村人は蘇生したら駄目なんですか? (釘豆腐2世)
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(人口的に)駄目です

 

 

 

 

 霧月の二日。勇者ご一行さまが仲間の一人の蘇生を頼みに私の教会を訪れました。

 

 

 

 

 ふと窓の外を見ると、ずるずると棺桶を引きずる音をたてながら、重い足取りでやってくる若者たちの姿が遠くから見えました。

 

「神父様。あれは噂に聞く勇者様のご一行ではないでしょうか」

 

 私がそう言うと、神父様は調律していたオルガンから顔をあげ、私が指さす方を見ました。

 

「ただの旅人かもしれないが……まあここに来るつもりではあるだろうな」

 

 もじゃもじゃの白髭をさすりながら、神父様は立ち上がりました。

 

「わしは神官服に着替えてくる。だからお前が修道女としてまず応対して用件を聞いておきなさい」

 

「わかりました。神父様」

 

「ま、要件なぞ聞かなくてもわかるがな」

 

 神父様はそう言うと、急いで自分の部屋へと引き返していきました。私は指示通り、外へ出て旅人たちを迎えいれに行きました。

 

 私が外に出たとき、ちょうど数人の若者たちが教会の扉をノックしようとしているところでした。そのうちのリーダーらしき一人の青年が、出迎えた私を見て、「ちょうどいいところに」と呟きました。

 

「あなた方は誰ですか? それと、何の御用でしょうか?」

 

「えーと、俺は魔王討伐のために戦っている勇者だ。さっき森を抜けてこの街に来たんだが、その森の中で仲間が殺されたんだ」

 

「それで、生き返らせてほしいと?」

 

「そうだ」

 

「分かりました。ではお入りください」

 

 勇者様の後ろには戦士らしきごつい見た目の男性、ローブをまとった金髪の女性がいました。歩きながら、女性の方が苛立っているような口調で話し始めました。

 

「早くしてよね。ただでさえ予定から遅れてるんだから」

 

「確かに。手早く頼む。だらだらするなよ」

 

 勇者様たちを支援するため、教会は彼らの言う通りに祝福や蘇生を行わなければならない決まりにはなっていますが、この頭ごなしの命令は少しかちんと来ました。が、もちろんそんな感情は表には出しません。私はうなずきながら礼拝堂へ案内し、神父様を連れてきました。

 

「ええ、ようこそ、わしの教会に。ここでは……」

 

「ああそういうのいいから蘇生お願いします」

 

 神父様の言葉を遮ると、勇者様は棺桶を神父様の足元に置きました。

 

「………」

 

 神父様は黙ったまま棺桶を開け、遺体の様子を見ました。

 

 目を閉じ、手を前に組んで横たわっているのは、短く黒髪を切りそろえた女性でした。棺桶の中に彼女の装備品らしき弓が入っていたので、生前は弓使いだったのでしょう。傷口は肩から背中までばっさりと深く斬られており、それが致命傷だったという推測ができました。

 

 神父様が遺体に手をかざすと、その刹那、礼拝堂をまばゆい光が包み込みました。

 

 思わず閉じたまぶたを開けて見ると、げほっ、と咳き込む音が聞こえてきました。

 

 物言わぬむくろとなっていた弓使いの女性は、血の混じる咳をしたあと、ぱっちりと目を覚ましました。そして辺りを見回すと、はあと盛大にため息をつきました。

 

「ああ、アタシ背後から攻撃されて……ほんとダッサいわ」

 

「気にすんなよ。俺とか何回も死んでるし」

 

 勇者様がはははっと笑いながら、弓使いの肩をたたきました。

 

「んじゃ。ありがとうございましたー」

 

 そして用が済むと、皆さんはさっさと引き上げていきました。

 

「……何と言うか、今の方々は軽いですね。命の見方が」

 

「何度も生き返ったなら当たり前だろう。わしらが気にすることじゃない」

 

 神父さまがそう言って自分の部屋に帰ろうとしたとき、礼拝堂のすみから、「あの」と小さい声が聞こえてきました。そちらを見ると、7歳ほどの少女がたたずんでいました。

 

 彼女はお祈りに熱心な子どもで、一カ月前に彼女の母親が病死したときからずっとこの礼拝堂に通いつめていました。おそらく今日もいつも通り、お祈りをしに来ていたのでしょう。

 

「どうかしましたか?」

 

 私がにっこりと笑顔を作って尋ねると、少女は遠慮気味に口を開きました。

 

「えっと……今、女の人を、どうしたんですか?」

 

「……どう、とは?」

 

「あの、最初にあの人は死んでいたように見えたんですけど、神父様の力で……生き返ったように見えました」

 

「ああ、それは……」

 

 そのとき、神父さまが目くばせをしてきて、私ははっと気がつきました。

 

 規律違反をするところだったのです。

 

 私たち教会の人間は、人を生き返らせることができます。ただし生き返るのが認められているのは一部の人間だけであり、また民衆に対してはそもそも蘇生が可能という事実が伏せられているのです。

 

