忠実な従者(仮) (晴猫)
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1章 絶対的な従者

新作です。

鹿角 修夜(かづの しゅうや)178cm
出羽家の従者の一人。雪に絶対的な忠誠を誓う。
鈍感で自分より雪が最優先。


出羽 雪(でわ せつ)157cm 85-55-84
出羽家の一人娘。
スポーツ以外はなんでもできる和風美人。
学園での人気はかなり高い。
修夜に対してだけは、わがまま。

秋元 花音(あきもと かのん)155cm 78-53-80
雪の一番のお付き。雪とは幼馴染であり、良き友人でもある。
胸があまり大きくないことを気にしている。(重要)

出羽 義輝(でわ よしてる)180cm
出羽家現当主であり、雪の父親。
修夜を拾い、育てたこともあり実の息子のように可愛がっている。
普段は、頭のキレる男だが、雪には甘い。






両親が死んだ。

交通事故だと突然知らない大人に告げられた。

涙であふれる眼元を何度も拭きながら、両親の遺影を見つめる。

その遺影からは、いつもの両親の声は聞こえない。

遺影を見るのもつらくなり、俺は下を向いた。

ただ、もう明日から両親はいない。明日から会えない。

頭の中にはグルグルと、理解しがたい現実が渦巻いていた。

 

「ねえ、君、私のものにならない?」

 

下を向いていた俺に、突然かけられた言葉に驚き顔を上げる。

 

「ふふっ、男の子がそんなに泣いちゃダメなんだよ?」

 

思わぬ一言に、眼を見開く。

両親が死んだのだ。二人の家族を同時に失ったのだ。

それでも、彼女は笑顔で俺を見ている。長く黒い髪が美しく、一瞬で眼を奪われてしまう。

 

行くあてもない。残された道は、孤児としてどこかに連れていかれるだけだ。

当時、そこまでのことは考えていなかったが、なりふり構っている暇がないことは幼心にわかっていた。

 

「なります……あなたのものに」

 

そして、選んだ。少女のものになることを……

 

「わかった!お父様に言ってくる!」

 

俺の返答に聞くと嬉しそうに駆け出した少女。その後ろ姿から、俺は眼を離せなかった。

 

居場所をくれた少女。馬車馬のように働かされてもあの子のために、居場所を守るために頑張ろう。

 

そう心に決めたのだ。それが俺が生きるために必要だから……

 

 

 

 

 

 

強い風が吹く。

寝ている俺の肌をなでる風は、夏特有の熱気を帯びている。

 

「なんでこんなに暑いんだよ……」

 

「夏、まっただ中だからですよ」

 

俺、鹿角 修夜(かづの しゅうや)の呟いた一言は、少女の一言に遮られてしまう。

声のほうへ視線を向けると、腰まで長い髪の少女がこちらを覗き、その後ろからショートボブの少女が睨んでいる。

 

「雪様、いらっしゃったのですか?」

 

「ん~! 修夜くん気づいていましたよね?」

 

俺の主人である出羽 雪(でわ せつ)様。

彼女はこの町、華屋町(はなやちょう)でも古くからの名家である出羽家の一人娘。

容姿端麗で、成績優秀な少女。惜しくもスポーツは得意ではないが、欠点があったほうが人間らしいだろう。

 

頬を膨らませ、ジトッとした眼で、こちらを見る長い髪の少女。

しかし、残念ながら全く怖くないのが雪様クオリティ。

 

ふと、先ほどと同じく強い風が吹く。

白いワンピースを着ている雪様。風のせいなのか、おかげなのか、簡単にワンピースは舞い上がる。

その結果、棚ぼたな光景が目の前に広がる。

 

「きゃ!?」

 

「……白か」

 

「え?」

 

「あ……」

 

その真っ白な下着をおもわず凝視してしまい、口から洩れる。

気づいた時には、後の祭りだった。

 

 

「何してんのよ!」

 

「ふぐっ!」

 

顔面を思いっきり踏みつけられた痛みから、その場でゴロゴロと転げまわる。

 

「なに当たり前のように雪様のスカートの中を覗いてんのよ!」

 

「踏むことはないだろ!」

 

上半身を上げ、患部を抑えながら二人のほうを見やる。

 

俺の顔を踏みつけたのは、こちらを威嚇するように睨むショートボブの少女。

先ほどまで雪様の後ろにいた少女、秋元 花音(あきもと かのん)がいつものように食ってかかってくる。

 

「修夜くん……」

 

「あ、はい」

 

ご立腹の雪様は、無言で近寄ってくる。

 

「謝罪の言葉はありますか?」

 

「大変申し訳ございませんでした」

 

もちろん正直に頭を下げる。本来なら土下座するべきだと思うが、建膝をつく。

 

「あんたは、本当に雪様には従順よね」

 

「主人だぞ……当たり前だろ」

 

眼を反らしながら、答える俺。

 

実際は、笑顔で怒る雪様の説教が、面倒くさいからとは言えない。

 

「すばらしいです。ちゃんと主人が誰かわかってますね!」

 

雪様は、嬉しそうに腰に手を当て、鼻息を荒くする。

 

「いえ雪様。あれは、雪様の説教が面倒くさいからだと思います」

 

「なぜ、わかった!?」

 

「なぜわからないと思った……あんた何年の付き合いと思ってんのよ」

 

呆れたようにため息をつき、雪様を見る花音。

 

「し、知らなかった……」

 

「大丈夫です。それも雪様の魅力ですから」

 

「あんまり嬉しくありません!」

 

少し涙目になりながら、花音に抗議を示す雪様。

 

寝っ転がっていた田んぼの畔から立ち上がる。

 

「本当にこんなところで寝れるって修夜ぐらいよね」

 

「それって褒めてんの?」

 

「はっ、なわけ」

 

鼻で笑う花音にイラっと来るが、事実なので我慢する。

 

「じゃあ、一緒にここで昼寝でも……」

 

「いいです……」

 

「よくないです」

 

「ぶぅ」

 

お付き様のガードは硬く、俺の昼寝仲間は増えなかった。

まあ、これからもっと暑くなるからしばらくはここを使わないと思うが……

 

