バディファイト×ラブライブ!~鉄の意志、天と花を導いて~ (巻波 彩灯)
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第1話:私を思い出して

 皆さん、お久し振りです。どうも、巻波です。
 連載作品の更新をほっぽり出して、短編に勤しんでおりました。

 本日5月11日は、『BanG Dream!』に登場するバンドの一つ、「ハロー、ハッピーワールド」のドラム担当の「松原花音」ちゃんの誕生日です。
 ラブライブとクロスオーバーしている作品ですが、これだけは宣伝したかったので、宣伝またはお祝いの言葉を置かせてください。花音ちゃん、誕生日おめでとう!

 また私、巻波の誕生日でもございます。正直、自慢できるのは、花音ちゃんと誕生日と血液型が一緒ってぐらいです。
 こんなご時世ですが、少しでも明るい話題が提供できたらなと思い、今年も誕生日についてお話させていただきました。

 ……そもそも誕生日に何かしら爪痕を残さねばと思っていたのが、ありますけどね(笑)

 さて、前置きもここまでで切り上げたいと思います。
 では、後書きの方でまた会いましょう。


 コーヒーの香り、店内に流れるジャズミュージック、柔らかい朝日の光。窓辺の席で座る男は、それらを堪能しながら本に目を落としていた。

 少し前に流行った心霊ミステリー系、幽霊になった少女の願いを叶える為に、彼女の秘密を探るといった物語だ。

 男はコーヒーが入ったカップに手を伸ばす。湯気が上がっており、まだ冷めていない。

 それでも男は気にせず、コーヒーを啜る。「熱っ!」すぐさま口を離した。

 舌がヒリヒリする。また火傷したと男はカップをテーブルの上に置き、しかめっ面を作った。

「マサ、相変わらず学習しねえな」

 向かい側に座る小さき相棒に笑われる。「息を吹きかけて、冷ますとかしてから飲めよ」ごもっともな意見が耳に刺さり、男は睥睨(へいげい)した。

「なら、最初からそう言え」

「言わなくても分かってただろ? お前が注文したものなんだし」

 それ以上は言い返せない。いつもなら論破している立場だが、熱いものに関しては眼前にいる機械の竜に負ける。

 相棒から視線を剥がし、再び小説の方へ目を向けた。相棒は何も言わない。代わりに咀嚼(そしゃく)音が耳に届く。

 キリの良いところで本を閉じて、体を相棒の方へ向きを変えた。手前にはコーヒーとサンドイッチ、パスタが置かれている。

「さて、食べるか」

 本をショルダーバックの中にしまい、男は食事を取り始めた。焼きたてのパンに挟まれたベーコン、トマト、レタス。肉の旨味と野菜の瑞々しさ、二つを調和させるように香ばしい匂いとほのかに甘いパン生地が合わさり、舌鼓を打つ。

 ミートソースを絡めたパスタも口に運び、もっちりとした麺の食感と僅かなトマトの酸味を味わう。ほんの少しだけ、男は顔を綻ばせた。

 合間にコーヒーを飲む。丁度良い温度になったのか、今度はキリっとした苦みを楽しみことができた。後味が少し酸っぱい。

「マサ、俺にもサンドイッチくれよ」

「お前はさっき食べたばかりだろ」

「ちょっと足りないんだ」

「知るか」

 男は冷たく言い放つ。さっきのお返しは含まれていない。無表情に相棒の顔を見つめる。

 赤い体に金の頭髪、左目には機械の義眼が埋め込まれ、右腕には体躯と見合わないぐらい大きいドリルが、取り付けられている。その他にも体中のあちらこちらが機械化され、元の姿からかけ離れていた。

 これが、ドラゴンワールドで有名なドラムバンカー一族から出た者だというだから驚く。

「んだよ、ケチィ~」

 竜もといアーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴンは、口を尖らせて文句を言う。機械の体を持つ者とは思えない程に、明るく陽気な声音。ただし今は不服な意も含まれているが。

「頼まなかったお前が悪い」

 ドラムに何度もマサと呼ばれている男――(くろがね)正成(まさなり)は声のトーンを変える事なく、冷たくあしらう。翡翠の双眸には、揺るぎない光が強く灯っていた。これ以上、金は払わないと。

「チェッ、マサのケチんぼ」

「仕方ないだろ」

 不服そうなドラムの言葉を切る正成。「他にも回りたい所があるんだ」今後の予定について、ドラムに軽く話す。

「まだカフェ巡るのかよ」

 話を聞いたドラムは、少し苦笑いを浮かべた。「んじゃ、次の店でもっと奢ってもらうか」口の端をシニカルに吊り上げ、愉快げに喉を鳴らす。実に楽しそうだ。

「ああ、そうしろ」

 拒む事なく、正成は言う。食事をする手は止まらない。「ただし、限度があるぞ」念の為に釘を刺しておく。

「おいおい、それでもバディポリスなんだろ?」

「バディポリスでも、階級は低いからな」

「エースまで張ってんのにか?」

「エースになったつもりはない」

 コーヒーを飲み干した後、正成はさらに続ける。「というより、何で俺がエース張っている事になっているんだ?」自身が置かれている状況を理解できていないのか、疑問を投げかけた。

 当のドラムは「さあな」と肩を竦め、「オイラもそんなつもりねえし」冷めた口調で返す。

 正成とドラムはバディポリスの現場隊員とその相棒、現バディポリスの中で最も強いバディなのだ。だが、彼らに自覚はない。知らない内に周囲からエースだと持て囃されていた。ただ単にバディファイトしていただけ、なのだが。

「お前が分からないなら、気にしても仕方ないな」

 食べ終わった皿や飲み終わったカップを整理して、正成は出る準備をする。今日は休日、これから次のカフェへ向かうのだ。その為、いつもの制服姿ではなく、デニムジャケットとベージュのチノパンとラフな格好をしている。

 また紫檀(したん)色の短い頭髪は、左の分け目から七三に分けられているが、寝起きを表しているかのように少しボサボサだ。元々、身だしなみに気を遣っているという訳でもないが。

「ごちそうさまでした」

 会計時、店員にそう告げて、正成たちは外へと出た。少し肌寒い風が、桜を少しずつ散らせながら、春の匂いを運んでくる。そして、同時に鼻のむず痒さを起こさせていく。

 我慢できず、正成はくしゃみをした。「くそ、花粉め……」忌々しいげな口調で独り言ちる。花粉症持ちであるが故に、時々自然に対して敵意、あるいは殺意すらも湧く。鼻炎薬を飲み忘れた自分がいけないというのを棚に上げて。

 だが、これ以上気にしても意味がない為、正成は次の目的地へと歩み出す。ドラムも彼に付いていく。

 

 ――これから春一番のような風が吹く休日を過ごす事になるとは、今の彼らには知る由もなかった。

 

 

 街中を歩く正成とドラム。道中、正成は何度も花粉と戦い、街頭でもらったティッシュで何とか堪える。

「本当にスギ花粉撲滅したい」

「また物騒な事、言うな」

「悩みの原因を解消するだけだ」

「それは、鼻炎薬を飲めば良いだけの話だろうに」

 花粉に対して恨み言を吐き、正成は根源を消したいと切望する。幼い頃から花粉症に悩まされ、鼻が詰まったり、鼻水が止めどなく流れたりと苦労が絶えない。故に殺意まで持ってしまう。

 それでもドラムの言う通り、鼻炎薬を飲めば収まる程度の為、飲んでこなかった正成が悪い。

「鼻炎薬を買う必要がなくなるから、撲滅するんだよ」

「生態系をぶっ壊すつもりか!?」

「安心しろ、伐採するのは西洋スギだけだ」

 他愛のない会話をしながら歩いていると、ふと視界の端に少女が三人で固まって話している姿が映る。

 一見、何の変哲もない光景だが、正成は足を止めた。高校生ぐらいの少女二人がしゃがみ、小学生ぐらいの少女に話しかけていた。恐らく迷子だろうか。

 正成は少女たちの元へ歩み寄る。バディポリスとしての使命感なのか、元来の正義感なのかは定かではない。ただ放ってはおけない、それだけだ。

「どうした?」

 高校生ぐらいの少女達に声をかける。二人は振り返り、少しだけ驚いたような表情で、正成を見つめていた。

「あ、あの……この子、迷子らしくて……」

 明るい茶髪のショートヘア―に紫色の瞳、眼鏡をかけた少女が返答する。どこか舌っ足らずな話し方で、甘い声音。温厚で大人しそうな彼女の人柄を示すかのように、水色のジャケットとカーキ色のロング丈プリーツスカートで柔らかい印象を与えていた。

「親は?」

「それが分からないらしいにゃ~」

 見るからに快活そうなオレンジの短い頭髪に黄瞳で、中性的な顔立ちをしている少女が、肩を竦めて答える。

 彼女の活動力を示すかのように、紺色のスタジャンと黄色のパーカー、茶色のショートパンツにスニーカーとどこか少年っぽい服装。

 茶髪の少女と髪型が似ている事やどことなく顔立ちが似ていて、二人が双子のように見えなくもない。

 二人が双子なのかという疑問はさておき、正成はまだ一言も喋っていない少女へ目を向ける。綺麗に切り揃えられた水色のショートヘアー、髪と同色の瞳、小学生ぐらいの背丈に花柄のノースリーブワンピース。どことなく、季節外れな服装をしている少女は、正成と目を合わせると否や、茶髪の少女の方へしがみついて隠れてしまう。

「おいおい、女の子をビビらせるなよ」

「別に俺は何もしてないぞ?」

「顔が怖いんだよ」

「これは生まれつきだ」

 ドラムにからかわれるも、正成は特に表情を変えなかった。生まれつき切れ長で目尻が吊り上がっており、加えて無愛想な態度を取る事が多いから、表情が怖いと言われてしまうのは日常茶飯事。それ故にか、「お前も中々怖い見た目してるだろ」冷静に切り返す。

「オイラは見てねえだろ」

 口を尖らせて、ドラムは反論する。「目が合ったのは、マサの方なんだぜ?」少女の視線を感じ取っていたらしく、事実を告げた。実際、ドラムの背丈はかなり小さい。本来はもっと大きいが、人間と共に暮らすには不便な為、体を縮めている。

 少女がドラムと目を合わせるには、視線を下げなければならない。だが、彼女は見上げた。恐らく、この場で一番背が高い正成と顔を合わせる為に。

「あ、あの……」

 会話に置いてけぼりにされた茶髪の少女が、口を開く。「ど、どちら様でしょうか?」まだ互いの事を知らない。紫瞳が微かに揺れている。いきなり大柄な男に声をかけられては、流石に緊張が走るというもの。少女の表情が、少し強張っていた。

「俺か? 俺は鉄正成だ」

 茶髪の少女に訊ねられ、正成は簡潔に答える。「こっちが相棒のドラムだ」ドラムを指差して紹介。「デンジャーワールドのな」補足も忘れない。

 正成の自己紹介を聞いて、茶髪の少女は一気に立ち上がり、彼に詰め寄る。「鉄正成って、あのバディポリスの!?」瞳は先程と打って変わってキラキラと輝き、強い興味を示していた。

 少女の豹変に驚く事なく、正成は首肯する。「俺がバディポリスの人間だって、よく分かったな」逆に感心の言葉を吐いた。

 彼は身の回りの事に疎い。いや、疎いというよりかは、耳に入れていないというべきか。自身がバディポリスのエースを張っていると言われてもピンと来ていないように、自分がどう見られているのかを気にしていないのだ。

 よくテレビ出演している先輩を思い浮かべる。そちらの方が、有名じゃないのかと。一端の隊員に過ぎない自分が、名前を知られているのが不思議でならない。

「かよちん、知っているのかにゃ?」

 オレンジ色の髪の少女は、茶髪の少女と比べてバディファイト界隈を知らないらしく、首を傾げていた。その反応が至極真っ当だと正成は思う。テレビ出演なんて(ろく)にしていない自分が、名前を知られる訳がないのだから。

「知っているも何も、この人バディポリスのエースなんだよ!」

 興奮気味に説明する茶髪の少女。彼女の耳にも正成がバディポリスのエースだと届いていたらしい。いや、バディファイトに通ずる者の大半が知っている情報だ。彼に憧れる者も少なくない。正成本人は無自覚だが。

「エースって……俺は、ただの下っ端だぞ?」

 表情も声音も特に困惑している様子は見受けられないが、正成は少し戸惑っている。

 あくまで現場で働いている一隊員に過ぎないし、エースというのはもう少し派手……人を惹きつける力があるだろう。

 カリスマ性というカリスマ性はない。あるのは、バディファイトの実力と正義感だけだ。

「ふーん、それにしては何か普通だにゃ」

 さらりと毒を吐かれる。ただ少女の言う通りかと言えば、一見そうではない。

 正成の背丈は、百八十を超えている。さらに筋骨逞しい体格である事が、服の上からでも分かるぐらいだ。加えて、切れ長で吊り上がった翡翠の双眸と精悍な顔立ちが相まって、決して親しみやすいとは言えないだろう。

 けれど、不思議なもので、他人を拒絶するような雰囲気は出していない。誰もが普通に話しかけられるのだ。オレンジ色の髪の少女が、普通と称しても間違いはないだろうか。

「り、凛ちゃん!?」

 思いもよらない発言だったが為に、茶髪の少女は酷く動揺する。憧憬を抱いている人物を目の前に、普通と言われては怒るとまではいかなくとも、動揺はするだろう。

 当の正成は至って気にしていない。「いや、俺は普通だぞ?」それどころか、軽く返した。自分を何だと思われているのか、少しばかり心外とも言える。

「ところで、お前達は?」

 自分の事ばかり話しても意味ないと正成は話題を転換。すると、ようやく名乗っていない事に気づいたのか、茶髪の少女は慌てる。

「あわ、わ、私は小泉(こいずみ)花陽(はなよ)です!」

 落ち着きのない状態で二の句を継ぐ。「わ、私、バディファイトしています!」バディファイターという事も明かし、自身のデッキケースも見せる。緑色を基調とした比較的落ち着いたデザインだ。

「だから、マサの事を知っていたんだな」

 ドラムは花陽の自己紹介を聞いて、自分達が知られている事に納得する。「んじゃ、そっちの子はファイターじゃないのか」オレンジ色の髪の少女へ話を振った。

「凛は、バディファイトしていないにゃ~」

 案の定と言うべきか、予想通りの返答。「あ、凛は星空(ほしぞら)(りん)。よろしくだにゃ~」陽気に自己紹介をする。

 正成は「ああ、よろしく」と返し、違うところへ目を向けた。花陽の後ろに隠れている少女へ。

「その子の名前は?」

 正成の質問に、花陽と凛は首を横に振って分からないという意を示す。「そうか」だから、二人は困っていたかと正成は理解した。これでは探しようもないなと。

 場が一瞬沈黙で支配される。少女は何か言いたそうに花陽の服を引っ張った。再び花陽はしゃがみ、彼女と視線を合わせて、「どうしたの?」優しい声音で質問。全員の注目が、少女へと集中する。

「名前……カスミ……」

 微かな声量だが、何とか聞き取れた。「カスミちゃんって言うんだね。上のお名前は?」花陽は、さらに訊ねる。しかし、返ってきたのは無言。これ以上は聞きようもない。

「もしかして、分からない?」

 カスミと名乗った少女の様子から見て、花陽は何かを感じ取ったのか、そのような質問を投げかける。

「……うん、分からない」

 首を縦に振って、「何も分からない。分かるの……カスミって、名前だけ」弱々しくカスミは答えた。嘘を言っているようには見えない。

 花陽と凛は大きく驚き、ドラムも「マジかよ!?」と驚愕の表情を浮かべる。ただ一人、正成だけは「記憶喪失か」と冷静に受け止めた。

 何も答えなかったのは、記憶がないからか。だとしたら、警察に届けた方が良いだろう。と思い至ったが、身分を証明するものはないだろうから厳しいと見る。

 記憶喪失の少女をどうしたものかと思案したところで、カスミが指差している事に気づく。指し示しているのは、正成の腰にあるデッキケース。自分を見た事があるとは思えない為、恐らくバディファイトの事についてだろう。

「バディファイトは、分かるのか?」

「……多分」

 確証はないが、他に手立てがない。とりあえず、ファイトしてみるしかないだろうと正成は判断する。「よし、ファイトしよう」提案をしてみるだけしてみた。

 彼の案に花陽も凛も賛成する。「もしかしたら、何か思い出すかもしれないにゃ」正成の意図を汲み取って、凛がカスミに向けて言った。少女も小さく頷いて賛同。

「デッキは、私が貸します」

「ああ、頼む」

 正成もファイトの準備をしようとしたところで、「あ、あの」と花陽に声をかけられる。「何だ?」応じると「せっかくなら、凛ちゃんにもファイトさせてあげたいんですけど……」どこか頼りなさげに花陽が願いを言った。

 特に断る理由はない為、正成は承諾する。「なら、俺のデッキを貸そう」快く自身のデッキケースを凛に差し出した。

 だが、凛は受け取らない。「凛には無理だにゃ!」強く拒否し、「だって、凛、頭悪いし……」と快活そうな彼女から想像もできないようなしおらしい表情で言う。

「別に頭が悪くてもバディファイトはできるぞ?」

 眉一つ動かさずに正成は返す。「俺も勉強はできないからな」バディポリスとは思えぬ発言。「高校時代、最低で二十三点を取った事がある」衝撃的な事実を披歴(ひれき)した。本人は全く表情を変えないまま話しているが。

 一気にイメージが崩れたのか、またもや花陽と凛は驚く。「バディポリスは、頭が悪くても入れるのかにゃ!?」またさらりと失礼な事を言う凛。ただ、その点数を聞かされれば、誰しもが彼女のように思うだろう。

「当然、ちゃんと勉強しないと入れないぞ」

 至極真っ当な返答をする。「その後、猛勉強させられた」淡々と過去を語る正成。隣にいるドラムは、先程から笑っている。彼の言っている事が本当だからだ。

「……何か、凛でもできそうな気がしてきたにゃ」

 とんでもない過去を聞かされてか、凛は少しだけ前向きになった。「でも、ルールとか分からないにゃ」また気分を落ち込ませる。感情の行き来が激しい。

「安心しろ、それは俺達が何とかする」

 正成が背中を押す。「そうだよ、私もフォローするから!」花陽もまた引っ張るように言う。二人の言葉に「わ、分かったにゃ。やってみる」と凛は決意した。

 

 正成と凛、花陽とカスミで分かれ、対面する。ドラムは凛の隣で本来のサイズへと変貌していた。人の背など余裕で超し、それでもなお背丈と見合わぬ程に、巨大なドリルを取り付けてある右腕が存在を主張する。

「ふむ、あのドラムとは違うドラムか」

 カスミの隣に日傘を差した老紳士が立っていた。まるでドラキュラを思わせるような出で立ちをしている。

「おい、アンタ……もしかして、七角地王のドーン伯爵か!?」

 覿面に現れた男性にドラムは仰天。各ワールドを統べると言われている角王の一人、七角地王が目の前に現れているのだから、驚くも無理はないか。

「如何にも。吾輩がドーン伯爵だ」

 落ち着きを払いながら、威厳のある声音で返答する。やや怪訝そうにしているのは、日差しのせいか。「さて、花陽。吾輩はどうすれば良い?」バディである花陽に問いかけた。

「この子のファイトを手伝って欲しいんです」

 彼女の返答にドーン伯爵は、目線をカスミの方へと向ける。彼女の事を何か知っている様子で、しばし熟考していた。

「あの……どうかしたんですか?」

 花陽が訊ねる。少し様子がおかしいと思ったのだろう。カスミも不安そうにドーン伯爵を見つめていた。

「いや、何でもない」

 思考の海から脱出したドーン伯爵は話を切り換える。「さ、ファイトをしよう」彼の双眸は正成達へと向けられた。

「それじゃ、始めるぞ」

 準備が整ったと判断した正成は、開始の宣言をする。「オープン・ザ・フラッグ!」そして、ティーチングファイトが始まった。




 次回、ファイトシーンでございます。
 巻波といえば、しょぼいファイト演出と古いカードのオンパレードが売りですからね。さて、どんな仕上がりになっているでしょう?

 ちなみに元は一つの話として投稿する予定だったので、実は次回のファイトシーンは既に書き終えている状態です。
 投稿も予約済みで次回は明日17時ぐらいに公開する予定です。

 ただ全体はまだ書き終えていないので、ストックが切れて更新されていなかったら、まだ書き終わっていないんだなと察してください。

 後、一応オリカの募集いくつかしていますので、気が向いたら提案していただけるとありがたいです。

 今作品で登場しているオリキャラのデータに関しましては、後書きに掲載する予定はございませんのでご了承ください。
 代わりに活動報告で紹介したいと思いますが、少々お待ちいただけたら幸いです。

 では、筆をここで休めたいと思います。感想や活動報告のコメント、お待ちしております。


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第2話:おぼろげな思い出

 どうも、巻波です。今回はファイト回です。

 今作品も旧ルールで行っていますので、あしからず。いつになったら、現行ルールでファイトするのやら……。

 感想欄で指摘されたので、今作のドラムについて、あらかじめ説明しておきます。
 今作のドラムは通常のドラゴンワールドのモンスターではなく、デンジャーワールドのモンスターです。
 名前に「アーマナイト」と付いているので、分かっていた方もいらっしゃるかと思いますが、分からなかった皆様には申し訳ございませんでした。

 前置きはここまでにして、また後書きでお会いしましょう。


「デンジャーワールドにゃ!」

 凛の手札:6/ゲージ:2/ライフ:10/バディ:アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン

 

「れ、レジェンドワールド……」

 カスミの手札:6/ゲージ2/ライフ:10/バディ:七角地王 ドーン伯爵

 

「先攻はこっちからだ」

「最初はカードを引けば良いかにゃ?」

「いや、先攻は最初のターンだけドローできないぜ」

「じゃあ、どうすれば良いにゃ!?」

 凛の慌てている様子に「落ち着け」と正成は声をかける。「まず、チャージ&ドローしろ」言葉短めに指示を出した。

「チャージ&ドロー?」

「手札を1枚だけゲージに置いて、デッキから1枚引く事だぜ」

 ドラムの解説に「ゲージって言うところに置くのは、何でも良いのかにゃ?」また疑問を口に出す凛。「何でも良い。好きに選べ」正成が冷たい声音で後押しする。

 先攻の1ターン目は、ドローができない。だが、チャージ&ドローができる為、カード自体は引く事ができる。

 チャージ&ドローは任意の行動である故、敢えてしないという選択も取れるものの、しないという事は殆どないだろう。

 だから、正成は最初にチャージ&ドローをするように指示したのだ。

「分かったにゃ。チャージ&ドローにゃ!」

 凛の手札:6→5→6/ゲージ:2→3

 

 指示通り、凛は自分の手札から1枚をゲージに置き、カードを1枚引く。ここからが本題だ。

 メインフェイズ、モンスターのコールやアイテムの装備、魔法の使用ができる。メインと言われるだけあって、行動できる幅は大きい。このフェイズを使って、準備を整えるのだ。

「ドラムをライトにコールしてみろ」

 正成は凛の手札から1枚を指差す。「コールコストと書かれているところを読み上げてな」コールコストのところに注目するように促した。「それとコールする時は、バディコールと言うんだ」細かいところまで発言。ルールも何も知らない相手は、まずメインフェイズで躓く事が多い。やれる事が多い反面、何をすれば分からないからだ。

「〈アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン〉をライトにバディコールだにゃ!」

「っしゃ、後はオイラに任せろ!」

 ドラムは凛の右手手前に立つ。やはりと言うべきか、右腕のドリルが異様な存在感を放っていた。

「コストでゲージ2払い、デッキの上から1枚をソウルに入れるにゃ!」

「ついでにバディギフトで1点回復だ」

 凛の手札:6→5/ゲージ:3→1/ライフ:10→11/ライト:アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン(ソウル:1)

 

アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン

デンジャーワールド

種類:モンスター 属性:アーマナイト/武装騎竜/赤竜

サイズ2/攻8000/防2000/打撃2

■[コールコスト]デッキの上から1枚をソウルに入れて、ゲージ2払う。

■君がアイテムを装備しているなら、場のこのカードは[移動]を得る!

■[起動]“鋼鉄の友情!”君のライフが5以下ならゲージ2払い、君の手札1枚捨ててよい。そうしたら、このターン中、このカードと君が装備しているアイテムの打撃力を+3!「鋼鉄の友情!」は1ターンに1回だけ使える。

[ソウルガード]/[貫通]

「切磋琢磨って言葉があるだろ? ぶつかり合わなきゃ、何も磨かれねえんだ」

 

 元来のドラムバンカー・ドラゴンとはかけ離れた姿。ここまで機械と共存したドラムは中々見ないだろう。

 強さを彼なりに求めた結果が、今の姿なのだ。ドラゴンワールドとはまた違う強さが肌に合っていた。

「次はアイテムを装備してみるんだ」

 ドラムは振り返り、凛に助言する。彼の能力上、アイテムがなければ、全てを発揮できない。その為、アイテムを装備するように言ったのだ。

 凛はドラムに言われた通り、「え、えーと、〈如意槍 咢〉を装備だにゃ!」アイテムを装備する。穂先が竜の顎を彷彿させるようなデザインの赤い槍が目の前に出現。槍を手に取り、「こんなに軽いのかにゃ……」と凛は感銘を受ける。

 

 凛の手札:5→4/凛:如意槍 咢/ライト:アーマナイト・ドラム

 凛:如意槍 咢/攻6000/打撃1

 

「これでオイラは[移動]を得るぜ」

「[移動]って……?」

「それは後で説明するから、今は攻撃しようぜ」

「分かったにゃ?」

 そのまま凛は「アタックフェイズだにゃ!」と宣言し、武器を構える。「攻撃できる回数は決まっているかにゃ?」攻撃する前に正成の方へ顔を向けた。カードゲームに詳しい訳ではないが、必ずしも制限がある。

「最初の攻撃は1回だけだ」

 抑揚がない淡々とした口調で正成は答えた。決して彼女の質問にイラついていたり、不快に思っていたりしている訳ではない。それどころか、楽しんでさえいる。

 翡翠の双眸(そうぼう)は少しだけ細められていた。口の端もほんの僅かだが、吊り上がっている。些細な変化だが、彼なりの楽しんでいる表情なのだろう。非常に分かり辛いのが残念なところではあるが。

「じゃ、ここはドラムでアタックにゃ!」

「良い判断だぜ! 一丁、ぶっ飛ばすぜ」

 右腕のドリルは回転数を上げ、唸りを発する。回転数が上昇するにつれて、甲高い悲鳴ような音が響き渡っていく。

 そして、ドラムはカスミに向かって「ぶっ壊す! ドリル・ラム・ブロークン!」突貫していった。

「カスミちゃん、このカードを使ってみて」

 花陽があるカードを指差す。カスミは促されるまま、「キャスト、〈聖杯〉。攻撃を無効化する」カードを使った。

 黄金に輝く聖杯が、カスミとドラムの間に割って入り、ドラムのドリルを聖なる力で防ぐ。ドラムは、攻撃が通らなかった結果に、「やるな!」称賛の意を言って持ち場に戻る。

 

 カスミの手札:6→5

 

 僅かなやり取りだが、「カスミ、お前やった事あるのか?」正成は勘づく。花陽に指示されたから、スムーズに出せたのかもしれないが、彼女のプレイングに迷いがなかった。それなりにバディファイトを親しんでいた者に違いないと料簡を立てる。

「分からない」

 これまた首を横に振るカスミ。「けど、何となくこうすればいいって、分かった」感覚的なものだろうか。だとしたら、相当やり込んでいるプレイヤーだったんだなと正成は感じる。ただし、この場面で使って良かったかは別として。

「もうやる事ないにゃ~」

「じゃ、ターンエンドだな」

「次はカスミちゃんとかよちんの番だにゃ」

 凛の手札:4/ゲージ:1/ライフ:11/凛:咢/ライト:アーマナイト・ドラム

 

「じゃあ、ターンもらうね」

 自分達のターンになった事を確認する花陽。「私達はドローから初めて大丈夫だよ」カスミに最初にできる事を伝える。

 カスミは小さく頷き、「ドロー」とカードを1枚引く。「チャージ&ドローもして良いんだよね?」恐る恐る訊ねた。

「大丈夫だよ」

 花陽は優しい声音で答える。彼女の返答を聞いて、「じゃあ、チャージ&ドロー」カスミは手札を1枚ゲージに置いて、もう一度カードを1枚引いた。

 

 カスミの手札:5→6/ゲージ:2→3

 

「……〈赤い瞳のサキュバス〉をレフトにコール」

 カスミの手札:6→5/レフト:赤い瞳のサキュバス

 レフト:赤い瞳のサキュバス/サイズ1/攻3000/防2000/打撃1

 

 しばしの思索の後、カスミはレフトにモンスターをコールする。名前の通り、赤い瞳が印象的な女性型の悪魔――サキュバスが蠱惑(こわく)的な笑みを浮かべ、妖艶な体つきで誘惑するような仕草をして独特の雰囲気を醸し出していた。

