少し本好きの下剋上? 〜目的の為に全力でいく〜 (名無し)
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第一部 兵士の娘と息子
プロローグ


リスペクトパラダイス(をしてみたかった)


  守屋 瑛仁(もりやあきと)、23歳。

 本は割と好きな方。

 朝食よりは好きだと言える。

 

 暇な時はそれなりに読んでいるし、趣味と呼べるくらいには好きなつもりだ。のめり込めると言えばそうだろう。

 ジャンルは問わない。どのジャンルでも、どんな形の本でも読める。

 

 心理学や歴史、化学に芸術に物語etc……種類こそ違えど、全て人類が知識を詰め込んだものだ。面白くない訳が無い。

 形も良い。本は本として形になっている。ある種の完成された形だ。勿論、今まで作られてきた形も、これから作られていくであろう形も、素晴らしいと信じている。

 

 掘り下げるならば、一番好きなジャンルはライトノベルだ。数多ある本の中では方向性の少し違う、新しいものだ。

 その中には無限の可能性が秘められている。自分が思い考える限りその世界は永遠のものとなる。本当に好きと言える数少ないものだ。

 

 私の知る中で一番と思えたものもその中にある。今まで読んできた本の中で最も良かった。好きになれた。それが本好きの下剋上だ。

 あれは本当に素晴らしかった。読みやすい文。登場人物の生き生きとした表現。思わず深入りしてしまう、練りに練られた世界。その全てが私にとって一番だった。

 そして読んでいるうちに私は気づいてしまった。それは今まで感じたことの無い、けれど知っているもの。そう、私は恋をしてしまった。

 

 私は恋をしてからどうにかしてこの世界に行けないかと、本気で考えるようになった。だがそう簡単には行けなかった。

 行くためにあらゆる準備をした。実験も行っていった。時間はたっぷりある。入念に行っていく筈だった。……筈だった。

 

 そう、私は死んでしまった。

 実験の最中に地震が起こり、資料等を入れた本棚が倒れてきて後頭部に直撃した。

 あの本棚には本好きの下剋上も入っていた。ぐちゃぐちゃになってしまっただろうか。

 

 だが、私はこれにひとつの希望を見出した。この死に方は似ているのだ。そう、本須麗乃が死んでしまった場面に!

 

 最後にする実験としては相応しいだろう。こうなれば祈るしかない。そう考えてここまでアレンジしつつ似せてきたのだから。似てない? そんな事言わせない。

 

 神様、お願いします。

 できれば、転生させて下さい。

 まだ諦められない。

 次の生では、あの人に会いたい。

 

 最低限揃えてくれれば後は何とかする。その為に今まで準備して来たのだ。

 知識を詰め込み、知っている限り出来ない事を無くし、なるべく高水準で行えるようにした。

 何度も読み込み、あの世界(本好きの下剋上)を覚えてきた。

 あの人に出会うために、告白する為に、出来る限りの事をして来た。

 

 あの人に告白した後は淡ゆくばでいい。ライバルだっている。それでも望むのだ。

 さあ、神様。私……俺の願いがわかったら、早く転生させてください。

 転生して、本当にチャンスを掴んで、今度こそ本人に告白するのだから。

 




始めてしまいました。


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新しい人生を始められた

 ダンッ! ダンッ! と何かを床や台に叩きつけるような音が聞こえてくる。それと同時に全身を揺らすほどの振動が俺の寝ている場所へ来る。頭がズキッと痛み、そのせいか少しずつ頭が覚醒していく。

 

 振動……頭痛? 何処かで見たような気がする。

 

 その音と振動は続いていて、そう早く終わるものでは無さそうだった。

 何とかして起き上がろうとしたものの、高熱があるのか少しボーッとして、関節も痛い。

 

「……もしかして」

 

 熱のせいかボーッとして中々回らない頭を回転させ、状況確認をする。

 思わず発した言葉は高く幼い声で聞こえた。明らかに成人男性の声では無い。

 上手く動かない体を少し動かして今居る場所がどうなのか身近な物を触る。

 すると、掛けている布団からカサカサと草らしきものが擦り合わさるような音がした。

 少しだけ重い瞼を開けると、知っているものよりも視界が鮮明に見えた。

 天井は黒く煤けて汚れていて、何本か黒っぽい太い柱が組まれていて、長い間掃除していないのか、巨大な蜘蛛の巣があった。

 これらは身近にこそ無かったが、確かに知っているものだった。

 

 本当にこれたのか……?

 

 西洋風の建築様式に比較的澄んでいる空気。板に布を被せただけかと思うようなベッド。そばがらより違和感のあるチクチクする枕のようなもの。薄汚れて異臭に近い所まできてる掛け布。

 少なくとも日本には無いと言い切ってもおかしくないものだった。

 

 ……手は?

 

 痛む関節を動かし手を目の前へあげると、そこには細く小さな子供の手があった。栄養が取れていないことが丸わかりで、栄養失調になっていると断言出来るほどだ。

 自分の意思で確かに動かせる、あまりに変わってしまった手。衝撃を受けた俺は思わず口角があがってしまう。

 

 来たんだ……本当に、本好きの世界に。

 

 転生した。そう決めてもいい程に情報は集まったと言える。流石に大きく声には出せないが、これまでで一番嬉しいことに間違いはない。

 見てもわからない程度に歓喜に打ち震えていると隣からギシッと音がした。

 転生して、この状況。ならば隣にいる人は決まっている。

 

「本、ないし……」

 

 原作主人公、マインただ一人。

 横に顔を向けるとそこにあるベッドの上にいるマインと目が合った。

 金色の瞳に夜空のような髪。間違いなくマインだ。

 

「あなたは……?」

 

 マインがこちらに向けて言葉を放つ。すると少し遅れて一人の女性が部屋へ入ってきた。動いた音か、マインの声で気づいたのだろう。

 三角巾のようなものを頭にした美人だ。顔立ちは美人なのだが、所々汚れている。マイン達の母エーファだろう。

 隣にいるマインにはなんとも言えない表情が浮かんでいる。勿体無いと思っていたはずだ。

 

「マイン、ラティス、%&$#+@*+#%?」

「ぃあっ!?」

 

 エーファの謎の言葉を聞いた途端、凄まじい量の情報、記憶が一気に流れ込んできた。数年分の記憶が数秒あるかどうかぐらいの間に入ってくる。

 流石に簡単には耐えきれず、顔を顰めてしまう。

 

「マイン、ラティス、大丈夫? 全然目覚めないから心配したのよ」

「……母さん?」

 

 マインの頭をゆっくりと撫で、顔を覗き込んでいる女性は自分の母親で、自分の名前はラティスだと言うことが記憶から出てくる。

 言葉も分かるようになり、受け入れは一応終わったみたいだった。しかし、少々辛いので優しめに流せないのだろうかと考える。

 

「気分はどう? マインは頭が痛そうだし、ラティスは顔色がまだ悪いわね」

 

 自分達の額へ向かう指が、いくつかの色で染まっている。染物関係の仕事だからだろう。前世の記憶があるので少し微妙な気分になってくる。

 

「……まだ、頭痛い。寝たい」

 

 マインの言葉に便乗して返事をする。

 

「そう、ゆっくり休みなさい」

 

 そう言って寝室から母親が出ていく。言葉の通り寝てもいいが、やる事は既にあるのでそれをやっていく。

 まずは流れ込んできた記憶を改めて一から見ていく。そこまで生きていないことや既に覚えていないこともあってか、記憶の中で見ただけでは中々理解出来ない語彙があった。

 元々のラティスが理解出来ていなかったからだろう。しかし、下地はあるので、覚えるのはそう難しくないと判断出来る。

 

「母さん、ごめん……」

 

 マインが呟くように言ったその言葉が耳に入ってくる。死んでしまった事実を改めて突きつけられ、色々な感情が湧き出て複雑に絡み合った結果だろう。

 

 俺にはもう家族はいないからな。

 

 自分の事も少しだけ思い出したが直ぐに元の思考に切替える。

 最期の記憶は辛く苦しいことが刻まれ、少しずつ薄れていく意識に逆に安心して逝ったことがわかった。

 俺がここにいる理由は、死んでしまった体に憑依したと考えれば良いだろうか。前世を思い出したというよりは自然だろう。

 

「どっちでもいいよね。これからマインとして生きていかなきゃいけないのは変わらないんだし……」

 

 マインが割と大きな声で独り言を言う。普通に聞こえる声量なので、こちらは声を出さない方が懸命だろう。

 次は魔力について考える。マインと一緒に寝込んでいるのと記憶を考えれば、身食いである事はおそらく確定だろう。体の内側を探ろうとすると、熱を持った何かがあった。これが魔力だろう。

 これをどうするべきだろうか。将来的には圧縮していきたいが、下手に圧縮し過ぎると死ぬことになる可能性が高い。それは避けなければならない。やらない訳では無いが。

 今の状況でやれる事となると本当に少ない。圧縮はそれなりでいいとして、出来るならば魔力の扱いには慣れておきたい。

 魔術関連は基本的に触れられないので、魔術具関係も難しい。体内で動かす練習程度だろう。下手にやってしまえば処分も考えられなくはない。

 後は魔力感知だろうか。薄く体外に広げるのは身食いの場合危険度が跳ね上がると考えられるが、出来ないよりは出来た方が良いだろう。

 

