ長期戦は不利ね)

 

 油断なく身構えながら、内心エプリは舌打ちをしていた。

 

 実際に影と相対している身だから分かることだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これが凶魔として身体が馴染んできたからなのか、あるいは他の要因があるのかは分からないが、このままでは下手をすると時久が起きるより前に厄介なことになりかねない。そして、

 

「アアアァaaaarっ!」

 

 エプリの懸念はすぐに現実のものとなった。今度は傍から見ても分かるほど数と威力を増した影が、やはり大半が時久と近くに居るシーメに向けて伸びてきたのだ。

 

「トキヒサっ!? ……くっ!? “風壁(ウィンドウォール)”っ!」

 

 エプリが咄嗟に時久達の正面に風壁を展開し、影を上から吹き降ろす風で釘付けにする。そして自身に伸びる影にも対処していくのだが、先ほどよりも動きに余裕がない。

 

 それもそのはず。影が増えて時久達の方に風壁を展開し続けている以上、その分自分の方に回せる魔法も限られてくる。微風で相手の出だしは察知できても、それを回避するために魔法をホイホイ使う訳には行かず、おのずと体術のみで回避を強いられる。

 

 スパッ。スパッ。

 

 エプリの頬が薄皮一枚影で切り裂かれて血が滲み、その拍子にフードがバサリとめくれる。素顔が露わになったがエプリにそれを気にする余裕はなく、その後も少しずつ、少しずつ戦闘に支障はない程度に肌や服が切り裂かれていく。

 

 このままではジリ貧。そこまで長くは保ちそうにない。エプリの額に冷や汗が浮かぶ。そこへ、

 

「“光壁(ライトウォール)”!」

 

 響き渡るのはシーメの声。エプリが自分へと向かう影を捌きながらチラリとみると、シーメは自身と時久を囲うようにまた光の膜を展開させていた。

 

「トッキーの怪我と毒はもう大丈夫! 目を覚ますまでこっちはバッチシ守るから、エプリはそっちをお願いっ! ……セプトちゃんを止めてあげてっ! 全部終わった後、また笑って会えるようにっ!」

 

 エプリは一瞬、ほんの一瞬だけ迷った。この影の刃はかなりの威力がある。防ぎ続けるのは自分でも厳しい。自分が風壁を解くことで、その分もまとめて向かうことになる。

 

 しかし、エプリはシーメの表情を見ていけると判断する。その顔には悲壮感はなく、ただ自分の出来ることを成そうとする決意のみ。エプリは意を決して風壁を解き、そのまま自身に強風をかけて纏う。

 

 もうこうなれば、なるべく後遺症を残さないように戦って戦闘能力をそぎ落とすしかない。

 

「……少し荒療治になるけど、我慢してもらうわよ」

 

 

 

 

「Aaaaarっ!」

 

 影凶魔は再度咆哮し、新たに増やした影を大量に伸ばしていく。その大半が時久に向かっていくが、これまでとは違う点がある。シーメの光壁だ。

 

「うわっ!? キッツ~。……だけど、まだ耐えれるよセプトちゃん」

 

 両腕を翳し、ガツンガツンと先ほどから影がぶつかってくる光壁を維持しているシーメ。連戦でやや疲労の色が見えているものの、シーメの光壁は揺るがない。

 

 シーメはセプトがこうなったことに責任を感じていた。そしてそれは同調の加護で大まかに察している他の姉妹も同じだった。

 

 セプトが着けていた器具。それは自分達が手伝い、敬愛するエリゼ院長が作ったものだ。これで凶魔化を防げるという自信があった物だが、それでもさっきの仮面の男によって無理やり凶魔化されてしまった。

 

 凶魔化の誘発なんて想定外だったということはある。それでもこれ以上目の前のセプトに、()()()()()()に、凶魔として誰かを傷つけさせたくなかった。

 

 だから防ぐ。いくら影が押し寄せようとも、自分もトッキーも傷つけさせない。シーメのその決意を背に、エプリはここで初めて防御ではなく攻撃に転じた。

 

 とんっと軽く地を蹴り、強風による追い風を受けて凄まじい速度で影凶魔にセプトが迫る。

 

 影凶魔はほんの僅かに驚いたように動きを止め、すぐに時久に向かう影以外をエプリに向かわせた。そして目前まで迫った影を、

 

「……やっ!」

 

 エプリは鋭く叫ぶとともに、風の勢いで高く跳躍して回避する。そのまま宙返りのように体勢を変えると、今度は自然落下しつつ懐から短剣を取り出す。

 

「Aaaaarっ!」

 

 影凶魔は落ちてくるエプリに向けて幾本も影の刃を突き出した。通常なら身動きできない空中に居る時点で直撃は避けられないだろう。だが、エプリの真骨頂はむしろ空中戦だ。

 

 エプリは僅かな強風の制動と、片手で振るう短剣で影の刃をするりするりと掻い潜っていく。そして弾丸のようなその勢いのままにもう片方の手で掌打の構えを取る。

 

 

 風の勢いを利用しての高速突撃。それは以前戦った時の再現。

 

 

 かつて()()()()()()()()()()()()()、これで勝負の着いていた一撃。

 

 それを決め技に選んだのはどこまで行っても偶然だろう。しかし、

 

「Aaaaarっ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、今回はそれは悪い方に進んだ。

 

 影凶魔はエプリのやろうとしていることを察し、自身に残った影を敢えて伸ばさず自分の手前に剣山のように広げたのだ。

 

 速度を落とさずそのまま行けば串刺し。急停止をかけてもその動きの止まった隙を突く。一度受けた技だからこその対処法。

 

 ……だが、影凶魔はその思考の大半を時久への執着に割いていたので忘れていた。

 

 

 以前自分にクラウンが味方したように、今回はエプリの側に味方が居ることを。

 

 

「うおおおっ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、手ごろな瓦礫で剣山に横から殴りつけた。

 

 影は衝撃で一瞬揺らぎ、その僅かだが致命的な隙をエプリがすり抜ける。そして、

 

 

「……はぁっ!」

 

 

 片手に溜め込んでいた魔力を掌打の形で一気に放出し、影凶魔が身に纏う影のドレスをこそぎ落とした。

 



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第百九十話 主人の帰還

「アアアァaaaarっ!?」

 

 エプリの一撃で纏っていた影のドレスを一部削り取られ、影凶魔が絶叫のような音を響かせる。

 

 霧散した影の内部。影凶魔の胸部辺りから覗くのは、目は開いているのにどこか無表情……というより虚ろな表情で埋もれているいつものセプトの姿。

 

「……多少痛いのは我慢してもらうわよっ!」

 

 エプリはここが好機とばかりにさらに接近する。

 

(身体が変質していないなら、魔石のある場所はこれまでと同じ胸元のはず。“風刃”を調節して魔石を摘出し、すぐにシーメに治療してもらえば命は助かる)

 

 予想通り、セプトの胸元に凶魔の核となっている魔石とそれを覆っていた器具の残骸を目視し、出来る限り速やかに摘出すべく手を伸ばすエプリ。

 

 ここまでの事態になった以上、もう後遺症云々よりも一刻も早く摘出することが最優先。エプリはそこまでのことを手を伸ばす一瞬の間に頭の中で考え……そこでふと()()()に気が付いた。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……っ!?」

 

 だが、考えていられたのはそこまでだった。

 

 本能的に身を守ろうと、影凶魔はドレスの残滓を刺々しく変化させて大きく広げた。結果として、エプリの手が届くギリギリで再びセプトは影の中に包み込まれる。

 

 エプリは舌打ちをしながら強風を発動。影凶魔の体勢を崩しつつ、次の機会に備えて距離を取った。それを追って駆けよるボンボーン。

 

「……さっきは助かったわ。エプリよ。……ボンボーン……だったかしら?」

「けっ! こっちなんか眼中にねえって感じだったから、ならこっそり一発かましてやろうと思ってただけだ」

 

 エプリが言葉少なに自己紹介がてら礼を言うと、ボンボーンは落ちていた瓦礫を持って構えながらそうぶっきらぼうに返す。流石に次はもう効かねえだろうけどなとつけ加えて。

 

 確かにもうボンボーンによる奇襲……いや、奇襲そのものがもう通じづらいだろう。相変わらず時久の方に伸ばす影の量は多く、シーメがあとどれだけ持ちこたえられるか分からない。しかしエプリはすぐに頭を切り替え次の手を考える。その時、

 

 ふわり。

 

 エプリが使った強風によって影凶魔の体勢を崩れていたこと。そして影のドレスを形態変化させたことで、ほんの少しだけその顔を覆うベールがズレてその中身が垣間見える。

 

「なっ!?」

「…………そういうこと」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 目鼻口といった人体を模したパーツすらなくただののっぺらぼう。……いや、正確に言えば何もないわけではなく、その額の辺りにここに有る筈のないものがあった。セプトの胸元の物とはまた別の魔石である。

 

 ボンボーンが驚愕する中、エプリはそれを見て違和感の一つが解けていくのを感じた。

 

 つまりあの影凶魔はセプトではなく、()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 凶魔化の瞬間を見たわけではないので確証はなかったが、そう考えるとセプトの身体が変質していないことに説明がつく。

 

 今の影凶魔は要するに、セプト自身を核として自分がガワになっている状態だ。セプトが影凶魔を外套のように着込んでいると言い換えても良い。

 

 それの細かい理由まではエプリにはよく分からないし、理由を考えるのはそもそもエリゼや都市長の仕事だろう。それよりも、エプリは事態がもっと単純になったことを喜んだ。……つまり、

 

「……影凶魔とセプトが別々だというのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……やりやすくなって助かるわね」

 

 

 

 

「Aaaaarっ!」

 

 だが、そこで影凶魔は思わぬ行動に出た。それまで時久に伸ばし続けていた影。それが一斉に向きを変えてエプリの方に殺到したのだ。

 

 まず邪魔者(エプリ)を仕留めてからという流れは普通だが、あれほど時久に執着していたのにここまで急に変われるものだろうかとエプリは眉を顰める。

 

 しかし実際に影は大半が自身に、一部が先ほど邪魔をしたボンボーンに向かっているのを確認すると、エプリはまた躍るように躱していく。

 

 余計厳しくなった今の状況だが、エプリはこれはこれで好都合だと感じていた。少なくともこれで時久とシーメは治療に専念できる。何とか瓦礫を盾にして防いでいるボンボーンには災難だが。

 

 そして不思議なことに、影の一部は時折エプリへの攻撃を止めて時久の方に向かおうとするのだ。だが、少しするとまるで無理やり動かされるかのようにぎこちなくまたエプリに向かっていく。

 

 そんなよく分からない影凶魔の動きの中、エプリは油断なく影を相手取っていた。四方八方から伸びてくる影を高い集中力で捌いていく中……それは起きた。

 

「……っ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 僅かずつにだが劣勢へと追い込まれつつあったネーダが、凶魔と化しながらもそこそこ扱えていた魔剣の力で放った氷の礫。

 

 ヒースはしっかりと自身に向けられた分の礫を回避していたが、偶然ヒースに放たれた礫の一つが軌道を外れ、エプリに向けて飛んでいた。

 

 偶然に放たれたものなので威力も低く、直撃したとしても服の上からなら大した痛みもない程。だが、そこで高いエプリの察知能力が逆に仇になった。どんなに小さくとも攻撃は攻撃。エプリはそれをギリギリで回避してしまう。

 

 そしてその極々僅かな一瞬。自分への攻撃を確認したことで生まれるほんの少しの隙を、影は見逃さなかった。

 

 直線的な刃では避けられる。なら避けられないものにすればいい。そう学習したのか、影凶魔から伸びる影の一部が縒り合さってまるで網のような形をとると、大きく広がってエプリを包み込もうと迫った。

 

 

 

 

(いけないっ! ()()()()()()

 

 エプリは目前に迫る影の網を前にそう判断する。よくよく見ればその網目の内側には、細かくも鋭い棘がびっしりと生やされていた。あれに包まれれば無事では済まない。

 

(強風で緊急回避を……ダメ。追い縋られてすぐ捕まる。風刃で迎撃……私が抜けられるだけの穴を開けるのは間に合わない)

 

 今取れる手を何通りか思い浮かべるエプリだが、どれもこれも状況の打破には至らない。

 

 ボンボーンもヒースも自分の事で手一杯。こちらに回す余力はない。シーメと時久は論外と瞬間的に意識から外す。

 

 あと残るは一か八かの手が一つ。それは、

 

「……風弾っ!」

 

 ()()。エプリは網目の隙間から影凶魔の顔面、正確に言うと額の魔石めがけて風弾を放った。

 

 それは危険な一手だった。多くの影を縫ってほんの一瞬だけ射線を通し、ピンポイントで魔石だけを狙わなくてはならない。

 

 影に当たれば威力が減衰して届かない。狙いが外れたり強すぎればセプト本体にも被害が出る。そんなギリギリの一撃は……。

 

「アアアァaaaarっ!?」

 

 ()()()()()()()()()。だが、

 

(くっ! 浅いかっ!)

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 黒く変色した魔石はヒビこそ入ったが、完全に打ち砕くまでには至らなかった。

 

 その理由は二つある。一つは魔石自体が先ほど他の魔石を取り込んだことにより、やや質と強度が上がっていたため。

 

 もう一つは僅かに……ほとんど無意識のレベルでセプトに被害が行かないよう、エプリが手加減をしてしまったためであった。

 

「Aaaaarっ!」

 

 自分の弱点を攻撃されたことで、影凶魔は目の前の相手を完全に脅威と判断し仕留めに掛かる。速度を上げてエプリに迫る影の網。

 

(回避はほぼ無理。迎撃も困難。でも……()()()()()()!)

 

 エプリが自分もダメージを受ける覚悟で魔力を練り上げたその瞬間、

 

「…………!?」

 

 時が止まったかのように、エプリに向かう影の動きがピタリと止まる。……いや、影の網は完全に止まったわけではなく、ブルブルと震えて動こうとしている。

 

 だが、他ならぬ影自体がそれを許さない。例え(影凶魔)が攻撃しようとしても、(セプト)はそれを認めない。

 

 何故なら、今影が狙っているエプリの()()()()走ってくる人こそ、

 

 

 

 

「ゴメンっ! ちょっと寝てたっ!」

 

 セプトの主人である××××なのだから。

 




 私事ではありますが、本日小説家になろうにてこの作品のリメイク版『遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?』を投稿いたしました。

 大まかな流れは同じですが、描写の一部カットや加筆修正、別視点などを少しずつ盛り込んでいく予定です。

 ある程度軌道に乗ったらこちらにも載せていく予定なので、どうぞよろしくお願いします。


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第百九十一話 襲う影あれば守る影あり

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ガキンっ! ガキンっ!

 

 どこかから金属的な何かが壁にぶち当たるような音が聞こえる。

 

 夢から覚めるように意識が急速にはっきりとしていき、俺は温かな首元の感触と胸の鈍痛と共に目を覚ます。

 

「うん…………そう。お姉ちゃんの方は一応準備よろしく。エリゼ院長にもよろしく言っといて。…………うん。()()()()()()こっちの方で……って!? トッキーっ!? 良かった! 目が覚めたんだね」

「……んっ!? シーメ……って!? うわっ!?」

 

 俺は慌てて起き上がる。何せ俺が今まで頭を乗せていたのはシーメの膝。つまるところこれはいわゆる膝枕という奴じゃないか!?

 

「ひっどいな~。これでもそこそこ美少女なシスターの見習いだよ! そんな対応されると落ち込んじゃうじゃん」

「それはゴメン……って、今どういう状況なんだ?」

 

 わざとらしく頬を膨らませるシーメだが、その顔には結構な疲労の色が見えている。そして俺達の周りにはシーメが出しているらしい光の膜と、それに弾かれながらも執拗に向かってくる影の刃。この影って……まさかっ!?

 

 少し離れた所に見えるのは、こちらに向けて影を伸ばす人型の何か。そしてその影に応戦するエプリやボンボーン。さらに離れた所で戦っているヒースとネーダ。

 

「そうだね。今そんなに余裕がないから良く聞いてよ」

 

 シーメは俺の言葉を聞いて真面目に話してくれた。

 

 俺が胸に一発喰らって倒れた後、セプトが遂に限界を迎えて凶魔化したこと。そこに仮面の男や凶魔化したネーダ、ヒースやボンボーンさん、そして合流したエプリが加わって乱戦になったこと。

 

 仮面の男は倒したけど、今度は凶魔化したセプトが俺を狙って影を伸ばしてきたからエプリ達が抑えてくれているという。

 

「そんなことに……いてっ!?」

 

 触手が伸びてきて頭を叩かれた。見ると、土の槍が直撃して穴が空いた所からヌーボが姿を覗かせている。身体そのものには僅かに血が滲んでいるだけで済んでいることから、エプリに貰った胸当てとヌーボのおかげで助かったらしい。

 

「ああ。助かったよヌーボ。ありがとうな。シーメもありがとう」

「へへっ! 怪我したヒトを助けるのはシスターとして当然の事だよっ! ……じゃあ早い所ここから離れようかトッキー。今なら()()()()()付き添うよ」

 

 シーメが言外に匂わせたのは、俺がある程度安全な場所に離れるのを見計らったらすぐさま自分がとんぼ返りするということ。なら、

 

「言っとくけど、トッキーが戻るのは正直お勧めしない。……というか反対。さっきだって私やボンボーンさんの制止を振り切って行った結果がこれじゃん」

 

 俺の考えていることを察したのか、やや強い口調でシーメが忠告する。

 

()()()()()()()()()()()()。エプリやセプトちゃんからちょっと話を聞いたりさっきまでの姿を見た感じだけど、ちょこっと頑丈で元気なヒトってだけ。それなのにこんな乱戦に向かっていくなんて危険すぎるよ」

「でも」

「でもじゃないっ! トッキーは皆を守ろうとするけど、自分もエプリやセプトちゃん達にこれまで守られていたって自覚ある? わざわざ危険に身を晒して、誰かが喜ぶと思う?」

 

 その時のシーメはどこか大人びて見えた。見た目こそ俺より少し年下って感じなのに、それだけ色んなことを経験してきたってことだろう。

 

()()()()()()()()()って気にならないでよっ! ……だからトッキー。動けるなら早くこの場から離れよう」

 

 シーメの言うことは正しい。

 

 俺は強くなんかない。さっきの鬼凶魔達となんとか戦えたのだって火事場の馬鹿力的な奴だ。またやれと言われても難しい。

 

 セプトがあんな状態になっている以上、俺一人では特に出来ることは無いだろう。前に戦った時みたいに、銭投げで影を一時的に影を抑えたり伸ばしたりはできるかもしれないが、逆に言えばそれまでだ。

 

 なら邪魔にならないように、ここから少しでも離れた方が良いのは間違いない。……だけど、

 

「…………ゴメン。やっぱり俺はここから離れることは出来ない」

「トッキーっ!?」

「だって見ろよ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 起きたばかりの時はガキンガキンとうるさいばかりだったのに、今じゃまるで静かだ。見ると影の大半がまとめてエプリの方に向かって行ってしまっている。

 

 こちらの膜のすぐ近くまで二、三本寄ってこようとするのだが、何かに無理やり動かされているかのように引き戻されているのだ。

 

「いくらエプリでもあれだけの影を一人で相手取るのは難しい。()()()()()()()()()()()()

「それを自分がやるっての? だからそうやって自分の身を危険にさらして、エプリが喜ぶとでも」

「思わないってのっ!」

 

 それくらいは言われなくても分かる。絶対エプリはこんなことしたら怒る。ブチ切れる。……だけど、

 

「だけど俺はセプトを助けたい。そしてエプリも必ずセプトの事を助けようとする。なら俺が出来るのは、少しでも影の注意を対処できる範囲でこっちに向けて、エプリの手助けをすることくらいだ」

 

 凶魔になってもセプトが俺に執着しているなら、俺が近くに行けば確実に少しは俺の方に注意が行く。あとはその間にエプリが何とかするはずだ。

 

 ……そして、それは多分俺だけじゃできない。仮に影が殺到したとしたら、正直俺が何秒持つか分からないしな。だから、

 

「シーメ。手を貸してくれないか? 逃げるんじゃなくて、エプリもセプトもどっちも助けに」

 

 それを聞いた時のシーメは、呆れたような喜んでいるような何とも言えない顔をしていた。

 

 

 

 

「ゴメンっ! ちょっと寝てたっ!」

 

 俺が慌ててエプリの横に駆け付けて並んだ時、状況はかなり切迫していたと思う。

 

 セプトらしき凶魔は影を網のように伸ばしてエプリを包み込もうする直前だったし、エプリの方もまた周囲に目に見えるほど圧縮された風の塊を創っていた。あれって大分前に俺が監獄で食らった“竜巻(トルネード)”じゃないか?