「雪様!女の子なんですから気を付けてください!そこの変態が何をしでかすか……」

 

「変態言うな、変態」

 

「大丈夫ですよ、修夜くんですから」

 

「理由になってないんですけど……」

 

謎の信頼を得ているらしいが、俺も不安になる。

 

「あ、ところで俺に用ですか?」

 

ここに来たという事は、なにかあったということだろう。

現在は夏休み。基本的に俺の仕事は、学園の間ということになっているため、あまり雪様とはいない。

というより一緒にいると大変なのだ。いろんなところに強制で付き合わされるため、絶対に疲れる。

 

「あ、忘れてました!」

 

「用事を伝えに来たのに忘れていたんですか?」

 

「うっかりしてました」

 

「本当に姉妹みたいですね」

 

毎回の如くこのやり取りを見てるが、悪くない。むしろ写真集作ったら、結構売れそう。

 

「姉妹ですか~だったら私がお姉ちゃんですね!」

 

「え?」

 

「え?」

 

雪様が言った一言に花音が首を傾げ、顔を見合わせる。

 

「あの、雪様……それは無理がありますよ?」

 

「何を言ってるんですか?花音。私は、まじめに言ってますよ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

静寂が訪れる。もう一波乱来る予感があり、徐々に二人の顔が曇っていく。

面倒なことになる前に間に入ることにした。

 

 

「あの、一回きり脱線するの辞めません?」

 

「そ、そうですね」

 

「……」

 

納得がいっていない様子の二人だが、なんとか制止できた。

また話が脱線する前に話を聞くか……

 

「で、用事とは?」

 

「あ、それです!」

 

「ここまで長かったですね……」

 

「はい、用事っていうのは、私ではなくお父様です」

 

「……義輝様ですか」

 

「あからさまに嫌な顔しないの」

 

「だって……」

 

出羽 義輝(でわ よしてる)様。現在、出羽家当主で雪様の実の父。

厳格だが、町の人々にも尊敬されるような人だ。そして、俺の恩人でもある。雪様のわがままを聞き入れ、両親の死んだ俺を養ってくれている。

欠点を上げるとすれば、一人娘の雪様に甘いことだ。

 

「仕事だろ絶対……」

 

「それが使命でしょう?」

 

「しばらくは休みだって言ってたのに!」

 

「修夜くんならあっという間ですよ!」

 

「そういう問題じゃないんです。雪様……」

 

面倒にな仕事になるのは、目に見えているが、行かなければまた別で怒られるので我慢するしかない。

雪様に同伴してもらおうと思ったが、更にややこしくする可能性もあるので、一人で行くことにする。

 

「……とりあえず行ってきます」

 

「はい、頑張ってください!」

 

「死なないようにね~」

 

笑顔で手を振る雪様と、にやけた笑みを浮かべた花音にため息をつきながら、出羽家へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

せわしくなく続く廊下と障子の前を通り、一番奥へ着いたところで、正座をする。

息を大きく吸い、大きく吐く。息を整え、声を出す。

 

「義輝様。修夜です」

 

「待っていたぞ。修夜」

 

「失礼します」

 

最後の障子を開ける先にいるのは、我らが出羽家当主、出羽義輝様。

着物に扇子、床の間がとても似合う。

屋敷の主、実質的な町の(おさ)、誰もが認めるカリスマ、そして、俺の恩人の一人。

 

「今回は、どうしたのですか?」

 

「お前が、ここに来るのも久しいな」

 

「はい、夏休み前ですから」

 

障子を閉め、入口の近くで、すぐに建膝をつく。

 

「いい加減、その堅苦しいのはやめないか?」

 

「……俺は、あくまでも雪様のもの……ですので」

 

「そうか」

 

ため息をつき持っている扇子(せんす)を開き、軽く(あお)ぐ。

 

「して、雪とはどうだ?」

 

「……どうだ、と申しますと?」

 

「お前も強情だな」

 

「何もないものを、どう申せば良いのですか?」

 

「一応ではあるぞ? 私はお前の父親のつもりなのだが」

 

「……」

 

「少しは、自分を優先してみてはどうだ?」

 

優しさなのか、自立しろという意味なのか、俺には理解ができない。

だからこそ、平行線をたどる。自分の居場所があるところに……

 

「ご用件はなんでしょうか?」

 

「……わかった」

 

諦めたのか、またもため息をつき扇子を扇ぐ。

しかし、次に正面を向いた顔は、真剣な眼差しを向けてくる。

 

「仕事だ」

 

一気に空気が張り詰める。扇子がしまる音だけが、床の間に響く。

 

「なにやら雪の周辺を嗅ぎまわっている犬がおる」

 

「犬、ですか?」

 

その言い方ならそこまで大きな相手ではないようだ。

せいぜい、金目当てだろう。

 

「金か、雪か、細かいことはわからんが犬の討伐、可能なら生かして連れてこい」

 

「1人ですか?」

 

「複数……と言っても、4、5人くらいだろう」

 

「決行は?」

 

「今夜だ、ああ一応、今日は吸っておけ、武器を持っているかもしれん」

 

保険をかけるのか、かけすぎな気もするが……

 

「承知しました」

 

「前みたいに、吸いすぎるなよ」

 

「っ!……承知しました」

 

「お前も年頃だ。興奮するなとは言わんが……」

 

「承知しました!!」

 

義輝様の話を途中で断ち切るように、大声を出す。

 

「今日は、失礼します!!」

 

勢いよく障子を開け、また長い廊下を歩いていく。

 

 

 

 

 

「……まったく」

 

頬杖をつき、空いたままになった障子から空を眺める。

 

「成長っていうものはあっという間なものだな」

 

「いかん、いかん」

 

どうも歳を取ると感傷的になってしまうな……

 

 

 

 

「たくっ、あの人は何考えてるんだよ……」

 

屋敷から出ようと靴を履いていると、玄関が開く。

 

「あ、修夜くん!もうお説教は終わりましたか?」

 

「雪様、説教前提で聞かないでください」

 

「なんだ、あっさりね」

 

