へびつかい座の回診 (サンダーボルト)
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その名はアスクレピオス

アスクレピオス先生なら米花町に喜んで移住しそう


「事件の顛末は理解できたな?ならばそいつを速やかに連行して僕を解放してもらおうか」

 

 

 ある場所で起きた殺人未遂事件。黒いフードを目深にかぶり、黒いコートを身に纏った男は警察に向かってまくしたてる。

 一連の犯行は、かの睡眠探偵が紐解いた。事に至った動機が犯人自らの口から告白されようとしたところで、この男が遮るように話に割り込んだ。

 

 

「こいつが事件を起こした理由なんて僕には関係の無い事だ。黙って話を聞いてやる義理も無い。医者である僕の時間を健康な者に態々割く事に何の意味がある?合理的じゃない」

 

 

 他人事とは言え、ここまであっさりと切り捨てられるものなのか。現場にいる人間の視線が集中するが、男の主張は変わる事は無い。

 

 

「分からないのか?事件が起きれば警察が来るように、患者がいるなら医者である僕の出番なんだよ。特にこの米花町ではひっきりなしに患者が発生するからな。終わった事件に構っている暇は無い。新たな患者が僕を待っている。

 

 ほら早くしろ。遅れれば遅れるほどに死人が増えるぞこの町は」

 

 

 事件現場を後にして、街をさまよう彼は感じ取る。

 

 

 新たな血の匂い。

 

 

 新たな患者の気配。

 

 

「…クク、最高だな米花町は。ただ歩き回るだけで珍しい患者が運び込まれてくる。病気の類は少ないが、怪我の症例は類を見ない程に多い。

 この町にいれば医術は大きく進歩するに違いない。事実、この町で僕の医術の経験値は他の場所など比較にならない程に溜まっているのを感じるぞ…

ハッ、ここには死神が居憑いているなんて噂も聞くが、医者にとっては理想郷だな。ざまあないな、死神め!!」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 眠りの小五郎が有名になる遥か前から、米花町にはとある医者が住み着くようになった。

 

 事件が起きた時に必ずと言っていいほどその場におり、被害者の治療及び蘇生を試みている。加害者が頭をひねって絞り出したトリックの殆どが、その場で蘇生されて意識を取り戻した被害者の証言でおじゃんになり、結果的に事件解決になっている事からも警察から一目置かれている存在。

 

 米花町以外にも日本各地や外国まで飛び回り、珍しい症状の患者を探し回っては治療する。マッドサイエンティストと噂されるが、概ねその通りである。

 

 現在は高校生から小学生になるという毒物の被害を受けた患者の治療中。何かと事件に巻き込まれる彼の体質を利用し、溢れ出る患者を治療しながら医術の進歩に向かってまっしぐらに突き進んでいく。

 

 見た目はマッド、素顔もマッド。

 

 その名も、神医アスクレピオス。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「阿笠、追加の麻酔針を持ってきた。確認してくれ」

 

「おお。毎度の事ながらスマンのぉ、先生」

 

 

 ケースに丁寧に梱包された麻酔針を一本一本確かめる阿笠。眠りの小五郎のカラクリに使用する小道具のため、不備がないか念入りに調べている。

 

 

「どうだ、江戸川。前の健診から体調に変化は起きていないか」

 

「これといって何もねーよ…。大体、前って言ったって三日前の話だろ?」

 

「お前の体に起きている事象は興味深い。できれば毎日検査したいところだ」

 

「勘弁してくれよ…」

 

 

 げんなりとした表情を浮かべる工藤新一――現在は小学生の体になってしまった江戸川コナン。思えば、阿笠の次にこの男に頼ろうとしたのが始まりだった。

 

 

「(お医者さんにそんな顔するもんじゃないぞ新一。こんなオカルトまがいの出来事を事実として動いてくれとるんじゃから)」

 

「(それには感謝してるけどよ…予想以上に食いつきが良くて恐いんだよ。被検体っつーかサンプルっつーか、明らかにそういう目で俺の事見てるしよ)」

 

「(推理出来たじゃろそんな事。なのに何で彼に助けを求めたんじゃ?)」

 

「(あっちこっちで難病やら大怪我やら治しちまう奴だからな…。俺が高校生探偵やってた時に現場でかち合った事も一度や二度じゃねーし。常識は通用しねーが……医者としてなら俺の周りで一番信用できる)」

 

 

 ワンチャン治せる手段持ってるかも、なんて望みを懸けて相談したのだが、流石に経口摂取の毒物による幼児化の前例は無かった。当たり前だが。

 

