愚直な軌跡 (ネオニューンゴ)
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第一話 入学

閃の軌跡をやり直してたら書きたくなったので衝動で書きました。拙い部分も多いと思いますがよろしくお願いします。


昔から何をするにしても自分は上手くいかなかった。

 いや、上手くいかなかったと言うと少し語弊があるかもしれない、なんというか平均以上の事ができなかった。

 例えば勉学は平均を大きく上回る事が出来ず、順位で言えばいつも中の中か中の下、勉強する時間を増やし、予習や復習をいくらしようが一度たりとも平均を大きく上回る事がなかった。 剣を握った事もあったが、どうしても上手くいかず、師には限界を言い渡された。入門3ヵ月の年下に負けた時は夜ベッドの中で声を殺して泣いた。

 別に人より劣り過ぎてるという事ではないが、勝負事は運が絡むものでない限り勝てる事は少なかった。自分は10歳の時にようやく悟った、というよりも諦めた。自分は何をやっても人より上手くいかないのだろう、ならば頑張る分を減らしてしまおう。そうすれば楽に生きられる・・・・・・

 予想通り頑張る分を減らしても何とか平均ぐらいは維持できた。だが一つ問題が残っていた。何事も平均程度の自分はなんの面白味もない、はっきり言って居てもいなくてもどっちでもいい存在だったのだ。

 悲しき事かな、そんな人間には友人といった存在は出来にくく、学校では孤立した存在になりがちだった。当然周りから悪い風に思われていなかったと思うが良い風にも思われてなかっただろう。

 さて、そんな自分が社会に溶け込んで生活していくにはどうするべきか、答えは『良い人』でいる事である。人が面倒臭がる仕事を率先して引き受け、頼み事は断らず、人の顔をを窺って生きていき、なるべく相手の気分を害さない、これで周りからは『良い人』というよりは都合のいい人間の出来上がりだ。都合のいい人間となり続けた自分に付いたニックネームは『無償の遊撃士』だった。人それを『パシリ』と言う。

そんな生活を続けて3年間たったある時自分の中で一つの変化が訪れた、授業で短距離走をした時、生まれて初め自分は平均以上の事をやってのけたのである。3年間パシリ生活を送っていた自分は人より足が速くなっていたのである。さすがにその時は笑ってしまった、まさかパシリ生活で自分が平均より上を行くとは、我ながら滑稽な事だ。だが『足』ならば自分はもしかしたら・・・・・・その日からは足を鍛えた、足技中心の武術も習った、やはり技の呑みこみや精度は人に劣るがそれでも脚力で補う事もでき、必死になって練習をした。この時初めて努力する事の楽しさを覚えた。

 始めは試合や組手での結果は黒星ばかりであったが徐々にではあるが白星も増えて来て、自分の中に楽しいという感情が広がっていった。

 15歳の時なんとかこの足技を活かせる進路に進みたいと思い武術の師範に相談すると『トールズ士官学院』という学校を勧められた、険しい道になるぞ……と師範に釘を差されたがこの足と武術が活かせるならと思い、親に相談すると怒られた、父親は1週間口を聞いてくれず、母さんからは何度もやめなさいと諭されたが自分の決意は揺るがなかった。一カ月の交渉の末、仕方なくといった感じで両親は許してくれた。

 ここまでが自分『ハイメ=コバルト』が『トールズ士官学院』へと入学する事となった経緯である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七耀暦1204年 3月31日

 

 故郷オルディスからの旅を終えたハイメは目的地である『トールズ士官学院』のある町『近郊都市トリスタ』の駅を出た、街にはライノの花が咲き誇っており、きれいだなとハイメは景色に見惚れてしまう。

 しかしハイメは余裕を持って入学式に行きたいという気持ちと、これから三年間過ごす学び舎に早く行きたいという気持ちがあり、学院へと足を進めた。町にはカフェや花屋、教会もある、帝都が近いからか中々町は賑わっている印象を受けた。学院へと歩いていると他の生徒の姿もちらほらと見えだしたのだが、一つ気がかりな事が出来た、明らかに今自分が身に着けている制服がおかしいのだ。一般の生徒は緑を基調とした制服だが、自分は赤を基調とした制服だ。

 初めは貴族クラスの物が間違われて送られてきたと思ったが、それらしき生徒はいかにも貴族が好きそうな高級そうな白を基調とした制服を身に纏っている。この事からハイメは目立ってしまい、視線を集めてしまっているようで大変居心地が悪い。

 

「まいったな・・・・・・」

 

 と頭を掻くハイメ、この恰好では変に目立ってしまい、最悪制服を勝手に改造した変な人間と思われかねない。

 何故自分は入学初日からこんな目に遭うのだと、軽く気を落としながらハイメは長い石畳の坂道を登り終え校門前まで来る。見上げると本校舎と思しき大きな建物が見えて来てつい立ち止まってしまう、これから自分が三年間学ぶ校舎だと思うとどこか感慨深いものがある。視線を校門へ向けると緑色の制服を纏った小さな女子生徒と作業服を着た少し横に太めの男子生徒が目についた、二人の生徒はこちらに気が付いたのか近づいて来る。

 

(まずいな・・・・・・あれは上級生にあたる人達だろうか?きっとこの制服の事、怒られるのだろうな)

 

 考えているうちに二人の足音がこちらに近づいて来てしまったようだ。

こうなってしまっては仕方がない、まずは謝ろう、事情を説明すればきっと分かってくれるだろうからとハイメは腹を括る。やがて二人は自分の前に立ちどまるが、しかしハイメは後ろめたさがあるため視線は下へといき、体も固まってしまう。そんなハイメを上級生の二人は不思議に思うがそんな事も気にならない程焦っているハイメは意を決して謝罪の言葉を口にする。

 

 

「入学おめでとう!」

 

「大変申し訳ない」

 

「……?」

 

「え?」

 

 小柄な先輩は何故謝られているのか分からないといった風な声を出し、恐る恐る首を上げて表情を確認すると本当に分からないのか首を傾げており、横の作業服の先輩も同じような表情をしている。

 この制服について謝っているつもりなのだが、もしかしてこの制服は変ではないのかと一瞬考えるが、とりあえず確認してみようと疑問を投げ掛ける。

 

「あの、申し訳ない、自分の制服は他の生徒と違うから、もしかしたら自分は校則違反の格好をしていると思い謝ったのだがこの制服はトールズ士官学院の制服でよろしいのだろうか?」

 

 自分が説明すると二人は、ああなるほどと呟き合点のいったような表情を浮かべていた。

 

(やはりこの制服は間違ってはないのだろうか?ならばこの制服はなんなのだ?)

 

 ハイメが思考の海に潜っていると、女子の先輩が口を開き始めた。

 

「ゴメンね、まずその制服は間違いなくウチの制服だから大丈夫だよ、びっくりしちゃったよね?」

 

「ええ、まあ」

 

「ええっと、まずは自己紹介からさせてもらおうかな、私はトワ・ハーシェル、この学院の生徒会長を勤めさせてもらってるんだ、それで私の横にいるのがジョルジュ君だよ」

 

「これはご丁寧にどうも、自分はハイメ・コバルトです」

 

 まさか、目の前にいる小柄な先輩が生徒会長とは、とハイメは少し驚くが、こんなことを考えるのは先輩に失礼だろうと考え直す。恐らくかなり優秀な人なのだろうとハイメは思う。

 

「ええっと、色々と聞きたい事はあるだろうけど入学式が終わったらオリエンテーションがあるから詳しくはそこでね」

 

「なるほどわかりました、それではありがとうございました」

 

「うん!入学式が行われる講堂はここから左にあるから、またねハイメ君」

 

 ハイメは軽く会釈をして二人の先輩と別れて講堂へと向かう。

 中へ入ると別の先輩に席へと案内された、どうやら自分はかなり早く来てしまったようだ、周りの席はまだ人は少ない。三つ編みの女子生徒が前の席に座っており、彼女も自分と同じ赤い制服を着ており、自分だけでなかったとハイメは安心し、入学式が始まるのをじっと待つ。

 やがて周りの席も埋まってきて、ちょうど一時間くらいすると式が始まった。学院長の話や来賓の紹介、新入生の挨拶、在校生の挨拶など一通りの事は終わり、長いような短いような入学式も終わりを告げた。

 これから新入生はオリエンテーションという事らしいが他の生徒は指示を受け各自の教室へと行くようだが、ハイメたち赤い制服の生徒だけは指示がない。

 やかでハイメ達以外の生徒は全員講堂からいなくなり、赤い制服の生徒のみがポツンと残されてしまった。

 

「はーい、赤い制服の子達はこっちにちゅーもーく!」

 

 声のするほうを見ると赤紫の髪をした女性がいる、あの人が、自分達の担任の方だろうか。

 なんというかかなり美人な人だと思った。

 

「君達にはこれから特別オリエンテーリングに参加してもらいます」

 

(特別オリエンテーリング?)

 

周りの生徒もクラスも発表されず、特別オリエンテーリングと呼ばれる物に疑問を抱いている。他の生徒と違う制服に加えオリエンテーリングまで特別、ハイメは首を傾げる他ない。そんなメンバーの様子を分かっているのか分かっていないふりをしているのか自分達の担任と思われる教官は話を続ける。

 

「すぐに判るわ、じゃ私に着いてきて」

 

 赤い制服の生徒達は怪訝そうな表情を浮かべなからも女性教師について行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話 地下迷宮

 生徒達が女性教師に連れられてやって来たのは、校舎の教室ではなく学校の敷地内の外れにある古い建物だった。

こんな所でオリエンテーションとは穏やかではなさそうだとハイメは考えてしまう。ちらりと周りの様子を伺うと黒髪の男子生徒とメガネをかけた男子生徒、それとオレンジ色の男子生徒も不安そうな表情をしている。

 

(というより他の者は何故動揺していないのだろうか?)

 

 ハイメがそんな事を思っていると先導していた女性教師は自分達の方を向くとパンと手を叩き視線を集めた。

 

「それじゃあこれから特科Ⅶ組の特別オリエンテーリングをはじめるわよ!まずは自己紹介ね私が担任のサラ=バレスタインよ、今日から君達Ⅶ組の担任を勤めさせてもらうわ、よろしくお願いするわね!」

 

 笑顔でウインクまでしてらっしゃるがこちらはそれどころではない。

 Ⅶ組?おかしい、ハイメはこの学院は全部でⅤクラスだったと記憶している。

それに入学式の様子をみるかぎりⅥ組は存在しなかったはずだ、やはりこの制服と何か関係があるのだろうか?

ここはやはり聞くべきか?それとも初日で目立つような事は避けるべきか?と迷っているとサラ教官は話を続けた。

 

「まあなんでⅦ組?と思ってる人は多いだろうから先に言っいゃうわね、なんとこのクラスは身分関係なく集められた特別なクラスなのよ特科クラスⅦ組は」

 

 身分関係なく?それこそ意味が分からない、平民と貴族の生徒を一緒のクラスにするメリットなどありうるのだろうか。それともこのクラスになった生徒は何か共通点でもあるというのか?なら尚更自分がここにいる意味が分からない、そんな特別なクラスに自分などが配属されるわけながない、とさらに混乱するハイメ、しかしハイメの混乱させる事態が起こる。

 

「身分関係なくだって?冗談じゃない!貴族風情と一緒のクラスでやっていけというのですか!」

 

 声の上がった方に視線を向けると緑色の髪をした男子生徒が意見していた。この状況でクラス分けに異議を申し立てるとは中々肝の据わった人間らしい。

 するとこの意見に金髪の男子生徒が鼻を鳴らす。緑色の髪をした生徒は食ってかかるが、金髪の生徒は気にも止めていないといった感じでこう続けた。

 

「別に、平民風情が騒がしいと思っただけだ」

 

 これでは売り言葉に買い言葉だ、二人は言い合いを初めてしまった。一瞬にして場の雰囲気は悪くなる、学院だってこんな状況が起きるのは遅かれ早かれ起こりうるのは分かっているだろう。

 

(この空気どうにかならないだろうか?)

 

 と、この場にいた大多数の人間は思っただろう。見かねた教官がパン、パンと二回手を叩き二人の言い合いを止めさせる。

 

「はいはい二人ともそこまで、時間がないから止めなさい、文句なら後で聞くわ、そろそろオリエンテーションを始めないと不味いのよね」

 

 やっとオリエンテーションが始まるようだとハイメは胸を撫で下ろす。ふと、黒髪の男子生徒が教官に質問をした。

 

「もしかして……門で預けた荷物と関係が?」

 

「あら、いい勘してるわね」

 

 と教官はにこやかに言いながら下がり一つの柱に手をつけた、ハイメはサラのその行動に違和感と嫌な予感を同時に覚える。

 

(いや、待ておかしい何故下がる必要がある?説明なら元の位置でもできるはずだ)

 

「それじゃあさっそく始めましょうか♪」

 

 瞬間、視界から教官が消えた。

 唐突に床に穴が出来てハイメ達の体は重力に従い下へと落ちていく。どうやらハイメが一番早く落ちているらしい、上からは悲鳴や叫び声が聴こえてくる。など他人事のように思っているとゴンと鈍い音が響く、どうやら着地には成功したようだが遅れて自分の足に痺れと痛みが襲ってくる。

 

「ッ」

 

 なんとか足に力を入れて立つが、まだ痛みはあるし、痺れも残っている。辺りを見回すとここはどうやら広間となっているようだ。

 だがこの位置にいると後続の下敷きになってしまうかもしれないと思い少し離れて近くの壁にもたれ掛かる。予想通り次々と生徒達が降りてきたようだ。よく見るとその中には黒髪の男子生徒が金髪の女子生徒の胸に顔を埋めている姿も見受けられる。

 

(初日から中々のチャレンジャーだな)

 

 状況を理解したのか金髪の女子は頬を羞恥の色に染め、黒髪の男子に平手打ちを食らわせていた。そんなハプニングもあったがⅦ組の生徒全員が旧校舎の地下とも呼べる場所に揃った事になる。ふいに制服の内ポケットにしまっていた『導力器』が鳴り始めた。

 この『導力器』は入学証明書と共に学院から送られて来たもので、絶対に学院に来る際は忘れないようにと手紙にも書いてあった。ボタンを押すと教官の声が聞こえてくる、どうやら通信機能もついているらしい。

 

「全員無事みたいね」

 

 約1名お世辞にも無事とは言えない生徒はいるが黙っておくべきだろうとハイメは思い口を噤む。

 それから教官からこの導力器について説明があったが一度聞いただけでは全て覚えられず、とりあえずはこの導力器は第五世代代型戦術オーブメント『ARCUS』と言い、ラインフォルト社とエプスタイン財団が協力して開発した物らしい。オーブメントとは導力魔法の使用や所持者の身体能力を上げる事の出来る便利アイテムといったところだろうか。それを今までの物より戦術特化にした代物らしいが導力器に詳しくはないハイメはその程度の解釈しかできなかった。

 

 

 

「さてまずは目の前に10台の台座があるでしょ?そこに校門で預かった皆の荷物があるはずよ」

 

 確かに広間には10台の台座があるが、ハイメは校門で荷物など預けてはいない。なので自分の所と思わしき台座に小さな箱しか乗っていなかった。

 

(しまったな、何か忘れ物でもさてしまっただろうか)

 

 だがハイメの心配は杞憂だったようで各々が取り出した荷物を見て何故自分だけ荷物がないか確信できた。取り出されたのは剣、銃、杖、槍と武器になるものだった。とりあえず教官の指示通り箱の中に入っていた黒いクオーツを嵌め込む。

 すると一人だけ武器を持ってないのが心配だったのかさっき女子生徒の胸に顔を埋めていた黒髪の男子がハイメに声を掛けてきた。

 

「君は武器がないようだが大丈夫か?」

 

「ん、ああ大丈夫だ、自分は武器を持っている」

 

「?すまない見当たらないんだが」

 

「ハハハ……見せた方が早いか」

 

 そう言うとハイメは黒髪の生徒から距離を取り回し蹴りをしてみせる。瞬間ビュンと鋭い音がして黒髪の生徒の顔の前をハイメの足が通り抜けた。

 

「これで分かって貰えただろうか?」

 

「あ、あぁ良く分かったよ」

 

「心配してくれ感謝する」

 

 少し黒髪の生徒の表情がひきつっていて、ハイメは少し悪い事をしたなと軽く反省した。しかし自分の心配をしてくれるとは黒髪の生徒は中々にイイヤツなのかもしれない。ふとハイメが視線を感じると、青い髪の女子生徒がこちらに視線を向けていたがハイメは気付かないフリをした、後で何か言われるかもしれないがこの場で言われるよりはマシだろう。

 そして全員がそれぞれの得物を持ったようなので教官から続きの指示が入る。

 

「準備はできたみたいね、それじゃあ特科Ⅶ組特別オリエンテーションをはじめるわよ♪する事は簡単この部屋から先はちょっとしたダンジョンになっているから各自ゴールまで来てちょうだい、無事ゴールできれば元の一階まで戻って来れるわ」

 

(それだけなら何故武器を持たせる必要がある?まさか魔獣が出てくるわけでもないだろうに)

 

「あっこのダンジョン魔獣も出てくるから頑張ってね、それじゃあ健闘を祈って待ってるわよ♪なんだったらほっぺにチューもしてあげるわよ?」

 

(なに?)

 

 ハイメは生まれてこのかた戦った事のある魔獣など『飛び猫』や『畑あらし』くらいしかいない、一人でゴールまで行けるか不安になってきたがクラスメイトはどんどん先へと進んで行ってしまう。どうしたものかと悩んでいるとさっきの黒髪の男子生徒が声を掛けてきた。

 

「なあ、君もしよかったら俺達と共に行動しないか」

 

「いいのか?」

 

 ハイメからすれば願ってもない提案だ、やはりこの男子生徒はイイ人なのだろう。黒髪の生徒の後ろには導力杖を持ったオレンジ色の髪の男子生徒と槍を持った褐色の男子生徒もいる。どうやら彼らもこの黒髪の生徒と行動を共にするらしい。自分も含め四人もいればかなり安心だ。

これは選択の余地などないだろう、まずは自己紹介をさるべきだろう。

 

「自分はハイメ=コバルトだ、迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼む」

 

「っと自己紹介がまだだったな俺はリィン=シュバルツァーだ」

 

「僕はエリオット=クレイグだよ、よろしくね」

 

「俺はガイウス=ウォーゼルだよろしく頼む」

 

 黒髪がリィン、オレンジ色の髪がエリオット、褐色の人がガイウスと言うらしい。これから二年間学院で共に学ぶ人間だ、名前はしっかりと覚えておこうとハイメは心に決める。

 それから四人で行動するに当たりそれぞれの役割を決める事にした、リィンとハイメはアタッカーとして前衛、エリオットは導力魔法でのサポートに徹するらしいため後衛、ガイウスはエリオットを狙う敵や前衛である自分たちのフォローを買って出てくれたため中衛となった。

 扉の先へと進むと入り組んだ石造りの迷宮が眼前へと広がる、まるでおとぎ話等に出てきそうな迷宮に感嘆し魔獣を警戒しながら足を進める。少し歩くと道の向こうに四匹の飛び猫が姿を現した。即座に、四人は先程決めた陣形へとなる。

 

「よし!それじゃあ打ち合わせ通りにいくぞ三人とも!」

 

「了解した、自分は左の側の二匹を相手する、リィンは右を頼む!」

 

「傷ついたら僕に言って!回復のアーツを使うから!」

 

「なら俺は力を貯めた奴を優先的に狙おう」

 

 ハイメは左側の飛び猫二匹のちょうど中間地点へと走り自らが得意とする技の一つを放つ。

 

「受けてもらうぞ!攻めの型一番『震脚』!!」

 

 ハイメは自分の足で強く床を践む、すると飛び猫二匹は振動にビックリしたのか体を硬直させる、ハイメはその隙を逃がさず手前の一匹めがけて蹴りを繰り出す。体を硬直させた飛び猫は避けることなど出来るはずもなくハイメの蹴りを喰らう。3発ほどで飛び猫は力なく泣き倒れた。後ろの飛び猫は力を貯めようとしていたがガイウスが攻撃してダメージを稼いでくれている。

 

「今だハイメ!」

 

「助かる!」

 

 走った勢いを付け蹴りを入れるともう一体の飛び猫も地に倒れた。

 リィン達の方を見るとちょうどリィンが最後の一匹を切り伏せていた。

 

「終わったな、お疲れ三人共」

 

 リィンのその一言で緊張の糸が切れる、四人ならばなんとかこの迷宮も突破出きるかもしれないとハイメは思い、先程自分のフォローをしてくれたガイウスに礼を言う。

 

「ガイウス助かった、感謝する」

 

「いや、ハイメが魔獣を硬直させてくれたから俺もやりやすかったのでな、ところで最初に放ったあの技は?」

 

「ああ、俺も気になったんだがハイメは武術をやっていたのか?」

 

 リィンとエリオットも気になったのかこちらに集まってくる。

 どうやら三人は武器を使わない自分の技に興味があるらしい。

 

「今の技は『振脚』といって足場に振動を与えて、敵を怯ませたり、動きを鈍くする技なんだ、武術はあまり名は知られていないようだが自分は『鳴神流』という東方の武術を3年程習っていた、半端者で実力は無いが」

 

 三人はハイメの武術の話に思っていたよりも食い付き、迷宮を進みながらそれぞれの故郷の話を交えて進んだ。

 魔獣との遭遇率も高い訳ではなく数も一気に自分達の人数より多くは出現しないため、何とか進む事はできた。

 少し開けた場所が見えてきたため一息入れる。

 やはりと言うべきかここまで戦闘続きできたため多少の疲労はある。

 だからだろう、心に緩みが出来てしまい魔獣の奇襲に気づくのが遅れてしまったのは。

 

「エリオット危ない!」

 

 リィンの声がしてエリオットの方を見ると魔獣がエリオットを後ろから襲おうとしていた、座り込んでいたエリオットは反応が遅れて防御のために導力杖を構える事もできない。

 

(迷っている暇はない!)

 

 ハイメは幸いエリオットの近くで休んでおり、座り込んでもいなかったため、その場から駆け出し魔獣とエリオットの間に割って入る。しかし咄嗟の出来事に防御する間もなくハイメは魔獣の攻撃をモロに食らってしまう。

 いくら一匹一匹の攻撃力が高くはないといえそれをモロに受けたハイメは地に足を着けてうずくまってしまう。

 

 

「「「ハイメ!」」」

 

 三人の声がして前を見ると魔獣が追撃をしようとしている。

 ダメージの抜けないハイメの動きは鈍く防御の構えもとれていない。

 反射的に目を瞑り歯を食いしばる事しかできないハイメが攻撃が来ると思った瞬間一つの銃声が響いた、恐る恐る目を開けると魔獣は後ろからの怯んでおり、好機とばかりにリィンとガイウスが攻撃を浴びせ魔獣は倒れた。

 

「キミ達大丈夫か!?」

 

 緑色の髪をした生徒がこちらに走ってくる、彼はハイメが攻撃を受けたのが自分が助けるのが遅かった事に責任を感じているのか申し訳なさそうな表情を浮かべておりリィンとガイウスは大丈夫かと心配してくれた。エリオットは謝りながら回復のアーツをかけてくれている。

 

「すまない、防御できなかったがエリオットのアーツのおかげで大分楽になったよ、君も助けてくれてありがとう、良ければ名前を聞いてもいいだろうか?」

 

「そうか自己紹介もまだだったな僕はマキアス=レーグニッツだ」

 

「レーグニッツというと知事の?」

 

「……ああ、僕の父だ」

 

 帝都知事の息子か、聞けばエリオットの父親も軍事関係の偉い人らしいが、このクラスは豪華なメンバーでも集めたのだろうか、あの金髪の男子生徒は貴族らしいがまさか今度は四大名門の息子とかでない事を祈るばかりだとハイメは考えているとマキアスが微妙な表情をして口を開いた。

 

「すまない、これだけは聞いておきたいんだが君達の中に貴族はいるのだろうか?」

 

「自分はまごうことなき平民だ」

 

 エリオットとガイウスも身分的には平民に当たるらしい、リィンだけは高貴な血は流れていないと言葉を濁してはいたのが気になったが。マキアスはこの中に貴族がいない事が分かったからか、ふぅと一息つき先ほどの言い合いをしていた事を謝って来た。場の雰囲気を悪くしたのは事実であるがここまで誠実に謝られると許さないという選択肢はないだろう、これから共に学ぶ仲間なのだからなるべくわだかまりはないようにしたい、全員が同じ気持ちだったのかマキアスを咎める者はいなかった。

 マキアスもリィンに誘われ行動を共にする事となり、マキアスは銃を使うのでガイウスと同じ中衛にいてもらう事となった。

 五人になれば魔獣戦も随分と楽になり、随分この迷宮も進む事が出来たと思われる。

 

「そろそろ半分くらいまで来ててもいいよな」

 

「ああ僕もそう思いたいが、あの教官の仕掛けだから分からないな」

 

「あれ?あそこにいるのは・・・・・・」

 

 エリオットが指をさした先にはマキアスと言い合いをしていた貴族の生徒か、向こうもこちらに気づいたのかこちらに歩いて来た。

 そうなれば当然言い合いがまた始まってしまいリィンがなだめようとしているが二人は聞く耳を持たない。

 やがて二人はそれぞれ別の道へと歩いていってしまい、リィンは困ったなとつぶやき頭を抱えてしまった。

 

(しょうがないか・・・・・・)

 

「自分がマキアスを追いかけよう、リィン達は彼を頼む」

 

「いいのか?ハイメ?」

 

「どちらかを放っておくわけにもいかないだろう、それじゃあ頼んだぞ」

 

「気をつけて、ハイメに風の導きがあらんことを」

 

「後で合流しよう、ハイメ」

 

 三人と別れてハイメはマキアスが進んだ道へと急いだ。

 自分一人でマキアスを追う事にしたはいいが魔獣が群れを成して襲い掛かってきたらひとたまりもない変な見栄をはってしまったと若干の後悔をしながら足を進める。

 

 

 

 幸いハイメは足がそこそこ速く程なくしてマキアスの後ろ姿を見つける事ができた。が、どうやらマキアスは魔獣の群れと戦っているらしくどうやら苦戦しているようだ。

 

(三匹以上……くっ、やるしかないか!)

 

 やはりエリオットかガイウスに付いてきてもらうべきだったと再度後悔しつつマキアスを助けるべく群れの中の一匹へ不意打ちを仕掛ける。マキアスがダメージを与えていた事もあってか最初の一匹は一撃で沈んだが、所詮は不意打ち今度はハイメが魔獣に囲まれてしまう。

 こうなればハイメは防御に徹する事しかできずただひたすら攻撃を受ける。

 

(だがこれでマキアスへの注意は全てこちらに向かっている、ならば)

 

 マキアスの方を見るとマキアスはアーツの駆動を行っていた、どうやらこちらの意図を理解してくれたらしい。

 

「よし!ハイメ避けてくれ≪アースランス≫」

 

 マキアスの合図と同時にハイメは横に飛び、ハイメに攻撃を加えていた魔獣は固まっていたためマキアスのアーツにより一掃される。

 

(助かった)

 

 マキアスが範囲攻撃の手段を持っているかは半ば賭けに近かったが、どうやら賭けには勝ったようだと安堵する。

 もしマキアスがこの状況を打破出来る範囲攻撃を持っていなければハイメはかなりの痛手を負っていただろう。

 

「すまない!大丈夫か!」

 

 マキアスが慌ててこちらに駆け寄ってくるが、大丈夫と言う余裕もこちらにはない。

 本来ハイメの戦い方は震脚で自分に有利な状況を作り出し、その隙に攻めるといったスタンスで真向勝負や多対一に自らなんの策も無く飛び込んで行き通用する程の実力は持ち合わせていない。

 マキアスが『ティアの薬』をくれるとの事なのでありがたく使わせてもらう。

 薬を飲むと痛みは和らぎ少しではあるが気分も楽になった。

 

「本当に済まない、キミが来てくれなければ僕は・・・・・」

 

「イヤ、本当に来て良かったよ、マキアスも怪我はないか?」

 

 マキアスは何度も謝りこちらが気にするなと言っても謝り続けた。

 やがて落ち着いたのか最後に頭を下げてきた。

 こちらもこうも謝られるとどうしたものかと、思案する。

 

(あまりこういうのは好きではないが・・・・・・仕方ない)

 

「あー、なら今度珈琲でも奢って欲しい、それで今回の件は手打ちといこう」

 

「ああッ是非奢らせてくれッ」

 

 何はともあれこれで一件落着で、こんな場所でなければ一息つきたいがまだここは迷宮の途中だ。

 あまりゆっくりしていると他のクラスメイトを待たせてしまう、できればそれは避けたかったのでマキアスは心配してくれたが迷宮を進んでいった。

 それからは特に誰にも会うことなく、迷宮を進み、思っていたよりは進んでいたのかそんなに時間を取られずゴールと思しき部屋の前へと到着した。先からは剣戟の音やアーツを駆動するエリオットの声が聞こえてくる。

 

(少しは休ませてほしいんだがな・・・・・・)

 

 マキアスと顔を見合わせるとどうやら同じ事を思っていたらしい、苦笑しつつ仲間が戦っているであろう最後の部屋へ向かった。

 

「『紅葉切り』!」

 

 部屋へと入るとちょうどリィンがちょうど魔獣に最後の一太刀を浴びせているところだった。

ここの主であろう魔獣は床に倒れ伏し、反応は見られない。

 ハイメ達はどうやら来るのが少し遅かったらしく、女子の方も全員揃っているようだ。

 リィンはこちらに気が付いたのか表情を綻ばせ、手を振っている。

 ハイメはバツの悪そうな表情をしつつリィンの元へと向かった。

 

「済まない、来るのが遅かったようだ」

 

「いや、二人でここまで来たんだろう?しょうがないさ」

 

 エリオットやガイウスも駆け寄って来る、女子の方もこちらに来た。

 女子の方には自己紹介してなかったので名乗ろうとしたが、銀色の髪をした女子がピクンと反応した。

 

「気をつけて、アイツまだ生きてる・・・・・・」

 

 その言葉を皮切りに全員は一斉に魔獣が立ち上がっていた。

 よく見ればあの魔獣は石の守護者《ガーゴイル》ではないだろうか?

 確か昔本で読んだ事がある、なら倒す方法は・・・・・・

 

「リィン!確か奴を完全に倒すには首を落とさなければいけなかった筈だ!」

 

「本当か!?なら俺が・・・・・・」

 

「いやリィン、そなたは戦ったばかりで疲弊しているだろう、その役目私が引き受けよう」

 

 大剣を持った青髪の女子が止めの役を買って出た。

 

(確かに彼女の持っている大剣ならばうってつけだろうが・・・・・・女性の力で大丈夫か?)

 

 迷っている時間を敵は与えてくれないらしい、リィンの指示で全員がそれぞれガーゴイルを囲むように位置につく。するとARCUSが突然淡い光を放つ、それと同時に自分以外のクラスメイトがどう動くか頭に流れ込んでくる。

だが・・・・・・

 

(待て、これでは頭がぐちゃぐちゃに・・・・・・)

 

 ハイメが呆けている間に他のクラスメイトは次々と攻撃を加えていき、先程止め役を買って出た彼女が大剣を振り下ろしガーゴイルの首を落としていた。

 その様子をハイメはただ見ている事しかできなかった。

 

(なんてザマだ・・・・・・自分だけがあの状況で動けなかった)

 

 ハイメは自責の念で押しつぶされそうになる。

 ハイメ以外のクラスメイトはARCUSについて語りあったり、互いを称賛し合っている。

 穴があったら入りたいとはこの事だろう、学院生活初日の最後で大失態を犯したハイメは俯き小さなため息を吐く。

サラ教官が奥の階段からやって来て何やらARCUSの説明しているようだが全く頭に入って来ない。

 

「・・・・・・バルト、ハイメ・コバルト!あなたはどうするの!」

 

「えっ?」

 

 顔上げるとサラ教官とクラスメイト全員の視線がハイメに集中していた。

 ハイメは急速に頭を回転させるが、全く話を聞いていなかったためいくら考えても意味を成さない。

 ここは正直に謝る事をハイメは選択した。

 

「すいません、話を聞いていませんでした・・・・・・」

 

 サラは大きな溜息を吐く。

 ハイメは申し訳なさそうに頭を下げる、他のクラスメイトはどんな顔をして今の自分を見ているのか、想像するだけで逃げ出しそうになるが自分が重ねた失敗なので逃げる訳にはいかない。

 

「ここは士官学院よ、自分の失敗を反省するのはいいけど教官の話を聞いていなかったのはいただけないわ」

 

「はい、すみませんでした」

 

「ならもう一度聞くわ、ハイメ・コバルト!あなたはこの特科Ⅶクラスに参加する意思はある?このクラスは他のクラスと違ってかなり厳しいカリキュラムが組まれているわ、参加意思がないなら元々の配属先のクラスに行く事もできるわよ?」

 

その言葉にハイメはすぐに返答する事が出来ない。たった今大きな過ちを犯してしまいどんな顔で参加すると言えばいいのか?それでも己を鍛えに来たのだどうせやるならば厳しい環境に身を置き自分の限界を確かめたいという気持ちもあった、結局ハイメが強く思ったのは後者だった。

 

「いえ、ハイメ・コバルト謹んで特科Ⅶクラス参加させていただきます」

 

「よろしい!これで全員参加ね、ようこそ!トールズ士官学院・特科クラスⅦ組へ、ビシバシ鍛えてあげるから、楽しみにしてなさい!」

 

 こうして特科Ⅶクラスは発足された。ハイメの激動の一年が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作者の戦術リンクの解釈はあくまでこれがあれば誰でも連携が上手く出来るようになるねという便利機能ではなくこれがあれば連携がしやすいよねというあくまで補助的な役割だと思っています。なので適正がある=使えるには直結しないんじゃないかなぁと思い、ましてやあれだけの人数ならそら混乱してもしょうがないんじゃないかと思いこういった結末にさせて頂きました。


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第三話 実技テストと戦術リンク~ハイメとⅦ組~

割りと迷うヒロイン候補、ハイメには誰が合っているんだろうなーとか考えながら、なるべくⅦ組メンバー全員と交流をさせていきたい今日この頃、ちょっと長めですが3話目です。

※追記 改行等うまくいっていない部分があったため修正しました。


四月十八日 自由行動日

 

 入学式から二週間あまりの時間が過ぎた。

学校生活も少し慣れて部活に入り汗を流す者、友人という存在もできて学院生活を謳歌する者、勉学に真摯に打ち込む者もいる。

 この日は自由行動日、学生はそれぞれ思い思いの時間らを過ごす日。

 ハイメは学院の図書館の書庫で一人本の整理に勤しんでいた。

何故ハイメがいわゆる休日という日にこんな事をしているのか?

 それはハイメの進路が進学となったからである。

多くの人は七耀教会の学校で学んだ後そのまま何らかの職に就くのだが、その大多数の理由はやはり進学するにもお金がないからといった理由が多いだろう。

 もちろんハイメの家も一般家庭の平民中の平民、つまりお金がない状態で進学をしたのだ。ハイメの成績では奨学金など望める筈もなく、学院から斡旋された仕事をするかわりに学費を一部免除して貰っているというのが現実だ。仕事をする日は週5日、平日の学院が終わってからと自由行動日半日である。

幸いハイメは特に入りたい部活もないので何とか仕事に打ち込む事ができていた。少しホコリの舞う書庫で今日の分の整理を終わらせたハイメは一息つく。

 

「ん、やっと終わったか」

 

 軽く伸びをして、仕事が終わり他にやることはないか司書の人に確認すると今日はもういいとのことで予定より半刻ほど早く仕事が終わってしまった。何故終わってしまった、等と言ってしまうのか?それはハイメがⅦ組で孤立しがちであるからだ。初日のオリエンテーション以来ハイメは積極的にクラスメイトとは関わろとはせず、教室でも本を読んでいることが多かった。

 つまるところ自ら周りの人間に対して壁を作ってしまっているのである。

リィンやマキアスは心配してくれてか声を掛けてきたりご飯に誘ってくれたりするのだが初日以来クラスメイトに負い目を感じているハイメはやんわりと断る事が多い。それでなくても今Ⅶ組はリィンと金髪の女子アリサ、そしてマキアスと貴族の男子生徒ユーシスらの問題がある。リィンとアリサの仲は周りが何とか回復させようと頑張っているらしいが……

 

(自分が周りに壁を作っている状況ではないと分かってはいるんだがな)

 

 とは言えいかんせんまだ自分の中でも気持ちの整理ができておらず、仕事をこなす事で問題から思考を遠ざけている、このままズルズルといくと大変そうだ。まずは誰かと一回キチンと話してみるのもいいかもしれない。本来自分は他の人間に迷惑をかけてはいけない人種なのだから。

 

(となるとリィンかマキアスあたりか、リィンは確か生徒会の手伝いをしているのだったな、マキアスをお昼にでも誘ってみようか)

 

 気は重いがとりあえず行動せねば何も変わらない、ハイメは制服の内ポケットからARCUSを取りだしマキアスに通信をしてみる。

 3コール程でマキアスが出た。

 

「はい、マキアス・レーグニッツですが」

 

「自分だ、ハイメだ」

 

「ハイメ!?どうしたんだいいきなり?」

 

「いや良ければ昼ご飯を一緒に食べたいと思ってな、もう食べてしまっただろうか?」

 

「いや、まだだ、是非ご一緒させてもらおう、何処で食べる?」

 

「ん、ならば『キルシェ』でとろう、目の前のベンチが集合場所で」

 

 マキアスは了承し、一緒にお昼を食べる事となった。

財布の中身に余裕は無いが、お昼くらいなら何とかなるだろう、集合場所に着くとマキアスは既に到着しているようだった。

 

「すまない、誘ったのは自分なのに待たせてしまったな」

 

「ああ、僕は雑貨屋にいたからね、キミは学院からだろう?しょうがないさ」

 

 談笑しつつ宿泊・喫茶『キルシェ』へと入る。

昼近いからか店内は中々混んでおり、マスターは忙しそうにしていた。二人はクリスピーピザと焙煎珈琲を頼む、十分程で頼んだものは来たので二人で口にする。

 

「美味しいな」

 

「ああ、僕も初めて食べたけど味については同感だ」

 

 それからピザを食べつつ他愛ない談笑をする。学院での生活、授業の内容、はたまた帝都での最近の出来事等、ちょうどピザを食べ終えたタイミングでハイメは本題を切り出す。

 

「実は今日誘ったのは、謝りたくてな、オリエンテーションのガーゴイルに止めを刺すとき自分だけ動けなかった事、それ以来学院で心配してくれたのに自分は壁を作っていたこと、本当にすまなかった」

 

マキアスはそれを聞くと驚いたような表情をした後珈琲を一口すする。

 

(やはり許してもらうのは虫が良すぎるか)

 

「いや、僕達は友達だ、友達の心配をするのは当たり前だろ?」

 

「いや、しかし自分は」

 

「気にするなとは言わないさ、だけどキミはこうしてキチンと謝罪をした、なら僕はとやかくいうつもりはないさ」

 

「本当にすまない、それとありがとう」

 

 マキアスは快く許してくれた、どうやら自分は友人に恵まれたようだ。珈琲を飲み終え、会計を済ましとりあえず店を出た。

マキアスとは店で別れた、その後ハイメはブックストア

『ケインズ書房』に立ち寄り何かいい本はないかと探していると、今度はハイメのARCUSが鳴る、流石に店内で話す訳にはいかないので一度外へと出る、どうやら相手はリィンのようだ。

 

「もしもし、ハイメだが」

 

「ハイメか?リィンだ、今から時間はあるか?」

 

「ああ、大丈夫だが」

 

「良かった実はな……」

 

 話を聞くとどうやら学院長から旧校舎の探索を頼まれたらしい、何でも新しい階層が出来たとか、良ければ一緒に行かないかという誘いだった。二つ返事で了承し、学院へと向かう。

 旧校舎の前まで行くと、リィン、エリオット、ガイウスが待っているようだった。三人と合流し旧校舎内へ入る、前と特に変わった様子は見受けられないが昇降機には新たな文字が浮かんでいた。新しい階層へと降りると、オリエンテーションの時と同じようなダンジョンが眼前に広がる。

 

「む……まさか本当に新しい場所があるとは」

 

「びっくりだよね、大丈夫かなぁ?」

 

「ああ、慎重に進もう」

 

「そうだな、強い魔獣がいるかもしれない」

 

 早速進むと、前回同様に魔獣が行く手を阻む、それぞれ得物を構えて戦闘態勢へと移行する。

 

「よし!戦術リンクを使うぞ、ハイメは俺と、ガイウスはエリオットと頼む」

 

「ああ、分かった、よろしく頼むエリオット!」

 

「うん!頑張ろう!」

 

 ガイウスとエリオットは即座に戦術リンクを繋ぐ、だがハイメとリィンのリンクは繋がらない。ハイメは焦り繋げようとするがその努力も虚しく戦術リンクは一向に繋がらない。

 

(やはり……自分は……)

 

「っ俺とハイメは戦術リンクなしで行く!ガイウス、エリオットフォロー頼む!」

 

 リィンの素早い機転で何とかこの戦闘は乗り切ったが、続く戦闘をガイウス、エリオットとの戦術リンクを試したが、ハイメだけが誰とも戦術リンクを繋げず、やむなくハイメとリィンは戦術リンクを繋がずこの迷宮は進んだ。多少数で押され苦戦する事もあったがハイメ達は何とか最後の部屋の前とおぼしき所まで進んだ。

 

「ここの扉の向こうが最後の部屋っぽいな」

 

「えっじゃあまた強い魔獣がいるのかな?」

 

「フム、まぁいるのだろな」

 

「ハイメ大丈夫か?」

 

「ん、ああ」

 

 この中で唯一戦術リンクを繋げないハイメはやはり心配されてしまう、当然だろうこの先に強い魔獣がいるのだ、自分だけリンク出来ないなど論外だろう。

 

「リィンもう一度だけチャンスを貰えないだろうか?」

 

「ああ、あの時は出来たんだ、もう一度繋げるはずだ、ガイウスもエリオットもいいか?」

 

「当たり前だよ!頑張ろうハイメ」

 

「ああ、当然だハイメに風の導きがあらんことを」

 

 四人は結束を新たに、この迷宮の主が居るであろう最後の部屋へと向かう。

 最後の部屋はやはり広く造られており、程なくして予想通り魔獣が現れる。体は茶色の毛で覆われており、紫色の角と爪を持った獰猛そうな魔獣だ。先手を取ったのはガイウスとリィンだ、即座に槍と太刀で一閃する、それにより魔獣の体勢は崩れる。

その隙を狙いエリオットはあらかじめ唱えていたアーツでダメージを与え、ハイメも後ろへと回り込み蹴りをお見舞いし、いったん下がる。

 

「よし!ハイメいくぞ!」

 

「承知した!」

 

 二人のARCUSが輝きを放ちリンクが繋がる。

リンクが繋がった事を喜ぶ暇などなく、即座に左右に展開し、攻撃を入れる。

 

「八葉一刀流『紅葉切り!』」

 

 相手の魔獣はリィンの攻撃が苦手なのかまた体勢を崩す、相手に休ませる暇など与えず今度はハイメの渾身の蹴りが腹へと炸裂する。魔獣はうめき声を上げて大きく後退する。追撃をかけようとリィンとハイメは駆け出すがここで予想外の事態が起きる。突然ハイメとリィンのリンクが途切れてしまったのだ。二人は足を一旦止め、動揺してしまう。その隙を敵は見逃してはくれない、二人に向かい紫色のブレスを放ち、ハイメとリィンはまともにブレスを受けてしまう。体の表面に焼けるような痛みが走り、ハイメは体勢を崩す。さらに魔獣は追撃をハイメに加えハイメの体は壁へと吹き飛ばされる。

 

「ぐっ」

 

 尚もハイメに追い討ちをかけようとするのに対して、リィンとガイウスはハイメを助けようとするが魔獣から離れていたため、ハイメの方へと向かうが間に合いそうもない。

 

「僕が行く!」

 

 比較的近いエリオットが駆け寄り攻撃を与え、魔獣は一旦怯むが今度はエリオットの方に魔獣は攻撃を加えようとする。そこにガイウスが風を纏った槍を突き立て、リィンが切り込むが、魔獣は腕を払い三人を吹き飛ばす。

 

(自分のせいで他の人が傷付く……自分が戦術リンクを繋げないから?)

 

 改めて事実を再認識するとハイメの腸が煮えくりかえってくる、体の奥から何か熱いものが湧いてくるのを感じたハイメは魔獣を睨み付け、その場から駆け出す。

 

「くっ!」

 

 ハイメは痛みなど気にせず、魔獣の後頭部に飛び蹴りを食らわせる、後ろからの攻撃は想定していなかったのか、魔獣はそのまま前のめりに倒れた。

 

「好機!エリオット!」

 

「うん!」

 

 その瞬間ハイメとエリオットのリンクが繋がる。ハイメは震脚をするつもりで起き上がろうとする魔獣の体を踏みぬき、エリオットは導力杖の攻撃を加えると魔獣はたまらずのたうち回り、起き上がるが体勢は整えられていない。

 

「まだだ、ガイウス!」

 

「任せてくれ!」

 

 ガイウスとリンクが繋がり、お互いのしようとすることが頭に流れ込む、行動は迅速にガイウスの妨げにならないようハイメは動く。ガイウスの風属性のアーツが魔獣の胴体へと当たり仰け反った魔獣にハイメは三段蹴りを当てる。

 

「ハイメ!」

 

「決めよう!リィン!」

 

 最後にリィンとリンクが繋がり、繋がった瞬間ハイメは魔獣の懐に飛び込む、同じタイミングでリィンも懐に潜り同時に攻撃を放つ。

 

「『紅葉切り!』」

 

「攻めの型二番『列空穿』!」

 

 リィンの居合い切りとハイメの鋭い上段蹴りが同時に魔獣へと当たり、魔獣は眩い閃光を放ち消え去る。

 

「お、終わった……」

 

「ああ……俺達の勝ちだ!」

 

 全員満身創痍のためその場で座り込む、やがて興奮が覚めてくると疲労と痛みで体が悲鳴を上げた。

だがハイメの表情は明るい物だった。

 

(出来た、自分も戦術リンクが使えた)

 

 最後の連続攻撃を思いだし、自分が戦術リンクをに成功した嬉しさを噛み締める。ようやく自分も仲間と同じスタートラインに立てた、これで足手まといにならずにすむ、様々な感情がハイメの中でぐるぐると渦巻く。リィン達も自分の事のように祝福してくた。聞くとハイメを誘ったのは戦術リンクの練習をするためらしい。リィンは学院長への報告があるらしく、旧校舎を出たところで別れる。

既に時刻は夕方となっており夕陽が校舎をオレンジ色に染め上げている。高揚感も消え体の痛みと疲れが襲ってきたハイメはベンチを見つけるとそこへと座り込む。やはりブレスの後の追撃がかなり効いたようだ、リィン達の前ではなんとか誤魔化していたが、やはり痛いものは痛い。

 

(帰りに雑貨屋で薬でも買っていくかな)

 

 周りを見ると、部活動の終わった生徒達の姿がちらほらと目につく。

 この学院は運動系、文化系とわず盛んに部活動が行われており部活動に所属している生徒は多い。Ⅶ組でハイメが知っている限りではエリオットが吹奏楽部、ガイウスが美術部に所属していたはずだ。何気なしに部活帰りの生徒を眺めていると、見知った顔の生徒がいた。

 

「彼女は確か……ラウラ……だっただろうか」

 

 彼女も恐らく何かの部活に所属しているのだろう。

 彼女は『光の剣匠』の娘らしく、『アルセイド流』という剣術を使うらしい。

 

(まぁ、全てリィンから聞いた話だが)

 

 ハイメは彼女と話した事はない、入学から二週間以上経っているのに話した事のないクラスメイトがいるのもどうかとは思うが、ハイメは自分から他人に積極的に話しかけるタイプではないのし、あのアルゼイドだなのだから平民のハイメが気後れするのも仕方のない事だろう。それにハイメは女性となると拍車がかかって話せない、こういった時リィンはやはり凄いなと実感する。リィンは男性も女性も分け隔てなく接し、クラスメイト全員と話していた筈だ、もっともアリサとの会話は弾んでいないようだったが、あの二人の関係はそう遠くない内に良くなると思う。

 そんな事を考えているとラウラがハイメの近くまでやってくる、普段ならそそくさと退散するが生憎今日はそんな気力も体力もない。まぁ向こうから話しかけられる事などないだろう、そうハイメはたかを括っていたがそれが間違いだった。

 

「むっ、そなたは確か……ハイメと言ったか」

 

 ハイメの前を素通りすると思われていたラウラが話しかけてきたのだ。予想外の事態にハイメは慌てる、何を隠そうハイメは『お願い』の用件以外で女性と話したことはほとんどなく、同じ武術を学んでいた女性に対しても距離を取っていた節がある。

 つまるところがハイメは女性との日常会話など皆無に等しい。

 

「あ、えっと君はラウラさんだっただろうか?」

 

「さん付けはやめてほしい、そなたと私は同じ志を持つ学友なのだから」

 

(いきなり貴族を呼び捨てにしろと……難しい注文だな)

 

 ラウラの折角の気遣いを無下にするわけにもいかないのでハイメはラウラにさん付けする事を諦めたがどうしても声が上ずってしまう。

 

「ならば、ラ、ラウラ、どうかしたのか、自分などに話しかけて」

 

「いや、特に用件はないが、そなたとは話したことが無いと思ってな」

 

 それはそうだろう、あらかさまにとまではいかないがハイメは女性との会話をできるだけ避けてきたのだ。自分の心臓が早鐘を打っているのがもの凄くわかる。ハイメはとにかく相手の機嫌を損ねないようにせねばならないと心がける。

 

「そ、そうだったか」

 

「そなたとは一度話してみたかったのだ、同じ武の道を歩む者としてな」

 

「そ、そうなのか」

 

 ラウラが自分に興味を持っていたことに驚きつつも何となく話しかけてきた動機は分かる。とはいえハイメはラウラに興味を持たれる程の実力は無いと思っているので、折角声を掛けてくれたのに失望させてしまわないか気になるところではある。ラウラは自分の隣に腰を落とし、話をする姿勢となる。それからハイメの使う流派の事を聞いてきたり、ラウラの使うアルゼイド流の事を話してくれたりした。武術の話ならばハイメも饒舌に語り、気がつけば日は完全に傾いていた。ハイメは時間も時間だしそろそろ帰ると言うと、ラウラはどうせ帰る場所は同じなのだから一緒に帰ろうと言い、二人は一緒に帰ることとなった。その間ハイメが緊張でガチガチだったのは言うまでもない。

 寮につくとハイメはラウラと別れ、自室へと戻る。ハイメは疲れていたため着替えをしてベッドへと体を預ける。程なくして睡魔が襲ってきて、そのまま寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四月二十一日 実技テスト一回目

 

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえ、ハイメは目を覚ます。

 

「ハイメ、起きているか?」

 

「ああ」

 

 時計を見ると何時もなら学院へと向かっている時間だった。このままでは遅刻してしまう、昨日よほど疲れていたのか夕食を摂るのも忘れ寝過ごしたらしい。ハイメはベッドから跳ね起き、急いで学院へ行く準備をし始める。

 

「は、ハイメ?大丈夫か?」

 

「大丈夫だ、リィンは先に学院へ向かっていてくれ!」

 

 リィンへ尚も心配してくれたが自分のせいで、リィンまで遅刻させる訳にも行かないので取り敢えず大丈夫と言っておく。急いで制服に着替え、髪型を治し、鞄を引っ付かんでドアを開け学院へ向かう。食堂にはハイメの分のサンドイッチが置いてありそれを口に加えながら学院へと急いだ。このままいくとSHRに間に合うか間に合わないかだ。ちょうど街の広場に差し掛かる所でハイメは見覚えのある生徒を見掛ける。名前はフィー・クラウゼル

ハイメのクラスメイトである彼女はベンチで眠っている。寝てる所を起こすのは悪いと思ったが、確か授業変更で一時間目はナイトハルト教官の講義だ。遅れでもしたら確実に雷が落ちるだろう。ハイメは仕方ないと呟き、フィーの近くまで行く。

 

「起きた方がいいぞ、このままでは遅刻してしまう」

 

 言葉を掛けるがフィーは起きる様子がない。やむおえず肩を揺らしてみるが、うんともすんとも言わない。

一瞬ハイメはこの子を置いていこうかと思ったが、自分が起こさなかったために彼女がナイトハルト教官に叱られてしまうかと思うと良心が痛むため、置いていくという選択肢は切り捨てた。肩を揺すってもフィーは起きる気配もなく気は引けるがフィーの頬をペチペチと叩くとようやく反応を見せ、瞼をゆっくりと開ける。

 

「ん、おはよ」

 

「いや、おはようではなくてだな、このままではSHRどころか一時間目にも遅刻するぞ」

 

「一時間目はサラでしょ、大丈夫大丈夫」

 

「授業変更でナイトハルト教官の講義になったことを忘れたのか?」

 

 そう言った瞬間フィーはハッとし、ベンチから立ち上がりその場から駆け出す。ハイメもすぐに追いかけ、フィーと肩を並べる。フィーは自分に、ハイメが追い付いたことに驚いたのか、やや瞳を大きくする。

 

「ん、やるね」

 

 そう言うとフィーは更に走る速度を上げ始めた。ハイメも負けじと速度を上げるがフィーは徐々に速度を上げる。やがて彼女の姿は遠くへと消えてしまった。ハイメは何とか校門へと着くがそこで体力が尽きて、肩で大きく息をする。

 

「ゼェッゼェッ、速いな、ゼェッ、彼女」

 

 時計をちらりと確認すると、既にナイトハルト教官の講義には間に合わない時刻だ。気を重くしながら教室へと向かう。

 予想通りナイトハルト教官の雷が落ち、罰として校庭を走る事となった。さらに不運が重なるらしく、二時間目もナイトハルト教官の講義であり、結局ハイメは昼休みまで走る事となった。疲労困憊で教室へと戻るとエリオットとマキアスが出迎えてきた。

 

「やっと……終わった……」

 

「お疲れ様、ハイメ、災難だったね二時間目もナイトハルト教官の講義に変わっちゃって」

 

「どうしたんだい、遅刻なんて君らしくもない」

 

「少し……な」

 

 ぐったりと机に突っ伏し、顔だけエリオットとマキアスの方に向ける。エリオットとマキアスは苦笑しながらお昼をどうするかと聞いてくるが、正直買いに行く体力も食べに行く気力もない。かといって食べなければ午後からの実技テストに差し支えてしまう。そんなハイメの様子を見かねたのかラウラがこちらにやってくる。

 

「事情はフィーから聞いた、そなたも災難だったなハイメ、取り敢えず紅茶を飲み落ち着くといい」

 

 そう言うとラウラは自分の水筒から紅茶を注ぎハイメに渡す。

 

「済まないラウラ、恩に着る」

 

「うん、気にする事はない」

 

 ハイメは紅茶を一口すすり、一息つく。紅茶の押さえられた甘味が疲れた体に心地よい。香りもよく風味もしっかりとしている、高い茶葉を使っているのだろう。そう思うとハイメは少し申し訳ない気持ちになる。

 

「ありがとう、美味しかった」

 

「うむ、それでは私は昼食を食べに行くので失礼する」

 

 ラウラは水筒をしまい、教室から出ていく。その様子をマキアスとエリオットは驚いた表情で見ていた。ラウラが居なくなった事により二人はハイメに詰め寄ってくる。

 

「驚いたな、いつの間にラウラ君と交友を深めたんだい?」

 

「そうだよ、僕ラウラが誰かに自分から話しかけてる所初めて見たよ!」

 

「いや、昨日少し話す機会があってな」

 

 それから二人は次々と質問攻めしてくる。

 結局二人から解放されたのは昼休み終了10分前くらいの時間だった。

 

(まいったな、今からでは昼御飯を食べに行けない)

 

 

 昼からは実技テストなので昼御飯はしっかりと食べたいと思っていたハイメは肩を落とす。意気消沈しているハイメの元に今度は委員長とフィーがやってきた。

 

「あの、ハイメさん少しよろしいでしょうか?フィーちゃんが謝りたい事があるらしくて」

 

「む、別に構わないが」

 

「今朝はゴメン、せっかく起こしてくれたのに置いていっちゃって、それに私のせいで午前中は散々みたいだったし」

 

「いや、気にする事はない、自分が寝過ごした事に大元の原因があるのでな」

 

「これ、お詫び」

 

 そう言うとフィーは学生食堂に売っているトマトサンドを渡してくる。昼食をとり損ねたハイメにとってはまさに願ってもない物だ。フィーにお礼を言いハイメはトマトサンドにかぶりつく。

厚く切られたトマトからは汁が溢れそれがドレッシングと絡み合い程よい酸味を生み出し、食欲をさらにそそる。ハイメはトマトサンドを数口で平らげてしまう。ハイメは気を良くし、フィーには今回の事はもう気にしないで欲しいと伝えた。フィーも許してもらえた事に安堵したようだ。昼休み終了が近かったのでハイメはフィーとエマ、教室に残っていたガイウスと共に実技テストをするグラウンドへと向かうのだった。

 

「それじゃあ、実技テストをはじめるわよ!まず初めての実技テストだから評価の説明をするわね、基本は戦闘だけど、闇雲に戦えばいいだけじゃないわ、仲間との連携や柔軟な適応力、毎回変わるメンバーの中で自分の役割を見つけ、それをキチンとこなして戦闘に貢献しているか、とまぁこんなものかしらね」

 

(なるほど、そこで戦術リンクが肝というをけか)

 

どうやら実技テストで重要になってくるのは戦術リンクらしく、横を見るとリィンも同じことを考えていたようで苦笑する。

 

「まずは、リィン、エリオット、ガイウス、ハイメ、前へでなさい!」

 

「いきなり出番か」

 

「頑張ろう皆!」

 

「む、このメンバーは……」

 

「成る程……な」

 

 戦術リンクが鍵となる実技テストで最初のメンバーの顔ぶれがこれとなるとサラ教官はハイメ達に連携の手本を他のクラスメイトに見せろという事らしい。程よい緊張感を感じながらもハイメは気を引き締める。

 

「それじゃあ、相手はこれよ!」

 

 サラ教官が指をパチンと鳴らすと、何も居なかった筈のそこに白い機械のような物体が姿を現す。人型より一回り小さい機械なのに浮遊しているのはどういう原理で出来ているのか、全員気にはなったがそれよりも実技テストに集中しなければいけない。

 

「知り合いから押し付けられちゃってね、名前は……そうねぇ戦術殻とでも言おうかしら、扱いに困ってたんだけど、良い機会だわ、今の貴方達の力を最大限引き出せば勝てなくはない程度の強さにしてあるから油断しちゃ駄目よ!それじゃあいくわよ!実技テスト開始!」

 

サラ教官の開始の合図と共にリィンはエリオットとハイメはガイウスとリンクを繋ぐ。まずはリィンが切り込み、敵の出方を見る。

 

「ハァッ!」

 

 リィンの上段からの袈裟斬りに対して戦術殻は防御体勢をとる、後ろからガイウスが追撃をかけるが、戦術殻はガイウスの槍の有効範囲から逃げ、アーツの駆動を始める。だがリィンとガイウスの狙いは戦術殻を後方に移動させる事にあった。あらかじめ後ろに回り込んでいたハイメは待ってましたと言わんばかりに構える。

 

「アーツは唱えさせん!震脚!」

 

 震脚による振動で戦術殻のアーツの駆動が解除される、驚いたように戦術殻は両手を振り回し、ハイメを攻撃の間合いから遠ざけようとするが、ハイメは既に防御の構えを取りガードに成功する。

 

「よし!いくよ『アクアブリード』!」

 

 初めからアーツの駆動をしていたエリオットのアクアブリードが戦術殻にそのまま直撃し、戦術殻は怯む。

 

「よし、いくぞハイメ!」

 

「了解した!」

 

 ガイウスが槍を横凪ぎにし、ハイメは踵落としを食らわせようとする。しかし戦術殻もやられっぱなしというわけにはいかないらしく、ガイウスの槍には当たったがハイメの踵落としは避けてみせた。そのまま避けた動きを利用してさらに追撃をかけようとしていたリィンを牽制する。

 

「む……一回仕切り直しか……」

 

「そのようだ、ハイメもう一度行くぞ!」

 

「二人とも攻めは任せた!俺は援護する!」

 

 リィンはその場でアーツの駆動を始め、エリオットはリィンに回復のアーツをかける。ガイウスと目を合わせ、今度はハイメから仕掛ける。

 

「間に合った!ハイメ!『メルティライズ』!」

 

「よし、これなら!列空穿!」

 

 ハイメの鋭い蹴りが戦術殻に当たり、ガイウスの槍が戦術殻を切りつける。戦術殻はハイメ達の攻撃を受けながらもアーツを駆動し始める。ハイメとガイウスは二人同時にアーツを食らうことを避けるため左右に展開する。戦術殻が放ったアーツ『グランドプレス』はガイウスの方に放たれガイウスは避けようとするも範囲があったためダメージを与えられてしまう。ハイメはガイウスのフォローをするべく戦術殻に攻撃を集中させるが、攻撃に集中しすぎたためか、戦術殻の重い一撃を貰い、体勢を崩す。

 追撃しようとする戦術殻にエリオットが前に出て注意を惹き付ける。

 

「ハイメ!ガイウス!立てるか!?」

 

 リィンはこちらに駆け寄り、ティアの薬を使う、徐々にに痛みが引き、ハイメとガイウスは立ち上がる。

 

「ガイウスはエリオットの援護を頼む!ハイメは俺とリンクを、攻めるぞ!」

 

「ああ、エリオットは任せてもらう!」

 

「了解した!」

 

 リィンとガイウスは戦術殻に向かっていき、ハイメはその場でアーツを駆動する。エリオットは戦術殻の攻撃の範囲外から攻撃していたようだが少しずつ距離を詰められていた。そこにリィンとガイウスは左右からの同時攻撃を仕掛け、即座にその場から離れる。

 

「よし!貰ったぞ『ソウルブラー』!」

 

 左右からの攻撃の直後にハイメのアーツが当たり、戦術殻は機能を停止させた。

 

「そこまで、良い連携だったわ四人共!やっぱり旧校舎での探索が良い経験になってるようね」

 

「やっぱり、だからこのメンバーだったんですね……」

 

「ま、そゆことよ♪、さぁ次いくわよ!」

 

 ハイメ達は実技テストが終わり、他の生徒達のテストの様子を見る事にした。次に呼ばれたのはラウラとアリサの二人、前衛と後衛の役割がはっきりとした組み合わせだった。ラウラが大剣で確実にダメージを蓄積させ、ラウラが体勢を整える際はアリサが弓で援護して、戦術殻の気を逸らす。最初は動きがぎこちない二人だったが戦術殻が機能停止するころには抜群の連携をとっていた。続いてはユーシス、マキアス、エマ、フィーの四人の組み合わせで試験が行われた。ユーシスが先手を取ろうと前へ出るが、マキアスは距離を取ってまずは牽制しようと言い、二人の言い合いが勃発。その間フィーが持ち前のスピードと巧みな戦術で戦術殻を翻弄し、エマがアーツでダメージを稼ぐという鮮やかな戦法を披露する。流石にユーシスとマキアスも焦ったのか戦いに参加するも、満足に連携を取れていない二人はフィーの妨げになってしまう事もあり、苦戦の末ようやく機能停止まで追い込んだようだ。これで全員の実技テストは終わり、サラ教官からら総評を貰った後実習先とメンバーが書いてある紙を渡される。

 

A班

 

リィン、エリオット、ハイメ、アリサ、ラウラ

 

目的地

交易都市ケルデイック

 

B班

 

ユーシス、マキアス、ガイウス、エマ、フィー

 

目的地

紡績町パルム

 

(B班の顔ぶれ、これは……仕組んでるなサラ教官)

 

その後マキアスとユーシスはサラ教官へと抗議していたが、サラ教官は全く取りつく島もなく、授業終了の鐘と同時に解散を命じ職員室へと帰ってしまう。ガイウスはその間リィンとハイメにずっと視線を送っていたが、頑張れとしか言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話 先輩と先輩

お気に入り登録、評価ありがとうございます、とても励みになります。まだまだ至らない点も多いですが物語を少しでも面白く出来るよう、また閃の軌跡という作品の魅力が皆様に少しでも伝わるよう邁進していきたいと思います。少し短めですが4話になります。


 Ⅶ組のメンバーは明日の実習への思いをそれぞれ胸に抱き寮へと帰っていったが、ハイメはそうはいかない。

放課後になると仕事が待っている、苦学生は実習だろうがなんだろうがこの学院に在籍するため己の責務を果たさなければならない。事務員の人に今日の仕事を聞きに行くと、今日の仕事は生徒会が斡旋してくれるらしい。ハイメは仕事を貰うべく、学生館二階の生徒会室前へと来ていた。

 

(生徒会長と会うのは入学式以来か……今はいるだろうか?)