ちょうどよく帰ってきた雪様と、花音が声をかけてくる。

 

「だから説教とかじゃないから」

 

「では、もう帰るのですか?」

 

今夜は、任務がある。そのために準備したいことはあるが……

 

「はい、少し散歩をして帰ろうかと……」

 

「そうですか……」

 

少し思案するように腕を組み、悩むように眼をつむる雪様。

しばらくして、うんと一つうなずき、俺を見る。

 

「では、私もついていきます!」

 

「……はい?なんでですか?」

 

「気分です!」

 

「……」

 

思わぬ一言に、反応できない。焦った俺は、花音を見て助けを求める。

 

「私にはどうもできないわよ?」

 

「ですよね……」

 

雪様は、一度言ったことはなかなか曲げない、かなりの頑固者だ。

俺も花音も長年の仲なので、慣れたものだ。しかし、そろそろ夕暮れが迫る。

面倒ごとになるのは嫌なので、ダメ元で言ってみることにした。

 

「雪様、そろそろ暗くなってきたので、外に行くのはやめませんか?」

 

「むっ、修夜くんは私の言ったことに逆らうんですか?」

 

「いえ、逆らうのではなく、雪様を心配して……」

 

「修夜くんは、私と一緒にいたくないんですか?」

 

「そういうわけでは……」

 

もちろん雪様は、不服そうにこちらを見てくる。

 

「修夜くん……」

 

「は、はい」

 

「修夜くんは、誰のものですか?」

 

「……雪様のものです」

 

「主人に従わないというのですか?」

 

「俺は雪様のことを考えて言っているんですよ?」

 

「約束しましたよね?修夜くんは私のものになるって」

 

「ですが……」

 

「ダメですか?」

 

「っ!……」

 

下から覗き込むようにこちらを見てくる雪様。 

 

「ダメ、ですか?」

 

 

 

 

 

「で、結局折れるあたり雪様に心酔してるわね」

 

「うるさい……」

 

どうやら俺は主人に忠実な犬だったようだ。

少し負けた気分だが、諦めるほかないだろう。

 

「あの笑顔は可愛いわよね。あれで、おちない男はいないわ」

 

「……」

 

異論はないです……

 

「二人ともどうしたんですか?早く来てください!」

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

花音は、雪様の声に反応しかけていく。

 

「修夜くんも早く来てください!」

 

「はい、今行きます」

 

散歩という名のロスになるが、雪様とより一緒にいれると考えれば安いものだろう。

 

「散歩と言ってもどこに行くつもりだったのですか?」

 

「いえ、とくには決めていませんが?」

 

「なら、あの場所に行きませんか?」

 

「あの場所?」

 

「とは?」

 

首をかしげる俺と花音。

 

「とりあえず、ついて来てください!」

 

「は、はぁ……」

 

笑顔で歩き始める雪様よそに、俺と花音は声を合わせ、はてなマークを浮かべ、なおも謎は深まるだけだった。

 

 

 

 

 

「この道は……」

 

「おぼえていますか?」

 

雪様についてきた俺たちの前には懐かしい風景が広がっていた。

懐かしの坂だ。同時に昔の記憶が思い出される。

 

「……懐かしいですね」

 

「この坂の上には確か……」

 

「はい!町が全部見えるあの場所です!」

 

「よく3人できましたね」

 

「私は今でもたまに来るんです」

 

「雪様、私聞いてないんですけど?」

 

「……あ」

 

どうやら、花音に内緒で何度も訪れていたらしい。

花音は雪様を睨んでいたが、すぐに笑顔に戻る。

 

「次は、私も連れてってください」

 

「……ええ」

 

二人は顔を見合わせて笑い合っている。

 

「では、久しぶりに3人で一番上に行きましょう!」

 

「そうですね」

 

3人並んで坂を上り始める。とても温かい気持ちで心が満たされていく。

なんと言うのだろうか。この気持ちは……

家族が死んで悲しかった気持ちと、居場所をくれた雪様への感謝、彼女たちと一緒にいれる嬉しさ。

いろんな気持ちが混ざり合い、こそばゆい気持ちになった当時のことを思い出す。

 

ふと空を見ようと上を見上げる。

 

「え?」

 

「どうかしました?」

 

「修夜?」

 

俺は上を見上げたまま固まってしまう。

 

宙に舞うものに驚き……

 

それを不思議に思ったのだろう。雪様と花音も上を見上げる。

 

「え?」

 

「きゃ!?」

 

俺たちの目的地、一番の上の展望台。そこから一人の少女が……落ちてきたのだ。

 

「雪様! 空から女の子が!」

 

「言ってる場合ですか!?」

 

俺のボケにすかさずキレキレのツッコミを披露する雪様。

そんなことを思いながらも、すぐに女の子を助けるという考えにシフトする。

 

「修夜くん!」

 

「わかっています!」

 

右足を力強く踏み込み、落下地点へと走り出す。

 

「間に合え!!」

 

ダッシュで間に合わないことを悟った俺は、体を滑り込ませ落下地点へたどり着く。

そして、なんとか少女を抱きかかえることができた。

 

「はぁはぁ、間に合った……」

 

彼女を一瞥し、どこもケガをしている様子はないので安堵する。

 

「修夜くん!大丈夫ですか!!」

 

「その子も!」

 

雪様と花音が駆け寄ってくる。

 

「ええ、俺は大丈夫です。この子も大丈夫だと思います」

 

「はぁ……良かったで……あ、この子!?」

 

「雪様わかるんですか?」

 

一度安堵した雪様は、少女を見るやいなや驚きの声を上げる。

そして、それを聞いた花音が少女の顔を覗きこむ。

 

「はい、この子王女ですよ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「「ええええええええええぇぇぇぇぇ!!!!????」」

 

俺と花音の声が町へ響き渡った。



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2章 王女様の計画

お久しぶりです。晴猫です。

なんやかんやで忙しくなかなか余裕を持てない日々でございます。
ありがたい話ですが……

ひとまず投稿は続けたいです。


感想などいただけますと幸いです。


オリヴィア・ドレトエン 160cm 88-57-86
欧州にある王国、ドレトエン王国の第二王女で次期女王候補。
幼い頃、日本に来た際に出会った少年を探している。
祖母は日本人のため、日本人とドレトエンのクォーター。


