魔法科高校の姫騎士~Alternative Order~ (無淵玄白)
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プロローグ

前回のアレの反省点。

ズバリ言えば『相棒役』がいなかったことである。初の女オリ主ということで気負いすぎていたせいで、何とも展開があれ過ぎた。まぁそれ以前の問題でもあったのかなとも思える。

ただ、相棒を設定していなかったことは盲点であり、設定も『魔宝使い』に比べれば、もう少し練りこんでおくべきだったと思う。

というより今更ながら魔宝使いに関しては少し前に別のネームでやっていたものを流用している面もありましたので――――と長々と失礼しました。

とりあえず短いですが、第一話をお送りいたします。


 

時代は動く。世界は白紙化を乗り越えて再びのページェントを刻み始めた。

 

破局を乗り越え、新たなる航路図を、世界を取り戻した末の人理保証。

 

だが、世界はそんなことは露知らず、ただ単にあるがままだと思われていた。『思っていた』だけだ。

 

疑似地球モデルの影響、それとも多くの神秘魔道の災厄の残滓、本当は『世界』など取り戻せていなかったのではないか。

 

様々な疑惑が疑惑を呼びながらも、2つの『キョウカイ』を巻き込んだ『大戦』(おおいくさ)

 

それは群発戦争の裏側にて行われていたとも言われる。

はたまたもっと早い段階からそれは行われていたとも言われる。

 

どちらとも言える―――ただ一つ言えることは―――。

 

その中で『違う人類』は、圧倒的に『負ける側』ではあったことは事実だ。

 

積み重ねた歴史の重さ。上澄みだけを掬ったがゆえの陥穽。

心臓を穿ったとしても再生を果たす『歴史ある臓器』。

 

全てが、彼らの脅威であった。

 

だが、『違う人類』も負け続けるだけではなかった。

 

積み重ねた歴史の重さ。覚醒(めざ)めた人類として『超人幻想』にひた走った彼らの狂気。

 

それに抗するために、ある種の『簡易術式発動機』も作られた。

一回の致命傷程度では意味がないならば、何度でも穿つ。百発の銃弾を食らっても復活を果たすならば、一千発。一万発もの銃弾を食らわせるだけ―――棒立ちで食らうということもないだろうが。

 

それでも――――。

 

やがて群発戦争の終結と時を同じくして2つの『キョウカイ』との『手打ち』が成立。

 

それから30年余りが経った頃―――時代は新たなる世代に移り変わる。

 

第三次世界大戦あとに生まれた世代―――戦後世代と呼ばれる人間たちが、世界の担い手になりつつある時代。

 

極東の地に降り立つ「魔術師2家」より話は始まるのだった……。

 

 

「てっきり『フユキ』に帰ると思ったのになー。残念だわ」

「仕方ないですよ。お祖母様より託された『指命』(オーダー)は、ここでしか出せないのですから」

 

コミューターから降りて入学する予定の学校の試験会場に赴く2人の少女。

 

どちらも美が着くに相応しいその顔には、何となく疲れが見えていた。

 

ともあれどうしたものかと思う。

 

「アーシュラは徹底的に目立ってくださいね。私は優等生的に振る舞いますので」

 

「いいのリッカ?」

 

「ターゲットが『どちら』にいるかは分かりませんので、成績優秀だからと『接触』が出来るとは限りませんからね」

 

「そりゃそうよね。んじゃバシッと! 魔法師たちに私たちの力を見せますか」

 

勢いを着けて言う金色の少女に微笑ましく思いながら、『リッカ』は声を掛ける。

 

「頑張ってくださいよ『姫騎士』」

「アナタもよ『ソラの姫様』」

 

目立つに目立つ美少女2人は、グータッチの変形として手の甲をぶつけ合って再会の合図としたのだ。

 

―――お互いの健闘を祈る―――

 

その様子を偶然にも見ていた何人かは、その2人の手の甲にタトゥーのような赤い刻印が刻まれているのを見るのだった。

 

Fateの兆しを持つ少女2人は、一世紀は前に『第5の魔法』が現れた土地にて新たなるグランドオーダーを刻む。

 

それは『選択肢を間違えてしまった未来』。

 

しかし『編纂された事象』として、『定着』してしまった『枝葉』に生きる人間たちには決して分からぬことであり、ともあれ―――。

 

 

「衛宮アーシュラ」「藤丸立華」

 

『魔法師』たちには分からないだろうが、『カルデアス派』から派遣された魔術師2人は無事に魔法大学附属第一高校に合格するのだった。

 

 

唐突だが、『私』の父と母はフツーではない。

 

詳しい説明は省くが、父は『行方不明』になった母を探して、『白竜の遺骸』の奥の奥。地の地。獄の獄―――。

 

そんな風にしか言えない場所に赴き、そこにて母との再会を果たして―――にゃんついている内に『ワタシ』が出来て、そして『花の魔術師』の薦めもあって、何度かそこと『地上』を行き来している内に―――。

 

『うん。ここから先はアルトリア、君の子と『人理版図』(テクスチャ)で生きていくことだ。『霊墓』に潜ることは出来ても、『此処』への到達はもういいはずだ。

シロウ君、私の『王』を頼んだよ。彼女に血塗られた夢はもう見せたくないね』(父・談)

 

そうして、母の眠りは完全に覚めるのだった。

 

『あっ。ついでにこの厄介な白い毛玉も連れて行ってやってくれ。『彼と彼女』が死んでからこっちにとんぼ返りだったんだが、そろそろ取り戻した未来の『美しいもの』に触れさせたいんだ。

あるいは―――『第■の獣』になってしまうかもしれないがね。まぁその場合はマギクスとかいう『もどき』どもが主な犠牲かもしれないが、頼んだよアルトリア』(母・談)

 

そうして衛宮家には『馬2頭』『犬1頭』『ネコ(?)1匹』が家族に加わるのだった。

 

そんな家族のヒストリーはいいとして、今は私のことだ。

 

妖精郷に眠りあった永遠の王と、数奇な運命から錬鉄の御業を身に宿せし英雄との間に生まれしもの。

 

父のように『正義の味方』を目指さないけど。

 

母のように『救国の騎士王』になるわけでもないけど。

 

ただ持って生まれた力が、どこに向かうかを知りたいのだ。

 

私の名は衛宮アーシュラ、またの名をアーシュラ・エミヤ・ペンドラゴン。

 

これは―――『私』(アーシュラ)の物語だ。

 

目指すはプリンセスブレイブ唯一つ!

 

「などと勢い込んで言っているところ悪いのですが。アーシュラ、そろそろ出なくていいのですか?」

『フォウ』

 

後ろから聞こえてくる声に反応して振り返ると、部屋の入口に仁王立ちならぬ『王様立ち』をしている母の姿。そしてその母の肩に乗る白い毛玉。

 

ちなみに王様立ちの際に床に突き立てる剣は、現在は箒となっている。

 

父と母の新しい『勤め先』は未だに知らないが、今日まではまだ新居の掃除などが残っているのだろう。

 

ちなみに言えばアーシュラは今日が初登校日である。

 

「やばっ! というほどではないけど立華は―――」

「既に準備完了しているよ。おはようございますアルトリアさん」

「はい。おはようございますリッカ。いつも娘のことでご足労掛けてしまいます」

 

この関係は、最近まで居たUSNAでも変わっては居なかった。

 

気軽に母に挨拶する、オレンジに銀髪が混ざる人種を完全に安定させない幼なじみに、『ごめーん!!』と謝りながら早速も準備を開始。

 

「ご飯は食べた? 盛大なお腹の音とかレディとしてどうかと思うからね?」

 

「それは邪推がすぎるわよ!! それと今日は入学式じゃん!! そこまで時間はかからないわよ!!」

 

「だってー♪ やったねフォウくん。アーシュラと今日はいっぱい遊べるよ」

 

『フォォォウ♪♪」

 

立華につんつん頬を突かれて喜んでいるらしきフォウの声を聞きながらも、準備は完了する。

 

いつ見てもとんでもない制服である。こんな豪奢で動きづらそうなものじゃなくて、『ブレザータイプ』でいいだろうに。

 

そう思いながらも―――それは『焼却された未来だ』という声が聞こえたような気がしたのだった。

 

どうでもいいけど―――。

 

「準備完了!! それじゃ行ってきます!! フォウもカヴァスたちと一緒にお留守番していてね♪」

「それでは行ってまいります」

 

元気ハツラツな娘と『親戚』の楚々とした娘を見送るアルトリア。

 

玄関先にいた父にも行ってきますと言っておくのを忘れない2人の女の子たち。

 

―――その姿を両親は眼に焼き付けておくのだった。

 

どうせ数日後にはある意味、家だけでなく学校でも見ることになるのだとしても―――。

 

 



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第1話『魔法科高校入学の魔術師2人』挿絵あり

こういった『女と女』のペアとなると、ダーティペア、逮捕しちゃうぞ、少女革命ウテナなどなどありますが、私的には新境地。




 

 叫ぶ妹、その叫びは訴えであった。だが、あまり子供のようなことを言わないで欲しい。

 

 その評価は、この世界では認められていないことなのだ。

 だからこその『華無し』の制服を自分は着ているのだ。

 

 何とか妹を宥めることで―――『次席』として『総代答辞』を述べることを決意してくれた。

 

(深雪が次席か。主席の名前は、衛宮アーシュラ、深雪の下ではあるが三位の藤丸―――『エミヤ』に『フジマル』か……)

 

 その名前を魔法師の『裏側』に詳しいものが知らないわけがない。

 間接的にだが、達也の実家『四葉』にとっても恩義ある存在であり、色々な所に知己ある顔の広い存在であった。

 

 一般的な『魔術師』というイメージに全然近くない2家が、どうして魔法師とつるむのか―――詳細は達也は知らない。

 

 最近まで、エミヤはUSNAの九島家の関係者の方にいたとも聞いていたが……。

 フジマルの方は―――とりあえずロンドン辺りにいたとも聞く。あくまで噂ではあるのだが。

 

 ともあれ、そんな両者の姿はテストの時にも見ていたわけで―――。

 

 彼女たちが現れたことで、場の空気が変わる。校門から入ってきた彼女たち、特にエミヤが主となり端末で誰かと話していたようだが、最終的には学び舎でのTPOを弁えたのか、端末の画面に手を振って『グッナイ』と言って、通話を終了させた。

 その様子から『時差ある国』だろうと当たりをつける。

 

 周囲を見回す彼女たちの姿を再度見る。

 

 見れば見るほどに美しい少女2人だ。

 

 衛宮の方は、豊かなまでに伸びた金色の髪は、砂金を敷き詰めた大河を思わせる優美さ。それらを複雑にまとめた上で後ろでポニーテールにしている。

 

【挿絵表示】

 

 藤丸の方は短く切ったオレンジ色の髪が主だが、銀色の髪―――染めたのかどうなのかは分からないが、それを一房編み込んで前髪に下げていた。

 

 衛宮の方の瞳の色はエメラルドの如き輝きを持っており、身体のバランスもかなりいい。なにか『武術』でもやっているのか、姿勢の良さが実際の身長よりも高く見せている様子だ。

 片や藤丸の方の瞳は、ブラウン色のやはり外国人の血交じりだからなのか、髪と同じく純粋な日本人には見えない。

 衛宮とは違い傍から分かるものではないが、何かしら身体の使い方を理解している風だ。

 

 当然―――どちらも深雪より身長は『虚実』高いだろう。

 

(深雪が女神だとするならば、こちらは『姫』だな)

 

「―――お兄様?」

 

 先程鎮めたはずの深雪の不機嫌オーラが、最大値に跳ね上がるのを感じて思わず振り返る。内心での感想を察されていたようだ。

 

「いや、流石にあの子たちを見ないでいるわけにはいかないだろう。お前の言う通り今回の主席と三席なんだからな。藤丸にしたってお前と僅差だぞ」

 

 見ざるを得ない。そう昏々と説得を果たして深雪に納得を求めておく。

 

「まぁ―――そういうことで納めておきますが……衛宮アーシュラさん、藤丸立華さん……中々の強敵ですね。相手にとって不足なし―――」

 

 勝手にライバル認定されたことを2人がどう想うかは分からないが、ともあれ―――深雪は機嫌を直して大講堂での答辞のリハーサルに向かってくれた。

 

 そこで達也の『任務』は終わってしまった。

 深雪とは違い何かの用事があるのか、新入生でありながら校舎に入っていく2人の後ろ姿を何気なく見ておく。

 

 司波達也は―――本当に暇になるのだった。

 

 

 †  †  †  †

 

「お変わりないように見えて、その実―――年老いた事実は変わりませんね。百山の翁」

 

「全くだよ。君の祖母殿のようにもう少し若々しくはありたいが―――まぁ心に情熱さえあれば人間は一生涯青春で居られる。そうありたいものだよ」

 

「永井荷風の言とは健のじいちゃんもよく使っていたよね。立華」

「親友ですもの。似ちゃうんですよ」

 

 若い娘2人と老人1人との会話。普通ならば弾まないものも、立場や諸々のもので共通項があれば、このようになるものだ。

 

 朗らかに会話をしながらも、少しだけ深刻なことを口にする。

 

「……山の方の『天文台』の方々には多大な恩義がある。健が何とか米国に渡れたのも感謝する。

 だが、魔法師の上位メンバーの中には、君たちが一枚岩であると信じて疑わない奴らも多い。自分たちを棚に上げてね」

 

 苦悩交じりの言葉を聞いて、対面のソファーに座る若い娘2人は茶(玉露)を飲んでから口を開く。

 

「まぁ『アルビオン』派は、もはや『聖堂教会』と同じくなっちゃっている節もありますからね」

「否定は出来ません」

 

 アルビオンから距離を置いている姫とアルビオンから這い出た姫の言葉に百山東は苦笑する。

 

「ちなみに聞きますけど、その筆頭が扉の向こうにいる『巌』ですか?」

「ああ、校門で待っていて、君たちが『形絶』のルーンを使って入られたことで、少し怒っているんだろうな」

「だってあからさまな待ち伏せだったんですよ。疾しいことはなくても、いきなり告白されたりするとイヤですよ」

 

 だったらば、普通に入ってこいという無言のメッセージを分厚い校長室の扉越しに放つ『巌』だが……男ならばともかく女に対して、あのやり方は不躾だったかと思う。

 

 少しだけ反省してから出てくるのを待つ。

 

「それでは、入学式の時間になりますので失礼いたします。翁」

 

 会話が終わったのか藤丸の声が聞こえた。見れば時間としては、結構なものだ。

 

「またジジイの話相手をしてくれれば嬉しいが―――そんなことは二の次でいいから、友達をたくさん作り給えよ。姫騎士ちゃん。星の姫巫女ちゃん」

 

「ハーイ それじゃ今度こそ失礼しまーす」

「アーシュラッ」

 

 その気軽な調子を窘める姫巫女『立華』に東が笑みを浮かべているのを見て、最期の一礼を忘れずに校長室から出た女子2人。

 

 少し離れたところにいた克人は、形絶のルーンとやらであっさり見逃した魔術師2人の姿を見る。

 

 制服姿は当然なのだが、女子特有のスカートまで伸びるインナーガウンの柄と色は割と『凝ったもの』であり、ある種の改造制服の類にも見える。

 

 男子にもこの手の遊びは欲しいよなと、三年前からきっちりとネクタイは締めて巌のような恰好をしている『十文字克人』は思う。

 

「久しぶりだな。衛宮、藤丸」

お久しぶりです。(お久しぶりです。)十文字当主(十文字当主)

 

 寸分違わず同じタイミングで言葉を発する2人に克人は少しだけ嘆息する。

 

「同調術で言葉を放つな」

 

 同じようなものを克人はよく知っている。だが彼らの間にはそれなりの『縁』はあれども、双子のような感応ではないことは確認が取れている。

 

 ようは危険なことはやめろと言うも、藤丸は少しばかり聞かない。

 

「遊び心って必要だと思いませんか? 何事もお硬いままじゃダメですよ。発想力は柔軟性。新しきものは関係ないところからインスピレーションを得るものですし」

 

「ひとつ訂正させてもらおうか。『まだ』俺は家督を譲られていない。

 精々、代理当主といったところだ。称号は正しくしてほしい。それもまた発想力の阻害になるぞ」

 

 その言葉に肩を竦める巫女姫。傍から見れば剣呑なものだが、克人も『覗き見』も衛宮と藤丸がどちらかと言えば魔法師と敵対していない魔術師だということは分かっていた。

 

 ―――分かっていただけに、色々と勘ぐってしまうのだ。

 

「まぁいい。どういう事情であるかは知らないが、お前たちも俺の後輩になったんだ。色々と頼りにしろ」

 

「カツトさんを頼りにするとか……ねぇ?」

 

「後で法外な請求が来そうですね。身代を寄越せとか来たらばどうしましょうかね?」

 

 アーシュラが頬に手をやりながら立華に聞く形の会話に再びの嘆息。やり取りとしてはやはり『双子』を思い出させる。

 

「安心しろ。お前らに男としての欲求は持てそうにない」

 

「「不能(ED)なんですか?」」

 

 一言返せば二言目で斬りつけてくる後輩女子2人にやり返すことは、当分出来そうにない。

 

「入学式の時間まで、時間はない。はやく大講堂に行け」

 

 よって話を打ち切ることにするのだった。

 

 はーいと同調するように言う2人は、克人の横を抜けて廊下を駆けようとする前に、振り返って克人の方を向いて呟く。

 

「―――ご当主の『不能』に関してならば治す手段はありますよ。まぁそもそも、あなた方の家に与えられた『命題指定』があまりにも無茶振りなんですけどね」

 

 そんな言葉で、いきなり『痛撃』を与えられた克人は思わず振り返ろうとしたが、もはやそこに件の2人の姿はなかった。

 

 霞のように消え去った2人の姿に、髪を乱雑に掻いてから思う。

 

(俺に噛み付くとは恐れ知らずの後輩だな……)

 

 だが久々の感覚でもある。

 

 この巌のような体格と厚みのある身体と精緻な魔法力とで、一年時から先輩同輩ともに『番長』などに祭り上げられて『冷めていた』克人の心血に、熱が籠もったような想いだ。

 

「さて、俺も向かうとするか」

 

 今年の一年は曲者揃い。現・2年生を侮るわけではないが、どうにもノーマルな人間ばかりで面白みが無いと思っていたところに、反動かのように一年生に様々な人間がやってきた。

 

 それが何を齎すかは分からないが、ともあれ残り一年間を楽しみに思うのであった。

 

 

 † † † †

 

 話に話し込んでしまったわけで、入学式の会場はそれなりに席が埋まってしまっていた。

 

 前の方の席はともかく『後ろ』の席は大変余っており、新入生席と書かれている以上は後ろに陣取ることに2人は何の躊躇いも無かった。

 

 なんか面倒そうな空気も感じた。それを知らぬほど彼女らも馬鹿ではない。

 

(席は詰めといた方がいいよね?)

(ですね。前の方はいるだけで魂が腐りそうな『汚濁』が見えますから、臓腑の生臭いのは政争の場だけで十分です)

 

 奇異な視線もあったが、幼なじみが日頃、どういう『生活』(いきかた)をしているか分かっていただけに、立華の安寧のためだからと、構わずアーシュラは後ろの奥の方の席に詰めていくのだった。

 

 その奥の列でも丁度真ん中席に陣取る「男子」に声を掛ける。

 

「ここの席、大丈夫かな? 誰か隣席に着くのを待ってる?」

「―――いや、特に待っていない。どうぞ」

 

 幼なじみに代わり問いただすと、少しだけ驚いたような顔をしている男子から許可を貰い、着席を果たすアーシュラ。

 

「Thank you♪ いやぁ前の席は人が多すぎて、何か空気が変で、しゃっちょこ張って肩こりそうだったから、助かったよ」

「助かりました。なんだか魂の生臭さを感じますので」

「……知らないだけか―――いやカンはいいようだけどな」

「??」「……」

 

 呟くような声で2人を評した男子にアーシュラは疑問符を浮かべていたが、遠視の魔力で前を見た立華は得心した。

 

 ―――やはり魂に付いた贅肉が腐っている―――。と

 

 そうしていると、こちらと交流を持ちたいのか隣の男子は自己紹介をしてくるのだった。どちらかといえば疑問符を浮かべるアーシュラに対しての疑問氷解であった。

 

「いや、こちらのことだ。俺は司波達也だ。よろしく」

「衛宮アーシュラ。ドッチで呼んでも大いに結構だよ。司波くん」

「藤丸立華です。よろしくおねがいします」

「ならば、俺も『どっち』で呼んでも構わないさ。同じ『一年生』だしな」

「「司波くんと呼ばせていただきます♪」」

 

 ほろ苦い対応。けんもほろろなものだ。もっとも、達也にそういった情動が無いことは『何となく』2人とも察していたのだが―――。

 

 そんな朗らかな応対の裏で何かを『読もう』とする司波達也と違って、『いつもどおり』なアーシュラと立華。

 

 そんなアーシュラは、達也の右隣に座ろうとして声を掛けたメガネっ娘の姿を見て―――。

 

「ドウゾ―――♪」

「なんで君が了承の意を出すんだ?」

「いやぁ後ろの子もいることだし、早く決済した方がいいと思って♪」

「申し訳ありません。アホっ子な幼なじみで」

「誰がアホっ子よ!?」

「アナタですよ。姫騎士アーシュラ」

 

 達也の疑問から一瞬にして内輪の話をする2人。この2人は昔っからこうなんだろうなと思えるものだ。

 

 ともあれ柴田美月と千葉エリカが座る。そんな2人は、アーシュラと立華に好奇の視線をやってくる。

 

「2人とも、どったの?」

 

 気付いたアーシュラが、達也越しに美月とエリカに問いかける。

 

「ええと、アーシュラさん立華さんも一科生なんですよね?」

「そう聞いているけど? なんかマズったかな?」

「柴田さんが疑問に思っているのは、恐らく前の方の席が、何の『指定』(オーダー)もされていないのに、勝手に一科生席のようになっているのに―――ということでしょうね」

 

 立華の理路整然とした説明を受けて、こくこくと頷く柴田美月。

 とはいえ、このことに関しては学校側のミスもあるだろう。

 

「な~るほど。まぁ『気分』が悪くなりそうだからってことで納得しておいて。そもそも別にどこに座ろうと構わないでしょ。新入生席としか書いていないんだし、最初っから一科生席、二科生席とか指定を着けておけばいいのよ」

 

 そうしてアーシュラは学校の不手際でしかないとしておく。

 その上で立華も言い分はあるらしい。

 

「第一、自分が優秀だからと言って前の席にいることが頭がいい『選択』とは言えませんね。

 私が破壊的な衝動を持ち、ある『使命』だか『仕事』だかを行うテロリストならば、足元に爆弾を設置して全員を爆殺していますよ」

 

 恐ろしいことを考える藤丸立華だが、聞いたアーシュラはうんうん頷いて更に付け加えてくるのだった。

 

「運良く生き残ってコフィンで冷凍保存されていたらば、それはそれでロクなことはしないよねー」

「決して『悪行』でないところもアレなんですけどね」

「いや、あんたら何を話してんのよ? というかエミヤにフジマルね……どっかで聞いたような気がするんだけど……」

 

 エリカはその名字に聞き覚えがあることから、『関係者』かと達也と立華は考えたのだが……

 

「司波に柴田に千葉で、アタシと立華だけ『仲間はずれ』なのを再認識させないでよっ、エリカのいぢわるっ!」

 

「いや、そういうことじゃないんだけど……」

 

「白旗を揚げるラフムになってしまえ」

 

「どういう意味だー!? ああ、けれど何となくその単語には聞き覚えがあるような気が……」

 

 目眩を覚えたかのように、エリカが眉間に指先を添えている姿が出来る剣呑な女同士のやり取り(?)がありながらも、入学式は、遂に始まるのだった。

 

 達也が両手に花という状態のままに……見られたら『こと』だなと思いつつも……成るようになるしかないのだった。

 

 校長や来賓の挨拶。ある種、若人にとっては退屈極まりないものが続き、遂に新入生総代の答辞となった時点―――登壇した深雪の姿に達也は少しだけ嬉しく思っていると……。

 

「デミ・エルフか、ホムンクルスっぽいなぁ……」

「エルフィンっぽいところもありますね」

 

 周囲の人間が、その美しさと可憐さに眼を奪われている中、随分と冷めた言動が達也の耳に入るのだった。

 

 ともあれ、それを除けば滞りなく式は全て終わり―――晴れて、講堂にいる新入生全員が魔法科高校の生徒となるのだった。

 

 入学式後のどこのクラスかを教え合う中で、綺麗に分けられたものだ。

 

「お前たちはどちらもB組か?」

 

「何か疑問でもあるの司波くん?」

 

「まぁ一応はな。確かに入学時の成績上位と下位が均等に振り分けられるとは、『建前上』はなっているんだが」

 

 まことしやかに囁かれるちょっとした噂話。校舎外から校舎を見上げながら、達也は立華とアーシュラに語る。

 

「ふーん。A組が一科でも成績優秀だけを集めたクラス」

「そこにワタシたちがいないことが疑問だと?」

 

 B組と刻印されたIDカードを見ながら語る2人に説明するも。

 

「「どうでもよくない?」」

「そうだな」

 

 達也の疑問は一瞬で『GUARDBREAK』されてしまうのだった。

 とはいえ、その疑問の答えがわからないわけではない。

 

 入学時よりこの2人はちょっとばかり浮世離れしていた。

 

 確かに試験結果はとんでもなかった。

 しかし、その試験を行うまでに色々と悶着があったのは覚えている。

 

 一番には……。

 

『『ホウキいらないです』』

 

 その言葉をよく覚えている。試験で計測するようなCADを起動させることは、とにかくやれたようだが、『地力』を計測する試験においては、彼女に現代魔法師の必須ツールは不要だった。

 

『必須』なのに『不要』とは、これ如何に―――。

 

 それこそが魔法師と魔術師の違いなのか……。達也の内心の疑問を察したかのように―――。

 

「あんまり悩んでいると……」

「ハゲるよ!」

 

 ハゲねーよ。と普通の男子のように言ってやりたいが、どうにも口では勝てそうにない雰囲気が2人からは漂うのだった。

 

 そんなふうに雑談に興じていると、出来上がっていた人混みから達也の望んだ人物が出てくるのだった。

 

「お兄様!!」

 

 アーシュラと立華は先程、名字が同じで、同い年だからイトコの兄妹かと思っていたが、違ったと宣言された司波深雪の登場だった。

 

「お待たせいたしました―――その方たちは?」

 

 流石に問われることを予期しなかったわけではないので、エリカと美月はクラスメイトだと達也は証言。

 

 残る問題は――――。

 

「衛宮アーシュラ、もしくはアーシュラ・エミヤ・ペンドラゴン、よろしくーー♪」

「ロンドンから来ました藤丸 立華です。よろしくお願いします司波さん」

「主席でありながら答辞を拒否した衛宮さんと、三席の藤丸さんでしたか。次席の司波深雪です。どうぞよしなに」

 

 順番に握手をする深雪を見てライバル意識を持つのは結構だが、それで出せる能力を変にしなければいいのだがと思う。

 

 ともあれその後は、それぞれでということで解散になった。HRというか教室に行くことをプッチした以上は、そうであるのが普通なのだ。

 

 しかし、生徒会メンバー(?)といえる面子は、深雪を何かに誘いたい様子であったが、こちらの予定を優先してくれたのは僥倖であった。

 

「衛宮さんも、藤丸さんも、あとでお話したいんですけど、よろしいですか?」

 

「「前向きに検討させていただきます」」

 

 なんて笑顔での官僚的答弁。検討するだけで話に付き合うと言ってはいない辺りに、何とも無情な……そんな想いだ。

 

 その後はアイネブリーゼなるエリカおすすめの喫茶店に直行して、衛宮アーシュラという少女が大食いの食いしん坊であることを知るのだった。

 

 

 † † † †

 

「どう思った?」

 

「どうもこうも、あからさまなまでに異常の類でしかないでしょう。あれで市井の民であるなどと言う方が変ですよアーシュラ」

 

「だよねー。じゃああれが『対象』かな?」

 

「そこはまだ確証はありません。まぁ『テクスチャ』の異常のひとつではありましょうけどね」

 

 収集した情報を2人で突き詰めていくと、最終的にはそういう結論になるのだった。

 司波兄妹こそが『オーダー』の『特異点』なのだと……。

 

「まぁとにかく今は静観しておきましょう。どうせ何かしらのアクションは起こるんですから」

 

「待ちに徹するなんてリッカらしくないわね」

 

「アトラス院の錬金術師ほどではありませんが、私たちが『積極的』に動くことで特異点がさらなる異常を発することもありましょう」

 

 それに―――と付け加えて―――星詠みの姫巫女は語る。

 

「私たち魔術師と魔法師の争いは、ほんの30年前まで聖堂教会も巻き込んだ凄惨なものだったのです。それこそ『手打ち』が起こらなければ、どうなっていたかは分かりません」

 

 その言葉の裏側にあるリッカの『心』を察したアーシュラ。

 衛宮家の新居。昔から使っているベッドに腰掛けるリッカを優しく見ておく。

 フォウの毛並みを触りながらも不安げな表情をしているのに近づいていく。

 

「大丈夫。何があっても『私』がアナタを守るから―――リッカ。アナタが『私』のマスターなのよ」

「アーシュラ……ありがとう―――」

 

 その手を握り『ここにいる』と告げることでリッカの気持ちを安定させる。

 

 安定させたのに―――。

 

「けどこういうことすると、『コウマ』に誤解されちゃうから止めといた方がいいわよ?」

「別に『ワタシ』は、そんなつもりはなかったんだけどね……」

『フォォッフォー…』

 

 アーシュラ及び立華の一番近しい男友達の中でも、 明確にアーシュラを好きだと告白して―――半年ほど付き合ってからアーシュラがフッた相手の顔を思い出して、立華は少しだけ不憫に思うのだった。(フォウくん含めて)

 

 そうこうしている内に、階下より夕飯であることが伝えられる。

 

「食べていく?」

 

「士郎さんのご飯は体型維持の敵!! しかし食欲には負けてしまう自分の体が恨めしい!!」

 

「きっとあれだね。カルデア時代に『弓兵さん』に餌付けされた記憶が連綿と受け継がれてきちゃったんだよ」

 

 時代を超えたとんでもない結論だったが。階下から響く『立華ちゃんも食べていきなさい』という言葉にはまぁ逆らえないのだった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「魔術師が一高にやってきたか。名前は? ―――ああ、ならば確実に僕たちが関わるべき案件ではないな。むしろ事後の後始末で煩わせないことが僕らに出来ることだ。

 彼ら風に言えば『アルビオン派』―――ロンドンは『時計塔』の連中では緊張せざるをえないだろうがね」

 

 電話口の向こうにて『くすくす』と笑みを浮かべる女の声にいつでも耳を擽られる想いだ。

 

 本当ならば―――もっと近くで聞いていたかった声だったのだが、それでも両家から引き裂かれて一度はその『未来』を諦めていた。

 

 諦めたつもりで諦めきれなかった。そして何度と無く続いた『過ち』の果てに『宝』を得てしまった。

 

 己の愚行だとは思えなかった。そして、こんな女々しい男にあるものなど財と権力だけなのだから。

 

 妻に愛想を尽かされるとも思っていた。例え、世間体がそれを恥だとしても最初の不貞は自分からだったのだから。

 

「ああ、それではまた……会おう。うん、いい酒を用意しておくさ。下戸の君でも醉わなそうなものをな」

 

 だから―――宝物を守るためにこそ、男は牙を立てるべきものに対する殺意だけは忘れないでおくのだった。

 



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第2話『衛宮アーシュラの日常と新生活』挿絵あり

requiemコラボ中に言うことではないのですが、最近知ってしまったこと。

かつてボンボンに連載されていた『あおきけい』先生の『戦え!?バトンQ』は単行本化もされていなかったということ。

まんが図書館Zで読んでようやく知った新事実。オクトパスといい、違う作家ですがゲームウルフ隼人も単行本化されていない――――。

ボンボンがコロコロに負けた理由は、こういうところにもあると思えた。偏見かもしれないですけどね。

追記
流行のAI画像生成にチャレンジしていたのだが。入学直後のアーシュラのイメージはこんな感じ。
中々、魔法科高校の制服を再現してくれないので色々と試行錯誤したのだが。とりあえずこんな感じでイメージしてくれればと思います。


【挿絵表示】


追記

【挿絵表示】


ちなみにこちらが色々改良した結果、社長絵に近づけたアーシュラ。アホ毛も再現されているし、要望あれば高画質化します





―――夢を見ていた。

追いつけぬ影。寂寥を焼き付けた背中。

 

それを何度でも見てきた。

 

―――来たか。アーシュラ・ペンドラゴン―――。

 

背中の主は振り向く。振り向くと同時にその手には黒白の双剣が握られている。

 

いつもどおりのこと。アーシュラの手にも双剣が握られていた。寂寞とした荒野の真ん中に立ちながら『魔力放出』を用いて双剣の持ち主の『弓兵さん』に接近する。

 

夢の中だからか、アーシュラの裂帛の気合。その声は聞こえない。

弓兵さんの声は聞こえているのに。不満を覚えながらも剣戟は絶え間なく続く。

 

―――俺とお前の剣■は似ている。奮い立たせろ。■を―――打ち鍛えるべきは、ただ一つだ!――

 

言われるまでもない。前のめりになりながら双剣の軌跡は水しぶきにも似たものばかりが、弓兵さんに届く。

 

だが、その『先読み』の全てが迎撃を果たす。

 

筋力値においては自分の方が上回っているはずなのに。

お父さんよりも私は力持ちなのに―――。

 

―――たわけ。あのような惰弱と一緒にするな!―――

 

心の声が聞こえたようで剣戟は力を増していく。剣筋に乱れがあるかとおもいきや、そんなことは無かった。

 

お互いの双剣が砕けそうに成った時に―――。

 

互いにやったことは違った。

 

アーシュラは父の技の通りに新たな双剣を創りだそうとしたのだが、眼の前の弓兵は違う技を『今日』は見せてくれたのだ。

 

―――確かに剣■の『技術』としては正しい。だが、それとは違う理がある―――

 

―――刃足り得るは鋼だけかと思うか? 十分に練った『炎■』で打ち直した時に、木であろうと『最硬度』を保ち刃を砕くほどになる―――

 

言葉で最硬度の炭―――ダイヤモンド以上の硬度を持つ備長炭を想像した。

 

―――千■■正にも通じる秘奥。人呼んで『刃無鋒』―――さっき決めたばかりだがな―――。

 

照れくさそうに言ってくる弓兵さんに、言いたかっただけだろ!!というツッコミの意味を込めて挑みかかるアーシュラ。

 

 

―――体得してみろ! お前が運命に打ち克つには―――。

 

 

そこで目が覚めるのだった―――。

 

目覚ましのアラームに従い起き出したアーシュラは、夢の体験を忘れぬ内に、体を動かしたくてしょうがなかった。

 

『ズフォズフォズフォズフォ〜〜……』

 

『ZZZZ〜〜』のつもりなのか、いつも通り変ないびきをかくフォウを起こさないようにしながら、アーシュラは道場に向かうのだった。

 

† † † †

 

朝の鍛錬はいつでもいいものだ。木刀を打ち付けながら、『この時代』においては最高位の剣士の技を吸収していく。

 

朝の晴れやかな空気と差し込む光の下、道着姿の金の美女(美少女)2人は、剣を打ち付けあう。

 

弓兵さんとの夢での鍛錬もあるのだ。今日こそ一本取ってやろうと意気込むも―――。

 

「甘いっ」

 

パンッ!! 乾いた音と共に腕の得物が叩き落された。

 

油断していたわけではない。ただ単に、突きの速さがこちらの目測を上回っていただけだ。

 

「ダメかぁ。今日こそはイケると思ったのになぁ」

 

道場の床に背中から倒れこみながら不満を覚える。真剣勝負の気迫から解放されたというのもあるのだが、母であるアルトリアは平然と立っている。

 

「ですが狙いは良かったですよ。失敗は糧になりましょう。勝つことだけが『糧』(かて)になるわけではありません。『負ける』ことで次の(かて)のための『播け」(まけ)が出来るのですから」

 

「負けは『播け』、勝ては『糧』。耳にタコですね」

 

だが、そういう風にして2人は生き抜いてきたということはアーシュラも理解している。

 

よって今日の負け(播け)は、明日の勝て()になる。そういうことだった。

 

「さて、今日は入学2日目なんですから、遅刻しないよう、そろそろ支度しなさい」

 

言われて備え付けの時計を見ると、まだ大丈夫だが、シャワーを浴びる時間と朝食をいただく時間とを、そろそろ始めねばなるまい。

 

「はーい。ごはんごはん♪♪ おとーさん!! 今日の朝ごはんは何――?」

 

家屋に併設されている剣道場での試技を終えて、娘と母は愛する父、夫の朝餉をいただくべく居間へと『超速』で移動するのだった。

 

そして登校前―――。

 

「お父さん。お昼のお弁当は?」

 

「後で届けてやるから、出てなさい。自動運転機は便利だが、速度制限はあるんだからな」

 

「う、うん。行ってきます」

 

釈然としない想いを抱えながらも、父がそういうのならばという一応の納得をしてから、家の門扉を潜って登校へとなる。

 

(一高の近くに仕事場があるのかな?)

 

そんな風に考えながら個人乗りのコミューターの中で手慣れた様子で髪を結い上げていくアーシュラの様子は、見ているものが見惚れるほどに優雅なものだった。

 

今日は立華とは学校で合流する手はずだ。なんでも―――。

 

『いい天球儀のラインが見えちゃったのよ。ギリギリまで見ておくから先に出ていて』

 

自分とは違い、それなりに魔術師らしい『魔術師』たる立華が、そういうならば仕方あるまい。

そういう納得であった。

 

USNAでは、面白がるように幼なじみの『アーちゃん』と髪型の変更を楽しんでいたりしたが、1人でもやれるぐらいには、馴染んだものだ。

 

そうして紐とリボンを利用して作り上げた髪型のままに一高付近のステーションに止まると、ドアを開けて歩き出す。

 

それだけで何か変な空気が流れたが、気にせず歩き出す。

 

そうしていると、幼なじみが後ろから合流してきた。

 

「ごめんなさい。今日は迎えにいけなくて」

「ってもタッチの差じゃん。別にいいよ」

 

追いついてきた幼なじみは、コミューターで来たとは言え、少しばかり髪が乱れていた。

 

一応は優等生―――多分、なるべくの『模範生』設定を遵守するのだろうと思い、櫛で整えてやることを確定させるのだった。

 

「我がカルデアが誇る姫騎士ちゃんが寂しがってると思いまして♪」

「そのテヘペロポーズは『アーちゃん』だけじゃなくて、誰がやっても『イラッとする』わ」

「それを狙いましたよ」

 

立華のおどけた言葉を聴きながら、察せられていると理解してしまった。

 

「どうやら夢見に『英霊エミヤ』が現れたようね。何か『掴む』のはいいけど、遊び心は大切よアーシュラ」

 

「分かってるわよ。迷った時は他の道に尋ねるべし。カルデアが誇る剣豪英霊『武蔵ちゃん』も、そう言っていたものね」

 

ガンドを指すように人差し指を立ててアーシュラに言う立華の姿は、目立つに目立っていた。

 

しかし、遊び心―――。2人して、そんな時に限って少しの『遊び』を思いつくのだった。

 

前を歩く、明らかに2人と同じく純日本人ではない姿をした、克人とは別のベクトルで大柄な男子の姿を見て―――。

 

『ゴルゴンの姉妹』でも乗り移ったかのように笑みが浮かぶのだった。

 

そうして2人の少女は―――かなり長身の男子、茶髪の外国人の血混じりを追い越すように歩き出すのだった。

 

一方、茶髪の方も『追い越された』と気づいたのか、対抗心を出すように速歩きの―――広い歩幅で追い越してくるのだった。

 

若干、カチンと来たので魔力放出(微)を足元に発しつつ再びの追い越し―――、何かやられたことを察したのかインチキには負けないと、再びの追い越し―――またもや、次も、更に―――そして―――

 

 

アタシ達(オレ)の方が先に校門をくぐるんだ―――!! チェッカーはゆずれない!!」

「な、なんの騒ぎですかー!?」

 

校門前にいた小動物(リスかハムスター)みたいな生徒が、驚いて自分たちよりも早く校舎に向かっていった。

 

そんなこんなで同着、『ハナ差』で負けたかもしれないとして、息を切らしながらもお互いを称えあうのだった。

 

「や、やるじゃない。ワタシたちの駆け足に追いつくなんて」

「お、お前らもな。つーか、なんで朝っぱらから疲れにゃならないんだ……」

「レディ・ファーストの精神を忘れたアナタが悪いと私は思いますけど」

「オレのせいかよ。って『有名人』2人相手に対抗心燃やしたなんて、男子のやっかみだよな……」

 

戦い終わって日が暮れてというわけではないが、男子の方の懸念は他にあったようでアーシュラと立華としては容認せざるものがある。

 

それとは別にアーシュラは、違うことに怒るのだった。

 

「失礼な!! ワタシには、衛宮アーシュラという『名前』があるのよ!! 「ユウメイジン」なんて名前じゃないわ」

「うっ、ワリィ―――西城レオンハルトだ。よろしく」

「藤丸立華です。よろしくお願いします西城さん」

 

嘆くような呆れるような顔をした男子に怒ると、素直に謝る辺り、好感が持てる好漢である。(爆)

 

「よろしくー。『どっち』で呼べばいい?」

「名前の方で頼む。名字で呼ばれるのは好きじゃないんだ」

 

少しだけ陰のある表情をした西城レオンハルトに、アーシュラは顔を近づけつつ口を開く。

 

こういうことをするから、男子は『勘違い』するということを立華は何回か言っているのだが、あんまり意味がない。

 

「んじゃレオン君だね。『獅子』が名前にあるなんてカッコいいじゃん♪」

「―――『名前』だけか?」

「そこから先は、キミの努力次第じゃないかな?」

 

赤くなりながら頬を掻いているレオンに『フレッシュ』の魔法を掛けておく。

 

「すまねぇな。藤丸さん」

「お構いなく。私のことは、ラブリーキュートな地球国家元首リッカちゃんとして称えてくれれば結構ですので」

「全然、結構じゃない!! たいそうなお名前!!」

「祖母様の黒歴史だそうですので、私の代で白歴史にしてみせます」

 

意気込んで言う藤丸立華にたいして詳細は分からないが、レオの勘では『余計なお世話』じゃなかろうかと思うのだった。

『マジカル紙袋』なんてものが現れても、触れないであげる優しさも必要なのだ。

 

……レオに電波な思考が流れたが、ともあれ校門前でいつまでも駄弁っているわけにもいかず、正面にある校舎に向かってくことに。

 

他愛もない話。お互いを知り合うことを目的としたもの。会話の最中に立華は西城レオンハルトの出自を若干ばかり察した。

 

アホのアーシュラには教えずに、胸にとりあえず秘めておくぐらいのTPOはあるのだ。

 

「んじゃまったねー♪」

 

「もう関わることもないと思うけどな」

 

「世の中には合縁奇縁というものがあると思いますけどね」

 

昇降口で分かれてしまう少しの無常を感じながらも、西城レオンハルトと分かれた立華とアーシュラは1−Bと書かれた教室を発見。電子鍵によって施錠された教室の扉を開け放ち、一言―――。

 

「ゴッドモーニング!!!」

 

『『『『ゴ、ゴッドモーニング!?』』』』

 

「ゴッドモーニング……それは朝を告げる神の挨拶!―――若干スベったわよアーシュラ」

 

「スベリ倒していないだけマシでしょ!?」

 

出落ちの芸人みたいなことになっていたが、なにはともあれ、取り敢えずの意味で設けられている席順に着席する。

 

この時代ともなると情報端末での学習が当たり前となり、各個人の机というものはない。アクセスするデータベースがあって、そこにある個人のデータを呼び出す。

 

要するに、共有端末なので席そのものの順番というのはあってないようなものだ。数週間もすれば各々での仲良しグループなどで固まることもあるだろう。

 

とりあえず今の所は、あいうえお順でエミヤ、フジマルで少しばかり分かれてしまうのだが……。

 

「つかみはオッケーだね!」

「YEAH〜〜〜」

 

前の席に居た明智エイミィなる女子が振り向いて、こちらにそんなことを言ってくるのだった。

 

「藤丸さんとは知り合いなの?」

「幼なじみだよ。家の親同士が知人友人の類だから、まぁそんな感じ」

「―――男子だったらばよかったのに、とか考えない?」

「あんまり……そういう大人な話は苦手だわ。それに所帯を持つと武芸の筋が鈍るって話だもの」

「なので―――B組ボーイズの皆さんは、アーシュラに秋波を送らないでくださいね。」

 

こちらの会話を聞いていたのか、赤くなっているアーシュラに対するフォローが入り、Bボーイズ(意味違い)は、『それでも』と奮起しようとするも。

 

「ちなみに『えっみー』の好みのタイプとかいないの? こういう男子ならば、とか?」

「ワタシよりも強いお父さんやお母さん以上に強い人!」

 

その言葉に、アーシュラの魔法力こそ知れても、実戦における実力を知らぬ全員が闘志を燃やす中、幾人か……相津郁夫という男子が、『困難に挑む気概』を持っていた中――――。

 

『フォウフォウ!! フォフォ』

 

「わー!!! なんでここに!?」

 

藤丸立華がカバンを開けた瞬間に、ぴょーんと飛び出る白い毛玉の姿にクラスの衆目が集まる。

 

「フォウ!? な、なんでここにいるの!?」

「えっ!? どっちのペットなの? というか、今どき『ネコ』なんてペットを飼えるとか、えっみーもりっちゃんも家は結構なお金持ち!?」

 

様々な疑問が衝いて出るも、立華の肩に乗っかったフォウなる服を着ている可愛すぎる獣は、その姿同様に特徴的な鳴き声を上げて事情説明(?)をする。

 

『フォワ!! フォウフォウスクールフォウ!!』

「「そんなことのために!?」」

 

衛宮と藤丸以外は何を言っているのか正直分からなかった。しかし断片的には何となくイメージが出来る。

 

『カヴァフォウ! フォワワフォワア!!』

「もー。カヴァスと留守番しているのイヤじゃないのは分かるけどー」

「あきらめなさい。フォウがこうなのは今に始まったことじゃないわ」

 

最後には幼なじみの取り成しで怒りを納めるアーシュラ。

 

『フォウ♪』

「エイミィの疑問に答えるけれど、この子はウチで飼っている猫(?)。名前はフォウ。愛嬌たっぷりにフォウくん、フォウさんとか呼んであげるとすごく嬉しがるから。まぁよろしくー」

『フォォウ!』

 

アーシュラの言葉を受けて、立華の肩の上で前脚を上げて『頭が高い。ひざまずけ』とでもいうように肉球を見せてくるフォウくんの姿に、女子陣は釘付けである。

 

男子も興味津々なのだが、年頃のさがゆえか簡単に可愛いものに飛びつけないのだ。難儀なものである。

 

そんなわけで立華の肩から机に降り立ったフォウくんを全員が愛でたくて仕方ないようだ。

 

(身内が集まり過ぎじゃないかな? けれど―――これで少し注目が分散したかもしれないなぁ…)

 

完全にだらけてやがると言いたいぐらいにダレているアーシュラの姿を見ていた立華だが、まだサプライズは残っていることを知らぬからこそだろう。

 

知っている立華だけが内心でほくそ笑む。空想樹の中から出てくる地球国家元首よろしく―――

 

チャイムが鳴ると同時に入ってきた人間。このB組の担任教師である。

 

「全員着席をしていますね。とりあえず自己紹介をさせていただきましょうか、B組の担任教師であり、『生命力強化及び護身術』の授業を担当することになりました。『衛宮アルトリア』です。B組の皆さん入学おめでとうございます」

 

地球国家元首よろしく姫騎士の母親である騎士王が入ってきたのだった。

 

センスのいいスーツ姿の金髪の美女が教壇に立ちながら言ってきた姿に、ダレアーシュラが机に頭を打つのだった。

ごぎゃん!!という盛大な音に前に座るエイミィが、思わず振り返る。

 

「こ、こんな所でナニをやってるのさ『お母さん』!!」

 

「「「「「お、お母さん!?」」」」」

 

誰もが驚いてしまう。ただの名字の一致どころか直系の親族だった。まぁ予想していなかったわけではないのだが。

 

「先生です。見てわからないとは、まだまだ鍛錬が足りませんねアーシュラ」

 

「お父さんとの新しいプレイの衣装かとおもっ―――あだだだだ!! す、すみません!!もう二度とお母さんの唐揚げ3つぐらいくすねたりしませんのでお許しををを!!」

 

「そんなことをやっていたんですか。貴女は―――全く食い意地を張って、誰に似たのやら」

 

衛宮家の『事情』に詳しい立華は、その言葉に『そりゃ貴女です『騎士王』―――』と内心でのみ思いながらフォウの頬を突くのだった。

 

「カヴァスのところにいないと分かっていましたが、まさかアナタのカバンに潜り込んでいたとは」

 

「私のカバンの中に『単独顕現』したのかもしれませんよ?」

 

それはそれで無駄な特技の最大級の無駄遣いだった。

 

「まぁともあれ―――そこの真っ白な灰になりつつある女子は私の娘ですが、迷惑をかけたらば遠慮せず即座に私に言うように―――よろしくおねがいします」

 

その綺麗なお辞儀を見て、『偉い人』がお辞儀したと本能で感じたB組全員(一部除き)が―――

 

「「「「「宜しくおねがいします。アルトリア陛下!」」」」」

 

「陛下ってなんですか?……」

 

苦笑いしつつ、自分以上に角度をつけたお辞儀をする生徒達に返すのだった。

 

真っ白な灰から、吸血鬼の復元呪詛よろしく復活を遂げたアーシュラは、今朝の登校間際の会話を思い出して『騎士王先生』に問いかける。

 

「ま、まさかお母さん! お父さんまで――――」

 

「ええ。シロウならば―――」

 

「お父さんならば!?」

 

思わず息を呑む一同(再び一部除き)。まさか衛宮一家全員が『B組』に来るのか!? それはそれで楽しいような気がしていたが―――。

 

「シロウならば、二科の『実技』担当の講師を務めることになっています」

 

「一科にいないだけマシだけど、家族全員がガッコーにいるなんてぇえええ!!」

 

色々と訳知りの会話を続ける衛宮母娘とは違い、一科生であるB組の『魔法師』たちは、二科に実技の『講師』が出来たということに少しだけ「?」を浮かべ続けるのだった……。

 

 

そしてそんな騒ぎは、防音・遮音完璧なはずの現代建築にも関わらず、A組にまで届いており、「うるさいなぁ」と思いながらも―――。

 

(お兄様たちのクラスに講師?―――監視の間違いでは?)

 

などと少しだけ勘ぐる雪の女王の悩むような顔があって、悩ましげな顔も魅力的だと、『そちら』にA組一同は注目しているのだった。

 




次回予告


遂に一科生が達也たちの前に立ちはだかった!CAD頼みの魔法力を武器にしたモーリー大王の前に、ビーストⅣのフォウ神拳が炸裂する!

次回、フォウの拳!
『命ごいは遅すぎる!地獄へ落ちろモーリー大王!!』
「モーリー一族、お前達は許さない」(フォウグルー、フォファフォファフォォォウ)


……尚、変更される可能性もあるので本気にしないようにしてください。


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第3話『不自由極まる放課後戦線』


入学編における山場の一つ。森崎君校門前事件。

これをどう処理するかが、劣等生2次における作品のスタンスや森崎の扱いを決定づけるわけだが……。

理があるのは明らかに、美月たち側だというのに、一向に譲らない一科生の森崎側。

正直言えば、毅然と達也と帰るというべきは深雪であり―――コウモリのように、どっちつかずの態度を取る深雪が若干、状況を生み出していたと言える。

それゆえに解決策が穏便になるか、過激になるか。それを是々非々でジャッジするしかないわけだが……。

まぁ言い訳ですね。最新話どうぞ。


 

 それは在り得ざる光景だった。

 

 現代魔法師は眼の前の現実を正しく認識することから始まるものだ。

 その為には先入観や色眼鏡で裁定を誤魔化してはいけない。

 

 後に副会長である先輩にも、この言葉を投げられ投げかけて戦いを挑むことになるのだが、達也としては、そのことを忘却したくなるほどに、現在繰り広げられている光景は―――『常識を逸脱』していた。

 

『フォーーーウ!! フォフォフォフォフォフォフォ!!!!!』

 

「あばばばばば! ばっぶあ!!!」

 

 一科の優等生が小動物にタコ殴りにあっていたのだ。一方がプロボクサー(ヘビー級)、一方がアマチュアどころか素人のチンピラ程度である。

 

 無論、前者が小動物で。後者が1科生である。

 

 こうなった経緯の発端は……先程まで校門前にて深雪を取り合う1科と2科の争いが繰り広げられていたことに端を発する。

 引き止めて話がしたい1科生に融通して上げる形で、達也としては深雪に『友誼を深めなさい』と諭すことも出来たのだが、その前に堪忍袋の緒が切れたのが達也の友人……2科の女子であった。

 その後には売り言葉に買い言葉の応酬。最終的には1科の生徒がホウキを持ち出しての照準付け。

 

 達也の友人……2科の男子に向けられたのだが、それに反応して警棒で叩こうとした2科の女子よりも先に―――。

 

『モウリーニョ ハンセイスベシフォーーウ!!!』

 

「ひでぶっ――――!!!」

 

 ふわふわの毛玉が『後ろ足』を使って勢いよく飛んできた。飛び蹴りを受けた1科の生徒―――森崎駿を『ふっ飛ばした』のだ。

 

 小さな毛玉は、その打擲―――肉球のスタンプを頬に着けて3メートルはふっ飛ばしたことで満足していたのだが……。

 

「こ、この小動物が!! よくも僕の頬を打ったな!! 親父には何かと打たれているってのに!!」

 

 ……存外、親父さんも息子の教育は厳しいらしいが、()になっていない部分は多いようだ。他人の家のことにあれこれ首を出せるほど、達也もいい息子ではないのだが。

 

 とはいえ、小動物に照準を着けた森崎に対して誰もが悲鳴をあげて、起こり得る結果に目を覆い、身を挺して庇おうとしたのだが―――。

 

『フォウ!』

 

 バリン!!! ガラスが砕けるような音で、読み込んでいた起動式が砕け散る。

 

 一声吠えただけ……その咆哮に意味があったかどうかは分からないが、小動物に向けた害意の全てが砕け散ったようだ。

 

『『『『なっ――――!?』』』』

 

 誰もが驚く現象。しかし森崎とて再びの起動式の読み込みを―――それは叶わなかった。

 いくらサイオンを送り込み、ホウキ―――CADを動かそうとしても……それは『不可能な奇跡』として世界に認識されているのだった。

 

「な、なんで! なんで俺のホウキが―――」

 

 ジャム(弾詰まり)を起こした拳銃を無理やり発砲するように、何度も引き金を引くも、森崎が起こそうとしている奇跡は起こり得ない。

 深雪の前で失態を演じたからか、汗をかいて焦りまくる森崎は気付いていない。ひたひたと……正面から近づいていく『死神』の姿に。

 

『―――フォウ♪』

 

「えっ―――あ、あああああ……あああああ――――――!!!」

 

 遂に森崎の足元まで寄った白い毛玉の鳴き声一つに、誤魔化しようのない絶叫の悲鳴を上げるのだった。

 

『フォッフパンチ!!!!』

 

 そして―――……現在に至る―――。

 

「出たー!! 伝家の宝刀!! 我が『カルデア』が誇る大英雄『ゴルドルフ・ムジーク』が放った鉄拳『ゴッフパンチ』!! その威力たるや、オリュンポス十二神の『大神』機械と化したゼウス(メカニカルゼウス)すらも打ち砕いたと伝わる奥義!! これを食らって立ち上がれるわけがありません!!」

 

「解説の藤丸さん!! やはり『ゴッフパンチ』の前の、フォウ神拳の内気功が効いていたんでしょうか!?」

 

「そうですねー。リーチの差があるにも関わらず、フォウの拳が届くのは、その魔力体が伸張しているからでしょうね。第一、フォウに『速さ』で優るのは『人類』では無理なのだから!!」

 

「そういや『そうだった』わね!!」

 

「更に言えば、フォウは相対する相手の強さを確実に上回れる『比較の獣』。まぁそうはならない程度には、節度を持ってほしいものですけど」

 

 格闘技系の実況席のアナウンサー(古舘伊知郎実況)と解説のようなやり取りの後には、私的な会話をする藤丸とアーシュラ。

 

 断片的な言葉だが、分かることはただ一つ。

 

 フォウは―――とんでもない『獣』だということだ。

 分類上はあくまで『ネコ』にしか見えないのだが……改造生物かとも思った矢先―――。

 

「目に見える物、形ある物、不朽不滅な物だけがこの世に見いだされる全てではない―――アナタの理解力が及ばないからと、『拙速な結論』を出すもんじゃないわね」

 

 達也は何も言っていないが、実況席(どこからか出した机)にいる藤丸立華が達也の内心を見透かしたかのように、そんなことを言ってくるのだ。

 同時に止めの一撃なのか―――。

 

『フォフォフォフォフォフォフォフォ!!!! フォアッタァ!!!』

 

 フォウ百裂拳(予想)を放ち幾重もの嵐のような連打を放った(肉球拳)ことで、森崎の体は転がり、打ち付けられ、こすられ、削られるようにしてあらぬ方向へと数メートルほどを移動して倒れ込むのだった。

 

 誰もが呆然とせざるをえない結末。

 誰がこの結果を予想し得ただろうか。一応は、入試時点では優秀とされる百家の森崎が、猫によって殴り倒されたのだ。

 

 この現実は色々と受け入れがたいものがあったのだろう……。

 

 そんなこんなで話は―――最初期にまで戻る………。

 

 それは達也側からの視点ではなく、藤丸及びアーシュラからの視点での語りとなる。

 

 それがあってこそ―――話は完結するのだから。

 

 ・

 ・

 ・

 

 衛宮アーシュラ、藤丸立華の入学してから2日目。本格的な魔法科高校の授業は、そりゃ波乱ばかりであった。

 あの『衛宮』の2人が教師であることを受けて、一部の『物知り』さんたちは色めき立つ。更に言えば『藤丸』もその出自を知られていないわけではなかった。

 そして二科生たちに何かを説明してから職員室に戻ってきたのか、二科の講師たる父・衛宮士郎が、カウンセラーの小野とかいう女教師を連れ立ってきたことで―――。

 

「シロウ―――!!!」

「俺が愛しているのはお前だけだ―――!!!」

 

 今にも『黒くなる』か『女神』にでもなりそうな母・アルトリアを必死で宥める父の姿を目撃。

 ちなみに不倫関係なわけはないが、母に『負けじ』とぱっつんぱっつんのバディをした小野 遥 女史は、怒髪天を突く様子に腰を抜かしつつも―――。

 

「いや、ワタシを盾にしないでくださいよ」

「だ、だってぇ!! あそこまでアルトリア先生が怒るなんて想像していなかったんだもの」

 

 『擦り寄りすぎ』であったのは娘の眼からしても明らかだったので、とりあえず震えていてくださいと言いつつ、アーシュラの背中に隠すのだった。

 

「アーシュラ、これお弁当。昼まで食うなよ」

「そこまで『いやしんぼう』じゃないもん!」

 

 少しはあるのか? と食いしん坊なアーシュラちゃんを、父であり教師である衛宮士郎から渡された3重の弁当箱で認識するのだった。

 ちなみにアルトリアは、『シロウ〜〜〜♪』と父の胸板に猫のように、いや獅子のように抱きついているのだった。

 なんでさ。

 

 時間は早くも過ぎ去るもので、お昼時間。特に待ち合わせをしたわけではないが、入学時に知り合った女子2人に男子1人に―――朝知り合った男子1人の面子が、食堂に揃っていた。

 

「やっふ〜〜、1日ぶりと朝方ぶり!」

「なんだレオ、アーシュラと知り合いだったのか?」

「いや、知り合いって言えるのかアレは? まぁ朝にちょっとしたデッドヒートを繰り広げたといえばいいのか、何なのか……」

 

 エイミィたちB組の面子と分かれて、四人が席を取っている場所に三段弁当箱と共に座り込む。

 

「誰か待ってる? って深雪ちゃんしかいないよね」

「そういうことだが―――お前はクラスの人間と食わなくていいのか?」

 美月の隣に座ったアーシュラに、斜めから問いかける司波達也にアーシュラは口を開いた。

 

「ん~~、どうせウチの両親に関して聞かれたりするし、彼氏の有無とか変な話振られるのは分かってるしね。うん。面倒! それにそういう『対外的』なのは立華の方に今は向いているからね」

 

 見るとB組の面子の中心にいるのは藤丸立華の方であり、今のところアーシュラがこちらに来るのは、まぁ少しだけ名残惜しそうな視線は、こちらに届いていた。 

 

 そういうことならば、二科生である達也たちも、突如決まった入学前には説明が無かった実技講師であるアーシュラの父親に関して聴きたかったのだが……。

 

(あんまり根掘り葉掘り聞かないほうがいいかな)

 

 関係性が壊れることを考慮に入れなければ、そういうことも出来るのだが、いまはまだそういうことは聞かないほうがいいだろうと思えた。

 それより聞きたいのは―――。

 

「すごい料理ですね。お母さんが作られたんですか?」

 

 美月の何気ない言動に色とりどりの三段弁当箱を食べていたアーシュラは、首を振って『ウインナー(タコさん)』を嚥下してから、口を開く。

 

「ううん、父さん。一応はワタシも手伝えるけど、一番の調味とか色合いを考えられるのは我が家の主夫であります―――教師やってるけど」

 

 主夫の意味合いが違いすぎる言動を察したらしい。自動機械―――ホームヘルプのアシスタントがあるのだが、それらを殆ど衛宮家では使わないらしい。

 今どき、珍しくスポーツカーや古めかしい自動二輪車を所有しているのだから、『レトロ』な家である。

 

「―――食うか?」

「「「「いただきます」」」」

 

 さながら外道神父(?)に真っ赤っかな麻婆豆腐を奨められたかのような言動だが、奨められた弁当は先程から食べていた食堂のメニューより美味そうだった。

 真新しい割り箸を割ってから取皿に入れた各々のおかずは非常に美味しかった。

 

「え、衛宮先生って一体何者なの?」

「どこで、これだけの調理技術を会得したんでしょうか……」

 

 悲しいことに、かつては和食及び日本料理というものは洗練された食の一つとして世界に誇れるものであったが、群発戦争及び世界的寒冷化という世界的なクライシスによって、多くの『食の技術』というものは、受け継がれずに埋もれてしまうものとなっていた。

 文献。有り体に言えば『グルメ漫画』などを紐解いたりして『古来の技術』を蘇らせる作業もあるのだが、やはり―――中世暗黒時代のペストによる『老齢の技術者』の『逝去』などで、伝承されなかった技術よろしくそうなっているようだ。

 

「なんか、故郷の近所に住んでいた『虎』や『くたびれた養父』の為に、調理技術を磨いていったとは聞いている」

 

 もう昔の話らしいけどと付け加えてから食事を再開。

 なんやかんやと食が進んでしまう。というか、アーシュラのペースに巻き込まれる形で、昼食は終了してしまうのだった。

 串カツの間、間にキャベツを食えならぬ。アーシュラの弁当をつまめ。といった形か……。

 

「―――深雪が来る前に昼食が終了してしまった」

「こっちは一服していてもいいんじゃない?」

 

 そんなわけで一服していたところに、1科生の連中。

 A組の深雪の同窓の人間たちがやってきて席を寄越せと言ってきた。

 

 深雪は達也たちと昼食を食べたかったという意味のないことをと思いつつ、アーシュラも立ち上がるのだった。

 

「衛宮さんも一緒に―――」

 

 笑いながら誘いを掛けた森なんとかとやらに即座に返す。

 

「生憎だけど、アナタ達みたいなクソダサい連中と一緒の座席にいたくないわね。徒党を組んで少数を威圧して力で恫喝。クソダサい限り。その臓腑の腐った卑しき心魂。――――――『私』の眼前に出すな」

 

 その言葉と形相……肌身で感じるプレッシャーに対して、『ひっ!!』と明確に悲鳴を上げるA組の一同。

 それに対して深雪一人だけが、何とか平然を保てたが―――その言葉(けいこく)の後に続く言葉(ツラネ文句)を何となく深雪は予想した。

 

 ―――でなければ、素っ首刎ね飛ばす―――。

 

 ……まるで何処か遠くの国の『王様』を思わせるオーラ。

 アーシュラのパーソナリティが分からなくなるほどの変貌に、深雪は『深淵』を見た気がした。

 

 重箱の包みを持って兄達に追いつくアーシュラが少し羨ましく―――。

 

 少し遠くの方では、藤丸立華が頭を抱えて『ペンドラゴンモードが出ちゃうとは……』などと嘆くように言うのを、耳聡く深雪は受け取ってしまう。

 

 そして―――。

 

『フォオォオオオオオ!!!!!』

「フォウ、落ち着きなさい―――はい。イカスミパスタ」

『フォ―――ウ♪』

 

 何かの動物の鳴き声も聞こえていた。その鳴き声は繊細な深雪の演算領域も震わせていた。

 

 ある種の本能的な『恐怖』も感じてしまうものではあったが……。

 

 そして放課後―――同じクラスゆえか、それとも『何か』あるのか、達也たちの前に現れたのはB組のアーシュラと立華であった。

 

 別に我関せずでいたかったのがアーシュラと立華の心だったのだが、これを見ては仕方がない。

 

 ―――義を見てせざるは勇なきなり―――。

 

 かつて魔術師としては最弱。だが、■■■の守護者たちのマスターとしては最強。

 

 『カルデアNo.1のマスター』と称された男を知るだけに、この場での仇は決まっていた。

 

 だから―――その激突の直前でアーシュラがその辺にあった木の枝を持とうと、立華が魔術回路の回転を上げようとしたその時、柴田美月が吼えた瞬間―――。

 

『■■の絶対■■■』は、森崎駿という少年に挑みかかったのだ。

 

 意図としては……。

 

 ―――僕のお気に入りの『マシュマロ星人』によくも罵声を吐いてくれやがって、この新宿にでもいそうな鉄パイプ持ちのモブ面がぁああ!!―――

 

 という言葉を、『フォウ』という語音だけで殆どを吐き出すのだった。

 

 その後には……。

 

 ―――君がッ 泣くまで 殴るのをやめないッ!!―――

 

 ――― 一方的に殴られる痛さと怖さを教えてやろうか!?―――

 

 ―――オラオラオラオラオラオラオラオラ!!―――

 

注意:上記の意訳はかなり偏った表現ですが、フォウ君のやっている行為は、大体この辺りで合っています。

 

 

 全てが終わったあとには――――。勝鬨の遠吠えをあげながら森川に砂を掛ける小動物……フォウの姿が―――。

 

 そうしてから、ぴょんと跳んでアーシュラの肩に乗って丸まったことで――――。

 

『平和のために禍根は根こそぎ断たれた……!!』

 

「「断つんじゃなーい!!!」」

 

 沈みゆく夕日に対して拳を握りながら感慨を吐いた女子2人だが、その感慨に対してツッコミが入る。

 

「何から言ったらいいか分からないが……とりあえず風紀委員長の渡辺摩利だ!! 何がどうなってこの惨状が出来上がったんだ……」

 

「そっちの会長さんは、しっかりとフォウの『武勇伝』を見ていたと思いますけどね」

 

「―――これは一本取られたわね。まさか私の眼を見られていたなんて」

 

「もう少し速く『仲裁』に来てくれれば、そんなことは言いませんでしたけどね」

 

『フォウ!! フォウフォフォフォアアア!!!』

 

 『こちら』の分析優先で、この喧嘩の仲裁に即座に来なかった『不実』を攻め立てるとフォウも同調する。

 

「い、言っている意味は分からないけど、怒っているのは分かるわ……。私も衝撃的だったのよ。そちらの森……そう、森末くんは入試成績でも結構凄かったし、まさか―――ふわふわの毛玉に一方的にやられるだなんて」

 

 名前を間違えられた上に、実力不足を詰られたことで倒れ伏していた森崎が呻く。どうやら意識はあるようだ。

 

「……それでは喧嘩の原因は何なんだ?」

 

「私とアーシュラは途中参加ですが、どうやらA組の森末くん率いる(?)一団は、司波深雪さんと校外活動をしたくて、司波さんが実兄である司波達也くんと下校したいのを妨害して、そうして昼休みでの食堂の1件もあってか、横暴な『ものいい』をして、他人の自由を拘束するA組の面子に対して、E組の面子はついにキレたわけです」

 

「食堂の件に関しては十文字から聞いている。A組の選民意識に関しては、今は置いておく―――」

 

「いや置かないでくださいよ。問題の根本は、A組が自分たちの能力を笠に着て、個人の自由を制限したことに端を発するんですから」

 

 その容赦ない言葉に、口をへの字に曲げるショートカットの風紀委員長の渡辺摩利とかいう女子。

 その顔を見てエリカが、わっるい笑みを浮かべているのを何人かは見たのだが。

 

 ともあれ、『第三者の証言』により、A組一同の不実は証明された。

 俯いて顔面蒼白となる面子が多い中、話は続く。

 

「その後は、まぁ売り言葉に買い言葉。己の才能に慢心した邢道栄よろしく、60斤のマサカリ代わりに森末くんが、ホウキでレオンハルト君に照準を着けた瞬間―――」

 

「エリカよりも疾く、その小動物が森末を叩きのめしたのか……」

 

 いい加減だれか名前を、せめて名字だけでもちゃんと言ってやれよと何人かが思うも……訂正できる空気ではない。

 

「……自衛目的以外の『魔法』による対人攻撃は、校則違反以前に犯罪行為だが……『魔法』じゃない、ただの暴力沙汰にしたって色々と不明すぎるぞ……」

 

 頭を抱えて美貌の顔面をしかめる渡辺委員長に対して―――。

 

『フォウフォウフォ』

 

『いつの間にか』渡辺委員長の肩に乗っかり前脚で肩を叩くフォウくん。

 

 訳すれば『くよくよすんなよ』といったドントマインドの心構えだった。

 

「小動物に慰められた!! し、しかしとんでもないフワフワ具合だな……ああ、ダメだ。このつぶらな瞳が、何もかもの罪をうやむやにしてしまいそうだぁ……」

 

「摩利―――!!!」

 

 先輩1人を懐柔せんとする、先程までは怪獣のごとき働きをしていた小動物を前に、籠絡するのは速くなりそうだ……。

 

「どちらにせよ森末―――いや森崎駿くんは、小動物にすら勝てない惰弱なわけですからね。で―――『誰』こそが『罰されるべき』なんでしょうか?」

 

 シメの言葉のつもりか立華が放った問いかけに、会長は苦い顔をする。

 

 ちなみに委員長は既にフォウに籠絡されていた……。

 

 普通に考えれば、管理責任が生じているはずの、小動物の飼い主であるアーシュラないし立華なのだが、それ以前に『そんな校則や法律』は、既にこの日本では廃案となっているのだ。

 

 寒冷化と戦争の影響はペット事情にも及んでおり、世界群発戦争から30年が経過しても、ペットは一部の富裕層にしか普及していない。

 

 最近では、むしろ3D映像で動く電子ペットや、動物型ロボット(アニマロイド)の方が一般的だ。

 そんなわけで、仮に大型犬なんてものを飼っていても外に出さない方が当たり前だ。

 

 とはいえまぁ……この場での『罪の所在』が曖昧になってしまっている。

 

 森崎がレオに発砲照準を付けた上に起動式が展開されたのは事実。そして、そんな世間一般では『全能』とも言える『魔法師』を張っ倒したのが、ただの小動物―――いや、ただの『小動物』なわけが無いのだが

 ……立証責任があるのが、上役である会長と風紀委員長と―――被害者である森崎なのだから。

 

「中々に意地悪なことを言うわね藤丸さん……」

 

「失礼、どうにも意地の悪い人間たちに囲まれがちなものでして、それで……セイレムの魔女裁判よろしく『誰』をしょっ引きますか?」

 

 その言葉で何もかもが、藤丸立華の手の平だと気づく。この場にあった『問題点』が全て消え去っていたのだ。

 

「リッカ、あんまりイジメるのは良くないよ。まぁ私もあまり聞いていて、見ていて鼻を抓んで眼を背けたいぐらいの生臭さだけど―――『マスター』、これ以上はいいでしょ?」

 

 アーシュラの諭すような言葉。それを受けた藤丸立華が、数秒見つめあってから溜め息を突いた。

 

「……そうね。それじゃ全てを『無かったこと』にするために、スターズ・コスモス・ゴッズ――――」

 

「トレース・ドライブ―――フィン・マックール―――満たされよ全治の湧き水。降り注げ全快の雨滴。―――『この手で掬う命たちよ』(ウシュク・ベーハー)―――」

 

 歌うような声の後に複雑な魔法陣が藤丸立華の背後に現れて、その魔法陣が投射する光とアーシュラが掲げた手から降り注ぐ水滴が―――。

 

「―――なっ!?」

 

 今まで涙と鼻水まみれで顔をぐちゃぐちゃにしていただろう森崎を『持ち上げて』、その制服の汚れから傷に打撲痕に至るまでを、『全て』癒やし尽くした……。

 

「お兄様……」

 

「俺じゃない。しかし、こんなことを出来るなんて―――」

 

 明らかに現代魔法の『理屈』ではない。これが『魔術』なのかと思わなくもない。

 

 水を振りまく巫女―――五穀豊穣を願う水分り(みくまり)のように恵みと癒やしの水滴を注いだ後には、自分たちの身体の不調も取り除かれたかのようだ。

 

「――――」

 

「これで十分でしょうか? アナタが『見たかったもの』を、私もアーシュラも見せたつもりですが?」

 

 絶句している会長に対して、藤丸立華が挑発的に言う。その言葉で頭の血の巡りの良い何人かが察する……。

 

 つまりは―――この状況全てが『当て馬』だったということだ。

 

「……分かりました。この場における『全て』は無かったことになったことを、七草真由美の名で宣言します。ただし、1-Aの森崎君に対しては、あとで反省文50枚の提出を命じます。

力持つものだからと、それを人斬り包丁にするような心根を今後も持つのならば、『推薦』も取り消しましょう」

 

「はい―――寛大な処置……あ、ありがとうございます……」

 

 その言葉の後に解散を示すかのように、フォウに頬ずりしてだらけている渡辺摩利の耳を引っ張る会長の姿。

 タッパに差があるとはいえ、その行為の御蔭でフォウはようやくアーシュラと立華の元に帰ってきた。

 

「あだだだ!! 真由美、もういいから!! 自分で歩けるから!!」

 

 そうして去っていく2人に対して礼をしながら送り届ける―――立華とアーシュラ以外。

 

 全てが終わると森崎は睨みたいはずなのに、睨めず顔を恐怖で歪ませながら、フォウを構い続ける立華とアーシュラを見る……。

 

「何か言いたいことがあるならば言えば?」

 

「……なんで、こんなことに―――何を言えばいいんだよ……!?」

 

 アーシュラの冷たい声に対して返される支離滅裂な言動。それは、明らかに爪を立てられて斬り裂かれた存在の『怯え』ゆえの言葉だ。

 

「さぁね。君の言葉を借りるならば、これが『才能の差』ってヤツだよ。人を完璧に癒せるヤツは、それ以上に『人を壊す』ことにも長けている。なんせ人体構造を完璧に把握しているわけだからね……。

『私』とマスターリッカは、『医者』と『芸術家』の次に純粋な殺人者だよ……」

 

 笑顔での、その脅し文句の意味に涙を浮かべながらも……。

 

 森崎は身体に染み付いた恐怖を何とか抑えて、口を開く。

 

「し、司波さんは僕らと一緒にいるべきなんだ……!! こ、こんなことが―――お、おぼえていろ――――!!!」

 

 そんな古典的なフレーズで、校門前から走り去っていく森崎の背中に対して―――。

 

 2人と1匹は……。

 

「30秒くらい?」

「長いわ。10秒にしときましょう」

『フォウフォカンズ!(4秒!)』

 

 森崎に着いていった連中とは別に残っていた人間たちは―――その言葉に対して……。

 

『『『『『鬼かっ!?』』』』』

 

 そう言わざるを得なかったのである―――。

 

 その影で……闇に蠢くものたちは静かにざわつき始めたのだった……。

 



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第4話『十文字克人の説得』

requiemコラボ……ボイジャーくんの価値に気づいたマスターばかりで、エリち涙目。

つーか遂にひよっちさんにゆかちさんもFGO声優になったかぁ。

別にシンフォギア関連というわけではないのだが、ここまでくればナンジョルノさんと高垣さんも―――。

だが無淵は知っている。高垣さんはケリィの初恋の人を演じたことを。そしてディライトワークス次第では『シャーレイを疑似鯖として召喚させましょう』などと次のzero関連イベントではエミアサが(泣)

などと妄想をしたところで新話どうぞ。


 

校門前での騒動は終わりを告げた。

 

しかし残された面子は、どうしたものかと誰もが顔を合わせる。

そんな中、いち早く帰り支度をしたアーシュラと立華が、フォウを連れてとっとこあるき出した。

 

「んじゃねー」

『フォウ』

 

気楽な挨拶を以て、校門から出ていこうとするアーシュラと立華に対して待ったを掛けるのは、エリカであった。

 

「待った待った。A組の森崎を張っ倒した英雄たるフォウくんにお礼させてよ」

 

「それは『無かったこと』になったんじゃないかな?」

 

「それでも起こった事実は変わらないんだ。そんな皮肉屋になるなよ。立華」

 

エリカの引き留めの後に達也の言葉。それを受けた2人の平淡な顔に対して、小動物たるフォウは―――。

 

『フォウ』

 

とだけ叫んで、こちらには、その意味は分からなかった。しかし、2人は提案に対して了承した。

 

それで十分だった。

そしてフォウのララパルーザを止めようとしてCADを読み込む途中で、達也に制止させられていたA組の女子2人も着いてくるようだ。

 

「その、ゴメンね司波さん……。私たち、司波さんと一緒のクラスになれて舞い上がって、それで何の事情も考えずに……」

 

「光井さん……私こそ―――衛宮さんも藤丸さんも分かっていたのね。私がこの状況のキモだと…」

 

「まだ入学2日目だからね。クラス内で孤立しないために、コウモリな日和見主義は仕方ないんだろうけど、度が過ぎれば『こんなこと』にもなる」

 

中々に痛烈な文句であった。

そして言われた深雪としては、明朗な反論は出来なかった。達也ですら、そう考えていたのだから……。

 

結果的には、光井ほのか、北山雫という女子2人は、深雪と仲良くなりたいがための暴走であった。

そのために森崎とかいう『小物』なんぞを神輿の先頭に立たせたのが、一番の間違いであったと気付く。

 

そんなこんなで各々で理屈と感情の混ぜ合わせに納得いったりいかなかったり―――そんな感じであった。

 

そうして不ぞろいの林檎たちは、下校するべく歩き出すのだった。

 

―――駅までの帰り路は、ビミョーな空気だった。

 

アーシュラ的には正直言えば、別にA組の人間たちは明日辺りにでも、深雪だけに謝罪でもしておけば良かったのにと思うのだった。

 

『フォウ! フォウフォウウ〜〜〜♪』

「く、くすぐったいですよ。フォウさん」

「随分と美月になつくわね。この子」

 

よって、とりあえずフォウが懐きたい相手のところで好きにさせておくのだった。

 

「フォウは、ただのネコなのか……?」

 

「その質問に、ワタシとリッカが素直に答えると思っているのはどうなんだろうねー?」

 

「危険な生物かもしれないんだ。少しは知ろうという気持ちがあってもいいんじゃないか?」

 

「キミがそれを言うか。先程の委員長の言葉を借りるならば、『世間様』にとって社会的に『危険な生物』は、我々のようなソーサラス・アデプトだというのに―――同じ穴のムジナ?」

 

言葉を受けて達也が押し黙る姿は、少し痛快であった。

自分たちのような魔法師が、一般社会で様々な制約を受けているのは当たり前の話だ。

 

公的な治安機関に属している人間ですら、『帯銃』し『実弾』を弾込めする時には厳重なものがある。

例えそれが『上辺』だけだとしても―――。

身綺麗なものを見せておくことは重要なのだ。

 

つまりは―――端末サイズの『魔導書』で、ボタン1つか2つ、もしくは銃型の引き金一回で容易く人間を吹き飛ばせる魔法師を無力化するには、法令遵守の精神をもたせるしか無い。

 

無理な類もあるのだが……。

 

ともあれ、魔法師に不自由を与えている連中と同じことをするのか? という皮肉でイジメた後には、少しだけのネタばらしをする。

 

「その子は簡単に言えば『魔獣』の一種なのよ。『キャスパリーグ』って言って、真偽に対する知識も理解もあるとは思えないけど……」

 

「まぁ聞いたことはな『えっ!? この子、キャスパリーグなんですか!? あのブリテンのアーサー王伝説とかに出てくる!?』―――知っているのか美月?」

 

達也の言葉に大きな声で被せてきたことで、美月の物知りなことが分かる。

 

誰もが美月に注目をする形になり、意外な人物の知識にアーシュラと立華は驚くことに成った。

 

「拙い知識かもしれないですけど、簡単に言えば『人食い』の妖猫です。元々は、豊穣を司る『白豚』から生まれでたと言われる、ブリテン島に災厄を齎す存在と言われているんですけど――――」

 

「被害はあったのか?」

 

「あくまで多くの歴史研究者や古語翻訳家・民俗学者などによって編纂されたものによれば、伝説のアーサー王と円卓の騎士も、キャスパリーグという妖猫を倒すために、かなりの犠牲を払ったとか……」

 

その言葉に『アーサー王伝説』すら知らぬ連中が大半で、美月の説明でもいまいち脅威度は分からぬらしい。

 

だが――――。

 

「半信半疑ならぬ『1割信9割疑』って感じだけど。どちらにせよ、1科の優秀組の一人たる森崎は、何の抵抗も出来ずにタコ殴りにあったわけだしね」

 

「まぁそうなんだけどさ……まさかこんなかわいい動物が、そんな恐ろしい存在だなんて『納得』出来るわけがないからさ」

 

エリカが美月の肩に乗っかるフォウを構いながら言う言葉に対して、まぁ『こいつら』(魔法師)からすれば『そりゃそうか』と思っておくアーシュラ。

 

認識能力が『人理版図』側にしかないのが、概ねの『現代魔法師』(ノーマライザー)の見えるものなのだから……。寂しい納得をしながら何で美月はそんなことを知っているのかを尋ねる。

 

「私の母が翻訳家なんですよ。だからですね。そういうことに詳しいのは」

『フォウ』

 

そんな内輪の話をしながらも、話の話題がCADに向かう。

 

それを機に達也としては、2人の魔法……、『魔術』を知りたかったのだが……。

 

話の話題が、エリカの警棒の話題からそちらに話が進むことは出来なかった。

 

その間、特に2人とも積極的に絡むほどではないが、まぁ問われれば話すぐらいはしており、先程やったことに踏み込むことは無かった。

 

(俺も微妙に話すに話せないな。何か『やられた』んじゃないか?)

 

だが、それを立証することは出来ない。

 

アーシュラも立華も特に『何か』をした素振りがない。

 

もちろん、達也の認識力で『追える』ものでなければアウトだが。

 

そして集団の話題が、達也の技師としての見識と『ワザマエ』を褒め称える場になるだけで、こちらからそれを話すことは出来なかった。

 

先程のように全てが無かったことになっていたのだ……。

 

アーシュラと立華は一団と離れると同時に口を開いた。

 

「あからさまに探りに来ていたねー」

 

「まぁ司波達也だけが、微妙にレジストしていましたから。何かの魔眼持ちなんでしょう」

 

夕日が沈みつつある街路を歩きながら考えるに、そんな所であった。

 

容疑者ではあろうが、積極的に関わろうとすれば変容したものが顕現する。そういう可能性はありえるのだ。

 

「まぁいいでしょう。あちらも隠して、こちらも隠す。中々に手札を切らせない友人関係というのも、一つでしょう」

 

「そんな、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテとリッカのお婆ちゃんみたいな関係はどうなんだろう?」

 

「もちろん。アーシュラは別ですよ。全幅の信頼を寄せています」

 

その笑顔にアーシュラも笑顔を向けて―――お互いに救われている。

 

『フォウフォウフォー♪』

 

そんな様子にフォウも喜んでいる。それだけでいいのだから、魔法師がいるという『世界』には余計なものばかりが多すぎるのだ。

 

 

―――家に帰った後には、お説教というほどではないが、校門前での1件でアルトリアからの窘めがあり、アーシュラ、立華、フォウの2人と1匹は衛宮邸の畳に正座させられるのであった。

 

その後には美味しい食事が提供される辺り、ことの起こりと顛末は、騎士王陛下にとっても看過出来るものではなかったようだ……。

 

 

「失礼、すまないが―――B組の諸君、しばし衛宮、藤丸と対面で食事をさせてもらえないか?」

 

食堂で広げていたB組の面子との昼食。そこに割って入ったのは巨漢の大男。

この魔法科高校では、知らぬものはそうそう居ない巌のような人間であり―――。

 

「いくら十文字先輩が、この2人に気があって、上役だからといって、昨日のA組の焼き直しみたいなことは許されませんよ!!」

 

「クソダサい森末みたいな真似、恥の上塗りしてどうすんですか?」

 

エイミィと相津という男女で、十文字克人に食って掛かる様子。昨日のことはある意味、1年の1科にとって恥知らずな行為として受け止められている。

 

よって今日のA組の面子は、若干気まずい想いなのか、端っこの方で飯を食っている。

 

「そのことならば、俺も気には病んでいる。まぁアルトリア先生も職員室で学年主任に激怒したそうだからな」

「察するに百舌谷学年主任の『一言』が逆鱗に触れたんでしょうな」

「ああ、俺はD組、七草はA、渡辺Bだからな……そして俺たち三人が一同にクラスに集ったことは三年間無かったな」

 

結論から言えば、A組の担任で一学年の主任たる百舌谷教官は、ある種『物分りいい子ちゃん』ばかりを集めたということである。

 

教師からすれば、手間がかかりそうな『問題児』、例え優秀ではあっても、『模範生』とはいえない存在をわざわざ引き受けたくはない。

 

事実、A組に『あなた達は優等生』とか言ったそうだ。

 

本人からすればちょっとした発破かけのつもりだったのかもしれないが、それで天狗になった時点で終わりである。

 

そういった意味では、恣意的なクラス分けをしたことを自分が受け持つA組連中に暴露したことは、名前の通りに口舌(くちさき)が多いが、思慮が足りていない『鳥頭』である。

 

「……エイミィ、相津くん。ここは退くから皆はここで食べていて」

「……りっちゃん、いいの?」

「こちらの巌先輩は、女性の誘い文句はよろしくないけれど、誘われて話したいことがあるならば、拙いお誘いだけど受けるしか無いわね」

 

エイミィの疑問に答えた藤丸立華。そんな風に言われては、巌たる克人は無理やり家の娘を嫁にする傲慢な権力者に―――そういう意図か。

 

取り敢えずその程度のことは受け入れる度量は克人にもあったりする。

 

歌劇におけるレ・ミゼラブルなどは大好きなのだ。ジャベール警部役もまた必要なのだ! という自制心で以て抑えておくのだった。

 

「リッカ、ワタシも同行するから―――これは皆で食べていて」

「―――きっちりピカピカにして返すよ。絶対だ」

 

衛宮先生のお重を置いて、戦国時代の姫の嫁入りのごとく同行する侍女の体のアーシュラに返す相津郁夫。

 

そうして人払いが為されたところまで巌についていく。

 

対面に巌が座り、その対面に美少女2人が座る。

 

これぞ即ち『美少女と野獣』であろう。

 

「くだらんことを考えているだろうから、手短に話そう。衛宮、藤丸―――お前たちは、生徒自治側の役職に就け」

 

「部活連に私とアーシュラをですか?」

 

「言い方が悪かったな。風紀委員か生徒会役員にだ。……お前たち、今朝の校門前にいた七草をしれっと無視して登校しただろ?」

 

「昨日の今日ですから、校門前は鬼門としか思えなくて、形絶のルーンを使って『普通』に登校しましたよ」

 

「魔術・魔法を使って登下校することを普通とは言わん」

 

とはいえ、克人としても真由美には警告は発していたし、昨日の時点で何度か『見透かされていた』ことは分かっていただろうに……。

 

こうも容易く出し抜けられるものなのか。これが過去に到達していた魔術師たちの強みなのか―――。

 

人知れず脅威度を上げている克人に対して、アーシュラと立華は、大したことはしていない。

 

如何に遠見を果たす目とは言え、使っている人間が『中心視野』と『周辺視野』の全てがフルに使えていない以上、そこから『存在感』を薄くすることは出来るのだ。

 

更に言えば、魔眼の中には他者の視界を『奪う』タイプの魔眼もあるのだ。それは魔眼であろうと構わずの強烈な略奪系統のアイズであり、それと同じようなものを『アルビオンの(はて)』にいたアーシュラは持っているのだ。

 

もちろん、そんなことをペラペラと話す2人ではない。第一、似たような『手品』を何度も見せつけられれば、対抗策の一つや二つは見つけ出すのが、魔術師云々以前に生命としての自衛行動というやつである。

 

などと長々と脳内で考えながらも、対面の克人の言うことはきっちり聞いていたわけで、要約すると―――学年主席と三席とを遊ばせておく余裕はないという話であった。

 

スカウトということだが……。

 

「昨日の一件で、外国からの立場としては半分留学生とはいえ、何の役職にも就けていないのはマズイのではないかという話になってな……お前たちの『実力』を一番に知っているのは、『俺』だからな。そういう提案をした」

 

机にいるフォウに皿に分けたキャットフードを差し出す十文字の言葉に考える。

 

「次席である司波さんにも、こういった話はいっているので?」

 

「そちらは、七草の管轄だ。お前たちにも直に話を通したかったらしいが、逃げ回るから……」

 

「仕方ありませんね。腹の生臭さがするのが会長ですから。あの人に―――『可能性』を信じる炎はありませんよ。

『未来は変わる。』と言いながら、厭世的な諦観だけで動く『俗物』でしょうよ」

 

随分と辛辣な評価を下したものだと克人は思う。立華もアーシュラもその意見を一致させている。

 

魔術師たちが希求する『未来』とは何なのかを、克人は正確には知らない。

 

だが、それでも―――……。

 

「とりあえず、会長本人に聞いてからですか、克人さん?」

 

「ああ、放課後にでも生徒会室に向かってくれると助かる。俺としては衛宮には風紀委員。藤丸には生徒会役員にでもとは思っている」

 

「デスクワークは私は苦手ですから、『やる』ならば、それがいいかなリッカ?」

 

「『やる』という仮定で適材適所という意味ならば、それがいいでしょうね」

 

その『就く』とは簡単に了承しない態度に対して、克人は『念押し』をすることで保険としておくのだった。

 

念押しは、もちろん眼の前のやる気ない美少女2人ではないことは当たり前過ぎた。

 

 



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第5話『話の途中だがワイバーン(偽)だ!』

禁断の課金ガチャでようやくボイジャー君を1枚呼び出せた……。

だがごめんよボイジャー君。
僕には君を重ねてスーパーボイジャー君には出来なかったんだ…(間違い)

未来を切り裂くタフなハートが無くてすまない。(CV ジークフリート)

意外と歌詞を読むとビーストウォーズⅡのオープニングはボイジャー君にあっている気がしてならないとヘビリピで聞きながら新話お送りします。


 ――――放課後になり、生徒会室に行こうとする道中で司波兄妹と出会う2人。

 

「お前たちも生徒会室か?」

 

「そうだけど、司波君も何かの役職推薦を受けたの?」

 

「深雪が強弁を振るってな。俺に実力があると言って、それに渡辺委員長が興味を持ったんだ」

 

 それでなくても何かしらの思惑を持って動いている七草会長は、風紀委員に達也を推薦してきたとのことだ。

 

 聞いたアーシュラとしては、そりゃ結構なことだと思う。

 

「殤不患の武勇伝(誇張あり)を街中往来で語る凜雪鴉ですか、アナタは?」

 

「いいじゃないですか! 別に実力がないわけじゃないんですから!! お兄様は蔑天骸を倒せるほどの実力はありますよ!!」

 

 半分、昨日のCAD談義(さすおに)を思い出した立華が呆れながら深雪に問うと、強弁を振るう深雪の姿が……。

 

「こんな感じだったわけね?」

 

「そう。こんな感じだったわけだ」

 

(まぁロズィーアンの連中も欲しがるんじゃないかな。この眼は―――)

 

 とはいえ、『列車』からの招待を受けるほどではないということかな。そうアーシュラは結論づけながら、達也の先導で生徒会室に入る。

 入ると、そこには女子四人と男子一人がいた。察するに全員、先輩だろう。即座に『見』でレベルを測るのは忘れずに……。

 

((いついかなる時も、『話の途中だがワイバーンだ!』などと言われてもいいように、相手を測っておく……どういう意味なのかは未だに不明だけど))

 

 カルデア式の警戒というやつであるが、未だに立華もアーシュラも分からなかったのだ。

 そして、眼の前にはワイバーン以下のエネミーとも何とも言えぬものがいた。

 

『フォウフォウフォウゥウウ』

 

「そちらにいる衛宮さんと藤丸さんであれば、適任でしょうが、過去に2科生を風紀委員に任ぜたことはありません!!」

 

 激烈な話し合いだが、総合して聞き届けると司波達也の能力には疑問があるから、風紀委員就任は考え直せという副会長の言動であった。

 

 それに対して、司波深雪が食い下がり、やんややんやと言っている。

 言い争いを見ながら、どうしたものかと思っていると―――。

 

「お二人はどう思います?」

 

「やりたくはないと言っている相手に無理強いするのは、どうかと思いますが……」

「やる気があるならば、やればいいんじゃないですか?」

 

 問いかけた先輩、地黒な肌にエキゾチックな魅力を感じる長身の女子に返した言葉は、達也と副会長にも届いていた。

 

「司波くんは『違う』と思いますけど、別段、最良で最優秀な人間ばかりが『結果』を出せるとは思えないし、何よりその結果が、ヒトにとって尊いものであるとも言い切れませんしね」

 

「―――過程が重要だといいたいのか?」

 

 耳ざとく聞いていた副会長(?)が、半ば摩利との言い争いの喧嘩腰のままに立華に食って掛かったことで、アーシュラの眼が細くなる。

 

 ―――睨んだのだ。

 

「結果として失敗したらばそりゃ大損でしょうけど、立ち止まりたいけど、それでも立ち止まらずに、身を斬られるような思いをしてでも駆け抜けることも必要でしょうよ。

 確かに、己よりも優秀な人間はいた、自分でなければダメな事態というよりも、自分しかいない事態だからこそ動いたことを後に『責められる』としても、駆け抜けたことを決して後悔してはならないんですよ」

 

 その言葉は何かの重要なことを語るように朗々とした響きを持つ。

 藤丸立華にとっては寝物語代わり、子守唄のように聞かされてきた言葉だ。

 

「……一度や二度の敗北でヒトの価値は下がらない。

 どうせ人間なんて、いつでも『正解』を選べないんだよ。

 いつだって大切なのは、「この後、何をするか」それだけ―――」

 

『フォウ!!』

 

 立華とアーシュラとフォウの言葉で、達也の中に何かの力が入るのが分かる。男気とでも言うべきものを見せろということでもある。

 

 よって―――。

 

「妹の言葉もそうですが、最近知り合った女子やネコ(?)から、こうも言われては仕方ないな……。

 服部副会長、俺と模擬戦をしませんか? どうせこのまま言い合っていたところで面倒でしょう。

 ようは俺の対人戦闘のスキルが、フォウほどあると証明すればいいんでしょう? ならば、妹の眼が曇っていると言うのならば、その眼を使い真贋を見極めればいい」

 

「―――いいだろう。其処まで言うならば、お前の実力を見せてもらおう。司波達也」

 

 挑発的な言葉だが、最後には戦うものとしての礼儀を持ったのか、厳かに言う副会長。

 

 とはいえ、印象としては生意気過ぎる後輩め、ぐらいの感覚は持っているだろう。

 

「で、衛宮と藤丸―――十文字から聞いているとは思うが、お前たちにも役職に就いてほしいんだけどな」

「拒否したいんですけどね。私は『ハイキュー』に入りたい」

「ワタシは弓道部に―――」

「安心しろ。部活と風紀委員、生徒会役員は兼任出来る……ただ流石に生徒会と部活はキツイかもな」

 

 最後の方には正直になる渡辺委員長であった。

 

 寧ろ、思惑としては『どちら』も風紀委員にしたいということなのかもしれないが。どちらにせよアーシュラ及び立華にとっては割と迷惑な話であった。

 

 

 そして司波達也と服部副会長の模擬戦が―――準備と開始で30分もせずに終了となったのだ。

 

 副会長の噛ませ犬以下の呆気ない敗北に―――。

 

『風のように現れ、林の中でひきこもり、火がつくと、山のように動かなくなっていた。名も知らぬオマエ風林火山〜〜』

 

 読経をするかのような言い方だが、数珠を持ちながら聖書を開き三角頭巾。硬い言い方では天冠というものを着けたアーシュラと立華のそれは―――。

 

「ヤンキーのポエムにしか聞こえないんだが!!!!」

 

「おおっ! 復活した!!」

 

「あのナマモノの復活の呪文とやらもバカにできないわね」

 

 何の話かは分からないが、アーシュラと立華のあんまりな言いようの前に、司波達也の説明も少しばかり彼方に消えてしまった。

 

 ともあれ、起き上がった服部副会長は己の浅慮を恥じて、司波達也への謝罪はなくとも……。

 

「やってみろ。それと―――力を誇示しろ。とまでは言わんが、あんまり『出来るもの』を『出来ない』とか嘯くな。人間が腐るぞ」

 

「肝に銘じておきましょう」

 

 そんな激励とも注意とも言い切れぬものを捨て台詞に、模擬戦部屋から出ていくのだった。

 

「さて―――次は、お前たちの番だが……」

 

(適当に負けない?)

(それが穏便な解決策でしょうね。ですが、ここに関わることがオーダーをこなす条件ですから……『霊基変更』を推奨します。『イグジストライナー』アーシュラ・ペンドラゴン)

(オーライ! 何がいい? マスター?)

(―――『魔術師』(キャスター)への霊基変更を)

 

 了承の意としてメディテーションをすることで、アーシュラはその身体の全てを最適化させた。

 

 念話の時間は一秒未満。メディテーションの時間も一秒未満。

 

 渡辺摩利が振り向いた時には、アーシュラの『力』は変わっていた。その変化に気付いたのは達也だけだったが―――構わずに……。

 

「私は直接戦闘は苦手ですので、私の竹馬の友にして、『カルデア』でも随一の戦闘者にお任せしましょう。行ってください! アーシュラ・ペンドラゴン」

 

「オーライ!! 行ってくるわ!!」

 

 威勢のいい言葉で、先程まで服部が立っていた開始線に勢いよく着地するアーシュラの姿。

 

(身のこなしが軽いな……)

 

 その着地のジャンプですら、高く天井近くまで跳んでの何回も宙転しながらのものなのだから、運動神経のバネが凄まじいと達也は見抜いた。

 

「で―――アーシュラちゃんは、ホウキは何を使うの?」

 

「え? いらないですよ。ワタシにメカニックコードは必要ないんですよ。会長さん、何度もワタシとリッカにピーピングしているんですから、知らないわけではないでしょ?」

 

 七草会長の問いかけに対して、アーシュラのあっけらかんとした答え。入試の際のことを覚えていた達也、深雪などはともかく、会計と書記である市原と中条は、何度もアーシュラとリッカを交互に見ていた。

 

「ワタシは別に司波くんと違って風紀委員になりたいわけじゃないんですけど」

 

 俺だってなりたくなかったよという呟きを、無言で達也は思いつつも―――。

 

「けれどリッカが、ワタシのマスターが『勝て』と望むならば、悪いですけど委員長には勝たせてもらいます」

 

「傲慢な後輩ばかりで、今年は本当に昂ぶるものだ……だが勝たせてもらう!!」

 

 同じくスタートラインに陣取る渡辺摩利。準備運動のつもりか首を回して、更に言えば肩を中心にして腕全体を回す―――マエケン体操をやるアーシュラは、存外身体の使い方を分かっているようだ。

 

 そうしてから一度だけ伸びをして張ったアーシュラは、全てを完了させたようだ。

 

 審判役が、先程の渡辺委員長から七草会長に代わって宣言が出る。

 

「ルールは先程と同じく、ただしある程度の武器の使用は認めます。それとて重傷を負わせないように気をつけて貰えれば許可します」

 

 その言葉で委員長は何かしらの『長物』を持っていることが暴露されていたのだが、それでも構わないようだ。

 寧ろ好戦的な笑みを浮かべる渡辺摩利の顔に―――アーシュラは眼を閉じたままだ。

 

「両者―――準備はよろしい? では―――始め!!」

 

 瞬間、アーシュラは眼を開けていた。

 

 そして渡辺摩利は先程の服部副会長よろしく―――それよりも数段捷い構築でアーシュラをふっ飛ばそうと試みるも―――。

 

「目覚めろ!! 吠え猛れ!!『私』の(なか)のドラゴンよ!!」

 

 強烈な『力』の発露。間欠泉かダムの放流のような勢いで吹き出るサイオンとは違うチカラが、言葉と同時にアーシュラを覆う。

 

「お兄様!!」

「………!」

 

 そして打ち込まれた魔法式は、アーシュラに届く前に霧散した。

 

「………!?」

『ROAR』

 

 呪文。今では半ば廃れてしまった魔法を唱えるためのコードがアーシュラの口から出てきて、その一言のみで、渡辺委員長や服部副会長などよりも強烈な圧が、模擬戦の部屋全てを揺らす勢いで叩き込まれる。

 

 指向性を持たせた魔力圧は風圧となりて摩利を襲うも、身体加速を掛けての移動で躱す。

 

『FANG』

 

 だが、そこを狙ってアーシュラは五指を少し開きながらも揃えてから、両腕を前に一杯に伸ばして攻撃。

 

 言葉に従い指の先端から青色の光弾が機関銃の勢いで跳んでいき、指の間にも光が灯り、そこからは赤色の光線が飛んでいく。

 

 赤と青のハレーションが齎す破壊は壁に床にと刻まれていく。

 

(なんてヤツだ!! 身体一つで、こちらのデバイスと同じことを行ったぞ!!)

 

 そしてその威力と声は、デバイスという余計な中継地点を介するよりも直接的に世界を改変する。

 

 各国で開発が進められている完全思考操作型CADの次世代型―――それと同じかとも思うが……。

 

(これが魔術師―――!)

 

 魔法師を『人理の澱み』として、場合によっては『敵』として襲いかかってきた超常能力者たちだ。

 

 そして、衛宮アーシュラの攻撃は間断なく続き対抗しきれない渡辺摩利だが、この『展開』だけは予想外であった。

 

 事前に十文字克人から聞いた限りでは、衛宮アーシュラの戦闘スタイルは、『長物』……『剣』を使ったプレデトリーなゴリ押しの戦いであると……。

 

 尚且つ、こちらの魔法は殺傷ランクがA以上でなければまともに通らないという話であったのに……。

 

(魔法に対するレジストは特級! しかし戦型は少しばかり違う!! ならば―――)

 

 まだ勝ちの目はあるはずだ。

 

 逃げてばかりでは、いずれ弾幕に囚われる。勇気を持って前に出る。典型的な放出系魔法の一つ『空気弾』に、いっそうの『チカラ』を込めて解き放つことで弾幕に対抗する。

 

 干渉力・速度・堅さ。ともにA級魔法師のライセンス相当に匹敵するものが、アーシュラの『指鉄砲』と穿ち合う。

 

(そう。そうするしかないですよね風紀委員長)

 

 『正式な魔術師』(ソーサル・メイガス)ではないアーシュラだが、その魔力量と『世界に己を繋げる感覚』は群を抜いている。

 

 ある種の『受肉した精霊』も同然。ある程度、体系立てた魔術系統も今の時代にはありえないものだ。

 

 元々のスペックにおいてアーシュラに勝てる存在はそうはいない。だから手数で以て相手の手札を無駄にしていくという方法しかない。

 

 それが―――魔法師が魔術師相手に出した一つの結論であった。

 

 だが……。

 

「―――ッ!!」

 

 100発近い空気弾の群れを操作し尽くして放たれるも、アーシュラの前面を覆う群れを前に―――。

 

 アーシュラは一切構わず。指鉄砲の射角を変えてそれらを真正面から貫いた。

 

「渡辺先輩のエアブリット100発よりも―――」

「アーシュラの放つ指鉄砲10発の方が重いか……」

 

 雲間を貫く光条。そうとしか言えないもので空気弾は消し飛ばされていくのだった。

 

 だが、渡辺摩利も、それに負けじと様々な魔法を放つ。

 

 渡辺摩利の得意手は気圧などを操作する『空気』に関わる魔法であり、それを利用したものが放たれる。

 

 一見すれば派手な魔法を放つアーシュラが有利に見えるだろうが、その間にも摩利は必殺の攻撃を放つべく『チカラ』を溜め込んでいる。

 

 そう見た七草真由美は、横で泡吹いているあずさに構わず仕合を流している。

 

 それを放つ好機は―――。

 

『DRAGONBALL』

 

 指鉄砲による攻撃を変化させた時、つまり間隙を縫う。

 

 大技を放った時に―――。

 

 必殺の『窒息乱流』が発動。荒れ狂う窒素の渦の中に取り込まれるアーシュラを前に、渡辺摩利は勝利を確信するも―――。

 

『FAIRY TALE』

 

 人間にとって有害なはずの窒素の乱流が、柔らかな風へと変化を果たす。

 

 否、こちらの魔法式を『書き換えた』のだ。

 

 その原因は―――……。

 

(なんだアレは? アーシュラの周囲に『蝶』のような光り輝くものが見える。アレが……渡辺先輩の魔法を……変えたというのか?)

 

「詳細に見ないほうがいいわよ。というか見るな。アナタが改造人間でも、『妖精』に拐かされたらどうなるか分かったもんじゃない」

 

 斬り刻まれたものを更に斬り刻んでも意味がない。そう言ってくる立華の言葉で正体を察した。

 

『妖精』なるものがどういうものか知りたいが、そう簡単には教えてくれないだろう。

 

 そして、窒息乱流に介入されて必殺を無力化された渡辺委員長は呆然としている。

 

「―――カツトさんから何を聞いたか知りませんが、ワタシに現代魔法で利かせようと思えば、もう少し効果的に戦ってください。ナイトロゲンストームが発動しようとしているのは分かっていましたよ」

 

「なにっ?」

 

「『ニオイ』とでも言えばいいんですかね。大気中にサイオンによる改変を起こそうとする先走り、先行放電とでも言えばいいものが鼻を突くんですよ」

 

「ならば、何故ワザワザ大技らしきものを発動させようとしたんだ?」

 

「―――それは自分で考えてください」

 

 その言葉で、摩利は既に自分が三巨頭とか言う一高の最優秀の魔法師の一つではなく、ただ一人の魔術師に追い込まれて後がない現代魔法師の一人でしかないのだと悟った。

 

 遠巻きな挑発を受けながらも、摩利は―――覚悟を決めた。

 

「いいだろう……抜かせたな。私の秘剣を―――」

 

 スカートのスリット部分から出してきた細く薄い板状の刀剣を手にする渡辺摩利。既に制服はボロボロで、見ように寄ってはあられもないものだ。

 

 それを見たアーシュラは、一昨日の朝に弓兵から教えられた『技』をやるチャンスだと―――木剣を持ち構える。

 

 込められる『チカラ』の密度に―――それでは砕けるのではないかという達也の不安をよそに、ギリギリのラインどころか木の棒をチカラの塊にするアーシュラ。

 

 接近戦の構えを取ったアーシュラの姿に渡辺摩利は緊張の汗を流す。

 

(五手……いや、七手で『詰み』か―――進退窮まるとは、このことか……!)

 

 剣客としての筋が無ければ、摩利はそのことに気づけなかっただろう。

 

 だが気付いてしまったからには、『確かめなければ』―――『負けてみなければ気が済まない』。

 

 闘気が満ちる。殺気が突き刺す。

 良く練られた魔力を通した木剣は、玩具のようなものから稀代の魔剣も同然になっていた。

 

「いざ参らん―――!!!」

 

 身体加速を使って駆ける摩利が振るう剣が伸長した瞬間、それを切っ先を使って絡め取ろうとしたアーシュラの間に『金色の影』が割り込み―――。

 

「ゲェッ!!!」

 

『正体』に気付いたアーシュラがレディにあるまじき声を上げて―――。

 

 お互いの切っ先を掴まれて左右の壁―――凡そ10mは先にあるところに投げ飛ばされるのだった。

 

 バランスを崩したとは言え、壁に垂直に突き立つ摩利の剣。

 

 同じく突き立つアーシュラの木剣。突き立った瞬間―――大きな模擬戦部屋の壁が爆裂四散して奥の建材すらもむき出しにする威力。

 

 頑丈で柔軟に衝撃を吸収するものを砕く得物。

 それだけの魔力が込められていたことに気づき、誰もが『ぞっ』とした。背筋が粟立つ……。

 

 何より―――。

 

「さて……何がどうなって、こうなったのか……しっかりじっくり聞かせてもらいましょうか?」

 

 ……こちらに介入してきた金髪の女教師―――衛宮アルトリアの怒りの笑顔に、誰もが死を覚悟するのだった。(立華は魂が抜けかけている)

 

 

 



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第6話『First Point』

 

「なるほど、事情は理解できました。が、しかし―――ここまでなる前に止めることも出来たはず」

 

「それを言われると少しばかり心苦しいですね……けれど、興味があったんですよ。メイガスというものの力に―――」

 

模擬戦部屋の床に正座させられながら、アルトリア先生の質疑に対して七草真由美は正直に答える。

 

傍で聞いている達也と深雪は良くわからないのだが、十文字先輩―――会長と同じく十師族の三年生は、アーシュラと立華のことを知っているらしく、聞いた七草会長は渡辺委員長に頼む形でここ数日、こういった機会を狙っていたということだ。

 

校門前でのいざこざも、止めようと思えばいつでもストップを掛けられたところからして、陰謀がすぎていないかと思う。

 

「えっ? 衛宮さんも藤丸さんも魔術師なんですか!?」

 

「―――」

 

「そうですよ中条先輩。先輩の中での『魔術師観』が、どういったものかにもよりますが……とりあえず最近は、中条先輩みたいな『ちびっ子』は食べていませんね」

 

「ひぃいいい!!!」

 

明らかに怯えを見せている中条あずさを更に怖がらせる藤丸立華に、『悪趣味な』と誰もが思う。

 

ちびっ子などと呼ばれたことに対する憤りなどは、霧散しているようだ。魔法師の大半は魔術師に対してネガティブなイメージしか持てないのは当たり前だ。

 

「リッカ、そういう悪趣味な真似は止めなさい。アナタの専攻は天体魔術であって生贄利用(ヴィクティム)の黒魔術・魔女術ではないでしょうが」

 

「いやー、中条先輩を怖がらせたくて♪」

 

端的な理由に『更に悪趣味な』と誰もが思うのだった。

 

「この学校にも、魔術師でありながら『魔法師』として潜り込んでいる人間もいるはずですから、堂々と言ってくれている分、藤丸さんも衛宮さんもまだ『マシ』な方でしょう」

 

そんな2人に対して、とんでもない『内情』をバラす市原先輩の言葉。

 

その言葉に中条先輩だけが驚くのだった。

 

「天体魔術ということは拙速な考えかもしれませんが、藤丸さんは『カルデア派』の方なのでしょう。西欧財閥、聖堂教会と組んでいる『アルビオン派』とは毛色は違うと考えますが、如何?」

 

「……随分と『我々』の内情に詳しいですね市原先輩」

 

「私も家が没落した時に、『どちらか』とやっていかないかと両親が話していたものでして―――まぁその前に、魔法協会から『やんわり』と説得されてそのままということです」

 

市原先輩の家の事情は見えないが、そういう人もいるらしい。魔術師と言えば魔法師にとって『不可解な人種』にしか思えない。

 

彼らが希求していることが分からないというのが一番だが……。

 

「まぁどちらにせよ。頼りになる後輩がやってきたのですから、こき使うことにしましょう」

 

「リンちゃん! もうちょっとオブラートに!!」

 

そんな言葉で、それ以上の追求は止みになってしまった。

 

対して2人は、やる気はないらしかったが……。

 

「カツトからも念押しをお願いされていましたので、言わせてもらいましょう。

いいからやりなさい―――これ以上ゴネて断るならば『山』です」

 

アルトリア先生の一喝とも説教とも言えぬその言葉で―――。

 

「渡辺委員長。風紀委員として衛宮アーシュラ、活動させてもらいます」

 

「七草会長。生徒会役員として藤丸立華、粉骨砕身させてもらいます」

 

180度の態度変更を以って請け負う2人の姿に、『山』ってなんだ?と恐ろしくて聞けない疑問が出来上がるのだった。

 

固まった表情で完全に魂が抜けているとしか言えないそれは―――アルトリア先生だけが出せる最強の呪文なのかもしれない。

色んな悶着ありながらも、2人はそれぞれの役職の場所に赴くこととなった2人。

 

その前に、模擬戦部屋に出来上がった破壊痕から壁の完全修復まで行う『手際』に驚くのだったが……2人にとっては普通のことらしい。

 

「そりゃ魔術師同士が戦えば、『規模』次第ではとんでもない破壊が起こるからね」

 

「秘匿をするためには、世俗の方々からこういった『異常』を隠す(すべ)は、必要です」

 

何を当たり前のことをという感じに言う2人に対して、そう考えれば魔法師というのは、かなり世間様にとって迷惑な存在なのかもしれない―――。

 

そんな感想を抱きつつ、アーシュラと一緒に風紀委員会本部とやらに向かうと……。

 

 

「きちゃにゃい! 渡辺先輩、汚部屋女子なんですか―――!?」

 

「どういう意味だ!? 私の部屋はちゃんとしているぞ! シュウがいつ転がり込んできてもばっちり!! 問題は、ここにいる連中が大雑把すぎることだ!!」

 

鼻を押さえながら嫌そうに言うアーシュラと、せっせと掃除に励むことであった。

 

達也も、放ったらかしにされているCADをアーシュラの掃除でダメになる前に保護することで、掃除は一時間もしない内に終わりを迎えるのだった。

 

「そのままでいいから聞いてくれ。お前たち―――特に達也君をスカウトしたのには理由がある」

 

耳をダンボのようにしながらゴミ袋を縛っていたアーシュラの聞いた通りならば、2科生で初ということが一番の目的のようだ。

 

「今まで我々は、ある種の人種差別のように『能力の有無』を盾にして、2科生を『取り締まる側』に入れてこなかった。

その軋轢こそが、我々が何とかしたいものなんだ」

 

風紀委員長はそう言うが、どう言ったところで『取り締まる側』というのは嫌われ者になりやすい。

 

更に言えば、組織である以上、権限がある分『思いあがる』輩は出やすい。

 

どこの国でもそうだが、いわゆる『不良警官』というのは出る。そういう『思いあがった愚物』がマイノリティに対して差別的であれば、一気に火が付き暴動となる。

 

(更に言えばUSNAでは、警官の『アルバイト』が許容される。まぁ州によって違うけど、公務員的な側面が薄いんだよね)

 

そんな風に思いながら、警務として徹底させるならば、部活に入ることすら許さない方向の方が同部活に対する『温情』が出にくく、かつ『公正』さが出ると思うのだが、その辺りの『ツメ』が委員長は甘い。

 

マイノリティに対してだけ向けられたものではないとアピールする為の、2科生の風紀委員就任なんて――――――何が変わろうかと思う。

 

『フォウフォウー』(意訳:意味不明だよねー)

 

アーシュラの内心に対して同意をしたフォウに苦笑しつつ、所詮は学生の風紀委員なのだ。そこまで求めることは無理なのだろう。

 

肩に移動したフォウと一緒にゴミ袋を捨てに行こうとしたアーシュラを止める委員長。

 

「なにか?」

 

「いや、お前は何か意見は無いのかなーと思って」

 

「ワタシは一科生ですし、そもそも『魔法師』じゃありませんから」

 

なんてドライな言葉を吐くアーシュラに渡辺委員長は苦笑する。

だが、そこでアーシュラはCADを持つ達也に向かって口を開いた。

問いかけるべきは彼に対してのはずだから……。

 

「司波くんが持ってる『それ』ってさ、結局……何のためにあるの?」

 

「?? どういう意味だ?」

 

「魔法師はさ、『それ』を手にした瞬間から『平均化』したはずなんだよね。『術式』(コード)を登録して、それを引き出し、多くの補助具や生贄を必要とせずに、『大規模な現象操作』を可能としたはずなんだよね。

けれど―――何で一科と二科なんて区別が着くの?」

 

「……それは拙速な結論だ。人それぞれに適性や得意なものがあるように、魔法師にもそういった区分けがある……如何に多くの術式が登録できて、様々な魔法式を起動できたとしても、それを正確に、ブレがないままに大規模な形で発動出来るように訓練することが求められているんだ……」

 

少しばかりたどたどしくも、言葉を選びながら達也はアーシュラの疑問に返答したが、それでも彼女は納得がいかないようだ。

 

「けれど、機械の調整の良し悪しで左右されるものなんて、結局技術(テクノロジー)頼みじゃない。

『人理』の極みとして『神秘の御業』を技術に落とし込むならば―――魔法師と呼ばれる存在には、『大差』が着くなんて道理に沿わないと思えないの?」

 

達也からすればアーシュラの言動は、魔法師のことを分かっていない人間の拙い理解にしか思えないが(一部、意味不明な単語もあり)……よくよく聞けば、今の魔法師社会を徹底的に皮肉った言葉で正鵠を射抜いていた。

 

現代の医術が、『肥満』というものを本人の『不摂生』の末ではなく、『病理』として『切除』『解消』を可能とし、視力の矯正すら簡単にした世界で――――。

 

魔法師の世界だけが、そのテクノロジーを遍く全ての人に恩恵として与えられていないのだ……。

 

何故、技術で『昔』を駆逐したというのに、それが全ての人間に与えられていない?

 

個人個人の『資質』によって差が着く分野であるならば、テクノロジーはそれを、『差』を埋めるべきなのに……。

 

そういう風にアーシュラは詰るように言っているのだ……。

 

次いで彼女は口を開く。

 

「かつて、様々なものの輸送手段として一番に優れていた『騾馬』(ラバ)が駆逐されていったのは、人々の生活圏全てに鉄道線路を張り巡らして、大規模輸送を可能とした『鉄道車両』だった。

馬は人々の輸送手段と連絡手段から陥落を果たして、鉄道路線は世界の標準となった。

この流れは連絡手段こそ電信に奪われたけど、輸送手段は未だにトップだ」

 

「それは――――」

 

「人々はどうして鉄道が走っているかは知らないけれど、それがどういう『機能』かは分かっている。電気はスイッチを入れれば使えるもの、水道は蛇口をひねれば出るもの―――『そうしておけば』良かったんだよ。たとえそれが社会的にスポイルされた結果であっても、現代魔法もそういう風にしておけば良かったんだよ。

人理の果てに手にしたものが、その『コードキャスト』ならば、使える人間に『絶対的な資質』を求めなければよかった―――『私』が考えるのは、そういうことです……」

 

アーシュラの言葉は、呪いのようにこの場にいる魔法師2人を苛む。

 

それは……魔法師を『超人』という域から『達人』程度に貶める所業だ。だが……それを求めるべきだったという言葉は間違いなく『正しい』のだ。

 

どうしようもなく『正しくて』、それを『否定』せざるを得なかったのだ。

 

「だとしても……今はまだ、その『領域』に魔法師及び非魔法師を乗せられていないんだ……悔しいことにな」

 

「そう。悲しいね。みんなが『生きている』のに、身を切られるような思いをしている人間もいるのに……」

 

―――『未来』が変えられないことは―――。

 

寂寥を灯した瞳のアーシュラの二の句が、達也にだけ明朗に分かってしまった。

 

その唇の最初の動きだけでそれを理解してしまった達也には、何も言えぬまま―――姫騎士は去っていく―――。

 

ゴミ袋を捨てるためだけに……そのゴミ袋の中には、もしかしたらば―――『焼却』してはならないものがあったとしても―――要らないものとアーシュラのように『誰か』が判断したならば、そうならざるをえないのだ……。

 

 

……つつが無く放課後に至るまで授業を受けることで、一日を終えた気分のアーシュラと立華は、前と上に伸びをしつつ身体を解していたのだが、今日一日かけて色んな人間に、魔法科高校の役職に就いたことを根掘り葉掘り聞かれて、それが残っていたことを思い出すのだった。

 

忘却したかったことであると同時に、部活勧誘期間とやらであることも加わり……気分はドンラッキー。

 

「さっ、行こっか。うだっていても問題は解決しないからね」

 

「うう〜〜みゅ。いつまでも悩んでいられないか」

 

是非もないヨネ!の精神で、そろそろ行くようだな、と立ち上がる。

事前情報から『作っておいた』赤布を手にしたアーシュラに声がかかる。

同じクラスの相津郁夫だったかと思い出して、応対する。

 

「衛宮さん」

「? どったの?」

「いや、オレは剣術部の演舞を見に行こうと思っているからさ。それだけ……」

「そう。怪我しないでね。何でもこの時期は部活間で魔法の打ち合いもあるらしいから、相津くんも気をつけて」

「! ああ、ありがとう……」

 

恐らく相津は、アーシュラを剣術部に誘いたかったのだろうが、本人が弓道部に入ると聞いていただけに、そちらにまで話を伸ばせず、それでも向けられた労りの笑顔だけで、天にも上らんばかりの相津郁夫に『哀れ』と立華は思うのだった。

 

(なんでこの子ばかりモテるのかしらね……USNAにいた時にも、アンジェリーナと私もいたのに、男子は全員コイツにばかり目をやっていたもの)

 

ただ伝承を紐解けば分かることもある。

 

騎士王アルトリア・ペンドラゴンの母親というのは、当時のブリテンにおいて絶世の美女として存在していた。

 

ブリテンの王『ウーサー・ペンドラゴン』の家臣、コーンウォール公『ゴルロイス』の妻『イグレーヌ』は、ウーサーが是が非でも欲しがったという女性だが……。

 

(まぁ結局、どうやってもコーンウォール公に操立てしたイグレーヌは首を振らずに、やむを得ず花の魔術師『マーリン』に変身術を掛けてもらって―――だったものね)

 

軍勢を以って攻め立てたとしても、コーンウォール公は敢然と立ち向かって、それでも最終的には『ウーサー』と婚姻を結ばねばならなかった事実。

 

戦国の世の姫君などどこでも同じだが、それにしても女のために家臣を攻めるなど、実はイグレーヌ妃には何かあったのではないかと思うほどだ。

 

(意図しない魅了、あるいは『意図』してウーサーを魅了した……)

 

前者であれば可哀想な乱世の姫で通るが、後者だった場合とんでもない悪女である。

 

そして後者の可能性を考えられる要素は、モルガン妃からありったけ考えられる……。

 

(じゃあアーシュラはどうしてなのかしら?)

 

という疑問に辿り着いた立華は、うんうん唸ってしまい……。

 

「リッカ大丈夫!?」

「だいじょばない!!」

「その妙な日本語が出てる分には大丈夫だね」

 

幼なじみは塩対応であった。まぁ、妙なことを考えていたのはその通りなので―――途中で鉢合わせした司波達也にアーシュラを預けて風紀委員会に連れていかせるのだった。

 

かなり微妙な表情を司波達也はしていたが、行き先は一緒である以上、そうせざるを得ないのは彼にも分かっていたことだ。

 

「さてと―――私も行くとしますか」

 

生徒会という名の新しき戦場に向かう前に―――見えてきた『ビジョン』。そこに現れるものに顔を顰めた。

 

剣の少女。定着する『四魂』

『未来を奪われたものたち』によって混乱する学舎。

 

無残に斬り裂かれ事切れる『花持ち』の少年少女たちの躯の山……。

 

相対する騎士王と剣の少女。渦巻く運命の中から出てくる……『破滅の宿星』。

 

愉快犯のように戦場を睥睨する『魔女』。

 

解き放たれる猛犬たち……。向き合うは―――3騎の……。

 

 

「―――……」

 

そこまで見えたことで、これが祖母の求めたオーダーの『序章』なのだと分かった。

 

だが、それにしても急展開ではある……。

 

人理版図に現れた『歪み』。人類の航路図を破却させんとする『誰かの企み』を阻止するオルタナティブオーダー……それは、『ここ』から始まる。

 

『分岐点』に立ちながら、信ずるべきはアーシュラのみ。

 

その『心』で藤丸立華は歩みを止めないでいく―――。たとえそれが……どんな結果になろうと……。

 



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第7話『トラブルシューターⅠ』挿絵あり

「何故、お前たちがここにいる!? 司波達也、衛宮アーシュラ!?」

 

「選ばれたからに決まっている」

 

 名を名乗った覚えはないものの、委員会本部に入ってくるなり名指ししてきた森崎に対して、達也はドライに返答する。

 

 別に選ばれたくはなかったがな、と達也は心中でのみ付け加えておきながらだが。

 

 それに対して、アーシュラは―――。

 

「―――君の無様を笑いに来た。そう言えば、君の気が済むんだろう?」

 

 お前はどこの大尉だ。後には大佐で総帥になるかもしれないが、その言葉に違わずアーシュラのインナーガウンは深雪よりも凝ったものであり、テーラーマシンで作ったにしても『紅色』に複雑な金色の星を象ったものだ。

 

 ともあれどうしてこうなったかなど瑣末事だと言わんばかりに、実力で選ばれただけだという言葉に不満はあるようだが……。

 

「やかましいぞ新入り。私が直に実力を見て査定したんだ。文句があるならば私に言え」

 

「オトコマエですねー委員長」

 

「女だからな?間違えるなよ」

 

 パカンと丸めたなにかの紙束で森崎をはたいた渡辺委員長が、その言葉で一喝したことに対するアーシュラからの賞賛は不評のようだ。

 

「まぁいい、座れ。昨日の魔力の波動を感じたものならば分かることだが、今はいい」

 

「失礼します!」

 

 反省文50枚の効果なのか、萎縮し放題の森崎なのか、どうなのかはわからないが、まぁともあれ森崎は着席を果たす。

 

 委員会にいる男子数名。ゴミ袋を捨てにいったアーシュラと入れ替わる形で入ってきた委員の中には、「あれだけの波動」を感じたことに少しだけ泡吹いていた様子もあったのだから。

 

 要は、アーシュラの戦いは外部にも「漏れ出ていて」、異常を検知したということだ。

 

(だからこそ、あの時もアルトリア先生は2人の戦いに強制介入したんだよな……)

 

 折り悪くか、それとも運よくか、どちらにせよ森崎は学年主席たる衛宮アーシュラがどれだけできるかを分かっていないようだ。

 

 達也とアーシュラの対面に腰掛ける森崎は、少しだけ怯えながらもアーシュラを見ては、その肩口に目を向けていた。

 

「フォウくんならばいないわよ」

 

「―――ッ」

 

 アーシュラからの「冷たい魔法」にあからさまに狼狽する森崎だが、これ以上は進行の邪魔になるとして口を噤むあたりはわきまえている男である。

 

 そのやり取りを最後に、渡辺委員長は口を開く。

 

 

「そのままで聞いてくれ。今年もまた、あのバカ騒ぎ(バッカーノ)の一週間がやってきた」

 

 何故イタリア語含み? というアーシュラの疑問はともあれ、委員長曰く『ミイラ取りがミイラになる事態』もあったらしく、『気をつけろ』という『睨むような』言葉で釘が刺された。

 

 そんなにまでも凄まじいのかと思いつつ、それならば『神代アイドルの弓』を用意すれば良かったかと少し後悔していたが、渡辺委員長曰くの『卒業生補充分』というのに該当していた一年三人は一斉に立ち上がり、委員長の紹介を受けた。

 

(一科二科の違いってのは根強いんだなー。ケンおじいちゃんが聞けば『憤慨』するかも)

 

 姿勢を崩さずに、達也に向けられる視線に同情していたが、達也は達也で、アーシュラに向けられる『熱のある視線』に同情していた。

 

「E組の司波は私が実力を見た。B組の衛宮は私自身で実力を確認した。いずれも一線級だ―――が、衛宮」

 

「何でしょうか?」

 

「本来ならば単独での取締がルールなんだが、君は一応『女子』だ。腕章を着けていても、何か起こったらば『アレ』だから、今日から何日間かは誰かと組んで巡回してくれ」

 

 それは風紀委員としてのスキルを疑われているのではなかろうかとアーシュラも達也も想うが、特に抗弁するものではないので、アーシュラは『分かりました』と返した。

 

「よし。では―――誰か衛宮と組んで―――……お前らな……あからさますぎだろ!!!」

 

 摩利の憤慨するような言葉の原因は、下に目線をやったり自信を持っていたり、態度は違えど『一斉挙手』した先輩風紀委員たちに向けたものである。

 

 あからさまに「下心満載です」と分かるものに、風紀委員が風紀を乱してどうする?と頭を痛めつつ渡辺摩利は諦めの気持ちで司波達也を見た。

 

「……達也君。頼めるか?」

「分かりました」

 

 安全牌である同級生の無表情クールに預けられるのだった。

 

 そしてもう一人、紹介するべき「人物」がいるとして、委員長はまだ号令を掛けていなかった。

 

「私よりも上位の役職、「保安部長」に就任してもらうことにした。フフフ、彼あってこそこの学校の秩序は保たれるのかもしれない」

 

 怪しげな笑みを浮かべて(妖しくないのは女性として残念だろうが)、ともあれ渡辺摩利はドアを開けて―――「保安部長」を招き入れた。

 

 保安部長は―――モフモフの毛玉の姿に首元で結ばれたローブのようなものを纏う―――。

 

『フォウフォウフォー!』

 

 ―――現代に生きる魔猫であった。

 

「ぎゃあああああああ!!!!」

 

「そんなに驚かなくてもいいだろう森末、こんな可愛らしく愛くるしい存在に対して、お前の人間性を疑うぞ」

 

「も、森崎ですが……い、委員長本気ですか!?」

 

「実力に関してはお前が肌身を以て知っているだろう。ならば問題ない」

 

 実力云々という話だろうか。何人かがそんな風な疑問を覚えるが、完全に小動物の愛くるしさに顔を崩している渡辺摩利を前にして、だめだこりゃと思うのだった。

 

「まぁフォウには、「単独顕現」という転移能力にも似たものがありますからね。保安部長という役職は悪くないんじゃないでしょうか。愛らしい見た目と言語を理解していない小動物と思って、平気で秘密や愚痴を暴露しますから」

 

 アーシュラの不意の説明が入り、全員が全員ではないが、とりあえず納得する。

 

 そんなハイスペックなキャットだったとは……。少しばかり達也は考え直してキャスパリーグなる魔獣に対する脅威度を上げておくのだが…。

 

『フォウーフォ―――ウ』

 

 どうにもやはりそういう存在には見えないことが脱力を生むのだった……。

 

(とはいえ、俺の「眼」でも詳細を見きれない以上は、規格外の存在であることは間違いないんだがな)

 

 ちなみに言うと、見たあとにはフォウは―――。

 

『ナカムラシスベシフォ―――ウ!!』

 

 などと肉球拳で達也に殴りかかるのだった。ちなみにかなり痛かった上に、「再成」も「掛り」が悪かったことは追記しておくべきことである。

 

「以上の体制で、我らはこのどんちゃん騒ぎを乗り越えるのだ。では―――かかれ!!」

 

 摩利の号令の言葉で一斉起立、礼をした風紀委員の先輩たちは方々に散っていく。

 

 残された一年三人は、委員長の手招きに応じて向かう。

 

「三人とも、こちらに―――」

 

 そして渡されるは三人分の風紀の腕章と携帯型のビデオレコーダー。

 

 レコーダーは、男の場合は胸ポケットに入れるタイプだが、女の場合はバストの膨らみを考慮してか、ネクタイピンと見間違うものをネクタイ部分に装着である。

 だが、録画時間は男子と遜色ないそうだ。

 

「風紀委員はCAD携行が許可されている。だが不正使用は厳罰だからな―――衛宮の場合はどうしよう……」

「考えてなかったんですか?」

 

 摩利の言葉に少しだけ呆れる達也は、昨日見つけたCADを使うようだ。

 

 そして話の内容について行けない森崎に構わず、ようやく思い出したアーシュラは口を開く。

 

「ワタシは、『これ』を使います。

 そのへんに落ちている木枝ですら、ワタシが使えばとんでもなくなりますので。非殺傷系列の武装となると、これですね。その上で違反者に制止及び停止を警告しても止まらなかった場合に、相手を拘束してしまえばいいんですよね?」

 

 長々とした説明を受けて、弘法は筆を選ばずの体現なのだと気付かされる。だが完全に疑問は氷解してはいない。

 

「ああ、あまり危険な真似をしなければいいんだが―――これ、『布』か?」

「ええ『布』です」

「そうか……えっ、これで?」

「はい。これでやります―――」

 

【挿絵表示】

 

 何度も赤布とアーシュラを交互に見る渡辺委員長。

 達也も森崎も、冗談だろうか? と思いながらも、本気であることを理解して―――。

 

「面倒なんで実践しましょうか。流石に司波君と森崎君は今からなので―――まぁとりあえず渡辺委員長で―――」

 

「なめるなよ!! 昨日の轍は踏まない!! 来るなら来い!!!」

 

 勢い込む渡辺摩利。実験台とされても抵抗する気概でCADを操作するも―――。

 

「―――私に■■■―――」

 

 そんな言葉が響き、布は――――。

 

 ……約5分後……

 

「では行ってまいります!!」

「ああ……気をつけてな。少ししたらば私も向かう」

 

 扉の向こうに消えていく一年生。その内の一人を『司令官ポーズ』(CV 立木文彦)で考えながら想う。

 

(私は大変な女を風紀委員に引き入れてしまったのかも知れない―――)

 

 この魔法科高校に嵐を巻き起こす『嵐の王』(ワイルドハント)の存在に、渡辺摩利は汗を掻きながらも笑みを零すのだった……。

 

 そんな委員長の独白とは違い、途中まで一緒の通路を歩かざるを得なかった三人の1年は無言だった。

 

 肩を怒らせて大股で歩いている―――ふうに見えるが、歩行自体は普通な森崎を先頭に歩く集団―――ではない。

 

「ハッタリが得意なようだな。二種類のCADを使ってのまともな魔法行使を、お前のような2科生ができる訳がない」

 

「ワタシに当たれないからと、いちいちこっちの男子に当たってるんじねーわよ。小者が」

 

「だ、誰が小者だ……!?」

 

「YOU!」

 

 指差しながら口を開くアーシュラに気圧される森崎。

 

 次いでアーシュラは口舌という現代魔法師がおざなりにしがちなものを用いて、相手を断罪しにかかる。

 

「道化の騎士フェロットにも優るほどの道化だな、お前は。武器も武装も立派だが、斬りかかる相手が達人・剣豪であれば、楡の枝ですら武器になる。

 そして、湖の騎士が手に持った楡の枝であっさり頭を叩き割られる類の人間だよ―――」

 

「な、なにがフェロットだの湖の騎士だ? ワケわからないことを―――」

 

「端的に言えば、武器の見事さだけに目を取られて、相手の力量も見抜けない大間抜けってことだよ。

 どちらにせよ、フォウをただの小動物だと侮った時点で、キミの底なんて見透かせるもの。

 せっかく拾った命、小者は小者らしく弁えて生きなさい。刹那の命のやり取り―――そこに次があると思っている以上、「次の瞬間」にはあっさり死ぬから」

 

「―――ッ!!!!!」

 

 顔を猿のように真赤にさせた後には踵を返して、こちらから遠ざかる森崎の姿―――。

 

 あまりにあまりな言いようだが、ある意味―――次なんてものがあると思って必死になれないヤツは、達也にとっても能天気の類にしか思えないのだった。

 

 そして、これが自分のような劣等生ならばともかく、公的にもとんでもない成績を修めている学年主席では、反論の言葉も捨て台詞も出てこないのだろう。

 

『ああ、無情』としかいいようがないことに感想を出さないままに、校舎を出ると同時にアーシュラは口を開く。

 

 

「んじゃま、作戦開始といきますか。ワタシも物言いに関しては返したけど、本当に大丈夫なの? シルバー・トーラスじゃないんでしょそれ?」

 

「オレもお前ほどじゃないが奥の手を持っているんでな。心配ご無用。そしてトーラス・シルバーだ」

 

「何で普通に『銀牛』じゃなくて『銀色の牛』なんて言いたいけど、意味が通らない名詞にするかな?」

 

「―――さぁな」

 

 ただ単にちょっとした茶目っ気であったが、シャーマンキングをわざわざキングオブシャーマンと言うほど堅苦しくなくていいのではないかという、少しの不満を達也は浮かべていたが、目の前に広がる部活勧誘の波、校舎外でのお祭り騒ぎのほどはとんでもなかった。

 

 魔法競技クラブは明確に『花持ち』(一科)の生徒を狙っていくが、そうでないクラブは『花なし』(二科)の生徒に主に声掛けをしていく。

 

 もちろん一科であっても魔法競技に興味がなければそれ以外に行くのだが……。

 

「アーシュラは弓道部に入るのか?」

 

「そうだよ。いやー良かったよ、受験する学校に望みの部活があって。でなければ、本当に入学はリッカだけに任せようかと思っていたほどだし」

 

 現代魔法の最高峰にして国家のエリートを育てようという学び舎も、この少女にとっては望みの部活があるかどうかという点だけが魅力らしく、こんな言動を誰かが聞けば顰蹙を買うだけだが―――。

 

「それは君も同じような気がするけどね。人事(ひとごと)言うより我が頭の蝿を追えって話だよ」

 

 なかなかに痛烈な皮肉であると同時に、アーシュラが俺の何を知っているのだろうという疑問も出てきたが、とりあえず今は置いておくとして……。

 

 部活間のテントの隙間でごにゃごにゃとしているのを見たアーシュラは、ネクタイピンの録画機器を『REC』にした上で、司波達也にも目配せ。

 

 ―――騒動の解決(トラブルシュート)に2人は赴くのだった。

 

 



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第8話『トラブルシューターⅡ』挿絵あり

近々発売されるrequiem第2巻にてエリセの正体は語られるのか。

まぁカレンと同系統の女の子だからなー。何かがある!(え)

なんやかんやとすべてのイベントをクリアー出来たことでひと段落着きました。

ボイジャー君をスーパーボイジャー君にするのは―――次なる機会に持ち越しである。(マテ)




 仮設テントに全ての機材を持ち込んで色々と周囲を見渡すと、なんともとんでもない風景が広がっていた。

 

「なんだってそこまでして部員を欲しがるんですかね」

 

「色々と事情はありますよ。控えめにいってもこの学校は、退学者が年に数十人規模で出てしまうところなので、出来るだけ部員を確保しておきたいんですね」

 

「退学者が出るという前提で、そういうことをするのは健全じゃないですねぇ」

 

 持ち込んだ端末を立ち上げながら中条あずさと話す。

 

 時計塔ほど極まっていないのは、魔法師が俗世の人間から認められたいというものが根底にあるのかもしれない。

 それ以外にも、結局の所……魔法でどうしようもないぐらいの嫌な差を見せられているのだから、学業以外ぐらいは自分の好きなことをやりたいということだろうか。

 

(もっと端的に言えば、その競技が好きだからやりたいだけなのかもしれないけど)

 

 魔法師の学生に対するスタンスに関しては、特にそれ以上は突っ込まないでおいた。どうせ他人事なのだから。

 

「あの……藤丸さんも衛宮さんと同じ考えなんですか?」

 

「唐突ですが、何を問われているのかは理解できます。ですが、質問の内容は明瞭にしないと、会長になったときに困りますよ」

 

「わ、私は会長になるつもりはありませんよ……」

 

 本人にその気があろうとなかろうと、周囲からの推薦を断りきれる性分ではないのに、難儀なことだ。

 

 ともあれ、中条に対する返答は決まっていた。

 

「まぁ概ね、私もアーシュラと同じ考えです。確かにある程度の差は生まれましょうが、殆ど全員が同じような「基盤」「礼装」で魔法を行使する以上、そこの差をどうにかするべきだったんですよ」

 

 魔術師的に言えばエイドスを書き換えることも、それ以外の魔法も最終的にはアッシャー…カバラで言うところの物質世界を書き換えることだけに拘泥している。

 

 魔術基盤というものを便宜的に呼称するならば、「アッシャーリライト」というものであり、それが目減りしないというのならば……そういう風にすれば良かったのだ。

 

 誰もが、訓練次第で物質世界を書き換えられる礼装ないし訓練方法を確立するべきなのだ。

 

「魔法師というのは、魔術師と同じくほんの一握りの人間にしか発現しないギフトらしいですね。遺伝子操作をして望んだ通りの能力が出る人間も、全員が全員じゃないとか」

 

「それはそうですけど……」

 

「仮にこれが「天然地力」でしか発現させられない現象操作であるならば、話はそこで終わっていたんですよ。

 問題は―――、便利な道具、テクノロジーの産物を手にして、そこから「式」を引き出しておきながら、そこに「差」が出来ることは非合理であり、道理に沿わないことだということなんですよ」

 

 あずさとて一介のCAD技術者を目指す身。多くの研究や、いずれは自分独自のCADを作ってみたいと思ってはいた。同時に、多くの魔法師にとって簡便な術式も作れればとは思っていた。

 

 司波達也が使っていたループキャストのように……。

 だが、そこに出来ない奴にも魔法が使えることを簡便化させようという考えはあっただろうか。

 

 恐らく無かった……。ウィードだ、ブルームだ、などという差別的考えはあずさには無かったが、それでも魔法が上手く扱えない人を「哀れんだ」ことはあったはずだ。

 

 哀れんで……憐憫を覚えて、そこで終わりとなった。

 

 中条あずさにとっては、そこで「終わり」となっていた話でしかなかった。

 

 それもまた―――差別というものだった。

 

「まぁ別にすべての魔法師に博愛精神だのをもたせようなんてのは無茶な話ですが、少なくとも「観測」した限りでは、1科と2科の「境界」を無くす流れ現代魔法師にとっての『グランドオーダー』は失われた……。

 ―――「枝」は既に「打たれた」ままです。『魔■使い』が来訪する世界になるには、2000年以上も前に流れが失われてしまいましたので」

 

 いきなりな話の流れの転換。一瞬、あずさは呆然としてしまった。

 

 最初だけは現在時制でのことを話していたのに、次なる言葉はあまりにも「遠い世界」、しかし「近い世界」でのことを話されているようで―――ひどくもやもやとした気分をあずさは覚えた。

 

「え? ど、どういう意味ですか?」

 

「気にせず。ある種の独白です。まぁともあれ、このままの差を放っておけば、2020年の米国での「ジョージ・フロイド」のような騒ぎになりましょう―――まぁ全ては「2000年」遅かったとも言えますがね」

 

 その言葉でなんとなくは理解する……。つまり人種的な分断ではなく、能力的な優劣や教育の有無で生まれた能力差から来る差別感から、魔法師にも分断は来るのだと。

 

「魔法師社会は団結と友愛を謳いながら、能力が高くない者たちを平気で放置して、その割に何かあるごとに同胞だというアピールをする変節は見えますものね……」

 

「その末が横浜でのことですからね。好きで落ちぶれている人間であるならば、それでいいんですよ。けれど、必要があって改造した存在であるならば、それを放置しているなど無責任です」

 

 これらの問題はアスリートなんかにもある話だ。

 故障をしたプロスポーツ選手がカムバック出来なかった場合の再就職問題など、あらゆる意味で潰しがきかない。

 

 更に言えば、プロ選手時代の「強烈なイメージ」が残っていれば、別業種に転ずるのもなかなかに難しい。

 

「だからこそアーシュラにとっては、魔法師がとても矛盾した存在に思えるんですよ。

 魔法師の誰もが使える器具を用立てておきながら、それを本当の意味で誰にも使えるようにしていないことがね」

 

「……魔術は違うんですか?」

 

「大いに違いますね。才能の差、積み重ねてきた歴史の長さこそが「力の強さ」となる世界なので、血統交配によって一つでも魔術を使える「線」を「加えていく」ことに拘泥しています――、我々の体こそがホウキであり、「世界」に繋ぐための「器物」なんですよ」

 

 魔術とは執念であり、己をそのための「歯車」に置き換えることだ。

 

 際限なく体を苛む痛みも、全身を改造していく不快感も、全て呑み下して己を生命体として「上がらせていく」ことだから。

 

 別に支払っている代償が違うからなんてことを言うわけではないが、それでも―――。

 

「連絡入りました。さっそく部員争奪戦で一人の女子生徒が拘束されているそうです」

 

「わ、分かりました。けが人が出るかどうか、連絡を密にしてください」

 

 ―――雑談は終わりを迎えて、仮設テントでの作業が本格化する。

 

 結局の所、この流れは止められない。

 

 2095年を迎えて魔術師が滅びず生き残ってしまった世界にて、人理は……腐り落ちようとしているのだから。

 

 ・

 ・

 ・

 

 司波達也と走り出したアーシュラは、前方にて揉みくちゃにされているのが、顔見知りであることに気づいて声をかける。

 

「あれエリカじゃないかな?」

「だな。行くぞ」

「ラジャ!」

 

 非魔法競技系の部活。衣装から察するにバレー部とテニス部の取り合いに巻き込まれたエリカを救出すべく声掛けをする。

 

「風紀委員の巡回でーす! 強引な勧誘・スカウト行為・客引きは禁じられています!! 即座にそこの一年の赤髪美少女を離すように!! 三密を回避してソーシャルディスタンスを保持するように!!」

【挿絵表示】

 

 

 2020年のコロナウイルスに対する訓告と都内の風俗店に対する警察の注意喚起にも似ていたが、アーシュラの警告は功を奏していた。

 

 だが、それでも止まらない人間も一部にいるわけで―――。エリカのソーシャルディスタンスを脅かす相手に―――。

 

 おまんら許さんぜよ!! と言わんばかりにヨーヨーではなく、アーシュラの手に赤布が握られた……。

 

「警告はしました!! よって排除します!!」

 

 先程の委員長に対するかのように、アーシュラが持っていた赤布が風に吹かれてもいないのに張力を持って、四方八方に飛んでいく。

 

 そして最後の口決が唱えられる

 

「――――『私に触れぬ』(ノリ・メ・タンゲレ)―――」

 

 言葉は下知であり、意思持つ布となった赤布が、不逞な行為を働いた先輩方の全身を拘束した。

 

「「「「うぇええええ!?」」」」

「「「「ど、どういうこと―――!?」」」」

 

 如何に二科生主体のバレー部とテニス部だが、魔法師としての感覚で、とりあえず抵抗を試みたのだが、CADを操作出来る連中ですら、その拘束から逃れられない。

 つまり―――あの布は、魔法を弾くほどの器物であるということだ。

 

「無駄です。マグダラの聖骸布は、男性の拘束に関して絶対的ですから」

 

『『『アタシたちはどうなる!?』』』

 

「―――ワタシの基準判定で、XX染色体から外しておきました」

 

 お前ら♀じゃねぇという無情なる宣言に対して、女子生徒が抗議する前に口元を包む赤布。

 恐ろしいほどの早業。そしてその間に肌も露わなエリカが乱れを直しながらこちらに出てきた。

 

「た、助かったよ。アーシュラぁ」

 

「気にせずでいいよん。―――いま見たように、ワタシの取り締まりは厳しいです。こちらにいるバレー部、テニス部のように『芋虫』みたいになりたくなければ、『正しい部活勧誘』をしてくださいね?」

 

 エリカに気軽に返した後に、ぞっ、とする程に朗らかな笑顔の下、周囲に放たれた言葉に魔法競技部ですら恐ろしい想いだ。

 アレは魔法では弾けない。一度放たれれば、確実に違反者を取り締まる『天の羽衣』である――。

 

 周囲は騒然を終えて、しずやかな勧誘をする。ヒートアップしがちな所に放たれた言葉は、正しい勧誘活動の為になっただろう。

 アレで拘束されるという醜態は演じたくない。よってそういうことだ。

 

「流石だな。って―――こんな使い方も出来るのか?」

 

「エリカ、お色直しはちゃんとしなよ」

 

 達也の称賛など聞いていないように、アーシュラは次の手を打っていた。

 

 布全体の面積とかどうなっているんだろうと思えるぐらい、バレー部とテニス部を拘束しながらも、エリカに試着室よろしく布のカーテンを与えるアーシュラの気遣いである。

 

「これ時間制限ありで落ちたりとかしないわよね?」

 

 試着室の向こうからエリカのくぐもった声が聞こえて、意外と分厚いのかな? とも思った。いつの時代のコメディ番組のセクシャルハプニングだよ。と達也は思いながらも――――。

 

「フフフ、ワタシの魔力も有限だから、張力もいつまでもつか……保証はできません!」

「からかうなよ」

 

 エリカに対して言ったアーシュラの頭―――金色の髪のそれを小突いておく。まぁその後、10秒もしないで整えたエリカがカーテンから出てきたわけだが。

 

 少しだけ髪を叩いている辺り、完全ではないのだろう。同時に芋虫状態のバレー部員、テニス部員も解放された。

 

「―――さて、反省しました?」

『『『『はい…………癒やされました』』』』

『『『『不覚にも気持ちよかったぁ……』』』』

 

 アーシュラの言葉とは真逆な言葉だが、ヒートアップした精神は少しだけ落ち着いたようだ。

 そういう効果もあるのかな? と達也は思いつつ、アーシュラが答えてくれるとは限らないので、まぁそのままにしておいた。

 

 布から出た先輩部員たちは、健やかな顔で『よければどうぞ』とチラシと入部届がセットのものをエリカに丁重に渡して、違う人への勧誘に入っていった。

 

「何というか、俺のフォローは必要か?」

 

「エリカとふたりっきりになりたいならば、どうぞ! 深雪ちゃんへのコールは、瞬時に完了できる!!」

 

 通信待機状態の端末を見せつけてくるアーシュラに、頬がぴくぴく動く。

 やはりこの子は放っておくわけにはいかないなと思いつつ、とりあえずエリカの方に予定を聞いておく。

 

「うーーーん。第2小体育館で剣道の演武があるとか聞いたから、そっちに行ってみようかと」

「分かった。こっちも一通り回ったらそちらに向かってみるよ。行くぞアーシュラ」

「ラジャー」

 

 ―――エリカと別れて数分後。

 

 先ほど聞いた委員長の言葉は事実だったらしく、再びエリカのような被害を受けている女の子2人を見た―――。

 

「あれは光井 雫さんと北山 ほのかさん!!」

 

「逆! 苗字と名前が逆なんだけど衛宮さん!!」

 

 名前を間違えたアーシュラだが、わりかし本気でそう思っていたらしくて、「あれ違ったけ?」と悩む様子だった。

 

 仕方なく今度は達也が声かけをすることにした。

 

「風紀委員です。乱暴な勧誘は止めるように、即時の活動停止を!」

 

 達也が前に出て警告を発する。背後でアーシュラは聖骸布の投射準備をしていた時―――。

 

 集団が少しだけ遅滞をした瞬間、アーシュラの耳に車輪が走るような音が入ってきた。

 

 聞こえると同時に、明後日の方向から―――ボードが勧誘をするための集団を割るように駆け抜けていき―――『ちんまい子』(北山 雫)『胸モリの子』(光井 ほのか)を脇に抱えるはボードの操り手。

 

 年齢は―――多分、三年生以上『OGかな?』とアーシュラは思っておき、自信満々な顔と、形だけの手謝罪をする顔とが―――2人を連れ去っていった。

 

「バイアスロン部だ!」「取られたぞ!!!」

 

 脱兎のごとく駆けていく2人に唖然としていた達也とアーシュラだったが……取り合えずの行動方針を決めなければならない。

 

「どうする?」

「今日のOG訪問の予定はない。完全に学内不法侵入だ。いくぞ」

「追いつける?」

「問題ない。お前も遠慮せず『速度』を出せ」

 

 面白がるようなアーシュラに対して怒るような達也だが、その言葉を聞いてから駆け出すは早かった―――。

 

 そんな様子を魔法科高校の屋上から見ておく男女。学生とは違い成人した男女は、学校の有名人となりつつあるが、その平素の姿をさらけ出していた。

 

 娘であるアーシュラからすれば、いつも通りの話だが……。

 

「魔法科高校の生徒は海賊の末裔(地元の呉服屋)か? ……まるで『黒豹』見ているみたいだぞ」

 

「確かにカエデとアヤコにも似ていますね。それを追う我が娘の姿―――フォローはシロウが入れてくださいね。私のは威力過多ですから」

 

「はいはい。あんまり―――『情けない娘』を演じさせるのも悪いからな。フォローは『最後の最後』だぞ?」

 

「分かってますよシロウ」

 

「アルトリア……」

 

 魔法科高校の屋上で、密着状態で、分かってる会話でいちゃつき合う教師夫婦。

 

 夫婦は裸眼でチェイスの様子を見ていたのだが、その様子を『眼』で見ていた七草真由美は、この人達の風紀を正すことは出来ないのかと思ってしまいながら、当てられてしまうのだった。

 

「大丈夫か七草?」

「全然ダメでーす……」

 

 突っ伏してしまうほどにダダ甘、父が恩義を感じるという夫婦の姿を見ていた所に、十文字の気遣い。

 

 気のない返事をしつつ、手を振ってから問題でも起こったのかと聞く。

 

「いや、特に『いつもどおり』の風景であることを教えに来ただけだ。まぁ落ち着きを取り戻すのが通常よりも早かったぐらいだが」

「それは良かったじゃない」

 

 だが、それで話は終わりではなく、近くの座椅子に座る軋むような音で真由美は顔を上げて、そちらに向ける。

 

「……話はそれだけ?」

 

「少しばかり慰めてやろうかと思ってな。随分と、衛宮と藤丸に引っ掻き回されたみたいようだからな」

 

「魔術師っていうのは、私達とは違って古い存在だと思っていたけど、何ていうか……全然違う存在なのね」

 

「俺も理解は中途半端だがな。彼らは魔法師よりも「先」に到達した存在だ。

 一般的に、俺たちが使うサイオンと、彼らが主に扱う「真エーテル」と「疑似エーテル」というのは、質が違う力だ。現象に対する改変度の「硬さ」で言えば、どうやっても後者に軍配が上がる」

 

 未だに魔法師たちが魔法を使う際のサイオンが、どこから捻り出されているかはわからない。

 

 明確なものは分からないが、体力の減退、あるいは衰弱とでも言うべきものが、魔法を使いすぎれば発生する以上……体内の燃焼カロリーでも使っているのではないかと思われる。

 

 だが、脳の栄養たるブドウ糖が減っているとも言われて―――はっきりとしたことは分からない。

 

 それに対して彼らは「精気」…オドというものを己の魔力精製器官で生み出して、エーテルへと変化させているのだ。あるいはオド自体がエーテルとも言えるが……。

 

「十文字君が魔術師を知ったのは「東京でのこと」が原因だったのよね……?」

 

「お前は弘一殿から「家から出るな」と言われて、当時のことを知らなかったからな……俺は協会が組織する自警団みたいなものに入れられて、警邏を行っていたんだ」

 

「そこで「彼女たち」を知ったのよね……」

 

「ああ……今でもあの夜のことは忘れられないな。魘されるぐらいに凄まじく悍ましい闘争の場を、砂浜か公園でも駆けるような少女たちの姿は忘れられない」

 

 5年前といえば、十文字は13歳か12歳……当時からこの巌の体格の厚さとそれにそぐわない緻密な魔法操作は、多くの人間に次代の魔法師界の指導者たれ、という期待を向けさせていた。

 

 今でもそうだろうが……。

 

 そのことを聞こうとすると、苦い顔と少しだけ微笑んだような顔をしてから―――これ以上は言いたくないというのがお決まりだった。

 

「俺が知りうる限りでは、彼らは市原の言う通り、ロンドンは「時計塔」の主流たる「アルビオン派」とは違って、どちらかといえば魔法師に寛容な「カルデア派」だ。

 そんな彼らがこちらに関わってくるなど―――再び起こるのだろう。

 魔法師では、容易に対処できぬ魔導の怪異が……」

 

 魔導の怪異。言葉だけを聞けば、いつの時代のライトノベルの世界なのだろうと思える。

 父の書斎にあった2000年代初頭のレトロなものを、戯れに読んだ覚えがある真由美は思い出す。

 

 それこそ昔の日本に存在していた「陰陽寮」や「神祇省」という、ある種の「神秘分野」―――かつては信じられていた「力」を司る機関のエージェントが現代にも生き残っていて、その力で俗世の人々を怪異から守る……。

 

 そういうのに近い存在は自分たち魔法師のはずだが、魔法師はそういったことを鼻で笑って、最大級に罰当たりなことに、「山田風太郎」大先生の「魔界転生」を荒唐無稽などと破り捨てるようなメンツが多い。

 

 思い出してから十文字を見ると……。

 

「―――お前の陰謀にあれは加担せんよ。お前の望みは、お前自身の手で成し遂げろ―――ただ、衛宮や藤丸の言う通り「手遅れ」なのかもしれんがな……」

 

 その言葉に寂しさを滲ませた十文字の言葉が部活連の会議室に染み込んでいき、裏側で動く事態は―――草場を這いずる蛇のように侵食の手を伸ばしていたのだ……。

 

 



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第9話『トラブルシューターⅢ』挿絵あり

 

 

 

「ふむ。随分と凄いのねぇ―――けれど霊的防御なんて無いのは不用心……というよりも、そういう技術が無いのでしょう」

 

 校舎内に紛れこませた傀儡、『犬の使い魔』を通して見えてきた学生らしい光景に少しだけつぶやく。

 犬は何かを叫んでいるが、とりあえず黙って偵察しつつルーンを打ち込めと言っておく。

 不満げな気持ちがこちらに流れ込んでいるが、「魔女」はそれを黙らせつつ犬の視ているものを詳細に見て、頬に手を当てる。

 

 魔女は―――紅潮していたのだった……。

 

「ふふふ。カルデアの姫騎士ちゃんは随分と騒がしいのね。英雄の姫(プリンセスブレイブ)はそうでなければね。やはり欲しいわ……」

 

 魔女は蕩けた顔で、そんなことを言う。言いながら足元の犬、狼とも言える「使い魔」に生肉を与えておく。

 

 中々にいい肉、牛の『腸』らしき内臓を無造作に投げたことから分かることだが、犬たちはドッグフードなどをこの方食べたことはない。

 主人たる「魔女」が手ずから与える肉はいつでも新鮮なものであり、己が高まることを感じるのだ。

 かつての「野生」のチカラを取り戻しつつある自分を認識している―――。

 そう感じた「魔女」は、「いい子ね」と喉を一匹一匹撫でてから食事を再開させる。

 豪奢な部屋、調度品も立派にすぎる床を存分に汚しても構わないとする魔女は、使い魔たちを満足させてから、犬の視界にロックをさせつつ依頼主に通信を入れる。

 

『―――ミス、なにかありましたかね?』

 

「随分と早く通話に出るのね。ミスター?」

 

『この司 一、あなたのような美女からの通信ともなれば、どんな仕事を放り出しても通話に出ましょう』

 

 モノホンのテロリストに仕事など、あまりにも不釣り合いな言葉だが、それでも会計監査や様々な支払いなどあるのだろう。

 

 如何な廃工場とはいえ、テロリストたちが寝泊まりして武器を自作ないし整備するとなれば、光熱費から水道料金にと、多くの金が使われる。

 

 有史以来、軍隊というものは戦闘をしている時よりも滞陣しているときの方が金を使うのだ。

 

 上辺だけなのか本心からなのかは分からないが、こちらに対して遜った言い方をする司に対して提案を行う。

 

「私としては少々「匂わせて」おきたいのだけど、アナタはどうお考えで?」

 

『本音を言わせてもらえば、新入生歓迎期間になにか面白い素材がいないかと思うのですけどね……まぁいいでしょう。正直、今月の星の巡りは私はよろしくないので、ミスの判断にお任せしましょう』

 

「けれど―――「やる」のでしょう?」

 

『……『出資者』は無理難題をおっしゃるもので』

 

 苦い顔をする司に少しだけ同情しつつも、それがお互いの仕事だと納得をしておいた。

 

「―――サヤカさんは、学内を混乱(シェイク)させるための切り札。まぁちょっとしたゴーストを発生させます」

 

『御意、キノエなどコラボレーター(情報提供者)たちには「何か」が起こるとだけ言っておきましょう』

 

 あまり詳細を語りすぎると何かの嫌疑をもたせてしまう可能性もある。あまりにも用意が周到すぎたなどなど、周りから疑いの眼を持たれてしまうかもしれないからだ。

 

 ゆえに―――魔女の戯れ。遊びが一高を混乱させてしまうのだった……。

 

 † † † †

 

 

「司波くんってニンジャを師匠に持っているんでしょ? 走り方は、そんなんでいいの? スリケンとか使って足止め出来ない?」

 

「腕を後ろに流して前傾で走り続ける走法なんて、あの作品だけだ。そしてスリケンとか意味が分からない―――でどうする?」

 

 アーシュラからの、テンプレートでありながらも忍者に対する偏見混じりの言動に、どうしたものかと達也は頭を悩ませてから、最期には真面目な話をする。

 

 雫とほのかの体重を感じさせない抱え込まれだが、ともあれアブダクションの現場なわけで、何とか止めねばならない。

 

 要は―――どちらかが前に出て通せんぼする必要があるわけで、その役目をアーシュラは担うことにするのだった。

 

「私があちらの前に出るから、キミは後ろから追撃よろしく」

 

 言ってからアーシュラは全身から吹き出る魔力放出のベクトルを調整することで、超速での移動を開始する。

 

 母 アルトリア・ペンドラゴンという『女性』から受け継いだ魔力のアフターバーナーと大出力のエンジン。それを思いっきり『踏み込め』ば、その速度は尋常のものではなくなる。

 

 当然、魔法師であろうと追随出来なくなるほどの、秒もしないうちのトップスピードへの変化は、達也を置き去りにしてボードを操る連中に並走する結果となる。

 

「ちょっと――止まってくださーい。あなた方のやり方は違反でーす」

 

【挿絵表示】

 

 ボードを操るOGに並走するまで秒もかからなかったのは、あちらにとっても予想外だったようだ。

 ボードのローラーは動き続けているが、2人の同級生を抱えていた長身の女性二人は、横にいるアーシュラの姿を見て、あからさまに驚いた。

 

「―――――えええええ!!!!!????」

 

「ア、アナタ! 歩行でボードに追いついているっていうの!?」

 

「そうですけど――、とにかく止まって、その胸がモリモリの子とちんまい子を離すように―――」

 

 走りながらも山で『こだま』を響かせるようなポーズを取り、明確に『声』に魔力を乗せた上での言葉を発する。

 被害者2人が表情を微妙にしていたが、分かりやすい表現を優先した結果である。勘弁してほしいものだ。

 とはいえ、OGは鼻水垂らしかねないギャグ顔から一転してCADを操り、こちらを妨害しようと魔法を発動させてくる。

 

「中々の健脚だが、ここで負けるわけにはいかない。頼んだよ涼歌!!」

「任せていいよ。颯季、あなたの『秘密』を覗かせてもらうわ!!」

 

 短髪で活発そうなのが颯季という人で、長髪でしずやかそうな人が涼歌というらしい。分かった所でアーシュラにとってはどうでもいいことだが。

 

 地面が隆起を果たして段差を作り上げる。その所作に足を止めていなかったことで一動作遅れるも、アーシュラはつんのめりそうになるが、構わず飛び上がる形で避けた―――瞬間、風祭涼歌の魔法が発動。

 

「アナタのスカートの中身、見せてもらうわよ!」

 

 飛び越えた段で遅行で発動する魔法。乱流がアーシュラの真下から吹き上がる。

 

 いわゆる今では見られない地下鉄の通気口から吹き上がる風―――マリリン・モンローで有名なスカートめくりのシーンとなるはずで、後ろで追走していた達也をボードに乗っかる摩利が追いつき眼を閉ざそうとした瞬間。

 

「―――風。『運』が悪いですね。卒業生さん―――」

 

 瞬間、風祭涼歌が驚愕するのを萬屋颯季は眼にする。

 

 相手方を妨害するはずの風―――操り吹き上がるはずのそれが、相手を『進行方向』に押し流す風に変わったのだ。

 

「そんな!? どうして!?」

 

「ワタシのお母さんは、風を操ることが得意なんですよ。スワシィの谷での『大シーザー』との戦いでも、風を操って空を舞ったぐらいです」

 

 谷の霊力を根こそぎ奪ったローマ皇帝『ルーシャス』との壮絶な戦い―――時に空中戦まで行った果てに、大ローマ連合軍はルーシャスごと『歴史』から消え去ったはずなのだが……。

 

 やった本人も『そんな戦いありましたかね?』と懐疑的。

 

 ボケたか? という言葉に対して竹刀を使っての実戦式訓練であった。

 

 おにょれ鬼母―――と思いながらも、その時のことが『糧』となった。

 

「風よ。我が意に応えよ!」

 

 風祭涼歌の風を奪ってボードの進行方向に先んじて着地。風に運ばれる姿に風の竜を達也は感じた。

 アーシュラは振り向くと同時に、見えたボードの違反者に対して呼吸を整える。

 

 数秒で吐き出される『竜の息吹』(ドラゴンブレス)

 

 高密度の『エーテル』を利用した対抗魔法が、ボードにかかる慣性力から発動させようとしていた魔法式・起動式全てを根こそぎキャンセルした。

 

「「うそーーーーん!!!」」

 

 古典的な驚愕の声をシンクロさせたOGだが、物理法則そのものはまだ生きており、マグダラの聖骸布で『風』を包み込んで、エアバッグとして2人と2人を受け止めた。

 

 巨大な風船のごときそれに衝突したことで、捕物は終わりを告げるのだった……。

 

 

 † † † †

 

「確かにお前たちの魔法力はとんでもないが、それを以て過激な勧誘行動をするなんて言語道断だ!! OGだからと容赦はしないぞ!!」

 

「うわっ、摩利ってば、ちょーおこ()じゃん」

 

「きっと『ナオツグ』と上手く行っていないのよ。倦怠期ってやつね」

 

 人のことは言えないのだが、随分と人の神経を逆撫でする言動を正座しながらも行うOGの先輩2人である。

 ちなみに言えば聖骸布で拘束済みである。

 

「あ、あの摩利さん。流石に2人も反省した―――いえ、してないでしょうが、これ以上は暖簾に腕押しですから」

 

 その時、短髪のジャージ姿の女子―――くりくりした眼が特徴的な人が、フォローにならないフォローを入れてきた。

 

 同級生にしては、随分と謙った言い方をする女子バイアスロン部部長『五十嵐亜実(つぐみ)』の言葉に―――険ある視線で見ながらも、渡辺摩利は眼を瞑って嘆息をした。

 

「衛宮、離してやっていいぞ」

「いいんですか?」

 

 アーシュラの質問に対して再びの嘆息をしながら摩利は口を開く。

 

「ボードは既に没収済みだ。仮にバイアスロン部から違うのを借りパクしたならば―――今度は連座制で五十嵐も同罪にする」

「き、肝に銘じておきます……」

 

 最後に釘を差したのは、現役部員に対してであった。

 

 反省云々はともかくとして、これ以上は支障が出ると思ったのだろう。ともあれ委員長の指示がそれならば、問題ないだろう。

 

 聖骸布の拘束を外して立ち上がった2人のOGは、身体の調子を確認してからアーシュラに近づいてきた。

 

「中々の使い手だな。まさか涼歌の風を奪うとは予想外だったよ」

「アナタもSSボード・バイアスロン部に入らない?」

「興味ないです。そして風紀活動が終わり次第、弓道部に入部届を出しに行くので」

 

 首筋に蠱惑的に指を這わせようとした風祭を躱して、アーシュラは距離を取る。

 アーシュラが1学年の主席であることを『知っている』だけに、もったいない思いがあるのだろう。 

 

「自分たちは、そろそろ通常業務に戻ります」

「ん、そうか―――って!? お前ら舌の根も乾かぬうちに!!!」

 

 達也が渡辺委員長に話しかけたスキを狙ってか、2人のOGは、木の陰に隠しておいたらしきボードを手にして走り去ろうとしていた時に―――。

 

「予備のボードぐらい元から持っていたのよ!!」

「馬鹿め―――私達の勧誘活動は―――」

 

 瞬間、上方から飛んできた吸盤付きの矢2本―――何かの札が張り付いたそれが、萬谷と風祭の額に猛烈な勢いで張り付き―――。

 

「「へ?」」

 

 ぽんっ!! という間抜けた擬音の後に、2人の姿が忽然と消えた。

 

 もはや音も光もなく、その場から完全に消えさった現象に―――誰もが驚く。約一名を除いて―――。

 

「「「「――――!?」」」」

「あっ、お父さんの『妖精矢』だ」

 

 アーシュラは、その場に残された吸盤の矢尻を持つ矢を手にしてから札を検分。そういう効果かと理解する。

 

「真由美!? 萬谷と風祭はどうした!?」

『こちらで確認した限りでは、矢を受けたあとに2人の姿は、校門前に『移動』していたわよ―――まさか『瞬間移動』、いえ『空間転移』!?』

「そんな大層なものじゃないですよ。まぁ多分、校内に入れなくなってるんじゃないですかね」

 

 通信機の向こうにいるだろう七草会長に対して、摩利の方に行きながら通信に答えるアーシュラ。

 

『そ、そうよ。何か見えぬ壁に進行を遮られているように見えるわ』

 

 その言葉で父の『お仕置き』を察したアーシュラは、バイアスロン部の部長に声をかける。

 

「五十嵐先輩でしたっけ? あの人達のアドレスぐらい知っていると見て言いますが、多分『今日いっぱい』は、一高内に入れないということを教えてあげてください。ついでにいえば、何か荷物があるならば持っていってあげてくださいよ」

 

「う、うん!」

 

 原理は理解できないが、真由美の言葉で深刻さを理解した五十嵐は、端末を取り出して通信に入る。

 

 それを見ながら、アーシュラは妖精矢を風化するべく風を操っていたのだが―――そこに達也からのツッコみが入る。

 

「士郎先生は何をしたんだ?」

 

「矢を射掛けた」

 

「そりゃ見れば分かる。射掛けた効果を俺は教えてくれと言っているんだ」

 

「教えない。他人の魔法を探るのはマナー違反じゃないかな? お父さんが許可してもいないことをキミに教えられない」

 

「まぁそう言われればそうだがな……」

 

 突き放す言い方のアーシュラに、少しだけ苦手意識を持ってしまう達也。

 

 そんなアーシュラと達也の「組」に対して、助けられた光井ほのかは聞きたいことがあるようだ。

 

「達也さんと衛宮さん―――風紀委員でコンビを組んでるんですか?」

 

「まぁな。どういったところでアーシュラは女子だから、最初ぐらいは着いてやらないと無情だろ」

 

「そ、そうですよね。流石は達也さん。優しいです」

 

 達也に対して「違うこと」を聞きたかったのだろうが、そこまで踏み込むことをしない光井ほのかを見ながら、色々と面倒な人間関係を感じたアーシュラ。

 

「よし、ここはもういいだろう。風祭と萬谷をふん縛れなかったのは業腹だが―――いい薬になっただろうしな。2人とも通常業務にもどれ」

 

 それに対して、アーシュラも達也も特に抗弁することはなかった。

 

「衛宮さん。ありがとうね」

「ありがとう」

「今後は気をつけてね〜〜」

 

 最後の最後で礼を言われて、注意勧告をしつつ、バイアスロン部の練習スペースから離れる2人。

 

 その背中を見ている光井からの、ジェラシーというほどではないが、ちょっとした妬みの視線にげんなりしつつ、アーシュラはため息を突くのだった。

 

 ―――そういう風なことは、もう、ご勘弁なのだ―――。

 





なかなか思った通りの絵は出てくれない。

普通の表情で走る絵図を出したいのに、必死こいているふうなのしか出ないのでこの辺りが限度ということ。あとその都度スカート丈が短くなって魔法科制服を改造したようなのにしかならない


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第10話『トラブルシューターⅣ』


前話にて恐るべき勘違いをしていたことは恥ずかしすぎた。

メッセージの方で指摘してくれた人ありがとうございました。私なりの修正をしておきましのでご勘弁を


 

 

 

 

 ―――見られている。そう感じたのはいつからだろうか。ともあれ、第2小体育館に着くと同時に何かの視線を感じて、視線の方向に眼を向けると―――無人であった。

 

 傍目には無人にしか見えないぽっかり空いた空間。

 如何に部員勧誘期間中だからと公称550人程度の学生しかいない「巨大な学校」なのだ。

 

 そんな所があっても不思議ではないのだが……。

 

(……『ちょっかい』かけるとしたらば、今じゃないよね。ならば今は―――放置するのみ!)

 

 待ちながらも「攻める」姿勢で相手に付け入る隙を与えない。

 

 御髪(みぐし)を三本ほど、痛みもなく抜いてから地面に巻いておく。

 

 達也の視線と意識は完全に手を振って招いているエリカに向けられており、その間隙に放たれた術は、紛うことなく発動を果たした。

 

(……何かをしたな。何であるかは分からないが、どうやら術の類であることは間違いない)

 

 達也としても一瞬の意識の「振り返り」が無ければ、気づけぬものだった。

 

 アーシュラのやったことの詳細は分からないが、強烈な魔力の残滓がある。

 

 アーシュラ及び立華に対する対処として、本家は―――

 

『アーシュラちゃんの交友関係…特に彼氏がいるかどうかを探りなさい! 特に達也さん。調べる過程で、アーシュラちゃんを好きになってはいけませんよ。

 立華さんの方は、いい友人になることをオススメするわ。彼女の祖母である『アニムスフィア大師』は、人理が進むことを良く思っているわ。

 ただ…根っこの所はメイガスですから、油断せぬように』

 

 前半の言葉の軽快さ―――というかカルすぎる言動。どちらかといえばかなり昔にいた「お見合いを薦める近所のおばちゃん」的な言動のあとに深刻な言葉。

 

 ニンゲン・インフェルノ(氷熱地獄)な叔母の言動に頭を痛めるのだった。

 

(叔母上は、衛宮家も藤丸家も知っている様子だった。アニムスフィア大師というのが、どんな人物かは分からないが、魔術師というのは千差万別なのか……)

 

 もちろん魔法師とて色々と違うのは存じているが、魔法師という立場からすれば、魔術師というのは隠棲した賢者で、彼らからすれば「もどき」たる魔法師を戯れに殺して回る連中だと思っていたのだが。

 

 当然、それがステロタイプな見方だとしても、魔法師からは見えぬ彼らなりの理屈こそが、魔法師との戦争を起こしたのだった。

 

(ジンリ……そこにこそ鍵があると思うのだが、素直に教えてはもらえないだろうな)

 

 そんな諦めの納得をしてから、エリカの招きに応じてアーシュラと共に第2小体育館に入るのだった……。

 

 ・

 ・

 

 入った第2小体育館では剣戟伯仲という程ではないが、中々にいい剣の稽古が為されていた。

 

 これが相津郁夫の言うところの剣術部の稽古なのかと思うも、エリカは違うと言ってきた。

 

「剣術は魔法戦闘術であって、剣道はスポーツ競技という区別がされているのよ。アーシュラがいたUSNAではどうだったかは知らないけど、日本ではそういう区別なのよ」

 

「ふーん。ここでも「区別」なわけか。ヘンなの」

 

 素気ないアーシュラの感心に、エリカはたじろぎながらも言葉を重ねる。

 

「ならばアーシュラにとって、『剣』って何が至上だと思えるの?」

 

「―――「空位」に達することでしょ。全てを絞って磨いて究極にまで、これ以上ないというぐらいにその存在を削り落として、それでもなお残る『何か』。「 」(から)に至るほどの悩ましく、切ないほどに至るに至れない境地に、座に達すること―――」

 

 アーシュラから出てきた言葉に、近くにいたエリカと達也だけでなく何人かの耳目を集めた。

 

 そんなアーシュラは―――

 

「―――と、時々「南極付近」やリッカの本家で出会う剣士のお姉さんからは言われていたよ。

まだ幼い頃には「あーちゃんってば可愛すぎるわ〜〜! この可愛さだけで私は、うどんが10杯はいける!!」とかいう愉快でペドフィリアかつショタコンな「二刀流の剣士」から、ね」

 

「誰よ。ソイツ……むぅ……それが事実ならば、ちょっと一手仕合たいわ。そんなシバレン先生の眠狂四郎みたいな剣客、実在しているならばね」

 

「円月殺法は使わないよ」

 

「はいはい。『本当』かどうかすら分からないんだから」

 

 そんな言葉でお開きとなる、何というか血潮たぎるガールズトーク。矛盾した表現だが、そうとしか言えないものを最後に剣道部の演武は始まる。

 

 その演武は、エリカいわく『つまらない』ものだったが、アーシュラにとっては少しばかり面白いものであった。

 

(武神、鬼神の類が憑依されている―――デミ・サーヴァント程ではない『深度』だけど、全てを3手で終えられるところをいい形で打ち放っている。自分が終わらせることを当然としながら、そこに至るまでに相手にも何かを「気づかせている」……)

 

 いい指南役であるとして、対称的な美少女2人に挟まれている達也は苦い顔をしていたのだが、状況に変化が起こる。

 

 剣道部の演武に突っかかるのは、エリカいわくの「似て非なるもの」たる剣術部であった。

 

 どこの世界にも「バカ」はいるもので―――。

 

「どうするー?」

 

 アーシュラとしては、ここで止めるのも吝かではなかったのだが……。

 

「まだ部活間のただの諍いだ。事態の推移次第だな」

 

 バカが余計な茶々を入れたことに対しての達也の返答は、かなりドライなものであった。

 

「左用ですか」

 

 だが、達也の方の判断を尊重しておくことにした。

 

 結局の所、その後、剣道部のアイドル『剣道小町』たる壬生と剣術部のエース桐原との間で、試合が勃発。

 

「―――……」

 

 その試合自体は、まぁ平凡なものだったが打ち合い打ち込みの気迫は相当なものであり―――。

 

 最後には、壬生紗耶香の突きが決まり、勝負は決した。

 しかし壬生の勝鬨勝鬨の宣言―――。

 

「真剣だったら、アナタの負け」

 

 そういった文言で―――キレてる『演技』をする桐原という2年生は、CADを起動させる。

 そして―――高周波の剣が出来上がるのだが……掲げた剣から放たれる振動(おと)が――――。 しゅん……という風な『か細いもの』に代わり、収まる。

 

 尻すぼみなその現象に一番最初に驚いたのは、やった方の桐原であった。

 

「―――え? ……」

「…………真剣?」

 

 真剣を見せてやると言われて発動させた魔法だったのだが、相対する壬生ですら何か拍子抜けしてしまう結果が起こり問い返した。

 

「ああ、うん……もう一回いいか?」

「どうぞ」

 

 桐原と壬生のやり取りに、何でだよ? というツッコミを入れたいのだが、NG出してしまったならば、マイク前(?)に全員集合である。音響監督(?)の指示のもとリテイク。

 申し訳ない想いで、今度こそ録りを成功させるのだ杉田。

 

「だったら―――真剣で勝負してやるよ!!」

 

 セリフすらもリテイク。同時にCADが起動式を解凍。同時に竹刀に魔法の輝きが纏わりつき―――。

 

「ふぁああああ〜〜」

 

 盛大なアクビをあげる美少女の雑音(ノイズ)が走り―――再びの魔法不発動。

 しゅん……か細い音を聞いて、その結果に目をつむりながら涙を流す桐原(すぎた)

 

 竹刀を掲げたままの姿勢で、何か世紀末覇者を思わせる。

 

『我が生涯(高周波ブレード)に一片の悔い無し』

 

 そんな無言での言葉を察して、刑事2人は演武場に舞い降りて―――

 

「―――もう用事は済んだでしょうか?」

 

 はぐれ刑事のシバさんが優しく問いかける。問われた犯人は、その『声音』に長年の親友み(?)を感じて、そっと頭を下げながら拳を重ねて差し出した。

 

「はい―――お世話になります」

 

 完全に自首をする様子。推理ものにおける『犯人』も同然の桐原に、ワッパならぬ聖骸布が掛けられた。

 

「午後3時26分―――被疑者確保。場所第2小体育館。被疑者は肩を負傷している模様―――救護班の準備をお願いします。取り調べの際の店屋物は、カツ丼親子丼うな丼―――どれがいっかなー♪」

 

 女刑事の『エミヤ』さんが、そんな言葉を吐いた瞬間、剣術部を筆頭に―――何名かは剣道部も含めて声が上がる。

 

『『『『なんなんだこの茶番は――――!!!???』』』』

 

「いや、茶番とかそういうことではないですし、魔法の不適正使用の現場だったので、確保です」

 

「これといった被害者はいませんが、まぁ本人が犯行を認めてますからね」

 

「き、桐原くんはそれでいいの……?」

 

 被害者になる予定だった壬生先輩が呼びかけたが、桐原先輩は俯くばかりだった。

 

「これが……誰かを凶悪な得物で打ちのめそうとした仕打ちならば、受け入れるべきだろ……あんまりそんな―――『誰か』を倒そうとして『怖く』(つよく)なるなよ。オレ―――そんな壬生は見たくないよ―――」

 

 その言葉の真意はともかくとして、それで収まらないのは剣術部の人間たちであった……。

 

「ふざけるな!! 桐原なんぞ剣術部の中では最弱!!」

 エースじゃないのかよ。というツッコミも野暮だが……。

 

「誰だか知らないが何者かに負けるとは剣術部の……―――あれ? 敵は―――『誰』なんだ? ……」

 

 そう。剣術部の人間たちはいきり立つも―――『どこ』にその怒りを向ければいいのかは『分からない』。

 確かに壬生と桐原の戦いの発端は、売り言葉に買い言葉の応酬であったが、魔法が『誰か』にキャンセルされた後は……従容と逮捕に応じる桐原の姿しかなかった。

 

 怒りを向けるには、逮捕劇は静かすぎた。相手を這いつくばらせる派手な捕物ではないし、魔法をキャンセルしたのは、『誰』だか分からない。

 更に言えば―――キャンセルした技法が『分からなかった』……。

 

 正しく『ハウダニット』『フーダニット』『ホワイダニット』―――3つ揃ったミステリーが出来上がっているのだった。

 

「いや、えっと―――何が、ど、どうなっているんだ―――」

 

 答えの出ない懊悩に塞ぎ込もうとしていた時に……。

 

「あの風紀委員! 男子の方は二科生だ!! 二科生(ウィード)が風紀委員だなんて、どういうことだ!?」

 

「実力が認められてのことですが、こちらにいる司波達也くんは、12Gの高速機動でも操縦桿を手放さずに、デブリだらけのサンダーボルト宙域(?)を大火力と大出力で進み続ける現代の魔法社会が生んだ大豪傑!

 遠からんものは音にも聞け。近くば寄って目にも見よ!!」

 

 敵意が向けられそうになった時に、とんでもないヨイショをするアーシュラ。この娘は―――と拳を握りしめて殴りたい想いを達也は押し殺して、エリカを筆頭に盛大な拍手を起こされてどうすりゃいいんだ? という思いの中―――。

 

「やっぱりお前さんが噂の司波達也だったか。服部から色々と聞いているぜ……アイツを倒したんだってな」

 

「別に不意打ちの勝利みたいなものですしね。誇れるものじゃないでしょ」

 

「それでもその一回が引くに引けぬ取らなきゃならない戦いならば、違うだろうが」

 

 男同士の会話を続けていたが、それを聞いたとしても―――なにかに『煽動』されたかのように、剣術部は目を血走らせている。

 そしてアーシュラは―――ヨイショをしている最中にも、『達也』を『二科生』として指摘した相手から目を切らずにいた。

 

「憑依霊体……怨霊か」

 

 アーシュラの呟きに疑問符を浮かべた達也だが、次の瞬間達也とアーシュラに一斉に襲いかかる剣術部員たちの姿が―――。

 

「ふざけるなよ!! 補欠の分際で!!!」

「一年で女子の風紀委員だなんて生意気なんだよ!!」

 

 完全に一科生のアーシュラも狙った発言に―――。

 

「司波、衛宮―――逃げ―――」

「壬生先輩、そっちの人頼みますよ!」

「えっ……ええええ――――!?」

 

 一瞬にしてぐるぐる巻の芋虫状態にした桐原武明の身柄を、壬生先輩の方に預けた。

 

 息苦しいのか、それとも道着越しの胸の柔らかさでも感じたのか、息を荒くした桐原の姿を見てから―――。

 

「ちなみにいえば、マグダラの聖骸布は、口まで覆っても、呼吸を困難にはしません。聖人を包んだ布は、相手を害さず慰撫するものですからね」

「スケベッ!!!」

「ボンバイエイ!!」

 

 頭を叩かれたあとに、恐らく『ごめんなさい』とでも言おうとしたのか、まぁそんな風には聞こえない桐原の声を聞きながらも―――向かってくる相手に『躱し』を入れる。

 

 完全にリンチを行おうとする気概だが……。

 

 そんなものは『2人』の前では何の意味もなかった。

 

 驚異的な体術を披露する2人。

 達也が堅実かつ確実な躱しで相手を混乱させていく一方で、アーシュラは制服のスカートを翻すように華麗で繚乱に魅せるように―――羽持ちの妖精のように躱していく。

 

 戦士と妖精という表現が似合う2人。

 

 2人を中心に次から次へと剣術部員たちが襲いかかるも、付かず離れずのダンスステップでも刻むように、2人の姿は害されること無いように動き回る。

 全ての部員たちが、ぶつかり合い。体ごと縺れて武場の床に叩きつけられていく。

 

 当然―――2人は手を出していない。明らかな自滅であるが、誘われたことを理解して3度ほどあちこちに痛みを覚えた連中は、ことここに至り理解する。

 こいつらに、まともな(たい)で挑むは意味がないのだと―――。

 

 狭めていた包囲を少し広げて、魔法を発動させようとする様子に、嘲笑を浮かべながらアーシュラは口を開く。

 

「ワタシはともかく司波君に対して魔法を使いますか? ウィードだなんだと見下していた連中に、素手で勝てないからと、今度は『飛び道具』を使うとは―――魂の下劣さと同様に考えもあさましいですね」

『っ…………!』

 

 あからさまに侮辱されたことで、行動に遅滞が起こる。それがしかも、金髪の美少女―――学校の有名人からとなると、どうにも男としての矜持が……。

 

 だが――――。

 

「ならば―――!!! お前からだ!! 衛宮!!」

 

 最後には男としての誇りを投げ捨てて魔法を発動。

 移動系統の魔法で吹き飛ばすことを画策。

 

 荷重圧がかかるように企図。全ての魔法式が衛宮アーシュラにかかろうとした瞬間、アーシュラと同クラスの相津郁夫の叫ぶ声と、起こり得る惨劇を予想した誰かの悲鳴が響いたあとには……全ての魔法式が霧散する。

 

 正しく全ての魔法が現象を具現化させなかったの だ。

 

 魔法の不発という異常事態に誰もがざわつく。

 一番に不可解な思いをしていたのは、掛けた剣術部員たちだ。

 

「―――へ?」

「う、ウソだろ!? 俺の魔法はちゃんと、ちゃんと、え、え? ……」

 

 魔法への『信用』を失い『不能』になろうとしている人間が一人いたが、それでも魔法の『無駄撃ち』をして、腰を抜かしている人間が多い。

 

「言い忘れてましたけど、ワタシ―――そういう現象改変系の魔法が身体に具象化しない体質なんですよ。エイドススキンの厚みが段違いなわけでして」

 

「な、ならば―――!!」

 

 放出系魔法を放つ剣術部一人。火球5個が――アーシュラに向かうも……。

 

「だからといって放出系魔法が効くわけではないんですよねー♪ 先天的な魔法無効化能力者(マジックキャンセラー)なもんで」

「ウソダドンドコドーン!!」

 

 どちらにせよ、アーシュラを害する魔法などあり得ないのだという事実とこの上ない邪悪な笑顔に、誰もが打ちのめされる。

 

 ガラス片が割れるような音でサイオンの塊に変わる火球や空気弾の全てが、悪女に弄ばれたことで路上で踏みつけられ、打ち捨てられた花束にも見える。

 

 哀れなことに……アーシュラという『規格外』(イレギュラー)に効かせることを念頭においたせいで、既に息も絶え絶えな剣術部員たちの姿があった。

 

 その様子を何人かキャスト・ジャミングで黙らせながら見ていた達也は、『やれやれ』と思いながらも死屍累々の惨状にどうしたものかと想う。

 

 ―――そうした矢先に、殺気が飛んだ。

 

 あからさまなまでの殺気の持ち主は、剣術部の中でもリンチに加わらなかった人間であった。

 

「青葉!! 俺たちのカタキを―――!!」

 

 青葉と呼ばれた2年生だろう相手が手に握るは、竹刀ではなく木刀である。

 

 樫作りの硬そうなものを無造作に振るったあとには盛大な衝撃波が発生。倒れ伏していた剣術部の連中全員を勢いよく壁に叩きつけられた。

 

 身を踏ん張ることができた連中ならばともかく、身体すべてが弛緩しきっていた上に、サイオン枯渇をしていた剣術部にそれは防ぎきれなかった。

 

 否、それ以前に……。

 

(ガタイのいい高校生を吹っ飛ばすほどの圧力など―――)

(ただの樫作りの木刀でできることじゃない。ゴースト系列の『ポルターガイスト現象』―――適当なヤツに乗り移ったってところかな?)

 

 達也の推測以上の結論を出したアーシュラは、自分に目線が向いているのを察した。

 

 察してから呟く―――。

 

「魔界転生するならば、足利義輝とか連れてきてほしいもんだわ」

 

『■■■■―――!!!』

 

 つぶやきに答えたかのように、およそ人間の声帯では発せられないだろう音量と音域で叫ぶ青葉という男。

 

 強烈な出足の加速でアーシュラに突っ込む青葉に対して達也はキャスト・ジャミングを仕掛けようとしたが―――それよりも早く、アーシュラの後方にあった剣道部・剣術部の竹刀・木刀が掛け棚から勢いよく飛んでいく。

 移動魔法を得意として扱うものでも、これだけのことができるだろうかと思うぐらいに、いきなり何の起動式の展開もなく魔法が発動したのだ。

 

 よく見るとアーシュラは親指、人差し指、中指を揃えて立てていた。

 

 それで虚空をなぞる度に、竹刀と木刀は意志を持つかのように怒涛の剣戟で青葉を穿っていく。

 応じる青葉も進撃を終えて、武場の床に留まりて上下左右―――四方八方から突きかかり斬りかかる達人級の剣戟に難儀する。

 

 無人で振るわれる木刀と竹刀を見ていた達也は、それらが『なにか』によって振るわれているのを感じた。

 豪風を生むその戦闘の指揮者は―――。

 

「そろそろか……」

 

 そう冷静にいって剣戟の舞踏(ソードダンス)を変化させていく。指の動きの変化で、20本以上もの木の剣が青葉の上方で切っ先を真下にしながら奇怪な円運動をしていく。

 

 まるでギロチン(断頭台)の落刃のように落ちるときを待つそれを前に青葉は―――決断を迫られた……。

 青葉が選んだのは……前進! 再びの進撃を開始する様子とそのチャージングの勢いに誰かが悲鳴を上げた。

 

『■■■■■■――――!!!』

 

 武場の床が撓み歪むほどの進撃を前にして、それを阻むべく剣が勢いよく落ちていき、それを迎撃する木剣の群れ―――!!!

 

 下に向けた指の動きのままに動かずにいたアーシュラに迫る青葉。

 

「衛宮さん!!!」

 

 相津郁夫の上げる声の一瞬あとには至近にまで迫った青葉なる男の木刀が横薙ぎに振るわれて―――アーシュラの体が上下に断たれた。

 

 凄絶な絶叫が上がる―――。女子の大半が目を背けた後には、巨大な樹木…丸太に木刀を振るっている青葉の姿が……。

 

「変わり身の術!!!」

 

 正体を見抜いた達也の言葉の後には、その丸太の後ろにいたアーシュラの手から放たれた竹刀が、丸太を突き割りながら青葉の真芯を貫徹した。

 

 くの字に曲がるほどの突きの勢いに威力を誰もが察した。

 

 その時、達也他殆どの魔法師たちには、巨大なプシオンの塊…としか言えないものが、青葉の口中から吐き出されて空中を漂うのを見た。

 

 明らかに吐瀉物ではないものが出てきたことで、誰もが緊張を果たして、これこそが…元凶であると。

 

 

「出るものが出たわね―――投影・かい―――!!!」

 

 なにかの呪文を唱えようと力を込めた矢先に―――プシオンの塊は霧散する。

 

 ちょっとした圧を情報次元越しに魔法師は感じたのは、霧散とはいったが事実上の爆発も同然だったからだ。

 

 すべてが終わり、溜息とも残心ともいえるものをしたアーシュラは、振り向きながら言葉を紡ぐ。

 

「むぅ……『逃げたか』―――ということで……カツトさん。怪我人10人以上が出たので、救護班の手配お願いします」

 

「ああ、その100万ドルの笑顔を向けられたならば、男は誰でも願いを聞きたくなってしまいそうだな。―――司、面倒をかけた」

 

 誰もが驚いてしまうぐらいの大物が、剣道部の部長と外へと通じる戸で談笑をしていたのだ。

 正直、達也ですら気づけないほどに見事な隠形ではある。これだけのオーラを持つ相手が隠れていたとは。

 

「なんの。結局、僕は何も出来なかったからね。気にせず―――衛宮さんと司波くんだったかの大立ち回りを呆然と見ていただけだ」

 

「衛宮のあれは御霊会鎮魂にも似ていたからな。気持ちはわかる―――だが、剣術部員の沙汰は厳しくさせてもらおう」

 

 気軽に手を挙げる司先輩とは対象的な十文字会頭の声と圧に、壁に張り付けられていた剣術部員たちは、完全に失神を果たしそうであった……。

 

「衛宮、司波―――少し話がしたい。コイツラをどうにかしたらば、部活連まで来れるか?」

 

「アーシュラと二人っきりになりたいならば、自分は退きますが」

 

「変な気遣いをせんでいい。4,5年前にそんな望みは絶たれている。思い出させるな」

 

 意外な事実。巌の如き十文字会頭の失恋模様に全生徒が泣きそうではあった。そんなこんなで後始末はまだまだ片付きそうにはならないようだ……。

 

 余談ではあるが、騒ぎを聞きつけたアルトリア先生が、駆けつけ一杯ならぬ、駆けつけ一発でゴッチン!と、とんでもない立ち回りをしていたアーシュラをノックアウトしたことは、胸に秘めておくべきこと。

 

 その後に、母娘げんかとして木刀を握り合う2人を諌めた士郎先生の姿に家族の絆を―――少しだけ達也は羨ましく思い、それもまた胸に秘めておくことにしておいた……。

 



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第11話『踊る大捜査線~一高史上最強の3人!~』

タイトルに関してはツッコまないでいただければと思います。(爆)

requiem―――当たり前だが近隣に『とら』『めろん』『メイト』が無い私の生活圏では―――アマゾンなどを利用するしかない……!! これが格差! 圧倒的格差!!(福本風独白)

というわけで新話どうぞ。


思うに、それは非常な努力を必要としていた。

 

すべてが偶然と言い切るには、あまりの決心を必要としていた。

 

そう、つまりは綱渡りなのだ。人生において破滅するか成功するかの瀬戸際の胸中とは、こういうものを必要とする。

 

果断な思いを持って踏み切るか、踏み越えるか。ギリギリの境界線を超える…見切りが必要とされる。

 

私達は誰もが魔人なのだ。超越して、踏み越えた域にある尋常の人類を超越した存在。

 

だからといって人類社会を蔑ろに出来るほどの胆力もない。むしろ、霞を食う術を見つけて山中に隠棲していたほうが良かったかもしれない。

 

『罪を犯したものは梁山泊においで〜〜』と宋江大人も呼んでいるほどだ。

 

そう考えれば、南極にあるカルデアはそれに近かったかもしれない。

 

英雄・梟雄・奸雄・豪傑……ついでに言えば、大恋愛脳(スイーツ)に至るまで、多くの人類史に名を遺した者たちが集っていたのだから。

 

閑話休題。(それはともかくとして)

 

つまりは―――今の私に必要なのは「悟り」を開くことなのだ。この絶体絶命ではないものの、マンドクセな状況を回避するための一手。

 

起死回生の策! それ即ち―――。

 

 

 

「なんのことだかさっぱり分かりませんね」

 

―――すっとぼけることであった。

 

『『『……』』』

 

アーシュラの言葉を受けて、正面にいた3つの面がそれぞれの顔をとる。

 

あえて統一した表現を取るならば、それは渋面といえるだろうか。

 

阿修羅のような三面を見せる三巨頭なる存在との対面の場は―――古代インドの神々の戦いの場。

 

修羅場というやつだろう。

 

「事件の経過は、そこに書いてあるとおりです。あとは青葉氏の回復を待つしかないのでは?」

 

「そう言われればその通りだが、青葉に怨霊を取り憑かせた『下手人』を知らないのか?」

 

「別に誰かが施術した結果とは限りませんよ。狐憑き、犬神憑き、蛇神憑き……邪霊に祟られる症例は現代魔法でも「ないわけ」ではないでしょう」

 

「まぁ、言われれば否定はできんな。人為的なものではなく、自然発生的なものでそうなったということか……」

 

現代魔法において、これらのプシオン活性体が取り付く事例というのは無いわけではない。

 

だが分野的には古式魔法の側にあって、現代魔法ではある種の精神高揚のエネルギーによる擬似生体という程度の扱いしかされていない。

 

だからこそ……三巨頭もアーシュラに対して詰問しきれていないのだ。知識の無さゆえに、アーシュラの言を虚言と断じれないのだから仕方のない話。

 

横で聞いている達也も知識を総動員して、その程度の認識と理解でしか結論を出せないのだ。

 

「私からの質問なんだけど、木刀と竹刀を「移動魔法」で動かした理由ってのは何なの? 摩利との戦いでも見せた魔術とかじゃダメだったのかしら?」

 

ドラゴンロアー(竜言語魔術)は威力が巨大すぎますから、下手をすれば青葉氏に癒えぬ(キズ)を与えていた可能性もありました。

その上でワタシがやったのは、浄霊術の類です」

 

「それはどういうものなのかしら?」

 

真由美の無邪気さを装った質問に沈黙をするアーシュラだが、数秒の沈黙と瞑想のあとには口を開く。

 

「日本古来の思想ですが、御霊(ごりょう)信仰の形式に従う形で照応させたわけです。菅原道真公、平将門公、早良親王など、当時の世の人々を災いに震えさせる怨霊から人々のための守護霊とするために、「祭り」を用いることで荒ぶる魂を鎮めてもらう……。

そのために、木刀の持つ「木気」を集めて刃の無い武器で戦に応じることで、御霊の気を鎮めてもらい、その上で、竹及び笹は古来より「霊力」を持ち、あの世とこの世を結ぶものともされていましたから―――。

いい例では『七夕』なんかがそうでしょう。

あれの起源は色々言われていますが、最終的には祖先の霊などを現世に迎えてから、快く天に昇ってもらうお盆にも通じるものですからね」

 

『『『……』』』

 

三巨頭は全員が驚きの顔で沈黙をしている。その顔を見ながらも、アーシュラは話を続ける。

 

「竹取物語における竹の中から生まれたかぐや姫が最終的に月―――月黄泉に上るのは、そういったところからも来ているんですよ。

竹には、あの世とこの世を結ぶ霊力があると信じられてきた―――竹林というのは、外から見るのと中に入るのとでは段違いで怖いものですからね。昔から「異界」に通じるとも思われていたぐらいですよ。

何かの拍子で、ヤクザの跡取りで殺人嗜好の女の子に襲われかけるかもしれませんし」

 

最後の方の説明は意味不明であったが、そういう事ならば木刀と竹刀を用いた剣舞は全て鎮魂の舞であったということだ。

 

「と―――長々語りましたが、ワタシも別に対霊戦闘におけるセオリーに関しては、邪霊に憑かれがちな露出狂系の女の子から教えられただけですからね。そんな感じです」

 

どんな感じだよ。と会頭を除いて誰もが少しの疑問符を持つ。

 

そんな例外たる十文字会頭は……。

 

「衛宮、「ウツミ」君はいまでも『あんな感じ』なのか?」

 

「ええ、カツトさん好みのえっちぃ格好ばかりする、とんだデンジャラスガールですよ♪」

 

「誤解を招く表現をするな……俺は真剣に彼女の身を案じているんだ」

 

「彼女なりの『折り合い』は、あの頃から着けていますよ。あまり気を揉まなくていいですよ」

 

十文字会頭の世話焼きに対して、余計なお世話せんでいいとするアーシュラ。

 

そして、「えっちぃ格好」という単語に、アーシュラから見て左端にいる十文字は、真ん中、右端の女子2人からジト目まじりの疑惑を向けるのだった。

 

先輩女子2人の関心は会頭が呟いた「ウツミ」という女子に対して向いていたことで、達也としてはこれ以上の問答にはなんの意味もないのではないかと思えた。

 

「なんか司波くんが帰りたがっているんで、帰ってもいいですか?」

 

「むっ、すまんな司波。事情を聞いたあとも長いこと放っておいて」

 

本人としては助け舟も同然だったろう。同級生2人、一年時からの友人に向けられる視線が少しだけ霧散したのだ。

 

「いえ、お構いなく。面白い話を聞けたので残っていた甲斐はありました」

 

アーシュラのフォローなのか判断はできないが、帰宅を促すような言葉に謝罪をしてから、会頭からアーシュラと共に帰宅を促された。

 

一礼をしてから、部活連の本部の一室からアーシュラと共に退室を果たす。

 

一年2人が退室したことで、三年は再び口を開く。

 

「衛宮と司波が提出したレコーダーの通りならば、たしかに下手人は、剣道場にはいなかった…現代魔法の理屈で言えば、かけられた魔法の持続性・距離というのは、ものによりけりだからな」

 

それが現代における飛行魔法の難関であったり、エネルギー問題のうんぬんかんぬん……如何に優等生三人とはいえ、そこに話を広げるつもりはなかった。

 

「剣道場の外に「誰か」がいて青葉を操った……そう考えるべきだろうな」

 

「根拠は?」

 

「明確なものはない。ただ……心身を直前まで平常にしておきながら、突如豹変させる―――呪い、祟りの類とは「そういうもの」だが、たちの悪いスピリチュアルビーイングという可能性を除外すれば、「何者か」の手が加わった可能性が高い……何より―――衛宮アーシュラならば、そういう「浮遊する霊体」を取り憑く前に処置できる……」

 

そういう人間だと克人はいう……その言葉を疑うわけではないが、どうにもあの一年女子に対して甘くないかと思うのだ。

 

「仕方ないな。色々と知ってしまったんだ……月日こそ優れないが、お前たちよりも濃い付き合いと言えるかもしれない」

 

「その『えちえち』な格好の女の子とも?」

 

「胡乱な言い方をするな」

 

最後には、ニヤつきながら言う七草真由美の言をきっぱりと遮断しつつ、十文字克人は手元にある資料を再読する。

 

反魔法師団体ブランシュの蠢動と活動の活発化……

それが―――何を意味するかを考えざるを得ないのだった。

 

† † † †

 

「じゃーにー」

 

お前は何時代の人間だ。と言わざるを得ない別れの挨拶を部活連本部から出た玄関で言われた達也は、アーシュラにどこに行くんだ? と問いかける。

 

「弓道部の弓道場。確かにもう日没間近で、片付けに入っているかもしれないけど、「顔を出しておく」ことに意味はあるでしょ?」

 

「まぁそうかもしれないが……藤丸は待っていないのか?」

 

「リッカは、既に帰宅済みなのは端末でお知らせ済み。まぁ後で家に夕飯届けるぐらいはしとかないといけないかも」

 

入部届と端末を気楽に『指先』だけで抑えて見せてくるアーシュラに、これ以上は「暖簾に腕押し」だろうと思って素直に分かれることにした。

 

その後ろ姿にどこからか現れたフォウくんが肩に乗っかり、どっから入ったのか知らないが白い犬……アーシュラの「飼い犬」らしく、すぐさまアーシュラの足に擦り寄り甘える様子を見せていた。

 

「お前は……何者なんだ?」

 

達也から自然と口を衝いた疑問は春の風―――まだまだ冷気を宿した寒風によって消え去っていき、アーシュラも去っていく……。

 

 

 

―――少し遅くなったことで、軽食を入れていこうという誘いの下での喫茶店でのちょっとした話し合い。

 

友人一同に対するオフレコにしてほしい達也のジャミング技術のあとには、ここにはいない少女に話題が移る。

 

「アーシュラが言っていた先天的なマジック・キャンセラーってのは、本当に実在するものなの?」

 

「一般的には、先に話していたアンティナイトによるジャミングが魔法を無効化する「チカラ」と言えるが、例外的な人間というのはいるだろうな」

 

面識こそないが、百家本流の十三束家の男子。達也たちの同級生。

当然、1科にいるという人間は、体にサイオンが引きつけられやすい体質を持つ。

一種の砂鉄を引き寄せる磁石のような人間がいるが、彼はその性質を利用して対人における接触型術式解体を行えるとも聞く。

 

もっとも彼の場合、その性質ゆえに「放出型の術式」「遠間から放つ改変術式」―――遠隔型の術がとてつもなく苦手らしい。

もちろん、1科だからテスト内容をクリアーする分には出来るらしいが……。

 

「だがアーシュラは十三束(なにがし)とは違い、普通に放出魔法も使えている。「あくび」で桐原先輩の高周波すらも打ち消していた様子だ。

単純な話、「敵性術式」は「能動・受動」どちらでも全てキャンセルできるような肉体性能の元で、全ての戦闘行動ができるんだろうな。当然、遠隔術式に関しては、エリカも見たとおり達者以上の操作だったわけだが」

 

十三束に対する説明を言ってから出した結論。まとめてしまえば、魔法が効かない身体で魔法を放てるチート能力者ということだ。

 

「なんかすっごいズルくねぇか?」

 

「もちろん、いま言った結論は、あくまで仮説の一つだ。外側からは見えないように、なにかの対魔力・抗魔力(レジストマジック)護符(アミュレット)や、抗魔石(ディフェンダー)をアーシュラが身に着けている可能性だってあるんだからな」

 

レオの薄目での言葉に、所詮は見えぬ仮説だという文言はつけておくのだった。

 

全員でシェアしながら食べているミルクレープ。フルーツたっぷりの段重ねのものが、切り分けてみなければ層を成しているフルーツの種類がわからないのと同じ。

 

アーシュラが話してくれない限りは、この話はどうしようもないのだと思うのだった。

 

「魔法を退ける「加護」を持った剣士ですか。何だかアーサー王物語にある円卓の騎士たちの伝説みたいですね」

 

そんな美月の夢見がちな言葉に、誰もがやれやれと思いながらも―――それが「正解」であるなど、後に分かることがあっても、いまは分かるわけがなかった……。

 

 



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第12話『裏で蠢くものたち』

 二日目に入った勧誘期間―――今日もまたアーシュラとチームを組んで風紀委員活動に入る達也だが、アーシュラの『進言』を受けて一人で巡回に入っていた時だ。

 魔法の打ち合いをしていた2人の二年生―――1科生を制止しに入った所で、魔法のターゲットとしてエアブリットが達也に放り込まれた。

 

 ただの誤射にしては意図的すぎるものを避けたあとに、一緒になって逃げようとした2人に赤布が巻き付く。

 

「「「「へ?」」」」

 

 達也の追跡を邪魔する形で壁となった2年生まで声を上げたあとには――――。

 

 

「「ぎゃーーーぁああああ!!!」」

 

「ご機嫌よう! 愚か者の末路、辺獄にようこそ!! 私のゴスロリッシュで第一地獄カイーナのごとき痛みを覚えているのですねぇ!!

 ついでに言えば、額に『肉』とか『僕バラバラ』『ミンチ・キロ100円』とでも書きましょうか。実に―――愉悦♪ 

『ロッキー』がサンドバッグ代わりに叩いてくれるかもしれませんしね。やっておきましょう♪」

 

 そりゃ戦闘機のパイロットが演習で撃墜された時の恥忍びである。

 

 ともあれ怒涛のごとく叩きこまれたツラネの言葉と、芋虫の蛹のように近くの木に吊り下げられた2人の先輩たちの様子は、激しく身を捩ってもどうにもならないことから次第に大人しくなる。

 

 そして太くて青々と葉を生い茂る木から降り立ち、土を払ったアーシュラは―――。

 

『愚かなる卑劣漢の末路』と書かれた木板を根本に置いて、首さらしのように放置するのだった。

 

 一種の前衛芸術のようになった様子に、『壁役』である男子生徒2人も口をあんぐり開けてから、どうしたらいいのか分からない様子。

 

「さっ、行こうか司波君♪」

「あ、ああ。けれどいいのかアレは?」

「拘束は十分間。額に肉と書いといたから大丈夫でしょ?」

 

 何でそれで大丈夫なんだろう。意味は分からないが―――何の抵抗もなく捕まった先輩方に少しだけ同情しておく。

 

 そしてアーシュラと達也が少し離れた所で、壁役が救助に入ったのだが―――。

 

「「ぎゃああむぐぐーーー!!!」」

 

 食虫植物よろしく赤布で拘束されて、芋虫4匹となりてつるされるのだった。

 

「ちなみに言えば、あなた方が最初に捕まった連中と密談して司波君をハメようとしていたのは、既に情報がタレ込まれていたわけです♪ そこで一時間さらし者になりながら、己の行いがお天道様に顔向けできるか反省するのが―――『十文字会頭』の沙汰です♪♪」

 

 最初(はじめ)っからお前たちは『詰んでいた』。

 

 その情報を教えるために、芋虫2年生の額四人分に、十文字会頭の動画メッセージ付きのペーパーを貼り付けるアーシュラ。

 それにてうなだれる様子は、戦意喪失であった―――何度もリピートされる十文字会頭の喝入れの前に―――それは必然か。

 

「まぁ心の底から反省すれば、聖骸布は離れるんだけどね。教えてやんない☆」

「ヒドイ限りだ」

 

 そんな十文字克人 作曲、衛宮アーシュラ・司波達也 演奏による奇計を終えると巡回に入る。

 

「まさか二日目で、こうなるとはな」

「そりゃそうでしょうね。生意気な後輩がいるとなれば、シメてやれというのが日本の高校の伝統なんだから」

「圧倒的誤解―――とはいえ助かったよ、アーシュラ」

 

 ただ、先程のような、まるでいたぶることを是とする破戒的な様子のキミは見たくないと付け加えておき―――その日は都合30人ほどの2年生が、達也を闇討ちしようとして逆に芋虫になり、サイオン酔いになるのだった。

 

 その様子に―――

 

『2科のイレギュラーには赤布の羽衣天女が守護に付いている』

 

 などと言われていき―――。

 

「つまりワタシは司波君の守護月天!? 輪っかから便利な使い魔は出せないよ?」

「お前は何時代の人間だ? そして何故に疑問形」

 

 そんな『分かっている』やり取りに、データを渡すために訪れた生徒会の生徒会書紀(しばみゆき)は表情を固くする……。

 

 それを見た立華は、やれやれと思う。

 

「司波くんの気持ちはどうだかわからないけど、アーシュラは興味ないから」

 

「そうは言われても……むぅ―――」

 

「自慢の兄貴(ビッグブラザー)ならば、黙って見守るのも一つの在り方でしょ」

 

 深雪と同じ役職ながらも、深雪とは違ってキーボードの打鍵音を軽快に響かせる立華が怒るのは、チームを組んでいるアーシュラが確実にシャットアウトした上で下手人を拘束しているというのに、これ以上の死体蹴りを行おうとしているその心に対して。

 

 もう一つは万事を治めて白洲に引っ立てたアーシュラに対する侮辱であるからだ。

 

 などと―――立華の内心を正確に分かった人間など、この生徒会室には殆どおるまい。

 

 その言葉に嬉しくて、アーシュラは後ろから立華に抱きつくのだった。

 

「流石だよリッカ〜〜♪ 流石はワタシのマスター。絆値が爆上がり〜〜〜♪♪」

 

「絆礼装が出てくるまではまだまだかかりそうですけどね」

 

『フォウフォウフォウムズ〜〜〜』

 

 椅子に座る立華に抱きつくアーシュラ。そしてそんなアーシュラに抱きつくフォウくん。

 

 とんだオンブバッタの草むらでの様子の再現に、誰もが百合百合な匂いを感じるのだった。

 

「そう言えば剣術部の杉…桐原君、そろそろ謹慎が明けるそうよ」

 

 部屋での何気ない話題の転換を図った七草会長。

 

 

 ナイスですと内心でいう中条に対して、一年たちは考える。

 

「よく考えてみれば、あの人なにがしたかったんだろうか?」

 

「ホワイダニットで言えば、ただ単に剣道部が気に入らないからこその突っかかりだったとしか思えないけどね」

 

 騒ぎというか殺傷ランクが高い魔法を使用した桐原武明には、一種の部活動謹慎処分がくだされていた。

 

 そもそも肩を少し打たれていたので、腕があがらないところもあったのでいい休養になっただろう。

 

 その上で職員室の先生方と取った形だけの「調書」には、そんな風な文言が書かれているのみであった。

 

「問題は、何が「理由」で気に食わなかったかだろう?」

「それは君が良くわかっているんじゃない? 2科生で風紀委員の司波達也クン」

「……やっかみだとしても、なんでやっかむのか、だ」

 

 達也の呆れたような言葉に、言われてみればたしかにそうだと納得する。

 森崎との諍いから先入観を持っているかもしれないが、1科生主体の集団というのは選民主義的な『KKK』な面が強くて、ジャイアニズムの権化的な面が強いと思っている……だから剣道部に対してもだと思ったのだが。

 

「どちらにせよ1科と2科の対立は深刻なのよね……私は、この対立をどうにかしたいと思っている……」

 

 決意表明だけは立派な七草会長だが、最終的には―――何も「変わらない」だろう。

 

「……お二人はなにか意見はありますか?」

 

「特にないです。やりたければどうぞ」

 

「リッカに同文」

 

『フォウフォウ』

 

 立華とアーシュラの『考え』は、すでに摩利やあずさを通して七草にも伝わっているはずだ。

 

 それを考えれば、ここであれこれの講評をするのは避けた。

 

 避けたかったのだが、どうやら部屋の人間全てにそれが伝わっていたので、仕方なく2人は口を開く……。

 

「単純な話ですが、まぁ無理でしょうね。森崎くんみたいなのを全員粛正したところで、1科は2科を差別するし、その制度は入学時の成績で、全て固定化されている。

 だったらば、結果なんて『何も変わりはしない』。2科は惰性でしかカリキュラムと課題をこなせず、また1科は、その制度上の優遇―――教育機会の優越権を持ってこなしていき―――結果として、対立と差別意識は生まれるだけ。あとは魔法以外に価値を見出すだけなんじゃないですか?」

 

「……2人は、学校制度上どうやっても差別は生まれるっていうの?」

 

「だってそうじゃないですか。熟練した魔法師が直に就いた教育が確実に未熟な魔法師を上達させるならば、1科の方が優越意識を持つのは当たり前。そして、2科が必死になって得たものを鼻で笑って突き進む―――」

 

 最後の方の言葉で2科生を馬鹿にしたと思しき言動に深雪が渋面を作る。

 2科生全体ではなく、2科生にいる「兄貴」を馬鹿にされたと思ったことは、とりあえずどうでもいいのだが、藤丸立華は更に言葉を紡ぐ。

 

 それを受けた深雪の顔が青くなるのは痛快であったが―――。

 

「全能の超人に、尋常の世の誰もが恐れおののく魔人に、真なる意味での「デモーニック」に、その道を選んだならば、突き詰めればそういうことを目指す。目指すしかない」

 

「―――」

 

 顔を青ざめさせた深雪に悪い気など一切ないアーシュラと立華は続ける。

 

「魔法師にとって『目指す山』は、『一つ』しかないんだもの。その山の中腹にすら至れない『劣った存在』は、山から滑落して死亡するってのは間違いじゃない」

 

「目指す、山?」

 

「他の魔法師よりも『速く』『大きく』『硬い』術を編むことを強要されるならば、必然的に、そこで劣った連中が蔑まれるのは当然じゃない」

 

 それは単純化した見方だが、決してないわけではない話だ。

 魔術師からすれば、魔法師の見え方は随分と単純化されており、物事の本質を突いていた。

 

キミ(司波達也)みたいなレアケースを除けば、魔法師の在り方なんて、そればっかりが取りざたされている。

 だから「どうしようもない」。己の価値を認めないならば、最後には殴り合いの殺し合いでもやればいいんですよ」

 

「あまり怖いことを言わないで……じゃあ、この制度上の差別は何も変わらないと言いたいの?」

 

「―――『同じ道具』(CAD)での競い合いが評価基準ならば仕方ないじゃないですか。そこの優劣しか競っていないんですから」

 

 七草会長の嗜めも両名には響かない。徹底的に魔法師社会の価値基準にかみつくメイガス―――魔術師。

 

 彼らの見方を鼻で笑うには、彼らは―――魔法師よりも『魔人』であった。

 

「まぁ後日―――この『価値基準』は大きく覆るわ。士郎さんは魔術師としては「へっぽこ」だけど、衛宮の技法は、確実に2科を昇らせる……」

 

「ウチの父さん。あれでも『エルメロイ教室』の生徒だったもんねー」

 

「あかいあくまに付いていた従者ではあったけど、最終的には直に教導しちゃっていたもの。それだけレアスキルすぎて「放っておけなかった」んでしょ。

 まぁそれがアーシュラのお母さんに会いに行くために使われたとなれば苦虫を噛み潰すでしょうけど」

 

 などと、深刻な話から何故か家族自慢的なものを語られて、2科ではない1科生ばかりの生徒会では、どうしても2科の専門講師たる人のことを理解できないのだ。

 

 しかも、アーシュラの家庭事情に関してまで話が及ぶとクエスチョンマークばかりが浮かぶ。その中でも分かることは一つ。

 

 2科の現状だ。

 

 そして唯一の2科生たる達也は……。

 

「確かに衛宮―――士郎先生の授業は全体レベルを徐々にだが上げている」

 

 学内に衛宮姓が三人もいることに対する紛らわしさから訂正した達也の言葉を聞いた瞬間、数名を除いて驚きの表情を見せる。

 

「えっ? 初めて聞いたわよ! そんなこと!」

 

「会長に話したことはないですからね。それに2科生に友達いないんでしょう?」

 

 改革を志すわりには情報伝達が無いのは、2科に伝聞・噂などとして伝えてくれる友人がいないからだろうという言葉に対して―――

 

「2人みたいな嫌味なことを言わないで……」

 

 ―――否定の言葉が出てこなかったことで、魔法科高校にいる『目的』が他人と違うとはいえ、少しだけ達也は失望の念を覚えるのだった。

 

「まぁ会長自らこんな調子じゃ、キング牧師もエイブラハム・リンカーンにもなれやしないと思いますけどね。結び」

 

 結びの言葉のつもりなのかという最後の言葉とした藤丸立華の言葉。

 

(こうして扱いづらい部下であることをアピールすることで、ここからの離脱を図っているんじゃないだろうか)

 

 バレー部に入ることを願っていて、一応は届けも提出している藤丸。仕事自体は、深雪曰く達者以上にこなしてくれていて、中条先輩も大助かりであることは間違いないらしい。

 

 本人の望んだことではないが、与えられた仕事は確実にこなそうとするその姿勢は、魔術師という利己的な連中というには少しばかり違っていた。

 まぁ魔術師とてある種の社会性は必要だから、この姿勢は当たり前なのかもしれないが。

 

 そんな疑念を達也が持っていることを2人が聞けば……。

 

『あったまのいいバカってキミみたいなことを言うんだろうね』

 

 などと言っているだろう……。

 

 2人の真意というのは……『衝突・激突』は不可避であり、覚悟を決めておけということだった。

 

 あらゆる情報を精査した上での未来予測。

 アトラス院の高速思考・並列思考ほどではないが、このあたりのチェックは、慣れれば魔術回路に情報を走らせるだけでできる。

 

 2095年の現在でも、一部の魔術師が、科学技術の進歩を嘲笑する理由のひとつだった。もちろん精度や応用性が、持って生まれた魔術回路や、本人の才能に大きく左右されることは言うまでもない。

 

 それこそが現代魔法などという(まがい)い物を軽視して、現代魔法師が使うCADを無用の長物としている原因でもあった。

 ともあれ、警告はしておいた。後は、『こと』に対してどこまでマギクスが冷静に対処を果たせるか、もしくは―――それ以前に相手の懐に飛び込めるかだ。

 

 

 カルデア伝説の男。ゴルドルフ・ムジーク大師父のごとく。

「クロワッサン」を食べることでムジーク無双と化したマスター・ゴルドルフ。

 

 拳と拳を交えることで、友誼を結んだ神霊カイニスとの共闘を確約し、恐るべき機界昇華を果たしたオリュンポス十二神との戦いにて一助を得るかのごとく―――。

 

 ―――例え、敵であってもその懐に飛び込むことで相手との間に友誼を結ぶ―――。

 

 虎口に飛び込むことが出来るかどうか、だ。

 

 

 

 † † †

 

 

「ふむ。その一年生の技術…中々に興味深いな」

 

「はい。これがCADを使ってのことだけならば、軍事バランスを崩すものであることは間違いないでしょう」

 

「だからこそ見えぬように使っているのだろうな……」

 

 そこまでの新技術であればこそ、不可解な現象としてしか見られていない。だが目の前の男は、「裸眼」を用いてそのサイオン干渉による「消波現象」を見抜いた。

 

 だが、どういう原理かは……自分ないし自分の近傍に対して掛けられない限りは、解析は不可能だろう。

 

「不可能かね?」

 

「恥ずかしながら、自分一人ではどうしても―――彼には、一人の女子がサポート役として就いていますから」

 

 彼女の方が厄介だという一高の男子生徒の言葉を、団体のリーダーは疑わない。

 

(姫騎士アーシュラ・ペンドラゴン……カルデアの『ナンバーズ』にも登録されているイグジストライナー。忌々しい神秘の巨塊め……)

 

 魔法師たちが知らない闇の世界での暗闘において、あの少女は一線級の実力者として周知・認識されている。

 

 団体代表者も、協力者から見せられたものを最初は信じられなかったのだから。

 

「―――諦めるか。技術は欲しいが、どうせソイツもロクな人間には思えんな」

 

「と言うと?」

 

「それだけ高いスキルを持ち、副会長も熨すほどの力を持ちながら2科生の立場にいるということは、単純に考えれば、高度な知能犯……何かしかのエージェントということだ」

 

 魔法師社会は実力主義。尖ったスキルを持っている人間は、どこかでピックアップされて、誰かしらの耳に入るというものだ。

 

 この高度な情報社会で「己」を隠しきれる、隠蔽しきるということは、それだけでよほど「やましい」ことがある人間で無ければいけないのだ。

 

 

「―――完璧、完全に隠しきることこそが、一種の異常。中々に冴えた推理しているじゃねえか、ハジメ」

 

「そこまで大層なものじゃないですが、貴方のような百戦錬磨の大戦士に言われると、こそばゆいものがありますな」

 

 協力者が寄越した使い魔にして、神話・伝説を研究してきたハジメにとっては大戦士として知っている存在の言葉……。

 

 日本では、ロールプレイングゲームでもプレイしなければ、素人では分からないだろう、西欧では有名な大戦士。

 群発戦争前までは、ブリテンからの独立の象徴にもなっていた御仁が、ラフに椅子に腰掛けながら言ってきた。

 

「だが部下の、いや弟の情報を活かしきれないというのは、一軍の将としては無情だな」

 

「手厳しい……」

 

 だが、相手は危険だ。まぁ十師族といえども、自治会の代表生徒の前に引っ立てられたところで何ともないだろう。

 

「ここに来て以来、食客として何も出来ずにいたこと、心苦しかったんだ。いっちょオレが戦いの場に出よう。その小僧の実力測りと未知の技法とやら、確かめようじゃねぇか」

 

「―――いいんですか槍兵殿?」

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ずとは、東洋の格言だがな、時には危険を冒してでも戦いに挑むことも必要だぜ」

 

 ただ単に「戦いたい」だけじゃなかろうかと汗混じりに思う兄弟だったが、このままあーだこーだと実のない議論をしていても意味はない。

 

 ならば状況に変化をもたらすためにも、大戦士を投入することであちらを混乱させるのも一つだろう。

 

「手勢は付けませんよ。いらないでしょう?」

 

「いらないと分かっていても、仮に助力はいらないと分かっていても、そうする前振りなり少しは気遣う心情を持てない者とは長続きしないぜ」

 

 余計な気遣い、気を回すというのも人によりけりだ。

 

 ただ、この戦士の逸話の一つにはとんでもないものがある。

 妖精女王メイヴによって自国の戦士たち全てが心身衰弱の呪いに掛けられた上で、メイヴの国コナハトの軍勢と一人で戦うことを余儀なくされたというもの。

 

 如何な大戦士、戦王といえども一人で戦うことは心細いのかもしれない。

 

「―――…出陣は明日か明後日になるとは思いますが、ご武運お祈りしています。光の御子」

 

「おう! 悪いが少しばかり体を動かしてくるぜ!! マスターから何かあれば、まぁ伝書を頼む」

 

 明朗快活な限りではあるが、戦を起こすという槍兵の言葉を皮切りに混乱は増していく……。

 

 



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第13話『前哨戦(上)』挿絵あり

ピックアップ第二弾。全滅―――沖田ジェットもいなければ、バニトリアもいない。

圧倒的全滅!!

というわけで最新話です。


その日、光井ほのかは目撃した。

 

全クラブ総出で新入生を取ろうという思惑を躱して校舎外に出た時に、乱闘―――魔法を使ったものをやっている男子生徒2人を制止するべく駆けつけるほのかの王子様―――司波達也の姿を……。

 

だが、そんな司波達也に対するやっかみで放たれる空気弾。明らかにわざと―――だと分かることを行った……恐らく2年生が逃走を開始した姿。

 

許せない。そしてその生徒2人を追いたいのにちょうど良く邪魔立てした男子2人の姿―――それら全てが、ほのかの怒気を上げたのだが―――。

 

「ゴスロリッシュファイブ―――!!!!」

 

どういう意味であるかは不明。だが、声の主は近くにある木々の太幹に乗っかりながら赤布を飛ばして、逃げ出した2人を拘束して木に吊るした。

 

なんだか昔に見た映画の海賊の処刑のようにも見える。ハンギングロープに吊るされる海賊(パイレーツ)―――中でも勇敢なる騎士ロバート・メイナードによって殺された黒髭の首―――船首に突き出るがごとくである。

 

反応から察するに、壁となっていた2人はぐるだったようで、後ろにいた達也は嘆息しながら『ゴスロリッシュファイブ』を行ったアーシュラを迎える。

 

ここからでは何を喋っているかは分からない。だが、何というか非常に仲良しすぎる様子に、ほのかは気が気でない。

エイミィの『えっみーってばアッツイねー♪♪』という言葉も右から左に流れていく。

 

そして、食虫植物のように壁役の2人も残っていた赤布に拘束されて芋虫になる。

 

『愚かなる卑劣漢の末路』

 

前衛芸術の一部となりて終わるのだった。

感謝はある。卑怯な闇討ちから達也を助けてくれたことに恩義を感じる。

 

だが、『あの距離感』だけは許せない!! 深雪ならば許せる!! なんせ深雪は『実妹』なのだから―――。

 

しかし、衛宮アーシュラだけは違う……!!

だからこそ―――。

 

「私達の手で達也さんを助けよう!!」

 

「けど、えっみーってば、かなりサポートしちゃってるよ。それに士郎先生とアルトリア先生も屋上で張ってるらしいし」

 

その言葉を受けて、ほのかとしても「うっ」と唸らざるを得ない。

SSボード・バイアスロン部付近での強制的な勧誘を受けて、その後に入部したほのかと雫。その際のことを考えるに、よほどのことが無い限り、達也とアーシュラを害することは出来まい。

 

何よりオモチャの矢ではあるが、魔力付与をして強制的に学校内から『退去』させる『魔法』など、明らかに士郎先生も普通ではない。

 

つまりは―――自分たちの活動は意味を成さないということだ。

 

「け、けれど! 何かあるはずだよ!!」

 

達也の力になりたいのに、余計な手出しをすれば、むしろアーシュラの陰から守っている行動を邪魔するかもしれないという事実だとしても、ほのかはめげないのだった。

 

(恋の力ってやつなのかなー……)

 

エイミィとしては、アーシュラこと『えっみー』との友情に波風を断たせたくないのだが、ここで2人との友情を破断させたくもない。

 

そんなわけで―――。

 

「仕方ない。ならばワトソン雫! ハドソンほのか! このシャーロック・エイミィが英国探偵の端くれとしてキミたちを導いてあげよう!!」

 

そうして『美少女探偵団』出動となったのだが……。

 

 

屋上での監視、クラブユニフォームを着込んでの、双眼鏡での達也に対する監視。同時にアーシュラよりも先に不埒者を見つけるべくの行動。

 

今日は「組」(ペア)での捕物ではないことを少しだけ嬉しく思うほのか。

 

いまだに達也を狙う不埒者をとっちめてやろうかと思った矢先に見えたのは、三年生の先輩だろう相手だった。

 

メガネを掛けた制服姿の男子は、実験棟の並木道にて『巡回』をしていた達也と少しの話をしていた。

 

(2科生の三年生か。随分と親しい感じ?)

 

どういう知り合いかは知らないのだが、少しの話をした後に「がんばれ」とでもいうように笑みを浮かべながら肩を叩いて去っていく。

 

達也の進行方向とは逆に―――。叩かれた達也は少しの苦笑しながらも、巡回に戻った。

 

三年生から完全に眼を離して、達也に目を向けて数分後に変化は愕然と現れた。

 

魔法の発動。地面から浮かび上がる「文字」が現象を具現化する。

 

「「「!?」」」

 

サイオンの先行発動すら見えぬぐらいに突然に始まった魔法現象に、優等生三人、美少女探偵団が瞠目する。

 

地面が隆起を果たして、錐のような形に変じて達也を刺し貫こうとしてくる。何かをやったのか地面の隆起が少しばかり遅くなる。

 

その間に器用な体術で躱す達也の姿。

 

見とれている場合ではなく、誰がやったかを見ようとするも、どこから魔法が放たれたのかが分からない。

 

「ど、どこにいるの!? 達也さんを襲った人間は!?」

 

どこから放たれたのかを見つけようと達也の周囲に眼を向けるも、無人であり何気なく林の向こうに眼を向けた「光井ほのか」は、そこにある「光の塊」に眼を眩ませた。

 

「うん?」

 

なにかに気づいたらしきエイミィの言葉も遠い―――そうしていると、林の向こうにいた光の塊は、俊敏に直線的に動き、林の向こうから「長物」を達也に向かって突き出した。

 

ここにいてもわかる。その威力の程は、達也の驚愕した表情で分かる。

 

「光の塊」はぞろりとしたフード付きのローブに身を包んでいるのだった。男か女かはわからないが、身のこなしは尋常の使い手ではない。

 

素人目にも、達人、玄人などという類のレベルではないことは分かる。

 

並木道にて、達也はローブ姿の『木槍持ちの存在』と戦う。

 

戦うとはいうが、当の達也は汎用型CAD以外の武器を持たず、苦戦を免れない。

 

見ているほのか達には分からないし知らないが、本来の得物があれば幾らかは対抗出来たのだが。

 

やむを得ず、達也は発動に難をしない式を選択して、小刻みに術を用いて対抗していた。

 

(こいつの体術は、一撃一撃が必殺だ。掠っただけでも体が持っていかれるような圧を感じる……!!)

 

これだけの身体強化。たとえ現代魔法でもあり得ざる領域のものだ。

 

実家の「処刑場」、軍部の上官たち、寺の門人……あらゆる戦闘者をピックアップしても、ここまでの人間がいただろうか?

 

知らず汗がにじむ。死への恐怖はない。あるのは、ここで終わることで深雪を守れなくなるという恐怖のみだ。

 

やむを得ずキャストジャミングを用いて、相手の阻害を試みる。

 

これほどまでに極まった強化に対して、意味があるのかどうかは分からない。

 

というより、そもそもどういう術理を以て肉体を駆動させているのか、達也の目を持ってしても分からないのだ。

 

無策の策として放った「逆呪文」は、やはり効果を発揮しない。

 

『中々におもしれぇことを考えるが、そういうモルガンみたいな術ならば、もう少し極めるべきだぜ小僧。手妻使いで収まりてぇならば、余計なお世話だがよ』

 

言いながら木槍の三連射が走る。同一の軌道を刻んだかのように見える高速の打突―――水しぶきにしか見えないものに、大きく躱さざるを得ない。

 

躱したところで持ち手を一回転。木槍の石突が下から翻り達也の喉を潰す。

 

油断していたわけではない。ただ肉体のスペックがあまりにも段違いなのだ。

 

呼吸困難に陥る肉体。如何に現代魔法師が「呪文口決」を言わなくても魔法を発動できるとはいえ、生命にとって不可欠な呼吸機能を潰されたことは痛手だ。

 

そんな冷静な分析の最中にも攻撃は続き、首を刈り飛ばさんとする薙ぎ払いを身を低くして躱す。

圧が髪の毛をいくらか吹き飛ばした。

 

『そらっ!!』

 

次いで連撃。当たり前だが振り下ろしの一撃。堪らず後転するような運動で躱したが、空振られた一撃は並木道の土を叩き、土砂の弾丸が宙を舞う達也の体を強かに穿つのだった。

 

ただの木槍ではないのか。武器を硬化させているにしては硬すぎてあり得ざる物理現象。USNAの分子ディバイダーを思わせる威力のあり方。

 

ここまでの戦いで段々と騒動が知れ渡っていたようで、あちこちでざわつきが広がる。

 

制服はもはやボロボロ。その内側にある切り傷や細かな出血……打ち身、打撲痕は数しれない。

 

わずか数分で達也を追い詰めた槍兵に対して遠くからの魔法式の投射。達也が槍兵から大きく離れたことによる好機を見出した雫の移動魔法。

 

だが―――。

 

あっさり弾かれる魔法。剣道場で見たアーシュラのリプレイかのように、その槍兵には魔法が通じなかったのだ。

 

屋上にいた雫が青褪める。魔法師は現実を改変できることを当たり前としている。その自信がある種の強さにもつながるのだが……。

 

対抗魔法などを仕掛けられて、発動をキャンセル、ディスペルされたならばともかく、相手が何もしていない「不動」だというのに、こうなっては、途端に魔法のキレが不安定になる…!