 

 ハイメは一度深呼吸をし、ドアをノックする。中からはーいと間延びした返事が返ってくる。

 トワが居ることを確認したハイメは静かにドアを開けて、生徒会室内へと入室する。

 

「1年Ⅶ組所属ハイメ・コバルトです、仕事の件でトワ・ハーシェル会長にご要件があり参りました」

 

「あ、ハイメくん!待ってたよ~」

 

 トワは書類を片付け、椅子に座るよう促す。お茶を淹れると言われたがハイメはやんわりと断る。トワは若干不服そうではあったが、ハイメは生徒会長にお茶をご馳走になる理由はない、かといった断る理由もないのだが……用件は帝都へ繋がる街道に魔獣の群れが出現したらしい。まだ被害が出ていないので手配するには至ってないらしいが、いかんせん場所が場所のため早急に駆除してほしいとの事でハイメに話が回ってきたらしい。

 帝都の遊撃士ギルドが運営されていればこんな事にはならなかったのだがとトワは謝罪をしてくるが、トワに責任があるのではないとハイメは言う。

 地図を貰い早速魔獣のいる場所へと足を運ぶ事にした。

 誰かに手伝ってもらったほうが良いとトワは言ったがこれは自分の仕事であるのと実習前日な事もありでクラスメイトには迷惑を掛けられない。

 リィンあたりなら頼めば来てくれそうなものだが結局ハイメは一人で行く事にした。

 

「この辺りか……」

 

街道から少し外れた脇道に広場のような場所が出来ており、そこでの目撃証言が最も多いらしい。

ハイメは息を殺しそっと岩影から広場を覗くと確かに居た。トワから貰った紙に書いてある絵と照合する、情報通り四匹の畑あらしの姿が確認出来る。

 

「しかし何故こんな場所に畑あらしがいるんだ?荒らす畑も無いだろうに……しかし四匹か……」

 

 とはいえこちらも仕事だやらない訳にはいかない、そう思いハイメは畑あらしに奇襲を掛ける。

 ハイメの回し蹴りが2体に当たり、畑あらしはちょうど分断された形となる。ダメージを与えた2体を素早く攻撃し、畑あらしが合流するのを防ぎ、残りの2体も震脚で隙を作り出し、難なく撃破できた。

 この学院に入ってまだ日は浅いが対魔獣との戦闘は少しずつコツがつかめてきた事を実感する。

 

「フゥ、これで終わりか……しかし何故このような場所に畑あらしが?」

 

 辺りを見回すと奥に細い道が出来ており、そこにどう流れ着いたかわからないが果物が入った荷物が食い荒らされた跡が残っていた。

 畑あらしにとっては絶好のエサ場となっていたらしい、この事を早くトワ会長に報告すべく来た道を戻ろうとしたその時だった。突如ハイメの顔に砂がかけられる、間一髪顔を横にずらしたが咄嗟の奇襲に反応しきれず右目の視界が奪われてしまった。

 

「くっ!まだ居たのか!?」

 

 残された左目を頼りに辺りを見回すと……居た、それもとびきり大きい畑あらしが……

 

「クソッ!こんな奴の目撃証言など!」

 

 とはいえ大畑あらしはハイメが通ってきた道を塞ぐかのように鎮座している。どうやら通してくれる気はないようだ。

 

「大丈夫だ……倒す必要は……」

 

 ないとは言いきれない、こんな大きい畑あらしを放置して置いては周りへの被害が確実に出てしまう。

 ハイメはため息をつき、構える。とりあえずは右目の視力が回復するまで時間稼ぎをするつもりだったが通路での戦闘な上退路はない。とりあえず広場に出る事が最優先だろう。

 

「出し惜しみはせん!二の型『列空穿』!」

 

 ハイメは相手を悶絶させるつもりで腹に蹴りを入れたが大畑あらしは鳴き声は上げたものの怯むどころかその場から動いてすらいない。今度は自分の番だと言わんばかりに大畑あらしは雄叫びを上げ巨大な尻尾で攻撃してくる。モーションが大きかったため、防御には成功したがハイメは後退を余儀なくされ、すぐ後ろに川という所まで追い詰められてしまった。

 いっそ川に飛び込もうかとすら考えた、今回は完全に相手の力量を見誤ってしまったらしい。

 

(万事休すか……今の自分では荷が重い……慢心したな)

 

 ハイメが逃走も視野に入れはじめたその時何者かがこちらに向かって走ってくる音がきこえ、ハイメはこちらに来ては行けないと声を発しようとするがその者の動きはとても早く、ハイメが声を出す前にこちらに来てしまった。

 

「ゼロ・インパクト!」

 

 凛とした声が辺りに響く。

 ハイメは大きく目を見開き驚いた、何故なら自分の蹴りで微動だにしなかった大畑あらしは大きく後退し、苦悶の表情を浮かべ体勢を崩していからだ。

 

「ぼさっとするな!追撃をかけるぞ少年!」

 

「ッはい!」

 

 ハイメは女性の声で我に返り、急いで女性の後を追い追撃を掛ける。

 ハイメは足を、女性は腹を重点的に狙い、魔獣の体勢が崩れれば二人で同時攻撃をしかけ体勢を崩す、この繰り返しを十分程度続け、ようやく魔獣を倒すことが出来た。

 

「終わった……予想以上にタフな奴だった」

 

「そのようだね、大丈夫かな?」

 

「はい、危ない所を助けて頂きありがとうございました」

 

「なに、後輩が困っていたんだ、先輩として助けるのは当たり前だろう?」

 

 どうやらこの女性はトールズ士官学院の先輩に当たる人らしい。学院内で見かけた事はないし、制服を着ている訳でもないとなると卒業生の方だろうか。

 

「さて、それじゃこの事をトワに報告しに行こうか」

 

「?トワ会長のお知り合いの方でしたか」

 

「知り合いも何も私は彼女の友人さ」

 

(トワ会長は卒業生の方に友人がいたのか)

 

 などと考えながらハイメは女性と学園の帰路へとつく。

その間女性はやけに自分のクラスの事を聞いてきたのは気になった、トワ会長にⅦ組の事を聞いたのだろうか、やけに質問された。

 学院に着き早速トワ会長へ報告をするべく生徒会室へと向かう。幸い会長はまだ生徒会室にいたため、会長を待つという事はなく済んだ。

 

「お疲れ様ハイメくん!ってあれ?なんでアンちゃんも一緒なの?」

 

「まぁちょっとね……それよりトワ、目撃証言は畑あらしのみだったはずなのに大畑あらしまでいたよ……たまたま私が通ったから何とかなったが彼一人では危険だったよ」

 

「えっ!本当なの!?アンちゃん!?」

 

「本当さ、なあ少年?」

 

「ええ、この方に助けて頂いたから何とかなりましたが、正直一人だったと思うと……自分では対処しきれませんでした」

 

 トワはそれを聞くとハイメに謝罪をしてくるが、別にトワが悪いわけではないので謝られても困ってしまう、そもそも会長には複数人で行くことを勧められたのに一人行った自分に落ち度があるとハイメも頭を下げ、二人して頭を下げあっていた。

 

「おいおい……何も二人して謝る事はないだろう?今回は本当に事故のようなものなんだ」

 

「でも、アンちゃん!」

 

「トワに謝り続けられても彼が困ってしまうよ」

 

 確かにその通りであった、上級生のしかも女性に頭を下げられるというのは後輩として男として申し訳ない気持ちになる。

彼女の言い分にトワは渋々と納得し、今度はお礼を述べ、謝罪変わりというわけではないがお茶を出してくれるらしい。今度は断る理由のないハイメは黙ってお茶をご馳走になる事にした。

 ソファーへと腰掛け、紅茶が出るのを女性と待つことにする。

 ハイメは自己紹介がまだだったことと女性の名前を聞いていなかった事に気付き自己紹介を始めた。

 

「自己紹介が遅れてしまいました、自分はハイメ=コバルトです、助けて頂き本当にありがとうございました」

 

「おっとそういえば私も自己紹介をしていなかったね、私はアンゼリカ=ログナー、二年生さ」

 

「ああ、先輩でしたか……ろ、ログナー!?」

 

 ログナーと言えば四大名門の一つであり、北部ノルティア州を統括するログナー侯爵家と言えばこれまた有名な家柄だ。なんと言っても最大の特徴はザクセン鉱山の管理をしている事だっただろうか……ラインフォルト社と共同だったような気もするが。

 しかしこの学院四大名門の子息や令嬢が全員いるのではないかと思ってしまう。そのうち皇族の血縁者や鉄血宰相の血筋の者まで入学してくるのではないだろうか?とハイメはありもしない妄想をしていると、トワが紅茶を淹れ終わったようでティーカップを運んでくる。

 紅茶を一口飲むと、熱すぎず、ぬるすぎず、ちょうど良い温度だ。

 

「フフッどうだい?私のトワは紅茶を淹れるのが上手いだろう?」

 

「ええ……私の?……ああ二人はそういったご関係で」

 

「もう、アンちゃん!変な事言わないの!ハイメ君に誤解されちゃうでしょ!」

 

 その後しばらくトワとアンゼリカが仲よく同じような問答を繰り返していたので、ハイメは紅茶をすすりながら先の戦闘を振り返る。アンゼリカと共闘した時リンクもなくあそこまで連携が取れていたのは間違いなくアンゼリカがハイメに合わせてくれていたからであろう、次にアンゼリカの技の威力について、これは言わずもがなアンゼリカの使う武術『泰斗流』だろう、東方から入ってきた流派で確か体内の気を操り技を放つのが得意だったと師範が言っていたような覚えがある。

 だがアンゼリカの脚運びは武術の型と思えない部分が幾つかあった、秦斗流の事を詳しく知るわけでないハイメだが確信に近いものはあった。もし、あの脚運びが我流の物ならば彼女は天才と呼ばれる部類の人間か相当の努力家なのだろう、ハイメの主観ではあるが元ある武術の型に我流を混ぜて自分のスタイルとして扱う事のできる人間はほんの一握りしかいないと思っている。それを10代でやってのけるのだ、自分もいつかそうでありたいと思う反面どうせ自分には無理だと思ってしまう。

 

「ところでハイメ君?キミは明日から特別実習だったろう?時間はいいのかい?」

 

 そう言われ時計を見ると既に寮でいつも夕食を摂っている時間だった。

 

「あっ……もうこんな時間か、すいません自分は失礼させて頂きます」

 

「うん、実習頑張ってねハイメ君!」

 

「私も健闘を祈らせてもらうよ、もし何か困った事があったら私を訪ねるといい、最近は得物を持って戦う人が多くてね、同じ自分の肉体を武器として使う者のよしみだ」

 

 ハイメは最後にお辞儀をして生徒会室から退出する。二人はハイメを見送りつつ口を開く。

 

「本当に頑張り屋さんだねハイメ君は」

 

「……努力家か、だがそれが欠点にならなければいいけどね、私は少し彼が危ういと感じるよ」

 

「アンちゃん?」

 

「あぁ何でもないよ、私のただの独り言さ」

 

 そう言いつつもアンゼリカは腕を組み少しの間思案にふけるのだった。

 生徒会室を出たハイメは急ぎ足で寮へと戻り食事を食べ、自室へと戻り特別実習の準備を始める。

 ついでに机の整理をしていると一通の手紙が出てきた。

 

 

「む……差出人は……師範か、この日付だと4月の頭には届いているな」

 

 封を切って手紙を読むと、近況報告から始まり、やがて愚痴へと変わっている、ハイメはそんな内容に苦笑しつつも懐かしさを感じてしまう。最後にはハイメがまだ教わっていない技の解説まで付いてきていた。

 

「こんな物を見せられては武人として体が疼いてしまうではないか」

 

 ハイメは明日が実習という事を忘れ外へ行き、日が昇るまでひたすら武術の習練に励むのだった。翌日彼が寝不足になるのは言うまでもない事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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第五割 初めての特別実習へ

今回はとある人物回と言っても差し支えないかもしれません。そしていよいよ閃の軌跡の醍醐味の一つ特別実習の始まりです。
ちなみに全くの余談なのですが作者はノンケなのですが何故か旧Ⅶ組だといっつもPTがリィン、ユーシス、ガイウス、アリサと男性の比率が高めになっておりました、皆さんはどのキャラクターがお好きでしょうか?作者はユーシスが一番好きです。
 それでは5話になります。


4月20日 特別実習日一日目

 

「ね、眠い……な」

 

 結局ハイメは日が昇るまで鍛練に没頭していてあまり睡眠時間が取れなかった。集合時間もギリギリで下の階に降りて重い瞼をどうにか開けながら駅へと着いた、今リィン達が切符を買っておりハイメはベンチでダウンしている。ガイウスやエリオットに大丈夫かと言われてしまう始末でハイメは面目ないと返すばかりだ。切符を買いに行ったリィンとアリサが戻ってきたようだ。

 

「切符買ってきたぞ、ハイメ本当に大丈夫か?」

 

「どうしたの?まさか緊張して眠れなかったとか言わないでしょうね?」

 

 事の次第を皆に話すと溜息をつく者、苦笑いをする者の半々くらいだ、唯一ラウラのみが分かるぞといった表情を浮かべウンウンと頷いている。それからⅦ組のメンバーは思い思い談笑していたがB班の乗る列車がホームへ到着したとアナウンスが流れる。

 

「それじゃあ僕達は先に行くぞハイメ、お互い頑張ろう」

 

「ああ、それではなマキアス」

 

「そなた達に風の導きがあらんことを」

 

「大変だと思うけど頑張れよガイウス」

 

 B班のメンバーと別れて間もなくハイメ達が乗る列車もホームへと着いたようなので乗り込む。座席は平日の朝早くという事もあってケルディック方面行きの乗客はあまりいないようだ。これがもう少し時間が経って帝都ヘイルダム行きとなれば話は別になってくらのだろうが……

 

「すまないが自分は少し寝させてもらう、ケルディックに着いたら起こしてくれ」

 

 襲いくる睡魔に限界を感じたハイメはリィン達にそう言うと早々に一つの座席に寝転びすぐに寝息をたてはじめる。

リィン達はその姿にただただ苦笑して見るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハイメ、ハイメ!ケルディックに着くぞ!」

 

「む……」

 

 ハイメは瞼をゆっくりと上げるとリィンの顔が目に入ってくる、一瞬何故自分の部屋にリィンが?と考えたが実習中な事を思いだしすぐに意識を覚醒させる。

朝程の眠さもなく意識はすぐにクリアなものへと変わる。

 

「すまないリィン助かった」

 

「いや、気にしないでくれ、それよりもう大丈夫なのか?」

 

「ああ、大丈夫だ……ん?サラ教官?」

 

「駄目よ~実習はもう始まってるんだから寝たりしちゃ、まぁ初回だから見逃してあげるけど」

 

 ハイメは体を起こして大きく伸びをして窓の外へと視線を向ける。

すでに列車は駅へと差し掛かっており、駅には荷物を多く抱えた商人のような人の姿がちらほらと見える。

 列車はすぐに停止しハイメ達は列車を降りる。

 何故一緒にサラ教官もいるのか気にはなったハイメだが、まぁ初回だしきっと引率か何かだろうと思い思考を切り上げる。

 駅を出るとまず飛び込んできたのは大きな広場に何軒もの屋台のようなものが並んでおり商人達の活気で賑わっていた、流石商業都市と呼ばれているだけの事はある。

 

「それじゃあ私が今回の実習でお世話になる宿《風見亭》へと案内するわね」

 

「お願いします」

 

「行きましょ、リィン」

 

 リィンとアリサはそのまま二人で並びながら歩みを進めた。

 その後ろにラウラ、エリオット、ハイメはついていく。

ハイメは内心自分が寝ている間にもう仲直りしたんだなと思いながら二人の後ろ姿を見ているのだった。風見亭に着き、お世話になる宿主さんに挨拶を終えて、荷物を部屋へと置く、部屋が男女共用な事をハイメとアリサは抗議したがその努力は虚しくサラに一蹴されてしまう。

 その後一階へと降りて早速この実習の課題が記されている紙を受け取り中を確認した。

中には数枚の紙が入っており、そこには手配魔獣の駆除、薬草を取ってきて欲しい、街道灯の交換と依頼の内容とその主が書いてあった。その依頼を見てリィンは何か気になったようでサラを呼び質問をする。

 

「すみません、サラ教官この必須と書いてある依頼がありますが、それ以外の依頼は必須ではないという事ですか?」

 

「良いところに気がついたわねリィン、そう必須以外の依頼をするかしないかはあなた達次第よ任せるわ」

 

 質問に答えたサラは頑張ってね♪と言って酒を飲み始めてしまった。五人は極力全ての依頼をこなしたいという事で手配魔獣以外の二つの依頼を二手に別れて行う事にした。

 

「それじゃあ俺は街灯の交換に行こうかな」

 

「私も街灯の交換にしようかしら」

 

「ならばエリオット、すまないが自分と薬草の依頼の方をしないか?薬草なら市場にあるだろうし、こちらは二人で事足りるだろう」

 

「うん、そうだねそれじゃあ僕も……」

 

「分かった、ラウラはそれでいいか?」

 

 ここまで唯一意見を出していないラウラに確認を取るとフムと少し思案し思いたったのか口を開いた。

 

「私がハイメと組ませてもらっても良いだろうか」

 

 その言葉に四人は差違はあれど驚く。

四人共ラウラは誰と組んでも構わないと言うと思っていたのだがまさか名指しでハイメと組みたいと言うとは思っていなかった。エリオットは了承し、ハイメはラウラと行動する事となった。

 これはハイメが最も恐れていた事態である、別にラウラを嫌っている訳ではないがハイメが女性と二人で行動をしたのは先日のアンゼリカとの共闘くらいで女性と行動した経験など殆どない。だからこの実習なるべく女性と二人きりもしくは女性二人に対して自分一人になることだけは避けたかった、だから先手を打ちエリオットと二人で薬草の依頼を受けようとしたのだが、完全にハイメの目論見は外れてしまう。

 リィンがニヤニヤしながら頑張れよとか言って来たのが無性に腹立たしいがそんな場合ではなかった。そんなハイメ心中を知ってか知らずかラウラは出発を促す。

 

「よし、それでは行こうかハイメ」

 

「あ、ああ、そうだな礼拝堂だったか」

 

 町の地図を確認すると風見亭から見て右の方の街道の近くにあるため少し歩く事なる。その間ハイメはラウラにケルディックの事を聞いたり、リィンとアリサの仲直りの経緯を聞いたりしていた。礼拝堂に着き、教区長から必要な薬草を聞き、早速大市にないか探しに出る。

 大市はちょうど町の中心にあり祭りの屋台に近い形式で出店している。この町のシンボルと言っても過言ではないだろう。ハイメとラウラは二手に別れて目的の薬草を探す。幸い薬局で『ベアズクロー』という薬草は手に入れたが、頼まれているのはもう一種類、『皇帝ニンジン』は品切れとの事で手に入らなかった。

 ひとまずラウラが手にいれて来る事を期待してハイメはラウラと合流する事にした。

 

「ラウラ、そっちはどうだった?」

 

「私の方は『皇帝ニンジン』を分けて貰えそうな場所の情報を手にいれた、そなたは?」

 

「ならちょうどいいな、自分は薬局で『ベアズクロー』を譲って頂いた」

 

「では早速その場所に向かうとしよう」

 

 二人はケルディック街道にある農家を訪ねるべく街道へと出た。整備された街道とはいえ少なからず魔獣は存在するし舗装された道を外れればなおさらだ。二人は警戒しつつ街道を進むとちょうど街道を塞ぐかのように狼型の魔獣が三匹こちらを威嚇するかのように吠えてくるのでラウラは大剣を抜きハイメも構えをとる。

 

「ふむ、これは倒さねば進めないな、準備はいいかハイメ」

 

「ああ、自分が合わせよう行くぞラウラ!」

 

 二人は戦術リンクを繋ぎ魔獣へと向かっていく、まず先手を打ったのはラウラだ身の丈ほどある大剣を上段から振り抜き一匹に致命的なダメージを与える。ラウラの攻撃の隙に二匹の魔獣が攻撃を仕掛けようとするがそれをハイメが許さない。

 

「やらせはしない!」

 

 ハイメは一発ずつ魔獣の腹に蹴りを入れる、ダメージは少ないが牽制としては充分だった。

二人は即座に自分達の位置を入れ替え、お互いがダメージを与えた魔獣に追撃をかける。

 パワータイプのラウラの一撃を与えられていた魔獣は避けようとするがその力もなく、ハイメの踵落としをモロに喰らいその体をセピスへと変える。

 

「次は私の番だな、ハァッ!」

 

 ラウラの方は跳躍し、己の体重を乗せた一撃を放つ、その大剣から放たれる威力に魔獣は為すすべもなく力尽きる。どうやらラウラとの連携は上手くいったようだとハイメは胸を撫で下ろす。

 

「そなたに感謝をハイメ」

 

「いや、ラウラのパワーがあってこそだ、自分は援護したにすぎない」

 

「それでも背中を預けられる仲間がいるという事はそれだけで価値のあるものだ」

 

 この後も何体かの魔獣に遭遇したが少しダメージを受けはしたものの連携で各個撃破していき、問題なく目的地である農家へと着いた。事情を話すと農家の人は快く『皇帝ニンジン』を分けてくれた。

 その後一度リィン達と連絡を取り町で合流する事となった。二人は早足でケルディックへと戻り教区長に目的の品を渡し、集合場所である風見亭へと足を進めた。

 風見亭には既に三人とも着いており二人は駆け足で合流する。

 

「おっ二人共お疲れ様、大変だったな」

 

「すまない、遅れてしまったな」

 

「ううん、僕達も今着いたばかりだよ」

 

「ラウラもお疲れ様」

 

「そなたもなアリサ」

 

 五人は互いに依頼をこなした事を伝え合い軽く食事を取ってから最後の依頼である東街道の手配魔獣の駆除へと向かう事にした。道中で五人での戦闘となるため全員の役割を明確に決めた方が良いだろうとラウラから提案があり役割を決める事にした。

 まず前衛にラウラ、リィン、この二人は切り込み役としての役割となった、次に後衛にはエリオットとアリサ、エリオットはアーツでの攻撃と回復、アリサ弓で前衛の二人の支援、状況によってはアーツでの支援という事となった。最後に中衛はハイメ、ハイメは基本リィンとラウラが取りこぼした敵を後衛の二人に近づけさせない事、場合によっては前衛と同じ役割を担う事となった。リンクは基本的にはリィンとアリサ、ハイメとラウラとなった。

 この陣形はずばり的中したようで難なく街道の魔獣には対応できた。

 街道の外れの高台になっている場所に手配魔獣はいるらしく、五人は気を引き締めて魔獣がいる高台へと向かう。

 高台を登ると手配魔獣が鎮座しているが足音で感づいたのか、魔獣はこちらへと気付くと突進を仕掛けてくる。いち早く反応したラウラが駆け出し大剣を抜き放ち魔獣と相対する。

 

「くっ」

 

 正面からの力のぶつけ合いに軍杯が上がったのは魔獣の方だった、ラウラ手の痺れを感じたため態勢を立て直すべく後退する、追撃をかけようと魔獣は突進をしてくるがアリサが弓を放ち動きを妨害する。

 

「よし、皆下がって『アクアブリード』!」

 

 その間にエリオットはアーツの詠唱を終えており魔獣へとアーツをぶつけると魔獣は短い悲鳴を上げて体をのけ反らせる。魔獣に大きな隙ができこれを逃す手はない。

 

「好機だ、リィン!」

 

「仕掛けるぞ!」

 

 ハイメとリィンはリンクを繋ぎそれぞれ一撃ずつ加える、だが魔獣もやられてばかりではいない、リィンとハイメから距離を取りアーツの詠唱に入る。二人は即座に散開して追撃を与えようとするが魔獣の詠唱の方が一歩早く、ハイメへとアーツが放たれ、ハイメは対応しきれずに咄嗟に防御しようとするが間に合わない。

 

「ぬあっ!」

 

 鈍い衝撃がハイメの体を襲い大きく後退を余儀なくされる。これに気をよくしたのか魔獣は続け様にアーツの詠唱を始めるが……

 

「させないわ!フラムベルジュ!」

 

 アリサが炎を纏った弓矢を当ててアーツの駆動を解除しそこに今度はアリサとリンクを繋いでいたリィンが絶妙なタイミングで一撃を加える。

 リィンは反撃こそ貰ったものの確かなダメージを魔獣に与える事に成功した、自分の目的を果たしたリィンは即座に魔獣の間合いから撤退しつつ声を上げる。

 

「頼む!ラウラ!」

 

「承知!これで決める!」

 

 気を伺っていたラウラのクラフトが魔獣に直撃し、魔獣はその場に力なく倒れる。

 

「やった……のか?」

 

「ええ、どうにか倒せたみたいね」

 

 それぞれのメンバーは魔獣を打ち倒したという事実を胸に噛みしめ、全身から力が抜ける。比較的立ち直りの早かったラウラとリィンが声をかけハイメ達は町へと帰還した。

 町に戻る頃には日も傾いている時間で依頼も全てこなしたメンバーはケルディックの大市を見学しようという事になったのだが……商人が言い争いをしている場面に直面、あわや暴力沙汰になりそうだった所をリィンとハイメで仲裁し話を聞く事に、どうやら同じ場所に許可証が発行されておりどちらかが偽装したのではないかという事で掴み合いにまで発展してしまったらしい。話を聞いたタイミングで騒ぎの話を聞いたという元締めが現れその場はお開きとなった。

 その後元締めにお礼をしたいと屋敷へと招待され色々と話を聞く事ができた。本来ならば騒ぎを治める立場である領邦軍が何故か来なかった事、税の関係で一悶着あったこと等多くの情報を聞く事ができたメンバーは元締めにお礼を言って屋敷を後にする。

 

「なかなかキナ臭い話になってきたわね」

 

「うん、僕でも今回の騒ぎは領邦軍が仕組んだんじゃなきかって思うよ」

 

「ああ、考えを纏めたいな」

 

「ひとまず宿へと戻るとしよう」

 

「自分もその意見に賛成だ」

 

 メンバーは宿へ行き部屋に荷物を置いて夕飯を食べる事にした、だがそれぞれ今日の実習の振り返りを頭の中でしていて口数は少ない。

 その空気に耐えきれなくなったリィンが話題を振りはじめ、少しずつ会話が生まれる、そんな時エリオットがふとある疑問を口にする。

 

「そういえばどういう基準で僕達Ⅶ組のメンバーが決められたんだろうね?」

 

「ああ、それは自分も気になっていた」

 

「ふむ、たしかにな」

 

「まさか入学の動機…とかか?」

 

「まさかね……」

 

 そこから各々の入学の動機を言い合う事になったがやはりというべきかそれぞれ事情によって、志を持った者等と意見が別れて確信に至る事は出来なかった。そろそろ明日に備え部屋で休もうかと時にラウラがリィンを呼び止め問いかける。

 

 何故本気を出さないのかと?

 

 ラウラ曰くリィンの扱う『八葉一刀流』の妙技はまだまだあるはずだと。このラウラの意見はハイメの心にもグサリと突き刺さる。ハイメも修行期間の途中でこの学院に来たため自身が扱う武術『鳴神流』の全ての技を披露しているわけではない。

 ハイメが鍛練を重ねてきてこれなら実践で使えると思い使っているのが『震脚』と『列空穿』である。もちろん他の技も日々時間を見つけて練習しているがいかんせん自分が未熟なため鳴神流のほとんどの技を習得しているとは言いがたい、だから剣技の少なさが本気を出していない事にはならないとハイメは抗議しようとしたがいかんせんラウラの凄みに圧されて開こうとした口をつぐむ。リィンは自分は八葉一刀流の初伝止まりで老師に修行を打ち切られた身だと説明する。

 これを聞いたラウラは表情を曇らせてリィンの太刀筋には迷いがあると言う、これにはリィンも参ったといった表情を隠せない。ラウラは言いたい事を言って部屋へと戻って行く、ハイメ達もリィンにかける言葉がみつからずなし崩しに部屋へと戻った。部屋に戻ると今日の疲れがどっと押し寄せてきてハイメはベッドへと身を投げる。

 

(今日はとにかく寝てしまおう、疲れた)

 

 リィンとラウラの事が気になりはしたが初めての実習という事もあり体に疲労が溜まっていたようでハイメの意識はすぐに眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ん?)

 

 ドアの開く音に目を覚ますハイメは周囲を見渡す。リィンのベッドがものけの殻だ、こんな夜中に何処へ行ったのだろうかとハイメは思案しつつもリィンの事が気になったため後を追うべく準備する。

 

「待って」

 

 声をかけられビクッと肩を震わせるハイメ、声の主はどうやらアリサらしい。

 どうやらアリサもハイメと同じ事を考えていたらしく、お互いに苦笑する。

 

(今日の様子を見る限りリィンとアリサは仲直りをしていたし、言葉も交わしていたな適材適所というやつなのだろう、きっと自分なんかが行くよりよほど良い結果になるだろうしな)

 

「分かったよアリサ、リィンを頼む」

 

 その言葉にアリサは力強く頷き部屋を出る。

 ハイメは再び就寝するべく布団に潜ろうとしたが……これに待ったを掛ける人物がいた、そうラウラだ。

 

「待って欲しいハイメ」

 

「ら、ラウラ……すまない起こしてしまったか?」

 

「リィンがこの部屋を出ていった時から起きていた、少し私に付き合ってくれないか?」

 

 その提案にハイメは驚く、少し体に気だるさが残っていたがハイメ自身少しラウラと話してみたいと思い承諾した。外へ出ると涼しい風が頬を撫でる、昼間あれほど賑わっていた大市の店は畳まれており町は静寂に包まれていた。ハイメは現在ラウラの後に着いている、どうやら街道の方まで足を運ぶらしい。

 少し開けた場所へ出るとラウラは歩みを止め、こちらに振り返る。

 

「ハイメ、一つ頼みがある聞いてはくれぬか?」

 

「内容にもよるが……」

 

 ラウラは大剣を抜き構える、いきなり何事か、自分が何かラウラの気に障る事をしてしまっただろうかとハイメは思うが続く言葉は予想外なものだった。

 

「私と手合わせして欲しい」

 

「何故だ?こう言ってはなんだが自分の実力は恐らくⅦ組で一番低いぞ」

 

「私はそなたと手合わせがしたいのだ」

 

「…………分かった」

 

 どうやらラウラは本気のようで真っ直ぐこちらを見つめる瞳を見ると何故か断るという選択肢が消えていった。そうしてハイメとラウラの手合わせが始まる。

 

「ゆくぞ!」

 

 ラウラは地を蹴り上段から剣を振るう、ハイメとしてはラウラから直撃を貰った時点で致命傷になりかねないのですぐさま横に飛び回避する。

 自分の居た場所代を見るとラウラの振るった大剣の一撃が地面に小さなクレーターを作っており、その威力を物語っている、一撃貰うだけでも致命傷になりかねない攻撃にハイメは内心怯むが今は手合わせ中だとその考えを頭から追い出す。ハイメが体勢を建て直すとすぐに追撃が来る。

 

(全くこちらは無手だというのに、反撃にも移れないか……我ながら情けない……だが!)

 

「どうしたハイメ!貴殿の武に掛ける思いは!その足は!蹴りは!その程度か!」

 

 ラウラが横薙ぎに大剣を振るう、ハイメはしめたと口角を少し吊り上げる。ハイメが望んでいたのは上段の斬撃ではなく横薙ぎ、ラウラもこちらの意図に気づいたようだが、振り始めた大剣はその重量に逆らわずこちらへと向かってくる

 

 

「貰うぞ!≪震脚≫」

 

 ハイメは飛び上がり大剣の腹に向かい足を振りぬく、当然大剣は下へと軌道を変え、ラウラもそれに従い体制を崩す。そこへハイメの蹴りが入った……と思われたがラウラは冷静に剣の柄でハイメの攻撃の軌道を反らす。

 こうなると今度はハイメが態勢を崩しラウラは素早い動きでこちらに再度攻撃を仕掛けてくる。ハイメは必死にラウラの攻撃を予測しようと頭を回転させる。

 

(横薙ぎ!?いや……逆袈裟切りか!?)

 

「これで私の勝ちだ!」

 ハイメの予想に反しラウラの取った行動は柄での連撃、全て綺麗にハイメの鳩尾へと入りハイメはその場に蹲り悶える。この時点で勝負ありだった。苦悶の表情を浮かべているとラウラが立ち上がるのを手伝ってくれた。その後二人は街道に設置されたベンチへと腰掛け体を休める。

 ハイメが何を話そうかと思案していると先にラウラが口を開く。

 

「やはりそなたとの手合わせは楽しかったな」

 

「お世辞を言わないで欲しい、自分ではラウラの相手など務まらんよ、つまらなかっただろう?」

 

「お世辞なものか、ハイメ……そなたは戦っている時が一番輝いている、一挙一動からひしひしと伝わって来るのだ、そなたの武術に掛ける思いが」

 

 ラウラがこちらを真っ直ぐに見つめる。ハイメは茶化さないでくれと言おうとしていたがラウラの透き通った琥珀色の眼差しに射ぬかれ息を呑む。

 どのくらいそうしていただろうか、ハイメにはこの時間がとても長く感じたが実際にはそこまで過ぎていないのかもしれない。またしても先に口を開いたのはラウラだった。

 

「さて、明日もあるし今日はこのくらいにしておくか」

 

 そういってラウラは立ち上がりハイメもそれに続く。

 

「ラウラ……」

 

「どうしたハイメ?」

 

「ありがとう」

 

 ハイメの口から出た心からの言葉にラウラは何も言わず笑顔で返す、そう言えばラウラの笑顔を見るのは始めてだな、とハイメは場違いな事を思った。

 こうして特別実習一日目は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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第六話 たどり着いた答え

 


 実習二日目の朝、昨日の一件があったため朝食を食べる一同には重苦しい雰囲気が漂う……わけでもなく普通に食事を摂っていた。流石にリィンとラウラの会話は少ないが間にアリサとハイメが間を取り持つ事で会話は成立していた。

内心ハイメはリィンの事が心配であったがそこはアリサが上手くフォローしてくれたらしく、リィンはいつも通りに見える。心の中でアリサにお礼を言いながらも5人は朝食に舌包みを打つ。

 その後課題の書かれた封筒の中身を確認する。実習二日目に出された課題は比較的簡単な物ばかりだったので五人で分担し早々に終わらせる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日目昼

 

 ハイメ達は昼食を終えて空いた時間をどう使おうかと話し合っていると何やら広場の方が騒がしい事に気付く。現場へと行くと昨日の二人の商人がまた取っ組み合いをしている。

 ハイメとリィンはまた止めに入って話を聴くがそこでタイミングを見計らったかのように領邦軍が到着、双方が悪いと決め付け場を治める。ハイメはようやくこの事態が落ち着いたと胸を撫で下ろすが、他のメンバーは顔をしかめている。

 

「どうした?リィン?」

 

「ああ、領邦軍の動きが昨日と比べて良すぎると思ってな」

 

(言われてみればたしかに)

 

 その疑問はハイメ以外のメンバーが持ったらしく調査をしていく事になる。すると面白いくらいボロが出始め、今回の騒動に領邦軍が噛んでいた事が分かってきた。そして二人の商人の商品はどうやらルナリア自然公園に運び出されたという情報を得る事も出来、さっそく一同は街道を抜けルナリア自然公園へと向かうのだがその入り口で問題が発生する。

 

「やはり鍵はかけられているか……」

 

「かといって鍵を探す時間もないわよ」

 

「ならば私が……」

 

「待ってくれ、俺にやらせてくれラウラ」

 

 リィンの顔を見たラウラは任せる、と言いその場を譲る。リィンはハァと一息吐き、神経を集中させ剣技を繰り出す、すると鍵は見事に壊れ、扉が開く。

 

(自分やラウラならこう静かにはいかなかっただろうな)

 

横目でラウラを見ると隠してはいるが口角が僅かにつり上がっているのが分かる。リィンは大きく息を吸いこちらに向き直り口を開く。

 

「すまなかった」

 

「……」

 

「昨日の俺の言葉は剣の道を軽んじる言葉だったと思う」

 

「そうか、リィンそなたにとって剣とはなんだ?」

 

「切っても切れない俺の体の一部みたいな物だ」

 

 その言葉にラウラは満足げに頷く。どうやら二人はこれで和解したようだ。エリオットとアリサはほっとしたような表情をしている。ハイメも言葉には出さなかったがこの二人が和解してくれて助かったと内心思う。朝からどことなくギスギスとした雰囲気が流れていたため正直やりづらかったのだ。なにはともあれこれでこの班の懸念はなくなった。後は商人の商品を探しだすだけだ。

 

 ハイメ達はルナリア自然公園に足を踏み入れる。自然公園とはよく言ったもので、道は複雑で魔獣もそこらじゅうに徘徊している。また木々が覆い茂り日の光は届かず、昼なのに暗い。道幅はそれほど広くないので連係も難しい。

 

「くっみんな前から来たぞ!」

 

「クッ後ろからもきている!ラウラ!自分とリンクを!挟まれる訳にはいかない!」

 

 こうして前の敵をリィン、アリサ、エリオット、後ろがハイメ、ラウラとなる。

 

「先に仕掛ける!鉄砕刀!」

 

(こう足場が悪いと列空穿は使えんし、震脚を使えば皆も巻き込む、仕方ないか)

 

 それぞれのメンバーが足場の悪い中苦戦しながらも戦術リンクを巧みに活用し魔獣を迎撃しつつ自然公園を進んでいく。森は天然の迷路で途中道に迷いつつも一同はルナリア自然公園の奥まで来ると開けた場所に出る。

 

「大分奥まで来たな……あれは?」

 

 リィンの視線の先には四人の男が談笑している姿が見える。その目の前には商品が入っているであろう木の箱が積み上げられていた。余程良いことがあったのか周りに無警戒だったため五人は茂みに隠れつつ聞き耳をたてる。

 四人の男はうまい仕事だった、これでボーナスはガッポリだ等話しており、まず犯人なのは間違いないだろう。リィン達は男達を包囲するように取り囲み男達に木箱について質問を始める。四人はあっさりと商人の商品だと認め力なくその場にへたれこむ。目の前に現物があり、武器を持った複数に囲まれている時点でこの男達はすでに詰んでいた。

 

(これで一件落着か……む?)

 

 各々喜びを分かち合う中この場には似つかわしくない笛の音色が響く、不審に思い五人は武器を構え辺りを警戒する。一番最初にその気配に気付いたのは意外にもハイメだった。

 

「(複数の足音に、一つ大きい足音……この方向は!?)アリサ!その場から離れろ!」

 

「えっ!?」

 

 突然の声にアリサは何の事か分かららず、反応出来ず立ち止まっている。

 

(まずい、もう近くまで……クッ間に合えよ!)

 

 ハイメは脇目もふらずアリサの元へ走り手を取りその場から離れる。アリサがいた場所には獣の小型の魔獸が飛びかかっており、ハイメが気づかなければ今頃アリサは魔獸の攻撃の餌食になっていただろうと気付きアリサは顔を青ざめさせる。

 

「ありがとうハイメ、助かったわ……」

 

「間に合って良かったよ……む……この気配は?」

 

 さらに一際大きいヒヒ型の魔獸も現れリィン達に合流させないようハイメとアリサの目の前に立ち塞がる。

 

「アリサ!ハイメ!待ってろいまそっちに!」

 

「だ、駄目だよリィン、コイツら商品を狙って……うわっ!」

 

「くっ、そなたら早くこの場から離れろ!」

 

「そ、それが腰が抜けちまって……」

 

 状況は最悪と行っても言いだろう。複数の魔獸は商品と後ろで腰を抜かしている夜盗に狙いをつけたらしく、リィン達は魔獸に突破されないようにするため動けない。そしてハイメとアリサの目の前には大型の魔獸がいるのだ。よく言えば挟み撃ちだがリィン達は動けず、またハイメとアリサにも大型魔獸を突破する程の高い攻撃力を有していないのでこちらは完全に分断されてしまった。

 

「くっアリサ、自分とリンクを!」

 

「ええ、分かったわ」

 

 

 こうなればハイメとアリサの取れる選択肢はリィン達が小型の魔獸達を倒すまで時間を稼ぐ事だ。大型魔獸は既に攻撃のモーションに入っている。ハイメは大きく体を横に捻り攻撃を回避する。後ろでは既にアリサがアーツの詠唱に入っているためなるべくこちらに魔獸の注意を向けるよう攻撃を繰り返すハイメ。

 

「よしっこれで!シャイニング!」

 

 アリサの詠唱が終わると共にハイメの体が金色の光に包まれ、体の神経が研ぎ澄まされていく。魔獸の攻撃を避け、逆にカウンターを入れて相手の態勢を崩す。そこからはアリサの援護も光りハイメと大型魔獸の一進一退の攻防が繰り広げられる。

 

(よしっ!これならリィン達が合流するまでの時間くらい稼いで見せる)

 

 だが所詮は薄氷の上を歩いていたに過ぎない、魔獸は狙いをハイメから後ろで援護に徹していたアリサへと変える。

 

「グゥルァァァァ!」

 

「きゃっ!」

 

 遂に魔獸の攻撃はアリサを捉える、アリサは力なくその場に倒れこむが魔獸は追い討ちをかけようとする。アリサを守るためハイメも焦るがそれが命取りとなった。

 

「クソッこちらを向け!列空穿!」

 

 ハイメの渾身の戦技を魔獸は避け小さく素早いモーションで攻撃を放ってくる。魔獸の攻撃は無防備なハイメの体に当たりハイメは肺から酸素を絞り出され絶句する。今までのお返しと言わんばかりに魔獸はハイメに攻撃を入れていくがハイメは何とか防御態勢を取る事に成功するも着々とダメージが蓄積していく。

 

「ぐっ、うっ、このぉッ!」

 

 ハイメは半ばヤケクソ気味に蹴りを魔放つ、幸運な事にその攻撃は魔獣の顔に当たり魔獸は悶絶する。

 

(隙が出来た、リィン達は!?)

 

 視線をリィン達の方に向けると魔獸の殲滅までもう一息といった感じだ。だがこちらも満身創痍、アリサも戦闘不能になりアリサを守るためハイメの長所である機動力を封じられた形となる。

 

(状況を変えるには…………やれるか?あの技を?)

 

 この実習に来る前に練習していた必殺技とも呼べる戦技、成功どころかコツすら掴めていないが今のハイメにはそれにすがる他なかった。だが魔獸もいつまでもハイメに思考する時間をくれるほど馬鹿ではなくこちらに迫って来ている。一か八かどころかそれより分の悪い賭けだがハイメは覚悟を決める。

 

「ハアァァァァァッ!」

 

 ハイメが構えを取ると両足に蒼い光が生まれる。そのまま蒼い閃光となったハイメは魔獸の足元まで瞬時にたどり着き列空穿を魔獸の足元から上に向かって放つ、魔獸の体は宙に浮きここから連撃をいれていくのだが……

 

(ッ!)

 

 技の途中で膝に鋭い痛みが走り膝を着く。成功のしたことがない技を満身創痍の状態で行おうとした事自体が無理だったのだ、そう頭では分かっていても心は納得出来ない。

 

(何故だ!何故自分は肝心の時にいつも役に立たないんだ!はっ!)

 

 自身の未熟さを嘆くが今は戦闘中、今まさに目の前にはハイメの命を刈り取らんとする魔獸の姿、ハイメは内心で抜かったと後悔する。

 

(くっせめてアリサだけでも!)

 

 せめてアリサだけは逃がそうとハイメは咄嗟に震脚を放ち魔獸の体勢を崩す。その隙にアリサの元へと走り口にセラスの薬を入れる。程なくしてアリサは目を覚ますがダメージは抜けきっておらずフラフラとなんとかといった感じで力なく立ち上がる。

 

「アリサ聞いてくれ、自分が何とか大型魔獸の気を引く、その間にリィン達の元へ走れ」

 

「だ、駄目よ!それじゃあ貴方が!うっ」

 

「どのみちその体で戦闘は厳しいだろう、それに一人だからこそ取れる戦法もある、さあ早く奴が来る!」

 

 アリサは納得はしていないがこのままではハイメの足を引っ張ってしまうと悟り、リィン達の方へと最後の力を振り絞り駆け出す。それを見てハイメは一先ず安心しティアの薬を口の中へと放り込む。アリサには強がったが今のハイメには戦技を放つ力も殆ど残されておらずまともな戦闘も難しいだろう。魔獸は一際大きい咆哮を放ち体から力を引き出している。

 ハイメはリィン達が合流してくれるのを信じてひたすら防御と回避行動に徹する。防御と回避のみに徹するハイメに有効な一撃を与えられずよりダメージを与えようと躍起になる。しかしハイメの方が早く限界が来てしまい片膝を地に着く。

 

(ここまでか……思ったより時間は稼げなかった……いや!間に合ったか!)

 

「ハアァァァァァ!焔の太刀!」

 

「奥義洸刀乱舞!」

 

 跳躍したリィンとラウラが二人の最大火力の戦技を大型魔獸にぶつけ大型魔獸は大きくその場に倒れこむ。

 

「大丈夫か!?ハイメ!」

 

「待ってて今回復を!」

 

 リィンとエリオットが駆けつけてエリオットがハイメの治療に当たる。ラウラは大型魔獸の警戒に当たっている。なんとか構えを取る程度にハイメは回復するがそれは大型魔獸も同じ、既に臨戦体勢となっている。

 

「そんなあれほどの攻撃を受けたのに……」

 

「来るぞ!ラウラは俺とリンクして前衛に出る!エリオットはハイメとリンクして援護を頼む!」

 

「承知した、ハイメ無理は禁物だぞ!」

 

「ああ!第二ラウンドの開始だ!」

 

「アイツも体力は減ってるはずだ、もう一息だね!」

 

 まずはリィンが攻撃の起点となり鋭い一撃を入れていく。相手の警戒が薄くなればラウラの重い一撃が入る。魔獸が防御態勢を取ればすぐさまエリオットのアーツで防御をこじ開ける。ハイメも援護に徹して三人の動きを加速させたり時にはエリオットと共にアーツで攻撃に転じる。戦術リンクを駆使して四人は縦横無尽に駆け巡り、大型魔獸を翻弄していく。大型魔獸もせめて一矢報いようも大技の構えをするが足にエリオットとハイメの放ったアーツが当たり体勢を崩し大きな隙を晒す。この好機を逃すてはない、エリオットが叫ぶ。

 

「今だよ!リィン!ラウラ!」

 

「紅葉切り!」

 

「鉄砕刃!」

 

 最後に二人の鮮やかな戦技が決まり大型魔獸はその体をセピスへと変える。

 

「勝った……?」

 

「ああ!俺達の勝利だ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間ハイメは緊張の糸が切れたのかその場に座り込む。それぞれ勝利を噛み締めるのもつかの間、突然警笛の音が聞こえたかと思うと領邦軍が駆けつけ、ハイメ達を取り囲む。あまりの唐突な出来事にハイメは驚くがそれはどうやら夜盗団も同じらしく目の前で何が起きているか分からないといった顔をしていた。領邦軍の指揮官とおぼしき人物が一歩前へと出て口を開く。

 

「ふん、学生風情がよくもまあでしゃばってくれたものだな」

 

「少し待って頂きたい!自分達は……!この人達が犯人で!」

 

「ほう?ここには私達しかいないのだ、貴様らが今回の事件の犯人、そういう事にしてもいいのだが?」

 

「そんな……」

 

「くっこれが領邦軍の実態というわけか…」

 

 ハイメ達は顔を曇らせる。露骨にここで手を引けと言う事だろう。だがこれではあんまりだ。傷付きここまでたどり着いた一つの答え、それをこのような形で幕引きとは、五人は悔しそうに唇を噛みしめる。

 

「その方達が犯人という事は状況的にありえません」

 

 透き通るような凛とした声が自然公園に響く。灰色の軍服を着て水色の髪をした20代前半くらいの女性を筆頭に領邦軍を含めハイメ達の周りを取り囲む。状況についていけず訳が分からないが領邦軍の指揮官が忌々しそうに水色の髪をした女性を見つめている。

 

「鉄道憲兵隊だと……貴様らが何故ここにいる!?」

 

 士官学院の授業でも出てきた鉄道憲兵隊、通称『TMP』帝国全土に張り巡らされた鉄道網を駆使して治安を維持する部隊だ。

 

「パルムの元締めからはおおよその状況は聞き、我々も聞き取り調査等をしてこの件について調べさせて頂きました、その上でまだ世迷い言を仰るならこの件は鉄道憲兵隊が引き受けますが?」

 

 領邦軍の指揮官はワナワナと震えながらもへたりこんでいる夜盗団の捕縛を命じる。去り際に忌々しそうに「魔女め……」と言い残しこの場を去っていった。ハイメ達は助かったと顔を見合わせる。何はともあれこれで事件は一件落着だろう。水色の髪をした女性はこちらへと振り返る。

 

「トールズ士官学院Ⅶ組の皆さんですね、事情は伺っています、私は鉄道憲兵隊所属クレア=リーヴェルト大尉です」

 

 事件が終了したのでハイメ達はクレア大尉に促されケルディックへの帰路へと就く。ケルディックに戻る頃には夕方になっており実習時間が終了に近いため急いで宿に戻り荷物を纏め駅へと急ぐ。駅前広場には元締めを始め商品を盗まれていた商人、クレア大尉も残っていた。クレア大尉は元締めに何かあったらご連絡下さいと伝えており元締めは安心したような表情を見せる。改めてリィンがルナリア自然公園で助けてくれた事に対してお礼を言うと彼女は首を振る。

 

「余計な事をしてしまったかもしれません、ああいったトラブルも想定しての実習だったかもしれませんから……」

 

 そのように言ってクレアは視線を駅の方へと向ける。現れたのはサラ教官だった。

 

「流石にそこまでは想定してないわ、でも貴女が出てくるなんてね」

 

 微笑みながらもどこか含むような言い方をするサラ、クレアもそれに対して微笑で返す。なんとも言えない空気がこの場に流れるがそれを破ったのは大きくため息を吐いたクレア大尉だった。

 

「それでは皆さん私はこれくらいで失礼します特科Ⅶ組、勝手ながら期待させて頂きます」

 

 そう言ってクレアはこの場を後にする。

 

「あの教官とクレア大尉は過去に何か……?」

 

 たまらずハイメは疑問を口にするがサラに茶化されてしまう。列車の時間も迫ってきたためハイメ達は改めて元締めや商人にお礼をしてトリスタ行きの列車へと乗るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして帰りの列車の中、四人席にはリィン、エリオット、アリサ、ラウラが座り向かいの席にサラとハイメが座るのであった。

まぁ目の前のサラはスースーと寝息をたてているが、B班の面倒を見てからとんぼ返りどこちらに来たらしいので無理もない。四人は今回の実習に手応えを感じているのか話に花を咲かせている。その中で特別実習の狙いについての推測を立てる。

 

「単に命令に従うだけでなく、使命感を持って状況に柔軟に対応するじゃないか?」

 

「帝国の世情を把握するという事もありそうね」

 

「半分正解ね」

 

 リィンとアリサが推測を話していると寝ていた筈のサラ目を覚ましていた。さらに帝国軍士官に相応しい判断力と問題解決能力を養うといった目的もあるらしい。そんな狙いにハイメ達は感心する。

 

「それってなんだか遊撃士に似てますね」

 

 サラはギクッとした表情をしてバレたかと舌をだして再び狸寝入りに入る。露骨な誤魔化しかたにリィン達は苦笑を隠せない。

 そんな中ハイメは一人思案にふける。

 

 

 

(今回の実習……果たして自分は胸を張って成果を出せたと言えるのだろうか……?)