「一体どういうことですか?」

 

「どういうこと、とは?」

 

「だから、王女がなぜ護衛もなしに空から降ってくるんですか!?」

 

(せつ)様が言うには)王女である女の子を抱えながら、雪様に疑問を投げかける。

 

「そんなの私にわかるわけないじゃないですか?」

 

何を言ってるのと言いたげな眼でこちらを見る雪様。

その様子からも本当にわからないのだろう。雪様が絡んだドッキリなどではなさそうだ。

 

「気を失っていますね。一度、屋敷に運んだほうが良いのではないでしょうか? 雪様」

 

「そうですね。お父様からも連絡していただきましょう」

 

花音(かのん)の提案に雪様も同調し、どうやら先方へ確認を促すようだ。

算段を考えた俺達は、王女の顔を全員で覗き込む。綺麗な長く透き通った髪。雪様にも負けない整った顔。花がある人であることが感じられる。

 

「ひとまず、行きましょうか」

 

「そうですね。行きましょう」

 

俺は2人に声をかけ、足早に屋敷へ向かった。

 

 

 

屋敷につき、抱えていた彼女を屋敷の一室へと運び、布団に寝かせ一息つく。後のことは花音に任せ部屋を出た。

 

「ふぅ……」

 

「疲れちゃいましたか?」

 

「流石に状況を把握しきれませんよ」

 

廊下には、雪様が立っていた。先ほどまで着ていた服とは違い、着物を身にまとっている。

 

「これから、稽古ですか?」

 

「その予定でしたが状況が状況なので、中止になりました」

 

ことの他、嬉しそうに話す雪様。その無邪気な笑顔に思わず、こちらも笑みがこぼれる。

 

「そんな嬉しそうにしないでくださいよ」

 

「毎日やっていると嫌になってしまうときもあるのですよ」

 

「……そうですか……」

 

今時は珍しいかもしれないが、俺達が住んでいるこの町は独立して自分達で町を存続させている。

あらゆる機関にも属さず、昔ながら形で町の複数の名家がこの町のすべてを取り仕切るというなんとも古風な形だ。

その中でも権限がトップレベルの存在がいる。

 

それが雪様の父、現出羽家当主である出羽義輝(でわよしてる)様だ。そして、その娘である雪様はこの華屋町を一つの国とするならば王女のような存在なのだ。

 

そんな彼女のことだ。近くで彼女を見てきた俺は彼女の気苦労をよく知っている。どれだけ努力をしているかということも。

そんなことに思い巡らせ、そして、気になっていたことを一つ聞いてみる。

 

「雪様、一つ……よろしいでしょうか?」

 

「? なんですか?」

 

「あの子のことを詳しく教えて下さい。王女……とはどういうことですか?」

 

「私も数回あった程度ですけど……」

 

「彼女は欧州にある王国、ドレトエン王国の現王の次女で次期女王候補の王女、オリヴィア・ドレトエン王女です」

 

「次期女王候補……」

 

やはり、訳ありなのだろう。次期女王候補の一人がなぜここにいるのか……

 

「一度お父様について行ったパーティーでお話ししたくらいでそれ以上の面識はありません」

 

「次期女王候補がなぜ一人で……」

 

「さあ? さすがにそこまでは……」

 

「ですよね」

 

困った顔を浮かべる雪様。

 

「何度か日本には足を運んでいるようですよ? しかもお忍びで」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ…前にあったパーティーで言っていました」

 

「なんでも人を探しているらしくて……」

 

「人ですか…そういえば彼女が起きたらどうやって話せばよいでしょうか? 英語は苦手なのですが……そもそも英語でいいのか?」

 

「あ、その点は大丈夫です。ドレトエン王女は日本語が堪能です」

 

「ならよかったです。なんせ外国の方と話すなんて人生で2回目くらいなので……」

 

「……ひとまず眼を覚ましたら、彼女の状況を把握するために聞いてみましょう」

 

「はい、それでいいと思います」

 

ドレトエン王女が眼を覚ましたのは、辺りがオレンジ色に変わり始めた頃だった。

 

 

---

 

 

「……ここは……」

 

「お目覚めですか? どこかお体に痛いところ等はございませんか?」

 

しばらく経ち、王女様の眼が覚めた。想定よりも思わぬ緊張が走る。

 

「……大丈夫です……あのここは?」

 

やけに冷静な王女に驚きはするが、顔には出さないようにする。

 

「こちらは出羽家のお屋敷になります」

 

「そう……あなたは?」

 

「ご挨拶が遅れました。私は雪様の側仕えをしております秋元花音(あきもとかのん)と申します」

 

無礼があってはいけないと、つつがなく行動する私。

何か粗相があればそのしわ寄せは雪様に行ってしまう。

 

「あなたが私を助けてくれたの?」

 

「いえ……詳細に関してはのちほど……少々お待ちください」

 

「……わかったわ」

 

「それでは失礼いたします」

 

襖を閉め、王女から断絶されると少し緊張が解けた。

そのままの足で私は雪様たち王女が目覚めたことを報告しに行った。

 

---

 

ドレトエン王女が眼を覚ましたことを聞いた俺、雪様は花音とともにドレトエン王女のもとへと向かった。

 

「失礼いたします」

 

雪様は座った状態から三度に分けて、丁寧に襖を開ける。何度見てもきれいな所作だ。

 

「ご無事そうで何よりでございます。体のお加減はいかがでしょうか?」

 

「大丈夫よ。ありがとう、雪と呼んでもいい?」

 

「構いません。お好きにお呼びください」

 

「助けてくれたのは、あなた?」

 

王女の目線は俺に向けられていた。

 

「私の側仕えの一人である鹿角(かづの)でございます」

 

俺はゆっくりと頭を下げた。

 

「そんなにかしこまらなくてもいいわ。堅苦しいのは嫌いなの」

 

「他国の王女にそのようなことは……」

 

「私がいいと言ってるから問題はないわ! それに雪……あなたは、この町では姫みたいなものでしょう?」

 

雪様の体が一瞬だがビクッと跳ねる。しかし、すぐさま立て直し、何事もなかったかのように話し始めた。

 

「大袈裟でございます」

 

わざとらしく笑った彼女は顔は眼が笑っていなかった。

 

「まったく……鹿角君? だったよね。こっちに来て」

 

手招きをするドレトエン王女。俺は一度、雪様に顔を向ける。

彼女は、はぁとため息を一つ漏らし、頷く。

これは、従えというサインだ。

 

「承知いたしました」

 

俺は大人しく王女の近くへ行き、正座する。

 

「ありがとうね。私を助けてくれて下の名前はなんていうのかしら?」

 

……なぜ名前を聞く?