 サキュバスは男性を魅了する悪魔なのだが、バディファイトのシステム上、力を抑えられている故に誰も反応していない。バディだった場合、日常面ではどうなるかは分からないが。

「サキュバスの効果を使うよ。〈七角地王 ドーン伯爵〉を捨てて、ゲージ1払い、カードを2枚ドロー」

 カスミの手札:5→4→6/ゲージ:3→2

 

 一切の迷いがない手つきで、カスミはサキュバスの能力を使い、手札を増やす。「そしてセンターに〈ウルフマン ガッツ〉をコール」彼女の真正面には、青い体毛に人狼が姿を現した。

 

 カスミの手札:6→5/レフト:サキュバス/センター:ウルフマン ガッツ

 センター:ウルフマン ガッツ/サイズ2/攻4000/防2000/打撃3

 

 ガッツはオレンジ色のベストとカーキ色のカーゴパンツと、まるでバディポリスの制服のような服装を着用している。一見、バディポリスに関係しているものかと誰もが目を疑うところだろう。

 バディポリスの隊員である正成にとっては、休日でも制服を目にする事になるとは思ってはいなかったのか、渋面でガッツを見つめる。せめて、休みの日だけは見たくなかった光景だと。

 正成の心境などよそに、カスミは次の行動を取る。躊躇いという躊躇いは全くないプレイングで。

「ライトに〈七角地王 ドーン伯爵〉をバディコール。バディギフトで1点回復」

 カスミの手札:5→4/ライフ:10→11/レフト:サキュバス/センター:ガッツ/ライト:七角地王 ドーン伯爵

 ライト:七角地王 ドーン伯爵/攻4000/防1000/打撃1

 

「ふむ、中々の手腕だな」

 彼女の右手前に移動したドーン伯爵が、カスミの方を見て言う。隣にいた花陽を同じ事を思っていたらしく、「初心者とは思えないよ」ただ驚嘆するばかり。実際、ここまで花陽の助けを一切借りないまま一つの準備を終えたのだから、初心者というには些か称するには適切ではないだろう。

「多分、やった事あるかも」

 緊張がほぐれてきたのか、強張っていたカスミの相好が崩れてきたようにも見える。「どこでやっていたとか、誰とやっていたとかは分からないけど」まだ記憶は不明瞭ままだ。

「そうか」

 ドーン伯爵は、それ以上追及する事なく凛達の方に向いた。「次はどうするのだ?」次の一手を待っている。

「次は……〈魔法剣 アゾット〉をゲージ1払って装備するよ」

 カスミの手札:4→3/ゲージ:2→1/カスミ:魔法剣 アゾット/レフト:サキュバス/センター:ガッツ/ライト:ドーン伯爵

 カスミ:魔法剣 アゾット/攻1000/打撃1

 

 絢爛(けんらん)な剣身には色の異なった五つの宝玉が埋め込まれ、剣としては異様な存在感を放っていた。注視すると鍔に三つ、柄尻に二つ、宝玉が嵌められている。質実剛健な凛の槍と正反対に、華美な装飾が施され、如何にこの剣が貴重かと誇示しているかのようだと見た者は思うだろう。

 魔法剣を手にしたカスミは、「アタックフェイズに入るね」ハッキリとした口調で宣言する。水色の双眸は、不安に揺らぐ事なく、真っ直ぐに凛の方を見つめていた。

 宣言を受けて、ドラムが「凛、オイラをセンターに移動させるんだ!」と令する。凛も迷う事なく、「ドラムをセンターに[移動]にゃ!」と叫んだ。

 

 アーマナイト・ドラム/ライト→センター

 

 凛を庇うように立つドラムは、右腕のドリルを盾として構える。繊細さの欠片など存在しない重厚なドリルは、時として盾としても役に立つ。頑丈でなければ、己の身を守る事ができない。故に少し大雑把すぎる兵器が、彼の命綱なのだ。

「サキュバスでドラムにアタックだよ」

 サキュバスは自身の魔力で作り上げたハート型の魔弾をドラムに向けて放つ。攻撃力ではサキュバスの方が上回っている。このままでは確実にドラムは破壊されるだろう。

「キャスト、〈闘魂合身〉だにゃ!」

「おっ、良い判断だな」

 あえて何も言わないでおこうと思った正成は、凛の判断に対して素直に感嘆の声を出す。恐らく先程のカスミのプレイングを見て、攻撃中にカードを出して良いと学んだのだろう。選んだカードも悪くない。

「このターン中、ドラムの防御力を凛が持っているアイテムの攻撃力分だけ上げて、[反撃]にゃ!」

 凛の手札:4→3

 センター:アーマナイト・ドラム/防2000→8000/[反撃]

 

「力が漲るぜぇー!」

 真紅のオーラに包まれ、ドラムの筋肉が膨張する。ドリルも回転数を上げていき、エンジン音が轟く。不敵に笑うドラムはサキュバスの魔弾をドリルを突き出して破ろうとする。

「カスミちゃん、【対抗】は?」

 花陽に訊ねられると「ない」首を横に振ってカスミは答えた。と同時にドラムが魔弾を突き破り、サキュバスの元へ疾走する。

 力を得たドラムは、背中のブースターを全開にし、真紅の影となりてサキュバスへ肉薄。一点のみに集中した攻撃は、瞬く間にサキュバスの肉体を捉え、内臓までを抉り突き抜けていく。断末魔が聞こえる頃には、サキュバスは消失していた。

 

 カスミのレフト:サキュバス 撃破!

 

 バトルが終了してもドラムは真紅のオーラを纏っている。バトル中ではなく、ターン中と効果が書いてある為、効果が持続しているのだ。

 これにはカスミの表情も少し歪む。手元のモンスターでは突破できても、[ソウルガード]があるが故に、[反撃]で破壊されるだろう。

「……これでターンを終わるよ」

 手札と場のカードを何度か見つめて、ほんの少しだけ思い巡らせた後、カスミは終了を宣言する。

 まだ攻撃できるモンスターがいるのに攻撃しなかった為か、「良いの?」と訊ねる花陽。

 彼女の問いかけにカスミは「うん」と返答する。カスミの表情に迷いはなかった。

 

  カスミの手札:3/ゲージ:1/ライフ:11/カスミ:アゾット/センター:ガッツ/ライト:ドーン伯爵

 

 またカスミのターンが終了した事により、ドラムのパワーアップ効果は切れ、彼が纏っていた真紅のオーラは消失する。

 

 凛のセンター:アーマナイト・ドラム/防8000→2000/[反撃]→なし

 

「……考えたな」

 おもむろに正成は口を開く。カスミの意図を読み取って、称賛の意を称した。

 攻撃しなかった事により、モンスターが場に残っている。だが、普通考えてみれば、[貫通]を持っているドラムに対してセンターを埋めるのは悪手だ。理由は明白、攻撃を防げないからである。

 攻撃を防ぐ手段である〈聖杯〉は、センターが空いていなければ使えない。さらにガッツの防御力では、ドラムの攻撃力に到底届きそうもないだろう。

 ダメージを軽減するカードはあるかもしれないが、それでも防御手段の幅は狭い。極めて悪手と言える。

 しかし、事はそう簡単に完結するものではない。カードの効果を知っている正成は、カスミがどれだけ各カードの特性を生かしているのかと分析し、彼女の判断に舌を巻いていた。

「どういう事にゃ?」

「後で説明する。お前のターンだぞ」

 質問を投げかけた凛に正成は次の行動を促す。「分かったにゃ」凛も今はそれ以上言及せず、カードを引く。

「ドロー、チャージ&ドロー!」

 凛の手札:3→4/ゲージ:1→2

 

「それでさっきの……」

 一旦手を止めて、凛は訊ねた。正成の方が背が高い為、自然と見上げる形になり、上目遣いになる。彼女の瞳に不安や心配の色はなく、ただ純粋な疑問だけがあった。

 彼女の視線を受け止め、正成は「ああ、それはな……」と次の句を繋げる。声音は相変わらず平坦だ。

「このままだと相手のセンターは破壊できないって事だ」

 予想外な返答に凛は大きく驚嘆の声を立てた。「どういう事だにゃ!?」食いついて訊く。目は大きく見開かれ、目一杯まで正成を見ようとしているかのよう。

「センターのモンスターは、攻撃では破壊できない」

 動揺が伝播する事なく、正成は泰然とした態度で返事をする。「自分のライトにモンスターがいる時だけ、だけどな」落ち着いた調子で付け加えた。

 正成がカスミに舌を巻いた理由は、この事である。ガッツは自分のライトに《ワイダーサカー》のモンスターがいる時、攻撃では破壊されない。ドラムが持っている[貫通]は、攻撃で破壊しないと発動できない能力。これでは、ダメージを与えられないのだ。

 これを理解して行動したのだから、中々のやり手だと窺える。現状、こちらの攻撃手段が減っているのだから、厄介この上ない。初心者ではない事は察していたが、これまでカードの特性を利用できるとは思いもしなかったと。

「あ、そうだ。凛、ライトかレフト空けておけよ」

 ドラムも会話に入る。凛は頭の上に浮かべて、「何でにゃ?」と返した。まだ少しルールは理解できていない。

「このままだと、お前が攻撃できないからだ」

 凛が持っている赤い槍を指差して、ドラムは受け答える。「そのままだと、オイラの背中を突く事になっちまう」愉快げに笑っているが、意外と真剣な問題だ。

 自分のセンターにモンスターがいる場合、アイテムを装備していても攻撃に参加する事ができない。中には、センターがいても攻撃できるアイテムもある。

 けれど、基本的にはドラムが言ったように味方の背中を傷つける事になる為、センターがいては自分自身が攻撃できないのだ。

「なるほど……これは頭を使うにゃ~」

 課題を目の前に凛は難しい顔をして手札と睨めっこする。自身のレフトかライトを空けつつ、相手のモンスターを如何に対処するか。しばし思考した後、彼女は動き出した。

「まずはキャスト、〈裂神呼法〉だにゃ! ゲージ1とライフ1を払って、カードを1枚ドロー!」

 凛は迷いなく言葉を続ける。「さらに《武器》を装備しているから、もう1枚ドローだにゃ!」計2枚のカードを引いた。

 

 凛の手札:4→3→5/ゲージ:2→1/ライフ:11→10

 

「続けて、キャスト〈超力充填〉だにゃ! ライフ1払って、凛のゲージを+3にゃ!」

 凛の手札:5→4/ゲージ:1→4/ライフ:10→9

 

 まずは手札とゲージ周りを整える。ライフは削ってしまっているが、結果的に手札もゲージも増えた。

 手札を一瞥した後、場を見渡す凛。彼女はガッツを注視する。先程、正成から聞いた話と照らし合わせているのだろう。

 やがて一つの答えに辿り着いたのか、彼女なりの不敵な笑みで手を進めた。

「ライトに〈アーマナイト・イーグル〉をコールにゃ!」

 凛の手札:4→3/凛:咢/センター:アーマナイト・ドラム/ライト:アーマナイト・イーグル

 ライト:アーマナイト・イーグル/サイズ0/攻4000/防1000/打撃2

 

 右手前には機械の鎧を纏った鷹が現れる。人よりかは大きいが、デンジャーワールドのモンスターとしては非常に小柄だ。しかし、非常に好戦的ですぐにでも暴れてしまいそう。

「さらに、〈アーマナイト・アスモダイ〉をレフトにコールだにゃ!」

5 重火器を抱えた人型のモンスターが出現する。紅紫の肌に攻撃的な服装、これでもかと言わんばかりの重火器の数々……マジックワールドで有名なモンスター、アスモダイが装甲を纏った結果だ。

「コストでアーマナイト・イーグルをドロップゾーンに置いて、ゲージ1払うにゃ!」

 凛の手札:3→2/ゲージ:4→3/凛:咢/レフト:アーマナイト・アスモダイ/センター:アーマナイト・ドラム/ライト:アーマナイト・イーグル→なし

 レフト:アーマナイト・アスモダイ/サイズ1/攻5000/防1000/打撃2

 

 アスモダイが現れた代償に、アーマナイト・イーグルが光となって姿を消した。どこか悔しそうな顔をしていたのは、やはり暴れたかったからだろうか。今となっては、その答えは分からない。

「アーマナイト・アスモダイの効果で、カスミちゃんのレフトとライトのモンスターを破壊にゃ!」

 叫び声を上げながらアスモダイは、ガッツを挟むように右へ左へとミサイルや銃弾などを撃ち込む。

 登場時に相手のレフトとライトのモンスターを破壊するアスモダイの効果を使う事により、ドーン伯爵を破壊する狙いか。

「これは、何もできんな」

 ドーン伯爵は口の中で呟き、瞬く間に灰となった。灰は爆風によって散り散りとなり、もはやどれがドーン伯爵のものか分からない状態。これで、ガッツの能力が解ける。

 

 カスミのライト:ドーン伯爵 撃破!

 

「やるな」

 一連の流れを見て、正成は感嘆の声を立てた。自分はあくまでヒントしか出していない。

 そこから凛はどう解決するかを考え、理想通りの盤面となったのだから驚く。上出来な動かし方と正成は感服し、ほんの僅かだけ口元を緩めた。

「これで突破できるにゃ?」

「おうよ、行けるぜ」

「なら、アタックフェイズだにゃ!」

 正成の些細な表情の変化など気にも留めず、凛はアタックフェイズを宣言する。「ドラムをライトに[移動]にゃ」彼女の言葉に合わせて、ドラムは右手側に飛び移った。これで凛のセンターが空き、攻撃に参加できる。

 

 アーマナイト・ドラム:センター→ライト

 

「まずはドラムでセンターでアタックにゃ!」

「おっしゃ! ぶち壊していくぜぇ!」

 背中のブースターが点火。空気が灼ける匂いを辺りに広げながら、ドラムは突貫する。右腕のドリルは、相変わらず甲高い音を立て、高速で軸を回転させていく。何もかもを打ち砕きそうな、そんな予感を覚えさせていた。

「キャスト、〈オースィラ・ガルド〉」

 カスミが魔法カードを発動すると、ルーンが描かれた石板が現れる。「ガッツをドロップゾーンに置いて、ゲージ+1、カードを1枚ドローするね」ガッツを光に変え、カスミの手札とゲージを増やしていった。

 

 カスミの手札:3→2→3/ゲージ:1→2/センター:ガッツ→なし

 

 さらに攻撃対象を失った事により、ドラムの攻撃は空振りに終わってしまう。「くそっ!」ドラムは悔しそうに後退。まだカスミの元には届かない。

 予想外な事に狼狽する凛だが、すぐさま気を取り直す。「今度はアーマナイト・アスモダイでアタックだにゃ!」次の攻撃が始まった。

「受けるよ」

 カスミは【対抗】を使わない。否、使えないという方が正しいか。いずれにせよ、ダメージを受ける事は確定した。

 その言葉を受けてなのか、アスモダイは再び雄叫びを上げ、ミサイルやらグレネードやら銃弾やらを降り注いでいく。どう見てもやり過ぎの域なのだが、それでも本来の力を抑えられているおかげか、カスミ達や周囲に被害はない。

 

 カスミのライフ:11→9

 

「最後は凛でアタックにゃ!」

 赤い槍を持って、凛は地面を強く蹴って疾走する。生まれ持った身体能力の高さから、鈍重という言葉から程遠い身軽な動きで肉薄。そして、カスミに向かって槍を突き出した。

「これも受けるよ」

 竜の顎にも似た穂先がカスミの体を捉える。彼女の体を捕まえては、捻じり込み、引き抜いた。穂先はカスミの内臓を――ということはなく、何も掴まないまま外へと引き戻される。

 あくまで疑似体験である為、ファイターの体を傷つける事はない。多少の感触や衝撃はあるが。

 

 カスミのライフ:9→8

 

「これで凛のターンは終わりにゃ!」

 凛の手札:2/ゲージ:3/ライフ:9/凛:咢/レフト:アーマナイト・アスモダイ/ライト:アーマナイト・ドラム

 

「凄い……」

 隣でただただ見つめるしかなかった花陽の瞳は、感嘆と称賛が入り混じっていた。初心者と思わしき人物が、何も言わなくても的確にカードを使いこなせたのだから、誰だって驚くだろう。実際、花陽以外も驚嘆していた。

「確かに凄いな。初心者とは思えない」

「凛もびっくりしたにゃ!」

 向かい合っている二人も花陽の言葉に賛同した。正成の表情や声音は変化していないように感じ取れるが、裡は酷く驚いている。凛も中々良い動きをしていたが、カスミも負けず劣らず良い判断を下していた。

 先程、ドラムの攻撃を防いだプレイング、ルールをある程度理解していないとできない。初心者にできないと言っている訳ではないが、いきなり使うのは難しいところ。

 やはり、彼女はバディファイトをやっていたんだなと改めて正成は認識する。後は、これで全てを思い出してくれれば、万事解決なのだが。

「……別に凄くはないよ」

 照れくさいのか、カスミは頬を上気させ、少し俯く。「確か、こうできるはずって、覚えていたから」記憶の断片を手繰り寄せるように、ポツリと喋る。そして一拍置いた後、顔を上げて前を見据えた。

「私のターン、まずはドーン伯爵の効果を使うよ」

 ドロップゾーンにあるカードを一瞥した後、「ライフ1払って、ドロップゾーンからドーン伯爵をレフトにコール」先程のターンで姿を消した老紳士を呼び出す。

 散り散りなって行方が分からなくなっていた灰が、一ヶ所に集まり、見覚えのある姿を模る。日傘を差した老紳士――ドーン伯爵そのものだ。

 

 カスミのライフ:8→7/カスミ:アゾット/レフト:ドーン伯爵

 

「先程の一手、見事だった」

 おもむろに口を開くドーン伯爵。「お互いにな」カスミと凛を交互に見た後、二人に向けた言葉に変換させる。

「いや、凛はそこまで……」

「凛ちゃんも凄かったよ!」

 突然、ドーン伯爵に褒められて凛は尻込みしてしまう。だが、すかさず花陽がフォローに入り、「あれだけカードが動かせたんだもの、自信を持って!」眉を逆八の字にした彼女に励まされた。

「かよちん……分かったにゃ!」

 快活な笑顔で凛は応える。「さあ、どんとこいにゃ!」改めてカスミの方へとめを向けた。

「うん、遠慮なく。ドロー、チャージ&ドロー」

 カスミの手札:3→4/ゲージ:2→3

 

「ライトに〈装甲竜 クエレブレ〉をコール」

 彼女の右前方には、装甲の名に恥じない頑丈そうな鱗を持った竜が現れる。「ゲージ2払い、デッキの上から1枚をソウルに入れるよ」竜は咆哮し、場の空気を震わせた。大きさもドラムより大きく、まさしく神話に登場する竜そのもの。

 

 カスミの手札:4→3/ゲージ:3→1/カスミ:アゾット/レフト:ドーン伯爵/ライト:装甲竜 クエレブレ(ソウル:1)

 ライト:装甲竜 クエレブレ/サイズ2/攻7000/防5000/打撃2/[貫通]/[ソウルガード]

 

「次に〈ナイトウィッチ クリア〉をレフトにゲージ1払ってコール」

 間髪入れずに次のモンスターをコールする。今度はカスミの背丈と同じぐらいの魔女だ。クリアの名を示すかのように、暗くなると見えなくなりそうな透明感をどことなく持っている。目元は銀の髪で隠されて見えないが、口元は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 カスミの手札:3→2/ゲージ:1→0/カスミ:アゾット/レフト:ドーン伯爵/センター:ナイトウィッチ クリア/ライト:装甲竜 クエレブレ

 センター:ナイトウィッチ クリア/サイズ1/攻1000/防1000/打撃2

 

「おいおい、これはやべえぞ……」

 カスミの場を見て、ドラムの顔は焦りを見せる。「また攻撃で突破できねえ布陣じゃねえか!」ここぞとばかりに思いの丈を叫んだ。……叫ぶのも無理もない。何せ、現在の布陣は、さっきの強化版なのだから。

 [ソウルガード]を持っているクエレブレがライトにいる事により、クリアは攻撃では破壊されないし、破壊されるまで時間を要する。

 いくらパワーが自慢のデンジャーワールドと言えど、攻撃でモンスターを破壊できなければ、そのパワーも意味がない。

「このままアタックフェイズに入るね」

 一呼吸後、カスミは宣言する。確認するかのように、凛へ目配せすると「[移動]はしないにゃ!」彼女の返答が耳に届いた。

「じゃ、クエレブレでファイターにアタック」

「受けるにゃ!」

 クエレブレは再び咆哮を放ち、空気の振動をファイター達に叩きつける。

 満腔で感じる強烈な空気の圧力。耳朶を強く打つ竜が(うそぶ)く声。

 体重が軽い少女達は吹き飛ばれそうになる。

 正成も少しばかり重心を落として、体勢を崩さないようにしていた。少女達の悲鳴が飛び交う中で、仏頂面は健在しており、眉一つも動かさない。

 体躯に恵まれている自分ですら、気を抜くとそのまま転がされそうだと冷静に観察する。ファイトシステムでこのレベルなのだから、実際はもっと体中を叩きつけるように放つなのだろうなとも。

 ひとしきり吼えたクエレブレは口を閉じ、泰然とした姿でそびえ立っていた。偉容な姿は、如何に竜という存在かというのを示しているかのよう。

 

 凛のライフ:9→7

 

「次は、クリアでファイターにアタックするよ」

 花陽に手助けしてもらいながら、カスミは何とか姿勢を立て直し、次の行動へ出る。傍らの花陽は、大きく目を開いてカスミの手をじっと見つめていた。何かしら引っかかっていただろうが、対戦中の二人は気にも留めない。

「これも受けるけど、キャスト、〈豪胆逆怒〉にゃ!」

 クリアが放った魔弾が凛に襲いかかる。彼女の身は黄色のオーラに包まれていた。「受けたダメージ分だけゲージを増やすにゃ!」風景と同化して目で捉えにくい魔弾は確実に凛の体へ到達。しかし、凛が纏ったオーラが、魔弾を吸収して彼女のデッキの上から3枚をゲージに置いていく。

 

 凛の手札:2→1/ライフ:7→4/ゲージ:3→6

 

「今度は、ドーン伯爵でファイターにアタックだよ」

「レディにはあまり手荒な真似はできんが」

 ドーン伯爵はそう言うと右手を突き出し、魔力を集中させる。「吾輩とて、主の命を果たさないわけにはいかんからな」真剣な目つきで覿面の凛へ魔法を解き放った。

「次も受けるにゃ!」

 攻撃に対して身構える凛。しかし、弾き飛ばれる事も衝撃が襲ってくる事はなかった。代わりに、そよ風が流れ込んでくる。攻撃なのか甚だ疑問だが、これでも攻撃によるダメージになるだろう。

 

 凛のライフ:4→3

 

 凛は鳩が豆鉄砲を食ったように目をしばたたかせる。先程までの攻撃はある程度衝撃が襲ってきた為、まさか何もないとは思わなかったからだ。

 その様子を眺めていたドーン伯爵は「先程、申しただろう?」柔らかい語勢で言葉を紡ぐ。「吾輩は、レディに手荒な真似はできんと」日が直接当たらないように日傘を差している故、影で表情が見え辛いが穏やかな表情である事は確かだろう。

 思いもよらない一言に凛は動揺し、「にゃにゃにゃ!?」頬を上気させた。「り、凛が、女の子!?」自身の見た目を気にしているのか、少しばかり卑下の口調が含まれている。

「何で、そこに驚くんだ?」

 彼女の反応を不思議に感じた正成が、狼狽する凛に訊ねた。見た目は確かに中性的ではあるが、体格的や声音が少女そのものの声をしているだから、何故そこに驚くのだろうか。不思議でしかならない。

 正成の思考を読み取ってか、ドラムは一つため息を吐く。「察してやれよ」繊細な問題に対しての配慮が足りない正成をたしなめた。

「どう見たって女の子なのに、驚くのは変だろ?」

 トドメと言わんばかりに正成は正直な意見を口に出す。驚く程に大雑把で無遠慮な一言。誹る事はないだろうが、それでも慎重に言う言葉であったのは確か。ドラムは呆れたような目で正成を見て、「それだから、お前はモテねえんだよ」怪訝な調子で吐き捨てた。

 言われた側の凛に傷ついた様子は見られない。むしろ、嬉しさや恥ずかしさが込み上げてきたのか、はにかんで俯いた。

 結果的には彼女を傷つけていないと見たのか、正成は「別に問題ないらしいぞ?」仏頂面で返す。

「それでも言葉は選べって」

「選んでいる」

「思った事を言っているだけだろ」

 胡乱げなドラムの視線をものともせず、「思った事は選んでいるさ」平然とした態度で言い返した。これ以上はファイトが進まなくなるから話を切り上げて、「すまねえ、進めてくれ」ドラムはカスミ達の方に顔を向けて促す。

 カスミは小さく頷くと「最後はアゾットでファイターにアタックするね」自身が持っている魔法剣を振るい、魔球を生み出した。

「にゃ! センターにモンスターがいるのに!?」

 すぐさま現実に戻った凛は、目の前の光景に仰天する。先程、センターにモンスターがいると自身は攻撃に参加できない事を教えられたが故に、なおさら驚きを隠せない。

「アイテムの中には、センターがいても攻撃できるものもある」

 落ち着いた語調で正成は教える。「あの剣のようにな」相変わらず大きく変化しない表情で次の句を継いだ。

 センターにモンスターがいても攻撃できるのは大きな利点。全面が埋まっていても攻撃に参加できるのだから、単純に攻撃回数が上がる。センターを埋める戦法に欠かせないカードの一つだ。

「どうするんだ?」

 ドラムの問いかけに「このまま受けるにゃ」と答える凛。剣はもう一度振るわれると凛のところへ一直線に走る。

 魔球をその身で受けた凛だが、特に変わった様子はなく元気な姿でいた。しかし、ライフはかなり危険な状態である。

 

 凛のライフ:3→2

 

「私のターンはこれで終わり」

 カスミの手札:2/ゲージ:0/ライフ:7/カスミ:アゾット/レフト:ドーン伯爵/センター:クリア/ライト:クエレブレ

 

「凛のターンにゃ! ドロー、チャージ&ドロー!」

 凛の手札:1→2/ゲージ:6→7

 

「かなりピンチだぞ?」

 傍目で正成は問いかける。精悍な顔立ちに吊り上がった目元から睨んでいる形相にも見えるが、決して彼は睨みつけている訳ではない。表情は至って平静を保っている。眉一つも動かさなさそうな雰囲気さえ感じられた。

「大丈夫にゃ! まだ打つ手があるにゃ!」

 元気よく返答した凛は「キャスト、〈裂神呼法〉にゃ! ゲージ1とライフ1払って、カード1枚ドローだにゃ!」魔法を使って、手札を増やしていく。「さらに咢を装備しているから、もう1枚にゃ!」ライフがギリギリの状況で、活路を開こうとさらに身を削ってカードを2枚引いた。

 

 凛の手札:2→1→3/ゲージ:7→6/ライフ:2→1

 

「センターに〈アーマナイト・ケルベロス“SD”〉をコールにゃ!」

 凛の手札:3→2/凛:咢/レフト:アーマナイト・アスモダイ/センター:アーマナイト・ケルベロス“SD”/ライト:アーマナイト・ドラム

 センター:アーマナイト・ケルベロス“SD”/サイズ0/攻2000/防2000/打撃1

 

 白毛が目を引く三つ首の犬が現れる。しかし、サイズは名前の通り、元来の大きさよりもかなり小さくなっていた。

 それでも両隣にいる背丈が高いモンスター達と負けず劣らず、堂々たる出で立ちで一つ吠える。小さくとも頼りがいがある番犬がそこにいた。

「ケルベロス“SD”の効果を使うにゃ!」

 眉を逆八の字にして強気な表情で凛は宣言する。「ケルベロス“SD”をドラムのソウルに入れるにゃ!」言い終わるか終わらないかというぐらいに、ケルベロス“SD”は消失し、代わりにドラム両肩にはケルベロスが背負っていたキャノン砲が装着された。

 

 凛のセンター:ケルベロス“SD”→なし/ライト:アーマナイト・ドラム(ソウル:1→2/ケルベロス“SD”)

 

「キャスト、〈暴連撃〉だにゃ! このターン中、ドラムに[2回攻撃]を与えるにゃ!」

 凛の手札:2→1

 ライト:アーマナイト・ドラム/[2回攻撃]

 

 再び真紅のオーラがドラムを包む。筋肉は膨張し、機械類は調子良く規則正しい音を立て、快調ぶりを示した。

 ドラム自身も獰猛な笑みを浮かべて、「っしゃ! ぶっ飛ばしていくぜ!」意気揚々に闘志を漲らせる。

「さらにドラムの能力を使うにゃ!」

「いよいよだな!」

「ゲージ2払って、手札1枚を捨てて、“鋼鉄の友情!”を発動だにゃ!」

「このターン中、オイラと凛のアイテムの打撃力を+3するぜ! 受け取れ!」

 凛の手札:1→0/ゲージ:6→4

 凛:咢/打撃1→4

 ライト:アーマナイト・ドラム/打撃2→5

 

 真紅のオーラがさらに光り輝く。ドラムの筋肉は、はち切れんばかりに肥大化し、巨木ような逞しい手足へと変貌する。ドリルも今までより多く回り、竜巻を生み出しそうな勢いがあった。

 凛もまた黄色のオーラを身に纏う。彼女が手に持っている赤い槍も穂先が大きくなり、まさしく竜の顎そのものが取り付けられたかのようだ。

「このままアタックフェイズに入るにゃ! まずドラムでライトにアタックだにゃ!」

「行くぜ、ドリル・ラム・ブロークン!!」

 背中のブースターがさらに出力が増し、空気が焦げる臭いを感じさせながら、ドラムはクエレブレに向かって突貫する。

 爆発的な加速力を増したスピードで滑空する彼を目で捉えるのは困難だ。

「ドラムのソウルにあるケルベロス“SD”の効果を使うにゃ!」

 間隙を縫って凛はさらに告げる。「ドラムが攻撃した時、ゲージ1払って、カスミちゃんのセンターを破壊にゃ!」彼女の指示に合わせて、ドラムが背負っているキャノン砲の砲塔がクリアに向けて動く。そして、両肩のキャノン砲から砲弾が放たれ、寸分違わず透明な魔女の元へ音を置き去りにして飛んでいった。

 

 凛のゲージ:4→3

 

「キャスト、〈オースィラ・ガルド〉」

 このままでは破壊されると判断したのか、カスミはすかさず魔法を使う。「クリアをドロップゾーンに置いて、ゲージ+1、カードを1枚引くよ」クリアはそのまま姿を消して、砲撃されたところは粉塵をまき散らされただけで済んだ。

 

 カスミの手札:2→1→2/ゲージ:0→1/カスミ:アゾット/レフト:ドーン伯爵/センター:クリア→なし/ライト:クエレブレ

 

 だが、ドラムの勢いは衰えない。唸りを上げて轟くエンジン音と共に装甲竜へ肉薄する。ドリルの切っ先は、剛健な鱗を砕き、肉へ抉り込む。そのまま内臓まで到達するところで、突然ドリルの回転音が止んだ。

 強靭な筋肉により、動きを阻害されてしまい、回転を止めてしまったのだ。ドラムは舌打ちをして、ドリルを引き抜き、後退する。ドリルには微細な肉や血が――付いている訳もなく、突き刺す前の姿を保っていた。

 

 カスミのライト:クエレブレ(ソウル:1→0)

 

「ドラムは[2回攻撃]だから、もう一度スタンドにゃ!」

 止まっていたドリルが再び回転して、唸りを上げる。「ドラムでカスミちゃんにアタックにゃ!」ブースターが噴き上がり、もう一度ドラムは突撃。真紅のオーラが尾を引いて、まるで流星の如く駆け抜けていく。

「キャスト、〈聖杯〉。攻撃を無効化するよ」

 カスミの手札:2→1

 

 両者の間を割って入るように黄金に輝く聖杯が姿を現し、聖なる力を用いてドラムのドリルを弾いた。再度攻撃を通らなかったドラムは、苦虫を噛み潰したような表情で元いた場所へと戻る。

 と、同時にカスミのライフをこのターン中で削り切る事が不可能となった。後、1点だけあれば勝てる可能性があったのだが。

「今度はアスモダイで、ライトにアタックにゃ!」

 少しでも勝つ確率を上げる為に、凛はライトのクエレブレを倒す事に専念。クエレブレは[貫通]を持っているモンスター、防御力が低いドラムでは壁にならない。だから、ライフを削るよりも優先する。

 

 命令を受けて、アスモダイはいつも通り感情の昂ぶりを抑えないままロケットランチャーやミサイルランチャー、マシンガンを放つ。

「【対抗】はないよ」

 カスミの声が届く頃には、過剰と言っても過言ではないぐらい弾丸の雨が降り、粉塵で周囲が見えなくなっていく。

 そして視界が晴れると、先程まで偉容な姿でそびえ立っていた装甲竜の姿は、跡形もなく消えていた。

 

 カスミのライト:クエレブレ 撃破!

