白鳥志貴は兄である (exemoon)
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2015年7月30日 上

初投稿です。
月姫とか勇者であるシリーズのネタバレが結構あるかもしれないのでご注意ください。


幼いころ、魔法使いに出会ったことがある。

その人は、誰にも信じてもらえなかった「眼」のことを信じてくれて、これからどうすればいいか一緒に考えてくれた。

短い間だったけど、何か大切なことを教えてくれた

たった一人の先生だった――――

 

 

 

 

 

――――夏。

多くの学生が夏休みを迎える七月の末。

自分こと白鳥志貴も、学生の例に漏れず夏休みを甘受していた。

 

 

ふと、目が覚めた。

と時刻はまだ朝の八時。学校のある日よりは遅いが、体がまだ規律を保っているらしい。とはいえ夏休みである、惰眠をむさぼるという手段をもって謳歌しなければ、夏休みに失礼というものだろう。

偶には、二度寝も悪くない―――

 

 

「お兄ちゃん起きてーーーーーー!!」

「おごばっ!?」

 

 

体に衝撃。強制的に意識が覚醒させられる。

「あ、起きた。グッモーニン、お兄ちゃん」

残念ながら二度寝は彼方へ。

妹にボディプレスを仕掛けられたらいくら何でも寝てられない。

眼鏡をかけ、体を起こす。

 

 

「お、おはよう歌野。起こすときはもう少し穏やかにできない?」

怒りたいところだがこういう時はたいてい自分が何かしらやらかしている。

とりあえず、冷静に抗議する。

「えー?ふつーの起こし方だったらお兄ちゃん起きないじゃない」

「いや、ここまで過激じゃなくても起きるよ。特に今なんか普段より起きる時間も遅いし」

 「おにーちゃんシリアスリー?今日も、2.3回起こしたけど起きなかったよー?それに、昨日起こしてって頼んだのはお兄ちゃんじゃない。時南先生のとこ行くんでしょ?」

 やはり、自分の方が立場が悪いらしい。撤退。この件は有耶無耶にせねばなるまい。

 

 

「ともかく起こしてくれてありがとうな。着替えたらリビングに行くよ」

「ユアウェルカムお兄ちゃん。朝ご飯の用意して待ってるね。」

そう言って、歌野は自分の部屋を出ていった。

さて、さっさと着替えることにしよう。

 

 

リビングに行くと、食卓にはご飯、みそ汁に漬物、納豆が並べられていた。手間のかかるものではないとはいえ、実に手際がいい。

そのうち、家事を全部一人でこなしてしまいそうだ。そうなってしまっては、兄としての沽券に関わる。何とか、今のままでいてほしいものだ。

「うたのー歌野はそのままでいてくれー」

「何言ってるの?お兄ちゃん、でもグッドタイミングね。ほら、座って」

キョトンとした顔でスルーされる。

あいよと返事をして座り、二人同時に手を合わせる。

「「いただきます」」

 

 

「それにしても、いい手際だな。いつでも嫁に出れるんじゃないか?」

「そうでしょう、そうでしょう。もっと褒めて。なんなら、お兄ちゃんがもらってくれてもいいのよ?」

歌野が胸を張って威張る。俺の言葉がお気に召したようだ。

だけど、自分からもっと褒めろというのは中々自信家が過ぎる気がする。

「もう少し慎み深ければ考えるんだけどなぁ」

折角、綺麗なんだから、おしとやかにしておけば数年後にはさぞ、おもてになるであろうに。

 

 

そんな他愛のない話をしながら、食事をとっていると、不意に、家が揺れた。

大した揺れではなかったが、念のためテレビをつけて震度を確認する。

震度は3。震源は岐阜だったようだ。

 

「また地震か。父さんと母さんは大丈夫かな?」

「最近、ほんとひどいよね。でも、ドントウォーリー。二人が今いる四国じゃ被害は少ないらしいわよ。」

「へぇ、それは安心だけどなんでだろ?」

「さぁ?海に囲まれてるからじゃない?」

「日本全国そうだろ。そりゃ長野には海ないけど」

そーだったわねー、と 笑う歌野。

こいつの無邪気な笑顔を見ていると、まぁ大丈夫かな、なんて理屈もなしに思えてしまう。俺も随分絆されたものだ。

 

 

ここ最近、各地では異常豪雨、地震、など様々な自然災害が頻発している。あんまりにもひどいものでこれは神の怒りなのだー、なんて言説まで流布しているらしい。

幸いにも、俺たちが住んでいる諏訪近辺はあまり被害にあわず、こうして日常を謳歌できている。とはいえ、両親の仕事には中々影響があったみたいで二人は各地を飛び回っている。何か災害が仕事に関係していたらしい。

 

 ――――あれ?災害に関係している仕事なら、なぜ両親は被害の少ない四国にいるのだろう。

 

ふと、疑問が浮かぶが、自分も歌野も両親の仕事についてよく知らないし、聞いても小難しい大人の理屈をこねくり回されるだけだろう、疑問を思考の片隅に追いやる。

 

「お兄ちゃん、何ぼーっとしてるの?みそ汁冷めちゃうわよ」

「ん、悪い。少し考えごとしてた」

とりあえず、食事を済ませてしまおう。

 

 

 

「じゃあ行ってくる。昼は適当に食べてくるから」

「はーい。いってらっしゃい、お兄ちゃん」

妹に一声かけ、家を出る。

今日は雲一つない快晴。おかげで灼熱の日差しが容赦なく肌を刺す。

「——っと、のんびりしてたらバスに乗り遅れちゃうな」

バスは二時間に一本しか来ない。乗り遅れたら面倒だ。

 

 

 

 

家を出て二時間、およそ病院には見えない時南医院に到着した。

「まさか、こんなに時間がかかるとは…」

もっと早く到着するはずであったが、今朝から地震が何度も起きてるせいでバスが遅れ、普段の倍以上時間がかかってしまった。

 

 

 

「白鳥ですけど、宗玄のじいさんは暇していますかー?」

そうインターホンに呼びかけると、割烹着を着た女性が玄関を開けてくれた。

「こんにちは、志貴さん。お体の調子はどうですか?」

「こんにちは、瑠璃さん。じいさんから今日で来なくていいなんて言われるかもしれないぐらい元気ですよ。」

「それはよかったです。でも、来なくなってしまうというのは少し寂しいです。」

 

この女性は、時南宗玄の養女兼弟子の瑠璃さん。普段は時南家の家事などして過ごしている。昔死にかけた時、助けてくれた俺の命の恩人でもある人だ。

因みに、時南宗玄には瑠璃さんのほかにもう一人娘がいる。

「どうぞ、入ってください。ご案内します。」

瑠璃さんはそう言って、診察室まで案内してくれた。

 

「おう、ようやっと来たか小僧」

診察室でしばらく待っていると、着流しというまるで医者らしくない服を着て、時南宗玄は現れた。

「ええ、瑠璃さんや朱鷺恵さんに言われたら、来ないわけにはいきませんから。時南先生と顔を合わせるのは、半年に一度でも十分なんですけどね」

「ほざけ、小僧。そりゃワシの言い分じゃ」

軽口を言いながら、対面に腰を下ろす時南宗玄。

お互い慣れたもので、指示がなくても何をすべきかわかる。

シャツを脱ぎ、上半身を裸にする。

 

 

 

「ふん、確かにこのところ調子は良いみたいだな」

「はい、おかげさまで」

「まったく、今まで苦労を掛けられっぱなしだったからのう」

 言いつつ、背中や脇をべたべた触ってくる。

「ここに初めて来た時は、死人のような体をしとった癖に。これじゃあ苛め甲斐がないではないか」

「なんてこと言うんです…痛い!痛い!ヤブ医者痛い!」

「体のゆがみを直してやっとるんじゃ。痛みがなければ有難みがないだろう」

「うう…なんで医者に来て整体染みたことされなきゃいけないんだろう…」

「馬鹿者。ワシの方こそ泣き言を言いたいんじゃぞ。男の体なぞ触っても嬉しくもなんともないわ」

 

 

「…もうよいぞ」

「あれ、いつもより短くないですか?」

「これ以上する必要がないからな。瑠璃や朱鷺恵にも感謝しておけ小僧、お前の体がここまでまともになったのはワシだけの力ではない。随分家でも健康を管理されとるようだしの」

「言われなくても、感謝していますよ。どこぞのヤブよりよほど頼りになりますしね。」

「ふん、とにかく体の方は問題ない。暇なら朱鷺恵に鍼でも打ってもらえばよかろう」

そう言って、ヤブ医者は席を立とうとする。

 

 ――――と、また地震が来た。ヤブ医者がこけそうになったので慌てて体を支える。

今度の地震もあまり強くはなく、しばらくすると、揺れは収まった。

「ふん。相変わらず、反射神経は悪くないの」

「はいはい。とりあえず、今日のこの様子じゃ、危なっかしくて鍼は打ってもらえそうにないので、もう帰りますね」

「ああ、次来るときは酒の一本でもってこい」

そうして診察室を出ると――――

 

 

「あら、志貴君。さっきバス行っちゃったみたいだから、お昼ご飯食べていったら?」

と、声をかけられた。

声の主は、時南宗玄の実娘、朱鷺恵さん。

「本当ですか!?しまった、バスが遅れてること忘れてたな…」

今日のこの様子では、次にバスが来るのがいつになることやらわからない。

「しょうがないわね、帰りは車で送って行ってあげるわよ。ちょうど、駅前に用事もあったことだし」

「いいんですか?それじゃあお言葉に甘えて…」

やはり、ヤブより朱鷺恵さんのほうが頼りになるかもしれない…

 

 

 

「家の前まで送ってもらって、すみませんでした朱鷺恵さん」

「気にしないで、私の方こそ、買い物に付き合ってもらっちゃったしお相子よ。それじゃあまたね、志貴君」

「ええ、お気をつけて」

そうして、朱鷺恵さんの車は走り去っていった。

 

 

 