 

 A班の実習の評価自体は高かった。だが個人としては?と自問自答するとやはりマイナスな点が幾つかある。勿論大型魔獣に善戦出来た事は成長したと言えるかもしれない。だが状況を変えたのはリィンとラウラによる鮮やかな連携だった。それこそ二人が眩しく見えるくらいに。エリオットも前衛の二人の支援に尽力していた。アリサも後衛として敵の駆動を止めたり、アーツでの火力で見事に後衛としての役割を発揮していただろう。

 ならば自分はどうだ?街道では良かったがルナリア自然公園に入ってからは道が狭いことが災いして戦技を使えない場面が多々あった。そのため後衛の方に敵が周る事が何度かあった。そして対大型魔獣戦では時間は稼げたもののアリサを戦闘不能にさせてしまった。これは戦術リンクがあるにも関わらずアリサとの連携が不十分だった事に加えて自分の前衛としての能力が不足していた事が原因だろう。

 しまいには未完成の技に頼るしかなくあの失態だ。さらには今回の領邦軍の動きに疑問を持つ事すら出来なかった。そういった意味では自分はこの実習の狙いから最も離れていたのではないか?と、今回は周りに助けられたが次もそういくとは限らない。はぁと大きく息を吐き思考の海へと浸かっていくハイメ。

 その姿をハイメの向かい側に座っていたサラは微笑ましそうにその姿を見ている。

 

(フフフ悩んでるわねハイメ、大方今回の実習で役に立てなかったとかそのあたりかしら、でもねハイメそうやって自分の反省点を見つめ直す事が出来る、それも1つの才能なのよ、チャンスはまだあるから頑張んなさい)

 

 こうして夜の町を駆ける列車はトリスタへと向かっていく。余談だが思案にふけっていたハイメがリィンが実は貴族であった事を聞くのはトリスタに着いてからの事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 作者はハイメを多分ゲームでいたら使わないよなぁってキャラにしようとしています。割と好き嫌い別れそうなオリ主だよなぁと……それでも凡人が才能ある人間に食らいついていく話に確かな魅力を感じますしなるべくその魅力を出せるよう頑張っていきたいですね。


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第七話 出来ること出来ないこと




七曜歴1207年5月

 

 ライノの花は散り、木々は新緑の葉を生い茂らせる季節。トールズ士官学院に入学してはや1ヶ月が経つ。その間に部活に所属する生徒、趣味を見つけそれに没頭する生徒、己を高めるため勉学に励み、武術の訓練をする生徒と各々学院生活を謳歌している。

 今は貴族クラスと合同で体育の時間、女子は陸上競技、男子は修練場で機材を使いトレーニングを行っている。修練中に貴族クラスに所属するハイアームズ候嫡男のパトリック=ハイアームズが何処から聞き付けて来たのかリィンがパトリックに絡まれる事があったが意外にもユーシスが助け船を出した。どうやらこの前の実習での領邦軍の動きを気にしていたらしい。

 さてリィンが自分が養子とはいえ貴族であると周りに明かした結果人間関係はどうなったかと言うと特に大きく変わってはいないのだ……そうただ一人を除いては。貴族を毛嫌いするマキアスとリィンの二人の間には確執が出来てしまった。最もマキアスがリィンを避けているという状況ではあるが。ラウラの事もどこか避けている節があるマキアスだ、彼の貴族嫌いは相当な物なのだろう。だが時間はクラスの人間関係がどうであろうと流れていく。

 今日の1日のカリキュラムも終了しサラ教官によるSHRが始まる。来週には実技テストの二回目が行われるとの事、だからと言って勉学は疎かにしない事を伝えて学級副委員長のマキアスが号令をかけて放課後へとなる。マキアスとリィンの関係をなんとかしたいとハイメは思うが放課後は学院での仕事があるため生徒会室へと足を早める。5月に入り両親から多くはないが仕送りと手紙が届いた。生活が苦しい中仕送りをしてくれた両親に感謝しつつ早速トワ会長から仕事を貰いに行く。今日はそれぞれの部活動の物品の補充等がメインになりそうだ。まずは美術部の絵の具と筆の補充だそうだ。絵の具と筆の入った箱を両手に持ち美術室を訪れるハイメ、その中に見知った顔を見つける。

 

「おお、ハイメか仕事お疲れ様だ」

 

「そうかガイウスは美術部だったな」

 

 ガイウスと話したい気持ちもあるが今は仕事中なので手早く絵の具と筆の補充を済ませていく。

 

「それではなガイウス今度描いた絵を見せてくれたら嬉しい」

 

「ああ、勿論だ」

 

 次は音楽室の掃除物品の交換に行く。ここではエリオットがヴァイオリンを弾いておりせの旋律に聞き惚れながらも掃除物品を交換していく。その後もラクロス部、園芸部、馬術部と補充物品を補充していき、最後に各教室のチョークを補充していく。

 

「ふぅ、とりあえず物品の補充はこんな物か……」

 

「あっハイメ君お疲れ様ー」

 

 一通りの仕事を終えてハイメが一息ついているとトワ会長に声を掛けられる。そのまま流れで生徒会室でお茶を頂く事になったのだが……

 

「あっいっけない、茶葉切らしてたっけ」

 

 タイミングが悪く紅茶の茶葉が切れてしまっていたらしい。

 

「それなら自分が買ってきますよ」

 

「えっそんな、悪いよ」

 

「美味しい紅茶をご馳走になるお礼ですので、それでは行ってきます」

 

 ハイメは生徒会室を後にして雑貨屋を目指す。校門近くまで繰ると見知った顔を見かける。

 

「おや?ハイメ君じゃないか?」

 

「アンゼリカ先輩、お疲れ様ですこれからツーリングですか」

 

「ああ、入り用も兼ねて少し帝都までね」

 

 アンゼリカは自慢げに自らの横にある導力バイクを自慢げに叩く。この1ヶ月で分かった事なのだが彼女は自由奔放で時折こうして導力バイクを駆ってどこかへふらっと行く事がある。そのせいかは分からないが遅刻している姿をちらほらと見かけるが。

 

「君は学院での仕事中かい?」

 

「いえ、一段落つきまして今は生徒会室の茶葉が切れたので買いに行く途中です」

 

「ほう……という事は私のトワからお茶を淹れてもらうという事かな?」

 

「いやまあ……」

 

「フッ……そんなに縮こまる事はないさ、ほらあまりトワを待たせる物じゃないぞ」

 

「はい!それでは失礼します」

 

 そこから早足で雑貨屋へと向かい茶葉を買って生徒会室へと戻る。トワの淹れた紅茶を楽しみつつ学院を後にする。ここからハイメはまっすぐ学生寮には帰らず雑貨屋に再度より夕食を買って街道へと足を運ぶ。少し開けた場所に出ると荷物を置いて修練を始める。第一実習以降ハイメはこうして修練を積んでいた。入学式のオリエンテーリング以降感じていたがⅦ組の戦闘力は高い。アルゼイド流を納めるラウラ、剣仙《ユン=カーファイ》から直に《八葉一刀流》を習ったリィン、どこか実戦慣れした動きをしⅦ組で一番の機動力を誇るフィーを筆頭に後衛もエマやガイウスを筆頭に粒揃いだ。そして自分はⅦのメンバーと比べると数段落ちているだろう。

 まずは腕立て伏せ、腹筋、背筋、もも上げをして体を温めていく。次に一つ一つの型をゆっくりと行い体の調子を確かめる。そしてここからが本番、ハイメは身に付けていたARCUSを外して近くの魔獣を探す。これでハイメはマスタークオーツやクオーツの恩恵を受けずに魔獣と戦闘を行う、普通の努力ではⅦの皆には追い付けないと思ったハイメが編み出した苦肉の策だった。

 

「シッ!」

 

 獣型の魔獣に囲まれながら闇夜の中どこから攻撃が飛んでくるか分からない状況で戦闘を行う。これが物語の英雄や武術の達人ならば華麗に避け反撃に移るのだろうが勿論ハイメはそうもいかない。

 

「うっ……このぉ!」

 

 体にどんどんと傷が増えていく、だがこれも一つの狙いだ。前回の実習で露呈してしまったハイメの前衛としての能力の低さ、これを鍛えるためにダメージを受けてタフネスを鍛える。だがこんな事が長く続く筈も無く、20分程度で体に限界が来る。煙玉を使って魔獣を撒き手荷物を置いた所まで戻る。手荷物から傷薬を出して体に塗り、買ってきた夕食を食べる。そしてアーツで自身を回復させてまた魔獣との戦闘へと赴く。

 

「今日こそ30分持たせる……!」

 

 始めた当初は5分持てば御の字だったハイメだがどうにもアーツが弱点らしくアーツを使ってくる魔獣と相対すると避けるのに意識が行き、四方の警戒が薄れてしまう事がわかっていた。そして今回もまたアーツを駆動する軟体生物型の魔獣が数匹紛れている。ハイメは出来る限りのスピードで魔獣に近づき震脚を放ってアーツの駆動を解除する。そこから攻撃に移り魔獣を撃破していく。だが飛行する甲虫型の魔獣がハイメの動きを阻害し上手くいかない。そんな苦戦を強いられるハイメの姿を遠くから見つめる一つの影があった。

 

「フフフ、やはりアーツを使う魔獣が紛れ込むと苦戦するようだね」

 

 アンゼリカ=ログナーである。気づいたのは4月後半、たまたま導力バイクを走らせている時に気付いた。そこから毎日、ハイメの日課がこの修行ならハイメの修行風景を見るのがアンゼリカの日課となりつつあった。

 

「踏み込みが浅いな、だから脚に力を伝えきれず攻撃力も落ちている、あぁそんな中途半端な態勢から回し蹴りなんてしたら……言わんこっちゃない」

 

 視線の先でハイメでは魔獣にカウンターを喰らって倒れこむハイメの姿がある。だがアンゼリカがハイメを助けに行く事はない。

 

「おっ今日はガイウス君か」

 

 こうして度々ハイメがピンチになると必ずと言っても良いほどⅦ組メンバーの誰かしらが助けに入るのだ。まぁ大体がリィン、ラウラ、ガイウスの三人の内の誰かだったりするが。同じ教室に居て、同じ寮で暮らしていて日に日に体に傷や包帯、湿布が増えていくハイメを見て気づかない方がおかしいだろう。なんならトワでさえハイメが無理をしている事くらい察している。だが誰も彼を止める言葉出来ない、同じ武人として強くなりたいという気持ちが痛いほど理解出来るからだろう。一通りの魔獣を蹴散らしたハイメはガイウスに介抱され、そのまま学生寮への帰路へ着く。これがハイメの大体の1日の流れだった。

 

「仲間にここまでしてもらっているんだ……強くなれよハイメ=コバルト」

 

 ハイメが帰って行くのを見届けてアンゼリカも寮へと帰る。その表情はどこか笑っているようだった。

 

 

 

 

幕間~『ハイメ=コバルトの印象』~Ⅶ組編①

 

リィン「そうだなハイメは努力家だと思うよ、アイツの努力してる姿を見てると俺も頑張らなきゃって思えるし、でもオーバーワーク気味で皆心配してるよ」

 

エリオット「なんかここ最近傷が増えてきてるよね……4月の後半なんてあんまり傷だらけで寮に帰って来てたからアリサとラウラが怒っちゃって……」

 

ガイウス「俺は故郷を守りたいと思いこの学院へと来た、俺も研鑽を積んでいるつもりだがハイメの努力を見ているとまだまだだなと思う、ただハイメは努力の一方でどこか危うい所もあるしな、そこをフォローしていきたいと思う」

 

アリサ「この前の実習ではハイメに助けられたわ、本当に感謝してる、クラスの中にハイメみたいに努力してくれる人がいると周りも良い刺激を受けるし、同じクラスになれた事を幸運に思わなきゃ」

 

ラウラ「多くは語らないが、彼の在り方こそ武人として目指す物だと思う、私も負けていられないな」

 

fin

 

 

自由行動日

 

 時刻も正午を過ぎた頃、ハイメは学院内での仕事を終えて肩を回す。学院内の購買で昼食を摂り、午後からはどうしようかと迷っていた所にARCUSに着信が入る。

 

「もしもし、ハイメか?リィンだ今大丈夫か?」

 

「む、リィンかどうしたんだ?」

 

「実は先月探索した旧校舎に新たな階層が現れたらしくて探索を学院長から依頼されてるんだがハイメも力を貸してくれないか?ガイウスにエリオット、アリサとラウラも来るんだが」

 

(旧校舎探索……修練をするにはもってこいの場所だが……)

 

 その時先月の実習での大型魔獣戦が頭をよぎる。今の自分の実力ではリィン達の足を引っ張ってしまうのではないか?と。幸い人数はいるようだし、ハイメは今回は辞退する事にした。残念そうにするリィンだがまた誘うと言い残して通話を切った。申し訳ない事をしたなと罪悪感が残るがあの四人ならきっとリィンの力になってくれると思い、トリスタの街を後にする。

 いつもの場所に差し掛かると黒い導力バイクが停まっているのが目についた。視線の先にはアンゼリカ先輩が手をひらひらとさせている。

 

「やぁ来たね」

 

「自分に何かご用でしょうかアンゼリカ先輩」

 

「なぁに、迷える後輩のために一肌脱ごうかと思ってね、さぁ構えたまえ……」

 

(アンゼリカ先輩の纏う雰囲気が変わった……!?)

 

 構えを取りアンゼリカ先輩の出方を伺う。先に仕掛けて来たのは向こうから。アンゼリカの拳が飛んでくる。

 

(なんの変哲もない正拳突き……?いや!?これは! )

 

 

 ハイメはオーバーアクション気味にアンゼリカの正拳突きを回避する。耳に聴こえてくるのはゴウッという風切り音。攻撃自体は避けてり捉える事は出来るがその威力は桁違いのようだ。いくら手甲をしているにしてもこの威力はどこから出るのか……いや彼女の扱う武術は……

「フッ、ハイメ君私の拳の威力について疑問に思っているようだね?」

 

「!」

 

「なに簡単な事さ、私は体に流れる氣をコントロールしてこの威力を出している、君の戦闘スタイルは相手を崩して攻撃をクリーンヒットさせる、いわば私が力で君が技、動と静といった感じだがね、いかんせん君は力不足過ぎる、少しは体から氣を引き出す方法を身に付けた方が良い」

 

「ですが自分に氣等……」

 

「流れているよ、君のこの半月程の努力は嘘をつかない、どれ手本を見せてあげよう、ハァァァァァ『ドラゴンブースト』!」

 

 瞬間アンゼリカの雰囲気がまた一段と変わる、今まで纏っていた物がどんどん体の中から引き出されていくような。

 

(待て、あの感じ、何処かで?……そうかあの技をしようとした時の!?)

 

 ハイメは前の実習で未完成の技を出そうとした時に両足に蒼い光うっすらと纏わせたのを思い出す。

 

「スゥー……」

 

 神経を足の方に集中させると確かに実習の時と同様足が蒼い光

に包まれる。

 

「!!」

 

「出来たようだね、なら後は持続させる練習だが……こればっかりは馴れていくしかない、さあいくよ!!」

 

 アンゼリカ先輩が踏み込んだかと思うと拳が目の前に迫っていた、咄嗟に防御態勢を取り、防御するも想像通りアンゼリカ先輩の一撃は重たく、体が後ろに流される。

 

(重い……だが加減をしているのか!?これなら!)

 

「さあまだまだいくよ!」

 

 再びアンゼリカ先輩の正拳突きが飛んで来る、それに合わせてハイメも蹴りを繰り出し、両者の拳と脚がぶつかり合う。しかしハイメの脚はアンゼリカの拳に圧される事なくしっかりと拳を捉えている。そこから十数回程アンゼリカの正拳突きに対応したハイメだがやがて纏っていた蒼い光が薄くなり、ダメージも蓄積した事により解除される。

 

「スタミナ切れかならもう少し氣の使い方を見せてあげよう、《レイザーバレット》!」

 

 アンゼリカより繰り出された衝撃波がハイメに直撃しハイメは地に膝を着く。

 

「くっ……ハァハァ強いですね」

 

「フッ私も一応先輩だからね、この時期の一年生に遅れを取るわけにはいかないさ」

 

 確かにハイメは呼吸を乱し、肩で息をしているがアンゼリカはどこ吹く風かいつものようにニヒルな笑みを浮かべハイメを見下ろしている。先程まで手合わせをしていたのにその差は歴然だ。

 

「しかし驚いたよ、まさか君がすぐに氣を使うなんてね」

 

「いえ、その、前回の実習で少しコツといいますか、そういった機会がありまして」

 

「成る程ね……精進したまえハイメ君、この私が仔猫ちゃん以外に胸を貸したんだ、それと行き詰まったらまた私に声を掛けるといい、相談に乗るしまた手合わせもしてあげよう」

 

 

「有難うございます!」

 

 アンゼリカは手をひらひらと振り去っていく。その背中を見送りながらハイメは残りの休日をどう使うか思案する。流石に今日は修行する気にもなれずかといって遊ぶ程懐に余裕は無い。考えた結果ハイメはキルシェで軽食を摂りつつ、勉強をする事にした。ちょうどティータイムに時間が重なってしまったため思っていたよりも店内は混んでいた。

 

(む、流石に人が多い、今日はやめておくか?)

 

「ハイメさん、よかったら相席しますか?」

 

 ハイメが店を出ようとしたその時、ちょうど店内に居たエマの一声によって止められた。一瞬女性と相席かと迷ったがせっかくの好意を無下にするのも申し訳ないと感じ同席させてもらう事にした。エマと一対一で話すのは初めてでどう話題を切り出したものかと思考を巡らせるハイメ。だがその心配は虚しく、エマの方から口を開く。

 

「午前中はお仕事でしたよね、お疲れ様です」

 

「いやそんなことは、これも学院側の好意だし、正直助かっているよ」

 

「すごいですね、ハイメさんは」

 

 エマの言葉にハイメは思わず眉をひそめる。

 

「自分が?」

 

「はい、学費のためにお仕事もされて鍛練も怠らず、かといって授業態度も悪くない、すごく模範的な学生の姿だと思います」

 

「いや、ただただ目の前の事に精一杯なだけだ、それに自分は全てにおいて中途半端だしな……」

 

 自嘲気味にハイメはそう呟く。それに自分は努力を止めてしまったら、またあの時のつまらない日々に逆戻りだ、それを許してくれるⅦ組ではないだろうしなにより自分が一番それを許したくない。両者の間に微妙な空気が流れてしまい、責任を感じたハイメが切り出す。

 

 

「せっかくの機会だ、授業で解らなかった所を聴いてもいいだろうか?」

 

「え、はい、私で解る所なら……」

 

 そこから和気藹々と、とはいかなかったが折角の機会を有効活用出来たと言えるだろう。学生の本分は勉学に励む事だ。夕日も顔を出す頃には勉強を終えて学生寮へ帰路に就いた。玄関でエマと話しているとリィンが帰ってくる。

 

「ハイメとエマ……珍しい組み合わせだな」

 

「いやキルシェで会ってな、それよりリィン、今回は旧校舎の探索に付き合わずすまなかった」

 

「いやいや、いいって気にしないでくれ」

 

「今度は私にも声を掛けて下さい、力になれるかもしれないので……あれリィンさんその傷?」

 

「いや帰る時に美人の黒猫にやられてな」

 

「ごめんなさい!」

 

 そう言って頭を下げるとエマは慌てて共用スペースから薬箱を持ってくる。ハイメとリィンは顔を見合わせて不思議に思いながらもエマはリィンの傷の手当てを終えるとそそくさと部屋にもどっていった。

 

「珍しいな、委員長があんなに取り乱すなんて……」

 

「ふむ、委員長の飼い猫なのだろうか……」

 

「それよりハイメ、夕食まで時間もあるし部屋に来ないか?」

 

(旧校舎の探索に付き合えなかったし……今日は鍛練は休みにするか)

 

「分かった付き合おう」

 

 リィンの部屋へと案内されると特に変わった様子もなく、適当に座ってくれと促されたので椅子に腰かけさせて貰った。紅茶と軽く摘まめるお菓子を用意してくれ一息つく。先に口を開いたのはリィンだった。

 

「なあハイメ、最近無理な特訓を続けているみたいだが……」

 

 内心ハイメはやはりその話題かと思う。Ⅶ組のメンバーには心配をさせてしまっているし、実際迷惑も掛けている。分かってはいるのだが……

 

「自分は皆に比べると実力が劣っている、それを先月の実習で思い知らされたんだ……」

 

「あれは!」

 

「自分には何もない、だから努力だけは辞める訳にはいかないんだ……」

 

「それでももっと俺達を頼ってくれ!」

 

「今でも十分頼っているさ……それで足りないのは……自分の力が不足しているからだ 」

 

 リィンはまだ何か言いたそうな表情をしているがこの話をしても恐らく平行線だろう。これが切欠でハイメと仲違いしてもしょうがない、これからも注意していくしかないとリィンは結論付けこの話題は終了となる。

 

「それよりも問題なのはマキアスとユーシスだろう」

 

「あぁ……あの二人か」

 

 リィンからマキアスにコンタクトは取っているのだがマキアスはとりつく島もない。一度見かねてハイメが仲介して話をさせようとしたが結果はお察しだ。エリオットとガイウスもなんとか二人の関係を改善しようとしてはいるがこれも結果は良くない。

 

「正直に言うと次の実技テストまでにはなんとかしたいな……あの二人と同じチームになったら実技テストはかなり苦戦しそうだし」

 

「リィンならば何とかしそうな気がするが……大きな怪我をしてからでは遅いからな」

 

「おいおい、俺はそんな大した器じゃないよ……せっかくだから夕食も一緒に食べるか」

 

 その後リィンとハイメはエリオット、ガイウスも交えて夕食を摂った。夜の鍛練は休んでしまったがたしかな充実感を得てハイメは床に就くのであった。

 

 

 

 

~実技テスト2回目当日~

 

「そこまで!」

 

 グラウンドで実技テストが行われており、相手はバージョンアップした戦術殻、初めにリィン、アリサ、ラウラの三人が呼ばれ先月の実習と先日の旧校舎での経験が活きているのだろう。見事に戦術リンクを駆使して戦闘を行っていた。

 

「三人共いい連携だったわ!流石ね、次ユーシス、マキアス、フィー、それからハイメ!」

 

「ハイ!」

 

「フン……」

 

「げっまたこの二人とか……」

 

「全力を尽くす……」

 

 各々が戦闘態勢に入る、それらを見守る他のメンバーの表情はやはりというべきか優れない。ハイメもユーシスとマキアス、この二人の連携が破綻し戦力として数えられなければこの試験を突破するのは極めて難しい……そう考えるが時は待ってくれない。サラは試験開始の合図をする。

 

「はじめ!」

 

 まず初めに動いたのはフィーだった、その機動力を駆使して戦術殻の懐に飛び込み銃剣で切りつける、続いてユーシスが回り込み鋭い突きを放つ、そこまではよかったのだが、マキアスのアーツがユーシスの足元に放たれ態勢を崩すユーシス、そこに戦術殻の一撃が入りユーシスは戦術殻との距離を離される。

 

「いけない!震脚!」

 

「!」

 

 慌ててハイメが戦術殻を引き付けるため震脚を放つがフィーの機動力が損なわれてしまう。ともあれハイメの狙い通り戦術殻を引き付ける事に成功しユーシスは態勢を整える時間を得る。ここまではなんとかなっていたのだがここからことごとくユーシスとマキアスの行動が噛み合わず、遂に二人はその場で口論をはじめてしまう。必然的に戦術殻の相手はフィーとハイメで行う訳で……

 

「マキアス!ユーシス!戦闘中だそ!駄目か拙いな……フィー!リンクを!」

 

「わかった、いくよ」

 

 逆転の一手をうつべくフィーとハイメでリンクを敢行しフィーがヒットアンドアウェイでダメージを蓄積させハイメが打たれ弱いフィーのカバーをする。必然的にハイメにダメージは溜まる。本当ならばマキアスかユーシスに回復をして欲しいのだが……と考えていると戦術殻の一撃がハイメにクリーンヒットする。

 

「ぐっ!」

 

「!でも隙は出来たよ」

 

 持ち前の機動力を十二分に活かしフィーは戦術殻に銃剣による斬撃を叩き込む。だがフィーの斬撃では致命傷にならないらしく、構わず戦術殻はフィーに一撃、二撃と攻撃を当てフィーが戦闘不能になる程のダメージを負ってしまう。

 

「ちょっと……まずいかな……」

 

「フィー!ぬあっ!」

 

 膝を着くフィーを気遣うあまり戦術殻の接近を許し攻撃をすんでのところで防御するハイメだが体勢が不十分だったためダメージを殺しきれず体勢を崩される。

 

「クソッマキアス!ユーシス!いつまでそうしているつもりだ!」

 

二人はハッとするもこちらの状況をすぐに理解し行動に移る。

 

「チッ俺はクラウゼルの回復に回る、貴様は奴を助けてやれ」

 

「僕に命令するな!」

 

 マキアスが薬を手に持ちハイメに駆け寄る。銃で牽制を行い一旦戦術殻との距離を放しその間にハイメの回復を行う。

 

「助かったぞマキアス、さぁ詰めるぞ!」

 

「あぁ、僕達のコンビネーションを見せよう!」

 

 ハイメとマキアスが戦術殻の前に躍り出る。マキアスの銃撃に仰け反った所をハイメの膝蹴りがクリーンヒットし戦術殻は機能を停止させる。

 

「ハァハァハァ、どうにか……なったな」

 

「済まない僕達が戦闘に参加していれば……」

 

「もう……こりごり……かな」

 

 ハイメとフィーは息も絶え絶えで見るからに疲弊しておりマキアスとユーシスはばつの悪そうな顔をしている。そこでサラからの批評が入る。

 

「ハイメとフィーはよくあの状況を持たせたわ、そこの男子二人!言わなくても分かってるわよね?これが実戦だったら二人はどうなってたか分からないわよ」

 

「うっ……スマン苦労を掛けさせた」

 

「二人とも悪かった……」

 

「さぁ予想外に長引いたけど次!ガイウス、エリオット、エマ!行くわよ」

 

 グラウンドの地面に腰を落ち着けながら三人の戦いを観戦する。しっかりとガイウスが前衛としての役割を果たしており、それを援護しつつダメージも与えていく、先程のハイメ達の戦闘とは雲泥の差であることは明白だった。そんな事を思っているとフィーが隣にやって来る。

 

「さっきはありがとう、ハイメがいなかったら危なかったかな」

 

「いや、自分は自分に出来る事をしただけだ……それにこちらもフィーが居てくれて助かったよ」

 

 ハイメは少し照れ臭くなりながらも確かにフィーの言う通り良くあのあの状況から勝ちにまで持っていけたと心底思う。二人があのまま言い合いを続けていたらと思うと背筋が凍る。

 

「次の実習一緒になるか分からないけど一緒だったらいいね、リンク繋いだらやりやすかったし、まぁ改善点は幾つかあったけど」

 

「そうだな……ハハ、一緒の班になるといいな……」

 

 因みにこの願いは叶う事になってしまう。それは三人の試験が終わり次の実習の班分けと実習地について書かれた紙を渡された時だった。

 

A班 アリサ、ラウラ、ガイウス、エリオット/目的地 セントアーク

 

B班 リィン、エマ、フィー、ユーシス、マキアス、ハイメ/目的地 バリアハート

 

 

「いい加減にして下さい!」

 

 マキアスが堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに叫びを上げる。

 

「今回ばかりは同感だ……流石に我慢の限界だ……!」

 

 ユーシスもサラを睨み付けており三人は一触即発だ。しかしサラはこれが狙いだったのか口角を上げる。

 

「あら?上官に逆らうの?なら力ずくで言うことを聞かせてみる?」

 

 はたから見れば完全に見え透いた挑発だったがユーシスとマキアスは顔を見合せると得物を構える。そんな姿をみてますますサラは口角を上げる。

 

「ついでよリィン!付き合ってあげなさい!」

 

「えぇ!?いやこれはチャンスだ、俺の今の実力がどこまで教官に通じるか……参ります!」

 

 リィンも太刀を抜き放ち臨戦態勢を取る。サラも得物を構えてこの戦いが始まった。余程二人は一緒の班が嫌だったのだろう。リンクを繋がないながらも見事な連携を取りそこにリィンが合わせる形で戦闘は形になっていた。それでもサラはものともせず絶妙に三人の陣形の穴を突きつつほぼダメージを負う事なく三人に勝利を納めてしまった。

 

「あら?もう少し粘ってくれると思ったんだけど?」

 

「ハァハァハァ……強い……」

 

「クッ!これではまた……!」

 

「馬鹿な……グッ」

 

 三人は地面に膝を着き顔を上げる事すらままならなかった。

 

「うーん、ちょっと不完全燃焼ね、よし!私に挑みたいなら立候補しなさい!さぁ!」

 

「ならば私が行かせて貰おう」

 

「俺も立候補させてもらう……」

 

 真っ先に立候補したのは予想通りラウラ、続いたのが少し意外であるがガイウスだった。残りのメンバーは顔を見合せ迷っている。

 

「へぇ、ラウラとガイウスか、悪くはないけど……ハイメ!貴方も来なさい!修行の成果を見せてみなさい!」

 

「!……わかりました、ハイメ・コバルト教官の胸をお借りします」

 

 呼ばれたハイメは修行の事がバレていたのかと内心思いつつも構えをとる。

 

「あら?胸を借りるってセクハラ?」

 

「違います!」

 

「ん、ハイメが行くなら私も行こうかな……」

 

「あら?フィーどういう風の吹き回し?」

 

「別に、明日の実習に備えてもう少し連携の練習するのもいいかもって思っただけ」

 

 さらに意外な人物、フィーが参戦する。見事に四人とも前衛寄りのメンバーが集まった。

 

「まぁ……いいわ、前衛四人なら作戦を立てた方がいいでしょう、三分あげるから作戦を立てて本気で勝ちにきなさい」

 

 言われた通り四人は円を作り作戦会議を始める。

 

「フム、作戦……か、こういうのはリィンが得意そうではあるが」

 

「自分は教官に刃が届きそうなのはラウラとフィーだと思うが」

 

「俺も同感だ、ならば俺とハイメで二人の血路を開こう」

 

「イヤ、挟撃の方がいいと思う、二手に別れよう」

 

 話し合いはスムーズに進み大まかな作戦は決まった。後は組分けだが……

 

「ならば私とハイメで行こう、前回の実習でも組んでいたしやり易い」

 

「ハイメ、さっきと一緒の感じでいいよね」

 

「む」

 

「……」

 

 ハイメにとっては予想だにしない事態となる。まさか二人の方から誘われるとは思わなかったハイメは戸惑いながらも思案し、フィーと組む事にした。ラウラからの視線が少し痛かったがフィーの参戦理由は実習に向けた連携の練習だ。ガイウスは該当しないし、何より折角参戦してくれたフィーの想いを無下にはできなかった。

 

「そういう事なら……ガイウス頼む」

 

「頼まれた、血路は開いてみせる」

 

「フィー頼むぞ」

 

「ん、サラに一泡吹かせよ」

 

 作戦会議は終わり各々戦闘態勢を取る。

 

「あら、てっきり男女で別れると思ったけど……へぇ、残りのメンバーは良く見ておきなさい、面白い戦いになるかもしれないわよ!特にマキアスとユーシス!」

 

リィン達もどうにか回復しサラの言葉に頷く。ハイメはハードルを上げないでくれと内心思ったがここまで来たらやるしかない。

 

「それでは……始め!」

 

 まず先制をしたのはフィーだった。双銃剣が火を吹きサラを移動させる……がサラは負けじとラウラを牽制しラウラは動き出せない。

 

「良い位置だフィー!」

 

 アーツを駆動していたハイメは戦術リンクの恩恵でフィーがサラをどこに動かそうとしているか分かったためそこに向けてソウルブラーを放つ。サラは片手剣を振りながはアーツをいなしさらに後退を余儀なくされる。そこにガイウスが走り込み突きを放つがサラは体を捻り最小限の動きで回避する。

 

「くっ流石に一筋縄ではいかないか!」

 

「ふふん、そう簡単には……あら?」

 

 しかしハイメとフィーが二手に別れて回り込むようにサラとの距離を詰めている。ハイメの蹴りは外れるもののフィーの斬擊は避けきれずその場で鍔迫り合いとなった。

 

「くっ」

 

 しかし非力なフィーは押し負けてしまいサラの銃撃を食らってしまう。

 

「ハァ!」

 

 初動が遅れたラウラも三人がサラを釘付けにしたことにより戦闘に参加し大剣を振るう。その合間を縫うようにガイウスは槍を振るう。お互い被弾しながらもまだ戦況はサラに傾いていた。

 

「良いわね!予想以上よ!」

 

 話しながらもサラはガイウスとラウラの攻撃を避けつつカウンターを決めていた。ラウラとガイウスは一度後退する事を余儀なくされる。そこにハイメが走りこんでいた。

 

「選手交代だ、二人とも態勢を!ハァッ!」

 

 二人と入れ替わるようにハイメが蹴りを放つ。勿論その攻撃は虚しく空を切り変わりにハイメは斬擊を貰うが二人とサラの距離を離す事に成功。余裕の崩れないサラの表情に奥歯を噛みしめながら念のため震脚を放ちサラの追撃を防ぐ。

 

「仕切り直しってわけ?良いわよ!」

 

 ハイメの思惑通りサラは大きく後ろに跳躍しハイメの震脚を回避する。

 

「ナイスハイメ」

 

 フィーの言葉にハイメはニタリと笑みを浮かべる。サラの跳躍した先にはグレネードが転がっておりサラはやられたという表情をしながら防御の構えをとる。グレネードが炸裂しサラにダメージを与える。さらに煙が晴れないうちに四人は追撃を仕掛けよううと走り出す。

 

「あらら、本当によくやるわね、少し本気を出そうかしら」

 

 四人とも一瞬サラの気迫に足を止めるが即座にサラに攻撃をさせてはいけないと悟り足を再び動かす。しかしサラの方が上手だった。

 

「大人気ないけど……ご褒美よ!オメガエクレール!」

 

 閃光となったサラが縦横無尽に駆け回りハイメ達は防御を余儀なくされる。四人が足を止めた所にサラの強烈な斬擊が放たれ四人はその場に倒れ伏した。

 

「す、凄い」

 

 始めに声を上げたのはエリオットだった。それ以外のメンバーも頷く。四人の連携にも驚いたが、一番の衝撃はサラのSクラフトにより瞬時に四人が戦闘不能に陥った事だった。同時にリィン、ユーシス、マキアスは自分達はかなり手を抜いて相手をされていた事実に打ちのめされる。

 

「む、無念だ……」

 

「体が動かない……よ」

 

「これが……教官の実力……」

 

「届かなかった……か」

 

 四人とも意識だけはあるようだった。恐らくサラが威力を調整したのだろう。エマとエリオットはサラに促され四人の治療を始める。グラウンドにはサラの斬擊によりちょっとしたクレーターが出来ていた。

 

「いやーまさか手加減していたとはいえ追い込まれるとは思わなかったわ、アナタ達についてはあまり心配はいらなさそうね、励みなさい十分以上よ、残りのアナタ達も分かってるわよね」

 

 サラは服のホコリを払いつつやってくる。サラの言葉に皆各自思い思い受け止めながらこうして実技テスト2回目は終了した。ハイメ達は肩を借りながらも寮へと帰り翌日の実習に備えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話 翡翠の都へ

 重ね重ねになりますがお気に入り登録、評価、感想を頂きありがとうございます。作者のモチベーションがとても上がっております。遂に特別実習波乱の二回目でございます、それではどうぞ

追記 報告頂いた誤字を修正しました。誤字報告ありがとうございます。


~特別実習当日~

 

 前回の実習で寝不足に陥った経験を生かし前日かなり早めに就寝したハイメであったが今度は日が昇る前に目を覚ましてしまう。緊張や高揚もあっての事だろうが我ながら情けないとため息を吐く。せめてもの救いはそれでも十分に睡眠時間を確保出来ている事だろう。

 

「他の皆を起こしても悪いし、少し走ってくるか」

 

 ハイメは努めて静かに物音を立てないように服を寝巻きからトレーニングウェアに着替えて自室の扉を開ける。流石にこの時間に起きている者はいなさそうだ。階段を静かに降りて早朝のトリスタへと足を運ぶ。町の人も全然おらず静かなもので見えるのは配達員の人くらいなものだった気のせいかいつもより空気も澄んでいる気がする。ハイメは街道に向けて足を進める。整備された街道では魔獣もあまり出てこず、また街道脇にいつもは多く見かける魔獣の姿も一際少なく見えた。遠い故郷オルディスにいる両親は達者で暮らしているだろうかと考えつつ走っていく。

 5月の気温は心地よく吹き抜ける風が爽快感を与える。ある程度の距離を走り終えてUターンしトリスタへと戻るとちらほらと町の人の姿見見てとれた。学生寮へ戻りシャワーを浴びてラウンジへと降りる。そこにはマキアスとエリオットが談笑をしていた。

 

「あれ、ハイメ走って来たの?」

 

「あぁ、前回寝不足だったから今回は早めに就寝したんだが今度は逆に早く目が覚めてしまってな」

 

「まったく君らしいというかなんというか……改めてハイメ、僕は僕なりにこの実習に全力を尽くす、迷惑を掛けるかもしれないが宜しく頼むぞ」

 

 そう言うマキアスの目には偽りなくやる気に満ち溢れていた。彼も彼なりに今のままではいけないと分かっているようだ。後は何か切っ掛けがあればマキアスとユーシス、リィンとの確執は解決しそうだ。

 

「頑張ってね二人とも……って僕も頑張らなきゃだよね、正直昨日の四人の戦いには僕も思うところがあったよ」

 

「イヤ、まぁⅦ組きっての実力者揃いだったからな、自分もなんとか着いていくので精一杯だったよ」

 

「またまた謙遜して、そろそろ朝食を食べようか」

 

「そうだな、実習に向けて精をつけよう」

 

 三人は一旦談笑を切り上げて朝食を摂る。朝食を終えたエリオットとマキアスは最後の準備をすると部屋に戻っていった。まだ出発まで時間もあり手持ち無沙汰となるハイメ。

 

「うーむ、どうしたのものか」

 

 既にハイメは荷物を準備しラウンジに置いてあり、いつでも出発出来る状態だった。そうして迷っているとアリサとラウラがラウンジへと降りてくる。どうやらすぐに出発する様子だ。

 

「おはようハイメ」

 

「早いわねハイメ、おはよう」

 

「おはよう二人とも、A班はもう出発するのか?」

 

「えぇ、列車の時間もあるから集合も少し早めなの」

 

「色々大変だと思うが委員長やリィンをフォローしてあげてくれ、特に委員長は前回の実習で相当疲れていたみたいだからな」

 

「ははは、まぁ出来る事はやってみるさ、それに今回はリィンも居るんだ、頼りすぎかもしれないが……サポートくらいはさせて貰うよ」

 

 少し二人と談笑をして二人は駅へと出発する。ハイメは食堂でコーヒーを飲みながら時間を潰していると程なくしてB班のメンバーも集合し、駅へと出発する。先に着いていたA班ももう間もなく列車が来る時間のようだった。ガイウスとラウラはリィンにエールを送っておりそれに苦笑で答えるリィン。そんなリィンをアリサが励ましている。リィンは相変わらず顔が広いなと思いつつ時計を眺めているとユーシスから声が掛けられた。

 

「昨日は失態を見せたな。俺も昨日は流石に考えさせられた、迷惑を掛けるかもしれんが……」

 

 今朝マキアスに同じような事を言われたなと思いつつもユーシスの言葉に待ったをかけるハイメ……が中々次の言葉が出てこないユーシスを見て思わず苦笑するハイメは助け船を出すことにした。

 

「それ以上は言わなくても大丈夫だユーシス、俺達は同じ班の仲間なんだ、お互い目の前の実習に全力を尽くそう」

 

 プライドの高いユーシスからまさかこのような言葉が聞けるとは思わなかったが何はともあれ今回の実習は自分も含めて前回と同じようにいかないと改めて意気込み、ケルデイック行きの列車が到着したためそれに乗り込む。

 余談だがこうして男性陣が密かに意気込む中フィーはあくびを何回もしておりそれを甲斐甲斐しくエマが世話をしていた。

さて列車では六人のボックス席に座っているのだがその席は何とも言えない空気に満ちていた。何も言わず窓際で外を眺めるユーシス、反対の通路側の席でひたすら目を瞑り喋らないマキアス、ユーシス側の席にはリィンとエマが、マキアス側の席にはハイメとフィーが座っていた。会話はまばらにするものの長続きはしない。そんな状況を変えようとリィンはバリアハートについてユーシスに質問するがユーシスはあまり多くは語ろうとしなかった。その態度をみてマキアスが怒りの声を上げるがユーシスはとりつく島もなくただ黙って外を眺めるばかりだった。エマは困惑しておりフィーは自分は関係ないとばかりにどこ吹く風だ。ハイメとリィンは顔を見合せて頷き合う。

 

「いい加減にしてくれ二人とも俺達は考え方は違えど同じ士官学院の生徒だろう」

 

 どうやらリィンも昨日の戦いで思う所があったようだ。いつもは見せない剣幕に二人は驚いていた。

 

「そうだぞ、フォローするとは言ったが二人がその調子ではこちらもフォローしきれん」

 

「それに評価を気にする訳ではありませんが……」

 

 エマは躊躇いがちに口を開く。エマは前回のA班の結果を聞いたらしくその差はダブルスコアに近いようだった。その事実に二人は驚きを隠せないようで目を見開く。リィンは負けっぱなしでいいのか?と二人を上手く煽り今回の実習では休戦する事を約束した。ケルデイックに着いたらスムーズに電車を乗り換えバリアハートを目指す。列車内では先程のような険悪な雰囲気はなくユーシスも素っ気ないながらもバリアハートについて教えてくれ、マキアスもリィンと会話をしていた。

 

「後でリィンさんにもお礼を言いますがありがとうございました」

 

 エマは小声で先程の事について礼を言ってきた。ハイメも小声で返事をする。

 

「いや、ラウラにも頼まれたからな、それにクラスメイトだ、頼りないかもしれないが今回の実習は成功させたいな」

 

「二人だけで内緒話?」

 

「い、イヤそう言う訳では……」

 

「そうですよ、あははは」

 

「ふーん、まぁいいけど」

 

「それより昨日は正直驚いたぞ、フィーも強いと思っていたが教官もあれほどの実力者とは」

 

 とりあえず話題を変えるためフィーに話を振るハイメ。

 

「まぁサラはしょうがないよ、それより私は四人とはいえサラに少しは本気を出させた事に驚いたかな」

 

「昨日は凄かったですもんね……私も頑張らないと」

 

 と三人で話しているとリィンが助け船を出してくれと目で訴えていたためひとまずハイメはユーシスとマキアスと会話をする。そうこうしているうちにバリアハートに間もなく到着する旨が車内アナウンスで放送される。緑と白を基調とした駅が窓から見え、バリアハートに近づいている事を感じさせた。駅に到着すると順番に列車から降りる。流石に四大名門が統治する町だけあってケルデイックとは比較にならない程駅は大きかった。

 

「ユーシス様!お帰りなさいませ」

 

 声がする方を見ると執事とメイドが数人でユーシスを出迎えていた。

 

「実習で戻るだけだから迎えはいらんと連絡したはずだが……」

 

「いえいえ、これでも足りないくらいです、さあご学友様もお荷物をお預かりします」

 

 怪訝そうな表情をしながらこめかみを押さえるユーシス、彼があまりバリアハートについて語りたがらなかったのももしかしたら実家の事情があるからかもしれないとハイメは思う。

 

「そこまでにしたまえ、君達」

 

 長い金髪を纏め綺麗な服を纏った人物の一声で彼らは動きを止める。

 

「ルーファス様!?」

 

「兄上!?」

 

「こうなるだろうと思って来てみたら正解だったな、私は学院の関係者だ、後は私に任せたまえ」

 

「はっ、承知いたしました」

 

「さて、積もる話しもあるだろうが、車を待たせているそこで話そう」

 

 ルーファスに先導され駅前へと案内される。駅前には黒塗りのリムジンが停まっておりルーファスの付き人であろう人物から中へ入るよう促される。皆困惑しつつもリムジンに乗り込んだ。

 

「いや、先程は家の者がすまなかった、自己紹介させて貰おう、ルーファス=アルバレア、ユーシスの兄をさせてもらっている、弟が世話になっているね」

 

「き、恐縮です」

 

「さて、今回は父の代理で私から依頼を手渡す事になっている、受け取ってくれたまえ」

 

 手渡された依頼の封書をリィンが受けとるとそれをしまう。流石にここで見ては失礼だと思ったのだろう。ハイメは窓から街並みを見渡す。水路が良く整備されており街並みも緑を基調としており流石翡翠の都と呼ばれるだけあるなと思った。

 

「フフ、まさかシュバルツァー卿のご子息が弟の学友とは、女神の巡り合わせも面白い」

 

「父をご存じで!?」

 

 リィンの話では辺境の小さな貴族でそこまで有名ではないらしいが、四大名門の人間がまさか父の事を知っているとは思わなかったようでリィンは驚愕する。

 

「いや、前に鷹狩りをした時にご一緒させて貰ってね、テオ卿はお元気かな」

 

「は、ハイ、道楽ではありますが鷹狩りを楽しんでいます」

 

「それにレーグニッツ知事の息子さんだね、彼には私も良く世話になっている、弟と仲良くしてくれると嬉しい」

 

「は、前向きに検討させて頂きます」

 

 流石の貴族嫌いのマキアスもルーファス相手にはたじたじのようだ。

 

「フフ、そちらの三人も弟の学院生活を何かと助けてくれているだろう、これからも宜しく頼むよ」

 

「恐縮です」

 

「い、いえこちらこそ……です」

 

「それほどでも」

 

 畏まるハイメとエマにいつも通りのフィー。

 

「俺の事はいいでしょう、それより滞在先は……」

 

「今回は学院の実習だからね、ホテルをとってあるから安心してくれ、その方が実習にも打ち込めるだろう?」

 

「お心遣い感謝します兄上」

 

 ほっとしたように胸を撫で下ろすユーシス、確かにあの様子ではユーシスは実習どころではないだろう。それか余程家に帰りたくない理由があるのかもしれないがここで詮索するのは野暮だろう。

 

「さぁ滞在先のホテルが見えてきた、何でも頼って欲しいと言いたいが生憎私はこれから帝都に行かなくてはいけなくてね」

 

「いえ送って頂いただけでも十分ありがたいです」

 

「それでは着いたようだし、諸君の実習が上手くいく事を願っているよ」

 

 ホテル前で改めてルーファスに感謝をして滞在先のホテル『エスメラルダ』へと入っていくB班一行。受付ではスイートルームを取ってあるとホテルの支配人は言うがユーシスが断り男子が四人部屋、女子は二人部屋となり各々の荷物を置いてホテルのロビーに集合する。

 依頼の封書を開けると手配魔獣を始めとして様々な人からの依頼が書かれていた。彼等は街の散策も兼ねて依頼をこなしていく事にする。ユーシスの話では街は大きく貴族街、職人通り、平民が暮らす区画、そして大きな飛行場があるとの事。依頼をこなしつつ街の人の話しを聞いていくとユーシスの姿を見て恐縮する者、貴族に対して不満を持つ者等様々な人達がいる事が分かってくる。

 そんな中依頼の一つを受けるために職人通りにある宝飾店を訪れる。カウンターの前にいた男性と話していた店主とおぼしき人物がどうやら依頼人のようで話を聞くとどうやら目の前の男性は結婚を控えており結婚指輪を求めてバリアハートまで来たようだ。しかし手持ちが足りず七曜石等の宝石は手が出せず困っているらしい。そこで店主と話し合って決めたのが宝石としての価値は七曜石に劣るが見た目は劣らない半貴石『樹精の涙』に決めたようだ。しかし貴重な面のに変わりなくバリアハート北のクロイツェン街道に伸びる樹から採れるようだ。

 

「どうする?時間が掛かりそうだし後にするか?」

 

「出来る事なら早く届けてあげたいですけど……」

 

「失礼、『樹精の涙』なら見掛けたが……」

 

 そこで男爵を名乗る男ブルブランから樹精の涙を見たという情報を手に入れる。思わぬ形で目的の品にたどり着る形となりリィン達はお礼を言ってその場を立ち去る。その後ろ姿をブルブランは見つめていた。

 

「彼等がトールズの若き獅子達か……さて私も目当ての物を探さなければ、全くプライベートの時間だというのに忙しい」

 

 そう言いながらブルブランは街へと消えていった。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 一行はブルブランの情報を頼りにクロイツェン街道へと足を運んでいた。

 

「で、戦闘になったらどうするの」

 

 フィーが歩きながら口を開く、確かに戦闘時の隊列等をまだ決めていなかった。リィンは少し考えた後、リィンとユーシス、マキアスとハイメ、フィーとエマが各々リンクを繋げる事を告げた。特に反対意見も出ずにその案に皆頷く。

 

「丁度あそこに魔獣がいるな……試してみるか」

 

 そう言って各自得物を抜き戦闘を始める。リィンとユーシスが基本的にアタッカーを務めフィーとハイメが 後衛の二人を守りつつ臨機応変に動く。

 

「そこっ、ハイメいったよ」

 

「承知した、ハァッ!」

 

 中でも一際動きが良かったのがハイメとフィーで実技テストの甲斐もあってか声を掛け合いながらエマとマキアスに迫る魔獣に対処していく。リンクを繋がずとも自然と二人はお互いをカバーしあっており難なく魔獣を倒す事に成功した。

 

「凄いな二人とも」

 

「やはり奴等の連携は抜きん出ているか……」

 

「全然こちらに魔獣が来ませんでしたよ」

 

「僕達も負けてはいられないな」

 

 四人は手放しに二人を称賛する。ハイメは自分が調子に乗らないよう顔を引き締めるも内心では喜んでいたと同時に何とか戦闘で足を引っ張らずに済みそうだと安堵する。しかしハイメの動きにフィーがカバーするように動いてくれているのも大きい、改めてハイメはフィーの戦闘力の高さに舌を巻くのだった。フィーはフィーでいつもの調子だ。途中何度か街道に出てきた魔獣を倒しつつ目的の樹精の涙を見つけバリアハートへと戻った。

 宝飾店に着くと貴族の男がリィンの手に持った樹精の涙を取るや口の中へ放り込んでしまう。あまりの事態についていけないがユーシスが睨みをきかせ貴族の男を問い詰めると、どうやら樹精の涙は滋養強壮の漢方にも用途があるらしくまた若返りの薬として知られていた。相当のミラを支払い彼から樹精の涙を譲って貰ったと言う。彼は不服そうながらもその事実を認めていた。何とも後味の悪い結果に終わったが一応この依頼は完遂した事になった。宝飾店を出るとマキアスが口を開く。

 

「名高き翡翠の公都でも色々あるみたいだな」

 

 先程の出来事に腹を立てているのだろう。若干八つ当たり気味にユーシスに言い放つ。

 

「……別に否定はしない」

 

 また言い合いが始まるのではと一同は思っていたがユーシスは否定もせずただ明後日の方向を見ていただけだった。思わぬ反応にマキアスも肩透かしを喰らい反応に困っているようだ。

 リィンがマキアスを嗜めつつ一行は一度昼食を摂る事にした。ユーシスの行きつけだという駅前のレストランで食事を食べ午後から依頼を再開する。残りの依頼は手配魔獣だった。一行は峡谷方面へと足を進める。手配書の情報通り甲殻類の魔獣が峡谷道を外れた開けた場所を陣取っていた。そこでユーシスとマキアスから戦術リンクを試したいと申し出がある。リィンは少し考えた後その提案を承諾した。

 

「念のためフィーとハイメでリンクをしてくれないか?何かあった時に備えて頼む」

 

 リィンは保険として高い連携能力を発揮する二人にリンクを頼む。こうして手配魔獣との戦闘はマキアスの銃弾によって開始された。そこにユーシスが切り込んでいくが硬い甲殻を貫けず後退を余儀なくされる。

 

「硬いな、委員長アーツを!」

 

「ハイ!」

 

 リィンとエマはお互いARCUSを起動しアーツの詠唱を始める。

 

「じゃいこっか」

 

「あぁ試したい事がある、援護を頼む」

 

「了解(ヤー)」

 

 フィーとハイメは二人で駆け出す。マキアスとユーシスが攻撃を加えるもこちらにくる二人を警戒し鋭利な爪を振るう。ハイメはそれを避ける事なくただ前を向いて走り続ける。ハイメに鋏が当たろうとする瞬間フィーの銃が火を吹き攻撃の軌道がずれる。ハイメは内心で流石だなと思いつつもその場で跳躍する。

 

「いくら甲殻が厚かろうと内部の衝撃までは殺せまい!震脚!」

 

 ハイメは踏みつけるように足を振り下ろす。ハイメの目論み通り内部までの衝撃は殺しきれないようでその場で魔獣は態勢を崩す。

 

「崩れた!」

 

「よっと」

 

「チャンスだ!」

 

 フィーがグレネードを投げつけマキアスのショットガンが魔獣を襲う。態勢を建て直せない魔獣は苦し紛れに爪を振るうが破れかぶれな攻撃は誰にも当たらない。ハイメ、フィー、マキアスはすかさず後退する。

 

「よしARCUS駆動!」

 

「いきます!」

 

「合わせるぞ!」

 

 リィン、エマ、ユーシスのアーツが魔獣に直撃し、決して少なくないダメージを与える。それを見てユーシスとマキアスが距離を詰め追撃を仕掛ける。

 

「好機!……!?」

 

「畳み掛けるぞ!……!?」

 

 しかし追撃を仕掛けようとしたその瞬間二人の戦術リンクが途切れる。それに動揺してしまった二人は隙をさらしてしまう。咄嗟に引こうとするユーシスがタイミング悪くマキアスの射線に入ってしまう。

 

「オイ!」

 

「貴様……!うおっ」

 

 これにより後退が遅れたユーシスが魔獣の攻撃の餌食となってしまう。マキアスもなんとかユーシスを助けようと試みるがユーシスがことごとく射線に入り上手くいかない。

 

「いかん!フィー!」

 

「分かってる」

 

 フィーが銃撃で魔獣の気を引きその間にユーシスが離脱、ユーシスと入れ替わるようにハイメが魔獣の真下に潜り込む。

 

「喰らえ烈空穿!とった!リィン!うわっ」

 

 ハイメが一撃を入れるものの大したダメージも与えられず魔獣は爪でハイメを吹き飛ばす。

 

「まかせろハァァァァァ、焔の太刀!」

 

 あらかじめ距離を詰めていたリィンの必殺の一撃が直撃し魔獣は沈黙する。勝つには勝ったが危ない勝利を収める。

 しかしこれで無事終了という訳には勿論いかない。

 

「どういう事だ!ユーシス=アルバレア!どうしてあんなタイミングで戦術リンクが途切れる!?結局僕を平民だと腹の底では見下しているのか!」

 

「阿呆が……!貴様のその考えと視野の狭さが戦術リンクを途切れさせたのだろう!」

 

ユーシスとマキアスは胸ぐらを掴み合い再び険悪になる。

 

「!危ない!」

 

 リィンが声を上げながら二人の前に割って入る。沈黙した筈の魔獣は二人に向かって爪を振るっておりリィンは咄嗟に太刀の幸で防御する。がその巨体から繰り出される攻撃の全てを防御しきれず肩に傷を負ってしまう。

 

「リィン!クソォ!」

 

「リィンさん!」

 

 ハイメとフィーが即座に魔獣に攻撃を加え今度こそ魔獣は完全に沈黙する。エマはリィンの元に駆け寄り傷の手当てを行っていた。その事態をマキアスとユーシスはただ呆然と見ているしかなかった。

 

「大丈夫か!?リィン!」

 

「あぁ……戦闘は厳しいが……それより二人とも怪我はないか」

 

「あ、あぁ」

 

「君は……」

 

「実習は2日あるんだ、リンクはまた試せばいいさ……くっ」

 

 リィンにそう言われれば二人も引き下がるしかなくこの場はなんとか収まった。いつもならば手配魔獣を倒して街へ帰れるのだがこの依頼は領邦軍からの依頼でこの先にある『オーロックス砦』にある領邦軍の詰所まで報告しに行かなければいけなかった。

 

「とりあえず砦につくまではリィンは戦闘に参加できそうにないな、委員長は戦闘になったらリィンを守ってあげてくれ、ユーシスは自分と、マキアスはフィーとそれぞれお互いをカバーしよう」

 

 一先ずの戦闘隊列を決め一行はオーロックス砦を目指す。途中ケルデイック方面に向かう装甲車等が見てとれ、マキアスやエマ曰く相当のミラが掛かっているのではないかとの事だった。砦に着く頃にはリィンの傷もかなり回復していた。

 

「しかしこれがオーロックス砦……砦というより要塞じゃないか」

 

「あぁ凄い数の装甲車だ」

 

 砦内には様々な兵器が配備されておりこれからの戦いを予感させるには十分過ぎた。一先ず詰所で報告を済ませ無事1日目の依頼は全て終了しオーロックス砦を後にする。

「待て!共和国側に面するクロスベル方面ならともかくこの軍備はどういう事だ!」

 

 明らかな戦力の異常さにマキアスがユーシスに言葉を投げ掛ける。いつもならマキアスを諌めている場面であったが確かにハイメ達も気にはなっていた。ユーシスは少し沈黙した後口を開く。

 

「貴様も分かっているのだろう、これが帝国の現状だ、四大名門の『貴族派』と鉄血宰相ギリアス=オズボーン率いる『革新派』水面下では対立が激化している、その一端だ」

 

 帝国の現状、ユーシスの言葉通り目で見て実感する事となった。帰り道途中でけたたましいサイレンが砦方面より鳴り響く。 一堂は何事かと思い周りを見渡す。フィーが何かに気付いたようで空を見上げると白い飛行物体が上空を飛んでいた。

 

「なんだ!?この辺にはあんな鳥が生息しているのか!?」

 

「おいおいマキアスいくらなんでもそれはないだろう」

 

「阿呆か貴様は」

 

 ハイメとユーシスがマキアスの言葉に突っ込みを入れる。自分でもあり得ないと思っていたのかマキアスは後頭部を書く掻きながら半笑いする。

 

「ですがあれは一体?」

 

「子供が乗っているように見えたが……」

 

 リィンの言葉にフィーが頷く。他のメンバーは驚きの表情を見せる。程なくして領邦軍の装甲車が出動しユーシスが事情を聞くとオーロックス砦に侵入者が入ったとの事だった。この事についてこの場で考えても仕方ないと思った一行はバリアハートへと帰還する。

 

「疲れたな、色々あった1日だった」

 

「あぁ……だが勉強になったな」

 

「レポートに纏める事が多くなりそうだな、それじゃあホテルに戻ろう」

 

 リィンに促されホテルまで戻る一行。ホテルの前まで来るとユーシスは何かに気がついたようで後ろを振り返る。そこには銀色の高級車が停まっておりユーシスが駆け寄ると窓からユーシスの父であるアルバレア公が顔を覗かせる。だがその会話はお世辞にも家族同士の物とは思えずアルバレア公はユーシスに家名に泥を塗らないようにとだけ強く言って去っていってしまう。一連の流れでユーシスは下を向いて沈黙してしまう。フィーが「なにあれ」と口を開きマキアスが皮肉を言うと憎まれ口が返ってくる。どうやらいつもの調子を取り戻したようだった。

 そこから各自部屋に荷物を置き一時間程休憩兼自由時間をとってから全員で夕食を摂る事にした。ハイメは工房に赴きクオーツ等を見直そうかとホテルの一階に降りるとマキアスが項垂れていた。流石に見て見ぬ振りをする訳にもいかずハイメはマキアスき声を掛ける。

 

「お疲れ様だマキアス」

 

「ハイメか……」

 

 その顔には疲労が見てとれた。少し話がしたいという事で場所を移し中央広場のベンチにやってきた二人。そこでマキアスから自分が貴族を嫌う理由を話された。マキアスの姉は貴族の男性と交際をしていたのだが、その貴族の男性に急にカイエン公の者との縁談が持ち上がったらしい。露骨にマキアスの姉とその男性を結ばせないためであり様々な嫌がらせもマキアスの姉は受けたようだ。それでもマキアスの姉は周りに迷惑をかけないため一人で耐えた、しかしその貴族の男性の愛妾でも大事にするからという一言が切欠で命を自ら絶ってしまった。