 

「…チッ。症状が出てからもうずいぶん経つというのに、体調に変化は見られないか。風邪をひいた事は何度かあるが、常人と変わらん症状だった。特に治りが早かったり遅かったりもしない。

 せめて、幼児化の瞬間を見る事ができれば何か分かるかもしれないが…」

 

 険しい顔でカルテを読み込むアスクレピオス。特に代わり映えしないデータの羅列に思わず舌打ちをする。

 

「俺が毒を飲まされたのは取引の現場だったからな。目撃者もいなけりゃ映像も残ってねーよ」

 

「今は無害とは言え、元が毒だ。本来殺害を目的にして作られているなら、無暗にあれこれ中和を試すのも危険だな。採取した血液にも毒物の反応は出なかった。現状は経過観察しか出来ることが無い」

 

「くそっ……もどかしいな」

 

「ま~慌てても仕方なかろうて。どうじゃ先生、良い和菓子が手に入ったからお茶でもどうじゃ?」

 

「そんな暇は無い。この後も予定が詰まっているんでな。江戸川、何か変化が起きたら僕に連絡しろ」

 

「おう」

 

 

 そう言ってアスクレピオスは次の患者のもとへと向かう。せわしなく動き続ける医者の背中を見届けるコナンと阿笠。

 

 

「よくもまあ、毎日毎日ああも動けるもんだな」

 

「新一とて、毎日毎日推理の事しか頭にないじゃろ」

 

「流石にあの医者ほどじゃねーよ。

 

 ―――――なあ博士、知ってっか?」

 

「何をじゃ?」

 

「アスクレピオス先生がこの町に来てから、死人の数がぐっと減ったんだってよ。毛利のおっちゃんが言ってた」

 

「そうじゃな」

 

「人を救うって、大変なんだな…」

 

「そうじゃな…」



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マッドドクターは助手が欲しい

名探偵コナンはアニメで見てたけど、漫画は読んでなかったんですよね。

話を作るためにコミックスをレンタルしてきました。

この話と、ラベンダー屋敷の事件は返す前に書きたいですねぇ。


 俺とおっちゃん、蘭の三人はゴールデンウィークの真っ只中に霧のかかった海の上を小さな船に乗って進んでいた。行き先は伊豆沖の月影島という小さな島だ。

 この島に来た目的は旅行ではなく、おっちゃんの元に届いた怪しい手紙と電話で依頼されたからだ。

 

 

「それにしても何なんだ?『次の満月の夜 月影島で再び影が消え始める 調査されたし』って…何を調べりゃいいのかサッパリ分かんねえじゃねえか」

 

「何かの暗号かもしれないわよ?あ、でも依頼なのにそんなややこしい事する理由なんてないよね…。ね、コナン君はどう思う?」

 

「うーん、僕にも分かんないや。夜に何か良くない事が起こりそうなお手紙ってことぐらい…」

 

「そっか…。あの、先生は何か気づいたことはありませんか?」

 

「興味ないな。謎を解くのはお前たち探偵の仕事だ。僕には関係ない」

 

「達って…探偵なのはお父さんだけですよ?コナン君のは探偵ごっこなだけで…」

 

「大人だろうが小学生だろうが、僕に益があるならどうでもいい」

 

「アハハ…(相変わらずだなこの人は)」

 

 

 そして何故かアスクレピオス先生も同行している。おっちゃんが依頼で月影島へ行く事をどこからか聞きつけて、無理矢理ついてきたらしい。

 

 

「こんな仕事に先生が来るこたぁないでしょう…。自腹切ってついてくるっていうから許可はしましたがねぇ…」

 

「良いじゃないか、お前たちと一緒ならどこでも事件事故に遭う確率が飛躍的に上がり、僕が患者を診る確率も上がる」

 

「(そんな理由でついてきたのかよ)」

 

「しかも場所は離れ小島ときた。きっと米花町とは違う傷病が出るに違いない。ああ、期待が膨らむな…どんな患者が発生するのか…」

 

「(もう事件起こるって確信してるし)」

 

 

 月影島に付いた俺達四人は、依頼者である麻生圭二さんの情報を村役場に聞きに行った。

 だがそこで分かったのは、彼は12年前に自分の家に火をつけて、自分の家族もろとも焼け死んだという大事件を起こした事。そして、燃え盛る炎の中で力尽きるまでベートーベンのピアノソナタ『月光』を弾き続けていた事だった。