「さて、ちょっと早いけど、風呂にでも入るかな」

もうすっかり日が暮れている。

いつも外をほっつき歩いている歌野も、さすがにもう帰ってきているだろう。

「ただいまー」

そう言って、家に入るも、返事はなく、リビングにも明かりはついていない。

「あれ、歌野いないのかー?」

また返事はなく、部屋を確認してもどこにもいない。

「歌野のやつ、また本宮の方うろついてるのかな?」

歌野はよくあの辺りで近所の友達と遊んだりして過ごしている。

とはいえ、ここ最近こんな時間になっても帰ってないということはなかった。

念のため、電話をかけてみるか、とリビングの電話を手に取ったその時――――

 

 

突如、地面が激しく揺れ始めた。

 

 

視る景色がぶれるような強い揺れは十数秒間ほど続き、そして収まった。

「部屋のものが少なくて助かったな」

今日ほど自分の無趣味さに感謝できる日はないだろう、なんて、ズレた思考が頭をよぎる。

    

 

思考が平常に戻ると不意に、歌野が心配になる。

 

あれほどの強い地震だ、建物が倒壊していてもおかしくない。

朱鷺恵さんも心配だけど、彼女は大人だし、車に乗っていたから多分大丈夫だろう。

今は歌野のほうが心配だ。

 

軽く息を吐き、瞑目する。少し気持ちが落ち着いた。やるべき事も纏まった。

まず、歌野の番号に電話をかける。 

当然のように繋がらない。回線がパンクしているのだろう。

「なら、虱潰しに探すしかないか―――」

何やら、嫌な予感がする。

万一のため肉親の形見を懐に入れおく。

玄関を出ると、辺りはもう暗くなっていた。

 

周りを見渡すと、いつも見る光景とあまり変わらない。ご近所には被害が少なかったようだ。地震は思っていたよりも、大したことがなかったのかもしれない、と思考がやや楽観的になる。

ふと、視界に違和感を覚え、今一度辺りを見渡す。

地震で少し変わっているとはいえ、やはりいつもとさして変わらない光景。

なんとなく、空を見上げる。

 

――――すると、何やら、オカシナモノが、視えた。

 

 

「なんだ―――あれ―――――」

眼鏡は、はずしてないのに目がアリエナイものを映し出す。

眼前には、アニメや漫画で見るような巨大な結界のようなモノがあって

その境界線の向こうには、ナニカ、キモチノワルイ、バケモノがいた。

――――数えきれないほどの星屑のように

 

 

 

――――こうして、白鳥志貴の穏やかで幸せな日常は、終わりを告げた




白鳥志貴 2001年10月15日生まれ
まだ中学2年生。たどった歴史が遠野志貴君と違うので割と健康。眼鏡君なのは変わらず。彼の過去とかはそのうち明らかになるはず。小学生の頃からいっぱい貯金してるので中学生の中では小金持ち。なお無駄になる模様。シスコン。

白鳥歌野 2004年12月31日生まれ
まだ小学5年生、10歳、若杉やろ!ウッソだろお前!?原作では、小学生ながら人々に希望を与え続け、一人で諏訪を3年間守った農業王、メンタルお化け。信念を貫く子供など、薄気味が悪い!(カテ公) あとブラコン。

時南宗玄
闇医者。志貴君の実父と関りがあったらしい。腕は確か。定期的に志貴の健康を診てくれてる。志貴とは憎まれ口を叩きあうぐらいには仲いい。昔はたくさん愛人をかこっていたらしい。半隠居爺さん。

時南朱鷺恵
優しいお姉さん。宗玄の実娘。最近、志貴君を見る目が怪しい。鍼治療のエキスパート。ちょくちょく志貴君の身体を診たりもする。魔性の女。

時南瑠璃
優しいお姉さんパート2.宗玄の養女。薬学のエキスパート。頼めば、大体のお薬は調合してくれる。志貴君の命の恩人。経緯は追々。半オリキャラ。元ネタは花のみやこ!の巫浄瑠璃。なお、ググってもほぼ顔が出ないかわいそうな子。イメージ的には琥珀と翡翠を足して2で割った感じ。完璧超人。


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2015年7月30日 下

――――この「眼」を持ったばかりの頃、     

    空は唯一「線」が見えない存在だった。

    その時、空は「眼」の逃げ場になって、

    ひと時の安心感をもたらしてくれた。

    だからこそ、空にまで「線」が見えるようになったらと考えると、

    耐えがたい不安に襲われた。    

    まさか、それが現実になるとは

 

 

 

「な…あ……」

ひどく現実感のない光景

しばし、茫然としてしまう。

視ているモノの非現実的さと裏腹に、頬を撫でる風がこの光景が真実であることを否応なしに自覚させる。

 

「落ち着け!今呆けてる場合じゃないだろ!」

自分に言い聞かせ、やるべきことを思い出そうとする。

徐々に、思考が正常に戻ってきた。。

あの化け物の正体はわからないけど、何か良くないモノな気がする。

ともかく、今は歌野を探さなくては。

 

まず、諏訪大社上社本宮に向かう。家が近かったこともあり、歌野はよく上社の本宮や前宮のあたりを遊び歩いていた。

向かいながら、道中にいたご近所さんに、歌野を見たか聞く。いずれも芳しい返事はもらえない。

どうやら、誰かの家に遊びに行ってるというのもないらしい。

住宅街を抜け、大通りに出ると、視界が拓けた。

 

多くの人が右往左往している。  

結界の境界に目を向けると、人々が逃げるようにこちら側へ走りこんできている。

それはできの悪いパニック映画の様。酷く現実感が欠けた人の群れだった。

その群れの中に、見覚えのある顔を見つける。

歌野の担任の教師だ。歌野を見たなら覚えてるはずだ。

 

「先生、歌野を見ませんでしたか!?」

教諭の肩をつかみ、尋ねる。

「し、シラ…トリ…?イ…いタ…あ…あイツ…タスケ…バ、バケモノ…くって…」

「見たんですね!?ドコでですか!?」

教諭はかなり錯乱していたが、歌野の居場所を聞くと震えながら、前宮の方向を指さした。

それだけ、分かれば十分だ。

 

無秩序の合間を縫って、走る。走る。走る。

すれ違う人達の中に、歌野はいない。人々の混迷がどうしようもなく、不安を煽る。

前宮に近づけば近づくほど、ざわめきが大きくなっていく。

何か、とんでもなく嫌な予感がする。

前宮が見えてきた。 

「歌野っ!どこだっ!?」

必死で呼びかけるも返事はない。

この辺りに歌野はいない。

だとすると…

 

――ヤメロ

  ソコに近づくな

 

本能が警鐘を鳴らしている。

「くそっ!」

でも今更引き返せない。

今、引き返せばあいつと二度と会えなくなる。

そんな気がする―――

本能を理性で無理やり押さえつけ、境界へ駆ける。

 

 

半透明のベールを抜けると、むせるような鉄の匂い。

道路は所々、紅く染まっている。

危機感が加速度的に強くなっていく。

脳裏をよぎる嫌な光景を振り切り、歌野を探すために進む。

 

―――いない

―――いない

―――いない

 

いやな想像が膨らむのを止められない。

気づけば、境界線から随分離れている。

いろんな人とすれちがっていたのに、いつの間にか周りには誰もいない。

気づけば、建物や車が不自然な形で抉れている。

おかしい。こんな抉れ方ありえないはずなのに…

と、そこで、視界の片隅に、オカシナモノがうごめいているのが、視えた。

 

白い袋にグロテスクな口をつけたようなバケモノ。

青白い電灯に照らされていて、紅い化粧をしているのが分かる。

バケモノは道端で、ガツガツと何かを貪り食っている。

 

「な――――――」

  

呼吸が止まった。脳が思考を拒否するように、肺もその活動を拒絶した。

息ができない。

 

「―――――――」

 

理性がこの光景を受け入れることを拒んでいる。

…なんてことだろう。

そんな光景見ていないのに。

俺には、バケモノに生きたまま食べられる人々の姿がイメージできた。

道路を走って逃げる男性。

でも、ギロチンのような顎が足首から上を刈り取ってしまったり。

 

車に隠れ泣き崩れる女性。

でも、車のボディはバケモノにしてみれば紙より脆くて、それこそ数秒とかからずにぐちゃぐちゃにされてしまったり。

 

建物の中に閉じこもる人々

でも、壁を破ってきたバケモノに全員丸のみにされてしまったり。

 

とにかく、わかっていることは—————

自分がいるこの街は、とっくに地獄絵図と化しているということ。

 

 

「ぐ――――――」

無理矢理、吐き気を抑える。

今少しでも動けなくなれば、俺は簡単に肉の塊になってしまう。

 

「は―――ア。は、あ。」

止まっていた呼吸を再開させる。

すると、バケモノは俺に気づいたらしく、口を俺のほうに向けた。

ぽとり。と奴の口から何かこぼれた。

 

それは、小さく、かわいらしい靴をつけた、女の子の足だった。

 

その足は、どうしようもなく、妹のことを連想させた。

 

 

 

 

全身の血が沸騰する。

眼鏡を外す。

視える景色が一変する。景色に黒い「線」が走る。

世界中至る所がひび割れ、不安定になる。

ズキン。と頭が痛むが構わない。

あのバケモノにも黒い継ぎ接ぎが見える。

 

昔、「先生」が言ってた。

この「眼」は「直死の魔眼」。

俺が見ているのは、「死」そのものだと。

 

懐に手を入れる。

かつん、指先には鉄の手触り。

何たる僥倖。

道具は既にそろっている。

 

 

バケモノが此方に向かってくる。

鈍重な見た目に反し速い。

確実かつ迅速に、俺を喰らおうとバケモノが迫る。

その顎は固い金属さえ紙のように切り裂く。

人間が生き残れる道理はない。

 

白鳥志貴は何もできずに死ぬ。

 

だが、それは間違っている。

こんなコトくらいでは、殺されないし、死んでもやらない。

オレは、ヒトが死んだくらいではためらわない。

 

オレは、もっとひどいコトを、目の当たりにしているのだから―――

 

 

身をひねり、バケモノの脇を駆け、少し距離をとる。

その間に短刀を握る。

親の形見の飛び出しナイフのような短刀だ。

 

バケモノは今度は逃がさないといわんばかりに、顎を開き迫る。

 

―――なんて、無様。

奴にはそれしか能がないらしい。

 

跳躍して、奴の上顎から背中にかけて伸びる「線」を切り裂く。 

着地した時には、バケモノの身体は跡形もなく消滅していた。

 