 

「最後は凛でカスミちゃんにアタックだにゃ!」

「このまま受ける」

 威勢よく飛び出す凛。猫のような素早いステップであっという間にカスミの元へ辿り着き、咢の穂先を叩きつける。

 質量的に潰されかねないが、カスミの体は潰される事はなく、衝撃を多少与えた程度で終わった。

 

 カスミのライフ:7→3

 

「これで凛のターンは終わりにゃ!」

 凛の手札:0/ゲージ:3/ライフ:1/凛:咢/レフト:アーマナイト・アスモダイ/ライト:アーマナイト・ドラム

 

 ターンが終わったと同時に凛やドラムの身を包んでいたオーラが霧散する。肥大化していたドラムの筋肉は、見る見る内に元の体格へと戻り、凛が持っていた咢の穂先もサイズが元通りになった。

 

 凛:咢/打撃4→1

 ライト:アーマナイト・ドラム/打撃5→2/[2回攻撃]→なし

 

「私のターンだね。ドロー、チャージ&ドロー」

 カスミの手札:1→2/ゲージ:1→2

 

 ドローフェイズを終えたところで、カスミは一旦手を止め、手札を見つめる。少しの沈黙が流れた後、花陽の方へ顔を向けて彼女に話しかけた。

「ねぇ、お姉ちゃん? やっぱりこのターンで決めないと厳しい?」

 投げかけられた質問に花陽は眉尻を下げて、やや困惑した様子で考え込む。言うべきか言わないべきか悩んでいるのだろう。やがて答えを決めて、花陽はおもむろに口を開いた。

「うん、そうだね。返しのターンで負けるかも」

 優しく丁寧に告げられた言葉は、現実を突きつけるものだった。けれど、カスミは不安そうな顔をしない。むしろ、答えを聞いて安堵の表情を浮かべる。「そっか、ならこのターンで決めるね」凛達の方へ向き直って、宣言した。

「どんとこいにゃ!」

「おうよ! 簡単にはやられねえぜ!」

 向かい側にいるドラムと凛が気勢よく返す。手札がないとはいえ、まだドラムという盾が残っている。つまり、ドラムを倒し切るか、[貫通]を持ったモンスターを召喚しなければカスミに勝ち目はない。

「キャスト、〈スンベル・ガルド〉。ドロップゾーンに〈ブレッフェン・ガルド〉がないから、ゲージ1払うよ」

 やや緊張した面持ちでカスミは続ける。「そして、カードを2枚ドロー」引いたカードを見て、思わず彼女の顔が綻んだ。

 表情から察した正成は、凛の敗北を悟る。隣を見ると凛も何となく気付いたようだが、決して不満げな顔はしなかった。

 それどころか楽しそうな笑顔を浮かべて、次の行動を待っている。特段心配する必要はなかったかと思いながら、正成は正面を見据えた。

「〈森の王 ズラトロク〉をライトにコールするよ

 頭に角を生やし、鹿やトナカイなどに似た出で立ちをしたモンスターが出現。まるでその場所だけが時間が止まっているかのように静かに佇んでいる。「ズラトロクの登場時の効果でゲージを+2するね」神秘的な力により、デッキから2枚がゲージに置かれた。

 

 カスミの手札:2→1/ゲージ:2→4/カスミ:アゾット/レフト:ドーン伯爵/ライト:森の王 ズラトロク

 ライト:森の王 ズラトロク/サイズ2/攻3000/防2000/打撃2

 

「さらに、キャスト〈デュラハンの号令〉」

 どこからか突撃の合図を知らせる音がなると、ドーン伯爵やズラトロクが緑色のオーラに包まれる。「ゲージ3払って、このターン中、私の場の《ワイダーサカー》に[2回攻撃]を与えるよ」魔力が溢れんばかり増強し、二体の気勢が上がった。

 

 カスミの手札:1→0/ゲージ:4→1

 レフト:ドーン伯爵/[2回攻撃]

 ライト:ズラトロク/[2回攻撃]

 

「アタックフェイズに入るよ」

「ドラムをセンターに[移動]にゃ!」

 無駄な足掻きとも言えるが、取れる行動はきっちりと取る。ドラムもそれを理解してもなお、「任せろ!」と意気込み、凛を守るように仁王立ちした。

 

 アーマナイト・ドラム:ライト→センター

 

「まずはズラトロクでドラムにアタック!」

 ズラトロクは緑色の体毛を震わせ、体中の魔力を頭上へ集中させる。そしてドラムに向けて、魔弾を撃ち放つ。

「[ソウルガード]だにゃ!」

 目で捉えるほどに困難な早さで飛来する弾丸は、ドラムの装甲を確実に破壊。ドラムは壊れた装甲をパージして、破片が生身の肉体に突き刺さるのを防ぐ。瞳の奥はまだ闘志が燃え盛っていた。

 

 凛のセンター:アーマナイト・ドラム(ソウル:2→1)

 

「ズラトロクをスタンドして、もう一回アタックだよ!」

「これも[ソウルガード]で受けるにゃ!」

 再度放たれた魔弾。今度はドラムの両肩にあるキャノン砲に直撃し、砲身をひしゃげていく。デッドウェイト化を防ぐ為に、また切り離される。だが、これでドラムの身を守るものは、手薄となってしまった。

 

 凛のセンター:アーマナイト・ドラム(ソウル:1→0)

 

「今度はドーン伯爵でアタックするよ」

「では、幕引きといこうではないか」

 威厳溢れる語調でドーン伯爵は右手を広げて突き出す。両目を閉じて集中し、魔力を右手に集めていく。唱えている人物しか分からぬ言語で魔法の詠唱をしたら、両目を大きく見開き、ドラムへ向けて雷のように魔力を迸らせた。

 避ける術も防ぐ術もなくドラムは即身で受ける。「ここまでか」終わりを悟り、静かに呟く。後ろに振り向くと凛が申し訳なさそうな表情で見つめていた。

「胸を張れよ。お前は充分やった」

 にやりと笑いかけてドラムは消失。最後の一言が胸に響いたのか、凛は我に返り威勢を取り戻す。

 次の攻撃で終わる。だが、それでも前を向いて凛は快活な笑みを浮かべていた。やれる事は全部やったと言わんばかりに。

 

 凛のセンター:アーマナイト・ドラム 撃破!

 

「最後は主に譲ろう」

「え?」

 唐突の提案にカスミは困惑し、「何で?」と聞き返してしまう。怒る事も不機嫌になる事もなく、ドーン伯爵は穏やかな微笑みで「どうせなら、自分で決めた方が気持ちが良いだろう?」大人らしい気遣いを見せた。

 彼の好意を無碍にする事はできないと思い、カスミは頷いて剣を握り直す。眉根を眉間に寄せて、真剣な表情で宣言。

「最後は私で決めるよ!」

 縦一文字に振るい、魔力で生み出された斬撃波を飛ばす。そして、凛の体を確実に捉えて、真っ二つに――なる訳がないが、そう錯覚させるような衝撃を与えて、彼女のライフを削り切った。

 

 凛のライフ:1→0

 

WINNER:カスミ(&花陽)




 ……正直、ファイトのクオリティはお粗末なもので申し訳ない。
 また雰囲気重視というか流れ重視な感じで、今回も色々とファイトの文章を調整しました。未だにファイトシーンの書き方が定まらなくて、申し訳ないです。
 この辺りも何かしら意見をくださると嬉しいなぁ~と思っています。

 ちなみにかよちんのデッキに関しては、構成自体は全く別物だと思いますが、ヤギリさんのをお借りしています。

 1話の時点で言い忘れたのですが、今作に登場するオリキャラ「カスミ」は、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の「かすみ」さんではありません。名前被りましたけど()
 今回の話に沿って、一番合うなって思った名前がたまたま「カスミ」ってだけでした。

 与太話もそこそこに、この辺りで筆を休めます。
 次回は明日17時に公開予定……間に合っていればの話ですが。

 では、感想やオリカ・オリキャラの提案お待ちしております。


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第3話:しばしの憩い

 どうも、巻波です。書き溜めを流しているだけで、別に毎日更新ができる筆の速さはございません。

 さて、前回の後書きで虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のメンバーについて、ちょろっと触れていました。
 触れた分、何か話そうかなという事で、ニジガクメンバーでの推しが誰かなのかをオープンにしようかと思います。くそどうでも良い話ですし、本編早く読みたい方は、そのままスクロールしてください。

 では、推しを発表しましょう。推しは桜坂しずくちゃんです。
 別に隠していた訳ではないのですが、私個人としてはクローズドなところでしか、言ってない事が多いので知らない人も多かったと思います。
 そもそも巻波に興味なんてねえという人がほとんどでしょうけど。

 後、同好会メンバーではないですが、三船栞子ちゃんが好きです。
 というより一番推している気がする……早くグッズ出ねえかな……。

 以上が与太話でした。では、後書きでまた会いましょう。


「楽しかったにゃ~!」

 体を伸ばしながら、凛は率直な感想を述べる。ファイトが始まるまで「自分には無理」と言っていた弱気な姿は霧散し、いつもの快活な彼女だけがそこにあった。

「それは良かったぁ~」

 彼女を誘った花陽も安堵したような表情で吐露。自分から誘った手前、もし楽しんでもらえなかったら、どうしようという心配があったのだろう。それだけに杞憂で終わった事は、喜ばしい。

「それで、カスミは何か思い出したのか?」

 感慨に耽る間もなく正成は質問する。ファイト中、バディファイトをやった事があるかもしれないという事は分かったが、それ以外にも何かないか探らなくては。一刻も早く家族の元へ送り届ける為に。

「バディファイトをやった事ある以外は特に……?」

 質問に対してカスミは首を傾げて考え込む。「誰かに教えてもらって、やっていたと思う」おもむろに口を開くが、まだ明瞭とした記憶はないらしく、「誰なのかは分からないけど……」徐々に言葉尻がしぼんでいく。

「父親や母親の名前は?」

「マサ、矢継ぎ早に言うなって」

 次の質問を容赦なく投げかける正成に、ドラムはたしなめる。「相手はまだ子供だぞ?」体のサイズはSDに戻り、背丈が高い正成を見上げて、「少しは考えてやれって」語勢を強めた。

「考えている」

「皆、お前みたいにすぐに答えが出る訳じゃねえんだよ」

 ドラムはため息を吐き、「悪ぃな。思い出すのは、ゆっくりで良いぞ」穏やかな声音でカスミをなだめる。

 無愛想な相好のまま正成は、このままだと(らち)が明かないなと思いつつ、ドラムや花陽らがカスミに優しく接しているところを眺めていた。このまま警察に出すとしても、保護者の名前が分からないのなら伝えようがない。おまけに苗字だって分からないのだから、手間取る。

 思索を巡らせている内に腹の虫が鳴る音が耳朶を打つ。音の発生源へ目を向けると、花陽が腹を抱えて、赤面していた。

「かよちん、お腹を減ったかにゃ?」

「う、うん……」

 恥ずかしげに頷く花陽。彼女の様子を見て、もうそんな時間だっただろうかと、正成は腕時計を確認する。シルバーバンドのシンプルなデザインが特徴的な腕時計、時計盤の針がもうすぐ昼を迎えようとしていた。

「飯にするか。どこに行く?」

 何となく頭の中ではカフェやお洒落なレストランだろうなと推測する。あくまで今まで付き合いがあった女子のイメージから想像したに過ぎないが。だが、予想外な答えが返ってきた。

「ラーメン屋に行きたいにゃ!」

 凛が元気よく返事する。「元々、かよちんと一緒に行く予定だったラーメン屋があって……」当初の予定について語り、「多分、今なら空いているにゃ」正成に行きたいという念を向けて視線を送った。

「そうか。なら、そこに行こう」

 眉一つ動かさなかった正成だが、内心は少し意外だと感じている。仄かに抱いているイメージだが、女子二人がラーメン屋に行く事は滅多にないだろうなと思っていた。よくよく考えてみれば、彼女達は学生なのだから、ラーメン屋に行く事自体は不思議ではないかと納得する。

 それから一行はラーメン屋へと赴く事にした。

 

 ラーメン屋に到着すると、店は既に開店しており、客の数もまばらだが何人かが席に座って食事を取っている。

 正成達はテーブル席に座り、メニュー表を開いてはそれぞれ食べたいものを選んでいく。

「お冷をどうぞ」

 若い女性の店員に人数分のお冷を出される。その際に正成は灰皿を出してもらえるか訊ねた。未成年がいる中で喫煙するかはどうかと思うが、店内で喫煙している客は幾人かいる為、別に全面禁止にされてはいない様子。

 しかし、女性店員は首を横に振り、「未成年とご来店した方には、喫煙をご遠慮してもらっています」落ち着いた声音で告げる。

「外に喫煙所は?」

「店を出て、右側の路地の裏にあります」

 説明を聞いて、正成は彼女に礼を言い、デニムジャケットの胸ポケットから煙草の箱とジッポライターを取り出した。

 女性店員も「ごゆっくり」と言った後、持ち場へと戻っていく。

「決まったか?」

 視線を少女達の方へ向ける。凛やカスミは決まったようで、メニュー表の写真を指差して伝えた。花陽だけは眉根を寄せて悩んでいる素振りを見せている。

「どうした?」

 正成の問いかけに花陽は口ごもり、どう話して良いか分からないと言った様子で閉口。見かねた凛が「かよちんは、チャーハンを大盛で食べたいのにゃ」彼女の心中を代弁する。

 なるほどと、思った正成は「一人分だけだったら、大盛にできるぞ」さらりと告げた。ドラムが食べる分も払う為、金銭的に余裕がある訳ではないが、学生一人分は払える。余程、食べなければの話だが。

 突然、告げられた希望に花陽は目を輝かせ、「ほ、本当ですか!?」眉尻を上げて切望を向ける。「だ、大丈夫なんですか!?」遠慮がちな彼女らしく、心配して一歩引いた言葉が出てしまう。お金以外にも何か引っかかっているところも見え隠れしている。

「問題はない」

 キッパリと言う正成。むしろ、何を心配しているのだろうかさえ思っている程。無遠慮な彼だからこそ、女子特有の悩みを気付く事ができない。

 それが幸いしたのか、花陽は返答を聞いた後、緩やかな笑みを見せて望み通りのメニューを選んだ。正成も決めたら、店員を呼び出して、各々が決めた料理を注文する。終わった後は、一旦席に立ち、煙草とジッポライターを持って店外へと出た。

 

 店の外に出ると、雲が少し多くなったのか、日光が遮られる事が増えている。朝方はそこまで天気が悪くなかったし、天気予報では快晴だと言われていたのに妙だなと考えつつ、喫煙所へと向かった。

 喫煙所は灰皿が置いてあるだけで後は何もない。座る為のベンチもないのは、少し不親切だなと思うもあるだけでもありがたいかと切り換え、煙草を口に咥える。

 シルバーのメッキで塗装されたジッポライターの蓋を開け、点火。軽やかに火を灯したジッポライターのボディは傷だらけで何年も使い込まれている事が取れる。そのまま火を近づけ、紫煙をくゆらせた。

「っで、俺に何の用だ?」

 虚空に問いかける。傍から見れば、誰もいないのに話しかける滑稽な光景にしか見えない。けれど、程なくして相手は姿を現した。

「ほう、気付いていたのか」

 どこからもなくドーン伯爵が日傘を差して現る。朝と比べて日光は抑えられているが、それでも充分灰になる可能性がある為、念入りに対策をしての事だろう。

 特に驚く様子もなく、正成は「それで用件は?」話を強引に進めていく。せっかちという訳ではないが、無駄な問答は省きたい。だから、すぐに本題へ切り出す。

「ふむ、カスミという少女の事だが……」

 ドーン伯爵も気を立たせず、落ち着いた語調で話した。「彼女から感じる魔力に覚えがある」簡潔に告げられた言葉は、衝撃を与えるには充分。流石の正成も片眉を上げ、興味を向ける。

「魔力? 彼女はモンスターだったのか?」

「いや、違う。魔力は誰かに与えられたものだ」

 強い口調で否定するドーン伯爵。「恐らく、我が同胞、ミセリアのものだろう」彼の口から聞こえてきた憶測に、正成は目を大きく見開く。「ミセリアって、角王のか?」珍しく声に驚嘆を滲ませていた。

 彼の反応を確認し、ドーン伯爵は頷くと「まさしく、〈三角水王 ミセリア〉だ」鋭利な口調はそのままに告げる。

「これは意外だな。だが、どうして、そいつの魔力が?」

「それは吾輩にも分からぬ」

 ドーン伯爵は肩を竦め、首を緩く横に振る。「何の経緯を経て、ミセリアと接触したのかは彼女の口が明かされぬ限りな」諦観にも似た表情で呟く。

「アンタにも分からないなら、これ以上は何とも言えないな」

 進展が望めないと分かったら、正成は興味を失くす。「他はないのか?」口から微かな煙を出し、質問を投げかけた。

「いや、お主に話したい用件はこれだけだ」

 話を切り上げ、ドーン伯爵は踵を返す。「伝え忘れた事があった」肩越しで正成と視線を合わせる。「お主は、もう少し人に寄り添う事を覚えた方が良い」忠告の言葉が耳に届く。

「充分、気は遣っているつもりだぞ?」

「ならば、花陽が遠慮した理由が分かるか?」

「お代の事だろ?」

 正成の即答にドーン伯爵は呆れのため息を吐いた。「それもあるだろうが、年頃の女の子なのだぞ?」棘を含むような語勢で続ける。「気にするところが他にもあるだろうに」こめかみに手を当て、頭を抱える素振りを見せた。

「それはどこなんだ? ハッキリ言えば良いだろ」

「そういう無遠慮なところを、直せと言っているのだ」

 もう一度ため息を吐いた後、ドーン伯爵は二の句を継ぐ。「まぁ、良い。それより言わねばならぬ事がある」目元が厳しくなり、語調もさらに鋭利さを増す。「くれぐれもカスミには、思った事ばかりを言わぬように」重々しくドーン伯爵の声が響いた。

 少しばかり眉根を寄せていく正成は、訝しげに相好を歪める。何を言っているんだと心中を表すように、翡翠の双眸は覿面(てきめん)の老紳士を射貫く。切れ長で吊り上がっている目つきが、鋭さを増していくばかり。

「誰もがお主のように強くない。それだけだ」

 冷たく言い放たれたドーン伯爵の声が耳朶を打つ。そして、視線を正成から外して歩み出し、いつの間にか姿を消した。

 一人残された正成は眉根を開き、落ち着いた表情へと戻る。

「俺だって、強くはないさ」

 静かに呟いた言葉はどこかへと消えていき、口に咥えた煙草を灰皿に押し付けて消火。翡翠の瞳は、どこか悲しげな色を映し出していた。

 

 店内に戻り、花陽達の元へ近寄る。テーブルには既に料理が並べられ、正成が座っていたところにはドラムが着席してラーメンや餃子を頬張っていた。

「おう、随分と長く吸っていたな」

 餃子を放り込んで咀嚼するドラムは、相棒が戻ってきた事に気付くと席を空ける。「じゃ、オイラはカードに戻るわ」軽い調子で正成のデッキケースの方へ。

「もう良いのか?」

「ああ、オイラの分は全部食ったからな」

 ドラムの返答を聞いて、正成は自分の席に着き、水を一口飲む。空になった丼と餃子の皿を下げてもらい、自身が頼んだものと対面する。ある程度、冷めているのだろうが、まだ湯気が立っていた。だが、早く食べないと麺が伸びてしまう。

「食べないの?」

 微動だにしない正成の様子に疑問を感じたカスミが口を開く。彼女の前にはハーフサイズのラーメンとチャーハンが並べられており、チャーハンの方は既に食していた。

「いや、食べるぞ」

「でも、お箸動いていない」

 カスミの指摘に呻く正成。彼に追い打ちをかけるように、さらにカスミは言い続ける。「お腹減ってないの?」心配そうな目で見つめ、「それとも嫌いなの?」心底不安そうな声音で問いかけた。

「いや、腹は減っているし、嫌いな料理は目の前にない」

「じゃあ、何で箸を止める必要があるかにゃ?」

 隣にいる凛も変だと感じたのだろう。話に入っていき、容赦なく質問を投げかける。正直、彼女達の方が情けなんてないのではないかと思ってしまうぐらいだ。

 向かい側にいる花陽が何か察すると恐る恐る訊ねる。「鉄さん……まさか、猫舌?」眼前にいる屈強な男性にまさかそんな弱点がある訳ないと紫の瞳が揺れていた。

「猫舌だ。熱いのは苦手なんだよ」

 押し隠す事もなく正成は披歴する。今朝も熱いコーヒーで舌を火傷したぐらい、熱いものを口に含むのは苦手なのだ。

 バディポリスのエースと呼ばれている男が、まさか熱いものを苦手とするとは思わなかったのだろう。

 花陽は大きく驚愕の声を立てる。「く、鉄さんでも苦手なものがあるんですね」目は大きく見開いたままだ。

「でも、フーフーすれば大丈夫だよね?」

 間髪入れず、カスミが口を挟む。「できないの?」水色の双眸が悪意や害意もなく純粋な優しさで見つめていた。

「できる」

 言葉短めに言って、正成は麺を持ち上げて息を吹きかける。そして、口の中へと入れた……は良いが、思いの外冷めていなかったらしい。「熱っ!」口元を抑えて、仰け反ってしまった。

 意外な正成の一面に、一同は驚嘆した後に笑い出す。眉一つも動かさず、何でもそつなくこなせそうな彼が、熱いもので苦戦している姿は噴飯物だろう。彼もまた一人のに人間である事を感じて、安堵したというのもあるだろうが。

「くそっ、次は負けん」

 この後、正成は何度も舌を火傷させながら、ラーメンやチャーハンを完食した。代償は大きかったと言わざるを得ない。

 

 昼食を取り終え、正成達は街を散策する。何も手がかりがない以上は、行動するしか他はなく、彼女達の行く宛てを頼って歩いていく。

 途中、とあるカードショップに立ち寄る。カードだけでなく、有名ファイターのグッズも販売しており、カードプレイヤーだけではなく一般客も入店していた。

 街頭に並ぶ商品に花陽とカスミが釘付けになり、時折花陽が解説する声が耳朶を打つ。カスミも興味津々に話を聞き、疑問に思った事は何度も口にした。会話は弾み、完全に二人だけの世界となる。

「かよちん、生き生きしているにゃ~」

 少し離れたところで、凛が二人の背を見て呟く。普段の快活そうな表情ではなく、どこか大人びている微笑みを浮かべていた。

 そんな彼女を目の端で見つつ、正成は無言ではしゃぐ少女達を眺めていた。先程の激闘により、ますます閉口せざるを得なくなっている。自業自得だが。

「あんなにバディファイト好きなら、入れば良いのににゃ~」

 独りごちる凛の言葉に正成は興味が湧き、顔を左手側に向ける。残念そうに眉尻を下げる凛の横顔が見えた。どうやら、何か一歩踏み出せない事があるらしい。

「どういう事だ?」

 舌がヒリヒリするのを我慢しながら、正成は開口した。翡翠の瞳は真剣に凛の事を捉えている。

「かよちん、最近できたバディファイト部に入らないって……」

「何でなんだ? あんなに楽しそうにしているのに?」

「自信がないって言って、遠のいて行っちゃうのにゃ~」

 凛から話を聞くと、正成は花陽の元へと歩み寄っていく。大柄な男が幼気な女子高生に詰め寄るところ、とんでもない圧力になっているが、そこまで気が回る程できてない。人との距離の取り方なぞ、知りもしない男なのだから。

 正成の気配に気付いた花陽は「ああ、すみません。か、勝手に盛り上がっちゃって……」謝罪の言葉を述べる。

 しかし、話したい事はそこではない為、「いや、それは別に構わない」丁寧になだめて次の句を紡いだ。

「お前、何でバディファイト部に入らないんだ?」

 あまりにも唐突な質問。すぐに返す事などできるはずもなく、花陽は呆然と見つめるだけ。彼女の隣にいるカスミは頭に疑問符を浮かべ、「どういう事なの?」上目遣いで花陽に問いかける。

「脈絡なさすぎるにゃ」

 後ろから凛がツッコミを入れた。「楽しそうにバディファイトの事を話すのに、何で入らないのかって」足りない言葉を補うように付け足す。あくまでも推測して言っただけにすぎないが、先程の会話の流れを考えると妥当か。

 それでも花陽は答えに窮していた。しばし、口ごもっていた後、彼女はようやく訳を話す。

「自信というか……私なんかで良いのかなって……」

「そんな事を考える必要なんてないだろ」

 一刀両断。正成はバッサリと切り捨てる。「好きな事をするのに、何で自信が必要なんだ?」別に怒っている訳でも不機嫌になっている訳でもないが、冷たい声音は彼女を責め立てていた。

「そ、その通りなんですけど……」

 直球すぎる一言に花陽は眉尻を下げ俯く。涙さえ出そうなぐらい暗い表情をしている。

「私、お姉ちゃんのファイト見たい」

 場の重たい空気を破るようにカスミが言葉を発した。「あの場所で、お姉ちゃんがファイトしているところ、見てみたい」指差した方向は店内のモニター。映し出されていたのは、去年アキバドームで行われた大会の決勝戦の映像だろう。