 

「本当は僕も分かっているんだ、貴族の人全てが悪い人ではない、でも……」

 

「心が認めない……か」

 

 マキアスの貴族嫌いの根底は想像を絶するものだった。

 

「それでもマキアスは前に進もうとしているじゃないか」

 

「!!」

 

「自分は昔前に進むための努力を諦めてしまった時期があってな……諦めるのは簡単だったが灰色の人生だったよ、だから偉そうな事は言えないが少しずつでいいんだ」

 

「あぁ……話したらスッキリしたよ、今日は本当に済まなかった」

 

「それはリィンに言ってやれ、さてそろそろ夕食の時間だ戻ろう」

 

 きっとマキアスが自分から貴族を嫌う切欠を話してくれたのも相当の勇気が必要だっだろう。ハイメはその事に感謝しながらホテルへと戻る。ロビーには既に他のメンバーが集まっていた。

 

「あ、来た」

 

「済まない待たせてしまった」

 

「自分も申し訳ない」

 

「いや、いいさ行こう」

 

 一行はバリアハート中央広場に店を構えるレストランで夕食を摂る。出てきた料理は豪勢過ぎる物ではなく素人目で見ても栄養バランスが考えられたものだと分かった。ユーシスもよく訪れていたらしく、ここの味で育てられたようなものと言うから相当気に入っているのだろう。マキアスも嫌味なく素直な称賛を送りハッとした顔をしていた。夕食を食べ終え、食後のコーヒーを楽しむ。

 

「今頃A班の皆はどうしてるかな」

 

「きっと上手くやっているのだろう、向こうはラウラもいるしな」

 

「現時点ではまだA班に負けているのでしょうね」

 

 話題は自然とセントアークで実習を行っているA班の話しになる。ただA班には穴という穴も無く恐らく順調に実習が進んでいるだろうと予想がつく。現時点ではA班に差が付けられているだろうとリィンは推測していた。

 それから話題に上がるのはやはりオーロックス砦の軍備と貴族派と革新派の対立だった。しかしどの話しも憶測の域を出ず確かな事は明日からの実習で学んでいくしかないと結論づけられたのだった。

 一行はホテルに戻り各自レポートを纏め就寝する。ハイメは疲れてはいたが中々寝つく事が出来ずにいた。そこでユーシスからリィンに語られるユーシスの家族の事、自分は平民の母から生まれた子である事が語られる。盗み聞きをしているようで申し訳ない気持ちになりながらもユーシスは確かな熱意を見せていた。明日からの実習はマキアスとユーシスきっと二人の戦術リンクが成功するであろうと確かな予感を胸に抱きつつハイメは静かに眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第九話 実態と現実

 評価バーに色がつきました!皆様本当にありがとうございます!読んでくださる読者様に楽しんで頂けるようこれからも頑張っていきたいと思います。これからも愚直な軌跡をどうかよろしくお願いいたします。


~特別実習2日目~

 

 ハイメは前日早くに目を覚ましたせいか実習2日目もかなり早く意識が覚醒してしまった。まだ他の三人は寝息をたてていたためもう一度眠ろうと目を閉じるが難しい。ハイメはため息を一つ吐き制服に袖を通して部屋を静かに出る。ロビーに出て朝の日差しを浴びつつ今日の新聞を開いて読んでいた。

 

「おはようございます、早いですね」

 

「おはよう、委員長も早いな」

 

 しばらくするとエマが階段から降りてきて声を掛けてくる。時計を見るとまだ朝食の時間まで一時間程あった。

 

「フィーは……いつもの様子ならまだ寝てるか」

 

「はい、昨日頑張ってレポートをまとめていましたから」

 

「はは、フィーがレポートを書いている姿はちょっと想像できないな」

 

「ふふ、結構頑張ってるんですよ?」

 

 二人はその後前回の実習について話し合う。ハイメは反省するべき点がありながらも他のメンバーに支えられてなんとか実習を終えられた事、エマは遠慮がちに気苦労が絶えなかったと話していた。

 

「そういえばルナリア自然公園はどこか普通の場所と雰囲気が違ったな」

 

 ハイメがルナリア自然公園の話をするとやけに興味深く聞いてくるエマ、ハイメは覚えている限りの事を話す。

 

「それは……興味深いですねもしかしたら失われた属性の力が働いていたのかもしれません」

 

「失われた属性?」

 

「はい、詳しくは分かりませんがそれぞれの属性を複合したような属性だと」

 

 本当にそんな物があったらきっとそれは強力な力になるのだろうなとハイメは考えるが失われているようなので結局それは絵空事なのだろうなと思考を切り上げる。そのまま委員長と談笑をしていると他のメンバーが起床してきて朝食を摂る。

 2日目の依頼を確認し新たにレグラム方面に手配魔獣が確認されたようだ。出発前に突然マキアスがわざとらしく咳払いをする。

 

「ごほん!ユーシス=アルバレア、実習期間は明日の朝まで……戦術リンク、なんとしても物にするぞ!」

 

 その言葉にユーシスはニヤリと笑いマキアスを揶揄する。

 

「単純な奴だ、盗み聞きが得意らしいな」

 

「べ、別に君達の事情など……あっ」

 

 自分の落ち度に気付き顔を赤くするマキアス、それをフィーがからかうとマキアスはフィーの普段我関せずな態度を怒り、何故かエマに対しても次の試験では負けないと宣誓した。因みにハイメは自分は何と言われるのだろうとドキドキしていたが言及されず嬉しいやら悲しいやら微妙な気持ちになったのは内心だけの話だ

 そしてこれから……という時に使用人か現れユーシスが本邸から呼び出しを受けた。ユーシスは後から行くと伝えろと言うが厳命と言われ断れない様子だ。表情には出さないが少し悔しそうにしているように見え、ユーシスにマキアスが水を向ける。

 

「戦術リンクの使い方は僕が先に掴んでおく、君には後から僕がコツを教えてあげよう」

 

「フン、丁度いいハンデだ……後から合流する必ずだ」

 

 そう言い残すとユーシスはアルバレア邸へと歩みを進めた。気を取り直してハイメ達は実習を進める事にする。さてユーシスが居なくなり街の人に話を聞くと昨日とはかなり変わった意見が聞けた、露骨に税や軍備に対して不満を持つ者が多い、それでも子供等からは意外と好感を持たれている事が分かる。貴族や上流階級の中には庶子の出だと侮る者もいたが……。一行は準備を整えてレグラム方面へと足を運ぶ。その道中マキアスは戦術リンクのコツを聞いてくる。

 

「しかしどうすれば戦術リンクを使いこなせるんだ?」

 

「んー、勘?」

 

「相変わらず君は抽象的だな!」

 

「俺は相手に合わせる事が大事だと思うぞ」

 

「私もそうしています」

 

「自分も最初は上手くいかなかったがこのままでたまるかという強い気持ちが戦術リンクを成功させたな、抽象的ですまない」

 

 各々のメンバーからコツを聞いたマキアスは礼を言う。道中戦闘をなるべく行い試してみるが簡単にはいかなかった。結局マキアスの戦術リンクは成功しないまま手配魔獣の元までたどり着いてしまった。

 

「リィン、改めて昨日はすまなかった」

 

「いや俺も昨日は怪我をして皆に迷惑を掛けた、ユーシスは居ないが昨日のリベンジを果たそう!」

 

 五人は得物を構え三つ首の植物型魔術、ヴィナスマントラとの戦闘に入る。戦闘になるとヴィナスマントラを守るように小型の植物魔獣、トラップマントラが現れた。

 

「数が多いな、大型は俺とフィー、委員長が引き受ける!ハイメとマキアスは取り巻きを頼む!」

 

「任された、出るぞマキアス!」

 

「あぁ!」

 

リィン達がヴィナスマントラに集中出来るよう周辺のトラップマントラに向かっていく。マキアスは散弾をメインにしてなるべく多くのトラップマントラに攻撃を当ててこちらに引き付ける。

 

「来るぞハイメ!」

 

「承知した、参る!」

 

 ハイメもなるべく多くのトラップマントラにダメージを与えるべく回し蹴りを放つ。その勢いのまま一体に狙いをつけて踵落としを当てる。一体は力無くその場でセピスへと姿を変えた。マキアスもハイメの攻撃範囲から逃れようとする何体かのトラップマントラを逃がすまいと追撃を掛けていた。それを見たハイメはARCUSを駆動する。

 

「よし『デモンサイズ』!」

 

 死神の鎌がトラップマントラの命を刈り取り残りのトラップマントラは半数程となる。ちらりとリィン達の方を見ると三つの首から放たれる障気でフィーの機動力を封じムチでわざとリィンではなくエマを狙いリィンがカバーしている。どう見ても手数が足りてない事は明らかだった。アーツを放ったハイメを袋叩きにしようと残りの半数が近づいてくる。ハイメは待ってましたと言わんばかりに震脚を放つ。大地が揺れトラップマントラ達は体勢を崩す。

 

「よし!崩した……うおっしまった!」

 

 だがハイメは焦るあまり戦術リンク前提の動きをしてしまい即座に追撃に移れない。被弾覚悟でハイメがもう一度震脚を放とうとした瞬間トラップマントラ達に銃弾が降り注ぐ。驚いて周りを見渡すとマキアスがハイメが射線に入らない位置から銃を構えていた。二人はお互いを見てさらに驚く、二人の体は淡い青い光に包まれており、そこから伸びる一本の線がお互いを結んでいた。

 

「凄い……これが戦術リンク」

 

「やったなマキアス、だがまだ戦いは終わっていない、行こう!」

 

 一方のリィン達は状況がかなり悪くなっていた。リィンが障

気に体を侵され動きが鈍くなるとヴィナスマントラはリィンを集中的に攻撃し始めそれを庇うよう無理に前線に出たエマが戦闘不能になってしまう。フィーはなんとか自分で回復しつつ反撃に出ているが決定打にはなりえていなかった。

 

「まずいな……毒が……くっ」

 

 リィンが膝を着く姿を横目でみたフィーは多少強引に攻勢に出る。跳躍し三つ首の一つに銃剣を突き立てるがすぐに振り払われ、攻撃を受けてしまう。なおも眼前にムチが迫ってきていた。

 

「やばっ」

 

「させん!」

 

 フィーの前に立ちはだかりヴィナスマントラのムチを防御するハイメ。そのままムチを蹴りあげフィーを連れて一度距離を取る。

 

「すまない遅れてしまったが大丈夫か?」

 

「私はそこそこ、リィンと委員長が」

 

「あぁそれならマキアスが向かっている、二人が回復するまで時間を稼ぎたい、頼めるかフィー?」

 

「当然」

 

 フィーは口角を少し吊り上げ銃剣を構える。二人はリンクを繋ぎ再びヴィナスマントラへと向かって行く。ヴィナスマントラは煩わしそうにムチをハイメとフィーに向かって振るうが回避に専念している二人を捉える事が出来ないやいなや今度は障気を吐き出そうと溜めを作る、その溜めをハイメは待っていた。

 

「烈空穿!」

 

下からヴィナスマントラを蹴りあげヴィナスマントラの首は上を向き障気を吐き出す。必然的にハイメとフィーに障気は当たらずフィーも好機とばかりに攻撃に移る。

 

「ナイスハイメ、やっ」

 

「加勢するぞ!」

 

 リィンの声と共にマキアスとエマがアーツを放ちリィンが渾身の袈裟斬りを放つ。ヴィナスマントラは力無く地に倒れようやく手配魔獣の依頼を成功させた。皆が喜ぶ中マキアスは昨日ハイメに話した事を他のメンバーにも話し、貴族が苦手なのは変えられないが貴族相手にも柔軟に対応していく事、それから戦術リンクを成功させられたのは皆のおかげだと頭を下げ礼を述べた。

 

「今度はそれをユーシスに言ってやらないとな」

 

「奴は素で気に食わない!」

 

 思わず苦笑するリィンとエマ、やれやれと肩をすくめるフィーとハイメ何はともあれ依頼を終えた一行はバリアハートに帰還する。職人通りのあたりでフィーがおもむろに警戒態勢を取る。前を見ると領邦軍の姿が見える、どうやらハイメ達の帰りを待っていたようだ。

 

「マキアス=レーグニッツ、貴様をクロイツェン州領邦軍の名において拘束させてもらう」

 

 突然の事態に付いていけず困惑する一堂、マキアスはそのまま領邦軍に連れていかれてしまった。その様子を建物の陰から見ている金髪の青年がため息を吐きながら一人ごちる。

 

「アイツの嫌な勘が当たっちまったか、さてどうするかね」

 

 そう言いつつ青年は姿を消すのだった。一方事態に納得できない一行はバリアハートの領邦軍詰所まで行き兵士に食い下がっていた。話を聞くとマキアスはどうやらオーロックス砦侵入の容疑で拘束されたらしい。

 

「そんなバカな!」

 

「彼は俺達と行動を共にしていたんです、ありえません!」

 

 しかし兵士は聞く耳も持たず、最後に既に決まった事だ、ユーシス様に会おうとしても無駄だと締めくくりリィン達を追い返した。一行は状況を整理するため一旦カフェへと足を運ぶ。そこでマキアスの捕まった理由を推察していくと、昨日の貴族派と革新派の対立が浮かび上がる。マキアスの父である帝都の知事カール=レーグニッツは革新派として知られる人物だ。恐らくマキアスを使い取引を行うつもりだろうと結論が出る。

 

「人質を無闇に傷つけることは流石にないと思いたいが……」

 

「痛めつけるくらいの事はするかもね」

 

「そんな……でもあえりえますよね」

 

「いっそ煙幕で混乱させてその隙にさらっちゃう?」

 

「イヤイヤフィー、何で煙幕なんて持っているんだ」

 

「乙女の嗜み?」

 

「だが俺達が士官学院の生徒である以上下手に騒ぎを起こさない方が懸命だと思うぞ、ていうか乙女の嗜みとは一体?」

 

 マキアスを取り返すならば市内で拘束されている今しかない。一行は頭を悩ませ方法を模索するが中々妙案が浮かばない。

 

 

「マスター、そういえば用水路は大丈夫かい?」

 

 カウンターの方を見ると金髪の青年が用水路の魔獣について話している。彼は珈琲を飲み干しリィン達に目を向けると頑張れよと言い残し店を去って行く。青年が去った後マスターに話を聞くと彼は帝国ではあまり見かけない遊撃士らしく少し前にバリアハートの街の下に広がる地下水路に現れた魔獣を退治してくれたらしい、詳しく地下水路について聞くと地下水路は街全体に張り巡らされており、なんでも公爵の館にも繋がっているらしい、と冗談めかしに言うマスター。一行は店を出て頷き合う。

 

「地下水路、そこからならきっと領邦軍の詰所にも行ける筈だな」

 

「そうだね、軍が退路を確保するのは当然の事だし可能性は高いと思う」

 

「あぁ、とりあえず入り口を探そう」

 

「急ぎましょう」

 

 一行は用水路脇を注意深く観察し橋の下に比較的新しい施錠がされた扉を見つける。どうやらここが地下水路への入り口のようだ。

 

「どうする、ルナリア自然公園の時のように俺が破壊するか?」

 

「いや、街の中だし昼間だ、人目につく可能性が高いぞ」

 

「ちょっと試してみますね」

 

 エマはそう言うとポケットからヘアピンを取り出しピッキングを試みる。鍵穴にヘアピンを通した時エマは小言で何かを囁くとカチャリと音がして施錠が外れる。

 

「良かった前に本で読んだんですけど上手くいきました」

 

「委員長、何か囁いていたみたいだが」

 

「私も聞こえた」

 

「自分もだが」

 

「あ、あはは、さぁ時間もありませんし行きましょう」

 

 はぐらかされた感じだがエマの言う事も事実のため深く追及せず一行は地下水路へと降りていく。所々陽の光が差し込み、地下水路とはいえどこか幻想的な作りをしている。一行は詰所を目指して足を進めるが魔獣も多く行く手を遮る。

 

「時間は掛けてられん仕掛けるぞリィン!」

 

「あぁ、ハイメ!」

 

 リィンとハイメは戦術リンクを繋ぎ魔獣を蹴散らしていく。途中回り込む選択肢もあったが時を争うためなるべく速攻を掛け最短の道を突き進む。道程を考えちょうど中間地点に差し掛かった所で人の気配を感じ身構える。気配の方を見ると騎士剣を持ったユーシスが姿を表す。

 

「貴様ら……何故ここに」

 

「ユーシス!?」

 

「考える事は一緒のようだな」

 

 ユーシスはリィン達が自分と同じ行動をしていると思わずかなり動揺しているようだ。咳払いを一つして「奴に恩を着せようと思っただけだ」とユーシスは言い放つ。素直に心配して来たと言えない所がユーシスらしいと一同は苦笑しつつユーシスをメンバーに加えて地下水路を進む。そうして恐らく領邦軍の詰所の真下であろう場所に到着した。

 

「位置的にここだと思うんだが……」

 

「これは……」

 

 一行の前に立ち塞がるのは鉄製の固く閉ざされた巨大な扉。こちら側に鍵穴も存在せず解錠も不可能なため途方に暮れてしまう。

 

「くっマキアスは目と鼻の先にいるのに……」

 

「いっそアーツでも全員で放ってみるか……?」

 

 さらなる問題が起き一行は頭を悩ませる。そんな中フィーは周辺の壁をペタペタと触り何かを探っていた。

 

「このくらいならなんとか……」

 

 そう言うとフィーは白い粘土状の物体を取り出し扉の要所にセットしていく。「下がって」とフィーに促されると次の瞬間小さな閃光がはしり小さな爆発が起きる。枠を吹き飛ばされた扉はこちら側に傾き倒れる。その光景に呆気にとられる一同。

 

「フィー、今のは?」

 

「ただの樹脂製爆薬、使いやすいように調合してるけど?」

 

「それも乙女の嗜みか?」

 

 どうやらⅦ組のメンバーが抱いていた疑問を確かめなければいけない時が来たようだ。リィン達よりも二歳年下で士官学院に入学し、どこか飄々としながらも手を抜き無難に訓練をこなし、あまつさえその戦闘能力はⅦ組でも三本指に入るであろう。リィンはフィーの素性を聞かずにはいられなかった。

 

「フィー、君は……いったい?」

 

「別に……ただ昔猟兵団に所属してただけ……」

 

「猟兵団……」

 

 『猟兵団』ミラを受けとる事で仕事をこなす傭兵、その中でも優れた傭兵団に与えられる称号であり大陸に数多く存在する。プロフェッショナル、そこに所属していたというのならば彼女の能力の高さにも頷ける所がある。

 

「マキアス、助けに行かないの?」

 

 言葉を失う一同だったがフィーの言葉で気を取り直し扉の先にある階段を上がって行く。階段を登りしばらく歩くと地下牢区画に到着する。程なくしてマキアスが捕らえられている拘置用の牢屋を発見する。

 

「君達どうやって!?」

 

 マキアスが驚くのも束の間、騒ぎを聞きつけた領邦軍の兵士が現れる。帝国の兵士に刃を向けていいものか躊躇うもユーシスの「かまわん!落とせ!」という一言に覚悟を決める。

 

「貴様ら!こんな事が許されるとでも思っているのか!」

 

「無実の人間を不当な理由で拘束するとは貴様らこそ覚悟は出来ているんだろうな!」

 

「ユーシスの言う通りだ、こうなれば自棄だ!徹底的にやってやる!」

 

 意外にも領邦軍との戦闘で活躍したのはユーシスとハイメの二人だった。流石の領邦軍もユーシスに手を上げるのを躊躇いユーシスは容赦なくその隙を突いて騎士剣を振るう。

 

「我が鳴神流は対人戦闘を想定されたもの!魔獣より幾分かはやりやすい!」

 

 ハイメは鳴神流の真価を発揮し、魔獣相手には通用しない足の運び、視線の動きを読み取り攻撃を回避しながら攻撃を当て兵士を気絶させていく。程なくして兵士は全員気絶しその場に倒れる。兵士の一人から牢屋の鍵を拝借しマキアスを牢獄から解放する。近くにはマキアスの荷物も置いてあり回収する。

 

「君達!これからどうするんだ!」

 

「とりあえず引くぞ!」

 

 リィンの号令で一行は地下水路まで引き返していく。所々夕陽が差し込んでおり時刻は夕方である事を実感させる。開けた場所に出た所でリィンとフィーが何かの気配を察知し急がせるもその努力も虚しく二体の獣の咆哮と共に道を一匹に塞がれてしまう。現れたのは大型の軍用獣、部分的に装甲を纏い紅蓮と漆黒のに二体の犬型魔獣だった。回避不可能と考えた六人は武器を構え魔獣を撃退する事に決める。

 

「トールズ士官学院Ⅶ組B班行くぞ!」

 

 先手を取ったのは二体の魔獣の方で並外れた機動力とパワーで爪を突き立てようと前足を振り下ろしてくる。まともに食らえばひとたまりも無い事は容易に想像出来、フィーとリィンが各々攻撃の軌道をずらす。

 

「フィー、行くぞ!」

 

「了解」

 

 そのままリィンとフィーはリンクを繋ぎ狙いを紅蓮の魔獣の方に絞り攻撃を仕掛けていく。

 

「委員長!自分達も!黒い方をやるぞ!」

 

「ええ!」

 

 ハイメとエマがリンクを繋ぎエマはARCUSを駆動させる。ハイメはエマを守るべく漆黒の魔獣に肉薄していく。リィンとフィーはヒット&アウェイ戦法を取り少しずつではあるが確実にダメージを重ねていく。

 

「今回は特別に合わせてやる、僕達もいくぞ!」

 

「フン貴様の指図は受けん……と言いたい所だがいいだろう、合わせろマキアス=レーグニッツ!」

 

 そしてユーシス、マキアスは戦術リンクを成功させ状況を見て二体の魔獣両方の相手を勤めていた。しかし二体の魔獣はこれまでの敵と違い互いをカバーしあいながら時には標的を変え巧みに立ち回っていく。

 

「ちっ、鬱陶しい!」

 

「巧い」

 

「あぁ連携しながら戦ってる厄介だな……」

 

 幸い攻撃が直撃した者はいないが一行は確実に体力を消耗させていく。ハイメ、マキアス、エマは範囲攻撃の出来るアーツで二体同時にダメージを与えようとするが中々命中しない。

 

「ぐわっ」

 

 二体に同時攻撃をされたリィンが大きく吹き飛ばされ前線はユーシス、フィーの二人となる。お世辞にも二人は打たれ強いとは言えず一体突破を許してしまう。

 

「しまった!そちらに行くぞ!」

 

 ハイメはちらりとマキアスとエマを見ると二人は既にARCUSを駆動させている、今援護に行けるのはハイメしかいない。

 

「くっ」

 

 二人を守るべくハイメは駆け出し漆黒の魔獣と相対する。

 

「通さん!」

 

 ハイメは烈空穿を放つが漆黒の魔獣の勢いは止められず後衛の二人への攻撃を許してしまう。

 

「うわぁっ!」

 

「きゃあ!」

 

 その間に紅蓮の魔獣も抜け目なく援護に向かおうとするユーシスとフィーをその場に釘付けにしマキアスとエマは窮地に立たされてしまう。マキアスをエマを守るように前へ出て防御態勢を取るがそれでは防ぎきれず地に倒れてしまう。

 

「マキアスさん!」

 

「マキアス!貴様ァ!」

 

 リンクが途切れた事によりユーシス、フィーもかなり疲弊している様子、状況はかなり悪かった。リィンが意識を取り戻し救援に向かうもどちらも状況が悪くどちらを助けに行けばいいか判断がつかない。

 

「構わん!ユーシスとフィーの援護を!」

 

「でも!」

 

「構わんと言ったぞリィン!」

 

 ハイメの言葉に頷きユーシスとフィーの救援に向かうリィン。一方ハイメの前に立つ漆黒の魔獣はこちらを侮るように対峙している。

 

「その余裕これで吹き飛ばす、ハァァァァァ!」

 

 ハイメはある種の予感めいた物を感じていた。それは実習前にアンゼリカより教わった気のコントロール、それが今ならば出来るのではないかと。神経を集中させ体全体に気を張り巡らす。それを一気に解放するイメージで解き放つとハイメの体は青いオーラに包まれていた。

 

「剛龍招来(ドラゴンブースト)、出来ましたよアンゼリカ先輩!」

 

 言葉と共に地を蹴り漆黒の魔獣の横顔に蹴りを入れる。魔獣は予想外の衝撃に頭を揺らされ意識を一時刈り取られる。ハイメはこれが自分の脚力かと驚きながらも攻撃の手を緩めない。ひたすら蹴りを放ち今度はハイメが漆黒の魔獣を釘付けにする。

 

「うおおおおおおお!」

 

 ハイメの気迫に押されジリジリと体を後退させていく魔獣。

 

「行ける、このまま押しきッ……!?」

 

 しかしハイメの猛攻も止まってしまう。元々ぶっつけ本番でこの技を敢行し全身の気をコントロールしながら猛攻を掛けるにはいささかハイメの実力的にも体力的にも難しかった。むしろよくここまで行えたと言えるべきなのだが状況はそうもいかない。魔獣はハイメから青いオーラが霧散したと見るや反撃に出る。爆発的な力を発揮した体は悲鳴を上げておりハイメは満足に防御もできないまま漆黒の魔獣の爪の餌食となってしまう。吹き飛ばされ地に転がるハイメ、その表情は悔しさと怒りを滲ませていた。

 

(クッ何故だ!何故自分はこうも肝心な時に役に立たない!力が……足りないのか、何もかもが!)

 

「ぐあっ!」

 

 漆黒の魔獣は前足をハイメの背中に乗せ少しずつ体重を掛けていく。魔獣はハイメをなぶり殺す気だった。その口元には笑みが浮かんでおり少しずつハイメを痛め付けていく。

 

「ぐあああああ!」

 

 あまりの痛みに苦悶の声を上げるハイメ、体が軋み嫌な音をたて始めている。徐々に強まる痛みで意識も手放す事も許されずただ襲ってくる痛みに声を上げるしか出来なかった。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉ!」

 

 ハイメが最後に目にした光景は炎を纏った太刀を構えこちらに走ってくるリィンの姿だった。体に掛かる体重が軽くなっていくのを感じながらハイメは意識を手放すのであった。

 

 

sideリィン

 

 リィンは自分が意識を取り戻した時、状況は最悪といって差し支えなかった。エマ、マキアスは戦闘不能、2体の魔獣に対し片方はユーシスとフィーがもう片方はハイメが一人で対峙していた。普通ならば一人のハイメの方に加勢するべきだがユーシスとフィーも満身創痍、どちらも危うかった。迷うリィンにハイメは自分に構わず二人を助けに行けと言う。リィンはハイメの目に力がある事を確認し言われた通り二人の援護に向かう。魔獣も体力は削れていたらしくリィンが来たことにより形勢は逆転し程なくして魔獣は力なく倒れる。

 

(よし!これでハイメの方に援護に行ける!)

 

「ぐあああああ!」

 

 リィンがそう思った矢先にハイメの声が地下水路中に木霊する。

 

「ハイメ!?」

 

 声のする方を見るとハイメは苦悶の声を上げながら漆黒の魔獣に痛ぶられていた。

 

「リィン!こっちはもういいからハイメを!」

 

「クソ!行けシュヴァルツァー!」

 

 フィーとユーシスの声が聞こえると同時にその場から反転し急いで漆黒の魔獣の元へと走り出す。マキアスも戦闘可能な程回復しておりこちらに駆けつけていた。マキアスの銃から弾丸が発射され仰け反る魔獣。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉ!」

 

 リィンは自身の最大の奥義である焔の太刀を放ち、漆黒の魔獣を切りつける。漆黒の魔獣は力無く体を横に倒す。後ろから大きな音が聞こえ紅蓮の魔獣も倒された事は確認するまでもなかった。一同は魔獣を倒した事を喜ぶ暇も無くハイメに駆け寄る。

 

「ハイメ!ハイメ!しっかりしろ!」

 

「下がってリィンさん早く手当てを!」

 

「くっ貴様!俺はまだ貴様に礼を言っていないのだ!死ぬなど許さんぞ!」

 

「バカ!何を言ってるんだ!ハイメが死ぬわけないだろう!」

 

「ハイメ……ごめん」

 

 リィンがハイメを抱え起こすと体に力は入っておらず顔から血の気も引いていた。エマはARCUSを駆動し必死にハイメの治療に当たる。

 

「クソッ!俺があの時ハイメの方に向かっていれば!」

 

「でも……そしたらこうなってたのは私かユーシスかもしれない、体を張って……無茶しすぎだよ」

 

「クッ!僕が……僕が領邦軍に捕まりさえしなければ!」

 

「皆さん静かに!集中しています!」

 

「貴様ら!両手を頭の後ろに組め!貴様らは既に包囲されている!」

 

 場違いな声と複数の足音が響きリィン達を包囲する。リィンは怒りに顔を滲ませながらゆらりと立ち上がる。

 

(コイツらが……!ハイメを守るためにもあの力を……)

 

「そこまでだ、君達は彼を急いで病院へ!」

 

 凛とした声が響き領邦軍は明らかに取り乱している。それもそのはず帝都にいる筈のルーファス=アルバレアその人が目の前にいるのだから。領邦軍は泡を食ったように退散していく。

 

「済まない遅れてしまった」

 

「大丈夫アンタ達!?」

 

 その後ろにはサラも控えており心配そうにこちらを見ている。

 

「教官、それにルーファスさんも何で……」

 

「私は学院の三人いる理事の内の一人でね、済まない諸君来るのが遅れてしまった」

 

「いえ、私の対応が遅れたわ本当にごめんなさい」

 

「とにかく父上に話は通しておいた、君達も撤収したまえ」

 

 こうしてⅦ組B班の二日目の実習は終わりを迎える。しかしその表情は誰一人として晴れやかなものではなかった。

 

~翌日~

 

 リィン達B班はリムジンに乗るルーファスに見送られバリアハート駅内へと入っていく。その中にハイメの姿は無かった。列車が到着し一行は乗り込み席につく。列車の走る音と乗客の話し声が響く中誰も口を開く事が出来ずにいた。

 

「とりあえず今回の実習の評価よ」

 

 サラより手渡された封筒を開封し評価を見る。その評価はA判定であり皮肉にも減点対象はハイメの負傷だけであった。今回の実習はマキアスとユーシスの戦術リンクの成功、そして貴族の実態、そして市民の思惑と現状、来るべき革新派との対立、それにより進められる軍備と獲たものは大きかった。しかし仲間が負傷してしまっては……素直に評価を受けとる事が出来ない一同。

 

「ハイメの事は無理だろうけど気に病まないで、私達学院の見通しも甘かったわ、まさか貴族派がここまで追い詰められているとは……アンタ達は学生の実習の範囲でなら良くやったわ」

 

 サラがフォローを入れるがリィン達の表情は晴れる事は無かった。こうして大きな成功と仲間の負傷という結果を持って彼等の二回目の実習は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 色々な意味で現実って厳しいよねというお話でした。実は結末は少し悩んだりしました。このまま二回目の実習を無事で終わらせるか否か、悩んだ結果少し心の痛む展開となりました。
 今後の展開で少し頭を悩ませているので次話投稿は少し期間が空いてしまうかもしれません。もしかしたら外伝という形でハイメ視点ではない誰かの視点から見たハイメのお話というのを挟むかもしれません。


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第十話 壁

 実習が終わり、それからどうしたというお話です。


~???~

 

 やけに体が痛い、瞼も上がらないし、手足を動かそうとするのすら億劫だ。そう思いながらハイメ意識を覚醒させてゆく。まず目に入ってきたのは白い天井、続いて点滴、そして薬品の匂い、自分のいる場所が病院である事はすぐに分かった。

 

(何故……自分は病院なんかに……一体何が……!!)

 

 そこでフラッシュバックする漆黒の魔獣の姿、リィンの響く声、ハイメは何故自分が病院にいるのかを思い出す。

 

(あぁ……自分は無様に魔獣にやられ、それでこのザマか……)

 

 一体どれ程の時間があの時から経っているのだろうか?あの後皆は無事に逃げられたのだろうか様々な考えが頭を巡るが自分が納得出来る答えは何一つ得られなかった。しばらくすると巡視の看護婦が現れ医師から自分の体の状態の説明を受ける。幸い長期におよび治療が必要とか後遺症が残る心配はなかった、薬は処方されるが明日には学院に戻れるようだ。あれからハイメは二日間眠っていたらしい。自分の体が丈夫だった事を喜ぶべきなのか、二日も寝ていた事を悔いるべきなのかハイメはそんな考えから逃げるように眠りに落ちる。

 そして翌日の朝退院の手続きを行いバリアハート駅を目指すハイメ、バリアハート駅前には見覚えのある車が停まっていた。車の窓が開きルーファスが顔を覗かせる。

 

「やぁ、体調の方は大丈夫かな?」

 

「あっ……はい」

 

「そうかそれは良かった、ところで少し時間を頂いていいかな?」

 

 ルーファスにそう言われたハイメは断る選択肢等ある筈もなく促されるままリムジンに乗る。リムジンはアルバレア邸へと進んで行く。クラスメイトがいないのにクラスメイトの家に行く事に奇妙な感覚を覚えながらハイメはアルバレア邸へと入っていく。

絢爛な装飾の施された玄関を過ぎてハイメが通されたのは応接室だった。

 

「掛けたまえ」

 

 ルーファスに言われるがままにハイメはソファーに腰を掛ける。程なくして使用人が紅茶と茶菓子を運んでくる。ハイメは淹れられた紅茶を一口啜るが極度の緊張で美味しいかどうか分からなかった。

 

「まず今回の件だが済まなかった、まさか父があのような強硬な手段に出るとは思わなくてね、謝罪させて欲しい」

 

「い、いえ……マキアスの立場を考えるならば予想しておかなければいけない事ですから」

 

 

「それでも学院の理事として君達の実習を円滑に進められるようにする責任が私にはあったのさ」

 

「ルーファス様が学院の理事?」

 

「あぁ三人いる内の一人だがね、それとリィン君達はちゃんと学院に戻れているから安心して欲しい」

 

 リィン達が無事だった、ハイメが一番知りたい事実が知れたため一先ず安堵する。そしてルーファスが学院の理事だという事に驚きを隠せず思わずルーファスを見てしまうとルーファスと視線が合った。

 

「君は安心したり驚いたりと忙しいな」

 

「あ、すみません落ち着きがなくて」

 

「いや構わないよ、本題に移ろうか」

 

「本題?」

 

 今の事が本題ではなかったのかと、他に一体何があるんだろうとハイメは頭を回すがやはり思い当たる節はなかった。

 

「少し君の事を調べさせてもらってね、つらい経験もしたようだが至って平凡の範疇に収まる人生を送ってきたようだ」

 

「は、はぁ」

 

「君も少しは思い当たる節がある筈だよ、トールズ士官学院特科クラスⅦ組は数奇な運命を辿った人間が集まっている、こう言ってはなんだがその中でも君は普通過ぎるのさ」

 

「そ、それは……」

 

 自分が平凡、それはハイメ自身が誰よりも分かっているつもりだったが改めて他人に突き付けられると心にくるものがあった。

 

「Ⅶ組はこれから間違いなく帝国の動乱の時代の中心に少なからず食い込んでくるだろう、その中で君は彼等の隣に並び立てるかい?ハイメ=コバルト」

 

 その問いにハイメは押し黙るしか無かった。今回の実習の結果を見ればそれは必然だったからだ。

 

「気を悪くしたなら済まない、だが私は学院の理事として生徒を守る義務があるんだ、今はまだ難しいだろうが普通科への転属も考えて欲しい」

 

「は、はい……」

 

 ハイメはそう絞り出すのが精一杯だった。 正直その後の事は良く覚えていない。ハイメは気づけば列車に揺られリーヴスへと戻ってきていた。時間は正午を回った頃で今から学院に行けば午後からの授業に参加出来るが その気にはなれなかった。授業に出れるのに出ない事や戻ってきた事をすぐに報告しにいかない罪悪感を抱きながらもハイメは学生寮の自室に荷物を置く。そのままフラフラと学生寮の屋上の方へと足を進める。頭の中はルーファスの言葉で一杯だった。

 

「あぁ……認めたくないものだな」

 

 ルーファスの言う通りだ、今回は自分が傷付いたから良かったようなもののもしかしたらこの先自分のせいで他のⅦ組の誰かが傷付くかもれない。もしかしたらあの地下水路でリィンに助けて貰わなければいけなかったのは自分の方ではなかったのだろうか?ユーシスとフィーなら何とかなったのかもしれない。ルナリア自然公園の時もそうだ、もしアリサを助けたのが自分でなく他の誰か……そうリィンやラウラならば……勝手に人を助けた気になっているが本当に助けられなければいけない弱者は自分だったのではないか?ハイメは寝転びながら自問自答するが答えは出ているようなものだった。きっとⅦ組の皆ならこんな自分でも暖かく受け入れてくれるのかもしれない、彼等は良い人間の集まりなのだ、宝石の原石のような存在できっとお互い磨き上げながら切磋琢磨していくのだろう。ならその中に磨く価値の無い石ころが混じっているのは正しい事なのか?

 

「間違っている……な」

 

 ハイメは確信していた、自分はトールズ士官学院特科Ⅶ組に居るべき存在ではないと。所詮凡人な自分は普通に学を学び普通に学院を卒業し一般兵士になるのが自分の定められた道で自分の能力ではそこが限界なのではと、いやそれすら怪しいかもしれない。

 

「あとは実行に移すだけだな」

 

 学院にいるであろうサラ教官に直訴しに行こう、そう結論を出したハイメは学院へと向かう。学院に到着すると既に昼休みの時間は終了しており生徒達が授業に励んいた。出席出来た筈の授業も受けずのうのうとしている自分に再度嫌気がさしながらハイメは職員室を目指す。職員室に到着し扉を開けるとサラが教本とにらめっこしていた。

 

「失礼します、一年Ⅶ組のハイメ=コバルトですサラ教官少しよろしいですか?」

 

「あら?ハイメじゃない!あなたもう大丈夫なの?」

 

 ハイメが声を掛けるとサラはいつもの様子で「ダメよすぐに授業に出なきゃ」「皆心配してるわよ」「私に話ってなぁに?あっダメよ私達生徒と教師なんだから」といつもの軽い口調で言うがハイメの真剣な表情を見て察したようで生徒指導室へと通される。

 

「それでなんなの話って」

 

「……自分は普通科への転入を考えています」

 

 ハイメがそう言うとサラの表情が険しくなり少し怯むがそれでも考えを曲げるわけにはいかなかった。

 

「理由を聞かせてもらおうかしら」

 

「自分の実力が不足しているからです今回は自分自身の実力不足のツケを自分で払いましたがこれからもそうだとは限りません、自分の力がないせいでクラスメイトを傷付けるの本意ではありません」

 

 ハイメはもうこれで後戻りは出来ない、だがこれが今自分に出来る最善の道をとったのだと……後悔がないと言えば嘘になるが何か起こってからでは遅い。

 

(いや、これでいいんだ、Ⅶ組としてやっていけないのは自分の力不足のせいだ、そう自分が悪いんだ)

 

 気が付けば体は震え目頭が熱くなってきた、こんな情けない姿を見せては教官に失望される……いや既にされているかもしれない、立つ鳥跡を濁さずではないが最後くらいⅦ組の一員らしくしなければいけない。そう思えば思うほど体の震えは増し涙が流れてくる。

 そんなハイメの姿を見たサラは毒気が抜かれたのか大きくため息を吐いた後口を開く。

 

「全くあなた全然分かってないようね、まず今回の実習の一件は明らかに学生の実習の範疇を越えてるわ、だから貴方の負傷は貴方の力不足ではなくこちらの力不足、そしてここは学舎よ最初から上手く立ち回れなんて誰も求めていない、だって貴方は学生なんだから、失敗したとしても反省して足りない部分を補えば良い、貴方にはそれが出来るわ」

 

「しかし!自分のせいで仲間が傷付くのは!!」

 

「ならユーシスとマキアスもⅦ組を辞めて貰わなきゃいけなくなるわ、聞いたとおもうけど先月の実習、とりわけ戦闘、連携の項目はB班の評価は凄惨たるものよ、はいこれで理由がなくなったわね、私は貴方の普通科の転属は認めないわ」

 

「それでも!」

 

 それでも引き下がる訳にはいかないとなおも食い下がろうとするハイメが口を開くとサラは懐から何やら紙束を出した。促されハイメはその紙に目を通す。どうやら前回の実習のレポートのようでそこに書かれた内容で特に目を引くのは戦闘における連携力の力不足を痛感したと書かれていた。ハイメは違う、違うと首を振る、連携力が不足していたんじゃない、自分の力が不足していたのだと……連携以前の問題だったのだと。

 

「ハァー、これでも納得しないか……手の掛かる子ねぇ、次の授業は私だし丁度いいか、来なさいハイメ」

 

「教官!まだ話は!」

 

「あら?上官の命令は絶対服従よ?そう教えたわよね」

 

サラがそう言ってプレッシャーを放つとハイメは体が硬直してしまう。

 

「うっ……」

 

 結局サラに逆らう事が出来ずハイメは言われるがままにサラの後に着いていくことしか出来ない。やって来たのはⅦ組だった。正直今Ⅶ組のクラスメイトと会うのは気が引けるが遅かれ早かれバレるので説明する手間が省けた……とハイメは無理矢理自分を納得させる。程なくしてサラが教室の扉を開け促されるがままにハイメは教室へと入っていく。ハイメの姿を見たクラスメイト達は目を見開き次々に声を掛けてくる。

 

「ハイメ!無事だったのか!?」

 

「体は大丈夫?」

 

 数日ぶりに会うクラスメイトからの言葉は温かくそしてハイメの決心を鈍らせていく。このままではいけないそう思い直しハイメは教壇の上に立ちクラスメイトを見渡す。

 

「ハイメから皆に話があるそうよ、これはクラスの問題でもあるし私だけじゃどうしようもないからクラスメイトであるあなた達にも協力してほしくて、ほらハイメさっきの話を皆にもしてみなさい」

 

 サラに言われてハイメは先程サラに話した内容、自分が普通科への転属を考えていること、理由は自分がⅦ組でやっていくには実力が足りていないと実習や普段の生活で実感した事、自分の力不足で今度は別の誰かに迷惑を掛けてしまう、そうなる前にこのクラスから去りたいと。ハイメが話終えるとⅦ組のメンバーの反応は様々なものだった。意外にも一番最初に声を上げたのはエマだった。

 

「ハイメさん、それはおかしいです、だってハイメさんは模範的な生徒で勤勉で努力家です!」

 

 その目には悲しみが宿っていたものの真っ直ぐな視線をハイメに向けている、ハイメは思わず視線を逸らしてしまう。

 

「委員長……それでも自分は……」

 

「逃げるのか貴様……俺はまだ貴様に借りを返していないぞハイメ=コバルト!」

 

 ユーシスは声に怒りを滲ませながら立ち上がりそう言い放つ。

 

「ユーシス、このままでは自分はきっとそれ以上の大きな借りを作ると思う、そうなってからでは遅いんだ、それに自分程度が作った借りなど誰にだって出来た事、たまたま自分だったというだけだ」

 

 ハイメの言葉に我慢の限界といった感じでアリサが声を荒げる。

 

「借りなら私が一番大きいわ!先月の実習で私を救ってくれたのは他の誰でもない貴方よ!あれが他の誰でも出来たなんて言わせない!」

 

「アリサ……だがもしあれが他のメンバーならもう少し上手く……」

 

 いつもは決して人の話を遮らないエリオットがハイメの話を遮る。

 

「少なくとも僕はそう思わない、もし仮にだけど僕があの時のハイメの立場だったらアリサと二人揃って今頃は命を落としていたか重症だったと思う」

 

「エリオット……だが……」

 

 ハイメが反論に困っていると畳み掛けるようにガイウスが口を開く。

 

「そもそもハイメが力不足というがそれは違う、もし失敗だと感じるのならばそれはハイメ個人の失敗ではなく俺達全員の失敗だ、何故頑なに自分を責めるんだ」

 

「ガイウス……君は自分と実習に行ったことがないからそう言えるんだ、きっと自分の有り様を見たら失望する……」

 

 バン!と大きな音が鳴りその方向へと顔を向けるとマキアスが立ち上がり感情的な声を上げる。

 

「失望!?僕達を見くびるな!君を尊敬はすれど失望などありえない!その言葉はⅦ組全員に対する侮辱だ!僕は……いや!僕以外にも!君の姿勢を見て感銘を受けたクラスメイトは多い筈だ!君の努力する姿はⅦ組全員の気を引き締めている!」

 

「そんな……自分の……努力なんて誰にだって……」

 

 フィーは静かに立ちそれは違うと否定する。

 

「それはないかな……ねぇ知ってるハイメ?私授業とか遅刻しなくなったでしょ、私は最初やる気なんてなくて授業に遅れるし授業中は寝てばかりだったんだよ……でもハイメの頑張る姿を見て私も少しは頑張ろっかなって思ったんだよ、そんなに自分を軽く見ないで欲しいかな」

 

「ふ、フィー……」

 

 ラウラは他クラスも授業をしているにも関わらず大きな声を上げる。

 

「知らないかもしれないがなハイメ!そなたは私達に既に大きな影響を与えているのだ!そのそなた自身が否定などするな、いやさせはなしないぞ!私はこう見えて諦めが悪いんだ!それに私個人としても私はそなたとまだまだ高め合いたい!」

 

「…………」

 

 既にハイメは反論する気力さえ抜け落ちていた。最後にリィンがハイメの前に来てハッキリと言う。

 

「ハイメ……俺達Ⅶ組は始まったばかりなんだ、だからⅦ組から抜けるなんてそんな悲しい事を言わないでくれ、その悲しみを俺達にも背負わせて欲しい」

 

「すまない、すまない皆!自分は……自分はァ……!」

 

 ハイメは思う、あぁなんて自分は浅ましい人間なのだろうかと、自分の実力不足を認め、このクラスを去る事が正しい事だと決心したのに、クラスメイトの言葉でこんなにもまだⅦ組にいたいと思っている。たとえ自分が凡人だとしてもこのクラスにしがみつきたい、まだまだ皆と学びたいと。ハイメの涙はとめどなく溢れ力なくその場に崩れ落ちる、そんな姿を見てサラは「決まったようね」と小さく呟く。

 

「全く手のかかる子ねぇ、これオフレコでお願いしたいんだけど教師陣も結構貴方に期待してるのよ、ナイトハルト教官が太鼓判を押すくらいだもの、相当よ?まぁ一番期待してるのは私だけどね」

 

 ハイメは誓う、今以上に努力をしてⅦ組の一員として並び立てるようにしようと、もし一人の力で乗り越えられなければ周りの力を借りよう。こうしてハイメはⅦ組に残る事となりこの一件を切欠にトールズ士官学院特化クラスⅦ組は再始動する事になる。たとえこの先にどんな苦難が待っていようと彼等は確かに一歩前進したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 前の後書きで書いたハイメ以外の視点のお話も制作中であります。三章の途中位にはさめればいいなぁ位の気持ちで気軽に書き始めたのですが意外と難しい……


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第十一話 現在地

 作者の今日の行動
朝起きたら別に最新話を投稿した訳でもないのにアクセス数が伸びている……何かあったのかな?と思う。
とりあえず日課の日刊ランキングを漁りに行く。
何か見覚えのある作品がある。
別の作品と間違えてね?えっなんか不正でもしたんか俺?と首を捻る。
とりあえず本当なら嬉しいので割とリアルで精神ダメージを負いあまり執筆が進んでいなかったが執筆意欲が湧く。
この話を投稿←今ここ
 という訳でにわかには信じがたいのですがこの作品が日刊ランキングに名を連ねていました。正直今でもえっ……と疑っているのですがもし本当ならば読者の皆様のお陰でございます本当にありがとうございます。また軌跡シリーズの二次創作にほんの少しでも貢献出来たのならばこれ程嬉しい事はありません。夏にでる創の軌跡に向け軌跡熱が少しでも広がるといいなぁと思う所存でございます。長々と前書きを書いてしまいましたが十一話になりますどうぞ。




 二回目の実習が終わりハイメがⅦ組に復帰してから少しの時間が流れた。普段通り学生生活を過ごし時は昼休み、ハイメはある事に頭を悩ませていた、それは修行の方法である。先日の一件以降ハイメが行っていたクオーツの恩恵を受けずに魔獣と戦闘するという方法をやめるよう教官、クラスメイトにキツく注意されてしまいハイメは独力で今以上に自分の力を伸ばす事に限界を感じ始めていた。正確には身体能力はある程度身に付いたと自負しているが技術面がまだまだ未熟だと、折角身に付けた身体能力を活かしきれていないのではないかと考えるようになった。ならば誰かに師事をお願いするしかない。そこで思い付いたのが教官であるサラに師事をしてもらうか戦闘スタイルの近いアンゼリカに師事してもらうかで頭を悩ませていた。

 

「うーむどうしたものか……」

 

「また考え事かハイメ」

 

「ガイウス……」

 

 ガイウスがハイメの様子を見かねたようで声を掛けてくる。手には町のパン屋で買ったであろう昼食がありハイメが視線を向けるとガイウスは紙袋から二つのパンを取り出す。

 

「よかったら一緒にどうだ?俺で良ければハイメの悩みを聞かせてもらえないだろうか?」

 

「そうだな今考えてもすぐに答えはでないしご一緒させて頂こう」

 

 ガイウスが風に当たりながら食べたいという事で二人は途中で飲み物を購入し屋上へとやってくる。5月後半という事もあり気温は丁度良いのだが風があるためかいつも昼食時に賑わっている屋上の利用者は少なかった。二人は適当に空いている場所を見つけ昼食にありつく。

 

「しかしガイウス、このパン本当に貰ってしまっていいのか?」

 

「構わないさ、実はあまり形がよくなく売り物にならないからと譲って貰った物だからな」

 

「そうだったのか、それではありがたく」

 

 ハイメは少しの間昼食に舌鼓をうちつつガイウスをちらりと横目で見る。ガイウスと話す機会は少ないわけではないが多い訳でもない、それでも何故かこちらが困っている時や考え事をしている時にスッと現れ話を聞いてくれる。リィンとはまた違ったリーダーとしての資質をハイメはガイウスに感じていた。パンを食べ終えるとポツリ、ポツリとハイメは悩んでいた事をガイウスに話し出す。ひとしきり話終えるとガイウスは真剣な表情で空を眺めながら少しの間沈黙して一言「難しいな」と言った。

 

「俺はそのアンゼリカ先輩の事をよく知らないから何とも言えないがハイメはその二人から何を教えて貰い何を身に付けたいんだ?」

 

「それは……その技術を……」

 

「答えが漠然とし過ぎているな、誰に師事を受けるかよりまず自分は何を師事して貰いたいかというヴィジョンを明確にした方がいいんじゃないか?そうすれば自ずと道は見えてくる筈だ」

 

「確かに……流石だなガイウス」

 

「丁度午後の教官の授業は一対一の模擬戦なんだ、そこで何か掴めればいいな、勿論俺が相手なら手加減はしないが」

 

「臨むところだ、改めてありがとうガイウス」

 

 その後予鈴がなるまで屋上で風に当たりながらとりとめもない雑談をしつつ次の授業に備える。教室に戻り待っていると程なくしてサラが教室に入ってくる。そのままグラウンドへと移動し模擬戦の組み合わせが書かれた紙を取り出した……のだがそれを見たⅦ組一同固まってしまう、その様子にサラは大変満足そうだ。一番先に我に帰ったリィンがなんとか声を絞り出す。

 

「こ……これは……」

 

「普通にやるんじゃつまらないからトーナメント形式にしてあげたわよ♪こっちのほうが燃えるでしょ?」

 

 事実上のⅦ組単独戦闘能力の最強決定戦、反応は様々だが皆どこか闘志に満ち溢れていた。ハイメの出番はどうやら一番最後のようだ、そして相手は……

 

「先程いった通りだ、手加減はしないぞハイメ」

 

「ガイウス……あぁよろしく頼む」

 

 ガイウスは腕を組ながら表情はいつもと変わらないが瞳に静かに闘志を灯している、ハイメ自身2回の実習でガイウスと一緒になった事がなく本気で戦う所を見ていないが手強い相手なのは間違いないだろう。

 

(といっても今の自分に手強くない相手などいないのだが……)

 

「よーしそれじゃあちゃきちゃきいくわよ!自分達の番じゃなくても見て吸収出来る事はしっかり吸収しなさい!」

 

 一戦目はフィーvsアリサ、フィーの変幻自在な攻めと機動力にアリサは対応しきれずあっさりとフィーに懐に潜り込まれフィーの勝利。二戦目、ユーシスvsマキアス、一戦目同様ユーシスの間合いにマキアスが入れば即ゲームセットのこの一戦、マキアスはなんと自らユーシスへと突っ込んでいく。虚を突かれたユーシスは一歩で遅れ反撃を試みるがマキアスの銃弾の雨にさらされ思うように動けない、何とか突破しマキアスに近づくもマキアスはユーシスが近づくと地面を撃ち砂埃を起こす。こうなると攻撃範囲の広さでマキアスが有利になりユーシスはそのまま敗北してしまう、今回はマキアスの作戦勝ちに終わる。三戦目リィンvsラウラ、同じ剣を使うもの同士のこの一戦、熾烈な剣の打ち合いになるがパワーでラウラに分があり徐々にリィンが不利になる。起死回生の一手を打つべくリィンは一旦距離を取りカウンターに賭けるもそのカウンターごとラウラは持ち前のパワーで押しきり剣士対決はラウラに軍配が上がった。続く四戦目、エマvsエリオットの試合、序盤はエリオットの手数に圧されているように見えたエマだがじりじりと距離を空けておりお互いの導力杖の攻撃範囲から外れると素早くアーツを駆動する。負けじとエリオットもアーツを駆動するが時すでに遅し、エマのアーツをもろに喰らってしまいエマの勝利となった。そしていよいよハイメvsガイウスの試合が始まる、ある意味注目の一戦として観戦にもどこか熱が入る。

 

「正直……この組み合わせどうなんだ?」

 

 とリィンが首を傾げる。リィンもハイメ同様唯一ガイウスとは特別実習で一緒になっていないためガイウスの実力を計り損ねていた。そんなリィンとは対照的に他のⅦ組メンバーは黙りこくってしまう。

 リィンが何事かと思うとエマが沈黙を破る。

 

「その……最初の実習で私達が何とかやれたのはフィーちゃんも勿論なんですがそれ以上にガイウスさんの力が大きいんです」

 

「正直Ⅶ組の中ならガイウスと一番やりたくないかな」

 

「ハイメに勝機があるとすれば自己強化から一気に押しきるくらいだが……」

 

「フン、奴はさせてくれないだろうな」

 

「えぇ……ハイメの勝つ確率はかなり低いでしょうね」

 

 エマに続きフィー、マキアス、ユーシス、アリサまでもがガイウスが圧倒的優勢と判断している。改めてリィンはガイウスという男の凄さを感じるがそれを一番感じているのは今まさにガイウスと相対するハイメだった。

 

(どうする?正直ガイウスに自分が勝っている点などスピードくらいしか……いや、それすらも怪しいかもしれない、ここは剛龍招来で短期決戦を仕掛けるのがベストか……?)

 

「準備は出来たかハイメ?」

 

「あぁ胸を借りさせてもらうぞガイウス」

 

「双方準備はいいわね?それじゃあ……はじめ!」

 

 サラの合図と同時にハイメはガイウスから距離を取る、一気に剛龍招来で決めるつもりだったがガイウスは槍を振るい旋風を起こす。

 

「読めていたぞハイメ!ゲイルストーム!」

 

「くっ!」

 

 距離をとったため回避には成功したがいきなり目論見を潰されたハイメ、これで剛龍招来での勝ち筋は完全に断たれてしまう。

当初の作戦が失敗に終わった事にハイメは歯噛みしながらも気持ちは切らさない。

 

「クソッまだだ!」

 

 地面を蹴り一気に間合いを詰めようとするハイメ、ガイウスは槍のリーチの長さを活かした迎撃をしハイメは自分の攻撃の間合いへ潜り込めず逆にガイウスはの猛攻に晒されてしまう。

 

「どうしたハイメ、これで終わりか!?」

 

「まだだ!」

 

 ガイウスの突きに合わせるように蹴りを放つ、槍から伝わる衝撃に思わず後ずさるガイウス。これで一旦仕切り直す形となる。どうにかガイウスの猛攻を凌いだハイメは次の一手を思案する。

 

(ガイウスの視線、足運び、間違いない右から攻めてくる……ならば左から回し蹴りを放ち、態勢を崩して決める!)