 依頼料は振り込まれていて、送られてきた手紙の消印がこの月影島だったのでただの悪戯とは思えず、俺達は麻生圭二さんの事をもっと詳しく調べるために彼の友人だったという村長に話を聞きに行く事になった。

 

 途中で道を教えてもらおうとして出会った浅井成実さん。彼女は若い女性ながらきちんとしたドクターだった。

 

 

「毛利、お前探偵の癖して医者と看護師の区別もできないのか?」

 

「め、面目ないっス…」

 

「その若さで大したものだ。僕はアスクレピオス。主に米花町で活動している医者だ」

 

「え、わぁ、同業者さんだったんですか!?」

 

「ああ。米花町は良いぞ?連日連夜あらゆる傷病者が担ぎ込まれてくる。あの傷害事件てんこ盛りの町に来れば、お前の医者としてのスキルにも更に磨きがかかるだろう」

 

「え、患者が多いのは医者としては嘆くべきでは…?」

 

「?何故だ?事件が起きるのは僕達のせいじゃないだろう。患者を治し、それを医術の進歩に役立てる。それが僕達の仕事であり、使命だ」

 

「は、はぁ…」

 

 

 当然ながら、同じ医者でも話が噛み合わないアスクレピオス先生と浅井先生。

 その浅井先生の話によると、今夜はこの村の前の村長、亀山勇さんの三回忌が行われるようだ。それにはもうすぐ行われる村長選挙の候補者、清水正人さん、黒岩辰次さん、川島英夫さんも参加するとのこと。

 公民館で現村長の黒岩さんに話を聞くために待たされていた俺達は、大きな部屋に置かれたピアノを見つけた。そこで村長秘書の平田和明さんから、このピアノは麻生さんと亀山さんが死んだ事件に関わっている呪いのピアノだという話を聞いた。両方の事件で弾かれていたピアノソナタの月光…なんだかキナ臭くなってきたぜ。

 

 法事が終わるまで玄関で待たされていた俺達だったが、アスクレピオス先生が急に立ち上がった。

 

 

「どーしたの、アスクレピオスせんせー?」

 

「患者だ」

 

 

 え?と聞き返す俺達を置いて、先生は公民館の中に駆けていった。慌てて後を追っていくと、さっきのピアノが置いてある部屋のドアを先生が勢いよく開けたところだった。

 

―――――そして、部屋の中には。

 

 

「――――――――え?」

 

 

 ずぶ濡れの川島さんをひきずっている、成実先生の姿があった。

 

 

「あ…」

 

「浅井先生…?」

 

 

 予想外の光景に言葉を無くした俺達の隣で、アスクレピオス先生はいつものように手袋をはめている。

 

 

「患者だな?浅井、横に寝かせろ。速やかに診断したのちに治療する」

 

「………あ、の……」

 

 

 俺達と同じように言葉を詰まらせている浅井先生を見て、アスクレピオス先生は苛立ちを露わにした。

 

 

「おい、動けないならどいていろ。治療の邪魔だ」

 

 

 呆然として距離を取った浅井先生の目の前でアスクレピオス先生の医療行為が始まる。数えきれない現場を経験している先生の手際は見事なもので、早過ぎて俺も何をしているか分からない。

 

 ただ、分かっている事が一つある。

 

 

「チッ、ただの溺死か…つまらん。おい毛利、手を貸せ。患者を蘇生させる」

 

 

 今日も先生は人を一人助けたって事だ。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 息を吹き返した川島さんの証言で、彼を溺死させようとした(というよりさせたけど治された)のは浅井先生だと分かった。警察に連絡して目暮警部が到着した後、浅井先生が何故このような事件を起こしたのかを皆に話した。

 

 

「俺の父は自殺なんかじゃない……殺されたんだ!こいつらに!!!」

 

 

 なんと浅井先生の正体は12年前に死んだ麻生佳二さんの息子、麻生成実(あそうせいじ)さんだったのだ。彼は父親の死に疑問を持っていて、息子だとバレないように女装してこの島に来ていたという。

 2年前、亀山さんに呼び出された時に麻生佳二さんの息子だとバレて、父親が死んだ真相を知った彼は復讐のために犯行に及んだ。

 

 

 川島さん、黒岩さん、亀山さん、そして無職の西本さんと麻生さんを合わせた五人は、麻生さんのピアノの海外公演の機会を利用して楽譜を使った暗号で麻薬を買いつけ、さばいていたのだ。麻薬の隠し場所はあのピアノに隠し扉があり、それを使って取引されていた。

 だが麻生さんはもう協力しないと言い出し、秘密が漏れるのを恐れた他の四人が家族ごと麻生さんを焼き殺した。成実さんは東京の病院に入院中だったので、一人だけ難を逃れていたのだ。