 

 あんなもの至近距離で影の網に使ったら自分だってただじゃすまないってのに、エプリの方も相当ギリギリだったらしい。

 

 ボンボーンさんの方も、影を相手に直接殴ったらマズそうなので瓦礫を盾にしながら応戦していたし、ヒースは凶魔化したネーダと切り結んでいた。

 

「このバカっ! 何でこっちに来たのっ!? 今からでも遅くはないから早くこの場から離れなさいっ!」

 

 ほらやっぱり怒られた。エプリがいつもの……も無しで俺に怒鳴りつけてくる。

 

「足手まといなのは俺だって分かってるよっ! だけどエプリにばかり影が集中してヤバいと思ったから来たんだって! ……まあこんな風になっちゃうとは思ってなかったけどな」

 

 そう。それぞれで戦っていたのだけれど、俺が来たことで変化が起こる。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いや、一部の影は今も刃として俺に向かって来ようとしているのだけど、それはどれもブルブルと震えながら動きを止めている。

 

 そしてセプトらしき凶魔はというと……何か俺の方に顔を向けてじっと見ていた。というかあの顔のっぺらぼうなんだけど!? 額に魔石みたいなものがくっついてるし。

 

「影の注意を俺に引き付けている内にエプリがどうにかしてくれるかと思って来たんだけど、これ一体どういう事だ?」

「……はぁ。アナタに言いたいことは山ほどあるけど今は要点だけ。多分あの凶魔は正確にはセプトじゃなくて、セプトの身に着けていた器具の魔石が凶魔化してセプトを包み込んでいる。……さっきあの影凶魔を覆っている影のドレスを削ったら、内部に少しの間だけ元のままのセプトの姿が見えたわ」

 

 エプリは影が止まっているとはいえ、油断なく構えながら話してくれる。見ればボンボーンさんも同じく構えながら止まっている。今下手に動いてこの膠着状態を壊したくないって所か。

 

 よく分からないが、セプトが無事だってことに少しホッとする。なら後はセプトを覆っているあの凶魔を何とかすれば良い訳だ。

 

「それにしてはアイツが影を操るのはどういう訳だ?」

「……完全な凶魔化こそしてないにせよ、セプトが何かしら凶魔と繋がっているということは間違いないわ。……そうじゃなきゃそもそもトキヒサに執着したりはしないはずでしょ」

 

 確かにそうだ。奴隷としてだからなのかもしれないが、セプトはやたら俺への好感度が高かったからな。それがちょっとだけ影響している可能性はある。

 

 待てよ? セプトの意識が僅かにでも影響してるってことは……よし!

 

「エプリっ! いざとなったら頼むな!」

「……なっ!? ちょっ!? ちょっと待ちなさいトキヒサっ!?」

 

 俺は意を決して一歩前に踏み出す。いきなりの行動にエプリも反応が遅れ、その間に俺はスタスタと影凶魔の下に歩いていく。

 

 その間影はやはり動かず……いや、ブルブルと震えていた影の刃が一つ強引に動き出し、そのまま俺にめがけて突き出される。だけど、

 

「よっと!」

 

 俺が何回セプトのこの魔法を見てきたと思ってんだ。一本だけ、それもぎこちなく突き出されたような奴なんか食らうかよっ!

 

 俺は貯金箱を取り出してなんなく……いや、ちょびっとだけ怖かったけどそれを受け止めて防ぐ。

 

 そのまま二歩、三歩と進んでいく内に、襲い来る刃はやはりぎこちないながらも少しずつ数を増やしていく。だけど、

 

 ガキン。ガキン。

 

 結局俺には一度たりとも届かなかった。何故なら、襲い来る影を()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 どちらもさっきエプリと戦っていた時とはまるで別物のように動きに精彩がない。だがこれが、セプトが凶魔のようになりながらも未だ人であることを示しているように俺には感じられた。

 

 そして、

 

 

 

 

「Aaaaarっ!」

「何を言っているのかよく分からないけれど、待たせたなセプト! ()()()()()()()()

 

 俺は目の前でどこか悶えるように咆哮する影凶魔に対し、いつものように気楽に話しかけた。

 




 読んで頂きありがとうございます。

 少しでも面白いと思ったり、続きが気になると思われたのなら、何か反応(ブックマーク、下のボタンから評価、感想など)を頂けると作者が顔をニヤニヤさせて喜びます。

 皆様の世界が少しでも彩り豊かになれば幸いです。


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第百九十二話 あの時の事をもう一度

 注意! 途中視点変更があります。

 今回は少し短めです。



「うわっ!? よっと! ……セプトっ! 俺だよ分かるかっ? 時久だ!」

 

 時折飛んでくる影の刃を防ぎながら、俺はそう影凶魔……正確に言うとその中のセプトに呼び掛け始めた。

 

 俺が考えた手はなんてことは無い。一言で言えば、()()()()()()()()ことだった。

 

 いくらエプリでも、大量の影に阻まれながら影凶魔の魔石を何とかするのは難しい。それもセプトになるべく被害が無いようにと来れば猶更だ。

 

 ならちょっと心苦しいが、セプトの意識が影響して俺に執着しているのを利用して、俺が敢えて近づくことで影を引きつけ、隙が出来たらエプリに頑張ってもらう。俺が直接セプトを引っ張り出すっていう手でも良いし、まあ大雑把に言うとそういう事だ。

 

「Aaaaarっ!?」

「そんなデカい声で叫んでないで、ほら。セプト! 暴れるのを止めて都市長さんの屋敷に帰ろうぜ」

「トキヒサっ! そこは危ないから早く下がってっ!」

「こっちは大丈夫だっ! 上手いこと……どわっ!? ……隙を作るから、何とか頭の魔石を狙ってくれっ!」

 

 後ろから慌てて追って来ようとするエプリだが、それを手で制しながら少しずつ進む。影凶魔までの距離はもうあと五、六歩といった所。走ればすぐに届く距離だ。俺は何とか影を躱したり打ち払ったりしながら進み、ゆっくりと影凶魔に近づいていく。

 

 影凶魔は頭を押さえながらこちらを見ていた。周囲に伸びた影は相変わらず動き回り、俺を切り裂こうと伸びる物もあればそれを防ごうとするものもある。

 

 影凶魔とセプトの壮絶な主導権の取り合い。俺にはそう感じられた。そんな中、

 

「……くっ!? そう簡単にはいかないようね」

 

 時折影凶魔の頭部、魔石の部分を狙撃しようとするエプリだが、先ほどの一撃を警戒しているためか影凶魔のガードは硬い。射線が通りそうになるや、即座に影を地面から突き上げてブラインドのようにする。

 

 俺に対してはぎこちない動きのくせして、俺以外に対しては反応が機敏過ぎないか?

 

「セプト……聴こえているんだろう? セプトは凶魔なんかになっていないんだろう? 頼むから落ち着いて攻撃を止めてくれ。少しの間だけで良いんだ」

 

 前に進む。あと四歩。……三歩。

 

「セプトが俺の事が分からないって言うなら分からせてやる。忘れたんなら思い出させてやる。大丈夫。絶対助ける。……だから」

 

 ガキン。さっきより少し勢いの付いた影の刃を打ち払う。……二歩。

 

「その手を伸ばしてくれ。くっついている凶魔なんか振り払って、お前の姿を見せてくれ」

 

 三本まとめて突き出される刃を、一本は貯金箱で受け止め、一本はボジョが触手で絡めとり、一本は俺の頬を掠めるだけに留まる。

 

 あと……一歩。

 

 俺は影凶魔に向けてゆっくりと手を伸ばす。伸ばされる手を掴めるように。

 

 すると、これまで攻撃してきた影の刃とはどこか少し違う影。ゆっくりで、どこか触れるだけで壊れるんじゃないかという感じの細い影が伸びてきた。

 

 何となく直感した。これは()()()()()()()()()()()()()()()()だと。俺の呼びかけに反応して伸ばした影だと。

 

 俺はその影を掴み取ろうとし、

 

 

「……ぐあっ!?」

 

 

 その影とは別の影の刃に腕を切り裂かれた。血が軽く噴き出したので反射的に腕を引っ込めると、セプトの影はフッとただの影に戻ってしまう。……くそっ! もうちょっとだったのに。

 

 再度手を伸ばそうとするが、今度は一気に十本近くの影が伸びてきたのでいったん距離を取る。……何か嫌な予感。

 

「……トキヒサっ! 少しずつだけど、()()()()()()が減ってきてるわっ!」

 

 影を躱しながらやってきたエプリの声に慌てて周りを見渡す。先ほどまで俺に向かってくる影とそれを抑える影が大体半々くらいだったのに、今じゃ七三くらいの割合で向かってくる影の方が多くなっている。だからどんどん止めきれなくなってるわけだ。

 

 これはマズい。これがセプトが俺達の事を完全に分からなくなってきたからなのか、もしくは単に影凶魔との繋がりが強くなってきたからなのかは不明だけど、少しずつ影の主導権争いでセプトが不利になってる感じだ。

 

 気づけば俺以外に対して攻撃が再開し、エプリにボンボーンさんやヒース、凶魔化したネーダにまで影が伸びている。

 

 もしこのまま完全に主導権が影凶魔の方に渡ったら、今以上に見境なく暴れまわる可能性が高い。まだ少しでもセプトが抑えられている内に何とかしないと。

 

 何かセプトが一時的にでも俺達の事をはっきり認識するか、影凶魔との繋がりを弱める方法があれば、

 

「Aaaaarっ!」

 

 ぐっ!? ゆっくり考えさせてくれる暇もないのかよっ! さっきより影の勢いが激しくなってきて、まともに近寄ることも難しくなってきた。

 

 槍状になって次から次へと飛んでくる影を、必死に一つ一つ弾いたり躱していくのだが、少しずつ対処しきれずに身体に切り傷が増えていく。後ろからエプリも風で影を散らしてくれているのだが、このままではジリ貧だ。

 

「……へへっ! 何か初めて会った時みたいだな」

 

 思わず笑ってしまうほどの苦境。そんな時に、ふと最初にセプトと会って戦った時の事を思い出す。あの時もそう言えばこんな感じだったっけ!

 

 エプリが風で砂を巻き上げて影をなくそうとして、それを守りながらセプトの攻撃を防いでたんだっけか。それであの後は確か、

 

「そうそう。こんな感じで……って()()()()かよっ!?

 

 俺の目の前にあるのはあの時と同じ。縒り合さって一枚の壁のようになった影が、他の影の妨害をものともせずに凄い勢いで迫っていた。

 

 

 ……あれ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「エプリっ! 二人でセプトと初めて戦った時のこと。覚えてるか?」

「何をこんな時に! …………トキヒサ。アナタまさか!?」

「多分そのまさかだよ!」

 

 背中越しに聞こえてくる、珍しくエプリの慌てたような声に、俺は全部終わった後説教と折檻されるネタが増えるなと内心ため息を吐く。

 

 だけど……待ってろよエプリ。お前が忘れたなら何度だって教えてやる。()は乗り越えるためにあるんだってな!

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 どうしてこんなことになったのだろう。

 

 ××××が自分から来てくれた。何故か名前が出てこないけど、来てくれたこと自体はとても喜ばしいことだった。

 

 なのに、さっきから私に囁き、あるいは喚き続けている()()が、私の影を勝手に動かして邪魔をする。

 

 こっちに攻撃してくるよく分からないモノに反撃するのは別に良い。でも××××に刃を向けるのは許さない。

 

 私は自分に動かせる影を伸ばして、××××に向かって行く刃を抑え込む。

 

 ああ。××××が近づきながら手を伸ばしてくれた。なら私もそれに応えないと。私は()()の影を抑えながら、ゆっくりと自分の()を伸ばす。誤って傷つけてしまわないように優しく、だけど確かに触れられるように。なのに、

 

 ズバッ!

 

 やめて。……やめてっ! ××××の腕が切り裂かれ血が噴き出す。

 

 傷つけさせないと誓った相手を自分の影で傷つけてしまった。そのショックで私の伸ばした影が消え去り、逆に一気に()()が勢いを増す。

 

 ああ。頭に霧がかかったようにモヤモヤしてきた。どんどん自分の感覚が無くなっていく。なのに()()の囁き続ける声はやけにはっきりと聞こえてくる。

 

 壊せ。打ち砕け。食らいつけ。殺せ。ここに居る全員を。周囲にある全てを。全部。全部。

 

 

 ……()()()()()()()()()()()()()

 

 

 この声に全てを委ねて、自分は眠ってしまっても良いのかもしれない。とても大事なことを忘れているような気もするけど、このまま眠ってしまえば何も考えなくて済む。

 

 抵抗する力が抜け、()()が影を操ってよく分からないモノ達により一層猛攻を仕掛けていく。

 

 そして()()が影を多く縒り合せ、一つの大きな壁のようにしてまとめて吹き飛ばそうとしたその時、ふと××××に目が留まる。

 

 中に何か詰まった袋をポンポンと手で弄ぶ××××のその姿に、私の頭の片隅で何かが引っかかる感じがした。

 



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第百九十三話 思い出した名前

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 それはかつて戦った時の再現。目の前に迫るのはあの時と同じ……いや、あの時よりも大きさも威力も一回り大きい影の大壁。

 

「ボジョっ! 頼む!」

 

 俺の意を酌んで、ボジョが後ろに向けて触手を伸ばす。届かせるのはエプリの所。ボジョから伝わる影にエプリがそっと手を触れ、

 

「“影造形(シャドウメイク)”」

 

 ボジョの影が、そしてそれに繋がる俺の影がゆらりと不自然に揺らめく。

 

 懐からいざという時のために取っておいた硬貨を袋に詰め、投げやすいように重さを調整する。軽くポンポンと手で弄び、投げる際の力感覚をイメージ。……これなら行けるっ!

 

「行くぞっ! うおおおおっ!!」

 

 迫る影の壁に対して、俺は自分から駆け出していく。

 

 一秒ごとに近づいていく距離。直撃したら串刺し待ったなし。一歩間違えば死ぬというギリギリの状況。あの時と同じように、怖くて怖くてたまらなくなる。だけど、

 

 

 ギシッっ!

 

 

 信じてたぜ。エプリの操る俺の影が網のように形を変えて、迫りくる壁に絡みついて動きを押しとどめる。

 

 影の壁はあの時より一回り大きいものだが、それを言うならこっちのエプリだって今回は体調万全だ。あの時のように、網が階段のように駆け上がれる形にさらに変化する。

 

「決めなさいトキヒサっ!」

「おうよっ!」

 

 後ろから聞こえるエプリの激励に背を押され、俺は影で出来た階段をダッダッダッと一気に駆け上がる。影の壁は前より大きいとはいえ、それでもすぐに一番上に辿り着く。

 

 眼下にはあの時と同じ、残りそれほどでもない距離に佇む影凶魔(セプト)の姿。そして、

 

「……くっ!? やっぱりか!?」

 

 そして()()()()()()()()()()()俺を待ち構えるかのように、影凶魔から伸びる幾つもの影の槍。

 

 過去の事を再現することでセプトに俺達の事を思い出させる……というか、強く認識させることで一時的にでも主導権を取り戻させるのが狙いなわけだが、当然そうなると困るのが対策されることだ。

 

 仮に一部でも思い出すとすると、相手がこうしてくるっていうのが分かるからな。だから以前みたいに、影を乗り越えてきて一瞬焦りで動きが止まるなんてことが無くなる。

 

 影の槍はそこまで多くない。前のように頭上で硬貨を爆発させることで、影をかき消すこともおそらく可能だろう。問題なのは位置取りだ。

 

 ここからだと影が邪魔で、頭上まで投げても撃ち落される可能性がある。低い高度で爆発したらこっちにまで被害が出かねない。

 

 かと言って前のように影の壁から跳びながら投げると、位置取りは良いが俺自身ががら空き。槍の二、三本が身体に突き刺さることになる。いくら頑丈とは言え当たり所が悪かったら非常にマズイ。

 

 エプリも壁を押しとどめるのに集中していて手一杯。ボンボーンさんやヒースはそれぞれ戦っていて手が出せない。

 

 まだほんの僅かに残る他の影を抑えようとする別の影も、数が少なすぎて全部は止められない。

 

 そんな状況で俺のとった行動は、

 

「どおりゃああぁっ!」

 

 

 やはり前と同じく影凶魔(セプト)に向かって、走る勢いそのままに高所からのスカイダイブを敢行することだった。

 

 

 位置取りはバッチリ。影の隙間から見える空。雲で少し隠れかけているものの、三つ並んだ月に向かって力いっぱい硬貨をぶん投げる。

 

 だけど代償は大きい。袋が空に届くまでの数秒間、俺の身体は完全にがら空きだ。光によって消え去る前にと、影の槍が袋を投げた直後の俺に殺到する。

 

 こんな状況じゃ身をひねって躱すことも難しい。見える範囲で一本は他の影に抑えられていたけど、それ以外はあと一秒もしない内に槍は俺に突き刺さるだろう。

 

 だけど、俺はそんなに心配はしていなかった。何故なら、

 

「“光壁(ライトウォール)”っ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()からなっ!