 というのも、人が死ぬたびに生き返るのであれば人口がどんどん増え、食べ物を作るのが間に合わなくなるからです。だから生き返ることが可能なのは王族や勇者、富豪など、限られた人々にとどまります。私たち聖職者はそれを秘密にしていく義務があるのです。

 

 少女は、懇願するような目で私を見上げました。

 

「わたしのお母さんを、生き返らせてもらえませんか?」

 

「えっと……その、何をおっしゃっているのか……」

 

「会いたいんです。できるんですよね?」

 

 私がごまかすための方便を考えていると、神父様がやってきて、彼女の頭にぽんと手を置きました。そしてしゃがみこんで少女と目線を合わせると、ゆっくりと語り始めました。

 

「君は、勘違いをしているんだ」

 

 少女の瞳の中にうつる神父様は、笑っているようで泣いているような顔にゆがんでいました。

 

「人は、生き返らないんだ。一度死んだら、その人の魂は神のもとに召される。身体を元に戻しても、魂がないから、生き返ることはないんだよ」

 

「でも、さっきは……」

 

「さっきの人は、実は死んでいなかったんだ。ずっと眠る呪いをかけられていたのさ」

 

「本当ですか?」

 

 神父様は、深くうなずきながら、少女の肩に両手を置きました。

 

「そうだ。人は死んだら生き返らない。だからしっかりと生きなければならないんだ。確かにお母さんが死んでつらいかもしれないが、君は前を向いて歩いていかなければならないんだ」

 

 私は、思わず目を背けそうになりました。この、神父様の言葉が嘘で塗りたくられていることを知っていたからです。救いを求める彼女を、優しい顔をしながら突き放しているのを知っていたからです。

 

 彼女はまだ何か言いたそうにいていましたが、やがてうなずくと、そのままお祈りをせずに帰ってしまいました。

 

 

 

 

 霧月の五日。いつもやってきていた少女は、お祈りをしなくなりました。代わりにいつもやって来ては、母を生き返らせてほしいとねだるようになりました。

 

 

 

 その日は、嵐がやってきていました。雷がとどろき、雨粒が激しく屋根を叩いていましたが、雨が強くてお祈りに来る人がいなかったため、教会の中は騒々しい静寂に包まれていました。

 

 神父様は自室で都の方から送られてくる書類に目を通しているようでしたが、私の方はいつものように裏の畑の様子を見に行くことはできませんから、二階の自室で聖書をめくりながら、手持ち無沙汰に過ごしていました。

 

 少しして、がたりと階下の礼拝堂で物音が聞こえました。戸じまりするのを忘れていたのです。こういった激しい雨の日には、それに乗じて盗賊がやってくることがあります。教会にはお金になるものがいくつかあるので、押し入いられても不思議ではありません。

 

 私は部屋を出ると、慌てて階段をかけ下りました。そのとき、礼拝堂に入ってきた侵入者と、目が合いました。

 

 ずぶぬれになったフードつきのマントから、ぽとぽとと水滴が落ちていました。ここへやって来る途中で転んだらしく、両手には血がにじみ、泥だらけになっていました。

 

「……今日も、駄目ですか?」

 

 あの日と同じように、目に悲壮な光をたたえ、少女は私を見ていました。私は入って来た者の正体が賊ではなく彼女であったことに安堵しながら、ゆっくりと歩み寄りました。

 

「今日はちゃんと家にいてください。ほら、こんなに泥んこになって」

 

「お願いします。お金がいるのなら、絶対返しますから」

 

「だから、それは無理なんです」

 

 私は、ここ数日で上手になった「困ったような笑み」を浮かべました。

 

「何度も何度も言ったはずです。それに、最初の日に神父様も無理だとおっしゃったはずです」

 

「でも……!」

 

 少女は、手巾で彼女の泥を拭おうとした私の手を握りました。いや、つかむ、といった方が正しいでしょうか。ただ、その力があまりに弱かったため、そのときは気づきませんでした。

 

「なんであの人たちはよくて、お母さんは生き返っちゃ駄目なんですか?」

 

「だから、生き返ったわけでは……」

 

 ない、と言おうとしたとき、私ははっと気がつきました。

 

 少女は、私の眼を、じっと凝視していました。おそらく、この賢明な子は、私や神父様がついている嘘を見通しているのでしょう。だからこそ、嵐のような日でも、かまわず教会へ来ているのです。しかし私は彼女の哀れさ、健気さに同情してはいましたが、規律を破ることはできません。黙っていると、少女はつぶやきました。

 

「私は、はっきりと見たんです。奇跡を」

 

「……それは、見間違いですよ」

 

 私は、卑怯にも彼女の言葉を一方的に誤解だと決めつけながら、泥を落とし、すりむいた手のひらを聖水で治療しました。それが終わるころ、少女と同じ色のフーデッドローブをまとった男が教会の扉を開けて入ってきました。

 

「やっぱり、ここか!」

 

 彼女の父親でした。おそらく、嵐の中を飛び出して行った娘を探しに来たのでしょう。彼は私を見ると、フードをとって深々と頭を下げました。

 

「申し訳ない。最近うちの娘は私の妻が生き返るとかなんとか言っておりまして……それで今日もここに頼みに行くんだと言って私の言うことを聞かないものですから」

 