このバケモノは、完膚なきまでに死んだ。

だが、――――――

 

―――足りない。

   こんなものでは足りない。

   この程度の死では、到底釣り合わない。

    

殺さなければ、もっと、もっと、もっと―――

 

次の獲物を探すため、駆け出す。

仲間が殺されたことに気づいたのか、三匹が此方に向かってきた。

手始めに、こいつらから片付けよう。

 

三匹並ぶかのようにして此方へ向かってくる。

好都合だ。此方も奴らに向かって駆ける。

一匹目はすれ違いざまに脇に伸びる「線」をなぞってる。

二匹目は顎から尾まで伸びる「線」を裂いてやる。

三匹目は頭に浮かぶ「点」を突いてやった。

 

確認するまでもない。三匹とも死んだ。

自分でもほれぼれする。

あんまりにも、他愛なくて笑いがこみ上げそうになる。

だが、笑っている暇はない。

そんな暇があるなら、もっとコロさなくては。

 

それからは単純だった。

 

奴らを見つけては、斬り、裂き、刎ね、突き、穿ち、抉り、殺す。

観客がいないのが残念なほどだ。

もう十匹以上、ヤった。

この辺りには、もう奴らはいないらしい。

モット、モットと脳が叫んでいる。

慌てることはない。これだけ死んでいるんだ。奴らはまだまだいるはずだ。

辺りは宵闇に包まれているが、この「眼」があれば、見逃すことはない。

 

バケモノを探すため、彷徨い歩く。

  

しばらくすると、何か、耳障りな音が聞こえた。

わーん、わーん、というよく響く音。

なぜだか、酷く、癇に障る。

そんなことしても何も変わらない。変わらなかった。それは只の自己憐憫の産物だ。

 

と、そこで、残った理性が、これは子供の泣き声だと認識した。

  

途端、思考が正常に戻る。

そうだった。こんなところまで来たのは、歌野のためだ。

それなのに、バケモノに夢中になってしまうなんて、どうかしている。

そうだ、今すべきことは歌野を探すこと。

だけど、泣いてる子を放っておくわけにはいかない―――

 

 

泣き声のしたほうへ走る。

意外と近い、すぐに声の主を見つけられた。

小さな泣いている男の子に、歌野と同じくらいの歳の女の子が駆け寄っている。

しかし、間が悪い。

彼女らを五匹のバケモノが取り囲もうとしている。

間に合うかどうか微妙だ――――

 

「ち――――」

跳躍し、此方に背中をさらしているバケモノの背を切る。

間髪入れず、今切ったバケモノを踏み場にし、再び跳躍。

少女たちを飛び越え、空中に浮かぶバケモノの腹を斬る。

地面を見ると、着地時を狙ったのか、もう一体バケモノが大口を開けて待ち構えている。

だが、甘い。

食われる間際、奴の頭をつかみ、無理矢理体勢を変え、バケモノの背中にある「点」を突く。

あと、二匹。

着地し、次の獲物を見定める。

  

マズイ。奴らは俺ではなく、少女たちを狙っている。

バケモノが少女に左右から迫る。

ここからだと、一匹片付けている間にもう一匹が彼女らを食い殺してしまう。

だが、それではダメだ。俺はコロしたいんじゃなくて、助けたいんだから。

ならば、方法は一つ。

二匹同時に始末する―――

 

バケモノに向かって駆ける。

駆けつつ、左手のバケモノに短刀を投擲。狙いは奴の腹にある「点」。

投擲後、即座に右手のバケモノに向かって、跳躍。

奴の背にある「点」を蹴り穿つ。

ありがたいことに二匹とも間を開けずに消滅してくれた。

 

そうして、俺は着地し―――

そのまま立ち上がれなくなった。

 

「ぐ―――――」

酷く息苦しい。

体中が悲鳴を上げている。

当然だろう。

これだけ無茶をしたんだ。体にガタが来てもおかしくないだろう。

だが、もっと耐え難いのは、

気が狂いそうになるほどの頭痛。

視界が明滅し、頭が割れそうだ。

まるで、脳髄にナイフを刺しこまれたよう。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

少女が、駆け寄ってくるが、返事をすることもできない。

そこで、女の子がおびえた様子で、どこかへ目をやった。

無理矢理顔を上げ、その視線の先を見ると―――

バケモノの群れが此方へ向かってきていた。

 

―――まずい

 

ナイフはまだ地面に転がっている。

初動が遅れる。

その上、さっきは奴らが少女たちに意識を向けていたから奇襲が成功したが、今度は違う。

よしんば、俺が奴らを片付けられても、その間に彼女たちは食われるだろう。

  

―――まずい

 

ナイフに手を伸ばす。

自分でも笑えそうになるほど緩慢な動き、回復まであとしばらくかかる。

少女が俺に肩を貸そうとするが、足がもつれてに倒れこんでしまう。

逃げろと伝えようとするも、口からこぼれ出るのは、ヒュー、ヒューという息遣いのみ。

 

―――まずい

 

ようやく、身体に力が戻ってくる。が、まだ立ちあがれない。

これでは、迎撃できない。四つん這いになりナイフを握る。

バケモノが迫る。

 

バケモノは、本当に弾丸のように俺をめがけて、飛んできて―――目の前で、吹き飛んだ。

 

「ノープロブレム!この私が来たからには、ね!あなたたちは私の後ろに隠れていて!」

気が付けば、鞭を持った少女が俺たちを背に闘っている。

なぜだか、とても、とてもよく知っているような声。

見上げると、誰か、いつも傍にいる少女の様に見えた。

 

―――その少女こそ歌野だった。

 

「う、歌野!?」

「お兄ちゃん!?何でここに!?」 

思わず、声を上げてしまう。だが、それは間違いだった。

 

歌野が俺のほうへ目を向ける。

向けてしまう。 

命のやり取りをしている最中に、その行為は致命的な隙だ。

なんて、間抜け。

妹を探しにここまで来たのに、バケモノに夢中になり、挙句の果てに当の妹の足を引っ張っている。

 

その決定的な間隙を見逃さず。一匹のバケモノが歌野を喰らおうと迫る。

「しまっ―――」

バケモノの顎が迫る。これほど近ければ、鞭など役に立たないだろう。

歌野は死ぬ。他ならぬ、俺のせいで―――

 

だが、そうはさせない。

四年前、「兄妹」と言ってくれたあの日から、俺は歌野の兄なんだ。

兄は妹を守ってやらなちゃいけない。

 

四肢に力を籠め、獣のように跳ねる。

その勢いのまま、眼前のバケモノの首を掻き切った。

それで終わり。力を使い果たし、その場に倒れこむ。

 

「このっ――――」

乾いた破裂音が響き、直後に静寂が広がる。

残りのバケモノを、歌野が片付けたらしい。

俺は今の無理が祟ったらしく、しばらくは動けそうにない。目も開けていられない。

なんて、無様。結局、妹に助けられている。

こんなんじゃ兄失格かもしれない。

 

「お兄ちゃん、大丈夫!?目を開けて!」

気が付けば、歌野が俺の身体を抱き起こしている。

いつになく焦った声、どうやら、随分心配をかけたらしい。

「ああ、大丈夫。歌野こそ怪我はないか?」

そう答えつつ、眼鏡をかける。

視界が正常になり、頭痛もましになった。

「私は平気。…ねぇ、そこのあなた。この人は私が運ぶわ。その怪我している子をお願い。安全な場所があるから一緒に来て!」

俺の言葉に答えると、歌野は矢継ぎ早に指示を出し、俺を抱きかかえてしまう。

 

「ちょっと待て、歌野。おろしてくれ、俺は大丈夫だって―――」

「いいからつかまっててお兄ちゃん。話はあとで聞くから!」

取り付く島もない。不思議なことに歌野は俺を抱えても、重くもなんともなさそうだ。

「わ、私も大丈夫です」

声に目を向けると、先ほどの少女が怪我をした男の子をおぶっていた。

「グッド!じゃあついてきて!」

歌野が走り出す。どうやらしばらくこのままでいなきゃダメらしい。

 

唐突に、激しい睡魔が訪れる。

そういえば、今何時だったかと腕時計を見ると、とっくに日付は変わっていた。

随分長い間、街を彷徨っていたらしい。

瞼が落ちて来る。

起きてなきゃ駄目だ、また奴らが現れるかもしれないのに、眠っていていいはずがない。

そう理性が叫ぶも、こうしていると妙に安心感を覚え、とても瞼を開けてられない。

 

瞼が閉じられる直前、ふと、夜空を見上げる。

ああ、どうして気が付かなかったんだろう。

 

こんやはこんなにも つきが、きれい――――だ―――――

 




志貴君
途中歌野がもう死んでると無意識に思っちゃってブチ切れ、通り魔に。で四年ぶりなのに脳の負担とか考えずに何時間も眼鏡外してたのでダウン。挙句の果てには、妹にお姫様抱っこされてそのまま寝ちゃう。最後の方は余裕なさ過ぎて歌野が何で戦ってるとかも考えられない。ワカラナイマン。

歌野の先生
歌野の担任であり、昔、志貴君のクラスも受け持った人。歌野に助けられたことを伝えようとするも、錯乱してて伝わらず。先生、哀しい(ポロロン)

少女
皆お分かりのあの子。志貴君の眼に見とれちゃったらしい。巻き込まれ系主人公。怪我してる男の子を助けるために囮になろうとしたり、おんぶしようとする聖人。特別な力もないのに人を救おうとするある意味真の勇者。

男の子
脚を怪我して泣いてた子。志貴君のアクロバティックな動きに気を取られ泣き止む。うたのんや志貴君見てヒーローってホントにいるんだすっげーて興奮してたらしい。

うたのん
実は超余裕ない状態で戦ってる。そもそも普通の小学生がいきなり化け物と戦ったり地獄絵図見たりして平静を保てるはずもない。それでも、最善を尽くしてるすごい女の子。さすがにブラザーと遭遇するのは超びっくりしたらしい。


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芽出

月姫リメイクが出ないので初投稿です。


ざわめき声が聞こえる。

まぶたを閉じて眠りに落ちていても、薄い光や音は混濁する意識を目覚めさせようとする。

正直、とてもうるさくて眠ってなんていられない。

 