 

 

「そ…そんな話デタラメだ!亀山の奴がトチ狂って、そんな作り話を!!」

 

「何だと!?」

 

「だいいち、そんな証拠がどこにある!?人を殺そうとした奴の話なんか、誰が信じる!?」

 

「――――っ!!」

 

 

 黒岩さんの必死の叫びに、俯いて拳を握りしめる成実さん…。その様子をじっと見ているアスクレピオス先生が、ボソッと呟いた。

 

 

「あいつ、欲しいな…」

 

「は?」

 

 

 思わず素の声が出てしまった。いや、どゆこと?今までの話、なんにも聞いてなかったのかこの人!?

 俺や狙いを付けられた成実先生は勿論、この場全員の何言ってんだこいつと訴える視線がアスクレピオス先生に集まる。

 

 

「常々思っていたんだ。僕の仕事を手伝う人手が欲しいとな」

 

「どうしてそれが今でてくるの!?」

 

「あいつはただの平凡な医者じゃない。親を殺され、その仇がのうのうと生きていると知ってもなお、医者としての仕事をまっとうしてきた。傍から見れば狂気とも言える。気に入った」

 

「気に入ったの!?」

 

 

 先生がグリンッ!とおっちゃんの方に振り向いた。目をギラギラさせて詰め寄る先生にビビるおっちゃん。

 

 

「毛利、僕に雇われろ。この事件の真相を全て暴くんだ」

 

「はぁ!?」

 

「ちょ、ちょっと待ちたまえ!それは我々警察の仕事だ!」

 

「それはそうだな。だが、僕は僕で最善を尽くすだけだ」

 

「だ、だがそうは言ってもなぁ…警部殿達が来ているのに、俺等のやる事なんて…」

 

「依頼料は望む額を支払う」

 

「不肖、この毛利小五郎!全身全霊を懸けて隠された真実を解き明かしてみせましょう!!」

 

「お父さん…」

 

「毛利君…」

 

 

 あっさり依頼を受けちまったおっちゃんに蘭と警部の呆れたような視線が突き刺さるが、当人はまるで気にしちゃいねぇ…。

 

 と、思っていたら、先生が俺の肩に優しく手を置いた。

 

 

「あいつが僕の仕事を手伝ってくれて、医術がもっと進歩すればお前も嬉しいよな?コナン君?」

 

 

 俺に対するワイルドカードを何の躊躇いもなく切ってきやがった!!これってつまり、「賛同しないならお前の秘密を皆にばらすぞ愚患者?」って事じゃねーか!!

 

 

「う、うん!僕もそう思うよ!」

 

 

 必死になってそう返せば、先生は満足して笑みを浮かべた。

 

 

「…………どうして」

 

 

 成実先生の掠れた声が耳に入る。そりゃあ、普通は信じられないよな。あって間もない人間が犯罪を起こした自分を助手にしようだなんて。

 でもこの人に一般論なんて通用しない。見境ないって言われりゃそれまでだが、別の言い方をすれば罪を犯した人間に対する偏見も無いって事だ。

 

 

「お前は医者としてまだ伸びそうだからな。医術の進歩のためにも、ここで芽が摘まれてしまうのは惜しい」

 

「先生……で、でも…俺は…」

 

「安心しろ、あらゆる手を使ってでも守ってやる。だからお前は医術に全てを懸けろ」

 

 

 成実先生の返事も聞かず、言うだけ言った先生はおっちゃん達と話し始めた。

 ……しゃーねえ。俺だって、真実が分からないままなのは嫌だからな。この事件、とことんまで付き合ってやろうじゃねーか!

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時から今に至るまでの出来事は全部、夢だったんじゃないかって思う事が今でもある。

 

 公民館の倉庫の中に父が残した譜面の暗号が残されていて、それに一連の犯行の告白文があった。

 加担していた川島、黒岩、西本の三人は逮捕され、ピアノの隠し扉を使って麻薬取引をしてた平田も麻薬密売で捕まった。

 

 俺も殺人未遂の罪で捕まったけど、アスクレピオス先生が連れてきた弁護士が、あの法曹界のクイーンだった時は度肝を抜かれたなぁ。しかも毛利探偵の妻だったなんて。

 

 法廷では自分に殺意があった事も含めて、全部正直に話した。でも妃弁護士の弁論術に加えて、動機が一家纏めて焼き殺された事に対する復讐で情状酌量の余地がある事。毛利探偵と蘭ちゃんとコナン君が村の人達に聞き込みをして、俺が医者の仕事を問題なくこなしていたことを証明してくれて、罪はかなり軽くなった。