 

 影の槍が俺を貫く直前、聞き覚えのある声と共に、落下中の俺を覆うように光の膜が俺を包んで影の槍を弾く。

 

 ……ふぅ。助かったよシーメ。元々は俺が囮になって影を引き付ける時のための防御を頼んでいたが、こうして少し展開が変わっても上手く合わせてくれたようだ。

 

 近くに隠れながらタイミングよく防いでくれたシーメに後で礼を言おうと決め、今は俺のやるべきことに目を向ける。

 

「セプトっ! これを見て少しは思い出せっ! 金よ。弾けろっ!」

 

 大分高くまで上がったのを見計らい、俺は銭投げの効果を発動。強い閃光が爆風と共に周囲に拡がった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ああ。なんだろう? 影で出来た壁が途中で止まった時、私はこの出来事をどこか知っている気がした。相変わらず思い出せないけれど、同じような出来事があったような。

 

 そう。もしかしたら、あの壁を乗り越えて××××がやってくるのかもしれない。私はもう眠ってしまいそうだけど、()()は私の考えを少しだけ読み取って、壁の上に向けて迎え撃つための槍を伸ばす。

 

 そうして本当に××××はやってきた。だけど影の槍はもう何本も待ち受けている。もうまるで思い出せないけど、何だか××××にこれ以上傷ついてほしくなくて、僅かに残った力で槍を止めようとするけど止められない。

 

 何故だろう? 何故××××はこんなに向かってくるのだろう? 私は××××の名前も思い出せないのに。××××を傷つけてしまったのに。

 

 そこで××××は大変なことをした。こちらに向かって壁の上から身を躍らせたのだ。空に向けて小袋のようなものを投げつけていたけど、今のままじゃ影の槍が突き刺さってしまう。

 

 一つは何とか抑え込んだけど、残りの槍が××××にまとめて襲い掛かる。

 

 ……まただ。また××××を傷つけてしまう。もう嫌だ。もう見たくない。自分から意識を手放してしまおうとした時、××××を守るように光が体を覆い、影の槍を弾き飛ばした。そして、

 

「セプトっ! これを見て少しは思い出せっ! 金よ。弾けろっ!」

 

 その時、それまで何を言っているのか分からなかった××××の言葉がはっきりと聞こえた気がした。

 

 自分の名前を……呼ばれた気がした。

 

 空高く放たれた小袋が、空に大きく光を放ちながら爆発する。それを見た時、また何か思い出しそうな感じがあった。

 

 ()()がまた囁きを強めて頭がぼんやりしそうになるけど、扱っていた影が光で一時的にかき消されたことで囁きが弱くなっていた。

 

 あと何となく、これから起きることが分かる気もしていた。それは、

 

 

「これでも、食らええぇぇっ!」

 

 

 そう叫びながら××××が、落ちる勢いも使って体当たりをしてくるという事。だけど、

 

「くっ!?」

 

 ××××は体当たりしながらも無理やり身体を捻った。そして、この身体の()()()()に向けてぶつかってくる。

 

 ピシっ! ピシっと何か割れるような音が響く中、この身体は××××と一緒にゴロゴロもつれながら転がっていく。

 

「……っつ~っ!? アタタタタ」

 

 ひとしきり転がって止まった時、××××は痛みをこらえながらも立ち上がろうとしていた。どうやら無理やり身体を捻ったことでどこか痛めたみたい。

 

 それと同時にこの身体も酷く傷ついていることが何となく分かった。身体を覆っている影のドレスが所々千切れ、()()も力の源である魔石が傷ついたことで大分弱っている。

 

 一時的に周囲の影も落ち着いて、ずっと聴こえ続けていた囁き声が一気にスッと小さくなり、頭の中が少しだけはっきりとしてくる。

 

 さっきよりも影の操作はこっちで出来るようになった気がするけど、でも……もうあまり意味は無いと思う。

 

 ザッザッザと、ふらつきながらも××××がこちらに走ってくる。()()が弱って動けない今のうちにこの身体をどうにかするつもりなのだろう。

 

 それならそれで良い。少しは迎え撃つことも出来るけど必要ない。××××の傍にもう居られなくなるのは辛いけど、また傷つけてしまうのはもっと嫌だ。

 

 ××××はよく振るっている貯金箱を取り出して大きく振りかぶり、

 

 

「もうちょっとだけ待っててくれよセプト! 『査定開始』」

 

 

 そう言って貯金箱を持ち替え、この身体に向けて光を放った。そして××××は影のドレスの隙間からその手を潜り込ませる。

 

「…………ここかっ! よいしょっと!」

 

 その時、この身体ではなく()()腕に何かが触れる感触があった。そのまま強く引っ張られ、この身体の視覚ではなく私の目に暗闇以外の何かが映る。それは、

 

「おい。……おいっ! しっかりしろっ!」

 

 ああ。魔力暴走を起こしかけながら目を覚ましたあの時と同じ言葉。もう離さないとばかりにしっかりと私の腕を掴み、心配そうに私を見つめてくる……大切なヒト。

 

 

 

 

 ()()()()。私のご主人様がそこに居た。

 




 やっと書きたかったシーンの一つが書けました。


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第百九十四話 届く流星

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 空に打ち上げた一発一万円を超えるお高い花火……いや、俺の投げた銭投げが炸裂し、一時的に周囲の闇を閃光が切り裂く。

 

 影凶魔は、一瞬だけその光を見て動きを止めていた。それが単に光に反応したのか、それともセプトの意識が既視感でも覚えたのかは分からない。だけどこのチャンスを逃す訳にはいかない。

 

「これでも、食らええぇぇっ!」

 

 そう叫びながら、落ちる勢いを上乗せしたフライングボディアタックをぶちかまそうとして、そこでふと気づいた。身体に当てたらマズイ!

 

 あくまで魔石があるのは影凶魔の頭部。セプトが身体の中に居る以上、勢いが付き過ぎたらセプトにまでダメージが行く。

 

「くっ!?」

 

 何とか落下する身体を捻り軌道修正。身体がミシミシと嫌な音を立てるが関係ない! ここでやらなきゃいつやるんだっ!

 

 そのまま影凶魔の頭部にぶつかっていき、何かが割れるような音と共に二人纏めてゴロゴロともつれながら転がる。

 

「……っつ~っ!? アタタタタ」

 

 着地を考えないでやるとこれだからキツイ。痛む身体を無理やり立ち上がらせ、俺は慌てて影凶魔の様子を探る。

 

 影凶魔は大分弱っているようだった。少し離れた場所まで転がり、頭部の魔石は砕けてこそいないもののひび割れは大きく、身体を覆っていた影のドレスも所々朧気になっている。

 

 周囲の影も収まりつつある。やるなら今しかない! 俺は覚悟を決めて、痛みでふらつきながらも影凶魔へと走る。

 

 目の前に立っても、影凶魔は何故か動かなかった。まだ影は残っている。俺を迎え撃つことも少しなら出来るだろうに、そうはしなかった。

 

 俺は貯金箱を取り出す。動けない今がチャンスだ! 今ならセプトをここから引っ張り出せる。

 

「もうちょっとだけ待っててくれよセプト! 『査定開始』」

 

 貯金箱から出る光が影凶魔を照らし出す。セプトが居るとしたら身体の中央部分。そしてその正確な位置は、

 

 

 ブローチ(光属性付与 ランク低級) 五十デン

 

 

 ビンゴっ! 俺はほつれた影のドレスの隙間に手を潜り込ませる。

 

 今日セプトに渡したブローチ。それをセプトは身に着けていた。それを思い出して探ってみたらドンピシャだ!

 

「…………ここかっ! よいしょっと!」

 

 そしておおよその場所に当たりを付け、その手に触れた物を力の限り引っ張り出す。ズルリと音を立てて影から姿を現したのは、俺の見慣れたいつものセプトの姿。胸にはブローチが微かに光を放っている。

 

 下半身は影に呑まれたまま。目も虚ろで酷く弱っているようだけど、間違いなく生きている。

 

「おい。……おいっ! しっかりしろっ!」

 

 下手に揺さぶったりしたら危ないかもしれない。なので声を掛けるだけにしたが、セプトはまだ意識が朦朧としているようでぼんやりしている。

 

 待ってろ。今完全に引っ張り出してやるからな。俺はさらに力を入れて引き抜こうとし、

 

「Aaaaarっ!」

「何っ!?」

 

 そこで止まっていたはずの影凶魔が急に動き出した。依り代になっているセプトを取られまいと思ったのか、単に自身の危機に生存本能が働いたのかは分からないが、再び影が脈打ちセプトを引き戻そうとし出す。

 

「させるかっ!」

 

 俺はセプトの腕をしっかり掴んで必死に抵抗する。だが影はまた刃に形を変えて俺に襲い掛かってきた。防ごうにもこっちはセプトを掴んだまま。ここで離したらまたセプトが呑み込まれる。何が何でもこの手は離せない。

 

 迫る刃に俺は少しでも痛くないよう身体を捩って躱そうとし、

 

 

「“()()”」

 

 

 その直前、聞き覚えのある声と共に放たれた風の弾丸が、影凶魔の頭部を撃ち貫いた。

 

 

 

 

 ピシっ。パリーン。

 

 エプリの放った二度目の風弾は、見事に同じ場所を直撃。ただでさえヒビの入っていた魔石は衝撃に耐えきれず砕け散る。

 

「Aaaaarっ!?」

 

 響き渡る影凶魔の絶叫、いやうるさいんだよ! こっちはセプトを掴んでいて耳を塞げないんだぞっ!

 

 しかしナイスだエプリ! そちらの方を見ると、エプリもこちらに駆け寄ってくる。

 

「トキヒサ! ()()()()()()()()()()! 早くセプトを引っ張り出してっ!」

「分かってる! ふんぬ~ぁっ!」

 

 影凶魔は徐々に光の粒子となって消えつつあるが、最後のあがきで暴れられたらたまらない。俺は急いでセプトを全身引っ張り出すため力を込める。

 

 さっきは腹から上くらいだったが、もう足の辺りまで見えてきた。もうすぐだっ!

 

「……っ!? トキヒサっ!? 上っ!」

「げっ!?」

 

 見ると上空、そこに一抱えもある大きな影の刃が数本展開されていた。刃先は全てこちらを向き、影凶魔の身体から伸びている。奴め。最後の力で俺達を道連れにする気かっ!?

 

 影凶魔がまだ魔石が壊されても完全に消えていないように、影の刃もすぐには消えない。このまま落ちてきたら消える前に串刺しだ。

 

 銭投げでもあそこまでは届かない。威力を上げればかき消せるかもしれないが、どう考えても爆風でこっちも被害を受ける。落ちてきてからでは遅いしな。

 

 その時、遂に影の刃がこちらに向けて落ち始めた。逃げるか……いやダメだ! 俺とエプリだけならまだ可能かもしれないが、セプトが影凶魔と繋がっていて動けない。

 

「……くっ!? “二重(ダブル)強風(ハイウィンド)”っ!」

 

 エプリもそれが分かっていて、重ね掛けした強風で吹き飛ばそうとするが、刃が大きすぎて吹き飛ばしきれない。

 

 もう柱というレベルのそれが見る見るこちらに迫り、エプリが素早く俺にしがみつくようにしながら強風を周囲に吹き荒らさせる。限界まで風の範囲を狭め、俺達から刃の軌道をずらすことを最優先する為のものだ。

 

 だけど直感する。まだこれだけじゃ足りない。仮にさっきのようにシーメが護ってくれることを考慮してもギリギリだ。下手すれば貫かれる。そして、

 

「…………えっ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 こんな芸当が出来るのは……俺は咄嗟にセプトの方を見る。すると、セプトが震える手を空に向けて影の刃を睨みつけていた。鼻からは血が一筋垂れて、目の血管も傷つき始めたのか真っ赤に充血している。

 

 誰がどう見てもセプトはもう限界だった。

 

「うっ……トキ……ヒサ……早く、逃げ……て」

「セプトっ!? お前を置いていけるかっ! すぐに引っ張り出してやる!」

「ダメっ! 今……私……離れたら……止められない。だから……早く」

 

 俺が慌てて引き抜こうとするが、セプト自身がそれを拒否する。ふざけるなっ! ここまで来て、ここまで来て諦めきれるもんか!

 

「エプリっ!」

「分かってるっ! ……セプト! もう少しだけ粘りなさい!」

 

 少しでも時間が出来たことで、エプリが“竜巻(トルネード)”の発動準備に入る。だけどあれだけのデカさとなるとどのくらいの溜めが必要になるか。そしてそれまでセプトが耐えられるか?

 

 俺は少しでもセプトが楽になるように、身体を支えるべく体勢を移動させる。……魔力暴走の時もこうだったな。そうだ! あの時のように俺が受け皿になってセプトの負担を減らそうとし、

 

「トッキー! エプリ! あとは私達に任せて!」

「シーメっ!? 何でここに!?」

 

 陰から攻撃を防いでくれていたシーメが、影が上空に集まっている隙を突いてこちらに走ってきたのだ。

 

「……ありがたいけど、アナタでもあれを完全に防ぎきるのは難しいわ。ここから離れて遠くから支援を」

「大丈夫大丈夫! 少しでもアレの動きを止めてくれて助かったよ! ……セプトちゃん。もう少しだけ頑張ってね!」

 

 シーメは得意げに笑いながら額に軽く手を当てる。またアーメかソーメと連絡を取るみたいだ。だけどこんな状況で一体何を?

 

「……もしもし。お姉ちゃん? ……うん……()()()()()()()。細かい照準はこっちで微調整するから……()()()()()()()()()!」

 

 その瞬間、空気が変わった気がした。

 

「エプリ! あと十五秒くらいで上の奴を乱すから、それと同時にその溜めてるのを打ち込んで散らして! 私は照準の調整で光壁を張ってられないから、トッキーは身体を張ってセプトちゃんや皆を守って!」

 

 矢継ぎ早に指示を出すシーメ。エプリは何も言わずに溜めを続行。何が何だかよく分からないが、この状況を何とかできるんなら従うぞ!

 

「セプト。心配するな。必ず皆で帰るぞ!」

「……うん」

 

 セプトは今にも崩れ落ちそうな姿で気丈に頷く。

 

 

 

 

 そこからの十五秒間はとても長く感じた。

 

 いつ力尽きるかも分からないセプトが懸命に空に向けて手を伸ばし、シーメは目を見開いて空を凝視し、エプリは何も言わずただその時に備えて魔力を溜める。

 

 俺も何が起きても良いように、貯金箱を片手にセプトを支えながらじっと構えていた。そして、

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 



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第百九十五話 一人で守るにあらず

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

『そう。お姉ちゃんの方は一応準備よろしく。エリゼ院長にもよろしく言っといて』

「よろしくって……まあ良いけど」

『うん。標的と合図はこっちの方で……って!? トッキーっ!?』

 

 それを最後に交信は切れ、アーメは困ったようにため息を吐く。

 

「どうしたの? アーメ?」

「院長先生! それが……色々と向こうで問題が起きているようです」

 

 時久達と別れたアーメは、エリゼ院長と共にヒースが向かいそうな場所を伝えた後、教会にて不測の事態に備えて待機していた。

 

 その後ヒース発見との報告を貰い、あとは迎えが来るのを待つのみとなったのに、さっきから姉妹達から伝わってくるのは明らかに荒事の気配ばかり。

 

 そして極めつけは今のシーメからの一報である。仮面の何者かの手によって自分達の友人であるセプトが凶魔化し、その場で暴れまわっているとあっては捨て置けない。

 

「シーメから長距離狙撃の申請が来ました。まだもしもの時の準備との事ですが」

「あの子がそう感じたとなると、そうなる可能性は高いでしょうね。……だけどアーメ。くれぐれもだけど」

「分かっています。()()()()は一日一射だけ。二度は無しですよね。……準備をしてきます」

 

 心配そうに注意をするエリゼ院長に対し、アーメは心配をさせまいと微笑んで歩き出した。

 

 途中自身の部屋によって愛用の物を取り出すと、そのまま階段を駆け上がっていく。目指すは毎日鳴らされる教会の鐘が安置されている場所。正確に言うと、その横に造られた彼女専用の射撃位置。

 

 アーメはそこに立ち、持ってきた物を軽く点検して構える。

 

 

 それは一張りの弓と、特殊な光沢を放つ手袋だった。

 

 

 弓は青を基調にして装飾は少なく、ある意味機能美を追求したともいえるそれだが、唯一の装飾と言える持ち手と両端に備え付けられた魔石がキラリと光る。

 

 手袋をしっかりとはめ、軽く弓を握ってあとはひたすら待つばかり。アーメは同調の加護によって、大まかに伝わるシーメとソーメの場所を把握しながらじっと射撃位置に佇む。そして、

 

『……もしもし。お姉ちゃん?』

 

 連絡が入ったのは少ししてからの事だった。

 

「こちらは準備できたわよ」

 

 言葉少なにアーメは妹へと告げる。それと同時に腕は素早く弓を構え直す。だが、その手には()()()()()()()()()()()()

 

『うん……()()()()()()()。細かい照準はこっちで微調整するから……()()()()()()()()()!」

「魔力、注入」

 

 シーメへの返事代わりに、アーメは自身の魔力を弓に送り込む。その瞬間、青白い光と共に弓の中央から魔力の矢が生み出され、弓に矢をつがえて力強く引き絞る。

 

 アーメは息を整え、自分が狙うべきモノを射るべく心を静めた。その間も魔力は送り込まれ続け、矢の輝きは一層増していく。

 

 その場所は教会から遠く離れ、おまけに今は夜。肉眼では到底標的を見ることも出来ず、狙撃には最悪のコンディション。

 

 送り込む魔力で威力と射程を限界までブーストし、特注の手袋で反動を緩和。それでも身体への負荷を考えると一日一射が限度。失敗は許されない。

 

だが、そこにはシーメ()が居る。シーメの頭上に標的が居るのなら、そこまで届かせるだけで良い。あとはいつものように、シーメの側で誤差を正してくれる。

 

「届け。遥か彼方まで」

 

 自分の全力射撃であっても何とか出来るという妹への全幅の信頼と共に、アーメは魔力を限界まで注ぎ込んだ矢を空に向けて撃ち放ち、それは流れ星のように青白い光となって飛んでいった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 何だアレっ!? 俺は一瞬空を見て唖然とした。

 

 俺達に落ちてこようとする巨大な影の刃群。そこに更に高い所から落ちてきた青白い流星が直撃したんだ。影の刃はショックでひび割れ、刃同士がぶつかって隙間が出来る。

 

 偶然? いや、そんなことは無い。これこそ多分シーメの言っていた奴だ! つまり次にやるべきことは。

 

「エプリっ! お願いっ!」

「“竜巻(トルネード)”っ!」

 

 空に手を翳して何故か汗を流しているシーメの合図と共に、エプリが今まで溜め込んでいた魔力を解放。目に見えるほどの密度の風が空に向かって吹き上がり、さっき出来た隙間を更に押し広げた。

 

 今だっ!

 

「セプトっ! 俺に掴まれっ!」

「全員あの隙間の辺りに走ってっ!」

 

 弱々しくもしっかり掴まってきたセプトを、ずるりと嫌な音を立てながら思いっきり力を込めて影凶魔から引っ張り出す。

 

 その瞬間制御を完全に失った影の刃が落下を始めるが、もう道筋は出来てんだよ! セプトを背負い、エプリの指定した先目掛けて全速力で走りだした。

 

 ボロボロと空から降ってくる刃の破片。エプリが風で大部分散らしたと言っても完全に消えるまで当たり判定のあるそれを、貯金箱で振り払いながら突き進む。

 

 時折ボジョが触手で手を貸してくれる中、どうにか影の当たらなさそうなポイントに走り込む。すぐ後にエプリとシーメ、そしてさっきまで影の一部と格闘していたボンボーンさんも走り込んでくる。よし。これで一安心。

 

 

 いや待て。ヒースはどこ行った?