 

『名乗りも挨拶もない無作法極まる戦いとはいえ、戦士の境界に横槍を入れるとは―――猛犬の槍! 食らっても文句は無かろう!!』

 

達也に目を向けながら切っ先も向けていた槍兵は、槍をくるっと一回転させて、そのまま体も屋上にいる三人に向いた。

 

付き合いは短いが、三人のうちの二人は深雪の友人だ。それに危難が迫る。

 

そして仮に彼女らに害が及べば、深雪は悲しむ。

 

させるわけにはいかない。

飛び掛かり、相手を羽交い締めにしようとした時には、槍兵は瞬発していた。

 

遅れて達也の耳に聞こえる爆音。消えた槍兵の速度は一瞬にして音の壁を破ったのだ。

 

並木道を真っ直ぐに突き進み一定の場所で飛び上がったあとには―――大地を蹴り上げ、そのままに槍を大きく振りかぶり―――放つ。

 

投槍―――槍の使い方としてはあるものだが、心得ないものではふらついたものにしかなりえない。

 

槍兵の放つそれは―――音の壁を超えて強烈な魔力と物理法則の断末魔を加えて、ほのかたちのいる場所に一直線に放たれた。

 

音速を超えるミサイルを■■することは、達也ならば不可能ではない。

 

もちろん着弾までの距離や時間などを考慮しなければいけない。

 

だが……達也が仕掛けた「魔法」は、間欠泉のように湧き出る魔力によって弾かれた。

 

槍から吹き出る……魔力によって―――。

 

秒以下の思考時間の後に訪れる最悪の結末に対して、足掻こうと槍兵に対して魔法を仕掛けてやろうとした瞬間―――。

 

 

「I am the bone of my sword.―――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)―――」

 

校舎屋上を音速の勢いのままに直撃しようとした槍とほのかたちの狭間に光り輝く『花弁』が現れた。

 

「えっ!?」

 

花弁は、中心にある花托から幾重にも層状に円周を刻む光のラウンドシールドを展開していき、槍を完全に阻んだのだ。

 

その様子を正面から見ていたほのか達は、身体が竦むような恐怖を和らげて、後ろから聞こえてくる声に反応できた。

 

「―――「本物の朱槍」ならば、こうはいかんだろうが、どうやらアレの主人は、そこまで剛毅ではないようだな」

 

「『彼』のマスターに恵まれないジンクスも極まってますね……」

 

どこか皮肉げな声と悲壮感を漂わせる声とが聞こえてきた。

 

「アルトリア先生!」「士郎先生も」

 

驚いたエイミィの声と、驚きを顔に出しつつも平坦に声を出す雫の声が相手を知らせた。

 

軽く手を上げた美人先生とダンディズムを感じさせる先生。

 

アルトリア先生は、すっかり勢いを無くして光の盾に突き刺さっていただけの木槍を引き抜いた。

 

「ケルトのサウィンに代表されるように、「彼ら」にとって木々、樹木とは、武器であり祭祀の道具である。

狩猟民族からの騎馬民族が、死した己の馬の骨を武器に、毛皮を暖衣として利用してきたように、そこに『魂』が宿ると考えてきた。アニミズムの発露ですね」

 

木槍を手にしながら語るアルトリア先生を見上げるローブ姿の存在。

 

もしかしたらば、士郎先生を見ているのかもしれないが……。

 

『合縁奇縁というのは、こういうのを言うのかね。あの「赤野郎」以来、東洋の格言ってやつを覚えて座に刻んできた甲斐があったぜ……。で、お前らの「どっち」が相手になるんだ?』

 

声は木槍から聞こえてきた。屋上の下……校庭の方では騒ぎが大きくなってきている。

 

木槍から聞こえる声にもそれが紛れ込んでいることから、とんでもない事態だとほのかは震えてくるのだった。

 

「残念ながら、俺達は相手は出来ないんだ」

 

『ああん? ふざけたことを言うんじゃないぜ小僧。いや、もう小僧なんてトシじゃねぇが……まぁ「赤い」のに近いようで違くてオレとしてはいいんだがよ……ならば、ここにいる魔術師モドキどもを殺して回れば、お前らも出てこざるを得ないか?』

 

なんて傲岸不遜な言葉。だが、それが出来ないわけではないことは、遠目の双眼鏡越しでも「ほのか」には分かった。

 

あれは人の形をしただけの、理外の「チカラ」の塊なのだと。

 

それに対して教師である二人は……。

 

「安心しろ。光の御子、光神ルーの息子よ……」

 

「お相手は、私達の自慢の子獅子にして小竜が相手をします」

 

『あ? そりゃどういう―――。ああ、そういうことか……勘所が悪かったなぁ―――姫騎士アーシュラってのは!!!』

 

敷地内に轟音が響き魔力の盛大なまでの圧力が、屋上にまで届く。

 

そして轟音の元は、再び達也を守るように相手に突っかかっていったのだ―――。

 

 

轟音を響かせながら林から飛び出た金色のオーラは、一直線にローブ姿に突きかかる。

 

その手に持つ得物が、再び握られていた木槍とぶつかり合う。

互いの衝突に発生する衝撃波が、並木の左右の枝葉を上下に激しくヘッドシェイクさせて、石粒、砂粒が猛烈な勢いで四方八方に飛んでいく。

 

それだけで激突のパワーを感じて、駆けつけてきた生徒たち全員と至近で見ている達也とが察する。

 

そこから立ち代わり入れ替わりながらの、相手の懐に「撃」を入れんという円舞のような戦舞が刻まれる。

 

その都度、互いの得物の激突で煌めく火花は美しくも、妖しき魔力の光もあって、見とれてしまうものだった。

 

戦いの趨勢は、徐々にだが片方に優勢を刻んでいく―――優勢を採ったのは。

 

「ハァアアアア!!!!」

「―――ッ!!!」

 

大音声の下に放たれた振り下ろしの斬撃。放ったのは金色―――アーシュラであった。

 

斬撃の圧と威は規格外であり、受け止めた木槍は木っ端になりて風に攫われた。

 

余波は達也の肌を震わせるほど。すべてが規格外の剣士は、距離をとった槍兵に応じるように達也を背中にして相対する。

 

「お待たせさせて悪かったわね。ここから先は、『私』が引き受けるわ」

 

「ああ、頼んだ。と言いたいところだが、ここに来るまで何をしていたんだ?」

 

「ありゃバレてるか。まぁ―――「いい得物」が無いか、探していたんだ。それだけだよ。別に、キミがいいようにやられて「愉悦」に浸る心根を持っていたわけじゃないよ」

 

アーシュラの語る「いい得物」というのが、ただの木枝。それなりに太く長いもの―――いまこの辺りにある木から察するに「桜の枝」と察した達也は怪訝な眼をせざるをえない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

だが……その桜の枝に込められた、サイオンではない「チカラ」の量は桁違いだ。

それを見た瞬間、思考は霧散する。

 

「何の用だか知らないけれど、こっちの男子は「私」の同級生なんだ。あんまり痛めつけるようならば、それ相応の『対応』をさせてもらうわよ。当然、そちらが『朱槍』を持っていなくてもね?」

 

「はっ! 舐められたものだな! お前程度の戦士なんざ、エリンにはいくらでもいた。影の国には、ごまんとな!! 本命の槍がなくても負けるかよ……」

 

挑発の言葉の応酬。自分の方がお前より上だ。という戦士の魂のぶつけ合い。構え直す得物。

 

アーシュラは両手で枝剣を持ち、正眼で堂々と構える。

 

片やローブ姿は木槍を一直線に構えて、姿勢を低くして狙いをつけるようにしている……。

 

アーシュラはともかく、槍の方の構えに関しては、武道の心得あれば尋常ではないものに見える。

 

しかし先程の動きがあれば、必殺を期した構えと気づく。

どこからでも鋭く最短で穿ち貫く構え……。

 

両者から吹き上がる力が尋常ではなく高まり、殺気と闘気とでもいうべき、遠くから見ているものたちの肌に感じる乾いた空気が充満した時―――。

 

両者は消えるかのように移動を果たして、中間地点で再びぶつかりあった。

 

そこから先は稲妻と月光の交錯の再開であった。

 

稲妻にも似た突きは戻りがないぐらいの乱射。

 

否、長柄の得物を繰り出すための予備動作が早すぎて見えないのだ。

槍突は間断ない速さで振るわれて、その槍突を受けるアーシュラの枝剣は、その槍突を強引に割り砕くかのように無理やり懐に踏み込んでいく。

 

当然ながらも稲妻の如き槍撃だ。そんなことをすれば、あっという間に串刺しになるのがオチのはずなのに……。

 

直線的な槍の豪雨を捌きながら、剣は颶風を巻きながら豪雨に隙間を描いていく。

 

槍が突きと払いに長けた道具であるならば、剣もまたその機能を持たないわけではない。

 

リーチの差はあれども、アーシュラの剣の切っ先を真っ直ぐにした突きは、槍撃を払い除けながら徐々に踏み込んでいくのだ。

 

言うは易く行うは難し。お互いに最大級の魔力を込めて、合撃(あいうち)剛撃(ひっさつ)に転じて変化させんと繰り出しているのだ。

 

一瞬でもひるめば、首と胴が離れているのではないかという数え切れぬ得物の応酬。

 

周囲の人間たちは離れたところから固唾を呑んで見守るしかない。

 

そうしていると槍兵の槍が―――変化を果たす。ここに来て―――。

 

(薙ぎ払いを入れてきたか。さすがはエリンでも随一の戦士。慣れぬ木槍だろうにやるものだ)

 

虚空に魔力の輝線を刻む槍の薙ぎ払いを躱し受け止めつつ、アーシュラも変化を果たす。

 

先程までの実直な「守備」主体の剣から、「攻撃」に転じるように魔力放出のベクトル操作を増やす。

 

今までが爆撃機の攻撃能力であったならば、戦闘機への変化のようにトリッキーな動きが加わる。

 

体ごと振り回す力任せの一撃一撃が槍兵の体を揺らす。先ほどとは段違いの攻撃性能を前に興が湧くのを抑えられない。

時には体を真横にロールさせながら一撃を繰り出してくるのだ。

 

決して手打ちではない魔力の猛りをそのままにぶつけてくる剛撃に、朱槍でないことが惜しすぎるのだ。

 

(いいね! 戦士の戦いはこうでなければいけない―――悪いが、ここいらで分けにしておきたいんだよ)

 

砲弾の如き勢いで動き回るアーシュラの攻撃で再び軋む木槍。だが―――。

 

途端に接触を嫌って、大きく離れるアーシュラ。

 

素人目には何があったのかはわからないが、それでも離れたアーシュラは、得物である枝剣を見遣る。

 

特に変化が無いように見えるが……それでも何かをされと思ったのだろう。

 

「カンがいいな嬢ちゃん―――いや、姫騎士」

 

「光の御子と言えば、影の国の女王より賜りし、原初十八のルーンも有名だ。擬似的な『紅薔薇』だな?」

 

「御名答。マックールのところにいる一番槍の得物ほどじゃないが、魔力を打ち消す(ディスペル)エンチャントぐらいはあるものさ―――さて、『本命の得物』を出すならば、待つぜ」

 

「アナタほどの英雄にそれを所望されたならば、それに応じるのも一興だが、その場合のアナタの手にあるは、因果歪曲の槍でなければ釣り合いが取れない―――何より……」

 

既にあちこちに存在している構造物(オブジェクト)が砕け散った並木道。

 

近くに存在している実験棟の窓ガラスに至っては、魔法の直撃・実験失敗の爆発を受けても砕けなかったというのに、今ではフレームはぐしゃぐしゃに歪んで、ガラスに至っては細片となりて砕けていた。

 

そんな中でも更に激しい戦いに繰り出そうとするアーシュラと槍兵に、滝のような汗を流す者は多い。

 

そうだというのに、アーシュラは……。

 

「申し訳ないけど、レディを誘うのだったらば、その野暮ったいローブは取っていただけない? 顔も見せないのは失礼だと思うわ」

 

「―――成程、年若いが、姫としてはいい返事だ。だが答えは一つ。剥ぎ取ってみせろ!!」

 

返しあった言葉にブオン!という風圧ごと振り回し合う槍と剣。

 

それは2度目の激突の予感を想起させる―――。

 

 

 



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第14話『前哨戦(下)』

アーシュラと謎の槍兵との大立ち回りは、多くのギャラリーの列を作り上げていた。

 

その中でも最前列にいるのは、騒ぎを聞いて勢いよく飛び出してきた三巨頭と、生徒会メンバー。その後ろに十文字の舎弟(他称)と風紀委員たちが展開していた。

 

最初は司波達也が妙なものに襲われているという通報だったのだが、その様子を全員で見たあとには―――感心しかできなかった。あんな使い手を相手によくも動けたものだ。

 

そしてその後を継いだアーシュラの動きは、それに追随するものだ。

 

槍兵相手に「躱し」に徹することしか出来なかった達也とは違い、アーシュラは攻めているのだ。攻撃の余力がこちらにも届く都度、ビリビリと地面が揺れて肌身を魔力の圧が突き刺してくる。

 

「私との戦いは全力では無かったということか……?」

 

問いかけられたことは分かったが、渡辺委員長の悔しげな顔と声に嘆息しつつ立華は口を開く。

 

「アーシュラ・ペンドラゴンの本来のスタイルは、莫大なまでの真エーテルと疑似エーテルを利用した「セイバースタイル」。

しかし、全力で動けば容易く部屋は壊れていましたよ。壁に突き刺さった得物の結果覚えていますよね?」

 

恨むなら私を恨んでください。という付け足しの言葉に、なんとも言えぬ表情をする渡辺摩利。

 

ついでだから戦うとした場合の所感を聞こうとした矢先に、克人の方が先に言葉を紡いだ。

 

「渡辺、千葉―――所感でいいから、千葉道場の剣士として、衛宮と戦った場合の想定を教えてくれ。頼む―――」

 

最後に頼むと付け足したのは、道場の技法・技量を疑われるのではないかという懸念を払拭させるためだ。

 

仮に、ここで「正直」に言ったところでそれで見くびらないという念押しだとは二人も分かっていた。そんな気遣いが余計に剣士としての誇りを傷つけてもいたのだが。

 

「……十文字からの情報ありだった私は既に想定していたからな。三手を交え、四手目を打って―――五手で詰みだと思えていた。

……今では、一手を交えたあとには返す刀で首と胴がおさらばだ」

 

その言葉に、誰もが汗を滲ませる。ある種、日本の軍隊格闘術の地位にいる千葉道場の剣客である三巨頭の一人が、完全に負けるという想像をしたのだ。

 

敗北宣言を聞いたあとには、自然とエリカにも注目が集まる。

 

「アタシは、何も聞いていなかったですし、アーシュラの体の使い方は演武場が初でした。これを見る前ならば、いくらかは―――ですが、今は一手を交える間もなくズンバラリンでしょう」

 

 

その証拠というわけではないが、槍兵の稲妻のごとき一閃を受け太刀するでもなく、懐に低く潜り込んだアーシュラの動きが辛うじて見える。

横に構えた剣が腹を捌こうと動いたが、早すぎるバックステップがそれを不発にする。

 

それと同じことは、エリカにも摩利にも無理なのだ。

 

人外魔境の武技の応酬。相手の攻め手を封じて、己の必殺を叩き込まんとするものは、どうしても「欲しくなってしまう」。

 

―――「羨ましくなってしまう」―――。

 

魔法師の多くが持っている本物の『超人』に対する幻想がそこにあるのだ。

分不相応な賭けに出たくなってしまう……。

 

「……けれど、このまま見ていていいんですか?」

 

「どうせ決着は着きますよ。流れ弾が怖いならば下がっていてください」

 

 

どういった心配なのかは分からないが、中条あずさの言葉に反してから、藤丸立華は準備をする。

 

(ランサークラスのサーヴァント。恐らく姿はクランの猛犬。誰の差し金かは分からないわけじゃないけど―――)

 

『矢避けの加護』が半ば「無敵状態」も同然に作用しているのだ。

 

―――リッカ。

 

声が聞こえた。それだけで意図はわかる。

 

どうやらマスターとしての役目をこなすようだ。

 

(猛犬のローブは、一種の防御礼装の役目も果たしている。アーシュラ。無敵貫通(トライデント)を掛けるわ。タイミングを作って)

 

(ラジャー)

 

明朗な念話というにはたどたどしいが、それでもアーシュラから了承を得たことで、藤丸立華は術種選択。

 

カルデアオリジナル礼装「ブリリアントサマー」から引き出したものをセットアップ。

 

流石に「衣装」そのものを「選択」しては、立華も恥ずかしかった。

 

その方が術の通り(浸透)はいいのだが、ともあれこちら側はアーシュラの意図しているタイミングに合わせるしかない。

 

それを見極めることが、一流のマスターとなりえる。

 

 

豪風爆打の限りの武器の応酬。見ているものは、誰しもどちらに趨勢が傾くかはわからない限りでハラハラしてしまう。

同時に身体が疼くのを隠せないのは魔法師、魔術師限らずの(さが)だろうか。

 

一流どころか超一流の剣客。しかも魔法・魔力などの超常分野のパワーを用いての戦いとなると……。

 

ファイター(軍人志望)であろうとセージ(研究畑)であろうと、何かを掴みたくなるのだ……。たとえそれが、分不相応なものに手を伸ばそうとしていると分かっていても―――。

そして状況に変化が現れる……。

 

激しい戦いは永遠に続くかと思われた。 アーシュラの木剣と槍兵の木槍は、幾百も撃ち合い、魔力の火花をその度ごとに宙に散らした。

 

技量は五分。

若干の荒々しさはあるがバネにすぐれたアーシュラと、老練の域の技術を若さで放つ槍兵。

 

そして得物に込められた魔力も五分。

ややルーンを装填出来る槍兵が有利かと思うが、そのダムの緊急放水を思わせる魔力の噴射が、術理を力づくで崩す。

 

 

二人の戦士は、お互いの体力と技力、そして精神力の限りを尽くして戦った。

 

それはただの殺し合いではなく、完成された競技を見ているようでもあった。 その場にいた者たちは、息をするのも、瞬きをするのも忘れて二人の対決を見守っていた。

打ち払いあった剣と槍の切っ先、互いに距離を取る。

 

そうして、互いに声を掛ける。

 

「観客たちは十分に満足しただろう。そろそろ、決着をつけるとするか……!」

 

「朱槍を持たぬアナタとの闘争だが、それでも決着の時は来るか……承知」

 

観念した思いで構え直す槍と剣。最上段に構えるアーシュラと低く低く構える槍兵。

 

数分前の再現と少し違うが、どちらも必殺絶命を期したものだ。よろよろと立ち上がりながらも、その様子をしっかりと見ようと決意した達也。

 

瞬間、その太い枝を剣としていたアーシュラを見た時に―――。

 

(黄金の剣……)

 

金色の光をかき集める剣を幻視した時に―――槍兵は駆け出した。疾駆する体躯。同時に突き出される槍の切っ先。

 

迎え撃つ構えでいたアーシュラは、その動きに合わせて剣を振り下ろした。

 

お互いに早くタイミングを合わせた攻撃だが……。

 

勝ったのは、ここが並木道。地肌がある「通り」であったことだ。

 

コンクリートで固められていない路面を思いっきりハンマーでも打ち付けるように叩いたアーシュラによって煙幕が両者の境界に出来上がるのだった。

 

「小賢しいことを!! お前の剣は、敵を倒すためのものか!? それとも客に見せるためのものか!?」

 

「両方!!」

 

煙幕の向こうで槍兵の声に叫ぶアーシュラ。しかし間髪入れず突き出した木槍。寸前で位置変更をしたとしてもいるだろう位置に突き出した槍が肉を貫くことはなかった。

 

がぎゃっ!! 木槍が穂先から折れて砕けた音。何か硬いものに当たったからだ。

 

だが如何な木槍とはいえ、槍兵自ら厳選したイチイの木から削り上げた呪槍、魔槍のたぐいなのだ。

 

簡単に砕けるなど―――。

 

魔力を込めたシャウトで煙を退かすとそこには……。

 

「桜の木!?」

 

誰かの叫びが正体を知らせた。並木道のど真ん中にいきなり現れた巨大な樹木こそが、槍兵―――ランサーから槍を失わせた原因である。

そして木の向こう側にいるはずのアーシュラは天空を舞い、そして落下を果たそうとしていた。

 

様子としては、さながら「とぐろ」を巻いた龍…。

黄金の龍が、大地に神罰の一撃を天上より大地に落とすように落ちてきたのだ。

 

その手には、何かが握られている。何であるかは近くで見ている達也の他、殆どの人間が分からない。

 

だが…両手で握る様子に剣を予想しておく。

 

完全に上を取られたランサーだが、備えておいたルーンの守りを発動。防御結界を発動させて耐え凌ごうとしたのだが。

 

何かの術が遠くからアーシュラに装備される。付与術式の一つであろうと察して、天空より真っ向唐竹割りを行うアーシュラの一撃―――。

 

この上なく重さと速さと硬さを込めた刃の振り下ろしが稲妻のように走り、大地を震撼させた。

 

もうもうと立ちこめる土煙。その中から一人の『男』が飛び出る。

 

その姿は青豹というあり得ざる動物を思わせるほどに、俊敏な肉食獣を思わせる雰囲気だ。

 

「ちっ―――まさか防御をすり抜けて攻撃を届かせるとはな―――恐れ入るぜ。姫騎士」

 

アーシュラが体重と魔力を込めて振り下ろした必殺の一撃は確かに入った。だが、『防御術』はすり抜けたとしても……。

 

「ローブに仕込まれたルーンにまで通せなかったか」

 

姿を詳細に見せないために着込んでいたローブは役たたずとなっていたが、それを超えて肉体にダメージは与えられなかったことをアーシュラは悟る。

 

「いいや、威力はあったぜ。衝撃だけで霊基が砕け散るんじゃないかと思ったほどだ。が―――ローブのルーンの方が勝っていただけだ」

 

すでにズタボロとなってしまったローブを脱ぎ捨てて、その容姿を全て衆目に晒す槍兵。

 

青い全身タイツに部分的な(アーマー)。見ようによっては軍隊のタクティカルスーツのようにも見えるが……その上に何かの獣毛を鞣した短めのファーマントを首に巻いて胸まで下ろしていた。

 

(見たことがないクー・フーリンの姿……)

 

髪は人種の違いがあったとしても殆どありえぬ青色。そして、姿はかなり卦体なものだ。

 

初見の達也ほか魔法師の大半はわからないだろうが、至近で見ているアーシュラと遠見をしていた立華は、いくらかの違う「霊基」(すがた)の彼を様々な事柄から知っていたが、その姿は未見で未知。

 

「さてと―――嬢ちゃんみたいな剣士がいると知っていれば、威力偵察なんてもんじゃないぐらいに存分にやりたいんだがな」

 

最後の言葉で、今までアーシュラに向けていた視線をボロボロの姿になった司波達也に向けた。

向けられた達也は色々と考えて、一番有り得そうなのが「仇討ち」「名を上げる」……自分の生家に関わることだろうかと考える。

 

だが、そういうことを思わせるには、男にはそういう暗い情念を感じなかった。

 

「逃げるのですか? 光の御子よ」

 

「ああ、逃げるときはさっさと逃げる。いちいち戦いの理由など七面倒なことを誰何されるのも、問答も面倒だからな―――しかし、追ってくるならば決死の覚悟を決めてから来い。

その時、オレの手にあるのは、戦士と戦士の決闘で使うべき、本物の「魔槍」だ……それでもいいならばかかってこい」

 

戦闘が小康状態に至ったことを悟った後ろの魔法師たちが一斉に魔法を放とうとした時に、後ろにまで通る声と殺気が放たれて、魔法式の発動が不可能となる。

 

決して大声であったわけではない。

しかし、完全に呑まれた形でいる魔法師とは違い、魔術師は、隙を見いださんと眼を凝らして―――。

 

最終的には、その逃走を見逃さなければならなかった。

 

アルトリアも士郎も「不動」であったわけではないが、それでもその駿馬や豹よりも高速で動き、アーシュラの育てた木の頂上を足場に学外に出ていった侵入者を誰もが追えない。

 

「……いいのか見逃して?」

 

「アナタには分からないでしょうけど、あの槍兵が、もしも「狂化」(ベルセルク)のルーンや「死」(バロール)のルーンなどを発動してきたならば、『私』ほか数名はともかくとして屍山血河が、一高(ここ)に出来てたわよ」

 

近場にいたからこその達也の疑問に答えながら、汗を拭う。あの場で、それでも戦うと答えたならば、まずは「戦場の掃除」から始まっていたはずだ。

 

あの槍兵は、いざとなれば「城」を叩き壊すことも可能なはず。

決して楽なことではないだろうが、伝承によれば、あの槍兵は「城の押し相撲」などということもやって勝ってきた男なのだ。

 

とはいえ、それを「霊基」(わくない)で再現出来るかどうかはわからない話だ。

 

そんな感想を出しつつ……。

 

(マンドクセー。アーネンエルベでフルーツサンデーでも食べたーい)

 

という内心のままに去ることは出来なさそうなのは、校舎側からやってきた十文字克人を筆頭とする集団が事情を聞きたがっていたからだ。

 

 

「―――4,5年前を思い出す。話してくれるか?」

 

「あの時と同じく話せることと話せないこととが、ありますけどね。まぁそもそもそっちが理解あるかどうかなのは、4,5年前に立華からも聞いているでしょう?」

 

そんなジャブの打ち合いで牽制しながら、戦場跡からの事情聴取は始まる……。

 

 



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第15話『想いを吐き出しあう』

requiem2巻。ようやく届いたぁ。

何はともあれ新話お送りします


罪とは結局、学習による想像力の産物にすぎない。

 

彼女は胸中で、その言葉を繰り返した。

 

結局の所、相手が理解できないからと言って起こったことを全て説明するなど、あまりに無意味なのだから。

 

そう。説法を繰り返す宗教家とて、自分の信仰を揺るがしかねないことが起これば、その都度、教義に対する自分自身の解釈を変えていかなければならないのだから。

 

結局は屁理屈なのだ。

合理と道理ばかりが、この世で唯一信じられる価値観ではない以上、人は賢しく生きていかなければならない。

 

つまりは―――。

 

「知ったところでどうにかなるとは思えないので教えません♫」

 

悟りを開いた(間違い)ニッコリ笑顔のもと、全力で情報提供を断るのだった。

 

集められたメンバー全員は苦い顔をしている。先程までとんでもない戦いを演じていた少女の断りを入れた笑顔は色々であった。

 

「藤丸さんも同意見?」

 

「まぁ、そうですね。ただ論点であり問い詰めるべき相手はずれていると思います」

 

「どういう意味?」

 

「確かにあの「亡霊魔人」に立ち向かったのはアーシュラですが、狙われたのはアーシュラではなく、1−Eの司波達也くんですよ。

そこにまずツッコミを入れないでいるのはどうなんでしょうか?」

 

この場にはいない、治療を受けて一応は安静にしている達也に、今は事情聴取を出来ないのは当たり前だが、それでも一番最初に疑いの目を向けるべきなのは、彼のはずでは? そういう言葉が濃いオレンジ色の髪をした少女から飛んでくる。

 

「つまりアーシュラは、被害者を守った立場であり、容疑者に対するような態度を取られる必要はないということです」

 

「……では、今この場で明らかにできることとは何でしょうか?」

 

対面の長机に座る会計の市原鈴音の言葉に、藤丸もアーシュラも答えることは決まっていた。

 

「ミステリーの王道。かつてシャーロック・ホームズのシリーズを生み出したコナン・ドイルにおいて、確立された3つの要素に照らし合わせましょう。

フーダニット、犯人は誰か? これに関しては白昼堂々の犯行だったので明らかです。ゴーストライナーという規格外の使い魔を使役してのこと」

 

知らない単語が出てきたことで、対面のメンバーの大半に動揺が広がるのを見た2人は、その中で克人だけが落ち着いていたことを感心した。

巌のような男は思いの外口が硬かったのだなと、少しだけ見直す。てっきり会長辺りには告げていると思っていたのだから。

 

「ハウダニット、どういう手口を取ったのかは、(せん)に語った通りに、ゴーストライナーを使っての当校の生徒に対する殺傷。これはもはや明々白々ですね」

 

そう。これがもしも数日前までの1科生主導による卑怯な闇討ちであれば、被害者(しばたつや)の宣言及びアーシュラの犬飼現八じみた捕物劇で、なんとかすれば良かったのだ。

 

「問題はホワイダニット―――何故やったのか? つまり動機が見えないんですよ」

 

「動機……?」

 

「まぁ仮にアレが、魔術師によって使役されているならば、戯れに人でも殺そうと思うでしょうが、けれど『あの使い魔』は、そこまで積極的に弱いものを殺そうとは思いませんよ。

その上で考えるべきなのは、なぜ2科の司波達也が狙われたのかを考えるべきです」

 

動機を考えろ。そう言われて、たしかに論点としては考えてこなかったわけではない。

 

だが、いざとなると明朗に、これだ。と言えるものは無かったりする。

 

「考えられる動機及び犯人像はあるか?」

 

「1つ目は、1科生の中に外からヒットマン・用心棒を呼び込んだものがいて、今度こそ2科生でありながらもイレギュラーな司波達也をシメてもらおうという考えを持っていた人間がいたという可能性。

これが一番、あり得ますね。なんせ彼にはあらゆる卑怯・卑劣な行いが通用しなかったどころか、アーシュラという守護月天によって守られていたんですから」

 

容易な相手では、そんなことも出来ない。

ならば、もはや空砲ではなく「実弾」を用いて撃ち抜くのみ。

 

ある意味、子供の喧嘩に親が出るようなものだ。

 

「実に品性下劣にして浅ましい考え―――」

 

アーシュラのつぶやくような感想の言葉に、対面にいた連中の大半が呻いて俯いてしまう。

 

「2つ目は、本当に気まぐれでの活動である可能性。ルーン魔術の応用で、面白い術式を持った相手を見て、その力を測りたかった。あの使い魔は、本当に戦闘が出来ればいいだけのバトルマニアですからね。

使役者のゴーサインもあって、そうなったのかもしれません」

 

面白い術式。その言葉で数名は、達也が何かを使って魔法を打ち消しているという噂はすでに耳にしている。

 

何であるかは分からないが、CADを応用した術式であろうことは何気なく判明しつつあるのだ。

 

「3つ目は―――使い魔の言葉に出てきた『威力偵察』という話から、近々ここに大規模な攻勢を掛けるつもりがあるのかもしれません。これは本当に不明瞭なものですけどね」

 

「サーヴァント……英霊の分け身が、ここを襲うというのか!?」

 

「その場合、最終的な目的は更に不明になりますけどね」

 

十文字だけが、その言葉に明確な焦りをみせて言葉を上擦らせた。

 

4.5年前の騒動。十文字が中学に上がったばかりから一年が過ぎようとしていた頃の話だ。

 

その頃のことを思い出して、身震いをしてしまいそうな体を必死で抑える。あの連夜の中で、克人の世界は全て転換してしまったのだ。

 

地獄が、再びここに再現されるというのか……。

 

「まぁ何にせよ。「なにか」は後日に起こると考えた方がいいですね。「明確なこと」は分かりませんけどね」

 

「……個人的な見解では、一番にどれがあり得ると思っている?」

 

「1番目じゃないですか? 動機がハッキリしているんですから?」

 

その言葉に打ちひしがれるのは、この場にいる2年の1科生たち、ふん縛られたメンツの大半の層であったから仕方ない話なのだが。

 

だが敏い人間たちは、何かを隠しているなと思えた。

 

「まぁ先入観は見たままを曇らせる原因になりますからね。いま言ったことは、かなり穿った見方ですよ」

 

「だが、サーヴァントを使役ないし、使役できる存在と交渉出来る存在が都内にいるということか……」

 

「あの会頭。先程から出ているゴーストライナーとか、英霊とかサーヴァントとかってのは何なんでしょうか? 不勉強な限りで申し訳ありませんが、教えていただければとは思います」

 

立華と十文字の会話に割り込んできたのは、副会長である服部なんちゃらであった。彼としても二度も年下に敗北感を感じるなど起きたくないし、それ以上に学内の治安に不安を起こしたくないのだろう。

 

責任と自負心の狭間で、揺れ動く心を敏感にアーシュラは感じ取った。

 

「……」

 

「―――」

 

真剣な眼差しを立華に寄越す十文字に対して、目を伏せて無言を貫く立華。

 

その姿に―――。

 

「リッカ、もう被害は出たわ。少しでも情報は共有しておくべきだよ。このままじゃ誰も彼も千切れ飛ぶ。アナタの見た『未来』を少しでも抑えたければ、じゃない?」

 

「……もしくは、私が干渉をすることで未来が確定されてしまうかもしれないのです。それが怖いのよ……」

 

「そうだね。けれど、アナタのおばあちゃんやおじいちゃんが、正しいと思って進んだのは、「未来を変えられる」と思ったからでしょ?

それは大きな力でしか成し遂げられないものなの?」

 

余人には分からない会話。

 

しかし、アーシュラの説得が功を奏したのか、立華は一度だけ息を吐いてから口を開く。

 

「克人さんに代わって私の方から説明させてもらいましょう。服部副会長」

 

「藤丸さん……」

 

「ですが、あまり他言無用でお願いします。何より、こんな事実を受け止めきれずに、あなた方の演算領域に瑕疵が着くことは、我々フィニス・カルデアも望んでいませんので」

 

その言葉の神妙さに―――今から聞くことは、本当に不味いことなのだと気付かされる。

 

そして、聞くだけで自分たちの魔法行使のための領域が崩れ果てるかもしれないなど、あまり聞いていていい話ではない。

 

「猶予はそこまで上げられませんが、3分間で「残って」聞くか「去って」聞かなかったことにするか、決めてください。

これは渡辺風紀委員長も七草会長も同様です。

今から話すことはあなた方、魔法師の全てを否定しかねないものです。

ただ事実の一つとして、アーシュラが相対した「槍兵」などのようなサーヴァント、英霊、ゴーストライナーと呼ばれるものは、「とっても強い使い魔」。

頭の悪い表現ですが、そういう納得だけでも構いません。むしろその程度であってもいいはずなんです」

 

居並ぶ面子。殆どというか1科生だけの先輩集団の中にざわつきが生まれる。

 

スリーミニッツが刻まれるまで立華は沈黙を貫く。彼らの判断材料になることを言わない。

 

その態度が、言われたことが脅しではないのだと気づいたメンツが、幾らか室内から出ていく。

 

一分、二分……三分が経過した後には、部活連の会議室に残っていたのは十名程度であった。

 

アーシュラと藤丸は知らないが、その十名は2.3年の優等生であり成績上位者であり、魔法師界でも名士と呼べる家の人物なのだ。

 

「最後の最後で念押ししておきますが、よろしいんですね?」

 

「そこまで脅かされると、決意も揺らぎそうなほどだわ。けれど、私は一高の生徒会長だから…私が保身に走っては誰も着いていかないわ」

 

「―――組織の長としての態度はいいのですが……まぁいいでしょう。どうせ無い物ねだりなんて出来ないんですから」

 

その言葉は、真由美の会長という職責への態度に感心したものではないようで、真由美としては大いに不満だったりしたのだが……。

 

「今から見聞きさせるものは、カルデアが「人理」を守るために、かつて行った戦いの記録―――人類史焼却という危難から時間(つぎ)を取り戻し、世界を「救った」のちに―――世界を「滅ぼした」。

一人のマスターとそのサーヴァントとなった少女の、記録にして愛おしい記憶……」

 

だが、そんな不満は次の瞬間には消え去っていた。

 

藤丸立華の背後に巨大な「式」とでも言えばいいもの、起動式は暗号化されていて読めなくても、投射された魔法式に関しては何気なく分かる1科生でも、こんな巨大で「深すぎる」式に関しては見たことがない。

 

これの前では、現代魔法であろうと古式であろうと、浅薄な手妻(てじな)使い程度に収まってしまう。

 

「―――アントルム、アンバース、アニマ、アニムスフィア―――キリエライト」

 

投射された魔法式。彼ら風に言えば魔術式が呪言に反応して、一つの魔術を部屋に結実させる。

 

それは―――未来を取り戻し、世界を救う物語……人類史に刻まれなかった戦い。

 

それでも確かにそこにあった記録。人々の想いが……部屋に残った人間たちを包む……。

 

 

† † † †

 

「ほ、本当に大丈夫なんですか? 達也さん」

 

「ああ、確かに怪我は多いが、ここで寝ていても治りが早くなるわけじゃないしな。家に帰ってメディカルポットにでも入ったほうが早いだろ」

 

光井ほのかの焦ったような声に対して気軽に答える達也。ここは怪我をした生徒などを治療する保健室であり、本来ならばもう少し安静でいなければならない怪我だったのだが……。

 

達也には秘蔵の「回復術」があるので、まぁ早めに人目につきたくないところで己の回復を図りたいのだ。

 

「ああ、別に先生の手腕を疑っているわけじゃないですよ」

 

横から向いていた険のある視線に気づいた達也が手を振って、人妻で子持ちなのに媚態を強調した養護教諭にフォローになっていないフォローをする。

 

それを受けた教諭は苦笑をしながら説明をする。

 

「まぁそりゃそうだけどね。けれど君の怪我は本来ならば、動けなくなるはずのものなんだよ?」

 

「超回復ってやつですかね?」

 

「そりゃ半世紀以上も前に否定されたエセ科学。人のテロメアの分裂回数が決まっている以上、怪我をすれば、その分そこの細胞分裂は少なくなるんだから、治りが悪くなるのは当たり前の話。

んでもって女子陣は見なかったとはいえ、君の触診をした限りでは―――いや、止しておくわ。

私にとって大事なのは、家で待っているマイリトルスイートパンプキンだけなんだから♪ ママは今日もがんばっているからね!」

 

息子のことは野菜でたとえない方がいいのではないだろうかと、一同は安宿(あすか)先生に対して思うのだが、まぁ意味は無いだろう。

 

自分抱きをして、妄想の世界に浸っている養護教諭を無視してベッドから身を起こすのだった。

 

「お兄様。お荷物お持ちします」

 

「いや、そこまでしなくてもいいよ……扉に立っている2人もなにかあるのか?」

 

深雪の手助けを拒否して―――2人の少女を見る。いつの間に入ってきたのか分からないぐらいに達者な隠形ともいえるが……。

 

「出頭要請を言いに来たつもりだったんだけど、どうやら明日、明後日のほうが良さそうだねー」

 

「どうしてもというのならば部活連本部に向かうが?」

 

「いいや、少しばかり「ショック」が大きすぎたみたいだから、今日はそっとしておいてあげたいかな」

 

アーシュラの気楽そうな声と、思い悩んだ立華の声に何があったのやらと思うも、達也と深雪だけは、少し分かっていた。

 

それは十分前に部活連本部から感じた微弱なチカラの発露。大きさを隠そうとしても隠しきれないものを感じたのだ。

 

規模・干渉・深度としては叔母の秘蔵魔法にも似ているかもしれない。

 

「……取り敢えず色々と聞かせてもらえるか?」

 

保健室から出ると同時に、女をぞろぞろ引き連れての下校シーンだと気づき、即座にレオにヘルプを頼みたい気分でもあった。

 

だが、それ以上に喫緊だったのは、あの槍兵に関してであった。

 

「「何を聞きたいのさ?」」

 

「色々だ」

 

2人に同時に言われて、少しだけ苛立たしげに言った時に肩が痛む感覚を覚えて、思わず肩を抑えてしまった。

 

「ふむ。やはり腐っても、いや腐ってはいないが、英霊の武具を間近で受けた影響はあるか。アーシュラ、癒やしてあげて」

 

「かしこまっ♪」

 

何年前のJKだと言わんばかりの応答をするアーシュラが、背後に回り込んで達也の肩に触れた。

 

別にゴルゴ13のように後ろに立たれたくないわけではないが―――。

 

触れられた肩になにかの力が広がる。本来のリジェネレーションとは違う、その癒やしの力に驚かざるを得ない。

 

「あとは「自分」でやりなよ。君に触れてるとそっちの2人からの視線があれだからね」

 

どうにもこの2人がドライなのは、ほのかと深雪だけが原因じゃないように思えるのは達也だけだろうか。

 

少しの不満を覚えながらも……とりあえず帰宅の途に着いた。

 

保健室から少し離れたところ……心理カウンセラーが務めている部屋にて―――。

 

運命を変える会話がされていることも知らずに……。

 

「確かに、アーシュラさんの剣技はスゴイわよねー」

 

「ですよね……正直、自信を失いそうです。あんなキレイなのに暴力的ながらも、それを「殺しの技」としてもいるなんて―――」

 

剣道でなくて剣術であっても、あの太刀筋は再現できない。

 

そして武技を目指すものならば、あそこまでの剣を手に入れたくなる。

 

途端に自分の技が邪道にしか思えなくなれば、立ち返りたくなるのだ。

 

そういう専門的なことを目の前のカウンセラーに言わなくても、言わんとする所は分かってくれたようだ。

 

話すことで楽になることもあるものだ。そう感じて感謝しながら、いつもどおりに部屋をでようとした時に……。

 

「ならば、アルトリア先生に剣の手ほどきを頼んでみたらいいんじゃないかしら? 士郎先生に聞いたんだけど、彼女の剣技はアルトリア先生が仕込んだそうだから」

 

「………私のような劣等生を相手してくれるでしょうか?」

 

「物は試しって言うでしょ。それに護身術の授業自体は特に科を問わないものなのだから―――それと、そういう風に自分を卑下するものではないわ。「ここ」に入れずに涙を流した人もいるのだからね」

 

最後の言葉に少しの悲哀と憤怒を混ぜたが、それでもそういう激励をするカウンセラーである「小野 遥」の言葉を受けて、二年の2科生である「壬生 紗耶香」は――――。

 

 

「剣士に余計な問答など不要。たとえそれが他流の、剣の形に洋の東西の違いがあれども……構えた得物をただひたすらに、一刀一刀を打ち合うのみ」

言いながら剣道場に掛けられていた竹刀をこちらに投げて渡す金髪の剣士。

受け取ると同時に剣士から吹き出るオーラを敏感に感じる壬生 紗耶香。

 

「サヤカ―――構えなさい」

 

神域の剣客が目の前に坐す現実を受け入れる壬生 紗耶香の体は、どこまでも駆動する…―――。

 

 



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第16話『変化Ⅰ』

朝の鍛錬はいつでも清々しいものだ。

 

だが、今日のアルトリアとの鍛錬は少しばかり様子が違っていた。何が違うというのか明確なものは分からないのだが、とにかく違っていた。

 

「違う剣士とでも戦った?」

 

「そうですね。頼み込まれたので少しばかり稽古を付けはしました。流石に私達と同じようにはいかないでしょうが、身になるものがあればとは思いますよ」

 

清潔なタオルで汗を拭いていた母の言葉に、どんな弟子をとったのやら、と言う気分でいた。

 

「安心しなさい。別にアーシュラを蔑ろにはしませんよ」

 

「いや、そんな心配はしていない。むしろその新弟子みたいなのが、お母さんの手腕(スパルタ)で壊されないのか心配なの」

 

手を振りながら「ちゃうちゃう」ということを伝えるアーシュラ。

しかし、自分の剣が『騎士王』仕込であるなど誰が伝えたのやら……。

 

「ハルカが教えたそうです。アーシュラの剣が私からだと。そしてハルカは、シロウから教えられたそうです」

 

「なるほど。それでお父さんが先に倒れ伏していたんだ……」

 

久々の母との全力の『身体鍛錬』『魔力鍛錬』に付き合わされた父の姿に『南無〜〜』と言っておくのである。

 

「それよりアーシュラ、リッカもそうですが、どうやら魔法師の数名に『機密』を教えたようですね」

 

「お母さんの『姿』は映さないようにはしておいたけど――――――似たような顔が一杯だからなぁ…」

 

「カルデアでは俗称『アルトリア顔』などとも言われていたほどです」

 

リッカの記憶投影に際してアーシュラは極力、アルトリアらしき姿を見せないようにしておいた。

 

その努力たるや、某ボーイズジュニアアイドルの画像はインターネットではグレーに塗りつぶさんばかりのものであった―――最終的には肖像権の法律整備の遅れで、無理難題であることから、事務所側も折れた点はあったのだが。

 

「ワタシとしては、どうせ『日本人』に明確な白人・黒人の違いなんて分かるわけないんだから、神経質になる必要もないと想うんだけどなぁ」

 

「ですが、その努力自体は褒めますよ。エライですね。アーシュラ」

 

頭をぽんぽん軽く叩いてから髪を撫で梳かされる。

笑顔で慰めるようにするアルトリアだが、娘としては今の母の姿は英霊アルトリア・ペンドラゴンというよりも、キャメロットにて『選別』をしていた『獅子王』に似ているのだ。

 

あんな風に酷薄なことをする母の姿を見せたくない思いもあったのだ。

 

(何より水着獅子王って何さ!? お母さんのあんな姿見せられるわけないじゃない!!)

 

そんな娘の陰ながらの努力が称賛されている一方で……。

 

「ど、どうでもいいが、そろそろアーシュラ。お父さんを回復させないと、今日のお昼の弁当に差し支えるぞ……」

 

全然、どうでもよくない事態であった。母もアーシュラも、父からの弁当は生命線であるのだ。

 

急遽、回復術式を展開。同時に魔力の相性が良すぎる

アルトリアの魔力供給(ラブミーキス)で、父を回復させることに成功するのだが……。

 

結局、お昼ごはんに関しては、現地での受け取りにならざるを得なかったのだ。

 

昼休み。それは、ちょっとした転機。『微小特異点』の発生が起きるのだった。

 

 

「では、本日はここまでです。日直、挨拶―――」

 

定形通りの終了の挨拶を終えて、アーシュラは伸びをする。

まだ午前中ではあるが、それでも若干疲れたような気持ちはあるのだ。

 

「アーシュラ、士郎さんところに行かないと、お弁当が食べれないわよ」

 

「む。だれてる暇は無かった。補給の確保は何よりも重大なことね」

 

立華に言われて、ランチの時間にご飯がない危機的状況(クライシス)を認識。となれば向かわざるを得ない。

 

椅子から立ち上がった瞬間に、相津郁夫が声を掛けようと―――したが、結局あきらめた様子を立華は見届けた。

 

女々しくも、剣術部に誘おうとしたのだが、彼女がやりたいことは剣ではないのだ。剣を極めようと思えば、真なる意味でたどり着くべきところなど決まっているのだから。

 

「アンタほどの男泣かせな女はいないわね……」

 

「まぁコウマの時は、何というか近すぎたかと想うから……気をつけておきたいわ」

 

そうして、2科生の実習室に向かうと、とんでもない人だかりが出来ていた。

 

その人だかりの向こうに父はいるわけで……。

 

「呂布をバーサーカー状態で投入したいわ」

 

ライダーの呂布(せきとば)でもいいけどね」

 

「何をおっかないことを言っているんだお前たちは!!」

 

人だかりの中でも聞こえていたらしく、衛宮士郎の言葉が響いた。

 

人だかりも気付いたらしく、アーシュラと立華の為に道を開けてくれる。

 

「お父さん。お弁当!」

 

「はいはい。まったく色気より食い気な娘になって、俺はお前の将来が心配だよ」

 

いつもどおりに重箱を受け取って喜色満面のアーシュラの姿に、衛宮士郎の嘆きが周囲の―――2科生中心のメンツが、そういった言葉になんとも言えぬ顔をする。

 

「ですが、アルトリア先生もそういうタイプだったのでは?」

「そうなんだけどな。まぁ……人間の関係性なんてどうなるか分からないしな」

「今は、おか―――アルトリア先生の機嫌を取ったほうが得策じゃないですかね」

 

立華と話したあとに警告を放つアーシュラによって、士郎は実習室の戸口辺りで『王様立ち』(ガイナックス)をしている細君の姿を確認。

 

ため息を突きながら、幸せそうな顔をする士郎先生に誰もが諦めるのだった。

 

「それじゃ、今日の実習はここまで。色々と疑問は多いだろうが、結局の所、魔術師側から見れば簡単な突破口を与えられるんだ。

そこからどうやって突き詰めていくかだけなんだから、あんまり自分を卑下するなよ。『一部の人間』は、そういうのとは無縁のようだがな」

 

一部の人間と区切るようにした時、眼で射抜いたのは達也であったが、それは本当にさりげないものであり、射抜かれた達也ぐらいしかわからない絶妙なものであった。

 

「だが、誰しも何かを持って生まれてきている。俺なんてお前たちぐらいの歳のときには、物体の構造強化すらまともに出来ない半人前だったんだからな。

求めるべきは、力の本質を確実に掴むことだ。以上、自主練やってもいいが、やりすぎは体に毒だからな」

 

そんな言葉をいったあとには端末を閉じたことで誰もが授業の終わりだと気付いた―――。

 

『『『『ありがとうございました!! 士郎先生!!!』』』』

 

一講師に対する礼というには大げさすぎるお辞儀の角度と大声。

 

『ご唱和ください、我の名を!』と言う呪文でも掛けられたかのような様に、衛宮士郎は苦笑してから、細君の元に駆けつける衛宮士郎の姿に魔法科高校では見られないような先生であると今更ながら想う。

 

「お前の親父さんって凄い講師だったんだな……」

 

「まぁ真理を探求する魔術師としては半端だけど、魔術使いとしては、結構なレベルだからね」

 

「目に見えぬものを探り当てることが得意な人ですから、知り合いの講師にも似たような人がいますけど」

 

感想を述べる西城レオンハルト(ウルトラマンタイガ)に返してから、食堂に急ごうとした時に、戸口から来たのはA組の女子三人。

 

そんな三人の内の筆頭である司波深雪は、少し驚いたかのようにアーシュラに問いかけてきた。

 

「アーシュラ、あなたの両親っていつも『あんな感じ』なの?」

「サンバガエルのように、家とかワタシの面倒はお父さんが主だったから、必然的にお父さんとお母さんはラブラブなわけだね。他にも、若い頃に『美味しいご飯』で餌付けされたからとも聞いたけど」

 

サンバガエルとは、なんぞや? というメンツが多いが、なんとなく程度に意味は理解できた。

 

「家のことは士郎先生が主なわけか……」

 

「そういうこと」

 

どうでもいいことだが、魔法師というのは何故か親子関係が微妙な家庭が多いという話をアーシュラも立華も聞いたことがある。

 

まるで南米の一部にいる蜘蛛のように、親を蔑ろにするだけでなくて、親の体を食らうという習性に似ている。

 

(魔術師というのは、あれこれ言えるけど自分の『全て』を受け継ぐ存在には愛情を注ぐもの。それは一代では「 」にたどり着くことが出来ないから。もちろん世代交代が順序よくいかなければ、当の親から殺されかけることもあるわけだけど……)

 

だが、概ね魔術師というのは、己の次代(つぎ)に愛情を注ぐものだ。そう考えると魔法師というのは『共食い』の習性を持っているように思えるのだ。

 

もちろん、そんなことはおくびにも出さないで、立華は実習室で地べたに座りながらメシを食うという達也の提案に乗っておくのだった。

 

ちなみに言えばアーシュラは不満げだった。

 

キキーモラとブラウニー(家事雑事妖精)(おこ)られそうなことをやりたくない」

 

そんな所だろう。如何に自動清掃が徹底されているとはいえ、彼女にはそういうことが見えているのだった。

 

難儀なハイスペックガール。と立華は思いながら、唐揚げに手を付けるのだった。

 

「魂の本質……『起源』と言ったか。お前達、魔術師というのは、こういうことばかりやっているのか?」

 

「人によりけり、とだけ言っておきましょう。とはいえ、魔導を高めていけば高めていくほど、そういった領域に近づいていく。そして、起源にだけ囚われれば、それは人の形をした現象へと転じてしまう。

士郎さんが言っていたとおり、何事もほどほどに、ということです」

 

達也の質問に明朗に答える立華は、先程の授業の補足とも言えた。

 

今日に至って、ようやく実を結んだ衛宮士郎の実技講座。それは2科の魔法師の大半を標準以上のレベルに上げていた。

 

寧ろ、人によっては1科の中級レベルにまで上がっているのだから、そら恐ろしい限りだ。

 

今までここの教師たちは、無為に多くの生徒達を正しく指導出来なかったのだから……。

 

「アーシュラもそういうことをやっているの? その魂の領域の力を開放するなんてことを」

 

「ううん。やってないよ」

 

深雪の問いかけに首を軽く振りながら答えるアーシュラに、疑わしい眼をする深雪。流石に学年主席を奪われっぱなしのままなのは癪なのだろうか。

 

事実、実習授業でペアなどある種の競い合いになった時には、アーシュラには勝ち星を着けられない。

 

黒星ばかりが深雪に点灯する様子に、なにかのチートを覚えるのだった。

 

(まぁアーシュラの魔術炉心も魔力の質も、この時代にあってはあり得ざる神秘ですからね)

 

そのトリックの前では、魔法師では毛筋一つにすら傷を与えられない。

 

「なんか深雪ってば不機嫌ね。やっぱりアーシュラとはライバル関係なのかしら?」

 

「まぁ『表面上』は模範生の司波さん的には、天真爛漫(アホ)でありながらも闊達に術を行使するアーシュラは、目の上のたんこぶなんでしょう」

 

『アフォーウ』

 

「べ、別にそこまで私、狭量な人間じゃありません! ……というかフォウくんは何に対して声を上げたので?」

 

「ワタシがアホの子であることを指したかったのよね―――フォウ?」

 

『フォノー、フォノー』

 

NO!NO!のつもりなのか、首を振るフォウの懸命な否定に対して、乱暴に捕まえて拘束をするアーシュラ。

 

『フォウフォウ』

 

大して怒っているわけではないアーシュラだったので、フォウくんはその後に軽快な足取りでアーシュラの肩に乗っかるのだった。

 

そんな『イヌヌワン』とでもいえばいい状況に、色々と追求したいことは霧散せざるを得ない――――――。

 

その後には、エリカの実家の事に話が及び、魔術師2人とネコ1匹は『変な教練方法』と思いつつも、それに対する講評をせずに昼休みは終わるのだった。

 

 



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第17話『変化Ⅱ』挿絵あり

躍動を聞いていると、なんとなくこっちの更新もしたくなってくる。

というわけで新話どうぞ。とはいえ、前作の流用が殆どではあるんですけどね(苦笑)


弓を引き絞る。

 

心をしずやかなままに集中をするその所作。自分と弓、そして的以外が見えなくなる境地。

 

人によってはそれを幽玄とも示すそうだ。

 

夢と現との境―――まるでワタシの『故郷』のようだ。だが、今はそんな蛇足すら『雑音』(ノイズ)となり得る。

 

つまり―――。

 

放たれる―――矢。番えられて惑星(ほし)の自転運動から取り残された、飛んでいる矢が的に突き刺さる様子は―――。

 

過たず中心部を穿ったのだ。

 

 

「皆中!?」

「すごいよ! 衛宮さん!!! しかも矢の全てが中心からあまり外れていないなんて!! これは期待のルーキーだよ!!」

 

あちこちで拍手喝采が起こるのは当然だ。だが、その空気と『俺やっちゃいましたか?』という孫太郎的な空気の居た堪れなさに、アーシュラは身体を低くせざるをえない。

 

「ど、どうもです矢場部長……」

 

【挿絵表示】

 

 

四連続での射的の結果を終えて、勢い込んでやってくる鴉の濡羽色とでもいうべき髪をした矢場弓奈の言葉に戸惑うアーシュラ。

 

3年女子の部長で、最初こそ『なんでこんな有名人が!?』などと驚愕されていたが、アーシュラの熱意表明と『経験者』であることを証明したことで、まぁ入部を許された経緯がある。

 

ただ一つ難点が……。

 

「それはそうと、何でワタシが『射』をする時は、みんな隣でやったりしないんですか? 何だかこっちが恐縮するんですけど」

 

弓道場にいるのは男女合わせて20名はいる。ソレに合わせて弓道場の的も、それなりに揃ってはいる。

 

大きな弓道場ともなれば、『射場』もかなり広く的も多い。

成人式の行事『三十三間堂の通し矢』ほどではないので、相手との間隔もそれなりに取れる射場だ。

 

なのに、アーシュラが射をするとなると、みんなして後ろに控えてこちらを見てくるのだ。

疑問を矢場部長―――3年からは『ユーミン』などと呼ばれている先輩は答える。

 

「なんでなのかと聞かれれば、答えてあげるのが世の情け。まぁ簡単に言えば、みんな衛宮さんの射を見たがっているのだよ。特に男子たちからは熱ある視線で大人気!!

よっ!! 一高のマドンナ―――♪」

 

「は、はぁ……」

 

戸惑い気味に後ろに控えている男子諸君を見ると、すかさず赤い顔を勢いよく反らす様子に、どうしたものかと想う。

 

「そんな衛宮さんに親しい男子って―――E組の司波達也君だよね? 付き合ってるの?」

「そんな事実は一切ございません」

 

面白がるようなユーミン先輩の言葉に即時の否定をしてから、何やかんやと部活の時間は過ぎていくのだった……。

 

部活を終えてシャワーを浴びてから、帰宅の途に就こうとした時に、少しばかり覚えのある魔力に何となくそちらに足を向ける。

 

余談程度ではあるが、弓道場がある場所は入学時から何かと曰く付きの『第二小体育館』と近いのだ。

 

特にどうということではないが、開け放たれた扉から中の様子を見舞うと―――。

 

―――鬼がいた。―――いや、それは間違いである。

 

―――鬼のような竜がいた。

 

まさしく百獣海賊団を率いるに相応しい恐るべき存在を前にアーシュラは!!!

 

「逃げるんだよぉおお!!!」

「母の凛々しい姿を見て目も向けられない気持ちは分かりますが、減点1です。罰として少しばかり相手をしてやりなさい」

「ワタシも柱の冨岡義勇のように『水の呼吸』が出来たならばぁああ!!」

 

風で拘束された挙げ句、何日ぶりになるか分からぬ第二小体育館に入ったアーシュラは、引き出された相手である壬生紗耶香の前にて立ち上がる。

 

「ごめんね。衛宮さん、そのアルトリア先生と稽古しちゃってて……」

 

「お構いなく、ウチの母の剣であれば、どうぞ己の鍛錬に利用しちゃってください」

 

壬生としては予想外の反応。母親との稽古の時間を奪われて『むくれ顔』ぐらいは予想していただけに、なんだか肩透かしを食らった気分だ。

 

だが、やることは分かっているらしく、即座に竹刀を手に取り構える姿に少しの悔しさもある。

 

戦士としての礼儀を弁えた女の子で、自分と比較した時に―――それを覚えた。

 

「アーシュラ、あなたがやるべきことは『分かっていますね』?」

 

「念押しとかどんだけー、まぁいいや。ボロボロの身体を痛めつける形ですが、やりましょっかい」

 

「―――」

 

色々と見抜きが凄い子だと思いながら壬生は動く。最強の剣士に幼い頃から鍛えられてきた天稟。そんな隔絶した差であっても届くものはあるのだと信じたいのだから―――。

 

「行きます!!!」

 

言葉と同時に激突は始まるのだった……。

 

 

「ブランシュねぇ。魔法師ってのは大変だね」

 

「隠れ潜まず。結局、尋常の世人からすれば恐るべき力を持っている以上、そういった団体は出来上がるのでしょうね」

 

「で、そんな連中の活動に『魔術師』も関わっていると?」

 

「それがどういう経緯でなのかは分かりませんけどね。昨日、アーシュラが熨した壬生という方も、その団体所属らしいですよ」

 

「―――憑いているよ。けどワタシじゃ『落とせない』―――発現したところで、刈り取るのが妥当じゃないかな?」

 

その言葉に『そう』とだけ返す立華。放課後、昨日のことと最近になってようやくつかめた情報を擦り合わせたアーシュラと立華である。結局の所、相手がその『正しさ』を崩した時にしか神秘の側は手を出せない。

 

これが直情径行で『やる前にやれ』な魔法師ならば、カウンターテロよろしく騒動を起こす前に殲滅するとか、ケンカ犬よろしくやるのだろうが。

 

確かにある種の思想団体に感化されるのは、どうあっても仕方のない話だ。かつての赤軍ゲリラやカルト宗教によるテロの主導となったのは思想洗脳された連中ばかりなのだから。

 

「まぁ別に魔法師が撒いた種。それに『ちょうどいい肥料』と『粘りのある土』『良い水』を与えられなかったとすれば、そうならざるをえないわよ」

 

「そして、その代替となるものを与えたのが……」

 

レイロウカン(・・・・・・)

 

別に因果とかを覚えるわけではないが、それでも何というかあれな限りである。

 

「どうするの? カルデア最後のマスターであるアナタにワタシは従うわよ」

 

「サーヴァントの情報は流した。これで何も『出来なければ』、破滅の時は来るわよね」

 

「風まかせ?」

 

「いいえ、人まかせ。克人さんも会長も所詮は、平時にしか力を発揮出来ない人だもの」

 

 

結局の所、そういうことであった。だが、立華としては、未来視で見えた映像を覆したいという思いはある。

『あれ』は、カルデアにおいて起きたことと同じなのだから。

 

そんな風に、念話で人に聞かれぬように教室内で他人と会話をしながらやり取りをしていた立華とアーシュラの耳に放送が入る。

 

それは、変革を求める者たちの悲痛な叫びであった。それに対して、魔法師がどういうジャッジを下すか? それが肝要なのだった。

 

 ふあああ〜〜〜〜。

 

 盛大なあくびをしながら事の推移を見守るアーシュラだが。少しだけ不謹慎さを咎めるように、深雪など数人から視線が向けられる。

 

「俺は彼らの要求する交渉に応じても良いと考えている―――」

 

「ではこの場は、このまま待機しておくべき、と」

 

「それについては決断しかねている―――」

 

 渡辺委員長の性急な解決策と、十文字会頭の交渉の為に出てくるようにする説得工作と―――。

 結構どうでもいいことだが、どちらにせよコイツラは、放送室を占拠した連中を捕縛するつもりでいるようだ。

 

「アーシュラさんと藤丸さんは、何か解決策はありますか?」

 

 いきなりな質問。もしくはこの人もムカついていたのかもしれない市原鈴音の言葉に返しながらも言うのは委員長と会頭である。

 

「―――とりえず、中にいる奴等を『どちらにせよ』ふん縛ろうという両者の考えには納得できません。それは横暴な領主、何も聞いてくれない領主に反抗して籠城の一揆を起こした民衆を皆殺しにしようという、品性下劣極まる行いですので」

 

「「――――」」

 

『本音』を見抜かれたことに対する絶句というわけではないが、まぁとにかく、もうひとりに言っておく。

 

「それと―――、そういう道徳心ないことばかりやっているとね。アンタの舌に『魔神』が付いて、たちまち舌を腐らせるわよ。『あいつら』は己の理屈を証明せんと、人に取り憑くこともあるんだから」

 

藤丸の達也に対して指を向けた上での厳しい言葉に色々な想いが渦巻く。だがそれ以上に考えることは……。

 

「―――俺が『やろうとしていること』を、お前は分かったのか?」

 

「歴史とはただの積み重ねじゃない。水面の底にある真実を、ことを起こした人々の考えや心を知ることで、本当の対処が出来る。悪行を成したものに対して、『無情で無慈悲な騙し討ち』をして、それで恨みが残らないと思うの? 

悪を行い悪を根絶したところで、あとに残るのは『この世全ての悪』だけなのよ」

 

 正面切って言われた言葉に達也は、通常ならば何も感じないはずだが、それでも真実を見抜かれたことと、その佇まいに反論が出来なかった。

 

 論で押されたと言うよりも、その気迫に負けた形だ。

 そして藤丸はアーシュラに任せると言わんばかりに、肩を叩くと信頼に応えるアーシュラの手には、いつの間にか古めかしい拡声器が握られていた。

 

―――閉ざされた扉の前に進み出て拡声器越しに『龍の娘』は声を掛けた。

 

「―――お前たちは完全に包囲されている! 武装を解除して投降しなさい!!」

 

 ―――全員がズッコケた瞬間であった。

 

「俺のやり方と何が違うんだ……?」

 

『その声、衛宮さん? ―――』

 

「どうもー、察するに放送室にいる中には壬生先輩もいると見てましたが、はっきり言いましょう。

 ワタシ以外の扉の前にいる面子は、あなた方をふん縛って床に叩きつけたくて堪らないみたいです」

 

 その言葉で、全員の視線が険しくアーシュラを見るが―――待て―――。

 

「な、なんで声が響くんだ? 放送室の前の扉はかなりの分厚さで、防音対策は完璧のはずなのに……!?」

 

 更に言うと、魔法を使えば大仕事で、壊すのもあれだったのだ。だからこそ声を届けるのに、通信機器を使う必要があったのに―――。

 

 まるで薄い壁越しに話をしているように、壬生紗耶香の声が全員に響いた。知己の人間からの声に戸惑い、それでいながらも対応をどうするか戸惑っている様子。

 

(それはこちらも同じだが、アーシュラは何をやって、あちらとの間に音声通信を繋げたんだ……?)

 

 現代魔法の中には、空気の振動で特定の相手との間に秘匿の会話をすることも出来るものもあるが、アーシュラのそれは達也の眼であっても何も見えないのだ。

 

 全員が気付いた事実であってもアーシュラは変わらずに、壬生にこちらの内情を暴露していく。

 

 バラすんじゃねー! と想いつつも、上役も何も言えないでいた。

 

『なんなのよ。それ……私達を昭和の青年将校たちも同然に扱って、言葉も意思も決起の理由すらも考えずに、不法行為だからと辱めを受けさせようっての!?』

 

「まぁ、最期のご奉公をしてから自決をした田中静壱大将みたいな『優しい鬼軍人さん』はいないわけですねぇ。だって1科も2科も、バラバラなんだもの。あなた方の決起に『私』は理解を示しますよ―――」

 

『………なんで衛宮さんは、私たちに……そこまで―――』

 

「このままいけば、ロクなことにならないからですよ。警告しますが、おとう―――士郎先生は、既に貴方方がいる部屋を狙撃する位置にいるはずです」

 

 狙撃手が狙っている―――というどっかの大佐と同じ言葉で、『ジョン・ランボー』達は動揺を果たす。

 

 放送室は、その防音の関係上あまり外側と接していないところに建築されているはずだが、放送の関係上、モニターだけでなく目視で何かを言わなければならないこともある。

 そうでなくとも、何かしらの手で―――何かを果たすだろう。士郎先生もエミヤなのだから―――。

 

 

「父の放つ矢―――妖精矢(エルブンアロー)の効果次第では、貴方がたを強制的に放送室から叩き出して空中に放り出すことも、校舎外、もっといえば西藏辺りに送り出すことも出来るはずですよ」

 

『そ、そんなこと! ―――』

 

「出来るわけがないなんて言葉は、いまだに解明不可能な『妖精郷の神秘』の前では意味がないんですよ。相手への同意なしでのギアス、意図的な神隠し―――それらを行えるのが、私の父の秘技(・・)なんです。ボード部のOGの顛末ぐらいは、ご存知でしょう?」

 

『――――』

 

 あれはそういうことだったのかと納得すると、同時に同盟にとって進退窮まるとは、このことか―――。

 

「私から言えるのはここまでです。今―――『もう一人の人』と代わります」

 

 その言葉で誰のことだか分からなかった生徒全員であったが―――。気配が近づく。圧倒的なまでのオーラを纏ったタイトなスーツに身を包む金髪の美女が……。

 

 

「―――サヤカ、私の声が聞こえていますか?」

 

『………! …!』

 

 ――――その一言で決したようなものだが、それでも続く数言の後に有志同盟は、全員が放送室から出てきた。

 

 

 





追記

謎の弓矢を抽出したり、弓から弦が離れていたり、そもそも正式な弓道着ともいえないということはーーーまぁお察しください(苦笑)

追記
ちょっとだけ修正したものをあげました


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第18話『変化Ⅲ』

展開を早める。

まぁ何というか―――書きたい場面のために、色々とカット。カットカットカット!!(爆)

ただ原作の一番のツッコミどころはどうしたものかと思う。入学編の時点からものすごい設定の粗ばっかりだったんだよなー。




 

 

 壬生先輩だけでなく、立てこもった人間全員に一人一人に呼びかけたアルトリア先生は、項垂れた様子の全員の頭を優しく撫でる様子。

 母親としての『顔』を持ったからこそなんだろうな、と何となく妬み心を持った娘は、それでも母の在り方に感謝しつつ、全員に心身賦活のブレスを掛けておくのだった。

 

「壬生! ―――なんでお前は、こんなことをしたんッ!?」

「問答ならば相応しき場がありましょう。事実、討論には応じるのでしょう? ならば、この場で問いただす必要がありますか? ミス・ワタナベ」

 

 掴みかからん勢いであった渡辺摩利を手一つで気勢を制したアルトリアは、教師というよりも『守護者』に見えた。

 いや、そもそも教師というのは教導するのもあるが、生徒を守る必要もあるのだ。

 

 そして烈火のごとき反駁の火線は、放たれる前に水でも吹っ掛けられたかのように出てこなかった。手一つの制止で、誰もが自らの行為を恥じるように口をつぐんでいたのだ。

 

「討論の日程はどうなっているのですか? ミス・サエグサ」

 

「ええと……一応、今度の土曜日にでもとは考えています―――」

 

「ならば、それまでに必要な資料などを渡して精査させたりさせる時間は必要ですね。貴方がたはそれを受け取りに行きなさい。通したい意地があるならば、『問答』に打ち克つというのならば、これは『挑まれた戦』です―――勝敗はあなた達一人一人に懸かっていますよ」

 

「―――はいっ!」

 

 七草会長に問いかけたあとに、紗耶香を中心にした同盟に話しかけたアルトリア。

 

 そして同盟と生徒会の面子が廊下に去っていくのを見た後に――――。

 

「―――随分と稚拙な行いをやろうとしていたようですね」

 

『『『『『………ッ』』』』』

 

 教師から言われる一言。周囲を見渡してのただ一言だった。だがその一言は圧倒的な重みを伴う。

 

「ですが、放送室の占拠を行ったのは不法行為です……これをどうにかしなければならなかったのは確かなんですよ」

 

 反論を試みる渡辺摩利だが、その気勢は間違いなく弱いものだ。

 

「で、そのために卑怯な騙し討ちのような口八丁の工作をしようというのならば、その時点で身の恥が汚濁となりましょう。彼らの意見に何一つ耳を傾けなかったことが、今回の決起でしょうが。そもそも―――電源を切った時点で籠城が不可能なのは当たり前でしょう。時間が経てば自然と出てきますよ。例え私やシロウが教えた『強化術』で排泄をいくらか制御出来たとしても、せいぜい2時間が限度」

 

「そ、そりゃそうですけど―――……」

 

「相手が犯罪行為を行ったからといって、彼らが決起を行うに至った経緯に対して無理解を示すのは、あまりにも稚拙でしょうね。第一、これが治安維持の職務を公的に持つ警察官ならばまだしも、同じ学生からやられていい気分はないでしょう」

 

 その言葉に、何とも言えぬ空気が流れる。実を言えば『心情』が理解できないわけではない。

 

 特に達也は―――けれど、その一方で……どうしても『出来るやつ』(しばみゆき)が不利なことを言えないのだ。

 

「一つ、問いを投げかけましょうか。特にタツヤ―――魔法師というのは『人』か、それとも『獣』か?」

 

 そう破廉恥極まる考えを見抜かれたかのように、衛宮アルトリアは、達也に視線を向けて問いを投げてきた。

 

「――――魔法師を代表するわけではないですが、我々は『人』です……」

 

 なんで俺が、そんな問答に答えるようなんだと少しだけ面倒な思いをしていたが、次の瞬間には達也は問答の中心に置かれてしまう。

 

「では、なぜそのようなことが出来るのですか? サヤカは言っていましたよ。

『大きな目標がある人間だから、小物には構えない』と、かつて『先輩』から言われたことと同じことを『下級生』から告げられたと―――」

 

 それは確かに達也のことだろう。だが『先輩』というのは誰のことなのか―――深く顔を伏せる摩利の顔が、少しだけ気になった。

 

「……俺は実技においては、優秀でなくてもいいんです。魔工を学べれば、それで……確かに今考えれば無慈悲な言葉だったかもしれない。けれど、そう告げることが悪いんですか?」

 

 そんな達也の責任回避の取り繕った言葉に対して、断罪が告げられる。

 

「悪いですね。完全に悪役です。その前に彼女は言っていたんじゃないですか?『今までのことで自分の全てを否定されたことが許せない』と……」

 

 それは一度目の会話であったことだと達也は思い出す。

 

 段々とムカつきを覚える自分を自覚しながらも、アルトリアの目は達也を離してくれない……。

 

「共感を覚えろとまでは言いません。それは思想の強要ですからね。ですが、少なくとも彼女は打ちひしがれていたんですよ。そこにアナタが現れた―――もちろん。生臭い『事情』もあるでしょうが―――」

 

 一拍置いてからアルトリア先生は口を開く。

 

「少なくともアナタだけが救えた。千千に乱れ、懊悩するその心に一片の理解を示し、『違う視点』を教えることも出来たはず―――なのに、アナタがやったことは、全くの真逆だった……それが私は悲しいんですよ」

 

 何故、俺にそんな大きなことを求める。二科で風紀委員だからか、壬生紗耶香が擦り寄った相手だからか―――。

 

「―――それが誰であれ、傷つき打ちひしがれた者に向ける拳を持たないからこそ……私達は『人間』なのです。

 振り上げた拳を振り下ろす時に、そこに『何があるか』を一度は考えなさい。でなければ―――アナタは違え続ける」

 

 それは理想論でしかない、などと返すことは出来たかもしれないが、その言葉には、どうしようもない重みがあった―――そして、『チカラ』を持ちながらも人間としての生き方を捨てたからこその後悔が見えていたのだ。

 

 けれど――――。

 

「―――アンタに……『俺』の何が分かるっていうんだ!? どうしようもない『俺』なんかに、何故縋る!?縋られたって『俺』にはどうしようもないんだ!! 『俺』には優先すべきことがあるんだ! それを無視は出来ないんだよ!! どうしようもないんだ! どうしようもないことに―――『俺』を巻き込むなよ!!」

  

 いきなりな大声。空気が震えるほどに今までの司波達也のイメージを壊すぐらいに、『感情的』な言葉に誰もが一歩後ずさる。

 巌のような十文字会頭ですら圧されたが、衛宮母娘と藤丸は変わらずである……。

 

「分かりますよ。そして一つ教えておきましょう。私はあなた達の母親―――今は、亡き女性と話したのですよ」

「「!?」」

 

 その事実を兄妹は予想していなかったわけではない。だが面を合わせて言われたことと、話の内容のナーバスさに緊張が走る……。

 

「そういうカタチに『育てたこと』を、彼女は床につきながら最期まで後悔していました。

如何に、そうせざるを得なかったとはいえ、多くの『言葉』を掛けることで変えることも出来たはずなのに―――せめて『ヒト』としての生き方を言い含めていくべきだったと―――『達也の生き方を縛りつけた』と泣きながら……」

 

 そんなもの遅すぎる。今さらそんなこと言われて―――俺が変わるものか―――。俺は人の世ではどうしても『異端』なようにカタチがあるのだから。

 

(そうしたのはお袋―――あんただろ!!)

 

 不満が顔に出ることもない達也は、これ以上この場にはいたくなかった。

 

「―――事件は終わったんです。俺はこれで失礼させて貰います。いいですよね委員長?」

「あ、ああ……けれど達也君―――」

「失礼します」

 

 いまはこれ以上、自分に触れられたくない。一礼をして場を辞する。追いついてくる深雪を感じ取りながらも、自分は冷静ではいないことを深く自覚するのだった……。

 

 

 † † † † †

 

 

「お母さんも言うよねー……」

(アナタのお母さんは、王様だもの)

 

内心でのみ立華は思いながらジュースを飲むと、娘の言葉に、アルトリアは応える。

「一つごとに執心して他のことに眼を向けないところはかつてのお父さん(シロウ)にも似ていますからね。ついでに言えば無情な所は―――思い出したく有りませんが、お祖父さん(キリツグ)を感じさせます。

もったいないでしょ。彼ならば、『全て』を変えられるはずなんですから―――それなのに、情愛が向けられる相手のためだけに、その手にある花束を向けるなんて……情が無さすぎでしょう」

 

 言いながら、カフェラウンジでケーキを次から次へと嚥下する母娘に、対面に座る摩利と克人は汗を掻きながらも、紅茶だけを呑みながら考える。

 

「先程はありがとうございました―――が、先生と衛宮、藤丸は、『司波のやり方』を咎めたんですね?」

「そりゃあんな薄情なやり方をして、恨みが残らないわけないでしょ。まぁアレは殺しても死なないヴァンパイアみたいな気もしますけどね」

 

 不死殺しの武装でイケるか? などと心中で考えながら、ブルーベリーケーキを食べるアーシュラと立華。

 

 その答えに克人は、深刻な話をする。

 

「反魔法師活動は、当校では許せない―――しかし、彼らが其処に走った原因を理解してあげるべきだった……こちらにいる渡辺や七草から聞かされた、一週間前の娘さんの言動を考えていました」

 

「日本の魔法師の人口が少ないからこその国是なのかもしれませんが、まぁそれにしてもそこは何とかするべきでした。

『人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり』

 人あってこその国であり集団なのですよ。1と2という区別で人心が離れた集団、調略が簡単に成されるに決まってるじゃないですか、誰も『一高』(ここ)に帰属意識なんて持てないんですから」

 

 まるで戦国大名か古い時代の王のような価値で動く人だ。

 思わず克人は、己の家の『人の無さ』に嘆いてしまう。

 

「ですね……七草は、差別意識云々はお互いの心の持ちようだなどと言っているんですが―――それで解決は難しいでしょうね?」

 

「持つものは持たざるものの『心』を理解できない。魔法は『先天的な才能』によって決まる以上、努力ではどうしようもない壁がある。その意識の壁を取り払うには―――やはり魔法を学ぶ機会を与えることでしょうね」

 

 誰にどのような才能があるかを一目で見抜ける人間は、『今の世界』には居ない。

 そしてその教師が少なく、資質も教科書どおりのことしか出来ないのだ。

 

 名コーチであれば名選手が生まれるわけではないが、凡な指導者の元からは、自分で筋を伸ばして鍛えただけの選手が出てこざるを得ないのだ。

 それならば名指導者、名コーチが必要なのだ。かつてクロックタワーにて教えることは傑物と称された男のような……。

 

「ワタシにも『お兄ちゃん』がいればなぁ……まぁそれは『在り得ざる流れ』かぁ……」

「あきらめなさい。その流れは失われたのだから」

 

 アーシュラと藤丸の言葉に摩利と克人は疑問符を浮かべたが、苦笑するアルトリアは構わず話をする。

 

「二人に話したいのは、以前の司波達也襲撃事件の際のことです。入ってきなさい」

 

言葉でカフェラウンジに入ってきたのは赤毛の少女。一年の一科生。

エイミィ・明智である。

緊張した表情を少しだけ解せたのは、クラスメイトがいるからなのか。ともあれーーー。

 

エイミィの語ることは、三巨頭の内の2人の耳目を集めた。

 

「司波が襲撃される前に、司が接触していた……?」

 

「ええ、何というか、屋上での監視をしていた時に、1−A の北山さんと光井さんは司波君に注目していたんですけど―――私は違う方を見ていたんです」

 

「司波に挨拶したあとの司を、か」

 

頷くエイミィ。それによると、路面にあったルーン魔術の発動と同時に、司 甲が眼鏡を外して司波達也の様子を注視していたというのだ。

 

「だが、その辺りの時刻の前後の様子は確認したぞ。あんなものが地面に書かれているならば、誰かしら不審な行動をしている人間もいただろう」

 

風紀委員長・渡辺摩利はそう言って、現場検証は終わっているとしたが、少しだけ魔術師たちは考える。

考えたことで、前後の映像―――特に、司波達也ではなく司が実験棟から出てきたあとの映像にフォーカスしてみる。

 

「―――なるほど〜こいつは盲点だねぇ」

「勘所が悪すぎましたね。下手人は間違いなくこの人でしょうね」

 

生徒会のIDを使って、当日の並木道の監視カメラ映像を引き出した立華。特に実験棟から出てきた司甲にフォーカスした映像を見て確信する。

 

「衛宮、藤丸―――お前達2人だけで納得していないで、俺達にも説明してもらえるか?」

 

少しばかり不機嫌を患ったような声と言葉に、軽く『失礼』と応える立華とアーシュラ。

 

「結論から申せば、司先輩こそがルーンを使って第一の襲撃をした人間です。サーヴァントのマスターではないのでしょうが、間違いなく彼が第一の犯行の犯人です」

 

その言葉に様々な表情だ。

2科生がどうのこうのとまではいかずとも、ここまで高度な技能を隠していたなど、少々信じがたいことのようだ。

 

「どうやって『これだけのルーン』を用意したんだ?」

「歩く、というよりも靴の『かかと』()でルーンを地面に刻印していたんでしょう。一見すれば普通の歩行にしか見えませんけど、歩幅や歩いた距離、おそらく『マンナズ』(ヒトガタ)のルーンを用いてルーンにルーンを描かせていた。そんなところでしょう」

 

現代では殆ど出会わないが、『冠位指定』の魔術師が行っていた離れ業の一つである。

 

「そんなことが―――本当に出来るのか?」

「やろうと想ってやるやつはいませんね。力ある『言葉』を刻めるかどうか、それすら力量のうちです」

 

驚愕した渡辺摩利に平素で返した藤丸立華。

 

「司の技量はどれほどのものなんだ?」

 

「まぁ一流には届かずとも、二流の上位ほどはありましょう」

 

冠位指定の人形師は『特級』ではあっただろう。そんな感想を出すも、脅威判定は出来まい。

だから、あまり『ちょっかい』をかけるなとだけ言っておき、司甲への警戒を少しだけ強める。

エイミィにありがとうと伝えて退室してもらうと、渡辺風紀委員長は顔を神妙にしてアルトリアに口を開く。

 

「……アルトリア先生は、土曜日―――何かあると想っていますか?」

 

「戦いが起きるでしょうね。まず間違いなく」

 

「……穏やかじゃないですね……」

 

「むしろそうならない可能性を探す方がおかしい。あなた方の心はすでに分断されている。

かつて、『ブリテンという島』を守るために『異民族』を引き入れた魔竜王ヴォーティガーン。

『島に生きる人』を守るために、『異国の王族』を円卓に入れた赤竜王アーサー。

どちらも自分の大切なものを守るために戦い、そして果てる運命を互いに知った。

―――あなた達が守りたいものの中に、サヤカのような存在が一人もいなかった時点で、激突は当たり前で、妙な団体に毒されるのは当然の話だったのですよ」

 

 

その言葉の意味を考えるまでもない。無情の限りで不都合な人間を切り捨て、『学舎』にとって有益な人間ばかりを残すのならば―――そうなるのだと。

アルトリアの考えは、 この上なく二人を打ちのめして―――。

 

「ついでに言えば、土曜日に私とシロウは、百山校長に同道する形で、霞が関の文科省にお呼ばれしていますので、あなたたちだけで何とかしてみなさい。特にアーシュラ、リッカ。

いざとなれば『展開』しなさい―――オルガマリーからもそう言付かっております」

 

『『―――御意』』

 

その上で、土曜日に起こるだろう『戦い』において、2人の教師がいないことを少しだけ不安視するのだった。

3年とは別に、2人の一年女子は、『マンドクセー』と考えるぐらいに意識は乖離しているのだった。

 

そして土曜日の討論会(バトル)は始まる―――。

 

 

 



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第19話『闘う者達』

土曜日の討論会の会場・入学式にも使われた大講堂に集まった数は、全校生徒の半数という規模であった。

 

そんな中でアーシュラは……極端なアクビをしていた。

 

「職務に忠実になれとまでは言わないが、もう少し緊張感を持ったほうがよくないか?」

 

「君みたいなのに言われるとは思わなかったなぁ。どうせ『生死の境』なんて簡単に決まるものなんだから」

 

意味がよく分からないアーシュラの言葉。

 

「レガリアだかエガリテだか分からん上に、ブラダマンテだかブランシュだか、よく分からん野良犬なんかに引っ掻き回されて右往左往するなんて、アホなことだなー、ということさ」

 

「………被害が出るということか?」

 

「出ないほうがおかしい。小国が大国に勝つためには、あらゆる手段を講じてくるのは普通だもの。だからこそNBC兵器なんてものがあるのよ。子供兵士(チャイルドソルジャー)が消えない理由はそこなの、そして―――侮れば、普通に死人が出る―――」

 

アーシュラの深い言葉の意味を考える達也は、恐ろしい想像をしてしまう……昨日の夜に『寺』で師匠(ハゲ)から言われたとおりならば……。

 

「ゴーストライナーとかいうのの襲撃があるのか?」

 

「何で分かりきっていることを聞くのかな。バカなの?」

 

アーシュラの言葉に何となくムカつきを覚える達也。

母娘そろって、こちらの神経を逆撫でしてきて―――だが八雲(ハゲ)の言うとおりならば、彼女ぐらいしか対抗馬(カウンター)はいないのだ。

 

「―――始まるわよ」

 

そんな達也の思考とは裏腹に、討論会は動き出す。

 

書記役なのか、藤丸も机上の端末を操り、違う仕事に奔走していても、全ては始まるのだった……。

 

 

議論の調子は、一進一退というところだった。どちらかといえば会長に分が悪いものであった。

 

同盟の主な主張は―――。

・2科生への衛宮士郎教諭以外の講師を付ける。

・同時に魔法実習室(2科生専用)のスペースを作る。

 

明朗なものであった。だが、明らかに生徒会長の領分ではないという意見を出したとしても……。

 

恐らく同盟側は首っ引きで数字を精査した上で、この討論大会に挑んだのだろう。更に言えば施設利用に関しても、同盟側が一科生よりも劣る扱いを受けている。

 

それに対して、生徒会側は同等になっていると返すも

 

「私達は授業講師もいないというのに、カリキュラムをこなすことを要求されているんです!! そもそもそれで『同等』であっていいわけがない!!

 

 我々が二科生でありながら同じような習熟を求められているならば、その時間はあなた方よりも多くの時間が必要なはずだ!! 魔法実践が安全安心でないならば、細心の注意もしなければならない。

 

 更に言えば、その施設の利用をするのが次に一科生であるならば、ヤジも飛ぶし、出来ないことを横から詰られる!! 我々に必要なのは最適な教育環境であって、施設利用回数の均衡化・平均化じゃない!!」

 

そこをツッコまれては、七草会長も黙るしか無い。二科の実態を知らなかったわけではないし、授業におけるそういった生臭いことを知らないわけではなかった。

 

だが動画データと共に公表されたもの―――一科生が二科生の魔法実習を野次る様子が、苦しさを生む。単純に言えば、これはマズイことだ。

 

「部活間のただの予算のあれこれ程度ならば良かったんだけど、有志同盟の言う『差別』の内容が、教育制度や授業実態にまで及ぶと弱いわね〜」

 

「アーシュラ……」

 

アーシュラの面白がるような声と言葉に、深雪は少しだけ怒りと悲しみを混ぜて咎めるも、アーシュラには効かない。立てこもり事件があった日の叔母との会話は、達也自身は知らないが、それ相応には言われたようだ。

 

「……壬生……」

 

壇上にて、七草会長に正面切って挑む壬生紗耶香の姿に、苦衷の顔を作る渡辺委員長。

 

「七草会長。あなたが思う学内改革の姿を教えていただけますか? 私の『答え』はその時に決まる―――」

 

 壬生紗耶香が吐き出す言葉が、どことなく『段平』を振りかざす前のやり取りに見えて、緊張感を漂わせる。

 

 だが、これは七草会長にとってチャンスである。論戦において、ここで決めなければ浮沈の境となる。

 

「―――実を言えば、生徒会には一科生と二科生を差別する制度が、一つ残っています。

 

それは、生徒会長以外の役員の指名に関する制限です。

 

現在の制度では、生徒会長以外の役員は、第一科所属生徒から指名しなければならないことになっています。

 

 この規則は、生徒会長改選時に開催される生徒総会においてのみ、改定可能です。

 

 私はこの規定を、退任時の総会で撤廃することで、生徒会長としての最後の仕事にするつもりです。

 

少々気の早い公約になってしまいますが、人の心を力づくで変えることは出来ないし、してはならない以上、それ以外のことで、出来る限りの改善策に取り組んでいくつもりです」

 

その言葉を受けて七草会長が求めていた反応は、何処にもなかった。

 

まばらな拍手があるだけで、首を傾げて、その改革案と、その前の差別云々の御高説を妙な気分で再解読するのだが、どうしても―――何一つ共感出来ないのだ。

 

それが二科生だけならばまだしも、一科生ですら『ナニ言ってるんだコイツ?』となるのだから―――。

 

「サクラでも仕込んでおくべきだったんじゃないの?」

 

「パッションリップでよければ、大きな拍手になったでしょうね」

 

「それな!」

 

アーシュラと藤丸の意味不明の空気を読まない会話。しかし壇上における討論の仕組み上、これ以上は痛み分け―――むしろ、一科生の心象は悪かった。

 

「それが―――アナタの心ですか。七草真由美会長?」

 

椅子から立ち上がり、攻め立てるように壇上の真由美に近づく壬生紗耶香の様子は、明らかにおかしかった。

 

もはや勝負は決まった。これから生徒会長は、有志同盟の要求を呑まざるをえなくなる。呑んだ上で、それに配慮した政策を行わなければならないのだ。

 

だから、そんな剣呑な表情で王を殺す反逆者『ブルータス』のように、迫る様子を見せるな。

 

服部副会長が真由美を下がらせて、どこに隠れていたのか桐原武明も出てくるが、壇上を狙う壬生紗耶香の様子は異常だ。

 

ゆえに―――。

 

 

始まる(・・・)か―――」

 

藤丸が表情を改めて、眼を輝かせている様子に達也が見た瞬間。

 

轟音が鳴り響く。大講堂が鳴動するほどの揺れのあとには、遅れて聞こえる乾いた金属音。

 

いつの間にか舞台袖から飛び出ていたアーシュラが、中華風の拵えの双剣を持って、壬生紗耶香がいつの間にか握っていた大太刀の一撃を抑え込んでいた。

 

だが、振り下ろしの一撃の余波は、大講堂の壇上を病葉に切り裂いていた。

 

舞台袖からは、尻もちを突いている怯えている会長や、立ち上がりながら会長を守ろうとしている服部副会長を見るも、状況は混乱の一途だ。

 

鳴動は際限なく続いているのだ。パニックが生徒たちを襲う。

 

ジリジリと鳴り響く火災通報装置の音が更に混乱を生み、上階にいる生徒が窓を見て火災が起こっていることを告げると、更にパニックが起こり、その中で有志同盟のメンバーが、外に出ようとする動きとは別のことを起こそうとしているのを見た。

 

だが、有志同盟に対するマークを強めていた渡辺摩利の指示があっても、それを拘束することは出来ない。

 

 

逃げ惑う生徒の大半を狙って、まるで『獣人』のように己の身体を変化させて襲いかかろうとする様子が感じられた。

 

 

「獣性魔術―――ルーンによって、北欧神話の魔獣を呼び寄せた召喚術の面もある―――!!!」

 

「全風紀委員、マークしているメンバーを拘束し―――っ!!!」

 

壇上にいた同盟員たちが、同じく獣のオーラを纏って物質的な『破壊』を伴う咆哮を、藤丸の言葉で覚醒した摩利に当ててきた。

 

次は爪が来る―――。

牙が来る―――。

そのオーラで体当たりを行う―――。

 

被せられた『魔法の獣襦袢(じゅばん)』から、幾らでも想像できる攻撃行動が、達也の深雪への防御に向かわせようとする前に―――。

 

講堂の窓を叩き壊して、紡錘形の物体が幾つも飛び込んできた。

 

そして紡錘形の物体―――手榴弾と言うにふさわしいものは、ガスを撒き散らすのではなく、そこから多くの『霊体』を出してきた。

普通の魔法師には見ることすら叶わないプシオンとサイオンの合成体が、次から次へと攻撃魔法も同然に人を襲っていくのであった。

 

(なんて周到な―――)

 

逃げ出そうと背中を見せていた連中に襲いかかるのは、獣人だけではない。

 

それを見て『現代魔法』の投射を誰もが行うも、狙いが着けられないだけでなく、『どこにいるか』も分からない。

 

しかし、あちらはこちらを傷つけるだけの殺傷力を秘めている理不尽に歯噛みする―――そんな中……。

 

「アーシュラ!! アッド(・・・)を!!!」

 

「勝手に食ってろ!! 叔父上(・・・)!!!」

 

『ゲヒィーーー!!! 親族には優しくしようぜアーシュラ―――!!!』

 

いつの間にか『鎧武者』のような姿となった壬生紗耶香と切り結んでいたアーシュラが、剣戟の合間に『四角い立方体』のようなものを霊を吐き出す『ガス弾』の中央に投げると、立方体がそれらを『吸い込んでいる』。否、アーシュラの言葉通りならば、『食っている』のだ。

 

『イッヒッヒ!! 極上ではないが、それなりに質のいい魔力だな。B級グルメってところか!』

 

ガタガタと自動で動く箱が、喋りながら食らっている様子を見ながら、達也は何とか術式解体が通じないかと術を飛ばすも―――。

 

『GRU?』

 

獣人と化した人間には無意味であった。それどころかその攻撃が、獣人にこちらを認識させてしまった。

 

『GRUUUUAAAAAAAAAA!!!!』

 

「無礼な―――その遠吠えを―――」

 

『GAAAA!!!!』

 

瞬発した獣人の姿を追って深雪も魔法のターゲッティングを着けようと画策するも、人ではない動き、獣ではありえない動き―――そして、あまりにも慮外の動きに付随して放たれる―――。

 

『GOAAAA!!!!』

 

遠吠えという圧が、深雪の体に貼られた障壁などを砕いて圧で身体を叩くのだ。

 

その様子に、達也の全身の血管が沸騰する。九重流の体術を用いて、獣人に追いすがろうとするも―――。

 

「下がれ司波!! こいつは僕が!!!」

 

間に割って入った森崎が、その獣人に対して術を仕掛けようとする―――。一科生としての意地なのかも知れないが。

 

(深雪に劣るオマエがどうにか出来るわけがない―――)

 

と、想いきや、踵を返して背中を見せた四脚の獣人の姿。そこに術が入るかと想った瞬間、柔らかい脇腹を叩かれる形で、森崎の右半身が奇妙に歪んだ。

 

その原因は至極簡単。獣人の『尾』が振り回されて森崎の認識外から叩いたのだ。

 

尾は鞭のようなしなやかさと大剣の如き硬度を持っているらしく、360度にヘリコプターのローターのように振り回されて、その高さにあったものを尽く蹂躙する。

 

瞬間の判断で深雪の頭を掴んで身を低くさせなければ、自分たちもどうなっていたか。

 

頭上で繰り広げられる悪夢を前に、深雪の悲鳴と風圧の音だけが過ぎ去るのを待つしか無い。

 

そして森崎はといえば……瓦礫と木材だらけの世界で潰れた右半身。特に歪に捻じくれた右手―――ものを持つことすらままならないを見て、絶叫を上げていた。

 

倒れながらも声をあげたことで――――。

 

『GURUUUU……』

『GYAAA……』

『GOAAAAAA……』

 

悪夢の如き破壊をありったけやった獣たちが勢揃いして、爆撃にさらされたような講堂の床に『よだれ』を垂らしながら血塗れで倒れていた森崎を見ている。

 

まさか。ウソだろ。冗談にしてほしい。やめてくれ。

 

如何に色々と改造された達也とはいえ、その『予想される所業』を前にしてなけなしの人倫、倫理観がアラートを発する。

 

赤い文字で覆われた達也の感情が、最大値になる。

 

それだけはあってほしくない。そんな場面は見たくない。冗談であってほしい。

 

『『『GAAAAAA!!!!』』』

 

大口を、咢を、嘴を一杯に開いた獣人たちが、一斉に瞬発した!

 

 

「駄目だぁああああ―――!!!!!」

 

もう遅いことは分かっていたが、絶望的に叫ぶことで、その瞬間を先送りにしたい想いが達也の中から出てきたのだ。

 

そして―――、森崎の体が生きたまま噛み砕かれ咀嚼されていく―――。柔らかい腸をパスタのように引きずり出して―――。

 

その様子を見て、噛み砕いて、啄んでいた歯ごたえの無さに怪訝さを覚える。

 

そして噛み砕いていたものが―――肉と骨と臓物(はらわた)ではないことにようやく気付く。

 

そこにあったのは、全て木片であった。バカな。その考えに先んじるように―――――――。

 

『スターズ。コスモス。ゴッズ。アニムス。 アントルム。』

 

歌うような『呪文』が聞こえる。かつての魔法使いたちが世界を変革するために行った世界に己を轟かせる術が、獣達の耳朶と肌―――細胞の一つ一つを震わせるようだ……。

 

だが、その歌は長くは続かない。呪文の結尾、終わりの始まりが刻まれる。

 

『 ──アンバース。アニマ、アニムスフィア──オルガマリー!!!』

 

その言葉に意味はあったのか……虚空よりきたる美しい『七色の星槍』が、獣達の体をさんざっぱら痛めつけ、そして獣のオーラが消え去る。

 

そして獣たちがいた場所には哀れすぎるほどに身を萎ませた老人のような姿の二科生たちが……それを一瞥した術者『藤丸立華』は―――。

 

静かに祈りを捧げる。その姿に少しだけ―――尊いものを感じて……それでもまだ講堂外での騒ぎは収まる気配が無いのだった。

 

 

 



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第20話『更に闘う者たち』

注意ですが、今回のセリフの一部には有名歴史小説のものが引用されています。

作家 和田竜 氏の『のぼうの城』のものです。まぁ結構、有名なセリフ、こないだ(一月前)もBSTBSで映画を再放送していたのですが、知らない人もいるだろうとして、とりあえず紹介させてもらいました。




 どうやら司波兄妹の危機は立華の手によって去ったようだ。それはいいが、アーシュラの敵は未だに粘っている。

 

―――源 頼光の魂が宿っている……。

 

 分かっちゃいたことだが、ここまでの力を持っているとは予想外であった。干将・莫耶の投影品が既に十は砕かれている。そして―――大振りの一撃が、十一を砕いた時に―――

 

「衛宮さん!!!!」

 

心配するような声で魔法―――氷の弾丸を壬生に投射しようとした真由美、四方から同時発射された亜音速の弾丸が、壬生紗耶香を襲おうとした時に……。

 

 剣戟一閃―――。亜音速の弾は、紗耶香の野太刀に絡め取られて、魔力の性質を残したまま、運動量を保持したまま全て真由美に返された。

 

 その早業に対応するには術理が及ばなさすぎる。速さで古式魔法を駆逐したはずの現代魔法師が速さで負けるなど……理解が及ばない頭でも、真由美の傍にいた服部と桐原は庇うように防御壁を張る。

 

((凌ぎきれない……!))

 

『音速』のドライアイス弾は、カタチを保持しながらも増大した魔力を物理的破壊にも利用した攻撃。それを前にして壁は病葉も同然のはずだ。

 

―――ゆえに―――。

 

 

「ちぇああああああ!!!!」

 

 

 それより前に、スカートであることも構わずに、ハイキックで2つを天井に打ち上げて、続く回し蹴りをコンマ数秒単位で遅れてやってきた2つに放ち、無人の壁にめり込ませるアーシュラ。

 その威力は、一部が吹き抜けとなった天井の様子と壁が崩れたことで察した。

 

「―――」

 

 壬生か源頼光の感情であるかは分からないが、アーシュラのやったことに明らかな動揺が顔に走る。

 

 

「―――アッド!!」

『ようやく出番か!! 待ちくたびれたぜ!!』

 

 ぴょ――んとカエルのごとく飛び跳ねてきた喋る匣が、アーシュラの手に収まると同時に―――。

壬生紗耶香は獣性魔術を発動した同盟の連中を引き連れるように、踵を返して大講堂の外に出口などを使わずに出ていくのだった。

 飛び跳ねるような運動能力は、魔法があったとしても驚くほどに心筋の理を無視したものだ。

 

 そして大講堂の惨状は……とんでもなかった。

 

 目を覆いたくなるほどに、あれもこれも破壊された現状―――怪我人は多いが、幸いにも死者(・・)は出ていない。そんなことは慰めにもならないだろうが、安宿先生が息せき切ってやってきた様子から、既にあちこちで戦闘が起こっているのだろう。

 

 

「アーシュラ、追いなさい。此処は私が何とかするから」

 

何とかするという言葉を言いながら、回復役として昏倒している同盟員も、風紀委員やそれとは関係ない生徒も癒やしていく藤丸立華の姿にアーシュラは、マスター不在であることを自覚する。

 

 

「リッカ―――」

 

「カドゥケウスとか、パナケアとか色々とあるならば置いていって。ごめんね―――回復アイテム全てを置いていかせちゃう」

 

「……気にしないで、アナタを信頼するわ。ワタシのマスター」

 

 淋しげな言葉とは裏腹に、『どこに隠し持っていたんだ』という勢いで、スカートの裾から藤丸立華の言う回復アイテムを出していくアーシュラの姿に驚きながらも、そのアーシュラは壬生と同じような運動能力で外に出ていったのだ。

 

 見送ると同時に立華は重傷者に対する回復をこなしつつ、自動の回復式を設置―――『抗生物質』と『栄養剤』の点滴を打つかのようなそれを終えて一息ついた。

 一息つくと同時に、俯いて絶望しているらしき七草会長に近づいていく立華。その姿は怒りを表すようにしていた。

 

 そして七草会長に近づいて立華がやったことは、俯いた会長の髪を引っ張り、顔を上げさせることだった。

 

 誰もが一瞬、気でも狂ったかと、そう言いたくなる行為をしながらも藤丸は声をあげる。

 

「俯いてるんじゃないわよ! これが、アンタが行ったことの、アンタの居丈高な考えが招いた顛末!! 俯く暇があるのならば、『ここ』にあるもの全てを背負うために見続けろ!!!  アンタには絶望する気持ちすら持つ資格は無いわ!!」

 

「―――藤丸!!」

 

 

 あまりにあまりな行いに、怒りで引き離そうとした渡辺摩利だが、どこからか現れた『星』が、摩利を物理的に藤丸から引き離した。

 

 髪を掴まれて惨状全てを見るように強要された七草真由美は泣きそうな面をしていた。だが、ソレ以上に藤丸立華の言葉は強烈であった。

 

 

「ここに至るまでの全てが、アナタだけの責任じゃないかもしれないけど、アナタの行動と言葉が、彼らのささくれ立った心にどれだけ無慈悲なものであったかを、考えたことがあるのか!?」

 

「―――私は、私ならば、変えられると、おもって、おもっていたのに……」

 

「変えられないわよ。変えられるわけがない。アナタの中に可能性を信じる炎はない。打算と計算高さだけが賢しい人間の言葉なんて、何も届きはしない―――!」

 

 

 乱暴に髪を離した藤丸は、それでも倒れた七草真由美を睨みつける。

 

 

「ここは魔法師社会の縮図だ。武ある者が武なき者を足蹴にし、才ある者が才なき者の鼻面をいいように引き回す!!」

 

 

 言葉と同時に周囲に立つ司波達也や司波深雪、その他の人々を眼で『はった』と見据える藤丸立華の姿に気圧される。その姿は『意』を体総てで体現していた……。

 

 

「これが人の世か。『魔術王』から取り戻した果ての世界が、ここまで澱んだ空気、腐った人理を形成するならば、私の祖母も祖父も―――『何のために』戦ったんだ!?  お前達、魔法師の誕生に祖母は喜んだ!! キリエライト―――神は最初に『光あれ』とだけ言ったのよ!!」

 

 

 それは―――どういう意味なのか、明確に分からない。けれど、怒りを持った藤丸の言葉は、真由美から大粒の涙を流させる。

 

 

「―――強き者が強きを呼んで、果てしなく強さを増していく一方で、弱き者は際限なく虐げられ、踏みつけにされ、一片の誇りを持つことさえも許されない!  これが―――お前たちが見てきた人の世か!? お前たちには、『霊長』全てが『獣』にでも見えていたのか!?」

 

藤丸立華という少女の、肚から出した呼気全てを吐き出す強すぎるその言葉は、深雪や達也、摩利を俯かせる。以前のアルトリアの言葉にも通じる。

 

 

「小才のきく者だけが、くるくると回る頭でうまく立ち回り、人がましい顔で幅をきかす。ならば、無能で、人が好く、愚直なだけが取り柄の者は、踏み台となったまま死ねというのか。それが世の習いと言うのならば……。

今―――お前達は、その『代価』を支払わされている。圧倒的な力で、あらゆる人間に、さんざん脅しをかけた挙げ句、和戦いずれかを問うて―――その実、『降る』に決まっていると、たかをくくる。そういう『態度』が全て見透かされたのよ」

 

 

 それは魔法師全ての悪行とも言える……。普通の社会でもそういうことはあり得るが……それでも魔法師は、その能力や求められている性質ゆえに、そういったことを『無意識』で行う。『意識的』にであろうとやることが多いが……。

 

 どちらにせよ、公徳心というものとは無縁なのが魔法師なのだろう。悲しい結論であった。

 

 そしてそれを外部から指摘されたことの恥を覚える。

 

 

「それゆえの―――この惨状よ。御子の血(ワイン)の底にある(おり)のように積み重なった怨念が、いま―――怨讐の刃となりて襲いかかった。それだけよ」

 

 

 それだけを言うと、立華の肩に乗るフォウ―――キャスパリーグという魔獣は、立華に頬ずりをして慰めている。

 

 

「さてと、言いたいことも言ったしね―――行こうかフォウ、 準備はいい?」

『フォーウ』

 

代わりにフォウの顎の辺りを撫でてから踵を返した藤丸立華。すると―――。

 

 

「―――ウソでしょ。ふわっふわの毛玉が2舐めしただけで全快に……」

 

 安宿先生の呆然とした言葉が、藤丸に注目していた全員から眼を離させた。その瞬間に藤丸立華は消えていた。

 

 

「―――………」

 

 

 残されたものたちは、何も言い返せずに、それでも達也は拳を握りしめて、このままじゃ終わらせないという決意をもって、外へと出るのだった。

 

 たとえ誰に咎められたとしても、それを行うのだと動くのだった。

 

 

†  †  †

 

 

 一足先に大講堂の外に舞い降りたアーシュラは、あまりにあまりな惨状だと気付く。

 

 ただの火器装備にアンティナイトとかいう石っころで、魔法使用を不能にしていればよかったのだが―――。

 

「ごあっ!!!」

 

 

 『獣』の頭突きでふっ飛ばされて、地面を転がる五十嵐とかいった同級生を見て、魔力放出の高速で飛び回るアーシュラは、アッドを弓矢に変えて獣に放つ。

 

 弓弦を引っ張り解き放たれた矢は、獣の脚に深々と突き刺さる。

 

「獣性魔術じゃない。魔狼か!!」

(サイス)になるぜ!!』

 

 見たことでアーシュラの意図を察したアッドが自動で鎌の姿を取って、それを真上から振り下ろして魔狼の体を上下に断った。

 

 

『ウマい魔力だ!   アーシュラ!! 次に行こうぜ!!』

「イエス、サー・ケイ!」

『そこはイエッサーでいいんじゃないかー?』

 

 

 魔狼の魔力を喰らい、腹を満たしていくアッドの不満げな声を聞きながらも、アーシュラは、次から次へと襲いかかる魔狼を切り倒していく。

 

 倒しながら前進をするアーシュラの勢いに、五十嵐 鷹輔は呆然とする。最初は姉の安全を確認するべく、女子のボード部の様子を見に駆け出したところで、こんな眼にあったわけだが……。

 

 ともあれ、鷹輔のことなど眼中にない様子でアーシュラ・ペンドラゴンは前進をしていき、強すぎる波動を持つ相手―――具体的に言えばサーヴァントのような存在を狙うべく動いていく。

 

 その様子は、傍から見ている分にはとんでもないものであった。高速で動く刃に巻き込まれる様子とはこういうものではないかというぐらいに、襲いかかる敵が次から次へと解体されていくのだ。

 

 そうして高速回転する粉砕機であり裁断機も同然のアーシュラがたどり着いたのは、校門前であった。

 

 

「まぁ別に―――どこから入っても同じだけど―――……ここからかぁ」

「衛宮さん?」

 

 

校門前の柵を押し砕きながら入り込んだトレーラー五台。そこから出てくるエネミーの数は、尋常ではない。誰かの呼びかける声を無視しながら凝視をする。

 

 

指揮をしていたのは―――。

 

「よう、嬢ちゃん久しぶりだな!」

 

 

気楽に挨拶をしてくる気のいい青豹のあんちゃんだった。その手には、前回は見せてくれなかった朱槍が握られている。

 

「どうも。数日ぶりながらご壮健みたいで何よりです」

 

「姫君から気遣いの言葉をいただけて、この『セタンタ』光栄の至り―――」

 

「やめなさいよ。そういう言葉、心にもない」

 

 

言いながら警戒は緩めない。今はラフなシャツに青いウォッシュジーンズ姿の青豹だが……。

 

「こっちに壬生って女の子は来なかったかしら?」

 

「サヤカの嬢ちゃんは、こっちじゃねえな。見当違いでワリーな」

 

 別に構わない。小さく謝る青豹に対してそういう想いで魔力を溜め込む。その様子に、エネミーをルーンで吐き出していた青豹は、薄く笑みを浮かべてから着ていた衣類を違うものに変更させる。

 

 数日前の一高襲撃において着ていた衣装。青豹が本当の意味で青豹になった瞬間だった。

 

 

「アッド―――制限(リミット)解放(ブレイク)!!」

 

『おうさ!  火の神が鍛えし最強の剣、青銅時代の大英雄(ヘラクレス)も振るいし巨大剣!! ここに解放!!』

 

『「マルミアドワーズ!!」』

 

 

 手に持っていた匣が光の粒子になる。黄金の粒―――数え切れぬものが一つのカタチを取ると、一つの明確な形へと変わる。

 

 それは奇怪な武器であった。匣の宣言どおりに剣であるというのならば―――と付くが……。

まず持ち手―――柄と呼ばれる部分が大剣という分類のものに比べても長すぎる。もちろん使い手が、巨人やそれに相応した人間であるならば分からなくもないが、それに比して刃の部分は短い。

 

 

 精緻な刻印―――魔法師には分からないが、今は失われた精霊文字が刻まれた黄金の刃の途上には、ハサミの取っ手のような流線型の輪があった。スパイクがあることからそこで武器を砕く用途もあるかもしれないが。儀仗剣ならば分かる凝った拵え。

 

 

 刃よりも分からないのは、柄尻にある巨大な魔石を内蔵した黄金の象嵌物。ちょっとした斧刃のように欠けた、半月刃も見事な拵えで、左右両端からは赤い下げ緒が下がっている。

 

 

 槍とも杖とも言えぬ奇怪な武器だ……。しかし―――。

 

 

「ほぅ!  まさか『そいつ』を出すとはね!!  こいつはちょっとどころじゃないぐらい楽しめそうだ!!!」

 

「前回はフラストレーション溜まらせて悪かったからね。今回は全力で相手してあげる」

 

 

 槍の英雄は、魔法師とは違いその武器の格を一瞬で見抜いた。応じるように槍からも漂う赤い蜃気楼のような魔力に魔法師が眼をやられそうになる。

 

 

(いままで隠していたのか!? これだけの魔力を!!)

 

 

 現代魔法では考慮されていない魔力量だが、ここまでの圧を発するとなれば、そういう理屈など屁理屈でしかない。

 

 太陽を直視出来ないような様子で眼を覆う―――校門前の敵勢迎撃を行っていた五十里 啓は、次いで己の多量の魔力を放出する衛宮 アーシュラの姿に瞠目する。

 

 

「啓! 女の子をマジマジと見ない!!」

「ぶっ!!」

 

 五十里は、後ろからやってきた婚約者によって眼を塞がれてしまったが、他の人間たちは見る。その多大な魔力が衛宮アーシュラの衣装を変えたことを―――。

 

 

 白銀のブレストアーマーだけを防具にして、身軽な白と青のローブ、首元にファーが着いたものを纏った姫騎士の姿が……。

 長い金髪は青のバタフライリボンと赤い紐リボンで結えられて、被るは小さな王冠……まるで王様のような後ろ姿―――後ろにいる大勢には見えないが、その額には刻印がなされていた。

 

 

「魔力最大顕現!!」

『マルス・ウルカヌス・カオスと接続を開始、是は人理を守る戦いなり―――』

 

 

言葉で黄金の魔力が『結晶化』した刃を形成。もはや現代魔法の理を無視した道理に誰もが驚きばかりをして、後ろから十文字克人率いる部活連のチームがたどり着いた時に―――。

 

「そんじゃ! おっ始めるか!!  英霊同士の戦いをよ!!」

「おう!!!」

 

 

目にも留まらぬ速さで槍を一回転させるランサーのサーヴァント、『クー・フーリン』に応じて、アーシュラも黄金の巨大剣を強風、轟風、颶風と巻き上げながら振り回す。

 

戦の儀礼―――それが終わると同時に音速の機動を果たす2人の戦士の姿―――。

 

 

人外の理で肉体を動かす魔人2騎と、それが振るう理外の武装とが正面激突、一高での戦いが激しさを増す合図となった。

 

 



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第21話『闘いを望む者たち』

その光景はかつて見たものだった。

 

東京を騒がす一種の怪異による事件。その解決を任された克人。

 

中学に入ったばかりだが、父親譲りの体格と魔法力―――後者はともかくとして、前者だけですら上級生を圧倒する肉厚さ。そしてその下に溢れる筋肉。ある種の魔法を使った戦闘訓練もこなしていた克人は、当時、魔法師の探索隊……大人に混じって戦いに参加できることを誇らしく想っていた。

 

 

そう―――『慢心』していただけなのだが、怪異は再現された亡霊であった。

 

無邪気な少年の風貌で襲いかかる亡霊王子。

 

現代魔法が効かない道理を前にして、この世に対する怨念を呪詛としてあらゆる魔法師達を呪い殺した恐るべき存在に、敢然と立ち向かう四人の少女。

 

 

―――巨大な『恐竜』―――本人曰く『鬼』を使役して戦うもの―――。

 

―――『星』という道具を用いて『攻防補』の全てを再現するもの―――。

 

―――『邪霊』を具象化してしまう少女が放つ魔弾の射手―――。

 

―――『黄金の巨大剣』を振るい、数多の呪詛を切り裂く剣士―――。

 

 

どれもこれもが現実というものを覆していたのだが―――。

 

 

……過去への回想・述懐を終えて目の前を直視する克人の目には、あの日に見たものよりも凄まじい戦いがあったのだ。

 

 

(流石は、ケルト神話に輝く『光の御子』……怨讐王子(アヴェンジャー)『ルイ十七世』よりも武では上だな)

 

だが、打ち合う衛宮アーシュラも負けてはいない。

 

巨大剣『マルミアドワーズ』を振るいて、目にも留まらぬ速さで打ち合うその攻防を正確に見れるものなど、この場にはいない。

 

一合一合が、刻まれるたびに空気を撹拌して、常人ではありえぬ魔力のきらめきと共に、足元の舗装道路を砕いて、土砂を吐き出させる。

 

無論、力任せなだけではない。囮、誘いの手を両者が出して食いついた所を―――という風に釣られる2人ではない。

 

必然的に殺しの技と化したものばかりが合わされ、空を斬る。ハイレベルな達人―――否、超人が激突する現実を超越した時間。

 

 

肉食動物のような笑みを浮かべて激突しあう2人の戦いを彩るように、あるいは邪魔立てを許さないように傀儡仕立ての雑兵が生まれ出る。

 

「もう少し見ていたいのだが、そうも言っていられんな」

 

ここが激戦だと予測して出てきたのは間違いではないが、雲霞のごときコンストラクト(魔導生物)と、獣性魔術を発動させたブランシュメンバーやエガリテメンバー達が多すぎた。

 

『『『『『GOOOOOAAAAAAAAAAAA!!!!!!』』』』』

 

束ねられた咆哮は全ての『魔』を打ち払う効果があるのか、魔法を発動させようとした連中全てが、強制的な発動キャンセルに陥る。

 

自己の移動・加速系魔法を発動させた人間が、すっ転ぶかのようになっているのを見て―――

 

「音を遮断する防壁を貼れる人間と組になって遠距離攻撃を放て!! 防壁は崩れるだろうが、攻撃で縛りつけるんだ!!」

 

「咆哮一つで、こちらの魔法が崩れるなんて……」

 

「古来より犬狼の遠吠えには魔を打ち払う特性がある。人が獣性に『力』を見出したがゆえに、それを引き出した存在には破魔の加護があるのだよ」

 

 

受け売りだがな、と驚愕している五十里に話しながら、多層型の防壁を展開する十文字。音波遮断、対魔力、対物理などの層を組み合わせて広範囲に展開。

 

遠吠えを上げてからこちらに突撃を掛ける狼に率いられる形で雑兵達が、原始的な武器を構えてやってくる。機械的な挙動だが、その雑兵を抑えられなかったのが、自分たちなのだと緊張した時に―――。

 

 

軽妙な『弦楽器』の音が、怒号と爆音の中でも一際大きく響いたように感じた。

 

擬音表現で言えば―――『ポロロン♪』としか言えない音が響いた後には、雑兵―――コンストラクトの全てが、自分たち現代魔法師全てが難儀をした存在が、次から次へと見えぬ刃であり『矢』に斬り裂かれ、貫かれたように見える。

 

突撃を仕掛けたらば対人地雷で壊滅した歩兵のような様を見せるコンストラクトに、誰もが奇妙な思いだ。

 

「な、なにが起こったの……?」

 

驚く千代田だが、何気なく克人は下手人を察していた。

 

もっともどこにいるかは分からないので、どうしようもないのだが。

 

 

―――魔導生物に関しては、私の管轄だ。『姫』の戦場を穢すからな。しかし、意思を持ちキミたちを憎悪の目で見てくるワーウルフは、キミたちで決着をつけたまえ―――。

 

どこから聞こえた声。響くような声は、『お前達に味方をしたわけではない』という突き放したものに聞こえて、一部の生徒には不満が溜まる。

 

しかし、一方的に告げてくる相手が先程の攻撃の下手人であるならば、全てのエガリテメンバーは『輪切り』の『ソルベ』のようになることは、自然と想像が出来た。

 

いくら騒動を起こした人間であるとはいえ、そんな無慈悲なことを積極的にやってくれというほど、克人たちも『情のない存在』ではない。

 

 

「分かりました。そちらに聞こえているかどうかは分かりませんが、我々で何とかしてみます」

 

 

――― 私は哀しい。彼らの哀哭こそ人として正しいというのに……聞き届けるものがいなかった悲運を……―――

 

それが克人への『返事』なのかどうかは分からないが、その言葉の後にはコンストラクトを作り出していた機構と魔法陣が砕けた。

 

残されたものは獣の力を得て自分たちに挑みかかる存在。総勢にして四十頭、匹、羽……数え方もまばらな存在が、威嚇をして攻撃体勢に入っていた。

 

ここに至るまで、何も出来なかったのか。いつも自分は手遅れなのか……それでも―――。

 

 

「全員、気合を入れろ!! 腕の一本を噛み千切られても、絶対に退くな!! あの中には2科の連中で、ここまでの力で挑みかかっている連中もいるんだ!! 退けば―――俺たち魔法科高校全ての負けだと思え!!」

 

 

己の優位や優越を信じて、高をくくって挑まれて狼狽して、ここまでの被害が出たのだ。

 

恥知らずのブルームレート(遅刻者)とは自分たちのことであろう。その意気を持つことを願うも、どうせ無理であろうと思いつつ―――中天に至った世界に嘆きの獣達の叫びが響く……。

 

 

 

 

「アーシュラは、『クー・フーリン』と接敵したか……」

 

『そのようです。もっともその『クー・フーリン』とて、『何騎』いるか分かったものではありませんけどね』

 

「ごめんなさいね。アーシュラのフォローに行きたいのに連れ回して」

 

『お構いなくリッカ、アナタは私にとっても縁がある存在だ。見捨てて、姫のところには参れませんよ』

 

『盾持ちの騎士』は、言いながら藤丸立華の向かう戦場の様子を察していた。その戦場の様子を察して表情を曇らせることが、少しだけ辛い。

 

『……『同じ』であるからと、全てを認め合うことが出来ずに、結果として、こうなるか……嘆かわしいが、これもまた人の性なのでしょう』

 

―――だが、それは『獣』が見た夢だ。咲かせてはならない禁断の薔薇……。

 

未来の分岐点なんて見ようと想って見れるものではないのだろう。

 

だが見てしまったからには―――何とかしたいと想ってしまうのも、自分が藤丸の家でありアニムスフィアの家の人間だからかもしれない。

 

藤丸立華が向かう戦場。そこは―――図書館であった。

 

図書館前に広がるもの、それは惨すぎた……。

 

 

応戦していたのだろう。戦いに赴いたのだろう……。それでも『地力』の差は歴然であり―――。

 

多くの花持ちの生徒たちの倒れ伏した姿が多い。

 

 

「ッ!! 司っ……!!」

 

「実力で倒せると想っていたんだろう? 今さら情実に訴えるかのように、人の名前を気安く呼ぶなよ―――耳障り極まりない」

 

言葉と同時に振るわれたルーンの剣が、リング(CAD)ごと一人の1科生(上級生)の腕を斬り飛ばした。

 

「お、おおお!!!」

 

腕の喪失の現実感を感じたか、それとも出血多量での叫びかは分からないが、その光景を見た瞬間に立華は動き出す。

 

「スターズ、コスモス!!」

 

2小節の呪文で、『星』という魔導器を動かし、そこから魔弾を解き放つ。天球儀のラインであり、一度に多数の物体を動かすのに最適な円運動は、魔力の循環においても最良の結果を齎す。

 

その立華の放った魔弾は、張られた守護のルーンによって封殺される。

 

 

(現代魔法では2科生、しかし『魔術使い』としてはやり手だね)

 

「藤丸!!」「立華!!」

 

後ろからやってきたのは、大講堂に残してきた連中だ。あのまま落ち込んでいるかと思えば、存外疾い持ち直しである。

 

しかし、図書館前にて死屍累々の様子で倒れ伏す多くの一高生……1科生、2科生問わずのその様子に、追いついてきた連中は息を呑む。

 

流れ出た血の匂いが、この上なく不吉なものをはらむ…。

 

「司……お前が! 『これ』をやったのか!?」

 

「既に図書館棟に入った人間も含まれているけどね。まぁそこに転がる片足の『沢木』と隻腕の『吉田』は、先程俺がやったばかりだがね」

 

あちこちの床に刻まれた血の跡。そして、苦鳴や悲鳴も上げられずにいるのは、絶命しているのか、それとも……。

 

(仮死状態にされている―――)

 

何の目的が有るのかは分からないが、まだ死なずにいる連中がいることに、少しだけ気を楽にする。

 

しかし、これだけの惨状を作り上げたことに対して、何の呵責もない体で笑みを浮かべる司 甲は、魔法師からすれば異常者に思えるのだろうが―――。

 

「まぁ激突は『当たり前』だったわけだけど―――まさか、ここまで見事に引っ掻き回してくれるとは思いませんでしたね。全ての防衛計画が穴だらけになってしまったわけですからね」

 

 

ここまで来ると称賛するしかなくなるのだった。

 

 

「渡辺と十文字が慢心してくれたからな。『撃つわけがない』『そこまでやるわけがない』という『虚構』に『酔っていた』ツケだよ―――もしくは、そこまで『出来るわけがない』かもしれないけどね―――成田長親のフリというのも、結構疲れるものだね」

 

結局、石田堤なんて張子の虎じゃ彼らは止めきれなかった。忍城という難攻不落の城が太閤軍を押し止めたのだ。

 

単体での実力や武器ではこちらに分があったとしても、『利』で繋がった集団ほど脆いものはない。

 

追いついてきた三巨頭のうちの2人は、悔しさとも悲しみとも……どうとでも言える表情で司を睨む。

 

 

「別に私は魔法師の学生のショバ争いなんざどうでもいいんですよね。子分の勇み足で引っ込みがつかなくなって、頭に血が(のぼ)った結果が『コレ』。馬鹿な親分の下にいると苦労するよ」

 

「宮仕えというのは大変だね」

 

「これでも表の肩書は『国連職員』ですからね。私が仕えるべきは、『マシュ・キリエライト』の意思のみ―――」

 

 

意味がわかるようで分からない会話。だが、図書館棟の前に陣取る司甲にスキは無い。まるで弁慶のように仁王立ちをして通さないでいる。

 

そして『馬鹿な親分』は、自分の言葉もやってきたことも全て何の意味も無かったのだとして、悔しさだけで俯く。

 

 

「―――長話をしていていいのか? このままじゃ入り込んだ連中が、情報窃盗を悠々とやるぞ」

 

「そりゃキミたちの不利益であって、私の不利益じゃないしね。だったらば、あの骸の山に重なることを承知で挑めばいいじゃない」

 

「藤丸さん………」

 

誰もが怒りを覚えながらも、その言葉に反論出来ない。辰巳鋼太郎も、沢木碧もこの魔法科高校では一流どころの存在だ。

 

それを倒した司甲という2科生のレベルは尋常ではない。

 

 

だからこそ―――。

 

「そもそも、こういう暴力沙汰になった際に、なんでみんなして定形通りに動かないのかな?」

 

「だから何を言っているのよ!?」

 

「外部の人間が入り込んでいるとはいえ、これは最終的に『生徒同士』のケンカ。カレッジ総出での殴り込みみたいなもの―――」

 

状況の動きの無さか呑気な様子だと思ったのか、怒りで食って掛かるエリカに対して、悠々と返す藤丸は―――。

 

 

「最後には『本当の親分』に『手打ち』をしてもらうのみ―――つまり、『先生』!!! よろしくお願いしま―――す!!!」

 

まるでヤクザの組長が『用心棒』でも呼ぶかのように、『空』に呼びかけた瞬間―――

 

『どぉぉぉれぇぇぇぇいいい―――こんな感じですかねシロウ?』

 

藤ねぇの家(ご近所さん)にそんな人がいたことはないから、なんとも言えないんだよな。用心棒ならば、『寺』からやってくることもあるしな』

 

『成程、生臭い癒着ですね』

 

などと夫婦の会話が、聞こえてきた。どこから聞こえてくるのか、それは少し分からなかったが、段々とそれは『姿』を表す。

 

中天に至った世界に巨大な影がさす。それは―――白い巨大鳥を模したもの。

 

真っ白な身体に黄金の羽根を生やした、巨大な―――『船』が上空に浮かんでいたのだ。

 

誰もが呆然とする。司甲ですら『船の宝具か……!?』などと驚愕している。

 

すると―――『トラクタービーム』とでも言うべきものが船から放出されて、『仮死状態』となっていた生徒たち全てを船の中に移送したのだ。

 

「エイリアン・アブダクションも同然ですねー」

 

その様子に対して藤丸がつぶやき、それを聞いたのか、力なく登っていく生徒とは対称的に、勢いよく船から降り立つーーー船の舳先から黄金の柱が形成されて、それが地上にまで伸びて、そこから……。

 

「誰がエイリアンですか、誰が。どちらかといえば、それはピクト人とかセファールとかの領域ですから。それにリッカ、あなたとて『宇宙人』的な面を受け継いでいるのですよ」

 

「そ、それを言われると、将来の地球国家元首を目指す身としては、如何ともし難いものがありますね……」

 

その指差しのツッコミを最後に、降り立った衛宮夫妻は司の方を向いて口を開く。

 

 

「怒りとかそういう感情は無いですね。いっそ見事としか言うしか無いほどの策略です。兵法家としては、アナタは完全に勝利を得ましたよ」

 

「ありがとうございます。ですが、戦うのでしょう?」

 

「そうですね。戦とは本来は程々に勝って収めるのが普通です。が―――もはや『分水嶺』を超えていますよ。キノエ」

 

 

その言葉―――哀しみを込めて言うアルトリアの言葉に、苦しげになりながらも……司甲は戦う意思を込める。

 

 

「―――壬生ほか全ての同盟員は、図書館棟です」

 

握りしめた『棍』―――朱塗りのそれの両端には金色のオーブが象嵌されたものを向けて言う司甲の言葉に、嘆息をしてからアルトリアは告げる。

 

 

「シロウ、ここは任せました」

 

「ああ、壬生の所に行ってやれ。あの子に必要なのは―――キミなんだからな」

 

「ご武運を祈ります―――リッカ、アナタはアーシュラの元に」

 

『教師』アルトリアからの矢継ぎ早の指示に、それぞれが頷く。その意味を違えない、強者同士のやり取りの中―――。

 

 

「王よ。アナタの戦場にお供いたします」

 

いきなり現れた紫色の鎧を着込む銀色の髪をした少年が、跪きながらアルトリアに言ってのけた。その出現に誰もが驚く。

 

だがアルトリアは……。

 

「いいえ、ギャラハッド。私は既にアナタ達の王ではありません。アナタを呼び寄せた―――私の娘の盾となってください。お願いします」

 

王ではなく『母』として少年騎士に掛けた言葉。命令ではなく『お願い』を受けたことで―――。

 

「―――承知しました。ですが、姫に呼ばれた身とはいえ、我が忠誠はアナタにあります。王よ―――ご武運を。エミヤ殿、王のことをお願いします」

 

―――少年騎士は、その言葉に従い拝跪から立ち上がり藤丸立華を姫抱きして超速で図書館前から去っていった。

 

その速度に呆けるも、反対にアルトリアは魔力の猛りの限りで図書館に突撃を掛けた。

 

完全にカチコミも同然のそれを見送ったあとには、士郎先生から声を掛けられる。

 

「お前達も『行きたい所』に『行け』。ここで甲を止めることに尽力してもいいし、アーシュラの所でも、俺の細君のところでもな」

 

「士郎先生……」

 

「走り出さなきゃ何も変えられないよ。『いもしない敵』を作り上げて、戦えと焚き付けたとしても―――その正体(すがた)を見定めなきゃ―――『綺麗事』であったとしても、求め続けなければ、誰にも『躍動』させられないんだ」

 

それは、先程の討論会で人の心を動かすことが出来なかった七草真由美に対する最大級の訓告であって、皮肉でもあった。

 

だからこそ―――。

 

 

「私は、ここで司君を止めます……今まで見てこなかったものを直視するためにも」

 

「会長……」

 

「あなた達も赴くべきところに行きなさい。それは義務感であっても、己の動機だとしても構わないのだから」

 

真由美のその言葉を聞いて、全員がそれぞれの場所に駆け出す。

 

もっと早くに気付くべきだった。こんな単純なことで、世界は変えられたはずなのに……。

 

 

「摩利は、ここでいいの? 壬生さんと……」

 

「―――今の私には、壬生に掛ける言葉も剣も無い……。ならば、せめて―――アルトリア先生の夫君(ダンナさん)を助けることで、露払いとしたいんだ」

 

 

違えていたのは、別に自分だけではない。取り戻すことは出来なくても、それでも―――何かに決着を着けることは出来るはずだ。

 

 

「三巨頭の内の2人と衛宮先生が、俺みたいな小者相手に挑みかかっていていいのかね?」

 

「そういう自分を卑下して相手を嘲るやり方は好かんな」

 

 

衛宮先生の警告のような言葉を受けても司甲は変わらずに……。

 

「力が無い人間は―――」

 

言葉を途中で途切れさせたのは、遅れて聞こえる音の元で振るわれた棍棒ー――油断なく回り込んでいた服部に対する打撃ーーー真っ直ぐに伸びた棍の片端が、間合いを埋める形で伸長をして、巨大化をして腹を打撃。

 

防御障壁も病葉として砕きながら直撃。10メートルは吹き飛ばされて動かなくなる。

 

その早業に驚愕する間もあらばこそ、眼鏡を投げ捨てて告げる。

 

「―――勝つために、なにごとでも必死なのさ!!!」

 

猛禽類のように鋭い目が殺意を滾らせて見てくるのだった……。

 

 

 



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第22話『話の途中だがワイバーン(真)だ!』

 

 

 深雪、桐原と共に入り込んだ達也は、入り込んだ様子に驚く。

 

 自分たちがアルトリアに次いで図書館棟に入り込むまで、数分程度のラグがあったのは確かだが、既に殆どのブランシュやエガリテの面子は、昏倒されて布のようなもので捕縛されていた。

 

 

(殺さず……か―――)

 

 手際が素早いとか言うレベルではない。白兵戦能力は、アーシュラと同じく規格外。そして―――

 

 

(現代魔法が効かないマジック・キャンセラーか)

 

 精霊の眼を通しては既に見えないぐらいに、図書館全てが真っ白に塗りつぶされていた。

 レーダーをジャミングされてブランク状態(照準機能停止)に陥った戦闘機のようになってしまった達也。肉眼で追い続けることは不可能ではない。

 

 

「お兄様……」

 

「白布のようなもので簀巻きにされている人間を辿っていけば、アルトリア先生に追いつけるだろう。嫌な目印だけどな」

 

「その先に壬生が……」

 

 呟くような桐原に特に答えずに、それぞれの方法で駆け出す。最終的に特に何の妨害もなく、3階の特別閲覧室―――その手前の広い廊下にまでたどり着くと―――

 

 そこでは白銀の鎧に身を包んだ美女が、戦国の武者鎧に身を包んだ女子と対峙していた。

 

 前者がアルトリアであり、後者が壬生だ。

 

 

「―――来ましたか」

 

 何気ない呟きを聞いたが、状況がどうなっているのかを知りたい。

 

 

「壬生! もうやめろよ!! すでに俺みたいな一科生たちは、お前達の得た強さを見た。この身で痛苦の限りで受けてしまった……鍛えれば、先生さえいれば、俺たちと同じになれるんだと分かってしまった―――だから、もう! これ以上……戦わないでくれ……」

 

 

 流れすぎた血が河となりて、この一高を血染めにしたことは紛れもない事実だ。コレ以上の血を求めれば、それは反感を抱かせ、やがて再びの戦いを引き起こす。

 

 怨念返しの連続が、いずれ取り返しがつかないことを起こす……。

 

 しかし停戦をするには―――醸造された怨讐が濃すぎた。

 

 そんな時に―――

 

 

『随分とお涙ちょうだいが過ぎるわね。まぁそんな事しか言えないのが、あなた方の限界。呪文という詩歌を無くして、口舌を使うことも無くしたあなた方では―――この程度……』

 

 

 鎧姿の壬生の横に、いきなり『ゴースト』と呼ぶしか無いローブ姿の霊体が出現する。

 

 

「ようやく出ましたか……」

 

『こちらには姫騎士ちゃんが来るかと想っていましたが、アナタが来るとは……』

 

「サヤカにあった『憑物』を落とすには、アーシュラでは少々役不足ですからね。それに―――クー・フーリンの霊基1つぐらいは、倒してもらわなければ困る」

 

 

 厳しさを感じる言葉。だが、慈しみも感じるその言葉に、壬生紗耶香が少しだけだが震えたようにも感じる。

 

「どちらにせよ。サヤカを拐かしたアナタは、教師として私が止めなければならない」

 

 そして、怒りを持ってローブ姿を睨みつけるアルトリアの怒気が、魔力と共に廊下を圧倒する。

 

『私は彼女が求める通りに『チカラ』を与えただけなのですけどね。他を圧倒するチカラを。魔法師としての価値は無くてもいい。魔法師という全能を気取るものに恐怖を与えられるチカラを!! だから与えた―――。英霊の魂の一部……憑依させたるは、源氏四天王の首領『源頼光』またの名を『丑御前』―――鬼殺しの大英雄―――随分と相性良く定着したものでしてね』

 

「リスクを教えずに、そのようなことをしたのか?」

 

『言えば―――躊躇ったでしょう。いや、言ったとしても躊躇わなかったでしょうね』

 

 

 アルトリアとローブ姿の会話は分からない。断片的な理解ではあるが、達也の解釈では、新入生の部活勧誘の際の取りつかれた青葉のように、壬生紗耶香も『よろしくないもの』に取り憑かれているのは理解できた。

 

 だが、それ以上に疑問はある。

 

「リスクとは?」

 

「詳しい説明を省けば、生命エネルギーとでも言うべきものを消費する。強力な『魂』を受け入れるには、人間という器は小さすぎるのです。アナタがエモーションを犠牲にして、それを手に入れたように―――『何か』を喪失する」

 

 思わず絶句する達也。母はそこまでのことを話していたことに対することと、壬生の状態に対する危機感とがまぜあわせになる。

 

 目を伏せる桐原、そして関わりこそ少ないが、深雪とて女身でありながら、そんなことをした壬生のことを心配する。

 

 

『さて話も長くなりすぎたので、そろそろお暇させてもらいましょう。―――行け『バーサーカー』。貴様の最大戦力で―――眼前の敵をすり潰すがいい』

 

 その言葉で、機械的な印象をもたせる壬生の挙動に『エンジン』が入ったように思える。

 

 つまりは、戦闘をする用意が出来ているということだ。

 

「―――私がサヤカを抑えます。あなた達は閲覧室へ急ぎなさい」

 

 それが一番合理的な判断だ。壬生紗耶香の立ち回りは、既に大講堂で確認済みだ。魔法を発動する前に『ぞんぶ』と斬り裂かれるのがオチだろう。

 

 だからこそ―――

 

「先生……壬生を―――お願いします……」

 

 深く一礼をした桐原は、アルトリアの後ろでダッシュをする用意をしていた。同時に達也も深雪も、脚を貯めて解き放つタイミングを図る。

 

 刹那の瞬発―――神速の剣客の一撃轟撃とが廊下全体を揺らしたかのようだ。

 

 壬生の剣が、雷撃で廊下全てを帯電させようとする前に、アルトリアの『魔力放射』とでも言うべき盛大なものが、力尽くでそれを抑え込む。

 

 その一瞬を狙って、三人は真ん中で激突し合う2人の剣士を避けて、横を滑るように駆け抜けた。

 

 後ろ髪を引かれる想いがあるだろう桐原が、一瞬振り向こうとしたが、それでも抑えて向かうこととなるのだった。

 

 特別閲覧室……そこでの策謀がどれだけ進んでいるか、それは分からないが、それでも―――それを止めるのは、自分たちに任されたのだ……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

「―――『ガウェイン』―――『パーシヴァル』!!!」

 

「ッ!!! 中々にレアな剣技を使う―――」

 

 音速の戦いの中、『呪文』を唱える姫騎士に対して称賛を与える青い槍兵の言葉。そして姫騎士の攻撃は、剣戟を加えるだけではなくなっていた。

 

 通常、大型の武器は一撃必殺か後の先を狙うものだが、アーシュラの膂力と技量は、両手持ちの大剣に、ナイフ並みの交戦点を与えていた。

 強大な質量にモーメントを上乗せし、その運動エネルギー自体を破壊力とするマルミアドワーズという『巨大剣』は、その特性をフルに生かすべく、まるでそのスピードを落とさない。 それはまるでアーシュラの肩口を中心に、剣が勝手に回っているようにも見えた。

 

 築かれる分厚い制空権。制圧領域。如何に克人が鉄壁を誇ろうと、その壁を真っ向唐竹割り出来るだけのチカラを備えているのだ。

 

 

「会頭、あれは何でしょうか? 衛宮さんの振るう剣戟の軌跡に応じて何かの魔法陣―――というには刺々しかったり突起(スパイク)のようなものが虚空に刻まれているんですが……」

 

「あまり下級生の女子をまじまじと見るな。と注意すればいいのか、悩んでしまうな。あとで千代田を慰めておけよ。あれは―――彼女が編み出したクレストウェポン、もしくはクレストアーツと呼ばれるものだ」

 

クレスト(紋章刻印)……」

 

 中条と組で防衛を担っている千代田花音の後ろからの睨みも構わずに、五十里 啓は呆としながら呟く。

 

「彼女が見事な剣の軌跡を刻むと同時に虚空に『転写』される『魔術』は、様々な効果を生む。今は、攻撃系統の紋章閃(バスター)が主だが、場合によっては回復・強化・守備を攻撃と同時に行えるんだそうだ」

 

 いつぞやの『夜』の仕儀で教えられた『半端なこと』を教える克人だが、彼も知らないこともある。

 元々、アーシュラのクレストアーツの原型は、かつて人理を取り戻した国連機関が、再び直面した戦いにおいて戦線に投入使用された『指令紋章』(コマンドコード)にある。

 

 サーヴァントの攻撃に予めある種の『付与魔術』を掛けておくことで、マスターに頼らない自発的な『補助魔術』を発動させていくことは、過酷な戦い……クリプターと名乗る集団……。

 

 

 カルデアAチームという『魔術師』のトップランクとの戦いに立つ、最弱の『補欠マスター』を生き延びさせたいとして、カルデアスタッフ一同が首っ引きで動いた末に、マリスビリー・アニムスフィアの設計図(共同研究者 トウコ・アオザキ)を元に開発されたものだ。

 

 当初こそサーヴァントの基本攻撃である『バスター』『アーツ』『クイック』の3つを強化する程度に収まっていたのだが……。

 

 

 後期には再度、大量に召喚されたサーヴァント達も面白がって、オリジナルのコマンドコードを作り出して、その有り様たるや『混沌』の限りとしか言えなかったりしたのは、残されている記録や証言から読み取れるのだった。

 

 

「―――ペリノア―――ペレアス!!」

 

(飛び道具もあるのか………)

 

 武器の延伸であり、追加攻撃的な要素を持つ紋章だけでなく、巨大なブーメランか鏃のような紋章が離れたクー・フーリンを追撃するが、どう考えても柄から穂先まで鉄以上の硬さで拵えられた槍―――伝承に名高い『ゲイ・ボルガ』だか『ゲイ・ボルグ』を棒高跳びの棒のようにしならせて防御する技量は尋常ではない。

 

 弾かれた『矢の紋章』は、あらぬ方向で爆発を果たしたことで威力を察する……。

 

 

「飛び道具は意味が無かったわね……」

 

「その通り。とはいえ、嬢ちゃんにばかり剣を披露させるのは忍びない―――」

 

「そんな律儀にならなくいいのに」

 

「既に獣軍の全てが倒されちまった以上―――クランの猛犬として1つ意地を見せねばな……」

 

「あら意外。もう少し手間取るものだと思っていました」

 

 

 軽口を叩きあう超戦士たちの会話で、なんとも上級生をナメた発言が出てきたが、反論するものはいない。

 

 2人の戦いの余波が凄まじくて、その余波がどちらにも優勢を齎した。

 

 とはいえ、余波の影響を受けた幸運の度合いとしては一高側に存在しており、余波という援護攻撃を受けての反撃が決まった末、獣性魔術を解かれた連中は捕縛してある。

 

 一高生がいなかったことに安堵するも、本丸たるクー・フーリンは未だに健在だ……。

 

 距離を取った状態で、油断なくこちらを見るクー・フーリンから眼を逸すわけにはいかない。

 

(ゲイ・ボルクを使う気? どっち(・・・)だ?)

 

 後ろの連中を気にしつつ、アーシュラは思考を巡らせる。

 

『飛び道具』ならば、後ろの連中を下がらせるようだが、『至近距離』ならば、幸運を引き寄せつつ『自動蘇生』を開始出来るようにしておかなければならない。

 

 マルミアドワーズを握る手をしっかりとした時に―――。

 

 クー・フーリンの表情に苦いものが走った―――だが、それでも最後にはそれを『了承』したかのように顔を顰める様子だ。

 

 次いで朱い魔槍を天と地に突き刺すかのようにしたクー・フーリンだが、そこから多量の魔法陣が天と地に刻まれる。

 

(アーシュラ!! いまそっちに行くわ!! 状況を教えて―――)

 

 そんな矢先に、いきなりな念話。しかし、それに応えるには『状況』が変わっていく。

 

「トリスタン!!」

 

 ―――承知!!!―――

 

 肉声での呼びかけ。立華との『混線』を回避したカタチだが、いきなりな声に後ろは驚いたはずだ。あるいは一瞬で50以上もの魔法陣が現れたからかもしれないが、ともあれ―――状況が変わる。

 

(ごめんリッカ、話の途中だけど―――)

 

 

 トリスタンが『弓矢』で魔法陣を砕いてくれているが、それでも数十体もの『召喚』は免れないはずだ。

 

「衛宮!!」

 

 後ろで克人が呼びかける言葉が聞こえるが、答えている暇は無い。

 

 魔法陣から現れたのは―――。

 

 

(―――ワイバーンだ!!)

 

 

 そう返した時に『同行者』が『YEAH―――!!』などとちょっと場違いな返事を返したのだが、ともあれ状況はあまりいいものにはならないのだった……。

 

 何より―――アーシュラの眼が幻惑されていなければ、クー・フーリンが三騎に増えたように見えるのだから―――。

 





次回考えていること。(予定)


『よくぞこのオレを呼んでくれました!! 姫ぇええええ!!!』

『騎士王、獅子王はアルトリア陛下の称号……。俺は烏滸がましくて名乗れない』

『ゆえに自称ながらも名乗らせてもらおう!! オレの名前は『勇者王』サー・■■■■■■!!』

((相変わらず暑苦しい霊基だ―――だが嫌いではない))by 片目・細目


なお実装されたとしたらどうしようかと思ったりします。(汗)


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第23話『想いが交錯する戦場』

 

 

戦いは一進一退というよりも二進二退……という様相を呈していた。

 

朱色の棒……ファンタジーな表現だが、西遊記における斉天大聖『孫悟空』が持つ如意棒のような武器を手にしてこちらと渡りあう司 甲は、予想以上の強さだった。

 

如意棒という武器の性質、現代魔法で言えば伸長された長棒が、遠方からも容赦なくこちらを叩いてくるのだ。

 

そういった魔法で有名なのは、小刀程度の得物に力場を上乗せする『千葉流』の幻影刀だが―――

 

(そういった理屈じゃない―――)

 

古代ギリシャの槍衾陣形『ファランクス』のように持ち手が進んでくるわけではない。動かずとも伸びてくる得物が、こちらを痛打してくるのだ。

 

手打ちではない。達人級。あの槍兵―――クー・フーリンなどに代表されるサーヴァント並とまではいかずとも、決して手打ちではない『功』を加えた技が先程から真由美と摩利を二退させていた。

 

進んでいるのは、こちらを打ってくる司 甲と―――。

 

「―――ふっ!!!!」

 

その長柄の得物を苦にもせず距離を詰めて、黒白の双剣を振るう衛宮士郎のみだ。

 

しかし士郎も、その如意棒で築かれた距離を踏破するのは中々に難儀するらしい。

 

 

「なんたる『概念武装』だ。お前の知り合いには、贋作者でもいるのか?」

 

「オーランド・リーブ『署長』が呼び出したアレクサンドル・デュマのサーヴァントは、それを可能としたらしいですからね―――ですが、『先生』には劣りましょう」

 

「戯けが」

 

 

魔力でのダッシュ―――。アルトリアやアーシュラに比べれば、遅い限りだが並の魔法師では出せない速度域だ。

甲の真正面に躍り出た衛宮先生の攻撃。如意棒の突きと薙ぎ払い、叩きつけをいなしながらの接近戦。

 

それを援護するべく真由美はドライミーティアを四方八方から叩きつける。九校戦では魔弾の射手などとも称された魔法が、座標を問わずに放たれたが―――。

 

それらは、光と共に地面から浮かび上がる『文字』と、虚空に浮かんだ『文字』で封じられた。

 

(ルーン文字の刻印―――、あれだけの戦いの中でも地面に刻んでいたってのか!?)

 

虚空に浮かんだのは元々、身体に仕込んでいた防御術式だろうが、真由美が足元や目線よりも低いところから放ったものを迎撃したのは、新しく刻印したものだろう。

 

これだけ激しい戦いの中でも、それが出来る事実に驚嘆した渡辺摩利だったが、棍の片端―――衛宮先生に向けているのとは逆側―――石突といってもいい部分が、こちらに向けられていた。

 

銃口を向けられるように気づいた時には、先程―――不意打ちで倒された服部副会長のように、こちらに伸びてきた。

 

(狙いは―――真由美か!)

 

決して真由美が運動オンチというわけではない。それは親友である摩利も知っているが。

 

だからといって達人・玄人の功力極まる一撃に反応出来るかといえば、否だった。

 

持っていた得物―――短冊型の剣、ワイヤーで繋がれたそれを棍に絡めて動きを止めつつ、他の得物―――衛宮先生がどこからか寄越した日本刀(特大の魔力付与)で地面に押し止める!!

 

渡辺摩利は、そのプランを実行する。俄仕立ての二刀流。2人の衛宮に比べれば拙いものだろうが、それでも―――。

 

(それぐらいしか出来ない!!!)

 

高速で飛んでくる棍の片端、もはや真由美との距離は5mもないが、何とか凌ぐべく鞭剣を絡めようとしたが……その意を無にするように巻き付こうとした時には、飛んでくる棍は下段に翻り、確実に様々な物理法則を無視した動きの果てに―――そこから急上昇。

 

棒立ちではなかったが、予想外の動きをしたことで真由美の胸板を正面から強打した。血ではないが、何かの吐瀉物を吐いた親友は先程の服部と同じく大きく吹っ飛ぶ。

 

人体が破壊される勢いでの攻撃、何とか物理障壁で―――というのは甘い考えだった。そういった『壁』ですら病葉も同然に砕いて真由美を叩いたのだから、その勢いたるや計り知れない。

 

「――――っ!! 司ァ!!!」

 

あの一撃で意識を失った真由美を受け止めたあとに、憎しみで同級生を見る。

そりゃ確かに真由美は浅慮だった。浅はかな考えをさも妙案かのように語る人間であった。世事を知らないお嬢さんの言葉だったかもしれない……。

 

だが、それでもこんな風にされるほど―――。

 

「―――罪深くは、なかったはずだ!!!!」

 

支離滅裂な言動だと思われたのかも知れない。それでも叫ぶように言わずにはいられなかった。

 

 

――――――――返事は先程と同じ伸長する棍の打撃であった。

 

「ッ!!!」

 

逃げの一手。空振った棍の打撃は地面を強かに叩き、大量の火薬でも爆発したかのように、地面を発破するのだった。

 

すり鉢状に削り取られる学校の敷地。飛び来る土や石―――コンクリートの弾丸が、摩利と真由美を打ち付ける。

 

現代魔法の理ならば、同じことは容易く出来ただろう。

 

だが、いざ同じことを出来たからといってここまでの圧を感じただろうか。土砂瓦礫から、せめて頭だけでも守るようにしていなければどうなったか……。

 

 

「これで―――『邪魔者』はいなくなりましたよ? 剣製の英雄殿……」

 

「ああ、だが―――真っ当に打ち合うと思うなよ!!」

 

「怒りと憎しみ! そして様々なものを抱えてやってきてくださいよ!! 俺が三年間で見てきたここの醜悪さを―――打ち消すほどのものを見せていただきたい!!!」

 

 

そうして真由美と摩利を置き去りにして、戦いは2人の男に委ねられるのだった。

 

敗れ去った2人の周囲に幾本かの杖と剣が、林立して自分たちを癒やしているのだとしても―――心は傷ついたままだった……。

 

 

「ふん。こんなものか。これはスポンサー様に渡しておいて」

 

『承知』

 

『影』にコピーした記録媒体を渡して、あとは違う資料がないかを探る。

 

霊子ハッカーとしての技を用いれば、ナノセコンド単位で防壁を突破出来るわけだが―――。

 

「ミサヤさん。ここに近づいてくる連中がいる」

 

情報処理に没頭していると敵意というか警戒がおろそかになるわけで、パートナーが必要になるということだ。

 

情報全てを引き上げてそれらを記録しながら、相手を出迎える。

 

入ってきたのは3人。その中に―――。

 

 

「なんだ。アニムスフィアも姫騎士もいないわ」

 

「分かっていたはずでは?」

 

「まぁね。それで―――何か用かしら?」

 

その言葉を吐いた瞬間、3人全員が顔を顰める。

 

 

「アナタが玲瓏館美沙夜―――アルビオン派の魔術師ということでよろしいですか?」

 

「はい。ご丁寧にどうも、自己紹介が省けて嬉しい限りね」

 

代表して、一番ガタイがいい男子が聞いてきたのでそれに応える……。こちらを探ろうとする視線だが、こちらは別に作業服も何も特別なものを着ていない。いたって春用の装いに、あちらも拍子抜けしているのだろうか。

 

 

だが、達也と深雪が驚いていた理由とは、その姿形と声にひどく聞き覚えがあったからだ。

 

更に言えば、それがあまりにも無防備だったからだ。

 

「―――、アナタが首謀者か?」

 

「さぁ? 私が『依頼』を受けたのは、ここにあるデータを根こそぎ掻っ攫って、更に言えば魔法師に内憂をもたらせ―――まぁ大まかに言えば、そんな所ね。ハジメくんも幾らかはやったけど、紗耶香さんに源氏の大将様の魂を固着させたのは私ね。アナタが言う所の首謀者ってのは、そういう意味かしら?」

 

なんでもないことのように企みを暴露するミサヤという美女に、誰もが毒気を抜かれる。だが、怒りを奮い立たせて声を荒げるのがいる。

 

桐原である。

 

「あ、あんたが壬生を! あんないつ死ぬか分からないことをやったってのか!?」

 

「そうね。怒るかしら? 彼女が望んだことなのに」

 

「リスクを話したのかよ!?」

 

「話そうがなんだろうが、変わりはしないわよ。彼女の望みは、ただ1つ―――自分を認めない連中を、全て圧倒するだけの『チカラ』を得て―――全てを破壊したい。その為に、私は英霊の魂を彼女に宿した……それだけよ」

 

あっけらかんと人間を『改造』したと告白する魔術師の声と姿に、達也ですら怖気を覚える。そして例え糾弾の言葉が出てきたとしても。

 

―――遺伝子弄って生まれてきた魔法師(あなた達)に、それを言う資格はない―――。

 

そんな風に返されると分かっていたので、目の前の魔女には何も言わない。

 

お互いが、あらゆる人間性を廃した『人間』(いきもの)であることは、とっくに承知済みだった。

 

しかし、だからといって―――理屈で、弁で、言われたからと、それを納得出来る人間だけではない。

 

そういう人間だって魔法師にはいるのだ……。

 

「お前がぁあああ!!!」

 

段平振りかざしてかかった桐原、それに対して椅子に座るミサヤという魔女は一切構わなかった。

 

―――言葉が、出るまでは―――。

 

「―――食いなさい(・・・・・)

 

その言葉で彼女の足元―――資料室の少ない灯りでも出来ていた影から、巨大な『口』『顎』(アギト)が出てきて、模擬刀を持った桐原の腕が肩口から食い千切られた。

 

 

「――――――」

 

「――――――」

 

「――――――」

 

古式に曰くの幻術かと想うほどに驚く達也。

 

何の『手品』なのだと驚愕と同時に恐怖した深雪。

 

 

そして―――いきなりの手応えの無さ、あまりに唐突な喪失感。ついで起こる―――多量の出血。悲鳴1つあげる暇も無く、意識を失う身体。

 

ああ、痛いなと想うこともなく、資料室の固い床に盛大に倒れ伏した桐原。

 

現実感の無さに達也ですら呆けた一瞬。いつの間にか椅子から立ち上がっていたミサヤが、達也に剣―――だろうものを振るう。有り体に言えば実用的ではない得物だ。

 

だが女の身でも振るうに難儀しないそれは、柄尻に宝石が象嵌されている剣だった。

 

一直線に突き刺そうとする剣を間一髪で躱したあとに、反撃を―――と想う間もなく、部屋にいた少年―――恐らく自分と同じぐらいの歳か下か―――という少年が、2丁拳銃を深雪に殺意と共に向けていた。

 

深雪も己を狙う存在に気づいたところで、達也も少年に敵意を向けた時には―――。

 

『GYAAAAAAAAAA!!!!!!』

 

ミサヤの影から出てきた『魔物』が、完全に身を晒してこちらを威嚇していた。

 

桐原よりも、自分たちの方が『美味そう』だと想ったのか、生き餌の方がいいのか、主人の下知なのかは知らないが、その遠吠えに注意を逸らされた時には少年とミサヤは資料室から出ていた。

 

分厚い複合装甲の扉。開けた後に閉めておけば―――とか言うレベルではない。あまりにもあっけない逃走。

 

「お兄様!!」

 

桐原も気がかりだが、今はあちらを止める方が先だとして、妹の言葉で『分解』を―――と思ったときには後ろ歩き―――。

 

何かに乗って移動しているミサヤは、こちらに先程の剣の切っ先を向けていた。その剣の回りに光の円環が出来上がる。

 

何であるかは分からない。だが、その円環が『壁』となって、達也の分解を先程から弾いている。

 

そしてそこから―――光波が―――強烈な破壊の光が廊下全てを覆い、上下に波打ちながらこちらに放たれた。

 

資料室の破壊すら意図したソレに対して、深雪が防壁を貼るも、その光波のサイオンの量と質の前では、嵐の前に叩き折られ吹き飛ばされる木枝も同然。

 

せめて深雪だけでも―――助けねばという想いで身を呈して庇おうとした瞬間、資料室の前に立ち塞がる影。

 

どこから現れたのか分からなくなるぐらいに唐突な登場を果たした金色のオーラが、その攻撃を完全にシャットアウトした。

 

それどころか……防御しながら―――。

 

『質のいい魔力だぜ! アーシュラ!!! こっちは任せろ!』

 

「ロック、イーグル・カルンウェナン!!」

 

桐原の腕を噛み食らった『魔物』に対して緑色に光る『槍』だろうものを背中から解き放ち、頭上から勢いよく突き刺していった。

 

それと似たものを達也は一度だけ見たことがある。

 

(あの時の演武場での芸当は、これの『初歩』のようなものか!?)

 

その威力がどれだけなのかは分からないが、魔物は重々しい咆哮を残しながら絶命を果たしたのか、何かの光の粒子に変化していく。

 

 

「アーシュラ……」

 

呆然としながら深雪が呟く。その後姿だけならばアルトリアを感じさせたが、それでも声の違いから、アーシュラだと断定したのだろう。

 

しかし―――何故、ここへ……。

 

その疑問に答えることもなく、どこから出したのだという巨大な剣を手に、アーシュラと魔女は対峙し合う。

 

 

 

―――Interlude―――。

 

 

校門前の戦い―――大量に現れた竜種。最下級とはいえ、その力は尋常の魔法師・魔術師を寄せ付けない。

 

何よりブレスを吐かないとはいえ―――。

 

(竜種の肉は超美味しい! ワイバーンは竜種の深海魚! 専門的に言えば『未利用魚』と言ってもいい存在!!)

 

喉の肉はブレッサードラゴンよりは落ちるだろうが、それでも全体的に美味しい!!

 

 

――――じゅるり。

 

昼飯がまだだっただけに、ヨダレが出そうになったアーシュラ。その姿と考えを『同類』ゆえに読んだのか、ワイバーンの殆どが青い顔をする。

 

ワイバーンなのに。緑と赤の鱗持ちなのに。恐怖で青い鱗になりそうなのだった。

 

「焼く! 煮る! 蒸す!炒める!! 千差万別の食べ方を実践するにいい存在!!」

 

明確に『食ってやる』と言われたことで、『ギュアッ!?』と驚くワイバーンの群れ。

 

「……まぁ確かにワイバーンつぅか竜種の肉は旨いんだけどよ。嬢ちゃんだと『共食い』にならねぇか?」

 

「安心して。ワタシの中のドラゴンは『悪食さん』!!!」

 

召喚したクー・フーリンが戸惑うぐらいに食欲全開のアーシュラ。その最中で戸惑うのは後ろにいる魔法師達。

 

ポカーン及び呆然とせざるをえないやり取り。しかし現れた飛竜は明らかに現代魔法が通じるような『情報量』ではないことが、ちょっとした魔法師の知覚でも分かってしまう。

全てはアーシュラに委ねられたのだが……。

 

そこに――――――――。

 

「―――アーシュラ!」

 

「リッカ!!」

 

後ろから現れたのは生徒会書記にして、姫騎士の親友だった。

 

彼女をここまで姫抱きで連れてきた茄子色の鎧を纏う美男子はアーシュラに深い一礼をしてから、戦列に加わる。

 

しかし、藤丸は少し違うことをしてくる。

 

「アーシュラ、来て早速で悪いんだけど、特別閲覧室に『跳んで』ちょうだい! イヤな予感がするわ!!」

 

その言葉を象徴するように、図書館棟の方から赤い棒が、ここからでも見えるくらいに高く伸びた。

 

その様子の前に、一も二もなくマスターの指示に従うと頷くアーシュラ。

 

とはいえ、ここを2騎でというのは酷だろうと、アーシュラは『宝具』を開帳する。

 

「その前に一騎付けておくわ。―――サモン・ラウンド・アヴァロン!!!―――『獅子の騎士』! 汝が名は『サー・ユーウェイン』!!」

 

『よくぞこの俺を呼んでくれました!! アーシュラ姫ぇえええ!!! 勇気の獅子(ギャレオン)と共にありし、騎士ユーウェイン! 定刻通りにただ今到着!!』

 

強烈な魔力の励起・アーシュラの全身から投射された魔法陣から一高の敷地内に、また1人の超常の騎士が現れる―――。その名は神話や伝説に『疎すぎる』大半の魔法師たちには分からなかった……。

 

だが『スゴイ存在』であることは、内包する『力』から分かるのだった。

 

「……『一年以内』に奥さんの元には帰れなかったんじゃないでしたっけ?」

 

「ギャラハッド! それは言わない約束だ!!」

 

「卿は相変わらず、暑苦しいな。まるでフランク王国の騎士のようだ。だが―――悪くはない」

 

声の主は、先ほどの獣人との激突の際に手助けをしてくれた存在。

いつの間にかアーシュラ達の近傍に現れた長い赤毛の騎士。目はほとんど開かれておらず、むしろ閉じているとしか見えない騎士は、『弓』と一応は見える武器を手にしていた。

 

そんな様子に物申したい女子が2人ほど現れる。

 

「な、なんかあの子の周りだけが、イケメン☆パラダイスになっている……」

「乙女ゲーの主人公か!? 守護聖さまを独占してんじゃねー!!」

 

すごくズルいという想いを持つ3年の平河と小早川が、何か言っているが、とりあえず無視して十文字は事の成り行きを見つつ、後ろを気にしていたが―――藤丸が何かをしたことで、今度はアーシュラの姿が消える。

 

豪奢な衣装と武器を手に何処に向かったかは分からないが、三騎のサーヴァントを置いて、何処かに『飛んだ』様子だ。

 

「藤丸、衛宮はどこへ?―――」

 

「特別閲覧室に、それより『ギャラリー』が邪魔です。どうやら会長と風紀委員長がかなりの大怪我を負ったみたいなので、全員で向かってください」

 

「―――下手人は、司か……」

 

摩利さんがっ!? という驚きの声を上げる千代田花音の声が聞こえつつも、ここにいてはマズイのかと想う。

 

「―――いまから始まるのは、神話伝説に生きた者たちのあり得ざる戦いの具現と同時に、ドラゴンステーキを得るための戦い―――今度こそ『流れ弾』で、あなた達が死んでも私は―――何も出来ません」

 

 

その真剣さを感じる言葉に、克人は思わず呑まれた。口調が強いわけではない、だがどうしてもその言葉は真実なのだと気付かされて、『あの時』と同じく悔しさを胸にしつつ、校門前に向けていた眼を学舎側に向けた。

 

「―――信じていいんだな?」

 

「この事態を解決する上でならば」

 

そんな言葉を最後に十文字克人は、捕虜を安全圏に引き連れながら、全員を校舎に誘導する。

 

殿(しんがり)に、最強の存在を置いての惨めな敗走。

 

年下の少女に気遣いをさせての情けない敗走を前にして―――克人は、それでも一高の親分としての務めを果たすことにするのだった……。

 

Interlude out……。



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第24話『想いが空回る戦場』

 

 

 

改造された膂力、受け入れた魂が覚えている技、それらがアルトリアを穿ち―――そして……。

 

―――ライコウ……アナタが母親として、その子を守りたい想いが、いまの私には分かる……。

 

……しかし。

 

 

「これ以上、サヤカにアナタが憑いていれば、どうなるか分かっているはず―――それでもその子を守りたいと想う気持ちで、そこにいるならば……」

 

 

―――私は否定しなければならない。

 

光が螺旋を巻く槍を握りながら、衛宮アルトリアは、既に幾重もの再生できない傷を負った壬生紗耶香に飛び込む。雷霆を発生させる剣戟―――雷の剣を受けながらも懐に飛び込んだ時には―――槍は深々と紗耶香の胸を貫いていた。

 

 

―――あの時と同じだ。

 

 

自分の息子(むすめ)をカムランの丘で刺し貫いた感触を思い出す。あの時、あの騎士に王としての資格が無かった。だが、真に自分に王としての資質があったとも言い切れない。

 

けれど、それは否定しなければならないのだ。

 

 

「せんせ……い―――」

 

「今は休んでおきなさい。疲れたでしょうから、今は何も言わないでおきますよ」

 

「はい―――」

 

『五体満足』のままに昏倒した壬生紗耶香。弛緩した身体を受け止めて抱き抱えてから、床に落ちている砕け散った歪な短剣を見て息を吐く。

 

なんとも綱渡りであったが、何とかやれるだけは出来た。だが、まだ終わりは無いようだ。

 

 

魔力の鳴動。自分と似ているものが、特別閲覧室に『突然』あらわれて、そして下手人を追っていくようだ。

 

 

「あとはシロウに任せておきたいのですが」

 

そうもいかないか、それとも―――。

 

 

 

剣戟は絶え間なく続き、されど勝敗の天秤は既に着きつつあった。

 

双剣を握りしめて平然としている教師と、荒い息を吐いている生徒―――その姿と周囲の破壊の惨状を見た生徒たち(ギャラリー)は息を呑んだ。

 

そのタイミングを図って、教師―――衛宮士郎は声を掛ける……。

 

「―――そこまで憎かったのか、一科生の連中が?」

 

同じ所(都合がいい時だけ)では、同胞意識を持ち出しておきながら、違う所(そうでない時)では、徹底的なまでの排他主義。それが学内の校是だからと言って、それに従順でいられる人間ばかりではないでしょう」

 

「そりゃそうだな。だが―――その為にお前が『人柱』になるというのか?」

 

「誰かが声を挙げなければ、行動しなければ何も変わりはしないんですよ……別に、歴史に善にせよ悪にせよ、名を残す英雄になりたいわけじゃないですけどね……」

 

もはや息も絶え絶えな様子の司甲。

 

全身の細かい傷から噴き出る血のりに薄桃色に染め上げられ、如意棒は己から吹き出た脂で濡れ光り、染められている赤色には血もあったのだろう。

 

 

「先生……、司……」

 

「この学校こそが国の、世界の、―――『地球』(ほし)の未来の縮図だ。いらぬ物を淘汰し、他の意見を軽んじて、自分たちの信奉した価値観のみで『世界』を固定化する。

何故―――省みれなかった? 他を圧倒する強者であれば、何でも想うままにしていいのか? 他人がどうであろうと、構わないのか? そこに慈悲の心を持てない限り―――お前達はいつまで経っても『人理』を腐らせる『根』となるだけだ。何も分かち合えるものがないならば、それはいずれ世界の熱的死だ」

 

 

その言葉は何処までも、居並ぶ面子の大半を苦渋の顔に歪ませる。今回の全ての原因は、無駄なまでに人類社会に蔓延した『排外主義』を真似ようとしたわけではない。それでも結果的には『そうなった』。

 

 

この学校の硬直しきったシステムに対する不満と憎悪こそが、ここまでの惨劇を招いたのだ。

 

 

そして、結果論にすぎないが、現・十師族の直系の長男と長女が2人も入学してきたことも、二科に渦巻く怨讐に油を注いだ原因。

 

巌窟王エドモン・ダンテスのように不当に貶められたわけではない。だが、それでもシャトー・ディフの如き『監獄塔』に入れられていた事実こそが、全てを燃やし尽くす憎悪となったのだ。

 

 

「―――………」

 

沈黙し俯き、拳を握りしめることでしか、いまの克人は心を落ち着けられない。

 

全ては―――『遅すぎた』のだ。そう糾弾する無言の声が自分を苛むのだ。

 

 

「―――衛宮先生、あなたともっと早くに会いたかった。例え魔法師として栄達出来なくても、劣等生である俺のような存在を見てくれる人がいたならば―――」

 

 

もっと違った道もあったかもしれない。けれど、甘さは捨てる司甲。そんなものは甘ったれの言葉でもあると、武術を学んだものとして、引き締めたのだ。

 

 

「俺も、葛木先生や藤村先生(藤ねぇ)みたいな教師しか、もう思い出せないけどさ―――、その『姿勢』はよく覚えているよ。それを真似ていただけだ」

 

 

苦笑しながら、遠い過去の思い出に心を穏やかにする衛宮士郎。

 

寺の息子や市長の娘。 魔術の才能がなかったがゆえ、自尊心が肥大した色男―――いつでも学内トラブルの中心にいる呉服屋の娘……その他にも多くの未熟者どもが、あの学園にはいた。

 

ある意味で、両名は―――誰よりも『人を見ていた』。

 

そして……もう1人の『教師』の言葉が蘇る。

 

「―――成績表だけを見るな。微に入り細に入り『ヒトを見よ』。人間1人が、いろんな力を発揮するんだ。歴史・伝説に残る英雄も、最初はただの『ヒト』なんだ。そこから、最終的にどうなっていくのかなんて分かりゃしないんだから―――『能力』を見るなんてことよりも、『ヒトを見る』ってのは大切なことだな」

 

小国マケドニアから出て東方世界に進出していった『大王』に憧れた『教師』にして、カルデアの『軍師』のことを思い出した苦笑気味の士郎の言葉。

 

 

その言葉に、感じ入るものがあったのか、涙を滲ませながらも、一礼をした司甲は棍を構えなおす。

 

同時に士郎も双剣を握り直して激突の最後を覚悟する。

 

最後の決別―――。

 

題をつけるならば決着の時。爆発するような気合の声。剣道部の人間でなくとも、その声に竦む。

 

武術で言うところの『意』が飛ぶ。だが、士郎もまた目線だけで『意』を飛ばす。

 

お互いに殺意の偽攻を交えながら一直線に飛んでいく。

 

内蔵し、踵で刻んでいたルーンを全て開放しての爆発的な突破。砲弾の如き勢いは、直線速度だけならばアーシュラに匹敵する。

 

魔力の光を伴いながらの魔槍突進(チャージ)と双剣とが、交錯する。

 

リーチの差は歴然であったはず―――しかし、いつの間にか衛宮先生の黒白の双剣は……黒白の『双大剣』になっていた。

 

柄だけは、そのままに刃が伸びた結果……鳥の羽が寄り集まったような峰とは逆に刃は、どこまでも鋭さを備えていた利器―――それが、司甲の如意棒をいなしながら、懐にまで低く潜り抜けた時には、十字を刻む斬線が刻まれて―――。

 

 

「―――お見事―――」

 

その言葉を最後に、小さな血しぶきを出して崩れ果てる司甲の姿だけだった。

 

勝鬨の声すら上がらない。誰もが体と心に決して抜けぬ棘を打ち込まれたかのようだ。

 

こんな哀しい戦いが、何故起こるのだ……。

 

理由は分かる。動機はどこまでも根深いものだ。

 

しかし―――。

 

 

(俺は何をしていたのだろう……)

 

 

あの夜に己の未熟さは存分に思い知った。

 

自分の技能が通じないならば、もっと多くの人と交わるべきだった。自分に無いものならば、誰かに補ってもらうことを覚えるべきだった。

 

才能主義などというものを校是に掲げるならば―――。

 

(魔法という技能に『到った』ものたちは、全て『才能』があるではないか……。何故、そこで違うものだと分断を『当然』と思えたのだ―――)

 

取り返しのつかないものを覚えた時に、図書館―――その頑丈なガラス窓をダイヤモンドダストにして、三階窓から飛び出てくる存在に注意を向けた。

 

 

見た瞬間に、それがどうしようもなく敵であることは分かったので、克人はCADを操作。壁を打ち出したのだが。

 

「―――おらぁ!!!」

 

―――横合いから走ってきた『槍兵』によって、壁は空中で崩された。

 

強烈なまでの肉体。屈強にすぎる肉体は、背丈も厚みも克人を超えた剛力無双。露出した上半身に走る魔紋はいかなる意味なのかは分からないが、剛力の体躯を更に厚みあるものに見せていた。

 

それだけでも気の弱いものは既に気絶しそうであった。アレは魔法師であるとかないとか、そういうカテゴリーにあるべきものではない。

 

存在感。存在量。………魔法師ならばある程度は感じ取れる情報量が桁違いなのだ。

 

そして―――藤丸の記憶で見たとおりならば、その姿は合衆国の独立年に打ち込まれた『楔』にて猛威を振るった存在。

 

「クー・フーリン・オルタ!? 先生!!」

「4騎目の光の御子だと……」

 

降りてきた2人の男女を守護するように立ち塞がる狂王は、こちらを見据える。

 

校門前では未だに藤丸たちが戦っていることを考えれば、最悪の状況だ。

 

そんな中、女―――怪しすぎる魅力を持った赤目に黒髪の女が口を開く。

 

「―――お分かりですか? マスターエミヤ? これはいうなれば『詰み』というものです」

 

「まだ戦えるがね。俺も妻も娘も―――友人の娘もな」

 

「虚勢を張るのは、お止しなさい。『抱えた荷物』が多すぎては、どうなるか分からない―――そうではないですか?」

 

 

ぎりっ。 何かを噛み締める音が響く。勝ち誇ったように言う魔女に対して、誰もが悔しさを覚える。

 

これ以上の戦いが続けば―――。

 

 

容易く犠牲が増える。

 

認めなければならない。

 

自分たち、魔法師が抗えない力があることに。

 

 

この場での敗北を―――。

 

 

その事実に、魔法師たちが打ちのめされる。

 

 

魔女と少年を追ってきたのか、アーシュラとアルトリアが、図書館棟に近い位置で後ろから睨む。

 

その後ろから―――巨大化した『毛玉』―――フォウくんの背中に乗った司波兄妹と、怪我を負ったのだろう桐原と壬生の寝姿が見えた。

 

 

「それで―――どうしますか?」

 

再度の居丈高な降伏勧告……追い詰めたのはこちらのはずなのに、逆に袋小路に入れられた気分だ。

 

代表をして、少し意味は違うが、詰め腹切る形で衛宮先生が、それを受諾するのだった。

 

「いいだろう……今だけは生かしておいてやる。俺の生徒だけでなく俺の妻や娘に、こんだけの苦労をさせたことの代価は支払わせてやる。

その顔、俺に会うまで残しておけよ。叩き潰してやるからな」

 

「数多の魔術師に恐れられ、代行者にすら「悪魔」と呼ばれたアナタだ。肝に命じながら生きておきましょう」

 

殺意を込めて睨む衛宮士郎を最後まで笑いながら躱した魔女は、その言葉を最後に『空間転移』という現代魔法では無理なものを発動させて、一高校舎内から出ていった。

 

 

同時に校門前の騒動も終わりを刻んだように魔力の地響きが止まり―――、一高襲撃という大騒動は一旦の終わりを見せるのだった―――。

 

 

 

「ひどい有り様ね。四年前の打ち合いにしたって、ここまでのことにならなかったのに……」

 

校舎内の至る所、まるで野戦病院だ……重篤な怪我を負ったものも多数出て、魔法での治療だけでは手が回らない。既に救急車の手配はされている。

 

東京消防庁の役人に反魔法師的な思想がない限りは―――十台以上も大挙してくるはずだ。

 

それまでに、こちらで省略出来るだけのメディカルチェックをしておかなければならない。

 

養護教諭二人が、あちこちで泣き崩れてパニックを起こしそうな生徒たちの中を駆け回る。

 

 

「―――………」

 

「あなたが2年の壬生紗耶香さんに肩入れしていたのは分かるけど、今は治療に集中して。医科高校を出たんでしょ?」

 

「はい―――」

 

年齢としては大差ないはずだが、それでも既婚者ゆえにか厳しい言葉を吐く安宿教諭の言葉に内心で反発しつつも、治療を行っていく。

 

そんな小野 遥の内心を察したのか、子持ちの既婚者は語る。

 

「―――私も、少しは考えるわ。息子がもしも魔法師としての栄達を志して、それでも十分な教育を受けるだけの『才能』がないと判断された時に―――どんなことになるんだろうって……。

母親としては、健康で丈夫に生きていてくれれば、それだけで良いと思っていても―――子供がどうやって生きていくかを決める権利はないんだもの」

 

「安宿先生……」

 

「誰もが望んだものになれるわけではない。

誰もが望んだものを持ちながら生まれてくるわけじゃない。それでも自分の中にある『チカラ』を、何かの、社会や色んな所で役に立てたい。俗物的な言い方をすれば、自分の技能が歴史に名を残す様を見たい。

それすら出来ないからと、弁えた生き方が出来るほど、物分りのいい人間ばかりじゃない……本当、エミヤ先生の言う通り―――『人間』ではなく『才能』『技能』ばかりを見てきたツケよね」

 

 

それは自分にも通じる言葉だ。ただ、同僚の言葉は、母親としての重みを感じる。自分一人で生きてきたわけではないからこそ、その視点は目からウロコであり―――今の壬生紗耶香の心情を少しだけ慮るのだった……。

 

 



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第25話『高機動型大広間エハングウェン』

活動報告に上げたのは今作ではない魔法科2次のほうでして、

いやーノリノリで書いて『こいつはスゴイぜ!!』(宇宙一のジャンク屋)な感じだったのだが。

あっちゅうまに、消えていた。

まぁ今現在、こちらを書きつつ魔法『時間旅行』を使って、何とかあの日の感覚を―――。

と言い訳しつつ新話お送りします。


 

 

 事情聴取などしたくはないが、それでもしなければならないということで、保健室で白洲裁きのごとく、壬生紗耶香から事情を聴いていく。結論から申せば、言葉のすれ違いであった。

 

 相手を気遣った言動が時に人の心を傷つけることもあるのだ―――。

 

 

「私じゃ、アナタの剣技の相手が出来ないことがすごく悔しくて、それで結局の所―――」

 

 反魔法師団体と繋がった原因。それは渡辺摩利とのすれ違いが原因であった。

 

 壬生紗耶香は2科生。

 だからこそ、あれだけ見事な剣術が出来る渡辺摩利は相手をしてくれないのだと。そう感じた時には、全てが遅かった。

 

 保健室のベッドにて泣き崩れる壬生紗耶香。摩利としても言い分はあった。だがそれは相手を気遣った言動ではあっても、決して相手が望んだ答えではなかった。

 

「お前が見た演武でのものは、しょせん魔法含めてのものだ。私では相手にならないと思っていたんだ。お前が求めた純粋技術としての剣技とは違っていたから―――」

 

「私は、それでも良かった! 今の自分に足りないものを得るためには、一度は上を見なければならなかったんだもの!!」

 

「壬生……」

 

 結局の所、自分に汎用性ある魔法技術が得られないならば、今ある持ち物を突き詰めることで頂点と渡りあうことを求める。その心だったのだろう。

 

 それを識るためにも格上との戦いは時に必要なのだ。

 理屈で納得できても感情で納得できるかは別問題。

 

(まぁそういうのが分からない人なんだろうな。覚悟と情熱がそのまま『結果』に繋がるわけではないと弁えているだけ。本当の意味で熱意を持つものは無双の強さなんて頂を求めない)

 

(無辺の海原に漕ぎ出す勇気を持たないから、小さな山で誇っている。……サル山の大将ですよね)

 

 武蔵ちゃん、小次郎さん(NOUMIN)、ダーオカさん、沖田総司さん、宗矩おじいちゃん―――。

 

(ちょっと違うけどVR新陰流の巴御前さんもかな)

 

 これらは現代にも伝わる剣豪の中の剣豪である。槍使いでいえば宝蔵院もいるけれども、ともあれ―――そんな感じだった。

 

 藤丸立華とアーシュラの念話は聞かれていないが、話を聞いていないことを察したアルトリアのきつい顔が飛んでくる。

 

 ともあれ、話の流れは―――こちらに移ってきた。

 

「そんな風に、再び―――渡辺先輩じゃなくて下級生の女の子……衛宮さん。アナタの立ち回りを見て、本当に嫉妬した……上級生だけでなく、下級生にまで私は負けるんだなって……」

 

 その言葉を聞いて慰めというほどではないが、アーシュラとしても誤解は解いておかなければならない。

 

「まぁワタシだって、それなりにこちらのスパルタマザーから鍛えられてきましたからね。そして、ワタシからすれば壬生先輩の方が羨ましいですね」

 

「な、なんで?」

 

 その言葉に、全員の注目がアーシュラに集まったが、構わずに口を開く。

 

「だって、先輩は剣が好きで好きでたまらないからこそ剣を振るっていたんでしょ? 『私』は『どちらかといえば』好きかもしれないけど、正直言えば、習わなくていいならば、やめたかったぐらいですよ。

 リッカと同じく『天体魔術』や、生来の『妖精術』『精霊術』『魔王術』を極めていきたいなーと、考えていたぐらいですもの」

 

「―――」

 

「『私』の家は色々と特殊なんですよ。衛宮の名は色々と―――『人』から怨みも買っているし、名を挙げようと狙う輩も多い。この中には知っている人もいるでしょうから、詳しくは語りません」

 

 魔法師の裏側に精通している人間たちは、その言葉を否定しないし、否定できない。

 

 話は続く。

 

「結局の所、『私』の剣なんて最終的には、生きるために磨いた血みどろの剣、『殺人刀』(せつにんとう)ですよ。決して人の世(人理)に蔓延っていいものなんかじゃない。むしろ純粋に強さを求めるアナタの姿の方が―――『私』には眩しく映ります」

 

 その言葉を聞いたあとに、気づいているのか、気づいていないのか、紗耶香の眼から滝のような涙が流れる。

 

 人の心に訴えかける言葉とは、こういうことを言うのかも知れない。保健室にいた七草真由美は胸を掻き毟る。

 

「己を活かした全てに感謝を込めた上での剣。そして己を越えたもののために剣を振るえる。己の感じたものを他にも伝えられる―――それこそが『活人剣』。私はあなたの剣にそれを感じたんですけどね」

 

「そんな大きなものが私の中には―――」

 

 アーシュラの言葉に否定をしなければならない心が出てくる。そんなことを言っても、多くの人を混乱に招いた。騒ぎを大きくしてしまった。

 

 これ以上の慰めの言葉は―――私には……。

 

 そう想っていた時に、次いで口を開くのは―――アーシュラの母親。アルトリアという女教師であった。

 

「けれど、アナタは―――命の危険があっても源頼光の魂を受け入れて、それを以て戦いを挑んだ。まぁその手段の是非、咎の有無はありましょうが、己を燃やしてでも求めた剣は、誰かのために振るった剣です―――それを内心で誇りに思う程度で、私は目くじらを立てたりはしませんよ。がんばりましたね、サヤカ」

 

 その快活な笑みでの『アナタを誇らしく想う』―――そういう『認めてくれた』言葉を聞いた瞬間、全てが崩れた。

 

 壬生紗耶香が纏っていた仮面(ペルソナ)が崩れ去る。

 

「あ、あーーーある、あるとりあ、あるとりあ先生……―――――――」

 

 もはや明朗な言葉も挙げられない嗚咽。しゃっくりにも似た震えを出して、胸を貸したアルトリアの中で泣き腫らす壬生紗耶香の声にならない声が―――保健室どころか学校中に響きそうなのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「それで、これからどうするんだ?」

 

「このままやられっぱなしというのは、あまり好ましく無い。だからといって連中のアジトを強襲しても―――蛻の殻というのが一番あり得る」

 

 保健室から出て、部活連の会議室に移動した主な面子。アルトリア先生と数名はそのまま残っていた。

 

 当初はアーシュラと立華も保健室に居残るつもりだったようだが、無理やり引っ張る形で連れてきた。

 

 摩利と克人の会話。なんとも剣呑な限りだが、このままいけば、壬生紗耶香は強盗の共犯ということで色々と厄介なことになる。

 

 それを回避するためにもブランシュの壊滅は不可欠だとする話に、正直ついていけない。

 

 こういう予防検束ばかりやっていたから怨みが募っていくということを、全然学習しないようだ。

 

 メンドクサイから、アーシュラと立華はまだ『加工前』のドラゴンハンバーグをバンズで挟んだドラゴンバーガーを食いながら、議論の様子を見守っていた。

 

 結論としては、警察の介入いやだ。壬生を家裁送致したくない。

 

 真っ当な意見(?)としては、ここまでで。

 

 最後には自分の生活空間を守り、我と妹の危険を排除するなどと、真っ当な倫理観があるとは思えない発言が司波達也から出てきたことで沈黙する。

 

「―――アルトリア先生の言葉を借りた上で言わせてもらうが、お前のその野良犬・喧嘩犬のような言い分を認めれば、我々は、法の軛などどうとでもなるなどと喧伝することにもなるぞ。それは人の世から外れた獣の理屈だ。認めるわけにはいかん」

 

 ため息まじりに克人がそういうが、司波達也とて一歩も退かない。確かにテロリストがいて、それが襲ってきた。だから報復をする。

 

 結論としてはそういうことだが、頭が痛くなる。

 

(こいつの法的規範はハンムラビ法典にでも占められているのか?)

 

 立華がそんな風に司波達也に想っていたところに、タイミングよく現れる小野遥という養護教諭。あれこれ言いながらも、連中のアジトの場所を教えるということで介入してくるのだった。

 

 そんな様子を傍目で見ていたのだが、結局の所―――ブランシュを敵と見定めた上で、本拠地にカチコミをかけるようだ。

 

 粗雑な限りだ。そもそも―――。

 

(無意味よね)

(無意味だよね。結局、ミサヤさんと『シグマ』は任務を達成していったわけだからね)

 

 克人の言う通り既に本拠地は蛻の殻なのだ。そもそも官憲でもないくせに、相手を倒すことを当たり前に考えているのが一番ありえない。

 

 

「それじゃ出てくる―――」

 

 十師族の責任云々で、最終的に『車でGO!』するという克人に対して、学内に残る面子は「行ってらっしゃい」とか「気をつけて」とか言いながら見送っていたのだが―――。

 

 その面子に『2人』が含まれていることに足が止まる。

 

「衛宮、藤丸―――お前達は来ないのか?」

 

「戦争をしたがってる暇な連中だけで行けばいいのでは? 私はもう少し穏やかに生きていきたいので、勝手にそちらの戦力に含めないでください」

 

「同じく。どうせサーヴァントどころか人っ子一人いない可能性もありますよ。まぁ殿として『死にたがり』ぐらいは置いているかもしれませんけど」

 

 藤丸の突き放した言い方(手で追い払う仕草付き)と、無駄なんだからやめておけというアーシュラの言葉に、全員が渋面を浮かべる。

 

 確かに、その可能性はあり得る話だ。だが、そこまで断定的に語る以上は、1つの可能性を示唆していた。

 

「あの玲瓏館美沙夜とかいう魔術師は、既にこちらの情報を全て盗み取ったっていうのか?」

 

「だろうね。聞く限りでは、君たち(ヤバい)兄妹と桐原氏が来た段階で、そちらに応対したということは、目的は既に果たしていたってことだよ。そもそも魔術師からすれば、魔法師なんてどうとでもなる相手だもの―――あの段階で火事場泥棒が済んでいなければ、4体目のサーヴァント『クー・フーリン(狂)』を解き放っていただろうしね。場合によっては記録媒体を物理的に引っ剥がすことも出来たはず―――」

 

 あまりにも進んだ推理。藤丸立華の話すところは状況を類推すれば、『実に道理に適った結論』だった。

 

 

「私がアーシュラを特別閲覧室に送ったのは、その『可能性』をある程度『絞る』ためだよ。あの時点で君たちが何が何でもというのならば、待っていたのはゲイボルクの乱舞乱打での殺劇だよ。割に合わない」

 

「………つまり、もはや状況の打破に関しては不可能だと?」

 

「目的が何なのかってことにもよりますけどね。今後も情報窃盗のためにこんなことが起こるという仮定で、召捕り、斬奸を気取るってのならば、そいつは検束でしかないわ。人の心を囚えて、その人の魂を汚辱に塗れさせる行為」

 

 克人の言葉に、『やられたらやり返す』のは結構だが、それで『何が変わるのだろうか?』ということを告げる。

 

 少なくとも、そんな小さなものの為に戦いたくはない。特に立華の親友であるアーシュラの剣は、『憂さ晴らし』の人殺しのためにあるのではないのだから。

 

 

「………アーシュラもそれでいいの?……」

 

「まぁワタシと立華にお構いなく、『御用改である!』『手向かい致せば容赦なく斬り捨てる!』してきてください」

 

『十文字藩』預かりの愚連隊には入らないというけんもほろろな態度に、ポロロンという軽妙な弦の音が響く。

 

 その音は、どことなくもの悲しげなメロディーに聞こえた。

 

「……サーヴァントが出たらば、どうするんだ?」

「物理法則の許す限り全速力で逃げてください」

「同じく」

 

 達也からすれば、なんとも辛辣な言葉である。いや、自分たちだけで脅威も排除出来ないのに、赴いて無駄死にを出す……そのことを『分かっているのか?』と詰ってきているのだ。

 

 頭を下げてでも同行を願うならば、それ相応の代償が必要になるだろう。

 

 と想っていた矢先に―――。

 

「―――まぁこんな事だろうと思って来てみましたが、どうにもあなた方は反骨精神旺盛と言うか、なんというか……」

 

 会議室の扉を開けて入ってきたのは金髪の女教師。此度の戦いで色々と動いていた人。結局の所、この人なくては事態は解決出来なかった。(旦那さん含めて)

 

「人殺しを『是認』『日常』として動く、人倫著しく無い連中に付き合いたくないだけです」

 

「それも1つの意見ですが―――事態は魔法師だけで解決できる『線』を越えています。ここにオルガマリー、今はなき『藤丸立香』『マシュ・キリエライト』がいれば、何はなくとも動くはずですよ――――」

 

「「………」」

 

 ふてくされるように沈黙する美少女2人。

 ソレに対して優しげな苦笑をする金髪美人教師。多分だが、達也たちには分からない『何か』があるのだろう。

 

 それがあるから、アルトリア先生も、風紀委員や生徒会就任の時のように無理強いはしていない。

 

「―――いざとなれば、私が『槍』を使うことで終わらせます。それでもよろしい?」

 

「……分かりました。アナタに『槍』を使われては―――ここが『ロストベルト』のような異聞史になりかねないですから、娘さん―――お借りします。その上で事態を全て解決してきます」

 

「はい。不承不承ながらも良い返事ですね。アーシュラ、エハングウェンを使っていいので、空から強襲しなさい」

 

「やたっ♪ 久々にリッカとお空をクルーズだ!」

 

 エハングウェンというのが、耳ざとくもあの巨大な飛行船ないし、あの船の装置であることは聞いていたので、アーシュラの言葉でなんとなく達也は推測した。

 

 だが『槍』とはなんだ? ロストベルトとは―――様々な疑問を達也が含みながらも、話はとまらない。

 

「他の子たちも乗せて上げなさい。特に4,5年前のように、十文字家の車をオシャカにしては色々と申し訳ありませんから」

 

「その節は色々とありまして、どうも―――というか、オヤジが随分と先生と話していたような気がしますけどね……」

 

 昔話の類は、なんとなく話が長くなるがそれでも、色々と過去が謎な衛宮家のことを知るに―――

 

 

「ああ、それは簡単です―――私はカズキから言い寄られていたんですよ」

 

 

 ―――全くふさわしくない言葉が出てくるのだった。

 

 そのあっけらかんとした言葉に、一同(アーシュラ、立華のぞき)吹き出す。

 

 カズキというのは十文字会頭の父親で、十文字家当主『十文字和樹』のことだろう。

 最大級にビックリしたのか、咳き込むのは七草真由美だったりもする。

 

 

「なんでも『ケイコ』と婚約する前に、金髪のスラブ系美女といい感じだったとか、そんな話をされましてね。まぁ秋波を寄越されるとまではいかずとも、色々と思い出したんでしょう。―――長々と会話しましたよ」

 

 

 心底迷惑だったわけではないが、夫も娘もいる女に対して覚えるものではないだろうという汗をかきながらの先生の苦笑もレアだったが。

 

「そ、その節は色々とオヤジがご迷惑をお掛けしました……」

 

 作った笑顔。頬を引くつかせながら会話に応じる会頭のレアな姿にも色々と想う。

 

 十文字家の秘された歴史というわけではないし、醜聞というほどでもない。まぁフライデーにすっぱ抜かれる程度のネタだろう。

 

 ―――魔法師を主に扱う芸能雑誌(電子版)があれば、高値で買い取ってくれるネタだろう。ありえない話だが。

 

 だが益体もない感想を出している達也が知らぬところで、この話には『続き』がある。

 

 かつての恋人を思い出させるアルトリアとの面会を経て、十文字家当主和樹は、かつての恋人の行方やどうなったかを、ふと今更ながら調べてみることにしたのだった。

 

 別に『七』のように公然の秘密な『愛人関係』などを求めたわけではない。

 いま、誰かほかの良人が出来て親密ならば、それを素直に祝福出来るし、あの頃のことに決着もつけられたのだが―――事態は、和樹が思いもよらぬものを含んでいたのだった……。

 

 調べた結果に、一番苦悩して『将来的な不安』。

 己も陥っていることになるのではないかと、不安をもたげながら私的な頼み事として衛宮家に頼らざるを得なかったのだが……そのことは多分に蛇足である。

 

 そんなわけでアーシュラも立華も北海道にいる『キグナス』たちとは知り合いであり、姉貴分として世話を焼いてもいるのだった。

 

 

「と、とにかく! 『ここ』に直行で行きたいんだ! アーシュラ船長!! 悪魔の実の能力者でも、覇気も覚えていないが、 俺もこの船に乗せてくれ!」

 

 居たたまれなさを感じたのか焦った様子で、金ひげ海賊団の旗船への乗り込みを願う会頭。

 

 というかアーシュラが船長(キャプテン)なのか。

 

「いいでしょう。乗船を許可します! ようこそ! 七つの海とホシのソラを支配するゴールデン・ハインド号へ!!」

 

 どっから出したのかキャプテンハットを被ったアーシュラが、満面の笑みを浮かべて手を克人に差し伸べていた。

 アーシュラの語った船名……大英帝国の基礎を成し得た私掠船の名前である。そして、その船は部活連の会議室の窓の外にあった。要は横付けされているのだ。

 

 そんなわけでカチコミに行く面子が乗り込む中―――。ふとアルトリアの方が、司波兄妹は気になった。

 

(母親、か……)

 

 達也にとっての母親は、いろいろな異名や能力を持つ人だった。

 その伝説を見知っていたが―――、人物としての母、司波深夜という『母親の顔』を鮮明に思い出そうとした時に、兄妹で出てきた顔が一致はしなかった。

 

「―――アルトリア先生」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「―――いつかでいいんで、アナタが見てきたお袋の姿を教えてくれませんか?」

 

 その言葉に――――。

 

「ならば、まずは生きて帰ってきなさい。話はそれからですよ」

 

「「―――はい」」

 

 その言葉。言外での『いってらっしゃい』を言われた気分のままに―――戦いは第2局へと移行するのだった。

 

 

 

 



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第26話『エハングウェン吶喊!』






上空から強襲しろ。そう言われて『はた』と気付いた時には、何というか色々と手遅れであった。

 

ジェット機ほど航空力学に準じているわけでもないし、かといって『魔女の箒』(ウィッチズブルーム)ほど非現実的ではない。

 

だが、こんな巨大な船が遊覧飛行するように飛んでいく様子は凄まじかった。

 

いざとなれば、船の『甲板』にて優雅にグラスでも傾けられるようだが、そんなことをするほど心に余裕も持てなかった。

 

だからこそ―――。

 

「アーシュラ、緑茶よろしく」

 

「ハイハーイ、どうぞ♪」

 

「フォウフォフフォー(意訳 キンキンに冷えたコークをくれ)」

 

「はいはい密造だけどいいのね」

 

艦長としての席に座りながら、手元の何かを操ることで優雅なラウンジチェアに体を預けている藤丸立華の近くに、下からせり出す形で緑茶が入った湯呑みとキンキンに冷えてやがるコーラが出てくるのだった。

 

そんな様子を見ながらも、自分たちは何とも言えないのだ。

 

誰もが艦橋(?)にあるラウンジチェアや適当な椅子に座るか、あるいは立ちながらでいるか、そのどちらかなのだが。

 

非現実的すぎる「宙船」の在り方に、いざとなれば『オール』を奪ってどこかに漕ぎ出すことも無理そうだ。

 

全ての水夫が恐れをなして逃げ出しても、宙船は飛び続ける―――と言う所か。

 

「というか、立ちっぱなしがキミたちのスタンスなの?」

 

「だったらば席案内ぐらいしてよ」

 

「適当に掛けてどーぞ」

 

八王子近郊にあるというブランシュアジト。一高からすれば目と鼻の先とまではいかずとも、まぁそれなりの距離なので立ちっぱなしはそれなりに辛くはあった……。

 

エリカの反発するような言葉にそんな気楽に言われて、それぞれに椅子に掛ける。

 

椅子に掛けると手持ち無沙汰になる。

 

「外の様子とか出せるか? 特に眼下の方を」

 

「はいはーい」

 

特に反発することもなく達也の要求通りに、艦橋の正面モニターとでも言うべき場所に映し出される様子は―――。

 

「……普通ですね」

 

「こんな巨大船が飛んでいるというのに、何とも無いのか……」

 

確かにブランシュのアジト、元々は環境団体の持ち物だった建物は、街中というよりも外れにあるのだが、それにしても平然としたものだ。

 

「そりゃ見えないようにしているもの。エハングウェンのリソースがステルスに回す余裕が無ければ、当然上空には見えているだろうけど」

 

なんでも無いことのように、これだけの巨体を隠して飛行しているというアーシュラの言葉に、深雪など現代魔法の理屈に精通しすぎている面子は、ぎょっとする。

 

とはいえ、それに対して問答している暇もなく、終点は近づいてきた。

 

「アーシュラ、反応は?」

 

コマンダー(指揮者)1、『シャドウ』(人型)が7、ワイバーン(ドラゴンもどき)が10―――他反応なし」

 

「大層な置き土産。中にいるヒトの反応が、件のハジメ・ツカサ氏とみて間違いなさそうね」

 

モニターに出されたサイオンモニターならぬ何かの反応を検知するもので、内部にただ1人、弱々しい光点として映されているものの他は、外側に多くが在るのだった。

 

達也も精霊の眼で探ろうとするが、このエハングウェンの『壁』が厚すぎて詳細には見きれない。

 

とはいえ、これだけの船で捉えたものに間違いは無いのだろう。

 

予想外なのは―――。

 

「シャドウサーヴァントが気付いた。攻撃が来るわ―――」

 

見ると、シャドウサーヴァントなる黒いチカラ―――ガスか霧か、そんなもので形成された先刻見ていたサーヴァント達の似姿が投槍や火球を打ってくるのだった。

 

「防壁展開。同時に牽制射、火力を前方に集中―――撃ち方始め!」

 

『うちーかたーはじめ!!!』

 

海軍式の号令で砲撃を合図したのは、あのアッドとかいう匣で、随分と『堂に入った合図』である。

 

見るとエハングウェンという船から砲座が競り上がって、そこから魔力の砲撃がドカドカと眼下の工場に叩き込まれていく。

 

盛大すぎる火煙の上がり方に、少しだけ不安を覚える。

 

「だ、大丈夫なのかよ?」

 

「建物が壊れるかどうかというのならば、確かに不安ですが、まぁとりあえず後は運任せですね。アーシュラ、そろそろ降下!」

 

「了解!!!」

 

すると、ぐるっと旋回してから船首を工場に向けて垂直落下ではないが、特攻をする形になるようだ。

 

「ちょっ! アーシュラ!!―――」

 

「リッカ、外はワタシ達がやっておくから中の方は頼んだよ!!」

 

「分かった。かっ飛ばして―――」

 

「ウン!!」

 

冗談じゃない想いなのは、達也たちだが、2人にとってはそうではないようだ。

 

艦首特攻という何百年前の戦法だというものを行い、工場に向かうエハングウェンという船。

 

もはや止める暇もなく―――迫りくる眼下の工場に対して、誰もが眼を瞑ってしまいそうになる中、一瞬後には―――工場内部に入り込んでいた。

 

しかもアーシュラを除く全員が五体満足に、何事もなくそこにいる事実に『驚愕』する。

 

どんな『魔法』が使われたのか、それすら類推出来なかった。

 

「藤丸、衛宮は―――」

 

当然、アーシュラの安否を気にする十文字会頭への返答は、工場の外から聞こえる轟音と何かの獣の金切り声で理解してしまった。

 

「いきましょう。ここにいる下手人を取り押さえれば、アーシュラもラクできるでしょうから」

 

ここというのは恐らく、工場の中でも作業機械や作業員が『本来』ならば、色々と動いていた場所。

 

作業場所、ホールとも言うべき場所だ。

 

そこを閉ざす扉が存在していた。ご丁寧にも達也には分からぬ『封印術』とでも言うべきもので。

 

「予め貰っておいて正解だったわね」

 

その言葉に藤丸は『実用的』とは言い切れない捻じくれた短剣を手に、無造作に封印された扉に振るったことで、扉は尋常の機能を取り戻したようだ。

 

「俺と西城が盾役だ。お前達は下がっていろ」

 

一歩踏み出して、その扉―――押すことで開閉されるタイプに触れようとした藤丸を抑える形で、肉厚なマッスルタイプが前に出る。

 

入ったとたんに攻撃の連続ということもありえる……。

まぁその可能性は考えていなかったわけではないが、藤丸は素直に譲った。

 

扉を押し退けて、入り込むと―――そこには1人の男がいた。

何というか普通の男だ。見た目どおりならば、そうだろうが、こんな男に―――……。

 

「なんだ。来てしまったか。魔法大学付属のみなさん、ようこそ『廃業寸前』のブランシュのアジトに」

 

どことなく期待はずれとやさぐれ感を催した男がため息交じりに、そんなことを言ってくるのだった。

 

「あなたが甲の義兄の司一氏ですね……申し訳ないが、身柄を拘束させていただく」

 

「警察でもないくせに、警察権が自分たちにあるとでも思っているのか? その傲慢―――実に不愉快だな」

 

確かに、法律的には自分たちのやっていることはグレーゾーンどころかアウトだろう。見方を変えれば、私刑を行うためにここまでやってきたようなものなのだから。

 

「まぁいい。どうせどんな問答を行っても『やる』のだろう。悪いが抵抗させてもらうよ」

 

 

それはその通りだが、どうにも戦いを行うには、こちらの気が削がれるやり取りであったことは否めない。

 

 

「アナタは、壬生先輩や自分の義弟を破壊活動に使い、外法で以て縛ったことに何の悔いもないのですか!?」

 

飄々とした態度に食って掛かる深雪に、虚を突かれたようになってから。

 

「無いね。だってチカラを欲したのは壬生くんと甲だもの。ミサヤさんの手助けあって、ようやく疑似サーヴァント化が成功したわけだけど、まぁ……それまでのことは申し訳なかった」

 

「―――」

 

なんでも無いことのように語る司に絶句する深雪。殆どはそういう人間ばかりだった。

 

―――例外は感情が動かない達也と藤丸だけだ。

 

「そもそも論の水掛け論にしかならないが、君たち魔法師とて『遺伝子改造・改良』という『生命倫理』の浸蝕を冒してでも誕生したのが大半だ。もちろん、試験管ベビーの云々以前から『そういうこと』はあったが―――生れいづる生命に手を加えてまで、というのは明らかに外法じゃないのかい?」

 

「……―――」

 

今の世界ではすでに『終わった』ことだとして、あまり人々の話題にはならないが、『魔法師を開発しよう』という発端から遺伝子に手を施すという是非が、一度は話題になったのだ。

 

その生命倫理を犯す、人々の信ずるものに手を伸ばすという行為が―――どれだけの社会的混乱が起きたかは、若い世代には分からない。

 

目の前の男とて知らないだろう。

 

結局の所、その後の小氷期の到来において、人類はある種の倫理を冒してでも過酷な世界でも生きられる『次』を求めるようになった。

 

だが、ある程度の社会が安定してくると、今度は人類社会に『存在している』異常なチカラを恐れるようになる。

 

都合のいい話だと思える。チカラを持っている方からすればだが―――。

 

 

「少し前に横浜でデパートの火災騒ぎを起こしたのも、『脳髄』を弄くられた強化魔法師だという話だがね。まぁアレに比べればまだマシだよ。なんせ―――解決する手段はあるのだからね」

 

「己の行為を正当化するつもりか?」

 

「少なくとも、放ったらかしにして何の目的も与えないよりもマシだがね。まぁ洗脳みたいなのもしたのだが、随分と魔法師教育というのは―――」

 

コレ以上の戯言を聞いていたくなかったのか、飛び出したのはエリカである。

 

小刀を手に一息で司一の懐に飛び込んだエリカの剣が―――エリカの肩を突き刺した。

 

「―――ッ!!」

 

いきなりな奇襲と慮外の手品にエリカの顔が歪む。深々と突き刺さったエリカの剣から血が吹き出る。

 

置換魔術(フラッシュ・エア)!?」

 

「擬似的なものだがね。短距離の空間を繋ぐぐらいは、私にも―――出来るのだよ!」

 

正体を見抜いた藤丸の言葉に答えてから、エリカの身体を『巨大な穴』に入れる司。その間隙を縫って―――

 

礼装起動(プラグ・セット)―――戦火の鉄槌!!」

 

言葉に従い藤丸の周囲を飛び回る『星』が、一定の形状―――『砲身』となりて、そこから光線を吐き出す。

 

光線は一直線に司に向かうが、途端に物理法則、熱力学、エネルギー保存の法則などを無視して幾重もの細かい光線に分裂して、四方八方から襲いかかる。

 

しかし―――。

 

「―――!!!」

 

司が手に持つ何かの『札』、いや『カード』を介して『壁』を作ったようだ。

 

「―――ふむ。千葉さんをどこにやったのかしら?」

 

「剣なんて怖い武器持っているからね。英雄サマたちの戦場に送り込んだよ」

 

眼を釣り上げて言う司の言葉、次の瞬間に外の方から『どんがらごん!』という盛大な音が響く。

 

察するに空中にでも投げ出されて、そこからエリカが落ちたというところか。

 

何とかアーシュラが受け止めるなり回復していますようにと想いつつ―――。

 

「達也、俺がエリカの救出に行ってくる!! 多分、ここでは俺が役に立たない」

 

「分かった。外も修羅場だ。気をつけろよ」

 

「おう!!」

 

硬化魔法を使って殴り合うレオは冷静に、状況判断をして去っていく。

レオの言う通り、この場では遠距離魔法を使っての攻撃が一番いいのだが―――。

 

「フラッシュエアってのは何なんだ?」

 

攻撃手段が分からず専門家に問うことに。

 

「簡単に言えば、あらゆるものを『置き換える』術。水上置換とか水と空気を入れ替えるみたいにね。先ほどは、千葉が突き刺そうとしている司一の腹までの距離と千葉の後方の位置を入れ替えることで、ああいった結果を導き出した。言う慣れば『空間』を『置換』したってところ」

 

「そんなことが……!?」

 

「見ようによっては空間転移にも見えるけれど、まぁあんまり上位の術じゃないはずなんだ―――けど、『極めちゃった一族』がいてね。技術が流出すれば、こういった手合も出てくるわけだ」

 

言いながら考えるに―――これだけの手合を倒すには、相当な奇襲が必要となる。

 

「密談は終わったかい? それに力不足に授ける策は無いんじゃないかい?」

 

自分の優位性を確信している司一はあざ笑うようにしてから―――。

 

「ならば―――こちらから行かせてもらおうか!!」

 

―――積極的な攻撃に移った。

 

瞬間、司一が衣服の肩に掛けていたストール、マフラーではないが、それが伸びてこちらを打擲せんと迫る。

 

アーシュラが使っていたマグダラの聖骸布に似た用途だが、殺傷力は―――。

 

ガガガッ!! 工場の床を貫く布帯という結果が示していた。

 

こちらに届きそうな位置まで、伸ばされた帯で察する。

 

「司波、お前の近接能力で何とかなるか?」

「撹乱はしてみせます」

 

即座に役割分担。場合によっては達也も、エリカと同じくなってしまうかもしれないが、それでもやらないよりはマシだろう。

 

九重流の『忍術』で司一に接近する。無論、司もまたその接近に対して棒立ちではない。

 

「無銘・槍」

 

黒い魔力の塊が槍の形になって、達也の接近を阻もうとする。いくつもの槍の投射に距離を稼がれるも、こちらも魔力の弾―――『術式解体』でいくつかを砕く。

 

重い(・・)……魔力量なのか『情報量』なのかはわからんが、10本中6本か―――)

 

残された4本は、寸前まで達也がいた位置を貫く。

 

重量ある作業機械を受け入れる床を深々と貫く槍の威力に、脅威判定を上げる。

 

当然、それを見た深雪は―――。

 

「よくもお兄様を!」

 

CADを指がなぞる。瞬間、解凍される術式は『凍結の術式』―――ニブルヘイム。

 

部屋全体を凍えさせんとするその冷気が、司一の周囲だけに収束しようとした時……。

 

「怖い怖い。けれど―――別に、ねぇ」

 

別に、の次の言葉が分からなかったが、それでも司に集まろうとしていた冷気が『分解』された。

 

「えっ―――」

 

戸惑うのは術者たる深雪。全ての魔法式から出ていた現象改変が無為に終わったのだ。

 

強烈なカウンターを食らったようなものである。

そして、これだけ巨大なものを? という困惑が達也と克人に出た間隙を縫って―――。

 

「無銘・矢!」

 

放たれるは多くのマジックアロー。向かうは深雪の真正面。10本単位どころか100本単位で向かう矢の数に瞠目する。

 

失敗を予感した時には、すでに遅く―――。

 

「スターズ、コスモス、ゴッズ、アニムス!!」

 

星の『壁』がそれらを封殺した。

 

「藤丸―――」

 

「相手は手練です。呆けている暇はないですよ」

 

克人に言うや否や、達也を巻き込まん勢いで魔弾を吐き出す藤丸。

 

「藤丸さん! 魔法や魔術による攻撃は!!」

 

深雪が警告した通り、それが無為に帰すと思った。達也が器用にもそれを躱すと同時に、司一もそれを躱した。

 

躱した―――という『事実』が、誰もを驚かせる。

 

「どういうことだ? 司氏のは、衛宮や司波のような能動的なキャンセル魔法ではなかったのか?」

 

「いいえ、恐らく彼が現代魔法のキャンセルで使っているものは、ある種の『元素変換』の魔術です。単純な魔弾や魔力の奔流はキャンセル出来ないはず」

 

「私のニブルヘイムがキャンセルされたのは、そういった理屈……」

 

単純な説明で済ませたが、技術者根性の達也としては、それだけで納得出来るものではない。それでもトリックを見抜いた藤丸は前に進み出て―――五指を一杯に開いた状態で手を向けた。

 

「物質の最小単位たる『原子』『元素』に全てのものを分裂させる―――察するに―――それか!!!」

 

瞬間、藤丸立華の手から『魔弾』が指向された位置に飛んでいく。

 

4箇所に飛んでいく魔弾は、バチバチッ! という音を虚空に残しつつその正体を表した―――。

 

そこにあったのは―――。

 

「サカズキ………?」

 

虚空に浮かぶ先ほどまでは不可視であった4色の杯を見られたことで、司一から感じるプレッシャーが増す。

 

「―――見たな。痴れ者が」

 

その言葉の後には部屋全体を熱するほどの熱量が放射されるのだった……。

 

 

「走れ! スピュメイダー!」

 

マルミアドワーズから放たれた黄金の閃光がシャドウの一体……キャスターのクー・フーリンを斬り砕くと、ランサーのクー・フーリンのシャドウが迫ってくる。

 

「まっけないぞ―――!!!」

 

意気を上げて、巨大剣を振るうアーシュラの攻撃は、工場の外壁や配管などを砕きながらも敵勢を減らすのだった。

 

そして、その他にも三騎の騎士が、その絶技を振るうことで敵を減らしていく。

 

「くらええええええ!!! 獅子王(レオン)炎殺煉獄焦(ドライバー)!!!」

 

拳を連続で叩きつけることでワイバーンを叩き潰した騎士もいれば。

 

弓(?)を弾き語ることで、不可視の斬撃らしきものでワイバーンを輪切りにしていく騎士もいる。

 

またある騎士は、その辺に落ちていた鉄パイプを『剣』として、シャドウサーヴァントと渡り合って―――五合の後に斬り捨てた。

 

(圧倒的すぎる……!)

 

アーシュラのチカラもそうだが、アーシュラが『召喚』したという『使い魔』の実力も尋常ではない。

エリカは況や、一応は兵法者として自分よりも場数を踏んでいる寿和や、魔法剣術としてトップである修次―――自分の兄たちを思い出して、それが追いすがれる相手ではないことを自覚する。

 

(私達は剣の理と魔法の理とを合一させてきたつもりだけど、それは間違いだったってこと?)

 

アーシュラの剣もその周りの連中の技も、全てが千葉道場の剣技を鼻で笑ったものとして映る。あれほどまでに、身を痛めつけて会得してきたものを紙くずも同然に嘲笑われた気分だが―――。

 

「っ!!!」

 

いまの自分はどうしようもないぐらいに無力だ。不意の空中からの投げ出しに対処しきれずに、足をくじいて動くことすらままならない。

 

アーシュラが巻いた回復用のスクロール(巻物)とやらが、一応は効いているのだが……。

 

「悔しいわね。ギャラリーのままなんて……」

 

「―――ああ」

 

独り言のつもりは無かったが、それでも同じく唇を噛み締めながら、その戦いを見ていたレオが呟く。

 

力の無さに悔しがった瞬間……。

つぶやいた瞬間……。

 

「―――なんだか熱くない?」

 

春の季節とは言え、この時間帯はまだまだ夕刻でも冬の気温に下がるというのに、コレは異常だ。

 

「確かに、中で火災でも起きているのかもしれねぇ―――」

 

工場の壁に寄りかかっていたレオとエリカでも感じるその熱さ。

 

中で何が起きているかは分からないが、何かに気付いたらしきアーシュラが、最後のクー・フーリンのシャドウサーヴァントを斬り倒してから工場内部に―――壁も何もかもぶっ壊してのぶち抜き、ダイナミックな侵入を果たすのだった。

 




次話で入学編は終わりになるかと思います。


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第27話『変化する世界』

一瞬にして炎に巻かれた部屋の中、炎を分解して火災を何とかしようとしたが、あまり減少せずに―――。

 

「深雪、頼む!」

 

「はい。お兄様!!」

 

達也の求めに応じて、延焼を抑えた深雪の手際に感謝する。

 

アレだけの炎が回っていた部屋の中から、あらゆる延焼が消え去ると同時に、次にやってきたのは剣の乱舞だった。

 

銀色の複雑な細工が施された実用的ではない剣は、次から次へと上方から降り注ぐ。その剣を防御術で防ごうとした矢先に、銀細工はあらゆる糸に変じて、直立した銀糸か銀の針として降り注ぐ。

 

「むっ!!! ぐっ―――!!!!」

 

「克人さん!!」

 

率先して盾役となった十文字克人に襲いかかる銀糸。リフレクターやファランクスなどの防壁を突破した銀糸は、水に落ちたハリガネムシのように克人の巌のような体を貫いていく。

 

それを見た立華が「開放」して全力で戦う前に……天井をぶち抜いて飛来する黄金龍が出てきた。

 

「アーシュラ!!」

 

いきなりな登場に、立華だけでなく司一も瞠目を果たして―――。

 

「やれ!!!」

 

それでも最大の戦力に奇襲をかける辺り戦力評価は間違えていない。

 

杯から「現れた」白銀の美女たちが、炎を、風を、土を、水を次から次へと叩きつけていく。

 

だが――――――――。

 

それらが、飛来したアーシュラに痛痒を与えることはなかった。

 

「対魔力のスキルか!?」

 

「―――そういうこと! 聖杯のホムンクルスであっても、その魔術はワタシを害することはないわよ!!」

 

「ならば銀だ!!! 無銘・剣! 無銘・爪!!!」

 

アーシュラを最大級の脅威と判断した司の攻撃が着地したアーシュラに向かうも、一切構わずその飽和攻撃を受けた。

 

如何に魔術や現代魔法を無効化出来るとはいえ、飛来する銀糸も銀針も等しく、物理的な殺傷力を持ったもので―――。

 

盛大なまでの土煙が上がる。床をぶち抜いたと思しき攻撃の結果は―――。

 

「中々にいい攻撃だったけど、お生憎様。ワタシを害したければ、もう少し含蓄あるものを放つべきだったわね!」

 

常人では纏えぬほどの量の魔力を身に纏い、それを防御フィールドとしたアーシュラの姿が見える。

 

背中には―――竜翼……それにも見える魔力の翼が放出されているようにも見えた。

 

「……さて、勝機は無いわ。外にいる連中は全員倒しちゃったし、いざとなればユーウェインとトリスタンが増援を倒すわよ」

 

近衛としてのつもりなのか、図書館棟にてアルトリアに拝謁していたギャラハッドという少年騎士が、アーシュラの近くに佇む。

 

絵になる美男美女(ミドルティーン)だが、その様子になんとなく達也は「苛立ち」を覚えた。

 

しかし、そんな風なこちらの心情など構わずに、 戦いは始まろうとしている。

 

「全く持って手前勝手な連中だ……。何故、お前たちカルデア派は魔法師などという人理腐食の根を守ろうとする? お前たちは、いや―――お前たちだから分かるはずだ。この「歴史」は違えているのだと、なのに分岐点でお前たちは……」

 

心底の怒りをもってアーシュラと藤丸を見る司一の姿に、冷笑ではなく微笑を持って答える。

 

「さぁね。「蜘蛛」が居なくなったことで、その動きは加速しちゃったからこそ、責任を取ろうとしているんじゃないの?」

 

「生憎ながら、サンゴ礁にいるコブダイは「サンゴ礁の一部」などと思える非人間性は無いので」

 

その言葉の意味を噛み砕くには、誰もが少しだけ知識不足であった……。

 

「ミスター、アナタのプロフィールはそれなりに知っていますよ。その上で分かった「つもりでの」言葉を掛けさせてもらいますよ。アナタが人類全体のことを考えて行動している、立派な人間だということは分かりますが、その為に―――犠牲にするものは多すぎる」

 

帳尻が合わないのだから終わりだとする藤丸の態度に諦めのかぶりを振りつつ、それでも前を向いた司一氏は、服を脱ぎ捨て奇態な「インナースーツ」とでも言うべきものを晒しながら、口を開く。

 

「並行線、いや平行線か―――所詮、並び立つものは無い……ならば―――」

 

「お互いの譲れないものの為に剣を執るのみ。これぞ乱世の裁定法―――こんな結末なのね」

 

「悲しむこともあるまい。君たちは、「私が認められないからこそ」戦いに来たのだろう?」

 

「私は違う。ほっとけば「壊れるもの」を、わざわざ派手に壊しに来て相手の寿命を延ばしてやる「始末」なんてしない。ここでアナタ方を力づくで黙らせれば、次は違う人間が、「ツカサハジメ」になり、その下に再び「ミブサヤカ」「ツカサキノエ」が生まれるだけ。だから、ここには立ちたくなかった」

 

―――それが、2人が来たくなかった理由か―――。

 

反魔法師活動を違法だとして、「魔法師」が言葉ではなく力づくで黙らせれば、またそういうのは生まれる。

 

連鎖する。人の意思は―――止められない。

それを捻じ曲げた時に、人の意思を、無理やり変えた時に―――。

 

 

―――■■■は目覚めるのだから―――。

 

司一が声を上げる。杯より構成された「ホムンクルス」たちが現象改変を、銀剣をうちはなってくる。

 

その攻撃の苛烈さの中に平然と飛び込む騎士2人。

 

ホムンクルス(人造人間)を殺すというのは、あまりやりたくないのですけどね」

 

「ワタシだってやりたくないわよ。アレはどう見てもワタシのお祖母ちゃん(血縁なし)の似姿だもの」

 

だが、2騎の魔人は炎も水も土も風も構わずに突き進み、杯を砕いていく。

 

女の絶叫を耳朶に残しながら、飛来する銀剣を吹き飛ばしながら斬り殺した後には、司一のみになり―――。

 

無銘のスカカードを、次から次へと発動させていく。

 

必死の抵抗。それを鼻で笑わない。生きる意思、必死な思いでそれを発動させる。

 

生命力を魔力に変えるインナースーツの限界を超える前に―――アーシュラとギャラハッドの斬撃は、カードから発生する黒い剣や槍、爪、斧、矢―――すべてを叩き壊しながら進み。

 

「死なないでよねっ!! というか死ぬんじゃね―!!!」

 

暁光炉心の模造品を付けたインナースーツを粉微塵に刻んだ上で―――。

 

ゴンッ!!!!