―――意識が、だんだんと自分を取り戻す。

 

「ここ、は――――――」

見渡すとここがどこかの病院の待合室であることが分かった。

辺りには人があふれていて、医者や看護師があわただしく動き回っている。

自分はどうやらベンチで眠っていたらしい。

毛布を掛けられいて、眼鏡はつけっぱなしだった。

腕時計を見ると朝の八時。

 

なんだか、とてもぼんやりとする。

状況がよくわからない。

なにか、とても大事なことを忘れている気がする。

 

「志貴さん、目が覚めたんですね。」

ふと、声をかけられる。声に目を向けると瑠璃さんがいた。珍しく白衣なんかを着ている。

「瑠璃さん。…ここは一体?」

「覚えてないんですね。ここは上諏訪の大病院です。昨晩、運び込まれたんですよ。もっとも、眠ってただけで大事ないみたいでしたから、こっちで寝てもらってました。今、ベッドが足りてないんですよ。」

瑠璃さんが俺に説明してくれる。

だけど、なんで運び込まれたのかとかよくわからない。

まだ、頭がぼーっとしている。

思考がまとまらない。

 

「それで、瑠璃さんは何でここに?」

「化け物騒ぎで避難してきたんですよ。そしたら、病院が人手不足だから手を貸してほしいと言われてしまいまして、お手伝い中です」

そう言って、瑠璃さんは微笑む。

こんな時でもこういう風に誰かにやさしくできるなんて、本当に強い人だ。

そういえば、なんで自分は運び込まれたんだっけ。

さっき言ってた化け物が関係してる気がする―――

 

唐突に昨夜の出来事がフラッシュバックする。

 

「瑠璃さん!歌野は、歌野はどこですか!?」

ああ、どうしてこんなに大事なことを忘れていたのだろう。

なぜ、あいつが戦っていたのだとか、あの化け物が何なのかとかわからない事だらけだけど、今は歌野の安否を知りたい。

途端、瑠璃さんが真剣な顔になる。

なぜだろう。

彼女から話を聞いてはイケナイ気がする。

 

「志貴さん、落ち着いて聞いてください。歌野さんは、まだ外で戦っています。」

「戦ってる!?なんで、あいつが」

「諏訪に逃げてくる人たちを助けるためです。今、諏訪湖周辺は結界によって化け物の入ってこれない安全圏になっています」

「違う、そういうことを聞いてるんじゃないんだ。歌野はただの子供だ、あんな化け物と戦えるはずないだろう?それに、そういうことは警察とか自衛隊とかの仕事だ。小学生がすることじゃないだろう!」

思考が空白に染まるなか、必死で口だけを動かす。

オカシイ。瑠璃さんが言っていることは絶対におかしい。

 

「ええ、志貴さんの言う通りです。ですが、あの化け物には銃も、刃物も通じなかったそうです。なぜか、歌野さんが持つ鞭だけが通じるみたいで…」

「でも―――」

「志貴さんだって歌野さんが戦っているのを見たはずです。だって、あなたをここに連れてきたのは歌野さんなんですから」

言葉に詰まる。

確かに瑠璃さんの言ってることは事実だ。

だからと言って、そんなことを認めるわけにはいかない―――

 

「―――なら、歌野の鞭を大人が使えばいいじゃないか。小学生の子供を戦わせていいはずがない!」

「ええ、それも試そうとしました。だけど、あの鞭は歌野さんが使わないと威力を発揮できないらしく、結局歌野さんが戦うしか手はなかったんです」

瑠璃さんの言っていることは事実だけど、理不尽だ。

酷く、腹が立つ。

脳が理解を求めてくるが納得はできない。

 

頭に血が上っているのがわかる。

落ち着け。

瑠璃さんは事実を語っているだけだ。そんなことで、彼女を責めていいはずがない。

小さく深呼吸する。

やるべきことは変わらない。

 

「―――瑠璃さん。歌野は今どこにいる?」

そう、今白鳥志貴がすべきことは妹を手助けすること。

それ以外はすべて余分だ。

「まさか志貴さん、結界の外に出るつもりですか!?駄目です!いくら、志貴さんでも危険すぎます!」

「瑠璃さん…実は俺も奴らと戦えるんだ。歌野の兄貴だからかな。昨晩だって、何匹も奴らを倒したんだ。だから大丈夫だよ」

「何言ってるんですか!仮にそれが本当だったとしても、志貴さんは昨晩倒れたんですよ!?認められません!」

瑠璃さんが悲鳴を上げるように叫ぶ。

純粋に俺を心配してくれていて、さっき怒鳴ったことになんだか罪悪感を覚えてしまう。

「大丈夫。今度は引き際を見誤らないよ。それに俺は歌野の兄貴だから、兄貴は妹を助けるものだろう?」

「それでも駄目です。危険すぎますし、そもそも歌野さんがどこにいるかも分からないんです。」

瑠璃さんはそれでも食い下がる。

彼女の言っている理屈は正しい。だけどそれだけじゃ止まれない。

 

「この病院にも歌野を見た人ならいるはずだ。正確な位置はわからなくても、おおよそいる場所ならわかるはずだろう?俺を病院まで連れてきたってことはあいつも度々ここに寄ってるはずなんだし」

「―――なら、歌野さんがここに来るのを待ってればいいじゃないですか。歌野さんと合流してから考えてもいいはずです」

「駄目だ。あいつは危なっかしくて一秒だって放ってはおけない」

そうだ、歌野は今も一人で戦っている。それを放っておけるわけがない。

考えたくもないけど下手すれば、もう戻ってこないかもしれない。それだけは駄目だ。

「それに、歌野がいようといまいと俺が奴らの数を減らすだけで助かる人は増えるはずだ。なら、少しでも早くあれの外に行ったほうがいい」

瑠璃さんがいつになく苦い顔をしている。

 

 

「心配してくれてありがとう、瑠璃さん。だけどね、いろいろ御託を並べたけど、結局俺は妹の手助けをしてやりたいだけなんだ。だから、頼むよ」

「だけど、志貴さん。まだ体が」

「大丈夫だよ。変なところで寝てたからか少し体は軋むけどね」

そう言って立ち上がる。

身体は十全に動く。

細かい擦り傷とかも手当てされてるところを見ると、なんだかんだで瑠璃さんが診てくれたのだろう。

 

「あ、あの!」

唐突に、声をかけられる。

声の主は、昨夜の少女だった。

「君は、昨日の…」

「は、はい!き、昨日は本当に、あ、ありがとうございました!」

そう言って、ぺこりと頭を下げる。なかなか、律儀な子だ。

 

「気にしないで。怪我とか大丈夫だった?」

「お、おかげさまで、あの子も、私も大丈夫です…じゃなくって、すみません。実はお二人のお話が聞こえてしまって…」

「ああ、ごめん。うるさかったかな?」

そう答える間にも、気が急いてくる。彼女には悪いが、話はここらで切り上げさせてもらおう。

「い、いえ…そうではなくて…わ、私、今妹さんがいるところ分かります!」

―――と思ったら、彼女はさらりとすごい事を言った。

「藤森さん!?」

瑠璃さんが悲鳴のように声を上げる。

 

「本当かい!?どこにいる!?」

思わず、彼女の身体をつかんでしまう。

「あ、あわわ」

しまった、怯えさせてしまったようだ。しかし、そんなことを気にしてる場合ではない。

「待ってください!藤森さん、なんでそんなことが分かるんですか?」

瑠璃さんが俺と彼女を引き離し尋ねる。

 

「わ、わたし、なんとなく分かるんです!う、うまく、説明はできないですけど…イメージみたいなものが浮かんで」

「分かった、信じるよ。教えてくれるかい?」

「志貴さん!」

瑠璃さんが咎めるように叫ぶ。

 

「瑠璃さん。俺はこの子を信じていいと思うよ。どのみち、聞き込みをしても時間がかかるし正確じゃないんだ。なら、信じてみたほうがいい。」

「ですが―――」

「この子が嘘を言う理由もないし、それに変わった力があるのは歌野や瑠璃さんだってそうじゃないか」

「…………」

「言っとくけど、俺は一人でも行くからな」

「……はぁ。仕方ありませんね。車の用意をしてきますから、ここでちょっと待っててください。」

「え、いいのか瑠璃さん。病院の手伝いだってあるんじゃ?」

「全然よくありませんよ。だけど、このまま放っておくほうがよくないです」

そう言うと、瑠璃さんはどこかへ小走りで向かった。

しばし、呆気に取られる。さっきまであんなに反対されていたのにこんなにあっさり協力してくれるだなんて…これから先、ますます瑠璃さんには頭が上がらなくなりそうだ。

とりあえず…

待っている間に場所を聞いてしまおう。どうせ、準備することなどない。

 

「それで、今歌野はどこに?」

「は、はい。春宮の北東。隣町に通じる街道にいるみたいです」

あの辺りは、山と山に挟まれた一本道だった。

確か山を挟んだ隣の市とつながる最短ルートだ。

なるほど、確かにあの道の安全を確保できれば、大勢助けられるだろう。

 

「あ、あの!よかったらこれどうぞ!」

考え事をしていると小さな袋を差し出される。

そこには、小さなおにぎりとお茶の缶があった。

「これは?」

「食堂でもらってきたものです。よかったら食べてください。」

そういえば、昨晩から何も食べていない。

あまり食欲はないが、食べておかないと体が持たないだろう。

 

「いいのかい?ありがとう、早速いただくよ。君は食べなくて大丈夫なのかい?」

「は、はい。私は先ほど食べたので平気です」

早速、おにぎりを頬張る。塩がきいてておいしい。

食べていると、急いていた心も落ち着いてくる。

ふと、この子に自己紹介をしていなかったことを思い出す。

命のやり取りをする前に随分のんびりとした思考に自分でも笑いそうになる。

 

「そういえば、まだ、自己紹介をしていなかったね。俺は白鳥志貴、よろしくね。」

「私は藤森水都といいます。よろしくお願いします白鳥さん。」

「堅苦しいし、歌野と被るから呼び捨てでいいよ。その代わり、俺も水都ちゃん

って呼ぶから」

「は、はい。志貴さん。」

なんとなく、この子とは長い付き合いになる気がする。

 