「ああ、そうですか。でも、いくら神のしもべである私たちでも……」

 

「存じています。死人は生き返らないというのは常識ですからね。家に帰ったら娘によぉく言って聞かせますので」

 

 少女は何かを言いたそうに私の方をちらりと見ましたが、父親に急かされ、しぶしぶ教会を出て行きました。

 

 

 

 

 霧月の十日。私と神父様は墓地の巡回へ行きました。

 

 

 

 墓地は、湿った土の匂いがしました。私と神父様は墓地の周辺に鬱蒼と生える雑草をかきわけながら、掘り起こされたり暴かれたりしている墓がないかをチェックしていきます。

 

 邪教徒や錬金術師といったろくでもない種類の人間が死体を盗みに来ることがあるからです。大きい街の教会であれば下男を雇って墓地の管理をさせるのですが、あいにくこの村の教会にはそんな余裕はないので、私と神父様が直接管理しています。

 

 墓地というのは不思議なもので、昼だというのにじめじめして日当たりが悪く、薄気味悪い気配が漂っています。物陰でがさがさと何かが蠢いたり、背後に誰かがいるような気がしたりと、一人でいるのは勇気のいる場所です。

 

 私たちは墓碑銘を確認し、地面を掘り返したあとが無いか確かめながら、一つ一つお墓を調べていきました。この村は田舎なので死体を盗むような怪しい輩はいないのですが、油断は禁物です。墓地の三分の二ほどを調べ上げたころ、私の耳にどこからともなくすすり泣きが聞こえてきました。

 

 私も聖職者とはいえ亡霊の類は苦手です。逃げ出したい気持ちを抑えながら、しゃくりあげる声が聞こえてくる方に目を向けました。

 

 すると、そちらにいたのは体の透けた亡霊ーではなく、教会へやってくるあの少女でした。こちらに背を向けているため私の存在には気づいておらず、墓石の前で嗚咽をもらしています。

 

「……なんで、死んじゃったの……かなあ……」

 

 母のぬくもりを求めるかのように、墓石に手を添え、うつむく彼女の口からそんな言葉がこぼれおちました。それとともにぼろぼろと石の上におちた涙が、点々とした染みを作っていました。

 

「………」

 

 悲しみに打ちひしがれている小さな背中を見て、私は、心臓を締め付けられるような気分になりました。私と神父様なら、彼女の悲しみの原因を取り除くことは可能なのです。なのにそれをしていないということが、私の良心をきりきりと痛ませました。

 

 私が呆然としていると、いつの間にか隣に神父様が立っていました。神父様の目も彼女に釘付けになり、しばらく言葉を発しませんでした。しかしやがて何かを決心したようにごくりと唾を飲み込むと、神父様は少女に一歩ずつ歩みよっていきました。

 

「少し、いいかな」

 

 神父様が声をかけると、少女は顔を上げ、涙にぬれた目で神父様を見ました。

 

「……今まで嘘を言っていて悪かった」

 

 彼女は、一瞬神父様が何を言っているのかわからないとでもいうかのように、呆けていました。

 

「君の願いは、本当は叶えられるんだ」

 

少女は、目をぱっと輝かせ、神父様を見上げました。

 

「じゃ、じゃあ、私のお母さんは……」

 

「生き返らせてあげよう。その代わり、お父さんの他には、誰にもお母さんが戻ってきたことを知られちゃいけない。お父さんにもそう言ってあげるんだよ」

 

 こくこくとうなずく少女をなでると、神父様は「さあ」と言って村の方へ向かう道を指さした。

 

「家にお帰り。お母さんは、夜に戻ってくるからね」

 

「あ……あっ、ありがとうございます!」

 

 少女は父親と同じように深々とお辞儀をすると、たたっ、と道を駆けて行った。

 

「神父様……本当に、よいのですか?」

 

 神父様は走っていく少女の後姿を見ながら、うなずいた。

 

「お前のいいたいことはわかる。が、ばれなければいいんだ」

 

「ええ……」

 

「ところでさっそく頼みがある。墓からあの子の母親の遺体を掘り出すのを手伝ってほしい。それと……お前も、この話については誰にも口外しないでくれ」

 

 

 

 

 霧月の十五日。彼女はふたたび、お祈りに来るようになりました。

 

 

 

 

 私が礼拝堂に入ると、その片隅でずっと両手を固く結び、懸命にお祈りしている少女の姿がありました。

 

 ステンドグラスから差し込む夕日に照らされ、彼女の栗色の髪は明々と輝いていました。私がそばに近づくと、その気配を察知したらしく、少女はぱっと目を開け、私の方を向きました。

 

「……今日もお祈りに熱心ですね」

 

 そう言うと、少女は照れ臭そうに笑いました。

 

「お母さんを生き返らせてもらって、お祈りしないとバチが辺りそうなので……」

 

「しっ、それを言ってはいけません」

 

 さいわい私と少女以外に人はいなかったので、別段問題はありませんでした。しかしもし誰かに聞かれていれば、まずいことになるでしょう。

 

「………ああ、そうでした。すみません。秘密って言われたのに」

 

 少女は申し訳なさそうに肩を落としました。

 