「カスミちゃん……」

 花陽は顔を上げ、カスミを見つめる。思いも寄らない一言に助けられ、少しだけ表情が明るくなっていた。

「バディファイト部とかチームとか良く分からないけど、お姉ちゃんのファイトなら見たいなって」

 天真爛漫な笑顔を浮かべて、花陽を励ます。花陽は鳩が豆鉄砲を食ったように目をしばたたかせ、意外だと言わんばかりの口調で返した。

「私のファイトを?」

「うん、お姉ちゃん、楽しそうに見ていたから」

 カスミの返答を受け止め、改めて正成と顔を合わせる。「応援してくれている人がいるなら、なおさらだろ」相変わらず冷たい物言いだが、彼なりに励しの言葉を贈ったつもりだ。

 もう一度、沈黙が訪れる。空気は先程より重たくはない。やがて、花陽は決意を口にした。

「私、目指してみるよ。あの場所に、凛ちゃんと一緒にね」

 何気なく巻き込まれた凛だが、「凛もかよちんとなら目指すにゃ!」同意の言葉を述べて、彼女なりの決心を明かす。

「その前に、まずはカスミちゃんの記憶を思い出す手伝いをしないと」

 目の前にある現実へ目を向けて、言葉を続ける。「カスミちゃんのお父さんやお母さん、きっと心配しているだろうから」心情に添って他人を助けようとする意欲が見えた。

「次はどこに行くにゃ~?」

「次はね……」

 少女達が次の目的地へと話し込んでいる中、正成は違うところへ意識を向ける。誰かに見られている……という訳ではないが、人とは違う気配を感じていた。しかし、周りを見渡していてもそれらしき影は見当たらない。気のせいだったのだろうか。

「今日って、こんなに曇っていたか……?」

 ふと空を見上げて、口の中で呟く。いつの間にか曇天の模様になり、辺りが薄暗くなっていた。

 

 花陽の発案で今度は神田明神へ赴く。長い階段を上り、鳥居をくぐり抜けた先に社の姿を認める。

 一見、何の変哲もない神社の光景だが、正成は違和感を覚えていた。人ならざるものが近くにいる気配を感じたというべきか。足を止め、虚空へと言葉を投げかける。

「おい、俺達に用があるなら出てきたらどうだ?」

 いきなり正成が問いかけるものだから、花陽達は驚く。それこそ、何を言っているんだと思っていただろう。だが、彼女達の疑問など露知らず、正成は話し続けた。

「さっきからコソコソ隠れて……出てこないなら、こっちから行くぞ」

「全くせっかちな男ね。女を待てない男なんて、嫌われるわよ?」

 突然、覿面(てきめん)の空間が歪む。一人の女性が歪んだ空間の先から姿を現し、ヒールを鳴らして正成達の前へと歩み寄った。

 艶のある長い銀髪、情熱的な内面を示すような赤い瞳、人離れした端正な顔立ち。均等が取れたスタイルの持ち主である事が濃紫のドレスの上からでも分かるように、女性の出で立ちはまるで芸術作品そのもの。人並み以上の美貌を持つ彼女は、形の良い眉尻を上げ、強気な姿勢で話しかける。

「単刀直入に言うけど、その子を渡してくれないかしら?」

 女性が指差したのはカスミだ。「別に悪い事はしないわ」美しい口の端を上げ、微笑みかける。

 正成はカスミの方を見た。女性から何かを感じたのか、彼女は怯えた顔つきで花陽の後ろに隠れている。やはり女性は人ならざるものだと確信。眉間に皺を寄せて、語気を強めて返す。

「嫌だと言ったら?」

「力づくになるわよね」

 言い終わるか言い終わらないかの間、女性は手の平に光を集める。何をするか察知した正成は、右手に赤い槍を呼び出し、投擲。空気を貫き、弾丸の如き速度で迫っていく。

 猛烈な勢いで迫り来る赤い槍に対し、女性は意識を急激に変えたのにも関わらず、軽やかな動きで躱した。しかし、槍の穂先が白皙を切り裂き、散らばる銀髪の間を通り抜ける。左頬には鮮血が流れ落ち、白皙を染めていく。

 また集中が途切れたせいか、光はあらぬ方向へと発散。花陽達の遥か頭上を奔っていた。

「ドラム、出番だ」

 正成の一声でドラムは元のサイズで出現する。人間の背丈など優に超えているサイボーグドラゴンの姿だ。右手のドリルを唸らせ、赤い影となりて女性の元へ疾走。一閃に迷いはない。

 舌打ちをして女性は再び躱す。しかし、躱した先には正成の左足が頭を狙っていた。躱す間もないと判断し、細い左腕で受け止める。

「ホント、女に優しくない男ね!」

「子供を怖がらせる女には言われたくないな」

 蹴り足を素早く戻し、両手を構える正成は体を撓ませていた。「お前、何者だ?」聞いているだけで、凍えるような声音で訊ねる。体格に恵まれている彼の蹴りを、片腕一本で受けて止められるという事は確実に人ではない。危機感はかなり跳ね上がっていく。

「女性に名前を訊ねるのは失礼ではなくて?」

「そんな事はどうでも良い。早く名乗れ」

「あなた、モテないわよ」

 女性は悠然とした態度で返し、肩に下りた銀髪を指ですかしながら払い除ける。瑞々しい唇は歪み、眉根を寄せて美し相好は次第に憤怒の表情を表していく。赤の双眸は、正成達への敵意が込められていた。

「気にしている程、暇じゃない」

 地面を強く蹴り、正成は疾駆する。大柄な体躯に見合わない程の身軽な動きで肉薄。そして、勢いを利用して右拳が突き出された。

 風を切る音が聞こえる。女性の美しい相貌を砕こうと迫り立てていく。

 しかし、空を切っただけだった。女性は前方へ飛び上がり、ドレスの裾が風で煽られるのも厭わず、正成の右腕を土台に自身の左腕を支柱にしながら後方へと流れる。

 正成は空隙を生み出さぬまま、左足を軸に右足を押し出すようかの如く蹴り出し、彼女の腹部を狙っていく。

 簡単に捉えられまいと女性は嘲笑い、バックステップで後ろ蹴りを避け、距離を大きく取る。

「ここまで強引なら、名乗ってあげても良いわ」

 傍らに刺さっていた赤い槍――〈如意槍 咢〉を引き抜き、持ち主の足元へ投げつけた。軽はずみな音が響き、咢は正成のところへと転がる。

 咢を拾い、穂先を女性へと向ける正成。「なら、とっと言え」顔つきは険しく、目つきも切っ先のように鋭い。

「もう、せっかちね。私の名は、サライ」

 サライと名乗った女性もまた眉間に皺を作り、赤い瞳に剣呑な光を宿していた。「霊界から逃げ出した魂を連れ戻しに来た裁判官よ!」唇の端を不敵に吊り上げ、可憐な目鼻立ちに似つかわしくない獰猛な笑みを浮かべる。

「霊界だと!?」

 ドラムは驚愕し、思わず構えを解いてしまう。「お前、あの世界の奴かよ!?」驚きは引かないまま、声を大きく立てた。

 仰天する相方を一瞥し、正成は「霊界?」と訝しげに口に出すが、「お前が敵である事に変わりないなら、叩き潰すまで」警戒心を保ったまま語勢を強める。

「ちょっと待ちなさい。私もあなたも関係ない人は巻き込みたくないでしょ?」

「だったら、手を引け」

「そうはいかないわ」

 冷たくあしらわれるもサライとて一歩も引けない。「一つ、提案だけど良いかしら?」返答させる間もなく、案を述べた。「バディファイトで決着をつけるのはどう?」彼女の瞳は絶対に負けないという自信に満ち足りている。

「最初からそうしたいなら、そうしろ」

 正成は穂先を下に向け、デッキケースのシステムを起動させた。翡翠の双眸は、いつになく真剣な眼差しで美貌のサライを見つめる。倒すべき相手以外、他ならないという意志が彼の瞳に帯びていく。

 サライもまた傍らに光の球体を呼び出し、ファイトの準備に取り掛かる。余裕と侮蔑が入り混じった笑みを浮かべて。

 鉄の意志と霊界からの使命が、一人の少女を巡ってぶつかり合う――。




 伏線も碌に張れない急展開、しょぼいファイト、薄っぺらい人間ドラマ……揃っちゃいけねえ三拍子を取り揃えた作品、多分私の作品群だけではないだろうか。

 とりあえず、次回ファイト回です。大して期待していないと思いますが、期待しないでいただきたい。文字数だけがかさむしょぼいファイトなので……。

 それはさておき、この作品を書いていて(この作品以前でも)思ったのですが、バディファイトとラブライブのクロスオーバー作品(作品群的な意味でも)で唯一あるキャラクターが出ていないよな~と。

 多分、バディファイトとラブライブのクロスオーバー作品を読んでいる方は何となく察していたかと思います。
 この場で話すべきか話題ではないかもしれないですが、少しだけお話ししたくて触れました。

 ……まぁ、メインが100環境ですからね。これ以上の言葉は留めます。

 今回も長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。
 次回は明日17時に公開予定……になるはずです。何もなければ。

 では、この辺りで筆を休めます。感想や活動報告のコメントもお待ちしております。


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第4話:勝利への決意

 どうも、巻波です。全然全体が書き終わりません()
 果たして、ストックが尽きるまでに書き終わるだろうか……。

 あ、ちなみに今回のファイト、巻波史上初オリジナルフラッグが登場します。
 まぁ、期待せず見てくださると嬉しいです。

 では、後書きでまた会いましょう。


「言葉などいらない、示すは力のみ。ルミナイズ、『フォルティス・カルディア』」

「あらゆる生命の終焉の地。魂を裁き、導くのが私達の役目。ルミナイズ、『終焉裁判』!」

 正成は落ち着いた語勢で、サライは語気を強めて「オープン・ザ・フラッグ」と言う。正反対な二人の掛け声と共に、フラッグが出現した。

「デンジャーワールド」

 正成の手札:6/ゲージ:2/ライフ:10/バディ:アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン

 

「霊界裁判!」

 サライの手札:4/ゲージ:3/ライフ:10/バディ:天霊裁判官 サライ

 

 彼女の背後に現れたフラッグは、二振りの木槌が交差し、その上に重なるように本が描かれている。また下部には証言台らしき絵も描かれて、如何にも裁判というの表現していた。壮麗で煌びやかな装飾が目を引く。

 

霊界裁判

フラッグ

■君は<霊界裁判>と<ジェネリック>のカードを使える。

■君の最初の手札は4枚、ゲージは3枚、ライフは10になる!

「人間やモンスターの世界から死んだ者の魂が集う世界。皆が審判の時を待つ」

 

 見た事もないフラッグを目の前にしても正成は動揺しない。「先攻は俺がもらうぞ」冷淡な調子で手札に触れる。

 どのような相手だろうとやるべき事は変わらないという思いが、翡翠の瞳からヒシヒシと伝わっていく。

「別に良いわよ。どうせ、せっかちなあなたに譲る予定だったし」

 気を悪くする事なく、余裕の笑みを浮かべるサライ。赤瞳からは侮蔑の色を滲み出している。

 余程、ファイトに自信があるのだろう。けれど、正成は気にしない。向かってくるものは叩き潰せば良いだけだから。

「チャージ&ドロー」

 正成の手札:6→5→6/ゲージ:2→3

 

 右手側に咢を突き刺し、手札を睨みつける。迷う時間は一瞬でも満たない。すぐに動き出した。

「〈如意槍 咢〉を装備」

 と、言いつつも咢を突き刺さったまま放置し、次の行動へ移す。「キャスト、〈裂神呼法〉。ライフ1とゲージ1を払って、カード1枚をドロー」デッキから1枚を無造作に引き、「さらに咢を装備しているから、もう1枚ドローする」続けて、もう1枚を引く。

 

 正成の手札:6→5→4→6/ゲージ:3→2/ライフ:10→9/正成:如意槍 咢

 正成:如意槍 咢/攻6000/打撃1

 

「〈アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン〉をライトにバディコール」

 右手側にドラムが躍り出る。巨大で頑強なドリルと無機質な赤い義眼が目を引く。「ゲージ2払って、デッキの上から1枚をソウルイン」ドリルは軽く回転するだけで、唸りを発し、どんなに堅牢なものでも打ち砕きそうだと思わせる。

 

 正成の手札:6→5/ゲージ:2→0/ライフ:9→10/正成:咢/ライト:アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン(ソウル:1)

 ライト:アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン/サイズ2/攻8000/防2000/打撃2/[貫通]/[ソウルガード]

 

「さらに、マサがアイテムを装備しているから、オイラは[移動]を得るぜ」

 正成のライト:アーマナイト・ドラム/[移動]

 

 背中のブースターを吹かし、調子の良い事を示す。砂塵が僅かに舞い、少しだけ視界を遮るが、気にも留めとない。

 ただ一点だけを見つめて、正成は口を開いた。「アタックフェイズ」静かだが強く紡がれた言葉が響く。

「ドラムでファイターにアタック」

「おっしゃ! ぶっ壊していくぜ!!」

 意気揚々にブースターを点火、そのまま突貫。右腕のドリルも高速で回転し、甲高い音を立てる。突き出されたドリルは、サライの瑞々しい肉体を抉らんとばかりに迫った。

「受けるわ」

 ドリルを躱しながら、サライは宣言する。ふわりと跳躍する回避する様は、まるで羽の如く。軽やかなステップを踏み、ドラムに空を切らせた。攻撃を直接受けていないが、バディファイトのルール上、ダメージは入っている。

 

 サライのライフ:10→8

 

「何で避ける?」

 攻撃を避けた事に疑問を感じた正成は問いかける。「そのまま当たっても問題ないだろ?」平坦な調子だが、語気は強い。ファイトシステムに則っていれば、与えられるのは衝撃だけだ。なのに、彼女は避けた。些かおかしいのではないか。

 訝しげに眉を顰め、吊り上がっている目尻はさらに吊り上がって鋭さを増す。口元もへの字に曲がり始めていた。

「だって、それ本物でしょ?」

 惜しげもなくサライは披歴(ひれき)する。「私は、人間の作ったシステムに則ってないもの」手元にある光の球体を動かし、「本物である機械の竜とあなたの槍だけは受けたくないわ」軽く叩いて人間とは違うという事を示していた。

「ドラムのは本物じゃないし、俺のも痛くないぞ?」

「槍の方は嘘でしょ。私、それで頬を切り裂かれたわよ」

「今度は肉を抉ってやるさ」

 僅かに口の端を吊り上げ、正成は不敵に微笑む。言っている事がかなり物騒だが、それで臆する相手ではないだろう。

 むしろ、こちらが弱気の姿勢を見せる訳にはいかない。強がりも交えて、冗談か本気か分からない言葉を口に出した。

「安心しろ、丁重に扱うようには心がける」

 傍らに突き刺した咢を引き抜き、竜の顎にも似た穂先をサライへ向ける。「だから、次は避けるなよ?」翡翠の双眸は、純粋な闘志だけを宿していた。

「嫌よ。私、痛いのは嫌いなの」

 当然ながらサライは断る。「例え、人間より頑健でも度を過ぎれば、私だって死んでしまうわ」皺一つなかった眉間に、再び皺が生まれた。鮮やかな赤が映える唇は、への字を作って不満そうである事を示す。

「なら、当てにいくまでだ。ターンエンド」

 正成の手札:5/ゲージ:0/ライフ:10/正成:咢/ライト:アーマナイト・ドラム

 

「ホント、節操のない男。ドロー、チャージ&ドロー」

 サライの手札:4→5/ゲージ:3→4

 

 サライは光の球体からカードを引き、形の良い眉尻を上げる。

「まずは、〈天霊獣 コンチェルト〉をレフトにコール」

 鋭い爪を持つ二足歩行型の獣が姿を現した。狼のような顔立ち、水色の体毛からワーウルフを彷彿させる。

 高らかに吠え、自身の存在を誇示。周囲には光の粒子が散りばめられていく。

 

 サライの手札:5→4/レフト:天霊獣 コンチェルト

 

天霊獣 コンチェルト

霊界裁判

種類:モンスター 属性:裁霊/風

サイズ2/攻6000/防2000/打撃2

■[起動]“天霊協奏曲”君の手札から《裁霊》1枚を捨て、ライフ1払ってよい。そうしたら、カードを2枚引く。「天霊協奏曲」は1ターンに1回だけ使える。

■[起動]“霊爪・崩”君の場にカード名に「天霊裁判官」を含むモンスターがいるなら、君のデッキの上から3枚をドロップゾーンに置いてよい。そうしたら、そのターン中、相手の場のモンスター全ての防御力-3000!

「魂はどこから運ばれるだろうか」

 

「コンチェルトの能力、“天霊協奏曲”を発動」

 丁寧に紡がれる言葉、声音は優美で心地よい。「手札から〈天霊獣 ボレロ〉を捨て、ライフ1払うわ」カード1枚がドロップゾーンに置かれる。「そして、カードを2枚ドロー」細長い指で繊細にカードを引いた。

 

 サライの手札:4→3→5/ライフ:8→7/ドロップ(裁霊の種類):0→1

 

「さらに〈天霊裁判官 アベル〉をライトにコールするわ」

 彼女の右手側に緑色の髪を癖一つもなく整えた青年が現れる。男性としては華奢な体つきをしており、正成と比べて随分と貧弱そうに見えた。それでも彼の周りを漂う風が、近づいてきた葉を切るところを見ると立派なモンスターである事が示される。穏やかそうな微笑みで、覿面(てきめん)の相手を見つめていた。

 

 サライの手札:5→4/レフト:コンチェルト/ライト:天霊裁判官 アベル

 

天霊裁判官 アベル

霊界裁判

種類:モンスター 属性:裁霊/風

サイズ1/攻2000/防2000/打撃1

■君の場に「天霊裁判官 カイン」がいるなら、場のこのカードの攻撃力+2000、防御力+2000!

■[起動]【対抗】“天裁幽閉”ゲージ1払ってよい。払ったら、相手の場にいる防御力2000以下のモンスター1枚を相手の手札に戻す。「天裁幽閉」は1ターンに1回だけ使える。

「今は笑い合える。それだけ十分なんだ」

 

「そして、〈裁霊の法書〉をゲージ2払って装備」

 厳かな装いをした分厚い典籍がサライの麗しい手中に収まる。角で殴打するだけでも威力がありそうな厚さだが、本書の真価はそこではない。

 

 サライの手札:4→3/ゲージ:4→2/ドロップ(裁霊の種類):1→3/サライ:裁霊の法書/レフト:コンチェルト/ライト:アベル

 

裁霊の法書

霊界裁判

種類:アイテム 属性:裁霊/光

攻2000/打撃1

■【装備コスト】ゲージ2払う。

■このカードが場にいる限り、君の場のモンスターが能力名に「天裁」を含む能力を発動する時、払うゲージの枚数が1少なくなる。

■君の場にいるカード名に「天霊裁判官」を含むモンスターの効果で、相手の場のモンスターを破壊した時か相手の手札に戻した時、君のライフ+2!この能力は1ターンに1回だけ使える。

「この本には、審判を公平公正に下すために、様々なルールが書かれている」

 

「これで、天霊裁判官の能力が、さらに発揮できるわ」

 実に余裕綽々といった様子でサライは不敵な笑みを零し、強い語調で告げた。紙をめくり、探し当てたページに辿り着くと口を開く。

「アベルの“天裁幽閉”を発動」

 静かに宣言し、「本来はゲージ1払うけど」と付け足しながら、能力を説明する。

「裁霊の法書の効果でゲージ1減らして、実質ノーコストで発動よ」

 能力を発動するコストがかからないという事はどういう事か。つまり、重くて使いづらい能力を気兼ねなく使えるという事だ。当たり前の事かもしれないが、かなり重要な事柄。場の緊張が加速する。

「防御力2000以下の相手モンスター1枚、手札に戻すわ。さぁ、お帰りなさい、機械の竜!」

 力強く言葉を吐き出すと同時に、アベルが纏ってた風の障壁が崩れ、突風が吹き荒れた。何かにしがみついてないと、吹き飛ばれそうだと感じる程の勢い。観戦している少女達の悲鳴が響く。

「ソウルガードだ」

 正成は咢を地面に突き刺し、体が飛ばされないように踏ん張りながら冷静に言葉を発する。強風により、目が開けられる状態ではなく、細めて覿面(てきめん)を睨みつけていた。ドラムも装甲が幾分か削がれていく。

 風が吹き止んだ後、機能しないものを切り離し、デッドウェイト化を防いだ。しかし、身を守るものは少ない。

 

 正成のライト:アーマナイト・ドラム(ソウル:1→0)

 

「もう一つの法書の能力を発動よ」

 壮麗な装丁が際立つ書架が淡い光を発する。「アベルが相手のモンスターを手札に戻したから、私のライフ+2」彼女の白皙に一筋走った裂傷も修復していき、本来の姿へと元に戻していく。

 

 サライのライフ:7→9

 

「続けて、コンチェルトの“霊爪・崩”を使うわよ」

 光の球体に手をかざし、スライドする。「デッキの上から3枚をドロップゾーンに置くわ」宣言した枚数分だけドロップゾーンに置き、「そして、相手のモンスター全ての防御力を-3000」彼女の言葉と共にコンチェルトの遠吠えが響き渡った。

 すると、ドラムの装甲がみるみる砕けていき、コードが露出。苦虫を噛み潰したような表情で、使いものにならなくなった装甲はパージする。パイプが破損したのか、オイルも流れ出ており、血のように足元を茶黒く染めていく。

 

 サライのドロップ(裁霊の種類):3→4

 正成のライト:アーマナイト・ドラム/防2000→0

 

「アタックフェイズに入るわ」

 本を閉じ、サライは緩やかに笑みを浮かべて言う。「コンチェルトでライトにアタックよ」彼女が言葉を発した後、コンチェルトは一吠えして、ドラムに飛びかかった。しなやかな筋肉から生み出される剽悍(ひょうかん)な動き、人間はおろかドラムさえ追いつけない。

「すまん、ドラム。無理だ」

「別に問題ないぜ。マサ、信じているからよ」

 僅かな会話。一瞬間後にはドラムは胴体を切り裂かれ、光となって消失した。コンチェルトの嘯き声が響き渡る。

 しかし、正成の表情から悲しみに暮れる様子も落ち込む様子も見られない。ただ無表情に見つめていた。

 

 正成のライト:アーマナイト・ドラム 撃破!

 

「次はアベルでファイターにアタック」

 風が奔る。目に見えない刃が、正成の首を狙って飛来。システムを通した攻撃ではない為、受ければ間違いなく首と胴体は分かれるだろう。

 ドラムの時は正成のデッキケースのシステムが作動していた為、ファイトが始まった瞬間に生身と幻像を入れ替え、肉体は別の場所に移していたのだ。だから、ボロボロになっていたドラムの姿は、幻影にすぎない。

 しかし、正成の場合はそうもいかず、相手がシステムを介していなければ生身で受ける羽目に。自動的に出力を下げるように設定されているが、システムに則っていない以上、調整できないのは明白。

「受ける」

 音だけを頼りに正成は左手側に体を投げ出し、転がるように避ける。真空の刃は、正成の傍らを通過すると霧散した。

 どうやら、それなりに威力は調節された模様。だが、それでも人間の肉を切れる程には切れ味があったのは確かだろう。

 

 正成のライフ:10→9

 

「あら、どうして避けるのかしら?」

「俺も痛いのは嫌いだからだ」

 転がった事により服に土汚れが付いてしまっているが、気に留めず立ち上がる。吊り上がった目尻をさらに吊り上げ、眼光鋭く覿面のサライを睨めつけていた。声音は至って冷静を保っている。

「そう……私達、意外と気が合うかもね」

「俺は仲良くできる気なんてしないけどな」

「同感、私もせっかちな男と仲良くできる気がしないわ」

 一拍置いた後、サライは左手を開いたまま突き出し、光を集めていく。「最後は、裁霊の法書でファイターにアタックよ」放たれたのは、何もかもを溶かしていく熱線。人間の目では捉えらる事など到底不可能だ。

「これも受ける」

 大きくバックステップをして、距離を取る正成。熱線は彼が先程までいたところに直撃し、地面を焦がす。蒸気が上がり、黒く染めていく。即身で受ければ……間違いなく蒸発していたに違いない。

 

 正成のライフ:9→8

 

 焼けた地面の跡を見て、正成はおもむろに口を開く。表情は険しい。

「アイテムじゃなくてお前自身で攻撃するのか」

「その方が映えるでしょ?」

「俺は純粋にファイトを楽しみたいんだがな」

「さっき、肉を抉ってやるなんて言ったのは、どこの誰かしら?」

 サライは優艶な笑みを浮かべて返した。やはり勝利を絶対に掴み取れる自信があるのか、余裕は崩さない。

「どこのどいつだろうな?」

 平然とした態度で正成は言い返す。「もしかしたら、お前が嫌いなせっかちな男かもな」落ち着いた語調で言葉を継いだ。相好は厳しさを保っているが、焦っている様子も怯んでいる様子もない。

「分かっているじゃない。ターンエンドよ」

 サライの手札:3/ゲージ:2/ライフ:9/サライ:裁霊の法書/レフト:コンチェルト/ライト:アベル

 

「ドロー、チャージ&ドロー」

 正成の手札:5→6/ゲージ:0→1

 

 無言のままじっと手札を見つめる。相手の現状は防御力を下げ、一定の数値以下で手札に戻すという戦法。数値に偏りがあるモンスターを扱う正成にとって、頭の痛い問題だ。それでも彼は決して恐れを見せない。

「キャスト、<超力充填>。ライフ1払って、ゲージを+3」

 正成の手札:6→5/ゲージ:1→4/ライフ:8→7

 

 枯渇していたゲージが一気に増え、少しだけ余裕が生まれる。その代わり、ライフを削っているのだが。

「続けて、キャスト、〈裂神呼法〉。ゲージ1とライフ1を払って、カードを1枚ドロー」

 再びライフが減る。先程増えたゲージも消費させて。「さらに咢があるから、もう1ドローする」相変わらず無造作な手つきでデッキからカードを2枚引いた。

 

 正成の手札:5→4→6/ゲージ:4→3/ライフ:7→6

 

「ライトに〈アーマナイト・イーグル〉をコール」

 正成の手札:6→5/正成:咢/ライト:アーマナイト・イーグル

 ライト:アーマナイト・イーグル/サイズ0/攻4000/防1000/打撃1

 

 装甲を纏った巨大な鷹が戦意高々と翼を羽ばたかせ、声を立てる。しかし、無情にも彼の望みは叶わない。

「レフトに〈アーマナイト・アスモダイ〉をコール」

 この瞬間、アーマナイト・イーグルはぎょっとした表情で正成を見つめる。が、彼は構わず続けた。「アーマナイト・イーグルをドロップゾーンに置いて、ゲージ1払う」特に感情が込められていない声音で告げられた言葉は、あまりにも無情としか言えないだろう。

 悔しさと悲しみが織り交ざった断末魔が響いた後、アーマナイト・イーグルは姿を消し、代わりにアーマナイト・アスモダイが雄叫びを上げて登場した。

 

 正成の手札:5→4/ゲージ:3→2/正成:咢/レフト:アーマナイト・アスモダイ/ライト:アーマナイト・イーグル→なし

 レフト:アーマナイト・アスモダイ/サイズ1/攻5000/防1000/打撃1

 

「アスモダイの登場時効果で、お前のレフトとライトのモンスターを破壊する」

「なら、【対抗】アベルの能力を使うわよ。アスモダイをあなたの元へ返すわ」

 砲弾、銃弾の暴雨が降り注ぐ。対抗して、強風が吹き荒れ、場は混沌していく。周囲が見えなくなる程、濃い粉塵が視界を遮る。そして、晴れた頃には、モンスター1体もいなくなっていた。

 ほんの僅かだが、凝縮された一瞬。場を無に帰した後は寂静が訪れる。

 

 サライのドロップ(裁霊の種類):4→6/レフト:コンチェルト 撃破!/ライト:アベル 撃破!