 

疑問に思いながらも大人しく答えることにする。

 

修夜(しゅうや)と申します」

 

「え……へぇ~」

 

俺の名前を聞いた直後、彼女は一度驚いたような表情を浮かべるが、すぐに優しそうな笑みを浮かべる。

 

「とりあえず、ありがとうね」

 

「もったいないお言葉……え……」

 

頭を下げようとしたその時だった。

王女の顔は俺のすぐそばに近づく。次の瞬間には、彼女の唇が俺の唇触れていた。

 

「ちゅ」

 

「んんっ!?」

 

「え……」

 

「は?」

 

思わぬ行動に空気が凍り付く。

 

「これはご褒美よ!」

 

「待ってください!! 王女様! 何をやっているのですか?」

 

先ほどまでおしとやかだった雪様はすぐさま俺と王女の間に割って入る。

 

「だから言ってるじゃない? 堅苦しいのは嫌いだって」

 

「だから……何やってるんですか!?」

 

「あら? 私は感謝を修夜に伝えただけだけど?」

 

「修夜って! 何で呼び捨てなんですか!?」

 

「それは私の勝手でしょ?」

 

「わ、私だってまだ呼び捨てで呼んでないのに!?」

 

「雪様……そこが問題ではないでしょう! 落ちついてください!」

 

思わぬ行動に固まってしまう俺。

 

「おい、変態! 固まってないで反応しなさい!」

 

「痛った!?」

 

花音からの拳骨をくらい、やっと我に返る。

 

「はははっ! それがあなたの素なのね! 嫌いじゃないわ雪」

 

「はっ……ごほん! と、とりあえず、先ほどの件は置いておきます」

 

咳払いを一つし、一度立て直す雪様。

 

「なぜ、突然上から降ってきたのでしょうか? それに王女の護衛は?」

 

「護衛の眼をかいくぐってあの上の展望台に登ったの。あそこは私の思い出の場所だから!」

 

「……危ないことはお控えください。一国の王女ともあろう御方が……」

 

「あははっ……それで偶々下を見たら誰かが登ってきていたからもっと覗き込もうとしたら風が吹いてね」

 

「……落ちた……ということでしょうか?」

 

花音が首を傾げながら会話へ参加する。

 

「私もびっくりしちゃったわ」

 

「びっくりしちゃったわで済ませないでください!」

 

すぐさま突っ込む雪様。

思った以上に危機感ない王女だと思うが、口に出すのはもちろんやめておこう。

 

「で、そこを雪のお気に入りの修夜に助けてもらったわけね! なんだか嬉しいわ!」

 

「お気に入りってなんですか!? ち、違います!」

 

顔を真っ赤にして大きな声を出す雪様だが、あたふたしている。

雪様の調子を狂わすのが得意な王女だ。

 

「でも、雪にまた会えてよかったわ! どのパーティーか忘れたけど、その一度以来よね?」

 

「……よく覚えていらっしゃいますね」

 

「こんな魅力的で可愛い子を覚えていない人がいると思う?」

 

「……」

 

笑顔で話す王女とは対照的に反応に困る雪様。

やはり、雪様は王女のような立場から見ても魅力的らしい。こうなると雪様の認知度は俺の想定よりも高そうだ。

 

「そちらの護衛にはもう連絡してあります。すぐに迎えがきますよ」

 

「え~もっと知りたいわ~修夜のこと!」

 

「え……俺ですか?」

 

なぜ……こんなにグイグイくるんだ……

雪様のほうを見るとこちらを睨んでいる。

 

「何、鼻の下伸ばしてるのよ?」

 

花音も相変わらずだが、辛辣な言葉を投げてくる。

 

「大変みたいだね修夜も……そうだわ……修夜! 私の護衛になってよ!」

 

「は、はい?」

 

どうしてそうなったのか、王女は目を輝かせてこちらを見ている。

 

「王子様みたいに私を救ってくれたわ。そういう人が近くにいると安心ね!」

 

「な、なんでそうなるんですか!? 修夜君は私の従者です!」

 

「でも、修夜にだって選ぶ権利はあるわよ?」

 

「修夜君は私のものなんです! そういう契約なんですぅ!!!」

 

「落ち着いてください……雪様……」

 

あからさまに取り乱している雪様を頭に手をおき諭す花音。

 

「王女様……お言葉ですが、雪様の言う通り俺は雪様のものなので……」

 

「え、大丈夫? 脅されてない?」

 

「なんでそうなるんですか!?」

 

本人からの言葉を信じて欲しい……。

そんなやり取りをしていると、襖が開き、大人びた女性が現れる。

 

「失礼いたします。雪様。王女様の護衛の方がお見えになっております」

 

「そうですか、ありがとうございます。下がってもいいですよ」

 

「失礼いたします」

 

報告のみを済ませ、すぐさまいなくなった。

 

「王女様。護衛の方々がいらっしゃったみたいです。お時間ですよ」

 

「はぁ……時間みたいね。世話になったわね」

 

「あまり危ないことはお控えください」

 

「ふふっ、そうするわ」

 

また、王女は笑いながら護衛が待つ車に乗り込む。

 

「また、会いましょう?」

 

そう言って王女は、走り去っていった。

 

「……修夜君! デレデレし過ぎです!」

 

「な!? してませんよ!」

 