 それどころか執行猶予までついてしまって、感極まって法廷で泣いてしまったんだ…。

 

 医者の仕事を続けられるようになり、今は米花町で正式にアスクレピオス先生の元で働いている。先生の言っていた通り、ここでは事件が他の場所よりも多いため、患者もそれに伴って多くなる。

 いやもう、本当に毎日忙しすぎるよ。来た時の最初の頃なんか一日の途中でぶっ倒れたからね、俺。これでも体力には自信があったのに…。

 

 

「さて、出かけるぞ成実。新たな患者が待っている」

 

「はい、先生!」

 

 

 今日もまた俺を救ってくれた憧れの人の背中を追いかける。

 

 父さん。見ててくれよな。

 

 俺、父さんや先生に恥じないような立派な医者になってみせるからな!




FILE.アスクレピオス

コナンではオカルト要素も少なからずあるので、サーヴァントが出てきても不思議じゃない……はず。あまりに死体が多いせいで、もういい僕が治す、みたいな感じで出てきたんじゃないかな(適当


FILE.麻生成実

火事の中から助け出す予定でしたが、それだと殺人罪が成立して即戦力にならないために序盤で犯人バレさせました。
助手になった後も女装は続行中。理由は「女の姿の方が診察を大人しく受ける患者が多いから」だそうです。


FILE.毛利夫妻

過去に小五郎が刑事を辞めるきっかけになった発砲事件に介入。英理の足の傷を痕も残さず綺麗さっぱり治療しました。お礼として夕食に招待された事があるため、二人の別居の理由も薄々察している。娘に理由は(色んな意味で)言えない。はよヨリ戻せ。


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いずれ起きる悲劇を治せ

書きたかった話を何とか書き終えた…。

気が向いたらまた書きますね。

何気に医療ネタが多そうな名探偵コナンのお話。


 日本という場所に馴染みは無いが、海を見ていると不思議と穏やかになる。かつてイアソンの奴に乗せられたアルゴー号の甲板から見た景色を思い出させるからだろうか。

 

 あの旅路に感慨など持ち合わせていないが、退屈はしなかった。

 

 米花町にいるだけでは知識が偏ってしまう恐れがあるから、足を延ばして四国まで来てみたが、気分は悪くない。

 

 ………さて。休息もほどほどにして新たな患者を探しに近くの病院でも―――

 

 

「…………ん?」

 

 

 崖の先に目をやると、一人の女が突っ立っているのが見えた。メイド服を身に纏った女は、崖に打ち寄せる白い波を覗きこんでいる。

 

 

「何をしてるんだ…」

 

 

 あんな格好で海を見に来たのか。少し気にはなったが、すぐに興味を無くした僕は戻ろうと踵を返そうとした。

 

 その瞬間、女の姿が崖から消えていた。

 

 

「……………」

 

 

 ほう、なるほど。どうやら米花町程ではないにしろ、事件はそこいらで起こるものらしい。しかも今回は東都では起こりづらい崖から海への転落か。

 

 心の中で膨れ上がる高揚感を抑えながら、その女の後を追って崖から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクの親友がメイドとして働いているラベンダー屋敷で起きた、お嬢様の首吊り事件…。自殺として終わったはずの事件が半年後に急に殺人事件として再捜査になった。

 そして、事件当時にそのお嬢様と二人きりだったという親友が容疑者になってしまった。

 

 ボクがこの事を知ったのは、久しぶりに親友から電話がかかってきた時だった。

 

 

 『変な喋り方の高校生探偵が私を疑ってる!助けて七槻!!』

 

 

 ただ事ではないと感じたボクは、急遽四国へ行くための準備を整えた。そしてまずは親友の元へ向かおうとした矢先、再び親友から電話がかかってきた。

 

 ただ、電話の相手は親友のご両親で、話は親友が崖から飛び降りたという内容だった。

 

 

 「……………………う、そ」

 

 

 頭の中が真っ白になり、その場で崩れ落ちそうになったボクを繋ぎとめたのは、

 

 

 ――――居合わせた一人の医者が、親友を助けて今病院で治療している

 

 

 その情報だった。

 

 病院の場所を聞いたボクは、一目散にそこへ向かった。

 

 どうか……どうか無事でいて!!