 ……今の所は本当に出来ることが少ない。あの人に会って告白する為にも準備しておきたいが、当面待つしかないか。

 序盤はそもそも行動が縛られ過ぎているからな。やりたい事があったとして、出来ることはほぼ無い。

 

「マイン、ラティス、起きてる?」

 

 丁度区切りがついた時にトゥーリが入ってきた。俺達の姉だ。三つ編みをしているが、母であるエーファと同じでパサついている。

 

「トゥーリ、『本』持ってきて?」

 

 ご丁寧に本の部分が日本語になっているようだ。この世界の人に日本語は通じないだろう。聞いた事がない単語だからだろう。記憶を元にしてもこの世界の言語になっていない。

 

「トゥーリ、お願い」

 

 マインの言葉にトゥーリはキョトンとした顔になった。何を言っているか分からないからだろう。

 

「え?『本』って何?」

「何って……えーと、『絵』や『字』が『書かれた』もので……」

「マイン、何言ってるかわからないよ? ちゃんとしゃべって?」

「だから、『本』!『絵本』がほしいの」

「それ、何? わからないよ?」

 

 トゥーリが本気で不思議に思っているからか、通じていない事にマインがイラつき始めた。

 

「あぁ、もう!『翻訳機能、仕事しろぉっ』!」

「マイン、なんで怒るの!?」

「怒ってない。頭が痛いだけ」

 

 傍から見ればただ姉に八つ当たりしている妹にしか見えないだろう。しかも勝手に自分の都合で。

 

 ……いや事実だけど。

 

「……まだ熱あるから怒るの?」

 

 トゥーリが心配して熱を計ろうとする。しかしその手をマインは掴む。

 

「まだ熱いから、うつるよ?」

 

 姉が自分に触ることで病気が移ってしまうことを危惧する心優しい妹のようだ。

 

 ……避けたな。いくらなんでも可哀想……日本に慣れてたらそうもなる、のか?

 

「そうだね。気を付ける」

 

 何かを決心したような顔をしているマインを、どことなく仕方なさそうな表情を含ませたトゥーリが見ている。

 

「トゥーリ、夕飯の支度を手伝ってちょうだい」

「はい、母さん」

 

 どこからかエーファの声がして、トゥーリがバタバタと駆けていく。

 子供でも労働力として数えられているものの、俺達は体が弱く直ぐに倒れるから入らないだろう。

 少しすると、またもやダンッ! ダンッ! という音が聞こえてくる。何度考えても料理でこの音は中々だと思う。

 エーファや帰ってくるであろうギュンターの事もせめて父さん母さん程度にはしなければならない。意識すれば問題ないので気負う必要はないが。

 

 マインが寝始めたので、そろそろ寝た方がいいだろう。魔力の圧縮はまだだが、閉じ込める感覚は早く掴みたいのでこの熱の間に始めていきたい。

 できるなら寝ながらでも魔力を動かせるようになりたい。何があるか分からないので、こういった無意識下でも動かせるようにしておいた方が後々便利だろう。原作で出なかったはずなので、出来るかどうかは分からないが。

 

「ただいま」

「おかえり、父さん」

 

 どうやら父さんが帰ってきたらしい。とはいえ、高熱を出している俺達が夕食に参加するのは難しい。

 とりあえずこの熱を治すことをしよう。大人しく寝て体を治すのだ。

 




はい、本編開始です。
別に底辺って程でもなければ下克上が主目的でもありません。結果的に下克上っぽくなるだけです。(多分)
まあその為にタイトルをこうしてるんですけどね。


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マインの手伝いはせずに観察

 あれから三日経ち、ある程度回復した。熱も下がり初め、この世界での食事もした。

 日本に比べると味は薄味で旨味も微妙だった。料理に関する技術もそこまで無いのだろう。そこまで不味い訳では無いのが有難い。

 魔力関係も出来ることは毎日やるつもりだったので、この三日間も練習はした。中々難しいが一週間程で圧縮もどきは出来るだろう。

 

「マイン、ラティス、終わった?」

「うん」

 

 マインと同じく返事をし、皿を受け取りにきたトゥーリへ空になった皿を渡す。まだ大人しく寝なければならないので、ベッドへ横になる。

 

「ちゃんと寝ててね、マイン。ラティスは大人しくしてるんだから」

 

 実は、この三日間寝室から出ていない。

 基本ずっとベッドにいて、トイレの時だけベッドの外に出られる。

 知っていたとはいえ衝撃的なトイレ。なんと寝室にあるおまるにするのだ。現代人からしたら相当な羞恥プレイである。

 

 ……おむつをするよりはなんというか新鮮味がある分マシ……か?

 

 家族全員そうしており、この世界では当たり前のことで、その後中身は窓から放り投げる。その光景は最早面白く感じる。

 

 ……せめて肥料にするくらいして欲しくはあるよな。街中にポイは物理的にも精神的にもどうなのだろう?

 

 そんな中でお風呂なんてあるはずもなく、マインはそれについて訴えた後、家族に変な顔をされながらなんとか体を拭いてもらっていた。

 ついでに俺もやって貰ったが、何故か変な顔はされなかった。おそらくは、真似っ子かなにかだと思われたのだろう。

 臭いはするものの、汗は拭けたので意味は多少あっただろう。

 

 ……身代わりマイン、あざっす!

 

 原作を知っているとはいえ、絶対に少しずつ変化していくだろう。頼りすぎないようにしながら進めていくしかない。

 ある程度の価値の情報として捉えておけば問題は無い。特に設定云々は有益だ。

 たしか今日はマインが家の中を探索するはずだが、手伝いはせず大人しく寝ておく事にする。

 魔力を弄り始めた影響か、マインに比べると治りが少しだけ遅い。上手く弄れていれば問題は無いだろうが、始めたばかりだからだろう。

 差が大きい訳では無いものの、そのうち、という事もあるだろう。気をつけるようにしなければ。

 

「マイン、寝てる?」

 

 ドアからひょっこりと顔を出したトゥーリ。トゥーリのひょっこりは可愛いが万人がそうではない。例えば、あの蝶ネクタイの人とか。

 そしてマインだけ警戒されている。これは可哀想だが、当たり前だろう。

 意識が戻る度にベッドから抜け出し、家の中を彷徨いてはぶっ倒れるのだ。誰だって心配はするし家族なら尚更気にするだろう。

 

 ……当の本人は自覚がないんだよな。残念な事に。

 

 昼間は仕事に出かける母親から子守りを頼まれているトゥーリは、本気で心配している。

 マインが小柄な事もあり、トゥーリでも暴れたり倒れたりするマインを運ぶことが出来るのが良かったと常々思う。

 

「いつか絶対に『下剋上』してやる」

「マイン、何て?」

「……ん? 大きくなりたいなって」

 

 本音がダダ漏れである。下克上なんて言う事は無くなる筈だったが、この頃はこんな感じだった。

 そんな言葉の意味に気づくはずもなく、トゥーリは困ったように笑った。

 

「マインが病気しなくなったら、大きくなれるよ。病気ばっかりだから、ご飯も食べられなくて、5歳なのに3歳に間違われることもあるんだから」

 

 これは俺にも適用される。男という事もあり多少は伸びやすいものの、差がでる成長期はまだまだ先なので、似たような体質のマインとはあまり変わらない。

 おそらくは一メートルもないだろう。間違われない訳が無い。現代ならば、病院へ行った方がいいかもしれない。

 

「トゥーリは大きい?」

「あたしは6歳だけど、7~8歳に間違われることが多いから、ちょっと大きい方じゃない?」

「そっか」

 

 一歳差の筈なのにこの差。身食いの大変さがよくわかる。

 マインは素っ気ない返事をしているようだが、その顔は完全に諦める気のない顔だ。

 

「母さん、お仕事に行ったから、お皿洗ってくるね。絶対にベッドから出ちゃダメよ。寝てないと病気治らないし、治らなかったら大きくなれないよ?」

「わかった」

 

 マインは昨夜から良い子を演じているが、トゥーリが外へ行く時間を見計らっているのだろう。

 

「じゃあ、行ってくるね。いいこで待ってて」

「はぁい」

 

 マインが待ち望んでいた時間がやってくる。

 トゥーリは外にあるであろう共用水場へ向かったのだろう。食器の籠を抱えていた筈だ。

 そして鍵をかけたのかガチャンという音がして、足音が遠ざかっていく。

 完全に聞こえなくなった辺りでマインがそっとベッドから降りる。

 寝たふりをしている俺の事は眼中に無いのか、起こさないよう音に気をつける程度でこちらを向く様子も無い。

 

 まだ家族とかそういう頃じゃないとはいえ、もう少し考えようぜ?