「してたわよ」

 

王女の車が帰るとまたもや二人からの総攻撃を食らう羽目になった。

 

「でも、雪様が他人に翻弄されているのは久しぶりですね」

 

「どうも苦手なんですよね……あの方は……」

 

「へえ……」

 

---

 

王女の車内

 

「ふふふっ……やっと見つかったわ」

 

すぐにつかまってしまったと思ってたけど、思わぬ収穫があったわ。

 

「決めた……」

 

私は決めたわ……。

 

「ねえ、お父様に連絡して……私決めたって」

 



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3章 出羽家の呪い

お久しぶりです。

しばらく頑張ります。


ご感想等いただけますと幸いでございます。


「はあ、疲れた……」

 

王女様の一件から、数時間後のこと。

辺りは暗くなり、屋敷周りは静寂が包んでいる。

俺は、雪様の部屋の前にいた。

 

(せつ)様。よろしいでしょうか?」

 

修夜(しゅうや)くん? どうぞ」

 

「失礼いたします」

 

一声かけると返答が来たのでそのまま襖を開ける。

寝間着を身にまとい、風呂あがりなのだろう、髪は乾ききっていない。

 

「寝る前でしたか? 申し訳ありません」

 

「いえ、大丈夫ですよ。こんな時間にということは……また、血…ですか?」

 

「……はい」

 

「……私は構いませんが、修夜くん、最近吸いすぎなんじゃないですか?」

 

「大丈夫です。定期健診も問題ないですし、中毒症状も出てないです」

 

「そういう問題ではないのですが……」

 

「心配いただいてありがとうございます。俺は大丈夫ですから」

 

「……はぁ、わかりました」

 

不満げ表情を浮かべながらも、雪様は寝間着をはだけさせる。

少し肩を露出させると、白い柔肌が見える。おもわず、透き通った肌を見入ってしまう。

 

「修夜くん、見すぎです! これでも恥ずかしいんですよ!」

 

「あっ、申し訳ありません」

 

「まったく、変態なんですから」

 

顔を真っ赤にして、ぶつぶつとつぶやく雪様。

 

「はははっ」

 

反応に困りつつも、時間もないため、実行に移すことにする。

 

「失礼いたします」

 

「……はい」

 

俺は、雪様へ近づき、肩を持つ。

そのまま、白い柔肌に歯を突き立てた。

 

「じゅる……」

 

「んっ、あっ」

 

「ごくっ、ごくっ」

 

喉を鳴らし、その鮮血を体へと流し込んでいく。

雪様からは、艶っぽい声が漏れている。

力の解放を感じ、俺はその柔肌から口を離した。

 

「ふぅ……ありがとうございます」

 

腕で口元をぬぐい、雪様に感謝を伝える。

 

「はぁ、はぁ……はい」

 

やはり恥ずかしそうに雪様は下を向いている。

息が荒くなり、下を向いた顔は赤くなっていることがわかる。

 

「では、早速行ってきます」

 

寝間着を整え、座りなおす雪様。

 

「そうですか……気を付けてくださいね」

 

「はい。雪様はゆっくりお休みください」

 

「でも、心配は心配ですからね。眠気もあまりないですよ」

 

「それでも、しっかりと寝てください。明日は普通に学園ですよ?」

 

「それは、修夜くんも同じですよ」

 

「はぁ……」

 

こうなると、引き下がらないのが雪様。

大人しく肯定するしかなくなってしまうのだ。

 

「承知しました。では、行ってまいります」

 

「はい! 早く戻ってきてくださいね!」

 

「……はい」

 

彼女の声に優しく微笑む。

そのまま、襖を閉め部屋を後にした。

 

そして、俺は主人を守る従者(兵士)として戦う----

 

ーーーーーーーー

 

暗闇に包まれた町。

出羽家から出た俺は、あたりを見まわした。

暗闇にあっという間に慣れた目は人影を数人とらえる。

時間は、0時を回ったばかり。出歩く人などいるわけがない。

 

義輝様から聞いていた通り、4、5人だろうか。

 

「……バレてるのは気づいているだろ? 出てきたらどうだ?」

 

少しの静寂ののちぞ、ろぞろと男が5人出てくる。

 

「誰に頼まれた?」

 

男達「……」

 

修夜「まあ、言うわけないよな」

 

「……お前に言う義理はない」

 

「話してくれるとはこちらも思ってない。一応確認しただけだ」

 

男の一人が口を開く。

 

「1人でどうにかできるのか?」

 

「できるからここにいるんだよ」

 

俺は、吐き捨てるように男たちに向かって言う。

口元を覆った黒づくめの男達が、布の下で顔を歪めたのがわかった。

 

「大人しくそこをどけ」

 

「はい、そうですかってなるわけないだろ?」

 

「じゃあここで死ぬんだな」

 

1人の男が発した言葉を皮切りに、男達が一斉にとびかかってくる。

 

今の俺にはすべてが遅く見える。男達の一挙手一投足が手に取るようにわかった。

右から2人、少しテンポが遅れて左から3人が迫ってきている。

 

「じゃあまずは……」

 

少ない人数のほうから倒していくことにする。

右足を踏み込み、力を込める。次の瞬間には、右から来ていた男達の真ん前。

あちらからしたら、突然目の前に現れたように見えるだろう。

 

「え……」

 

「まずは、2人」

 

腹部に拳を入れ、1人をおとす。すかさず、次に来ているもう一人の男を回し蹴りで吹き飛ばす。

 

「がっ!!」

 

男は、うめき声をあげながら、吹き飛んでいった。

 

「くそっ!!」

 

「おっと」

 

「お前、何者だ!?」

 

「そっちが名乗らないんだから、こっちだって名乗らないよ」

 

「お前の動きは、人間の早さじゃない! いったいどんなからくりが!?」

 

「おっ、なかなか見る目があるな。けど、それ以上は無駄だ」

 

「なっ!?」

 

「うわぁぁあ!!」

 

「ぐふっ……」

 

「あとはお前だけだぞ? まだ、やるか?」

 