 

 先に動いたのはガイウス、ハイメの予想通りガイウスは右から攻めてくる。ガイウスに合わせるようにハイメは駆け出し左側から回し蹴りを放つ。

 

「これはいったか!?」

 

 リィンが声を上げたその時、ガイウスは咄嗟に槍を左手に持ち替えて槍を薙いでくる。これにハイメは対応しきれず逆に態勢を崩されかけるがなんとか片足で踏んばる。しかしそれすらも読んでいたかのようにガイウスの次の一手は足払いだった。尻餅を着き顔を上げると眼前には槍の穂先がある、ハイメの完敗だ。ガイウスを見上げるハイメとハイメを見下ろすガイウス、図らずともその構図はガイウスとハイメの差を現すようだった。そんな事を考える自分に嫌気が差したハイメは思わず顔を背けてしまう、そのタイミングでサラが終了の合図を告げ、ガイウスとハイメは下がっていく。

 

「お疲れ様だハイメ、何か掴めたか?」

 

 と声を掛けてくるガイウスに二重に負けた気分になる、何故自分の攻撃に対応出来たのか今すぐ聞きたい衝動を抑えハイメは声を絞り出す。

 

「あ……あぁ、今日の仕事が終わったら教官の元へ行こうと思う」

 

「そうか、何か掴めたならば俺も相手をさせてもらって良かったよ」

 

 ガイウスの笑みに敵わないなと思いつつも気持ちを無理矢理切り替え観戦に集中する。この後フィーがマキアスを破りラウラがエマ、ガイウスを破り二人の対決となる。予測不可能なこの対決は多彩な攻めでラウラにしたい事をさせなかったフィーが勝利を飾る。こうしてフィーがこの模擬戦の覇者となった。

 

「……やったね」

 

 言葉の割にいつもの無表情ながら控えめなピースサインを作っているフィーに他のメンバーは惜しみ無い称賛と拍手を贈る。

 こうしてサラの講義の時間は終わり時は放課後、ハイメは今日の分の仕事を終え教官室を訪れる。自由奔放なイメージのあるサラが教官室にまだいるだろうかと若干の不安を抱きつつ入室するとハイメの予想とは裏腹に机にかじりつき書類もにらめっこするサラの姿が目に入る。タイミングが悪かっただろうか、後日出直すべきか……とハイメが悩んでいるとサラが丁度顔を上げ視線が合う。

 

「あら~ハイメじゃない?なぁに?ようやく教官である私を頼る気になったのかしら?」

 

「えっ……はいそうなのですが……急ぎの仕事中ならば後日出直しますが」

 

「訪ねてきた教え子を無下には出来ないわよ、てことでトマス教官あとよろしく♪」

 

「えっ!?え~?」

 

「さぁ善は急げ!キナジウムへ行くわよ」

 

 サラに仕事を押しつけられるトマス教官にハイメはの中で謝りながらサラとキナジウムにある武術修練場へと向かう。

 

「それで、私に用って事は今日の模擬戦での事よね」

 

「はい、最後自分はガイウスが右側から攻めてくるの読んでいました」

 

「でも負けた……自分なりに敗因は考えてきたのかしら?」

 

「自分同様ガイウスもこちらの動きを読んでいたのではないかと思うのですが……」

 

「んー、それもあるかもしれないけど多分外れね、正解は恐らく貴方の攻撃は読む必要がないから」

 

「なっ……!」

 

 攻撃を読む必要がない、それはハイメ自身の攻撃が全く脅威ではないという事になる。まがりなりにも武術を師事した自分の攻撃が脅威ではない、つまり……

 

「攻撃力が不足している……?」

 

「残念またまた不正解、それじゃ答え合わせといくわよ、どこからでもいいから私に一撃入れてみなさい」

 

 そう言って構えるサラにハイメはいきなり自分の出せるトップスピードを出し回し蹴りで頭を狩りに行く……が右手で防御され左手で押し返される。続けて足、腕、と狙う場所を変えてもことごとくサラに防御される、しかもその場から一歩も動かず武器すら抜かれずだ。

 

「ハァハァ……実力の差は重々承知していたつもりだがここまでとは……」

 

「あら?なら今度は私が貴方を攻撃するわ……そうね、今の貴方の半分くらいのスピードで攻撃するから防いでみなさい」

 

「なっ!それはいくらなんでも……!」

 

「いいからいいから♪構えなさい!いくわよ!」

 

 サラは確かにハイメのスピードの半分くらいの速度で動き間合いを詰めてくる。しかもサラが選択した攻撃の手段は大振りなアッパー、いくらなんでも攻撃の挙動が大きすぎる、すかさず顔面を防御するが反対の手でボディに予想外の一撃を貰う。

 

「ぐうッ」

 

「ほらほら次いくわよ!」

 

 一旦距離を空け再度ハイメの方に突っ込んでくるサラ、しかし動きの合間合間に小刻みなステップを入れ狙いが絞れず今度は足を狙われ回避すべく大きく後退してしまう。

 

「わかったかしら?貴方どこか自分のスピードを過信してる節があって動きそのものがとても単調なの、だからどんなに早くても攻撃が対応されてしまう、それに防御もおなざりね、貴方は武器を使わない生粋のインファイターなのに自分が対応出来ない攻撃はそうやっていちいち距離を空けないと回避できないのかしら?」

 

 

「うっ……それは……はい」

 

 サラの指摘に思わず言葉を詰まらせるハイメ、こんな分かりやすい弱点があった事、この短時間で弱点を2つも見抜いたサラの凄さに思わず気圧される。

 

「取り敢えず大きな問題はその二つね、すぐに……は難しいでしょうね、本当はみっちりしごいてあげたいけど貴方学院での仕事もあるのよね……うーん、とりあえず次の自由行動日は私に付き合いなさいな、放課後は毎日は無理だけど空いてる時は手を貸すわ」

 

「すみません、自分が不甲斐ないせいで教官の時間を使わせてしまい……」

 

「バカ!そこはありがとうでしょ~♪貴方は生徒で私は先生、悩んでいる生徒を無下には出来ないわよ、あっ出世したら私にしこたま奢りなさいよ~?無料で飲む酒ほど美味しいものはないんだから」

 

「はい!是非奢らせて下さい!」

 

 窓の外を見ると完全に日が落ちていたため今日の修練はこれで終わりとなりサラはまだ少し仕事があるからと教官室へと戻っていく。その後ろ姿を見送りサラが修練場を出ていった事を確認しハイメはその場に大の字で寝転がる。思い起こすのは今日1日、そしてガイウスとの対決……

 

「同じ歳なのにあそこまで差がある……わかっていた、納得していた……つもりだったんだろうな……」

 

 悔しい、思い返せば思い返す程自分の未熟さに腹が立つ。あの時こうすれば、何故安易な攻めをしたのか、まだ心のどこかでガイウスの実力を甘く見積もっていたのでは?今考えても意味のない……それでも思わずにはいられない思いが溢れて止まらない。

Ⅶ組メンバー、そしてサラの前では必死押し留めた、せめてこんな情けない姿だけはまた見せまいと、明日からは切り替えるだから今だけは……

 

「う、うああああ……」

 

 ハイメ=コバルト、彼がトールズ士官学院特化クラスⅦ組の本当の意味で並び立つのはまだ……果てしなく遠い……

 

 

 

 

 

 

 

 




 めでたい事が起きたのに話は割と暗め、というかまぁいくら気持ちを新たにしても実力は変わらないし劣等感や罪悪感といった負の感情はそう簡単にはなくならないよねというお話でした。


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第十二話 脆い石ころ

 誤字報告を下さる方ありがとうございます、とても助かります。なるべく誤字はしないよう気をつけているつもりなのですがどうしても出てしまって申し訳ないです。6月はちょっと仕事の関係で更新速度が遅れてしまうかもしれませんが愚直な軌跡をどうかよろしくお願いいたします。


 六月、それは梅雨の季節、そして学生とは切っても切り離せないイベント中間試験のある月でもあった。

 Ⅶ組メンバーも中間試験に向け勉学に励み、また講義も熱が入ったものとなる。ハイメも例に漏れずノートにペンを走らせる、今まで勉強に対する姿勢はそこそこ勉強し平均点くらいを取るというのがハイメのスタンスだったが折角自分を高められる環境にいるので今回は平均点以上を目指そうと奮起する。いつもより短く感じる授業を終え時は放課後、試験が近いため部活動は中止、ハイメの仕事もテスト期間は免除となり放課後のクラスには珍しくⅦ組メンバー全員が顔を揃えていた。

 

「やっと終わった……」

 

 そう言って机に項垂れるのはフィー、勉強が苦手な彼女にとって試験前の密な講義はいつもの倍以上疲れれるらしく、放課後はダウンしたフィーを介護するエマがもはや鉄板になりつつある。

 そんな二人を微笑ましく思いながらやはり話題は中間試験の事になる……のだがⅦ組メンバーの会話はまるで四月に戻ってしまったかのようにぎこちない。その渦中にハイメはいた……というのも今回は珍しくハイメが誰かを避けているのではなく驚く事にリィンとアリサの二人がハイメに対しぎこちない態度をとっていた。リィンもアリサも比較的友好的でⅦ組のコミュニケーションの潤滑油といっても過言ではないのだがその二人がぎこちないと会話も中々続かない。そんな状況をハイメが気を遣わない筈もなく早足で教室から出ていく。一日二日くらいそんな日が続いても皆何も思わないがこの状態は一週間程続いており、基本的にこういった事に対して我関せずのフィーとユーシスの二人ですら首を傾げていた。

 

sideハイメ

 

 

「はぁ……」

 

 一人になってもう何回目になるため息か分からない、学生寮への帰路を歩くハイメは見るからに肩を落とし落ち込んでいるのが見てとれた。ハイメ自身リィンとアリサに何か不快な事をした心当たりはない……と思うが感じ方は人各々、もしかしたら二人に対し何かしてしまったのかもしれないと思うが本当に心当たりがないので謝る事すら出来ずにいた。いつもならば仕事に武術の修練とやるべき事に没頭出来るのだが今は試験前なので勉強するくらいしかなくふと一区切りついた時には思い出してしまい憂鬱な気持ちになるのだ。

 

「いっそ二人に理由が聴ける程自分の神経が太ければ良かったのだが……」

 

 だが中間試験が終われば待っているのは特別実習、もし自分から二人に踏み込んでいって取り返しのつかないことになれば自分達だけでなく他のⅦ組メンバーにも迷惑を掛けてしまう、そう思うと中々話を切り出せずむしろ自分がいない方がいいのでは?と思いこうして一人クラスから逃げたしていた。降り続く雨とどんよりとした空模様を見て更に憂鬱な気持ちになりながらハイメは学生寮へと一人戻る途中何者かに声を掛けられる。

 

「そこの君、止まりたまえ」

 ハイメが視線を上げるととそこには貴族クラスの制服に身を包んだ生徒が何人かがハイメの行く手を塞ぐように立っていた……

 

sideⅦ組

 

 ハイメが教室から出て少しした後この状況を流石に見過ごすわけにはいかないとマキアスが立ち上がる。

 

「それでリィンもアリサくんも一体どうしたというんだ?」

 

「いや……その」

 

「えーと……」

 

 マキアスの問いに対して曖昧な返答と表情で返す二人、他のⅦ組メンバーが聞いてもいつもこのような感じなのだ。しかし今日こそは逃がすまいと気がつけばマキアス以外のメンバーも二人を取り囲むようにしており、降参と言わんばかりにリィンは両手を上げる。

 

「フン……ようやく観念したか」

 

「一体どうしたというんだ、リィンらしくないぞ」

 

「話したら何か解決に繋がるかもよ、そりゃどうしてもってなら無理に話さなくていいけどさ……」

 

 男子組の援護もリィンは改めて大きな息を吐き自分の心の内を話し始める。

 

「いや、前の実習のバリアハート組の皆なら分かると思うけど最後ユーシスとフィーの援護にいってハイメが怪我しちゃっただろ?改めて申し訳なくてさ……ただ謝るのも何か違うし……」

 

 そう、リィンはバリアハートの実習後、どこかハイメに後ろめたい気持ちを抱いていた。実習が終わってすぐはこんな事を考えるのはハイメに対して失礼だと思っていたがその気持ちはどんどんと大きくなり遂に表面上で取り繕えない程になっていた。

 そしてリィンと同じ気持ちをバリアハート実習組は大なり小なり抱いておりその場は沈黙してしまう。その沈黙を破ったのはラウラだった。

 

「リィン、やはりそれは思い上がりというものだと私は思う、私達は一介の学生に過ぎない、目の前に二人助けなければいけない人がいて理想は二人とも助ける事だが現実的にまだ私達はそれだけの力がない」

 

「うっ……そうだよな……」

 

 それでもどこか納得しきれない……そんな気持ちが表情にありありと現れる。責任感の強いリィンはそれでもまだ心の中で葛藤していた。そんなリィンを諭すようにガイウスが口を開く。

 

「俺も故郷を守る力をつける為にこの学院に来たがまだそれだけの力が身に付いたとは到底思えない、目の前の一人の人間すら守れるかどうか怪しいだろう、それにハイメは馬鹿ではない、何らかの算段があってリィンを二人の援護に行かせたんだ、それで失敗してしまったのは周りもそしてハイメ自身も力が足りなかったんだろう」

 

「フン……それに奴はもう前を向いているんだ、俺達が後ろを向いていたらそれこそ顔向けが出来ん、奴は強い奴だ」

 

 ユーシスの言葉に皆ウンウンと頷くが一人だけ微妙そうな表情している者がいた、そうアリサだ。

 

(本当にそうなのかしら……?皆が思っている程ハイメは強い人間なのかしら?)

 

 アリサがハイメを避ける理由、それは本当に偶然なのだが数日前キナジウムの武術修練場でハイメの心の内を聞いてしまったからだ。ハイメの心の内を聴くまではアリサも他の皆と同じようにハイメは心が強く目の前の困難や自分が犯してしまった失敗を努力で乗り越えていける、そう思っていたが今は違う。もしかしてハイメはギリギリの所で一人で闘っているのではないか?もしそのギリギリを過ぎてしまったらハイメはどうなるのだろうか?ハイメのあんな姿を見たら日常で何食わない顔で過ごしているのもどこか無理をしているんじゃないかと思ってしまう。そんなアリサの様子をラウラは見逃さない。

 

「どうしたアリサ?」

 

「アリサさんはまた違う考えをお持ちなんですか?」

 

「珍しいね、アリサがそんな顔するなんて」

 

 怪訝そうな顔でこちらを見てくるⅦ組メンバーにはっとなり慌てて取り繕おうとするアリサだったが肝心の事を言えないのでどうしても陳腐な事しか言えない。だがこれだけは話す訳にはいかなかった、ハイメが何も言わないのに自分がハイメの弱さを吐露する訳にはいかない。

 

「ごめんなさい、これは私が自分で折り合いをつけなければいけない問題なの、だから……」

 

 真剣なアリサの瞳を見てこれ以上追及するのは野暮な事だと一応納得するⅦ組メンバー。そうなると当然のごとく次の話題は中間試験試験になる。

 

「うーん、やっぱり分からない事は教え合うのが一番良さそうだけど……」

 

「全員集まって効率良くいくとも限らないわよね」

 

「なら二つにグループを分けよう、どのみち今の状態じゃそれしかない、成績的に言えば……僕とエマ君のグループが良いか」

 

 そうなると話は早く各自苦手な教科と得意な教科、それと勉強が苦手かどうかでグループを作っていく。エマのグループはフィー、リィン、アリサ、ユーシスの5人となりマキアスのグループはエリオット、ガイウス、ラウラ、そしてハイメとなった。

 

「ここにいないハイメ抜きで決めてしまうのは悪い気もするが……」

 

「ハイメは得意科目もなければ不得意な科目もないと言っていたし彼なら大丈夫だろう、それにハイメはそういった事でヘソを曲げるタイプでもあるまい」

 

 ラウラが腕を組ながらそう言うと何故かラウラの方に視線が集まり珍しくラウラは狼狽える。

 

「な、なんだ、私は何かおかしい事を言ったか」

 

「何て言うか……意外って言ったら失礼かもしれないけどラウラとハイメって仲良いよな」

 

「なっ!そんな事もないと思うが……」

 

「女子の中だと一番ハイメと話してるんじゃない?」

 

「ふーん……否定する割には嬉しそうなんだね」

 

 フィーがそう言うとラウラは更に狼狽える、そんな光景に皆自然と笑みがこぼれ笑い合う。当のラウラはどこか納得がいっていないようだがどこか暖かい、そんな雰囲気がⅦ組を包んでいた。

皮肉にもハイメはその暖かい輪の中にはいない……

 

Ⅶ組sideout

 

 

ハイメside

 

 降りしきる雨を傘が弾く音がやけに大きく聞こえる。貴族クラスの連中がいったい自分などに何の用があるというのか、いくら頭の中を張り巡らせても思い当たる節はない。最近こういった事が多いな……とハイメは心の中でため息を吐く。

 

「貴族クラスの方々が自分に一体なんの用件なのでしょうか?」

 

 そう言葉を紡ぎ深く頭を下げる。そんなハイメを満足そうに見下ろし鼻をならすと一人の生徒が前に出てくる。

 

「フン、平民らしく貴族に対する礼節は弁えているようだね、なに無駄な努力を続ける可哀想な平民に現実を分からせてあげるのも貴族の務めだと思ってね」

 

 無駄な努力……その言葉に思わずに拳に力が入るがそれでも相手は貴族、ここで問題を起こしたらⅦ組の皆にも迷惑が掛かる、そう思い努めて冷静に言葉を返す。

 

「そうですか、ご忠告感謝します、それでは」

 

 そう言って足早にその場を去ろうとするが取り巻き達がそうさせてくれない。苦虫を噛み潰したような表情をするハイメを面白そうに見る貴族クラスの男子生徒が更に続ける。

 

「おいおいつれないな、折角この四大名門の嫡男、パトリック=ハイアームズが話しているんだ、もう少しゆっくりしていけよ」

 

「四大名門……ハイアームズ……」

 

「フン、君達特科クラスⅦ組だかなんだか知らないが僕達の方が優秀だという事を次の中間試験で証明してあげるよ、覚えておくといい、君みたいな石ころはいくら磨こうと綺麗な宝石には勝てないという事をね!精々Ⅶ組の足を引っ張ってくれる事を期待しているよ、ハイメ=コバルト君」

 

 パトリックはそう吐き捨てるように言って取り巻き達を連れて去っていく。どうやらパトリックはハイメ個人に対してというよりはⅦ組に対して何か思うところがあるようだ。たまたま一人のハイメを見つけて嫌味を言ってきたのだろう。

 

「フン……それくらいの事なら言われ慣れてるさ……」

 

 自嘲気味にそう呟きハイメも寮への帰路へと着く。降る雨はまるでハイメを責め立てるかのように勢いを増すばかりだった。

 

 

翌日 放課後

 

 マキアスに昨日自分が帰った後の話を聞き、皆と一緒に勉強をする事を承諾したハイメ、マキアスグループはⅦ組で勉強する事になる。この五人の学力はマキアス、ラウラが優秀で苦手科目は数個あるが他の科目が飛び抜けているガイウス、エリオット、そして歴史のみ得意科目だが他の科目は平均点あたりを行き来するハイメといった感じだった。ラウラはあまり人に教えるのが自信がないらしくマキアスがガイウスとエリオットの苦手科目をフォローしラウラはマキアスのフォローとハイメが分からない所を教えるといった感じで話が纏まる。

 

「すまないラウラ、ここがよく分からないのだが……」

 

「そこはこの公式を使って……」

 

「あぁ!成る程こうなる訳か!」

 

「うん、そういう事だ」

 

 元々話す回数が多いラウラならハイメも気兼ねなく聞くことができ、ラウラもハイメに解き方を教えれば理解する事からこの組み合わせは上手くいっていた。途中エリオットが意味ありげな視線を送っていたがマキアスに集中しようと一喝され結局どういう意味の視線なのかは分からなかったが……そうして日も傾いてきた頃集中力も続かなくなってきたためここで勉強会はお開きとなり寮へと戻る事になる。

 

「もう少し頑張りたかったが……」

 

「うん、僕もまだ分からない所が多くて」

 

「集中力が続かないのに続けてもあまり効果は期待できないぞ二人とも、適度に休憩を挟んで短時間でも集中してやった方が絶対良い」

 

「マキアス、もし分からない所があったら後で聞きにいっても良いだろうか?」

 

「ガイウスの切り替えの早さを二人とも見習うといい、焦っては事を仕損じるとも言う」

 

 五人は他愛ない話をしていると校門前でエマグループのメンバーと遭遇する。当然その中にはリィンとアリサの姿もありやはりハイメと話すのはまだ気まずいのだろう、表情が硬直しているのが見てとれる。結局Ⅶ組全員で学生寮へと帰る事になるがハイメは一番後ろに行き皆とは少し離れながら歩く事にした。リィンとアリサは申し訳なさそうな表情をしていたがこればかりはどうしようもない、元々ハイメは多人数の輪の中に入るのはあまり得意ではなくこうしていた方がハイメ自身気楽な部分もある。 周りを見ると数人のグループで帰っている生徒の姿が多く見受けられる、皆考える事は同じなんだな……と思いつつ頭の中で今日の復習をしているとユーシスがこちらに近づいてくる。

 

「前々から思っていたが貴様もよく分からない気遣いをするものだな」

 

「いや、その、ハハハ……」

 

 まさかそんな事を言われるとは思わなかったハイメとしては渇いた笑いをする他ない。

 

「フン、あの二人の事ならそんなに貴様が気にする必要はない、奴等自身の問題だ、それと改めて言っておくが前回の実習の借りはアルバレアの家名に誓って必ず返す」

 

「借りって……あれは自分が……」

 

「貴様がどう思おうと俺は借りを作ったと思っている、だから返す、それだけだ」

 

 あまり話した事はないがユーシスは意外と頑固なんだなと思っていると寮へと着く。皆と別れ部屋に戻り着替えを済ませ、少しベッドに横になる。頭に思い浮かぶのは先日パトリックに言われた事、ユーシスには気にするなと言われたがリィンとアリサの事、そしてテストで皆の足を引っ張らないかという不安だった。何もしてないとろくでもないことしか考えないなと身を起こし外を見ると雨は上がっていた。

 

「ラウラに切り替えも大事だと言われたし、気分転換に少し走ってくるか」

 

 夕食を摂る時間が少しばかり遅れるかもしれないがこんな気持ちでは食事もおいしく感じないし勉強にも身が入らないだろうとハイメは結論付け寮を出る。昼間は若干蒸し暑かったが日が落ちて丁度良いくらいの気温だ。そのまま街道の方へと足を進める、街灯に照らされ整備された道を無心で走り続ける。だんだんと体が火照り吐く息は激しさを増してゆく、それでも走っていると無心になる事が出来、後ろ向きな考えも頭の隅へと追いやられていく。結局少しだけのつもりが結構な時間走ってしまい寮へ戻る頃には食堂も閉まっていた。

 

「やってしまった……」

 

 シャワーを浴びて部屋に戻り何か食べる物を買い置きしていなかっただろうかと自室の棚を漁るが夜の無茶な修行を辞めたので当然食べ物の買い置きなどなくハイメは肩を落とす。食べ物がないと分かると途端に腹の虫は鳴き始める。かといって雑貨屋は閉まっているしカフェも開いてるかどうか怪しいだろう。幸い飲み物はあるのでごまかすしかないか……と思ったいた矢先に部屋のドアがノックされる。もう一時間もすれば消灯時間なのだがこんな時間に一体誰なのだろうか?何か急ぎの用事だろうか?と思いながらドアを開けるとそこに立っていたのはアリサだった。

 

「!?!?!?」

 

 こんな時間にどうした?あまり女性が意中でもない男性の部屋に訪れるものじゃないぞ……と言おうと思ったハイメだが実際に口から出たのは言葉にならない声だった。

 

「少しだけいいかしら」

 

「はい」

 

 結局返答もたった一言、先程の空腹はどこへやら様々な考えが頭の中をグルグルと回るがアリサは部屋の中へ入って椅子に座ってしまう。

 

(と、とりあえず飲み物!そうだ!たしか実家から送られてきた紅茶があったはずだ!)

 

 訳の分からないまま客人に対して何ももてなさないのはいけないとすぐに紅茶の準備をする。

 

「粗茶ですが?」

 

「何で疑問系なのよ、でもありがとう」

 

 ハイメはとりあえずアリサの対面に座る事にする、中々用件を話さないアリサにこちらから聞くべきか?避けられてる件についてだよな、まさか絶交でも言い渡されるのか?とビクビクしながらアリサの言葉を待っているとアリサがためらいがちにに口を開く。

 

「その……まずはごめんなさい、急にこんな時間に押し掛けて、でもこのまま引きずるのも良くないと思って」

 

「その、用件は最近アリサが自分を避けている件についてだろうか?」

 

 

「えぇ……その……先に謝っておくわ、ごめんなさい、実は先日キナジウムで……そのハイメの心の内を聞いてしまって……」

 

「あっ……あぁ……そうか聞かれてしまったのか……」

 

 しまった、そんな思いがハイメの頭の中でいっぱいになる。まさかアリサに聞かれているとは……成る程確かにあんな事を偶然とはいえ聞かされてしまってはどう接すればいいのか分からなくなるのも当然だろう。アリサには申し訳ない事をしてしまったようだ。

 

「は、ハハハ……すまなかったアリサ、ほらあの日は模擬戦でガイウスに完敗したから少し気落ちしていてな、情けない男だと笑ってくれ」

 

 今の自分はちゃんと笑顔を作れているだろうか、今さら取り繕うも何もないかもしれないがそれでもアリサに余計な心配をさせる訳にはいかない。ただでさえ足を引っ張っているのにこの上またⅦ組のお荷物になろうとしている、それだけは絶対に避けなければいけない。ハイメはそんな気持ちで精一杯の笑顔を作るがそれでもアリサの表情は優れなかった。

 

「ねえハイメ?何でそんな無理して笑顔を作るの?弱さを見せる事はそんなに罪な事なの?」

 

「……もう十二分に自分の弱さは皆に見せているだろう?これ以上はただの甘えだよアリサ」

 

 Ⅶ組の皆がハイメを気に掛けてくれているのは痛いほど伝わっている。これ以上皆に甘えるのは依存だ、それにハイメは良く分かっている、弱さとは罪だと、自分が弱いせいで他人を傷付ける、それを克服するためにⅦ組に入ったというのに未だにこのていたらくだ。これ以上置いていかれる訳にはいかない、それがハイメの嘘偽りない本当の気持ちだった。

 

「そう……分かった、ハイメを信じるわ、でも忘れないで貴方の周りには皆がいるわ、私だってその一人なんだから」

 

 そう言って優しく微笑むアリサにドキリとするハイメ。すごく場違いな気持ちなのだろうが心臓が早鐘を打ち体温が上昇していくのを感じる。アリサの微笑みはとても魅力的に見えた。正直その後の事はよく覚えていない、二三個言葉を交わしアリサはハイメの部屋から出ていく。ハイメはボーッとアリサが出ていった扉を見つめ続け気がつけば消灯時間になっていた。慌てて部屋の明かりを消してベッドに潜り込むハイメ、それでも中々すぐには寝付けない。

 

(ば、馬鹿者ハイメ=コバルト!アリサは100%善意しかないんだぞ!それをこんな……)

 

 瞼を閉じて無理矢理寝ようとするがアリサの笑顔が頭から離れない。未熟者の自分がこんな事を考えてはいけない、こんな思いをアリサに抱くのは失礼だし不相応だ、心を殺さなければまた皆に迷惑を掛けてしまう。そうやって無理矢理にでも感情に折り合いをつけ心の奥へしまう事にする。テストも近いしその次は実習だ、今はただ自分を高める事にだけ集中しよう、やってくる睡魔の中そんな事を考えながらハイメの意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ハイメ下げ回に見せ掛けた落ちちゃったかー回、仲が良いからその人に魅力を感じるとは必ずしもとは限らないですよね。
ちなみに作者はリィ×アリが原作カップリングだと一番好きです、ここまで見て下さった読者様なら後は……分かりますね?


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第十三話 テストの結果と貴族クラス

 今回は話のきり処が難しかったためかなり短めとなっております。それとUA一万突破&お気に入り100件ありがとうございます。また恋愛が絡んできて多くの感想を頂き大変嬉しく思っております。一応ハイメはアリサに惚れましたが、だからヒロインはアリサ決定ではなく、あくまでまだヒロインは未定であります。ハイメにとって苦しい展開が続きますがよろしくお願いします。


 テスト結果発表日、あれからいくつかの大きな出来事があった。まずアリサの家のメイドであるシャロンさんという方が学生寮に現れたこと、これによりアリサは平民という身分に違いはないがどうやら普通の家庭ではないと思っていたがなんとラインフォルトの娘だったらしい。ラインフォルトとはラインフォルト社、帝国最大にして世界最大級の製造メーカーで兵器全般の生産ラインを担っている。そのため死の商人と揶揄される事もありある意味普通の貴族より影響力は大きいが確かに家名を隠したがるのも頷ける話だった。

 もうひとつの出来事はフィーとラウラが仲違い、元々仲が良かった訳ではないがラウラが一方的にフィーを避けているようだった。当のフィーはどこ吹く風で気にしておらずそれが余計に達が悪い。マキアスがポロリとラウラにフィーが猟兵団に在籍していた事をこぼしてしまい恐らくそれが原因でフィーの事を避けているのだろう。

 実習前にイベントが多くあったが何はともあれ今は中間試験の結果発表日の昼休み、やれるだけの事はやったしいつもよりは手応えはある、大丈夫な筈だとハイメは意気込みながら廊下に張り出された結果を確認する。

 

「よ、43位……」

 

 102人中43位という結果に頬をひくつかせるハイメ、確かに半分より上と言えば上だが喜べばいいのか悲しめばいいのか分からない、とはいえⅦ組の中では下から2番目でフィーがほぼ基礎知識0の状態から77位なので次回以降は確実に順位を上げてくるだろう事を思うと何とも言えない気持ちになる。とはいえ予想以上にⅦ組メンバーが優秀過ぎるのだが……さらにクラス別の総合平均点の結果でⅦ組が一位を出しているのがまた何とも言えない気持ちに拍車を掛けた。皆が喜んでいる中いまいち貢献出来たのか出来ていないのか分からないハイメをその姿を遠巻きに眺める他なかった。

 

(いや、切り替えよう午後からは実技テストがあるんだ、そこで挽回するんだ)

 

 一応ハイメはテスト期間に合間を見つけてはサラに師事してもらい前よりは攻め方は良くなっている……筈なので実技テストで巻き返そうと意気込む。昼休みが終わりグランドへ行くとサラが前回までのテスト同様に戦術殻の起動準備をしているとそこへ貴族クラス、Ⅰ組のパトリック=ハイアームズとその取り巻き達がが現れる。

 

「何やら面白そうな事をしているな」

 

 マキアスが露骨に不審そうに彼等を見ているが本人達はそんなことは気にもとめていないようだ。貴族クラスと面倒を起こすと録な事にならないと思ったハイメは一応面識があるためパトリックに用件を伺う。

 

「今は授業中の筈ですが……どうされたのでしょうか?」

 

 ハイメが質問をすると不愉快そうにパトリックは口を開く。

 

「前にも言っただろう凡人平民、無駄な努力を時に気付かせてあげるのも上に立つものの責務だと」

 

 パトリックの言葉に数名が殺気を放っているが当のハイメが言い返さないためかパトリックはさらに饒舌になる。

 

「それにⅦ組諸君は舞い上がっているようだからね、フンよく集めたものだ、浮浪児に野蛮人に猟兵上がり、それに成り上がりの商人の娘だと!?全く同じ学院に通う僕らの品位まで疑われてしまうよ、まぁだからといって平々凡々の一般庶民までいるのもどうかとは思うがね」

 

 Ⅶ組メンバーに対する明らかな挑発と侮辱、普段あまり怒りを覚えないハイメでも自分以外の人間を乏されればさすがにカチンとくる。マキアスもこめかみに青筋をたてながらパトリックに言い放つ。

 

「ご用件をどうぞ」

 

「フン、余裕のない奴め!まぁいいそんなガラクタ相手だとつまらないだろうと思ってね、今日は特別に僕達が相手をしてあげよう」

 

 こうして変則的なⅠ組との模擬戦を行う事になったのだが女子メンバーは無し、貴族であるユーシスもなしとパトリックは難癖をつけてきて結局リィン、マキアス、ガイウス、エリオット、ハイメの五人が戦う事になるが始まる前にユーシスが警告をしてくる。

 

「奴はあれでレイピアの名手だし取り巻きも宮廷剣技を修めている、油断は出来ん相手だぞ」

 

 女子組からも激励を受け五人はグラウンドの中央に集まり各々の得物を構える。

 

「それでは……はじめ!」

 

 サラの開始の合図で各々が動き出す。先手をとったのは中央突破を狙うⅠ組……ではなくそれを逆手にとったハイメだった。Ⅰ組のパトリックを含む前衛三人が中央突破を仕掛けるなかⅦ組はリィンとガイウスが大きく左右から回り込むように動く。

 

「フン!所詮は平民だな!凡人を残して我々の後衛を狙いにいくとは!」

 

 Ⅰ組の戦略としては三人で中央突破をしまずはエリオットとマキアスを倒す算段だったのだろう、視線と足の動きで三人の動きを予想していたハイメは近くにリィンとガイウスがいない事を確認し振脚を放つ。

 

「ぬわぁっ!」

 

 ハイメの振脚により予想だにしなかった形で体勢を崩し機動力を失うパトリック達、そこにマキアスとエリオットがアーツを放つ。すんでのところでパトリック達はそれを避けるが三人固まっていた筈が既にバラけてしまっている。

 

「リィン!ガイウス!」

 

「あぁ!」

 

「任せてもらう!」

 

 予め左右に展開していたリィンとガイウスがパトリック達を追撃する。当然Ⅰ組後衛組をさせまいと牽制してくるがリィンもガイウスも巧みに動き中々的を絞らせない。そうこうしてるうちにエリオットとマキアスは前進している。これでⅠ組は左右、そして前後に分断された形に対してⅦ組は左右にリィンとガイウス、真ん中にハイメ、そのすぐ後ろにはエリオットとマキアスと包囲網を完成させる。パトリックはこの状況を打開するべく前衛一人を引き連れてリィンの方へと向かっていく。リィンは後退しつつハイメは2対1の状況を作らせないようにリィンの方へと向かう。しかしタッチの差でパトリック達がリィンに肉薄する。

 

「くっ……」

 

「捉えたぞシュバルツァーの浮浪児め!」

 

「伏せろ!リィン!」

 

 後ろから聞こえるハイメの声を信じてその場にしゃがみ姿勢を低くするリィン、するとリィンの上を飛び越えハイメの飛び膝蹴りがⅠ組生徒に直撃する。リィンを捉えた、そう思い攻撃にばかり意識がいっていた彼はまともな防御をとる事さえできず大きく吹き飛ばされ痛みに喘いでいた。

 

「形勢逆転だ!パトリック!」

 

 ハイメの後ろから出てきたリィンが太刀を振りパトリックは防御を余儀なくされる。しかしパトリックの執念かそれとも貴族としてのプライドが為したのかすぐさまパトリックは鋭い三段突きを放ちリィンに決して軽くはないダメージを与える。リィンはダメージのせいか片膝を着く。これで状況はパトリックとハイメの一騎討ちとなる。

 

「凡人が!貴様なぞすぐに始末してやる」

 

「自分にもⅦ組としての意地というものがある!」

 

 パトリックの鋭い突きにハイメは体を細かく左右に動かしながら回避する。そんなハイメに対しパトリックは苛立ちを募らせ遂に上体を大きく前に出して突きを放つ。

 

「好機!」

 

 パトリックの突きに合わせるようにハイメは三段蹴りを放つ。一発目でパトリックのレイピアの軌道をずらし二発、三発目はがら空きの体に叩き込む。

 

「ぐっ……まだまだ!」

 

 体を大きく仰け反らせながらも何とか踏ん張るパトリック、ハイメはパトリックを戦闘不能に追い込むべくさらに攻撃を仕掛ようとするがダメージが回復したⅠ組生徒がそれを防ぐべくハイメに切り掛かる。

 

「パトリック様はやらせん!」

 

「クソッ!後もう少しのところで……!」

 

 ハイメは悪態を吐きながら意識を攻撃から防御へと切り替える

二人の攻撃全てに対応はしきれずなるべくクリーンヒットを貰わないよう相手の攻撃をずらすように立ち回る。

 

「クソッしぶとい!いい加減に倒れろ!」

 

「これしきの事で!」

 

 攻防は続き徐々にハイメが不利になっていくが持ち直したリィンが復帰し有利となる。Ⅶ組内でトップクラスの連携経験を持つリィンとハイメ、連携の差で最後はパトリック達を押しきる形となる。丁度同じくらいのタイミングでガイウス達もⅠ組生徒を倒しており互いを健闘しあっていた。

 

「ふぅ~なんとかなったよ~」

 

「二人のお陰で戦いやすかった、ありがとうエリオット、マキアス」

 

「いやいや君が前衛を張り続けてくれたお陰さ」

 

 ハイメがチラリと横を見るとリィンは頷き破顔する。手を上げハイタッチを交わす二人を恨めしそうに見上げるパトリックは立ち上がり肩を震わせる。

 

「調子になるなよ!平民風情が!今回はたまたまだ!同点首位?貴様らがでかい顔をするんじゃない!平民は平民らしくしていればいいんだ!」

 

 パトリックは敗北の悔しさからか感情を爆発させてしまう。そんなパトリックの姿にどこか自分を重ねるハイメだったが他の者はそうはいかない。

 

「貴族とはそんなに偉いものなのか?」

 

 Ⅶ組の誰かがパトリックに言い返してもおかしくない状況でガイウスが目をスッと細め真っ直ぐにパトリックを見つめる。貴族制度に馴染みのないガイウスだからこそ言えた言葉なのだろう。サラは「良い観点ね」と小さく呟きパトリックはガイウスの問いに答える事が出来ず狼狽えてしまう。その後も何か言いたそうなパトリックだったがサラが場を収め一応事態は収束を迎える。

その後残りのメンバーの実技テストもつつがなく終了し実習先とメンバーの発表となる。

 

A班 リィン、ユーシス、ガイウス、ハイメ、アリサ、エマ

 

目的地 ノルド高原

 

B班 エリオット、マキアス、フィー、ラウラ

目的地 ブリオニア島

 

 ブリオニア島は帝国西方に位置して遺跡で有名な島でありノルド高原は帝国北東にあり帝国に属さない地として有名だった。そして……

 

「良い機会だ、皆には俺の実家に泊まってもらうとしよう」

 

 ガイウスは故郷に戻れる嬉しさからか瞑目しながらもどこか嬉しそうにそう言うのだった。

 

 

 

 

 

 




 という訳で13話でございました。正直この回は滅茶苦茶苦心しました。改めてⅠのパトリックを見ると逆に誰だお前状態で最初は適当にこの話は流そうと思っていましたがこりゃヘイトが向かない方が難しい、ならいっそとパトリックにはヘイト役を買って貰いました。ここでパトリックファンの皆様に謝罪させて頂きたいと思います、すみませんでした。


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第十四話 先輩と弱点と  

 え~お久しぶりでございます、パワプロとマキオンしてたら気づいたらこんなに空けてしまいました。創の軌跡もあるので前のように……とはいきませんが落ち着いたらまたちょこちょこと執筆したいと思います。久々なのでお見苦しい点もあると思いますが十四話です、それではどうぞ。


実技テストから二日後 週末の早朝

 

 今回は実習先が遠いため早朝からトリスタを発つ事になる。その代わり……という訳ではないがシャロンが軽食を作ってⅦ組メンバーに渡していた。余談だが今回の実習先は二つとも大きな古代遺跡があるという事で有名だったためトマスは凄く羨ましそうにしていた。

 そんな話はさておき一向はトリスタの駅で帝国行きの列車を待っているのだがA班は外国に行くという事もあり高揚感が高まっておりB班は何とも言えない空気を醸し出していた。ラウラとフィーの間には微妙な空間が出来ておりエリオットは苦笑をするしかない。リィンとハイメは流石に心配になりマキアスに声を掛ける。

 

「大丈夫なのかマキアス……その二人の事」

 

「任せてくれ、これはある意味僕にとっても大きな課題と言えるんだ」

 

「帝国に行くまではなるべくフォローするよ……そこから先は頑張ってくれ」

 

 どこか意気込むマキアスに若干の不安を覚えるリィンと流石にあの二人なら実習中くらい折り合いをつけるだろうとどこか楽観的に考えるハイメ。

 そうこうしている内に列車がやって来たので乗り込みボックス席に座るⅦ組メンバー、B班は四人なのでそのまま座りA班は六人いるため男女で別れて座る。ハイメはA班の方をチラリと見るとこちらとは対照的で凄く重そうな雰囲気に包まれている、というか会話がない。マキアスが意を決して話題を降ろうとしたのを知ってか知らずか……多分後者なのだろうラウラがハイメに話し掛けてくる。

 

「そういえばハイメ、一昨日、昨日とログナー先輩と何かしていたようだが何をしていたんだ?」

 

「へぇ……それ私も気になるかな」

 

 珍しくラウラの話にフィーが乗っかり、フィーは恐らく無意識でやってしまったのだろう、また両者の間に微妙な空気が流れる。流石にこの空気をマキアスになんとかしろというのも酷だし何やら他のメンバーも興味を持った様子。

 

「また無茶な事してないでしょうね?」

 

「あ、アリサさん、大丈夫ですよ……多分」

 

「いやいやいや、普通にアンゼリカ先輩と修行をしただけなのだが」

 

「貴様の普通が信用ならんのだ、ほらきりきり話せ」

 

 ユーシスに促されハイメはアンゼリカとの修練を思い出しながらポツポツと話し始める。

 あれは実技テストが終了し学院での仕事をしている時だった。その日は事務ではなく再び生徒会に仕事を貰いに行く事になり生徒会室で仕事を貰いに行った。といってもテスト明けのせいかはわからないが仕事の量も少なく簡単な事ばかりだったのですぐに片付いてしまい終了した事をトワに報告しに行くとそこでアンゼリカがトワとお茶をしていた。

 

「失礼します、本日の分の仕事が終わったことを報告しに来ました」

 

「うん、ありがとうハイメ君、良かったら紅茶淹れるから飲んでいって」

 

 こうして生徒会から仕事を貰う日は仕事が終了するとトワから紅茶を貰う事が習慣と化していた。ハイメはトワの労いの形なのだろうと思っており余程急ぎの用事がない限りは断らないようにしていた。トワの紅茶を待つためソファーに座るとアンゼリカがハイメに話し掛けてくる。

 

「やぁハイメ君お先に頂いているよ、それで調子はどうかな?こちらも色々聞いてはいるがやっぱり本人から聞くのが一番だからね」

 

「いや、その自分が至らない点ばかりで皆には迷惑を掛けてばかりいます、まだまだ足りない事ばかりです」

 

「そ、そんなことないよ!」

 

 紅茶の載ったトレイを持ちながらトワが強い口調でそう口にする。

 

「リィン君からよく聞くよ?ハイメ君は頑張りすぎるくらい頑張ってるって!」

 

「トワ、本人が納得していなければ周りがどう言おうと無駄だよ、それに事実な部分もあるだろうしね……よし久しぶりに稽古をつけてあげよう」

 

 トワは釈然としないような顔をしているがアンゼリカの言う通りだった。ハイメはサラにも色々と教わっているがまだ自分には足りない点が多い……強くなれる機会があるならば有難い限りだとアンゼリカの言葉に頷く。

 

「フフ、やる気はあるようだね」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「アンちゃん、実習が控えてるからあんまり無茶な事はダメだよ!」

 

「ああ、大丈夫だよ、確かこの時間ならキナジウムの修練場は空いていたよね?使わせて貰うよ」

 

 こうしてハイメとアンゼリカは修練場へとやってくる。アンゼリカは準備運動をし体をほぐしてから構えをとる。

 

「それじゃあまずは君がどの程度出来るようになったか見せて貰うとしよう、掛かってきたまえ」

 

アンゼリカは手をくいくいと動かし挑発するような仕草をしてくる。ハイメも少し腰を落とし戦闘体勢をとる。

 

「いきます!」

 

 そう言って駆け出すハイメ、今までは自分のトップスピードで駆け出しスピードを威力に変えて最初の一撃を入れるという戦闘スタイルをとっていたハイメだったがアンゼリカにそれが通用するとは思えないのでアンゼリカの周りをぐるぐるとまわるように動き撹乱する。サラの教えを無駄にする事はしない、アンゼリカの後ろを取り視線をわざと右側に泳がせ左足で回し蹴りを放つが腕でガードされる。

 

「へぇ、攻め方を覚えたようだね……最もまだ拙いが!」

 

「いえ!まだまだいきます!」

 

 今度は右足での連続蹴りを放つ、無論アンゼリカはそれらを全ていなすがハイメの目的は別にあった。

 

「シッ!」

 

右足で踏ん張りを利かせ左足で烈空穿を放ちアンゼリカはそれを大きく後退する事で回避する。二人の距離が空いた事でハイメは剛龍将来をしそのままアンゼリカへと突っ込んでいく。

 

「ハアッ!」

 

 スピードを乗せた三段蹴りの内一発がアンゼリカの腹部に当たりそのまま回し蹴りを放とうとするハイメ、しかし当のアンゼリカは不敵に笑う。

 

「フッ、攻めは多少良くなったようだけどガードは甘いね!」

 アンゼリカは打点をずらしわざと攻撃を受ける事でハイメに追撃をさせるよう仕向けておりその狙いはカウンターにあった。ハイメがしまったと思った時には動作が始まっており足を拳で弾かれがら空きのボディに重い一撃が入る。何とかダメージを少なくするためにあえて自分も後方に跳ぶ事で衝撃を苦そうとするが脇腹を抱える。

 

「くっ……重い!」

 

「そらそら!休んでる暇はないよ!」

 

 剛龍招来をした状態ならば何とかアンゼリカと打ち合えるハイメだったがそれもすぐに時間の限界が来て再び距離を空けようとする、しかしそれを見逃すアンゼリカではない。

 

「レイザーバレット!」

 

 足から放たれる衝撃波にハイメは防御体勢をとるがそれでもアンゼリカの攻撃の威力は凄まじくハイメの体は大きく吹き飛び壁にうちつけられ力なく倒れる。

 

「勝負あり……だね、大丈夫かい?ハイメ君」

 

「はい、参りました」

 

「さて、君に足りない物は何か分かったかな?」

 

「色々ありすぎて正直的を絞れません」

 

「うーん、君に一番足りないのはまず防御、次点でドラゴンブーストが使い物になっていない事かな」

 

 確かにアンゼリカの言うとおり防御の技術はおなざりと言って良いかもしれない。ハイメは基本防御行動を攻撃と同じく足で行っている。メリットは防御からそのままの体勢で攻撃に移れる事、デメリットはその場に止まってしまうため流動的な攻撃に対応出来ない事、防御のモーションがまるわかりなので容易に防御の薄い所を狙いやすい事だとアンゼリカは言う。

 

「もう少し手を上手く使うといいよ、それとドラゴンブーストだけど、いっそ全身じゃなくて下半身だけに集中していいかもしれないね、今の状態だと上半身に割いてる氣が無駄になってる事が多い、それで発生も早く出来るし持続時間も長くなると思う」

 

「な、成る程……」

 

「それじゃあ下半身に氣を集中させる練習をしつつ私が打ち込むから手で防御する練習をしようか」

 

 それって結構難易度が高いのでは?と内心ハイメは思いつつ折角稽古をつけてくれるアンゼリカの好意を無駄にしないためにも修行に励むのだった。

 

 

「という感じで手を使っての防御と下半身に氣を集中させる練習をしていたんだ」

 

 ハイメの話が終わると反応は様々だった。

 

「やっぱり先輩は着目する観点が違うんだな」

 

「うん、それで形にはなったのかハイメ?」

 

「確かに良い点突いてると思う」

 

「本当に無茶な事してなかったのね……」

 

「手を使っての防御はまだ上手くいかないが氣を下半身に集中させる事は上手くいったよ、本当にアンゼリカ先輩には感謝しかない」

 

 ハイメが心の中で改めてアンゼリカに感謝をしていると列車はヘイルダム駅に到着する。帝都にあるヘイルダム駅は各州へ続く鉄道が一同に集まる帝国で利用者が最も多い広大な駅なのだが時間が早朝のためかそこまでの人数は見受けられなかった。ここからA班とB班は別れる事になるのだがマキアスは既に燃え尽きかえていた。

 

「ハイメ……僕は自信がなくなってきた、今からでもB班に来ないか?」

 

「あはは……僕もフォローするから頑張ろうマキアス」

 

「可能ならばそうしたいが、副委員長としての腕の見せ所だなマキアス、お互い頑張ろう」

 

 エリオットとハイメはマキアスを励ますがいまいち効果があったのかどうかは分からない。そして無情にも時間は流れお互いの乗る列車が駅に到着しA班は列車へと乗り込む。長い列車旅となるためシャロンの作ってくれた軽食に舌鼓をうちつつ雑談をする。そして今回の実習地であるノルド高原についてガイウスに説明して貰う事にした。その課程でガイウスの出身について聞くことになりガイウスはノルドの民の出身らしく縁があり帝国軍将官と知り合いその人の推薦で士官学校に入学したとの事。そして現在向かっている中継地点のルーレ市にはアリサの実家があるらしくそこで乗り換えるルートにリィンの故郷温泉郷ユミルがあるらしい。

 ルーレ市に着くとアリサの母とシャロンさんがおりアリサの母が学院の理事長である事を明かす、アリサはどうやら家族とあまり上手くいっていないらしいがその後のユーシスの「無関心より余程親子らしいだろう」という言葉がハイメはとても印象にのこった。

 シャロンに昼食を貰いルーレでゼンダー門行きの貨物列車に揺られシャロンから貰った昼食を食べながら一向は列車の旅を続けるがいかんせん距離が長すぎるため話のネタも尽きかけてきた頃、リィンが『ブレード』というカードゲームを遊ぶ事になるのだが……

 

「くっ俺の負けだ」

 

「ハハハ……」

 

 何故かハイメはことごとく引きが強く何故か全戦全勝してしまう。こんなに運が良いことなど生まれて初めてだったので嬉しい気持ちと何か良くない事の前触れなのでは?と疑う気持ちになり頬をひきつらせるしかない。A班全員もあまりのハイメの引きの強さにドン引きしていた。そうこうしている内長いトンネルを抜けると窓から見える景色は山岳地帯へと変わっていく。辺り一面の緑に列車の窓を開けると吹いてくる風はどこか帝国で吹く風より爽やかさを感じさせる物だった。列車はそのまま進み軍事施設であるゼンダー門に到着する。辺りに自分達以外に乗客がいないことから辺境の地へ来た事を改めて実感させられる一同。時間は午後の三時をまわっており長かった列車の旅も終わりを迎える。

 

「来たか、ようこそトールズ士官学院の諸君、私はゼクス=ヴァンダール中将だ」

 

 ハイメ達を迎えたのは隻眼の軍人ゼクスだった。ゼクス=ヴァンダールと言えば帝国内では有名で『隻眼のゼクス』として知られている。また『ヴァンダール』は皇族を守護する武門に連なる武人としても知られる存在である。

 

「少し休んでいくか?」

 

 長い列車の旅をしてきた一同を気遣っての言葉だったのだろう、しかしガイウスの住む集落はすぐに移動し始めなければ日が暮れてしまうとの事でガイウスはそれをやんわりと断る。

 ゼクスは移動用の馬を四頭用意してくれており、ガイウスは勿論貴族であるユーシス、リィン、そして祖父の影響で乗馬の経験があるアリサも乗れるらしい。

 

(よ、良かった……これで委員長も馬に乗れたら自分だけ乗れない事になっていた……本当に委員長が居てくれて良かった)

 

 とハイメの内心の安堵はさておきアリサがエマを後ろにハイメはリィンの後ろに乗らせて貰い北にあるというガイウスの住んでいる集落へと向かう事にする。空を見上げると吸い込まれそうな程一面の蒼、遠くを見渡すと白い岩肌が顔を覗かせる山脈が見てとれる。改めてノルド高原の雄大さを実感しつつリィンの背中につかまりながら集落を目指す一同。

 しばらく進むと不思議な形状の石碑群が並んでいるのを発見する。ガイウス曰く高原内に点在する古代の歴史らしく古代に使われていたであろう文字が刻まれている。エマが難しい顔をしているのが見えたハイメだが特に追求する事なくさらに馬を進める。

 ガイウスの先導のお陰で一向は完全に日が落ちきる前に集落に着く事が出来た。集落の中には移動住居が何個か見え数家族が暮らしている事が伺える。

 

「あんちゃーん!」

 

 馬を降りると7歳~14歳位の子供達がガイウスの帰還を喜びガイウスはあっという間に子供達に囲まれる。あんちゃんという呼び名から察するにガイウスの兄妹なのだろう。

 

「ハハハ、お前達元気だったか?」

 

 ガイウスは珍しく表情を綻ばせている。14歳くらいのガイウスの弟、トーマにガイウスの住む住居へと案内されると民族衣装に身を包んだガイウスの両親が出迎えてくれる、大家族が住むことの出来る住居は広く中央には囲炉裏がある。

 

「良い雰囲気だな……」

 

「ええ、凄く」

 

「あまり馴染みのない感じだが趣があるな」

 

「そうですね……」

「ここでガイウスは育ったんだな」

 

 皆様々な感想を抱きつガイウスの両親は手料理を振る舞ってくれる。出された料理ノルド風の遊牧民料理で見ているだけで自然と唾が溢れ出てくる羊肉の串焼き、香りの良い香草と岩塩で包み焼きした鶏肉、野菜類等を頂く。ガイウスの母は「帝国の方のお口に合うかしら」と心配していたが口のなかに料理を入れると慈味が広がり疲れた体に染み渡る。

 

「う、うまい!ガイウス!凄いうまいぞ!」

 

「どうやらハイメは大変ノルドの料理を気に入ってくれたみたいだな、母さんも喜んでるよ」

 

「ハイメはがっつき過ぎよ、でも本当に美味しいわこれ」

 

「あぁ何て言うか失った体力が一気に戻ってくる感じだ」

 

「ええ、力が体の奥から沸いてくる感じがします」

 

「これが家庭の味というやつなんだろうな……とても美味しく頂いている」

 

 夕食を頂きながら改めてノルド高原の情勢をガイウスの父から聞くことになる。かなりの広さを誇る地域であり南西がエレボニア帝国、南東カルバート共和国に面してるため昔から領土問題があるものの戦略的価値はあまりないらしく現状そこまで緊張状態ではないらしい。また一族は昔から帝国と交流があり軍馬の育成だけでなくかの『獅子戦役』の際は帝国側に協力したとの事、そういった交流もありゼンダー門の軍人とも良好な関係が築けているらしい。

 ハイメ達は改めて話を聞いてノルドの民の生き方に感心する。

最近では物資を運搬するために導力車も一台ではあるがあるし導力灯も普及し日曜学校の神父も定期的に訪れてくれるとの事。

 

「俺が学院の授業に何とかついていけているのも神父様の影響が大きいんだ」

 

「失礼かもしれないが自分はガイウスの成績が予想より遥かに良くて驚いてしまったが、そういった背景もあるんだな」

 

 ノルドの情勢や暮らしを聞いた一向はお腹も膨れ眠気が襲ってくる。客人用の小さな住居へと案内され、そこで休む事になる。男女一緒ではあるもののパーテーションで仕切られておりアリサから「信じてるわよ」と圧を掛けられるが男子一同元からそのような気もない。ちなみにガイウスは久々に家族との一時を過ごすため実家の方へと行っていた。

 

「温かい家族だったな」

 

「あぁ、少し実家が恋しくなったよ」

 

「まぁ……家族の団欒とはああいったものなのだと学ばされはしたな」

 

 ユーシスとアリサは家族との関係で問題を抱えているためより一層ウォーゼル家が眩しく見えたのだろう、ハイメにはその表情はどこか羨ましそうに見えた。

 

「話は変わりますけどフィーちゃん達大丈夫ですかね」

 

 エマのその話題に皆沈黙しかけたのは言うまでもないだろう。何はともあれ次第に意識は落ちていき、明日から本格的に始まる実習にどこか胸を踊らせながら就寝するハイメ達であった。

 

~???~

 

「で?どうなのだ、貴様の目から見てあの雛鳥共は」

 

「あぁん?どいつもこいつもそれなりに才能があるが一人だけわかんねぇ奴がいやがる、十中八九凡人だと思うけどなぁ」

 

「ならば良いではないか」

 

「カスが!そんなことほざいてルナリア自然公園で失敗したのはどこのどいつだ?あぁ?」

 

「うっ……」

 

「俺様みたいな天才はなテメェみてぇな凡人と違って不確定要素はちゃんと潰しておきたいのよ?てことで明日の朝集落に魔獣をけしかけろ、それで奴が三味線弾いてるのかただのカスか見極める」

 

「……分かった」

 

「ククク、明日は朝から楽しくなるぜぇ……トールズ士官学院の皆さんよぉ」  

 

 

 

 

 

 

 



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第十五話 奥義と想いと

 創の軌跡発売からもう5日経ったと思うと早いですね。作者は割と軌跡シリーズは駆け足気味でプレイするのですが今作は割とゆったりとプレイしてる感じです。
 さて今回の話でハイメは大きな転機を迎えたりします、それではどうぞ。


 朝、ハイメが目を覚ますと大地の独特な匂いが鼻をくすぐり静かな寝息が耳に入り目を開く。

 

(どうやら皆より早く目が覚めてしまったらしいな)

 

 体を解すと列車の長旅の影響かはたまた乗馬の影響か、臀部は少し痛むものの体に疲れは残っていない、時計を見ると起床時間まで二度寝するか微妙な時間だ。ハイメは少し技の鍛練をしようと思いそーっと住居から出ていく。外へ出ると穏やかな風が吹き主婦と思われる人達がちらほらと起きており火の準備をしている。少し開けている場所を見つけそこに行くと既に先客がいた。

 

「ユーシス……早いな」

 

「そういう貴様もなハイメ」

 

 ユーシスは突剣を振るう手を止めこちらに向き直る。思わず声を掛けてしまったがハイメはあまりユーシスとは話さない。それはもう身に染み付いた貴族制度が貴族は偉く、ましてや四大名門等本来ならば一般の平民は関わる事などまずない、ラウラのように何か切っ掛けがあればいいのだが……。どうしてもそんな気持ちがユーシスに対していまいち踏み込めない理由でありユーシスも気づいていたようでその事について話してくる。

 

「この際だからはっきりと言っておくが俺に対していらん気遣いをするのはやめろ、Ⅶ組にいる間俺はただのユーシス、お前と対等な存在だ」

 

 少なからずハイメのそういった面を煩わしく思っていたのだろう。ユーシスの鋭い視線を直視出来ず確かに心当たりのあるハイメは思わず目を逸らしてしまう……がこういった態度が良くないのだと思い直しユーシスを見つめ返す。

 

「それでいい、これで俺と貴様は対等なクラスメイトという訳だ、という事で少々鍛練に付き合って貰うぞ」

 

「あぁ、臨むところだ」

 

 そうし十五分程二人は互いに一進一退の攻防を繰り広げる。ユーシスは鋭い突きを連発しハイメに主導権を握らせまいとするが対人戦ではハイメに部があるようでハイメはユーシスの突きを避けつつ何とか大きな一撃を決めようとチャンスを伺う。そうしているうちに二人は何やら周りが騒がしくなってきた事に気づく、一旦鍛練を止め周りの人に話を聞くとどうやら集落の二つの入り口付近に魔獣が現れたらしい。

 

「バカな!導力灯だってあるのに……」

 

「くっ……俺達はゼンダー門方面の入り口が近いか、行くぞコバルト、反対側はシュバルツァー達に任る、すまないがこの事を俺達のクラスメイトに伝えてくれ」

 

 住民にユーシスがそう伝えると二人は集落入り口へと走っていく。体が岩石で出来た巨人が確かに集落の方へと向かっており何人か既に集落の男衆が応戦しているようだが巨人の反応は鈍くほとんどダメージを受けている様子はない。

 

「チッ、物理攻撃に耐性を持っているのか厄介な……」

 

「何はともあれ集落の人を逃がすのが最優先だ、自分に考えがあるユーシスはアーツの駆動を!」

 

「……任せるぞ!」

 

 ハイメはその場で剛龍招来をし岩石の巨人に向かい矢のように進んでいく。剛龍招来を下半身に限定したことにより持続時間だけでなくその効果も上がったハイメのスピードはもはやフィーに勝るとも劣らない物となっていた。

 

(今まで肝心なところで失敗していた鳴神流の奥義の一つ『蒼嵐雷斧』今なら出来るかもしれない……いや、必ず成功させる!)