 正成の手札:4→5/レフト:アーマナイト・アスモダイ→なし

 

「〈アーマナイト・ゴーレム〉をライトにコール」

 機械の巨人兵がけたたましい駆動音を立てながら、一歩一歩を踏みしめ出現。手に持っているランスは、かつて敵だったものから奪い取ったものだろうか。真相は分からない。

 

 正成の手札:5→4/正成:咢/ライト:アーマナイト・ゴーレム

 ライト:アーマナイト・ゴーレム/サイズ2/攻5000/防8000/打撃2

 

「アタックフェイズ」

 冷たく淡々とした口調で告げる。「ゴーレムでファイターにアタック」言葉を言い終わる頃には巨人兵は動き出していた。緩慢で鈍重な歩みだが、確実に距離を詰め、手に持っているランスをサライの頭上から振り下ろす。速さはないが、ずっしりとしたスピアーヘッドが迫り立てていく。相手の足を止めるには充分な迫力。

「受けるわ」

 今度はホログラムと見切ってか、サライは動かない。ランスは彼女の体をすり抜け、地面と衝突する。衝撃波が生まれるが、先程吹き荒れていた強風よりも大人しく、濃紫のドレスを軽くはためかせるだけ。

 

 サライのライフ:9→7

 

「次は俺でアタック」

 言葉は後ろに流れ、正成は紺色の弾丸となって肉薄。右手で握っている咢を前方へ突き出し、渾身の一突きを放つ。

 肉を貫き、内臓を抉り出そうと赤い槍の咢が開く。翡翠の瞳は眼前にいる相手を逃すまいと睨めつけている。

「これも受けるけど……ッ!」

 言葉尻が荒れたのは、サライが目にも止まらぬ速さで飛来する赤き一閃を躱す事に神経を尖らせたからだ。濃紫のドレスが切り裂かれ、下にある瑞々しい白皙を覗かせる。皮膚まで到達したのか、横一文字に赤が走り、血が滴り落ちていく。

 

 サライのライフ:7→6

 

 苦虫を噛み潰したような顔つきを浮かべながら、サライは切り裂かれた脇腹を可憐な手で繊細に触れる。

 指先に付いた血を舐めて、「お気に入りのドレスだったのに」心底悲しむような語調で残念がっていた。

「弁償はしないからな」

「酷いわね。そっちがやった事なのに」

「熱線を飛ばしてくる女は嫌いなんでな」

「私も槍を振り回す男は嫌いよ」

 気を持ち直して、微笑みサライ。蠱惑(こわく)的な笑み、絵画のような美しさは人の範疇を超え、見る者を圧倒させる。

 けれど、彼女の美貌に目を奪われる事なく、正成は極めて冷淡な口調で返した。

「やはり、仲良くできそうもないな。ターンエンド」

 正成の手札:4/ゲージ:2/ライフ:6/正成:咢/ライト:アーマナイト・ゴーレム

 

「だから、こうして争っているんでしょ。ドロー、チャージ&ドロー」

 サライの手札:3→4/ゲージ:2→3

 

「まずは、〈天霊獣 ハーモニル〉をレフトにコール」

 サライの手札:4→3/サライ:裁霊の法書/レフト:天霊獣 ハーモニル

 

天霊獣 ハーモニル

霊界裁判

種類:モンスター 属性:裁霊

サイズ0/攻2000/防2000/打撃1

■【対抗】“霊牙・壊”相手のターン中、君の場にカード名に「天霊裁判官」を含むモンスターがいるなら、場のこのカードをドロップゾーンに置き、ゲージ1払ってよい。そうしたら、そのターン中、相手の場のモンスター1枚の打撃力-2。

「このモンスターが持つ牙は、すべてを噛み砕く」

 

 現れたのは小型の四足獣、頑健そうな犬歯を覗かせ、如何なるものも噛み砕けると思わせる。白の毛色は、触れる事を躊躇わせる程、麗しい。左右で違う色の瞳が、正成に敵意を向けていた。

「続けて、〈天霊獣 ボレロ〉をライトにコールよ」

 サライの手札:3→2/サライ:裁霊の法書/レフト:ハーモニル/ライト:天霊獣 ボレロ

 

天霊獣 ボレロ

霊界裁判

種類:モンスター 属性:裁霊/火

サイズ0/攻3000/防2000/打撃1

■[起動]“霊牙・崩”君の場にカード名に「天霊裁判官」を含むモンスターがいるなら、このカードをレストしてよい。レストしたら、そのターン中、相手の場のモンスター全ての防御力-5000する。

「天霊獣は、天霊裁判官たちと共に逃げ出した魂を追いかける霊獣たちのことだ」

 

 右手側に小さな獣が召喚される。炎を彷彿させる真っ赤な体毛と瞳が目を引く。牙は剥き出し、闘争心を全面に出して、獰猛な唸り声を立てていた。

「そして、〈天霊裁判官 サライ〉……私をセンターにコールするわ!」

 ヒールを高らかに鳴らし、前へ出る。「ゲージ1払って、デッキの上から1枚をソウルインよ」流麗な眉尻を上げ、不敵な笑みを浮かべ、強気な態度で佇む。背中に翼を顕在化し、蠱惑(こわく)的な美貌も相まって、天使という言葉が似合うと言っても過言ではない。

 

 サライの手札:2→1/ゲージ:3→2/サライ:裁霊の法書/レフト:ハーモニル/センター:天霊裁判官 サライ/ライト:ボレロ

 

天霊裁判官 サライ

霊界裁判

種類:モンスター 属性:裁霊

サイズ2/攻5000/防2000/打撃3

■[コールコスト]デッキの上から1枚をソウルに入れ、ゲージ1払う。

■君の場に「天霊裁判官 アブハム」がいるなら、このカードのサイズを2減らす!

■[起動]【対抗】“天裁処刑”ゲージ2払ってよい。払ったら、相手の場にいる防御力2000以下のモンスター全てを破壊する。「天裁処刑」は1ターンに1回だけ使える

[ソウルガード]

「死んだ者の魂に最後の審判をするのが、天霊裁判官の役割だ」

 

「キャスト、〈天霊の閃き〉。ゲージ+2するわ」

 最後の1枚が消失すると、ゲージが2枚増えていく。「さらに私の手札が0枚になったから、カードを2枚ドロー」大切なもの壊さぬように、柔らかい手つきでカードを2枚引いた。

 

 サライの手札:1→0→2/ゲージ:2→4

 

天霊の閃き

霊界裁判

種類:魔法 属性:裁霊

■君のデッキの上から2枚をゲージに置く。さらに君の手札が0枚なら、カードを2枚引く!「天霊の閃き」は1ターンに1回だけ使える。

「なるほど、この魂はこういう行動をしていたのか」

 

「ボレロの効果を使うにしても、届かないわね……」

 場を検めると優美な指の腹をそっと顎に添える。しばし思索した後、サライは口を開いた。

「このままアタックフェイズに入るわよ」

 語気は強く、自信に満ち溢れている。苦しい状況ではあるはずなのに、余裕な態度を崩さない。

 正成は自分の手札を見る。攻撃を防ぐというだけなら、何とかなりそうだが果たして。少し不安が頭をよぎるが、即座に打ち消し、眼前にいるサライを睨みつける。まだファイトは終わっていない。

「まずはボレロでファイターにアタックよ」

「受ける」

 牙に炎を纏わせ、ボレロは赤い弾丸と化して疾駆する。これまた人間では追いつけないような軽快な動きで翻弄。

 噛みつかれる瞬間、正成は咢の柄を覿面に出し、受け止めた。激しい音が鳴り、硬いものがぶつかり合う。

 並外れた膂力でボレロを払い除け、何とか難を逃れた。だが、火の粉が付着していた影響で、正成の服はあちらこちら焦げている。

 

 正成のライフ:6→5

 

「次はハーモニルでファイターにアタック」

「これも受ける」

 白い疾風が駆け抜け、正成の首を噛み千切らんとばかりに猛烈に迫っていく。剽悍に白の体毛をなびかせ、肉薄する獣をどう受け止めようか。

 ハーモニルが跳躍した刹那、正成は間隙を縫って咢を薙いだ。白い獣の脇腹に柄を叩きつけ、噛みつかれるのを防ぐ。

 システム上、ライフは減る。しかし、半ば命のやり取りと化している為、自分の身は守らなければならない。

 滑稽とも無粋とも取れる正成の行動だが、事情を知っていれば(そし)る事などできようもないだろう。

 

 正成のライフ:5→4

 

「最後は私であなたにアタックよ!」

「キャスト、〈裂帛闘壁〉。お前の攻撃を無効化して、俺のライフを+1」

 本来であれば正成の闘気で作り出した障壁が、攻撃を遮ってくれる。だが、システムに則っていないサライの熱線を受け止めてくれるか甚だ疑問だ。過度な期待はせず、正成は放たれた熱線を右手側に転がって回避。

 短い頭髪の毛先が焦げ、デニムジャケットの袖が熱により、大きく穴を空ける。下に着ているカットソーも焼けてしまい、黄色の肌が露出した。火傷が軽微で済んだのは、僥倖(ぎょうこう)としか言わざるを得ない。

 

 正成の手札:4→3/ライフ:4→5

 

 正成は立ち上がり、自分が元いた場所に目を向ける。地面は焼け焦げ、黒く染まって、蒸気を発していた。

 過信して立ち止まっていたら、姿かたちがなくなっていたのは、火を見るよりも明らか。少しばかり安堵のため息を吐く。

「あら? このターンで決められなかったわ」

「目論見通りに行かなくて、悪かったな」

「でも、さっきのお返しができたから満足よ」

「俺は意地の悪い事なんてしないぞ」

 珍しく辟易とした顔で正成は返す。「やったとしても、ドレスを切り裂いたぐらいだ」不思議なぐらい穏やかな語調で言葉を継いだ。実体化している咢の穂先でサライの脇腹を切ったが、何も殺すような事はしていないとも言いたげ。

 殺してしまうと、今後目的を知る事ができなくなってしまうから、加減はしている。それでも容赦なく槍を振るった事実は否めないが。

「お気に入りのドレスなのよ? ズタズタにされて、怒るのは当然でしょ」

「切れているのは、一ヶ所だけだろ。こっちは穴だらけだぞ?」

「私が気にするとも?」

「しないな。俺もお前のドレスに興味ない」

 一つ息を吐き、正成は続ける。「それで、次は?」興味の対象が変わった。まだサライのターンが続いている為、油断できない。彼女が宣言しない限りは、次に進めないのだ。

「もう、せっかちね。私のターンはこれで終わりよ」

 サライの手札:2/ゲージ:3/ライフ:6/サライ:裁霊の法書/レフト:ハーモニル/センター:サライ/ライト:ボレロ

 

 呆れた様子でサライは終了を宣言。もう少しだけ話していたかったと赤い瞳が訴えていた。

「駄弁っている暇はないからな。ドロー、チャージ&ドロー」

 正成の手札:3→4/ゲージ:2→3

 

 手札とゲージを交互に見やり、状況を検める。確実にこのターンで決めなければ、負けるのは必須。

 劣勢なのは目に見えて分かっていた。だからこそだろうか、正成が微かに微笑んだのは。それも楽しげに。

「キャスト、〈裂神呼法〉。ゲージとライフ1を払って、カードを1ドロー」

 いつもの手を使い、手札を増やしていく。「咢があるから、もう1枚ドローだ」アイテムが破壊されていなかった事が幸いしてか、カードは2枚引けた。

 

 正成の手札:4→3→5/ゲージ:3→2/ライフ:5→4

 

 逆境を覆せる可能性があるカードが手札に。しかし、それを出すには少々厄介な事がある。

 正成に迷いはなかった。躊躇う間もなく、宣言する。

「ゴーレムを押し出して、ドラムをライトにコール」

 声は至って平然、顔も申し訳なさも何もなくただ冷静に前を見ているだけ。「ゲージ2払って、デッキの上から1枚をソウルイン」機械の巨人兵は消え。右腕に巨大なドリルを携えた竜が、再び姿を現した。

 

 正成の手札:5→4/ゲージ:2→0/正成:咢/ライト:アーマナイト・ゴーレム→アーマナイトドラム

 

「大分、待たせたな」

「問題ねえよ。それより、マサ、楽しんでんだろ?」

「状況が状況じゃなきゃ、心置きなく楽しめたんだがな」

「変わんねえな、そういうところ」

 ドラムはにやりと笑い、愉快げに喉を鳴らす。正成の些細な変化を感じ取ったからだろう。逆境を、バディファイトを純粋に楽しんでいる彼にドラムもまた信頼を寄せていた。

「バディファイトは遊びだ。遊びは本気で楽しまなくちゃ、損だろ」

 僅かに声を弾ませ、言葉を継ぐ。「もっとも命を賭ける危険な遊びではないがな」現在の状況に対する皮肉のような物言いで正成は述べた。現状、システムに介していないサライの攻撃は、命を脅かしている。命を賭ける勝負、強者との勝負を楽しむ者であれば、気兼ねなく楽しんでいた事だろう。

 けれど、正成は違った。どんな状況であれ、純粋にファイトを楽しんでいる。場合によっては、心行くまで楽しむ事はできないが、それでも楽しんでしまう。本気で楽しまなければ、損。だから、劣勢だろうと笑っていられるのだ。

「キャスト、〈超力充填〉。ライフ1払って、ゲージを+3」

 正成の手札:4→3/ゲージ:0→3/ライフ:4→3

 

 気持ちを切り替え、改めてファイトと向き合い、魔法を使う。枯渇していたゲージがたちまち潤い、準備が整っていく。

「ドラムの能力を使う。ゲージ2払って、手札1枚捨て、俺とドラムの打撃力を+3だ」

 真紅のオーラがドラムや正成の身を包む。ドラムの筋肉は肥大化し、巨木のような太い手足と変貌。ドリルも調子よく回り、ブースターは空気をさらに焼いて快調を示した。

 

 正成の手札:3→2/ゲージ:3→1

 正成:咢/打撃1→4

 ライト:アーマナイト・ドラム/打撃2→5

 

「なら、こっちも【対抗】でハーモニルの能力を使うわ」

 すかさず、サライは【対抗】を使う。「ハーモニルをドロップゾーンに置いて、ゲージ1払い、アーマナイト・ドラムの打撃力を2点減らすわよ」ハーモニルが消失した後、ドラムのドリルが発する音が先程より鈍くなった。それでも景気良く甲高い音を立てており、そこまで不調ではない。

 

 サライのゲージ:3→2/レフト:ハーモニル→なし

 正成のライト:アーマナイト・ドラム/打撃5→3

 

 打撃力を下げられ、さらに苦しくなる。それでも正成が動揺している様子はなかった。

 まだ手が残っている。やれるならやるしかないと、心に熱き闘志の炎を絶やさず燃やし続ける正成に、「諦める」という言葉はない。

「キャスト、〈暴連撃〉。このターン中、ドラムに[2回攻撃]を与える」

 正成の手札:2→1

 ライト:アーマナイト・ドラム/[2回攻撃]

 

 さらにドラムの筋肉は膨れ上がり、ドリルやブースターも絶好調と言わんばかりに音を発する。真紅のオーラも色濃くなり、光り輝く。

「アタックフェイズ」

 正成は語気を強めて宣言。「ドラムでセンターにアタックだ」指示を受けたドラムは、ブースターを最大限に開放し、突貫する。真紅のオーラが尾を引いて、まるで流星、いや隕石とも呼べる勢いで肉薄していく。

「キャスト、〈光の翼〉。ゲージ1払い、受けるダメージを0に減らして、私のライフを+1」

 サライの手札:2→1/ゲージ:3→2/ライフ:6→7

 

光の翼

霊界裁判

種類:魔法 属性:裁霊/光

■[使用コスト]ゲージ1払う。

■【対抗】そのターン中、次に君に与えられるダメージを0に減らし、君のライフ+1する!

「柔らかい光の翼が彼らの身を守る盾でもある」

 

「と言っても、破壊は免れないから、[ソウルガード]よ」

 サライの背後から出現した光の翼が彼女の身を包み込んで防ごうと試みる。ドリルの切っ先が翼に接触。

 すると、ドリルの勢いは失速していく。それでも彼女の肉体を貫かんと突き進むが、充分な推進力はない。

 構わず突き出すが、サライの体は捉える事はできず、空を切った。けれど、ルール上はサライのソウルはドロップゾーンへ送られる。

 

 サライのセンター:サライ(ソウル:1→0)

 

「もう一度、ドラムでセンターにアタックだ。ぶち抜け、ドラム!」

「おうよ、任せとけ! ドリル・ラム・ブロークン!!」

 ドラムは体を大きく捻り、右腕を極限まで引く。張り詰めた弓の弦から放たれた矢の如く、鋭く突き出されたドリルは唸りを上げ、空気を貫いて破裂音を轟かせる。

「仕方ない、下がるわ」

 今度は身を守るものがないサライは、大きく後退。ドリルの切っ先は僅かにドレスに触れる。一切傷をつけられないのは、ドラムのドリルは実体化していないから。システムにより、ドラムは精巧な立体映像として顕在したに過ぎない。

 それでも衝撃という衝撃は襲ってくる。サライは受ける衝撃が如何なるものだと想像できている故か、嫌って大きく回避していた。だが、モンスターとしてのサライは破壊されるし、ダメージも入る。

 

 サライのライフ:7→4

 センター:サライ 撃破!

 

「なぁ、一つ聞いて良いか?」

 正成は次の攻撃に移らず、今まで一番気の抜けた声で問いかけた。まだ手札が1枚あるとはいえ、前のターンで決める予定だったという節を思い出し、恐らく防御札ではないと見当をつけている。

 だから、ファイトの決着が見えた今、訊ねれてみたのだ。今の今まで、訊くべき事を訊いてなかったのもあるが。

「何かしら?」

 特に憤慨する事もなく、サライは耳を傾ける。手札を見る赤い瞳は、諦観のようなものを宿していた。

「何故、カスミを狙っている?」

「それ、今訊く?」

 呆れたようにため息を吐いた後、サライは返答する。「その子が逃げ出したからよ。私は連れ戻しに来たに過ぎないわ」極めて冷淡な声音。今まで聞いた中で冷たく、聞いている者が凍えそうな印象を覚えさせる。「後は、その子に聞いてみたら?」サライは細長い指でカスミ達の方を指差した。

 視線を示した方へ向けると、花陽の腕の中で震えているカスミの姿を認める。彼女をなだめるように、花陽や凛が優しく声をかけるが、体の震えは収まる気配は一向にしない。カスミの酷く怯えきった顔が目に焼き付く。

「お前、あの子に何をした?」

「別に何もしてないわ。連れ戻しに来ただけよ」

「何もしてねえ訳がねえだろ! あんなに怯えてんだぞ!?」

 話を聞いていたドラムが義憤を爆発させ、声を荒げた。双眸には嚇怒(かくど)の炎が燃え上がり、眼光鋭くサライを睨みつける。

「ドラム、少し黙れ」

「マサ!」

「良いから、黙ってろ」

今にも飛びかかりそうなドラムを制し、「それにしては、手荒な真似をしてたな」正成もまたサライに負けず劣らずの凍えるような冷たい語調で返した。

「だって、交渉が決裂したんですもの。仕方ないわ」

「いきなり引き渡せと言われて、渡す奴がどこにいる」

「素直に他人の言う事を聞けない人は、嫌われるわよ」

「お前に嫌われても問題ない。元々、仲良くする気もないしな」

 容赦なく言い放たれた言葉に対し、サライは肩を竦め、「同感ね。私もあなたと仲良くする気なんてないもの」シニカルな笑みを浮かべて言い返す。「話はそれだけ?」これ以上、話す気はないようだ。

「今はそれだけだ。後でたっぷりと話してもらうからな」

 相好を厳しくし、咢を構える。「俺でトドメだ」地面を強く蹴り出し、疾走する。身に纏った真紅のオーラにより、赤い弾丸そのものと化して、駆け抜けていく。鈍重、緩慢……それらの言葉とは無縁な動きで肉薄。そして、赤い槍を突き出した。一閃は空気を突き破り、そのままサライの肉体も貫かんばかりに(はし)る。

「潮時ね」

 言葉短めに呟かれた彼女の言葉が耳朶を打つ。すると、空間が歪む。

 逃げられる――察した正成は舌打ち。人智を超えた力は、人間である彼の手ではどうする事もできない。

 ライフを削りきったが、肝心の相手は歪んだ空間の向こう側へと遁走してしまった……。

 

 サライのライフ:4→0

 

WINNER:鉄正成




 今回はオリジナルフラッグの初お披露目回でした。
 ……私が回すより他の人が回した方が盛り上がるんじゃね?って、書いていて思ったのは内緒()

 それはさておき、いよいよ物語も佳境に入ってきたなぁ~と思います。
 元々短編1話として流す予定だったので、もうそろそろ終盤です。
 大した盛り上がりを見せている訳ではないですが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

 では、今回はこの辺りで筆を休めます。感想や活動報告のコメントもお待ちしています。


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第5話:奇跡的な再会

 覿面(てきめん)の相手が姿を消して、数秒間、正成は虚空を睨みつける。そして、右手に握り締めていた咢の具現化を解いた。

「くそっ、逃げ足が速い女だぜ」

 ファイトが終わり、小さくなったドラムは毒気づく。義憤で顔が歪んだままだ。やはり、カスミの事が気がかりなのだろう。

 正成もドラムに賛同して頷き、「今はそれよりもカスミ達の方だ」彼女らの方へ向かって歩き出す。ファイトが終わった後もカスミは怯えており、花陽に抱かれたまま。花陽はカスミと正成を交互に見て、眉尻を下げて心配そうな表情を浮かべている。凛も花陽の隣に立ち、愁眉を寄せていた。

「大丈夫か?」

「私達は大丈夫です。カスミちゃんが……それに鉄さんも」

「俺の事は良い。優先すべきはカスミの方だ」

 正成は花陽の気遣いを一蹴し、片膝を屈してカスミと目を合わせた。「安心しろ、あいつはもういない」真っ直ぐな瞳が、カスミの双眸を射貫く。「もし、奴がもう一度来ても守ってやる」嘘偽りなく告げた言葉。現に守れる力を持っている自分だからこそ、彼女達を守らなければならないという責任感が正成を突き動かしていた。

 彼の言葉を聞いたカスミは、少しだけ恐怖心が和らいだのか、強張っていた顔が僅かに緩む。

 彼女に訪れた次の感情は、悲しみだ。涙を目尻に溜め、焼け焦げた正成のジャケット、肌が一番露出している左肩に触れる。火傷こそは軽傷だが、自分の為に体を張った結果だと思うといたたまれないのだろう。幼いながらに正成を思いやる。

「心配するな。こんなの大した事ない」

 カスミの手を遠慮なく払い除け、正成は立ち上がった。「一張羅(いっちょうら)を駄目にされたのは、腹立たしいけどな」左肩の方を見て、淡々と言葉を吐く。頭の片隅では、次会った際は修繕費を要求してやると意気込んでいた。服にこだわりがある訳ではないが。

「鉄さん……それはあんまりじゃないですか」

 花陽はカスミから腕を離し、正成と対面する。「もっと自分の身を大切にしてください!」普段の甘く優しい声音を発している姿が嘘のように思える程、乱暴で強い語気で言い放つ。

 流石に予想していなかったのか、正成は目を開いて驚く。と同時に、別におかしな事を一つも言ってないと思うが、どうしてだろうと疑問符を浮かべた。

「カスミちゃんも私も凛ちゃんも凄く心配して……」

 今にも泣きそうな思いを堪えているのか、声が震えているものの、「それで怪我までして、カスミちゃんが気にかけているんですよ!」さらに語勢を強めた。

「いや、これは怪我の内に入らないだろ」

 彼女の切実な願いを一言でバッサリと吐き捨てる。火傷したとはいえ、軽傷。多少の痛みは走るものの支障はない。ならば、今は放っておいても良いだろうにと。

「入ります! ちょっと罰当たりだけど、手水舎で冷やしますよ!」

 無理やりでも手を引いて誘導しようとする花陽。けれど、彼我の比は歴然。筋骨逞しい体格をしている正成を引っ張っていけるはずがない。それでも花陽は意地でも連れて行こうと、体全身を使って動かそうとする。

 面倒だと思った正成は振り解こうとした。ただ怪我させる可能性が高い為、できれば周りが止めてくれればと願い、彼女の親友や相棒へ視線を送る。しかし、彼の願いは届く事はなかった。

「凄い……かよちんが強気だにゃ……」

 凛は意外と強情な花陽の姿を見て感嘆の言葉を呟き、ドラムに至っては「マサ、その子達の心配はもっともだ。受け入れろ」諦めるように促している。

 二人の様子から正成は観念して、花陽に従う事にした。それよりも探るべき真相が目の前にあるというのに。

 辟易とした表情で空を仰ぐ。雲は神田明神に訪れる前よりも厚くなり、やがて雨が降った。

 

 雨が降り出した事により、一行は大急ぎで屋根がある所へと駆け込む。ハンカチやタオルなどで水滴を拭き取り、雨が降り止むまで待つ事に。

 肉体的な疲れや精神的な疲れの影響か、誰もが無言になり、雨音だけが場を支配していた。

「カスミ、お前に聞きたい事がある」

 しばらくした後、沈黙を破ったのは正成の一言。真剣な眼差しでカスミを見つめ、「あの女の事、知っているな?」淡々とした口調で問いかける。紫檀(したん)の髪から雫が一滴零れていく。

 あまりにも容赦のない質問。ドラムは眉を(ひそ)め、たしなめようと口を開いた瞬間、カスミが声を発した。

「知っている」

 絞り出すように言葉を続ける。「あの光を見て、全部思い出した」精一杯伝えようとする気持ちが震えた声音から滲み出て、告白をより重たいものとした。あの光とは、恐らくサライが放った熱線の事だろう。

「そうか。なら、全部話せるか?」

「おい、そんな急に話せる訳ねえだろ」

「その通りだな。全く人の意見を聞き入れん奴め」

 花陽の傍らにドーン伯爵が姿を現す。「誰もが、お前のように強くないと何度言ったら分かるのだ」刺々しい語調で(そし)り、睥睨(へいげい)していた。

「まだ二度目しか言われていないぞ」

「細かい回数など、どうでも良い。大事なのは、お前が人の話を素直に聞く事だ」

「話は聞いている。話せなきゃ、話せないで別に問題ないし、急かした覚えはない」

 ハッキリと主張する正成にドーン伯爵はため息を吐く。「どうやら直々に教え込まねばならぬようだな」目つきはさらに鋭くなり、怒気を発していた。一触即発のような雰囲気が漂う中、花陽の一声が間に割って入る。

「カスミちゃんなら、大丈夫だって……」

 先程、正成を凄まじい剣幕でまくし立てた人物とは同一人物思えない程、弱々しい声音。「だから、カスミちゃんのお話を聞きましょう?」視線はドーン伯爵の方へ向けられ、優しく伝えた。

 こればかりはドーン伯爵も強く言い出せず、喉から出そうになった言葉を飲み込み、首肯する。全員の注目はカスミへと向けられた。

「カスミちゃん、ゆっくりで良いからね?」

 花陽の気遣いに「ありがとう。でも、大丈夫」と返し、カスミは改めて正面を見据えた。一拍置いた後、これまでの話を語り出す。

 

 カスミ――もとい、小田(おだ)架純(かすみ)は一年前まで一般家庭で育ったごく普通の少女。父親と母親、母親のお腹の中にいる弟が彼女の家族で、生まれてくる弟の顔を楽しみに日々を過ごしていた。

 けれど、運命は残酷なもの。父親に連れられ、国府津(こうづ)海岸へ赴いた時、大霊災に巻き込まれたのだ。時空の歪みによって、架純はダンジョンワールドへ放り出され、宛てもなく彷徨う羽目に。

 家族に会いたい一心で帰る手段を模索していたが、願い叶わず、誰にも助けられる事なく力尽きてしまった。

 死んだ後、見慣れぬ世界にいたと言う。それが霊界、全ての生命が終わりを迎えた先に辿り着く場所。最後の審判を受けるべく死者の魂が集っていたのだ。

 まだ子供である架純が現状を理解する事も受け入れる事もできない。とにかく家族に会いたいと脱走し、追いかけられる過程で、サライの熱線が視界に入った。彼女が放った熱線が掠めた影響か、記憶が混濁してしまい、<三角水王 ミセリア>と出会うまでの記憶は曖昧にしか覚えていない。

 だから、どうしてミセリアの元へ行けたのかは分からないのだ。また彼が好意的に協力した理由も不明。

 確実に言えるのは、ミセリアの力で今こうして肉体を得ている事だけ。それも一日だけという限定付きで。

 力を借りて人間界に戻ってきたは良いものの、今いる場所が分からず途方に暮れていた。困り果てていたところを、花陽と凛に声をかけてもらい、今に至る。

 

 架純が語り終えると、再び雨音だけが響く。だが、先程よりも勢いが弱くなっており、止みそうな兆しが見えてきた。

「架純ちゃんは、家族に会いたい?」

 開口一番、花陽は甘く優しい声音で訊ねる。話を聞いていれば、答えなどすぐに分かるはずだが、それでも訊ねたのはこれからの目的を確認する為だろう。切実な願いを叶えてあげたいと紫の双眸に強い光が宿っていた。

「うん、会いたい」

「じゃ、決まりにゃ!」

 架純の返事を聞いて、凛が元気良く言う。「善は急げにゃ~!」走り出そうとするが、ドラムの声で止められた。

「おいおい、待てよ。ここから家の場所とか分かるのかよ?」

 至極当然の疑問。架純がこの周辺に親しんでいたら、問題はない。けれど、そうでない場合だってあるのだ。

 それにまだ彼女は小学生。家が近くとも親が許さず、行動範囲を狭められいる可能性だってある。

「ここまで来た事ないから、分からない」

 首を横に振り、架純は答えた。これでは探しようもないのではないかと落胆が空気に染み渡っていく。

「打つ手なしじゃねえかよ」

 一際、肩を落とすドラム。ほぼ手がかりは消えたに等しい。警察の力を使うという案もあるのだが、全員口に出さないのは先程の出来事があってだろう。だからこそ、何も意見が出ず、時間ばかりが過ぎていく。