 

 

『ギャアアアアッ!?』

「……っ!? あそこを見ろっ!」

「あっ!?」

 

 絶叫が響き渡り、そちらの方に目を向ける。そこには、ズズンと音を立てて倒れ伏すネーダと、侵食していた双剣の魔石部分を砕いて手放させるヒースの姿があった。

 

 見れば服のあちこちは焼け焦げ、盾を着けた左手の指も凍傷になりかけているのか腫れてしまっている。向こうも相当の激戦だったらしい。

 

「ヒース様っ! 早くこっちへっ!」

 

 その場所もまた落ちてくる影の刃の範囲内。シーメの呼びかけにヒースも分かっているとばかりにこちらに駆け寄ろうとして……そのまま自分もがくりと膝を突いた。

 

 はあはあと息を荒げ、剣を杖のようにして何とか立ち上がるがふらついている。

 

「マズいっ!? このままじゃヒースが!?」

「エプリっ! お願いっ! 私さっきの調整で魔力を使っちゃって光壁を出せないっ!」

「……強風っ!」

 

 シーメは魔力切れ。ならばとエプリが風を巻き起こしてヒースをこちらに飛ばそうとするが、

 

「……くっ!? 何をっ!?」

「こいつを置いていけない! 聞かねばならないことが山ほどあるんだ。……もう、あの男に利用されて死ぬ奴を出してたまるかっ!」

 

 何とヒースは、人の姿に戻りつつあるネーダを引っ張っていこうとする。流石のエプリも二人を飛ばすのは大変なのか顔をしかめた。

 

「危ないっ!?」

「ぐっ! 障壁展開っ!」

 

 その時、大きめの影が降り注ぎ、ヒースは無理やり盾に魔力を注いで障壁を作って防ぐ。だが、これではその場から動けない。

 

 そうこうしている内に、最後に特大の奴が落ちてくるのが見えてきた。あれはあの盾でもちょっと防げそうにない。

 

 くそっ! こうなったら、

 

「……ああもうっ! ボンボーンさんっ! 皆をお願いしますっ!」

「お、おいボウズっ!?」

「今度は流石に行かせないよトッキーっ!」

 

 セプトを下ろして急いで走り出そうとしたところ、肩をガシッとシーメに掴まれた。見るとシーメも魔力切れのためかふらついている。

 

「離してくれっ! こうなりゃ俺が向こうまで行ってとっておきの銭投げ(金貨)で影を吹き飛ばす。爆風もこっちはエプリ、向こうではあの盾があればなんとか」

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 シーメの真剣なその言葉と、そして今もまだ俺に弱々しい手で掴まっているセプトの手を見て俺はハッと動きを止める。……そうだった。また俺は全部自分だけでやろうとしていた。自分だけで守ろうだなんてことを考えていた。

 

 でも、そうじゃないんだ。何故なら、

 

「……ふっ! 舐められたものね。私が雇い主の意向をこなせないとでも?」

「エプリ……」

 

 エプリが両手をヒース達の方に翳し、いつものように不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「アナタはそこで黙って飛んでくる分を防いでおきなさい。こっちは……私が何とかする!」

 

 

 

 

「…………“二重強風(ダブルハイウィンド)”」

「うおっ!? う、浮いてるっ!?」

 

 強風だけでは二人を飛ばすのは難しい。ならば二つ重ねて使えば良い。

 

 その発想の下、少しの間をおいてより力を増した強風が吹き荒れ、倒れて動かないネーダとふらついているヒースが宙に浮く。

 

 障壁はどうするかと思ったけど、重ね掛けした強風はそれそのものが一種の障壁と変わらないということでヒースから障壁を解除している。

 

「……よし。来なさいっ!」

 

 エプリが少しずつ翳した手を内側に引くような仕草をすると、ヒースとネーダは浮いたままかなりのスピードでこちらに向かってきた。

 

 小さな破片はそのまま風で押しやられ、大きめの破片は、

 

「金よ! 弾けろっ!」

 

 こっちで硬貨を投げつけて逸らしていく。銅貨程度なら爆風も風で届かないし、軌道を逸らすだけなら銅貨数枚でも少しは効き目がある。

 

「良いぞ! その調子だボウズ!」

 

 ボンボーンさんもこちらに飛んでくる小さな破片を拳で打ち払っていく。こちらに来るまであと少し。しかし、降ってくる特大の破片も近くまで迫っていた。

 

 だけど今の調子ならギリギリ間に合う。あとは直撃さえ避けれれば……

 

「あっ!?」

「……ちっ!?」

 

 誰かの叫びとエプリの舌打ちが聞こえる。それは意識のないネーダが破片を回避するはずみで姿勢を崩し、明らかにエプリの風から外れかけたからだった。

 

 ぐらりと傾く身体。この勢いで投げ出されたらダメージも酷いが、それよりなにより上から来る特大の破片でぺちゃんこだ。

 

 そして地面に投げ出されそうになったその時、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そのまま風の流れに引き戻した。

 

 

 二人はそのままの勢いで遂に影の安置に引き込まれ、その数瞬遅れで巨大な影の刃が俺達の周囲に落ちて轟音を響かせる。

 

 巻き起こる粉塵。飛んでくる破片からエプリが風で、ボンボーンさんが拳で、俺は貯金箱を振り回して皆を庇う。

 

 そして大方収まった時、振り返って俺が見たのは、

 

「……はぁ。トキヒサ……言った。必ず皆で……帰るって。だから……死なせないっ!」

 

 そう言って俺に掴まりながら、もう片方の手で地面から影を伸ばすセプトの姿だった。

 



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第百九十六話 ハッピーエンドに向かって走れ

 粉塵や影の破片も完全に収まり、俺は周りをざっと見渡す。

 

 倉庫街だった場所は戦いの余波で見る影もなく荒れ果て、あちらこちらに残り火がチロチロと燃えている。幸い火事というレベルにはなっていないようで安心したが、小火にでもなったらマズいから後で消火しておかないとな。

 

 そしてその張本人である影凶魔は、今の衝撃で完全に消滅していた。最後にまとめて道連れにしてやろうという執念。自分の身よりも相手の破滅を望むこの精神性は、牢獄の鼠凶魔のときから感じてはいたけどなんだかなあ。

 

 だがまず何よりも、

 

「皆……生きてるよな?」

「……何とかね」

「うん。私も」

「私死にそう……って冗談冗談っ! まだ元気だよトッキー」

 

 俺がポツリと呟いた言葉に、エプリを始めセプトやシーメが口々に返す。ヒースは何も言わずに軽く腕を上げ、ボンボーンさんもおうよと返してくれる。

 

 倒れてはいるもののネーダも呼吸はちゃんとしている。つまりこれは、

 

「良かった……良かったよ。誰も死なずに済んで……本当に良かった」

 

 もうダメかと思った。

 

 ヒースを探しに出て、大葉の伝手でシスター三人娘と合流。そしてまた手分けして探し回りやっと発見したと思ったら、今度はヒースの探していた妙な連中と戦うことになり、挙句の果てには変な男達やセプトの凶魔化騒動だ。

 

 今日一日で何度酷い目に遭ったことか。毒を吸わされ、鬼凶魔に殴りつけられ、胸に土属性の槍を受けたかと思ったら今度は影属性の刃で斬られ、

 

 本当に何度自分が、或いは他の誰かが死んでしまうんじゃないかと思ったか分からない。だが、これでやっとハッピーエンドだ。あとは皆で屋敷に戻るだけ。

 

「……あっ!? そういえばあの鬼凶魔達は?」

「それなら心配すんな。そこの嬢ちゃんに無理やり魔石を引っこ抜かれたあとみるみるヒトに戻っていったんで、邪魔にならねえよう近くの倉庫に放り込んである。……おっと。嬢ちゃん達は見ねぇ方が良いな。服がアレだからよ」

 

 ナイスボンボーンさん! 俺が気を失っている間に、動いておいてくれたらしい。放っておいたら影の刃に下敷きにされていた可能性もある。

 

 服がアレというのは……まあ以前ダンジョンでバルガスがなった時と同じだろう。破れて全裸にでもなったか。

 

「それにしては……ネーダは何で服が破れてないんだ?」

「ネーダの場合はあくまで持っていた武器が基点となって凶魔化したようだからな。内側からじゃなくて外側からなったから服ごと吞み込まれる形だった。だからそれなりに無事だったんだ」

 

 流石に裸だったら見捨ててたというヒースだが、そこは嫌々ながらも多分助けていたと思う。

 

「見つけたぞっ! ヒース様ご無事ですかっ!」

「先ほどの凄まじい爆発を見て急いで駆け付けたのですが……って!? なんですかこれは!?」

「シーメ姉! やっと、追いついた!」

「遅いよソーメ! こっちはあらかた終わったよ!」

 

 そこに続々と駆け付けてきたのは、前に少し見かけた衛兵隊の面々とソーメ。どうやらヒースの迎えらしいけど、なんか迎えだけにしてはやたら多いし武装もしてるな。

 

「……本来は別件で近くに来ていたんだけど、さっき少し話をしてね。ついでに引っ張ってきたわ。……私だけ先行してきたけど」

 

 俺と手分けしている間に何があったのエプリっ!? ついでにって!? まあ迎えが多いのは別に良いか。

 

「ヒース……さん。色々あったけど、迎えも来たことだし早い所帰ろう。もう今日は疲れたよ。……なあセプ」

「……うぐっ!? ……あぁっ!?」

「セプトっ!?」

 

 振り返ると、そこにセプトの苦しそうな呻き声が響く。そうだ。こんな風に落ち着いている場合じゃなかった。

 

 セプトは見るからに酷い有り様だった。身体に直接見える怪我は少ないが、顔色は青白く鼻や目から血を流している。影凶魔になっていた以上身体への負担も計り知れない。そして一番マズいことに。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう。今回の騒動の一因となった胸の魔石。それはまだセプトの身体に埋め込まれたままだった。一回凶魔化したっていうのに何でまだくっついたままなんだよ!?

 

「やばっ!? ちょっとどいてトッキー! ……セプトちゃん。少しそのままじっとしていてね」

 

 シーメが自分も疲労困憊だろうにセプトに近づいて確認する。そのままじっと様子を調べ、立ち上がると顔を横に振って険しい顔をする。

 

「ダメ。めちゃくちゃ悪化してる。これを力づくで摘出しようとしたら本当にセプトちゃんが危ないかも。抑える器具も壊れちゃったし、一刻も早く院長先生に診てもらわないと」

「そんなっ!? ……よし。急いで連れて行かないと。エプリっ! ここに来るのに使った雲羊は?」

「離れた場所に待たせているわ。私が先導するからついてきて」

「私も行くよ!」

 

 エプリが先頭に立って走り出すのを、セプトを背負った俺とシーメで後に続く。

 

「済まないが、何人かはここに残って消火活動と後片付けを頼みたい。そこに倒れている者は一連の騒動の犯人の一人だ。治療の上厳重に移送してくれ。……ボンボーンはここに残ってくれ」

「はあっ!? なんで俺が?」

「説明に必要なんだ。これからのことも話す必要がある。補償金の事とか」

「…………手早く終わらせろよ」

 

 ヒースは衛兵隊の人達に後を頼んで後から追ってきて、ボンボーンさんはここに残って話をすることに。

 

 ああもぅっ! 最後の最後の最後までドタバタだよ!

 

「……トキヒサ」

「んっ!? 大丈夫だぞセプト。すぐに連れて行って診てもらうからな。だから安心してもう少し休んでろよ」

「……うん。ありがとう」

 

 今にも消え入りそうなか細い声でそう言うセプトを背に俺は力の限りエプリを追って走っていった。必ず助けるからなセプト。

 

 

 

 ……あれ? 何か忘れているような……気のせいか?

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

『……ふむ。あの素体は都市長の手に渡ったか』

 

 戦いの場から少し離れた場所。やや高い所にある建物の上、そこから事の顛末を確認していた者があった。

 

 その男こそヒースの言う仮面の男。先ほど影凶魔に串刺しにされ、そのまま多くの武器で責め苛まれモノと化したはずの男である。

 

『今からでも回収に……いや、それは難しいか。まさか他の素体を使い潰すだけでなく、私自身のゴーレムまで壊されるとはな』

 

 仮面の男は誰に言うでもなく呟く。

 

 そう。先ほどまで戦っていたのはただのゴーレム。素材の多くを手作業で組み上げ、魔石を動力として動く半自立型ゴーレムを、仮面の男が遠隔操作していたものだ。

 

 ゴーレムを介することで毒も受け付けず、動きに合わせて魔法を使うことで本人と悟られにくい。難点はどうしても使用者が近くに居る必要があることと、多少値が張ることだがその点はあまり重要視していなかった。

 

『……むっ!?』

 

 仮面の男はその仮面の奥で目を細める。

 

 彼がこんなことになった理由。執着する素体であるセプトを連れた者達が、衛兵隊から離れてどこかへ向かっていたのだ。向かう先には雲羊(クラウドシープ)が待機している。

 

『これは都合が良い。あの素体……セプトをどこへ連れて行くか。……移動中に襲撃は難しくとも、その場所さえ分かれば手段は幾らでもある』

 

 どうやらあれに乗せてどこかへ向かうつもりのようだと考え、仮面の男はその移動先を確かめようとし、

 

 

「は~い。そこまでっすよ! どこのどちらか知らないけど怪しい誰かさん」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「冴えわたるあたしの第六感! 合流する前にな~んか嫌な感じがして来てみれば、見るからに怪しい人が物騒なことを口走っている現場を目撃っす!」

『何者だお前は? ……いや、何者でも変わらないか。“石槍(アースランス)”』

 

 仮面の男は無造作に地面から石槍を隆起させて大葉を貫こうとした。

 

 見た所大した魔力も感じず、身のこなしもそこまでのものとは思えない。次の瞬間には終わるであろう些事。すぐに意識を切り替えて、素体であるセプトの移動先を確認しようとした時、

 

 

「『どこでもショッピング』。カテゴリは剣。試用(トライアル)……スタート」

 

 

『…………なっ!?』

 

 大葉の手には、いつの間にか持ち手から薄青色の魔力の刀身が伸びる剣が握られていた。それは以前、シスター三人娘の一人、ソーメが持っていた物に酷似……いや、そのものだった。

 

 迫りくる石槍を、大葉は舞うように切り払う。この動きもまた()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「う~んさっすがソーメちゃんの魔力剣! あたしの補正も上がる上がる! ……んで? 諦めて降参して洗いざらい話してもらえないっすかね? あたしも知らない人を傷つけるって言うのはちびっと気が引けたりするんすよ!」

 

 油断なく剣を構えるその仕草に、仮面の男は目の前の相手への警戒を一気に引き上げる。だが、

 

『…………っ!? その痣は!?』

 

 一瞬だけ吹き抜けた風。そしてその風で少しめくれた袖の隙間から見える特徴的な形の痣に、仮面の男は何故か反応した。

 

「およっ!? もしかしてこの痣が何なのか知ってるっすか? それはますます逃がすわけにはいかないっすね!」

『……あの御方と同じ痣。これはなんという僥倖か。元々の役割は果たした上に、予想外の素体と興味深いヒトを見つけるとは』

 

 仮面の男はそうどこか狂気を思わせる喜びようをすると、スッと構えを解いて懐に手を入れ何かを探る。そして、

 

『ああなんとしたことだ。このように幸運に恵まれながらも、今は我らの場所に出迎える準備が出来ていないとは。また後日、あの素体と共に改めて迎えに上がるとしよう』

「逃がさないっすよ!」

 

 気取った態度で一礼する仮面の男に、無理やりにでも捕まえようとする大葉。だが、

 

『いいや。お暇させてもらおう。失礼!』

 

 次の瞬間、懐で何か光ったかと大葉が思った瞬間、仮面の男はフッと姿を消した。大葉は知る由もなかったが、以前時久が使ったのと同じ転移珠によるものである。

 

「え~っ!? なんすか今の? テレポート? 瞬間移動? そんなのアリっすか!?」

 

 大葉は悔しがりながらその場に座り込む。自分の能力をあまり人に見せたくないからと、最低限の事だけ告げてここまで一人で来たことが裏目に出た形だ。だがすぐにえいやっと勢いよく立ち上がる。

 

「……まっ! な~んか知ってそうな人がいるってことは分かったし、セプトちゃんを狙ってる変態っぽい奴を追い払えたと考えればまあ良しとしますか!」

 

 そうして大葉は仮面の男が見ていた先、自分のセンパイやその仲間達を見てホッと一息つく。

 

「あっちも無事みたいだし、こっちも早いとこ帰るとしますか! 待ってくださいよセンパ~イ! あたしもここに居るっすよ~!」

 

 大葉は急いで合流すべく走り出した。

 

 

 

 

 長い夜は、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。

 



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閑話 もう一つの戦い

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ノービスのとある一画。テローエ男爵の屋敷にて。

 

 

 

(何故だ? 何故こんなことに?)

 

 テローエ男爵は冷や汗を流しながら狼狽していた。

 

 事の始まりは約一時間前。この屋敷にドレファス都市長が一人の護衛を連れて訪問してきたことから始まった。

 

 事前の連絡もなく無作法なと思う男爵だったが、魔石の件で重要な話があると切り出されては迎え入れざるを得なかった。そして、

 

「男爵殿。貴殿がヒトを凶魔化する魔石の販売に一枚噛んでいたことは調べがついている。速やかに縛につかれることを薦めるぞ」

 

 その言葉に、男爵は目の前の相手を始末せねばならないと判断した。まだ証拠がなくカマをかけているだけということもあり得たが、どのみち都市長に疑われた以上いずれ真相は明るみに出る。

 

(いかに都市長とは言え、卑しい冒険者風情から成り上がっただけの男。由緒正しい貴族たる私が捕まるなどということがあり得て良いはずがないのだ)

 

 そんな単純な思考から、テローエ男爵は急遽部屋に入れられるだけの手勢を集めて襲撃した。不意を突けるよう一人はメイドに扮させ、トレイから都市長がワインを手に取った瞬間に切りかからせた。だというのに、

 

 ザンっ!