「それで、お父さんの方はちゃんと秘密を守っていらっしゃいますか?」

 

 私が訊くと、少女はうなずきました。

 

「お父さんも、ちゃんとお母さんに家にいるように言って仕事に出かけてます。大丈夫です」

 

 私と神父様は十日に彼女の母親の棺桶を墓地から運び出すと、教会でその遺体を蘇生させました。さいわい時間がそれほど経っていなかったのであまり腐敗しておらず、復活させるのは楽でした。

 

 蘇生した彼女の母は驚いて私と神父様に何が起きたのかを聞きました。私たちは彼女が病死して埋葬されたこと、娘が私たちに頼み込んで生き返らせたことを説明し、そしてこれからすべきことー彼女の夫と娘のいる家に戻らなくてはならないことを伝えました。

 

 少女の母は、また深々と会釈すると、感謝の言葉を並べたてましたが、神父様に「娘が首を長くして待ってますよ」と言われると、急いで教会を出て行きました。

 

「走り方もあの子とそっくりだな」と神父様は笑ってつぶやきました。

 

 後から少女に聞いた話ですが、その後、彼女の家は死者の国から戻ってきた母と、それを待っていた娘、驚く父親とで、感動の再会が果たされたようです。父親は、最初の方は妻の亡霊だと勘違いしていたらしいですが。

 

「秘密にしていらっしゃるなら、何も問題はありません。ところで、そろそろ礼拝堂を閉める時間です。お家に帰ってくださいね」

 

「わかりました。明日も来ます!」

 

 少女は元気な声で了解のポーズをとると、礼拝堂を出て行きました。ここへ通い詰めて私と神父様を説得しようとしていたときとは別人のようです。

 

 私は微笑みながら、彼女を送り出しました。手を振りながら遠ざかっていく彼女が見えなくなると、私は礼拝堂を閉めるため、鍵を取り出しました。

 

 するとそのとき、鍬を肩にのせた、年寄りの農夫が教会の傍を横切りました。農夫は私に気がつくと、ぺこり、と頭を下げました。

 

「お疲れ様です。今日の畑の様子はどうでしたか?」

 

「ううむ、この前の嵐でだいぶやられたかと思ったが、ウチの芋は根性あるかんなあ。問題なかったよお」

 

「それはよかった。教会の野菜は運が悪かったのか、もうずたずたで……」

 

「足りなくなったら俺のとこんから寄進するから」

 

「まあ、それはどうもありがとうございます」

 

 農夫は「ええ、ええ気にすんな」と言ってから、声を潜めました。

 

「……今日もあの子は来とったかね?」

 

「あの子?」

 

 農夫は、少女の名を口にしました。

 

「ええ。今日も熱心にお祈りをなさっていましたが。あの子がどうかしました?」

 

「いんや。あの子は別になんでもない。むしろあそこの奥さんが死んでからずっと落ち込んでたのが元気になってるんだから、むしろええことだと思う。けど……なんか気味悪ぃんだ」

 

「気味が悪い、とは?」

 

「あそこんとこの父親と娘が外に出かけてからも、あの家の中で音がするんだ。こつ、こつって。誰かが歩いてるみたいな」

 

「聞き間違いでは?」

 

「俺は隣の家に住んでるから、わかるんだ。家の軋みなんかじゃない。あれは人が歩いてる音さ。死んだ奥さんが戻って来てるのかもしんないね」

 

 年寄りの勘というのは恐ろしいものです。もう母親の存在を嗅ぎつけるとは。

 

 しかしよくよく考えてみればこんな小さい村で秘密を保ち続けることは、至難の業でしょう。食べる量も3人分必要ですし、急に来客がやってきてあの家の母親が生きているところを見てしまえば、それで終わりです。

 

 私たちは情に流されてとんでもないことをしてしまったのではないでしょうか。

 

 農夫と話し続けながら、どっと出てきた冷汗は止まりませんでした。

 

 

 

 

 霧月の二十日。教会本部の方々が、この村を視察に訪れました。

 

 

 

 

「おお、これはこれは。よくこんな辺鄙な村に来てくださった」

 

 神父様が握手を交わしたのは、都市の司教様でした。司教様は温和そうな顔をしわだらけにして、笑いかけました。

 

「ええ、都にいるときと変わらず元気そうでなによりです」

 

 司教様と神父様は知り合いらしく、勝手を知った様子で話しています。私は邪魔をしないよう傍で控えながら、司教様の後ろにいる騎士たちの方に目をはしらせていました。

 

 規律が厳格であるという教会騎士は沈黙していましたが、それでも十人もいるため、狭い礼拝堂の中ではなかなかの存在感がありました。しかし、おそらく司教様の護衛のために同行しているのでしょうが、十という数は流石に多すぎるような気がしました。この辺りは賊や魔物はあまり出ないので、半分の五人程度でも十分なはずです。

 

 なぜか胸騒ぎを覚えながら黙りこくる騎士たちを見ていると、神父様の声が耳に入ってきました。

 

「………ところで、急にこちらへ来ると伺ったが、なんの用でこちらに?」

 

 神父様がそう訊くと、司教様が途端に難しい顔をしました。

 