「いや、手はまだあるぞ」

 今まで口を閉じていた正成が提案する。「国府津(こうづ)海岸に行けば、親父さんがいるはずだ」翡翠の瞳に迷いはなかった。

 そこに手がかりがあると信じているから。

「何で分かるんだよ? 根拠は?」

 胡乱げな様子でドラムが返す。確かな証拠はどこにもない。当てずっぽうで行って徒労で終わった場合は、目も当てられないなのは明白。

「勘だ。いなくなった所から捜すと思ってな」

 行方不明になった家族を見てきた経験から、一番多い傾向を挙げる。バディポリスに入隊した当初は、まだ霊災の爪痕が深く、新人だった正成も行方不明者の捜索に参加していた。

 大体は最後に別れた場所から捜索が始まる為、もし架純の父親も彼女を捜しているのならば、まずは国府津海岸ではないかと推察。あくまで勘が当たっていればの話だが。

 また誰もが口を閉じる。今度はそれしかないのだろうと自分の頭で納得する為だろうか。沈黙は僅かだった

「ここにいるよりかは良いだろう」

 落ち着いた声音でドーン伯爵が切り出し、「国府津海岸へ向かおう。時間も残り少ないだろうからな」重々しい響きで国府津海岸へ赴く事を推す。反対の声はなく、全員首肯して歩き出した。

 しかし、架純だけは表情を曇らせている。彼女の様子に気付いた正成は、真っ直ぐな眼差しで話しかけた。

「安心しろ、必ず家族の元へ送り届けてやる」

 双眸には強い決意を宿らせ、決してブレない光が一筋走る。彼の表情を見て、不安が取り除かれたのか、架純は相好を崩して頷く。

 正成は架純の顔が晴れやかになっていくのを見た後、視線を進行方向へ。先程と打って変わって、翡翠の瞳は悲しげに夕焼けの過去を映し出していた。そこにはかつて隣にいた大切な人が――。

 誰も彼の心中に気付く事なく歩を進める。雨は止み、少しずつ雲は薄くなっていた。

 

 

 神田明神から電車と徒歩で国府津(こうづ)海岸へ到着。人がいない分、ゆっくりとした時間が流れているよう。

 人影を求め、彼らは目を凝らすと、一人の男性の姿が見えた。身長は正成よりも低く、体も細い。着ている服は汚れていないが、少しくたびれている。とても憔悴(しょうすい)しきっている様子で辺りを見渡しながら、海岸を彷徨っていた。

 男性を見た瞬間、架純は大きく目を見開き、目一杯に彼を視界に収めようとする。そして、駆け出した。

「お父さん!」

 大声で呼び、男性の元へ駆けつける。正成達は敢えて追わず、彼女の背を見守るだけ。

 架純の呼びかけに男性は振り向き、目を合わせ、向かってくる彼女を抱き留めた。目尻に涙を浮かべて、大切そうに架純の事を抱き締めている。恐らく、父親で間違いないだろう。

 親子の会話にしばらく眺めていた正成達だが、架純に手招きした事により、輪に入る。

「娘がお世話になったようで……」

「世話したな」

「そこは謙虚に慎めよ」

 正成のストレートな返しにドラムがたしなめた。一応、正成なりの冗談のつもりなのだが、彼の無表情な顔と淡々とした語調が合わさって本気か冗談か分かりづらい。ツッコミを入れられても当然だろう。

 二人のやり取りに男性はただ苦笑いを浮かべるだけ。反応に困っているのが見て取れる。しかし、気を取り直して「でも」と話を続けた。

「娘とこうして再会できたのは、あなた方のおかげです」

 そう言って父親ははにかみ、一礼する。彼が礼の言葉を述べると花陽と凛は謙遜(けんそん)な態度で遠慮し、再会できて良かったという意の言葉を返した。

 平穏なひと時が流れる海岸。これで無事に目的を果たせたと、誰しもが思っていた。けれど、事は簡単に終わらせてくれない。

 雲がまた厚みを帯び、周囲が暗くなっていく。急激に天候が怪しくなってきた事に不審がる全員。外気も冷え、一番薄着である架純が肩を抱えて震える。父親が着ていた上着を架純へかけ、彼女を温めた。

 特別軽装ではない花陽も凛も「寒い」と口に出し、自分の上腕を摩る。凛に至っては寒がりなのか、体を震わせていた。

 この異常気象に正成は空を見上げて、睨みつける。視線の先で空間を歪み、男女二人が姿を現した。

 女性は濃紫のドレスを身に纏い、長い銀髪を靡かせ、血のように赤い瞳が正成達を射貫く。――先程、神田明神で交戦したサライだ。彼女は口の端を不敵に吊り上げ、双眸がリベンジに燃えているように強い光を放つ。

 サライの傍らに立つ男性は金髪碧眼で彼女と似た端正な顔立ち、黒のウエストコート姿という出で立ちだ。風が切り揃えられた金髪を撫でていく。やや目尻がタレており、柔和な笑みと合わさって穏やかそうに見える。

「君達が件の問題児かい?」

 砂浜に降り立ち、開口一番、男性の声音が響く。男性の周囲から冷たい空気が流れ、急に場が冷えた原因が彼だと判明する。

 正成は男性と架純達の間に割って入り、彼女達を庇うように立ち塞がる。眼光は鋭く、男性を威圧するように睨めつけていた。

「何だい、君は?」

「お前と会話する気はない。とっとと消えろ」

「ほう、僕達に対して、そんな物言いをするんだね」

「家族水入らずの間を壊した奴に、それ相応の対応をしているだけだ」

 憮然とした態度で対応しつつ、右手に意識を集中させる。もし、万が一の事があれば、力を使わざるを得ない。

 武力行使は気が進まないが、手段が選べないのは明白。やると決めたら、遠慮しないだけ。

「兄様、あいつが邪魔した奴ですわ」

 男性と正成の会話にサライが加わる。「さっきはよくも邪魔してくれたわね」正成を睨みつけ、敵意を剥き出した。

「女の子を誘拐しようとしたのを止めただけだ」

「そうか、君がサライを……許せないね」

 兄様と呼ばれた男性は、話を聞いていく内に整った眉根を寄せ、目つきを鋭くさせる。冷気もさらに強くなり、周りを凍えさせていく。彼の怒気を表しているかのよう。

 しかし、正成は眉一つを動かさず、毅然とした態度で言い返した。

「お前の妹、誘拐未遂だぞ? 肉親ならきちんと教育しろ」

「黙れ、禽獣。僕らの事を知りもしない畜生めが」

 にこやかな表情から一変し、憤怒の形相を浮かべる男性。「今からお前の魂も直々に裁いてやる」左手に冷気を集め、少しずつ氷弾を作り上げていく。

 危険を察知した正成は背後にいる架純の父親を一瞥し、「あんたは邪魔だ」言葉短めだが、突き放すように言った。

 最初、何を言われたのか分からなかった父親は、「一体何が……」困惑気味に聞き返す。だが、正成は答えない。

「ここはオイラ達に任せて、逃げろって事だよ」

 代わりに答えたのはドラムだった。「花陽達もな」彼女達にも目を向け、避難を促す。ドラム自身も元の背丈に戻し、臨戦態勢に。「伯爵、頼んだぜ」花陽の傍らにいる老紳士にも声をかける。

「言われなくとも」

 ドーン伯爵は先に小田親子を避難するように言い、花陽達にも逃げるように伝えた。けれど、花陽は立ち止まり、不安げな様子で正成を見つめる。

「何をしている。お前も邪魔だ」

「でも……」

 容赦ない一言を浴びせられても動かないのは、神田明神の事があるからだろうか。「かよちん!」凛が手を引いているが、動こうという気配がしない。

「心配すんなよ。オイラ達は、曲がりなりにもバディポリスなんだぜ?」

「さっきみたいに怪我をしたら……」

「そんな事よりも自分の身を大切にしろ。あの子と約束、したんだろ?」

 正成の一言でハッと我に返る花陽。「……鉄さん、信じています」後ろ髪引かれる思いが分かるぐらい心配そうな語調をしていたが、彼女も凛に連れられる形で走っていく。

「逃がすか!」

 男性が氷弾を親子に向けて放つ。だが、先に反応したドラムが右腕を振るい、頑丈なドリルの装甲で弾いた。

 間隙を縫って、正成は右手から赤い槍――〈如意槍 咢〉を具現化させ、男性へと肉薄。目の前を遮るように熱線が横切り、間一髪のところで後退して躱す。

「その槍……そうか、貴様、“カティヴム”だな?」

 柔和な青年の姿はどこかへと消え、口調も強くなり、男性は妹と負けず劣らずに不敵な笑みで話す。「過去に囚われた弱者め」罵詈を浴びせた。

 それに対し、正成はただ無言を貫き通すだけ。翡翠の瞳は強靭な意志を示すかのように光を強く宿している。言われる筋合いなどないと訴えかけるように。

「禽獣に言葉は持たないか」

「幼気な女の子に執着している奴なんかに、マサがまともに取り合うと思うか?」

 ドラムが口を開く。「お前らに残されている選択肢は二つ」左手を前に出し、二本の指を立てて、「オイラ達に串刺しされるか、諦めて霊界に帰るかのどっちかだ」冷酷な眼差しが彼らを射貫いていた。

「霊界か……貴様らが勝手につけた略称だな。実に不愉快だ」

「そうね、兄様。天霊裁界をそんな風に縮められるなんて、最悪だわ」

「気が短けぇし、細けぇ事ばかり気にする奴らだな」

「それだけ、僕らが誇りを持っているという事だ。覚えおけ、禽獣」

 男性が凄んで返すが、ドラムは肩を竦めるだけ。正成と目を合わせると、彼も片眉を上げるだけで特に大きな反応はない。余程、どうでも良い話だからだ。

「っつか、何でお前らがマサの能力について知ってんだよ?」

 霊界よりも気になる事があるドラムは質問を投げかける。「カティヴムとか洒落た名前まで付けやがって」からかい半分も含めて、付け足す。

「僕らが知らない事があるとでも?」

 流麗な眉を片方だけ上げ、男性は嘲笑う。隣にいるサライもせせら笑っていた。

「私達はありとあらゆる知識を吸収しなくてはいけないのよ」

「だから、禽獣の能力だって知っているのさ」

「機械を通さず、力を具現化する過去に囚われた弱き者達……それがカティヴムだわ」

「くそどうでも良い話だったな。聞いて損したぜ」

 自分から訊ねておいて、彼らの返答を一蹴するドラム。辟易とした表情を浮かべて、鬱陶しそうな声音で返す。

「それで、どうするんだ? このまま串刺しになるか?」

 ようやく正成が口を開く。あまりにもつまらない話を聞かされて、うんざりしている為、不機嫌そうな語調で言い放つ。

 自分の能力について、何かしら新しい知識を得られるかと耳に傾けたは良いものの、既に知っている知識だったからだ。

 聞いていく内に体を撓ませ、いつでも動ける状態を作り、その時を待つ。

「直接戦うのも良いが、それでは僕らも酷く消耗してしまう」

「って事は、バディファイトか?」

 にやりと笑い、ドラムはドリルのエンジンを噴かす。ドリルは調子良く回転し、甲高い音を発していた。

「ああ、そうだよ。少々、癪だが、カティヴムが相手なら話は別だ」

 苦虫を噛み潰したような顔で男性は言う。「サライを傷つけたんだ。貴様にも同じ苦しみを味合わせてやる」怨嗟を吐き出し、負の感情を爆発させた。

「俺の方が大変だったんだけどな」

 正成は口の中で呟く。実際、命の危機を何度も晒されていた。ドレスが少し破けたサライより、人間である正成の方が重傷なのは確かだろう。だが、これを言ったところで彼らに伝わる事などない。気持ちを切り替え、正面を見据える。

「二対一か? 霊界の使いも随分と効率の良い手を使うんだな」

「違うな。僕一人の方が効率が良い」

「兄様、力を貸しますわ」

「ああ、僕達兄妹の力を見せつけてやろう」

 そう言うとサライはカード化し、男性の手元に収まった。男性は光の球体を呼び出し、サライのカードを中へ入る。

 正成もデッキケースのシステムを起動させ、ファイトの準備をした。

「そうだ、言い忘れた事がある」

「何だ?」

「僕の名はアブハム。悪しき魂を裁く天霊裁判官だ」

 静かな海岸で人間と天霊が激突する。――互いの信じる正義を押し通す為に。




 次回の更新は明日17時の予定です……まだ書き終わっていないので、間に合わない可能性が大きいのは、了承していただけると幸いです。
 むしろ、ここまで書き溜めた事を褒めて……。

 では、今回はこの辺りで筆を休めます。感想や活動報告のコメントなどお待ちしています。


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第6話:勝利に忠誠を尽くす

 どうも、巻波です。この度は、完成が間に合わず更新が途絶えてしまった事、誠に申し訳ございませんでした!

 とりあえず、この短編のラストファイトです。大して盛り上がるような仕上がりになっていると思えませんし、バディファイト小説で稀に見る泥仕合と化しています。

 それでも読んでやるぜって方は、本編へどうぞ。では、後書きでまた会いましょう。


「悪しき魂を裁き、この手で導いてみせよう。ルミナイズ、『断罪天裁』」

「言葉などいらない、示すは力のみ。ルミナイズ、『フォルティス・カルディア』」

二人は落ち着いた声音で「オーブン・ザ・フラッグ」と言い、それぞれフラッグを公開する。互いのフラッグは、潮風ではためていた。

「霊界裁判」

 アブハムの手札:4/ゲージ3/ライフ:10/バディ:天霊裁判官 アブハム

 

「デンジャーワールド」

 正成の手札:6/ゲージ2/ライフ:10/バディ:アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン

 

「先攻は僕がもらうよ」

「好きにしろ」

 素っ気なく返されてもアブハムは気にせず、自分のターンを行動する。

「僕のターン。チャージ&ドロー」

 アブハムの手札:4→3→4/ゲージ:3→4

 

「ライトに〈天霊裁判官 カイン〉を、レフトに〈天霊裁判官 アベル〉をコール」

 アブハムの手札:4→2/レフト:天霊裁判官 アベル/ライト:天霊裁判官 カイン

 レフト:天霊裁判官 アベル/サイズ1/攻2000/防2000/打撃1

 

天霊裁判官 カイン

霊界裁判

種類:モンスター 属性:裁霊/火

サイズ1/攻3000/防2000/打撃2

■君の場に「天霊裁判官 アベル」がいるなら、場のこのカードの打撃力+1!

■[起動]【対抗】“天裁処刑”ゲージ1払ってよい。払ったら、相手の場にいる攻撃力2000以下のモンスター1枚を破壊する。「天裁処刑」は1ターンに1回だけ使える。

「かつては憎悪の対象だった弟とともに、今は手を取り合って使命を全うしている」

 

 両サイドに顔立ちがよく似た青年が二人並び立つ。アベルが緑髪に緑瞳で細身に対して、カインは赤髪に赤瞳で筋肉質かつ大柄だ。そして、剛拳を示すように掌に拳を打ちつける。重々しい響きを轟かせた。

「アベルとカインの効果を発動」

 二人の体をそれぞれ自分達のイメージカラーと同色のオーラが包む。「アベルはカインがいる事で攻撃力と防御力を+2000」アベルの周りに緑のオーラが漂い、舞う風が強さを増していく。「カインはアベルがいる事で打撃力+1」カインは炎のような赤いオーラを纏い、拳から激しい炎を出していた。

 

 アブハムのレフト:アベル/攻2000→4000/防2000→4000

 ライト:カイン/打撃2→3

 

「さらにセンターに〈天霊獣 ハーモニル〉をコール」

 アブハムの手札:2→1/レフト:アベル/センター:天霊獣 ハーモニル/ライト:カイン

 センター:天霊獣 ハーモニル/サイズ0/攻2000/防2000/打撃1

 

 サライとの対戦でも姿を現した白い獣が再び牙を剥く。低い呻り声が響き渡り、相変わらず敵意を体全体から溢れ出していた。

 ハーモニルの様子に正成は可愛くないなと思う。そこまで嫌われるような事ををした覚えはないのだが、ファイト中だから仕方ないのかもしれない。もうちょっと可愛げがあれば良いのに。

「キャスト、〈天霊の閃き〉」

 正成の意中をよそにアブハムは続ける。「ゲージを2枚増やし、手札が0枚になったからカードを2ドロー」ゲージを増やし、手札も枯渇する事なく、枚数を保つ事ができた。

 

 アブハムの手札:1→0→2/ゲージ:4→6/ドロップ(裁霊の種類):0→1

 

「続けてキャスト、〈開廷準備〉。ゲージ1払って、カードを2枚ドロー」

 手札はさらに増える。ゲージもまだ余裕そうに感じられるのは、最初の枚数が多いだけではなく、ここまで消費する事なく増やす一方だったからだろう。それだけ、ゲージの消費が激しいデッキとも見て取れる。

 

 アブハムの手札:2→1→3/ゲージ:6→5/ドロップ(裁霊の種類):1→3

 

開廷準備

霊界裁判

種類:魔法 属性:裁霊

■[使用コスト]ゲージ1払う。

■カードを2枚引く。「開廷準備」は1ターンに1回だけ使える。

「これから裁判を始めます。魂が逃げ出さないように、拘束してくださいね?」

 

「では、アタックフェイズ。カインでアタック」

 指示を受けて、カインは猛烈な勢いで正成へと迫り立てていく。真っ赤に燃える炎を右拳に宿し、大柄な体格とは見合わない程に軽快な動きで肉薄。唸りを上げながら、右拳を叩きつける。

「キャスト、〈豪胆逆怒〉。受けたダメージ分の枚数をゲージに置く」

 正成も真紅のオーラを纏い、飛来した炎の鉄拳を咢の柄で受け止め、弾き返した。受け止めた手に少し痺れを感じるのは、カインの拳がそれだけ重かったという事。生身で受けていたら、内臓を潰され、焼き殺されたところだろう。

 相手のターンになると一瞬も油断できない。大きく息を吐いて、体勢を整える。

 

 正成の手札:6→5/ゲージ:2→5/ライフ:10→7

 

「僕もキャスト、〈御霊の処刑〉。カインが与えたダメージ分の枚数をゲージに置く」

 アブハムも魔法を使い、ゲージを多く増やす。3枚もゲージに置けるのは大きい。これでゲージに困る事はないだろう。

 しかし、序盤からこれだけゲージを溜めるのは、逆に腐る可能性もある。またゲージ消費を抑えるアイテムもあるのは、先程のサライ戦で確認済み。それだけの枚数をどうする気だろうか。

 

 アブハムの手札:3→2/ゲージ:5→8/ドロップ(裁霊の種類):3→4

 

御霊の処刑

霊界裁判

種類:魔法 属性:裁霊/チャージ

■君の場の《裁霊》が相手にダメージを与えた時に使える。

■【対抗】君はその相手に与えたダメージと同じ数値分、君のデッキの上からゲージに置く。

「っで、こいつが今回の処刑対象か?」

 

「ターンエンドだ」

 アブハムの手札:2/ゲージ:8/ライフ:10/レフト:アベル/センター:ハーモニル/ライト:カイン

 

「俺のターンか。ドロー、チャージ&ドロー」

 正成の手札:5→6/ゲージ:5→6

 

 手札を眺める。思考を張り巡らすが、一瞬間だけ。迷いなく行動する。

「まず、〈如意槍 咢〉を装備」

 正成の手札:6→5/正成:如意槍 咢

 正成:如意槍 咢/攻6000/打撃1

 

 元々持っていた咢だが、改めて誇示。血で染まったが如く赤い槍、竜の顎のような穂先、無駄な装飾は一切ない質実剛健な造りが如何にもデンジャーワールドらしい。

 手馴染んだ感触を確かめる。人が扱うにはそれなりに重いが、かつて日本で使われた槍と比べたら軽い方だろう。頑丈そうだという印象を何となく覚えせていた。

「キャスト、〈裂神呼法〉。ゲージ1とライフ1払って、カードを1枚ドロー」

 無造作にカードを引き、「咢を装備しているから、さらにもう1枚引く」覿面にいる相手のモンスターを睨みつけながら、もう一度カードをドローする。突破するには難しくないと思考しながら。

 

 正成の手札:5→6→7/ゲージ:6→5/ライフ:7→6

 

「ライトに〈アーマナイト・イーグル〉をコール」

 装甲を纏った鷹が少しばかり気を沈んだ様子で出てくる。もはや自分の運命が分かっているのだろう。瞳には諦観を表していた。好戦的で勇ましい姿はどこにもない。

 

 正成の手札:7→6/正成:咢/ライト:アーマナイト・イーグル

 ライト:アーマナイト・イーグル/攻4000/防1000/打撃1

 

「〈アーマナイト・アスモダイ〉をレフトにコール」

 遠慮、容赦、慈悲など正成自身の中にないだろうか。「ゲージ1払い、アーマナイト・イーグルをドロップゾーンに置く」特に感情を込めず、淡々と告げた。

 アーマナイト・イーグルは悲鳴すら上げず、諦めたような表情で受け入れ、消失する。代わりにアーマナイト・アスモダイが雄叫びを上げ、半ば狂乱しているかのように暴れながら登場した。

 

 正成の手札:6→5/ゲージ:5→4/正成:咢/レフト:アーマナイト・アスモダイ/ライト:アーマナイト・イーグル→なし

 レフト:アーマナイト・アスモダイ/攻5000/防1000/打撃1

 

「アスモダイの登場時効果で、お前のレフトとライトのモンスターを破壊」

「アベルの“天裁幽閉”を使うよ。ゲージ1払い、アスモダイを手札に戻す」

 互いのモンスターが場からいなくなる。砂塵が舞い上がり、視界を奪う。

 少しだけ眉を(ひそ)め、正成は視界が開けるまで少しだけ待つ。口元には砂を吸い込まないように、腕を前に持ってきて軽く抑えていた。もう少し落ち着いた感じにならないのかと、辟易とした思いを抱えていたのは言うまでもない。

 

 正成の手札:5→6/レフト:アーマナイト・アスモダイ→なし

 アブハムのゲージ:8→7/ドロップ(裁霊の種類):4→6/レフト:アベル 撃破!/ライト:カイン 撃破!

 

「次は〈アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン〉をライトにバディコール」

 砂塵が落ち着き、眼前の相手が見えるようになる。「ゲージ2払って、デッキの上から1枚をソウルイン」傍らにいたドラムが右手側に飛び移り、「っしゃ! オイラの出番だな!」戦意高々とドリルを回して、ブースターを噴かした。

 再び、砂塵が舞い上がるのだが、ドラムは気にしていない。正成にとって、迷惑極まりないが。

 

 正成の手札:6→5/ゲージ:4→2/ライフ:6→7/正成:咢/ライト:アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン(ソウル:1)

 ライト:アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン/サイズ2/攻8000/防2000/打撃2/[貫通]/[ソウルガード]

 

「さらにオイラはマサがアイテムを装備しているから、[移動]を得るぜ!」

 ブースターを自由自在に動かし、左右上下、互い違いに空気や砂浜を焼いていく。どんな場所でも余裕で到達できると示しているかのよう。

 

 ライト:アーマナイト・ドラム/[移動]

 

「レフトに〈アーマナイト・ヘルハウンド〉をコール」

 堅牢そうな装甲を纏い、地獄の番犬が嘯く。瞳には明確な敵意を持って、眼前にいる白い獣を睨みつけていた。

 似たような種類だからだろうか。ハーモニルも対抗心をヘルハウンドに向け、威嚇している。

 何となく公園で起きる犬同士の喧嘩を彷彿させるが、体は人より大きく武器もあるだから、可愛げなどないに等しい。

 

 正成の手札:5→4/正成:咢/レフト:アーマナイト・ヘルハウンド/ライト:アーマナイト・ドラム

 レフト:アーマナイト・ヘルハウンド/サイズ1/攻5000/防6000/打撃1

 

「アタックフェイズ。俺でセンターにアタック」

「おい、マサ! そこはオイラじゃねえのかよ!?」

 咢を握り締め、地面を強く蹴り出そうとした瞬間、ドラムの怒声が響く。

 正成は走り出すのを止めた代わりに、返答しながら咢を投擲。空気を貫き、破裂させながら咢は弾丸の如く迫り立てる。

「そいつで打撃力を下げられたら、与えるダメージが少なくなる」

 サライとの一戦で受けたデバフ。打撃力を下げる能力を持つハーモニルがセンターにいるという事は、確実に攻撃は一度無効化される上に、どちらかのモンスターの打撃力が下げられる。

 相手のセンターにモンスターがいる場合、[貫通]を持っているドラムで攻撃するのが定石だが、事情が異なれば柔軟に変化をする事が必要だ。

 正成は自身の記憶と照らし合わせて、今回の判断は最善だと信じて咢の行方を見つめる。

「禽獣にしては、頭を働かせたな。ハーモニルの効果を発動する」

 アブハムは眉一つ動かさず、宣言する。「ハーモニルをドロップゾーンに置き、ゲージ1払って、このターン中だけライトのモンスターの打撃力を2減らす」ハーモニルは姿を消す。しかし、咢の勢いは止まる事なく、アブハムの元へ一直線だ。

 

 アブハムのゲージ:7→6/センター:ハーモニル→なし

 正成のライト:アーマナイト・ドラム/打撃2→0

 

 豪速で迫る咢をアブハムは微動だにせず、氷塊を目の前に出現させる。分厚い氷塊に突き刺さり、止まる咢。流石に貫き通せなかった。

「返してくれ」

「だったら、次は投げない事だな」

 氷塊が消失し、地面に落ちた咢をアブハムは爪先で蹴り返した。転がり、砂が付く。溶けた箇所から水滴が付いた分もあり、柄に纏わり付く量も尋常ではない。

 転がってきた咢を拾い、正成は柄に付いた砂をある程度払い落す。若干、不快感があるが、支障がある訳ではない。それ以上は気にしないようにした。

「次はヘルハウンドでファイターにアタックだ」

「受ける」

 指示を受けたヘルハウンドは低い呻り声を上げ、アブハムへ向かって疾駆する。そのまま突進し、口を大きく開け噛みつく。乱暴にアブハムの肉塊を噛み砕くように暴れた後、さっさと後退した。口元には血も肉片もない。

 あくまで精巧な立体映像が襲っただけに過ぎない為、アブハムは何事もなく悠然と立っている。

 

 アブハムのライフ:10→9

 

「ターンエンドだ」

 正成の手札:4/ゲージ:2/ライフ:7/正成:咢/レフト:アーマナイト・ヘルハウンド/ライト:アーマナイト・ドラム

 ライト:アーマナイト・ドラム/打撃0→2

 

「僕のターンか。ドロー、チャージ&ドロー」

 アブハムの手札:3→4/ゲージ:6→7

 

 一旦手を止め、アブハムは不敵な笑みを浮かべて、正成を見つめていた。不気味とも呼べる表情で、何を思うのか。

 推し量りきれないし、推し量ろうとも思わないが、翡翠の双眸は静かに言葉を待つ。咢を握り締める力が強くなる。

「カディヴムは、過去に大切な者を失くした者だけに発現すると言われていたな」

 正成は何も答えない。ただじっと見つめているだけ。だが、アブハムは気にせず続けた。「家族、恋人、親友……名前を言えば、教えてやるぞ?」笑みは嘲りを交えている。「死んだ後の運命というヤツをな……」嘲弄している語調で相手の平静さを奪おうとしているのだろう。センセーショナルな話題に動揺しない人間は少ない。

「お前に教える名前などない」

 何事もないような言葉。けれど、語勢は今までよりも強く、場の空気が凍えつきそうなぐらい冷たかった。表情は変わっていないが、正成の体から殺意にも似た気が発せられる。決して、些事(さじ)ではない。だからこそ、簡単に触れられて欲しくない問題だ。

 ただ過去の話をするだけなら、何も気に留めない。けれど、死後の姿で接触できる天霊裁判官達が、切り出すなら話は別。

 時間を進められる事が、カディヴム達にとって最も恐れている事。だから、彼らは「過去に囚われた弱者」と呼ばれる。

「くく、弱者らしい反応だ。本当に進めたくないんだな」

 アブハムは得意げに笑って、言葉を継ぐ。「怖いのだろう? その事実を受け入れる事が」さらに嘲り笑って、碧眼に侮蔑の色を宿す。これだけ揺さぶれば勝てるだろうと見込んでだろうか。

「良いから、進めろ」

「まぁ、そう怒るな。言われなくとも、息の根を止めてやるさ」

 そう言って、アブハムは自分のターンを進める。「まずはレフトに〈天霊獣 ブルース〉をコール」氷を彷彿させるような水色の体毛を持った獣が現れる。ハーモニルと違って、大人しい代わりに虎視眈々と機会を窺う目が剣呑な輝きを帯びていた。

 

 アブハムの手札:4→3/レフト:天霊獣 ブルース

 