 

という音と共に後ろからラウンドシールドで頭を叩かれた司一は気絶する。

 

―――倒れ伏した司一に対する拘束が即座に行われ、これにてブランシュという反魔法師団体の一高に対する事変は終結を迎えたのだった。

 

 

 

その後、語ることは『多い』。結局のところ、反魔法師団体というよりもテロリストじみた襲撃と同時に明かされた魔法大学付属(世間一般の名称)の授業実態は、大いにスキャンダラスなものに書き立てられて、多くの圧力を受けることとなった。

 

まず第一に、一科、二科制度―――。

 

全ての魔法大学付属がこの制度を取っているわけではないが、この制度を採用している一、二、三の高校では激しいマスコミによる攻撃が行われた。

 

そもそも『国立』の看板を掲げておきながら、科によって授業内容や受けられる授業の質が違うとは、どういうことだという話に飛び火した。

 

当然、学校の管理職の任にある人間は、その火消しを行おうと躍起になっていたが、世間一般ではないが、知る人は知るとおり―――

 

―――講師が就いていたほうが魔法師のレベルは高くなる―――。

 

 

そういう理屈が大衆にも『浸透』していただけに、舌鋒は鋭くなり、中々に火消しは上手く行かなかった。

 

これが『私立』の学校法人ならば理解できる話であった。ある種、『特進』や『芸術・音楽コース』などといった『専門家』(スペシャリスト)を養成するためという名目はつくし、授業内容にある種の『違い』が出て当然なのだが……。

 

同じ学費を支払っておきながら、その実は受けられる授業内容が全く違う。挙げ句の果てには、ウィードだのブルームだのということの『実態』が知れ渡れば、火に油は注がれる。

 

『22世紀の岡田更生館事件』

『学習指導要領の逸脱・未履修問題』

 

―――などと言われることになる。もちろん上記のはあまりにも過激な論調だが、ある程度は的を射たものであった。

 

「一応、この学校も魔法指導においては、多くの専科高校と同じく学習指導要領を『文科省』に提出していたそうで、ただそれらが全て虚偽記載。まぁ粉飾ですよね。本当ならば未履修として『あるべき』ところ。『指導員』がいるべきところを『なぁなぁ』で済ませていたんですから」

 

『『『………』』』

 

三巨頭はすでにグロッキー状態だ。ハチミツ漬けのリンゴを摘みながら言う藤丸の言葉は、かなりキツイ。

 

 

「今回の顛末は、別段どこにでもあるような『怨恨』の積み重ねだったわけですね」

 

「………マスコミ対応も随分と効きが悪い―――確かに社会的な義を欠いたものだから対応がキツくなるのも仕方ないが……」

 

 

ここまで酷くなるとは、ただの反魔法師的イデオロギーだけとは言えそうにない。

 

当然、机の対面にいるアーシュラと立華は『答え』を知っている。そもそも、魔法師は全てを『制御』出来るなどと思い上がり過ぎなのだ。

 

 

「百山校長が己の詰め腹切ってでもやろうとしたことが実を結ぶことに期待しましょう。たまには『待つ』ことも必要でしょう」

 

「………アルトリア先生と衛宮先生が文科省に同道していた理由を、お前達は知っていたのか?」

 

「知らずとも察することは出来ていましたよ。あの人の求めることは『親友』の『帰還』。寧ろ、それ以外に手段はないなと思っていたんですよ」

 

 

渡辺摩利は、その言葉に額を抑えて身体を傾けていた。疲れ切った表情をするのを見ながらマンドクセーと想う。

 

 

「まぁいいじゃないですか。2科にも真っ当な講師が就くんですから、これぞ教育ルネッサンス。我々は時代の生き証人、生き字引きとなれるわけですよ」

 

 

他人事すぎる立華の発言に、更に渋面を作る3人。これ以上は例え十師族や有力な魔法師の家の人間であろうと、どうすることも出来ない。

 

舞台装置はすでに『政治的』なものに移ったのだ。

 

当然、国立学校としての資格を剥奪することも出来ず、かといってこれで『なぁなぁ』な決着を着けることも出来ない。

 

魔法大学を出た面子の殆どが『軍』や『研究所』のセクションに就職する以上、そちらからすぐさま講師や教師を就けることも出来ない。

 

魔法師であっても職業選択の自由があるというのは、それなりにリベラルな話だが、今は置いておく。

 

 

「私は、『あなた達』ならば、この状態を、閉塞された魔法科高校に新しい風を吹かせてくれると思っていたのに……」

 

真由美が言う『あなた達』という中には、あの(ヤバい)兄妹も存在しているんだとすれば、大いに見込み違いだ。

あの2人にあるのは、自分たちにとって有益なものだけを残して、ソレ以外を全て排除する―――

 

徹底した排他主義的な考えだ。

 

水清ければ魚棲まずというのを理解しない。

 

軒先に巣を作る蜘蛛は、家に侵入する小虫・羽虫を取る益虫としての側面もあるのだが、あの兄妹にとっては、自分たちの虫の居所が悪い、目障りというだけで殺虫する手合なのだから―――。

 

 

「―――我、地に平和を与えんために来たと思うなかれ。我、汝等に告ぐ、然らず、むしろ争いなり」

 

立ち上がりながら言われたことに、三人は虚を突かれた。

 

「今から(のち) 一家に5人あらば3人は2人に、2人は3人に分かれて争わん」

 

立華の後に言ったアーシュラの言葉に更に虚を突かれたが、それでも続く言葉を聞き逃さない。

 

「―――父は子に、子は父に、母は娘に、娘は母に、姑は嫁に、嫁は姑に、分かたれるだろう……」

 

全てを聞き終えたものの中に、これを理解できたものは―――。

 

「聖書の一節か。主ないし御子の地上への再臨がもたらすものとは『平和』ではなく、『分裂』と『対立』……。正しくこの状況を捉えた言葉では在る」

 

―――十文字克人だけであった。

 

それに応える立華は説明をする。未来の予感を加えて―――。

 

 

「ええ、ルカによる福音書12章49節からの言葉です。結局、他とは違うものが現れても、それが人々の慰めになるとは限らない。

むしろその『メシア』の寵愛を得んと、住まいを共にする家族ですら争い合う。

一つ所に住まうものですら価値観を共有出来ず、誰かが先んずれば戦いは起こる―――」

 

その言葉は痛烈すぎただろう。そして、現在―――魔法師として突出していく3人にとっても分からぬ話ではあるまい。

 

「あの兄妹がもたらすものは、決して『救い』なんかじゃあない。無慈悲な思考放棄と自己防衛だけが達者なんだもの。そんなの人間のやることじゃない。

単純な生存競争だとしても、負けた側を思い返すこともしない。負けた側は思い返すことも出来ないのに、そこにあったものを刻みつけることもしない。人の営みをどれだけ崩したとしても、『俺に噛み付くお前らが悪い』ってだけで終わらせる―――卑劣漢だ」

 

 

「『顔も知らない相手だから殺せる』なんてのは、『人間』として卑劣な行為ですよ。『人間』は、『顔を知っている者とだけ戦う』べきなんですよ。と、いうわけで―――帰らせていただきます」

 

これ以上は、何の益も無い話だ。

 

どう考えたって、コレ以上は何の意味もないのだから。

 

 

去りゆく2人に掛けられる言葉が克人から出てきた……。

 

 

「―――藤丸……お前が望むものとは、なんだ?」

 

「人理の先を見る―――」

 

「―――衛宮……お前が望むものとは、なんだ?」

 

「星の行く末を見る―――」

 

超然とした理解を拒んだ解答を、『あの時』のように迷宮に迷い込ませるように言われて、それでも―――変わらないのだなと思えた。

 

 

克人には関係ない。そういう態度がある種の仲間はずれ―――起こった事変と合わせ鏡の似鏡だと思えていても。

 

彼女らは変わらないのだ……。

 

校門前で戦うマスター藤丸に指揮された、『円卓の騎士』のサーヴァント3騎。

 

それと相対する霊基違いのクー・フーリン3騎の姿―――それと4騎目のクー・フーリンとそのマスター……彼らはまだ生きているのだと分かっていても、容易に手出しは出来ないのだと克人が悔しさで拳を握りしめていても―――。

 

 

 

『―――最上の結果だったでしょう。アナタがある種の分解術を使ったのも、特に何も言われなかったのでしょうし』

 

「そうですね。ですが、殆どのブランシュ構成員たちは地下に潜り込んだと思われますが?」

 

アジトに乗り込んだ時に、司一以外のブランシュのメンバーがいなかったのは結局の所、彼がブランシュの『解散』を命じてメンバーたちに好きにさせたからだ。

 

一方は一高の襲撃に加担をして、最後まで暴れまわって被害を拡大した。

 

一方は下野して一市民になるなり、別組織に転向したとも思われる。

 

最後にメンバーの好きにさせたというのは、司一なりの『残務処理』『債務整理』というところなのだろうか。

 

それが『魔法師』ひいては『四葉』の利益に繋がるかといえば、全然そんなことはないのだが―――。

 

『放っておきなさい。それとも達也さん。そんな『小者』をネチネチと『眼』で追跡してまで殺したいの?』

 

一応、どんな人間であるかは押収した資料から分かっていたがゆえの『予防的行動』を咎める真夜に、一瞬だけ怯んだ。

 

「―――いえ、そこまで陰湿ではありませんので」

 

『ならばいいですよ。向かってくるというのならば、叩けばいい。ただ鉄火を以て向かい合えばいいだけ』

 

「分かりました」

 

結局の所、当主である真夜がそれを望まないならば、特にやることもあるまい。だが、あの『シグマ』とかいう男―――自分と同年ぐらいだろう男は深雪に銃を向けたのだ。

 

許せないと想うも―――どうしてだろうか。あの男に勝てるというイメージが出せないのだから。

 

『では、あとで今回の事件に関して詳細な資料提出を、葉山さんにお願いしますね。それと、アーシュラちゃんと『コウマ・クドウ・シールズ』との関係を探っておいてください』

 

前半部分よりも後半部分に重きを置いた真夜の言葉に変な気分を覚えながらも、今夜の通信は終わる。

 

そして、何故『コウマ』という男に叔母が拘り、そして……アーシュラが男と付き合っていたという事実に、今はとてつもない苛立ちを覚えるのだった。




というわけで、入学編終了です。

色々とはしょった部分もあるんですが、長々と戦闘を増やすのもあれなんで、カットするべきとこっろはカットした形です。


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第28話『9に至る前の話』

結局の所―――こうなった原因は何だったのか分からなくもないが、ともあれすすめられた椅子に座りながら、淹れられた緑茶―――かなり美味なものをすすりながら、目の前の教師の言葉を聞いておく。

 

 

「別に俺の発案じゃあないし、前置いて言うが、俺はお前が『妹』から離れられないことはよく存じている。その上で職員室の教師全てではないが、多くの意見としてお前を『四高』に転校させるべきなんじゃないかという意見が出てきた。ああ、分かっている。だから『前置いて』言ったんだよ。

何でお前を四高に行かせたいのか、別に教師がお前を疎んじて、そんなことを言っているわけじゃない。

四高に行けば、一科生として卒業できるし履修授業もむしろお前向きだ。だからこその薦めだ―――以上を踏まえて、お前の意思はどうなんだ?」

 

一息に大量の情報を入れてきたジャージ姿の教師、ジャージの下のシャツには『親馬鹿』と途中までプリントされたものが見えていた。

 

そんな二科の担当教師『衛宮士郎』の言葉に対して、言われた『司波達也』は……。

 

 

「ありがたい申し出ですが、言われた通り―――妹を1人にしておきたくないので」

 

「分かった。戻っていいぞ」

 

……呆気ないやり取り。それに対して達也としては、何とも言えぬ肩透かしを覚える。

何というか、引き止めもしないのか…というこちらの心情を見透かしたように、未だに残っていた達也を見る士郎先生は、一度だけこちらを見てから言う。

 

「面倒くさい女みたいな態度を取るなよ。お前みたいな狭い価値観で、我道を行く人間に俺は何も言わないんだ。『矯正』しようがないからな」

 

それは『教師』としてどうなんだろうと想うも、まぁ正鵠を射た言葉ではある。

 

「本命は、西城と千葉―――それに追随する次点が光井と北山ってところか……大穴で司波だろうが、あの子は他の人間が怒っていれば、ソレ以上は何も言わないだろうな」

 

意味不明な言葉だが、それが達也に向けた言葉ではあると理解できた。

だから問い返す。

 

「お前が職員室から出たあと、友人一同に『四高』行きを薦められた話をした後の反応だよ。お前の周りの面子は、教師だろうが何するものぞと、『善意』での薦めを『地獄への道』か何かのように語るからな。恐らく西城と千葉が『筋違い』な話だと憤り、千葉辺りは、教師の能力を疑う発言にまで行くだろうな。

まぁ2科生で、ナマの授業なんて殆ど受けてないから仕方ないがな」

 

言いながら、シガレットケースのようなものから揚げられた何かを出して齧る士郎先生。

 

タバコの代わりなのだろうが、実に美味しそうなスティックタイプのスナック菓子だ。

 

だが言ってきた言葉は―――中々に先んじたものだ。

 

「一応言っておくが、指導できないから追い出そうなんて穿った考え(見方)は、人の善性を全て否定し、人の悪性ばかりを信じた人間否定の考えだ。

善悪全てを持つからこそ人なんだよ―――端的に言えば、教える立場からすれば、お前みたいなのはいてくれた方が助かるんだよ。あいつ剣術道場にいるくせに、師範と師範代の関係性すら分かっているとは想えないからな」

 

すごくエリカに対して『分かっている』発言が出てきた。言葉の続きが聞きたくて、達也は話を促す。

 

「つまり―――先生方からすれば優秀生がいてくれたほうが助かる、と?」

 

「お前の中学から送られてきた指導要録を読ませてもらったが、妹よりもお前のほうが、先生方から話されることが多かったみたいだな。たいそう優秀な生徒だと好評だぞ?」

 

「……今回の期末の通り座学や学科は、俺のほうが得意でしたから……」

 

「俺たち教師が考えるのは、ついていけない生徒をどうやって指導するか、だ。やれるやつだけ集めて、そいつらだけが上り詰められるならば、『教育』の意味は無いからな」

 

ふと、その言葉に皮肉げな顔が先生に浮かんだ。思い出しているのは、数ヶ月前のことか、それとも……『別のこと』か……。

 

「だからこそこの一言で締めくくらせてもらう。いいか、聞き逃すなよ――――」

 

長々と語ったが、最終的にはこの一言に集約されていると言っても良い。

 

「―――『あまり大人をナメるな』、以上だ。戻っていいぞ」

 

 

 

 

―――ところ変わって休憩スペースの丸机にて、先刻の話を語ったところである。

 

「以上が、俺が試験に関する『諸々のこと』を皆に語った後の、皆の反応を当てた士郎先生の見事な推理なわけだ―――」

 

結局、自分が語り方が悪いのか、それとも変な信頼を寄せられているのかは分からないが、大当たりとなったわけで。

 

特にエリカは顔を突っ伏して、恥の多い生涯を送ったかのようになって、隣に座る美月を心配させていた。

 

また明確な言及こそ無かったが、雫もまた『むすっ』とした顔でストローを吸っているのだった。

 

「しっかし、俺もコイツもそこまで分かりやすかったかね?」

 

コイツなどと言われても、不機嫌を示さず突っ伏したままのエリカ。重症のようである。

 

「士郎先生からすれば、かなり分かりやすかったらしいな。まぁ俺もあえて『悪意的』に語った部分が多かったから、みんなが誘導された形になったかもしれんが……」

 

レオの苦笑しながらの言葉に、同じく苦笑しながら語る達也。話の転換をするべく何気なく試験結果『そのもの』に関して移ると……雫が若干、不機嫌なのは―――。

 

「にしても深雪さんが『3位』ですか、いまはいませんけど、アーシュラちゃんも、立華さんもスゴすぎますね」

 

「あれはインチキすぎる……けれど、『魔法使い』としては、2人の方が『正道』だって分かっているから、何か複雑な気分……」

 

「インチキって―――雫……」

 

美月の言葉に反応した雫が多弁となって、そんな事を言って、少しだけ嗜めるほのかの構図となっている。

 

実際、今回の期末においての順位は実技だけでは―――

 

1位 衛宮アーシュラ

2位 藤丸立華

3位 司波深雪

 

その下の4位、5位に雫とほのかが続く形となっている。まるでアマゾネスの王国『アナトリア』のような様になっていることに色々と言いたい様子だ。

 

「理論では若干落としたが、実技の評点に『制限』(満点)は無いからな。100点どころか200点、1000点以上を取ることも可能である以上―――こうなるんだよな」

 

「深雪に対して殆どダブルスコアの評点とか、アーシュラのポテンシャルはどうなってんのよ……」

 

達也の言葉に端末を立ち上げつつ、ようやく顔を上げたエリカの嘆くような言葉の通りに、期末試験の結果は貼り出されて、色々と物議を醸している。

 

だが、達也の理論試験ほど疑義活発ではないのは、常日頃競い合うように、実技訓練を行っている一年一科生の中で、アーシュラに黒星を誰も着けられない現実を思い知っているからだ。

 

立華の方は、深雪でも3回に1回はなのだが……。それでも驚異的なものだ。

 

そんなこんなで話題は、期末試験が考慮に入れられる九校戦へと移行する。

 

(九校戦か……深雪にとっては雫と同じく、お披露目の場だからな)

 

気合いは当然のごとくある。事実、寺での特訓などを所望していることからしても分かるのだが。

 

(俺がやきもきすることでも気を回すことでもないが、藤丸とアーシュラがどんな風なのか、だ)

 

あの2人はローテンションな時はとことんナメた態度だが、トップギアに入ると途端にプレデトリーな立ち回りを見せる。結果としてもたらされるものは最上級なのだから、何ともややこしい限りである。

 

「―――アーシュラは弓道部、か」

 

ぽつりとつぶやいた達也の言葉だが、皆の耳目を集めるにはふさわしかったようで―――。

 

「行ってみます? 場所は分かるでしょうけど、観戦場所は決まっているんですよ」

 

「美月も行くのか? というか、口ぶりからして何度か行っている風だな」

 

「アーシュラちゃんの弓―――専門用語で『射』(しゃ)は、いいインスピレーションを貰えるんですよ」

 

その言葉に、委員長の言う後任に対する資料作りはすでに終えていることを考えれば―――。

 

「期末試験1位さんの顔でも見に行くか……」

 

今日一日は、会う機会が無かった知り合いの顔を拝見しに行くのだった。

 

「おやおや〜 袴姿の金髪美少女に会いに行きたいの〜〜。達也くんもオトコのコだねー♪」

 

ここぞとばかりに達也に絡むエリカの言葉に、ほのかが少しだけ哀しそうな顔をしたが……。

 

「胡乱なことを言うなよ」

 

軽く返しながら立ち上がり、弓道場へと向かうことになる。別に急ぎというわけではないのだが、それでも向かうとなれば、早めに行くのは吝かではない。

 

当然、行った時にアーシュラの射が始まっているとも限らないのだが―――そんなことを失念してしまうぐらいには、少しだけ『何か』を感じるのだった。

 

 

 

そして赴いた先では美月の言う通りに、観客が長い横列を二段ほど作っていた。

 

いつぞやの七草真由美の実技観戦の時の如く―――。だが、あの時とは違い、誰もかれもが静寂を保っていた。

 

確かに弓道は集中を要するもので、必要以上の雑音を嫌うものだ。静粛さが好まれるのはゴルフやテニスと同じくなのだが……。

 

背丈の高いレオと達也は、どこからでもそれなりに見れるのだが、女子衆は違う場所へと移動。

 

すると少しだけざわつきが出た。どうやらアーシュラの射が始まるようだ。

 

一礼をして射場―――詳しい名前は知らないが、立ち位置のところに移動するアーシュラの姿。

 

女子の弓道スタイルに違わず、白い胴衣に黒袴、そして胸当てをつけている。

 

髪型はいつもどおりのポニーテールのはずなのだが、この格好のアーシュラは『何か』が違うと想えた。

 

細められることもないまん丸に象嵌された翡翠のような眼に吸い寄せられる。

 

しかし、その眼が見据えているものは黒と白の丸的。

けっして他の誰か―――男の姿を灯すことはない真剣なものだ。

半身を向けて作法通りに構える姿は堂に入ったものだ。

 

―――惚れ惚れとしてしまう。

 

ちょうどよくというか観客だけではなく、道場にいる部員ですらアーシュラの射を見るべく後ろに下がっている。

 

その事には感謝だ。アーシュラの様子が具に見える。

 

弓に番えられる矢。他の部活動の喧騒の音すら、その姿に見入るとかき消される……。

 

弓弦が引かれる動作。矢と弓と身体が一体となった全て―――。

 

拙い知識だが達也でも知っている『射法八節』を刻んでいくアーシュラの動作。

 

放たれる矢。

 

弓弦が解き放たれ、震える玄妙な音を残して矢は―――的の中心近くに的中する……。

 

それはもはや見るものが見れば分かるものだった。

 

()てるのではなく、『(あた)る』。すでにアーシュラの中にあったイメージが現実に投射された時点で、『結果』は確定していたのだ。

 

30メートルは離れた的。その中心。

矢は真中にある……それだけの確信を以て、放たれているのだ。

 

手元にあった矢は四本。その全てが外れることなく的に当たったことで皆中となる―――。

 

残心とも言える所作をしてから、最後の礼の後に後ろ足で下がるアーシュラは満開の笑顔を作る部員たちに迎えられる。

 

同時に観戦をしていた面子も歓声と共に拍手を送る

 

渡されるタオルで汗を拭きながらも、アドバイスを求める人間たちに『笑顔』で手解きをしていく。

 

中には多分、学年が上のものもいるだろうに、なにも拘るものはない様子だ。

 

(ああいう顔もするんだな……)

 

いいものを観せてもらった以上に、何だかこう釈然としないものを覚える。

 

「―――つ―――」

 

自分(達也)には、そういう顔を見せないというか辛い態度か無関心な態度がデフォルトのアーシュラばかり見ていて、藤丸や親にしか、そうなのだと思っていたのに……。

 

「―――たつ―――」

 

第一、男子部員なんて下心満載なのに、何の衒いもなく近づいて弓の張り方から色々教えて……。

 

「おい達也っ」

 

「――――――どうしたレオ?」

 

「いや、どうしたはこっちのセリフだぜ。何度呼びかけても反応しなかったからな」

 

「……そうか、悪かったな」

 

手を上げて、レオに謝罪をしながらそこまで見惚れていた事実に驚く。

 

何かの魅了系統の魔術でも掛けられたのではないかと想うも……少しだけそうでなければいいなという感情があるのだった。

 

アーシュラの射の見事さに感心したようで、女子陣が少し熱を帯びながらやってくる様子。

 

あんまり見学ばかりしていると他の部員たちの練習の邪魔になるだろうと、『弁えた発言』をして去ることにした。離れる寸前でアーシュラがこちらを見てくれるかと期待したのだが―――それは無く……。

 

代わりに―――。

 

『ワタシの『射』の見学(のぞき見)料金はケーキ5個で手を打とう。リトゥンバイ Princess brave(姫騎士)

 

などというメールが端末に飛んできたのを読んで、やれやれと苦笑気味に思う。

 

(特に俺がかかずらうことでも、気に病むことでもないが、あの調子ならば九校戦でも大丈夫なんだろうな)

 

と―――達也が安堵していたのも束の間……。

 

放課後の生徒会室にて、あれだけのこと(会長の髪掴みの諫言)をやっても未だに書記の地位にあった藤丸立華より、とんでもない発言が出ていたのだった。

 

聞いた瞬間、深雪は驚愕していたが、ソレ以上に驚いていたのが―――。

 

 

「ち…超スーパーすげェどすばい……」

 

 

などと、どこの方言だと言いたい発言で驚きを表現する、中条あずさが印象に残ったのは追記しておくべきことだ……。

 

 



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第29話『BAD END1』

 

 広い風紀委員会本部。そこに男と女が1人ずつ。

 

 別に色っぽいナニカがあるわけではない。一方は、パネルを軽快に打鍵しながら資料作成を行い。

 一方は、頭を抱えて苦悩のため息を吐いている。

 

 資料作成が男で、ため息が女。

 

 司波達也と渡辺摩利。風紀委員と風紀委員長とが揃っていたのだが―――。

 

「達也君……」

 

「後任委員長への資料作成は順調です。安心してください」

 

「あ、ありがとう……いや、そうじゃない。それも嬉しいんだが……」

 

「―――」

 

「分かってるんだろ? 私『達』の悩みが……」

 

 それは当たり前だった。今日の昼休み。自分を九校戦の技術スタッフにするというプランを思いついた後に、明かされた衝撃の事実。

 生徒会の面子は知っていたが、風紀委員の摩利と達也は知らなかった事実―――。

 

 それを聞いた後と、見せられたファイル。

 九校戦の出欠場の確認(電子ペーパー)の中に『欠場』にサインをしたのは―――。

 

 

「一学年の最優秀生と次席生が出ないなんて前代未聞だぞ……」

 

 ―――衛宮アーシュラと藤丸立華なのだった……

 

「前例は覆す為にあるんじゃないでしたっけ?」

 

 がっくりと頭を落とす姿に、今日の昼の文言に掛けて、そんな事をお道化て言うが、きっ、と睨むように頭を上げる様子を、画面に目線を向けていても何となくわかった。

 

「こんな前例破り! あってたまるか!……とはいえ、『家の事情』があるならば、仕方ないのかな……」

 

 激高するように言うも、最後の方には意気消沈する様子なのは、その『欠場理由』が正当すぎたからだ。

 

 家―――ふと考えるに、衛宮家の人々はいつも見ているから分かるが、藤丸家というのはかなり謎だ。

 本人曰く『魔術家』であることは間違いなく、その来歴は、まぁあまり語られていない。

 

 ただ、叔母が語るところの藤丸立華の祖母『アニムスフィア大師』とやらが、 開祖なのではないかと想う。

 

「……因みに聞きますが、2人をどの競技種目に出す予定だったんですか?」

 

「アーシュラは、氷柱倒しとミラージ―――もしくは運動神経のとんでもなさで、バトルボード。クラウドでもいいかとは想っていた。

 藤丸の方は早撃ち単独か、余裕があればアーシュラが出れないものに出てほしかった」

 

 随分とあの姫騎士に、多大な期待と重責を負わせようとしていたようだ。その一方で藤丸立華はフレキシブルに動かす予定だったことが明かされた。

 

 しかし、その前提が崩れたのだから、どうしようということに今、学内の関係者は悩んでいるのだ。

 

 特に作戦立案を行おうとしていた市原鈴音や三巨頭の1人である十文字克人は、バターンとぶっ倒れたという噂も出ているのだ。

 

 

「―――とにかく明日の放課後に部活連で問い質す。士郎先生やアルトリア先生にも出席してもらうぞ」

 

「それであちらの態度に変化が出ますかね?」

 

「……実を言うと、十文字はこの話が出た後に即座に両先生に仲介を頼んだそうなんだが……」

 

 その苦笑いで、もう結果は分かる。今回の事に関しては、あのラブラブ教師夫婦も『何も言っていない』ということだ。

 

「……九校戦は、若年の魔法師にとって夢のステージなんだがな。あの2人にとっては、そうじゃないんだろうか」

 

「―――案外、そうかもしれませんね。我々だけがジタバタして右往左往しているだけで、あの2人からすれば―――」

 

 

 ―――たかだか『九校』360人程度の争いなんて、何の優劣に繋がるというんだ?―――

 

 そんな『価値観』で動いていてもおかしくはない。

 

 だからこそ家の事情を優先している―――そういうことは『邪推』だとしても、概ね間違いではないのではと想いつつも、ここでは結論は出せない。

 

 そんなこんなで達也は嘆き悩んでいる渡辺摩利を後目に、資料作成に勤しむのだった。

 

 

 そして翌日の放課後……。

 

 部活連の会議室にて行われる九校戦準備会議にて波瀾は起こったのだ。

 

 まず第一の波瀾は達也がエンジニアとして登録されたことに対してだ。好意的な意見は多かった。

 もちろん反対する意見もあるにはあったが……最終的には理屈屋ではないところが理解されていたようだ。

 

 寧ろ、ランサーのサーヴァント『クー・フーリン』を相手に立ち回った際のことも含めれば、選手登録で、モノリスでもいいんじゃないかという声すら上がった。

 

 当然、一科の同学年(同級生にあらず)、突き放して言えば『同い年の人』の男子たちは、あまりいい顔をしていなかった。

 

 ともあれ、今はエンジニアだけで登録ということで、それは一応、桐原の男気あふれる行為、CADの調整を請け負ってもらうことで何とかなった。

 

 そんな桐原だが、ブランシュ事件で失われた腕に関しては、士郎先生とアルトリア先生の伝手で、『腕のいい人形師』に義腕を用意してもらったとのこと。

 

 その義腕の精巧さという一種のイレギュラーは、達也の調整能力の前では想定内の誤差であり、そこも含めて調整すると……。

 

 

「その義腕、『えんずかった』のでは?」

 

「精巧すぎるんだよなぁ。性能が良すぎるというのも難点だ。とはいえ、Thank you。オリジナルよりもこっちの方が通りは良いな」

 

 そんな言葉とCADの読み込みで、司波達也の能力は他人からの太鼓判(中条あずさ、五十里啓)もあって証明されたのだった。

 

 

 そして議題は最大の難関に入ろうとしていた……。

 

 誰もが緊張を果たす。緊張していないのは夫婦一組と一年2人と猫一匹だけである。

 

 この中では唯一の三巨頭など執行役員と対面のカタチとなっている一年2人は、達也のように出場するからという席にはいないのだ。

 

 つまりは例外中の例外は―――。

 

 

「セラエノ断章の第二節よりも、ネクロノミコンの方がいいかな?」

「うぇっへへへ! ルビーの最高位『ピジョンブラッド』のように鮮血を思わせる刀身、これでナニカを斬った時を想像すると―――イーヒッヒッヒッ!」

 

 

 

 完全に魔女のようにとんでもないものを読んでいる美少女2人なのだ。

 この学校における最大級のイレギュラー。この2人に比べれば、達也などちょっと変なヤツ扱いだろう。

 

 

「―――では、次の議題に入ろうと想うのだが……アーシュラ、藤丸。話をしていいか?」

 

「「どうぞ私達にお構いなく」」

 

「お前達に関することなのだが………」

 

 

 十文字克人すら手球にとる、恐るべき『おジャ魔女ふたり』の言いように、この後の展開を何となく予想出来ていた。

 

 だが、気を取り直して―――開口一番は、七草真由美からであった。最初に皆に知らせることを意図した物言いは、少しばかり戒めるような調子で始まる。

 

 

「8月3日から12日までの十日間で行われる九校戦。魔法競技を九つの魔法科高校で競い合う大会に―――」

 

「私達は出ませんので、皆さんで頑張ってきてください」

 

「南極から応援しています♪」

 

 七草会長の言葉を途中でぶった斬る形で、アーシュラも立華も無情にして無常なことを言うのだった。先ほど達也に否定的だった面子も何を言えばいいのか言葉に迷っている様子だ。

 

 あまりにも上級生に対してナメた態度であるが、それに対して『高説』を垂れることは出来ない。何せ、この学校において『最強』なのは紛れもなく、この『2人』なのだから。

 

 4月の大立ち回り―――その際の全てと今回の期末テストの成績とが、何も言わせないでいた。

 

 才能主義と成果主義だけを是としている学校において『情実』に訴えられない相手。それがこの2人なのだ。

 

 

「……私としては今期の学年主席と次席を選手として出場させないのは、他の学校に対して申し訳ない限りなのだけど」

 

「適当に言っておいてください。まぁ理由としては、少し早めの『菩提を弔う行事』に参加しなければならないとでも言っておいてください」

 

「盆には早いけど、そういうことじゃないのね……。ならばアーシュラちゃんも、それに参加するの?」

 

「ワタシがいなければ始まらない話ですから、それに道中の護衛もリッカをマスターとしているワタシの務めだ。これは何よりも優先されることなので」

 

 詳しい事情を話さないが、だからと突っ込ませることを許さない事情(かべ)の前に、七草会長は説得の芽を出せないでいる。

 

「―――一つ聞くが、お前達は九校戦に対してどんな印象を持っている?」

 

「詳しい所は流石に網羅できていませんが、まぁ通り一遍のことは分かっているつもりで言わせてもらいますが……何で態々『学校対抗戦』なんですかね?」

 

「と、言うと?」

 

「個人個人でのトーナメントで『殴り合い』なり競技種目でやりあえばいいでしょうに、それも特に魔法能力による参加制限など設けずに」

 

 その言葉に何とも言えぬ表情をする面子の多いこと多いこと。

 

 特に殴り合いという単語が出てきたことで、それならばアーシュラの独壇場であろうという考えが出てくるのだから。

 だが『参加制限』など設けずにという所に、少しだけ分かることもある。

 

「まぁ正直―――甲子園やインターハイ、国立みたいに『ひりついた勝負』とはならないでしょうから、興味が持てません」

 

「確かにそういった意見が外部から無いわけではない。結局、他のスポーツ競技種目のように、地区の予選リーグなどを勝ち抜いての戦いではない以上、ある意味では緊張感がない競技大会であるという意見は、な……」

 

 苦い顔をして、立華の意見に若干の同意する十文字会頭。正直、ここまで冷めた考えをしているとは、達也ですら『少しの自慢屋』根性を持っていたというのに……。

 

「―――アーシュラも同じ意見か?」

 

 会頭に代わり、同輩として、それなりに仲の良い男子だろうという無駄な自負のもと達也が放った言葉だが……。

 

「そうだね。ただワタシの場合はソレ以外にも、ワタシと競い合える相手がいない上に、こういう競技に出ちゃいけない類がワタシだと思い知っているから、出ないという結論。

 ―――場を白けさすほどの『全力』も出せないけど、かといって真剣勝負の場で手加減するなんて、そんなの相手に対する無礼じゃない」

 

 中々に勝負ごとに関するこだわりを見せてくるアーシュラに瞠目してしまった。

 

「ワタシを、魔術戦士アーシュラ・エミヤ・ペンドラゴンを、『お遊び』の競技に出すという『意味』を考えたほうがいいですよ」

 

 次いで放たれた言葉。……ここであえて『お遊び』と形容したのは、恐らくアーシュラなりの『誘い』だ。ここで無闇に激高すれば、もはやそれを契機に、コイツラは九校戦出場辞退の大義名分を得られる。

 

 言うなれば、ある種の外交戦術だ。

 

 誰も怒るな、耐えろ、不満を明確に言葉にするな―――という気持ちでいさせるには、全員が青すぎた。

 

 若すぎたのだ。仕方ない。

 

 自分たちにとって大切なものをこうも馬鹿にされて黙っていられるほど、物分りは良くない。

 

 

「アンタらね!! さっきから聞いていれば、私達、魔法師の若人の戦いの祭典をさも「くだらないもの」と称して!! 何様よ!?」

 

 

 一番、最初に怒ったのは千代田花音であった。婚約者たる五十里啓は、アーシュラの垂らしていた釣り針の意図が分かっていただけに顔を覆うしかなかった。

 

 立ち上がり立華の方まで近づいていこうとする千代田に対して見えぬように、周りにもさとられぬように重心を変えたアーシュラの姿。

 

 座りながらでも、首を刈り飛ばせる運動能力があるかどうか、だ。

 

「そんなに出たくなければ、むぐぐぐぐっぐぐぐぐ!!!!――――」

「――――」

 

 NGワードまで出かかった千代田に対して呼吸困難に陥らせる行為。どうやら何かしらの気圧を利用した魔法が放たれたようだ。そして最後には恐ろしく速い手刀が首に打たれて黙らされる。

 

 魔法を放ったのが七草会長か渡辺委員長だろうが、手刀を放ったのがアーシュラな辺り、何というか変な気分だ。同時に、ここまでしなければならないほど、『コイツラを出さなければならないのか?』そういう想いが蟠る。

 

 そんな中、毛並みの違う意見が出てくる。

 

 

「……場を白けさす、か。そういう意味では、俺のような十師族も同罪なんだろうな……」

 

「まだ克人さんみたいなのは、いいんじゃないですか? だってワタシもリッカも基本性能からして違いますし。第一、本当に白けるのは―――『同じ道具』を使わずに相手を圧倒できるからですよ」

 

「――――――『そこ』、か……」

 

 

 気付いたからか、十文字克人は己の持つ携帯端末型のCAD(ホウキ)を机の上に置いた。全員が理解を果たす……。

 

 

「ええ、『そこ』です。結局の所―――ワタシ達には、CADはいらない訳ですからね。ここまで白ける相手もいないでしょう。

 とどのつまり、ナイフ一本握ったところでワタシは相手を圧倒できるわけですからね」

 

 それもこれも、アーシュラの全てが規格外の常識外だからだ。どこの『天地魔闘の構え』を取る大魔王だと言いたくなるほど……。

 

「―――『武器屋』にとってもここまで白ける人間もいないでしょ? 特に司波君は、自分の技術をひけらかしたい自慢しい、傲慢ちゃんだから、そんな人間がいることが許せないんじゃない?」

 

 そこでこちらに話を向けてくるとは想っていなかった達也だが……。しかも達也の本質を見抜いているし。

 

「―――俺を怒らせて、それで言質を引き出そうだなんて卑怯じゃないか?」

 

「別に君が怒らなくても、君を慕う連中をここで憤激させればいいだけだよ」

 

 その言葉で深雪とほのかを見ると、必死で耐え忍んでいる様子だ。

 

 頼むから耐えてくれと想う……。

 

 

「まだ言わなきゃならないんですか?」

 

 あきれるような立華の言葉に、会頭は説得を試みる。

 

 

「……俺達としては、お前たちに九校戦に出場してもらいたい」

「―――何か『アヤをつけられた』時に矢面に立つのは、あなた達なんですよ?」

 

 それをどうにか出来るのか? そういう意図を含めた立華の言葉に三巨頭も押し黙る。

 

 レギュレーションの関係上、現在では『CAD』に登録されている術式を『制限』することで、ある種のアクシデントや重大インシデントを抑制する方向に向いているが、この前提条件として魔法師―――特に現代魔法・古式魔法にせよ―――。

 

 CADというものがなければ『高速起動発動』が出来ないという前提条件が存在している。

 

 もちろん、簡易術式ならばさほどの苦労は無いのだが、大規模な現象改変を速く齎す際に、これが必須となるのだ。

 

 同時に呪文口決を刻む事自体が廃れたわけではないが、こちら(CAD)がスタンダードになると、すでに呪文そのものを『知らない世代』も多い。

 

 つまりは、アーシュラも立華も、そういう風な制限を受けない異端の『超人』ということだ。

 

 同時に、CADを使わなくともそれと同等のことが生身でも出来る存在がいるというのは、完全にルールの範疇外であり、大会関係者の落ち度でしかない―――だが、それを当たり前として出場させれば、どうなるか分かったものではない。

 

 

 ―――何で同じテクノロジーを使っているのに一科と二科なんて区別が着くの?―――

 

 

 いつぞやの問答を思い出す。あの時は答えられた、説破出来たが、いまでは薄ら寒いものだ。

 

 そもそも古式魔法における『複雑さ』や『儀式工程』を単純化したのが始まり。

 

 端的に言えば、機械工学の基準に沿った形だ。

 

 機械の真髄とは、何も自然の機運を逸脱するものばかりではない。

 そもそもの始まりに置いてメカトロニクス(機械工学)とは、自然を模するところこそが起点だった。

 

 しかし、いまや―――この機械が持つ優位性は崩れた。

 化生体を纏う―――士郎先生曰く『獣性魔術の初歩』とやらですら、何一つ抵抗が出来なかった。

 

 もちろん直接戦闘に長けた魔法師ばかりではないが、それでも惨憺たる結果に、魔法師たちは恐れ慄いたのだ。

 

 優れた魔術師が少しの手解きをするだけで、只者が、低級の魔法技能者が魔法師の脅威となるのだと……。

 

 音速の弾丸を放つことが出来たとしても、術者が音速か亜音速で絶えず動き心の速度ですら優れないならば、CADの存在意義はボロクソになってしまう。

 

 

(三巨頭の目的は何となく見えた。だが、それを通せるかどうか、だ)

 

 議論の調子としては、どちらかといえば役員側の方の旗色が悪い。そしてこの室内に蟠る世論も、別に参加させなくてもいいんじゃないかという空気になりつつある。

 

 この場でもしも多数決による参加の是非を問われれば、恐らく『非参加』で可決する。そうはさせないと、予め『二人』以外には、そういうことを言い含めていた。

 

(そんな情報すらも筒抜けなのではなかろうか?)

 

 だからこそ、こうして不満を撒き散らす方向に出たのだ。

 

 だが―――最終的に、説得工作は何一つ功を奏さず……二人が、九校戦に参加することは無かった。

 

 

 想えば、ここで何が何でも『説得』を通じるようにしておけば良かったのだ。

 

 九校戦最終日。

 

 一高の『最下位』が確定して、若干のテンションダウンを果たしつつも、盛り上がりを見せているその日に―――『災厄』は訪れた。

 

 解き放たれる神話の巨獣たち。数多の僧服の戦闘者。

 

 吸血鬼……死徒と呼ばれるものたちの手で死の街と化した世界で、人間らしい思考をようやくできた食屍鬼の達也。

 

 新鮮な血液の匂いを感じて咆哮する。

 

 言葉にならない言葉。声にならない声をあげながら、金色の大剣を持つ少女に襲いかかり―――呆気なく殺されるのだった……。

 

 

 

 BAD END






というわけでifルート。

説得を諦めるという選択肢を選んだ結果、日本の魔法師は衰退しました。



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第30話『9に至るための道標』(正規ルート)

テレビがぶっ壊れた。

まぁ元々、買い換えたいなーぐらいには考えていたのでちょうどいいのだが、前回と同じく修理センター呼ぶぐらいならば、新しいのを買おうと思った次第。




旧知である十文字克人の説得すらおジャ魔女ふたりには通じず……誰もが落胆しようとした際に、達也に天啓が走る。

 

それはもしかしたらば、どこか別の可能性世界(パラレルワールド)にいた『違う司波達也』から届いたように雷鳴のごとく閃きが走り、直感をそのままに問いかける。

 

―――閃きが、口を衝いた。

 

 

「……アーシュラ、立華。何か、魔法師の競技種目にイヤな思い出でもあるのか?」

 

「―――なんでそう想うのさ?」

 

達也に険相を向けてくるアーシュラに、こりゃアタリかなと思いながら、言葉を続ける。

 

「さっきまでの会話から察するに、お前達は何かしらの魔法競技種目の大会……恐らくオープン参加の類に出たと思える。そもそも魔法師が少ないというのに、そんな参加制限を設けることもないんだが、まぁそこは蛇足だな……。ともあれ、お前達は―――1回は、そういう『大会』に出たんだな。そして―――ルールブック側からアヤをつけられ、イヤな思いをした……」

 

「「………」」『フォーウ』

 

押し黙る2人に代わって、キャットの使い魔が声を上げる。それだけで正解の道筋は着けられていた。

 

「推測混じりだが、お前が参加したのはUSNAなど外国の大会。プロテニスを筆頭に、ノーシード、オープンエントリーからのし上がれるのも、外国の特徴だからな……更に言えば、相津が何かとお前に秋波を寄越していたところから察するに、バトルマッチ系の競技だろう」

 

「相津がいないところで言うのも何だが、衛宮に懸想しているのは、偶然にも着けた衛星放送の番組、マジックフェンシングの米国大会で見たからだって言っていたぜ」

 

後輩の想いを暴露する(けっこうバレバレではあったが)のはどうかと思うも、剣術部所属の桐原からの裏付けで、推測は確信に変わる。

 

そして姫騎士の口から語られる真実……結局の所、アーシュラの語る通り、そういった『差別』が行われたというのだ。

 

アーシュラからすれば、CADは余計な『中継機』程度にしかならず、術式の保存装置としても魅力を感じないとのことだ。

 

第一、『力』が分散する感覚があるという。繊細な少女なのだろうと思いつつ、話を促す。

 

「方位や星をめぐる天体運動、地に走る霊脈によって術式の細部なんて違うからね」

 

現代魔法の『雑さ』が肌に合わないという言葉に、全員が色々な表情だ。

 

「とはいえ、すでに全員が当たり前(フォーマル)として使っているものだから、フィジカルエンチャント(身体概念強化)と『竜』を使っているだけなのに、決勝リーグに行くまでに何度もジャッジから検査を受けてうんざりしたもの。何も不正なんてやっていないのに」

 

むすっとした様子のアーシュラに、誰もが痛ましい顔をする。低い能力値の人間を差別した話が入学初期のものならば、今度は高い能力値の人間を『区別』した話だ。

 

アーシュラの力は良く分かっている。今日に至るまで、一科、二科ともにそれを頭と肌で実感してきた。だが、その力が『天然自然』であると理解したとき……。

 

(それをどういう風に扱うか。そういうことになるな……)

 

異端として差別するか、目指すべき山の頂として扱うか……ある意味、NBAにおけるアキーム・オラジュワンかシャキール・オニールのような女である。

 

「結果的にリーブル・エペー、ラピッド・サーブル、アルモニー・フルーレの三部門で優勝したってのに……結局の所、インチキしたみたいに言われたんだ。イヤになるよ」

 

「アーシュラ………」

 

不貞腐れるように言うが、言っていることはかなりとんでもない。マジックフェンシングの三部門全てで優勝したとか言うのだから……。

 

傷ましく労るような視線と言葉を送る深雪、少し前の『インチキ』呼ばわりを思い出して落ち込む雫には悪いが、冷静に考えれば……やっぱりとんでもない話だ。

 

話の結論とするつもりなのか、藤丸立華が眼を閉じながら口を開く。

 

「―――高すぎる能力、理解が及ばぬ力が、時に人を『未開』という色眼鏡に陥らせる。あなた方現代魔法師は、超常分野の全てを『科学的』に解き明かしたとしておきながら、己たちの『常識』に沿わないものに関しては『理解』を拒む。そのように『二枚舌な連中』の『見世物小屋』に――――私の『剣』を晒せるもんか」

 

魔法師に対して突き放した言い方に、入学以来あれな感じの七草会長がものすごく落ち込む。結局、彼女の言う差別解消など何の意味も無かったことに対して、色々と考えるのだろう。

 

能力の有無・多寡を元にした制度上の生徒区別から生徒差別。ソレに対して具体的な指針など示せなかった会長は懊悩するばかり。

 

前回は制度上の低能力での差別であったが、今回は学校の校是において『優秀』すぎる人間を無言で区別しようということなのだから。

 

現代魔法師という『規格』だけに押し込めば、深雪が代表でも構わない。だが、それが『真なる意味』で優秀な人間を除外したものであるならば、それは確実に『差別』だろう………。

 

人の最大級の悪性だ。そして、それと同じことが起きようとしていたのだ。

 

 

「……それでも、私はあなた達に出てほしい。一高が勝つためとかそういうことじゃない。あなた達も一高の一員だからこそ、その中で優れた存在であるとアピールすることで、いろんな人間の指針や好敵手となってほしい」

 

 

その言葉の意味を理解できないわけではなかった。どちらの言い分も理解できる話だ。

 

だが、それでも七草会長にアーシュラと立華を説得するだけの言葉は出てこない。

 

「アーシュラの言ったことを忘れたんですか?」

 

「分かってるわよ!! けれど、それでも……私じゃ―――――」

 

議論は平行線。誰もが嫌気が差そうとした時に、この場にいた本当の意味での『上役』である、先生2人が動き出した。

 

「―――そろそろまとめに入ったほうが良さそうだな。先ほどから、聞いていて随分と白熱した議論だったが、解決方法なんて一つじゃないか」

 

「ですね。そこに思い至らなかったのは、まだまだ『勝利』にだけこだわっていた証拠か、はたまた心情を思いやれなかったのかでしょうね」

 

立ち上がった教師2人は、三巨頭に対しては、手元にある端末に何かのデータを表示する様子。代わりにアーシュラと立華には何かの手紙を渡す様子。

 

それが何なのかは全員には分からなかったが、本人たちによって暴露される。

 

「これは、九校戦運営委員会及び魔法大学のアドレスに電話番号……衛宮先生―――まさか?」

 

「まさかもなにもあるかよ十文字。ウチの娘と友人の孫が、そういったルールブックに抵触する可能性があるならば、まず問い質す必要があるのは、言質を取るべきなのは―――ここだ。ここに問い質せ。そうすれば、何の後顧の憂いもなくなると思えないか?」

 

「「「―――――――――」」」

 

目から鱗が落ちる思い―――と言うほどではないが、確かに2人の気持ちを、心変わりを誘発するならば、そこにアクションを起こすべきだった。

 

あそこまでアーシュラの過去を掘り起こしておきながら、何故そうしなかったのか。

 

答えは簡単だ。結局の所、アーシュラや立華を自分たちの言葉だけで説得しようと『無駄なこと』を続けたが故だ。

 

説得工作というものは、時に相手方の心を『安堵』させることも必要なのだから……。

 

 

そしてアーシュラと立華に関しては………。

 

 

「―――『アドラメレク』」

 

古めかしい手紙、封筒タイプのそれに施された封蝋は魔術的なものであったらしく、立華が魔力と共に呪文を唱えるとそれは解かれて、封筒から出てきた便箋数枚を見てから顔を青くする。

 

特に立華は、『ジーザス』とでもいうべき顔をしてから天を仰いでいる。

 

そんな立華を見てから苦笑い気味のアーシュラ……。

 

2人に対して、最後通告を放つ金髪の美人教師は笑顔のままだ。天使のような悪魔とは、このヒトのようなことを言うのかも知れない。

 

「オルガマリー、そしてアナタの父上と母上からの言伝です。『―――いいからやんなさい』―――以上です」

 

その言葉に『真っ青』になった立華は、それでも言い募る。

 

「だ、だとしても、九校戦運営委員会及び闇将軍『レツ・クドウ』の意向次第ではどうなるか、まだ分かりませんよ!」

 

闇将軍『レツ・クドウ』……九島烈老師の適切な表現なのかもしれないが、日本の魔法師としては何とも言えない気分だ。

 

「彼も『あの一件』で、恨み辛みというものがどうやって積み上がるかを知ったでしょう。同時に巌窟王『モンテ・クリスト伯爵』に復讐される気持ちというものも、ね」

 

イタズラっぽい笑みを浮かべて語るアルトリア先生に、幾人かの男どもがドキリとするが、向けられた立華はまだ一家言あるようだ。

 

「―――『ファリア神父』(怨讐神拳伝承者)もあちこちに多いが、『フェルナン』、『ダングラール』、『ヴィルフォール』も多すぎる」

 

「そうですね。ともあれ―――どうやら決は出たようですね」

 

目の前で電話にメールにとあらゆる連絡手段で渡りを着けて、録音までしている三巨頭の苦労が実ったのか、それとも幾らかの秘密の暴露まであったからか、ともあれ委員会も魔法大学も、『CAD要らずの選手』や『CAD以外の『呪具』持ち選手』の出場に、何のペナルティも課さないという言質が取れた。

 

当然ながら、殺傷ランクが高すぎる『魔法』の発動が、制限有りの競技で見られたならば、ペナルティを課すという言葉付きだが……。

 

「―――やれるだけのことはやれたみたいだな」

 

「ええ、まぁ……ただ、思っていたよりも反応が淡白というか、『うんざり』しているようなものでしたね」

 

尋問のプロと周囲から認識されている渡辺摩利が『耳聡く』聞き届けた声音の変化に、衛宮士郎教諭は、『だろうな』という少しだけ苦笑するかのような顔が印象的であった。

 

何か知っているのだろうが、容易には教えないだろうと予測される態度を前に―――九校戦における準備段階の混乱はとりあえず落ち着きを見せた。

 

とはいえ、心中穏やかではない面子は多そうだ。

 

結局の所、三巨頭の説得は何の意味も持たず、最終的には教諭2人のウルトラCならぬウルトラEだけが決め手だったのだから。

 

「2人を説得する手段があるのならば、もう少し早くに教えてくれていても……」

 

「お前達が、2人の気持ちの『深部』(しんい)を察することが出来ていなきゃ、オレは何も言わなかった。結局の所、教師としても生徒の意思を尊重しなければならない。親としても、公の場で嫌忌の眼に娘が晒される所は見たくないな」

 

「………」

 

真由美の言葉に、士郎から教師として親としての言葉を吐かれて、真由美は自分がくさくさするのを感じた。

自分の親とは違う労るような言葉に羨望の念が出てしまうのだ。

 

「まぁ職員室の概ねの意見として四高行きを薦めた司波が、アーシュラの心を察したのは、何の皮肉かと思うほどだったがな」

 

その意見を傍から聞きながら、言われてみれば何かの皮肉だろう。

 

四高行きを教諭たちに薦められておきながら、それを断った自分が、九校戦参加を拒否した2人に対して言葉を重ねた……結果的には、それが功を奏したわけだが―――。

 

「別にそんな深い思惑とか、士郎先生に対して意地が悪いことを考えたわけじゃありませんよ」

 

自分の話題なのに、自分が言わないでいるのもあれだと思えたので、達也はその会話に入り込むことで弁明をしておく。

 

 

「そうなの?」

 

その真由美の疑問の言葉に対して、本当の動機とは何なのかを探る。ソレに対する解答は何気なく出てきた。

 

「……弓道場で、あそこまで真剣に弓を張り、射抜くべきものに眼を向けるアーシュラが、そんな風になるかなって思えたんですよ。

平凡を装うならば、実技テストだって『適当』に済ませていたでしょうから―――なんていうか『らしくない』って思えましたよ」

 

であるならば、あそこで見たキレイな射をするアーシュラの姿が急に虚ろになるのだから……そんなことは信じたくなかったのだ。

 

それを聞いた士郎先生は――――。

 

「―――やらないぞ」

 

今にも達也に斬りかかりかねないプレッシャーを感じる。短い言葉だが、意味は分かったわけで―――。

 

「……そうですか」

 

ここで何故か達也の口から出てきたのは、『いりません』とか『勘ぐりすぎです』という拒否・否定の言葉ではなかった。

 

とりあえず『玉虫色の返事』でお茶を濁すというものであった。その『事実』に驚愕していたのだが、当のアーシュラは……。

 

 

「アーシュラ、立華……その、だな。北海道にいるというお前達の『妹分』を呼んでくれないか?」

 

「―――聞いたんですか?」

 

十文字会頭の言葉にビックリするアーシュラだが、会頭は言葉を続ける。

 

「アルトリア先生の話を聞いた後に、オヤジを問い詰めたらば、『そんなこと』まで話されて、な……」

 

「別に『アーシャ』と『マリーカ』には伝えるつもりでしたが、いや言っておきますけど、『あっち』は克人さんのことを知らないんですよ?」

 

苦笑いをする会頭に対して立華はアーシュラ同様、少々焦ったように口を開く。

 

だが、それでも会頭は変わらず『頼む』と頭を下げて、後輩女子2人を困惑させるのであった。

 

そんな様子を見ながら―――今年の九校戦は……深雪がよく見ていた映像とは違う様相が呈されるのだろうと予感している……。

 

 



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第31話『九校戦まであと何マイル?』

波瀾ばかりを巻き起こした選手・エンジニア選考会から既に数日、発足式を終えて校内では九校戦に向けた準備が本格化していた。

 

如何に魔法競技が競技種目の大会とはいえ、練習一つでも多くのものが必要になり、それに準じて多くの運動系の部員はアレコレと駆り出される。

 

いわば総力戦となりえるのだ。練習相手としても、一科生だけでなく二科生も駆り出される。

 

必然的に文科系部活は暇になるのが普通なのだが……。今年の準備練習は違っていた。

 

まず一日目は、一年生の殆どが疲労困憊して体育館に集結を果たして、二日目は、二年生の選手全員が大の字になって転がり―――。

 

三日目は、三年生の『殆ど』が動けずじまいとなるのだった。流石に、三巨頭は何とか矜持を保って立ってはいたが………。

 

(どう見てもやせ我慢しているようにしか視えない)

 

特に十文字会頭は、足をぷるぷる震わせて、生まれたての子鹿のようであった。当然、足のサイズは鹿のそれではないのだが。

 

「そりゃそうだよ。ワタシから一本取るまで粘って疲労困憊になるなんて、やめとけばいいのに―――美月ちゃん。疲労しているニンゲン全てに『これ』持っていってあげて」

 

「は、はい!」

 

数少ない文科系部活所属である美月の内心を読んだように、アーシュラは体育館に持ち込んだ調理器具で作り上げた『ホットドッグ』から『ハンバーガー』を持っていけと言うのであった。

 

仕事があるのは、嬉しいのだが……。

 

「モノ食べられるのかな?」

 

「無理矢理にでも『口』に突っ込んで。竜種の肉は体力と魔力を回復させる特効薬だから、食わなきゃ回復出来ない」

 

「そ、そういうものなの?」

 

「食べることもトレーニング! 背中に鬼神を宿らせたいならば、食事で体を建設することも必要!!」

 

真剣な顔で力説するアーシュラだが、三年生の男子の先輩に―――まぁこの娘ならば、巌のような十文字会頭の口に笑顔でホットドッグを突っ込めるのだろうが……。

 

「柴田さん。男子陣は僕らがやるから、女子陣を頼むよ」

 

そんな美月を見かねたのか、それとも最初っからその気だったのかわからないが、同じE組の『吉田幹比古』が、そんなことを言ってフォローしてくれるのだった。

 

そんな風に今日の『暴竜アーシュラ』の犠牲者たち全員を労った後には、何となくそんな暴竜アーシュラの元に美月と幹比古は集まる。

 

この3日間、殆ど全ての魔法競技種目―――男女の別なくでアグレッサー(教導官)としてスパルタ極まる訓練をしたアーシュラに対して、何となく聞きたいことがあるのだった。

 

「アーシュラさんって、精霊魔法とかを使っているのかい?」

 

「古式における『精霊』とやらとは違うかもしれないけど、まぁ似たようなもんかな」

 

「どう違うんですか? 何というか、一度だけですけど、無人の教室で吉田くんが精霊魔法を行使していた時に、随分と荒れ狂うような様子だったんですけど、関係在るんですよね?」

 

ハンバーグを七枚ほど焼き上げているアーシュラは、その言葉に―――。

 

「司波くんが言っていたっけ。吉田君が精霊を使って襲ったあげく、美月ちゃんに掴みかかってしまったとか」

 

「誤解を招く表現! た、確かに色々あってそういう状況だったけど、理由とか思っていることとは、全然違うよ!!」

 

―――そんな圧倒的誤解が存在する言い方をするのだった。イタズラ目的なわけでもなく、至極当然のことのように事実を言うのだった。

 

かなり誤解を招く言い方は、ワザとではないし事実を当てているとはいえ―――咳払いして幹比古は、話を促す。

 

「まぁあの時には、森末君のモノリスの相手をしていたからね」

 

ちなみに言えば今日のモノリスの相手は、十文字克人率いるモノリスチームであったが、アーシュラ曰く、通常のモノリスと違って、アーシュラが常に攻撃側として動くというものらしい。

 

それで練習になるのだろうかと思うも、アーシュラの白兵戦能力及び打撃能力は、この一高では格が違いすぎるということで、そういう形式が取られている。

 

もっともアーシュラからすれば、対等の条件であっても『ガレスちゃん』と『ギャラハッド』を出して、戦うことも出来るのだが。

 

それは完全に練習にならないのでやめておいた。そういうことだ。

 

「ワタシも最初は加減が分からなかったからね。とりあえずモノリスを狙うよりも、選手を倒すことを狙ったわけですよ」

 

「それで吉田君が『喚起』していた精霊まで使役したんですか?」

 

「意図したわけじゃないけどね。ワタシの妖精魔術ってのは、多分、古式の言うところSB―――スピリチュアル・ビーイングとは違うからね。勝手にそういう風なものを集めちゃうんだよ」

 

そして集めた力を『光輝の剣』として、空中からドカドカと地上にいる森崎達に投げつけたとのこと。

 

赤、青、碧、紫、金色の―――色とりどりの光剣を見た人間たちは、その光景から『プリズマストライク』と名付けたとか何とか。

 

ちなみに言えば森崎達は、光速の異名を持ち、重力を自在に操る女騎士アーシュラ・ペンドラゴンに、クリーンヒットを出すことも出来ずに滅多打ちにされたとか。

 

そんな新人戦モノリスメンバーの叫びは……。

 

『一思いに殺せぇ―――!!!』(大涙)であったとかなんとか……。

 

倍返しすることも出来ず、寸刻みで森崎達を削っていく結果に人々は恐怖した。

 

いやマジで。

 

「妖精魔術……ですか。何だかメルヘンですね」

 

そんなアーシュラの魔術に対して、美月はそんな感想を漏らすも、アーシュラはそうではない様子だ。

 

「そうでもないかも。美月ちゃんだってお母さんが翻訳家ならば知っていると思うけど、『本物の妖精』ってシャレにならないことするからね」

 

「そうなんですか―――って、もしかして『取り換え児』(チェンジリング)とか、ネバーダンシングとかの?」

 

予想外に知識豊富な柴田美月の言葉に満足したように、アーシュラは説明を続ける。

 

「俗称『フェアリーミスチーフ』には、人間に物忘れをさせるというものもある。 あとは子供を森に引き込んで一週間ほど帰さなかったり、美月ちゃんの言う通り、生まれた赤子を妖精の子と取り替えたり。

家の玄関に兎の死体をばらまいたり、と実にバリエーションに富んでいるんだね」

 

「けれど、アーシュラさんは妖精・精霊を使って術を行使している……と」

 

「ワタシの天性でしかないんだよ。だから妖精とか精霊とか、『星の触覚』とも言えるものが自然とワタシの支配下に置かれる。キミの喚起した擬似的な自然霊も、勝手にこっちに惹かれるわけなのよ」

 

その言葉に幹比古は若干、驚嘆する。何度かアルトリアやアーシュラに眼を向けていたのだが、この2人はどうやら自然と『精霊たちの加護』とでもいうべきものを受けやすいようなのだ。

 

確かに天性といえる。その理由は分からないが、ともあれスゴイ人間であるとは言える。

 

「ワタシが言いたいのは、吉田君の喚起する霊体は見ても大丈夫だけど、ワタシの使役する妖精を詳細に見ちゃいけないということ。あちらに視えていることを気付かれたらば、マズイから」

 

「……拐かされちゃいますかね?」

 

「あいつら『上位神秘』の塊だからね。幻想種としての格まで持っているし、まぁそれだけだよ。ワタシの練習風景よりも他を見た方がいいよ」

 

そんな言葉と同時にハンバーガーを皿に乗せて渡された。美月と幹比古の分ということだろう。

 

だが、食い意地張ったということか、それとも四十名以上の三年生を相手に切った張ったをして疲れているからなのか、アーシュラのドラゴンハンバーガーは、ハンバーグが五枚にレタスとトマトもソースも多めのビッグバーガーであった。

 

大口開けて一昔前の少年漫画の主人公のように食べていくアーシュラは、何というか美少女度が半減であった。

 

そうこうしていると、入れ替わりに練習してきたらしき1年と2年の選手とトレーニングパートナーたちが、死屍累々の体で体育館に入ってきた。

 

「乙〜〜〜何だか皆して死にそうな顔しているね?」

 

「アーシュラじゃオーバーワークになると思って、立華に練習相手になってもらっていたんだが……」

 

一番、疲労が少ない司波達也が代表して答える。技術スタッフだから当然といえば当然だが……。

 

「似たようなもんだよ」

 

そんな端的な言葉で、ガツガツと早食いよろしくビッグバーガーを食い切ったアーシュラは、再びドラゴンバーガー及びドラゴンホットドッグを作る様子だ。

 

「え、衛宮さん―――ありがたいんだけど、そんな八面六臂に色々動いていて大丈夫なのか?」

 

五十嵐 鷹輔という男子生徒(一年モノリスメンバー)が、アーシュラにおっかなビックリ問いかける。ちょっと離れた所では姉である五十嵐 亜実が、2つ目のハンバーガーに手を着けていた。

 

入学直後に関わりにあって以来、何もなかった人だったなと思いつつ鷹輔に返す。

 

無問題(モーマンタイ)。あんまり疲れなかったし」

 

その言葉に三年生全員が、苦笑いをする。事実、モノリスを筆頭にピラーズ、早撃ち、波乗り、ミラージの全てで、アーシュラは三年生の魔法力を凌駕してきたのだ。

 

ちなみに言えば十文字は、モノリスとピラーズで後塵を拝したのだ。

 

(分かってはいたのだが、ここまでだとはな……)

 

アーシュラの戦い方は強引なまでの力任せなものだ。技法による巧拙というのを論じる域ではない。

 

寧ろ、そういうのを使わせる域に自分たちがいないのだろう。

 

魔力の『質』。純度の高い魔力で練られた術式はそれだけで、通常のランクとは違ってくる。

 

(『今のはメラゾーマではない。メラだ』というところか。司波の言う通り、どこの大魔王だよ)

 

克人との氷柱倒しにおいて、アーシュラは全ての氷柱を『絶対防御』―――克人のイメージでは、古城の『城壁』―――白亜の城を思わせるものが投射された上で、そこから砲撃を食らったようなものだ。

 

あちらは、硬すぎて強すぎるから撃たせ・殴らせ放題。代わりにこちらはそれ()を攻略する為にあらゆる魔法を投射していき疲弊していくばかり……。

 

その上であちらはいつでも攻撃し放題。更に言えば、その攻撃も重すぎて防御しなければ持っていかれるということだ。

 

だが……。

 

(確実な『成果』は出ている。アーシュラの粗雑だが力任せの戦い方―――『重く強い』術を受けて破ろうとするだけで、それに対抗するための技も身につけていってる)

 

練習相手であるアーシュラや立華にとっては、得にならないことこの上ないが……。

 

2日前にはアーシュラの『プリズマストライク』(虹光剣投擲)に対して、躱すことはおろか見ること出来なかったモノリスメンバー達も、落ち着いて対処することが出来ていたのだから。

 

そんな風に克人が満足感に浸っていたのだが……。

 

 

「―――ならば、アーシュラ。同じく疲労ナシ組たる俺が調理の手伝いをしようと思う」

 

「猫の手はいらない。そもそも司波くん、料理するの?」

 

「ドラゴンハンバーグやウインナーの焼き加減は任せるさ。バンズと野菜のアレコレぐらいはやってやるよ。『レギュムの魔術師』としてな」

 

ジャージの上を脱ぎ、腕まくりをしている司波達也の姿と―――。

 

「分かったわよ。エリカとかレオン君、めちゃくちゃ食いそうだし―――その前にちょい『おまじない』かけてあげる。というか、しなきゃ調理場に立たせないよ」

 

言いながらアーシュラは片手は人差し指を立てて、もう一方の片手は―――達也の胸にそっ、と当てられていた。

 

その自然な所作に達也は何も出来なかった。

 

軽い接触ながらも、息と息、肌と肌が触れ合う距離。

 

「―――、あ」

 

ーシュラ、と続く声が弱い。

 

それは、一方にとってはごく当たり前の魔術で、

一方にとっては頭が『真っ白』になるほどの、柔らかな不意打ちだった。

 

眼を瞑りながらなにかを唱える姫騎士。自分の目線より下にある顔。

瞑られたことで長く伸びて生え揃うまつ毛の長さを見て、リップも施されていないのに瑞々しさを保つ桃色の唇に注目してしまう。

 

―――なによりその顔の端正さ、美しさに眼を奪われた。

 

呪文の意味は分からなかった。だが変化は瞭然であった。達也の体全てをクリーン(清潔)にする―――術。先ほどまで外にいて、色々な粉塵や魔力の残滓を浴びていた体が清められたことを感じる。

 

「……アーシュラ、いまのは?」

 

「簡単に言えば、雑菌処理とか抗菌コートみたいな術式。清潔な状況で何かをしたい時に重宝するんだ」

 

そんな生活の知恵的な術を披露されて反応に困る。

以前に同級生であり、現在『呆然』『唖然』としている友人の衣服の汚れを取ったこともある深雪だが、アーシュラのそれは数段上の技法であった。

 

そういう理屈を兄妹ともども感じたあとには―――。

 

「今のは精霊魔法、いや妖精魔術なのか?」

 

「そういうことー。詳しいことは言えないけど、妖精たちに『ヤッチマイナー』と命令した」

 

誰もがえ゛え゛え……と、現実に対して嘆くような様子。アーシュラのとんでも技はともかく、調理作業は滞りなく終えていく。

 

元々、風紀委員でもコンビを組んでいたからなのか、それとも別の理由でもあるのか『阿吽の呼吸』で、運動後の食事を作っていく2人に一部を除いて感心してしまう。

 

「色々と言いたいのに、この竜肉のウインナーの美味しさとそれに負けないパンの味とか、悔しいぐらい美味しい―――!!!」

 

「司波くんからの愛でも籠もっているんじゃない?」

 

不満を申しながら食われては溜まったものではないアーシュラは、そんな言葉でフォローしておくのだった。

 

その言葉に変化は急遽であった。

 

「達也さん!! ありがとうございます!!!」

「お兄様!! ありがとうございます!!!」

 

大したことはしていないのに、ただ単にパンに野菜とと共に挟んでいるだけなのだが……そう言われてはこそばゆいものもある。

 

ただ過大な評価だろうと、最後の作業である味付けのためのトマトベースのミートソースを掛けるアーシュラを見ながら思う。

 

そんな様子に―――藤丸立華はニヤニヤ笑いながら言うことにするのだった。

 

「何だか新婚夫婦の料理店の切り盛りの様子みたいだねー。しかもオソロのエプロンだし」

 

その言葉に深雪と光井の2人が『はっ!』と気付いたが―――。

 

「ただ単に、これしかなかっただけ。そんな色っぽいものはないよ」

 

そんなにべもない言葉で終わるのだった。いつも思うが、どうにも『この手の話題』になると、アーシュラはいつもとは違うのだった。

 

男を寄せ付けないというか、何とも言えぬものを感じる―――。

 

「まぁ『知識』としては分かるよ。ふつうの女子ならドキッと来るとこなんだよね。……きっと」

 

言いながら、最後のハンバーガーを作ったアーシュラは、達也に渡しておくのだった。

 

「―――いただいていいのか?」

 

「どうぞ遠慮なく、手伝ってくれたお礼だから♪」

 

その言葉と向けられた笑顔に、少しだけ罪悪感を覚えながらも、そのハンバーガーの味は―――。

 

「―――濃厚だな」

 

てっきり『しょっぱい』か『苦い』かと思っていたのに。

 

「最後のバーガーだったからミートソース多めなんだよ」

 

そんなオチであったのだ―――。

 

 

 

「いつになく愛梨のヤツ、気合い入っとるの?」

 

「積年のライバルがようやく表舞台に出てきたからね。まだどの競技に出るか分からないけど、それでも何かの機会で『剣』を交えたいって言っていたから」

 

魔法科大学付属第三高校……通称『三高』の1年生、一色愛梨の出る種目は既に決まっている。

 

栞が語るところの積年のライバル―――というには一度一回だけの大会での邂逅だけなのだが、その姿は今でも愛梨の心に焼き付いている姫騎士だった。

 

 

(あの一回の大会でアナタは私の前から、マジックフェンシングの世界から姿を消した。私はリベンジする機会を逃してきた。『気持ち』は分かりますから、約束をすっぽかされたことを恨みには思いません。

けれど―――アナタを目指して磨いてきた剣を―――私は見せたいんですよ)

 

衛宮アーシュラ―――北米フェンシングオープン大会における名前。

 

アーシュラ・E・ペンドラゴン。

 

彼女の姿―――まだ13歳の頃の姿だけを追ってきた。

 

黄金の聖騎士は、記憶の残像の中にある黄金の竜を追ってきたのだから―――。

 



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第32話『割とヒマな道のり』

八月一日。

 

いよいよ九校戦へ出発する日になった一高のバスだが、いまだに出発出来ないのは偏に親分の到着がまだだったからだ。

 

アーシュラとしては、別に現地集合でも良くないかと思うほどだったが、生徒会長なしでは締まらないということで、炎天下の下、隣にいる鉄面皮と一緒に来ていない奴の最終チェックをせざるをえなかったのだ。

 

要するに風紀委員によるメンバーの乗車チェックというやつだ。一昔前の高速バスでは、当たり前にあったことである。

 

「委員長命令だ♪」

 

という笑顔での言葉で選手すらも立たせる理由は、アーシュラには分からなかった。

 

司波達也だけじゃダメなのかと思いつつ。

 

―――とりあえず『(シルフ)(ヴィヴィアン)(べフィモス)(ユイチリ)』を利用した簡易的なクーラーを展開して、快適空間を作り上げることは忘れずにしておいた。

 

「快適なもんだな」

 

「汗臭い体で隣に座られるのはイヤだし」

 

「失礼な。汗の水分と成分を皮膚と衣服から飛ばすぐらい出来るんだが……それでも臭う可能性はあるか?」

 

「髪や古い角質からも臭う可能性はあるから、ロクに洗濯出来ない日は、それで終わらすこともある」

 

服やシーツを日に干せるような『状況』でないが、それでも清潔な衣類や寝具が欲しい時に、アーシュラはそういうことをすることが多かった。

 

時には包帯やガーゼもそういう風にしなければならなかったのだから……。

 

そんなアーシュラの内心を察していたわけではないだろうが、苦笑する司波達也。そしてようやくやってきた生徒会長の姿に嘆息しておく。

 

(弘一さんも、随分と―――まぁ別にそういうことではないんだろうけど)

 

息子(・・)を気にかけていないわけではないだろうけど、ただ何というか無常なものだ。

 

「アーシュラちゃんもご苦労さま。この炎天下に立たせて本当にごめんね?」

 

「ワタシにお構いなく、存分に司波くんにアピっていてくださいよ。思春期真っ盛りな体を持て余しているんでしょう?」

 

「ちょっ――――」

 

先ほどまで、司波達也にとんでもないアピールをしていた会長は、手合わせの謝罪のポーズのまま絶句した。

 

アーシュラからの迎撃概念武装(心のダメージ)を食らった会長に対して、達也はフォローにならないフォローを入れる。

 

「会長のはただ単にストレス発散のためだけだと思うぞ。別に俺『だけ』に性的なアピールをしたかったわけではないと推測する」

 

()探偵司波達也の推理。つまり真実は―――。

 

「BI○CHってことか」

 

「ああ、『ビーアイティーシーエイチ』だ」

 

真剣な眼で言い合うと同時にシンパシーを覚えつつ、意見を一致させる。

 

「その判断には物申させてもらいたいわね! ちょっと―――せめて達也君はこっちのバスに―――!!」

 

端末を差し出されてアーシュラのチェックを入れると同時に『指定された座席』へと移動を開始。

 

未だに何かを言う会長を後ろに、言われなくてもスタコラサッサだぜという勢いで、『技術スタッフ』が主のバスにアーシュラと達也は乗り込むのだった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「―――誰がビッチだ! ドチクショウが―――!!!」

 

「七草、俺の座席を後ろから叩くな。そしてNGワードを自分から暴露するな」

 

そして著しいキャラ崩壊も起こすなと付け加えるのは、十文字克人である。

 

しかし、それにしても……。

 

「ああいう風なのが、アーシュラの本性なのか?」

 

窓から見ていたやり取りで少しの疑問を呈するも、隣の藤丸は変わらない様子だ。

 

「私も親友の全てを掴みきれているわけではありませんけどね。まぁ人間の感情なんて簡単に分析出来るものでもないでしょ―――ただ、七草会長のように全力で『女』をアピールする尻が…―――いえ、『足軽』女が嫌いなのは事実でしょう」

 

「いま尻軽って言われた!! 訂正したって無駄よ書記長!!」

 

「いい加減、役員解任してほしいもので、ついうっかり『本音』が」

 

「ホンネー!!!!????」

 

藤丸立華の驚愕の言葉に再度叫ぶ真由美に苦笑してから、克人は隣の少女に問いかける。

 

「藤丸。その格好は何だ? 暑苦しいとまではいわないが、夏用の装いとは言えないから、少し気になるぞ」

 

真由美ほどチャラチャラした服装(偏見)ではないが、この車内では珍しく私服(?)を着込んでいる後輩に何気なく聞くと。

 

「私としては、巨漢の克人さんに潰されそうなこの状況が気になりますが」

 

言いながらも別に座ることに立華は窮していない。ただ単に、何故にこの座席順なのかということをもの申したいのだ。

 

この座席順はなにゆえであるか。

 

責任者に問い質す必要がある。責任者はどこか?

 

 

普通に後ろにいるのであった―――。 それに聞かれることも織り込み済みということだろうと思いつつ、口を開く。

 

「別にただの『服』ですよ。強いて言えば制服ですね。お構いなく」

 

「カルデアの制服か」

 

「そういうことです。私の代わりに士郎さんとアルトリアさんを名代として実家に行ってもらったので、形だけでも南極にいる職員一同と心を共にしたいのです」

 

そう言われると、少しばかり羨ましい想いもある。魔法師という形で登録したソーサラスアデプトは、海外に行くことは殆ど不可能だ。

 

特に日本はその傾向が顕著であり、鎖国状態などとも揶揄されているほどだ。

 

だが、それでも初の海外で南極というのは、ちょっと……と思っていたが。

 

「アーシュラ曰く『おニューの水着』も持っていたので、終わればハワイ辺りで夫婦水入らずなんじゃないですかね。あの2人は、結婚してから結構経っているのに、アーシュラが呆れるぐらい、いまだに―――『コレ』ですから」

 

『コレ』という表現に両手を使っての『ハート』作りをする立華に、克人は少しばかり『動悸』が上がる。

 

アーシュラや深雪に隠れて目立たないが、藤丸立華も例外なく美少女と言うに相応しいのだから。

 

そんな内心を押し殺しつつ、少しだけ真面目な会話をする。

 

「玲瓏館美沙夜の行方は未だにつかめない……彼女が奪取したというデータが、ある種の『トロイ』や『ブートトラップ』を仕掛けていた結果。ベラルーシの大使館がウイルス塗れになったそうだ」

 

「その他にも取引相手がいた可能性は、なきにしもあらずですけどね。まぁその辺りは追加調査を待ちましょう」

 

対応としては対処療法でしかなかったことが、どうしても克人としては納得がいかない。確かに警察や思想的な治安組織が、犯罪を『行おう』としているものや計画するものを、『ある程度』の違法性があれば、この日本でも『破防法』で取り締まることは出来る。もちろん積極的にやってしまえば、それは確実に治安維持機関の『超越的』権利を助長する。

 

権力の暴走というやつである。

 

そしてイリーガルな手段で手に入れた証拠だけを元に、その組織や個人を取り締まることは、後々の禍根になる。何より……第二次世界大戦での敗戦は、他の意見を全て軍閥が叩き潰したことにも起因するのだから。

 

けれど―――克人としては納得できない。例え、それが戦後に改められた『検束』という違法手段であったとしても―――未然に防げたのではないかと……。

 

「―――敵の狙いが分かっていながら、無駄足をさせたとは思わないのか?」

 

あれだけの犠牲を払った意味はあるのかと、問いかける十文字克人は静かな怒りを憶えている。

 

だが、それに対して立華は平然と返す。

 

「思いませんね。その場合、待っていたのは―――徹底的な殺戮であり、『捕食』ですよ。第一、事が起こる前に突入すれば最悪、魔術師の工房で死ぬのは克人さん達の方でしたよ。ルイが発動した宝具をお忘れか?」

 

後半の言葉に思い出して怖気を覚えておくも、前半は不明瞭だ。

 

「後半はともかく……前半は、どういうことだ?」

 

既に遮音結界を張って、この剣呑な会話は聞こえなくしている。そのうえで、更に言えば別の違う会話をしているように、立華は周りに見せていた。

 

幻影の魔術である。そうしながら克人に返す。

 

「玲瓏館美沙夜という女はネクロマンシーの使い手なんです。彼女が犬狼を使い魔として使役しているのは、その獣達に人間を食わせることで、相手の『薀蓄』を吸い取らせようとするんですよ」

 

「―――」

 

驚愕の事実。そんなことが可能なのかと聞く前に、立華は告げていく。

 

「中華の食などで言われている『医食同源』と同じく、魔術世界にもそれと同じものがあるんですよ。エリクシールとも違いますが、『補完の術』と言いましてね。簡単に言えば眼が衰えれば眼を食し、肌にシワが寄れば皮を食う。自らの物質的存在を補完するために、そういうことが行われていました」

 

数多の細胞組織に対して再生治療を行い、肥満を病理とする時代では、馴染まないものですけどね。そう苦笑気味に告げられるも、克人としては驚愕の事実だ。

 

つまり―――。

 

「あの犬狼達に人間の『薀蓄』を食わせることで、脳髄に在る記憶を全て抜き出す。そういうことも考えていたはずです」

 

「―――まさか、甲が叩きのめしていた人間たちが仮死状態になっていたのは……」

 

「―――いざとなれば、データベースのコピーよりも『こっち』を取ることを選んでいたでしょう」

 

こっちという言葉と同時に己の側頭部を人差し指で叩く藤丸に、十文字は頭を痛める。

 

事実、森崎瞬など講堂内で倒れ伏した魔法師を食らうべく、獣性魔術を発現させていた連中は垂涎していたというのだから、それは事実なのだろう。

 

「西遊記で徳の高い―――と世間一般には知られている『玄奘三蔵法師』を食べることで、妖怪たちは自分たちも聖者の加護を、不老不死ないし、自分たちも救われたいと願ったわけですから」

 

あまりにも未開なものではあるが、そういったことが信じられてきた時代も在る。同時に、世界規模の寒冷化による食糧危機から『食人』ということが行われた国家・地域もある。

 

如何に技術が進歩したとしても『凍らない大地』があってこそ、食糧生産はうまくいくのだから。

 

「だからこそ、敵の眼をデータベースの方に向けさせたのか」

 

 

他に『食えるもの』があれば、そちらを優先するという、ある種の誘引作用のごとくしたことを詰るも、藤丸立華は変わらない。

 

 

「間一髪でしたよ。もしも森崎君の肉体と脳漿をエーテルごと食われていたならば、それが学校中で行われていましたからね」

 

その眼の真剣さに十文字は、それが決して虚言でないことを確信する。信じたくないが、信じなければ―――多大な犠牲が出るのだと気づく。

 

『あの時』のように……。

 

「……ならば、今回の九校戦はどうなると思う?」

 

「まだ私の『レンズ』には、詳細な未来(さき)は見えていませんが、渡辺風紀委員長と小早川先輩の『星のめぐり』が悪いとは言っておきます」

 

「具体的には?」

 

「逆さの破軍星が見えています」

 

専門的なことは知らないが、その単語の不穏さに、後ろにいる七草真由美ともども緊張してしまう。

まさか三連覇を画策している一高の主力メンバーが負けることもあるのか……。

 

そんな2人とは別に、立華はただ単に勝負事に負けるだけならば、まだ御の字だろうと思っている。

問題は、それが生死に関わってきた場合だ。

 

そんな物騒なことを考えながらも秘密会談はこれにて終了ということで、立華は全ての術を外しながら『寝る』かなと想っていた矢先―――後ろから聞こえる寝息に、何なんだこのヒトはと思いつつ―――

 

「―――将棋でも指しますか?」

 

隣に問いかけ、暇つぶしをしましょうかというものに対して―――。

 

「いいだろう。今度こそ一局取る」

 

挑戦的な笑みを持って克人は答えるのだった。

 

部活連会頭の接待のために、バスに備え付けの電子対局板を起動。

 

対面でなくても打てる。正面のスクリーンにお互いが動かす方の盤面が提示されての方式。

これならば駒が飛び散ることもないし、昔よりは広いが、それでもゆったり空間とは言えないスペースで対局することは出来る。

 

そんなわけで対面ではない。オンラインではあるが、それでも隣り合わせでのタイトル名 『魔王戦』とでもいうべきものが展開。

 

ちなみに言えば、立華は既に、飛車角落ちでも五連勝中であり、そろそろ克人としても互先で一勝したいと想っているのだった。

 

その頃の技術スタッフが主のバスにおいては……。

 

「あっ司波君、それツモ7000点」

 

「こんな所で運を使うな。くそっ、何か俺が狙い撃ちされている。五十里先輩と中条先輩がダンチのように見えてくる」

 

言い訳じみた咎めの言葉を言いながらも、麻雀牌をかき回す手は淀みない。

 

ソレに対して、点棒をいくつも積み上げた金髪少女が王者の体で言い返す。

 

「別にオヒキが必要な雀力をしているわけじゃないよ。単純にキミが弱いんだよ―――」

 

「二重の意味で『なかせてやる』……!」

 

そして牌を積み込み、牌を切っていく。その所作―――。

 

五十里も中条も―――麻雀を知らないわけではない。

 

当然、達也も知識としては多くのことを知っていたのだが……。

 

「ごめんなさい。司波くんロンです」

 

「なぜ勝てない……!」

 

中城先輩がすごい役で上がってきた。役満ほどではない、いわゆるトイトイホーなのだが。

結構、不条理な結果が積み上がることに司波達也は頭を抱えたくなる。ツキとか運とかで決まってしまっている現状に、こうなれば精霊の眼で牌を『透かして』見るかと想っていた所に―――。

 

「アンタ―――思惑が透けてるぜぇ」

 

恐るべき哭きの竜(ペンドラゴン)の言葉の間にも牌は切られていき、最終的には司波達也が『ハコ』となった時点で麻雀は終了となるのだった。

 

「何というか司波君、勝負勘はあるんだけど、すごい役で上がりたがるのが眼に見えているからね」

 

「けれど最初の配牌は見えないじゃないですか―――まさか三人ともツバメ返し(積み込み)を」

 

五十里啓の苦笑しながらの言葉に反論するも、そんなわけあるかと三人とも苦笑するのだった。

 

 

「やれやれここまで負け込むと麻雀じゃなくて花札の方が良かったかしら?」

「お前の人種が分からなくなる言動だな……」

 

情けを掛けられたことに色々と考えるが、まぁ暇つぶしの有意義な時間であったことは間違いない。

 

「少し話を変えるが、アーシュラはアイスピラーズに出なくて良かったのか?」

 

「そっちは、あの三人(深雪、雫、エイミィ)でいいんじゃない。わざわざ面子が足りている所に、食い込ませなくてもいいでしょ」

 

そうは言うが、あの三人(深雪、雫、エイミィ)に容易く勝っていたのが、アーシュラなのだ。

少しばかりもったいないような気もするが……。

 

「ワタシじゃ『城』を展開した時点で深雪ちゃんに勝っちゃうわよ。それは―――二重の意味で好ましくない事態でしょ?」

 

「……深雪が聞けば怒るだろうな。けれど―――お前は俺の妹を怖がらないもんな」

 

先ほどの意趣返しをされて、何となくやり返したい気分の言葉だが……。

 

「怖がる理由とかある?」

 

それは深雪に対する親愛ゆえとかではなくて、単純に『お前の妹が凄んだところで全然怖くない』という意味だろうと達也は感じた。

正直言えば、そのうちアーシュラが深雪に対してゲンコツを落とすシーンがあるような気がするのだ。

 

「まぁボードとクラウドで、『それなりの成績』収めればいいでしょ。春日さんと里美さんじゃ他校相手に不安だもの」

 

知らぬものが聞けば、なんたる増上慢で大言壮語かと思うも、実力を知っていれば何でもない話だ。

 

もっともそれなりの成績とやらが、どれだけの辺りなのかは、個々人の尺度によるのだろう。

 

そう想っていた時に、少しだけ一家言あるのか3年の木下という技術スタッフが、前の方で言いづらそうにしているのを『感じた』。

 

次いで、近くに座っていた五十里と中条が何かを切り出す機会が来たとして、口を開こうとしていた。

 

「―――そのことなんだけど、衛宮さんには『もう一つの競技』に参加してほしいんだよ」

 

「いや、ミスター・イソリ、参加選手の競技種目登録は2つが限度なのでは?」

 

なぜいきなりミスター呼ばわり。しかもミスター・ソーリーに聞こえかねないおまけ付きではあるが、達也も知らない話をしようとする五十里に対して耳を立てていると―――。

 

前方を走る選手専用車両―――当然、こちらとは車間距離はバッチリ空いているのだが、それでも異変が起こったことを何人かが認識する。

 

特に妹の感情や危機に『自動反応』する兄と、マスターの危機に『自律反応』する使い魔(サーヴァント)が―――その事態に『救いの手』を伸ばすのだった。

 

 

 



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第33話『割と忙しい道のり』

思いついたアイデアの一つに走り屋の霊が乗っている事故車両が、ロマサガ3のナハトイェーガーのように追ってきて、バスの上に乗って射撃をするアーシュラを乗せつつカーチェイスをやるというものもあったんですが、アニメ版だけですが、選手バスの後ろの作業スタッフ車両が三両あるのを確認して現実的じゃないな。ということでボツに。

まぁ原作ではどうなんだろうと思いはしたんですけどね。


 

 

 

 

十文字と隣り合った藤丸立華の姿は詳細にはこちらからは見えない。だが、何かしらの密談はしているだろう。最前列の最前席に陣取る2人を嘆息気味に見てから何気なく考える。

 

『ふつうの女子ならドキッと来るとこなんだよね。……きっと』

 

自嘲するような笑顔で言うアーシュラを思い出すに、何というか色々とアンバランスな子だと思えていた。

 

(能力だけでは、人は測れない。そういうことなんだよな)

 

あれだけ可愛くてスタイル抜群ならば、もうちょっと違う生き方もあっただろうに……男を寄せ付けない拒絶した生き方に、羨望の念を渡辺摩利は持つ。

 

昔の自分も剣の道に入った辺りは、まだそういう男女のアレコレなどどうでも良くて、人間として、魔法師として、武人として栄達することを望んでいた。

もちろん家族からの期待も多分にあったが、それを煩わしく思うことはなかった。

 

そんな風に過ごしていた多感な中学生の時期に、千葉流という魔法剣術の流派―――日本の軍隊格闘術の地位にあると言っても過言ではないところの『本家』『本道場』に招かれた摩利は―――。

 

 

(エリカにさんざっぱらやられたからな。あの頃は鹿取姓で、まさかシュウの妹(千葉家の娘)だなんて分からなかった)

 

油断していたわけではない。しかし、自分と同じく生え抜きであろうということで胸を借りたらば……。

 

だが、それを切っ掛けに師範代たる千葉修次との距離が近づいた。

最初は『女』が傷ついた『ここぞという時』に手を差し伸べたシュウを、少し胡散臭がったが、それでも親身に、されど時に厳しく教えてくれるシュウに、女としても憧れを持つまで時間は然程いらなかった。

 

「あれこそが全ての切っ掛けかぁ……」

 

摩利の体験談と同じくさせるのは、ともかくとして彼女にも、自分を世界さえも変えてしまうような存在と瞬間がやって来るならば……。

 

(無理かなぁ)

 

色んな意味でハイスペックすぎるアーシュラに、そういう『出会い』は来ないような気がするのだった。だからこそ、一年の『準エース』である司波深雪に睨まれても、司波達也と一緒の乗車チェックをさせていたのである。

 

そんな摩利の内心は、隣りにいた千代田花音によって看破されていた。

 

「……なんか摩利さん。あの子に対して甘いですよね?」

 

「贔屓したい後輩の1人や2人いてもいいだろ? お前も風紀委員長になるならば、アーシュラと上手くやるようなんだぞ?」

 

解任したいならば解任してもいいが、彼女自身に明確な失態が無いならば、後任委員長は『私的かつ恣意的な人事異動』を行ったと陰口を叩かれるだろう。

 

アーシュラは、それでも構わないと言いそうだが……。

 

「そりゃ、そうですけどぉ……」

 

「まぁお前が不機嫌になる理由は分かる。五十里のやつがアーシュラに興味津々だったからな」

 

「あの子自身じゃなくて! あの子の魔法技能に関してですからね!! 私と啓の愛は日本海溝よりも深くて、マッターホルンに穿たれるザイルよりも固いですからね!」

 

分かっているよと言いつつも、どういう比喩表現だとツッコみたい気分を呑み込んで考える。

刻印魔法を主に専攻する五十里家の人間からすれば、クー・フーリンという槍兵の使い魔との戦いで出した『クレストアーツ』という戦技は、かなり興味深いものとして耳目を惹いたのだ。

 

「アレは私も衝撃的だったよ。拝見したのは映像だけだが、あんな魔法剣術があるだなんて」

 

同時に、クー・フーリンも朱槍を時に『ルーン』で強化付与している所も見た。

つまりアーシュラの剣は、英雄クー・フーリンに素のままでの戦いを許さないとんでもないものということだ。

ともあれ、そういうのを見た結果、ここぞとばかりに九校戦という機会を狙ってアーシュラとの接触が多くなったのが、この不機嫌の原因ということなのだった。

もっとも、『それは禁則事項です』『なんだぜ!』などと、金色の喋る『匣』と共に言われてしまうのだったが……。

 

そんな摩利や花音の話を聞いていたわけではないだろうが、一年女子組の中でも話は上がるのだった。

 

「お兄様は1人でもいいと言った上に、アーシュラもメンドクサそうな顔をしていたというのに無理やりタッグを組ませても、モースト・デンジャラスコンビも同然の噛ませ犬にしかならないというのに」

 

ぶつくさと文句を言う女子1人。これが然程でもない容姿の女子であれば、無情にも『無視』を決め込むかもしれないが、あいにくながら言っているのが絶世の美少女であるならば、周囲にいる友人たちは何とかしなければならないと想ってしまう。

 

司波深雪(雪の女王)の侍女よろしくフォローをするのだった。

 

「―――――だから衛宮さんがいてもいなくても、仕事をこなした達也さんは立派だよ」

 

「そ、そうね。雫……ありがとう―――」

 

北山雫のとんでもないヨイショを以て、色々と落ち着いた深雪に誰もがホッとする。

ただそんな一年女子の中でもアーシュラとも付き合いが多い明智英美ことエイミィは、少しだけ思う。

 

(けれど、司波くんと一緒にいるときのえっみーは、どこかいつもと違うんだよね。相津君とかにはそれなりに外面よく対応するんだけど……)

 

それが何なのかは知らないが、アーシュラは深雪以上に謎の女子だ。

 

(しかも『マルミアドワーズ』って言えば特級の聖遺物じゃないかしら? ヘラクレスの武器であると同時に、『アーサー王』の剣じゃない……)

 

エイミィもアーシュラと同じく純日本人とはいえない人種である。英国にその血のルーツがある人間なだけに、入学初期の『騒動』において、アーシュラが行った大立ち回りを知って、同時に『アッド』なる喋る匣とも何度か会話したのだが―――。

 

(―――まぁ考えるのは止めよう。お婆様も『アルトリア『陛下』とその『姫』に粗相がないように』とか、ものすごく畏まったことを言ってきたし)

 

エイミィも『時計塔』のことは『それなり』に知っているし、実家が一時はそちらに在籍していたらしいが、『色々』あって時計塔及び西欧財閥とは距離を置いているらしい。

 

その伝手で、衛宮家のことを知ったのだろう。だが畏まるなんて真似は出来ない。

だって『えっみー』は、やっぱりエイミィにとって、友達であり―――夢にも見てなりたかった姫騎士なのだから。

 

 

などと考えていた時に『異変』が起こった。

 

静岡方面への高速での下り車線を走っていた自分たち―――特に急ぐ旅路でもないのか第一走行車線側をオートで走っていた時、反対に東京方面へと向かう上り車線を走っていた車に異変が生じる。

 

「何アレ?」

 

オート走行をしているがゆえにあり得ぬ『ふらつき運転』を行う車。本来ならば、車体の異常を感じた車側からの自動での制動(オートセーフティ)がかかるはずの異変が終わらずに、乗っている人間がいるのかどうか分からぬそれが―――。

 

更にスピンアトップスピンスピン!!……など戯けて言うには不謹慎ながらも、そういう行動をとる車。

 

ドリフト走行なんてカッコいいものではない。タイヤがパンクしたのか、ホイールか車体カバーが道路を引っ掻いて火花を散らす。

 

その盛大な様子に対岸の火事とするには、少々異常すぎた。まだ公共道路を自動走行車両が走る前の、人の手での『マニュアル走行』の車で、ドライバーの意識不明などで反対車線の車が速度を上げたまま、中央分離帯に乗り上げて、こちら側に―――。

 

(想像通りになってしまった!!!!)

 

だが明らかにおかしい。一番右の追い越し車線すら越えて、こちらにまで飛んでくる様子は。

 

後ろとの車間距離の関係、ブレーキ等々を考えた末に―――急停止。追突は無いが、制動するにはマズイ距離で事故車は防壁として正面に座した。

 

火を上げて更に炎壁と化したそれが、進路を妨害する。車線変更することも不可能なそれに対して―――。

 

「吹っ飛べ!」

「消えろ!」

「止まって!」

「っ!」

 

多くの魔法式が乱舞して、明らかに重複された現象改変を前に、適切な力が発動されないのだ。この状況下では、一番の魔法力を持つ連中でも何も出来ない。

 

言の葉を必要としないCADでの行使でも粗雑な言葉を上げて、術の行使を確実にしようという態度が『魔術師』からすれば失笑を買う光景だ。

 

だからこそ―――。

 

「―――『メイオール』―――」

 

一言で発動した術は、場に吹き荒れる『式』から発するサイオン全てを『砕かれる前』に『統合再編』、愚か者どもから簒奪した術式が全て一つの術式に構築されて、『フィールド』を整地した。

 

「私が火を!!」

 

その驚愕の『様子』を見ていた深雪だが、ともあれ炎壁への対処が可能となったことで深雪は炎を消すことにした。

 

「克人さん。防壁を」

「分かった」

 

瞬間の判断だが、事故車両と衝突する選手専用バスの前方に壁が出来上がり、そして―――。

『原型』を留めながら、ふっ飛ばされたことで―――全ては終わったのだと誰もが安堵するのだった。

 

安堵の息を着いた面子が多い中、後ろのスタッフたちの車両から無事かどうかを尋ねるコールが鳴り響く。危機一髪の瞬間を乗り越えたあとだけに、誰もが簡単に出ることは出来ない。

 

そんな中、ハンズフリーの状態で応答に出る藤丸立華は、どうやらアーシュラからの通話を受けているようだった。

 

「アーシュラはなんと?」

「エイミィと私は無事か? と聞いてきました」

 

その言葉に立華の隣に座っていた十文字克人は渋面を作る。

 

「―――俺のことは心配すらしていないのか……?」

 

若造らしい嫉妬心を持って立華に言うも、肩を竦める立華。

 

「いやいや、防壁を張ったのは克人さんでしょ? アーシュラはアナタを信頼しているんですよ。それより現場保全に向かいます」

 

「―――俺も行くか?」

 

「親分ってのは、あんまり腰を軽くしてあちこちに行かず、後方でどっしり構えていることも重要だと思いますよ。将棋の指し方も同じなんですよ。

重さ・硬さを信条としているならば、どっしり腰を据えて駒を動かしてくださいよ。時々によって軽打ちしているから隙になるんです」

 

その言葉に先ほど負けてしまった対局を思い出した克人は苦笑する。

結局、将棋の指し方と同じく自分の在り方に、組織の長としてダメ出しをされてしまった。

だが、なんとなく分かる。しかし、自分が動くことで皆を引っ張ってきたとも想っている克人としては、まだまだ……そういう風にはなれそうになかったのだ。

 

降車して事故車両に向かう藤丸立華を見送ると、そこに後ろの席から渡辺摩利がやってきた。

 

「十文字、先ほどのバカモノどもの魔法式の乱舞を『鎮めた』上で『奪った』のは……藤丸か?」

 

バカモノどもという言葉で、後ろにいる連中の大半が呻くようにしたが、それは置いておき、質問に答える。

 

「そのようだな。何をやったかは俺に聞かれても分からんぞ。ただ隣にいたからな。呪文詠唱の言葉は分かる」

 

「なんと言っていたんだ?」

 

同輩の追求の言葉に対して、素直に答えるべきかどうかを少し考える。なんやかんやと功労者を売るようなことはしたくないのだが―――。

 

「摩利、他人の魔法を探るのはマナー違反よ。例えそれが詳細なことでなくても、たとえソレが呪文の名前だけだとしても、ね」

 

「―――まぁそうだな……。すまん、不躾だった」

 

後ろにいて寝息を立てていたはずの七草真由美が起きて、そんなことを言って渡辺摩利を窘めて、追求は止みになったが再びの運転再開まではまだ掛かりそうだ。

 

窓の外を見ると、技術スタッフの男子生徒―――司波達也などの姿に混じって、藤丸立華に合流するアーシュラの姿を見る。

現場の保存を率先して行いながら見えてきたご遺体―――『仏さん』に合掌、念仏を唱えてから、降霊術で『仏さん』の声を聞いている様子から、

これを『意図』して全員の魔力と魔法式を統合して、克人の防壁で車体を砕かせないように保護したのだと気付かされるのだった。

 

「二手、三手と先を見越して手を打つやつだな……」

 

「そうね。十文字くんの投了は、かなり早かったものね」

 

後ろから毒を吐かれながらも、次回に向けて何とか勝つべく克人は棋譜並べをしようとした時に……。

 

「どうせならば、私と一局指しましょうよ。交通警察の人も来たみたいだし、結構掛かると思うわ」

 

「―――まぁそれもいいか……」

 

そんな言葉で自分を納得させつつ、同輩にも負けたらちょっとアレであろうと思い、克人はできるだけ最善手を打っていくことを決意するのだった……。

九校戦でも、この判断を見誤らないためにもトップは2人は、勝負勘を養っていく―――。

 



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第34話『Requiem』

宿泊施設に着いたのは、結局30分のロスがあったわけだが、他校との積み込みのバッティングになることもなくそれぞれで荷降ろしの作業になる。

CADなど道具類の管理はしっかりしておく。他人が持って動かしたりするだけで扱いにアレコレと言われる可能性を考慮して、自発的に皆がそれぞれで荷物を降ろしていくのだった。

 

かなり昔の長距離バスの車体下部の『トランクルーム』のように、乱雑なものではないが……ともあれ、準備は必要なのだ。

 

「アーシュラ、部屋に着いたらば『準備』を手伝ってくれる?」

 

「分かった。とはいえ、ワタシとリッカ、相部屋じゃん♪」

 

『フォーウ』

 

ケージに大人しく入れられていたネコが、早く出せーと言わんばかりに荒ぶっている。そもそも、こんなケージ無いも同然のくせに、弁えたネコである。そう思って台車に乗せると同時に解き放ってあげると、すぐさまアーシュラの首に移動して大人しくしていたので首筋を撫でてあげる

 

そんな2人を見つめていた男は溜息を突く。別に、恋煩いとかそういうことではない。ある種の諦観の溜息であった。

 

その後に浮かべる沈んだ面持ちは知り合いの関心を呼んだ。

 

「どうした? 随分と辛気臭い顔しているぞ」

 

やってきた知り合いは、いつも通りな様子で人に話しかけるのだった。

 

「ああ、悪い。少しばかり考え事を―――」

 

「勝負事の前にその顔はやめとけよ。運が逃げるぜ服部」

 

(ゲン)を担ぐ。そういう意味では、自分は副会長失格だなと感じた服部は、一時期は隻腕になっていた桐原武明の言に苦笑する。

 

「悩みがあるならば聞くが?」

 

「悩みってほどじゃないが……いや、悩みだな。先ほどの事故だよ。俺は一高の副会長だってのに何も出来なかった。それ以前の四月のブランシュ事変でも何も出来なかった」

 

「自主退学した司主将の如意棒でぶっ叩かれていたんだっけか? それを言うならば、俺も会長さんも風紀委員長も似たようなものだろ」

 

自嘲気味の桐原の言葉に想いは同じだったようだ。

今回の九校戦メンバーで、色んな想いを衛宮アーシュラと藤丸立華に抱かない人間はいない。

 

特に服部はその想いが複雑な人間の1人だ。かつてまだ一年生の頃、十師族なにするものぞという想いで、上の学年であった十文字、七草という存在にも噛み付く―――ある意味、ケンカ犬な面もあったのである。若気の至りというやつだ。

 

そんな自分が実力主義という校是に則りやられたことで、その態度は改まったが……。

 

「―――あの2人は、会長も会頭も簡単に越えた力を持っている。魔術師である、ないとかは関係ないとしても……」

 

あの2人は、そういう軛にはいないことが、色々と複雑なのだ。

 

「羨ましいのか?」

 

「―――、血筋や遺伝子操作の強弱で力が決まっている業界なんだ。俺もそういう生まれた時点での『差』を覆したかった」

 

結論としては、2人が羨ましい。そういうことだった。ある意味では成りたかった自分の理想形があったのだから。

現在の師族制度や、数字持ちの家による権力の『世襲』を覆せる変革者になりたかったのだ。

 

もっとも、そういう出る杭は打たれる的に、数字持ちの家による『取り込み』というものはあるのだが。

 

そんな汚い力の奪取を知らない2人だが、桐原は少しばかり異論はあるようだ。

 

「遺伝子操作はどうだか分からないが、血筋って意味では衛宮はかなり古い家だぜ。そういう意味では、少し毛並みは違うかもな」

 

「そう、なのか? いや、けれど魔術家なんだろ衛宮家は? なんでお前知っているんだ?」

 

「不可解なのは分かるが、俺のオヤジが海軍勤務でな。一時は戦史研究所勤めの時に『エミヤ』の名前を知ったらしいな―――その足跡はざっと、100年以上前に遡る」

 

職務におけるコンプライアンス違反ではないだろうかと思うも、ある種の情報の持ち出しなのだが……まぁ人の口に戸は立てられぬ。

ある程度の守秘義務契約は結べても完全には無理なのだ。

 

「―――――――」

 

その言葉を疑うわけではないが、それでも何故魔術師の名前が『軍事』の世界に出てくるのか。

服部からすれば様々な疑問はあったが、ともあれ桐原の話すところ衛宮家の何代目かは分からないが、軍事史に出てきた人物の名前は、『衛宮切嗣』という。

 

桐原の説明を受けて衛宮切嗣という人間を端的に述べれば、『殺し屋』『暗殺者』―――あえて言えば魔術師のゴルゴ13とでも言うべき人物だった。

 

まだ第一次冷戦構造が存在していた頃から、多くの紛争地帯で要人暗殺や、ゲリラの『戦力』である子供兵士(チャイルドソルジャー)の『一掃』、場合によっては矛を交えている両陣営の主導者を殺害することも多かったらしい。そのバリエーションは毒殺、爆殺、狙撃―――他人や周囲にどれだけの犠牲を出しても行っていたとのことだ。

 

「その関係で、災害救助、現地復興という名目で『現地派遣』された日本の―――当時は『自衛隊』という国防軍とも敵対したなんて話も残っている」

 

「そんなことが………!!」

 

「かつて無差別テロ事件として世間に報道された大惨事が、じつはただ一人の魔術師を標的とした衛宮切嗣による犯行ではないかという推測まであったほどだ。まぁ確証は無いんだけどな」

 

聞けば聞くほどに悪人という表現と、ゴルゴ13と同じく『無政府主義者』(アナーキスト)という表現が似合う人間だ。かの悪名高い『四葉』を想起させる所業である。

 

「そんな衛宮切嗣も、ある時期から、その手の汚れ仕事から足を洗ったのか沙汰止みになったそうだ。理由は分かんないが、まぁその後―――衛宮の名前は国家戦争・紛争(ナショナルウォーズ)から消えていったそうだが……」

 

「が―――?」

 

「能力開発魔法師の誕生と前後する時代に、再びエミヤの名前が戦場に響いたそうだ。まぁそれは置いておくとしても、今代のエミヤ―――士郎先生、アルトリア先生とアーシュラ後輩も、恐らく現実の戦場にいたんだろうな」

 

「――――――」

 

硝煙棚引く戦火の戦場に、あの色々と話題を振りまく人々がいたなど……ちょっと想像が出来ないのだ。

 

「何をやっていたかは分かんねぇ。ただ時々、剣術部及び剣道部に手伝いにきたアーシュラ後輩が、相津の治療をやる際に言っていたんだ。

『怪我をした包帯が清潔でないと破傷風になる可能性もある。場合によっては、蛆が湧くことも』って。みんなは大袈裟なって笑いながら顔を赤くする相津とかを見ていたんだけどよ―――何となくあの人達が居た戦場での『環境』が分かっちまったんだよ」

 

「………」

 

実際、壬生紗耶香の保健室に行く前に、アーシュラは怪我人の治療に奔走していたほどだ。

藤丸立華もまた同じく……その御蔭で後遺症もなく生活を送れているのだから。

 

「―――まぁあんまり気にしないほうがいいと思うけどな。人それぞれだろ。上を見ているだけじゃ果てがない。けれど、追いつきたいならば見ているだけじゃなくて教えを請わなきゃな。

壬生がアルトリア先生に教えを受けて伸びている様子は―――正直、羨ましいね」

 

その言葉でシメということだったのだろう。服部もあの『冥獄のデスマーチ』(指揮者 衛宮アーシュラ 伴奏者 藤丸立華)を乗り越えてきたのだ。

 

手応えは感じている。一年前の九校戦よりも俺は強くなっている。

 

「―――やってやるさ」

 

崩れ果てた大講堂を軽快に飛び回り、戦場のバランスブレイカーとなった衛宮アーシュラほどでなくても、やれるだけはやってやろうと思うのだった。

 

 

† † † †

 

 

「それじゃ、あの事故車両は『魔法』による作用でああなったんですか?」

 

「ああ。詳しいことは分からないが、最悪の場合、幽霊車としてハイウェイでのカーチェイスが行われていたかもな」

 

「それは―――?」

 

「あの時点で仏さんの残念を怨念として定着させようとしていたみたいだ。オカルトすぎるが、公道を走るゴーストカーの誕生だな。本家で時々読んでいた『極楽大作戦』のオープンカーみたいにな」

 

「何とも……」

 

「もっとも、その前にアーシュラと立華が『あっちに帰ったほうがいいです』とか説得していたからな」

 

幽霊の成仏に説得とは、なんて正攻法と深雪は思っていたが―――達也は、その片方でアーシュラがアッドを懐から出して、『ウマそうだぜ!!!』などと言わせていたのを見ていたので、まぁ余計なことは言わんでおこうと思った。

 

マフィア(梶田)のやり方であることは間違いなかった。

 

「何にせよ、何者かが一高ないし一高にいる誰かを狙っているようだな」

 

この程度の『イタズラ』ならば、まだ何とでもなる。

 

だがコレ以上のこと……サーヴァントないしそれに準ずる存在が自分と深雪に害するというのならば―――。

 

「……―――」

 

「お兄様?」

 

「いや、何でもない。まぁあんまり気を揉まないでいいよ」

 

「―――はい」

 

そうして妹を安堵させながらも達也の脳裏に過ぎったのは、アーシュラをふたたび修羅の戦場に送らざるを得ない嫌悪感だった。

 

彼女に剣を執らせてしまうその惰弱に、何より―――彼女が血塗れになることに対して、すごくイヤな気持ちになったのだ。

 

そんな中、ホテルを歩いていると、ロビーのソファーに座っていたエリカに声を掛けられる。彼女は選手でもエンジニアでもないので、何でここにいるかを誰何するも、まぁ―――何というか総評すれば応援団ということだった。

 

とはいえ、それにしても早いお着きなわけで、会長と同じくらい媚態を強調した美月と大荷物を運んできたレオと幹比古がやってきて、『いつものメンバー』の大半が揃ったのだった。

 

なんやかんやと嬉しい限りに頬を緩ませていた時に―――。

 

 

「 やぁぁぁっと着いたぜ―――!!! 富士山!! 出雲からの道のりは長すぎる!!!」

 

「それでも七高や九高よりは速く着いたほうでしょ?」

 

「それで納得できるお前は我慢強すぎるぜ、エリち〜。他がどうとかよりも気分の問題だ。第一、アイツらいざとなれば飛行機使えるじゃないか」

 

「そういうもんかしらね。とにかくあんまり騒がないでよカリン。アンタのせいで無用な注目を集めているんだから」

 

一高と入れ替わりでやってきた、島根県出雲市にある六高の制服を着た2人の女子生徒―――一方は腕を上に伸ばしながら快活に言う。

 

桃色の髪(ストロベリーブロンド)―――染めているのか、それとも生来のものかは不明のロングヘアの少女を窘めながら、青みがかった黒髪の少女は嘆息する。こちらはショートヘアだが、前髪の一房に『赤いつけ毛』なのか、それともアクセサリーなのかを着けている。

 

どちらも人目を惹く美少女だ。何より―――その制服をかなり『改造』した姿にぎょっとしたのもある。

 

先ずはスカート丈がかなり短い。都心の高校でも確かにちょくちょく見かけるが、それにしたって魔法科高校の『流行り』ではない。

 

インナーガウンは通常通りだが、ともあれ―――かなりアレな格好の女子2人の姿に―――。

 

「ほら『ボイジャー』行くよ」

 

「―――うん、エリセ。いま行くよ」

 

金髪の―――魔法科高校の制服を着た少年。背丈は恐らく中条あずさよりもやや高い。だが当然、先導する2人の女子よりも低い。

ギリで中学一年ぐらいだろう少年は、とっとこ歩きながら2人の女子に追いつく。

 

その『ボイジャー』なる少年に、達也は『じっ』と見られていた。敵意でもなし、好意でもなし―――何とも言えぬ『純粋な視線』に、世事の垢をこの歳で舐めているとも言える達也は、少々いたたまれないのであった。

 

子供が苦手な達也にとって―――ボイジャーという少年は、年齢通りだとしても少し避けたいと思えるのだった。

 

 

そして―――懇親会が始まれば―――ナニカが起こると達也は確信していた……。

 

 

 



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第35話『懇親会の一幕』

冒険が―――25日に始まる。うふふふ、どんなストーリーなのかしら。

無淵楽しみー(爆)


 

「―――素は星の落涙なり―――スターズ、コスモス、ゴッズ――――」

 

魔術師の工房づくりは、どこでもやっていることだ。特に遠出して自分の拠点から離れた場合、自分にとって住心地のいい空間を作るのは『当然』のことだ。

 

ルームサービスの類を全て断った上で、自分の部屋を整地した藤丸立華を見ながら、衛宮アーシュラも呼気を吐いて、己にとっていい空間を作った。

 

いわば『巣作りドラゴン』である。全ての作業を終えて一息つきながらお茶を飲んで、この後のことを考える。

 

「懇親会は出なくてもいいのですが、美味しい料理も出ますからアーシュラは行きたいですよね?」

 

「そこまで食いしん坊じゃない。リッカが行きたくないならば、いかないけど?」

 

「行きましょう。私としてはあの事故車両の件が引っ掛かっています。別に『魔法師』絡みのテロ行為ならば、私達が関わる道理はありませんが―――」

 

ことは色々と、根深いものがあるのだ。もっとも、今回、一番まずいのは……。

 

「死徒の案件と教会連中がこの近辺で動き出している、か―――目的があって捕まえた巨大ワニと巨大アナコンダとが逃げ出して、近くの湖で泳ぐパリピ(死語)たちどもを食い荒らすパニックムービーみたいよね」

 

「ぶっちゃけそういう表現は正しいでしょうね。そしていざとなれば、そうなるはずです」

 

「軍事基地なんて襲ったらば、アイツラも総出で『同業者』たちにやられると思うけど―――そうはなんないわよね」

 

『聖堂教会』が、どういう人間を派遣してくるかである。騎士団がやってきても面倒だが、代行者であってもアウトである。

 

ましてや、『埋葬機関』の連中なんて……。

 

「まぁ『お坊さん』たちに期待しましょう。私達にことが及ぶ前に終わってしまえばいいんですから」

 

「――――――そうは考えていないでしょ?」

 

「トーゼンです」

 

半眼で立華を見ながら問い詰めると、あっさりと白状されたことでアーシュラは溜息を突いて、幼馴染の考えに追随しておくのだった。

 

「まぁ少しは前向きに考えておきましょう。結果的には菩提法事をすっぽかしたのならば、私達は『祭り』を行うことで、彼らの霊を少しでも良いものとするべきなのですから」

 

「七夕は既に終わっちゃったけれどもね―――分かったわよ。けれど、ううう〜〜〜」

 

「言いたいことは分かるわ。結局、私が『薦めたばかり』にああなってしまったものね。ごめんなさいマイサーヴァント―――!!」

 

「もういいわよ。今回はリッカも一緒だから奇異と好奇の目は半減だろうし……」

 

「アンジェリーナとコウマもいれば慰めてくれたんだけどね。―――と、そう言えば九校戦には、『ダークジェネラル』レツ・クドウが、毎年観戦に来ているそうよ」

 

その言葉にアーシュラは、最大級に不満げな顔をする。

 

「―――処す?」

 

「やめなさい。いや、気持ちは分かります。むしろ同意したいぐらいです。ですが、既にマイスターケンの日本への帰還のプロセスは始まっています。ここでそれはマズイでしょう?」

 

その言葉にアーシュラは、最大級に複雑な顔をする。

 

「まぁナニカ言われたならば応じましょう。それだけです。―――が、あのお方の『悪ふざけ』に付き合う道理はないわけですから―――」

 

そんなサーヴァントの感情を理解して『悪企み』をする立華の顔にアーシュラは、同じような顔をする。

 

「カルデアの『流儀』でやって構わないわけね?」

 

「当然です。聖杯でうどんを作ったムサシちゃんだって、反省させられたんですから」

 

「それは至極当然だと思うわ」

 

「ハイソウデスネ」

 

流石に英国の騎士、聖杯に関しては一家言あるようだ。円卓の騎士にとって、聖遺物『聖杯』はどこまでも探求していたものなのだから。

 

その類縁たるアーシュラがそういう感情なのも当然であった。

 

ナニはともあれ―――2人が懇親会という名前の立食パーティーに参加するのは決定となるのだった。

 

 

借り物のブレザーに袖を通しながら、何気なく周りを見渡すと、アーシュラと立華がいることを確認する達也。

 

確認したあとには近くに居た七草会長が少しだけ愚痴る。

 

「本当は出たくないのよね、これ……」

「会長だけはそういうこと言ってはダメだと想います。あの2人だって、一応は出ているんですから」

「達也くんがツライ……」

 

不満げな顔をする会長を見てから少しだけ思案にふける。

 

学校の威信をかけた戦い―――というのが、名目上の九校戦のお題目ではあるが……。

 

(正直言えば、私立のスポーツ特待のように越境入学も可能な中、そういったことは意味があるのだろうか?)

 

当然、魔法科高校とてどこもかしこも一律一様な制度とカリキュラムを実施しているわけではない。

2科制度を採用している学校とて9つのうち3つだけなのだ。

 

校風もそれぞれでバラバラ―――だが……。

 

(優秀な魔法師の子女子息というのは概ね、己の『支配地域』から離れることを好まれない。それ故に、ハイティーンの年代がいる家は、有事に備えて地元校に進ませるのが普通だ)

 

それゆえの『一条』と『一色』という北陸支配の魔法家を有する三高が、新人戦の脅威と呼ばれている所以である。

 

(もしくは、俺や深雪のように『隠れている』か、だな)

 

そんな情報は、当然自分たちに来ていない以上、大丈夫だろうが……。

 

「達也君、ちょっといいか?」

 

「何でしょうか?」

 

思案思索を断ち切る形で達也に話しかけてきたのは、渡辺摩利であった。

 

「あの2人、特にアーシュラから眼を離さないでいてくれると助かる。寧ろ傍にいてほしいんだが……」

 

その言葉を受けて、傍にいる深雪がとことん不機嫌になる。摩利もその反応は予測済みだったらしく―――。

 

「出来ればでいいんだ。まぁ『何事』もなければ、それでいいんだがな」

 

「―――分かりました。それとなく注意は、はらっておきます」

 

「すまない。頼んだ」

 

懇親会で何が起こるかは分からない。何も起こらない方がいいに決まっている。

だが、何かは起こると確信していた達也は、その中心にアーシュラと立華がいることを半ば確信していた。

 

そして扉を開け放ち、懇親会会場に足を踏み入れる。

 

そこにいた九校戦の参加者に達也が眼を奪われたのとは別に、アーシュラは『父』には及ばないものの、美味しそうな料理の数々に眼を奪われたのだった。

 

 

―――結果としてではあるが、アーシュラは別の意味で注目されるのだった。

 

誰もが、飲み物だけで済ませて軽食程度で腹を膨らませようとしている中、1人―――バイキング形式のその食事を満喫しているのだった。

 

和洋中構わずに次から次へと『牛飲馬食』の勢いでかっ食らう一高生というのは、違った意味で注目されているのだった。

 

何だかアーシュラだけ世界観が違いすぎるような気がする。グルメ界でも存在しているセカイが相応な感じである。

 

ちなみに言えば立華は、傍に控えて給仕か執事のように甲斐甲斐しく色々な料理を持ってくる様子である。

 

「―――エリカ、食料庫の貯蔵は十分なのか?」

 

今日一日でこのホテルの食料が食い尽くされるのではないかという、『喰いしん坊!』のフードファイター(死語)のような様を見て、汗を流しながら何気なく聞いておく。

 

「アルバイトの身としては、はっきりとしたことは言えないけど――――ゴメン! レオと美月からヘルプが入った!! 厨房に戻る! いくよミキ!!」

 

「僕の名前は―――とか言っている場合じゃない!! 達也、またあとで―――!!!」

 

耳元のインカムに入った通信で小走りに会場から出ていく2人の男女を見送ってから、2人に近づく。

 

「何を言えばいいのか分からないが、そんなに食って大丈夫なのか?」

 

ローストビーフを挟んだサンドウィッチを食べるアーシュラに問いかけるも、本人はリスのように頬っぺたを膨らませながら話す。

 

「問題ないよ。そもそも、こういう場で食事に手を着けないでいるってのは、作ってくれた人への無礼だよ」

 

「そりゃ分かるんだが………」

 

食事時のマナーの話を出されて達也としても少々苦しい。この懇親会について、ある種の探り合いの場程度の認識でしかなかった。だからそういうことを言われると、『人疑い』の悪人とか言われている気分なのだ。

 

とはいえ、アーシュラが大食らいな女の子なのは一高では周知の事実であったが、周りの魔法科高校生たちは呆然としているというか唖然としている風なのだが……。

そのことに対してはどうでもいいのかと聞くと―――。

 

「如何に世界的寒冷化を乗り越えたとはいえ、未だに三食を満足に食える国や地域に住んでいるヒトばかりじゃない。ならば、ワタシたちに出来ることは、せめてこの場で腹を満たして、その味を思い出せるようにしておくこと―――その味を再現することも時には必要」

 

その鋭い矢のような一言に、周囲は息を呑んだ。

『世の中には満足に食べられない人間もいるんだ』という親からの小言。お残しは許さない的な発言に、ちょっとだけ呻くものもあったのだ。

 

ここでは飲むだけで、後で食べるために『包んでもらう』ことも出来るはずだが、料理には美味しさの『持続時間』がある。

 

魔法の現象改変と同じく、士郎からそういった授業を受けていただけに、その言葉に少しだけ感じ入るものは達也にもある。

 

「人間ってのは、同じ歌を聴いて泣き、同じ料理を食べて、はじめて同胞の意味を確認できるのよ。

魔法師と価値観を共有できるのは魔法師だけならば、そりゃ紛うことなき『ピクト人』どもが出来上がるだけだよ。ワタシはそうしたくないからこそ、出された料理はちゃんと食べようとは思う。全部が全部、自動調理されたものじゃないならば、作ってくれた人の想いや苦労は踏み躙れない」

 

そんな風に大きなことを言われてしまった達也は、その言葉の真意を察しきれない。いつでも彼女たち(アーシュラ、立華)の言葉は『迷宮』のように入り組んでいて、聞かされた『当初』は分からないのだが―――何かのことが起きて、終わったあとには、『そういうことだったんだな』と気付かされる。

 

大体は、後悔や反省を伴った何ともいえぬクサクサした想いと同時に思い出すのだが……。

 

 

「―――本当のところは?」

 

「本当のことだよ。何でキミにウソをつく必要があるのさ?」

 

どうしても疑念を捨てきれない達也の質問に対して、無情なレスが返ってきたが……。

 

その片方で、空気振動を利用した『秘匿のメッセージ』を達也にだけ寄越すアーシュラであった。

 

―――声を掛けられるのも煩わしいから、食事を思いっきり愉しむことで、『海賊王』になってんのよ―――。

 

表向きの言葉もウソではないが、そういうこともあるようだった。

 

そんな風に牛飲馬食で周りを寄せ付けていなかったアーシュラに、果敢に近寄る女子を達也は認識した。

 

それは金髪のアーシュラと同じく金髪―――恐らくハーフであろうと、というかハーフであると知っている有名な女子だった。ポニーテールにしているアーシュラとは違い、ツインテール系統の髪型をした女子は、カツカツとブーツを鳴らしながらやってきた。

 

その様子に気付いたのか、そちらを向いたアーシュラと立華。―――2人が驚いた様子になるのを見てから、そこまで『一色愛梨』が珍しいのかな?

 

と、想っていたのも束の間。

 

同級生を連れてやってきた、どこか挑戦的な笑みを浮かべる一色が口を開く前に―――

 

アーシュラと立華はお互いに、色々と確認しあって―――そちらを見ると同時に……。

 

 

「「エリセ―――!!! カリーン!!!!」」

 

「―――アーシュラ!?」「立華まで!?」

 

頭の上で手を振って、『誰か』を呼びかけつつ一色の後ろに小走りで去っていく姿を眼で追ってしまう。

 

エリセ、カリン―――エリカたちと歓談した際にホテルに入ってきた六高の生徒2人と『きゃっきゃ』するのだった。

 

サラッと無視された一色愛梨に声を掛けるべきかどうか、達也は少しだけ逡巡してから―――。

 

何となくいまは声を掛けないほうがいいだろうと思えた。

 

深雪からの嫉妬と一色のプライドを尊重したがゆえである。(言い訳)

 

やはり懇親会は何かが起きた。だが、本番はまだであり、こんなのはしょせん、前座でしかないのだと気付かされるのは―――やはり事が起きてからなのだった。

 

 

 



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第36話『魔法科高校生の驚愕』

 九校戦。そのレセプションパーティーとでも言うべき懇親会は、それなりに緊張した空気を持っていた。

 

 緊張した空気と共に喉を通るものは飲み物だけというのが、大半―――そんな中、三高の一年エースは1人の美少女……『美しき雪女』に目を奪われたあとに、何となくその空気と熱を振り払いたくて何かを腹に入れようとした時には―――。

 

「ジョージ、この辺にあったローストビーフサンドはどこに?」

 

「ああ、それならばあっちの娘に全部食べられちゃったよ」

 

 ジョージこと吉祥寺真紅郎は親指で座ることが出来るテーブル席を差す。

 

 そこにいたのは、三高の同級生たる一色愛梨と同じくハーフだろう金髪の女子であった。

 

「あっちの娘?―――、一高生か……―――何なんだ……。あの牛飲馬食の勢いの娘は?」

 

 普及の名作少年漫画『DB』の主人公一派(主にサイヤ人)、同じく名作である『海賊王』を目指すゴム人間の食いっぷりのごときものを見て、先程の司波深雪を見たときとは違う衝撃が一条将輝に発生する。

 

「あの子は、衛宮アーシュラって子だったはず。さっきの司波さんと同じく一高の1年生―――確か、クラウドとボードの2種目に登録しているはずだよ」

 

 三高の参謀役でもある吉祥寺は、すぐさまピックアップしている有力選手の1人だとして、友人に告げた。

 

 エミヤ―――という姓に引っ掛かるものはあったが、とりあえず思い出せぬ将輝は、その食いっぷりに対して感想を述べる。

 

「才色兼備ならぬ爆食完備といったところか……」

 

「上手いこといったつもりだろうけど、全然うまくないからね将輝」

 

 そんな感想を出した後には、衛宮アーシュラは同級生だろう男子と数言言葉をかわす。その言葉は少しだけ、話しばかりをしていた三高男子にとって痛いものだった。

 

「母ちゃんに怒られた気分だ……」

 

「俺もだよ……」

 

 バカ話をしていた男子勢に混じり、衛宮アーシュラの被害にあっていないホテルシェフの料理を御馳走になるのだった。

 

 そうこうしていると―――三高の一色愛梨とその取り巻き2人が、衛宮に近づいていく。

 

 

 気付いたのか、スパゲッティを頬張っていたリスのような顔をしたアーシュラが呑み込んだあとには、隣にいた女子と同時に――――。

 

「「エリセ―――!! カリーン!!!」」

 

 と―――さらりと一色を無視して他校の女子の元へと赴くのだった。

 

 その様子に少しだけ同情しつつも、まぁとりあえず腹を膨らますのだった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

「聞いていないよ。2人が魔法科高校に入学しただなんてー」

 

「まぁ……色々あってね。それは私だって同じだよ。お互い、もう少し連絡は緊密に取るべきかな?」

 

「エリセの『お婆ちゃん』が、それを許してくれるならね」

 

 パーン! と笑顔でハイタッチしあったアーシュラとエリセは、そんな言葉の応酬でお互いの近況を話し合う。

 

 その一方で―――。

 

「で、アナタはいまだに『家出』続行中ですか?」

 

「いや、それは『おまいう』すぎねーか、リッカー? ちゃんと『家』には言っておいたさ。出雲で修行するって。立華みたいに、衛宮のご家庭に半ば寄生している人間には言われたくないぜ」

 

 ケラケラ笑うカリンに対して、呆れるように肩をすくめる立華は語る。

 

「そりゃ私はアーシュラのマスターだもの。カルデアの一員としての責務もある。それに―――衛宮家のお食事を知れば、そうしたくもなる」

 

「それは全く同意だ―――」

 

 苦笑し合いながら、立華とカリンが割と剣呑なことを話しあう。とはいえ、事情を全く知らない面子には、その会話は意味不明すぎただろう。

 

 そして――――。

 

「「で、ボイジャーはいつもどおり元気?」」

 

「だいじょうボイ!」

 

 『だいじょうV』のつもりなのか、ピースサインをしながら『ふんす』と鼻を鳴らしながら言う金髪の少年にアーシュラと立華は笑顔を浮かべる。

 

 久々に会って色々と聞きたいことや、『今後』起こるだろうことに関しては、今は聞けない。

 

 何に参加するかぐらいは聞こうとした時に―――。

 

「女子四人に男子一人の集まり―――邪魔する形だが、いいかね?」

 

 やってきたのは一高の親分。顔見知りがやってきたことで、あの東京での夜を駆け抜けた全員が挨拶を果たす。

 

「おや? モンジさんじゃん? おひさでーす♪」

 

「居ないとは思ってはいませんでしたが、お久し振りです十文字さん。ほらボイジャーも挨拶」

 

「ひさしぶりだねカツト」

 

 十師族の嫡男に対して物怖じせず、久々に会った知人に対するフレンドリーな態度に、全員が『何者?』と耳目を大きくする。

 

 それに対して克人も特に拘るものもなく答えつつ、疑問をぶつけることにした。

 

「ああ、久しぶりだ。ボイジャーが六高の制服を着ているということは……選手登録しているのか?」

 

「そう。いまのぼくは六高のいだいなる戦士。みんなのためにも『Stop The One』をやらせてもらうよ」

 

 ストップ・ザ・ワン……一高の三連覇を食い止めるためのスローガンは、一高以外の全校が抱いているものだろう。それゆえに克人は、『ボイジャー』という規格外がやってきたことに緊張を隠せない。

 

 そんな様子にアーシュラも立華も苦言を呈する。

 

「探りに来たのに逆に呑まれてどうするんですか?」

 

「むっ……それを言われると少々辛いな」

 

 ヤクザよろしく威嚇混じりのあいさつ回りをしていたというのに、『人工衛星』の凄まじさを知っているゆえにか、克人は呑まれてしまったのだ。

 

 そんな克人を叱咤するためにも―――。

 

「本当に探りに来たのはエリセのバストサイズですか?」

 

 ―――味方撃ち(フレンドリーファイア)を実行するのだった。

 

「ぶっ!!」

 

「……まぁお互いに年頃になったとはいえ、エロスですね克人さん」

 

「いやマテ、違うぞ宇津見くん。確かに君の体を慮ってはいたが、そういうことじゃない」

 

 バランス良く豊かに育った胸を抑えつつ、半眼で十文字克人を見ながら後ずさるエリセの姿に言い訳をする克人だが、最後には咳払いをして元凶を嗜める。

 

「衛宮、イタズラがすぎるぞ」

 

「『アーシャ』が来た時に、彼女にしたい子とか親しい女子の1人もいないのは、カッコがつかないでしょ? そのためです」

 

「結果的に失敗しているがな……」

 

 溜息を突いて、そういうことならばお前や藤丸でも良くないかという思念(プシオン)を克人から感じたが、普段から男っ気を出していないアーシュラと藤丸では―――アーシャを騙すのは無理である。

 

「なんだ。そういうことならば、エリち。モンジ先輩に協力してあげてもいいんじゃないか?」

 

「まぁ、そういうことならば……克人さんの家の車を事故車両にした上に幽霊車にしてしまいましたからね……」

 

「いや、本当にそういう気遣いは結構だ。それだと、俺が車の代わりに身代を要求している大変下劣な男になってしまうだろう―――ただ皆、あの頃より成長しているんだなと感心したよ」

 

 そんな克人なりの人生の先達としての言葉に―――――、

 

 

 一同(ボイジャー含め)、二歩ほど後ずさるのだった。

 

 人知れず悲しみを溜め込む克人だが、ともあれ話は続く。久方ぶりに会えた女子たちとの話は、何やかんやと楽しいものだから……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 などという、十文字克人のどこの恋愛SLGの主人公だと言わんばかりのハーレムっぷりに、真由美としては不機嫌を覚えてしまう。

 

 確かに、達也に代わり六高の女子と『顔見知り』である克人を送ったわけだが……。

 

「全く親分なのに、巌なのに、我が一高の屋台骨で竜骨的存在なのに、あんなに口角緩ませて。イメージって大事だと思うのだけど」

 

「まぁ、あんな十文字も一高では見られなかったからな。本当に、あの宇津見ってミニスカート改造制服の娘に気があるのかもな」

 

 祝ってやれ、応援してやれという渡辺摩利の言葉に素直に頷けない―――。

 

「十文字は教えてくれないだろうからな。お前に聞きたいんだが、藤丸はどんな呪文を唱えたんだ?」

 

「……そんなに知りたいの摩利?」

 

 正直言えば、あまりにも下世話な言動だと真由美は思えたのだが、摩利は摩利で少しの危機感を持っているのだ。

 

「他者が投射した魔法式を『簒奪』して、『違うもの』に変えるだなんて、あまりにも『異質』すぎる―――場合によっては、ヤツは何の同意もなしに、相手を支配できるのかもしれない」

 

 魔法式の簒奪からあまりにも飛躍し過ぎだが……とはいえ、真由美もそれなりに調べた。調べたのだが―――。

 

「藤丸さんが唱えたのは『メイオール』という一言のみ――――そして私が調べた限りでは、『メイオール』というのは……」

 

「というのは?」

 

 続きを促す摩利に対して、ぐいっとアップルジュースを飲んだ真由美は告げる。

 

 メイオールという単語がネット検索の『サジェスト』で出してきたもの。それは―――。

 

 

「……『消毒液』の名前なのよ」

 

「―――えっ?」

 

 友人の言っている意味が分からずに、問い返した摩利だが、嘆くように再び言う。

 

「どの検索エンジンでも出てくるのは、消毒液のみ。神話や伝説と絡めた検索をしても、出てくるものは全然だもの……」

 

「消毒液の名前が魔法の呪文、か―――まさかお前、『本当』にそう思っているわけじゃないよな?」

 

「まさか。けれど……今の所は―――そんなものよ」

 

 魔法師界の名士たちが続々と登壇していく中、小声での会話―――高校生としてはマジメとは言い難い2人の会話は続いていた。

 

 その名士たちの大半は真由美も知っていた。忌々しいことに父との取引相手も多かったのだが……ともあれ最後の登壇相手は真由美も然程知らない相手。

 

『九島烈』であると紹介されて―――壇上に上がるのは、ドレッシーな装いの女性だけだった。

 

 しかし真由美の『眼』―――会場の空間全体を歪ませる精神干渉が放たれていることが分かり―――後ろにいる老人を見たあと……。

 

 次の瞬間には、空間全体のエイドス改変を『粉々』にするほどの『豪風』が吹き荒れて、魔法が全て砕かれた。

 

 ―――誰がやったかに関しては、一高生『全員』が理解していた。

 

 会場全体に改変を齎したのが老人であるならば、それを紙切れのように砕いた存在は老人以上である。

 

「やれやれ、まさか息吹一つ(ブレス)で老人のイタズラを諌めるか―――『赤き竜姫』には、困ったものだ……」

 

 そんな悔しげなつぶやきがマイク越しに会場に伝わる。女性の背後に老人の姿が見える。

 

 恐らく老人としては、もう少し遅く登場する予定だったのだろうが、『フーディーニ』の腹部を殴ってネタ潰しと彼自身を殺した『ジョセリン・ゴードン・ホワイトヘッド』の関係のように―――早期の登場をせざるを得なくなっていた……。

 

「諸君、私が―――九島烈だ」

 

 その少しだけ落胆したような言葉に真由美は同情しておくのだった。

 

 



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第37話『Reckless fire』

入れ替わり立ち替わり壇上に現れる魔法界の名士の顔を見て暇つぶしをしつつ、アーシュラたちの様子を見ると、完全に話なんざ聞かずにフルーツサンドを食っているのだった。

 

ちなみに言えば、宇津見エリセという少女が『真っ赤』な四川風麻婆豆腐に花椒を山盛りぶっかけて、平然とした顔で食っていた様子(笑顔)には、流石の達也も苦い顔をしてしまう……。

 

その片方で―――。

 

「うわったたたた!!! お客様、お飲み物如何ですかー?」

 

「おいおい姉貴、大丈夫かよ。フランみたいなドジをされてもオレはフォローしないぜ?」

 

「いや、そこはお姉ちゃんを助けなさいよ! ああ、けれど妹に助けられる姉ってどうなのか―――悩んでしまう!」

 

先程まで会場にいたエリカのような衣装をした、子犬を思わせる外国の少女がおっかなびっくり給仕をしつつ、かなり決まった姿―――ホテルのボーイの格好の少女―――自分の外国人の面貌に対する認識が間違っていなければアルトリア先生やアーシュラに似た人が、やはりホテルのボーイをしていた。

 

その姿は―――先程ちょろっと見えた幹比古よりも、決まった男装の麗人である。

 

そんな2人が―――。

 

「姫―♪ マスターたちも、どうぞ! ミックスジュースですよ―――♪」

 

「おう! アーシュラ!それにリッカにカリンにエリセ―――ボイジャーもいるか! 全員で食え!! 特製ミートパイだぜ!!」

 

異端の人間たちに『親しげ』にホテルマンたちが近づいていった時点で、達也は『何か』を察していた。

 

(……衛宮家は魔術師としては異端の家系だ。剣()の家とも言われている。第一次冷戦後期から東西融和時代には、アナーキストの職業テロリストなどとも言われていたほどだ)

 

達也が四葉―――叔母の私的な情報以外で軍などを使って調べた限りでは、そんな風な『情報』しか得られなかった。

 

当たり前といえば当たり前だ。なんせ魔法師の情報網なんてのは、21世紀になってからようやく『蓄積』しはじめた『新しいもの』でしかない。

 

勿論、古い時代の情報というのは、それ以前の情報機関のものを参照するしかない。

 

だが……第三次世界大戦とでもいうべき群発戦争の勃発と小氷期の到来によって、公的機関の中には、それらを破棄したところもあるのだ。

 

(どの道、魔術師側の詳細な情報を魔法師が手に入れられるわけがないんだがな)

 

同国に住んでいても魔術協会と魔法協会は没交渉状態だ。ある種の物好き程度ならばいるのだが……。

 

「―――続きまして、かつて世界最強と目され、第一線を退かれたあとも今大会をご支援くださっております、九島烈閣下よりお言葉を頂戴します」

 

 

などと達也が無駄ごとを考えている間に、お目当ての人物が登壇をするようだ。場内アナウンスに応じて、壇上に上がったのはドレッシーな装いの女性だ。

 

―――と見えて、その実―――後ろに齢90を迎えつつある御老体が達也の眼には見えている。

 

広範囲に蟠る精神干渉魔法。ある種、奇術師(マジシャン)『ミスディレクション』(視線誘導)と同じであるなと感じたあとには―――。

 

老人の『他愛ない』イタズラなのだが―――。

 

 

――――――うざっ―――――。

 

粗野すぎて端的すぎる言葉の後には煙を吹き散らすように、バースデーケーキの蝋燭を消すように、『息吹』一つで老人の空間全てに投射した魔法式を砕くのだった。

 

その事で『手品』は簡単にネタが割れてしまい、全員の眼に老い先短い老人の姿が見えるのだった。

 

(俺が大量のサイオンを消費して消去の術を撃つというのに、アーシュラは力の質と回転率がいいようだ)

 

『見えた理屈』としては、その辺りだけだが、何というか色々と敬老精神とか無いのかと思う……。

 

その後に始まった九島老師の談話、魔法なんて手段なのだというありがたいお話の最中も、食事を喰らい飲み物を食べている連中なのだ。

 

はっきり言おう。失礼すぎやしないかと思う。

 

確かにお偉いさんの話なんて、説法としては()になるようでならないものも多いが、聞く姿勢も取らずにガン無視しての食事というのは……。

 

誰でもいいから注意しろよと思うも、魔法科高校の親分(他称)で、誰もが知っている十文字家の嫡男ですら、近くで何も言っていないのだ。

 

((((なにもいえねぇ……))))

 

 

『―――この九校戦は、春夏の甲子園大会、夏のインターハイ、冬の国立選手権大会に比べれば、歴史が浅い―――当然、キミたちはそれなりの意地と誇りを以て戦いに臨んでいるだろうが、世間一般の認識は、『毒電波を受け取ってる高校生たちの毒電波放出大会』。そういう風に受け止められているのが現状だ』

 

「「「「…………」」」」

 

冷たい一言だ。その言葉に、非魔法師に対して憤り、悲しみと哀しみ、冷笑、呆れ―――様々な感情が渦巻く―――が―――。

 

『だがそれも真理の一つだな。先程、私の手品を大半の人間が分からなかったように、多くの人には魔法師が放つ魔法が『分からない』・『見えない』。

インフェルノやムスペルスヘイムなどのような、あからさまに物質世界に影響を及ぼすものならば、ともかく―――魔法は、多くの人には見えないものだ。

キミたちの大半は先程まで、世間全ての人間たちと同じくなっていたのだよ―――』

 

その言葉に、憤り、冷笑、呆れの感情を持っていた人間たちは、心臓を掴まれた気分になる。

 

『人とは違うからといって、それを当たり前だと感じてはならないな。他者への理解や他者の目を意識せず、己だけが『高まる』『富める』『強まる』ことを考えた時に―――『獣の夢』は覚めるのだからな……』

 

その言葉は、道徳的な訓告に聞こえたが、最後の言葉に関してはいまいち分からなかった。

 

だがともあれ、老師は明日の戦いを期待しているようだ。

 

ようなのだが――――。

 

 

『さて最後になるが、この大会にどうやら『期するべき』ところもなく、『目標と』することもなく、『出たくはないが無理やり引っ張られた』という人間がいるらしい。まぁ人それぞれ事情はあるのだろうが、……支援している身、金主の1人としては、少々腹立たしいものがあるな……』

 

ふてぇ野郎だ。なんて奴だ。許せんな。

 

様々な悪罵がざわつきと同時に達也の耳に届くも、まったく意に介さないアーシュラと立華の様子に、どうしたものかと思う。

 

まぁまだ名指しされていないので当然なのだが―――。

 

『第一高校所属 衛宮アーシュラ、藤丸立華……キミ達に『追随』する人間がいないのは理解できるがね。もう少しやる気を出してもいいのではないかね?』

 

 

と思っていたらば、呆気なく老師は名指しをしてくるのだった。あまりにも公衆の面前での叱責だが、立華は淡々と口を開く。

 

 

『―――別に競技種目を達者にこなせるからといって、その競技種目を好きになれる人間ばかりじゃないでしょう。

先程、闇将軍閣下が仰った野球やサッカーなどの得意選手とて、ただ単に進学や就職に有利になるからという理由だけで、その競技に打ち込んでいるだけかもしれない。

身に着けた技能の『好き嫌い』と『上手い下手』は違うんですよ』

 

『それもまた真理の一つか……』

 

『金主がどうとか仰っていましたが、ここにいる出場生徒全員は、アナタが呼び寄せた座敷芸者の類だと言うのならば、その認識こそ烏滸がましい』

 

静まり返る会場内。立華の声を拡大しているのはどうやらアーシュラのようで、何かしらの『風の通り道』を使って声を届けている様子だ。

 

『中々に痛烈な文句だ。だが、それでもこの大会の関係者の1人として、お前たちには『ペナルティ』を与えたい』

 

九島烈のその言葉の意図は、すなわち手枷足枷をつけてやろうということだ。

 

ざわつく会場内。まさかこんな展開になるとは思っていなかったらしく、一高の上役などは、流石に腰を上げる。

 

『待ってください九島閣下! いくら何でもそれは横紙破りが過ぎます!! 何より形はどうあれ参加選手として登録されているならば、競技種目での違反からのペナルティならばともかく! 選手の参加態度だけでそのようなものを与えるのは、卑劣にすぎましょう!!!』

 

『自分もそう思います。確かに我が校の衛宮と藤丸は、当初は参加メンバーから辞退を表明していました。しかし、それは2人なりに考えた末のこと。何より家の菩提行事に参加することを辞退してまで、2人はやってきてくれたのです―――何卒ご再考を』

 

一高の上役にして十師族の子供たちが、アーシュラの『風』を利用して九島烈にまで声を届ける。

 

すかさずの反論の言葉だというのに達者に術を使用するものだ。

本人の性格や力量はどちらかと言えば、力任せな印象があるのだが、必要とあらばこういう精密作業も出来るようだ。

 

そんな達也の感心とは裏腹に九島烈の言葉は、それを許さなかった。

 

『確かに魔術も魔法も所詮は手段だ。しかし、それを使うものには、ある種の気合い・やる気は欲しいものだ―――藤丸君の言う通り単に『生活設計』『将来設計』に役立ちそうだからという理由で魔法を学んでいるものもいよう……だが、力あるものの怠惰を許すほど私も人間が腐っていないのでな。

―――アーシュラ・ペンドラゴン、君には現在登録されている競技に+2することで参加してもらおう』

 

少しばかり脅すような老師の言葉に、ざわつきが最大限に増える。その理由は色々だ。

 

あるものは、一人の選手にそこまでの多大な負荷を与えるということに対するもの―――。

 

またあるものは、トーナメントやリーグ表の進行はどうなるんだよということ―――。

 

そして一高陣営にとって一番多かった意見は―――。

それぐらいの『スタミナ』はあれども、ポイント配分とか、アーシュラの両親からの叱責など……。

 

色々と考えて、考えて―――『拒否』をしようとした際に―――。

 

『―――『私』が、それを行った場合の相手方のResult(報奨)はどんなものだ『オールドマギクス』?』

 

雰囲気を異にしたアーシュラの言葉が老師を一瞬だけたじろがせたが、それでも言葉が紡がれる。

 

『……キミに出てもらうのは、新人戦アイスピラーズブレイクと同じくモノリスの変則競技、新人戦『プリンセス・ガード』。後者は通常通りだとしても、前者は―――『男女全ての参加選手』と戦ってもらう―――当然、ペンドラゴンに挑みたいもの、戦うことを希望するものが現れれば、だがね―――そして見事ペンドラゴンに勝つことが出来れば、300ポイントのボーナスゲームだ』

 

 

さらにざわつきが増える。300ポイントのボーナスゲームなど、完全に『ちゃぶ台返し』の馬鹿げたものだ。テレビのクイズバラエティにおける『演出』も同然。

 

今まで取ってきた得点がバカらしくなる―――まぁそういう『演出』であると出演者が最初からわかっていれば、そういう芸だが、競技大会でそれはないだろう。

 

当然、ルール上同校対決などはあり得ないとしても、他校の目の色が変わる。その瞬間からアーシュラは、九校戦の賞金首(WANTED)になったのだ。

 

だが一高勢はよく分かっている。よほどの何かが無い限り―――アーシュラが負けることは無いのだと……。

 

『そしてキミが求めるものは―――この場で言い給え―――私のチカラの及ぶものであれば、尽力しよう』

 

 

その言葉に眼を一瞬閉じて、黙考した上で口を開く。それはまるで竜の(アギト)を開くかのように見えた。食い殺されるは枯れ木のような老人であろう……。

 

『ならば、『私』が全てのピクトとサクソンのような挑戦者を全て退けたならば、あなたには―――九校戦公式の『九校戦音頭』を作って1人で披露してもらう!!

 

『ついでに『ダークジェネラル レツ・クドウ 設定年齢19歳!! 蟹座のB型ッ!!』も付けてやってもらいましょう』

 

『よ、よ、よかろう……』

 

アーシュラと立華の怒涛の口上に、明らかに動揺した老師に誰もが疑問を抱く。そして最後の要求が明かされる。

 

『最後の要求は―――早急なまでの『九島健』の日本への帰国に尽力してもらう―――』

 

『………それが、キミ達の望みか?』

 

少しだけ神妙な顔になって問いかける九島老師だが―――それに対していつになく真剣な眼で見返す2人に対して、観念した想いで言葉が紡がれる。

 

『分かった。……私とてこの歳になれば、分かれざるを得なかった実弟との再会ぐらいは望んでいる。百山君はいい顔をせんだろうがね……』

 

苦笑交じりの言葉をする老人に対して―――。

 

『『まぁそこは『施しの英雄』と『授かりの英雄』のように、たまには一致団結してください』』

 

2人は、そんな言葉で慰め(?)とするのだった。

 

『うむ。中々にデンジャラスな異父兄弟と同じくあつかわれてしまった……』

 

訳知り、物知りでしか分からない会話。ともあれ、とんでもない提案がなされて了承してしまった。

 

一高としては、『万が一』にでも『どこか』の『選手』にアーシュラが負ければ、今までの得点勘定が吹っ飛ぶ恐るべきギャンブルだ。

 

戦々恐々するのが普通だが……。

 

今日(こんにち)に至るまでアーシュラの実力を感じてきた一高は、討ち果たせる相手がいるのかどうか、少しだけ思いつつ―――。

 

 

((((勝負の下駄は、アーシュラに預けられてしまった……!!!))))

 

 

そんな風に思うのだった。

 

『最後にもう一つ―――いいかな?』

 

老師が『相○』の『ウキョウさん』に思える言動に、2人はどうぞ、とだけ言う。

 

『キミ達が私というテロリストを無力化するのであれば―――どうする?』

 

それは最初のイタズラに対する意趣返しだったのだが……。

 

『すぐ横にいる『聖杯の騎士』を用いて取り押さえます』

 

その言葉に九島老師は、 横にいた『美女』を見て―――。

 

その姿が『灰銀の髪』を持つ隻眼の少年―――四月の騒動の際の『ギャラハッド』に変わっていく。

 

水の煌めきのような魔力の輝きが解けると、そこにはホテルのボーイの姿をした少年騎士がいた。

 

『ギャラハッド卿……!? これは一本取られましたな……』

 

『申し訳ありませんロード・クドウ、タカコ殿の姿をお借りしました。まぁ別に危害は加えて―――いえ、『我が父上(クソオヤジ)』とオシャレなバーでカミュを飲みながら『キミの瞳に乾杯中』ですので、いずれは危害が及ぶかと思います』

 

礼節を以て答える少年騎士の言動に、最後まで、カルデアの魔術師にやられっぱなしだった九島烈老師は――――――。

 

「諸君!! 『ブリテンの赤き竜』(ペンドラゴン)に挑むことを忘れるなよ!!!! 烈ジイちゃんとの約束だ!!!」

 

そんな言葉で脱兎のごとく壇上から去っていくのだった。何というか拍手を起こす前に去っていった御老体が、ちょっぴり可哀想に思えたのだった。

 

 

「成程、千葉達がここのバイトに合格するように捩じ込んできたのは知っているが……まさか『ラウンドナイツ』の大半を、『事前』に九校戦の関係各所に配置していたとは……」

 

「ワタシが『円卓』の力を溜め込んでいる状態じゃ、どう考えてもパワーが勝ちすぎますからね」

 

「……つまり、お前は魔力のリソースを『騎士たち』の維持に回していながら、俺達の練習相手も務めていたのか……」

 

「まぁ全員が出てくれたわけじゃないですしね。アグラヴェインなんかは『申し訳ありませんが辞退させていただきます』とか言ってきたし」

 

全てのネタバラシを食らって克人としては、天を仰ぎたい気分であった。そんな風にサーヴァントを運用できるなど、正直言えば予想外すぎる。

 

「それで―――これが聞きたかったことなんですか?」

 

「いや、それ以外もあった……お前が万が一にでも負けることあれば、色々と予定が狂うからな」

 

その言葉にアーシュラとしては嘆息してしまう。

 

聞く所によると、エリセも新人戦の『つらら』に出るようだ。そうなる、一番『手強い敵』はエリセだけだろう。

 

その上で―――。

 

「克人さんだって『つらら』で負けるかもしれないんですよ。ボイジャーは、本戦の方に登録しているんですから」

 

「むぅ……それを言われると中々に辛いな……」

 

人差し指を突きつけながら言うと、若干勝利が苦しいと思っているのか呻くような克人の姿であった。

 

「まぁお互いに勝ちを拾えるようにするしかないな」

 

「ポイントゲットという意味で、ワタシが頑張るのはクラウドとボードだけなんですけどね」

 

「……『プリンセス・ガード』はどうするんだ?」

 

「森末君がワタシをどう扱うかですから、ぶっちゃけワタシはアレコレと言う立場にありませんし」

 

手をひらひらと振って、興味のない話だとするアーシュラに克人は戒めるように言う。

 

「今回、新人戦で急遽採用された『プリンセス・ガード』は、お前を実戦競技(コンバット)に出すための方便だ。そんなことはとっくにご存知だろう?」

 

「でしょうね」

 

「―――本戦モノリスもそちらに変更されていれば―――と悔しい思いをしたのが風紀委員長である渡辺だ。一応は、お前の直接の上役なんだ……。その悔しさのためにも、少しは奮起してくれ」

 

その言葉に、今度はアーシュラが嘆息する番であった。

 

それを最後に会話は終わりを迎え、一高ジャージのままにアーシュラは外の散策に向かうのだった……。

 

 



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第38話『忘却の旋律』

―――キミのお母さんは夢を見ていたんだ―――

 

 

―――そう。長い永い夢をね……。―――

 

 

―――キミのお父さんは、その夢を覚ますために、白竜の骸に入り込んだ―――

 

 

―――ロマンある行いだよ。とはいえ、流石にお父さんではある程度の深度が限度だったので、私の方で手助けさせてもらった……。―――

 

 

―――そこから先は目まぐるしい日々の連続さ―――

 

―――キミが生まれた時に、妖精郷の住人たちは祝福をした! 祝いの宴は何夜も続き、そしてキミはその音にむずがることもなく、父母の中で眠っていたんだ―――

 

 

―――アーシュラ、人の世界を見てきなさい―――

 

 

―――そこにはきっとキミが求めるものがある―――

 

―――いつか気がつく―――

 

 

―――キミの持つ小箱(せかい)には、色んなものがつめこめるのだと―――

 

 

―――数多の桃色の花が咲き誇る庭園での言葉。

 

花の魔術師の語りに従い、アーシュラは星の内側から『外側』に出たのだった。

 

 

その際のことを考えて、アーシュラのエルフィンダンスは続く。霊峰富士より湧き出る(ガイア)の魔力は、アーシュラにいつにない活力を与えてくれる。

 

夏に茂る草花より多くの妖精の魂(フェアリーソウル)が、光の玉となりて夜空へと溶け込んでいく。

舞い上がる光を見送りながら、星の息吹と己を合一させていくのだった……。

 

「―――よしっ、万全! 万全!!!」

 

『イッヒヒヒ! 俺様もいい魔力をため込めて気分がいいぜアーシュラ。キュウコウセンとやらで俺を使うかい?』

 

「最初はボードでアッドを盾にしようかと思ったんだけどね―――」

 

『雪山を滑る自信はあるが、水面を行く自信はねーな。第一、規定のボードだろ? 昔のブリテンでも騎士剣試合には、多くの騎士たちがドワーフやエルフ―――はたまたピクト共が鍛えた魔力武具(マナウェポン)を装備していたが、アレコレとチェックが入っていたんだぜ』

 

そんな風な言葉で古いブリテンの様子を語る『叔父上』に苦笑する。

 

「ちなみに『叔父さん』はどれぐらいの腕前だったの?」

 

『ノーコメントだ。ただ一つ言えることは、俺は実直な拵えの土精(ドワーフ)が作ってくれた武具が好みだったな』

 

エルフや『精霊』が作った武器は『おっかない』と語る匣に苦笑していると―――『よろしくない魔力』が漂う。

どう考えても瘴気の類であり、この近辺に死徒崩れがいたことを思い出す。急いで向かうとなると―――。

 

「アッド、スターブルーム!」

『了解だぜ!』

 

魔力放出のちょっぱやで行くのもいいが、今は……。

 

(魔女の宅急便のように夜を駆けたい気分―――)

 

『フォーウ♪♪』

 

人語を解するも口頭発音が出来ないネコの使い魔をお供に、アーシュラは夜を駆けるのだった。

夜空に舞い上がる箒に跨った金色の魔女の姿は誰にも見咎められなかった……。それを見送るは精霊・妖精の類ばかりなのであった。

 

―――運命の申し子は世界に己を示すのだった。

 

 

 

さんざっぱら同級生から喝破されても、幹比古の中にはくさくさしたものが渦巻く。

 

「……達也に言っても分からないよ。言っても、どうにもならないことなんだ。士郎先生の授業を受けても―――この問題は解決しきれないものだったんだから」

 

特に今夜は『いつも以上』に調子が良かった。何せ、精霊の調子がいつも以上に『活性化』されており、『声』まで聞こえていたというのに、『喜色の声』が聞こえていても、自分には―――。

 

「幹比古!!」

 

喝破してきた同級生―――司波達也からの警告と同時に、『溜めていた』木精をエネルギー弾として起き上がった不審者に叩き込む。

物理的な破壊力としては大したものだが、起き上がった不審者たちの様子は違いすぎていた。

 

「――――」

 

一切の感情を見せない面貌。目出し帽で見えなかった先ほどとは違い、明らかに変容した様子に最大級に警戒が跳ね上がる。

 

「―――食人鬼、いや屍食鬼(グール)か!?」

「グール……?」

 

幹比古の驚愕した様子とは反対に、達也は聞き慣れない単語に聞き返す様子。しかし、三鬼は完全に食欲を満たそうと動き出していた。

 

「―――なんだこいつら―――既に死んでいる?」

「グールだ。シト(・・)―――俗に吸血鬼と呼ばれる連中が血吸いをした後に、死体から起き上がる低級の不死者だよ……!」

 

達也とは違い、その親玉にまで知識が及んでいる幹比古は―――近くに本命の『死徒』がいるのではないかと気配を探っていたのだが―――。

 

それを許すほど不死者たちは甘くはなかった。

動き出したグールが幹比古に掴みかかろうとした瞬間、流石に成り行き任せは無理として、軍の制服姿の中年が飛び出そうとした時に―――。

 

 

『風王鉄槌!!!!』

 

 

系統魔法である『空気弾』(エアブリット)など『そよ風』とせんとする勢いの風の塊、気圧の束、なんとでもいえる圧が、グール三鬼を直撃。

 

「なっ!?―――は!?」

「………!」

 

おどろ木ももの木さんしょの木、な今宵の中でも最大級に驚愕すべきことが、顔面変化しっぱなしの幹比古と、鉄面皮にしか見えないが驚いている達也の前に現れた。

攻撃が発射された方向を向くとそこには―――。

 

どう見ても『箒』にしか見えないものに、『キキ』(高山みなみ)『ジジ』(黒猫)よろしく跨るアーシュラとフォウが、月夜に浮かんでいたのだ。

 

「こんな真夜中に同級生の男子2人が『逢引』している場面だなんて、ワタシは見なかったことにすべきかどうか迷ってしまう!!!」

 

『イーヒッヒッヒ!! どっちが『ネコ』なんだろうなー!? 衆道はあんまりブリテンじゃ流行らなかったんだぜ!!』

 

『フォウ!』

 

きゃー、などとわざとらしく眼を覆いながら言うアーシュラとアッド?だろう言葉の後に―――フォウが、妖猫の使い魔が『ズビシッ!』とでも言うべき勢いで達也を指差すのだった。

 

(この攻めの権化とも言うべき俺が『ネコ』だと、おのれフォウ。その考えを改めさせ―――)

 

(ピーピーやかましいバカや小利口に理屈ばかり捏ねるやつは、大抵『受け』なんだよ)

 

 

「!?」

 

内心での激高に対して、驚愕すべき言葉がテレパシーとして達也の頭に届いた……。まさか今のは!?

 

と、達也が驚愕している間に魔女宅は終わり、箒だったアッドが『大鎌』に変形する。

 

大地に降り立ったアーシュラは、重量としては相当なもののはずの大鎌を、片手で軽々と肩がけしながらグールを値踏みする。

数秒の視線の交錯。グール側も動くに動けないほどの強さを感じている―――わけではないようで、戦いが始まる。

 

正面・左右に分かれてアーシュラに襲いかかるグール。その攻撃がいかなるものかは分からない。だが見ているだけなど出来ない達也が動こうとした時には―――。

 

大鎌(サイス)の間合いは―――」

 

かなりの速度で駆けてくる、リズムをあわせた不死者の動きを崩す超速で前に出る。

 

「剣や素手より―――」

 

丁度三者を攻撃範囲に入れた上で三日月状に振るわれた鎌が、不死者の腕を全て半ばから失わせた上で、アーシュラは高々と跳躍。宙返りの要領で天地を逆さにしたまま鎌が、不死者の首を刈り飛ばした。

 

「長くて広いっ!!」

 

止まることも出来ずに前進してきた不死者の勢いも借りた斬撃が決まると同時に『灰は灰に、塵は塵に』ということなのか、身体全てを失って残るは血と粉塵に塗れた衣服だけとなった。

輝く大鎌を手にして、月夜に現れる死神がいるとは、こういうのではないかと思わせるアーシュラだが――――。

 

 

(死神がジャージ姿というのは締まらない限りだな……)

 

 

だが、そんな姿でも『映える』と思えるのは、なぜなのか……。

 

「で、なんでキミたち2人して逢引していたのさ?」

 

「「だから逢引じゃねーーー!!!」」

 

いつになく崩れた言動で達也も幹比古も返しつつ、咳払いをしてから事情を話す……。

 

「実は、かくかくしかじか……」

 

「まるまるうまうま、とナルホドねー。秘密の特訓をしていたらば、説教くさい司波くんが説教よろしく『悪罵』を加えてきたと」

 

大まかにはそれでいいのだが、笑顔でうんうんと頷くアーシュラの言葉に、何ともやるせない気持ちを抱く達也に構わず話は続く。

 

「僕は古式の名家だという自負心を以て、一高に入学した。現代魔法にも負けないという気概と現代魔法に勝るために―――結果として二科に入れられたわけだけど……」

「おや? ワタシのお父さんの授業は不評かしら?」

 

不満げな幹比古の言葉の調子に耳聡く咎めるアーシュラ。失言だとも邪推だとも取れるのだが、あからさまに動揺した幹比古はアーシュラに釈明をする。

 

「も、もちろん士郎先生の授業はとても有意義だよ。とても充実しているし、有用だ……けれど何ていうか、『渇き』にも似たものがあるんだ。

前の自分ならば、もっと高い位置で士郎先生の授業をモノにしてみせるのに、っていうものが……ね」

 

その言葉に『ふむふむ』と、達也からすればアーシュラは分かっているのだろうか?という反応に対して、既にアーシュラは『答え』を見出していた。

 

「吉田君の悩み―――士郎先生、アルトリア先生に言った?」

 

「うん。士郎先生が『アーシュラ向きの案件だな』って―――」

 

「でしょうね。言ってくれればどうとでもしてあげたのに。大方、一高で『箔をつける』ために無茶なものを降ろそうとして、制御に失敗したってところか……」

 

「―――そんなことまで分かるのかい?」

 

「分かる」

 

端的だが力強い言葉に『見透かされた』幹比古が圧倒されているのが理解できる。達也の所見は単純に言えば速度域が『ズレている』だけ―――追い越し車線の速度で登坂車線を登っているだけだと想っていた。『道具』の改良で何とか出来ると思えたのだが……。

 

「まぁ司波君の説破の『由来』でも『どうにかなりそう』だから、ワタシのは余計なお世話になるかもしれない。どうする?」

 

「……つまり達也は、『道具』や『触媒』の『変更』で僕を『直して』―――衛宮さんは、『僕自身』の『治療』をするってことかな? 適切な表現かどうかは、ちょっと自信がないけど―――」

 

「大まかに言えば、そういうこと」

 

頭の回転が速い。そうアーシュラは思いながら、アッドをヴァイオリンに変えておく。

 

その言葉で幹比古は選択を迫られる。

 

古式魔法の歴史ある家として、吉田家も『衛宮』の名はそれなりに存じていた。魔術師側で言うところの封印指定である『衛宮矩賢(のりかた)』は、古式ないし『退魔』や『混血』の間でもそれなりに知られたものだった。

 

その『時間操作』の衛宮とは違うだろうが、衛宮士郎という男性に、父も兄も興味をいだいていたのだから―――何かはあると想っていたが、まさかこうなるとは……。

 

(これからの時代、確かに呪具というかCADの性能向上は明らかだ。道具の良し悪しが、これからの魔法社会を決定していくのだろうが)

 

それでも『地力』そのものが伴っていなければ、それは『道具』に『使われている』だけにすぎない。

 

何より―――。

 

(処置を受けるならば、色んな女の子と関わりを持つモテ男(鉄面皮)よりも、特定の相手がいないカワイイ女の子だよな)

 

吉田幹比古 15歳―――まだまだ青い年頃であった。

そんな幹比古の内心が通じたのか―――。

 

 

「んじゃ吉田くん、脱いで―――」

 

「――――えっ!?」

 

「おいアーシュラ。おまえ何を言っているんだ?」

 

美少女のぞんざいながらも大胆な言葉に、青い年頃が顔を赤くして恥じらいを覚えた瞬間、同時に食って掛かる達也にアーシュラは不機嫌を隠そうとしない。

 

「何か勘違いしているようだけど、違うし―――とりあえず吉田、脱げ!」

 

「わ、分かった。達也もそんなケンカ腰にならないでくれよ。アーシュラさんにとって必要なことなんだろ?」

 

「当然、ああ上半身だけでいいから、下半身を脱ごうとしたら『もぐ』―――」

 

「何を『もぐ』つもりだ……」

 

「セクハラすんじゃないわよノーエモメン(無表情男)。ここぞとばかりに絡んできて、キモいわー」

 

「おう。ケンカ売っているな。このアマ(平淡口調)」

 

 

焦ってシャツを脱ぐ幹比古を後目に、ケンカするような調子のアーシュラと達也。その様子に―――『幹比古』は妹愛ばかりが見受けられる達也の『奥底』を見たような気がしたが―――。

 

「んじゃ背中向けて―――こことここか―――ついでに言えばここね。随分と強烈なものを降ろしたわね―――竜種か」

「う、うん……」

 

素肌―――背中とは言え、女子の柔らかいが少しゴツゴツしているエリカ系統の手が当てられて、ドギマギする幹比古。

 

聴診器を当てるような所作の後には、アーシュラはその手に持ったヴァイオリンを肩に乗せて弦を弓で弾いていく。

 

その際の細められた眼を見た達也は、思わず動悸をあげてしまう。

そして眼を閉じながら奏でられる音律(リズム)は、魔力を伴いながら全身を賦活・活性させられるようだ。

 

何よりその音がどうしても、見事なのだ。

集中しながら弦から奏でられる音を傍で聞いている達也ですらそうなのだから、処置の主である幹比古は―――。

 

「これ、は―――!!」

 

驚愕する幹比古。目に見えた変化は明らかだ。

全身に走る紋様が幹比古の魔法力の『総て』に繋がれていく。それは、達也がやろうとしていたことよりも『高度』なものだ。

 

すなわち―――各々が持つ魔法演算領域とでもいうべき場所を二重・三重にする作業だ。CPUの底上げとでも言うべきか。

端的に言えば幹比古が術を行使する際に、それをバックアップする要員が自動的に発生するようなものだ。

 

現代魔法ではあまり馴染みがないが、多人数重複術式が自動的に構築される―――そういうことである。

 

「アナタの中にいた『龍』は、アナタが持つ『眠れる力』と混線状態になっていただけ。正しい道筋を着けることで、力は『正常』に働く―――鳴り響け『私の選定の剣(カリバーン)』!!」

 

演奏は最終楽章に入っていたのか、激しくかき鳴らされるヴァイオリンに従い、幹比古の処置は最終局面になり―――それを『精霊の眼』で見届けた達也は―――いま、吉田幹比古は―――。

 

 

(一科生でも上級に入る能力値になったんじゃないか?)

 

終演(フィナーレ)の弾き終わりと同時に、幹比古の様子は―――段違いであった。術者として数段……十数段上に昇ったように見える。

 

「アーシュラさん。ありがとう―――本当にありがとう!!」

 

「礼には及ばないよ。さっさと上に昇ってお父さん(士郎先生)の苦労を減らしてあげて」

 

「ああ、本当にありがとう―――!!!」

 

事後処理とかその他諸々とかを完全に忘却したのか、ホテルの住み込みアルバイト部屋に勢いよく向かっていく幹比古(手をいつまでも振っている)を見送る。

期せずして2人になった達也とアーシュラ。夏場とは言え吹きすさぶ夜風が身体に毒に思えたのか、アーシュラは汗を拭く。風に靡く金色の髪が美しい少女は―――。

 

 

「お前の『メロス』が鳴り響いた結果か?」

「吉田君に聞かせたのは、別に『忘却の旋律』じゃなかったんだけどね」

 

 

作品的には全然意味が違うのだが―――そんな感じである。平淡な会話をしながらとりあえず『待つ』。

アーシュラとしては、覗き見している相手が『司波』の関係者だと分かっていたので、とっととホテルに戻ろうと踵を返したのだが―――。

 

「待って待って! アーシュラちゃん!! お姉さんとこちらのオジサンと、少しだけお話してほしいのよ!!!」

 

出てきたのは軍服―――白色に染め上げられた制服に身を包んだ男女であった。

制服が軍のものとはいえ、不倫関係にある上官と部下と言われても、納得してしまいそうな2人の登場。

 

特に女性の方―――達也『は』知っている人、藤林響子が顔見知りのように、アーシュラに声をかけたのだが……。

 

 

「―――(フーアーユー)?」

 

 

響子の勘違い・記憶違いでなければ、アーシュラにも『忘却の旋律』は奏でられている結果だった……。そして響子は、『あんなに一緒だったのに』などと泣きながら悲しんでいる様子である。

 



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第39話『戦いの前夜』

ロード・エルメロイ二世の冒険とはすなわち――――。

無印ドラゴンボールということである。(超解釈)

ブルマが凛で、『あの人』が悟空で、二世は亀仙人、グレイがクリリンといったところか。

何のことか分からん人は、電子書籍でも紙でもいいから見るんだ。

そしてアトラス院がレッドリボン軍というところだろうか。

そんな感じで新話お送りします。


5分ほど経っただろうか。うんうん唸るアーシュラと、同じように腕組みして唸るフォウは―――。

 

ようやくのことで―――。

 

「思い出した! 『みーくん』のお姉さん!! そうだ。キョーコさんだ!!」

 

「フォウフォウフォー!!!」

 

「ひ、ヒドくないかしら、アーシュラちゃんにフォウくん!? そんな腕組みして知恵を回さなきゃ、私のこと思い出せないの!?」

 

「申し訳ないですけど、クドウの家の方は、どちらかと言えばUSNAの方が親近感湧きますので、記憶に残りにくかったんですよ」

 

「更にヒドイ……」

 

親しい間柄だと思って声を掛けたのに、掛けられた方はそうでもない。ワタシとアナタは友達じゃないけどワタシの友達とアナタは友達―――だいたいそんな感じだろうか。

 

ちょっとだけ響子に同情しつつも、『みーくん』とは誰なのかを尋ねたい気分にもなる。

 

「そもそも正確に言えば、私は光宣くんの『従姉』であって、血の繋がった姉ではないのよ」

 

「あれ? そうでしたっけ?」

 

その事が、心底の『疑問』であるかのように、何度か首を捻るアーシュラ。しかし、そんな久々の会話を断つかのように、風間少佐が声を掛けてきた。

 

「詳しいことは省かせてもらうが、国防軍の風間玄信です」

 

「どうも、衛宮アーシュラです」

 

「……詳しいことは話してもらえないでしょうし、何よりキミに対して予防的検束をすると、『どうなるか』分からないので手短に問わせてもらいたい。いいかな?」

 

「駄目です。何も言わないし何も答えない。以上です」

 

にべもない返答。予想していなかったわけではない風間は苦笑してから―――。

 

「分かった。戻っていいですよ。夜分に失礼しました」

 

「いいえ、御勤めご苦労さまです」

 

人のいい『おじさん』な顔をして、ホテルへと戻ることを促すのだった。

 

ソレに対して、大鎌をしゃべる小箱に戻したアーシュラは素直に帰るのだった……。

 

「よろしいんですか?」

 

「あそこで強硬手段に出れば、どうなるかぐらいは分かる。既にホテルの屋上などには、様々な『英霊』が抜け目なく、こちらの動向を監視しているのだからな」

 

「―――――――」

 

狙撃手が狙っている―――とでも言うべき言葉に、達也は緊張を果たす。何気なく思っていたことだが、あの玲瓏館美沙夜と同じく、アーシュラないし立華もまた英霊―――サーヴァントを己の使い魔として使役出来る存在のようだ。

 

達也の精霊の眼では詳細に見きれないが、確かに『強大な力が2つ』ほど、屋上からこちらを注視していた。

 

「この近辺に逃げ込んだ死徒崩れに関しては、『聖堂教会』の『戦闘信徒』たちが対処するようだ。少しは情報が欲しかったのだが、どこからも追い返されてしまったよ」

 

「―――軍に情報が降りてきていないのですか?」

 

「ああ、『こちらの仕事に手出しをするな』。大まかに言えば、そんな言葉での拒絶だった」

 

乾いた笑みを浮かべる風間に、何というか気の毒なと、達也は思っておく。

 

軍人としての大黒竜也ならば、上官筋に対して無礼なぐらいの憤りを見せておくのも一つだが、いまの自分は、ただの司波達也なのだから。

 

「詳しいことは明日の昼にでもゆっくり話そう」

 

「ええ、ありがとうございます。それと響子さん」

 

「うん? どうかした達也君?」

 

「アーシュラの言うみーくんこと、九島光宣との関係も教えて下さい」

 

「え、ええ。いいけど……そんなに気になる?」

 

「―――教えたくないならばいいですけど」

 

「そんな意地悪なことしないわよ。ただ―――ちょっと血腥いことも含まれてるから、あんまり吹聴しないでね?」

 

年長の女性としての顔を見せながら、不貞腐れるような達也の言葉に返した響子は、その達也の反応に少しだけ怪訝に想いながらも釘を差すことは忘れないのだった。

 

そんなやり取りを終えて達也もホテルに帰した風間と藤林だったが……。

 

 

「達也も色を知る年頃か……まぁいつまでも妹にばかり情愛を向けてもいられんだろうが……」

 

何気なく程度ではあるが、達也に施された精神改造を察していた大隊の人間ではあるが、それでもまさか衛宮の人間に焦がれるとは―――。

 

「まぁまだ確定ではないですけどね」

 

風間のつぶやくような言葉に響子は返しながらも、ここいら一帯が『あの頃の京都・奈良』のようになるのかと、恐怖を覚えるのだった……。

 

 

「――――――まさか、こんな大胆なセクハラしてくるとは思わなかったわ……。こういうのが許されるのは、帝国華撃団(帝国歌劇団)終身名誉隊長(終身名誉モギリ)たる『大神一郎』さんだけよ」

 

何気に紐育華撃団の隊長(プチミント)新生帝国華撃団の隊長(オサレなゲキゾウくん)が除外された。達也としても『ゲキテイ』に関しては激しく同意であったが、前者のことに関しては誤解を解いておかなければならない。

 

「そりゃ誤解だ。切り替わりのタイミングで、こっちの湯船が男湯になったってだけだろ……まぁ悪かったよ」

 

どちらにも決して落ち度があったわけではないが、湯けむりが立ち込める地下の温泉施設において、再び鉢合わせたアーシュラと達也は―――お互いの状況を確認して―――。

 

「さっさと入りなさいよ。ワタシはもう少ししたらあがるから、身体冷めるわよ」

 

半眼は崩れないが、顔を赤くしながら髪洗いも身体洗も済ませたからというアーシュラに促されて、共用の湯船のルールではないが、髪をまとめ上げて湯着を着ていても身体の見事さが損なわれていない彼女を見遣りながら入湯するのだった。

 

「…………」

「…………」

 

沈黙が互いに降り立つ。いや、風紀委員会とかそういうもの以外ではあまり喋らないから、それも当然なのかもしれないが。

 

というか、あのブランシュ事件以来―――正直、アーシュラの対応が『ドライ』どころか『フリーズドライ』になったような気がするのだ。

 

事実、アーシュラはあの時の『ブランシュ事件』での達也の言いように、何一つ納得できていないのだ。

 

別に司波達也に全て原因があったわけではないが、それにしても―――人の命を何だと思っているのか、そもそも『それだけの力』を持ちながら、相手を殺傷することを前提とした戦いなど『弱虫』『臆病者』の誹りを受けること間違いないのだ。

 

合気道の最強の技に『自分を殺しに来た相手と友達になること』というのがあるように、敵だからと辱めるように痛めつけるのは、武の極地とは真逆にある。

 

魔法師の戦いとは、ただ単に憂さ晴らしのための殺傷でしかない。

 

他を圧倒する力で他者を威圧的に脅しつけるように殺した所で、『人間』とはそれに反旗を翻す生き物なのだ。

たとえ万夫不当にして一騎当千の騎士たちがサクソンの民族移動を食い止めても、ピクトの王を倒しても、卑王を滅しても、ローマ皇帝ルーシャスをスワシィの谷で滅ぼしても―――。

 

人は生きるために―――『戦う生き物』なのだ。

 

『かつて『マンハッタン計画』でニホンに原爆を投下した米軍は、その後の世界を主導していった―――二発の爆弾で、20万人以上の人命を一瞬で奪った。中には地獄の如き苦悶にのたうち回って―――そのことの是非は、歴史が決定すべきものだ―――が、オッペンハイマーもアインシュタインも、その後にクレムリンの連中が同じものを手にして、冷戦構造が生まれるなど予期していなかっただろうな』

 

『核兵器を持つことを許されなかった・許せなかった日本の一つの可能性。核反応兵器を無力化し、核反応兵器を上回る―――人間兵器『魔法師』。結局の所―――10大研究所の連中も、ロバート・オッペンハイマーやエドワード・テラーと変わらなかったということだ』

 

『ジイちゃんは、アンジェリーナにもコウマにも―――当然、アーシュラちゃん、立華ちゃんにも、そんな人間になってほしくないよ。魔法も魔術も世界や自分を少しだけ幸せにするものであってほしいんだ』

 

泣きじゃくるアンジェリーナ(アーちゃん)をあやしながら語る人の言葉を覚えているのだ。

 

 

「――――――」

 

そういう意味でコイツは、『魔法師としての最大の俗物』。そういう表現が似合うんだなと思うのだった。

 

「……どうかしたか?」

 

「別に、何の逡巡もなく乙女の湯船に入るものだと思って」

 

「あったさ。……お前、俺のお袋から聞いているんだろ?」

 

「ミヤさんからは、『深雪さん以外のことで顔面(ガンメン)が固まってるから、会うことがあれば解してあげて』とは言われていたけど、やる気が起きないわ」

 

その言葉につまりながら体を擦る達也としては、嫌われているんだな、と『ショック』を受けるのだった。

 

「―――俺はそんなにお前から嫌われているのか?」

 

「別にいいじゃない。アナタの周りはアナタを慕う人間ばかり、ワタシや立華が少々辛くても、どうでもよくない?―――おまけにアナタが近くにいると、光井さんとかあんまりいい気分じゃないみたいだしね」

 

達也には分からないだろうが、女同士の仲の良し悪し、ある種の『毒の華』にも似た関係性というのは、一つどころにいれば形成されるものだ。

この2090年代に時代遅れも甚だしいが、『スクールカースト』というヤツである。

 

正直言えば、アーシュラも立華も達也たちの集団から離れたかったのだが、色々あって司波達也も司波深雪も、2人を『追い出そう』とはしていないのである。

 

寧ろ離れているのに、こっちに来るのだから面倒な話だ。

 

「エリカからは、まるで親の仇を見るかのように度々見られる。アナタがワタシに話しかける度に、光井さんの目線もキツくなる―――面倒なのよ。そういうの(・・・・・)

 

「……エリカは、武門の一員としてアーシュラを羨ましがっているだけだ。現在の日本の軍隊には剣術隊っていう魔法剣士の部隊が存在していて、そこで多く採用されているのが千葉道場の剣術―――それを超越(とびこ)えたものを、お前はエリカに何度か披露してきたんだ。

おまけに―――『母親』からスパルタ染みているとは言え、とんでもない剣技を教えられたこと―――引っくるめて『羨望』があるんだろ。ついでに言えば、『習わなくてもいいならば習いたくなかった』なんて言葉を言われれば―――まぁ懇親会での一言は確かに、そのとおりなんだがな……」

 

面倒な話だとするアーシュラを嗜めるように達也も長広舌をぶって言うが、確かにアーシュラからすればやっかみでしかない。

 

「ほのかに関しては……まぁすまないとしか言いようがない。けれど……だからといってそんな離れようとするなんて、言うなよ」

 

「今後次第ね」

 

ぞんざいに言ってからアーシュラは湯船から出る。水しぶきを自然と弾く我が身を見ながら、精霊の加護を得たその由縁をことさら意識して―――。

 

「アナタみたいな―――弱い人は嫌いだよ」

 

その言葉を掛けることで、司波達也への『否定』の言葉としておくのだった―――。

 

湯船から出る金色の姫騎士の言葉に、達也が深い懊悩に包まれても、それを手助けすることはない。

 

 

 

夜に『色々』あったとはいえ、委員長および会長の命令があったのか、達也一派に掴まれたアーシュラと立華は、先輩方の試合の観戦に連れられてしまった。

 

「立華は早撃ちに、アーシュラは波乗りに出るんだろ?少しは見といた方がいいんじゃないか?」

 

「下手に事前情報仕入れておくと、当日の状態とのバイアス調整が利かないかもしれない」

 

レオの言葉に返しながら、立華としては、他人の戦いぶりなんて見たって―――所詮は魔法師なのだ。

 

そういうことをおくびにも出さないでおく立華に対して、アーシュラは少しだけ心配する。

昨日も遅くまで『天球儀』をなぞっていたみたいで、魔術回路の調整に難儀しているようだ。

 

取り敢えず見えてきた会長の戦いは観戦しておくのだった。そのコスチュームに対しての感想が方面から出てくる――――。

 

((SFかぁ……))

 

 

光井ほのかの感想に何となく思い出すのは―――。

 

ジャージ姿のアーシュラママ似の宇宙騎士。

 

その宇宙騎士のオルタでありながら別人の「暗黒卿」(あんこ食う卿)

 

聖槍甲冑アーヴァロンを纏う銀河警察の宇宙刑事。

ブラックな職場環境に負けるな!!(他人事)

 

―――そんなものを思い出すのだった。

 

ともあれ大した波瀾もなく、順当に勝つことが出来た。だが一家言があるものが多く出てきた。

 

(ドライアイスを打ち出してそこまでの物理破壊力とか、意味不明なんだけどね)

 

ドライアイスを打ち込むよりも『魔弾』の方がいいと思えるのは、魔術師ゆえだろうかと想いつつ、物理学に対するアレコレをレオやエリカに教えたあとには、こちらに話が振られる。

 

「マルチスコープと言えば、アーシュラと立華は無効化してきたと会長は言っていたぞ」

 

「そう」

 

「別に普通のことだもの」

 

そこから手札でも吹聴することを狙っていたのか、はたまた話を広げることを狙ったのか、ともあれ達也の言葉ににべもなく返す2人に、誰もが複雑な表情をする。

 

「いや、ちょっと待ちなさいよ! さっき達也君が、マルチスコープはあらゆるものを見る多元レーダーのようなものとしてきたのに、何でアンタたちだけが無効化出来るのよ!?」

 

「生憎ながら、そんなことをペラペラ喋るほど緩い口ではないので」

 

「立華に同じく」

 

なんて友達甲斐の無い奴らだという感情が生まれるも、だが――――――。

 

「教えてくれれば、アーネンエルベでケーキ30個奢ってやろう」

「「喜んでお教えしよう」」

 

達也の言葉を受けた2人の変節に、殆ど全員がズッこける。

 

「まぁ姿隠しの術なんて幾らでもあるわけですから。『見えないもの』や『隠されたもの』は見通せない術ですよ」

 

「じゃあそういう術があるのか?」

 

「隠形の術なんてのは多くある。冥府の神ハデスの隠れ兜、マナナーン・マックリールの姿消しの長衣などに代表されるように、これらは魔術世界における『ステルス技術』として存在している―――それらを利用すれば、覗き見している人間を騙すことも可能」

 

「そもそもあらゆるものを捉えるとは言うけど、別に会長さんは、『蝿の王』(ベルゼブブ)でも『ウルトラマンケン』(ウルトラの父)でも無いわけだしね」

 

立華の理論的なようでいて観念論的なものを聞かされても、多くの人間は疑問符を浮かべる。更にアーシュラの話を聞かされてもいまいちわからない。

 

「……魔術の中にそういう術があるのは分かった。そう一応は納得しておく。だがアーシュラ、それはどういう意味だ?」

 

「人間の目は、所詮は『単眼』機能でしかない。『蝿』や『蜻蛉』みたいな『複眼』生物のように、『本当』の意味での『広くて詳細な視野』が存在しているわけじゃない。眼がどうやって『像』を結んでいるかなんて、あなた達には今更でしょうから言わないでおくけど―――本当にそんな風に全てを見ているならば、『脳』が焼ききれていると思うけど?」

 

「……つまり、会長のマルチスコープは『自動的』ではなく『能動的』なものだと?」

 

「なんじゃない。常にそんなものを見ていれば、普通はそうなるもの。恐らくだけど『そこに何があるか?』。造語だけど『ウェアダニット』(どこでおきたか?)『ホワットダニット』(なにがおきたか?)を探るものであって、隠そうと思えば隠れられる」

 

何でもないことのように言うアーシュラと立華の説明に、全員が唖然とする。あっさりとそんな風に会長のスキルを分解したことか、それともその説明のわかり易さゆえか―――。

 

「エリカの家って、一応剣道場なんでしょ? なんでこんなことがわからないの?」

 

「一応じゃなくて! 正真正銘の『剣術道場』!! いまの解説で何かウチに関係あること出た!?」

 

「「出た」」

 

端的かつ力強い言葉。この一言だけで、相手に『お前は浅い』と告げているという事実、実に『すごい魔法』だ。

 

「動体視力と静止視力の違いというやつですよ。千葉さん。剣士ならば一度は聞き及んだことがありましょう。『遠山の目付け』という極意ですよ」

 

「―――――――」

 

その言葉に絶句して気づいたエリカが、『まぁ……『分からなくもない』わ』と苦しげに同意したのが印象的である。他にはわからない発言だったが……ともあれ話の転換を図る。

 

「―――お前たちが会長と戦った場合、どういう結果になる?」

 

「さぁ? 知らないわ」

 

「そもそもドライアイス弾だろうが、魔弾だろうが、ワタシには子猫に引っかかれる程度の痛痒もないわ―――そういうマウンティングの言葉がほしい?」

 

答えをはぐらかされて、そもそも魔法が『効かない』ことが『当たり前』の存在から言われて、達也としても何も言えない。

 

 

「魔術師ならば、会長の能力をどう生かしますかね?」

 

「とりあえず動物科(キメラ)鉱石科(キシュア)に行って、複眼構造の『眼』を移植するわ」

 

そんな『当たり前』のように人体改造の話をされて、なんとも言えぬ顔を誰もがする中――――。

 

 

「否、複眼を持つ美女は『大尉』(雑魚)だけで充分であると当方は考える―――」

 

「いきなり何を言っているのさレオ?」

 

「いや、すまん何か変な電波を受信した」

 

 

『フルメタルデーモン』な言動が西城レオンハルトから出るのだった……。

 

 

七草先輩の割と順当な戦いぶりを見た後には波乗りの会場に行くことになる。アーシュラと立華としては、エリセたちと合流したいのだが……。

 

「確かに久しぶりに友人に会えて嬉しいのは分かるが、分別は着けてくれ。如何に偵察的な思惑が無かろうと、自校の人間たちがいい顔をしないのは分かるだろう?」

 

「利得・損得・金勘定なんかで『友人』を売るぐらいならば、死んだほうがマシよ」

 

「なんて徳に篤い女だ……」

 

「アンタに義侠心が無いだけ。自分に同調しない誰かのツラを潰して、それを当然と思っているようなヤツにはわかんない話よ」

 

「ヒドイ言いようだ……そんなにまでも俺は無情な人間に見えるのか?」

 

「見える―――が、こないだのワタシの心を察した一件でマイナス5ポイントぐらいは下げて、無情な人間(−5)としておくわ」

 

どんなステータス表記だと想いつつ『心底の苦笑』をした達也。それを見た深雪などは複雑な表情をするのだった―――。

 

それを分かっているから『絡むな』と言っていたのだが、どうにも聞いてくれない男に対して……。

 

『達也は顔面も硬いけれど、それに違わず心根も頑固な人間だから、気に入った相手には嫌われても『贔屓』しちゃうのよ。気をつけてねアーシュラちゃん。

達也にかけた『魔法』が解かれた時に、アナタを好きになっちゃってるかもね』

 

それは断固お断りしたいとアーシュラは想いつつも、寧ろそれを望むかのような司波深夜(17歳)の言動を思い出して、嘆息をするのだった……。

 

 



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第40話『オン・ザ・ライド』

流石は優勝候補の一高というべきか、手堅く勝っていく中、少しの変化が起こっていた。

 

本戦バトル・ボードの予選。その中の1人である渡辺摩利の走りが注目されていた。

 

「雫……渡辺先輩の走り―――」

「うん。去年より『荒っぽい』……」

 

この中では九校戦フリークと言ってもいい北山雫の『肥えた眼力』が、優勝候補の走りを見てそんな感想を出させていた。

 

「調子悪くしたのかしら、あの女?」

 

「ううん。寧ろ荒いけど『速い』。そうとしか言えない。去年までは3種類か4種類の魔法を併用していたのに……」

 

エリカの言葉に眼を細くしながら、その渡辺摩利の走りの豪快さに感心しているらしき雫の言葉―――いつもならば、ここで解説役である達也がアレコレと言っているはずなのだが……。

 

「………」

「―――」

 

その達也は苦笑するように、ジュースを飲むアーシュラを見ながら『何も言えない』でいた。

 

「アーシュラ、解説しなくていいのか?」

 

「その役目はキミじゃん」

 

「いや、渡辺先輩がああいう走りをしたのはお前が原因なんだし、教えてあげればいいのにと思って」

 

「別にワタシが原因ってわけでもないでしょ。ただ単にそういう走り方もありますよーって言っただけだもの」

 

「まぁそういう感じだったな……」

 

「いやいや、あんたら2人だけで納得しあってそれを教えないとか、ケンカップルと熟年夫婦の中間を思わせる『分かりあった』空気を出すな!! 真夏に凍えるような空気を感じている私達の痛みを考えなさい!!」

 

エリカのその言葉で、深雪が雪女よろしく醸している空気を認識してアーシュラも嘆息気味に口を開く。

 

 

ホワンホワンホワンペンドラゴン〜〜〜

 

妙な擬音が流れたことで、回想シーンという形で説明が成されるのだった。

 

 

「―――ということで、お前が出場するバトルボードの細かなルールは分かったな?」

 

「跳ぶことは許されても(3秒程度)飛ぶことは許されない。直接的な干渉妨害は駄目だが、水面を介した妨害は例外的に許可―――規模によりけりであるが、そういう進路妨害はオッケー……『バナナの皮』を進路上に置くことは許されても、『亀の甲羅』を投げつけることは許されない。『奈須きのこ』を使っての増速は許されても『星空めてお』を使っての増速と無敵化による接触妨害は許されない―――OK、OK……要はチェッカーフラッグが振られるまで走り抜ければいいんですね?」

 

「うむ。途中、妙な単語や作家名が入ったが、概ねそんな理解で構わない。その上で選ぶボードの形状は決まっている―――ただし変更できる点はある」

 

水を弾くウェットスーツに身を包んだ風紀委員長の言葉と先導に従い、案内された所にあったのはビート版ではなく、サーフボードに似たものであった。

 

人ひとりが乗るのに最適な重量と水面に浮力を持たせられる板を見て―――。

 

「重さが違うんですね」

 

「見れば分かるか。そういうことだ。干渉力の良し悪しは当然のごとく、何より重ければ当然ながら出足は鈍る……ちなみに私はこの中量級のものを愛用している。不正を防ぐためにも当日は、大会側が用意したボードを利用するが、ここにあるのが当日あるものと同一だ―――さて衛宮はどれにする?」

 

説明しながら真ん中ぐらいに並べられているものを手に取る渡辺摩利を見てから、アーシュラは迷うこと無く、一番右端にある最重量級のヘビーなものを手に取るのだった。

 

「ふむ。まぁお前の干渉力は莫大だからな。そのぐらい硬くて重い方がいいか」

 

風紀委員長も納得のチョイスだったらしい。手の甲でコンコンと板を叩くアーシュラ。ボードを手に持ち、訓練場に赴く。

 

 

「本番のコースはこれよりも複雑だが、面倒だから習うより慣れろだ。私と競争してもらうぞ衛宮」

 

「いいですけど、何かやっちゃいけないことがあれば言ってくださいよ」

 

「大丈夫だ。問題なくジャッジを降してやるぞ」

 

「左様ですか」

 

水の上にボードを浮かせてから、それをビート板代わりにスタート位置まで移動させて、ボードに乗り込む。

 

(流石に運動神経がいいな。サーフボードと違うとは言えスタンディングをすぐに出来るなんて)

 

寄せては返す波が立つ海の上ではないが、決して安定的とはいえない水の上のボードという大地に立つ衛宮を見て摩利は素直に感心する。

 

運動神経のかたまりという存在に、ちょっとばかり羨ましくなる。

 

「準備はよろしいですか?」

 

プールサイドから声を掛けてきたのは作戦参謀である市原鈴音である。シグナルランプの操作を担当する彼女が聞いてきたのでお互いに親指を立てた手を掲げる。

 

(サマになりますね―――そんな様子が千代田さんにとっては癇に障るものなのでしょうが)

 

こちらからはハッキリと見えぬ所で摩利とアーシュラを見る2年の千代田花音を鈴音は認識しながらもシグナルランプの操作は淀みなく行われ―――摩利とアーシュラの『波乗りの練習』は始まるのだった。

 

 

〜〜〜1時間後〜〜〜

 

 

「もう一本!!! もう一本勝負だ!! エミヤ―――!!! 後生だから泣きの一本を!!」

 

「その泣きの一本が何度続けばいいんですか…」

 

ボードの上に座って足だけを水面に浸しながら、人魚を思わせる様子の呆れ顔のアーシュラに対して本当に涙を滲ませながら人差し指を何回も立ててくる摩利に制止が入る。

 

「摩利さん。コレ以上はアナタの体調とか他の人間の練習にも差し支えます。この後のミラージはどうするんですか?」

 

「うっ……」

 

鈴音に言われて呻く摩利だが、この競技に一年の頃から出ていた摩利としては、色々と納得出来ないものがあるのだ。

 

自信を持っていたというのに色々と―――覆されてしまったのだ。

 

エリカ以来の久しくなかった年下から突きつけられる敗北の感覚に恋人の腕の中が恋しくなりながらも、今は教えを請うしか無い。

 

「委員長の魔法を見ていたんですが、5つだか4つもの魔法を同時に掛け続けても疲れないのは見事ですよ」

 

「ありがとう」

 

「けれど、その神経質なまでの魔法の併用がある種、逆に速度を殺しています」

 

「むっ―――」

 

「どういうことよ衛宮さん!! 摩利さんは、見事に水面を滑走しているじゃない!! それが速度を殺しているって!!! ナマイキいってるんじゃあいたたた!!!」

 

闖入者である千代田花音がジャージ姿でプールサイドに現れたことで女子3人が瞠目する。

 

が即座に排除行動に移るは風紀委員長である。

 

「お前はどこから現れたんだ! 全くもって―――説明を続けてくれ衛宮。市原、そこのバカを追い出せ」

 

「ま、摩利さ―――ん!!!」

 

サイオン操作での水鉄砲を何度か顔に当てられた千代田花音が去ったあとに、アーシュラは説明をする。

 

「本番のコースがどんなものかは分かりませんが、直線走破では『波』を打ち消してまで走らなくてもいいと想います」

 

「むっ、そういうものか?」

 

「駆け抜ければ風圧を感じるのは当然ですけど、造波運動をかき消すことで、水に乗る感覚まで消しています」

 

「ふむ」

 

「水というのは絶えず変化を果たしています。こういう風にあるだけでも蒸発して水素と酸素に分解されていく―――つまり渡辺先輩がやるべきなのは……」

 

アーシュラの説明。懇々とした説明を聞く度に―――口をあんぐり開けて眼を輝かせていく結果になる―――。

 

その疾さの秘密とは―――。

 

 

「「「「水の中にある『酸素運動』を利用しての加速!!!!????」」」」

 

「み、みんな。声が大きいよ!! ほら他校の人たちもビックリしているから!!」

 

美月が嗜めるも、聞かされた方としては驚きばかりだ。だからこその声の大きさだ。

 

「―――衛宮さん。聞かせていいの?」

 

同じ競技に参加する光井ほのかとしては、気が気でない。競いあう関係であるはずなのに、こんな風にネタバレさせてしまうことの罪悪感が出てしまうのだが……。

 

「解説を欲しがったのはあなた達じゃない。……だから司波君が説明すりゃ良かったのよ。ワタシの言葉じゃこんな風に素っ頓狂な言葉を出されるんだから」

 

「いや、俺だって完全に理解出来ているわけじゃないんだから、アーシュラに説明を願いたかったんだよ」

 

「光井さんが睨んでくるし、イヤな気分だわ」

 

言葉を重ねていくと、完全に不機嫌アーシュラになったことで自分の失策を悟ったほのかは、慌てて弁解するのだ。

 

「に、睨んでいないよ!! そんな秘術を晒させたことに申し訳無さを覚えたんだよ!!」

 

(だとしても司波達也の口から出ていれば何も無かったでしょうに……)

 

藤丸立華としては、アーシュラこそが、一番『ソーサラスアデプト』としては『真っ当』で『正当』で『王道』だというのに、まるで『邪道』(ASTRAY)であるかのように思われるのは非常に腹立たしい。

 

「立華。すまない……」

 

「悪いと思ってるだけマシね」

 

こちらの気持ちを察した司波達也が謝ってきたが、ともあれ、アーシュラは険相のままに語る―――。その心情を慮りながらも、言葉を続けさせるのだった……。

 

 

 

「つまり水が動くプロセスを利用しているのか……」

 

「水を切って進む以上、どうやっても己の力で波濤が生まれるのは仕方ない。けれど、その波濤を抵抗力として考えてまでってのはやりすぎです」

 

「むぅ」

 

そこまでいくと各国で流行っているモーターボードの次世代『ホバーボード』も同然になる。

 

ソラを、リクを駆けるものならば、摩利のやりようは正しい。ただ、そこまでいくならば、単純に板を宙に浮かせたほうが効率がいい。

 

だが―――水の上を走るとはそういうことではないのだ。

 

「水は水素と酸素の結合体。波の発生は風を受けて水の中にある酸素原子が動いた結果として水素も同時に動かされているわけですから―――」

 

「あ」

 

「あなた達、現代魔法師には馴染みのある理屈だから分かるはずですよ。だからそういうことです」

 

「思い出してみれば、お前はOGの風祭の起こした風を逆に利用して加速していたもんな……」

 

入学当時のことを思い出して腕組みして唸る摩利としては、やられた思いだ。

 

「確かに進行方向に対して逆位相の波を発生させて『静かな航路』を作ることは、別に『正しくない』わけじゃない。けれど、その考え自体がワタシからすれば的外れなんです」

 

「衛宮は―――風に乗って『走っている』のか?」

 

「大雑把に言えばそういうことです。向かい風(アゲインスト)の対処とか平方根の法則とかも絡んでくるんですが……己の作り上げた『疾風』の中で駆け抜けてみてください。委員長、大気成分を利用した現代魔法が得意なんですから何かはあるでしょう?」

 

「―――――舐めるなよ。一年女子!! お前の『風龍走法』など、簡単に真似てみせる!!」

 

二度も年下に魔法絡みで敗北を被るなど、色々と耐えられない。それゆえの気合いを入れた言葉だが、アーシュラはその理由を知らない。

 

「どうぞご自由に。ちなみに言えばワタシの『母』と『姉』は『聖盾』を利用して大波作れる手合いなもので、ワタシのは手妻なんですけどね」

 

「良くは分からんが、アルトリア先生も規格外だと分かった!!」

 

「んじゃ泣きの一本ですよ―――なんか完全に立場が逆になってしまったんですが……」

 

達者に出来る方が教える側になることがいいわけではない。こういう場では先輩を立てることも知っているアーシュラとしては、複雑な胸中だ。

 

「十文字はお前と藤丸を全ての競技のトレーニングパートナーにして教導してもらおうという考えだぞ―――せめて私だけは、お前の先輩という立場、教え役を堅守したかったんだがな……」

 

嘆くように言う摩利もアーシュラと同じだったらしく、内心でのみ『ご愁傷様です』と言いながらボードの上に立ち上がるアーシュラ。

 

ファイナルラップが刻まれて、その際のタイムは去年より――――。

 

 

―――ゴール地点で振られるチェッカーフラッグ。

 

白黒の市松模様の旗が振られた時に見えたファイナルラップタイムは、去年よりも5分以上も縮めていたのだった。

 

進行を停止させても発生する慣性力が打ち消されるまで走りぬけて、ボードを反転させて観客席の方に手をふる摩利の姿に、大音声の黄色い歓声が響く。

 

「まだゴールをしていない選手もいるのに、アレはいいのかしら?」

 

「何でエリカは、そういう風に他人のアヤを何が何でも見つけてやろうとするのかな?」

 

「べ、別にそんな意地腐れな考えじゃないわよ!!」

 

「そう。ならいいけど」

 

一応は、先輩後輩の関係ゆえか、摩利を貶めようとするエリカを嗜めるアーシュラに少しだけ意外な思いを抱きつつも、摩利は予選通過を果たすのだった。

 

説明を全て聞かされた人間の中で一番複雑なのは、ほのかだろう。まさかそんな術を使っていたとは―――。そして、それに対する対策は―――無いのかもしれないという恐怖だ。

 

それを察した達也は思案する。

 

(予選の組み合わせの関係上、どこかで同校対決は入る。決勝までいけば、それは『なくなる』のだが……)

 

仮に戦うことを両者が望む場合もあるだろう。

 

が―――その場合、恐らくアーシュラは『ほのか』との戦いを避ける。というか辞退する。

 

メンドクサがるからだ。そういった『歯牙にもかけない』という態度を取るから、ほのかや雫は敵意というかある種の反意を示すのだ。

 

まぁ達也としては、身に覚えがあることなので、正直言えば分からなくもない。だから嗜めることも出来ない。

 

だがアーシュラとしては、そこではないのだ。要は、自分に追随したければ―――『己を燃やして』でも挑もうとする姿勢が無ければそうなのだ。つまりは『ワタシに勝ちたければ全てを擲ってでも挑みかかれ』―――とんだ世紀末覇王である。

 

(まぁ終始、そんな(リキ)を込めて戦うこともないだろうが……)

 

そんな風に達也が結論を出しながらその日の午前のプログラムは終わりを迎えるのだった……。

 

 

「昨日、司波くん。軍人さん達に絡まれていたわよ。『京都』の事件の時のキョーコさんも出ていたことだし」

 

「死徒絡みの案件ですからね。下手に関わって手下にされても困るんでしょう―――まぁ聖堂教会のお手並み拝見ですね」

 

適当なオープンカフェで食事を2人で取りながら、現在の状況に対して言い合う。

 

「午後はどうしようか?」

 

「ふむ。死徒の塒でも探ってみますか?」

 

その言葉を受けた後に立華に口を閉じるよう指示。明確な『敵意』を持って近づく一団を認識。

 

敵意と評したが、そこまで強烈なものではない。

 

「―――」

 

「―――」

 

無言で昼食を取る一高一年2人に近づくは―――三高女子3人。

 

背丈とか髪の色とか―――全然似ていないのだが……何となくA組の優等生トリオに似ている連中だ。

 

自分たちに用事があるのか、それともなのか気づかないフリをしておく。

 

ただ周囲の人間がざわついた時にはそちらに眼を向けて平凡を装う。完璧な擬態をしつつ、食事を取っていたのだが―――。

 

「衛宮アーシュラ、いえアーシュラ・エミヤ・ペンドラゴン―――私と決闘なさい!」

 

「今のワタシは食事中だ。邪魔するんじゃないわよ!!」

 

「しょ、食事のあとでいいですからっ!!」

 

懇親会でのアーシュラの『出されたものを黙って食え』『食ベものを粗末にするな』という言動を覚えていたのか、焦った顔で否定する金髪の―――育ちの良さそうな女子だが、そこに立華は言葉を重ねる。

 

「そもそも、アナタ三高生じゃないですか。この決戦前のデリケートな時期に手の内を明かしていいんですか?」

 

その言葉に詰まる三高生。名前は知らないが、まぁ有力な魔法師なのだろう。だからこそ、そういった言葉でも出せば簡単に退けられる―――。

 

そういう立華の言葉は否定された。

 

「構いません! たとえ私の秘術を見抜かれたとしても剣で戦いたかった!! アーシュラさん!! アナタに北米以来のリベンジを果たしたいんですよ!!」

 

「出来るかどうかは別じゃがな♪」

 

意外や意外なことに骨の『ぶっとい』ところを見せつけられて、立華もアーシュラも感心をする。

 

魔法師は俗世の価値観に染まりすぎて、人理の(ともがら)としての気骨がないものだと想っていた。

 

ハッキリ言ってしまえば、己のルーツ……何者であるかという『立脚点』が総じて『力』にしかない。積み重ねてきた『歴史』『文化』というものを持っていない上に、自分の力に対して誇りを持たない無頼漢ばかりだと想っていたのだ。

 

だがコイツは違う―――そう感じた。

 

「ワタシはアナタのことをカケラも思い出せないわ」

 

「でしょうね。アナタがあの北米大会で使用した魔法は純然たる身体強化のみ。あとは細剣一振りと―――徒手空拳に具わった戦闘絶技(アーツ・オブ・ウォー)のみ。まるで歴戦の剣士たちを有象無象の存在も同然に切り捨てていく姿は、伝説のシャルルマーニュ12勇士を思わせました―――」

 

((どちらかと言えばブリテンの騎士なんですけどね))

 

目の前の三高生にはフランス圏の血が混じっているのだと察して、『何名』かを思い出しておきながら―――。

 

「アナタの名前は?」(Your Name?)

 

「一色 愛梨―――会いたかったですわアーシュラ・エミヤ・ペンドラゴン……」

 

誇りを以て答える金色の獅子―――確か、懇親会で司波深雪を嘲った相手だ。

 

まぁ見ただけで力なんて分かりゃしないんだから仕方ないが―――アレは騎士の礼儀ではないなと思いつつ。

 

……そんな会話を以て前奏曲戦舞(プレバトルワルツ)は開幕を果たすのだった。

 

 



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第41話『波乱』

もう何も言えねぇよ……。

映像から妄想は膨らませられる。けれど、これはもう――――。

感無量すぎる!!

茶請けにカレーパン。ブレないシエル先輩ですよ!!

磨伸先生!! このシエル先輩はパスタなんて食べませんぜ!!

もうこの感動を言葉で表すなんて陳腐すぎる。

ただ一言あるのならば―――ありがとうTYPE-MOON! ありがとうTYPE-MOON!! それだけだ。

素晴らしい世界を提供してくれる奈須きのこ氏と武内崇社長にありがとうだ。




「摩利さん! スッゴイカッコよかったですよ!! 最高な滑りです!!」

 

「ああ、ありがとう」

 

千代田花音から称賛の言葉を放たれて、摩利としてはありがたい半分、この走りは後輩からの伝授であることを伝えれば、喜色満面の笑顔は無くなるという事実だけだ。

 

そんなわけで、現状報告を市原鈴音から受ける。

 

「―――今の所は特に問題もありませんね。ただ少し、服部君などのところでエンジニアがまごついているところはあるようですね」

 

「ふむ。調子を悪くしたか?」

 

「後で人員を調整しておきましょう。それぐらいかしらリンちゃん?」

 

「そうですね。ただ耳に入れておいてほしいことが……」

 

用意されていた昼食のサンドイッチを頬張りながら言われたことに、摩利の耳が立つ。

 

「ほほぅ。随分と好戦的だな―――とはいえ相手選手を怪我させたりすれば、事だからな。ちょっと見学しに行くか」

 

「まぁ止めはしませんが……場所は選手に開放されている体技場です」

 

一高の一年女子エース(本人は認めない)と三高の一年女子エース(自他共に認める)が戦う―――。

 

そんなビッグイベントが起こっているなど見逃せないのだ。

 

 

「古式魔法師伝統派と第九研究所との戦いですか。ほんの5年前に、そんなことが起きていたんですか……?」

 

「ある種、記録・歴史から抹消されたものだからよ。

あまりにも凄惨極まる戦いだったからね。彼らはサーヴァントの他に『大敵』たる『鬼種の混血』も投入して、京都・奈良を地獄界に変えていき―――まっ、そういうことよ」

 

「その戦場に、衛宮家及び藤丸家も出てきたと?」

 

顔を真っ青にする響子。言葉を気楽に打ち切った理由もよく分かるというものだ。

 

だが達也の疑問は続く……。

 

「そして、私の従弟の九島光宣くんとも知り合いになったわけよ―――吉田君に対して行った『調律作業』で、体の不調を取り除いてね―――まぁ定期的なものは私の母の琴で大丈夫なんだけど、本人はアーシュラちゃんの調律を欲しがっているのよ……」

 

その言葉で九島光宣という少年に『マセガキ』という感想を出すも、そもそもひとつ下なのだと言うことを思い出すのだった。

だが、それでも中坊の分際でという想いは達也の中に渦巻くのだった。

 

そしてソレ以上に、アーシュラの男に対する無防備さが、苛立ちを増やすのだ。

本人は、誰かと恋仲になろうという気もないくせに、男子に対して近すぎるのだから、そういう風に勘違いする人間が増えるということを学習するべきである。

 

 

「それで死徒という吸血鬼に―――」

 

関して聞こうとしたときに、思いがけぬ情報が飛び込んでくるのだった。

 

それを聞いた時に達也は、独立魔装の会談部屋から出て噂の現場に直行するのだった。

 

 

 

「胸に薔薇一輪を差したわね? それじゃ、正式なルールではないけれど、お互いに誇りをかけて、尋常に立ち会うように」

 

騎士2人が、お互いに戦いやすい服装に着替えて競技用サーベルを持った姿。

 

正式なフェンシングスーツ。面を着けていないが、それを着込む一色愛梨は映える騎士ではある。

 

そして片やアーシュラの姿は、一高指定のジャージの上下であった。

 

だが、それで『チカラ』を見誤るほど愛梨もバカではない。

 

(あの時よりも強くなっている。北米で見た時には完全に感じ取れなかったオーラが、私を突き刺してくる)

 

最終確認。胸ポケットから花弁を出す薔薇は造花。

しかし、その強度は最硬度のものであり、それをサーベルで散らすことが、今回のルールである。

 

 

ディオス・ロンド(少女革命)という戦いの形式であり、与えられたフィールドをフルに動き回れるというのは、ありがたい。

 

そんな愛梨の考えなど知らぬが、ジャッジを引き受けた藤丸立華はアーシュラが負けることなど考えていない。だが、ブリテンの騎士、妖精郷の姫騎士として譲れぬものはあるだろうから……特に無かった。

 

両者の距離は、いつぞやの副会長と司波達也の立ち会いよりも離れている。

 

剣術競技としてはあり得ぬ距離からの礼とブザー音で戦いは始まる。頑丈な床材は、アーシュラの速度を受け止めきれるか―――――分からないが―――お互いが同時に動き出した。

 

 

剣を前に出しての突っ掛かり、愛梨が放つ突き(ラッシュ)、稲妻のようなと称される彼女の動きと同じく放たれるそれを、受け手であるアーシュラは、後からでも難なくいなして、返す刀の薙ぎ払いで薔薇を落とそうとするも、それを躱してバックステップ。

 

当然、それを見落とすことはないアーシュラ。魔力放出で一色愛梨を刃圏に収めるべく歩みを止めない。

 

狙われたことを悟った愛梨はすぐさま待ち構える。

 

刃圏に入った瞬間、アーシュラのサーベルは剣光の網目を編んで奔る。

 

待ち構えていた愛梨もそれを受け流す。あまりにも早すぎる連撃だが、アノ時と違うのは自分もそうだ。

 

サーベルがしなりを持って打擲するように打つたびに、愛梨もその軌道を封じて剣戟を防いでいく。

 

サーベルが動く度に虚空に水しぶきのような剣閃が刻まれて、それが幾重にも重なった時に刃の檻が完成する。

 

攻め手である一色愛梨に対して、受けてであるアーシュラもサーベルを以て刃の檻を砕いていく。

 

「―――ッ!!!」

 

「―――」

 

アーシュラの攻撃は一見すれば消極的なものだが、それでも受けの間にも見出した間隙を見逃さず、左胸にある薔薇を撃ち落とそうとする。

 

はっ、とするような、背筋が凍るカウンターを放っているのはアーシュラの方であり、それを理解してか愛梨の方は、いい気持ちで攻めていると逆撃を食らうと判断。

 

(体が伸び切ったところに肉薄されての突きを入れられたらおしまい。勝機を見出すには我慢比べが必要!!)

 

だからと攻めを消極的にすれば、一気にその剣の嵐に巻き込まれる。

 

(場をフルに使う!! 正面だけではなく側面を!!)

 

足捌きを変えて愛梨は側面からの攻撃を狙う。

 

当然アーシュラも、それは理解していた。サイドから放たれる突き。さながら『ライトニングピアス』も同然のそれが位置と角度を変えて、8連刻まれる。

 

しかし、それをサーベルの護拳……ナックルガードを盾も同然にして防ぎ切る。

 

愛梨に対して正面を向かないでという恐ろしい離れ業を前にして、ならば利き手とは別方向に移動しようとした愛梨を遮るように、正面に見据えられる。

 

(汗一つかかないで、こちらを見てきますわね)

 

回転するようにして態勢をチェンジしてきたアーシュラ。その体の転換を愛梨は見きれなかった。

 

そしてアーシュラの剣戟が刻まれる。突きが主体のサーベルとはいえ、戻りの隙すら見えない連射は、さながらガトリングガンのように回転数を落とさない。

 

残像を刻むようにアーシュラの姿がいくつも見える。

 

その意味を―――周囲にいる人間たちは十二分に理解していた。

 

(音速の動き……人間の動体視力では捉えきれぬ速度だからこその現象だな)

 

加速魔法を用いて『自分を高速』の領域に乗せられる魔法師は、それに準じて動体視力も常人よりは鍛えられている。

 

もっとも加速魔法に慣れているからといって『音の壁』を突き破った機動などをすれば、容易く人体はミートソースになる。

 

仮に硬化ないし強化魔法をしたところで、そんな機動をすれば服は音速の抵抗を受けて微塵になる。

 

つまりは―――『割り』に合わないということである

 

仮にそうせざるを得ない状況に陥れば、魔法師=ストリッパー、ヌーディスト、超者ライデ○ーン(変身解除)ということになりかねない。

 

そんなわけであり、その速度領域で戦えるアーシュラは魔法師の規格にない存在であり、よって―――。

 

上から逆袈裟の要領で跳ね上げられた一色のサーベル。驚愕する間もなく返す振り下ろしの一撃で薔薇は砕け散った。

 

よって―――。ブザー音が鳴り響き、勝者と敗者が刻まれた。

 

「―――また負けましたか……」

 

闘技場の床に座り込みながら呟く一色愛梨に対して、アーシュラは反応せずに踵を返す。

 

「―――衛宮さん。『また』手加減しましたよね?」

 

「アナタの出る競技―――クラウドとミラージで『腕』を使わないってんならば、『受け太刀』させていたけど違うでしょ? そういうことよ」

 

まさか。先程は見えていなかったが、高精度カメラが捉えたアーシュラの剣と一色愛梨の剣とは……。

 

(一色の剣をアーシュラは受け太刀しているが、アーシュラの剣を一色愛梨に『受けさせていない』……)

 

剣戟の隙間を縫って一色に剣を放っていたアーシュラの離れ業を、現代の映像機器は確実に捉えていた。

 

(一高での立ち回りを考えるに、一色が一撃でもアーシュラの剣を受け止めていれば、腕は数日痺れていただろうな)

 

当然、アーシュラとて『手心』を加えてはいた。しかし、『力持ち』すぎて、剣を持った瞬間に覚醒する『黄金の剣姫』の力では、どんな事故が起こるかわからない。

 

そういうことなのだろう……。

 

「アナタもクラウドに出るのですよね?」

 

「その予定だけど」

 

「クラウドボールは使う器具次第ですが、アナタのことです。ラケットタイプを使うのでしょう……今度も手加減すれば、今度こそ恨みますよ」

 

「安心しなさい。公の場であれば堂々と叩き潰してあげるわ。それこそ―――羽虫みたいに指先で……」

 

「その言葉……大言壮語ではないことを理解しています!! その上で私は勝ってみせます!!」

 

クラウドの前にアーシュラにはバトル・ボードがあるのだが、ともあれ前哨戦と言えるものは幕を下ろした。

 

いつの間にかギャラリーが大勢いることなどあんまり関心は無いだろうが……それにしても―――。

 

(大方の攻撃が寸止め(マスファイト)でも、ここまで魅せるとはな)

 

拍手喝采の中でも、本当のアーシュラの力を知るものたちは、少しだけクラウドでの一色愛梨の身を案じるのだった。

 

初日の九校戦はこうして幕を閉じたのだが―――波瀾は2日目から始まろうとしていた―――。

 

 

「むぅ不味いな……」

 

「マズイですね。ボイジャーがただの1年生ということを考慮してのトーナメント表なんでしょうが……」

 

そう。目に見える『事実』だけを測れば、六高の宇津見ボイジャーは魔法科高校の1年生でしかない。

 

だからこその組み合わせなのだろうが、これが非常にマズかった。

 

確かに『本戦出場の1年生』というのは過去・現在でもいないわけではない。昨日の昼間にアーシュラと戦った一色愛梨も、本戦ミラージに登録されている人間だ。

 

そして『本戦アイスピラーズ』に今回、男子で登録された異色の人間……まぁ厳密に言えば『人間』ではないかもしれないが。

 

ともあれ、『人としての知性』を持ち、『コミュニケーション』が取れる存在というのは概ね、人間と呼んでいいだろう。

 

人間論に至りそうな立華の結論とは別に、危機感を共有できない面子。

 

 

「順調に行けば……俺は準々決勝でボイジャーと当たりかねない―――」

 

「どうします? ある種のドーピングも可能ですが」

 

「いや、いい。例えボイジャーがスーパーボイジャーとなったとしても……今の自分の力で『サーヴァント』にどこまで追い縋れるかを知りたい」

 

「――――分かりました。ご武運を」

 

そんな言葉で激励するしか無い。確かにボイジャーの神秘強度は、伝承防御級に比べれば心もとないが、それでも並の魔術師が害することが出来るステータスではない。

 

ましてや魔法師相手では、その性質上『自分たちより上位』の存在ということで優位を取れないのだ。

 

そんなことは克人は分かっていた。分かっていたからこそ―――地力で戦うことを逃げないでいた。

 

一高の優勝を狙うというのならば、あの手この手でボイジャーとの戦いを先延ばしするべきだが―――そう決めたというのならば、立華が言うことはなくなった。

 

 

そして2日目において、予想外は『当然の如く』起きた―――。

 

一高 十文字克人ベスト8にて散る……。

 

一高 七草真由美ベスト4―――のち三位決定戦を取る……。

 

予想外の波乱が一高を覆いつつあった……。

 



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第42話『天下分け目の関ヶ原(偽)』

 

2日目の夜―――九校戦の全ての面子を集めた一高が貸し切ったホテルの会議室―――空気は重い。沈痛と言うに相応しい。まだ『勝負』が決まったわけではないのに、完全にお通夜ムードであることが、立華・アーシュラとしては嘆息せざるを得ない―――。

 

 

「明日も戦いが続く中、急遽の招集をして申し訳ないわね。中々に予定違いが出てきているから。まぁ……敗戦の弁なんて聞き苦しいとは思うけど―――聞いてもらうわ」

 

七草会長の言葉から始まった、今日の『予定外』の敗北に対する弁だが―――。

『敗軍の将は兵を語らず』とはなれないのが、魔法師という人種である。

 

結局の所……。

 

「十文字……お前の敗因は何だ?」

 

渡辺摩利の言葉に対して、十文字はいつもどおりの口調で答える。

 

硬質な言葉が紡いだものは―――。

 

「ボイジャーに対して俺の力が優れなかった。単純な『力負け』だ」

 

その言葉にいっそうざわつきが広がるも、録画された十文字克人 VS 宇津見ボイジャーの映像を見れば、それは納得せざるを得ない。

 

それは―――アーシュラと克人の戦いを思わせるものだが、それとは、ちょっとばかり違う。ファンシーな王子様ファッションのボイジャーが振るうおもちゃのようなサーベル。

 

CADではなく『コードキャスト』でもなく、どちらかと言えば英霊武装(weapon)に近いものだ。

 

薔薇の華を思わせるサーベルが振るわれる度に、ファンシーな魔法攻撃が披露される。

 

金色の星―――スターアタック。綺羅びやかな星の魔力体が、様々な形で克人の氷柱に襲いかかる。

 

ディフェンスに関しては、サーベルを振るうことで『対星結界』が氷柱全てを覆う。

 

そしてその結界―――円環する銀河を思わせる。

星の渦が氷柱を包み込んだ時に、克人はそれを突破する術を失った。

 

「私の場合は、十文字君が負けたことを知った動揺もあった。そこを付け込まれる形で、六高のカリンさんにしてやられたわ……」

 

「三位は取れたんだ。達也君、ありがとうな」

 

「いえ、自分は特に何もしていませんので」

 

ベスト8にて散った十文字克人の情報が流れてきた時の、クラウドでの真由美の様子は、普通ではなかった。

だからこその、達也なりに落ち着きを持たせたことが勝因となった。

 

だが、何にせよ色々と予定違いが出てきているのは間違いなかった。

 

「……六高なんて完全にノーマークだった。一条と一色を有する三高が対抗馬だと思っていた所に、これだからな……」

 

「………十文字君は宇津見ボイジャーの実力を知っていたの?」

 

渡辺摩利の言葉を受けて七草真由美は、十文字克人に声を掛ける。

腕組みしながら目を瞑っていた克人は口を開く。

 

「ああ、知っていた―――そして正体を知りたいだろうから言っておくが、端的に言えば彼は『英霊』だからな。魔法師や魔術師だのという括りには無いんだ」

 

その言葉に最大級のざわつきが広がる。英霊―――その分け身たる『サーヴァント』の実力は、4月の一件で肌身どころか骨身に痛いほど刻まれている。

 

「いや、それは―――『いいのか』?」

 

動揺しきった摩利に対して、再び嘆息しつつ口を開く。

 

「事実、彼は魔法科高校の生徒として修養をして、この大会に出る資格を得ている。まさか体をひん剥いて、人間であるか否かの証を立てろなどと言えるのか?」

 

委員会に申し立てをするとしても、立証責任はこちらにこそある限り、それは不可能な話だ。

 

『人型の使い魔』というものが持つ力を軽視していた、現代魔法師の敗北である。

 

「―――まぁ傍目には、中条先輩と同じく発育不良な少年にしか見えませんからね。仕方ないですね」

 

「立華さん。ボイジャー君はどういう英雄なんですか? 四月の際に見たケルト神話のクー・フーリンとは……なんていうか、違いすぎて」

 

クー・フーリン(狂)を見て、その情報量を知った瞬間に失神した中条あずさは、それとは真逆の何とも……可愛らしい姿のボイジャーが、あれと同類だとは思えぬらしい。

 

ただ、それはエリセからすれば、契約違反だと言われそうだ。だから立華に言えることは少なかった。

 

「まぁ詳しいことは、エリセとの『契約』から言えませんが、ボイジャーの正体は、クー・フーリンのような神話系統(マイソロジー)のものとも、史実体系(ヒストリア)とも言い切れませんが、まぁ星々を往く英霊とだけ言っておきましょう」

 

「サン・テグジュペリの―――『星の王子さま』とかですかね?」

 

「そう見えます?」

 

「こんな感じだったらばなぁ、とは思いますけどね……」

 

自分と同じく『ちびっ子』組として親近感を覚えている中条あずさだが、正体は『無機物』と知ればどうなるのか。

 

(まぁヘルメス・トリスメギストスでも信仰していそうな中条先輩ですから、もしかしたらばとは思いますが)

 

どうでもいいことだが……。

 

「ボイジャーはこのまま明日に、男子ピラーズの優勝を決めるでしょう。そして、六高のプリンセス・ガード『新人戦』の部に、ボイジャーが登録されているということは、まぁそういうことでしょうね」

 

「……正直言えば本戦モノリスにまで出てこられたらば、どうしようかと想っていたが……」

 

六高の目的は『一高潰し』(クラッシュ・ザ・ワン)。だが、これは戦略の常道だ。

 

結局の所、魔法師が如何に常人とは違うとはいえ、当たり前のごとく感情を持ち、様々な言葉を交わす『人造人間』たちだ。

 

つまり、相手チームの柱を叩き潰すことで、希望の芽を持たせない。

野球における四番バッターの役目が、敵のピッチャーをマウンドに沈めることにあるならば、ボイジャーもカリンもその役目を全うしたということだ。

 

「……アトランティス(ロストベルト)の状況に似ているわね」

「軍師系のサーヴァントでもいるのかしら?とはいえ予想出来たことでもあるわ―――」

 

アーシュラの小声での言葉に返した立華であるが、案外予想できたことだ。

 

事実、鈴音と克人に意見具申したわけだが、まぁ登録した競技から考えるに、あまり考慮してもらったわけではないのだが。

 

「そういえば、藤丸さんはこの事態を読んでいたフシがありましたね?」

 

今更に思い出した鈴音が問いかけてきたので、立華は答える。

 

「まぁそうですね。三年間も競技種目に変更がなくて、登録選手にも変化がないならば、六高にエリセたちがいなくても、どこかしらが三巨頭を『凹まし』に来るだろうとは想っていました」

 

その言葉に少しだけ静まり返る議場。しかし、それは『あり得ない』ことだと想っていただけに、寝耳に水だった。

 

三巨頭を筆頭に現在の一高三年生には、かなりの力が備わっている。それを覆すほどの道理など……あり得るのだろうか。

 

「私が一番に危惧したのは、『三高』の一条将輝だか一条マサキリトだかが、本戦アイスピラーズに出てきて、克人さんを倒しに行くことだったわけです―――ですが、それに対して克人さんは言いましたよね?」

 

「ああ、『一条は俺とは戦わない』―――成程な。確かに慢心だ―――」

 

「ええ、十師族のある種の談合的な思惑が見透かされたんですよ」

 

「克人さんの家は土木建設会社なんですから、そういうのは不味くないですか?」

 

この大会において十師族の力というものにケチが着くのが嫌で、例え『同じ者同士』での戦いでも、負けた方が侮られるのはマズイと考えた『暗黙の了解』こそが、この事態の核心にある。

 

「生臭いことを言えば、『下請け』『孫請け』に関して仕事を回す上では、『そういうこと』もあり得る。ビジネスの世界とは『弱肉強食』だけでなく、『持ちつ持たれつ』というのもある―――が、そこを狙われたわけか……」

 

「そういうことです。ですが、一条家がリングから降りた時点で終わっていたはずですが―――まぁボイジャーはそこに来たわけですね」

 

結論を述べれば『油断・慢心』していたところに、ガブリとあの星の子は噛み付いてきたわけだ。

 

顎の力・獲物を噛みちぎるという『力比べ』では、陸上水上どちらでも覇権を狙えるアリゲーターが、時にジャガーに喉笛を切り裂き噛みつかれて、そのまま絶命・好餌となるようなものだ。

 

その贄として『七草・十文字』が選ばれた。そういうことだ……。

 

「どの道、『余程のこと』が無い限りは、選手の競技種目の変更は出来ませんし、古式に倣えば『賽は投げられた』ということです」

 

無策ではあるが、ソレ以外に方法はないのだ。

 

どの道、現在の様相は『混沌・乱戦』の類。六高のダークホースの様子に、他校が猛追をかけてくるのは目に見えている。

 

それでも勝とうとするならば……。

 

(この空気は良くないと思うんですよねー)

(同感)

 

若干、冷めた思考をしていた2人を呼んだかのように……。

 

「空気の入れ替えが必要だ―――」

 

そういう風に呟く司波達也を認識しつつも、本戦三日目はどうなるやらと思うのだった。

 

 

九校戦三日目。

本戦男子ピラーズに出場していた一高選手全てがボイジャーに潰されたことで、女子ピラーズと男女バトル・ボードの決勝戦までの日程が組まれている。

 

「お前はバトル・ボードの女子でいいのか?」

 

「観戦するのが、って意味ならばそれしかないじゃない。千代田さんはワタシのことキライだし、かといって渡辺委員長の試合を見ていなければ、あれこれ言われそうだしね」

 

成程と思いつつも、立華がいないことが気がかりだ。そうこうしている内に、渡辺委員長の準決勝レースはスタートする。

 

一高、三高、七高が争って戦う形式。

 

当然のごとく一高が優位だが、昨日の結果から空気に妙なものを感じる。連日の波乱で金星を落としてきた一高にとって、この空気はマズイ。

 

「委員長が呑まれることは無いだろうけど、ある種のホームタウンディシジョン的なものは形成されているよね」

 

「判官贔屓があるのか―――まぁ球場の雰囲気で左右されて、ストライク、ボールの基準が変わるわけじゃないから大丈夫だろうが……」

 

アンパイアが居なくても何かはあるか?

 

達也が、そう想いながらもレースは予定通りにスタートする。

 

一昨日の如く軽やかにしなやかに―――はたまた荒々しく駆け抜ける水上のマーメイドたちの戦いが刻まれていく。

 

大歓声に構わずに駆け抜けるマーメイド達の中で抜き出たのは―――。

 

「渡辺委員長がリードしているな。七高を大きく引き離して、三高を『かなり大きく』引き離している」

 

「海の七高とか言われても、ここは陸上の淡水。潮流もなければ波風も殆ど立たないならば、ヴィヴィアンの意地悪さえなければ委員長が勝つに決まっている」

 

アーシュラに言われてみれば、確かにその通りであった。海と川ではかなりの開きがある。『水の七高』で無かったことが、不幸の始まりか。

 

「もしかしてお前は、その事も織り込んでいたのか?」

 

「当たり前。海には海の道が。川には川の道。湖には―――湖の道がある―――知っている? 四川は重慶の川。嘉陵江を源流に遡って牽く船引きは、急流・浅瀬などの要害をものともせずその筋肉(マッスル)で引いていたんだから」

 

モーターボートなど『人力』以外でそういった難所を遡っていた時代を語られて、少しだけ興味を引く。

そう考えると人力での船引きと変わらぬのが、バトル・ボードのような競技なのかもしれない。

 

「例えサイオン活動が、それらの機械的な馬力を擬似的に発揮したとしても、使うのが人間である以上は、そういった道理からは逃れられない。それだけ」

 

「―――お前がCADに関して一家言ある理由が良くわかったよ。確かに……そう考えれば……自然の機運を逸脱するだけの機械式術構築が、『道理』に沿わないことも理解できた……」

 

エコロジストというほどではないが、アーシュラの言っていることが最近になって分かってきた。

だが、それを認めることが『何故か』出来ない。

 

魔法技能がある人間全てに簡便な魔導器を与える……その人間には、技能の上下などほとんど皆無。確かにそれならば、1科2科だのという区別は要らなくなる。

 

本人に足りない部分は機械などが補う。『そうであるべき世界』が理想のはずなのだ。

 

『それ』をお前は成し遂げるべきだ。そうアーシュラは、無言で詰っているのだ。

 

「………お前は俺に対して厳しいな」

 

「甘やかしてほしいならば、深雪ちゃんにどうぞ。ワタシは、アナタが嫌いだから」

 

「「―――」」

 

アーシュラの素気ない言葉に、深雪とほのかが硬い表情を見せた時に変化は起こる―――。

 

「ん?」

 

最初にそれに気付いたのは、アーシュラであった。エメラルドのような翠眼が見抜いたものとは、七高のオーバースピードである。

 

明らかに制御を逸脱している様に、気付いて何かのトラブルかと思う。

 

「―――水精が暴れている……よろしくないものが機械に紛れ込んでいるか」

 

「あのままだとフェンスに激突するぞ―――」

 

「問題ないでしょ。委員長ならば対処出来るわ」

 

「―――え?」

 

ビッグトラブルの予感を感じて、渡辺摩利はボードを制動させる。リードは開いているし、既にカーブを曲がった段階。

 

しかし、無視することも出来ない人情ある彼女は、七高選手がふっ飛ばされ、フェンスに激突することを予測出来たので……。

 

『バナナの皮で止まってもらうか』

 

そんな嘆くような言葉でCADを操作しつつ、他にも『違う術式』を構築するのだった。

 

そして、構築された術式が水面を操作して―――水の大玉が出来上がる。表面に水が循環しているところからしても、かなり高度なものだ。

 

「衛宮さん! あれって!?」

 

水の大玉は、いつぞや部活歓迎会の際に、マグダラの聖骸布を用いてエアバッグを作り上げたものと同様。

 

気付いたほのかが言うが、アーシュラは何も言わず、ただ結果だけを見届けた。

 

進路方向上にそんな奇っ怪なものが出来たことで驚いた七高選手と、その後ろに居た三高選手が驚くが、制動を効かせられない七高選手は―――。

 

「助けてやるから、恐れないで突き進め!!」

 

止めていたボード上から声を掛けた摩利の言葉で意を決して、それでも眼を閉じた七高選手が大玉に突っ込む。

 

瞬間、入り込んだ七高選手が大玉の中で揺蕩う様子が見えた。そのままでは息が出来ないはずだが、どうやら『呼吸』が出来ることから察して、ただの水ではなく水中でも自発呼吸が出来るように操作されているようだ。

 

恐ろしく高度な術だ。魔術世界では強化一つだけでも、水中素潜り『ワンアワー』程度は軽く出来るとのことだ。

 

もっとも、本人の術力……端的に言えば魔力量次第とのことだが……。

 

だが、七高選手はそういうことではないようで、大玉の中に捕らえた摩利もそういうことをやったわけではない。

 

理屈は分からないが、ボードに掛けられていた術が解されて態勢を取り戻した七高選手は、今度こそ海の七高の字名通りに、人魚のような遊泳で玉の頂点から顔を出した。

 

「あ、ありがとう渡辺さん!! けれど、これを解除しないと!!」

 

「ああ、構わないな!?」

 

「どうぞ――――!!!!!」

 

三高の水尾選手が、『流石』に近づいてきていることを認識した短い大声でのやり取り。それを終えた後にはボードを手にして玉の底面にまで反対に泳いだことを認識した摩利は、水の大玉の解除をした。

 

「ま、まずい! 三高の人がもう30mもない距離までやってきている!!」

 

「……アンパイアは何をやっているんだ?」

 

「事故であるか、はたまた意図した通りだったのか、そういうことじゃない?」

 

「アレをアクシデンツだと認識出来ない可能性もあると?」

 

「むしろ直接干渉的な妨害行為だと取る可能性もある」

 

アーシュラの言葉にいくら何でも邪推が過ぎると思う一同だったが、ともあれ七高選手は手をあげてリタイアをジャッジに申告。プールサイドに上がる様子だ。

そしてレースは続けられていた。先程とは異なり一進一退のレース攻防。

 

「何か渡辺先輩の調子、悪くありませんか?」

 

「そうだな。あの種の術の効率が良くないからなのか、それとも……原因は推測できるか?」

 

「現代魔法的な感覚は分かんないけど、魔法師のサイオンでも可能なぐらいにダウンサイジングしたわよ。けれど、それでも不調になったのならば―――アクシデントを起こした七高の選手の『勢い』『干渉力』(パワー)が強すぎたとか、そういうことかもね」

 

つまり、あの七高選手を暴走状態に陥らせた原因は、摩利に『必要以上の力』を要求させられるほどの『何か』があったということだ。

 

恐らくそれは『物理法則』の世界ではなく、何か『違う世界』の原理であろうと、昨日の真由美の戦いから達也は察した。

 

ともあれレースはデッドヒートを繰り返して。結局のところ僅差で渡辺先輩が勝ったとしか見えない、アングルの違いで三高の水尾佐保もそう見える場面はあるのだが、それでも渡辺先輩の方が有利。

 

なのだが……『協議中』という電光掲示板の表示が出る。

 

「映像では渡辺先輩の方が勝っているのに―――まさか、アーシュラの懸念どおり!?」

 

深雪の言葉に考える。いくら何でも、そんな不可解極まるジャッジを下せば審判団に対するブーイングが起こる。

 

ボードの上に座り込みながら激しく息を突いている渡辺摩利の様子―――三高の選手も、眼を伏せて無言だ。これで進出しても『試合に勝って勝負に負けた』であろう。

 

 

『―――長らくおまたせしました。審判団による協議結果をお伝えします』

 

10分後、会場アナウンスに伝わるは髭面の男―――魔法大学の関係者だろうかという男がマイクを手に話す内容だ。

 

要約すると……。

 

・七高の選手は何かしらのアクシデントによってフェンスに対するクラッシュ寸前であった。

 

・原因は調査中。

 

・その上で、一高 渡辺摩利の行動は、人道上の観点から魔法による直接干渉とは言えない。

 

・場合によっては、三高選手にも何かしらの影響も出ていた。

 

・よって一高の決勝進出を認める。

 

・しかし、三高 水尾佐保選手も何かしらの救護活動をしていたと見られて、ボードの静止状態を維持していたので、状況からして例外的に決勝進出を認める。

 

そういう協議結果であった。

 

「三決はどうするのかしらね?」

 

「タイム差で決まるか、もしくは第二レースも2位までを通過させるか―――どっちかだろう」

 

アーシュラに言いながらも達也の考えでは、恐らく後者が採用されるだろうという推測が為されていた。

 

ボード上で握手し合う2人のマーメイド達を見ながらも、アーシュラは椅子から立ち上がっていた。

 

「何処にいくんだ?」

 

「委員長の様子を見に行く。完全回復させるのはちょっとフェアじゃないけど、『あれ』はいくらなんでも『無いわ』」

 

「――――――」

 

アーシュラの言葉で渡辺委員長の様子を見ると、腕を押さえているのが確認出来た。

つまりアーシュラは、委員長に『起きたこと』が分かっているようだ。

 

「俺も行こう。少々気がかりだ」

 

「お兄様、私も―――」

 

「いや、次のレースの出走は五十嵐先輩だ。ほのか1人でというのはマズイだろう?」

 

その様子(2人は不満顔)を見ていたアーシュラの視線が鋭くなる。

 

「………」

 

「だったらば、『アンタが残れ』と言わんばかりの視線を向けるなアーシュラ」

 

「面白くないわよ。きっと見たくないものも見る」

 

「それでも、俺とお前は風紀委員のコンビだろ?委員長の見舞いぐらいは同道するさ」

 

そんなやり取りをしてから、一高一年風紀委員コンビは観客席から去っていくのだった……。

 



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第43話『逆境タマモナイン』(前書きに注意あり)

注意

タイトルにラブリーかつこないだ宝具レベルをあげることが出来たタマモの名前があるが、特に関係はない!!(爆)

逆境ナインに被せただけのタイトル―――。

適切なタイトルが浮かばない……これが、これが―――逆境!!!

逆境とは!? 思うようにならない境遇や不運な境遇のことをいう!!

そんな訳で―――島本語録を引用しつつ、新話お送りします。




―――2人の後ろ姿が見えなくなると同時に2人は呟く。

 

「……達也さんは、衛宮さんのことが好きなのかな?」

 

「そんなわけがない―――と断言したいのですが……」

 

基本的に達也はかなり『狭量な人間』だ。いわゆる自分に好意的ではない相手は冷遇するというか、どうでもいいとする心根の持ち主で、転じて妹である深雪にも害を成すような人間には更に冷たい―――のだが……。

 

アーシュラは心の底から司波達也を嫌悪している。

 

口先だけでのツンデレ的な嫌いではなく、本当に人間として、その人格を認めない態度なのだ。

 

これでアーシュラの全てが司波達也より劣っているというのならば、それは小物のやっかみ程度で終わっていたかもしれないが。

 

深雪にとっては『残念なこと』に、アーシュラの全ては、達也と深雪を上回る。

 

達也の推測と八雲の話によれば、『分解魔法』とてアーシュラには通じない。つまりは最強の兄にとっての天敵。

 

だからこそ、いずれは自分たち『兄妹』の害になるんじゃないかということで、警戒をしていた。

 

……そうであったはずなのに……。

 

士郎先生もアルトリア先生もそうだが、彼らは自分たちの在り方を『卑劣』と断じてくる。

そんな風な『立派な大人』が周囲にいなかっただけに、かなり心が痛かったのだ。

 

害を成すわけではなく、『お前のやり方は間違っている』と断罪しに来るやり方に―――深雪は、少々腹立たしい一方で、人間としてはそちらの方が正しいのだと理解していた……。

 

「まぁ、お兄様は自分を慕う人間には無条件に好意的ではあるから、いずれはアーシュラみたいな、お兄様に厳しい評価を下す女からは自然と離れるわよ。そして、お互いに男女としての好意とかは無いわね」

 

「そ、そうだよね! 流石は深雪!! 妹として分かってる発言ありがとう!!」

 

そんな訳で、美少女2人はそうして納得した。 そんなガードが緩くなっていた2人を狙って、他校の男子が声を掛けようとした時に―――。

 

「司波、光井―――同席しても構わないか?」

 

「じゅ、十文字会頭!? ど、どうぞ!! 先程まで衛宮さんと達也さんが掛けていた椅子ですけど」

 

「ならば失礼する。二人掛けの椅子というものが見つからなくて、少々難儀していたところだ」

 

いきなり現れた巨漢の上役の登場に、光井ほのかは恐縮しながら先程までいた人間の名前を差しながら、木下藤吉郎よろしく温めておきました(間違い)と指差すのだった。

 

「―――……?」

 

だが、生徒会役員として、それなりに上役の立ち位置を知っている深雪は、ここに十文字会頭がいることに少々怪訝な想いであった。

 

そして、それほど関わりのない光井ほのかとも話を弾ませる『軽い男』系の十文字のキャラ変に面食らいつつも、彼の登場で、周囲に居た他校のナンパ男子が退散したのも事実なのだった。

 

どういうことなのかは分からないが、ともあれ深雪はそのフォローを受け入れつつ、五十嵐亜実の疾走の準備が整ったようだ……。

 

 

 

礼装起動(プラグ・セット)。砂漠に満ちよ。恵みを満たせ。『イシスの雨』―――第二礼装起動(プラグ・セット)―――『応急手当』(リカバリィ)―――」

 

ウェットスーツの右腕―――切り裂かれて素肌を見せていた、渡辺摩利の『右腕全体』に蟠っていた黒々としたサイオン―――いや、治療をしていた立華曰く、忌々しく言う『わっるい魔力』とやらと、腕の『人面瘡』のようなものが消え去ったのだった。

 

「た、助かった。ありがとう藤丸」

 

痛みが無くなったのか、ほっと胸を撫で下ろした摩利に特に答えず、治療に使っていた『星』を全身のアクセサリーに戻した立華は、アーシュラに次の指示を与える。

 

「アーシュラ。『調律』してあげて、演奏曲は任せる」

 

「分かったわ。委員長―――出来れば眼を瞑って音に集中してください」

 

「う、うん―――」

 

借りてきた猫のように大人しくなっている渡辺摩利が眼を瞑ってから、アーシュラの手の中にあるヴァイオリンが弾き語られる―――。

 

知りうる限りでは基本的なヴァイオリンの保持姿勢。体を揺り動かしながらも出る音は見事なものだ。

 

不心得者が弦を弓で弾こうものならば、最高に耳障りな不協和音が出るというのに、一度たりともアーシュラにはない。

 

そしてその音には、一昨日の夜の幹比古を揺り動かした『チカラ』があった―――。

 

摩利の復調をするために集まった面子の調子が『ついで』で上向くほどに、見事な曲目は何なのかは知れない。

 

それでも立ち向かおう。前を向こう。諦めない―――そういう『敗北からの勝利』を望むものが感じられた。

 

……所詮は美術的感性が皆無な達也の所感なので、合ってるかどうかは分からないのだが……。

 

ともあれ―――弾き終わる(フィナーレ)と同時。ほぼ同時に眼を開けるアーシュラと摩利。

 

「――――――ありがとう。と素直に言いたいが、ここまでしてくれていいのか?」

 

頬をポリポリ掻きながら赤い顔で困ったように言う渡辺摩利に対して、バイオリンをアッド(しゃべる小箱)に戻したアーシュラは言う。

 

「アスリートとしては、フェアではないでしょうね。ですが、委員長を襲った『感染呪術』は、体力と魔力を奪って成長を果たしていましたからね。奪われた分を補填しただけだと想いますけど」

 

時々出る―――人を突き放すような冷たくて乾いたアーシュラ。通称ドライアーシュラ(命名:達也)になりながらも、その言葉はちょっとだけ優しさを持っていた。

 

「つまり?」

 

問い返す摩利に対してアーシュラは、前髪を上げながら言う。

 

「―――優勝を決めてきてください」

 

「――――ああ! 任せろ!! チャンピオンベルトは私のものだ!!」

 

人を乗せるのが上手いな。そうアーシュラに感心しつつも、飛び込んできた大事(だいじ)。五十嵐亜実が、五高のクラッシュに巻き込まれて大怪我というもの。

 

眼には見えない様々な不安・恐怖が一高テントを包もうとした瞬間。

 

「落ち着け! たとえ多くの艱難辛苦が立ち塞がろうとも、我々は多くの修養と先達の技を見て、かつ『冥獄のデスマーチ』を越えてきたのだ!五十嵐のトラブルは私が取り戻す!! 今は事象をあるがままに、冷静に、論理的に認識して―――自分のできることをやるべく動け!」

 

右腕(・・)を振り上げて、戦女神のように声を張り上げる

 

「ま、摩利さん!! 一生ついていきます!!」

 

治療の邪魔だとして、アーシュラに二度の平手でふっ飛ばされた千代田花音……両頬がアンパン○ンのように膨れているが、声がくぐもりながらも、起き上がってそんな言葉で思慕を伝えている。

 

それを皮切りに、テント内に動きが出る。

 

そんな中、全員に気付かれないようにアーシュラと立華は―――テントの中に居た『十文字克人』と共に出てしまって、達也もまた摩利のCAD調整を任されてしまい、2人を追うことが出来なかったのだ。

 

(見事な退場と見るべきか、はたまた逃げと取るべきか……会頭との逢引と見るか、微妙な所だな)

 

三番目は一番あり得ないと分かっていても、なぜだか、ちょっと嫌な気分にはなるのだった。

 

結果として――――。

 

その日の本戦バトルボード決勝は準決で勝った三名による巴戦となり、優勝を決めたのは一高・渡辺摩利であった―――。

 

 

 

「つまりアレは、『アナタ達』にとっても予想外だと?」

 

『―――』

 

「ふん。確かに生き延びてしまった神秘の側の片肺としては、少々手助けしたいのですが……アナタ方との不可侵条約にも抵触する。しかも―――ここにはあなた方が人蛭と同じく、蛇蝎のごとく忌み嫌う『人造人間』(異端者)どもが多い。全員一律ではないが、あなた方が十大研究所の連中を血祭りにした上で、磔刑に処したことを恐怖している『ニンゲン』たちは多いのですよ」

 

『―――――――――』

 

「まぁその辺りで手打ちでしょうかね。あなた方の邪魔立ては致しません。ええ、どうぞ善き―――主の御心にそったお勤めをなさってください」

 

その言葉を最後に立華が見ていた画面から話し相手は消え去り、立華の話し相手は、頭の上に妖猫を乗せた金髪の姫騎士になる。

 

「どうやら極東に逃げ込んだ死徒は、あり得ざることに『水』の属性を持っているようです」

 

「水魔スミレ、霧の死徒ルヴァレ……まぁいないわけではないけど、そこを使うのね」

 

「或いは、それに類する使い魔を所有している五十嵐亜実への『ちょっかい』の根本も、その辺にありそうね」

 

「けど、あの感染呪術は別口?」

 

「恐らく、ね。あの手の術は、ちょっとしたところにいけば幾らでも手に入るからね。CADにでも細工しといて、特定の打鍵やある種の術式を使えば、そうなるように細工は出来るわね。遅効性のトロイってところね」

 

「CADの中で白い馬巨人が暴れまわってるのね」

 

「そういうことね」

 

「フォフォーウフォフォフォ(特別意訳:デジタルワールドはキミ達の隣にある)」

 

2人と1匹が納得し合ったところで、明日から新人戦ということで寝ようとした瞬間―――端末に連絡が入る。

 

呼び出してきたのは、七草会長であった……。

 

無視するのはアレだなと想いつつも、無視したい想いで―――結局行くことにした。

 

こんな時間―――もう快眠安眠スヤリスト生活になりたいところだというのに、だからこそ居並ぶ面子の中に司波兄弟などがいたことに―――。

 

((うげぇ))

 

と、内心でのみイヤな想いをするのだった。

 

おくびにも出さない態度で会長の薦められるままに席に掛けて話を聞くに―――大怪我をして、裾野病院に入院している五十嵐亜実の出場する予定だった『本戦ミラージ・バット』に、誰を出すかということだった。

 

現在の状態は『一応は一高がポイントで有利』だが、下にいる『六高の隠し玉』次第ではどうなるか分からないという状況だ。

 

得失点差とか現在の状況とか―――話の流れからして、特にアーシュラと立華がいる意味は無さそうだったのだが……。

 

「私達は、当初は衛宮アーシュラさんに五十嵐さんの代役をと思っていました。入院している彼女も、深雪さんとアーシュラさんならば……アーシュラさんをという話でしたが」

 

「ワタシに気遣いなく。ボード部部長であるミス・五十嵐には、まぁ適役を選んだといっておけばよろしいかと」

 

「そ、そう……」

 

「それに、アーシュラにはジェネラルから妙なペナルティが課されています。そして―――『ブリテンの騎士』として、『フランク王国の騎士』から挑まれて、応えないわけには行かないわよね?」

 

「トーゼン。まぁあの子、本戦ミラージに出るらしいけど、そっちよりもクラウドで戦えた方がいいでしょ」

 

アーシュラのにべもない返答に七草真由美が戸惑うが、畳み掛けるようにマスターである立華が、『戦う理由』を与えることで、異論は封殺された。

 

分かりあった受け答えだが、上役たちはあまり納得していない。何故、そこまで深雪を代役にしたがらないのか?