「ええ。その件についてそろそろ切り出そうと思っていたところです。実は先日、とある噂を聞きまして」

 

「噂?」

 

 司教様はうなずきました。

 

「何でも、死んだはずの人間を見たという話です。半年前に病死した女性が、庭で薪を探しているのを見たと」

 

「はあ……」

 

 はたから見ていても、神父様の顔から血の気が引いていくのが見えました。ようやく私も、司教様が何の為にここへやってきたのかが分かりました。

 

 私たちが規律違反をしているかどうかを見定めにやって来たのです。多く騎士を連れているのは、私たちが抵抗しても取り押さえられるように。ようやくどんな状況に置かれているかということに気付き、私は呆然としました。

 

「今、審問官が村の人々に聞き込みを行い、調査をしているところです。もしこの噂が本当であれば……」

 

 司教様がそう言いかけた時、教会の扉がそっと開きました。私たちが入り口の方を見ると、黒いローブをまとった青年が立っていました。そして、その後ろにいるのは、神父様が生き返らせた、少女の母親でした。

 

「証拠が見つかりました。許可されていない人間の蘇生は教会法三条の第五項ー指定された人間、法、命令で蘇生の許可がでた人間にのみ蘇生術を施すことができる、という内容に反しています」

 

 青年が朗々とそらんじた条文と違反を告げる言葉を聞くと、司教様は悲しそうに首を振りました。

 

「残念です。……あなたは本部でも非常に信頼のあつい方でしたのに」

 

 神父様はうっと言葉につまると、うつむきました。もう言い逃れはできません。おそらく、本部で私ともども何らかの処分を受けるのでしょう。

 

「……そこの、修道女も加担していたのですか?」

 

「いや、彼女は関係ない。わしは知る人間が少ない方がいいと思って、誰にもこのことは喋っていない」

 

 司教様は値踏みするような目で私を見ていましたが、いいでしょう、というと、背を向けました。

 

「最近は人材も足りませんし。……しかし、私は規律違反を認められるほど寛容ではありません。神父。あなたには本部まで来てもらいます。そしてこの事件に関わった母親とその父親もです。残りのあの少女は……そうですね。ここの教会に引き取りなさい」

 

 司教様が言い終えるや否や、騎士たちが神父様の両腕をつかみ、まるで罪人のように連行しはじめました。

 

「待ってください!」

 

 私が叫ぶのも一顧だにせず、騎士たちはそとで待機している馬車に神父様を連れ込みます。

 

「すぐに戻って来るさ。安心しなさい」

 

 馬車に放り込まれて姿が見えなくなる直前、神父様はおだやかにそう言いました。

 

「では、出発してください」

 

 司教様の指示通りに御者が馬に鞭を打つと、馬車は動き出しました。やがてはずみがついてまたたくまに遠ざかり、立ち尽くす私と砂煙を残して走り去っていってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその数日後、神父様と少女の両親が教会の本部で処刑されたことを伝える通知が私の元へ届きました。

 

 

 

 

 

 

 



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(経済的に)駄目です

 

 

 

 

 

 葡萄月の二日。私は新しくこの村の教会の管理者に任命されました。

 

 

 

 羊皮紙に筆を走らせながら、私はここ数日の出来事を思い出していました。神父様と少女の両親の処刑は、公にはされませんでした。表向きには神父様は他の教会へ栄転、父親は神父様のお手伝いとしてともに旅立った、ということになっているようです。

 

 私はというと、修道女としては異例の話ですが、処刑された神父様の跡を継ぐ人がいなかったため、司祭へと昇格させられ、神父様の代わりに働くことになったのでした。

 

 それでも無論、あの秘密をもらしてしまえば、私も絞首刑を免れないでしょう。だから、その噂については私はひたすら沈黙し、与えられた仕事をかたづけることに集中していました。

 

「……司祭、お庭のお仕事が終わりました」

 

 少女が私の部屋ー元は神父様が使っていた部屋でしたーに入ってきて、そう告げました。彼女は現在、教会に入って私の代わりを務めています。もしも私が処刑されたら、次はあの子が代わりになるのでしょうか? そんなことを思いながら、私は窓の外を見ました。すでに稜線は赤く染まっており、もう夕方になっていました。

 

「お疲れ様です。夕飯まで部屋に戻ってゆっくり休んでいいですよ」

 

「わ、わかりました。……ところで、お話があるのですが」

 

「なんでしょう」

 

 少女は、言いにくそうにもじもじしながら、やがてこう切り出しました。

 

「私のお母さんに……お手紙を書いてもいいでしょうか」

 

 ちなみに司教様は、母親が蘇生したと知っている彼女に対しては母親と父親両方を連れて行くと説明しました。さすがに年端のいかない少女を処刑するのをためらったのか、身寄りがない彼女が好都合だったのかはわかりませんが、修道女にしてしまおうというおつもりのようでした。

 

「……それは、本部の方に問い合わせてみましょう」

 

 問い合わせるも何も、彼女の両親は死んでいるので手紙の送りようがないでしょう。しかし、表向き両親が生きていると説明しているため、嘘をつかざるを得ませんでした。このことについてどうしようと思い悩み始めた時、ふと私は妙に思いました。