天霊獣 ブルース

霊界裁判

種類:モンスター 属性:裁霊/水

サイズ0/攻2000/防3000/打撃1

■[起動]“霊牙・砕”君の場にカード名に「天霊裁判官」を含むモンスターがいるなら、このカードをレストしてよい。レストしたら、そのターン中、相手の場のモンスター全ての攻撃力-5000する。

「天霊獣の起源は、人間や動物、モンスターという噂がある」

 

「さらに僕、〈天霊裁判官 アブハム〉をセンターにバディコール。バディギフトでライフ+1」

 センターへ歩み出るアブハム。金髪碧眼で端正な顔立ち、皺や汚れ一つもないウエストコートが彼の存在感を際立たせる。「ゲージ2払って、デッキの上から2枚をソウルイン」背中から氷で作られた翼が出現し、元来の姿を晒す。

 

 アブハムの手札:3→2/ゲージ:7→5/ライフ:9→10/ドロップ(裁霊の種類):6→8/レフト:ブルース/センター:天霊裁判官 アブハム(ソウル:2)

 

天霊裁判官 アブハム

霊界裁判

種類:モンスター 属性:裁霊

サイズ3/攻4000/防7000/打撃2

■[コールコスト]デッキの上から2枚をソウルに入れ、ゲージ2払う。

■[起動]【対抗】“天裁幽閉”ゲージ2払ってよい。払ったら、相手の場にいる攻撃力2000以下のモンスター全てを相手の手札に戻す。「天裁幽閉」は1ターンに1回だけ使える。

[2回攻撃]/[ソウルガード]

「彼らは元々人間だったと言うが、その噂は定かではない」

 

「待たせたね、愛しき妹よ。〈天霊裁判官 サライ〉をライトにコール」

 右手側に濃紫のドレスを身に纏い、背中に光の翼を生やした銀髪紅眼の美女が並び立つ。「ゲージ1払って、デッキの上から1枚をソウルに入れる」口の端を吊り上げ、不敵に微笑む彼女。瞳の奥には先程のリベンジに燃えているかの如く戦意の炎が揺らめく。

 

 アブハムの手札:2→1/ゲージ:5→4/レフト:ブルース/センター:アブハム/ライト:天霊裁判官 サライ(ソウル:1)

 ライト:天霊裁判官 サライ/サイズ2/攻5000/防2000/打撃3

 

「随分と待ちましたわ、兄様」

 肩にかかった銀髪を払い除け、サライは少し不満げに言葉を吐く。戦意満々とだけあって、待ちくたびれたのだろう。

 ただ目元が厳しいのは、それだけではないようだ。

「ああ、すまない。少し時間をかけてしまったね」

 さっきと打って変わって穏やかな声音で謝るアブハム。妹に対する慈愛の眼差しが向けられていた。

 ここまで温度差があるのは、霊界にいる者としてどうなのだろうかと正成は冷めた目で思う。些か不公平すぎないかと考えながらも、サライを認めると先程の熱線を思い出す。左肩を焼かれた苦い思い出が甦り、ここから面倒な事になると察し、辟易とした気持ちになりかけていた。

「ちょっと待て、そこの女はサイズ的に超過してんだろ!?」

 サライの登場にげんなりとしている正成と別にドラムは驚愕の声を立てる。それもそのはず、サライはサイズ2のモンスターだ。通常ならば、サイズ3のアブハムをドロップゾーンに置かないといけないだろう。

「あら? そこに気にかけてくれるとは光栄ね」

 口角を上げ、胸を張って答える。「私は兄様といる時、サイズが2減るの。だから、今の私はサイズ0のモンスターよ」語気を強めて、自信に満ち溢れたように立つ。整った目鼻立ち、均等が取れたスタイル、瑞々しい白皙から一つの彫刻作品と見間違えてもおかしくないた佇まいだ。

 

 アブハムのライト:サライ/サイズ2→0

 

「それよりも、興味の事があるのよね」

 興味の対象を移して、サライが切り出す。「あなた、何故、その槍にこだわるのかしら?」咢を繊細な指先で示した。

「裁判官は何でも知ってるんだろ?」

「あなた個人のこだわりまで知らないわよ」

「当てにならんな」

 正成は乱暴に切り捨てる。ただ咢について察している事は、流石と言うべきか。さらに握り締める力が強くなっていく。

「それで、どうして赤い槍にこだわるのかしら?」

 繊細な指の腹を顎に添えて、サライは興味深そうに咢を観察する。「他にも武器があるはずでしょうに……それしか具現化できないの?」己の知的好奇心を満たそうとしているが、目に見えて分かった。

「大筋はその通りだ。ただ、これしか意志のあるカードを持っていない」

 納得したのか、サライは流麗な眉を片方上げる。「そう言えば、カティヴムは意志のあるカードでないと具現化できなかったわね」兄と違い、刺々しさはない。知的好奇心が満たされたのか、満足そうに微笑み、頷いた。

「禽獣とこれ以上話すな、サライ。穢れるぞ」

「手遅れよ。私、あの男とファイトしたのだから」

「それより、とっとと進めてくれ」

 兄妹の会話にげんなりとした語調で割って入る正成。時間稼ぎになっている事は確かだろうが、これ以上進行が滞るとストレスでしかない。さっさと決着をつけたい気持ちが体から発していた。

「本当にせっかち男ね」

 前回ファイトした時と変わらない態度の正成に、サライは少し呆れのため息を吐き、アブハムへ目配せする。

 妹から意を受け取ったアブハムは「禽獣は待つ事を知らないのさ。まぁ、そろそろ進めてやる」嘲弄の言葉を紡いでから、次の行動へ移った。

「キャスト、〈天霊の閃き〉。ゲージを2枚増やす」

 女性と見間違う程、麗しく中性的な手でカードを操る。「さらに手札が0枚になったから、カードを2枚ドロー」枯渇した手札が潤い、準備を整えた。

 

 アブハムの手札:1→0→2/ゲージ:4→6

 

「〈裁霊の法書〉をゲージ2払って装備」

 アブハムの手札:2→1/ゲージ:6→4/ドロップ(裁霊の種類):8→9/アブハム:裁霊の法書/レフト:ブルース/センター:アブハム/ライト:サライ

 アブハム:裁霊の法書/攻2000/打撃1

 

 豪勢な装丁を左手に持つアブハムの出で立ちは、絵画の一つのような壮麗で美しい。もし、通常のファイトであれば、観戦客は見惚れていただろう。けれど、観客もいなければ、ファイトも半ば命のやり取りと化している。

 美しさなど気に取られていては、命を落とす要因でしかないのだ。

「ブルースの能力を使う」

 水色の獣は力を溜める。体毛が冷気を帯びて、周囲を凍らせていく。「ブルースをレストして、このターン中、相手の場のモンスター全ての攻撃力を-5000」吠えると同時に冷気が弾け、ドラムやヘルハウンドの装甲が凍てつき、急激な温度変化に耐えきれず破壊される。

 

 正成のレフト:アーマナイト・ヘルハウンド/攻5000→0

 ライト:アーマナイト・ドラム/攻8000→3000

 

「そして、僕の能力を発動。裁霊の法書の能力で払うゲージを1枚減らして、ゲージ1払う」

 アブハムのゲージ:4→3

 

 冷たい風が吹く。春だと言われても嘘だと思えるぐらいに周囲の気温は下がっていくのを感じる。「相手の場にいる攻撃力2000以下のモンスターを手札に戻す」強い冷風が吹き荒れ、体に叩きつけた。

「そのまま手札に戻す」

 正成の手札:4→5/レフト:アーマナイト・ヘルハウンド→なし

 

 幾分か装甲が壊れてパージしているとはいえ、やはり重量はある。それを軽々と持ち上がってしまうという事は、人間なんて簡単に吹き飛ばされるという事。長身かつ筋肉質な正成でも例外はなく、咢を砂浜に突き刺して耐えようとするが、咢ごと遠くに飛ばされた。背中から受ける衝撃で肺から空気が吐き出される。痛みは少ないが、衝撃は尋常ではない。

「マサ!」

「心配するな。余裕だ」

 悠然と立ち上がり、正成は体に付いた砂を払い落とす。「全く人間に優しくない」毒気づくだけの余裕はあり、先程いた場所へと戻った。

「ふん、弱者にしては頑健だな。法書のもう一つの能力を発動する」

 鼻を鳴らしながら、分厚い書架を開き、魔力を注ぎ込む。「僕の能力で相手の場のモンスターを手札に戻したから、僕のライフを+2」彼の体を淡い光が包み込み、疲労やダメージを癒していく。ライフ的には大して減っている訳ではないが。

 

 アブハムのライフ:10→12

 

「まだ終わらないぞ。サライの能力を使う……法書の能力で払うゲージは1枚少なくなる」

 サライが右手に光を集める。そこから熱線が放たれるのは、想像に難くない。「ゲージ1払って、相手の場の防御力2000以下のモンスターを破壊する」熱線が放たれ、ドラムへ一直線に奔っていく。砂浜を焼き焦がし、水分という水分を蒸発させる。

「ソウルガードだ」

 灼熱の光線が傍らを通り過ぎていく。先程、急激に冷やされたドラムの装甲が、超高温に触れた瞬間に弾け飛ぶ。鋼鉄の塊があちらこちらに飛散。実体ではなくて良かったと同時に、この場に観戦者がいなかった事も幸いだと正成は思っていた。ただし、反射的に躱してしまうのだが。

 

 アブハムのゲージ:3→2

 正成のセンター:アーマナイト・ドラム(ソウル:1→0)

 

「アタックフェイズ」

「ドラムをセンターに移動する」

「っしゃ! 任せろ!」

 ドラムはボロボロの装甲を厭わず正成の正面に立つ。装甲は剥がれ、コード類が露出し、オイルは漏れては足元を茶黒く染めていく。それでもにやりと不敵な笑みを浮かべて、炯々(けいけい)と双眸を輝かせていた。

 

 アーマナイト・ドラム/ライト→センター

 

「なら、僕でセンターにアタック」

 アブハムが左手に氷弾を作り出し、獰猛に口の端を吊り上げる。「消えろ、鉄屑」放たれた氷弾は、空気を突き破り、ドラムへと駛走(しそう)。音よりも速い速度で迫り立てていた。

「浅慮だな。天霊裁判官の名が泣くぜ」

 自分の身に危機が迫っているというのに、ドラムからは一切不安や焦りは感じられない。むしろ、闘志を燃やし、瞳の奥に強い光を宿す。後ろにいる相棒が口を開く。

「キャスト、〈闘魂合身〉」

 右手に握られている咢が赤く光り出し、「このターン中、咢の攻撃力をドラムの防御力にプラスし、[反撃]を与える」ドラムへ力を与えるように注ぎ込まれていく。真紅のオーラに身を包まれると、ドラムの筋肉が膨張し、辛うじて動いた機器が息を吹き返したように景気よく稼働する。

 

 正成の手札:5→4

 センター:アーマナイト・ドラム/防2000→8000/[反撃]

 

「攻撃が届かねえのは、残念だけどな!」

 飛来した氷弾をドラムはドリルを高速で回転させ、勢いよく突き出した。氷は飛び散り、空気に触れた事により溶けていき、砂浜を濡らす。ドリルの高音だけが辺りに響き渡っていた。

 端正な顔を歪ませ、アブハムは舌打ち。元の数値ならアブハム一人でも撃破できたが、6000も防御力が跳ねあがると手が届かない。察していなかった訳ではないだろうが、攻撃回数を優先にしたのは仇になったのは確かだ。

 だが、正成自身も楽観視はできないのも明白。恐らく次は連携攻撃でドラムを攻撃するだろう。それを防ぐ手立てはない。

 またこのままの状況が長引けば、ジリ貧の末でこちらが負ける可能性がある。何せ、分厚い壁が目の前に立っているのだから。そんな料簡(りょうけん)を立てながら、正成は覿面(てきめん)を睨みつけていた。

「僕をもう一度スタンドして、今度はサライと連携攻撃だ」

「今度は塵と化しなさい!」

 最初にアブハムがドラムの周囲に冷気を発し、装甲を急激に冷やす。装甲は悲鳴を上げ、ひび割れていく。ドラムの足元も凍らされ、身動きができない状況に。間隙を縫うようにサライが熱線を放ち、真っ直ぐにドラムの元へ奔る。

 ドラムの真後ろにいた正成は、勘だけを頼りに左手側に身を投げ出して転がり、再び服が汚れるのも厭わず躱す。

 熱線はドラムを飲み込んだ後、一筋流れ、遠くの方まで伸びていた。超高熱の光線が消えると、跡形もない焼け跡だけがどれだけの威力だったのかを証明。あの熱線に巻き込まれた場合、想像は容易いだろう。

 

 正成のセンター:アーマナイト・ドラム 撃破!

 

「ターンエンドだ」

 アブハムの手札:1/ゲージ:2/ライフ:12/レフト:ブルース/センター:アブハム/ライト:サライ

 

「ドロー、チャージ&ドロー」

 正成の手札:4→5/ゲージ:2→3

 

 手札を見つめる。枚数的には枯渇している訳ではない。内容も問題ないだろう。だが、このターンに削り切れない可能性があると頭の片隅で考えていた。それでも迷う正成ではないが。

「キャスト、〈超力充填〉。ライフ1払って、ゲージ+3」

 正成の手札:5→4/ゲージ:3→6/ライフ:7→6

 

 ライフを削っていく。自殺行為かと思うが、むしろ減らした方が良い場合がある。残っているライフが条件となる能力がある為、積極的に減らす時もあるのだ。

「続けてキャスト、〈裂神呼法〉。ゲージ1とライフ1払って、カードを1枚ドロー」

 再びライフとゲージを使って、手札を整える。「さらに咢があるから、もう1枚引く」無頓着な手つきでカードを引き、手札を検めた。まだ戦えると推察。翡翠の双眸は真っ直ぐな光を宿して、次の行動を即座に考える。

 

 正成の手札:4→3→5/ゲージ:6→5/ライフ:6→5

 

「レフトに〈アーマナイト・ケルベロス“SD”〉をコール」

 正成の手札:5→4/正成:咢/レフト:アーマナイト・ケルベロス“SD”

 レフト:アーマナイト・ケルベロス“SD”/サイズ0/攻2000/防2000/打撃1

 

 白い毛色に小さい体躯、重武装して立つ三つ首の犬。小さくとも偉容は健在で高らかに吠える姿は、元来の気高く猛々しい出で立ちを表す。同じ白い体毛を持っているハーモニルは麗しいという言葉が似合っていたが、こちらは剛健だと言った方が適切か。

「ライトに〈アーマナイト・ドラムバンカー・ドラゴン〉をコール」

 再び姿を現すドラム。ドリルを回して、ブースターを空気を焼き焦がしては闘志を燃やしている事を示す。「ゲージ2払って、デッキの上から1枚をソウルイン」装甲は元通りになり、左目の義眼は無機質に眼前の天使達を見ていた。赤外線や暗視を駆使しているのだろうか。

 

 正成の手札:4→3/ゲージ:5→3/正成:咢/レフト:ケルベロス“SD”/ライト:アーマナイト・ドラム(ソウル:1)

 

「ケルベロス“SD”の能力を使う。場のケルベロス“SD”をドラムにソウルイン」

 アーマナイト・ケルベロス“SD”は一つ遠吠えを発すると場から消失。代わりにケルベロス“SD”が背負っていたキャノン砲がドラムの両肩に装着される。砲塔を自律して右へ左へと標準を合わせ、砲撃できるように整えていた。

 

 正成のレフト:ケルベロス“SD”/ライト:アーマナイト・ドラム(ソウル:1→2)

 

「キャスト、〈暴連撃〉。このターン中、ドラムに[2回攻撃]を与える」

 正成の手札:3→2

 ライト:アーマナイト・ドラム/[2回攻撃]

 

 ドリルの音が高くなり、回転数が上がっている事を誇示する。駆動音が調子よく響き、ブースターは噴かすだけで砂塵を巻き上げて焼いていく。真紅のオーラを纏ったドラムも「っしゃ、今度こそぶっ飛ばすぜ」低く唸り声ような語勢で闘志を漲らせていた。

「アタックフェイズ。ドラムでセンターにアタック」

「今度はお前が藻屑になる番だぜ」

 ブースター、点火。真紅の弾丸となり、音すら置き去りにするドラムの突進に、天霊の使いであるアブハムも目で追えない。ソニックブームすら生み出す真紅の疾風をどう止めるのだろうか。

「さらにソウルにあるケルベロス“SD”の能力発動」

 追い打ちをかけるように正成が言葉を継ぐ。「ゲージ1払って、お前のレフトにいるモンスターを破壊する」音速の中、砲塔がブルースへ向けて動き、ターゲットをロックオン。轟音を響かせ、砲弾を放った。

「キャスト、〈光の翼〉。ゲージ1払って、次に受けるダメージ0に減らし、ライフを+1」

 攻撃を止める事ができないらしく、ダメージ軽減を発動する。これにより、ドラムが与えるダメージはなくなるが、正成はそれでいいと思っていた。

 場を減らせば、地力が低いカードである裁判官達では突破しづらくなる。防御力の低いドラムだが、ソウルを犠牲にすれば相手の攻撃を防ぐ事ができる為、手数を減らす方を優先にした方が良い。

 視線の先でドラムがドリルを突き出していた。唸りを上げ、迫り立てるドリルの切っ先がアブハムの肉体を触れようとした瞬間、光の翼が阻害し失速させる。

 一方で砲撃した場所は幾度も砂柱が立ち上がり、砂塵が舞う。落ち着いた頃には、水色の獣は消え去ってしまっていた。

 

 正成のゲージ:3→2

 アブハムの手札:1→0/ゲージ:2→1/ライフ:12→13/センター:アブハム(ソウル:2→1)/レフト:ブルース 撃破!

 

「スタンドして、もう一度ドラムでセンターにアタック」

「でりゃぁぁぁー!! もういっぺん喰らいやがれ!!」

 大きく右腕を引き、体に捻りを加え、ドリルを一気に前と繰り出す。空気が貫かれ、破裂音が轟く。ドリルのエンジンが臨界寸前まで稼働し、熱が放出される。真紅のオーラが流星の如く駆け抜け、再度アブハムへと肉薄した。

「さらにケルベロス“SD”の能力を使う。ゲージ1払って、ライトのモンスターを破壊だ」

 キャノン砲はサライへと狙いを定め、再び砲撃。轟音が響き、砂柱が上がっていく。彼女でも平然とはいられないだろう。けれど、構わず叫ぶ声が耳朶を打つ。

「今度はサライの能力を使う。ゲージ1払って、防御力2000以下の相手モンスターを破壊する!」

「兄様をこれ以上傷つけさせないわよ!」

 空隙を縫って、熱線が放たれる。ドラムへ真っ直ぐに奔る熱線。このままでは確実に装甲が溶かされ、ダメージを追うだろうと推察されるが、正成は無情な声を立てた。

「ソウルガードだ。突っ切れ、ドラム!」

「分かっているぜ! ぶっ壊れろ、ドリル・ラム・ブロークン!!」

 灼熱の光線がドラムのブースターを掠め、一つは爆発して火を噴く。推進力を失いながらもドラムは突き進み、ドリルの切っ先をアブハムへ突き出した。不敵に笑う彼の姿は、禽獣そのもの獰猛さと機械の無機質さが掛け合わさった異様な光景。どれだけ壊されても諦めず喰らいつく。

「僕もサライもソウルガード」

 アブハムは一瞬恐れを見出し、「サライの能力で破壊したから、法書の能力でライフ+2」声が震わせていた。底知れぬ闘志に怯えているかのように、碧眼の双眸が揺れる。躱すことが間に合わず、ドリルが肉体を貫れ、さらに動揺が増す。出血や内臓が抉られる訳でないが、与えられた衝撃に驚愕し、肉体が抉られるという体験に心が揺さぶれて声が出ない。何故、僕が恐れている――と言いたげに。

 

 正成のゲージ:2→1/ライト:アーマナイト・ドラム(ソウル:2→1)

 アブハムのライフ:13→15→13/センター:アブハム(ソウル:1→0)/ライト:サライ(ソウル:1→0)

 

 フラフラとした滑空でドラムは定位置に戻る。やり切った表情をしており、「マサ、次だぜ」にやりと笑いかけた。

「よくやった、相棒。次は俺でライトに攻撃する」

 砂浜を強く蹴り出し、疾走する。人間離れした剽悍な動き、並みのモンスターでは追いつけないのは目に見えて分かるだろう。果たして、彼は人間だろうか。そう思わざるを得ないが、サライはきっちりと視認していた。

 どこか怯えている兄と違い、悠然とした態度で臨む彼女は熱線を右手から発する。海の方まで伸びていく灼熱の光線は海上を蒸発させながら奔っていた。

 紫檀の毛先やジャケットが焦げながらも、正成は掻い潜って赤い一筋を閃かせる。放たれた一突きは、確実に相手の生命活動を止めようと顎を開いていた。

 けれど、そう簡単に当たるサライでもない。ドレスを翻し、噛みつかれないように玄妙なステップで躱す。

 それでも顎は追いかける。槍を薙いで、横一文字に赤い一閃を走らせた。花びらように血と濃紫の繊維が舞う。

「ホント、女に優しくない男」

 どこか楽しげで、悲しげな声音。憂いを帯びたサライは、引き裂かれた白皙(はくせき)に触れ、指先に血を絡ませ口付ける。

 無言で睨みつける正成に「最後まで仲良くできそうにないわね」と言い残し、その場から消失した。

 

 アブハムのライト:サライ 撃破!

 

 妹が消えた事により、アブハムは忘我の一瞬を得て、憤怒の表情を浮かべる。冷気はさらに強くなり、氷がまばらにできていく。端正な顔は怒りで歪み、碧眼は殺意に満ち足りていた。

「妹を……よくも……!」

「守れなかったお前が悪い」

 アブハムの殺意を一蹴する正成。「お前が守る手段を持っていなかったのが悪い」さらに容赦ない一言を放つ。正論ではあるのだが、無慈悲に言い放たれては心が傷つくというもの。けれど、同情する余地もないし、ルールに則って行っている以上は仕方のない事。故にアブハムの怒りは理不尽極まりない。

「黙れ、禽獣。血も涙もない獣が何を言う」

「何でも知っているくせに、バディファイトのルールも分からないのか?」

 皮肉に満ちた正成の言葉。シニカルな笑みで返す彼は、悪魔とも見えただろう。いや、悪魔でも言葉を選ぶだろうか。

 ただその一言で確実にアブハムの復讐心に火が灯ったのは、言うまでもない。場の空気が凍てつき、地面も凍り出しては氷の世界を生み出す。殺意に満ち溢れた美しい世界の誕生だ。

「貴様を殺す……!」

「できるなら、やってみろ。ターンエンドだ」

 正成の手札:2/ゲージ:1/ライフ:5/正成:咢/ライト:アーマナイト・ドラム

 ライト:アーマナイト・ドラム/[2回攻撃]→なし

 

「確実に息の根を止める! ドロー、チャージ&ドロー!」

 アブハムの手札:0→1/ゲージ:1→2

 

 殺意を宿し、アブハムは先程の穏やかな相貌とは打って変わって、眼光鋭く睨みつける。霊界としての使命を果たそうとする裁判官ではなく、もはや私怨に心を囚われた一人の青年でしかない。

「キャスト、〈開廷準備〉! ゲージ1払って、カードを2枚ドロー!」

 アブハムの手札:1→0→2/ゲージ:2→1

 

 憎しみが込められた語調。アブハムは復讐しか目に見えていないらしく、冷静さを欠けている。

 聞いているだけで凍りつきそうな声音が耳朶を打つが、正成は眉一つも動かさない。いくら怨嗟をぶつけられようが、動じないし、向けられる筋合いもないからだ。バディファイトをやっている以上は、モンスターが破壊される事など当たり前なのだから、恨みを吐かれても困る。少しだけ哀れみの籠った目でアブハムを見つめていた。

「レフトに〈天霊獣 ブルース〉、ライトに〈天霊獣 ボレロ〉をコール」

 アブハムの手札:2→0/アブハム:裁霊の法書/レフト:ブルース/センター:アブハム/ライト:ボレロ

 ライト:ボレロ/サイズ0/攻3000/防2000/打撃1

 

 氷を彷彿させる水色の獣と炎を連想させる赤色の獣が同時に出現。二匹ともアブハムの影響を受けていてか、敵意通り越して殺意を漲らせ、低い獰猛な唸り声を立てる。

 二匹の様子を見て、正成は飼い主に似なくても良いだろうと内心ツッコミを入れた。形相が形相なだけに可愛げなどなく、ただ牙を剥き出しにして、いつ襲いかかってもおかしくない。平穏な表情は訪れるのだろうか。

「ブルースの能力を発動! ブルースをレストして、お前のモンスターの攻撃力を-5000だ!」

 ブルースが一度嘯くと、再び吹雪が起こる。ドラムのドリルやキャノン砲が凍てつき、稼働を停止。元来の運動性能を発揮できない状態に。だが、ドラムの闘志はそれで消える事はなかった。

 

 正成のライト:アーマナイト・ドラム/攻8000→3000

 

「[反撃]封じか」

 アブハムの行動を見て、正成は独りごちる。ドラムは防御力が低い分、攻撃力が高い。だから、魔法で[反撃]を付与して戦うという手段も取りやすいのだ。

 先程、攻撃が通らなかった事を考えての事だろう。現在、ドラムはソウルがある分、攻撃力に振られたら厄介この上ないのは火を見るよりも明らか。

 それでも必要がない戦術だと考える正成。知識があっても心が読める訳ではないから、察する事はできないかとも思う。

「アタックフェイズだ!」

「ドラムを[移動]させない」

 正成の宣言にアブハムは片眉を上げる。意外だと思ったのだろうか。発する声に負の感情を乗せながら、言葉を紡いだ。

「良いのか? 命綱だぞ?」

「別に問題はない」

 泰然とした態度で正成は答える。「それよりも早く攻撃しろ」調子は依然として冷淡。翡翠の双眸は真っ直ぐに目の前の相手を眺め、奥に闘志を燦然と輝かせていた。

「言われなくとも、ここで殺す! 僕で禽獣にアタックだ!」

「受ける」

 今までよりも圧縮して鋭く生み出された氷弾。アブハムを中心に展開し、彼の腕が振るわれるごとに弾丸の如く飛来する。鋭利な氷弾は空気を突き破り、音すら置き去りしていた。人間の五感では捉えきれないだろう。

 勘だけを頼りに正成は身を投げ出し、砂が衣服に付くのを厭わず転がっていく。彼を追うように次々と氷弾は砂浜に突き刺さる。やがて、正成に疲労が襲い、若干動きを鈍らせた。最後の氷弾だけは躱しきれず、右腕に刺さる。

「マサ!」

「心配するな。これぐらい掠り傷だ」

 突き刺さった氷弾を引き抜き、右腕からは流血。深く傷ではないが、とめどなく血は流れ、デニムジャケットの色を変色させていく。また血は手まで伝い、足元を少量ながらも赤く染めている。

 それでもなお、正成は平静を保ち、アブハムを睨みつけた。次なる攻撃に備えて、体を撓ませる。

 

 正成のライフ:5→3

 

 真っ直ぐな眼差しで射貫く正成の態度が気に入ろないのか、アブハムはさらに苛々しげに語調を強め、宣言した。

「今度こそ、仕留めてやる。もう一度、僕で禽獣にアタック!!」

 もはや獣が吠えているかのような語勢。もう一度、鋭利な氷弾を展開し、敵を殺さんとばかりに飛ばす。とても憎しみの感情が込められたようには思えない美しい氷の弾丸。けれど、生命一つのぐらいは余裕で奪えるという危険性を持っていた。

「キャスト、〈裂帛闘壁〉。攻撃を無効化にして、ライフ+1する」

 あくまでも正成は冷静に対処する。音もなく飛来する弾丸をいくつか避けた後、咢で打ち払う。先程の攻撃で大体の感覚は掴めた為、優れた直感を用いて可能な限り払うという戦法に出たのだ。右腕が痛む中、一つ一つを払い除け、最後の一発も咢の穂先で砕く。無傷でやり過ごす事に成功し、固唾を飲んで見守っていたドラムも安堵のため息をついた。

 

 正成の手札:2→1/ライフ:3→4

 

 このターン中では倒し切る事が不可能と分かって、アブハムは苦虫を噛み潰したような表情で睨めつける。碧眼は怨嗟、憎悪などの感情が渦巻いていた。

 余程、妹が倒された事がショックなのだろうか。妹の方は物凄く悠然としていたが、兄は全く余裕がない。正成はアブハムとサライを鑑みて、思考を巡らす。最初に顔を合わせていた時もそうだが、まだ妹の方が友好的だったと振り返っていた。

「次は、ボレロでファイターにアタック!」

 思索に耽っている正成をよそに、炎のように赤い体毛を持つ獣が疾駆する。正成の喉笛を噛み千切らんとばかりに迫り立て、口を大きく開けていた。

「これは受ける」

 跳躍して襲いかかってきたボレロを躱し、空中で着地の体勢を作っていた獣に対して咢の柄を叩きつける。骨が砕ける感触が手に伝わってきた。脇腹にクリーンヒットしたボレロは砂浜を転がっていく。骨が折れた影響で立ち上がると、血を吐いて地面を赤く染める。さしずめ、折れた骨が内臓に突き刺さったのだろう。気にするつもりも同情するつもりもないが。