 

「ここにあれば、話は早かったんだけど……」

 

 この部屋は本棚は勿論無い上に、ベッドに木の箱に籠程度しか目立ったものはない。

 横にある籠には木や藁で作られた子供用のおもちゃがあるものの、流石に遊ぶ気にはなれない。

 

「ぃやぁ……」

 

 マインが本気で嫌そうな声を出した。この三日間も嫌そうな顔をする場面があったので、そのせいだろう。

 この家は土足の習慣なので小さな砂が足の裏に引っ付く。

 マインは靴を取られているので、その状態になっているのだろう。これぐらいは慣れなければならない。

 

「くっ、高すぎ……」

 

 寝室のドアノブはそれなりの高さ、背伸びをしてようやくといった場所にあるので、回すのは困難だろう。

 

「ふんぬぅ……」

 

 踏み台として木箱を移動させようとしているのだろうが、俺達レベルだと力が無さ過ぎてビクともしない。

 

「マジで早く大きくならなきゃできないことが多すぎるよ、これ」

 

 次は親の布団を丸めて踏み台にし始めた。自分の布団が汚れるのが嫌なのだろう。

 

 ……序盤こんなだったっけ? いや、こんなだったか。

 

「へわっ!?」

 

 大声を突然出してどうしたのかと顔を向けると後ろ向きに転がり始めていた。

 

 ……何してるんだろ、ほんと。

 

「うわわわっ!」

 

 そしてそのまま転がっていった。布団からも出て床に頭を打った。

 

「いったぁ……」

 

 痛そうではあるが自業自得だし、ドアは確かに空いたので問題ないだろう。

 

「やった。開いた!」

 

 予想通り何事も無かったかのように飛び上がって喜んだ。そしてドアを開け放ったが、両親の布団がそれに巻き込まれて移動した。

 そこまで詳しく見えないものの、あの辺だけ床が綺麗になっている。両親が可哀想だ。

 そのままマインは台所の方へ行ってしまう。絶望して倒れないことを祈る。

 

 この家の構造はそこまで難しくない。そもそも部屋数も寝室、台所、物置の三つ程だ。

 活字すら殆どなく、たしか市場にあるぐらいの筈だ。

 平民は文字を読むことすら出来ないため、文字を使う事も無い。学ぶ事が無いからだ。

 現代知識があるとはいえ、別言語なので文字を覚えるのは少し苦労するだろう。

 転生ものにしては恵まれていない方かもしれないが、これぐらいが普通な気もする。

 ガチャンという音や足音がするので探索はしているのだろうが、残念な事に一向に見つからない筈だ。

 

「……ない。全然ないっ! 一つもない! 何なの、この家!?」

 

 マインの叫びが聞こえてきた。心の底から思っていることだろう。

 本どころか活字もない。本なんて無いと考えてもなんら不思議はない。

 

「マイン! なんで寝てないの!? 靴もないのにベッドから降りちゃダメでしょ!」

 

 トゥーリが丁度帰ってきたようで、ベッドに居らず台所にいるマインを叱る。

 声はあまり聞こえないが、マインが泣いている事がわかる。直ぐにこちらに運ばれるだろうが、今日はとにかく泣いて意識は本にだけ向けられているだろう。

 出来ることなら教えてあげたいが、変な事をしてあの人に会えなくなるのは避けなければならない。

 当面はサポートに回るが、マインはかなり可哀想である。挫けず頑張ってほしい。

 とりあえず、寝たふりは続行してご飯時に起きたことにしよう。それまでは魔力弄りだ。マインは気づかないだろうから。

 ……神への祈りって、今からでも少しぐらいは意味あるか? やっておくに越したことはないだろうし、祈りは捧げておこう。

 




手伝いはしません。寝たふりです。
マインもですが、ラティスも中々酷いですね。


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文字との出会い

 昨日はマインが凄かった。大泣きをしていたためか家族も少しそっとしておくような形になっていた。

 そんな中で大人しくしていた俺はなんとなく有り難そうに見られた。

 

 ……マインと比べればねえ。

 

 今日は熱が下がったので元気と言える程にはなった。頭痛もしないので妙にスッキリしている。

 

「二人とも、熱は下がったわね」

 

 母が洗い物を終えたばかりの冷たい手で俺とマインのおでこに触る。マインは泣いたおかげで腫れた目にもあてられていた。アイシング代わりにはならないだろうか。

 

「ねぇ、マインとラティスが元気なら、今日は一緒に買い物行こうか?」

「え? 母さん、お仕事は? わたし、熱下がったのに、仕事休んでいいの?」

「母さんが良いって言うなら行きたい」

 

 無難に返したが、行ってみたいと言っていたら怪しまれただろうか。記憶のほとんど無い頃に行っていたら危なかったかもしれない。

 すると首を傾げるマインをみて、母さんが悲しそうに目を伏せた。

 

「トゥーリもマインの看病ばかりじゃなくて、少しくらい外に行かせてあげないと可哀想だし、昨日はあんたが泣きやまなくてトゥーリが困り果ててたし、マインが寂しがって泣いてるんじゃないかって言ってたから、周りの人達に無理言って休ませてもらったのよ」

 

 殆どマインのせいであり、マインのおかげだ。かなり迷惑ではあるが、優しさが滲み出ている。これで少しは感謝するだろう。

 

「ご、ごめん、なさい」

「マインが謝ることじゃないでしょ。病気の時は心細いものだからね」

 

 ……これは口だけの感謝だろう。多分、頭の中ではどうでもいいと思って本だけだったはずだ。罪悪感はあるだろうけど。

 

「トゥーリはみんなと一緒に近くの森へ行くけど、病み上がりのマインはまだ無理だからね。母さんと買い物に行こうか?」

「うん!」

「あら、急に元気になったじゃない」

 

 やっぱり母さんといられるのが嬉しいのね、と母さんが嬉しそうに笑っている。

 マインも母さんに向けて笑顔を送っている。

 

「ふふっ、楽しみなんだもん」

 

 誤解を解く気は無いが内心は本があるかもと張り切っていることだろう。

 悲しいことに買って貰えるような本なんて無いのだが。

 

「じゃあ、母さん。行ってきます」

 

 トゥーリが満面の笑みでドアから寝室を覗き込んできた。久しぶりに子守りから解放されるので嬉しいのだろう。

 

「みんなと一緒に行くんだよ。気を付けてね」

「はーい」

 

 トゥーリは大きな籠を背負って、弾むような足取りで駆けていく。薪拾いをしに行くのだ。ついでに木の実や茸も探しに行くらしい。

 この世界には学校なんてものはなく、子供は全員手伝いか仕事をしている。

 もう少し歳を重ねると仕事の見習いを始めることになる。それは俺にも当てはまる。特にやりたい仕事はないが、商人見習いが妥当だろう。

 マインに着いていくのでその流れで俺も商人見習いをするつもりだ。やらなくても良いなら見習いはしなくてもよかったのだが、これが常識なのでやらない訳にはいかない。

 

 ……円滑に進むよう調整していかなければ。

 

「じゃあ、マイン、ラティス。わたし達も買い物に行きましょうか」

 

 初めてのお出かけであるが、もっふもふになるぐらい着込むことになった。ダメージが少なくなりそうだ。

 今の季節は冬らしく、家の中ではそこまで寒くないのだが、外は相当寒いのだろう。

 準備が済み、いざ外に出ると猛烈な寒さだった。

 

 寒い上に臭いとか。慣れれば平気そうとかそういう問題じゃないだろ、これ。

 

 階段を降りていくが階数が多い。降りきって数えてみれば7階建ての5階に我が家があるようだった。

 急な上に長いので降りきった時にはかなり体力を消耗した。

 

 この体思ったより体力が無いな。安全を期して少しずつつけていくしかないな。不便だ。

 

「ぜぇ、ぜぇ……。母さん、息、苦しい。ちょっと待って」

「まだ家を出たところなのに、大丈夫?」

「ん。大丈夫。行く」

「ラティスは大丈夫?」

「うん、平気」

 

 集合住宅のすぐ側には共用の井戸があった。小さな広場のようにもなっていて、文字通り井戸端会議がされてそうだ。

 普段トゥーリや母さんが使っているのはここだろう。

 

「母さんは洗濯した?」

「えぇ、もう終わってるわ」

 

 おそらくマインはまだ薄汚れていることを気にしているのだろう。洗剤の改良を考えてそうだ。

 一本だけ表通りに繋がっている道を通ると大通りに出た。

 正に外国といった街並みで、石畳の道に荷馬車やロバのような動物が行き交い、両脇には店が並んでいた。

 マインはそんな街並みを見て目を輝かせていた。

 

「母さん、どのお店に行くの?」

「まぁ、マイン。何を言っているの? わたし達が行くのは市場よ? お店にはほとんど用がないもの」

 

 ここにあるしっかりとした店はお金がある人が使うものらしく、貧しい庶民は市場の立つ日に買い物をするらしい。

 本屋は無いはずだがマインはそれを知らず、懸命に探している。

 

「あ、お城?」

「あっちは神殿よ? マインもラティスも7つになれば、洗礼式で行くことになるわ」

 

 白っぽい石造りでどこか威厳のある雰囲気が漂う建物はなんと神殿らしい。

 

 あれが本物の神殿か。なんとなく感慨深いな。

 

「母さん、あの壁は?」

「城壁よ。中には領主様のいらっしゃるお城やお貴族様のお屋敷なんかがあるわ。まぁ、わたし達にはあまり関係ないところね」

「ふぅん」

「へー」

 