「お待たせしました。じゃあ行きましょうか志貴さん」

と、そこで瑠璃さんが戻ってきた。

なぜか、いろいろ荷物を持って来てる。

「ええ、急ぎましょう。ところで何ですかその荷物?」

「医療道具とか色々入れてます」

この短時間で随分用意がいい。

完璧超人っぷりに磨きがかかっているな。

 

「あ、あの!」

振り向けば、水都ちゃんが何か言いたげにしている。

「どうしたの?水都ちゃん」

「わ、私も連れて行ってください!途中まででいいので!もし、途中で何かわかったらそれもお伝えできると思いますし!」

――――少し考える。諏訪から出る前までなら問題ないと思うけれど

「…いいのかい?正直ありがたいけど、まだ無理しないほうがいいんじゃないか?」

「気にしないでください。少しでも、志貴さんのお役に立ちたいんです」

なんで、そこまでしてくれるんだろう。ここで休んでいてもいいはずなのに。

ただ、今はその厚意に甘えさせてもらおう。

「ありがとう、水都ちゃん。助かるよ。…瑠璃さん」

「仕方ありませんね。ついてきてください。」

 

 

 

黒いワゴン車に揺られ、春宮前のバリア――瑠璃さん曰く結界の境界線近くまで来る。

「それじゃあ、行ってきます」

車を降りる。

「私たちはここにいます。危なくなったらすぐここに戻ってきてください」

「志貴さん、どうやら歌野さんはゆっくりこちらに近づいてきているようです。少し進めばすぐに合流できると思います」

「分かった。ありがとう二人共、ここまで送ってくれて」

 

深呼吸して、息を整える。

昨日と違い、今日は何が起こるかわかったうえで、結界の外に出る。

正直、あまり気乗りはしない。

俺の身体は、この「眼」以外は普通の人間と変わらない。

昨夜だって何度も死にかけた。

正直、もう一度だってあんな危険を犯したくない。

 

―――それでも、一歩踏み出す。

 

そして、それ以上に奴らを「殺」した時の感覚がたまらなく怖い。

ナイフを通した時のあの情動、あれが人に向けられたらと思うとゾッとする。

殺せば殺すほど、自分の本質が殺人鬼であるかのような気がしてならない。

 

―――それでも、一歩踏み出す。

 

だけど、妹がたった一人で戦い続けていることのほうが我慢ならない。

昨夜の歌野の強張った顔、あんな顔はもう見たくない。

あいつを笑顔にできるのなら、なんだってやってやりたい。

あいつの代わりに戦ってやりたい。

だけど、歌野は俺が代わりに戦うといっても、聞きはしないだろう。

 

―――境界を抜ける

 

だから、俺はあいつを一人にさせない。

いやだと言われても一緒に戦う。

俺は歌野の兄貴なんだから。

 

 

 

 

 

ナイフを握り、走る。

 

人の群れが此方に向かってくるのが見えてくる。

どうやら、歌野は彼らの殿になっているらしい。

人波を避け、奥へ奥へと進む。

 

―――見つけた。

 

歌野は十体以上のバケモノをその場に釘づけにしている。

およそ、少女のものとは思えぬほどの技量。

だが、そのバランスはひどく危うい。ギリギリのところで、人々を守っている。

少しでも揺らぎがあれば、そのバランスは容易に決壊してしまうだろう。

 

―――どうする。

歌野はまだ俺に気づいていない。

迂闊に動けば台無しだ。

昨夜と同じ轍は踏めない。。

 

ならば―――

 

放置されてる車や、民家、電柱を足場に跳躍。

一気に彼我の距離を詰める。

狙いは歌野の正面、バケモノの群れ。

 

踏み込むタイミングは決まっていた。

歌野が奴らに一撃入れた直後、鞭が機能しない一瞬の間隙。

その瞬きの間に奴らの懐に入る―――

 

まずは、歌野の正面にいる二匹のバケモノの無防備な腹を撫で切る。

一瞬の空白。

その間に歌野に話しかける。

 

「歌野、無事か?」

「お兄ちゃん!?なんでまたこんなところに!?」

「話はあとだ。俺が奴らを引き付けるから、お前はそれを狙え」

「えっ!ちょっと、お兄ちゃん!?」

 

返事を待たずに駆ける。

近づいてくるバケモノを切りながら群れの中心まで潜り込むと、狙い通り、標的が俺に変わり、奴らが俺に群がってくる。

これで、歌野にも少しは余裕ができるだろう。

 

跳び、駆け、切り、動き続ける。

止まるのはどちらかが死に果てる時のみ。

一秒でも長く引き付ける。

近づいてくる奴らの「線」を切り「点」を突く。

 

どんなに巨大で迅速で強暴でも、連中は基本的に直接触れなければ俺を殺せない。

直接俺に触れようとするのなら。

その瞬間、奴らの無防備となる部分を切断すればいい。

 

結局何匹いようとあまり変わりはしなかった。

俺に引き寄せられている間、奴らは簡単に隙をさらす。

それを歌野は見逃さない。

鞭を使い、効率的にバケモノを屠っていく。

この分なら、さして時間もかけずに殲滅できるだろう。

 

 

と、そこで奴らの動きに変化が生まれた。

 

何体ものバケモノが集まり巨大化していく。

それは、生物の誕生過程を目の当たりにしているかのよう。

 

――――まずい

 

あれは危険だと本能が告げる。

奴が完成する前に倒したいが、小型のバケモノに阻まれる。

「くそっ―――」

気づけば、集合体が完成している。青い弓のような体を持ち、その周りに幾つもの白いランスのようなものが四方八方を向いている。かなりでかい。

 

 

―――唐突に、心臓を鷲掴みされたような嘔吐感がした

「歌野、下がれっ!」

叫び、全力で横に跳ぶ。

瞬間。

地面が破裂した―――

 

脳髄が溶けてしまいそうな衝撃。

体を丸め、ゴロゴロと地面を転がる。

体中を地面の破片が襲い、感覚が消し飛ぶ。

 

「ぐ…う……」

衝撃が収まる。

指先に力が戻ってくる。 

どうやら、生きているらしい。

ナイフも手放さずに済んでいる。

遮二無二、身体を動かす。

急げ!

今余分な隙を見せたら俺は終わる―――

 

何とか立ち上がると、さっきまで立っていた場所には大きなクレーターができていることに気づく。

小型のバケモノごと吹き飛ばしたらしい。

なんて威力だ。あと一瞬でも離れるのが遅かったら、間違いなく俺は奴らと同じことになっていただろう。

今は何とか五体満足だが、次が来たら耐えられない。

 

 

「ううあああああああああっ!!」

吼え声。

歌野が奴に突っ込んでいく。明らかに冷静さを欠いた動き。

…まずい。奴のランスが歌野に狙いを定めようとしている。

ここからでは間に合わない―――

 

―――そんなハズがない

   オマエならこの程度の距離、瞬きする間に詰められるだろう?

 

何かが脳裏で囁く。

ワカラナイ

ワカラナイケド

 

身体は動く。

 

身体を屈ませ、跳躍するように足に力を籠め、地面をすべるように進む。

あと数瞬で歌野の背中に追いつく。

だが、もう奴の狙いは定まっている。

ならば―――

 

歌野の肩を踏み場にし、跳躍。

そのまま、此方を向いていたランスを「殺」す。

とはいえ、本体はまだ、動いている。

このまま、着地したらその瞬間、俺は数多のランスに吹き飛ばされる

 

だが、問題ない。足場なら周りに腐るほどある。

他の浮いているランスを足場に跳躍。

 

―――見えた

 

本体の青い弓の真ん中。そこに浮かぶ「点」を捉える。

再び、ランスを足場に、「点」へ加速するために跳ぶ。

迎撃の一つもない。

どうやら、この出来損ないは懐に入られると何もできないらしい。

造作もなく死の「点」を貫く。

 

それだけで、呆気なくこのバケモノは、ランスごと消滅した。

 

 

「しまった…」

しかし、倒した後になって、間抜けなことに気づく。

身体が軋んでうまく着地できそうにない。

…まずい。結構高くまで跳んでしまった。骨の二、三本は折れるかもしれない。

 

と、墜落を覚悟する。が、代わりに訪れたのは、柔らかな感触だった。

どうやら、歌野が抱き留めてくれたらしい。

結局、今回も最後に助けられてしまった。

なかなか、無様な格好だ。

 

「ありがとう、助かったよ歌野」

降ろしてもらい、礼を言う。

今更気づいたけど、歌野は黄緑と白で構成されたの奇抜な格好をしている。はた目からみればコスプレみたいだが、なかなかどうして様になってるな。

そんなのんきなこと考えていると、急に歌野がへたり込む。

「ど、どうした歌野!?どこか怪我でもしたのか!?」

慌てて支える。

 

すると―――

「おに…おにいちゃ…う、ううぅ………うああああああっ!」

歌野は俺にすがりついて泣き出した。

そっか…こいつはずっと、一人で無理をしていたんだ。

誰の助けも借りれず、一晩中頑張ってて、もうとっくに限界なんて超えてたんだな。

 

歌野を抱きしめて、頭をなでてやる。

 

―――よく、頑張ったな。歌野

 

 




白鳥の兄の方
星屑の群れの中心に入る変態。傍から見ると自殺志願者。なんか戦ってたら変な技出た。歌野大事、助ける。シンプル思考。ちなみに進化体の初撃を避けられたのは自分の死の気配を感じたから。「眼」のせいか殺される、という防衛本能が予知レベルにまで達してる。なので、仮に暗殺とかされそうになっても通じない。でも、ニュータイプではない。

瑠璃お姉さん
ド有能お姉さん。賢いので、病院で得られるいろんな情報を統合してた。ちなみに歌野の鞭を他の人が使えないかどうか試すの進言したのも彼女。志貴君を歌野ちゃんから託された。ついでに水都ちゃんと怪我してる少年も託された。少年は意外と重傷だったので、病室入りしてる。何か特別な力を持ってるらしい。因みに志貴君送るとき車で結界外まで送ろうとしたけど、全力で止められてお留守番。