 

 剣が振るわれると共に、また一人ばたりと倒れる。剣を打ち合うこともなく、斬られた方は自身が斬られたことにすら気づかず一瞬で意識を刈り取られた。

 

 周囲に見えるは同じように斬り倒された計十九名。それも全員がまだ()()()()()()ため生きている。

 

 それを成した男。ジューネの用心棒にして一時のみドレファス都市長に付き従っているアシュは、一度大きく剣を振るってそのまま納刀する。

 

「……ふぅ。一丁上がりっと! 残るはアンタだけだぜ? テローエ男爵」

「ば、バカな!? 我が手練れの部下がこうもあっさりと」

「残念ながら男爵殿。少々部下の質が良くなかったようだな。見た所どれも精々冒険者で言えばD級。ぎりぎりC級が一人か二人といった所か。無論連携が取れていれば実力の底上げも出来ようが、それすら無くてはただの烏合の衆と変わらぬよ」

 

 そう冷静に戦況を観察しながら、ドレファス都市長はソファーに腰掛けたまま優雅にワインを傾ける。

 

 敵が襲い掛かってきたというのにまるで慌てるそぶりも見せず、あまつさえ受け取ったワインを一滴たりとも零すことなくじっくりと味わう都市長。まるで自分の身に誰かが刃を突き立てるなどあり得ないとでも言わんばかりのその態度。挙句の果てに、

 

「……ふむ。部下の質は悪いがワインの質は上々だ。その目利きがヒトにも使えればよかったのだがな」

 

 これである。まったく余裕を崩さない都市長の態度に、テローエ男爵はますます困惑の色を見せる。

 

「くっ!? 良い気になるなっ! この成り上がり者めっ! この場に集めたのはほんの一部よ。この屋敷にはまだ他にも手勢が」

「いや。だからさっきも言ったろう男爵様よ。……()()()()()()()()だって」

「何を……まさかっ!?」

 

 男爵は慌てて手元にあった連絡用の道具で、屋敷内に常駐している他の手勢を招集しようとした。だというのに相手からの反応はない。これが意味するところは、

 

 コンコンコン。

 

「失礼致します。都市長様。屋敷の大まかな部屋の制圧は完了致しました。こちらの死傷者はありません」

「そうか。報告ご苦労ベン。……聞いた通りだ男爵。とっくに部屋の外の貴殿の部下は衛兵隊によって拘束されている。下手に抵抗せず死傷者が無かったのは良い判断だったな」

 

 衛兵隊長の言葉を聞きながら、都市長は穏やかに笑いかける。

 

 ちなみにこれは少しだけ事実とは異なる。男爵の手勢は抵抗したが、士気も練度も数も衛兵隊の方が上だったので、怪我をさせることもなく普通に制圧されただけである。

 

 その事実に思い当たり、男爵はわなわなと震えながら都市長を睨みつけた。

 

「ふ、ふざけるなぁっ!」

 

 もはや冷静な思考力の残されていなかった男爵は、ただただコケにされた怒りをぶつけるべく壁に飾ってあった装飾剣を手に取って都市長に襲い掛かった。

 

 装飾剣とは言え一応刃はあり、男爵自身も最低限の武芸程度は身に着けている。実際勢いだけならこの瞬間D級冒険者と同格か上回っていたかもしれない。

 

 そしてアシュやベンもまたその動きを止めようとしなかった。動き自体は見えていても、仮にも相手は下級とは言え貴族位だ。下手に手を出せば問題になる。

 

 なのでこの時、都市長自身が男爵の剣を防いだのは当然の事だろう。

 

「…………なっ!?」

 

 使ったのが()()()()()()()()()()()()()()()()でさえなければ、もう少し絵になったのだろうに。

 

 男爵は唖然とする。それもそのはずただのトレイである。

 都市長が身に着けている剣であったとしても、或いはそこらに倒れている部下の剣を使ったとしてもそこまで驚きはしなかっただろう。しかし都市長が使ったのは武器でも防具でもなんでもない。

 

 耐久性も本気でそこらに叩きつければヒビが入るか割れるであろう程度だ。だというのに、

 

「ふっ!」

 

 都市長はトレイを盾のように翳して装飾剣に向かい、剣が表面に当たるか当たらないかギリギリの所でトレイをくるりと反転。剣を巻き込むように回転させ、その勢いに思わず男爵は剣を取り落す。

 

 その瞬間、都市長はもう片方の腕で男爵の腕を掴み、そのまま地面に引き倒した。

 

「ヒュ~! やりますね」

「友人から教わった技だ。……男爵殿。私は確かに元冒険者の成り上がり者だ。しかしながら、それゆえに修羅場を潜った数であれば……すまないな。貴殿とは桁が違うのだよ」

「ぐっ!? ……くそっ!」

 

 アシュが口笛を吹いて称賛する中、都市長は淡々とただ事実を口にする。

 

「……さて。調べは付いているが、一応確認しておこう。貴殿はヒトが凶魔化する魔石を、自身の管理する倉庫街、通称物置通りを中継して売買していた。それは認めるな?」

「な、何の事だ? 私にはサッパリ」

「とぼけてもらっては困る。ネッツの名前を偽装して門の審査を通っていた商人ギルドの職員が吐いたぞ。貴殿と結託して精製した魔石を大量にここに保管していることを」

 

 もちろんそれだけではでたらめを言っている可能性もある。しかし今日別の場所であった魔石の取引。そしてその際の魔石を運ぶ荷車を衛兵隊が追い、途中襲撃を受けて一度見失いかけたがすぐにまた()()()()()()()()()()のは幸いだった。

 

 そしてその男がこの屋敷に魔石を運び込むのを確認して確証に変わった。そこですぐさま衛兵隊の本隊を率いてこの屋敷に突入したというのが流れだ。

 

「それは……」

 

 床に押さえつけられている男爵は、必死に弁明しようと頭を働かせる。……だが、

 

 キイイイインっ!

 

「何だ?」

 

 どこからか、高い金属音のような音が聞こえてきた。都市長やベンはその音の発生源を探し、

 

「…………うぐっ!?」

「……っ!? 都市長殿っ! 押さえている男爵から離れろっ!」

「むっ!?」

 

 アシュの声に咄嗟に手を放して距離を取る都市長。見ると、男爵の身体から黒く妖しい光が放たれていた。

 

「がっ!? ば、バカな!? 何故これが勝手に作動を!? ……奴らめ。裏切ったなあアアァっ!?」

「これはっ!?」

 

 見る見る変貌する男爵の身体。遂には言葉すらただの咆哮に変わり、後に残るのは一体の鬼凶魔のみ。

 

「ガアアアアァ」

 

 そして、異変はまだ終わらない。

 

「「ガアアアアァ」」

「むっ!? 都市長様。倒れている者達の何人かも同じようなことになっておりますぞ!?」

「隊長っ! 先ほどまで拘束していた者達が、突然凶魔に変貌しましたっ! 現在応戦中であります!」

 

 ベンの言う通り、アシュが気絶させた者の数名も同じように凶魔へと変貌し、駆け込んできた伝令から伝えられるのは更なる混乱。素早くベンが窓から外を確認すると、そこには見えるだけで十体近くの鬼凶魔が衛兵隊相手に戦いを繰り広げている。

 

 まさに阿鼻叫喚。拘束されたままで凶魔化していないものは突然のことに怯え、迎撃している衛兵隊の面々も突然の事に隊列が乱れかけている。

 

 このまま行けば一気に戦線が崩壊しかねない絶望的な状況。だが、

 

 

()()()()()()()()

 

 

 都市長の鬼凶魔の咆哮にも負けない、寧ろそれを上回る一喝が屋敷中に響き渡った。あまりの声のデカさにまさかの鬼凶魔すら一瞬動きを止める。

 

「凶魔がどうしたっ! 居る可能性は最初からあったはずっ! 諸君らは衛兵隊だっ! このノービスの秩序を守り、ヒトを守る盾であるっ! 凶魔ごときに後れを取るなっ!」

 

 都市長の一喝に、乱れかけていた衛兵隊も持ち直していく。

 

「ベンっ!」

「はっ!」

「直ちに中庭に出て指揮を執れっ! 対凶魔用の装備の使用を許可する。拘束している者達を守り、凶魔達を撃破せよ!」

「直ちにっ! ……しかし都市長様。この部屋の奴らはいかがしましょうか?」

 

 ベンの言うことももっともだ。この部屋には元男爵を始め、凶魔化したものが五体はいる。おまけに床には気を失っている者達が十人以上。それを守りながらはかなり厳しい。しかし、

 

「アシュ殿っ! 私は自身と気を失っている者達の守護に専念する。実質一人で仕留められるか? なるべく殺さずに」

「……そうですなぁ」

 

 アシュは軽く周囲の状況を見渡し、倒れている者達の位置取りなどを確認して結論を出す。

 

 

「二分……いや、一分あれば余裕ですな」

 

 

 スラっと剣を抜き放ち、アシュはそう事も無げに言って獰猛に笑った。

 

 

 

 

 まだこちらの夜は終わらない。

 



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第百九十七話 この温かさがある限り

 注意! 途中視点変更があります。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 途中で別行動していた大葉を拾い、息も絶え絶えなセプトを連れて雲羊をひた走らせることしばらく。俺達はエリゼさんのいる教会に辿り着いた。

 

 もう夜も遅く、この世界の人は当然として元の世界の人も眠りにつくだろう時間。だというのに、

 

「待っていたわ。事情は大まかに分かっているから、早くセプトちゃんをこちらに」

 

 エリゼさんはしっかりと起きて準備していてくれた。おそらくエリゼさんの隣に居るアーメが同調の加護で伝えておいたのだろう。この一刻を争う状況では非常に助かる。

 

 しかしセプトの様子を一目見て、エリゼさんの顔色が変わる。

 

「これは……怪我もそうだけど魔石がここまで侵食するなんてっ!? アーメっ! 手伝ってちょうだい。シーメも疲れてるでしょうけど」

「もうやってるよ院長先生! 残してきたソーメ経由で都市長様のとこの薬師に連絡してこっちに回してもらってる。だけど他にも怪我人が沢山が居てこっちにはそんなに割けないって」

 

 シーメも疲れた顔をしながら目を閉じて集中している。そう言えば雲羊に乗った中でソーメの姿が見えなかった。セプトの事で気が動転していたとは言え気が付かないなんてな。

 

「分かったわ。ならこっちはこっちで何とかするから、余裕が出来たらこっちに回してと伝えて。あとトキヒサ君。申し訳ないのだけど、セプトちゃんを処置室に連れて行くのを手伝ってくれない?」

「はいっ! セプト……もう少しの辛抱だぞ」

「……うん」

 

 エリゼさんに連れられ、セプトを背負って以前も入った地下の凶魔関係専用の部屋まで向かい、そこのベッドに寝かせる。事前に準備していたようで、部屋には既に治療道具らしきものが設置されている。

 

「これで良し。ではここからは私達の仕事。アーメ以外の皆さんは退出してちょうだい。シーメは引き続き連絡役を」

「エリゼさん。俺はそういう心得はないですけど、やれることは何かありませんか?」

「トキヒサさん……」

「……気持ちは嬉しいけど、今トキヒサ君に出来ることは無いわ。それに、アナタや他の皆さんもあちこち怪我をしているじゃない。一番重症なセプトちゃんから先に治療するけど、それが終わるまで部屋の外で待っていて」

 

 何かセプトのために出来ることは無いかと尋ねてみるが、エリゼさんはゆっくりと首を横に振る。

 

 確かに、俺は重症でこそないけど身体のあちらこちらに打撲や影による切り傷。ヒースは手に火傷や軽い凍傷。エプリも切り傷が結構あるし、シーメは傷こそほぼないけど魔力切れでフラフラだ。大葉は……特に問題なさそうだけど。

 

 セプト以外は皆してボロボロ。エリゼさんの言葉に、本当に俺は周りが見えていなかったのだと感じる。

 

「トキ……ヒサ」

「セプトっ!? 大丈夫か?」

「……うん。私……大丈夫だから。心配……しないで」

 

 セプトはいつものように無表情ながらも、必死に俺に向けてうっすらと微笑みかける。明らかに痛みを我慢しているのに、時々洩れそうな苦痛の声を必死に我慢して。

 

 俺はそんなセプトの姿を見て、それ以上何も言えなかった。

 

 

 

 

「は~い。それじゃあ一列に並んで。まずは一番ヤバそうなヒース様からね。……うわっ!? 両手共にボロボロじゃないですか!? よくここまで我慢してましたね」

「確かに痛いが、これくらいならアシュ先生の鍛錬の方がキツイな。それとお前から借りた盾が無くてはもっと傷は深かっただろう。感謝する」

 

 部屋から退出した俺達は、一階に上がって一人ずつシーメに診察及び応急処置をしてもらう。残りは長椅子に座って待機だ。

 

 自分も疲れているというのに「今は私魔力無いんで、魔法でパパっと治すなんてことは出来ないからね! 苦~いお薬や痛~いお薬を使うけど我慢してよ!」と笑いながら、手際よく怪我の度合いを確認していくシーメ。

 

 今回の事で一番見方が変わったのはシーメかもしれないな。

 

 途中自分で応急処置を済ませようとするエプリを何とか宥めすかして治療し、特に怪我はないけどついでに診察してほしいっすという大葉を追い払い、最後に俺も打撲した所に包帯を巻いてもらって終了となった。我ながら頑丈な身体でこういう時助かる。

 

 だけど、

 

「セプト……まだかかりそうかな」

「そうだね。正直どれだけ時間がかかるか分からない」

 

 部屋の外の面子が全員終わったというのに、部屋の中の治療はまるで終わる様子が見えなかった。他の薬師の増援が来る気配もなく、どんどん不安が募っていく。

 

 身体の傷もそこそこ痛いけど、身近な人が目の前で傷つくのは精神的に来る。俺も……そんな思いを他の人にさせていたのだろうか?

 

 今回の件。ヒースを探しに出たことを後悔はしていない。だけど、それに他の皆を巻き込んで怪我をさせてしまった。もしかしたらセプトも目の前で俺がやられたことがきっかけで、

 

「……トキヒサ。顔を上げなさい」

「エプリ?」

 

 座って俯いたまま悩んでいると、エプリから急に声をかけられた。そしてその言葉通り顔を上げると、

 

「……“風弾”」

「あたっ!? 何すんのエプリ!?」

「うわっ!? やっぱ痛そ~っす」

 

 突然額に衝撃が走り慌てて押さえる。そこには指を伸ばしていつものように風弾を撃ち込むエプリの姿があった。大葉もこちらを見て自分も額を押さえている。もしかしたら大葉も食らったことがあるのかもな。

 

「……どうせその顔だと、自分のせいでこんなことになったとでも思っていたんでしょう? ……自惚れないでくれる?」

 

 エプリは一度大きく息を吐くと、敢えて俺を見下ろすように立つ。

 

「私は私の意思で、護衛としてトキヒサに付き従った。アナタが巻き込んだのではなく、自分の意思で巻き込まれに行ったの。……多分セプトもそうね。何でもかんでも自分のせいだと勝手に思って、勝手に悲劇の主人公ぶらないで。面倒だから」

「エプリ……」

 

 見上げると見えるフードの奥。エプリの赤い瞳が静かにこちらを見つめている。言葉そのものは辛辣だけど、その声音はどこか優しいものだった。そしてそのまま手を開いて差し出してくる。

 

「……分かったのなら、俯かずに顔を上げることね。そしてやれることをやりなさい。怪我を治すことに専念するなり、これからの事を考えるなり、少なくともそこで項垂れているよりはマシでしょう」

「……ああ。ああ! そうだな」

 

 確かにこのままでは特に何も変わらない。何でも良いから自分に出来ることをやらないとな。俺は足に無理やり力を入れて立ち上がる。

 

「う~む。やっぱエプリさんってセンパイのこと」

「これはセプトちゃん分が悪いかもねぇ」

「ある意味分かりやすいなこの二人も」

 

 なんか俺とエプリを見て皆がひそひそ話をしているが、

 

「……あと、今回の事も契約料に加えておくから。全部終わったらきちんと払ってもらうわね」

 

 これだよ全く。良い奴だし良いことも言ってるんだけどあくまで仕事として何だよなぁ。……まあ良いけどねっ! 俺今割と懐に余裕あるしっ!

 

 そうして頭の中で出費やら何やらを計算していると、地下からアーメが少し慌てた様子で上がってきた。

 

「シーメっ! ちょっと来てくれる? セプトちゃんの容体が」

「えっ!? セプトに何かあったのかっ!?」

 

 その言葉に俺は居ても立ってもいられずアーメに駆け寄った。頼むから無事でいてくれよセプトっ!

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 私は真っ暗な世界の中に居た。目の前にはさっきまで散々私に囁き続けていた()()がぼんやりと浮かんでいる。

 

 何かは酷く弱っているようだったけど、それから伝わってくる言葉は今も変わらない。

 

 壊せ。打ち砕け。食らいつけ。殺せ。ここに居る全員を。周囲にある全てを。全部。全部。

 

 何かは私に絶え間なく囁いて、少しでも操ろうと弱った身体で私に手を伸ばす。

 

 その強烈な意思。さっきまでの私なら、もしくはトキヒサと出会う前の私なら、素直に身を委ねていたかもしれない。でも、

 

 

「……()()()()

 

 

 私の言葉に一瞬だけ何かは囁きを弱める。

 

「もう私はあなたに従ったりしない。もうあなたに操らせたりしない。もう……あなたに委ねてトキヒサを、私のご主人様を傷つけたりなんかしないっ!」

 

 私は叫ぶように何かに詰め寄り、その度に何かの囁き声が小さくなっていく。

 

 さっき私を暗闇から引き戻してくれたあの手。そして()()()()()()()()()()()()この温かさを、私はもう忘れない。

 

「私の中に居るのなら……あなたが私の言うことを聞いてっ! ……()()()()()()()()!」

 

 その瞬間、何かはそのままフッと姿を消した。だけど、何となく感じ取れる。見えなくなっただけで、何かはまだ確実にここに居る。だけど、

 

 

 

「……プトっ! セプトっ!」

「…………んっ!」

 

 気が付いたら、私はどこかのベッドに横になっていた。

 

 目の前に居るのは私のご主人様(トキヒサ)。そして、その温かい手はしっかりと私の手を握りしめてくれている。

 

「無事かセプトっ! ……良かった。急にまた魔石が光り出したって聞いて慌てて飛んできたんだ。大丈夫か?」

 

 そう。この人が手を握っていてくれる限り、何かがまた囁いてきても大丈夫。

 

 

「うん。ありがとう。ご主人様(トキヒサ)!」

 

 

 私はどこか満たされるような気持ちで、トキヒサに笑いかけた。

 



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第百九十八話 愚痴られまくって微睡んで

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「あぁ~。……疲れた。もう今日は動きたくない。このまま倒れ込んだら三秒で眠れる自信がある」

『ちょっと。女神相手にその態度はないわよ。もうちょっとシャキッとしてほらほら! ……まっ! 所々見ていた限りでは良くやったわね。流石ワタシの手駒。いえ。寧ろアナタを選んだワタシが立派よね。流石ワタシよね!』

 

 体感でもう何か月も経ったみたいな濃密な一日を終えた後、俺はすぐに横になりたいという誘惑に必死に抗いながらいつもの定期連絡をアンリエッタに入れる。

 

 しかしいきなりこの調子である。なんでこの流れで結局自分がよくやったということになるのかこのお子様女神は。……やっぱ誘惑に負けて寝ても良いかな?