他の2人もなんなく戦闘不能にし、残りの男を見る。

口もとは見えないが、男の様子から焦っているのがわかった。

目には、動揺が見える。

 

「……くそっ」

 

拳を固く握りしめ、男は覚悟を決めたようだ。

そのまま、俺に向かって突っ込んできた。

 

「うおおおおおぉぉ!!」

 

「そうか……」

 

俺は、男の後ろに回り込み、蹴りを入れた。

力が増強しているからか、ほとんど感触はなく、プラスチックの人形のような感じだ。

男は壁にぶつかり、動かなくなった。

 

「夜なんだから、もう少し静かにしてくれ……」

 

こうして、任務は完了。

俺は、ため息を一つこぼした。

 

「うっ!?」

 

次の瞬間、俺の視界がゆがむ。

足が震え、膝をつく。体の力が抜けていくのだ。

 

「最近、吸いすぎだったかな……」

 

真っ暗になっていく視界。そのまま、俺の意識は暗闇に飲み込まれていった。

 

 

---

 

「……毎回こんなことをしているのかしら?」

 

「いかがしますか?」

 

「車に運んで」

 

「承知いたしました」

 

---

 

「うぅ……」

 

どのくらい時間がたったのだろうか。

ぼやける視界が少しずつ鮮明になっていく。

 

「俺は……」

 

地面に倒れていたはずなのに、妙に柔らかい地面だ。

手で触れてみると、ふかふかとしている。

それと同時に人に触れたようなあたたかさがある。

 

「目が覚めましたか?」

 

「え……」

 

声は俺の真上から聞こえる。視界は、すでにはっきりとしてる。

大きな二つの丘の間からわずかに見える女性の顔。

それもつい今日見たばかりの顔だった。

 

「王女様?」

 

「その呼び方は、距離を感じるわ……親しい人は、私をリヴィって呼ぶわよ?」

 

「……オリヴィア王女」

 

「もうっ! せっかく呼んでいいと言っているのに」

 

「それよりもここは……」

 

「私がいつも使っている送迎用の車の中よ。そして、あなたが寝ているのは私の膝の上ね」

 

「……膝、膝……なっ!?」

 

うまく働かない頭がやっと理解し、大変問題があることに気づく。

柔らかくて、寝心地がいいと思ったら予想外の場所に思わず跳ね起きる。

おまけに丘と思っていたのは、彼女の胸だったようだ。

 

「そんなに慌てなくても、私の太ももをまさぐってきたのに……」

 

「い、意図的ではありません! 大変失礼いたしました」

 

「私がやったことだから気にしなくてもいいわ。日本ではこういうの膝枕というのでしょ? やってみたかったの」

 

「は、はぁ……」

 

大変柔らかく、いい匂いがしたということは、もちろん黙っておく。

 

「なぜ、俺はここに……」

 

「地面に倒れている人をそのまま放置するわけがないでしょう?」

 

「それに……」

 

「それに?」

 

彼女は不敵に笑った。

 

「5人の男を1人で倒してしまうなんて、更に興味が沸くに決まっているじゃない?」

 

「なっ!?」

 

見られていた。いつから……

偶然……いや、これは……

 

「なぜ、あの場所に……」

 

「さすがに偶然……であるはずはないわね」

 

「少し調べてみたら、不思議なことがわかったわよ?」

 

「……不思議なこととは?」

 

冷汗が止まらない。そして、同時に体が警戒態勢に入る。

得体のしれない王女様。俺は彼女から視線を逸らすことができない。

 

「なんでも昔からの伝承があるみたいね? 出羽家の呪いだとか?」

 

「っ……」

 

思わぬ、一言に目を見開く。

なぜ、それを知っているのだ!?

 

「さあ、なんのことでしょうか?」

 

「ちなみに逃げれないわよ? この車から逃げようとしたら私の怖い大人達が相手になるわ。でも、あなたには対処が簡単かしらね? だって」

 

「男5人をあっさりと倒してしまうのだから」

 

そして、彼女の口角があがった。この人知っているのか。俺の秘密、出羽家の秘密を……

 

「俺の口から何も言えません」

 

「ええ、だから。雪に連絡したわ」

 

「……」

 

「もう遅い時間だけれど、今から来てほしいですって」

 

「……そうですか」

 

この王女様は、一筋縄ではいかないようだ。

呪いのことも、とっくにわかっているのだろう。

 

そのとき、ポケットに入った俺のスマホに着信が入る。この音は……

画面を見ずに俺は、スマホをとった。

 

「修夜です。雪様」

 

『……王女といるんですね。彼女を連れてきてください』

 

「……承知いたしました」

 

ただ、それだけを言って雪様は通話を切った。

目の前にいる王女様を見ると、さきほど同じように笑みを浮かべている。

 

「雪はなんて?」

 

わかって聞いているのだろう。

彼女の考えが読めない。目的はなんなんだ。

 

「こちらへお越しください」

 

ひとまず、俺は彼女をふたたび、出羽家へと連れていくこととなった。

 

ーーー

 

「はぁ、まさか……こんなことになるとは」

 

「申し訳ございません。雪様」

 

頭を抱える雪様に俺は、不甲斐なさを感じながら頭を下げる。

 

「雪。修夜を責めないで欲しいわ。倒れるくらい頑張ったんだから」

 

「倒れる!? 修夜くん! 本当ですか!?」

 

驚いた顔で俺を見る雪様。

思わず、目をそらしてしまった。

 

「ははっ……」

 

どうにかしようと考える俺。

漏れ出たのは、乾いた笑いだった。

 

「修夜くん。正直に言いなさい」

 

目をそらしているため、彼女がどんな顔をしているのかはわからない。

ただ、一つわかるのは、雪様が怒っているということだ。

 

「もう……最近吸いすぎだと思ったんですよ」

 

「そうそう、それよ。それ」

 

話を遮るように入ってきたのは、裏読めない王女様。

俺と雪様は、彼女に目を向ける。

 

「吸うとか、なんとか、もう、いろいろな情報がありすぎて困っていたの」

 

「私が気になっているのは、出羽の家の呪いについて……教えてくれるのよね?」

 