 

「……あなたは文字の読み書きができるのですか?」

 

 普通、これくらいの田舎の人間であれば、文字の読み書きはできません。それができるのは村の運営にかかわる者や教会の人間くらいですが……。

 

「はい。昔、私の父が旅人に手習いを受けたことがあったそうで……それで私も父から教えてもらって、ちょっとだけ読み書きできるんです」

 

「そうだったんですか。知りませんでした」

 

 それなら、書類を彼女の目が届く場所に放置することはできません。万一あの死亡通知を見られたら、大変なことになるでしょう。私がそんなことを考えているとは露も思っていないらしく、少女は、「じゃあ」と言ってくるりと回れ右しました。

 

「もし許可が出たら教えてください! ひょっとしたらお父さんとお母さんは私がちゃんとお仕事できているかどうか不安がってるかもしれませんし」

 

「………そうですね。分かったらすぐに教えましょう」

 

 少女がばたんとドアを閉めると、私は長いため息をつき、書類の記入を再開しました。さっきよりもずっと重くなった手を動かしながら。

 

 

 

 

 

 葡萄月の十日。審問官がふたたびこの村を訪れました。

 

 

 

 午後に礼拝堂の窓の掃除をしていると、こんこん、と扉をノックする音が聞こえてきました。

 

「開いています。どうぞお入りください」

 

 私が言うと、扉が開き、訪問者が入ってきました。私はその顔を見たとき、はっとしました。

 

神父様が司教に連行されていったとき、そこにいあわせた審問官の青年でした。あの日は注視していませんでしたが、どこか抜け目のない印象の顔で、にこにこと笑ってはいるものの、嫌な気配のする人でした。

 

「お久しぶりです司祭どの。いやあ、この度の出世、おめでとうございます」

 

「……それはどうも。あなたの方は神への奉仕は順調ですか?」

 

「いやあ、僕の方はまだまだですよ。面倒な異端審問もやらないといけませんしね。本当に羨ましい」

 

 すっ、と細められた目に、私はある種の嫌悪感を覚えました。私が神父様の死を踏み台に出世できて喜んでいるとでも思っているのでしょうか? からかっているだけだとしても、冗談にしてよいものではないでしょう。

 

「何の用です? 連絡を受けていませんでしたが」

 

 無意識に声がとがっていましたが、審問官の方は一向に気にする様子を見せず、ああそうだった、と言うと、懐から一冊の書物を取り出しました。

 

「『引継ぎ』をしに来たんでした。本当はあの通知が送られた時点で一緒に同封する予定でしたが……今回は少し様子見をしてから渡そうということでしたので」

 

「引継ぎ?」

 

「はい。『蘇生術』の使用法を記した書物です。一つの教会につき一冊支給されるものです」

 

 審問官が手渡した書物は地味な装丁で、一見して人間を生き返らせる、禁忌と言えるほどの術の使用法が書かれているとは思えないほどみすぼらしいものでした。

 

「あなたがあの事件に関与していた可能性も考えて、即座にこれを譲渡するのは上層部で意見が分かれたそうです。しかしこの頃異教徒や魔物たちの活動が活発な今は、やはり蘇生術を使えない教会があるというのは不都合な場合もありますからね」

 

 やはり司教様は私を見逃したものの、やはりどこかでまだ疑っていたようです。あらためて自分がどれほど危うい立場に置かれていたかに気づき、ぞわりと鳥肌がたちました。

 

「そうそう、もちろんこの本の存在をあの少女に教えてはいけませんよ」

 

 審問官が口にした名前を聞いて、私は一つ、聞きたいことがあったことを思い出しました。

 

「そういえば、あの子は親に手紙を出したいそうです。どうすればいいと思いますか?」

 

 それを聞いた審問官は、片眉を上げ、やがて、ははっ、と笑いました。

 

「ああ、そうか。そうでしたね。何も知らないのか……うん、それは無理だと言うべきところですが……しかし彼女のためにも、手紙は出させてあげた方がいいでしょう」

 

「しかし、返事はどうすればよいのです? 返事を書く人はこの世には……」

 

 言ってから、私は少女がいないか、聞き耳を立てている者がいないかを確かめるため、辺りを見回しました。

 

「大丈夫ですよ。この辺には僕とあなた以外誰もいません………返事なら、あなたが書けばよいのです」

 

 審問官は、何でもないことのように答えました。

 

「まあ家族でしか知らない話もあるかもしれませんが、そこはうまくごまかして。そのうち親のことなんか忘れますよ。……まあ、両親から音さたがないというのは不安でしょうし、優しい嘘ですよ、優しい嘘」

 

 審問官はそう言い残すと、では、と言って教会の扉の方へと歩いていきました。しかしその途中で立ち止まると、振り返ってこう言いました。

 

「……あなたはくれぐれも、馬鹿な真似をなさらないよう」

 

 

 

 

 

 葡萄月の二十日。私は五日前に少女が書いた手紙に目を通していました。

 

 

 