 

 ここはエリゼさんの教会の一室。医療施設という側面もある以上、怪我人や病人が休むスペースもある。最初は皆で都市長さんの館に戻る予定だったのだが、怪我人があまりに多いということでここで一泊することになったのだ。

 

 確かに俺やセプト、エプリにヒース、ここには居ないけどボンボーンさんに事件に巻き込まれた人達と怪我人だらけ。シーメも怪我こそないけど疲労困憊だったし、元気なのは大葉くらいだ。そんな状態で無理に帰っても困るだろう。素直に好意に甘えて泊めてもらうことになった。

 

『いつもならアナタの口から詳しく状況説明をしてもらうけど、今回はそんな気力もなさそうだし免除してあげるわ。また次回簡潔にまとめておきなさいよね』

「そう言われると今回は割と助かるな。正直しんどい」

 

 一応頭の中で話すことをまとめてはいたが、今の疲れている状態では舌も頭も回らないからな。アンリエッタがどやぁって顔をしていたので、まあ一応顔を立てて頭を下げておく。

 

『ふふん! それにしても今回の一件。少しは課題達成に近づいたんじゃない? 成り行きとは言え都市長の息子を助けた訳だし、謝礼もたっぷり貰えるかもよ』

「さあな。助けたって言っても俺一人だったら何も出来なかったと思うし、そこまで大したことにはならないんじゃないか? それに礼と言うならアーメ達三姉妹やエリゼさんこそ受け取るべきだし」

 

 結果的にあんな大事になったけれど、そもそも今回の一件は帰りが遅いヒースを俺が勝手に心配になって探しに出て、それに他の皆が付き合ってくれたという感じだしな。

 

 ヒースを探しに行ったのだって、都市長さんに頼まれていたことの延長だと思えばそこまで特別って訳でもない。

 

 既に拠点として館を使わせてもらってるし、セプトを助けるためにエリゼさんを紹介してもらった。おまけに代金まで向こう持ちだしもう先払いでたっぷり貰っている訳で、これ以上請求するのはなんとも。

 

『まったく。欲がないというか自分のやったことが分かっていないというか。()()()はどう? ワタシの手駒と違って少しは分かっているんじゃない?』

 

 アンリエッタが同意を求めたのは、俺の横に静かに佇んでいたエプリ。そう。この部屋はエプリとの相部屋だ。本来なら一人一室という割り当てだったのだが、エプリが護衛として一緒の部屋にすると譲らなかったのだ。

 

 わざわざ別の部屋から毛布を運んでくるのを見て、これを説得するには体力も根気も時間も足りないと即座に諦めた。

 

 その時そこまで怪我を心配しなくても良いんだけどなと言ったら、見張っていないとその怪我のままで何かやらかしかねないからと返された。なんか理不尽だ。

 

「……トキヒサが分かっていないという点については同感ね。私への契約料も、都市長に今回の一件で頼めば普通に払いきれるというのに。律儀にも自分で払うと言って聞かないのだから」

『ほんとそこなのよね。金を儲けるだけならいくらでも効率的な手があるのに、妙な所で頑固なんだから困っちゃうわ。……まあ評価自体はその方が良くなりそうだし、あんまりうるさく言うつもりはないんだけどね』

 

 そんな二人はこちらをチラッと見てから顔を見合わせると、同時に大きくため息を吐く。……おい。そこの二人。俺を見てため息を吐くのは酷いぞ!

 

 それからしばらく何故か俺に対する愚痴が二人の間でヒートアップし、俺は微妙に肩身が狭い思いを味わうことになった。……そして、

 

『とにかくトキヒサ。ワタシの手駒。アナタはもっと欲張りなさい。その権利があるのにしないのは勿体ないだけよ。……っと、もうそろそろ時間ね。本来ならまだ言い足りないくらいだけど今日はこのくらいにしておいてあげるわ。感謝しなさい!』

「なんでこんなに言われて感謝しなきゃいけないんだよ!? ……ああもう。疲れて喧嘩する気も起きやしない」

『ふふっ! それじゃあ次はまた明日の夜……いえ、もうすぐ()()ね。次の定期連絡の時に。それと……お疲れ様。ワタシの手駒。早く怪我を治しなさいな』

 

 それだけ言って、小さな富と契約の女神様が金のツインテを軽く振ったのを最後に通信が途切れる。やっぱあの女神ツンデレだろ。その一言をもっと早く言ってくれれば毎回楽なのにな。

 

 

 

 

「……ふぅ。今日も夜遅くまで付き合ってもらって悪かったな。結局なんか俺への愚痴を言い合っただけになった気がするけど」

「そのようね。……と言っても、アナタへの評価に関してはそこそこ共感できるものもあったから、全く実入りのない話という訳でもなかったわね」

「何とも耳が痛い話だよ」

 

 俺は大げさに耳を塞ぐようにしてそのまま床に敷いた毛布に倒れ込む。()()()? エプリに譲ったに決まっているだろ?

 

 こっちが怪我人だというのなら向こうも怪我人だ。一緒の部屋で寝るというのならせめてそれくらいは譲歩してもらうと何とか説得した結果である。……まだ一緒のベッドで寝た方が合理的と言い出さないだけマシだ。

 

「それにしても、互いに酷い有り様だよな」

 

 俺は寝そべりながらそう話しかける。何せ俺もエプリも身体のあちこちが包帯だらけ。魔法やポーションだけで無理やり身体を治すのは負担が掛かるので、時間があるなら負担の少ない薬などを併用して少しずつの方が良いというのがエリゼさんの談だ。

 

 実際エプリが言うには間違ってはいないらしい。なので魔法で治してもらったのは鬼凶魔との戦いで出来た打撲とか痣くらいで、掠り傷程度ならちょっと薬を塗って包帯を巻くだけで済ませている。

 

 エプリの方は大きな傷こそないけれど、身体中凶魔化したセプトとの戦いで切り傷だらけ。やっぱり包帯のお世話になっていた。

 

 ちなみに治療の際にエリゼさんに素顔を見られるのはマズいのではないかと思ったのだが、そこはソーメが上手くとりなしてくれたようだ。

 

 実は今日のドサクサでエプリの素顔は普通に見られていたらしい。他の姉妹にはバレているけれど、エリゼさんには内緒にしておくとの事。最初の頃に比べて混血だって知っている人が増えてきた気がするな。俺に見られて襲い掛かってきた時が懐かしく感じる。

 

「そう言えば色々あって言いそびれていたけど……ありがとうな。貰った胸当てのおかげで命拾いしたよ」

「……そう。役に立ったのなら良かったわね」

 

 今日エプリから贈られた革の胸当て。それを着けていなかったら、俺もここまで悠長に話せてはいなかったかもしれない。よくマンガで胸ポケットに入れていたお守りで銃の弾を防ぐという描写があるけど、実際にそれに近いことが起こるとは驚きだ。

 

 エプリはこともなげに返し、それを聞いて自分の事も忘れるなとばかりに、ボジョが袖から自分の触手を出して自己主張する。分かった分かった。忘れてないって! ボジョも助けてくれたんだよな。ありがとうよ。

 

「……いつも思うのだけど、トキヒサはもう少し自分の安全を勘定に入れて行動すべきね。今回の件も、アナタが自分から首を突っ込まなければこんな目には合わなくて済んだのに」

「うっ!? ……反省してます。だけど、また同じようなことになったらやっぱり動いていると思う」

「……それって反省していると言えるのかしらね」

 

 エプリが呆れ顔で見てくるが、ここまで来るともう性分という奴だ。

 

 今日シーメにも言われたように、俺はちょっと身体が頑丈なだけの一般人だ。そんな俺がこんなことを言えるのも、俺をサポートしてくれている皆が居たからこそなんだ。その点だけは決して忘れちゃいけない。

 

 それでも、やっぱり俺の知り合いに何かあったりしたらまたこうして動いていると思う。お節介かもしれないし、傍迷惑なだけかもしれないけど、自分が動かなかったことを後悔はしたくない。

 

 そのことを打ち明けると、エプリは殊更大きくため息を吐いた。最近ため息多いよ。……まあその原因の大半が俺なのだから申し訳ないが。

 

「……傲慢ね。自分勝手で、夢想家で、ある意味とても欲張りで、目を離すとすぐに問題に巻き込まれるし、護衛としては実にやりにくい雇い主様だわ。……だけど」

 

 エプリはそこで一度言葉を切ると、ほんの僅かに口角を上げて微笑んだ。

 

()()()()()()……まあそこそこ上々かしらね。少なくとも、自分可愛さにヒトを裏切るような利口な立ち回りは出来ないもの」

「……おう!」

 

 こういうのも信頼されている内に入るのかね? まあ悪い気はしないけど。

 

 今日一日色々あったけど、まだ問題は山積みで解決出来ていないことも多々あるけど、それでもこの笑顔で少しは気持ちよく寝られそうだ。

 

 俺はどこか晴れ晴れとした気持ちで毛布に包まり、すぐに微睡みの中に落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

「……やはり念のため一緒のベッドで寝させた方が良いかしら。その方がより護衛料を請求できそうだし」

「色々台無しになるから止めてっ!?」

 

 すぐに微睡みから引き戻された。頼むから落ち着いて寝かせてっ!?

 




 ここまで非常に長くなりましたが、これでようやくこの章は完結となります。

 これからは何話か後日談と閑話を載せた後、しばらく長い休みを取る予定です。

 これまでお付き合いいただいた読者の方々に感謝を。


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閑話 掴んだ手がかり

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「だからっ! それ以上は知らねえって言ってんだろうがこのカスっ!」

 

 ノービスの衛兵詰め所の一つ。その犯罪者を勾留する場所にて、ネーダは取り調べを受けていた。

 

 数日前にノービスで起きた事件。仮面の男の暗躍によってヒトが凶魔化し、周囲に小さくない被害を与えたこの事件は未だ完全解明には至っていない。

 

 また、同日に起きたテローエ男爵邸大量凶魔化事件も、あれだけの騒動でありながら死亡者0という快挙ではあったもののなかなか進展していない。

 

 だがこの二つの事件は何かしらの関係があると判断され、それぞれの事件に関わった者達を個別に取り調べて真相究明を目指していたのだ。

 

「本当か? お前の雇い主である仮面の男については今言った以上の事は何も知らないと?」

「ああ。俺だってあのクソ野郎をこの手でぶち殺してやりてえ所だけどよ。奴とは依頼主と雇われの身以上の関係じゃなかったからな。深くは知らねえ」

 

 取り調べる衛兵に口汚く喚き散らしながら、ネーダは椅子にふんぞり返る。

 

 といっても態度程その身体は元気ではなく、身体中の怪我もまだ完治とはとても言い難い。あくまで取り調べ可能なまでに回復したというだけだ。

 

 このネーダという男。元々冒険者ギルドに所属していた。ランクはC。ただしそれは素行の悪さなどで昇級が遅れたためもあり、実力だけで言えばBに近いと言われていたという。

 

 だが暴力沙汰が絶えずに遂にギルドから追放処分を受け、今では日雇いの傭兵稼業。と言ってもギルドに所属している訳でもなくフリーの傭兵である。

 

 しかしある時、酒場であの仮面の男に声をかけられ護衛として雇われたという。報酬は金と、自身が使用していたあの双短剣。と言ってもあの双短剣に凶魔化用の魔石が仕込まれていたので、実質実験体としか見られていなかったのだろうが。

 

 だが身になりそうな話はここまで。自身も凶魔化した被害者ではあるが、雇われたとはいえ町の要人の息子を殺そうとした罪は重い。取り調べが終われば罪を償うべく厳しい罰が下されることは間違いない。

 

 それに不貞腐れてかネーダ本人の態度も悪く、取り調べは難航していた。そこへ、

 

「……これはっ!? 都市長様」

「構わん。楽にしてくれ」

「おいおい。取り調べに都市長様直々か? はっ! 涙が出るなぁおい」

 

 アシュを伴って取調室に現れたのは、何か包みのようなものを持ったドレファス都市長だった。聴取中の衛兵に軽く二言三言告げると、衛兵は一度敬礼して部屋を退出する。

 

「何のつもりだぁ? 都市長様よ?」

「いやなに。少し聞きたいことがあってな。こうして直接出向いただけだ。長居するつもりはない」

「俺は……まあ俺も聞きたいことは幾つかあるが、まずは都市長殿に譲るとするさ」

 

 都市長はあくまでも事務的かつ冷静にネーダの体面に腰掛け、アシュはどこか飄々とした態度で傍に佇む。

 

「聞きたいことねぇ。と言っても俺の知ってることはもう全部バラしたぜ。調書読めば分かんだろ」

「確かに仮面の男に関しては調書に目を通させてもらった。出会った酒場から目撃証言を集めてはいるが望み薄だな。しかし私が聞きたいのはそれとは別件でね。……これについてだ」

 

 都市長はそう言うと、包みをネーダにも見えるように机においてゆっくりと開いていく。その中にあったのは、

 

「……これはっ!?」

「そう。お前が使っていた双短剣。レッドムーンとブルーム―ンだ。一応言っておくが、凶魔化用の魔石は既に取り払っている。もう触れた所でよほど手入れを怠らない限り凶魔化はしない」

 

 赤と青。二刀一対の双短剣。以前のような禍々しい黒い魔石はもうなく、今はそれぞれ澄んだ輝きを放っている。

 

 それを目にした時、ネーダの目の色が変わった。普通ならヒトを凶魔化させるような武器などもう安全だと分かっていても手を出しづらいのに、今にも飛びつかんとする様子はどこか危うさを感じさせる。

 

「よこせっ! それは俺のだ。俺が使うにふさわしい道具なんだよっ!」

「違うな。これは押収した品だ。もうお前の物ではない。……だが、お前がちゃんとこちらの質問に答えるのならチャンスくらいは与えよう。()()()()チャンスをな」

「んなこと知ったこっちゃねぇんだよっ!」

 

 ネーダはどこにそんな力が在ったのか、ボロボロの身体で無理やり置かれた双短剣を奪い取る。手錠こそまだ掛けられているが、都市長との距離は僅かに机を隔てるだけ。前使ったように火炎なり氷雪なりを繰り出せば、躱しきるのは至難の業だろう。

 

「ヒャーッハッハッハ! なぁ。おい。ありがとよ都市長様よ。俺の物を返してくれて。……ありがとうついでにもう一度役に立ってもらうぜ。お前を人質に、こんな場所からオサラバしてやるよ」

「短絡的だな。たとえ私を人質にしたところで逃げることは出来ぬだろうに。やめておけ。罪が増えるだけだぞ」

 

 目の前で凶器を向けられているというのに、都市長はまるで慌てる素振りを見せず腰掛けたままだ。横で佇むアシュも静かに状況を見守っている。

 

「うるせえ! 軽く痛い目を見れば黙って言うことを聞くかぁ?」

 

 ネーダは口汚く唾を飛ばしながら剣の切っ先を都市長に向ける。こんな距離でいつものように火炎なり氷雪なりを放てば、直撃すれば場合によっては死亡することもあり得る。

 

 おまけに都市長はこの町において相当上位の重要人物だ。息子であるヒースを害することよりもある意味罪が重い。

 

 だがネーダはそんなことを考えもしていなかった。それだけ余裕がなかったともいえるが。今頭にあるのは、如何にして目の前の男を黙らせるかという事だけ。

 

 そうしてネーダはまず目の前の男を丸焼きにしてやろうとし、

 

「爆ぜろレッド「ブルーム―ン。()()()」」

「なっ!?」

 

 次の瞬間、ネーダの声に被せる形で都市長が放つ言葉と共に、不意に出現した氷の鎖がレッドムーンごとネーダに絡みついて動きを封じる。

 

「なっ……なんでだよっ!? なんで俺が持っているはずのブルーム―ンがお前の指示をっ!?」

「……はぁ。“爆ぜろ”と“凍てつかせろ”の基本能力だけしか知らぬ上、()()()使()()()()()()()私にさえ劣るとは。……良いか? 良く聞くが良い」

 

 都市長はそのまま身を乗り出して、握られていた剣をむしり取ってからネーダの胸倉を掴み上げる。

 

「この双短剣はな、昔行方不明になった()の友人が使っていた剣なんだよっ! これまで扱えていたのはこの剣の力のほんの一部に過ぎん。お前程度の奴がよくもここまで自分がふさわしいなどと言えたものだ。扱えるかどうか挑戦することすらおこがましい。恥を知れっ!」

 

 普段冷静な都市長の瞳に映るのは怒り。消えた友の武器を凶魔化用の魔石に穢され、あまつさえ目の前の奴に良いように使われるという屈辱への憤怒。

 

 その激情を前にネーダもようやく自分が逆鱗に触れたことを理解したのか、何も言えずにそのまま黙っている。

 

「良いからさっさとその剣について知っていることを吐け。お前に渡した時仮面の男は何か言っていなかったか? 少なくともそいつは基本の使い方を知る程度にはその剣に関わりがあったはずだ。少しでも良いから思い出せっ! さもなくば」

「まあまあ。熱くなり過ぎだぜ都市長殿」

 

 だんだんヒートアップしてきた都市長を見かねてか、横からアシュが都市長を抑えるべく口を挟む。

 

「…………ああ。すまないアシュ殿。私としたことが冷静さを欠いていたようだ」

「良いってことですよ。俺も都市長殿がそこまで熱くなるなんて珍しいもの見れましたしね。という訳で、ちょっとだけ都市長殿が頭を冷やすまでの間、俺の質問にも答えてもらおうか」

 

 都市長が気を落ち着かせるため軽く深呼吸をする中、代わりとばかりにアシュが椅子に腰掛ける。

 

「な……何だよ?」

「お前さんと一緒に居た仮面の男。“始まりの夢”に繋がりがあるとかなんとかって話らしいけどさ。そこんとこもう少し詳しく話してくれないか? 例えば……こんな()()()()()()()を持っていたとか」

 

 アシュは自身の二本目の剣。鎖を巻かれ、砂時計を模した錠で封印されているそれをポンポン叩く。

 

 ネーダは氷の鎖で拘束されて寒い筈なのに、額に冷や汗を浮かべていた。何故ならアシュは薄笑いを浮かべているものの、その瞳は全くと言って良い程笑っていない。

 

「なんせ()()()()()()の可能性もあるんでね。放っとく訳にも行かないんだよホント。ちなみにだんまりだったり嘘ついたら……死なない程度に全力で峰打ちするのでよろしく」

 

 相手の嘘を見抜く剣士は、そう言ってにっこりと笑った。

 



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閑話 人は皆何かを探す者

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ニャ……ニャっくしょいっ!?」

 

 ガタゴトと定期的な振動と共に進む馬車の中、真っ赤な毛並みの猫ナエのくしゃみの音が響き渡った。

 

「風邪かニャ~? それとも誰かがオレ様の噂をしてたり? う~ん。モテる猫は辛いニャ!」

「単にこの前の戦いの疲れが響いているのだろう? バカは風邪をひかないという話だが、この異世界では当てはまらないらしいな」

「ヒドイっ! オレ様バカじゃニャいよボスっ!?」

 

 同じく馬車に揺られる男、西東成世の心底不思議そうな顔に、ナエはわざとらしくおよよと泣き真似をしながら崩れ落ちる。

 

 成世達は初期位置であるココの大森林を抜け、ヒュムス国の王都まで向かっていた。

 

 途中何度か凶魔やモンスターに襲われることがあったのだが、それと戦った際成世の呼び出した召魂獣が思わぬ力を発揮した。

 

 まずナエは種族的には火炎猫(ファイアキャット)というモンスターに近く、名前の通り火属性の魔法に適性があったのだが、それと同時に水属性、それも氷系統の魔法を同時に使用できたのだ。

 

 二足歩行して片手の爪に炎、もう片方に冷気を纏わせて敵に突撃していく様は、明らかに並のモンスターの域を超えていた。

 

 そして一緒に呼び出したリョウもまた、影狼(シャドウウルフ)というモンスターの特徴に近い闇属性……特に影系統の操作は抜群だった。影から影に移動しつつ奇襲をかける様は、そこらの暗殺者にも引けをとらなかっただろう。

 