 あの奥にあるのが貴族街なのだろう。パッと見ただの高い石の壁だが、何か仕組みがあっただろうか。無かったとは思うが。

 

「じゃあ、あっちの壁は?」

「あれは外壁。街を守る壁よ。この道を真っ直ぐ行ったところにある門で、父さんが仕事をしているでしょ?」

「……父さんが?」

 

 門番の仕事は大変そうだが、誰も通らなければ多少楽になるのだろうか。気になる所だ。

 そういえばこの街は結局大きいのだろうか。この領の中では一番だろうが、国的にはどうなのだろうか。どうでもいいことだけれど。

 

「マイン、ラティス、市場に行きましょう。いいものがなくなってしまうわ」

「うん」

「はーい」

 

 市場へ向かいつつ、マインと同じように周りを確認する。

 店についている看板はイラストばかりで記号らしきものすら見当たらない。

 分かりやすいものの、店名で名指し出来なくて不便なことは無いのだろうか。

 

「マイン、ラティス、人が多いから、母さんから離れちゃダメよ」

「……ぅん」

「はい」

 

 マインが少し絶望しかけた顔をしているうちに市場へ着いた。

 露店がぎっちりと並び、多くの人が行き交っている。少し前までの日本の屋台ぐらいはあるのではないだろうか。最近は減ってしまったが。

 

「母さん、あれ! 何か『書いて』ある!」

 

 何かある度マインが聞いてくれるので助かるが、少しは落ち着けないのだろうか。今回は初めての文字なのでしょうがない気もするが。

 かなり興奮しているのか、マインの顔が紅潮している。倒れないように本気で願う。

 

「あぁ、値段よ。いくらで買えるかわかるようになっているのよ」

「なんて書いてあるの!?」

 

 いきなり元気になったマインに母さんが驚いているが、しっかりと答えてくれている。

 その後手当り次第になんて書いてあるか聞いていき、知っている数字と書いてあるものが繋がったようで、ついに読めるようになった。

 

「じゃあ、これは30リオン?」

 

 マインは自分の読んだ数字があっているか聞き、反応を見つめる。

 本来数字なんて知らない筈で読める訳がないのだが、しっかり正解したマインに母さんが目を瞬いた。

 

「こんなにすぐに覚えてしまうなんてすごいわ、マイン」

「んふ~」

 

 マインが喜んでいるところ悪い気もするが、一応マインへのアピールとして俺も適当に読むことにする。

 

「……じゃあこれは20リオン?」

「あら、ラティスも覚えたの? 二人とも凄いわね」

「ラティスも? ……以外と普通なのかな?」

 

 息子も読めることに驚いている母さんの傍で、マインが認識を改めようとしている。

 

 ……失敗ではないよな? まあその内正しく変わるだろ。

 




なんとも難しいですね。なるべく原作と同じように進めるつもりですが、辛い所は多そう。


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生の加工って刺激が強いよね

「じゃあ、後はお肉ね。そろそろたくさん買って、塩漬けや燻製にしておかなくちゃ」

 

 野菜や果物を買い終えた母さんが市場の奥の方へと入っていく。肉を売っているのは外壁に近い辺りに並んでいるかららしい。

 

「なんでたくさん買うの?」

「冬支度しなくちゃいけないでしょ? この時期は、どの農家でも冬が越せるだけの家畜を残して、他を潰すから、一年で一番肉がたくさん売られる時期なのよ。動物達も冬籠りに向けて栄養を付けるから、脂の乗った美味しい肉が手に入るわ」

「……えーと、冬って、市場もなくなるものなの?」

「当たり前でしょ? 冬に採れる野菜なんてほとんどないじゃない。市場が開かれる回数はぐっと減るわよ」

 

 雪の冷蔵庫ってこういう時に使うんだっけ? さすがに覚えてない。でもあれはたしかいい効果があったような。覚えてないけど。

 昔は冷蔵庫なんて便利なものはないから各々で冬の間の諸々を準備しなければならなかった。それはこっちでも同じだろう。

 

「……冬支度なんて、したことないよ」

「何か言った?」

「ううん」

 

 そりゃそうだろう、とツッコミたいが必要ないので大人しくしておく。手伝わされそうだが、どこまでやらされるだろうか。

 

「……く、臭い」

「肉の匂いよ」

 

 肉屋に近づくにつれ少しずつ異臭が強くなっていく。マインは少しずつ涙目になっていく。

 

 ……早々嗅ぐ機会などないが、この臭いはたしか本物のやつ。

 

 肉屋に辿り着くと、そこにはよくあるベーコンやハムの他に、まだ少し動物の形を残したもも肉が並べられていた。店の奥には血抜きされた動物がぶら下がっていて、現代日本人なら大抵はアウトであろう見た目になっているうさぎや鳥が並んでいる。

 

「……」

「ひぎゃあああぁぁぁ!」

「どうしたの、マイン!?」

 

 マインもその中の一人のようで、見た瞬間に叫んだ。目が完全に見開かれているため、閉じたくても閉じられないのではないだろうか。

 

「マイン!? マイン!?」

 

 母さんが必死に呼びかけて揺さぶるがマインはそれに対して反応していない。

 その時、豚が悲鳴をあげながら解体され始めそうになり、周囲の人々が今か今かと待ちわびている光景が繰り広げられた。

 

「ひぅっ!?」

「……あらら」

 

 小さな悲鳴を上げて、マインはその場で気絶した。そのすぐ後で豚は解体され始めた。

 

 

 

 

 

 倒れたマインを急いで抱えて近くの酒屋へ行き、気付け用かもしれない酒を買ってマインに飲ませる。

 

 気付けとして酒のようなものをマインに飲ませようとする母さんは、現代なら捕まりそうだと思わなくもない。

 ブランデーは気付けとして有名らしいが、実際はどうなんだろうか。今はちゃんとした薬があるので詳しくはない。

 

「ぅえほっ! げほっ! ごほっ!」

 

 無理やりアルコールを飲まされたマインは思いっきり咳き込みながら飛び起きる。

 匂いでもわかる程のアルコールなので、相当キツいだろう。

 

 

「マイン、気が付いた? よかった。気付けが利いたのね」

「こほっ!……母さん?」

 

 ホッとした顔でマインを抱き締める母さん。マインの心の中では激しいツッコミが行われているだろう。

 

「さぁ、マイン。気が付いたなら、お肉を買いに行くわよ」

「ぅえっ!?」

 

 マインがあの光景を見たせいで倒れたという事に気付いていないとはいえ、さすがに可哀想だ。鬼畜と思われていそうだ。

 

「……えぇっと、まだ気持ち悪くて……ここで座ってる。母さん、行ってきて」

「え? でも……」

 

 渋る母さんを見てマインはくるりと後ろを振り向き、酒屋のおばさんに頼み込み始めた。

 

「あの、おばさん、ここで待たせてください。迷惑かけないように、じっと座ってます」

「小さいのにしっかりしたお嬢ちゃんだねぇ。酒も買ってもらってるし、いいよ。早く買い物を終わらせておいで。気持ち悪いと言ってる子供を連れ回して、また倒れたら大変だろ?」

 

 酒を買って貰っているからか、笑いながら軽く請け負ってくれた。

 すると隣の雑貨屋のおじさんが、気の毒そうにマインを見て手招いた。

 

「店の中の方に入っていれば、さらっていくような奴もおらんじゃろうし……」

 

 承諾を得たマインは心底ホッとした表情をした。母さんも一応納得したようで俺を連れて肉屋へ戻る。  きっとマインは少し暴走するだろうが、酷い事態になる前に戻れるようにしたい。

 

 

 

 

 

「そ、そんなっ!?」

 

 肉屋での買い物が終わり、預かってくれていた雑貨屋へ向かうと、マインの驚いたような声が聞こえてきた。

 

「マイン、お待たせ。行くわよ」

「母さん、ラティス」

 

 母さんがマインに声を掛けると、マインが突然泣き出した。本についてが理由だった気がする。

 

「どうしたの、マイン? 何かされたの!?」

「ち、違う、違う!」

 

 そう言って店主へ剣呑な目を向ける母さん。普通そうなるが、やられた方はたまったもんではないだろう。

 

「さっきのやつのせいじゃない?」

「そ、そう。この辺が気持ち悪いの。母さん、さっき何飲ませたの? 起きてからずっと変なの」

「……あぁ、気付けの酒が利きすぎたのかもしれないねぇ。家に帰ったら水を飲んでおとなしくしてれば大丈夫よ」

 

 フォローのようなことはしたが、必要は無かっただろう。母さんは納得しているので良かった。

 あれ程のアルコールは体に悪いだろうが、この世界では大丈夫なのかもしれない。

 母さんはマインの腕を引っ張り帰ることを促す。マインは店主二人にニッコリ笑った。

 

「座らせてくれてありがとう」

 

 頭を下げずに笑顔で済ませたが、二人が笑っている以上、この世界ではこれが正しいだろう。

 笑顔で見送ってくれた辺り、仲良くなっていそうではある。

 

「マイン、まだ気持ち悪い?」

「……うん」

 

 マインは行きに比べると極端に口数が減り、返す言葉も少なくなった。おそらくはまた絶望しているのだろう。

 これだけの街に本屋がないのであれば、この世界に本屋が無いのではと過大に考えて。合ってると言えば合ってるとは思うが。

 

 外に出たので少しだけ出来るようになった魔力感知を試してみたが、そもそも魔術具が無いからか感知出来るものは無かった。

 薄く広がっている筈だが、出来ているかは確定出来ないので、早い内に確かめられるようにならないだろうか。

 

 ……てか、広げてるつもりになってるだけで魔力なんて動かせてなかったりして。何それ、泣いていい?