「……」

 

「はぁ……どこからその話を聞き出して来たのですか……」

 

「ドレトエン王国の情報網は優秀なので」

 

わかりやすい作り笑いを浮かべ、王女様は淡々と答える。

 

「雪様……」

 

「こうなってしまっては、どうにもなりません。正直に話しましょう」

 

一呼吸おいて、雪様は語り始めた。

 

「私達出羽家には、呪いがかけられているのは本当の話です」

 

「そして、その呪いは、この[華屋町の繁栄]を確約させるものになります」

 

「? この町の繁栄?」

 

王女様は首をかしげる。

 

「この町の繁栄のためになぜ、呪いがかかる必要があるの?」

 

「それは、私のご先祖様が関係しています」

 

「ご先祖……私達のおじいさまのそのまたおじいさまということね」

 

「はい。そもそも華屋町を作ったのは私のご先祖様なんです」

 

そう、この華屋町の原型の町を作ったのは、雪様のご先祖様だ。

そして、ここまで出羽家が代々、この町を守ってきた歴史がある。

 

「それは、調べてわかっているわ」

 

「私が一番疑問に思っていることがあるの」

 

「疑問に思っていることですか?」

 

「ええ、町の繁栄を望むことはわかるけれど、なぜ……」

 

「なぜ、自らに呪いをかけてまでこの町の繁栄を望んだのかしら?」

 

「……」

 

少しの間、下を見つめ黙り込む雪様。

しばらくののち、意を決したように話し始めた。

 

「これは、私達、出羽家に伝わるお話です」

 

「昔、私達のご先祖様は、この町を作りました。そして、少しずつ人が増え、建物が増え、いつの日か一つの町となりました」

 

「町になってから、数年が経ったある年、死病と呼ばれる病が広がっていきました」

 

「隣の村が死に、順番に広がっていた病は、ついにこの町にもやってきました」

 

「昔は、対処方法などありません。困り果てたご先祖様は神にお願いしました」

 

「すると、どこからともなく小さな少女が現れ、自分は神の使いだと話しました」

 

「彼女のことを信じきれなかったご先祖様。しかし、現状を打破する方法もなく彼女に従うことにしました」

 

「そして、彼女は町の繁栄と引き換えに自分を山の神として祀るように言いました」

 

「神として祀ることを約束すると、少女は消え町で流行っていた病はたちどころになくなりました」

 

「町は平和になり、のちに華屋町と名前が付き、繁栄していきましたとさ」

 

「……」

 

話を聞いた王女様は、真面目な顔で雪様を見ている。

 

「おとぎ話……神とは何かの例え?」

 

「その真相は私達もわかりません」

 

「それに肝心の呪いはどう関係しているのかしら?」

 

「話には続きがあります」

 

「続き?」

 

「山の神になった少女は、一つ縛りをつけていったんです。出羽家の血に……」

 

「出羽家の血?」

 

「ご先祖様がある日、農作業をしていると誤って怪我をしてしまいました。血が流れてしまい、従者が手当てをしました」

 

「その際に流れた血が従者の体内に入ってしまいました」

 

「すると、従者の様子が変化しました」

 

王女様は少し驚いた表情になった。

雪様は話を続ける。

 

「従者は、身体能力があがり、いつもよりも早く農作業を終えました」

 

「力がみなぎると言って、その日のうちに1週間分の作業を終わらせてしまいました」

 

「……出羽家の血には身体能力の向上や治癒能力を向上させる力があります」

 

「話で聞いた通りね。血とは予想外だったけれど」

 

「そんな素晴らしい血がなぜ、呪いなのかしら?」

 

「……」

 

「雪様。ここは、俺が説明します」

 

「修夜くん……お願いします」

 

あまり雪様は、この話が好きではない。

ここは、実際に経験している俺が話すべきだろう。

 

「血が呪いと言われているのは、その血を出羽家の血を吸ったものを操ることができるからです」

 

「操ることができる?」

 

「血を吸うことによって能力は格段に向上します。しかし、血を吸ったものは、出羽家への一生の忠誠を誓うことになります」

 

「そして、俺もですが摂取の回数を重ねれば重ねるほど、中毒症状が出てきます」

 

「中毒症状とは、依存してしまうということ?」

 

「そうです。人によって差異はありますが、定期的に血を吸いたい衝動にかられます」

 

「……まるで西洋の吸血鬼みたいね」

 

「そうですね……」

 

ある程度の説明を終えると、王女様は一つ息を吐いた。

 

「ふぅ……本当の話とは思えないけれど、実際に修夜が男達を倒すのを見て無理やり納得するしかないわ」

 

「あれも見ていたのですか……」

 

「そんな血の話を聞きつけた人達は、是が非でも欲しいわよね。そんな能力」

 

王女様は、にやっと笑いながら目をつむった。

しばし、何か考えているのかうなっている。

 

「やはり、決めたわ」

 

目を開けた彼女は、雪様をまた見据えた。

 

「? 何を決めたのですか?」

 

「私、しばらくこの町にいることにするわ」

 

「え?」

 

「え?」

 

何を言っているのか、わからない。

 

「な、なにを言っているのですか!? 一国の王女がそんな簡単に……」

 

「大丈夫よ。お父様には許可はもらっているから」

 

「お父様というと……」

 

王女様のお父様というと、ドレトエン王国の現国王その人のことだろう。

よく、許可を出したな……

 

「あと、しばらくこの家でお世話になるわ」

 

「え?」

 

「は?」

 

また、意味の分からないことを言っている。

 

「しかし、おとうさ……」

 

「大丈夫よ。雪。あなたのお父上には許可はもらっているわ」

 

「へっ!?」

 

驚きすぎて、変な声が出る雪様。

なんという根回しの速さ。恐ろしい、というかこれどうすればいいんだ?

 

「じゃあ、よろしくね。2人とも!」

 

「……」

 

「……な」

 

「せ、雪様?」

 

「……なんで勝手に話が進んでいるのですか!? もう!!」

 

真夜中の屋敷。

脳の容量が限界に達した雪様の叫びが、木霊するのだった。

 



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