 

 病院に着いて話を聞いて、部屋を教えてもらったボクは急いでその扉を開ける。

 

 

 「香奈っ!!!」

 

 

 病院の中だというのも忘れて、大声で親友の名前を叫んだ。

 

 

 「な、七槻ぃ…」

 

 

 弱々しい声で応える、親友の声。水口香奈は生きていた。恐れていた最悪の事態になっていない事に安心して、張りつめていた糸が切れたボクの目から涙が零れた。

 

 

「良かった…助かったんだね…!」

「うん……お医者様が私の事、助けてくれたの。今は親と話をしてるの…」

「そっか…」

 

 

 椅子を出して香奈のベッドの隣に座って話を聞く。ボクの気持ちも幾分か落ち着いた時に、病室の扉が開いた。

 

 入ってきたのは銀髪の男の人で、ボクを見ると視線を鋭くした。ただならぬ雰囲気に、ボクも警戒して立ち上がった。

 

 

「お前か、僕の患者の名前を大声で叫んでいたここがどこかも分かっていない常識の無い女は」

「ごめんなさいっ!!」

 

 

 お医者さんでした。さっき自分のした事を思い出して即座に頭を下げる。そうだよ、ここ病院じゃん!!思いっきり大声出しちゃってたよ!!

 

 

「フン、次から気を付けろ……で、誰だお前は」

 

 

 お許しを貰ったボクは、頭を上げてお医者さんに自己紹介をした。

 

 

「ボクは越水七槻っていいます。探偵をやっていて、こちらの水口香奈の友人なんです!あの、香奈を助けてくれて本当にありがとうございます!!」

「なに、こっちも珍しい傷病者を診れたから気にするな。人間が崖から落ちるとああなるのか…クク、貴重なデータが手に入ったぞ。これで医術は更に進歩できる…!」

 

 

 こっちのお礼を気にも留めず、怪しい笑みでブツブツ呟いているお医者さんを見て、この人大丈夫なんだろうかと思ったボクは間違ってないはず。

 

 

「一応お前にも伝えておこう。この患者の外傷は既に治療は終わっていて問題ない。ただ、心的外傷はまだ残っている」

「それって…」

 

 

 ――――トラウマ。香奈の顔を見ると、まだ何かに怯えているように顔色が優れていない。

 

 

「話を聞いてみたが、彼女は殺人事件の容疑者になっているそうだな」

「……まさか、それで?」

「ああ。警察の尋問に耐え切れなくなったのが原因のようだ」

 

 

 それを聞いて、自分の頭が沸騰したように熱くなる。何よそれ!!警察が香奈を追い詰めて、それでこんなことに!!

 

 

「七槻……私、どうしたらいいの…?」

 

 

 いつも真面目で元気だった親友が、今は見る影もなく弱っている。ボクは彼女の手を握って、安心させるように笑顔を見せた。

 

 

「心配しないで!香奈の無実はボクが必ず証明してみせるから!」

「……ごめんね…ありがとう…」

 

 

 小さな声で応える香奈。ボクは彼女を絶対に助けなくてはいけない。探偵として。親友として。

 

 ずっとボク達の様子を見ていたお医者さんが、顎に手を当てて思案顔になったのが見えた。

 

 

「心的外傷を治すには、事件を処理する必要がある訳か」

「え?」

「そういった専門家には伝手がある。医者の仕事かと言われれば疑問が残るが、まあ……新しいサンプルケースの釣りだと思えばいいか」

「協力してくれるんですか!?」

「警察の連中もうるさいからな。…………何が事件の容疑者だ。病気の原因になってる連中を患者に接触させるわけ無いだろうが。あれこれ理屈付けて健康な奴が病院に居座りやがってクソが」

 

 

 黒いオーラを発しながら毒づいたお医者さん。詳しい事は分からないけど、この人も医者として香奈を守っててくれていたんだね…。

 

 

「この病院には話をつけている。警察の連中に手出しはできん。両親も残っていてくれるそうだ。出来るだけ早く病気の原因を排除する」

「分かりました!」

 

 

 こうしてボクは、初めて会ったお医者さんとラベンダー屋敷の事件の再調査に乗り出した。

 そういえば、お医者さんの伝手の人って誰なんだろう?きっとボクと同じ探偵なんだろうけど…どんな人かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院の外で助っ人を待っている間、お医者さんとちょっとした話をした。お医者さんの名前はアスクレピオス。普段は米花町で医療活動をしているんだって。

 

 

「米花町っていえば、あの高校生探偵の工藤新一君もいる町ですよね?会った事はあるんですか?」

「まあな。あいつの行くところではよく事件が起きる。医者としては重宝するよ」

「へぇ~…」

 

 

 事件が多いのは重宝する事なんだろうか?内心ボクが疑問に思っていると、目の前に一台の車が停まった。何だかとっても高そうな車だなぁ。

 運転席から出てきたのは年上の男の人。アスクレピオス先生よりも上かな?