 押し込む感覚は出来てるから出来てる気もするんだがなあ。

 

 あの集合住宅に近づいてきて、マインの方が気になって見るとさっきまでの絶望した顔が何かを決意した顔になっている。

 作るつもりなんだろう。何処まで手伝いに入れるかは分からないが、始めから入らなければいけない。なるべく着いていくようにしよう。

 まだまだ道は長いな。

 




中々主人公が喋らないですね。口にしないだけですが。別人視点をやるべきかどうか……やるとしてもマイン以外は難しそうです。


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マインって姉か妹、どっちなんだろうか?

下剋上の剋の字が間違っていることに今更気づいた……一回死ぬべきなのでは?(申し訳ございません! 修正していきます……)


 こちらの世界に来てからマインは毎日体を布で拭いてもらっている。贅沢にお湯を使って。俺も便乗しているが。

 この家でお湯はどれだけ貴重なのか気になる所だが、まあ許してるなら問題は無いだろう。大変だろうが。

 トゥーリが何かを言って辞めさせようとするが、何がなんでも辞めないからか、寝室の一角が湯浴みスペースとなっている。

 

 この前は髪を結いたくても結えなかったからか、簪もどきを作って貰っていた。その際、トゥーリが大事にしている人形の足を折ろうとしていた。

 

 正直笑いそうになった。記憶はどこへ行ったのか。

 

 その後トゥーリに細かくここをこうして欲しいと言いつつ、簪もどきを完成させた。

 それを使い、上の半分程を巻いて結い上げた。前から見ると突き刺さって見えるので少し面白い。最初の発明は簪だった。

 マインの伝説はここから始まるのだ。

 

 

 

 

 

 とある日にトゥーリが色々採って帰ってきたのだが、マインが油欲しさにハンマーでメリヤの実をぶっ叩いた。

 

 トゥーリから分けて貰ったとはいえ、貰って直ぐに叩くのはどうなのだろうか。巻き込まれなくてよかった。

 

 おかげで悲惨な現場になったが、その後教えて貰いつつ油を取り、簡易ちゃんリンシャンという懐かしい気もする名前のシャンプー兼リンスを作り出した。

 これによってこの家の女性陣の髪はサラサラツヤツヤみたいになった。

 今まではよくて石鹸をそのまま使っていたので、かなりボサボサな上、髪も傷んでいただろう。

 トゥーリも母も自分から使いに行った辺り、いつの時代もどこの世界も女性というのは美容関係への興味は凄いと感じた。

 

 ……マインは微妙だけど。

 

 

 

 

 

 またある日。ついに重要人物が登場した。

 今日は母さんが仕事に行ったため、家にはトゥーリとマインと俺の三人だけだ。

 マインが何かを言いたそうにこちらを見ている。昨日のことを考えるときっと紙についてだろう。

 

「トゥーリ、ラティス、『紙』ってどこに売ってるか知ってる?」

「……?」

「何て言ったの、マイン?」

「だから、『紙』……あ!」

 

 明らかに日本語だったが、トゥーリと俺の表情を見て通じていないと気づいたようだ。

 日本語が通じないことが不便で仕方なさそうな顔をしているが、何がなんでも本を作ろうとする意気込みは見える。

 

 ……日本語を懐かしく感じる日が、いつかくるんだろうか。心残りは無いとはいえ、あの人を知ることが出来た世界の事は忘れたくないものだ。

 

「……知らない、よね?」

「うん」

「ごめんね。わからないみたい。面白い言葉だね」

 

 マインがガクンと項垂れ、深い溜息を吐いた。

 本がない。本を作るための紙がない。同じように必須なペンも無い。

 作るために必要な道具すら無い状況だ。かなり大変だろう。

 

 ……そんな状況から始めるとか。行動力の塊だよな。マインって。

 

「あーっ! 父さんったら、忘れてる!」

 

 いつの間にか台所へ移動していたトゥーリの声が響いた。のっそりとマインが向かったので着いていくと、トゥーリが何かの包みを持っていた。

 今朝、父さんが寝起きのぼへーっとした顔で「今日の仕事に使うから出しておいて」と、朝の忙しい時間に言いだして「なんでもっと早く言わないのよ!?」と母さんの機嫌を急降下させた物だ。

 

 結婚したら相手の行動に気をつけないと、いつか後悔するんだ、ってね。

 

 わざわざ物置から引っ張り出して来ていたので、忘れたと知られたら、父さんはお亡くなりになるだろう。

 

「トゥーリ、きっと母さん、怒るよね?」

「マインもそう思う?」

 

 全世界共通で母の怒りは凄い。俺はあまり関係無かったが、普段温厚な人ほどそのギャップは凄いので、きっと相当だろう。

 

「トゥーリ、これ、父さんに届けた方がいいよね?」

「……うーん、でも、マインとラティスだけにするのは……」

 

 マインは色々とやらかしていて信用は底を這いつくばっている。俺はその流れで巻き込まれているだけだろう。

 

 ……まあこの歳で放置ってこと事態が少し危険そうではあるが。

 

「父さんもないと困るよね?」

「……マイン、門まで歩ける?」

 

 このままでは俺だけ留守番になるだろう。だがしかし、ここで放置される訳にはいかない。

 

「が、頑張る」

「マインが行くなら俺も行く」

「……マインが心配だけど、ラティスも行くなら手伝ってね」

 

 ……手伝いを要求されるのは別に良いのだが、マインは俺の知らない所でもやらかしているのだろうか。同じ家にいたはずだが。

 

 母さんと出掛けた時と同じように何枚も服を着込むことになった。動きずらさは制服以上だ。いくら冬でも少し暑い。

 

「トゥーリ、重くて動きにくいよ?」

「でも、全部着ないと、どれも継ぎ接ぎが当たっている服だから、どこから風が吹きこんでくるかわからないでしょ? 特に、マインは風邪を引きやすいから、ちゃんと着なきゃダメ」

 

 大人しくとは言っているものの、俺は発言しなさすぎなので、めちゃくちゃ良い子みたいに思われている節がある。

 別に良い子ぶっている訳では無いが、反抗することも無いので結果的にそうなった。

 マインに恨まれていないかは少し心配だ。

 

 

「マイン、ラティス、大丈夫?」

「ぜぇ、ぜぇ……ゆっくり、歩けば、大丈夫」

「うん、大丈夫」

 

 大丈夫とは言ったが、無理やり抑えているだけでかなり辛い。

 この体は体力が無いことはわかっているが、階段を降りるだけでここまで消耗するのは大変だ。

 マインは前回と同じくらい息切れしている。体力をつけるにはかなり時間がかかるだろう。

 

 道が石畳なのでかなり歩きにくい。でこぼこが激しいのだ。マインはトゥーリと手を繋いで自分の足元に全力を注いでいる。

 マインの速度に合わせるため少し遅いが、こちらも丁度良いので助かる。

 

「あれ? トゥーリじゃん! 何やってんだ?」

 

 少し先にいた背負子と弓を持った三人の男の子が近づいてくる。赤、金、ピンクの髪なのがまだ珍しく感じる。

 

 ……ルッツが来たわ。ついに登場だわ。otherストーリー出来る。詰まってるよ。ほんと。

 

「あ、ラルフ! ルッツとフェイも一緒ね!」

 

 記憶の中からルッツ以外の記憶も引っ張り出してくる。

 ラルフがトゥーリと同い年。赤毛で体格が良く、子供達のまとめ役のような存在らしい。雰囲気はさながらみんなの兄ちゃんだろうか。

 フェイもトゥーリと同い年。ピンク髪で、悪ガキそうな見た目をしている。関わる事は少なかったが、なんだかんだ優しい所もあるらしい。

 ルッツはラルフの弟で、金髪で俺達と同い年だ。マインに対しては背伸びをしたような発言が多い。今後も続くかは分からないが。

 三人はトゥーリが森に行く時によく一緒に行くメンバーらしい。俺やマインも連れて行ってもらったことがあるらしいが、前の俺は本当に大人しく、インドア派だったようで苦手としていたようだ。

 

 これから先、ルッツとは沢山関わる事になるはずだが、今はまだそんな気配はあまり無い。

 ……どっちでもいいが、マインは俺の姉なのか妹なのか。区別しているのかは分からないが、聞いてみてもいいかもしれない。

 

 

「父さんが忘れ物したから、門まで届けに行くの。ラルフ達は森?」

「そう。門まで一緒に行こうぜ」

「うん!」

 

 ラルフと話すトゥーリの顔は輝いている。余程森に行くことが好きなのだろうか。仲の良い友人と森にいる方がのびのびと出来るからだろう。

 