 

不思議と確信めいた予感を抱きながら、ハイメは巨人の股下に潜り込み精一杯力を込めて烈空穿を放つ、そして巨人の大きな体を宙に浮かせる事に成功する。ハイメは素早く巨人に蹴りを放ちながら自分も上へ上へと昇っていき巨人の真上まで跳躍する。

 

「受けろ!鳴神流攻めの型秘伝『蒼嵐雷斧』!」

 

振り上げた右足に氣が収束し斧状の形を作りハイメはそのまま踵落としの要領で巨人の頭めがけて自身の落下に合わせて振り下ろす。ハイメの必殺技を喰らった岩石の巨人はその衝撃で大きく後退する事を余儀なくされる。さらに反撃に移ろうとしても体が痺れ動く事すら許されない。

 

「ハァッハァッ……ユーシス!頼む!」

 

「よくやったコバルト!上出来だ」

 

 ハイメの攻撃の間にユーシスは住民を避難させアーツを駆動しておりハイメの合図でアーツを繰り出す。ハイメの必殺技はダメージ的に言えばそんなに入っていないがユーシスのアーツはそうもいかない。何とかその場から動こうとする巨人だがそれすらもままならずアーツが直撃しその場で転げてしまう。

 

「好機!ユーシス!」

 

「ついてこい!コバルト!」

 

 戦術リンクを繋いだ二人は即座に追撃を入れる、その後一旦後退し様子を見る。

 

「手応えはあったと思うが……」

 

「……!どうやら足りないらしいぞ」

 

 その鈍重そうな体をゆっくりと起こし臨戦体勢に入る。どうやらハイメの一撃で麻痺していた体も元に戻ったようだ。とはいえ一連の攻撃で住民の避難と巨人を集落の入り口から離すことに成功したようで完全に巨人の意識は二人に向いている。

 

「コバルト、まだやれるな?」

 

「こんな事なら委員長の応援でも頼むべきだったと若干後悔はしているがな、くるぞ!」

 

 アーツが有効な攻撃手段のためユーシスに後衛を任せハイメはひたすら巨人に張り付きヒット&アウェイを繰り返す。二人は戦闘不能にならないよう前衛後衛を入れ替えながらダメージを受けても片方がダメージを受けてもすぐに回復できるよう立ち回りながら戦いを進めていく……ある事を信じて。

 

「なぁユーシス!リィン達は来てくれるだろうかなぁ!うおっ!」

 

「余所見をしているからだ馬鹿者!クッ!来てもらわなければ俺達はこのままジリ貧なだけだ!」

 

 だんだんと交代するペースが早まり二人とも肩で息をし、徐々に集落の方へと押し返され始める。ユーシスは既にスタミナが切れかけだんだんと機動力が落ちてきておりハイメも決して軽くはないダメージを負い二人が追い詰められているのは明白だった。

 

(まずい、ユーシスも自分も、もう限界に近い、ならば一か八かの賭けにでるしかない!)

 

「ユーシス!アーツを準備してくれ!一発キツイのをな!」

 

 ハイメの考えを瞬時に汲んだのだろう、だからこそユーシスは反論の声を上げる。

 

「阿呆!また貴様はそうやって自棄になるつもりか!前回の実習で何を学んだ!」

 

「このままリィン達を待っても埒が空かない、このままでは集落に被害も及ぶしジリ貧だ!自分よりもユーシスの方がアーツの扱いに長けているんだ!自棄じゃない作戦だ、頼むぞ」

 

「貴様!これで大怪我などしてみろ、タダでは済まさんぞ!」

 

 ユーシスの言葉を背中に受けながらハイメは巨人へと駆け出す。巨人の繰り出す拳の衝撃によろけながらも腕を伝い巨人の頭部めがけて蹴りを放ち、攻撃動作の途中だった事と蹴りの衝撃が合わさり巨人は転倒する。そこにユーシスが巨人の頭部めがけてユーシスが今放てる最大のアーツを放つ。二人は警戒を解かず巨人をじっくりと観察するがやがて巨人はその体をセピスへと変える。

 

「……終わったか、また貴様に助けられたなコバルト」

 

「今回は我ながら上手くいきすぎたよ……ありがとうユーシス」

 

 二人はハイタッチを交わしこの事態を乗りきった事をお互いに称え会う。ハイメもユーシスもいっぱいいっぱいでお互いに疲れたような顔を見ていると自然と笑みがこぼれる。

 

「おーい!二人とも大丈夫かー!」

 

 遠くからリィンの呼び声が聞こえ事態が終息した事を実感させる。ユーシスは「遅いぞ馬鹿者」と悪態をつきながらも口元は笑っていた。ハイメも震える足に気合いを入れ事態の終息と自分が鳴神流の奥義を成功させたという喜びと確かな達成感を噛み締め空を見上げる。雲間から見える太陽がまるでハイメを祝福しているようだった。

 

~???~

 

「で?これでよかったのか?」

 

「あぁ……周りの奴があんまりに優秀だから何かあんのかと思ったが……底が見えたな、ありゃ正真正銘のカスだ……さぁてあのカスをどういたぶってやるかねぇ……クククク……」