 

 

「待たせちまって悪いね、先生」

「別に構わない」

「電話で話してた患者さんのダチの探偵ってのは、そっちのお嬢ちゃんかい?」

「はいっ。初めまして、越水七槻です」

「俺は茂木遥史だ。この先生とは外国へ行った時にちょっとした縁があってな。こうして呼び出された訳だ」

 

 

 茂木遥史っていえば、駆け出しのボクでも知ってる有名な探偵じゃないか!?危険な事件にも怯まず突っ込んで解決するっていう大ベテランの探偵…。

 そんな凄い人が力を貸してくれるなんて。アスクレピオス先生って何者なの…?

 

 

「さて、話は移動しながらするとしようや。乗りな」

「行くぞ、越水」

「わ、分かりました!」

 

 

 車に乗り込んで例のラベンダー屋敷へと向かう道すがら、ボクは茂木さんに事件のあらましを説明した。

 

 

「自殺の筈の事件が殺人に、ねぇ…。それなら、その屋敷に行く前に警察に寄って、殺人の証拠品とやらを見せてもらおうじゃねぇか」

「任せる」

 

 

 茂木さんの提案で警察に行ったボク達は、事件の担当の刑事さんから新たに見つかった証拠品を見せてもらった。

 

 

「これは…」

「ネジ、ですね…」

「ああ。しかも頭が切られてやがる」

 

 

 明らかに何者かが細工した後のネジ。

 茂木さんがこの証拠品を借りてくれて、ラベンダー屋敷に着いたボク達は調査を始めた。

 このネジが見つかったのは、お嬢様が自殺した部屋の窓の外。

 

 

「刑事さんの話だと、この窓の窓枠がボンドでくっつけられてたって言ってましたね」

「窓枠のネジを外して短く切って、寸足らずのネジの頭側をはめ直して、しっかり固定されてるように見せかけるトリックだったな」

 

 

 そう、このトリックなら簡単に窓を外すことができるようになり、他殺の線も浮上してきたという。でも……。

 

 

「ボクが調べた時には、こんなネジ無かった…」

「そもそも鑑識が見逃すか?こんな分かりやすいとこに落ちてたネジに、細工された後の窓なんてよ?この部屋が密室だってんなら、出入り口の扉や窓は注意深く調べるだろ」

「そう、ですよねぇ…」

 

 

 茂木さんの言う通りだ。ボクや警察がこんな簡単なトリックを見落とす筈がない。

 

 

「このネジも妙だな」

 

 

 調査をボク達に任せっぱなしにして手持ち無沙汰だったアスクレピオス先生が、預かっていた証拠品のネジの一つをガーゼに乗せてボク達に見せてきた。

 

 

「半年も野ざらしになっていたにしては綺麗すぎる。そう思わないか?」

「ああ。そいつも気になってたところだ。となると…」

「………事件から半年の間に、新しく仕掛けられたトリックって事…ですか?」

「だろうな」

 

 

 茂木さんと意見が一致した。このトリックはラベンダー屋敷の事件とは関係ない物だ。

 

 

「考えられる可能性とすりゃあ、ベターにこの屋敷に盗みに入ろうとした奴が細工したんだろうな」

「ですね。もしも香奈に罪を被せようとしたんなら、最初から仕掛けてないとおかしいですから」

「だな。蓋を開けて見りゃ存外大した事ねぇヤマだったな。良かったな越水の嬢ちゃん。ダチの容疑はすぐ晴れると思うぜ」

 

 

 これで香奈の無実が証明される。

 

 その事実にボクは確かに安心したけど――――それ以上にこみ上げる怒りがあった。

 

 ボク達が調べた事は、殺人の線が上がった時にきちんと再捜査をしていれば分かった事だ。

 どこかの高校生探偵がこれは殺人事件だと警察に吹き込んで、それを鵜呑みにした警察が香奈に強引な尋問を繰り返して…!――香奈を追い詰めて、身投げさせたんだ!!――

 香奈がやったって決定的な証拠が無いから、自白を強要させようとした…!

 

 

「ふざけるな…!!」

 

 

 塞き止められない激情が口から漏れ出す。こんな話があってたまるか。杜撰な推理と捜査で、人一人の人生が終わってしまうところだったんだぞ…!