 そしてラルフ達と一緒に行くことになった途端、マインに合わせていた歩くペースが早まり、マインが足をもつれさせ、引きづられそうになる。

 俺は手は繋いでいなかったのでそんな事にはならなかったが、かなりの早歩きだ。

 

「わわわっ!」

「マイン!?」

「マイン!?」

 

 トゥーリがそれに気付き、足を止めたおかげでマインはなんとか転ばずにすんだが、その場に膝をついてしまった。

 

「ごめん、マイン。大丈夫?」

「……うん」

「……なぁ、マイン。オレ、背負ってやろうか?」

 

 おお、ルッツが助けに入った。スっと手を差し伸べるその姿は正に王子……悪ノリは辞めよう。

 

 しかし、記憶の中でも紳士的な行動をよく取っていて、マインに対しては庇ったり荷物を持ったりと、特におにいちゃんぶる事が多かったようだ。

 

「マイン、また熱出してたんだろ? 辛そうだし、背負ってやるよ」

 

 ……ルッツの体格ではまだ無理だろう。下手すれば潰れてしまう。

 

「ルッツが背負うんじゃ、いつまでたっても森に着かないって。オレがマインを背負うよ。お前はオレの弓を持て。フェイは背負子な」

「ラルフ兄……」

 

 残念ながら背負うことは出来なかったことに不満気なルッツ。将来はむしろやりたくなくなりそうなくらい手伝わされるので、頑張ってほしい。

 

「ルッツが一番に心配してくれたの。優しいね。ありがとう、ルッツ。嬉しかったよ」

 

 マインがルッツの手を握って褒める。それに対してルッツは照れたように笑い、弓を手に取る。

 

 無自覚だが、世界が世界なら何人落としていただろうか。最終的にはプラマイゼロだろうが。

 

「ほら、来いよ」

「うん、ありがと、ラルフ」

 

 俺は虚弱体質ではあるが、マインに比べるとあまり弱くないのでわざわざ気にかける人も少ない。

 記憶中でも静かに大人しく着いてくる場面が多いため、平気だと思われているのだろう。

 

 ……この体、本当に5歳児が耐えられるレベルなのだろうか?

 

「うわぁ、高ーい! 速ーい!」

「あんまり興奮するなよ? また熱出るぞ」

「うん。気を付ける」

 

 視点が大きく変わり、それに興奮したようだ。初めて飛行機や船に乗る子供みたいなものだろう。

 

 同じくらいの日本人に比べて、肉体労働が多いからか筋肉もありそうだ。そうでなければいくら1つ年上でも背負うのは厳しかっただろう。

 道は汚いどころの話ではない程の光景だが、慣れるしかないだろう。その内綺麗になるはずだが、当分後だった気がするので慣れてしまった方が早い。

 

「ラルフ、大丈夫? マイン、重くない?」

 

 心配そうにラルフに問いかけるトゥーリ。本当に良い姉だ。人気になる理由がよく分かる。

 

「いいって。マインはちっこくて軽いし、歩かせたらお前だって困るだろ?」

 

 ラルフが心配ないことを示すように体を揺すってマインを背負い直す。

 ラルフはトゥーリ狙いなのか、記憶の中でもちょくちょくトゥーリを手伝おうとしている。幼なじみの恋愛へ発展しそうだが、先にラルフへ黙祷すべきだろう。

 ラルフは頑張ってアプローチしているが、トゥーリはそんな事一切考えていないだろう。そもそも気づいていないのではないだろうか。

 この世界に対する思い込みで、自由な恋愛は基本的に無いと考えてしまうのだが、さすがにそんな事は無いはず。

 

「ホントだ。いい匂い」

「どれどれ?」

 

 意識を逸らしていた間に、トゥーリの三つ編みの香りを嗅ぐフェイとルッツの姿が見えた。簡易ちゃんリンシャンの効果が出ているのだろう。

 

「髪もすごい艶々だ」

「何したんだ?」

 

 最近はポプリのようなものや、ハーブオイルなども開発し、髪や匂いなどは大きく改善された。

 とは言ってもこの家だけの話で、ルッツ達や街の人は中々キツイ匂いだ。身も蓋もなく言えば、臭い。

 

「マインもいい匂いだ。それに、髪結ったら顔がよく見えて可愛くなったな」

 

 ルッツがマインの髪もトゥーリと同じように少しだけ引っ張って嗅ぎ、どう頑張っても一般人なら羞恥が激しく襲いそうな言葉を間近で目をしっかり合わせて発する。

 

 ……直接的な言葉って、あの人に言う機会ないよなあ。多分。

 

 マインがルッツの言葉によって完全に固まっているが、他のみんなは既に違う話題に移っていた。俺はただ黙々と着いていくがふととある事に気付く。

 

 ……俺も同じもの使ってるから、一応同じ匂いはするはずだよな? 気付かれなかったのか、やっぱり性別だからなのか。どっちでもいいが。

 




影が薄く、存在感ほぼ皆無なラティス。彼がガッツリ話すようになるのはいつなのか。きっと相当後だろう(多分)

 それと、アンケートの方を締め切らせて頂きました。ありがとうございますm(_ _)m
 結果として、ネタバレはありとさせていただきます。
 既にネタバレ要素は出ていますが、今のところはラティスの脳内で色々出てくるものとなる予定です……ので、原作崩壊は早々しません。ルートが少しずつ変わっていくだけです。
 最終的に全部出るし、原作既読勢の方が多そう(偏見) なので、ガツガツとはいかずとも、程々に出していく事にします。
 それではまた次の話で。


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現代でもまだギリギリ使われてたやつ

 あれからは何事も無く、無事に目的の南門へ到着する。東西南北に門があり、多少区分けはされているらしい。

 外壁は高く、10メートル近くあるのではないだろうか。勿論、厚みもしっかりある。

 前方には数人の兵士の姿が見え、父さんを見つけたらしいトゥーリが包みを持ち、大きく手を振りながら駆けだした。

 

「父さーん!」

「トゥーリ、どうしたんだ!?」

「忘れ物届けに来たの。これ、いるでしょ?」

 

 トゥーリがニッコリと笑って包みを手渡すが、父さんは驚いて目を瞬いている。記憶から分かるが、本当に表情豊かだ。

 

「あぁ、助かった。……ぅん? マインとラティスを放ってきたのか!?」

 

 父さんはトゥーリに全神経を注いでいるのか、ラルフ達やマインや俺に気付いていないらしい。視野が狭すぎる。

 

「ううん、一緒に来てる。ほら、マインはラルフが背負ってくれたし、ラティスは後ろから着いてきてる」

「え? あ、そうか」

 

 目に入っておらず、少し取り乱したことが気まずいのか、視線をさまよわせながらラルフの頭にポンっと手を置いた。

 

「背負ってもらって悪かったな、ラルフ」

「森に行くからついでだよ」

 

 わしゃわしゃと頭を掻き回され、迷惑そうな顔をしつつ、マインを背中から下ろす。そして、フェイとルッツに持たせていた自分の荷物を受け取る。

 

「ラティスも頑張ったな」

「うん」

 

 返事の仕方がイマイチ分からないので、適当に流しておく。精神年齢23歳なので、5歳児の普通の反応など分からない。元々大人しかったのが有難い。

 

「ありがと、ラルフ。ルッツとフェイもありがと」

 

 ラルフ達を見送った後、俺達は門内にある待合室へ入れてもらった。

 外壁の厚みはそれなりで、一般的な一部屋ぐらいの大きさの部屋なら作れる程にはある。宿直室もあるようで、会議室もあるのではないだろうか。

 待合室自体は、簡素なテーブルに椅子が数脚と、戸棚が一つあるだけの部屋だ。

 

「忘れ物を届けてくれるなんて、いい娘さん達ですね」

 

 父さんの同僚らしい人が水を入れて来てくれた。

 家からここまではそれなりの距離があり、トゥーリの足でも20分かかるらしい。

 そんな大変さの後でこうして休めるのはとても有難い。一気飲みはせず、少しずつ水を飲む隣でマインが一気飲みして、プハーッと大きく息を吐いた。

 

 誰でもやる事だろうが、なんとなくおっさんくさいのは刷り込みだろうか。

 

「ハァ。おいしい。生き返るね」

「マインはほとんど自分で歩いてないでしょ?」

 

 そんなトゥーリの言葉を聞き、周りの人が笑いだす。マインは膨れっ面になるが、事実なので反論は出来ない。

 少し和やかな雰囲気だったが、一人の兵士が慌てた様子で部屋に入ってきて、棚から木箱を取り出し直ぐに部屋から出ていった。

 

「父さん、何かあったんじゃない?」

「要注意な奴が門に来ただけだろう。そんなに心配することじゃない」

 

 マインがそれに対して敏感に反応するが、心配するに越したことはない案件な気もするし、他にも兵士はいるので問題ないだろう。

 

「要注意ってどんな人? わたし、見たことある?」

 

 トゥーリがそう言うが、全く危機感は感じていなさそうな顔をしている。ここら辺では犯罪等で危機を感じることがないのだろうか。

 