 

~~~~~

 

 ハイメ達はウォーゼル宅で朝食を頂きながら今回の事件の顛末を聞いていた。幸い軽い怪我を負った者は数人いるが大きな怪我を負った住民はおらずまた集落の被害もほぼ0に等しいらしい。ひとまず被害を最小限に食い止められた事にほっと胸を撫で下ろす一同。

 

「それでこういった事は起こるものなのですか?」

 

 A班の全員が気になっていた事を代表してリィンが聞くが導力灯が普及してからは起こっていないらしい。これが人為的に起こされた物なのか、それともノルド高原に何か異変が起きているのかは分からないがとりあえず何が起きてもいいよう備えるとの事と自分達の事は心配いらないから実習に励んで欲しいという言葉と一緒に課題の入った封筒を受けとる。

 課題の内容は薬草の調達、監視塔への食糧配達と手配魔獣の討伐だった。昨日遅くに着いた事と今朝の事件でゆっくりと集落を見て回れていない一同は30分各自自由行動の時間を設け、それから課題に取り込む事になった……のだが。

 

「アリサ、自分に着いてきても何も面白い事などないぞ?」

 

「ダメよ、今朝だって何とかなったから良かったようなものの、一歩間違えたらユーシスと二人揃って大怪我をしてたかもしれないしゃない」

 

 このように心配性なアリサがハイメに着いてきているのだがその姿はまるで保護者と子供のようだった。ハイメとしては外面は平静を保っているが内心は凄く嬉しい。女性として意識しだしたアリサと一緒に居れて嫌なはずがないのだがハイメとしては一つ気になっている事があった。

 

「……リィンと一緒に居なくていいのか?」

 

「ばっ……バッカじゃないの!?何で私がリィンと……!」

 

「ん?俺がどうかしたのか?」

 

 アリサは赤面しながら即座に否定するがどうやらリィンはすぐ近くに居たらしく慌てて弁解をするアリサと何の事だか分かっていないようなリィン。これが気になっていた事でハイメはアリサを意識しだしてから短い期間とはいえ自然とアリサに視線がいくようになったのだがアリサの視線は決まってリィンの方へと向いていた。以前それとなくリィンに聞くとどうやら自由行動日等は何故かアリサと一緒に居る事が多いらしくリィンも「偶然って怖いよな」と半笑いだった。その言葉を聞いてハイメはリィンの朴念人っぷりに思わず舌を巻く事になったのだがそれはさておき、以上の事からアリサがリィンの事を気になっているのは明白であり、リィンも本人は無自覚かもしれないがアリサといる時は表情がどこか明るい。

 

「なぁ二人とも、実は妹に贈り物をしようと思っているんだが良かったら選ぶのを手伝ってくれないか?」

 

「し、仕方ないわね……そういうことなら行くわよハイメ」

 

「あ、あぁ……」

 

 アリサもリィンに誘われて満更でもなさそうだ、三人は集落の交易所にアクセサリーが売っているのを見つけ各自良さそうな物を選ぶ事になる。

 

「これなんてどうだ?」

 

「アンタねぇ!女の子に贈るのにその柄はどうなのよ!」

 

 アクセサリーを選ぶアリサとリィンを少し離れたところから見るハイメはやはり二人は凄くお似合いというか相性抜群だと思う。なんと言うか美男美女のとても絵になる二人なのだ……店にあった鏡に移る自分の顔を思わず見てしまう。醜悪ではないが決して整った顔立ちとは言えない、自分らしい汎用な顔立ちだ。リィンとアリサはカップルに見えるがハイメとアリサが並んだ時、恐らくそういう風には見えないだろう。

 

(それに外見だけじゃない、内面だって、いや内面の方が自分はもっと酷いもんだしな……なによりⅦ組の足を引っ張っている自分が色恋沙汰にうつつを抜かすなんて……)

 

 ハイメはそう思いながらもアリサに視線を向けるとアリサと視線が合ってしまう。

 

「ハイメは良さそうな物見つけたの?」

 

「あ、あぁこれなんてどうだ?」

 

 そう言ってハイメは手にしていた白と紫を基調としたペンダントを見せる。

 

「意外とセンスあるじゃない!ほらリィンも!ハイメを見習いなさい!」

 

「どれどれ?……凄く良いな!エリゼにぴったりじゃないか!」

 

(これ以上二人を見ていると変な事ばかり考えて良くないな)

 

 アリサがアクセサリーを見るのに夢中になっている間にそっとリィンに耳打ちし離れる事とアリサにもプレゼントをしてあげた方が良いことを伝える。リィンは不思議そうな表情をしていだが了承してくれそっとハイメは交易所から離れる。 

 とはいえハイメは特にする事があるわけでもなく、ゆっくりと集落の中を見て回るのだが……

 

「もし、そこのお方」

 

 集合時間までどうやって時間を潰そうか思案していると突然後ろから声を掛けられる。見たところノルドの民でもなさそうだ、体は紫色のローブで覆われており顔は見えないが声からしてかなりの年齢をとった女性だと思われる。

 

「自分に何か?」

 

「お暇そうに見えたので、よろしければこの老いぼれの与太話に付き合ってくれませんかのう」

 

「まぁ……そんなに長くなければ」

 

 一瞬どうするか迷うハイメだったが暇だったのは確かなので老人の話を聞くことにする。

 

「なに、すぐに終わますので……これはワシの故郷に伝わる言い伝えのようなものなのですがあなた様はロストアーツという物をご存知ですかいのう?」

 

「初耳ですが」

 

「なんでも複数の属性の特性を持つアーツらしいのですが……それを使うにはこの大陸のどこかにいる強力な魔獣が落とすクオーツを手に入れなければいけないらしいのです」

 

 複数の属性を持つアーツ、聞くだけで強力だが本当にそんな物が存在するのだろうか、といってももし本当に実在したとして仮に手に入ったとしてアーツが苦手な自分では宝の持ち腐れなんだろうなとハイメは考える。

 

「はは、まぁ失われたなんて言われるくらいですから凄いんでしょうね」

 

「実はですね……失われたマスタークオーツ……という物がこの世のどこかに存在する……と、これがロストアーツとは比べ物にならないくらい強力なもので使用者に絶大な力を与えるらしいのですが……その入手方法はおろか、存在すら極限られた人しか知らないそうですじゃ」

 

「失礼かもしれませんが……誰かが考えつきそうな言い伝えですね……本当に存在するなら一目見てみたいものです、ですがマスタークオーツが使われ始めたのは最近の話だし……にわかには信じられません」

 

 口では否定的な意見を言うもののもしそんな代物が存在するのならばハイメとしてはすがり付きたいと思ってしまう。そんなハイメの心のなかを見透かしたかのように老人はこう言い放つ。

 

「一目見るだけで本当によろしいのですかな?」

 

 ローブの奥から老人の銀色の瞳がハイメの矮小な考えをまるで分かっているかのように見つめてくる。

 

「降参です、自分は嘘をつきました、もしそんな物が本当にあるのならば自分はその力にすがってしまうかもしれません」

 

「ホホホ、若者は正直な方がいいですぞ、ただしもし万が一それを手に入れたとしてもよく考えて使いなされ、なにしろロストマスタークオーツは使用者の心を蝕むらしいので、後がない老いぼれの与太話に付き合ってくれてありがとうございます、お礼といってはなんですがこの老いぼれの故郷に伝わる幸運の御守りを受け取ってくだされ」

 

「は、はぁ……それではありがたく」

 

 老人からかなり古びたような黒いマスタークオーツのようか物があしらわれたペンダントを受け取ると老人は集落の入口の方へと消えていく。まるで最初から存在などしなかったかのように……

 

「はぁ……しかしたとえ心が蝕まれようと……もし力が手に入るなら……いややめよう、無い物ねだりをしても仕方がない、それにそんな力は自分の力ではないしな……そんな物で力を得ても胸を張ってⅦ組の一員とは言えないな」

 

 朝の一件で少し疲れているのだろう、こんな眉唾物の話を真に受けてしまうなんて、ハイメは今の話をを頭の片隅に追いやり時計を確認すると既に集合時間10分前だった。貰ったペンダントを制服の胸ポケットに押し込み、ハイメは集合場所へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 遂にハイメのSクラフト解禁です。実はこれも全く違う作品から作者の好きな技を流用してたりするのですが元ネタ分かったら作者と握手しましょう。ちなみにこのSクラフト、現在のハイメは剛龍招来を使用しなければ使えないので未完成だったりします。
 


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第十六話 青空の下も星空の下と

 何故九月に入り仕事が急に増えるのか。お陰で創の軌跡は全然進まないのにちょくちょくと生まれる執筆時間……すこーしやった感じでは作者はスウィンとナーディアの関係性が好きですね


 蒼穹の大地ノルド高原の本格的な特別実習がいよいよ始まる。課題の内容は薬草の採取、監視塔へ食糧の配達を終え残すはゼクス中将から依頼され手配魔獣の討伐だけとなった。また課題をこなす中で少しずつではあるがノルド高原の実情という物が分かってくる。とくに監視塔に行った際は崖下の遥か向こう側にある共和国軍の基地を見ることが出来、クロスベル方面と大きく異なるのは戦車の運用がしにくいため双方一応軍を派遣しているという状態で帝国、共和国共にそこまでの緊張感はなく単なる見栄の張り合いというのが実情らしい。

 しかし裏を返せばこの壮大な大地は帝国の情勢次第で途端に戦地と化してしまう危うさも持っていた。

 

(ガイウスが故郷を守る力を手に入れたいと言っていた背景にはこういった事があったのか……)

 

 今日はガイウスの後ろに乗せて貰っているハイメだがガイウスの背中がなんだかいつもより大きく感じた。一行は紙に記された手配魔獣の元へと向かっており位置的には今いる辺りに小型魔獣と群れを作っているらしい。

 

「皆いたぞ」

 

 ガイウスが目を細め指で方角を指すと確かに魚型の小さい魔獣を六匹程周りに引き連れた大型の魔獣がいる。一同は馬から降りて武器を構え戦闘態勢に入る。

 

「私がアーツでまずこちらに注意を引きます」

 

「なら俺とガイウス、ユーシスで切り込むぞ」

 

「私とハイメで援護するわ」

 

 作戦が決まりエマ、アリサ、ハイメがアーツの詠唱に入る。

 

「いきます!シルバーソーン!」

 

「私も!ゴルドスフィア!」

 

 エマ、アリサの範囲型のアーツが魔獣の群れに当たり開戦となる。

 

「先手はとらせん!クロノブレイク!」

 

 二人より一足遅れてハイメは敵の動きを鈍くするアーツを放ち魔獣達はその場からあまり動けずもたもたしている所をリィン達が切り込んでいく。先手をとった一同だがいかんせん今回は数が多いため前衛組だけで全ての魔獣を抑えきる事が出来ずどうしても後衛組に仕掛けようと3匹の魔獣が前線を抜けてくる。

 

「来ます、ハイメさん!」

 

「分かった前に出るぞ、委員長リンクを頼む!」

 

「私は前衛組の援護に回るわ!」

 

 アリサが前衛の援護に集中出来るよう三匹の魔獣をエマとハイメで受け持つ。ハイメは持ち前の機動力を活かしてなるべく囲まれないよう、攻撃される方角を一つに絞るため立ち回る。その甲斐あってかハイメは被弾はするもののダメージを抑えつつ後衛の二人はダメージを殆ど受けていなかった。

 

「よし、このままいけば!」

 

 三匹いた魔獣のうち二匹を倒しそろそろハイメも前衛組に加わろうとしたその時だった。

 

「くっ……すまんハイメ!大型魔獣がそちらにいったぞ!」

 

「チッ体が動かん!」

 

「油断するな……ソイツは体を痺れさせてくる!」

 

 リィン、ガイウス、ユーシスの三人が大型魔獣の攻撃で体を麻痺させられてしまい大型魔獣は前衛組を援護していたアリサに迫っている。アリサもその事に気がつきなんとか離脱を試みるが大型魔獣と共に小型の魔獣がアリサの動きを妨害するように攻撃を加えていた。

 

「ハイメさん!こちらの魔獣は既に瀕死なので私はどうにかなります!アリサさんの援護を!」

 

 エマはそう言いながら導力杖をふるい小型魔獣を牽制している。エマの言うとおり確かに二匹の小型魔獣の動きにキレはなく動くのもやっとといった感じだ、迷っている暇はないとハイメは判断しアリサの援護へと向かう。しかし魔獣達の狙いは完全にアリサに絞られておりいくら機動力のあるハイメでも魔獣達全ての攻撃をアリサからこちらに向けるのは厳しい。

 

(クソッ震脚は魔獣が浮いてるから効果はない、何か……このままではアリサが!何か……ないのか!)

 

 その時足元にコツンと石が当たる感触がした。ハイメはこれしかないと思い転がっている石を魔獣目掛けて蹴り始める。ハイメが蹴った石は見事に魔獣に命中し魔獣の意識を自分に向ける事に成功する。

 

「狙い通りだ!アンゼリカ先輩のレイザーバレットには遠く及ばんが……仕掛ける!」

 

「ハイメ!一人でやろうとしないの!リンクよ!」

 

 アリサと即座にリンクを繋ぎハイメは大型魔獣をアリサは小型の魔獣をそれぞれ相手にする。戦術リンクの恩恵でハイメはアリサの射線を塞ぐ事なく立ち回る事が出来、二人は自分が出来る最大限の力を発揮する。

 

「これで……終わりだッ!」

 

 ハイメが三段蹴りから最後に足を振り上げると大型魔獣はその体をセピスへと変貌させ戦いは終了する。エマとアリサはリィン、ユーシス、ガイウスの治療に当たり、ハイメは周囲を警戒する。周囲の魔獣はこの辺り一帯の主である魔獣を倒したハイメ達を襲う事はなかった。三人も無事回復を済ませようやく肩の荷が降り一息着く一同。

 

「すまないハイメ!今回は助かった!」

 

「……不甲斐ない所を見せたな」 

 

「ハイメとアリサの連携も見事だったぞ」

 

「や、やめてくれ三人共!たまたま今回は自分が役にたっただけだ」

 

 三人から称賛されむず痒くなり照れてしまうハイメ、そんな姿を見せたハイメをアリサは面白そうに小突いてくる。エマも「ハイメさんってそんな表情出来るんですね」と若干ずれている事を言っていた。最後には皆で笑い合う中ハイメはようやく自分も皆の役に立つ事が出来た……と充実感で胸が一杯になる。

 これで本日の課題を全て終えた事になり一度集落へと戻ることにした。集落に着く頃には丁度正午くらいの時間となっておりウォーゼル宅でケバブをナーンで巻いた物を頂く。昨日の夕食や今朝の朝食時とは違い時間に余裕があるためガイウスの兄妹とも話す機会があったのだが……

 

「やっぱり帝国の人はキレイだね~、ところであんちゃんやっぱり恋人とか出来たの?他の人は?」

 

 という爆弾が投下され空気が凍りつくがガイウスの「こらこら、兄ちゃん達は勉強しに学校に行ってるんだぞ」という鶴の一声でその場はなんとか収まる。アリサは予想通り若干顔を赤くしながらリィンをちらりと見ており予想外な事にエマもリィンに視線を向けていた。因みにガイウスの言葉にギクリとさせられたのはきっとハイメだけではないだろう。

 昼食を食べ終えた六人は午後からどうしようか話しているとガイウスの父から頼み事をされる。何でも集落に一台しかない導力車が故障してしまったらしい。一応ラインフォルト社製の物なのでアリサが故障の原因は突き止めたが修理するには難しいとの事。直せる人物を連れてきて欲しいと頼まれ最初一同はゼンダー門へ行くこと思いきやどうやらその人物は高原北部にある湖のほとりに住んでいるためその人を集落まで連れてくる事になったのだが……帝国から雑誌の記者も来ており何でも北東方向にある巨像まで護衛を予定していた筈が待ちきれず馬を走らせて行ってしまったようで記者の保護も方角的には一緒のため平行して依頼を受ける事にした。

 集落を北から出てまずは巨像があるという北東方面と馬を走らせる。しばらくすると目的である巨像が見えてきてその巨大さが伺える。巨像のふもとに記者はおり無事保護することに成功する一同は改めて巨像を見上げる。

 

「凄いな……」

 

「まるで今にも動き出しそうだな」

 

 リィンとハイメが巨像の雰囲気に呑まれているとガイウスが巨像について説明をする、なんでもこの巨像は女神が遣わした守護者らしく古の時代に彼等の一族が東からやって来た時には既にこの巨像は存在したらしい。ユーシスは巨いなる騎士という伝承について言及するがこの巨像と関係があるかは定かではない。さらに記者曰く同じような物がB班が実習に行っているブリオニア島にも存在するらしい。B班と聞くとハイメは何故だか疲れはてたマキアスと困り顔でそれをなだめるエリオットの姿が頭に浮かんでくる。

 

(きっと思い違いだな、B班はB班で頑張っているに違いない)

 

 まだ写真を撮りたいと渋る記者を宥めて一度記者を集落に送ってから再度導力車の修理が出来る人物の元へと出発する。馬を飛ばして湖のほとりに到着すると湖に面するようにログハウスと小さなガレージが建っておりガレージの中にはボートや釣り道具、そしてワゴン型の導力車が停まっている。

 

「え……」

 

「ホホホ、やっと来おったかい」

 

 導力車を見て固まるアリサとガレージの中から顔を出した飄々とした雰囲気の老人、どうやらこの人が導力車の修理を出来る人物らしいがどうやらアリサの知り合いらしいが……それしてはどうもアリサの様子がおかしい。

 

「お、おおお、お祖父様!」

 

「アリサちゃん大きくなったのう、お茶でもご馳走してあげるから皆さんちょっと上がっていきなさい」

 

 アリサの祖父にログハウスの中に招かれお茶を頂きながら自己紹介を受ける。彼はグエン=ラインフォルト、先代のラインフォルト社の会長であり5年前に現在のイリーナ会長と交代してから各地を転々としておりその所在は掴めていなかったらしい。そんな人物といきなりノルド高原で再開したアリサの心中は察するにあまりある。ちなみに集落にある導力車はノルド高原に来た際お近づきの印にと贈った物のようだ。

 

「本当に心配したんですよ!お祖父様!」

 

「ハハハハ、すまんのうアリサちゃん!」

 

 家族とどこかギクシャクしていたアリサだったがこの様子だと祖父とそこまで悪くないな関係を築いているようだ。

 

「とりあえず集落の皆さんを待たせても悪いし修理に行くとするかのう」

 

 リィンがグエンを後ろに乗せ集落へと戻る最中、アリサの表情はどこか拗ねたようだった。グエンはアリサが士官学院に入学した事、そして実習でこの地にやってくるのも知っていた様子で当然使用人であるあの人の事も知っていた。

 

「シャロンちゃんもそっちに行っとるじゃろ?可愛いよのう~ないすばで~じゃし、まぁうちのアリサちゃんもそこのメガネのお嬢ちゃんも負けとりゃせんが」

 

 こんな感じでエロ親父節全開なのでハイメは元気な人だなぁと思う。

 

「してどいつがアリサちゃんの彼氏じゃ?もう胸も揉んだりしたんか?」

 

 グエンのその問いに一同入学式後のオリエンテーションの一幕を思いだし自然と視線はリィンに集まる。

 

「ほう!?」

 

「お祖父様!」

 

 アリサが慌てて否定したが効果はさほど期待出来なさそうだ。そんな彼等の様子を岩陰から傀儡のような物体と小柄な少女が覗いていた。

 

「士官学院の人達?どうしているんだろ?……まいっか、面白くなりそうだし」

 

 傀儡は少女を乗せて淡く染まり始めた空へと飛んでいくのだった。

 馬を走らせ集落へと戻る頃には夕方に差し掛かっていた。集落に着くと早速工具箱を持ったグエン氏は簡易ライトに照らされながら導力車を手際よく修理していく。皆その姿に感心していたがハイメがふとアリサを見ると複雑そうな表情をしていた。

 完全に日が傾き夜となり、ウォーゼル宅は宴会場と化し男達の熱気に包まれる。こういった雰囲気が苦手なハイメは誰にも見つからないように抜け出し草原の上に寝転がっていた。昼は雄大な蒼一面だった空が吸い込まれそうな程の黒く染まり、星が彩っている。ハイメは夜空を見上げながら実習の事を振り返っていた。

 

「今回の実習は……上手くやれてるよな、皆の役にたててるよな?」

 

 誰に問う訳でもなくハイメの疑問は夜空へと吸い込まれていく。今回の実習は今の所特に大きな失敗をしていない……どころか活躍する場面が何度かあったハイメだが前回と前々回の実習を思い出すと無性に不安が掻き立てられる。このまま自分は上手くやれるのか?明日にはもう一山大きな出来事が起こり自分はそこでまた失敗をしてしまうのではないか?一人になるとこんな事ばかり考えてしまう自分に嫌気が差す。

 

「いやいかんな、まだ失敗も何もしていないのにこんな弱気では出来る事も出来なくなってしまう、気をしっかり持てハイメ=コバルト!」

 

 一人でいるとやはり良くないなと思い皆の元へと戻ろうとしたハイメだが人の気配を感じ慌てて体を隠す。ハイメは丁度下り坂になっている所で寝転がっており丁度身を隠す事に成功する。その人物は大きくため息を吐いておりその声で気配の人物はアリサだった事が分かる。何か悩んでいるようだし自分でも話くらいなら聞けるかもと思いハイメは声を掛けようとしたがもう一人近づいてくる人の気配があった。

 

「アリサ」

 

「リィン……」

 

 もう一人はリィンでどうやらアリサを心配して来たらしい。リィンに自分の胸の内をポツリ、ポツリと打ち明け始めるアリサ、最初は出ていこうとしたハイメだったが状況が状況のため出ていけず悪いとは思いながらも気配を殺し二人の話に耳を傾ける。

 アリサは父親を8年前に亡くし母は仕事に追われ孤独だった。そんな彼女に良くしてくれたのが祖父であるグエンと使用人のシャロンだった。グエンは導力弓を礼儀作法はシャロンが教えてくれたという、寂しくないと言えば嘘になるがどこか満たされた生活を送っていた。しかし5年前にイリーナの工作でグエンは会長の座を追われ家を去ったという。その時のイリーナの実の家族にするとは思えない仕打ちと雇い主であるイリーナにただ従うのみのシャロンに絶望してしまった。

 

「そこで自分っておじいちゃん子だって気づいたんだけどね」

 

 ハイメからアリサの表情は見えないがきっと照れくさそうにしているのだろう事は容易に想像がついた。

 

「でも分かった気がする……なんでお祖父様がここに来たのか」

 

 アリサの悩みに比べなんと自分の悩みはちっぽけな物なのだろうか、そして何より出ていかなかった事にほっとしている自分が嫌になる。リィンはそんなアリサに自分も負けていられない……と今度は自分が士官学院に逃げた来たと続ける。そんなリィンに対してアリサは貴方は頑張っているじゃないと言う。確かにアリサの言う通りだとハイメは思う。

 

(いやリィンは頑張っていて欲しい、リィンが頑張っていなければ自分等なんだと言うんだ)

 

 リィンが学院に来たのは自分を探しに来たと言っていたが自分はシュバルツァーの養子のため家族との関係も良好とは決して言いがたい、自分はそんな環境から逃げてきたのではないか……とリィンは言った。

 

「でも最近は逃げてるとは感じなくなったんだ」

 

 と続けるリィン、曰くこの3ヶ月皆と苦楽を共に学び試練を乗り越えたことで少しは成長出来たと感じているらしい。

 

「そうよリィンは前に進めてる、私が保証するわ」

 

「アリサ……」

 

「それに貴方が例え前に進むのが難しくなっても……その、私が支えるわ」

 

 ハイメは今二人の表情が見えないのが凄くもどかしく感じる。リィンはまるで物語の主人公のようだ、努力し周りを惹き付け、前へと確実に進んでいく。きっとこれが物語なのだとしたら自分は所謂脇役で居ても居なくても特に物語に影響を与えない人物なのだろうと思う。ハイメの頭の中は自分の遥か前を走り続けるリィンが居て、まだどうにか背中が見える位の距離だったのがアリサと手を取り合い今その姿が確認出来なくなる程遠くに行ったような錯覚を覚える。

 

「ありがとうアリサ……それとハイメも俺を支えてくれるか?」

 

 急にリィンに声を掛けられ思わず体を跳ね起こすハイメ。視線の先のリィンはしてやったりといった表情をしておりアリサは顔を真っ赤にしながらハイメをわなわなと指差す。

 

「リィン!いつから気づいていたんだ!」

 

「俺の境遇の話をし始めたくらいからかな、人の気配を感じて……それで今外にいるのはハイメ位しかいないからな」 

 

 しまった……と思わず手で頭を抑え天を仰ぐハイメ。リィンは笑っているがリィンに告白じみた言葉を言ったアリサは勿論そうはいかない。

 

「な、何で黙ってたのよ!」

 

「逆に自分はどうすればよかったんだ、一応断っておくが自分の方が先客だからな」

 

「うっ……それはそうかもしれないけど、でも納得いかないのはいかないのよ!」

 

「まぁまぁアリサ、それでハイメも俺を支えてくれるか?」

 

 ハイメはリィンの問いに即答できなかった。自分ごときがリィンを支えるなどおこがましいのでは?それとここで支えると言ってしまうと何だかアリサに申し訳ないような気がする。しかしこのまま答えないのはもっとよろしくない、結局ハイメは迷った末に「こんな自分で良ければ」と返すとリィンは嬉しそうにしていた。

 

「ありがとうアリサ、ハイメ……それに皆も」

 

 皆、という部分にアリサが反応すると岩陰からユーシスとエマ、ガイウスが現れる。 

 

「あはは……」

 

「お邪魔だったか?」

 

「これが青春というものか……」

 

「も、もぉー!何なのよ!いいわなら貴方達も付き合いなさい、コラ!ハイメ!逃げたらどうなるか分かってるんでしょうね!」

 

 アリサに促され一同は星空の元青春トークを強要されるのだった。

 

 

 

~真夜中 帝国軍監視塔~

 

 兵士達がいつものように眠気と戦いながら見張りを続けていた。程なくして交代番の兵士が到着し他愛ない話をしていると共和国軍側の基地から煙がたっているのを一人の兵士が発見する。

 

「緊急事態だ!ゼンダー門にれん……」

 

 そう叫んだ次の瞬間兵士の視界は閃光に染まる。監視塔の外壁に何発もの砲撃を喰らい兵士達は慌てふためく他なかった。

 

~???~

 

 その様子を遠くから双眼鏡で確認する者達が居た。

 

「これで良かったでありますか?」

 

 武装し夜間迷彩を施した一人の男が眼鏡の男に問うと「上出来だ」と口元をにやつかせながら返す。

 

「さて、明日からは貴様にも働いて貰うぞ?《E》?」

 

 Eと呼ばれた男は眼鏡の男を睨み付ける。

 

「チッ、俺に命令するなよカス……まぁ精々遊んでやるさ……さぞ混乱するだろうなぁ?帝国も共和国もよぉ」

 

 男は愉快そうに燃え行く監視塔を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十七話 ミリアム

 時が経つのは早いものでもう前回の投稿から1ヶ月以上経つんですね……ふと友人と軌跡について話す機会がありどのキャラを使ってるっていう話になって作者はリィンとクロウ、ユーシスとガイウスと話したらお前それどうやってクリアしてんの?と聞かれました、作者はPTを決める際はとにかく好きなキャラで固めているのですが皆様は何を基準に決めていますか?


 特別実習3日目

 

 翌朝、ハイメ達は夜遅くまで話し込んでいたが割りと早く目が覚める。ウォーゼル家で朝食を頂き、食後のハーブティーを頂きながらこれからどうするかを話し合う。

 

「といっても今日は課題はないのか」

 

「今日くらいは家族水入らずって事でゆっくり話でもしたらどうだ?」

 

「そんな悪いわよ……」

 

 そうは言いながらもアリサもグエンと話したい気持ちはあるようで迷っていると集落に泊まっていたらしいグエンと長老、記者がウォーゼル宅を訪れ何かがあった事を伺わせる。長老の話によるとどうやら昨夜に帝国軍の監視塔と共和国の基地が各々砲撃にされされたらしい。

 

「そんな……馬鹿な」

 

「馬鹿な、両方を襲撃だと?なんのために……」

 

 すると集落の外がざわつき始める。何事かと思い外へ出ると帝国軍人が集落に来ており住民はゼンダー門へ避難するよう指示を出していた。どうやら自分達が思っていた以上に事態は緊迫しているらしく、帝国軍人の表情からもそれが見てとれる。ここまでの事態になると流石に自分達の判断で実習を続行するかの判断が難しくなると結論付けたハイメはある提案をする。

 

「皆、流石にこれは学院なりゼクス中将なりに指示を仰ぐべきではないか?」

 

「確かに、いたずらに動くのも得策ではないな」

 

「えぇ、状況も良く分かっていないですし一先ずゼンダー門に向かうべきですね」

 

「アリサ、ガイウスすまない……家族が心配だとは思うが」

 

「そう心配するな、事態が事態だ迅速に行動するべきだろう」

 

「お祖父様も集落の人と行動を共にするみたいだし、とにかく急ぎましょう」

 

 記者も同行する事になり一同はゼンダー門へと馬を走らせる。

集落を出ると蒼い空には両軍の物と思われる飛行空挺がせわしなく飛び交っており、より一層事態の深刻さが伺える。静かだった高原の空気はどこか張りつめたような緊張感に包まれていた。

 ゼンダー門に戻ると兵士達が忙しなく動きまわっており、装甲車部隊までもが出撃準備を進めている、これから戦闘が起こることを予感させるには十分過ぎた。親切な兵士が状況を教えてくれ帝国側の被害は死傷者も出ており生き延びた者も重態らしい。話を聞き終えると馬で偵察に出ていたゼクス中将が丁度戻ってきたようでハイメ達の所までやってくる。

 

「無事なようでなによりだ諸君、それとこのような事態になってしまいすまないだが君達が思っている以上に事は進んでいる、実習を続けさせる訳には……」

 

 ゼクスもこんな形で実習を終わらせるのは本意ではないのだろう、申し訳なさそうにしている。ハイメも妥当な判断だと思ったがこれに待ったをかけたのがガイウスであった。

 

「中将お願いします、俺達に今回の件を調べさせて下さい」

 

「いやしかしだな……」

 

 自分の故郷の危機になにもしないという事が耐えられないのだろう。ガイウスの瞳にはいつにも増して強い意志が宿っていた。そんなガイウスをリィンが後押しするように口を開く。

 

「これも実習の範囲内だと思います、お願いします中将!」

 

「確かに、自分達は軍人でもありませんが民間人でもありません、動くには最適かと」

 

 ゼクスは顎に手をやり考えこみ仕方ないといった感じで時計に目をやり口を開く。

 

「現在10時か……わかった15時までは許可しよう」

 

「ありがとうございます!」

 

「して、どうしてお互い砲撃等という事態に?」

 

「ええ、お互い動機があるとも思えませんし」

 

 ユーシスとエマが問うとゼクスは厳しい表情をする。どうやら事態の究明は難航しているようで確かな事は帝国側からは砲撃を仕掛けていないという事だった。そうすると第三者の犯行という可能性も浮上し始める。とにもかくにもまずは現場を調べないと始まらないためハイメ達は帝国軍監視塔へと向かう。その途中ガイウスが皆に礼を言う。なんでも今回の件強く志願したのはガイウスが士官学院に入学した動機にも関連するようだ。ガイウス自身自分の故郷であるノルド高原を愛しており、日曜学校の授業やゼクスから本を借りて過去にあった大国間での戦争に翻弄され滅びた民族について学ぶ機会があった。確かに今の状況はそれが起こりうる状況であり、ノルド高原は立地的にも周囲は山に囲まれ現在は戦略的価値もあまりない土地だが科学は常に進歩している。導力の台頭で飛行船や装甲列車など様々な乗り物等も開発されており少し前と比べるとかなり交通も進歩してきている。ならばこの地が戦いの炎に包まれ、ノルドの民がそれらの民と同じ結末を辿る可能性も無いとは言いきれない。

 

「だから俺はもっと外の事を知らなければいけないと思ったんだ、故郷を守るために……」

 

 ガイウスの言葉に感じ入る一同は改めて絶対にこのノルドで戦闘は起こさせないという気持ちを新たにし監視塔へと急ぐのだった。監視塔に着くと11時をまわっており、共和国軍の監視を続ける兵士から許可を貰い現場の調査を始める。分かったことは導力式の砲台を用いた事、そして放たれた方向が不審である事だった。

 

「これは自分でも違和感を覚える……共和国軍が行ったには不審な点が多いな……」

 

「えぇ……発射された距離を計算して大体の発射位置を特定します、ユーシスさん手伝ってもらってもいいですか?」

 

「分かった、任せてくれ」

 

 ユーシスとエマが計算をしておおまかに発射された距離を割り出しそちらの方へと向かう事にした。高原の一点、茂みと倒木に覆われた場所に巧妙に砲台が設置された後が残っている。

 

「どうやら当たりみたいだな」

 

「えぇ周辺を調べましょう」

 

 さらに調べるとアリサが使われていたのはラインフォルト社製の砲台であり座標を合わせて自動的に監視塔を攻撃するよう仕掛けが組まれているようだった。こんな偽装を仕掛けている時点で共和国が砲撃をした可能性はかなり薄まってくる。他に何か証拠になるような物はないか、また別の可能性を模索しながら一同は考え込んでいるとガイウスがふと空を見上げ険しい表情をする。

 

「ガイウス、どうしたんだ?」

 

「あれを……」

 

 ガイウスに促され空を見ると白い飛行物体が飛んでいるのが目に飛び込んでくる。

 

「あれは先月の実習の?」

 

「確か奴を見掛けた少し後にオーロックス砦に何者かが侵入した……と」

 

「怪しさ満点ね」

 

「今回の件に無関係と結論付けるには難しいな……皆追いかけよう!」

 

 徒歩だと追跡するには厳しいが幸いこちらには馬があるため追跡はそう難しい事じゃない。目の利くガイウスが先導し謎の白い飛行物体を追いかける一同。飛行物体の速度も中々早かったが一同はどうにか見失わず追跡を続け、高原の高台になっている所までやってくる。

 

「追い付いたぞ!」

 

「あれれ~?シカンガクインの人達だ~」

 

 白い物体から特殊な素材で出来ているであろうスーツを身に纏った小柄な少女が降りてくる。間延びし、この場には似つかわしくない緊張感の欠けた口調にハイメは一瞬この子は関係ないのでは?と思ってしまう。しかし他のメンバーは臨戦態勢に移行している。

 

「ここで何をしている?貴様今回の両軍への襲撃に無関係という事はあるまい」

 

「返答次第ではただでは済まさないぞ」

 

「うーんボク一人じゃ荷が重そうだったし……この際だから手伝って貰おうかな」

 

「何を訳の分からない事を……」

 

「まぁその前に実力を把握しておかなきゃね、ガーちゃん!」

 

 事情は分からないがどうやら少女もやる気らしく白い物体が起動する。その姿は実技テストでサラが使う戦術殻に酷似している。ますます少女の怪しさは増すばかりだが何はともあれここは戦うしかないようだ。

 

「仲間がいるかもしれない、アリサとエマ、ユーシスも周りを警戒してくれ!コイツは俺とガイウスとハイメでやる!」

 

「任せて!」

 

「御武運を」

 

「しくじるなよ!」

 

「さぁ知っていることを教えて貰うぞ!」

 

 先手はガイウスが取り槍を構えながら少女へと突貫していく。

彼女を守るように白い物体は立ちはだかり質量を活かした攻撃で槍ごとガイウスを吹き飛ばす。

 

「アハハ残念~」

 

 少女の表情は余裕余裕そうでこちらを挑発するように手をクイクイと動かす。

 

「リィン、挟撃するぞ」

 

「任せてくれ!」

 

 リィンとハイメはリンクを繋ぎ左右から揺さぶりをかけつつ攻撃を仕掛ける。リィンが袈裟斬りを放つが簡単に防御されガイウスと同じように吹き飛ばされ、続いてハイメが膝蹴りを仕掛けるもあっさりと回避されてしまう。

 

「今度はボクの番だよ」

 

 そう言うと吹き飛んだリィンとの距離を詰め白い物体は重い拳をリィンに浴びせる。何とか太刀で攻撃をいなすリィンだが体を浮かされ攻撃を喰らってしまう。

 

「ぐっ……重い!」

 

 ガイウスとハイメが慌ててリィンのフォローに入り攻撃を肩替わりするが状況は劣勢に追い込まれていた。そんなハイメ達に業を煮やしたユーシスが戦闘に参加するべく突剣を抜き放つ。

 

「何をやっている!二人とも援護を!」

 

 ユーシスはアリサとエマに援護を頼みつつ前に出るがそれを簡単にさせてくれる相手ではなかった。

 

「甘い甘い♪」

 

 白い物体はエネルギーのビームを放ちユーシスを近づけず、なおかつアリサ、エマにもダメージを与える。アリサが苦し紛れに矢を放つが白い物体はそれをものともしない。

 

「硬いわね!」

 

「アーツでいきましょうアリサさん!」

 

「させないよ!」

 

 二人がアーツ主体の戦術に切り替えたと見るや接近を試みる。それに気づいた男性組は二人を死守しようと攻撃を仕掛けるが……やはりというべきか白い物体はそれをものともしない。

 

「ぐあっ……!」

 

「パワーが違いすぎる……!」

 

 まずはユーシスとリィンが張り付くが一瞬で突破を許してしまう。続いてガイウスが槍を振るいプレッシャーを掛けに行く。

 

「思い通りにはさせんぞ!」

 

「はい外れ~」 

 

 見た目の割に機動力も悪くないらしくガイウスの槍は空しく空を切る。それでも必死に攻撃を続け少しでも距離を稼がせまいと善戦するガイウスに少女は鬱陶しそうにする。

 

「も~いい加減に……!」

 

「俺ばかり気にしていいのかな?」

 

 ガイウスの不適な笑みに少女は一瞬ブラフィかとミリアムは思うがその考えはすぐに吹き飛ぶ。

 

「とったぞ!」

 

 剛龍招来をしたハイメが飛び蹴りを放つ、すかさず拳を放ちハイメを吹き飛ばそうとするが少女の顔は驚愕に染まる。なんと白い物体の拳とハイメの蹴りが拮抗していたのだ。ハイメを吹き飛ばすつもりだった少女からしたらたまったものではない。

 

「ウソ!?ガーちゃんとまともに打ち合えるの!?」

 

「ラウラならば素で押し負けないのだろうが、剛龍招来を使えば自分でも力負けはしない!うおおおおお!」

 

 雄叫びを上げ気合いでそのままハイメは力勝負で押しきりここで初めて白い物体に大きな隙が生じる。

 

「流石です!ハイメさん!」

 

「さぁくらいなさい!」

 

 そのタイミングで丁度エマとアリサがアーツの駆動を終えアーツをぶつける。とっさに白い物体を前に出し少女はダメージを減らす事には成功するが……

 

「これで……!」

 

「終わりだ!」

 

 復帰したユーシスとリィンが少女にそれぞれ剣をかざすと少女は苦笑いしながら降参の意思を示すように両手を上げる。しかしユーシスとリィンは気を抜かず少女に質問をする。

 

「いや~シカンガクインの人達も中々やるねぇ」

 

「呆けるな!貴様自分の状況が分かっているのか!」

 

「さぁ知っている事を話して貰うぞ」

 

「分かった、分かったからそんな殺気立たないでよ~」

 

 二人の……というよりはユーシスの剣幕と言葉は発さないが鋭い目で見るガイウスの気迫に少女も流石に不味いと思ったのだろう、たんまたんまと言いながら口を開き始める。

 

「まずは自己紹介からだね、僕はミリアム=オライオン、こっちの大きいのは《アガートラム》のガーちゃんだよ可愛いでしょ~?」

 

「ほう、言い残す事はそれだけか?」

 

「ま、待て待てユーシス!君も!何か知っているならば早く話してくれ!君自身のために!」

 

 額に青筋を浮かべたユーシスが剣を振るおうとするのをハイメが何とかなだめ、その間にリィン達は少女から事情を聞き出すことに成功する。彼女の話では今回の襲撃の実行犯と思われる武装した男達が複数高原の北東辺りに潜伏しているという。彼女の話を照合するとガイウス曰く確かにその地域には潜伏するにはもってこいの昔使われていたという石切場があるらしい。これ以上有力な手掛かりを見つける事は難しいと判断した一同は少女を信じる事にする。

 

「本来ならばゼクス中将に連絡すべきなのだろうが……」

 

「時間が許してくれなさそうですね」

 

「一度集落に戻って長老に連絡を頼もう、それならは時間も間に合う筈だ」 

 

 ミリアムの使うアガートラムが実技テストに使われている戦術殻に似ているとかそもそも何故このような場所にいるのか?等疑問は尽きないが今はそれすら聞く時間も惜しかった。ミリアムはアガートラムを消しユーシスの馬に乗り込む。

 

「よ~しそれじゃあ出発しんこ~!」

 

「待て、何故貴様が俺の後ろに乗るんだ」

 

「固い事言わない言わない♪」

 

「時間が惜しい、行こう!」

 

 ユーシスが恨めしそうにしていたが全員気付かないふりをして集落へと馬を急がせる。集落へ着く頃には12時を回っており、集落はいくつかの住居が畳まれていたが長老曰くギリギリまで避難は遅らせるとの事。ゼクスへの連絡を長老に頼み、一同は北東へと馬を進める。高原北東の崖、巨像があった場所からさらに北上した場所にある谷間へと一同は到着する。ガイウス曰くここ周辺には悪しき精霊が巨像に閉じ込められているという言い伝えがあるためノルドの民は滅多に立ち入らない場所だという。再度ミリアムに犯人について確認すると重火器を武装した複数人の男達で彼女曰く帝国軍、共和国軍も両者にらみ合いが続いているためこちらに兵を割くのは難しいのではなないかとの事。

 

「俺達だけでやるしかないか」

 

「不安はあるが……」

 

「今さらここで退くわけにもいかないわよ」

 

「そうですね、お世話になった集落の皆さんのためにも!」

 

「そうだな、自分達の力を出しきればいける筈だ」

 

「それじゃ行こっか!」

 

「オイ、何故貴様が仕切っている!?」

 

 若干緊張感に欠けるものの石切場へと足を踏み入れる一同。中に入ると薄暗くどこか空気が重い感じの印象を受けるハイメ、途中大きな岩で道が塞がれていだがミリアムとアガートラムの力で岩を粉砕して進んでいく。犯人達はどうやらザイルのような物を用いて移動しているらしくその痕跡が各箇所に残されている。石切場自体はそんなに広い訳でもなく程なくして上層の最奥まで到達する事が出来る。広間になっている所から声が聞こえてきたため一同は岩陰に身を隠し話に注意深く目と耳を傾ける。話の内容的に武装した男達は眼鏡をかけた男に雇われたらしく男達は眼鏡の男に撤退を進言するが眼鏡の男は「両軍が開戦するまでは駄目だ」も譲らないようだ。今の言葉で彼等が今回の両軍襲撃の犯人である事は確実なものとなった、各々頷き合いリィン、ガイウスを先頭に突入をする。

 

「そうはさせん!」

 

「お前らの思い通りにはいかない!」

 

「貴様らは……士官学院の……よくもまぁ嗅ぎ付けてきたものだ」

 

「ほう俺達を知っている様子だな、ならば話は早い」

 

「おとなしく出頭して貰うわよ」

 

「抵抗はしないほうがいいと思いますが」

 

「喜べ貴様ら、ボーナスがやって来たぞ……始末しろ」  

 

 眼鏡の男が命令すると武装した4人の男達が眼鏡の男を守るように立ちはだかる。人数では有利をとれているが相手は戦闘のプロ、決して楽観出来る状況ではなかった。

 

「トールズ士官学院Ⅶ組B班、行くぞ!」

 

 リィンの号令が合図となり戦いの火蓋は切って落とされる。リィン、ユーシスが敵二人とつばぜり合いになるがハイメ、ガイウスがその間にダメージを稼いでいく。四人を蜂の巣にしようと後衛の二人がアサルトライフルを構えるがミリアムがそれを阻止すべく動く。

 

「ガーちゃん!いくよ!」

 

「続くわよ!」

 

「はい!」

 

 アーガトラムがビームを放ち敵は回避行動を強要される。それに続くようにエマ、アリサも攻撃を放ち敵後衛組の援護を封じる事に成功する。一方前衛組の戦いはリィンとハイメ、ユーシスとガイウスとで各々対応をしていた。

 

「リィン!」

 

「任せろ!」

 

 対人戦を得意とするハイメと連携の上手いリィンの動きに敵は翻弄され思うように戦闘を進めさせない。一同は戦闘力も経験も彼等には劣るがARCUSという唯一無二の武器を使い連携だけは圧倒的に優勢にたっていた。しかし相手もプロ、学生風情に負けるわけいかないと奮起する。

 

「チッこのガキ!俺の動きを読んでやがる……でもなぁ!」

 

 ハイメは足運びや挙動で動きを読み立ち回るがそんな事はお構い無しと言わんばかりに剣を振るい遂にハイメを捉える。

 

「クッ!」

 

「死ねやぁ!」

 

 大きく回避をすることで致命傷は避ける事が出来たが頬から血が流れてくるのを感じるハイメ。リィンがすぐにフォローに入るがリィンも正面からの切り合いでは歯が立たず後退を余儀なくされる。

 

(くっ、サラ教官とアンゼリカ先輩に言われた通りだ、奴を仕留めるにはもう一歩踏み込まなければ……やれるか?いややってみせる!)

 

 なおもリィンに追撃を仕掛けようとする敵に対しハイメは決死の覚悟で肉薄していく。敵は待っていましたと言わんばかりにハイメの方に向き直り剣を振るう。

 

(恐れるな……ギリギリまで引き付け……今だ!)

 

 剣に合わせてハイメは拳を突き出し剣の腹を殴り軌道をずらす事に成功する。そのまま即座に攻撃態勢に移り三段蹴りを相手の顔、胸、腹と命中させ敵の意識を刈り取る事に成功する。

 

「そっちはどう手伝おっか~?」

 

「貴様の手は借りん!」

 

 既に女性陣は後衛二人を沈めておりユーシス、ガイウスも戦闘を終えたようだ。その様子を眼鏡の男は忌々しそうにミリアムの方を見つめながらブツブツと呟いている。

 

「チッ使えん奴等だ、しかしあのチビ……まさか鉄血の?ならばここまでだな」

 

「ボクを知ってるの?」

 

 眼鏡の男が銀色のホイッスルのような物を鳴らすとギチギチと薄気味悪い音が辺りに鳴り響く。天井に影が出来たと思うと巨大な銀色の蜘蛛が落下してくる。どうやらこの石切場のヌシのような存在のようだ。

 

「うえ~気持ち悪い~」

 

「言ってる場合か!」

 

「それでは諸君さらばだ」

 

 眼鏡の男はワイヤーを使い亀裂の入った部分から脱出してしまうがそれを悔やんでいる場合ではなかった。

 

「くっ逃がす訳には……!」

 

「リィン、ハイメ!奴を追ってくれ、今なら間に合うかもしれない!」

 

「でも!」

 

「しかし!」

 

「僕もいるから大丈夫だよ!」

 

「議論してる暇はないぞ、行け!」

 

「ここは任せてください、早く!」

 

 後ろ髪を引かれる思いだがリィンとハイメはガイウスの判断に従い眼鏡の男の追撃に入る。石切場を抜けると眼鏡の男の姿を捉える事が出来た。

 

「待て!」

 

「逃がしはせんぞ!」

 

「チッ、追ってきたか……それに招かれざる客人もいるようだな」

 

 眼鏡の男が視線を横に向けると赤髪の青年が岩陰から姿を表す。

 

「バレてたか……士官学院の二人、俺はレクター=アランドール、帝国軍情報局の特務大尉、まぁ味方だソイツ、ギデオンを拘束するから手伝ってくれ」

 

 思わぬ援軍を得て完全に状況は有利となった……筈だが眼鏡の男ギデオンは焦るどころか余裕そうにしていた。不審に思う三人だがその理由はすぐに理解出来た。

 

「チッ、おいギデオン何最後にヘマこいてんだよカスが!あぁ?」

 

「来たか《E》」

 

 血のような髪色をドレッドヘアーにした長身の男が頭を掻きながらレクターの後ろからやってくる。ギデオンが余裕を崩さなかったのはこの男の存在があったからなのだろう。 ハイメとリィンはその男から放たれるプレッシャーに思わず後退りしてしまう。そんな2人の様子をEと呼ばれる男は愉快そうに見つめるのだった。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十八話 絶望の授業

 皆様明けましておめでとうございます。お久しぶりでございます。纏まった時間が出来て創まりの軌跡に手を出せ、執筆意欲も沸いてきたので投稿させて頂きます。久しぶりの執筆に何度も首を捻りながら書きましたが色んな意味で不安ですね……それでは十八話になります、どうぞ。


 ドレッドヘアーの男《E》の気迫に呑まれかけるリィンとハイメだが気持ちを強く持ち直し戦闘態勢に入る。そんな二人を見てEは満足そうに口元を歪ませる。

 

「まず気持ちは合格だなぁ!」

 

「き、貴様!武器はどうした!?」

 

「あーん?こんな奴等相手ならいらねぇんだよテメェはさっさと離脱するんだな」

 

 Gが離脱しようと動くと同時にアランドールもGを確保しようと動くが先に動いた筈のアランドールの腕が気付けばEに捕まれている。

 

「おいおいつれないことしようとすんなよ、一応警告しといてやるけど見逃しといた方が身のためだぜ?」

 

「へっ、出来る事ならそうしたいが生憎それは許されない立場なんでねっ」

 

「リィン……今のEという男の動き……」

 

「あぁ……見えなかった……」

 

 二人はEと呼ばれる男の底知れぬ力を感じ嫌な汗が流れる、自分の本能が目の前の男には手を出すなと警告をしているようだった。出来ることならば今すぐこの場から逃げ出したい……そんな気持ちが二人を支配する。

 

「Eここは任せたぞ」

 

「……!させない!」

 

「逃がすか!」

 

 それでも二人を突き動かしたのは正義感によるものなのか反射的に動いてしまったのか、二人はGの離脱を阻止すべくGとの距離を詰める……が、それを当然Eは許す筈もない。

 

「慌てんなよ」

 

 一瞬で目の前にEがあったから現れたかと思うと次の瞬間には空を見上げていた。二人が自分が転ばされたと認識したのは転ばされて10秒程たった後だった。そうこうしている内にGはこの場から離脱をしてしまう。だがリィン、ハイメ、レクターの三人の頭の中から既にGという男は消え去り目の前の脅威、Eという男にどう対処すべきか頭をフル回転させ考える。そんな三人を今度はつまらなさそうに見てEは口を開く。

 

「あんまり待たせんなら……こっちから行くぜ?」

 

 突然の開戦、いや既に戦いは始まっていたのだ……それなのに敵を前にして思考の海に潜るという本来ならばあり得ないミスをしていた三人の体に緊張が走る。Eの動きに最初に反応したのはやはりというべきかレクターだった、得物であるレイピアを抜き放ち接近するEに対し高速の突きを放つがEは体をほんの少し動かすだけで全ての突きを回避する。

 

「ちぃっ!」

 

「反応したのは流石鉄血の子ってかぁ?まぁ赤点ギリギリだけどなぁ!」

 

 お返しとばかりにEの拳がレクターの顔面を捉える、後退を余儀なくされたレクターと入れ替わるようにリィンとハイメがEと対峙する、二人は左右から同時に攻撃を仕掛けるが……

 

「紅葉斬り!」

 

「烈空穿!」

 

「おっそぇなぁ!?」

 

 リィンの太刀は弾かれハイメの蹴りは掴まれてしまう。そのまま掴んだハイメをリィンに放り投げあっという間に二人は無力化されてしまう。

 

「太刀のガキは八葉か、んで蹴りのガキは……なんつったか?オルディスの方で……まぁいいか思い出せねぇ程のヘボ流派なんて」

 

 Eは驚く事に一回の攻防でリィンとハイメの使う流派を特定したらしい。しかしハイメはそんな事はどうでもよくなるくらいEの一言はハイメを怒らせた。

 

「貴様!鳴神流がヘボ流派だと!取り消せ今の言葉を!」

 

「あ~ん?」

 

 自分が習得しようと励んでいる流派を馬鹿にされて怒らない者等いないだろう。しかしそんな事は知った事ではないと言わんばかりにEはハイメを睨み付ける。

 

「何でテメェみてぇなカスごときに俺が命令されなきゃいけねぇんだ?あぁ?」

 

「は、ハイメ一旦落ち着くんだ!」

 

「怒りに身を任せて勝てる相手じゃないと思うぜ?」

 

「ぐっ……クソッ!」

 

 今にも飛び出しEにつかみ掛かりそうな勢いのハイメをリィンとレクターが何とか諌める。溢れんばかりの怒りの感情を悪態を吐く事で少しでも和らげようとする。心は炎のように燃え盛っているが何とか頭の中だけは冷静さを取り戻すハイメ。そんなハイメの様子を面白くなさそうに見るE。

 

「チッ、んだよ来ねぇのか……つまんねぇな」

 

 どうやらEからは仕掛けてこないようなのでそれに甘える形で三人は作戦会議を行う。

 

「いいか、三人で一斉にやるぞ……それでも倒せる相手じゃあなさそうだが生憎こっちも退けないなから……学生にはちと荷が重すぎる相手だが付き合ってくれ」

 

「えぇ、このまま奴を放っておくと石切場の中で戦ってる皆まで危ない、せめて皆と合流するまでの時間位稼いでみせます」

 

「自分も……奴には一矢でも報いないと気が済みません」

 

「よく言った、波状攻撃を仕掛けるぞ、まずお前ら二人が同時に行って最大級の技を仕掛けてくれ」

 

「いえ、自分が最初に一人でいきます」

 

「ハイメ!」

 

「リィン、自分も冷静さを完全に失った訳ではない……自分の蒼嵐雷斧は連撃前提の技だ、悔しいが奴には通じると思えん、何とか体勢だけでも崩してみせるから後は頼むぞ」

 

「決まりだな」

 

「オイオイあんまり待たせんなよ、ただでさえ退屈なんだからよぉ」

 

「今その余裕そうな笑みを消してやる……!」

 

 作戦通り先ずはハイメがEへと肉薄する、ハイメは自分の持てる最大限のスピードを出しその勢いで膝蹴りを放つ、当然のようにEは避けるがハイメもそれくらいは予想している、そのままの勢いで回し蹴り、三段蹴り、足払いと仕掛けるがことごとく当然のように避けられてしまう。

 

「うぜぇ、死ねや」

 

 Eは拳を突き出しハイメの腹を抉るように打ってくる、しかしハイメはEから攻撃を仕掛けられるのを待っていた、もし何かEに対してこちらから有効なワンアクションを起こせるとしたら相討ち覚悟のカウンターしかないと思っていたからだ。覚悟はしていたが想像以上の一撃に肺から酸素が絞り出され激痛が襲ってくる、それでもハイメを突き動かしたのは自分の流派を馬鹿にされたという怒りだった。

 

「……!」

 

 崩れた体勢から執念で震脚を放つハイメ、それが功を奏し若干ではあるものの確かにEの体勢が崩れる。

 

「ハイメ!くっ焔の太刀!」

 

 そこにリィンが走り込み最大級の太刀をEに放つ、Eは煩わしそうに両手をクロスさせリィンの攻撃を防御する。リィンの太刀はEを捉える事に成功した……がリィンの最大級の技をものともしていない様子だった。

 

「学生にしてはまぁまぁだな、そこに転がってるカスよりはやるぜ」

 

「ハイメを馬鹿にするな!」

 

「もちっと力を着けてから吠えるんだなぁ!」

 

 Eのラリアットがリィンの顔面を捉えリィンは地面に倒れ伏す。しかしレクターが既にEの背後をとっており……

 

「もらっ……」

 

「わねぇよ」

 

 闇討ちのタイミングで言えばレクターのとった行動とタイミングは完璧と言っても差し支えなかった。倒れながら見ていたリィンとハイメもこれは決まったと思ったがEのポテンシャルはその上をいった。レクターにアイアンクローを決め意識を落としに掛かる。

 

「ぐあああああっ!」

 

「テメェレベルが三人ならまだしも学生混じりじゃあ俺は殺れねぇなぁクックック……落ちな」

 

 どうにかEの手から抜け出そうともがくレクターだが動きもだんだんと弱々しくなり遂に体から力が抜けだらんと腕が下がる。その光景を見ながら二人は自分の体が震えているのに気付く。心が恐怖に支配された二人を待っていたのは圧倒的な暴力だった。

 

「さぁ~て授業の時間だカスども、圧倒的な相手に立ち向かったらどうなるか今からじっくりと体に教え込んでやるぜ」

 

 Eは掴んでいたレクターを地面に叩きつけ追撃を入れようとする、それはさせまいと二人は駆け出すが……

 

「青いねぇ……誘ったんだよ!」

 

「何!?」

 

「くっリィン!うおっ!?」

 

 Eはレクターからレイピアを奪いリィンを迎撃した後ハイメに向かって躊躇わずレイピアを投擲してくる。ハイメは回避するのがやっとでその間にEはリィンの体に蹴りを入れ、すぐさまハイメへ接近し顔面に拳を叩き込む。なす術なく地面に叩きつけ倒れ伏す二人、自分達もレクターの後を追うのは必然だった。Eが近付いて来るがこの状況を打開するヴィジョンが浮かばない二人は思わず目を瞑ってしまう。

 

「そこまでよ!」

 

「よくもやってくれたものだな……!」

 

 状況を変えたのは巨大蜘蛛を撃破し駆けつけた他のメンバーとミリアムだった。アリサの放った矢がEの足元に突き刺さりEは舌打ちをしながら動きを止める。

 

「チッガキ共がわらわらと」

 

「レクター!」

 

「抑えろミリアム、奴はとんでもないぞ」

 

「えぇ……何とかあの三人を回収して離脱するのが得策ですね」

 

 遅い来る筈だったEが止まり一瞬安堵しかけたハイメだったがすぐにマズイという思考に切り替わる。恐らくこの相手は今いる全員で挑んでも返り討ちにされてしまうそう確かな予感……いや確信があった。ここで全滅するならば己がたとえ滅ぼうと多くの生還者を出すべきだと判断する。

 

「くっ皆リィンとその赤髪の方を連れて逃げてくれ!死んでも自分が時間を……!」

 

「馬鹿を言うなハイメ!その役目は俺が引き受ける!俺にはまだ奥の手が……」

 

「ギャーギャー喚くな……ったくこれだからガキは嫌いなんだよ、そんなに死にてぇなら選ばせてやるぜ」

 

 Eは瞬時にハイメとリィンを掴み起こし胸ぐらを掴む。一瞬の内に起きた出来事に他のメンバーは理解が追い付かないが無情な宣告が下される。

 

「オイ、ガキども!どっちを捨てるか選びな」

 

「そ、そんな……」

 

「外道が……!」

 

「そんなの選べる訳ありません!」

 

「二人を解放しろ、さもなくば……!」

 

 全員の反応が予想通り過ぎたのだろう、Eは舌打ちをし二人の胸ぐらを掴む手をさらに高く掲げる。それにより二人は苦悶の声を出し必死に逃れようと足掻くがEの手はまるで鋼鉄で出来ているかのようにビクともしない。

 

「ならどっちを助けたいか選びな、ほら早くしねぇとどっちもやっちまうぜ?」

 

 その問いを投げ掛けた瞬間全員がチラッとリィンの方を見たのをEは見逃さなかった、今度は満足そうに笑みを浮かべる。

 

「そうだよなぁ?捨てるのは選べないけど拾うのは選べるんだよなぁテメェ等みてぇな奴等はよぉ!だが……駄目だねぇ!」

 

 Eは二人を掴んでいた手を放したかと思うとおもむろにリィンの頭部を地面に押し付けるように投げ捨てる。あまりの行動に一同が驚くのも束の間、ハイメ以外の全員に攻撃を加え意識を落とす。

 

「き、貴様ァ!」

 

「クックック、可哀想になぁ?どんな気分だ仲間に見捨てられて?でも仕方ねぇよなぁ?テメェとそこに転がってる黒髪のガキとじゃ価値がちげぇ、アイツらはその点合理的な判断をしたようだぜぇ?」

 

 ハイメは今まで感じた事のない殺意が自分の中に芽生えているのを感じる、しかし今はこの気持ちを否定する術を未熟なハイメ自身持ってはいなかった。

 

「殺す、殺してやるぞぉ!」

 

「出来もしねぇ事をさも出来るようにほざくなよカスが、ちと身の程ってやつを教えてやるか?授業がてらゲームをしようぜ」

 

「何!?ふざけているのか!」

 

「大真面目さルールはいたって簡単、ソイツらの内一人が起きるまでに俺に一撃いれてみな!つってもこれじゃゲームにならねぇからな俺はテメェのワンランク上程度の力しかださねぇ、もし俺に一撃入れられたらテメェら全員見逃してやるよ!どうだ乗るか!?」

 

 沸騰しそうな頭を無理やり抑え考え込むハイメ、確かにEの言うゲームは破格の条件だ。今のハイメ自身怒りに身を任せようとたとえ奇跡が起きようとEを戦闘不能に追い込む事は不可能だろう。悔しいが全てEの言うとおり、ハイメはあまりにも無力だ。それにどんな仕打ちを受けたとしてもハイメは仲間を助けられるならその可能性に掛けてみるべきだと判断する、感情を殺し努めて冷静に、理性を働かせハイメは返答する。

 

「グッ……クソッ、後悔するなよE!すぐに終わらせてやる!」

 

「御託はいいからさっさと来いよ!」

 

 ハイメはEに肉薄し一撃、二撃、三撃と攻撃を放つ。Eは宣言通り、スピードもパワーもかなり落としてハイメの攻撃に対応しているがそのことごとくをいなされてしまう。

 

「ホラホラどうしたんだ?すぐに終わらせんだろ!?」

 

「抜かせ!」

 

 ハイメは休むことなくEに連撃を繰り出すが全くハイメの攻撃をものともしないE、ハイメは段々と情けない自分に苛立ちを募らせる。

 

(クソ!何でだ!?宣言通りEはかなり手を抜いて自分の相手をしている、なのに何故!一撃がこんなにも遠いんだ!)

 

「お?そろそろ気付いてきたか?イラついてきたか?そらよ!」

 

 Eは足払いをしハイメを転ばせる、何とか体勢を崩さないよう膝を着き地面に着地するがそれだけに過ぎない。Eはハイメを見下ろしながら口を開く。

 

「才能ある奴等、恐らくテメェ以外のガキどもはこのゲーム、差異はあれどクリア出来るだろうなぁ?でもテメェは出来ねぇ、何でだと思う?」

 

 そんな物はハイメ自身よく分かってる、自身が最も欲し憧れそれでも手に入る事はないもの……そう

 

「才能だよ、テメェにはあまりにも足りなさすぎる、おっと勘違いすんなよ?別に無能と言ってる訳じゃあねぇんだ、ただテメェは自分に出来る事以上の事は出来ねぇ、確かに鍛練を積めばそこそこの戦士にはなれるだろうなぁ?でもテメェが他の奴に追い付く事は決してねぇ、そりゃそうだよな?これぐらいの事ならある程度の才能あるやつはやってのけちまうんだ、テメェがどんなに努力しようが他の奴等はテメェ程努力しなくたってテメェレベルなんざ軽々超えちまうんだからよ?死にものぐるい?大いに結構!だがたとえ死にものぐるいに努力しようがテメェは自分に出来る以上の事は出来ねぇ!他の奴は出来るけどな!これが現実ってやつだぜ!ハハハハ!」

 

 ハイメの握る拳に力が入る、そんな事は自分がよく分かっている。自分では奇跡でも起きない限り今の状態のEですら一撃入れることは叶わない。それでも奇跡を望まずにはいられなかった、こんな自分でも受け入れてくれる仲間の命が掛かっているのだ。たとえ自分とリィンが天秤にかけられリィンが選ばれたとしても仲間を助けたい、その思いだけは揺るぎなかった。

 

(奇跡……起きないのなら起こしてやる!師匠、未熟な自分をお許し下さい!)

 

 何かを決意したようにハイメは起き上がる、ハイメの纏う空気が変わった事にEも気付き眉をピクリと動かす。ハイメはがむしゃらに攻撃を繰り出しEは攻撃をいなす、そしていきなり拳を突き出すがEは特に顔色一つ変えず腕を掴みハイメを転がす。顔から地面に倒れそうになるハイメだが手で体を支えた体勢から体を回転させ蹴りを入れるがこれも不発に終わる。

 

「馬鹿が!武術を捨てやがったな」

 

「こうでもせんと貴様には一撃入れられないからな!うおおおっ!」

 

 ハイメの動きに鳴神流の動きは見る影も無くなっていた。そう例えるならばそれは武術を知らない大人の喧嘩のような出鱈目な動き、たとえ自分の誇りである武術を捨てようともハイメは皆を守りたかった。そんな決死のハイメの思いも目の前の男の前では儚く砕け散る。Eの一撃がハイメの脳天を捉えハイメはその場で悶絶する。

 

「だから馬鹿だって言ってんだろ、才能の無いテメェが武術を捨てるだぁ?とんだ傑作だぜ、そういうのは……なぁっ!」

 

 うずくまるハイメにEの蹴りが入り今度こそ限界が訪れたハイメは地に倒れ伏す。そんなハイメの頭をEは踏みつけグリグリと地面に押し付ける。

 

「俺のように才能がある奴がやるから成功すんだよ、テメェみてぇなカスが真似しようが上手くいくわけねぇんだよ、クククク残念だったなぁそろそろ時間切れのようだぜ?」

 

 Eの足から解放されたハイメは目線で誰が意識を取り戻したか確認する。否、正しくは自分の想い人であるアリサが意識を取り戻していないかを確認する。こんな様を見られたくないそんな一抹の思いすらも叶う事はなくアリサと視線が合ってしまう。

 

「そんな……何で、どうして……」

 

「クククク、テメェ俺が質問した時真っ先にあの女を見てたからなぁ?感謝しろよ?テメェが一番気にしてる相手が一番に起きるようわざとそのガキだけ手加減してやったんだからなぁ!」

 

「は、ハイメ……」

 

「おおっと動くなよメスガキ!テメェが動いたらテメェ等全員皆殺しだぜ?さてと俺様の簡単な授業も出来ないカスには補習が必要だよなぁ?おいカス、テメェはこれから全員起きるまでに俺様のサンドバッグだ、もし全員が起きるまでにテメェが意識を失わなきゃもしかしたら全員見逃してやるかもなぁ?メスガキもだ!起きた奴にちゃんと伝えとけよ、テメェ等が手ぇ出したら皆殺しだってな!ハハハハ!」

 

 そこから始まった暴力はこれまで以上に一方的なものだった。ハイメは苦悶の声を上げる事すら許されず倒されては無理やり倒される。最初の方は襲いくる痛みとアリサにこんな情けない姿を見られているという羞恥心があったがすぐにそんな物は吹き飛んでしまう。それほどEの攻め手は苛烈を極めた。残ったのはEの言った気まぐれにすぎないかもしれない意識を失わなければ全員見逃してくれるかもしれないという細い希望だけだった。それでも、こんな自分にもプライドはある、せめて皆が傷付かないよう一人、また一人と意識を取り戻す度に手を突き出し動こうとする他のメンバーに制止をかける。それすらも億劫になりただひたすらに続く暴力に恐怖すら覚えながら意識だけは強く持つ。実力では完敗だがせめて心だけは負ける訳にはいかなかった。何度も意識が飛びそうになりもう駄目だと思うのを数えるのも億劫になってきた所で最後にリィンが意識を取り戻す。

 

「うっ……俺は……」

 

「チッ耐えやがったか」

 

「ど……うだ……こ……れで……」

 

「メンタルとフィジカルだけは及第点のようだなカス、まぁいいだろう次会う時はもう少しマシになってるんだな」

 

 そう言い残しEの足音が遠ざかっていくのを感じながらハイメは指先すら動かすにも激痛がはしる体をゆっくりと仰向けにする。チャリンと音がして胸ポケットから謎の老人から貰ったペンダントがこぼれ落ちる。

 

(ハハハハ……お前のお陰なのか?Eが気まぐれで退いてくれたのは……)

 

「ハイメ、おい!大丈夫か!」

 

 ハイメがどうにかペンダントを手繰り寄せていると皆がハイメの元へと駆け寄ってくる。大丈夫だと言いたいが声も出ず、ならば手を上げて意思表示をしようと思ったが何とか動かす事は出来るものの少し動かすのが精一杯だった。

 

「ご、ごめんなさいハイメ!私!私!」

 

(泣かないでくれアリサ……キミが無事なのが自分は何より嬉しいんだ)

 

「ハイメ!俺のせいで……こんな……俺はまた!」

 

(違うんだリィン……これは自分の弱さが招いた結果なんだ)

 

「今手当てを……駄目ッダメージが大きすぎる、なんて私は無力なの!」

 

(何を言っているんだ委員長、自分は大丈夫だ……ああ、こんな顔じゃ大丈夫に見えないか……笑わなきゃ)

 

「馬鹿者!何を笑っている!何が可笑しいというのだ!何が……」

 

(どうしたんだユーシス?いつもと大分調子が違うぞ?)

 

「ハイメ……ありがとう、俺達はお前に救われたんだ!お前を……犠牲にして……」

 

(ハハ、お礼なんていいんだガイウス……本当なら全滅だったかもしれないのをここまで持ってきたんだ、自分は皆の役にたてた……よな?)

 

「どいて!今は時間勝負だよ!僕がガーちゃんでゼンダー門へ超特急で運ぶから!こんなおっきな恩、返させないなんて言わせないよハイメ!」

 

(ミリアム、ありがとう……なんだか眠くなってきたな少しだけ意識を手放しても……いいよな?今回は我ながら結構頑張れた……よ……な……)

 

 ハイメは意識を手放す、ミリアムは絶対に間に合わせると言いながらアガートラムにハイメを乗せ、残されたメンバーは祈る他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十九話 暗転と暗雲

 感想、評価を頂きありがとうございます。待っていて下さる方がいるとは思わず温かい言葉を頂き執筆意欲が湧いてきたので久しぶりに短いスパンでの投稿をさせて頂きたいと思います。
それと私事ではありますがようやく創の軌跡をクリアしました、感想はと致しましては「まだ終わらないやろな~」「まだ終わらんよな……」「え?これで終わり?」といった感じでございました。ネタバレ……でもないかもしれませんがスウィン、ナーディアが切り離され作者も本人達同様少なくないダメージを受けました。
 前書きが長くなりましたが閃Ⅰは特別実習を終えて次の章という展開ですがここまでのお話が三章と思って頂けると幸いです、それではどうぞ。


リィンside

 

 俺達は集落に顔を一度顔を出し急いで荷物をまとめると早足でゼンダー門へと向かっていた。本当ならばガイウスとアリサに家族との別れの挨拶をする時間を作りたかったが級友の安否がが気になっていたためそれどころではなかった。ミリアムがハイメを運ぶ際ハイメの腕や足は変な方向に曲がっていなかったので恐らく骨を折られたという可能性は低いがそれでも思い出すのは痛々しいハイメの姿だった。

 

(クソッ俺は前回の実習から何も学んでいないじゃないか!あの力を使えばもしかしたら……ハイメは助かっていたかもしれないのに!)

 

 他のメンバーの表情を見渡すが皆下を向き悔しそうに歯を食いしばっていた。皆自分自身を攻めているのだろう、暗い空気が漂うが今のリィンにそれを払拭する言葉は見つからなかった。ただ今はハイメの無事を祈りながらひたすらに馬を走らせる。魔獣を無視して一目散にゼンダー門へと向かっている筈なのにやけに遠く感じる、実習当初はこの雄大な大地に心を奪われたが今この時だけはノルドの雄大さが煩わしくて仕方がなかった。

 そんな永遠にも感じる時間も終わりが来て、ゼンダー門に着き中に入るとゼクス、ミリアムが待っていた。アリサがゼクスの言葉を待たず疑問を投げ掛ける。

 

「ハイメは大丈夫なんですか!」

 

 失礼だとアリサを嗜める者は誰一人としていなかった。ハイメの安否、その一点だけが知りたかったからだ。

 

「結論から言うと彼は無事だ、命の別状もなければ骨も折っていない、外傷ほど体の中に傷は負っていない」

 

 とりあえずハイメが大きな負傷を負っていないという事実が確認出来て一同は胸を撫で下ろす。いくら一目で分かる程酷い外食が無かったとしてももしかしたら後遺症のある負傷を体の内側にしているかもしれないという恐怖感だけは拭えなかったのでとりあえずは一安心だ。

 

「多分アイツがそういう風に手加減してハイメをなぶったんだろうね」

 

 ミリアムの言葉に一同は息を呑む。自分達が対峙したあの男はそんな芸当が出来る程強い相手だったという事実を改めて確認させられる。だからこそそんな男の正体が一同気になってしまう。

 そんなⅦ組メンバーの心中を察したしようにゼクスは重く口を開く。

 

「彼女から聞いた話で奴の素性は知れている、帝国で指名手配されておりその手から10年近く掻い潜ってきた男、名はエドモンド=ディスカー、通称エンドと呼ばれている」

 

「暴力沙汰は当たり前、殺人、強姦、強盗なんでもござれの犯罪のエキスパートみたいな奴だよ、過去奴の餌食になった帝国の兵士や遊撃士も少なくない」

 

「そんな……凶悪な奴だったのか……」

 

「あぁ、気分次第で平気で殺人を起こす犯罪者だ、まさかノルド高原に居たとは……クソッ!」

 

 ゼクスは悔しさを込めて力任せに壁を殴る、凶悪な犯罪者が自分の管轄する地域に潜伏しておりこうもしてやられ捕まえるどころかその足取りまでつかめなかったのだ、軍人としての彼が自分を許せないのだろう。その心中は察するあまりだった。そんなゼクスに気圧されながらエマが遠慮がちに口を開く。

 

「あの……申し訳ないんですけどハイメさんの顔を見る事は出来ますか?」

 

「中将、出来れば俺からもお願いしたい、アイツが無事かどうかこの目で確かめたいんだ」

 

「あぁ……すまんそうだった、彼は手当てを終えてぐっすりと眠っているよ、今案内の兵士を寄越す」

 

 案内の兵士を待つ間の時間は非常に長く感じたが、その間にリィン達はもう一つの疑問を解消しておかなければいけなかった。そうミリアムの素性についてだ、リィンがその事を問い掛けるがミリアムはうっとした顔をしてわざとらしく視線を泳がせる。

 

「いやーオジサンの許可がないとちょっとね~」

 

 どうやらミリアムの素性は教えてもらえないらしい。今の言葉からミリアムの上に立つ人間がいるらしくその人の命令で軍とは違った形で独自に動いている事が推察出来るが今の状態ではそれくらいしか頭が回らなかった。そうこうしているうちに案内役の兵士が現れハイメが治療を受けている医務室へと通される。ゼクスの言うとおり重症という訳ではなさそうだが呼吸は荒く、体の至る所に包帯が巻かれ肌から覗かせる多数の擦り傷や内出血で変色した肌を見るととても痛々しかった。ハイメが怪我をする事は珍しくない、リィンはハイメが前回の実習でも心身共に大きな傷を負い悔しい思いをしたのを今でも昨日のように覚えている。ハイメは自分が傷つく度に自分が未熟なせいで傷を負うと言うが今回ばかりは違う。恐らく誰がEと対峙してもこうなっただろう、言葉にすればハイメが飛び起きて怒りそうだがそれでも……

 

(俺が……本来なら俺がそうなっていたかもしれないのに……クソッ!俺がお前の代わりになってあげられてたら……)

 

 リィンはそう思わずにはいられなかった。前回……いや入学してからというもののハイメという人間は傷付き過ぎているとリィンは感じている。それでもクラスの移籍という形で一度は折れかけたハイメが勇気を出して踏みとどまったというのにその次の実習の結果がこれではあんまりではないか。ハイメ自身どう感じていたのかは分からないがEに会うまで誰が見てもハイメはお世辞抜きで今回の特別実習では獅子奮迅の活躍をしていた、あと少しだったのだ、今回の実習を終えハイメは自信を取り戻し、本当の意味で自分もⅦ組の一員である事を認めてくれていたのかもしれないのに……これではまた彼は自分の殻に閉じ籠ってしまうのではないか?リィンはそんな不安を漠然と感じていた。そしてその不安は他のメンバーも少なからず抱えていたのだろう、ベッドで眠るハイメに誰一人として声を掛ける事が出来ずにいた。結局一同はハイメに何も言う事が出来ず苦い思いを残しながら三回目の特別実習を終えるのだった。

 貨物列車に揺られトリスタの街へと戻り休日を挟んで登校日となる。朝のSHRで空席のハイメについて改めてサラが説明する。B班の実習で起きてしまった事、そしてそれはどうしようもなかった事が淡々とサラの口から紡がれていく。その声は震えており何もリィン達だけが悔しい思いをしている訳ではなく送り出したサラも相当に悔しいのだろう。改めて言葉にされて聞くと悔しさが込み上げてくるB班一同はサラの話を誰一人として顔を上げて聞く事は出来なかった。リィンがちらりと周りを見渡すとA班の者のリアクションは様々なものだったが何も言えなかった。SHRが終了するとマキアスが席を立ち鬼気迫る表情でリィンの元へとやってくる。

 

「どういう事なんだ」

 

「……」

 

 リィンはマキアスの問いに答えるどころか視線をマキアスから外してしまう、言いたくない……言える訳がない、それがリィンの偽りのない気持ちだった。マキアスからしたらリィンの態度が面白くなかったのだろう、リィンの胸ぐらを掴み無理やりリィンを立たせ再度質問を投げ掛ける。

 

「僕はどういう事なんだと聞いているんだリィン!」

 

「ちょっマキアス!」

 

 事態を察したエリオットが慌ててマキアスを諌めに来るがマキアスの怒りは収まりそうもない。リィンはそんなマキアスに言い返す事なくこれは当然の報いだとどこかマキアスの怒りを受け入れている節があった。

 

「答えてくれリィン!君が付いていながらどうしてこうなってしまったんだ!」

 

「……すまない」

 

「シュバルツァーを離せマキアス=レーグニッツ」

 

「マキアス、一旦落ち着いてくれ」

 

 流石に事態を見過ごせなかったなのかユーシスとガイウスが2人の間に割って入る。マキアスはなおもリィンに食い下がるがユーシスとガイウスが改めてマキアスに事情を事細かに説明する。マキアスも心の中では今回の事態はどうしようもなかったのだろうと、たまたまハイメが負傷する形になったがそれが誰になっていてもおかしくはなかったと分かってはいたようだ、分かってはいたが感情に抑えがきかなかったのだろう、マキアスはバツの悪そうな表情をして明後日の方向を向く。

 

「……すまない感情的になりすぎた、これではただの八つ当たりだ……少し落ち着いてくる」

 

 今回はマキアスが真っ先に爆発したが少なからずラウラも思う事があったのだろう、失礼すると一言残し彼女も教室を後にする。リィンはその後ろ姿を見て肩を落とす、そんなリィンを心配したのかリィンの周りに人が集まり男性陣がフォローに入る。

 

「大丈夫リィン?」

 

「気を落とすな……と俺も言える立場ではないな、正直今回の事は自分の中でもまだ整理がついていない」

 

 

「奴も感情の収まりがつかなかったのだろう、奴もそこまで阿呆ではない、少しすれば落ち着くだろう」

 

 そんな言葉を受けてもリィンの気持ちは晴れず作り笑いをするがすぐにアリサとエマに見抜かれてしまう。そんな痛々しいリィンの姿を見かねてかエマの後ろからひょっこりとフィーが顔を出す。

 

「こんな事言っても意味ないかもしれないけど……エンドと対峙して皆の命があるだけかなり幸運な事だよ、猟兵時代アイツに潰された猟兵団も少なくないって団長言ってたし……」

 

「そうだよな……そうなんだよな……」

 

 リィンはやりきれない気持ちを抱きながらふと教室の窓から空を見上げる、傷付き倒れた自分のクラスメイトは今どうしているのだろうと……叶う事ならば今すぐ元気な姿を見せて欲しいと、自覚はしているが自分勝手願いを込めながら……。

 

sideハイメ

 

「うっ……また知らない天井だ……先月もこんなだったな」

 

 目を見開き眼前に広がる白い天井に既視感を覚えながらハイメは自分の四肢の無事を確認する。包帯は巻いてあるがギプスはしていないし痛むが力は入るし動かせる。Eからあれだけの攻撃をくらい無事なのはEが遊んでいたからなのかそれとも今は遠い故郷にいる母が強い体に産んでくれたからなのかと考えながら痛む体を起こす。士官学院に入学して以降何かと傷が絶えなかったハイメは体の痛みに慣れてきてしまっているようでそんな自分に苦笑する。

 

「それにしても……はぁ……またやってしまったな……」

 

 思い起こすのはEとの戦闘……いや戦闘と呼ぶには程遠い言うなればEの言うとおりゲーム、そこで自分は仲間のため戦い自分の誇りである武術すらもかなぐり捨てたがEには届かなかった。努力をし、誇りを捨てそれでもなお天才と呼ばれる者には遠く及ばない、もう何度目になるか分からないがそれでも自分の非力さを呪わずにはいられない。本当ならば今自分の命はない、そんな戦いで誇りを仲間をそして自分すらも貶められた完全なる敗北、そしてフラッシュバックするEの顔、圧倒的なまでの暴力。

 

「うっ……おええええええ」

 

 Eの顔を思い出す体中のと痛みがぶり返し全身に悪寒を感じ思わず胃液を吐き出してしまう。嫌な汗が全身から吹き出す。手は震え膝は笑っていた。心の中は恐怖一色で埋め尽くさる。こんな状態でどんな顔をして皆に会えばいいのか、ハイメは涙を流しながらこんな体たらくの自分を笑うしかなかったのだった。

 

sideアリサ

 

 あの一件から数日の時が過ぎてあの後マキアスはリィンに謝ったけどどこかギクシャクとした空気がⅦ組の中に流れていたわ。私自身まだ割り切れていないけどそんな事はお構いなしに時間は過ぎていき今日サラ教官から遂にハイメが復帰するとの知らせがあった。病院を退院し午後の授業から復帰するとの事で私は彼が戻ってくる事で今の空気が変わると思うと内心ホッとしていた。彼がどんな傷を負っているか考えもせずに……。

 彼は昼休みに教室に顔を出した、私を含めた前回ノルド組のメンバーを皮切りに次々とハイメに声を掛けるといつも通り彼は困ったような顔をしていた、その真意すら私達は気がつけなかった。いいえ、気付きたくなかったのかもしれない、きっと私以外もハイメが来る事でまたいつも通りの日常に戻ると思っていたのでしょうね。午後からの授業はサラ教官の授業で問題は起きたわ。

 

「ハイメ!そなたどうしたというのだ!」

 

「……すまないラウラ……自分は……」

 

 ラウラの言葉に膝を着きながら力なく答えるハイメ、ようやくⅦ組全員が揃ったという事で実習での成長を各々認識するという事で私達は様々な組み合わせで模擬戦を行うことにした。そしてその初戦、組み合わせは私とハイメ、マキアスとユーシス対するはラウラ、フィー、エリオット、リィンと戦う事になった。ハイメはラウラと対峙したんだけど……彼の様子がおかしいのは誰の目から見ても明らかだった。私は……いいえ、きっと私以外の皆もそう思っていると思うのだけれどハイメは粘り強いという印象を持っている、それがあっさりとラウラに敗れたの。最初は復帰してすぐだし怪我の影響もあるのかと思ったけれども彼からはいつも感じる執念とか気迫……言ってしまえば闘志のような物が見えなかったわ。きっと対峙していたラウラはすぐに彼の異変に気付いたんでしょうね、周りの制止する声を振り切って何度もハイメに向かっていったわ、そして間もなくしてハイメは片膝を着き肩で息をし始める。そんなハイメの姿にラウラは今まで見たことのないような、ひょっとしたら学院で一番感情をむき出しにした瞬間かもしれないそれ程に驚愕した表情をしていた。

 

「自分はやはり……もう武人として死んでしまったのかもしれない、怖いんだ戦うのが……闘志よりどうしても恐怖という感情が先に来てしまう、見てくれほら体が震えて……情けない」

 

 一瞬私達は彼が何を言っているのか分からなかった。どんな苦境に立たされ挫折し絶望し傷付いても立ち上がる、そんな彼がここまで弱々しく……いえ私は一度彼の崩れた所を見ているけれど……それでも彼は立ち上がったのに……まるで目の前で震えているハイメがハイメでないような、そんな風にすら思えてしまう。ラウラの手から大剣が滑り落ちカランと乾いた音がグラウンドに鳴り響く。そんな私達を見かねてかサラ教官がハイメへと声を掛ける。

 

「そう……ハイメ……貴方」

 

「すみません教官、このままでは皆に迷惑を掛けてしまうので早退させて頂きます、失礼します」

 

 そう言ってトボトボとグラウンドを離れる彼を私達は黙って見送る他なかった。心なしか彼の背中は小さく弱々しく見えた。ハイメが戻ってくればきっとⅦ組はいつも通りの日常に戻れる、そんな夢みたいな……私達の身勝手な希望はたった今打ち砕かれた。そしてその影響は少なからず他の皆にも影響し……

 

「くっ……」

 

「リィンまで……」

 

 リィンすらも不調に追い込まれてしまう。こうしてⅦ組はクラスを引っ張る形で導いたリィン、そして押し上げる形で支えてきたハイメの二人の不調、Ⅶ組の未来に暗雲が立ち込めているのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十話 転調

 読者の皆様に謝らなければいけない事が発生しました。私この作品を書くときの資料を誤って捨ててしまい今急いで閃Ⅰをプレイしているのですが何か違和感を感じその正体に気づきました。なんと第3学生寮に屋上が存在しておりませんでした。大変申し訳ありませんが第3学生寮に屋上は存在するという設定のまま進行させて頂きたいと思います。誠に申し訳ございません。


 ハイメは誰もいない静かな学生寮を歩き自室のベッドへと体を投げだす。天井を見上げ手を掲げると未だに手は小刻みに震えている。思い起こすのはラウラの顔だった。

 

「ラウラ……スゴイ顔をしていたな、皆にも失望されてしまっただろうか……」

 