藤森水都
歌野と同学年。志貴君がぶっ倒れたのは自分たちのせいと思い込んじゃってる。なので、志貴君に何とか恩を返そうと勇気を出して行動。志貴君起きた後、ご飯取りに行ってそのあと途中から二人の会話聞いてた。人の顔色を窺うと自分で言ってるけどそれは気が利くことの裏返し。えらい。因みにうたのんの場所分かったのは神託。土地神的にはよー分からんけど勇者の負担減るならいいんじゃねくらいの感覚。

白鳥の妹の方
一晩中戦ってる。ちょくちょく休憩してるけど超限界。いきなり兄が鉄火場に来ておまけに(傍目には)特攻。普通に戦えてて少し安心したと思ったら、兄が吹き飛ばされる。普通に死んだと思い、ぶち切れ。と思ったら、自分踏み台にして敵倒しちゃう。感情のジェットコースター。正直、来てくれて嬉しかったとか、怒りたい気持ちとか不安だったのとか色々ぐちゃぐちゃになって号泣。仕方がないよ、女の子だもの。


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壮途

難産。文体試行錯誤中。
DDD3巻が出ないので初投稿です。


ある晩夏、私に兄が出来た。

 

その時、私はただ無邪気にお兄ちゃんができたと喜び、諏訪に来たばかりの兄にいろいろ教えてあげようと、おかしな話だが姉気取りで彼を連れまわしていた。

出会った頃の兄はどこか儚げで、常に何かに怯えているようだった。

その儚げな雰囲気が私に、彼を元気づけなければ、なんて使命感を抱かさせたのかもしれない。

 

今になって思えば、あの頃の私は無条件に自分を認めてくれる存在を、無意識に求めていたのだろう。

事実、私は兄に甘えに甘えた。兄は我儘な妹に本当によく付き合ってくれた。

だけど、私はその優しさが何なのか考えなかった。ただ優しさを甘受し、兄への信頼を深めていった。

 

ただただ、私が甘えるだけだったその関係に変化が起きたのは、小学三年生の秋だった。

隣の家には、少々頑固なおじいさんが住んでいた。

後から聞いた話だが、奥さんは早くに亡くなっていて、息子とも仲が悪かったらしく酷く孤独な暮らしだったらしい。

 

 

十月に入りそれまで、そのおじいさんとあまり関わりがなかった兄が急にそのおじいさんの家で過ごすことが増えた。

私は子供もながら小さな嫉妬をした。それまで、自分を一番にしてくれてると信じて疑わなかった兄が急にほかの人にもちょっかいをかけ始めたのだ。面白いはずもなかった。

それなら兄と一緒におじいさんの家で過ごせばよかったのだが、幼い私にとって老人の家で過ごすよりも、友達と遊ぶほうがよほど面白かった。

故に、おじいさんの臨終を兄が看取った時も、私は傍にいなかった。

 

 

その日の晩、兄は縁側でただ黙って月を眺めていた。

私は、初めて知る現実的な死がよくわからなくて、少し怖くて、だから聞いてしまった。

 

―――お兄ちゃんは怖くないの?

 

酷く曖昧な質問だけどお兄ちゃんは理解したらしかった。

 

―――怖いよ 多分人より怖いと思う

 

―――だけどね

 

―――誰かが傍にいれば少しは怖くないと思うんだ

 

 

ああ、この時なんの理屈もないのに理解してしまった。

兄は優しすぎる、本当に。しかも、その優しさは誰にでも向けられるもの。異常なほどに。

あまり親しくないおじいさんが長くないことを知って、傍にいてあげる。

そんな優しさ、誰もがふりまけるものではない。

それ故、その優しさは酷く孤独。誰にでも理解できて誰にも理解されることはない。

 

 

だから、私は誰よりも彼の傍にいると決めた。。

そうすれば、彼の孤独を埋められるかもしれない。

いや―――こんなのはただの言い訳だ

 

―――私は初めて会った時から彼のことが好きだったんだ

 

兄妹としてではなく、人間として―――――

 

…この時

私にとって、白鳥志貴は誰よりも何よりも大切な、特別な存在となった。

 

 

 

 

 

 

 

あのあと、歌野は体力を使い果たしたのか眠ってしまった。

仕方がないので、歌野をおぶって結界に戻る。

思い返してみれば、歌野を背負うのは随分久しぶりだ。

昔は本当に俺に甘えてきてくれてよくおぶっていたんだけど、いつからそういうことはなくなった。

 

「それにしても、やっぱり軽いな…」

 

こんな小さな体で戦い続けていたのかと思うと、胸が苦しくなる。

本当に…こいつはすごい奴だ。

春宮の前まで来るが、なぜか瑠璃さんの車は影も形もない。

 

「あれ、おかしいな…ここで待ってるって言ってたはずなんだけど」

 

瑠璃さんに限って、勝手に帰るなんてことはないはずだ。

何かあったのだろうか。

 

「あ、志貴さん。ご無事でしたか」

 

水都ちゃんがとことこと駆けてくる。

何やら荷物を多く抱えている。

 

「ああ、水都ちゃん。何とか、大丈夫だよ。ところで、瑠璃さんは?」

 

「瑠璃さんでしたら、さっき避難してきた方の中に発作を起こしてる人がいて、今その方を病院に運んでいます。ちょっと前に出発したのでしばらくしたら戻ってくると思いますよ。」

 

「そっか。歌野を診てもらいたかったんだけど、そういうことなら仕方がないな。」

 

歌野は、重傷こそ負ってないが細かな傷が多く負っていた。できるだけ早く手当てをしてやりたい。

ベンチかどこかで休ませてもらおう。

俺も少し休まないとダメそうだし。

 

「あっ、そ、そうだったんですね。気付かなくて、すみません。私救急箱持ってきてるので、応急処置ならできます!」

 

そう言うと、水都ちゃんは持っていた荷物から、応急箱を取り出した。

 

「本当かい!?ありがとう、助かるよ水都ちゃん!」

本当にこの子には、世話になりっぱなしだ。

 

 

水都ちゃんに手当てをしてもらった後、近くのベンチで休む。

歌野を膝枕してやっていると、彼女に聞きたかったことがあるのを思い出した。

 

「そういえば、水都ちゃんに聞きたかったんだけど、さっき歌野の場所教えてくれたでしょ。あれってどういうふうにわかったの?」

 

「ど、どういうふうに…ですか?」

 

「ああ、たとえば誰か知り合いの場所を知りたいって念じれば分かるような、意識的に使えるものなのかなって」

 

「い、いえ、突然、何の前触れもなくイメージが湧くんです。何かあいまいなイメージがパッと頭の中に浮かぶんですけど、なぜだかそのイメージが伝えようとする意味が分かるといいますか…」

 

「なるほど、一方通行なんだ、その力。占い…いや、神託みたいなものなのかな?」

 

「神託…ですか?」

 

「ああ、さっき水都ちゃんが受け取った情報ってさ、水都ちゃんだけではどうやっても活用できない情報じゃないか。結界の外の歌野の位置情報なんて本来、あってもあまり役に立つものじゃないだろう?そもそも普通、人を食う化け物がいるところになんて誰も行かないからね。だけど、水都ちゃんが歌野の位置を知った時、ちょうど俺がその情報を欲しがっていた。それでその情報を教えてもらえた結果、俺は歌野の力になれた。ほら、この情報一つでえらく限定的だけど、一つの問題が解決された。占いの助言みたいだけど、意識的なものでないからむしろ神話の神託に似てるかなって」

 

無論、水都ちゃんは巫女だとかそういう存在じゃないし、特別な儀式をしてるわけでもないけどしっくりくる言葉は神託ぐらいしかないように思える。

 

 

「そういえば、昔からそういうことがあったのかな?」

 

「いえ、そういうイメージが見えるようになったのは昨日今日の話で…どういうものかまだ全然わかってないんです」

 

「そっか、それは不安だったよね。だけど、それを飲み込めるなんて、水都ちゃんは我慢強いんだね」

 

そう、普通じゃないものを突然知ったり、視えたりするようになって平静でいられるのは立派な強さだ。ましてやその力を誰かのために使おうと思えるなんて普通はできない。

 

「―――い、いえ。そんな大したことじゃないです。……あのっ、志貴さんは何でそんな簡単に私の話を信じてくれたんですか?」

 

「そうだね…今朝も言ったけど、水都ちゃんが嘘を言う理由もないし、何より俺がその情報を信じたかったからだよ。ただ、それだけのことさ」

 

「で、でも、私の情報が間違っているかもしれなかったじゃないですか。そうなれば、余計志貴さんは大変になったかもしれなかったんですよ?」

 

なんだろう。彼女には自分の力を信じられていない印象がある。いや、昨日今日で得たモノだから当然だろうけど、どちらかというと自分に自信がもてていないように思える。

 

「ああ、だけど水都ちゃんは真剣だったじゃないか。確かに俄かには信じがたい話かもしれない。だからこそきっと、あの時の水都ちゃんはすごく勇気を出して言ってくれたんじゃないかなと思ってさ。それに、水都ちゃんが強くていい子だっていうことは分かっていたからね。信じない訳にはいかないよ」

 

「――――――私、そんな褒められるような大した人間じゃないです。結局、私は助けられてばっかりですし…」

 

「そんなことないよ。昨夜、水都ちゃんがあの男の子を助けようとしていたことも知ってるし、今日もまたこうして、色々と助けてくれたじゃないか」

 

本当に彼女には助けられてる。歌野のこともそうだけど、今日彼女がいなかったらそれこそもっと大変なことになっていたかもしれない。

 

「そ、そんなこと…」

 

ふと、俺はまだ大事なことを彼女に言い忘れていたことに気づく。まったく、もう少し早く思い出すべきだったのに。

 

「大事な事を言ってなかったな。ごめん水都ちゃん。もっと早く言うべきだった。水都ちゃんのおかげで俺は歌野を助けられた。だから、本当にありがとう」

 

「――――――」

 

む、水都ちゃんが固まってしまった。顔も赤くなってるし、もう少し涼めるところを探すべきかもしれない。

と、考えていると瑠璃さんが戻ってきた。

 

「すみませーん!お待たせしましたー!」

 

いいタイミングだ。

とりあえず、ここから移動すれば何とかなるか。

 

 

 

 

「で、なんでうちの家なんですか?」

 

瑠璃さんの車に乗せられてやってきたのはまさかの自宅だった。

たった一晩帰らなかっただけなのに、なんだか随分久しぶりに戻ってきた気がする。

それはさておき、てっきり病院に行くものだと思っていたのだけど…

 

「それがですね、病院が現在パンク状態でして。病院に行くよりこうして静かな家に行ったほうが何かとやりやすいかなと」

 

「それで、あんなに荷物が多かったんだな…まぁどのみち、瑠璃さんには世話になりっぱなしだしこれくらい構わ

ないですけど」

 

そう言って、家の中に入る。

と、玄関のドアのかぎをかけ忘れていたことを思い出し、苦笑してしまう。

とりあえず、歌野を部屋で寝かせてやろう。

 

 

 

「歌野さんが起きたら、今後のことなど諸々話したいんですが、その前に志貴さんにお願いがあります」

 

歌野や俺を診てくれた後、リビングでお茶を飲んだり持って来てくれたお菓子をつまんでいると瑠璃さんが唐突に変な事を言いだした。

歌野は部屋で寝かしている。

 

「ん、どうしたんだい瑠璃さん、急に改まって」

 

まぁ瑠璃さんには何かと世話になってるし大体のことは引き受けてあげようとは思うけど。

 

「いえ、現状けっこう避難してきた方の数が多くて住居の問題が出てきてるんですよ。それでですね、うちの一家なんですけど、志貴さんちのご厄介になれたらなと」

 

「構いませんけど……………え?」

 

反射的に答えてしまったけど何か、変なお願い事を承諾した気がする。

……気のせいだよな?