 

 正成のライフ:4→3

 

「……ターンエンドだ」

 アブハムの手札:0/ゲージ:1/ライフ:13/アブハム:裁霊の法書/レフト:ブルース/センター:アブハム/ライト:ボレロ

 正成のライト:アーマナイト・ドラム/攻3000→8000

 

 しばし沈黙が流れる。このターンで決めなければ、負ける可能性が高くなるだろう。互いに手札とゲージは枯渇していた。だが、ライフの差は歴然。正成は3点に対し、アブハムは13点もある。絶望的と言っても過言ではない。

 けれど、それで諦めるような人間ではないのが、鉄正成という男だ。翡翠の瞳は、まだ闘志を燃やし続けている。

「ドロー、チャージ&ドロー」

 正成の手札:1→2/ゲージ:1→2

 

 微かに正成の口角が上がった。逆転への一手を見出したに他ならないから。いや、それ以前に危機的状況を楽しんでいるのもあるか。命のやり取りはともかく、滅多にない霊界の者達のファイト。ここまで来て、心躍らない訳がない。

 泥試合とも呼べる一戦かもしれないが、楽しいファイトである事は変わりない。

「何を笑っている?」

 正成が笑っているのを感じ取るが、意図を掴み切れないアブハムは不機嫌そうに訊ねる。これ以上、こちらを不愉快な思いをさせるなとも言いたげだ。だが、気圧される正成でもない。

「ここまで大変な思いはした事なかったと思ってな」

「ふん、直にそんな思いも感じられなくしてやる」

「もう少し楽しんだら、どうだ?」

 珍しく声を弾ませ、楽しげな調子で返す。「下界の人間とファイトできるのは、滅多にないだろう?」正成の相好は僅かに崩れ、普段では見られない柔らかい笑顔を見せていた。

「下界の奴らとファイトする機会など、少ない方が良いに決まっている」

 硬い声音でアブハムは返答。「それよりも、貴様はこのターンで削り切れるのか?」嘲笑を浮かべて、侮蔑の眼差しで正成を見つめる。

 彼の言っている事はもっともだろう。現状では、一気に13点もののライフを減らす手立てはないように見えるのだから。

「安心しろ、俺とドラムなら可能だ」

 短めに吐かれた言葉は自信に満ち溢れた。隣にいるドラムも「オイラ達なら余裕だぜ!」戦意高々と告げる。

 にやりと笑う一人と一匹の姿は、まるで悪魔か獰猛な肉食獣のよう。あながち禽獣というのも間違いではないのかもしれない。他人にどう見られているか頓着しない彼らには関係のない話だが。

「ドラムの能力を使う。ゲージ2払い、手札1枚を捨てて、咢とドラムの打撃力を+3!」

「っしゃ! ここからが本番だぜ!!」

 真紅のオーラを纏ったドラムの筋肉は膨張し、巨木のように太い手足と化す。稼働を止めていたドリルやキャノン砲も動き出し、ブースターも景気良く噴いた。

 そして、真紅のオーラは伝播し、正成の身を包む。右手に持つ咢の穂先が竜の顎そのままように巨大化した。重みは増すが、扱えない程ではない。両手で構え直し、正面を見据えた。

 

 正成の手札:2→1/ゲージ:2→0

 正成:咢/打撃1→4

 ライト:アーマナイト・ドラム/打撃2→5

 

「それだけは足りないぞ?」

 打撃力が増してもなお、アブハムはせせら笑う。彼の言う通り、確かに足りないのは明白。

 けれど、それが分からない正成達でもない。闘志を絶やす事なく燃え続けながら、彼らは言葉を返す。

「これだけで終わると思ってんのかよ?」

「心外だな。ここで止まる俺達じゃない」

 語気を強め、正成は続ける。「キャスト、〈暴連撃〉。このターン中だけ、ドラムに[2回攻撃]を付与する」ドラムが纏う真紅のオーラがさらに濃くなり、ドリルは甲高い音を発して回転数を上げた。

 高速回転する様は、竜巻一つ起こせそうな勢いがある。ブースターを噴かせて、空気を焼き焦がしていく。

 

 正成の手札:1→0

 ライト:アーマナイト・ドラム/[2回攻撃]

 

「あり得ない……」

 状況は一変して、アブハムは焦りや恐れの感情をい表に出した。「負けるのか、この自分が」という声が聞こえてきそうなぐらいに。まさか、10点もの差を一気にひっくり返されるとは思ってもいなかっただろう。

「あり得なくはないさ」

 正成の落ち着いた声音が響く。「これぐらいの事は、俺達にできる」確かな自信を秘めた眼差しが、アブハムを射貫いた。感情に囚われなかった彼だからこそ、掴めた転機だというのだろうか。

「アタックフェイズ。ドラムでセンターにアタックだ」

「ここいらで幕引きだ、天道ども!!」

 ドラムが吼える。一つしかないブースターが凄まじい推進力を生み出し、ドラムを真紅の流星と変貌させた。

 猛烈な勢いそのままに滑空するドラムに迷いはない。体を大きく捻り、ドリルの切っ先が走る。全てを打ち砕かんばかりに甲高く轟きながら、空気を貫いていく。

「くっ!」

 防ぐ手段など持ち合わせてないアブハムは、肉体をドリルに触れないように躱すだけで精一杯。ファイターエリアに後退するだけで、尋常ではない汗が噴き出て流れていく。敗北に対して恐れ戦いていた表情を浮かべ、碧眼が恐怖で揺れる。

 

 アブハムのライフ:13→8/センター:アブハム 撃破!

 

「もう一度、ドラムでアタック!」

「これがオイラのラストアタックだ!」

 突き出したドリルを素早く引き、限界まで力を溜めていく。「ドリル・ラム・ブロークン!!」掛け声と同時に解き放ち、音を突き破って右腕を刺突。ドリルはこれまで以上に多く回り、目の前にいるアブハムの肉や内臓全てを抉ろうとエンジン音を轟かせた。

「くそ、こんなはずじゃ……!」

 避ける気力がないのか、アブハムは立ち尽くすだけ。やがて、ドリルは彼の体を捉え、突き進む。肉や内臓全てを抉って――いくという訳ではないが、それ相応の衝撃を与えていく。ドリルの切っ先が背中から顔を出すまで時間はかからず、破裂するような衝撃だけが彼の体を打つ。空気を吐き出すアブハムの姿に、さっきまでの偉容はなかった。

 

 アブハムのライフ:8→3

 

「行け、マサ!」

「これで終わりだ、俺でトドメだ!」

 ドラムと入れ違いに正成が疾走して肉薄する。咢を振り上げ、穂先を叩きつけるようにアブハムの頭上へ振り下ろした。

 今度は本物の刃が迫り立てていく。流石に直接受けるのは駄目だと判断して、アブハムは大きく回避。砂塵が舞い上がり、元いた場所を押し潰すかの如く、一閃が走る。砂塵に紛れて、アブハムの姿は見受けられないが、ひとまずは決着がついた。――正成の勝利だ。

 

WINNER:鉄正成




 本来はもう少し続けるつもりでしたが、思っていた以上に文字数があったので断念。
 2万字近く書いていたらしく、通りで終わらない訳だと納得しました。

 どう見ても錯乱状態のファイトですが、これがラストファイトです。
 信じられないぐらい低クオリティだったと思いますが、最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

 次回、最終回の予定です。公開日については未定です。まだ書いていないので()
 また今回のように文字数的な問題で一旦区切るかもしれません。そんな事は起きないと思いますが、ご了承いただけるとありがたい限りです。

 さらに今回でオリジナルフラッグ〈霊界裁判〉の出番は一旦終了しますが、募集自体は続けます。気が向けば、一案投げてくださると嬉しいです。

 では、この辺りで筆を休めます。感想や活動報告のコメントもお待ちしています。


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最終話:切なる喜び、切なる願い

 ファイトが終わり、二人は静かに対面する。ボロボロのデニムジャケットに砂まみれのチノパン、正成は気にせずアブハムを視認し、元のサイズに戻った咢を強く握り締めた。まだやるというなら、退くまでやる。双眸には戦意が残っていた。

 一方、アブハムはウエストコートの汚れを可能な限り払い落とし、身だしなみを整える。消耗しきっている様子だが、それでも()めつけるだけの気力があり、碧眼を鋭く細めた。顎を引き、敵意を示しているかように左手に氷弾を作り出す。

 一つの勝負が終わっても、穏やかに流れない時間。張り詰めた空気が海岸を支配する。

 長くも短い沈黙を破るようにサライが姿を現した。切り裂かれたドレスはそのままに、血は止まっている様子。

「全く勝負が終わったというのに、仲良くできないのかしら?」

 呆れたように一息吐き、銀の髪を弄ぶ。「ノーサイドって言うでしょ?」霊界の人間らしく公平にいようと振舞っていた。

「それだったら、お前の兄貴に言ってくれ」

 落ち着いた語調で返す。「ファイト中でもおっかない顔してきたぞ」潮風が紫檀の頭髪を撫でていく。

「大変だったわね」

「他人事だな。お前の兄貴に殺されかけたんだが」

「あなたも殺意満々でやってきたじゃない。お互い様よ」

「それでもドレスを破いただけどな」

 正成はため息を吐き、呆れたような目でサライを見つめる。二度の対戦で命を危機に晒す羽目になり、熱線で服を焦がされた。それどころか、右腕に刺傷を負う事に。返しにやったとしたら、ドレスの腹部を一文字に引き裂いただけ。

 だが、深手とまでいかなくとも流血までさせたのだから、自業自得かもしれない。それでも不公平ではないかと思いを抱える。言葉には出さないが。

「あら? こんなタイミングに?」

 アブハムとサライは右手を耳に当て、眉根を(しか)める。誰かと通信しているかのよう。アブハムの方は次第に声音も険しくなり、不満な言葉を吐く。やがて、会話を終えると一息ついて、正面を見据えた。

「裁判長から帰還命令が出た」

「命拾いしたな」

「貴様もな……次会う時、必ず息の根を止めてやる」

「その前に女の子を誘拐なんてするなよ」

 空間が歪む。彼らは踵を返して、歩み去っていく。が、サライだけは足を止め、肩越しで視線を送る。

「また会えると良いわね」

「せっかちで女に優しくない男は嫌いじゃなかったのか?」

「ファイトは別よ。楽しかったわ」

 優美な足取りでサライは空間の奥まで進む。奥の方で待っていたアブハムは「サライ、これ以上は言葉を交わすな」と眼光を鋭く光らせ、鋭利な口調で声をかける。

「ファイトは楽しかったな。後ろの兄貴にもよろしく」

 正成は平静な語気で返し、彼らが消え去るまで見送った。海岸は正成達だけが残り、穏やかな時間を取り戻す。

 さざ波の音が耳朶を打つ。ようやく終息した事を知らせた。先程までの騒音が嘘のよう。

 砂浜に腰を下ろし、正成は両足を投げ出して、煙草を取り出す。紫煙をくゆらせ、空を見上げた。

 いつの間にか雲は消え、月が顔を出している。優しい月の光が海岸全体を照らす。満天を眺め、紫煙が立ち昇っていく。

「マサ、架純達を追いかけなくて良いのかよ」

 ドラムが口を開いた。傍らでSDサイズになり、見上げている。疲れたというのが分かるぐらい声に張りがない。

「追えないだろ。場所分からないんだから」

「そうだな。オイラ達、分からんねぇからここに来たんだよな」

「それに俺は疲れた。行くとしても休憩してからだ」

 バディポリスだと言えど二度も命のやり取りをして、疲労が溜まらない訳がない。正成は背中を砂浜に預け、寝転んではただ夜空を眺めているだけ。彼の目元は疲れ切っているのが分かるぐらい、鋭さが失われていた。

 これから彼女らに合流しようにも向かった場所が分からなければ、どうしようもない。そもそも向かう気力も残っていないのもあるが。

 呆然と月を眺めながら、煙草の味を堪能する。疲れた体に潮風を浴びて、穏やかな時間を過ごす時が一番幸せなのかもしれないとぼんやりと思っていた頃、聞き慣れた声が耳に届く。

『そんなところで何をのんびり過ごしている』

 威厳に溢れた低い声音。年相応の重みが響き渡る。声がした方に顔を向けると、小さな蝙蝠が羽ばていた。

 見た目と不釣り合いな声でさらに話を続けていく。

『これから案内するから早く立て』

「こっちは疲労困憊だ。そっちが迎いに来てくれ」

『夜中、レディ達を出歩かせているのに?』

「過労寸前の身を酷使させるのもどうかと思うぞ」

 と言いつつも正成は立ち上がり、ステンレス製の携帯灰皿に煙草を押し付けて消火し、短くなった煙草を収納する。携帯灰皿をしまった後、歩き出した。「ドラムが空を飛んでくれればな」相棒に願望も漏らす。

「オイラは嫌だぜ。デカくて重たくてむさ苦しい男を抱えて飛ぶなんてよ」

「俺は疲れているんだよ。歩きたくない」

「だからって、オイラを頼るなよ」

「全く相棒に優しくない奴め」

 ブツブツと文句を言いながら、駅まで歩いていく正成。満天を見つめると、一筋だけ星が流れたのを目撃した。

 もうそんな時間かと慮り、向かう場所まで歩を進める。翡翠の瞳は少しだけ悲しみの色を映し出していた。

 

 少し時間を遡り、架純は小田邸にいた。花陽達と一別し、その父親と共には家の中へ。正成がいない事が気がかりだったが、自分の願いを今叶えなければ彼の労苦を水の泡にしていまうと思い、改めて向き直る。

 家の中に入った架純は鼻腔(びこう)を懐かしい匂いで満たし、かつて自身が暮らしていた事を思い出す。生まれてくる弟を楽しみに待ちながら、父親とバディファイトをしていたあの頃を。

 父親に案内してもらい、通してもらった部屋に赤ん坊を抱えた母親がいた。ふくよかな体つきの母親は、架純が帰ってきた事に驚き、目を大きく見開く。やがて、事態を理解すると優しげな微笑みを投げかけた。

「おかえりなさい」

 何気ない一言で架純の目から涙が溢れる。ずっと聞きたかった言葉、目標としていた言葉。泣きじゃくり、父親に頭を撫でられながら声を発した。

「ただいま」

 ずっと言いたかった言葉。涙声になって聞こえづらいかと思うが、どうしても伝えたかった。永遠に言える機会を失ったのかと思い、絶望した事もある。けれど、諦めずに辿り着けて良かったと切に思う。

 それから他愛の会話を交わした。少しだけしかなかったが正成達と過ごした時間や架純がいなくなってからの小田家の話など、笑いが絶えない団欒(だんらん)の時間を過ごす。弟を抱く事も叶った。

 生まれてきた弟とも会えて、彼の成長を見守りたいと希求してしまうが、叶わないの願いと知っている。ふとある事が思い浮かんだ。

「ねえ、お父さん。まだバディファイト、続けている?」

「最近時間が取れてないが、ちゃんと続けているぞ。やるか?」

 父親の問いに首を横に振り、水色の瞳は切実な願いを秘めて弟の方を見つめる。母親の腕に抱かれて眠っている可愛らしい赤ん坊。どうせなら彼と一緒に遊びたかったと一抹の寂しさがよぎり、悲しげに瞳が揺れた。

 再び泣きそうになるのを堪えながら、顔を父親の方へ向けて伝えたい言葉を紡ぐ。

「この子にバディファイトを教えて欲しいの」

 架純の言葉に父親は首を傾げ、「ああ、当然だとも……」要領を得ない返事をする。母親の方は何か察したのか、架純に向ける眼差しが寂しさと悲しみが入り混じり、複雑そうに見ていた。奇跡の正体を知ってもなお、微笑みは絶やさない。

「もちろん、大きくなったら、だよ!」

「それは分かるんだが、どうして急に?」

 まだ父親は把握できていない様子で聞き返す。どう伝えるべきか考えあぐねる架純は、今巡らせるだけ巡らせて喉元に言葉を溜めていく。自分の正体を明かすべきか明かさないか、迷っている内に視界が乱れた。両手を見つめると自分の体が幾度か不確かになっていくのが分かる。時間が迫っていた。

「私はここにはいられないから」

 これ以上の思いは伝えれない。だから、言葉短く発していく。「お父さんとお母さんをよろしくね」涙を目尻に溜めながら、弟にも声をかける。まだ眠っているのだが、微かに微笑を浮かべていた。

「ありがとう、行ってきます」

 その言葉を最期に架純の姿を消える。突然の事で理解が追いつかない父親は、架純がここにいた事を何度も口にし、彼女の姿を探す。彼の肩に触れ、母親は「あなた」と優しく沈痛な声音で呼びかけた。

 父親は彼女の表情と語調でようやく悟り、泣き崩れる。もう二度と会えないと思った娘との再会。どれだけ嬉しかった事か、全てを察して彼はただただ声を殺して泣く事しかできない。

 泣き崩れる夫の姿をしばし見つめた後、母親は窓から空を見る。満天から零れ、一筋の光が流れ落ちていく。

「行ってらっしゃい」

 見送る彼女の瞳からも涙が流れていた。次巡り会う時は温かな時間を共に過ごしていきたいと願いながら。

 

「あ、流れ星にゃ!」

 待ち合わせの公園で星空を見上げていた凛と花陽。春夜、肌寒い風が二人の髪を優しく撫でていく。

 天気予報では流れ星が見えるという話はなかったが、どうしてだろうかと花陽は考える。そして、一つの解に辿り着いた。旅立った彼女の冥福を祈りつつ、約束を改めて胸に秘める。いつかあの場所へ再会する為に。

「かよちん、何か願ったにゃ?」

「願ったというか、約束したというか……」

 どう言葉に表していいのか分からず、花陽は言葉に詰まらせる。彼女は気付いているのだろうかという不安がよぎって、どうしても口まで上ってこない。しかし、彼女の心配は杞憂だった。

「凛も約束したにゃ、かよちんと一緒にあの場所に行くって!」

 流石は親友。花陽の態度から察して、事情を把握したのだろう。もしくは元から分かっていたかだ。それ以上は問いただす必要はない。

 凛の言葉を受けて、花陽も首肯し「絶対行こうね……!」言葉短めに決意を固めた。そして、もう一度空を見上げる。

 もう流れる星はなく、静かな満天だけ。平静を取り戻した空は、月や星を優しく輝かせる。

「む、やっと来たか」

 彼女達の傍らでずっと口を閉じていたドーン伯爵。少し前に使い魔を飛ばし、正成達を案内させていたのだ。

 声に気付いた彼女達はドーン伯爵が見ている方向へ顔を向ける。大柄な体格でしっかりとした足取りで歩み寄る人物――鉄正成と認めた。そして、彼の元へ駆け出す。

「お、ようやく合流できた」

 至って平然とした声音で正成は迎えた。髪はボサボサ、衣服は砂まみれであちらこちらに穴が開いており、お世辞にも整った恰好ではない。それでも彼が無事だった事に喜ばざるは得ないだろう。

「鉄さん……良かったぁ~……」

 花陽は安堵した様子で正成を見つめる。彼が身を挺して、自分達を先に逃がしてくれたから不安な気持ちがあった。ようやく一息つくが、異変を気付く。彼のデニムジャケットが変色していたからだ。

「鉄さん、また怪我……」

「安心しろ。掠り傷だし、血は止まっている」

「どう見ても、かすり傷ではないにゃ!?」

 少女二人は驚く。氷弾が突き刺さった事によりできた傷は、生々しく目を逸らしたくなる。今すぐにでも医療機関に運びたいところだが、この時間帯に開いている病院はあるのだろうか。

 また正成が素直に応じるとは思えない。神田明神の件もそうだが、怪我を怪我として捉えていない節がある。だから、一緒に病院へ行く事は拒否するだろう。

 花陽は頭を抱え、どう説得したものかと考えていた矢先、ドーン伯爵が開口する。

「仕方ない、奥の手を使うしかあるまい」

 ドーン伯爵は手を患部にかざし、目を閉じて集中。本人しか理解できない言語の羅列を言い連ねて、魔力を手に集約させ、柔らかな風を与える。すると、みるみる正成の傷が塞がり、治っていく。

「ありがとう」

「礼には及ばん。それより左肩もこっちに向けろ」

「最初からそうしてくれたら良かったな」

「力はそうそう使わん方が良い。お前だって分かるだろうに」

 軽口を叩きつつも左肩も治療し、大きな外傷は完治した。正成はもう一度礼を言って、これから花陽達を送っていくと切り出す。彼の提案には花陽達も断る理由がない為、素直に応じて帰路を共にする。

 歩いていく最中、流れた一筋の星について話す花陽。正成も察していたのか、口を重たくしていた。

 ふと、思う。彼女がいなかったから、自分達は進むペースが速まる事がなかったのではと。花陽はもう一度だけ星空を眺める。満天は何事もなかったように星を瞬かせるだけ。今日のような一日は一瞬にすぎないという事だろうか。

 それでも重大な一日に変わりないと思い、花陽は前を向いた。後ろを振り返る事はなく、ただ前だけ見て歩いていく。

 

 

 場所を移して、ダンジョンワールドのとある場所にて――。

 一人の少年が水球を眺めている。水球に映し出されたのは、正成達の姿。彼らの動向、いや自身が助けた少女の動向を見守る為だ。願いが叶えられた今、彼は静かに微笑む。これで良かったと、切なる思いが込み上げながら。

 足元の水面が揺れ、来訪者を告げる。水球から目を離し、訪れてきた者に目を向けた。黒々とした短い頭髪、浅黒い肌に壮麗な衣服を纏った青年が気難しそうな表情で見つめている。

「あなたがここまで来るなんて珍しいね。アダム」

「何をとぼけた事を言っているんですか、ミセリアさん」

 アダムと呼ばれた青年は丁寧な口調で少年の名を呼ぶ。この青年こそが、霊界の裁判官達を統べる長、〈天霊裁判長 アダム〉なのだ。逃げ出した架純をアブハムやサライに追わせた張本人である。

 一方、ミセリアと呼ばれた少年、〈三角水王 ミセリア〉は穏やかに笑いかけるだけ。自分は何も関与していないとも主張しているよう。そんな彼をアダムは穏やかな語勢で言及する。

「あなたが小田架純を手引きしているのは分かっているんですよ」

「さて、何の事かな?」

「とぼけても無駄ですよ。下界にあなたの魔力の反応があったんですから」

「流石、霊界の長。流してはくれないようだね」

 観念したように、ミセリアは肩を竦めた。「彼女に肉体を与えたのは、僕だよ」簡単に白状し、話を続ける。

「霊災に巻き込まれて、ダンジョンワールド(ここ)で亡くなった子だから」

「それだけ? 地球で過ごした時間も思い起こしたんでしょう?」

「そうだね。向こうで家族と一緒に過ごしていた時期を思い出したのもある」

「相変わらず、情に流されやすい方ですね」

 アダムの一言にミセリアは苦笑いを浮かべるしかない。実際、手助けをしてはいけないのに、情に任せて助けたのだから誹られても仕方ないとさえ思う。

 架純と出会ったのは、彼女が霊界から逃げ延びた時。傷ついた魂を可能な限り癒して、家族に会いたいという願いを聞いた。地球に転生を繰り返しながら過ごしていた時期、家族を持っていた事がある。妻がいて、子供がいて――それだけで幸せだった時間を思い返し、家族という大切さを身に染みて分かっていた。

 だからこそ、彼女の願いを叶えたいと思ったのかもしれない。大切な人と最期の言葉を交わせないのは悲しい事だから。

「今回の件は見逃しますけど、次はやめてくださいね?」

 嘆息を吐いたアダムは目元を厳しくさせ、語気を強めた。「彼らが暴走すると、どんな影響が出るか分かりませんから」真剣な眼差しは相手が角王だろうと関係なく射貫く。冗談を言っている語調でもない。

「肝に銘じておくよ」

 真面目なアダムの声音からミセリアもおどける事なく静かに受け止める。幸いにして、逃げ出した魂が暴走したケースはまだないが、暴走すれば最悪の事態を招きかねないのは容易に想像がつく。再び霊災による被害で生命が消えていくのを見るのは御免だと。

「では、私はこれで」

 ミセリアの反応を見て、伝えたい事が伝わったと感じたアダムは踵を返す。「彼女の事は、今回の件を含めて公平に裁判しますので、ご安心を」悠然とした調子で告げるとそのまま来た道へと姿を消していった。

 その背を見届けた後、ミセリアは水球に目を向ける。映し出されているのは、正成が花陽達と別れようとしている時。

「今度、彼らに礼を言いに行かなくちゃいけないね」

 穏やかで優しい微笑は正成や花陽達へと向けられていた。まるで子供を見守る父親のような眼差しで。

 

 

 花陽達と別れた正成達は、桜並木を通りながら家路を歩いていた。ライトアップで照らされた桜は、神秘的で昼間と違った顔を覗かせる。一陣の風が吹くと、桜の花びらが当てもなく宙を彷徨い、やがて地面にはらりと落ちていく。

「今日は本当に疲れた」

「オイラ、腹減ったぜ」

 花陽達と合流するまでの間、体をすこしでも休める為にカードの中にいたドラムがSD姿で隣を歩いていた。左手で腹を擦り、空腹という事を誇示。だが、正成の対応は冷たい。

「飯は作ってやらないぞ」

「マサ、冷てぇぞ。オイラも疲れているのに」

 他愛のない会話を数合い重ねた後、正成は足を止め、目上の桜をじっと見つめる。頭の片隅には夕日に照らされた少女の笑顔が甦っていた。彼女の誕生日花の花言葉を思い出し、言葉を紡ぐ。

「あなたに微笑む、か」

 何事もなさそうに吐いた言葉。けれど、重く響く。彼にとって、とても大切な言葉だから。

「……死んだ幼馴染の事か」

 さしもドラムとて、軽く取り出させる話題ではない。重々しく口を開き、訊ねる。双眸はいつになく真剣だ。

 正成は何も返答しない。代わりにドラムを一瞥して、肯定の意を伝える。沈黙が一人と一匹の間に流れていく。とても重苦しい空気だけが場を支配していた。

「マサの家族とか、幼馴染とか……どうなんだろうな?」

 ドラムが沈黙を破る。先程より明瞭な声音で質問を投げかけ、答えを待つ。まだ空気は重く、口を開く事さえ憚れそうだ。

 それでも正成は極めて平静な語勢で返す。翡翠の瞳は微かに悲しみで揺れながら。

「爺さんは知らんが、親父とお袋は地獄行きだろうな」

 風が吹く度に散っていく桜を見ながら、次の句を継ぐ。「幼馴染は……あいつは、きっと天国だろう」声がほんの僅かに震えていた。強い人間だと思われていた鉄正成の弱さが露見する。誰もが見た事がない彼の弱さが響く。

「どうして、そう信じられるんだよ?」

 不思議で仕方なかったのだろう。ドラムは明瞭な声音はそのままに訊ねた。怒っている訳でもなく、茶化す訳でもなく、真剣な表情で言葉を待つ。地獄や天国など信じなさそうな男が、何故幼馴染の事だけがそう言えるのか。

「信じなければ、救われない。それだけだ」

 言葉短めに正成は答える。脳裏に思い起こす彼女の姿は、夕日に染まった笑顔を浮かべたまま。彼の時間はそこで止まっていた。戻る事も進む事もなく、大切な人がただ笑いかけているだけ。過去に囚われた哀れな男――それが鉄正成。

 だから、夕日の笑顔から数日後に彼女が自殺したという事が欠け落ちている。死んだという事実を知っていても現実味が帯びない。まだ夢心地に浸かっているよう。何故なら、彼女はまだ夕日の中で笑っているから。

 また再び沈黙が流れる。あまりにも繊細すぎる話題は正成達を疲弊させていた。口が重くなり、開く様子が見られない。

「信じるだけなら、良いよな?」

 誰に対しての言葉だろうか。真意は正成の(うち)のみ。

 それから何も言わず、彼は歩き出した。止まっている時間を抱えながら、足早に桜並木を通り過ぎていく。

 もう一度風が吹くと桜が揺らめいていた。笑っているかように音を立てながら、彼の背を見送って――。




 これでこの作品は完結です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 これをまるまる一本の短編として出そうとしていたので、改めて文字数を見ると、戦慄しています。分割して良かったかもしれない……。

 今作で登場したオリジナルキャラクターのデータに関しましては、後日、活動報告の方で掲載します。今しばらくお待ちいただけると幸いです。(需要については不明ですが)

 また途中で出したミセリアの設定は、この作品のオリジナル設定です。これぐらいはあり得るよねという想定の元で書いていました。気に入らない解釈だったのなら、すみません。

 あまりにも稚拙な作品を最後まで読み通していただいた皆様に、もう一度お礼申し上げます。改めまして、ありがとうございました!

 では、この辺りで筆を休めたいと思います。感想や活動報告のコメントなどお待ちしております。
 また現在連載している作品や今後気まぐれで出す短編もよろしくお願いいたします。


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