 もしかしたら皆の所に戻れば自分の体は元に戻っているのではないか、すがる思いで授業に出てみたが結果は当然と言うべきかこの様だ、最早笑えもしない、戦士として兵士を志す者としては欠陥品もいいところだ、とハイメは一人ごちる。

 

「今回の実習こそは上手くやってみせる、そう思って臨んだ……途中まで、途中までは上手くやっていたと思うんだがな……どうして自分は最後の最後で……駄目だマイナスな事しか考えられないな……寝てしまおう」

 

 ハイメは半ば自棄になりながらそのまま目を閉じる。しばらく思考の海へと潜っていたがやがてハイメの意識は落ちていった。

 自身のの胸ポケットで怪しく光るペンダントに気付く事のないまま。

 

 

 ────ー

 

 暗い暗い闇の中、ハイメは一人踞っていた、いきなりの状況に困惑しているとルーファスとサラがハイメの前へとどこからともなく現れる。

 

 ~やはり君はⅦ組に相応しくないのではないか? ~

 

「違う俺はそれを否定し前に進むと決めたんだ!」

 

 ~貴方に期待した私がバカだったかしら? ~

 

「すみません教官、でも必ずまた立ち上がります、だから!」

 

 

 ハイメは必死に二人の言葉を否定する。するとⅦ組のメンバーがハイメを囲むようにして現れる。そして次々と上がる非難の声から逃げるようにその場に蹲る。

 

 ~コバルト、現実を見ろ~

 

「ユーシス、そんな……」

 

 ~身の丈に合わない願望は自らを滅ぼしますよ? ~

 

「委員長……」

 

 ~友人として恥ずかしい限りだ~

 

「ま、マキアス……すまない」

 

 ~がっかりかな~

 

「待ってくれフィー、自分はまだやれる!」

 

 ~少しは見直していたんだがな、まさかこんな形で裏切られるとは~

 

「ガイウス……」

 

 ~期待させておいてここまで失望させてくれるとは~

 

「や、やめてくれラウラ」

 

 ~本当に駄目なんだねハイメは~

 

「ち、違う違う違う違う!」

 

 そしてリィンとアリサが手を繋ぎながらハイメの前へと歩いてくる。

 

 ~おこがましいわよハイメ、貴方と私じゃ到底釣り合わないわ~

 

「わ、分かってるさ! 分かってるけど……!」

 

 ~これからは俺がアリサを守よ、アリサだけじゃない他の皆も~

 

「あ、ああ、ああああ……」

 

 顔を上げ皆の顔を見ると無表情で声は出していないが口がこう動いていた、もうお前はいらない……とそう言い残し消え去っていく。ハイメは追いかけようとするもそれに制止を掛ける者が現れる。

 

「待てよ、追いかけてどうするんだ?」

 

「なっ……あ!」

 

 振り替えるともう一人の自分、そうとしか形容しようのない人物が面白そうにニヤつきながらこちらを見ていた。

 

「無駄なんだよ、さっきのアイツ等の言葉を聞いただろ? 誰も自分《オレ》になんか期待しちゃいねぇんだなぁそうだろう?」

 

「ち、違う! これは夢だ! そうでなければ……そうじゃなきゃ自分は……」

 

「諦めろよ、じゃあ例え今はアイツ等がそう思ってなかったとしよう、でもお前これからは失敗しないって言い切れんのか? 言えないよなぁ? 自分《オレ》の事は自身がよぉーく分かってるさ、お前本当にそんなんでⅦ組の皆が必要にしてくれると思ってるのか? さっき言われた言葉もこのままじゃ言われても仕方がないって分かるよなぁ?」

 

 ハイメに出きるのは最早声にならない声を上げ首を振り駄々っ子のようにもう一人の自分の言う事を否定するしか出来なかった。そんな自分の姿に業を煮やしたのかもう一人のハイメは覗き込むようにハイメに近づく。

 

「分からないかなぁ、なら……」

 

 もう一人の自分が霧に包まれていく、そして現れたのはハイメが今最も会いたくない人物だった。

 

「カスが! 今度は殺してやろうかぁ? あぁ!? テメェだけじゃねぇ、テメェのクラスメイトも!」

 

 ────ー

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ハイメはベッドから跳ね起きる、張り付いた髪から滴る汗が頬を伝う。額を拭うと手には大量の汗が付いていた。呼吸を落ち着かせ窓を開ける。窓から吹き抜ける夜風に当たりながらハイメは嫌な夢を見たと無意識にため息をこぼす。

 

「皆があんな事を言う筈ないのにな……我ながら馬鹿馬鹿しい」

 

 自分に言い聞かせるようにそう口にするもののどこかその表情は自信が無さげだった。時刻を確認すると既に寮の食堂は閉まっている時間であり腹に何かを入れるには外出するしかない。もしかしたら頼めばシャロンが何かしら用意してくれそうだが、今は誰にも会いたくないと思っていたハイメにとっては好都合なので着替えを済ませ誰にも会わないよう慎重に外へと出る。キルシェで軽い軽食を購入しいそいそと自室へと戻り食事を摂る事にする。正直食欲はあまりないのだがお腹の中が空のため不快感も強く無理やり紅茶と一緒に流し込む。ただ栄養を補給するためだけのような食事を終えハイメは一息つく。

 

(はぁ……明日から皆にどう接すればいいんだ……分からん、それに戦う事に恐怖を感じている自分にも……)

 

 七耀歴1207年7月

 

 ハイメとリィンの不調を抱えたまま時は進む、制服は夏服へと変わり、空には雨雲が浮かぶことが少なくなり変わりに熱を帯びた暑い日差しが差し込む日が増えてきた。二人を何とかしようとガイウス、アリサ、マキアスを中心に動いてはいるが未だ光明は見えない。

 ハイメもリィンも言ってしまえば戦闘時に不調に陥るため普段の学院生活を送るだけならば大きな支障はきたさなかった。7月になると水練の授業もあり学生生活は夏らしいものへと変わっていく。だが水練の授業で遂にラウラがフィーへと何故本気を出さない……と不満を爆発させフィーもフィーでめんどくさいからと素っ気なく返すだけで二人の仲は本格的に拗れてしまう。いつもならばこういった時に率先して動くリィンも今は自分の事で手一杯で動けず、二人と比較的仲が良いハイメもそれどころではなくなった。

 というのも戦闘訓練は何もサラの授業だけではない、むしろナイトハルトの授業の方が多かったりする。リィンは不調で済むが戦えないハイメはそうはいかない、授業としてある以上単位の取得も難しく、またなによりそういった軍事教練の実技の授業はグラウンドで行う事もあるためハイメが戦えない姿は嫌でも生徒の目に着いてしまう。ハイメが戦えないという噂は瞬く間に全校中に広がる……当然学院長の耳にも……

 

 ある日の放課後サラとナイトハルトはヴァンダイクに呼び足される。呼び出された理由は火を見るより明らかだった。

 

「バレスタイン教官、Ⅶ組に在籍するハイメ=コバルトが戦闘そのものが出来ない……というのは本当かのう?」

 

 ヴァンダイクの質問にサラは苦虫を噛み潰したような表情でゆっくりと首を縦に振る。ヴァンダイクがナイトハルトに視線を向けるとナイトハルトもまた、サラと同じような表情をしていた。

 

「そうか……別に士官を志さなくてもこの学院自体には在籍出来る、最近は芸術や医学等様々な分野において我が校は注力しているが彼の場合は事情が事情じゃしのう……」

 

 ハイメの事情……それは勿論在籍するクラスがⅦ組であるという事である。そして今回、前回の実習で負傷を負ったハイメはそういった意味でもⅦ組との資質を今問われていた。

 

「儂とて若い者の進路を闇雲に変える事は本望ではないがしかし戦えない……というのはⅦ組では致命的ではないか?」

 

「ッ! ……お願いしてもいたします学院長! 彼は必ず私が立ち直らせてみせます! だからどうか……もう少しだけ時間を下さい!」

 

「私からもお願いします学院長、奴はここで腐らせるには惜しい人材です、どうか……」

 

 ヴァンダイクは顎に手をやり考える仕草をする。その光景をサラは祈るように見つめる他なかった。やがてヴァンダイクは膝に手を置き真っ直ぐとサラを見つめ口を開く。

 

「二人にそこまで言わせる生徒をやはりⅦ組から除籍するのは惜しいかのう、あいわかった、次の実技テスト……その結果次第では彼をⅦ組から除籍とする」

 

「寛大な処置感謝します学院長! それでは失礼します!」

 

 サラはそう言い残すと早足で学院長室を後にする。その姿をナイトハルトは溜め息を吐きながら見送る。

 

「全く落ち着きのない女だ……」

 

「やはりナイトハルト教官はサラ教官とは馬があわんかのう?」

 

「ええ、当然です……彼女と私は考え方が真反対ですからね」

 

「その割にはさっきは意見が合ったではないか」

 

「うっ……それは!」

 

 ナイトハルトはバツが悪そうに目を伏せる、あまり見られないナイトハルトの姿に思わずヴァンダイクは声を上げて笑う。

 

「ハハハハハ! しかしお主にもそこまで言わせるハイメ=コバルト、ここで終わってほしくはないのう」

 

「ええ……全くです」

 

 一方その頃、ハイメは学院の仕事を丁度終え飲み物を購入し屋上で一人落ちていく夕日を眺めていた。ハイメはあの悪夢以降夢の中でもう一人の自分とも言える存在に頻繁に会っていた。曰く諦めて自分を受け入れろ……だの努力以外の力を得ても強くなったとは言えないというのは真の天才の言い分だの……受け入れればお前は楽になる……と。

 

「ノルドの実習であんな話を聞いたからだろうか、所詮作り話か何かだろうに……馬鹿馬鹿しい……筈なんだ」

 

 そう呟きながら胸ポケットからペンダントを取り出すとペンダントに着いた宝石は怪しく光っていた。それを見つめながらハイメはこのペンダントについて思案する。

 

(きっと……いや十中八九集落で会った老人の話していたロストクオーツ……それはこのペンダントについた宝石なんだろう……つまりこれをARCUSに嵌めれば自分は……)

 

 そう、心を蝕まれるという不確かな物を代償と引き換えに絶大な力を手にする事が出来る。そうすれば全て解決するのではないか? と自力で手に入れた力では無いものを虚像の力と切って捨てていたハイメだが今はこれを使うべきなのではないか? と思う程には追い込まれていた。あの悪夢の中でもう一人の自分が言っていた言葉が頭にこびりついて離れない。自分の矜持等捨て例え卑怯でも今この力に手を伸ばすべきではないか? と。

 

「でも……それをしたら自分は今までの自分を否定してしまう事になる……それは……凄く嫌だ」

 

 ハイメ自身自分の事は好きではない、自分の実力も才能も全てにおいて平凡の域を越えるのはかなり難しいと思っている。それでも今の力を付けるために努力してきた自分自身をⅦ組で励んできた事を無駄だったと切り捨て未知の力に手を伸ばす事は躊躇ってしまう。力を手に入れたいけど今までの自分を否定したくない、そんな想いに葛藤しているとサラから校内放送で呼び出しが入る。

 

「生徒の呼び出しです、ハイメ=コバルト至急教官室まで来なさい」

 

「何だろうか、とにかく行こう」

 

 ハイメは急いで教官室へ向かうとそこにはいつもの雰囲気とは違うどこか神妙な表情をしたサラが待っていた。サラから話された内容を聞きハイメの表情は強張る。

 

(くっ……少し考えれば予想出来た事じゃないか! いや考えたくなかったのか自分は……自分がⅦ組の一員で無くなる可能性を)

 

 

「必ず次の実技テストまでに貴方を立ち直らせてみせるわ、貴方も辛いでしょうけど覚悟を決めてちょうだい」

 

(言うべきか……このペンダントの力を使えばその問題は解決するかもしれないという事を……でも)

 

 それこそサラから失望されるのではないか? それにきっと彼女ならそんな力に頼ってはいけないと自分を叱ってくれるだろう。でももし、この力を使わず次の実技テストまでに自分が戦えない状態だったら? とそんな考えが頭をよぎる。

 

「……はい、頑張ります」

 

 結局ハイメは保留という何とも月並みな返事をした。その後学院での仕事を終えた後はサラに付き合ってもらい何とか改善しようと訓練をしたが結果は出ない。

 

 そうこうしているうちに遂に実技テスト目前の自由行動日の夕方になってしまった。ハイメは結局ロストマスタークオーツの力を頼る事も出来ない自分の優柔不断さ、またサラにこんなにもしてもらっているのに戦えない自分の愚かさに絶望しながら学院の敷地内を歩いていた。学生寮に帰ろうとも思ったがそれは諦めてしまったみたいで何となく嫌だった。そんな時だった、旧校舎の方からパトリックが血相を変えて走ってきた、ハイメを見つけると一目散にハイメに近づいてくる。

 

「こ、コバルト! 良いところにいた! 今すぐ旧校舎へと向かえ! これは命令だ!」

 

「お、落ち着いてください一体どうしたというのです?」

 

 あまりの急な展開に理解が追い付かずとりあえずパトリックを落ち着かせようとするハイメだが次のパトリックの言葉にハイメは表情を強張らせる。

 

「しゅ、シュバルツァーが! シュバルツァーが危ないんだ早く! 助けに行きたまえ!」

 

「! 分かった!」

 

 ハイメがその場を駆け出すと胸ポケットのペンダントがまた光だし頭の中にもう一人の自分の声が響く。

 

(おいおい戦えない自分《オレ》が行ってどうすんだ? まさか応援でもするのか?)

 

(うるさい! それでも自分は!)

 

(また守ってもらうのか? 今度は自分《オレ》じゃなくてリィンが傷つくぜ?)

 

 そうこうしているうちにハイメは旧校舎へとたどり着く。リィンが操作していたのを思い出しながら昇降機を操作し四層へとたどり着く。そこでハイメが目の当たりにしたのは片膝を着いたリィンをクロウ=アームブラストが庇いながら見たこともない、体格がふた回り以上も大きい甲冑の顔のない魔獣と戦闘を繰り広げていた。リィンの側には何故か13歳~15歳程の少女がおり甲斐甲斐しく傷ついたリィンを支えている。恐る恐るハイメはリィンを呼ぶ。

 

「り、リィン!」

 

「ハ……イメ……? 駄目だ! 来るな! クソ! もう一度あの力を……っ!」

 

 リィンはハイメを見つけると大きく目を見開き再度戦線に加わろうとするがクロウが制止の声を掛ける。見るとリィンは片足を引きずるように動いておりとてもじゃないが戦闘の出来る状態では無かった。

 

「バカヤロウ! お前は旧校舎の探索で怪我してるだろ! くあっ!」

 

 クロウもいくら先輩とはいえ一人で二人を庇いながらの戦闘はかなり厳しいのだろう、既に肩で呼吸をしており額からは血が流れている。

 

(そら、お仲間がピンチだぜ? どうすんだよ? このままボーッと突っ立ってるだけか?)

 

「違う! それじゃあ駄目だ! う、おおおおおおお!」

 

 ハイメは恐怖心を打ち消そうと己を鼓舞するために叫びながら地を蹴り魔獣へと駆け出す。握った拳は震え既に大量の汗をかいているがそれでもハイメは目の前の仲間のピンチを見過ごすという事は出来なかった……が。

 

「ぐあっ!」

 

「後輩!」

 

 これが物語の英雄ならばこのままこの魔獣を撃退しこの窮地を救う事が出来たかもしれない。しかしハイメ=コバルトという凡人はどこまでいっても凡人でしかない。ハイメは鎧の魔獣に対し列空穿を放つが安定しない精神状態では踏み込みも踏ん張りも狙いも、何もかも甘く魔獣にダメージを与えられない。否、恐らくいつも通りのハイメでもこの魔獣に決定的な一打を与えられないだろう。痛みと恐怖でぐちゃぐちゃになりそうな思考を打ちきり目の前の無機質な魔獣を睨み付けるハイメ。魔獣はハイメの方にゆっくりと近づいてきており何とか離脱を試みるがハイメは少しだけ恐怖で足がすくみ魔獣の剛剣の餌食となってしまう。

 

「ぐうっ!」

 

「よく体を張った後輩! おら! 大技だ喰らいやがれ!」

 

 しかしハイメがやられている間先輩であるクロウは何もしていなかった訳ではない。きっちりとARCUSを駆動しており自身が使える最大級のアーツを撃つ準備を進めていた。クロウの放ったアーツは鎧の魔獣へ直撃する。クロウもリィンも、そしてハイメもいくら屈強そうな魔獣といえどアーツには弱い筈、これを喰らってただではすまないだろう……そう思っていた。

 

「なっ……!」

 

「おいおいウソだろ……」

 

「まずい……」

 

 鎧の魔獣は動けないリィンと黒髪の少女に狙いを着けたようで二人の方へゆっくりであるが確実に歩みを進みる。クロウはアーツを放つため魔獣との距離を空けておりさらにアーツの衝撃で距離は離れている。リィン達に近いのは吹き飛ばされたとはいえ間違いなくハイメの方だった。

 

「エリゼ下がっていろ……もう一度あの力を!」

 

「お兄様! 無茶です! そんな体であの力を使えばお兄様の体がもちません!」

 

「くっ……クソッ」

 

 リィンはこの状況を打破するために太刀を杖代わりにして何とか立とうとするが踏ん張りが効かず倒れこんでしまう。そんなリィンの姿を見てハイメはリィン達の元へ駆けつけようとするが……するのだがその意思に反して足が動いてくれない。自分の脚を何とか奮起しようと叩くがその手さえ震えている。そんなにダメージは深くない筈なのに何故か全身が痛んで仕方がない。

 

「何で、何でだぁっ!」

 

 ハイメの悲痛な叫びが木霊する。その瞬間まるで時が止まったかのように視界が灰色に色褪せてゆく。そしてもう一人の自分が語り掛けてくる。

 

(分かってんだろ? ここがお前の限界なんだよ、自分《オレ》にしては頑張った方だろ? さぁ最後の選択の時だ、ここで何もせずゲームオーバーか、それとも抗い未知なる力に手を伸ばすのか……選べよ)

 

「ち、違っまだ、まだ自分は!」

 

(そら、もたもたしてると大切なお仲間がやられちまうぜ? それとも恋敵だからどうなっても知らねぇってか? 案外自分《オレ》も残酷な奴だなぁ? ハハハハハ!)

 

「自分は! 自分は! オレはぁっ!」

 

 鎧の魔獣はゆっくりとゆっくりと腕を振り上げリィンと少女を叩き潰そうとしている。その光景を見たハイメの選択は…… 

 

 

 

 

 



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第二十一話 選択した答え

 前回いいところで切ってしまったので少し早めの投稿です。重ねてになりますが感想、お気に入り、評価を下さりありがとうございます。どれも作者の執筆意欲に大きく繋がっており大変嬉しく思っております。そしてなのですが今までこの愚直な軌跡は所謂原作沿いに物語を進めてきましたが第四章の実習にあたる部分はオリジナル展開?にしようと画策しております。といっても原作でも班行動が重なる部分はあるので完全に別展開という訳ではありませんが……現在構想を練っているのですが中々難しいですね、オリジナル展開を広げる作者様を改めて尊敬するといいますか脱帽の思いです。それでは二十一話になります。


 sideリィン

 

 眼前に迫り来る鎧の魔獣の剣、このままでは俺もエリゼも奴の攻撃をまともにくらってしまう。そう考えた俺は本能的にエリゼを抱き寄せ自分の体を盾にする。訪れるであろう痛みに備えるべく強く目を瞑り歯を食い縛る……が待てども待てども魔獣の攻撃は訪れない。恐る恐る目を開けると後ろからドシンという大きな音が鳴り響き地面を揺らす。

 

「へっ……ったく覚悟すんのがおせーんだよオレはよぉ」

 

「なっ!」

 

 眼前に広がる光景はリィンにとって信じがたい光景だった。なんと鎧の魔獣は広い空間の壁際まで吹き飛ばされておりそれを行ったであろうハイメは髪を撹上ながら愉快そうな表情をしている。鎧の魔獣は起き上がりアーツを駆動しているがハイメはそれを気にも止める様子はない。

 

「バカヤロウ後輩! アーツが来るぞ!」

 

 クロウの危険を知らせる声も虚しく、既に魔獣はアーツの駆動を終えハイメに向かってそれを放つ。ハイメはそれを避ける訳でも防御する訳でもなくただ悠然と立っている。そして次の瞬間俺は信じられない光景を目の当たりにする。

 

「ハイメえええええ!」

 

「ちっ分かってるよ……そらよ!」

 

 ハイメが声を上げ蹴りを放つとアーツは爆散する。

 

「そんなバカな……アーツを一発で……」

 

「ちげぇ……俺もすべて見えた訳じゃねぇがあの野郎凄まじい早さで何発もの蹴りを放ってアーツを無効化しやがった、どういうことだよ後輩、ありゃいくらなんでも学生の範疇を越えた強さだぜ……何者なんだアイツは」

 

「それは……」

 

 クロウの質問に答えようとするがリィンは言葉が続かない。リィン自身でさえ今まさに鎧の魔獣に肉薄し獰猛な笑みを浮かべながら蹴りの雨を浴びせている人間が自分の知るハイメ=コバルトと言いきる自信がなかった。その一方ハイメはリィン達を他所に鎧の魔獣を圧倒していた。

 

「ちっ思ったよりタフ……違うな、オレの体が貧弱すぎんのか! オラァ!」

 

 ハイメから繰り出される連続攻撃に鎧の魔獣は防戦一方であり中々攻めに転じる事が出来ない、一方のハイメも決定打に欠け中々魔獣に止めをさせずにいた。ハイメは苛つきながら舌打ちをして一度魔獣との距離を取る。

 

「チッこれじゃ拉致が空かねぇな、オレの貧弱な身体が持つかは分からねぇがアレをやるか……そのためにはっと!」

 

 そしてまたもリィンは自分の目を疑うような光景を目撃する、いや……現在進行形で起きている事も十分に疑わしいのだがそんな事はどうでも良くなる程だった。

 

「そらっよっと」

 

 ハイメは足元に広がる壁の残骸を蹴りあげ宙に浮かせるとその残骸を蹴りあげ天井付近まで跳躍していく。

 

「本当なら態々こんな事する必要はねぇがこれならお前も見下ろせるしなぁ! 喰らいな! 神をも滅ぼす槍《ロンギヌス》!!」

 

 その瞬間ハイメは一振の槍となった……そうとしか言い様のない一撃を鎧の魔獣へ浴びせる。その破壊力は凄まじいものでその衝撃で床は抉れ余波でリィン達は防御態勢をとり何とか踏ん張る。衝撃が無くなりハイメの方へ目を向けると鎧の魔獣はその体を粒子へと変えておりハイメはその光景をつまらなさそうに見ていた。明らかにいつもと違う自分の知らない人間が目の前にいるようでリィンはハイメに声を掛ける事が出来なかった。辺りは静寂に包まれ、エリゼはハイメに恐怖の籠った視線を投げ掛けながら歯をガチガチと鳴らしリィンの腕にしがみついている。

 

(そうだ……冷静になってみればおかしい事だらけだ、あの圧倒的強さ、雰囲気、口調、表情、どれをとっても違いすぎる……一体あれは誰なんだ?)

 

 そんな事おかまいなしと言わんばかりにハイメ……いや、ハイメの姿をした誰かがこちらへゆっくりと歩いてくる。俺は痛む体を奮い立たせ太刀のの柄に手を掛け身構える。もし……もしエリゼに危害を加えるようなら俺は……俺は目の前のハイメの偽物を切らなければならない。だが……本当にそんな事が出来るのだろうか? まだ短い期間とはいえトールズに来て最も多くの時間を共にしたであろう仲間を、友人を……気がつけば太刀に掛けた手が震えている。それは純粋に目の前のハイメの偽物から溢れる威圧感からかそれとも友人を手に掛けなければいけないという恐怖感からかは分からない。そしてハイメは目の前で止まり……

 

「チッ、時間切れだな……後は任せたぜ? 自分《オレ》?」

 

 そう呟くと先程までの雰囲気とはうって変わり、いつも通りのハイメ=コバルトが目の前に現れる。背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、とりあえず目の前の危機は脱したという事実に俺は安堵し大きくため息を吐くのだった。

 

 sideハイメ

 

 その後リィンの妹であるエリゼが気を失ってしまい、結局ハイメの力については有耶無耶のまま解散となった。最もクロウは懐疑的な視線をハイメに送り続けていたが……。

 一足先にハイメは学生寮へと戻ると他のⅦ組メンバーが詰め寄ってきてなし崩し的に旧校舎で起きた出来事を説明させられた。とはいえ自分の力の事はかなりぼかして説明したのだがそれを聞いたⅦ組メンバーの反応は様々だったがおおよそはとりあえず窮地を脱した安堵感と自分が戦えるようになったという祝福の言葉だった。自分の力で解決した訳ではなく、また根本的な問題も解決した訳でもないハイメは仲間の祝福に若干心を痛め逃げるように自室へと引き返していく。そんなハイメを数人が心配そうな視線を向けていたのだがハイメはその視線に気付く事はなかった。自室へと戻ったハイメをまず襲ったのは強烈な倦怠感だった。あの鎧の魔獣を葬った一撃の代償はこの体で支払わなければいけないという事なのだろう、鈍い痛みが体中を苛む。ハイメはベッドへと身を投げだし体を休める。すると機を見計らったかのように内なる自分の声が頭へと響く。

 

(良かったな、オレのお陰で事なきを得て……やっぱり正解だっただろ?)

 

 ハイメはもう一人の自分の声から逃げるように深く目を瞑るが当然その程度で声は止むわけはない。

 

(気持ち良かっただろ? 皆からの称賛の声、そしてあのリィンでも倒せなかった敵を倒したんだぜ?)

 

「うるさい、自分は後悔しているんだ! 貴様の力に頼り……」

 

(本当にそうか?)

 

「ッ!」

 

(確かに後悔はしてるんだろうぜ? 俺はお前だからよーく分かる、でもそれだけじゃないよな?)

 

 もう一人の自分の指摘は悔しいが的を射ていた。恐らくこのペンダントの力が無ければあの場はどうにもならなかっただろう、それに確かに後悔はしているがそれと同じくらいの高揚感を必死に押し殺そうとする自分も居た。

 

(へへっまぁ今は良い子ちゃんであろうとすればいいさ……でもな……必ずまたオレに頼るぜ? 一度覚えちまった快感は人間そう忘れられるものじゃねぇんだからな……それと自分《オレ》の恐怖心はオレが抑えておいてやるよ? 感謝しろよ? といっても自分に感謝しろってのも変な話だけどな、ハハハッ)

 

 そう言い残しもう一人のハイメの声はパタリと聞こえなくなる。しばらくしてハイメは何かを決心したかのように屋上へと上がり胸ポケットからペンダントを取り出す。

 

「こんなものッ!」

 

 ハイメはペンダントを投げ捨てようとするが途中で手が止まる。今までのように自分で努力をして身につけた力で困難に立ち向かうべきだと叫ぶ理性、それでもどうせ自分の努力と才能ではたかが知れている、この力に身を任せるべきだと囁く欲望、2つの気持ちがせめぎあい、そしてふと思い出すのはEの顔だった。

 

「そうだ……また奴に相対した時自分はどうするんだ……?」

 

 きっとこの力なくしてEに対抗する事は不可能だろう、もしこのペンダントを捨ててEと戦う事になったとして、勝算はあるのか? 

 

「……出来ない、やはり自分は弱いんだ、もう一度だけ、あと一度だけだ……自分のプライドを守って……また奴にいいようにされては……」

 

 恐らく……いや、必ずEとは戦う事になるだろう。もしかしたらその時にはⅦ組メンバーの力を合わせEを撃退出来るかもしれない、だがもしそうでなかったら? 次に傷つくのはきっと自分だけではすまないだろう。自分が受けた仕打ち以上の事を仲間が……アリサが受けるかもしれない、そう思うとハイメは自然とペンダントを胸ポケットへとしまっていた。

 

「未熟な自分をお許し下さい、自分は……」

 

 誰が聞いている訳でもないのにハイメは謝罪をしながら屋上を後にする。その表情は妖しく笑っていたがこの屋上にハイメ以外に居なかったのは彼にとって幸運なのか、不幸な事なのか、それはいまはまだ分からない……。

 

 後日

 

 久々に良く眠ることの出来たハイメはいつもより早く……否、本来ならばいつも通りの時間なのだがここ最近は悪夢を見ることや戦えない事の焦りで深く睡眠をとる事が出来なかったのだが久方ぶりにハイメは通常通りの時間に目を覚ます。顔を洗い自分の顔を見ると何か憑き物が落ちかのよにさっぱりとした顔つきだった。我ながら現金なものだ……と思うが今はそれでもありがたい、これで自分はまだⅦ組の一員で居られる。そう思うと沈みかけていた気持ちも上がってくる。朝食を摂ろうと食堂へ降りるとマキアス、エリオット、ガイウスの三人と丁度出くわしたためハイメは声を掛ける。

 

「おはよう、三人とも」

 

「おはようハイメ、今日は早いんだね?」

 

「表情も昨日までとは大違いだな、何があったかは分からないがようやくいつもの君が戻ってきたと思って良いのかい?」

 

「いや、ハハ……まぁ色々とあってな……」

 

 二人の問いにハイメは苦笑しながら返答する。根本的な解決にはなっていない事実、そして自分の力ではないのにそれを自分の力のように振る舞う事に後ろ髪を引かれる思いはあるが、ハイメはそれ以上にⅦ組のメンバーに余計な負担を負わせたくなかった。自分の事で精一杯とはいえハイメも今Ⅶ組で起きている問題くらいは知っている、リィンの不調とラウラ、フィーの仲違い、そしてマキアスとリィンも前程ではないがどこかぎこちない関係となっている。

 

「本当に大丈夫なんだな、ハイメ?」

 

 そんなハイメの心の内をまるで見透かしているかのようにガイウスが真っ直ぐに見つめてくる。ハイメは反射的にガイウスから一度視線を外してしまうが、それでは大丈夫じゃないと言っているみたいだと思い直し今一度ガイウスと視線を合わせゆっくりと頷く。ガイウスはどこか腑に落ちないようだったが喜んでいる二人の手前という事もあったのだろう、とりあえず納得したといった感じでハイメに頷き返す。そこから4人で朝食を食べ一旦解散となりハイメは学院へと向かう準備を終え通学路の道を歩く。ハイメを見た他クラスの生徒はひそひそと話しハイメは気が滅入ってくる。自分の晒した醜態のせいとはいえ今やハイメが戦えないという事をトールズで知らない者はいないと言っても過言ではないのかもしれない。

 

(いや、どんな経緯であれ今の自分は戦えるんだ、周りの言葉に耳を貸す必要はない筈だ)

 

 頬を伝う汗は夏の日差しのせいなのか、それとも別の何かの理由なのか、ハイメは考えないようにして歩みを進める。教室へ着くと既にエマ、アリサ、そして日直の仕事をしているユーシスが登校している。

 

「コバルトか、早いな」

 

「少し前まではこの時間くらいが当たり前だったんですよね、ハイメさん、おはようございます」

 

「ハイメ、おはよう……あははは……私トイレに行ってくるわね」

 

「おはよう、アリサは……気をつけて?」

 

 ハイメが教室に到着するとアリサは逃げるように教室を後にする。ノルドでの惨劇を一番長く見ていたのは他ならないアリサなのでハイメを見るとあの時の事を思い出してしまうのだろう。ハイメ自身もう一人の自分に頼らなければいけない程に心の傷を負ったため、好意を寄せている相手にそういう態度を取られてしまうのは思うところはあるが責められない……といった感じだった。

 

「フン……奴もよく分からない奴だが……あまり気負いすぎるなよコバルト……どうもにも貴様にはそういう節がある……まぁ似たような者がこのクラスにはもう一人いるが」

 

「フフ、誰の事かすぐに分かってしまうのは良いことなのか悪いことなのか判断はつきませんが」

 

「あ、ああ……とはいえ明後日には実技テストがあるから嫌でも気持ちは入るが」

 

「そうか……貴様の進退が掛かっているのだったな、嫌でも意識はしてしまうか……」

 

 そう、既にⅦ組のメンバーにはハイメが次の実技テストの結果次第でⅦ組を除籍になる事は知れ渡っている。何もサラだけがハイメのために動いていた訳ではない、マキアス、ユーシスを筆頭にリィン、アリサ、ラウラ、フィーを除いたメンバーはどうにかハイメに立ち直って貰おうと色々奔走してくれていた、いや……もしかすると直接的には会っていないがその四人も何かしらの形で自分を助けてくれているのかもしれない。ならばこそ余計に気が入ってしまうのは仕方のない事ではある。

 

(そうだ、皆心配してくれているんだ……もう一人の自分に頼らなくても戦えるという所を見せなければ……!)

 

 しばらく二人と談笑を続けていると他のⅦ組メンバーも続々と登校してきて予鈴が鳴る。ハイメは授業をつつがなくこなし時間は放課後、今日はサラがどうしても外せない用事があるためガイウスとエリオットに放課後、訓練に誘われていたがハイメはそれをやんわりと断り仕事を手早く済ませある人物に会うために生徒会室へと向かう。

 

「失礼します」

 

「あっハイメ君! 久しぶりだね! 遊びにきてくれたの? 待っててね今お茶を出すから!」

 

 扉を開けるとトワガ明るく迎えてくれる。彼女に甘えてこのままお茶をご馳走になりそうな、そんな甘い誘惑を振り払い目的の人物に声を掛ける。

 

「お久しぶりです会長……それと……アンゼリカ先輩」

 

「これはこれは……前回の実習以降ろくに顔も見せなかった先輩思いの後輩君じゃあないか」

 

「えっと……怒ってます?」

 

「私が? キミに? 理由がないねぇ」

 

 どう見てもアンゼリカの機嫌は良くないようなのだが本人には否定されてしまう。確かに実習から帰って来て以降ハイメはアンゼリカと話す機会は無く、学院ですれ違っても挨拶をする程度に留めていたのだが……ハイメが困っているとトワが懸命に背伸びをして耳打ちをしてくる。

 

「アンちゃん、相当ハイメ君の事気に掛けてたんだよ……」

 

「おや? 私のトワはいつからそんか嘘をつく悪い子になってしまったのかな?」

 

「あははは……それでハイメ君、アンちゃんに用事があって来たんでしょ?」

 

「はい、その厚かましいとは思うんですが久々にアンゼリカ先輩に稽古を着けて貰えないでしょうか? 勿論アンゼリカ先輩の都合が良ければなのですが」

 

 ハイメがアンゼリカの様子を伺うようにチラリ視線を向ける。アンゼリカは窓の方を向いていて表情は分からないが……

 

「まぁ今日は丁度暇をしていたしね、後輩を助けるのも先輩の役目だ、良いだろう私が一肌脱ごうじゃないか」

 

「良かったねアンちゃん! あれ? でも今日は帝都の方にツーリングに行くって……?」

 

「本当に今日は悪い子だねぇトワ? さっトワの虚言は脇に置いておいて街道の方まで足を運ぶとしようか」

 

 その後はアンゼリカに急かされ街道へと二人は向かう。生徒会室を出る時トワは「私嘘なんて言ってないよー!」とトワの虚しい叫び声が聞こえてきたがハイメはとりあえず聞こえなかった事にしておく。アンゼリカの提案で準備運動がてら走って街道へと向かう、時刻は夕方を過ぎ、日は傾きかけているがそれでもまだ空は明るく街灯も点いていない。夏という事もあり上がった気温が容赦なく体を火照らせる中、軽く肩で息をしながら二人は街道の開けた場所までやってくる。

 

「さて、キミがどれだけ出来るようになったかを見せて貰おうか、丁度手頃な魔獣もいることだしね」

 

「はい!」

 

 アンゼリカに促されハイメは目の前の獣型の魔獣三体に対して構えをとる。ある意味ではまともな状態での初戦闘となるハイメの身体は嫌でも力が入る。いくら慣れている魔獣とはいえハイメは心して当たろうと大地を蹴る。病み上がりのような状態とはいえハイメは三分程で魔獣をセピスへと変える事に成功したがその表情は優れなかった。理由は明確、ハイメは攻撃を何発か外し魔獣からカウンターを受けている、普段通りの自分ならばまずあり得ないのだが……

 

「フム、スピードと威力は上がっているが動きが硬いね、それじゃあ動きを矯正していこうか」

 

「お願いします」

 

 そして行われるアンゼリカとハイメの組み手、本当の意味での鬼門、対人戦。握った拳に自然と力が入り動悸が激しくなる。汗が吹き出すのは決して暑さだけのせいではないだろう、蝉の鳴く声も嫌にはっきりと耳に入ってくる。両者の間に緊張感が走る、先制したのはハイメ……ではなくアンゼリカ。

 放たれた正拳突きはゴッ! と凄まじい風切り音を鳴らしながらハイメの顔面へと放たれる。ハイメはそれをオーバー気味に回避しすかさず反撃に移るが勿論簡単にアンゼリカにいなされる。

 

「どうしたんだい? まさか1ヶ月前に言われた事すら忘れた訳ではないだろうね!?」

 

 そこからアンゼリカの攻撃は素早く鋭い攻撃へと変化する。一撃一撃はそこまでの威力は無いがこのままではハイメは防戦一方で確実に体力を削られていく。

 

(打開するには最小限の動き、最小限の防御でこの攻撃の雨を突破する……怖がるな!)

 

「せぇい!」

 

 ハイメは腕を前に突き出しアンゼリカの右拳の攻撃を反らす、続く蹴りをなるべく小さな動きど避けて自分の攻撃の態勢を作ろうとする。

 

「ッ!」

 

 しかしハイメはアンゼリカの攻撃を避けきれず頬に鋭い痛みが走る。頬の皮膚が切れ血が流れているがそれでも掴みとった初めての攻勢に出るチャンスをハイメは逃すわけにはいかないと大地を踏みしめて蹴りを放つ。ハイメの蹴りはアンゼリカの両腕によって阻まれるがそれでもアンゼリカは威力を殺しきれず後退を余儀なくされる。

 

「フフッ、レディ相手に容赦がないなキミは!」

 

「先輩をレディ扱いするにはまだ自分は未熟過ぎます! いきます! 剛龍招来!」

 

「フフッお次は正面からの打ち合いをご所望かな? 付き合ってあげよう、ドラゴンブースト!」

 

 ハイメとアンゼリカ、お互い身体強化のクラフトを使い拳と蹴りの応酬戦が始まる。人間の身体構造上腕よりも足の方が丈夫な筈なのだがアンゼリカはそんなことはものともせずハイメを圧倒する。ハイメも徐々に動きの硬さがとれていき、目の前の武人の動きにどうすれば着いていけるのか? それだけが頭の中を支配し緊張や戦う事への恐怖心は欠片も無かった。たとえもう一人の自分が恐怖心を抑えておいていなくても今この瞬間だけは戦えただろう、そんな確信すら芽生えそうだ。しかし楽しい時間は長くは続かない。均衡はハイメの剛龍招来の終了と共に訪れる。

 

「ッ! ここまでか……」

 

「フッどうやら実習で何も学んでこなかった訳ではないようだが、それでも随分と修行をサボっていたみたいだね?」

 

「うっ……返す言葉もございません……」

 

 確かにノルドの実習以降サラとの特訓以外ハイメは休日等の鍛練に費やす時間を大きく削っておりその影響がモロに出た結果が動きの精細さを欠く大きな要因となったのだろう。アンゼリカはいち早くそれに気付き指摘をしてくる。

 

「全く……明後日には実技テストなのだろう? これはみっちりとしごかなければいけないね……さぁ構えるんだ、休む暇などないよ?」

 

「あ……臨むところです!」

 

 そうしてアンゼリカと訓練を続け二時間後、そこには全身汗だくで大の字で寝転ぶハイメといつもの飄々としているアンゼリカの姿があった。体力自慢のハイメがこの姿なのだから内容は言わなくても伝わるだろう。

 

「ふぅ……少しやりすぎてしまったかな? 今日はここまでにしておこうか」

 

「ハァハァ……あ、ありがとう、ござい……ました!」

 

 ハイメのお礼にアンゼリカは手を振って答えこの場を去って行く。初夏とはいえ日も落ち幸い今日は風もある。吹き抜ける風がハイメの温まった体を冷やしていく。息を整えているともう一人の自分が

 

(クックックッ無駄な努力お疲れ様だな、まぁオレの器に少しでも相応しい身体を作ってくれよ?)

 

「う……るさい……自分は……自分のために努力する……」

 

(精々頑張るこったな……どうせすぐにオレを頼るよお前は)

 

「かもしれないな……それでも、だとしても自分は自分を変えられないよ……」

 

 ハイメは大きく深呼吸をして学生寮への帰路を歩く。

 

(進むんだ……自分はもう立ち止まる事はしない……例え自分の努力が無駄に終わろうと、もう一人の自分の力に溺れ自分が自分でなくなろうと……その時が来るまでは皆の知っているハイメ=コバルトでいよう……それが自己満足だとしても……自分はもう止まらない)

 

 

 



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第二十二話 ほんの少しの亀裂

 今回のお話は人によっては「いや……ちょっと……」というお話かもしれません。ある意味少しキャラ崩壊かなぁと思いつつも投稿させて頂きます。


 アンゼリカとの鍛練を終えシャワーで汗を流して食堂へ行くとそこには重苦しい空気が流れていた。食堂にはエリオット、ガイウス、エマ……と何故か撃沈しているユーシスとマキアスの姿が目に飛び込んでくる。ハイメはどうしたのかと事情を比較的冷静なガイウスに聞く。

 

「どうしたんだガイウス? 一体何が?」

 

「あぁ……今から30分程前の話なんだが……」

 

 side ガイウス

 

 その日は珍しく第3学生寮の食堂にハイメ以外のメンバーが集まっていた。どういう偶然かは分からないが夕食を摂る時間が殆ど被ったらしい。俺はエリオットと委員長とフィーと話しながら夕食を食べていたんだがそこで事は起こったんだ。といってもここ最近では珍しくもないフィーとラウラの小さないざこざだったんだがその時は珍しくユーシスとマキアスが仲裁を買って出た。……が二人の努力は虚しく結果としては火に油を注ぐ事になってしまった、いつもならリィンとアリサが率先して止めに入るんだが二人はまた珍しくこの事態を静観していた……というよりはこの事態が目に入らない程何かを考え込んでいたようでな、どこか上の空だったのは二人の表情を見てすぐに分かったんだ。とはいえこのままという訳にはいかないと俺とエリオットと委員長で何とか場を収めようとしたんだが……

 

「いい加減にしてくれ!」

 

 そこでリィンが声を荒げたんだ。普段そんな様子を見せないリィンに皆は一様に驚いたさ……すぐにリィンもハッとした表情をしていたが出したものの引っ込みがつかなかったんだろう。さらに口論は激化していった。

 

「これは私とフィーの問題だ!」

 

「そっちが一方的に突っかかってきてるだけだけど」

 

「それで周りが迷惑しているんだ! もう二人だけの問題じゃない筈だ!」

 

「リィン! そんな頭ごなしに言っても!」

 

「マキアスじゃ事態を終息させられないじゃないか!」

 

「シュバルツァー! 貴様……! 流石に今のは言い過ぎではないのか!?」

 

 ここで静観していたアリサまで参戦してきてもう歯止めが効かなくなってな……

 

「何よ! リィンを責めるのは少し違うんじゃないかしら!?」

 

「ふーんアリサはリィンの肩を持つんだ?」

 

「何よその言い方」

 

「今の発言はそう捉えられても仕方ないと思うが?」

 

「皆さん落ち着いて下さい!」

 

「冷静になるんだ、皆今日はおかしいぞ」

 

 そこから先は正直あまり思い出したくない、それくらいの罵声が飛び交っていたよ……結局ラウラ、フィー、リィン、アリサの四人が食堂を飛び出して今に至るという訳だ……

 

 ガイウスsideout 

 

 ガイウスの話を聞き終えたハイメは絶句する。全員で自分のことを謀っていたと言われる方がまだ信じられるが残念ながらその可能性は限りなく低そうだ。自分が居てどうにかなったとはとても思えないがそれでもその場に居なかった事をハイメは深く後悔する。しかし後悔ばかりはしていられない、特別実習の日程も近く、何より実技テストがすぐそこに控えているのだ。これが理由で戦術リンクが使えない事態となれば目もあてられない。

 

「正直ハイメには居て欲しかったよ……僕も何がなんだか分からなくて……」

 

「今のハイメさんにあまり負担は掛けたくありませんがこればかりは流石に……」

 

 エリオットとエマも今までハイメが見たことが無い程に落胆している。その表情が事の壮絶さを物語っていた。沈んでいたマキアスとユーシスも口を開く。

 

「すまないハイメ……僕達がもっと冷静でいられたら……」

 

「悔しいがレーグニッツに同感だ……」

 

「二人とも……」

 

 正直に言えばハイメもまだ頭が混乱していて事態が飲み込めていないがそれでも二人なりに頑張ったのだろう事が言葉の節から伺える。ハイメはいくら自分に余裕がないといってもこの事態を放っておく訳にはいかないと即座に結論付ける。

 

「分かった、今回の事は自分にも下駄を預けて欲しい、根拠も自信もないがそれでも今の状態は絶対に良くない、まずは……ラウラの所へ行こうと思う」

 

 ハイメは四人の中で比較的自分で折り合いがつけられそうなラウラと話す事を選択する。彼女の事だからきっと少し切欠さえあればこの問題も乗り越えられるだろう。

 

「すみませんハイメさん、私はフィーちゃんの所へ行ってみようと思います」

 

「俺はリィンの所へ行ってみよう、エリオット一緒に来てくれるか?」

 

「うん、ボクも出来ることがあるなら頑張るよ!」

 

「なら僕達はアリサ君の所だな」

 

「あぁ……コバルト、これ以上借りは作らんぞ」

 

 各々行動方針が決まったので動き出す。ハイメはラウラに会うべく学生寮三階のラウラの部屋の前へとやってくる。コンコンと軽くノックしするとしばらくして扉がガチャリと音を鳴らしながら開き部屋の中からラウラが顔を覗かせる。

 

「や、やぁラウラ……少しいいか?」

 

 我ながらなんとぎこちないのだろう……と思うが今は落ち込んでいる暇はない。ラウラもハイメが自分の元へとやって来た理由を察したようでハイメを部屋へと招き入れる。

 

「……分かった、入ってくれ私も少し誰かと話したい気分だった、適当に腰掛けて欲しい、お茶を出そう少し待っていてくれ」

 

 ラウラの部屋は青を貴重とした落ち着いた部屋であり、どちらかといえば女子らしい部屋というよりは機能美に赴きを置いた部屋だったが何より目を引いたのは大量の手紙が保管された箱だった。ハイメはあまり人の部屋をジロジロと見るのは良くないと思い椅子に腰掛け閉眼する。

 

「待たせた……ハイメ、そんなに気を遣わなくてもそなたが私の部屋を邪な目で見るとは思っていない」

 

「いや、その、そうだな」

 

 ハイメが瞳を開けるとティーセットを両手に持ったラウラが可笑しそうにハイメを見ていた。ハイメが顔を赤くしているとラウラは慣れた手つきでティーカップにお茶を注ぐと不思議な香りが鼻をくすぐる。

 

「実家から先日送られてきた茶葉なのだが、私の故郷レグラムはスパイスが特産品でな、それを使用した茶葉だから慣れない味かもしれないが是非飲んでみて欲しい」

 

 ラウラに促されハイメはティーカップに口をつける。最初は香りが強く独特という印象だったが香りが鼻をスーッと突き抜けスッキリとした味わいで気が付けばハイメのティーカップの中身は空になっていた。

 

「美味しい」

 

「うん、気に入って貰えてなによりだ……それでただ茶を飲みにきたという訳ではないのだろう?」

 

 話をしに来た筈の自分の方が本題を振られるとは少し情けないなと思いながらハイメは慎重に言葉を選び口を開く。

 

「そう……だな、ガイウスから聞いたよ、その……食堂であった事を」

 

「情けない話だ、特別実習の前だというのに私はまだフィーの事が割りきれていない、私自身自分がこんなに小さい人間だと思っていなかったよ……全く自分が嫌になる」

 

 そう言葉を紡ぐラウラの顔は悔しさ半分、情けなさ半分といった表情をしている。ハイメはラウラの言葉に顔には出さないがかなり衝撃を受けていた、ハイメからすればラウラは完璧超人……は言い過ぎかもしれないがそれに近い印象を持ち合わせている。周りからの信頼も厚く、文武両道、そして何より他者を思いやる気持ちも強く何より誠実で真っ直ぐだ。そんな彼女だからこそそういった人間とは真反対の位置に属する猟兵であった過去を持つフィーの事をどうしても許容出来ないのかもしれない。もしかしたらハイメはラウラという少女を自分のフィルターを通して見ていたに過ぎなかったのかもしれない。もっと言ってしまえば、ラウラにはそうあって欲しい……とそれがラウラだからそうさせるのかそれともアルゼイドという家名がそうさせるのかはハイメ自身分かっていないが今ハイメの目の前に居るのは自分の心と折り合いがつかず人間関係に苦しんでいるラウラという少女だった。

 ラウラだから大丈夫、ラウラなら自分で乗り越えられるのでは? 自分はその切欠を作りに来ただけ? ここに来る前にそんな風に考えていた自分を殴ってやりたい衝動にハイメは駆られる。

 

「すまないラウラ……正直に言って自分は君の事を、なんというか自分の都合の良いいようにしか見ていなかったのかもしれない、今回もラウラならきっと大丈夫だろうとなんの根拠もないまま来てしまった」

 

「……多分私も心のどこかでそうあろうとしていたのかもしれないな……それが自身の問題に直面すればこのような醜態を晒してしまうとは……情けないよ」

 

「情けない……か、それでもいいんじゃないか?」

 

 ハイメの言葉にラウラはいつの間にか下を向いていた顔を上げる。ハイメはそんなラウラを真っ直ぐに見つめ真剣に言葉を続ける。

 

「その、少なくとも学生であるうちはそれでもいいんじゃないだろうか? 自分なんてそれこそ多くの失敗をしているし……情けなさでいったらそれこそ自分の右にでる者はいないよ、きっとこれからもハイメ=コバルトは情けない姿を晒し続けるし失敗もする、それでも自分はⅦ組の一員でいたいと強く思ってるよ、だから……というのも変な話だがラウラも気負い過ぎる必要はないと思う」

 

「フフッ、まさかそなたに言われるとはな」

 

「うあっ……それは、その、口が裂けても自分に頼ってくれとは言えないし……むしろ普段から迷惑を掛けるのは自分の方だし……ううむ、何と言うかだな……あぁもう! 我ながら情けない……」

 

 ハイメは自分でも何が言いたいのか分からず、また伝えたい事があった筈なのにそれを言葉にするのも難しくテンパってしまうがそんなハイメの様子をラウラは可笑しそうに見ていた。

 

「そうだな、私も少し肩の力を抜く事を覚えよう……それとこれからは私も情けない姿を晒してしまうかもしれないが、そなたはそんな私でも受け入れてくれるか?」

 

 言葉だけ聞けば何か勘違いをしてしまいそうなセリフにハイメはドキッとさせられる。彼女の容姿や仕草、普段とのギャップもそうさせる一因なのだろう、ハイメは視線を泳がせながらやがて頼りなくゆっくりと頷く。

 

「それでは私からも一言、もっとそなたは私を頼れ、男の友情というものもあるかもしれないが私の事は全然頼ってくれないではないか」

 

「いやっ……それは……その……ハイ」

 

「フフッ肯定したな?」

 

 ハイメはラウラに今すぐにでもロストマスタークオーツの事、もう一人の自分の事を話したい衝動に駆られるが……先日見た夢の事を思いだし止める事にした。自分はラウラの話を聞きに来たのに彼女の負担を増やしてしまっては本末転倒だろう。ラウラの事は信用している、それでも話せないのは自分が弱く、矮小な人間だからだろう。

 

「そ、それじゃあ……自分はそろそろお暇させてもらうよ、お休みラウラ」

 

「あぁありがとうハイメ、フィーとは必ず折り合いをつけるよ、すぐには難しいかもしれないが必ず……な」

 

 ラウラの顔を見てとりあえず大丈夫だろうと結論付けたハイメはラウラの部屋を後にして一度食堂へと戻る。すると食堂にはエマが暗い面持ちで佇んでいたのだがハイメの姿を目にすると目を潤ませて謝ってくる。

 

「す、すみませんハイメさん! 私フィーちゃんを見つけられなくて、それで……」

 

「そ。そうだったのか、まぁフィーの行動は予測出来ないからな……」

 

 時計を見ると時刻は8時を回っている、流石に寮の外には出ていないとは思うがフィーに限って言えばそうとも言いきれないのが何とも難しいところだ。ハイメはもしかしたら食堂に来るかもしれないからと言ってエマを残しもう一度寮内を見て回る事にする。二階へ続く階段を上り終えふと自分の部屋の方を見ると部屋のドアが開いている。まさかと思い部屋の中に入るとそこにはフィーが自分の部屋のようにくつろいでいた。彼女はハイメが部屋に入ってきた事に気付くと顔を上げ何事もないように声を掛けてくる。

 

「遅かったね」

 

 何でここにいるのか、そもそも異性の部屋に入るのは十代の女子としてどうなのか? と言いたい事は尽きなかったが……ハイメは諦めたように肩を落とす。そもそもフィーにとってそんな事は些細な事だろう。戸棚を開けて茶菓子と学生館で買ったトマトジュースを取り出す。

 

「やった、私それ好きなんだ」

 

 フィーはいつもと変わらぬ調子で出されたトマトジュースに口をつける。ハイメはそんなフィーを尻目にどうやって話を切り出そうかと考えているとトマトジュースを飲み終えたフィーが口元を拭きながら声を掛けてくる。

 

「気にならないの? 私が何でここにいるとか」

 

「いや、気にならないの訳ではないんだが」

 

「ラウラの部屋にハイメが入ってくのが見えたから」

 

 予想の斜め上をいく理由にハイメは困惑した表情を隠せない、というかそんな理由でエマが苦労していたかと思うと不憫でならなかったので一応釘を刺しておく。

 

「エマが探していたぞ? 後でキチンと謝っておけよ?」

 

「そっか、それは悪い事しちゃったね」

 

 本当にそう思っているのか? と疑問には思ったがフィーの眉が下がっているので恐らく本当に反省しているのだろう。しかし改めて考えてみるとフィーは何故自分がラウラの部屋に入っていたから自分の部屋へ来たのだろうか? と首を傾げる……が特に思い浮かぶ事も無かったのでその考えを頭の隅へと追いやる事にする。何にせよフィーが自らアプローチを掛けてきてくれたのだからハイメとしては幾分か話しやすい。

 

「それで、ラウラとは上手くいっていないみたいだな」

 

「うっ……別に私は何とも思ってないよ」

 

 ハイメがラウラとの事を切り出すとフィーは眉を潜める、珍しく動揺しているようでトマトジュースを注いでいた手が僅かに震えていた。何だか今日はラウラといいフィーといい普段とは違った二人を発見出来たなとハイメが思っているとフィーに変な顔と指摘を受けたため即座に表情を真剣な物に作り替える。

 

「まぁ上手くいくに越したことはないけど合わないなら仕方ないかなって」

 

「自分は意外とラウラとフィーは気が合う気がするがな」

 

「気がするだけでしょ、それに向こうから避けられてるなら私がどうこう出来る事じゃないかなって」

 

 フィーは口ではそう言いながら茶菓子を口へと放り込むが表情を見る限りでは決して本心ではないのだろうと察せられる。確かにフィーの言うとおりどちらかと言えばラウラ側の側面が大きいが、ハイメもフィーと同じような体験、有り体言えば試験前に似たような体験をしており、尚且つその際は自分は受け身に回ったためフィーに対してなんと言えば良いか思いつかないというのが正直なところだ。

 

「うーむ、自分もあまり偉そうには言えないし、でもフィーがもしこのままでは良くないと思ったら自分から動いてみるのも一つの手だとは思うぞ」

 

「ハイメがそれ言っちゃうんだ」

 

「……自覚はしている」

 

「ま、いいんだけどね、私は私の思ったように行動してみるよ……ありがと」

 

 最後に小さくお礼を言ってフィーはハイメの部屋を出ていく。こらなら自分が改めて話す必要性は少なかったのではないかと思うがフィーと話すのも久々だったため貴重な経験だったとハイメは思うことにした。そういえばリィンとアリサはどうなったのだろうかと思い再び食堂へと降りるとそこには先程のエマと似たような佇まいをしている男性四人の姿があった。エマが必死にフォローしているようだがその効果もどうやら薄いようだ。

 

「い、委員長とりあえずフィーとは話せたよ」

 

「ハイメさん、お疲れ様です……ええっとどうしましょうこれ?」

 

 ハイメは四人の姿を見て途方に暮れる。実はアリサとリィンにはハイメもあまり会いたくないというのが本音だったりする。アリサは前回の実習で不甲斐ない姿を晒して見せているし何より意識し過ぎてまともに話せる自信がない、リィンは先日の旧校舎での事を聞かれそうでどうしても話が切り出しにくかった……のだが……

 

「四人とも、顔を上げてくれ」

 

 ハイメに促されようやく四人は顔を上げる。ガイウスまで暗い表情をしているのだからラウラやフィー以上にリィンとアリサは難敵だったのだろう。そう考えると自分が行ってもしょうがないのでは? とチラリと考えるがどうやらそれは許してくれそうになさそうだ。

 

「ご、ゴメンハイメ……僕……」

 

「言うなエリオット、俺達では力不足だったのだ」

 

「すまないハイメ、これでは副委員長失格だ」

 

「何故女子とはああも難しい生き物なのだ」

 

「わ、分かった……でも今日はもう遅いから明日以降自分がリィンとアリサとも話してみよう、今日はこれで解散だ」

 

 問題を先送りにしている感は否めないがハイメとしても二人と話すのはそれなりに心の準備が必要だ。トボドボと歩く五人を見送りハイメはそういえばまだ夕食を食べていなかった事を思いだし腹の虫が鳴く。

 

「……はぁ、茶菓子ではやはり足りんか……もう遅いから明日の朝多めに食べよう」

 

 ガックリと項垂れながら自室へ戻りベッドへ潜り込むハイメだったがどうにも上手く寝れそうにない。寝返りを何度もうち、目を瞑って心を無にしようとするがその努力は虚しく腹は減るし妙に頭は冴えるしでどうにも眠れそうになかった。ハイメは大きくため息を吐きベッドから起き上がる。

 

「仕方がない……夜風にでも当たって気を紛らわそう」

 

 夜風に当たりながら明日はどうやってリィンとアリサに話そうか考えようとハイメは階段を上がっていく。この後ハイメは素直に寝なかった事を後悔する事になる、それは屋上の扉を開けてまず目に飛び込んできた光景があまりにも衝撃的過ぎたからだ。まさか自分以外にも人がいるとは思わなかったハイメは扉を開けて固まる事になる。

 

「あっ」

 

「「あっ」」

 

 こればかりはタイミングが悪い、それに尽きるだろう。まさか屋上でリィンとアリサが抱き合っているとは夢にも思わなかった。三人は微動だにせずまずハイメが思ったことは空気が固まるとはこういう事なんだなと少し見当違いな事を考えていた。とはいえいつまでもこのままという訳にはいかないので一言。

 

「お邪魔しました」

 

 そう言って屋上の扉を閉めて逃げるように自室へと戻っていく。後ろからはリィンとアリサの声が聞こえてきたが気付かないフリをして自室へと戻り鍵を閉めベッドへと潜り込む。二人が部屋まで来ることを危惧していたが幸か不幸かその心配は杞憂で終わる。布団の中でホッと一息吐いたハイメは自分が失恋したという事実にあまりショックを受けていない事実に少し驚く。

 

「まぁ最初から叶うとは思っていなかったしな……ノルド高原でチェックメイトみたいなものだった」

 

 今気付くか、後で気付くかの違いだっただろう、ハイメの見立てではあの二人がそういう関係になるのも時間の問題だとは思っていた。

 

「それにリィンとそういう関係にならなくてもだから自分が彼女の隣に居れたかと言われればありえないしな」

 

(おーおー可愛そうに、オレが慰めてやろうか?)

 

 今まで出てこなかった癖にこういう時はもう一人の自分が出てくるが憎らしく思うがハイメは一人悲しく呟く。

 

「この想いは自分の胸の中にしまっておこう、片想いもバレなければ相手に迷惑は掛からない筈だ……」

 

(強がんなよ、涙出てるぜ)

 

「うるさい、今日……だけ、だ」 

 

 そう言うとハイメは暑さも気にせず掛け布団を頭からかぶり枕に顔を埋める。いくら仕方がない、最初から叶わないと分かっていても出てくる涙を止める術をハイメは持ち合わせていない。枕を濡らし、涙も枯れる頃にはハイメは静かに寝息をたてているのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 心に余裕のないリィンさん回からのハイメカウンセラー回からのハイメ失恋回でした。恐らくこの時期のリィンは鬼の力をを発揮しエリゼとも一悶着あり心に余裕のない時期だったと作者は推察しています。そして今作品ではハイメとも気まずい関係になりつつあり……という事で。リィンが余裕がない時にクラスメイトのいざこざがあったらどうなるんだろうと想像しながら書いた話になります。人間関係問題でいつもはフォローに回るリィンさんがアリサにフォローされる、そこをハイメが見て失恋という形ですね。賛否両論はありそうですが元々ハイメには劇的な失恋、玉砕をさせるつもりはなく「あーまぁ失恋っていってもこんな感じだよね」とありふれた失恋をさせるつもりでした。


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第二十三話 覚悟の実技テスト

 ハイメの進退が決まる回です。ヘイムダル編は構想はあるけどそれを文章化するのが難しいって感じで次の更新はちょっと空きそうです。


 七曜歴1207年 7月20日

 

 翌日ハイメは日の出と共に目を覚ます。鏡に写る自分の姿はボサボサの寝癖に腫れぼったい目ととても人前に出れる姿ではなかった。流石に日の出とはいえ夏季のため時間はかなり早く幸いⅦ組メンバーはまだ誰も起きていないようなので急いで顔を洗い寝癖を直してからかなり早めの朝食を摂る事にする。流石にシャロンさんも起きていないだろうと予想していたが既に食事の準備に取り掛かっており流石にハイメはその場で呆けてしまった。

 

「おはようございますハイメ様、今日は随分とお早いのですね、朝食は申し訳ありませんがもう少々お待ち下さい」

 

「え、えぇ……お構い無く」

 

 シャロンはそう言い残すとキッチンの方へと下がっていく。いつもこんなに早くから自分達の朝食を用意してくれているのかと改めてハイメはキッチンにいるシャロンに感謝しつつテーブルに置かれている朝刊を手に取る。様々な記事が記されているがハイメの頭の中にあるのは昨日のアリサとリィンの屋上での事、そしてその二人に今日話さなければいけないという事実が重くのし掛かり頭が痛くなってくる。

 

(よりによって何でこのタイミングで二人の逢い引きの場面に遭遇してしまうのか……はぁ、つくづくツイてない)

 

「ご気分が優れないようですねハイメ様、よろしければこちらをお飲みになってください、少しは落ち着かれるかと……」

 

 いつの間にかハイメの後ろに立っていたシャロンはそう言うとハーブティーの入ったティーカップをテーブルの上に置く。こういった気遣いも出来るのだから流石本職のメイドさんだけあるなぁとハイメは感心しながらシャロンにお礼を言う。 

 シャロンは微笑みながらペコリと一礼して失礼しますと言って再度キッチンへと戻っていく。

 

(もしかしてシャロンさんには全部バレて……いる訳ないか、被害妄想ここに極まれりだな)

 

 ハーブティーを一口煽り独特な風味と香りが気分を落ち着かせてくれる。程なくしてシャロンがお粥を運んできてくれる。

 

「僭越ながらハイメ様は少し気分が優れない様子ですので消化が良いものがよろしいかと……」

 

「そ、そこまでして頂けるなんて……ありがとうございます」

 

 出されたお粥は香草と野菜で味付けされた物であり食欲のないハイメの喉をスルスルと通っていく。その後食器を片付けかなり早い時間ではあるが学生寮を出る。まだ用務員位しかいない人気の無い学院は少し新鮮だった。流石にこの時間から校舎は開いておらず学生館も開いてはいるがじきに生徒達が集まるだろう。今のハイメにとっては居心地の良い場所とはいえないためどうにか人気の無い場所を探していると旧校舎の前へとやってくる。先日あんな事があったばかりで少し気は引けるが結局一人になるならここ以上の場所は無いと結論付け入り口付近の木に背中を預けて座り込む。朝の日差しを浴びながら本でも読んで時間を潰す事にする。そうしているといつの間にか学院は喧騒に包まれ気温も上がりハイメのいる木陰もじわじわと太陽の光が当たり始めたためワイシャツのボタンを緩める。

 ハイメは予鈴ギリギリまで粘りその後足取り重くⅦ組の教室へと向かう。約二名からの視線が痛いほど突き刺さるが間もなくしてサラが教師へと入ってきてSHRの後授業が始まる。ハイメは黒板に書かれた内容を板書しながらこのまま先送りにし続ける訳にはいかない。昼休みに二人と話そうと流石に腹を決める。そうと決まれば流れる時間は早くあっという間に昼休みとなる。ハイメは即座に席を立ち上がりリィンとアリサに声を掛ける。

 

「二人ともちょっといいか?」

 

 リィンとアリサは肩をびくりと震わせハイメの方を苦笑いしながら振り向く。昨日の食堂に集まった面々も遂に動いたか……と期待半分、心配半分といった視線をハイメに集めており事情の飲み込めないラウラとフィーは顔を見合わせて気まずい空気になっていた。

 

「どうだ? 話しながら昼食を食べないか?」

 

「うっ……そうね、そうよね」

 

「このままという訳にはいかないもんな、いいよ行こう」

 

 三人は学生館で昼食を購入し中庭の隅へとやってくる。この場所ならば逆に周りの生徒の談笑の声ににかき消され余程近くにいなければ話の内容は漏れないだろう。ハイメはハァーと深く息を吐き覚悟を決めて口を開く。

 

「自分から言うのもとても変な話だとは思うんだが……とりあえず二人とも一旦自分思うところはあるだろうが置いておいて昨日の事だけに話を限定しよう」

 

「食堂であった事か……」

 

「屋上の事ね」

 

「いや、どっちもだが一番は昨日の食堂の事だ」

 

 リィンは改めて真剣な顔つきになる、自分でもやってしまったと反省している部分が少なからずあるのだろう。

 

「すまない、あのときは色々思い詰めてて……それでついカッとなってしまって」

 

 十中八九旧校舎での出来事について考えていたのだろうがハイメは一応確認をとることにする。

 

「やっぱり旧校舎での事か?」

 

「あぁ……」

 

 という事は少なからずハイメにも責任が有る訳となってくる。するとハイメも途端にリィンの事を攻めづらくなる、自意識過剰でなければ明らかにハイメもリィンの考え事に一役買ってしまっているからだ。

 

「旧校舎の事って何よ? 私だけ置いてきぼり?」

 

「い、いや……ちょっとそれは……まぁ色々あったんだ、なぁリィン?」

 

「あぁ、すまないアリサ今回ばかりは少し話すのに勇気がいるんだ」

 

「絶対に聞かせてもらうわよ」

 

 アリサにジト目で睨まれ二人とも萎縮してしまう、リィンもハイメもアリサには頭が上がらないようだ。

 

「と、とにかくだ、リィンもアリサもそして自分もだが今は来る特別実習に向けて集中しよう! それと! ああいう事をする時はもっと場所を選んでくれ! それと良い雰囲気なのに邪魔して悪かった、すまない!」

 

「ちょっ! あれは……」

 

「いや、ハイメの言うとおりだ……すまない、昨日屋上ではその話をしてたんだ、後で皆にも謝っておくよ」

 

 実は密かに、1%くらいの確率で自分の見間違いでないかと淡い期待をしたいたが否定しなかったという事は……つまりそういう事だろう。今この瞬間ハイメの失恋は確定的になったが自分から特別実習に集中しようと言った手前悲しみに暮れる暇など無い。ハイメは自分でもかなり強引だと思うが話を纏めその場を後にしようとする。

 

「ちょ、ちょっと!? お昼ご飯一緒に食べるんじゃないの?」

 

「いや、流石に自分もそのくらいのデリカシーはある」

 

「待ってくれハイメ! 別にアリサと俺はそんな関係じゃ……!」

 

「そっ、そうよ! リィンの言うとおりだわ!」

 

 リィンは焦りながら、アリサは気丈な表情を作ろうとしているみたいだが言葉にするのも苦しいのだろうか、眉が下がっているのが見てとれる。ハイメとしては本音を言えばこれ以上二人と一緒にいると自分がどうにかなりそうなので出来れば早々にこの場を立ち去りたい。なおも二人に引き留められたが休み時間が残っているうちにとりあえず話がついた事を報告もしたかったハイメは少々無理を通してⅦ組の教室へと戻っていく。

 教室に戻るとハイメとリィンを除いた男性陣が待ち構えておりハイメの報告を聞くとホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「ありがとうハイメ、ごめんね、ハイメも大変なのに」

 

「そうだハイメ! 明日の実技テストは大丈夫なのか!?」

 

「今の様子を見ている限りでは心配はなさそうだが」

 

「しかし俺が言うのも変な話だがよく立ち直れたな」

 

「うっ……まぁ色々とあってな、ハハ……」

 

 確かにエリオットの指摘通り色んな意味で今一番問題を抱えているのはハイメなのだがハイメ自身はもう既に覚悟を決めたのだ、だから自分が自分でいるうちは精一杯トールズ士官学院特科クラスⅦ組のハイメ=コバルトでいようと。

 

(そうだ……もしかしたら皆とこうして話すのももしかしたらこれで最後になるかもしれない……なら悔いは残さない)

 

「ハイメ……どう……」

 

 ガイウスは何かを言いかけたがそこで予鈴がなりハイメは自分の席へと戻っていく。ガイウスは何故だかハイメがどこか遠くへ行ってしまうようなそんな感覚を覚えるも、そんな事ある筈がないと自分に言い聞かせ次の授業の準備を始めるのだった。

 

 放課後 キナジウム内修練場

 

「でぇぇぇい!」

 

 ハイメはサラと明日に向けての総仕上げキナジウムの修練場で行っていた。サラはハイメが以前の……いや、それ以上の闘志を燃やしている事に最初はかなり驚いていたがそれでもこれならば明日の実技テストは合格出来ると確かな手応えを感じていた。

 ハイメの闘志はそのまま攻撃の重さとなって的確にサラの防御を抜こうとしてくるがサラもまだまだハイメには負けていられない。重い攻撃ながらもいなしていきハイメな意識が薄い所を突きながら攻撃を加えていく。

 

(たった数日で彼の中で何が変わったかは分からないけど、何かあったんでしょうね、男の顔をしてるわよハイメ!)

 

 サラも思わず何度か力を入れて反撃する事もありハイメは膝を着き呼吸を整える。

 

「ぜぇっぜっ……ハァ、どう、ですか……教官」

 

「合格点よハイメ、最後に一つ、絶対に明日は合格しなさい! 私のクラスからリタイアなんて許さないわよ!」

 

「りょ、了解です! 今日までご指導ありがとうございました!」

 

 ハイメは改めて自分のために貴重な時間を割いて訓練に付き合ってくれたサラにお礼を言う。サラとしては自分の教え子の訓練を見るのは当たり前なのだがこうも礼儀正しいと思わずクスリと小さく笑ってしまう。

 

「お礼は明日の合格と次の実習の結果よ! それじゃあまた明日ね!」

 

「はい! 失礼します!」

 

 そう言い残しハイメは修練場を後にする。その後ろ姿を見てサラは目を細める。

 

(アンタはやれば出来るんだから、もっと自分に期待しなさい、足りない所もあるけど足りすぎてる所もあるんだから)

 

 実技テスト当日

 

 学院長であるヴァンダイクが見守る中実技テストは着々と進んでいく。今回の実技テストは2vs2そして3vs3のⅦ組メンバー同士の戦闘形式となった。内訳としてはまず最初の2vs2はリィン&アリサペアとラウラ&フィーペアの戦いとなるがこの戦いは対照的だった。ARCUSの戦術リンクの機能をフル活用しチームとして戦うリィン&アリサに対してラウラ&フィーは個の力で押していく戦法をとったのだが結果としてはリィン&アリサの圧勝という形に終わる。Ⅶ組最強格の二人をもってしても個の力では群には勝てないという事が嫌でも分からされる試合だった、ハイメも見てて少し歯痒い物を感じたがラウラとフィーも最後の方は懸命、ぎこちないながらもにお互いにフォローしあう場面も見れたのでこれからといったところだろう。そして迎える3vs3、サラのチーム分けの発表をハイメは今か今かと待っている。今日はやれる、やらなければないらないのだ……嫌でもハイメは体に力が入る。

 

「次、エリオット、ユーシス、ガイウス! ハイメ、マキアス、エマの組み合わせで行くわよ!」

 

「いよいよか……負けられないな」

 

「精一杯こちらもフォローする、ボク達の連携を見せてやろう!」

 

「お二人共気合い十分ですね、私も全力でいきます」

 

 こちらがやや後衛よりの編成に対して相手は前衛、中衛、後衛とはっきり分かれておりバランスの良いチームだ。こちらは後衛の二人をいかに活かせるか、つまり前衛を務めるハイメの力量によって左右される。状況によってはガイウスとユーシスの二人を相手しなければいけない。両チームは各々得物を構え戦闘態勢に移行する。

 

「見せて貰うぞハイメ=コバルトや、お主の資質を……それでは両者……はじめい!」

 

 ヴァンダイクの開始の合図がグラウンドに響き渡り両者は動く。ハイメが前進するとそれに合わせるようにガイウスが立ちはだかる。

 

「手加減はしない、全力で臨ませて貰うぞハイメ」

 

「勿論だ、出し惜しみはしない! 剛龍生来!」

 

 計らずして先月のリベンジマッチとなるこの戦い、先手を取ったのはハイメだった。最初から剛龍生来を使用しガイウスの鋭い突きをいなしながら張り付き自分の間合いで勝負を仕掛ける。槍を使うガイウスはこれを嫌い距離を取ろうとするがスピードの上がったハイメを振り切る事は容易ではない。

 

「二人でやるぞ!」

 

「させるか! エマくん!」

 

「はい!」

 

 

 ユーシスがガイウスの加勢に入ろうとするがガイウスが退く選択肢をとった時点でマキアスとエマは既に援護の準備が整っている。エリオットも負けじとアーツを放つがエマがそれを相殺しマキアスはアーツを駆使してハイメの防御を上げる事に成功する。

 

「うおおおお!」

 

 攻撃、防御、そして速度を上げたハイメは止まらない。自分を鼓舞するように雄叫びを上げながらユーシスとガイウスの二人をジリジリと圧していく。ユーシスは苦虫を噛み潰した顔をしながら無理矢理ハイメの前へと躍り出るがハイメにとっては好機、騎士剣を掻い潜りユーシスの鳩尾へと鋭い蹴りを入れる。

 

「攻めすぎだよハイメ!」

 

 しかし相手の陣地に切り込むという事はエリオットの攻撃範囲にもはいるという事、エリオットの導力杖より放たれる一撃はハイメを捉えはしないもののガイウスの攻撃態勢が整い、自身の最大の一撃を放つ。

 

「下がれユーシス! おおお!」

 

 ガイウスのSクラフト、カラミティホークがハイメに炸裂する。いくらマキアスのアーツで防御を上げていたとしてもこれをまともに受ければ戦闘不能、もしくはそれに近い状態に陥ってしまう、ハイメは苦し紛れに両腕を交差させ防御の構えを取る……がガイウスのSクラフトの威力は想像以上で容赦なくハイメの防御を抜いてくる。

 

「うっ……まだ! まだだ!」

 

「逃さん!」

 

 ハイメはかろうじて戦闘不能は回避したがそれでも気力を振り絞ってどうにか構えをとっている状態、当然その好機をユーシスが見逃す筈もなくエリオットとリンクを繋ぎハイメに止めを誘うと突進してくる……がエマもマキアスも戦線を上げておりそれを許すまいと奮戦する。

 

「ハイメ! 今助けるぞ、エナジーシェル!」

 

「アーツでは間に合わない、でもクラフトなら! イセリアルエッジ!」

 

 マキアスは回復の弾丸を、そしてエマはクラフトで三人の進路を妨害する。その間にハイメも自身で回復を済ませ戦況は膠着状態となる。ガイウスチーム側はガイウス、ユーシスが肩で息をし始めておりハイメチーム側はいくら回復したとはいえハイメの消耗が大きい。ここまで戦いを見守ってきた見学組は戦況を分析し始める。

 

「この勝負、今のところ五分か……?」

 

「でもガイウスとユーシスが消耗してるならハイメ側の有利じゃない?」

 

「ふむ、だがハイメの消耗もかなりのものだ」

 

「今の時点じゃ断定出来そうにないね」

 

 四人はいずれにせよハイメ側は不利ではないと結論付けるがそこに待ったをかける人物が現れる、ヴァンダイクとサラだ。

 

「それはどうかのう? 消耗の激しいハイメ=コバルトが生命線のハイメ側に対してガイウス側はハイメを落とし、尚且つ二人以上残ればほぼ勝利は確定的じゃろう、どちらが有利かはおのずと見えてくる筈じゃが」

 

「それにユーシスはダメージがあるとはいえまだ余力を残しているわ、この状況をひっくり返すとっておきがまだ残っている……動くみたいよ」

 

 サラの言葉通り戦況は動き始め、ハイメがマキアスとリンクを敢行しガイウスを落としに掛かる。ガイウスはエリオットとリンクを行いこれを迎え撃つ。エリオットが範囲性のあるアーツを駆動しハイメとマキアスの二人を一網打尽にしようとするがマキアスが銃弾を撃ち込みエリオットのアーツの駆動を解除し大きな隙を作る事に成功する。

 

「よし! エリオットが崩れた、ハイメ!」

 

「承知した!」

 

 マキアスの指示に従いハイメは無防備なエリオットに向かい蹴りを放つ。既に剛龍生来は解けていたが打たれ強い方ではないエリオットはハイメの攻撃をまともに喰らえば只ではすまない。そしてユーシスはエマと、ガイウスの動きは遅れておりハイメは今ならばエリオットを戦闘不能に追い込めると確信する。

 

「これで! 列空穿!」

 

「うあっ……ゴメン、後は任せたよ二人とも!」

 

「よくやったエリオット! 頼むぞユーシス!」

 

「ああ……ゴバルト、レーグニッツ! これで終わりだ! ハァァァァ! クリスタルセイバー!」 

 

「クッ! 間に合えええええ!」

 

 マキアスはハイメに向かって散弾銃を撃ち無理矢理ハイメを動かす。マキアスの機転が功を奏しハイメはなんとかユーシスのSクラフトの攻撃範囲から逃れるがマキアスはユーシスのSクラフトの餌食となりその場に悔しそうに膝を着く。

 

「くっ……無念だ、エマ君後は頼むぞ!」

 

「はい! マキアスさんの行動を無駄にはしません!」

 

 勝負を掛けるためユーシスへ向かいエマは距離を詰め導力杖で攻撃をおこなっていく。ユーシスはエマが距離を詰めてくるという選択をした事に驚愕の表情を見せる。奇策を持って相手を出し抜いたエマだがそれで決着が着く程ユーシスは甘い相手ではない。

 

「舐めるな!」

 

「負けません!」

 

 間合いは完全にユーシスだが体力的にはエマが勝っている。ダメージレースはユーシスが優勢だがエマは一歩も譲らず懸命にユーシスにダメージを与え続ける。ハイメとガイウスは二人の援護に各々向かうが決着はすぐに訪れる。

 

「クッ! ここまでか……!」

 

「後は……お願いします!」

 

 相討ち……というよりはエマの粘り勝ちだろうか、二人は同時に膝を着き戦闘不能となってしまうがエマは単独でユーシスを撃破するという価千金の活躍を見せる。こうして勝負の行く末はハイメvsガイウスに委ねられる事になる、ハイメにとってこれは奇しくも先月行われたトーナメントのリベンジマッチとなる。それはどうやらガイウスも同じ事を考えたようで勝ち気に笑いながら槍の穂先をハイメへと向けてくる。

 

「フッ、先月の焼き直しとでも言うべきか、女神も粋な計らいをする」

 

「ここを乗り越え自分は証明しなければならない、行くぞガイウス!」

 

 構えを取るハイメの体がブルッと震える。これが武者震いなのか今のハイメにとってはどうでも良いことだ。すると水を差すようにもう一人の自分が語りかけてくる。

 

(おいおい、そろそろ交代してやろうか? その体じゃ剛龍生来も使えねぇだろ、それじゃあガイウスに勝ち目はないよなぁ?)

 

(この時間、この瞬間は自分のものだ! 貴様には譲らん)

 

(ああそうかい、後悔するなよ)

 

 確かにもう一人の自分が言うようにハイメはダメージを負いすぎて剛龍生来を使えない、だがそれでもガイウスに勝たなければいけない。自分が自分でいる間は止まらないそう決めたのだから……。二人はまるで示し会わせたかのように同時に動き出す。速度はハイメ、だが攻撃の鋭さはガイウスに軍配が上がる。ハイメの全てを出しきって勝てるかどうかの相手、もしかしたら今の時点で既に自分の進退は決まっているのかもしれない。そう思うと体がすくみそうになるがそれでもハイメは蹴りを繰り出す。

 

(今までこんな自分に師事してくれた人達から教わった事を全て出しきる!)

 

 視線、足運び、体の向き、タイミング、自分が思い付く限りの全てを使ってフェイントを掛けタイミングをずらなしながらハイメはガイウスへと蹴りこんでいく。ガイウスはそれを嫌うようにハイメとの距離を一度離すべく槍を大きく振るうがそれを姿勢を低くして避ける。そこから追撃を仕掛けようとするが一筋縄でいかないのがガイウス=ウォーゼルという男だった。

 

「信じていたぞハイメ、だがらこれで終わりだ!」

 

 ガイウスはハイメが自分の攻撃を避けると確信しきっていたようで槍を振るう途中で手を止め、そのまま片手に持ち替えて突きを繰り出す。

 

「自分も信じていたよガイウス! だから!」

 

 ハイメはニヤリと笑い膝を蹴りで槍の軌道を逸らす事に成功する。ハイメ自身振るわれた槍を避けた時点で勝負は決まると思っていなかった。だが……今度こそガイウスに致命的な隙が生まれる。ハイメは膝蹴りした足でそのまま地面を固く踏みしめ列空穿を放つ。ハイメの鋭い蹴りはガイウスのがら空きの胴に深く突き刺さる……が次の瞬間ハイメの……いやガイウスを除く全てのメンバーは驚愕に顔を染める事となる。

 

「これでも倒れないのか!?」

 

 ハイメは思わずそう叫ばずにはいられなかった。ハイメの中で会心といえる攻撃だった、しかしそれでもなお地に両足を着くガイウスの姿には驚きを飛び越え最早称賛する他ない。

 

「くっ……届かなかったか……」

 

 元々消耗の激しかったハイメは追撃をする事すら叶わない。終わった……その一言に全てが集約される。今のハイメではガイウスの槍の一突きで戦闘不能となるだろう。しかし……

 

「ふっ……届……いた……ぞ……お前の……勝ちだ……ハイメ」

 

「そこまで! 勝者ハイメチーム!」

 

 ガイウスはそう言いながらバタンと地に倒れ伏す。一瞬何が起きたか理解できず目を白黒させるハイメだったが勝ったと思ったのは周りが歓声に包まれてからだった。

 

「やった! やったぞハイメ!」

 

「信じてましたよ! ハイメさん!」

 

 マキアスとエマが自分の負ったダメージを気にしないかのようにハイメの元へと駆け寄ってくる。マキアスに勢いよく肩を組まれ思わずそのまま転びそうになるのをすんでの所で踏みとどまる。

 

「えっと……勝てた……本当に……自分は……ハハ、勝てたんだよな自分は!」

 

 口に出しても実感は湧いてこないが戦った三人からも称賛の声を受ける。

 

「フン、嫌味か貴様、現に勝者として立っているのは貴様だろう」

 

「負けて悔しいけど、それでもおめでとうハイメ」

 

「最後の一撃は見事だった」 

 

 どうやら自分は本当に勝ったようだ、ハイメ自身今の自分がどんな顔をしているのかすら分からない。笑っているのか、呆けているのか……そんな様子のハイメの前にヴァンダイクが現れる。

 

「ハイメ=コバルト、しかと見させて貰った、反省点は多い戦いじゃったがそれ以上に称賛点も多い戦いでもあった! これからもⅦ組で己を磨き続けると良い」

 

「と……いうことは」

 

「やったねハイメ」

 

「あぁ、あぁ! おめでうハイメ! またこれからも一緒に頑張れるな!」

 

「貴方の努力が身を結んだわねハイメ!」

 

 ハイメはⅦ組の仲間に揉みくちゃにされながらまだ自分はⅦ組の一員でいられるという事実を仲間と分かち合う。士官学院生としてあるまじき姿かもしれないがサラも今回ばかりは注意する気にはなれなかった。ひとしきり喜びを分かち合ったあとヴァンダイクは去っていきサラから次の実習地と班分けが発表される。

 

「これは……!」

 

 次の実習地とそのメンバーを見て驚愕する一同。どうやら次の実習も波乱の予感がする、そう感じさせる物のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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