「あー、どっかで犯罪犯してそうな悪人面とか、逆に、領主に先触れを出した方がいいようなお貴族様とかだ」

「へぇ……」

 

 基準が曖昧なのは情報伝達や情報そのものが微妙だからだろうか。

 

「別の部屋で待ってもらって、街に入れてもいいかどうか、上が判断するんだ」

 

 まあそんなもんだよね。結局最後は上の判断に任せることになる。組織とはそういうものだ。

 少し経つと若い兵士が木箱と筒のように丸められた物を持って戻ってきた。

 手にした荷物を左手に持ち、父さんの前に立ちって、右手の拳で二回左の胸を叩いた。父さんも立ち上がり、姿勢を正して同じように胸を叩く。この世界での敬礼だ。

 

「オットー、報告を頼む」

「ロウィンワルト伯爵が城壁の開門を望んでいます」

「割印は?」

「確認済みです」

「よし、通せ」

 

 オットーさんはもう一度敬礼した後、マインの前の席に座る。そして木箱を机の上に置き、丸められていた物をクルクルと開く。

 それは羊皮紙のようで、オットーは道具箱からインク壺とペンのようなものを取り出し、羊皮紙に何かを書き始めた。

 

 ……このペン、葦ペンだったかなあ。美術で使うことがあるらしかったはず。専門学校とかだとは思うが。

 羊皮紙はまだ使ってる所があったはず。工房は極わずかだけど。知らない人もいるんだろうか。

 

「父さん、父さん。これ、何?」

「あぁ、羊皮紙だよ。ヤギやヒツジの皮で作った紙」

「こっちの黒いのは?」

「インクとペンだ」

 

 前世の記憶を掘り出していると、早速マインが興味津々で聞いている。目も輝いている。

 

 これ、この後のやつ、俺も貰えるか? 二つも持ってるだろうか。

 

「ねぇ、父さん。これ、ちょ~だい」

「駄目だ。子供のおもちゃじゃない」

 

 さあマインの全身全霊おねだりが始まったが、さすがに無理だろう。高過ぎるし。

 

「こういうの書きたい。欲しいの。お願い」

「駄目だ、駄目だっ! だいたいマインは字も知らないだろう?」

 

 なんとか振り切っている様にしか見えない父さんだが、娘に甘いせいで陥落しそうなのだろう。

 

「じゃあ、覚えるから教えて。覚えたら、これ、ちょうだいね?」

 

 ほんとに全力過ぎてこれが行動力の塊か、と思わなくもないが、自分もあの人のためならこんなもんだろうと思ったので深堀りするのをやめた。

 

「ハハハ、『教えて』だって……くくっ、班長は字を書くの、苦手でしたよね?」

 

 オットーさんがこの2人のやり取りに堪えきれなかったらしく、笑いながらそう言った。

 同時に、マインの顔が一瞬で冷え切った。こちらも父さんに負けず劣らず表情豊かだ。

 

「え? 父さん、字、書けないの?」

「多少は読めるし、書ける。書類仕事もあるから、字を読める必要があるが、仕事に関する以上の文字なんて全く必要としていない。余所からやってくる人達の名前を聞いて書くくらいだ」

「ふーん……」

 

 父さんを見る目が氷点下に入ったマイン。それを見て、オットーさんが態度を咎める。

 

「こらこら、お父さんをそんな目で見るんじゃないよ」

 

 識字率が低いと分かったのに何故そこまで失望感を出すのか。平民の中では字が書けるオットーさんの方が珍しいだろう。

 

「兵士っていうのは、街の治安維持を仕事としているけど、街の中でお貴族様が係わるような大きい事件があった時に調書を取る時は騎士階級がやってくるし、小さな事件なんて口頭で報告も終わりだからね。文字に触れることも少ないんだよ。人の名前が書ければ、十分さ」

 

 父さんの援護と同時に兵士の仕事について説明するオットーさん。それを聞いて父さんが立ち直った辺り、かなり凹んでいたのだろう。

 

「農民だったら、村長くらいしか字が読めないんだから、父さんは十分すごいんだ」

「じゃあ、すごい父さん。これ、欲しいの。ちょ~だい」

 

 マインの攻撃が入るが、父さんが怯みながら少しだけ絞り出すように言葉を発する。

 

「……1枚で一月の給料が飛んでいくようなもん、子供にやれるか」

 

 この世界ではそれだけの価値になる羊皮紙。量産出来ないからだろうが、一月分の給料は高い。安めの新品ノーパソより高い。

 

「そもそも、平民が出入りする店には売ってないよ。紙は貴族や貴族との繋がりが必要な大商人や役人が使う物で、子供が使うようなものじゃないからね。字の勉強がしたいなら、石板を使えば? 昔、俺が使っていたヤツ、あげようか?」

「いいんですか!? 嬉しいです!」

「……俺も貰えませんか?」

 

 ここは出来れば便乗して貰いたい。そこまで覚えるのに時間がかかる訳ではないが、自分用という時点でかなりの価値がうまれる。

 メモ帳なんて当分出来ない。最悪覚えればいいが、石版があった方が便利な時があるかもしれない。無いより圧倒的にましだ。貰えるかは別だが。

 

「まあ、一応二枚目もあったはずだからいいよ」

「ありがとう、オットーさん。ぜひ、わたしに字を教えてください。頼りにしてます」

「ありがとうございます」

 

 ちょっとギリギリなお願いだったが、なんとか貰えた。俺は教師役を頼んでいないが、まあ流れでなんとかなるだろう。

 教えて貰えずとも、父さんやマインに教わればいいだろう。教えてくれるかは別だが。

 

 ここら辺でマインが自分で紙を作ろうとし始めるんだっけか? 本当に地道な作業をしていくんだな。執念の強さなら俺と同じくらいはある。

 俺も何か内職を始めようか? ただ、目立つ訳にもいかないので悩み所だ。そんな事をしている暇があるなら、筋トレでもなんでもして体力を付けろという話だ。

 ……筋トレ、するかあ? あんまり小さい内からやると悪影響って言う話もあるが、実際は正しい方法でやれば問題はなかったはず。

 自重トレーニング系だった気がする。それ系をやればいいだろう。そもそも道具なんて作らなければないし。

 後は体力作りだ。走るのはおそらく止められるので、家の中を歩き回るぐらいはして体力を付けていきたい。ルッツくらいには後1、2年で付けたい。明日からでも始めよう。

 




羊皮紙ってまだ使う事があるらしいですね。現物は見た事がないですが、1度は見てみたいです(・ω・)


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子守りってこれくらいの時代ならそれなりの稼ぎになるのでは?

「トゥーリ、わたしも森に行きたい。一緒に……」

「え!? マインが!? 無理だよ」

 

 今日も一日暇だなと思いつつ色々構想しているとマインがまたなにか言い出した。どう考えても無理だろうと頭の中でバッサリ切る。

 

 ……こっちの生活とこの体に慣れてきたな。また、とか普通に考えたな。

 

「どうして?」

「だって、マインは歩けないでしょ? 門まで歩けないのに、森までなんて絶対に無理だよ。森に着いたら、薪拾ったり、木の実探したりするんだよ? ゆっくり休憩なんてできないんだから。それに、木登りもできないでしょ? 帰りは疲れているのに、重い荷物も背負って歩くんだよ? 門が閉まる時間に間に合うように帰るんだから、いくら疲れても休憩できないよ? ほら、マインには無理でしょ?」

 

 トゥーリに論破されていくマイン。正にその通りなので反論の余地は無い。

 

「それに、もう冬が近いから、森で採れる物も減ってきてるし……」

 

 冬か……たしかこの世界だと冬支度あるんだよな。まあ前世でも完全になかった訳ではないが。

 

「何が欲しいの? メリヤの実はもうほとんどないと思うよ?」

 

 トゥーリがマインの求めている物は無いよと首をかしげながら言う。

 

 メリヤの実か……この世界の植物を調べてスイーツを作ってみるのもいいな。色々と手段になるだろう。

 

「えーとね、『繊維がばらしやすい植物』ってあるかな?」

「え? 何?」

 

 日本語久しぶりに聞いたな。今後使うことはあるだろうか。言霊的な何かに使えないだろうか。……使えないか。

 

「……ちょっと茎が太めで真っ直ぐな草。茎だけ欲しいの」

 

 パピルス作るんだったか。あれ1から作るとそれなりの作業量と作業時間になるけど、昔の人はよくやってたよな。作り出したことが1番凄いが。

 

「そうね、ラルフやルッツに協力してみるわ」

「え?」

 

 協力、ルッツかあ。……あの人まで長いなあ。まあ今更だけど。来るべき時まで準備する他ない。

 

「ラルフのところは鶏を飼っているから、冬を越すための飼料がいっぱいいるでしょ?」

 

 鶏……焼き鳥食べたいな。再現は難しそうだからやる気はないが、マインが再現させないだろうか。

 焼き鳥が再現されたら、普通のか、皮が食べたい所だ。

 

「だから、草を取るのを手伝う代わりに茎が少しもらえないかどうか聞いてみるってこと。でも、草が多い季節は終わったから、それほど多くないよ?」

「それでもいい。ありがとう、トゥーリ」

 