 

「よかったぁ、これで二人にもいい報告ができます。志貴さんち広いし狙ってたんですよ」

 

まずい、気のせいではなかったようだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!いきなりすぎますし、そもそもなんで俺に言うんですか!?」

 

「だって、今の白鳥家は志貴さんが家長じゃないですか。ですから、まず志貴さんに話を通すのが筋かと思いまして」

 

「だからと言って、そんなことはい、いいですよなんて答えられる訳ないじゃないですか!」

 

「いやだなぁ、志貴さん今承諾してくれたじゃないですか」

 

「い、今のは反射的に答えてしまっただけで…」

 

そう。断じて、承諾したわけではないのだ

 

「でも、どのみち親御さんもいませんしこの先も戦っていくのでしたら家に誰かしらいたほうがいいですよ?もちろん家事などはこちらにお任せしていただいて結構ですし。それにいつでも二人を診てあげられますし」

 

ぐう、正直これからまたあの化け物と戦うって行くのであれば、頻繁に宗玄の爺さんや朱鷺恵さん、瑠璃さんに身体を診てもらうことになるし、家事だって追いつかなくなるかもしれない。だったら、確かにこの家に住んでもらうほうが都合がいい。それに子供だけより、大人が家にいてくれるほうが外聞もいいし。とはいえ、少々気が引けてしまうのも確かだ。…こうなれば、歌野に判断を投げてしまおう。

 

「―――わかりました。まあ、俺は構わないですけど、返事は歌野の意見を聞いてからでもいいですか?」

 

最も、歌野だったら二つ返事で承諾しそうだけど。

 

「ええ、勿論です。いいお返事を期待してますね」

 

はぁ、何か瑠璃さんキャラが変わっきているような気がする。

それにしても住居の問題か。あれ、その問題なら他に―――

 

「待った。その件なら水都ちゃんはどうなるんだ」

 

ふと、気になり尋ねる。

よくよく考えれば、水都ちゃんのことについて俺はほとんど何も知らない。

 

「わ、私のことは気にしないでください。一応家族もいますし」

 

昨夜は一人だったけど家族も無事だったのか。

それはよかった。やっぱり家族はいたほうがいいと思うし。

 

「それならいいんだ。だけど、困ったことがあったらすぐ相談するんだよ」

 

「はい、ありがとうございます志貴さん」

 

「いっそのこと、水都さんも一緒にここに住んじゃいますか?」

 

また、瑠璃さんがさらりとすごい事を言った。

一体、どうしたんだ、そこまではっちゃけた人じゃなかったはずだぞ?

 

「ちょっと、瑠璃さん…急に何言ってるんですか」

 

「いえ、まじめな話、藤森さんの力ってきっと歌野さんや志貴さんと一緒にいて真価を発揮するものなんだと思います。さっきまで、歌野さんが着ていた装束も藤森さんが教えていたものなんじゃないですか?昨夜、何やら話していましたし」

 

「は、はい、そうです。昨夜、その装束が春宮にあるイメージや化け物が多くいる場所イメージがみえて、それを歌野ちゃんに伝えてました。どうして、分かったんですか?」

 

なんと。そんなことまで分かるのか。さっき結構話していたのにそこまで聞けていなかったとは…

 

「いえ、半分勘です。水都さんの力が化け物に関係するものでなおかつ、歌野さんと話しているのを見たのでそれでそうなのかなと。まぁ何はともかく、水都さんは志貴さん、歌野さんとできるだけ一緒にいたほうがいいんじゃないかなと」

 

「―――俺は構わないけど、水都ちゃんは嫌じゃないのかい他人の、しかも異性のいる家に住むなんて」

 

思っていたより、筋の通った話だったし部屋はまだ余ってるから俺としては問題ない。

ただやっぱり、年頃の女の子はこういうことを気にするんじゃないか?

しかも、まだ出会って一日もたっていないってのに…

と思ったが、

 

「わ、私は気にしませんので!大丈夫です!」

 

妙に水都ちゃんは食いついてきた。

いや、そこは正直、気にしてほしい。

ただ、これだと歌野の意見待ちだな。

どのみち、三人も四人も一緒だ。

なんだか、嫌な予感するけど…

と、そこで唐突にリビングのドアが開かれた

 

「私はそのプラン賛成よ!」

 

「う、歌野!?起きて大丈夫なのか!?」

 

「ええ、ノープロブレムよお兄ちゃん。ただ、かなりサースティーね」

 

そう言うと歌野はテーブルの上にある俺の麦茶を飲みほした。

相変わらず、手の早い奴だ。

ともあれ、平気そうな顔を見れて本当に安心できた。

 

「ふー、生き返ったわ。それで話の続きだけどね、やっぱり瑠璃さんたちが近くにいてくれたほうがお兄ちゃんの身体も安心だし、みーちゃんが傍にいてくれたら私たちの動きも速くなって、被害も減ると思うの。だから、みんなでこの家に住むのがベストだと思うわ!」

 

「決まりですね。これからよろしくお願いしますね、志貴さん、歌野さん、水都さん」

 

「は、はい、こちらこそよろしくお願いします。志貴さん、歌野ちゃん、瑠璃さん」

 

「ノン、みーちゃん。うたのんって呼んでって言ったでしょ?」

 

「う、うん。よろしくね、うたのん」

 

「グレート!みんなこれからよろしくね!」

 

ああ、なんだろうこの感じ。この歌野の勢いに圧倒されるような雰囲気。ようやく、家に帰ってこれたような気がする。こいつといると何とかなるような気がしてくるから不思議だ。

それにしても、いつの間にあんなに仲良くなったのだろう。

 

「さて、歌野さんも起きましたし、情報共有と状況の整理をしましょうか」

 

「ええ、そうですね。まずあの化け物についての情報を共有しましょ。私が見てきた限り、奴らは人だけを狙って襲っているわ。特に人が多く集まっているところに群がるみたいね。銃や刃物はまるで通じてないみたいでその顎は鉄をも簡単にかみ砕いていくほどよ。空から飛んできて、合体したら格段に強くなったわ。正体は全然分からない。こんなところね。他に何かあるかしら?」

 

さすがにこれ以上は水都ちゃんも俺も何も知らなかった。

現状、あの化け物に最も詳しいのは歌野だろう。

 

「他は特にはありませんね。それでは現在の諏訪についてお話ししましょうか。現状、日本全土があの化け物の襲撃にあったとみられ、諏訪以外の状況はほとんど不明です。」

 

「ほかの地域と連絡はとれてないの?」

 

「ええ、今のところは。ですが、諏訪がこうして守られている以上、他の地域にも安全圏が存在する可能性も十分にあると思われます。」

 

ただ、誰も口にはしていないがこの諏訪が日本いやもしかしたら世界唯一の安全圏になっている可能性も捨てきれない。それを考えたのか皆の空気が重くなる。

 

「また、諏訪は外界との接触が断たれましたが何故か電気やガス、水道が普段と同じように使用できています。しかし、さすがに携帯電話での通話などできないことも多いみたいですね。化け物のことといい人知を超えた何かが起きているのは確かですね。住居や食料の問題もなかなか深刻で一部では食料や生活必需品の買いだめや売り渋りが起きているようです。まだ分からないことだらけですが、諏訪各地で外界との連絡手段を模索しています。連絡手段が見つかればきっと、いい情報が見つかりますよ」

 

……思っていたより、今の状況はよくないみたいだ。

依然、両親は心配だし分からないことだらけだ。

雰囲気が少々暗くなる。

とはいえ、状況が今のままとも限らないしあまり悲観的にはならないほうがいいだろう。

 

「それじゃあ、次ね。お兄ちゃんの持ってるパワーってどんなもの?私のはシンプルよ!奴らを倒せる鞭持ったらすごくスピーディーでパワフルになったわ!あと、あの服はいろんなダメージをガードしてくれるみたいでとても便利ね!」

 

暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように歌野が語る。やhり、こういう時の歌野は頼もしく感じる。そういえば、歌野に聞きたいことがあったのを思い出す。

 

「歌野、それはいつから使えるようになったんだ?」

 

「昨日よ。本宮で鞭を手にしたら急に力が湧いてきて、そうしたら、あの化け物を倒せるんだって理由はないけど分かったの!それで、お兄ちゃんのはどんなの?すっごい跳び跳ねてて、みんな一撃で倒してたわよね?」

 

ああ、正直話したくない。

きっと、みんなを怖がらせてしまうし、そもそも信じてもらえるかわからない。

だが、みんなから色々聞いておいて自分だけ話さないのはなしだろう。

腹をくくるしかないか―――

 

「ああ…なんて言ったらいいのかな、俺さ、モノの切れる線や点が見えるんだ」

 

「「「え?」」」

 

あ、呆れてる。

そりゃ、当然か。

こんな話信じてもらえるはずもない。

 

「そ、それ、どういう意味ですか?」

 