 

「それはトーゼンよ。アーシュラ。私も五十嵐先輩も、ほのかもスバルも―――渡辺委員長も―――アナタに勝てなかったんだからっ」

 

「深雪……」

 

悔しげに声を振り絞った深雪であったが―――。

 

「がんばって〜」

 

「ア、アーシュラ……!」

 

気楽に返されて涙を溜めながらも、反論しても冷気を当てようとしても、息一つでカウンターされてしまう理不尽があるので、何も出来ず。

 

ぐぬぬ顔をしていた深雪に対して、アーシュラも言葉を返す。

 

「別にアレもコレもやらされても、ワタシの体は一つしか無いの。ウチの母親みたいに『ノウダラケ遺伝子』よろしく、『数多のアルトリア』なんて出来ないのよ!!! プレジデント武内のアルトリア・マジックなんて出来るかっ!!」

 

「い、意味は良く分からないけど、納得せざるを得ないものが、今の言葉にはあるっ……!」

 

勢いあるアーシュラの言葉に後ずさった深雪だが、それに対して再び言葉が叩き込まれる。

 

「第一、アナタ最後の練習の際に言っていたじゃない。確か、い、イーエルティー(ELT)の飛行魔術の器具が司波君の手で完成した暁には、ワタシにも33−4で勝てるとか」

 

 

「「「「「「――――――」」」」」」

 

誰の会社がエブリリトルシングだ。というツッコミを入れる前に、アーシュラの暴露に全員が絶句するのだった。

 

巌のような会頭ですら、表情を完全に凍らせて沈黙してしまったのだから……。

 

その衝撃たるや、察して有り余るものがある。

 

「も、もしかして達也君! 飛行魔法をミラージで披露するつもりなの!?」

 

「つい最近発表されたばかりなのに、随分と早くに落とし込めたものですね―――」

 

「キミもキミの妹も規格外だとは想っていたが、まさかそんなことを考えていたとは、恐れ入る……」

 

会議室にて、興奮しきりの上役たちに詰め寄られて戸惑っている中―――。

 

「お前達、如何に防音がしっかりしているとはいえ、現在の時間を考えろ。そして――――」

 

十文字会頭が、そんな言葉で窘めてきたが、最大に言いたかったことは……。

 

「―――衛宮と藤丸がすでにいなくなったぞ」

 

全員が絶句してしまうほどに見事な逃走を果たされてしまったのだ。達也と深雪に先輩方が集中していたのは、時間にして五分もなかったと思うのだが……まさしく早業であった。

 

 

「も、もうちょっと話したいこともあったのに……」

 

会長の少しだけ子供っぽい言動を耳にしながらも、次に口を開いたのは十文字会頭であった。

 

「司波、今日の五十嵐のアクシデント、同時に五十嵐と渡辺に関連した四高と七高のCADトラブルなどの原因は分かったか?」

 

正しく、それこそが2人に問いたかったことなのだが……。

 

「いえ、五十里先輩と解析を行い―――級友の吉田と柴田にも見てもらったのですが……」

 

「だろうな。コレ以上は時間の無駄だろうから、やめておけ。

奴らが言っていたよ。『細菌しか見れない顕微鏡で、ウイルスの正体を見ようとするようなものだ』とな……」

 

その言葉で、今回のアクシデンツに関して、あの2人は既に『何か』を知っていることが理解できた。理解できたからこそ―――教えてほしいのだが……。

 

「ともあれ、明日から新人戦だ。特にアーシュラは午前一発目のボードだから、もう寝せてやれ」

 

「……分かりました。では俺たちも失礼します。お休みなさい先輩方」

 

「はい。お休みなさい。明日は馬車馬のごとく働いてもらうわよ♪」

 

その言葉に苦笑をしてから、会議室を辞する達也と深雪だったが――――。

 

「申し訳ありません。失言でした」

 

「いや、いいんだけどな―――、ただ……」

 

よくそんな深雪の捨てゼリフを覚えていたもんだ。と、少しだけアーシュラに感心してから、明日はどんな『とんでも』を見せてくれるのかと、少しだけ楽しみにしておく――――。

 

 

……例え 雫のシューティングとバッティング(時間が重なっている)ことをド忘れしていたとしても、その時の達也は、そんな感情を抱くのだった。

 



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第44話『ゲットレディ!』

これの投稿日はキグナス発売日。

狙い通り(ニヤリ)


九校戦新人戦初日。

 

ある種の異様な空気を感じる富士の大会競技場に、遥々北の大地から小学生2人がやってきた。

 

現代の日本の交通事情に則して、2人の小学生はあまり大人を必要とせずとも、ここまで来れた。

 

とはいえ、遠く『北海道』から飛行機を始め、在来線キャビネットを乗り継ぎ乗り継ぎ、ようやくここまで来れたのだ。

 

本来であれば2人の保護者たる夫婦も一応、同行するつもりではあったのだが、急遽の患畜が入ったのだ。保護者は獣医だった。

 

世界的寒冷化によって、食糧生産が覚束なくなっていく世界。如何に太陽光発電で何とかしたとはいえ、それは穀物や青果生産などだけであり、他の分野にまで行き渡るものではなかった。

 

即ち、酪農・畜産―――放牧に関するものであった。掻い摘んで話せば、乳牛にせよ畜牛、養鶏であれ、彼らに回す食料が後回しにならざるを得なかった。

 

これは何度もシュミレートした結果だが、世界的寒冷化で耕作地域での作付けが上手く行かなければ、必然的に穀物は人間優先とならざるをえない。凍りついた大地を温めても、少ない日照時間を太陽光発電のエネルギーで賄えたとしても……全てが上手くいくとは限らなかった。

 

本州はともかく、北海道はその地理的な特徴と地政学的リスクから悲惨な目にあったのだ。

 

そんなこんなありつつも、北海道にて獣医という職業が無くならなかったのは、そこに生きる多くの人たちに、フロンティアスピリッツ溢れる開拓者魂があったからだ。

 

無論、それとはあまり関係のない―――『研究所』を出身とする両親から生まれた女子にも、それは宿っていた。

 

生まれ育った大地…そこにある風土が、歴史が、魂が―――彼女を育てていた。

 

「やって来ました本州―――静岡県!! 富士山は大きいなー!!!」

 

「ミーナ、声が大きいよ。抑えて抑えて」

 

「けれどアーシュ姉が、『でっかい声で叫べばゴーレムのような男子が案内に来てくれるよ』って言っていたし、アーシャも案内は欲しいでしょ?」

 

「まぁ端末で分かるといっても道案内は欲しいよね。一日、二日の散策も出来ない。十日間も滞在できる旅費はないのよね……」

 

「ゴメン。ウチの経営が思わしくなくて―――」

 

「どんな診療であろうと、お医者様が千客万来なのはどうかと思うよ」

 

言い合う金髪と黒髪の小学生女子―――高学年で、見ようによっては中学生にも見えるのは金髪の方。ハーフゆえなのかは分からないが、苦笑するように言う。

 

本当の所は、遠上家に世話になっている身であるアーシャこと伊庭アリサは、そこまでのお金を貰うわけにはいかなかったからだ。

 

遠上夫妻――――その娘である遠上茉莉花にも遠慮はあったのだ。お互いが姉妹も同然に思えていても、アリサは、母の選んだ結論を尊重するゆえに―――未だに正式に遠上家の養女になれなかったのだ。

 

(中途半端だよね。甘えだとは分かっている……)

 

茉莉花ことミーナのお兄さん―――遼介との関係も―――。

 

などとシニカルに、小学生高学年にしては『らしくない』悩みを持っていたアーシャの前。九校戦会場の前に、居並ぶ出店に食欲をもたげた茉莉花の前に―――

 

ぬっ、と出てくる巌のようなゴーレム―――。

 

アーシュラの教えてくれた呪文が効いたのか―――現れたゴーレムはこちらに声を掛けてきた。

 

「失礼、衛宮アーシュラと藤丸立華の招待客、伊庭アリサ君と遠上茉莉花君かな?」

 

「は、はい―――その名前をご存知ということは?」

 

「アナタが私達の道案内役?」

 

姉貴分として時々、遊び相手になってもらっている2人の名前が出てきたが、それでも警戒心は持っておく―――アーシャとミーナだったが……現れた男。

 

魔法大学付属の制服―――白地に緑の『一高』カラーを身に着けた大柄の巨漢は―――驚くべきことに、『高校生』なのだった。

 

「はい。北海道からやって来られたお二人の案内役の『十文字克人』です。以後よろしく―――と言いたいところですが……」

 

あの十文字!? という驚愕の声が出た2人の『JS』に苦笑しながらも、克人は―――。

 

「とりあえずお腹が減っているのかと推測する。適当に買ってから行きたい競技会場に案内しよう」

 

「アーシュ姉さ―――アーシュラさんの開始時刻は大丈夫なんでしょうか?」

 

完全に食欲満たしたいモードに入った茉莉花に代わって問いかけるアリサに、克人は『大丈夫ですよ』と『優しげ』に応える。

 

「むぅ……リッカ姉の試合に遅れるのもアレだしね。それじゃ十文字さん。屋台で適当に買ってアーシュ姉の試合に案内よろ♪」

 

十文字の名乗りに驚いたが、それでも切り替えの早い茉莉花の人懐っこい笑顔で、十文字は警戒とかをやめて―――そう言えばあの四人に奢った時もこんな感じだったなと想い。

 

(こんな時にだけ建築会社社長の息子であることに感謝する自分が、ちょっとだけ恨めしい)

 

一番最新の女の子への奢りがJSであるという世知辛さを少しだけ押し殺しつつ、克人は久々の兄貴面をするのだった――――。

 

 

(完全に克人さんが、鎧砕かれ放題のいつまでも死ねない『結婚しよ』さんになっている―――)

 

アーシャとマリカから送られてきた自撮りの後ろで、電子マネー残高に落ち込む克人の姿が印象的であった。

 

端末に送られてきたそれを一読して―――。

 

最後にあった『GOOD FIGHT』『Grand Order Start』という言葉に、『ありがとう』と返してから、自分の中にいる『竜』を呼び醒ます。

 

傍目には瞑想か居眠りしている風にしか見えなかったアーシュラが目を覚ますと、目の前には何処かの魔法科高校の選手がいた。

 

「随分と余裕なのね、一高さんは?」

 

「余裕……まぁそうかもね。負ける必要もない。可能性もないから」

 

アーシュラを見下ろすモジャモジャした髪をヘアバンドで止めた女に返す。

 

どうやら居眠りと見られたようだ。どうでもいいが。

 

その言葉を挑発と受け止めた女が、顔を怒らせながら口を開く。

 

「先輩は助けられたけど、それはそれ! 新人戦でのボード優勝は、七高のこの浜田がいただくわよ!!」

 

それが捨て台詞なのか、選手控室から出ていった浜田なる女―――。そして時間だと気付き―――立ち上がる。

 

決戦の場に出ることにするのだった。

 

控室から出て、会場に着きスタート位置に―――行く前に係員から渡されたボードの確認。

 

間違いなく指定したボードであると確認して、水の上に設定されている所定の位置にボードを走らせる―――。

 

ボードの上に立ち上がる姿一つ取っても絵になる美少女に歓声が起きる。その中に『アーシュ姉ちゃん!! ファイトー!!』『ファイトでーす!!』というマリカとアリサの一際大きい声に、手を振って答えておく。

 

そんな会場内の様子に呑まれることもなく、緊張することもないアーシュラに誰もが驚く。

 

何より、その髪型は一高生ならば何度か見てきたものであって、それでもアーシュラがするとは思っていなかったまとめ方だったのだ。

 

「アルトリア先生と同じ髪型で、ちょっとだけ驚きました……」

 

「そうだね。しかし、あの複雑な髪型を自分一人で結えるとか―――あれも魔力制御法だとは理解しているけど―――いや、それにしても……『王様』だなぁ」

 

 

北山雫のシューティングではなくアーシュラのボードに来たのは、柴田美月と吉田幹比古の2人であった。アーシュラ自身は―――。

 

 

―――ワタシの戦いなんて見てもつまんないし、『学ぶもの』も無いから北山さんの方に行きなよ―――。

 

などと、観戦スケジュールを決めかねていた友人一同に対する発言もあって―――見られたくないのかなと邪推しつつも、それでもその言葉で応援観戦は北山雫に多くが集中することになった。

 

昨日の五十嵐のアクシデント、摩利の不調などから『ゲンが悪い』という気分も手伝ったが、どこの世界にも『天の邪鬼』というものはいるわけで、この2人はボード会場にやってきたのだった。

 

アーシュラの着ているウェットスーツは、かなり特徴的なものだ。

 

確かに一高の八枚花弁は入っているが、カラーデザインがかなり凝っている。

 

明確な規定があるわけではないが、それでも大概のボードなどの水上魔法競技では、それぞれの高校指定のスーツを着るのが通例だが……。

 

それでもそれは、暗黙の了解か面倒くささ程度のものだ。つまり―――。

 

(そんな私用のスーツで出て、負けたならば大恥。敵からも味方からも嘲笑を浴びせられることになる)

 

そういう覚悟を持って一高の姫騎士は立ちふさがっているのだった。

 

白地に黄色のラインと黒のアクセント―――一高では俗にアトラ○ガンダム色と言えるウェットスーツを着ている姫騎士の周りに、水精と言えるものが、自然と『加護』を与えているのを美月は見て―――。

 

違う場所で同じようにそれを見ていた三高 四十九院(つくしいん)沓子は、早速も後悔する。何故ならば『しょんべん』ちびりそうになっていたのだから。

 

……九島老師ともアレコレ言い合える、衛宮アーシュラのことが気がかりであった一条将輝と吉祥寺真紅郎を見つけた沓子は―――。

 

 

『やはり観るべきはエミヤか……いつ出発する?ワシも同行しよう』

 

『『四十九院』』

 

などというやり取りの後に、親衛隊が羨む美少年二人を傍に置いての観戦となったのだが……。

 

 

「ううむ。ま、まっずいのー。アイツ完全に『勝ち』を決めるぞ……」

 

「そんなにまでもスゴいのか、衛宮は?」

 

「まぁ……ワシには見えるが、お主らには見えない。それが伝わればいいのじゃがな―――とにかく出走を見届けるぞ。正直、対策など見つから無さそうだが」

 

疑問を呈する一条に返すビビりまくりの沓子だが、目に見えて水精が衛宮アーシュラに味方するのを見て更に驚愕する。

 

あれは自分のように『呼びかけて』いるわけではない―――自発的に精霊たちが、アーシュラにチカラを与えているのだ。

 

そしてその走り―――風精までもが、味方に憑くだろう状態―――会場アナウンスで名前を呼ばれて、手を挙げるアーシュラの姿に沓子は目を釘付けにされていたのだった。

 

 

『用意』

 

言葉と同時に全員が各々のスタートフォームを取る。多くは陸上競技でいうところのクラウチングスタイルだが、アーシュラだけはスタンディングのままで少しだけ前傾して構える―――。

 

そして係員による空砲が上空に鳴らされた音に応じて、全員が読み込んでいた起動式を魔法式として投射した。

 

瞬間、飛び出す四人の内の三人―――。

 

明らかにスタートに遅れたと思しき衛宮アーシュラだが、次の瞬間にはボードの動きがゼロ()からワンハンドレッド(100)に。

 

緩から急にというレベルではない速度で動き出して―――あっという間に三人を追い越したのだった。

 

「「「――――――」」」

 

速すぎる加速。そこからは加速。加速!!! アクセラレートが止まらないアーシュラのボードは水を割り砕きながら、『爆走』という表現が似合うもので水の上を走っていく。

 

それが昨日の暴走と同じかと想いきや、違うのだ。

 

あの速度域で全てが制御されている―――。速すぎるというのに何もかもが規格外の走り―――。

 

身体を振り回しながら速度域を制御しているわけではない。金と白の色彩の軌跡が水上に残像を刻んでいく……。

 

 

「ば、バカな! あ、あんな速度で動き続ければ、ボードからふっ飛ばされるのがオチだってのに!! どうなっているんだ!?」

 

「どんなトリックなんだよ!? もう……レシプロ機とジェット機との差にしかならない……」

 

 

一高以外の担当エンジニア達の怨嗟の声が、一条と吉祥寺の耳にも届く。

 

汗を掻く一条は、唇が乾き喉が張り付いていたのを無理やり開けて相棒に問いかける。

 

「ジョージ、衛宮の走りの『理屈』は分かるか?」

 

「……正直、僕にも―――ただ、あの速度域で『水上』を走るためには、ダウンフォースを発生させておく必要がある。ボードだけでなく『自分』にも、けど、あれだけの速度で動くのに、どれだけのダウンフォースを発生させればいいんだか。しかも、それだけ上方から空気で押し付ければ、そんな速度で動くことなんて不可能なのに……ゴメン、将輝―――全然分からない……」

 

一つの事象を解決させたとたんに『違う事象』が足を引っ張る。

 

あのボードが駆け抜けている理由はよく分かる。恐らく今日の魔法師の界隈では廃れた『魔力放出』という技法だろう。

 

莫大な『魔力』を利用して様々な器物や己の身体を加速させる技法……もっとも、現代魔法の発展に伴い、これらは―――時代の彼方に消えた。

 

そもそもサイオンを放射するだけでは、それだけの『物理現象』を発揮できなかったことがある。

 

いや、そういったことが『出来なくなりつつあった』……正確に言えば、そういうことだ。

 

そして、あのボードがあんなオートバイ以上の速度で駆け抜ける理屈は―――更に不明だった。

 

「四十九院は分かるか?」

 

「ううむ……単純にボード自体を動かしている理屈は、魔力放出でよい。もうそれだけで四発エンジンを積んだ戦闘機も同然じゃが、その上で前に進むことで発生する空気抵抗は、風精―――風の結界というべきものを鏃型に広げて正面へと突き出しておる」

 

「―――目を凝らせば、ようやく分かる程度だが……確かにそういうものが発生しているな。それで身体ごとボードも包む……巨大な圧縮された気圧の傘か」

 

「これが地上で『バイク』などを使う『騎乗』ならば、魔力放出でタイヤを地面に圧迫させるなどもしていたじゃろうな……」

 

顔を青褪めさせながらも応える四十九院。それ以上の理屈もあるという……。

 

「水中にいる水精と風精たちを動かすことで推進力も得ている―――つまり衛宮は、地力で動くと同時に、水面の動きも得ているのじゃ」

 

「「―――――――」」

 

理屈は分からない。だが、良く見ると本人の荒々しい疾走の割に白波が立つことはなく―――確かに衛宮アーシュラが選定した『航路』は、水面が自走しているのが分かる。

 

(あの身体の振り回しはバランスを取るのと同時に、自らが速められる航路(みち)に乗っていたのか……!!)

 

そんな三高の分析の間にもアーシュラはコースを一周して、それでも速度は緩まない。

 

後続集団の『後ろ』に現れた『先頭』のアーシュラの姿に、他校が青くなる。

 

「周回差を着けて勝負を決めるつもり、か」

 

一縷の望みも与えない疾走で衛宮アーシュラは勝負を決めようとしてくる。だが、ここに至るまでに『疑問』も生まれる。

 

「しかし、如何に衛宮が速いとはいえ、水面干渉の妨害魔法でも何でも仕掛ければいいのに、まぁ本人の投射距離とかCADのスペックとかあるんだろうけど………」

 

「それが出来ればじゃがな……」

 

将輝の分かっていない理屈に渋面の沓子は、悪態を突くように言う。

 

衛宮アーシュラという魔力(エーテル)に浸された水は、それだけで現代魔法が通るようにはなっていないのだ。

 

つまり疾走するだけならばともかく、『悪意ある魔力』を通すことを許さないのだ。ある種の『粛清防御』がかかるのだ。

 

そこまで深い理屈は分からない三高一同だが、それでもバトル・ボード女子新人戦の難敵は決まった……。

 

試合の推移は、他の選手が二周目をようやく終えた時に、三周目のフィニッシュを終えた衛宮アーシュラにゴールエリアでのチェッカーフラッグが振られて、今大会のレコードタイムが更新されたのだった。

 

スキージャンプの選手のようにしばらくコースを走って、大歓声の中、慣性力を消費していたアーシュラは、突然ボードを急反転して、観客席に向けて波しぶきを『打ち上げた』。

 

決して大水量ではないが、それでも全員の熱気を覚ますほどの水掛けを受けて更に、楽しい歓声(ひめい)が上がり、その水掛けが観客席の上に『虹の架け橋』を作って全員の目を楽しませる……。

 

 

「随分と粋なことをするやつじゃのー……」

 

「ビビリタイムは終わりか?」

 

先程まで震えていた沓子のいつもどおりの不敵な笑みを見て、将輝は問いかける。

水を吹っ掛けられたことで、沓子の中で何かは決まったのかもしれない。

 

「当然じゃ。ここまでスゴい実力差ならば、開き直って挑めるというものじゃ―――燃えてきたぞ!!」

 

そうして四十九院沓子は決意をした。

 

だが、解説役に回っていた彼女が2人に言わなかったこと―――。

恐らくだが、男子2人が気付いていない事実、ボードの上に立ちながら笑顔で観客席に手をふる姫騎士は、CAD―――術式の補助器具など一切持たずに、あれだけの疾走を行ったのだということを……。

 

それを言わずに沓子は決戦に走るのだった―――。

 

……たとえ相手が『竜を従える女神』であろうと、簡単に負けは認めたくないのだ。

 

 

 



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第45話『戦いの爪痕』

競技を終えたらば、アレコレを終えて、とりあえず一高の選手などが集まるテントに集合。そういったことをしつこく言われていたアーシュラは、ウェットスーツの上からジャージを着て、競技場から出ていく。

 

その途中で―――。

 

 

「「アーシュ姉!! カッコよかったー!!!」」

「アリサ! マリカ!」

 

小学生高学年程度の女子2人。顔見知りである少女に呼びかけられ、捕まり応対することに。

 

 

「もっと早くに来ると思ったのに、どうして初日から来なかったの?」

 

「色々あるけど、やっぱり『知っている人』の試合を見たほうが面白いかなーって♪ あとお父さんとお母さんが、患畜の緊急応対と出産間近の牛の世話があったから」

 

「どんな生物であれ出産は一大イベントだから、良太郎先生はドクター・ドリトルも同然かな?」

 

 

黒髪を撫でてマリカに言いつつ、そういうことならば仕方ないかと思うアーシュラ。アリサの方の理由は何となく理解できていた。

 

何も言わずとも苦笑するアリサにアーシュラも苦笑しつつ、元気そうで何よりだと思う。

 

 

「姉さんの次のレースも期待しています―――けど、十文字さんから聞いた限りではアイスピラーズっていう種目にもエキシビションで出るとか」

 

「そこまでのお金は無いからなー……」

 

少しばかり暗い顔になる2人のJS。ここに来るまでの交通費や旅費などを、『本来』ならば、アーシュラも立華も出そうとしたのだが。

 

遠上夫妻は、それを『やんわり』と断ってきた。如何に招待されたとはいえ、年齢としては『ハイスクール』の女子から、そこまでの贔屓をもらうわけにはいかない―――大人としてのプライドがあったのだろう。

 

 

とはいえ、夏休みに遠出出来ないということに不満を漏らし、両親のように魔法に対して禁欲的に生きてはいない茉莉花の『駄々』を融通する上での妥協点が―――『アーシュラちゃん、立華ちゃんの試合分の交通費と旅費は出す』。そういうことなのだ。

 

 

「ううむ。ワタシから出してもいいけど、絶対分かっちゃうよねー」

「ええ、叔父さんも叔母さんもそういう所は厳格ですから……」

 

 

アリサの母であるダリアが『魔術協会』で取った『特許料』ならば、それなりにあるのだが、それでも、無闇矢鱈と使えない―――。

 

そんなアリサの気持ちを察するものが現れる。

 

 

「そういうことならば、俺から出そう」

 

女子3人の会話にいきなり入り込んできたのは、保護者役として2人のJSに付いていた十文字克人である。

 

「えっ、そこまでしてもらって……いいんですか十文字さん?」

 

 

奢ってもらえることに何かの『下心』を感じるアリサ。同時に茉莉花も少しばかり警戒心を持つ。

遠上家と十文字家の関係にも少しばかり踏み込んだもので、アーシュラとしては、『仏心出しすぎだ』と内心でのみ言いながら、克人の耳を抓りたい気分だった。

 

 

和樹(父親)から『どこまで』を許されたかは分からないが、随分な接触にアーシュラは、どうしたものかと考える。

 

 

「お二人の保護者はあんまりいい顔はしないでしょうが、私なりに2人に―――特にアリサさんには、頼っていただきたいんです」

 

その言葉にアリサは少しだけ弾かれた気分だ。もしや、という表情が全てを物語る。

 

 

「克人さん」

 

その言葉で諌めるも、時既に遅しだろうとアーシュラは感じた。自分の失策を恥じる。

 

だが許してくれよ、などと言ってくる克人に諦めつつも……。

 

 

「衛宮、一旦2人をホテルに送ってもらえるか? 俺はテントに行って、七草と話し合わなければならない」

 

「―――分かりました『十文字先輩』」

 

 

返す言葉でのアーシュラの硬質な対応に、克人も少しだけ呻いたが、このぐらいはいい薬だ。

とはいえ、いいタイミングでの分断だろうと思いながら―――2人を伴って宿泊先ホテルに向かう。

 

克人の背中を時折振り返るアリサの背中を擦りながら、大丈夫、と元気づけることは忘れない。

 

 

「アーシュ姉、十文字さんって、そのアリサの……」

 

「流石にマリカは察しちゃうか……ダリアお母さんのこととか遠上家のことを」

 

「以前、死んだ母が言っていたんです。私の父親は偉大な魔法師だったって……それじゃ克人さんが―――――」

 

 

今は離れさせておいて正解か間違いだったかは分からないが、落ち着く時間は必要だろう。そう納得していたアーシュラだったが……。

 

 

 

「―――十文字克人さんが、私の『父親』だったんですね」

 

 

「どわ―――!!! なんでアーシュ姉、何にもない所でズッコケてるのさ―――!!!!」

 

 

予想の斜め上を行く『解答』に、聞いていれば、流石に『会頭』もズッコケていたに違いないと思うアーシュラ。

 

 

「い、いや、あのねアリサ―――ああ(・・)見えても、克人さんはまだ17、8歳だからね?

自分の年齢を考えて、もう一度よーーーく考えてみなさい?」

 

よろめきつつ立ち上がりながらアリサに言うが、本人としては、それで納得していたらしい。

 

 

「けど色々投薬とかやって、無理やり『精通』した上で―――やだアーシュ姉さんってば、そんな『装甲悪鬼村正』(FULL METAL DAEMON)な出自が私だなんて、考えたくなかったのに……」

 

 

「ええ゛――……」

 

やだわこの娘、耳年増などと思いつつも、マリカだけは何となく察して耳打ちをしてくるのだった。

 

 

「けどさ。何というか十文字さんってハンサムとは言い難いよねー……ちょっとアーシャのお父さんとしては認めづらくない?」

 

 

かなりヒドイことを言う茉莉花を嗜めるように、アーシュラは言う。それは流石に、昔からの付き合いとして言わなければならないと思えたからだ。

 

 

「どう考えてもアリサはお母さん似だけどね……まぁ克人さんのフォローをするならば、男の価値なんて、面の良さだけで決まりゃしないわよ」

 

 

「「おおっ、オトナ!」」

 

 

「本当の男の価値なんてのは、そこじゃ決まんない。男だったらば、背中(せな)で語って、背中(せな)で泣く。黙して語らず―――その背中の広さで背負うべきものを背負ってこそ決まるものよ。2人だって分かるでしょ? 良太郎先生が北海道に生きる畜産農家の人達の為に背負っているものが」

 

 

その言葉に、茉莉花もアリサも照れてしまう。

 

遠上家は数字落ちの家で、当主である良太郎の考えもあって魔法を捨てた生活をしていたが、それは意固地で意地腐れな考えも根底にはあった。

 

 

だが、どれだけテクノロジーが社会を簡便にしたとしても、最後に必要になるのは人の手だ。

 

 

社会には、どんな人間であれ不必要なものなどない。どんな形であれ、誰かは社会に、世界に寄与しているのだから……。

 

本人がどんな気持ちであっても、その全てが誰かにとって必要なのだ。

 

だから――――。

 

 

「賢しく口先だけが回って、小狡い考えで、人を悪辣な落とし穴に落として、おまけに自分だけは人がましい顔で世の中に幅を利かす。そういう男気無さ過ぎるクソ野郎に比べれば―――克人さんの方が男気溢れてるわよ。男女の区別なく『人』を見る目を養いなさい―――でなければ、悪い男に引っ掛かるわよ」

 

 

そんな風に、いつになく『男』に関して勢いよく語るアーシュラに対して呆然とする2人であったが―――気づく。

 

 

「もしかして、アーシュ姉! そんなクソ野郎(わるいおとこ)に言い寄られたりとかしたの!? だったら許せないよ!!」

 

 

「聞いている限りでは、あまりいい人格では無さそうですね。人格の良し悪しが能力の高低に繋がるわけじゃないんだけど―――そんな人……ちょっと認められません」

 

 

「いや、言い寄られてはいない。ソイツってば、自分の能力が通じない相手は、即座に『自分と妹を害するものだ』とか言う、小心者で小者でネズミのように肝が小さい男だから。本当に男の風上にも風下にも置きたくないぐらいに―――まぁ、関わり合いになりたくないんだけどね……」

 

 

関わらざるを得ない。その結論に、内心でのみ諦めを付けてから、こんな暗い話題は切り上げるのだった。

 

 

「それじゃ、ホテルに荷物とか置いてきたらば、色々と観戦した方がいいよ。他にも楽しいことが多そうだからね」

 

宿泊先のホテル。そこまで荷物運びをしてくれたアーシュラに感謝をしながらも、聞くべきことを聞いておく。

 

「立華姉の競技は今日で決勝まで終えるんだよね?」

 

「そう。私のバトル・ボードは準決勝・決勝が明後日で決する形だね。他に登録しているクラウド・ボールは、明日で決勝までのプログラムを終えるけどね」

 

 

その言葉に、かなりの『過密スケジュール』だなと感じる2人ではある。それに更に言えば、ピラーズのエキシビションまで組まれているとか―――。

 

 

「悪い男に負けないアーシュ姉ならば大丈夫!! ペンドラゴンの『チカラ』を私もアリサも分かっているから!!」

 

「ガンバってください! ブリテンの姫騎士―――スラブ人の血がある私では、激励は少々お門違いですけど……」

 

 

そんなことはない。そんなことを気にするな。そういう意味で、アリサの髪をわしゃわしゃと撫でる。

きゃー♪という嬉しい悲鳴を聞きながらも、番犬ならぬ『番猫』を2人に付けておくのだった。

 

 

『フォーウ』

 

「「フォウ君だあああああ♪♪♪」」

 

 

色々と危険な生物がアイドルも同然に扱われるのはどうかと思うが、2人にとって気に入りならば、これといって言うこともあるまい。

 

―――その出会いの興奮が、自分の時とは段違いで嫉妬を覚えたとしても。

 

別れの挨拶をしてアーシュラは、一高の敷設したテントに赴くのだった。

 

(少しばかり遅れちゃったからなー。まぁ克人さんが理由説明してくれているでしょう)

 

そう信頼を寄せておくのだったが、どうなるか分からない……。

 

そんな風に背中を見せて嘆息しながら、駆け抜けていくアーシュラの姿を見ながら茉莉花とアリサは思う。

 

 

「キライ嫌い大嫌いという感情だけとはいえ……」

「アーシュ姉さんが、あんなにまでも男に関して深く語るなんて、ね……」

 

 

結構な異常事態ではないかということを、馴染みの妹分2人は感じて―――アーシュラが語るその『卑劣様』が、どんな人間であるかを少しだけ興味深く思うのだった。

 

『フォーウ』

 

 

遠吠えをあげるネコだけが知っている『事実』。それはまだ語られないものであった……。

 

† † † †

 

 

「お疲れ様でーす」

 

 

そんな言葉でテントの中に入り込んだアーシュラは、真っ直ぐに電子的なホワイトボードに向かっていき、自身の成績を入力して、諸用を済ませる。

 

全員が動いている。その一方で視線が自分に集中するのを感じる。居心地の悪いものというほどではないが、何か変な空気だ。

 

喉を潤すために、自動配膳機を動かして緑茶を出す。熱々のそれは夏場だからこそ意味があるのだ。

適当に椅子に腰掛けて端末を動かそうとした時に、対面に座るはグリーンのジャケットを羽織った七草会長。

 

何用かと思う―――。

 

 

「アーシュラさん。予選突破おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

「おめでとう……そう素直に言いたいんだけど」

 

「ど?」

 

 

何だというのだ。なぜタメを作る必要があるのだ。そういう悪感情が生まれた―――瞬間……。

 

 

「「「「なんだって『観戦をするな』なんて言ったんだ―――!!!!????」」」」

 

テント内にいた一高の面子全てから大合唱で文句を付けられるのだが。それはアーシュラにとって的外れだった。

 

 

「そうは言っていませんよ。別に見たければ、ゲスト案内ついでの克人さんや1−Eの吉田君、みづ―――柴田さんみたいに見に来れば良かったじゃないですか?」

 

そんなことかとでも言うように、緑茶を飲みながら語るアーシュラに、真由美は圧される。

 

「け、けども今日の朝食の席でアーシュラさん。そんな風に言っていたってのに」

 

「解釈の違いですよ。結局、私は術式のアシスタントであるデバイスも使わなければ、触媒も必要としないわけですからね。

でもって私と開始時間がバッティングしていた北山さんならば、担当エンジニアである司波くんのワザマエごと北山さんの実力も見れるんですから、どっちが、『学ぶもの』が多くて『見応え』があるかは―――瞭然じゃないですか?」

 

 

そう言われて、アーシュラは『来るな』とは言ってはいないことに気付く。ただ単に、自分の試合などつまらないのだから見ないほうが良いという進言をしただけなのだ。

 

だが、ちょっとばかりズルい言動な気がする。確かに摩利や技術スタッフなど含めて、アーシュラがどういう走りをするかは、何人かは知っていた。

 

だから、そんなものを今更見ても仕方ないとする心情は分かるのだが……。

 

 

「実際、北山さん凄い戦い方じゃないですか。はー…『射撃競技』なのに『範囲爆撃』でクレーを発破するか。相変わらず考えることが斜め上だねぇ。弓兵(アーチャー)のクラス適正持ちとしてはちょっと納得いかないものがあるけど、まぁ『勝てばよかろうなのだぁー』ってところか」

 

 

端末を開いて先程の試合の様子を見ているアーシュラの言葉。あっさりと画像加工もされていない試合の様子を看破するアーシュラ。

誰もが興味を抱く。どういう目をしているのか、と。とはいえ、今はアーシュラに対してどう言えばいいのかを悩む。

 

 

「次の光井さんの試合はちゃんと観ればいいと思います――――ううん?」

「ど、どうしたの―――って、え?」

 

 

アーシュラの怪訝さの原因。それは大会側からの緊急アナウンス。そんな表示が一斉に全ての九校戦系列の端末に出ていたのだ。

そして告げられた内容は―――予想通りアーシュラに対する狙い撃ちも同然の内容であった。

 

確かに大会側が、ルールブックが、『こうだ』と決めたならば、それに従うのが選手、プレイヤーではあるが……。

 

要約すればバトル・ボード新人戦第一試合の一位があまりにも、『早すぎた』ので、ここからの予選と準決勝を二位まで通過させていき。

 

決勝戦は四者による巴戦となる―――。

理由としては、競泳競技などのような予選タイムによる足切りでなかったことによる『今回の弊害』を解消するためである。

 

つまりは、第一レース出場 七高の浜田(ハマーD)などは、他のレースでならば一位通過が出来た可能性を考慮してのジャッジ―――そういうことだ。

 

 

「流して走れば良かったわ……平凡な走りでも予選は突破出来たもの」

 

今回のジャッジに対するアーシュラの言動に、テント内にいる一高関係者全員が微妙な顔をする。

確かにアーシュラはやりすぎた。だが、全力を尽くさなければ、それはそれで色々と勝負ごとに対する侮辱に繋がる。

 

出場する前のアーシュラの言動を誰もが思い出して苦渋に歪む、だからこそ真由美は言わなければならなかった。

 

 

「そういうこと言わないでほしいわ―――アナタのせいだなんて思ったとしても、それでもこれは『僥倖』だと思うべき―――斜に構えた発言はしないで、ムードが悪くなるから」

 

「そう気楽に言えてる内はまだいいでしょう。ただ、今後どうなるかなんて分からないでしょうよ」

 

 

『ハナハナの実の能力者』を追い出す連中のごとくなるかもしれないという言を読んだらしく、目を吊り上げて腕組みしながら真由美は口を開く。

 

 

「私をあんまりナメないでよ。確かに『ルフィ』のように大物とは言い切れない、小さなことにグチグチと拘る小物かもしれないけど……それでも『出場選手のせいで苦労しました』だなんて弱音―――誰が吐くもんですか! 私が一高の会長なのよ。例え下にいる家臣の人心全てを集められる神君家康公ほどでなくても、出場選手が快く戦えるだけのことはやっていくつもりよ!―――覚えておいてアーシュラさん。約を違えば私を平手で殴っても構わないわ」

 

 

その長広舌の言葉を聞いたアーシュラは、少しだけ不貞腐れるようにしてから口を開く。

 

 

「………そうであることを願いますよ。七草会長」

 

そんな言葉のやり取りを最後に、テント内は通常通りになる。

 

何とも緊張感と緊迫感を持ったやり取りの後には、レギュレーションを確認して、とりあえず決勝までの試合数が増えることだけはないということをアーシュラは再認識するのだった。

 

 

(目下の敵はエリセか。そしてエリセは、光井さんと同じ出走かぁ……)

 

 

エリセの能力に対して光井は非常に相性が悪い。何せ彼女こそ冥府の(ともがら)。本質的には―――闇だ。

 

光すら飲み込む闇の前では、全てが無意味。そしてエリセの闇は『水』の属性を持っている。

全ての『いのち』は『海』より発する。日本における国産み。

 

混沌をかき混ぜた……神話では混沌を大地と称したが、大地もまた海より生ずる―――転じて『闇水』(えんすい)

 

だが、それを言うことは出来ない。フェアな勝負を心がければだが。

 

 

(あー……リッカめ。完全に流してやがるわーワタシもそうすれば良かった―――)

 

 

だが、予選シューティングにおける藤丸立華の技を見た周囲の反応は決して、アーシュラほど気楽に言えるものではなかった。

 

得点こそ87点とアベレージに比べれば高いが、それでも他に比べれば低い。

 

だが気付くものは気付いた。この女が一番ヤバい敵なのだと……。

 

 

 

「くそっ! 2位通過なんてお情けで予選を通るだなんて、屈辱よ!」

 

「落ち着け浜田(ハマーD)!」

 

「そうよ! 一高の衛宮にリベンジするチャンスが来たと思わなきゃ」

 

 

海の七高の選手たちが、そんな言葉で達也の傍を通り過ぎていった。どうやらアーシュラは予想以上の走りをしたようで、こちらが一高の関係者であることも気付いていなかったようだ。

 

そばでアーシュラへの悪罵(?)を聞いた達也はちょっと居たたまれない。

 

だがそれ以上に達也が気がかりだったのは、恐らくアーシュラの第一レースが終了したあとに感じた胸の痛みであった。

 

(アイツのことだ。俺がいない所で俺に対する悪罵を吐いていたとしてもおかしくないが……)

 

『作ったもの』を渡すことも出来ずに戦いに送り出したのは、少々早計であったかと思う。

 

「………」

 

だが、それでも作ってしまった以上は渡しておくのも筋だったのではないかと思う。

だから―――機会を見て、『これ』を渡そうと思えた。もしも、それすらも、彼女に用無しと見られたならば……。

 

 

「――――――何を戸惑う必要があるのだか。担当エンジニアとしての責務をこなそうとしているだけだ」

 

まるで贈り物をして女に嫌われることを恐れる男のような思考は、あまりにも―――『達也らしくない』と思えた。

 

そんな感情は、そもそも無くしているのだから―――。

 

 

 

だから、これは圧倒的なチカラを持つアーシュラに対して畏怖を覚えているだけだと、達也は結論づけた。

 

 



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第46話『どうにもならない五里霧中』

アーシュラの走りは様々な者たちを混乱に陥れていた。その中でも一番の混乱を覚えていたのは、同じ『一高』の選手であった。

 

「2位通過までを通していくのか……結構な混戦になるんだろうなぁ」

 

第一予選段階こそ四人だが、準決勝は六人レース2試合から振り落とされて、最後に決勝において再びの四人になる。

 

まだ発表段階だから、明日になれば準決を三人レース4試合の1位抜けに変更になるかもしれないが―――それにしても混戦だ。

 

光井ほのかの思考としては、もう少しセーブしても勝てただろうに、何で混乱を招くワンサイドゲームを展開するのだと恨めしい気持ちを抱き―――それこそが、九校戦の会議時に話に出てきたアーシュラに対する下劣な嫌疑を向けてきた連中と同じ思考だと感じて、それを振り払う。

 

 

そうしていた時に……。

 

「おお―――っ!! さっすがはアーシュラだな! あれだけの走り、エリち出来るか?」

 

「さぁてどうだろうね。魔力量においてはややあちらに分があるから―――まぁとくと御覧じろってところかな?」

 

「だいじょうぶ。エリセならば、アーシュラにもかてるよ」

 

六高の一年集団。色々と波乱を起こしている連中が近くにいることに気付く。シューティングの会場だが、他競技場の試合内容や結果は大型のビューイングで見える。

笑顔で観客席に手を振るアーシュラの姿は、深雪と同じぐらいに映える美少女だ。

 

だが、ほのかは―――深雪に見惚れることはあっても、アーシュラにはない。

 

何というかあまり楚々とした様子が無いというか―――。

 

(アルトリア先生は、普段からキリッとした美人なんだけど……)

 

その反面。士郎先生にだだ甘な場面も見ているので、そういうバランスなのだろうと思えていた。

 

だがアーシュラは、そういう所が殆ど見えない―――。いや、あるにはあった……。

 

ブランシュ事件の際にバイアスロン部がテロリスト達に襲われていた際に、身の丈以上の大鎌を無言で振るって化生体を次から次へと切り裂いていった時のアーシュラの姿は―――歴戦の戦士を思わせた。

 

そして弓道部にて見事な射をする様子からの一連の動き……要は、切り替えが出来る女の子なのだろう。

 

だが、その中でほのかが見たことがない姿がある―――それは……。

 

「ほのかさん。雫さんと立華さんの試合が始まりますよ」

 

「同校対決だから、応援とかは出来ないけど、まぁ勉強させてもらいましょ」

 

友人たちの言葉で、射台に出てきた同級生2人の姿を確認する。

 

此処に来るまで、達也の考案した魔法で勝ってきた雫と、オーソドックスな魔法―――もしくは『魔術』で上がってきた立華。

 

飄々とした勝ち上がり方―――と、ほのかは見ている立華だが、雫相手にも同じく来るのだろうか?

 

手に持つは二丁の銃。CADの類ではなく、魔術師が言うところのコードキャストないしロジックカンサーという奴だろう。

 

(声をあげて応援は出来ないけど、雫―――あなたの勝利を願っているわ)

 

だが、ここに来るまで藤丸立華は平々凡々な術だけで勝ち上がってきている。

 

その姿に惑わされるほど雫はバカではない。

 

そして―――。

 

勝負は始まろうとしていた。

 

 

(そもそも、魔術を見世物にするなんて私は好きじゃないんですよね。そりゃ秘術を晒しての魔術戦をやることもありますけど)

 

ムニエル3世との『聖杯戦線』など、数多くのシミュレーターバトルをやっては来たが、それでもこんな戦いはしたくなかった。

 

しかし、疎遠というか、あまり家に寄りつきたくないので会わない父母が態々、祖母と連名で出してきた書状には逆らえない。

 

生活資金もいただいている身としては、こういうときに世知辛さを覚える。

 

だが――――。

 

(アーシュラがあんな戦いをした以上、マスターとして少しは奮起しますか)

 

サーヴァントの意気に応えるのも、マスターの務め。どうせ周囲からアレコレ言われて『むすっ』としているに違いない。

 

(ならば、私も悪い子になってあげましょう。それならば、問題ないでしょう)

 

『額』に魔力を集中させる。魔術回路の出力をあげる。

 

肌に露出する魔術回路は、まるで『星座』のラインと天体運動の全てを表すかのようだ。

 

そう言ったのは祖母だったか、それとも両親だったかは分からない。だが一つ言えることは―――。

 

―――負けることだけは無いということだ。

 

そんな立華の様子に、隣ではあるが離れた所でCADを持っていた北山雫は気付く。

 

そもそもここに来るまで、照準補正のCADも用いず裸眼で狙いを着けて戦ってきた藤丸立華は、魔法師からすれば異常なものだ。

 

しかし、だからといって負けるわけにはいかない―――。

 

シグナルランプが赤から徐々に青色になっていき、そしてクレーが有効エリアに飛んでいった時に激発する。

 

「スターズ、コスモス、ゴッズ」

 

何かを唱える『音』『声』が、バイザーのイヤーカバー越しにも聞こえてくる。クレーを砕いた音と観客の声援を遮断している中で、あり得ない事象だが、それでも雫は構わず自分の作業を続ける。

 

有効射程エリアに来た自分の赤クレーを砕く。

 

当然、その間にも立華も己の白クレーを砕いている。流石は学年次席―――単純な『破壊』を白クレーに当てている精度と規模だけでも、雫を上回っている。

 

「アニムス、ホロウ、ヴォイド」

 

詠唱の効果なのか、雫の設定したフィールドが『圧迫』されているような気分だ。CADを持つ手が重く感じる。

 

干渉力の差は嫌というほど実技授業で体験してきたので、本気で『押し潰し』に来れば、雫では対処しきれない。

 

(けれど、スピード・シューティングは、有効範囲が決まっている競技)

 

有効範囲内にクレーがある内でなければ、砕くことは許されない。だからこその戦いだ。

 

「アニマ・アニムスフィア―――セイファート!!!」

 

だから―――現代魔法では認識できない『理外の理』。

 

―――星の理。宙の理が顕現した時に勝負は着いたのだ。

 

雫が設定した発破範囲の中心点に『黒点』が生まれる。

 

見間違えかと思ったその時に、その黒点に輝きが走る。そして全ての領域に光が走る。

 

光が満たされた時に――――。

 

それでも雫が構わず魔法を解き放とうとしたその時、その発破を許さないように、赤クレーの全てが、魔法による『効果』を、『現象』を許さなかった。

 

(魔法の不発動!?)

 

座標設定によるエラーではない。領域に仕掛けた発破が効果を発揮していないのだ。正確に言えば、雫の魔法は破壊の波を流しているのだが……。

その波が『違う場所』に流れているような気がするのだ。

 

理屈は分からない。しかし、まるで目に見えているはずの赤クレーがまるで……『彼方』にまで遠ざけられたかのように、『遠い』のだ。

 

汗が滲む。バイザーの中にこもる熱気が不快指数を上げる。呼吸が荒くなる。

 

 

「永遠のアラフィフ直伝! 散弾分散式ニードルレーザー!!!」

 

瞬間、こちらの動揺につけこむ形で立華の秘奥が動く。

 

機能性など皆無な豪奢な装飾を施された方の銃から、矢のような一条の光線が光速で放たれて、その途上で放射状に分かたれて、更にそれが針のように標的を細く穿つものに変化するのを見届けた。

 

領域に入った瞬間、全ての白クレーが砕ける―――精度が甘いのか、雫が穿つべき赤クレーまで砕いているのは……どういうことなのか。

 

それでもポイント上は立華がリードをしている。

 

「むぅ精度が悪い。しかしアラフィフ紳士は語った! 『棺桶(・・)にある武器は、悪の権化たる私の最高傑作! 何が出るか分からないビックリ箱なんだヨ!!』うん。こんなもん渡すんじゃねー!!!」

 

言いながらも拳銃タイプの礼装から放たれるレーザービームは、領域内にある白クレーを砕いていく。雫も、そのレーザービームの放出で崩れた領域から発破を仕掛ける―――。

 

既に勝負は決まったポイント数だが、それでもあきらめないガッツに感服する。

 

その一方で、アーシュラと同じく『悪い子』になるために『空想銀河術』を使ったことは、少々申し訳ない気分にもなる。

 

だが、それでも勝負は、試合は決まる―――。

 

新人戦スピード・シューティングにおける結末は決まったのだった―――。

 

 

午前のプログラムが終わって各校は小休止の状況。ようはランチタイムというわけである。

 

そんな中、一高以外の学校は色々な気分である。その内の一つ、尚武を旨とする三高では、雑談混じりの会議が繰り広げられていた。

 

「しかし、衛宮に藤丸―――この2人は驚異的だな……」

 

「藤丸さんは、シューティングだけの出場だから、この後には出ないけど、あれだけやれるならばピラーズにも出ていたでしょうに……」

 

一条 将輝のちょっとした呟きに、多めのリツイートをする十七夜 栞の姿に苦笑をする。

 

結局、北山雫の時にやったような妨害術を使わず、散弾レーザーという恐ろしく先んじたものだけのガチンコの殴り合いでやられたのだから。

 

準優勝をしたとしても、手心を加えられたというか、底を見せずにやられたという念はあるのだろう。

 

「―――――――」

 

「―――――――」

 

そんな中、昼食のサンドイッチとおにぎりを手に取りながらも、ガッツリと動画再生されているモニターを見ているのは、栞の友人である一年、一色愛梨と四十九院沓子である。

 

再生されている映像は、ボードにおける衛宮アーシュラの走りだ。その軽快かつ高速の機動をする実力は――――明日のクラウド及び明後日のボードにおける難敵となりえる。

 

だが……見た所で明確な対策は取れそうにない。

 

「とりあえず今日の予選突破を念頭に入れなければならんが、やはりこの女をどうにかすることが鍵―――そして此奴、『混ざりもの』じゃな」

 

「……『魔』との混血?」

 

「ううむ。そこまで邪なものは感じないのだが―――何とも言い切れないのが残念じゃ」

 

混血―――その言葉で、北陸地方の出身者が多い三高の魔法師達はちょっとだけ呻く。

 

現代に生き残りし『幻想種』。人の身でありながら人としての『ルール』(法則)外の力で戦う存在は、一条将輝の武勇伝の一つである佐渡ヶ島防衛戦でも出てきた存在だ。

 

「まさか紅赤朱(紅摩さん)みたいな存在が、そこらに『ぽこぽこ』いても困るが……」

 

気安く言う将輝だが、時折『訓練』を着けてもらっている身としては、あのレベルが参加するのはちょっとチートではないかと思う。

 

半眼でうめきながらも、握りこぶしを作ってから、相手のことを考えすぎてもどうしようもないとして切り替えようと、同級・先輩関わらず言う。

 

「今の所、衛宮の実力は『自己身体能力』関連のブーストアップだけだ。それだけでも驚異的で、一色と四十九院にとっては世知辛い話かもしれないが―――――」

 

一拍置いてから口を開く。

 

「見方を変えれば、ヤツは放出系・現象改変系統の魔法が苦手なのかもしれない。おまけに初期の発動速度も遅いとなれば、九島老師の言うピラーズのボーナスステージで逆転も不可能ではないかもしれない―――『男女』問わずならば、俺も衛宮に挑めるからな」

 

快活に笑みを浮かべて、誰もを安堵させる将輝の言に熱狂が走る。

 

「い、一条くん! 頼もしすぎる!!!」

「流石は我らのプリンス! そこにシビれる!あこがれるゥ!!」

「薔薇の決闘(デュエル)で世界を革命する力を手に入れてください!!」

 

親衛隊の黄色い声援で疑問は流されたが、そんな風に甘い推測を立てられるほど楽観視していない一色愛梨は、ペンドラゴンという姓から―――。

 

 

(アーサー・ペンドラゴン……英国の伝説の王と同じですのね)

 

しかし、ペンドラゴンとは姓ではなく『称号』であるというのが通説だ。アーサーの父親、ウーサー王が名乗ったこの言葉の意味は―――。

 

―――竜を統べるもの―――。

 

その意であり、竜は古来より火を吐くものと決まっている。

 

そして、その火は不死を体現した神々の肉体すらも焼き尽くすものだと称されているのだから……。

 

ドーバー海峡を挟んだ母の母国と因縁深い国の伝説の王を、今更ながら思い出すのだった―――。

 

 

 



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第47話『太陽拳!!!!!』byほのか

 

 

午後には特に競技が入っているわけではないが、それでも時間が来ればお腹は減るもので、適当な定食チェーン『味のえみ屋』という父がプロデュースしたところでお弁当を六人前注文して、どこで食べたものかと思案する。

 

人目が無ければ、『風』を利用して空中ランチも乙なものなのだが……。

 

メンドクサイからフリースペースを発見して、そこでお弁当を食べることにする。

 

人避けの結界を張りつつ、孤独のグルメを堪能する。

 

―――誰にも邪魔されず、気を使わずものを食べるという孤高の行為。

この行為こそが現代人に平等に与えられた、最高の『癒やし』といえるのである。by井之頭五郎

 

そんな気分で昼食を摂ろうとしたのだが……。

 

 

「人避けだか遮音だか―――まぁ俺では分からない『結界』を張って孤食なんて、寂しいと思わないか?」

 

「モノを食べるときはね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」

 

「俺はアームロックを掛けられるのか……」

 

「掛けられたいの? やめときなよ。君の腕はこの大会、その後も必要になるミリオンダラーものなんだから、不調になるのはマズイでしょ」

 

私には必要ないものだけど、という言葉を付け加えてから食事を始める。

 

結界が完全構築される前に入り込んできた闖入者『司波達也』に言いながら、何用かと問う。

 

 

「予選通過お目出度うと言いたかったんだがな」

 

「ありがとう。君も新魔法を開発、北山さんに使用させて、とある魔術の禁書目録(インデックス)とやらに登録したそうじゃん。お目出度う」

 

「新魔法を開発しても、立華相手には勝てなかったがな……。それと『とある魔術』はいらん。ただのインデックスだ」

 

「インデックスと打っただけで、サジェストに禁書目録が出る時代なのよ」

 

中華あんかけのご飯を食べながら―――本題に入れと促す。

ジェスチャーで分かったらしき達也は苦笑しながら話す。

 

「午後には、ほのかのボード予選がある」

 

「そうだったわね」

 

「……明確で詳細な事は言わなくていい。ほのかは、宇津見エリセに勝てるか?」

 

「無理ね。2位通過になるように努力したほうがいいよ」

 

そこまで言われるとは思っていなかったのか、眉間のシワが倍近く寄るのを見た。

それは、司波達也が考えたという作戦が通用しないという事に対する不快感か。それとも、光井ほのかへの思いやりなのかは分からない。

 

「お前は、俺がほのかに授けた作戦を知らないよな?」

 

「まぁね。けれど、キミと違って私は一科で、光井さんとも実習をやることもあるから、何となく程度に手段とかは絞り込める。

そこに、キミの悪辣かつ闇金・街金のグレーゾーン金利のごとき小狡い手が組み合わされば―――ずばり言えば、『コレ』でしょ?」

 

アーシュラの『コレ』という言葉の前に、眉間を最大級にぴくぴくさせていた達也の前に出したものは――――。

 

「……天津飯(テンシンハン)か―――」

 

「流石にキミだってDBぐらいは、それとなく見たり読んだりしたことあるでしょ? 多分だけど、水面に対して『新鶴仙流』の技を打ち込むんじゃないかな?」

 

そこまで読み切られていることに、達也はかなり驚愕する。そしてそれ以上に―――考えてみれば、そこまで達也のことを『理解』して言われたことに、冷静になると少しだけ変な気持ちになる。

 

悪罵でしかない言葉、悪意的な見方のはずなのに……『嬉しさ』も覚えるのが変だ。

 

「―――ほのかを勝たせることは出来ないのか?」

 

「地力で数段どころか数十段上にいる相手に届かせるならば、それはキミが考えなければならないことだ。何故ならば、『そのため』の魔工技師なんでしょ? 違うのか司波達也?」

 

「ぐうの音も出ない―――」

 

だが地力が伴わない相手に対して、道具一つでそこまでの『能力値』の上昇……それを『出来ない』と認めてしまえば、達也は自分のことすら虚ろになってしまう。

 

「アーシュラ。お前は、魔法師の道具が『魔術師の口頭詠唱』よりも速度と簡便性で優れているのに、何故、魔法師全てがほぼ同一の領域にいないかを疑問に思っていたな?」

 

「そうだね。最大級の『天然地力』たる魔力容量―――キャパシティの多少が取り沙汰されないならば、キーを3つほど打鍵しただけで『現象改変』が実現出来るならば、あとは個々人で足りないものを機械で補えばいいのに、わざわざ『遠回り』している風にしか思えない」

 

「……ああ、だから俺なりに『解答』(こたえ)を出してみた。士郎先生にも協力を願いつつ、作ってみたものがあるんだ」

 

その言葉にアーシュラは疑問を覚えながらも、意味が分からないとばかりに、今度はアーシュラが眉間にシワを寄せる。

 

「まぁ……それは今夜にでも最終調整をしてからだが―――」

 

「が?」

 

「俺も腹が減ったんだが……」

 

「結界出て何か買ってくれば。ついでに言えば800m先ぐらいで、光井さんと深雪ちゃんがお昼らしきものを手にキミの位置を探っているようだね」

 

ナンパ男に声を掛けられる前に保護してこい、と言ったが……。

何かこちらを見て訴える様子にアーシュラは、げんなりとしたものを感じる。

 

言わんとすることは分かるが……。

 

(何か距離が近くない?)

 

入学時点までの印象とは違う司波達也への距離を取っていたというのに、詰め寄ってくるやり方に戸惑う。

 

だが、ここでまごついていると、あの2人がやって来て、このあたりで達也を探す。そうなれば見つかった時に―――。

 

『2人っきりでなにをやっていたんだ?』という意味不明の嫉妬が飛んでくるのだ。

 

よって―――。

 

「ほら司波君―――口開けて」

 

「お、おう……――――――」

 

小腹を満たせばあとは光井と深雪が、この男の腹を完全に満たしてくれるはず。

 

雛鳥に餌を与える親鳥の気分で。

 

カヴァス3世に、『アーシュラ、ごはんごはん♪♪』とねだられた時の気分で。

 

同年代の男に「はい。あ~んして♪」をやるのだった。例えその時に使ったものが、アーシュラの使用済みのスプーンだとしても、お互いにあまり気にしないことにするのだった―――。

 

例えお互いの顔を間近に見たとしても、それで妙な気分も加味されたとしても―――気にしないことにするのだった……。

 

 

 

「お兄様、何か食べられました?」

 

「少し腹に入れた程度だがな。気にしなくていいよ」

 

「……そうですか」

 

そう言って、フリースペースにて、ほのかと深雪の持ってきた昼食を食べる達也に対して深雪は疑念を持つ。達也から匂う『八角の香り』。

 

人によっては好き嫌いが分かれるこの香辛料は、味のえみ屋では欠かせないものだ。そして、えみ屋といえば『衛宮』。アーシュラ。

 

衛宮アーシュラは、外の弁当屋で買ってくると言っていた。そして深雪には『チカラ』の波長で、ほのかにはサイオンとは違う『チカラ』のまばゆき輝きで……。

 

金、緑、青……変化するそれを見てしまうのだった―――。

 

 

 

バトル・ボードの午後の部。通算で第五レース目にて、随分と魔法師にしてはレアな術を使う女の子を見た。元は退魔系列だったかもしれないが。

 

ともあれ名前の『けったいさ』同様に卦体な術であったが―――。

青い長髪に赤のウェットスーツが映える―――ちびっ子。三高の子が一位通過するのだった。

 

「なんかどっかで見たような気がするわ」

 

「一色愛梨とやらの取り巻きの1人で着いてきていたじゃない」

 

「いたっけ?」

 

必要以上に何故か、こちらに視線を向けているように見える『四十九院』(つくしいん)という子だが……。

 

次の瞬間には、一位でゴールインしていた余韻なのか余興なのか、観客席に対して波しぶきを上げた。

 

……四十九院沓子なりのアーシュラへの意趣返しだったが、勢いと高さはあんまり足りていなくて―――観客席の上に『虹』を作ることは出来なかった。

 

失敗したと思ったのか、何度か打ち上げようとして、結局係員たちからの制止を受けてそれを止める沓子は『とほほ』という顔をしていた。

 

それでもこちらに―――きっ、と顔を向けて指を向けてきた四十九院―――。

 

「準決勝か、決勝で戦おうぞ! 衛宮―――!!」

 

などと大声で言ってきやがるのだった。

 

係員に怒られて、脱兎のごとく駆け出す四十九院に対して『やれやれ』と思っておく。

 

「ライバル視されちゃいましたね」

 

「そこはご自由にとしか言えませんね。控室でもチリチリ頭の七高生に因縁を着けられましたし」

 

苦笑しながら話しかけてきたあーちゃん先輩に返しながら、次のレースこそが肝要なのだと思う。

 

まだ時間こそあるし、それこそ何かをやる時間はあるのだが……。

 

「あーちゃん先輩、ここにいていいんですか? 確か光井さんのエンジニア担当だったはずですよね?」

 

「私の仕事は終わりましたし、それに最終的なものは、光井さんが好んでいる『男子』にやってもらった方がいいでしょう」

 

選手のテンションもあがりますし、と告げる先輩に成程と思う。『ちっさい』割には色々と見えている人だと思う。

 

「なんか―――失礼なことを考えていません?」

 

「いいえ、色々と見えている人だなと思いまして」

 

「むぅ……」

 

はぐらかされたと思ったあずさのふくれっ面に苦笑する。そうしていると、時間が経つにつれて人も多くなっていく。

 

どうやら第六レースを見たくなった連中が多いようだ。

 

「司波くんの『変態技術』の一端を見たい連中が多いようね」

 

「ふーん。けれど、光井さんの担当だってのは分からなくない?」

 

「まぁそうなんだけど―――」

 

 

変態技術という言葉で、どこからか戻ってきた司波深雪と北山雫が不満げな顔をする。

とりあえず口を噤みつつも、アーシュラも立華も第六レースの出走であるエリセに注目する。

 

最初にやってきたエリセは、腕の礼装をチェックしながら何ともない様子だ。

 

「―――――――」

 

「マズイわね……」

 

「ええ、エリセが水辺に『先んじて』立つってことは、それだけで、ね」

 

その言葉は思念だけでやり取りしたものであり、深雪と雫には聞こえないものであった。

 

しかし、何かを感じるものはあったのだろう二人の視線がこちらに届く。だが、その前に戻ってきた司波達也への応対が先になる。

 

「―――よう」

 

「どうも。察するに私の諫言は、意味を為さなかったようね?」

 

気楽に挨拶してきた達也、女性陣に挟まれる位置に座ってきたのに、返しながら踏み込む。

 

「まぁな……。とはいえ、俺は宇津見エリセの実力を知らないんだ。どんな対策が取れるってんだ?」

 

「そこまでは言えない。フェアじゃないから。ただ、アナタの手段程度、出場選手の名前から、あの『死神』が気付いていないわけがない」

 

「―――――俺の作戦をお前が読んでいたように、宇津見も分かっているのか?」

 

「そうだね。けどもう賽は投げられた。模擬海戦(ナウマキア)にして競艇祭(ストーリカ)は始まっちゃうわけだ」

 

「……改めて聞くが、お前は俺の考えた作戦を何だと思っている?」

 

「水面に向けて、『コレ』でしょ?」

 

「アーシュラ、それだと『なぎこさん』になっちゃっている。キラキラのアーチャーよ」

 

「立華の言葉の意味は分からないが、変化させてもそれは『地球人最強のZ戦士』(クリリン)の方であって、『テンシンハン』のじゃないぞ」

 

二人からツッコまれて、口を尖らせるアーシュラは遂に地球育ちのサイヤ人(孫悟空)最強の人造人間(セル CV 若本規夫)と同じく、五指を開いた『太陽拳』を披露するのだった……。

 

「そ、そのためのサングラスですか?」

 

「100倍ではありませんが、流石に光量が強すぎますから―――というか中条先輩も『DB』知っているんですね……」

 

「さすがに世界的に有名なマンガですから、それぐらいは分かりますよ」

 

達也としてはちょっと残念だが、アーシュラに答えを出せと言ったのは自分なわけで、こうしてネタバレしてしまったのは仕方ない話だ。

 

そして何より……。

 

(((このちびっ子パイセンも『かめ○め波』を出そうと練習していたのかもしれない……!)))

 

(なんかまた妙なことを考えていますね。この後輩たち……)

 

呆れながらも、そういうことならば―――ということで、あずさはサングラスを掛けるも、アーシュラの予想通りならば、『ほのか』の作戦は無為に帰す。

 

作戦参謀である市原も認めた(だろう)ものを覆すものが、六高の宇津見にはあるという……。

 

果たしてそれは―――。

 

「ほのか、がんばって」

 

隣にいる北山雫(サングラスon)が呟く。

 

すでに第六レースの走者たちは、出走準備を果たして水面に浮かぶ板に乗っていた。

 

まもなく時間は迫る―――係員のアナウンスが鳴らされる。

 

セットの前にすでに何かしらの魔法は打ち込まれている。あとはそれを展開するだけ―――誰もがそうしている中―――宇津見エリセだけは身体を慣らして準備運動だけを終えていた。

 

そして―――予選第六レースのスタートが切られた。

 

その直後―――水面がまばゆく発光して、選手だけでなく、全員の目を眩ませる―――のだが、その光はあっという間にかき消える。

 

まるで水面の変化を詳細に見れたものはいない。だが、次の瞬間には光の代わりに―――――。

 

『闇』が、『混沌』が満ちた―――。

 

「悪いわね―――」

 

漆黒に染まったスタート地点付近から、最初に飛び出したのは六高 宇津見エリセ。

 

達也の立てた作戦は完全に逆撃を食らった上で、ほのかに茫然自失させることとなったのだ―――。

 

 



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第48話『運命線』

一高テントに戻ってきた際の光井ほのかの様子は正直、見ていられないものだった。

 

(エレメンツは確かに他者への依存が『遺伝子的』に強く、それは時に強烈なチカラへと変換されるが―――)

 

その相手の期待を裏切った瞬間、途端に弱体化を果たす。依存―――信仰心を砕かれるのだ。

 

脆いものだ。とはいえ、生来の能力値のお陰か。光井ほのかは2位通過の形で、予選は突破できた。

だが、その予選とてあまりいいものではなかった。いや、エリセが一枚も二枚も上手だったということなのだが。

 

「達也さん……ごめんなさい―――私が、上手く出来なかったから……あんな結果になってしまって」

 

「ほのかは悪くないよ。俺の作戦があまりにも『浅かった』だけだ。どうやら……六高の宇津見選手は、俺が採った作戦を読んでいたようだからな」

 

「そ、そんな! 達也さんの手法は、バトル・ボードが競技として採用されてから、一度も使われなかった手法だって―――それなのに………私は、あなたの期待を裏切った―――」

 

「………」

 

乾いた顔で何を言えばいいのか分からない顔をする達也。椅子に座りながら手で顔を覆い俯くほのか。

 

妙な愁嘆場を見ている気分になりながらも、ここに立華とアーシュラが呼び出された原因など思いつく。

 

レース内容としては、結局のところエリセの放つ『水面』に対する『邪霊』に対して、かなりのチカラを込めなければ進むことも出来なかったことが原因だ。

 

ある意味では、流出した油や、スクリューに絡まる投網で進路を妨害されている船舶のように、思ったとおりに走れなかったのだ。

 

それが原因―――数百メートルずつに分けて、邪霊による『バナナの皮』や『ボム兵』よろしくな水面を前に、現代魔法師は疲れ果てていく。

 

そういう構図の先ほどの滑走の様子の動画だ……。

 

光井ほのかを慰めたり励ましたりしているメンツ

……そんな連中から外れて、立華は先ほどから視線をよこしていた克人の元に寄ったが、予想通り話はあったようだ。

 

「―――宇津見くんの邪霊を操る能力は高まっているのか?」

 

「でしょうね。あの頃の彼女は、身に発生する『霊』を単純で原始的な武器に形成したり、魔弾として投げつけたりするのが関の山でしたが、明らかに強まっている。おまけに邪霊そのものを『御している』……」

 

「三高の四十九院が水精を操り、進路妨害をしてきた以上、これもアリではあるが……いきなりだったからな……」

 

その口ごもるような言葉に、何を言いたいのかを悟る。

 

「要するに、執行部員の皆さんは、私かアーシュラが、エリセにこちらの作戦をバラしたんじゃないかと疑っているんですね?」

 

「いや、そこまでは言わんが……」

 

そもそも、司波達也の作戦というのは、作戦参謀の市原からも『大絶賛』をされるぐらいに、実に盲点だ、とかされているものだった―――そうだが、あの時点では知っている人物は限られていた。

 

 

道理だけを見れば、それはあり得ない話だが、光井ほのかの相手の一人に自校の生徒が親しくしていたことで、下の人々、主に2年生たちは、そういった『下衆の勘繰り』をしていると―――。

 

そんな所だろう。突き上げというほどではないが、その『あり得ない話』を聞かされたのが克人なだけに、そういう風な聞き方になったのだろう。

 

 

ならば、説明するしかあるまい。エリセが何故あそこまで出鼻を挫くことが出来たのか……を。

 

 

「そうですね。推測はありますが、まずひとつに、エリセの方が干渉力では上です。ある種、彼女はアーシュラと『同じ』ようなものですから」

 

その言葉にざわつきが生まれる。邪霊の水場に囚われて良く見ていなかったが、宇津見エリセの走行は、アーシュラと遜色ない速度で水面を滑走していた。

 

これこそが盲点と言えるかもしれない。

 

「第二に、彼女の属性というのが、とことん光井さんにとっては退気となっていたというのもありましょう」

 

「属性……退気。つまり『相性』が悪かったということか?」

 

「木火土金水、地水火風空だの―――詳しいところは語りませんが、おおまかにいってそんなところです。エリセは見りゃ分かる通り『闇』とか『冥』とか―――どちらかといえば陰性の魔術の使い手であり、更に言えば『水』の属性もありますから、水面に光なんて放てば、彼女に取り憑く邪霊どもは、たちまち遮光をするでしょうね」

 

「言われてみれば、あれは常駐型のBS魔法が自動迎撃したような感じだったな……それじゃ、光井が目眩ましをしなければ、何も無かったのか?」

 

こちらの話にはまってきた渡辺摩利だが、立華としてはそれは無いと思えた。首を横に振って否定する。

 

「本人はどう考えていたかは分かりませんが、恐らく第六レースの出走者ぐらいは『調べていた』と思います。その中で分かりやすすぎたのが、まぁ光井さんだったということでしょうね」

 

「名は体を表す……光井がエレメンツであることを『分かってしまった』わけか」

 

ただ、エリセも『本気』で光井が目眩ましをしてくるとは、思っていなかったのではないかと思う。

 

彼女が本当に警戒していたのは、光波エンジンというか、光を受けて動く推進装置を模した魔法を使われることだっただろうから。

 

「―――光井の敗因はそんな所か?」

 

「まぁそんな所でしょう……」

 

これ以上は言わなくてもいいだろう。結局の所、光井ほのかにとって、司波達也を盲信したことで『他』に目を向けなかったことが、一番競技選手としてダメだった―――。

 

敵を知り己を知れば百戦殆うからず―――ではなかったなどと言った所で……。

 

(死体蹴りをしなくてもいいでしょう。どうせ彼女の中で一番なのが、あの鉄面皮であるならば、どうしようもない話なのだから)

 

ただそれ故に、危ない面もある……。

 

(恐らく彼に掛けられた『ある種の抑制装置』は、アーシュラと近いことでディスペルされている。だからといってそれが―――アーシュラに対する『恋』とか『愛』になっていて……)

 

それが明確になった時に――――。

 

(―――どうでもいいことね)

 

友人の恋模様(?)など冷やかしのネタには出来ても、正直それだけだと自分がみじめになるものだ。

 

もっとも、司波達也のような自己顕示欲の塊で、幼稚な倫理観しか持てない相手をアーシュラが好きになるわけがない―――。

 

(けれど……)

 

そこから自分を『転換』することが出来れば、己のチカラを多くの他者にむけて、見返りをもとめずに動けるニンゲンになれば……。

 

アーシュラは見直すのだろう……。

 

(まぁそうなれば、色々と面倒ですけどね)

 

色々と……四葉のニンゲンは衛宮家のニンゲンに対して恩義を感じている。特に『現在の当主』は、『自分の息子』とアーシュラをくっつけたがっているフシはあった。

 

だが、アーシュラは、そこから身を引いた。男を真の意味で『慕う人間』がいたからだ。

 

本気で好きなわけではないが、それでも伴侶を作らねばならないとなれば―――その男の想いに応えていたのだが……それは彼を本気で好きになっている人間がいない場合なのだから……。

 

そこに『入り込みかねない』男の1人に、司波達也が入るとなると―――泥沼の親族間抗争にもなりかねない。

 

(ったく、アーシュラが『めちゃモテ委員長』なのが最大の理由よね……)

 

そんな結論でお茶を濁しておきながら、立華はお茶を飲むのだった。

 

その味は実に口の中で苦かった―――。

 

 

 

一高一年女子会。

 

ホテルの一室で行われている中で、今日の結果に何とか気を持ち直した光井ほのかは、溢れ出るスイーツに涙を流していた。

 

 

しかし、その面子に今日の一位通過と優勝者は出席しておらず、何とも盛り上がりがないものだった。

 

 

「一応、誘ってみたんだけど、今日のことで、えっみーもりっちゃんも『不機嫌』になってるみたいでね……」

 

B組のクラスメイトであるエイミィが、苦笑いをして言う。

2人を誘ったのだが、『行かない』という合唱。それどころか夕食も外で摂ってくるという徹底ぶりに、何とも『失敗』をした感を誰もが思うのだった。

 

特に先輩方は、対応を間違えた結果として、いい成績なのに何とも沈痛ムードなのだ。

 

「ある意味、すごく気侭な風に見えるのが原因。それに―――私が負けた原因も分からないから……」

 

「十文字会頭も、それを許しちゃったもんね……北海道から来たっていう既知の女の子と食べるってのは教えてくれだけど」

 

雫とほのかが口を酸っぱくして言う様子。協調性が無いわけではないのだが、どうにも―――自ら『はぐれている様子』の2人に対する印象は様々だ。

 

「それは仕方ないかもね。えっみーのは見たこと無いけど、りっちゃんの『魔術刻印』と『魔術回路』は、高性能CAD以上の能力を体現しちゃってるもの。何ていうか、他の人間と感動や感想を共有出来ないんだろうね」

 

「―――エイミィは、2人の魔術師としての腕前を知っているの?」

 

そんな中で毛色の違う意見を出してきた明智英美に、深雪は前のめりに食いつく。

 

「そこまで詳しくはないけど、私の半分の血の関係上、ロンドン時計塔のことにも関わりを持っちゃうんだな。いまじゃ魔術師を廃業して魔法師に転向しちゃったけど」

 

だからあまり詳しいことは知らないとするも、雫がやられたことは何となく理解できているという。

 

「多分だけど、あの時クレーの範囲はちょっとした小宇宙になっていたんだと思う。なんて言ったらいいのかな……世界を『すり替えた』とでも言えるかもしれない」

 

「確かに、お兄様もそんな風に言っていたわ……藤丸さんが、術を解き放ったあとのクレーフィールドは、『宇宙空間』も同然だったって……」

 

そんなことが出来るのが魔術であることに、全員が少しだけ驚嘆する。確かに一部の現代魔法の破壊規模は、魔術では及ばないものがあったりもする。

 

その領域にいるものは大概、『魔法使い』と呼ばれるものだ。

しかし魔術の『振り幅』とはそこ(破壊力)にはなく、目で見えたものですら『真実』とは限らないのだ。

 

 

「何はともあれ、気持ちは明日に切り替えようじゃないか。3人のアイスピラーズだけでなく、僕のクラウドで一高に華麗な勝利を約束するよ」

 

部屋に集まった1人である里美スバルがそんな言葉で場を和まそうとする(?)が、その言動、一色愛梨にも勝つと言ってのける姿に―――誰もが少し唸る。

 

「ど、どうしたんだい? 確かにちょっと変な言動だったかもしれないけど、僕の魔法の関係上、僕なりに――――――」

 

「ん」

 

「?」

 

動揺したスバルに無言で雫から差し出されるは、ちょっと前―――まだ先輩方の本戦時点で起きていた一つの激突を記録した端末。

 

女騎士2人の超絶な戦いを記録した動画。

 

―――俯瞰のアングルとは言え、金色の髪をした2人の動きに、クラウド新人戦出場の里美スバルと春日菜々美は顔を青くする。

 

「た、確かに練習時点でも衛宮さんは早かったけど―――」

 

「それよりも疾い……私達との練習は、ギアもアクセルもトップじゃなかったのか!?」

 

だが、これとてアーシュラのトップスピードであるとは限らない。彼女の最上限を出せるのは―――境界記録帯……ゴーストライナーと呼べるものだけなのだから……。

 

「せめて、せめて……司波くんが担当してくれたならばなぁ」

 

「うん……そりゃフェンシングとボール競技とで違うとはいえ―――」

 

流石にこの速度に当たると分かってしまえば、助け舟が欲しくなってしまうのが、人の気持ちというものだ。

 

アーシュラがある意味、先乗りする形で知られてしまったエクレール・アイリの疾さ。そして今まで六分のチカラで戦っていた衛宮アーシュラに戦々恐々としてしまう。

 

そんな2人に対して―――。

 

 

「私から頼んでみましょうか?」

 

思わぬ言葉を掛けるは、司波深雪であった―――。

 

 

 

 

「現役JSのパワーは恐るべしね……とはいえ、すっかり遅くなってしまったわ」

 

特に門限など設けられているわけではないが、あまりに遅い帰りに誰かしらはカンカンだろう。

 

ジャージ姿で出歩いていたアーシュラは、宿泊先ホテルに帰る前に『夜食』を買っておいた。

 

自動調理のハンバーガーチェーンのバーガー10個と、ポテト20袋を手にしての帰還に―――。

 

 

「北海道からお越しの妹分たちは歓待してきたのか?」

 

「まっねー。ご飯を食べたあとにはゲームセンター行ったり、服飾店に行ったり―――やれやれ。娯楽に飢えていたのかしら……」

 

フレンチフライポテトを口にしながら、話しかけてきた司波達也こそ何をしていたのかを聞く。

 

「作戦会議だ。残酷な話かもしれないが、里美と春日ではお前に勝てないから、せめて上位入賞出来るようになれないか、とな」

 

「それよりも男子のピラーズを何とかしなさいよ。あいつら、あのままだと全滅のビリッケツよ。この期に及んで面子に拘って、論功行賞の首検分で、主君の前に一つの首も挙げられないなんてなっさけない結果になるわ」

 

「そちらに俺が言ったところでな……」

 

古めかしい例えではあるが、意味は分かってしまう……とてつもなく『ド』辛辣に言うアーシュラに苦笑しながら達也は考える。

 

新人戦は女子の多大なる成果に比べて、男子はピリッとしないものに現在の一高は陥っている。

 

当然、男子選手のリーダーたる森崎もアレコレと奮起させんとしているのだが、その森崎とて、シューティングであまり吉祥寺に追い縋れない上での準優勝なのだから―――何とも言い切れぬものがある。

 

殆ど『地力』だけで結果を残す衛宮、藤丸。

 

アシスタンツの高性能と新術式で結果を残す明智、北山。

 

どっちにおいても男子を少々焦らせるものとなり、かつ『一番のウェポンマイスター』を一科としての面子から頼れないでいる

 

よって力は空回り―――。

 

「道具にこだわらないヤツは2流だが、道具に当たるヤツは3流っていう格言もあるほど。いやはや、どうしようもないね」

 

「お前も道具に拘りはあるのか?」

 

「ワタシを満足させるほどの『剣』は無いからね。今の所はアッドとその辺の木枝でいいのさ」

 

『このアッド様をなんだと思ってるんだ!』

 

木枝と同列に扱われたことでぴょーんとアーシュラのポッケから出てきた小野D(正解)は、口を開いて抗議する。そのアッドを手に持ち、シェイカーボトルでも振るようにしたアーシュラによって、アッドは黙る。

 

「……いいのか?」

 

「いいのよ。まぁ木枝以上には頼りにしているわよ」

 

そう言って再びポッケに収めるアーシュラ。ホテルに入ったことで、切り出すタイミングだと思う。達也はアーシュラとは逆に、自分のポケットにあるものを確認して、いいだろうと思っておく。

 

「アーシュラ、ちょっと……付き合ってもらえるか?」

 

「風呂なら絶対にお断りよ♪」

 

「二度もあんなことするかっ」

 

あの夜のことを思い出して『何故か』動悸がする達也は、それでも―――作ったものを渡さないわけにもいかないということで―――『何故か』ホテルの屋上に行こうと誘い出すのだった。

 

別に廊下で渡すことも出来たはず……。こんな前時代的な『修学旅行』や『全国大会遠征』での男女の密会のごとくしなくても―――。

 

それでも、何となくそうしたかったのは……。

 

 

(まぁ俺もカッコつけたがりの若造だったってことかな……?)

 

妙な結論を出しながら達也は―――姫騎士を伴い星空が近い屋上へと向かうのだった……。

 

 



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第49話『DISILLUSION』

夜風に当たりながら、星空を見上げる。それを見ていると言いたいこと、口ずさみたい曲がある。

 

よってアーシュラは歌い出すことにしたのだった。アーチャー・トリスタンも気を利かせて、曲を演奏してくれるのだから。

 

「あれがデネブアルタイルベガ〜♪ キミは指差す夏の大三角〜♪」

 

「―――お前は何時代の人間だ?」

 

不朽の名曲にケチを着けるんじゃないと思いつつも、90秒バージョンを歌い終わるまで待ってくれていた司波達也に感謝しながら、要件は何なのかと聞く。

 

「お前の言うテクノロジー魔法の平易化のためのものだよ。お前達、衛宮家というのは『そういうこと』を考えるのか?」

 

「何かを終端にまで至らせようとすれば、自ずと物事は終極へと伸びるもの。

剣とは何かを斬るもの。ならば、必然として世界を滅ぼす剣こそが究極の魔剣となる―――しかも、それは誰でも、魔術師、魔法師ならずとも……只者でも使うことができる剣。高度な呪文・良質の魔力・世界に対する詠唱(うったえ)など必要とせず、ただひと振りするだけで世界が滅ぶというものを目指すべきよね――――」

 

その言葉にさしもの達也とて、背筋が粟立つ。確かに達也は世界を滅ぼせる力があると、口さがない親族から言われているが……衛宮家の考えを聞くとなんだか鏡合わせだ。

 

四葉の執念が、達也という人間終末兵器を作り出したというのに。

 

衛宮の目標は、そんな悪魔超人でなくとも、誰でも終末をもたらせる道具を作ろうというのだから……。

 

そして、そんな四葉にある達也が技術者としての階梯を昇っている。

だが、その技術者としてのスタンスは、これまた衛宮家とは真逆だ。

 

だからこそのあの言葉だったのだろう……。

 

「まぁ我が家の目標とかはどうでもいいのよ。それで、アナタの考えって?」

 

「ああ―――、お前に着けて欲しいCADがあるんだ。とりあえず、これはサンプルだが―――起動してみてくれ」

 

「―――テオス・クリロノミア……言っちゃなんだけど、よく鍛えられたわね」

 

「士郎先生に腰を入れて小槌を叩けと言われたよ。原始的な鍛造なのに、いやはや―――とにかく頼む」

 

渡された艶めいて輝く薄い板。

『銀色のカード』を現代魔法の応用でアーシュラは起動させる。

 

起動させて―――起動させて……。

 

何も入っていない(・・・・・・・・)んだけど?」

 

「ああ、それでいいんだ―――けれど何かが溜まる感覚はあるだろ?」

 

「―――あるね。適当に使ってみるよ。普通のアシスタンツとは要領は違うけど―――」

 

言いながらアーシュラが放ったのは空気弾系統の術式だ。無論、現代魔法のコードとは違うものの、それでも『カード』を介して放たれた結果―――カードは、それを記録したのだ。

 

「にゃるほどねぇ〜。そう来たかー」

 

理解したアーシュラは、その事に最大級ににやつく。魔術的な本道からは、ずれているが―――それでも理解できた。

 

同時に父が、この男にクリロノミアを渡して鍛造させた理由を察した。

 

 

「分かったわよ。レオン君や美月ちゃん、壬生先輩の為にもやってやるわ。というか、やろうと思えば出来るんじゃん♪」

 

「俺では無理だ。士郎先生が、この金属をくれたから出来たことであって―――」

 

「それでも、『これ』から吸い出したワタシのスキルは、魔法師に求める『絶対的な資質』を無くしてくれるはずよ。ある種、『神霊基盤設置』と同じだけど、いいわ。心置きなくワタシを生贄にしなさい。それで『未来』が変えられるならば、何も躊躇うものはないわ」

 

アーシュラと言いながら、達也としては色々と思うところはある。

確かに、これは『正道』だ。技術の進歩が昔を駆逐したという例の一つである。

 

かつて風紀委員会本部に行った際の言葉を思い出して、そして―――何でそれをやろうとしなかったかを少しだけ苦い思いでぶり返す。

 

「……お前はそれでいいのか?」

 

「何も拘るところはないよ。『ワタシのお兄ちゃん』みたいに、皆の地力を上げられる『授業』でも主催出来るならばともかく―――ワタシにはこれぐらいしか出来ない。けれど、それは良いことのはずだから」

 

アーシュラに『兄貴』がいたなど初耳―――というか、聞いた限りでは一人娘だったはずなのに……少しだけ達也は混乱するも―――。

 

彼女は、自分一人だけが強まることを望んではいないのだと気付く。

 

違いがあるのは理解している。

 

けれど、自分と同じものを見なければなにもないのだと―――。

 

1科2科の根底にあるもの。

 

それは、『同じ』ではないからと、それを当然のように受け入れるのではなく、それをどうにかする術を模索するべきなのだと……ハイテクノロジー(高度技術)とは、そのためにあるのだと……。

 

古式という括りにすら無い、エンシェントマジックの申し子は、そう達也を詰ってきて―――。

 

だから―――。

 

「まぁそれはサンプルだ。お前の場合、どんな状況でもハンズフリー型のCAD(道具)の方がいいだろ?」

 

「まぁレオン君の音声起動とか結構いいよね。銃声・砲声がドカドカ響く戦場では、つっかえないことこの上ないけど」

 

アーシュラの今まで生きてきた環境がちょっとだけ気になる発言と、先ほどからレオの名前ばかりが出てきて(2回)ちょっとだけイラつく達也だが、取り出した小箱、その中身を見せる。

 

「……指輪ね。ロード・オブ・ザ・リングのごとく呪われているのかしら?」

 

「サウロンが求めるような力はないけどな―――」

 

銀色の飾りっ気がないようでいて、よく見ると龍鱗を模したような鍛造跡が見えるそれを受け取ろうとしたアーシュラの『左手』が、達也に取られた。

 

 

「―――司波くん?」

 

「……お前の手って―――」

 

「ああ、全然『女の子の手』じゃないでしょ? 剣タコはあちこちに、出来た血マメが潰れて次の血マメが出来て、本当……だからいつまでも触るな」

 

コンプレックスという程ではないが、少しだけ『いびつに変形した手』は、アーシュラの勲章でありながらも、人に誇れるものではないのだから。

 

だが、その手を離そうとはしない司波達也を改めて見ると、少しだけ労るような顔をしていた。

 

「俺は、お前のことを知らない」

 

「そうだね」

 

「けれど、お前の生きていた環境に―――少しだけ……共感と憐れみを覚える―――それだけは許してくれるか?」

 

懺悔を聞くシスターの気持ちで、達也の言葉を聞いていたアーシュラは―――。

 

「キミの好きにすればいいよ」

 

そんな言葉を笑顔で言って――――――。

 

アーシュラの『左手の薬指』に、その指輪は達也の手で嵌め込まれるのだった……。

 

自動的にフィッティングされるとはいえ、殆ど誤差が無く嵌るとなると、父に計測されていたのではないかと思うのだった。

 

事実、アーシュラの身体は、達也の精霊の眼であっても『何も見えない高度情報体』(NO DATA HIGH ERROR)なのだったので、そうせざるを得なかったのだ。

 

(しかし、左手の薬指に『ナチュラル』に嵌めてきたわね。この鉄面皮)

 

別に『そういう意図』は無くても、『そういう世事』も知らないのだろうかと、内心でのみ微妙な気持ちになりながら、ここで大騒ぎをするとなると、変に意識している風に見えるだろうから―――。

 

(何も言わんとこ。普段は風王結界(インビジブル・エア)で隠しておけば、データ収集にも問題はないでしょう)

 

そう理由づけして、男から指輪を貰った事実を義務的に処理にするのだった――――。

 

 

「その指輪型記録CADだが……名前―――銘はお前が付けてくれ」

 

「ふぅむ―――」

 

言われて少しだけ考えて―――星空を見上げる。妖精郷で見上げた夜空とは違うが、それでもそこに夜空なんてのはあっただろうかと考え直す。

 

にゃーにゃー騒がしいネコ精霊どものところならばあったような―――

 

そんなことを思い出してから……。

 

「―――Réalta Nua―――」

 

その一語が口を衝いていたのだった。

 

「………レアルタヌア……何語かすら見当がつかないが、どういう意味だ?」

 

どこで区切るかも不明瞭なアーシュラの言葉に達也は問い返し、それに笑みを浮かべてアーシュラは応える。

 

 

「古い言葉で『新しい星』―――そういう意味……」

 

まるで何かの予言かのように、滔々と語る姫騎士の言葉に達也は聞き入り―――。

 

 

「ありがとうね司波くん。キミの望んだ通りの結果はきっと出るよ―――ワタシが出してみせよう!」

 

魅惑的な笑顔―――華が綻ぶような顔で言の葉を紡がれて、達也の耳朶を震わせるも……。

 

(司波くん、か……名前の方では呼んでくれないんだな)

 

レオに比べて他人行儀な呼び方に喜色を出せても、何とも言えぬ嫉妬が渦巻くのであった……。

 

 

 

「ゆあらっしゃ――――!!!!」

 

どんな掛け声だと言わんばかりのそれでラケットを振るうアーシュラ。

 

しかし、それでも結果は確実に出る。第五高校の日高に対して2セット先取で試合をとったアーシュラは、順調に駆け上がっていく。

 

「とりあえず準決勝までは同校対決は無さそうだね。スバルと菜々美も―――」

 

「どうやら次で春日さんは、優勝候補の一色さんとやり合うようね」

 

「―――――――――」

 

アーシュラの試合結果を受けて張り出されたマッチングによれば、そうなるようだ。

 

エリカの言葉を受けて一瞬呆然としたが、それでも今日の2人は、いつもより違う。何せ達也さんのCADの調整を受けているんだから……。

 

そう光井ほのかは考えるも―――少々、現実は無情であった……。

 

 

―――終わってみれば『惨敗』という言葉が似合う春日菜々美の様子。

 

そして、改めて見た一色愛梨の速度を前に―――準決勝で当たる里美スバルは、もはや恥も外聞もない体で、ベンチにて『はちみつレモン』をもぐもぐ食べるアーシュラに聞くのだった。

 

「衛宮さん―――頼む。三高の一色に勝つ方法を教えてくれ!!! 頼む!!」

 

「無理。なるだけ打ち合うことで勉強してきて」

 

無情にして非情な一言が吐かれるのであった。

ようするに『負けてこい』と言っているのであった。

 

更に言えば、道具じゃどうにもならない地力の差はあるということも理解した。

 

それでもまだ言いたいことがあるスバルは縋るのだ。

 

「そ、そこをなんとか、せめて僕が不利な原因だけでも教えてくれ!!」

 

「……」

 

その言葉でアーシュラが見るのは、里美のCADのチェックをしていた司波達也である。

昨日の夜の文言から察するに、彼とて理解出来ていただろうに――――――。

 

「俺は昨日、作戦会議で里美と春日が一色と当たれば、どうしようもないということを上役から聞いていた。俺に出来るのはお前風に言えば、『超一級』の『魔剣』を鍛え上げるだけ―――教えてやれよ」

 

椅子を回してこちらに向き直りながら言う司波達也に嘆息しつつ、里美に理由を言う。

 

「簡単に言えば、あの子の疾さは身体的な加速だけじゃない。里美さんの『気配遮断』にも似た闇討ちか、隠し球タッチアウトじゃ勝てない」

 

「や、闇討ち、隠し球……」

 

往年の元木や佐伯のトリックプレーと同列に扱われた里美が少しだけ慄くも、アーシュラの話は続く。

 

「クラウド・ボールは一見すればテニスにも似ているけど、結局打球を転がせる範囲が決まっている。ポイントを取るためには相手のコートに打球を転がすしか無い―――同時に、テニスほど広いコートフィールドがあるわけじゃない―――」

 

「……つまり―――」

 

「アナタの必殺の認識阻害とやらも、所詮は『限定されたコート』内では『無意味』ということ。アナタの姿が見えていようがいまいが、来た球をぶっ叩けばいいんだもの」

 

とんでもない結論だった。だがよくよく考えれば、クラウド・ボールは、テニスとは似て非なるスポーツだ。あえて言えば室内型のスカッシュにも似ているだろうか。

 

透明な箱に入っての打ち合いとは、テニスとは似ても似つかない競技だ。

 

「そしてそれだけの事が彼女ならば出来るでしょ。結局、アナタ以上のスイングスピードでラケットを振り切ってしまえば、必然的にアナタでは追随出来なくなる―――」

 

「な、なんでもっと早くに言ってくれなかったんだ!? 僕の技にそんな欠点があるんだとすれば、何か言ってくれても―――」

 

「アナタの想定が『浅かった』んだもの。そもそも、ワタシと練習している時も、ワタシの『四割』のスピードアンドパワーのスイングボレーを受けても、『こんな速度と戦うことは無いだろう』なんて言っていたんだもの。『想定』を高く見積もれない相手に何が言えるのよ?」

 

「うぐっ……」

 

アーシュラの言葉足らずというよりも、里美がシュミレーター以上の速度で動くアーシュラを仮想敵として設定せずにいたことが原因だ。

 

そして何より、アーシュラと『とりあえず』同じぐらいの速度で動ける相手が他校にいたことが、不幸の始まりというところか……。

 

(そして、里美をクラウドに推薦した連中の判断にもケチが着くから、『余計なことは言わない』でおいたというところか……)

 

そう横から聞いていて結論づけた達也だが、どうしたものかと思う。

このままでは、ほのかの時の二の舞を演じることになってしまう。地力の部分の大幅な差をCADの調整一つで全て補うことは達也には不可能だ。

 

結局、最終的なところは本人の力次第なのだから―――……。

 

「次の試合開始まで残り10分弱か―――、アーシュラ。お前の気持ちは分かるよ。

結局、新人戦の一年たちの、何事にも必死になれない『結果』が、こうして出ている。

正しいことを言った者の言葉に耳を傾けず、己の過ちを思い知ったものを『正当』だと庇わなければならない―――」

 

一拍置いてから達也は続ける。

 

「つまらねぇ魔法試合(ゲーム)をやってるよな一高は……!!」

 

「お、お兄様……!?」

 

動揺した深雪に限らず、テントにいる殆ど全員が達也の『変容』に驚いた。

 

達也は怒りを持っているのだ。勝てるはずの試合で、己のチンケなプライドで頼るべきものを頼れずに、活かすべきものを活かせずに負けて果てる。

 

その結果が―――こう出ているのだ。

 

だが、それでも達也は―――いまは頭を下げてでも願うしかないのだ。

 

「けれど、そんな連中でも……同じ一高の一員なんだ。お前が2科の連中をぞんざいに扱う1科の連中への『意趣返し』として、いまそうなんだ(冷酷な王様)としても―――頼む……お前の『調律』で、せめて里美に一矢を報いさせてくれ」

 

「―――お兄様……アー『アッド!』」

 

兄が頭を下げたことに追随して深雪もアーシュラに頭を下げる前に、アーシュラは自立型魔術礼装に呼びかけて、変形したバイオリンを手に持つ。

 

「立華」

 

「一応の遮音はするわ。けれどアッドの音色は、『響く』わよ?」

 

「構わない。アナタの手際を信頼するわ」

 

そして弓を持つアーシュラは、真剣な表情をして基本的な保持を完了させてから、音を奏でる。それは―――戦に臨むものたちを高揚させる律動。

 

魔力を伴った調べが里美スバルを改変していくのだった―――。

 

 

 

……結果として、その後に行われた試合。

一矢報いる形で、一色愛梨に1セットを取ったスバルだが、その1セットをもぎ取るために力尽きたことで、勝敗は決まったのだった。

 

(1セットだけですが、随分と強かった……予選だけで相手の力量を判断は出来ませんね)

 

流れ出る汗をタオルで拭きながら、そんな感想を漏らす愛梨だが、眼はがっつりと動画で見える準決勝第二試合を見ていた。

 

恐ろしいほどの速度とパワー。四角い箱の中を盛大に揺らすそれは、凄まじい炎を身に持ち口から吐き出せる『竜』を連想させる。

 

「さて、私に竜殺し(ドラグスレイブ)が出来ますかね……」

 

 

そんな独り言をぐちてから、戦いに向けて集中をするのだった―――。

 



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第50話『風神雷神図勝負』

勝負の分かれ目などどこで出来上がるかは分からない。

結局の所、分かりきっていたことだ。

 

まぁともあれ、クラウド・ボール新人戦決勝が始まろうとしていた。

 

「アーシュ姉は勝てるよね? 立華姉」

 

「まぁ特に問題ないでしょ。相手の金髪とアーシュラ、予選ではどっちが速かった?」

 

「「アーシュラ姉さん!!」」

 

「ならば、そういうことですよ」

 

素人目に見てもアーシュラの速度は、一目瞭然だ。そんな満足した答えを聞きながらも、問題事もある。

 

「クラウドと同時進行なんですよね。アイスピラーズブレイクは」

 

何気ないアリサの質問ではあるが、実際そのとおりなのだ。とはいえ、実情は違う。

 

「まぁね。ダークジェネラルが提案したエキシビジョンは、敗者たちへのボーナスゲームみたいなものだから、いま画面で戦っているフェンシングスーツじゃない方の女の子が相手になるかもしれないわ」

 

「ハードだなぁ……けれど!! アーシュ姉ならば、それぐらいは出来るよね」

 

茉莉花の言葉にちょっとだけ苦笑しながら立華は答える。

 

「まぁそうなんですけどね。寧ろ希望者が出ない方がいいんだけどなー……」

 

とはいえ、アーシュラはアーシュラなのだ。彼女が戦うことを望んだならば、自分はそれをフォロー出来るようにしておかなければならない。

 

(アッド―――『封印礼装』を持ち込むことは許してもらえた。口頭だけでなく、書面でも委員全てとクソジジイ(九島烈)の連名で書類に血判をおさせることが出来た。まぁCADこそが至高の魔道兵器と感じている連中のことだ。ただの『触媒』の本質など分かりはしまい―――クソジジイは少々違うだろうが)

 

彼ら呼称のレリックに相当するものだとしても、そこに制限は掛けられないのだから。

 

ともあれ、ラケットを手に出てきたアーシュラと一色愛梨の姿に歓声が上がる。

どちらも映える金髪の美少女だ。男たちの熱のある視線も届くが、それを意に介する2人ではない。

 

透明な箱に入ると同時に互いに一礼をしてから、スタートを待つべく、最適な位置に移動をする。

 

特にこの戦いで思うところなど無いだろうが、それでも新人戦優勝の一角を取ることになるだろうアーシュラの姿に、誰もが期待を寄せる。

 

そして―――スタートランプが点灯を開始していき、ブルーランプになった瞬間、高速の戦いが展開されていった―――。

 

 

「相変わらず疾いわね……」

 

「身体のベクトル放出だけでなく、目の良さもありますからね」

 

「シンプル・イズ・ベスト。基本性能が優秀ならば、小細工など要らないという典型だからな」

 

本戦クラウド・ボールで優勝を獲りきれなかった真由美の恨めしげな声と言葉を皮切りに、市原・渡辺が言葉をつなげる。

しかし、そんなアーシュラの速度に追随していけるように見える一色愛梨も、狭いコート内を縦横無尽に走りながら、アーシュラのボレーした球を返球していく。

 

とてつもない速度と力で繰り返すラリーの応酬は、見るものの眼を楽しませる。

 

だが、その均衡は徐々に崩れていく。

 

アーシュラが段々とネット前で球を処理していくのに対して、一色は段々と後方に下がって球を処理していかざるを得なくなる。

 

クラウド・ボールは、ボールを相手コートにバウンドさせた回数(一回1点)と、転がった秒数(0.5秒で1点)でポイント数が決まる競技だ。

 

つまり、自陣コートにボールを落とさなければポイントは無いわけだが、その対処法として大別すれば、運動能力で返すか、魔法の処理能力で返球するか―――この2つなのだ。

最近の傾向としては、一高の春日や七草のような後者で処理していくのが主流だが、衛宮・一色みたいなラケットで返すことも廃れていない。

 

結局の所、ボールを打ち返す上で一番いいのは、視認した上で身体を使っての返球。動体視力と反射神経の融合が一番だからだ。

 

そして後ろに下がって処理していた一色愛梨は気付いていない。

ネット前で全てボールを処理していたアーシュラの返球に変化が出たのを。

 

 

―――速度を遅くした。

 

―――スイングのモーションが遅くなった。

 

―――ストロークに変化が出る。

 

 

同時に一色の返球のリズムが『単調』になっていたのを気付く。返球された低反発ボール全てに対して、ドライブボレーのモーションではないものを見せていた。

 

 

((((ドロップショット!?))))

 

 

テニスにおけるネット際に落とす高等技術。

卓球における台上処理『ストップ』『ツッツキ』のようなものが披露される。

 

硬式テニスにおける硬球や、卓球における公式球ではない低反発ボールでそれが出来るのか。

 

上から下に向けて切り裂くように振るわれたラケットがコートに描く軌道。

低反発ボールが山なりの弾道でネット際に落とされていく。殆ど同時に横一直線に並べられた球の軌道に次から次へと打ち出していく。

 

誤差としては数秒程度で、横に高速でスライドしたアーシュラによるドロップショットが、ネット近くに落ちていく。

 

まるで分身の術か残像のように見えたが、何のことはない。アーシュラの動きが常人の動体視力を逸脱していたからだ。

 

 

「―――――追いついてみせます!!!!」

 

 

叫びながら姿勢を低くして、ラケットを目一杯に伸ばして飛んでいく一色愛梨の姿。

1,2球ぐらいは取れるかもしれないが、アーシュラによるドロップショットは7つ。

 

そしてドロップショットは―――。

 

『バックスピン』が掛かっており、相手コート上でバウンドすることもなく、ネット方向に戻っていくのだった。

 

 

「ぜ、零式ドロップショット……」

 

誰かが驚愕した声を上げていたが、名作マンガで見たその通りのことが目の前で起こっていたのだ。

 

「くっ!!!!」

 

用意していた汎用型CADで、へばりついたボールを跳ね上げさせる愛梨だが―――。

 

「スナ―――ッチ!!!!」

 

ロビングも同然に跳ね上がった高さのボール。

 

自コートに来たあからさまなチャンスボールに、スマッシュが決まる。

 

勢いよく叩きつけたボールに対応しきれない一色愛梨は消耗していき、第一セットはアーシュラが取るのだった。

 

「―――まだまだだね」

 

往年のテニス漫画(疑問)の決め台詞で締めたアーシュラに、特大の歓声が上がるのだった。

 

 

 

「いやはや、強烈な試合だな。真由美、衛宮とあたって勝てそうか?」

 

「あの音速の連続ドロップボレーなんか、ダブル・バインドじゃ無理よ……初見では多分勝てない」

 

「まぁお前、どちらかといえばチビだもんな」

 

「た、確かに摩利の言う通り、『視認』し辛い高さに放られたらば、結構難儀するけど―――複雑だわ。その言い方は」

 

現代魔法は、いわゆる有視界距離のものにしか効果を発揮出来ないわけではない。距離の制限というのが本来的にはないのだ。

やろうと思えば、ここから富士山の山頂の土を動かすぐらいは出来るだろう。

 

だが、その一方で、迫りくる時速150kmの剛速球を投げるプロ野球選手の球―――しかも膝下ギリギリ低めにコントロールされたものを、魔法で難なく弾き返せるかと言えば、不可能に近い。

 

初速と終速の関係。縫い目による変化などなど様々あるが―――要は、魔法師の目でも『追いきれない速度』のものに、『何となく』で魔法を効かせることは出来ないのだ。

 

「アーシュラさんのボレーした玉は、平均しても150km前後でリターンしていますから、一色さんが徐々に後ろに下がっていったのも当然ですね。しかもそのリターンは、『狙って』一色さんが『取りづらい』位置に打っていますから」

 

「そうしてネット前で処理してプレッシャーを掛けて、後ろに下がらせたところで先ほどのドロップショットか。結構考えてるんだな」

 

決勝までの試合、その全てで『波動球』じみたリターンで勝ってきたアーシュラだが、ここに来て技巧というものを見せてきたことに驚く。

 

 

能ある『竜』は爪を隠す。

 

 

そんなところだろうか。造語を作りながらも、あの速さの正体は何なのか―――摩利には何となく理解できていた。

 

 

「風と魔力放出を使った複合的な高速運動、か」

 

 

何気なく言っているが、この『風』というのが、これ以上無く様々なことに利用されているのだ。

 

風紀委員会の捕物でも、この風は大いに利用されてきた。殆ど飛翔しているも同然の機動を前にして、逃走を図ってきた違反者どもは、早々に諦めを図るのだ。

 

 

「一色さんの稲妻(エクレール)と衛宮さんの渦巻く風(ワールウィンド)―――風神雷神の絵図ですね」

 

 

現在の状況に対して市原のスゴくいい喩えが出てきたが、趨勢としては風神の方に有利が在る。

老竜・古竜のごときゴールドドラゴンの息吹の前では、全てが吹き飛ばされるのだから。

 

 

「さてさて1セット棄権となるか――――――」

 

 

前に後ろ、左右に、アーシュラのリターンであちこちに引っ張られてきた一色の様子は、こちらからでも分かる。

 

タオルを使って次から次へと吹き出る汗を拭って、ベンチ要員であるCADサポーターもタオルを上下に振って、熱気を取っているのだから。

 

サイオンと体力との関係性はいまだに不透明ではあるが、自身の内部にあるエネルギーを放出する関係上、疲労が溜まるようなのだ。

 

そのせいか息も絶え絶えだったが、ベンチから立ち上がりラケットを握る様子だ。

 

サポーターは少しだけ不安そうだが、それでも立つだろうことを理解していたアーシュラは、スポーツドリンク『ポカ○スエット』を煽るように飲んでから、コートに戻る。

 

軽快にラケットを指先で回す芸当をしながら、相手の前に立つアーシュラ。

 

 

「逃げないのね?」

 

「当然です。羽虫のように指先で潰されたくはないので」

 

 

不敵な笑みで言い合ってから、互いに通常のラインに陣取る。

 

第2セットが始まる―――。

 

 

 

「アーシュラってば、随分と凄い戦い方をするのね」

 

「アイツの目的は、次にあるエキシビションマッチにおける棄権者を増やすことにもあるからな。一高以外の連中には、アーシュラは拡大魔法(エンハウンス)系統の使い手としか見られていない―――」

 

積極的な現象改変が見えない限りは、その認識が改まることは無いだろう。それは近々行われるとしても―――今は。そう思っていると、深雪が目ざとくアーシュラの『変化』に気づく。

 

 

「あら? 珍しいですね。アーシュラがアクセサリーを持ち込むだなんて、しかも左手の薬指だなんて、例のUSNAでのコウマさんからの贈り物なんでしょうか?」

 

「俗な話だけど『婚約指輪』(エンゲージリング)を着けるだなんて、えっみーも女の子だねー♪」

 

「――――――」

 

 

新人戦アイスピラーズ・ブレイク出場の2選手、深雪と明智の言葉に、達也は心臓を掴まれた気分だった。

別に世俗的なことに関心が無かったわけではない。そういったことを知らなかったわけではない。

 

だが、エレメンタルサイトで必死に目を凝らした結果、一番魔力の通りがいいところが、そこだったのだ。

 

士郎先生とて……『ソーサラーリングは人差し指が通常だけど、まぁお前の好きにしろ』とか言ったから、そうしたのだ。

 

だが、いま考えれば、そういったことを理解して傍目にはハッキリと分からないが『微妙な表情』をしていたのだろう。

 

一瞬だけ見せたそれは……それでもーーー。

 

(それを上書きしてしまうほどの笑顔を見てしまったからな……)

 

アレは本当の意味で自分に向けたものではない。

 

だが、それでも―――嬉しかったのだ。

 

達也から失われた『ココロノカケラ』。それを埋めるほどの何かが彼女にはあるはずだから…。

そんな風に感じていた時に、画面の試合の様子に変化が出る。

 

 

「一色さんが、アーシュラの速度に着いていってる!?」

 

「―――ここに来て更に進化したか?」

 

 

モニターから見える戦い。凄まじい戦いの全てを、2095年の高精度カメラでとりあえずは取れているものの、やはり『コマ数』が足りないからか、その姿がブレブレで映し出される。

 

画面越しではあるが、どうやら一色の動きは、アーシュラのように風を利用したもののようだ。

 

俄仕立て―――と言うには達者に戦う一色愛梨の戦いに、達也は焦燥を覚える。

 

(アーシュラ、勝てよ。お前だけは負けちゃいけないんだ)

 

 

アーシュラを無敵の存在だと思っているわけではない。それでも彼女は今まで戦ってきたのだ。

一高で最強の存在として在り続けたのであれば、その在り方は崩されてはならない。

 

 

己の技を模倣される―――なんてことは、この業界では『よくあることだ』。だが、目の前の少女の使う風と自分の使う風とでは、『質』が違うのだ。

 

 

(健気ね。けれど―――)

 

 

相手コートで動き回る一色愛梨は、確かに自分に追随出来るだけの速度がある。

 

模倣(fake)とはいえ、確かに流石の速度だ。

 

けれど――――――。

 

 

(己の技に酔うなんて半人前、己の技を己で叩き破るほどの力があってこそ一流!)

 

 

猿真似程度の模倣で―――。

 

 

(贋作作りに長けた『エミヤ』であるワタシの前に立つんじゃないわね! 強者たるもの一辺の死角も作らず、強さに『幅』をもつものよ!!)

 

 

その内心の言葉通りに、アーシュラはいままで動き回っていたのに、不意にコートの丁度中央部分に陣取って返球をする。

その異変に、風による移動という沓子に教えられた技法で脚に負担が異常にかかっていた一色愛梨は、好機を見出す。

 

 

(私以上に、これ(風龍脚)を使うことに長けたアナタでも、限界が来たということですかね?)

 

 

そんなワケがないと愛梨は分かっている。だからこそ、何を見せてくれるのかを期待する。

 

ソレ以上に、このひりつくような勝負の時間が長く続いてくれればいいと思いながら―――。それでも決着のときは来るのだ。

 

渦巻く風、逆巻く風、全てが規格外の風が―――アーシュラのコートに吹き荒れるのだった。

 

 

「脚を止めた!?」

「限界か?」

 

 

三巨頭の内の2人が、その様子に少しだけ怪訝な思いを抱いたが、それでもその様子に、一高作戦参謀である市原鈴音は、『経験』からそうではないと断言出来た。

 

ラリーは続く。止まった状態のアーシュラはそれでも返球をする。一色が簡単に返球出来ないのかアーシュラの周囲に玉が集まる。やってきた球をひきつけて返球。

 

バウンドもコートに転がることもなく浮いた状態での返球―――何かがおかしいことに気付く。

 

一色とて返しにくい場所に返そうとしているのだが―――。

 

 

「まさか、風でボールを集めているのか?」

 

「ええ、あれはアルトリア先生の技と同じです。強烈な魔風を自身から吹かせることで、相手の攻撃を自分に引き寄せる技法―――減速領域と違うのは、あらゆる敵性攻撃手段を呼び寄せる点にあります」

 

「そういえば、十文字が『護身術』の授業で随分とやられていたな。そういうことなのか?」

 

「相手の攻撃から自身を守るだけならば、障壁でも構わないでしょう。しかしながら、自分に攻撃を集中させなければならない状況―――特に多対一に追い込まれた状況における防衛術―――という触れ込みでしたね」

 

「そんなことが出来るんだ……」

 

 

二酸化炭素を使った『二段構え』の術を使える真由美としては、複雑な気持ちになる。

というか、アルトリアもアーシュラもそういった物理的な法則を意に介していないのだ。

 

 

「アルトリア先生によれば、現代魔法の『対象位置』に対する偏執的な制御を崩すには、自身の力で『大嵐』(ワイルドハント)を起こすのがいいのだと。―――とはいえ、そういうことが出来る人間も限られているのが実情ですからね」

 

 

確かにその通りだった。魔力量に対する多寡を取り沙汰されなくなった世代にとって、それは難儀な話である。

とはいえ、そういうことが出来る稀有な存在の一人である衛宮アーシュラは、全てのボールを自分の領域に引き寄せての返球をしていく。

 

手塚ゾーンならぬ、衛宮ゾーンを展開。一色愛梨のボールにマジック(手品)を仕掛ける。

 

思った位置に返球できない一色愛梨は焦る。

 

とてつもない持久力。相対する愛梨には分かる―――。あれは『嵐の王』なのだ。

ドーバー海峡を渡ってフランス国土を脅かす、ブリテンの悪魔どもの通称。

 

伝う汗が目に入った瞬間―――愛梨の目には、アーシュラの姿に巨大な『竜』の群れが重なって見えた。幻にしては明確すぎるイメージ。

 

幻想の生物―――その姿が―――。

 

 

「勝負を決めさせてもらうわ」

 

 

竜の咆哮のごとき宣言。

 

不動でボールを捌いていたアーシュラが動き出す。嵐の王がラケットをふりかぶる。風を使って集めたボールが、アーシュラの眼前に集まる。

 

 

「ワタシこそはテメロッソ・エル・ドラゴ!!! 太陽を落とした女!!!」

 

 

両手でのバックハンドドライブボレー。力を込めた一撃が放たれる。

 

腰の回転と風の回転を加えたジャックナイフは、プロテニスプレーヤーですら感心するベストショットだろう。

ラケットのネットにあったボールの数は9つ。その全てが一直線に愛梨側のコートに放たれる。

 

 

「なめないでもらいましょうか!!! ドレイク船長!!!」

 

 

もはや疲労のピークを過ぎた一色愛梨だが、それでも全ての力を込めてその来た球を弾き返そうとする。

 

そしてこの時、一色愛梨は完全に勘違いしていた。

 

先ほどまでは速さ比べの技比べで戦っていたというのに―――この時点で単純な『力比べ』になっていたのだと。

 

腕が折れるんじゃないかという圧を感じて、それでも幾度か打ち返している内に―――限界は来るわけで、一色愛梨のラケットを弾き飛ばす圧力のドライブボレーが炸裂。

 

それでもかろうじてふらふらと自コートに返球されたボールに対して、アーシュラは静かなドロップショットを放つ。愛梨のコートで第一セットと同じくネット側に逆走した瞬間、時間切れとなる。

 

 

緩急を着けたアーシュラの作戦勝ちであり、地力での差が刻まれる結果となったのだ……。

 



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第51話『龍頭戯画―――verヴリトラ』

「姫―――!! 私の技! ランスロットゾーンを使ってくれるとは、アロハ三騎士の一騎、このランスロット、恐悦至極の極み!!」

 

「別に姫はアンタの技を真似たわけじゃないと思うけどな」

 

「ギャラハッド……そういうときは、素直に父親を讃えて―――、ま、待ってくれマイサン!!!」

 

アロハシャツを着た父子。夏場という意味では、確かに合致しているが、この軍の演習場という枠内では中々にアナーキーな格好。

 

彼らは『一仕事』を終えて、かき氷を食いながらキンキンに冷えた頭で、巨大画面に映る主君の娘にして、自分たちのマスターである相手の活躍を見届けた。

 

「――――――呑気なものだ。とか思わないのか?」

 

「思うわけがない。人々にこんな異常異端が知れ渡り恐怖を覚えさせることの方が、騎士としてはずべきことだ」

 

「然り。だが、それでもお前はまだまだ少年だ。いや、少年のまま英霊に上げられたからな―――思うところを吐き出した方がいいこともあるさ」

 

「ならば、この組み合わせだけはイヤだな」

 

「ギャ、ギャラハッド―――!! お父さんは悲しいぞ―――!!!」

 

思春期真っ只中の少年騎士は、スタコラサッサと去っていくのだった。

 

そのふざけた親子のふれあいをしている2騎士が、路地裏に屯するグールたちを速やかに殺したことなど―――何一つ痕跡を残さないそれを見届けたものはいない。

 

 

「なにはともあれ、春日さん、里美さん。お疲れさまでした。2人が上位入賞をしてくれたおかげで、我が一高のポイントもかなりのものになっています。里美さんは、明日のミラージもありますから、次に向けて気持ちを切り替えて、春日さんは今回の結果を踏まえて、今後の自分の糧を模索してください」

 

「は、はい。ありがとうございます。七草会長……」

 

生徒会長から言われて、畏まる春日菜々美だが、それとは別に四位入賞(三位決定戦欠場)をした里美スバルは、疑問を口にした。

 

「――――――衛宮さんは? どちらに?」

 

「……授賞式に出たあとには、こちらで成績を入力してから諸用をこなしに出ていきました。次のアイスピラーズに向けてやることがあるんでしょうね」

 

「―――そうですか……」

 

その言葉にスバルは顔を少しだけ暗くする。お礼を言うことすら出来ない。更に言えば自分の浅慮を突きつけられて、それに対する対策すら出来ない。

 

(野良猫のように、一高生(みんな)がいる場所に寄り付かない女の子だな)

 

これで気侭なだけのワガママ放題であれば、総スカンだろうが―――。

 

言っていることは、この上なく『正しい』のだ。

 

抱く力はこれ以上無く最上級の天禀。

 

だからこそ……それを前にした時、どうなるのか―――。

 

(あのデスマーチのような練習の日々の中、それを糧に出来なかった僕が愚かだったってことなんだろうな)

 

そういう結論だった。それを思い出して―――嫌々でも出場を決断してハード過ぎる練習に付き合ってくれた日々を思い出して、ポタポタと涙が零れ落ちる。

 

メガネでも受け止めきれなかったものが、一高のテント、天幕の地面に落ちてしまう。

 

 

「ス、スバル!?」

 

「里美さん………」

 

「す、すみません。ちょっと悔し涙です………」

 

驚いた声を上げた光井ほのかと労るような七草会長に言いながらも、どうしても涙は止まりそうにない。

 

色々な感情を齎すアーシュラの存在。スバルに対して声を掛けるべき存在は、テントの中にはいない。

 

それが出来るアーシュラは―――――。

 

 

「肉も野菜もそろっている。モリモリ、バリバリ食うぞー♪♪♪」

 

家では絶対に堪能できない、不摂生極まるランチメニューを爆食するのであった。

 

アーシュラのアイスピラーズエキシビションマッチに関しては、本日の正規プログラムが終わってからの話であり、そのプログラムで『敗北』した人間たちの中から挑戦者を募る形式だ。

 

午前のプログラムで負けた人間は、既にアーシュラに挑戦する旨を表明している。

 

「男女どちらでもオッケーだからか、既に22人が来ているわけか。随分となめられたもんだなー」

 

別にいいけど。

 

そしてその22名。午前の部11試合行った中での敗者でもあるのだ。

 

「22試合もやらされるのは非常にメンドウだなー。それならば―――」

 

怖がらせれば(・・・・・・)いいんだ。ワタシの中にいる『竜』を開放すればいいだけだ。

 

天啓を得た―――とでも言うべき表情をしたアーシュラは、『内側』にいる蛇龍に話しかける。

 

(というわけで、ご助力よろ♪)

 

(その恐怖に打ち勝ってでも、『わえ』とぬしの前に立つものもあらわれるやもしれぬがな。ふふっ。そういうものこそがぬしの求めるものじゃな『アーシュラ』?)

 

(そんなもんでしょ。魔道を行くって尋常の道じゃないんだし)

 

そんなことも分かっていない人間ばかりなのだから―――そんなことを想いながらも、牛飲馬食の勢いで、多くの食い物を嚥下していく姿。

大食らいというレベルではない美少女の姿は、千年の恋すら一気に冷める姿であろう。

 

別にアーシュラにとってはどうでもいいことなのだが―――。

 

 

「―――何でお前は井之頭五郎なことしかしないんだよ?」

 

「モノを食べるときはね。『それはもういい』―――あっそ、で、何の用?」

 

話の腰を砕かれた気分でいながらも、ランチを食べる速度は変わらない。司波達也が、アーシュラがいたフリースペースにやってきて、山のようなランチメニューで顔が見れないのは不都合と思ったのか、対面ではなく隣に座られた。

 

今の時間帯ならば、実妹のことで『ごちゃごちゃ』やっていてもよろしかろうに……。

 

「エキシビションで、お前がどうやって戦うのかとか、優勝に対して祝福をしたかったとか―――つまり、だ……お前、もう少し一高の集団内にいてほしいんだが……」

 

「断固辞退する。ワタシは第一高校執行部より、独自行動の権限が与えられている。

つまりは、ワンマンアーミー。たった一人の軍隊なのだよ」

 

「………」

 

言われた達也は、何も言えない。ここまでのことを言われて、ここまでの『名言』を吐かれて何を返せるというのか―――。

 

確かに、九校戦前の出場条件にそういうのを付けておいたが、ここまで一人で気侭に動くとは思えなかったのだ。

 

だが『結果』だけは出している。結果さえ出せば、あとは私の好きにさせろというやり方が、一部に反感を覚えさせて、それでも……気付くものは気付いていた。

 

これこそが、2科が1科に対して抱いてきた感情なのだと……どれだけ言葉で高潔であれなどと言ったところで、醸成された優越意識こそが、ヒトの行動を決定づける。

 

実際、何かの行動実験では、集団の中で優越的な権利をもった人間とは、集団の中で下にいる人間に対して高圧的かつ暴力的な行為に及ぶことが在る。

 

確かそれは、戦地における軍が、軍規でどれだけ兵隊を縛り付けても、なぜ現地民に対して婦女暴行や略奪行為に及ぶかというのを確かめるものだったはず―――。

 

 

「――――――」

「――――――」

 

思い出して、その為に1科に対する『反旗』を翻すなど……。1科全てにとって恐怖の存在になろうなど……。

 

「……これだけは教えて欲しい。お前はどうやってアイスピラーズブレイクで戦うんだ?」

 

「一生懸命、戦うだけ。けれど現時点で申し込まれている22試合もやってられない――――――」

 

―――だから、テラー(恐怖)で束縛する。―――

 

その言葉と同時に勢いよくフライドチキンから身を齧り取るアーシュラの姿に……。

 

 

人喰いの邪竜、魔竜を連想した達也。そして、それは現実のものとなるのだった……。

 

 

新人戦の脇で行われることとなったエキシビションマッチ。

 

九島閣下から提案された、一高の衛宮とかいう女子生徒を倒せば300点のボーナスポイントゲームということに誰もが飛びつく。

 

(三高の十七夜にはやられたけど、衛宮には勝つ。確かに凄いけど、身体拡大系統の魔法ばかりが得意ならば、私にもやれないわけがない)

 

メイン会場では、同じく一高の司波深雪がとんでもない戦いで勝ちを決めたようだが、今はどうでもいい。

 

四高一年 佐埜は一回戦負けであった自分の惨めさを振り切るように、そう気合いを入れていた。

 

「がんばってね!」

「応援しているよ!!」

 

負けてしまった自分に対して多くの応援が掛かる。この声援に応える。

 

チャイナメイド服と言えるものを着込んだ佐埜は、戦いのフィールドに赴く。

 

射台に上るための昇降機が、動き出してウィィィンという機械音で昇っていった先。

 

一回戦と同じく12本の氷柱―――巨大なものが、フィールドに設置されていた。

 

気合が入る。そして反対側の射台にいる相手を見る。相手は―――――――。

 

 

「………」

 

「ふぁあああ〜〜〜」

 

盛大な欠伸をしていた。そしてそれだけならば、何とも思わなかったが(若干、ムカつくが)―――。

 

ソレ以上にアレなのは―――。

 

「なんでジャージなのよ……」

 

別に衣装が変わったからと、何か能力値的なものに変化が出るわけではないが、何というかあまりにもフザケた態度だ。

 

『大会アナウンスです。エキシビションマッチの選手―――、一高『衛宮選手』の服装は、競技の関係上、委員会側の判断で『不適切』だと考えます。よって10分の猶予を与えるので、その間に適切な服装に着替えるように』

 

アイスピラーズ・ブレイクは、確かに一部ではコスプレ競技などとも言われているものだが、別に服装自体に何か特別な規約があるわけではないのだが……。

 

公序良俗に反しなければいいだけなのだが。

 

などという佐埜の内心での言葉とは裏腹に……。

 

 

「ワンミニッツどころか―――――ツーセカンズで充分だわ―――」

 

そんな言葉で出た変化は一目瞭然であった。

 

どっかの銀髪超絶エロ✕✕✕主人公―――『超魔法使い』の如くジャージの上を引っ掴み脱ぎ去ると、同時に全身の格好が変わった。

 

下に着込んでいたにしては髪型も一瞬で変わっており、いろんな意味で混乱を来す。

 

暗色系の上下のドレスは占い師を想起させる。装飾はそこそこだが、中々に凝った模様が施されていた。

 

多くの人間たちは、その姿にエキゾチックセクシーとでも言うべき色香を感じる

 

夏場にも関わらず肌を見せない長袖、長裾―――アラブ文化圏の乾いた風を感じる。

牙か角を思わせるフェイスベールが着けられたフード―――フェイスベールを外すと、波打つような金色の髪が大河のようにフードの後ろから溢れた。

 

どういうトリックなのかは分からないが、それでもその力の高まりようは佐埜の目にも見える。

 

 

『で、では衣装変更も確認出来ましたので、試合はランプ点灯のあとに開始となります』

 

アナウンスの係員の動揺した声は当然だが、ただでさえ試合希望を願う連中が多いのだ。

 

速やかな試合の進行が求められる―――。

 

しかし、その懸念は全て崩れる。

 

何故ならば、この後の試合は全て『チャレンジキャンセル』となるのだから……。

 

佐埜は、十七夜の時のような失態を演じまいと、速攻戦術に転じる。

 

午前の試合のように特化型CADではなく、汎用型の利点を重要視した彼女の術がアーシュラの氷柱に炸裂せんとした時に―――。

 

「―――閉じよ(CLOSE)

 

手腕を向けた上での厳然たる命令。声と同時に、その腕には黒色の炎が燃え盛っていた。

 

すると―――アーシュラ陣側が全て蒼黒の透明な立方体ですっぽりと覆われた。

 

キューブと呼ぶべきもので『絶対防御』を果たしたそれは、佐埜の攻撃術を全て通さない。あまりにも硬すぎる。その防御にCADの不調すら疑いだした。

 

だが、切り替えた上でこちらも防御を掛けた自陣氷柱はきっちり決まった。情報強化された全ての氷柱に満足した佐埜 恵だったが、その間にもアーシュラは『咆哮』を上げる準備が整っていた。

 

「いっくぞ―――!! がお――!!! 」

 

快活な少女としての声を合図に、その身から上がる黒炎がいっそう燃え盛る。

 

そして、その炎と同時に佐埜 恵は見た。金色の眼に蒼黒の鱗を持った―――竜の姿を―――。

 

それは幻か、単なる恵のイマジネーションでしかなかったのかは分からない。

 

だが、次の瞬間にそれは判明する。

 

「天地万象! 変幻の鱗もちし大いなる魔蛇、その軍勢・分体を世界に解き放て――――――。

『魔よ、悉く天地を塞げ!!』(アスラシュレーシュタ)

 

アーシュラの厳然たる言葉で発生する事象・現象、『黒炎の大津波』が佐埜の陣に襲いかかる。

 

盛大なまでの恐るべき波濤が恐怖を催し、そして波頭の全てが何か『恐ろしいもの』に見える。

 

金色の眼をした怪物を先頭に―――俗に言えば『竜』というものを思わせる数多の『影』が、次から次へと佐埜の氷柱を『食い』尽くしていく。

 

津波という大災害を前にして、人間などちっぽけなものなように、魔法師とて、このような津波の前では無力なのだ……。

 

『GYAAAAAAAAA!!!!!!』

 

最後に残ったのは一際大きな竜。とぐろを巻く大蛇が陣に残り、天空へと遠吠えを上げたあとには―――そんなものは無かったかのように氷柱が消え失せた『無』の陣が見えるだけ。

 

悪い夢でも見たのではないかと思った佐埜だが、全身から吹き出たありったけの汗という形で、びしょ濡れになってしまった衣服。下着すら肌に張り付く感触がこの上なく不快な気分を催す。

 

圧倒的な恐怖を感じた佐埜は膝から崩れ落ちて、そして、その佐埜の後に続くべき今日のアーシュラへのエキシビション挑戦は、オールキャンセルされる。

 

 

ただ一匹の悪竜の姿だけを、残して……この日のプログラムは終了と成った。

 



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第52話『すれちがう人々』

いつかは、あみっけもfgo声優になるだろうと想っていた。

そしてカレンが擬似鯖の憑坐になることも――――。

しかし大変なことがある―――――――

『カレンが―――スカートを履いている、だと……?』

きっと霊基再臨が進むごとに―――最終的に『TKB』が勃った状態で見上げカレンが――――。

色々、混乱しているようだ。そんなこんなで新話お送りします。


深雪のとんでもない試合を見たあとに、エキシビションの方に画面を変更する。

 

一高陣営としては色々と驚天動地な試合で決めたものだったが、果たしてこれ以上のものが出てくるのか―――。

 

「いやはや、深雪さんはすごかったけど……アーシュラさんはどうなのかしら?」

 

「練習の通りの試合運びならば、アーシュラはまず自陣の防御から入ると想います。そうして『絶対防御』(ジャストディフェンス)を敷いてから、手で放つ『魔弾』で一本一本破壊していきますが―――」

 

達也の言葉は、アイスピラーズの練習に参加しなかった人間たちの耳にも入っていた。だが、達也もこの試合に入る前にアーシュラと話をしていたので―――

 

「「「が?」」」

 

摩利、真由美、花音という女子先輩たちが疑問符を付けてきた。達也からの言葉の続きを促されて、達也はできるだけ平静を装って言葉を吐く。

 

「アーシュラ曰く『22試合もやるのマンドクセー。おっかない想いをさせて全員を恐怖でリタイアさせる』とのことです」

 

「な、なによそれ!? 挑戦者全てを怖がらせるなんてどうやってあの子やるってのよ!?」

 

「か、花音。落ち着いて。どういう手法かは……聞いていないよね?」

 

 

やはりというか予想通りというか、なぜか達也に食って掛かる千代田 花音。それを抑えながらも詳しい手法を問う、千代田の婚約者たる五十里 啓だが、当然、その辺りは分かっていたようだ。

 

 

「ええ。ですが、立華があれこれ動いて持ち込みを許可させた『アッド』も、持っていかなかったことを考えれば―――何かはあるんでしょうね」

 

 

達也のもったいぶった言い方だが、要は―――『何もわからない』ということだ。

だが、万が一にでも彼女が負けることがあれば、300ポイントが入ってしまうのだ。

 

今まで勝ち続けてきたとはいえ、ここまで不安を覚えるなど信用がない証拠。何とも言えぬ表情をしながらも舞台は動く。

そして出てきた相手選手は、午前の試合で三高の十七夜に負けた佐埜という四高の選手だったか。

 

衣装は変わらず。CADは特化型から汎用型に変えたようだが、その程度の違いが何かを変えることはないだろう。

 

だが代わりに―――。反対側の昇降機が動いたあとに、そこにいるのは―――。

 

 

「まぁ服に関しては自由なんだけどね……」

 

五十里の苦笑気味の言葉に誰もが同じ想いだ。

 

一高指定のジャージ。確かに先ほどまで深雪も着ていたが、その下にはちゃんと巫女の服があったのだ。

 

 

「ちゃんと聞いておけば良かったわ。何かの衣装を貸し出すことも出来たのに」

 

 

頬に手を当ててため息を突きながら言う真由美に同意する。すると大会委員としても、これから予定では20試合以上もするのに、これはマズイと思ったのか、それとも提携の放送局、ようはテレビ映えを意識したのか、妙なアナウンスが告げられる。

 

聞いた千代田が……。

 

「あったま来るわね! しょうがないから私のしふ『待って花音! その必要は無さそうだ』―――え?」

 

モニター画面から踵を返して選手控室を出ていこうとした千代田に対して掛けられる言葉。

 

モニター画面には、先ほどまではいなかったインドや中近東辺り―――亜熱帯・乾燥帯の民族服、もしくは、占い師を思わせる衣装をした『美女』がいた。

 

金色の髪に翠色の瞳。フェイスベールで隠れてはいるものの、紛れもなくアーシュラの姿がそこにあった。

 

砂漠の風が吹き荒ぶ……。

 

「ど、ど、どんな『魔法』を使ったのよ!? ウソでしょ!?」

 

「ぼくにも良くはわからない。ただ、衛宮さんがコートでも脱ぐようにしてジャージを脱いだあとには、あの衣装の―――」

 

「―――チョット待って啓。つまり……あの子がストリップした瞬間を『また』アナタは見たわけ!?」

 

「いやいや! 『あの時』と同じく、僕の眼にはそういったシーンは見えなかったんだよ。第一、あの時は花音が、僕の眼を塞いでいたじゃないか!! 終わった後に見えたんだけど……」

 

 

恋人どうしの痴話喧嘩的なやり取り。

その中で聞き捨てならない言葉があったのを、達也は聞き咎める。

 

 

「ちょっと待ってください五十里先輩。つまり、ああいう『衣装変更』的な『術』を、前にもアーシュラは使っていたんですか?」

 

「う、うん。君も見ただろうけど、アッドくんを巨大剣にしていた時の衛宮さんの衣装。アルトリア先生と同じく『騎士鎧』的なものは、ブランシュ事件の際に校門での迎撃で、彼女がどうやってか纏ったものなんだ。おそらく『魔力』で『何か』をやったんだろうけど―――『どういう理屈』であるかは、本当に分からないんだ……」

 

 

五十里(眼塞ぎ中)の言葉が、全員に伝わる。あの時、校門前にて魔槍の英雄『クー・フーリン』と互角以上の戦いを繰り広げたアーシュラの様子は映像でも拝見していたが、まさかあの衣装が術によるものだったとは……。

 

 

「魔術師の術理では、そこまで珍しくないのか……?」

 

 

摩利の今更ながらの呆然とした声。

 

サイオンによる『物質生成』ないし『物質転移』―――正確に申せば『有質量物体瞬間移動』というものは、現代魔法における不可能領域であり、再現不可能として研究を諦めた分野である。

 

だが、それに答えるものはいない。知っているだろう人間も明朗なことは言わないだろう。

 

つまりは『何もわからない』ままに、超絶な技能を見せられるということだ。

係員からの戸惑うような再開の指示に対して2人は動き出す。

 

CADを一つも持たない姿。何人かは気付いている。だが、本格的にそのことに気付けるものは少ない。

 

それとは別に達也は思うことがある。

 

奇しくも、あるいはいみじくも、深雪の衣装とは象徴的かつ対照的に『正反対』なものだ。

 

白い単衣に対して黒いドレス。

鮮やかなまでの緋袴に対して薄紫色のサイドスカート。

 

そもそもが『和装』に対して『洋装』という話なのだ。

 

見ていけばいくほど、『ブラック・オア・ホワイト』あるいは『ヴァイス・シュヴァルツ』といった風な言葉が似合う。

 

 

(あんなハイヒールを履くこともあるんだな……)

 

 

溌剌かつ快活な印象を持つアーシュラはスニーカーを好む。学校から指定されるわけではないが、エリカですら履いている女学生愛用のローファーを好まない。

 

だから意外な想いだ。

 

深雪とは違い、背丈の高さが『正しい意味』でのモデル体型をしているのだから、本当に映える。

 

そんな色んな意味で『アホの子』『元気の子』から『砂漠の美女』(デザートローズ)に変身したアーシュラに、誰もが注目せざるをえない。

 

そして―――戦いは始まる。

 

 

練習通りノーマルに、先ずは自陣の補強から始めるアーシュラ。

 

堅実だ。だが、その手法は少々練習時よりも『強烈』だ。

 

 

「達也君、アーシュラさんの―――」

「いえ、あのように『キューブ』状の結界を使ってはいません。どちらかといえば『城』を思わせる堅いものです」

 

会長の質問を全て聞く前にレスを放つ達也。

 

魔法による『野戦築城』とでもいうべきものが出来るアーシュラの手とは、少々毛色が違う。

 

手を向けて命じただけで自分の陣地を脅かすことを許さないのは、大したものだ。

 

CADによる打鍵の時間すら彼女には隙でしかない。

 

相手選手も様々な術を施そうとしているが、どれもこれも黒いキューブというカーテンの向こうに通らないのだ。焦る相手選手に対してすでにアーシュラは余裕だ。

 

「―――、一通り絶望感を味あわせたあとに―――」

 

「達也君?」

 

疑問符を浮かべた会長だが、画面の中でのアーシュラは、佐埜が全ての氷柱を強化したのを見届けたあとには―――。

 

「―――全てを貫く『必殺技』で終わらせる……」

 

 

そういう手順を理解した……。

 

 

『いっくぞ――――!! がお―――!!!』

 

「あの子、いったい何歳なn―――――え゛」

 

 

カメラアングルが俯瞰ではなくアーシュラ正面に合わされたことで、『不幸』にもモニターで見ていた人間たちと、佐埜側の応援席にいた人間たちは見た。

 

咆哮を上げた瞬間、アーシュラの姿に重なる『竜』の姿を―――。

 

力が高まる。この上ないそれを前にして解き放たれるは――――現代魔法や古式魔法の括りに囚われない慮外の力。

 

 

『天地万象! 変幻の鱗もちし大いなる魔蛇、その軍勢・分体を世界に解き放て――――――。

『魔よ、悉く天地を塞げ!!』(アスラシュレーシュタ)

 

 

言葉と同時に、アーシュラの『中』から一匹の『巨大竜』が飛び出る。蒼黒の鱗を持ち、金眼をした巨大な竜が、自身から巻き起こる黒炎の津波ごと佐埜の陣に襲いかかる。

 

その様子はまさしく魔的な幻想……幻想が確かな『殺傷力』『破壊力』を持って顕現する……。

 

 

「ひっ! ひぃいいいい!!!」

「あだだだ!! か、花音、大丈夫!?」

 

 

己の眼球を圧迫されたことよりも、腰を抜かして悲鳴を上げる恋人を心配する五十里に感心しつつも、モニターに映る『竜』か『蛇』の姿は増えていく。

 

黒炎の波間に幾度もその身を躍らせながら、佐埜の陣に襲いかかる竜蛇の攻撃は一瞬。

 

だが、視ている人間たちは、その攻撃が五分以上にも及ぶものに思えた。

 

以前に見たワニ園の餌やりか、それと同じように投げ込まれた餌に殺到する養殖魚のような無残な食い散らかし。黒炎の大津波の殺到の前に、佐埜は何も出来ない。

 

全てが終わっても一匹の大蛇が黒炎のわだかまる陣でとぐろを巻いて残って―――。

 

ガラスが割れるのではないかというほどの遠吠え一つをあげて、全ては夢幻の如く消え失せた……。

 

 

「なんなの、あれは……」

 

力なく呟く真由美が着込んでいる、九校戦選手服の背中が濡れていた。

よく観れば、背中だけでなくセットされた髪すらも崩れるほど―――全身から汗を吹き出していた。

 

同時に達也も気付く。自分が持っていた機械端末が大量の水で濡れていることに……。

 

 

(ああ、そうか……)

 

 

水は達也から出た汗だった。

 

2095年の機械製品の防水効果を信じつつ、適当な布で画面を拭きつつ達也は思う。

 

(これが……『恐怖』という『もの』なのか)

 

妹の危機というものにしか、それを覚えなかった達也が得た本質的なもの。

 

自分こそが地上最強だと自負することはなくとも、それでも自分を脅かすものなど居らず、自分が『無くなる』という『事象』が『あり得ない』と想っていた達也の矮小さを思い知らされた―――のだが……。

 

 

『ワタシの『覇王昇龍拳』を破らぬ限り、お前に勝ち目はない!!』

 

『『『やった――! カッコイイ―――!!!』』』

 

 

『一般』観客席にいるだろうアーシュラの関係者の声が届くと同時に、割れんばかりの歓声が上がる。

 

魔法関係者の大半は正直、拍手だけにとどまっているが、だがそれでも―――。

 

(もしかして、これが狙いでもあったのか?)

 

九島閣下の言っていた、毒電波を受信している高校生たちの毒電波放出大会。

 

そんな風な見方を崩すためには、まずは視覚で圧倒することが、重要なのだ……。そう無言で揶揄しているようなアーシュラの、無言でのメッセージが見えているようだ。

 

そして何より―――。

 

「九島老師の真逆のことをやっていますね」

 

「……それはキミの妹もじゃないかと思うけどな」

 

摩利(汗だく)の呟きに応えずに達也は考える。

 

工夫とか、そんなものはない。力任せに切り裂き噛み砕くやり方は、九島烈へのアーシュラなりの意趣返しだろう。

 

―――お前の思惑になど乗ってやらない―――

 

扱いづらい暴竜を連想させるアーシュラへの挑戦は、この後には止むことになる。

 

彼女をある種のチーズチャンピオンだと想っていた連中は、即刻挑戦状を取り下げたのだから……。

 

 

「今日の夕食会では絶対に質問攻めにして、ついでに言えば下着の洗濯代も要求してやるんだから」

 

現在のホテルでは、どの部屋でもそういった簡易の『洗濯機・乾燥機』というのは付いている。文明進化の賜物というやつだ。

 

会長が言うような、そんな電子マネーを使ってまでのことは無いはずなのだが……。

 

ソレ以上に分かっていない『問題点』がある。

 

「あの会長。それをやるには一つ問題点があります」

 

「それは?」

 

「あの懇親会以来、アーシュラと立華はホテルの夕食会には出ていないんですよ。食事はホテル外か自室で取っているようなので、絶食しているわけではないんですが」

 

『『『『――――――』』』』

 

 

達也以外の先輩四人が『絶句』する。

確かに一高全員で仲良しこよしで食事を取ることもないが、それにしたって、まさか―――

 

そこまで単独行動を取っていたとは……。

 

 

「な、なんでそこまでするんだ!?」

 

「間の悪いことに、その懇親会で食いすぎたせいか、厨房担当の人が『驚天動地』したらしくて、エリカなどアルバイトたちから窘められたことで不機嫌に」

 

「別に食材が足りなければ、近所の食材卸や近辺の料理店とかからも融通出来るはずだろ!? なんだってエリカはそんな意地が悪い事を言ったんだ!?」

 

 

そう。昔から飲食店というのは、そういう『持ちつ持たれつ』というのが共通理念とも言える。

このホテルが軍関係だからと、食材に関してそこまで徹底したチェックをするほど暇ではない。

 

「まぁエリカとしては、『食いすぎるな』程度の気持ちだったのでしょうが……それがアーシュラにとっては、気に食わなかったというところです」

 

 

現在はアーシュラほどの大食らいが10人は来ても大丈夫なように、食材のストックも大丈夫なのだが……その発言以来、アーシュラは頑なな態度で望んでいるのだ。

 

逆にこのままアーシュラが来てくれなければ、いくら保存技術が進んでいるとはいえ、冷蔵庫の中で『悪くなる』食材も出てくる。

 

そうなる前に、使えばいいのだが……。それでも、廃棄せざるをえないものも出てくるだろう。

 

 

「――――――そこまで食べなければ、彼女の身体はもたないのかな?」

 

「コレに関してはおそらくその通りです。現在の彼女は『様々なこと』に魔力のリソースを注いでいる。そのせいで補給のタイミングが早く、そして多いのでしょう」

 

 

魔法師としては納得いかないのだが、魔術師の使う『魔力』―――オド(体内魔力)というのは、精気を変換することで成り立っているエネルギーなのだそうだ。

 

極論してしまえば、『空腹』の状態ではまともに魔力も生成出来ないとのこと。

 

詳しい理屈はまだ知れない。だが、聞かされた士郎先生の話すところを想定するに、アーシュラが、ギャラハッドなる騎士の『使い魔』など何名かを解き放っている以上、それで『力』が不足しているとも言える。

 

 

(更には死徒だ。恐らく夜中に、アーシュラと立華はそちらに対しても何かをやっている―――)

 

考えてみれば昼夜問わず動き回っているようなものだ。そんな中でも、これだけのことが出来る……。

 

「―――達也君、私と真由美も手伝うから、何とか衛宮と藤丸を引っ張ってこよう」

 

「分かりました。難題ですが、何とか夕食会までには引っ張ってきましょう」

 

摩利の言葉に本当に難題ではあると感じる達也。

 

だが、あの『アスラ・シュレーシュタ』なる術は、ともすれば戦略級魔法に類する威力も発揮できるかもしれない。

 

だとすれば、驚異的であるし―――何より―――

 

(想ったよりも、アーシュラの『引き出し』というのは多いのかも知れない……)

 

典型的なルーンファイターであり対人戦のエキスパート。魔法や魔術の効果範囲はそこまで広くない―――そんな風な印象は完全に掻き消えた。

 

 

士郎先生の言うとおりだ。達也に人を見る目など全く無いのだ。それを思い知らされるばかりの女の子である。

 

 

(教えてくれないか。それとも―――)

 

アーシュラとの間にあるか細い友誼を頼りたい達也だが、果たして―――。

 

 

そして夕食会は始まる……。

 

 

新人戦が進行している現在、競技結果に対してアレコレを述べる者の多くは一年生である。

 

そして今日までの結果からか、女子と男子はきっちり分かれて、食事を取っている。

 

ろくな大将首も『首見分』に持ってこれない連中は、冷や飯を食うしか無いのだ。

島津豊久(お豊)ではないが、それでも挙げた首が無い無奉公武士は、そうするしかないのだ。

 

明暗分かれた男女だが、明るい方の女子も少しだけ暗い表情を見せている。

 

女子の中心にいたのは、女子の躍進の原因となった司波達也だが、それでも女子の中には少しだけ暗い顔を見せるものもいた。

 

 

「司波くん。衛宮さんと藤丸さんは何処に行ったんだ?」

 

「アーシュラと立華は……一応、エキシビションが終わったあと、チャレンジキャンセルが全て出たあと―――渡辺委員長と一緒に迎えに行ったんだが、捕まえきれなかった……」

 

 

暗い顔をしていた里美スバルが懸念事項を話してきて、それに素直に答える。

 

千里眼とも言える真由美会長のマルチスコープと連携しながら、何とか捉えようとしたのだが。

 

まるで消え去るように、アーシュラはいなくなっていたのだ。

 

 

「お礼一つ言うことも出来ない。悔しいなぁ」

 

「そりゃ結果を出していれば、成果主義・実力主義の魔法科高校の校是通りだとしても……」

 

 

一年の誰かが呻くように言う。結局の所、突き詰めれば―――アーシュラと立華の態度は、未来の魔法科高校の姿なのだ。

 

多くの転換が無い政治体制において、腐敗と汚職が蔓延り、富めるもの・権力者だけが正しいという、そういう人間ならば『何をやっても許される』という社会の空気が醸成された時代と同じくなる。

 

まぁどんな時代でも、そういった犬神佐兵衛と佐兵衛の娘3人のような連中はいるのだが―――。

公的な場での犯罪すらそれを適用するとなると、社会には『そういった空気』が蔓延する。

 

公徳心の欠如―――その姿をアーシュラと立華は見せているのだ。

 

 

(俺たちにそれが無いのは分かったさ。だからといって―――)

 

お前達が悪者になる必要があるのか。そこまで魔法師の悪辣さを認識させたいのか。

 

くさくさした想いを抱きながらも、言葉を吐き出す。

 

 

「明日こそは何とか連れてこよう。どうやってもボードの準決・決勝があるんだ。

そもそも……あいつにCADが不要で、CAD担当者がいないということが、この事態を容易に招いているんだよな……」

 

そんな達也の空手形にはしないという意気込みと諦観に対して―――。

 

「あれ? 衛宮さん。大会委員にCADを提出していたよ。確か指輪型のものを」

「そうだったね。検査委員も『何も入っていない』ということに何度も疑問を浮かべていたが、まぁ持ち込みは許可されていたな」

 

春日と里美の何気ない言葉に、遠くのアングル。モニターから気付いたエイミィが言う。

 

 

「あれアシスタンツだったんだ。とはいえ、左手の薬指に着けるだなんて、えっみーにアレを贈ったのは誰なんだろうねー?」

 

 

ロマンチック〜などと両頬に手を当てておどけて言うエイミィ(顔は紅潮している)の言葉を皮切りに、他人の恋バナで盛り上がる女子たち。

 

今ならば、今ならば、まだ『傷口』は浅いままで済ませられる。

 

今のうちに白状しといて……。

 

 

『そんな意図は無かったんだ。士郎先生からのテストも兼ねて、一番魔力の通りがいい所に指輪を着けてあげただけなんだよ。アーシュラに対してセクハラだよなスティーブ(?)。HAHAHA〜♪』

 

とでも軽く言っておけば、妙な勘ぐりは、これ以上されなくて済む。キャラが違うとか、そんなことは今はどうでもいい……。

 

だが、中々にそれを言えない。きゃぴきゃぴして会話に嵌る『ほのか』の心身に影響が出るかもしれない。

 

こんなナーバスな話題を切り出せない。自縄自縛に陥る達也。そんな達也の変化を、目ざとく『理解』した存在が一人だけいた。

 

それは実妹である司波深雪であった。

 

だが、達也が隠し事をしていることに気づけても、その事を切り出すには―――少しだけ恐怖があった……。

 

自分が解放したいと想っていた達也の『呪い』。深雪にだけ従順であった達也が、他にも眼を向けてくれる嬉しさ―――けれど、それで『本当』に兄が、深雪のそばから離れていってしまうことの恐怖が自分を縛る。

 

(なんで、あの子なの……)

 

まだ決定ではない。まだ言葉に出ていない。

 

けれど。

 

『そうだから』と言われた時に、深雪は―――それを素直に認めるわけにはいかないのだ……。

 

 



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第53話『すれちがう思惑』

本来のプロットでは、もっとイヤな事をアーシュラは言っていたのだが。

ボツにしました。


 

九校戦6日目。新人戦に換算すれば三日目。

 

いよいよ戦いも大詰めを迎えつつある中、選手控室や天幕では様々な空気を張り詰めさせていく。

 

そんな空気の中、豪胆にも『居眠り』をこくものが一人。

 

今日の競技に出場する選手でありながら、ここまで大胆に眠るとは肝が太く、そして大物なのだろう。

 

あるいは、そういうのを感じない馬鹿なのか。どちらとも言える。

 

だが、変わらない事実がある。

 

それは―――居眠りをこく女が一高において最強の存在であることだ。

 

 

「ZZZZZ〜〜〜〜」

 

『フォズフォズフォズ〜〜〜』

 

『イヌヌワン〜〜〜』

 

『アルトリア〜カヴァスの餌はお前に任せるけど、ソレ以外は俺がやっておくからお前は寝ていろ〜〜。ローマ皇帝ルーシャスは難敵だぞ〜』

 

そしてその女は色々と規格外であった。

 

頭に猫を乗せ、ネコの背中にはしゃべる匣が乗っており、そしてハワイから駆けつけた(!?)衛宮家の飼い犬―――名前はシロだろうかというイヌを抱きながら、寝ていたのだ。

 

(((な、なんも言えねぇ……!)))

 

色々と聞きたいことはあった。あれこれとあったのだが、それを聞き出そうとするタイミングを図っている内に、衛宮アーシュラは完全にスリーピングビューティーになってしまったのだ。

 

「摩利……どうしたらいいのかしら?」

 

「寝るな―――とは言えんところがアレだな。昨日、ピラーズ前に寝不足気味の明智をカプセルに入れた以上―――何も言えん」

 

寝るなら他所でと言えば、素直に出ていく。結果として話す機会を逸する。

 

無理やり起こせば、どっかに消えている。

 

どうすりゃいいんだと、誰もが思う。

 

聞きたいことや知りたいことを思うのだが―――。

 

「―――」

 

不意に起き上がる―――というよりも机に突っ伏していた顔を上げるアーシュラの姿。

 

開かれた眼を正面に向けて、何を言うかと想っていたらば―――。

 

「―――ハラが―――へった―――」

 

ポン ポン ポーン。そういう軽快なSEが聞こえそうなアーシュラの言葉の後に、おもむろに立ち上がり―――。

 

「よし、店を探そう」

 

言葉通りに井之頭五郎をさせまいと、すかさず真由美は、素早く踵を返そうとするアーシュラに言葉を掛ける。

 

ろくな呪文も要らずに術を行使する、現代魔法師たちの非常に過剰な努力が展開される。

 

「待て待て待って!! アーシュラさん!! ご飯ならば此処にあるから!! ここで食べていって!! ついでに言えば、色々とお話を聞かせて―――!!」

 

「……何に関して聞きたいんですか?」

 

「昨日のエキシビションでの術とか、五十里くんがドッキドキの変身シーンの原理とか!!」

 

「そうだ。いくら何でもあの蔵王炎殺黒龍波(間違い)に関しては、私も教えてほしいぞ」

 

言うと、やはり『嫌そうな顔』をするアーシュラ。だが、これだけは真由美も摩利も譲れない。

 

あの後、各校からは様々な追求があったのだ。

 

確かに、アイスピラーズ・ブレイクに魔法の殺傷性のランク制限は無い。

 

だが、あんな規格外の術に関しては流石にルール違反ではないか? という言外の意見もあったのだ。

化生体による突撃とも何とも言い切れない。現代魔法的な価値観だけでは計り知れないアーシュラの術は、様々な懸念を寄せさせていたのだから。

 

「そこを何とかするのが、アナタの役目だったのでは? 七草会長」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

てりやきバーガーを口にしてから言うアーシュラに、真由美も強くは出れない。

 

結局の所、真由美ですら衛宮アーシュラの実力を低く見積もっていたのだ。

 

こんな戦術範囲級の術を持っているなど、想定外。もしも、それ以上の術があるならば―――。

 

「あなた方のウィズダムで理解できる話とも思えませんけどね」

 

「それでも、このまま何も知らないままなのはスッキリしないのよ……」

 

「それでいいんですよ。『魔術』としては、未開、未知であることが力の源泉ですので」

 

「―――教えてくれないの?」

 

「あなた方のルールでも、そういうのは違反だったのでは?」

 

確かに魔法師にも、他人の魔法を探らないという不文律が存在する。もちろん、己の中で推理してみるぐらいは、別に何とも思われない。

 

当然、正答かどうかは不明なのだが……。

 

「チョー強力な化成体の一斉突撃とでも説明しておいてください。それで十分でしょ」

 

「それで納得してくれるかしら?」

 

そんなアタマの悪い答えを他校に伝えるなど、真由美としては少し承服できない。

 

「納得できなきゃ、先ほどの不文律でゴリ押ししてください」

 

それはつまり『なんにもわからない』ということを押し付けることだ。

 

魔法師や魔術師などの尋常ではない人間たちの道理としては、確かに納得できるが。

それでも心は未熟な高校生なのだ。あんな危険な術を披露されて、何も思わないわけがない。

 

まぁ深雪のインフェルノとも違った意味で怖かっただけなのだが。

 

「どうやら全員がおっかない想いをしてくれたようで、ワタシとしては万々歳ですよ。如何に魔法師とて、アナコンダの頭を砕けるからといって、正面から襲いかかるアナコンダやアリゲーターを『怖がらない』わけが無いということが理解できてね」

 

「別に練習の通りでも良かったじゃないか……」

 

同じ剣士として、少しだけ一家言ある摩利が言うも、アーシュラは変わらない。

 

「それだとナメた連中が、ボードとクラウドでワタシの上限を勝手に見積もって、勝てると思い上がって挑んでくるんですよ。実に浅慮の限り」

 

「―――………」

 

もはやアーシュラには何を言っても無駄だと気付く。そして、このような態度でも―――出してくる結果は最上級。

 

―――結果は出しているんだから文句があるのか?―――

 

それは2科生が1科生から言われている、態度に出されているものなのだと気付く。

 

己にされてようやく気付く。これが―――実力主義というものの極まったトコロ。

優れたものならばソイツに従うのが道理とだけ教え込む非人間性の極み。

 

優れたものならば人格が下劣であっても従えという話。優れているならば、どんな悪徳であろうとやってもいいとする道理。

 

それはいずれやってくる。きっと来る。必ず来る。

 

―――《獣》の再来を告げるものが―――

 

―――霊長の悪性の極みとして魔法師は選ばれるはずだから―――

 

 

などというアーシュラの心なぞ分かるまい。同時に、アーシュラのご飯をくすねる形のフォウ君は、こいつら駆逐するために『同僚』が出るかもよ、と思うのだった。

 

 

「それに、多分ですけど他校の連中の中には、勘よくワタシの術の『源』ぐらいには、気がついている者がいるはずですよ」

 

「六高の宇津見さんとか?」

 

「ソレ以外にも、三高の花京院、いや優曇華院だっけか? あの子もですね」

 

多分、四十九院(つくしいん)という一年だろうが、随分な覚えられ方である。

 

「なんでも聞けば応えてくれるいいセンセーばかりいる一科生だから、そんなんなん(・・・・・・)ですよ。まずは会長達の推理を言ってくださいよ。

略奪公と呼ばれた伝説の魔術師『ウェイバー・ベルベット』に鍛えられた、衛宮士郎が長女『衛宮アーシュラ』が採点してあげましょう」

 

なんたる上から目線。だが、事実としてそうなのだから仕方ない話でもある。

 

だが、これは挑まれた戦いだ。

 

戦いというほど苛烈ではないが、それでも聞かねばならないのだ。でなければ―――。

 

このままでは、ただ2人の魔術師によって、魔法科高校のトップと自負する一高が恐怖独裁支配されてしまうのだ。

 

そして2科の生徒たちを『贔屓』して、その『力』を分け与えて―――。

 

正直言えば、真由美としては士郎先生やアルトリア先生の教導というのは、自分の『改革の邪魔』でしかなかった。

 

確かに、入学時の試験結果だけで学び・教わる機会の有無が決定づけられる無情な制度を、真由美も良いとは想っていなかった。

 

だが、それは漫然と、増えることもない教員の増加という『無成果』を前にしては仕方ないと、『諦めの境地』でいた。

 

そういう意味では、真由美も骨の髄まで十師族的な価値観に染まっていた。

 

いいものは独り占め。

力あるものは限定されているべき。

富めるものは少ない方がいい。

 

 

そこまで強烈でなくとも、そこから何かを分け与えることも出来たはずだ。

 

そのための改革。まずは生徒自治制度上の優遇措置を無くすことから始めて、そこから『1科』の優秀生徒が2科の生徒を指導するという『大教室制度』を学校側に認めさせていくことが、真由美の描いた絵図だったのだが―――。

 

(見限られたのかしら……)

 

この構想を一度は、百山校長や十文字克人に打ち明けたことがあった。

 

だが、ソレに対して今まで動きが無かったことが、百山校長に決断をさせた。

 

親友であり兄貴分であった男の日本への帰還。それは、教職員としてのものであった。

 

その先触れとして『剣製のエミヤ』の教員就任要請―――。

 

だからこそ、真由美は戦わなければならなかったのだ。

 

 

「―――まずは、あの術は竜を使ったものだと想っているわ」

 

「無難な解答ですね」

 

つまんない女。そう言っているかのような言い方に、真由美は呻く。

アーシュラは鶏足(フライドチキン)をバリバリムシャムシャ食い尽くす。

 

「……竜言語魔術の類だと想っているわ」

 

「減点5ですね」

 

「――――詠唱した呪文から……もう分かんないわよ。アスラシュレーシュタって何!? 変幻の鱗の魔蛇ってなんなのよ!?」

 

「んじゃ終わりですね。ごちそう様でした」

 

嘆くように叫んだ真由美に対して、用意されていた食事をペットたちと共に食い尽くしたアーシュラに全員がビックリして、このまま何も答えずに―――行くつもりかぁ。

 

と、想っていた時に―――救世主が現れた。

 

テントを潜り、光が差し込みながら入ってくるのは男2人。まさしく救いの光であった

 

「アーシュラ、これで少しは教えてくれるか? アスラの一人―――もしくは王にして、リグ・ヴェーダの叙事詩で語られるインドラの宿敵『邪龍ヴリトラ』の事に関して」

 

多くの弁当(えみ屋)に、それなりに高いお店の『テイクアウト』を多量に持ってきた巨漢―――十文字克人と司波達也の姿。

 

アーシュラのいるテーブル付近に広げられたことと、その会頭の『解答』に対して、少しだけ笑みを浮かべて口を開く―――。

 

それは―――――。

 

 

「つまり衛宮さんは、竜という属性を持った魔術師ということ?」

 

「まだ完全に見えないが、四高の佐埜を叩きのめした蛇龍は、インドに関わる神話(マイソロジー)では有名な『邪龍ヴリトラ』で間違いないじゃろう。ヴリトラはアスラ(魔族)の王としても有名じゃからな」

 

「まさか……そんな強烈な存在を喚起して、攻撃術として使うなんて……」

 

現代魔法的な考えではないが、ある種の上位存在の力を借り受けることで術を発動させるという方式は、知らぬものではない。

 

もっとも、人間というキャパで使える力には限りがあるので、あまり一般的ではないのだが……。

 

「―――わしとしては喚起しているのではなく、もっと『直接的』なものだと見ているがな」

 

その想像が当たった場合が恐ろしい。それは恐らく『神降ろし』が出来る神子。

 

ある種の『自然の触覚』も同然だからだ。

 

「それじゃ四十九院は、俺と衛宮が戦った場合、どうなると思う?」

 

「お主の爆裂ならば、特化型のCADで衛宮が防備を果たす前に―――と思わなくもない」

 

四高の佐埜との戦い。佐埜は栞と戦ったときと違って汎用型を使っている。

 

汎用型の起動方法である特定のキーを打鍵してからの発動。それは本来ならば、古式魔法よりも疾いはずなのだが。

 

だが……。

 

「衛宮が全身の魔術回路、いや『魔力炉心』を起動させた時点で、魔力が充溢し―――魔術師が言うところの「1小節」(ワンカウント)での術式構築が可能となる―――」

 

「そこまで凄いのか。まぁこういう防御術を発動されたならば、俺の爆裂は通らないか」

 

「速さ勝負でしか勝てぬが、あちらとてそこは馬鹿ではあるまい。お主の発動そのものを『妨害』するなり、あるいは単純に数本を犠牲にした上で、防備し残った氷柱だけで勝負を仕掛けていくだろう」

 

「……だが、彼女に勝つことが出来ればボーナスゲットだ。優勝は確実だろうから、これも挑むことで三高の勝利に貢献したい――――」

 

決意表明をしようとした時、鳴り響く端末音。

 

一条将輝の個人端末に着信が入ったようで、「すまん」と言ってから誰にも声を聞かれない所―――テントの外に移動する将輝に『女か?』と邪推するものがいる一方で、『家の人だろう』と正答を推測したものがいた。

 

そして、その正答こそが思わぬ混乱を三高に招くことになるのだった……。

 

 



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第54話『竜姫変化ペンドラゴン――ver ヴリトラ』

というわけで完成版(?)です。

一度、削除してからの新規投稿ですので混乱させたら申し訳ないです。


「まぁつまりですよ。ワタシの中には地球上に刻まれた歴史・神話における竜種のチカラが宿っているわけです。もともと、ワタシの母もその手の幻想種の力を宿していたわけでして―――彼らの力を使えるんですね。まぁただの才能です」

 

その端的な言葉で、眉をぴくぴく動かす連中の多いこと多いこと。

 

その『才能』を欲して、何人もの人間が努力しているというのに、この子は……。

 

 

―――ワタシの特異性は真似できません―――

 

そう言っているのだ。そりゃそういう反応も生まれてしまう。

 

 

「妖精・精霊・竜……お前の術の大半は、ブリテン島の幻想(ファンタズム)に端を欲するものか?」

 

「そうだねー。ただヴリトラと契約(コントラクト)出来たのは、両親と共に世界中をあちこち回っていた時に、インド辺りで出会えたからだけど」

 

「邪龍ヴリトラというのは、あんな格好をしているのか?」

 

「邪龍とは言うが、ヴリトラもまた『英霊の座』に登録された英雄の一人となっている。詳しいことは語らないけど、英雄とは決して善行だけを積んだものを指す言葉ではない。人理の進行において絶大な影響力を発揮した存在であれば、誰しもがそこに召し上げられる。

要は、世間一般の人倫では悪徳を重ねた人物でも、その行為が多くの人間に『認知』された時に、彼らは悪人であっても英雄とされるわけね」

 

それは、あの人理修復の旅の主役であった盾の英雄と半人前の魔術師の戦いで、存分に理解できていた。それを見せられた時から―――英霊とはそういう存在なのだと理解は出来ていたが……。

 

「ヴリトラが『女身』である理由は推測はあるけど、基本的に邪龍ヴリトラの伝承では千差万別な姿で語られているからね。蛇なのか竜なのかすらも定かではない『不定形』なのさ」

 

「まぁ確かに聖書のリヴァイアサンも、鰐だったり竜だったり鯨だったりとまちまちだもんな……それじゃ推測ってのは何なんだ?」

 

「ただの推測だよ。中国大陸での白蛇伝説における、千年を生きた白蛇から女の姿になった『白娘子』(パイニャンツ)しかり、ギリシャ神話における影の主役……魔獣達の祖『テュポーン』の妻たる『蝮の女エキドナ』然り、多くの伝承にて蛇身たる存在は、神性を表すと同時に雌性的な側面を多く持つ―――これは恐らく、蛇という存在が多産であることから、豊穣を齎す存在という位置づけが為された結果だと思うよ』

 

一挙に言われたアーシュラの久々の『凄い理論』(ウルトラセオリー)の披露に対して、全員がポカンとしてしまう。

 

ブランシュ事件の発端とも言える、剣道部・剣術部のいざこざの後の三巨頭に対する説明でもあったことだが……まぁいいけど。

 

「それじゃ、ヴリトラの力をつかって衛宮さんは『変身魔法』を使っているのか……」

 

「そういうことです」

 

達也の質問の後を継いだ五十里が質問をしたのだが、ソレに対してアーシュラは気軽に『変身』をして、あの衣装を纏った―――のだが……。

 

「え、衛宮さん!? その『キャスト』か『キャバ嬢』のような衣装は!?」

 

「これがヴリトラ第2臨という霊基強化状態の服装なのですが……」

 

 

占い師から一気に『コールガール』よろしくな、ファー付きのミニスカドレス。胸元が見えている露出激しい衣装を身にまとったアーシュラは、真っ赤な顔で戸惑った五十里にヒールをカツカツ鳴らしながら近づき……。

 

「五十里センパイ。キャバ嬢とかキャストってどーいう意味ですか? アーシュラ、ニホンゴよくわかんなーい♪」

 

「えええええ、衛宮ささささんんんん!!!??? あふっ!!!」

 

誰もが驚愕するほどに、まさに『お水の花道』よろしく、何というかカルイ女の子のていで五十里を『誘惑』するアーシュラ。

 

その手で五十里の頬に触れながら、至近距離で目を細めつつ蠱惑的に言うアーシュラに、五十里 啓も色々と困惑をしてしまう。

 

なんせその匂いとか、頬や耳にかかる呼気が色々な意味で五十里を惑わす……。

 

テント内がざわつく以前に、唖然呆然とした矢先―――。

 

「コオオオオラアアアアア!!! この泥棒ドラゴンが!!! 私の啓に触れてんじゃね―――!!」

 

テント内に光の如き速さ―――と見間違うもので入り込んできた千代田花音によって、五十里とアーシュラのファーストコンタクトにして『ワーストコンタクト』は終わりを告げた。

 

奪い取るかのようにアーシュラから五十里を引き離すのだった。

 

「啓は私の婚約者だ! それに対して色目を使うだなんて、己は何を考えているんだ―――!?」

 

「アナタがた(うざい)カップルが、逆NTRの試練に打ち勝てるかどうかを試しました」

 

「ぷじゃけるな―――!!!」

 

噛んだらしき涙目の千代田の言葉にもアーシュラは動じない。

というか若干、達也も克人も五十里啓に嫉妬を覚えるのだった。

 

「そこまでにしときなさい。ヴリトラの因子がそういうことをさせているとしても、少々アナタのキャラじゃないでしょアーシュラ?」

 

「そうでもないよ。だってこの人に悪印象を持たれれば、風紀委員の役目から逃れられるし」

 

いつの間にかテントにやってきた藤丸立華の言葉が響く。しかし返す言葉が、かなりアレすぎた。

 

「そう言うな。千代田はお前がジャージで試合に挑もうとしているのを見て、私服を貸そうと動き出したんだぞ。そう邪険にするな」

 

自分がいなくなったあとの風紀委員会を考えて、そんなフォローをする渡辺摩利だが、アーシュラは更に口撃を強める。

 

「服を貸してくれるならば、渡辺言委員長の方が適切でしょうね。ノーサンキューです」

 

「そこまで花音に辛く当たらなくても……」

 

摩利としても困った話だ。二人の風紀女子委員というのは、摩利にとっても夢の一つだった。自分の在任中にそれが達成出来た以上、次の風紀委員会にもそれが引き継がれればいいと思うのだが。

 

「いや、そういう感情論的な話ではなく、要は適正な服装を用意出来るのは、渡辺委員長であろうということです」

 

「そ、そうなのか? そこまで私はオシャレじゃないぞ。真由美や司波兄妹ほどコスプレ衣装も持っていないんだが……」

 

そりゃ偏見ではないかと達也が考えてしまったが、アーシュラの考えはそういうことでは無いのだ。

 

ズバリ言えばーーー。

 

「千代田先輩のシャツの、胸付近(・・・)の生地が伸びたらば、申し訳ないですよ」

 

その言葉と同時に、自分の胸の下に腕を差し入れて両丘を持ち上げるアーシュラの行動に、男性陣は色々とヒートアップ。女性陣も色々とヒートアップ。

 

中でも、千代田花音は……。

 

「啓ーーー!!!! あ、あなただけは、私の爪先から頭のてっぺんまで愛してくれるわよね!? ビッグなバストに惑わされないわよね!?」

 

愛が重すぎる千代田の言動と同時に、揺さぶりをかける様子が本当に必死だ。だが、五十里もまたアーシュラの色香にやられたのか、鼻を押さえているようだ。

 

「も、もちろんだよ花音!」

 

と言うものの、目はアーシュラのバストに釘付けな辺り、言行不一致な限りだ。

 

「いくら役員から逃れたいとはいえ、やりすぎじゃないか?」

 

「そう? こういう時にこそ、真実の愛って試されると思うけど」

 

達也の言に目を細めながら口を開くアーシュラ。ヴリトラという邪竜は、そういう英雄なのだろうか?

 

それ以上に……。

 

「色々とあったとはいえ、俺とお前は風紀委員のコンビじゃないか……そんな必死に離れたいとか言われると、寂しいんだがな」

 

その言葉、少しだけ恥ずかしがるように言った瞬間、偶然にもテントに入りこんできた深雪とほのかに目撃されてしまう。

 

その衝撃たるやとんでもなかった。しかも、アーシュラの格好が格好なのだ。女2人の悋気が膨れ上がる。

 

このままでは色々とまずいな。そう思った十文字克人はーーー。

 

「「アーシュ姉さん! ボード準決勝がんばってねー♪」」

 

「アリサくん、マリカくん……!?」

 

いきなりやってきたJSの顔。テントを割って入りこんできた顔に十文字が驚く。戒めようとした瞬間に、色々とそんな顔が出てきた後には…。

 

「衛宮選手、そろそろお時間ですのでスタンバイおねがいします」

 

九校戦の係員の一人だろう人間が、テントを割って入ってきた。その言葉に時間であることに気付く。

 

「ハイハーイ。それでは決勝進出を決めていきまーす」

 

負けてしまえ、などという悪罵を掛ければ、一高にとっての不利益になってしまう。

 

快活に手を挙げながら応えるアーシュラの姿は既に、先ほどまでのジャージ姿に早変わり。

 

その姿で、2人のJSを引き連れながらテント外へと出ていく。

 

変身魔法というありえざる技術を容易く披露したアーシュラは、その有り余るスペックを利用して―――

 

―――最終的には、一高内や多くの魔法科高校に様々な混乱―――ヴリトラの力が披露されるのではないかという『恐怖』を招きながらも、バトル・ボード準決勝は確実に突破するのだった

 

 

「結果は出しているから文句は無い。無いんだが……」

 

「なんともねぇ……ともあれ、次は光井さんの試合よ。今回は天敵の宇津見さんもいない。ならば、一高がダブルで決勝進出も夢じゃない」

 

「―――だといいがな」

 

その手の『捕らぬ狸の皮算用』が、上手くいった試しが無いのが、今回の九校戦だ。

 

「そう言えば達也くんは?」

 

新人戦バトル・ボード準決第二試合の観戦をしながらも、真由美は少しの懸念事項を隣の席にいる渡辺摩利に伝える。

 

「今度こそアーシュラをふん縛るために、終わると同時に迎えに行かさせた。『スケベ』『変態』『DTED(童貞不能マン)』(実妹除き)だのと散々に言われたが、『確保』することは出来たと連絡があったぞ」

 

「そ、そう……」

 

随分と怖いもの知らずというか、アーシュラは、深雪に睨まれようがなんだろうが構わないのだから、恐ろしいはぐれものだ。

 

しかし、よく考えれば司波達也もまた『はぐれもの』だ。しかし、達也のはぐれているところは、アーシュラとは若干違う。

 

その事実がどういうことなのかを、まだ分からずにいた――――。

 

 

「ううーみゅ。何でキミはワタシに張り付いてんのさ。深雪ちゃんか光井さんの方に行ってればいいじゃん」

 

「俺だってそうしたいさ。いや、正確に言えば違うな。深雪やほのかのためにも、お前の自由気ままさを抑制したいんだ」

 

「気侭?」

 

険のある視線ごと問いかけると、達也は呻くようにしてから口を開く。

 

「……俺が言えば『おまいう』なのは分かっている。ただ、あんまり自分一人でいて、何もかもを話さないでいるなよ。評判悪くなるぞ」

 

「既になっているわよ。けれどね『私』は、このまま実力主義という形で何も分かち合えないならば、『こういう』のが出てくるぞ。と教えているのよ。未来を思う通りにしたい。自分の絵図の通りにしたいってのは誰もが思うことよ。

けれど、『未来』は今を生きている『私』たちに品定め出来るものじゃない」

 

「……虚ろなことを言うんだな、アーシュラは」

 

舌鋒は鋭いが、言っていることはかなり『虚無主義的』なものだ。だが、それでも確かにアーシュラの考えや姿勢は、いつの日か魔法科高校が直面する問題なのだろう。

 

自分が、その『実態』を知りながら諦めの念で入学したことに対して、アーシュラは『それは悪いことだ』と言ってのけるのだ。

 

その姿勢で―――何故、深雪よりも先頭に立って皆を導かない。

 

何故。なぜ。ナゼ―――

 

(こんな俺なんかに行動と答えを託そうとするんだよ……俺は、お前も知っての通り、お袋に改造されているんだ……まっとうな人間じゃないんだ!! それなのに―――)

 

「会長さんの甘っちょろい考えは、いずれは―――恐らく私達の卒業の2年後くらいには実現するかもしれない。アリサとマリカが高校に入学する頃にはね。けれど―――今を生きる人間には何の意味もない。何もかもが遅すぎた。

「獣」ないし「悪魔」は、いずれあなた達の中から出てくる。『アンチマギクス』というカウンターを持ちながら、全ての魔法師―――人理版図にしか影響力を持てないソーサラス・アデプトを抹殺根絶(ターミネイト)するためにね」

 

アーシュラの声と言葉が渡り廊下に反響する。それは不気味さを醸し出して、達也に怖気を出させるのだった。

 

「……お前は―――ならば、どうすればいいんだよ?」

 

「人に答えをねだらないで。あなた達が直面するべき問題なの。そのための力添えはするけど、それでも最後に決めるのはアナタ達なの。知的生命(いきもの)はすべて、自分の生き方を自分で決めなきゃならない。

都合のいい時だけ、自分たちは誰かの都合で作られたものだから、こんなことには関わらないなんて『逃げ』は許されないのよ」

 

「………たかだか魔法科高校の制度ごときで、話がデカくなりすぎじゃないか……けれど―――」

 

それを予感させるものは、断片は、符丁は、これまでに示されてきたのだ。

 

けれど―――。

 

「アーシュラ、俺なんか『しずかに、誰か来た』―――」

 

言葉と同時に、達也の口を閉ざすために、『両手の人差し指』を『唇』に当ててきたアーシュラ。

 

自分(アーシュラ)達也(オレ)に当てられる、硬くも柔らかな人差し指。

 

廊下の向こう―――曲がり角から来るだろう相手を、達也ならば『視認』出来るはずなのだが、今は色々と混乱をしてしまって、そんなことは出来ない。

 

確かに闇雲に誰かに聞かれてはマズイ話だが―――。

 

そこまでするようなのか? 問いただしたい達也とは裏腹に……。

 

アーシュラは曲がり角からくる相手を『霊視』して、感情が怒りと困惑でいっぱいなことを『認識』。それが自分に向けられていることに気付き、そして―――。

 

「―――え」

「―――こうしていろ。イヤなんだろ。勘ぐられるのが」

 

達也に向けていた腕が取られて、そのままに懐に抱き寄せられた。アーシュラの背中に回る両腕。

 

きつい抱擁。その加減だけで離すことはないと伝えて抱き寄せるようなそれは、如何に頑丈な身体を持つアーシュラでも『きつい』と思えるもので、きっと普段から抱き慣れている相手とは違って、力加減が分からなかったのだろう。

 

同時に間近で嗅ぐ司波達也という『男の匂い』が、どうしても『誰かさん』に似ているのだった。

 

(やっぱり『従弟』だからかな。コウマに似ている―――なんだって『ワタシ』みたいな『ズボラな女』に、親族揃って関わるんだ)

 

近くに来なければ、『こんな事』は言わない。司波達也からすれば理不尽かもしれないが、アーシュラの近くに来るから、そういうことを言わざるを得ないのだ。

 

近寄るな―――と接近警告をしても、コレであるのだから―――。

 

そして曲がり角からやってきた2人の男子。恐らくこちらに用があったのだろうが、来るなり―――こんな仰天のシーンを見て、あからさまに驚く様子。

 

アーシュラは位置の関係で目を向けられないのだが、達也もまた男子2人に一切目もくれず深く抱きついてきて、コレ以上はセクハラだ。と言ってやりたかったのだが……。

 

(―――……そんな不安そうな『ニオイ』を見せ(・・)ないでよ)

 

まるで雨ざらし、野ざらしの犬のような司波達也に、アーシュラも諦めの境地だ。

コウマ……―――『四葉 弘真』もそうだったが、普段は強がるくせに、時にこうも弱々しくなる男を見せられると、アーシュラはどうしても放っておけなくなるのだ。

 

そして壁際で抱きしめ合う学生カップル(?)を見た男子2人―――三高『一条将輝』と『吉祥寺真紅郎』は―――。

 

 

「お、お、おアツイねー! お二人さーん!! 妬けちゃうねー!!」

 

「ヒューヒュー!!! お、お邪魔様―――!!!」

 

冷やかしにしては戸惑いすぎな言葉をかけていった2人は、脱兎のごとく廊下の向こうへと駆け抜けていった。

 

「―――行ったわよ」

 

「ああ」

 

言いながらも未だに背中に手を回している司波達也に、嘆息する。

 

だが、それでも分別は弁えていたようで、3分ほどもすると自然と離れた。

 

「何だったのかしらあの2人?」

 

「さぁな。もしかしたらば、何かお前に言いたいことがあったのかもな」

 

乱れた髪を直しながらアーシュラは疑問を呈したが、何の用であったかは推測できた。

 

「たかだか一度の敗北で価値が損なわれる看板ならば、掲げない方がいいのよ。そんなものは金看板どころか鍍金(メッキ)仕立てよね」

 

「……一条家当主が、アーシュラとのアイスピラーズでの対決を避けたのか?」

 

厳密に言えば、戦うのは長男である先ほどの色男であるが、達也の言葉はよく理解できた。

 

「なんじゃない? まぁとにかく、あの一条なんちゃらとの戦いがないのはいいわ」

 

「だが、お前がプリンセスガードに出る以上、三高でも、一条はガードに出る可能性はあるぞ」

 

「3つのしもべに命令しても、空を飛ぶことも、海をゆけない、変身して地を駆けることも出来ないわ」

 

モノリス・コードの変則であるプリンセス・ガードの実態をよく反映した表現だが……。

 

(結局、森崎でも五十嵐でも皆本でも……―――なに一つアーシュラに並び立てない以上、そういう表現になるか)

 

姫君の護衛(チカラ不足)に少しだけ男として同情をした達也は、一条たちとは反対方向に歩いて、競技結果が確認出来る場所に出た。

 

その結果―――。

 

バトル・ボード新人戦女子決勝

 

一高 衛宮アーシュラ

六高 宇津見エリセ

三高 四十九院沓子

七高 浜田幸子

 

 

予選タイム順の結果の張り出しではあるが、それに驚かざるを得ないのは達也で、粛々とそれを受け止めるはアーシュラ。

 

「光井さんのレースに、エリセも花京院―――じゃない、四十九院さんもいなかった」

 

「……逃げるなよ。俺はほのかの所に行くようなんだ」

 

「はいはい。ワタシが一緒だと反感買いそうだけどね」

 

手を取られたアーシュラとしては、逃げないから離せと言いたい。自分の分厚い手なんて握ってるんじゃないと言いたいが―――とりあえずその真剣な眼差しに口を噤んでから、一高テントに戻るのだった……。

 

 



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第55話『憂鬱な時間』

というわけで凡そ3900字程度の文章を増やしたので再アップ。

というか、何か前回、どういう理由なのか分からないんですが、かなりのUA数だったんですよね。ランキングに上がったわけでもなさそうで。

点数があがったわけでもない。強いて言えば、他のランキング入り魔法科ssのおかげかな?

特に機巧さんと同じく女オリ主だからだろうか、と益体もないことを思いつつ、追記新話どうぞ。


衝撃的な場面を見てから廊下を進むこと3分ほど、色々とアレ過ぎる場面に出くわしたせいで当初の目的を忘却してしまった一条将輝は、「はっ!」と気づいて、やられたと思うのだった。

 

 

「―――って違―――う!!! なんで衛宮アーシュラに挑戦状を叩きつけに行こうとしたのに、俺たちは冷やかしの賑やかしになっているんだ!?」

 

「まぁ、あんな場面を見たらば、あんな風な対応しか出来ない気もするけどね」

 

頭を抱えて叫ぶ将輝に対してそんな対応をする相棒の真紅郎だが、どうしたものかと悩む。

 

たとえ敗色濃厚とはいえ、将輝の速度と衛宮の堅固。どちらが上かを測りたかったのも事実だ。その上で勝てるのならば、三高にとって美味しい300ポイントゲットだったのだが……。

 

「親父は―――衛宮のことを知っていたんだな……」

 

「そうだね。そして、ようやく思い出せたよ。剣製のエミヤ、戦場のルールブレイカー……魔術師が言うところの封印指定執行者よりも強烈な狩人」

 

そんなものと戦う―――如何に将輝がコンバットプルーブンであろうと、『戦場帰り』のジョン・ランボーも真っ青の『魔導の戦場帰り』相手では、将輝は分が悪い。

 

そして、既に十文字克人が六高の宇津見ボイジャーなる少年に敗れた以上、コレ以上の失態は十師族制度の根幹を揺るがしかねないとしてきたのだ。

 

「――――――俺は衛宮アーシュラに勝ちたい。親父は面子に拘り、今までの一条が築いてきた名誉や栄誉ばかりを守りたいようだが、そんなものの為に―――伸びるチャンスを逃したくない」

 

「将輝……」

 

拳を硬く握りしめて、悔しげに言う将輝。戦場を経験した彼でも、この手の青臭さが抜けきれないのは、本当の意味で『大人の世界』の無情さを理解していないからだ。

 

けれど、それは好ましい。汚れ仕事は彼には似合わない。彼こそが日本の魔法師たちの理想の姿になるはずだから―――。

 

そうであると信じて、真紅郎はあの時から彼の『副官』なのだから。

 

「ならば―――やるべきことは一つだね」

 

吉祥寺真紅郎は、そっと将輝の前に九校戦専用の端末を差し出す。

 

その画面には―――、エキシビションに対してチャレンジするかどうかを尋ねるものがあった。

 

「ジョージ……」

 

「僕が勝手に登録してしまったと伝えてくれ。怒られるのは僕だけで良いだろうさ」

 

「そりゃ無理だろ。まだ挑戦取り下げが出来ない時間帯じゃないんだから―――だが、その男意気に感謝。そして怒られるのは俺だよ」

 

「まずは、男子の部で優勝してくれよ。それからだ」

 

そうして、男2人の心意気が九校戦を彩る―――その道が敗北で塗り固められていたとしても……。

 

 

 

「ず、ずみません……わ、わたしは……」

 

敗北の涙を流す少女。二度目の敗北は―――決勝戦への道を閉ざしたのだった。

 

そのことでテントは色々な感情が渦巻く。変わらないのは……。

 

『イヌヌヌワン〜〜〜』

 

「よしよし。取ってこい」

 

『イヌヌワン!!』

 

などと、犬とボール遊びをしているアーシュラぐらいだ。

 

こいつらは……。若干の怒りを覚えて何か言いたいものたちが―――。

 

「衛宮さん。ほのかは負けた―――同じ波乗りの選手として何か無いの?」

 

ほのかの親友として、本当ならば『出ていけ』と言いたい雫であったが、それでもそれが出来なかったのは、色々な事情があったからだ。

 

カヴァスのお腹を撫でていたアーシュラに近づいてきた雫に対して、アーシュラは……。

 

「無いわね。光井さんが『あのレース』で、浜田(ハマーD)さんよりも弱かったってだけでしょ。負けるべくして負けたのよ」

 

「―――そんな言い方……」

 

冷たいガラスのように鋭利な刃も同然に、言葉で切り裂いてくるアーシュラ。雫は―――それでも言い返す。

 

「ほのかは、私と小学生の頃から魔法で切磋琢磨してきた仲だ。その魔法力だって、決して負けていない。浜田選手にだって見劣りしていなかった―――なのに……」

 

「実力差があるから勝てるほど、勝負の綾は単純なものじゃないでしょ。優れたものだから劣ったものには確実に勝てるなんて、傲慢だわ」

 

「ならば、お前は―――ほのかが負けた原因が分かるのか?」

 

食って掛かろうとした雫を押さえながら、達也はアーシュラに問いかける。

 

「分からない方がどうかしている。単純な話、浜田さんの方が勝利への意思が明確だった―――走破している『意』からも明確だわ」

 

「……確かにメンタルのプラスマイナスが、魔法のキレにも影響する―――だが、それでもここまでになるものなのか?」

 

「それもあるけど、どう考えても、他の人間たちの走りとかが『研究』されつくしている。更に言えば、ワタシの時よりも『体幹』をしっかりさせている」

 

一挙に言われても中々見えないものだが、気を利かせた五十里が、アーシュラとのレースの際の浜田の走りと、ほのかと戦った際の浜田の走りとを分割の2画面で出してきた。

 

一高の天幕に設置された大画面モニターで、それを確認すると確かに違っていた。

 

「バランスがいいな……」

 

言ってはなんだが、ほのかよりも疾い速度で水上を滑走している。

 

その根幹は―――サーフボードに対する立ち方にも出ている。

 

「多分だけど、船の―――うねるような波の上で、釣りとかやっている子なんだろうね」

 

「―――カツオの一本釣りか」

 

浜田のプロフィールから『高知県』という出身地を引き出した達也が、そんなことを言う。

 

「多分、引っ掛けた後、甲板に叩きつける前に、何かしらの緩衝的な魔法で身を傷めないようにしているんじゃないかしら? そのあとに素早く血抜き」

 

それは現在の漁法でもテクノロジーで何とかしているが、それにしても……。

 

「―――お前の走りに触発されたのか……水上を駆け抜ける速度が疾いな」

 

「さぁ? そいつはどうだろうね。もともと持っていたポテンシャルを、発揮出来ただけかもしれない」

 

最終的には、浜田の方が強かった。それだけだ。

 

その結論こそが、光井ほのかの心を切り裂く。同時に2人の近すぎる距離が、くさくさした心を齎すのだ。

 

「これ以上は、ワタシが言うべきことじゃないでしょ。少しばかり外に行ってくるわ。いくわよカヴァス、フォウ」

 

『イヌヌヌワン』

『フォーウ』

 

そんな光井ほのかの心を察して、テントから出ていくことにしたアーシュラ。

 

やはり来るべきではなかったのだ。

 

一高テントも、この九校戦とやらも……。

 

そうして適当にカヴァスとフォウを連れて外へと出る。適当に歩きながら無聊を慰めることにするのだった。

 

 

 

「―――アイスピラーズ・ブレイクは、女子はよくやってくれたんだけど、男子は、ね」

 

「まぁ一条将輝という最強がいるから、ある意味萎縮していたのもあるが、な」

 

だが、それでも一条と戦うまでもなく敗れ去ったものたちばかりだ。

 

そして、真由美、摩利、克人が観客席で見ている中、速攻で相手選手の氷柱を破裂させた一条の手並みが披露された。

 

分かりきっていたことである。安牌な戦い方である。

 

本来ならば、十師族は日本の最強の魔法師集団なのだから、それは普通なのだ。

 

だが―――所詮は、狭い島国での価値観である。アーシュラのように広い世界を見てきた人間であれば、それを崩す術はあるのだろうが……。

 

「十文字くん。会議でアーシュラさんへの挑戦が、止められた。禁止されたってのは本当なの?」

 

「ああ。とはいっても、それは『十師族』だけに限ったことで、現状、アーシュラへの挑戦権を持つ十師族などアイツだけだからな。実質、一条将輝への戒厳令だよ」

 

その言葉に複雑な表情を見せる十文字克人。すでに宇津見ボイジャーというサーヴァントの前に敗北を喫した克人には、その判断に何も言えない。

 

「けれど、これで挑まなければ、十師族の長子は勝負から逃げたと思われるぞ?」

 

「確かにな。だが、本格的に敗北を喫して家門にケチが着くのを避けたんだろうな」

 

摩利の言葉に克人は、しかめっ面のままため息を吐いて、『くだらん』と言わんばかりに言うのだったが、それに対して真由美は疑問を呈する。

 

「十文字くんは、一条くんが負けると思っている?」

 

「ふむ……ヤツの『爆裂』は、正しくピラーズでは速攻戦術の極みだからな。特化型による速度と一斉照準で一気にいければ―――だが……」

 

「そうなる前に、衛宮ならば息吹(ブレス)一つだけでも一条の魔法式を崩すことは出来る。その後に防御を張られたならば、破る手は無いか」

 

「そういうことだ。もっとも俺たちは、アーシュラの戦い方をよく知っている。あの御老体(老師)が三高ないし『一条殿』(一条剛毅)に情報を教えていなければ、一条の敗北は揺るがない」

 

先の先で挑んだとしても後の先で返される。

 

逆にアーシュラの方が速攻で行くんだとしたらば、如何なるものがあるのかを知りたいところだが……。

 

 

その機会は存外早くにやって来たのだった―――。

 

『―――優勝を決めて早速ですが、自分はこれより『一高』の竜王―――衛宮アーシュラへのエキシビションマッチを挑みたいと想います!! みなさん!! 熱き戦いをお待ち下さい!!』

 

その言葉に会場から多くの歓声が湧く。主に黄色い声援が多かったりするのだが……。

 

「漢だねぇ。一条将輝」

 

理屈や奸智にだけ長けているようじゃ、何かの(トップ)にはなれない。

 

時には不合理な、頭の悪い、それでも手が出せないようなど真ん中にストレートを投げ込む度胸が必要なのだ。

 

そんな摩利の感想とは別に、十師族の2人は少しだけ苦渋の面をしていたのだった……。

 

同じくその通知を受けたアーシュラは、両手にハンバーガーを持ちながら食いつつ、難儀な男子だと思う。

 

(己があがるためだけの箔付けならば、狐狩りのように教訓を与えてやるところだけど―――)

 

画面越しに見た限りでは、そういうものは見えなかった。まぁそんな思惑なんてのは、見ただけでは分からない。

 

だが、十師族としての節度ではどうなんだろうと思う。

 

などと考えていると、再びやって来るは、司波達也だった。

 

「俺がこの九校戦で見るお前の姿は、食事シーンばかりな気がしてきたよ……」

 

「お姫様2号の慰めはいいのかしら?」

 

「そういう言い方はやめろよ……結局、一条はお前に挑んできたな」

 

「結局、あなたのセクハラも意味は無かったわね」

 

その言葉のやり取りで、渋面を作る司波達也だが、何したのかを聞くことにする。

 

「結局、会長たちも一条との戦いは想定外なんだそうだ。テントに戻ってきてくれるか?」

 

「別にいいわよ。というか、そんな事ぐらい端末で呼び出せばいいじゃない」

 

迂遠なことをしてくるものだと嘆息しつつ嘆いてから、司波達也と共に一高テントに戻る。

 

『イヌヌワン!!』

 

道中、ハワイに衛宮夫妻に連れて行かれた飼い犬のカヴァス三世のことを、司波達也は気にしていた。

 

2人の足元を行儀よく歩く―――恐らくコーギーだろう白犬は、ここまでどうやって来たか。そんな所だろうと思っていたらば―――。

 

『イヌヌワ!』

 

「………ふむ」

 

『イヌヌワ〜ン?』

 

「…………」

 

『イヌヌワン!!』

 

この言葉少なな会話(?)の間に司波達也がやったことは―――。

 

カヴァスの背中を触る。撫でる。

少しだけ驚いたカヴァスは振り返る。

 

変な納得をした達也に疑問を浮かべるも、その身体を無言で持ち上げて歩く達也に『ありがとうだワン!!』と感謝をするカヴァス。

 

何が彼の心の琴線に触れたのか分からないが、まぁ邪魔することでもないだろう。

 

『フォーウ♪』

 

「はいはい。アンタはワタシの頭の上にいなさい」

 

『フォウ♪』

 

何か心惹かれるものがあったのか、フォウもぴょーんとこちらに飛んできて、肩から頭の上に移動するのだった。

 

そんな風に少しだけ奇異の目を向けられながらも一高テントを潜ると―――少しだけ驚いた顔をする人間が多いが。

 

「衛宮、そこに掛けろ」

 

十文字克人に促されて、そのままに何事もなく椅子に腰掛ける。対面には三巨頭。いつぞやの構図だと気づく。

 

「失礼します。ご用件は?」

 

「………一条との戦い。お前は勝つんだな?」

 

何ともいえない微妙な表情で、こちらを見てくる十文字克人に即答をする。

 

「当たり前です。でなければ、三高に300ポイント。そしてワタシと立華、コウマ、リーナ、百山校長の悲願が遠のく」

 

建前としては、三高に300ポイントはありえないとしながらも、戦う動機は、あくまで『九島 健』の為に戦うと釘を刺すことは忘れない。

 

「そうか……」

 

「まさか克人さん。ワザと負けろとか、引き分け(ドロー)に持っていけとか言うわけじゃないでしょうね?」

 

その言葉に、観念するように眼を瞑る十と七―――十師族を代表して克人が再び口を開く。

 

「それをすれば、十師族は八百長を仕掛けたと陰口を叩かれるだろうな……お前のヴリトラフォームでの攻撃能力・防衛能力は既に知られているから、それに劣ったものを見せられたならば、明らかに忖度が起こったと見られる……『接戦らしきものを演じて、ぶつかったあとは流れで』―――かつての国技館の悪因を演じるわけにはいくまい。神事じゃないから、とかそんなことも言わんよ」

 

口数多く、そんな説明をする克人。もしかしたらば、どっかの十師族からは、克人を通してそんなことを言われていたのかも知れない。

 

語るに落ちるとはこのことだが、アーシュラの口撃は止まらない。

 

「なら、何なんですか?」

『イヌヌワン!!』

『フォフォフォアアアア!!!』

 

 

荒ぶる犬・猫のポーズを取って克人を威嚇するカヴァスとフォウに、『休め』と命じて落ち着かせる。

 

それを見た克人は、重々しく口を開く。

 

「藤丸が苦心していた、礼装『アッド』を使っての勝利をお願いする。それだけだ」

 

「――――――ふぅん。まぁ、そこいらが『落とし所』か。立華はどう思う?」

 

十文字克人の言葉に眼を細めながら、不機嫌と納得の半々を持った言葉がアーシュラから出る。

 

その意味を全員は理解できていない。しかし、彼女のマスターという立場であるカルデアの魔術師たる藤丸立華は、嘆息してから答える。

 

「妥当だと思うわ。実際、私もそれを『考慮』していたのだから」

 

「ああ、『それ』でだったわけね……」

 

苦笑しながら藤丸に納得をしたアーシュラの顔は、全然見たことが無いものだった。

 

こんなやさぐれた表情をする姫騎士を、達也は見たくなかった……。

 

そんな心情は無視されながら会話は進む。

 

「そういうことよ。それと―――頼むわね」

 

「―――分かったわマスター」

 

一瞬、藤丸の発した単語が途切れた気がした。だが、アーシュラだけはそれを聞き届けたようで、了承の意が発せられた。

 

周囲の人間からすれば、何もかもが不透明な『符丁』だらけの会話にしか思えないものが終わったタイミングを見計らって、真由美は個人的な質問を寄越した。

 

「アーシュラさんは、一条くんとの戦いをどう思う?」

 

「そもそも戦うとは思っていませんでしたから、寝耳に水ですね」

 

アーシュラの言葉に、まぁ大方の予想もその通りだった。インド神話の大神インドラの大敵である邪龍ヴリトラの力など、対抗しようとして出来るものではないだろう。

 

だが、それでもアーシュラには他の感想があった。

 

「十師族の思惑とかは透けて見えますし、恐らく彼の親とかは不戦を言ってきたんでしょうけど、ワタシが『剣製のエミヤ』の娘だと分かっていても、親に反旗を翻してでも戦うことを挑むとは―――正直、魔法師という人種の割には、奸智や理屈だけに拘泥していない点は好感が持てますね」

 

その言葉に男子勢は、少しだけ思うところを出す。特に一番、奸智や理屈に拘泥している『一年男子』は複雑なものを抱える。

 

「損得勘定で動けるような本能は、『本物』じゃない。理屈で本能抑えられない熱き血潮ならば、ブリテンの騎士としての礼儀で倒すべき戦士として認識しておきますよ」

 

その言葉に数人が怯えとも震えとも―――はたまた『感嘆』と言えるようなものを見せたが、姫騎士は変わらずであった。

 

「試合開始は30分後ね……アーシュラ10分前には、私の所に来て」

 

「なんで?」

 

「久々にメイクしてあげる。それまではご飯食べていていいから。というか―――アンタがご飯食べるとリップもグロスごと意味無くすじゃない」

 

「いいわよ。化粧なんてメンドクサイ」

 

女子力皆無なのに、深雪と同じぐらいキレイな彼女は、そんな風に女子の努力をあざ笑うのだが……。

 

「偶には着飾りなさいよ。コウマやリーナも衛星放送で見ちゃっているんだからさ。それにアリサとマリカも―――そしてハワイでラブラブカップル絶賛行進中のご両親もね」

 

「――――――分かったわよ」

 

どんな葛藤があったのかは分からないが、色んな表情の変遷の後に―――了承したアーシュラは……。

 

「ご飯食べてきます」

 

再び、食事に行くのだった。

 

まだ食うのか……恐るべき胃袋の容量に達也は少しだけ驚くも、再びテントの外に行くアーシュラ(with カヴァス、フォウ)。

 

それを追うべきかどうか、少しだけ悩んだが……。

 

「女子のピラーズはまだ終わっていないんだから、アナタはそっち。いざとなれば私が呼び出すわ」

 

「―――すまない」

 

立華の言葉で気づけた達也は、一礼をしてから雫と深雪の方に就くことにしたのだった。

 

 

 

 



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第56話『砂の栄冠』

地震怖い。

買い込んでいた同人誌が崩れた。

うん。色々であった。そんな日にコロコロアニキ最終号(次回から電子版)を買った。

何が言いたいかというと。

落ち着けガイア。

そんなこんなで説明話なんで、申し訳ない。ここまで色んな人間をいじめるつもりは無かったのだが、バトルに移行する予定だったのに。




そんな司波達也を見送ってから藤丸立華は―――。

 

「―――何か言いたいことがあるのならば、本人に言えばいいでしょうに。それとも、また平手でぶっ飛ばされる恐怖が勝りましたか?」

 

 

「だ、誰が……! 会頭!! いくら何でも、衛宮アーシュラのスタンドプレーは目に余ります!! 確かに結果は出しているけれど、こんなの―――あんまりですよ!!」

 

千代田花音を挑発した立華だが、相手が悪いと思ったのか責任者の一人に食って掛かるのだが。

 

「何があんまりなんだか、意味が分からないな千代田? お前の個人的な人物嫌悪と、公的な評価を一緒くたにするな」

 

「だって……あの子のせいでチームワークが悪くなるっていうか……全然、こっちに何も話してくれないし―――おまけに一人だけ一高の食事時にも現れないで、知り合いの小学生と食事をしたりとか―――気侭なんですよっ!! 九校戦は、魔法科高校の9つ全てが学校の威信をかけてぶつかる戦いのはずなのに……」

 

千代田花音も、涙目をしながらも色々な意味でぐちゃぐちゃな気持ちである。それを理解できる面子は、2年に多い。

 

ひとり野球ならぬ、ひとり魔法戦。

 

そうとしか言えないものを展開しているのがアーシュラであった。

 

全てのバッターを三振で打ち取り、完封した上で己のバットで得点を積み重ねる……。

 

それを見た自校も他校も色々なものを思うのだ。

 

だが、それに対して克人は冷静に返す。

 

「チームワークか。そんなものが、この一高にあるなど、俺はいま初めて知ったぞ。薄ら寒い言葉を使うな千代田」

 

「か、会頭……?」

 

驚愕の言葉と声で返す千代田花音に対して、十文字は冷たく返す。

 

「俺達は万全にしてベストのメンバーを選出してきたつもりだ。選手はもちろん、エンジニアにしても優秀なものを連れてきた。

だが、それが全く以て今大会では意味を為さない。

お前の婚約者と中条が太鼓判を押したにも関わらず、一年エンジニアの『司波達也』を、男子一同は誰一人として頼らず。そんな司波に間違いを指摘されることを恐れて、己一人でこなそうとして、結果的に一年はおろか、二年男子ですら勝てる戦いを落としている。

更に言えば、それは練習時点からそうであった」

 

「……それは―――」

 

「当然、結果として一年女子に構わざるを得なくなる。元々、司波のエンジニア入りを希望していたのは妹御である司波深雪であったし、選手入りした人間には司波と親しい女子もいたからな。結果的には、それで良かったかもしれんが……俺としては少々、残念な話だ。

ただでさえ、一高はあんなことが起こったんだ。せめて、2科にも一芸に秀で見所がある人間がいることを認識させたかった―――そして、そういうのを認めていなければ、外部の魔術組織に唆されて、再びあのようなことが起こるだろうな」

 

「………」

 

項垂れて俯く千代田花音に対して、十文字克人は言葉を続ける。

 

「あの戦いで、主に(きのえ)に腕も脚も斬り裂かれた連中も多いから分かっているだろう。政治的には『玉虫色』の決着が着いたが、それとて薄氷の上を踏むようなものだった……下手をすれば、全ての魔法科高校が解体されていたかもしれないぐらいだ」

 

それは、魔法科高校……世間一般の言い方で魔法大学付属が、ろくな教育もしていないという話から始まった、一科生という教育優越者の不甲斐なさから来る生臭いハナシであった。

 

はっきり言ってしまえば―――

 

―――お前たちは今まで『生徒』(みじゅくもの)たちに何を教えてきたんだ?―――

 

そういうハナシに持っていかれたのである。

 

「1と2の制度区分。それが檻の中に入れられた熊と狼も同然の、食い合うだけの分断をして内憂となるのならば、最初っから出来るヤツだけを鍛えればいいのか?

結局の所、全ては遅すぎたな……」

 

寂しい笑顔を見せて嘲りを表現した十文字克人に、誰もがナニも言えない。結局の所、このテント内にいる人間が、教育上の優越機会を利用できる立場にあったからだ。

 

そして、そんな立場にあったにも関わらず脚を斬り裂かれ、腕をもぎ取られ、指を噛みちぎられた連中も多い。

 

痛みがぶり返したのか、辰巳鋼太郎を筆頭に身体のどこかをさする連中が多い中、立華は口を挟む。

 

「まぁ別に克人さんが、気に病むことでもないでしょ。どうせアナタでは『変えられない』。アナタの『起源』が『不動』(かわらず)である以上、アナタにナニかを変える事はできない。『あの時』にお教えしたはずですよ?」

 

「ああ、時間が過ぎれば過ぎるほどに、あの時にお前に言われたことが身に沁みてくるよ……けれど、もう取り戻すことも出来ないのは悔しすぎるだろ……」

 

「会長からして問題の根本を放置して、ちょっとばかり接ぎ木して、死に体の樹木の見栄えを良くすることしか出来ないんですから、しょうがないんじゃないですかね」

 

「わ、私だってそこを何とかしたかった! その為の方策だってあったのに―――」

 

「けれど、それは今の『校章』の有無が目に見える差として認識されている現在では、無理な話でしょ。そして未来(さき)に対しての約束があっても、今を生きる人間には何一つ腹が膨れない絵に描いた餅ですね。理想論や抽象的な価値観だけに拘泥して、今を生きる人間には『未来』(あす)に生きる資格は無いとするならば―――もがくような懊悩の果てに、再びあのようなことが起こるでしょうね。もしくは魔法師を廃業するしかないのでは」

 

その言葉は、鋭利な刃のように全員をめった刺しにする。しかし、突き立てられた刃を抜く手段(ことば)を誰もが持たない。

 

 

「話を戻すが、結局の所1科と2科という区別があり、心を共に出来ず、その1科とて内情は様々だ。千代田、お前の言うチームワークというのは、ただ単に馴れ合うことか?

戦うため・目的のために相手のことを理解した上で、邁進する上でやれることをやっていくことをチームワークというんじゃないか?

クソつまらん試合ばかりやっているんだよ。俺たちは」

 

「会頭………」

 

声を上げたのは、千代田花音ではなく婚約者である五十里啓であった。

 

エンジニアの立場としては納得いかない点もあるが、会頭の言いたいことは理解できた。

 

しかし―――。

 

「けれど、それでも……衛宮さんも藤丸さんも、僕たちと一緒にいなさすぎます……理解しようとしても、何も話してくれないし―――そりゃ僕たちが浅慮なのかもしれないけれど……それでも、あの来訪した小学生とだけ一緒にいるのは、機会を失うものですよ」

 

「ふむ。そこを言われると中々に痛いな。だが、俺も明かすべきことは明かそう。アーシュラや藤丸にだけ、そこの責任を負わせるのもアレだからな」

 

その言葉に、一瞬だけ眼を見開いた立華だが―――。

 

「そこを秘密にして、もうお前達に嫌疑・嫌悪を負わせたくないんだよ」

 

「……そうですか―――ではお好きなように」

 

観念したようにため息を突くことで、立華は諦めることにしたのだった。

 

そもそも、立華とアーシュラからすれば、遠方からやって来てくれた妹分を歓待するのは当然の話しであった。

 

当然、2人だけで食事したいというのならば、護衛を付けた上で、2人だけにしていたのだが……北海道から来た上で、色々と案内役がほしいというのもあったのだろう。

 

「だから結局! あの女子小学生は何なんですか!?」

 

「黒髪の方の子は遠上茉莉花くん。いわゆる数字落ちの魔法師の家の子だ。そして金髪の方の子は伊庭アリサくん。亡命ロシア人の女性『ダリア』さんと、俺の親父、十文字和樹との間に生まれた子だ」

 

「それがなんだって――――え……?」

 

恋人の慰めで復活して、声を荒げていた千代田の声が静まる。そして、テント内にざわつきが広がる。

 

「ちょっと十文字君! それ本当なの!?」

 

「オヤジの主観情報でしかないから、清い仲の恋人同士だったかは不確定だがな」

 

驚いて同じ『家格』の存在として、真由美が問いかけたが、そんな風に飄々と返すのだった。

 

「そして、五十里。2人はお前の妹と同年齢のはずだ」

 

「………それは―――つまり、竜樹くんと……」

 

「そういうことだ。詳しいところは省くが、義母と結婚するまで付きあっていた女性で、まぁ『そういうこと』だったらしいな」

 

五十里 啓の妹 『五十里 (めい)』の年齢と同じで、更に言えば『十文字家』には、そんな妹と同い年の克人の弟がいることも、周知であり既知であった。

 

「いつぞやアルトリア先生が言っていた、お前の親父さんから言い寄られた話の顛末か?」

 

「そういうことだ」

 

ブランシュ事件の際に明かされた話のことを思い出した摩利によって、補足が成された。

 

そして、告げられることは大きすぎた。

 

「親父が、ダリアさんが懐妊し、そして出産していたことは4年前まで知らなかったらしい。その後、4年前の事件で知り合った衛宮家と藤丸家に、アリサさんとの接触を持つよう親父は頼み込んだようだ……ダリアさんが既に鬼籍に入って、遠上家の方に世話になっている以上、いきなり父親として名乗るなんて、破廉恥かつ恥知らずなことは出来なかったんだろう……」

 

「――――――――」

 

そんな壮大な裏事情があり、そして人の秘密、それも千代田にとっても決して侮れない先達である十文字克人の家のことに関してまで、話が広がるとは思っていなかった。

 

それゆえに、羞恥心で顔が赤くなることが隠せない。

 

「俺の代わりにアーシュラや藤丸が、アリサさん、そして茉莉花さんに対して姉貴分をやってもらっていた以上……それを咎めることは出来んよ―――」

 

個人的な事情もあるにはあったが、それでも弟妹を持ち、この九校戦を見ている人間を持っている人間たちは、沈黙せざるをえない。

 

何より―――そんなよその家の巨大な秘密(スキャンダル)を抱えたまま、誰にも打ち明けずに、更に言えば競技でも万全をやっていたことを考えれば、何も言えない。

 

「あの子たちを遠上夫妻の予定より長々と九校戦に逗留させて遊ばせたのは、俺の罪悪感であり私心だ。仏心などと言えんことだ。

責めるべきは俺だ。千代田、 お前の言うアーシュラの気侭な行動は俺の責任。

スタンドプレーに関しては、アイツに追随できない、簡便な道具―――CADの一つも用意できない俺たちの不甲斐なさだ。

さて―――当座に置いて矛先を向けるべきは『誰だ?』」

 

その言葉で千代田花音は泣き崩れるしかない。少なくとも、彼女は義憤を持って話を切り出した。しかし、その全てが的外れであって、彼女には彼女なりの公の心があって、そうしていたなどと言われては何も返せない。

 

「わ、私は……」

 

「千代田。お前が決して私心だけの人間でないことは理解できる。お前が第一高校のことを考えて行動できる立派な人間であることは、俺も渡辺も保証しよう。でなければ、風紀委員長という職務もこなせないからな。ゆえに宿題だ。珊瑚礁に生きるコブダイは珊瑚礁の一部かどうか、もう一度よく考えてみろ」

 

正確なところは良く分からなくても、言いたいことは理解できた。

 

一高にいる人間を考えずに、見ないで『容れ物』(組織)だけを守ろうとするのならば、容易く同じだけのことは起こるのだと―――。

 

不誠実ではなくても、公明正大さに欠いた見え方(してん)しか持たない千代田花音の底も、見抜かれたようなものだ。

 

「―――っ!!」

 

「花音! ……失礼します」

 

いたたまれなくなったのか、テントの外に駆け出す千代田を追って、五十里も一礼をしてからいなくなる。

 

静まり返るテント。嘆息気味な息を吐いてから、克人は小さすぎるパイプ椅子に体重を預ける。

 

そんな克人に少しの抗議をもちつつ、摩利は声を掛ける。

 

「お前にしては、多く言ったもんだな」

 

「今まで存在すら知らなかった妹のことを詰られたんだ。少しは言わせろ……そして、そろそろピラーズ女子の決勝メンバーが決まるぞ」

 

テントの上を見上げながら疲れたようにつぶやく克人に対して、真由美は……。

 

「―――十文字君の意見は真っ当で正しいのかもしれないけど……それでも―――」

 

言いすぎじゃないか? 言外に含めた真由美だが―――。

 

「お前だって『同じ立場』に置かれたらば、どうなるやらだ」

 

「あるわけないわよ。そんなこと……」

 

「どうだかな」

 

含みある克人の言葉に真由美も、反論に力がない。それは日本の魔法師関係者―――よほど噂に疎くないものでもない限り、それなりに知っていることだ。

 

そして、真由美も克人も『当事者』を知らないわけではなかったのだから……。

 

 

真由美と摩利がいなくなり。人も疎らになった一高のテント内で、藤丸立華は克人に声を掛けた。

 

「苦労しますね」

 

「性分だな。この体格だから、そんな役目を担ってしまう。本音を言えば……もう少し普通の高校生らしくいたいんだが」

 

そりゃ無理だろ。テント内にいる、克人を除いた全員の心が一致した瞬間だった。

 

茶を啜ってから立華に問いかける。

 

「魔術師からすると魔法師の在り方、特に教育に関しては『いびつ』だと思うか?」

 

「まぁ教導するという一点では、非常に難儀なものだと想います。もっとも魔術師の学術及び教導する組織にして学校は、下部組織、『異種の組織』を含めなければ一つしかない上に、そこは入る人間の年齢は問いませんが、フォーマルな入学年齢(オーダーエイジ)は、高等学校卒業後が主ですしね」

 

「ふむ……大学から本格的な教導が始まるのか」

 

「もっともそれとて『一部』を除けば、教育機関というよりも、どちらかといえば有望な助手の青田刈りの場というのが概ねの認識ですが」

 

それでも強烈な貴族主義を除けば、半端な指導を行って、見いだされるべき理論や研究が野に埋もれるということは、止しておきたいというのも魔術師の考えである。

 

そして、魔術師と魔法師の違いを論じる時に立華が思うところがある。

 

「確かに魔術も現代魔法も、才能あるものが飛び抜けて目立つ。そして何より、魔術回路と演算領域の多寡・良し悪しとでも同じくなるものです―――ですが、魔法師が歪な点というのは、深くない、『浅い』んですよ」

 

「深くない?」

 

「ええ、サイオンの活性化なのか、それとも突然変異なのかは分からないが、突如現れる第1世代を除けば、魔法師の大半は己の『根っこ』というのを探求しようとしない。上っ面の能力値だけを基にしてしか何かをしようとしない―――そこが浅いんですよ」

 

「ふむ。つまりどういうことだ?」

 

理解が出来なかった克人の疑問は予想通り。だからこそ立華は投げかける。

 

「それじゃQuestionです。克人さんは、『己の家』が、どういう『成り立ち』をしているかを諳んじれますか?」

 

「ざっくりいえば―――」

 

特に抗弁・抗議する内容でも無かったので、克人は自分が知り得る十文字家の歴史を語る。

 

十文字家は、その字名通り魔法師開発の第十研究所をもとにした家だ。

 

多くの数字付きの魔法師の家と同じく、研究所がある種の遺伝子解析などを用いて、テーマに適した魔法素養を持っているだろう家に『協力』を持ちかけた上で、遺伝子提供も行っていたとのことだ。

 

「俺の祖父にあたるのは『十文字 (ガイ)』という人物だが、厳密な表現をすれば祖父というのは少し違うんだろうな。俺の親父―――和樹というのは、試験管ベビーといえる存在だったようだ。もっとも、遺伝子提供者である鎧殿は、そんな誰の卵子とくっついたかも分からん親父を息子同然に扱って、十文字の姓も与えてくれたそうだ。そのまま魔法家として十文字家を存続することを許されて―――こんなところでいいか?」

 

「存分に理解できました。けど他の方々はどうなんですかね? そんな疑問を持ちつつ言わせてもらいますが―――では、克人さん。祖父殿である鎧さんの、更に『上』にあたる血脈はご存知ではない?」

 

「知ろうと思えば知れるのだろうが……正直、そこまで知るのは―――不躾なのではないかと思ってな」

 

「そうですか。けどそれだと『魔術』の様式ではダメなんですよ」

 

「―――――どういうことだ?」

 

「勝手な私の定義付けなんですけどね。現代魔法というのは、ヒトの付加価値のみを追い求めるものであり、魔術とはヒトの『真髄価値』を求めるものである。

科学の発展が神秘技能の『上っ面』を再現することが出来た一方で、お座なりにされたものを、我々魔術師はやっているわけですよ」

 

「つまり?」

 

「―――起源指定(ルーツオーダー)

それこそが、あなた方、現代魔法師に足りないものであり、今までウィードだの才能が無いだのと言われていた人間たちにやってこなかったこと。要するに微に入り細に入り『ヒト(人間)の起源』『ヒト(血族)の歴史』『ヒト(他者)の遍歴』を見ないで、表層(うわべ)だけの能力値を見てきたツケを払わされているわけですよ」

 

一気に言われたことに、克人も脳内処理をしきれずにいた。だが、衛宮士郎教師がやっていることを考えれば、その結果を理解していれば―――何を言わんとしているのかは分かる。

 

魔術師は簡単に、そういう2科生やBS魔法師の『起源』(ちから)を掘り当てて、教導をし、そして現代魔法師たちのヒットマンへと変えていくのだ。

 

そして、生臭い話をすれば―――それは、日本の魔法師達の分断に繋がるだろう。

 

 

今まで何もしてこなかった人間たちへの怨讐を醸造させて、再びそこに繋がるのかも知れない。

 

 

「まぁ大方の人間が研究所から生まれたデミヒューマンな以上、歴史(ヒストリー)なんてあるわけないという己を嘲ったような意見もあるかもしれませんけどね。私の片方の祖母は、本当の意味で―――デザインベビーだったんです。彼女が駆け抜けた年数は、多くはない。けれど、あなた達よりも濃密で人間(しきさい)を知った日々だったと理解しています」

 

その言葉を放った直後に、ひょっこりテントに入ってくるアーシュラとアリサ、茉莉花with カヴァス、フォウが立華に話しかける。

 

「どうしたの? なんか克人さんが少し悲しそうだけど」

 

「思春期なのよ」

 

「そっかー。じゃあ仕方ないね」

 

「ええ、仕方ないのよ。予定通りメイクしてあげるわ」

 

「おまかせしちゃうわよ」

 

そうして戦化粧というには、華麗にしてキレイ過ぎるものが施されていくのだった。

 

それを興味津々でJS2人は見つつも―――。

 

「「思春期って大変なんですね」」

「小学生に同情されてしまった……」

 

十文字克人を、少しだけ慰める(?)ことにするのだった。

 

「ちなみにいえば私の母は元々、カルデアの職員でして―――ゴリマッチョな『サーヴァント』を見ては、恍惚のため息を突いていたそうですよ」

 

「そうなのか……」

 

アリサの慰めの言葉を受けて、父親の勝手な勘違いの恋愛だったわけではないことが知れて、少しだけ嬉しくなった克人は、今度少し高めの中華をおごってあげようと決意した。

 

 

そんなことがありつつも『真紅の王子』と『赤龍の姫騎士』との戦いは迫りつつあるのだった……。

 

 

 



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第57話『敗者たちの栄光』

3月のライオンならぬ6月のきのこ、か……信長さんめ。うまいこといいよるわ(え)

TMエースを買って、色々と見て思ったこと。

『奈須さんも武内さんも、俺たちを見ててくれていたんだ』

一番には『でもにっしょん』の管理人『めれむ』氏とかなのではないかと思いつつ、安心してください。switchは手元にあり、大画面テレビと繋げてあります。

即ち―――いつでも8月を迎えてもオーケーということだ。

色々と語りたいことはあるが、とりあえず新話どうぞ。


 

雫が望んだ戦いに受けて立つことを決めた深雪。

 

アイスピラーズの決勝戦を三名一高で占めた現状において、無駄ごとではあったが、それでも戦うことを望まれ、そして練習時点から深雪との戦いを望んでいたという彼女の心を知っていただけに、断るという選択肢は無かった。

 

しかし……仮にもしも、アーシュラに戦いを挑めるのならば、深雪はそちらとも戦いたかった。

 

(別に挑もうと思えば挑めないわけじゃない。けれど―――)

 

兄はそれを諌めてくるだろう。次期当主候補の最有力として瑕疵を着けないために、何より―――いざとなれば『本家』から逃げるためにも……。

 

「……」

 

兄のために自分を捧げると決めた深雪にとって、アーシュラも立華も、鼻持ちならない相手である。

 

アーシュラは、その暖かな家庭の在り方と、兄の心をかき乱す在り方に。

立華は、その公に出来ない公徳心のために、多くのヒトを混乱させる先読みに。

 

そして全てが起こった後に、その意図が伝わる。あの2人だけが『正解』を知っていて、達也や深雪の考えや生き方を唾棄に捨てるべきものだとする態度が腹立たしいのだ。

 

イライラする。ムカムカする。

 

だからこそ―――深雪は、雫との戦い前に、一条将輝とアーシュラの戦いが見れてよかったと思える。

 

アーシュラの泣きっ面を見れる可能性があるとすれば、この試合だけなのだから。

 

 

「いよいよ始まるんだね……」

「バトル・ボードの決勝もあるってのに、こんなスケジュール無茶苦茶だよ」

 

フルラウンド打ち合ったボクサーが、ダメージを抜く期間もなしに、一週間後にリングに上がるようなものだ。

そう感じるクラウド・ボール新人戦女子の敗者たち。

 

そんな一高の観戦の面子の中に、アイスピラーズで疲労困憊した明智英美がいることは、かなり意外であった。

 

「エイミィ、大丈夫かい?」

 

「だ、大丈夫……この試合だけはナマで見ないとならないわ」

 

「そうなの?」

 

スバルの質問に荒く息を吐きながらも答えたエイミィは、予感を告げるのだった。

 

「私は、この試合をどうしても見届けなければならないのよ―――」

 

そんな直感があるのだと言うエイミィに、スバルも菜々美も何も言えない。それはきっと―――勝敗に関わらないものなのだと気づけたから。

 

 

片や他のところでも、似たような会話が繰り広げられていた……。

 

 

「十師族の一条に挑まれるか……本格的に賞金首だね」

 

「アイツ一人で、トータルバウンティが10億超えとかありえるからな」

 

ここ最近、夕食時に現れなくなったことで、ついにアーシュラと対面することがなくなった幹比古とレオがつぶやく。

 

「………」

 

「エリカちゃん。怖い目しているよ」

 

「……だって、私のせいみたいに言われて、みんなから責められていい気分じゃないんだもの」

 

その言葉に、声掛けをした美月を筆頭に苦笑いをしてしまう。

 

アーシュラが夕食時にこなくなった原因の一端として、エリカが三巨頭に責められたのはつい最近の話だ。

 

彼女としても色々とホテルの厨房の事情やアーシュラの身体を気遣った上での発言だったのだが、それが彼女にとっては癇に障ったのである。

 

実際の所、ホテルの対応としてそういう大食らいの客がいるとなれば、懇意にしている卸売・納入業者でも何でも、その他―――様々な同業種(近場)から食材を用意するだけの、緊急時の『協定』というのは、寒冷化前から廃れてはいない。

 

ある種、飲食店というのは大なり小なり『持ちつ持たれつ』という原則があり、いいものや利益は全て独り占めにしていくという魔法師的な価値観とは真逆のところがある。

 

市場を社会全体で支えていかなければならない面もあるわけで―――唯一の例外事例としては、国家全土・世界全土に蔓延するような『エマージングウイルス』の罹患が発生した場合ぐらいだろう。

 

「一度、謝って『食べに来て』っていわなきゃ、本格的に食材が悪くなっちゃうよ」

 

「わ、分かってるわよ……」

 

アーシュラが食べなくても大丈夫と言えるほど、保存期間が長くはないものもあるのだ。

そんなわけで、今日がラストチャンスと言ってもいい。ゆえにエリカはちょっとした緊張感を持って、それを見ることにするのだった。

 

 

他方では……。

 

『イヌヌワン!!』

 

「おーよしよし! カヴァスはいい子だなー。ワンパチって名付けたくなっちゃうぞー♪」

 

『イヌヌワー』

 

それはご勘弁だワン。とでも言いかねないカヴァスの返答。それをどう受け取ったかは分からないが、渡辺摩利は、白いコーギーをいっそう深く抱きしめて愛でていた。

 

「摩利が動物好きなんて、初めて知ったわ……」

 

親友の意外な一面。フォウくん(ネコ)だけかとおもいきや、まさか犬まで好きだったとは。

 

「まぁこの時代に愛玩動物なんて珍しいだろ。それもコーギー犬だなんて、すごくいい毛並みだ。これはアニマロイドでは出せないものだ〜♪」

 

カヴァス3世を抱きしめて頬にすりすりさせる摩利の顔は、平素のキリっとしたものとは真逆すぎた。

 

てっきり好きな動物は『千葉の麒麟児』だけかと思った、という言葉を呑み込みながら、真由美は戦いのフィールドを見る。

 

女子の決勝は、この戦いのあとに行われる。

大会委員が、両試合の注目度を考慮しての配慮であると分かった。

 

あるいは、雫と深雪の戦いなど、見方を変えれば対抗戦ではない私戦でしかないのだから、こちらを優先したか―――どっちかである。

 

とはいえ、観戦をずらさなくてもいいのはいいことだ。

そして、この戦いで十師族という山に亀裂が入ることは明白であった。

 

(お父様は、むしろ『その意気や良し』と一条君の態度をよく思っていた。つまり師族の中でも意見は割れていたということなのね)

 

寧ろ、あの謀略好きな父が、これを承認したものだと思った。

 

そして、戦いは始まる―――最初に『リングイン』したのは、挑戦者(チャレンジャー)である一条将輝である。

 

別に昇降機の台座に青色で染め上げられているわけではないのだが……。

 

プロボクシングの形式で言えば青コーナーに立つは、赤色のコスチュームを纏った日本の魔法師の王者の一人。

 

赤色の騎士甲冑―――当然、『本物』ではない。派手なクリムゾンアーマーを纏った彼の姿に、女性は黄色い声援マックスで応える。

 

 

「アクセントとして黒いラインも入っているし、金色の装飾もある。誰の発案なんだか分からないが、いいじゃないか」

 

「邪龍ヴリトラを倒す英雄でも模しているのかしらね?」

 

 

髪も丹念にセットしたらしき姿に、一条に対する声援が、これ以上なく響く。

完全に会場を味方につけたともいえる一条将輝……だが―――。

 

 

 

「会場全体が一条クンの勝利を期待している。まるでサッカーで言う所のアウェー、野球で言うところのビジター……」

 

「けどさ、こういう時に……」

 

「全員を悉く黙らせたら気持ちいいでしょうね……」

 

イッヒッヒ! と悪巧みをする三人の女子。

藤丸立華の言葉に同意する女子小学生2人を見ながら、ちょっとだけ将来を心配する十文字克人の考えとは裏腹に、赤コーナーにリングインをしたアーシュラの姿。

 

奇しくも一条と同じく騎士鎧に似ているが、少しだけ違う。

 

その姿は伝説の騎士を思わせるもの……幻想が色濃く残り、それこそが世界の在りようだった時代の姿。

 

青色のリボンをつけて、金色の髪を少しだけまとめたアーシュラの姿。ブランシュ事件のときとは違い、ブレストプレートは無いが、ソレ以外は殆ど同じである。

 

ホワイトローブとも言えるものだが、金色のラインと黒色のラインが施された前掛けと、オーバーニーブーツがアクセントとなっている―――編み込まれた模様は、一般人はおろか魔法師にも分からない。

 

世界から失われて久しい精霊文字の刻印―――。

 

裏地には鮮やかなブルーカラーをあわせた彼女の姿に、誰もが驚く。

 

もしかしたらば、その手に持つ『剣呑な得物』にド肝を抜かされたのかも知れないが―――ともあれ、チャンピオンであるアーシュラの登場で舞台は整った……。

 

 

相対する一条将輝はある意味、呑まれていた。

 

互いの距離は空いている。だが、そんなものは関係ない―――。

 

(こうして正面で向き合うと分かる。彼女は特級の戦闘者だ。何よりあの剣? 槍? 杖? どうとも取れる武器が凄まじいな……)

 

予め係員から言われていた通り、衛宮アーシュラは、今回『魔術礼装』を使うと告げられていたが……。

 

(―――どうでもいい)

 

どんな思惑があるかは分からない。どんな狙いがあるかは分からない。

 

けれど―――。

 

(俺は勝つ! 一条の看板は安くないことを示すんだ!!)

 

優しげな顔を(いかめ)しくして、アーシュラをにらみつける姿に、アーシュラは少しだけ思う。

 

 

(悪いわね。アナタには日本の魔法師界を背負う夢があり、そのタマ()かもしれないけど……)

 

マルミアドワーズを振り回しながらパフォーマンスをしていたアーシュラは、それでも決意する。

 

(―――ワタシにも譲れないものがあるのよ。ここで砕け散ってもらうわ。ロード・ワンウェイ!!!)

 

プリンセス・ガードという競技前にこの男を凹ますことが出来れば、勝利の確率は上がるのだ。克人の戒めを超えなければ、狙わない理由は無い。

 

そうして、戦いの撃鉄は起き上がる。

 

ランプが点灯していくにつれて、両選手に動きが出る。

 

一条はそのマゼンタカラーの銃型を向けて、反対にアーシュラは、そのブラックグラブを口に当てて、片手で草笛でも吹くような仕草で眼を閉じていた。

 

読めない仕草を前にしても読み込まれる術式、解き放たれる『竜の炉心』の魔力……。

見えるものは見てしまう、アーシュラの膨大なまでのチカラ―――。

 

そしてスタートランプが点灯する。

 

コンマゼロ秒の中で発動する現代魔法。一条の爆裂が、アーシュラ側の氷柱全てをターゲッティング。

 

一条将輝の望んだ現象が具象化しようとした時―――。

 

 

その刹那に挟まれる、呪文ですら無い吐息一つ。否、吐息ではなく―――それは『息吹』。

 

解き放たれたアーシュラの口蓋の奥から放たれるドラゴンブレス。

 

『かぁっ!!!!』

 

後より出でて先に断つ―――というほどではないが、それでも現代魔法にはあるまじき術理で以て、一条将輝の打ち込んだ魔法式が全て砕かれた(・・・・)

 

それだけならば、次弾を放つだけ。

 

しかし―――。

 

(衛宮の息吹は、まるで嵐か台風のように、フィールドに『今でも』吹き荒れている!! 俺の魔法を届かせない!!)

 

将輝が見た事実をどれだけの人間が認識しているかは分からない。

本来的に魔法式は、終了条件が完了しない限りは、そのまま対象物体ないし何かのエイドスに留まっているはずなのだ。

 

 

だからこの吹き荒れる嵐が収まれば、それを再動させることも出来るはずだが―――。

 

しかし、将輝は確実に見た。術式解体よりも『高度』で『深層』に達するかのような『ディスペルマジック』(破魔術式)が、息吹一つで行われたことを……。

 

そして、一条将輝が―――四高 佐埜の轍を踏まないように、先んじて自分の陣地を最大強化。

 

だが、そんな戦いをした時点で将輝の戦術ではないということが確定する。

 

 

(十師族として磨いてきた、俺の『爆裂』を無為にするとは……!)

 

 

干渉力で上回れないのはなんとなく理解できていた。四十九院の言葉通りならば、魔力も『深く』『濃い』ものである……。

 

だからこそ『速攻』で決めたかったのだが……。

 

 

(速さで上回れても、衛宮は見てから『手』を変える……後出しジャンケンで勝てる類だな―――)

 

奥歯を噛み締めてしまうぐらいの差。こっちの出方を見てから何をするかを決められる。

 

現代魔法師が求めてきた『速さ』(HIGH)『疾さ』(LOW)で上回っているのだ。

 

そして―――。

 

「―――疑似宝具展開、アッド!!」

 

 

魔法師(常識人)の目で追えないものを見せてやるわよ!!!)

 

嵐の展開だけでは終わらせないという意気で、アーシュラはマルミアドワーズを使って『城』を構築することにしたのだった。

 

 

『おうさ!!』

 

「祖は全ての罅、全ての悔恨を癒やす彼方の故郷――」

 

黄金に光り輝く巨大剣。誰もの眼を灼き尽くさんばかりの光量ではあるが、その光は決してヒトの眼を害することはない。

 

その光は救済の威光。

 

輝きの元に集いし騎士たちの、誉れ高き家。

 

光り輝く剣を、運命の姫騎士は、射台の真ん前に突き立てた。

 

刃ではなく柄尻を叩きつけたとはいえ、全てのエイドスが『ひっくり返る』ほどの衝撃が伝わる。

 

「顕現せよ―――ロード・キャメロット!!!」

 

―――そして白亜の城、輝ける聖都が顕現する。

 

その時、会場の内外に散っていた円卓の騎士たちは、眼を四方八方に鋭く向けているのだった―――。

 

当然、アーシュラのマスターである立華も、魔眼を輝かせて『探す』のだった。

 

 

 

『『キャ、キャメロット城―――――!!!!????』』

 

思わずスタンディングオベーションして、アーシュラの氷柱を守るように顕現した巨大な白亜の城に対して驚愕を示す、エイミィと美月の言動と行動。

 

そして、誰もを驚嘆させた全ての声が集まり、一気に溢れ出す。

 

何も言わずとも『ご唱和ください 我の名を!』と体現するアーシュラの絶技で、既に会場の声から一条を呼ぶものは無くなっていた。

 

現代魔法の理とか、古式魔法の術であるとか、そういう括りではないアーシュラの技。

 

巨大な白亜の城。現代魔法の常識において、何の意味もない形ある魔力の被造物。

 

だが、そんな理屈を屁理屈と称させるだけのものが、そこにあった。

 

 

再現された造形の見事さ。

再現された巨城の威容。

再現された神秘の光量。

 

 

古来、ヒトは巨大なるものに神性を見ると言われてきた。

 

地上(ホシ)においては、数多の大陸・島に存在する、高く聳える大山を神々と同一視。

 

(ソラ)においては、輝ける恒星、公転軌道にある衛星を神の化身と称してきた。

 

古き時代より連綿と人々の遺伝子に刻まれた、『畏敬』とも『畏怖』ともいえる感覚。それをデミヒューマンである魔法師であっても感じさせるのだ。

 

そして相対する一条将輝は、この上ない畏れを抱いていた。現代魔法の理屈において、形ある魔力というのは所詮は幻影であり、仮にそれが攻撃をしたとしても、所詮は催眠術の類であると信じられてきた。

 

だが、これはそんな理屈とは真逆のものだ。

 

現れた『王城』の庇護を受けた氷柱に、魔法を浸透させる?

 

不可能だ!

 

 

そう冷静な判断を下したとしても、戦いの場に立った以上、将輝は戦うしかない。

目に見えている白亜の城に、干渉をしかけたとしてもびくともしない。そもそも、かけるべき『エイドス』そのものが視えないのだ。

 

かといって『氷柱』を探したとしても視えない。

 

これは―――。

 

「撃て! マルミアドワーズ!!」

 

「走れ! スピュメイダー!!」

 

「弾けて! シャスティフォル!!」

 

―――詰みだ。

 

 

剣から放たれる黄金の琉光が、将輝によって情報強化された氷柱2本を跡形もなく消し飛ばし。

 

薙ぎ払うような黄金の『飛ぶ斬撃』が、距離を超えて将輝の氷柱3本を切り裂く。

 

将輝もプライドを捨てて、氷柱を動かすことで生き残った氷柱を守ろうとするも、蒼き光の奔流が上空に打ち出されて、空中で幾重にも分裂・屈折して頂上から氷柱を溶かしていく。

 

雨滴のごとき光雨(レイ)が5本を消滅させた時点で、将輝は既に十師族の長子だの、実戦証明済みだのという看板に意味をもたせられない、追い詰められた魔法師の一人でしかなかった。

 

 

(残るは2本だけ!! けれど、このまま終われるかよっ!!)

 

あらゆる魔法を試して『城』に瑕疵をつけるべく試す。しかし、そもそも城が『何処』にあるかも分からない以上、これは無駄撃ちとなり得る。

 

こちらの魔法で何一つ動じない堅固な城の元、攻撃にも転じれる。

 

ただ一人ですら戦場の勝敗をひっくり返す存在―――。

 

(これが―――剣製のエミヤ!!)

 

「蹄を鳴らせ! ラムレイ、ドゥン・スタリオン!」

 

黒、白の馬―――サラブレッド種なんて目じゃない強壮な馬の化成体が、城から出てきて将輝の至近にある2本の氷柱に向かってくる。

 

「させるかよ!!!」

 

単調な魔弾―――術式解体ほどではないが、サイオンの塊を以て、進撃を止めようとするも、黒白(コクビャク)の馬は将輝の攻撃など意にも止めず進撃して、その身にあるカタフラクト(馬鎧)を用いて、氷柱に突撃を敢行。

 

 

至近距離で砕ける氷柱でダイモンドダストが発生、思わず目を瞑るも、それでも前を見据える。

 

遠く彼方―――というほどではないが、それでも遠い距離にいる衛宮アーシュラの姿を見る。

 

 

その姿―――薄く目を開けながら笑みを浮かべる顔。それは将輝に向けられたものではない。

 

戦いの結果ではなく、それ以上に深いものを思わせる笑みを前に……一条将輝は己の矮小さを認識するのだった。

 

 



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第58話『妥協点を探る』

戦いの結果は、烈としても『予想通り』すぎて『残念』であった。

 

既に隠居した身とはいえ、現在の魔法師界に目を光らせている九島烈としては、若い魔法師の中でも最有力たる一条将輝ですら、ブリテンの姫騎士に何一つ及ばないことに嘆息せざるをえない。

 

だが、『分かりきっていた』ことだ。

 

(そして一条将輝は、見せすぎていたな……誇りも過ぎれば驕りとなるというところか)

 

彼の使う『爆裂』がどのようなものであるかを理解していれば、自ずと懇親会の時の自分の術のように弾き飛ばされる。

 

そのことを分かっていなかったのだ。

 

「もっとも、速攻戦術ぐらいしか見いだせる隙が無かったわけだが」

 

このことは十師族嫌いの軍人や政治家、はたまたマスコミたちにとって格好の攻撃材料となるだろう。

 

しかし――――。

 

「賢しい理屈や奸智で戦う小僧よりも、よっぽど良いだろうな」

 

そういう男―――元・弟子を思い出す。

 

―――男には、死ぬと分かっていても、行動しなくてはならない時がある。

 

―――負けると分かっていても、戦わなくてはならない時がある。

 

―――俺にとって、それは『いま』なんですよ!!