 今話されていたこととは全く関係ない事を延々と考えていたら相談事は終わっていた。ただただ編み続けるだけの作業がそう遠くない所まで来ているだろう。

 パピルス自体は本来大きめなのである程度数があればまだ楽に作れる。ただ、ここでマインが手に入れらるのは……。

 パピルスは実は食べれるのだが、この世界では食べれる草はあっただろうか。パピルスは焼いて食べるか、生のまま汁を吸うかが出来たらしい。美味しくはないだろうが。まあ食べられるのだからマシだったのだろう。

 

 次の日、早速マインがトゥーリと共にラルフとルッツに頼んでいた。引き受けてくれたことにほっとしていたようだった。紙作りのための第一目標達成といったところか。

 

「母さん、わたしも井戸まで一緒に行く」

「あら、お手伝いしたいの?」

「ううん。違う」

「草を集めるの」

 

 そう言ってマインが母さんに向けて小さな籠を見せた。あれはトゥーリが前に作ったと言っていたやつではなかろうか。

 

「そう、頑張りなさい」

 

 母さんがマインのことを止めなかったのは、やる気になっているからか、それとも動く体力的な事なのか……。どちらにせよ、拒否はしなかった。

 これに参加しても良いのだが、特に参加する理由も無いので家の中で待つことにする。帰ってくるまで体力作り的な事でもしようか。

 誰にも見られないなら自由に出来る。と言ってもウォーキングのような事を家でやるだけだから、文字通り歩き回っているだけにはなりそうだが。

 

「じゃあラティス、少しの間待っててね」

「はーい」

 

 適当な返事にはなってしまったが、この前のトゥーリも同じような感じだったので問題ない。

 そして、洗濯物を抱えてマインと共に階段を降りていった。

 

 さて、ここから俺の無双タイム、って訳ではないしそんなの起きようが無いんだけれども。歩きながら考え事ぐらいしか本当にすること無いんだよな。魔力?あれは別。並行ぐらいだよ。

 それはともかくとして、今の所はあまり原作と乖離せずにきていると言える。大筋も変わってないし、行動も俺が居るってぐらいだろう。

 マインのせいで時代はガッツリ進むとは思うが、果たして何処で何処まで知識を出していいものか。マインに追従するような形が一番いいか。後出しだな。

 タイミングが一番面倒とはいえ、それさえクリアすれば天才とか神童程度で済まされるはず。そもそもそれぐらいまで評価をあげなければ青色神官見習いになれないだろう。条件は高い。

 そもそも身食いだからこそみたいな所はあるのだ、マインと共に過ごし、あの人に会う為には同等近くまで評価されなければならない。絶対にだ。

 ここで青色神官見習いになるのは第2か第3関門ぐらいじゃなかろうか。最初の山場はやはり商人関連だろう。

 マインの言っていることを理解し、噛み砕き、誰かにしっかり伝える事が出来るというのは始めの時点では少ない……というか、正確なという条件が付けば当てはまる人は恐らくいない。

 ならそこを目指せば良いだろう。翻訳メインになる。いつも一緒にいる上、マイン語を翻訳出来るのだ、理由付けはマインと一緒にされやすいはず。そうすれば神官長の目にも止まりやすいはずだ。

 しかし、どこかで応用した何かを発明した方が良いだろうか。これはまだ遅めでも間に合うものの、必須ではないだろうか。切り札になり得るものももう少し欲しい。

 今の所は魔力関連が一番の切り札。ただ、あの人に会う為にはそれだけではきっと足りない。何かもう一押し、マインと共に認められる何かが欲しい。

 正直、第三部にいくのはかなり辛い。俺の役職が無いのだ。ないなら無いでそのままでも良いのだが、果たして何処まで有効か……。

 とにかく、目先にあるのは商人……見習い志望からのなんだ? 翻訳者にでもなればいいのか? 具体的な役職となると今の所は無いな。まあマインに着いていけば問題ない。主人公というのは得てしてそういうものだからな。

 

「ただいま、ラティス」

「……ただいま」

「おかえり、母さん、マイン」

 

 いつの間にか結構な時間が過ぎていたようで、母さんとマインが帰ってきた。マインの方は少し残念そうだ。それに、言い慣れてないみたいな感覚だ。

 

「準備できた? じゃあ、行くわよ」

「うん」

「はい」

 

 普段、俺とマインは近所の子守りのばあさんのところに預けられていたらしい。理由は簡単、何時までも仕事を休めるわけでは無いし、トゥーリも森へ行けなくなってしまう。

 俺としては理由より子守りをする人がいる事の方が驚きだが。昔はこんなものだったのだろう。現代で言う保育士やらなんやらだ。仕事にしたら割と稼げそう……か?

 

「母さんは仕事に行ってくるけど、マインはここでおとなしくしていてちょうだい」

「うん」

「ラティスはいつも通りおとなしくね」

「わかった」

「ゲルダ、よろしくね」

「はいはい。おいで、マイン、ラティス」

 

 ここには俺達みたいな子供が何人か預けられていた。基本的には歩くことが出来るようになったばかりぐらい。

 そしてここでは3歳を超えて体力がついてくると、兄や姉に連れられて森に行ったり、家のお手伝いをして留守番できるようになる。

 そこから導き出されるのは、俺達はこの子達と同じぐらいで、留守番出来るかも怪しいということだ。よく体調崩すから仕方ない。

 隣ではマインが愕然とした表情で固まっている。体調をよく崩していることを忘れているのだろうか。

 そんなマインの前で、床に落ちているおもちゃを口に入れようとしている男の子がいた。またその隣、俺の前では、小さな女の子が男の子にぶたれて泣き始めた。

 

 

「こら、汚いっ! ばっちぃから口に入れちゃダメ!」

「あらあら」

「いきなりぶっちゃダメでしょ。どうしてそんなことしたの?」

「まぁまぁ」

 

 マインが何故か周りの子の面倒を見始める。ゲルダばあさんはあらあらまぁまぁしか言っていない。何とも言えないカオス空間の出来上がりだ。

 

 なんで手伝わないのかって? マインがやるからいいかなって。

 

 そしてゲルダばあさんとマインと一緒に子供たちを寝かしつける。ぼーっと突っ立っていたら手伝えと言われた。解せぬ。

 

 さて、これからどうしたものか。マインは難しい顔をしたり、首を傾げたり忙しそうなので放置するとして。

 特にする事はないので、適当に歩き回ろうか。しかしあまり音をたてたら子供たちを起こしてしまうかもしれない。

 うーむ、なら魔力の方をやろう。マインはまだ感知なんて出来ないはずなのでわからないだろう。そもそも外に出す気はないし。

 

 そんな感じで黙々と動かしていると、いつの間にか夕方になっていた。

 

「マイン、ラティス、迎えに来たよ」

「トゥーリィ~!」

 

 トゥーリ達が森の帰りに迎えに来たことに凄く喜んでいるマイン。それはそうだろう。現代からすれば劣悪極まりない環境となっていた。

 まず子守りが子守りでは無かった。危険がないようにするだけで後は放置。おもらししたら濡れた布で拭いて放置。部屋の中は汚物臭い。

 とはいえ、俺達にはどうしようもない事も事実なので耐えるしかなかった。マインはトゥーリ達が来るまでずっと耐えていたのだ。日本の常識しか殆ど無い中でよくやったものだ。きっと相当苦痛だっただろう。

 俺は最早無の境地で魔力を弄っていたので考えなかった。あれは辛い。硫黄臭の方がまだいい。

 

「どうしたの、マイン? 久し振りに預けられたから、寂しかった?」

「マインももうちょっと体力があれば一緒に森へ行けるのにな」

「マインもラティスも春には行けるようになればいいな」

 

 マインはトゥーリに頭をポンポンされ、ラルフとルッツに慰められた。体力無いって大変だよな。

 

「そうそう、約束してた草の茎、採ってきたぞ」

 

 籠の中にある茎をガシッと掴み、ラルフがマインに見せる。するとマインの顔が一気に笑顔になる。ゲルダばあさんのことがとんでいったのだろう。

 

「いっぱいだね。嬉しい! あのね、わたしも今日は井戸のところで草をちょっと集めたんだよ」

 

 マインが胸を張ってドヤると、3人がマインの頭を撫でた。その上、ルッツから「よく頑張ったな」の生暖かい笑顔で褒められていた。

 納得のいかない顔をしつつも、マインはトゥーリに取ってきてもらった小さい籠の中の草と、三人が採ってきてくれた茎の束を交換する。

 

 パピルス作り始めるんだろうな。そして、挫折するんだろうな。……仮にこの茎で絶対作るとして、真面目にやったらどれだけ時間がかかる事か……小さ過ぎる。実際に使うのは数メートルはある草の茎なのに。まあ頑張れ、マイン。

 

 




次回、パピルスもどきを作る。どう考えたって挫折します、ありがとうございました。

 実際のパピルスはパピルスを使っているのでこのそこら辺の草とも言えるようなものは使いません。多分。処理が多い上に時間も掛かるので、当時はとても高価だったそう。
 うーん、パピルス。でも確かに量産出来る紙なので素晴らしい発明ではあると思うんですけどね。現代に慣れちゃうとね。


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