「まさか相手の脚を自分ごと凍らせて動きを封じ、そのままリョウにトドメを刺させるとは。それで冷えたのが原因だろう」

「ニャッハッハ! あれは我ニャがら天才的な作戦だったニャ! ニャイスフォローって奴ニャ!」

「……まあただのバカじゃ思いつかない作戦だな。大バカじゃないと」

 

 素の頭は悪くないが、自分からそうやって道化を演じる点がやっぱりバカなのだと、成世は内心そう思っていた。

 

「ハグッ! ……プ~イ! ププイ?」

「こらプゥ! その「ナエっておバカなの?」って目をするんじゃニャいよ!? しかも飯喰いながら。それにそこのワン公! そっちはそっちで我関せずってニャ感じで寝てんニャ!?」

「…………ふん」

「鼻で笑うんじゃニャ~いっ!」

 

 成世の肩に乗ったまま果物を齧る、デカい苺大福のような見た目の同じく召魂獣プゥ。そして馬車の隅で静かに伏せたままの大きな黒い狼リョウの態度が気にくわなかったのか、ナエは両手上げて振り回しながら憤慨している。というか普通に二本足で立っている。非常識な猫だ。

 

「そんニャ。オレ様の味方は居ニャいのか。かくなる上は……メ~イ! オレ様を慰めておくれニャ~!」

「えっ!? ……よ、よしよし?」

 

 ナエが泣きながら飛びついたのは、もう一人の馬車の搭乗者。メイと呼ばれた灰色のフードを目深に被った少女が、胸元に飛び込んできたナエに目を白黒させながらも落ち着かせるようにその毛並みを撫でる。

 

「グスッ……メイは良い子だニャ。この調子でオレ様をもっと褒め称えてくれニャ! オレ様褒められると伸びる子ニャ~よ!」

「え~っと、ナエちゃん強い子元気な子?」

「いや雑っ!? もうちょっとニャんとかニャらない?」

「お嬢様。そういった手合いは構いすぎると調子に乗るだけですよ」

 

 困った顔をするメイだが、ぴしゃりと御者席から聞こえたたしなめるような声に背筋を伸ばし、ゴメンねとナエをそっと床に置く。

 

 今声を上げたのはメイの従者オネットだ。珍しい自立型ゴーレムである彼女は、その人形のようなつるりとした顔を少しだけ馬車内に向けた後、すぐにまた前を向いて馬車の運転に集中する。

 

 ナエもそれなりに気が済んだのか、前足で軽く顔を擦るとそのまま丸くなった。そしてしばらく馬車の揺れる音だけが響き、

 

「メイ。これからの予定は頭に入っているか?」

「は、はいっ! え~っと、まず王都に向かって、そこから情報を集めるんでしたよね」

 

 急に成世から声をかけられたメイは、少しどもりながらも成世にそう返す。

 

「そうだ。聞くところによると、ヒュムス国で最も大きい都市らしいからな。そこなら互いに探している情報も集まるだろう。……俺はあのバカ(時久)の所在を。お前は」

「お母さんを助ける方法を見つけますっ! 絶対」

 

 力強くそう宣言するメイを見て、成世はほんの僅かにだけ目を細めてそっと近づき……そのままフードの奥の素顔と向かい合う。

 

 そこにあったのは、狐に酷似した耳を生やした子供の姿。それだけならまだ良かったのだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 白髪と赤眼はこの世界において禁忌とされる混血の証。元々住んでいた場所を出るだけでも、周囲からの視線はメイに激しく突き刺さるだろう。

 

 そのことは当然本人も分かっているだろうに、その瞳に見えるのは必ず母を助ける方法を見つけるという意志のみ。

 

 それを再度確認し、成世は一度大きく頷く。

 

「それで良い。ここで絶対に助けるという意志を示せないのであれば、さっさと俺だけで王都に向かっている所だ」

「ナルセさん。……ありがとうございます」

 

 嬉しそうに頭を下げるメイに、成世は勘違いするなとばかりに難しい顔をする。

 

「これはあくまで互いに利があるからの行動に過ぎない。俺にはこの世界に詳しい道先案内人が必要で、お前はオネット以外にも手足となる人材が必要だった。そして丁度互いに探す何かがあって、見つかるまでのその間互いに協力する。ただそれだけの事だ」

「あ~あ。また始まったよ。もう素直じゃないんだからボスは!」

「何が言いたい? ナエ」

 

 そこにナエが丸くなりながらニヤッと笑って割り込む。

 

「べっつに~。一回は助けを求める声を蹴って出発したくせに、結局ママさんを助けるために一人でも向かおうとするメイちゃんをほっとけなくて、そんな言い訳を作って舞い戻るようななんだかんだお人好しなボスだなんて思ってたりはぴぎゃっ!?」

「それ以上言うとデコピンを喰らわすが?」

「もうしてるもうしてるって!? いったぁ~。召魂獣虐待ニャ!? というか今の本気で板ぐらい割れるんじゃねっていう威力してたニャ」

 

 額を押さえて涙目になるナエ。それを見て、リョウは何も言わずただため息を吐き、プゥは痛そうとばかりに触角で目を塞いでいた。

 

「お人好しじゃなく、あくまで互いに利があるからだといっただろ。それに……」

「それに? ああ分かった分かった! もう聞かニャいのニャ!」

 

 またデコピンの準備をする成世を前に、流石にまた喰らっては溜まらないとナエもあっけなく降参する。

 

 ちなみに成世があとでぼそりと言った「それに……アイツらならこうするだろうと思ったからだ」という言葉を聞いていたら、もう一撃額に入っていただろうことは想像に難くない。

 

 そこへ、

 

「前方に村が見えます! 物資の補給のため一時的に立ち寄りますが、宜しいでしょうかお嬢様?」

「うん。お願いオネット!」

 

 仕える相手の許可を受けたオネットは、軽く手綱を操って馬を誘導していく。成世が馬車の隙間から外を見ると、確かにこのまましばらく進んだ先に村のようなものが見える。

 

「プイ! ププ~イプイ!」

「何言ってるか分からニャいけど、まあ楽しそうってことは伝わるニャ! 馬車の旅ばかりで身体が鈍ってきた所だし、オレ様も久しぶりに思いっきり羽を伸ばしたい所だニャ!」

 

 プゥはふよふよと宙に浮かんで楽しそうに、ナエはググっと背伸びをしながらどこか気楽に、そしてリョウは何も言わずにスッと顔を上げてこれからの事を考える。

 

「ところでメイ。外に出るというのなら、()()()()()()()ことを薦めるぞ」

「あっ!? そうでした。……えいっ!」

 

 メイが持っていた何かの葉を額に当てて念じると、葉が消えると共にポンっと煙が上がり、髪と瞳の色が茶色っぽく変化した。

 

「よし。それなら問題ないだろう」

「はい! 沢山練習しましたから!」

「プイプイ!」

 

 どこか嬉しそうに言うメイの姿を見て、プゥは自分もつられて笑顔を見せる。口に食べかすが付いているのはご愛敬だ。

 

(……ふぅ。さて。王都に着く前に、村で何かしら進展があれば良いのだが。……あのバカ見つけたらとりあえず殴る)

 

 そんな地味に物騒なことを考えながら、成世達一行を乗せた馬車は進むのであった。

 




 ひとまずですが、これでこの章は終了となります。なんだかんだ話がうまくまとまらず、他の章に比べて相当長い話になってしまいました。

 次章は一応書く予定はあるのですが、大まかな流れをまとめる時間が必要なためしばらく間が空きます。数ヶ月他の話ものんびり考えていきたいので。




 それと私事ですが、短編を今日の夜に投稿予定です。暇潰しにもでも見ていただければ幸いです。


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キャラクター紹介(第六章終了時点)

 そういえばキャラクター紹介を忘れていたと急遽用意しました。


 キャラクター紹介(第六章時点)

 

 桜井時久

 

 昼間はプレゼントを贈ったり贈られたりとどこかほのぼのする日常だったくせに、夜にヒースを探しに行くことで特大の厄介事に出くわす主人公。

 

 名前を悪ノリして呼んだらボンボーンに絡まれ、ヒースを見つけたと思ったら仮面の男との戦いに巻き込まれ(自分から巻き込まれに行き)、おまけに凶魔化したセプトに執着されるという濃い一夜を過ごす。

 

 今回も割と身体に傷を負いまくっているが、幸いと言うか不幸と言うか“金こそ我が血肉なり(マネーアブソーバー)”が発動するまで行かずにそのままのダメージを受け続けている。常人ならとっくに倒れるレベルだが、持ち前の耐久力で何とか動ける程度に収まっている。

 

 今回の事でシスター三人娘(特にシーメ)の株が爆上がり中。

 

 

 

 

 アンリエッタ

 

 最近空気と化しつつある女神。周りが濃すぎるのが悪い。というより六章が一日の出来事のため、ほとんど連絡が出来ないのが原因。

 

 ただ最後に同じ相手への愚痴で盛り上がったこともあり、エプリとの仲が少しだけ良好に。

 

 

 

 

 エプリ

 

 今回も徹頭徹尾護衛として活動中。

 

 相変わらず止めても護衛対象自身がトラブルに突っ込んでいくのと、時久以外も護衛する必要が出てきたのでストレスが地味にたまっている。

 

 ただ優先順位自体は彼女の中ではっきり決まっているものの、そもそも護衛対象を自分が死なない程度に、或いは()()()()()()()()()何が何でも守るというのが根底にあるので、結局ストレスは主に自分のせい。次に時久のせい。

 

 セプトが凶魔化した際も、ギリギリまで準護衛対象であるセプトも助ける気で動いていた。だが本当の本当にどうしようもなくなった場合、躊躇うことなく仕留める気だったりする。

 

 時久に選んだ防具は完全に実用性を重視している。本人もプレゼントのつもりではなくあくまで護衛対象の身の安全を考えてのことだが、時久以外ならそもそも贈らない(自分からトラブルに突っ込んでいく時久だからこそ)。

 

 

 ……余談だが自分の装備よりも時間をかけて選んだとか。

 

 

 

 

 セプト

 

 相変わらず奴隷として行動していたが、少しずつその精神性は変化しつつある。

 

 しかし今回身体に埋め込まれていた魔石により遂に凶魔化。正確に言うと凶魔化した魔石の核となる特殊な変異をして“凶魔食い”として暴走する。

 

 凶魔化した際に時久への様々な想い(思慕、忠誠、愛情、依存心、執着など)が混じり合って増幅し、凶魔化してもトキヒサだけは名前を忘れつつも認識していた。

 

 それゆえに仕方がなかったとはいえ傷つけてしまったことに酷く動揺し、自責の念から完全に取り込まれかけるものの、仲間達の協力の下凶魔と分離する。

 

 その後教会に担ぎ込まれ現在治療中。時久の呼びかけでどうにか峠は越えた模様。

 

 

 ちなみにまだ魔石と凶魔食いの一部は身体の中に残っている。それがどうなるかは今後のセプト次第。

 

 

 

 

 ジューネ・コロネル

 

 商人として秘密裏に情報を掴んでいた節がある。だが秘密を漏らす訳にも行かず、伝えられるギリギリの所を時久達に伝え、自身は屋敷に連絡係として残った。

 

 大葉との初対面の時は性格がまるで違うので衝突するも、ビジネスパートナーとしては大葉の事を気に入りつつある。大葉との会話により異世界の存在を知り、どうすれば最も儲かるかを思案中。

 

 

 

 

 アシュ・サード

 

 今回は裏で都市長と一緒にこそこそ動きまくっていた。

 

 男爵邸大量凶魔化事件で凶魔に囲まれるも、ほぼ一人で鬼凶魔五体を軽く仕留めている。

 

 ネーダの尋問の際に都市長と一緒に現れるが、それは頼まれたからでもあり自分が確かめたいことがあったからでもある。

 

 ちなみに確かめたいことが本当だった場合、最悪ジューネとの契約を一時的に破棄してでも動く可能性が僅かにある。……それが自らの責務故に。

 

 

 

 

 ドレファス・ライネル

 

 裏で男爵邸に討ち入りをかけていた人。

 

 今回の一件でメインの目的(凶魔化用魔石の大量摘発)は達したものの、裏で息子が事件に巻き込まれたことや、その件で自分の探していた友人の手がかりが転がり込んできたことで地味に冷静さを欠いている。

 

 事件のあと、ヒースを都市長としてと父親としての態度の両方で向き合っている。つまりはパンチアンドハグ。

 

 

 

 

 ヒース・ライネル

 

 割と今回の騒動の原因。

 

 過去の一件がトラウマになっており、極力自分の力のみで仮面の男を追うべく躍起になっていた。そのせいで返り討ちに遭いかけるが、時久達の乱入で事なきを得る。

 

 剣の実力は確かで、ネーダとの戦いは一対一ならヒースがほぼ勝っていた。その後双剣を持ったネーダに劣勢に立たされるも、本来自身の最も得意とする剣盾の戦い方にスイッチして見事勝利。

 

 最終局面では倒れたネーダも助けんと器の大きい所(下手すると自分も危ない所だったが)を見せて無事生還する。

 

 

 余談だが仮面の男の放った霧の中で、凶魔でもないのにヒースがネーダと戦えていたのは、以前ジューネから買ったペアリングの耐性のおかげだったりする。恋の成就以外では普通に役に立っていた。

 

 

 

 

 大葉鶫

 

 地味に戦闘力の高かった後輩。

 

 実は素の能力が耐久以外であれば時久とトントンかやや上。耐久は思いっきり負けているので短期決戦なら大葉、長期戦なら時久に分がある。

 

 仮面の男との戦いで見せたアレは切り札の一部。ただむやみやたらに見せる物ではないと思っており、それで仲間を連れずに一人で挑んだが裏目に出て逃げられてしまう。

 

 ちなみに切り札を全力で使用した場合……時久は“金こそ我が血肉なり”を使わされることになる。

 

 

 

 

 アーメ、シーメ、ソーメ

 

 普通に強かったシスター三人娘。

 

 長女は弓使い、次女は盾使い、三女は剣士と、本来三人揃うことで互いの弱点を補うタイプ。

 

 同調の加護でノービス全域をカバーできるだけの範囲で互いの存在を感知できるため、故意に離れようとしない限り迷子にはならない。

 

 それを応用して、一人が敢えて的になることでアーメの超長距離射撃を可能とする離れ技があるが、その場合被害を抑える必要があるので基本はシーメが盾で防ぐ的役。

 





 如何だったでしょうか?

 それと本日新作として、この話のリメイク版『遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?』を投稿いたしました。

 大まかな流れはそのままに全体的に読みやすく編集し、一部別視点も追加してあります。

 こちらの続きが思いつくまでの繋ぎとして始めた話ですが、一種の総集編として読者様方の暇潰しにでもなれば幸いです。


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断章 主催者はテレビのチャンネルを変える

 長らくお待たせいたしました。


 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 そこはよく分からない場所だった。

 

 見渡す限り真っ白な空間……と言うより、何も無いから白という色だけが残ったというべきか。

 

 ずっと居ると常人では精神にダメージを受けそうなその場所では、

 

 

『ア~ッハッハッハ。いやはや。そう来るかい? それは予想外だった!』

 

 

 ポツンと置かれた液晶テレビを観て笑う光球……という、よく分からないモノが存在していた。

 

 

 

 

 幾つかに分割されたテレビの画面に映るモノは様々だった。

 

 ある所では中世風の村に住む貴族の息子と、その村の教会に赴任してきた吸血鬼のシスター。そしてその二人共に関わりのある一人の少女の世界が。

 

 またある所では現代風。カードを駆使して決闘を行うゲームが流行している世界で、幻想を模した怪物をカードを依り代に呼び出し絆を深めながら問題に立ち向かっていく少年の世界が。

 

 また別の画面ではSF風。世界や星々まで征服しようとする悪の組織。その中で造られた愛に飢えた少女と、仕事は器用だが感情が不器用なとある雑用係の世界が。

 

 他にも分割された画面のそれぞれに、一つ一つ違う何かが映っていた。それらは全て、何らかの形でこの光球が関わって今も続く世界である。

 

 光球はそれらを見て大いに笑い、ある時は少ししんみりし、ある時は心躍った。

 

 と言うか時折なんと()()()()()()()()()、直接ヤジを飛ばしては中の人物に撃退されて帰ってきたりもした。

 

 光球に人らしい感情があるのかは分からないが、少なくともそれっぽい反応は取り続けた。そして、

 

『……ふぃ~。やはりヒトの織り成す物語というのは良いねぇ~』

 

 ある程度観て満足したのか、光球は機嫌の良さそうな声を漏らし、

 

 

『ねぇ? 君もそう思うだろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そうこちらの方を向いて一度ピカリと光った。

 

 

 

 

 この光球に雌雄の区別があるのか不明だが、ここでは仮に彼と言おう。

 

 彼の名はディー。自称“元”神様であり、数多の世界を覗き見てはそこの現地人等の反応を楽しむ事を娯楽としている愉悦大好き野郎(無許可でばがめ野郎)である。

 

『ちょっと~? なんかどっちで呼んでも心外な呼称をされてんだけど。僕はただの()()さ。基本的には観てるだけ。……まあ干渉した方が面白くなりそうだと判断したら手も口も出すけどさ』

 

 このように地の分にまで口を出してくる能力だけは無駄に高い人でなしである。そもそもヒトではないが。

 

 そして一度干渉を始めると大概碌な事にならない。重ねて言うがこの“元”神は人でなしである。

 

 ディーが何度自分の仕事と趣味を両立させるべく、昨今流行の異世界転生なるものを死ぬべき運命の者に囁いてきたか。そしてその甘言に乗ってどれだけのヒトが転生し、またそれを後悔しながら死んでいったか知れないのだから。

 

『ぶぅぶぅ。それを僕だけの責任にしないでほしいな。僕だって最初にちゃ~んと死ぬべき運命のヒトに説明したさ。このまま死ぬか、どこか適当な世界に自分の選んだチートを持って転生するか、僕の暇潰しに付き合って今の世界で死の運命を覆すのにワンチャン賭けるか選ばせたとも』

 

 ディーは不満げにブーイングを上げる。しかしこの時点でかなり理不尽な選択をさせているのに気が付いていないのだから困る。気づいていても同じかもしれないが。

 

 この提案でそのまま死ぬのはごく少数。残りはチートを持って転生か、ディーの暇潰し(試練)を突破してそのまま死の運命を回避するかの二択だが、基本的には前者を選ぶ者が大半だ。

 

 何故ならその言葉は甘い蜜。自身の境遇に不満を持っている者ほど美味そうに見える甘露。

 

 片や今までの人生を手放して、異世界にて新しい人生を送る成功の()()約束された人生。もう一つは試練の内容すらギリギリまで知らされず、成功したとしても命が助かるだけ。

 

 大抵の者は前者を選ぶ。自身が強大なチートで無双する姿を夢想し、必死に知恵を振り絞って自分の理想のチートを考える。

 

 例えば時間操作能力。止めた時の中を自分だけ動いたり、或いは早送りや巻き戻しまで可能。そして制限時間は無制限の明らかなチート。ある転生者はそんな能力を望んだ。

 

 またある者は無敵の肉体を求めた。あらゆる敵を拳で粉砕し、あらゆる攻撃を弾く天下無双の肉体を。

 