 私が手紙を送ることが許可されたことを伝えると、少女は大喜びで古い羊皮紙に手紙を書きつけ、私に差し出しました。五日後、私が部屋に戻って彼女の手紙を見てみると、そこにはいくつか書き間違いがあるものの、懸命に吟味して、伝えたい思いを重ねたらしい言葉が並んでいました。

 

『お母さん、お元気ですか。わたしは今日も司祭様のお手伝いをして暮らしています。ふたりが急にまちの方にいくって言われて、あと、わたしが教会にいれてもらえるなんてきいてちょっとびっくりしたけど、きちんとお仕事をしていますから、どうか心配しないでください』

 

 私は、静かに手紙を読み進めました。

 

『司祭様は優しくていい人だけれど、ふたりがいないのは少し寂しいです。もしこの村に帰ってくるようなことがあるなら、おてがみでおしえてください。それと、まちというのはどんなものでしたか。神父様のおてつだいで忙しいかもしれないけれど、ようすを書いてほしいです』

 

 手紙をすべて読み終えると、私は手紙用の古い羊皮紙をとり、「返事」を書き始めました。

 

『あなたがちゃんとお仕事をしているだろうということは知っています。だからこそ、神父様があなたのことを推薦していたのです。私とお父さんは神父様の身の回りのことや教会での雑事に追われて忙しいので、村に戻ることは難しいと思いますが、もしも暇ができたら必ず伝えましょう』

 

 さて、と私は思いました。彼女の手紙には街の様子を記してほしいと書いてあります。私はここに赴任する前に住んでいた街の景色を思い浮かべて、続きを書きました。

 

『街というのはまず、石畳のおかげで地面が真っ平らになっています。そして、高い赤レンガの建物が立ち並び、通りは人でごった返しています。道端で商いをする人はたくさんいて、うっかりすると人と人の隙間にいる泥棒にお金を盗られることもあるそうです』

 

 私は普段とは少し違った筆跡で文字をつづると、くるりと紐で結び、机の引き出しにしまいました。しばらく時間をおいて、彼女に渡せばよいでしょう。

 

 そして、残った彼女の手紙は、丸めてかまどの火の中に入れて燃やしてしまいました。私が書いた手紙は仮に見つけられても届ける前だったと言えば問題はないのですが、彼女の手紙があることが知られれば、実際には街に手紙が送られていないことが明らかになってしまうからです。

 

 かまどの中に放り込まれた彼女の手紙は、火にあぶられ、少しずつ灰になっていきました。

 

 私は真に読まれるべき者に読まれることなく燃え尽きていく羊皮紙を眺めながら、胸のどこかにりんごがつっかえたような気持ちを味わっていました。

 

「……これで、いいのかしら」

 

 もちろん、答えてくれる人はいませんでした。いたなら答えてくれたであろう神父様も、もういませんでしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 葡萄月の二十二日。富豪の老夫婦が、教会を訪れました。

 

 

 

 

 

 

 表で馬車のとまる音がしたような気がしました。

 

 その日、私は教会のかぼちゃ畑の様子を見ていたのですが、慌ただしく馬車を開く音とともに、大声で私を呼ぶ声が聞こえました。

 

「おーい、ここの教会の責任者はいるか?」

 

 少し錆びた男性の声でした。私が慌てて畑から戻ると、そこに立っていたのは、こぎれいな身なりをした二人の老人でした。どうやら二人は夫婦のようでした。私を呼んだのは老紳士の方らしく、老婦人は何か人形のようなものを抱えていました。

 

「はい。私がここの教会の司祭ですが」

 

 私がやってくると、老紳士はぱっと顔を明るくしました。

 

「よかった。頼む。寄付金はいくらでも弾むから、私たちの孫を生き返らせてくれ」

 

「え……」

 

「私の妻が抱いている子が、わしらの孫だ。森で遊んでいて頭を打ったらしい」

 

 さきほど人形だと思ったのは、どうやら子どもの死体だったようです。老婦人の抱えている子供をじっと見ると、その死体ー五歳ほどの少年でしたーの後頭部には大きなへこみができており、鼻や耳からちろりと血がもれていました。

 

「……残念ですが、私が蘇生できるのは法で規定された人間だけです。勝手に生き返らせることは……」

 

「それなら心配ない。もしものために、この子が死んでしまったら蘇生できるように保険をかけている」

 

 老紳士が見せたカードは、確かにこの少年が蘇生の対象になりうる法的な根拠を示すものでした。

 

「失礼ですが、どこでそれを?」

 

「大枚をはたいて買ったものだ。さあ、頼む!」

 

 老紳士の気迫に押され、私はうなずきました。村の誰かに蘇生の様子を見られないよう、私は老夫婦を招きいれると、礼拝堂の扉に鍵をかけました。

 

「司祭様。私は何か……お手伝いできることはありませんか?」

 

 振り向くと、少女が礼拝堂の奥に立っていました。おそらく奥を掃除していたところなのでしょう。少女は少年の死体を見て全てを察したようで、遠慮気味に言いました。

 

「……大丈夫です。ちゃんと蘇生はできますから」

 

 私は少年の死体を床にそっと横たえると、彼に触れ、舌の根で蘇生の呪文を詠唱しました。するとあの日のように、礼拝堂は眩い閃光に包まれました。

 