 

そうして赤き騎士と青き騎士―――その他、多くの戦士の集団に『若武者』『見習い騎士』として、元・弟子が入った時を思い出した……。

 

 

「さてさて、どうなるやら……」

 

まさか、十師族にして実戦経験者である一条将輝が負けると思っていなかった九校の反応の全てを、少しだけ烈は『痛快』な気分で笑っておくのだった―――。

 

 

 

「……十文字くんは、こんなことをする人間じゃないと思っていたんだけどね」

 

「だが、『落とし所』としては順当だろう。一条殿としても、いくらかは面目が立つだろうしな」

 

「………」

 

テント内で男女2人が重苦しい空気を出して、それでスタッフの動きにも色々と影響が出ることを考慮して、それも踏まえた上で、中条は誰かに説明を求めたかった。

 

「市原先輩、衛宮さんの戦いに『落とし所』というのは、どういうことなんでしょうか?」

 

「まぁあの2人は難しい会話をしていましたから、分かりにくかったでしょうが、つまり『十師族』としての面目を守ることと、衛宮さんの目的達成―――両得のために、小野D……ではなく、アッドくんこと『神話礼装マルミアドワーズ』を使わせたということです」

 

「??? えっと、それだと衛宮さんは普通に勝ちますよね?」

 

謎掛け(リドル)のような物言いの市原に、中条は困惑して再び問い返す。

 

「ええ、勝ちます。そして―――『マルミアドワーズ』が無くても(・・・・)、衛宮さんは勝ちます。彼女のアイスピラーズでの手練は、十文字君も突破出来ませんでしたから―――つまり……。

『衛宮アーシュラは、一条将輝という『強敵』『難敵』を倒すために、そのような『規格外の礼装』を使わざるを得なかった』

そういうシチュエーションを作るために、あの戦い方はあったのです」

 

「――――――――」

 

思わず絶句してしまう中条あずさ。

 

確かに『八百長』『中盆』などという話ではない。だが、それは……何というか、奥歯に物が挟まるかのような、言いたいことを出せないところが出来てしまうのだ。

 

「これはいうなれば、九校戦という大会ルールの狭さに起因します。もちろんCAD本体のスペックというのは『上限』が決まっており、登録される術式の『危険性』の定義も定まっています。

単純な話、藤丸さんや衛宮さんのような規格外の『魔術師』を除けば、『現代魔法』を『発動』させる器物、武器であるアシスタンツの方が、現象改変の『疾さ』では優ります。

しかし、魔術師の放つ『魔術』―――分類にもよりますが、彼らの術は、我々よりも現象改変の『深さ』で優る―――そうとしか言えないんですよ。ゆえに『魔術触媒』を介した場合の力というのは、我々の放つ魔法式を砕くだけの力を有しますから」

 

市原の語る理屈自体は、理解が『浅くとも』、概ねの魔法師ならば理解していることだ。

 

つまりは―――アーシュラのやったことは『アリバイ作り』ということだ。

正しい意味ではないのだが、そういう意味も同然だろう。

 

「けどそれって―――」

 

いいのだろうか? どうしてもそういった疑問が浮かんでしまう。

 

別に、この九校戦という学生魔法大会は『現代魔法師』だけが出場できる大会であるなどと、偏屈なことは言わない。

 

古式魔法のアイテム……呪符や宝石、魔女の箒(ウィッチズブルーム)を使うことは、『違反』『反則』であるなどとは言わない。

 

けれど――――――。

 

「何だか私達の使うアシスタンツが随分と―――その、『不合理』に思えてしまいます……」

 

その言葉に誰もが思ってしまう。結局の所、汎用型にせよ、特化型にせよ……。

 

『術者の地力』というものに依存した『術式保存機』でしかないと思えるのだ。

 

 

「現代魔法師ならば直面する問題ですね。結局、我々の使う器具は、総じてこの時代のテクノロジーに対してローテクすぎます。

私や中条さん―――あるいは2科生に、真由美さんや十文字君のような術を同じような規模で、同じ速度で、同じレベルで使わせたい。使わせなければならない『事情』が出来た。

そう仮定したならば、『魔術師』は、ある程度、何かしらの術者を『拡大する触媒』を準備するでしょう。

しかし、『魔法師』ならば――――」

 

「無理な話なのだから、やめておけ。才能の差……で終わってしまう話ですもんね―――」

 

いつぞや衛宮アーシュラが言ってきた『不都合な真実』というものが、重くのしかかる。

 

魔術師とて自分に出来ない術式というものもあるだろうが、それでも『それを補う手段』を講じれる。

 

魔術師ならば、『自分にないものは他から持ってくる』。そういう原則があるらしいのだが、どうにも、魔法師にはそれが無いのだ。

 

「―――まぁあえてフォローするように言わせてもらえば、魔術協会の時計塔によって、アルビオンで発掘される魔力鉱石、多くの呪体は独占状態ですからね。仮に、アルカトラスのダンジョン(迷宮)をいくらか見つけたとしても、そこから何かを魔法師が手に入れることは不可能でしょう」

 

今までの会話を聞いていたかのように、藤丸立華がテント内に入り込みながら、そんなことを言ってきた。

 

その言葉の意味。つまり魔法師が知らぬ技術や地下資源があるということが告げられたのだが……。

 

「―――しかし、アーシュラが変えちゃうかも知れませんね。今の魔法師たちの状況を」

 

「「「????」」」

 

「私にも内緒で『あんなこと』をしていたなんて、ちょっぴり妬けちゃいますが……まぁ2学期を楽しみにしておきましょう」

 

―――この大会では出せそうにありませんからね。

 

という淋しげな言葉と同時に、立華は溜まっていた書類仕事を猛烈な勢いでこなしていく。

 

なんのこっちゃと想いながらも、何があってももはや驚きゃしないと想いつつも、バトル・ボードでの決勝戦は始まろうとしていた。

 

 

 

「――――」

 

「――――」

 

「――――」

 

三高テント内は誰もが沈黙していた。その理由は端的に言えば、一人の男の放つプレッシャーがすごすぎたからだ。

 

最初こそ、ドントマインドの気持ちで激励してやろうと思っていた先輩方も、思わず沈黙してしまうぐらいの怒気を放って一条将輝は帰ってきたのだ。

 

武器が規格外だったから。あんなの反則だ。チートアイテムの使用だ。

 

などと言えば、将輝は怒りを爆発させていたかもしれない―――。

 

(衛宮アーシュラ……!)

 

全てはあの少女の手のひらの上で踊らされていただけだった。しかし、アレを超えることなど無理ではないかと思う。

 

しかし―――。

 

それを認めるわけにはいかない。それこそが、十師族としての矜持なのだから。

 

男子新人戦アイスピラーズで優勝したにも関わらず、敗北感を味わう一条将輝は、この上なく飢餓感を覚えるのだった。

 

 

「―――と、まぁお主のおかげで、将輝爆発警報が発令中。三高は緊張状態じゃ。まさか彼奴を凹ませるとは、誰も思ってもおらなかったからの」

 

「そりゃ悪かったわね。けれど『手心』を加えたことは、まるっとお見通しか。芝居が過ぎたかしらね」

 

プールサイドにてボードのチェックを受けながら、三高の四十九院沓子と会話をしていたアーシュラは、まとめた髪を少しだけ掻いてから嫌な気分を霧散させる。

 

「今日は九高全てが一堂に介して、お主と色々と話したいと思っておる。食堂に来るんじゃろ?」

 

「――――――正直、行きたくない気分が優っているんだけど、友人の一人からも頭下げられたし、悪くなりそうな食材を消費するためにも、行かせてもらうわよ」

 

「なんでお主、そこまで一人になりたがるのじゃ?」

 

「―――『私』を倒せる相手は―――『私』だけだからよ」

 

「………」

 

遠い目をしながら、寂寥感を灯した目を見た沓子は、何も言えなくなってしまった。

 

「当然、同年代限定だけどね。(アルトリア)には勝てないわよ。あの人の信念を持った剣はどこまでも重いのよ。

ワタシには、あんな剣は振るえない。ワタシには守りたいものも、何が何でも通したいものなんかないもの。当然、人理ぐらいは守りたいんだけどね」

 

「……ならば、ワシがお主に敗北を刻み込んでやる! お主とてどれだけのチカラを携えようと、一人の人間であることを教えてやる!!」

 

「そう。期待せずに待ってるわ―――そして、ワタシにとって厄介な敵は―――」

 

勢いよく言う沓子を半ば無視して、プールサイドにやってきた青みがかった黒髪の少女を見るアーシュラ。

 

水色の瞳を見据える翠色の瞳は、この大会で一番に好戦的な色を作る。

 

それを受けた水色の瞳も、戦いの予感に目を輝かせる。

 

「待たせたわね。ようやく敵同士よ死神。一度は、どんな形でもアナタとは戦ってみたかったのよ」

 

「気が合うわね姫騎士。本当のところを言うとね。誇り高き英霊のチカラ―――ノーブルファンタズムを便利な武器も同然に使うアナタは、一度だけと言わず、何度でも八つ裂きにしたかった」

 

「マシュ・キリエライトの宝具は元々、ギャラハッドのものよ。そしてギャラハッドの宝具は、持ち主によって『変質』する―――」

 

「ええ、けれど……戦う理由は出来たわね」

 

にらみ合う2人の少女。

 

それを見て自分は眼中にはないという憤りを持ちながら、沓子は静かな闘志を燃やすのだった。

 

そして―――波乗りの決勝戦は始まる―――。

 

 



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第59話『サイレントゲーム』

 

 

 

「沓子は勝てるかしら……?」

 

「―――勝負は最期までどうなるか分からない。そうでしょ愛梨」

 

「そうね……」

 

言いながらも言葉は弱い。十師族の長子、一条将輝を破った衛宮アーシュラは、正しく最強の敵だ。

 

これと3年間も九校戦だけでなく、色々なところで競い合うなどとんでもない話だ。

 

一矢報いることすら不可能なのではないかという差を感じた。

 

衛宮が魔術サイドの人間であることは、魔法界隈でもよほどの『お上りさん』で無い限りは、いずれは気付ける話だ。

 

だが、それにしたって何かが異常な気がする。

 

そう……あの『ロード・キャメロット』なる防御魔術にしたって……規格外な気持ちがある。

 

(そもそも『物理的破壊力』という一点だけならば、現代魔法は魔術師を上回っている面はある……一概に言える話じゃないけど)

 

そこでの勝負ならば、決して一条将輝は勝ち目が無いわけではないと思っていた。

 

それでも完封した上で、全ての氷柱を手ずから砕いた手際を思い出す。

 

―――撃て! マルミアドワーズ!!

 

―――走れ! スピュメイダー!!

 

―――弾けて! シャスティフォル!!

 

―――蹄を鳴らせ! ラムレイ、ドゥン・スタリオン!

 

言葉を思い出して、それを放った女子の姿を重ねる。

 

その姿には―――伝説の騎士王を思い出させる。

 

しかし、かの伝説の騎士王に子孫と言えるものは居らず、唯一の息子はカムランの戦いで騎士王が持つ聖槍ロンゴミニアドによって殺されて、古代ブリテン人の血は大陸から入植征服してきたサクソン人たちによって民族同化させられたようなものだ。

 

 

そんな歴史を諳んじたのだが………。

 

(アーシュラ・エミヤ・ペンドラゴン。アナタは一体……)

 

 

何者なのだろう?

 

 

そんな気持ちを懐きながらも、レースはスタートをしたのだった……。

 

 

シグナルランプがスタートを音声と共に着くと同時に、四者は飛び出してきた。

 

本来的にこういう場合、スタートにおいて自分なりに滑りやすい航路を作るのが定石、はたまたスタートで『こけさせる』という手も最近発見されたが―――。

 

四人の内の三人は理解していた。

 

小細工を最初っから弄すれば、それを食い破って『黄金竜』は飛び出てくるのだと。

 

スピードスケートか競艇のボートレースのように、付かず離れずの距離感で並走・後走していく面子。

 

やはり先頭を走るは衛宮アーシュラである。

 

序盤から飛ばすならば、飛ばせるが―――アーシュラはエリセの手を知っているだけに油断はしていない。調子乗って突っ走って『虚ろ海』を作られたならば、たまらない。

 

(なんて考えばかりじゃリードは取れないわね)

 

だが即座に『直感』が働き、最善手が取られる。水面を滑走しながらも、魔力放出のベクトルを増やす。

 

他三人からすれば、エンジンが最大に噴かれたような気分だろう。

 

そして三人が気付いた時には、かなり先へと引き離していたのだ。

 

CADもなしにそれだけの速度を出したことに、2人は驚き、残り1人―――■■ナミの娘は。

 

(そうでなくっちゃね。アンタは!!)

 

戦意を滾らせて、航路を黒く塗りたくるのだった。

 

 

『速い!疾い!疾速い(はやい)!! 衛宮選手の風竜走法が炸裂!! 後方集団を置き去りにするハイスピードドライブ!!! 彼女の速度こそが正しく、正道にして王道と言わんばかりです!!』

 

アーシュラ贔屓とも取れる実況だが、事実アーシュラは、他の選手たちと違って策を弄していない。

ただ単にボードを魔力で走らせて、自分で水面を動かしているだけだ。

 

妨害魔法など一つも行っていない。その事実が、競技種目としての正しさを認識させる。

 

「ある意味では摩利と同じよね」

 

「私とは少し毛色が違うさ。あれこれと魔法を併用する私と違って、ボード自体をかっ飛ばすアーシュラとでは、馬力の違うカーレースにしかなりえない」

 

当然、車体も馬力も一級品で、ドライバーもミハエル・シューマッハなのは、アーシュラということである。

 

「けれど、四十九院さんの水上に設置した精霊魔法が展開されているわよ―――って……」

 

渦潮が巻いているような水面を見た真由美であったが、そんなものはなんのそのどころか―――

 

その渦潮の狭間を軽快に鮮やかに通り抜けていく早業に、舌を巻く想いだ。

 

水面の影響を受けないようにボードも強化したのだろうが、それにしても……。

 

「村上海賊の娘かしら……?」

 

「衛宮先生は大分の出らしいけどな」

 

鮮やかなボードライディングに色々と思うも、それを何とも無く躱していく姿に熱狂は、ヒートアップする。

 

『『『『GO! GO!! アーシュラ♪♪』』』』

 

伊庭アリサと遠上茉莉花の小学生に立華と―――アーシュラの召喚したサーヴァントたちが、声を合わせて応援していく。

 

子犬のような印象をもたせるホテルのウエイトレスさんが、『姫――!!』と声を張り上げていく姿が印象的だ。

 

「アーシュラのコスチュームカラーの白、黄、黒を混ぜたタオルを振っているな……」

 

NBAやプロサッカーリーグの応援の仕方に、色々と味なことをする一団だと思う。

 

そんなことを思っていると状況に変化が出てくる。

 

リードされまくったことで行き足を止めるべく、三高 四十九院沓子の大技―――あまりにもとんでもない荒海が、アーシュラの前方に出来上がる。

 

 

 

―――勝負を急ぎすぎたわね―――

 

まだ前半一周目の後半で、この大技の連発。組み立てを崩してまで、やることだろうか。

 

それだけアーシュラに疾走されて、リードを広げられてはたまらないということか。

 

結論を出したあとには、冬のベーリング海のように荒れ狂う海をそのまま超えるのも一興だが……。

 

「〜〜〜〜♫」

 

―――別の手で踏破することにするのだった。

 

詠うような声を上げることで、海を鎮める。

 

鎮魂の祈りというよりも、人の心に訴えるような呪文が響き、沓子の精霊たちが鎮められた。

 

やられた沓子としてはたまったものではない。

 

これ以上、距離を離されては逆転の芽も出せないとして、放った精霊魔法が全て無為に帰したのだ。

 

力の無駄遣いをさせられたようなものだ。

 

(ガチンコの殴り合いでは負けるからと、策を弄した儂の失策か!!)

 

そんなことはあの初戦を観戦した時から分かっていたことだが、それでも―――。

 

(ええいっ! 落ち着け!! 勝機はやってくる! レースは三周! ケツに着くことすら出来ないままなわけがないのじゃ!!)

 

そう信じて突き進む沓子とは違い、徐々にアーシュラに近づくものが、現れる。

 

 

六高 宇津見エリセ。アーシュラが明確に敵視した女が、アーシュラの後ろに迫っていくのだった。

 

 

 

「……本当だったらば、ほのかだってあそこに立っていたはずなのに……」

 

「―――『本当』にそう思っているか、雫?」

 

「………」

 

魔法師にとって、認識すべき現実は正しくなければいけない。いつぞやのことを思い出して何となくたしなめた達也だったが、むすっとした雫に苦笑してしまう。

 

女子決勝ピラーズを終えた雫と深雪の2人と共に、波乗りの決勝を見る。

 

こうして見ると、少し達也は策を弄しすぎた感はある。それが尽く裏目に出た結果が、ほのかの予選敗退に繋がった。

 

「バトル・ボードは確かに魔法競技だが、それでも水上滑走の競艇であることを失念していたかな……」

 

本当に考えるべきは、『クィディッチ』ではなく『モンキーターン』な考えであったのかもしれない。

 

鋭角的に旋回するアーシュラ。軽快に進んでいく中、後ろからやってくる人間が居る。

 

アーシュラと同じく学校指定のスーツではなく、『私用のスイムスーツ』を着ている宇津見エリセが追随する。

 

そんなエリセの格好は……。

 

「………」

 

「お兄様、紳士はジロジロと見ないほうがよろしいかと」

 

「そうか」

 

あの宇津見エリセの格好こそが、十文字会頭がご執心になる『えっちぃ格好』かと思っていただけだが、妹から窘められて視線を外す。

 

余談であり確信である達也の知らない話だが、六高にて宇津見エリセが『当初』予定していた格好は、色々と公序良俗違反極まるもので、男子一同は鼻血ブー(死語)してしまうものであった。

 

スイムスーツながらも、古代日本の衣装を模したそれは―――胸部分などが横から丸見えだったりするのだが、そこを排除して上着を着せることで何とかした。

 

その際に『アーシュラに勝つためには身体感覚をフルに使いたいんだけど』という、実にらしい『理由』があったのだが、やはり失格になる可能性を考えて、それは不採用となるのだった。

 

衣装(オシャレ)に無頓着な女と衣装(オシャレ)に常識外な女との、デッドヒートが始まろうとしていた……。

 

 

来たわね。エリセ!!

 

来たわよ。アーシュラ!!

 

視線だけで言葉を交わし合う『準サーヴァント』同士。水路を滑走していく2人に眼が離せない。

 

先に仕掛けたのはエリセからだ。前方の水路に邪霊の沼を作り上げてトラップとしたそれは、多くの選手を苦しめてきた底なし沼のようなものだったが……。

 

「〜〜〜♫」

 

再び歌い出すようなアーシュラの声。そして……黒く塗りたくられた水路が、通常よりも澄み切った色の水になる。

 

船乗りたちを惑わすセイレーンのように美しい歌声が、エリセの邪霊を『浄化』したのだ。

 

―――、本当に規格外。

 

だが、それを顔に出さないで、エリセは高波を『横』から発生させる。

 

『宇津見選手の放つはビッグウェーブ!! これは衛宮選手を呑み込むか!?』

 

柔らかい横っ腹を付く形で―――とんでもない高さまで登っていく高波を見て魔法に詳しい人間たちは少しだけ気づく。

 

 

「―――あれだけの水量の波なのに、コース全体の水量が変化していない?」

 

「どこの水位にも変化はないな……」

 

「ど、どういうことなんだろうね?」

 

気付いた面々が疑問を口にするも、応えてくれる人間は殆どいない。

 

正答を知っている人間の大半は、常識人(まほうし)たちから離れたところで観戦している。

 

 

「相変わらずですねエリセさん」

 

「水を『召喚』するなんて、やっぱり霊基に枠が無い人はズルいなぁ」

 

「まぁ彼女にも限界はあるんだけどね。しかし―――」

 

このようなお遊びの戦いで優劣は着かない。しかし、その中で戦っている事実など分かりはしまい。

 

アリサと茉莉花も理解はしているが、ともあれ―――。

 

高波が横から迫る中、アーシュラは、進行方向に張り出していた『風王結界』に変化を促す。

気圧に明確な変化が出たのか、彼女の周囲に『緑色の風』が吹き荒れる。

 

全ての妨害を、障害を、壁を思うがままに突き破って進め!!! 運命の申し子『アーシュラ・ペンドラゴン』!!

 

その立華の心の言葉を聞いたわけではないだろうが、姿勢を低く、腰を落としてから加速を果たした時には、アーシュラは高波の中に呑み込まれた。

 

それを横から見ていた人間たちは、脱落ないし、若干の失速を思った。

 

そして、それを端に居て避けきったエリセに軍配が上がることを確信していた。

 

 

―――直線コースでなければ、難儀したかもしれないけどね。

 

 

その予測は裏切られる。そんなことは理解していたエリセは、波の打ち終わり―――波頭の白い飛沫の中からアーシュラが飛び出たのを見て、笑みを浮かべる。

 

 

―――そうこなくっちゃね。最大級にノッているアナタを倒さなくっちゃ意味がないわ!

 

闘い(バトル)舞踏(ダンス)。お互いの呼吸を合わせないとね。

 

などと想いながらも、爆速という勢いで水面を駆けていく2人のデッドヒートは終わらない。

 

 

その様子を見ながらも……。

 

高波(ビッグウェーブ)をどうやって躱したんでしょうか?」

 

「……サーフボードのテクニックだな」

 

「え?」

 

「アングルが違えば見えるはずだ。いわゆるチューブライディングだよ」

 

魔法に頼りがちな人間たちが陥りやすいものと言えるか、実際、横側からの映像ではなくアーシュラの正面、コース正面から撮られた映像で、アーシュラの離れ業が披露される。

 

波の中に出来上がるセーフスポットとも言える場所―――トンネルのような場所を進んでいくアーシュラの姿は正しくサーファー。

 

マジックサーフと言えるものを披露しているのだった。

 

「そんな! 宇津見選手の魔法の効果範囲内だってのに、普通の水と同じく疾走するなんて……!!」

 

「事実、出来ているわけだからな。仕方ない」

 

『波に乗る』程度ならば、魔法師の大半は出来るかもしれないが、アーシュラのボードは宇津見エリセが掛けた水の中を走っているのだ。

 

雫の驚愕も魔法に明るいものたちならば分かる。そういう分かるやつにしか分からないという風なのを忌避しているのが、九島烈であったと思いつつ、付け加えればアーシュラは、高速発動を旨とするCADも使っていない。

 

理屈頼みの魔法師の大半を置き去りにする離れ業を前にして、どうしても……。

 

(もやもやするな……)

 

達也だけではない。全員が、その魔力の煌めきの元で放つ術の根源を知りたくなってしまう……。

 

CADを使っている自分たちが邪道と思えてしまうぐらいに、王道・正道を貫いたチカラの使い方は―――。

 

 

「―――英雄的(ヒロイック)すぎるだろ……」

 

直視することが辛いのに、眼を伏せることすら惜しいほどの満面の笑顔を見せるアーシュラから達也は眼を切ることが出来なくなってしまい、左手の薬指にて輝く指輪―――レアルタヌアを見て……。

 

(今日あたりにでもデータを吸い出させてもらうか)

 

それが、アーシュラを誘い出すための方便も同然だとしても、そんな気持ちに達也はまるで気付け無いままに、レースは終盤戦へと移行していく…。

 



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第60話『美少女には魔剣を教えてあげよう♪』by武蔵ちゃん






 

―――レースは既に最終盤である三周目である。

 

水しぶきを盛大に上げながら、モンキーターンよろしく身体を振り回しながら速度を落とさずに、コースを順調に滑っていくアーシュラがトップである。

 

次いで同じぐらいの速度で先頭を狙うエリセの姿。そして他の2人は――――――。

 

「―――三高と七高が加速したぞ!?」

 

「このまま2人だけのデッドヒートで終わらせるなよ―――!!!」

 

「いいぞ―――!!」

 

などと何も分からないでいる大半の観客とは違い、三高 四十九院 沓子、七高 浜田 幸子は屈辱に内心を塗りたくられていた。

 

自分たちは、『己のチカラ』で加速したわけではない。

 

置き土産的に『宇津見エリセ』が残した加速の航路を進んでいるだけだ。

 

そしてその意図も理解している。

 

(宇津見め。ワシとハマコーを衛宮への当て馬にする気じゃな!!)

 

あるいは、鷹狩りの追い込み役とも言えるか。ともあれ、そういう腹立たしい思惑が透けて見える宇津見を崩すべく、精霊魔法『エンコの暴れ水』を放つ。

 

しかし―――。

 

「ヌルい! 甘い! 私を崩したくば、大洪水、大海嘯なみの術を持ってくるのね!」

 

衛宮すらも巻き込んだ術であったが、両名ともその波の動きに負けない、むしろその波の動きすらも利用した走法を見せつける。

 

そして―――。

 

「このまま、当て馬で終われるかぁ!!」

 

「ハマコー!?」

 

「ハマーDと呼びな!! ちんまいの!」

 

「誰が『ちんまい』のじゃ!?」

 

言い合いながらも、七高浜田が放った現代魔法。その中でも水を盛大に動かす術が、前方を快活に進む衛宮及び宇津見を呑み込まんとする。

 

俗に『TUBE』『サザン』と呼ばれるものが、衛宮の水面を乱す。

 

乱れる水面を鎮めるはずの衛宮がそれをしなかったことで、限界か? と幾人かが想い―――しかし、クラウドボールでのことを良く分かっていた一色愛梨は、それこそが衛宮アーシュラの次手、次なる自分を、次なる力を見せてくる前振りなのだと良く分かっていた。

 

(何を見せてくれるのかしら?)

 

そう険しくない顔、どちらかといえば楽しみにするような顔で見ていた愛梨だった。

 

 

そして、妖精たちの出番には少し早い『エルフィンダンス』が披露される。

 

 

 

「アーシュラ―――」

 

力の限界ではないと分かっていても、相手の思惑に乗る彼女を見ると、どうしても不安になるのは、達也の闘い方が、相手が能力を行使する前に即時粉砕ばかりを旨としているからだろう。

 

わざわざ相手の思惑や能力を見るまでもなく戦えばいい。特になにかしら自分を上回るものがあれば、自分に害を加えるその前に叩き殺してしまえ。そういう考えばかりになるからだ。

 

要するに―――アーシュラの言う通り達也は『臆病者』なのだ。

 

 

そして自分とは反対に、勇気ある者……『勇者』としての資質を持つものの振る舞いが披露される。

 

「ああっ! 呑み込まれ―――」

「ない! アイツがそんな無様を見せるわけがあるか!」

「お兄様!?」

 

アーシュラの大海嘯の中での『不安定』に、声を上げた深雪を即座に否定する。

 

そして、事実―――その大海嘯の中でアーシュラは、踊っていた。舞っていた。

 

波に乗るのではなく、波すらもまるで己の舞台(ステージ)であるかのように、姫騎士はボードに乗りながらすべてを決める。

 

魅せるためにキメるのではなく、キメるために魅せる。

 

ライドトリックが、鮮やかに見せられていく。

 

それはまるで『ダンス』である。

 

踊り、舞い、飛び、そしてまた踊る。踊りと舞は、元来日本語では区別される要素である。 

旋律に合わせて縦の動きを行うものが踊りであり、すり足による旋回運動を軸とするものが舞である。

舞踊、とはこれらを統合して、明治期に坪内逍遥が称したものである。

 

その観点で言えば、アーシュラが合わせる旋律とは、すなわち水の歌。大地の歌。山の歌。風の歌……凡そ常人の耳には聞こえないはずの地球の言葉である。

 

それらに合わせて美しい動きが全員の眼に焼き付く。

 

揺れ動く波間を舞台(イタ)として踏んでいくアーシュラは、立っている場所が何であれ何も変わらない。

 

正しく神懸かり。何かが取り憑いたかのように、アーシュラはハマコーの度を超えた妨害術の中でも軽妙さを忘れないでいる。

 

神憑り―――神楽を舞う白拍子のように、彼女に神然としたものを見ている者たちは感じていく。

その状態で他の妨害が飛んできたとしても、彼女は目で見ずに反応ができる。

 

動きの一つ一つが無駄なく、そして彼女を中心として世界が広がるかのように、全ての妨害は意味をなさない。

 

その背中に白鳥の羽を持つかのように、彼女は――――。

 

 

 

「アイツ――――」

 

「「「――――カブいてやがる(踊ってやがる)!!」」」

 

 

誰もが理解を果たしてしまうぐらいに、驚異的な体を使っての芸……。

 

手振り身振り一つ、生き様一人に『赤心』(まごころ)を込めることで、人は輝く。人生は違ってくる。

 

それを言葉ではなく身体全体で表現するアーシュラは、最高の芸人(エンターテイナー)だった。

 

『まごころ』(赤心)を持つから、伝えるものこそ人間なのだと、魔法師全てに伝える……。

 

 

『―――み、見事すぎるライド、いやフェアリーダンス、いやいや、エルフィンダンスと表するべきもので、妨害を己のBIGWAVEに変えた衛宮アーシュラ! 独走状態に入ったか!?』

 

実況も見入っていたぐらいの唖然のあとには、姿勢を低くしてアーシュラは最後の直線コースを駆け抜ける。

 

誰もが勝利を確信する中―――。

 

 

「まだじゃ! まだ終わらんよ!!」

 

勝負は九回になるまで分からない。その前にコールドゲームになる可能性を打ち消すべく、沓子は最後の大技を解き放つ。

 

コースの端から端まで広がり、更に言えば円柱のごとき滝流れ―――下から上へと水が猛烈な勢いで上がっていくものが作られた。

 

 

レギュレーション違反ではないかと誰もが思うぐらいに、強烈な術。

 

水柱―――本当の意味で、そういったものが作られた。

 

強烈な勢いで『上下』に水を吐き出しているそれを前にしては、アーシュラとて止まらざるを得ない。

 

そう浅い考えを持った連中の思惑を切り裂き、眼前の水柱を障害とも考えないアーシュラは、その手に無刀(・・)を持つ。

 

矛盾した表現ではあるが、アーシュラは霊刀でもなんでもなく、ただ己の手に『得物』を握っているというイメージだけで、水柱へと立ち向かうことを決めた。

 

ボードのスピードは緩めない。体幹は間違いなくボードの感触を掴んでいる。

 

掌中(しょうちゅう)に無いはずの刀の重みを感じた瞬間に、アーシュラは覚醒を果たす。

 

「ムサシちゃん! 大剣豪の力 お借りします!!!」

 

そして大剣豪のワザマエが披露される。

 

「天象、海を断つ! 魔法、水濠、何するものぞ!!!―――」

 

剣の構え―――大仰なもの、隙だらけだと、素人であろうと魔法剣士の誰もが思う構えを取りながら、滑るように水柱に急接近するアーシュラ。

 

しかしその構えは、玄人、達人であれば、先の先、後の先、対の先であろうと、どこからでも鋭く打ち据えられると理解出来るものだ――。

 

紫色の魔力光を足元で渦回しながら―――。神域の剣客の技が極まる。

 

「これが―――宮本武蔵の『魔剣破り、承る!』(がんりゅうじま)だぁ―――!!!」

 

――――十字を刻む斬撃の跡だけが水柱に懸かり、それが見えた後には大瀑布として水柱は形を消し去った。

 

そしてアーシュラは、その大瀑布の後ろに駆け抜けていた。

 

とんでもない早業。何が起こったかを正確に見届けたものなど殆どいやしない。

 

そしてその大瀑布の影響を受けて、後続は行き足が止まらざるを得ない。

 

「無刀術での『水着剣豪』の技再現だなんて……!!」

 

「わ、わしの作った水柱を無手で「斬り裂いた」!? うっべべべ!!!」

 

大瀑布の水滴が豪雨のように後続を打ち付ける。

術者である沓子ですらその様子なのだから、威力などは推して識るべしである。

 

そのまま独走状態となったアーシュラを止めるすべはなく、ゴールラインで振られたチェッカーフラッグが勝者を確定させていた。

 

『決まった―――!!! ゴ――――――――ル!! バトル・ボード女子新人戦優勝は、一高 衛宮アーシュラ!! クラウドボールに続き、2種目制覇のダブルヴィクトリー!! 正しく快挙です!!―――続いて二位は六高 宇津見エリセ、三位は七高 浜田幸子 四位に三高 四十九院 沓子と続きます!!』

 

 

実況も大興奮にならざるをえないのは理解できる。全てが超絶の技の連続だ。

 

理屈だらけの解説など不要なぐらいに、超常の理屈で締めくくったアーシュラの力の前に……。

 

「野暮な話だな」

 

結局、魔法師の魔法とて、理屈詰めで『解説』されたところで理解に達する人ばかりではない。

 

それはそれで不明なままでいいとする心根と、無理解な大衆に対する嘲笑という、ある意味下劣なものばかりを魔法師は行う。

 

だとすれば、誰の目に見えても『スゴイ』と分かるやり方……ショーマンシップを意識した闘い方がいいのだろう。

 

たとえ……魔法師が理解に苦しんだとしても、多くの人が『面白い』と思えるものの方が。そういう心根での芸なのだ。

 

「現に、アーシュラの試合だけ視聴率がかなりいいというデータもありますからね」

 

「だろうな。魔法師にしか分かり得ない理屈詰めの闘いなんて、映像では視覚処理されたところで、多くの人が面白いと言えるものじゃないんだろうさ」

 

いままでは―――達也も『それでいい』と思っていた。最終的に勝てば、全ては正当化されるといえばいいのか。多くの人に理解されなくてもといえばいいのか。

 

だが、現在でもプロスポーツ及び学生スポーツでは、勝ち負けに関わらず『面白いプレー』『技ありプレー』『好プレー』『珍プレー』……というのは、多くの人の耳目を集めピックアップされる。

 

別に彼らは、試合の最中にそれを狙ったわけではない(例外もあるが)。ただ勝つために全力を尽くした結果。頭と身体が最高のパフォーマンスを自然(ナチュラル)に行ったのだ。

 

そこにあるのは、『理論理屈』とは真逆の『直観力』とでもいうべきもの。

 

真剣勝負の世界で、一番に重要視される人間の根本能力である。

 

 

「………」

 

悔しさ、悲しさ、怒り―――はなくとも、少しの苛立ちを混ぜた雫の面相が、アーシュラを見ている。

 

ウイニングランを行いながら観客席に手を振るアーシュラの姿は、勝利の女神を思わせる。

 

観客席の一つ、アーシュラの知り合いが固まったところで少し速度を緩めると、今大会では恒例となってしまったゴルシキックならぬ、アーシュラスプラッシュを観客席に行う。

 

観客たちを楽しい歓声に沸かせながら、誰の目にも美しい虹の橋を掛けるアーシュラは、応援をしてくれた北海道の妹分たちなどに、再度手をふるのだった。

 

「さてと……悪いが深雪、雫―――先に戻っていてくれ」

 

「お兄様……言わずとも分かりますが、その……あんまり競技後の女子に近づくのは如何なものでしょうか?」

 

「アイツが『確実』に今日の夕食会に来るというのならば、何も心配はしなかったんだがな」

 

深雪が嫉妬混じりにそういうのは理解していたが、それでも譲れないことは多い。

 

どうしても心配してしまうのは、ダブル優勝したということで、すっかり今日の夕食会を忘れて、知人たちと祝勝会を開く可能性があったからだ。

 

時々、というかかなり薄情なところがあるアーシュラを捕まえるべく、既に十文字会頭などは、立華の辺りにて展開している。

 

まぁ異母妹がいるという暴露があったらしいので、そういう体での張り付きは功を奏しているようだ。

 

……何で同級生と飯を喰うだけで、こんなマルタ○の女における刑事役たちのようなことをやらにゃならんのか。

 

カルト教団の信者どもが襲いかかってきたとしても、鎧袖一触した上で、教団本部からあらゆる違法施設を叩き潰すことも出来るだろう―――そんな想像をした時点で、雫は声を掛けてきた。

 

「達也さん……まだほのかのミラージ・バット新人戦が残っている」

 

「―――ああ、大丈夫だ。微力を尽くすさ」

 

そういう意味での苛立ちもあったのかと思ってしまいながらも、アーシュラを捕まえた後はどうしたものかと想いながら―――。

 

(電子マネーの残高は大丈夫だよな)

 

―――『接待費用』を考えてしまうのだった。

 

 

「完敗よ。―――おめでとう。けれど次は負けない」

 

そんな端的な言葉と握手を以てから、七高 浜田 幸子は控室から一番に出ていくのであった。

 

「土佐の女は潔いの。いわゆる『はちきん』というやつかの?」

 

「そりゃ坂本龍馬の姉 乙女は有名だものね」

 

「だからといって高知県の女が、全てそうじゃないでしょ」

 

ウェットスーツを着替えてから何気なく制汗スプレーを吹きかけながら、どうしたものかと思う。

 

(夕食会まで時間はあるわけだけど―――その間、誰かしらが引っ付いているわよね)

 

筆頭は鉄面皮ノーエモメン『司波達也』だが、そこまで信用はないのかと言いたくなる。

 

「―――ところでじゃ、衛宮。一高のスーパーエンジニア『司波達也』じゃったか……おぬしと付き合っとるのか?」

 

などと考えていたところで、三高 四十九院がとんでもないことを言ってくるのだった。

 

「―――いや、全然違うけど。なんでそんな流言が三高で流れてるの?」

 

邪気のない笑顔で女子らしいトークがしたいと思える四十九院に答えたのだが、本人は至って真面目のようだ。

 

「ボードの準決の後に、一条と吉祥寺のやつが、おぬしに挑戦状を叩きつけに行こうとしたらば、お主と司波達也が抱き合うシーンと出くわしたと言っておったのじゃ」

 

あれか。と思い出して、エリセがいることも踏まえて慎重に返答していく。

 

「抱き合っていたわけじゃない。正確に言えば、抱きしめられただけ。その時、ちょっと司波君と『内緒話』することがあったんだけど、向こうから一条寺コンビがやってきて、聞かれたくないからと、そうされただけよ」

 

自校の一年エースが、青木村コンビのような略され方で呼ばれたが、四十九院は少しだけ苦笑しつつも話を続ける。

 

「どんな話の内容かは聞かないでおこう。しかし、司波達也は気があるんじゃないかの?」

 

「あんまり嬉しくないわね……」

 

額を抑えながら考えるに―――。まぁ、ありえざる未来だろう。そして気があるのも何かの気のせいだと気づくだろう。

 

「まぁアンタそういうのから縁遠いもんね。USNAで弘真(こうま)と付き合ったのも、友達感覚の延長だったし」

 

「なんと!? まさかの元カレありだったのか!?」

 

エリセの無駄な証言で、四十九院にアーシュラの過去が少しだけバレてしまう。

 

別にこの程度ならば、どうということはないのだが。

 

「半年も保たなかったから、そんなロマンチックなことが無かったけどね」

 

自嘲気味に吐き出しながら、思うことはコウマに対するものではない。

 

半年間……側でイヤな想いをしていた相手を思えば、悪いことをしたという後悔の念ばかりだ。

 

結局、自分が本気でないならば、そんな中途半端は、他の想っている人を傷つけるだけなのだ。

 

そんなことも理解できていなかった。

 

 

「もういいでしょ四十九院さん。ワタシも失恋の恋バナなんて積極的にしたくないし、惚れた腫れたなんてのは―――ワタシには縁遠いものなのよ」

 

「ううーむ。歪んどるの」

 

やかましい。と無言で想いながら三人同時に更衣室を出ると少し離れたところで廊下の壁に寄りかかっている一高の九校戦制服を纏う男が一人。

 

対応は―――ただ一つ!

 

「キャー!! 一高の司波達也くんが女子の控室に―――!!」

 

「エッチ―――!!!」

 

「ヘンタイ―――♪♪」

 

「入っていないだろうが。渡り廊下で待っていただけなんだが、六高の宇津見はともかく、三高の四十九院まで……人聞き悪いことを言うな」

 

最初にいうべきことを最後にする司波達也に、何の用か―――察せられないほど、アーシュラもバカではない。

 

「夕食会まではまだ時間があるでしょ。何をしに来たのよ?」

 

出迎えというか監視だろうと思ったのは間違いではないらしくて、少しだけ苦虫を噛んだような表情筋の変化を見届ける。

 

「祝ってやろうかと想って、ケーキどうだ?」

 

「結構よ。疲れているんだから部屋で休ませて」

 

片手を上げて『パス』を告げて去っていくことにする。

 

「………アーシュラ………会長からの伝言だ。今日の夕食会には、ピラーズでの衣装を着て出席してほしいそうだ」

 

「なんでそういう風なことするのかな? とはいえ、そう言うからには別に従わなくてもいいわけだ」

 

「まぁそうだけどな」

 

達也ですら嘆くほどに我道を往くアーシュラ。羨ましさ半分、不安半分を持ってしまうぐらいに闊達にものごとを裁いていく彼女は―――――――。

 

どこまでも魅力的であるように、達也には思えてしまうのだった。

 

 

そして夕食会は始まる……。

 

 

 

 

 



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第61話『大夕食会Ⅰ』

少なくとも。

原作にはないオリジナルのセリフや展開・設定というのは、私が明確な意図。魔法科高校に対するアンチテーゼとして呈したものであり、その後の展開も含めて、こういった風なことを述べさせたという点がある。

それ故に、マキャベリストの体の良い道具やそういった風な結果だとしても、そこにはオリ主など作者である私の意図を以って接触したり近くに寄こすということがある。後々の救いや、その後の展開のためにも、見せ場を作ったり色々と必要なわけですよ。

長々とわけの分からないことを書きましたが、要するに―――。


この『かっぽれ』野郎め。恥知らずすぎる。


今日の夕食会は色々と特別であった。急遽の予定を変更しての全校合同での夕食会。

 

まだまだ闘いは続くのに、色々と知られてはいけない情報のやり取りもあったり、腹蔵無く会話をしながら明日の英気を養うためのそれが無くなったのは、クラウド・ボールで驚異的な百錬自得の極み(間違い)を用いてストレート勝ちを決め―――。

 

アイスピラーズのボーナスステージで、邪王炎殺黒龍波(蔵王炎殺黒龍波)と、白亜の巨城、聖都キャメロットを使って十師族の実戦魔法師『一条将輝』すらも打ち破り―――。

 

(考えるだけで頭が茹だりそうな結果の羅列だが……)

 

最後の力を振り絞り達也は、今日にいたるまでのアーシュラの功績をあげていく……。

 

バトル・ボードにて、数多のライバルを寄せ付けないダッシュ四駆郎、星馬烈、星馬豪なみの波乗り(爆走)を見せて、チェッカーを譲らなかったアーシュラに、全校が興味を抱くのは仕方なかった。

 

そんなアーシュラは―――。

 

『イヌヌワッ! イヌヌワン♪』

『フォウフォウ! フォウーーウ♪』

「はいはい。ありがとうね。けれどここでは大人しくしているように。ご飯は食べさせてあげるから」

 

などと、イヌとネコに構われているのだった。抱きしめられた状態のまま、何度も舌でアーシュラの顔を舐めるカヴァスとフォウの愛情表現の過剰さに、渡辺委員長が少しばかり『ぐぬぬ』な表情だ。

 

「……そりゃ命令じゃなくて『出来れば』って話だったけど……」

 

そんな様子を見て一家言あるのは、七草会長であったりする。

 

夕食会に来ただけでも僥倖なのだから、これ以上を望むのは罰当たりだろう。

 

「仮にもしも強制していれば、アーシュラはこの大会に出ている一高生全員に、仮装を要求していたでしょうね」

 

事実、女子ピラーズの上位入賞者も通常の制服なのだから、その場合……。

 

「嫌がらせと感じたでしょうね」

 

「そんなつもりは無かったんだけど……」

 

会長の思惑としては、深雪以上に目立っているアーシュラを一高の『広告塔』としてお披露目したいというものなのだろうが、そもそもそういうのに反発しているのが彼女なのだ。

 

「アーシュラが一高という場所に溶け込んで、その価値観を共有出来ていれば違ったかもしれませんが、それはあり得ない」

 

「……達也くんってアーシュラさんに対する理解が深いわよね……」

 

いじけるように、ふてくされるように言う年上に、表情を変えずに答える。

 

「俺は、アーシュラとは逆ベクトルですが、1年の劣等生の分際で、2年の先輩に『小物が』と罵倒したはぐれものです。そういう意味では『異なるも同じもの』というところでしょうか」

 

似て非なるものへの対義語―――造語ではあるが、それを言った真由美の表情は、あまり優れない。

 

結局の所、あの4月のブランシュ騒動以来、彼女のココロは曇り空のままだ。

 

達也が罵倒した生徒の放つ怒りの一撃が、大講堂を病葉に砕いた。

 

その後は、壊乱して混乱した多くの生徒が亡霊たちの嘆きの叫びに斬り刻まれて、獣性の魔術を発動した2科生が爪牙を振るって、遠吠えを上げて1科生たちを斬り刻み、噛み砕く光景が絶望感を増した。

 

 

あのとき、真由美は本気でこの世の終わりを自覚した。

 

自分が信じた全ては打ち砕かれた。

 

獣の姿に成り果てたとしても1科生たちを斬り刻みたい。殺したいという怨讐の刃の鈍い輝きに――――――。

 

ヒトの憎悪の果てを見た。

ヒトの中にはこれほどの憎悪が眠っているのだろうか。

 

 

その後、外に出た後に見たのは、学校施設全てに攻撃を開始する『コンストラクト』と呼ばれる魔導生物(ゴーレム)たち。不格好だがヒトガタとしてのそれが、施設ごと防衛している魔法師たちを蹂躙していく様子だった。

 

そして、それ以上に恐ろしかったのは、アイルランドの英雄。かつてはIRAという連合王国からアイルランド独立を目指す反政府ゲリラの象徴となったクー・フーリンという存在だ。

 

「………」

 

目を覆いたくなるような惨劇の連続を思い出して、身震いを今でもしてしまう。そんな中でも闊達に動けた人々を頼ってはダメなのか。

 

司と問答をしてそれでも刃を向けた士郎先生。

 

悲しみの中に囚われた壬生の憑き物を落とした上で、その在り方に理解を示せたアルトリア先生。

 

 

……そして、その2人に頼らずとも率先して動いた、事態の終結と、その後のことまで読んでいたカルデアのマスターと、そのサーヴァント。

 

 

それを頼ってはいけないのか?

 

 

「……あの後、壬生さんを諭せた、安堵させたアルトリア先生に聞きにいったのよ。どうしたらば、良かったんだろうって?」

 

「望んだ答えではなかったんですかね」

 

「―――ええ」

 

優秀生で、とりあえず『模範生』として今まで生きてきた真由美の人生において、あそこまで痛烈に『教師』から言われたことなど無かった。

 

だから衝撃的だった。

 

職員室にて対面で向かい合った美人教師。しかし、その印象は―――まるでどこかの『王様』への謁見のごとく思えた対面での話し合いだった。

 

 

『―――はっきり言えば私は、アナタが失敗すると理解していましたよ』

 

『なんでか? なんてのを説明するのも煩わしいですが、教えましょう』

 

『多くの人を啓蒙させたいとして言葉を重ねたとしても、その当人が蒙昧であれば、その言葉は薄っぺらく感じられる』

 

『―――マユミ、多くの人間にとって最初に与えられる在り処(ばしょ)というのは『家』であり、『家族』なのです』

 

『私も実父ではなく養父と養父の息子―――私の義兄にあたる人間と育てられました』

 

『養父は、私に自分を『父』と呼ばないように厳命してくる厳しい人物でした。ですがその在り方は理想の騎士。私の剣の先生でした……』

 

『敬うのは当然です。だが、今考えれば、アレはエクターなりのケジメだったのでしょう。師であることで通す。もしも父と呼ばれたならば、彼は私の『運命』を変えてしまうことを理解していたから、最後の父娘としての情を持たせなかった』

 

『―――マユミ、アナタは少なくとも、どんな感情を持っているかはともかく実父を持ち、そしてその父親の庇護のもと育てられてきた』

 

『家を、家族を―――一番側にいた人間である父親を理解することもしない人間が、大勢の人間のために動こうとするなど烏滸がましいのですよ。何故ならば、少なくとも私の眼にはコウイチは、父親として決して娘から悪罵を言われるような存在ではないと理解しているからです』

 

『―――、一番近くにいる父親という家族を理解することも、知ろうとも、向き合おうともしないアナタが―――『他人』ばかりのこの学舎で、誰に対して向かい合っていたのか分からない限りですよ。アナタの眼には―――『何も映っていない』』

 

『……ここまで偉そうに語っていましたが、私も昔は、少々『意固地』で通していた気はします』

 

『―――ですが、本当の意味で守るべきものは、父親の姿を見ていれば分かったはずです』

 

『―――場所ではなく、『人』を、そこに生きる人々を守る。そこに生きる人々の『真なる思い』を知る。アナタに足りなかったものは、それですよ』

 

 

……全てを思い出して真由美は、少しだけ思う。

 

もしも、父に仁義と筋を通せば、多くの魔法家からは手勢が多いとされる七草家(我が家)の人々……名倉のようなある種、『閑職』に『左遷』されてしまった人を、魔法科高校の教師に据えることも『融通』してくれたはずだ。

 

国防軍でも名うての殺し屋、壊し屋として名を馳せた名倉が、父の執事や真由美のガード程度で収まらせているなど、人材を腐らせているようなものだ。

 

(七草はある種、人材をプールしているんだから、そこから開放することもできたはずなのに)

 

何故、それを『実行』出来なかったのか。名倉を見て、鈴音を見てきた真由美ならば、『御家断絶』をされた人々に栄達を与えるチャンスを。そんな文言で父に通すことも出来たはずだ。

 

懸命に、必死にプレゼンすることで、はたまた脅し透かしすることで……。

 

けども。

 

「―――――羨ましいわ。本当の意味で尊敬できて、そばにいてくれる両親がいることが」

 

やはり父に対する感情は複雑だ。未だに離婚が成立していない別居中の母との関係の整理など、諸々考えて……そうなってしまった。

 

「………家にいるだけいいじゃないですか。俺のオヤジなんて、お袋が死んでから外に拵えていた愛人の家を住まいとしているんですから」

 

「そう」

 

達也のフォローにならないフォロー、本人はフォローのつもりを聞いても、淡白な返事でしかない真由美は―――。

 

「会長。そろそろ入っても構わないそうです」

 

―――五十里の言葉で大トリとして入場することになるのだった。

 

主役の一人というか、多くの高校の目的であるアーシュラに声を掛けることはしない。なんかそういう『注意』をすれば、頑なになりそうな気がしたからだ。

 

懇親会以来の大ホールにて、無知の知を思い知らされることになるのだった。

 

 

 

「まぁ、アーシュラにそういった対応を強要するわけではありませんでしたけど……」

 

「まさかマジでメシを食うことだけに専念するとはな……」

 

だが趣旨は違ってはいない。結局、アーシュラは『千葉エリカ』というホテルの『従業員』の平謝りの元、悪くなりそうな食材を消費するためにやってきたのだから。

 

懇親会の時には、『変なヤツ』『女子力ゼロ』『知らない女』(一般人)『九島閣下に失礼な女』というのが、大方の見方であったのだが。

 

今日に至るまでに、それらを覆してきたのがアーシュラなのだ。

 

誰もがアーシュラと話したいし、何かを知りたいと思うのだが……。

 

 

「おかわり」

「は、はい!! 美月ちゃん! ここは私が何とかしますから、厨房の方をお願いします!!」

「わ、分かりましたガレスチャンさん!」

「なんか呼び名が違いますね!」

 

唯一のテーブル席。そこには大海原に広がる島々のように美味礼賛な料理の皿がいっぱいあった。

そんな風に色彩豊かかつ容量一杯に広げられた料理が無くなっていく光景は、何かのコントにも思えたのだが、それは現実にあるのだから仕方ない。

 

グルメ細胞を持った超人よろしく、15億の賞金首の海賊船長の食事シーンのように、カラの皿が積まれていっては、洗い物に回される。

レオや幹比古が持っていくカートに積まれる皿の量は、いつでも積載量ギリギリだ。

 

「アーシュラ姫、こちらのミネラルウォーターでお口直しを。私が水ソムリエとして姫の食事をサポートさせていただきますよ」

 

「大儀であるギャラハッド」

 

言いながらグラスに開けられた透明な水―――事実、口中をリフレッシュさせるものを飲むアーシュラは、所作とかグラスをくゆらせる様子に何かの貴族・王族を思わせる。

 

「ギャラハッド。お前一人にそれをやらせるわけにはいかない。ここは『湖の騎士』として、私も手伝おう」

 

「富士五湖の水質を改善して、釘パンチでも打って湧き水を出してからやってもらおうか」

 

「ギャ、ギャラハッド―――!! お父さんにグルメ細胞の悪魔(?)は、いないんだぞ―――!!」

 

ガン泣きしそうな龍太郎ボイス(?)は、日頃から『寺』で達也は聞き慣れているのだが……。

 

まぁ色々と思うところはある。

 

「というか、この分だと俺たちが食べる分も無くなってしまうんじゃないか?」

 

「だ、大丈夫ですよ。みんな少食ですし」

 

そうは言うが、何も腹に入れないで終わるというのは、流石に妹も止しておきたいようだ。

 

そもそも『みんな』とは言うが、全ての高校生がそれでいい訳がないと思うのだが……。

 

食事を楽しむ彼女は、この上なく生き生きしている。

 

「アーシュラと会話したいというのに、会話出来ない状況だな……」

 

テーブル席に近づかせまいと、ボーイ姿のサーヴァント達……4月の闘いでも見た騎士たちが、アーシュラのテーブルの周辺に展開をして、護衛をしているようにも思える。

 

明らかな『特別』扱いだが、それに文句を言うことも出来ないほどに、誰も近づけない。

 

百戦錬磨、常在戦場を旨としてきた強者のオーラを感じて、あの一条将輝や十文字克人でも後ずさり、物怖じをしてしまうのだ。

 

(サーヴァントは英雄だ。アーシュラが使役している者たちも、かつては古き時代の戦場で名を馳せた存在なのだろう)

 

もはや、その『正体』は、流石にそういった伝説や神話に疎い、専門外である現代人真っ盛り(?)な達也でも理解しているが……。

 

(何故、アーシュラを『姫』(プリンセス)と呼ぶ……?)

 

そう呼ばせている―――わけはない。彼女はそういう格式張ったものを嫌っている。ただの召喚者であり使役者であるならば、『マスター』でいいはずだが……。

 

少しの嫉妬心を疑問と共に持っていた時。

 

「……お兄様」

 

目線と声で訴えかける妹。

要求されていることは理解できる。

 

「――――――やはりオレなのか、オレだけなんだな」

 

「……なんか嬉しそうに聞こえますけど」

 

「妹に頼られたことに嬉しいんだよ」

 

「お兄様のウソって分かりやすいから、深雪はキライです」

 

中々に痛烈なことを言われたが、期待には答えねばなるまい。というか、そもそも他人の技法や技術を聞き出すということはマナー違反のはずなのだが。

 

全てが不明の圧倒的技術の一端だけでも知りたい。問われて答えるとは限らないというのに……。

 

「――――――」

 

それでも達也も、それを知りたい一人であり、この中では十文字会頭などを除けば、現代魔法師として関わりを深くしていた一人なのだから。

 

歩みを進めていく達也の姿に、誰もがざわつきを覚える。

 

給仕服とホテルのボーイの中間の服を着込んだ一人。眼を伏せて岩のように固まっていた一人が眼を開いて問いかけてきた。

 

 

「ご用件は?」

 

「―――アーシュラと話がしたいんです」

 

「分かりました。どうぞ」

 

てっきり『メリエンダ』の真っ最中だから邪魔するな、などと言われると思えただけに、道を開けてもらった時には少しだけ意外な思いだった。

 

「隻腕のベディヴィエールに話しかけるとは、イノベイター同士で繋がりでもあるのか?」

 

「何の話だよ。俺はメタル化もしていなければ、北米空軍のトップガンでも無いんだが」

 

声は昔から似ているなどと、2010年代のレトロアニメ好きな小・中の友人などから言われていたが、感情を消された達也に、あのように強い感情の発露と執着心を剥き出しにした行いは出来そうにない。

 

ただ一機であっても世界を変える。変えていく……天の御遣いを自称して、地上に死を撒き散らす矛盾存在(アンビバレンツ)

 

超絶な力と意思を以て、全世界から戦争を根絶するために絶望的な戦いに挑む存在。焦がれていき、しかし最後には憎悪に変わってしまう……。

 

(考えてみれば、アーシュラはそれ(GUNDAM)に近い存在か……)

 

しかし―――。あの作品のエースパイロットのように、最後に憎悪に変わることは出来そうにない。

 

何故ならば……。

 

彼女の色んな面を知っているからだ。戦いだけが彼女の中にあるものではない。

 

アーシュラの快活さ。

 

アーシュラの眼差し。

 

アーシュラの深謀遠慮(先読み)

 

―――アーシュラの可憐さ。可愛さ。綺麗さ……。

 

どれもこれもが、達也に焼き付いた深雪以外に向けられる感情の全てだ。

 

スプーンを口に咥えながら、顔だけをこちらに向けてきたアーシュラ。

 

平素な顔をこちらに向けてきて、疑問符を浮かべているアーシュラに対して……。

 

「――――なにやってんの?」

 

「すまん。後ろから抱きつきたくなった。俺は案外、我慢弱く落ち着きのない男のようだ」

 

「生憎だけど、ワタシはあなたみたいな姑息な真似をする輩が大のキライときている女よ」

 

そんな分かっているやり取りをしている事実も含めて、最大級のどよめきどころか大騒ぎが起こる。

 

「おおおおおおお兄様!!!! ななななな何をやっていられるんですかぁあああ!!!!!????」

 

「達也さん………ウソ―――ですよね……ウソウソウソウソウソうそうそそそおそそそそそそ―――こんなのおかしいですよ!!!」

 

達也を兄として男として慕う2人の女の慟哭と、同じくらいの色んな思いが、会場中を包んでいる。

 

バックハグ……レトロな言い方で『あすなろ抱き』をしている男女という、ちょっと時間としては、2090年代の日本の高校生には早すぎる展開に、九校全てがどよめいていたのだが……。

 

「一応言っておくけど、用意周到なアナタにしては随分と迂闊ね」

 

「その意味は?」

 

「だって――――こわ〜〜いオジサンが、こっちを睨んでいるんだもの」

 

こちらを細い目で見ながらも、言葉でテーブルの先に人差し指を向けるアーシュラ。

 

そこにあったのは簡易的な通信端末。

 

いわゆる映像を送受信できるリアルタイム通信端末。キャビネットのそれの簡易版が立ち上がっており、そこに2人の男女の姿を映していたのだった。

 

「し、士郎先生……!アルトリア先生……!!」

 

今、何処に居るのかは定かではない。だがそこにいた一高の教師の内の一人は、『我―――怒れ人なり』と言わんばかりに怒髪天を衝いていた。

 

だが次の瞬間には、少しだけ怒りを納めていた。

 

『まぁ、お前が色々と『大活躍』なのは、アーシュラや『関係各所』から聞いているから……それぐらいは、ご褒美として許してやる』

 

不承不承の唸りながらの言葉を掛ける衛宮士郎の言葉に、『両方』の意味で礼をするのだった。

 

「ありがとうございます」

「娘の身代をそんな簡単に他人にゆずらないでよ」

 

娘はあまりいい表情ではないが、そう言われては、まぁいいかと思うも……『後ろ』の方がウザいだろうなーと、考えを別の方向に向けるのだった。

 

でなければ、同級生の男子に後ろから抱きしめられているという事実に、アレな思いを抱いてしまうのだから……。



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第62話『大夕食会Ⅱ』

 

「―――で、ご夫妻はいま何処に?」

 

画面の向こうにいるアーシュラの両親、一高の教師の所在を確認すると、予想していなかった場所が提示される。

 

『南極だ。人理継続保障機関フィニス・カルデア―――少し前までは、ハワイとラスベガスでアレコレやっていたんだがな。一気にとんぼ返りだよ……まぁ俺たちのことは、いいだろう。アーシュラ、立華はいないんだな?』

 

「現在、『教会の和尚(・・)さん』との『会合中』。エリセ立ち会いの下で『般若湯』を地に振る舞っているようです」

 

その言葉の不可解さを近くにいる達也は詳細に聞いて、噛み砕くに何かの符丁かと思いつつも、ふむ、と考えた士郎先生とアルトリア先生の顔。

 

『ではアナタに、言っておきましょう。カルデアの総意を告げます―――『秘密の一つくらいくれてやれ』。以上です』

 

「具体的には?」

 

『そこはアナタのマスターと共に、考えながら口にしなさい。ワタシは関知しませんから』

 

その言葉を受けたあとに、立華と六高の一年トリオが、駆けるように会場入りをするのだった。

 

「おつかれ~。ギャラハッド」

 

「承知。4人とも、私の『杯』で駆けつけ一杯どうぞ」

 

「ありがとうございます。サー・ギャラハッド―――ってアーシュラ! 人類史に刻まれた英霊を、執事みたいに扱って!!」

 

下知を受けたギャラハッドの行動というか、アーシュラの言動を諌めるは、宇津見エリセだったりするが、ギャラハッドは『お構いなく』という。

 

「ミス・エリセはやはり硬いですね。何やかんや言っても、我らも現世らしいことをしたい『人間』が多いんですよ。かの征服王も、冬木の地で我らが王と戦った際に、様々な遊興に興じたそうですからね」

 

「そ、そりゃそうかもしれませんけど……」

 

要は英霊にも人格があり、昔のままではいられない。現世のことを知れば、それに興味を持ってしまう。

 

「あの日の(じぶん)がいる。夢見る英雄(ブレイブ)じゃいられない―――そんなところか?」

 

「ザッツライトです。ミス・カリン」

 

ロックでダンサブルな少女の一言で、聖杯の騎士は我が意を得たりと言わんばかりに賛意を示す。

 

「とはいえ、我が王の水着姿を前にして、ペンライトを持ってヲタ芸をする騎士もいるほどなので、現世(俗世)慣れするというのも考えものですね」

 

その言葉で3人ほどの『騎士』が、ギクリ! としたような顔をする。

 

「ちょっと待ちなさいギャラハッド! アレは我らアロハ三騎士なりの、王への敬意と忠節を表現しているのだ! 断じてそのような低俗なものではありませんよ!!」

 

「然り、すなわち王は我らがアイドル。ポロロン♪ ポロロン♫」

 

「年若いお前には分からないだろうが、我らほどの騎士ともなれば、実物の王でなくとも忠節を捧げられるのだ!! 息子よ!理想の主君と共に王道を歩むとは、そういうこと(?)なのだ!!」

 

熱烈に語る金髪の偉丈夫に追随する薄目の楽師(?)風の男が、言葉少なにしながらもハープ(?)を弾いて見事な音を鳴らす。

 

そして最後の置鮎ボイスは――――どういうことだってばよ。としか思えず。

 

『『『気持ち悪いですね』』』

 

画面越しのアルトリア(笑顔)、ギャラハッド(汚物を見るような顔)、アーシュラ(平淡な顔)で返すのだった。

 

ショックを受けたのか、アロハ三騎士『再起不能』(リタイア)とでも付きかねない様子で打ち拉がれるのだった。

 

『それでは、仔細はお任せしますので、あなた達でやってみせなさい。いつまでもお守りが必要な歳でもないでしょう。一高を恐怖独裁支配するのも一つでしょうしね』

 

話の終わりのつもりなのか、アルトリア先生がそんな言葉を画面から掛けてきた。

だが最後の文言に関しては、色々と想うところはある。

 

というか、そんな計画を進行させていたとか、止めてくれよ。という想いを抱く。本気でこの2人が、それを画策した場合、どんなことになるか分からない。

 

カウンターとして有効なユニットは、教師2人だけなのだから。

 

『それじゃおやすみ。明日も頑張れよ』

 

「明日はお休み―――というよりも、もう『出場競技は無い』んだけどね。おやすみ〜お仕事がんばってね」

 

『ああ、そして司波―――タイムオーバーだ。離れろ』

 

「―――はい」

 

娘とのやり取りを終えた士郎先生に、次に声を掛けられた達也。名残惜しさを覚えつつも、『出場競技が無い』というアーシュラの文言に引っ掛かりを覚えて、何気なく、後ろにいる旧・モノリスコード出場組―――現・プリンセスガード出場組を見ると、眼を伏せて悔しさを耐えているような顔をしていた。

 

一番に顰めっ面をしていた森崎を気遣う滝川を見つつも、教師2人にしてアーシュラの両親との会話は終わった。

 

「―――発令された『オーダー』は?」

 

そしてこれも予定調和だったかのように、油淋鶏を頬張る姫騎士に問いかけるカルデアのマスター。

 

答える言葉は。

 

「open the secret thinking layer」

 

それを聞いた瞬間、ふむと考えた藤丸立華だったが、すぐさま破顔する。

 

「オーケー。分かったわ」

 

そして、魔術師の中でも異端の中の異端たちを知るための『会話』が始まる―――のだが……。

 

「司波くんは、『あっち』に居たほうがいいでしょ? バックトゥザセオリーサイド!」

 

「意味不明な英語を使うな」

 

だが、流石に深雪があんな悲しい顔をしているのは『兄』として申し訳ない気持ちになる。ほのかに対しても若干の申し訳無さを覚えつつ、魔法師側などとも言える群衆の中に戻るのだった。

 

(結局、アーシュラと話すことは出来なかったな)

 

まぁ聞きたいこと……彼女たちの秘密を聞く役目は自分じゃない方がいいだろうと思えた。

 

「藤丸さんも来たことだし、ちょうどいいんでしょうね―――端的に一番の謎に対して聞こうと想うわ」

 

トップバッターとして出てきたのは七草真由美。彼女としても連日に渡って各校からアレコレと問い合わせを受けてきただけに、いい加減聞きたかったのだろう。

 

「あなた達の使う魔術と私達の使う現代魔法―――どうしてここまで圧倒的な差が着くの?」

 

「年季が違うとしか言いようがないですね。BC世紀の終わり、AD世紀の始まりに現在の魔術の歴史は始まったので、凡そ2000年以上の積み重ねがある。それだけですよ」

 

聞き方が悪かった。そうとしか言えない真由美への回答。しかし改めて聞くに魔術の歴史は自分たち現代魔法師に比べて長過ぎる。

 

現代魔法は、その歴史を古き時代の遺物としてきた―――と自称しているが、実際、本気を出した魔術師たちの術式や使い魔などは、自分たちを滅殺するに相応しいものばかりなのだ。

 

古式魔法とも違う『魔術』―――それは何なのだと想うのは当然だ。

 

「……だが、それだけならば、何故―――古式を現代的に解釈して、登録したはずの現代魔法が追随出来ないんだ? 俺たちは―――何か『致命的』なものを見逃しているのか?」

 

「まぁ『ある意味』では」

 

十文字克人の言葉に、アーシュラが短い返事で答える。そしてのちの言葉は正鵠を射抜くものであった。

 

「少々長い話になりますし、あなた方が信じられるかどうかにもよりますが、まぁ話してあげましょう。どうせ遅かれ早かれそれに気づくことになるんだから」

 

藤丸の嘆息気味の言葉。

 

「まず前置きとして知っておいてもらいたいのは、地球という惑星(ほし)に張られた織物(テクスチャ)―――『人理版図』と呼ばれるものに関して」

 

 

 

「―――かつて私の教育係であった魔術師は語りました。世界の在り方とは薄皮一枚隔てているだけで、さほどの違いはない。と、人間の世界も妖精郷も、惑星(ほし)に張られた『外観』の一部でしかないのだと」

 

「その薄皮一枚隔てた先に行くのに俺は、結構苦労したんだけどな」

 

「苦労の甲斐はありましたか?」

 

「そりゃもちろん。キミにもう一度会えたんだからね」

 

「シロウ……」

 

管制室でいちゃつかないでほしいと想う面々が多いというのに、この2人は変わらない。ともあれ観測を続ける面々は、正しくプロフェッショナルであった。

 

そして導き出されていくものを見ていく……。それこそが人類の未来に貢献出来るのだと信じて―――。

 

 

「―――惑星(ほし)というのは、その地表で活動する生命(いのち)によって物理法則を変えていく。かつて神秘と魔力が満ちていた神代という時代が終わりを告げたのは、人間が霊長の座に着き、最大多数になったからこそです。

人格を持っていた自然()は、ただの自然現象に変わっていき、大気中の真エーテルは霧散した」

 

言葉と同時に、『礼装』で『天体観測図』―――プラネタリウムを会場全体に映しながら、立体映像とも言える『地球儀』―――バレーボールサイズの地球儀には何かの線、赤と緑のが真っ直ぐではなく、重なるところがありながらも、地球に落書きのように引かれている。

 

一拍区切り、全員の反応を見る立華。戸惑い、困惑、不審―――色々だがそれでも話を続ける。

 

「最後の神代魔術の実践者『ソロモン王』の死去により、この惑星(ほし)は神代と決別をした。同時にそれは―――この惑星(ほし)は、あらゆる自然のサイクルから独立して生きていける『人間』の手に渡った。

そして、人間の知性とも精神性とも言えるものは、『不確かな法則』という『闇』を照らすことを選んだ。

いわゆる自然科学の分野の発展こそが、それに当たりますね」

 

それは人間の歴史とも言えるものだ。それが……どうしてそこまで魔術の優位性に繋がるのか。誰もが固唾を飲んで言葉を待つ。

 

「結果として惑星のルールが、『人間が生きるために最適化した法則』に変化をした―――ということです。同時にそれは、妖精や巨人、竜などという存在にとって生き辛い世界になった―――この後、魔術師側で言う所の『第一の魔法使い』の死去を契機に、擬似エーテルの発見が為され、魔術の実践が可能となり―――ブリテン島―――ブリタニアを主とした、魔術師の組織であり学舎、『時計塔』などが刻まれていくわけです」

 

「……そう納得しておくとして、それがどうして俺たちの弱体に繋がるんだ?」

 

克人の焦れたような言葉に、嘆息しながら立華は説明を続ける。

 

「前置きというやつを理解していただきたいもんですね。要は―――現代魔法で言う所のエイドス改変というのは、この『人理版図』(テクスチャ)とは別のところに打ち込まれている。先程の例で言えば―――『現代魔法』という別の法則(異性法則)が惑星上に敷かれているようなものですよ。要は『魔法師』という作られた生命(デザインビーイング)にとって『都合のいい法則』というのがね」

 

「な、なんだと? 現代魔法及び古式魔法の『発見』というのは―――人理とは別口だというのか?」

 

あからさまな動揺をする十文字克人。

 

前置きの話を考えるに、まるで『魔法の存在が惑星(ほし)にとって異物』という表現は、何とも言い難いものはあっただろう。

 

その前の立華の『デザインビーイング』……作られた生命という表現に、少しだけ眉根を寄せた面子が多いのもあっただろう。

 

まぁ世の人のイメージ通りではあるのだが、決して表現として間違いではないが、もう少し手心を加えてほしいココロはある。

 

「先程言ったように『ヒトの知性の方向』が、見えないものを明らかにする。

医学分野においては、近代の当初においても細菌という病原を発見することを是としてきた顕微鏡()が、ウイルスというミクロの世界の『病原』を見えることに進化していったように、ヒトの知性は疫も、干魃も、冷害も『己の力』で乗り越えていく方向にシフトしていった―――しかし、こと私の眼というよりも、魔術師全体の認識では、『魔法師』というのは、少々違うと思えた」

 

「……続けろ藤丸」

 

これ以上は、正直いえば聞きたくない想いが生まれつつあったが、それでも十文字が聞くことにしたのだ。それを聞くまでは、耐えなければいけない。

 

「魔法師のサイオンというエネルギーは、地球―――『ガイア』に由来するものではない。我々は、極論してしまえば、この時代においても地球と対話し『仲良し』になることでしか、大規模な魔術を発動できない。地球の血脈、龍脈、レイライン、霊脈―――何でもいいですが、まぁそこは置いておくとしても、みなさんが扱っている想子(サイオン)の正体すら『不明』じゃないですか。ほら、この時点で『人理版図』の在り方とは真逆になっている」

 

「エーテルは違うのか?」

 

「先に言ったように、霊脈上に点在する『霊地』。まぁパワースポットとも言える場所から吹き出す『地球のエネルギー』を、己の中に取り込むなり、己の体内疑似神経『魔術回路』で生命力を『魔力』に変換する―――まぁそういうものなんですよね」

 

その辺りは達也などの2科生は、士郎先生から聞かされていたので理解は及んでいる。だが、まだ魔法師が魔術師に及ばない理由の説明がまだである。

 

「先程言ったように、惑星表面上には幾重もの『テクスチャ』が張られている。

神代にはルールとされた層よりも古い『古代』の層もあったりする……」

 

言葉で藤丸立華は、水平に立てた腕―――掌の五指すら揃えて前に出した両腕を―――、左右で揃える前に『段違い』にして、肘を曲げて胸の前で再び腕と手に段差を作る。

 

「そして克人さんの疑問に関してですが、単純な話。人理版図側に打ち込まれた魔術式は、人理版図よりも『上』に食い込んでいる現代魔法の層。そこに打ち込まれる魔法式は、魔術式という人理版図より「下から突き上げられる」形で霧散する。特に同じような座標に打ち込まれた瞬間、本人の技量や術式の精度などありますが―――概ね、これこそが、回答になりましょう」

 

下にあった手で上にある手を押し上げた立華の手振り身振り付きの説明で、今まで多くの魔法師たちが、懊悩していたことに解が得られた。

 

だが、一つの疑問も生まれる。

 

「ちょっと待ってくれ。それでも惑星のルールが上書きされていくというのならば、僕たちの魔法式は決して君たちに負けていないはずではないのか?」

 

「いいえ、それはありません五十里さん。何故ならば、魔法師は決して惑星における『多数』ではない。『霊長の地位』にはいないからです。そして何より、人理版図の在り方、不明なもの、閉ざされている、隠されているものを明らかにするとは『真逆』の知性の方向性と、その恩恵もまた『多く』に与えられていない時点で、魔法師が定めたルール(法則)は、惑星(ほし)にしっかり根付いたものとはいえない―――」

 

五十里 啓の言葉に応えるのは、エリセであったりする。意外な想いを懐きつつ、喉を詰まらせたかのようになりながらも、言葉は続く。

 

「サイオン活動の根源も、いずれ魔法師は解明出来るかもしれない。はたまた『霊体』に対する『科学的な見地』も、いずれは出てくるかもしれないし、実践する存在も出てくるかもしれない―――けれど、『それだけ』です。

地球上に見えなくなった竜、巨人、妖精、人狼……幻想種は『見えなくなった』だけで、『いなくなった』わけではない。世界の裏側にシフトしていっただけですから、神話時代に人間を脅かしていた強大な力を有していることに変わりはない。ただ単に『生きづらくなった』から、惑星の表層(ちひょう)から消えただけなんですよ」

 

これはアーシュラの言葉。それを受けて、五十里も黙らざるを得ない―――インド神話におけるアスラの王、ヴリトラの力を解き放ったアーシュラが言えば、それは真実味を帯びる。

 

咆哮と共に解き放たれる黒竜の全て、黒焔の大津波……ミニスカドレスという卦体な格好、ビッグな胸元を露出強調して、外気に晒される太もも……耳元に吹きかけられる竜の息吹(ドラゴンブレス)ならぬ艶めかしい吐息―――。

 

「ちょっと啓! アンタなにか胡乱なことを考えてるわね!? そんなにまでも巨乳が好きか―――!? メイちゃんにも劣る貧しい胸で悪かったわねー!!」

 

ガン泣き寸前の様子を見せながら、真っ赤な顔で鼻を抑えた五十里啓に掴みかかる千代田花音の姿に、『何があった』かを他校の殆どが疑問に想う。

 

 

「前に克人さんには言いましたよね。魔法師は『浅い』んですよ。色々と―――」

 

「むぅ……反論しようにも証拠が無い。というよりも……」

 

 

―――その説明こそが、正しいのだと本能で理解してしまっている―――

 

そんなことを多くの魔法師が無言で想いながらも、夕食会の混乱は続く……。

 



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第63話『大夕食会Ⅲ』

3月のライオンならぬ6月のきのこ、か……信長さんめ。うまいこといいよるわ(え)

※  第57話『敗者たちの栄光』の前書きより


こんなことを言っていたせいか、それともマフィアが前からいっていたのか―――。

ウミノクマが来ちゃったよ―――!!(爆)

まぁ納期とか考えるに前から接触していたんだろうな……。

そんなアヴァロンPU第一弾においてモル姉さんとガウェインを手に入れた私は確信した。

『あー、つまりまずこっちを書けと言うんだな。オーケーオーケー』(間違い)

そんなこんなで新話どうぞ。長々と失礼しました


 

 

「俺達……魔法師が認識しているエイドス・イデアというのは、世界の見え方の正しいものではないのか?」

 

何気なく口を衝いた達也の質問に、立華は口を開く。

 

「以前にも言ったような気がするけれど、目に見えるモノ、形あるモノ、不朽不滅なモノだけが、この世にあるものじゃない。地球の裏側での蝶の羽ばたきが、世界の気象状況に影響を与えるように、世界は常に揺蕩(たゆた)っている―――その『揺らぎ』を考慮していないってところでしょ」

 

結論としては―――魔法師は常識的な尋常の世人を畏怖せしめる力はあれど、世界の、地球(ほし)の深層を知り、真理にして神理に通じたものたちを脅かすことは出来ない。

 

重苦しい沈黙が、少しだけ降り立つ。

 

藤丸立華からすれば、この程度で意気消沈するようでは、早晩にでも教会の代行者たちに抹殺されてしまうだろう。

 

「―――で、そんな所で『釈明』のための説明はよろしいでしょうか?」

 

「……ああ。一条もそれでいいか? アーシュラの放った防御術にして聖都は、我々とは『深さ』が違う術だ。そう一条殿に伝えておけ」

 

「―――はい……衛宮さん、藤丸さん―――もうしわけない……」

 

((番付を落とすわけにいかない『横綱』というのも、面倒そうね))

 

秘密を明かしてくれたことに対してなのか、頭を深く下げる一条に、内心でのみそう想っておく。

 

結局、どんな場所での取組であろうと、大関・横綱としての相撲を取らなければいけないという十師族制度にいる以上、そんなものだ。

 

もっとも、魔法師の横綱として全ての番付力士……魔法師の上座に君臨するならば、『品位や行儀』というのも必要なのだが……。

 

(オンナにかまけて三段目に降格しそうな男だ)

 

どうでもいいことだが、魔法師にはそれがない。

己としての立脚点(れきし)が力にしかない。力を求めることでしか己を現せない―――。

 

だから歴史を知るべきなのだ。自分を、己を、見つめるために。

 

「で、聞きたいことはこれで『ハイハイハイ!!! 私、ちょー聞きたいことがある!!』―――エイミィ……」

 

これ以上は、アーシュラの秘密の暴露に繋がりかねないとして、お開きにしようとした際に、勢いよく手を上げて飛び跳ねる迷探偵が集団の中から出てきた。

 

赤毛のマロ眉の同級生は、眼をキラキラ輝かせていて―――。

 

 

「ズバリ言えば!! あれこそが、伝説のアーサー王が居城とした、城塞都市ロンディニウムにありし、キャメロット城なの!?」

 

「「―――ご想像にお任せします」」

 

「否定も肯定もない官僚的答弁!? 教えてよー!! アレって『ノウブル・ファンタズム』の一つでしょ? ヒトの身で、そんなものをフルで使えるなんて、スゴすぎだよ!!」

 

「まぁそうなんですけどね。けど、そういう『家系』なのよアーシュラは」

 

「ブラックモア村の再現霊媒みたいなものか……それでもアレが、白亜の城こそがキャメロット城であってほしい!!」

 

この中ではキャメロット城のことを知らない面子は多い。何となく程度ではあるが、アーサー王の城というのは、一条との戦いのあとにデータ検索して理解したのだが、興奮しきりの明智英美とは違い、詳細を知らず、その価値すら知らない魔法師では、なんというか置き去り状態だ。

 

茶器に『名物』としての価値を着けた織田信長のように、あの城にそういった価値があることを理解できないことがもどかしい。

 

当然、『術』としての効果は、十分に理解しているのだが……。

 

「明智さん。ノーブル・ファンタズムってどういうものなの?」

 

ノー!ノー!(NO! NO!)! 七草先輩! ニュアンスが違います! ノ()ブル・ファンタズム。伸ばすんじゃなくて、言い切るように発音してください!!」

 

「え、ええ……?」

 

まさか、そこに言及されるとは思わなかった困惑する会長。手を大きく振る大仰な仕草で、英語の発音に関して言われるとは想っていなかったのだろう。

 

「話が進まないからいいよ。エイミィ教えてあげて」

 

焼きサンマを頭からいって、5匹食い終わったアーシュラがそんなことを言ったことで、咳払いしてからエイミィは説明をする。

 

「ノウブル・ファンタズム―――和名で訳すれば『宝具』と呼ばれる、最特級の概念礼装にして概念武装―――それは、多くは英雄の武器や説話・逸話・伝説を具現化したものです。その形状や効果……はたまた器物であるか否かすら、論じることが無粋(ぶすい)な、現代の魔術及び現代魔法・古式魔法が及ばないステージにあるものです」

 

「……確かに、一条君の魔法が何一つ届かなかったことから、あの城の防御力は凄まじいものだと言えるわ―――けれど……」

 

何故、ここまで差が着く? 少なくとも十師族は、日本の研究機関が最高位の『戦闘兵器』として、様々な実験を行って作られたものだというのに……。

 

(確かに立派で綺麗で、荘厳な城だった……正直、無駄な造形だなんて言えないぐらいに、魂が震えて―――)

 

そして『効率』だけを優先した自分たちが、邪道だと言わんばかりのアレは、簡単に認めるわけにはいかない―――。

 

そんな真由美の内心を見抜くように、立華は言葉を連ねてくる。

 

「アナタ達が納得いかないのも無理はありませんね。けれど、『そうであるのだからそうなんですよ』。尋常の世の理を超える。それが『魔』というものです」

 

先んじた藤丸立華の言葉に、真由美の反論はどうしてもなくなる。否定しようとすれば、自分たちのことすらも否定せざるを得なくなるからだ。

 

まさか、物理法則を司るはずの『地球』の側の理屈を出されては―――。

 

「現代魔法的な理屈に照らせば、ロード・キャメロットは、恐らくあの時点で『同じ時間軸』には無かった。しかしながら、その防御力は確実に『現在時制』からの攻撃をシャットアウトした。そういう風に解釈しておけばよろしいかと」

 

同じ時間軸には無い。されど現出した城は一条の攻撃を通さなかった。

 

それが、どれだけの物理法則の常識を越えているのか、理解に及べないものたちは多い。

 

「で、でも……そんな風なこと―――」

 

「―――『あり得ない』などと言わないでくださいよ、光井さん。

今日に至るまでにわかっているはず。特に一高生は、骨身を砕かれ引き裂かれる痛みと、吐いた血反吐で存分に味わったはずだ!

『我々の業界』で―――そんな幼い言葉(・・・・)は何一つ! 通用しない!! 」

 

そんな中でも勇気を持って、否定とも拒否とも言えないが、言葉を濁そうとした瞬間、立華は言葉を先んじて否定し、そして全員の心臓を言葉一つ、目線一つで掴んだ。

 

「ヒトが、広すぎて深すぎるこの惑星(ホシ)(ソラ)の理屈をどれだけ知っているというのか……!! 実に烏滸がましい限り!! それならば、あの反魔法師団体との戦いでも、アーシュラの手を借りずとも、魔法力の弱い2科生、英雄クー・フーリンを熨せたでしょうに。けど結果は無残・無常・無情の限り。ああ哀れ…」

 

「「「「―――」」」」

 

口を噤んでたじろいだ光井ほのかを筆頭に、誰もが、その言葉にどうしても絶句してしまう。

 

何故ならば、原理が定かでないものを解き明かしてきたと自称しているのが、魔法師だからだ。

 

でなければ、昨今ようやく開発できた飛行魔法も、いままでは不可能とされてきたものでしかない。

 

だが……それは所詮、『人理版図』上での物理法則を改変しただけの、浅いチカラでしかないのだ。

 

そう、魔術師たちはかく語り、自分たちとの違いを教えていくのだ。

 

「だからこそ、『あのような戦い』が起こるなんて、想像だに出来ていなかった。準備万端で迎え撃った所で、結果は変わらなかったわけですしね」

 

「それは……」

 

そして、そんな魔法師たちの常識を覆すチカラがあるのも事実。ここにいる一高生たちの、あまりにも幼い認識こそが、あの惨劇を生み出したのだ。

 

「魔法師は、目の前の現実を正しく認識するのが、第一条件だとか言うらしいですけど―――正直言えば、浅い限り―――我々の見えている世界なんてのは、星の側からすれば、表面(サーフェス)の一側面でしかないんですから。

我々は、我々の見ている世界の見え方ですら、疑ってかかるべきなんですよ」

 

藤丸立華の言葉は、とことん魔法師の眼を抉っていく。

 

 

「よって―――これ以上の詮索は止してもらいましょうか。アーシュラのチカラは人理守護のための貴重な源泉。ひけらかすのは趣味じゃないので」

 

「……俺たちはお前たちと同じステージに立てないんだな」

 

寂寥感を宿した十文字克人の言葉に、藤丸立華は何も答えない。

そんな風に言うならば―――。

 

(一条将輝が敗れたことで、右往左往して狼狽しなければいいんですよ。何もかもを持ちながら前に進もうとすれば、自ずと重みで足は鈍る……何かを捨てる覚悟を持つものだけが、本当の意味で前に進める―――)

 

十師族の一員が、たった一度の敗北で、制度全てが終わるというのならば。

反対にカルデアは『負けっぱなし』の組織だ。まともに『勝ったためし』など、全く無いとも言える。

 

万全の態勢で挑めたことなど、一回もない。

いや、準備万端で挑んだところで、相手方のカウンターで『おじゃん』になり、楽観視していた状況は、全然そんなことはない世界終局の破滅的状況。

 

そもそも、最初の人理修復の旅の初っ端(ファースト・オーダー)から躓いてばかりだった。

 

 

けれど――――――。

 

「―――手に入れるのが『勝利』なら、手放すのは『敗北』でしょうか?

この意味が分かった時に、アナタたちの価値―――私の祖の一人『マシュ・キリエライト』が戦ってきた意味が分かるんですよ」

 

その言葉を最後に、魔術師サイドへの質問は無くなった。というよりも、藤丸立華の言葉の強さ、揺るぎなき信念、そして世界に対する見識の深さに、これ以上の質問は『魔法師』(じぶんたち)を不安定にすると理解してしまったからだ。

 

それこそが―――議会戦術の一つ、「理詰め」という反論を許さないものだとしても、全てのエビデンス(証拠)がある以上、誰も口を開けないのだ。

 

 

「―――難しい話は、よしておきましょう。何だか上手く誤魔化された気もしますから。よって私からの質問は九校戦に関してです、アーシュラさん。何故―――ガードに出ないんですか?」

 

「出なくていいと烈のジジイから言われたから。ワタシは、健おじいちゃんをこの国に帰すために、アナタのところの爆れつプリンスを倒しただけだもの。要するに―――ワタシの『信念』が、ジジイの『背骨』を叩き折ったのよ。後は言わずとも『わかる』でしょ?」

 

淋しげに問う一色愛梨に対して、皮が爆発した油淋鶏、やみつきネギ油(香味)付きを食べるアーシュラは言う。

 

つーか、こいつはさっきから食ってばかりである……。by達也

 

ちなみに、『爆れつプリンス』などと面白おかしく言われた一条は、自分の異名が「あかほりテイスト」に改変されたことに唸るのだった。

 

「………私はアナタと再び剣を交えることを楽しみにしていたのに……」

 

「残念ながら、縁がなかったということで納得して。というか本戦ミラージに出るとか聞いたのに、そんな身体を酷使する実戦競技に出ていいの?」

 

くさくさした思いを持つ一色愛梨に対して、アーシュラの視点は少しだけ違う。

 

プリンセス・ガードに出る『プリンセス』に関しては、出場する競技の限度に関係ない。

 

これは、ガードがモノリスの変則で、かつ実戦的な、いうなれば泥臭い戦いになると分かっているからこそ、『万が一』に備えて、何かしらのアクシデント、重大事故を未然に防ぐためにも、女子エース、ぶっちゃけ魔法力の強いものを入れることを是認することで、それらを回避しようという方向に向かっているのだ。

 

「私か栞が一番、実戦向きの能力を持っているからです」

 

「ふーん。けど、もうワタシには関係ない話よ。新人戦の競技2種目で優勝を決めて、『仕事』はキッチリこなした。あとは適当に観戦しておくわ」

 

まるで会社の通常業務をこなしました的な物言いは、色んな反感を覚える面子は多い。

 

だが、それだけが真理だ。

 

この九校戦において彼女にとって、敵と言えるものはいなかった。

魔法科高校のエリートたちを、ぶっちぎって最強は自分だと示すやり方……。

 

自分が勝つのは当たり前なんだと示す―――100か0か。生か死か。

 

生ぬるい中間はいらない。そういうクセが着いている……。

 

「アーシュラは、そういうタイプなんだよな。自ら己を追い込むことで、そこからの新たな自分を見つけていく……見せていく―――」

 

達也とは真逆だ。相手を圧倒出来るからと、多くを見せないで暗中殺傷。しかし、それでは―――新たな自分を見つけられない。

 

「………」

 

安全圏での戦いに拘泥しすぎていたのかもしれない。自分がこの世に、望まれてか望まれてないかはともかく、生誕してから15年。たかが15年。

 

その中で、四葉の訓練など、あまりにも世間一般の価値観では常軌を逸したものをこなして、自分を脅かす敵などいないと高をくくっていたツケとも言える。

慢心とも言える。

魔法師としても、戦士としても、命を懸けたギリギリのところで甘すぎた。

 

(今度、アルトリア先生は―――少し苦手だから、士郎先生辺りに稽古を着けてもらうかな)

 

そんな風に考えて、両腕にしっかりと巻きつき、離れようとしない妹と友人のことを忘却したい。

 

再びアーシュラに対して「あすなろ抱き」をさせまいとする、決死の行動なのだろうということに、『煩わしさ』を覚えてしまうのだ。

 

「深雪、ほのか。悪いが離れてくれよ。居たたまれない」

 

「お兄様がアーシュラに対して、あすなろ抱きなんて破廉恥な真似を公衆でやらなければ、何もやりません!!」

 

「た、達也さん……そんなことはさせません!! これはアナタの名誉を守るための行為なんです!!」

 

むしろ君たちの所為で、余計に名誉毀損が行われているような。そんな感想を抱く一方で十文字会頭と一条がこちらを見ながら会話して。

 

兄妹!? という単語を一条が驚きながら放つのを聞き届ける。

恐らくあの男、達也と深雪の関係に『愉快な想像』をしていたに違いない―――。

 

まぁ、あり得ざる話だ……。

 

すると、テーブル席に着いていた六高のミニスカギャル(死語)、ピンク色の髪をしたカリンという女子が、遂に誰もが疑問を覚えていたことに切り出した。

 

「ところでさー。アーシュラ〜。お前が着けていた、というより『今』も着けている『エンゲージリング』って、誰からの贈り物なんだ?」

 

輪切りされたレモンと氷が沈んだミックスジュースを飲みながらの質問に、微妙に緊張をした(ように見える)アーシュラは答える。

 

「父さんが、ワタシを使って魔導実験したい相手の為に作ったある種の測定器よ。そんな色っぽい話じゃないわ」

 

「へー、けど何で左手の薬指?」

 

「そこが一番、魔力の通りがいいからよ。まぁ利き手の動きが阻害されない分いいんだけどね」

 

……上手い躱しだ。そう。真実を織り交ぜつつ、決して相手が聞きたいであろう『核心部』をごまかした言い方だ。

 

ああ言っておけば、詳細はアレコレ問われないだろう……そう。何も言わないままだ。

 

隠して生きてきた達也にとって、それは喜ばしいことのはずだった。

 

本当だったらば、自分を知られないためにも、この九校戦とてエンジニアとして出ることすら忌避しておくべきだった。

 

だからといって、やるべきことに手を抜くことはしなかった……。

 

(それはお前だって同じだったはず)

 

そう、達也は苛立ちを覚えている。

 

自分のことを話さないで、お座なりに話を切り上げようとしているアーシュラの態度に。

 

それが正解のはずだ。それが正しい在り方のはずなのに……。

 

どうしても不満を覚えてしまう……だから、どうしようもなくって達也は言うのだった。

 

 

「俺だ―――その指輪型CAD「レアルタヌア」を士郎先生と作り上げて、アーシュラの左手の薬指に嵌めたのは俺だよ。六高のルーキーガールズ&ボーイ」

 

「「「「――――――」」」」

「ワタシの上手い誤魔化しを、砕かないでほしいんだけど……」

 

まずはアーシュラに近かった連中が、驚いた顔をして、アーシュラ自身は『コシャリ』という炭水化物の塊とも言えるエジプト料理を食いながら、嘆くように言う。

 

パスタとライスが運命的な出会いを果たした料理……2020年代に錦糸町辺りからブームを発したこの料理は、何故か……達也には、暗示に思えたのだから。

 

気のせいとか考えすぎとも言えるかもしれないが、それでも―――それを自分とアーシュラに置き換えるなどという、『キモイ』と言われたら嫌だなと、思考の渦に陥っていたところに……。

 

 

「「「「えええええ―――――――――!!!!!」」」」

 

恐らく今大会でも最大の声量ではないかという、一高一年女子を筆頭にした大声が懇親会に溢れ、給仕役であるエリカですら、あんぐりと大口を開けてしまう始末。

 

十文字会頭は、喉を詰まらせたのかお茶でおにぎりを流し込む。

 

最大級の混乱を起こして、夕食会はそれぞれで色んな想いを持ちながら―――一高女子たちは、『全員』で急遽の集会となることは避けられないのだった。

 

当然、その中には……衛宮アーシュラと藤丸立華は含まれているのだった……。

 

 



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第64話『夕食会後、そして七日目へ……』

ホテルに併設されたカフェラウンジ。この真夜中においても営業してくれている場所に、一高女子がオールの面子で集まっていた。

 

本来ならばキャピキャピしていてもいい集まりではあるが、居並ぶ面子からそういう女子特有の空気は感じられない。

 

 

そして、一人の女子の言葉を皮切りに話しは始まる。

 

「んで、真夜中にワタシ一人を弾劾裁判に掛けるという、実に下劣極まりないことをする気持ちはどうなんだか」

 

「そ、そ、そういうわけじゃないわよ……いえ、白状するわ……私はアナタに嫉妬している。アーシュラはお兄様に―――司波達也に冷たいのに、すごく乾いた態度ばかり取っているのに……なんで、アナタばかり……!!」

 

悔しげにうつむき加減に言う深雪に、特に思うこともなくアーシュラは返す。

 

「怖いからじゃない? ワタシの全てはアナタと司波君を上回っているもの。いざとなれば、気に入らない相手を威圧して、脅して、黙らせてきたアナタたち兄妹の在り方は、ワタシには通用しないもの」

 

居並ぶ面子の中でも、主要な会話は深雪とアーシュラになっている。

だが、それを聞いている面子は、どうしたものかと思う。

 

深雪が半ば泣きながら詰る言葉はアーシュラには通用しない。それどころか返す刀で、深雪を斬り裂いていく様子になんというか……色々だ。

 

「だから、ワタシに礼を尽くす方向にシフトしたんでしょ? 言うなれば、太閤が神君を従わせるために、母も姉も人質として送ったように」

 

「お兄様のあすなろ抱きを、秀吉から家康に贈られた陣羽織みたいに語るな!!!」

 

テーブルをばしばし叩いて泣きながら詰る深雪。中々に歴史を知っている辺りに変な関心をしつつ、嘆息しながらフォローをするために、マスターたる立華は口を開く。

 

「まぁ司波君からすれば、アーシュラはいままで周りにいなかったタイプの女子なんでしょ―――深雪さんと光井さんを見ていれば分かるけど、結局、自分に媚びている女じゃないからこそ興味を覚えちゃうんじゃない?」

 

「「こ、媚びている女!!??」」

 

聞き手の品性を疑わせるような言葉だが、一部の人間は『正しい表現』だと思えていた。

 

ほのかと深雪が驚愕しているが、雫もそれは薄々感づいていた。

 

「彼の人物像とか正確にはわからないけど、多分……自分のやることに賛同と称賛だけを与える存在ばかりを周囲に置いて、自分のやることに反意と反対を示す存在をとにかく冷遇してきた―――まぁ実社会でもそういうのがあるけれど、彼の場合、それがとんでもないレベルなのよね」

 

「そうだとしても―――達也さんはスゴイんだもの!! 術式のコードを書き換えたり、ちゃんと理論だてて、戦術だって!!」

 

「別に私は『能力値』的なものを論じてはいません。しかし、その自分の在り方、自分の人間性に対して噛みつかれた時に―――アーシュラはぜんぜん違う存在だった。自分が何か自慢気にしても媚びてこない女だから、どうしても眼を離せないんでしょうね」

 

彼を論じている光井ほのかとて、達也の人間性ではなく、そういった能力的なものだけが優れているとしか語れていないのはどうかと想いつつも、話は続く。

 

「確かに、な……藤丸の言いたいことは、ちょっと私は分かる気がする」

 

「摩利?」

 

今まで一年同士の話を聞いていた、ある意味聞き役であった、3年で風紀委員長の渡辺摩利は、ラウンジにてジュースを飲みながら春先の話をする。

 

「風紀委員として採用した後、即座に委員会本部に2人を連れて行った時、片付けをしている最中の、達也君とアーシュラの会話を思い出すよ。

―――『何故、CADはそんな不効率な道具なの?』 っていう話をな。

そうか……あの時から達也君は、アーシュラに執着していたのか……」

 

「「――――――」」

 

得心・納得をしたかのように何度も頷く渡辺摩利に対して、明確に達也に想いを寄せる深雪とほのかの険相が向けられる。

 

「けれど、アーシュラさんは……司波君を嫌っていますよね? それなのにそこまで近づこうと思うんですか?」

 

「確かに、彼のパーソナリティを鑑みるに、普通(いままで)ならば、排除するなり自然と距離を取ろうと思うんでしょうが……アーシュラの言ったことは公的に正しくて、何より技術者として……男として『なにくそ』と思わせるものだった。 男子として名誉挽回せねばならないとか―――要するに認めてほしかったんでしょうよ」

 

中条あずさも、入学初期の2人の会話は耳に入っていたからこそ疑問を呈したのだが、言われてみれば少しだけ納得する。

 

自分と正反対だからこそ、惹かれることもあるのだと。

 

「だからこそ『Realta Nua』(レアルタ・ヌア)―――ゲール語で『新たな星』という名前が着けられることになる指輪を送ることで―――アーシュラに『男』として認めてほしいといったところじゃないですかね。まだ結果は出ていませんけど……」

 

苦笑してからオレンジジュースを飲む藤丸。喉を湿らせてから口を開く。

 

「けど、それが恋とか愛とか、そういうものかはまだ不確定じゃないですか?」

 

「あすなろ抱きなんて夕食会でやって、それは説得力無いわよー……」

 

付け足すかのような藤丸のフォローに対して、七草真由美は、そりゃ無理な話だと何とも言えぬ顔で思うのだった。

 

「………私はなんだか納得できない……ほのかは、達也さんを好きだと隠すことも出来ないぐらいに、いつでも訴えてきたのに、あんなしょっぱい対応ばかりの衛宮さんに……」

 

「それが恋愛の妙なのかもね。結局、『みんな』に自分のことを褒め称えられていても、物足りない―――自分を認めてくれない相手、自分よりも『人間』らしい存在に、自分を見てほしいってところかしら」

 

「けれど衛宮さんは達也さんを必要としていない―――」

 

「必要としていないからと、物申すことがないという話じゃないってところかな? クラウドでアレコレあった分、私には分かる気がするけど」

 

立華の言葉にそれでも納得できない雫に対して、里美スバルが苦笑しながら言う。

達也にとってアーシュラとは、深雪の思うような鼻持ちならない相手ではなく、不器用な男なりに色々と行うことで、何が何でも自分の方を見てほしい相手ということだ。

 

「なんだか『100万回生きたねこ』みたいだねー。……ああ、九校戦会議の時から、司波くんに『自慢しい』だの『傲慢ちゃん』だの言っていたのは、そういうことか……」

 

春日菜々美の言葉で、殆どが納得する。

 

―――当然、納得できない面子はいるわけで、中でも……。

 

「さっきから黙って聞いていたけど、あの鉄面皮ノーエモメンが、ワタシに懸想しているとかあり得ないわよ」

 

話題の張本人たる『白猫』(アーシュラ)が、イヤそうな顔で言ってくるのだった。

 

ちなみに、ほのかと深雪は『鉄面皮!?』『ノーエモメン!?』などという評価に、怒りとも驚きとも言える表情を浮かべていた。

 

「そしてワタシが司波くんを想うこともないわね。いま、ワタシが『コレ』を着けているのは、司波くんなりに考えたことを証明してあげるため―――要はボランティア活動よ。まさか左手の薬指に嵌めてくるとは思わなかったけど……」

 

コレと言った後に、風王結界(インビジブル・エア)を解いて見せてくるアーシュラに、誰もが少々、ド肝を抜かされる。

 

本人は不満げな様子で『それなりに太い指』を反るように伸ばして、見ている指輪に嘆息しているのだが……。そんな様子ですら、見ようによっては男からの贈り物を無下にはしない慈悲深い女に見えるのだから―――すごい話だ。

 

着ているのは、色気もなにもないライオンパジャマだとしても(爆)

 

「驚いたな。今まで―――その魔術で隠しながらエンゲージリングを着けていたのかい?」

 

「だからエンゲージリングじゃないっての……とにかく、コレを使って石を玉に変える! 士郎先生(お父さん)が、司波くんとの共作で作ったものは、ワタシという存在で画竜点睛を欠くことはさせない。それだけよ」

 

里美スバルの感心とも驚嘆とも取れる言葉に、げんなり反応するアーシュラだが、それでもやるべきことはきっちりやる。

それが、みんなのためになるならば、何も想うところはない。

 

「……アーシュラはズルいですね。お兄様の能力やスキルを必要とせず、それを称賛しない態度がかえって気を引くだなんて……」

 

「アナタや―――多分だけど年下のご親族……『いとこ』とかから褒めちぎられていたから……そういうことをしない、必要としない人間だから、妙にワタシが気になるんでしょ。俺様タイプな男にはよくあるとかいう、一過性の熱病みたいなものだと思うけど?」

 

髪をかきながらいじけるような深雪にげんなりしながらアーシュラは言うも、さんざっぱら言われたことで意見に変節が出てきたようだ。

 

「今となっては、花より男子(はなだん)の道明寺くんと牧野つくしみたいな関係に、私には見えてしまう……」

 

「そりゃ考えすぎでしょ……とりあえずアナタの兄御の試みは、父さんの考えでもあるから、万全にこなしてあげるわよ」

 

深雪の言葉にアーシュラは嘆息してしまう。確かに、そう見れば何かの少女漫画の展開や関係性にも見えるが……。

 

(彼と会話した所で、一晩で法隆寺を建てられるような心にはなれないわよ)

 

ただ……一つだけ『交わること』があるとすれば……。

 

そんな風に嘆息していた所、一人の女性が立ち上がり、アーシュラに口を開く。

 

「部長?」

 

声を上げたのは光井ほのかであり、その人物を示していた。

 

ボード・バイアスロン部の女子部長『五十嵐 亜実』。怪我を負ったことで本戦ミラージを欠場せざるを得なくなった人が―――。

 

「司波くんとのあれやこれやの話が出てきて何だけど―――お願い衛宮さん!! ウチの弟―――鷹輔を―――『男』にしてあげて!!!」

 

両の掌を合わせて必死の懇願―――頭を下げてでも願うことに対して……。

 

全員から、エターナルフォースブリザードともいえる視線が飛ぶのは間違いなかった……。

 

「そ、そういう意味じゃないから!」

 

だが、そういう風にしか聞こえませんとして、五十嵐亜実に対してアーシュラは生ゴミを見るような眼を向けるのだった……。

 

 

 

翌日―――。

 

一高テント内。本来ならば、様々な人間が忙しなく動いていてもいい時間帯。午前中のその場所にて―――。

 

場違いながらも、優美で優雅―――されど時には勇壮な音色が響き渡る。

 

だが、それは転調を繰り返しながら大いなる『魔曲』へと変貌していき、聴いているものたち全ての身体と『魔法師の演算領域』に、『変調』ないし『安定』『上昇』『限界突破』などを与えていく。

 

弦を震わす音色が変わるたびに、それが付与されていき、演奏が終わった頃には―――「調律作業」は終わっていた……。

 

弾き終わりは、バイオリン保持を終える前から分かっただけに、それを聴いていたものたちは、盛大な拍手を狭いテント内でも行うのだった。

 

「いやはや……こんな技法があって、しかも―――音楽としても十分以上に水準を満たしているなんて……」

 

側聞する限りでは、同じくバイオリンでセミプロ級の腕前を持っているとかいう七草会長に、平淡な顔で返す。

 

「身体及び魔力の賦活は、『サウンドスリーパー』では出来ませんからね。心身領域と魔法力が直結しているかどうかすら不明な以上―――まぁとにかく、残るは勝つだけなので、あとはよろしく」

 

難しい説明はやめて、面倒なのであとは上役たちに丸投げするのだった。

 

本当に聞かせたあとは、戦うだけなのだから……。

 

「―――ありがとう衛宮さん!! 何だか、変な感じだけど『勇気』をもらった気分だよ」

 

(そういう曲目リクエストだったからね……)

 

興奮しきりでこちらに近づく五十嵐 鷹輔に、「第1試合がんばってね♫」とやる気を上げるように作った『とびきりスマイル0円』で言いながら、心中でそんなことを想っていたアーシュラは―――。

 

……昨夜のカフェラウンジでの女子衆の会話を思い出す。

 

『つまり、緊張しいの五十嵐君をアンインストールして、恐れを知らない戦士のように振る舞わせるために、渡辺委員長の時のような調律作業を頼むと?』

 

『ウチの弟が、プレッシャーに弱いのは分かっていたのに、三巨頭に伝えておくべきだったのに……』

 

実弟と参加出来る唯一の九校戦ということで、舞い上がっていたことを少しだけ後悔している五十嵐先輩に……フォローになるかどうかは分からないが、どちらにせよ一年男子全体がブレーキになっているのは事実だと伝えておく。

 

『まぁ傍から見ていれば、そうなのよね……人選を間違えたかしら?』

 

『そもそも、一年男子なんて跳ねっ返りの暴れ馬みたいな連中、まとめるべき『チームリーダー』がいない印象ですね。能力値は高いんだけど、あれじゃ『個の集団』でしかありませんよ』

 

中々に見ているアーシュラの言葉に、此処に居る三巨頭のうちの2人は肝を掴まれた気分になる。

 

『―――いまさらな話ですけどね』

 

嘆息しながら曲目でも検索しているのか、楽譜を電子投影(ホログラフ)で見ていくアーシュラ。

 

 

 

―――そして、このテント内において、魔曲は奏でられたのであった……。

 

 

「さてと、一仕事終えたのでソト出てきます」

 

「……たまにはテント内でお話したりしない?」

 

「いや、お気遣い結構です。何かあればご一報を端末に」

 

プリンセス・ガードに出場する五十嵐と皆本を送り出したアーシュラは、テントから退散する。第二試合まで―――周囲を『警戒』することにしたのだった。

 

(そろそろ『何か』起きてもおかしくない頃合い……聖堂教会の代行者は言っていた。この大会の関係者の中に『死徒』はいるのだと―――)

 

生徒、運営委員、はたまた観戦客。いくらでも容疑者はいるが、それでも―――

 

(大会が終わるまでに見つからなければ、魔法師だろうと、そうでなかろうと諸共に殺すか)

 

大雑把すぎる教会関係者に頭を痛めつつも、ここに『サン・バルテルミ』が起こらないようにしなければならないのだ……。

 

 

 



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第65話『不穏な匂い』

モル姉さんが、使えすぎる。

頼光ママンも良かったのだが、自力でNPチャージを出来る分、神ジュナと同格。

むしろ女の子な分、こっちがいいかも(爆)ごめんよ信長さん(マテ)

そんなわけで新話お送りします。


女子新人戦ミラージバットのメンテナンス席に就いていた達也は、今までにないくらいの注目の的になっていた。

 

正直言えば、一高新人戦で目立っていたのはアーシュラであったはずなのだが、玄人向けとでもいえばいいのか、達也のCADの調整技術に気付いたものたちもいたようだ。

 

「まぁそれも一つなんだけど、それ以上に……分からないかい?」

 

そんな無言だったはずの達也の推測に『分かっていない』と言わんばかりに反論するのは、苦笑しながらの里美スバルである。

 

否定されたことで少しだけ考えて、他の選手たちが顔を赤らめている理由を考える―――と、答えは出るのだった。

 

「―――アーシュラへのバックハグ、あすなろ抱きか……考えてみれば、アレが余計だったか」

 

あの夜の達也は、どこかおかしかった。……いや、前から分かっていたことだ。

 

自分はアーシュラと深く関わったことで、狂わされているのだと。そして、それがどうしようもなく―――『喜ばしい』ことなのだと……。

 

「一高女子総出で、アーシュラを吊し上げたのか?」

 

「人聞きが悪い。まぁ事実の一端は突いているか。吊し上げたわけではないんだけど、そうだとしても彼女、淡々とやり返していたよ……キミは、アーシュラさんが好きなのか?」

 

「―――はっきりと言われると分からないが、やっぱり何というか、アイツは俺が親しく関わる女子とは違うんだよな……だから、何か―――俺はアイツに認めてほしいんだよな。当然、口先だけの称賛なんかいらないんだ」

 

「ふぅむ」

 

牽制するように、そんな『心にもない言葉』を吐かせることで、ある種の満足をさせてきたらば……ちょっとどころかイヤな気分だ。

 

「色々と複雑な『感情』がある。そうとしか言えないかな……」

 

スバルを誤魔化す答えで、とりあえずお茶を濁す。

いま、『答え』を吐いてしまえば―――それは致命的になる。だが、ただ一つだけ分かることは……。

 

どんな形であれ、司波達也は、衛宮アーシュラに『好意』を抱いている。

 

あんなにしょっぱい態度ばかりなのに、それでも眼が離せないほどに、瞼の裏に焼き付いたアーシュラの全てが外れないのだ……。

 

「キミの世界は、てっきり妹さんだけだと思っていたんだが」

 

「昔は、それでも良かったんだがな」

 

けれど、もうダメだ。

 

自分の思い通りになることが無い人間が、人々が、世界があることを教えてくれたことが、どうしても新鮮なのだ。

 

「だから、やっぱりアイツに認められることを、一つは成し遂げる。そこからだな」

 

「そっか、ならば―――はりきってやらせてもらおうかな」

 

「里美のアシスタンツには、何も特殊なものはないぞ?」

 

「いいんだよ。要するに、キミの技術力の凄さとかを彼女が認識出来るようにがんばる。キューピット役というやつだね」

 

達也から受け取ったCADを持ち、予選へと向かう里美スバルを見送る。

 

第1試合を終えたあとには、第2試合のほのかの調整が必要になる。ボードでアレだった分……気合は入る。

 

当然、ほのか自身も気合はあるようだ。

 

それ以上に――――。

 

『衛宮さんだけじゃなくて! 私を見てください!!!』

 

今日の朝食時に言われたその言葉の意味は分からなくもないが……。

 

(……俺は―――――――)

 

そんな答えが出ない苦悩を持ちながらも、達也の調節は冴え渡り、二人は予選を突破するのだった。

 

そして、その間にも、達也の知らぬ所で恐るべき事態は起こっていたのだった――――――。

 

 

 

「第1試合は、順調に勝ったわね」

 

「ただ森崎君と滝川さん―――ピリッとしなかったわね。反面、五十嵐くんと皆本くんは随分と活躍していたけど」

 

「そりゃ調律を受けていなかったから」

 

「何とも、こんな時に自分の誇りを大事にしますか?」

 

「まぁリッカが言い過ぎたからかもしれないから、ワタシは死体蹴りはしないでおく」

 

「はいはい。申し訳なかったわね。ただそうでも言わなければ―――」

 

観客席にて喧々囂々の言い争い(?)をする、女子2人の会話が収まる。

 

というより会話のキャッチボールで、藤丸立華の言葉が途切れたのだ。

 

それは――――――――。

 

端緒として齎されるは、偽典の『聖槍』

 

人理を否定する影法師による殺戮

 

解き放たれるは、神話の巨獣。率いるは―――大帝国に座していた赤き大■の■……

 

相対するは、竜と妖精とヒトの血が混ざる運命の―――――――。

 

見えたビジョン。正しく破滅への未来視。

 

次の瞬間には―――天空より巨大な渦巻く『赤雷』が猛烈な勢いで、市街地であるプリンセス・ガードのステージ……その中央付近に炸裂。

 

その威力は、こちら、十分に離れた観客席にも届くあらゆる圧力で気付ける。

 

それに準じて、あちこちで大きな悲鳴が上がる。もはや観客席すらもガタガタと揺れてしまって、崩れ落ちるのではないかと想像してしまうほどだ。

 

大地震が起きて揺れる大地からどうすることも出来ないのと同じく、パニックになりながらも誰もが逃げ惑うことはしていない中―――。

 

「アンバース! アニマ!! アニムスフィア!!!」

 

「ギャラハッド!!」

 

「承知!!!」

 

その最中でもやるべきことを理解した魔術師と英霊は、観客席の全てを守ることに専念する。

 

赤い稲妻が吹き荒れるフィールド。

 

渦巻く雷霆がその熱エネルギーを放出し終えると同時に、崩壊しそうだった観客席は無事であり、観客たちは恐怖したものの……されど、炸裂の中心点であるガードのステージは、全てが漂白されたような有様。

 

あらゆる建物が破壊されて、粉塵が舞い上がった結果だろう。

 

されど、その光景は地球漂白化現象を思わせて―――生者の気配がないステージを前にして―――。

 

「―――鷹輔ぇえええ!!!!!!!」

 

弟の無事を想う姉の悲痛な叫びが轟くのだった……。

 

 

「―――何があったんですか!?」

 

「お、お兄様……!!!」

 

達也がテントに入って開口一番いきなりな発言だが、誰もがそれを咎めない。

 

それどころか縋るような眼を向けられてしまっているのは、奇妙な気分だったが、それでも深刻な顔をしている会長の近くにまで歩いていく。

 

「達也君………」

 

「ミラージの予選のあと仮眠を取っていたんですが、あれだけの『圧』が放たれたんです。気づかないわけがないですよ」

 

「そう。眠りの邪魔をして申し訳なかったわね………」

 

アンタが悪いわけじゃないだろ。と言いたい気分を抑えて話を聞く。

 

「―――簡潔に言えば、一高対四高のプリンセス・ガード。―――四高からの『魔法攻撃』で、ステージは『崩壊』。そして、両校の選手たちは意識不明の『重体』……」

 

「―――――――」

 

意味が分からない。そう返したいが、苦しそうに言葉を吐き出す会長には何も言えないでいた……。

 

そんな達也の気持ちを察したのか、真由美はボールを違う人間に投げた。

 

「言うよりも見たほうが早いわね。五十里君、お願い……」

 

「分かりました会長」

 

一高テント内に設置されている大型映像端末に、技術スタッフの五十里が映像データを再生してくる。

 

その映像は、おそらく大会運営委員が撮ったものなのだろう。ドローンを介して撮られたものは、ほとんどが俯瞰であり、選手たちがビルの内部でどんな様子であるかはまだ見えない。

 

一瞬だけ窓の方に寄ってきた森崎が映ったが、全体を通して人の姿は映らない。

 

「まだスタートの合図がかかる前の映像だからね。仕方ないよ」

 

変化の無さを察したのか、達也を気遣う五十里の言葉。

 

「問題の場面まで飛ばす(スキップする)かい?」

 

「いえ、何か『変化』の『予兆』などが見えるものがあるかもしれません……長いようならば、お願いしますけど」

 

「下線バーの表示で2分後だ。お願いする……」

 

時間が無くなっていくのを誰もが固唾を飲んで待っていく。緊張感が高まる。というよりも……誰もが見たくはないんだろう―――残り10秒になった時に―――。

 

「……」

 

奇妙な『違和感』を覚えた。何であるかはハッキリとはしていない。

 

だが、転遷する映像の中に何かを見た。その後には―――映像がノイズ、砂嵐を走らせていく。

 

ドローンが空中で維持できないほどの強烈な圧―――風圧が本物の砂嵐を映し出し、しかし地面に叩きつけられたことで、映像は俯瞰ではなくなった。

 

しかし、それが幸いをして、一瞬だけではあるが『螺旋を巻く赤雷の巨大柱』というとんでもないものを映像に残してから、地面に炸裂して溢れた魔法の攻撃力がドローンの映像を途切れさせた……。

 

まるで、ドキュメンタリー仕立てのホラー映画のオチのような光景は、それで終わった……。

 

全員が沈黙する。このあと、たっぷり30秒間ほど蟠った降り立った巨大柱は、市街地ステージ全てを砕いていったそうだ。

 

「……この魔法を投射したのが―――四高だという証拠は出ているんですよね?」

 

「うん。サイオンセンサー及び様々な計測機器からも、間違いなく『四高のCAD』から、これが放たれたのは間違いないようだね……」

 

「しかし、言わずともですが……」

 

「うん……」

 

苦悩の顔を隠せない五十里。疑問だけが残ってしまう達也。

 

(何故、こんな術が登録されているのに検査委員は気付けなかったんだ……)

 

当然、達也が開発した『機雷』のように登録されている術ではない。既存の術式でないならば、分からないかもしれないが……。

 

それでも、こんな『自爆戦術』をやる理由が見当たらない。

 

現状、四高が最下位だからこその『やけっぱち』ないし、爪痕を残してやろうという気持ちかもしれないが……。

 

「―――前に立華さんが言っていたことを思い出すわ。『動機』が分からないのよ……『ホワイダニット』。ミステリの用語らしいのだけどね」

 

……会長もそこに思い至っていたようだ。そう、これがただの現代魔法によるフライング紛いの『特定の建物』を狙った過剰攻撃ならば、なにもない。

 

ただ単に運営の不手際とか、何で四高が森崎たちのいた建物を理解していたとか。『その程度』で終わらせていたはずだ。

 

だが、今回は全てが不可解だ……。

 

犯人は分かっている。四高の出場選手だ。

 

手段は若干不透明だが……それでも大規模戦術級魔法の炸裂だと理解できている。

 

そして動機に関しては……不明としか言えない。

 

なんせ下手人(はんにん)は、森崎と同じく昏倒しているのだ。

 

「……まさかまた―――ランサーのサーヴァント、クー・フーリンが……?」

 

「……それは無いんじゃないか? 俺も英霊の武器―――宝具に関して詳しいわけじゃないが、槍の投擲(ジャベリン)ならば、あんな風に雷嵐が蟠るわけないしな。というか、それだと更に四高のCADから放たれたことが不明になるぞ」

 

「うぐっ……お兄様が優しくない!!」

 

深雪としては鋭い推理を披露したつもりだろうが、やはり事実を重ねていくつど……。

 

「――――――発想の転換(ウルトラチェンジ)とか発想の飛躍(ウルトラジャンプ)が必要なんですが……」

 

改めて想うに、達也はいわゆる『閃き』からの、論理性を無視した自由な発想というものが出来るタイプではない。

 

そういうタイプの『天才』ではない。

 

理論が先んじてあり、そこからの緻密な数式の構築があるタイプなので……こういう自分の知識では対処できない事態では、どうしても常識的なところに落ち着けようとしてしまう。

 

あり得ないことを想定しきれない―――

 

―――『我々の業界』で―――そんな幼い言葉(・・・・)は何一つ! 通用しない!!―――

 

……などと、少しだけ諦めていたところに、昨夜の立華の言葉が蘇る。

 

そうだ。そもそも常識的なことと自分たちは思っていることも、世間一般的には『あり得ざること』なのだ。

 

長くその業界のルールにだけ囚われて、それが当たり前となってしまえば、思わぬ事態に直面した時、右往左往してしまう。

 

旧態依然とした状況・組織では危急存亡の秋に何も出来ないことは、多くの歴史の先例が物語っている。

 

「……森崎たち及び、四高生たちの怪我のほどはどうだったんですか?」

 

「すぐさま救護班及び救助班―――おそらく一部はアーシュラさんのサーヴァント達が、白砂みたいな粉塵の中から八人を見つけ出していたわ……森崎君たちは防護服が全て砕け散って、下にあった分厚い肌着も切り裂かれていたわ……」

 

当然、衣服だけの被害なわけがないのだが、青い顔をした会長に対して、『そこ』を聞くことはせずに続きを促す―――。

 

「四高に関しても似たようなものだけど―――」

 

そして聞かされた『容態』で、少しだけ怪訝なものを覚えるのだった……。

 

 

『発動されたのは、『ロンゴミニアド』を模した『魔術』で間違いがないようです』

 

モニターに出た立華の祖母。積極的に『体律』を使っているわけではないのだが、いまだに20代前半の若さを保っているアニムスフィア大師は、南極から観測できた結果を伝えてくる。

 

『……かつて空想樹マゼランをめぐる戦いにおいて、クリプターの1人、ベリル・ガットの手引でブリテン異聞帯の王より放たれた偽性の聖槍は、その威力をオリジナルと同じように発揮しました』

 

苦しげに言葉を吐く大師は、それでもあり得ざるものではないと告げてくる。

 

『魔法師たちの肉体でこれを放つには、かなりの消費があったはずです。それこそ、生命力全てを消費しても足りないほどの―――まぁ威力は10分の1、もしくは20分の1かもしれませんが、放った方の被害も普通ではないでしょう?』

 

「はい。生命力の枯渇及び強制的な『オド』の使用が見受けられます」

 

「同時に『同律』と『感知』も強制的に合わされた様子です」

 

カルデアのメンバー2人の発言に、少しの嘆息をした大師は、すぐさま対処のためにチカラを尽くすことにするのだった。

 

『サイオンではないチカラを無理矢理徴収されたのです……とりあえず医療班を30分以内、いえ20分でそちらに届けます。他にオーダーはありますか立華?』

 

「では、現場状況に対する捜査権の発行をお願いします。四高が強制的に術を発動された状況の近くに、下手人はいたと思われますから」

 

確実な『ロンゴミニアド』の発動を見るためには、『使い魔』としていた四高生たちの近くで、それを見届けている必要があったはずだ。

 

小型の使い魔の可能性もあるが、『現場の再現』を出来れば―――不可能ではないはず。

 

『許可します。国連及び多くの関係機関を通じて、あらゆる魔導災害に対する強制捜査権を、アナタたち2人に24時間特別許可で出しました。これを以て事態の解決に挑みなさい』

 

「「ありがとうございます。ロード・アニムスフィア」」

 

『……本当ならば、こんなことはさせたくないんだけどね』

 

「けれど―――動かなければいけないでしょう?」

 

『……分かってるわよ。では人理守護の旅人たちに幸運があることを』

 

その言葉を最後に、立華の祖母は画面上から見えなくなった。

 

同時に端末及び書面で『許可証』が届いてきた。相変わらず仕事が早い……。

 

「あとは調べるだけよ」

 

「茶々―――ああ、ノッブの姪っ子ではないわよ―――を入れてくる連中はいるわよ。どうする?」

 

「臨機応変に対処しましょう。千代田さんのようにキンキンやかましいのは、黙らせても結構ですけど」

 

「ん」

 

書類に不備がないかを確認していた立華の言葉に短く返しながら、支度を終えると即座に事件現場(げんじょう)へと向かうことにする。

 

多くの人間たちが忙しなく動いている中、責任者であろう軍関係者、確か風間とか言うのに挨拶をする。

 

「お勤めご苦労さまです」

「ゴクローさまです」

 

あまりにも気楽すぎる挨拶に風間は怪訝な顔を向けてきたが、言葉の方は何用かと真剣に問うてきた。

 

「簡単に言えば『現場検証』ですね。面倒ですから、これ『許可証』です。これを拒んだ場合、日本国の海外資産並びに、日本の魔法師に対して『観測球ルクスカルタ』による『封印措置』も実行します」

 

「――――――」

 

風間の胸に押し付けた書類と見せつけた電子的な許可証。書類の方はまだだとしても、言われた言葉は―――あの頃、『当事者』であった風間にとっても忌まわしい出来事だ。

 

次いで『奥歯』を噛みしめる音が響く。

 

「藤丸君、衛宮君……このようなやり口は、私は好まない……!!」

 

「ニホンのお役所仕事のレス(反応)の鈍さを理解しての私達なりのやり方です――――――あなた方の専門であればあなた方におまかせしますが、今回のことは違いますからね」

 

睨みつけるような風間玄信の顔と言葉を受け流しながら、問答しても無用であることはお互いに理解している。変化はすぐさま。『市ヶ谷』の方から緊急連絡が入ったことが、部下の言葉で風間の通信機に入る。

 

それによると、目の前の少女2人の好きにさせろということが、陸将及び防衛大臣から直接命じられたということだ。

 

確かに今の日本の関係省庁は、ある意味では魔法家との関係が深い。有り体に言ってしまえば『癒着』が酷いのだ。

 

ただ単に役人絡みの案件での『中抜き』とも違う生臭さは、226事件の陸軍将校たちを『英霊』として蘇らせたらば、即座に関係者全員が小銃で殺されるのではないかと思うほど。

 

むしろ風間は、それが可能ならばやりたかったほどだ。

 

(だが………これは、そういうレベルではない話だ)

 

風間が勘付いてはいけない『もっと上』の連中が動いた―――そうとしか思えなかった。

 

「……分かった。ただし現場監督として藤林を帯同することを願う」

 

「どうぞ、ご自由に―――そして、『後ろの人々』はどうするので?」

 

「なに……!?」

 

風間が気づかなかった、気付けなかった中……何事かと見ると、……『知り合い』も数名いる集団が。おそらく2人を尾けて、ここまでやってきたのだろう。

 

(達也、深雪君……!!)

 

知り合いに無言で「何故此処に居る?」と、『愚問』を投げかけたい気分を押し殺しながらも――――――。

 

「私が、現場立ち入りを許可を受けたのは、『国連職員 藤丸立華 衛宮アーシュラ』の2人のみです。後ろの人々には、現場付近からご退場願いましょうか」

 

「……! 待ってください!! 当校の生徒が、重傷を負って、その上でその調査を当校の生徒が担当する以上―――俺たちは、何が起こったかを! 誰に怒りを向けるべきなのかを知りたいんだ!!!」

 

前半においては、取り繕った言い方をしていた克人だが、後半ではもはやそんな言い方は出来ないぐらいに、年相応の言い方で風間に食って掛かる様子。

 

しかし、言葉は規制線の前でシャットアウトをしている風間に対するものというよりも、立華とアーシュラに向けたものに聞こえたのは間違いではなかった。

 

「―――――本官は、此度の事件の責任を負っているものです。ゆえに君たち『学生』が、無遠慮にこちらの領分に入ることは望ましくない」

 

「少佐殿!!」

 

名前は存じていないが、制服に縫い付けられた階級章から風間の官階を理解した十文字の、怒号のような声が響く。

 

「……だが、こちらのカルデア職員たちを入れることは、『背広組』(コシヌケ)たちの思惑でしかない。私の独断で許可しよう」

 

「――――――」

 

さっきまでのやり取りは何だったんだと思うのだが、これもまた政治というやつだ。

 

結局、自衛隊にいる『探知型』の魔法師たちでも、これほどの大破壊の前では何一つ探るべきものはない。何より放たれた神秘の濃度の前ではどうしようもないのだ。

 

「入った後は、君たちの同輩で後輩たちの指示に従いたまえ。我々は門外漢でしかないのだからな」

 

軍隊という『お役所』にいるという悲哀を滲ませた風間に、失礼しますとだけ言ってから、既に廃墟すらも崩壊した現場に入り込むことに―――。

 



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第66話『現場検証』

もーいくつねーると、アヴァロンこーうへーん♪


果たして第二弾では、誰が来るか!? そして復刻するかもしれないモル姉さんは重ねるべきか

など思いつつ新話お送りします。


無言で歩く一高有志集団。誰かが口を開くのを待つように、誰かが、この『ジェンガ』のような危ういバランスを崩すように―――、一言が出るのを望んでいるようだ。

 

全てが破壊され、漂白化されたかのような市街地ステージ。全員が息を呑むほどに凄惨な現場だ。

 

血の跡や何かしらの遺留物があるわけではない。単純な破壊力であれば、魔法でも再現は可能かもしれないが……。

 

(ここまで何もかもを『洗い流す』魔法など無駄事かもしれないが―――おぞましさは感じるな……)

 

先程から達也の眼は、この空間のエイドスを認識しようとしているのだが、かすかに残る構造物(オブジェクト)にエイドスが存在しない。

 

つまり『改変すべき定義対象』が、ここにはないのだ。それがどういう意味を持つのか……。

 

(―――先程から声を発さないことが関係しているのか、『空気』が重いな)

 

明確な表現ではないが、底なし沼にいるかのように何となく重さを感じてしまう達也だが、どうやらそれは全員が同じようだ。

 

「藤丸、どこに向かっているんだ?」

 

「まずは、術が炸裂した『爆心地』に行こうかと。その後に少々『再現』をしてみようかと想います」

 

「だったら、こっちの方が近いはずだけど……」

 

十文字と藤丸のやり取りを横で聞いていた帯同者たる藤林響子が、最短ルートを指で示したが―――。

 

「いえ、お構いなく。探知もしていますので―――遠回りも必要です」

 

「そ、そう……」

 

そんな気遣いを切り捨てる立華。見ると、先程からアーシュラが何かの力を奔らせているのが分かる。

 

何であるかは分からないが、ともあれ爆心地に関してはすぐに辿り着くこととなった。

 

改めて……そこに来ると、映像とは違うものを感じる。

 

すり鉢状にえぐられた地面。直径にして20mは穿たれて、その深さは6mほどはあろう。

 

これだけの痕跡を残すことは、確かに戦略級魔法ならば可能だろう。だが、破壊力ではない何かが、達也の中で警戒心をもたせるのだ。

 

「アーシュラ、とりあえず中心地から『砂』を採取してきて」

 

「分かった」

 

その短い言葉のやり取りで、砂袋を手に穴に降りようとしたアーシュラを引き止めるのは―――。

 

「それぐらいだったら、僕がやるよ。衛宮さん、藤丸さん。任せてくれ」

 

男としての意地なのかなんなのかは分からないが、そんなことを言ってからアーシュラに渡された砂袋……魔獣の胃袋を加工したものを持つ五十里 啓。

 

そうして、すり鉢状になったアリ地獄のような場所へと降りていく五十里。

 

それを見ながらも、アーシュラは風紀委員会ではおなじみとなったマグダラの聖骸布を手にしていた。

 

その行動を奇異に思いつつも、白砂を袋に入れた五十里は戻ってくる―――のだが、行きはよいよい帰りは怖いというわけではないが、勾配と滑りやすい砂ということが災いして、すり鉢の中から出ることがなかなか叶わないようだ。

 

いくどか試したのは男としての意地だったが、苦笑しつつ、最後の手段であるCADで何かしら足元の接地圧を変える術を解き放とうとしたのだが―――。

 

「なっ!?」

 

展開された起動式が、次から次へと分解、いや霧散していく。五十里の不調ではない。響子が放つ『やはり……』という言葉で、これは国防軍の魔法師たちも陥っていたことなのだと気づく。

 

蟻地獄に囚われた五十里先輩に対して―――。

 

「啓―――!! 捕まって―――!!!」

 

などと、絶対に届かない手を伸ばす千代田花音だが……。

 

「ノリ・メ・タンゲレ」

 

聞こえてきた言葉。赤布が穴の底まで伸びていき、五十里を拘束。そのあとには、どういう筋力をしているのか、はたまた五十里が軽いのか、釣り上げの要領で穴から救出されて、アーシュラの腕の中に勢いよく収まるのだった。

 

「軽いですねー五十里先輩。ちゃんとご飯食べてます?」

 

受け止めの衝撃もなんのそので、そんなことをいうアーシュラだが。

 

「も、もちろん! けれど、か、軽いのかぁ……」

 

女子、しかも後輩に軽く抱き上げられている事実なのか、それとも違う感情でもあるのか、真っ赤になってしまう五十里先輩を―――。

 

「け、啓ぃいいい……」

 

もう捨てられた女のように、五十里とアーシュラを交互に見る千代田の姿が印象的である。

 

「―――分かっていたのかアーシュラ?」

 

五十里とアーシュラを引き離すためという目的と、疑問の解消も含めて問いかける。

 

「まっねー。ここいら一帯のエイドス及び、イデア的な原理原則―――現代魔法のテクスチャは剥がれ落ちている。アラヤテクスチャも剥がれ落ちて、代わりに出ているのは神秘側のテクスチャ。つまり完全に、ここはアナタたちにとっては『異界』なのよ」

 

話しかけたことで功を奏したのか、『砂の男』であった五十里はアーシュラの腕の中から開放されたが、ともあれ疑問に対する答えは披露された。

 

「部分的な濾過異聞史現象とも言えますかね。ここが富士山の麓であるというのも一つの理屈なんでしょうが、それにしても『留め具』が緩い……南での大破壊が影響しているのかしら?」

 

続いて、立華が呟くように言ってくる。

 

二人して納得しているところ悪いが……。

 

 

「2人とも、俺達にも分かる言葉で教えてクレメンス」

 

「お兄様!?」

 

砕けた言葉でフレンドリーさを演出しつつ、2人に教えを請うたのだが……。

 

「「……うわっ」」

 

何故か生暖かい視線が飛んできたのだった。解せぬ。

 

「……昨日の夕食会で教えたことの続きですよ。テクスチャ。すなわち星の表面に打ちつけられたルールが、ここでは通用しない。アーシュラの言った通り法則(ルール)が吹っ飛んでいるんです」

 

「むぅ。しかし、そんな簡単に―――いや、この大破壊を見れば簡単(EASY)ではないんだろうが、壊れるものなのか?」

 

十文字の疑問は最もだが、魔術師にとってはそうではないもののようだ。

 

「一概に言えることではありませんが、テクスチャというものは、結構不安定なものなんですよ。星に影響を齎すほどの大破壊で、打ち付けられた敷物、織物はふっ飛ばされる。逆に言えば、その織物を止めるための鋲、錨とも言えるものがなければ、容易くふっとばされるものとも言えます」

 

「じゃあ人理版図においても、そういうものが打ち付けられているの?」

 

続いて真由美の質問にも明朗な答えが飛ぶ。

 

「むしろ人理を安定させるためにこそ、そういう星を刺しているものが必要なんですよ。だが逆に言ってしまえば、それが緩くなれば、あちこちで布に『たわみ』が出来て、たちまち妙なことになるんです―――ここのように、ある種の『物理法則の改変』が行われない土地のように」

 

「だから『異界』なのか……」

 

「そもそも霊峰富士が近くにあるということは、それだけでも『神秘』の側に近い土地なんですよ、ここ(富士山の麓)は―――そんな所に、魔法師のランクで言えば戦略級魔法クラスの大破壊を催せば、たちまちそうもなる」

 

もっとも攻撃の『質』にもよるのだが、あえてそこは言葉を濁す立華に合わせて、何も言わないでおくアーシュラである。

 

五十里によって採取された砂のあとには、被害者(ガイシャ)がいた場所への見聞である。

 

当然ながら建物は崩壊しており、土台である打ちつけられた鉄柱すら見えない有様だ。

 

それだけで、どれだけの破壊力であったかは理解できる。しかし、様々なデータから、紛れもなくここに、『四高』のスタート位置である廃ビルは存在していたのだ。

 

「アーシュラ」

 

そんな魔法師たちの怖気など露知らずなのかは分からないが、立華は行動を開始した。

 

投影・現像(トレースクロック)

 

立華に呼びかけられたことで、言わずもがなだったのか、アーシュラは呪文を唱える。

 

跡形もない空間を前にして、両手を叩いた動作。呪文と同時だ。

 

後に開いて、出来た両手の間には特徴的な魔法陣が出来上がっていた。

 

そうしてからアーシュラは片手を立華に差し出して、立華もまた額に何かの紋様を浮かべながら手を取った。

 

取り合った手のままに―――唱えられる呪文は……。

 

「「ドマリニーの時計!! 」」

 

意味は分からない。だが効果は絶大であった。何もなかったはずの場所に、なんということでしょう。立派な廃ビルが一棟、いや2つ、3つと、次々と巨大な3Dプリンタを使ったかのように『建築』されていったのです。

 

「―――としか言いようがないな……」

 

全員がポカ~ンとかボーゼンとしか言えない表情を取っている中、内心でのみナレーションを入れたのだが……。

 

(時計の文字盤か?)

 

よく見れば、アーシュラの手前にある魔法陣はどことなくそれに似ていた。それが急速な勢いで動く都度、廃ビルが建築されたのだ。

 

「行くというのならば、いつまでも固まっていないでもらえますか?」

 

「え、ええ……」

 

響子が呆然自失から立ち直ったわけだが、それにしても……。

 

(俺ならば、『やろうと思えば』同じようなビルを、砂など周囲にある物質から、同じ規模のもの建造できるかもしれない……が……)

 

恐らくこの廃ビル―――いざ入った瞬間、分かったことだが、事件当時のそれを丸ごと再現しているのだろう。

 

傷や経年劣化したものといい、あらゆるオブジェクトが、そのままに再現されているのだ。

 

達也ならば、そんな無駄ごとはしない。

 

しかし、必要とあらば―――やれるかどうかは微妙だ。

 

などと考えていたらば、アーシュラがこちらを見ていた。

 

「どうした?」

 

「いや、何かアホなことを考えているなーとか思えて、自慢しいなマウンティングしてやがんなーと結論づけました」

 

「俺の心を読むなよ……」

 

呆れたような顔をしていた原因を知り、苦笑のため息をせざるを得ない達也。

 

事実、そんなことを考えていただけに、反論するのは分が悪く、認める方向にするのだった。

 

「四高のスタート地点は4階だったんですよね、藤林さん」

 

「ええ、そこにモノリスも置かれていたらしいわ……それにしても、これだけの『逆行術』を掛けられるだなんて……」

 

「まぁ魔法師じゃ、中々に難儀でしょうね。できる人間がいないとも限りませんが」

 

可能性は往々にしてある。そう響子の疑問に付け加えたあとに達也を見てきた立華は、見抜いているのではないかと思うのだった。

 

カツンカツンと、コンクリートではないだろうが、白砂の階段を自分の足で登っていると、その残響だけが木霊する。

 

国防軍の魔法師ですら何も出来ずに、シャットアウトせざるを得なかった場所。

 

さながら崩れ落ちたゴーストタウンだ。

 

(まるで去ったものを―――)

「まるで去ったものを嘲笑うみたいに。とか、ありきたりなセリフが浮かんでない?」

 

「………」

 

アーシュラの先制攻撃。動き出そうとした矢先に決まるカウンターのごとく、達也にそれは突き刺さったのだが……。

 

「いいや、全然思っていない」

 

断固否定をすることで対抗するのであった。

 

「ナイーブ男のポエミーな独白とかクサすぎる。ただの廃ビルに何を考えてんだか」

 

「前は俺を守ってくれていた守護月天が、いつのまにか万難地天に―――いつかカレーでも作ってくれるんじゃないかと期待せざるをえない」

 

ワケワカメな事を言う達也だが、そうでも言っておかなければ負けた気分なのだ。

 

「まぁそれぐらいならば、別にいつか作ってあげるけど」

 

「――――――」

 

「ありがとう」

 

絶句する深雪を間にしてそんな会話を続けていたのだが、よく考えれば士郎先生の家―――。

 

レアルタヌアを作る最中、工房に出入りしている時に、時折ご馳走になっていた昼食―――士郎先生が数秒もせずに持ってきていたものは、もしかしたら……。

 

などと考えていると、目的地である四階にたどり着いた。そこにいたのは、スタートを待ちながらも緊張をしている様子の四高生……たちの姿だった。

 

「―――人形か?」

 

「そういうこと」

 

緊張をしている様子の四高生たちは、全て人間ではなく何かで構成された人形であった。

 

アーマーを着込み、CADも万全。そして守るべきプリンセスも、戦う気概に満ちているようにも見える。

 

 

「―――面貌に相違はないわ。間違いなく、ここにいるのは四高のプリンセスガードの出場選手よ」

 

響子が手元の端末で確認した限りでは、そのようだったが……。

 

「動かないな」

 

「ドマリニーの時計という術式は、『場』全体に働かせるレオーネ・アバッ○オのスタンドみたいなもんでね。固有の人物のレプリカを動かすには、近くまで来なければならない。ついでに言えば、出来るだけ『再生』『再現』したい状況を作り出さなければ、正確な測定が出来ないんですよ」

 

「―――というわけで、あの軍人さんは違った思惑でしょうが、私達が克人さんを連れてきた理由は、ただ一つです」

 

立華の言葉とアーシュラの言葉でため息を突く十文字会頭は―――それでもやるべきことを行う。

 

 

「戯けてる状況ではないと思うも……後輩の女子からのリクエストでは仕方ないな。では行くぞ――――ムーディーィイイイ・ブルゥウ――――ス!!!」

 

「「はい。いい声いただきましたー♫」」

 

決め台詞の言葉と同時に、四高生のレプリカに文字盤の魔法陣が転写されて―――人物の再現再生(リプレイ)が始まる。

 

 

『しっかし、俺たち一年が言うのも何だが、今年の四高(しこう)はピリッとしないよなー……』

 

『俺達もいい結果を残せていないが、それでもよ。見てる限りじゃ一高一年の男子なんてバラバラだ。俺たちよりも結果を残せてないぜ―――第1試合は勝ったみたいだけど、付け入る隙はいくらでもある』

 

動き出して話し始めた四高の発言から察するに、これが他校の認識だったんだろうなと思える。

 

見透かされていたのだ。自分たちは―――。

もっとも一応は自校のことなので、アーシュラも立華も少しは立腹しているようだ。

 

『衛宮さんもいないならば、やりようはあるさ―――そろそろスタートだ。相手の位置を探知出来るように準備しよう』

 

チームリーダーであろう男と―――プリンセスたる女子が、頷きあう。

 

どうやらこの2人が探知と防衛役で、雑話していた2人がオフェンス担当―――そしてスタート開始前の起動式の読み込み―――その時点で。

 

『―――な、なんだこれは■■■―――!!!!!!!』

 

『ひぃっ―――ひぃいいいいい!!! す、すわれる。くわれる―――ダメだ!なによこれは!!』

 

『岬!?』『三杉!?』

 

「ストップ!」

 

立華の言葉に従い、その用途であろう文字盤を押すアーシュラによって、四高の異常事態は止まる。

 

CADを操作した瞬間、異常事態を見せる四高生2人に誰もが注目する。

 

「―――CADは本物ではないんだよな?」

 

一番に求められているのは自分の知識だろうとして、達也は確認を求めた。

 

「ガワだけ似ている模造品だよ。展開されている『式』に関しては、そのまんまだけど」

 

「成程、色こそ白砂を元にしたからか分からないが、形状から言っても普通に普及されていて、且つこの九校戦で使用が許可されているモデルだな……」

 

アーシュラの言葉、そして見た限りではそこは問題ではない。

 

「―――起動式が随分と複雑に『書き換えられている』。恐らく探知系の魔法『センス・エネミー』や『サーチング』などの魔法を当初は読み込んでいたはずだが―――中度まで読み込んだ時点で記述が書き換わっている」

 

「渡辺や七草から聞いていたが、本当に起動式を読めるんだな……」

 

いまとなっては、そんなものが通用しない、意味ない無い敵ばかりを相手にしていたから、だからなんだと言うぐらいに無駄な特技に思えていたのだが、そう言われると悪い気分ではない。

 

たとえそれが、一高が誇る巌だとしても。

 

 

「アーシュラ、もう少し進めて」

「うん」

 

事態の核心たる術の発動前まで時間を進めるべく、再生が再開する。

 

『ーーーな、なんだこれ!? 俺たちのCADが強制的にぃいいあがががが!!!! ひぃいいああああ!!!』

 

『いたいたいたいたいたいたい!!!!

ひぃいいぎいいいい!!!』

 

「「ひぃっ!!!」」

 

最後の短い悲鳴は、真由美と千代田のものである。

 

実際、再生された場面では、岬、三杉という男女を心配した2人のメンバーにも明確な変化が起こったからだ。

 

分厚いスーツで全ては見えないが、顔の血管だろうものが顔面から浮かび上がって、紅い蚯蚓が何匹も這っているかのような苦悶の表情を見せている。

 

そして同時にCADが勝手に起動式を読み込み、魔法式を解き放とうとしている。

 

四人全員で読み込んでいく『巨大な魔法』―――そして、全ての人間から生気と精気がなくなっていくのを見届ける過程で―――。

 

「ストップ!」

 

いざ発動前と達也が読んだ瞬間、藤丸立華は再生停止を指示。

 

そして苦悶の表情のままに、宙を掻き毟る四高生という悪趣味極まるオブジェ―――前衛芸術(サルバドール・ダリ)とも取れるかどうかは、芸術的感性が皆無な達也でもジャッジは厳しくなるものをすり抜けて―――立華は……。

 

「………成程―――『ディオスクロイ』ということね」

 

「ってことは、この岬って男子と三杉って子は―――『同じ』だったわけ?」

 

「でしょうね。すると時限式の術式を仕込んでおけばなんとかなるんでしょう……これを見届けた人間は、一高側にいる」

 

「急ぎましょう」

 

説明はせんのかいと思いつつも、余計な口を出す暇はない。ともあれ、そこは道中で良かろうという判断なのだろう。

 

廃ビルから出ることを指示されて、全員が出ていくことにする。

 

「これ、残しておけない?」

 

流石に再現された『現場』を崩すことは、もったいないと感じた響子が、外に出てから2人に聞いたが。

 

「魔力の無駄です」

 

「そっかー……」

 

心底残念そうな響子の顔だが、そこで一つの条件を出してきた。

 

「ただし、私達が知りたいことを教えていただければいいですよ。三杉と岬―――この2人は、日本の魔法師で言う所の『第3研』の数字落ちの家なのでは?」

 

「お察しの通りよ」

 

「ならば3の研究課題というのは―――」

 

「それに関しては、響子さんに代わって私が答えるわ。第3研の研究テーマは、多くの魔法を発動させられる―――多数多種類の魔法を同時に発動し、コントロールすることにあるの。当然、それは一人のキャパでどれだけ、あるいは他者と己を『混在』させてのことも―――色々と研究したそうよ」

 

会長としての意地と七草としての意地とかで、自分たちの生家のことを語る真由美に対して、2人は頷いている。

 

 

「ああ、だから会長や弘一さんは七草なのに『サエグサ』なんですね。納得です―――じゃあ説明ついでに何ですが、他者を『支配』するなり『同調』するなりして、その他者に術を使わせることも可能で? 要するに傀儡に魔法を使わせられるかどうか―――」

 

「え、ええ。支配―――といっても、そこまで来ると精神作用(チャーマー)に入っちゃうから多分だけど、相手の『同意』があれば、魔法演算領域の『同調』も出来るわ。私の妹2人―――双子だからね。得意なのよそういうことが」

 

思いもよらぬ人物の名前が立華から出てきたことで動揺した会長だが、それでも説明は滞りなく行われたことで、立華とアーシュラは納得したようだ。

 

「単純な話ですが、ボードで渡辺委員長が救助した七高生と、五十嵐先輩が大怪我をせざるを得なかった事態―――恐らくそれと同じでしょう」

 

「つまりCADに細工が為されていたということか……だが、その可能性は俺たちも疑っていた。そして、七高のCADはともかく五十嵐先輩のCADは、チェックを掛けても何も出てこなかったんだが」

 

 

あの後、首っ引きで五十里、中条も含めて色々と調査をした。精霊魔法のエキスパートたる幹比古まで呼んで調べたというのに―――。

 

 

「そりゃまぁ、『そちら』に関して細工が仕掛けられていたのは、CADとかのアシスタンツじゃないでしょうからね」

 

「―――――――なに?」

 

その言葉の不穏さに、誰もが緊張をする。

 

だが……。

 

「とはいえ、それは後々明かすとして、今は―――、一高側の現場確認と行きましょう」

 

そんな言葉で話の腰は砕かれっぱなし。だが話の核心は近づいてくるのだった……。

 

 



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第67話『思惑が絡む人々』

妖精騎士ランスロットーーーCHOCOさんといえばイグナクロスと思う俺は……。

まぁあれだよ。あの頃の電撃大王は色々とカオスだった。

近藤巨匠のガンダムが連載されている片方で萌え漫画(先鋭的)が幅を利かせて、その片方で古賀先生のシノブがやっていたり、そして再版ないのか何かに収録されているのか分からない当時流行っていたエロゲー、ギャルゲーの単発コミカライズ。

ゲーマーズとアニメイトがしのぎを削っていた時代を―――

まぁともかく新話お送りします。

そして引けたのは松風さんパーシヴァル2枚ということです。


第一高校の廃ビルを再生・再現して、四高のときと同じく立華とアーシュラによって現場は再現された。

 

そしてプリンセス・ガードの一高メンバーたちが再生されたが……。

 

その様子は喧々囂々のものだった。

 

意訳すれば、森崎はCADの調整を2科生に頼れるかという態度だが、五十嵐と皆本は、これ以上負けたくないという態度で、森崎に同調しない。CADの調整を司波達也に頼むと譲らないでいた。

 

『衛宮さんみたいに何でもかんでも出来るってんならばいいが、そうじゃねえだろ!? 心体の調節を衛宮さんがやってくれるなら、武器の調節は司波君に頼むのが常道だろ!?』

 

『森崎、お前がそういう態度ならば、俺も五十嵐も、もううんざりだ。お前の意固地な態度で、首の一つも上げられない武者にはなりたくないんだよ。お前にはついていけない』

 

『お、お前ら……! それでも1科生かよ!? ふざけるな―――』

 

『も、森崎落ち着いて! 2人もあんまりいざスタートという時に、こんな言い争いやめなよ!!』

 

その様子に誰もがさまざまな表情を見せている。しかし、そんな言い争いは突如終わりを告げる。

 

窓の近くから外を見た森崎。映像の通りだ。次の瞬間―――。

 

ぞぶんっ!!!

 

音にすればそういうものが響き、滝川の胸から鎖付きの杭―――としか言えないものが飛び出てきた。

 

『がっ!!!! あっ――――――』

 

『滝川―――』

 

呼びかけた森崎の眼には、赤色の影だけが見える。影は次から次へと狭い廃ビルのフロアを縦横無尽に動き回って、森崎以外のガードメンバーを叩き伏せていく。

 

瞬間の判断が要求される中でも、何とか己の愛用CADを持ち照準を合わせようとした時、伸ばした腕に鎖が蛇のごとく巻き付き、万力のように締め上げられたことでCADを持つことができなくなる。

 

その後には首を締め上げられる。当然、鎖でだ。呼吸が出来ず全身を締め付けられたことで、まともな術など使えずに全身が硬直する。

 

廃ビルの床に乾いた音で落ちて―――傾斜が存在していたのか、カラカラと滑る音に不吉さを覚えた。

 

それを見届けてから、後ろから締め上げながら声を上げるのは、赤い―――いや紅い外套に身を包んだ……男か女かすら定かではない。

 

『アルトリウスの娘の代わりに出てきたのが、貴様らのような愚物だとはな。……嘆かわしい限りだ。どうせならば、彼女と戦いたかった』

 

全身を打ちつけられて、血も盛大に流している一高生たちに『お前らなど眼中にない』という、無情な言葉が吐かれる。

 

歯を噛み合わせて、後ろを睨みつけたくても出来ないでいる、森崎の苦しさ・悔しさが全員に理解できる。

 

『しかし仕事は仕事らしくて―――ね。さぁ―――人理漂白の為に作られた偽性の槍(Fake)が飛ぶよ―――』

 

―――キミたちはその生け贄(victim)なんだよ。

 

そして、外で起こった盛大な爆発が廃ビルを叩き壊していき、その爆発は回転を伴いながら一高生たちを切り刻んでいくのだった。

 

「―――もういいか?」

 

克人の苦しげな声。こんな場面を見たくなかったのか、俯いて言葉を吐き出していた。

 

克人の態度は、殆ど全員が共通している。しかし―――例外である人間は少しばかりいて、問いかけられた立華は、嘆息してから答える。

 

「ええ、知りたいことは概ね理解できました。アーシュラ、敵は大シーザーの『娘』よ。必ずや―――倒して」

 

「―――Yes,Master」

 

その宣言が、牙を剥くべき相手を見つけ出した魔竜の咆哮のように聞こえた達也だった――――。

 

 

あんなことが起こったあとでも競技は恙無く執り行われていき、結局の所、ミラージ新人戦のエンジニアとして復帰した達也。

 

仕事はちゃんと行い、よほどの相手もいなかったからか、優勝・準優勝を一高で抑えることが出来たのは僥倖であった。

 

笑顔でこちらにやってきたほのかを歓待しながらも、考え事はどうしても増えてしまう。

 

 

そして現在―――ホテルのケーキバイキングにて、対面にて牛飲馬食でケーキを食う女に問いかける。

 

 

「―――結局の所、何が動機なんだろうな」

 

「んなこと知らないわよ。ただやったことは理解できる。CAD検査員及び大会役員になりすましているのか、はたまたそのものが下手人なのかは理解できないけど、彼らがCADを受け取りに来た『選手』に『呪詛』を叩き込むことで、触媒にしてきた―――結果的に、狙われたのが3の数字落ちの家だったことが災いして、同調及び合成した演算領域のもと、あんな巨大な術が炸裂した―――報告書はあげたでしょうが」

 

長い言葉だ。一足で言われてしまったが、確かにそういう結論だった。

 

なぜ、四高の選手が遠隔的な術起動の触媒として使われたのかは、場当たり的であったとしても、放たれた術はそのままに結果を出してきた。

 

「……当初、俺は、この九校戦で起こるトラブルの数々は、チャイニーズマフィアの主催する賭け事の勝率操作の為だと思っていた―――五十嵐先輩のクラッシュ然り、七高のオーバースピード然り―――今回のことも然りな」

 

白状することで反応を確かめる達也。ソレに対する返事は―――。

 

「要するに―――敵の正体が見えなくて面倒なわけね?」

 

「ああ」

 

ケーキをぱくつきながら、平然と達也を理解したことを言ってくる女―――アーシュラに返す。

 

達也にとって、ここまでもどかしい気持ちはなんともやるせない。

 

倒すべき敵が、どうしても見えてこないのだ。

 

「そんなことが分かるならば、どうとでもなっているわよ。ただ一つ言っておく。競技大会関係者の殆どは『クロ』よ。各校で違ったようだけど、選手にCADを提出させたり、取りにいかせないほうがいいわ。眼の届く距離、呼吸音すら聞こえる場所から呪われて、ありったけの精気を使い尽くされる。そんな触媒にされたくなければね」

 

エンジニアであれば犠牲になってもいいというわけではないが、まぁ競技中に何かをすることは無い人間だからこその話だろう。

 

ソレに対して素直に頷きながら、切り出したいことがある。

 

あの紅外套は―――『サーヴァント』なのか?

 

アルトリウスの娘とは―――アーシュラのことなのか?

 

人理漂白の槍とは―――どういうことなのか?

 

疑問は多いし、応えてほしいことも多い。

 

のだが……それを問うことが出来ない。

 

「ケーキごちそうさま。あとは『あそこ』で、こそこそしている人たちと楽しんで。皿はさげておくから」

 

アーシュラの示す『あそこ』。目線とテーブルのシグナルARだけで示してきたことで、そこにA組の女子3人がいることに気づいた。

 

当然、妹も含まれている。

 

「ワタシがいるから同席したくないんでしょうね。んじゃお疲れさーん」

 

「………」

 

「いや、なんで着いてくるのよ?」

 

「別に俺だってもう腹いっぱいなんだ。会計を頼んで出たいぐらいの気持ちなんだよ」

 

「残って女の子の相手をするのも、男娼の勤めだと思うけど?」

 

誰が男娼、お小姓だと言いたくなるアーシュラの言動だが―――。結局の所、ソレ以上は何も言われることはなく、九校戦観戦に付き合うことになった。

 

途中、伊庭アリサ 遠上茉莉花というJSと合流したのだが、その2人から―――

 

「「―――男気無さすぎるクソ野郎」」

 

などと、指差しで『納得顔』で言われることになったのは、色々な気分であった―――。

 

そして夕食に入る前に、達也及びアーシュラはミーティングルームに呼び出されることになった。

 

勢揃いしている上級生と数名の同級生を前にして、何の用やらと思うのは達也だけで、すぐさまアーシュラは同級生―――藤丸立華の隣に立つのであった。

 

「達也君、今日は期待以上の成果をあげてくれて感謝しています」

 

「ありがとうございます―――ですが、がんばったのは選手である里美と光井両名ですので」

 

称賛を受ける立場ではないとしながらも、本題に進むように真由美に促す。

 

「達也君も知っての通り、現在のところ一高はガード棄権の状態になっていますが、十文字君の尽力で、別選手を選定した上でならば、明日の参加を許可することになりました」

 

「……アーシュラから聞かされてましたが、『あんなこと』が起こったのに……競技続行をする気でいる委員会は、正気じゃないですね」

 

「ええ、けれど……そのお陰で、総合優勝及び新人戦優勝も、まだまだ可能な立ち位置に、私達一高はいることになっています」

 

「―――――――」

 

本戦での『失点』が少しずつ響き、そして新人戦での『結果』が段々とデッドヒートを繰り返して、現在―――このままガードで『優勝』が出来なければ、総合優勝も新人戦優勝も無い―――つまり、ここでガード不参加、ポイント無しということになってしまえば、もはやその目は無くなるのだ。

 

最有力は六高、有力は三高……そして次点に一高がいる状況。

 

(それで、俺に選抜したセカンドのガードチームのCAD調整をお願いする。言うことは何が何でも聞かせるから頼む―――そんなところか……)

 

別に武器の調整ぐらいはやってやる。問題は聞く耳を持ち、襟度を選手側が開くか……それだけである。

 

などと達也が、頑迷な1科一年男子に対する困難を予想していたところに―――会長は、思わぬ提案をしてくるのだった。

 

「―――それで達也くんには、森崎くん達に代わってガードに出てほしいのよ」

 

 

その『要請』に対して達也の返答は―――

 

 

「―――断固辞退します」

『『『『グラ○ムみたいなことを言うな!!!!』』』』

 

―――上級生総出でのツッコミであった。そして、いつぞやの立華とアーシュラの如く、まさか取り付く島もなく断られることになるとは思わなかった会長が、頬をぴくぴくさせながらも咳払いをしてから言葉を吐く。

 

「り、理由を聞かせてもらっても?」

 

「単純に自分では力不足でしょう。立ち塞がる強敵は、全て自分のような2科生では倒せないことは確実です」

 

「………私は、実戦でならばキミはかなりのものだと思うんだがな」

 

「ガード、派生元であるモノリスは実戦的な競技ですが、肉体的な接触が認められない魔法競技です。

硬式野球と軟式野球、アメフトとタッチフット、太陽炉搭載機とプラズマエンジン機ぐらい違いますよ」

 

最後の例えは、分かるやつと分からないやつとが多いが、ともあれ摩利の説得もあまり功を奏していない。

 

「更に言えば自分は選手ではありません。練習時点から見ていましたが、アーシュラの代わりに滝川が選ばれたことも含めて―――、他に白羽の矢を立たせるべきだと想います」

 

「それは―――――」

 

「新人戦は新入生の育成という側面もあることから、自分が会長や委員長の思惑通りにガード優勝を決めれば、色々と面倒も多いのでは? 自分は技術スタッフなので」

 

自分にとって経験値にならないことだとしておく。それを受けても未だに無言なのは―――十文字会頭であった。

 

「……立華、アーシュラ。お前たちの意見を聞かせてもらえるか?」

 

そんな巌のような会頭が、ようやく口を開いた上で言葉を向けたのは、思わぬ人物であったが―――問われた方は答える。

 

「意見も何も。そもそも『どっち』も取ることは不可能でしょう。『どっちか』です。そのことを理解しておかないと、これは通せない案件です」

 

「………お前の言い方は、何というか抽象的でむず痒い。もう少し分かりやすく言え」

 

「克人さん及び上級生としては、総合優勝のためにも新人戦優勝を求めたい。しかし、その為に現在の一年男子―――『味噌っかす』みたいな結果しか残せていない連中が、劣等感を来年まで抱かれるのは、少々面倒なことだ。

けど、これはどっちかしか取れない話ですよ。だから―――折れるべきなのは、『どっちか』です」

 

その言葉で得心したのか、一度だけ息を深く吐いた十文字克人は、再び口を開く。

 

「……成程な。理解できた―――。司波、俺はお前を卑怯者だと想っている。

お前は本来は、あらゆる相手を打倒するだけの実力を持ちながら、2科生という隠れ蓑を被って好き勝手やる。

弱者であるという立場を盾にして、上に噛み付く―――実に高度な知能犯だ。魔法師のハンニバル・レクター、ユナボマーといってもいいぐらいだ」

 

「………」

 

鉄面皮と評される表情筋が、若干『ひくつく』のを見てから、克人は腕組みをしながら言葉を重ねる。

 

「だが、お前が勝つこと、優勝することで、一年男子の薄っぺらなプライドがどうなろうと、俺はもう知らん。所詮、『それ』しか見せてこれなかった結果が『現在』だ―――もしかしたらば、お前をエンジニアとして採用していなければ、更に悲惨なものになっていたかもしれない。そう思える今年度の九校戦だ―――だからこそ言ってやる。

森崎たちに『引導』を渡してやれ、司波―――」

 

その言葉を受けた司波達也は、浅く息を吐いてから克人に問いかける。

 

「……本気でやっていいんですね?」

 

「構わん。メンバー選出もお前に一任する」

 

「アーシュラをプリンセスにしても?」

 

その言葉に対しては明朗とは言い難いが、少しだけ唸ってから―――。

 

「―――許可する……いや、そうするしかないんだな」

 

許可を受けたのだが、ソレに対して黙っていないのは隣りにいる真由美である。

 

「ちょっ! 十文字君!! アナタ本気なの!?」

 

「ああ、お前も司波に勝負のゲタを預けたならば、もうとやかく言うな。俺たちは、こいつに全ての裁量をやった。振るう采配は全て俺たちの責任だ。腹を決めろ七草―――男だろ?」

 

「私は女よ!!」

 

「あばっきお!!」

 

鍛え上げられたはずのボディにいい一発を食らって、悶絶する十文字会頭。

最後の一言で台無しになった十文字克人の言葉だが、ここまでの言葉でどういう意味なのかを理解できない人間は多い。

 

かくいう克人もまた、己の中での納得が多すぎて、抽象的なことになりがちな男なのだった……。

 

「だ、だめです。正直―――会頭と真由美さんの懸念事項とか色々と分かりません。誰でもいいから教えてクレメンスです」

 

決して頭が悪いわけではないが、それでも何というか分かりにくい表現を好まない中条あずさの声を、隣りにいた市原鈴音と藤丸立華、そして衛宮アーシュラは苦笑しながら聞き届けるのだった。

 

「とりあえず司波君が出場して、上役の思惑通りに結果を残すことが、あまりいいことではないとしているのは理解できていますよね?」

 

「そ、そこはなんとか。問題は次の『それ』しか見せてこれなかったという言葉ですよ」

 

頭の回転が悪いわけではないな。要するに抽象的すぎた克人の言葉が悪いのだ。

 

「十文字君の言いたいことは、端的に言えば、勝つことしか見せてこなかったからこその、今回の結果であるとしていたわけです」

 

「? えーと、つまり……負けた経験が無いから、いまこんな有り様であると?」

 

「人・会社企業・行政機関……何であれ、成功・失敗、勝利・敗北。そういう風に定義できることの積み重ねが当然あります。その中で、成功体験だけを元にして行動することは、あらゆる意味で危険なことですね」

 

だからといって積極的に負けろという話ではないのだが、つまり一高は『成功体験』だけを元にして動いたからこそ、こんなことになっている。

 

「全戦全勝というわけではないんでしょうが、3年が1,2年の時の上級生たちも、弱くはなかったんでしょう」

 

立華の問いに、市原鈴音は短く首肯しながら説明を入れてくれる。

 

「その通りです。如何に現在の三巨頭が強力であっても、当然1年時は殆どが新人戦に出場していました。本戦で当時の2.3年生が頑張ってくれたからこそ―――今大会での3連覇という目標が出来ていたのです―――」

 

 

「私やアーシュラなんかは違いますが、結局の所、そこですよね。十師族の七草、十文字がいるからこそ、自分たちは負けない―――誇りもすぎれば驕りとなりましょう」

 

当然、誰しもがそこで慢心していたわけではない。

 

1年でも、2年でも―――3年の背に追いつこうと、我こそはと、前に向かっていったところは見えていたのだが……。

 

「―――責任感を強く持つことと、仲間を信頼しないことは違う。独りよがりな戦いじゃ、何も得られはしませんね」

 

どちらもある意味持っていないアーシュラが言うと、何とも言えない表情にはなるが、それでも勝負の世界は時に無情にも……。

 

「覚悟と情熱がそのまま結果につながると信じているなら、それは甘い夢想(ゆめ)というもの。

負けは播け。播くことで成るものは明日の(勝て)

地に落ちもせず芽を出す苗なんてありゃしない。物事は何でも一度は身を捨て播く(負け)時期がある。

―――大きな(勝て)に化けさせるためにね」

 

「「「「…………」」」」

 

喧々囂々の様を見せていた達也と上役たちも、アーシュラの言葉に聞き入ってしまうほどだ。

 

それぐらい強く、何というか……芯に響く言葉だ。

 

「一高の不幸は、物事に『限り』(LIMIT)を作ってしまった現在の制度でしょうね。

1科だ2科だと、そんなランク付けで人の可能性を損ない。そこにあるべきものを直視しなかった。世の中には『できる』と思うヤツと『できない』と思うヤツがいるが、勝つためには『できない』なんて初めからいらない。限りを作らない精神―――『Unlimited』を持つヤツだけが、時代の先を行くんですよ」

 

それは過去の人々が示している。

 

特にスポーツ業界では顕著だ。

 

巧打者・強打者・守備職人として日本で鳴らした男が、海を渡り、世界最高の野球リーグを舞台にその栄誉を穢さないままに45歳まで最高のプレーをしていた。

 

打者・投手―――どちらでもいける。これこそが俺の野球だとして、二刀流というスタイルを日米で貫き通した男がいた。

 

先例にそんな奴はいなかった。自分こそが、時代の先駆けたらんとする心こそが、不可能を可能にするのだ。

 

「ヒトからなんと言われようと、貫き通すものがあるものが強い。そして、限りなど作ってここで『限界』だなんて思っているヤツに、先なんてない―――以上でよろしいですかね?」

 

「う、うむ……とんだ御高説だが、まぁ身につまされるものは多すぎたな……」

 

「そういう意味じゃ……私は、あまりにもヒトの可能性を信じきれなかった筆頭ね……」

 

「会長がその最右翼だから、こうなっているとも言えますけど」

 

「この後輩、本当にやさしくない!!」

 

慰めなど何の意味があろうか。ともあれ、もはや問答は無用なのは……誰もが理解していた。

 

それでも七草真由美は言い募る。

 

「けれど、衛宮アーシュラを出せば、大会側はアナタを雁字搦めにしてくるのよ?

まず第一にアナタが出場する場合、特例として、相手校のマジックガード(男子選手)の数がおよそ5倍に膨れ上がる」

 

「15人の魔法戦士ですか。全然足りませんね。ワタシを倒したければ、その3倍は必要ですよ」

 

大言壮語を吐いているわけではない。当たり前だが、衛宮アーシュラの実力はこの場にいる全員が理解している。

 

だとしても懸念事項は多いとして、更に真由美は言う。

 

「第二に、アナタにアーマーの装備は許されない。身体保護は自前で何とかするしかない」

 

「アマゾネスみたいにマッパで戦わなくていいならば、それで結構です」

 

「……第三に―――『プリンセス』には許されている近接武器の持ち込みは許されない。本来ならば、遠距離武器ぐらいは許されてもいいのに―――それすらアーシュラさん……アナタには許されない……」

 

『マジか。アーシュラ、大丈夫かよ? 伯父さんガチで心配だぜー』

 

心配とか言葉で言いながらも、アーシュラの制服ポケットから出てきた喋る匣は、笑っているのだった。

 

「べつにー。なんとでも出来るわよ」

 

『そりゃそうだな。ただよ、あの小僧どもを熨した大シーザーの娘はやべぇぜ。出てきたらば1も2もなくオレを呼べよ。赤雷を操るってことは、ロムルス・クィリヌスの遠祖である証明だからな』

 

「了解したいところだけど、試合に乱入するかしらね?」

 

「可能性は排除しない方がいいわ。というわけでーーー司波達也、アナタに私の剣を貸すわ。存分に扱いなさいな」

 

匣とアーシュラの会話に割り込んだ藤丸立華は、話のボールを達也に投げ返すのだった。

 

「―――感謝する筋合いなのかな? まぁいい―――会頭、他メンバーは選抜選手以外から選んでもいいので?」

 

「西城と吉田だな。構わん―――ホテル側にはオレが話しておく。時間は有限だ。いますぐ調整・作戦を詰めていけ。我が校のプリンセスブレイブを、ここまで辱めようという意図を持つ委員会に、徹底的な意趣返しをしてやれ」

 

その言いように、このヒトもむかっ腹を立てていたのかと思う。

そもそも、最初からこのような制限や九島烈の余計なちょっかいさえなければ、プリンセス・ガードにおいて一高の、あるいは四高の不幸も無かったかもしれないのだから。

 

「―――ありがとうございます」

 

その一礼を以て、達也は、諸々のことを中条や市原に頼んでから、ミーティングルームから出ていこう―――としたその時。

 

「アーシュラ、左手を―――」

 

「はいはい。あとでワタシもそっちに行くから、CADの調整は頼んだわよ」

 

「―――無論だ」

 

外すのと塡めるのとでは違うだろうが、その様子―――反るように伸ばしたアーシュラの手を取りながら、アーシュラの眼をみながらそっと指輪を抜き取る様子に……色々と変なキモチになる面子は多かったりした……。

 

そして、困惑だらけの夜を越えて迎えた新人戦5日目は―――大いなる『熱狂』と共に幕を開ける―――。

 



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第68話『出陣! α(アヴァロン)ナンバーズ!!』

「こんばんにゃー。捗ってるかーい皆の衆」

「入室画面から分かっていたが、美味そうなもの持ってきたなー」

 

司波達也のツイン・シングルの部屋に、なんの気負いもなく入ってきた女子の一人。まぁ達也の部屋だからというよりも、友人・知人が集まっているからこそなんだろうが……。

 

ともあれ、その手には感嘆する西城レオンハルトの言うとおりに、美味そうなものがあったりした。

 

「まぁ夜食とは言え、男子だから肉の方がよかろうと思って、シシカバブ。ドネルケバブとも言えるけど」

 

「「「いただきます」」」

 

「エリカと美月ちゃんもどうぞ」

 

「いただくわーーーと言いつつも、先程から話していたんだけど、アーシュラ……アンタ大丈夫なの?」

 

「にゃにが?」

 

家であれば、口にモノを入れながら話すな、と躾けられそうな様子でエリカに問い返す。

 

「武器―――に関しては、その辺で拾った木の枝でも、アーシュラにとっては名剣になるとはいえ……問題はアーマーよ。確かに風と魔力放出を使えば機動力は確保出来るかもしれないし、防御力が皆無とまではいわないけど―――大丈夫なの?」

 

「妙なこと気にするのね。アナタだって、制服のまんまブランシュ事件の際に、賊を叩きのめそうと動いてたじゃない」

 

「ありゃ緊急事態だからよ……」

 

エリカの言葉に平然と応えるアーシュラ。どうにも、アーシュラに対して心配事をすることが、何かのフラグなのではないかと思うほど。

 

「けど本当に、大丈夫なんですか?」

 

今度は美月からの質問である。

 

「―――疑い深いわね。そもそもアナタたちだって見たはずじゃない。ワタシがランサー……クー・フーリンと戦っている時の速度域―――そして何とも無い『制服』のあとをね」

 

そう言われてみれば、その通りだ。音速・亜音速で動けば、通常ならばその衣服は、千切れ破れているのが当然だ。空気抵抗の物理法則は当たり前に理解できている。

 

「まぁあんな野暮ったいアーマーを概念強化するよりも、『特殊な衣服』の方がいいわよ。それだけ」

 

正直言うと、アーシュラの美的感覚にあの軍用のアーマーというのは合わない。妖精郷にいる鍛冶師たちが作り上げた鎧や武器の数々に比べれば、何とも無骨すぎて遊びがない。戦士・騎士として駆け抜けることを是としているアーシュラからすれば、ビー玉と宝石ぐらい違うのだ。

 

「一応の戦術プランを立てたんだが聞くか?」

 

「ええ、お願い」

 

話の合間を狙ったわけではないだろうが、キーボードをタッチしている司波達也が、目線は画面に向きながらも説明してきた。

 

端的に言えば。

 

機動歩兵『司波達也』

遊撃兵『吉田幹比古』

守備兵『西城レオンハルト』

 

そんなところである。

 

となれば、アーシュラの役目は……。

 

装甲騎兵(カタフラクト)か……」

 

「察しが良いな。その通りだ」

 

「本来的なプリンセスガードは、姫を守りつつ、どれだけモノリスに近づけられるかだからね。そういう定石は意味ないでしょ」

 

本来的なモノリス・コードとは違い、この競技の特色の一つにプリンセス―――女子選手の優越性がある。

 

例えば女子選手が、モノリスに対して鍵を打ち込んだ場合、表示されるコード送信の文字数は3分の1以下に減少する。

 

そしてアーシュラには武器こそ無いのだが、プリンセスには相手選手に対する直接攻撃が許される。武器ないし素手やナックルダスター……とまではいかずとも、まぁそれなりに危険性を廃した武器や打撃グローブの装着が許されているのだ。

 

「そういう意味じゃ、エリカでも良かったかもね」

 

「そりゃありがたいけどね。けど他校のプリンセスは、遠距離攻撃も近接攻撃も達者以上に可能でしょ。身の程は弁えてるわよ」

 

とか興味なさげに言いながらも、悔しげに拳を握りしめているのは―――しっかりと見ておくアーシュラ。慰めはしない。戦士にとって必要なのは、行動だけなのだから。

 

「とはいえ、15人ものガードだろ。どこまでやれるか分かったもんじゃないぜ……」

 

「まぁその辺りはご安心を。ワタシが敵を撹乱すれば、あちらはこっちに注力しなければならない―――レオン君は、石版の近くに来た敵を存分に倒して♪」

 

「お、おう……」

 

その言葉と魅惑のウインク付きに、顔を赤くするレオ。

 

数の脅威を大したことではないとするアーシュラに同調するわけではないが、目に見えるものだけが、真実ではない―――。

 

それも一つか……。と思っていた時に、驚くべきことが起きるのだった。

 

「心配ならば少し訓練してあげようか?」

 

「いいのか?」

 

「まぁ『アレ』は同調させるには少し、手解きしたほうがいいでしょうからね。父さんは2学期にやることで『底上げ』したかったんでしょうけど」

 

そんな、2人でマンツーマンの『HAPPY ☆LESSON』やりましょうということを、耳ざとく聞いていた一人の男が、幹比古の古式魔法を適切にしながら口を開く。

 

「―――レオの方のCAD―――。小通連以外は、既に完了させてある―――だから構わない―――エリカ、美月。ちょっと2人についていってもらえるか?」

 

「えっ!? ああ、うん。そうね……レオがアーシュラにイヤ~ンなことしたりしたらば、マズイもんね!」

 

「え?え?―――ああ、そうだね。エリカちゃんの言うとおりだね……」

 

そんな風に、ちょっとばかり強い口調で言う達也に若干困惑しながらも、『理由』を察した2人の女子は、そんな言葉で達也の部屋を出ていく男女に着いていくことにするのだった。

 

一気に華が無くなった部屋にてドネルケバブを食べる幹比古は……。

 

(めんどくさい男になったなー……)

 

だが、そのことが契機になったように、達也の叩く術式のコードは、幹比古が思った以上に洗練されていく。

 

アーシュラに対する想いが、本当にどういったものなのかは分からないが、それでもその心がこの男を燃え上がらせるとなれば―――

 

(それを利用させてもらうよ)

 

シビアな計算をしながらも、一人一時間という公約を破り、20分で幹比古の作業を終えた達也と幹比古は―――アーシュラとレオがやっていること、更に言えばそこに立華も加わり、やっていることは―――驚きのものだった。

 

「「これが―――運命(fate)です」」

『フォーウ』

 

妙な手拝のようなポーズをするアーシュラと立華に、器用にもフォウとが行ったことで―――。

 

『『『『『マジシャンG○か!?』』』』』

 

怒涛のツッコミを受けながらも、行われたHAPPY☆LESSON(仮)は、確実に2科生たちを底上げするのだった。

 

「いわば進○ゼミ魔法講座、この夏を利用して友達に差をつけよう!!」

 

「「「「「その表現はどうなんだ……」」」」」

 

2科生全員が呻くように言ってから、これ以上は明日に差し支えるということで、お開きとなる。

 

 

各々が部屋に戻ることに。中でも四人はホテルのアルバイトだということで―――昔の雑魚寝部屋ほど劣悪な部屋ではない―――自動清掃があるとは言え、男2人の部屋環境を考えて、リフレッシュを与えておくことは忘れなかった。

 

諸々を終えてから部屋に戻ると話は明日の事に及ぶ。

 

「アーシュラ、明日は『何を着る』の?」

「鎧を着ければレギュレーション違反。かといって、夏場に長袖のキャスターフォームなんて無理」

 

「ふむ」

 

「というわけで、『おばさん』のを借りるとするわ」

「妖精姫の霊基をね。姉妹仲は最悪だけど、 アンタは気に入られてるもんね」

 

「ジャガーマンの方の『おばさん』だと暑すぎるもの。着ぐるみはないわー」

「いや、そういうことじゃないわよ」

 

どうにもズレたことを言う幼なじみに返しながら、話は真面目なものになる。

 

「チャイニーズマフィア、三合会系列の無頭竜なる組織に入り込んだ死徒は、そこにいた存在を全てグールにした上で、この九校戦なるものを知ったそうです」

 

「霊性がそれなりにある魔法師をグールにするのかな?」

 

「そうですね。この霊峰富士の麓を死都にする―――そして己の強大化を図る。それだけでしょう」

 

快楽主義の死徒に明確な目的など無い。

 

司波達也には悪いが、今回の敵にホワイダニットなどありはしなかった。

あえて『動機』を説明するならば、己の楽しみのためだけに、ここにやってきた。言うなれば夜の牧場に入り込むコヨーテかチュパカブラのようなものだ。

 

「とはいえ死徒に関してだけ眼を向けていては、手落ちが発生しますからね」

 

「このままいけば、またもや爆れつプリンスは、ワタシかあの鉄面皮によって敗北するわけだ……意味あるのかしら?」

 

「さて、アーシュラの言う通りに、身を捨てて播いた結果があればいいんですけどね」

 

それを望むということは、三高の闘いは激戦になることは間違いないということ。

 

楽な闘いは求めない。だが、それでも―――そんなヤツは出てきていないのだから、自分なりに楽しむだけに拘泥するしかないのだ。

 

そうして憂鬱な夜を超えて―――新人戦プリンセス・ガードは始まる……。

 

 

「前もって言ったとおりだ。総合優勝のためにもお前たちには獅子奮闘してもらいたい。そして驕り高ぶるものたちに、逆襲の鉄槌を食らわせろ」

 

『『『押忍!!』』』

 

本来ならば、会長である真由美が激励をするのが通例だが、今回のメンバー選定に色々と尽力をして、1科2科―――どちらからも尊敬されている十文字克人がやることになるのだった。

 

そして、そんな克人に対して気合のない応答など出来ない男3人は、ふさわしい声で応じるのだった。

 

「―――ところでアーシュラは?」

「もうすぐ来るだろうさ。当初は、此処で『着替え』ようとしたんだが、千代田がアレコレ言って他のところで準備中だ」

 

恐らくその場には五十里先輩もいて、三度目のストリップシーン(全然見えない)が展開されようとしていたんだろうなと考える男子一同。

 

などと考えていると、噂をすれば影の通りにやってきた。

「―――待たせたわね」

 

「ああ……暑くないか?」

 

「問題ないわ。女の肌はみだりに晒すものではないと、伯母さんも言っていたし」

 

「その割には、再臨するたびネイキッドな衣装になっていくのはどうなんですかね」

 

更衣室にやってきたアーシュラは雨合羽を羽織っていたのだが……下に見えるスラリとした足に履いている黒いオーバーニーブーツには、何らかの紋様が爪先まで描かれている。

 

上着がどうなっているかは分からないが……凡そ通常のガードの衣装ではないことは確かだった。

 

それゆえに、思わずエレメンタルサイトで見よう(透視)とした瞬間……。

 

『ちょあー!! 姫に仕立ててあげた僕の衣装を、ギャラリーに晒すまでのぞくんじゃねー!!!』

 

などと何かの妖精?がやってきて、アーシュラの姿を眼による認識世界から消したのだった。

詳細には見えなかったが、それによって通常視力でのみアーシュラを見るしかなかった。

 

「―――ハベにゃんは怒っている。次やったらナカムラの衣装の材料にしてやるぞ。と」

「ナカムラって誰だよ」

ゆーきゃんさん(中村悠一さん)でないことは確かだよ」

 

ちょっとがっかりしつつも、出陣の時間であるとして、戦場に赴くときだ。

 

戦場にやってきた四人―――男3人に女1人のガードのチームの通り。熱狂が響き渡りながらも、困惑の声も響き渡る。

 

その理由の一つは、レオの持つ武装一体化型のCADだ。

近接攻撃がダメなはずで、それでもチェックを通った以上はそうでないわけで―――一番筋が通った推理は……。

 

―――アーシュラの巨大剣のごとく、黄金の閃光・斬撃が飛んでくるのか?―――

―――閃光雨(マジックレイ)が飛んでくるのか?―――

 

そんな風な予想が立てられる。それが完全な的外れであることは誰にも分からない。

水鳥の飛び立つ羽音に大軍の影を見るかのように、誰もが恐れていた。

 

第2の注目点は、天才エンジニアにして、夕食会でとんでもねーことをしてくれた男、司波達也が選手として出場してきたことだ。

 

第3の注目点は――――。

 

レインコートを羽織るプリンセスの姿だった。

 

それが何かの偽装であることなど間違いない。なんせ―――髪を縛っているリボンが通常―――蒼とは違い黒になっていたり、サイドの髪の結び方が違っているのだ。

 

何かがあるのだ。

 

『―――、一高衛宮選手に通達します。レインコートを脱いでください。その下に武器を隠し持っている可能性を確認するためです』

 

その言葉を聞いて、やはり衛宮アーシュラには武器持ち込みが禁止されているのだと、憤りとも当然とも言えるようで―――何となく複雑な気持ちが蔓延する。

 

「なんだか少しだけ可哀想だよね……こんなにまでも雁字搦めにされて、闘いの手管を制限されるなんて」

 

「ったく、そんなにまでも関取でいることがいいことなのかよ……」

 

「まだ剛毅さんなどの十師族の介入と決まったわけじゃないけどね」

 

「だが、それでも―――勝つ! 勝ちたい!! 例え、それが司波さんの兄貴である司波達也であっても―――」

 

そんな三高一年男子エースの言葉の間にも、アーシュラはレインコートを脱ぎ、そのプリンセスドレスを白日にさらした。

 

「―――――」

「―――――」

 

思わず息を呑む。その姿に―――。

 

その姿は妖精の女王。この中天の世界にあって一人だけ夜を纏うもの―――。

 

知るものが見れば知ってしまう。伝説の魔女にしてアーサー王の最後を看取るもの―――。

 

モルガン・ル・フェイの衣装を衛宮アーシュラは纏っていたのだ。

 

だが知らないもの達は、そのヘソ出し、胸元出して―――ネイキッドかつ己のセクシーな部分を強調した衣装に喝采を上げる。

 

パーカータイプの白ローブが肩に羽織られているが、それでも何というか肌色が多い衣装で、大興奮の声が渦巻く。

 

 

『―――ちょいと待て―――!!! 衛宮さん!! なんだその格好は―――!? 隣のカレシに対するサービスか!?』

 

「ワタシの伯母のお下がりだ。そして委員会からアーマーを装着するなと言われた以上、これぐらいは許してもらいたいものだ。そして隣りにいるのはただの同級生」

 

アーシュラのおばさんって……と思った達也だが、自分の叔母もあんな格好しているので、まぁそれよりはマシだろうと想いつつも――――――。

 

にべもない返答に涙が滲みそうになる。

 

「しかも、ワタシは武器を持つことすら許されていない。せめて機動性だけでも確保しなければならない」

 

『そ、そりゃそうだけど……』

 

プリンセス・ガードが開始される前の舌戦。相手校である八高のプリンセスが狼狽している様子だ。

 

『つらら』でならば、許されている格好だが、こんな競技でやられたならば、どうなるか分からない。そもそも森林であり山であるこのステージに相応しいとは思えない―――そんなところだろうが……。

 

「我々一高の武器は3つ! 知力! 体力!! 時の運!!! 卑劣力!!!!」

 

4つじゃねーか!? という誰かのツッコミを受けつつも、更にアーシュラは言葉を重ねる。

 

「そして、残念ながらワタシは武器装備無し(not equipment)なので、もう一つの武器を使用することにした」

 

『それは何よ!?』

 

隠し玉を感じて動揺した八高のプリンセスが問いかけると――――――。

 

 

「―――――オンナとしての『武器』を、最大に活用することにしたのよ♪」

 

返答と同時にワキを見せる意図と胸を張る意図で、頭の後ろに両手をやる―――いわゆる典型的なセクシーポーズをするアーシュラの姿(ウインク付き)が、ドアップで会場にある大型モニターに表示された。

 

衣装の露出度も相まって、すごい絵面であっただろう。

 

カメラドローンのオペレーターが狙ったとしか思えないタイミングでのことに全員が仰天して、男子勢の殆どは、『古典的』にも鼻血ブー(死語)をしてしまうのだった。

 

それが会場や各校のテントだけならばともかく……相手校である八高の男子選手も、全員が程度はどうであれ、鼻を押さえる結果になるのだった。

 

『よ、よくも私のツッチーを誘惑してくれたわね!! このアマ!! コロス!!』

 

どうやら出場選手の一人が恋人だったようで、涙目で、アーシュラを睨みつける八高のプリンセス。口汚い限りだが……同情せざるをえない。

 

だが、別にそいつだけが誘惑されたわけではない。というか、何か少しだけもやもやした気分にもなる。

 

『――――で、ではスタートランプの点灯を開始します!! 各校備えてください!!』

 

あまりにも『低俗』なやり取りに、係員がプリンセス同士の舌戦―――古代の戦ではままあった両軍の聖職者による『宗論』の叩きあいは、終わりを告げるのだった。

 

「もう少し混乱させることも出来たんだけどなー。残念」

 

「他に何を言うつもりだったんだ?」

 

「聞きたい?」

 

「……遠慮しとく。いま言われたらば、抱きしめて離れないようにしてしまいたくなる」

 

「「――――――」」

 

 

試合前に何をやってるんだかという、達也とアーシュラのやり取りを後ろで見ながら苦笑しているレオと幹比古だったが、スタートランプの終わり、開始のブザーが鳴り響くと同時に―――全員が動き出す。

 

闘いは始まりを告げた―――。

 

 

 

「人にビッチだなんだと言っておきながらあのアマ―――!!!」

「落ち着け七草。顔のタッチが板垣恵介先生風になるまで怒るな」

 

鼻にティッシュを詰めている十文字克人が言うと、色々とシュールな絵面だが、そんな風に言い合っている内に、試合は動いていく。

 

スタートと同時に駆け出したのは、達也とアーシュラである。

 

一方は忍術という純粋体術で、一方は魔力放出と魔風操作で、木々という障害物を何ともないように進んでいく。

 

カメラドローンが追いきれないスピード。次から次へと中継地点にあるものにつないでいっているのが分かる映像中継の速さに、改めて2人の規格外さを覚える。

 

最初に接敵したのは―――アーシュラの方だった。

 

3人一組の集団。恐らく偵察のために出されたものだろう。あちらはまだ気づいていないことを理解したアーシュラは、五指を伸ばして威力抑え気味の魔弾を放った。

 

しかし、おもったよりも威力は過多であり、森の奥より突如放たれた圧で、まとめて2人が10mはふっ飛ばされて、残りの一人が、驚愕しつつも敵襲を告げようとする何かを打ち上げる前に―――。

 

鏃のようなクレストが飛んでいき、一人を無力化したが―――。

 

(足音……5,7―――8人か)

 

どうやら一瞬速く、何かを飛ばしたのか何かを察知したのか増援がやってくるようだ。

 

別に真正面から打破してやってもいいが……。

 

(ナンボかはレオン君とミッキーに任せよう)

 

あの2人にも経験を積ませ、お披露目(・・・・)しなければならないのだから。

 

そんなわけでアーシュラは敵を引き寄せることにした。

 

「―――ゴッドモーニング!!!」

 

盛大な声と共に八人の集団の前に躍り出たアーシュラ。ぎょっ! とした八高の連中だったが―――。

 

「え、衛宮アーシュラ!!」

「む、迎え撃て―――!!!」

 

戸惑いながらも攻撃に出れる辺りは、流石だが……。

 

「もうちょっとランクが高い魔法使ったほういいよー。―――遅い遅い! スロウリィ!! まとめると、アンタらには―――速さが足りない!!」

 

嘲るように言いながらも、踊るようにして放たれた全ての魔法を避けきったアーシュラ。

まだ自分の特異性(無効化能力)は晒すわけには行かない。

 

それゆえの5割での運動性での回避行動であった。

 

「くそっ!! 追え!! 追うんだ!!!」

 

そうしてから八高を追わせるべく、背中を見せずに森の中に逃げ込む。

 

 

闘いはまだ始まったばかりなのだ……。

 

 

 



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第69話『break up!』

データが吹っ飛んだ。

最近、googleドキュメントが使いづらい。そのせいかword形式で打っていたデータが保存及びアップロードされず、これは第二稿ともいえるものです。

まぁ大筋は覚えていたんですが、ガラル三鳥ならぬガラル三騎士のうちのトリ子を引けなかった呪いか。はたまたランスロっ子ちゃんってエクシアよりもBB戦士の白龍頑駄無に似ていると思った呪いか―――まぁともあれ書けたので、どうぞよろしく。


衛宮アーシュラの恐るべき精神攻撃に、魔法科高校全男子生徒が、いろいろな意味で『やられた』としても、試合は見なければならないとして、誰もが一高の試合に注目する。

 

最初に前線に躍り出た衛宮アーシュラが、偵察部隊3名を無力化したあとに、偵察が全滅したことを受けて動き出した8名を森の中に引きずり込んでいった様子を見て―――三高の1年エース2人は考える。

 

 

「あの調子ならば、8名を野戦で下すこともできそうなのに、なぜワザワザ森の中に招いたんだ?」

 

「消耗を気にした―――そんなところか? いや、ヤツの魔力量は規格外だ。そんな訳がない」

 

「そうだね……―――衛宮さんにだけ気にしていちゃマズイね。司波達也も接敵したみたいだ」

 

真面目な会話をする2人だが、その様子は若干シュールなもの。

 

なんせ2人とも鼻にティッシュを詰め込んで、そんな会話をしているのだ。

 

「ホントウ―――男って……」

 

「いや、そうは言うけどさ。あれはちょっと卑怯だ―――なんていうか夕食会では、あんな女っ気を見せないでいたのに、ここに来てアレだぞ。ギャップ萌えってやつなんだよ一色」

 

「熱弁を振るってまた鼻血ブー(死語)しないでくださいよ。戦う前から貧血状態とか洒落になりませんし」

 

2人の男にティッシュを寄越した、この大会では珍しい金髪の美少女の言に、一条としても、申し訳ない限りである。

 

 

「一色さんも、あんな格好する?」

 

「衛宮さんの衣装が見た目通りの『ただの衣服』であれば、それで良かったんですけどね―――あれと同じものは用立てられませんわ」

 

ジト目で吉祥寺の言葉に返した一色愛梨だが、その言葉の意味にどういうことだと思う。

 

「ワシの目が見えた通りならば、あのセクシー&キュートな魔女衣装は、精霊や妖精などが作り上げたものじゃろうな。糸の一本一本、生地の織り目にすら格別のチカラが通っておる」

 

「そんなものを着ていたのか、彼女は……」

 

古式魔法の大家であり、精霊魔法に通じた四十九院沓子の言葉に、一条は驚愕する。

 

よくあるファンタジーゲームにおけるビキニアーマーの防御力とかに、明確な説明が出来ないでいたが、そんな風なことを言われると納得してしまいそうになる。

 

「多分、プロテクションスーツを着ることを許されなかったからこその策なんだろうね」

 

「……現代魔法や魔法家がいいようにやられっぱなしだからこそ、そんな風にあからさまなルーラーバインド(支配者からの禁則)を行っているんでしょうけど―――不愉快だわ。手枷足枷を嵌めた相手に勝ったとして何がいいんですか!」

 

「……十師族にいる俺とて、こんな闘いはしたくない。やるならば互先でやりたいさ」

 

だが、我を通して『全ての師族』に意見を通せるほど、一条将輝は強力ではない。

 

せめて自分の父親だけは、そういう裏工作などに手を染めていないことを信じたいが、それでも……負けてしまったことは事実なのだ。親に養われている身としては、これ以上の我は通せない。

 

「まぁまぁ、落ち着け愛梨。別に一条殿や一色本家の思惑と決まったわけではあるまい。限りなく黒に近いグレーじゃが」

 

「沓子、フォローになってない」

 

栞に窘められながらも、衛宮の扱う精霊―――いや、恐らく妖精魔術は教えてもらいたいので、目を向けることは忘れない。そうしていると、遂に一高モノリスに八高のアタッカーが到達したようだ。

 

 

3対1の闘いの様相―――それは、1に不利なものになるはずだったが、予想外なことにどちらも不動の状況になっていた。

 

(なんだ。こいつらどうして動かないんだ?)

 

1である西城レオンハルトは、目の前―――モノリスに鍵を打ち込める範囲に入ってこない八高に少しの疑問を覚えたが、即座にカンよく察した。

 

(そうか、こいつらこの武器が、アーシュラの持つアッドと同じだと思っているんだ!!)

 

要は八高はビビっているのだった。そうと分かれば、レオは早かった。

奇襲は相手の出方を待つよりも先に先手を取るもの。闘いの勘所を押さえられるレオの思考は行動となり、分離されていた刃を振り回して―――八高アタッカーの脇腹を思いっきりぶっ叩くのだった。

 

「ぶごっ!!!」

 

「なっ!?」

 

「そういう武器か!?」

 

一人が思いっきりふっ飛ばされて、一人が驚いて、一人が察したが、そうしたところでもはや遅い。

 

即座に広く散開出来ていればよかったのだが、殆ど横並びであったことが災いして、ふっ飛ばされた同級生がのしかかる重みで身動きを取れないところを見て、レオは頭上ほどの高さで小通連を振り回すのだった。

 

人間、如何に冷静さを持とうとしても、小さな羽虫―――毒持ちの『蜂』が頭上で動いていたら、羽ばたいてれば、どうしても気になるものだ。

 

更に言えばそれが蜂よりは死に対する恐怖がなくても、それなりの質量と重量を持った『物体』であれば恐ろしいものだ。

 

ブンブンと膂力の限りで振り回された刃先が遂に―――。

 

「がぁっ!!!!」

 

「山田!?」

 

一人、気絶した相手を介抱していた一人のヘルメットをふっ飛ばした。

 

これにて2人が脱落したことで、残り1人は覚悟を決めて、レオから離脱を図り―――それでもモノリスを攻める姿勢は崩していない。

 

その姿勢を見て、一度だけ刃先を柄に戻したレオ―――。

 

恐らく、相手はこちらが振り下ろした刃を受け止めてから何かをしてくるだろう。

 

小通連の刃先は、決して現代魔法の障壁などで防げないものではない。

 

移動魔法なのか、それとも何なのかは分からない。だが、それでも―――振り下ろされた刃先を受け止めることを選んだ八高のアタッカーは―――。

 

「パンツァー!!!」

 

投射されて目測通りに自分の頭上に来た刃先を、上方に展開した障壁で受け止める。そして刃先を投げ捨ててその攻撃手段を失わせたあとに―――。

 

というのが目論見だったのだが、それは容易く崩れる。

 

頭上に振り下ろされる刃がバラけて細片の刃になる。

 

その数は13ほどになろうか……。

 

そして、障壁の範囲から逃れて側方に落ちて、そこから浮遊していた細片の刃は無防備な八高の身体を強かに打ち付ける。

 

その威力を前にして、強烈な衝撃を受けた八高アタッカーは、昏倒するのだった。

 

 

……そんなレオの大金星を見た一高首脳陣は、ちょっとした驚きを覚えていた。

 

 

「ウソ……西城くんってあんな精緻で複雑な群体制御が出来たの?」

 

「一応、事前に見た資料だけならば、硬化魔法に特化した魔法師だったはずだがな。それゆえの、小通連という硬化魔法を利用した分離飛剣での戦法を聞いていたが……」

 

驚愕する真由美。そして、腕組みして唸るように十文字が、先程の現象を頭の中で組み立てていくと……。

 

2科生というラベルが嘘くさく思えてくるのだ。

 

硬化魔法で位置を固定化していた刃を分離させた上で、それら一つ一つを移動魔法で障壁から逃れさせて……側面から高速でぶつける。

 

これほどの複雑な工程を戦闘の中で瞬時に行える。まぁそういう『式』を組んでおけばと思えるが……。

 

「うん……?」

 

「どうした市原? 何か気づけたことがあるか?」

 

画面を早戻し再生していた市原鈴音の怪訝な声。

 

それに気づいた渡辺摩利が問うと

 

「ええ、気のせいかもしれませんが……」

 

正答かどうかはまだわからないと前置きしてから、鈴音は神妙な面持ちで、同級生であり差を感じる3人に口を開く。

 

「西城くんが分裂させた刃片―――私にはナニカの―――既知ではない奇妙な『文字』に見えたんです」

 

 

森の木々に手を当てながらレオの闘いを見届けたアーシュラは、一安心してからそろそろ決着を着ける頃合いかと思う。

 

「行くのかい?」

 

「ええ、どうやら八高のプリンセスは、とんでもない得物を持っているみたいだからね」

 

流石にあんな得物を相手にしては、司波達也も難儀するだろう。

 

そんな考えでアーシュラは動き出すことにした。吉田幹比古の展開した木霊迷路とやらで、森の中で混乱している八高の残り選手を行きがけの駄賃として倒すことは忘れない。

 

「それじゃ援護よろ」

「ああ、達也を助けてあげて」

 

手をあげてから、混乱している、三半規管を乱されて方向感覚を失っている八高選手の前に躍り出る。

 

「え、えみぶごっ!!!」

 

口上を述べる前に魔弾を当てて、気絶させる。

 

気づいたらしき連中―――2人が森の奥から魔法を放つも―――。

 

「丸見えなのよ!!」

 

魔法を解き放とうと起動式を展開した時点で、アーシュラの目は相手の位置を突き止めて、そこに魔弾を奔らせていた。

 

身体の中央で炸裂する大玉の魔弾は、容易くプロテクションスーツの機構を超えて、肌から奥の内臓を痛めつけるのだった。

 

 

「これ以上はさせるかよっ!!」

 

「可愛くてイロッポイ〜ンだとしても―――ぴぎっ!!」

 

「岩鬼!?」

 

樹上に躍り出て太い枝に乗り、睥睨しながら魔法を……と思った時に、岩鬼なる選手に落雷が炸裂。

 

ミッキーからの援護を受けて、もうひとりに魔弾が放たれたのは瞬時だった。

 

枝から落ちたことで、係員からの救護よりも先に風を用いて保護しておくことは忘れない。

 

念の為に首を取るならぬヘルメットを外して―――――。

 

「―――(くび)取ったどー!!残るは姫将首取るだけ!!」

 

「島津豊久みたいな真似しなくていいと思う!!!」

 

士郎先生が九州は大分出身であることを思い出した幹比古は、流石は統治が難しいお国柄の人と想いつつ……。

 

(そういえば大分と言えば、日本でも有数の霊脈地で色々と魔の噂が絶えない―――『冬木』がある場所だったよな……)

 

もしかして、そこの出身なんだろうかと幹比古は推理しつつ、快活に森を駆け抜けるアーシュラを見送るのだった。

 

 

一度は八高のディフェンダーを熨した達也であったが、大返しよろしく森の中からやってきたプリンセスとそのガード一人に、モノリスへの接近を閉ざされていた。

 

「怯えろ! 竦め!! 衛宮アーシュラがいないまま倒される恐怖を、その身に刻めぇ!!」

 

いっそのこと分解してやりたくなるような得物と弁舌を振るうは、八高プリンセス 鬼頭キヌである。

 

プリンセスは糸で繋がれたギロチンチャクラム―――有り体に言えば、清朝末期に活躍した暗殺者『血滴子』の使ったフライング・ギロチンに似たものを振るってきているのだ。

 

当然、本来ならばそんなものはレギュレーション違反なのだが、ただの金属円盤―――それに付くギロチンの刃は魔法で形成されたもので、それが切断力を発揮して達也に振るわれているのだ。

 

刃が魔法で形成されているならば、術式解体でふっ飛ばそうとするが、その意図を読み取って、ツッチーこと土田 和哉が絶妙なタイミングで、達也に意地腐れな妨害を掛けてくるのだ。

 

餅つきの阿吽の呼吸のように、そのコンビネーションを達也は崩すに崩せないでいた。

 

そうして退きつつも回り込もうとしていたタイミングで―――

 

 

―――モルゴース―――

 

―――言葉が聞こえて森の奥から黒い濁流が流れてきた。それは大津波とまではいかなくても、それなりの勢いで八高の足を取ろうとしていた。

 

コールタールの沼、重油の真っ只中に取り残されようとする前に、鬼頭と土田は脱した。

 

そんな誰が歩いても滑り転びそうな大地を、達也に背中を見せながら滑るようにやってきた存在が一人。

 

アーシュラだ。

 

「待たせたわね。騎兵隊の到着よ!!」

 

「ったく派手な登場だな……」

 

達也の鼻をくすぐるように、ポニーテールのまとまった房が眼前に広がった。

 

大輪を咲かす華のような金髪を自然と手に取り、何となく鼻先に持っていったのだが……。

 

「エミヤァアアア!!! 全魔法科高校女子生徒の恨みを込めて―――キサマをコロス!!!」

 

「なんて言っているけど……あんまり気にしないでね……」

 

名前のとおりに鬼頭鬼怒(キヌ)になるプリンセスの釈明なのか、何なのかは分からないが、土田の言葉に対して。

 

「ありがと♪」

 

などと魅惑の笑顔で返したアーシュラに。

 

「キシャアアアアアア!!!!」

 

もうプリンセスじゃねぇよ、と言いたくなる奇声と怒れ人の面相を発して、フライング・ギロチンを高速で振るう鬼頭に対して、アーシュラは恐れずに前進をする。

 

如何に魔法無効化能力があれども、それで膾に斬り刻まれることもあるだろうに―――。

 

その達也の『浅い予想』を覆して、アーシュラは手に何かの術を施したのか、達也でも見えにくいものをしてから、回転するギロチン円盤に対して―――。

 

「珍しい得物持ってるけど!!!」

 

「―――正気なの!?」

 

「回転が素直すぎ!! 」

 

驚いた鬼頭に対して、更に驚くことにアーシュラは、素手で回転するギロチンを掴み取ったのだ。

 

回転が止まり、そして動力を失ったかのように沈黙するギロチンを前に―――。

 

「―――『風』で止めてるのか!!」

 

気づいた土田がアーシュラの足元に隆起を掛けようとしたのだが……。

 

「オレを忘れてもらっては困るな」

 

横合いから達也が掛けた術式解体で土田の式をふっ飛ばした後に―――。

 

 

「―――風妖精槌(ストライク・ウインド)!!」

 

 

シンバルでも叩くようにギロチンを叩き合わせたままに、その中央で気圧の束が放たれて、鬼頭とその身体を抑えようとした土田が森の奥にふっ飛ばされた。

 

悲鳴を残しながら吹っ飛んだ2人を見た後には即座に行動。

 

「モノリスは?」

 

「開けてない。頼む」

 

「ホイッ!!」

 

言い合いながらも走り抜けて有効範囲に入った瞬間、指輪から無系統魔法を『鍵』として放ったアーシュラによって、3分の1の文字コードのモノリスが開け放たれた。

 

もっとも……放つ際の気楽な言葉はどうかと思う。ストライク・ウインドはカッコよかったのに……。

 

ともあれ取り決め通り、モノリス正面に陣取る達也。そしてその背中を守られる形でアーシュラと背中合わせになる。

 

プロテクションスーツ越しでも感じるアーシュラの感触に少し嬉しさを出しながらも、コードを打ち込む手は滑らかだったのだが―――。

 

 

「「やらせはせん!! やらせはせんぞぉおお!!!!」」

 

宇宙要塞の総司令官の如き声をあげて、2人がリターンしてきたのだった。

 

それを見てもアーシュラに焦りはなく―――そして……。

 

 

「――――幻想展開・妖精神盾(ラウンド・アヴァロン)

 

何かを掲げるようなポーズ、盾だろうかと思えるものを見せたあとに言葉が続き、半径―――6mはすっぽり収める半球状のドームが展開。当然、中心はアーシュラと達也なのだが……。

 

ドームの内側から見る光景はとてつもなく幻想的で、まるで常世の春を感じさせていたのだが……背中越しに肘打ちされてしまう。

 

「惚けてないで、コードを打ち込んで」

「悪い―――」

 

もう少しこのまま、この春色の巣にいたかった気持ちを断ち切るかのように、巣篭もりのドームを展開した相手から言われる。

 

そして、ドームの外側ではあらゆる魔法をシャットアウトされたことで絶望したのか、土田に泣きつく鬼頭の姿を見つつも―――。

 

達也によるコード送信は終わり、一高の勝利は確定するのだった……。

 

 



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第70話『SHOOT WATER!』

 

天幕に戻ってきたアーシュラは、早速も喋る匣に命じて、バイオリンを手に持つことにした。

 

アーシュラはともかくとして、他男子3人は疲労をしているのは間違いなかった。

 

予め用意しておいたカット済みのはちみつレモンを皿に出しながら、天幕の中に音色を響かせる。

 

 

(いい音楽だ……)

 

心身を癒される音色は達也の心身領域にまで―――有り体に言えば、魂すらも柔らかく包み込むかのようだ。

 

本来は魔術師たちの持つ『魔術回路』を安定させたり、不調を取り除くものだそうだが……魔法師相手では、演算領域に対して作用が働くようだ。

 

耳から入り、肌身を震わせていくメロディーは、10分もすると自分たちの身体を好調に持っていくのだった。

 

「あとは自分の方で『体律』と『同律』を行っていけば、試合開始時点では絶好調(MAX)になるはずだから」

 

「おう!! ダンケだぜアーシュラ!!」

 

「しっかし、こんな技法があるなんて……いや僕の家だって『両儀』や『浅上』と関わりはあったはずなのに……」

 

「2学期には父さんが教えていたはずだけどね」

 

そんな言葉の後に、はちみつレモンを食べるアーシュラ。

その目は―――先程の自分の試合を見ているようだ。

 

しかも、例の『セクシーポーズ』の前からのリプレイであったのだから、何事かと思うのだった。

 

「勝って兜の緒を締めよとは至言だが、お前が見て意味はあるのか?」

 

「レオン君やミッキーにもアドバイス出来るかもしれないし、『他の動き』を見ることって必要だね」

 

その言葉に、あの魔導災害の下手人が映っている可能性を探しているのかと気づく達也。そんなわけで――――。

 

「……なにやってんの?」

 

「男子高校生に抱擁の意味を問うとは―――ナンセンスだな」

 

「要はセクハラってことね♪」

 

「この痛みも、抱きしめた柔らかさと引き換えならば惜しくはない」

 

一昨日の夜と同じくあすなろ抱きをする。

 

しかし、当然ながらあの夜とは違い、アーシュラは自分の首に巻かれた達也の手の甲を笑顔で抓るのだった。

 

そうしていると、キャンバスの仕切り、控室と外を閉ざしている布が凍りついていくのをアーシュラは見て―――。

 

「ふっ!!!」

 

 

ドラゴンブレスでかき消しておくのだった。

 

当然、布を凍らせていた下手人はその勢いで倒れ込んだわけだ。(布で見えきれないが)

 

「ぎゃああ!! あ、アーシュラぁああ!!……ううっ……なんじゃとて―――!!!」

 

声で察する。というか、声ではない時点で予想通りだったが。

 

「あなたのマイシスターが泣いているわ。行ってきなさいよ」

 

「泣かせたのはお前じゃないか……とはいえ、深雪……これがオレの休息方法だ。怒るならばオレに対して怒れ」

 

勝手に人の体を抱き枕のように使うなと、言いたくなる達也の言動だが……。

 

その言葉に観念して仕切り布から出てきた深雪(どんより眼)他―――数名―――休息していた選手を考慮した人数がやってくるのだった。

 

「まずは一勝おめでとう。達也君、吉田君、西城君、アーシュラさん……」

 

めいめいの返答で会長の祝いの言葉に返したチームメンバーたち。

 

そして会長は伝達事項を伝えてくるのだった。

 

「色々と聞きたいことは多いんだけど、それは置いておくわ。で―――とりあえず伝えておくけど次のステージは『荒野』よ」

 

 

 

「司波達也、西城レオンハルト、吉田幹比古に関しての攻略方法は理解できた―――それで、肝心要の『衛宮アーシュラ』に関してはどうなんだ?」

 

「フフフフフフ―――よくぞ聞いてくれました、将輝……」

 

「おおっ! 流石は3高が誇る黒田官兵衛!魔法師の今孔明! して! どうやって衛宮と闘いあうのじゃ!?」

 

三高会議室。そこにて机を並べて、学年の違いなど関係なく話し合う。今日で全てが決まる新人戦プリンセス・ガードだが、不死鳥のごとく復活を果たした一高チーム―――聞く所によれば、十文字克人によるゴリ押しで戦線復帰が可能になったようだが、その不死鳥には『真・大魔王バーン』が存在していた。

 

そんなわけで沓子の囃し立てに対して、吉祥寺真紅郎は笑い続けて―――最後には……。

 

「全然なにも対策が立てられませんでした……」

 

顔を手で覆って悲しい告白を言うのだった。もう『シクシク』という擬音が聞こえるようだった。

 

「正直……魔法が効くかどうかすら不明なんだろう、四十九院さん?」

 

「じゃろうな。対魔力のレベルが違いすぎるからの……」

 

「―――消極策だけど……衛宮さんを足止め。つまり引いて守ることで『攻め込ませない』。倒せなくても、足止めすることで、その間にモノリスを押さえる―――数はこちらに優位があるんだ。利かなくても自由に動かさせない……」

 

つまりは―――、一昨日の夜に司波達也が衛宮アーシュラにやったような―――。

 

『まるで眠り姫だな』(爆)

『抱きしめたいなガンダム』(変態)

 

―――を、やれということだ。如何に攻防力がダンチであろうと、砲撃で塩漬けにするように魔法を連発していけば、長篠合戦のような塹壕戦に持ち込めば、彼女は自由に動けない。動かさせない。盤上にて機能を停止させてしまえばいい……のだが。

 

「シミュレーションしただけならば、100回やって100回も、彼女は無理やりこちらの『投網』『馬防柵』を食い破って、攻撃に転じていたよ」

 

「―――――――だとしても、それだけが『衛宮アーシュラ』がいる一高に勝つための策なんですね?」

 

「……うん」

 

一色愛梨の確認の言葉に力なく頷く真紅郎。これ以外の策となれば、もはや盤外戦術を駆使するしかない。

 

具体的に、衛宮アーシュラのチカラはルール違反すぎるとか言って、選手交代をさせる。

 

また如何にもな理由となれば、『衛宮アーシュラ』という将来有望な魔法師のことを考えて、2種目をやった上、エキシビションでも十師族と戦ったことを考慮しての出場憂慮を行うとか……。

 

「ジョージ。そういう裏工作はもう嫌だぞ……」

 

「分かっているさ……」

 

これ以上の説明は将輝の機嫌を損ねるだけだ。

 

だが勝つための方策として、まだ見なければならない。一高はあと2試合を勝たなければ、決勝リーグには行けないのだから。

 

 

「荒野ですか……砂塵吹きすさび、タンブルウィードがくるくる転がり、バッファローや牛の白骨があったりするステージですかね」

 

「西部劇を想像しすぎだ。荒野の用心棒は名作だと思うけどな」

 

アーシュラの想像力に、この大会のステージ設定者たちは追いつけていないようだ。ともあれ、それだけで意図は気づけた。

 

先程の戦いで、達也とアーシュラが八高を引っ掻き回す撹乱作戦を展開したことから、見晴らしのいいステージならば、真正面からの力押しの戦いになるのだ。

 

つまりは運営委員会のいやがらせである。

 

「姉川の戦い。ガウガメラの戦い。平面決戦ほど力押しが直に出るものはないわ―――そして兵力を揃えたからと言って、確実に有利をもらえるとも言えない」

 

「確かに姉川では、信長公記の記述だけならば、浅井家臣『磯野員昌』の直線駆けで、かなり深くまで織田軍は入り込まれたみたいだからね」

 

アーシュラの何気ない戦術眼に幹比古が応える。

 

「まぁワタシのせいで、男子3人が苦労するのは偲びないから、突撃突破を仕掛けて相手を壊乱させますか」

 

「で、俺たちゃヤブ蚊とだけ戦ってろと?」

 

「そんなわけなーい。というわけで司波君、ボード」

 

「俺はハレビの希理子か」

 

電子的な卓上ボードを出して、アーシュラの立てた作戦が天幕にいる全員に伝わる。それを聞いたあとに出る言葉は―――。

 

「上手くいくと思うか?」

 

「最初はね。けれど最後には乱戦に縺れ込むでしょうよ」

 

「だったらば、止めといた方がいいんじゃ……」

 

達也とアーシュラの言葉のあとに、光井ほのかが言うが……。

 

「あちらさんの方が数では多いんだ。寧ろ、整然と魔法の並列斉射なんかを展開して、火力で圧倒された方がイヤな展開だ」

 

相手に戦術状況を作らせない。混沌とした状況に叩き込むことが必要なのだ。

 

大勢に小勢が勝つ秘訣とはそこにある。

 

「それでも、まだ不安要素はある。相手である二高のプリンセスは、去年の女子マーシャル・マジックアーツの中学生チャンピオン。接近戦では群を抜いた実力をしている」

 

「双護手鈎とかいいのかしら?」

 

「一応は月牙部分を刃引きしているという垂れ込みだが……」

 

北山雫の情報とここまでの戦いで振るわれた得物を見て、アーシュラは呟く。

 

ソレに対して補足した達也だが……。

 

「まぁコイツはワタシが潰すわ。ご心配なく」

 

「……アーシュラ。本当に勝てるの?」

 

「ちょいと珍しい得物持ってるけど、敵じゃないわね」

 

荒野に木々はあるか分からないが、それでも枯れ枝の一本ぐらいは存在しているだろう。なければ適当に作るぐらいはいいだろう。

 

あの後、アーシュラは自分に掛けられた制約を読み直して、要は武器の持ち込みが禁止なだけで、武器―――というか適当なもの、フィールドに落ちている木々を武器にすることは許されているようだ。

 

そもそも移動魔法で岩をぶつけることがオーケーである以上、そこまでルールに雁字搦めだと、今度は中東の笛ならぬ九校戦の笛などと揶揄されることを恐れた。

 

そんな所だろう。

 

「けれどあの時、クー・フーリンと戦った際は、相手も木槍だったから何とかなったんじゃないの? こっちは金属、それも鋼なのよ?」

 

「アナタって時々、考えがクソ浅いわよねー……」

 

「言いたくもなるわよ!! 大体、なんでさっきからお兄様が、アナタの背中にオンブバッタみたいに抱きついてるのよ!」

 

「要は見当違いのクレームってことね。というよりワタシこそ、『これ』に文句つけたいんだけど!! ワタシはアンタの兄貴からセクハラ受けてる立場なのよ!?」

 

「お兄様のあすなろ抱きは、そんな低俗なものじゃないわよ!」

 

「好きでもない相手、嫌悪を抱いてる相手から肉体的なスキンシップを受ける! これを世間一般ではセクハラというのよ!!」

 

「うぐっ!」

 

そこまでイヤなのかと達也がショックを受けているものの、それを力づくでなんともしないのは――――。

 

(風のクッションを、自分の身体と俺の身体の接触の境界に入れて、防御している)

 

ちょっとしたキラー・ク○ーン(猫草装備)の技で、肉体的な接触をガードしているアーシュラ。

 

なにげにスゴイことをやっているのだが、深雪には気づかれてはいないから、こうなっているのだろう。

 

「あんまり深雪を怒らせるのもアレだからな。名残惜しいがアーシュラから離れよう」

 

最初っからそうしていろよという、周囲から無言でのクレームがあったが、達也は気にしないことにした。

 

「なにはともあれ、そろそろ移動しましょう。ワタシはともかく男子一同は準備があるんだし」

 

「そうだな。幹比古、レオ先に行っておこうか」

 

達也の号令で、天幕から男子がいなくなると同時に、アーシュラの個人端末に一通のメールが届く。

 

「―――――――」

 

即座に開いて一読。嬉しさ半分。悲しさ半分。

 

返信の内容は―――――――。

 

『今の生活を大事にして、ワタシはワタシでアナタよりも『いい男』つかまえるつもりなんだから、忘れたほうがいいよ。ワタシみたいな危ない女のことなんて』

 

意訳の和訳をすれば、そういう文言で『元カノ未練マン3号』を黙らせるのだった。

 

英文にも関わらず、倒置法を感じさせる文言をメールにして送信。その後には立ち上がり、戦場へと向かうことにする……。

 

その様子を、バッチリちびっ子パイセン『中条あずさ』に見られてしまったのは余談でしかない。

 

 

 

荒野に集いし戦士たちの闘争。その戦いは正しく七人の侍ならぬ四人の保安官(パット・ギャレット)によって、無数の野伏せりならぬ十六人のアウトロー(ビリー・ザ・キッド)を叩く戦いである。

 

「む、十文字。衛宮が持っている『武器』、アレは何なんだ?」

 

「アレか……実を言うと、流石に運営の方も、アーシュラが無手で戦っていることに、大会外部から色々言われたらしくてな。CADなど術式のアシスタンツも持たず、かといって『自作礼装』なんて凶悪な武器を使わせるわけにもいかず……」

 

説明が長いと上級生一同が思うほどに、言い訳がましい十文字克人の言葉だが。結局の所―――正体は戦いの中で示されるのだった。

 

見晴らしのいい荒野ステージ。一高にだけ課された恐るべきルールで、自陣と敵陣との距離は通常の倍以上もあるが、魔法師にとっては苦にならない距離である。

 

そして尋常の魔法師を越えた存在がいるならば―――当然……。

 

 

八高とは違い、戦力の逐次投入などという愚策を演じないでいく二高。堅実に、陸上戦のセオリーで、陣取りゲームのように勢力で戦力を拡大していく様相。

 

魔法で牽制しつつ、一高が動くのをジリジリと待つ焦燥感。

 

二高とて全戦力で動いているわけではない。

 

ディフェンスに3人。二高のプリンセス含めての陣営―――残り13人で前進をしているのだ。

 

射程が短い術式解体は、未だに届かない距離。ゆえに本陣へと届かんとする攻撃は、アーシュラが防御陣を展開して防いでいる。

 

攻撃は確実に続く。そして―――、一高陣営が定めたラインに足を踏み出した瞬間―――達也とアーシュラは瞬発した。

 

疾い。速い。疾速い―――。

 

バトル・ボードでも発揮された速度が脚―――おまけにあんなヒールブーツで行えるという事実に理不尽さを覚える。

 

しかしながら、まさかこの距離で詰め寄られるとは思っていなかった二高は、驚きながらも、何とか魔法を当てようとするのだが。

 

アーシュラも達也も尋常の速度ではない。移動魔法だろうが荷重魔法だろうが、ターゲッティングするまえに設定位置から逃れていくのだ。

 

その様子―――交錯しながらの接近に、観客席にいた一高副会長 服部行部は苦笑いをするしかなかった。

 

やがて距離は詰まり、遂にこちらと接敵するか!? 上等だという思いでいた二高を―――嘲笑うかのように、直角に2方向に別れた達也とアーシュラ。

 

行動に驚愕したのもつかの間。再び直線駆けを左右で行う2人。

 

(本陣モノリスを陥れるつもりか!?)

 

こちらとの戦いを避けて、そうするだけの力を持っている。

 

反転して後背を突くか、それともこちらもモノリスを陥れるか。

 

二高が判断に迷った所、頭を茹だらせていると判断した時点で―――。

 

達也は銃型CADを側方に向け、同じくアーシュラも銃を側方に向けた。

 

『FULL FIRE!!』

 

放たれる単一魔法―――そして―――。

 

「アーシュラが放っているのは、み、水か!?」

 

「蚯蚓じゃないぞ。水だ」

 

「分かっとるわい!!」

 

十文字の意外なボケにツッコむ摩利だが、正しく予想外。

 

アーシュラが持っていた銃―――それは……。

 

 

「水鉄砲……!!」

 

「ちなみに、アルトリア先生が士郎先生と遊んだ市内プールで拾ったものらしい」

 

ただの水鉄砲に歴史あり―――と思いつつも……。

 

 

(水鉄砲ならばFULL FIREではなく、SHOOT WATERの方が良かったのでは?)

 

などと、小賢しいことを考える面子が若干いたのはご愛嬌である……。

 

 

 



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第71話『刃無鋒』

胸の奥で震えーてーるー光と影のコヤンスカヤ―♪

これの元ネタが分かった人はきっとスパロボ以外であれば全員同世代。

というわけでノッブ驚天動地な光のコヤンスカヤ2枚ゲット。

ありがとう高橋李依さん。ありがとうディライトワークス。

ただ宝具のあのロボがどことなく『革命』にでも出てきそうなものだと思ったのは気にしない方がイイかな?


撹乱されまい、壊乱されまいとベタ足で近づいていったのが仇になったわけではない。単純に敵のほうが一枚も二枚も上手だったというわけだが、それにしても―――。

 

「網にかけられたか二高」

 

達也とアーシュラが進撃する二高の鼻っ面に引っ掛けた網が、二高を前進させないでいた。

 

だが、あちらもこのままというわけにはいかない。二高とてこれを崩すには次戦力の投入が必要なのは分かっており、よって――――二高のプリンセスが怒りの表情で以てやって来た。

 

その様、あえて表現するならば。

 

『麒麟がくる!!』

 

その時、戦闘は変化を果たすのだ。

 

 

アーシュラの放つ水鉄砲は、単純な話―――本当に水鉄砲なのだ。CADでもなければ、魔力的な付与がなされているわけでもない。機構としては、今の世代のウォーターガンほどではないが、それなりに水量激しいものが、放たれているのだ。

 

しかし、それでも一つの水鉄砲にあれだけの水量があるなど、不思議極まりない。

 

(何かの術なんだろうが、その術が水を絶え間なく供給、魔力放出を利用して水量をスゴイものとしている)

 

ちょうど伸張レールで電磁加速された砲弾のように……。

 

「ごぼっ!!」

 

「藤田っ!!」

 

「くそっ!! どういう水鉄砲なんだよ!? あんなの反則じゃないのか!?」

 

また一人、魔法で作った塹壕であり防壁から顔を出したことで、水の勢いで吹き飛ばされる。

荒野に倒れ伏せる選手が出たことで、そんな嘆きが出るのあ当然だ。

 

魔弾でふっ飛ばされるのとどっちがいいかは分からない。

そして、その嘆きに応えたように頭上の電子巨大画面にて、スタート前の記録映像が再生される。

 

アーシュラが水鉄砲に水を入れる様子が見えた。

 

それによると―――。

 

「うぉおおおお!!!」

「宝蔵院!?」

 

「俺が盾となる!! お前たちはあばばばば!!」

「くっ! 衛宮アーシュラの『手汲み』の水を飲みたいからと、無茶しやがって!! 俺だって飲んでやらァ!! あぼぼぼぼ!!!」

 

二高一年は変態ばかりか!? 観客席から誰もが思う。仁王立ちの姿で水を飲まされていく。いや、飲んでいく二高生たちに対して――――。

 

「変態が!!」

 

「「「ごああああっ!!!!」」」

 

塹壕付近に対して進出してきた達也から、怒り混じりの共鳴が放たれる。

 

生体波動とサイオンウェーブの共振を食らって、三名の二高生が倒れ伏す。

 

進出してきた十三名の二高生のうち既に五人が討ち取られたのだが、少しだけこの戦術に思うものもいる。

 

 

「吉田くんの上方雷撃は分かるんだが、何で司波君の共鳴まであんなに効くんだ?」

 

「水は空気の数倍の密度があるから、その分速く良く効いちゃうんでしょうね」

 

「水鉄砲を選んだのもそこにあるんだね」

 

「そう。餅つきの阿吽の呼吸の如く、捏ねては搗いて、捏ねては搗いてを繰り返す側面攻撃の意図は、そこにあったわけです」

 

「ちょっと立華!エイミィ! そういう胡乱なこと言わないでよ! さっきから深雪が周囲を氷結させんとしているんだから」

 

「ああ、大丈夫ですよ。そろそろこの攻撃も終わりですから―――なんせ二高の戦姫(ヴァナディース)の出陣です」

 

「二高の大川が衛宮さんに!!」

 

 

観客席がざわめく。二高のモノリス付近にいたプリンセスが、アーシュラに突っかかる。その護手鈎を振りかざしての様子に、慌てず騒がずアーシュラは躱す。

 

「自分、ズイブンとチョーシ乗ってくれたなぁ!!」

 

典型的な京都弁とも関西弁ともいえる言葉で突っかかる大川 佳奈の攻撃だが、流石に護手鈎のような武器ともなると、フライング・ギロチンの時のように風で掴んでも意味はない。

 

水鉄砲と魔弾を交互撃ちすることで接近を許さないようにしながら、ようやく見つけた木の枝―――太さはまぁアーシュラの手で握れるサイズ。長さは、1mあるかどうかがやっとの枯れ木の枝を手に取って、大川に相対―――する前に、どうやら包囲陣が敷かれる。

 

ここを決戦としてディフェンダーも上がらせて、アーシュラを包囲する形で一高他の連中にもにらみを利かす形が取られる。

 

 

「まさかそんな木枝で我ら二高を倒そうなんて、随分と見くびられたものね! マサキ君をしばいた際の立派な大剣ならばともかく、そんな木枝で―――何が出来るんや!?」

 

一喝されてもアーシュラは何も感じない。この手に握る長柄が何であれ、自分の武技を行うに不足はなし。

 

すぐさま構えを取るアーシュラは挑発の口舌を放つ。

 

 

「―――ブリテンの騎士の奥義、騎士は徒手にて死せず(ナイトオブオーナー)ってものをご披露してやるわよ。サムライガール!」

 

「やっておしまいっ!!!!」

 

アーシュラの不遜な態度に対して、大川の号令で動き出す二高生たち。

 

プリンセスには接近戦は許されても、ガードである男子にはそれは許されない。衛宮アーシュラに対して妨害されないだろう距離から魔法を解き放つことで、牽制射を放ち―――大川の援護としていた。

 

挑みかかる大川。それと『軽く』切り合いながら、牽制射を放ったガードに対して、無造作な一振り。

 

空気を裂く―――と言わんばかりの風切り音と放たれた攻撃。いや『光撃』が、牽制射を放ったガードに着弾。瞬間―――兜のみが2つに割れて地に落ちる。当然、衝撃を食らったことで服も四散する。

 

「なっ!?」

 

起きた現象に驚いた時に、アーシュラは大川に逆に攻撃していく。

 

「よそ見していていいのかしら!」

「っ!! いけ黒子兵!!」

 

苛烈な攻撃に、たまらず傀儡の兵隊を繰り出してくる大川。

魔力で作られたそれはある種のパペット・ゴーレムみたいなものだろうが、それには槍や剣が握られており―――それらがアーシュラに攻撃してくる。

 

「バカな! アンタの光の斬撃は、あの魔術礼装である大剣あってこそじゃなかったっての!?」

 

「そりゃ浅慮にもほどがあるわね。そもそも得物が何であれ、ビームを放つことはブリテンの騎士の第一条件!!

ワタシにとっては、赤子の時分から教わってきた剣の秘奥よ―――木刀だろうがフォークであっても、同じことをやるのは欠伸が出るほど簡単だわ」

 

言いながらも傀儡の兵隊たちに、強化された肉体と魔力放出のベクトル操作で勢いある斬撃を放つ。

 

次から次へとズンバラリンしていくアーシュラ。暴れん坊アーシュラといった様子だ。

 

観客たちは歓喜の絶叫と唖然の沈黙とに2分されてしまう。そして遠間から魔法を放とうとしているものには光の斬撃が飛ぶ。

 

アーシュラが木枝を振るうたびに早業一閃。剣戟業火。そんな単語が似合う闘劇だ。

 

 

「魔刃たりえるは鋼だけ、光波を放つは機械仕掛けだけだと思っていたか!?

甘いわよマギクス!!

十分に練った『チカラ』と『意』を得物にこめれば、紙や布でも肉を切り裂き――――――――」

 

一閃、二閃、三閃――――!!

 

膂力の限りを込めて放つアーシュラの重い斬撃が、次から次へと傀儡を倒し、その向こうにいる二高生たちを光の斬撃で『マッパ』にしていく。

 

 

「―――骨を断つ!! まぁ今回は肉の代わりに鎧を切り裂き、服を断って(きって)いるのだけど!!―――平均より『小』か……芋虫のようになんて粗末な……」

 

「「「「「「もうオムコにいけねぇえ!!!」」」」」

 

2高生の『下』の方に向けられた、その言葉と邪悪な笑顔に2高生は心を折られる。

 

……同じ男として少しだけ同情してしまう達也だったが、この大立ち回りで前線に出てきた二高生たちが、プリンセスを除いて全滅してしまった。

 

「あんたのその魔法剣技(アーツオブマジック)は―――なんなんよ!?」

 

焦りと驚きを混ぜた二高大川の言葉に涼やかな笑みを浮かべながらアーシュラは語る……。

 

 

「神君不易にして神樹殺しの魔剣『千子村正』にも通じる秘奥―――人呼んで『刃無鋒』―――4月に、夢の中で知り合いの弓兵さんから習っただけなんだけどね」

 

 

呆気なく『睡眠学習』(?)で覚えたと言わんばかりの文言。アル○イン流剣術奥義と同じような覚え方というのは堪忍袋の緒が切れる物言いだったのか、大川は怒りを顔に浮かべる。

 

 

「さて―――退くならば追わないけど、どうするよ?」

 

いや追えよ。そう言わんばかりの無言での言葉をあちこちから吐かれるも、グロッキー状態の大川相手に、アーシュラがこれ以上何かをする必要もあるまい。

 

今、態勢を整えるようにモノリスに戻ってもロクなことは出来まい。その場合は、男三人でモノリス攻略も可能だろうが――――。

 

「おのれ!! 二高の底意地、西の女の本意気なめたらあかんで!!!」

 

護手鈎の二刀流となりて、大仰に構えを取るたびに力を溜め込む大川。身にたぎらせるサイオン。そして得物に伝達される力の奔流。

 

それだけで荒野の砂が巻き上がり、岩を砕く。

 

彼女の最大攻撃のモーションであると理解できる。ソレに対してアーシュラも応じる。

 

彼我の距離―――およそ15m―――魔法師であるならば難なく、ましてや武芸を嗜むものたちにとっては数歩の距離と言ってもいい。

 

その距離において構え相対し合う2人のバトルプリンセス。

 

空気が乾き、魔力が満ちる。

 

アーシュラもまた構える。

 

アルトリア先生がよくとる構え。

下段―――後ろに刀身を置く―――地に着くかどうかの辺りで剣を浮かせている構え。

 

尋常の武芸者であれば、肉体が論理(ロジック)を持たせられない構えを見せられても、それが必殺の構えであると大川も理解した。

 

 

「凛憧響音・絶鎌!!!」

 

肉体の構えから放たれる技。高速の歩法。自己加速魔法を使っていても、そうそう到れる領域ではない足さばき。護手鈎を回転する鎌のように、ヘリコプターのプロペラよろしくの大川に対して―――。

 

「ツルギの鼓動、此処にあり―――これがワタシの、ムラマサカリバーだぁあああ!!!!」

 

身を低くしながら砲弾の速度で瞬発したアーシュラに、大川は即時に反応する。予想よりも速く近い距離だが、武器破壊のための鈎が木の棒を絡め取ろうとした―――しかし、大川の反射よりも疾く、アーシュラの振り上げの剣は護手鈎の鈎部分を細断した。

 

正しく(ZAN)!という音だけが聞こえたのだ。

 

幾重にも砕かれた鈎部分。だが拳腕部を保護する月牙部分を叩きつけんとした時には振り下ろしのモーション。数歩進めば月牙の距離、剣を振り下ろせる間合いではない。

 

勝った―――!!

 

歓喜が胸を満たす。そして、その未来が訪れることは無かった。

 

アーシュラ・ペンドラゴンの攻撃。それは、ただの一撃。

 

ただその棒切れを『炎熱』の魔術で最大強化した事実は、誰にも分かっていなかった。最硬度の木炭も同然となりて、硬さにおいて金剛石を越えたものとなっていた。

 

そんなものが振るわれた時点で、大川佳奈の勝機は潰えていたのだ。

 

月牙部分にすら破断は走り、そして振るわれた振り下ろしの一撃は、プリンセスの兜を砕き―――プリンセスの衣服を『戦維喪失』させていたのだった。

 

(あ、あほな……! アタシは最初っから勘違いしていたんか……!!)

 

走り抜けるように剣戟を振るったアーシュラからの気遣いで、衣服代わりに水の羽衣(ウォーターヴェール)が纏われた。

 

プリンセス同士の闘いは決着を果たし――――――そして残されたディフェンス2人がもはや敗北は必至と分かりながらも血気盛んにやってきたが、それを達也とレオが迎撃することで、一高の勝利は確定するのだった。

 

そんな様子を見ていた観客席の数名―――中でも魔法剣士として鍛え上げてきた人間は、様々な感情を持つ。

 

羨望、憧憬、嫉妬、絶望……。

 

そして―――。

 

「アレが剣製の秘蔵っ子。衛宮アーシュラか……エリカが羨ましがる理由が分かるね」

 

タイから急遽帰国して恋人と後輩たちの様子を見に来た男は呟きながらも……一手仕合たい。と思うのであった。

 

 

 

「相変わらずとんでもない剣腕・魔力運用・そして汎用性に富んだ肉体性能……うちの特尉殿が霞むような活躍っぷりだな」

 

少し残念そうに云う独立魔装の山中だが、藤林としては、それでいいではないかと思う。

 

「達也君の異能は隠さなければならない、特別なものですから。精霊の眼は魔法というよりも、『魔眼』ですからね」

 

以前の藤林ならば、少しばかり浅い知識で処理をしていたが、その魔眼という区別で言えば、精霊の眼はノウブル・カラーには至らないのだ。

 

「しかし、このままの勢いならば、三高の王子様たちにも楽勝か? まぁ達也を技術者万能、戦闘力まぁまぁ程度で考えてくれればいいだろう」

 

それはある種、山中なりの妥協点であった。だが、そう上手くいくだろうか?

 

アーシュラがあそこまでやっている理由はまだ見えていない。しかし、一つの狙いは分かっている。

 

六高 宇津見エリセ、宇津見ボイジャー……彼女の眼には、三高の爆裂も稲妻も眼中にはない。

 

その事がどんな意味を持っていくのかは分からない。

 

しかし、完全に衛宮アーシュラは台風の目となっているのだ。

 

 



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第72話『麒麟がくる!!』

あと―――1日。まぁ投稿日にフライングで手に入れる人も出るかなーとか思いつつ、新話どうぞ!