 

 

「オイ、茂木……つまりこういう事か?僕の患者の水口香奈が精神疾患を抱えた原因は、どこかのクソ探偵が無責任にありもしない殺人の可能性を示唆して、無能な警察が疑いもせずに状況証拠だけで動いた結果か?」

「纏めるとそうなるわなぁ。しかしどうしたよ、アンタ事件の被害者とかに肩入れしないタイプだろ?」

「高所から落下した患者に対するデータが取れたのは大きいが、それとこれとは話が別だ。自然発生する疫病と違い、トラウマといった精神疾患は発生させない環境にいる事が予防策であり、治療策なんだ。

 自分らで病気を生み出して悪化させているあいつらは、医者から言えば病原菌と同じだ。正直とっとと殺菌してやりたい」

 

 

 探偵と警察相手にボロクソ言いまくる先生に、茂木探偵も苦笑い。ついでにボクの怒りも四散していった。

 これあれだね。自分よりパニックになっている人間を見ると、逆に自分が冷静になるってやつ。

 

 

「チッ、まあこれを警察に言えば患者に寄り付かなくなるだろう」

「だな。そうと決まりゃ善は急げだ。戻って説明するとすっか。――――テメエ等が何したかってのも、じっくりとな」

 

 

 茂木さんも……表情からは窺えなかったが、怒っているようだった。

 自分と同じ怒りを感じてくれている人と出会えたことに、ボクは感謝した。もしも――ここにいるのがボク1人だけだったなら、取り返しのつかない事態を引き起こしていたかもしれないから。――

 

 警察に事情を説明し終わった後、茂木さんは行き掛けの駄賃とばかりに例のトリックを仕掛けた犯人も挙げた。近隣の町で聞き込みをして似た手口の事件が起こっているのを調べ上げ、次に狙われそうな場所を探偵の直感で選んで張り込み。そしてそれが見事に的中して犯人を逮捕する事が出来た。

 ボクも連れていってもらったけど、探偵の仕事がどういうものかを間近で見られて良い経験になったよ。

 

 

「でも、やっぱり悔しいなぁ…。警察は香奈に正式に謝罪したけど、あの高校生探偵の事は喋ってくれなかったし…」

「ああ、そいつの事なら見当はついてるぜ」

「え!?」

 

 

 聞き込みのついでにな、と笑っている茂木さんに対してボクは驚きを隠せなかった。同じ探偵でも、この人には敵いそうにない。

 

 

「どうにも探偵ってやつを甘く考えてるようなんでな。ここは先輩として、厳しさを教えてやらねぇとなぁ…?」

 

 

 少しドスの効いた声で台詞を吐いて去っていった茂木さんにボクは深く頭を下げた。あの人はボクと違って大人だ。きっと、ボクにはできないやり方でお灸をすえてくれるだろう。

 

 アスクレピオス先生も、後の事は病院の人に任せて米花町へ帰っていった。

 実は香奈が元気になったら、改めてお礼を言いに米花町のあの人の元へ訪れる計画を立てていた。幸いにも香奈の回復は早く、計画はひと月も経たないうちに実行された。

 

 長期休暇を利用した新幹線での長旅を終えて、駅のホームで伸びをするボクと香奈。

 

 

「ん~~~!!着いたねえ米花町!」

「だ、大丈夫かな…。ネットで調べたけど、この町って結構危ないって噂だったよ?」

「あはは、ボクがいるから大丈夫だよ!」

 

 

 親友の手を引いてあの人の――アスクレピオス先生の所へ。嬉しさと期待と、ちょっぴりのドキドキを心の中に秘めて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そして、ボクはこの目で見た。

 

 

 

 

 ――――いかなる謎をも解き明かす、小さな名探偵を。

 

 

 

 

 ――――最後まで生を諦めず、死の淵から人を救う名医師を。




FILE.越水七槻

友達思いなのに犯罪者になってしまった悲しい探偵。彼女を助けたいって思っているコナンファンは多いんじゃないでしょうか。
今後は米花町でフリーの探偵として活躍するんじゃないでしょうか。まあ仕事には困らないよね…。


FILE.水口香奈

漫画では名前が無かったけど、アニメではちゃんと名前が付けられていたみたいです。
メイドやってただけあって身の回りの世話とか得意そうなんで、七槻の元で事務仕事とかやるんじゃないかな。


FILE.茂木遥史

TVスペシャルで出てきたハードボイルド探偵。アスクレピオスとは外国で撃たれた時に治療してもらった時に知り合った。茂木さんみたいに魅力的なキャラクターも多いから、再登場しないかな…。




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