 少年の頬にだんだん赤みがさしてきました。皆がじっと息をつめて見守る中、彼は目を開け、身体を起こしました。

 

「……ここはどこ?」

 

 少年が何かを言い終える前に、老紳士が少年を抱きすくめ、おいおいと泣き始めました。老婦人はその様子を見て顔をほころばせながら、安堵のため息をつきました。

 

「……あなたは死んでいました。次に森で遊ぶときは、気をつけてください」

 

「え……?」

 

 まだよく状況が飲み込めていないらしい少年に、老紳士はつぶやきました。

 

「よかった……本当によかった……森で倒れてるお前を見て、本当にだめかと……」

 

「……あなた。そろそろ離さないと。今度は窒息死しちゃうわよ」

 

 老婦人が言うと、はっとして老紳士は少年から腕を離しました。そして、私の方に向き直りました。

 

「……私の息子の命を救ってくれてありがとう。もし何か困ったことがあったら、ここに連絡してくれ。力になる」

 

 老紳士が差し出したカードを受け取ると、そこには有名な街商人の名前が書いてありました。命を()()()のだからお金持ちなのだろうとは思いましたが、まさかそれほどの人物だとは思いませんでした。

 

「……別に、お金をもらう必要は……」

 

「私からの個人的な心づけだ。とっておきなさい」

 

 私が目を丸くしていると、老紳士は「それでは失礼」と言い、老婦人と少年を連れて外に置いてある馬車の方へと歩いていきました。

 

 その一部始終を見ていた少女は、老紳士の涙にもらい泣きしたらしく、涙にうるんだ眼で私を見上げました。

 

「……人が生き返るって、素敵ですね」

 

「そう思いますか?」

 

「はい。……司祭様はそう思わないのですか?」

 

「私は、まあ……」

 

 私は、少女の純粋な問いに、少し気後れしました。彼女はまだ、生き返らせることができるのが一部の特権階級だけであることは知りません。本当ならば教会で雇っている以上、蘇生の決まりについては話しておかなければならないのですが、そうなると彼女の母親は法を犯して蘇生されたことを知るでしょう。

 

 少女がそれを神父様が村から去ったことと結び付ければ、私がついている嘘も、無駄なものになってしまいます。だから彼女に対しては、ただ誰にも蘇生術のことは言ってはならないとだけ言いつけています。

 

「なるべく蘇生が必要ないように生活をしてほしいと思いますね」

 

 私はそう言って答えをはぐらかすと、作業をしていた畑に戻りました。

 

 

 

 

 

 

 葡萄月の二十五日。 夕食のとき、少女に「手紙の返事」を渡しました。

 

 

 

 

 

 

 私が書いた返事を渡すと、彼女は部屋に戻るのすらもどかしいようで、その場で手紙を開けました。勝手に私が代筆したものですから、何かがおかしいと気づくのではないかとはらはらしながらそれを見守っていました。

 

 が、それは杞憂だったようで、少女は手紙を読み終えると、ほう、とため息をつきました。

 

「……向こうの様子が分かってよかったです。司祭様、ありがとうございました」

 

「それほどあらたまってお礼を言う必要はありませんよ。家族が気になるのは当然のことですから」

 

 私はすました顔でパンにバターを塗っていましたが、少女が大事そうに手紙をしまうのを見届けると、一気に肩の荷が下りたように感じました。

 

「……古いと言っても手紙に仕える紙がたくさんあるわけではないので、手紙は一月に一回……」

 

「いいえ、もういいです」

 

 流石に何度も手紙の代筆をするのは負担になるので制限をかけようとしましたが、少女は予想外の一言をつぶやきました。

 

「……両親は忙しいようなので、仕事の邪魔にならないようにしたくて」

 

「あなたがそう思うならそれでもいいですが……寂しくないのですか?」

 

 私がそう訊くと、少女は少し照れながら答えました。

 

「一緒に暮らすのは司祭様でもいいので」

 

「……でも?」

 

「ああ、でも、じゃなくてお父さんとお母さんの代わりっていうか……ええと、お姉ちゃんみたいな……私ひとりっ子なんですけど、もし姉がいたらそんな感じっていうか……」

 

 あたふたする少女を見て、自然と顔がほころびました。私がくすくすと笑っているのを見てからかわれたことに気がついたらしく、少女は憮然としていました。

 

 そのとき、教会の扉を乱暴に叩く音が聞こえてきました。ここしばらく急な来客が多いものですから、その日はおよそ警戒心というものが抜け落ちていました。私は急いで扉へ駆け寄ると、不用意なことに相手の確認もせずに鍵を開けてしまったのです。

 

「一体なんの用ですか?」

 

 私が顔を出した瞬間、髪をつかまれ、私は外へ引きずり出されました。

 

「声を出すな。おとなしくしろ」

 

「……!」

 

 私の首元には鈍く光るナイフが突きつけられていました。青々とした髭をさすりながら、その男はどろんとした目を私に向けました。

 

「……シスターにしとくにはもったいないくらいの上玉だな。ま、()()前に俺は一仕事しなくちゃなんねえが」

 

 まぎれもなく、その男は盗賊でした。

 

 

 

 

 



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