プリンセスガード2試合を終えて、昼食時間となったわけで各々で―――と思っていたのだが……。

 

「なーんで、ここにいるの?」

 

「色々とあるが……アーシュラ達と食事がしたくて」

 

「しれっと嘘つくんじゃねーわよ。どうせ『あのビーム攻撃はどうやったら出来るんだ?』とか、そんな風な話を切り出したいんでしょ?」

 

うぐっ! 誰もが呻いてしまうほどに、的確な指摘。言いながらもアーシュラの食べる量とスピードは変わらない。

 

そして食べているものは……。

 

「―――――これ全部、お前が作ったのか?」

 

「オートメーションされた調理惣菜を突っ込んだだけかもしれないわよ」

 

達也の疑問に対して何とも言えぬはぐらかし。一高で食べている士郎先生手製の弁当箱と、遜色ない彩りある料理をアーシュラは食べているのだった。

 

周りには他の一高生徒も多い中、構わずに井之頭五郎をするアーシュラだが……。

 

やはり色々と聞きたいものたちが集まるのは仕方ないのだった。

 

「―――アーシュラさん。ガードの勝利に貢献してくれてありがとう」

 

「ビームとか攻撃手段とか話しませんので、礼だけ受け取っておきます」

 

「……もう私の言葉とか、予測しちゃうぐらいにテンプレ化しているのね……」

 

「礼を尽くせば人が物分りよくなると思っている。そういった浅い考えが、あの戦いの根底にあったんですよ。浅慮の限りですよね―――三顧の礼の劉備玄徳ほど我慢強くなれない辺りに、アナタの底が見透かせる」

 

「……つまり?」

 

「ワタシがご飯を食い終わるまで黙ってろ」

 

その言葉に何とも言えない気持ちを誰もが思う。確かに、三顧の礼を尽くしてまでも孔明を軍師として口説きたかった劉備玄徳は、三回目の訪問の際に孔明が在宅―――しかし、昼寝をしていると分かると、門前にて起きるまで待っていたという逸話もあるほどだ。

 

しかし演義(創作)の話なので、史実かどうかは分からない。

 

だが、アーシュラが伏竜鳳雛の伏竜に違わぬ力を持っているのは間違いなく、その志―――というか、モノを見る視点もまた、普通の魔法師とは違う……。

 

結局の所……会長は押し黙るしかなくなる。もはや会長が劉備ガンダム(?)どころか、董卓ザク(?)も同然というのがアーシュラの評価なのだろう。

 

三璃紗統一ならぬ、一高統一など夢のまた夢。

 

結局の所……そうならざるを得ないのだ。

 

そして会長は勘違いしている。別にアーシュラは食い終わったからと、会長の質問に答えるとは確約していないのだ。

 

 

「………」

 

そして会長も悔しくてたまらないのか。目を伏せている。もしかしたらば泣いているのかもしれない。同時に理解しているのだろう。

 

――――――これが二科生の現状なのだと。

 

何も教えないくせに結果だけは出せと言われて、おまけに教師に対して出来るQ&Aすら二科生はおざなりになるという。そして実技練習においては―――かつて同盟が暴露した通りだ。

 

これが何も教えず、知りたいと思う気持ちすらぞんざいに扱われて事に挑んでいた人間たちの心情なのだと。

 

「―――ごちそう様でした」

 

だからこそ、手を叩いて今日の恵みに感謝したアーシュラに対して、会長は口を開くことはなかった。

 

代わりに口を開くのは一年の優等生であり、『模範生』である深雪であった。

 

「アーシュラ、私は会長のように教えてほしいとは言わないわ。けれど、あんな風な攻撃をして、アナタに対する締付けがこれ以上行われたらば……」

 

「出場停止になるわけがないわ。本当、そこの男のスピーカーみたいに同じ懸念しか表明出来ないんだね? 自分でモノ考えるってこと出来ないの?」

 

「べ、別にお兄様の考えを代弁したわけじゃ――――」

 

深雪が口を開いたが、実を言うと深雪が言ったことは、先んじて達也がアーシュラに言った懸念事項だったりする。

 

しかし、その時と同じくアーシュラは、自分が出場停止になるわけがないとしてきた。

 

どういう確信があってそんな事が――――などと考えていたらば、共用フリースペースであるここに、息せき切って向かってきたのは、中条あずさである。喫緊の用件であると感じた全員は、答えを予測した。

 

やはり剣からビームを出すのは、どうしても認められないことだったのだ――――。

 

息を吐いて、膝に手を当てていた中条先輩は―――何とか息を整えてから顔をあげて、通達事項を口にするのだった。

 

「―――委員会から通達がありました!! 衛宮さん!! 防具はダメでしたが武器の使用許可は下りました!! 本当に良かったですよ!! これで剣からビームを出すのが容易になりますね!!」

 

『『『『『『なんでだぁああああ!!!!????』』』』』』

 

「な、なんでですか―――!?」

 

一高全てにとっての『朗報』を伝えに来た気持ちだった中条先輩だったが、その疑問の大合唱の前では、そんな気持ちは全てブレイクしてしまった。

 

疑問が疑問をぶつけていく様子に混乱は広がる。

 

ともあれ、そんな中条あずさに対して、心身の回復を分からぬように行っているアーシュラは、気遣いが出来ない子ではないことは間違いなかった。

 

「………この展開を読んでいたのか?」

 

「あーちゃん先輩に免じて答えてあげるけど、ズバリその通りだ―――」

 

「……理由を聞かせてもらっても?」

 

「それは自分で考えて」

 

 

本当にコイツは、何かの大師匠のように、まずは己で考えろとしてから答え合わせをしてくる。

 

達也とて、別に考えなしではないのだが、どうしてもアーシュラに関わる事象というのは、もどかしい想いを抱くのだ。

 

 

「――――――分からないんだ。本当に、普通ならば禁止されてもおかしくないはずだ……アーシュラは公衆の面前で、『刃無鋒』として澤野弘之サウンド(?)鳴り響きそうな、大立ち回りをしていたんだぞ」

 

「なんだ理解しているじゃない。そういうことなのよ」

 

リドルのようなアーシュラの返答に、達也はますます頭を悩ます。そう、本来ならばそうなって然るべきはずなのに。

 

―――しかし、こんにちに至るまでアーシュラによって徹底的に脳みそに対して突かれた閃き力が、発揮された。

 

「?―――?……!? まさかお前は……大谷翔平(・・・・)になったのか!?」

 

「魔法師ってさ。プロスポーツの試合や両国国技館での力士の取組とか、見ないのかなって思うわ。あるいはプロレスラーのデスファイトとか―――特に、アナタの考案した姑息で卑劣な戦術とか見ていると、殊更そう思う」

 

「俺は二代目火影(卑劣様)か……」

 

「まぁ勝つだけならばいいんじゃない。勝つだけならば。けど、それだとあのジジイの言った、毒電波放出大会という汚名は晴れない。なぜかと言えば、この大会を見ているのは魔法師だけじゃないから。そして協賛企業の社員さんも、魔法師ばっかりじゃないでしょうが。ならばショーマンシップを意識するのは当然じゃない」

 

そんな達也とアーシュラのやり取りを見て―――。

 

「「だからその熟年夫婦みたいなやり取りをやめろ――――!!!!!」」

 

 

達也を明確に慕う2人の女子が、大声で叫ぶのだった。

 

その事に『げんなり』とした達也だが、理解を求めるべくアーシュラのここまでの意図を伝えるのだった。

 

「つまりアーシュラが行ったことは、『ルールブレイカー』ということだ。分かりやすく言えば、『大会規定』という枷を壊すことにあったんだよ。深雪、ほのか」

 

「なんでそれが……普通だったらば、アーシュラには……」

 

「お前の言いたいことは分かってしまったが―――アーシュラは何か『悪いこと』したか? まぁ二高生たちを『戦維喪失』(キルラキル)したのは、アレだったが……別にルール上は違反じゃない。むしろ相手を無力化する上でならば、それは許されていることだ」

 

「――――」

 

深雪の言いたいことを理解してしまった達也は、そういうことで機先を制しておく。でなければ、本戦ミラージでご披露しようとしている飛行魔法も、同じく批判されるかもしれないのだから。

 

「ワタシは明確に、大会からルールバインドを受けて雁字搦めの状況だった。本来ならば、これをどうにかしようと努力してくれるはずの会長さんも、『なーんもしてくれなかった』。だからこそ考えたわけよ。同校・他校もこれに対して、更に盤外戦術を画策してくるかもしれない。

そうなればエリセ相手に対して、素手で戦うなんてこともあり得た。あるいはエリセと戦うのが他になっていた可能性もある―――まぁその場合でも魔力剣を作って―――有り体に言えば『ラグナブレード』(神滅斬)『ルビーアイブレード』(魔王剣)みたいなので鍔迫合うことも出来たかもしれないけど―――まぁワタシとしては、明確な得物があった方が良かったんだ。そして、ワタシでなければ宇津見エリセには勝てない」

 

長い言葉だ。

 

総じて言えば、『新人戦優勝及び総合優勝したいというのに、上役は何一つしてくれなかった』

 

そういう言葉に通じるのだった。

 

「そこでワタシは考えた。どうせ十師族の笛、京都・奈良判定(九島烈のご意向)なんてものが『私』を縛り付けるならば、それを食い破るためにも『ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト』―――父さんの元カノみたいな戦い方をして意見を変節させる―――ようするに、民意(オーディエンス)を使ってこの鎖を砕いたというわけです」

 

「実際、web上でのコメントを見る限りでは、アーシュラに対して同情的なコメントが為されている……ソレ以外にも、アーシュラに対するアイドル的な取り扱われ方だな……」

 

「別にそれぐらいは、構わないわよ」

 

「そうか。俺とお前でボニーとクライド、冴羽獠と槇村香、ロックとレヴィ、狡噛慎也と常守朱、マフィ○梶田と中○悠一などと称されているのは?」

 

「最後は男女コンビ? ネットの海はとんだラジオーシャン(?)だわ……とりあえず司波くんが『もっこりちゃ〜ん』などと言うことないでしょ」

 

最後の方の会話は意味不明だったが、結局の所―――アーシュラの劇場型犯罪ならぬ劇場型魔法で民衆の後押しを受けたことで、運営委員会も意見を変節せざるを得なかったようだ。

 

要は―――『クレームが殺到した』ということだ。

 

まさか、それら全てがある種の反魔法主義的な思想の持ち主からの通知だなどと断じて、黙殺したとしても、既にアーシュラにある種の『手かせ足かせ』が施されているのは、多くの人間の耳目に入っているのだ。

 

これで次の試合も同じであれば、それどころかそれ以上の制約があれば、世間からの風当たりは酷くなる。

 

何よりすでに、アーシュラは九校戦のスター選手なのだ。

 

(ただでさえ四月の一件で、魔法科高校は世間から白眼視されている……世間から風当たりは強い。そこに同じ魔法科高校生同士の戦いですらコレでは―――明らかに火に油を注ぐわよね)

 

真由美は、アーシュラの深い思惑の更に深いところを読んだ。

 

ここに来るまで、魔法科高校の使った魔法は映像処理されているとはいえ、生で見た所で魔法師以外の人に理解されるものではない。

 

……『つまらない』のだ。実に退屈なのだ。

 

そこにアーシュラの戦い方は、実に分かりやすく単純なものだった。

 

無駄な小細工などなんのその。真正面から戦い、そして黄金の剣を用いて十師族すら叩き伏せる。

 

ある意味、時速160kmのストレートだけで戦いのけるような戦い方は、多くの人々の目に焼き付く。

 

どこの高校卒業後にいきなり米国に殴り込みを掛ける野球選手だ。そんな茂野吾郎みたいな闘いは、やはりスゴイのだ。

 

そしてその戦いで、CAD頼みの魔法師をちぎっちゃ投げちぎっちゃ投げする様子に、熱狂は渦巻くのだ。

 

「――――――」

 

しかも、ネット上ではアーシュラの両親が主に2科生を教えている事実が書かれており、どこからリークされたんだと想いつつ、それでも東京都内では校章が付けられた一高制服を纏う人間を前に、他の高校の生徒からは、あからさまな陰口が叩かれているという話もあるのだ。

 

税金泥棒! 親父とお袋の稼いだ金返せ! 亜人め! などと、街の往来で言われた生徒もいるとのことだ。

 

「………」

 

大衆に蔓延するその考えを払拭したかった。払拭するためにも……一高は優勝することで、それを収めたかった。

 

そして1科も2科も融和していけると―――司波達也にも証明してほしかった。

しかし、実態としては……このザマである。

 

自分の考えなど、捕らぬ狸の皮算用でしかなかったのかもしれない。

 

 

そんな風に若干ながら『鬱』っていたところに―――摩利(しんゆう)がやってきた――――しかも男連れで。

 

一高のOBであり、真由美も知らなくはない有名人に、誰もがざわつく。

 

群衆に纏わりつかれながらも中心まで赴こうとする姿に、流石のアーシュラも気づいたようだ。

 

「誰?」

 

「千葉修次―――日本の魔法剣術流派『千葉流』の剣士で エリカの兄貴だ」

 

「ふーん」

 

あんまり興味なさそうな態度に、達也も苦笑せざるを得ない。達也ですら有名人だとして注目する相手も、エリカのお兄ちゃんね、などと軽い調子で答えるアーシュラの言動で、どうやら魔術師にとって、千葉道場のことなど何一つ知り得ないことのようだ。

 

そんなこんなで男女問わず色んな後輩たちに纏わられ、時には摩利やエリカの『制止』で止めつつも、千葉修次はアーシュラの近くまでやってきた。

 

見られていると理解しつつも、椅子に座りながらアツアツの緑茶を啜るアーシュラに対して、千葉氏もどう話しかけたものかと少し悩んでいる。

 

「始めまして、エリカの兄の千葉修次(なおつぐ)です。エリカや摩利から聞いているけど、君が―――衛宮アーシュラちゃんだね?」

 

「はぁ、そうですけど」

 

初対面の相手―――特に顔のよろしい相手にはまず警戒心を持つアーシュラの態度は、一高のOBとか日本の誇る剣客に対する失礼さが周囲からすればあったが、取り敢えず修次は気にしていないようだ。

 

「―――キミの闘い方は見せてもらった。スゴすぎる闘いで、正直……家の流派が邪道に思えたよ」

 

「はぁ」

 

「―――キミと一手仕合いたい。僕にも剣客としての誇りがある。受けてもらえないかい?」

 

その言葉に対して周囲の誰もが息を呑む。千葉の麒麟児などと称されるほどの『名剣』が、闘いを挑んできたという事実は―――――。

 

 

 

「いやでござる。今日は無駄な闘いはしないでござる」

 

シークタイムゼロ、脊髄反射の『ござる言葉』で返されるのだった。

 

「――――」

 

美形のままに固まってしまう千葉氏に、少しだけ同情せざるをえない。

 

千葉の麒麟児との闘いが『無駄な闘い』と称されたことは、彼のプライドを少し傷つけてもいた。

 

しかし、持ち直したのか、欠伸をしてから中条あずさが渡した使用武器の規定の誓約書を見ていくアーシュラに、修次は言葉を重ねる。

 

「そこをなんとか、ダメなのかい」

 

「ダメですね。全然ダメです」

 

「どうして?」

 

「アナタの流派のやり方を、ワタシが認められないからです。正直言って、看板賭けて戦うぐらいが無ければ、やる気も出やしない」

 

それは達也が前に聞いていたことであった。あの士郎先生による実技授業の後に、エリカが語った実家道場での修行の在り方を――――。

 

『けしからぬ。』

 

などと、かっぽれの『盗作』(恥知らず)に対して越後獅子のように憤慨していたのを、風紀委員会で聞かされた。

 

達也も一廉の武芸を身に着けた男だ。忍術という体術を身に着けた人間だが―――千葉道場のやり方も、九重流に比べれば『そういうものか』程度に考えていたのだが、よく考えれば―――何か腑に落ちないものもあったりする。

 

そこをアーシュラは詳らかにしていく。

 

「具体的に言えば、素振りだけさせて素養を見るだの教導もせずに、あとは放ったらかしだのってやり方ですね。武芸における『師』ってのは、正しい素振りや『握り』を教えるために存在しているんじゃないんですか? 茶巾絞りも教えていないんですか千葉道場では?」

 

「それは―――――……確かに僕も、外地にて剣術修行を同盟国の剣士たちに教えていく都度に、我が家の無情なやり方を少々変だとは思えていったんだ……僕個人の見解だけどね……キミの言うことは……本当にもっともだ」

 

家のやり方を否定しきることも出来ない千葉修次氏の苦しげな言葉に、アーシュラは何も言わない。

 

問題提起は別方面へと及ぶ。

 

「更に言えば、ワタシはアナタの『スケ』で、ワタシの上司―――数カ月後には元上司となる渡辺摩利の言いようも、なんか気に食わないんですよね」

 

そちらにも噛み付くとは思っていなかったのか、摩利は少しだけ呻くが、千葉氏は苦笑しながら口を開く。

 

「……その辺りはエリカからも話は聞いている。弁護させてもらえるならば……なんていうか摩利は以前……中学の頃、エリカにさんざっぱらやられて、それ以来……あんまり相手との技量の差がある勝負というのを避ける傾向ができちゃったんだよ。壬生さんという子には申し訳ない限りだね……」

 

 

話を全て統合した結果のアーシュラの答えは――――。

 

「―――要するに、全て千葉エリカって奴の仕業なんですね」

 

「―――まぁそういうこと」

 

「いや、なんでだぁああああ!? 次兄上は、全部が私のせいだって言いたいんですか!? 私は千葉道場の教えに従っただけなのに!!!」

 

「出稽古に来た摩利を完膚なきまでに叩いといて、それは無いだろ……まぁ、他流の剣客やそれ以外の武芸者との闘いも、重要だって言い含めなかったのも一つかな」

 

「前田光世方式の決闘―――それが必要ですね」

 

マンドクセーなどとだらけていくかと思っていただけに、達也としてはアーシュラが、少しだけ食いついていることに意外な思いだ。

 

「稀代の柔術家……前田光世方式……うん? もしかしてアーシュラちゃん―――キミは……」

 

何か思い当たる節があるのか、気づいたらしき千葉OBの言葉に対して、端末から何か―――画像か写真かをプリントアウトする。

 

「先程、我がカルデアが誇る『うどん剣豪』―――『ムサシちゃん』から届いた、衝撃のスクープ写真です」

 

プリントアウトされた写真を人差し指と中指で挟んだアーシュラは、軽快なスナップスローで摩利のそばにあったテーブルに投げた。

 

紙なのに、何かの刃物のように角を突き立てられていた。

 

それを摩利は手に取り―――そして、その摩利の取った写真を、後ろから横から覗き込むように全員が見たあとには――――――。

 

 

「――――シュウウウウウ!!! こ、これはどういうことなんだ―――!? この桃色がかった銀髪の美人は誰だ―――!!!???? キリキリ吐け―――!!(涙)」

 

「ま、摩利! 落ち着いてくれ!! ミヤモト殿とは、タイ王室の前の東南アジア歴訪及び現地視察の際に出会って―――」

 

「次兄!!!! エリカは見損ないましたよ!! こ、こんな肌見せ衣装が激しい女に、武門の師兄たるモノが相好を崩してどうするんですか!? 和兄ならば、ともかく!!」

 

女2人の悋気を受けて千葉OBもタジタジだが、その写真を最後に見た達也は「まぁ仕方ないか」などと言われるぐらいに、スゴイ美人が、朱塗りの酒器―――大盃呑みあげて気勢を上げている瞬間であった。

 

ちなみに件の千葉OBは、完全に酔っ払いながらも『美人』に対して両手を振り上げて熱狂している様子だった。

 

なんだかどっかの会社の慰安旅行でのワンシーンにも見える宴会場でのそれは、まぁ恋人と妹に疑惑を持たせるに相応しいものだった。

 

などと達也は結論づけておくも、写真の美人は―――何となく見覚えがある。

 

あのランサー=クー・フーリンとの桜並木での闘いの後に見せられた、カルデアの人理再起のための戦い……そのあとの戦いで見たような気がしていた。

 

(立華いわく、見せられた記憶映像は、その当人に『会わない』と明朗に分からないらしいな)

 

カルデアが召喚に成功できた英霊の数というのは、とんでもないもので、下手すれば悪霊・邪神のような存在まで含めていってしまうのだが――――。

 

それはさておき。

 

アーシュラの言う『ムサシちゃん』

千葉修次の言う『ミヤモト殿』

 

この2つが導き出す答え―――美人の正体とは――――。

 

 

「この美人は、サーヴァント。二天一流兵法の開祖とも言われる剣豪英霊―――巌流島の戦いを制した『宮本武蔵』か!? そうなんだな!? アーシュ―――――ラ?……」

 

久々にアタリの推理を披露出来ると達也が振り返った目線の先に―――アーシュラは居らず、言葉が尻すぼみになってしまうのは避けられなかった。

 

周囲を混乱させるほどのとんでも情報を教えてから、自分への興味を無くした際に『スタコラサッサだぜ。』をやるアーシュラの手法を忘れていたのだ。

 

 

そしてそんなアーシュラは……。

 

 

「そんじゃ、村正おじいちゃんもとい士郎君の剣と私の剣を受け取る前に、一手仕合おうか! アーちゃん!!!」

 

「さっき同級生の兄貴の誘いを蹴ったばかりなんですけど、それでも―――ワタシがエリセに勝つためには、アナタと戦わなければならない! お相手します!!

ムサシちゃん!!」

 

「応! 騎士王の娘!! 打ち込んできなさい!!!」

 

などと、人知れず―――最大の試練に挑んでるのであった。

 

 



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第73話『メガトン級ムサシ』

レベルファイブが送る新作ゲーム。

ああいう機体カスタムなゲーム作品は多くあれど、アニメはとりあえずチェックしておきたい。

やはり敵側にも、色々事情はあるのか。そもそも味方であるシェルター側の存在とて完全には信用ならない。

そんな作品の放送が開始されたということで、それに合わせた今話どうぞ。


仮装行列の応用で姿見を隠して、『存在感』を薄くしたアーシュラは付近を探索しながら歩く。

 

次の試合、自分は『前』に出ないほうがいいだろう。

 

事前に伝えておいたとはいえ、ディフェンスを担当することになったアーシュラだが、適当な得物はどうしたものかと想う。

 

竹刀でもいいのだが、なんというかそれだと気合が上がらない。投影することで作り上げてもいいのだが。

 

「―――そこな美少女や、悩みごとがあるならば、このババにちょっと言ってはみんかね……」

 

「………」

 

などと物思いに耽っていた時に、妙な辻占い師が横に店を構えていたのだ。

 

目深にフードを被っていて、姿は詳細には分からない―――なんてことはなかった。

 

「ムサシちゃん!?」

 

「やっほー♪ アーちゃん会いに来たよー!!」

 

「わぷっ!!」

 

先程まで食事をしていた場所の話題の中心人物が、ローブを脱ぎ捨てて占い用の机を押しのけて、アーシュラに抱きついてきたのだ。

 

「なんでここに!?」

 

ムサシちゃんを押しのけて、距離を取った上で問い返す。

 

「さて、なんででしょう? なんて言う気は無いんだけど、士郎くんから『これをアーシュラに』って言われてね……それと手助け。多分、手数が足りないでしょう?」

 

美麗の剣士。天眼渦巻く最高の剣客が、そんなことを言ってくる。

 

そいつは大助かりではあるが……なんでこのタイミングなのかなと、言いたいことは多い。

 

「それはともかくとして……ありがたく受け取ります」

 

「なんで、そんな腰を引かせて『剣』を受け取ろうとするのかな? 別に食べないよー♪」

 

「私も流石に、かの剣豪宮本武蔵を相手には、腰が引けますよ」

 

代金はベッドの上でとか言われかねないので、という言外の言葉を想いながら受け取ろうとしたのだが……意地悪くも剣をアーシュラから遠ざける。

 

「いやータダで渡すわけにはいかないなー。ちょっと一手仕合って♪」

 

ムサシちゃんらしい笑顔で、無茶なことを言ってくるが、流石にアーシュラも弁えたことを言わざるをえない。

 

「……ここでやるわけにはいかないでしょう」

 

「ええ、けれど練武場みたいな場所はあるんでしょ? 案内してよ―――立華ちゃんが言っていたけど……『生ぬるい相手』とばかり打ち合っていて、腕が落ちていない?」

 

「―――バイアス調整のための訓練はやっていますよ」

 

「うんうん♪ だったらば、見せてよ―――私もあーちゃんの師匠の一人なんだからさ」

 

そのいつもながらの剣鬼スマイルな言葉で、アーシュラも理解する。

これはある種のテストなのだ。

 

 

「そんじゃ、村正おじいちゃんもとい士郎くんの剣と『私の剣』を受け取る前に、一手仕合おうか! あーちゃん!!」

 

「さっき同級生の兄貴の誘いを蹴ったばかりなんですけど、まぁいいでしょう……かかってこい!!メガトン級ムサシ!!」

 

「応よ! 騎士王の娘! メガトンパンチ(最大級の斬撃)打て打て打ちまくって、ドーナツ型地球なんて世界は終わらせてもらうわよ!!」

 

その言葉を言い合ったことで無用な注目を集めながらも、2人の剣客は練武場へと赴くことになったのだ。

 

 

「何処に行ったんだアイツは……」

 

「野良猫のように、ちょっと目を離すといなくなっちゃいますもんね……」

 

武器の選定―――それぐらいは自前で用意出来るかもしれないが、それでも何を使うかを教えてほしかった達也たち一高の面子は、会場中を走り回ったりしていたのだが……その過程で、妙な連中を立華と宇津見たちと捕縛したのだが……。

 

端末連絡でもいいのだが、どうやら電源を切っている―――と想った瞬間……。

 

「達也さん! あっち練武場の方!!」

 

眼鏡を外して裸眼で捜索を行っていた美月の言葉で、いつぞやエクレールとプレ戦を行った場所を見ると、そこから天空にまで伸びるほどの力の柱……2本を見る。

 

 

(一本はアーシュラなんだろうが、もう一本は誰だ?)

 

アルトリア先生やクー・フーリンを思わせるそれは、強烈な力の発露だ。

 

考えるのはあとにして、練武場へと向かう。こうなれば実地で見るだけだ。

 

自分たちが来る前のギャラリーの数はそれなりにいたが、まだまだ集合前という感じ。

 

しかし――――――――――。

 

「―――――!!!!!」

 

「!!!!!―――――」

 

これだけ伯仲した剣戟を叩きつけあっていれば、ギャラリーはイヤでも集まってくる。

 

一撃一撃ごとに空気が撹拌するような豪打爆打が響く。

 

技巧(わざ)膂力(ちから)を組み合わせた攻撃は、先日の一色愛梨との闘いでも見せなかったものだ。

 

一人は確かにアーシュラであった。そしてもうひとりは、知り合いではないが、先程まで写真で見ていた人物だ。

 

「大剣豪 宮本武蔵……!!」

 

先程の写真とは違って大剣豪としての空気を発して、見物人すら切り裂きかねない剣気を発していく様子は、隣にいた深雪に後ずさりを『3歩』ほどさせていた。

 

二刀流を器用に操り、赤と青の魔力光が斬撃の軌跡として見えるだけの神速の剣技。

 

(剣戟に、無駄がないな……むしろ、最短でどこからでも鋭く切り裂けるようなルートを、いつでも選択しているのか?)

 

アーシュラの胴を狙おうと思えば、その斬撃はそれに最適な『力を吐き出す』。それが防がれれば、すぐさま次の最適解としての斬撃を紡ぎ出す。

 

よく見ていれば、『ぞっ』とするような攻撃ばかりが、宮本武蔵から放たれている。

 

目的達成のための手段を『一つに絞る』。結果として、その結末に収斂するように、この剣士の斬撃はあるのだ。

 

(恐らくアーシュラだからこそ『防げている』んだ……この剣士は、現行の魔法剣士たちとは違う術理で剣を放っている)

 

あまりにも『無駄のない、時間(とき)空間(そんざい)を捻じ伏せる一刀』は、それだけで一つの魔法だ。

 

 

―――『空位』に達することでしょ。全てを絞って磨いて、究極にまで存在を削り落として、それでもなお残る『 』(から)に、座に達すること―――

 

いつぞや剣道部の演武を見た際に、アーシュラがエリカに言ってのけた剣の極意を思い出す……あの言葉は、この人物の剣を指していたのだ。

 

対するアーシュラも負けてはいない。素人目には剛剣、爆剣……力任せの剣技を放っているように見えるアーシュラの剣だが、彼女なりのロジックで剣を振るっていたりする。

 

そんな彼女は、いつもならば西洋剣術のフォーマルである一刀の両手持ち……なのだが。

 

「アーシュラが二刀流ですか、珍しいですね」

 

「討論会で、源頼光を憑依させた壬生先輩の一撃を受け止めたのも、二刀の叉ねだった。アイツの本来の攻撃スタイルが分からなくなるな……」

 

そして、その二刀流での戦いを見ている面子の中に、不機嫌を見せている面子がいる。渡辺摩利と千葉エリカだ。

 

ムスッとした様子で剣戟を見ている2人の心境は、分からなくもない。

 

自分たちが修めた、国内外でも高評価を受ける至上のはずの千葉流の魔法剣術を、簡単にぶっ千切ったものを見せられているのだ。

 

自分たちの中身が解体されている気分にもなる。自分たちの努力を嘲笑われている気分だろう。

 

言ってしまえば、Z戦士の戦いを見せられたミスター・サタンの気持ちに近いか。あるいは、魔人ブウ以後に消えた天津飯ともいえる。

 

(そう考えると、そんなサーヴァントと真正面から打ち合えているアーシュラとは、何者なんだ?)

 

当然、魔法師的な限界(マックス)などぶち破れるのが、先に人間能力の領域を超えていた魔術師の特権なのかもしれないが……。

 

どうにも引っ掛かるものがある。

 

(全銀河支配を目論むビルトラム星人であるオムニマンが、地球人との間に子を設けて、それをヒーローに。

自覚は無いが、銀河最強の戦闘種族サイヤ人である孫悟空が牛魔王の娘との間に子を設けて、それがグレートサイヤマンに。……)

 

いや二番目の例ははっちゃけすぎた。……ともかくとして、魔法師的な価値観で言えば、やはり血にその秘密があると想ってしまうのだ。

 

(となると……やはり士郎先生の血に秘密があるのではないだろうか……)

 

だが、達也など2科の担当教師と、その妻であり魔法科高校の美人教師との力関係は、あきらかに後者にある。

 

いや、己のことを考えると、『剛力』な方が確実に子息・子女の力に繋がるというわけではないが―――などと達也が考えている内に、バハムート級アーシュラとメガトン級ムサシとの闘いは、演武でも刻むような走り抜けの斬撃を以て終わりを告げた。

 

「――――まぁ及第点としておきましょう」

 

「厳しいなー。武蔵ちゃんは……」

 

「簡単な修練だと、意味ないでしょ? とはいえ、ハイこれ。次の試合も頑張ってね。アーちゃん」

 

布に包まれた……恐らく次の試合の得物を武蔵殿から受け取ったアーシュラは、そのまま武蔵殿と握手をする。

 

そうするとギャラリーから万雷の拍手が湧き上がる。それぐらい、とんでもない試合だったからだ。同時に、コレほどの玄人達人どうしの試合など、そうそう見れるものではないからだ。

 

まぁ一高の面子は、あまり思い出したくないが……英霊ないし英霊武具者とぶつかり合う衛宮家の方々のチカラは、何度か見ているのだ。

 

などと考えていると―――。

 

「チョット! 待ちなさいよ!! 大剣豪 『宮本武蔵』!!!」

 

「エリカ?」「エリカ!」

 

練武場に乱入するは、千葉道場の女剣士―――2人。

 

疑問の声を上げたのはアーシュラ。驚いた声は千葉修次だ。

 

何用なのかは、多くの人間が理解できた。

 

「おやナオツグくんじゃない。越南(ベトナム)では世話になったわ♪」

 

「シュウ!! この美人の何を世話したんだ!!!!????」

 

笑顔で手をふる銀髪の言葉に渡辺摩利は噛み付くが、どこか疲れたような顔をする修次氏が少しだけ印象的だ。

 

「ベトナムの麺料理『フォー』を奢っただけなんだけどね。代わりに色々と『相手』してもらった」

 

「夜伽のか!?」

 

「ゲスな勘ぐり!! ちょっと落ち着き待ってくれよ2人とも……」

 

恋人にそこまで言われても、平素な表情で直情径行な猪武者2人を宥めようとするナオツグ氏は人格者すぎたが……。

 

「いいや待たない!」

 

「私達は、この大剣豪に勝ち次兄を取り戻すんだ!!」

 

こんな時だけ何故か連帯感を持つ千葉流の剣客2人を見て―――武蔵ちゃんが『ニヤリ』と一瞬だが笑みを浮かべたのを、アーシュラは見てしまった。

 

それを見て―――。

 

「ちょい待ってくださいよ委員長、エリカも―――武蔵ちゃん私と一本やり合った後なんだから、相手が疲労困憊したところを叩くなんて士道に背きませんかね。千葉流では、そういった心構えとか無いんですか? 柴錬先生の眠狂四郎か」

 

「―――どう見ても、汗一つかいていないように見えるんだけど?」

 

「武蔵ちゃんのスペックが段違いだとしても、それを理由に剣を向けるなんてどうなのよ」

 

エリカの反論に対して、更に反論をするアーシュラ。絶対に逸らさない緑眼が、エリカを見据える。

 

「それと―――武蔵ちゃん『両刀使い』だから、どうなっても知らないよ」

 

「―――二刀流の使い手に、私は勝てないって言いたいの!?」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

完全にキレたエリカは、正しく『小次郎破れたり!』な状態で、剣を持って宮本武蔵に挑むようだ。

 

それに対して、アーシュラは『説得』が失敗したと想いながらも、もはや何も言わないことにした。

 

道場の壁に寄りかかりながら、受け取った得物を見えぬように検分する様子を見て、そちらに向かう。

 

「お兄様?」

 

「あのな。いま最優先なのは、あいつと話すことだ。よって服を離せ深雪」

 

「むぅううううう!!!」

 

いやでござる。いやでござる。と首を振りながらジャージの裾が伸びんばかりに持ってくる深雪。

 

それを見かねたのか、アーシュラが達也の近くにやってきた。

 

「一高の醜聞になるのはどうなのよ。生徒会書記」

 

「アーシュラだって『一高のグルメ超人』『グルメ細胞の悪魔を宿した女』って言われてるんですよ!」

 

「美味しいものをいっぱい食べることに、ワタシは妥協しない」

 

「じゃあ私だって、お兄様を束縛することに妥協しません!」

 

そこは妥協しろ。ワケわかめな言い争いを止めさせるべく、達也はアーシュラに話しかける。

 

「また一つ、お前の新たな姿を知ったよ。西洋剣の両手持ちが、お前のスタイルだと思っていたんだがな」

 

「弘法筆を選ばずってヤツだよ。そもそも、お父さんが二刀流で戦っている姿は見たはずだけど」

 

それもそうだなと想うが、そんなに変幻自在なスタイルで戦うとは……アーシュラのポテンシャルに少しだけ憧れる。

 

シンプル・イズ・ベスト。

 

その言葉を体現しているのだが……。

 

「まぁワタシとしては、二刀流の方が性に合っているんだけどね……」

 

頭をかきながらぼやくように言うアーシュラ。

 

「そうなのか? ならなんで?」

 

「……アホらしい話よ。子供の頃、お母さんに対抗するべく、『二天一流』及び『無銘双剣』で応戦したらば……」

 

 

―――シロウだけでなく、アナタまで『アーチャー』の戦い方を真似るのですか?―――

 

「なんて『超不機嫌顔』で言ってきて、まぁその後に、お父さんとの訓練では使ってもいいが、自分との戦いでは一刀一剣で応じるようにと厳命されたわけよ」

 

そういじけるように言うアーシュラの顔も、『超不機嫌顔』である。

 

「アルトリア先生にそういう顔があったとは……」

 

だが、アルトリア先生も、宮本武蔵も『超一流の剣士』だ。それと、それぞれの戦い方で打ち合えるアーシュラも、『超一流の剣士』である……。

 

などと考えた時に、練武場にて動きが出る。

 

どうやら千葉道場としての装備を整えた2人に対して、『普段着』の武蔵ちゃんが相対し合う。

 

 

「私達が勝った―――あなたから一本を取ったならば、次兄上との金輪際の接触を絶ってもらう」

 

「よろしいか? 宮本殿」

 

エリカと摩利の言葉に対して、軽い感じでオッケーサインを出す宮本武蔵―――本当にこの人が大剣豪と呼ばれる過去の英雄なのか、達也は疑問を持ちながらも、話は進み。

 

「ただし、私が勝った場合の報酬を言わせてもらうわよ……私が勝った場合はね……」

 

何を要求されても、構わない。兄上(恋人)の心を守るためならば、どんと来い! という気持ちでいた。

 

そんな2人に対して―――メガトン級ムサシは……。

 

「私が勝ったら―――2人とも一晩付き合ってね。寝台の上で♪」

 

顔に朱を差しながらも、挑戦的な笑みを浮かべて言う武蔵ちゃん。

 

距離を挟んでも聞いた言葉に―――。

 

「「―――え゛」」

 

漫画で言えば、白目で血の気が引いた表現をする2人の乙女。

 

その言葉の意味を違えない。

その言葉の意図を間違えない。

その言葉の本気を違えない。

 

つまり。

 

((―――両刀遣い(・・・・)ってそういう意味か―――!!!???))

内心でのみ、アーシュラの言葉を途中で遮ったことの後悔をしていた剣士2人だったが。

 

「―――臆したわね? ひとつイイことを教えてあげる―――闘いというものは、臆した者に必ず”負け”が訪れるものなのよ!!!!」

 

((確かに臆したけど、その理由はあなたが考えているものとは絶対にちがーう!!!!))

 

……3分後。無残な様子で練武場に突っ伏す2人の剣士を見て……。

 

 

「やめておけばよかったのだ」

 

いろいろな気持ちを込めて、アーシュラはその言葉で締めとするのであった……。

 

 

 

 



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第74話『射殺す百頭』

一高テント。色々と大騒ぎ、中騒ぎ、小騒ぎ……あらゆるざわつきを吸収してきた天幕が今回も、違う『ざわつき』()を吸い上げていた。

 

「うんうん♪ 我ながら完璧な仕上がりだわー♪ やっぱりあーちゃんってば、色んな髪型とか衣装が似合うからいじり甲斐ありすぎ!!」

 

「そ、そうですか……」

 

「昔は『ムサシちゃんみたいな髪型にして♪』って士郎くんに頼んでいたのに、いまじゃこんな風になっちゃって、おねーさんはかなしいーぞ♪」

 

「耳元に息吹きかけないでください」

 

髪型をセットしているスタイリストに見えて実は大剣豪である女性。宮本武蔵(疑惑)にからかわれている一高最強のペンドラゴン(確信)という構図を誰もが見ていた。

 

「……なんで摩利は、地面に正座しているの?」

 

そんな中、一人だけ苦行に挑んでいる同級生にして3年の優秀生の一人に、3年の優秀生は問いかけた。

 

「己の不甲斐なさと格闘中だ。女色(にょしょく)に絡め取られそうだった私を救ってくれた後輩に謝罪の意を示すには、これしかないんだ……!!」

 

目を瞑って己と対話していると言う摩利に、真由美は疑問ばかりしか出ない。いや、事の顛末自体は報告を受けていたのだが……。

 

どういう意味なのかを視線で『準備完了』している達也に問うと。

 

「簡単に言えば、エリカと渡辺委員長が、そちらの巌流殿と立ち会って、5分も保たずに倒された後、貞操の危機が訪れたわけでして」

 

「そこまでは、聞いているわ。それで……その後よ」

 

「―――アーシュラが、『あいや待たれよムサシ殿。そこな乙女を手篭めにするは、あまりにも酷というもの、一人は想う人もいる身代ゆえ、我が身を以てアナタを慰めましょう』と……」

 

その言葉の意味を知って全員が赤くなったり、しかめっ面をしたり、様々な様子。

 

「……それで、どどどどどどうなったのかしら?」

 

「………宮本武蔵の戦衣装……魔術師が言うところの霊衣で戦うことで手打ちとしたそうです」

 

色々と『妄想』の想像を膨らましていた真由美の期待を打ち砕く形で、そんな真実が達也の口から明かされるのだった。

 

その言葉に、しかめっ面の人間たちが『ホッ』としたのは蛇足である。

 

「それで現在、ガード3戦目の前のヘアセットの最中ということです」

 

「な、なるほど……ちなみに、摩利と千葉さん……武蔵さんとどれだけの差があると想う?」

 

「明朗な表現ではないですが、アリと象の差ですね……2人が動揺していたことを差し引いても、まともな攻撃は通じませんでしたよ」

 

ぐさりっ!と、正座をしている摩利の心臓に言葉の槍が突き刺さる。

 

「現代魔法も使ったのよね?」

 

「会長、そんなものが効くと思っています?サーヴァント相手に 」

 

倒置法で言ってくる達也に、『そんな言い方をしなくても』といじける真由美だが、流石にそれは見立てが浅すぎる。

 

ならば、言っておかなければなるまい。

 

「3戦目の後は3高対6高の試合ですからね……アーシュラも見るんだろ?」

 

最後のセットなのか、特徴的な髪留めをされているアーシュラに達也は問う。

 

「ええ、エリセとボイジャーを見ておかないと、少し不安だもの」

 

達也としては照準を一条将輝に向けていたのだが、アーシュラの目は、6高に向いている。

 

「確かにお前ならば『爆れつプリンス』なんて鎧袖一触かもしれんが……俺やレオは、あの王子様に勝つことが出来るか不安なんだ。力は貸してもらえるんだよな?」

 

「そりゃ当然だけど、まずは目の前の闘いに集中しましょう。今回はワタシがディフェンダーやるから、男子3人で『三匹が斬る!』をやってきて、特にレオン君は―――フラストレーション溜まっているんじゃない?」

 

髪のセットが終わり椅子から立ち上がったアーシュラは、挑戦的な目でレオを見てくる。受けたレオは、銀色の腕輪を見ながら疑問を口にする。

 

「そいつはいいんだが、俺の『コレ』は秘密兵器だろ? 出来れば、3高ないし6高との闘いまで秘匿したほうが良くないか?」

 

確かに達也も、それは考えていたことだ。こちらの手札を簡単に晒さない。言うなれば、不才・無才を装う……能ある鷹は爪隠すでいったほうがいいと思ったのだが。

 

「いいや、もう見せてもいいぐらいよ。ワタシが考えるに、3高辺りはアンタたち男子なんて味噌っかす以下にしか見ていないと想うわ。特に司波君なんて、『正面から打ち合えば負けることはない』なんて高を括っているわね。

そして、ワタシを止める策を見つけることが出来なくて、右往左往しているってところ」

 

「「「………」」」

 

恐ろしいほどの先見の明であるが、そうだとしても、ここで見せる意味はあるのか。

その疑問が渦巻くも―――。

 

「この試合で、仮にもしも『2科生』であるアナタ達が、とんでもない実力で五高を叩きのめせば、それだけで3高のプランはご破算。一から戦略を練ろうとも、多分当たって砕けろぐらいしかなくなるわね」

 

「―――成程、確かに理に適う、か…」

 

要するに、3高を混乱に叩き落とせということだ。悪くはないプランだ。

 

早期の段階で秘策である『テオス』を見せていれば、何かを爆れつプリンスとその参謀役は行っていたかも知れないが……。

 

「まぁそれ以外の理由としては、そろそろ男としての矜持を見せてほしいわけよ♪ ワタシが前に出ていたから仕方ないけど、1−E男子のちょっとカッコいいところ見てみたいー♪」

 

俺たちゃモタリケ君かいと想いつつも、そう言われたならば仕方あるまい。

 

何より、武蔵ちゃんのヘアセットの後に、椅子から立ち上がったアーシュラの『変身』(メタモルフォーゼ)した姿……ケレン味たっぷりの女武者の格好。

 

藍色と紫の中間の着物を赤い帯や赤い小物、肩当てなどで装飾した姿は、この上なく美と艶と危険な匂いを感じさせる。

 

描かれている草花の文様は達也には分からないが、それでも見事なものだ。

 

何よりアーシュラの伯母さんのお下がりと同じく胸元見えているし、へそ出しコーデであることに……。

 

(とんだデンジャラスガールだな)

 

普段はそんな気配を見せないくせに、一度着飾るとどうしても男を惑わすニンフのように、どこまでも魅了してくるのだからたちの悪い女だ……。

 

「あのさ。何で後ろから抱きついているの?」

 

「こうしなくちゃならないと思えたんだ」

 

漂○者(斎○工)かっ!! などと、全員が総ツッコミ入れたい気分。

 

しかし、もはやアーシュラもコレには諦めたようで、風の障壁を張ることも止めたようだ。呆れたような顔でため息を突いて、男からバックハグを受け入れる女子の構図に、誰もが色んな気分だ。

 

それに対して、深雪とほのかは『あきらめるなよっ!!』とシューゾーのように言いたくなるのだった。

 

だが試合前に、そんな悋気を出すわけにもいかず、拳を握りしめてそれを眺めているしか出来なかった。

 

「それじゃ、私は観客席の茉莉花ちゃんとアリサちゃんの相手をしているわ♪」

 

その言葉に、アーシュラは即座に対抗策を打ち出す。

 

「克人さん。こっちの両刀遣いを、JS2人に必要以上に接触させない方がいいです」

 

必要以上に言葉を重ねず、それでも練武場でのことを察して、アーシュラの意図を読み取った克人が動き出す。

 

「むっ、そうか。申し訳ないが武蔵殿、自分も同道しましょう」

 

「いいでしょう! 十文字君は私のシュミではないけど、その剛力体躯は、全ての武芸者が憧れるものだから、頼りにさせてもらうわ!!」

 

そう言ってから、『狡い武蔵ちゃん』は克人の腕を取って、自分が服の奥に持つ『メガトン級ムサシ』を当てるのだった。

 

「む、むむむ武蔵殿! この若輩をからかわれては困ります……自分も男子ゆえ、妙なことを考えてしまいますぞ」

 

いつもどこか固い口調の克人が、それ以上に畏まったことを言っている様子に、よっぽど混乱していることを誰もが認識する。

 

一高の親分たる十文字克人すらも手玉に取る兵法者―――それが宮本武蔵なのか。ヤツの五輪書には房中術もあるのではないかと、勘ぐる人間も出てきたが。

 

 

「じゃあ美味しいうどんを奢ってくれたならば離れましょう。私も、初心な男子をいつまでもからかうシュミはないからね」

 

「渡辺と千葉のことを考えれば、それぐらいの銭は出しましょう。お付き合いしますよ大剣豪殿」

 

克人さんのお小遣い大丈夫かな? と完全にたかられるモードに入ってしまったことに心配するのだが、まぁとにかく、もはや賽は投げられたのだ。

 

アリサと茉莉花が犠牲になる前に、ヤツをうどん漬けにしてくれ、十文字克人!

 

そんな心を持ちつつ、プリンセス・ガード第三戦目、決勝リーグへと到れる最後の闘いが幕を開ける。

 

 

 

八高、二高との闘いの時とは違う衣装を身に着けたアーシュラの登場に、観客席は熱狂を出した。あれだけの美少女が着飾れば、それだけで()になるのか、様々な角度でドローンカメラが撮っていく様子。

 

だが、それは開始前だけの話で、現在のところドローンカメラが鮮明に映しているのは、美少女ではなく、泥臭くも戦う男三人の姿であった。

 

 

「バカな……アレだけのことが出来るってのに、隠していたのか!?」

 

「―――」

 

あからさまに驚愕を出す一条将輝とは違って、沈黙で驚きを出す吉祥寺真紅郎は、もはや何度目のちゃぶ台返しをされたのか分からぬ想いに囚われる。

 

そう。

 

司波達也

西城レオンハルト

吉田幹比古

 

この三人の放つ魔法は、正しく『特級』であった。

 

そういう三高の一年エースの驚愕と同じく、一高の陣営も、色々と混乱していた。

 

例外は……摩利と同じく正座をしていた千葉エリカと柴田美月……そして、自慢気にドヤァという顔をしている藤丸立華である。

 

映像では、先陣を切るレオが敵を視認した時には、膝を曲げて地面に手を当てた。すると地面を『動かした』のか、大津波として五高の眼前を圧倒する。

 

高さ10m幅50m以上の土砂の大津波に、障壁か、打ち砕くか。

 

悩む前に、その土砂の大津波に『乗っていた』達也が、高く跳躍して五高の後ろを取る。

 

アーシュラと同速で動いていたアグレッシブライナーの存在に気付いた時、目を取られた時には、土砂の大津波が五高生6名を戦闘不能にしていた。

 

恐らくただの土砂ではなく『魔力』を込めたものなのだろう。

 

即座にテクニカルジャッジが下されて、6名が審判団に連れて行かれる。

 

「おのれ!!!」

 

徐々に進撃してくる三人に対して、恐れとも仇討ちとも取れる言葉で向かってくる五高生2人。

 

それに対して、達也は―――。

 

「風でたたらを踏ませ―――」

 

言いながら腕輪型のCADを操作して、強風、否―――豪風……衛宮アーシュラの風妖精槌(ストライク・ウインド)。それと同格以上の風が、魔法による位置固定の理屈すら超えて、自由を奪い―――

 

「―――上から落とす雷で終わらせる」

 

上方で発生した魔法陣から、落雷が指向されて落ちた。

 

2名が昏倒する。落雷の威力は相当であり、ピクピク動くのを見て、ヘルメットを取って戦闘不能にする。

 

「達也もいい感じだな」

 

「ああ、これが……剣製の魔術師 衛宮士郎が出した結論。現代魔法を『達者に使う』上での方法論か」

 

魔法を『作る』立場の達也だからこそ分かる驚きは、レオとは少し違えども大意は同意であった。

 

しかし、何故―――現代魔法師の開発者たちは、この方法を取らなかったのか?

 

疑問が渦巻くも、闘いはまだ続くわけで、思考を終えてから五高ディフェンダーたちを打倒していく。

 

「俺が風、レオが炎、幹比古は雷―――押して押して進もう」

 

「いつになく好戦的だね達也」

 

こういう時に、慎重論を唱えるのが司波達也だと想っていただけに、幹比古は素直に感想を述べた。

 

「人間は誰しも成長するものさ。時には力押しもいいもんだ」

 

だからアーシュラにセクハラ紛いのバックハグをやっているのかと、レオと幹比古が驚愕。

 

不快なプシオンを感じつつも、渓谷に流れるせせらぎの音をかき消す轟音で進撃する三匹に対して―――。

 

モノリスのガードをしていたアーシュラは―――。

 

後ろに流れる滝の音を聞きながら瞑想をしていた。

 

あらゆる悟りを開こうとする武芸者の体を取るアーシュラ。

 

森羅万象をその身に取り入れようとするその様子は、何か尊いものを感じさせる。

 

瞬間、平らな岩の上での座禅を終えて、腰元にある木刀に手を伸ばすアーシュラ。

 

―――(ZAN)―――

 

音にすればそれだけ。早業一閃。眼前に生い茂る森の木々が伐採されていき。

 

「まさか、気配を読まれるなんて」

 

最後の木が伐採された時に、そこから女子が現れた。

 

「殺気に満ちた眼で見られれば、例え遠間からでも分かるわよ。アンタ達って山籠もりとかしたことないでしょ」

 

ならば、お前はやったことがあるのか。

 

ありそうだ。あるだろう。そう思える確信が一高側にあった。

 

現れた五高のプリンセス―――女子魔法剣術の達人の一人。去年の女子中学生の部門では、ベスト4に輝いた女がそこにいた。

 

「能書きなんてどうでもいいわ。さっさとやりましょう」

 

「ふん、生意気な女、スタイルと同じくらいわがままなアンタを、満座の客の前で打ち倒してやるわ」

 

抜き払った二振りの木刀と長い―――太郎太刀。その模造刀を抜き払う五高プリンセス。

 

一髪千鈞を引くような空気などというものはなく―――プレデトリーに挑みかかるアーシュラ。

 

切り株を足場にして、積極的に前に出る。

 

扱いに難があるだろうそのバランスが悪すぎる剣を相手にしても、アーシュラは、そのバランスを崩すべく剣を振るう。

 

―――重っ!! なんなのよこの子の剣は!?―――

 

プリンセスたる『進藤 琴乃』は、その太郎太刀の模擬刀―――ましてや『本物』を模した真剣とて扱ってきた達人だ。

 

だが、この女にとってはそうではない。

 

簡単に琴乃が持っている陥穽を突いてきて、こちらは防戦一方になる。

 

―――持っている得物の変化……明確な剣を持つと、こいつは覚醒するっていうのね……!―――

 

 

数時間前の練武場での剣戟は見ていた。

 

どう考えても対抗できるものではないことは、理解できていた。

 

だが―――。

 

(タダ勝ちなんてさせるもんかっ!! )

 

一矢報いる。この剣の女王……老師の言う『赤き竜姫』に、自分たち魔法師が、恐怖に竦み上がって大人しくエサになる類の生き物ではないと、刻みつけてやるのだ。

 

「おおおおっ!!!!」

 

意気を上げて放たれる攻撃。

 

太郎太刀をほぼ水平にしての突きの連打。角度に変化を付けながらもほぼ一直線に放たれるそれは、アーシュラにとっては慣れたものだ。

 

しかしながら、その気迫に剣が『上擦る』。その好機を見逃す琴乃ではなかった。

 

身体全てを抉り、貫き通す連撃。数多の魔法剣士たちを倒してきた高速の突撃が繰り返されて、大きく飛びのいたアーシュラは、そこで構えを取る。

 

止まる琴乃は、その構えを詳細に見る。

 

奇態な構え。右手を上に、左手を腰より下に横構え。

 

剣はどちらも寝かせており、判断するにカウンター狙いの構えだが……。

 

―――なめるなっ!!!―――

 

エミヤの剣がどれだけ速かろうと、それでも自分の剣の突撃の方が速い。

がら空きの(ボディ)に剣が叩き込まれる方が、速いに決まっている。

 

九校戦始まって以来、あの十師族の一条将輝ですらなしえなかった竜殺しを、我が手で成し遂げる。

 

その心の下、放たれた攻撃―――迅雷一閃の名前が似合う突きは。

 

 

―――射殺す百頭・円卓式(ナインライブズ・キャメロット)―――

 

アーシュラから発生する、釣り上げるような、巻き込むような颶風でバランスが崩れる。突きのモーションが崩れる。

 

その間隙。一瞬の『淀み』を見たアーシュラは、烈光と見紛う剣閃―――都合15閃を放ち、走り抜けた。

 

不心得者には、光が何度も走ったかのようにしか見えなかった。

 

そしてその剣戟の作用として、前のめりとなった末の移動。捌いていた神速の歩法は、お互いの位置を入れ替えていた。

 

標的を見失い、そして常人の目では捉えきれぬ剣閃を放たれた進藤 琴乃が、完全に停止する。

 

数秒後には―――下着を残して戦維喪失(おはだけ)が発生する。

 

「御粗末!!」

 

まるで料理勝負後の勝利宣言のような言葉。吹き飛ばされる進藤と同時にブザーが鳴り響く。

 

どうやら達也たちがモノリスを陥落させたのか、メンバーを全滅させたのか。どちらにせよ決勝リーグ……準決勝の相手は、次の3高対6高の『負けた方』が来ることになるだろう。

 

だが、その前に色々と説明してほしい面子はいるだろうと想い、マンドクセーと想うのだった。

 



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第75話『疑問と解決』

もう少しテンポよく話を進めたい。そう思える現在。

説明話とか省きたいときもあります。


「人の魔法を探らない。確かにこれは魔法師ないし魔術師の間でも不文律の原則であり、多くの社会でもあえて人の腹を探らないという律はあるけれども……」

 

滔々と語る言葉に対して、ずぞぞぞぞ!と麺を啜りこむ音が響く。

 

それが返答なのかと、対面にいる真由美が落ち込むが、それにも構わずガード出場メンバーはアーシュラに構う。

 

「アーシュラ、伊勢うどんの方がいいのか?」

 

「運動した後なんだから柔らかいうどんのほうがいいのよ。消化を助ける温泉卵のトッピングが、この上なく五臓六腑に染み渡るわ」

 

嬉しそうに『うどん』をすすり込む姿を見ると、本当に色気もへったくれもないのだが……そういう風に食事をこの上なく楽しむ姿も最近は魅力的に見えてくるのは、この子のある種の魔法のようにも思えてくる面子だ。

 

「なるほど……」

 

その一人である達也は妙な感心をしつつも、おなじく『伊勢うどん』―――油揚げが乗っているのを食べるのだった。

 

「アナタの故郷の方の信州そば、ほうとうなんかは何かの機会につくって『お兄様! 深雪が手塩にかけて、お兄様のためだけのうどんをいずれごちそうして差し上げますゆえ!!』―――」

 

達也とアーシュラの間に割り込む深雪の言葉と行動に、真由美の表情筋が強ばる。

 

もはや暴発寸前だと理解したあずさは、心持ち重心を後ろに置き、いつでも逃げ出せるようにしておきつつも、フォローのために口を出すことにした。

 

「いつぞやの一高女子会『弾劾裁判の間違いでは?』ーーーともかく、あの時に説明してくれた『例の魔導実験』が、今日の西城君、吉田君、司波君の闊達な魔法運用に繋がったんですよね?途中で部屋に訪れた私は、最初から知ることが出来ませんでしたけど、見た限りでは、衛宮さんのデータを個々のデバイスにアウトプットした……そんなところでは?」

 

「概ねはそんなところです。今日に至るまでワタシがレアルタヌアに溜め込んだ術式の残留ログ。バイタルパターン、エーテルウェーブ、『心象風景』の有り様。

それらを一種のプログラムコードとして他のデバイスに打ち込み、現代魔法の発動の簡易化に利用しました」

 

その言葉に全員がざわつく。

アーシュラは、何気ないことのように言ってくるが、それは多くの魔法研究者たちが、やろうとしても出来なかったことだ。

 

いわゆる『現代魔法の不可能領域』

 

魔法師―――広義の意味で言えばサイオンというエネルギーを扱う人間たち。

その人間たちが簡便に魔法を使うツールを生み出したとしても、どうしても克服出来なかったものがある。

 

それは、個々人の能力値の多少を補うための『補助ツール』の開発。

 

現代魔法における国際的評価基準の三要素。

 

構築速度(速さ)

巨大領土(大きさ)

絶対干渉(重さ)

 

そのどれかが『足らない』

どれもが『足りていない』

 

けれど、そういう風な『力足らずの魔法師』でも『こういった魔法』が使いたい。使わせなければならないという状況に陥った場合のサポートは、多くの凡例的な状況で想定されてくるものだった。

 

特に軍事的な観点で言えば、個々で『地力』や『得意』として出来る魔法が違っていても、どういう規模であれ『隊』を組ませなければならないとした際に、簡易の手当キットを使うよりも回復魔法の方が速い面もあるので、軍に所属する魔法師には、むしろ攻防術よりも『回復術』の取得の方を優先したい本音がある……。

 

相手を攻撃する術よりも、銃弾飛び交う中でも兵士を生きて帰らせる術の方が欲しい。

 

もっとも現代魔法での『回復』というのは、RPGにおける傷病治療の簡易という面は少なく、そこまで万能ではない。

 

万能ではないのだが、それでも『ホイミ』や『ケアル』―――出来れば『ベホイミ』『ケアルガ』程度の回復術を、魔法師の誰でも『当たり前』のように使えるようになっていれば、応急処置を施した上で生還させることも出来るはずだ。

急場を防ぐだけの『一時しのぎ』であっても、危機的状況を脱することが肝要。

 

そうであれば、どんな状況でも、そうそう不幸なことも起こるまい。

 

目の前であからさまに交通事故に巻き込まれた怪我人がいて、そのヒトを助ける―――せめて救急車がたどり着くまでに、持ちこたえる程度が出来ればいいのだが。

 

そんなことをあらゆる想定をして考えていた達也だが、やはり全員が、そういった『簡易化』に対して疑問を出す。

 

「じゃあ、士郎先生は……2科生全員に、それを教授しようとしているの?」

 

「それだとただ単にアーシュラの技法を模倣(トレース)しているだけじゃないか? いや、まぁ―――武芸であれ、どんな技術取得も、全ては達人の模倣から始まるわけだから、悪弊とも言い切れないんだが……」

 

「だが、画期的な方法だ。1科生であっても『足りていない』所を補いたいという人間はいるんだ。むしろ―――シロウ先生は、『その先』を目指しているのか?」

 

三巨頭のそれぞれの態度と言葉。

 

困惑と不安から少ない言葉の真由美。

 

疑問と納得の混ぜ合わせの摩利。

 

納得と未来の展望を見ている克人。

 

それを見てもアーシュラは、うどんを啜り込んでから話を続ける。

 

「ご懸念通りならば、確かにワタシの『コピー』だけが出るんでしょうけど、どうせワタシは触媒(キャタリスト)なだけです。後は、各々で自分の伸ばすべき所に『覚醒』していくだけです」

 

「―――そうなの?」

 

「そうなんですよ」

 

素気ない言葉の返しに真由美は押されがちである。

 

「なんかワタシに対してだけ、言葉少なに、というか『けんもほろろ』に対応されてるような……」

 

その通りだと睨みつけることで、アーシュラは真由美に意を伝える。

 

「ううっ……」

 

「あんまり真由美をいじめるなよ。そりゃまぁ……傍から見れば、色々とアレな女ではあるが……」

 

フォローになっていないフォローを入れた摩利に次いでから、アーシュラは口を開く。

 

「そもそも一高だけなのかどうか分からないですけど、カリキュラムだって四角四角に、定形解答・模範解答を追い求める内容ばかりで、クソみたいにつまんない。特に百舌谷センセーの授業が一番つまんない。

こんな風に『定形』(お利口さん)を求めるならば、『私』のコードで簡易に授業をこなしていった方がメンドクサクないと思いますけどね。簿記計算で、電卓使っても良い所をワザワザ『算盤』弾いて計算しているみたいで、不合理・不効率・不平等極まりないと想いますよ」

 

「むぅ……だが無意識領域における変換は、そんな風に出来るものなのか?」

 

「その言葉自体が、恐ろしく妙なものだと想いますけどね」

 

「どういうことだ?」

 

「人間というのは、程度の差はあれ、どんなものにすら『意識』を払っている。無意識領域なんてのは、ただの集中している状態で見えている世界の在り方なだけです」

 

「つまり?」

 

「我々は『不感』のままに『何か』を行うことは出来ない。蓄積されたものが全てを決定づける。『私』のは、そのきっかけ作りですよ」

 

いまいち要領を得ないアーシュラの発言。重要なことを言われているはずなのだが、理解力が乏しい面子ばかりなので、こういう時の説明役を求めることにする。

 

「士郎さん―――士郎先生のコンセプトは単純ですよ。ようは、それぞれでやりやすいようにやれるような環境づくりをしただけ。そのために自分の娘を触媒として差し出して、司波君を利用してコードキャストを作り上げた」

 

「……つまりどういうことだ?」

 

藤丸立華の言葉を聞いても十文字は疑問符ばかりだ。

頭が硬いと言わんばかりに苦笑の溜息を突いた立華は、追加の説明をする。

 

「つまりですね。ここに一枚の『キャンバス』があるとします。まっさらな白いものです。そこに『デッサンモデル』―――なんでもいいですが、そうですね……いまだに正座を継続している渡辺委員長を描くとしましょうか。さて、みなさんならば、まずどこから描きますか?」

 

顔かな?

髪―――前髪。

頭だろうか。

 

めいめいの答えを聞きながらも、主にやはり『ヘッド部分』から描き始めるという『ジョーシキ』的な所を聞いてから、立華はこの中で唯一の美術部員に問いかける。

 

「柴田さん。アナタならばどこから描きますか? 忌憚なくどうぞ」

 

意見を求められた美月は少し戸惑うも、意見を求められたので答える。

 

「―――脚、というか『膝』からですかね? 多分、私が渡辺委員長の前にいるならば、やっぱりそうですね。膝から描き始めます」

 

その言葉に少しだけざわつきが漏れる。

 

まさか、この中に小中学校で美術科目を受けてこなかった人間がいないわけではないだろう。

 

だが、その『セオリー』とは真逆の所を言われて、どうしてもざわつきが大きくなる。

 

「柴田、なんで私をそこから描くんだ? 個人的には、しかみ像の如くこのしかめっ面から描いてほしいんだが……」

 

「脱糞しているんですか委員長?」

 

「そんなわけあるか……というか、女子がそういう言葉を軽々しく使うなよっ」

 

アーシュラのからかうような言葉に拗ねたように返す渡辺摩利。

 

だが美月が、そこから描いていくとした理由は……。

 

「あえて言えば、多分ですけど委員長の姿勢の良さが、そこから全体を通して描けるんですよ。頭は、先刻の武蔵さんとの闘いの反省で項垂れていたのか、バランスが悪くなっているんで、始点を別に持っていきたかったんですよね」

 

 

「「「「「―――――」」」」」

 

思わず全員が絶句してしまう。美月は確かに一高生だが、九校戦に関わるメンバーではないので、現在いる天幕に入ることは無かったので、その状態の摩利を見ていたわけではないのに……。

 

―――そこまで見抜けるものなのか?―――

 

画狂『葛飾北斎』が波頭に『ミルククラウン』と同じものを見たように、人の目は千差万別と言えるかも知れないが……。

 

「このようにヒトは『千差万別』。見たものが同じであっても感じ方もヒトそれぞれ。ある種の『極まった』漫画家・イラストレーターは、キャラデザインを起こす際に『手、足』から描き始めるなんてこともあるそうです。つまり『設計図』(デザイン)を『どこ』から作り上げるかは、ヒトそれぞれで『違う』。だというのに、現代魔法はそれを異端として、設計図を『こうであれ』『かくあれかし』という『書き方の手順』すらを押し付けた、本当に頭の硬いものですからね。これじゃ、達者に出来る人間が限られるのも仕方ないでしょ」

 

「―――理解は出来た……我々の頭が硬すぎるということもな……しかし、何故……」

 

現代魔法が誕生してから、この手法が取られなかったのだ。当然、衛宮士郎オリジナルの方法であるならば、この時に至るまで公開されなかった理由も分かるのだが……。

 

「一つには、その『意思』を持つものが現れるかどうか。たとえ『きっかけ』はどうあれ、現在の魔法師の状態に疑義を持ち、その在り様に一石を投じる覚悟があるかどうか―――その人間を求めていた」

 

人差し指を立てて、士郎先生の考えを言うアーシュラ。

 

「二つ目には、娘のコードを正確に読み取り、かつテオス・クリロノミアからそれを現代魔法に取り込めるかどうか。コレに関しては、要するにアーシュラ・クリロノミアと『成る』ことが出来るかどうか。それを求めていた」

 

二本指を立てて説明をする立華の言葉。

 

「最後には……まぁ、アナタ方、現代魔法師の『作成者』(クリエイター)の一人である『クモ』の張った『巣』から逃れられるかどうか―――その『賭け』なんでしょうね。父さんのやりたいことは」

 

その言葉は、どことなく全員を『ぞっ』とさせた。特に、現代魔法に特化させる形で改造された家系の人間たちは―――『作成者のクモ』という言葉に、なぜだか分からないが、言い知れぬ怖気を覚えたのだ。

 

生物的な嫌悪感……その脳裏に『オレンジ色の成熟した女』の姿を、誰もがイメージしてしまった。

 

悪いものでは、吐き気に近いものを覚えてしまう。胃の腑がざわつくのを覚えたのだ。

 

「レオ?」

 

「エリカちゃん?」

 

幹比古と美月は互いに気分を悪くした友人を心配した。そしてまさか吐かせるわけにもいかず、即時にアーシュラはリフレッシュの術を発動。同時に『音律』を変えて気分転換させるのだった。

 

全員が復調したのを見てから立華は口を開く。

 

「失礼、少しよろしくないものを思い出させましたね。

まぁあとは、2学期から始まる士郎先生の授業で行われる、『体律』『同律』『感知』によって変わると想っていてください―――『魔宝使い』が訪れなかった世界の変革は、ここからとしか言えませんね」

 

カレッジ(門派)同士の『出入り』も無いくせに、実力主義を口実に、脱落者・落第生・劣等生は完全放棄。魔法師も『ニンゲン』であるというのならば、そこには性格の差異があり、成長するスピードも違うにも拘らず、魔法大学への入学者数のノルマ達成のために、あまりに暴力的な行いと主義がまかり通るならば、『私』のテオスが全てを変えるだけ。定形の模倣(フォームフェイク)しか出来ないニンゲン(1科生)たちと、模倣から本当の意味での『創造』へと到れるニンゲン(2科生)たちとに分断させるのみ」

 

その締めの言葉も同然の宣言に、真由美は顔を青くする。その未来を選択することを止めたい。

 

けれど、それが『正しい行い』ならば、それを止めるための大義名分など無いのだから。

 

「それは……私のような『CAD』による魔法使用が不便な人間であっても伸びるものなんですか?」

 

「り―――鈴音ちゃん……」

 

真由美の後ろの方から声が上がった。その人間は、正式な九校戦メンバーの一人であり、作戦参謀である人間だった。

 

この可能性を危惧していた。そういう未来が来ることを恐れていた。

 

1科生であっても、上にいる人間に劣等感を持ち、懊悩している人間が靡く可能性があるのだと……。

 

「もちろん。というか鈴音先輩の場合、簡単なことで克人さんクラスに伸びると想いますけどね」

 

「む」

 

例にあげられた克人が少しだけ呻くも、構わずアーシュラは言葉を続ける。

 

「いますぐにでも、伸びたいというのならば―――ですが、『ワタシ』としてはお父さんの仕事を奪うのも忍びないので―――2学期を待ってください」

 

その言葉に苦笑を返す

 

「残念です。ですが……私だけは分かります。どんな技法であれ、トリックであれ……フランス三銃士のように、司波くん(アトス)西城君(ポルトス)吉田君(アラミス)―――2科生である男子3人が、1科生クラスの魔法力で、正面から15人の五高精鋭(リシュリュー宰相の刺客)を打ち破ったことだけは、紛れもない『事実』ですから―――お三方、がんばりましたね。おめでとうございます」

 

「お言葉はありがたいですが、まだ全ての闘いに決着は着いていませんから―――ですが、ありがとうございます市原先輩。本当にうれしいです」

 

(ワタシがダルタニアンか……)

 

アトス司波の言葉を聞きながらも、考えることはそんな所だった。

 

と、想っていると――――。

 

「司波ちゃん先生、そろそろ『試合』じゃないかな?」

 

「シバの字が違うぞ。それに何ていうか……そのキャラは色々と……『未来』を先取りしちゃっているような気がする」

 

「そうね。コウマの妹で、ワタシの幼なじみに声が激似だもの」

 

「………コウマ・クドウ・シールズという人間は、お前の元カレなんだよな?」

 

「その表現は正しいわ」

 

「―――比べてしまうか?」

 

「何を?」

 

「……いや、なんでもない失言だ。忘れてくれ。席を取ってくれている宮本殿に合流しよう」

 

「ええ、分かったわ」

 

そうして天幕から出ていこうとするアーシュラと達也だが、そのやり取り―――まるで『花とゆめコミックス』の漫画を思わせるものが、もやもやしたものを天幕に作りつつも、3高と6高の闘いは始まろうとしていた。

 

 

 



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第76話『逃げるは恥だが役に立つ』

 

 

三高対六高の戦い。

 

その観戦及び偵察をしていたはずなのだが……。

 

「おいおい、マジかよ……」

「つまり―――三高は……」

「――――――――」

 

チームメイトであるレオと幹比古の言葉を聞きながら、眼下で繰り広げられている戦いを見る。

 

もはや六高の勝利など当然だ。

 

その理由は、一条将輝や吉祥寺真紅郎を、宇津見エリセや宇津見ボイジャーが凌駕しているという理由ではない。

下にいるプリンセスガードの三高の選手には、一条も吉祥寺も―――ここまでプリンセスとして戦ってきた一色愛梨もいない。

 

唯一の『前のメンバー』である『中野新』も善戦しようとしているが、いかんせん主力を欠く三高を支えきれる人材ではなかった。

 

そして―――エリセの放つ呪弾が、中野に直撃して、三高は全滅するのだった。

 

こんなことになった原因は、電光掲示板に表示されているのだった。

 

この試合の本来の出場メンバーの現状は―――。

 

「……『怪我のため欠場』ね」

「んなわけあるかよ。ここまで殆ど無傷で勝ってきてるじゃねえかよ」

「勝負を逃げたってところかしら。診断書でも出してみやがれと、三高の天幕にでも突撃してみる?」

 

 

「「「それはやめてさしあげろ」」」

 

本当にやりかねないアーシュラを止めるべく、男三人の心が一致したときだった。

 

今ならば、一人が裏切って恐竜帝国のために戦っても、三体合体できそうだ(?)

 

 

だが、この結果に納得がいかないものが、観客席の中にいた。

それは十師族としての責務とか、誇りとかそういったものを体現している男であった。

 

発端は確かに自分がボイジャーに負けたことだった。それを以て、十師族たちの警戒感を煽ったことは間違いない。

 

しかし、少なくとも十師族制度の根幹を揺るがすだのというお題目のために、このようなことをするなど……。

 

「十文字くん……」

 

「一条師は一色家と共に、ナンバーズに対する、衛宮及び宇津見などという存在に対する不戦命令を出したそうだ。つまり、完全に三高は―――勝負から降りたということだ」

 

「そんな。いくら十師族の権力が高くても、学校運営に対して強烈に介入すれば、どんなリスクを背負うことになるか……」

 

「あそこの校長は、元は三高のOGで軍人だ。更に言えば、一条師とは先輩後輩関係―――その辺りを汲み取ったんだろう」

 

 

俗に『忖度』というやつである。恐らく一条将輝を筆頭に、三高の生徒たちは反発したに違いないが、それでも色々な説得・脅し・賺しなどをやることで、『不満』を封じ込めたというところだろう。

 

十文字と七草が、それを察して黙る。

 

「佐渡ヶ島の『一件』で、三高には『あの悲劇』を繰り返さまいという意識が強い。その辺りも言ったんだろうな。『これ以上、一条など北陸のナンバーズが侮られれば、イワンがやってくるぞ。』とでもな……」

 

「………」

 

 

もう少し詩的な表現もあり得たかも知れないが、ともあれ……完全な不戦状態となった三高は、あとの出場競技は本戦ミラージバットと本戦モノリスとなるのだった。

 

 

「締まらないオチだな」

 

準決勝にて再帰することは―――もしかしたらば横紙破り的に可能かもしれない。克人が現在のガードチームを登録したときのように。

 

『治りました』

 

などと、逆の措置でやってくることも出来るかも知れないが……。

 

 

「―――、一条に喝入れでもしてくるかな」

「……アナタにもモノリスあるんだから自重して」

 

自校他校問わず兄貴分であろうとする態度は好感が持てるが、勝負事の日程の間ぐらい、少しは自重してほしいという想いで、真由美は言っておくのだった。

 

そんな真由美の思惑とはうらはらに、思わぬ形で三高との接触は始まるのだった。

 

 

「結局、一条の手札は見えずじまい―――しかし、出場しないならば、それはそれで」

 

「克人さんは、禁じ手で出てくるかもしれないと言っていたけど」

 

「それも一案だがな……実を言うと、一条や吉祥寺相手に立てていた対策があるんだ。今となっては用済みかもしれないが……『来るかもしれない』として、受け取っておくのが一番だな。受け取らずに帰っていいですよというのは、無情だな」

 

そういうからには『使いっぱしり』にした人間がいるということだ。

 

此奴は、ヒトもモノも使う人間すぎる……だが。

 

(まぁそのおかげでクリロノミアを作れたわけだから、その辺をあれこれ言うことは止しておこう)

 

 

結局の所、この男のお陰でアレは出来上がったのだから……その功績だけは認めておくのだった。

会場のゲートにて来るべきヒトを待ちながら、会話はとめどなく続く。

 

「……コウマ・クドウ・シールズってどんな人間なんだ? 俺は写真すら見せられたことがないから、本当にイメージが出来ないんだが」

 

「別に普通の―――男じゃないわね。まぁ何ていうか、大物かな……簡単に言えば、多くの人の為に動けるヒト……魔法師だからと言って、無理に魔法師らしくあろうとしない。けれど、魔法師として栄達したいならば、色んなヒトに道を授けていくヒトだね。これは―――健おじいちゃんの影響もあるんだろうけど、何ていうかコウマに比べれば、七草会長は他人(ヒト)世界(セカイ)も見ないでいる、『お嬢ちゃん』って感じで気に入らないわ。まぁ氏より育ちとはいうけどね」

 

なぜそこで『七草会長』と比べるのか、『氏より育ち』という言葉など、少々疑問に想いながらも、随分と長く男のことに関して語るものだと、少しだけ達也の中に妬み心が浮かぶ。

 

「まぁ結果的には色々とあったわけだけど……」

 

その色々の中身を教えて欲しいものだ。どうして別れたのか? そして、コウマという男の容貌とか知らないと……。

 

(コイツの頭の中だけに存在する、エア彼氏なんじゃないかと思ってしまいそうだ)

 

何故、頑なに『彼の写真』を見せたがらないのか。疑問をいだきつつも……。

 

「……新しい恋に生きようとか思わないのか?」

 

「そもそも。ワタシがコウマと付き合ったのだって……なんていうか『流れ』でしかないもの。当然、カノジョらしいことはそれなりにやってきたと想うけど―――それでもワタシにとって一番親しかった男の子だったから、まぁそういうことよ。今はまだそういう『気持ち』になれない。

そういうアナタこそ、光井さんに慕われて、これ見よがしにベタベタされているけど、付き合おうとは思わないの?」

 

そんな返しをされるとは思っていなかった達也だが、とりあえず想う所を返す。

 

「アーシュラ風に言えば、ほのかは……俺に『媚びている』女の子だからな。確かに付き合えば……それはそれで、男としては嬉しい限りなんだろうけど」

 

―――けれど、いまの達也には、そういう礼賛の言葉が響かない。

 

むしろ……。

 

 

「……どっかの誰かさんに『人非人』のごとく罵倒されてから、俺は変になってしまったよ。誰かさんに認められない自分が、誰かといい仲になるなんて出来そうにないな」

 

「………アナタがいなければ、テオスは複製出来なかった。それだけは感謝しているわよ」

 

「どうしたらば、それ以上になれるんだ?」

 

「さぁ、それは自分で考えて―――そして……抱きつかないでくれる? そっちに我が校の養護教諭がいるから」

 

「む。遅かったですね小野先生」

 

「いや、既にいたからね。新しい恋に生きようとか、その辺りの文言の時点で既にいたからね! アナタ達だけで二人の世界を作っていたから、入れなかっただけ!! 分かりやすい咳払いだって、何回もしていたのに!」

 

 

思わず『ほえ〜!!』などと叫びたかったと宣う、横にて真っ赤な顔をしていた小野先生は、再度咳払いしてから要件を告げてきた。

 

「それじゃ、これ『お寺』から持っていくように言われた『例のブツ』よ……ただ、そのご依頼に沿わないんじゃないかって九重先生がね……」

 

 

歯切れ悪くキャスターケースを達也に預ける小野遥にどういう意味なんだと問いたいが、それでも預けたからと、強引に達也に渡した小野教諭は『赤セイバー』か『ジャックちゃん』のような声で去っていくのだった。

 

「なんなのかしら?」

 

「さぁな……ともあれテントに戻るぞ」

 

「こんなオンブバッタみたいな状態でか?」

 

HANARERO! と念じながら、未だにアーシュラの背中から離れようとしない達也に抗議したが―――。

 

「せめて覇軍の○動のリ○とガ○リィのような様子だと評してもらいたいな」

 

それだと男女逆だろうが、などとツッコミたい気分を持ちながらも、どうやら離れるつもりは無いようなので―――。

 

「サメでも召喚して食わせたい。もしくはチートスレイヤーをけしかけたい」

「なんでだよ」

 

そんな悪罵の言葉を吐きながらも―――司波達也の後ろからの抱きつきを解除して横並びになる。

 

電動キャスター付きの荷物はアーシュラが引っ張ることにしながら……。

 

「ほら、手を出しなさい」

 

赤くなりながらも、手を達也の横に差し出すのだった。

 

「―――いいのか?」

 

あれだけセクハラしてきているというのに、なぜ手つなぎの方で疑問を覚える。そんな文句を呑み込みつつアーシュラは説明する。

 

 

「あのね。ワタシだって、同年代の男に事あるごとに抱きつかれて、辟易してるのよ。何だか分からないけどワタシに触れていたいってんならば―――せめてこれでカンベンしてよ」

 

「―――ありがとう」

 

ゴツゴツした手は、握りなれた妹の手とは違って、全てにおいて柔らかくは無かった。本人の自己申告通りに、確かに『女の子の手』ではなかった。

 

だが、それは『かよわい』という形容詞が付くだけであり、これは、この手は『色んなことに全力でがんばってきた女の子の手』なのだと、理解できた。

 

だから手の平から感じるプシオンとも思念とも取れるそれから……達也は、本当に不思議で魅力的な子だと思えた。

 

心の底から想いながら、五高との戦いでの礼なのかもしれない……手つなぎデートならぬ手つなぎリターンで一高テントに戻ると……。

 

 

「やはりお主ら付き合っとるんではないか!? 色恋ごとぐらい正直に言っても構わんと想うのじゃが?」

 

「あの時、廊下で抱きしめあっていた事実を俺たちは忘れていない……冷やかしの言葉を掛けたことも、いい青春の想い出だなジョージ?」

 

 

居並ぶ面子の姿と言葉に『テントを間違えたか?』と二人揃って外で再確認するも、やはり一高のテントだ。

再度戻るも、やはり面子が三高メインだ。どういうことだってばよ、という疑問に対して―――

 

 

「間違えていませんよ。間違いなくここは一高のテントです。その証拠に、先程から司波深雪さんが、親の仇を見るかのようにアナタを見ていますから」

 

 

四十九院沓子、一条将輝、そして一色愛梨から言われて、成程と納得する。納得したところで疑問が生まれる。

 

 

「なんで正座してんの?」「ブームなのかもしれない」

 

渡辺委員長が観客席でも正座をしていたのは、誰かに見られていたのかもしれないが。

まぁそんなわけで、何で三高が『敵地』に普通にいるのかを聞くことにする。

 

 

「―――端的に言えば、土下座してでも求めるものがあるのです―――衛宮さん……」

「どうか、ウチのプリンセスたちに似合いの衣装を仕立ていただきたい!!!」

 

 

その言葉の意味は―――――――。

 

 

「霊衣を欲しているというの?」

「そういうことなんだろうな……」

 

地面に頭を突いて、それを要求する態度に……。

 

「そのためにエリセたちとの戦いを避けた?」

「……それが九島老師との盟約だったので」

 

六高との戦いを避けた理由と、やはり復帰してくるという予想は当たっていた。

 

詳しく話を聞くと、このまま一高及び六高と戦った場合、またもや『やられる』と。しかも多くの解析結果として、アーシュラの纏う露出『強』な衣装が、プロテクションスーツよりも高い防御力―――霊的・物理的なものを遮断するということは既に掴んでいる。

 

ルールブックの隙を突いた―――というよりも、九島老師ないし運営委員会からの余計な茶々入れさえ無ければ、そんなものは使われなかっただろうに。

 

そういう納得は出来ても、それでも何とかしたいと思った三高は、こうして接触を持ってきたという理由も。

 

「なるほど、大まかなことは理解できた。六高との戦いを避けた理由は、『なんとなく』程度だけど理解できた。あなた達が勝利のために必死なことも」

 

「じゃあ――――」

 

いつになくイイ笑顔をみせて言うアーシュラに、希望を見た三高が顔を上げた瞬間。

 

 

「―――だが断る」

 

『『『『『ナニィイイイイ!!!!』』』』』

 

「この衛宮アーシュラには『夢』がある。健おじいちゃん(マイスター・クドウ)を故郷に返してあげて、本場のうなぎの蒲焼(関西風)を食べさせてあげるという夢が!! それこそが正しいと信じる夢があるのよ!!」

 

「その為に俺を6億でパッショーネの幹部にしてくれるのか……嬉しいなアーシュラ。まさしくディ・モールト!」

「いや、アンタは関係ないわよ」

 

 

なんだこの寸劇。一高勢が唖然とするほどに、色んな人間讃歌が混ざり過ぎな寸劇を前にして……。

 

吉本新喜劇かというものは――――。

 

「まぁ言っといてなんだけど、別にそんぐらいは問題ないわよ」

 

アーシュラの嘆息気味な言葉で打ち切られた。

 

「じゃあさっきのやり取りは何だったんだよ!?」

 

「一度は断っとかないと、『この人』たちが、不機嫌マックスになるからよ。ワタシの気持ちはともかくとして、一高の人間たちからすれば『利敵行為』と取られるからね」

 

半泣きの吉祥寺の言葉のあとに、親指差しで一高勢を不機嫌そうに見るアーシュラ。

 

その言葉に少しだけ呻く一高指導部だが……。

 

「しかし、そんなこと可能なのか? そのレイイ……ああ、これで『霊衣』と呼称するのか―――それをだな。今から三高のプリンセスたち―――どうやら三高は三姫……四十九院、十七夜、一色で、お前に挑みかかるらしいんだが」

 

立華からプラカード、もしくはADの指示スケッチブックよろしく、端末で漢字を見せられた摩利が言う。

 

「まぁ問題ないでしょ。問題は、この三人に相応の『花嫁力』があるかどうかです」

 

そんな摩利の言葉に何気なく返すアーシュラだが、聞こえてきた単語に三高は―――。

 

「「「は、花嫁力!?」」」

 

―――謎の単語のオンパレードに、誰もがざわつくしかない。

 

もはや自分たちの常識など、意味がないことは理解できていたが……。

 

それでも、詳細な説明が欲しいことはあっさりとスルーされる。

 

「で―――お歴々は、それでよろしい?」

 

「……仕方あるまい。お前と司波が手つなぎで『仲良く』来る前から、三高の皆は平身低頭で懇願してきたんだ。それに―――何というか、司波がやろうとしていることで、同じく『技術を流出させろ』と言われそうだからな―――何より……我が校と四高の時のようなことが再び起こった場合、少しは防御力高い『衣装』であれば、生還の可能性は高いだろうさ」

 

アーシュラの問いかけに対して、重々しく語る十文字克人の言葉。最後の方の可能性は、誰もが失念していたということだろう。

 

「というわけで―――頼むアーシュラ」

 

「承知しました。克人さん―――出てこーい『ハベトロット』!!」

 

どこの地中にうまるガン○ムを呼び出す男だと言わんばかりの行動だが―――――変化は一目瞭然であった。

 

「―――よばれてとびでてジャジャジャジャーン!! まさか指パッチンで呼ばれるとは思わなかったけど、話は聞かせてもらった! キミたちに花嫁衣装を作ろうじゃないか♪」

 

「「―――」」「せ、精霊!? いや、妖精なのか!」

 

突然アーシュラの頭上に現れた『小人』。特徴的な服を身に纏った小人は―――やはり小人なのだった。

 

そして、そんな小人の正体を見破った四十九院沓子の前に降り立ってから、小人は胸を張りながら答える。

 

「ボクの名前はハベトロット! 花嫁の味方で、裁縫の達人で、ハッピーエンドを運ぶ妖精なんだわ! キミたち―――花嫁力たかーい!! 一目見ただけで分かったよ―――こいつら逸材!と」

 

「は、はぁ……ええと、私の知識が正しければ、ハベトロットってのはスコットランドの妖精で、申告どおりに花嫁衣装を作ることが得意だとお聞きしておりますが……」

 

何でそんなものが、簡単に現世に現れているのだ。色んな知識を総動員するに、これが使い魔の類であることは、愛梨にも分かるのだが……。

 

疑問の視線をアーシュラに向けるも、答える時間が惜しいと言わんばかりに、ハベトロットに口を開いていた。

 

「―――疑問はあとで機会があれば答えてあげるわよ。ハベにゃん、糸は足りる?」

 

「3人分の霊衣となると、糸が心許ないんだわ。姫―――プリーズ♪」

 

どっから出したのか分からぬ糸巻き機を見てから、妖精ハベトロットはアーシュラに何かを要求して―――。

 

「ちょっ! アーシュラ!!!!」

 

なにかに気付いた立華が止める間もなく―――アーシュラはポニーテールにしていた(くし)を解いて、その波打つような髪の中に手をかき上げながら―――半ばから『断ち切っていた』。

 

「「「「――――――」」」」

 

その行動に誰もが絶句して、そして「その流れるような金髪」が、光り輝き地に落ちる前にアーシュラの手の中に全てがまとまり、巨大な糸束として収まった。

 

「―――これで十分ね?」

 

まるでなんでもないことのように、そのラプンツェルの髪のようなそれを、ハベトロットという妖精に視点を合わせてから、それを渡していた。

 

「思いっきり良すぎだろ! もー! 髪は女の命なんだぞ!! けど要求した僕が言うべきことじゃないね―――キミの想いは受け取ったよ。任せとくんだわ! ささっ、キミたちはこっちだよ!!」

 

ぷんぷん怒るも、最終的にはそれを受け取ったハベトロットの表情は―――笑顔であった。

 

その言葉で、あらかじめ立華が作っておいた、結界であり『アトリエ』の中に三高女子を押し込むハベトロットを見て、一息つこうとするも―――。

 

「あっ、その前に、そこのバロールもどきの眼を持っている少年。花嫁の衣装を覗くなよ〜。前も言ったけど、ナカムラの服の素材にするからな〜〜♪」

 

警告と指差しの文句で達也に注目が集まり、同時に深雪からの冷めた視線が届くのだった。

 

その空気を一新するべく――――。

 

「アーシュラ、ショートスタイルも似合っているな」

 

「「この状況で何を言っているんですかぁあああああああ!!!!????」」

 

素直な感想と共に空気を一新しようとするも、どうやら選択肢を間違えてしまったようだ。

 

と、見えて―――。

 

「ありがと」

 

後ろで立華が櫛で梳いている状態で短く礼を言われたことで、少しだけ心が温まるのを感じるのだった。

 

 

そんな中………。

 

「もはや驚きばかりで、何から聞けばいいのか分からない………」

 

「俺たち魔法師の常識が、どれだけ底の浅いものであるかを、行動一つとっても教えてくるからな」

 

「だが……あの変身ヒロインのような魔法、いや魔術は教えてもらいたい! 子供の頃から夢だったスーパーヒロイン!! 私だってコンパクトを叩いて、パフで化粧したらプリティでキュアキュアになってみたいんだ!!!」

 

三巨頭のうちの一人が、必死な形相で、とんでもないことを言っているが、ともあれ九校戦のプリンセスガード準決勝は、妙な形を見せつつあった……。

 

 

 



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第77話『プリンセスラバー!』


『なんでモルガン、モルガンと来て―――次がメガトン級ムサシ(爆)なんですか!? アーシュラ、今度は私のおさがりを着なさい!!』

などと往年の『エッチなのはいけないと思います』なメイドよろしくアルトリアを動かしたかったのだが。

その後泣きながら『お母さんのおさがり『胸』と『尻』がきついんだもん!!とか言わせてセイバー界のカリスマ、英霊の座のえいれいさまたるアルトリアを滑り台行きにするという案もあったのだが、ボツに。

そんなこんなで新話お送りします!!(汗)


三高のプリンセスたちが『お色直し』している間に、 こちらの戦略を立てようと思うのだが……。

 

「一条寺コンビなど、プリンセスたち以外のメンツはテントの外に出てってくれない。今から一高の作戦会議だから」

 

「鴨川ジムの青木村みたいにまとめないでくれよ………まぁ分かった。十文字さん、七草さん―――一高の皆さん、申し訳ありませんでした……それじゃ、一色たちのことお願いします」

 

アーシュラの無情な言葉に対して文句を言いつつも、同権の相手や他への一礼を忘れないでいる一条将輝だが……ところどころで深雪に対して視線を送っている辺りに―――。

 

何というか、この男は……と思う人間は多かった。

 

三高の人間たちが続々と一高のテントから出ていき、そして遮音を掛けた上で、ちょっとした作戦会議となる。

 

「結局、一条と吉祥寺及び―――実戦的な魔法を使う三高の面子は、闘いに出てくるわけか」

 

「プリンセスを三人にしたことで、男子メンバーの数は削減されたんですか?」

 

レオの嘆くような言葉を受けてか、達也はその辺りの疑問を上役に問う。

 

「ああ、流石に九島老師もこれ以上のホームディシジョンをやることは不可能だと想ったのか、何なのかは知らないが……プリンセス3人の場合、男子ガードは6人―――計九人の刺客が、お前たちの相手だ」

 

「一色さんはどう考えてもサーベル担いで、ワタシに対して、えっちらおっちらやってくるでしょうしね。十七夜さんも似たようなもんか。なんとかしましょう」

 

達也の言葉に応えた克人に対して、アーシュラの気楽な言いよう。プリンセスは受け持つということは、残り六人のガードは男子でなんとかするようだということだ。

 

「あの一条寺コンビに対しての対策とやらを出したら?」

 

「ああ、俺の師匠、九重八雲に融通してもらったものなんだが、レオと幹比古には―――これを身に着けて戦ってほしいんだ」

 

「マントとローブかい達也―――ん?」

 

達也の手でキャリーケースから出された分厚い黒い布2枚を見た幹比古が、怪訝な声を上げた。

 

「おい達也、それをどう使うかは分からないが、その状態ではマズくないか?」

 

「……」

 

チームメイト2人から指摘されて、何気なく達也がマントとローブを開いて持つと、それは―――。

 

「裂けてるし、解れてる。マントの用途は分からないけど、ローブは『機能』を微妙に減じているわよ」

 

「マジか?」

 

「大マジよ」

 

崩れた言葉で返し合う2人の男女に、どういうことなのかはイマイチ分からなくとも、その用意された装備が役立たずになりつつあることは、理解できたらしい。

 

「お兄様。何かの手紙がケース内部に張り付いています」

 

深雪が気付いて、その手紙を達也に渡すと、代表して読むこととなった。

 

「―――『キミに頼まれたものだが、長いこと放ったらかしにしていたからか、こんな状態のものしか無かったよ。いやーすまない限り―――ブリシサンの修繕士を呼びつけられるわけもないから―――まぁ『専門家』(プロフェッショナル)に任せると良いよ。衛宮アーシュラ、藤丸立華はその専門家だからね by 年齢不詳の忍者より(元は七夜)』……ハベトロットがいなくても、どうにか出来るのか?」

 

「貸してみそ♪」

 

古風な…レトロなカルイ物言いで、達也にローブとマントを寄越すように言ったアーシュラの手に、ローブとマント……九重寺の寺宝というわけではないだろうが、それなりの礼装が渡った。

 

「ははぁ……経年劣化で破れたわけじゃなくて、恐らく『魔』との戦いで破れたのか……しゃーないわね。立華」

 

「アナタの御髪も寄り合わせれば、糸玉一つ分は出来るわね。分かったわ」

 

交わされる言葉の意味は詳細には分からない。しかし変化は劇的であった。お互いの御髪に手を当てると、そこから先程のように髪が寄り集まり、糸の束が出来上がるのだった。

 

(魔術なのだろうが、それにしても何というか……外連味のあるものだな……)

 

と、達也が内心でのみ感想を出していたのだが。

 

「女の髪の毛―――特に年月を経て魔力を溜め込んだものは、一級の触媒だからね。魔女の定番だ」

 

「おまけにリっちゃんってばアニムスフィア(天文魔術)だし、宙と星の理を混ぜた糸って最高位のものなんじゃない?」

 

魔術師側に理解が深い幹比古とエイミィの証言で、そういうことかと少しだけ納得する。

 

糸玉を作り上げたあとには、すぐさまどこからか『針』が取り出されて、ミシンどころかテーラーマシンが普及した現代において、古式ゆかしく手で裁縫を行っていくのだった。

 

ただその速度は尋常のものではない。もう、手が幾重にも見えるかのように消えては出現するようだ。

 

千手観音の手を思わせる作業の集中域。仏ゾーン(爆)に入ったアーシュラの手によって、2着の縫製は済むのだった。

 

机に広げられたそれは、まさしく元通りの―――形かどうかは分からないが……。とりあえず……。

 

「オイ、アーシュラ!! この古臭いヤンキーが着る特攻服(トップク)みたいな刺繍は何だ―――!?」

 

嘆き叫ぶレオ(涙目)の訴えは当然であった。

 

自分が羽織るマントの背中……『西城獅子春兎』『宇佐美雪兎命』などと、見事に縫われた文字を前にしては……。

 

「えー、いやなのー?」

 

「いや、直してもらっといて何だけどよ……こ、これは流石にさ……しかも別にオレ、『ユキ』と付き合っているわけじゃないぜ?」

 

会心の出来を披露したはずなのに、言われて嫌そうなアーシュラに感謝しつつも、反論すべき所を反論するレオの気勢は弱い。

 

「けど私達、宇佐美さんから『レオって、魔法科高校でどんな感じなの? やっぱり女の子にキャーキャー言われてる!?モテモテ!?』とか、鬼気迫る文面のメールとかで問われてますしね」

 

「マジかよ」

 

「「大マジだ」」

 

同じくラ・フォンティーヌ女学院に通っている『宇佐美夕姫』と知り合いである面子は、何故自分たちにはそれが来ていないのだとちょっと嘆く。というか悲しむのである。

 

「まぁ私もアーシュラもB組だから、その辺りは分かりませんが、とは言うんですが……とりあえず、宇佐美さんの気持ちは完全に『それ』でしょ」

 

「ユキちゃんには、レオン君が九校戦に出るよ。とメールしてから色々とやり取りはしていたからね」

 

その言葉を聞いて達也は、アーシュラが五高との戦いで『前に出ろ』と言ったのは、それもあるのかもしれないと感づく。

 

愛しの『獅子人』(ナラシンハ)が、あまりテレビに映らないことに不満を漏らしたかもしれない宇佐美の気持ちを考えて――――。

 

(ったく、闘いの場(フィールド)に恋愛を持ち込むなよ……)

 

とは嘆息気味に思いつつも、自分の名前が名前だけに、『達也』もそこまで言えないのだ。

そう考えると―――新田明夫か西村勇の立場にいるのが、先程までこのテントにいた一条とも言えるが。

 

(……別に妹の恋愛をアレコレする義務はないからな)

 

一条が深雪と達也を四葉の縁者だと知っているわけではない。特に護衛するべき心配はない。

 

(……変な感じだ)

 

昔ならば、深雪を危険に晒す存在を徹底的に排除しよう、とりあえず警戒しようという気持ちになっていたというのに―――。

 

今はその気持ちが程遠いものになっている。もちろん、家族として妹を守りたい気持ちはあるのだが。

 

それでも……。

 

「衛宮さん。ま、まさか僕のローブの方にも」

 

「ああ、大丈夫。背中にそんなものはないでしょ?」

 

「だ、だよねー。よかったぁ……」

 

「―――裏地の方に『ラブリーマイエンジェル美月命』って縫っておいたから♪」

 

幹比古の懸念を切って捨てるアーシュラの笑顔。そちらの方が何故か―――いまの達也の心の中にはあるのだ。

 

幹比古の慌てふためいた顔を見つつも、自分も何か羽織るものを、解れているものを用意しておけば良かったと思っていると……。

 

「お兄様の方のマントか外套は、深雪が縫ってさしあげます♪ 宇宙最強愛妹命! とかでよろしいですか?」

 

「……あのな深雪。まさかアーシュラが、ただ単に面白がってるだけで、あんな刺繍を凝らしたと想っているのか?」

 

溜息突きつつ、妹を詰るように言うと、心底驚いた風な『顔』をする深雪に、少し罪悪感を持ちつつも説明をすることに。

 

「な、なにか特殊なことをしているの達也君? というか、現代の堀越学園といえるラ・フォンの女子生徒とウチの生徒が知り合いという事実の方が結構驚きなのに、それ以上のことがあるなんて」

 

「アーシュラの刺繍は、微細な文字の集合体で描かれています。曰く『精霊文字』と『妖精文字』の集合体だそうです。レオの小通連の分離した刃片も、そこから出ていたんです」

 

アレはそういうことだったのかと納得する面子は多い。そしてよく考えると、あの辺りの時点でレオンハルトは、ちょっとした覚醒状態であったとも気付く。

 

「アナタの意図はレオン君に『盾持ち』(シールダー)をさせて、ミッキーに『支援術』(バッファー)をさせるってところでしょ。それに相応しい改良は施せたつもりよ――――ユキちゃんもこれには大満足♪」

 

「レオは宇佐美と付き合っているのか?」

 

「それは誤解だぜ……まぁ一番、親しい男子であるんだろうけどな……まぁ奮起する一助にはしておくか」

 

単純な男などと揶揄するものはいない。先程まで、テントの中にはレオ以上に単純な男がいたのだから。

 

そんな風に三高に対する話題を出したからなのか。

 

噂をすれば影がさすの通りに……。

 

「終わったんだわ!! いやー、アイリもシオリもトウコもいい花嫁になれそうで、いい仕事した気分なんだわ!」

 

裁縫部屋(アトリエ)のシャッターを開けて出てきた小人は、特徴的な帽子を脱いで、手の甲で汗を拭っていたのだが。

 

「わぷぷぷ!! フォウ!! 舌で舐められるとくすぐったいぜ!! けどありがとう!!! カヴァスもありがとう!!」

 

『フォーウ♪』

『イヌヌワン!』

 

衛宮さんちの飼い猫と飼い犬とが、ハベトロットを労うかのように汗を舌で拭ってあげるのだった。

 

そのハベトロットの後ろにいる3人の女子の姿は―――。

 

「ふ、普通だ……」

 

何を想像していたのやら。そもそも誰のつぶやきなのかすら分からない(男子であることは間違いない)が、その言葉に反するように、最初に入ってきた時には彼女たちが身につけてなかった『アクセサリー』こそが、衣装の『収納場所』(クローゼット)なのだろう。

 

 

「衛宮さん、ハベトロットさん。ありがとうございます……ですが、試合では手心は加えません」

 

「そう。ならば、ワタシも遠慮なく、ハベにゃんが作った衣装とは言え戦維喪失させてもらうわ」

 

代表して言った一色愛梨に、にべもない返答をするアーシュラ。その言葉に下着姿とはいえ、ストリップさせられることに呻いてから咳払いされてしまう。

 

「も、もうちょっと穏やかな負けさせ方とか無いんでしょうか―――いえ、これ以上は何も言いません。ですが、私達は相応しい戦闘衣装(ドレスコード)を手に入れました。アナタもブリテンの騎士として相応しいドレスコードで、私の前に立ちはだかって欲しいです」

 

首から下がっていたペンダントを握りしめた一色愛梨の姿に、一瞥するアーシュラ。その後には会話らしい会話もなく、一高陣営に礼をした一色たちはテントから出ていった。

 

そうしてから1分後くらいに……。

 

「―――武蔵ちゃん衣装は五高戦だけかぁ」

 

「六高、エリセとの闘いの時に着ればいいんじゃない?」

 

「そうね。でないとエリカか委員長の褥が散らされちゃうもんね」

 

アーシュラと立華の何気ない会話で、まだメガトン級ムサシの脅威は去っていないのだと、背筋を正す渡辺摩利の姿。

 

「し、しかしブリテンの騎士らしい衣装って……何なんだ?」

 

「鎧は着けられませんから、まぁ一条君との氷柱でやりあった衣装でやろうやということなのか、それとも……」

 

摩利の取り繕った言葉に考え込むアーシュラ。

 

悩むアーシュラに対してアドバイスが入る。

 

「フツーにアルトリアの戦衣装でいいと思うよ〜〜♪」

 

小さい体を存分に生かして、カヴァスの背で寝転がりながらフォウを構う様子。幸せそうな顔をするハベトロットに、今度は『ぐぬぬ』顔をする摩利。

 

百面相すぎる委員長とは違い、それもそうか。という顔をするアーシュラを見て達也は疑問をぶつけることにした。

 

「他にドレスコードのプランとかはあったのか?」

 

「まぁ一応、流石に『爆裂』とかは使わないけれども、彼の炎熱系統の術を無効化するために『氷河』を纏っていたかしらね」

 

氷河を纏う……またもや謎な単語が出てきたことで、一同が混乱を来す。もはや、違うプランが選択されたというのならば、どんなものであったのかを知りたい。

 

このルートを選んだからこそ手に入れた隠し機体があるならば、他のルートや熟練度次第でどうなったかを知りたい気持ちがあるのも事実。

 

よって―――――――。

 

「そのドレス、どんなものか見せてくれないか?」

 

なるたけ平静を装いながら、達也は出来るだけ自然体で聞き出したのだが、『にやにや』という表現が似合う立華とハベトロットを見る。

 

「別にいいけど」

 

気楽な返答の後に椅子から立ち上がったアーシュラは、いつぞやのヴリトラフォームのように、一瞬で衣装を変更していた。

 

光が弾けたり、何かの布がまとわり付いたり、などという往年の変身ヒロインたちのよう極端な変身シーンがあるわけではないのだが。

 

―――変化は劇的だった。

 

「ほい。いつぞや会った吸血姫のおねーさんに教えてもらったものなの。何でも地球の上にある巨大自然物をミニチュアにして纏うって話なんだけどね」

 

「――――――あ、ああ……そうなんだ……うん。すごいな。ゴイゴイスーだな」

 

白い鳥を思わせるドレス。布地は薄くて肌色が見えそうな気すら思わせるが、ところどころに黒い縁取りのアクセント。

 

むき出しの肩とか、顕な上の胸元とか。それとは別に長手袋……肘付近まで覆うもの―――頭に差してある蒼く輝く名も知らぬ花とか……。

 

動きやすさ重視でミニスカートタイプのドレス。足は黒いタイツで覆われながらも、ヒールをやはり履いている。

 

一部を除いて『アメイジング!!!』という感じで呆然としているなか、達也ですら呆けそうな感じがしていても、その姿を目に焼き付ける。

 

脳が焼き付くようなテンションで頭が茹だりそうになっていく。

 

「……お兄様……」

 

ふと。妹の悲しい『思念』を達也の脳が感知する。だが――――――。

 

「これの、どこが、一条―――対策なんだ?」

 

興味が止められない。どうしても、この『魔法』(ふたつとない奇跡)を知りたいのだ。

 

達也の言葉が跡切れながらも出した質問に。

 

「巨大な冷媒が終始活動しているの。よく見れば分かるけど、ほら。氷粒とか冷気が漂っているのが分かるでしょ?」

 

「ああ、ツア――――……そうだな……」

 

モデルのようなポーズというわけではないのだが、少しだけ見せつけるようなポージングをしたことで、夏に降る氷雪という―――魔法でならば、いくらでも再現可能。

 

特に今―――終始、達也の脳をかき乱している妹ならば、難なく出来るだろうが。

 

それでも……違うものを感じた。その雪の美しさは触れたものを凍てつかせながらも、その中に『暖かさ』を見てしまうのだ。

 

「―――『これ』を用いて、『偏倚開放』だっけか? ああいう魔法を弾きながら接近しようかと想ったのよ。どうする?」

 

どうする?とは、要するに一色愛梨の言を無視してでも、これで勝率を上げるかどうかということなのだろうが。

 

「……『これ』で一条に接近……」

 

背中が半分も開いているこのドレスで一条に接近戦を挑むアーシュラを想像した。

 

深雪にあからさまな懸想をしているあの男ならば。

 

(あの男ならば……なんだってんだ)

 

自分の思考のズタボロさに顔が赤くなる。羞恥心が達也を襲う。

 

けれど。

 

「絶対ダメだ。ただでさえお前は……十師族に睨まれているんだ。これで接近戦(クロスファイト)ですら一条を倒してしまえば、『長男の嫁に来ていただきたい』とかいう要請が、お前の両親に行きかねない。それは―――色々とマズイだろ?」

 

多弁に、ここで一条を『姫騎士アーシュラ』が倒してしまう『公的なデメリット』を語る。

 

「それもそうね。前に和樹おじさん、克人さんのお父さんからも、そんな風な話が来ちゃったしね。用心はしておくべきだ」

 

「―――それも絶対ダメだ」

 

なんでお前がそれを判断するという、睨むような克人の視線が達也に飛ぶも、ともあれリーダーの判断がそうならば、何も挟むものはアーシュラもないようだ。

 

「…………」

 

無言で達也を見る深雪の視線の意味は理解している。けれど―――どうしても、それに拘ってアーシュラを貶めるような。ましてや……あてこするように深雪を褒めちぎるような真似は出来なかったのだ。

 

そんなこんなで、衣装チェンジという名のファッションショーは、終わってしまった……。

 

戦う準備は完了して―――青いドレス……いまは達也たちですら知らぬ『選定の剣』を抜きし騎士王の衣装。

 

伝説を身にまとう姫騎士を先頭に―――準決勝は始まる……。

 

 

 

 

 



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第78話『プリンセスブレイブ!』

遂に来るぐだぐだイベント。

色んな予想がされているが、果たして待望の信玄ちゃんは出るのか!  邪馬台国なのに新選組
なんてイベントを考えればありえなくもないですが。

ノッブヘッド―――本能寺に消えた信長の遺体とか考えれば、首を取ったことを明らかな意味で証明したかった光秀とか思い浮かぶが、fate時空のミッチーは、ちょっと違うからな。

予想しても仕方ないと思いながら、新話お届けします。


「模造刀ならばオッケーね……随分と大盤振る舞いですね」

 

「多分ですけど、三高の一色さんとかは『サーベル』を使ってくるからこその措置なんでしょうね……」

 

中条あずさは、段々とレベルアップしてくるアーシュラの装備や衣装に、少しだけ苦笑しながらも考える。

 

この子は、何故こうなのだろうか?

 

多分、魔法師とか魔術師の枠組みの中でも、アーシュラは『特別』な類なのだろう。特別であるならば、特別な人間と『つるむ』のが普通だ。

 

けれど、この子はそうはしない。特別だと想っている人間に容赦なくケリを入れて、ムチを叩いて……。

 

―――YOU ARE FOOL―――と明らかに罵ってくるのだから、とんでもない女の子だ。

 

特に真由美への当たりが強いように思えるのは気の所為ではあるまい。確かに真由美の考えでは『誰も救われないし、救えない』。

 

更に言えば、現在の1科2科制度こそあれど、制服の紋無しと紋有りによる違いなど、ただの制服の刺繍ミスなのだと分かった時には……。

 

校章の有無で、そういう風な『見える違い』を見せつける悪辣さを直そうとも考えない真由美に、あずさとて少しだけ辛辣にならざるを得なかった。

 

だが、それでも真由美はあずさにとって尊敬すべき先輩だった。学生自治の為に教師側に要求するだけではダメで、妥協するべきところは妥協する。

 

是々非々で行ってきた努力は分かる。それは歴代の生徒会が行ってきたことだから、それを踏襲して、それでも求めた改革案は……ただの心の持ちようだけでなんとかしようでは、やはりダメだとも感じた。

 

(けれど、それ以外に無かったんでしょうね。真由美さんの策―――優秀生による下位クラスに対するティーチングも、職員室で蹴られたみたいですし……)

 

教師側としては、いまの差別的な状況を作った自分たちの責任や、あっちこっちからせっつかれたことに対する疲労などあれども。

 

……それでも、いまの状況下で『優越的権利を持つもの』が『持たざるもの』の『上』に、明確に立つことが、さらなる軋轢や悲劇を生む可能性を危惧した。

 

多くの事例・判例である通り、優越的権利を持つものが、持たざるものに高圧的に出て倫理を著しく害する行為を働く可能性もあるとされては真由美も何も言えなかった。

 

『能力が高い人間=高潔な人間、なんて図式が成立するわけじゃないんだぞ、七草。それを分かっていない君じゃないだろ? 君の気持ちやその人物の見立てがどうあれ、『そこ』に立てば、悪い方の意味で『君子豹変す』になる可能性もあるんだ……いい案であったが、『遅すぎた』。こうなる前に君が……いや、僕らも同罪だ……』

 

指を3本食いちぎられて、顔面にすら裂傷を負った教師の一人。痛ましい顔を苦衷に歪ませたことに、申し訳ない思いだ。

 

再生治療を受けることすら拒んで、そのようにしていた彼の心中を慮れないほど、真由美も無垢ではなかった……。

 

結果的に……一高には不穏なものが残る結末となった。

 

その解消として、時計塔の派閥は、ここぞとばかりに『講師派遣』を行ってくるとのこと。

 

元々、百山校長の腹案はそれであり、それと絡めて九島健という魔法師を帰国させる手筈ということだ。

 

誰かに利用された結末。それを……受け入れるしかないのだと気付かされる。

 

 

「……アーシュラさんは、どうすれば良かったと思いますか? 一高が……変わるためには」

 

「知りませんよ。そんなの、自分で考えてください」

 

やはりこの子は……。模造刀―――随分と立派な『剣』をバッグから取り出した彼女は、それを検査員に提出するようだ。

 

それを見ながらも少し恨めしげに見るあずさは、何も無いのかと本気で思う。

 

「じゃあ『あずさ先輩』は、2科に『押し込められた生徒』が何を求めているのか、理解しています?」

 

こちらの気持ちを見抜くように問われたことで、一瞬ドキリとしたが、それでも今まで考えていたことを、後輩にちゃんと言うことにしたのだ。

 

「それは分かりますよ。適切な魔法実技の指導です……指導する講師の数が少ないからと、それを是正することも出来ずに、しようともせずに『成果』だけを求めて、それでも……結局2科に押し込められた人間は、『伸びる』『上がる』機会すら与えられず……鬱屈したまま、どうしようもない―――」

 

そういった状況に置かれた場合を想定した時に……さすがのあずさも、その無情さはとてつもない『暗闇』に思えた。

 

何処に行けるかも分からない。届けるべき『積み荷』は多すぎる。航路すら不確かなのに、行くべき海は暗く重く……一筋の光すら届かない。

 

そもそも―――自分がいる場所が『海』であるかどうかも不確かならば……歩みは遅くなる。風を受けるべき帆は破れ放題……ならば、そこには惰性しか生まれないのだ。

 

「何だ。分かっているじゃないですか。イメージも出来ている。けれど、それは学校制度だからと無理やりな納得をさせていた、自分の矮小さを曝け出しただけですよ」

 

「うっ……」

 

ヒドイ後輩だ。優しさなんて全然ない。

 

けれど、この子を見ていると分かることがある。

 

これこそが、2科生たちに1科生たちがやってきた仕打ちなのだと。

 

「―――正直言えば、会長さんみたいな世事を知らぬお嬢さんに、どうにか出来る問題じゃないでしょ。父親に反抗的無気力振りかざしているだけの女に、何が出来るってんだか。熱を持たないヤツが、熱意を以て語りかけている風に装う―――詐欺の常套手段でしかないですよ」

 

会長の公的な性格とか家庭内のことを、ごっちゃにして語るアーシュラに理解が及ばない。

 

この子と藤丸立華は誰よりも先んじている。先んじていながら、それを理解させずに進んでいき、そして『落とし穴』に自分たちが嵌る様を眺めている……そんな邪推まで出てしまう。

 

そんな考えをめぐらした時には、アーシュラの準備は終わっていた。

 

ショートヘアスタイルになったとはいえ、それでも髪を結うことは忘れていないのか、慣れた手つきで後ろで纏め上げていく姿。

 

俗に『アルトリア先生スタイル』と呼ばれて、一高の女子も何とか真似したいと想っても、中々出来ないものを達者にやっていく様子は、『チョココロネヘア』などと、陰で言われる中条あずさでも憧れるものだ。

 

化粧台の鏡の機能だけを使ってそれを行ったアーシュラは、時間だと気付いて立ち上がった。

 

青色のロングスカートタイプのドレス。金色の縁取りが眼にも鮮やかなれど、胸元を少し露出させながらも決して下品にさせない、白のコルセットを思わせる部分が存在している。

 

盛り上がる肩パッド部分が、どことなくショルダーガードを思わせる……正しく姫騎士としての衣装がそこにあった。

 

機能性と華美を『バランス良く』兼ね合わせたそれが、『本物の騎士』が着るとここまで違うのかと思わせるのだった。

 

「それでは行ってきます」

 

「はい――――――」

 

検査員がチェックを終えた模造刀を手にしてから、更衣室から出ていく姫騎士の姿を見送る。

 

その背中は多くの人間たちを守護するもので、それでも……その中に恐らく一高の1科の人間は含まれていないのだと気付かされるのだった。

 

 

 

『さぁ! やってまいりましたプリンセス・ガード準決勝!! 今回戦う両校には、多くの紆余曲折がありました。時には大規模なアクシデントが起こりメンバー総交代! 時には一時的な治療で戦線離脱! されど、この時の為にこの闘いはありました!! 果たして決勝に進出するのは!ONEorTHREE!? 間もなく開戦です!!』

 

煽り過ぎな実況に、観戦者たちは誰もが苦笑してしまう。とはいえ、選ばれた『草原ステージ』において、両校は対峙し合う。

 

距離は離れているが、絶対に眼を逸らさないという想いで見据える。

 

 

「―――こうして正面に立つと分かりますわね。アナタが呑まれた原因も」

 

「……古典的な表現だが、あれは『王』なんだろうな。君主・城主……なんとでも言えるが、とにかく―――」

 

呑まれそうな自分を押しのける。

 

模造刀―――鞘込めのそれを地面に突き刺しながら、柄尻に両手を重ねて待つ、立ち塞がる―――。

 

そのポーズだけでも一種の魔法だ。

 

(ですが、負けはしない。恥を忍んで、頭を垂れてでも願って得たチカラ! それを用いて―――アナタを倒す!!)

 

護拳付きのサーベルを持ち上げながら、祈るように眼を閉じる一色愛梨。集中しなければ負ける。

 

その様子を見た十七夜栞は、決意する。

 

例え汚れ役に徹してでも、愛梨(親友)に勝利を与えるのだと……。

 

2人ほどではないが友情を感じつつも、ボードでのリベンジを果たすべく、四十九院沓子もまた戦意を燃やすのだった。

 

「作戦は理解しているよね? けれど……その通りになるかどうかは分からない。どんな打ち手で来るかわからないから―――」

 

「吉祥寺、お前が指示を出してくれ。俺たちゃ『駒』だ。捨て駒にしたけりゃそうしろよ。衛宮アーシュラに勝つ。それだけだぜ」

 

真紅郎と将輝以外の男子が、その言葉で頷き合う。六名のガードのうちの四人。その心を利用させてもらうことでしか、勝つ見込みはないのだ。

 

見据える強敵はどんな壁よりも厚く、どんな荒野よりも果てがないほどに隔絶した相手だ。

 

だからこそ眼は逸らさないでいるしかない。

 

 

そんな風に一高選手を観察している三高は、同じく一高の『観客席』から観察されていた。

 

「一色さんのあの衣装って……」

 

「も、モノスゴイよね……」

 

この試合に限って男の観客の注目は、どちらかと言えばアーシュラよりも愛梨に向けられていた。

 

その理由は単純明快であり、今回に限り、愛梨の露出度がアーシュラを上回っていたのだ。

 

肩章……エポーレットが着いた軍服の上のようなものを羽織っているとはいえ、完全に閉じられずに胸元は露出しているし、スカートが無いからか時折見えている股間部分は、パンツじゃないから恥ずかしくないもんとかいうレベルではない。

 

いわゆるハイレグレオタードなのだろうそれを、着ていることが理解できる衣装である。

 

だが全体を見れば、ところどころに金色の防御具が着けられている。華麗と剛力を併せ持つ衣装で鎧だ。

 

白を基調としながらも青と赤を取り入れた、いわゆるトリコロールカラーに、自身の金髪と同じ金色を入れた―――ある種、伝統的な『ガンダムカラー』の衣装は――――美と同時に戦場を鼓舞するものを表現していた。

 

「スゴイ……あの衣装の防御力とか、加護とでも言えばいいものが凄く込められている。何処かの英雄の衣装とかなんですか、ハベにゃんさん?」

 

美月が意外なことを言ってきたことに嬉しくなったのか、嬉々としてハベトロットは詳細を語ることにした。

 

「キミ、いい目しているねー。まぁボクも、カルデアに召喚されてから色々な英雄(ヒト)たちと出会ったからね。アイリくんがフランク王国系列の()だと気づけたのさ。ネタバラシしてしまえば、あれは『シャルルマーニュ十二勇士』の一人、世界に数多い英雄譚では珍しい女騎士『ブラダマンテ』の霊衣さ」

 

ブラダマンテと言われて即座にどういう人物であるかを諳んじれるものは、この場には数多くない。

そもそもシャルルマーニュ伝説は、アーサー王伝説よりもこの国では馴染みが薄い。

 

だがライトノベルというジャンル……特に美少女が多く出ることを売りとしているレーベルでは、モチーフとして多用されていた経緯がある。

 

そんなわけで……。

 

「イタリアの名家『エステ家』の繁栄の基礎となった、不屈と愛勇を誇る女騎士ブラダマンテが、あんな痴女みたいな格好だなんて……」

 

「クレルモン家では、どういう騎士教育があったんでしょうか……」

 

明智英美と柴田美月だけがそれを理解するのだった。

 

ヒストリエ・マイソロジーに詳しい2人の説明だが、一番に知りたいことは……。

 

「ハベにゃんさん。そのブラダマンテさんの衣装の効果とかチカラは―――」

 

「それを言うのはフェアじゃないなー。まぁ見ていれば分かるさー。姫が刺繍した男子2人のマントとローブだって、あっちには知られていないんだから」

 

深雪の質問に対して、立華の膝の上でごろごろと動いていたハベにゃんは答える。

 

確かに闘いが始まるまでは秘密でいた方がいいのかもしれないが―――少しだけふくれっ面をする深雪。

 

時々、自作―――テーラーマシンで服を作ることもある深雪だけに、あれほどの衣装服、しかも魔力が込められた防具としての機能もあるなど……興味が抑えられないのだ。

 

「じゃあアーシュラの着る衣装は―――」

 

もっとも、だからといってもうひとりの服飾デザイナーたるアーシュラに直接聞かない所が、彼女の『みみっちさ』を強調していたのだ。

 

「ただのアルトリアのおさがりだよ。けれど若い頃のアルトリアと違って、アーシュラは胸も尻も膨らんでいるから、『クレーン』と一緒に少しだけ縫い直したかな」

 

そんな深雪の『みみっちさ』と『マイナスの花嫁力』を見たハベトロットは、平淡に告げるのだった。

 

驚愕の事実。アルトリア先生の若い頃は『ボインちゃん』じゃなかった。

 

思い出すように呟くハベトロットの後に―――。

 

闘いの開始は、高らかなブザーの音と共に告げられるのだった。

 

 

小手調べなど出来ない。最初っから全力で行くことを決めていた一条将輝は、砲門全てをアーシュラに向けることにした。

 

偏倚開放と呼ばれる圧縮空気弾の連射。その展開される魔法陣の数は―――40。

 

その数を前にして、それでも怯むこともない姫騎士は―――。

 

「ハァアアアア!!!!」

 

裂帛の気合いを吐き出すと共に瞬発(しんぐん)した。

 

常人、ましてや移動魔法や自己加速魔法を多用する魔法師の動体視力では追いきれぬ速度域に至ったアーシュラは、一条将輝の展開した偏倚開放の着弾よりも先に、前に、前に、前に! 足を進めていた。

 

まるで交錯するスポットライトの中を駆けるダンサーだ。当然、偏倚開放という空気圧の威力は、草原に穿たれるクレーターの直径からお察しである。

 

だが、それは当たれば、通用すればの話である。

 

言うなれば―――

 

「当たらなければどうということはない」

 

ということである。

 

機体が赤ければ、3倍の性能を発揮する大佐のようなオカルト現象で、アーシュラは一条の艦砲射撃を嘲笑っていく。

 

蒼の残像が草原に刻まれる度に、十師族の攻撃が空を斬る。その事実に一条は歯噛みする。

 

「衛宮を止めろ!! 将輝の砲撃でルートを限定した所に撃ち放て!!」

 

一条が打ち出す方向と同調しての十字砲火を食らわせろなどと、無茶苦茶な指示を出す吉祥寺だが、それをこなすだけの訓練をこなしてきた自負が、三高の面子にあある。

 

このままむざむざ突破させてなるものかと、上から打ち出される砲撃も、前から打ち出される圧も、ありったけ衛宮アーシュラに吐き出されるが―――

 

亜音速、もしくは音速に準じる速度で動き回る、衛宮アーシュラを捉えきれるものはいない。

 

それどころか、時にこちらが打ち出した空気弾(エア・ブリット)火炎弾(ファイア・ボール)を、剣……なのか、透明にした得物で打ち返してくる程なのだ。

 

しかも、的確にアタッカーの頬すれすれを擦過する空気弾や火球の前に、三高の面子は恐慌するように、魔法の連射連弾が戦場を覆う。

 

あちこちで着弾した魔法と衛宮の『出足』で舞い上がった土砂の影響で、土煙がもうもうと立ち上る。

 

「吉祥寺君ストップ!! 視界が―――」

 

栞が気付いた時には、既に三高正面は完全に視界不良になっていた。

 

そして、その土煙の向こう側に、いつの間にか衛宮アーシュラの姿は消えた。

 

「―――姑息な……!!」

 

誰かが言いながらもその土煙を晴らしてしまえば、姿を白日の下に晒すことも出来たのだが。

 

(いざ、それをしようとすると怖いな……)

 

この沈黙が、正しく怖い。イデアに対して神経を尖らせれば、居場所を探ることも出来るかも知れないが。

 

(無理じゃな。衛宮の強烈な魔力の発露が、ある種のジャマー(妨害電波)のように、ワシらに位置を知らせないでいる……)

 

 

五感及び六感に優れた沓子が忌々しく思う。

 

攻撃・防御・補助を一手でやって退けるその性能の前に、『動く』ことで痛烈なカウンターを受ける可能性があり、どうしても待ちにならざるを得なくなる。

 

そんな中―――。

 

「守っているだけでは、負けます!!」

「攻めるぞ!!!」

 

一色愛梨と一条将輝の言葉で、風を晴らして衛宮及び一高を攻めようと意気を上げて、今こそ──勝負の時と定めたとき。

 

「風王鉄槌ッ!」(ストライク・エア)

 

それを挫くように、まるで軍神であり戦女神のように、高らかでよく通る声が響いた。

 

煙が吹き散らされて、その向こうから『神風』が吹いた。

 

その声の通りに超高圧縮の気圧の束が、──さながら猛る龍神の咆吼の如く、轟然と三高陣営へと迸る。 凝縮された超高圧の疾風は、土に根を下ろす草を土ごと吹き飛ばしていく。

 

当然ながら草原に足を着けていただけの三高選手たちは、即座に位置固定化の魔法で不動の姿勢を取ろうとしたが―――。

 

あっけなくその魔法式が崩される様子に誰もが驚愕する中、この結果を予想していた一人である藤丸立華は思う。

 

(無駄よ。アーシュラの巨大すぎる『原理』『術理』の前では、その程度の原理しか持てない術ではたやすく吹き飛ばされる。ただの気圧の束じゃないのよ)

 

さながら、三匹の子豚の長男が作った藁の家を吹き飛ばす、狼の息吹のようなものだ。

 

などと観客席で見ていた立華が思いながらも―――。

 

光盾(・・)を展開しなければ、ここで終わりよ。一色さん?)

 

ここからの再起があるかどうかを思った時に―――。

 

声は聞こえないが、四十九院沓子と十七夜栞に何かを指示する一色愛梨。

 

全員が愛梨を再正面にして、その後ろに列を作る体制。

 

気圧の束でプロテクションスーツもボロボロとなった選手を、水で移動させた沓子の手柄だ。

 

そして誰もを守護する光の盾を『形成』して、アーシュラの破城槌から踏ん張りながら同級生たちを守り尽くした。

 

万軍を粉砕する破城槌のような轟風から、三高生全員を守ったあとには、正面―――少し遠くに黄金に眩く輝く剣を持った少女の姿……。

 

青空の下、ようやく望みの接近戦へと移行しようとした時に、空から魔法が飛んでくる。

 

「まさか風に乗って上空に舞っていたのか!?」

 

一高の男子三名が、落下傘部隊のように三高の真上(ずじょう)を取ってきたことで驚くも、対空砲で迎撃してやろうと、全員が頭上を撃とうとした時。

 

走り穿て(ストライク)五色の光剣(プリズマ)!!」

 

正面にいる衛宮アーシュラが、背後に幾重もの魔力で編まれた光剣を作り出して、今にも打ち出さんと砲列を組んでいた。

 

正面の竜姫、頭上の魔法師。

 

進退窮まるというわけではないが、それでも――――。

 

「行けっプリンセス達!! 霊衣を着ているお前たちだけが、衛宮アーシュラと戦えるんだ!!」

 

決断は早く、一条の怒声のような言葉に蹴られる形で、一色愛梨を先頭に、三高の姫たちが動き出す。

 

先程の一条とアーシュラの戦いの焼き直しにも見える戦闘の様子。

 

打ち出される色彩豊かな光剣が擦過していく。アーシュラのように軽快な足さばきは見せられない。痛みは走る。

 

それでも――――――――――。

 

噛み合う刃金と刃金の音。

 

にぶすぎる金属音。

 

模造刀であっても、魔法や魔術で強化された得物は、真剣と変わらない威力と切れ味を持っている。

 

「ようやく!!辿りつきましたわ!!」

 

「ここがアナタの終着点でないことを願うわ」

 

金色の姫騎士2人が、2振りの得物を打ち合わせて、大地が互いの踏み込みに耐え切れず陥没する。

 

その音を合図に戦いは転調する……。

 



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第79話『プリンセスガード!』

蘭丸ちゃんかぁ……。梶田ちゃんかぁ……(え)

まだ5章クリアすらままならない私はオニランドと同じくなってしまう(爆)


「―――――――――」

「―――――――――」

「―――――――――」

 

一高天幕の中で観戦をしていた人間たちは、アーシュラの戦いぶりを見て何も言えなかった。

 

ただ単に降り立つ沈黙。だが時を動かすかのように、鈴音が手に持っていた筆記タイプの端末を机に落とした音で動き出す。

 

「失礼………」

 

呆然としていたのは鈴音も同様で、滑り落ちた端末を拾いながらも、全員がようやくのことで呼吸を開始したかのようになるのだった。

 

「アイルランドの英雄『クーフーリン』と、互角以上に打ち合っていたことから分かっていたことだが、あいつの近接能力―――いや戦闘力は、もはや群を抜いているな……」

 

同じ剣を扱う人間……千葉流の剣士として、どうしても嫉妬をしてしまうのだろう渡辺摩利の言葉に、克人は苦笑してしまう。

 

「ここまで、彼らがやったことの解説は出来る?」

 

「舐めるなよ七草。単純に言えば、撹乱と消耗をやったということだ。アーシュラの狙いは少し違うだろうが……アーシュラからすれば、一条の魔法が直撃しても何もダメージは無いだろうが、それでも『一直線』に本陣に入り込まなかった理由は―――――――」

 

「一条君を消耗させるために?」

 

「ああ、アーシュラに単騎で本陣までの突破を仕掛けるだけの力があることは、ここまでの戦いで他校も理解している。その理由が霊衣によるものだと『勘違い』しているところが、浅いがな」

 

一高が他校と戦う際のモノリスの距離は、通常よりも長めに設定されているようだ。

 

これは対外的には、多人数と戦う一高への温情と見られていたが、戦略的及び悪意的に考えれば、モノリスを攻めに来る一高のアタッカーを数名(・・)で抑えている間に、多数の伏兵によるペネトレイト(本陣奇襲)を行わせようとしたと考えるのが妥当だ。

 

というか普通に考えれば、それを実行するはずなのだが……。

 

森林ステージで戦った八高が、戦力の逐次投入などという『愚策』を行い、更に言えば大会委員も関知していなかった、こちらの伏兵たる1-E男子という『奇兵隊』の思わぬ活躍。

 

そして、衛宮アーシュラを抑えるには、本人の申告通り、全く兵隊の数が足りなかったことが、ここに至るまでの各校の敗因だ。

 

「一条としてもアーシュラか司波が、本陣に向かってくるのは理解していたのだろう。しかし、まさか魔法の照準が全て合わせられない速度で突貫してくるとは、思っていなかったのだろうな……」

 

そして恐慌した三高が魔法の乱舞を放ち、矢弾(まりょく)を打ち尽くさせることを目論んで、その上で土煙を上げさせて遮蔽とした後には、後ろに控えていた司波達也たちを呼び寄せて、空挺降下の準備。

 

三高の『心』すらも読み切った上で、絶妙のタイミングでの超轟風斬撃。

 

恐らく一色が『盾』を展開することも『目論んでいた』はず。

 

危機を脱した三高。土煙の向こうにいるアーシュラに、反撃のチャンスと見せかけて、風を利用した舞空術で舞い上がった達也達が頭上から攻撃を開始。

 

更に言えば、そのタイミングでの『プリズマストライク』という遠距離攻撃の展開。三高の心を縛り付ける銃口による威嚇も同然。

 

三高に一切の主導権も選択権もよこさなかった、アーシュラか達也の奇計戦略が、見事に決まった形だ。

 

それらを説明し終えたところで、真由美は大粒の汗をかきながらも、疑問を呈する

 

「魔力放出と魔風を利用した『音速機動』……そして、それを利用したパワーファイト、ハイディフェンス………本当に―――あの子は何なの? おかしすぎるわよ……サーヴァントとガチンコのファイトが出来る時点ですら、有り得ないってのに……」

 

全ての魔術師たちがアレだけのことを出来るならば、自分たちなど既にいないはずだ。

 

アレに魔法師で対抗出来るものなどいない。

 

今更ながら、彼女を止められる存在など、魔法師においてはいないのだと。

 

そうであるならば、規格外の存在たる達也などは、衛宮アーシュラと対立・牽制していれば良かったのだが、ことはそう上手く行かない。

 

その一番の根本たる司波達也が、何だか妙な感情をアーシュラに抱いているのだから、俗称『達也組』というものは分裂状態になりつつある。

 

もっとも、仮に達也が衛宮アーシュラに敵対しても、『衛宮家』に立ち向かうことは無理だろう。

 

彼、そして妹の『本当の所属』というのが、どこの『魔法家』か『国家機関』なのかにもよるが、それでも……。

 

―――お嬢様、どうか衛宮一族及び、国際機関フィニス・カルデアへの手出し及び奸策はお止めください。弘一様は心情から言っておりますが、私はお嬢様の身の安全のために言っておきます―――

 

―――そして、これこそ肝に銘じておいてほしいことです。アナタは自分が世故長けた人間だと思っていましょうが、私の目から見ればまだまだです―――

 

―――自分の土俵でしか戦えない人間ですよ―――

 

中々にキツイことを言ってくる、七草家の家宰とも執事とも言える名倉―――汗をかいて焦った様子に、いじけた返答をしてしまったことを思い出す。

 

 

「……お前の疑問はもっともだ。だが、知りたければ自分で調べろということだろうな。アーシュラの言わんとするところは。そして俺はアリサ君の件で、そういう不義理はできん」

 

「………衛宮アーシュラに好意を抱いているからじゃないの?」

 

「妬くなよ。夢見を、幻想を脱却した時代に―――在りし日の世界にあっただろう姫騎士の姿を見せる女の子に、好意を抱くのは仕方ないだろ」

 

「……どちらかといえば十文字君は、そんな姫騎士を捕えて『くっ……殺せ!』とか言わせるオークとか屈強な傭兵よね……」

 

「―――七草、お前とは絶交だ」

 

「なんでよっ!?」

 

後者はともかく前者は、人を評する時にダウトすぎただろうと周りにいる面子は思う。もっともそれとて、テンプレなバージョン以外にも色々とあったりする。

 

まぁつまり―――日本の創作は無限大ということだ。

 

画面の中で縦横無尽に動き回って、三高の魔法姫たちを相手に快刀乱麻の活躍をする姫騎士は……。

 

そんなオークキング十文字とも上手くやれるのではないかと、テント内にいる服部と中条は考えた時点で……状況に変化が出る。

 

 

(まさか敵中に無理やり踏み込んでくるなんて……)

 

この距離では、味方が密集しすぎている上に、モノリスが近すぎる。

 

普通の接近戦が出来るならば、どうとでもなるのだが、男子に接近戦は許されない。

 

衛宮アーシュラが遠間から打ち出してくる剣弾―――色彩豊かな『鋳造された魔力弾』が、三高選手に『正確』に叩きつけられてくる。それを防御するためにも、対応していく内に―――。

 

「おらっ!!!」

 

「ごあっ!! あばばばば!!!!」

 

西城レオンハルトの振り回す飛剣が、間壁という男子の腕を叩き、それによってCAD操作を中断させた瞬間、剣弾が多段ヒット。

 

手加減されているとはいえ、なんとも無残な様子になってしまう間壁を見た一条将輝が。

 

「通り魔か!!」

 

怒りと共に偏倚開放をうち放とうとする。西城をターゲットとしたのは4つ。

 

それら全てが角度と方向を変えたところから穿つものだ。

 

西城からしたら四方から打たれるところだったが。

 

「―――」

 

四方の内の三方に展開した魔法陣が、術式解体によって崩された。電光石火の早業。

 

やったのは司波達也。恐るべきディスペルスキルが、十師族の術を消し去る。

 

だが、達也が四方を打たなかったのは―――気がかりだ。

 

正面からの圧が、西城を襲おうと向かうが。

 

「Aufwachen!」

 

目覚め、あるいはかっこつけて言えば『覚醒』を意味するドイツ語で、西城が纏っていたマントが、巨大なひし形の盾として大地に突き立つ。

 

「そういう用途―――なのかな……?」

 

使用法の意外性以上に、盾の真正面に縫われた『西城獅子春兎』『宇佐美雪兎命』という達筆な文字に、眼を奪われた三高陣営だが―――。

 

その効果は絶大。光り輝く文字が、将輝の放った空気砲を四散させた。

 

あまりにも不可解な現象に、ぎょっ! としたのも束の間。

 

一条将輝の頭上に、分離した飛剣が落ちようとしていた。

 

盾の向こう側から小通連なる武装を振り回した結果だ。

 

「――――」

 

やられるかと思った瞬間に―――。

 

「ジョージ!!」

 

「礼はあと!」

 

言葉通りに、飛剣を移動魔法で弾いた吉祥寺だが、危機はまだ去っていない。

 

自動砲台よろしく、衛宮アーシュラのプリズマストライクが殺到する。

 

急いで自己加速魔法と移動魔法の融合で、それらを躱していく。

 

まるで誘導兵器のように、時にとんでもない軌道で飛んで追ってくるそれに、2人して肝を冷やす。

 

威力とその情報量は、防御障壁で耐えきれるものではないことは実践済み。

 

となれば、それらを確実に当てるべく、一高からの妨害は当然あるはずなのだが―――。

 

特に古式魔法師の吉田幹比古が何か奇策をやってくると思ったのに、何かの瞑想をしつつ呪符を手に持っているだけだ。

 

(そうか!!)

 

その様子に―――吉祥寺真紅郎は気付いた。ひらめきと同時に、親友(将輝)にだけ分かるハンドサインを出すと。

 

「ごはっ!!!」

 

偏倚開放がヒット。吉田が一度は倒れたが、すぐさま立ち上がる。

 

吹っ飛ぶようにバウンドした吉田だが、ヘルメットを取られまいと即立ち上がったことは賞賛に値する。

 

抜け目なく吉田の後ろに回り込もうとしていた中野に対して司波が共振波動を打ち込む。

 

「おらっ!!!」

 

剛毅な、もしくは乱暴な言葉で飛剣が中野を直撃。

 

三高ガードは戦闘不能が、これで2人。

 

数的優位は、無くなりつつある。

 

しかし―――――。

 

剣弾の全てが、三高メンバーに誘導されずに『あらぬ方向』に飛んでいったことで、援護射撃は無効化したことになる。

 

(こちらのペテンの一つが知れてしまったか)

 

達也は、内心でそんな感想を出しながら、ここまで精霊の加護を受けていた『ラブリーマイエンジェル美月たんローブ』を羽織った幹比古による、プリズマストライクの誘導の成果を労っておく。

 

「形勢逆転だな司波達也?」

 

「それは、どうかな。確かにお前の魔法力は大したもんだ。如何に俺たちが上達したとしても―――お前の地力を超えることは不可能だろうな」

 

「そこまで分析できているか」

 

むだ話の探りをしながら互いにチームメイトの回復を行う。同時に状況に変化が出ることを確信した。

 

「お前が如何なる魔法を使おうとも、俺には分かるぞ。俺には見える―――アーシュラがお前を打倒する『未来』が」

 

「女に頼っ――――」

 

嘲りの言葉と同時に向けられる特化型のCAD。その銃口の照準装置で魔法が動き出しながらも―――

 

少し遠くの方から聞こえる爆音が、一条たちを戦かせた。

 

モノリスを守護する側である三高生たちが、達也たちの後ろの様子に驚愕していた。

 

「なにっ!?」

 

「派手にやっているなぁ」

 

お互いに絶好の攻撃機会ではあるが、それを中断せざるをえない剣戟が、空中(・・)で刻まれていた。

 

「その首! 快く出せぇええ!!」

 

「お断りですわ―――!!!」

 

(くう)を舞いながら激しい剣戟を交わす姫騎士2人を見る。

 

片方は本来ならばあるべきはずの上着をなくして、かなり際どい格好を晒しているのだが、防御力・スピードなどは上昇している。

 

そして戦いの中で発動をした『疑似宝具』『疑性召喚』というものが、光槍と光盾を一色愛梨の手に持たせていた。

 

これが、もう一方の姫騎士との互角の戦いを許す原因となっていた。

 

片やアーシュラには大した変化はない。

 

少しだけ煤で汚れた風なのは、激戦であったからだろう。

 

「―――!!!」

 

最上段からの振り下ろし、空を踏みしめて耐える―――なんて器用な真似は出来ない一色愛梨は、その勢いを借りて三高の方に落ちていった。

 

空から落ちてくる美少女―――ロマンチックの欠片もない急降下と難着陸で土埃が舞う。

 

片や空から落ちてくる美少女、立てば姫騎士・座れば大食漢・駆ける姿はプリンセスブレイブ―――まるで羽でも広げるような優美な降下と軟着陸で、一高側に降り立つ。

 

「騎兵隊の到着よ! 待たせたわね!!」

 

テンプレすぎるセリフだが、その言葉だけで万軍の援護を受けた気分になるのは、その実力だけではあるまい。

 

「敗残兵の到着です!! 色々と申し訳有りませんね!!」

 

涙目でアーシュラのセリフに対応することを言う一色愛梨。粋な女子ではあるが……。

 

「横柄なんだか、殊勝なんだか分からないセリフはやめろ……」

 

先程まで着ていたサー・コートは既に無く、体操選手のようなレオタード服がところどころ破れていて、眼のやり場に男子一同困ってしまう。

 

「十七夜さんと四十九院さんがいない……」

 

そんな中、冷静な判断をしようと務めていた吉祥寺の声が場に響く。

 

「そちらに一色さんがいて、ワタシが健在な以上―――答えは一つ。死んだのは―――2人のプリンセスよ」

 

言いながら、どこからか出した蒼と紫の華を握りつぶすアーシュラ。

 

不敵かつ不穏極まる表情と言動を見せるアーシュラに対して……。

 

『いや、死んどらんからな! お主の戦維喪失(おはだけ)食らってリタイアしただけじゃ!!!』

 

『愛梨! 私達の仇を取って! けど負けたからと『マッパ』にならないで!!』

 

後ろの方から大声でのクレームと応援が聞こえる。察するに係員たちが2人を保護したというところだろう。

 

「―――ということよ」

 

あっさりとした返しだが、吉祥寺は戦慄を隠さないでいる。

 

「恐ろしい限りだよ……こちらは万全以上の準備を整えたってのに、『力』が『智』を上回るなんてさ」

 

万全以上の準備とは言うが、大半がハベトロットの霊衣頼みなんじゃなかろうかと思った達也。

 

もっとも三人がかりで掛かられたことで、アーシュラの服に出来た煤汚れが目立つほどにはやれたのだろうが。

 

「さて―――モノリスは目と鼻の先。とはいえ、英霊霊衣を貸し与えたというのに、そういうつまらないオチは着けたくない―――ここで果ててもらうわよ。白羽の騎士!」

 

霊剣とも魔力剣ともいえる刃から柄まで光体でかたどられた剣を作ったアーシュラが、黄金剣との二刀流―――片方の切っ先を突きつけながら言う。

 

「その傲岸不遜極まる言動!! 絶対に閉じてあげますわよ!!」

 

言われた方も黙っちゃいない。光盾を風を受ける風車のように回しながら、同じく光体と実体の混ぜ合わせのサーベルを手に持つ一色愛梨が返してから―――2人の激突は始まる。

 

高速の世界での激突を皮切りにして、セミファイナルのラストラウンドが始まる……。

 

 

そんな様子を見せられていた『赤毛の少女』は、『お仕事』忘れて乱入したい気分になったのだが―――――――――。

 

 

『ダッメよ〜〜♪ アナタの役目は『ソレ』だけじゃないからー!! イマはジチョーしてチョーダイ!! まぁ、あの『竜』はとんでもないから、正直実験してやりたいんだけど―――次の試合では遠慮なくやっちゃって♪』

 

「―――分かった。そちらの用事が終わったのならば、それでいいんだ」

 

いきなりな念話とその調子に嘆息しながらも、『上級死徒』との会話を終わらせた少女は――――――。

 

 

「―――すみません。次は、この『世紀末覇者焼き』ください」

 

九校戦に出ている屋台出店―――『鍾馗』のデカ盛りメニューに挑むのだった。

 

別に大食いチャレンジというわけではないのだが、全てのメニューを制覇せんとする変な美少女の姿は、多くの人の耳目を集めるのであった……。

 

 

 

 



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第80話『プリンセストライアングル!』

夢の国を探し、悲しみ乗り越えて微笑むあの人が遂に実装。

ツングースカはやはりスープー谷だったのか(え)


入れないとはいえガチャは引こう。


というわけで新話お送りします。


Interlude――――

 

話は少し戻って、一高プリンセスと三高プリンセスたちの戦い―――。

 

最初に剣を合わせた愛梨とアーシュラ。その豪快極まる剣戟の応酬に気を取られることもなく、アーシュラは立ち位置を変えていく。

 

そのアーシュラを追撃する形で愛梨は剣合の位置を変えていかざるを得ない。

 

(こちらの狙いを悟られている……!)

 

常に愛梨の後ろに―――栞がいるという状況が作られていることに戦慄する。愛梨がサーベルを持ち、栞が騎兵槍(ランス)を持っている。

 

本来ならば、マジックフェンシングの競技選手として栞もサーベルを持つべきだったのだが、纏った衣装―――ハベにゃん曰く『アストルフォという騎士』の霊衣を用立てられたときから、これを使用したくなっていたのだ。

 

そこで考え出されたというよりも、アーシュラに対する対策を練っていた三高は、これを利用することにした。

 

(単純な話だけど、騎士道に反することだけど―――)

 

前後を挟んでの挟撃。それを戦術として選択したのだ。

 

無論、それとて通用するかどうかは分からない。むしろ、ありあまる膂力で一気にケリを着けられる可能性とてあるのだ。

 

その前に、何としても衛宮アーシュラを挟み込む。そう決意して挑んでいく。

 

だが衛宮アーシュラは、そうはさせまいと常に愛梨を遮蔽物にすることで、栞に自由な動きをさせないでいる。

 

自己加速魔法よりも素早く姿勢移動をされてしまうので、どうしてもスキが出来ない。

 

(更に言えばわしの援護も、そうそう入れられない距離での戦いじゃ。精霊魔法ならばともかく、『現代魔法』が弾かれたぞ!!)

 

栞が何とかしようとあがくように、沓子もまた何とか間隙を作ろうと必死だが、ここに来てさらなる事実。

 

衛宮アーシュラの『エイドススキンの厚み』あるいは『サイオンウォール』……なんとでも言えるが、情報量が桁違いすぎて、相手に対して掛ける情報改変の類が、全くもって効かないことが判明した。

 

足元からふっ飛ばそうと上方へと抜ける圧を仕掛けたのだが、アーシュラの足さばきに負けじと掛けたものですら、ガラス片のように崩された。

 

(推測はしていたが、こやつの対魔力は尋常ではない!! 現代魔法がそもそも『通用しない』相手―――)

 

驚愕するが、沓子は生粋の現代魔法師ではないので、そういった『存在』がいることにさして驚きはしない。

 

夕食会で藤丸立華が話した内容とて、そういう事実はとっくにご存知であったりしたぐらいだ。

 

だが、それがまさか自分たちの目の前にいるとは……。

 

このまま『回り込む』かのような移動では挟撃はムリである。悟った2人の剣士が、お互いを見ずとも意を伝え合い。そして―――。

 

「おおおおっ!!!!!」

 

戻りの隙など見えないような突きの連続。細剣が次から次へとアーシュラに叩き込まれるも、大きな躱しも、派手なディフレクトも無い淡々とした受け流し。

 

完全に遊ばれていることは、武に通じたものたちならば、何となく分かる。だが―――

 

 

身を低くして、下段方向から突き上げるように突きを繰り出す愛梨に、背丈の差から流石のアーシュラも少し『うざい』と想いながら、剣戟を受ける。

 

女としては長身であり、ましてや少し低身長の同年の男子よりも高いぐらいのアーシュラなのだ。

 

だが、そんな『小細工』などわかり易すぎた。母から遺伝したとも言える戦闘における『第六感』……サーヴァントの保有スキルで言えば直感に当たるものが、この後の展開を予想してそれでも―――それを良しとした。

 

(阿吽の呼吸が合わせられるならば、それはそれで面白い得物の応酬でしょうね)

 

あえて、その窮地に身を浸すことにするのだった。

 

一色 愛梨の後ろにいた十七夜 栞の出足が加速する。

 

そして、その体は―――一色愛梨の肩―――サーコートの肩章を足場にして、アーシュラの頭上の更に上に踊っていた。

 

「栞!!!」

 

水による補助を働かせて距離を稼がせると同時に、この辺りにある地下水を『喚起』したのか、地面から水が吹き上がり、アーシュラの足元を濡らしていく。

 

沓子による水精魔法であった……。

 

着地を果たした栞が騎兵槍を構える音が響く。

 

「愛梨!!」

 

「栞!!」

 

呼びかけ、そして騎兵槍と光槍とがアーシュラの前後を何度も往復する……。

 

 

「十七夜さんと一色さんとの挟撃が遂に決まった!!!」

 

立ち上がって、まるで『望んだ展開だ』と言わんばかりに喜色を見せる光井ほのかに、藤丸立華、伊庭アリサ、遠上茉莉花、ハベにゃん、フォウくんがシラけた目を向ける。

 

自分の醜態というか、あまりにもあまりな発言に『ハッ!』と気付いた時には、少しだけ縮こまってから着席するのだった。

 

「アーシャ、どう想う?」

 

「仮に魔法科高校に通うことになったとしても、一高には通いたくないね。ミーナは?」

 

「アーシャと同感」

 

年下2人からそんな風に言われて、更に縮こまる光井ほのかは気落ちしてしまう。

 

そんな親友であるほのかを見て、少しばかりフォローという訳ではないが、話題の転換を試みるべく、雫は何となく聞くことにする。

 

「2人は、魔法師としての才能があるの?」

 

「才覚と呼べるほどのものかどうかは知りませんが、定期的な進学適正検査で、サイオンコントロールは出来ると言われています」

 

「アーシャと同じく。ただ魔法科高校に入りたいかどうかとなると、正直あんまり乗り気じゃない」

 

「マジックアーツは、魔法科高校の正式部活のはずですよ?」

 

立華の嗜めるような言葉に考え込むも、やっぱり乗り気じゃない気分でもあるようだ。

 

「そうなんだけどさー……あんな『実態』を知ったらば、そっちに進学しようなんて気が無くなる」

 

その言葉に現役生、そしてあの事件の当事者高校としては、詰まるしかなくなる。

唯一、何とも想っていないのは藤丸立華だけだ。

 

「けれど……魔法師になれるってスゴイことだと思わない?」

 

「魔法師として一人前になったからといって、人間としていっちょ前になれるわけじゃないですし。それに、魔法師になりたくないのに魔法師にさせられる人間だっていますから。先程の進学適性検査でサイオン操作の適正が見つかったばかりに、魔法師の公立塾に通わせられた上級生もいました―――――ようやく、札幌をホームとするJクラブのジュニアユースで、レギュラーを取れたっていうのに」

 

「そしてやる気があっても才能が無ければ、一高みたいに2科制度を採用しているガッコーでは、何の教育も受けられない状態で飼い殺しにされたうえで、成果は出せだなんて、アホくさい限りですよ。雌鶏(めんどり)はちゃんとした栄養価の高い餌を与えてこそ、生でも食べられる鶏卵を産んでくれるっていうのに。東京モンってバカなんじゃないかって想う」

 

「…………」

 

その強烈かつ痛烈な言葉に在校生一同は黙るばかり。特に一科生は、居たたまれない気分になってしまう。

 

「けれども……2科にいる人……当然望んでそうなったわけではないのは理解しているけど、そればかりを哀れむのは、2科にいても努力している人をバカにしているよ」

 

年上として何とか気概を以て雫は反論するも、キグナスたちは何も揺るがない。

 

「哀れんじゃダメなんですか? その2科生の中には、真っ当な教育を受ければ、もしかしたらば一角の人物になれたかもしれない。遅咲きの才能として世に認められる人間がいたかも知れないのに、その機会を何一つ与えることもなく、そのまんまの状態でいたことに腹立たしさを覚えますよ」

 

「もしかして北山さんって『2科生にそんなこと出来るわけ無いだろ!』とか想っているタイプなんでしょうか?」

 

アリサの何気ない挑発の言葉に、雫は激高せざるをえなかった。ただ小学生に対して怒り散らすまでに至らなかったのは、彼女なりの最後の理性だったろうか。

 

「違う! わたしは……ただ………魔法師になりたいのに、なれなかった『家族』がいるから、……『弟』のことを考えた時に、もっと……魔法師であることに、みんなが誇りを持ってほしかっただけなのに」

 

『『『それ、逆のほうが良かったと想いますよ』』』

 

「――――――」

 

三人そろっての反論に、うめきながら雫も少しばかり考える。片親だけが魔法師であったというのに、生まれが同じだと言うのに、雫ばかりに魔法の才能が偏り、弟はその才能が無いことを突きつけられる―――進学適性検査の度に、嫌な思いをしてきたのではないかと想う。

 

ひょっとしたらば、突然変異の第一世代のように、いつかどこかの時点でそういう適性が現れてくれるかもしれないと、切に願いながら受けていたのかも知れない。

 

そして……親は姉弟を平等に愛していると言えども、どこかで、姉が魔法師であることで優先されていたと感じて、『心のしこり』が生まれていたのかもしれない。

 

弟……航が目に見えて、そういう風に反抗的な態度が出ていないのは、大企業の次男として『物質的に満ち足りている』からだ。姉が贔屓されているとはいえ、愛情の不足は他のことで充足されてるからだと想っている。

 

これで北山家が普通の中流家庭―――父がサラリーマンで、母が専業主婦で―――元・魔法師であったりすれば、また違った家族の在り方があったのかもしれない。

 

「雫………」

 

落ち込む雫を慰めるほのかだが、アリサは言葉を告げる。

 

「まぁ私も九校戦に来たことで、自分の『出生の秘密』を知ってしまったので、今後は魔法師として生きること、魔法能力を研鑽することを強要されそうで、イヤなんですよね……私は獣医として、お世話になった養父母の営む遠上医院を継ぎたかったのに」

 

「―――」

 

その言葉に、みんなが苦しい表情をする。それは……魔法師を志すものたちではなく、魔法師にならざるをえない立場に追いやられたものたちを、考えてこなかったツケだからだ。

 

「弟さんが何歳か存じませんが、魔術刻印の如く私の魔法能力を移譲出来るならば、譲りたいぐらいですね。けれど、どれだけ医療技術が発展しても、そんなことは不可能。おとぎ話の三蔵法師のように、妖怪たちが信じる迷信よろしく、生き肝を喰らえば三蔵法師になれる、誰かになれるのなら躊躇わずやればいい……けれど、『現実』はそうではない」

 

「だから―――アーシュ姉も立華姉も怒ったんだ。強さだけが尊ばれる世界を、強いだけの世界を固定しようとする。人理に対してロストベルト(異聞帯)のような在り方を強要する魔法師という存在に」

 

小学生に口で負けてしまう高校生たち。

もう、何ていうかどうしようもないほどに、ぐさり、ぐさりと剣が突き刺さるのだった。

 

そんな中、耳はそちらに向けられていても、目だけは『ガッツリ』とガードの試合を見ていたエリカに、美月は話をふる。

 

「エリカちゃん……なんでさっきから不機嫌そうなの? アリサちゃんと茉莉花ちゃんの話は、その―――」

 

「いや、美月が考えているようなことじゃないわよ。話に夢中で、アーシュラの剣戟はみんなして見てなかったじゃない」

 

「そ、そうだね。反省―――つまり?」

 

「……ナメた剣を放っているなぁと思えたのよ」

 

「「「「「????」」」」」

 

エリカの仏頂面のままに放った言葉の意味を、殆どの人間が理解できない。

 

だが、それでもこうして話していた10分間ほど、その時間の間に――――。

 

「う、嘘でしょ! なんで2人の挟撃で、衛宮さんはまだ倒れていないのよ!?」

 

「それどころか、あの状態のまま剣戟を続行して、前後の攻撃に一刀で対応していたわよ……」

 

如何に突きが主体の前後の攻撃とはいえ、それを捌きながら10分間も立ち回っていたという言葉は―――リプレイされている映像を見ても、とてもではないが信じられない。

 

その映像とてとんでもないもので俄に信じがたいのだが。

 

「足元だって水で抵抗を―――うううんん!!!!????」

 

「アーシュラはウォーターウォークの術でも使ったの?」

 

「さぁて、あんまり親友の秘密を教えたくないので、回答拒否で。まぁ柴田さんならば、何か見えているのではないかと想いますけどね」

 

立華の素気ない言葉の後には、メガネを外して裸眼で闘いの様子を見ている柴田美月に視線が集まる。ついでに言えば、大磨伸も激おこぷんぷん丸であろう。

 

「ええ、バトルボードの時にも見たんですけど、精霊というべきものが、アーシュラちゃんに自動的に水面を歩行させているように見えるんですよ」

 

「……そう言えばえっみーは、精霊の加護を自動的に受けるタイプだったか。ある意味、ダイスロールの際に、超英雄ポイントが自動加算されちゃうタイプなんだよね」

 

なんでTRPG風の解説?と言いたくなるエイミィの言葉だが、要点は理解できている。要するに現代魔法的な認識で言えば、自動発動するBS魔法のようなものだ。

 

ただ理不尽なのは、現代魔法的な観点で言えば、アレコレと併用しなければならない高度な技法が『天然自然』で行われているということだろう。

 

それがセンスと言ってしまえば、仕方ない話でもあるのだが。

 

「バトルボードは彼女にとって独壇場だったということか……」

 

「水の上を自動で歩行する。どれほどの水量であっても沈むことはないアーシュラですからね。騎乗するものであれば更に安定を誇るわけです」

 

「……じゃあ逆に水泳は不得意なのかな?」

 

「幼い時分の頃だけですよ。すぐさま覚えますし」

 

「アーシュ姉は運動神経の塊だからなー。うらやましい……」

 

クラウドボールで微妙な劣等感を覚えていた里美スバルが聞いてきたが、その言葉で更に劣等感を覚える。

 

だが、ほのかや雫と違って、その戦いぶりを、誇りと掲げた剣を、一高の仲間、一年の同級生として誇りに想うのだった。

 

 

そして……プリンセスたちの戦いに変化が出る。

 

約10分間の攻防の中、怒濤の攻撃を姫騎士アーシュラに浴びせたはずの愛梨と栞は、その攻撃全てがアーシュラに通じなかったことに驚愕する。

 

攻撃に変化も付けていた。

 

突きだけでなく、薙ぎ払い、突き上げ、斬り下ろし、斬り上げ、あらゆる形でアーシュラに対して攻撃を見舞ったのだが、それら全てに一刀だけで対応されたことに荒い息を吐いてしまう。

 

愛梨が突きを放ち、栞が騎兵槍を薙ぎ払うかのように動かした。騎士道に反する行いだが、それでも背後から狙う栞の攻撃を食らうはずだったのに……。

 

アーシュラがやったことは、愛梨の突きを下段にいなした(・・・・)上で、振り返りながら栞の薙ぎ払いの逆方向から剣を薙ぎ払うことで、ディフレクト。

 

膂力の差は歴然であり、受け止めた栞は後ずさりせざるをえなかった。

 

追撃の構えを見せるアーシュラを止めるべく、体が完全に下に泳いでいた愛梨が起き上がって剣を撃ち放つも、それを予想していたように、軽く払うように、剣が振り返りながら放たれる。

 

何とか鍔迫り合いで相手の剣を止めなければ、栞の攻撃が入らない。

 

「とんでもない馬鹿力ですわね!!!」

 

「馬力で私に適う人間はいないわよ」

 

「愛梨、合わせて!!!」

 

鍔迫り合いを切り上げるように再び、強烈な一撃で態勢を崩された。そして、追い打ちである栞の一撃に対応する。

 

演武か演舞のように、次から次へと前後から打ち掛かる凶悪な得物をいなしながら踊り、舞い、そして……撥でも扇子でもなく、利刀(模造刀)を手にしたアーシュラの動きに誰もが魅了される。

 

上から見ていれば、踊るように剣戟を放つアーシュラに対して、愛梨と栞の攻撃は、如何に霊衣の補助を受けているとはいえ、その攻撃は雑に過ぎた。

 

いや、雑という表現は正しくない。

 

凄腕の戦闘魔法師が舌を巻くほどの攻撃、正面から戦うことを躊躇わせるものなのだが、アーシュラの剣に比べた際に、どうしてもそういう表現が出てしまうのだ。

 

まぁつまり―――レベルが違いすぎた。

 

 

「一色や十七夜が気付いているかどうかは分からんが、アーシュラの豪剣、身の神速に合わせすぎたな。その所為で体力を消耗させられた」

 

「……つまり、アーシュラさんの剣と動きに振り回されたことで、ペースを崩されて、疲労したってこと?」

 

十文字の解説に武を嗜んでいるとは言えない真由美が疑問を差した上で、次なる解説は、その隣りにいた渡辺摩利からだ。

 

「おまけに衛宮は、背中に目があるかのように十七夜のランスを先んじて封じた上で、一色に焦らせるかのように攻めかかる姿勢なども見せている。フェイントを織り交ぜつつ、さりとてフェイントにみせかけて攻勢にも出る……完全に『踊らされた結果』だな」

 

剣道における勝機の心構え。(せん)()後の先(ごのせん)先の先(せんのせん)などを駆使した上での戦いは、本当に見惚れるものだ。

 

「ただ剣を振るっているわけじゃない。どういう勝機を突くかという仮定のもとで『剣技』を振るっているんだ」

 

その徹底した無駄撃ち、無駄玉を出さない。

全ての動きは勝機を取るためだけにあるという戦闘理論は、千葉流の兵法とは違うが、たしかに剣士が持つ到達点の一つではあろう。

 

「壬生もこれを見に来ていればよかったのに……『用事』があるからと、応援観戦にも来ないだなんて……」

 

何気ない摩利の言葉。それに対して真由美は疑問を呈する。

 

「気になっていたんだけど、今年は2科生の応援観戦が―――千葉さん達以外にいないわよね……?」

 

「ああ、応援席には殆ど、いや一高の2年、3年の2科生徒はいなかったな……」

 

真由美の疑問を解消する形で、十文字も今更ながらの事実を口にする。

 

あんなことがあっただけに、そういう風にしこりがあるのも分かるが、真由美が頭を下げてでも観戦に来てほしいと願った―――今まで関わることをしてこなかった、三年の2科生たちにも願ったのだが……。

 

(全員から『観戦応援は出来ない』『申し訳ない』『カエレ 』などの大合唱だったわね……)

 

曹操との一大決戦で敗残の途にあった中、民家に水を求めて、目の前で瓶をひっくり返された袁術の気分であった。

 

それでも何とか言葉を尽くそうとした真由美を遮ったのは……。

 

(士郎先生とアルトリア先生は―――何かを2科のみんなにやっているんじゃないかしら?)

 

これ以上のちゃぶ台返し、価値観の変遷は勘弁してもらいたい。なんで『勝てば官軍負ければ賊軍』のように、鳥羽・伏見の戦いで『朝敵』と蔑まれて、銃弾と砲弾を雨のように撃ち込まれた徳川慶喜(二心殿)よろしくならなければならんのだ。

 

そんな風に、秘密主義すぎる衛宮家及びその周辺に、恨み言を内心でのみ吐いていた時、映像の中に変化が生まれる。

 

10分間の持久戦の末に、腰砕けとなった三高プリンセスと、遂に決着と見たのか踊るような剣舞が終わり、今までは片手持ち―――右手は柄に添えるだけであった剣を両手持ちにした。

 

―――打ち込みの速度に変化が出る。

 

最初に狙われたのは、一色愛梨である。

 

踏み込みの力強さと共に振るわれる剣。速さと重さを兼ね備えた連続剣。堪らず風王鉄槌(ストライクエア)から三高を守った際の光盾を展開して凌ぐ。

 

だが、それでも勢いそのものは相殺しきれずに、愛梨は薙ぎ払いの一撃で、男子の方まではいかずとも、遠くの方にふっとばされた。

 

連携挟撃の形が、崩された形だ。

 

一色愛梨(親友)を助ける間もなく、神速でやられたことで、栞も一高首脳陣営と同じ結論に至った。

 

「………」

 

「―――」

 

余力たっぷりに、向き直ってくる姫騎士に緊張を隠せない。だが、そんな栞の心とは別に、槍は向かってくる姫騎士に対して動き出した。

 

無意識の攻撃、身体が反応したがゆえのそれが、先程の愛梨を伸した攻撃と噛み合う。

 

模造刀と騎兵槍が何度もぶつかり合い、質量と重量で優るはずの騎兵槍が軋む音を栞は耳にする。

 

同じく強化した得物において、こちらだけが負けそうになるということは、明らかに力負けしているということだ。

 

理解しながらも、一度でも怯めば、アーシュラの剣はこちらを持っていくことは間違いない。

 

だからこそ――――――。

 

「スカッパーレ・サルターレ!!!」

 

音声認識型のCADから加速移動魔法を引き出して、大幅なバックステップ。

 

そこから制動、最大級の魔力を込めて、沓子の水が付与された騎兵槍を打ち出した。

 

アーシュラの真芯を貫くほどの勢いで撃ち出された槍を前にして、剣は槍を下に打ち付けた。

 

紙一重のタイミングだった。槍の先端を叩きつけることで、軌道を力づくで下に修正させたことでアーシュラへの直撃は無くなった。

 

だが、騎兵槍という巨大なもの、魔法の効果が持続したものを草原に叩きつけたことで、もうもうと立ち込める土煙。アーシュラの姿が見えなくなる。

 

(またもやこの展開……!!!)

 

だが、標的はやってくるのだと分かって身構える。予備のサーベルを抜き払って、気配を読むことに徹する。

 

どこだ。どこにいる!? エミヤ・アーシュラ!!!

 

獣が血の香を追って狩猟をするように、栞は探るも――――。

 

 

「―――栞!!! 後ろ―――()じゃ!!!」

 

それよりも速く沓子から警告の声が飛んで、振り返り―――そして『上』を見上げると、天地を逆さまにした状態で『弓』を引き絞るエミヤ・アーシュラの姿を見る。

 

 

「──────────『射殺す百頭』(ナインライブズ)

 

その言葉の後に――――放たれる攻撃。

 

一矢が放たれる。

 

それが虚空で、飛んでいる途上で、打ち上げ花火のように規則性ある弾け方を見せて。

 

九つの軌道に意志もつかのように動いていく。

 

それぞれの軌道は、地上にて身を左右に振りながら進む蛇のように、『うねる』ような軌道を見せながら標的に向かう。

 

そして沓子は見た。

 

その矢が―――あのアイスピラーズで見せた、ヴリトラの『竜気』を加工したものなのだと。

 

そして気付いた時には既に、竜の矢は栞と沓子を貫き、戦維喪失させて倒れ伏すほどの衝撃を与えていたのだった。

 

 



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第81話『プリンセス&プリンス!』

実を言うとこの話、データが吹っ飛んで一から書いたものだったりします。

不安定すぎるグーグルドキュメントアプリ版に見切りをつけた結果、ほかので書いたりした結果です。本当ならばアルクェイド誕生日を祝うかたちで出したりしたかったのですが、そんなこんななか

真綾さん。鈴村さん。おめでとうございます。お体に気をつけてくださいね。

何かと少し不安な世の中で、明るいニュースがもたらされたことに喜びながら、よろしくお願いします。


圧倒的なまでの弓術の披露を前にして、一高の天幕は呆然とする他なかった。

それを抜きにしたとしても、あらゆる意味で絶技としか言えないものだったのだから、ムリもない。

 

「中条、同じマジックアローの使い手として、衛宮のやったことは出来そうか?」

 

その言葉を受けて中条あずさは、首をブンブン振り回して否定をしてくる。

 

「ムリムリムリカタツムリですよ!! 高速で飛んできた騎兵槍を、角度―――傾斜を付けて大地に叩きつけ、その上でそれを助走台として駆け上って、騎兵槍の柄尻で最大跳躍! そして、空中にて剣を魔力の弓矢に見立てた上で、天地を逆さにしたまま最大弓射……

運動音痴(うんち)な私じゃ、出来ないとかそういうレベルじゃないですよ―――!!!」

 

長々とした説明セリフありがとうと言いたくなる後輩。だがまだまだ疑問は残っている。

 

「人の魔法を探るようで悪いけど、あーちゃんの『梓弓』は、サイオンで構成されたもので、実体の矢を必要とするものではないのよね?」

 

「はい。私の魔法において弓の弦を引っ張るというのは、実体の矢を飛ばすことではなく、精神干渉のための範囲と効力を設定するための行為ですから、それと梓弓に物質的な質量や重量は感じないんですよ」

 

だからこそ余計に、扱いが難しい魔法なのだが、かといって中条あずさという小柄少女(ロリっ子)に、現実の強弓(こわゆみ)を弾けるだけの力があるかというと、まずそれはありえないだろうという結論が出るのだった。

 

「模造刀をしならせる(・・・・・)ことで、魔力の弓を構成する……いや、確かに弓道部の矢場とかは大喜びだろうが、それにしても、意味はあるのだろうか?」

 

現代魔法の価値観で言えば魔力の矢を『引き絞る』ということの無意味さとかを感じてしまう。竜の矢を使ってのホーミングレーザーというケレン味たっぷりのそれは、普通に放つのではダメなのだろうか? とも思ってしまう。

 

だが、画面において見えた威力は弓ありきだからこそ、そうなのかもしれない。

 

観客を沸かすほどの恐るべき魔法。まぁ現役JKの下着姿が見えたからかもしれないが、ともあれ―――。

 

「プリンセスの2人は戦闘不能。あとは一色を下すだけだな!」

 

「そ、そうね……」

 

摩利の勢いある言葉とは対象的に、真由美と十文字としては、何とも言えぬ表情をせざるをえない。

 

これ以上、ナンバーズを下して力を見せつけられては、色々な問題点が発生しかねない。しかし、アーシュラはそんなことは気にしないだろう。

 

己の望むがままに戦いを行い、勝利を掴む。

その有り様は、どうしても羨望を生むものだ。

 

心のままに戦うそれが、人々の心を変えていく――――。

 

最後のプリンセスたる一色愛梨。ふっとばされた彼女が起き上がり、それでも勇気が後退したのか三高本陣に逃げ帰る様子を見て、アーシュラは追撃をやめない。

 

そして、場面は最後の闘争へと変わるのだった。

 

―――Interlude out―――

 

三高本陣に遂に踏み込んだアーシュラは、一色愛梨を狙いながらも、まだ生き残っている三高生たちを黄金の飛ぶ斬撃で倒していく。

 

一条将輝ですら氷柱の破壊を止められなかった攻撃である。凡百の存在でどうこうできるものではない。

 

しかし、狙われている一色愛梨とて無策ではない。相手は小勢だ。一人でも欠ければ、欠けると思わせれば、それだけでいいのだ。

 

狙うべきは――――。

 

(付き合っているんだか付き合っていないんだか知りませんけど、狙わせてもらいますわ!! 司波達也!!!)

 

その高速でのステップが、明らかに自分に向けられたことを理解した達也は、ステップと同時にやってきた高速でのサーベルラッシュの迎撃をする。

 

難儀な話だが、男子はプリンセスから接近戦を挑まれた際に、応戦するように接近戦をすることは出来ない。せいぜい防御行動…障壁の展開をしながらの回避行動。そんなところだろう。

 

そして、本来の司波達也ならば、そんなことは出来なかっただろうが、アーシュラの協力の下で作ることが出来たテオスクリロノミアが、彼に汎用性ある魔法技能を許していた。

 

身体強化の術を発動しながら、小さい円盾(バックラー)の類を手の甲に発動させながら一色愛梨の英霊霊衣によって強化された攻撃を凌ぐ。

 

その膂力は流石は英霊のものだ。何処の英霊(モデル)であるか、どんな逸話・伝説(ヒストリエ)かは分からないが、サーベルラッシュの一撃一撃は、触れたところを持っていこうとする。

 

「硬さでは勝れない! 疾さで対応して!!」

 

手短なアドバイスが金色の姫騎士から達也に飛んでくる。要するに、防御しきれないから躱しに徹しろということか。

 

しかし、大きく躱していては逆転の芽はない。そしてプリンセスを倒せる手段が達也には無いのだ。

 

ならば、やるべきことは一つだ。とんでもない剣圧を至近距離に受けながらも、達也はそれを行うことにした。

 

懸念事項としては、これでジャッジからイエローフラッグが上がらないだろうかということだ。

 

「これで―――!!!」

「させるか!!」

 

達也の真芯を貫くだろう一撃。手の甲にあるバックラーは、既に魔法式を霧散させていた。その上で、達也が採った行動は。

 

真芯を貫くサーベルの切っ先を掴むことだった。

 

「ッ!!!」

 

「正気なの!?」

 

白刃取りなどとカッコいいものではない。

 

緑色の輝きを見せるサーベルを両の手で掴む。その行動、そして手の平に保護を掛けていたとしても、その武器の一色愛梨の膂力は尋常ではない。

 

既にグローブが焼き切れそうになっているのは理解していた。

 

だが、その瞬間―――戦士として優先すべきことをアーシュラは行うことにした。

 

達也の手は心配事だが(どうせ回復出来るとは知っている)、それ以上にこのチャンスを最大限に活かすことにした。

 

それを達也も望んでいることは理解していたので―――。

 

躊躇なくアーシュラは光刃の飛翔斬撃―――十字に重なったそれを一色愛梨に撃った。

 

今、司波達也に剣を掴まれている愛梨の横合いに迫る斬撃。柔らかい脇腹を突かれる形での奇襲を前に―――。

 

気付いたアーシュラは、即座に剣を地面に突き立ててから、腕を一杯に広げて『司波達也』の救出作業(・・・・)に入った。

 

もう少しで、無防備な一色にアーシュラの剣を当てられたというのに。

 

達也の体に光り輝く草蔦の鎖が巻き付き、上空へと引っ張り上げられた。

 

そのおかげで一色の剣から離れることが出来たが、それが攻撃を迎撃させることになった。

 

何故なんだアーシュラという疑問の声に答えるように、数秒前まで達也がいた地面で盛大な爆発が起こる。

 

霊衣を着込む一色には大した影響はないだろうが、達也にやられたらば、とんでもないことになったのだろう。

 

同時に、その『魔法』が何であるかを理解する。

 

(爆裂……! だが、何の水分を沸騰させて爆弾にしたかだ)

 

いきなりな上昇から地面に戻される。アーシュラが用意した風のクッションに落ちると同時に見ると―――草の全てが根本から消失したかのように、焼け野原が広がっていた。

 

「そうか、一条は草葉が地面の根から吸い取った水分を、爆裂の食媒にしたのか」

 

「でしょうね」

 

アーシュラはそれを読み切って達也を上方へと逃したのだ。この試合が始まる前に、達也は、渓谷ステージや、市街地ステージに存在する水が厄介。

 

それを使われたらば、たまったものじゃない。そう断じていたが、考えが甘すぎた。

 

一条はその気になれば、あらゆる物質に存在する水分を強制沸騰させられるのだ。そして、その量が多ければ多いほど、威力は比例する。

 

「将輝! 援護するよ!!」

「頼むジョージ!!」

 

魔法のターゲッティングが人物(フィギュア)ではないからと、A級殺傷性魔法を流すジャッジにイラッとくるが、ともあれ吉祥寺が足元の草葉を、移動魔法で『弾丸』のように飛ばしてくる。魔法を絶妙のタイミングで『終了』させたあとに、一条はそれを爆破してくる。

 

簡易の手投げ爆弾をどんどこ放り投げられている気分だ。

 

アーシュラもそれが爆弾になる前に草葉を微塵に切り捨ているのだが―――。

 

(数が多すぎる―――)

 

しかも威力が、普通よりも高い。

 

これはもしや……考えたアーシュラが気付く。

 

「それにしても威力が高すぎ―――ないか?」

 

痛みを堪えながらも障壁を張る達也を、仕方なく背中にしながら答えることにする。

 

怪我人のくせに無茶をするなと念話で言って――――

 

そして、自分のためにそんな怪我を負わせてゴメンナサイと―――付け加えておく。

 

そう言うことで、この後の展開を少しだけ和らげることを願った。

 

「この辺りの草葉は、先程のプリンセスバトルで、四十九院さんが喚起した地下水を根から盛大に吸い取ったからね。しかもワタシが湖の妖精(ヴィヴィアン)の加護で踏みしめたから、余計に触媒としていいものになっちゃってるのよ」

 

一高男子一同が沈黙した瞬間だった。詳しい説明をすれば、まだあるのだが―――ともあれ。

 

 

「「「お前のせいか―――ッ!!!」」」

「ゴメンねっ!! 自然干渉能力強くて!!!」

 

 

男子一同からのツッコミを受けて、流石のアーシュラも半ば泣き笑いで全面的に謝るしかなかった。

 

「で、対策はあるのかっ!?」

 

硬化したマント盾を持ちながら、一条の爆発を防ぐレオの言葉が響く。兎にも角にも、ここは一つ!!

 

逃走(えすけーぷ)――――!!!」

 

後ろに向かって前進(逃げるんだよォォォ―――ッ)することだった。アーシュラは剣を振り上げて後ろを示す。

 

「まずは距離を取るということか」

 

「追ってこないかな!?」

 

理解が早い達也とは違い、不安を覚える幹比古だが、ともあれ近くでありったけ爆発を起こされては、たまったものではない。

三高は爆発の余波を一色愛梨の盾で殺せるとはいえ、こちらの盾はそこまで頑丈なものではない。

 

だがこの展開は、三高にとってはイヤなものであった。殿を務めるアーシュラが、一条の『草木爆裂』(ブッシュファイア)をいなしながら去っていく。

 

一高勢が陣取ったその足元は、土が掘り返された黒色の大地であった。

 

この展開を意図していたわけではないが、バトル序盤でのアーシュラの吶喊で、三高の魔法の乱打が草原を掘り返していた。

 

それが一条の触媒が植生している範囲を狭めていた。

戦国城郭の防衛機構の一つ『畝堀』(うねぼり)のように、そこに入り込んだ瞬間に一高陣営の矢弾が降り注ぐのは間違いなかった。

 

この三高本陣前だけが、維管束から水を吸い上げた草葉がある場所なのだ――――。

 

「がっあああ!!!」

「吉祥寺くん!?」

 

将輝の思考の間を狙っていたのか、殿を務めていた衛宮アーシュラから飛翔斬撃が飛ぶ。

 

アバン○トラッシュか剣王真空○だか知らないが、これが厄介極まりない。片手で振るった模造刀で、ジョージ(相棒)を吹き飛ばして昏倒させるこの威力……あの氷柱の時にも見た威力だが。

 

(もしも両手での全力の振り抜きをされたならば、どれだけの威力になるのか……恐ろしい!!)

 

ともあれ、今は相棒がいなくなり、自分で草葉を飛ばさなければならない―――。少しばかり作業が難儀だと思ったが……。

 

「草葉は私が飛ばします! 私のサーベルを草刈り作業具も同然にするのですから、ちゃんと爆裂で一高を襲ってくださいよ!!」

 

「すまん 一色!」

 

そうして、三高と一高の戦いは距離を取るものへと変わっていった。

 

 

畝堀とでも言うべきものを超えて、爆弾を飛ばしてくる三高に対して、一高はレオの盾を前にして凌ぐことにした。

 

アーシュラもまた盾を強化するが、それでも長くは持つまい。

 

「どうするんだアーシュラ? このままじゃ持たないぜ!」

 

「そりゃ分かっているわよ。こうなれば、こっちも長距離砲で終わらせる―――わけだけど、これでジャッジがレッドフラッグを上げたらば、少しだけ心残りがあるわね……」

 

その言葉に全員が気付く。それは、先程から自分たちの近くで盛大な爆音が響く一条将輝の魔法を砕き、プリンセスごと戦闘不能にする術があるということだ。

 

 

「いいぜ、俺は賛成する。なんやかんや言っても、アーシュラと達也がいたからこそ、ここまでやれたんだ。これで失格負けになったとしても満足だぜ」

 

「僕もだ。アーシュラさんが僕の中にあるものを正常に戻したからこそ、ここに立てているんだ」

 

2人からそんなことを言われたアーシュラは決意する。手にした模造刀―――選定の剣を模したハリボテに魔力を込める。

 

「剣が――――」

 

(黄金に輝く……)

 

呆然とした幹比古の声。そして―――その輝きに眼を奪われた達也の内心の声。

 

2つに構わず運命の姫騎士は、黄金の輝きと化した剣を手にした。

 

その剣の柄に―――達也は、自分の手を重ねた。

 

アーシュラの手の甲に重ねられる達也のボロボロの手―――血だらけで、グローブの手の平部分は擦り切れて使い物にならない。

 

けれど出来ることはある―――。

 

「司波くん―――」

 

疑問を訴える顔。その眼差しに達也は真剣さを伝える。

 

「手を負傷した以上、この戦いで俺に出来るのは、これぐらいだ。次の六高戦―――宇津見さんと戦うんだろう。俺のチカラも使え。いや、使ってくれアーシュラ」

 

近づく顔と顔。そして、真剣な顔に真剣な顔で頷いたアーシュラは、下に構えていた剣の切っ先を持ち上げる。

 

そして黄金の輝きはさらなる輝きを示す。柄の上で重なる2人の手。

 

それを見た観客席の一部で、季節外れの氷雪が巻き起ころうとしていたが、いち早く藤丸立華が、星雲結界を展開して抑え込むことに成功。

 

「頼んだよ2人とも」

 

「勝負をお前たちに託すぜ!!」

 

マントシールドが限界に近づいていることを悟った2人のチームメイトが、後方に下がる。そうして2人は見据える爆音の向こうにいる敵の姿を―――。

 

マントシールドが、焼き散らされ吹き飛ぶ。そして―――その向こうに―――プリンセスとプリンスの姿を見る。

 

今こそ勝負の時、アーシュラの巨大すぎる領域に接続していた達也は、手に持つ剣を使って何が出来るかを理解していた。

 

いまこそ―――決着の時。

 

「輝きを示せ―――」

 

「―――勝利をこの手に」

 

重なる言葉、重なるチカラ、重なる鼓動―――全てが一体となったものが切っ先より放たれる。

 

 

「「偽性・勝利すべき黄金の剣!!!」」(イミテイト・カリバーン)

 

 

一歩、大股で踏み出したことで前に突き出された剣。

そして切っ先より放出されるは―――光条(直線)。斬撃の軌跡―――光波(曲線)ではないことにプリンセス・プリンスは瞠目する。

 

しかし、放出された光条は、その細さにも関わらず、一条将輝の魔法式を砕きながら真っ直ぐに、三高陣営にまで届く。

 

その直前で光盾で防ごうとした一色愛梨だが、その輝きを前にして、そして―――アトラントの盾を回転させて防げるほどの実力がなかったことが災いした。

 

俄仕立ての英霊霊基では、そこまでが限界だった。全ては修練不足―――

 

そして着弾した光条は、あちこちで「キラキラ」した爆発を起こして、2人を痛めつける。

 

(カリバーン……ブリテンの永遠の王「アーサー・ペンドラゴン」の剣……!! み、見事ですわ―――)

 

思わず見惚れてしまった黄金の輝きを前にして、最後の愛梨の感想はそれだった。全身の衣服が破れ散らされていく中でも、騎士として最後の瞬間は―――。

 

「我が全身全霊ッ!!! 敗れたりっ!!!」

 

―――相手への称賛を口にすることが礼儀だった。

 

そしてプリンスも己がネイキッドプリンスになる中、一つの感想をするのだった。

 

「お、俺も司波深雪さんと―――ケーキ入刀の魔法をしたい!!!」

 

……訂正、それはただの願望であった。そして、昏倒する三高の魔法師たちを前に、WINNERを告げるブザーが鳴り響く。

 

「「御粗末!!」」

 

言葉と同時に、柄尻を持ちながら剣を大地に突き立てる男女。柄尻にて重なる2人の手。それを見て狂奔する存在がいたり、再びJKのおはだけを見れたことに対する興奮―――更に言えば、魔法科高校女子を中心とした黄色い声が加わる。

 

魔法科高校のアイドルとでも言うべき、一条将輝のネイキッドな姿があるのだ。あるものは眼を手で覆いつつも、指の間から覗き見ていたり、またあるものは恥も外聞もなく、端末のカメラ機能でネイキッドプリンスを撮りまくったりするのだった。

 

そんな中、狂奔して氷雪を撒き散らしたいものは……。

 

「ふ、藤丸さん……そろそろ私を出してくださいぃい」

 

「ダメ。今にもバトルフィールドに氷雪を届けそうな、アナタを解き放てませんよ」

 

「だ、だって! ああ!! 手をつなぎ合わせて、指を絡めている!! な、なんですか!? なんでそんなにくっつくんですか!? アーシュラはお兄様が嫌いなのに!!」

 

「そりゃ、自分の為に怪我を負った男子に対して、情けの無いことは出来ないでしょうよ」

 

「―――ち、違います! あの剣つかみは、私のためのサクリファイス!! 」

 

なんか時々、著しく知能指数が下がった言動をする深雪に頭を痛めつつも、予定通りに決勝進出は決まった。

 

そして―――。

 

(エリセは強敵。しかし―――そろそろ「痺れ」を切らして出てくるでしょうね……)

 

 

あの程度の原理しか持たない人蛭風情がよくもまぁ……と思いつつも、観客の被害を抑えるべく、少しの警告を出しておくべきかと藤丸は思案するのだった。

 

 

そして……。

 

 

『それではオシゴトタ〜〜〜イム♪ 次の試合で思いっきり暴れちゃってくれちゃって! ついでに言えば、『クローバー』の少年は、殺しちゃって構わない! むしろメッタくそに殺せば『出るもの出す』かもしれないから♪ 吉報を待ってるよ〜〜』

 

その通信をハンズフリーの端末で受けた人物―――少女は。

 

目の前にある大丼―――なみなみと残ったラーメンスープを飲みあげる。

 

大丼を持ち上げての完食に、思わず周りにいた別の客たちは思わず拍手を送る。

 

「ごちそうさまでした」

「ま、またのご来店お待ちしています」

 

淡々とした様子でデカ盛りメニューを平らげた少女を見送る店員は、かしこまりながら言うも―――この子とは二度と相まみえることはないだろうと、何気なく気付いた。

 

そして―――惨劇の幕は開く……。

 

 

 

 

 

 



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第82話『女傑の登場』

2021年の最後の更新はこちらとなります。

来年の更新はいつになるかわかりませんが、お待ちいただければと思います。




「……四葉の長子は、星の触覚に惹かれているのか?」

 

闘いの末に見えてきた全てのことに、烈としては頭を悩ませる。若人の恋愛事情など好きにさせたいのが、本来の老人の考えだ。

 

相手がどのような人間―――『海の物とも山の物ともつかぬ』であるかを懸念するのは、親の役目でしかないはずだが。だが、それでも烈はその組み合わせを危惧した。

 

もう一方の『四葉の長子』ならば、何の問題もなかった。だが、画面にて組み合わせた手の指を絡めようとする男子に「スケベ!!」などと真っ赤な顔で言いながらも、治療は確実に行うあたり、彼女の気持ちがわからなかったりする……。

 

「問い詰めるのも大人気ないというか、健と違って、私はあの子たちに好かれていないからな」

 

こればかりは烈の悪癖であり、自分の欠点であると自覚している。要は選民意識・選民思想が過ぎている。

人を能力の多寡で押し込めようとするその態度は、姫騎士たちには見透かされていたのだ。

 

それの良し悪しはあれども、その考えの果てが、あの「魔法大学付属第一高校の変」と、世間で呼称されることであった。

 

結局の所、烈の考えの最たるものが、あそこに集約されていた。

 

別にあそこの校長。百山東が主導したわけではないだろうが、それでも……。

 

「―――……」

 

嘆息をする。別にこんな未来を見たかったわけではない。

 

だが、選んでしまった結末がこれなのだ。それを受け入れながら生きていくしかない。

 

そんな風にシニカルになっていた時に―――。

 

「閣下、来客です」

 

「誰かね?」

 

「国防陸軍の風間少佐と名乗っておりますが……お伝えしたいことがあるそうです」

 

秘書官のどうしましょうか?という思案の顔と言葉に、映し出された扉前の来客は、たしかに「独立魔装」の「大天狗 風間」であると確認できた。

 

応接室にお通ししろ。と伝えて何を伝えられるのかを、少しだけ頭を痛めながらも―――とりあえず聞く耳だけは持っておくのだった。

 

 

毎度おなじみとなってしまった、一高テントでのあれやこれや。予定通り、目論見通りにプリンセスガードの決勝進出を決めたというのに、全員の表情は硬い。

 

 

まるでお通夜モードであるかのように、本当に暗いのだ。

 

そんな中でも構わずに、アーシュラはいつもどおりに、エネルギー補給に勤しむのだった。特に今は幹比古の治療を終えたので、先の戦闘と合わせて通常の状態よりも「六割減」なのである。

 

次から次へと、山のように積まれたサンドイッチと惣菜パンを腹に入れていき、補給をせねばならない。

 

エリセも問題だが、その後におそらく出てくる「クモの使い魔」を倒すためにも―――。

 

というアーシュラの内心など分からぬ面子が多いので、黙々と咀嚼するアーシュラに誰も何も言えなかった。

 

どこか鬼気迫る様子が、何かの緊迫感を覚えさせていたのも一因。そして、山のように積まれたパン類が全て消えて、お茶を煽るように飲み干したアーシュラの湯呑み茶碗(ライオンが描かれたもの)が、机に置かれた音で―――。

 

「ごちそうさまでした」

 

(((((全部食いやがった………!!))))

 

別に、アーシュラのポケットマネーから出た仕出し弁当ならぬ仕出しパンだから構わないのだが、まさかあれだけの食糧を食い切るとは……。

 

「今更だが、そんなに食って大丈夫なのか?」

 

「本当に今更ですね。そして、今まで食ってから試合に赴いたのを見ているはず」

 

「まぁ、そうなんだけどな……」

 

後輩の体調を心配する摩利だが、それは今更すぎた。そして本題を切り出すタイミングを失ってしまった。

 

「アーシュラ、今までの戦いで尽力してくれてありがとう」

 

「それはどうも。勝つたびに皆さん暗い顔をしているんで、そんな風に思われているとは思いませんでしたよ」

 

「七草などと一緒にするな。俺は、お前が並み居る実力派魔法師を、ちぎっちゃ投げちぎっちゃ投げ戦維喪失させるたびに、心が湧き上がるぞ」

 

当てこするように言われた真由美としては、克人に言い返したい気分だったが、ともあれ今は疑問の解消が一番だ。

 

「そんな中、今回は心穏やかならざることがあった。みなまで言わなくても分かるな?」

 

「カリバーンに関してですね?」

 

「ああ、あのウェディングケーキ入刀の魔術は、司波達也に好意を抱く女子たちにざわつきを生んで、そしてお前に好意を抱く俺や五十里などの男子に動揺をさせた……」

 

「本心かどうか知りませんけど、随分とおピンクなことを考えますね」

 

少しだけ心がざわつく事を言われてしまう。邪推と言われれば、そのとおりだとしかいいようがないことだが。

 

「まぁ端的に言えば、別に司波くんの助けがなくてもカリバーンは放てましたよ。ただあのとき、一色さんの剣を受け止めて、乾坤一擲のチャンスをくれた努力を無駄にしちゃいましたからね。まぁそれでです。勝利の栄誉は、自分の手もあったのだとしといてやろうという、ワタシなりの気遣いです」

 

「アーシュラ………ありがとう」

 

そんな深い気遣いがあったとは思っていなかったのか、達也から礼が言われる。別にそんなことはどうでもいいアーシュラなので―――。

 

「聞きたいことがあるならば、はやくどうぞ」

 

「そうか……ならば端的に聞こう。カリバーンとは、やっぱり騎士王の名で知られるアーサー王の武器だな。それをお前は扱えるのか?」

 

「使えるかどうかで言えば、そのとおりです。刃の機能で振るうだけならば、克人さんにも使えますけどね」

 

「そうなんだろうな。だが、あの試合でお前が持ち込んだのは、アッドのような礼装でもなければ―――ただの模造刀(レプリカ)だ。レプリカを……宝具―――ノウブル・ファンタズムも同然に出来る―――それもお前の能力なのか?」

 

その言葉にお茶を一啜りするアーシュラ。推測としては、このあたりまでができればいいだろう。別に正解であり正答を教えるほど馬鹿ではないので―――。

 

「そういう理解で構いませんよ」

 

「……そうか―――そんなことが出来るのか、魔術師は……」

 

もはや驚くことも疲れてしまうぐらいに、人知を超えた能力の発露に、克人も疲れ気味になってしまうも、アーシュラはかまわず追い打ちをかける。

 

「出来るんですよ。ただ一つ、別にワタシのようなケースは「特殊」ではないとだけ言っておきましょう。かつてワタシのようにアーサー王の宝具を使えた人間が、歴史上にも存在していたわけですから」

 

ざわつくテント内。古式ゆかしくファンタジックな所とは無縁の現代魔法師が大半ではあるが、流石に現代魔法に使われる名前―――魔法名というのが、そういった神話や伝説から取られているのは間違いなく知っているわけで。

 

「その人間は、中世イングランドの王「リチャード1世」。またの名を「獅子心王」……ライオンハートと呼ばれたアーサー王の大ファンです

 

「ファ、ファンならばそういうことも、で、出来るのか?」

 

なんというか、現代魔法師としての価値観がゆらぎそうなアーシュラの言動に、克人としてもどうしようもなくなるのだが、本人はいたって真面目なのだ。

 

「詳しいところは割愛しますが、獅子心王は幼い頃から、宮廷の楽師にアーサー王と円卓の騎士の伝説を歌わせて、それを子守唄代わりにしていたというぐらいに大ファンでしてね。イングランド王になった後は、アーサー王の遺物を求めて、西に東にと渡り歩いたそうですよ」

 

「う、うむ。そこまでは理解できている―――が、それだけで出来るものなのか?」

 

「胎教に代表されるように、音楽というものが幼時の頃に与える影響というものは、かなり大きいものです。特に中世時代というのは、もはや神秘が薄まったとはいえ、その有り様を変えて残していった。吟遊詩人(ミンストレル)の技術は、ドルイドの文化や技術を後世に残すための適応化とも言われるほど―――すなわち、当時の歌や詩は、魔術的なものを孕んだものであり、そんなものを寝物語で聞かされていたらば、呪いか祝福のように人の魂を変質させてもおかしくないです」

 

その言葉に、誰かがツバを呑み込んだ音が生々しく響く。

そして話は続く。

 

「そんなわけで獅子心王は、アーサー王の大ファンとなり、ただの装飾剣から食器のフォークにまで『エクスカリバー』『カリバーン』と名付けて、愛用して、それを『宝具』へと昇華するまでにいたったわけです。言うなればワタシのカリバーンは、獅子心王のスキルのFake(贋作)ということです」

 

久々に聞くアーシュラのとんでも解説。獅子心王―――リチャード1世のことすら知識が不確かであり、アーサー王との関係性すらあやふやな面子ばかりで、それが真実であるということすら断定しきれない人間ばかり。

 

「……お前も魂を変質させられたのか?」

 

「さぁ? 本来のワタシがどんなんだったのかなんて知らないし、気付いた時にはこんなんだったしね。どうでもいいことだわ」

 

まるで『同類』にでも出会ったかのような目をする司波達也をあしらいながら、内心ではウソを付けたことに『ホッ』としておく。

 

そして―――。

 

「克人さん。そろそろ『外』にいる方を入れませんか? それともワタシ一人で応対しましょうか?」

 

「むっ、外?」

 

言われて全員が、テントの向こうに目を向けて、一番近くにいた人間がテントの幕を開けると、そこには、数時間前に敗れた三高生徒を引き連れた妙齢の女性がいた。

 

夏場にも関わらずキッチリしたパンツスーツ姿の女性は、どこか女豹とも雌獅子のような印象の鋭さを持っている。

 

「アナタは―――?」

 

その佇まいに、只者ではないと悟った克人が問うと、紅を引いた唇を開く女。

 

「魔法大学附属第三高校の校長 前田千鶴だ。ウチの生徒たちが世話になったな」

 

お礼参りに来たのかとか言いたくなる言動だが、そういう風にも聞こえかねない言いようをする女史の登場に、全員が緊張する。

 

「―――キミが『聖剣製の後継者』アーシュラ・エミヤ・ペンドラゴンで、そちらが『ロード・アニムスフィア』の孫たる藤丸立華でいいのかな?」

 

「「違います」」

 

「しれっとウソつくんじゃない!! ったく……士郎さんは、どんな教育をしているんだ………」

 

問いかけた女史の言葉に、さらりととんでもない返しをする2人。しかしながら、要件を優先した前田千鶴は話を続けてきた。

 

「色々と悪かったな。その髪も、一色の服のために切り落としたそうで―――申し訳ない」

 

「お気になさらず。それなりの腕前でしたよ。楽しめた」

 

「我が校の女子エースも、キミにかかればそれなりの腕前か。悔しい限りだ―――」

 

明らかに『社交辞令』としか取れないセリフを吐かれた前田千鶴は苦笑する。そんな千鶴の心を察しつつも、立華は話を進めてほしいと思って口を出した。

 

「ミズ・クレーン。申し訳ありませんが、要件はお早めに。お答えするのはアーシュラではなく、私のはずでしょう」

 

「せっかちだな、お前は―――まぁいいさ。聞きたいことは、一つだ……ウチの生徒たち……あたしが面倒見てきた連中が全員、お前の出した『船』に乗ったことが悔しい。だからこそ、現在どうなっているのかが知りたいんだ。頼む藤丸―――ウチの普通科の生徒たちの様子を教えてくれ」

 

「連絡は取れていると思っていたんですが」

 

「確かに取れている。けれどもアニムスフィアのちょ『ちょっと待ってください!』―――なんだ?七草君」

 

選手だからか十師族の長女だからなのかは分からないが、会長を知っていた前田校長が、そんな風に返してきたことで、本当に自分が知らされていないことを、会話しているのだと気づき……真由美は、心を落ち着けてから問い返すことにした。

 

「なんだか先程から聞いていると……三高の生徒さん方が、何かのイベント……恐らく国連組織『カルデア』に連れて行かれたと推測しますが―――それは!?」

 

聞きたくないはずなのに、聞かなければならないという使命感から、前田校長に鬼気迫る態度でいた真由美に前田千鶴は、少し考えてから視線を藤丸に向ける。

 

「百山先生から聞かされていたが、本当にキミには何も知らされていなかったんだな―――教えても構わないか?」

 

「どうぞ。もはや会長の出場種目は全て終わりましたし、本戦ミラージとモノリスに出場する方々は、特に何も感じないでしょうから」

 

「ふむ。思っていた以上に一高の状況は悪いんだな……」

 

何故に藤丸の許可が必要なのか。それ以上に、他校の校長からそんな講評をされて、少しばかり呻く人間は多い。

 

「まぁいい。簡潔に言えば、そちらと第二高校で言うところの2科生たちと、三高の普通科の生徒たちは、希望者だけ―――とは言うが、全員が尽く……例外ありだが、ともあれ『単位取得』のために、人理継続保障機関『フィニス・カルデア』の『特別授業』(スペシャルセミナー)を受けに行ったよ」

 

苦笑して手を振りながら吐かれた言葉に、誰もが沈黙をして、そして理解が追いついた時には、とんでもなくうるさいぐらいの驚きの声が上がるのだった。

 

 

「まさか死徒が極東にやってくるとはな。アレは殆ど欧州圏内から出てこない類だと思っていたのだがね」

 

「仰る通りです。しかし現実に死体が動き出して、この九校戦会場付近で人食いを行おうとしているのは、事実です……それらの被害は未然に、サーヴァント及び聖堂教会の代行者によって始末されているようですが」

 

あからさまに気に入らない、気に食わないという態度を見せる風間に苦笑するが、ならば我々の『魔法』で屍の一体でもどうこうできるかといえば、まず不可能だ。

 

そのことも理解できているので、益々腹立たしいというところか。

 

「一高と二高との戦いで使われた魔法―――いや、『宝具』もまた情報が降りてきていない……キミは私に、あの竜姫と星姫に言うことを聞かせられると思っているのかね?」

 

そんな憤慨を理解していても、烈に出来ることなど何も無いのだ。元老院という『自分たち』(現代魔法師)を開発したものたちとて、本当の『裏側』の勢力には太刀打ち出来ない。

 

だからこそ、今回のことは黙認されているのだ。

 

 

「ですが、アナタだけがこの国で何とか出来る人物でしょう。ここで何も出来なければ、アナタの作った十師族制度に対する疑義が、あちこちから出てきますよ? ただでさえ、一高で起きたことで、魔法師の社会的立場は危ういのですから」

 

「……むぅ……」

 

風間に言われたことは分かる。わかりすぎるほど理解できた。

 

(腸が煮え繰り返るような想いも、呑み込まねばならないか―――)

 

そうして―――重い腰を上げて、件の一高テントに赴くことにした。何にせよ……嫌われ者のジジイだとしても、孫と同じ年代の子のために尽力せねばならないのだと、そういう決意で老骨に鞭打つことにするのであった……。

 

 



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第83話『摩訶不思議アドベンチャー』

電撃大王のubwを見て、『ああ、さすがに凛でもコードレス電話ぐらいは使えたんだよな』などとかなり失礼なことを考えてしまった。

でなければコトミーからの留守電も聞けんわなどと思いつつ、新話お送りします。


魔法大学付属第一高校(以下 一高)に起こったことは、所管の官庁である文部科学省としても痛切・痛恨の出来事であった。

 

本件の端緒たる『公立』『国立』高等学校にあるまじき、同一学科における入学時点での能力判定による、教育機会の有無の絶対化は明らかに違法状態であり、これを放置していた一高の責任は明らか。

かつ、制服の校章の有無による『見える差別』を放置していた、現・一高備品部の責任もまた明確。

 

更に言えば、本省庁に提出されていた学習指導綱領や、本来いるべき教員すら欠いた状態での魔法実技教育状態であることを『改竄』『隠蔽』して提出していたことは言語道断であり、全教員の責任も明らかである。

 

しかしながら、国防に関わる教育機関であるからこそ、国防省との兼ね合いで積極的関与を避けていた本省庁(文部科学省)にも一定の責任はある。

 

そこで本省庁は、教員の増員として、英国『時計塔』こと魔術師協会から分裂した、国際機関フィニス・カルデアへと協力を要請。

教員の派遣の確約を取り付けることにこぎつけた。

 

しかし、これで何とかなるのは1−2学年の2科生徒たちだけであり、既にカリキュラムの大半を終えた3年生の2科生徒たちを救済するものではないと断じる。

 

 

そこで、かつて人理修復を成し遂げ、後の濾過異聞史現象において、格段の活躍を見せた日本人『藤丸立香』の伝説に倣い―――――――。

 

 

「多くの英霊召喚を成し遂げたフィニス・カルデアへの、夏季休暇を利用した派遣からの補講・実践授業を実施。なおこれは、一高だけでなく……二高、三高の2科生徒たちも対象……なおこれは強制ではないが、現在……魔法師への道を志す人間たちに対して、無慈悲な制度を押し付けていた魔法大学及び関係機関を信用できない現在を鑑みた救済措置である――――………」

 

文科省から三高校長に送られてきた公文書――――――、一高校長にも送られた文書を一行、一文、一字を読み上げる度に顔を青くする七草会長に『ざまぁ』という気持ちをもたげるが、同じく殆どの1科生たちも似たような顔をしていくのを見て、『ざまぁ見晒せ』という気分だ。

 

「こ、こんなことを私やその他大勢に秘密で行っていたっていうの? 酷すぎるわよ!! 別に何か一言教えてくれたって良かったじゃない!! こんなことが前もって決まっていたならば……」

 

「ならば?」

 

促された会長は完全に落ち込んでいる。もはやグロッキー状態である。

 

「……私は、せめて先生方を信用してほしいと思っていたのに。先生たちだって、決して2科生たちを指導できない現状をいいとは思っていなかったのよ!!」

 

「けれど文部科学省は、既に魔法科高校の教員、特に実技指導を行う面子を信用していないわけですよ。国策で1000人は大学に送り出せとしている一方で、軍事セクションに進む学生もいるわけで、まぁそのために必要な教育を施していたものだと思いきや、こんな風な2000年代初頭に起きた高等学校の『必須科目未履修問題』も同然な状態だったとは、思っていなかったそうですね―――いや、噂だけは役人たちも聞いてはいたはず。

ただ、魔法科高校の閉鎖性。大学自治権も同然のやりようを前にしては、引っ込まざるをえなかったわけですね。十年以上もこんな状態ならば、どっかしらで無茶は生じましょうよ」

 

あまりにも正論過ぎる答えに、真由美は絶句してパイプ椅子に体重を預けながらうめくように返す。

 

「………なんで、なんで、そんな風に……敵対意識を煽るのよ………別に……私は2科生たちを差別していたわけじゃないのに……」

 

「いいや、アナタは2科生を差別していた。その最たるものがあの演説ですからね」

 

思わず絶句する。あの演説内容に対して、感じ入るものがあった人間もいたというのに―――達也の認識を尽く覆す立華とアーシュラの見識は、深すぎる。

 

そして何より『正解』すぎた……。

 

「巷では、昔の政治家『進()郎構文』ならぬ『真由美構文』などと言われているアレの問題点は――――――2科生たちを、十把一絡げおんなじにしたものだからですよ」

 

「どういう意味だ?」

 

グロッキーな真由美に代わり、受け答えするのは克人となる。

 

「少なくとも私が見てきた限り、2科生の方々はみんな、魔法師に成ること、練達の術者になろうと『前向き』ではありますよ。決して後ろ向きな気持ちでいる人間ばかりじゃありませんでしたよ。流石に3年生になれば、もうここまでという諦観も生まれるんでしょうが、それでも……教員がいない中でも、実技指導を受けられない中でも、合格ラインに達してきたという彼らの誇りを捨てさせて、『後ろ向きな』青春しようぜみたいなクソなこと、よく言えましたね。吐き気がする」

 

「つまり七草の演説は……前向きに魔法師になろうとしていた生徒全てに、『弁えろ』としか聞こえなかったということか……確かに不見識ではあろうな」

 

その唸るように納得をした克人の言葉に、達也は己を恥じた。かつてブランシュによる差別撤廃スローガンにおいて―――

 

『モノにならない魔法技能ならば、別の道に進めば良いんだ』という事を妹に話した際のことを思い出して、今思えば、それは『小賢しく』『小利口』な生き方であって―――胸に熱いもの―――情熱を持って事に臨む人間には、何一つ身にならないものであったことを、今更ながら想う。

 

「魔法技能に差があるから、青春で心の無聊を慰めろ、飢えを凌げだなんて小賢しい物言い。よく出来たな」

 

前田校長の言葉が、更に真由美を苦渋に歪ませる。

 

「話を戻しますが―――結局の所、日本の政府筋としても、本来ならば練達の術者として、いざとなれば国防の最前線に送り込むことが出来る魔法技能者が育たずに、そのように無駄遣いされるのは非常に腹立たしいことだということです。あるいは、そもそも国立の学校として多額の税金を投入しているというのに、人員は集まらないわ、実技指導を受ける人間は制限するわ、集めた教員共は宮沢賢治の詩歌の心も理解できん味噌っかすだわ。こんな状況で、政府筋が大鉈を振るわないわけがないんですよ」

 

全員が静まり返る。百山校長は上手く収めたと思っていただけに、少しだけ裏切られた気分だ。

そりゃ今まで通りなわけがないとは思っていた。

 

「……だが一つの疑問がある。俺たちが無情にも切り捨てた、……今まで顧みることもしなかった2科生たちを、練達の術者に孵す方法を……カルデアは持っているのか?」

 

「――――易い方法ではないだろうが、あるだろう」

 

その言葉は、テントの外から聞こえてきた。今日は千客万来だなと思いつつ……やってきたのは。

 

「「九島烈(クソジジィ)」」

 

「いきなりとんでもないルビ振りで、私を称してもらいたくないものだな」

 

「「クソジジィ(クソジジィ)」」

 

「誰がルビ元と一致させろといったのだ……少しばかり話したいことがあって来たのだが、随分と白熱した議論があったな」

 

咳払いしてから、そういう風に若人たちを称する九島烈だが……。

 

「議論じゃないですがね。ギロチンみたいなものです」

 

「うむ。怖い」

 

返される言葉は無情に過ぎた。

 

2人の言いように対しても普通にする九島烈だったが、それでもまずは疑問の解消を優先したい克人は、烈の言葉に疑問を問うた。

 

「九島老師……易い方法ではないだろうがというのは、どういう意味なのでしょうか?」

 

「言葉通りの意味だがね、十文字君。つまりフィニス・カルデアとは、人理保障―――即ち『特異点』の解決を目的とした機関であると同時に、現在では―――ちょっとした『修行場』となっているということだ」

 

一同沈黙。変わんないのは湯呑を持っている立華とアーシュラだけである。

 

「しゅ、修行場ですか……」

 

なんとも外連味の有る単語だが、老人にとってはそうではないようで、茶を飲みながら例が伝えられる。

 

「うむ。亀○人のカメ○ウス、霊光○動の使い手 幻○ばーさんの修行場、小竜○さまのおわす妙○山みたいなものだ」

 

果たしてこの中の何人が、九島烈の言うところの修行場を連想できるのか疑問では有るが―――――――。

 

数少ない人間の一人である達也は、少しばかり疑問を挟む。

 

「アーシュラもカルデア所属の魔術師なんだよな?」

 

「そだけど」

 

「で、アルトリア先生も同じく」

 

「そだね」

 

「つまり……アーシュラがデニムミニの美女(小竜姫さま)で、アルトリア先生が『大竜姫さま』ということか……」

 

「ひとの母親に対して、何を真面目に想像してんのよ。ド変態」

 

そんなやり取りがありつつも、説明しろという視線が、あちこちからアーシュラに届く。

どういうことなのかを―――――。

 

「そこの闇将軍が言う通り、カルデアは『修行場』なんですよ。多くの『師匠』が居ることで有名な場所でしてね。知る人ぞ知ると言えばいいんですかね」

 

「師匠……?」

 

「頭のいい司波くんならば、もう察しは着いているんじゃない?」

 

「まぁな……召喚したサーヴァントを教導役としているのか」

 

「ちなみに、私もその一人なのだ―――♪♪」

 

「ぶっ!」

 

どっから現れたのか、武蔵ちゃんが現れてアーシュラに抱きつく。今日は本当に千客万来だなと、達也が感じていると。

 

「「そして! 私達2人は、そのサーヴァント道場の門下生だったりするのだ!!」」

 

「アリサくんと茉莉花くんも、英霊たちに教導を受けているのか!?」

 

腕組みをしながら『どん!!』という効果音をバックにするように、JS2人が言い切る。

 

ざわつく一同。そんな禁じ手を隠し持っていたとは―――。

 

「……ちなみに、在籍している英霊はどれぐらいいるんだ?」

 

「それに関してはノーコメントです。というよりも数え切れませんね。それに、武蔵ちゃんみたいに『あっちこっち』に出歩くのもいますからね」

 

「そして気まぐれに帰ってきたりするんですよね」

 

そんな飼い猫が外に出ていって、『ひょっこり』帰ってきたみたいな言い方……うちのタマ知りませんか? みたいなノリはどうかと想う。

 

「ただ、常時いるサーヴァントは70騎は下りませんよ」

 

だが最後には、脅すように戦力が少しだけ発表されるのだった。

 

「その中の全騎が教官役としてふさわしいかは、議論の余地がありますが……まぁ一番の教導役であるキャスタークラスは、面倒見がいいですからね」

 

その言葉の真偽を問いただすには――――。

 

「九島閣下が来て中断していたが、とりあえず皆の様子を見せてくれ」

 

前田校長の要望に答えることが肝要なのだった。それに対して端末を器用に操り、大型スクリーンを投影出来るようにする。

 

一昔前の映写機よろしく、セットされたあとは―――。

 

「―――Hello」

 

ハンズフリーの受話器のようなものをセットして、流暢な英語を喋りだした藤丸立華。ネイティブスピークなエイミィですら驚くほどのクイーンズイングリッシュを前にして、数分の会話のあとには――――――。

 

「出ます。ちょうど良く、リアルタイムでの授業の様子を見せられそうです」

 

そう言って端末を操ったアーシュラの手によって、映し出された最初の様子は―――。

 

 

『―――それでは授業を始める―――』

 

仏頂面の講師。誰よりも講師らしいと誰もが納得してしまう長髪(ロン毛)の黒髪―――黒いスーツで身を締めた男が、講義を行っている場面であった。

 

リアルタイムカメラにちらっと意識を払った後には、昔懐かしの『黒板』と『チョーク』を用いて、『現代魔法』を解説する様子。

 

その様子及び、ここまで『解体』されたものを教えれば―――。

 

(魔術師の眼とは、ここまで……現代魔法を解体出来るのか……とんでもないな。児戯も同然と言われたほどだ)

 

それを受けている、それぞれの学校の制服を受けている人間たちは―――――。

 

『では―――ここまでで理解できたものたちは、挙手してブラヴァツキー夫人の案内で、実技教室に移動したまえ。時間は有限だ。出来ると思えたものは即座に実践する』

 

その言葉に、授業を受けている60名程度から、20名程度が挙手をして動き出す。

 

『ではブラヴァツキー夫人、お願いする』

 

『了解よ、ロード・エルメロイⅡ世。では着いてきなさい。マハトマの導きに従いて―――♪』

 

仏頂面の講師から引き継ぐ形で、まだ中学生程度の少女が20名程度を引き連れて教室から出ていく。

 

そして画面が変わり、そこには―――。

 

 

『まだまだ!! 生と死の狭間にこそ、人間の限界能力はあるのだ!! カリキュラム上でのリミットなんぞ、クソの役にもたたん!! このスカサハが、貴様ら未熟者共を一週間で、一人前のケルトの戦士としてやろう!!』

 

『『『『イエッサー!! サージェント・スカサハ!!』』』』

 

 

中々に凝った軍人衣装をした美女―――マゼンタカラーの髪をしたものに、ボロボロながらも霊衣を纏った人間たちが威勢よく言う。

 

その相手を見た前田千鶴の眉根が動いた辺り、大半は三高の普通科の人間なのかもしれない。いわゆる嫉妬というやつである。

 

『うむ! いい返事だ!! では、次は―――ディルムッドの命を奪った魔猪の玄孫だ!!!』

 

「「「「加減しろこの戦闘バカ(バトルジャンキー)ーーー!!」」」」

 

『ふははは! 何も聞こえんな!!!』

 

アーシュラ、立華、アリサ、茉莉花の四人の声はどうやらあちらに届いているようだが、軍曹殿こと……影の国の女王スカサハは動じない。

 

そして、魔法戦闘の様子と魔法実演全てが――――――。

 

「1科生でも、そうそう出来ない達者な使用方法だな……そして、構築の仕方があまりにも器用かつ大胆すぎる……」

 

素直にブラヴァツキー夫人とやらと、女王スカサハの実践授業をそう称する十文字克人。反論の言葉は、誰からも出てこない。

 

これが、2科生―――才能が無いなどと馬鹿にして、哀れんできた人間たちの成果なのか。適切な講師をつけていれば、こうも違うのかと言いたくなる。

 

「ちなみに言えば、テオスは使用しちゃいませんよ」

 

「……俺たちの研鑽とは何だったんだろうな……」

 

「骨折り損のくたびれ儲けとでも言っていいんですか?」

 

「やめてくれ。本当に悲しくなる……」

 

だが、原因は克人とて理解している。要は―――全てにおいて『拙速』でしかなかったのだ。

 

そして自分や七草は―――己がどれだけ恵まれているのかを、認識出来ていなかったのだ……。

 

――――――話は核心へと続く。

 

 

 

 

 

 

 



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第84話『dis―――光をあたえて』

今回のタイトル。何のことか気づけた人がいればいいなぁと思う。






サーヴァント達による訓練。それも魔法を達者に行うために課せられているものは、非常に実用的かつ、すごいものであり――――。

 

正直、現代魔法の教訓としてよくある『実技が分からなければ理論も分からない』という『頭でっかち』なものではなく―――

 

身体感覚・肌感覚・五境……何とでも言えるものをフルに利用した、非常に『実践的』なものだ。

 

「我々のような人種というのは、本来的には『閃き』が先んじてあり、『理屈』なんてのは、それを補強するための後付けのものでしかないと想いますけどね」

 

俗に99%の努力と1%の閃きというやつである。だが、結局の所―――魔法師とて『天才型』の人物ばかりではないので、そういった訓練が主になった。

 

要は感覚的(フィーリング)なものを排して、機械が教えるものを信奉していたとも言える。

 

魔法師とは、インプットされた情報をアウトプットする装置。

 

『理屈通り』にすれば魔法は『発動』する。そう信じていただけに―――そうではない人間のことを失念していた。

 

なにはともあれ……。

 

「確かにカメハウスであり、カリン塔であり、ナメック星だな……亀仙人に、カリン様、神様(善のナメック星人)、最長老様ばかりだな……だが、なぜ七草や俺たちに秘密にしていた? それはやましいことがあるからじゃないのか?」

 

「いいえ、全然。そもそも文科省の正式な認可を降りたものであるならば、別に1科生のみなさんに教えることも無いでしょうよ。第一、2科生たちへのパスポートを発行するだけでも『一苦労』だったもんで。何より、この九校戦にマジになるならば、そんな風な事情を言うことで、妙な気苦労を負わせるのもどうなんだ?―――というのを校長先生から言われたので、黙ってましたし、みんなには黙ってもらいました」

 

一挙に言われたことで、腕組みして唸るようにしてから言葉を吐き出す十文字。

 

「……『理屈・道理』は通っているな」

 

「ええ、『現代魔法の実践』と同じく」

 

立華の口から『最大級の皮肉』を言われたことで、流石の皆も少しだけ気色ばむ。

だが明確な反論は出来ない。明朗なことを何も言えない。

 

結局の所……情実に訴えた『現代魔法師』らしからぬことを言うしかないのだが、それを言えば『今までのこと』が虚ろになる。

 

だから何も言えない。

 

それでも言うからには、先程の皮肉を飲み込んででも言わなければならないのだ。

 

「ただ、一言……もう真由美の友人としてしか言えない。お前には降参するしか無い! 藤丸……だから、一言あっても良かったじゃないか。真由美はお前の上役なんだぞ?」

 

「不確定要素は取り除くべきでしょうよ。少なくとも私には、会長が空港なり横浜港辺りで諸手を挙げて、万歳三唱して、2科生の皆を送り出すなんて未来は無いだろうなと思えていたんですよ。実際、先程の文科省からの公式文書でも、先に出てきた言葉が『先生方への擁護』とか、的外れもいいところでしたから」

 

摩利の弱い反論もバッサリ切り捨てる藤丸立華。何を言っても返される。

 

無情なる結論は出てしまったのだ。

 

2科生たちは決して才能が無いわけではない。適切な指導者を仰げば、1科生相当の力を伸ばす『スジ』がある人間なのだと。

 

悪いのは――――何も教えなかった連中であり、それに迎合していた1科生なのだと……。

 

「しかし……あのサージェント・スカサハとやら、ケルト神話における影の国の女王スカサハなんだよな?」

 

話の転換を狙ったわけではないだろうが、それでも場の空気を一新する一言を放つは前田千鶴であり、特にこだわるものもない藤丸は返答する。

 

「ええ、そうですが」

 

「……普段からあんな、上着の裾よりもスカートが短い服を着ているのか? タイツとの絶対領域とか色々とアレだぞ」

 

あんな強烈な美女が、まだ若年……未成年の生徒の前で、とんでもない格好(エロティック)をしていることに、教育者として色々と物申したい気分だったのだろうが―――。

 

「まさか。ただ『久々の若獅子たちの教導だ。流石に『現代人』には、いつもの衣装では緊張しよう。むしろ男であれば大興奮、女であっても真似したいと思える霊衣で相対しようではないか』とか、ウキウキしながら言ってましたよ」

 

―――英雄もまた、人格のある存在なのであった。

 

 

「そうか……」

 

何処か不満げというか納得しきれないものを覚えている、前田千鶴女史の言葉―――ソレに対して……。

 

「着たいんですか?『魔境のサージェント』の衣装を」

 

「バ、バカなことを言うな! 私の歳であんな衣装着れるか!! せめて―――肌年齢が、20年若ければ……」

 

見た目はともかく、スカサハは流石に自分よりも歳上であるとは理解していたらしく、怒るように言ってから、ため息を突く様子。

それが自分の歳に関してか、それともあんなエロ衣装を着た魔女に特訓を受けていた、普通科生徒に対する気持ちなのかは判断が出来ない。

 

まぁどちらにせよ教職としては、複雑だろうが……。

 

「私でなくても京音辺りに着せて、普通科生徒を奮起させるのも―――『アリ』か……!」

 

もっともすぐさま『次善の策』を出して、未来への展望を出す辺りは流石とも言えるか。

 

などと立華が得心していた一方で……。

 

「アーシュラもあれと同じ衣装は……『出せる』のか?」

 

「まぁやろうと思えば。スカサハの霊衣変更は、かなり簡便なもので、ルーンを使用すればそれなりには」

 

やれないわけではないが、やる必要はない。そんな文言を聞いた達也は……。

 

「成程……『簡単』ならば、着てるところを見たいんだが。画面越しではなく直接見ることで、それを知りたい」

 

「別にいいけど……なんでワタシにひざまずくようにしてるの?」

 

「いや、お前が想像しているような浅くて邪なものはない。中坊の頃に、沖縄で世紀末覇王から受けた古傷が疼き出したんだ……」

 

そのセリフを聞いても、最終的には『エターナルフォースブリザード』な視線が飛んでくるのは間違いなく―――。

 

「このエロ学派め」

 

そんな悪罵が飛んでくるのだった。ぐさりと達也の心に突き刺さる言葉に耐えつつ、とりあえず立ち上がる。流石にこれ以上深雪からの冷視線には耐えきれない。

 

と、達也が持ち直した時に。

 

「なぁ藤丸……壬生も、このセミナーに参加しているんだよな?」

 

「ええ、そうですけど」

 

桐原武明が遠慮するように問う。そう言えば先程のライブ映像の中で、彼女の姿を見ていなかったと達也は気付いた。参加していないならば分かるが、参加しているならば……。

 

「見えなかったんだが、どうしたんだ? まさか―――」

 

「まさか?」

 

「……『無事』ならば、連絡させてほしい……」

 

「まぁ五体満足とは行きませんが、ちゃんと基礎補講を受けたあとに『スペシャルメニュー』を受けているようです。……ほぅ。五騎以上もの英霊たちから個人教導を受けているそうです―――有望ですねぇ」

 

その言葉にざわつきが生まれて―――。

 

「ち、千秋の姿も見えなかったんだけど、もしかして!?」

 

「平河さんも同じく。彼女、どうにも技術者畑みたいです……とりあえず、先んじて問われた壬生先輩の方から見てみましょうか」

 

そうして映像端末が最初に見せたものは―――『嵐』であった。

 

『動きの精度を高める!! 銃弾の初速にすら先んじる『瞬歩』『縮地』の秘技は、身体への支配が基本ですよ!!』

 

『はい! 沖田先生!!』

 

『紗耶香さん!! アナタの三段突き!! 見せてみなさい!!! 試衛館塾頭―――天然理心流の剣士として、バッチ受け止めてみせましょう!!』

 

嵐のようなやり取りの中でも剣戟は絶え間なく続き、その速度と膂力は、とんでもないものを画面越しでも見せていた。

 

絶えず脚を止めずに動き回りながらも、剣戟を放つそれは、正しく……サーヴァント級である。

 

まさか、ここまでになるとは思っていなかった面子があんぐりして、ライブカメラを認識したのか、『道場』……といえる場所にいた他のサーヴァントたちが、軽く『こちら』に手を挙げてきた。

 

それを皮切りに―――。桜色の髪をした美少女剣士と立ち会っていた壬生紗耶香の姿がかき消える。

 

だが、次の瞬間に美少女剣士―――沖田という美少女の後ろに出た紗耶香は、剣戟を既に放ったあとであった。

 

『くっ……! 迎撃されましたか!!』

 

『こちらとしても、壱の突き、弐の突きを再現されるとは想いませんでしたよ!! ただ、トドメの一撃が惜しかったですね』

 

その手に持つ刀―――その腹の部分で受け止めたと思える。こちらから見た限りでは、二つ『大小』の穴が穿たれていた。

 

それが……どうやら紗耶香の技を『必殺』にしなかった原因。人の身でありながら音速の攻撃を放つ紗耶香と、いなしたサーヴァント―――どちらにも驚愕を覚える。

 

『うぐっ……ありがとうございます。手合わせ・ご指導ありがとうございました、沖田さん』

 

丁寧な一礼をしたあとに、どこからか現れた少女……随分と可愛らしい子が、壬生の頭にタオルを掛けてくれている。デコが広い女の子―――しかし、どこかのお姫様を感じさせる気品が慈母を思わせていた。

 

壬生を労るような視線が羨望を生んでいた。

 

『いえいえ。次は休憩を挟んで、バインバインの源頼光どのと―――いきたいところですが、少々お話された方がいいでしょうね。マスター立華! アーシュラちゃん!! 幕末の美少女剣士『沖田さん』が、紗耶香さんにおつなぎしますね―――♪』

 

『藤丸さん!? アーシュラちゃんまで………いま九校戦の真っ只中じゃない? 私の方で時差ボケかな?』

 

「紛うこと無く九校戦の最中です。色々ありましてね。皆さんが、カルデアとハワイとラスベガスを特急で行き来していることが、明るみに出ちゃったんですよ」

 

『そっか……九校戦八日目で『ようやく』か。まぁどうでもいいけど』

 

どうでもいいけど。その言葉が再始動させるキッカケになったのか、七草会長がモニターの正面に出てこようとした。それを一種の敵意と見たのか、アーシュラが通せんぼしようとしたが、それを良しとした藤丸が、席を譲りながら通信機器を寄越す。

 

「壬生さん。久しぶりですね―――」

 

『どうも』

 

軽い口調と、どことなく侮蔑したような返しが、その目が訴える感情が真由美を震わせる。

 

「……先程からカルデアにいる皆さんの様子を見させてもらっていましたが、凄かったです……全員が全員―――私など1科生が到達出来るものを飛び越えた能力を得ていて、正直……羨ましさを覚えたぐらいです―――けれど……せめて一言、同じ剣の道にいる……ま…渡辺、桐原君にあっても良かったのではないですか?」

 

『一言とは?』

 

「―――九校戦に応援に行けない理由を……カルデアに行くとまではいかずとも、それとなく言ってくれれば」

 

『言ったらば、その人達はちゃんと私達を送り出してくれましたか? 結団式の際の九校戦メンバーのように?』

 

疑問と疑念を持つのは当然だった。

 

「当たり前です!! 何で全て秘密にしてまで―――私が……七草真由美という『クソ女』が信頼も信用も出来なくても……他の人……他の1科生にまで内緒で、そんなことしてほしくなかったのに……」

 

『けれど、それが校長先生からの指示だったので。『特に七草真由美には言うな。吉田茂の秘密解散のように、内密にしておけ』って』

 

裏で三味線弾きすぎる校長先生に、嫌悪感を覚える。けれど、自分を理解しすぎたその言動に、もはや何も言えない。

 

本当に敗残の中にあった袁術の気分になっていた時に―――。

 

『あの、もういいですか? 時間を無駄にしたくないんですよ。頼光さ『ママ、もしくはお母さんで!』……頼光ママが呼んでいるので……』

 

 

先程から、道場中央で壬生を呼んでいた超美人が割り込むように言って、訂正する壬生。

更に言えば、自分との会話が『無駄』と言われたことに、もはや―――踏んだり蹴ったりとは、このことだ。

 

そんなモニターに無理やり割り込むのは、摩利であって、引ったくるように真由美から通信機器を奪い取ってから、急いで声を掛ける。

 

「壬生!! 私は真由美のような『グチグチ』したことは言わない!! だから一言教えてくれ!! いま―――お前は―――『幸せ』(充実)しているか?」

 

 

その言葉を受けて、初めて壬生紗耶香の表情に変化が現れる。その元で―――吐かれた言葉は……。

 

『はい! 私は―――ようやく『私』の可能性を、自分が『何者』であるかが理解出来ましたから!!』

 

満面の笑みを浮かべて答える少女剣士の言に、色々な感情を渦巻かせながらも……渡辺摩利は『悔し笑顔』で返す。

 

「そうか……なら―――いいさ。がんばれよ!」

 

摩利の言葉を受けて一礼をした壬生紗耶香は、頼光ママのところへと嬉しそうに駆け出す。

 

そして見えてきた、雷霆を扱った剣戟の練習が始まったりする―――その後には、平河千秋の様子を見て、その後には何もなくなった。

 

英霊たちの個別指導を受けている人間たちは、全員ではないが、それでも基礎講座を終えたあとには、自分が学びたいことを知っていそうな人々に聞きに行ったりしている様子を見て……。

 

「喜ばしいことだ。本当に、すごい魔法技能を持った魔法師が多く世に出てくれる。これは……いいことのはずなのに―――素直に喜べないのは、俺が、七草が……十師族など数字持ちの人間たちが、『肝が小さい小者』であるという証明か……」

 

克人の方で『結論』は出たのだった。

 

「で、もうよろしいですかね?ミズ?」

 

「ああ、ありがとう。しかし……羨ましい限りだな。あの中には、天下御免の傾奇者(前田慶次)前田利家公(犬千代)もいたんだろうか?」

 

「利家公の上様―――織田信長公ならばいましたけれどね」

 

「教えてほしかったぁ……」

 

その言葉を皮切りに――――前田千鶴は出ていく準備をする。

 

「士郎さんとアルトリアさんが音頭を取っている時点で大丈夫だとは思っていたんだが、それでも今は本当に安心できた。ありがとう2人とも―――決勝戦、どうなるか楽しみに見ておくよ」

 

手を挙げて快活に去っていく女傑の姿を見送ってから、端末を仕舞う藤丸。そうして長々とした説明は終わった。

 

「闇将軍閣下はまだいられるので?」

 

「いや、今―――違うところから連絡が来た。どうやら私が知りたい情報を、シスター・チトセは教えてくれるそうだな……遅きに失するぐらいだと私は想うのだが……解決出来るのかね?」

 

「さて。代行者たちは『シト』を始末できればそれでいい。ただ、そのために出る被害は特に考慮していない……流石に土地ごとの抹消まではしないと信じたいですが、状況が状況ですからね―――避難誘導はお願いします。唇痕を確認してしまえば、どうなるか分かりませんから」

 

「―――………分かった。京都・奈良では、君たちの忠告を聞き入れず、多くの犠牲を出した私だ―――だから、この事態を解決する上で―――もう若人の犠牲を出さないでくれ……」

 

老人の深い一礼を受けて、それでも『承知した』と頷けないアーシュラと藤丸―――その胸中に何が渦巻いているのか理解できずとも―――闘いの時はやってくる。

 

そして何より……。

 

 

(((((なにか物騒なことが起きようとしているのか?)))))

 

よく考えれば、森崎たちファーストチームが襲われた一件が未解決であったことを思い出して、それ関連であることを理解するのが精一杯であった。

 

それでも、『あの時』のようなことは、もうごめんだ。

 

「2人とも、九島老師がいなくなって早々にあれではあるが―――何が起こっているかを教えてくれ」

 

その言葉のあとに、超然とした2人の後輩から説明されたことで、事態の深刻さを全員が実感するのだった……。

 

 



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第85話『降魔の導火線』

久々のこちらの更新。

どうぞ。


 

 

 

『さぁ三位決定戦を終えて、遂に本日のメインイベント!! プリンセス・ガード決勝戦を始めたいと想います!! 驚異のダークホース、6高の快進撃を止めるべく、王者の貫禄! 横綱相撲とまではいかないが、立ちふさがるは、1高!! 事前に出ていた下馬評を、良くも悪くも覆してきた両校の対決まで間もなくです!!!』

 

興奮気味のアナウンサーの実況を聞きながらも、色んな意味で緊張した観客席の一角。

 

伝えられた情報が本当ならば、ここで打って出るかもしれないのだから―――……。

 

「さぁて……今回のアーシュラの霊衣(ドレス)は何なのかしら?」

 

「決勝戦だからとにかく気合を込めたものとか言っていたけどね……エリセに対抗する意味でも、とにかく女の魅力を高めろとは言っておいたけど」

 

「公序良俗としてどうなんですか……?」

 

「ここにアーシュラがいれば、術技能だけでなく美貌もナイスバディも、知恵も勇気も全てをマックスパワーで使ってこそ勝利の意味があるとか言っていますね」

 

恨めしげな深雪の言葉に対して立華はそう説明しておく。

 

女の魅力(チャーム)は古来から魔力の一つ。それを高めてアピールすることに、アーシュラは何も頓着しませんよ」

 

どこのゴーストスイーパーだと言わんばかりだが、そんなことで達也が誘惑されたならば、完全に精神系統の術式を極めてきた『四葉の魔法師』として、深雪は敗北を突きつけられた気分だ。

 

「そう考えると、アーシュラは日常と戦闘とかの際の切り換えが上手いってことなのかしら?」

 

「でなければ、アレだけのことが出来るわけがないでしょ……もっとも、その戦闘時の美しさと強さにやられる男の多いこと多いこと……」

 

剣術部の相津を筆頭に、魔法科高校でもそういう男たちは多い。普段は色気もクソもない大食らいしまくる女だとしても、色んな意味でデンジャラスガール。それが衛宮アーシュラなのだった。

 

 

そんなアーシュラの決勝戦での衣装は――――。

 

 

「まさかスカサハの衣装―――魔境のサージェントを纏うとは」

 

「きっと司波達也さんが、『決勝戦なんだ。 気合い入れるためにも、あの衣装になってくれ!』とか言ったんじゃないですか?」

 

「お兄様はそんな低俗な欲求に惑わされない!!」

 

立華の言葉に補足した茉莉花に反論する深雪。

 

そうは言うが、そんな今のアーシュラの衣装を求めていたところは全員が目撃しているのだから。

 

 

手に持つ得物は、当然ながらゲイ・ボルグなんて持てないわけだから、樫作りの薙刀を手にしている。

 

「アーシュラは槍術も出来るの?」

 

「武芸全般―――おおよそ主要なものは、全て免許皆伝レベル以上の水準で修めていますね」

 

エリカの質問に簡単に答える立華。衛宮アーシュラと言えば『剣』というぐらいに、武は剣技が主だと思っていただけに、コレに関しては意外なのだ。

 

そういう風に試合のことだけに集中していたかったのだが、少しだけ違う人間が苦言を呈す。

 

「りっちゃん……こんな風に『呑気』に試合観戦していていいの? 確かに昼間に『棺桶』を探すだなんて無理だけど……『祖』かもしれない死徒が、動き出そうとしているのに……」

 

「そうはいいますけど、エイミィだって分かってるはず。彼ら相手に『能動的』に動けば、逆を取られることぐらいは」

 

「うーん……なんて難儀な……」

 

物騒な話を進める2人。この九校戦の裏側で行われていたこと……説明されたことは、一高陣営を卒倒させようとしていたが――――。

 

『専門家に任せる。俺たちは何をすればいい?』

 

『何もしなくていいです。敵に襲われたならば、自衛及び逃走を優先に―――余裕があるならば観客を避難誘導してください』

 

そんな無情な言葉が十文字に向けられて、その後には反論が無くなった。死徒というモノの脅威をホワイトボードで説明したのだが、果たしてどれだけ理解が出来ているかは賭けだが。

 

『かつて新ソ連首都で起きた『モスクワ事変』で、主犯となっていたのは、奴らの内の『六鬼』―――六鬼だけで、当時モスクワにいた市民から政府上層、魔法師であろうとなかろうと、老若男女問わず『手ずから』殺し尽くしたのです』

 

その際の『記録映像』を見せたわけだが、まぁスプラッターかつ合成映像なのではないかとも疑われたが―――『表の歴史』でも、現在の新ソ連の領土、かつての首都モスクワは無人の地域なのだ。

 

 

そんな一高だけが持っている危機意識とは真逆に、戦いは今にも始まりそうだった。

 

 

「さってと、遂に決勝戦―――まさか三高戦で『完全燃焼』してたりするかしら」

 

軽快に薙刀を振り回しながら聞くアーシュラに対して。

 

「さぁてな。ただ、この試合だけはお前が全て仕切るんだろ? 勝利の女神になってくれるならば、それに従うだけさ」

 

「その勝利の女神に気安く抱きつくとか、不信心の限りじゃないかしら?」

 

「験担ぎだよ。ほら「うさぎの足」は幸運の印というやじゃないか」

 

今のアーシュラは、長かった髪をラプンツェルよろしく衣類に提供したことで、短くなっているのだが、達也にとってはそういうことではないようだ。

 

「レオン君、ミッキーもやるか?」

 

「僕はともかく、レオは宇佐美さんとやらに怒られるんじゃないかな?」

 

「いや、お前だって美月から『妙な眼』を向けられるんじゃないか?」

 

「ということは俺だけがこうしていられるということか」

 

「何を浸ってんだHENTAI」

 

そんな会話をしながらも、相手の六高は強敵であることは間違いない。最後の作戦確認が行われる。

 

「先に言っていた通り、ワタシがエリセとボイジャーを抑えるから、皆はモノリス陥落に専念して。出来うることならば、ワタシがオープンさせたいところだけど、出来るかどうかは分からないから」

 

「ああ、分かってる……お前こそ一人で大丈夫なのか?」

 

無問題(モーマンタイ)。そもそもここに来るまで全力で戦えなかったもの―――ようやく手加減無しでぶつかれる相手が来たのよ」

 

邪魔するなと言外に含むアーシュラだが……それではプリンセス・ガードの意味がないなと想いつつ、ここまでの戦い―――そんなんばかりだったと気付かされる。

 

ならば、最後くらいはアーシュラのワガママを聞いてやってもよかろうという、男気が働くのだった。

 

 

そうして激突は始まる。

 

開始の合図が打ち鳴らされる。

 

 

 

今回のステージは、三高との試合と同様に草原である。

 

広くて見晴らしのいいステージ……と言えば聞こえはいいが、結局の所―――決勝でまともに使えるフィールドがここしかなかったのと、協賛企業及び放映権を獲得している放送局に都合する形で、衛宮アーシュラというアイドルを映え(バエ)させるために、こうなったという裏事情がある。

 

更に言えば、相手校にも『アイドル』はいた。

 

アーシュラと同じく『木製の槍』を手にした美少女。青みがかった黒髪―――蒼黒とでも言うべき髪をセミロングにしている『海』を思わせる青色の眼を持つ少女。

 

その少女が……古代の弥生人を思わせる衣装で戦場に降り立つ―――冷静に見ればアーシュラよりも『露出強』で、色々と眼のやり場に困ってしまう。

 

幻想がそのままヒトの形を成したと言われても納得しかねないものが、そこにはいたのだ。

 

六高の布陣はオーソドックスなものだ。下手な小細工などせずに、向かってくる敵を相手に守備を固める。

 

あまりモノリス近くだと押し込まれる可能性を危惧して、前進はしているのだが。圧を感じつつも一高も前進―――否、突進をしてくるのだった。

 

「ラッシュラッシュラッシュ!! ドイツ語でロースとか言ってやってもいいが、とりあえず今はゴーゴーゴー!!!」

 

(そんな女よね。あんたは!!)