瑠璃さんがおずおずと尋ねてくる。

一応、話は聞いてくれるみたいだ。

 

「そうだな、分かりやすく説明するのは難しいけど―――」

 

と、そこで先生に教えてもらったことをまとめたノートが部屋にあることを思い出した。

昔、先生に言われて作ったものだ。

あの人はこうなることまで分かっていたのだろうか。

三人には、少し待ってもらい部屋の奥に大事にしまっていたノートを探す。

 

―――あった

 

この小さな古ぼけたノートを手に取ると、過去の思い出に意識が持っていかれそうになる。

いけない。今することではない。

感傷は置いていかなければ。

 

 

「―――それで、志貴さんは何を取りに行ってたんですか」

 

リビングに戻ると瑠璃さんにまた質問を受けた。

話してる途中に席を立ったのだから、それは疑問にもなるだろう。

 

「ああ、昔俺の『眼』についていろいろ教えてくれた人がいてね。その人が教えてくれたことを纏めたノートを取りに行ってたんだよ」

 

「昔?ということは、志貴さんのそれは歌野さんや水都さんのように昨日今日でのものではないんですか?」

 

「ああ、生まれつきって訳じゃないんだけどね。四年前のあの件からおかしなものが視えるようになったんだ」

 

「四年前って、お兄ちゃんが事故で死にかけた時!?」

 

「―――ああ。その時からだ」

 

本当は事故ではなかったのだが…これは今話すことではないだろう。

 

「それで、志貴さんが見ているものについて詳しくお聞きしても?」

 

「ああ、だからモノの切れる線が視えるんだよ、俺。生き物と地面とか、とりあえず触れるものなら全部。黒い線みたいでさ、それに刃物を通すときれいに切断できるんだけど、別に好きなところが切れるんじゃなくて線が視えてるところしか切れないんだ。それとは別に、黒い点も視えててそこが線の中心点みたいになってる。先生――この眼について教えてくれた人は『直死の魔眼』って呼んでいたな。」

 

「直視の…いや直死の魔眼…ですか…それはつまり志貴さんが見ているものは…」

 

「ああ、先生によると線はモノの死にやすい場所で点は対象の死、そのものなんだって」

 

ノートをめくりながら語る。

正直、こうして話しているだけで気分は悪いし、正直今でもこの事実を認めたくない気持ちは強い。

でも、ごまかすことはできない。俺はこの先もこの「眼」と付き合っていくしかないのだから。

 

「うぅ…うっ…」

 

「みーちゃん大丈夫!?」

 

と、そこで急に水都ちゃんが口を押えて蹲る。

顔も青くなっている。慌てて、歌野が背中を撫でている。

やはり、この話は聞かせるべきではなかったかもしれない。

 

「ごめん…やっぱりこんな話するべきじゃなかったな…」

 

「―――い、いえ、私が悪いんです。すみません、お話を聞いてる時にこんなこと。

 ―――だけど、志貴さんこそ平気なんですか?」

 

ああ、やっぱりこの子はすごいな。

「眼」の怖さをすぐに解って、それでもなお俺の心配をしてくれるなんて普通はできない。

 

「…………いや、全然平気じゃなかったよ。…助けてくれた人がいたんだ。俺の眼がこうなって困ってた時、その人がこの眼鏡をくれた。この眼鏡をしてたら線や点は見えなくて、今じゃレンズだけしか使ってないけど、これのおかげでなんとか普通に生活が遅れてるんだ」

 

―――あの秋の夜。出会ったあの人は本当に多くのことを教えてくれた。返しても、返しきれない恩義がある。

 

「ちょ、ちょっと待ってください志貴さん。ということは、志貴さん身体は普通の人間と変わりないってことですか!?」

 

「ああ、瑠璃さん。そうだけど…」

 

「「「――――――」」」

 

なんだか急に静かになったな。

みんな、見たことのない顔をしているけど、大丈夫だろうか。

 

「正直その『眼』のことはまだ信じきれませんが…仮に本当だとすればあの化け物と戦うとき、手が届く距離まで近づかないといけないってことですよね?それで戦ってたなんて…そんなの今生きてるほうが不思議なくらいじゃないですか!」

 

「ま、待った、瑠璃さん。危ないのは歌野だって同じじゃないか。それにこうして無事なんだからいいじゃないか」

 

「何言ってるんですか!歌野さんは、危なくなったら逃げられる力はありますし、そういう約束もしました!だけど、志貴さんは昨夜だって倒れましたし歌野さんの装束のような防具もありませんから簡単に死んじゃうんですよ!?ええ、きちんとそのあたりの確認をせず志貴さんを送った私も悪いです。ですけど、もう少し、自分の身体を大切にしてください…」

 

やばい、瑠璃さんが泣いてしまいそうだ。

しかし、俺はこれからも戦おうと思ってるし、瑠璃さんになんと言えばいいだろう?

 

「ストップよ、瑠璃さん。お兄ちゃんに一つ聞きたいんだけど、それじゃあ戦っていた時のあの出鱈目な動きは何?あんな動き、私にだってできないわよ。正直、お兄ちゃん私よりよっぽど戦いなれてる感じがしたし、説明してもらえるわよね?」

 

と、思ったら歌野からも答えづらいことを聞かれてしまう。

しかも、いつになく真剣な表情だ。

とてもじゃないけど、言い逃れできそうな雰囲気ではないらしい。

本当の事を話してみるか。

正直、信じてもらえるような話でもないし、簡単にそれらしく説明すればいいだろう。。

 

「………ああ、歌野には話していなかったけどな。俺の前の家は妖怪退治をしてたんだよ。それで、俺もああいう化け物との戦い方を仕込まれてたんだ」

 

「えっ――――――」

 

歌野はものの見事に固まってる。水都ちゃんは最早話についていけてないみたいで混乱している。瑠璃さんは苦々しい顔で頭を抱えている。まさか本当に話してしまうとは思わなかったのだろう。まぁ、まずは順当な反応といえるかもしれない。それにしても、我ながら実に簡潔に説明したものだ。

 

「………お兄ちゃん、それ本気で言ってるの?」

 

しまった。本気で歌野を怒らせてしまったようだ。

とはいえ、こうなる気はしていたしこれ以外に言いようはないから甘んじて怒られるしかないか…

 

「歌野さん、志貴さんの言ったことは大方その通りです」

 

と、そこで冷静になった瑠璃さんが助け舟を出してくれた。

正直、意外だ。

 

「瑠璃さん、なぜそんなことを知ってるの?」

 

「はい、私もその妖怪退治の関係者でしたから」

 

「―――嘘ではないのね、だったら!」

 

「歌野、悪いけどこれ以上は話したくないんだ…だから…」

 

正直、昔の話はあまりしたくないし、あまりショッキングな話を歌野に聞かせたくない。

 

「―――――――――はぁ、わかったわ。正直、アンビリーバブルな話だけど今は目をつむってあげるわ」

 

長い沈黙の後、驚いたことに歌野は俺の我儘を聞いてくれた。

 

「いいのか、歌野。結構、むちゃなこと言った自覚はあるんだけど」

 

「よくないわよ。ただ、今聞いてもお兄ちゃん絶対答えないでしょ。だけど、その分私もわがままを言うわ」

 

なんだろう。歌野が我儘なんてとても珍しいけど。

正直まるで想像がつかない。

 

「お兄ちゃん。これから先も、私と一緒に戦って」

 

「歌野さん!?」 

「うたのん!?」

 

「ごめんね。さっき話していたようにお兄ちゃんが戦うのがどれだけ危険かわかってる。だけど、それでもお兄ちゃんには私のそばで一緒に戦ってほしい。きっと、お兄ちゃんが一緒にいてくれたら私は何倍も強くなれると思うから」

 

―――そうか。歌野には、この先俺がどうやっても戦い続けようとするのが分かったのだろう。

だから、こうしてわがままなんて形で瑠璃さんに俺が戦うことを認めさせようとしてくれているんだ。

まったく、これじゃあどっちが年上か分からないな。せっかく歌野が御膳立てしてくれているんだ、乗らない訳にはいかないだろう。

 

「ああ、最初からそのつもりだったんだ。お前が嫌だって言ったって離れてやらないんだからな」

 

それに、俺は歌野を守ると決めたんだ。

両親がいない今、歌野を守れるのは俺だけだ。

だから、こいつを何があっても守ってやらなくちゃいけない。

 

「ありがとう、お兄ちゃん。お兄ちゃんが手伝ってくれるなら怖いものなんて何にもないんだから!」

 

―――そう言うと、歌野は見惚れてしまうぐらい鮮やかな笑顔を浮かべた。




志貴君
小学生を口説いていくスタイル。なお、本人はそういう意識がないからたちが悪い。水都ちゃんへの好感度が急上昇中。ちょっとだけ昔のことを話した。まだいろいろ隠している。

水都ちゃん
いい子。志貴君待ってる間に避難者の対応とかいろいろしてたら瑠璃さんと名前で呼び合うくらいには仲良くなった。因みに避難者の大半は避難所になってる近くの公民館に案内した。ちょくちょくうたのんに勇者装束のありかとか星屑がいっぱいいるところを教えてた。志貴君に口説かれた。あと、家族は一応無事。なんではぐれたかというと祖父母と父母が仲悪くて別行動。おかげで双方が水都ちゃんは向こうと一緒に行動してると思い込み孤立。なので、病院で合流後大惨事家族大戦が勃発して余計家族と一緒にいづらくなる。そんな状況で仲良くなった子と気になるお兄さんとの同居の提案。乗るしかないこのビックウェーブにって感じだったらしい。直死の魔眼持ちの視界を想像し、気分が悪くなる。けど、怖いと感じるよりまず志貴君の心配するいい子。

瑠璃さん
発作を起こしたおばあちゃんを運んでたりした。徹夜明けのテンションとか諸々で白鳥家ではちょっとだけおかしくなる。とはいえ、情報収集能力の高さは全く損なわれていない。妖怪退治の関係者らしい。同居作戦提案に成功。

うたのん
寝て起きて麦茶飲んだら復活した。お兄ちゃんに一緒に戦ってほしいと告白。大胆な告白は女の子の特権。変な寝方したのに起きたらもう平常運転な辺りやはりたくましい。実はまだちょっと眠い。




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