 不老不死。物質の創造。魅了や精神支配。魔力容量チート。万物破壊。ダンジョン生成。テイマー。その他思いつく物をチートとして選び、転生者達は意気揚々と異世界へ向かうのだ。だが、

 

 

『望むならどんなチートでも僕が渡せる範囲であればあげるさ。ただし、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 時間操作能力なら使う度に自分の時間(寿命)を極端にすり減らし、無敵の肉体は代わりに莫大なエネルギー補給(食事)が必要になる。

 

 不老不死なら三大欲求が消失して精神が摩耗し、物を生み出すならそれの材料と構造の理解が必要。魅了は使う度にそれ以外からの好感度が下がって世界に嫌われ、魔力容量チートは僅かでも魔法を使う度に全身を拷問級の激痛が襲う等、必ず能力には代償が必要だった。

 

『強い能力を貰おうって言うんなら、当然それに見合った苦労が無きゃ面白くないじゃない! お手軽チートで最強? 俺TUEEE? そんなのは見飽きたよ』

 

 そう言って軽く笑うディーだが、先にチートに見合うだけの苦労をしているのなら割とアリという面倒くさい一面も持ち合わせているから困る。

 

 こうして多くの転生者は、大抵一年以内に異世界に適応出来ず二度目の死を迎えている。その際の恨み節などもディーは楽しんでいるようだから性質が悪い。

 

 ちなみに先ほどの問いで後者、つまり死の運命を回避するべく試練に挑むという者は少数だが、ディー曰く安易に()()()()()()()()時点で大抵こっちの方が見応えがあるとか。

 

 試練の方は完全にディーの匙加減次第。能力もあるがこっちは完全にそのヒトの素養に左右されるのでチートとまで言えるか微妙な所。だが、前者に比べれば圧倒的に生き残る割合は上である。

 

 まあどちらを選ぼうとも、ヒトの人生こそが最大の娯楽であるという持論を持つディーはたっぷりと楽しんでしまうのだが。

 

 

 

 

『それにしても、随分と饒舌な地の文だねぇ。まるで誰かにこの事を話したいみたい』

 

 放っておいてほしい。

 

 ディーは一言ふぅんと返すと、再びテレビの画面に向かう。

 

『まあ良いさ。さしずめどっかの誰かさんの狙いは……()()()()だろう?』

 

 その言葉と共に、画面の分割されていた内二つが拡大して表示される。

 

 一つに映るは身体のあちこちに怪我を負いながらも、片手に金庫型の貯金箱を提げて立つ一人の少年。ディーの弄り甲斐のある友人の一人である女神アンリエッタが選んだ参加者。桜井時久。

 

 もう一つは頭にデカい苺大福のような生物を乗せた少年が映し出されている。こちらはディー本人が()()()()()()()()()で選んだ参加者。西東成世。

 

『ここしばらく他の話につきっきりになっていて、こちらがすっかり疎かになってしまったからね。そろそろ……続きを観始めようじゃないか!』

 

 

 

 

 止まっていた物語が、再び動き出す。




 という訳で、本当に久しぶりに続きです。お待ちいただいたありがたい読者様には大変御礼申し上げます。と言っても現在定期投稿が難しい所でして、不定期投稿となりますが。



 この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。久しぶりに見たからおめでとうと応援してくださる読者様。

 お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!

 ついでに本日投稿した新作『とある転生管理者の趣味と記録』もよろしくです! ここのディーが散々やらかした悪行の一部が明らかになりますので。


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閑話 名を得たスライムの近況報告

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ワタシの名はボジョ。ケーブスライムだ。

 

 先日我がマスターであるトキヒサは、またもや凶魔化案件とかいう厄ネタにぶちあたり怪我を負った。本人的にはそれほどでもないと言っているが、

 

「だから、もう身体は大丈夫なんだってイテッ!?」

「どの口で大丈夫だというのかしら? ……良いからさっさと横になることね」

「そうっすよセンパイ。折角都市長さんが医療費やらなにやら全部持ってくれるって言うんすから、お言葉に甘えてのんびりすると良いっす! あっ!? あと菓子を出すからお小遣いちょうだいっす!」

「お前なぁ。怪我人って思うんなら金をせびるなよ。……まあ出すけどさ。俺にもくれよ」

 

 現在トキヒサは無理やりベッドに寝かしつけられ、その周りでエプリとツグミががっちり見張るという鉄壁の構図が出来ていた。

 

 元々クラウンとの一件の怪我が治りかけの所に今回の怪我。おまけに毒の靄によるダメージ。

 

 エリゼ院長による精密検査の結果、見かけよりも深刻なダメージを受けていると診断を受け、こうして都市長の屋敷で療養することとなった。

 

 本来ならエリゼ院長の教会の方が良いのだが、どうやらあの日都市長の関わった場所でも凶魔化案件があったようで部屋の空きがないらしく断念。

 

 他の療養所でも良かったのだが、トキヒサは休むだけなら別にここで良いということで残ることに。

 

 セプトは流石に重症であるという事で教会で預かってもらっている。あちらはあちらで這ってでもトキヒサの所に行こうとしてシスター達を困らせているらしい。

 

 ふむ。近況を語った所でそろそろ行くとしよう。ワタシはトキヒサの服の中から出てのそのそと部屋の外に向かう。

 

「あれ? ボジョはお出かけか? 行ってらっしゃい! ……と言う訳で俺も一緒に」

「だからダメっす!」

「おとなしくしてなさい」

 

 二人共。トキヒサをしっかり押さえつけておいてほしい。少なくともここに居る限りは危険な目には遭わないだろうから。

 

 

 

 

 さて。ここ数日だが、ワタシはこうして毎日屋敷を周るのが日課だ。

 

「やあ。こんにちはボジョ」

「ボジョちゃん! 今日もつやつやね!」

 

 屋敷の使用人達とはもうすっかり顔馴染みだ。最初はモンスターという事で驚かれていたが、こうしてきちんと挨拶を返していく内に大分打ち解けてきた。

 

 やはり都市長の手によって、ワタシがトキヒサにきちんとテイムされていると周囲に認知されているのは大きい。……何故かトキヒサ本人だけが知らないようだが。

 

 こうしてすれ違う者達に軽く触手を上げて挨拶しながら、ワタシはまず厨房に向かう。

 

「おっ! 来たな! じゃあ今日も頼むよ」

 

 料理人達が忙しく仕込みなどに動く中、めざとくワタシを見つけた一人が奥から大きな木箱を運んできた。ワタシは以前の取り決め通り、早速その箱の中身に覆い被さった。

 

 箱の中には大量の野菜くずや魚の骨、小さすぎる獣肉等のいわゆる生ごみが大量に詰まっている。

 

 生物は生きている以上食事が必要。そして調理する際にはどうしてもそういう物が出る。処理するのにも地味に手間がかかり、料理人達も微妙に困っていた。

 

 そこにワタシは目を付けた。なにせワタシはケーブスライム。()()()()()()()()のは得意技だ。

 

 数分後。

 

「おおっ! あれだけあった生ごみが見事にさっぱりと! いやあありがとう。これでごみを捨てに行く手間が省ける」

 

 そう言って料理人が仕事に戻ろうとしたので、ワタシは素早く触手を伸ばして引き留める。そして手早く持っている紙にペンで文字を書き、目の前に突き付けてやる。

 

「おっと。忘れる所だった。“お代”ね。……ほらっ! お疲れ様。明日も頼むよ」

 

 よろしい。ワタシは手渡された食料を受け取ると、“また明日”と書いてそこを後にした。

 

 このように、最近は屋敷中のちょっとした手伝いをして小遣いを稼ぐのが日課だ。

 

 

 

 

「ありがとうねボジョちゃん。その棚の上踏み台がないと届かなかったの!」

 

 ある時は触手を伸ばしてメイドの手の届かぬ所にはたきを掛け、

 

「助かるよボジョ。今日は屋敷に届く荷物が多くてね」

 

 またある時は使用人の荷物の仕分けを手伝い、

 

「ぬわあぁっ!? また負けた。……もう一回だ」

 

 薬師の休憩中にカードゲームの相手を務めたりもし、

 

「スリスリ……スリスリ……ああ。なんて気持ち良い撫で心地。もうずうっとこうしていたアウチッ!?」

 

 時折何故か湧いてくるワタシに触れたい輩に触らせてやったりもした。勿論あまりに長い奴には触手ビンタを食らわせてやったが。

 

 それぞれ料金は銅貨一枚か何かしらの食べ物で手を打っている。ちょっとした手伝いで、小遣い稼ぎの他に栄養補給も兼ねているのでそこまで吹っ掛けることもない。……最後のだけは銀貨を要求したのに素直に払うのは何とも言えないが。

 

 さらに言えば、使用人達もテイムされたモンスターが仕事を手伝うという物珍しさからか、ちょくちょく手伝いを頼んでくるので一回の料金が少なくとも問題はない。

 

 そうやって毎日数回の仕事をこなし、ワタシは集めた食べ物や硬貨を袋に詰めて部屋へと戻る。

 

「お帰り。今日も()()は楽しかったか? ……羨ましいぞボジョ」

「恨めしそうな声を出さない。嫌ならさっさと怪我を治すことね」

「そうっすよポリポリ……ボジョくんもラムネ食べるっすか?」

 

 頂こう。ワタシはツグミからラムネとかいう菓子を受け取り吸収する。……小さい割に栄養はそこそこか。

 

 トキヒサにはあくまでこの事は散歩と伝えている。エプリには気づかれているが、特に教える気はなさそうだ。ツグミはいまいちどちらか分からないが。

 

 “トキヒサというヒト種を守れ”。今もイザスタ様からの命令は健在であり、ワタシは当初肉体的にトキヒサを守れという意味だと判断した。なら常日頃から離れずにいれば済む話だと。

 

 しかし、先日の戦いで少しその考えを改めるようになった。

 

 あの仮面の男に放たれた土槍は、ワタシだけの力で防ぎきることは出来なかった。トキヒサ本人の頑強さ、及びエプリが事前に贈っていた装備の力も大きい。

 

 そしてトキヒサは少し出歩くだけで厄介事を引き付ける。あの時のような事がまた起きないとも限らない。

 

 つまり、()()()()()()何かしらの準備をしなければトキヒサを守り切れなくなる可能性がある。

 

 トキヒサが安全なこの屋敷に居る今が好機。

 

 幸いジューネの勉強会に一緒に参加したことで、簡単な文字のやり取りならワタシも出来るようになった。自らを成長させる栄養を摂取しつつ、いざという時の為に硬貨を溜めておく。

 

 ニュルッ!

 

「おわっ!? 急に服の中に入ってくるなよボジョ! ……何か前より少し重くなったか?」

 

 ふむ。トキヒサがそう感じる程度には質量が増大しているようで何より。この調子ならもうしばらくすれば()()()()に行けるだろう。

 

 ポンポン。

 

「何だ? どうしたよ? 急に頭を撫でてきて。普段のお返しか?」

 

 まあそんな所だ。まだ文字を書くのも完全ではないし、こうやって触手で撫でる方が簡単に気持ちを伝えられる時もある。

 

 どうか、準備が整うまでもう少しだけ待っていてほしい。トキヒサ(マスター)

 

 

 

 今度こそ、絶対にワタシが守り切って見せるから。




 大変申し訳ありません。前話の引きでそれっぽい事を書いておきながら、大分間が空いてしまいました。

 まあこんな感じでぼちぼち書いていきますので、次の話も気長にお待ちいただければ幸いです。


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閑話 あるごろつきの悩み

 あけましておめでとうございます。新年一作目ですが、特に正月とは関係ありません。

 また本編ともあまり関係ありませんが、ある人物のちょっとした掘り下げ回です。


 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ここはノービスの市場。交易を生業としている街だけあってとても賑わっている。

 

 数日前に起きた一大事件。この町の数少ない貴族の一人であるテローエ男爵の屋敷に、都市長が陣頭指揮を執った衛兵隊が討ち入りを掛けて捕縛した事件は、既に町中に知れ渡っていた。

 

 普通ならそれは流通にも影響を与えかねない事件。だが互いの陣営に怪我人こそあれ死者が出ていなかった事と、テローエ男爵自体少々後ろ暗い噂のある人物だった事。

 

 そして都市長の高い人望により、分かりやすい勧善懲悪の事件として割とあっさり事態は(表向きは)終息しつつあった。そんな中、

 

 ジュージュー。ジュージュー。

 

「らっしゃいらっしゃい! 今日も取れたての良い肉が入ってるよっ!」

 

 市場の一部で、金網でブルーブルの肉を音を立てて焼きながら、五十過ぎといった風貌の禿頭の男が声を張り上げていた。

 

 彼の名はルガン。この市場ではちょっとした顔役を務める男である。そして、

 

「……らっしゃい」

 

 その隣では、ボンボーンが同じように呼び込みをしていた。だが、明らかに嫌そうな上、その仏頂面もあって客がまるで寄り付かない。

 

「おいボンボーンっ! いつもの威勢はどうした!? まさかケンカ以外じゃブルっちまって声を出せねえってか? ブルーブルだけに。ぷぷっ!」

「うっせえなっ!? 分かったよやりゃ良いんだろっ!? ……らっしゃいらっしゃいっ!?」

 

 ルガンに煽られ、ボンボーンはヤケクソじみた声を張り上げる。そうして呼び込みがしばらく続いた時の事。

 

「……それで? 急に戻ってきたかと思えばしけた面しやがって。や~っとケンカ稼業から足を洗う気にでもなったのか?」

「ちげえよ。ただ……詳しい経緯は口止めされてて言えねえんだが、ちょっと()()()()()()()()()()()()()()()だけだ」

「へぇ。じゃあ出世じゃねえか! それはめでたい……って感じでもなさそうだな」

 

 ボンボーンの微妙な顔色を見て、ルガンは目の前の男が複雑な感情を持っている事を察する。

 

「俺はよう。ただがむしゃらに相手をぶん殴っていただけなんだ。今も……昔も、ガキの頃からずっとな」

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ボンボーンの生い立ちは、この世界ではさして特別なものではなかった。

 

 そこそこの家庭に生まれ、そこそこ家庭仲も円満な両親を持ち、元冒険者の叔父を少し歳の離れた兄のように慕う、そんな普通の子供だった。

 

 強いて言うなら生まれつき肉体にはかなり恵まれていて、同世代の子供の中ではケンカで負け知らず。大人相手でも場合によっては勝つぐらいの物だった

 

 そんな彼の決定的な転機と言えば、両親が家に押し入ってきた悪漢の手に掛かって命を落とした事だろう。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 幸いその悪漢は駆け付けた衛兵隊の手により捕縛され、ボンボーンはすぐに助け出された。だが、

 

(俺がもっと強ければ、庇われる必要なんてないくらい強ければ、みすみす親父もお袋も死なせずに済んだんだ)

 

 少年だったボンボーンには、深い心の傷が残った。

 

 その後、叔父の下に引き取られたボンボーンだったが、しきりに叔父に戦い方を教わりたがるようになった。

 

 しかし、叔父はボンボーンに戦い方を教える事を渋った。今のボンボーンはどこか()()()と薄々察していたからだ。

 

 結果としてあくまで体術の基礎のみを仕込む事とし、そのまま数年の月日が流れ……ボンボーンは叔父の下を飛び出し、ノービスのスラムに度々出入りするようになっていた。

 

 目はすっかり荒み、片っ端からスラムの者達にケンカを売る日々。だが、いかに体格に恵まれ冒険者の叔父から手ほどきを受けたとしても、決して最強でも無敵でもないボンボーンは何度も何度も敗北した。

 

 痣が出来る程度で済めば御の字。骨折などしょっちゅう。だがボンボーンは何度打ちのめされようともケンカを吹っ掛ける事を止めなかった。まるで自分の中にある荒れ狂う何かをぶつけているように。

 

 そうしてケンカに明け暮れる中、生き延びてきたのは運が良かったと言えるだろう。そして彼自身の望んだように、ごろつき相手とはいえ実戦を続ける事で彼は強くなっていった。

 

 しかしいくら拳を振るっても、ボンボーンの中のドロドロした気持ちは無くなる事はなかった。

 

 そして気が付けば、ボンボーンはスラムでも名の知れたごろつきの一人として知られるようになっていた。

 

 そんな彼が、

 

『僕はこれからしばらく忙しい。ごろつき相手にケンカしてる暇はない。ただ、()()()()()()()訓練の相手ぐらいはしよう。入るのならちょっとした推薦くらいしてやる。それが今回の件の礼だ。……ああ。勿論金の方が良いならそれも結構。僕には勝てないと尻尾を巻いて逃げるのは当然の事だからな』

『誰が逃げるってこの野郎っ!』

 

 そう都市長の息子であり、ボンボーン曰く気に入らねぇ奴であるヒースにスカウト? されたのは、両親の死以降でもっとも大きい転機だった。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「衛兵隊なんてのは、町の平和を守ろうって御大層な考えを持つ奴らがやるべきだ。俺にはそんな考えは微塵もねぇ。ただムカつく奴を、目についた奴をぶん殴るしか能がねぇ。それしか……やる事がねえんだ」

 

 ボンボーンのそのどこか自嘲じみた言葉に、ルガンは少しだけ肉を焼く手を止めた。活気溢れる市場の中で、この場所だけほんの僅かに沈黙が流れる。

 

「そうかよ。じゃあ、なんでお前はこんな所で悩んでんだ?」

「なんでって……なんとなくだよ」

「……はぁ。なんとなくって言葉が出る時点で、もう内心揺れてんじゃねえかよ」

 

 ルガンはガシガシと頭を掻くと、そのまま熱々のブルーブルの串焼きを一つ掴んでボンボーンの口に突っ込んだ。

 

「むぐっ!? 熱っ!? 熱いって!? 何しやがんだ!?」

「こいつは俺からの餞別だ。良いから黙って食えっ! そんで食ったらさっさと衛兵隊でもなんでも行っちまえよ!」

 

 そう言ってルガンは、軽く拳を握って前に突き出す。

 

「ぶん殴る事しか出来ねえ? 結構じゃねえか。目に映る悪党達を片っ端からぶん殴っていけば、少しは町も平和になるだろうよ。やる事はケンカ三昧の今までとなんも変わらねえ。精々がちびっとだけ普段から良い子にしてるってだけだ」

 

 ボンボーンは口元に広がる熱さに悶絶しながらも、むしゃむしゃとそのまま串焼きを食い終わる。

 

「それに……誰か知らんが、お前みたいな悪たれを必要としてくれる奴が居るんだろ? なら悩むまでもねぇ」

「そっか。そう言われればそうだよな!」

 

 それを聞いて、ボンボーンはどこか憑き物が落ちたように晴れやかな顔になる。

 

「けっ。やっとさっきよりはましな顔になりやがったな」

「ああ。考えてみりゃあ単純な話だったぜ。やる事はこれまでと何にも変わらねえ」

 

 串焼きの棒を店のごみ箱に捨てると、ボンボーンはググっと背伸びをして立ち上がる。

 

「世話になったな。給金ってのが入ったら礼に串焼きの一つでも買っていくぜ」

「馬~鹿。そこはど~んと串焼き五十本くらい買っていくぐらい言え。……行ってきな」

「ああ。……またな。()()()

 

 そう言ってどこかへ駆け出していく甥を、ルガンはどこか穏やかな目で見つめていた。



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