 

軍を率いる将器を備え、あまつさえ天地を揺るがす魔剣の数々を『身中』(てもと)に有しながら―――。

 

(そんなあんたが、なんで『人理』の根無し草なのよ!!)

 

「―――Wasserfall!!」

 

距離にして500mだろうかという距離でエリセは術を発動。六高の眼前で大津波が発生。

 

黒水の大津波が飛沫をあげながら一高勢を呑み込まんと迫る。しかし、ソレに対して―――。

 

「アスラ・シュレーシュタ・リトル!!!」

 

アーシュラも同じく大瀑布の如き『黒竜の突撃』で対応する。

 

とはいえ、あのアイスピラーズでの戦いとは違い、どちらかといえば『小竜』たちの突撃、更に言えばそれが細い矢のように細かく分けられていき、小竜たちの頭が矢のようにも見えるドラゴンアローが、大津波を相殺していく。

 

そして―――達也ですら気づかなかったのだが、その大津波の中には六高の選手たちが隠れていたわけで、ドラゴンアローは獲物を見つけた勢いで、六高選手をしこたま打ち付ける。

 

細かな散弾を全身に食らったことで、昏倒する。

 

「そうはいかないわよ!!」

 

「こちらの奇襲を読んだ……いえ、ただの当てカンね」

 

「最後の試合だもの! 派手にやらせてもらうわ!!」

 

そんなプリンセス2人が自分たちだけの世界にイッちゃってる間に、本陣への奇襲を目論んだ達也達だが―――。

 

その時、世界が崩れるほどの衝撃が―――何の前触れもなく訪れた。

 

この時を以て、九校戦最大の混乱は終息の道を辿るのである……。

 

 

 

 



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第86話『襲撃』

なんか最近、調子が出ない。
そのせいなのか1日辺りのUA数も伸び悩む。

気持ちのモチベーションなのか、それとも飽きられつつあるのか考えながら書いていきます。

申し訳ないですが、感想返信はしばらく出来ないので、設定とかに関して色んな質問、リクエストをされてもレスには困るので――――――そういった系統で無ければとりあえず目を通していきます。

勝手な申し出ですが、最近そういったものが多いので、ちょっと返信はやめておこうと思います。感想欄などで暴露するというのは―――神坂先生クラスでないと出来ないことだと反省しつつ新話お送りします


(戦うとなれば、本当に快活に楽しそうに動くもんだな……)

 

アーシュラと宇津見エリセとの戦いは、魔法師の認識能力を超えた領域での戦いとなりて、余人の介入を許さないものとなっていた。

 

となると、必然的に達也たちが相手にするのは六高の他の面子になるのだが……。

 

「通さないよ!!」

 

アーシュラの宣言とは違って、達也たちを足止めする存在に宇津見ボイジャーが存在していた。

 

ボイジャーが『CAD』から放つ『現代魔法』は、こちらを圧倒する。

 

「ボイジャー将軍を主軸に、一高を打ち倒せ!!」

 

そのなりで将軍なのかよ、などと言いたくなるが、大銀河を舞台にした星間戦争でも、小さいが機敏に動いて光剣を操る『マスター』がいたことを思い出す。

 

2090年代においても、あの名作スペース・オペラは色褪せないものだ。

 

そんな訳で、クローントルーパーの如き六高男子たちによって、進軍は止められていたのだった。

 

「ボイジャーはサーヴァントのはずだけど……何というか、神秘とは真逆の力を感じるよ!」

 

空気弾が砲弾のように叩きつけられる中でも、幹比古の分析。

 

こりゃマズイなと思いつつも、ボイジャーを無視してほかの六高ガードを倒す。そのプランへと移行するのだった。

 

そのためにもアーシュラには、モノリスの開放を願いたいのだが……などと思っていると、空気弾による砲撃とは違う風圧が、達也の頬だけでなく全身を撫でる。

 

強風、暴風、轟風……そうとしか称せられないものが、戦場に乱入してきた。

 

「宇津見さんを引っ張るようにして……」

「こっちまでやってきたのか……」

 

アーシュラの足さばきと槍さばきに対応するために、宇津見もこちらに移動してきたが。

 

こんな混戦状態では、邪霊を操ることは不可能のようだ。

 

 

「エリセ、これじゃ作戦がくずれるよ!」

 

「わ、分かってるけど! 私一人じゃアーシュラが抑えきれない!!!」

 

言いながらも槍撃は絶え間なく続く。防御主体の宇津見の黒槍に対して、攻撃的なアーシュラの槍は雷を付与されて宇津見を圧していく。

 

「双竜炉心・開放―――アンフィスバエナ(双竜牙撃)

 

その狭間にアーシュラは、『呪文』なのか、何かを唱えてから、一刺絶殺としか言えない突きが放たれて、強壮な赤龍と蒼龍の鎌首が顎を開き、『あぎと』で噛み砕かんと迫る。

 

ある種、現実離れした攻撃。幻影による魔法『化生体』なのではないかと、思ったのも一瞬。

 

赤龍と蒼龍のオーラは現実を脅かす『破壊力』を以て、宇津見に迫る。

 

「食え!! エルケーニッヒ!!」

 

しかし、それを無に返すのも神秘の御業。邪霊で固められた武器―――フレイルが、それらを消し飛ばす。否、食った(・・・)のか。

 

ともあれ、その間隙を利用して―――。

 

「ホイッ!!!」

 

「げぇっ! モノリスを開けられた!?」

 

有効射程範囲に入ると同時に、アーシュラは六高側の石版を開けた。

 

六高ディフェンダーの驚愕の声も当然だ。踊るように舞うように、飛ぶように―――三次元の軌道で動き回るアーシュラが、それを成したのだ。

 

もはや此処まで来ると、戦術とか戦略とかが必要な領域ではない。誰か一人がモノリスを打ち込むことに集中しようとすると、六高はそれを邪魔しようとするだろう。

 

だが……。

 

「パンツァー!!!」

 

飛剣を操る西城レオンハルトが、八高との戦い以来見せてこなかった『流星剣』(メテオーア)が、六高を襲う。

 

 

飛剣の刃が、落ちてくる途中で多くの刃片となりて、ふりそそぐ様は正しく悪夢。更に言えばそれには、先程アーシュラの放ったアスラの邪竜の魔力が込められていた。

 

小通連にある種の『魔力チャージ』機能を増設しておいた、アーシュラの秘策である。

 

「僕が援護をする!! 達也!! 衛宮さんと一緒にモノリスのコードを打ち込むんだ!!」

 

幹比古の魔法攻撃。古式の神童として自信を取り戻した彼の実力が披露される。走り回りながらも、それに対して洒落た敬礼を同時にするアーシュラと達也。

 

手首付近にあるキーボードを打ち込む達也を狙う魔法攻撃を防ぎながら、カウンターの魔弾を食らわせていくアーシュラ。

 

もはや、ここに至って六高は痛感する。一高のメンバー全員が、一騎当千の実力を持っている。

 

たとえ一人でも自由な戦術行動をさせた瞬間に、『穴』は塞がるのだと。

 

衛宮アーシュラに気を取られすぎて、本質を見誤っていた。

 

あるいは……戦術を変更するべきだったのだ。

 

 

(だが、それは出来なかった……あえて衛宮アーシュラを避けて、モノリス陥落だけを目指すことも不可能な話ではないが……)

 

(戦いの場にあって、アーシュラとの『直接対決』を避けた勝利など、本当の意味での勝利ではない。そう印象付けられた時点で、もはや運命は決まっていたのね)

 

三位決定戦を勝利した、三高の一条将輝と一色愛梨とが想う。

 

キャッチャー立たせてスラッガーを敬遠するなんてことは、魔法師の実力者たちには無理だったのだ。

 

そして……およそ2分後には、司波達也の方からモノリスのコードが送信されてウィナーが刻まれる……プリンセス・ガード優勝は一高。そのことに、誰しもが様々な感情を持つのであった。

 

その間隙を縫って、災厄は訪れた……。紅の外套を身に着けた存在。

 

遅れて赤雷がフィールドを圧倒する。異常事態を感じた時には、始まりは告げられたのだ。

 

 

大歓声にして大音声響くフィールド。勝利を得たことに慢心するわけでもなく、ただ単に息を吐いていると……。

 

「負けたわ。アーシュラ」

 

「本当のガチでやりあえたわけじゃないけど、ローマ百騎長の槍技、堪能したわよ」

 

「そう言ってもらえると何より、けど少しだけ悔しいかな。私だってアナタと同じような出自なのに」

 

「練度が違うってことで納得しておいて、それに……なんでもないわ。ありがとうエリセ。今大会で一番楽しめた戦いだわ」

 

そんな風に言って握手していると……。

 

「それ、一色さんとか三高の人間たちに聞かせるなよ」

 

大顰蹙買うぞと言ってくる司波達也だが……。

 

「アーシュラに後ろから抱きついている君がそれを言うか」

「エロスなんだねタツヤ」

 

ジト目で返すエリセ。淡々と心を抉ってくるボイジャー。

だが、そんな心の痛みよりも……達也は心地よさを感じるアーシュラに抱きつけるという幸せを、優先するのだった。

 

「本当にキモいなー……はっきり聞くけど、ワタシのこと好きなの? だとしてもそれは、実妹『司波深雪』を押しのけてでも、そういう感情なの? あるいは、ただ単に酔っている(・・・・・)だけか?」

 

真剣な問いだ。だが……それ以上に最初の『キモい』と言われたことが達也の心を抉る。

 

「お前の一言が俺の心を抉るよ。……なんでだろうな……本当に」

 

それでも深く抱きつくことを許して労るようにすることに、安らぎを得ていた……そんなところに―――。

 

生まれる殺気。もはや隠す必要も無くなった殺気は、紅い外套を纏って、この戦場に乱入した。

 

あまりにも唐突な登場。

あまりにも速やかな侵入。

あまりにも濃厚な死の匂い。

 

「な、」

 

メディカルチェックをしにきた九校戦の担当官が驚きの声を上げた瞬間。

 

「―――邪魔が多すぎるわ」

 

誰もが注目をした瞬間。

 

一高と四高の戦いの時のような破壊が巻き起こる。

 

紅外套を中心とした大破壊の形成が、観客席にまで及んだが――――。

 

「こうなることは分かっていた。こうなる前に探し出せれば良かったのだが……」

 

嘆くように言うも、聖盾の英霊『サー・ギャラハッド』が、それらを全てシャットアウトしていたのだ。

 

父上(・・)、観客の皆さんの安全は私の方で何とかします。他のことはお任せしましたよ」

 

「ああ、息子の背中は―――私が守る!!!」

 

似たような紫色の鎧を身にまとう親子が応答し合う。言葉の不穏さはともかくとして、そのあり方にちょっとだけ安堵してから―――。

 

「一高の皆さん、ここは危険です。速やかにひな―――」

 

観客席に駆け寄ってきた九校戦運営委員の一人を魔弾でふっ飛ばした。

 

「藤丸!?」

 

巨大な魔力塊で吹き飛ばした行為で驚く克人の言葉。

空席に叩きつけられた運営委員。気でも狂ったのかと言いたげな視線を無視しつつ、武蔵ちゃんとガレスを呼び寄せて、警戒させる。

 

「お、お前一体何を……なっ?」

 

「既に『感染済み』だったか。しかも、深渡が深すぎる―――」

 

こちらの攻撃に対して、すかさず『むくり』と起き上がる運営委員―――の姿をした『死体』。

 

首がへし折れた状態であっても、まるでそれを意に介さずに立ち上がってきた。同時にあちこちから年齢こそ違えど、運営委員の格好や、その下位スタッフが様子を異様にして―――こちらに向かってきた。

 

その数10名ほど。首が螺子曲がったのすらやってきたのを見て―――。

 

「斬り捨てて、天魔剣豪・宮本武蔵」

「委細承知!!!」

 

飛びかかるように一高観客席にやってきたのに先んじて、武蔵の剣が閃く。常人の眼には水しぶきのような輝線が走ったとしか見えないもので、動く死体がバラバラになった瞬間。

 

灰は灰に、塵は塵に。の末路の通りに。

 

 

動く死体―――屍食鬼は、滅ぼされた。その様にざわつく群衆だが、そんな事に構っていられない。

 

「アリサ、『眼』を使ってわかる?」

 

「見える限りでは、グールは残り十五―――死徒反応一つ……!!」

 

「英霊たちに情報を転送して、マリカ。アナタはアリサの護衛よ」

 

「合点承知!」

 

矢継ぎ早に指示を出しながら、星の魔導器を操りて場を作る藤丸立華は……。

克人に向き直って事実を告げる。

 

 

「克人さん。前に指示していた通りです。全員を観客席から避難させてください。―――『敵』が襲撃を仕掛けてきました」

 

淡々とした言葉。その言葉に……。

 

「俺達は……戦力にならないのか?……」

 

分かっていた。理解していた。だが、ここでも俺はのけ者なのかと、苦しい想いを抱いて吐き出すも……藤丸は変わらずであった。

 

「ええ、なりません。ゲストの避難は、前もって言っていたとおりです。ベディヴィエール、ガウェイン、トリスタン、ガレス、モードレッド、頼みましたよ―――アグラヴェインもね」

 

『『『『『『Yes Master』』』』』』

 

いつの間にか、アーシュラのサーヴァントがもう一騎現れて、避難誘導を行う人間に加わる。

余計な言葉はいらない。力なき民を守るのに、暴虐の異民族を撃退することに、騎士は剣を振るうことで存在意義を示すのみなのだ。

 

『その前にテメーラ! 槍投げ記録に定評のある円卓!! 自信あるもの手を挙げて、オレをアーシュラの場所まで投げてヨロシク!!』

 

「横柄なんだか殊勝なんだか分からない言動は、やめた方がよいかと思いますよ。ケイ卿……」

 

どっからか現れた四角い『金箱』が、ガタガタ、カパカパと開閉しながら言ったことで、苦笑しながらもベディヴィエールは、その右腕で手に取り―――。

 

「では不肖、このベディヴィエールが投げましょう!!」

『おう! 盛大にやってくれや!!!』

 

銀腕から投げられた金色の箱―――それがバトルフィールドの、もうもうと立ち込める煙の中に投げ込まれて―――。

 

それを晴らすように黄金の光条が天空に突き抜けていき―――戦場に黄金の姫騎士が現れるのだった。

 

 

 



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第87話『神話伝説の後継者』

 

 

 

事態は風雲急を告げていた。いきなり現れた『動く死体』。その対処に対して―――魔法師たちは想うように動けなかった。

 

「重火器で応戦しろ! 魔法が効かないならば焼いてしまえ!!!」

「りょ、了解!!」

 

その中でも、魔法師の軍人として部隊を率いる風間は、死徒の使い魔であるグールに魔法が効かないことに、臍を噛むしかなかった。魔法師の軍として、精鋭選良の人材であると理解していた自分たちを絶望に追い込む。

 

こんな理不尽がそこかしこにあるのだと理解していても、どうしても納得出来ない。

 

自分たち、魔法師が表に出てくるのとは逆に、世界の裏側……闇の部分は、暗く、重く……そして吐き気を催すほどに血生臭いことは理解していた。

 

理解していただけで実感出来なかったのだが、今にも観客席へとなだれ込もうとする『日光を克服したグール』に対して、防衛ラインを張っていたのだが……。

 

「少佐!?」

 

「ッ!!」

 

防衛ラインを張っていた自分たちをあざ笑うように、グールたちの行進はゾンビ映画のセオリーを無視した。

 

いわゆる『壁走り』という、重力の軛から解放されたような動きを見せたのだ。

 

直立の歩行(かち)でのみやってくると想っていたこちらのミスだった。

 

広すぎる観客席へといたるための通路で――――。

 

 

 

 

「兵隊が邪魔ですな。空けさせてもらいましょうか」

 

―――そんな言葉で呆気なく進み出たのは、洒脱なスーツに身を包んだ中年男性。パッと見た年頃は風間と同じぐらいだろうか。そんな男性は、銃器よりも原始的な『槍』を手にしていた。

 

どんな所以や権限があるのかは分からないが……それでも時代錯誤な長めのスカートの女学生服を着た女性。これまた長い銀髪を伸ばした女性が現れて告げる。

 

「ここは私が受け持ちましょう。あなたがたは、観客の避難を」

 

「シスター・チトセ……!!」

 

妙齢な女性……としか見えない女が現れて、目の前の死者たちを受け持つと言われた時には、大隊全てが反感の想いを抱いたのだが。

 

「―――わかりました……お任せしましょう」

 

「少佐!?」

 

「急げ! まごつかずに、我々が一分一秒でも行動を返さなければ、犠牲が出るのだぞ!!」

 

反論を封じるように、そんな言葉で兵隊を誘導した。官階が上であるということを利用したその言葉だったのだが、最終的には―――。

 

「では、やらせてもらおうか! エリ・エリ・レマ・サバクタニ!!」

 

どこから出したのか大楯を持ち、赤槍を振るって自分たちがさんざん苦労した食屍鬼を簡単に熨していく男の姿。

 

強壮な体躯から繰り出される一撃一撃は、それだけで一つの暴力的な『魔法』だ。

 

そう。これこそが最大の理不尽。

 

サーヴァント……英霊という、人理における超上位存在にとって、現代魔法に値するだけの現象や破壊力というのは―――。

 

(手足を動かす時に起きてしまう自然な現象なのだ……!!)

 

風間が、その理不尽を噛み締めながら、部下と同じ苦渋を呑み込みながらも、そこを離脱するのだった。

 

その殺戮武剛の限りをまだ見たいと思っていても……。

 

 

 

「どれだけの『吸血』を行ったんだか―――」

 

様子を異様にして、観客席にやってくる『食屍鬼』たちは多すぎる。

 

日光を克服したグール……地球規模の『寒冷化』を果たした世界において、確かに死徒たちのありようも変わったのだが、ここまで変わるものなのだろうか。

 

(考えるよりも行動しろってところね)

 

プリンセスガードの会場……霧か土煙が発生をして詳細な状況がわからないものの、戦闘の轟音はこちらにも響いている。

 

同時に、それはまだアーシュラが健在だということだ。不意に―――アーシュラから念話が入る。その要請に従い、動き出す。

 

「セイバー・ガウェイン!! 『太陽』を作り出せますか!?」

 

「マスターリッカが望むならば、このガウェイン!! それぐらいはこなしてみせましょう!!!」

 

別に曇天というわけではないが、それでも日光の強さを増すことで下手人を燻り出す。同時に……。

 

「スターズ、コスモス、ゴッズ、アニムス、アニマ、アニムスフィア―――ヘリオス!!!」

 

 

中天の世界にあって最強のガウェイン卿の霊基を利用して、屍食鬼たちにとって天敵たる太陽を強化する。

 

真夏の太陽が、こちらが用立てた『疑似太陽』を通して、この空間にある夜気を吹き飛ばす。

 

そのことが原因なのか、呻き出す死者たち。死者であることを偽装していた連中が燻り出された。

 

そうしていると、どこからか現れた教会の代行者が、重槍や黒鍵を用いて死者たちを刺し貫いていくのだった。

 

(これで諸共に魔法師も殺そうだなんて出来ないでしょ!!)

 

してやられたというのに、現れた代行者たちは何の感情もなく動き出す。

 

どうやらあちらは、目標(本命)を倒すことに『執心』のようだ。いまのうちだと理解した立華は―――。

 

「エリセ!!!!!」

 

『聞こえてるわよ!! けれど―――ああ、もう知らないわよ!!! ボイジャー!! いくわよ!!』

 

ガード会場の中に未だに留まる、一高と六高の選手たちをこちらに呼び寄せることにするのだった。

 

大半の観客たちは逃げているのだが、それでも残っている連中もいることに頭を痛める。

 

残っている理由は、分かるのだが……。

 

「ここにいてもあなたたちには何も出来ないわ。早く逃げて」

 

「けれど達也さんが……!!」

 

「レオとミキを残してアタシたちだけ逃げろっての!?」

 

「愛情・友情に篤いこと大いに結構ですけどね。分水嶺ってものがあるんですよ!! そして―――」

 

瞬間、ギャラハッドの展開した『城』を通り抜けて、何人もの人間が飛んできた。

 

「モミ! 受け止めてあげて!!」

 

『■■■❚❚❚―――!!!」

 

殆ど投げ飛ばされたような調子で観客席に帰還してきた六高と一高の選手たちを、『巨大な恐竜』は、その広すぎて大きすぎる背中で受け止める。

 

背中には単衣が一枚、その体躯に相応しいサイズで存在しており、着地の衝撃はそれほどないようだ。

 

カリンの求めに応じて、それを行った恐竜は、ミッション・コンプリートしたことでサムズアップをして、マスターたるカリンも「YEAH!!」と返すのだった。

 

ともあれ飛ばされたのは、15人弱。

 

全員を鬼女紅葉が受け止めたわけではない。数人は、立華の『星』で受け止めた。

 

そうした後に―――ボイジャーとエリセが高空から突入するようにやってくる。

 

「―――状況は分かっているけど、司波達也は?」

 

既知ではない人間にとっては、とんでもない登場だったろうが、立華は何も思わない。

 

「ここに『残る』って、最初はエリセに『鎖』で括り付けて飛ばそうとしていたんだけどね……」

 

ボイジャーらしからぬ戸惑った言葉を聞きつつも、それならば仕方ないということで全員を逃がすことにする。

 

したのだが、どうしても頑として動こうとしない面子を前にして痺れを切らす。

 

「アナタが、ここにいても何も出来ない。それを分かっているんですか!?」

 

観客席の縁―――ギャラハッドが展開した盾であり城―――に手を当てて、なんとか見ようと目を凝らしている深雪は叫ぶ。

 

「けれども、お兄様が!!」

 

「だとしても、ここにいればアナタを死徒の使い魔も狙ってくる。状況を理解して!!」

 

「……!!」

 

こちらの言葉に更に激高して、何かを言おうとした瞬間。

 

状況に変化が現れる。遂に死徒―――その中でも醜悪なものが、闘技場中央に現れたのだった。

 

 

 

エリセとボイジャーに余計な連中を連れ出せと命じて、それに至るまでアーシュラは、目の前の紅外套との闘いを演じていた。

 

最初は投影した武器で渡り合っていたが、隻腕のベディヴィエールが投げてくれた『伯父』を掴んだあとには、いつもの『黄金の宝剣』が、手元にあるのだった。

 

そして『戦闘衣装』を変更させて朱雷を纏う紅外套を押し返す。

 

「おおおっ!!!」

「―――ッ!!!!」

 

魔獣の如き膂力は中々に難儀なものであったが、マルミアドワーズという武器を握ったアーシュラは、聖杯戦争ルールで言うところのステータス値が2ランクアップするのである。

 

一気呵成の勢いで以て、鉄剣を握る紅外套に襲いかかる。

 

そして―――その外套を切り裂いた向こうの顔は……。

 

「お前は―――やはり!!」

 

大きく飛び退いた外套の顔を見たアーシュラは、剣を構え直す。

 

 

「名にし負う大ローマ連合軍の皇帝の『娘』が暗殺者の真似事とは―――ローマは、大シーザーの名を貶めるか!? 」

 

「そういうアナタこそ、赤き龍の『娘』でありながら、守るべき民を放棄した自由騎士だ。そのような言いざまは癇に障る!」

 

言い合いを横で聞いている達也は、その言葉がなにか重要なのだと気づいていた。だが、詳細を知らぬだけにもどかしい思いだ。

 

「なんで逃げなかったのよ?」

 

近くに来たアーシュラから小声で問われた達也は―――。

 

「お前を一人にしておけなかった」

 

「バカを言わないで、アナタに対処できる事態じゃないことぐらい、分かるでしょうに!」

 

こういう時に(かしこ)い選択を出来る人間だと思っていたというアーシュラに、

 

「それでも……イヤなんだよ。俺に出来ることならば、やってやる。だから――――」

 

アーシュラに拒絶されるたびに、もどかしい気持ちが達也に飛来する。

 

その心をごまかすことは出来ずに、達也は言い放つ。

 

 

 

―――アーシュラのそばにいさせてくれ―――

 

 

そんな言葉を言われた後には、アーシュラは。

 

「投影・開始」

 

呪文を唱えて、2丁拳銃を達也の手元に渡した。

 

 

「―――これは、士郎先生やアーシュラの使っていた双剣に似ている……」

 

いきなり手元に現れた重みに驚くも、よこされた得物を検分する。

 

その得物は剣としての用途の他に銃としての用途もあるらしく、銃口よりも先に伸びる形で刃が下部に存在していた。

似たような兵器でいえば銃剣だろうが、それでは語弊がある。あえて言えば『拳銃剣』とでも言うべきもののようだ。

 

「詳しい説明は省くけど、その得物を解すれば、アナタの術もサーヴァントに『それなり』に通じるはず―――気休め程度だけど、トーラス・シルバーよりも、そっち使っときなさい」

 

その言葉に従う。とりあえずサーヴァントと直接やり合うことなど出来ないので、嫌がらせのような魔弾を放つ程度は出来るだろう。

 

CADと仕様の違いはあるだろうが、それでもアーシュラから手助けを許可されたことが、嬉しかった。

 

そして『敵』である赤髪の女を見据える……赤毛であるのだが、ところどころに金のメッシュが見える美少女の顔は―――見れば見るほどにアーシュラやアルトリア先生に似ている。

 

そんな赤髪の女は―――。

 

「ゴルゴーンの鎖は破棄だわ。本気の剣を私もお見せしよう。赤き竜!!!」

 

『余の出番だな! 顕現するぞ!! ルーシャナ(・・・・・)!!!』

 

勢いある言葉と同時にアッドのような礼装……朱金の箱を手にする。そのしゃべる箱が、アッドと同じく現代魔法の術理ではありえない変化を果たしていき、赤毛の手の中に巨大な剣が握られていた。

 

 

アーシュラの持つマルミアドワーズと、対の剣と言っても過言ではないサイズと魔力―――。

 

だが、その『銀色の剣身』に『赤』と『黒』の百合紋様を描いたそれは、マルミアドワーズが『聖剣』であるならば、赤毛の持つのは『魔剣』……ある種の禍々しさを感じる。

 

「――――――さぁて、では出てきてもらいましょうか―――ディープ・マンジュリカ。クローバーの持つ『原理』を食らうのが、あなたの役目よ!!」

 

瞬間、どこからともなく巨大な蜘蛛が現れて、赤毛の後ろに守護獣のように鎮座する。

 

「影の中に潜ませていたか。名を聞いておこうかしら、大シーザーの『娘』―――アナタの名前を」

 

そんな突然のことにも落ち着いて対応するアーシュラは、本当に当然のこととして受け止めて、赤毛の名前を問いただす。

 

「いと気高きブリテンの龍から、名を問われたならば、答えるのが信条というものか」

 

受けた赤毛の方も、さぞ面白いことかのように、言葉を紡ぐ。

 

 

「ローマ皇帝にしてコロシアムの剣帝『ルーシャス・ヒベリウス』の―――() 『ルーシャナ・ネロ・クラウディウス』―――会えて光栄だわアーシュラ・ペンドラゴン―――赤き龍、騎士王アルトゥールスの()!!!」

 

「その名は―――露悪的すぎるわね!!」

 

言葉で戦闘の口火を切ったアーシュラとルーシャナという姫騎士2人。

 

2人は、即座に高速―――否、光速とみまごう速度で移動しあい、中央でぶつかりあうのだった。

 

 

 

 



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第88話『ロマンスの神様』

草原ステージの方向に現れた巨大な蜘蛛を下半身にした『美女』の姿を見た瞬間に、立華は『ぬかった』と感じた。

 

(水魔スミレの後継者が狙っていたのは、四葉深雪の原理ではなく、四葉達也の方だったのか!!)

 

気づいた時には、既に遅い。

 

「―――どうします?」

 

「……駆けつける準備はしておいて、下手に城を解き放ち汚染させては、元の木阿弥だわ」

 

だが、これは有る意味では望んだ展開だ。下手に観客席で暴れまわられるよりも、アーシュラが、一人で対処した方がいいぐらいだ。

 

「武蔵ちゃん。いける?」

 

「オッケー♪ だけど―――少しばかり見ておきましょう。あの少年が、どこまでやれるかを見るのも一興でしょ?」

 

「……まぁ、そりゃそうか」

 

アーシュラの人外魔境の戦場に残ると言ったのだ。ちったぁ肝のぶっとい所を見せてもらわなければ、ちょっとばかり対応を考えるようだ。

 

言いながらも襲いかかる最後の死者集団を斬り捨てた武蔵ちゃんと共に、死徒の『分体』を殺すべく―――未だに観客席に残っていたグールを始末しにかかるのだった―――その前に……。

 

「残るというのならば、もはやご自由にどうぞ。けれども、あなた方の擬い物たる魔法じゃあ何も出来ませんから」

 

「「「「………」」」」

 

反目と反感を覚えつつも、それでも何も出来ない今では、兄を見ることもできなくなりつつ有る。

 

既にフィールドは先程と同じく完全な視界不良となっている。中で何が起きているかすらわからない。

 

唯一、音だけは物々しく響き、そして轟音となりて会場全体を揺らすのだった。

 

 

 

巨大な得物を高速で振るう。そういう現実離れした『現実』を見せられても、達也はやるべきことを行う。

 

アーシュラとルーシャナとかいう女の戦いは、巨大な蜘蛛の上にて行われている。

 

蜘蛛の体格は、あの『エハングウェン』とかいう船の半分ほどであり、そこをフィールドとして戦う2人は、何も頓着していないようだ。

 

アーシュラとしては、ルーシャナと戦うと同時に、この蜘蛛を始末せねばならないからだが、蜘蛛こと……ディープ・マンジュリカの一応の仲間であるルーシャナは、身を少しは気遣わないのかと想う。

 

 

位置を変え、太刀筋を変化させ、飛び回るように動きながらも2人の姫騎士は、相手との闘争を行う。

 

二人の間で、黄金と赤黒の剣筋が、水しぶきのように何度も散らばる。

 

その最中で、達也に出来ることは―――。

 

(脚の一本でも崩れるならば!!)

 

出来うることならばアーシュラに優勢が取れるように、ルーシャナが位置取っている側の脚に攻撃を仕掛ける。

 

容赦なくミストディスパージョンの要領で放った魔法は―――その銃を介したからなのか。

 

強烈な魔力弾の連射に変わる。相手に対して分解を掛けるべき魔法だが、この銃を介した場合、このように変化するようだ。

 

照準機能及び術式補助としてのCADとは違うことを改めて実感するも――――。

 

「手応えはあったか」

 

血しぶきをあげて崩れ去る蜘蛛の巨大な脚の一本、しかし、即座に再生なのか『元通りの脚』が復元される。

 

手応えを少しだけ喪失したが―――。

 

「続けて!!! 効いていないわけじゃないわ!!」

 

「小賢しい真似を!!!」

 

蜘蛛の上で切り結ぶアーシュラが言ってきて、赤毛が達也の攻撃を煩わしいとしてきた。

 

しかし、遂に蜘蛛もその巨体を動かしながら、地上にいる達也を狙ってきた。その巨体の鈍重さならば―――なんて甘い考えは、即座に消え去る。巨体の速さと一歩の踏破距離は、達也の全力での駆け足を容易く凌駕する。

 

歩道を走る歩行者が並走する自動車に勝てないのと同じ理屈だ。

 

「HYYYAAAAAAAA!!!!!」

 

絶叫と共に、蜘蛛糸が銃弾と同等の速度で体のあちこちから放たれる。

 

明らかに達也を狙った攻撃だが、60本は放たれた糸の半分以上は、緑色の短槍が上下から撃ち放たれて、斬り捨てていた。

 

(アーシュラか)

 

残ったものを躱し、消し去るが―――……。

 

「デカイ、速い、そして飛び道具まで持っているか…」

 

魔法を打ち出しながらも、簡単な戦力評価を下してから、このままではマズイと想いながらも、飛行魔法などで距離を取れるならば、そうしていたのだが……。

 

飛行デバイスを持っていれば、などと言っていても仕方ない。

 

(蜘蛛の体上で戦いをする。というよりも、あの半裸の女を何とか出来るならば)

 

アーシュラが求めるのは、それだろう。

 

死徒なる存在を倒すための方策が、現代魔法にあるとは思えない。だが、少なくともあのルーシャナとかいう女は、達也を指して『クローバーの原理』などと言っていたのだ。

 

(俺は餌のようだな)

 

その言葉を利用させてもらう。

 

重力制御の術式で蜘蛛の身上に乗りこむ。

 

『イデアブラッドォオオオ!!!!』

 

意味は分からないが、絶叫と共に糸弾を打ち込んでくる女。その言葉に恐怖を覚えずに、躱しきれないものは、拳銃剣を振るいながら進む。打ち込む魔法で消し飛ばしながらも、対処しきれないものは剣で切り裂く。

 

そうしながらも前に進む。足元から攻撃の兆候を感じて、魔力弾を足元にばらまきながら飛び跳ねるように進む。

 

擦過する糸玉がヘルメットを弾き、明後日の方向に砕きながら飛ばす。

 

残り10m―――その距離に至った時点で……。

 

蜘蛛の体から飛び出る幾つもの糸『槍』が、主に足元から達也を串刺しにした。

 

 

串刺しにした男だが、絶命はしていない。否。

 

「逃げたか」

 

串刺しにした司波達也の体は無く、木造の人形がそこにあった。

 

遠くまで行ってはいないはずだ。

 

どこかにいるはずだ。

 

 

 

―――間一髪で、司波達也を何とか救えたアーシュラは、ホッとしつつも、このまま返した方がいいかと思えてきた。

あの水魔スミレの後継者たるディープ・マンジュリカの総体を消し飛ばすには、司波達也(エロ学派)は邪魔なのだ。

 

両手での振り抜き……マルミアドワーズを使った『龍脈焼却型兵装』での一撃を叩き込むことも出来る。

 

その場合、富士山が消え去ることもあり得るかもしれないが。

 

「お前、心で喋っているつもりだったろうが、しっかり声出てたぞ。前半すごい失礼な感じで」

 

幻聴が聞こえたが、無視しておかなければならない。

 

「いやいや無視するな」

 

「イヤな男だ。攻め方は悪くなかったんだけどね。どうしても総力の差が出てしまうのよ」

 

「……あの吸血鬼の言うイデアブラッド、ルーシャナとかが言う原理ってのは、何なんだ? それを俺が使えば、アイツラにも勝てるのか?」

 

「―――――――あなたの使う『星を焼き尽くす魔法』。あれを極めた先にある力とだけ言っておくわ。あんなものは原理血戒の初歩よ」

 

その言葉に、心臓を掴まれたような気分になった達也だが、破顔してから降参するしかなかった。

 

「……ズルいよな。俺はお前のことを知らないのに、お前は俺のことを隅から隅まで知っているなんて……」

 

「文句ならば深夜さんと真夜さんに言ってよ。四葉の源流も、それを思い出したのはアナタが生誕してから10年が経ってからだったんだから」

 

言いながらも、どうしたものかと想う。

 

「―――それを強制開放することは可能か? 幹比古の時のように、己の中にあるものを『正しく』するならば、やってくれアーシュラ」

 

「本気?」

 

その眼が射抜くものが、何であるかは知らない。だがそれでも―――。

 

「お前が富士山ごと、 あの吸血鬼だか化け物を倒すことを防げるならば、その方がいいさ」

 

力持ちすぎる彼女の後始末ぐらいは、やってやろうと思えた。

 

「―――分かったわ」

 

これ以上の問答は無意味。というか、そろそろ見つかるだろうと考えたアーシュラは、四の五の言わずにやるべきことを行うことにした。

 

いつぞや抱きつかれた時とは違い、自分から抱きついて『やるべきこと』をやる。

 

レテ・ミストレスという異名を持っていた魔法師の掛けた魔法を解く時、何が起こるかは分からない。

 

だが、それを解除した上で、力を開放出来るようにする―――面倒な処置をすっ飛ばして、今のアーシュラは手っ取り早く、それを行うことにした。

 

鏡面界という『異界』で行われた『それ』は、2人だけしか知り得ないこと―――――。

 

 

……なわけはなく、横の地面に突き立てられていた黄金の巨大剣に宿る疑似人格は、ばっちり見ているのだった。

 

 

そのことが、後に大きな混乱を招くのだが、今の2人にとっては、どうでも良かった。

 

こと(・・)が終わって、自然と離れるとお互いに紅い顔をするしかない。至近距離で見ていた顔を離す。

 

 

「……慣れすぎだろ。どんだけ九島コウマとしてきたんだよ……」

 

「女の人生を詮索するな。そしてここまで『サービス』したんだから、絶対に勝ちなさいよ。ワタシをアナタの『勝利の女神』にして」

 

「――――――ああ。当たり前だ」

 

こちらの言葉で更に顔を真っ赤にした司波達也。

彼に掛けられた全ての封印措置を外したあとに、地面からマルミアドワーズを引き抜き、そして―――。

 

「ほんじゃ! いっちょ頼むわよアッド!!」

 

『おうさ!!! 『乗りな』! 小僧!! エハングウェンほどじゃないが! 波動エンジンを積み込んだ宇宙戦艦なみの体験をさせてやるぜ!!』

 

「言っている意味はよく分からないが、アッドの最速理論に間違いはない」

 

どういう根拠で言っているのか心配になる司波達也を『剣』に乗せながら―――アーシュラは上空に飛び立つのだった。

 

 

「―――異界に逃げ込んだか。ならば、この会場ごと砕くまでだ」

 

封鎖されたフィールドから諸共に灰燼に帰してやるという想いで、特大の赤雷を溜め込むルーシャナの下―――。

 

ディープ・マンジュリカの足元……腹の下に巨大な魔法陣が生成。気付くのが遅かった―――巨大吸血鬼とルーシャナ。

 

その不意を突く形で―――サーフボードの如き要領で巨大剣に乗った勢いよくアーシュラが飛び出してきた。

 

音速にも達する勢いのままに立ち込める『霧』を晴らして、マンジュリカごとルーシャナを上空に打ち上げる。

 

「――――」

「――――」

 

さすがにこれにはビックリだったようで、驚愕の顔が張り付いたままに打ち上げられた彼らは『虚空のステージ』で戦うことになる。

 

「これは!?」

 

「霊峰富士の魔力を独占しての戦いは、もはや出来ないわよ。剣帝ルーシャスの娘、水魔の後継者―――」

 

勝ち名乗りは早すぎると、ルーシャナが動き出すことは理解していたので、剣戟が再び始まる。

 

「頼んだわよ! 司波くん!!」

 

「これが成功したらば、俺のことは―――名前で呼んでもらう!!」

 

やすい男である。そう思ったのも束の間、全ての制約を解放された上で『血の巡り』を良くした司波達也は、飛び跳ねるようにしてマンジュリカに向かう。

 

「エサにしたのか?」

 

「そんなわけないわ。あの男は卑怯卑劣卑陋の三拍子が揃った卑の王様―――卑王よ。もはやあの吸血鬼の運命は定まったわ―――」

 

「成程、ならば―――存分にしあえるということだな」

 

言葉を交わしながら高速の剣戟を交わし合う姫騎士2人―――しかし、片方は虚空に投影した宝具を操りながら、司波達也の突進をサポートする。

 

攻撃力は正しく上昇した(あがった)のだが、防御力が紙であるだけに、それは当たり前に行われる。

 

必然的にアーシュラは、達也を見続けなければならないのだ。

 

 

そんな達也の心は、この上なく躍動していた。

 

(不思議だ。妹以外の為に戦う―――自分の心に焼き付いた女の子の為に戦えるという現実が)

 

 

ここまで心地いいなど。

 

アーシュラの強烈な人間力に酔わされて、酔っているだけなのかもしれない。

 

だが、それでも構わない。

 

この感情(想い)だけは分解されたくない。

 

この(あたたかさ)だけは無くしたくない。

 

自分の突進を援護するために、綺羅びやかな魔力の宝剣を打ち出してくれるアーシュラ。

 

自分を見てくれているという現実が、どうしても喜びを生み出すのだ。

 

 

『キサマァ!!!!』

 

「俺が食いたいんだろう吸血鬼!! 腹を下したとしても知らないからな!!! お前の胃袋にもたれてやる!!」

 

干将莫耶という拳銃剣を使って吸血鬼の肉体を穿っていく。放たれる魔法はどうやら効いているようだが、致命傷には程遠い。

 

だが――――。

 

 

今の俺ならば、『何とか出来る』。

 

その確信を持ちながら、アーシュラが自分を守護するように打ち出した宝剣を、時には振るいながら、吸血鬼との戦いに興じるのだった。

 

 

 



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第89話『アドベントチルドレン』

マルミアドワーズを振るいつつも、その重さに、その長さに苦慮することもなく、思いっきり振り抜いて相手の力に対抗する。

 

魔獣由来の筋力から放たれる膂力は、アーシュラの体を震えさせるが、それでも―――こちらも『炉心』を動かして、高密度・高圧縮された魔力(パワー)を次から次へと増産して、身体の強化に回して、魔力放出(ブースター)に回す。

 

「ふはははは!!! 正しくブリテンの聖剣!!! その力と競いたかった!!」

 

「そのために、人蛭なんかの走狗に成り下がったのか!? お前の持つ剣は、神祖ロムルスにも通じるものだろうが!」

 

「然り! しかしながら、私の存在はアナタと比べれば歪だ!! ゆえに戦いたかった! 競いたかった!! 死合たかった!!! 身の確かさを、アナタを倒すことで獲得する!!! 存分に戦いましょう!!! アーシュラ・ペンドラゴン!!

ブリテンの赤龍!! 騎士王アルトゥールスの娘よ!!!」

 

口を紡ぎながらも、それと同じかそれ以上の速度で剣を打ち付け合う姫騎士2人。

 

その剣戟の激しさと技巧の限りを尽くしたものは、一種の芸術であった。かつて一高で起きた騒乱を経験したものは、それと同じモノを見たことがあった。

 

相手は光の御子『クー・フーリン』という槍兵であったとはいえ……。

 

 

(それに比するほどの存在……赤銀の鎧を纏った朱の大剣を持った少女―――アーシュラとは鏡合わせだな)

 

恐るべき技量を、信じられない膂力で、解き放つ。選ばれた戦士のみが到れる領域(レベル)での戦いを繰り広げる。

 

 

あの二人の周囲には、立っているだけで生命力が失われるバトルフィールドができあがっている。

 

彼女の正体を推測する時に、どうしてもネックなことがあった。それは、自分たち現代魔法師ならば『ありえない』と一笑に付して、そんなことが『出来るはずない』として、想像の外側に追いやることだった。

 

だが……それでも―――。

 

「神話伝説に疎い俺達では、うまい表現ではないかもしれないが……宇津見くん。ゴーストライナーたるサーヴァントという霊体と―――人間が『生殖』することは可能なのか?」

 

「魔力補給という点で言えば、まぁ意味はあるでしょうね。どういったところで、男性器からの精気こそが、一番濃い魔力なのですから」

 

「う、うむ……」

 

 

自分の方から話題を振ったとはいえ、昔から知っている女子からセクシャルな話題を出されると、若干ながら克人としても呻く調子になってしまう。

 

そんな克人の心を理解したのか、エリセは苦笑しながらも詳細なことを宣う。

 

「アーシュラは、そういう存在じゃないですよ。アーシュラのお父さんも、お母さんも―――ちゃんと『生きている人間』ですから」

 

「カツトが想像とも妄想とも言えることを考えているけど―――それは『神代』の時代ならば出来たこと。そう。神霊(しぜん)が『人格』と『肉』たる身体を持っていた頃ならば出来たことで、人理版図が広がった時代では、中々に難儀なことだね。そっちの子やエリセみたいに、『受け入れる』素質があればいいんだけどね」

 

一高並びに魔法科高校の生徒たちの護衛役を担っている宇津見エリセとボイジャーが応えて、『そっちの子』というので指さされたのは――――。

 

―――四十九院 沓子―――。

 

ガンタイ(・・・・)。きみ、移植されているでしょ?」

 

ガンタイ……恐らく一般に想像するようなものではなく、違った漢字が当てられるのだろうそれをボイジャーから言われて、沓子はドキリとした。

 

「ボイジャー、お主がゴーストライナーであることは理解していたが……まぁその通りじゃ。しかし、今となっては『あれら』は、本当に欠片ほどの力しかないのじゃ。夜却や浅神―――両儀などのように強烈な一族ならば、ともかく……わしらは『継承』に失敗したようなもの」

 

沓子は、指摘されるとは想っていなかった自分の秘密をバラされて少しだけ呻くも、補足しつつ……アーシュラは、自分よりも純度の高い『器』なのかと、羨望を覚えるも……。

 

仮にそうだとして、『あそこ』まで出来るものなのかと? 多少の疑問符を浮かべる。

 

 

「けれど、このまま、ここで見ていていいの? 私達で援護出来ることがあるならば―――」

 

そんな沓子とは違い、戦場の趨勢を見続けてきた―――時に強烈な魔力で弾かれるも、それでもアーシュラを見続けてきた真由美は、ここで守護してくれているとはいえ、少々……『力持ち』たちが無情な感じがして、言ったのだが。

 

「彼女の戦場に、余分はいらないよ」

 

「そろそろ決まるしね。しかし―――あれが司波達也の持つ原理血戒か……」

 

「死徒どもはタツヤを食いたいんだね」

 

「でなければ、こんな島国にまで来ないでしょう」

 

さらりと真由美の懸念を一蹴して、超然とした会話を続けながらも、ボイジャーとエリセは寄り来る死者や、それらの傀儡を消滅させ続ける。

 

そして勝負は決まる―――。

 

 

―――これ以上の技術を用いても、このシーザーの娘を自称する女から勝利をもぎ取ることは出来まい。

 

剣の技術勝負で勝利をもぎ取れないならば―――。

 

(必殺剣で決着するしかない)

 

騎士として、母から授かった直感が、それを良しとした。

 

幸いながら、ルーシャナはこちらとの剣戟を楽しんでいる様子だ。擬似的なロンゴミニアドを使うこともあるまい。

 

そこに勝機を見出した。あくまで自然体を装いながらも、剣戟をしずやかに変化させていく。決して悟られずに激しい剣戟を寝せていく(・・・・・)

 

そして、薙ぎ払いの一撃を受け止めようとした寸前で、アーシュラは身体を『沈めた』。

 

薙ぎ払いを賺される豪剣。途中で止めて振り下ろそうとしても、微妙なものだ。

 

その間隙に後ろに引いていたマルミアドワーズを―――刃ではなく、柄の方を前に出した。

 

胸郭をぶっ叩くクレッセントアックスのような柄尻だ。

 

こんな手段()を使われるとは想っていなかっただろう。

 

そこを支点に、胸郭にいまだ押し付けられる柄尻から剣を起こすという動作を見せたところで―――。

 

それを偽攻(Fake)として、身体を離す、退こうとした瞬間、今度は上に克ち上げるハイキックを見舞う。

 

低い姿勢から放たれるそれは、魔力によるブーストも相まって、ちょっとしたドロップキックとしてルーシャナを上空へと飛ばした。

 

吐瀉物を地に撒きながらも、無防備な上空に舞い上がったルーシャナを追って、マルミアドワーズを振り回しながら翔ぶ。

 

回転させるたびに魔力が溜め込まれる。

 

だが、ルーシャナも迎撃の姿勢を見せる。アッドのように擬似人格を宿した神話礼装を握りしめて、見据えるべきものを見据えた。

 

その顔に―――剣を突き上げた。松明(トーチ)でも掲げるかのように、回転していた剣を向けて―――。

 

 

「―――マルミアドワーズ・ミュトス!!」

 

巨大剣であるマルミアドワーズを中心にして、いくつもの剣で構成された円環(ラウンズ)が出来上がった。

 

それらは、どことなくマルミアドワーズの意匠を受けるも、何処か(・・・)が違う―――宝具の円環であった。

 

素人目には分からない。

 

だが、それでもその円環の得物全てが、強大な魔力を秘めているのだけは分かった。そして自動で投射された得物は、ルーシャナの周囲に滞空した。

 

綺羅びやかな光の川を虚空に刻みながら、優美に飛翔する様。強烈な魔力を発する武器の林立に瞠目した時に―――。

 

『ルーシャナ! 眼前の敵から目をそらすでない!!!』

「―――」

 

豪剣の疑似人格―――『ドラコ』から言われた時には、既に遅かった。

 

騎士の奥義。剣製の秘技。赤龍の神秘。

 

アーシュラの中に在りしチカラ全てが合一された、『宝具』が決まる。

 

蒼金のオーラを纏ったアーシュラの光速の大斬撃が一閃。

太陽の熱を蓄えたらしき大剣から超高熱の大斬撃が一閃。

湖水の照り輝くような光輝の剣で正確無比な斬撃が一閃。

撓り分裂を果たしてなお、剣の機能を持った鞭剣が一閃。

 

もはや解説するのももどかしいほどに、様々な武器を用いて達人級の技を見せる―――否、魅せる(・・・)アーシュラの攻撃は、ルーシャナ・ネロ・クラウディウス・ヒベリウスの総身を痛めつけて、鎧を病葉も同然に砕き意識を混濁させた。

 

(これが―――アーシュラ・エミヤ・ペンドラゴン!!)

 

全身を切り裂かれ、オーバーキルも同然の状態の中、最後の一撃が頭上からやってきた。

 

黒金の巨大剣。アーシュラの身長など簡単に越えている、ちょっとした家屋の柱の長さほどはあるそれの柄を持ちながら、勢いよくやってくる。

 

(その一撃が―――私を終わらせるのか?)

 

重力落下の法則に逆らわず、むしろそれを『増速』させるという物理法則を捻じ曲げた行いの果てに、虚空のフィールド……かつてカルデアが、『空想樹』という銀河系との戦いなど巨大なエネミーとの戦闘の際に展開されていた、空間固定の場を上下に貫く形で、ルーシャナに―――――。

 

「がはっ――――――――!!!」

 

「おとなしく寝てなさいよ!!!」

 

―――突き刺さる前に、二叉に刀身が分かたれて、胴を上下に分断する―――腰の部分をがっちり固定してきたのだ。

 

しかも先程まで使っていた円環宝具も落ちてきて、ルーシャナを拘束する釘のように全身に突き刺さる。

 

しかし、致命傷ではないところを見て―――。

 

「ルーシャス母上……私ではまだまだ敵いそうにないです」

 

格の違いを見せつけられた気分で、少女は嘆息するしかなかった。

 

『気を落とすなルーシャナ、あやつが、多くのチカラを再現できるのと同じく、歴代のシーザーたちのチカラを自在に使えるようになるまで修練すれば、あの青セイバーもどきにも勝てるぞ!! 生きることをあきらめぬ者にこそ大樹は出来上がるのだから!!』

 

神話礼装の疑似人格たるドラコからそう言われながらも、悔しさが出てしまうのだった。

 

そして、死徒に破滅の時が来るのだった。

 

 

この虚空のフィールドにおいて盛大な音が響く。アーシュラの勝負が着くまで吸血鬼の足止めをしていた達也は、フィールドが揺れるほどの大轟音で、遂に決着がついたのだと気付く。

 

「おとなしく寝てなさいよ!!」

 

その快活な言葉で、勝者がどちらであるかを理解する。

 

そして――――。

 

「待ってたぜェ!! この”瞬間”(騎兵隊の到着)をよォ!!」

 

「うわっ。マガ○ンマークが似合わない男!」

 

定番のセリフを奪われたからなのか、ツッコミに容赦がないのと同じく容赦のないアーシュラの攻撃。

 

マルミアドワーズを振るっての黄金の斬撃が、巨大な蜘蛛の身体を横から真っ向両断する。身体の大半を失ったからなのか、半裸の女が血を吐き、憎悪の眼でこちらを見てくる。

 

「―――!!! キサマァ!!!!」

 

「蜘蛛の身体は肥大化させた鎧も同然。しかしまぁ、いまさら本身(ほんみ)で戦って勝てると思っているの?」

 

半裸の女は、アーシュラの言う通り巨大な蜘蛛の身体を捨てて―――怪しげなヌードモデルも同然の姿でこちらにやってきた。

 

「人間にしか見えないんだがな……」

 

「アナタの眼を使えば正体ぐらい分かるわよ」

 

「もう見ている……外見は人間にしか見えないのに……明らかに『人間』じゃないっ」

 

達也の精霊の眼(魔眼)で見た時に、どうやら死徒が内包している『世界』を見たようだ。血の巡りが、そのままに世界を脅かす異界侵食作用……。

 

それをもろに見たのだろう。同じようなことも、今の司波達也ならば、出来るはず。

 

(後継者クラスはあるんだろうけど……)

 

ここまででどうやら達也に削られすぎて、もはやボロボロのようだ。

 

こんな『小物』の手で、あれだけの死体が出来上がったことを考えると、虚しさを憶える。元々、チャイニーズマフィアの手の者だったから、死んでもいいなどとは考えないが……。

 

この蜘蛛女の手であれだけの犠牲が出たのだ。魂すらも焼灼して親祖にまで届くほどの攻撃でも食らわせなければ割に合わない。

 

(まぁ司波くんのがんばりもあったと考えておきますか)

 

だからこそ、これ以上は自分の手で決着をつけることにするのであった。

 

「吼えろ。『私』の中にある竜よ」

 

マルミアドワーズを掲げて、魔力炉心からの魔力を込める。

 

アーシュラが内包する竜の魔力。

 

世界が開闢した時にもあった始源の魔力―――大地母神にして大源竜ティアマトにも繋がるその魔力が、マルミアドワーズを輝かせる。

 

目も眩むほどの黄金の輝きの中に白光も見えた。

 

「―――――――ッ!!!!!!」

 

その輝きは吸血鬼を逃走へと向かわせようとしたが――――。

 

「させるか」

 

息も絶え絶え、生傷も絶えないというのに吸血鬼の脚を穿った達也。

 

「ぎぅっ!!!」

 

悲鳴とともに鮮血が飛び散る。その瞬間、アーシュラは瞬発した。

 

魔力放出による超速。銃弾を見てから避けるというインクレディブルな連中でも、超音速で動く存在―――砲弾か、はたまた分厚い壁がその速度で襲いかかってくれば―――。

 

「ぎあああああああ!!!」

 

―――接触は避けられない。

 

超高速の連続斬撃。自動裁断機に掛けられた紙のように、何の抵抗も出来ずに、もしくは竜巻に巻き上げられた草葉のように、踊るように放たれる連斬で相手のガードを崩した上で、空中に放られたディープ・マンジュリカ。

 

そして――――――。

 

光を溜め込んでいた剣が、その真価を解き放つ。

 

 

上段に構えた所から振り降ろされる剣。この九校戦で見せてきた『剣からビームを放つ』という絶技の、最終型の一つが披露される。

 

それは―――――――。

 

「―――約束された勝利の剣・変奏(エクスカリバー・トランス)!!!!」

 

 

両手での全力の振り抜きでしか放てない、奇跡の象徴であった。

 

放たれた黄金の爆光は、身動きが取れない死徒を真正面から直撃。

 

「ぎっ………!」

 

 

下から競り上がった爆光は、断末魔の絶叫すら許さず天を貫く勢いで上がっていき、死徒の身体を全て焼灼せしめた。

 

圧倒的なまでの光の圧が、永遠を定義した存在を消滅させた瞬間……。

 

「!! アーシュラ!!!!!」

 

ぐらっ、と大剣を振り降ろした姿勢のままに、崩れそうな姿を見て急いで駆け寄る。

 

「う―――ああ、大丈夫。少々……魔力を使いすぎただけだから……」

 

意識を一瞬だけ無くしていたと思しき、アーシュラを支える。まさか、ここまで彼女が消耗するとは……。

 

「アナタが、頑張ってくれたから然程の消耗でも無いと想っていたんだけどね。まぁ茉莉花が、ちょうどよく分体にトドメを刺そうとしていたところだったから、間に合わせなきゃ―――」

 

まとまりのない状況説明を聞いて、少し混乱していることを理解した達也はアーシュラを支えることにした。

 

 

「喋るな。俺に体重を預けろ……俺を頼ってくれ……」

 

アーシュラの説明を受けて、遠くからでも『眼』を通して、よく見ると観客席側でも壮絶な戦いが繰り広げられて、アーシュラの言葉通りに、あの北海道のJSが、なにか大金星を上げたようだった。

 

ともあれ―――大元たる死徒が倒れた……あとは―――。

 

「あの子を、シーザーの娘に、森川くんや五十嵐くんを怪我させたことに対する代価を支払わせなければならない……」

 

「―――」

 

達也ですら意識から外していたことに気付いたアーシュラがそこに眼を向けると、そこには誰もいなかった。

 

代わりにあったのは――――。

 

「―――アムリタ(・・・・)。謝罪のつもり?」

 

剣の群れの中央に置かれている薬瓶。何かの液体で満たされたそれの名前をつぶやいたアーシュラは、それっきり意識を失い、一瞬ではあるが達也を焦らせたが―――。

 

「……ZZZZZ~~~~~」

 

―――寝ているだけであったことに安堵して、脱力して、そして……その寝顔に動悸が上がってしまう。

 

いつぞや見た眼を閉じた時のアーシュラの顔。その魅力を思い出してしまい、そして……。

 

「どうやって帰ろう……」

 

大地から50mは上空に離れた所で戦っていた事実を認識して、妹からは全知全能などと勘違いされている達也は、少しだけ途方に暮れるのであった……。

 

 

 



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第90話『終結へ向けて』

考えてたネタの一つに、アーシュラの戦いぶりの影響で本戦モノリスもプリンセス・ガードに変更されて、それに渡辺摩利が出ることになって『霊衣』を求めて云々のギャグ展開も考えていました。

例としては、そういったものを求めた際に摩利が着るのは、『バーゲスト肉じゅばん』というサイドンレベルに引き上げるモノ。だとか、他校のプリンセスにも着せるために急遽『お鶴さん』『おっきー』がやってくるというネタもありましたが、まぁボツ。

長々と書くのもあれなので、この辺りで九校戦編は閉めようかと思いつつ、新話どうぞ


事件は解決を果たした。新人戦プリンセス・ガード決勝戦における事変に関しては、恐ろしいほどに幕引きは鮮やかであった。

 

それは、現在キャビネットでニュースを見ている一高の強力な魔法師の面子でも、その――――――『誰か』がやったらしき、工作活動の手際に『恐ろしさ』を憶える。

 

 

「―――――あれだけのことがあったというのに。観客だって多くいたんだぞ……それなのに……ガス爆発に、細菌テロだなんて……」

 

事実を捻じ曲げたその報道に、渡辺摩利は驚愕する。

 

だが、九校戦の一高会議室に集まった三巨頭の内の一人。大柄な男、十文字克人は意見を異にしていた。

 

 

「神秘の世界の片肺『聖堂教会』のスタッフは、あちこちにいるらしいからな。特に吸血鬼騒ぎなんてものを収拾するには、この手しかなかったのだろうな」

 

克人にとっては、数年前にも見たことだ。カッコつけて言いたいわけではないが、世界の闇というものを垣間見た時だった。

 

これ以上は、魔法師の名家であっても、おいそれと手出しできない領域に繋がるのだから。

 

 

「……2日間の『後処理』は終わって、今日から九校戦再開……不謹慎だけどテンションあがらないわね」

 

熱狂が冷めたというか、吸血鬼の『ちゃちゃ入れ』があったからか、真由美は少しだけテンションがダウンであったりする。

 

というか、他校、ならび警備を担当していた国防軍の中には、真由美のような存在は多い。

 

2日前の大立ち回り、あの時に多くの魔法師たちを圧倒し、無力感を味あわせたあれは……。

 

やはり真実を知りたいと想う気持ちがある。何があれば『あそこまで強くなれる』のか……。

 

特に魔法剣士として、敗北感を味わいっぱなしの渡辺摩利は、真実を明らかにしたい想いが強いのだ。

 

「十文字、お前。六高の宇津見に対して随分と凄いこと聞いていたよな?」

 

「なんだ? セクハラとしてオレを告発するか渡辺?」

 

「いいや、お前がそう思った理由を改めて聞きたいと思ってな………。お前は士郎先生かアルトリア先生―――あるいは両方が英霊の分け身たるサーヴァントだと思っているんだろうと思ってな」

 

渡辺摩利から指摘されたことは、実は真由美も考えていたことだ。あの時、宇津見エリセに聞いたことは、そういうことなのだろうかと……。

 

素直に答えてくれるなどとは、克人とて思ってはいないし、未だに推測の範囲内ではあるが……それでも発想を飛躍させなければ、真実には辿り着けないのだろうと思っている。

 

嘆息一つしてから口を開く。

 

「まぁそうだな。俺や七草のような遺伝子操作された現代魔法師の感覚……遺伝的形質を信じた上でしかないが、やはり戦闘能力及び強大な魔力増産機能は―――どちらか。恐らくアルトリア先生から来ていると思っている。

そして、これはお前たちの方が詳しいと想うが、四月のブランシュ事件で、アーシュラが召喚した『円卓の騎士』の一人。サー・ギャラハッドは、アルトリア先生を『王』と呼んで『拝跪』していたそうだな?」

 

確かに図書館前に赴いた摩利と真由美などの一団は、各々で動く前に、アルトリアとあの盾の騎士の会話を聞いていた。あまりにも異常すぎる事態の連続で、あの時の頭の血の巡りは悪かったのかも知れないが―――。

 

「ああ……おい、十文字。ちょっと待て! それはつまり!!」

 

よく考えてみれば、符丁は既に示されていたのだった。

 

如何に伝説・伝承・神話・民話にさほど詳しくないとは言え、多くの創作物でも、『かの王』の名前、もしくはその武器や騎士たちの名前はオマージュ元として有名なのだ。

 

「―――俺達は既に、「宮本武蔵」という『女剣士』のサーヴァントを眼にしている。その剣腕ともどもな」

 

披露された推理に焦った摩利ではあるが、『実例』を出されたことで「色んな意味で」呻くしか無かった。

 

「並行世界論というのは、魔術師の間ではかなり『普通』のことらしい。近代に入ってからの人類史の普遍性というのは、曖昧なもので、俺達のような存在(現代魔法師)が生まれなかった世界というのもありそうだ―――同時に、宮本殿が『女』であるという世界も、な」

 

突飛な発想というには、あまりにも『状況証拠』は揃いすぎている。

 

「俺も世界の神話伝承などに特別詳しいわけではないが、それでも歴史としてこの島国の覇権を争った時代があることは知っている。そして……ブリテン島でも同じくな」

 

「……女性のアーサー王……」

 

「そういう『可能性』―――あるいは、人々の目には少年王と呼ばれたアーサーが『少女のような少年』に見えていたのかもしれんな」

 

「けどアーサー王は確かにすごい騎士かもしれない。私達からすれば眉唾な伝承とかを鵜呑みにしたとしても……あそこまでの戦闘力が必要な―――」

 

喉元まで出かかった言葉を引っ込める真由美。

 

そう。

 

現代と同じ感覚で裁けるモノではない。

 

つまり、アーサー王が生きていた時代のブリテン島や、大陸で戦ってきた相手。

 

ローマ帝国の意を受けて島に移住しようとする異民族サクソン人。

スコットランド、アイルランドに居を持つ巨人族の末裔とも言えるピクト人。

はたまた、ブリテン島にいた凶暴な幻想の獣たちは、魔法師が思いもよらぬチカラを持って、多くの人々の脅威になっていたのかもしれない。

 

あれだけの戦闘力を『必要』とするほどの……『敵』が。

 

そう考えると、あの夕食会での説明も、よりいっそうの真実味を帯びてくる。

 

同時に、その事実の奥深くを考えた時に……現代魔法師の『存在意義』(レゾン・デートル)がおぼつかなくなる。

 

「まぁ何にせよ。全てはまだ五里霧中の暗中模索だ。仮に、そうだとしても……まだまだ詰めきれていないことは多い」

 

そもそも、この考えとて推測程度でしかないのだ。

 

宇津見エリセが嘘をついている・ついていない。

 

どちらであってもアーシュラの生誕には不透明な点が多くなるし、その場合―――士郎先生もまた不可解な存在にも思えてくる。

 

正体を突き止めたと思ったらば、次の瞬間には違う迷路が彼らを思考の袋小路に誘う。

 

(まるで迷宮だ……)

 

知りたいと思う心を無碍にされているわけではないが、答え合わせまではまだ早いと言われている気持ちが、どうしても―――。

 

もどかしさを残しながらも、それでも今日を勝てばいいだけなのだ。

 

「今日の主役は摩利と十文字君ね。がんばって」

 

「ああ、十文字のモノリスの前に、優勝を決めてやるさ」

 

「もつれるような結果を演じても構わないぞ渡辺。一年とは言え一色も司波も強敵だからな」

 

ぬかせ。と返しつつ、ここまで来たらば本戦モノリスもプリンセス・ガードに変更してくれればいいのに、と想いつつも―――九校戦は再開するのだった。

 

 

「………」

 

もやもやする。いらいらする。むかむかする。

 

とめどない不快感が胸いっぱいに広がって、どうしても平静でいられない。

 

今日は待ちに待った九校戦の再開日。今日と明日で全てが決まる。

 

多くのアクシデントがあったものの、『魔法大学』からやってきた『新たなスタッフ』たちは、何のやましいことも無い人間ばかりで、何事もなく深雪のCADはチェックを入れられて、自分の手元に返ってきた。

 

そう。兄のお手製のCADだ。

 

全ての魔法コードも深雪専用に設えられた……正しくオンリーワンにしてナンバーワンのそれなのだが。

 

「………」

 

最近の兄のオンリーワンでナンバーワン……何よりも優先すべきものが、自分ではなくなっている気がしてならないのだ。

 

「深雪、調子はどうだ?」

 

「はい。問題なく―――今日の天候ならば……TOPを獲ることも可能ですよ」

 

「曇天は、確かにミラージ・バットでは最適なんだが、気持ち的には盛り上がらないな」

 

「ふふ。お兄様ってば、そのような物言い。『らしくない』ですね」

 

「……賢い選択だけが、全てにおいて正しいわけじゃないからな。兎に角、油断せずに行こう」

 

「はい」

 

兄の苦笑しながら返された言葉。

その胸に去来しているものは何なのか分からないが、それでもミラージ・バットは問題なくプログラムがこなされていき、飛行魔法を披露した深雪に驚きが起こりつつも、予定通りに全てはこなされていく。

 

下馬評通り―――というわけではないが、優勝・準優勝を奪った一高が得点では逆転を決めて、それでも翌日のモノリスコードで全てが決まる。

 

その間、衛宮アーシュラと藤丸立華……ならびに、その関係者たちは観客席及び夕食会に現れることは無かった。

 

 

その事実に、何かとやきもきしてしまう面子は多くて、そして翌日―――、モノリスコードの応援席においても彼女たちの姿は無かった。

 

 

「むぅ……まさか、ここまで姿を見せないとはな」

 

「2日間の休養―――、最後にあの子たちの姿を見た人は……?」

 

居並ぶ一高生たち……バイトでホテルに入っているエリカたちも含めての問いかけだったが……。

 

「多分、俺ですかね。あの戦いで立華が作った『虚数戦域』を地上に下げてから、カルデアのサーヴァントたちに保護されて―――それから数時間は一緒でしたから」

 

達也の挙手しながらの言葉に、その辺りの顛末はこちらからでも確認出来ていた。

あの後に、女子生徒が詰め寄る前に、サーヴァント・ギャラハッド卿が、アーシュラを保護したのだから……。

 

「確かに、アーシュラってば達也くんに身体を預けて寝こけていたもんね」

 

「からかいのつもりだろうが、その前のアーシュラはちょっと変だったんだよ。心配してしまうのは当たり前だろ。ルーシャナとかいう魔法剣士……恐らくサーヴァントの類を倒したあとに、死徒への誅殺……その前に宇津見さんと戦ってオレを守ってもくれたんだからな。疲れたのは当然だ」

 

「う、うん……ごめんなさい」

 

エリカも最初こそ、ちょっとしたからかいのつもりだった。達也の言葉通り。

 

そして改めて達也に、そう状況説明をされて少しだけ気圧される。ちょっと怒っているような調子にも聞こえるのは―――間違いないだろう。

 

「ならば司波。その後のアーシュラの姿は見たのか?」

 

「一応は、オレも同じく『国連管轄の病院』に運び込まれて、診察を受けていましたから……聞く限りでは、特に重篤な状態ではない様子でしたが……」

 

その後、診察を受けて病院から出たのだが、アーシュラは出てこなかったのだ。

 

「何故、軍関係の病院じゃないんだ?」

 

「多分だけど、そっちにはドクターの他に「聖堂教会」の「代行者」が詰めていたから、運び込まれる怪我人の中に『唇痕』があれば、それはグールから夜魔になることも有り得る。むしろ『死徒』なんてものが現れて、代行者たちが、ここまで『穏便』にことを済ませている方がおかしいんだよ」

 

何気ない摩利の質問の言葉に、顔を青褪めたままにとんでもないことを言うのは、その顔とは対象的な明るい赤毛をした明智エイミィだったりする。

 

渡辺摩利という先輩に対する物言いとしては不適切だが、それでもその言葉の意味を問うべく尋ねる。

 

「聖堂教会の代行者……藤丸から説明を受けていたが、そんなにまでも危険な組織なのか明智?」

 

「危険とか、ヤバいとか、そういう幼稚な言葉が何一つ通用しません―――とにかく、私の方からはこれ以上は言いたくありません。ただ一つ言えることは、反魔法主義の団体よりも純然たる『信仰』を持った彼らは、『バチ当たり』を殺すことに何の躊躇もしませんということです。

特に、神様の設計図を弄った人間は、末代にいたるまで殺し尽くす。例え、その人物たちがカトリックだろうとプロテスタントだろうとです」

 

この日本という国に生きているだけでは、欧州の生の感覚というのは中々に掴めないものだ。

 

更に言えば、昔からこの国の国民は、他国が覚えている危機感や社会感覚というものに共感しづらいという点が、悪癖としてある。

 

なにか重大なこと(・・)が起こってから、ようやくそういうことを他国人の学者から教えられて、説明させられて猛省と共に後悔する。

 

中には、そういう危機感を訴える学者に安易かつ低俗なことを言って怒りを買う―――学者と同じような『インテリ』がいるのだが。まぁ日本のインテリのレベルなんてのは、机上の空論レベルでしかないことなのだと顰蹙を買うだけである。

 

……ともあれ、エイミィの青褪めた顔を見ても大半は理解できていないようだが―――それでも聖堂教会の戦闘信徒の手際を見ていた連中もいたわけで、『あのチカラ』が自分たちに振り向けられる時もあるのだと、深刻な顔をしていたのだった。

 

 

「話がズレたが、聖堂教会が何かしらの『工作活動』をしていたとして、それと衛宮・藤丸がどう関わるんだ?」

 

「それは『樹海にあった寝床を潰していたんですよ』―――りっちゃん! えっみー!!」

 

久方ぶりに見た女子生徒2人は、疲れたような顔で部屋に入ってきたのであった。

 

衣服は一応、一高制服ではあるのだが……どこかズタボロであった。いきなりな帰還。連絡もなしに、どこをほっつき歩いていたのだと言いたい文句は、その身に纏う異常な魔力で霧散するのだった。

 

「樹海って青木ヶ原樹海に? 寝床って―――」

 

「当然、死徒ディープ・マンジュリカの『棺桶』をですよ。魔術師でいえば工房とも神殿とも言えますけどね」

 

勝手知ったる様子で椅子と机を引いてそこに座る2人。

疑問や質問は多いが……。

 

「……他に任せて良かったんじゃないか?」

 

「ダメですね。別に不幸自慢したいわけじゃないですけど、地元の魔術組織や混血の一族との『折衝』がありましたので―――まぁここいらは、ある意味ではどちらも不干渉でいきたい場所だったので、色々と政治屋たちとの渡りをつけていただいたというところですが」

 

その言葉の不可解さ。煙に巻くわけではないが、少しだけ分からないことが多いのだ。

分かるやつにしか分からない理屈……というか。

 

状況を見かねたのか、ホテルアルバイトとはいえ、一高の一員で古式魔法師の名家である吉田幹比古が説明を加える。

 

 

「えーとですね。藤丸さんが言いたいことというのは、この日本の魔術組織との取引というか暗黙のルールを遵守したということです」

 

「それは?」

 

「この日本における魔術組織は、西欧の魔術協会『時計塔』『彷徨海』『アトラス院』などのように、強大な組織連携が出来ているわけではないんです。

ただそれでも、ある程度の『厄介事』の解決には共通のルールが存在しているんです」

 

幹比古という『魔法師』の口からそういうことを言われたことで、どうにも現代魔法師は世間知らず(お上りさん)という感覚を覚えてしまう。

 

「地元で発生・来訪した『魔』は、自分たち、同じ『魔』で始末・処分する。

これこそが、西欧の魔術組織を排除してきた土着の魔術組織のルールなわけですが―――当然、今回の死徒騒ぎのように、『外部』からの横槍とか『協力』が必要な場合もあるわけですが、その前に折衝は必要なんですよ」

 

「――――――そんな組織が、この日本に存在しているのか?」

 

眉唾すぎて、そんな連中がいるというのに、何で魔法師の名家なんて連中が矢面に立たなければならないのだ。

 

色々と疑問と不満が渦巻くも、幹比古の説明は続く。

 

 

「中でも強烈なのは、皆さんの中には恐らく、どこかしらで聞いたことがあると想います。

巫条・浅神・両儀―――七夜。

久我峰・斎木・刀崎―――遠野。

滅んだ家もあったりしますが、まぁ……この辺りが代表的なところですね」

 

説明された家名の中でも反応が早かったのは、表の世界でもそれなりに稼いでいる家の出身だった。

 

「アサガミ―――もしや浅上建設や浅上女学院というのは!?」

 

「はい。退魔の血族の一つ、浅神家の分家筋が今の時代に生き残った姿です」

 

建設会社社長の息子だからなのか、気付いた十文字克人が勢い込んで幹比古に問いただして、肯定する。

 

「トオノ―――吉田君、それって日本の一大財閥『遠野グループ』の?」

 

「うん。混血の一族の宗主。総耶という街に根を張る遠野家……その通りだよ」

 

同じく財閥令嬢の北山雫が、そう言って確認を取ってきた。そんな四葉以上に隠れた一族がいたなど……本当に知らなかったのだ。

 

「細かな話をしていけば長くなりますが、あくまで『西欧文明圏』の魔術組織からしていけば、最初に話を通すのは『そちら』なんです。そして、出来うるだけ協調路線を取らせてもらいたい。当然、『こちら側』とてそのように勝手な理屈で『縄張り』(シマ)を荒らされるのは、気分が悪い―――今は、そういう感じでいいかな? 藤丸さん」

 

「100点満点の解説ありがとうございます吉田君。実際、そういった人々の『協力』や『監視』のもと、吸血鬼の『ねぐら』を浄化してきたんです……」

 

「そっか……じゃあ、『本当に大変』だったんだね。りっちゃんもえっみーも……」

 

吸血鬼のねぐらの浄化……その言葉だけで、エイミィと幹比古……少しだけ遅れるも克人は『理解』を果たして、痛ましい顔をするのであった。

 

「まぁ実質3日間ブッチした謝罪というわけではないですが、一曲弾かせてもらおうかと想いますよ」

 

少しだけダレていたアーシュラだが、それでもやるべきことをやるべく、アッドをバイオリンにして、調律作業に入るようだ。

 

「神経質な服部なんて、眼を離すとため息ばかり突いているからな。頼むぜ」

 

「副会長の胃に穴を開けるわけにもいかないからな。頼むアーシュラ」

 

辰巳と十文字からさんざっぱら言われた服部副会長が少しだけ呻くも、それでも最善手なのだと感じた服部は一礼をして―――そして、立ち上がったアーシュラはいつもどおりに一曲を奏でる……。

 

その一曲の影響を受けたのか前日の試合以上に調子をあげた一高モノリスメンバーが、押し寄せる敵を、今度こそ寄せ付けずに―――、一高は三連覇を決めるのであった。

 

 

 

 

 

 



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第91話『後夜祭-Ⅰ』

アスラウグちゃんかぁ……カルデアにエミヤ一家とは違うファミリーが出来上がる可能性が大。プラス娘婿か……そして、『叔母』と呼ばれるワルキューレ三姉妹。

実装されるかどうかは、まだ分からない。しかし、ヴァルキリー好きな社長の鶴の一声が

と妄想しつつ新話お送りします


 

最終日の日程を終えた九校戦。優秀選手の表彰式にて、とんでもないことが行われていた。

 

各部門の優秀選手の表彰式にて、クラウド・ボール部門にて―――表彰された『一色愛梨』が、受け取った表彰状と記念品を、その場でサーベルで叩き斬ったのだ。

 

記念品は95年度のメモリアルプレートだったが、それすらもサーベルで叩き斬った剣腕とあまりにもあからさますぎた行いに―――誰もが唖然とした。

 

 

『このような腥いハラワタから出たような金看板など! 喜んで掲げられるものかっ!!!』

 

その拡大された声と言葉で言った女騎士の言葉に、誰もが沈痛な表情と沈黙で応えて、その後には―――。

 

『自分も、一色後輩と同じ意見ですな。申し訳ありませんが―――これは『お返しします』よ』

 

本戦ピラーズ優勝であるボイジャーを差し置いて、優秀選手として表彰された十文字克人は、魔法で極小のサイズにまで『縮めた』表彰状と記念品を突っ返すのだった。

 

他の人間たちも、その行動に驚いたり、どうしようかと戸惑って、それでも表彰式は……『終わり』を迎えた。

 

 

「別に受け取っときゃいいのに、既に私達の口座にミリオンダラーが入金されているんだからさ。うえっへへへ! 気分は正しくゴノレゴ13!!」

 

「十師族やナンバーズからかなりの資産を分捕ったようだな。ウチの管財役の執事が俺に泣きついてきたほどだ」

 

平素は達也に厭味ったらしい執事が、上に下にという資産の移動を当主から急に言われて、FLT側の資産も引き落とさなければなかったようだ。

 

つまりは……ナンバーズからの『口止め料』というか、迷惑代をアーシュラや立華、宇津見エリセなどに支払うことで、権勢を維持することにしたようだ。

 

「だが、こんな風に跳ねっ返りが出るならば、効果は無かったかもな……」

 

一色や十文字のアレを見るに、どうやら意味は無かった。そもそも、ここまでの戦いを見ていた面子ならば、誰がMVPであるかなどは一目瞭然なのだから。

 

「ワタシは満ちた預金額を見るだけで幸せ。『お兄ちゃん』みたいに『宝石』を使わないといけない魔術体系じゃないけど、色々としてみたいことがあるからね」

 

「深雪は従容として表彰されているな」

 

「そりゃ深雪ちゃんとワタシは戦っていないもの。競ってないもの。最優秀選手であることは間違いないわよ」

 

そういう突き放した言い方をするから、深雪はアーシュラを苦手だと想う。しかし、だからといって直接やり合うことを避ける。その消極性と安全圏から出ない姿は―――。

 

(次期当主候補としてどうなんだ?)

 

実妹に対して辛辣なことを想いながら―――遠隔で表彰式の様子を見ていたアーシュラと達也。

 

山のように積み上がったハンバーガーを次から次へと咀嚼するアーシュラを見ながら……。

 

「アーシュラ……お前は―――『女性のアーサー王』の『娘』ということなのか?」

 

真実を射抜く心地で言葉を放ったのだが―――。

 

「そうよ。ワタシの母『アルトリア・ペンドラゴン』は、女の身でありながら滅びゆくブリテンを救う王として、魔術師マーリンと祖父『ウーサー』の策にて『創られた』存在―――そして、その母と子を成したのがワタシの父ってことよ」

 

一息に言われて、あっけらかんと、何気ないことのように言われて、さしもの達也とて反応に困ってしまう。

 

そんなにまでもあっさりと自分の出生に関して打ち明けるとは―――だが、それとて……なんというか不透明なものに思える。

 

アーシュラと立華は言ったはずだ。過去の英雄・英傑というのが実を持った霊体として存在しているのが『サーヴァント』という英霊の分身なのだと。

 

そんな達也の疑問を理解したのか、アーシュラは少しだけ乾いた笑みを浮かべながら口を開く。

 

「……本当に聞く気があるならば、少し長い話になるわよ。そして、アナタの頭良すぎるオツムで理解出来る話でもないと思うわ」

 

「……バカにしているのか、褒められているのか判断に困るな―――叔母は知っているのか、このことを?」

 

「でなければ自分の―――甥っ子にあれこれ指示を出すわけがないでしょ」

 

途中でなにか言葉を詰まらせたアーシュラだが、言おうとしていたことを変更したのはなんとなく理解できた。

 

文面は通っているが、何かを誤魔化された。と感じつつも―――。

 

「教えてくれ―――キミは何者なんだ?」

 

今は、あの時……鏡面界という異界で口づけをしてくれた少女のことを、本当の意味で知りたいと思えた。

 

あの時、空虚(からっぽ)で、冷たく、冷めていた、どこまでも不感で俯瞰だった達也の世界を変えて(換えて)くれた少女のことを―――。

 

その想いが通じたのか―――アーシュラは少しだけ嘆息をしてから、表情を改めてから口を開く。

 

「―――『私』は―――――――そして―――――――」

 

言葉は朗々と続く。

 

昼下がりのカフェラウンジで、達也ならずとも衝撃である出生を語るアーシュラ。

 

その言葉全てを丸呑みにするには知識が足り無さすぎた。

魔術世界に理解ある魔法師であっても、それを丸ごと信じるには―――。

 

それでも……彼女の言葉を信じてしまう達也がいるのだった。

それは幻想のおとぎ話でありながらも、世界に一つだけの家族に出来た奇跡なのだと。

 

「―――そして、両親とペットと一緒に星の内海から出てきたってことよ」

 

そんなお引越ししましたみたいな気楽な言い方はどうかと思うも、その説明で全ては決着した。

 

「……アーサー王は『永遠の王』。それは、そういう意味だったのか……」

 

英国人たちのメンタリティというものが及ぼした結果なのかもしれないと思いつつ、少しだけ疲れつつも―――。

 

「ヒト、竜、妖精―――その3つのチカラが混ざった存在が、アーシュラ・ペンドラゴンということか」

 

未だに人理に対して存在を続ける、夢魔との混血である花の魔術師『マーリン』が、意図して士郎先生を『奥』へと誘った可能性もあったのだろうが……それにしても―――

 

「お前は俺と違って天然自然の存在だったんだな」

 

「アナタと同じく改造されていれば、違った目線もあったかもね」

 

「羨ましいよ……本当に」

 

同時に、この子に惹かれている理由も知れた。

 

自分は母親に改造されたことを自意識過剰に、なんというか……自分が世界で不幸な存在であると、語らずとも語っていた―――ようは、自分に酔っていたのだ。

 

そんな自分を慕う深雪などを筆頭に、周りは……自分を甘やかすヒト……否、女の子ばかりだったところに……。

 

この娘は―――。

 

『甘えてんじゃね―――!!!』

 

と、ハンマーで自分の心地いい場所を叩き壊しに来るのだから、困った話だ。だが、その彼女が一番に―――達也にとって『世界で一番のヒト』になってしまうのだから、本当に困った話だ。

 

俺だけが安らげる楽園を壊しに来る。そして、違うものを見せてくる―――。

 

自分の世界を違う色に変えてしまうのだから……。

 

 

「ところで、今日の後夜祭―――出るよな? 出てくれよ。出ないなんて言うなよ」

 

「そこまで念押しするとか、どんだけ~。ご飯が出ないならば、焼肉『大帝都』でアリサ・茉莉花たちと飲み食いしたかったんだけどなー」

 

「そういうからには、十文字会頭からも釘を刺されたか」

 

ダレながらも、机の下で脚を伸ばしたりばたばたしたりする、白鳥の湖なアーシュラの心は、まぁなんとなく理解できた。

 

「ああ、けれど……一つだけ楽しみがあったわ」

 

「あっ、イヤな予感がする。俺のシックスセンスが、一人のご老体の不幸を、予言するぞ」

 

すっかり忘れていた。あの懇親会での一幕を……。

 

 

「タノシミだな〜♪ 九校戦音頭〜〜〜♪♪ 」

 

絶対に『タノシミ』のベクトルが違うアーシュラの笑顔を見ながら、一人の老人の今後に対して合掌をするのであった。

 

 

 

 

結局のところ―――九島烈は逃げ出した。

 

後夜祭合同パーティーの最中に、会場に入ってきた響子が恭しく、立華とアーシュラに渡した一枚の紙で、『設定年齢19歳 蟹座のB型』での『九校戦音頭』は無くなっていた。

 

だが、九島健の早急な帰国へは尽力すると書かれていたのだが……。

 

「半年、いや本当だったらば3ヶ月でもいいぐらいですよ。それ以内で出来なければ、アーシュラの中にある『童子』を再び解き放ちますよ」

 

「!!! ……そこまで大叔父さんを帰国させたいの?」

 

「いつお迎えが来るか分からない御老体がいて、その人が故郷に一度は戻りたいと願っても帰れないとなれば、仏心ぐらい出ましょうよ」

 

脅されたあとに、そう言われた響子はそそくさと会場から去っていこうとする。去ろうとする前に、背中を向けながら言葉をかける。

 

「……私は、そんなこと知らなかった。お祖父様に弟がいて、そんな『事情』があって……合衆国に追放されていたなんて……」

 

「しかし、古式側の理解者・調整者であったケン・クドウを欠いたあなた方は、古式……退魔と混血も含めた人間たちから壮絶な復讐戦をされた。我々の業界で『因果』とは―――どれだけの時間が経とうと、どんな場所であろうと、どうあっても切り離せぬものなのですよ」

 

その言葉を受けて、目尻を拭ったらしき動作をした響子は今度こそ会場から去っていく。

あくまでも『九島家』で信を寄せているのは、九島烈ではなく九島健だけだとする立華の態度は、響子からすれば無情に感じたのだろう。

 

ともあれ、そんな立華は―――。

 

「アーシュラ、アンジェリーナとコウマに連絡を取りましょう。お祖父ちゃんの帰国の道筋は取れた。と!」

 

「かしこまっ!」

 

翻ってアーシュラに対して、朗報の電報(古っ)を送れと伝えるのだった。

 

先程から魔法業界の名士たちから『スカウト』を受けていた達也は、何故か―――彼らの周りにだけは誰も来ないことを訝しむ。

 

(何かしらの認識阻害の術を使っているのか?)

 

立華はともかく、アーシュラに有象無象が近づくことを良く思わない達也は、それを良しとしていたが―――。

 

 

「達也くん。人気者すぎて応対に疲れているところ悪いが……衛宮と藤丸がいないんだが、もしかしてブッチしたのか?」

 

「委員長にも見えないんですね。アーシュラと立華は普通にいますよ……」

 

戸惑った委員長だが、達也の指で示した辺りを眼を凝らした末に、ようやく見つけたらしい。

 

驚いた委員長だが、そこに走り向かっていき―――どうやら見失った様子を見て、仕方なく達也も近づいていき、何とか2人を見えるように仕掛けを解除した。

 

「お、お前たち! 何だって会場内にいることを示さずに、隠れていたんだ」

 

「「なんかウザそうだったから」」

 

「………ううっ、シュウだって話したいとか言っていたのに……」

 

「軍人剣士さんと話すことなんて無いと思いますけどね」

 

「アーシュラの剣は自由騎士の剣であって、千葉OBに得るものは無いと思いますよ」

 

なんて突き放した言い方だ。だが、達也にも分かる。

 

アーシュラの剣には迷いも躊躇いもない。ただ己の力と技を信じ、剣を操っている。

 

まっすぐな剣は相対し合うだけで、射抜かれるような気持ちになる。

邪念を持ったものを一瞬にして看破するそれは、一種の試練だ。

 

だからこそ、魔法剣士の誰もが、アーシュラの本気の剣を引き出したいと願うのだった。

 

だが大抵は、その前に終わってしまうのだが……。

 

ともあれ、後夜祭の目玉たるダンスパーティーは始まる―――。

 

 

 



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第92話『後夜祭-Ⅱ』

二話で終了したかったのだが、無理なので分割投稿


「お兄様がアーシュラを誘わないようにしなければなりませんね」

 

「そ、そうだね! その為にも私達で達也さんを独占しておかないといけないよね!!」

 

「というわけで、七草会長及び皆さんにも協力してもらいますよ。いいですよね!?」

 

有無を言わさぬ強権的な物言いをする司波深雪と真っ先に同意をした光井ほのかに、若干の反発心を持つ先輩・同輩は多い……。

 

こんな後ろ向きすぎる邪魔立て。完璧に司波深雪が『転生』など無い、本物の『悪役令嬢』にしか思えないのだ。

 

だが、そう思われても構わないと言わんばかりに荒れ狂う深雪に、誰も意見出来ないのだ。後輩に威圧される先輩たちだが―――仕方なく動くのだった。

 

「―――ならば、俺がまず先発してアーシュラをダンスに誘おう。女子陣は、司波兄御の拘束しておけ……」

 

げんなりする。それを表情に出さずに十文字克人は動き出すのであった。

 

だが、別にアーシュラとダンスをすることがイヤなわけではない。寧ろ誘いたいぐらいだった。

 

 

よって―――。

 

「アーシュラ、俺と一曲踊ってくれないか?」

 

「十師族の長子が、ワタシのような野良犬とオープニングを飾るとか、どうなんですかね」

 

自分を卑下するような言い方だが、それでも克人は構わず誘いをかける。

 

「意外と―――お前が本物の『プリンセス』なんじゃないかと、俺は思っているんだがな」

 

「メシばかり食っているリナ・インバースみたいなお姫様とか、ありえないでしょ。まぁ……エスコートよろしくおねがいしますね」

 

言いながらも克人の誘いの手を取ってダンスホールへと赴く辺り、その辺りのマナーは心得ているようだ。

 

 

その金髪の姫騎士の姿に、色々なことを思う人間たちは多い。

 

羨望、恐怖、憧憬、畏怖……あの新人戦ガードのハプニングで見せられた大立ち回りは、現実離れすぎていて、それでも現実なのだと認識させられる……。

 

長身のアーシュラの背丈を越えた巨大な剣を、軽々とナイフでも振るうようにして扱うアーシュラの動きは―――。

 

「……英雄とは、彼女のようなことを言うのかしら?」

 

「――だとすれば、風来坊すぎて無頼漢すぎる英雄だな」

 

真由美と摩利の会話……。

 

「十師族の中でアイツらの扱いはどうなっているんだ?」

 

「カルデアに関しては、とりあえず触らぬ神に祟りなし。

私も最近まで知らなかったんだけど、十大研究所の『研究』にも、彼らの手は色々と回っていたそうなのよ」

 

研究所の『出資者』が、最終的に『現代魔法師の開発』に『全面的な協力』を願い出たのが、当時、様々な意味で旺盛に活動していた時計塔『貴族主義』の一家『アニムスフィア』であるとのことだ。

 

今更ながら、本当に因果な話である。

 

「衛宮家に関しては?」

 

「割れてるわ。当初、一条家は『長男の嫁』にアーシュラさんを―――とか考えていたみたいだけど」

 

自分たちの権力・戦力を維持するために、目立った魔法師を内側に取り込むという考えは、昔からなくはない話だが……。

 

「それを止めたのが、十師族内部にいたってことか」

 

「ええ……まぁそもそも、士郎先生とアルトリア先生が認めないだろうけど」

 

その内訳として『四葉』『十文字』『九島』……『七草』ということだ。その意図はどちらかといえば、利害関係からというよりも―――心情ゆえであるのだから、真由美は余計に分からなくなった。

 

(父は当初から『衛宮家に不義理を働くな』と言っていたわね……つまり、我が家と衛宮家には何かがあったということ?)

 

普段から権謀術数を巡らす父のことを嫌悪していた真由美だが、アルトリアから言われた後に、なんとなく視点を変えて父を見た時に―――少しだけ見えたものがある。

 

それは、けっして七草の家は盤石な権力基盤を有しているわけではない。寧ろ、何とか他家に付け込まれないように、何とか力を保たなければならないということだった。

 

政治家との折衝や多くの人員を抱え込む理由も、全てはそこに集約されていた。

 

(……家を守りながら日本の秩序を守る立場……それを簡単に捨てられる立場ではない、か)

 

色々と高校生にしては、らしくない悩みを持ちながら、パーティー会場を俯瞰で眺めていた真由美は―――。

 

先程まで深雪のディフェンス(爆)で、多くの男子生徒から誘いを受けていたアーシュラに視線を向けた。

 

流石に一息ついたらしきアーシュラのダンスステップは、普通の男子高校生には耐えきれるものではなかったらしく、十文字克人を筆頭に死屍累々という塩梅であったりする。

 

今日まで見てきた立ち回りですら、侮っていたことを痛感する。

 

そんなアーシュラは壁際で端末を開いたりする。昔で言うケータイいじり、スマホいじりとも言える。

ちょうど良くも、真由美と摩利からはちょっと頭を下から覗かせても見える位置。

 

そこにて連絡を開いた。相手との通信が開始される。

 

最初こそ『SOUNDONLY』であったが、端末の画面―――立体投影が表示されて、そこに一人の男の顔が出てきた。

 

端末画面を『眼』で詳細に見ていた真由美は、ちょっとした覗き見気分。疲弊しきったアーシュラだからこそ、今ならば余計なジャミングが発生することはないだろうと思えてのイタズラ―――。

 

だが、それはある意味では間違いであった。

 

見えてきたアーシュラの通話相手。その男―――少年の顔を見た時に、真由美は息を呑んだ。

 

喉が引きつる気分だ。全身が痺れるような心地。

 

アルトリアに言われてから七草の家のルーツを探る上で、父の若い頃の写真―――眼帯をしていたり、義眼にしたりしていた時期―――それ以前のものすらも詳細に見た時を思い出した。

 

そう―――、アーシュラが映し出した『少年』の顔は―――真由美の父『七草弘一』に似ていて、それでいながら……『司波達也』にもどこか似ていた。

 

 

楽しげというか、何かを嘆くように会話をする中で、その唇の動きから、少年の名前を聞いた。

 

ホールにある音がなければ、詳細に聞こえたかもしれないその少年の名前―――。

 

―――少し外に出るわ『コウマ』―――

 

流石にオーケストラの音を気遣ったのか、中庭の方へとアーシュラは行くようだ。

 

その姿に気づくものは多くはない。しかし―――、一人だけその様子に感づいたものが出て……実妹との踊りを終えたあとに休んでいたその男は、追うようにして庭へと向かうようだ。

 

「そういや、あの2人……戦いの最中に3分ほど姿が見えなくなったよな」

 

「そうね……」

 

戦塵が舞う中でもあの2人の姿は目立つ限りだった。その中でも2人の姿が消えたのは、誰もが見ている。

 

その後は、巨大大蜘蛛の下部から突然、巨大剣をモーターボードの進化系たるフライボードよろしくにして現れたのだった。

 

思考がまとまらない中でも、そんなことを考える余裕はある真由美は思う。

 

出てきた司波達也の『能力値』は、かなり高まっていた。アーシュラという騎士が、何かをしたと思うのだが……。

 

『イッヒッヒ! 学生共に張り付いた『悪い魔力』を吸うために、ここに置き去りにされるとは思っていなかったぜ!! まぁ食うけどよ!!』

 

先程から手すりの上から瘴気のような―――『悪い魔力』を換気するかのごとく食べている喋る匣ならば、分かるのではないかと思うのだった。

 

眼にも見えるほどに黒々とした『煙』のようなものを吸い取るアッドに対して……。

 

「アッド、あの2人―――なんかあったのか?」

 

『ああ? あの2人って、俺の姪っ子とあのよ、小僧っ子のことか?』

 

何かを途中で言いよどんだらしき喋る魔術礼装だが、摩利の言葉に対して―――。

 

『あったと言えばあったが、俺の口からは姪っ子の秘密は、おいそれと言えねぇ。ワリーなお嬢ちゃん』

 

「そりゃいいんだが……アッドは、アーシュラの伯父なのか?」

 

匣が伯父ってどういうことなんだろうと思いつつも、ガタガタと『口』(上蓋)を動かす匣は語る。

 

『アーシュラからすれば、『俺』に定着した『疑似人格』のモデルは、確かに『伯父』にあたる。ただ、俺自身はそういった意識があるんだか無いんだか、微妙な心地ではある。言うなれば、作られたコピーが、自身のオリジナルがいると分かっているのに、それで自我崩壊するか否か、ぐらいの感覚ではあるんだな』

 

「クチの悪いお前が、そんな状態であったとは……」

 

結構衝撃的なことを言われて、摩利も真由美も驚くばかりだ。

 

『オリジナルの記憶も俺はなんとなく持っている。幾度か偶発的な事件で再生されたこともあるからな。だから、オレはアイツの伯父さんなのさ』

 

言いながらも、吸血鬼騒ぎで出来た悪い魔力を『ずもももも』という勢いで食っていたアッド。その正体が、何となく分かりつつも、たた整合性という意味では何もかもが付かない―――彼ら『衛宮家』の謎は深まるばかりだ。

 

(せめて何か教えてほしいもんだ……)

 

摩利としては、真由美のもどかしさ以上に感じてしまうのは―――、そのチカラの原点を『自慢』するぐらいはしてくれた方がいいのに。

 

まるで『出来て当然』『やれて当然』みたいに煽るから、反感が渦巻く。

 

二科生に対する見識だってそうだ。

 

少しは自慢するように言ってもいいのに、『このド低脳がァ―――ッ!』とか言うから、ああなのだ。

 

そう考えると夏休み明けが怖い。何が怖いって―――。

 

起こっているだろう変化に真由美が耐えきれずに、色々と不調を来すのではないかと思えてだ。

 

いや、いまだって彼女はいっぱいいっぱいだ。

 

別に真由美だからどうにか出来た話ではない。歴代の生徒会の中では、改革の意思が堅かった人間ではある。

 

だが、その改革案がクソみたいなものであって、おまけにそんなのが十師族の長女から出たとなれば、反感は強まる。

 

外野からの意見も聞くと、確かに真由美の言っていることは、一見いいことのようで、全く実益を伴わない案であった。

 

 

(……まぁ何にせよ。私たち、魔法師というのは、どうであれ『シニシズム』と『スノビズム』しかない―――『器のちっさい』連中ということなんだな)

 

 

そんな結論を、うつむき加減の真由美を見ながら渡辺摩利は出しておくのだった。

 

そして中庭では、少しだけ――――――その価値観から脱却しつつある男子と、それを行った女子との『触れあい』が始まろうとしていたのだった。



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第93話『後夜祭-Ⅲ』

本当ならば、外伝を消す作業と新規投稿があったはずなのですが、ちょっとプレリュードを書いているので、もう少しかかりそうです。


中庭に出ていくアーシュラの姿を、ほのかとのダンスの最中に見てしまった。

 

死屍累々と成り果てた魔法科高校男子勢。アーシュラのステップに合わせた結果のそれだが……。

 

(―――)

 

 

それでもアーシュラと踊れたという事実に、嫉妬を覚えてしまう達也がそこにいるのであった。

 

深雪(いもうと)が、自分とアーシュラを踊らせないために、奸策・謀略のマネごとで、こんなことをしたのは理解できていた。

 

というか、企みが聞こえっぱなしだったのだから当然なのだが……。

 

せめて立華辺りと、現在踊っていれば……気を利かせて送り出してくれたのに……。

 

「達也さん。ありがとうございました―――私と踊ってくれて」

 

「そこまで畏まることじゃないだろ。俺みたいな無骨者と踊ってくれてありがとう。ほのか」

 

だが、だからといって目の前の女性を歓待することは忘れない。バトル・ボードでほのかに失態を繰り出してしまった達也なのだから……。

 

「―――達也さん。中庭に行ってきたらどうです?」

 

「深雪の号令にいの一番に賛意を出していただろう。どういうことだ?」

 

「流石に……ちょっとだけ理不尽かなって思えて、それに―――達也さんの希望を通すことも必要じゃないですか」

 

エレメンツ特有の従属精神とも奉仕精神とも言えるものだろうが、もはや分かりきっているが、ほのかが恋敵(?)を利することをしてくるとは……。

 

「私は―――アナタが、達也さんが好きだから―――可能な限り、アナタの希望を叶えたいんですよ」

 

「それが、君にとって残酷な結末になったとしても、か?」

 

いくら朴念仁ともノーエモメンだの鉄面皮だの言われても、達也は『ほのか』の気持ちが分かる。

 

その感情は勘違いだ。忘れなさい。などと冷たく突き放すことも出来る。しかし―――色々なことを考えて、それでもやっぱり―――自分の気持ちがあの『最強無敵の妖精竜』に向けられていることに、ウソはつけないのだった。

 

「私を見てくれていないわけじゃない。アナタを独り占めしたい気持ちが無いわけじゃない。けれど―――アナタを縛り付けたくないんです……」

 

深雪とは意見を異にするほのかの真剣な眼差しを受けて、達也は気配を消しつつ―――。

 

「ありがとう」

 

ほのかが掛けてくれた一種の空気屈折術―――インビジブル・エアを光波振動で再現したという術を受けつつ、達也は『中庭』へと向かうのだった。

 

 

 

『―――あの男と付き合うのか?』

 

彼是、色んなシーンはあったので、流石にコウマは緊張感を持ってそこを問うてきた。

 

苦笑しながら『分からない』とだけ言って、今は付き合っていないと伝える。

 

「……ただ、アナタとはもう終わっているのだから、そこに希望は抱かない方がいいと思うわ」

 

『………惚れ込むほどではないが、長い付き合いをしていれば、どうなるかわからないか。やっぱり俺も日本へと向かうべきだった』

 

「アンジェリーナ……妹を、恋人を『自由』にさせるために軍人になったアナタの決意って、そんなものなの? 失望させないでよコウマ。ワタシが愛した男が、そんな軽薄な存在だとは思いたくないわよ」

 

ワタシを失望させないで。

 

その言葉に―――画面の向こうのコウマは―――。

 

『それでも―――君を心配したり、想うことだけは許してくれよ』

 

なんで、こう……元カノ未練マンばかりアーシュラの周りにはいるのだろう。他の男と付き合えば諦められるのか?

 

そう思いながらも……。

 

「リーナに怒られない程度、友人を心配する程度であれば、構わないわよ」

 

『ありがとう。ハワイで待ってるよ―――I LOVE PRINCESS BRAVE』

 

後半の文言は小さくて聞かなかったことにしとこうと想いながら、その言葉を最後に通信が途切れた端末を仕舞う。

 

 

一息吐いてから、どうしたものかと想う。

 

いまだに会場内では、踊れや騒げ―――とまではいかなくとも、未だにアレなようだ。

 

また戻って誘われるのもめんどくさいので、このまま中庭でレクイエム(鎮魂歌)というほどではないが、死者を弔う歌でも歌おうと想った。

 

 

 

―――その歌声が佳境に入った時に、達也は中庭に訪れた。そこには―――。

 

まん丸の月をバックに歌い上げている自然の粋美があった……。

 

 

中庭の噴水に沈み込むことのない足。それをサポートしているのは、達也の眼には詳細には見えないが、精霊の加護……湖の妖精ヴィヴィアンに愛されたことで、彼女を水が害することはない。

 

だからこそ、彼女は何もなしにこの幻想を作り上げられる。

 

この前では、水面歩行という『現象』を、様々な物理逸脱構築でしかなせない魔法師という存在が、とてつもなく歪で面倒なものにしか思えないのだった。

 

魔法というものを識るがゆえに、その天然自然の全てに、自分が崩れ去るのを感じる……。

 

踊りながら歌う彼女―――何かを尊く、敬うかのような調子でいる彼女を彩るかのように、庭園に白い花―――白百合が咲き誇る。

 

それはかつて、『永遠』を定義しようとした魔術師が壊された場面。

 

この世界で一番美しいモノを見てしまったがゆえに、全てを壊された瞬間(トキ)

 

全てを喪失したがゆえに、触れることすら畏れた時に、信仰が崩れ去ったのだ……。

 

彼女が踊る姿を反射する水面に、ドレス姿の彼女が見える。

 

達也には分からなかった、知らなかったが、それは―――星の後継者、受肉した精霊種『真祖の王族』が着ることが許されるドレス。

 

彼らのモデル(アーキタイプ)となった月の王様が着ていたものであった……。

 

その衣装が現実のアーシュラ・ペンドラゴンと徐々に重なっていく。投影されていく彼女の姿が現実のものとなった時に……。

 

達也は姿を見せて、そして噴水の縁に飛び乗った。

 

分かっていたのだろう。知っていたのだろう。

 

だから表情に変化を見せないアーシュラに、無言で誘いの手を出した。いつもの彼女ならば『カッコつけ』とか悪罵を言ってくるはずなのに―――。

 

 

「『私』と踊るのね――――――達也」

「プリンセスドラゴン――――――どうか、この俺と踊ってくれ」

 

 

神然とした様子のままに、達也の誘いの手を取る『竜の姫』(Princess)。そしてその手を取り、自分の方に引き寄せる。

 

少しだけ驚くも、達也が踏みしめた一歩が水面を『踏み抜く』ことはなく、水面を歩く……達也が何もやっていないというのに、それを出来ることに驚く。

 

しかし、そんな現実は目の前の奇跡に比べれば些細なことだ……。

 

薄い笑みを浮かべて水面(みなも)でのダンスを誘う姫を前にして達也は、それを素直に受け取った……。

 

波紋が発生して、映し出された2人の姿が揺らぐ。それでも、姫君とのワルツが刻まれる。

 

アーシュラのステップは、多くの体力自慢を疲れさせた。その意味が分かる。

 

彼女は、いつでも自由で、そして闊達で、どうしても自分たちの壁を壊していく、そのステップ……赤心を込めた踊りは、最大級のプシオンを放射して、パートナーを疲労させるのだろう。

 

(だが、オレをそんじょそこらの男だと思うなよ)

 

力強く、絡めるようにアーシュラの指に自分の指を絡ませながら、達也は決意する。

 

月光のもと、月の写し身を踏みしめながら―――

 

 

達也がどうしても眼を離せない少女との月のワルツが刻まれる。

 

 

「やれやれ、どこのポップスターなのやら……」

 

遂に2人がいないことに気付いた面子が中庭を見渡せる場所に行くと、そこには幻想の城(ファンタスマゴリア)を無意識で作り上げて、それをバックに踊る男女がいた。

 

幻想の城を創り上げた姫―――アーシュラはいつの間にか、ドレス姿を纏って水面をステージに踊っていた。

 

そのパートナーたる司波達也は、いつの間にか黒のタキシードを着せられていた。

 

(もはやマーブル・ファンタズム級ですね。アーシュラの能力は……)

 

元々、そういった素質はあったのだが、ここまで来ると苦笑せざるを得ない。

 

しかし――――。

 

(魔法師たちからすれば、とんでもない話でしょうね)

 

制御されない意思のもと放射されたサイオンが現象を生むのとは、レベチすぎるものだ。

 

「相変わらずスゴイことするわね」

 

「アナタだってやろうと思えば出来るのでは?」

 

「あんまり邪霊を操ってそういうことはしたくないわね」

 

エリセの半眼ため息を見ながらも、アーシュラの創り上げたキャメロット城に殆どが驚きながらも、目敏いというかいろんな感情を持つ人間たちは、笑顔でワルツを刻む司波達也とアーシュラ・ペンドラゴンを見ている。

 

付き合っているんだか、付き合っていないんだか。

 

なにはともあれ―――。

 

 

(アーシュラの正体は、知られつつあるんでしょうね。しかし、正答を出した時にどうなるやら……)

 

 

人理の歪み、腐り果てつつあるこの世界の定礎を治すには、一度は『奇跡』の再現が必要なのだから。

 

そう達観した想いでいなければ―――――。

 

 

(アッドが撮影した姪っ子の戦闘プレイバックの中にあった―――キスシーンで、狂奔状態の司波深雪の冷気を抑え込む役目を放棄したくなりますからね)

 

 

四葉がかつて『どういう因果』か手に入れた原理を覚醒させるためであったという理屈を解説することも出来たのだが、もはや理屈や道理では止まらないぐらいに、司波深雪の心は砕かれている。

 

まぁ、どうにかこうにか取り戻せるというのならば、取り戻せばいいのだが……。

 

「―――藤丸、アーシュラは……アレか? コウマ・クドウ・シールズとは……どこまで行っていたんだ?」

 

毎度のことながら、質問の代表者として立ち上がる十文字克人だが、その質問に対しては……。

 

「克人さん。アナタ最低ですよ」

 

生ゴミを見るような眼で十文字克人に返すも、今夜の十文字克人は譲らない。

 

「いや! 分かる!! 不躾すぎて、不道徳かつ……男として、最低な質問だというのは―――が……アレは衝撃的すぎるぞ!!!」

 

「恋人がいた女の子なんだから、そういうのに慣れていても普通でしょ」

 

「むぅ……正直、アーシュラが……なんか繋がらなかったからな……ちょっとなぁ」

 

困惑しきった十文字会頭に、自校他校関わらず舎弟とも言える人間たちも戸惑うも……。

 

「や―――♪♪ これだ・か・らオトコは―――♪」

 

「どんだけオンナノコに幻想(ファンタジー)持ってるんですか――♪」

 

囃し立てるように、カリンと一緒になって会頭に『現実』を教えてやるのだった。指差しながらの言葉に会頭は更に呻く。

 

「む、むぅ……そういうものか? あの大食漢なアーシュラが……そんな経験豊富とか、ちょっとショックなんだが」

 

顔に似合わず少年らしい純粋さを持つ克人に苦笑しつつ、言葉を続ける。

 

「アーシュラは、あんまり気取ったりとか、男の前では自分(ほんしょう)を隠すなんてことはしないんですよ。

そしてアーシュラは、男の子の前で、モテたいから、気を惹きたいからとカワイコぶったりする同性が嫌いな、典型的な女子ですから」

 

その言葉に一高女子―――特に一年組の大半のハートにぐさり!と心の宝具が突き刺さる。特に光井ほのかにはクリティカルヒットである。

 

「だから、コウマの前でもメシはいつもどおり五人前はふつーに食べてましたし、そこまでアレコレ『ぶりっ』てはいませんでしたよ―――まぁだからこそ、その分、キスとかスキンシップは結構な頻度であったりして……私やコウマの妹といる時にも、2人して、いつの間にか『しけ込む』時もありましたよ」

 

後半は若干、怒りを覚えながらの発言で、周囲にいるみんなには状況とかは想定しやすかった。

 

「そ、そうかぁ……克人くんショック。あんな風に男っ気が無くて、メシは10人前は食うアーシュラにそんな一面があっただなんて―――転じて一高女子の女子力の低さに驚きだぞ」

 

ぐさりっ!!! 戯けたような十文字会頭の言葉だが、後半の文言が突き刺さる面子は多い。

 

「当たり前じゃないですか、アーシュラと司波くんを接触させないために、あんな風な包囲網を敷いたんですから、女子会というか婦人会レベルの嫌がらせですよね」

 

ぐさりっぐさりっ!!!!!

 

さらなる言葉の槍が、一高女子を襲う。一際ぶっといのが突き刺さったのは、司波深雪である。

 

「むぅ、言われてみればなんたる白い巨塔……」

 

「まぁ何にせよ。アーシュラに対して奸策巡らしたところで無理なんですよ。彼女は純粋に生命体として、あなた達よりも上のステージに居るんですから」

 

 

そんな言葉で締めくくりながら、言外に『余計な手出し・詮索はするな』と釘を差しておくのであった。

 

知られつつはあるだろうが、アーシュラの本当の正体―――そんなものは上っ面でしか無い。

 

具体的には―――。

 

(パラミシアの能力かと思いきや、ゾオンの能力で、しかも想うままに戦えるとか……そんな感じ)

 

内心でのみそんなことを思いながらも、アーシュラが作り上げる幻想の城を見ながら……鎮魂歌で土地が浄化されるのを見守るのであった。

 

九校戦は、各人のいろんなものを壊しつつ、いろんなもの残しつつも終わりを告げて……残り少ない夏をそれぞれで過ごし―――

 

季節は巡る……。

 

 

 

 

 



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第94話『新たな季節の前』

というわけで久々の新話更新。




 

 

 

 

「月を見あげるウサギとて―――理性を無くす時もある。暴れる巨人をとっ捕まえる!! さぁさぁ!! ギガントバスターの時間だ!!!」

 

言いながら鞭剣―――蛇腹剣を操る少女は、その剣を最大級に伸ばしながら宙を駆けていく。

 

伸ばされた剣は、さながら雲海や波間に何度も浮かんだり沈んだりする竜の姿を思わせる動きを見せつつ、縦横無尽に展開―――。

 

その蛇腹剣は何度となく相手を切り裂き、そして―――。

 

「ヴルカーノ・カリゴランテ!!!!」

 

シメの言葉を吐いた少女は、そのままに相手―――渡辺摩利を『戦維喪失』させていたのだった。

 

また、戦う少女どちらもがバニーガール姿であるというのが、余計に状況を複雑怪奇なものへと変化させていたのである。

 

そんな状況に対して……。

 

 

「なんでさ」

 

戦維喪失させた少女の父親であり、この場……魔法科高校の教師である衛宮士郎は、心底の疑問を呈していた。

 

「えーと……なんでウチの娘が、渡辺と戦って、しかも戦維喪失させるまでに至ったんだっけか?」

 

こめかみをほぐすように思い悩みつつ、士郎先生はこうなった原因を思い出すのだった。

 

 

現在は夏休み明けの二学期初頭……何故こうなったのか―――。

 

 

我が娘とその朋友たる藤丸立香は、とにかく自由なままに、九校戦というフィールドで必要なことと必要でないことをやって、全てを解決してきた。

 

その後は、東京に帰ってくると同時に荷物とパスポートを手に、国際便が出ている空港へと直行。

 

ハワイへと向かうのであった。

 

現地にて、妹分たちや同輩や……元カレなどと合流。まぁ色々あったが、ビーチに向かって『きららジャンプ』などをするぐらいには、楽しんできたようでなにより。

 

昔なつかしの同人誌作りをしてきたとか、『アレか』と分かってしまうぐらいには、何か色々あったようだが……と士郎は想ってから両隣にいる面子からの話を聞くことにする。

 

 

「士郎先生は知っていたんですか? アーシュラと立華が、ハワイに行くってのは?」

 

「まぁな。あの子たちの毎年のルーティンなんだよ。

たまには日本で海水浴でも、と想うが―――海外住まいが長かったからな。あるいは、ハワイの神気でも取り込んでいるのかもしれない」

 

そんな風に言われては、第二体育館の上階で試合の観戦をしていた達也たちは、何も言えない。

 

日本の魔法師にとって海外というのは未知の世界だ。別に出国制限―――というのが明確にあるわけではないのだが、それでも魔法師が気楽な気持ちで海外に出るとなると、即座に『外務省』や『国防省』が、揃ってアレコレ文句を着けてくるのだ。

 

よって―――魔法師が海外に行くことは『特別な事情』が無い限り無理な話なのだ。

 

 

「実を言うと、しず―――北山さんが、二人を小笠原諸島に誘いたかったんですけどね……」

 

「聞く所によると、A組の北山とウチの娘はあんまり仲良しじゃないと聞くけどな」

 

「……まぁそうですが……」

 

無理に『反りが合わない相手』を誘わなくてもいいんじゃないか? と言う士郎先生。

 

この人も自分たちと同じ年頃には、『色々』あったんだろうなと気付かされた達也一同。

 

「―――まぁ、それにしても七草じゃあ、予想通り―――あの二人を活かしきれなかったか」

 

「随分と辛辣ですね士郎先生」

 

「分かりきっていたことだ。そもそも、アーシュラや立華の力を『探ろう』という態度が見え透いていたからな……」

 

確かに傍から見れば、そういう所はあった。ただアーシュラも立華も秘密主義的というか―――

 

『まぁお前らじゃわからないか。この領域(レベル)の話は』

 

……という風な態度を見せているから―――そして、それを見せられる度に、『一科が二科に対して取っていた態度』を殊更理解させられるという、自縄自縛に陥るのだ。

 

(おまけにカルデアにて特別セミナーを受けてきた二科生たち、学年問わずは―――とてつもないジャンプアップでレベルアップを果たしていた)

 

なんやかんやと九校戦の現場のスタッフにいて、更にアーシュラのテオスで簡便な魔法使用を体現してきた達也たちは、少しの自惚れを自覚させられた。

 

夏休みデビューと言わんばかりにE組の同級生たちが、すごくなっていたことを考えるとズルい気分が出てくる。

 

 

特に明らかに成長・進化を果たした壬生紗耶香に対して、過去のわだかまりを持ちながらも、あの時とは違い『魔法剣士』としての勝負を挑んだ渡辺摩利は……。

 

 

「ボッコボッコだったもんね……」

 

渡辺委員長に想うところはあれど、流派の剣士があそこまでやられると、違う想うことも出来るのだろうエリカがむすっとした様子で呟くのだった。

 

「エリカでも今の壬生先輩に勝つことは無理か?」

 

「アーシュラには勝てないが、紗耶香さんならば勝てるなんて考えられないわよ。我が―――アドバンス・チーバ流の術理ではね………」

 

達也の問いかけに最後の方は苦しげに、腹の底から振り絞るように、声を出したエリカの言葉は……夏に起こった出来事の一つを全員に再認識させた。

 

 

九校戦において、アーシュラに剣客としての立ち会いを断られた千葉修次OBは、再び東南アジアへの剣客商売(正)に赴く前に、アーシュラというよりも衛宮家に勝負を挑んできたのだ。

 

尋常な立ち会いではない魔法剣士同士の戦い―――。

 

士郎及びアルトリアが、『アナタ方とは剣の術理が違う』と言うも、譲らぬ態度の千葉OBは―――。

 

 

―――我が家の看板を賭けましょう。もしも修次が娘さんに負けたときには、千葉流の名称を変えて再出発しましょう―――

 

千葉流道場の道場主―――エリカの父親からもそんなことを言われたことで、アーシュラは千葉道場の最高の剣客『千葉修次』との戦いに挑むことになったのだった。

 

 

結果から申せば、アーシュラは完勝であった。

 

音を置き去りにしたネテロ会長の拳の如き剣戟の連続、そしてあらゆる有効打を凌いだアーシュラの豪剣にして巧剣極まる剣技は、あらゆる意味で千葉OBを打ちのめした。

 

「次兄上は真剣というか千葉道場の一番の『業物』を出したってのに……ソレに対して―――アーシュラが使ったのは……」

 

アッド=マルミアドワーズでもなければ、模造刀=フェイク・カリバーンでもなく―――。

 

「ただの竹刀だった……。なによタイガー道場印のタイガーピアスって……」

 

そんな得物で負けた結果、流派の名前がとことんふざけたものに改称された挙げ句、数時間後にはどんな『手品』を使ったのか、全ての公的機関にて登録されていたかつての千葉流の名前は『アドバンスオブチーバ流』―――略称『アドバ流』とか『アドチバ流』へと変えられていたのだった。

 

「一応、俺の姉貴みたいな人からの譲りものなんだけどな……まぁ、藤ねぇのデタラメさは、身に沁みているよ」

 

エリカの嘆き(突っ伏し)に対して、懐かしい思い出に浸るかのような士郎先生の言葉。

 

ただ『俺の両腕をガトリングにしたり、神霊ジャガーマンになったり、フリーダムすぎるぞ藤ねぇ……』

 

果たしてどんな姉貴分だったのか、先生の言葉に少々疑問を懐きつつも、とりあえず今は……階下の事象に対して考える。

 

 

そんな風な九校戦含めてのアーシュラの大立ち回りは、色んなものを呼び起こした。

 

 

「九校戦本戦モノリスが、プリンセス・ガードに変更しようなんて案もあったぐらいですからね」

 

「ただ、その前提条件―――にしなくてもいいはずの、アーシュラとハベトロットによる合作霊衣を準備出来なかったそうで、別に普通のアーマー装備でもいいでしょうに」

 

「流石にそれはちょっと無情すぎませんかね? やっぱりどう言ってもアーシュラがプリティでキュアキュアな衣装で、他校のプリンセスを倒していったのが、動機なんですから」

 

いつの間にかやってきたアルトリア先生の言葉に、達也は少しだけ噛み付く。確かに、それはプリンセス・ガードという競技の上では『正しい』行いだ。正論ではあるが、まぁそれでも……発端となった存在―――ある種、前例や伝統を覆して『新たなる王道』を見せる存在には、どうしても憧れが出来てしまうのだから。

 

 

「随分と―――私の娘は好かれたり嫌われたりと、忙しないですね」

 

お前たち(現代魔法師)は歪んでいると、切って捨てられた気分になる一同。

 

とはいえ、今は下の状況に対する回想をしなければならない。

 

 

ことの発端は、そのモノリスからプリンセス・ガードになった際に、『渡辺摩利』に対して着せるドレスは何だったのだろうか?

 

要するにIFな可能性を知りたい。ぶっちゃけ摩利の乙女な願望の発露であった。

 

それに対してアーシュラは……。

 

『仕方ありませんね。渡辺委員長には色々と便宜を図ってもらいましたからね。それぐらいならば―――私の方でどうにかしましょう』

 

『本当か!?』

 

予想外に好意的な言葉。そして―――。

 

『なんやかんやと一学期中は、あなたがいてくれて助かった。本当に……』

 

そんな言葉で、少しだけ優しげな微笑みをする渡辺摩利。そして―――。

 

『投影鏡像・並列召喚』

 

意味合いは分からないが、呪文を唱えたアーシュラの手によって、摩利の身体は光に包まれて―――。

 

そこにあったのは―――。

 

太い脚、太い腕、他の部位は太ましさこそないが―――それでも全体的に巨女といえる体型の――――。

 

 

巨女の肉襦袢に包まれた渡辺摩利の姿であった。格好の衣装こそ黒いドレッシーな衣装ではあるが、その全体に感じる禍々しさとか、金髪のかつらに着けられた髪飾りとか―――それらを差し引いても―――。

 

なんというかスゴイ格好であった。

 

『あとは規格外の連中(キングプロテア、パッションリップ)を除いてバストサイズが最大級になるパットを入れて――――――これでよし♪♪』

 

胸に詰め物をしたアーシュラが、いい仕事したZE♪と言わんばかりの笑顔を見せた瞬間。

 

『よかねぇ!!!』

 

『あじゃぱー!!!』

 

どんな叫び声だ。そうツッコむも、そのちょっとしたナックルが、あの衛宮アーシュラを吹き飛ばしたことで、肉襦袢が霊衣の類であることは間違いなかった。

 

『なにをするんですか委員長!?』

 

『そりゃコッチのセリフだ!! 何だこれは!? 服か? こんなものすらも霊衣なのか!?』

 

『ええ、妖精騎士バーゲスト肉じゅばんです』

 

『固有名詞なぞどうでもええわい!! 他になにか言うことはないのか!?』

 

その言葉に少しだけ考えたアーシュラは……。

 

『え……あっ! 似合ってますよ!! サイ○ンと同サイズながらもドサ○ドン級のチカラを発揮できる上に、声とかめっちゃクリソツです!!』

 

『違う!! 全然嬉しくないわい!!』

 

まぁ花の女子高生(JK)が、着ぐるみよろしくなイロモノ衣装を着せられて、嬉しいわけがないのだが。

 

だがチカラを込めて熱弁を振るうアーシュラは、真剣そのものであり―――。

 

『……そのバーゲストなるサーヴァントと会話させてくれないか?』

 

結局、摩利もそれで少しだけ興味を持って、どんだけそっくりさんなのかを知りたがるのだった。

 

『いいですけど――――』

 

急遽、アーシュラは、そのバーゲストなるサーヴァントとの通話を行うのだった。

 

つなげたのはカルデアなのかどこなのかは分からないが、簡易版の通信端末で、摩利と同じような服装をした―――金髪の美女……やはり巨漢の姿が投影された映像の中にあった。

 

『―――おおっアーシュラ姫! 久しいですな!! どうなされました?』

 

『バーゲスト、あなたと少しばかり会話してほしい相手がいるのよ。あなたのドレスを好まない人なんだけど』

 

『そちらにいる少女ですか……って! なんですかその肉襦袢は!? 姫には私がこんな風に見えているのですか!?』

 

『けど相性はバッチリなのよ。マジ○ッドとウル○ードファイヤーぐらいに』

 

親指立ててそんな風に言うアーシュラに、流石のバーゲストも摩利も……歩み寄って話すことにするのだった。

 

『始めましてミス・バーゲスト、渡辺摩利と申します』

 

挨拶してから、英語圏のように名を先に名乗るべきだったかと後悔した摩利だったが。

 

『丁寧な挨拶痛み入ります。私は、モルガン陛下―――姫の伯母の騎士バーゲストです……にしても、私の肉襦袢ですか……ちょっとショックですな』

 

むしろ、腰を低く言われて畏まってしまうのだった。

 

『まぁそうですよね……』

 

その後に、数言交わしただけだが、色々とショックを受けてしまう姿とか、交わした言葉の声音とか―――。

 

(なんだか……)

 

(他人のような気がしませんわね)

 

……奇妙なシンパシー(中の人ネタ)を覚えてしまうのだった。

 

十分ほどの会話の後に―――。流石にということで騎士バーゲストは、アーシュラへの説得へと入るのだった。

 

『先例を語らせてもらいますが、ジャンヌオルタサンタリリィ嬢もかつて、クリスマスにて大失敗を犯したと聞いております。ヒトのためになるものではなく、もらう側が欲しい物を提供すべきだと思いますよ姫』

 

『そういうものかぁ』

 

『せめて肉襦袢だけは止めなさい……! メリュジーヌもそうですが、何で『最強種』は、こう……自儘というか、我の理屈だけを優先しちゃうんですか!!』

 

『そりゃ最強だと理解しているからよ。ドラゴンハートを掴むには、色々と試練を乗り越える必要がある。某ナシェルのごとく』

 

某の意味が全く無い固有名詞を前に、ツッコミを入れる元気すら失われる。とはいえバーゲストの嘆きももっともなので、アーシュラは今さらながら委員長のリクエストを聞くことにする。

 

『私の得物がどんなものか知っているよな? だから、お前があのルーシャナとかいうサーヴァントを倒した『超究武神覇斬』の中で使った鞭剣―――蛇腹剣を使ったサーヴァントの衣装がいい』

 

衣装そのものよりも、得物の良し悪しで判断することにしたのだった。遠目でしか見えなかったが、それでもあの剣は―――少しだけ羨ましかった。

 

衣装こそ変化しなかったが、あれだけのスゴイ武器なのだ……英霊由来なのかアーシュラオリジナルなのかは分からないが―――。

 

『―――分かりました。アナタのリクエストを聞かなかった。ワタシの失態ですからね―――投影・開始』

 

そして、摩利でも持ちやすい―――もしかしたら短躯の剣士の得物なのだろうかというサイズの長剣が寄越された。

 

鍔も柄も―――アッドを見ていたからか、どちらかといえば地味に感じるほどに飾りっ気はなかった。

 

ソードブレイカーの役割を持つのか、鍔の左右は剣と同じ方向に伸びてエッジングされている。そんな剣にある特徴といえば、剣身の最初に十字の空洞が射抜かれていた。

 

『これが―――』

 

『では衣装変更を行いますが……本当にいいんですか委員長?』

 

『構わん。男装ぐらいでとやかく言うかよ』

 

確かに自分が求めたようなプリティでキュアキュアな霊衣じゃないかもしれないが、肉襦袢を着せられて、ちょっとだけ吹っ切れたところもあるのだ。

 

『まぁ……『男性』サーヴァントの衣装ではありますから、『男装』で間違いではないんですけどね……』

 

何か歯切れの悪い言い方をするアーシュラだが、覚悟を決めて『頼む』と言うと―――。

 

『投影・夢幻召喚』(トレース・インストール)

 

結局、アーシュラは委員長に自分の中に登録してあるドレスを着せるのだった。

 

光の繭のようなものに包まれながら、憧れの変身ヒロインみたいな瞬間を楽しんでいた摩利。

 

その瞬間、アーシュラと摩利がいるというイベントを聞きつけた多くの連中―――渡辺摩利を慕う千代田花音を筆頭に、魔法の演習場にやってきた人間たちは―――。

 

 

「なんだこの霊衣は―――!?」

 

―――バニーガールコスチュームとしか評することができない姿。真っ赤になって涙目の渡辺摩利を目撃するのであった。

 

 

 

 



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第95話『俺たちに明日はない』

生徒会長選挙

ここをやるつもりは無かったのですが、なんとなく書いておこうと思いました。

変化はここで見せる。


前回のあらすじ

 

渡辺摩利、バニーになるってよ。

 

 

 

驚異のアーシュラマジックによって、バニースーツの衣装を着せられた渡辺摩利。

 

再び説明を受けることで、納得をすることにしたかったのだが、その説明を受けたことで更に困惑することに。

 

「シャルルマーニュ十二勇士のうちの一人、一色愛梨が着たシュヴァリエ・ブラダマンテとも関わりがあるシュヴァリエ・アストルフォ……。その霊衣が―――『これ』なのか!?」

 

「まぁ十七夜さんが着たのが、『ライダー』クラスのアストルフォで、委員長が着ているのが、『セイバー』クラスのアストルフォということです」

 

「もう何か、説明を受けても全てを理解出来たようで出来ないようで……英霊ってのは、そういうものなのか?」

 

「そういうものなんですよ」

 

もう少し詳しい説明を貰いたいところだが、それで納得しろと言わんばかりに詳しい説明をしないアーシュラ。

 

多分だが、次から次へと出るだろう質問に答えることを煩わしく想っているのだろうが、なんというか……。

 

「これ以上は問答ではなく剣を交えて語るべきこと―――当然、その剣『カリゴランテ』の扱いも教えて差し上げますけど」

 

「私の力量では扱えない―――と?」

 

あのCAD一体型の剣―――恋人である修次と共に修練して、その上で開発してきた魔法剣技を発するに十分な得物。

 

その鍛錬では足りないのか? と不機嫌を言外に含めたのだが……。

 

「あのサイズの剣を扱う程度ならば、問題なく―――ただ、『この剣』は、かつて神秘が衰退した大陸側国家―――フランク王国、現フランス国土にありし巨人族を拘束して捕らえた剣。得物としての格が違います」

 

「……お前は本当に―――」

 

先輩や上司というのを持ち上げない。あからさまにヨイショしろとは言わないが、どうにもこうにも……人の下に就くような性分ではないことが『王』としての資質なのかもしれない。

 

だが、現代社会において、それは悪癖であると窘めようとしたが―――。

 

「おためごかしの持ち上げ(ヨイショ)でいいようになるなら、あなたの武人としての格が知れましょうよ。で―――どうします?」

 

―――渡辺摩利の剣客としての在り方を問われては、どうしようもないのであった。

 

しかも、摩利が言おうとしたことを見抜いているし。

 

そして何より言葉の途中で、こちらと同じくバニースーツ―――摩利のと色違いではあるが、それを着て同じ得物を持つアーシュラ。

 

バニースーツの美少女2人が剣を持ちながら話し合うという奇態な状況に、誰もがツッコみたいのにツッコめないという自縄自縛に陥る。

 

「使用方法は、なんとなく(AUTOMATIC)で叩き込まれているでしょうからアレコレ言いません―――とりあえず打ち込んできてくださいよ」

 

「いいだろう。お前が武芸百般の百戦錬磨であろうと、私にもシュウと、そして多くの―――アドバ流の剣士と磨いてきた矜持がある!! 今度こそ痛い目を見ても知らないんだからな―――!!」

 

その涙目ながらも気勢を吐きながら迫る摩利の、剣客としての挑戦が始まるのだった。

 

 

 

……20分後……

 

 

バニーガール姿の剣士2人が戦い合うという、一昔前のソーシャルゲームでしか見られそうにない戦いは決着を迎えていたのだった。

 

ヴルカーノ・カリゴランテという鞭剣、蛇腹剣の檻に囚われた渡辺委員長に勝ち目はなかったのだ。

 

栽培マンに自爆されたような倒れ伏し方をしていた委員長ではあるが……。

 

「ここまでやられるのか!? というか、お前! 色んな武芸に通じすぎだろ!! ヒジョーに羨ましすぎる!!」

 

ズタボロであった摩利に、すぐさま追加の霊衣が『着せられる』(貼り付けられる)

ある種の『謎の光』で、見たい部分が見えなくなるような円盤処置というものであった。

 

「アストルフォセイバーの武技、大体の要領は分かりましたでしょう。あとは実践あるのみですが―――……委員長がプリンセス・ガードに出場するという仮定として、これ着ます? 千葉OB泣きませんかね?」

 

本題に立ち返ったアーシュラのジト目での質問に対して……。

 

「むしろこれでシュウを誘う!! そんな安い男じゃないと信じたくても、宮本殿(武蔵ちゃん)に対抗するためにも!!!」

 

鬼気迫る表情で言う摩利に対してアーシュラは何も言わない。そういうからには所詮は他人事でしかないのだ。

 

「まぁ、そもそも今回のことは意味のない仮定でしょ。結局、委員長だけに用立てたとしても、他の八校から『やんややんや』言われるでしょうし、そもそも殺傷性ある武器(鞭剣、蛇腹剣)も使えませんし」

 

「そ、そうだな……けれど―――」

 

羨ましかった。女子ならば誰もが憧れる変身ヒロインのような姿で、ズンバラリンと相手を倒していく様子は……。そんな摩利の気持ちを察したのか、アーシュラは嘆息しながら口を開く。

 

「それはあげます。千葉OBとの情事に使うもよし、ただ、それを使って修練してみてくださいよ。英霊のチカラの一端ぐらいは感じられるはずです」

 

「……いいのか?」

 

まさかの『プレゼントフォーユー』に摩利は面食らうも、アーシュラの言葉は鋭い。

 

「欲しい。羨ましい。妬ましい―――その心から出た剣が、果たしてどういうものになるのかを教えて下さいよ」

 

でなければ、いつまでも千葉流の看板は返されないし、何より壬生紗耶香との戦いで負った全ての混ぜものを返済できない。

 

「委員長が、別に山籠りでもして『悟り』を開けるならばいいんですけど、卒業間近の現在で無理でしょうからね。アストルフォセイバーの剣で、少しは他流の剣ってものに触れてくださいよ」

 

「……ボードの時にも想ったが、本当にお前は私を砕くな……だが、ありがたく貰っておこう」

 

三高の一色愛梨たちの時にも想ったが、あれだけの質量物をどうやって収納したのか、ペンダントのようなものになって収まるのだった。

 

それを受け取った後には、用事は済んだとばかりにアーシュラが武場を後にしようとしたときに、武場に入り込む集団……。

 

その面子は、いわゆる『生徒会役員共』だった。

 

いきなりな登場に武場全体がざわつく。生徒会役員ではないが、十文字会頭も先頭を歩きながらの行進、特捜最前線か西部警察の刑事たちのような登場だ。

 

大門部長刑事のような十文字を見つつも、その脇を通り過ぎようとしたアーシュラだったが。

 

「いや待て、俺達はお前に―――アーシュラに用事があってここに来たんだ」

 

「あんまりワタシにとって嬉しくない用事でしょうね」

 

「―――……まぁそうかもしれない。だが、話だけでも聞いてもらうぞ」

 

態々、公衆の面前で語るべきことなのだろうか? ここには多くの生徒たちがいる中、内緒話ではないとするならば―――。

 

「七草」

 

「ええ……まどろっこしく言うことは、アナタを不機嫌にさせると理解しています。だから簡潔に言います。

衛宮アーシュラさん―――アナタには第一高校の生徒会長になっていただきたいと思い、来季の改選生徒会選挙でアナタを次期生徒会長に推薦します」

 

その言葉に周囲からざわつきが出てきて―――。

 

それに対して―――。

 

「断固辞退しましょう」

 

ここまではワンセット。分かりきったやり取りだ。

 

だが、少しは乗り気になってくれてもいいんじゃないか? という周囲の無言での声を聞きつつも―――。

 

「そうね。そう言うと分かっていたわ。だからこそ!! 私は、何が何でも!!!」

 

今日の七草真由美は並じゃないぜ! と言わんばかりの様子ではある―――しかし、現実は無情だった。

 

ちゃうちゃうというように、顔の前で立てた手を左右にふるアーシュラは、深い事情を話すのであった。

 

「いや、そうじゃなくて―――ワタシは、来季から弓道部の『副部長』に就任する要請を、3年の矢場部長から承ったので―――無理です♪」

 

結論から申せば―――服部副会長を部活連会頭にと要請した十文字克人と同じく、アーシュラもまた既に推薦を受けた身だったのだ。

 

 

混迷を極める第一高校、そしてそれをどうにか出来るだろう人間が、相応しい位置に立たない……。

 

しまりきらない生徒会長選挙(天下一中忍ハンターヒーロー試験)は始まろうとしていた……。

 

 

 

 

 



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第96話『俺たちに自由はない』

 

今日のアイネブリーゼの客たちは、いつもと違うことをマスターは気付いていた。

 

どことなく緊張をしている様子にどうしたものかと想いつつも、大食らいの美少女ちゃんこと『アーシュラ』からの、怒涛の注文をこなすべく、手は絶えず動かすのであった。

 

 

そして開口一番、アーシュラは……。

 

「まさか、接待をすることで会長就任を快諾してもらおうとか、単純なことを考えているわけじゃないですよね?」

 

「実を言うとその通りだ……」

 

あっさりと白状をする十文字克人。ここの持ち(アイネブリーゼでゴチ)は、全て自分である以上、なにかの好条件・好感触を手に入れないと色々とあれなのだ。

 

「そもそも何でワタシを会長にしたいとか考えたんですかね? 意味不明です。年功序列って、時には大事だと想いますけど」

 

「実力主義・才能主義を是としている魔法科高校だからこそ、そこを無視してもいいというのも一つの意見だ。だが……本当に矛盾だ。都合のいいときだけ『普通の高校生』であったり、『異常な魔法師』であったりと、節操がないと言えばそうとしか言えないな」

 

「ウチのお父さんの元カノ、地元の大地主の娘なんかは、『魔術師としての顔』と『尋常の世の少女』との顔を、ちゃんと使い分けていたとも聞きますけどね」

 

結局の所―――魔法科高校、魔法大学付属という『魔法師』ばかりが存在しているところでは、そういう『蝙蝠』な変節が存在してしまう。

 

そのコミュニティの価値観や空気だけを吸っていることで、世間一般の感覚からズレてしまうのだ。

だが、それは仕方ない話だ。隠れ潜んで、世間様に知られてはいけない魔術師とは違い、魔法師は既に尋常の世に知られてしまった存在なのだ。

 

要は……アマゾン細胞でありゴルゴムの怪人も同然なのだ。

 

閑話休題(それはともかく)

 

達也としては、なにげなく度々アーシュラの口から語られる士郎先生の女性遍歴に関して、物申したい気分を持つ。

 

「なんというか……士郎先生って結構アナーキーな人だったのかな?」

 

「色々と『壊れているヒト』だからね。そういう風に『異端な女性』を惹きつけちゃうんじゃないの?」

 

娘からのとんでもない結論。この場にシロウ先生がいなくて良かったと思う反面、あのいつでもにこやかで穏やかな先生に、そんな側面があっただなんて……。

 

ちょっとばかり意外な面を感じた。もっとも、人間の遍歴なんてそうそう分かるものではないのだが……。

 

そういう人生の『厚み』を知るには、まだまだということだった。

 

「まぁあずさ先輩を会長にすればいいじゃないですか。別に現在2学年の2科生からすれば、特にわだかまりがある相手でもないんですし」

 

ミルクレープを頬張りながら語るアーシュラに、真由美は苦笑する。

 

「そりゃそうだけど……けど、今の魔法科高校であーちゃん……あずさを会長にするのは、ちょっと酷な気がして」

 

真由美とて後進の教育を怠っていたわけではない。寧ろ、様々な仕事を渡すことで、多くのことを学ばせてきたつもりだ。

 

だが、所詮それは平時の治であり、乱世の治における在り方ではない。要するに……中条あずさという人間では、混迷する現在の魔法師を取り巻く状況下では、一高のまとめ役―――『顔』にはなれないとしてきた。

 

「んじゃ、ワタシじゃなくて、そちらの(ヤバい)兄妹の片方を会長、もう一方を副会長にでもよいのでは」

 

「それも考えなかったわけではないのだけど……」

 

なんというか、深雪を会長にすると、それは『危険』な気がするのだ。そもそも深雪は自分で考えることがない……というか、ある種ではあるが達也の人形な気がする。

 

自立した考えが無い。そういう風に感じるのだった。

 

達也のイエスマンというか、追従するだけの女子としか思えなかった……魔法師としては優秀な存在ではある。

 

だが、一つの組織のトップとしては、あまり据えてはいけない存在ともいえる。

 

そう……半年ほどの付き合いの中で、真由美はそう結論付けた。

 

「だからこそアーシュラさんには、今後の1科と2科の橋渡しのためにも、生徒会長になってほしいの」

 

「興味がない話ですね。そもそもワタシが一番、一高の在り方に興味を持てない人間ですし」

 

その返しの言葉に、遂に深雪はキレた。立ち上がり、涙目というか瞳を揺らしながらアーシュラに言い放つ。

 

「あ、あれだけ好き放題やっておきながら、アーシュラは、そんな風に……何なんですか!! アーシュラは私を超えて、一学年のトップリーダーに立てる実力を持ちながら、そんな風に力あるものの義務とかを放棄して!! 私は、あなたのそういう所が嫌いなんですよ!!」

 

威圧し黙らせることも出来ない相手。論でも力でも深雪では歯が立たない「天敵」が、このゴールドドラゴンなのだが……。

 

「別にアナタに嫌われたところでね。痛くも痒くもないし―――そもそも、ワタシはそういう考えが好かない人間なのよ。能力だの実力だの、それが長けているからと言って、何かの高位に就くことがいいことだなんて思えないわね。そもそも、そういった風な考えで己の在り方を決めるだなんて、ふざけるなと言いたい」

 

「どうしてだ?」

 

「それは本当に『己の意思』で行ったことなのかってことよ。誰かに誘導された結果かもしれない。一番有り体なのが、進学適性検査ってヤツね。今は、遺伝子構造やら高度な知能テストなんかで測れるから、『正確』だとする向きもあるかもしれないけど、こういう『ドイツ方式』の在り方は、時にヒドイものを作るわ」

 

アーシュラの言わんとするコトは、少しだけ達也には理解できた。結局のところ、魔法師の適正を見いだされたものは、魔法師になることを強要される。

 

かつてドイツで言われた『一般教育は支配者の教育』『職業教育は被支配者の教育』という揶揄のごとくだ。

 

無論、一般教育を受けたからと、いわゆる官僚や政治家、企業のCEOになれるわけではない。

 

ロシアと仲良しこよしだからこその『コネ』で、エネルギー会社に天下ったような「元首相」もいたぐらいだ。

 

10歳にして、将来を『適正』というあまりにも不透明なもので決めてしまう恐ろしさ。そしてその適性テストとやらも、『対策』さえ取っていれば、簡単に『企業経営者』などの適正数値を取れてしまうのだから、恐ろしく雑で。

 

結果的に、東ドイツなどというエゴイストの中のエゴイスト。赤軍ソ連に飼い慣らされたような無能が、連立政権の首相を務めることが多くなった。

 

「つまり、お前は―――成りたいやつに成らせろと言いたいのか?」

 

「魔法能力が高いからといって、魔法師になることを強要されているあなた達が、今度は学校で、相応しいと思っただけの一方的な思想で一人を選出するならば、それは自由意志の否定でしょ。世の中には、高い魔法能力の素質(サイノウ)を持っていても『魔法師』にはなりたくないという考えを持つ人間だっているんですから。そんな考えだけだと――――アリサは十文字の家には寄り付きませんよ」

 

「……ああ、フラれたことは事実だからな。だが、命の危険は……お前たちカルデアならば、何とか出来るのか? だとしても……」

 

堂々巡りの思考のループに陥った十文字を置き去りにして、アーシュラは告げる。

 

「一高という共同体が、ワタシという神輿を担いでくれる『ヒト』ばかりだとは思えないですからね。この際です―――いっそのこと『ウルトラデモクラティック』に、魔法科高校生徒会長選挙をやりませんか?」

 

「ウ、ウルトラデモクラティック……」

 

その言葉に、どういうことなのかを問いかけることも出来ない。

 

(だが、何故か面白いものを楽しみに思う心地だな)

 

あるいは怖いもの見たさとも言えるかもしれないが……。

 

それは……選挙方法からして違うものなのだろう。そのウルトラデモクラティックな手法が後日、とんでもない混乱を招くことになるのだが………。

 

今はその考えに対して物言いが付く。

 

「なんで……アーシュラはそうなの……別にいいじゃない……みんながみんな自由に生きられるわけじゃない! 押し付けられた責任だってこなさなきゃ、どんな共同体だって回らないことはあるのよ!?」

 

深雪の慟哭が少しだけ痛烈に響き渡る。責任―――確かに社会に出れば、それは当然のごとく付き纏うモノ。避けては通れないものだが、それ以上に深雪は辛く感じる。

 

「私だって……お母様から嫌になるほどにキツくてツライ魔法訓練を受けていたけど―――服飾デザイナーになりたいから、色んな洋服や、古典の裁縫術を再現したかったのに……! 逃げ出したくもなった!!」

 

支離滅裂ながらも言わんとすることは分かる深雪に対して、アーシュラは平素で告げる。

 

「だったらば逃げ出せば良かった。それは優秀な魔法師であるということを盾にして、挑戦しなかっただけよ。

そして―――ワタシはそういう押し付けられた役目をこなしたくないのよ。こればかりは生理的なものだから、どうしても受け容れられないのよ」

 

アーシュラは別に天の邪鬼な考えでそうしているわけではない。その理由とは………。

 

「……『王様』になるように『作られた』からと、辛く悲しい道を通ってまで王様になって、血まみれになるような人生なんてものを、送ることをしなければ良かったのよ。そんな風なヒトを―――聖剣マルミアドワーズから読み取ったからには、そうとしか考えられない」

 

「……それは―――」

 

その言葉に達也は戦慄した。彼女の秘密を知っている自分としては、それはマズイのではないかと想いつつも、話は続く。

 

「人が人として生まれるように。

竜には、竜に望まれた役割がある。

そんなもの捨てて、ただ単に普通に暮らすことだって出来たんだ。そういう風なヒト―――バカな選択(ミスチョイス)をしたヒトを知っているから、アナタたちの生き方が、『そのヒト』と被るのよ」

 

「……そんなこと……」

 

「カムランの丘で自分の『息子』を刺し貫く羽目になる最後を分かっていても、突き進むなんて―――まぁ兎に角、ワタシが本当に生徒会長という『王』に相応しいかどうかは、そんな風な実力ではなく、一高生徒という臣民が、『私』の統治を最低でも一年間受けるかどうか、その是非を問うべきでしょうよ」

 

結局の所、何層ものパンケーキ(枇杷蜜乗せ)を頬張るアーシュラの言いたいところというのは……真っ当な民主選挙をしましょうやということであった。

 

そしてその形式というのは……確かに民主主義的すぎる選挙であった。

 

 

「第一条 現在の魔法大学付属第一高校の生徒全てが『投票者』であり『候補者』であること。この条件に『推薦人』や『教師』の『太鼓判』は要らぬこととする」

 

「第二条 『投票率95%』以下の選挙の場合、その選挙上での結果は『無効』となり、当日中に『再選挙』の実施」

 

「第三条 『得票率70%』以上のものが今年度の生徒会長へとなる」

 

「第四条 『再選挙』に至り『投票率95%』を達成した場合、『得票率70%』の獲得者が居ない想定では、得票数での上位16名による『再選挙』となる」

 

「第五条 一日掛けても終わらぬ場合に備えて、一高内には、様々な施設を設置。休憩スペース、更衣、食事等々に関しては、エミヤ先生及びカルデア持ちなので、心配なく投票に至るべし」

 

「第六条 第四条における上位16名は、得票率70%の人間がいなかった場合、サドンデス方式で得票率が低い順に微減していくこととする」

 

 

2095年の秋季 生徒会長選挙―――それは魔法科高校だけでなく、全ての日本の高校でも類を見ない、いや『真っ当な』民主選挙を実施している全ての国々でも見たことがない―――本当に『ウルトラデモクラティック』なものとなるのだった。

 

 



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第97話『俺たちに未来はない』

リロメモ、配信がちょっと速いな。

まぁ色々と裏側が見える配信の早さだが2年間の待機に見合うものなのか。

色々と考えつつも、新話お送りします


 

 

 

突如公示された魔法大学付属第一高校の生徒会長選挙のルールは、多くの生徒達を混乱に招いた。

 

多くの人間ではないが、衛宮アーシュラに生徒会長の推薦があったのは知られた話。それを断ったのちに公示されたことを考えれば、彼女がこの選挙の原因と見るのは間違いなかった。

 

 

『選ばれたものにしか抜けない、岩に突き立つ伝説の剣を抜いたヤツが王様とかいうのよりもいいでしょうが。当然、ワタシはそれがイヤだから、これを良しとするわ』

 

そんな納得しろとも言い切れないが、悪態を着くような言い方に、反感とも何とも言い切れないものが渦巻くのは当然だった。

 

「票の動向が読めないのよね……」

 

「ああ、魔法競技系の部活は統一候補を立てんと動き出して、その中でも白羽の矢が立っていた候補が服部だったんだが、アイツが部活連会頭を拝命した上に、ソレ以外の候補となると、魔法競技部活は自部活に近い人間を譲らないとして、ある種の内ゲバ状態だ」

 

「かといって魔法競技の部活内には、それぞれのクラスでのリーダーを立てたい人間もいて、中々に意思の統一に困っている様子だ」

 

「そして非魔法競技部活とてそれぞれだ。1科生は、中条を推しているように見えて、実際は違う人間を……ともなっている」

 

旧・三巨頭……というには気が早いが、後々にはそう呼ばれるはずの面子の会話。それを傍で聞いている中条あずさが、少しだけ『暗い表情』をしているのが、藤丸立華は気にはなったのだ。

 

「―――このままいけば、四年前の如く魔法の打ち合いになりかねないんだけど……」

 

「普通の選挙のごとく『供託金』みたいなものを徴収するシステムでもあれば良かったのでは?」

 

「それだと言い方は悪いが、『金持ち』しか立候補出来ないということになる……立華、お前とアーシュラの狙いは一体何なんだ?」

 

ようやく会話に入ったことを受けて、十文字克人は―――生徒会会計の一年女子に対して質問をぶつけた。

 

その質問と同時に、視線が全て向くが……藤丸立華はとくに構うことなく口を開く。

 

「まず一つ目。人づての通り一遍でしか私は知りませんけど、そういう魔法の打ち合いはありえないでしょ」

 

「それは……どうしてだ?」

 

「現在の魔法科高校の『生徒会長』という職が、『魅力的なもの』ではないからですよ」

 

四年前の『民主的で自由な選挙』に端を発する魔法の打ち合いの主原因とは、生徒会長というものの持つ権限のデカさと、卒業後にも通じる『実績』が魅力的であったからだ。

そして打ち合いの最大の原因は、当選確実と見受けられていた人間が、当時の一高で主流な論調の人間とは真逆の人間だったことが原因である。

 

要は―――自分たちと同調できる人間以外に、そこには立ってほしくないとする気持ちが発端。そういうことである。

 

「現在のところ、一高及び魔法科高校を取り巻く状況は良くないですね。例え、卒業後にも通じるネームバリューだとしても、十師族や数字持ちの家以外―――いや、そういう家であっても、どうなるか不透明ですから」

 

火中の栗を拾う。

 

マスコミからも、とてつもない勢いで言われた『マギクス・バッシング』。そのことに心を痛めた人間ばかりでは、そういった心意気を持った人間はいないのだ。

 

「4月のブランシュ事件、8月の九校戦で起きた死徒感染拡大(ブラッドクライシス)……2度あることは3度ある。そして何より、誰しも自分の命は惜しいわけですよ」

 

「―――不吉なことを言うな……」

 

「考えざるをえないでしょうよ。そして何より生徒自治が高い魔法科高校ですからね。いざという時には、他の生徒の命すら、その『双肩』にのしかかる。今までの苦労は分かりませんが、今季から来季までの生徒会長にかかる重みは相当なものですよ」

 

その言葉に、誰しもが沈痛な表情で考える。そして、それこそが……アーシュラを推薦した理由でもあったというのに……真由美は恨めしげな顔をする。

 

「だからこそ、今回の選挙は盛り上がらないし、票読みも出来ない……そして2科生の大半、三年生及び二年生の殆どは、アーシュラを推薦する運びでしょうよ」

 

「だったら最初っから―――いえ、堂々巡りなのね。明らかかつ詳らかな形で指名されなきゃ、意味がないってこと」

 

藤丸の読みが当たるかどうかは分からない。だが、彼らをステップアップさせたカルデアという国際機関は、アーシュラに関わりが深いのだ。

 

「あの藤丸さん……カルデアでは、壬生さんなど2科生たちは、本当に―――ヒドイ人体実験じみたことはされていないんですよね?」

 

話題を横にそらす中条あずさの言葉、だが特に拘ることも無いので、『そのはずです』とだけ返してから、どうしてそう思ったのかを問いかける。

 

「私も真由美さんと同じで2科に……友人と『ハッキリ』断言出来るヒトはいませんでした。1科生として本当に狭い交友関係を持っていました」

 

だが、それでも少しだけクラス制度ではないところで関わった人間がいないわけではない。その一人が剣道部の壬生紗耶香であったのだ。

 

数言会話しただけ。確かあれは、武道場で使う器具に関してのことだったか―――。

 

その会話とて、今考えれば『隔意』と言えるものも少しあったが……。

 

それでも同級生が、あそこまでの魔法力を得て帰還してきた。同時に、あんな風に冷たい目をして『悪・即・斬』とでも言える戦いで摩利を叩きのめしたことに、少しだけあずさは『敵意』混じりの疑問を持つ。

 

もしもカルデアという『人理保障』のための国際機関が、そのように魔法師をモルモット扱いしているならば―――さすがのあずさとて、許せない。

 

効くか効かないかは別にしても、藤丸・衛宮両名に魔法で戦うことを決意したのだが……。

 

「まぁ英霊に学び、英霊と衣食住を共にすることで、なにかの『変化』が起こるだろうことは予想していましたよ」

 

「それは―――」

 

「人体実験という意味合いでは、正しくその通りでしたよ。そこを否定はしません」

 

本音を言えば、『そんなことはない』という言葉を聞きたかった一同は沈黙する。

 

「……どういった変化を予想していたんだ?」

 

「一つには、英霊のチカラを得ていくだろうということですかね。アーシュラの霊衣などを見れば分かるように、ヒトというのは、存外『思い込み』で変化する生物なんですよ」

 

魔術世界では『共感呪術』と呼ばれる形式だ。これを利用して、『究極の美』を以て『 』に至ろうとした一族がいたそうだが、その過程で偶然の産物として、美姫の世話役が、その美姫と同じ美しさを得たことがあるそうだ。

 

「脳神経の分野では『ミラーニューロン』と呼ばれる作用の一つです。同じ釜の飯を食っていればなんとやら。強烈な神秘を携える、人類史に刻まれた英傑と呼ばれる存在と十日以上も一緒にいれば、自然と英傑の動きや技能、思想……気持ちへの共感を身に着けたりするものです」

 

「そういうものか?」

 

「少なくとも野球やサッカー……運動競技で極まった動きや技ありなプレーを見せられれば、それを真似たいとして、すぐに練習する……特にその競技をやっていればね」

 

そう言われると分からないわけではない。魔法科高校の魔法師を志す人間たちとはいえ、スポーツや音楽、その他の盤上遊戯(将棋・囲碁)などをやってこなかったわけではない。

 

その中で『すごいプレイヤー』『すごい人物』に出会えば、知ってしまえば向上心が刺激されるものだ。

 

そう考えれば……分からなくもない―――そしてその中で、壬生を筆頭に多くの2科生……南極(カルデア)帰りの人間たちが『成長』するのも理解できた。

 

「アーシュラが言っていましたよね? 獅子心王は、寝物語にアーサー王と円卓の騎士の伝説を聞かされていたから、その魂を変質させられていった……憧れ、憧憬が―――彼を伝説のアーサー王ファンへと変えていったのだと」

 

「そういうものか……正直言ってそれを眉唾ものと言い切れない。―――これなんだな……。これが……2科生が感じていたことなんだな……とてつもない羨望を産んでしまう」

 

講師がいて、魔法の実技を学ぶ機会に恵まれている1科生を羨んでいた、2科生たちの気持ちを摩利は痛感して、自分を慕ってくれていた後輩が離れた原因もまた理解した。

 

「まぁ壬生狼(みぶろ)と呼ばれた剣士たちも、名前の関連から少し鍛えに熱が入ったのでしょうが……それに音をあげることもなく着いていったところから察するに、ポテンシャルはあったんでしょうね」

 

摩利の言葉に応えてから中条あずさに眼を向けながら……。藤丸立華は口を開く。

 

「―――私としては、アーシュラが会長になることは賛成出来ませんよ。彼女は獅子心王とは違い、血塗れの王道をひた走ったアーサー王に対して憧れなど持てていませんから、起こり得る結果は悲惨なものになります」

 

「独裁体制を敷くと言うんですか……?」

 

以前に、アーシュラがアルトリアとの会話の中で言っていたことを思い出して、あずさはそう問いかける。

 

返事は当然のごとく肯定であった。

 

「まぁやるでしょうね。彼女が会長に選ばれれば―――」

 

「……そんなこと……本気でやるんですか?」

 

「アーシュラならばやりますよ。彼女は『実現不可能なこと』を成し遂げる類の天才という名の『孔』です。いざ打ち合いとなれば、一人ひとりの首根っこを押さえてゲンコツ一発、地面にめり込ませることも可能です」

 

魔法が効かない相手が最大級の膂力で以て襲いかかる。はっきりいって悪夢だろう。だが、ソレ以上に……そこまで剛力の相手が上に立つことは――――。

 

(いざという時には、たしかに……頼もしいな。だが……)

 

本当にソレがいいことなのだろうか?

 

摩利の考えは、あずさも抱いていたことであった。

 

もしかしたらば、自分の在任中に死者が出るかもしれない。取り返しがつかないことが起こるかもしれない。

 

それでも……。

 

これからも1科が魔法科高校の選良となるためではない。ただ……衛宮アーシュラという自由騎士が王になることを、中条あずさは受け入れらなかった。

 

 

「―――真由美さん。魔法競技部活が談合していたってことは、選挙運動自体はやっても構わないんですよね?」

 

「人聞きの悪い言い方だけど、そうね。それは構わない―――って、あーちゃん? もしかして……」

 

何気なく後輩の質問に返した真由美だが、チョココロネヘアーの後輩は、意を決して立ち上がる。

 

「衛宮アーシュラに第一高校の頭を張らせるわけにはいきません……九校戦の時に何度か話していて、彼女の語る論にも納得していた私ですが、今回ばかりは譲れません……私が! 中条あずさが!! 来季の第一高校生徒会長になります!!!」

 

その端的かつ熱い言葉、あずさの中で、どういう結論に至ったのかは分からないが、それでも……その言葉が、全てを変える。

 

「藤丸さんは、アーシュラさんを会長にしたくないんですよね?」

 

「ええ、言っていた通りです」

 

挑戦的とも挑発的とも取れる言い様だが、特に反感反発を覚えるわけでもなく返す。

 

「ならば私に協力してください」

 

そうして特に何事もなく協力要請を快諾した立華ではあるが、最初にやらされることが……。

 

「せっかくのロリィな体型を活かしていると思うんですけどね」

 

「全くもって褒め言葉じゃないですね!!」

 

うがー! と喚く中条あずさではあるが、ともあれ『戦支度』を整えて、そうしてから出陣するのだが……。

 

その様子を先輩一同は呆然とするように見ながら、今度こそ選挙戦は混沌の様相を見せるのであった。

 

 

「―――というわけで、魔法競技系の部活はこの一高だけでなく、魔法科高校全てで重視されているのよ。衛宮さんみたいに『興味ない』とする人間でも、その重要性は分かってくれているはず」

 

「はぁ」

 

そのわりには、九校戦ではその部活関連の部員が出場してなかったように思う。正面にいる、自分も出場した『クラウドボール女子部』の部長とやらに問いただしたい気持ちを抑えながら、少しの熱を帯びて語る話を右から左に受け流してから、生返事で返していく。

 

ともあれ語り尽くして満足したのか、『それじゃ当選のあかつきにはよろしくね』などと言って去っていくのだった。

 

捕らぬ狸の皮算用とは誰も思わないのだろうか。

 

『マーシャルマジックアーツ部』『コンバット・シューティング部』『スピード・シューティング部』……そして『クラウド・ボール部』である。しかも男女共通で来ればいいものを、男女別々にやってくるのだからウザい限りであった。

 

カフェラウンジから退避しよう。弓道場にもう行こうと考えた時に―――。

 

「ずいぶんと千客万来だったな」

 

「ブルータスお前もか」

 

やってきた男子に少しばかり辟易する。

 

「お前はローマ皇帝カエサルなのか?」

 

「カエサル陛下とは、食に関して語り合える仲だわ」

 

カルデアという魔境にいれば、とかく知り合える英霊は多い。ともあれ、そういうことではないのか、司波達也はアーシュラの対面に座る。

 

「何かあったの?」

 

「あったといえばあったな。実を言うとレオやエリカたちは……何故か俺に一票を入れるってな」

 

「そりゃ結構なことじゃない。別にワタシがアレコレ言うことじゃないわね」

 

「……お前は別になる気は無いとするが、本当になったとしたらば、どうするんだよ?」

 

「ワタシみたいな『無頼漢のはぐれもの』に、票なんて集まんないわよ。けれどもアナタがベスト16に躍り出たならば、やるべきことは一つだわ」

 

何をするつもりなのか。右手の指を虚空で動かして、まるで達也の目を惑わすように、まるで『とんぼ』の気分になるかのように、達也の目の前で、そんなことをされてしまう。

 

まるで稚気あふれる女子にイタズラをされている心地ながら、それでも『理解』をした。

 

「―――『そんなこと』をするのか、お前は?」

 

「するわよー。別に躊躇う理由がどこにあるのよ。そもそも……ワタシは会長にならない・なりたくない人間なのよ」

 

確かにそれならば、一気に評決は定まるかもしれない。しかし……。

 

「まぁアナタ以外の人間を選ぶかもしれないから、まだ分からないわ」

 

未来は未定(みえない)。定まらないものを定めようとするならば……。

 

『運命』なんて見えなければ良かったのだ。先が見えても突き進むなんて破滅を……。

 

そうアーシュラが考えた瞬間、カフェラウンジが少しだけざわめく。

 

その理由は、入りこんできた女子が見覚えない人間であったからである。

 

アプリコット色の髪をストレートヘアーにした美少女。短躯ながらも、その姿に……ようやく何人かは、見覚えの中でも一番近い人物が分かり、合点がいく。

 

 

「な、中条なのか……!?」

 

何故か、というと失礼かもしれないが、カフェにいた桐原武明が、やってきた人物の容姿の変化に誰よりも驚く。

 

そして中条あずさは―――目当ての人物=衛宮アーシュラの近くまでやってきて……。

 

「アーシュラさん……アナタには第一高校生徒会長はまだ早い!! 今期の生徒会長には私―――中条あずさがなります!!!」

 

指差ししながらそんな一方的な宣戦布告をするのだったが……。

 

「はぁ、どうぞご自由に」

 

カフェラウンジにいた生徒たちの殆どがスタンディングオベーションしているなか、騒がしい中でもアーシュラは、淡々とそんな言葉を返すのだった。

 

そうして、生徒会長選挙の日は刻一刻と迫る―――。

 

 

 

 

 

 

 



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第98話『会長選挙Ⅰ』

徐々に近づく第一高校生徒会長選挙。

 

ドブ板選挙のように、遂に『志願者』である数名が学内演説を行い、自分に一票を入れてくれるように話を振る。

 

そんな数名の中に、アーシュラはいなかったりする。

 

全くの無関心を決めているとも感じた魔法競技部活の面子。アーシュラに一票を投じようと決めていた人間たちは、志願者のうちの一人『中条あずさ』の必死な様子にどうしようかと動揺する。

 

 

そんな色んな意味で困惑しつつある『生徒会長選挙』の中……一年の様子はと言えば―――。

 

「も、もう一回勝負してアーシュラ!」

 

「無理、疲れた。単位も取得したし終了」

 

諸元の端末に入力して終わらせる態度を見せているアーシュラの無情な態度に、周囲の面子は苦笑したり憤慨したりするも、構わずに終わらせるのであった。

 

そんなアーシュラの無情な態度に、対戦相手であった司波深雪は何とも言えぬ表情をしてから、拳を握りしめるのであった。最強の女王を下す黄金竜王の態度は、人によっては気儘に見えただろう。

 

というか、そもそも本当に疲れているのだろうかという疑問が胸を突く。

 

ともあれ、そういう態度は一科生全体に不満や不服をもたらして、アーシュラに対する一票を削っていく。

 

そうなれば深雪が候補として挙げられていく。

 

だが……ここで頭の血の巡りがいい人間であれば、これがアーシュラなりの減票策かもしれないと感づく。彼女が生徒会長になりたがっていないのは周知の事実なのだから。

 

結果として、そうはさせまいという天の邪鬼な人間も多い。

 

どうにもこうにも五里霧中な現状なのだ。

 

 

「―――で、結局私たちに泣きつく羽目になると?」

 

「……正直言えば中条では、今後の一高をまとめるには力不足です。お嬢さんをやる気にさせるには、お2人の力を借りるしか無いと想いましたので……」

 

「しかしなぁ……ウチの娘が生徒会長ね……」

 

カフェラウンジで教師2人と対面で話し合う克人と真由美。ご両親からの反応もあんまり芳しくないことは一目瞭然であった。

 

「向き不向きだけで言えば、向いているとは言えないだろうな」

 

「そこはサポートメンバーを増やしますので……」

 

「そういう意味じゃないんだがな。それに民意で言えば、ウチの娘はそこまで人気じゃない」

 

沈黙。そこを突かれると真由美も克人も何も言えない。

 

そして何よりもっとも最大級の原因は―――。

 

「あの娘はな。反逆者なんだよ―――どこまでいってもな」

 

「それは……どういう意味でしょうか?」

 

「多くは語れないが、アーシュラはオレやアルトリアの人生を良く知っている。知っているからこそ、その道で『不幸』になったオレたちに、違う道を教えたい。人間らしさとは『こういうことだ』と、義務や責任だけに囚われて、そういうものを失った人生に『ノー』を突きつけたいのさ」

 

「――――――」

 

思わぬ言葉に、生徒2人は絶句してしまった。この2人の過去の片鱗を語られるとは想っていなかったからだ。

 

言葉は続く。

 

「魔法師という生き方を選んだことが『窮屈』なのに、それから抜け出そうともせずに、選んでから不平不満を撒き散らす。あなた方の『選択』は、私やシロウに比べて―――未練がましい」

 

「……ダメなんでしょうか? 魔法師であっても普通の高校生のように振る舞うことは―――」

 

「普通の高校生は魔法なんて使いませんし、『使えません』」

 

そんな原則論を出されては真由美はヒドく傷つく。

 

「まぁあなた達は子供の時分から魔法に慣れ親しんで、家の方で高度な教育を受けてきたから、ここでの教育は退屈で、他のことに価値を見出すでしょうが―――それは『全員』じゃないんですよ」

 

「そんなことはありません―――と言うには、確かに自分や七草は恵まれていた……。まぁ浅はかな考えでしたよ。真由美演説は」

 

同輩にまで言われて、真由美はもうズタボロだ……。

 

「いずれは出てくるかもしれませんよ。中学卒業も近い時期に、サイオン操作の適正が出たばかりに魔法科高校に進学『させられる』人間も―――それでも入学できるかどうか、はたまた入学したところでロクな教育も受けられずに終わるか―――そういう『選別』という名の『標本箱』の未来はいずれ来る―――そう理解しているんですよ。あの子は」

 

沈黙せざるをえない。

 

そういう人間がいることを理解していなかった。

そういう生き方を押し付けられる無情を分からなかった。

 

「というかお前達は、随分と未練がましいというか、いちいち『賽の目』の操作をしたがるな。俺の実家―――ご近所に住んでいたヤクザの組長は、そういうこと(出た目)に対して『四の五の言わずに従う』としていたんだがな」

 

本当に士郎先生って一体どういう人生を送っていたんだろうと、2人して考えるが―――。

 

「とりあえず状況は、もはやお前たちの手を離れた。コントロールしようとすれば、逆に犠牲者が出る。火傷程度で済めばいいんだがな」

 

その言葉の真意は、判然としない。しかし、克人は意を込めて答えることにした。

 

「―――自分と七草の意見は変わりません。お嬢さん―――衛宮アーシュラに一高の先頭に立っていただく。例えそれが……あなた方、親御さんの意向に沿わずとも、彼女の力と意思、そして下にいるものたちを慮る心は―――この学校にこれから必要なものです」

 

その言葉に夫婦そろって―――『分かった』(分かりました)と答えた。素気無いといえばそこまでだが……。

 

 

ともあれ―――。

 

「時間だぞ」

 

チャイムが鳴り響く。その音は選挙投票開始の合図である……。

 

しかし、どうしてもそれは不吉な音にしか聞こえなかったのである。

 

 

 

投票は電子形式で行われる。そんなわけで、選管立ち会いのもとでの投票箱の見守りというものはない。

 

しかし―――投票時間は決められており……更に言えば、あらゆる恣意的な状況……偏向を許さないためにも、誰が誰に投票したのかをわからないようなシステムになっている。

 

コフィンというシステムを使ったそれは、確かに機能していった……そして―――。

 

―――『第一回の投票結果が出ました』

 

1−B 衛宮アーシュラ 60.1%

 

2−A 中条あずさ 22.2%

 

1−A 司波深雪 11%

 

1−E 司波達也 5%

 

 

その下にも泡沫候補よろしく得票率が表示されたが―――。問題点はそこではなかった。

 

『投票率93%により第一回選挙結果は無効―――1時間後に再投票を開始』

 

電子音声と電子文章が同時に行われて、コフィンという『棺桶』の中に入れられた生徒たちのどよめきが聞こえないはずなのに……聞こえるかのようだった。

 

小休止のためにコフィンから出て、思い思いのグループが作られて、どういうことなのかと話し合う。

 

(この投票会場には確かに、現在病欠などでいない数名を除けば、全ての一高生が揃っている。それらは最初からカウントされていない)

 

最初にコフィンに入った人数が表示されたあとに、投票が開始されたのだ。

 

つまり――――。

 

「白票を投じたものがいるということか」

 

「実質『棄権』という扱いになるわけね。何でこんなことに?」

 

「恐らくだが、票の動向が読めないからこその行動なんだろうな。これが普通の国政・地方行政などの選挙であれば、一回こっきりなんだが……」

 

今回の選挙は『候補者の得票率70%以上の獲得』『投票率95%以上の達成』が鍵となっている。

 

つまり票の動向が読めない第一回は、どうしてもこうなるわけだ。

 

友人一同に対して、士郎先生が前もって用意してくれた茶菓子を食べながら説明した達也だが……ここからどうやってこれを達成するか……。

 

「棄権ありとはいえ、6割以上もの票がアーシュラに集中している以上、何かしらの工作は行われる。つまり―――」

 

「アーシュラの牙城を崩すには、切り崩し工作があるってことね?」

 

「あるいは、アーシュラ自身、別に勝利することを願っちゃいない。勝とうともしていない。だからといって『負けよう』ともしていない。

仮にもしもこの状況が長引けば、俺や深雪に流れている票が、アーシュラに集中して……そういうこともあり得る」

 

牛歩戦術―――したくはないが、そうなることも想定されている。

 

「兎に角、今は投票率を『上げる』ことが先決だろうな。残りの7%の有権者が投票してくれれば、なんとかなるんだがな」

 

だが、そううまくいくとは思えない。この無効票という存在が、どういった意味を持つのかは……まだ分からないのであった。

 

再びコフィンに入っての投票

 

結果として―――。

 

1−B 衛宮アーシュラ 63.1%

 

2−A 中条あずさ 20.2%

 

1−A 司波深雪 11%

 

1−E 司波達也 6%

 

 

『投票率96%を確認、条件の達成を確認。これより第二回の投票率における、上位16名による決選投票に移る』

 

あっさりと投票率が上がったのは、いいことだが……。

 

中条先輩の得票率がおよそ2%ほど下がっているのが少しばかり気になった。つまりは……。

 

 

(さて……どうなるか……)

 

アーシュラの『策』をするには、条件はそろいつつある。

 

そんな風に考えながらも……。

 

(まさか、俺がベスト16の4位に配置されるとはな……)

 

民意というものの不可思議さを感じた時であった。

 

そうしながらも、ベスト16に選ばれた候補者は『選挙演説』というネクストステージに入るのだったが……。

 

 

「達也くん。ちょっといいかしら?」

 

「―――なんでしょうか?」

 

コフィンから出た達也を迎えたのは、前・会長である七草真由美であった。

 

「今後の選挙に関して、少し聞きたいことがあるのよ」

 

聞きたいこと……と言われても、何なのか皆目検討がつかない達也だが、先導されるままに行くと、そこには深雪、あずさなど……アーシュラ以外の会長候補者たちが存在していた。

 

どういうことなのだろうと思いつつ……士郎先生作のラズベリーケーキをぱくつきながら聞くことに。

 

「期せずして、というと悪い気分になっちゃうけれど、まさか達也くんまで候補者に残っちゃうなんて」

 

「自分も驚いていますよ。ただ、大勢を変えるにはいろいろなものが足りないとも言えます」

 

「そうね……」

 

暗い顔をする真由美。その胸の内は分からないが、もしかしたらば……。

 

「あの会長、本当にアーシュラに次期生徒会長になってほしいと想っています?」

 

それは達也の素朴な疑問であった。今日にいたるまで、会長は様々な説得をアーシュラにやってきた。しかし、けんもほろろというか無情な対応ばかり取られたことで、少しの翻意も芽生えているというか、中条会長をという気持ちに陥っているのではないか? そういう『希望』を持っていたのだが……。

 

 

「思ってるわよ。当たり前じゃない……ただ、この状況を終わらせるには……どうしたらいいのか……」

 

「それならば簡単です。今度の選挙演説において―――俺と深雪の票を全てアーシュラに振り向ければいいんです」

 

「お兄様……」

 

当然、自分たちがそう演説したところで、それでも自分たちを支持して一票を投じてくれる人間はいるのだろう。

 

だが、それでも……。

 

「70%の得票率、それをクリアするに相応しいのはアーシュラだけです……」

 

選挙を長引かせるよりもいいだろう。

何より、アーシュラならば善でも悪でもないが、魔法科高校を導ける。

 

19世紀フランスのロマン主義を代表する画家 ウジェーヌ・ドラクロワが描いた『民衆を導く自由の女神』は、 フランス7月革命をモチーフにした作品だと聞く―――。

 

ならば、彼女になってもらってもいいではないか。

 

 

しかし―――予想外は起こる。

 

魔法科高校の究極の反逆児―――アーシュラ・ペンドラゴンによって……。

 

『ワタシを支持してくれている人たちに簡単に言っておきます。ワタシは来期の会長に―――中条あずさ氏を強く推薦します。以上です』

 

得票率1位の女の奇策が―――発動した瞬間であった。

 

 

 



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第99話『会長選挙Ⅱ』

いさぎよくかっこよく脱ぎ捨てる――――――。

たとえ離れ離れになっても私は――――――。

というわけで始まった少女革命ウテナガンダム!(マテ)

奈須さんは劇場版派、CHOCOさんはテレビ版派……そんなことを考えて、同人の頃の式を演じたのは故 川上とも子さんなんだよなぁとか思い出しつつ、久々の新話お送りします。

今回の話は難産でありすぎた。選挙編ってそういうことだったんだなとか今更ながら理解しましたよ。


 

 

放たれた一言の意味は斟酌しきれない。だが、全員に分かったことが、1つある。

 

それは衛宮アーシュラは、生徒会長になんてなりたくないということだ。

 

この一言で、どれだけの離反者が生まれるかは未知数。しかし、それでも……何かは起こる。

 

だが、思惑が外れたのは否めない。このままではアーシュラの生徒会長就任が遠のく。

 

あらゆる意味で、はぐれものなアーシュラの思惑が動くのであった。

 

 

1−B 衛宮アーシュラ 53.1%

 

2−A 中条あずさ 30.1%

 

1−A 司波深雪 4.1%

 

1−E 司波達也 2.1%

 

 

第三回目の投票結果は、かなり割れたのであった。

 

「もう票読みが出来ない……! これだったのね! 衛宮先生たちが言っていたことは!!」

 

真由美もこんがらがっているようで、疲れた様子ではある。

 

「サイレントマジョリティーというものですね。ただ、此処に来てアーシュラの本意というものが曝け出されたことで、動きましたから」

 

どうなるか分からない。だが―――。

 

「……こうなってくると中条会長への賛成票が集まるんじゃないでしょうか?」

 

「それが狙いなんだろうな……」

 

深雪の推測も今は遠い。

 

(だが、どうすればいいんだ? いや、アーシュラはどうしたいんだ?)

 

……アーシュラは、何故…会長職をやりたくないのか? メンドクサイからやりたくない。

 

今更だが本当に、それだけなのだろうか?

 

ひょっとして……そこには何か深い思惑が隠されているのではないだろうか……。

 

そんなアーシュラを遠目に見ていると、菓子を食っている所に壬生紗耶香など2科の上級生たちが、話しかけてきた。

 

その人達とは普通に歓談するんだな。と思いつつ、何かを言っている様子。嫌な予感がする。

 

嫌な予感だけが胸を貫く。そうして―――。

 

再びの選挙演説へと向かう。

 

『中条候補に質問です。アナタが掲げた規約を読む限りでは、4月にて前会長が仰っていた公約、即ち2科生を生徒会役員に入れるというものですが―――これをやる意味は何なんですか?』

 

ざわつきがここぞとばかりに生まれる質問が壬生から出された。あの時は差別解消だの何だのと、お題目は付けられた。

 

だが、次々と明らかになる事実と、教育実態のスキャンダルを前にして、虚ろなものが起こるのは当然であった。

 

そして……壬生の口撃は、あずさを揺さぶる。

 

「私は―――七草会長の路線を引き継ぐ形です。今まで、学校運営の段で一科生偏重で二科生を蔑ろにしてきた生徒自治を改めることで、本当の意味で一体となった学校運営をしていきたいと思っているんです」

 

一拍置いてあずさは続ける。

 

「―――今まで教育機会を与えずに放置していた一高教師陣のこともあって、信用出来ないのも分かります。カルデアで人類史の英雄たちから学んできたことで皆さんが、私達を嫌悪する気持ちも理解できます……今まで指針を、羅針盤を与えずに大海に放り出していた全てを―――どうかお願いです!!!

きっと、いま残っている候補たちは大なり小なり……二科生たち『ブレイブ』を何とか学校運営に関わらせたいと思っています!! 関わってほしいと思っています。それだけは信用してください!!!」

 

司波兄妹は違うような気がするが、と考えた人間はそれなりにいたが、……ともあれ、ここぞとばかりに中条あずさは、気持ちを吐き出していく。

 

「そもそもですね!! 私は寧ろ皆さんが羨ましいぐらいですよ!! 時計塔のロード・エルメロイII世。マハトマの探求者。ルーン魔術の大家にして影の国の女王。源氏四天王の首魁……挙げていけばキリがありませんが……そんな特級の英雄たちに教えを受けていたなんて」

 

『一科生で教育機会に恵まれてる中条さんが、そんなことを言いますか?』

 

「……正直言えば、いくら一科生といえ、数字持ちで実家がありったけの金持ちで、英才教育を幼少の頃から受けてきた人間に比べれば、味噌っかすですから。そして―――アーシュラさんみたいな常在戦場で生きてきた存在とも違います……」

 

紗耶香の嘲った声に対して、中条あずさも自分の心情を吐露する。

 

その言葉の後には―――壬生紗耶香も『分かりました』とだけ言ってから下がる様子だ。

 

その際に、アーシュラが薄く笑ったようにも感じる。見ると、扉の方で立華が何かを書いてアーシュラに伝えている様子だ。

 

何だ? 候補者席にいた達也は偶然にも見てしまったが、何かの符丁が放たれたようだ。

 

そうして―――――――。

 

 

第4回目の投票が行われ、そして結果は―――。

 

2ーA 中条あずさ 83.1%

 

1ーB 衛宮アーシュラ 9%

 

1ーA 司波深雪 5%

 

1ーE 司波達也 2%

 

 

今までの投票は何だったのかと思う程に呆気なく投票条件はクリアーされて、一高会長は決まるのであった……。

何かのペテンに掛けられたかのように、全ては決まってしまう。

 

戸惑いは多くも、それでも新会長が決まったことで、誰もが祝福を掛けていくのであった。

 

深雪の戸惑いを理解しながらも、達也も何も言えなかった。

 

 

 

「結局、今日の選挙って何だったんだろうな?」

 

「ホントにね……何かアレだけならば、壬生先輩の質問に見事に答えた中条先輩が……とも感じるけど」

 

アイネブリーゼにいつもの面子を集めて、士郎先生が作ってくれたお菓子よりはやっぱり劣ってしまうデザートをパクつきながら、考えることはそれだけだった。

 

「達也は何か知っているんじゃないか?」

 

「何故、そう想う幹比古」

 

「ただのカンだよ」

 

言われて、全員の視線がこちらに向いたので、仕方なく達也は説明する。

 

「まぁ分かっていたことなんだ。アーシュラが実質的な会長選挙の『勝者』なんだからな」

 

その言葉にざわつき出る。どういうことなのかを問われる前に……達也は答えていく。

 

「一応の前提として語っておくことだが、ここにいる俺たちE組の面子以外の2科生―――1-3学年全ての2科生たちは『アーシュラへの組織票』だということは押さえておいてくれ。第二にアーシュラの両親……衛宮先生2人は、2科生側にも分け隔てなく、魔法教育であれ何でもやっているということ―――」

 

その2つの大前提に加えて、達也はもう1つを教えることにした。

 

「そして、アーシュラこそが一高で最強の魔術戦士であるということだ。―――ああ、不満というか反論はあるだろうが、まずは黙って聞け。特に深雪」

 

「―――蒙昧な妹に教えていただいているのですから、何もありませんよ。お兄様」

 

嘘を吐け。内心でのみ悪罵を言いつつ、説明する。

 

「まず組織票という意味では、およそ280票近くの票田がアーシュラにはあった。これは凡そ全校生徒の半数の票といえるだろうな。この時点でアーシュラは勝ち確なわけだ」

 

別に会長職に就きたいわけでもないとはいえ、そうなる。

 

「けれどよ。俺たち以外の2科生を全て掌握して―――」

 

「いるよ。間違いなく。これは別に、アーシュラというよりも『衛宮家』への票と言えるだろうな」

 

「つまりアルトリア先生や士郎先生への信任票でもあると?」

 

「世の選挙というのは、立候補者個人だけでなく『後援者』『秘書』『その親類縁者』からの『信用』票というのもあるからな」

 

確かにそういった話は多くある。というか、魔法科高校前の小中学校での選挙でもままある話であった。

 

そいつの人格や能力云々ではなく、そいつと友誼を結んでいるから、そいつに投票する。

 

または外面良くてもろくでもない内面を持ち、隠れて悪さをしているような人間には票も集まらない。

 

並べて選挙というのは摩訶不思議なものなのだ……。

 

「アーシュラ個人の人格は色々と知れ渡っているし、性格もそれなりに知られている。それをどう受け取るかは人それぞれだ」

 

「そうですよね……」

 

色々と複雑な思いを抱くほのかの言葉が遠い。

 

「だが、 アーシュラ個人の能力は大変とんでもないものだからな。そこに『信』を置くものもいるんだろう」

 

並べて、『投票者』たちの心が一致していなかったことが、今回の選挙の全てだ。

 

二科に甘い教師を両親に持っていても、彼女個人が一科生であれば……そういう甘い考えでいた一科生は多い。

 

「アーシュラが勝ち確なのは理解できた。そして、その投票をコントロールしたのは理解できる。問題は……どうしてここまで長引いたかよ」

 

そう。そこが問題なのだ。エリカの質問に対して、達也は少しだけ考えてから、先程、数時間前に両院を通過して法案成立をしたものを見せることにした。

 

それは正式名称は割愛するとして、法案の中身としては、現在の魔法師の海外渡航制度と、魔法技術の『交換』『交流事業』を促進及び『改定』するための法案であった。

 

「―――この為に、決を引き伸ばしていた!?」

 

「恐らく……別に明確な規定があるわけじゃないんだがな。しかし、閉鎖的な魔法師の海外渡航制度などを砕く一手」

 

「同時に、アーシュラや立華の知り合いのお爺ちゃん。九島健を呼び戻す施策ということか」

 

だが、別段これがどうこうだからといって、会長選挙を長引かせる理由にはならないのではないかと想うが……。

 

「意味はあったな。実際、この法案は色々と十師族などナンバーズの間で喧々囂々のものだったそうだ。俺たちが選挙でアレコレやっている中、魔法協会でも同様に、アレだったらしいな」

 

詳しいことは語らずとも何となく分かることはある。俗な話では有るが、有力な魔法家ほど政治家との繋がりを持っている。

 

要するに、繋がりを持つ議員に『審議』などを引延させるようになどと『働きかけ』を強めていたそうだ。

 

片や、むしろ『審議』を進めるように、早急に法案成立をさせるように、働きかけを強めていた。

 

達也の情報は『実家』から齎されたものだが、適当に『七草』『十文字』経由だと嘘ついておくことにしたのだ。

 

「同時にアーシュラも、この法案の『表裏』での決を決まるまで決着をさせるわけにはいかなかった」

 

もしかしたらば、5,6,7回などといつまでも決まらない牛歩戦術が展開されていたかもしれない。

 

「だが、あの演説―――『中条に票を上げてください』という演説時点で、何か永田町の方で『動き』が出たんだろうな……」

 

その動きの詳細に関してはまだ分からないが、余程のことが起こって一気に法案通過の方に流れが傾いた。

 

「そして、最後の決選投票の前に壬生先輩がアーシュラと話していたことを考え、そして壇上にて中条先輩に『肚を割らせた』以上―――これ以上はいいだろうということになったんだろうな」

 

不透明なことは多い。だが、全てはアーシュラの手の平の上で踊らされたということだけは理解できたのだ。

 

「けどもよ。達也や深雪さんに多数票が集まることもあり得たんじゃないか?」

 

「それは無いな。選挙活動をしなかったというのも1つあるが、やはり1年には荷が重いというよりも、2,3年からすれば、心情的に一年にも満たない付き合いの俺たちを選ぶことはないだろう」

 

だが、アーシュラは違う。付き合いの短さは殆どにあるが、その中でも付き合いが長い三年生がいたのだ。

 

十師族の長子であり、一高の大親分ともいえる十文字克人。

 

彼が信頼以上の情と好意を寄せて接している以上、十文字の『舎弟』『子分』を自称するような人間たちは、そこに妙な姐さん感覚を覚えていたのであろう。

 

「これで十文字先輩のビジュアルが、アトベ様みたいなスマートな美男子であれば、女子からの当たりも強かったのかもしれないがな」

 

「達也、分かりやすさにかこつけて、十文字先輩に対して結構失礼なことを言っているよ。本当に」

 

幹比古のツッコミを受けつつもまとめると……。

 

「アーシュラは、この法案が通るまで一高の会長になるわけにはいかなかった。それは、彼女の出自がハーフであることで法案に影響を及ぼすわけにはいかず、さりとて他の人間に……偏向が激しい人間を就かせるわけにもいかず、薄氷を踏むような綱渡りの『票』のコントロールをしてきたわけだ」

 

恐らくアーシュラが抑えていたのは、達也と深雪の『司波兄妹』なのだろう。自分たちには政権を渡すわけにもいかず、さりとて中条あずさに『票田』を託すまでに至る時間稼ぎ。

 

恐らくあずさは選挙戦に入る前から、壬生など2科の同級生や上級生に話をしていたのだろう。だが、それでも彼らが切り崩されることは無く、しかし……あの発言を受けて2科生たちは、あずさへ票を投じた。

 

別にそれは彼女を信任したからではなく、アーシュラの意思を汲んでの行動であり……中条あずさが考えた、一体となった一高なんて空手形を信用したわけでは無い。

 

前途多難すぎるものを押しつけられたものだ。

 

どこまでも迷宮じみた女の子だ。ルーツを知ったとしても、その全てが魔法師の理解を越えているのだから―――。

 

「しかし、利権や権力に凝り固まる魔法協会やナンバーズの動きを一挙に傾かせるなんて、なんなんだろうか……」

 

一介の高校生に理解出来ることではないだろうが、幹比古の疑問はもっともだった。

 

(アーシュラ曰く『第二の魔法使いの裁定を待つ』とのことだったな)

 

何かの符丁なのだろうが、全然分からぬことだが、それでも……幹比古に聞かせれば、最大級の混乱を齎すと思って、達也は、あえて口を噤みながら……この場にアーシュラがいない寂しさをオレンジジュースで紛らわすのであった。

 

季節は寒風を混ぜ合わせて、肌寒さを覚えさせる秋へと入ろうとしていた。

 

 

 

そして、世界は変化を果たしていく―――。

 

 



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第100話『秋色恋華』

HUNTER×HUNTERの連載再開

うる星やつらリメイク放送開始

水星の魔女がトレンド入り

そろそろ……極光のアスラウグにも何かニュースが来て欲しいと思いつつ、新話お送りします。


弓を引き絞る。その所作のために払うべき礼節など全てを終えたあとに放たれる一矢は―――紛うこと無く的の中心部に突き刺さった。

 

そうしてから射のあとの『礼』をしてから後ろへと戻る。

 

「―――といった風にこんな塩梅です。引き絞るべきは身体であり『腕』だけではないようにする。そうすると自然と矢は的に正対するものなのですよ」

 

後は集中力1つ。雑念を払う―――そのためにどれだけ『我』を削ぎ落とせるかの動作なのだから……。

 

「「「「ありがとうございます衛宮副部長!!」」」」

 

デモンストレーションとして行ったあとに一礼とともに返される一斉の言葉。それを受けてアーシュラとしては、ちょっと気恥ずかしいものもある。

 

「何というか先輩もいるのに、ちょっと恥ずかしいものがありますね」

 

「では各自、手本を思い出しながら射に入るように―――衛宮さん。ちょっと」

 

その後には男子の部長たる俵に少しだけ離れた所に引き出された。

 

「なんでしょうか?」

 

「うん、まぁ何というか……今日も、ね―――来ているんだよ彼女……」

 

それだけで誰のことであるかはアーシュラには分かった。少しだけ赤くなった顔をする俵先輩に、なんでだろうと思いつつも―――。

 

「―――分かりました。ちょっと話を着けてきましょう」

 

「頼むね」

 

「ちなみに聞きますけど、私がいなくなったらマズイでしょうか?」

 

「別に『役員』になったからと、こっちを蔑ろにするとも限らないけど……俺としてはいてほしい」

 

正直言えばアーシュラは、弓道部の『アイドル』なのだ。引退した矢場部長が一年でありながら彼女を副部長に推薦したのは、その見目を惹きながらも弓道に打ち込む姿が後進にいい影響を与えると理解できていたからだ。

 

何より弓道部は、その性質上1科生が『いない』ことでも知られている。射撃という観点にだけ立った場合、魔法競技部活には幾つもの『シュートスポーツ』が存在している。

 

だからこそ1科生たちは、『精神修養』と『集中力』を高めるだけの『初歩的な射撃』しかしていない弓道を軽んじているのだ。

 

そして、現在の一高の生徒会長は魔法であっても『弓』を使うということで知られている。

 

その『魔法弓』(マジックアロー)の詳細こそ知らないが―――ともあれ……アーシュラは弓道場の外にいた一高の生徒会長に会うことにするのであった。

 

そこにいた短躯の……小学生にも見間違いかねない相手と何度目になるか分からない対話となるのだった。

 

 

新学期が始まり、色々な意味で新体制に刷新を果たした魔法大学付属第一高等学校。略して『1高』であるが、新体制に移行をしたものの、どうしても欠けたピースが存在している。

 

それを埋めるまでは動くに動けないという話なのだった。

 

正確な話ではないが、それでも……それを埋めることで完成させなければならないパズルが存在しているのだから。

 

「以前にも言いましたが、ワタシは弓道部の副部長なので生徒会に入れません」

 

「意志は変わらないんですね……」

 

「何度来ても同じです」

 

集められた生徒会の面子。それらを見ながらも、道着と袴姿のアーシュラの姿は新鮮さを催すらしい。

 

よって、何故か生徒会の面子以外にも風紀委員や前会長や部活連会頭などが生徒会室に来ているのであった。

 

「ではこれにて失礼を」

 

「ソレ以外でお願いがあるんです! こればかりは聞いてくれませんか!?」

 

「どういった案件で?」

 

立ち去ろうとした瞬間を狙って、必死な言葉と形相をする中条にびっくりしつつも、問い返す。

 

「魔法科高校の学生論文コンペティション―――面倒な名称を除けば論文コンペというものが、近々行われるんです……」

 

「そうらしいですね」

 

何気なく担任である母の口から出てきた単語だなと思い出すのであった。

 

「実を言えば先日、司波達也くんがその論文コンペのメンバーに選ばれました」

 

「オメデトー」

 

「ありがとうと言いたいが、全くもって気のない祝福だな」

 

この場にいた当の本人に拍手と同時に言ったが不評の限りであった。どうでもいいけど。

 

そうして中条の語る所、論文コンペの作業員及び論文執筆者にはいろんな所から策謀が行われるらしい。

一番無害そうなのは魔法産業関連の企業。最悪なのは他国のスパイが動き出すことらしい。

 

「産業スパイねぇ……」

 

「そんなわけで司波君の安全確保の為にも護衛を付けたいんですよ」

 

「大丈夫でしょ。腕っぷしが強いからこその風紀委員なんですから」

 

もはやオチが見えてしまったことでアーシュラは、機先を制するように言っておくのだが……。

 

「俺としては不安なんだ。あのディープ・マンジュリカ……君たち魔術側で言うところの『死徒二十七祖』の関係者に狙われてしまえば、どうなるか分からないからな」

 

「九校戦以外では夏は何もなかったと聞いているけどね」

 

「そりゃそうだがな……」

 

四六時中狙われるわけではないと分かっていても、論文コンペにかこつけてどんなことになるか分からないのだ。

 

それは杞憂だ。と言ってやりたいが、実際は今月は確実に星の廻りが悪いということは既に知っている。

 

よって―――。

 

「カルデアから護衛に特化したサーヴァントを付ければいい?」

 

「俺はお前に護衛してもらいたいんだ。何でも士郎先生もアルトリア先生に護衛してもらっていた時期があるそうじゃないか」

 

それを引き合いに出されてどうしようというのだ。

 

「現代魔法及び産業スパイに関わる事案で魔術サイドからのちょっかいなんてありませんよ。死徒だって別にそちらに関してはノータッチですから」

 

あえて口にしなかったが、キャッスルゴーレム創造に長けた死徒はビジネスマンであることを思い出すも、彼は『現代魔法』というものを好いていないのだ。

 

「アーシュラはお兄様が吸血鬼に食べられてもいいの!? 毎回毎回! そういった風なドライな態度で斜に構えた言動ばかり……!」

 

そんな態度は、当然のごとく噛みつかれるのだった。

 

「アンタたちの底の浅い理解や考えよりもワタシと立華の見識の方が深く広いもの」

 

その言葉に怒りが沸き立つも、 それでも明確な反論は出てこない。

 

だが、アーシュラとしても少し考えるに、こいつの原理を奪われれば、死徒たちの儀式でモスクワを消滅させた『モスクワ事変』の二の舞にしかなりえない。

 

2,022年のウクライナ侵攻の際に野蛮なロシア人に逆襲を果たしたウクライナの英霊たちを死霊として、新ソ連の首都モスクワに大挙させたことの再現にもなりかねないのだから……。

 

「分かったわ。そもそもアナタの原理血戒(イデアブラッド)を目覚めさせたのはワタシだもの。その責任は取るべきか」

 

結局、情理を考えるに、『その方がいいだろう』とするのだった。

 

「ああ、ありがとう」

 

「けれどワタシが『そうする』ということは、『そうなる』ということよ。それだけは覚えておきなさい」

 

やはり……横浜論文コンペでは何かが起きるということか。それを予測しているカルデアという組織に驚きを隠せない。

 

「副会長にはならないんだよな?」

 

「達也、アナタが後に就くって内定しているんだから、別に無理やりどっかにワタシを含めなくてもいいんじゃない?」

 

三人も副会長がいるとか、どんだけ中条会長はクソダメな存在だと思われかねないのだから。

 

「そりゃそうだがな……」

 

「下心がミエミエなんですけど」

 

「悪いかよ。俺だって……好いた女の子に傍に居てほしいって願いぐらいはある」

 

その言葉にざわつきが最大限に広がる。不貞腐れるような達也の表情のレア度と相まり、そして決定的な言葉に何名かの表情が固まる。

 

「司波、お前……女の口説き方が下手すぎるぞ」

 

「十文字先輩はご経験がお有りで?」

 

「―――失敗談で良ければいくらでも聞かせてやる」

 

面倒な会話を感じてアーシュラは退室したかったのだが……。

 

「十文字君の失恋体験も興味が無いわけではないんだけど、私としてはアーシュラさんの恋愛体験を知りたい―――具体的には元カレとかいうコウマさんとやらの事を知りたいわ。具体的にはそのビジュアルとかをね♪」

 

その言葉に我知らず緊張してしまう。言葉を発したのは、 七草真由美であり―――、だが……顔だけ見たところで『関係』など分かり得ないだろう。

 

だが……。

 

「そういうことならば、アーシュラの第一の親友にしてご両親から逐一、九島弘真との恋人関係を報告しろと言われていた私が教えましょう」

 

そんなことやっていたのか!? と思いながらどっから現れたのか立華がやったことは―――。

 

「では再生開始! CGギャラリー100%! 全てのED回収で出てくるトゥルールートのごとく!」

 

意味不明なことを言う親友に頭を痛めつつも―――生徒会室のキャビネットに表示されたものは。

 

 

満面の笑みで―――このときまでは恋人だったヒトの腕に組み付く自分(アーシュラ)の姿とそれを受けても自然体を装いたいのに、どうしても顔を赤くする―――まぁイケメンといえる(達也感想)男子の姿があった。

 

だが問題は2人の『格好』2人がいる『場所』である。

 

そう2人は―――『潮風薫る渚の砂浜』にて、『水着』でスキンシップしていたのだった。

 

 

「「「「「「「ふざけんなぁああああ!!!!!!」」」」」」

 

何かもう男女揃って色んな感情を混ぜ合わせて、そんな風な激高しか出てこなかったのであった。

 

だが、そんな中―――聡い数名が気づく。

 

「――――――」

 

「……お前というか、弘一殿に似ているか? それと……いや、その四の当主殿に似て―――いなくもない、か」

 

焦るように自分の感想を固まったままで見ている七草真由美に言うとようやく口を開くようだ。

 

「そう。十文字君もそう感じるのね……」

 

「いや、ヒトの人相に対する所感ってのは結構、曖昧だと想うけどな……それと、司波にも似ているか」

 

咄嗟に出た言葉……だが、それだけで理解できたことは多い。このコウマ・クドウ・シールズ……またの名を九島弘真は……十師族にとって最大の『厄ネタ』である可能性が高い。

 

(同時に司波達也、司波深雪もまた……そうなのだろう)

 

自分の腹違いの妹のことなど吹っ飛ぶ案件であり、なんで『こんなこと』にばかり衛宮家は関わるのだ。

 

もしかしていずれは十師族ないしニホンのナンバーズ制度を転覆させるために、スキャンダラスなことに手を出しているのではないかと邪推してしまう。

 

ならば―――。

 

「アーシュラ!!! 俺と結婚してくれ!!!」

 

「このタイミングで言うことかぁあああ!!!」

 

「グエルノプライド!!!」

 

横にいた真由美から一発いいのをもらうのだった。メイウェザーがフューチャー・アサクラに放ったものの如く。

 

その間にもアーシュラとコウマとの恋人どうしの場面は続く。

 

「……なんかお前がいつも以上にキレイなような気がするな……」

 

「写真写りがいいのよ」

 

「やっぱ恋は女の子をキレイにするのか?」

 

「だったらアナタに恋している光井さんはどうなのよ?」

 

「ほのかは……まぁ出会った時からかわいいよ」

 

気分が有頂天になるほのかを他所に、達也としてはまだ納得がいかない。

 

疑惑の眼を向けながらもスライドショーよろしく、九島コウマなる男とのツーショット、全てがリア充爆発しろなものであり―――。

 

観念したアーシュラが言う。

 

「白状するけど、お化粧ぐらいするわよ! 初めてのカレシなんだもん!! マタ・ハリお姉さんやフェイカー・ヘファイスティオンさん、世話焼かれるようにクイーン・メイヴにも教えてもらったわ!!」

 

そのぶっきらぼうながらも赤くなりながらの言葉に達也としては衝撃を覚えた。

 

それだけ……九島コウマはアーシュラにとって特別な存在なのだと。

 

などとショックを受けていた所に、助太刀一刀両断先生(愛称)がやってきた。

 

「まぁ更に白状すれば、アーシュラ自身は普段と同じように出かけようとしていたのを聞いて、私が一言言ったんですけどね」

 

「ゲェーッ!!」

 

「例え昔からの馴染みであったとしても、恋人関係になった以上、少しは着飾ろうとしなさい。メイクぐらい覚えろ。と」

 

その言葉に『ああ、いつものアーシュラだ』と安堵した―――。

 

「けれど、私でなくメイヴやタマモに聞きに行くあたり、やはり九島弘真は特別だったんですね」

 

―――のも束の間、少しだけ達也の心がクサクサするのを感じた。

 

「……もういいでしょうが、あーもう最悪だわ。友人からならともかく、母親から暴露(文春砲)くらうなんて」

 

やさぐれアーシュラになる様子に……何とも言えない。

 

「大体、なんでこんな話になったのよ。達也の護衛をワタシが引き受ける。それだけで収まった話なのに―――」

 

原因の大本は……。

 

「七草前会長……」

 

「わ、私が悪いの!? そもそも論として達也君がアーシュラさんに妙な感情を見せて、微妙な空気を出すから……ごめんなさい―――けどアナタの元カレのことを私は知りたかったの」

 

その言葉にアルトリアもアーシュラも少しだけ息を吐いてから……。

 

「「父親に聞いてみなさい(ください)」」

 

そういう言葉が双竜の母娘から出たことで真由美も観念するのであった。

 

 

そうして一件落着したと思った時に―――。

 

「アーシュラ、今度の休日に俺とデートしてくれないか?」

 

最大級の爆弾を投げつけるは司波達也であり、キャビネットに映し出されたアーシュラとコウマの姿は秋物の装いであったりして実に季節にあっていたのだった。

 

 

 

 



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第101話『デート・ア・ライブⅠ』

やっぱりイメージの世界で売ってる人だからスタッフにも厳守だったのかな。
いや妻子を持ちながら関係を続けていた有限会社チェリーベルの『部長』が悪いと思いますよ。
世間に公表していないからと悪さをしていたのか、はたまた公表できないことをいいことにそうしていたのか。

色々と推測出来ることは多いですが……何とも言い切れぬスキャンダルですね。
鈴村さんと真綾さん。愛河さんと岩田さんみたいに声優どうしじゃないと公表出来ないわけじゃないと思うんですけどねぇ。
いや、そうとも言い切れないか――――――青春時代にまだインターネットも一般普及していない時代にエアチェックして声優さんがパーソナリティをやるアニラジを聴いていた世代としては色々と複雑な話です。

長々と失礼しました。新話どうぞ。


「私は納得していませんからね!!」

 

「お前の気持ちは分かるが、だが俺とて少しは護衛役と親交を深めないと、どんなことになるか分からない」

 

アーシュラのことを理解しないと、どうしても当日までに不安が残ってしまう―――という表向きの理由を述べながらも……心としては違うものがあるのだった。結局の所…アーシュラとのデートを楽しみに想う気持ちだけだった。

 

「それにだ……コウマ=クドウ=シールズの件もある。アーシュラは俺とお前が四葉の関係者だと分かっていた。アルトリア先生の言動からわかっていたことだがな」

 

今さらながら、自分たちの実家にここまで深く関わっているなど、正直予想外過ぎたのだ。そして何より……コウマという男の素性も少しだけ気になる。

 

いや、もはや理解している。彼は……叔母……四葉真夜と七草弘一の……。

 

「けれどお兄様。叔母様は生殖機能をその……」

 

そんな達也の話題転換もとい話のごまかしに対して、流石の深雪も話題が話題だけに、それに対して怒ることだけは出来ない。

 

「ああ、だが今の遺伝子工学の技術を用いれば、それぐらいは―――だが……」

 

真正面から聞くのは色々とアレではある。そもそも、この推測が事実であれば、形はどうあれ叔母は、他所の家の父親と『不倫』をした上で『子』を為したということである。

 

(師族会議での論調から、七草家も衛宮家に対する手出しを控えている。それはまさしくこういうことなのだろうが)

 

だが、それでも何故……他家に養子として出す必要がある。形はどうあれ、自分たちにとって『正しい意味』での従兄弟が出来ることは喜ばしい。

 

(叔母がアーシュラとコウマの関係を聞きたがっていたのは、その恋仲を応援したいだけでなく、色々とあったのかもしれない)

 

衛宮家と姻戚関係を結ぶことで、四葉の当主として『堂々』と喧伝出来るとか、まるで貴種流離譚の主人公のごとく出してくるとか―――

 

「全てが不透明過ぎる。だがアーシュラが教えてくれると信じて、おれはアーシュラとデートすることでそれらを探ってみよう」

 

「別にデートじゃなくても、どっか適当な場所で聞き出せばよいではないですか……」

 

そもそも教えてくれるかどうかすら不透明だとする、不機嫌な深雪の言はもっともであるが……。

こういう場でならば教えてくれるのではないかという、淡い期待を持たざるを得ない。

 

ソレ以外であれば、やはり……結局は司波達也も男であるということだ。

 

了承してくれた以上は、色々と楽しいデートにしたいと思う―――そんな達也の気持ちは、深雪にとって不快な限りであり、そもそも何でアーシュラは兄とのデートを了承したのか……その気まぐれさに腹立たしさを覚えて、当日は絶対に監視してやろうと決めたのであった。

 

 

そんな一高の学生恋愛の模様は四葉という十師族の家をも混乱に陥れており、当主は急遽のオンラインでの対話を知り合いの女の子に行っていたのだ―――……。

 

「―――弘真にはもう新しい恋人がいますよ。ワタシみたいなノーテンキで太平楽な女よりも、ちゃんと弘真のことを愛してくれている女の子がね」

 

『そ、それは喜ばしいことかもしれないけど……悩ましいわ……キライになったの?』

 

「そのことに関しては、今度のアナタの甥とのデートで話そうかと思いますので、聞き出してください」

 

あんまり親世代に対して少女の恋愛模様を話したくない。そういう心での言い方は、やはり真夜にとってあまり受け入れづらいものではあるのだが……。

 

それでも、最終的にはアーシュラの心と、自分の息子を恋人としていた騎士王の娘への感謝を優先するのだった。

 

そんな会話を終えて、お互いに『おやすみなさい』と言った―――もしかしたらば、義理の母娘になれたかもしれない少女に対して、四葉真夜は考えを巡らす。

 

「フラれたのは確実なのだけど、どうにも……要領を得ないわ」

 

「傍から聞かされていましたが、考えるに……リトル・アーサーは、弘真様のことを考えて、そして弘真様を想う女性のことを考えて、身を引いたというところなのではないでしょうか?」

 

「……そういうことなのかしら?」

 

それは想像でしかなかったが、ありえなくはないはなしであった。ただそれを考えると、少しだけ真夜は悲しくなるのであった。

 

だがそれでも彼女がそう決めたならば……そうするに足るだけの何かがあったのだろう。

 

ただそれでも……真夜としてはやはり、アーシュラと息子に一緒になってほしかったのだ。それは打算だけではなく、息子がアーシュラを好きでいたということを確信していたからだ。

 

その心だけで一緒になれたならば、嬉しいことであったというのに。

 

「とりあえず、後で達也さんに説明してもらうしかないわね。出来ることならばフラれた原因を探ってもらいましょう」

 

そんなことを果たして、達也がやるのか……葉山としてはそれが少しだけ気がかりではあるが、それでも……当主である女性としても、それを知らない限りは仕事に手が付かないだろう。

 

集中出来ない状況だけは避けたい。執事として、昔から知っている親のような気持ちでそう思いつつ……あとは達也が上手くやってくれるかどうかだけであった。

 

 

 

迎えた土曜の休日……。

 

家を出るのですらひと悶着あったとはいえ、達也はアーシュラとの待ち合わせ場所まで赴くことが出来た。

 

出来たのだが……この待ち合わせ場所の至る所に既知の人物、有り体に言えば知り合い、友人たちが隠れていたのである。

 

(こいつらは……)

 

るーみっくわーるど的なこういう出歯亀根性なことをされるのは、非常に腹立たしい。

 

だが、それでも……。その監視するようなやり方を少しだけ嬉しく想う。余計なことを考えることで、アーシュラに対する雑念を―――。

 

「ちわー♪ 待たせたかな?」

 

「―――――――」

 

―――振り払うまでもなく、一挙に持っていかれるのであった。

 

季節の上では秋……冬というほど寒くはないが、それでも世界的な寒冷化が、秋服の装いを少しだけ変えた。

 

21世紀前半では冬用の装いが、秋服に適用される時代なのである。

 

ゆえにアーシュラの服装は、まさしく秋の装い。

 

白のハイネックを着込み、その上から白のトレンチコート風ミニワンピース(長袖)を着込み、黒のミニスカートがちらちら見える。

 

そんな脚線美を強調するように、黒のロングブーツともニーハイブーツとも言えるものを履いている……。

九校戦から2ヶ月以上経った。ゆえにその髪が伸びているのは、理解している。

 

だが……あえてそのヘアスタイルをショートにした辺りに、アーシュラの女粋を感じた。

そして何より……いつもはしないはずの化粧まで施している。

 

唇に引かれたルージュやアイメイクが輝くも下品さはなく、むしろ健康美を感じさせる。

 

もはやはっきり言うべきだ。

 

かわいすぎる。なんだこのいきもの。

 

「ずいぶんとめかしこんだな」

「そう? ノーマルコーデだと思うけど」

 

くるんと一回転して全体を見せることで、普通であると示すアーシュラだが、不可能な話だ。

 

「深雪は、こんな風じゃないから」

 

深雪の外出用の服装は、どちらかといえばおとなしめだ。カジュアルコーデとでも言えばいいのかもしれない。

 

そこまでガーリーコーデに走るわけではないのだが……つまり、まぁ……。

 

「かわいいよ。アーシュラ」

 

「ありがと♪ けど、なんだか今にもホテルで休もうとか言われそうな視線を感じるわ」

 

そこまで欲情に走れるわけではないが、活発さと女子らしさを両立させたその服装を着ているアーシュラに、どうしても眼を奪われてしまうのだ。

 

「さてと、デートということだけど、どうするの?」

 

デートプランは考えてきたのだが、いきなり街中に繰り出すのはすごくもったいない気がして、このまま散歩をしたくなったりもした。

 

「とりあえず紅葉狩りでもしないか? 皇居外苑まで行かなくても、近くの公園でいいところがあるんだ」

 

「分かったわ。しかし……意外ね……」

 

「何がだ、とは言わん―――俺とて、風流や風雅を理解しようとする心は持ちたいんだよ」

 

芸術性よりも実用性や有用性ばかりを求めたがる達也のパーソナリティを理解されていることに苦笑しつつも、それに笑みをこぼしながらも大きな黒リボンで前を留める白いふわもこ(ファー)ケープを羽織るアーシュラ。

 

たった一つのアイテム。それを着けるだけで―――完全に活発さを失わせ、女子らしさをアップさせたアーシュラ。

 

こんなとんでもない女の子とこれからの時間を過ごすことに、達也は―――どうしても目眩がしそうなほどに、幸せな気分になるのであった。

 

そうして歩き出す2人を見ている影がいくつもあり、その中でも目立つものは、その様子に『不機嫌』を覚えてしまう。

 

「そりゃアーシュラは海外生活が長くて、日本のフォーマルなファッションに通じていないんでしょうけど、あんなミニ丈スカートなんて日本の流行りじゃないんですよ! 士郎先生かアルトリア先生が止めたりしないなんて、どうかしていますね!」

 

半世紀以上前に流行ったピー○やドン○西のファッションチェックよろしく、アーシュラのデートコーデに多弁にケチを着ける。

 

だが、ここで一つ傍にいる立華は問いかける。

 

「では似合っていないと思いますか?」

「ちょー似合ってますよ!!!」

 

涙目になりながらも、服飾デザイナー志望としての目だけは裏切れなかった深雪に、ブッキーだなぁと立華は感想を出す。

 

「まぁ傍目には長身のモデル体型で、出るとこ出て引っ込むところは引っ込んでいるものね」

 

「あれだけの食事を取っておきながら、何であの体型を維持できるの……?」

 

これはエリカとほのかの感想であるが、特に答える必要は覚えない。

 

純粋な竜種ではないが、アーシュラの身体は常に最適の状態に持っていけるように、自動調整が為されているのだ。

言うなれば環境適応化(リージョンフォーミング)である。

 

紅葉狩りに赴く2人。追いかける面子は……完全にバレているだろうが、それでも興味津々で付かず離れずの距離を保ちながら尾行を続けるのであった。

 

 

 

赤、黄、茶……様々な色に染まっていく公園の中を見上げたり見下ろしたり、遠くを眺めたり……それだけで心が高揚する。

 

何故だろうか。達也(じぶん)が、ここまでこんな風に景色を愛でるなんてことは、今までに無かった。

 

母親による改造を受けたから、美しいもの、愛しきものを全て実妹に置き換えられたからなのか、それともはじめから、そういう人間であったからなのか。

 

だが、そんな自分が……。ここまで情感を覚えるのは、隣を歩く少女の影響なのかも知れない。

 

「いやーいいわねー。やっぱりこういう景色を見ておかないと、季節を感じないわ」

 

「一高では、落ち葉の類は魔法で集められて燃やされているからな……春に比べれば風情がないか」

 

「まぁそれはしゃーないんじゃない。魔法の使用に影響が出るかもしれないんだから」

 

桜の花弁に比べれば、落ち葉の類はマズイというのが魔法科高校の共通認識のようだ。

 

さらに言えば、論文コンペにおいて大規模な実験設備を作るとなれば、それらはあっていいものではない。そういうことらしい。

 

「アソビの中にマナビがあるってことを、徹底排除するガッコーよね」

 

「エジソンやニュートンのような『超天才』を生み出すところじゃないからな」

 

「白い獅子は好きなんだけどね」

 

「ありゃ衝撃的だったぞ。まさかエジソンがホワイトライオンのフェイスで、レオみたいな声でしゃべるとか」

 

「英霊ってのものは、人々の『思い』がカタチとなった存在だからね。まぁ大統王閣下にも色々と事情があるのよ」

 

その色々の事情はあえて聞かなかった。

聞けば色々と、首を捻る事態になりそうだったからだ―――が。

そんな大統王閣下の母国にて発生した災厄が、後に同じようなことを成すのはなんたる皮肉だろうかと、達也は思うことになる。

 

「アーシュラ、写真でも撮らないか?」

 

「さっきから撮っていると思うけど? 送るよ」

 

レトロな魔術系統の割には使っている器具は最新機器という、アンバランスな少女の端末を持っての発言にそうではなく―――。

 

「一緒に写真を撮らないか。要するにツーショットで写りたいんだよ」

 

「ああ、そういうことね。はいはい」

 

「―――――――」

 

言った瞬間には並んで歩く以上に距離を詰めて、達也の頬に一瞬だけ触れるアーシュラの頬。

 

端末のカメラ機能を使っての『自撮り』。液晶画面に映し出される自分たちの姿に、少しだけドキリとしつつも。

 

「撮るわよー。無理だと思うけどスマイル・スマイル♪」

 

「笑顔ぐらい出来る」

 

どんだけフェイスが鉄面だと思われているんだと反感を覚えつつも、触れているアーシュラの身体の柔らかさとか匂いとかが、自然と達也に笑顔を作らせるのであった。

シャッター音が何回か響き、そして名残惜しくも離れてしまう身体……達也の方の端末に送られてきた写真……。

 

何故だろうか、それがただの画像ではないように思えるのは……。

 

紅葉舞い散る中で撮られたツーショット写真に、どうしても鼓動が高鳴る。

 

「けど、遠景でセルフシャッターで撮るぐらいしてもいいんじゃないか?」

 

「アナタと密着した写真じゃないと『背後霊』が写り込んだ写真ばかりになっちゃうわ。 ワタシとのデートでの写真なんだから、余計なものは入らない方がいいでしょ?」

 

「―――……成程」

 

今も付かず離れずの距離で、一人、二人ほど、今にも飛びかかろうかとしている『背後霊』を認識しつつも―――アーシュラからの独占されたいという想いに嬉しさが出てくる。

 

そうしてデートは第二幕へと入る……。

 

そんな中……。

 

 

「先乗りしてここまでやってきましたけど、リーレイ。大丈夫なのでしょうか?」

 

無問題(モーマンタイ)! この国で事を起こす以上―――現地のことを知らなきゃ。敵を知り己を知れば百戦殆うからずって爺ちゃんも言っていたし」

 

「ですかね……」

 

「カッコよくて超絶かわいいアサシンにも期待しているよ」

 

「もっちろんですよ!!! おまかせをマスター!! あなたの敵を全て打ち払いましょう!!」

 

保護すべき少女からあからさまなヨイショを受けて、テンションが持ち上がる美麗の女性は、この上なく目立っていたが―――、一方でメンドウそうな女の匂いを漂わせて、男を一人も寄せ付けなかったりした。

 

休日は、色んな人にとって等しく流れていく―――。

 

 

 

 



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第102話『デート・ア・ライブⅡ』

fakeのポスター寄せ書きにハルトモ先生はお呼ばれしなかったか。はたまた手書きの文章を送ったら解読不能だったか(爆)
まぁ信長さんもタスクオーナ先生もいないし、今回は――――――たまたまですね!(え)

そんなわけで新話お送りします


 

 

紅葉狩りを楽しんだあとに、達也が案内したのは映画館であった。ナウでヤングな(爆死語)デート・カップルには定番ではあるが……何を見たものか……少しだけ迷う。

 

「アーシュラは何を見たい?」

「ううむ。そんな風にボールを投げ渡されると悩むわ。宇宙征服戦車男(イスカンダル)2090(ニーマルキューマル)とか見る?」

 

かつて一世を風靡したSF超大作にして恋愛映画のリメイク作。巷でも結構話題を巻き起こしているもので……達也としても一度は見たかった作品ではある。戦車男の率いる一大軍団の戦いは、最新の映像技術を用いたものであると聞く。

 

やはり戦い好きなアーシュラだけに、そういう風なものを見たがるのだろうか……恋愛映画とかは確かに彼女のキャラ―――じゃないように見えて、実は彼氏持ちだったとか、色々と複雑玄妙な女の子なのだと気付かされる。

 

座席の埋まり具合を見る限り、まだ余裕がある。とはいえ、いい席であり『背後霊』というストーカーたちを避けられる場所を取らなければならない。

 

そんなわけで―――アーシュラと共に席を確保するのだった。

 

上映中……塩味とキャラメル味のポップコーンを互いに食ったりしている間、ポップコーンの中で手が触れること多いわけで、別にアーシュラに触れることが無かったわけではない。

 

寧ろ九校戦の期間中は、その左手の薬指に嵌められている―――現在も付けているそれを触っていたというのに……。

 

暗闇の中で時折見る横顔が達也の心を揺さぶるのであった。画面上では、エルメロイの女ことウェイバー子を、戦術長たるアレクセイ男が抱き上げて帰還してきた地球を見ながらエンドロールへと向かおうとしていた―――。

 

ちなみに、そんなものをポケットから出て見ていたアッドは唸るような調子であったのだが、達也は全く気付かず、そして映画鑑賞は終わり、昼食へと移る……。

 

 

「なんと普通のデートだな……」

「普通じゃイヤなの?」

「何かハプニングの一つでも起きてくれればなぁとは想うよ」

 

他の人間たちと同じく後輩のデート風景を見張っていた克人と真由美は、休日に自分たちは何をやっているんだろうという気分に陥る。

 

「横浜論文コンペ……何かは起こるのだろう」

「何かって?」

「騒動、いや戦いとしか言えないものが……」

 

明確なものではないが、『空気』とでも言えばいいものが張り詰めているのが分かる。外国の産業スパイや魔法を何かしらの産業に利用しようとしている人間たち以外に……硝煙棚引く戦火の中を生き抜いてきた士郎先生のような『匂い』をした人間の気を、克人は敏感に感じていた。

 

「となると……アーシュラと司波がそれとなく交流することで、防衛体制の構築をすることはいいと想うのだが……」

 

上級生及び魔法師全体の責任をこの歳で負わされた十文字克人としては、それでいいとしても……十代男子―――ハイティーンの男としては、複雑な気持ちになる。

 

「司波はやはり四葉の直系だ。少々調べたが―――やはり四葉深夜どのが、司波という―――やはり分家筋と結婚したことで、彼ら兄妹が産まれたんだな」

「……当主争いに負けたのかしら?」

「そこの詳細は分からないが……そもそも現在の当主は……生殖機能が、と聞くからな。ゆえに不透明だ」

 

年頃の女子に聞かせる話題じゃないゆえに、言葉を濁して克人は説明したわけだが、そうなると……あの九島弘真なる存在がネックになる。

何故彼は……北米大陸、USNAにいるのか、その誕生と育ちに関して一番知っているだろう人間は多いが、どいつも口を固くしているだろうと、予測している。

 

「お前は親父さんに聞いたのか?」

「いいえ、聞けてないわ……もしも―――予想通りだとしたらば、私達の予想が現実のものになったりしたならば……」

 

どうなるのか? しかし、そう考えると全てが……不透明になる。

 

「まぁこの手の話は止めておこう。それにしても―――美味そうなもの食っているなぁ」

 

シュラスコを主体とした野外レストランで昼食を取っているカップル2人。こういうところだけは女子力皆無というか、食欲を全開にするアーシュラを見ていると、昔懐かしの刑事の張り込みよろしく、惣菜パンとコーヒー牛乳だけで済ませている自分たちが情けなくなってくるのだ。

 

そんな中、2人の食事風景に……男女の組、カップルだろうかと思われるのがやってきて話しかけていた。

 

克人や真由美も全員の顔を知っているわけではないが、その組は魔法科高校の生徒ではないだろう。主に話しかけられているのは司波達也だけなこともあり、何となく中学時代の同級生だろうか?と予測する。

 

と思っていると、真由美が『ようやく』のことで、話しかけている男の方に理解が走った。

 

「あっ!片方の男子って、芸能人というか最近売出し中のモデル『AOI』(アオイ)かもしれない!」

「あおい? 知らない人ですねぇ」

「そんな返しはいらないわよ!!」

 

克人としても、男子である自分が、ゴリマッチョな自分が、そんな細面の少年のことに詳しければ、女子からはどうだろうと思われる―――が、腹違いの妹『和美』が、そんな風な人間にお熱というか、彼が映る番組があると、リビングのキャビネットの映像は、それに固定されてしまうのだ。(慶子も同時鑑賞)

 

だから本当の所は、真由美よりも先にその人相を理解していたのだが―――。

 

ようやくの事で、アーシュラに話を向ける2人の男女。その様子から、どうやら中学時代からあの男は相当な人気者だったようだ。

 

好悪どちらでも人気だったというところか。

そんな人気者と一緒にいた女子に、ようやく興味が向いたようで……。

距離が離れているので、会話の内容を聞くべく『こっそり』少しだけ集音的な魔法を向けると……。

 

女子『まさか鉄壁の司波君が、妹である深雪さん以外とデートするだなんてね』

 

アーシュラ『そんな昔からインモラルアニマルだったの?』

 

達也『誤解を招く表現をするな。俺は妹に欲情するような変態じゃないぞ』

 

AOI『で―――衛宮さんだったよね? 君は……司波君とどういう関係なのかな?』

 

そんな会話内容を聞いて、そして―――人気モデルの質問に対して……。

 

アーシュラ『カノジョでーす』

 

そんな戯けたような発言が飛び出てきて―――とんでもない光圧と冷気が局所的に発生しそうになったのだが、即時に抑え込まれた。

 

そしてそんなアーシュラの発言に対して……。

 

達也『実を言うとそうなんだ。松山、麻野さん』

 

それを態々肯定する達也の言葉に、再びのサイオンの暴走が発生しそうになったが、その言葉に自分たち以上にびっくりしたのは、AOIだろう松山なる男と麻野という女子であった……。

 

そんな風な爆弾発言が飛び出る前に、場面を戻す……。

 

―――映画を見終わった後に、少しだけ歩くとちょうどよく昼時となるのであった。

 

昼……ランチタイムである。ここで達也としては自分の財力を見せつけて、一番美味しい店を紹介することで。

 

「それじゃお昼はワタシが奢ってあげる。この辺で一番美味しいお店紹介しちゃうよ」

「ああ、まさか……そうなるとはな」

「どこかの店でも予約していた?」

「お前がコース料理で満足できる手合いでないことは、分かっているからな……」

 

一応、食べ放題の店でもとピックアップしていたのだが、見事に梯子を外された気分だ。だが、 アーシュラ贔屓の店とやらならば……旨いことは間違いない。

 

「ところで『肉』で大丈夫?」

「お任せするさ。ドラゴンプリンセスに」

 

まさか『カニアマゾン』みたいなのが経営しているレストランではあるまいとして、腕を引っ張られながら連れてこられた店は―――それなりに人は入っているが、それでもごみごみとした猥雑さではなかった。

 

屋内、屋外どちらでもいける店だ。この時期ならば屋内がいいはずだが……意外と屋外で食べている人もいる。というかそっちの方が多いぐらいだ。

 

そんなわけでアーシュラの案内に従い、店員さんに促されてテーブルに着席。

 

寒くはない。どうやら最新の暖房器具―――暖流を循環させるもので、屋外でも寒気を感じさせないようにしているようだ。

 

メニューが渡されるも、アーシュラは一応見つつ―――常連らしく淀みなく注文を行ったりする。

 

「Bセットと、あとは黒白の腸詰めセットをお願いします」

「畏まりました。ドリンクの方は?」

「ワタシは烏龍茶を、達也は?」

「俺も同じので―――」

 

言葉を受けて店員さんは奥に一度引っ込む。そうしてから他の客が食べているものを見ると、少しだけどういう店であるのかが分かる。

 

「食べ放題のBBQ―――シュラスコか?」

「そういうこと。ケバブ、シシカバブみたいなのもあるんだけどね」

 

その中でもBセットというのを頼んだのだ。井之頭五郎並みの嗅覚と直感を持つアーシュラが頼んだものは―――。

 

「お待たせしました。Bセットの牛豚羊のバラエティ盛りと、ブラックソーセージと、ホワイトソーセージの盛り合わせです」

 

五分もしない内にやってきたわけで、長めのテーブルに肉らしい肉の香りが充満する。

 

「プレートの方はもう着けておきますか?」

「あっ、ワタシの方でやっておきます。コレですよね」

「畏まりました。ではごゆっくり」

 

既に火が通っているとはいえ、焼き加減ないし冷めた場合用の電熱プレートは備え付けてあるらしく、アーシュラの『手慣れた』やり方を見て、店員さんもとりあえずは去っていく……。

 

「何か作法とかあるのか?」

「無いよ。パンは追加で貰えるし、肉は単体で食べてもオッケー、野菜は焼く?」

 

そう言われて、とりあえずシュラスコらしく肉だけで食ってみることにした。

 

皿に取り分けた厚切りのロースだろう部分をフォークで食べる。

 

 

―――――旨い。

 

「……ど、どういうことだ?」

「達也が食わないならばワタシは次から次へと食べるのみ! このナンかピタパンに包んで食べるのが通好み!!」

「俺も食うぞ。余計な香辛料とか使わず『塩』だけで味付けしているのか?」

 

腹ペコ姫騎士に全て食われる前に達也も手を着ける。塩だけで味付けされたBBQ。大航海時代に争うように、というか実際に争いまくった胡椒やマサラの類など使わず、大概のところでは取れる塩だけでここまで肉の味を引き出すとは……。

 

巨人が徘徊するパラディ島(?)では無理だろうけど、などと内心でのみ付け加えておきながら、ピタパンに豚肉(カルビ)を巻いて、野菜―――ネギ。いつの間にか灼いたものを加えて食べる。

 

「流石にネギとかは焼いたほうが甘みが出るわよ」

「そうだな。ありがとう」

「安心して、ワタシも食べるだけだから♪」

 

(ピカーニャ)(ネック)の神をも恐れぬ合わせ技(ピタパンサンド)をするアーシュラを見て、そういうのもあるのかと感心してから、俺もそうしたいと食事のスピードが加速する。

 

プレートが点火をしており、どうやらこれを使って野菜を焼いたり、少しだけ焼き加減や塩味の変更をしていたようだ。

生でもいけるが、焼いたほうが美味しいだろうソーセージも焼いていく。

 

「パン追加お願いします!!あと Aセット追加で!」

「俺はこの牛の部位盛り合わせを」

 

十代の食欲全開で肉を食いまくる男女。肉食系肉。肉を肉で巻いて食べると言わんばかりのその様子に、何で私達は、こんな侘しい食事なんだろうと思わざるを得ない。

 

そうストーキングしている深雪withフレンズたちは、大なり小なり想うのだった。

 

「しかし、達也にしては随分と食事にがっついているよな」

「家では満足に食事を与えられていない―――なわけがないわよね!!!」

 

レオとエリカの言葉に深雪の視線が飛ぶ。ビビったエリカが、戯けたような言葉を修正するのだった。

 

だがレオの言葉はもっともだった。自分たちが知っている司波達也というのは、食事を心底楽しむというタイプではなく、『こんなもんだろ』的なエネルギー補給のためだけに摂取しているとしか言えないイメージだった。

嗜好飲料がコーヒーという時点で、なんて渋い高校生なんだ(褒めに非ず)と思っていたのだから……。

 

「やっぱり愛しい女子と取る食事だからじゃないですかね? などと言うと、司波さん怒るからネタバレしますが、あの店は原塩や色んな塩を使って肉を調理しているんですよ」

 

「それが関係あるんですか?」

 

「恐らくですが、今日あたり激しい運動をしたりして―――ミネラル不足に陥っていることに気付いたんでしょう。思考をするとブドウ糖だけが不足すると思われがちですが、あらゆるものが身体から消費される。特に水分と共に塩分も不足する」

 

こじつけくさいが、未だに勉強中の学生の定番としてポテチを勉強机に持っていくのは、死神ノートに名前を書くためだけでなく、脳がそれを欲しているからなのかもしれない。

 

「だからか……多分だけど朝は九重寺の住職と大立ち回り、ソレ以前の夜には色々と論文コンペで考えていたんだね」

 

そんな幹比古の推測は大当たりであり、そしてそんな達也の状態をどうして分かったのかと言いたくなるのだ。

 

「公園での散策の際に触れた頬で『この頬は!……シオ()を欠いている『頬』だぜ……ブローノ・ブチャラティ(司波達也)!』とか勘付いたのかも知れませんね」

「お兄様の身体を何だと思っているんですか! だいたいそうだとしても―――って、あれは!?」

「おや美男美女のカップル、深雪の知り合い?」

「ええ……私とお兄様の通っていた中学の同窓生で……」

 

深雪がそこまで驚愕するような相手なのだろうかという疑問を持ちながらも、ともあれ懐かしい顔との再会が達也の口を軽くして、そして―――。

 

驚愕の会話とアーシュラの宣言とが深雪を絶望させるのであった。

 

 

「まさか鉄壁の司波君が深雪さん以外とデートするだなんて、やるね〜このこのっ!!」

 

「実妹とだけデートするだなんて『非生産的』なことばかり出来るかよ」

 

軽い肘打ちでからかってくる麻野理恵子に少しだけ辟易しつつも、今まで自分がその様に同級生たちに見られていたことに恥を覚える。

 

だが女子からのデートの誘いは、どこからともなく、それとなく……断りを入れてくるという結果に繋がっており、どれだけ手を回したんだか分かったものではない。

 

「達也ってそんな昔からインモラルアニマルだったの? ひくわー」

「誤解を招く表現をするな。俺は妹に欲情するような変態じゃないぞ」

 

麻野のせいで、妙な誤解をアーシュラにさせてしまっている。抗議しても無駄な気がするが。ともあれ―――ようやくこちらの会話に入り込んだことを機に松山は達也に紹介されたアーシュラに話を向けるようだ。

 

「―――衛宮さんだったよね? 君は……司波君とどういう関係なのかな?」

 

イケメンモデルの何気ない質問、だが探るような疑問に対してアーシュラの回答は……。

 

「(レンタル)カノジョでーす」

「実を言うとそうなんだ。松山、麻野さん」

 

烏龍茶を含んでからの言葉。同時に達也としても、同級生に自慢したい心で同調しての肯定。

 

背後霊の異常サイオンを感知しつつも達也は……冗談だと分かっていても嬉しさのほうが勝っていたのだから……。

 

 



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第103話『デート・ア・ライブⅢ』

何というか色々と複雑だ。

カーディス教団のような連中が流行っている時代だとは分かっていたが……。

まぁ、一度ぐらい俺も書いてみるか。などと考えている今日この頃

新話お送りします


 

 

 

松山と麻野という達也の中学時代の同級生たち旧交を温めつつも、話は達也の魔法科高校での様相に話が転換して―――、その証人として達也の『カノジョ』である衛宮アーシュラが出廷するのであった。

 

「まぁワタシとカレはクラスが違うのですが、色々と伝え聞く所によると、まずまず色々とやっているらしいですね」

 

「なんとも抽象的な証言……司波くんが2科で衛宮さんが1科なんだね……」

 

「そうですね。一高のスキャンダラスな学科制度の区分けで言えばそうです」

 

流石に巷間に流布された実態は同窓生たちの耳にも入っていたようで、少しだけ悲しい顔をしている。

 

「僕らの学校ではスゴく目立っていた司波達也という存在(ヒーロー)も、魔法大学付属ではそんな扱いなんだ……」

 

「昔神童、今凡人とも言いますし、どこでもそんなものでしょうよ。地元じゃブイブイ言わせてピッチャーで四番バッターなんてのばかり集められた学校でも、その中から選りすぐりだけが上がれるんですから」

 

その言葉に松山も麻野も『分かりやすい例え』すぎて何も言えなくなる。お坊ちゃん、お嬢ちゃんばかりのセレブリティが集められたあの中学校を出た面子全てが、輝かしい道を歩んでいるわけではないのだから。

 

なんだか少しだけ居た堪れない気分の達也なのだが……。

 

「まぁそんな中でも達也は腐らずにやっている方ですよ。どうにかして、二科生やその他の魔法を達者に扱えない人たちのためにテクノロジストとして、必死に出来ることをやっているんですから、当の本人も魔法を上手く使いたいと思っているみたいですしね」

 

そんなヨイショでありフォロー……下げてから上げる。常道のホメをやられて、達也は少しだけ補足をする。

 

「補足をさせてもらうが、俺自身は別に劣等生のままでも良かったんだよ。いずれはオヤジの会社なり、どこかで魔法技師として働ければ実技はどうでもいいって感じで…ただアーシュラと関わっていく内に、CADという器具の不合理性を感じて、その後にアーシュラの親父さん、一高の先生にアドバイスを受けながら、そういった『扱いやすい器具を作ろう』って考えたんだよ」

 

「ようするに衛宮さんから発破をかけられたってこと? 夫婦の初めての共同作業ってこと?」

 

「―――あながち間違いではないな」

 

「いや否定しなさいよ」

 

麻野の冷やかし混じりの言葉にそう想いつつ、概要としては割りかしあっている事実を達也は認識する。

 

「半端な理解、門外漢からの意見で申し訳ないけど、何ていうか魔法師の使うCADっていう器具は、確かに魔法が使えない僕らからしても不合理だなぁとは思えていたからね」

 

「やっぱり松山でもそう思うのか……」

 

松山の意見は外部からのものではあるが、正鵠を射るものでもあった。

結局の所、世間でCADは『魔法使用の補助器具』という共通認識はある程度存在している。だが、その範囲、魔法師の魔法使用をフォローしてくれているという点が「どのぐらい」であるかで、ズレは生じている。

 

だが、魔法師ではないヒトからすれば、見えるだけならばテクノロジー……機械工学に依った補助器具なのに、最終的には人間の能力頼みという点は不合理に思えるのだろう。

しかし、その意見を『物知らないヤツ』などと断じてしまっては、魔法師は『ズレていく』ばかりだったはずだ。

 

「まぁ僕の事務所にも魔法高校に入学出来なかったヒトとかいるからね。そういったヒトたちが、もう少し簡便に魔法が出来るならばいいんじゃないかな?」

 

「それを目指していく所存だよ」

 

結局の所、アーシュラの考えが……この世界では普遍で求められていることなのだった。

 

そうして、松山と麻野は自分たちが頼んだ分のお会計を渡して(電子マネー送金)―――。

 

「それじゃどこかで、衛宮さん。がんばってね♪」

「司波くん、末永くお幸せに」

 

そんな言葉と笑顔で去っていくのであった。

 

「ただのレンタル彼女だったんだけどね」

「そんなオチだと思ったよ……」

 

分かっていたとはいえ、ショックを受ける達也。

 

「別にデート相手を悪し様に言ったりするほど、ワタシは無情じゃないわ」

「俺の株をあげてくれたことには感謝するが……休み明けの学校が怖いな」

 

九島コウマは、アーシュラとどんな風にデートしていたのだろうか? 興味を覚える。

だが、それが―――。

 

「この後はどうする?」

「買い物したいわけじゃないしね。適当に街ブラでもいいけど、何か買い物するなら荷物持ちするよ?」

 

普通逆だろうと想いつつも、そんなことはせずに―――。

 

「んじゃ少しコミューター使うが、『ハイパーズーラシア』にでも行くか?」

 

その言葉に『ビビッ!』という擬音が似合う反応を見せるアーシュラ。苦手なのか……ではない。

 

「仕方ないわね〜ガイアが寒冷化(ヒエヒエ)になったとしても、生き残ったアニマルたちを見に行ってやるか〜♪」

 

意外な趣味……ではない。そもそも犬猫のペットと馬も飼っている家なのだ。

喜色満面でウキウキしている様子から、映画ではなく上野動物園でも良かったかと思う。

 

食事を存分に堪能して、『おみや』も包んでもらった上でお会計―――。

 

そうしてふざけた名前だが、寒冷化という時代を乗り越えてでも、熱帯地域などの動物たちを飼育している動物園に向かうことになるのだった。

 

その際に自然と手を握ってしまう辺り、男にとってドキドキしなければならない……そして、その手が新しい血マメを潰しているのを察して、がんばっている女の子なんだと思って、その手を労るように指を絡めながら進むのだった。

 

 

そうしてもはや色々と打ち拉がれた女子二名は、これ以上は見たくない想いを抱きながらも、それでも見ていくことにする。

 

「それじゃ俺たちはこの辺で」

 

時刻は既に日も沈んでしまった午後六時……レオなどは帰らなければいけない時間であったりする。あるいは、もはや疲れたかである。

 

デートの最後に横浜の観覧車に乗る二人を見て、これ以上は野暮だろうという気分にもなる。

 

だが、光井ほのかと司波深雪だけは、最後まで見届けなければならない気分にもなる。

 

動物園ですごく『恋人らしい』様子。いや、恋人じゃないはずなのに、ああいった風なことをするアーシュラに対して、最大級にイラつく。

 

好き同士であるならば、それでいい……わけではないのが、深雪だが……ほのかとしては、その辺りの心が曖昧だからこそ、達也を弄んでいるようで好きになれないのだ。

 

そんな視線を後ろから受けながらも、観覧車が一周するまで密室の中で男女は話し合うのであった。

 

 

「そうよ。コウマ・クドウ・シールズこと九島弘真、または『四葉弘真』は、アナタの従兄に当たる存在なのよ」

 

「……それじゃ七草先輩の腹違いの弟なのか?」

 

「そうなるわね。だからかな。ワタシがあのヒトに対して当たりが強かったのは。氏より育ちとは良く言うけど……まぁ、それでも役者が違いすぎて、本当に同じ『種』の持ち主かとおもったもんだわ」

 

とばっちりも同然ではあるが、それでも元カレの姉貴である。色々と思う所はあったのだろう。

対面に座るアーシュラは外の夜景を見ながらつぶやく……。

 

「コウマは別にワタシのことを探ろうとはしなかったわ。ただ単に一人のニンゲンとして見てくれて、一緒にいても悪い気分がしない……そういう男子だったわ」

 

「……だから付き合ったのか?」

 

苛立ちが湧き上がるのを抑えて、達也は冷静に聞くことにする。

 

「まぁね。告白されたし、何より知らない男子じゃなかったから――――――けれど、別れたわ」

 

「……キライじゃなかったんだろ」

 

「そりゃまぁね。けれど……アナタが推測した通り、コウマはクドウ・シールズ家の養子なのよ。だから…… 『私』よりも先にコウマを見ていた子がいたの。分かっていなかったわけじゃないんだけど……それでも、その子―――アンジェリーナ・クドウ・シールズに比べれば……『私』はコウマに対して『本気』じゃなかったから」

 

身を引いた。そうとしか聞こえない発言。

そしてコウマとの付き合いに『本気』ではないアーシュラは、本気である女の子に『悪い』とおもったのだろう。

 

「―――私の家が色々と普通じゃないのは分かっているわ。だから……いい家族であるシールズ家を壊す可能性があるならば、それを……壊す可能性のある私は近づくわけにはいかないのよ」

 

「アーシュラ……」

 

「アナタの叔母さんには詳しいことは語らずとも、察せられている気がするけどね。ただ、そこを語っちゃうと、養子に出した先に妙なヘイトが行っちゃうからね」

 

じゃあキライになったから別れたわけじゃないということなのか。それは……達也を打ちひしがせる言葉だ。

 

「相手を想うからこそ身を引くのも一つでしょ。そしてコウマはアンジェリーナの想いに応えたんだから、私も未練を捨てなきゃいけないのよ」

 

「……けれど、まだ他の恋とかしようと思わないのか?」

 

「私も衛宮士郎の娘だからね。元恋人に未練を残しちゃうタイプなのよ」

 

まだそんな気分になれないと、寂しさを残しながら吐き出すアーシュラ。

 

「……最後に、何故―――俺と深雪の従兄は養子に出されたんだ?」

 

「そこは四葉との盟約にも掛かるところ。だけど、その出自から察すれば、簡単に息子だと言えないでしょうよ」

 

「だよな……」

 

「ただシールズ家……マイスター・九島健に預けたのは、我が家であることは断言しておくわ」

 

この日本でフリーランスに海外にも動き回れる魔法家とも言える、衛宮家が適任であることは間違いないはずだ。

だが、そんな事情などどうでも良かった。

 

今の達也にとって……必要なことは……。

 

「ごめん」

 

「何故、謝るの達也?」

 

「俺は無神経すぎた……いくら俺の家の事に関わることはいえ、アーシュラの過去に立ち入りすぎた。君の失恋話なんて辛い想い出を―――」

 

「かまやしないわよ。というか説明せずに通れる話じゃないもの」

 

「辛くはないのか?」

 

「少しは。けれどそれ以上に、いい想い出も一杯あるもの。コウマとFRIENDではなくSTEADYであったことは、掛け替えのないものよ」

 

晴れやかではないが、それでも笑顔で答えるアーシュラ。それに口ぶりから察するに、恋人としての関係は無くなっても友人であるという事実は変わらないのだから。

 

「まぁ……こんなところで大丈夫?」

 

「ああ。けれど……悔しいな。俺の従兄殿はお前にのろけさせるぐらいいい男なのに、俺は路傍の石も同然なんだからな」

 

「のろけていたかしら?」

 

「してた」

 

「だから泣いているの?」

 

……ナイテイル―――その言葉でようやく達也は、自分が涙を流していることに気付いた。

 

眼から止めどなく溢れ出る水は、自分には無いものだと思っていたものだ。

 

初恋の人が亡くなったとき、お袋が亡くなったとき、……妹が一度■んだときですら泣けなかった自分が……。

 

その事実が、どうしても受け入れられず―――そして観覧車が頂上から下がっていく時点で達也は、アーシュラに抱きついた。

 

どこまでも自分の思い通りにならない女。手に入りそうで入らないその事実が、どうしても達也を苛む。

 

どういう感情かは分からない、だがそうして抱きついた達也を押しのけようとせずに―――労るように背中に手を回すアーシュラ。

 

穏やかな時間なのか、お互いの呼吸音だけが狭い室内を乱す音……。

 

そのままに観覧車は周り続け……一周して地上に帰る。

 

涙を流す悲運の少年を癒やす祝福の御手を持つ少女は、そのままに少年を癒やしながら出てきて、そのままに帰途へと着く。

 

 

そうして―――カレとカノジョのデートは終わったのだが……。

 

 

2日明けて―――月曜日……。

 

 

「アーシュラ!!! 私と全てを賭けて決闘をして!! これは己を打ち込んだ決斗よ!!!!」

 

「意味不明なんですけど」

 

―――そんな意味不明なイベントが起こるのであった。

 

 



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第104話『デッド・オア・アライブ』

新年復活の一発目。

まぁとりあえず出来上がったモノをあげます。

福袋召喚がダメだった。スペイシュを狙うんじゃ無くて、ランサー全体かバーサーカー全体を狙うんだった。

出てきたのはお栄さんと冒険でニールキックを披露した縦ロールである。

何が言いたいかというと―――ガチャの引きを良くするためには書かねばならぬということだと気づけた(マテ)




 

「こ……これが――――」

 

「アーシュラ・E・ペンドラゴンの全力全開!!」

 

「なんだって触れなくてもいい所に触れちゃいますかね……アーシュラのアホ毛は、アルトリア先生と同じく竜の逆鱗! 忍空で言えば天空龍の『ちん○』みたいなもんですよ!!!」

 

ヒトの頭の特徴を『ち○こ』と呼ばれたのは流石に癇に障ったのか、スパン! と夫から渡されたハリセンで立華の頭を叩くアルトリア。

 

そんなことはともかくとして……。

 

「チックショ―――!!! この女よりも強ければ、私は世界で2番めに弱くても良かったのに―――!!!」

 

周囲の様子と同じくらいにボロボロになってしまった防御衣と煤だらけの土埃まみれの身体となった司波深雪が、拳を地面に叩いて地団駄を踏んでいた。

そして深雪をズタボロにした張本人は……。

 

「残念ながら私こそが、この世界で一番美しく!強く! 強壮なる!! 自然の竜の姫(ナチュラルドラゴン)!!!……二重螺旋を弄りまくった雪造華(レプリカ)ごときが私に勝てるわけがないのだよ」

 

「――――」

 

普段のアーシュラならば絶対に言わない。

普段のアーシュラならば絶対に浮かべない。

 

そんな言葉と顔で言われて、深雪は悔しさばかりで泣きながら震える。

 

普段のアーシュラでは着ない。

普段のアーシュラでは染めない。

 

ゴシックロリータのドレス姿。露出度はかなり高いが、決して下品ではない。くすんだ色の金髪も似合っている。

闇竜の女王騎士、そんな称号が似合いそうな美少女がそこにいて。

 

「さて、賭けの景品は―――そうだな。タツヤ、貴様にしておくか。お前が発端だからな」

 

「―――いいだろう。もう煮るなり焼くなり好きにしろ!! ただし、深雪を回復させてくれ」

 

「構わぬ。今日の寝屋にて我が夫となるものの心残りは解消させてやる」

 

 

……その言葉の意味に、深雪は思考が纏まらない。

何を言っているんだ。この女は――――。

 

「貴様には今夜の私の伽の相手になってもらおう。長い夜になると覚悟せよ……」

 

艶めく唇を一文字に引きながら、そう笑みを浮かべながら言ったアーシュラに対して……。

 

「喜んで承ろう!!」

 

達也が喜色満面で言いながら深雪を回復させたのだが、回復した深雪は……。

 

「「巫山戯るなぁああ!!!!」」

 

光井ほのかと共に雄叫びをあげる。叫び続けるのであった……。

 

 

ことの原因は二時間前に遡る……。

 

休日明けて月曜日の登校日。いつも通りB組の席に着いた瞬間、クラスメイト一同からやんややんやと土曜日のデートに関して言われてしまう。

中でも挙動不審(キョドっ)ている相津郁夫は、アーシュラがデートの様子を語る度に意気消沈している様子。

 

「それじゃ司波君と付き合うの?」

 

「気が早すぎない? まぁ別に悪い相手じゃないわよ……ただ、ワタシの元カレには及ばないかもね」

 

辛辣! と同時に、こんな風な評価をA組にいる雪女に聞かれればどうなるか!? エイミィはちょっとだけ心配したが、その心配が現実のものになったかのように――――。

 

「失礼します!!! B組の皆さん!!!」

 

隣の教室から雪女が来襲するのであった。しかも取り巻きを連れての登場である。

もう用向きは理解できている。

 

「ちょっ! 司波さん!! 待ってくれ!! 僕はまだ衛宮さんのデートの様子を―――」

 

相津郁夫が立ちふさがるも―――。

 

「聞く耳は持ちません。そして私の口から言いましょう!! ハイパーズーラシアに行ったあと、横浜の観覧車に乗って―――そのあと!!! お、お兄様を!! 実家にお持ち帰りしてくれたこと!! 朝帰りしたお兄様をお迎えしたこの気持ち!! 正しく絶望よ!!!」

 

一喝されてすぐさま道を開けてしまう辺り、弱すぎた。だが迎え撃つドラゴンは揺るがない。

 

「そりゃ災難だったわね」

 

「なんたる塩対応……。けど、私も言いたいことがあるよ! 衛宮さんは達也さんのことが好きなの!?アナタを見ているとイライラする! 達也さんの心を惑わせている悪女にしか見えない……」

 

恋する乙女は無敵ということか……と想うも、アーシュラとしては、その言動に一家言あるようだ。

 

「光井さんとしては、世の男女はお互いにメロメロにベタぼれでなければ、デートしちゃいけないってことなの?」

 

「そ、そういうわけじゃないけど!!」

 

「んじゃ世の片思い相手は、必死こいてアプローチしてきた相手を素気なく追い返せばいいってわけね。ちょっと遊びに行くことで違う自分を見せたいという想いすら打ち砕く―――アナタの言っていることってそういうことよ?」

 

沈黙。確かにほのかの言動は、よくよく聞けばそういうことに帰結する。

仲良くなるために『デート』という男女交際の手段があるわけで、もちろん付き合ったあとでもあるが……そもそもデートは、男女がお互いをよく知り合うための手段なのだ。

 

「アナタは達也にメロメロだから、ワタシみたいな存在が許せないんでしょうけど、知り合いの男女が休日に外で遊ぶってことは、そんなに悪いことかしら?」

 

「それは……」

 

そこを突かれると、ほのかはどうしても苦しくなる。達也を想っている彼女だからこそ、どうしても気持ちの全てを達也に向けないアーシュラに対応が辛くなるのだ。

 

「結果が伴う・伴わないに関わらず、ヒトとヒトの交流ってそういうものじゃない? けど分かったわよ。今度から達也にプライベートで誘われても、受けなきゃいいのね。了解、了解」

 

「ううっ……」

 

その結論にほのかは悩んでしまう。達也がこれ以上この子に関心を寄せなければいいのだが、現実は無情である。

 

だが、かといってこの子との接触を断つことも出来ない……。

 

(好きなヒトが振り向いてくれないだけでも辛いのに、好きなヒトが好意を寄せている相手が無関心―――ではないが、振り向いていないことも辛いなんて……)

 

もどかしさばかりが光井ほのかには生じてしまう。

世の中は、なんだってこうも理不尽なのだ。

 

だが……これが持たざる者たちが覚えていた窮屈さであるとするならば、自分たちが覚えているコレは、2科生たちが覚えていたものなのだろう。

 

「……ならば、もうこれしかないわ。アーシュラ!!! 私と全てを賭けて決闘をして!! これは己を打ち込んだ決斗よ!!!!」

 

「意味不明なんですけど」

 

確かに本当に意味不明である。呆れるように言うアーシュラの言は至極当然であったのだが……。

 

「私に勝てるならば!! 私はお兄様がアナタと付き合うことを許します!! しかし、私に負けたならば!!! お兄様と不必要な接触を断ってもらいます!!!」

 

「んじゃワタシの負けでいいわよ。そういうことならば、謹んでルーザードッグで構わないし」

 

声を張り上げて見下ろすようにして言う深雪に対して、机にだらけながら言うアーシュラ。

この図がどうしても……何というか、いろんな意味でもどかしい。

深雪としては戦うことでアーシュラの力を測ると同時に、兄への接触を抑えたいのだが……、アーシュラは別に何とも想っていない。

 

それでどうぞお構いなくだ。

張り合うこともなく土俵から素直に降りて10両どころか幕下、三段目まで下がることをヨシとするその根性がどうしても……。

 

「朝も早くから意気軒昂なのはよろしいですが―――朝のHRの時間です。ゴーホームクイックリーでクラスに戻りなさい」

 

そんな風に深雪がぐぬぬ顔をしていたところ、教壇に立つ教師でありアーシュラの母の姿に、『はっ!』とした三人は謝罪を入れつつ、A組へと即座に帰るのだった。

 

「いっそのこと実の兄妹でなければ、面倒は無かったかもしれませんね……」

 

「その考えは背徳的すぎじゃないでしょうか。アルトリア先生?」

 

「さて、そうであれば良かったと想う時もあるかもしれませんよ」

 

イヤな予言を放つアルトリア先生のことを、一年後ほどに思い出すことになるとは思わなかった一同だった……。

 

「ですが、司波深雪が戦いたいという想いは解消させてあげますかね」

 

「げっ」

 

結局の所、そんなことが了承されてしまうのだった。流石にぐぬぬ顔で悔しそうな深雪のことが不憫だと思ったのか、アルトリアの温情であった。

だが……そんな温情であり、おもしろイベントはどこからともなく嗅ぎつけられて、色々と混乱を招く。

野外に作られた大競技場にて一年女子の最強を決める戦いが行われる―――それは、確かにいいのだが……。

 

「あの後、中学の同窓生たちの共有通信システムでの質問が深雪に集中したみたいで、まぁ……主に内容は俺関連だったみたいで、不機嫌を増したようなんです」

「メンズモデルで有名なAOIがお前の同窓生とはな。世界は広いが世間は狭い」

 

十文字克人も尾行していたことは理解していたが、そこに着目してくるとは……。などと想いつつも、達也としては、こんな戦いに何の意味があるんだと深雪を問い詰めたい気分だった。

 

(深雪、お前が『いばら姫』や『鬼姫』のような身体能力を持っているならば、良かったが……)

 

アーシュラに迫れない身体能力で『フルコンタクトルール』の魔法戦など、無謀であり自殺行為だ。

そう言ってやりたいが、深雪は日曜に昼帰りをした達也にも怒っているようで、聞く耳持たない様子なのだ。

 

「けど、こうした以上……深雪さんにも秘策があるんじゃないかしら?」

「その秘策とやらが凡策でないことを期待するしかないですね」

 

不安げな様子で見ている真由美に返しながら、どうしてもアーシュラ推しになる達也。

 

集まっている群衆は一高の全生徒プラス教員たち……敷かれたフィールドにて相対し合う深雪とアーシュラの格好は対照的である。

深雪は最新式の魔法戦闘にて用いられる防御服に身を包み、防御を万全にしている。

 

かたやアーシュラは、ジャージ姿である。霊衣を着込む可能性もあるが……とりあえずアーシュラの格好はジャージである。

何とも気が抜ける格好ではあるが、普段体育の授業を一緒に行わない一年2科生男女としては、新鮮な気持ちだろう。

九校戦に行った達也は見たことはあるが……。

妙な優越感を感じておきながらも、深雪にはどんな策があるのか、まさか無策で挑むわけではあるまいとしておきながら、勝負の行方を見守る。

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

「必勝の策はあるわ」

 

深雪の周りにいるA組女子は、その言葉にざわつく

完全無欠に最強な衛宮アーシュラを倒す策を見つけるとは、流石は司波深雪……と想いたいのだが、そんなものはあるのだろうか。

 

「九校戦以来、私はアーシュラを観察してきた。彼女の弱点を探り、そして打ち倒すためにも、兵法の基本に立ち返ったのよ」

 

「それで……衛宮さんの弱点は見つかったの?」

 

雫の質問に目を輝かせて司波深雪は答える。

 

「ズバリ言えば―――『アホ毛』こそがアーシュラの弱点なのよ!!!」

 

沈黙。

沈黙。

沈黙。

 

もはや何も言えないぐらいに、誰もがその答えに『ダメだこいつ……はやくなんとかしないと』と思うのだが、深雪には理由があった。

 

日常生活において、アーシュラが極端に避けていることの一つに『髪を触らせない』ということがあった。特に頭頂部付近から生えている『アホ毛』とも言える一房の髪を触られることを、極端に嫌っているとのことだ。

 

更に言えば、魔法実技の際にアーシュラのアホ毛はかなりの魔力が通っているようで、此処こそが術式の起点であると深雪は睨んでいるのだ。

 

「アルトリア先生にもあることから、アルトリア一族には共通の特徴と私は見ました。言うなればドラ○もんの尻尾みたいなもんです!! ドラえ○んズたち然りド○ミちゃん然り、怪盗ドラ○ンも多分そうでしょう!! つまり東京マツシバ社製ネコ型ロボットたちのように、アーシュラのアホ毛はドラズの尻尾みたいなもんですよ!!」

 

「す、すごい!! 流石は深雪!!! そこまで深く考えていただなんて!!!!」

 

持ち上げる光井ほのかだが、周囲の殆どはそれに疑義を覚える。いや、確かに特徴といえば特徴だが、そんなことが弱点なのだろうか?

 

仮にそうだとしても、容易にそこに触らせやしないだろうという当たり前の推測。

そういう疑問を敏い方であるA組一同は悟りつつも……戦いは始まる。

ルール説明は既に終わっており、立会人がアルトリア先生である辺り、どういう結果になるかは分かりそうなものである。

そうして距離を離した状態で一礼をしてから戦いが始まる……。

アーシュラは魔力を全身に充溢させる。

 

(デコピン一発も当てれば、それで終わりでしょ)

 

そんな考えでアーシュラは魔力放出の限りで踏み込む。当然、接近させまいとして深雪もまた魔法を発動。

 

移動物体全てを減速させる領域干渉が発動。

深雪を中心に渦巻く風のドームが形成されるも……。アーシュラは特に構わず踏み込む。

 

『減速領域』の理を無理矢理に食い破り、接近するアーシュラ。

 

そして深雪としては驚愕せざるを得なかった。ディーセラレイション・ゾーンという対称領域内の物体運動を減速する魔法にアーシュラが入り込んだとたん。すかさず捕えようとしたのだが、それは不可能であった。

 

入り込んだアーシュラは『重すぎた』。物質的な重さではなく、存在密度というかエイドスが確実に違いすぎたのだ。深雪からすればいきなり、心構えも出来ていない時に30kgもの重量物を投げ渡された気分だ。受け止めることなど出来ず、当然減速領域のドームはアーシュラを素通りさせる。

 

このままアーシュラが接近するのを見過ごすわけには―――。

 

「せやっ!!!」

 

瞬間、気合にしちゃ可愛すぎる掛け声で足元を蹴ったアーシュラ。ただそれだけで土砂の波が深雪に襲いかかる。

 

土砂の波に対して、減速を―――。

 

(マズイ!!! これはマズイ!!!)

 

土砂の波の勢いはかなりあり、それを後追い―――もしくは『追い越す勢い』でアーシュラは接近しつつある。

どちらを止めるか。そもそも減速領域を解除するか? とっさの判断を求められて……。

深雪が選んだのは、減速領域の解除であった。

どれだけ縛ろうとしても、アーシュラを止めることなど出来ない。

風神を止められないフリッカー使いのごとく、ラッセル車のごとく止まらないのだから。

 

ならば、急いで回避。自己加速魔法を以て離れる。

だが……!

 

(離れたところで―――)

 

アーシュラは止まらない。そもそも深雪の目的を達成する上で、近づかなければならないわけなので……。

勇気を持って前進しようとしたところで。

 

「とりゃっ!」

 

「ぶべぇえええ!!!!!」

 

美少女にあるまじき豚のような悲鳴(比喩にあらず)を上げてふっ飛ばされて、デコに走る痛みに悶絶して地面を盛大に転げ回る。

デコピン一発で簡単に熨された事実に涙を流す。

 

「あ、あああ、あーしゅらぁあああ!!!」

 

大粒の涙を流しながらも恨みの声を上げる。

 

「いやー。ワザワザ狙いを付けやすいようにデコを見せてくれて、ありがたい限りだわ」

「視界を確保しようとしたことが仇になったわ……」

 

カチューシャで前髪を留めている深雪にとって、それは不意の一発であった。

 

「もう止めたら? アナタじゃワタシに勝てないわよ」

「―――そんなこと、分からない!!!」

 

額を涙目で擦りながら、それでも戦う意志は切らさない深雪だが……改めて正面から戦って理解できた。

この子は、現代魔法師の御業では傷一つ付けられないのだと。

 

そしてその身体能力は、疑似家族の妻役である「暗殺者」の如し……ちょっとだけ『ぐぬぬ』な気持ちになる。

 

「そう。ならば気絶するまでデコピン放たせてもらうわ」

 

その無情な宣言。だが、もはやこの機会を狙う。

 

相手は接近してくる。その速度は―――とてつもない。それでも待ち構える。

自分のデコを狙うというアーシュラは背丈の関係上、姿勢を低くしなければならない。

 

デコピンをするという宣言なのに、手刀を向けてくるアーシュラ。恐怖を覚える。

 

だが、これならば―――。

跳躍の魔法をセット。少しだけ上昇するだけでいいのだ。微細なコントロールをした上で。

 

アーシュラを停止させるアホ毛を掴む!!! これぞ勝利をつかめと轟き叫ぶかのごとき必勝の鉄則―――。

 

ゆえに!!!

 

「そのアホ毛!! 貰い受ける!!!」

「―――――――!!!」

 

浮かび上がった深雪が膝に衝撃を受けつつも、上からアーシュラのアホ毛を掴んだ瞬間。

 

 

一高に―――最悪の魔竜戦姫が降臨するのであった。

 

 

 






それと前々から考えていた転生二次創作にもちょっと着手しようかと思う。候補はあるんですが、手元に資料が多い方と少ない方。どちらにするか、悩みどころなわけでして。

まぁそれに関しては後々ですね。気晴らしに書く程度にとどめておこうかと思います。




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第105話『着火までのカウントダウン』

hollowから数えて18年越しの驚愕のネタバレ

いや、彼女はマンションから出て行った大学生ではないんでしょうが、またどんでん返しがあるかもしれないが――――――。

いやぁ成田先生はスゴいなぁ。というかひむてんのことも考えると、きのこの偉い人の頭が――――――まぁうそつきのこな時もありますが(被害者・成田良悟)

そんなこんなで新話お送りします


 

自分のアホ毛……俗に竜の逆鱗とでもいうべきところを引っ張られたアーシュラは、自分の中身が反転する(うらがえる)のを認識していた。

 

本来的に英霊の黒化には、様々な要素が介在している。ぶっちゃけて言えば全ての英雄には反転する要素がある。

 

南米にいる神様はオルタ化の職人(!?)だったりするらしいのだが、結局の所……本質的には混血や退魔にまれにある『反転衝動』の『固定化』と変わらない。

 

特に混血に至っては『堕ちた魔』ということで、時に処分対象にもなる。

 

総じて言えば―――その容姿、その在り方、その根元……全てがその人物の『本質』に変わりはないのだ。

 

ゆえに―――。

 

「王の龍角に触れるとは、その不敬―――その身を以て償うがよいホムンクルス」

 

「ア、あーしゅらぁああああああっぶぁあああ!!!」

 

深雪がアーシュラのアホ毛に触れた次の瞬間には、アーシュラの姿……ジャージ姿であった彼女はいなくなっていた。

 

同時にその霊衣変更の余波なのか、それとも何かの力の発露なのか、深雪が10m以上もふっ飛ばされる。

 

「褒美だ。武装などせぬ。ここから動かぬ。私を動かしたならば、お前の勝ちだ」

 

明らかな挑発。ゴスロリドレスを着込んだアーシュラの嘲笑を浮かべながらの言葉に、深雪は完全にキレた。

 

起き上がりながら、CADの読み込み。もはや一切の容赦なくニブルヘイムを展開。最大冷気でアーシュラを包み込むことを意図。

 

しかしながら―――。

 

「貴様の冷気など霜の巨人にも劣る―――卑王灼岩吐息(ヘカトンケイレス)

 

瞬間、闇の炎……そんな風にしか称せれない、そういう風に形容することしか出来ないものがアーシュラの全身から吹き出る。

 

闇は徐々に赤熱を伴い、そして……。

 

深雪の魔法を食い破りながら、あちこちで灼熱を撒き散らす。吹き荒れていた冷気が全て灼熱に塗り替えられていく。季節外れの熱気どころか熱波が、周囲の人間から水分どころか『サイオン』すらも収奪していく。

 

そして……その灼熱の熱量を全て受ける深雪は、そのボディスーツをしこたま砕かれる。

 

「きゃあああああ!!!!!」

 

熱量と物理的な圧を同時に食らう深雪。それでも展開した障壁でガードをして致命傷を防いだ―――ように見えて、あちこちが叩かれた。

 

「ううっ…いたい……」

 

もはやギブアップを宣言してもいいぐらいに深雪はボロボロだ。正直言えば美少女がするような格好ではない

 

土と砂で汚れた顔や『だまだま』になった髪といい、本来ならばここで中止を宣告すべきなのだが。

 

「何故、止める必要が? 彼女が望んで立った戦場です。サレンダーを選ぶのならば己の口で、態度で示すべきですよ」

 

「そ、それはそうですけど……」

 

「重篤な怪我も即時に癒せる。それこそがアスクレピオスから続いてきた現代医学(メディカル)の利点だと思いますけど」

 

厳しい教師だ。普通の教師ならば、貴重な魔法師の才能を失わせることを恐れて、無理やりな介入を果たすだろうが……。

 

ヒトとしての道理を優先すれば、それは当然の話であった……。闇赤(あんせき)の魔弾や魔剣を何の起動式もなしに展開しているアーシュラの怒涛のラッシュの前に、深雪はもはや反撃の糸口を掴めないでいる。

 

「こ……これが――――」

 

「アーシュラ・E・ペンドラゴンの全力全開!!」

 

周りの驚愕の声を聞きながらも、ギャラリーである立華は嘆息しながら口を開く。

 

「なんだって触れなくてもいい所に触れちゃいますかね……アーシュラのアホ毛は、アルトリア先生と同じく竜の逆鱗! 忍空で言えば天空龍の『ちん○』みたいなもんですよ!!!」

 

ヒトの頭の特徴を『ち○こ』と呼ばれたのは流石に癇に障ったのか、スパン! と夫から渡されたハリセンで立華の頭を叩くアルトリア。

 

そんなことはともかくとして……。

 

もはやこれ以上は醜態を晒すだけだと気づいた司波深雪は、降参を口頭と態度で示したことで、アーシュラの攻撃は終わりを告げるのだった。

 

「チックショ―――!!! この女よりも強ければ、私は世界で2番めに弱くても良かったのに―――!!!」

 

降参をしたものの悔しさはあるわけで、深雪の嘆きの声が周囲に響く。

 

周囲の様子と同じくらいにボロボロになってしまった防御衣と、煤だらけの土埃まみれの身体となった司波深雪が、拳を地面に叩いて地団駄を踏んでいた。

 

そして深雪をズタボロにした張本人は……。

 

「残念ながら私こそが、この世界で一番美しく!強く! 強壮なる!! 自然の竜の姫(ナチュラルドラゴン)!!!……二重螺旋を弄りまくった雪造華(レプリカ)ごときが私に勝てるわけがないのだよ」

 

「――――」

 

普段のアーシュラならば絶対に言わない。

普段のアーシュラならば絶対に浮かべない。

 

そんな言葉と顔で言われて、深雪は悔しさばかりで泣きながら震える。

 

普段のアーシュラでは着ない。

普段のアーシュラでは染めない。

 

ゴシックロリータのドレス姿。露出度はかなり高いが、決して下品ではない。くすんだ色の金髪も似合っている。

 

闇竜の女王騎士、そんな称号が似合いそうな美少女がそこにいるのだ……。

 

「さて、賭けの景品は―――そうだな。タツヤ、貴様にしておくか。お前が発端だからな」

 

「―――いいだろう。もう煮るなり焼くなり好きにしろ!! ただし、深雪を回復させてくれ」

 

「構わぬ。今日の寝屋にて我が夫となるものの心残りは解消させてやる」

 

 

……その言葉の意味に、深雪は思考が纏まらない。

 

何を言っているんだ。この女は――――。

 

「貴様には今夜の私の伽の相手になってもらおう。長い夜になると覚悟せよ……」

 

艶めく唇を一文字に引きながら、そう笑みを浮かべながら言ったアーシュラに対して……。

 

「喜んで承ろう!!」

 

達也が喜色満面で言いながら、深雪を回復させたのだが。回復した深雪は……。

 

「「巫山戯るなぁああ!!!!」」

 

光井ほのかと共に雄叫びをあげる。叫び続けるのであった―――。

 

 

「ゴルン・ノヴァ」

 

―――しかし、その叫びを壊すようにアーシュラの理論・理屈を無視した理不尽極まりない破壊光線による圧力が、2人を襲うのであった。

 

しかしながら、それを防ぐものがいた。

 

「白旗を上げたのですから、これ以上は余分でしょう―――」

 

「よって、アーシュラ。これ以上はやめなさい」

 

教師2人。そしてアーシュラの親である2人が、立ちふさがるのであった。

 

「……ふん、興冷めだ」

 

その言葉の後には、白けたような顔をしたアーシュラはいなくなり、光が解けるような様子と共に黒アーシュラ(仮称)はいなくなったのだ。

 

死屍累々とまではいかなくとも、どこの戦場跡だと言わんばかりの惨状を前にして、呆れるような顔をしたアーシュラ(ジャージ姿)の第一声は。

 

「達也、護衛役(ガード)を辞退していい?」

 

疲れたような声でそう宣うも……。

 

「一度は引き受けた以上、使命は全うしなさい!」

 

スパンっ! と電光石火のハリセンの一撃で、アルトリアから頭を叩かれるのだった。

 

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

―――結局、その後はお開きになったりしたのだが、アーシュラのあの変化には全員が着目しつつも、それに対する詳細な説明はされないままであった。

 

二重人格と言う割には変化しすぎなそれは……。

 

「それは秘密です。ただ、別にどこぞのパッショーネのボスのようなものではないので悪しからず」

 

「私達は全然、あなた方……衛宮家のことに関して知れないんですね」

 

「他所の家庭の秘密を知ろうとするなど、それこそが下衆の勘繰りという言葉であり行動であることを、アナタは知るべきですね」

 

そのアルトリアの素気ない言葉に真由美はノックダウンしてしまう。真由美や克人の中で答えは少しだけ出ているのだが、その答え合わせを出来ないことが非常にもどかしいのだ。

 

「人の秘密を探って―――どうしようってんだ?」

 

その言葉―――少しだけ底冷えするような心地にさせるものは、士郎先生から放たれた。

 

「それは―――」

 

「アーシュラが何か悪いことをしたか? 俺たち家族が他所の家庭に迷惑をかけたか?」

 

「それは無いです……衛宮家の人々は、俺の異腹の妹を見守ってきてくれた。寧ろ……感謝しかありませんよ」

 

「………」

 

十文字克人が礼をしてくる一方で、真由美はまだ『不確定』なので、何も言えない。

 

だが、何故……自分たちが衛宮家を探ろうとしているかと言えば……明確なものは無い。

 

いや、違う。

 

……この人達を正当と認めてしまえば、自分たち……現代魔法師の名家と呼べる人間たちの存在意義があやふやになるのだ。

 

魔術師であるからとかそういうことではない。

全てが覆されそうだ。

 

だから……彼らを『インチキ屋』(チーター)だという証拠を突き止めたいのだろう。

 

自分たちの卑しい心を暴かれた気分だ。

 

「それで―――アーシュラは、し、司波と……や、やるんですか?」

 

恋する少年か!? などと言いたくなる克人の言葉に真由美は思う。

 

「やらせるかよ……ただなぁ『黒化』したアーシュラの本音がアレなのだとすると……」

 

「意外とコウマとの関係は、まだまだアレなのかもしれませんね」

 

夫婦揃っての思い悩みであり重い悩み……その意味は半端な理解であるが、アーシュラの方でも元カレに情を残しているということなのかもしれなかった。

 

その事実が、十師族の子供2人を色々と思い悩ませるのだが、教師2人は全く気が付かなかったのだ。

 

 

 

「敗者たる私が言えた義理ではないです。本当に何も言えないけど、分かっているけど―――お願いアーシュラ!! お兄様のDTを奪わないで!!!」

 

とんでもねーことを大声で宣いつつ頭を下げる深雪(机にデコをぶつけた)に対して、げんなりしつつもパフェを頬張るアーシュラは。

 

「あんなものただの冗談よ。真に受けないでほしいわ」

 

そんな言葉でお茶を濁すことにしたのだ。

 

「俺のオトコゴコロが弄ばれた気分だよ……」

 

「気にしないことよ。というか、こんなことで惑わされるアナタかしら?」

 

ジト目を達也に向けてのアーシュラの言動。

周囲の人間は『確かに』と思うぐらい納得してしまう。どうにも最近の司波達也は、アーシュラに関しては『ぽんこつ』とまではいかなくとも、調子を狂わせている。

 

あの夏の海で色々と達也の秘密とまではいかずとも、『自分はまともじゃない』と言われて告白を断られたほのかは、色んな意味でもやもやする。

 

アーシュラが魅力的な女の子であることは間違いない。

 

悔しいが、彼女はある意味では深雪以上に人気だったりする。

 

そこまで女の子女の子していないというか、男子が変なことを言えば、それに対してバシバシ相手をたたきながら笑いこけるタイプ。

 

要は深雪が『取っつきにくい女子』であるならば、アーシュラは『話しかけやすい女子』ということだ。

 

しかも深雪が明らかに、司波達也という実兄に異常な愛情というものを見せていることは周知なので、更にアーシュラに人気は集まる。

 

総じて言えば……。

 

強くて、格好良くて、キレイで、可愛い。

 

 

そこまで女の子していないという点も、男子や女子から好意的に見られているという点だ。

 

(まぁ定食10人前をペロリと食べる子だもんね……)

 

だが、その一方で嫌われる人からは嫌われる……特に現在の風紀委員長である千代田花音などは、九校戦での婚約者への態度と前・風紀委員長との絡みで、あまりいい感情は持てていないそうだ。

 

そういう風なことが分かる『情実人事』が風紀委員会で行われたことで、結局の所―――千代田は若干の陰口を叩かれることになった。

 

アーシュラ自身も

『藤堂高虎とて、ご主君である豊臣秀長が死んだあと、一時は出家していましたし』

 

などと宣う始末。

 

渡辺摩利(豊臣秀長)のためには働けど、千代田花音(豊臣秀吉)のためには働きたくない。

 

という態度だったのだが、その辺りを知られているのか知られていないのか、やむを得ず千代田は補充人員として、ほのかの親友である雫を風紀委員に入れたほどだ。

 

女子風紀委員を切ったことが原因では無いが、そういう情実だけでそうしたわけではないという『対外向き』の言い訳で、少しは落ち着く。

 

だが、それでもある種のヘイトを千代田は感じているようだ……。(情報源・北山雫)

 

「にしても論文コンペかぁ。今更ながら技術者一人の身柄で世界なんて変わりゃしないでしょうに。オッペンハイマーやアインシュタインみたいに核兵器を作れるわけでも無いだろうに、やるならば家族を人質に取るぐらいまでやらにゃ意味がなくないかしら」

 

「まぁ一理ある……ただ、本当に何も起こらないのか?」

 

「起こるんじゃない? 魔法師及び国家が求めるのは、純粋なまでの『力』―――だったらば、それは起こるんじゃない?」

 

その言葉に、全員が少しだけざわつく。

 

「チョット待ってよアーシュラ、論文コンペで何か起こるっていう確信はあるの?」

 

「分からないわよ。ただそういう『可能性』もあるってだけ」

 

「……要領を得ないことで、こっちを怖がらせないで」

 

喧嘩っ早いエリカにしては随分と弱気なことを言う。だが、アーシュラの眼はすでに何かを見ているのかもしれない。

 

そして……この場―――行きつけの喫茶店には、藤丸立華はいないのだ。

 

つまり―――何かが起こるのだと誰もが理解したのだが……。

 

「なぁアーシュラ、本当に夜伽の相手をしなくていいのか?」

 

「これ以上しつこく言うならば、『コレ』だぞ。覚えとけ」

 

―――アーシュラと達也が『仲良し』みたいなやり取りをしたことが、微妙に緊張感を無くすのだった。(2名ほどは憤怒を溜め込む)

 

 

 

そんな中……。

 

「それじゃ東京(トンキン)にある霍格華茲魔法巫術学院(ホグワーツ魔法魔術学校)を襲撃すればいいんですね?」

 

「ええ、その通りです お嬢様―――他の地域のホグワーツからも、学生たちはこの横浜(ハンピン)に集まりますが、一番に崩すべき本丸はここなので―――よろしくお願いしますね」

 

「まかせてください周道士!! それと大根饅頭追加でお願いします!!」

 

「私の方は小籠包をお願いします!!!」

 

その天真爛漫な少女の言葉と積み上がったセイロの数に目眩を覚えつつも、昔懐かしの手叩きだけで、美形の料理店オーナー周は、追加分の点心を持ってこさせるのだった。

 

(震天将軍の孫……まさかサーヴァントと契約した上で、ここまでやって来るとは……)

 

ぞくりと背筋を撫でる感覚に怖気を覚えつつも、周は計略を練る―――。

 

たとえ、それが小兵の蟷螂の斧にしかなりえないとしても、それしか出来ないのだから。

 

 

 



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第106話『竜星の魔女』


水星の魔女第2シーズン始まったが、まぁいつものO河内脚本に関しては、賛否両論だな。
ただ、陰々滅々としたものを表でも裏でも出しておくよりは、いいかと。

やっぱりウテナ、ギアス然り……その辺りのことは塩梅だな。

などと考えながら久々の更新をお送りします。


 

 

 

九校戦という魔法科高校の行事とは違い、論文コンペというよーわからん行事に関与することになったアーシュラと立華ではあるが、やることは殆ど変わらない。

 

ただ一点……違うところは個人的な防護が必要になるということだ。

 

よって―――。

 

「克人さんからのコンペ会場防衛隊の練習相手になってくれという誘いは断らざるを得ないアーシュラちゃんなのでした。ちゃんちゃん」

『フォフォフォフォ』

 

そもそも達也は、日常生活において危機に陥るような手合いではないのだ。しかし、『観測器』であるシバのレンズに『よろしくないもの』が現れたのは立華からも聞いている。

もしもあり得るならば、『中華大陸』における策動である。

 

「まぁ中華料理は大好きなんだけど、こういうことは困るのよねー」

 

『フォーウ!』

 

「で、アーシュラ何を蒸しているんだ?」

 

そんなアーシュラと飼い猫の会話ーーーキキとジジの会話(偽)に入り込む男子が一人。

トンボのような人間とは言い切れないのだが……。ともあれ答えることに。

 

「大根饅頭。っていうか、実験に影響出るかもしれないから離れてやっていろって言われたんだから、こっち来んな」

 

「来るまでに大根饅頭が冷えたらばどうするんだよ。そもそもお前は俺の護衛だろ」

 

半眼で睨むように言うが、全くもって通じない男である。

だが、後半の言葉には反論をする。護衛の役割はちゃんと果たしてはいるのだ。

 

「安心しなさい。ワタシはアーチャー……弓兵のクラス適性も持っている。鷹の目でアナタの周辺を張っているのよ」

 

言いながら眦の辺りに人差し指を持っていくアーシュラ。

 

先程からチクチクと見られている感覚を覚えていたのはそれでかと、達也は納得しつつ、蒸し終えた大根饅頭のアツアツをいただく。

 

「んで進捗は如何ほどなのかしら」

「いい、いや良すぎるぐらいだ」

 

特に実験の進捗に何の陰りも出ていない。むしろ、想定の範囲内に収まっている。

 

だが……。

 

「お前が関本さんにケツバット食らわせてから、全てが変わったからな」

「そりゃ見学に来たもの達を『無知な聴衆』扱いしていればねぇ。千秋ちゃんの指摘も聞こうともしていない風だったからってだけよ」

 

現在、公開実験が順調なのは、関本という三年の風紀委員でもあった人物がワケの分からんアジテーションを行っていたところに―――。

 

この娘がケツバットをくれてやった後に一年G組の平河千秋の指摘……実験におけるある種の見落としを見つけたあとには、少しだけ実験は加速するのであった。

 

のちに『関本アウトー事件』などと、少しの挿話として一高で語り継がれることとなる。

 

「そりゃ千秋ちゃんは、獅子面の大統王閣下と奪雷魔人どのに鍛えられたもの、エレナおばぁちゃんにも『よろしくねー』って言われたし」

 

「そんな理由か」

 

結局のところ、彼女の積極的な動機の中に達也はいないのだと、少しだけ寂しく思いながら大根饅頭を頬張るのであった。

 

それをしてから、とっとと他の面子にも持って行けとケツを叩かれるのであった。

 

 

学校に隣接する丘を改造して作られた野外演習場。魔法科高校は軍や警察の予備校ではないが、その方面へ進む者も多い為、このような施設が屋内屋外、多種多様に充実している。

 

その人工森林の中で、部活連前会頭・十文字克人は人知れずため息を突いた。 今回の論文コンペで克人は、九校が共同で組織する会場警備隊の総隊長を務めることになっている。

 

他校の代表と会合を持つ傍ら、こうして自ら訓練の先頭に立つことで、警備部隊員に抜擢された生徒たちの士気を高めているのだった。

 

が―――。果たしてこの訓練に意味はあるのだろうか? そんな自問が渦巻くのだ。

 

現在、十文字が相対する生徒たち。同輩・後輩合わせて50人―――その中の大半は、1科生が大半なのだ。

 

そして大半の連中は、既に怪我をした。ギブアップなどの理由で下山をして、現在でも生き残っているのは、10人にも満たない。

 

実を言うと、この演習以前…2学期が始まってからなのだが、2科生たちの実力は格段に上昇(レベルアップ)していた。

道場破り、もとい野試合よろしく2科生たちは多くの1科生たちに挑みかかり、その大半を倒してきた。例え倒されなかった人間でも、それは辛勝・薄氷の勝利とか言う言葉がいいところだ。

 

だが……その2科生たちの大半は、この警備部隊の面子に参加しなかった。

 

隔意があるとかそういうことではなく……。

 

『魔法師相手ならばそっちでいいだろうさ。問題は現れるかもしれない魔術師や死徒、ついでに言えばサーヴァントを相手にする場合だ』

 

本学期から赴任したゼムルプス講師の、達者すぎる日本語での『お前らにウチの生徒は貸さん』という態度は多くの反感を買ったが……『獣狩り』の魔術特性を持つ彼の前では、十文字ですら何も出来なかったのだ。

 

無論、講師もまた行きたいならば行けと2科生たちに言っていたが、多くの生徒は行かなかった、来なかったのだ。

 

(分かっていた。分かっていたことだが……)

 

こうなることを避けたくて、アーシュラを生徒会会長にしたかったのだ。こうなることが分かっていて、それを避けたかったのに。

思惑通りに行かないことの連続に、克人は何処に向ければいいか分からぬ恨み言を溜め込むことになる。

 

そんな中でも、相手をすることになった数少ない2科生のうちの一人である吉田幹比古は、十文字の相手をしながらも変な空気を感じていた。

 

(なんだ……この気配は?)

 

どうにも妙な空気を感じるとでも言えばいいのか、重みを感じるとでも言えるのか、そんな感じである。

 

俗に言えば……隠したいのに隠しきれない存在感を発揮していると言えるのだろうか。相手がどういう人間性であるかが分かってしまうのだ。

 

(サーヴァントなんだろうか?)

 

一番あり得る可能性を感じてどこかに警告を放とうとした瞬間、この野外演習場全てを圧するほどの存在感が現れる。そして膨れ上がる魔力は控えめに言ってもサーヴァント級だ。

 

「なんだこれは!?」

「十文字先輩!!」

 

流石に気付いたらしき十文字克人であるが、その時にはもはや時既に遅しである。

 

ハンニバルの山越えか、源義仲の牛追いのごとく―――演習場の反対側(・・・)の山から、横一列で騎馬の群れが轟然としながらも整然とした乱れぬ行進をしてきた。

 

緑色と紫色のオーラを纏った突進で落葉積もる大地を踏みしめながら、千切り飛ばしながらやってきたのだ。

 

その数は数えるのも馬鹿らしくなるほどに多すぎて―――蹂躙される大地が自分たちの末路とリンクした時には―――。

 

「逃げるぞっ!!! 全員、全力で丘を駆け落ちろ!!!」

 

下りろではなく、落ちろという辺り十文字も混乱しているのかもしれない―――。

 

などと、冷静に返しながらもそれぞれ自己加速魔法を発動させたり、幹比古は『筋斗雲』と『韋駄天』の二重魔法を発動させてから駆け下りる。

 

 

そんな異常事態を遠くからでも察したアーシュラは―――。

 

「美月ちゃん! エイミィ! この大根饅頭は任せた!!!!」

 

「えっ!? アーシュラちゃん!!!」

 

「えっみー!?」

 

手伝いをしてくれていた2人に大根饅頭の処理を任せて、走りながらアッドを手に持ち叫ぶ。

 

「アスラウグちゃん直伝!! 高速移動フォーム(ミノフスキーフライト)!!」

 

『その名称はどうかと思うぜー!!!』

 

とはいえ、言葉の通りにアッドは巨大な外付けの緑色の翼と黄金(きん)の翼を展開して、アーシュラの背中に回る。

それは、エハングウェンという船の光の帆に少しだけ似ている代物であり、巨大な推進機構とも言えるものだった。

 

一瞬にして、音速の機動に転じたアーシュラは、音を置き去りにしたもので野外演習場の方へと飛んでいく。

全員が唖然とした後には、ここからでも聞こえてくる地響きの前に『何か』を予感する。

 

そして騒ぎの中心に駆けつけたアーシュラは、眼下に広がる光景を前にして、一も二もなく射撃を敢行する。いきなりな光の矢の連射を前に、殿を勤めていた克人は驚くも、誰がやってきたかなど考えるまでもない。

 

矢で打ち倒されるカタフラクトの騎馬。援護であることは間違いなかった。

 

「衛宮さん!!!」

「アーシュラ……」

 

上空(うえ)を見ると馬の踏み足で聞こえなかったが、ソニックブームを発生させる魔道具で自在に飛び回るアーシュラの姿が。

 

「随分と時代を遡った演習しているんですねぇ」

 

「「「「んなわけあるかー!!!」」」」

 

騎馬武者に追いかけられる恐怖を前に、三方ヶ原の戦いで脱糞した神君を体験したかったとか言われても、なんか納得しかねないのが彼女である。

 

どうする家康ならぬどうする克人な状況であることは確かであり、先程からアーシュラが矢を放っているのだが騎馬の勢いは殆ど衰えない。

 

このままでは追いつかれる―――。かと思った時に、七草の魔弾……氷の魔弾が放たれる。

 

この事態を前にいち早く覗き見の眼で理解した彼女の援護だ。

 

しかし、たいして意味はない。当たる前に霧散しているのを見ると、馬も魔獣とまではいかずとも幻想の存在なのだろう。

当たることもないとはいえ―――礫のような氷の群れの前に、視界を奪う意味ぐらいはあったようで……。

 

少しだけ馬の行進に遅滞が生まれた。

 

そこを狙って、アーシュラは地上へと向かう。当然、推進機構ごとである。

 

「遅い! 乗って!!」

 

「お前はモロの君の子供か!?」

 

「いやワタシはアルトリアの子供ですが」

 

軽口を返しながらも、急いで全員を乗せるべく動く。

一番疲労困憊していたらしき五十嵐を乱暴な扱いだが、それでも早く、物理法則が許す限りの速度でアーシュラが開放した背中のスペースに乗せていく克人であるが、今にも迫る騎馬を前にして恐怖しそうになる。

 

「十文字先輩!!!」

 

「スペースがない!! こんな時に己の肉体が恨めしい!!」

 

「―――掴んでください。振り落とされないように努力しますが、しっかり掴んで!!!」

 

アーシュラが背中の収納スペースを閉じた後に、リトル・エハングウェンの背部に持ち手と思しき白い棒のようなものが落ちてきて、乗せるべき足場がせり出してきた。

 

シートベルトも命綱もない。まさしく綱渡りのフライト。

だが、カッコの悪いところを下級生の女子、想いを寄せている少女に見せられない十文字克人は―――。

 

「出していいぞ!!!」

「アイアイサー!!」

 

―――勇気を張ることにするのだった。

 

瞬間、克人の全身にまとわり付く草蔦のようなものが、完全に身体を固定して勇気を減じたのだが、それでも―――。

 

飛び立つリトル・エハングウェン。そして克人は感じた。ここは特等席なのだと―――。

 

少しだけ遠いが、アーシュラの真剣な横顔が見えることに少しだけ感謝するのだった。

 

そして瞬間、天空から騎馬の列を迎撃するものが放たれた。

 

「剣!?」

 

飛び来る光弾は一瞬ではあるが刃物の類であることを理解できて、克人は驚くが、それ以上に剣が巨大な魔力を携えていたこと……。

 

(もしや士郎先生か?)

 

「……速く帰ってこいってところか。飛ばしますよ!」

 

後ろで響く爆音の中、風圧を受ける中でも聞こえたアーシュラの言葉通り速度が上がる。

凡そ時速280kmというところか―――それにしても、圧を受けると言ってもそこまで何もかも食いしばらなくてもいい辺り、何かをしているのだろう。

 

風流操作という点では彼女は特級なのだ。

 

(この空のドライブも終わりか)

 

緊急事態だというのに不謹慎かもしれないが、そんなことを考えてしまうぐらいに、この時間が名残惜しく感じられるのだった。

 

ついでに言えば赤い毒々しい閃光が斜面を焼き尽くしたことは、忘却するのだった。

 

 

「食らえ――!!! 地球国家元首ビィイイイム!!!!」

 

言葉で赤い閃光が演習場の斜面を焼き払うのを見ながら、士郎は生徒であり友人の娘に言う。

 

「ただの惑星轟の応用だろう。そんな叫ぶ必要あるのか?」

「おばあちゃんが言っていた。必殺技は己の魂を込めて放つべきだと!」

「まぁ見せるまで、時間はかかったからな」

「で、先生―――『敵』の姿は?」

「後方にいると想って燻り出そうとしたが、無理だな。あの騎馬の中にいるぞ」

 

一高の屋上にて『援護射撃』にしては盛大なものを放っていた2人は、放ったものの効果が然程ではなかったことを確認した。

 

同時に―――アーシュラの帰還がなった。

 

「アーシュラ!!!」

 

屋上から重力制御で下にいるアーシュラ目掛けて飛び降りた教師と生徒だが―――。

 

「着地任せた!!」

「ほい来た!!!」

 

生徒の方は、アーシュラにキャッチを願い出るのだった。同時にアーシュラもそれをイエスと答える。

 

推進機構からはいでた後に、すぐさま抱きとめられた立華は要点を伝える。

 

「あの騎馬軍団の中にサーヴァント及びマスターがいるわ! 防御が硬すぎるのは令呪によるブーストもあるのだろうけど、何かのトリックがあると思っておいて」

 

「分かったわ。対策は?」

 

姫抱きで止めたマスターからそれを聞く。

 

サーヴァントとマスターの関係は複雑だ。単純な戦闘力という点で言えば多くのマスターはサーヴァントに及ばない。

そして戦闘知識においても当然だ。

 

だが、それだけではないのだ。

有り体に言えば彼らの関係は野球のバッテリーと同じ。投手は基本的にはバッターに打たれない球を投げ込む。

だが、その打たれない球が何であるか?というのを案外、絞りきれないことがある。

 

そこで捕手は様々なことを考えながら、投手に『助言』をするのだ。投手が余計なことを考えずに自分のミットを目掛けて投げ込めるように。

投手一人に責任を負わせないように、投手が気付いていないこと……グラウンド条件や相手バッターの苦手、ランナーのリード、相手ベンチの動き…etcに気づく義務があるのだ。

 

ある種、当事者意識はあれども『傍目八目』というのを原則に入れておかなければ捕手は務まらないのである。

 

それは2人の関係にも似ていた。

 

「相手は108の宿星の一つ『天威星』。他にもいる可能性もあるから用心して、纏うの(ドレス)は『メドゥーサオルタナティブ』。イケるわね?」

 

「いいけど……正直、お母さんここに居なくてよかったぁー……」

 

蛇と竜とでは根本的に何か合わないのもあるのかもしれないが、どうにも第五次聖杯戦争におけるライダー=メドゥーサとは隔意を持つのが、母親なのだ。

 

ついでに言えばアーシュラは特にメドゥーサには思うところはない。

『シロウの娘ならば、協力しないわけにはいきませんね』

 

などと言ってくれたほどであるし、よって―――。

 

「安心しろ。どうせもうじき此処に来る」

 

―――もはや逃げ道(いいわけ)は無理なのだと、涙をほろりと流してから決意する。

 

「んじゃ行ってくるよ! リッカ、お父さん!!

逃げたら1つ! 進めば2つ!!とはどっかで聞いた先人の言葉だけど―――ワタシは、威風堂々と進んで全てを手に入れるんだから!!」

 

―――それこそがキミの王道なんだね。アーシュラ……―――

 

どこからか幻聴が聞こえた。その言葉を聞こえる前から、流星のごとき竜星は飛び出していた。

 

―――その姿が魔女の如きものに変わっていく。

 

黒いフードを目深に被り、その衣装も黒いが随分と媚態を強調したものへと変わり、その金色の髪に紫が混ざっていく変化。

 

そして飛び出した竜星と遂に騎馬が接敵しようとした時に、何かが騎馬の群から飛び出してきた。

 

「私より目立たないでくださいぃいいいい!!!」

「アサシン! あとで可愛い衣装着て自撮りして、サバスタにアップしよう!!!」

「マスターの御心に応えてみせますぅ!!!」

 

身を低くしながら接近していく竜星の魔女と天威星の将軍がブチカマシを演じたのは、その直後だった……。

 

 

 

 



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第107話『闘争の始まりとなる転換点』

 

命を刈り取る形をしている得物と相手を打ち倒す得物とがぶつかり合う。

 

「むっ!!!」

「―――!!」

 

盛大な金属音の中でも得物を見眇めたアサシンの声が響く。彼女にとってアーシュラの持つ得物は嫌悪感を持つのだろう。

 

アッシュブロンドの髪に薄紫色の瞳を持つ美女。年齢で言えばJDぐらいだろうか? と思える美女はある意味ではふさわしくない武者としての鎧……恐らく中華系統のそれを纏っている。

 

その手に携えた凶悪な硬鞭……中国で発展してきた殴打武器が2振り。双鞭というものだろうか。

 

ともあれ、それとアーシュラの持つ(サイス)がぶつかり合う。

 

「こちらの真名をすでに看破しておられる様子!! しかし!! 我が連環馬は破れますまい!!!」

「破ってやるわ!!108の宿星の1つ 天威星 呼延灼将軍!!!」

 

言いながらも武器によるぶつかり合いは絶え間なく行われ、魔力の煌めきが盛大な火花と共に散っていく。位置を変え、姿勢を変え、動きに変化を着けていきながらも音速での攻防は―――。

 

「―――ッ!!」

「アサシン!! 延灼(ヤンジュオ)将軍(ジアンジュン)!!」

 

―――アーシュラに勝機を与えていく。飛び跳ねながらもアサシン呼延灼の肩口を切り裂いた。

 

それを見た少女マスターが叫びながらも回復術を掛けていくのだが……。アーシュラの鎌には不治の付与効果でもあるのか、どうやら効いていないようだ。

 

それ以上に感じることが達也にはあった。

 

(確かに、とんでもないスピードでの攻撃がアーシュラの持ち味だが、今日のアーシュラはちょっと違うな……)

 

衣装の媚態とかそういうのに注目しつつも、変則的な……有り体に言えばトリッキーな動きで、双鞭武侠 呼延灼を翻弄していることに達也は気付く。

 

「ゴルゴン三姉妹全部に言えることだが、彼女らは全て英霊というには特異すぎるんだ。中でも怪物として知られる末妹メドゥーサは英霊や神霊というカテゴリーでは括られない。どちらかといえば『悪霊』の類なんだ」

 

「……悪霊ですか?」

 

「純粋な『英霊』という点に括られないというカテゴライズさ。魔物、あるいは『反英雄』ともいえるか。とはいえ、メドゥーサのことは如何に神話伝承に疎いとはいえそれとなく知っているだろう?」

 

士郎先生の解説に、とりあえず達也は自分の拙い知識を言う。

 

「ええ、髪の毛の一本一本が蛇であり、その眼から放たれる視線は、射抜いたものを『石化』の呪詛に捉えると……」

 

「ああ、今のアーシュラはそのメドゥーサの力をその身に宿しているんだ。同時にその戦い方もな」

 

正調の剣士・騎士ではない。まるで怪物のような戦いでもある。虚空から出てくる鎖を足場に、飛び跳ねるようにしている戦い。

 

そして―――アーシュラの驚きの攻撃、鎖の反動を利用しての―――。

 

「ドロップキック……」

 

数多の傷を与えられた呼延灼の腹に思いっきり叩き込まれる蹴撃。それが彼女の身体を『くの字』に折り曲げて向こうに吹き飛ばす。

 

その威力は並ではない。特級すぎるライダーキックを食らった呼延灼がマスターがいた連環馬の陣の中に戻された。

 

土煙をあげながら、そこに落ちたアサシンのダメージは深い。

 

「ぐぬぬっ、なんて攻撃ですかっ! しかも私よりもスタイルよくてカワイイとかズルすぎるっ!! 騎士王の娘で血筋も良いとか、チートガールがっ!!」

「無問題! アサシンの方がチョーカワイイよっ! 登録されれば英霊の座でも大人気間違いなし!! 輝いてるよっ!! 並行世界次第では悪徳政府を倒して宋江大人の作る王朝で輝星将軍とか序されるよっ!」

「我が世の春が来たああああ!!!」

 

だが、そこから簡単に回復する様子。どうやらあのアサシンは褒めちぎられるとパワーアップするようだ……英霊とはそういうものなのだろうか?

 

マスターである少女……京劇役者のように目尻に朱を差した子のヨイショの声に反応する様子を前に達也は頭を痛めたが……。

 

それを遮るようにアーシュラは挑みかかる。

 

「そんな世界があるかっ!! 貴様の頭目 及時雨と同じく毒で以て死ぬがいいっ!!」

「呼保義殿に対する侮辱は許さんっ!!」

 

鎧を一部パージして、肌もところどころ露わな扇情的すぎる軽鎧姿の呼延灼将軍。それゆえか鉄鞭の攻撃は激しい。受けるアーシュラは、一振りの鎌では抗しきれなくなっていく。

 

「流石にハルペーの効果を思い知ったならば、攻撃に次ぐ攻撃に転じますか」

 

余人の介入を許さぬ人外魔境の戦いを分析している立華の言葉。あの鎌の銘が知れたが……。

 

「ですが手数ではやはり二刀流に優位がある。となれば―――」

 

『待てアルトリア! お前はもう少し兄に対する扱いを考えるべきだと俺は思うぞっ! にいちゃんお前がカリバーン無くしたと青ざめていた時に木彫りの鳥を―――』

 

「では行って来なさい!! アッド―――!!(怒)」

 

いつの間にかやってきたアルトリア先生の剛速球(時速160kmOVER)で投げ込まれた四角い箱が戦いの狭間に吸い込まれる。

 

アサシン呼延灼の間隙を縫う形で放り込まれたそれを受け取ったキャッチャー・アーシュラの手の中で、大鎌(ビッグサイス)のそれに変化する。

 

長柄の得物2つ、しかも扱いに難がある鎌を器用に操りながら相手を追い詰めていくアーシュラだが……。

 

「バフが掛かりすぎ! マスターを封じて!!」

「分かったわ!!」

 

相手の硬さに難儀したのか遂には、マスターである少女を狙ってほしいと要求してきた。

それに応じる立華だが……。

 

「リーレイ! 呼筒を!!!」

「来々! 急急如律令!!」

 

言われる前から用意していたのか、何かの『筒』らしきものを何本も指の間に挟んだ少女は言葉と同時、虚空へとそれらを投げた。

 

筒から何かが顕現をする。光を発して現れたものは―――。

 

何かの人形としか言えないものと、人間にしか見えないが明らかにもはや生きているとは言えない呪符を顔の前に貼らされたヒトガタ。

 

最後に召喚者(?)である少女を背中に乗せて空を遊弋するとぐろを巻く巨大竜。

 

頭から尾に至るまで強壮な印象を持つ竜は、赤い羽根を生やして首の根元付近からは炎を発している……あまりにも現実離れした光景に誰もが呆然とせざるを得ない。

 

「―――」

「出るものが出たな」

「ですね。ではお願いしますか」

 

呆然として驚く周囲とは別に予想していたと言わんばかりに、衛宮夫妻は平然とした応答をしている。

 

アルトリアの言葉で前に出てきたのは2科生主体の生徒たち。いわゆる『南極帰り』と言われている生徒たち20人ばかりだ。

 

その中には壬生や平河などがいる。

 

まさか……。

 

現れた人形兵の数はざっと数えても100体以上、更に言えば僵尸のような呪符の兵士も50は下らない。

 

そいつらがどれだけの力を有しているかは簡単には判断できない。されど―――。

 

(エイドスの密度が濃すぎる。どう考えてもサーヴァントや上位存在を相手にしたとしても害せられるだけの何かは持っていそうだ)

 

達也が断じたものが正しいかどうかは分からない。

 

だが、整然と行進してくる傀儡兵を相手に接近戦自慢や1科生の魔法が通用しないのだ。

 

「なんで!? なんで私の魔法が通用しないのよっ!!」

 

風紀委員長として率先して事態に当たろうとしていた千代田の慟哭するような言葉が事態の異常さを告げてくる。

そして、接近戦自慢たちは平手での打擲―――連続でのそれだけでふっ飛ばされる。当然、現代魔法で張った鎧を砕いた上でのことだ。

 

「くそっ!!! なんでこんなにまでも―――」

 

―――『差』が着くのだ。

 

方や南極帰り……フィニス・カルデアで教えを受けてきたものたちは、術式の構築では1科生よりも一歩遅いが、その一歩分の遅さを補うほどに強烈な術で、傀儡兵たちを叩く。

 

「―――牛王招雷! 天網恢恢!!!」

 

中でも目立つのは壬生紗耶香だ。彼女が持つ身の丈以上の太刀は常に雷光を纏っており、その強烈な電圧なのか電力なのか、そもそもそういう『質』を測ることが無駄なぐらいに、一撃一撃が大地を揺らすほどの一閃光輝なのだ。

 

厄介な蝿がいるっ(厄介蝿有在)!!!」

 

少女の言葉を受けて巨竜は灼熱の赤槍を何本も打ち出してくる。遠く高い空に舞い上がった上で、行われたその『砲撃』に対して―――。

 

『『『轟合風鉄槌(ストライク・エア)』』』

 

三人ほどの術者、南極帰りの放った颶風(かぜ)が赤槍の軌道を反らして、レオの付近に落とさせた。

 

「おもいっきりぶん投げろ! 強化魔術の類は教えただろ!!!」

「お、押忍! けどどこへ!?」

「アーシュラと戦っている―――アサシンに対してだ!!」

 

指導と言うには随分と言葉が荒い士郎先生。だが、受けたレオは戸惑いながらも熱さを感じながらも、その槍を『五本』まとめてぶん投げた。

 

とんでもない速度、亜音速に至ったのではないかというジャベリンは、アサシンの腹部に再びドロップキックをお見舞いしてふっ飛ばした軌道を追うように飛んでいく。

 

そして、乾坤一擲のそれが決まろうとした瞬間。

 

「―――」「―――」

 

迎撃を果たす金属音。新手の登場がなった。

 

「助かりましたよ……お二人とも」

 

鉄鞭を地面に突き刺してブレーキとした呼延灼が呻きながらも、立ち上がりつつ言う。

 

白い鎧にチャイナシニョン(お団子ヘア)を2つ着けた美女と長いサイドテールに緑色のリボンを垂らした美女―――というより自分たちと同じくらいの歳の美少女が緑色の鎧というより薄手の中華衣装を纏って、アーシュラとアサシンの間に立ちふさがっていた。

 

手に持つ剣呑な得物は、その出自を言わずとも知らせていた。

 

「とりあえず今は撤収ですよ。ここでアナタとリーレイを失うのは得策ではない」

 

「そういうことだ。ここは『三十六計逃げるに如かず』―――」

 

「逃がすと思っているのか?」

 

明らかに逃走の支度をしているサーヴァント3騎に対してアーシュラは遂に、アッドというオージャカリバー(偽)を使い王鎧武装(虚)を果たしていく。

 

「あまりここで戦うのは良くはないと思いますよ。竜の姫騎士……アナタはあの巨大な仙術装置に被害を出さまいと我々を抑え込んでいた様子ですが」

 

「我らが戦えば、その影響は広く甚大になる一方と考えるが、此れ如何に?」

 

あの激しい戦いの中でも、実験装置を守るために尽力してくれていたという事実に少しだけ驚く。

 

だが、それでも見据えた敵が強大であれば、彼女は―――。

 

「分かったわ……アンタ達の目的は、横浜に現れる『グレイル』だということは『シバのレンズ』で理解している」

 

「今回のことは恐らく大亜という政府筋からの要請だったのでしょう。だが、あなた方が本当に通すべき筋は『ラセンカン』の方なのでしょう……」

 

これは立華の言葉。どうやら彼女は今回の襲撃の黒幕を理解しているようだ。

 

「去れ。大中華の英霊共、今はその首と胴が離れていないことに感謝しておけ」

 

アーシュラの厳然としたその言葉のあとには、三騎の英霊は驚くような跳躍力で飛び上がり、空に浮かぶ巨竜に乗って去っていくのであった……。

 

あまりにも呆気ない逃走。しかし、最強戦力たるアーシュラが何もしないでいることで、悔しい想いをしていても、それが正しい判断なのだと誰もが気づけたのだった。

 

「逃していいのか?」

「クー・フーリンが襲った時にも言ったような気がするけど、ここでは全力で戦えない……言うなれば、ここに踏み込まれた時点で『ああする』しか無かったのよ」

 

憤懣やるかたない。とまではいかずとも、アーシュラにとっても尻切れトンボな結末だったようだ。

 

「衛宮先生、それに立華さんにアーシュラさん……一体、何が起こっているんですか? また4月の時のようなことが起こっているんですか!?―――」

 

中条会長の焦ったような声は、どうしてもアーシュラとしても弱いもので、結局の所……ご両親も揃って、『事態の詳細』を語ることになるのであった。

 

 

 



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第108話『聖杯問答Ⅰ』

短いですが、投稿します。


 

 

「さて、どこから話したものやら……」

 

迷うような言い方をする士郎先生。だが何かを決意したのか全員に向かって口を開く。

 

「以前は立華がかなり強引な説明をしたようだが、それだけじゃ不足だろうな。ならば質問に答える形でいこうか」

 

案内されたというよりも、案内した場所は部活連の会議室。多くの人間を収容するに足る場所に30名ほどの人間が詰めていた。

 

その全員が様々な聞きたいことがあって、ここにいたのだが……口火を切ったのは、既に会長職を引退したとはいえ、十師族の一人として、この学校で色々とある女子、七草真由美からであった。

 

「……以前、立華さんから見せられた映像から英霊の召喚は、容易ならざるものであると思っていました。それも、カルデアのような大規模施設やそういった霊地を所有してこそ可能なものであると」

 

一拍区切ってから真由美は再び口を開く。

 

「ですが、前回のブランシュ事件と今回の襲撃……その容易ならざるものが容易く行われ、それを使役するものたちが出てきて……ハッキリ言えば、あなた方の狂言なんじゃないかと思うほどなんですよっ!」

 

その言葉に沈黙が降り立つ。確かに状況だけ考えれば、カルデアが裏で糸を引く。一から十まで三味線を弾いていると考えられなくもないが、それにしては随分とやって来ている連中は全員、凶悪だ。

 

「悪意的な見方は悪くないな。だが、ハッキリ言ってしまえば、ソレはない。ただ……俺の地元(お国)のことが発端だからな。少々長くなるが説明に付き合ってもらおうか」

 

衛宮士郎という先生は、あまりあれこれ口出さないヒトに思えていた。必要最低限で済ますというか、あまり……過干渉をしない。起こった事態には率先して当たるも、基本は生徒の手に余る事態のみに動く。

 

そういう人だ。ゆえに……少しだけ不思議な気分ではあった。

 

そんな人から……裏ごとの事情を聞くことになるなんて―――。

 

「凡そ今から3世紀以上前の話……いわゆる文明開化以前、まだ江戸徳川幕府が存在していた頃にまで時は遡る……場所は九州、現在は『冬木市』と呼ばれる場所にて起こったことだ」

 

この頃には、鎖国体制が確立され外国人の来日すら覚束ない頃……ある『奇跡』の再現を望んで2つの魔術の大家、西洋に端を発するものたちが、九州の一地方……強大な魔力集積地であり、魔術協会の目も遠い処に集まり、その土地の魔術師との合議を行った。

 

「錬金術の大家アインツベルン、支配と収奪を得手とするマキリ、そして土地の魔術師、潜伏キリシタンのまとめ役でもあった遠坂……。この3つの家が協力し、そして魔法使いキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグというクソジジィの仲介のもと、『奇跡』の再現の為に行われたものが、『聖杯戦争』という魔術師と英霊の分身たるサーヴァントたちによる戦いなんだ」

 

魔法使いの名前が出た瞬間、幹比古とエイミィが『驚きすぎて盛大な咳』を発したことから、士郎先生曰くの忌々しげなクソジジィは恐ろしいほどの大人物である。いや、大人物という括りすら烏滸がましいということを後に知ることになるのだが、今は割愛する。

 

「ある奇跡……というと?」

 

「コレに関しては三家で目的は違った。アインツベルンは自分たちの祖が『発掘』した『第三魔法』というもの。マキリに関しては伝聞ではあるが、『この世全ての悪』の廃絶―――ご当主は後年にはアレ(・・)になっていたが……それはともかく、遠坂の方は根源の渦、『 』に到達することで『魔法』を手にすることにあったわけだ」

 

魔法……今まで自分たち魔法師は何気ない言葉として使っていたが、魔術師側における『魔法』とは、恐らく遥かに尊いものではないかと思えていた。

 

それは言霊のように鳴り響いていく。

 

「魔術師の究極的な目的は、次元論の頂点、世界の『外側』へと至り、新たな魔法を宿すことにあるからな。この儀式は三家にとって非常に旨みのあるものだった―――それぞれの家があらゆる秘術を提供しあい、そして完成となったものこそ『大聖杯』と呼ばれる大魔術降霊盤とも呼べるものだった」

 

「それを介して英霊を呼び出し、そして戦い果てた英霊の魂が『座』へと帰る際に穿たれる『孔』より『 』にいたろうとする試みこそが、この聖杯戦争の肝だったわけです」

 

夫の言葉を引き継ぎ、妻が口を開いた。

 

「ですが、当然ながらこういったものは続ければ続けるほど誰かの耳目を集めるものです。当初は極東という魔術の後進国での妙な儀式という触れ込みだったのですが、都合四回目にて魔術協会が本腰を入れて介入してきたのですが―――まぁそれは余談です。問題は、この秘密儀式が「世界の裏側」の多くの関係者に漏れ出してきたという点です」

 

「では、その大聖杯を用いた儀式魔術が……粗製乱造されたと?」

 

その表現は大雑把な表現ではあるが、状況説明としては、それで良しとした。

 

「大まかに言えばそういうことです。もっとも、その目的は色々と『粗悪』なものでしたが……」

 

嘆くように言うアルトリア先生と苦笑する士郎先生、そして娘は『惣菜パン』をかっ喰らっている。

 

「その中でも極めて『大聖杯』と同じくらいの機能を有したものこそが、フィニス・カルデアの英霊召喚システム『FATE』。立華にとっては高祖父に当たる魔術師マリスビリー・アニムスフィアによって構築されたものが有名ですね」

 

そこまで聞かされて、ようやく分かったことは……。

魔術師の闘争において、そういう高位の存在を使役することは『ありえない』ことではないということだった。改めて恐ろしく感じる。

 

「ですが……お二方及び女子2人は、この事態を予想していたかのようだった……亜流の聖杯戦争とでもいうべきものが起こっているのですか?」

 

「大まかに言えばそういうことです……と言っても詳細を掴めたのはつい最近のことですけどね」

 

これは立華の言葉である。十文字が自分の推測に恐れていたのをあっさり認めたのだった。

 

「――――――話してくれるのか?」

 

「言わなきゃならないでしょうよ……ですが、これを聞いたならば、出来ることならば論文コンペは、リモート方式での発表に切り替えてほしいですね」

 

「………とりあえず話してくれ」

 

まずはそれからだ。と無言で付け加えた克人に対して立華は説明をする。

 

「先程、アルトリア先生の説明にあった通り、極東というのは神秘の分野では後進国であるというのが定番であり、同時に相容れない思想魔術、要するに西洋式ともまた違うものがあり、なるたけ不干渉でいきたい面があったりします」

 

「退魔・混血もそうなんだよね。何となく読めたよ藤丸さん―――中華大陸にて亜種聖杯戦争の兆しが出てきたんだね?」

 

幹比古の言葉に頷く立華、しかしどうして分かったのかを問うと。

 

「流石に君たち天文科ほどじゃないが、僕ら古式も陰陽寮の頃から培ってきた星詠みぐらいは出来る。大陸側にて巨星が『湧き出た』。と分かったからね」

 

「おまけに!観測球ルクスカルタからとんでもない振れがあったってロンドンのお祖母様が言っていたわ!! 巨大地震の地震計のように針が振り切ったって!」

 

二人ほどの証言。分からない単語があったが、それでも世界を見れることの出来る人間からすれば、それは当たり前に理解していることのようだった。

 

「吉田君とエイミィの言う通り亜種聖杯とでもいうべきものが出現したのは中華大陸。それらを用いてサーヴァント召喚―――大中華(ダイチュンファ)亜種聖杯戦争が開始されたのは間違いありません」

 

ざわつく一同。しかし、そこには疑問が存在した。

 

「ちょっと待て、確かにそんな大儀式が行われたのだとして、なんで大亜だけで完結していないで、わざわざ日本海を渡ってまで、ここでサーヴァント達が暴れまわっているんだ?」

 

士郎先生がホワイトボードに示した……

 

『七人の魔術師(マスター)が使役する七騎の英霊(サーヴァント)による最後の一組になるまでの殺人すら容認するバトルロイヤル』

 

という物騒すぎる説明を見ながら顔を青ざめながら渡辺摩利は疑問を呈した。

ある意味、無情すぎる話だが、そんなものはヨソで勝手にやってくれと言いたくなる。

 

なぜ、魔法科高校を襲ってきた。そして、そのマスターの一人が年端も行かぬ少女であることが色んな意味でぐるぐる巡っているのだ。

 

「渡辺先輩の言いたいことはもっともですね……ですが、現実に亜種聖杯の『器』は、この極東は『横浜』に顕現すると『預言』が下りましたのでね」

 

「どういうことだ?」

 

「先程、大聖杯が召喚のキモだというのは士郎先生の説明にあった通り。ですが、それは召喚のシステムであり、敗れた英霊の魂を集める違う『器』、小聖杯というべきものが必要なんですよ」

 

英霊の魂は座に還るべきもの―――、しかし聖杯戦争における英霊の魂は世界の外側という門扉をこじ開けるための『鍵』であり『ピッキングツール』とも言える。

 

となれば、一つ一つが各個で戻られては困るのだ。それを捕らえておくための檻であり網は必要である……。

 

「それが横浜に現れる……はた迷惑な話だな……」

 

「大亜の魔術組織、はたまた大亜の魔法機関だかは分かりませんが、聖杯戦争の参加者たちにこうも言ったのでしょう。

『横浜において小日本(リーベン)の魔法師共、その学生が大挙する一大演技が開催される。軍と歩調を合わせよ』とでもね」

 

「!……大亜の軍が横浜論文コンペを襲撃するというのか!?」

 

「かなり高い確率で」

 

正直、そちら……雑兵共(ARMY)に関してはどうでもいいと思っている立華であるのだが、もしもこれが『蠱毒の法』の如きものを狙っているならば、かなりマズイと思うのだが……。

 

「だが、何故このタイミングで戦争が勃発したんだ? あまりにも示し合わせすぎじゃないか?」

 

「まぁ誰か黒幕がいるのか、はたまた偶然なのかは分かりませんが、まさかロストベルト(異聞帯)の層を発掘してそんなことをやるだなんて誰が考えられるって話なんですよ。夢の島でゴミ漁りをしていたらば偶然にも世紀の発明を大発見、はたまた工場内で見つけてしまった未来のサイボーグのCPUチップで億万長者―――なんて確率の話ですよ。あり得ない」

 

「? どういうことだ?」

 

多弁になにか度し難い不運にあったかのように現状に対して嘆く藤丸立華は、再度説明を始める。

 

「つまり、大中華亜種聖杯戦争の発端たるものは『沈んだはず』の『世界』を利用したものなんですよ」

 

それは『先』が無い『負けた世界』のカタチ。しかし、それは確実にこの惑星上の中国大陸において再現されたものだったのだ。

 

遡ること半世紀以上前の出来事……。

 

「濾過異聞史現象によって発生した「IF」の世界……人智統合真国シン―――時の彼方に埋もれて眠っていてた世界の残滓が、彼の地に聖杯をもたらしたのです」

 

藤丸立華の言葉はこの上なく不気味なものを加えながら全員の耳に残る……それは紛れもなく、人理を、汎人類史を脅かすものであったからだ……。

 

 

 



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第109話『聖杯問答Ⅱ』

 

 

 

異聞帯―――ロストベルトという現象は一般的には、何処にも知られていない。

 

だが異星■■■■■から放たれた地球白紙化現象という侵略行為の後に埋められたそれは、確かに世界に刻まれたものであったのだ。

 

それをカルデアは確かに覚えて、ライブラリーとして刻んでいる。

 

「九校戦の際に説明した通り、星というものは多くの層を内包している。そして近代においてもそのロストベルトの層は、『消し去った』とはいえ、内包とまでは言いませんが存在していたのです」

 

例えるならば、地層学で言うところの年代別の変化の中に、内陸地区……海岸から離れた場所でも塩分を含んだ海の砂から『巨大災害』の残滓を見るようなものだ。

 

中国大陸―――咸陽市……華北と華南の中間とでも言うべき場所。

中華史におけるファーストエンペラー……始皇帝の都にて、それらを『発掘』した連中が、そのような傍迷惑なことをやり始めたというのだ。

 

「だが、何故……そんなものが出てきたんだ?」

 

「三年前ぐらいですかね。この日本においてアカ(赤色)くさい連中が、軍事的策動を行って最後に『沖縄』にて大爆発だか大破壊が起きたことがありましたね?」

 

口元を隠しながら言う立華の言葉に我知らず緊張を果たす人間が2人ほどいたが、構わずに話をすすめる。

 

「公式発表によれば、軍部の『新型レールガン』で大亜の艦隊が全滅したとか何とか、まぁその辺りはどうでもよくて実を言えばカルデアは、この事象を『宇宙』(そら)から撮影していましてね。詳細は不明ですが超破壊的な現代魔法が、沖縄の人理版図を揺るがしてロストベルトの層が表層に現れだしたんでしょう」

 

端末から見せられた様子は―――かなり衝撃的だったが、今はそこが要点ではない。

 

「結果的に人理版図を打ち付けていた『アンカー』とでも呼ぶべきものが揺らぎ、巨大な『撓み』が発生。そして中華大陸にてロストベルトの残滓を発見した連中は螺旋館など大陸魔術組織を巻き込んで、今回の戦争を引き起こした―――そういうことです」

 

にわかには信じがたいが、そんな……ある意味、天文学的確率としか言えない偶然による偶然からそんなものを見つけ出すなど……あり得るのだろうか?

 

魔術師的な感覚を持つエイミィや幹比古ですら、唸らざるを得ないのだが……。

 

「―――案外、狙ってやったのかもね」

 

「どういうことだ?」

 

ぽつりと呟いたアーシュラの言葉は耳ざとく達也に聞かれていたが、とりあえず何となくの所感を伝える。

 

「言葉通りの意味よ。大亜の軍人共は生贄に供された。あちらが征服の意図を示せば、当たり前のごとく殴り返される。そして、その威力が多大であればあるほど……ぶっちゃけ沖縄に『このチカラ』を発せられる人間がいるって分かっていたんでしょうね」

 

「お前たちの言う黒幕が、か?」

 

「そうね。そして、目論見通りに『ソレ』は放たれた。大亜の意思決定には特に変な所はない。というかあの国は内側の失政を誤魔化すために外側へと責任を逃す面がある。赤軍ソ連(ロシア人)どもと同じく―――けれど、まぁこれは狙われたわね」

 

それは推測という割には随分と確信を以て言われていて、達也としては『当事者』である以上困ってしまう。

とりあえず、そこで『原因』に関しての追求は終りとなり、未来への見識が必要になる。

 

 

「……対策はあるんですか?」

 

これ程までに大きすぎる事態でも現・会長として問う中条あずさは、一縷の望みを持って聞いた。

 

「―――中止にしてリモート方式での各校の発表ならば問題はないだろう。だが、横浜に集まっての発表ならばちとマズイな。防御範囲が広すぎる」

 

現実は非情である。現実は無常である。

 

士郎先生の言葉はそんな意味であった。

 

「サーヴァントは極度の魔力食いの使い魔。ソウルイーター(魂喰い)としての側面もある以上、マスターがあの少女以外、いえあの少女とて例外ではない―――そういう風に命じれば、あらゆる犠牲があり得る」

 

次いでアルトリア先生の言葉にごくりと誰かが息を呑む。

何故、こんな血生臭い事態が次から次へと起こってくるのだ?

 

最初に真由美が出した懸念……マッチポンプという考えは、殆ど誰もが一度は思ったことだ。だが……襲撃者の目的をよくよく聞けば―――どいつもこいつも……。

 

―――魔法師(おまえたち)が気に入らない―――

 

そんな動機が見え隠れするのだ……。

 

「あの少女が三騎のサーヴァントを運用しているのか? はたまた偽神の書による代行マスターなのか?あるいは我が身に特大の魔力炉でも積んでいるのか……とにかく状況が不確定すぎます……」

 

「……アーシュラはどうなんだ?」

 

三人の弁えた意見を聞いてから克人としては、最後の希望に託すのであった。

 

「寄ってくる中華の鼠賊…軍人たちは皆さんにおまかせします。『私』が受け持つのはサーヴァントやソーサルエネミーだけ―――それでいいならば、どうにかしましょう」

 

初めての色よい返事を前に、少しだけ喜色が全員から出る。だが、完全ではない。特に風紀委員長である千代田は面白くない限りだ。

 

学内治安と今回の論文コンペでもそれなりに責任ある立場としているというのに……その指揮下に入らない存在がいるなどあまり容認したくない話である。

 

だが、現実に現れる敵の大半は、自分たち……現代魔法師では相手できない存在だ。

 

(全てを呑み込まなければいけないんだけどな)

 

千代田委員長の苦悩を理解していた摩利は、その苦悩に少しだけ理解をしつつ協調は出来ないのかなとか思うのだが……。

 

「意外ですね。アーシュラ、アナタがそんな風に言うだなんて」

 

「そりゃ賢い選択をすれば、そっちの方がいいんでしょうけど、みんなしてあれだけ色々と協力して作ったものが無駄に終わるのもアレだし」

 

アルトリア先生の言葉に、そう返したあとに『私は饅頭蒸していただけだけど』などと言うアーシュラに皆して感極まっていたのだが……。

 

「本当のところは?」

 

母親の胡散臭げな言葉に対してアーシュラは、最後には白状をする。

 

「青龍偃月刀持ちの関羽さま(関帝聖君)に白杆槍の詩聖将軍 秦良玉―――そして双鞭武侠の呼延灼……こんだけ面白い得物を持った英雄が揃い踏みと来れば、戦いに滾るものの一つもある」

 

結論、どこまでいってもアーシュラはアーシュラなのだった……。

 

(もうちょっとこう……何かヒロイックな理由の一つでも欲しいところなんだけど……)

 

義侠心が無いわけじゃない。協調性は―――まぁ彼女からすれば歩調を合わせる相手ではないと見限られている。

 

ならばせめて少しは一高を守るために、とか。

みんなを守るために戦う、とか言葉だけでも言ってくれればいいのに……。

 

「青い魔法使いのおねーさんが言っていたけど、そういう自分すら騙せないウソはつきたくないんですよ。聞いている方も不愉快になるだけですし」

 

その先読みがすぎる言葉に、ドキリッ! と真由美は心臓を掴まされた気分だ。まさか読心の術でもあるのだろうか? そんな気分だが―――単純にこれまでの真由美の行動・言動・現在の表情を察してそんなことを考えているんだろうなーという当て推量での言葉でしかない。

 

「にしても今更な疑問だが呼延灼将軍に関羽雲長ーーーなぜどちらも女なんだ?」

 

話題の切り替え。それとなく『端末』を操り、断言された今夕の襲撃者達の『歴史』を調べていた克人の言葉に、真由美は『ナイス』としておく。

 

「呼延灼に関してはとある女怪、魔物とも言える存在エンプーサとの複合だからでしょう。そもそも水滸伝というのは、歴史に現実にあったとも言い難い演義小説ですから、英霊としての存在(信仰)自体は確立されていても現実に召喚するとなると中々に不確実なものなんですよ」

 

「幻想が付く方の水滸伝はめっちゃ有名だけどね」

 

立華とアーシュラの渡り台詞に関心ともなんとも言い切れぬものを持つ一同。

 

「そういうもんなのか?」

 

その質問に対して立華は再び口を開く。

 

「ええ、例え人類史の『史実』(ヒストリー)に不確かであっても、英霊とは人々の信仰が作り出すものですからね。だからこそ女体化した関羽なんてものも『座』にはいたりするんでしょう。武蔵ちゃんなんて最たる例ですしね」

 

その言葉に我が意を得たり、とまではいかなくても望んだ話へと移行した時に真由美は意を決した。

 

「では―――ブリテンの王……アーサー・ペンドラゴンという『英霊』『サーヴァント』が女ということもあり得るのですか?」

 

その言葉に、誰かが息を呑んだ。いや、誰もが息を呑んだのだ。

 

今日(こんにち)に至るまで、目の前にいる美人教師、そしてその娘に対してあらゆる角度で疑いを掛けるに……。

もはやそういう連想をしてしまっているのだ。

 

ペンドラゴンという姓だか称号だかを名乗り、娘が呼び出す円卓の騎士らしき『サーヴァント』に敬意を持たれる様子を見せる女性。

その正体は魔法世界に『人倫と道徳』を糺そうとする赤き竜……。

 

親子竜の姿を見るのだが……。

 

「そういうのもあるかもしれませんね。カルデアでは一度も『召喚』に成功していませんが」

 

「―――え!? そ、そうなの!?」

 

立華から出た予想外の言葉を前に、予想以上に動揺してしまった。攻めようとした矢先に、この展開は拙かった。

 

「……アーサー王は有名ですからね。そういうのも『どこか』ではあるかもしれませんが、カルデアでは、男のアーサー王しか確認出来ていないんですよ」

 

言葉の後に、立華は4月の時のように映像で英霊たちの戦いを見せてくれた……。

 

十三拘束解放(シール・サーティーン)―――『円卓議決開始』(ディシジョン・スタート)

 

そこには厳かでかつ華美ではないが、戦鎧と洋装を組み合わせた戦化粧に金色の髪を持つ美麗の剣士がいた。

 

その眼は今だ開かれていないが、それでも剣―――恐らく伝説のエクスカリバーであろうものを掲げながら言霊を紡ぐ様子。

 

映像越しでも分かる確かな存在感。

間違いなくその人物は、英霊にしてサーヴァントである。

 

全ての議決を終えて開かれる眼。その瞳の色は、アルトリア、アーシュラと同じく『翠緑』

 

そして『下段』に構えた黄金に輝く剣を『振り上げながら』放った言葉は―――。

 

 

『―――約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!』

 

放たれたものは黄金の輝きにして黄金の閃光―――。

 

そして、その先にいた……ニワトリたちを直撃するのだった……。

 

 

 

夕焼けに染まる部活連の一室にて、窓の外を見ながら克人は呟く。

 

「完全に振り出しに戻ったな……」

 

「そうねー……はぁ、これは最早ヒトのことを探るなということなのかしら?」

 

「さぁな……ただこちらの持っている神秘側に対する情報が少ないからな。どうしても、示されたことが真実だとされてしまえば、それを突き崩すことは出来ないんだ」

 

まとめてしまえば、そういうことだ。

だが、今になって少しだけ思考を突き詰めれば、見えてくるものもある……。

 

自分たちは、アルトリア・ペンドラゴンこそが伝説に知られるアーサー王のサーヴァントだと思って、今まで話を進めてきたが……。

 

(そこに真正のエクスカリバーの使い手を見せられたとして、『あの青年騎士』だけがアーサーであるという可能性に狭められた感はあるな)

 

だが、それを信じてしまうぐらいには、とんでもない戦いであり宝具の発動だったのだ……。

 

倒されたのがコケー!と断末魔を叫ぶニワトリだったことを除けばだが……。

 

(更に言えばカルデアで召喚出来なかったとだけ藤丸は言っていた。これはつまり『どこか』の召喚の術式では、出てきたかもしれないという可能性を除外していない説明だ)

 

一番に可能性があるのは、オリジナルである冬木大聖杯での戦争で呼び出されたという説。

 

(更に言えば何回目かは知らないが、その冬木聖杯戦争における参加者七組の中に『ご夫婦』は参戦していたという可能性だってある―――……)

 

マスターとサーヴァントという関係で……だが冬木大聖杯は解体されたという話。

 

「何もかもが不透明だな……」

 

唯一、克人もそれなりに知っていたアーシュラの特殊能力……円卓に関係する英霊をサーヴァントとして『数体』使役できる能力は、明言されたので、それなりの戦力補充は期待できそうだが……。

 

「大亜の軍と聖杯戦争を続行したいマスターが「協力関係」―――あるいは、もっと直接的に大亜の軍人…将校がマスターであれば被害は増えそうだな……」

 

兵卒程度であれば問題はないが、佐官・将官クラスにそんな奴がいれば、どうなるか分かったものではない。

 

「やっぱりあーちゃんには荷が重すぎるわよ……」

「そうかな?」

 

これ程までに異常な事態が連続しては、確かに『中条あずさ』一人では収めるのは無理だろう。

 

だが……机にて項垂れるような真由美とは違って、外の様子を見ている克人は、少しだけコレが…アーシュラが『望んでいた』光景なのではないかと頬を緩めるのであった。

 

(あとは……俺などにも何かサーヴァントへの対抗策を持てないかということだな)

 

士郎先生は『それ』(切り札)を持っているらしく、退学した司甲が語っていた『アレクサンドル・デュマ』というサーヴァントのようなことが出来るとか何とか……。

 

「どういう出目があるのか……分からぬ限りだ」

 

せめてアーシュラの隣で戦うぐらいのチカラは欲しいというのに、不足の自分(克人)をどこまでも情けなく思うのだった―――。

 

 

―――その数日後には三年の関本が、ガス散布を行い司波を昏倒させようとして、とっ捕まるという事態が発生したことで、更に思い悩むことになるのであった。

 

 

「では協力者・関本(グァンベン)を始末するんですか?」

 

「そうだ。呂上校ならば適任と私が判断した」

 

薄暗い部屋なんて間抜け極まりない場所での会話ではなく、ちゃんと明かりを着けて、『全く以て普通の会社』の体の場所で、そんなことを言う上官と部下―――。

 

『宜蘭電脳電子公社』という架空の会社名を登記に入れた清潔なオフィスで、それを受けた呂という大柄な男は立ち上がり、上官の言う―――東京の刑務所手前の鑑別所に単独で侵入し、目的を果たす……。

 

これが、アナーキストな天才狙撃手(スーパースナイパー)にしてあらゆる戦闘技術に通じた世界的なスイーパー(ゴルゴ13)であれば、思いもよらぬ手段を講じるだろうが、あいにく呂鋼虎という中華の軍人にして魔法師は粗雑な輩なのだった……。

 

「それと念の為に『彼女』を連れて行け。かならずや役に立つはずだ」

 

「―――……是、一皆了解」

 

上官である『陳』の言葉に少しだけ戸惑いとも抵抗とも言えるものを覚えながらも、それでも呂はそれを了承して任務に向かうことにするのであった。

 

 



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第110話『虎との戦いの前の序幕』

ティアマトママ爆死!!

もうちょっと課金すべきか、それともと悩んでしまう引きの悪さーーーなんかねぇ。こうーーー手心とかね。

などと思いつつ新話お送りします。


 

 

 

雨が降り止まぬ放課後……いつもならば論文コンペの為に野外で色々とやっている面子も今日ばかりは、屋内での作業や訓練に変更しなければならない。

 

その時、一高にてとある他国の策動が行われた。

 

それは論文コンペメンバーの一人の作業結果と、その身に宿す『原液』を回収するためだった。

 

他国の策動の下手人となった男は、順序よく『作業』を開始した……。

 

催眠ガスが充満を果たし、それでも室内にいるガイノイドのホームヘルパーによって、それらが取り除かれた後に、丁々発止の体で入った男子生徒が一人。

 

昏倒しているのか昏睡しているのか……どちらでも良いが机に突っ伏している下級生。どうやらガスは存分に吸い上げたらしい。

 

しかし、その手は端末の操作機に乗せられている。

 

2科生の地位にありながら、今回の論文コンペで主要メンバーに選ばれた男、妬み嫉みを持ちながらも入り込んだ男子生徒は、下級生が本当に眠り込んでいるのか……それを確認する。

 

「―――寝ているか……」

 

自発呼吸の音が聞こえる。だが本人の瞼は閉じられている。

 

これだけで確認を終えるのは危険かもしれないが、室内に送られた催眠ガスは、一呼吸するだけでも巨象を昏睡させるものだ……。

 

今のうちにデータを取ろうと、端末の接続部にハッキングツールを差し込もうとするのだが……。

 

「な、ど、どういうことだ? なんだよこれ……!?」

 

何故か、それが行われない。それどころか―――

端末が光り輝いているように見えるのだ。何かのチカラを発しているとしか考えられない。

 

「―――無駄だ魔術師。我が手にある限りこの現代の文官御用達器は、聖櫃も同然となる」

 

「!!!!!????」

 

ぐるん!という勢いで突っ伏していた首を、関本に向けてきたことで驚天動地の心地にもなる。

 

見えてきた顔は確かに『司波達也』のはずなのに……司波達也には見えない気がしていたところに更に『言の()』が突きつけられる。

 

「ここまでの映像はそこにいるメイド型のドールによって記録されている―――そして……」

 

「……関本さん。一連の行動は全て記録済みです。大人しくしていただければ手荒なことはしません」

 

「千代田っ!!」

 

部屋の入口に立っていたのは2年生だが、自分と司波の上司(うえ)に当たる千代田花音である。

そんな千代田は、ドラマの刑事よろしく様々な物証を以て、こちらの不実を明らかにしていく。

 

言い訳は無駄なようだが、それでも―――。

 

「―――こいつは司波達也ではないだろう!? 部外者がここにいるのはどうなんだよ!?」

 

「……はて? そこにいるのが司波君ではないとどうやって証明するんですか? 私の眼にもあなたの眼にもあの生意気な自慢屋にして妹マイ・ラブから金髪ハーフに心変わりした後輩にしか見えませんが?」

 

すっとぼける千代田も半分は関本と同じ気持ちなのだが、とりあえずこの場では腹芸を実行する。

 

「がっ、あ……あ―――」

 

証明役を完全にこちらに丸投げした千代田をにらみ、再び『司波達也』を見るも、変化はない。

 

ここまで高度に『別人』になりきることは『現代魔法』では不可能だ。九島家の秘術だか古式の術だかでも、『自分がイメージした別の姿』を映し出すことしか出来ない。

 

特に被術者の背丈が150cmしかないのに、そいつを190cmもの人間に変えようとすることは実質不可能だ。

完全に何処かの誰かの姿に成り代わることは、背格好が似ている程度ならば、ともかく完全にはとてもではないが不可能……。

 

その理屈を知っているだけに、証明は難しく、やはり何かあるらしく少しだけ暗い顔をしている千代田も後ろめたさはあるようで、関本はそれでも証明責任は自分にあり、それを証明したところで自分の犯行を無に出来るわけもなく―――。

 

「ならばお前だぁあああっああああああああああっあああ!!!!」

 

腕輪型のCADを使っての魔法使用。『司波達也』に対して向けた魔法だが、それがすぐさま大絶叫へと変わったのを千代田は聞き届け、見届けた。

 

『敵意』を向けられた時点で、『司波達也』の行動は早かった。彼にはCADこそ無いが、手元にあった筆記用のペンを『指』のスナップだけで、打ち出したのだ。

 

その速度は一瞬にして亜音速に達し五指を開いて魔法を向けていた関本の腕の手首部分……腕輪型CADを擦過する形で脇の下を通過。

 

それだけでCADは微塵に砕けて飛んでいくペンは、頑丈な壁に深々と突き刺さり亀甲のひび割れが幾重にも走る……。

 

当然、通過した軌道上にあった関本の腕―――制服部分は、CADと同じく極小の塵になりちぎれ消える、そんなものを受けた関本の腕は『ありえざる三回転』を強要されてその痛みで悶絶をした後には、意識を手放さざるを得なかったのだ。

 

「あがっああがっ……」

 

ヨダレを零しながら白目を向いた関本 勲が床に突っ伏す前に、『司波達也』は彼を抱きとめた。

 

「すまないな。このような行いは騎士にあるまじきものだが、君のこれ以上の行いも許せず、僕たちのチカラを示すためにも仕方なかったんだ」

 

いつもの司波達也ならばしない優しげな言葉と誇りを持った言葉の後には、恐らく折れていたであろう関本の腕に手を当てて癒やしているようだ。

 

この癒やしの秘蹟一つとっても、現代魔法師が到達出来るものとは違いすぎる。

 

「……もうその『変装』だか『変身』解いてもらっていいですか? なんていうか司波君の顔でそんな人格者みたいな言動されると調子が狂いますので」

 

「よっぽどですね彼は……では、解かせてもらいましょうか」

 

千代田の言葉にそう言ってから、変化は起こる。

水の煌めきのような魔力の輝きを解くと、そこには司波達也はおらず。

九校戦の際に何度か見た顔。あの懇親会にて九島烈にしてやった(・・・・・)少年騎士。

 

円卓の聖騎士サー・ギャラハッドがいたのだ。

 

 

―――Interlude start……。

 

「ふむ。つまり風紀委員会としてはワタシの『ラウンズ』の総力を見たい、確認しておきたいというんですか?」

 

「……うん。ダメかな?」

 

「ヒトの魔法を探らないというのは、マナーのはずだけど北山さん?」

 

その言葉に、集まった風紀委員たちが呻く……。正面から聞く役を押し付けられた雫もそういう正論を言われてしまうと弱い。

 

「春のブランシュ事件と九校戦でのことで都合2回ほど見たよ。そのチカラは圧倒的だ……けれど論文コンペでは、どうしてもその関係上……連携が必要なんじゃないかとか思うんだけど……」

 

マーシャルアーツ部の一人として、色々と接近戦自慢な沢木が言うが……。

 

連携(コンビネーション)なんていらないと思います。それぞれで『相応の相手』を倒せばいいでしょ」

 

更に接近戦を得意としている『超級の戦闘者』の言葉には反論が出来ない。

 

「……そんな無情な……」

 

「どうせならば中条会長が直属にした『戦術騎士団』と連携をした方がいいと思いますけどね」

 

「もうやってるよ。そっちに関しては……」

 

ならばいいじゃないかと想うのだが……。

 

「ハッキリ言うわ……生徒の中ではアナタが最大の戦力だわ。おまけに私達には未知の術式ばかりで、私達の努力なんて嘲笑っていく……そんなアナタの動きやチカラを少しは理解しておかないと、どうなるか分かったもんじゃないのよ」

 

最後には今まで黙っていた千代田が口を開く。

だが、その言葉にアーシュラとしては少々、言いたいこともある。

 

「……正直、ワタシにはわからないですね…… 共に戦うということは、すなわち、互いの力を利用すること。ならば、その能力に応じた役割を与えられるのが必然。

純粋神秘存在(ミスティック)などを傷つける能力を持たぬ存在は、その数をもって盾となるのが適当というもの。

まぁ死徒なんかの血袋にされたりサーヴァントの食糧(魔力)になられても洒落にならないから適当な所で逃げてほしいけど……」

 

その薄目で明後日の方を向きながらの残酷な言葉に、何人かは憤激しそうになる。同時に敏い人間たちは、告げられた考えの裏にあるものを見て心臓に冷たいものを入れられた気分だ。

まさか、この少女がここまで冷めた考えをしていたとは……。

2学期初頭ぐらいまでは、同じところ(風紀委員会)にいた少女の本質を完全に見誤っていた。

 

「うぐぐっ……なんで摩利さんにはそれなりに従って、私には何も懐かないのよ……」

 

苦悩するように頭を抱える千代田に対して茶を啜りながらアーシュラは考える。

 

(豊臣秀長と豊臣秀吉ぐらい違いますからね)

 

己の生き様を何となく七度主君を変えた藤堂高虎みたいなもんだと思っているアーシュラとしては、前任委員長はまだ、自分のやり方を良しとしてくれる器のそれなりにある人間であった。

 

だが千代田は五十里との関わりもあってなのかもしれないが、どうにも神経質すぎる……口汚く言えば『ヒス女』でアーシュラは生理的に合わない限りであったのだ。

 

しかし、そうは言ってもここで強弁ばかり張っていても意味はないかと少し譲歩する形を取り―――。

 

「―――僭越ながら姫、私がアチラのレディガードの懸念を払拭しましょう」

 

自動的に、アーシュラの『中』から出てきた美麗の騎士。黄金の粒子が寄り集まり灰銀の髪をした少年は、何度か見てきた人間はいる。

 

「アナタは……?」

 

美形の少年騎士の登場に、流石に女であるだけに雫も興味を覚えてしまう……それ故の問いであった。

 

「名乗るほどのものではありません。ですが、アーシュラ姫の従者の一人として、我が力お見せしましょう」

 

問うた雫も明確に覚えているわけではない。だがいまさら思い出すに、九校戦にて老師のイタズラに更にイタズラを仕掛けた『サー・ギャラハッド』という騎士であった。

 

ここにB組の明智エイミィがいれば。

 

『サイン! 握手!! そして伝説の聖杯探索に関してプリーズクエストミー(?)!!!』

 

などと言ったかもしれないが、残念ながら此処にいるのは、そういうのに憧れを抱かない人間ばかりなのだった……。いや幸運と言えたかもしれないが。

 

「それじゃ頼むわギャラハッド。達也、アナタ確かこの後、ロボ研の方でデータ取りの作業だったわね?」

 

「ああ……何かあるのか?」

 

「克人さんに言われて調べていたんだけど丘の演習場に呼延灼を誘導した人間を特定したのよ。あそこら辺の結界はワタシと立華で敷設したはずなのに、あんな簡単に破られるなんて変だなーって思ってね」

 

「その御仁を見つけたのか?」

 

「そうね。まぁ多分だけど、今日あたりアナタと実験データが狙われるだろうから代わりにギャラハッドを向かわせるわ。アナタは少しココに居て事態の推移を見守りなさい」

 

あたり前田のクラッカーよろしく『策謀が働くから、おとり捜査する』というアーシュラの言動に誰もが驚く。

 

そんな策謀が、陰謀が走っているなど理解していなかったというのに……というか、何で自分たちにそれが伝わっていないのだ? という疑念が走るのだが……。

 

「犯人は、その風紀委員の一員だからですよ」

「それではお姿お借りします」

 

言葉の後には司波達也の姿になった『ギャラハッド』は、その姿のままに学内を歩き―――。

 

―――あの生意気な1年『司波達也』が人格者になっていた。

 

などと言われて、千代田花音とともに思い悩むことになるのだった。

 

Interlude out……

 

 

「いやーあの達也君は傑作だったからなー。もう一度ぐらいギャラハッド卿に『変身』してもらえないかな?」

 

「ワタシは受け付けないのでご勘弁です」

 

人格者な受け答えと行動をする司波達也など司波達也に非ずと思うアーシュラは、口元を抑えながら怖気をなんとかしようとしていた。

 

「2人して言いたい放題ですね……」

 

あの一件で、のちに一高を混乱に陥れたことで達也はアレな気分だったのだ……。先導するように前を歩いていく渡辺摩利と衛宮アーシュラに色々と言いたい気分になるのだ。

 

「まぁまぁ抑えて抑えて、お陰で催眠ガスなんて吸わなくて良かったんだから、九校戦でも思ったんだけどサーヴァントに変身なんて技能はあるの?」

 

「いいえ、一応言ってくとそれなりに『工程』を踏んでいけば、完全に別人にしか見えない『変身魔術』というのは、魔術世界では珍しくないです。精度はそれぞれの術者でまちまちですけどね」

 

「そうなんだ……」

 

真由美の質問に答えつつ、もう少し踏み込んだ解説をすることに。

 

「九島家のパレードなんてその上澄みだけを掠めたものです。まぁ即興の『偽装』程度ならば、現代ではそちらの方が便利でしょうよ」

 

現代社会で完全な『他人』に成りすますことは、この爛熟しきった情報社会では色々と不都合なことになりかねないのだ。

 

違う場所に『同時』に『同一の容姿』をした人間がいるという事実は……スゴく疑念を齎すのだから。

 

「サーヴァントの中には生前の逸話から変身技能をスキルとして持っている存在もいるんです。あるいは存在の不確かさから『固定の姿』を持たない存在もいたりします」

 

その説明だけで真由美が何となく思いつく人物は……。

 

「水滸伝の浪子燕青とか櫛名田姫を装った素戔嗚命とか?」

 

「ええ、前者は特級。後者はそれなり。その他にもジャック・ザ・リッパーこと切り裂きジャック。

英雄ベオウルフの敵役として有名な水棲の怪異グレンデルなどもそうですね―――ギャラハッドに変身技能があるのは、彼の『父親』は騎士決闘の代理として請け負った相手の姿に変身した上で戦ったからです」

 

少しだけげんなりしながらそれを説明したアーシュラ。特に『父親』の辺りを言った瞬間に何か言いしれぬものを覚えた様子だ。

 

「大丈夫か?」

 

「問題ないわ。これから渡辺先輩が関本さんを拷問するシーンばかり見るんだから、この程度ではね」

 

「お前は私をなんだと思っているんだ……」

 

達也の気遣いに返したアーシュラの言葉に摩利は噛み付く。要諦としては間違ってはいないのだが、まるでスプラッターなものばかり見ると思っている様子には流石に物申したいのだ……。

 

 

そんなこんなで鑑別所に送られた関本勲に面会するべく女子3人と男子1人は足を向けている真っ最中なのであった―――。

 

その鑑別所にて、此処に送り出す前にイガイガ言ってきた千代田の小言のごとき事態が起こることなどいざ知らずに……彼らは八王子鑑別所に向かう……。

 

 



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第111話『虎狩り』

キャー! ドラちゃんの(全てが)エッチー!(爆)

アーケード時点で既知ではあったが、色んな意味でスゴイお方だ。

それを演じきった丹下さんは神か? いや神だったわ。今更である。

だが、中々新規鯖が来ない。とてもつらい




 

 

 

 

向かった先、面会案内所の入り口にて手続きをしようとした時……そこには先客がいて手続きをしようとしていた。

 

その男女の後姿は―――ちょー見覚えがあった……。

 

「シュウ!!」

「摩利、どうしてここに?」

 

「もしかして響子さんですか?」

「えっ!? 真由美さん―――と、一高の生徒さん達ね。こんなところにどうしてまた?」

 

女の方はどうやら特に知り合いではない体で2人ほどは行くらしくその腹芸に付き合うのだが……。

 

「浮気か!? そこの女軍人のツバメにでもなる気なのかシュウは!?」

「落ち着いてくれ摩利、藤林士官は君の所で出た―――」

 

もう一組の方は退っ引きならない事態になっていくも、徐々に沈静化していく。

どうやら渡辺摩利にとっては愛しき恋人の言葉は何よりも信じられるものらしい―――。

 

(まぁ武蔵ちゃんよりも響子さんは『アレ』だもんね。疑念もすぐに晴れるか)

(宮本武蔵(♀)に比べれば響子さんに女としての危機感は抱きにくいんだろうな)

 

一年2人がかなり失礼なことを無言で申しているのを察して青筋を立てる響子だったりしたが、一応は『初対面』で通してくれる2人に義理立てて、適当な挨拶をしてから連れ立って鑑別所に入ることになる。

 

「それじゃ関本君は産学スパイだけでなく『他国』の策謀の手先になっていたんですか?」

 

すでにアーシュラ及び衛宮家から伝えられていたとはいえ、初耳の形で対応する真由美に対して色々と響子は口を開く。

 

ちょっとした『SPY×FAMILY』な気分でその会話に混ざらずに聞き耳を立てたりしていた超能力少女(アーニャ)役の1年2人であった。

 

それを理解してか響子も話をこちらに振らないでいてくれるのは分かるが―――。

 

((何一つ話を振らないせいで余計な疑惑を招いている))

 

そんなこんなありつつも、収容者の様子が見える隠し部屋。いわゆる刑事の聴取(取り調べ)を傍から見えるような場所―――マジックミラーで見える・聞こえる場所に入る。

 

そこから関本勲の姿は丸見えであった。そして、そこに入り込んだ渡辺摩利も同じくである。

 

明らかに追い詰められたネズミのように怯える関本に対して摩利は余裕なのだが……。

 

「千葉さんはいかなくていいんですか?」

 

何気ない質問をアーシュラは一応は顔見知りの剣士に言う。鑑別所内だが拘束されたとまではいえない男と2人っきりの状況に対して何気なく言ったのだが、疑念は意味がないとばかりに頭を振る千葉修次。

 

「摩利が一人でいいって言うからね。多分、使うのは匂いを使った魔法だから僕が居ないほうが関本君も自白しやすいと思ったんじゃないかな?」

 

「そうですか」

 

何気ない会話であったので、それっきりであり、そうこうしている内に摩利の香料を用いた術が使用されて、関本は徐々に自白していく。

 

最初は、論文コンペ絡みのことに関して、そこいらは状況から分かっていたことだが……。

 

次のワードは色々と眼を見開かざるを得なかった。

 

『月より舞い降りる時を待つ、あ、あ、『アカイツキ』が地上の『後継者候補』たちにあ、与えし『ゲンリケッカイ』! かつて く、クローバーが祖の『消滅』に立ち会った際に疑似継承を果たしたもの! ソレを回収して―――』

 

その言葉……途中までを吐いた後にはなにかに打たれたかのように昏倒して、ベッドにうつ伏せになる関本。

 

勢いよくベッドに上半身だけ倒れた様子に誰もが、何も言えなくなる中……一人だけアーシュラは『可能性』から、いつでも『黒鍵』を打ち込めるように用意しておきながら解析をする。

 

(グールじゃない、か……恐らくどっかの魔術組織が、大亜の間諜に仕立てられた関本さんにさらなる上書きをしたというところ)

 

そんな風に解析を終えて関本の言葉の意味が分からないワードに真由美が戸惑い気味に疑問を口にしようとした時、最大級の警報。八王子特殊鑑別所内に非常警報が鳴り響いた。

 

警報を聞いたうちの()人の対応は素早かった。

すぐさま廊下に飛び出したのは修次と達也、次いで部屋に鍵を掛けた摩利と真由美、そして響子……。

 

一番に出てきそうな女が遅れたことに気づいたのも、すぐさま忘却する……。

 

「何が起こったかなんて(しらべ)ているヒマなんてなさそうね」

「ええ……」

 

マルチスコープやエレメンタル・サイトで調べる間もなく、下手人が目の前にやってきたのだった。

 

大柄な男だ。筋肉が隆々と盛り上がっているその姿は、人というよりも野生の獣を思わせる。

 

一歩ごとに廊下が揺れているような錯覚を覚えるほどに歩が重苦しい。

 

「人食い虎―――呂剛虎……」

 

「まさか下手人を始末しようとして、これほどまでに多くの障害が出来上がるとはな。我道行多障……」

 

修次の呟きに、そのように捨て鉢に言う呂という男……。しかし、殺気が満ちていることはもはや疑う余地もない。

 

「階下では、どうやら陽動を掛けられているわ。応戦しているけど、退いては攻めてを繰り返している」

 

この男がここに攻め込むまでの時間稼ぎに徹しての行動を起こしているようだが……。

 

(ここに来るまでに誰にも接敵しなかったのか? 手傷一つ付いている様子がない)

 

まるで『素通り』してきたような様子に達也は怪訝を覚えていたのだが……。

 

「シュウ、得物は入り口で取り上げられたんだろ? 私が前に出るから―――」

「いや、摩利―――」

 

最前線で戦う面子……カップルが武器の不足やCADの有無からお互いを気遣っている。その様子に対して律儀に待っている呂だったが―――構えを取ろうとした瞬間。

 

「ケンカはそこまで、CADこそ無いですが、これあれば十分でしょ」

 

その間に鞘込めの刀……立派な拵えのそれを差し出したのはアーシュラであった。棒きれでも渡すように気楽な感じで千葉OBはあっけに取られつつも、それを受け取る。

 

「……ああ、ありがとうってアーシュラちゃん。どこからこんなものを?」

 

「エミヤの乙女の7つの秘密の一つなので追求はご勘弁を」

 

残りの6つは何だろうかと思いつつも、その業物……その中に収まりきらないだろう刀を引き抜く千葉修次 氏は即時に構えを取る。

 

だが、虎の視線は千葉でも渡辺でもなく、アーシュラに向けられていた。

 

エミヤという姓を出した瞬間―――目の色が変わる。

 

「……戦場にて災厄を撒き散らし、2つのキョウカイに嫌悪されるも、何をトチ狂ったのか突如アルビオンの果て……妖精郷に向かい果てたと聞く剣製のエミヤ=メイガスマーダー お前達が捨てたつもりでいても、悪夢として忘れようもない名だ……」

 

「別に捨てたつもりもないし、そもそも今でも名乗ってるつーの」

 

悪態をつくように虎の言葉にそう答えたアーシュラだが、その視線は虎に背を向けている。

言うなれば……呂という男のやってきた廊下の方向ではなく逆側を見ているのだ。

 

(なんだ? どういうことだ?)

 

まるで見えぬものを見るかのように―――いや睨みつけている様子のアーシュラ。ミステリアスで全てを言わずに誰もが見いだせていない真実に対して眼を背けない彼女の視線が……何もない廊下を見ている。

 

「―――覇ッ!!!!」

 

そんなアーシュラに気を悪くしたわけではないだろうが、呂は駆け出す。その身体の割には速くて、2人の剣士は当然、これ以上詰められまいと応戦する。

 

(硬い鎧のような膜が存在しているのか?)

 

現代魔法で言うところの空気甲冑や反応装甲よりも直接的なサイオンの鎧が呂を覆い、修次の剣戟、摩利の鞭剣による打擲。

 

それらを無為に返す。当たり前だが、呂とて棒立ちではない。全てを体術でいなしているので、致命傷を食らっていないのだ。

 

(だとしてもアーシュラが寄越した『剣2振り』が、宝具級の魔力を携えた業物である以上、消耗するのは呂のはずだが、そこに消耗は見えない)

 

ましてや摩利はセイバーアストルフォという存在を擬似定着させているのだ。その剣は英雄の武器のはず。

 

2人の剣士を援護すべく、真由美は氷の弾丸を打ち出す。しかしその弾丸が呂を穿つことはない。

 

それどころか……。

 

(青い炎……!?)

 

どこからか出てきた鬼火のようなそれが、真由美の魔法を封じた。それは呂を守るかのように揺蕩いながら彼の周囲に滞空する。

 

「アーシュラさん! 私一人では呂剛虎を穿てない!!手伝って!!!」

 

「達也、アナタが手伝ってあげて」

 

焦るような声を上げた真由美に無情な返答。だが、アーシュラの視線の先に達也も何かを見た後には、言われるまでもなく援護に入る。

 

術式解体で呂の鎧を砕こうとするも、それを察したのか、こちらの『魔法式』を青い鬼火は砕いてきた。

 

自動迎撃型(オートカウンター)の術……)

 

厄介な限りだ。しかし、その行動が変化を生んだ。

 

アーシュラが視線を向けていた廊下の先に確かな気配が生まれた。

 

「ガンフー様をお助けしたい私の邪魔を―――あなたはなさるの?」

 

「するわよ。というかこれで四騎目……! 掘り出されたロストベルトの残滓はどれだけ強力だったのよ……! 『アウター』まで呼び出すだなんて!!」

 

アーシュラの心底焦った言葉……後ろに感じる気配の巨大さは、前を向いている連中全員も感じている。

 

「あなたは戦士なのね。けれど私が愛したいのは勇ましき男の戦士―――だから……ここで果ててもらいます」

 

言葉と同時に達也では詳細には分からない弦楽器が震える。玄妙な音だけが響く中、変化は一挙であった。

 

「摩利! 修次さん!!」

 

鬼火がヒトガタを取りて、2人の周囲で舞踊を刻む。それは中心にいる2人を焼殺せんとする熱量を発生させて、その熱を何とか『分解』する。

 

だが熱そのものを無くしたとしても、炎そのものは舞い上がり再び熱を発さんとする。

 

(普通の炎じゃないのか!?)

 

しかし、その舞踊がなくなる。炎のヒトガタは、呂の防備に回ったと同時に後ろでも戦いが始まった。どうやら、アーシュラとの戦いによって操作ができなくなったようだ。

 

「アーシュラちゃん!!!」

 

これは響子の言葉、同時に甲高い音が幾度も響き、そこに玄妙な音が混ざる。

 

堪らず後ろを振り向くと、フォーマルなチャイナギャルの装い……かなり際どいものを着ている。そうとしか言えない少女がチャイナシニヨンから伸びる髪を振り回しながらアーシュラと戦っていた。

 

「陰陽の夫婦剣! 干将莫耶!!!なかなかにやるぅ!!! 快快(クァイクァイ)!!」

 

「傾城美姫!! その首落とさせてもらう!!!」

 

「させないね!!!」

 

対する美姫の方はその夫婦剣に対して、驚くべきことに長笛で応じていたのだ。

 

青と赤の長笛……恐らく木製だろうそれが、金属製の武器と打ち合う。

 

()――!!!」

 

そして打ち込みの速度と動きは繚乱にして華美!

 

(ハイ)ッ!!!」

 

そして長笛から大琵琶でアーシュラを真上から叩こうとする。双剣の重ねで受け止めたアーシュラだが、凹むアーシュラの踏みしめた床とこちらにも届くほどのインパルスが、威力を教える。

 

だが―――。

 

投影・開始(トレース・オン)!!」

「!!!!!」

 

受け止めると同時に、アーシュラの近くにいくつもの宝剣・宝槍・宝器の類が現れる。突如の出現ではあるが、それらは何回かは見てきたアーシュラ、士郎先生の特殊技能である。

 

少女の言葉に従いあらゆる武器は、自分に与えられたその運命をトレース(なぞる)する。持って生まれた鋭さを存分に発揮しようとする。

 

意思持つかのように一斉に翔んでいく武器を前にして、サーヴァントは逃げの一手だ。

 

()源郷が見えた!! まさかこの娘々(にゃんにゃん)は!?」

 

投影・重奏(トレース・フラクタル)最大最極展開 (マックスモーメント)!!」

 

応じるサーヴァントも笛の音で火精(ファイアヴァンパイア)を操り武器を溶かしていくも、それ以上に武器は多く―――。

 

苦悶(いた)っ!!! 神性殺しの武器を多用しているなっ!? 赤龍姫!!!」

「よろしくないカミサマと交信しちゃっても効くもんなのね」

 

サーヴァントを穿つ武器がダメージを与えていく。

 

だがそれ以上に、ダメージを受けるのはこの八王子鑑別所という建物なのだが……格子が嵌められた窓は高い位置にあるとは言え、すでに病葉の如く吹き飛び圧し曲がり、床は重量物がありったけ落ちたようにあちこちに凹みが出来ている。

 

分厚い壁の向こうに強烈な圧を感じて関本以外の収容者たちが騒ぎ立てる音が聞こえてくるようだ。

 

というか混乱をしている様子だ。

 

「――――やむを得まいな。撤退だフォーリナー・楊氏!」

 

その騒ぎの規模を前にして二人の剣士、二人の銃士と戦っていた呂剛虎は撤退を指示。

 

「逃がすと思うのか!? 中華の道士!」

 

「だから逃してもらうのだよ」

 

瞬間、勢い込む修次に対して手の甲を翳す呂剛虎。何かのアザにしか見えないそれが光り輝き……。何かは分からないが、それでも攻撃を決行しようとした時ーーー。

 

「―――渡辺先輩、千葉さん下がって!!!」

 

フォーリナーというクラス名なのだろうサーヴァントと戦っていたアーシュラの声。

瞬間、呂剛虎を守るようにフォーリナーのサーヴァントが現れたのだ。

 

「燃え果てろ!!!」

 

運悪くフォーリナーの正面にいた摩利を襲う蒼炎の波。

 

「摩利っ!!」

 

その熱量から自分の女を守るべく、傍にいた千葉修次が抱きしめて背を向け身を丸くした。

 

「ギャラハッド!!」

 

だが、そんなものでクトゥグアという炎の神性の攻撃を防ぎきれるわけがない。それどころか2人まとめて死ぬだけだと分かっていたアーシュラの防御が差し込まれる。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

悲壮なる奮起の盾(ヴァージニア・キリエ)!!」

 

円環と十字を象る光の盾が2人と蒼炎を分かち、炎をシャットアウトする。

 

蒼炎の全てが八王子鑑別所の壁も天井もなめ尽くしていく勢いであったのだが、それらは無く、それでも一部分……せいぜい関本の収容部屋付近のみが真っ黒焦げになる程度で済んだ。

 

「……逃げたの?」

「まぁそうでしょうね」

 

闘争を途中で終えて鮮やかすぎる逃走。

消え去った呂という魔法師とその従者である何とも可愛らしくも……妖しい魅力を携えた少女の姿。

 

「まぁあれだけ痛めつけとけば、暫くは手出しできないでしょうよ……」

「そうかしら?」

 

アーシュラの『一件落着』と言わんばかりの言葉だが、サーヴァントはともかく、呂の方にクリーンヒットを2人の剣士が与えられていたとは思えないのだが……。

 

「大丈夫ですよ。千葉さんに与えた―――この『剣』は、ワタシの祖父に当たる『魔術師殺し』と名高い魔術使いが用いた『起源弾』と同種のものですからね」

 

途中で千葉修次がその辺に落としていた剣を回収して、それを説明したあとに『消し去る』アーシュラ。

 

「今頃、ルゥガンフーでしたか? 彼の総身は痛みで苛まれていますよ」

 

平素な表情でそんなことを言うアーシュラ。もう少し詳しい説明が欲しかったが、その前に階下の敵を何とかしたのか、そちらも消えたのかは分からないが警備の増員がやってきて、とりあえず中断するのであった。

 

もっともその後にお定まりの事情聴取が無かったのは、七草及び藤林……また千葉の三名のネームバリューが、あれこれの面倒なことをすっ飛ばしたのだったりする。

 

 

「むぅ……」

「術行使の為の器官に重篤なダメージを食らっている。気功の調息(ちょうそく)を行っていても中々に辛いでしょう?」

「ああ……なんと言えばいいのか、気が乱れるというか……内出血などで排泄に影響が出るように気功の循環に淀みを覚えるな……」

 

大亜の軍医の見立てに自分の感想を加えて伝えるも、どうやら彼にもまだ所見を立てられないようだ。だがそれは自分の中での推論を組み立てている時間のようだった……。

 

「全ての攻撃を遮断していたとしても、攻撃をその身で『防御』していた……ということは接触型の呪詛……推論ですが相手は呂校尉の呪法……硬気功を変質・反転するようなことをしていたのでしょうな」

 

「……そんなことが可能なのか?」

 

魔道と軍事の両面に関わり続けた呂ですら知らなかった技法である。こちらが固くなれば硬くなるほどに相手から与えられるダメージが大きくなるなど信じられない。

 

「感染呪術的な術回路・気穴が出来ていたのかもしれませんね……実を言えば古い資料ですが、ロンドンは時計塔の始末屋の中にはそういう手合い『魔術師殺し』と呼ばれた相手が似たような―――」

 

全皆事不言(みなまでいわなくていい)

 

白衣を着た軍医の言葉を遮り、苦虫を噛み潰した呂は『治療方法』はあるのかを問いかける。

 

「……とりあえず今は、処方箋を渡しますので正常な調息・反閇(はんぺい)を繰り返して養生してください」

 

その言葉に軍医とてタイムスケジュールぐらいは分かっている……しかし、傷病兵を前線に出すわけに行かず、呂の戦線離脱は免れないのであった……。

 

 

 



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第112話『開幕前のそれぞれ』

何だか場面転換が多すぎるので、少ないですが投稿。



 

 

「改めて思うけど……アーシュラさんって本当に規格外よね」

 

乾いた笑いを浮かべるしか無い真由美の言葉が夕焼けに染まる世界では印象的である。

 

「そうですね。数多の武器を取り出してそれを使い捨ての矢弾も同然に打ち出すんだから……」

 

有質量物体瞬間移動(テレポート、アポーツ)という魔法師の不可能領域を当たり前のごとく踏み越える少女に感想が出るのは当然であった。

 

「私の魔弾を鼻で笑うのも理解できるわ」

 

「鼻で笑っていたわけではないと思いますけど」

 

だが、アーシュラにとって魔法師の戦いとは若干、浅いものなのだろう。結局、速さ勝負でしかない。その戦いにおいて、そもそも『魔法』が効かない相手がいる。

自分たちより上位の生命(いのち)が世界に居るということを想定出来ない魔法師はどうしてもそういう人間たちに優れないのだから……。

 

「そんなアーシュラは超速で帰っちゃいましたからね……」

 

結局の所、この事態においてもアーシュラは活躍して、そして何も教えず帰ってしまったのだから……。

 

「大亜の策動、達也くんの秘密、衛宮家及び魔術側の動き……そして死徒らしき影……もうぱんぱんすぎるわよ……」

 

「2つ目は除外してもよろしいと思います」

 

真由美の嘆くような言葉に、そう言っておくもやはり話題はこちらに向かってくるのだった。

 

「ゲンリケッカイ……達也君は知っていたのかい?」

 

「まぁ……あの九校戦でディープマンジュリカなる巨女にして吸血鬼の目的は俺の身でしたからね。何となく程度にはおしえてもらいましたよ」

 

摩利の何気ない質問。あの時はお座なりな説明であり、その後……叔母に聞くタイミングが無かったからか、今まで聞いてこなかったが。

 

(破()と再()の原理……そんなものが、自分の中に埋め込まれているなど……)

 

親族の大半は、この事を知っていたのだろうか?

吸血鬼の大本たる「死徒二十七祖」たちの力の源。それをある種の『魔術刻印』にすることは出来なくはないらしい。

 

故にそれが四葉―――その源流たる司馬家、東雲家の方から受け継がれてきたならば、それが宿るのは自然だったらしいが……。

 

(案外、俺は危険な存在すぎたってことか…)

 

まだ聞いていないことは多いが、刻印に己の人格を刻みつけることで後の世で「復活」を果たした魔術師もいるとの話。

 

(誰でもいいから俺のチカラの源を教えてほしいよ……)

 

死んだお袋から教えられていたならば……何も悩まなかったというのに―――。

 

接吻(キス)されてまで覚醒を果たしたチカラが何のために存在しているのかは分からない。ただ……孤独な戦いを続けるアーシュラの手助けをしたいのだ。

 

「全然何もお互いのことを知らないわね。私達って」

 

「そういうセリフは恋人になりたい男がいる前で言ってください」

 

達也としては、自分の正体の一部分が多分バレているのだろうと思いつつも、そう真由美を窘めておくことにする。

 

帰校の道筋を辿る高校生たちは、帰ってからどうしようかと少しだけ思い悩む。

なんせこの関本との面会を許可した現・風紀委員長たる千代田花音の頭痛の種を増やしたのは理解しており……同時に、同行者の一人がプッチしたのは彼女を悋気に走らせるだろう。

 

 

『結局、大亜のスパイたちは目下、活動中―――もっとも彼らの目的が学生や企業の研究成果であり、魔法師の身柄、もしくは……『聖杯』という最大の魔力集積容量体である……色々と考えられているけどわからないのが原因なのよね』

 

「一つだけでなく『総取り』ということも考えられるのでは?」

 

『……そんな大それたことを、この戦力の補充や後背地の確保すらままならない他国でやれると思っているのかしら?』

 

「可能性は除去すべきではないと思います。そしてそういう我々…魔法師の『常識的』な考えを砕いてくるのがサーヴァント及び死徒などであると思います」

 

あの鑑別所での一件から3日後のキャビネットでの通信。出た相手はあの事件でも当事者である藤林響子だった。

 

その通信内容は芳しくない。当然だ。何の手がかりも無いままに、手当たりしだいに家探しをしたんだろうから。その疲れも相応のものだが……。

 

「そもそも、如何に他国軍が潜伏しているとはいえ、こういう案件は最初は警察が対応するべきものでは?」

 

『その警察との合同捜査だったのよ。千葉寿和という捜査官のチームと合同で当たっていたんだけど、私達(独立魔装)にお鉢が回ってきたのは、その背後にとてつもなく『ろくでもない』連中の影が見え隠れしていたからよ……』

 

頭を抱えて響子が言う『ろくでもない連中』の中には極まった神秘の能力者たちが含まれているのだろう。

 

『どうやら中華のサーヴァントたち、そのマスターは所属とか一枚岩ではないことは分かってきたわ……夜な夜なとんでもない戦いが『横浜』付近で確認されているもの』

 

「しょっぴけないんですか?」

 

『……画面に映っているのは全部、霊体たるサーヴァント戦のみだからね。幽霊を逮捕するにはゴーストバスターズが必要よ』

 

破壊神ゴーザ、霊界の大魔王ヴィーゴ大公を倒してニューヨークを平和に導いた架空のトラブルシューターを必要とする響子の言葉。

 

言うなれば『Say hello to GHOST BUSTERS』(ゴーストバスターズによろしく)というところか……。

 

そんなゴーストバスターズになれそうな連中は、今の所は沈黙するばかりだ。

 

『せめて魔術師……カルデアという組織全体ではなく、衛宮家だけでも積極的に協力してほしいのに』

 

「あの人のいい士郎先生でも、動かないということはカタギに手を出さなきゃ何もしないということなんでしょうね」

 

『……衛宮士郎が『ヒトのいい』なんて評せるのは、アナタぐらいね達也君』

 

暗い表情をしている響子。どうやら自分の見ている士郎先生の姿と響子の知っている士郎先生は違うようだ。

 

他者との認識のズレなど、どんな世界でもありえることなのだから……。

自分とて血生臭い一面など友人たちには積極的に見せたくないのだ。

 

『当日は、物々しい空気になるのは間違いないけど……発表、がんばってね』

 

出来ることならば、軍人『大黒竜也』を出したくないのだろう響子の魔法科高校のOG(二高だが)としての言葉を後輩として受けて『ありがとうございます』とだけ返してからその日の通信は終わった。

 

論文コンペまで、あと二日……。

 

もはや猶予は無いのだが、その疲れからソファーで居眠りをこくことになるのであった―――その際に実妹と色々あったのだが、達也としてもビックリするほどに何の心の動きも無かったのだ。

 

(顔を真赤にする深雪を見て、勘弁してくれと思ってしまった……もう俺は深雪に対して『だけ』感情を向けられないのか)

 

その事実に、ガーディアンとしては失格だと理解していても、せめて妹として守護してあげたいと思う気持ちを持つことはまだあった。

 

しかし……この事実を知られたならば―――。

 

(お袋、母さん―――俺は、達也はもはや、アナタの想いを無碍にした親不孝者だ。不良息子だ……)

 

そのどうしようもない独白が導き出すものは―――……。

 

 

――――――全国魔法科高校生学術論文コンペティション開催日当日。

 

特に何の役職にも就いていないアーシュラは横浜海浜公園を眺めながら物思いに耽る。

精々、達也の護衛程度であったアーシュラだが、数日前の八王子鑑別所での一件から副会長である司波深雪から解任請求を受けて、何の抗弁もせずに解任を受け入れるのであった。

 

彼女としてはアーシュラと達也が一緒だからこそ『騒ぎが大きくなる』などと何の根拠もない、偶発的な事態すらも「こちらのせい」として言ってきたのだ。

 

(別に構わないけどね)

 

そして朝もはよから現地入りしたメンバーたちに同行する形で横浜までやってきたのだ。

 

デモ機に付随する様々な搬入を手伝い(100kg相当の重量物)、ヒマを覚えつつも次には立華の『確認』作業の随行を行うことになっている―――それが現在のアーシュラの立場だ。

 

「地脈は問題ないわ。彼らとしても悲願たる聖杯を手に入れなきゃ意味はないもの」

 

「小聖杯のホムンクルスないし器は分かったの?」

 

「目下調査中―――と言いたいところだけど、本当に亜種の聖杯戦争だから。そんなものがあるのか分からないのよ」

 

「そっか……もしかしたらば、ワタシが器の可能性もあるのね」

 

「――――――それはさせないわ。絶対に」

 

力強く言われながらも、アーシュラは己のマスターに『配置』を聞いておくことにする。

 

「まずはギャラハッドとランスロットに関しては―――」

 

 

……そんな内緒話の類は見られており、何も共有出来ないことに少しだけ寂寥感を覚える。

 

(戦いは起きる。その戦いがどのような展開であろうとも、彼らは彼らの戦いをするのだろう)

 

そこに魔法師云々は無いのだ。それが寂しさの原因。

 

『彼女の戦場に、余分はいらないよ―――』

 

サーヴァント・ボイジャーの言葉が十文字克人を苛む。

そして―――色んな不安を孕んだ論文コンペは始まろうとしていた。

 

 

「で―――アーシュラさんはどこにいるんですか?」

 

九校戦の時には、衛宮さん呼びだったよなと思い出すほどには印象的な少女。一色愛梨の言葉に達也も深雪も苦しくなる。

 

こうして三高の姫騎士に詰め寄られることになった原因は、先程まで深雪と話していた一条将輝と彼女が、今回の警備部隊の一員であり、今回のボスであるはずの克人の紹介に一高の姫騎士がいないことが、引っかかったからだ。

 

ロビーにて二人に捕まった司波兄妹としては苦慮しつつも……。

 

「当初は俺の護衛役を勤めてくれていたんだが、深雪が解任してしまってな」

 

「お、お兄様!?」

 

「偽証した所で、話すヤツがいれば簡単にバレる話だぞ。そしてお前は『悪いこと』をしたつもりはないんだろ?」

 

「そ、そりゃそうですけど……」

 

「じゃあいいじゃないか。この二人に話しても」

 

結局の所……深雪のやったことは浅慮だったのだ。

何が何でもアーシュラを学園守護の為の剣にするのならば、こういう形(達也の護衛)で関わらせることが最上のはずだった。

 

彼女が目の届かないところで何かをやるとそれに付随する事態に目が届かなくなってしまうのだから……それを防ぐためにも、強制的にでも形式を作る必要があったというのに……。

 

そんな裏向きの事情は知らないだろうが、後夜祭における深雪のやったことを知っているだけに一色愛梨は盛大なため息を突く。

 

「私にも兄がいますけど……アナタみたいなダブスタをしようとは思えませんから、そういう感情は共有出来ませんが……その判断がトップとして凶と出ないことを願いますよ」

 

「一色、失礼すぎるぞ……それじゃまた」

 

捨て台詞のように『ダブスタ●妹』と言った一色の言葉は中々に深雪を傷つかせたが……この件に関しては、達也も同意見なので、慰めの言葉は言わないことにした。

 

「お、お兄様が慰めてくれない!」

 

「そりゃまぁ、俺もこの件に関してはミオリネ(?)と同意見だしな」

 

「ミオリネって誰だ!? トロフィーか!? 赤いタヌキの(キツネ)か!?」

 

分かってるじゃないか。などと怒る深雪に思いつつも、アーシュラはどこにいるのやら……などと思いつつも五十里が端末に出してきたヘルプに対応することになる。

 

そして当のアーシュラはと言えば……。

 

 

『『次の大盛りメニューお願いします!!!』』

「お、おまたせしましたぁ!!!」

 

急いで店員が持ってきたデカ盛りメニューの二皿目を完食せんと、ぶっちゃけ完食してしまうだろう二人のJK程度の年の子たちは色々と目立ってしまうのである

 

論文コンペ会場からほど近い場所。大食い挑戦メニューを出している店にて、『一人の少女』との戦いに興じているのであった……。

 

 

 



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第113話『横浜開戦』

好敵手との戦い。デカ盛りメニューの全てを食覇したアーシュラは…食後のデザートたる『パフェ』を頬張りながら、対面に座る同い年ぐらいの少女。

 

その相手の健闘をたたえつつも―――。

 

「……何処かであったかしら?」

 

「いいえ、初対面です」

 

赤毛に金色が混ざるざんばらな髪をした少女―――野暮ったいぐるぐる眼鏡を掛けた子は……やはりどこかで見たような気がするが、それでも―――。

 

「良きフードファイトでした。今度出会うことがあれば日之出食堂の『赤かつ丼』で勝負しましょう」

 

―――相手の素性をみだりに問いたださないのはフードファイターの節度ある態度である。

 

パフェを食い切り、口元をハンカチで拭いた名も知らぬ好敵手に。

 

「ええ、その時を待つわ」

「――――それでは」

 

果たされるかどうか分からぬ再戦の約束を取り付けるのであった。

 

そうして赤金のメガネっ娘とは違いお茶を一服してから、『そろそろ』かと思ったアーシュラは……。

 

「お勘定!!」

「ま、またの来客をお待ちしていまーす」

 

電子決済で済ませるとはいえ、支払いを済ませたことを告げて確認させる手順は必要なわけで、店員さんの声を後ろにしながらアーシュラは、店を後にして高まりつつある戦いの予感を前に身震いをさせるのであった。

 

 

午後のプレゼンテーションは恙無くとまでは言わないが、大きな混乱もなく終わっていく。

 

その様子を特に見もせず論文コンペ会場の『屋上』へと陣取ろうとしたのだが、その前に一番厄介なのに捕まってしまった。

 

「よう。今日は随分と遅いんだな」

 

「朝も早くからここに入っていたのよ。昼食ぐらい市街(ソト)で取っていてもいいじゃない」

 

「そうか……」

 

「最後のツメあるんじゃない? 行ってきなさいよ」

 

今日のプログラムから察するに、そろそろ一高の出番だと思っているアーシュラは、ここに一人でいた達也を変だと思うのだ。

 

あの金魚のうんちのようにくっついていることが是の司波深雪はどこにいるのか―――。

 

「振り切ってきたんだよ」

 

「ワタシに会うために。とか言われても嬉しくないから♪」

 

「機先を制された」

 

笑顔で言いながらも、心は無情。されど……。

 

「まぁとにかく、しっかりお勤めを果たしてきなさいよ。雑事と言うかアナタ達の手を煩わせないようにしたいところだけど」

 

「無理なんだろ……響子さんが言っていたけど、出来ることならば、軍と協力してほしいんだとさ」

 

「それこそ無理よ。市民の避難にだけ専念してほしいもの」

 

軍人たちの節度を守ってほしいのだが、魔法師なんて鼻っ柱の強いだけの自慢しいどものことだ。無理に前に出ようとして被害を拡大させること請け合いである。

 

ゆえに……結果として、屍が増えるのだ。

 

「内部はギャラハッドに任せているわ。一高制服というレアな衣装に変えさせているから、問題ないでしょ」

 

「問題アリだ。あの少年騎士はイケメンすぎて、全魔法科高校女子の視線を集めすぎて、積極的な女子は『写メ』を一緒に撮ったりしているぐらいだぞ」

 

「ちなみにワタシも撮っといたわ。ギャラハッドのレアな衣装だもの、写っておかなきゃ♪」

 

「消せ」

 

「ふざけんな」

 

壁に佇んで護衛としての立場でいる身元不詳の少年騎士を思い出す達也。

最初は千代田委員長及び服部会頭などの意見で適当な人間に変装・変身してもらおうとしたのだが……。

 

『いざという時、私は皆さんをお守りする立場にならなければならない。その際にそのような虚偽を行っていた相手を信用できますか?』

 

『なにより『チカラの消費』は抑えておきたいのです』

 

何かが起こると仮定して、そういう態度であった彼―――魔法師とは違い、日常が常在戦場であった時代の英傑の言葉はそれだけで一種の魔法のように、魔法師に確信という威圧を与えるのであった。

 

だが、そんなことはどうでもよく、アーシュラの端末を奪おうと迫りくる達也を避けつつ、ぎゃーぎゃー言い合っている内に。

 

「お兄様!! アーシュラとイチャコラしない!!!

この後、もみくちゃになりそうで押し倒すという古典ラブコメなことが容易に想像できますよ!!」

 

とんでもねーロマンキャンセル女がやってきたのであった。

ともあれ副会長様の引き剥がしで達也は、アーシュラから離れざるをえないことに。

 

「……アーシュラは何処に行くんですか?」

 

「屋上よ。発表会で礼賛の拍手でもしたらば、アナタ、不機嫌になるでしょ?」

 

「別にそこまで私は……」

 

言葉を掛けてからアーシュラは屋上への階段を上がる。

 

その後姿に幻視をする。

 

孤高の王……彼女だけが王道の階段を駆け上がり、そして誰も彼女を追えない。

 

追いつくことすら出来ない。

隣に立ちともに戦うなんてことも出来ない。

 

けれど……高みに立つことだけを目指してきた魔法師に対するアンチテーゼになっているから、深雪ですら何も言えないのだ。

 

(それを変えたいんだ)

 

市原、五十里―――そして外部協力者である平河の協力で出来た今回のシステムは、それなのだから。

 

ただその一方で、アーシュラの隣に並び立つことが出来ない寂しさを達也は覚えるのだった。

 

 

「では手筈通りに」

 

「劉道士の孫は動くのだな?」

 

「ええ、今は諍いを一度抑えてでも、聖杯の確保が優先ですからね。あなた方、大亜軍人たちの奮闘に期待しますよ」

 

美麗の料理店オーナー……現在は豪奢な道士服に身を包んだ男の言はいまいち信用しきれない。

 

だが、本国から『艦艇が来ない』ということが確実になった以上、撤退という指示が出ていないのならば、そうするしかないのだ。

 

陳は、改造された『部下』に不憫さを覚えながらも、それでも……戦うことを選んだ彼の意思を尊重しなければならなかった。

 

―――私に汚辱を雪ぐ機会を下さい―――

 

「ではお願いしますぞ。周道士」

「ええ、お互いにね」

 

悪鬼を倒すために別の悪鬼と契約した気分である陳祥山は、周を見送ってからため息をつく。

 

ため息の原因はこの作戦ではない。

 

……更に別の『悪鬼』から『ケラケラ笑いながら』渡された『注射器』のケースを見ながらこれを使う時が来るのかと恐れおののくのであった。

 

そう。自分に定められた決戦の日を認識せざるを得ないのであった。

 

 

 

「でも、僕たちも負けないよ。いや、今度こそ君に勝つ」

 

その背中に投げつけられた声。 稚気と評するべきだろうが、悪い気はしない。 何か気の利いたセリフでも返してやろうか、と達也が足を止め振り返ったその時。

 

拍手喝采が鳴り止まぬコンペティション会場にいる全員が怖気を覚えるほどの魔力の波が襲った。

 

「な、なんだ今の!?」

 

挑戦的であった吉祥寺ですらその数秒程度の寄せては返す波のようなチカラに驚きは隠せなかった。

 

次の瞬間、更に大きなチカラが直上に感じる。

 

「アーシュラ!! 何が起きているんだ!?」

 

この横浜国際会議場の直上に陣取っている女子ならば何かを知っているはず。だが、当然ながら声をあげれども返事はない。

 

だが、それでも変化は起きる。この混乱に乗じたのか、それとも元々潜入を果たしていたのか、はたまた何かのインチキでやってきたのか……闖入者がコンペティションステージにやってきた。

 

ドアを蹴破り、行儀悪く侵入を果たした闖入者は面妖であった。

 

持っている得物―――サブマシンガンを天井に向けて発砲する威嚇をして騒ぎが大きくなる。

 

だが得物以上に着目すべきなのは、その風体である。衣服はいわゆる典型的な軍人のもの。

 

問題は、その頭にあるヘルメットだかヘッドギアだかである。

黄色の球形されど側頭部の辺りから出ているケーブルが、背中の方に伸びてなにかに接続されている様子。

 

そのヘッドギアには『目』と『口』が存在していた。

 

いや機能が『目』なのか『口』なのかすらわからないのだが、目は目の位置から少しだけ筒が伸びているように存在、口は人間の歯並びを全て再現して口の辺りに描かれている。

 

ちなみに言えば真っ黄々(まっきっき)で、いい歯ではなさそうだ

 

アゴ部分は左右と下に鋭角的に棘が伸びている……。見るものによって表情がどうとでも取れそうだが、達也はその『面』に邪悪な笑みを感じた。

 

(連邦に反省を促したいのか?)

 

そう問いただしたくなるぐらいには奇態なマスクをした連中は……総勢10名。

 

「おとなしくしろ!!」

「デバイスを床に置いて、手を頭の後ろで組んでいろ!!」

 

完全にこちらを無力化しようとする言葉に吉祥寺が、その前にデバイスで相手を無力化しようとしたが―――。

 

「言うことを聞かんかっ!!」

 

10名いれば客席側だけでなく、壇上の方にも注意が向くか。吉祥寺真紅郎に盛大なフルオートでの発砲。

 

だが、この時の吉祥寺には勝算があった。軍事に詳しいというほどではないが、彼の高校が尚武を旨とする三高で、かつ彼は一度……魔法師に相対する軍人のフォーマルな武器というものを『見て』『知って』それを諳んじれていたのだ。

 

その中でも歩兵が携帯できる重量ではハイパワーライフルというものであると分かっていたので、やってきた闖入者の得物がそれではないと気付くと。

 

(障壁で凌いだ後に、あるいは僕に火力が集中していれば―――)

 

如何に障壁・防御魔法を『十』の数字持ちほど得手としているわけではないとはいえ、サブマシンガン程度の武器を防御出来ないわけがない。

 

10名全ての火力が向けば流石にマズイだろうが、それでも1〜6名程度ならば!!

 

そういう打算ありきで展開した障壁がガラスのように砕け散る。音速で放たれる弾丸が驚愕で固まった吉祥寺を穿とうとした瞬間……。

 

その弾丸が横合いから『飛んできたもの』で全て撃ち落とされた。

 

「「なっ!?」」

 

被害者と加害者の驚愕の声が重なる。それぐらい常軌を逸した現象であり、常識外の現象であると気付けたからだ

 

雀蜂(ホーネット)装備とはまた懐かしいものを出してくる……」

 

「貴様ッ!!!」

 

手頃な石を弄びながら呟くように言う男子生徒。いつの間にか、自分たちの横―――自分たちが蹴破った扉付近にいたのに気付くと全ての銃口が、その男子生徒に向けられる。

 

「ギャラハッドくん!!」

「逃げてギャラハッド君!」

 

女子の心配するような声が重なるのを達也は聞き届ける。

 

だが、そんなことに構わず聖杯の騎士は瞬発した。数多の銃弾の全てが彼を穿とうと殺到するが、それを最小限の回避と投石だけで何とかする。

 

そして一番右端にいた男(?)の目前までいたると。

 

「これ貰いますよ」

 

などと軽い調子で男の手にあるマシンガンに触れると、何かの手品のようにマシンガンは彼の手に収まるのだった。

 

そしてそのマシンガンを発砲するわけでなく……。

 

「せいっ!!! ふっ!!!」

 

「あばっ!」「おぷばっ!」

 

それを殴打武器として使用するのであった。

 

昔の英雄だから発砲装置のことを知らないのだろうか?などと場違いな感想を達也が思った時には10名の特殊部隊員らしき連中は無力化されていた。

 

拘束・聖骸布(シール・アリマタヤ)

 

気絶しているとはいえ起き上がることもあるとして裸にした上で簀巻きのように白い布で彼らは拘束されるのであった。

 

「助かりましたが……一体どういうことで?」

「少年魔術師、君の障壁が効かなかった原因は単純な話―――この短機関銃の銃弾には魔力が込められていたんだよ」

 

壇上から降りてきた吉祥寺に対して、慣れた様子で機関銃の弾倉から銃弾を一発取り出す様子から、どうやら古代の英霊だから扱いを知らないというわけではないようだ。

 

「銃の機構ではなく銃弾に改良を施した魔法師殺しの兵器……!?」

「それとこのヘッドギアも『魔弾』の威力向上に一役買っているんでしょうね。ともあれ―――ここは大丈夫ですね」

 

一仕事終えた体で語るギャラハッド卿だが……。

 

「ギャラハッド……我が息子よ。貴卿が、このように力なき民を守る騎士としての立派な姿を見れて私の胸は歓喜に震えるっ!!!!」

 

感涙に耽っている美麗の騎士が現れた際に……。

 

「ただの不審者ですね。撃っときましょう」

 

「どわああああ!!!」

 

父親であるランスロット卿の言葉に対して完全に敵意を示すギャラハッド卿。

だがランスロット卿も、そのマシンガンによる攻撃に難なく対処する辺り、似たもの親子なのだろう。

 

「あなたはマスター立華の示したラインを守る役目があったでしょうが、何故此処に?」

 

「色々とあってな。お前を迎えにきた。敵の攻撃は現在は『強襲』だけだが――――『奇襲』もありえるからな」

 

「―――成程、ならば―――途中の敵を掃討しながら外に行きますか」

 

短いやり取り。それだけで百戦錬磨の古強者2人は悟ったものがあるらしく回収した短機関銃2丁をランスロット卿に投げて寄越すギャラハッド卿は、その後には特に言葉もなく蹴破られた上に銃弾で病葉も同然となった扉から父親と共に外へと駆け出すことになるのであった……。

 

そしてそれを呆然と見送ることになった会場内にいる魔法科高校生たち―――その中でもいちはやく覚醒を果たした七草真由美が現一高会長である中条あずさに頼み、混乱と恐怖でどよめきそうな会場を―――『弓』で鎮めさせることにするのだった。

 

そして、中条会長と同じく『弓』を使って事態の対処に当たっているのが、アーシュラであったのは、ちょっとしたシンクロニシティであったりする……。

 

 

―――雀蜂襲撃の3分前……。

 

屋上にてひなたぼっこをしつつも、来たるべき時を待っていた……。

 

中華異聞帯は秦帝国が『世界制覇』を果たした世界であった……そして、その残滓を利用したというのならば、横浜で戦いを繰り広げる英霊たちには大なり小なり『驪山』の『凍結英雄』たちの性質がある……。

 

そして世界制覇を果たした異聞帯の王……始皇帝は、仙人に至りて全世界に『眼』を行き渡らせ、すべての民を管理していた……。

 

「つまり―――軌道爆撃・軌道降下も出来るということね」

「始皇帝陛下の『長城』を模したエネミー落とし……やれやれ。中華世界は魔境ですな」

「だが、我らがやらなければいけないのだ。此処には守るものが多すぎる」

 

アーシュラの呟きに対して、答える影2つ。

 

片方は赤毛をロングに伸ばして、目を閉じたスマートな騎士。

片方はフェイスの爽やかさとは裏腹にその下にある強壮・豪壮な肉体を鋼以上の硬さの鎧で包んだ騎士。

 

「さぁて! あんときは荊軻(ケーカ)とスパルタクスにいいとこ取りされちまったが、叛逆三銃士の1人……あの戦いで生き残っちまった一人として、叛逆させてもらおうかい!!」

 

「モードレッドが歯を見せて眼を輝かせている……! この状態のことを巷では『モーちゃん。歯鋭っ!』と言っていたりする……!!」

 

モルガン(伯母)の子2人も元気いっぱいなようで何よりだ。その手にある武器も『遠距離使用』になっている……などと思っていたら―――ついに始まる。

 

遠く―――というほどではないが……。

 

『本牧市民公園』

『根岸森林公園』

『旧ハマスタ(横浜スタジアム)

 

その三箇所から強烈な勢いで『光の柱』が天高く伸び上がる。

 

伸び切ったところが何百メートル上なのかは分からない。しかし頂点に達したそれが一対の翼のように分かたれて鎮座する。

 

その翼から堕ちる羽の一枚一枚は幻想的だが、途中から軌道を変えて変則的な動きを見せていく。

 

向かう先は国際会議場。

その羽根の一枚一枚は、『爆撃』であり『砲撃』となって横浜海浜地区及び会議場を狙って襲いかかる。

 

迎撃(いんたーせぷと)――――!!!」

 

アーシュラに言われる前から得物を構えていた円卓の騎士たちは魔術師が見たならば仰天するほどに盛大すぎて豪華すぎる迎撃行動に出ていく―――……。

 

 



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第114話『英雄乱武琉(ヒーローランブル)

そうか。つまり魔獣嚇は『邪悪龍』だったんだ! 別にドラゴンボールのマイナスエネルギーを受け取ったわけじゃねーけど、そうとしか思えないな

そしてアルズベリ天動説……同時に眼鏡大好き作家が実装を待ち望んで同人誌まで描いちゃったあの人の実装が現実味を帯びてきた。

やはり裸マントが最終か!? などなど思いつつも新話お送りします。


正面出入口の前は、ライフルと魔法の撃ち合いの真っ直中だった。

 

『本来』ならば……。

 

協会に雇われた警備会社の魔法師たちは、現れた『敵』であろう存在の卦体さに最初は驚くも、すぐさまそれが油断など出来ない強敵であることに気付かされる。

 

対魔法師用のハイパワーライフルではなくサブマシンガンであることが色んな意味で油断を誘ったが、その『イエローフェイス』と『ブラックフェイス』とが放つ銃弾が、こちらの障壁などをものともしていないのだ。

 

「くそっ!!! 援軍はまだなのかっ!?」

「援軍だと!? そんなものがどこにいるというのだ!?」

 

血と汗に塗れながら、もはや罵り合うしかなくなるぐらいに追い詰められている森崎家の雇われ警備員たち。

 

障壁ではなく柱を、最大級の情報強化をしてでも防御柵として利用しなければならないぐらいなのだ。

 

仮称・ゲリラ兵はコンペティションステージを襲った連中と同じ風体であった。サブマシンガンの火力でなぜこちらを害することができるのか? その理屈に全く見当が及ばない人間たちだが……。

 

(あちらの火力を上回るほどのものがあればよいのだ!!)

 

こういう事態を想定していたわけではないが、それでも持ち込んだ火器(CAD)の中には、これを何とかできるものがあった。

 

「待たせたな!!!」

「援護を頼む!!!」

 

ゴルフバッグを2つ重ねたような大型のホウキ。ある魔法を発動させるためだけに作られたそれは『ゲイ・ボルグ』と称される『レールキャノン』である。

 

もっともそのための不足電力を補うバッテリーが、大型化した原因なのだが……。

 

ともあれ、対戦車用の歩兵兵器などオーバーキルなのだが、今はこれが希望の星であった。

 

チャージと起動式の読み込みまで数秒の時間を要するレールキャノンのガンナーの発射を支援するように、警備員たちの火勢が上昇する。

 

「やつらデカブツを出して強気になってやがるな」

「ではどうします?」

「死霊爆弾と指弾を使うぞ」

「了解」

 

柱を遮蔽物にして『雀蜂』たちの隊長格である『黒』は、全員に『戦場のネクロマンサー』が開発したネクロアームを用意するように言う。

 

『投げろ!!!』

 

言葉で投げ込まれたのは、やや萎びて赤黒い色をした――魔術師の心臓である。 雀蜂たちはそれを協会の雇われ警備員たちの密集地帯へ投擲した。ガン!!と音を立てて、彼らの傍に心臓が落ちる。

 

本来のものよりも『兵器』としての性能を突き詰めて、手投げ爆弾型に加工したものであるが……

 

次の瞬間、それは勢いよく膨らんで破裂。中に詰まっていた魔術師の歯や爪が魔法師の体や張っていた障壁や魔法の鎧に食い込むと、彼らは毒を飲まされた如く苦悶して、のたうち回る。

 

胸を掻きむしり、喉を何度も掻きむしる様子。

苦悶は同時に唾を呑み込むことすら許さず、あらゆるものを口から吐き出す。

 

そして頼みの綱であったレールキャノンのガンナーは即死であった。

 

他の人間たちと違いレールキャノンにだけ魔法を集中させていたがゆえの不運―――と片付けられるだろうか……。

 

「殺せ。心臓は次の爆弾(ボム)に使うから切り取れ」

 

などという言葉が聞こえてきたのだが、もはや意識も混濁している……そうして若き警備員一人の命が終わろうとした時に、黒と白の輝きがやってきた―――。

 

 

 

事態の全てを見届けるべく、騎士の親子を追うように先頭を走っていた達也は、出入口の扉の陰で足を止めた。彼の背中に続いていた深雪も兄に従い立ち止まったが……。

 

「お兄様……」

「戦闘は終わっているようだな」

 

そんな出入り口の戦いの様子は、分かりやすかった。

森崎家の警備員たちはある程度の回復を見せて何とか状況の確認をしている―――1人は死んでいるようだが……そして敵側であっただろう『マスクアーミー』たちは、全員が無力化されて拘束されていた。

拘束していたのは赤布……俗に聖骸布である。

 

「出る幕が無さそうだな」

「あのマスクアーミー達は、あのサブマシンガン以外の武器も使ったんだろうな」

「うん……多分だけど『怨霊』『悪霊』……左道の術だ」

 

左道……仏教で言うところの死者を操るすべのことだろう。幹比古の読み取った事実を推測するに、ネクロマンシーの術を使ったというところだろうか。

 

ともあれ、ここが激戦区であり建物内に危険を見いだせない以上、『野外』(そと)こそが脅威なのだと気付けた。

 

先程から強烈なエーテルの発露が身を揺らしている。アーシュラがなにかに対して戦いを挑んでいるのだ。

 

そうして弾痕と血反吐が撒かれた出入り口から外に出ると――――

 

『夕空』(そら)を覆い尽くす白い羽根。そしてそれは何かの敵性らしく、地面や建物に落着を果たす前に、屋上に陣取った連中がそれらを破壊していく。

 

「あの羽根の一枚一枚が、戦術級魔法と同レベルのエイドスを有している」

 

「それだけじゃ無さそうです。あの羽根は何かを内包している」

 

「―――柴田の言う通りだ」

 

達也の指摘に付け加えた美月の言葉。それに同意するのは、いつの間にか外にいた十文字克人であった。

 

「どういうことですか?」

 

「言葉通りだ。どうやらあの羽根は、着弾すると同時に司波の言うように破壊を招いた後に、そこを『苗床』にしてアーシュラの言う『ソーサルエネミー』を、『召喚』なのか『精製』なのかは分からないが発生させている」

 

その証拠なのか、サーヴァントアーチャーズともガンナーズとも言える連中でも出してしまう打ち漏らしが海面に着弾。

 

吹き上がる水柱は高い。同時に発生する盛大な破壊の圧がこちらを戦かせるも、そこでの『魔法式』の展開は終わらない。

 

十文字の言う通りそこに魔法陣が発生する。強烈なものだ。幾重にも発生するそこから一高を襲ったエネミーの類が生み出される。

 

その数およそ60体ほど……。

 

海面で発生したにも関わらず、その機械兵は構わずに進撃を開始する。

 

「十文字先輩!!!」

 

迎撃しなければという焦燥の想いが深雪から出たが。

 

「撃て」

 

厳然たる言葉。大声ではない。だが、はっきりと通り硬質の声の指示の元、どこからか現れた全身鎧の騎士たちの集団。

古めかしすぎて、銃火が飛び交う現代の戦場において場違いがすぎるその装備をした騎士たちの内、長弓を構えたものたちが、上陸しようとする機械兵たちを穿ち撃ち―――そして消滅させた。

 

ガシャガシャという金属が擦れ合う音が、この上なく異質だが………それでも、この場において誰よりも頼りになる。

 

そして、その騎士集団のリーダーであろう黒騎士。随分と今まで知ってきた円卓の騎士よりも『厳つい顔』をしている……神経質なのかもしれない。

 

「円卓の騎士 アグラヴェイン。ここは私たちが請け負う。君たちは早く逃げなさい」

 

簡潔な自己紹介。同時に指示されたことだが、それに素直に頷けない。

 

「俺達は―――」

 

「やめておけ。只人(ただびと)の軍であれば君たちでも戦えるだろうが、此処は既にそういう常識が通用しないのだよ」

 

言おうとした言葉を砕く硬質の言葉(しんじつ)。同時に反論を許さないほどに『正論』(げんじつ)を叩きつけられて、全員が呻く。

 

「分かりました。サー・アグラヴェイン。ですが、会場内でやるべきことが我々にはありますので、すぐさま逃げることは許されないのです」

 

「そのための時間稼ぎは私達と姫君たちが行おう。か弱き者たちを守るために剣を振るうことこそが、騎士の勤めゆえにな」

 

十文字の言葉に返したアグラヴェイン卿の指揮は確かなものだ。任せていいのかもしれないが……。

 

「行くぞ。実験筐体をどうにかしなければ、撤退することも出来ん。サーヴァントはともかくとして、動いているかもしれない大亜軍はこっちが狙いかもしれんからな」

 

言いながら会場内部に入り込んだ克人に全員が続く、出たと思ったらば入ったり忙しない限りだが……。

 

(アーシュラ……)

 

アッドの弓形態だろう武器の弓弦を引く姿と眼差しに、いつぞやの弓道場での姿を思い出す。

 

振り返って見えた姿に、彼女の手助けをしたいというのに、どうしても『力不足』である自分。非力さを覚えつつも、それでも……。

 

「俺はお前を助けたいんだ……」

 

自分の気持ちが口の端から紡がれることは防げないのであった。

 

 

「そうよ!! 北欧ファミリーズを大至急!! それと『源氏アーチャー』を!! ええ、あちらは物量作戦に転じている!! こっちは防戦だけなんですよ!! 内地側から攻撃を仕掛けられている以上――――『聖杯』の降臨を狙っている地は一つです……はい。はい―――――では、お願いします」

 

一通りの通信を終えて、ことの始まりから陣取っていたVIP用の会議室で戦況を見るに状況は悪すぎる。円卓の騎士たち全てで防衛線を貼らなければいけないほどに、やられた思いだ。

 

(大亜の船舶が無いのは僥倖だけど、どこからか侵入してくる。有り得るのは海底からの侵入―――『戦車』で来るわね)

 

モニターに映し出される全ての映像を見ながら、藤丸立華は歯噛みする。

 

「……手を組んだわけね。中華の軍と魔術組織が」

 

混沌とした戦場ではあるが、ようやく見えてきた絵図……狙っているものは多い。だが―――。

 

「とにかく砲撃を止めなければいけないわ。三箇所に向かわせる戦力を抽出するためにも―――」

 

不意にその言葉が止まる。

 

何者かの気配を感じる。

それは恐怖を覚えるほどの圧……。

 

「カルデアのマスターだね?」

 

「……どちら様だったかしら?」

 

後ろから聞こえる声。入口付近から聞こえる言葉に緊張は増す。令呪を用いてアーシュラを呼び寄せる……そうすれば、この横浜会場が崩れるだろう。

 

多くの考えが混在する中、その声はとてつもない圧を覚えるのだ。

紛れもなくサーヴァント。それも王か皇帝を思わせる覇気を感じる。

 

「いま思念で屋上(うえ)にいるアルトリウスの娘でも呼べば、悲惨なことになるだろうね。安心しな。別に取って食おうなんて話じゃないんだ」

 

振り向かずに会話をすることに意味があるかは分からない。それでも振り向くことは容易ではない。

 

「―――要件を伺う前に名前を聞いておくわ」

 

だが、それでも意を決して振り向くと、そこには……。

 

「!!!!!!」

 

ワタシ()のマスターは、この騒動をいたく嫌っている。不愉快なんだよ―――よって『同盟』を結ぼうじゃないカルデア」

 

―――『シーザー』がいたのであった……。

 

 

そんな邂逅と同時に戦場に変化が現れる。

 

「……圧が減った?」

 

「ですね。この国の兵士たちが砲兵陣地に無謀な攻撃を繰り返したのが、功を奏したのでしょうか?」

 

それはあり得ないだろう。三箇所の砲撃陣地には強力な結界が張られていたのだ。それを破って、その上であそこを守るエリア・ガーディアンと呼ぶべきものを全て打倒して『翼砲台』を停止させることは―――。

 

「姫! 翼柱が落ちていきます!!」

「小休止出来そうかな?」

 

ガレスの言葉通りに旧ハマスタ跡地からの砲撃が落ち着くと、次いで本牧市民公園も沈黙する……。

 

(誰かが動いているのかしら?)

 

明らかに襲撃を受けているらしき様子で火の手すら上がっているのだ。誰かを確認させにいきたいのだが……あるいは本物の鷹の目持ちの弓兵であれば、どういう相手であるかが……。

 

「お父さんならば見えたかな?」

 

そして根岸森林公園の翼柱が沈黙をしたところを見るに、やはり誰か……サーヴァント級の存在が動いたと見るべきだ。

 

「まだまだ戦いは続くだろうけどよ。今のうちに補給しておけよアーシュラ。お前がアタシたちの現界の大本なんだからよ」

 

「為朝殿が全速力で向かっているそうですからね。いざ砲撃再開されたとしても、何とかなりましょう」

 

モードレッド、ガウェイン……両名からそんなことを言われたアーシュラは、そういうことならばと思って……。

 

「ご飯を食べたならばすぐに戻ってくるわ」

 

そう言ってから、会議場内部に戻るのだった―――。

 

 

 

「成程、それでお前はメシを食っているのか……」

 

一連の流れを食いながら集まっている全員に説明をしたアーシュラ。

 

納得しづらいものもあるのかもしれないが、まぁ納得しろやということである。

 

「地下通路を使って避難させたのは、この展開を読んでいたからか?」

 

「そうなんでしょうね」

 

現在、一高の教師にしてアーシュラの両親は多くの生徒達を地下通路から誘導して避難させようとしている。

 

「けど遭遇戦とかにならないかしら?」

 

エリカの質問はもっともであった。実際、達也としても大亜軍程度ならば問題ないとしても、サーヴァントやソーサルエネミーが出てきたならば、流石にマズイのではないかと思うのだが……。

 

「心配ないわ。通路で遭遇戦になるのは『先行偵察』と『長距離通信』が出来ないからであって、その手のことに長けた3騎を就けているから」

 

「そちらにもラウンズを就けていたのか!?」

 

「ええ、ユーウェインとベディヴィエールにブリトマートを」

 

克人の言葉に、こともなげに答えるアーシュラ。

 

大概は魔法師である自分たちではサーヴァントの負担の強烈さは測れないのだが、それでもアレだけの戦闘をこなしている、尋常の理に囚われない存在であるサーヴァントたちに魔力を供給するラインは、アーシュラ一人だけなのだ。

 

どう考えても、『あり得ない』と思うのだが……。

 

「幹比古……魔術師一人で高位精霊を10人以上も使役するなんてことは、可能なのか?」

 

「無理だよ……魔法師の魔法と違って魔術師の術は、全て『等価交換』で成し遂げられるものなんだ。英雄が昇華した高位精霊なんてものと契約した上で彼らに戦闘を担わせるならば、当たり前だけど、その戦闘に使われる魔力は自前の貯蔵分があったとしても、最後には契約者から賄われるんだよ………!! アーシュラさん、やはりキミの身体は神代回帰している……」

 

驚愕している幹比古。その視点とか想いを全て共有出来ているわけではないが、アーシュラがかなりメチャクチャなことをやっていることぐらいは分かる。

 

大丼のラーメンを食い切ったアーシュラは。

 

「まぁウチのお母さんならば、地下にいても天空へとビームを放って地上への()を作れるからね。問題ないでしょ」

 

サーヴァント関連のことをスルーして、そんなことを言うのだった。

 

「それでも心配ならば行ってきたらいいんじゃないですか?」

 

「沢木、服部―――行ってきてくれるか?」

 

「「はいっ!!!」」

 

体育会系のノリなのかもしれないが、ともあれ勢いよく駆け出した2人を見送ったあとには、何となく聞くことに。

 

「で、皆さんはいつになったら避難するんですか?」

 

「そうしたいところなんだが……これならば俺たちも地下道を通った方が良かったかな?」

 

「これがただの軍事的策動ならば、あちこちは制圧されていたんでしょうけど、今ならば特に問題なく地上から都内に帰れるでしょう」

 

アーシュラの言うことはもっともだ。現在の横浜に『大亜人民軍』の兵隊たちは一兵たりとも展開していない。

 

港湾に『船舶』は『一隻』も無い。

そして……『砲撃』も止んでいる。

 

だが、それが嵐の前の静けさにしか思えないぐらいに、何かが恐ろしいのだ。

 

「とにかく立華から話を聞かないと――――――」

 

どうやら……アーシュラの方でも混乱をしているようだが、ともあれデモ機の類からデータは移されているし、現物は既に消却済み。

 

避難するばかりなのは当然なのだが……早々に動けない。

 

この状況でメシばっかり食っていたアーシュラと、それを様々な想いで見ていたメンツではあるが、そんな所に2人の男女、野戦服姿の軍人がやってきたことで少しだけ事態は動き、そして―――。

 

藤丸立華が連れてきた存在で、怒涛の如く事態は動くのであった……。

 

 

 

 



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第115話『明かされた真実』

メシを食いつつ全員の様子や話し合いを見聞きしていたアーシュラだったが、どうやら全員が避難をするという形で一致したようだ。

 

余計なことを考えずに戦いに集中出来そうだと思うも……。

 

「アーシュラはどうするんだ?」

「此処に残るわよ。聖杯の確保もカルデアというより魔導に生きるものとしての務めだもの」

 

テリヤキバーガー(二刀流)を食いながらの言葉に、全員が何とも言えぬ表情をする。

 

「アーシュラ……俺たちは―――」

 

何かを達也が言おうとした瞬間、野戦服を着た男女が食堂に入ってきた。

 

「何処に居るかと思えば、こんなところにいたのか……」

「アーシュラちゃんが補給をするために食堂にいるだろうことは予想通りでしたけどね」

 

この食堂においては異質すぎる2人の男女は愚痴るように言ってから、自己紹介をした。

 

女の方―――若い女性は少し前に八王子の鑑別所でも会ったりした人だが、男の方は九校戦でしか会ったことがない人だった。

 

「あの時の少佐殿が風間殿でしたか……その節はお世話になりました」

 

感心したような口ぶりの克人の声を聞きながらもアーシュラは構わずにメシを食らう。

 

モノを食べるときは、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。

 

独りで静かで豊かで……。

 

(まぁこの場では無理だろうけど)

 

急須を出して茶を濾して湯呑に注いでから熱々のそれを呑んでおくことにする。

 

(そろそろ立華を探しに行こうかな……)

 

未だにこちらからの念話に答えようとしないマスターにしびれを切らして、湯呑の茶を飲み干してから出ていこうとした瞬間。

 

「待ってアーシュラちゃん! 私達は今から敵対勢力へとカウンターを行いたいのよ! 協力してくれない?」

 

「そっちはそっちで勝手にどーぞ。ワタシの敵はワタシで見つけて狩り出すだけです」

 

「相変わらずの無頼漢ならぬ無頼乙女だな……だが、君たちの勝手がこれ以上許されるなどと思うなよ! カルデア!!」

 

「勝手だと? 随分と居丈高に言うが、我ら星見の系譜は、お前たち魔法師の『人理への腐食』の尻拭いをしているだけだ。自分たちの不始末すら片付けられない自儘なだけのデミエルフの成り損ないが、よくもまぁ吐かす」

 

響子への軽い対応とは違い、風間の言いようにはとことん噛み付くアーシュラ。その瞳はいつもとは違い冷たい輝きを灯している。

そしてその言いようはこの場にいる全ての魔法師たちを責め立てるような言い分であった。

 

「待って待って!! アーシュラちゃん!! 少佐の言いたいのはね。わたしたちは協力できないかってことなのよ! それは考慮してくれないの?」

 

「ワタシが言いたいのはみんなして安全に横浜から都内に帰って欲しいってことですよ。アナタならば分かるでしょう藤林響子さん? 京都・奈良でアレだけ『純粋神秘』にやられたアナタ(・・・)ならば」

 

響子がフォローするように2人の間に入り込んで言うも、それに対してもアーシュラは無情だった。

だが、その言葉で分かることは……この先の戦いに魔法師が通用する戦場は無いのだということだ。

 

「そこまで……私達は無力かしら?」

 

響子の声と言葉には苦悶と苦衷が混ざっていた。

それはアーシュラの言う京都・奈良での戦いを引きずっているからだろう。

 

「無力ですよ。只人の戦士を相手にするならばあなた方はそれを畏怖せしめるチカラはありましょう。だが、それは決して神理の域に手を伸ばすものたちを脅かす力じゃぁない」

 

「………」

 

その断言と『実例』の多くを目撃してきただけに、響子もソレ以上は言えなくなる。

 

(本当ならば頬桁を引っ叩きたいんだろうな……)

 

力強く握りこぶしを作って耐えている様子の響子を見た達也がそう思うも、構わずアーシュラは出ていこうとする。

 

そんな最中……。

 

「なかなかに剛毅じゃないかアルトリウスの娘。闘争の場に相応しくないもの、戦士として不適格なものは要らないとする態度は正しいよ」

 

などとアーシュラの無情な態度を称賛する存在が食堂のドアを蹴破って出てきた。

 

ドアは猛烈な勢いで飛んできて風間を直撃しそうになったところで片手でキャッチするはアーシュラであった。

 

まるで軽いもの……せいぜいペットボトルを投げられるも軽くキャッチをした風だが、くの字に拉げたドアの飛んできた勢いはそんなものではなかったはずなのだ。

 

風圧を受けてアーシュラの髪が後ろに流れたのだから、その速度は理解できる。

 

助けた風間には一瞥もせずに入り込んできた存在を睨みつけるアーシュラ。現れたのは……とんでもない美女であった。

 

「大シーザー……剣帝ルーシャス・ヒベリウスか!?」

 

アーシュラが評した名称に特に訂正一つも言わずに赤毛の美女。何かの紋様を貌に表わしている女性は構わずに言ってくる。

 

「取引だ。ブリテンの騎士王 円卓の主 アルトリア(アルトリウス)・ペンドラゴンの娘、この事態を解決するために私たちと組みな」

 

その提案の意図は分からないが、自信満々に、あるいは傲岸不遜に言う美女の後ろから『ぐるぐる眼鏡』を掛けた少女に付き添われながら、藤丸立華がやってきた。

 

「人質を使った交渉とは、卑怯なことをするものだ皇帝陛下(インペリウム)

 

殺意とも違うが『意』が食堂を満たしていく。いざとなれば、飛びかかる姿勢を見せるアーシュラを前に誰もが緊張をしていく。

 

「違うのよアーシュラ……私が受けたの。この同盟を」

 

「立華?」

 

「やってくる敵は強大……そしてもはやここは修羅巷よ。『誰』が『誰』の『敵』であるかが不透明な戦場……今はインペリアル・ローマとの共闘を了承して」

 

「……そう。アナタがそう判断したならば、それでいいわ」

 

あっさりと、その剣帝なる……サーヴァントだろう美女の提案を受け入れるアーシュラ、その目はぐるぐる眼鏡の少女に向けられている。

 

「私は『マスター』のところに一度戻る。『ルーシャナ』、アーシュラ姫を『姉』と思いよく指示を聞くように」

 

「―――はい。ルーシャスお母様」

 

その恭しい母の言葉に了承をしながら眼鏡を外した少女の面貌は、あの九校戦の時に死徒と共に会場を襲った剣士の少女だった。

 

(あの時とは様子が違うな)

 

もしくは戦闘時以外ではこんな調子だったのかもしれないが、ともあれ……あの時のメンバー(初期ガードメンバー)がいなくて良かったと思いつつも……。

 

「むぅ……アーシュラ、お前はそれでいいのか?」

 

ルーシャナという少女がやらかしたことを重大ごとと考える十文字克人にとっては少しばかり遺恨を覚えることがらであった。

 

「呉越同舟って言葉、克人さん知らないわけじゃないでしょ?」

 

「そりゃ分かるが……」

 

「ルーシャス皇帝を使役している存在は『私達』を試している。まぁ挑まれた戦いならば受けて立つしかないでしょう」

 

意味合いは分からない。克人も、そこはもはや尋ねない。だが、はっきりさせたいことがある。

 

この場でならば彼女は答えてくれるはず。ここには、もうひとりの王様がいるのだから

 

などと自分の中での結論を出してから佇まいを正してから問いかける。

 

「アーシュラ、お前の母親……一高の教師であり、俺の親父が迷惑を掛けたお前の御母堂アルトリア・ペンドラゴンは……かつてのブリテンの騎士王、世俗には『アーサー王』として知られる人物なんだな?」

 

「ええ、そうですよ」

 

その断言に全員が別々の意味で『ぎょっ』とする。ざわついたりどよめいたりという反応が無いのは、現代魔法師が夢見がちではない人種ゆえかもしれないが。

 

それはともかく珍しい反応としては響子と風間、そして達也とが『なんで言っちゃうんだ』という咎めるような目をしている。

 

「……今まで俺をダマしていたのか?」

 

「ダマすもなにも無いかと、そもそも克人さんはアルトリア先生(ワタシの母)が、そんな存在であるなどと考えていることすら言っていなかったじゃないですか?」

 

考えるに、確かに克人はそんなことを正面切ってアーシュラや立華に言った覚えはない。

先の少佐の言葉以前に司波達也が軍属であるなどという疑念は無く、四葉の魔法師であるとは確信していたが……正面切ってこれらのことを問いただしたことは無かった。

 

「言われてみればそうか……だが俺は宇津見くんに聞いたんだぞ。サーヴァントが人間と……交配することが出来るか、ジェラミー・ブラシエリ(スパイダークモノス)という存在があり得るのか、と」

 

アーシュラが全てを統べて、世界の運命を定める狭間の王様扱いはどうかと思うのだが……。

ともあれ……。

 

「コレ以上のことは、後々にでも教えますよ。エリセにセクハラしてまで聞いた事への対価ぐらいはね」

 

「やはり俺は宇津見くんからそう思われていたのか……」

 

嘆く少年(巨漢)のココロは少しだけ気遣うが……。

 

今にも何か大戦闘のような予兆を感じさせる圧が放たれているのだ。コレ以上の問答はベストではないはず。

 

「そもそも何故、克人さんはワタシの正体を知りたがったんですか? 十師族の権勢を維持するためですか? それともアリサを十文字家に入れるためですか?」

 

いくつもの可能性がアーシュラの中に浮かんでくるが、そのどれもこれもが有り得そうに無いことだった。

 

克人が少しだけ逡巡している間にも宙を舞う蒼銀の乙女が弓を持ちながら食堂に現れ、紫色の巨大甲冑を着込んだ大柄な『人間』が食堂の壁を突き破って現れ全員が驚くも―――。

 

「助けに来たよアーシュちゃん!!! 妖精騎士ブリトマート此処に颯爽登場☆」

 

その巨大甲冑が弾けて銀髪の美少女騎士(エルフ耳)がポーズを決めながら出てきた時には、全員が更に驚くことになってしまった。

 

「アーシュラいくよ」

 

宙に浮かぶ方の銀髪の乙女の言でアーシュラの姿が再び戦衣装に変わる。

平淡な言葉、平淡な表情だが、戦を待ち望むかのような声に何故か全員が背筋を立たせた。

 

まるで……死神である。そんなイメージをもたせる美少女だ。

 

「行くよルーシャナ」

「はい。アーシュラおねえちゃん!」

 

そうして戦いに赴く前の掛け声をするアーシュラの背中に……。

 

「―――君が好きだからだ!!」

 

十文字克人の必死な言葉が掛けられたのだが、それを聞いても、アーシュラは構わずに食堂の窓から飛び立つのであった。

 

 

超常の能力者たちが去ったあとに、食堂に残った全員は……。

 

「とにかくみんなは逃げたほうがいいわね。達也君は予定通りスーツを受け取りに、あとは私と千葉候補生が誘導するわ」

 

来ているとは思っていなかったのか摩利とエリカが驚いたようだが、こちらも問答をしている暇は無いのは理解しているわけで、全員が男女の誘導に従って駆け出す。

 

駆け出しながらもその一同に会話はない。当然だ。

 

こんな衝撃的な真実を、この修羅巷で聞くことになるなど思っていなかったのだから。

 

「にしても……アーシュラが本物のプリンセスだったなんて……」

 

エリカの汗を掻きながらの言葉はこの固まった空気を壊す一手になった。誰もが少しだけ予想をしていながら、あり得ないと想像を打ち消していたことだ。

 

「響子さんは知っていたんですか?」

 

「まぁね。というよりも魔法師の業界のエルダーメンバー……真由美さんのお父さんとかは知っていたわよ。知るヒトは知っているって感じかな」

 

「何故、それを公言して―――いや、公言出来るものじゃないのかもしれないですけど……」

 

真由美の質問に返した響子にさらなる質問を重ねた摩利だったが、考え直してそれが特級の機密であることはいくらなんでも理解できる。

 

「そうね。けれど……色々とあるのよ。あのヒトたちにも……結局、どこまで行っても衛宮士郎という『壊れた正義の味方』に着いていったのも、あの2人なのだから」

 

「……やっぱりあの一家は本物の戦場に居たんですね」

 

「比較的平和な日本にいると『そういうもの』は映像の中にしか無いものと思いがちだけど……そういうものだからね」

 

新ソ連の佐渡侵攻、大亜の沖縄騒乱。

 

どちらも他国からの策動ではあるが、それでも『局地戦』に収まったりした以上、本州の人間たちは少しだけ呑気な人間も居たりする。

 

それに危機意識の欠如だのなんだの口うるさいことを言うのはそういう立場にいる連中だけでいいはずだ。

 

「深雪さん大丈夫ですか?」

 

「ええ……大丈夫よ美月……少しだけ考えていただけだから……」

 

明らかに調子を悪くしている様子の深雪に美月が声を掛けるも、深雪はそれどころではない。

 

アーサー王伝説など詳しくはない。

神秘の凄さなど分からない。

 

けれど、本物の姫であると断言されてしまったことで、深雪は自分の卑しさを、汚らしいところを暴かれた気分であったのだ……。

 

(私は……)

 

アーシュラはただ只管に真っ直ぐに見据えるべきものを見据えていただけだ。

 

けれど、深雪のそれは全て……捻子曲がったものの見方でしかなかった。

 

兄を認めない世界を変えたくて磨いてきた魔法の力。

兄のことを馬鹿にする。蔑む人間たちを黙らせるために磨いてきた力。

兄を只人として容赦なく蹴りを入れる無礼な姫騎士を倒したかった。

兄のためだけに生きてきた自分を『蔑む』視線を向ける姫騎士を黙らせたかったのに……。

 

 

(私はどこまで……卑しい女なんですか……)

 

そんな泣きそうな程に悔しくなる深雪の内面での独白はともかくとして、会議場を出るとそこは―――。

 

「―――えっ?」

 

「な、う、嘘でしょ!? これも……何か魔法とは別種のチカラなの!?」

 

誰もが驚愕する現実が広がっていた。時刻は現在午後4時―――既に日は落ちつつある夕焼けに染まる空が見えていても当然の時刻に……。

 

それを塗りつぶすように、逆さまにするように青空広がる昼日中の光景が広がっていたのだ。

 

「考えてる暇も呆けている暇もないわ。兎に角、移動できる内に移動しましょう。まずは駅前広場まで」

 

響子の言葉に従い、全員が動き出す。その一方であちこちから破壊音が響き、怒号が聞こえつつある。

 

春先に兄とデートをした深雪にとって想い出の街で人知を超えた大破壊が伴う戦闘が……始まっていく。

 

 

 



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第116話『それぞれの場面』

Interlude……。

 

 

地下道をシェルターへ避難する第一高校生徒・職員(プラス若干名の部外者)の集団と、地下道に入り込んだ武装ゲリラの遭遇戦は終息を迎えようとしていた。 避難する彼らは、総勢六十名に達する。会場が襲撃を受けたのが一高の発表の直後だった為、応援の生徒数がピークを迎えていた。

 

だが、そのゲリラとの『遭遇戦』というイベントは殆どにおいて意味を成していなかった。

 

「アルトリア様。先道の安全を確保しておきました」

 

「ギャレオンとひとっ走りしてあらかたの兵士たちには眠っていただきました」

 

そうアーシュラが召喚(?)したイケメン守護騎士(爆)がアルトリアに報告しているとおりに、自分たちが通過する途上において、芋虫のように布で包まれて藻掻いている人らしきものがあったりするのであった。

 

 

「御苦労様です。皆、歩けなくなったものはいますか? あるいは疲労したものは正直に手を上げなさい」

 

「情けない話ですが……小生はかなり腰に来ていますね……」

 

「では廿楽教官はこちらに」

 

などと言って2頭立ての古めかしい馬車を用意して、そこに中年の男を乗せるアルトリア。

 

言いながらもアルトリアは四方八方に目をやりながら、状況を確認している。

 

「―――」

 

そのとき、一瞬だが目が鋭くなるのを中条あずさは目ざとく見た。何か良くないことが起きたのだろうが、それでもアルトリアは逃げる自分たちを守護するために奔走するのだろう。

 

例え、娘に何かあっても……。

 

彼女は騎士としての役目を全うする。

 

 

Interlude out……。

 

車輪の音がする。何かが向かってくる音がする。

 

何だ。これは何だ。

 

考えるまでもない。敵か、そうでないか、だけだ。

 

 

だがやってきたものの奇態さに驚いたのだ。

 

「な、なんなのよアレは………?」

 

「……戦車なんでしょうか?」

 

あんな奇態な兵器見たことがない。有り体に言えば、確かに軍事に詳しくない美月が戸惑うように言ったとおり戦車なのかもしれないが……。

 

四輪駆動ならぬ十輪駆動の長く広い車体フレーム。

 

その車体のフロント部分には操縦室とほとんどちょくで『虎の頭』が据えられていた。

 

それを戦車と思うならば、それが主砲であり砲塔と考えるのが筋だが、その広長の車体の後部に砲身が小さいものが取り付けられていた。

 

キャタピラ(履帯)ではなくタイヤで動き、更に『雷紋』のようなマークを車体に貼り付けたそれを戦車と読んでいいのか悩んでいると……距離にして800mというところまで進出してきた時点で虎の頭が吠え、盛大な火炎放射を前方に放ってきた。

 

フレイムスローワー(火炎放射器)の勢いではない純粋火力。当然、その前に真由美も深雪も魔法を放ったのだが、それが通じない。

 

「なっ!?」

「―――」

 

寸前で横っ飛びに飛んだはいいが、相手の火炎放射の勢いは凄まじい。

 

アスファルトの地面を溶かす様子を見て。

 

「地下を燻そうとしている!?」

 

「させっかよっ!!」

 

千代田の言葉に反応した桐原が剣を手に向かうが、虎戦車はその巨体に似つかわしくない機動性を発揮して桐原の機動力をあざ笑う。

 

あまりに常識外の機動性。しかし、桐原が遂に相手の側面に躍り出て、斬鉄を行おうとした際に―――。

 

弾丸の連射。コンペティションステージで襲ってきた『雀蜂』なる連中の射撃が行われた。

 

当たり前の話だが、戦車には随伴歩兵というものがあってサイドアタックに対する備えが必要なのだ。

 

かなり昔ならば歩兵の携行装備で戦車を黙らせることは不可能であったのだが、それでも現代の戦場はそうではない。

 

だから―――。

 

「ぬんっ!!!」

 

思わぬ勢いの射撃の前に、気合を込めなければ障壁が崩れ去りそうな圧を感じる十文字克人は、桐原の身を守りながらも、戦車を始末することを願うが―――。

 

バキンッ!!! 振るった剣が砕け散った。側面を輪切りにするべく振るった剣は、あまりにも呆気ない結果を残した。

 

次いで千葉の剣士2人……エリカと修次が向かうも、桐原をその巨体で押しつぶそうとする戦車の常識外の機動。横走というあり得ざることをやる。

 

「桐原っ!!」

 

五十里の悲鳴。同時にどうにか虎戦車をどうにかするべく攻撃術を放つも―――。

全て無効化されているのだ。

 

(装甲が特殊な材質なのか、動力機関が特殊なのかは分からないが……硬すぎる!!)

 

真由美のドライアイスの弾丸も司波深雪の凍結も通らないほどに、虎戦車は現代魔法を無効にして火力を吐き出してくる。

 

副砲たる砲身が更に火を噴きこちらの足元を揺らす。その上……。

 

桐原を押しつぶそうと押し相撲(一方的)をやっていた虎戦車が『変形』を果たした。

 

現代でも知られている直立戦車よりも『人型』に近い―――俗にアメリカで有名になった日本の玩具たるトランスフォーマーを思わせる変形で、人型となった虎戦車は『虎人』として全方位に火力と打撃力を発揮できるようになったのだ。

 

機動力は未知数だが、短い砲身が伸長展開をして両手持ちの打棒となり赤熱。胸にあった虎頭からは―――。

 

「なんて火力よ!!!!」

「出た瞬間にこれとはな!!!」

 

当たり前のごとく火炎放射。しかも人型(じんけい)を取ったがゆえの照射範囲の自由度の広さが、この上なく厄介だ。

 

火炎放射で燻すように出てきたところに、歩兵の射撃が繰り出される。

 

未だに死人が出ていないことが、奇跡にも思えていたが―――。

 

「くそっ!!!!」

 

どうしようもない。打開策が何も見つからない。

 

逃げ出すことも出来ない状況に……。

 

―――無数の剣が降り注ぐ。

 

その攻撃は幻想的であり、その上で暴力的すぎた。

 

「ひぃっ!!!」

「剣製のえみ―――」

 

自分たちがあれだけ苦慮した雀蜂という歩兵たちが、呆気なく倒されていく。

 

放たれた剣は全て彼らを無力化するほどの何かを持っている。そして、それは明確ではないが自分たちにも分かる。

 

最期には虎戦車も巨大な槍。巨人族というものが存在しているならば振るっていたのではないかというもので真上からざっくり貫かれて停止を果たす。

 

避ける暇もないほどに高速で飛来したそれが、誰の仕業なのか……。

 

「―――士郎さん!?」

 

誰の仕業であるのかを理解した響子が空を振り仰ぐようにして言った。同時に、降り落ちる剣の内の一つ。自分たちの近くに落ちたものから声が響く。

 

『どうやら敵軍は沿岸部から侵攻を果たそうとしている。内陸に進出した連中は、沿岸部からやって来ようとしている機動戦力を当てにしているようだ』

 

剣は一種の通信装置の役割もあるらしく明朗に士郎先生の声が響く。そしてその申告が真実であるならば、自分たちは挟み撃ちになる可能性がある。

 

『本物の敵だ。喧嘩じゃ済まない。魔道の殺し屋たちだ―――大亜の軍人は彼らと同じ特殊装備を持っている』

 

その言葉。重みを伴ったものに光井や柴田が顔を青褪める。

それに対して覚悟が足りないなどとは誰も言えない。

先程まで機動兵器一体と10名にも満たない歩兵で十師族や数字持ちの魔法師が完全に塩漬けにされていたのだから……。

 

「ですが、だからと言ってこの場で何もしないなど──」

「私も響子さんと同じ意見です! 士郎先生は──」

反論してくる響子と真由美に、士郎は少しだけ言葉を荒げて告げた。

 

『いいから、お前たちは父親にでも風間にでも、こう言ってこい!! 『国士無双』の率いる兵が入り込んできているって! 『皇帝軍』は上空(そら)海中(うみ)から来る!」

 

「「えっ……」」

 

その言葉を裏付けるように海中から虎戦車が続々と十の車輪を器用に使い、横浜の岸壁に乗り上げて、地上を蹂躙していく。

 

片や『青空』(そら)からは、どこからか現れたのか傀儡兵の群れや奇態すぎる『生物兵器』に乗って兵隊たちが現れる。

 

不幸なことに『マルチスコープ』という遠見の魔眼を持っていた真由美は、その空と陸を埋め尽くす烏の群れか蝗の群れのような敵の姿を見てしまったがゆえに恐怖に慄き、失禁をする寸前であった。

 

 

第三高校の代表団と応援団は、来る時に使ったバスで避難することに方針を決めていた。

 

駐車場にたどり着き、彼らの大型バスを視界に納めた直後。──バスは、下手人の襲撃を受けた。

 

下手人は驚いたことにあのイエローフェイス……白髪の騎士が雀蜂と呼んでいた存在であった。

 

不幸は続くわけで、運転手は容赦なく車外からの銃撃で死亡した。

車体は耐熱耐衝撃の、軍事車両の装甲板と同じ材質を使った特注品であったがそんなものを病葉も同然にあのサブマシンガンは破ったのだ。

フロントガラスも窓ガラスもダメになっていた。

 

唯一の幸運はタイヤが無事であるということか。

 

「―――!」

 

吉祥寺の隣で、将輝が沸騰した。 このような場面を見せられて彼が激怒しないわけもなく、吉祥寺も同じ気持ちだったので止める気にもならなかったが。

 

「FULL FIRE!!!」

 

当然、雀蜂も応戦してくる。

 

将輝が放ったのは爆裂であり、本来ならば雀蜂なるジャケット着込みの連中を四散させるはずだったのだが……。

 

「ッ!!!」

 

人体に対する改変が効かないことを悟った将輝は一転して偏移解放で攻撃を放つ。

 

「怯むな!!! 撃って撃って撃ちまくれ!!!」

 

独りが盛大に海側に吹っ飛ばされるもすぐさま立ち上がり銃撃を食らわせてくる。

 

「むむっ!!! 水神防壁!!!!」

 

四十九院沓子の水を使った防壁が、銃弾に対する防御柵へとなる。

それらを受け止める彼女はすこしばかり苦しい表情になる辺り、どうやら受けただけでもダメージを食らわせる類の銃弾か銃の特性らしい。

 

他の人間たちも防御担当と組になって反撃を行う。

 

この異常事態の限りを前に立ち向かわない魔法師などいないのだが、それにしてもこいつらは凶悪だ。

 

完全に魔法師に対するカウンターとして、存在している。十師族である将輝の魔法力が通らなかった時点で、直接の改変が不可能であると理解した。

 

故に―――。

 

「転身! サーヴァント・ブラダマンテ!!!」

 

―――それを上回るチカラが必要になるのだ。

 

九校戦で得た霊衣を展開して光の盾と短槍を手に駆け出す一色愛梨が、雀蜂を熨していく。

 

盾で銃撃を防ぎながら接近して短槍で相手を突き、時には『回転する光盾』が相手を叩く。

 

そうして相手のジャケットが破れ、フェイスメットが砕けた時に―――。

 

銃口を向けた将輝の爆裂が通って、相手の体が爆裂四散する。

 

「ちょっと一条くん!!!」

「衛宮さんから送られた立派な『おべべ』だと理解しているが、今はそういうことに構っていられるかよ!!」

 

至近距離で人間が四散する様子を見たからか、それとも『血肉』が衣服に掛かることを嫌がったのかは分からないが、ともあれそれらを盾で防いだ一色愛梨は、少しだけ離れた所での乱痴気騒ぎに少しだけ気付いた。

 

(アーシュラさんと同列かソレ以上の力持ちたちが戦っている……!)

 

九校戦での2度の直接対決。少しだけ追いつけたつもりでいたのに、ソレ以上のチカラを見せつけた巨大怪獣との戦い。

 

(私とて姫騎士であろうと願う騎士です! アナタの後塵を拝してばかりはいられません!!!)

 

 

そんな三高の現状など知らないアーシュラは、マルミアドワーズを振るい続けて、寄ってくるエネミーを駆逐していく。

 

あらかた片付けた後には、父親から通信が届く。

 

どうやら不幸なことに克人たち脱出組は、上陸部隊とかち合ってしまったようだ。

 

『上空からやってくる相手は、我とゲンジヴォルヴァでしばし相手しよう。地上(りく)の敵はお任せしたぞ』

 

聞こえてきた通信。鎮西八郎の言葉で、それならばと思いつつ―――。

 

「来なさいルーシャナ!!」

「うん!」

 

同じく巨大剣を振るっていたシーザーの娘を呼び寄せて、黒馬(ラムレイ)に跨る。

 

(弱いくせになんですぐに逃げないのよ!!!)

 

仕方ない側面もあるのかもしれないが、アーシュラからすれば『命を大事にしない』人間というのは、嫌いな種類だった。

 

そして……自分が特別だと思って盛大に勘違いした愚か者は最大級に嫌いなのであった……。

 

 

 



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第117話『出戻りして修羅巷』

 

 

 

状況は刻一刻と変化を果たしていた。はっきり言えば―――速すぎる変化である。

 

現代の戦場における戦いというのは、とにかく相手よりも遠間からタコ殴りにするように砲弾をぶつけるということが主流である。

 

極論すれば、相手のいる位置を正確につかめれば、そこに遠くから砲弾を、ミサイルを食らわせればいいだけの話だ。

 

だが……現在、自分たちがいる戦場はそういうマニュアルが通用しない。

 

まるで中世時代の戦場のように次から次へと兵たちが湧き出るかのようだ。当然、それに対して攻撃を加えればいいだけだが……。

 

「報告! 現れたゲリラとソーサルエネミー達は、魔法の類及び通常兵器の大半を無効化しながら、進軍を続けています!!!」

 

「有効手段はないのか?」

 

「……こちらの手持ちの火器では足止めにもなりません」

 

報告を上げてきた士官の悔しがるような声に風間は下がるように言ってから、ため息を一つ突く。

 

場合によっては横浜の街全てが蹂躙されるかもしれない。

 

見えてきた敵軍の内訳から察するに……どうやらカルデアが言ってきたような『戦力の区分』というものは無理のようだ。

 

上がってきた報告によればイエローフェイスこと雀蜂という悪性装備(カルデア命名)を切り裂くことができれば、直接改変型の現代魔法も効かないわけではないらしい。

 

達也お得意の分解を通じさせようとすれば、そのジャケットやヘルメットを切り裂き砕く装備が必要になる。

 

それも、サブマシンガンを持つ相手に肉弾戦を挑める存在……。稀有なところでは、三高のバス付近でそれらを撃退した人間だろう。

 

(三高の一色家の女子、彼女ならば問題ないだろうが……)

 

カルデアは、余計な人死を出すことを嫌う。こちらがそういう意図だと言えば、協力関係は崩れるだろう。

 

ならば、カルデアに全て任せて、自分たちは避難民たちを移送していればいいのか?

 

「……」

 

どうしようもない無力感に唇を噛み締めていた時にさらなる悲報が飛んでくる。

 

「背後に敵軍だと!?」

 

「はい! 横須賀方面及び大和市、綾瀬市方面から一直線にここ保土ヶ谷へと向かってくる一団があります!!!」

 

ドローンを使って撮影した映像には、何かの推進機構で飛んでいるのだろう傀儡兵……機械的な人形が群列を成して飛んでいた。

 

「どこから現れたんだこれは!!!!」

 

「推論ですが、あの羽弾投擲の際に幾つかは横浜方面ではなく内陸部へと放射されていたのです。そしてそれらは恐らく無人の場所……もしくは用意されていた場所()にて増殖・生成を繰り広げて……」

 

指揮官にあるまじき怒りを持った声で問うと、真田は少しだけ怯えながらも、そういう推論を言ってくれた。

 

当然、映像付きではあるが……。

 

「完全に背後を取られたわけか―――我々(保土ヶ谷)を無視して、港湾部に向かうと思うか?」

 

「……むざむざと通すんですか?」

 

「下手に手を出せば火傷ではすまない……だが、かといって……!!!」

 

軍人としての責務と恐怖心の綯い交ぜでいた風間だったが……。

 

「あっ!? 傀儡兵が消失! いえ! 撃墜されました!!!!」

 

「――――」

 

真田の驚きの通りに『赫光の束ね』としか言えぬものが横浜方向から放たれて、飛来しようとしていたものが消え去った。

 

「恐らくサーヴァントによる攻撃だろう……もはや考えるのも億劫になるが、とりあえず包囲されることはないと考えていいだろう」

 

寧ろ、保土ヶ谷に張った陣を引き払い、前に出たほうがいいのではないかと思うほどだ。

 

(随分と用意周到だが……その一方で……)

 

この事態を『楽しんでいる』風なところが感じられる。カルデアではない。

 

カルデアが敵対しているものが、だ。

 

そして、それは……今回の大亜軍を指揮しているものだ。

 

「……達也と柳は最前線に出たのだな?」

 

「ええ」

 

「ならば俺たちも出るぞ。もはや後ろにいることに何の意味があるか、最前線で歯を食いしばっている戦友や後輩たちのために戦わんで意味などない」

 

その言葉を受けて独立魔装大隊の面子は、殆どの面子が意気をあげるも……。

 

(果たして何人が自信や五体の一部を喪失せずに帰れるだろうな……)

 

などという冷たい計算を風間はしなければならなかった。そうしていると、前線にいた藤林から連絡が入ったことで、敵が漢王朝成立の立役者である大将軍であることが判明するのであった。

 

それが虚報であり虚偽であると信じたいが港から進出しようとしている勢いの進軍は、かの大将軍を思わせる……。

 

 

一高脱出組……地下ではなく地上を行くはずだった人間たちは状況の変化について行けなくなっていた。

 

最初こそ十師族だか百家としての責務だかで侵攻してくる軍に立ち向かおうとしていたのだが、もはや逃げるしかなくなっていた。

 

「もはやメチャクチャだな……」

 

「侵攻軍の指揮官は、恐らくあらゆる遮蔽物を貫通することで……進軍を容易にしているんだろう」

 

「それだけじゃない。あの虎戦車はビルの壁面を走っているんだぞ!!」

 

「見たぞ」

 

うんざりするような戦場の様子だ。物理法則を無視していく現代兵器の数々。魔法師とてそういう側面はある。というか、魔法師こそがそういう存在のはずなのだが……。

 

「何もかもが揺らぐな……」

 

などと言っていたらば。

 

『GYAAAAAAAA!!!!!』

 

逃げ惑う一団全員の総身を震わせる咆哮が響く。

 

「今度はワイバーンかっ!!!」

「中華軍ならば、千年白蛇でも運用していればいいものをっ!!」

 

節操が為さすぎる『生物兵器』の大量投入。そして狙われたことで、全員が立ち向かわざるを得ないのだが……。

 

「千葉流ならぬアドバンス千葉流の薄刃蜉蝣が通じないほどの鱗の硬さかっ!!」

 

「アーシュラの持つアッドと何が違うってのよ!!!」

 

薄い刃を硬くすることで、鋭利な業物にする千葉道場開発の得物はワイバーンの鱗を切り裂くことすら出来ずに終わる。

 

エリカと同じくあまりに無力を覚えていた戦場に―――。

 

「下がれエリカッ!!!」

 

―――切り裂きバニーが現れるのであった。

 

鞭剣を振るい、離脱しようとしたエリカを襲おうとしていた爪撃を絡め取り、力を込めたことでワイバーンがバランスを崩し、地上に叩き落とした上で―――。

 

「―――」

 

鞭剣は遠くから打擲のような斬撃を何度も行い、何度も切り裂きを敢行して、その四肢を完全に切り裂くのだった。

 

その様子に対して後輩の一人が称賛をしてきた。

 

「すごいです! 摩利さん!! 正義のマジカルバニー剣士誕生ですよ!」

「素直に喜べないな……」

 

千代田の微妙な称賛の言葉に苦笑しながら思う。

このチカラも元を正せば、アーシュラからもたらされた物だ。そしてその使い方もまた……。

 

つまりは借り物でしかないということだ……。

 

 

「立ち往生している暇はないよ。早く保土ヶ谷方面に足を向けよう」

 

千葉修次が、そんな風に言って臍を噛んでいた摩利に気付けをしてくれた。

 

のだが―――。

 

『『『GYAAAA!!!』』』

 

同胞を殺されたことを何らかの方法で察知したのか、はたまたエサがあると思ったのか、ワイバーンが三体上空から現れる。

 

怪獣映画で大怪獣の幼体が街中で無力な市民を捕食するように、それらは現れる。

 

「くっ!」

 

いきなり難易度が上がる。先程は一体だけだったからどうにかなったが、その三倍の戦力を相手に強気になれるほど摩利も自信がないのだ。

 

「がんばれ渡辺!! ドラえもん映画で22世紀のバウンティハンターをやった気概を思い出せ!!」

 

「そうよ摩利! キンプリの永瀬君と共演したことを思い出すのよ!!」

 

「何の話だ!? そこまで言うならばお前らどっちでもいいから相手をてんとう虫に変化させるビームを放て!!」

 

同輩2人からいい加減なことを言われつつも、何とか全員を逃がすだけの時間を稼げるかと思った瞬間。

 

「そこの方々、お下がりを!」

「ここは当方ら北欧ラブラブ夫婦が請け負った!」

 

蒼炎が自分たちとワイバーンの間で燃え上がり、その炎は本来的に『炎』に強いはずの『ドラゴン』にすら苦痛を与えるものらしく、たまらず再びの上空へと舞い踊ろうとしたのだが。

 

「粉砕! 玉砕!! 」

 

薄緑色に輝く短剣が有機的な動きを続けてドラゴンの硬い鱗とその先にある筋肉の塊たる肉を切り裂き、それを虚空で掴み取る偉丈夫。

 

「―――大喝采!!!」

 

その短剣とそれを巨大化させたような大剣を手に持ち、振るう一太刀一閃。ムダなきそれが完全にドラゴンの命脈を断ち切るのだった。

 

圧倒的すぎるその戦い方。

現実離れした存在感。

現代戦にふさわしいとは思えない装備。

 

全てが物語る。

 

「あなた方は……」

 

そんな風に圧倒されながらも、真由美は意を決して聞くことにした。

 

「当方らはカルデア所属のサーヴァント。ゆえあって真名は明かせぬが、北欧ラブラブ夫婦の眼鏡セイバーとでも呼んでもらおう」

 

「同じく私のことは仮面の水星社長ランサーとでも呼んで下さい」

 

ふざけた呼称とふざけた変装ではあるが、それでも2人の男女のチカラは感じ取れる。

 

戦士としての勲を眼鏡越しにも見える鋭い眼から分かり、口元しか見えない仮面だが後ろから溢れ出ている蒼銀の神から漏れ出る魔力が神然としたものを感じる。

 

素人考えではあるが、サーヴァントの中でも上位クラスの存在なのではないか?と真由美は考えたのだが―――。

 

「我が愛よ。たとえその仮面があれども当方のそなたへの想いは変わらぬ」

 

「アナタ……ぽっ」

 

―――前言撤回。

 

そういう実力云々ではなく、いろんな意味で何というかアレなご夫婦だった。

 

らぶらぶなやり取りで場の空気がピンク色のパーメットスコア6のデータストーム空間(爆)であったのだが一転してサーヴァント夫婦は真面目な顔(一方は仮面)をして口を開く。

 

「当方たちとしては、君たちを戦場から遠ざけたいのだが、先程見たとおり既に無差別な攻撃が始まっている」

 

「寧ろ、後方に移動したほうが危険であるかもしれません……」

 

「だが、君たちがこの戦場から去りたいというならば、当方らは万難を排してでも安全圏に送り届けよう」

 

その言葉に、少しだけ戸惑う。あの国際会議場では逃げるという点で一応は一致していたのだが、いま考えてみれば……後ろ髪を引かれる思いはあったりした。

 

意思統一を図りたいわけではないが、方針の不徹底だったかもしれない。

 

「私は行きます―――前に、アーシュラさんがいるというのならば……見届けなければいけない」

 

「七草、俺たちはともかく怪我人もいるんだ。いや、俺たちだって……」

 

たかだか2戦しただけで疲労困憊気味である。

そのことを十文字は理解して、回復術を受けても中々本調子ではない桐原を気遣いつつも……。

 

「けれども、もう退路なんて無いわ! 保土ヶ谷の国防軍も引き払い、何より魔法協会では戦いも続いている……。それを見捨てろっての!?」

 

「―――分かった。分かった……とはいえ何処を目指す? アーシュラか? 魔法協会か?」

 

目的地次第では、どうなるか分かったものではない。

どこに行っても修羅巷だろうが……それでも―――。

 

「アーシュラさんの戦場よ!!!」

 

真由美が言葉を放った瞬間―――自分たちが去った港の方に黄金の螺旋のドームが出来上がった。

 

強烈なまでのパワーと閃光の発露は、離れたこちらからでも感知できて視覚にすら明白に見えた。

 

それだけで、先程放った言葉が挫けそうになったが、それでも勇気を奮い立たせて向かうことにした。

 

「その歩みでは少々、時間がかかりましょう」

 

その際に仮面の水星社長ランサーが虚空に自分たちが知らない文字を描き、それが各個人たちに転写されると、自己加速魔法よりも早く駆けられるだけの『速さ』を得ることになった。

 

さらに言えば疲労もないようだ。

 

(ルーン魔術なのかしら?)

 

門外漢の真由美には分からないが、それでもCADなしの複雑な魔法式も必要とせず飛翔を可能とするその人と……。

 

「駆けるぞグラニ!! 我が娘!! アスラウグのいる戦場へ!!!」

 

サラブレッド種なんぞと比較にならない巨大馬に跨り、現代にあるまじき疾走を果たしている英雄と共に港へととんぼ返りすることに……。

 

近づく度に耳朶を震わせるは、砲声と悲痛な叫びと、甲高い金属音。そして爆発音。

 

サイオンではないエーテルだろうチカラが空気中に霧散する様子。

 

もはや光井ほのかなど眼を瞑って見たくもないものを、見ないようにしている有様だ。

 

それでも前へと進む足だけは止まらない辺り、どういう理由なのかは分からないが、それでも到達した時―――港を視界に収めた上で見えてきた光景は……。

 

「足元がお留守なのよっ!!!!」

 

自分たちが苦労した虎戦車の人型形態の足元に飛び込むように入り込んで両脚を切り落とすアーシュラの姿であった。

 

「なんだアレは……」

 

なんどか見たアッドを介して行われる王鎧武装(勝手に命名)したアーシュラの姿。

 

巨大剣マルミアドワーズはともかくとして、そのマルミアドワーズの柄尻にはもう一つ巨大な武器が接続されていた。

 

槍なのか剣なのか素人目には分からない黄金の光の二重螺旋を明滅させる円錐状の武器。

 

「マルミアドワーズにロンゴミニアドを接続したのね……」

 

その状態。その円錐状の武器を表した名前を呟く響子の言葉が聞こえて、一高組が疑問を呈する。

 

「ロンゴミニアド?」

 

「アーサー王の武器、いえ宝具として有名な槍よ。伝説によれば、当時のブリテンで覇を唱えていた卑王ヴォーティガーンを打倒し、アーサー王の最後の戦……カムランの戦いにてキャメロット崩壊を招いた叛逆の騎士にして自分の『娘』たるモードレッドを貫いたとされる―――そういう逸話の宝具……」

 

響子の呆然とした説明を聞きながらも、 そんなことはどうでも良くて、その圧倒的なる戦いの様子に見とれてしまう。

 

扱いづらいはずの武器―――という括りすら烏滸がましい、もはや兵器としか言いようのないものを振るいながら戦うアーシュラ。

 

それを見つつも、そこに数名の南極帰りたちの姿も見る。

 

「壬生……!?」

 

雷鳴轟く刀を振るいながら、アーシュラと共に戦う彼女の姿を見た後には、彼らもまた戦いに否応なく参戦せざるをえなくなっていく。

 

虎戦車ではなく、本当の人食い虎が迫りつつあったのだ……。

 

 

 

 



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第118話『変換する戦場』

 

 

 

 

アーシュラたち()銃士が駆けつけた場所では多くの敵が上陸を果たして横浜の街を蹂躙せんと活動をしようとしていた。

 

「全ての敵を倒そうとしないで、ある程度は『後方』に任せて私達は大物を狩るよ」

 

「そうは言うけど、その『一番の大物』が空中にいるんですけどアスラウグ」

 

「そうね。ただあちらもエネミーを吐き出し続けていれば息切れを起こす。戦いはそこからよ」

 

翔んでいく最後の戦乙女の言葉に、まぁそれしかないかと思っておく。

 

港が見えてくると同時に自分たちにしか見えていないものの巨大さに気合を込めてから挑みかかる。

 

ソーサルエネミーだけかと思えば人間の兵隊たちもいるわけで―――。

 

「あまり殺さないでね」

 

「とはいえ、手加減しても向かってくるでしょうしね」

 

「やりづらい」

 

アーシュラの指示にブリトマートとルーシャナの言葉。

 

(出来るだけサーヴァントを倒したいところね)

 

だが、そういう風にだけはいくまい……。

 

一番先に目についた『多多益善号』のコピーらしき車両を叩き潰しておく。無人車両の類を積極的に狙っていったのだが、有人の方がトランスフォームしてちょっとした巨人になったりするのだが……。

 

『させるものかっ!』

 

『鹵獲機!?』

 

白い虎人が敵方の虎人を驚いた言葉と同時に投げ飛ばすことで、無力化を果たす。ホワイトタイガーとでもいうべきものを操るのは……。

 

「アーシュラ姫の邪魔はさせない!!」

 

白き聖騎士ながら『茄子色』の鎧を着込んだ騎士である。ちなみにコクピットシートは無人(から)であり、父親のように超絶起動でJSDFのパイロット(養成費用1千万ちかく)を失わせるようなことは無さそうだ。

 

「ギャラハッドだけに任せてはいられない。戦いとは常にエレガントに進めなければいけないのだからな―――このホワイトタイガーとブラックタイガーの親子鷹ならぬ親子虎が、ここは預かりましょう!!!」

 

そして父親もまた己の魔力で黒く塗りたくった虎型戦車―――息子同様に頭に乗ることで操っているようだ。

 

だが、勢いあるそんな名乗りにツッコミを入れるのは……。

 

「ブラックタイガーとは……父上はエビ男ということですかな?」

 

その皮肉げな言葉に雷に打たれたかのようになる親子虎の片方であるので……。

 

「―――いや、違うぞ。ギャラハッド―――ブラックタイガーは言い間違いだ。それでは夢魔の貴族(ナイトメア・ブラッド)になってトトカンタ魔術士同盟の魔王になってしまうからな―――砂漠の虎! そう!デザートタイガーこそが私の真名だ!」

 

なんだか妙な現代知識にかぶれているランスロット卿ではあるが、なかなかオレンジ色にならない己の騎虎なので……。

 

「どなたかオレンジ色のオイルで駆動している機体はおりませんかぁあああ!?」

 

などと他の機体を叩き潰して『(オイル)まみれ』になろうと結構、怖いことを実践しようと画策するのであった……。

 

戦況が少しだけ好転しつつも、空中に座する『とんでも』に変化はない。

 

地上を侵攻する連中は普通の人間とエネミーの混合であり、何ともやり辛い。まぁいざ遭遇となれば濃密な魔力を体外放出。

魔術回路を持たない一般人、サイオン扱いの魔法師であっても感じられるレベルで集束し、脳を直接揺さぶる。

 

事実、雀蜂で武装してきた兵隊たちはアーシュラの『円』に入り込んだことで、泡吹いて倒れ込むのだ。

それを見ていた『一人の少女』は感嘆する。

アーシュラの周囲に渦巻く魔力の奔流。凄まじい量の魔力を纏っているのは感じられるのだが、真に恐ろしいのは、それが彼女を中心とした半径10メートル程度で留まっており、半球状に魔力のドームを形成していたことだ。

 

更に言うならば、そのドームの外には魔力が一切漏れ出しておらず、アーシュラを核とした一つのプラネタリウムであるかのようにとてつもないエネルギーが循環しているのが解ったのだ。

 

だからこそ……。

 

「アーシュラちゃん。助けに来たよ!!」

 

「サヤカさん!!」

 

これ以上は傍観者ではいられなかった。

 

雷剣―――魔力放出(雷)を用いての戦いで彼女たちの盾代わり、弾除けであってもいいから戦いたかったのだ。

 

ここ(横浜港)から私達は南極へと旅立った……不安が無かったわけではない。けれど、辿り着いた場所、そこに行くまでの道のりには何も無駄なことは無かった)

 

かつて唐の時代の名僧にして西遊記の主役、玄奘三蔵法師は、国外出国を禁じられている時代においても、本当の釈迦の教えを記した経典を求めて天竺への羅針盤を辿ったのだ。

 

その苦難の道程……それとは比較にならないかも知れないが南極への航路と、訪れた天竺のごとき場所―――人によっては『悪の組織』などと呼ばれていたそうだが……。

 

それでもそこで見聞きするもの、覚えるもの全てが新鮮で、一高で誰からも教われず、必死な思いで汲々と魔法実技に取り組んでいた日々は何だったのだと思ってしまった。

 

だからこそ……その力を大きなことに使いたくなったのだ。

 

「助かりますよ!! けれど無茶しないでくださいね!!」

 

「無茶せずに勝てる敵ならばね!!」

 

そんな短いやり取りの後には南極帰りと称される魔法科高校の生徒たちは戦いに参加するのだった。

 

その様子を見ていた他の一高生たちは、彼らと歩調を合わせて―――は無理だとしても少しでも助力せんと動こうとしたのだが―――。

 

「―――来ます!! サーヴァントの他に何か凶悪な虎のようなものがっ!!」

 

「柴田!?」

 

刹那、何かを感じ取った柴田美月の警告。

 

あまりにも端的な言葉だが、それでも横浜港に強烈なプレッシャー……イデアを圧迫して情報改ざんの余裕を失わせるほどに『重い存在』が現れる。

 

小休止というわけではないが、アーシュラたちの周囲も一通りの相手を片付けて静かな状態になっていた所に―――。

 

彼らは現れたのだ……。

 

大中華英霊軍団……そう称されるきらびやかな魔力を表している連中の中からずいっと前に出てきたのは……明らかに肥満体な……英雄というには随分と不摂生極まっていそうな『男』であった。

 

「―――全くもってこんな戦が出来るならば、現世に蘇ったのもわるかねぇんだがな。随分と俺の戦略をことごとく戦術レベルで覆してくれちゃってぇ……」

 

どうやらこの肥満の男が、横浜をここまでの混乱に陥れた元凶のようだ……恨み言を零すようなセリフだったのだが…

 

「―――思わず勃起してイッちゃったぜ」

 

晴れやかな笑顔で言う完全な変態であり、味方からも軽蔑するような視線を受けているが、言われた主相手であるアーシュラは特に何も感じていないようだ。

 

「歴史に名を残す国士無双の大将軍を昇天させるだなんてワタシも騎士としてはなかなからしいわね」

 

「女としての価値だと勘違いしなかったのは、流石だな。だからよ……此処に来るまで雑兵用いてようやくテメーらをハメる為の戦略編み出せたわけよ―――今度は俺の手番(ターン)だぜ!!」

 

国士無双と言われて否定もしなかった肥満体の男こそが……垓下の戦いで覇王 項羽を下し漢王朝建国の立役者たる 韓信大将軍か―――と、ちょっと納得するまでに時間がかかったのだが、それでも韓信の指揮のもと増援として湧き出たエネミーたちは一個の生物のように動き出して、こちらを圧迫してくる。

 

「私達は私達で動かなきゃ―――」

「けれど……」

 

港に戻ってきた一高勢力だが、いざ戦おうとすると……どうしたらいいのか分からない。

 

アーシュラは、円卓の騎士などを指揮してサーヴァント相手に圧している。ただ自分たちがあそこに飛び込むのは流石に難しい……というかぶっちゃけ怖い。

 

そんなわけで……現実的な魔法師の『軍人』である藤林響子ですらどうしたらいいのか考えてしまう。

 

「藤林少尉、自分たちは正々堂々戦いたいのですが……」

 

自分たち、というのがどこまでを含めるのかは分からないが千葉修次候補生の言葉に女剣士2人と西城という男子が強く頷く。

 

「自分も士郎先生から対抗策……魔術師で言う概念礼装を譲られました……ここで戦わないという選択肢は少々……」

 

十文字の言葉が重ねられる。こういう時に厄介な限り、ちなみに言えば北欧らぶらぶ夫婦とやらは既に『銀髪の弓兵』……あの子こそが恐らく彼らの娘『アスラウグ』という子であろう。

 

(抑えきれない……わね)

 

そもそも横浜港に戻ってきたのだって、戦うためだったのだ。

 

だが、どこに侵入したほうがいいのか……古式魔法師であり衛宮家とそれなりに付き合いもあるとはいえ―――そんな風に逡巡していたところに……念話にも思えるようなアーシュラの声が響く。

 

『いつまでもそんな所に居られると邪魔ですけど』

 

何の触媒もなく、そんなことをやってきたハイスペックガールに驚くも、こちらの状況は分かっていたらしく、提案が成される。

 

『―――正面からいったって簡単に迎撃されちゃうんですから正々堂々(・・・・)、後ろから殴りつけてやるつもりで動いてくださいよ―――』

 

それは正々堂々という言葉の意味を確実に違えているものなのだったが……。

 

そんな中、土煙を上げながら一人の騎士がやってきた。

 

「円卓の一席にありし狼の騎士ガレス!! ここに推参しました!! お久しぶりですねー! 美月ちゃんにレオ君! エリカちゃんとミキくんも!!」

 

全身鎧を着ている少女騎士。何となく狼というよりも『犬』っぽいところを見せるサーヴァントだ。

 

「ガレス卿、僕の名前はーーー『おう! モヤシのミキヒコも随分と逞しくなったじゃねーの!!』」

 

名前の訂正をしようとした矢先に、赤い騎士が幹比古の言葉を遮りながら強烈な圧を持った存在がやってきた。ガレス卿よりもチカラは上に感じる。

 

「マウントフジのホテル以来だが、叛逆の騎士モードレッド 。ここに来たぜ!!」

 

アーシュラからの支援要員だと気付けたのだが、そこまで俺たちは情けないのかと思っていたのだが……。

 

「来るぜぇっ! シャドウサーヴァントと吸血鬼に改造された虎がよっ!!」

 

到着するやいなや2人の騎士は臨戦態勢へと移る。

 

やって来たのは……影のような魔力でヒトガタを(かたど)っている一団と八王子鑑別所で襲ってきたサーヴァント……アーシュラいわく『楊貴妃』と……。

 

呂 剛虎(ルゥ・ガンフー)!!!!」

 

「エミヤの系譜を我が眼前に引きずり出すためにも貴様らから血祭りに上げてくれる!!!!!」

 

気付いた誰かに対する返事はとんでもない鏖を予告する言葉。

 

だが、舐めるなっ!という心が勝ったのか千葉修次が前に出る。明らかに鑑別所で戦ったときとは違う装備。

 

方天戟という巨大な得物を持っている以上、油断はできない。そして古式ゆかしい中華の兵隊が着るような鎧……いわゆる現代的なボディアーマーとは違った古臭すぎるそれを着ながらも突撃の速度は衰えない。

 

真正面から迎撃することを意図する修次。こちらの得物も八王子の時とは違い、愛用の刀である。

 

アーシュラが寄越した刀とは違い、何かの効果付与がなされているわけではないが、これならばアドバンス千葉流の技が全て使える。

 

そんな修次の思惑……こちらの刀身延伸での迎撃をあざ笑うように呂の速度が上がる。

 

(更に上があったのか!?)

 

その事実に驚くも想定の範囲内だ。幻影の刀身……斥力の力場を作り出して相手の突進に対してカウンターを入れるという考えだったのだが。

 

「ーーーーがはぁっ!!!!」

 

その行動を刀身での防御で回した結果。受け止めた方天戟の圧で後方へと吹き飛ばされながら身体全ての酸素を吐き出したかのように息を喘がざるを得ない。

 

(なんだ。この膂力は!?)

 

その圧は正しくサーヴァント級。アーシュラとの戦いで覚えたものと遜色ないものだった。

 

コンクリートに全身を叩かれながら回っていた修次はようやくのことで痛苦から起き上がり、構えたのだがーーー。

 

「―――くそっ、がっ……!」

 

愛用の得物は既に砕かれてしまい、刀としての機能を有していなかった。それどころか骨がいくつかイッていることが分かったのだが、やってきた人食い虎のチカラは普通ではない。

 

すぐさまガレスとモードレッドという2大サーヴァントが対応しようとしたが、そこにフォーリナーというクラスに据えられた楊貴妃が2人と相対する。

 

必然的に、人食い虎と戦うのは一高の生徒たちが主となる。その中でも一番に戦うのは……。

 

「摩利っ!!!」

 

修次にとっての恋人こそが最前に出てくるのは当たり前だった。

 

バニー姿の剣士という一見すれば巫山戯ているとしか思えない衣装で呂の方天戟を縛り上げて自由に使わせないからこそ悲劇的なことになっていないのだ。

 

戦わなければ―――そういう思いで前に出ようとするも得物がなくて歯噛みしている修次に対するプレゼントのようにいきなり刀が空から降ってきた。

 

(罠―――なわけないよな。メイガスマーダーの噂は僕も知っている……借りますよ衛宮士郎さん!!)

 

内心でのみの言葉を言いながら千葉修次は刀を持ち駆け出すのだった……。

 

 



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第119話『進展する戦場』

 

 

 

どうやら一高組がかち合った相手……八王子でやりあった人食い虎は予想外に強化されているようだ。

 

だが、アーシュラも手一杯ではある。

 

「サークル:ヨロシク梁山泊の同人誌(ホン)に賭けて! お前を倒す!!!」

 

どんな意気込みなんだか分からないが、双鞭の力は衰えるどころかましている。

 

クレストアーツも併用して相手を圧倒するも、相手もさるモノ……。

 

「御命頂戴!!!」

 

真正面から呼延灼と戦っていたアーシュラに襲いかかる脅威。偃月青竜刀を振るって横合いから狙ってくるは関羽雲長である。

剣と槍を分離して、そちらにも対応する。

 

だが、それ以上に問題なのはチャイナシニヨンを二つ作った美貌の白杵将軍である。

 

他2人が怒涛の攻撃で仕掛ける中、その間隙を埋める形で彼女の槍は冴え渡る。

 

「3対1の多勢に無勢で悪いが、アナタは飛将軍・呂布、覇王・項羽にも及びかねない相手だ!!!」

 

「取らせてもらう!!!」

 

「投影開始、剣弾一斉展開・掃射!!!」

 

その賞賛・警戒の言葉に特に応えずにアーシュラは投影された魔剣・邪剣・聖剣・霊剣の類を円状に展開して障壁として、鎧として身体の動きに連動させる。

 

3対1なんて戦いを展開されているのだ。これぐらいは当然の戦法だ。もっとも……これが韓信大将軍の策であるというのならば、あまりに甘いと思うのだが……。

 

だが、効果は出ていたのである。

 

「強兵に対して強兵を当てるっつーのは、確かに凡策だが……要はよ。相手を倒すことよりも『盤上』での機能を停止させりゃいいのよ!!!」

 

傀儡兵や本物の大亜軍に指示を出しながら、韓信は戦場を支配していく。

後ろにある『要塞』も利用して韓信の盤上戦略は、鬼の如き才を発する。

 

「項羽を殺せる兵がいなくても項羽の周囲を湿らせていけばいいだけだ」

 

そして……最初に崩されたのは、論文コンペ会場たる国際会議場であった。戦車をこの周辺に集中させた上でありったけの火力を与えた結果。高層建築の爆破解体の如く崩れていく会場を前に、誰もが絶望の表情を浮かべる。

 

あそこにまだ人がいた可能性は殆どないとはいえ、もしかしたらば警備会社やけが人はいた可能性もあるわけで―――。

 

その国際会議場の崩れた建材・鉄筋から巻き上がる粉塵にいたるまでが、崩れた十数秒の後には消え去る。

 

「お兄様……!!」

 

術者が誰であるかは深雪の陶然とした発言で分かったわけだが、上空に居る仮面の術者の集団の中にいる連中の誰かだ……多分、銃型CADを向けている人間なのだろうが……問題はそこからだった。

 

進撃(テウジ)進撃(テウポ)!!進撃(ゴンジ)!!!」

 

当然、出来上がった蟻の一穴から横浜市内へと侵攻を試みる。大量の虎戦車と共に歩兵が侵入する。

 

デカイ建物が一つ失われたことによる道の出来上がりは拙過ぎた。

 

当然、止めようとする国防軍なのだが……。

 

「建物内で治療していたのか……」

 

魔法師主体の綜合警備保障会社の人間たちが、瓦礫で出来た怪我なのか、雀蜂によるものなのか分からぬが、かなり凄惨なものであった。

 

瓦礫による圧死から逃げられたと思えば、すぐさま迫りくる大軍勢を

 

『俺が全員をとりあえず動けるまでにする!! 護衛を回してくれ!!!』

 

達也から耳元で空気振動を操作する魔法を発動されたアーシュラ。

本来ならば、こんなものを遮断するほどの対魔力があるのだが、なにかの通信魔法だと理解したからサポートする形で気流を操作したりした。

 

「ルーシャナ!!! あそこの重傷者たちはアナタが九校戦で怪我させた男子の関係者たちよ!! 守りなさい!!!」

 

サーヴァント3騎と切り結びながらも、そう叫ぶだけの余裕のあるアーシュラは、指示を出した。

 

「分かった!!」

 

本当に分かっているんだろうか? と疑問を呈しそうになるほどに快活に駆け出すルーシャナ。九校戦で戦ったときよりも、幼い印象を持つ彼女が穴を防ぐべく防戦を展開する。

 

「大軍勢を上陸させて一挙に内陸まで浸透しようとする……背水の陣ってわけでもないだろうに」

 

「サーヴァント相手には飽和攻撃で以て制する! そしてここ主戦場にいる円卓の騎士たちの召喚元エネルギーは、お前の『炉心』だ!!!」

 

言われながらも、アーシュラは『第二の炉』を開放して魔力を充足させる。

 

(退きすぎた!!)

 

サーヴァント3騎による波状攻撃であり三位一体(トリニティ)の間隙なき攻撃は、アーシュラを後ろに退かせていたのだ。

 

そして、国際会議場の穴ではなく、あちこちから侵入した大亜の軍勢が横浜市街にて破壊活動を行っていく。

 

 

「無茶苦茶だな……」

 

明らかに現代の軍隊の行動としては不合理すぎる破壊活動の限りで以て動き横浜を蹂躙していく連中。

 

あちこちで建物から人間……魔法師であるなしに関わらず襲いかかろうとする様子を見て服部は慄く。

 

それを見た一高避難組は、防衛行動を取りつつも――――――その前にどこからともなく『剣』『槍』『斧』併せて30以上もの武器が飛んできて、ワイバーンやキメラ……そしてどう形容していいのか分からぬ魔獣や傀儡兵たちを叩きのめしていく。

 

ただの武器では無い。目もくらむほどの魔力を蓄えた武器が矢玉も同然に放たれて、爆発発破のおまけ付きで、敵を抹殺していく様子。

 

「士郎先生……」

 

呆然としながら、それをやった人間の名前を呟く。

今年度より2科生の講師として一高に招聘された教師の1人。特別侮っていたわけではないが、それでも2科生の担当ということで少し下に見ていたのも事実。

 

だが、考えてみるに……彼の功績は多すぎる。

 

初期の1年2科への教導。そしてブランシュ事変での戦いぶり。

 

夏に至ってはハーメルンの笛吹き男ではないが、全学年の2科生たちを南極にいざない、特別な修練を施すことで1科生を超えた魔法能力を身につけさせる。

それをやる一方で、実の娘を利用しての『簡易術式構築』……CADの歯がゆさを解消したモノを開発。自分の生徒も巻き込んでそれを行った。

 

 

魔法科高校が2科普通科という予備学科を創設して以来、解決を誰もがしてこなかった問題に、真正面から向き合わなかったことに向き合った人であることを、いまさら認識する。

 

結果として服部が尊敬以上の思いを抱いている七草真由美の考えはズタボロに切り裂かれてしまった。

 

(せめて元・会長に一言あっても良かったじゃないですか……!)

 

筋違いな恨み言を飛び来たる鋭すぎる剣たちに無言で思っていた服部は―――。

 

 

「―――服部会頭!」

「――ああ、そちらは危険です! こちらに来てください!!」

 

中条に言われる前から気付いていたことだが、路地裏から出てきた銀髪の女性。面貌はうかがい知れない長髪。

 

そして服装に関しては、冬が近づきつつある11月には少し不釣り合いな格好をした人だ。

 

魔法師かどうかはともかくとして、一人っきりはマズいというか心細いと思ったのだが―――女性は服部の言葉を無視して、港へと向かおうとした。

 

なんで!?

 

避難組たちが驚くほどに、その行動は奇異にしか映らなかった。

 

確かに自分達は魔法科高校、世俗では魔法大学付属という名前が一般的な高校の制服を纏っている。

 

昔からあまり人々の好感度が高くない高等学校生徒の制服であり、現在では更に不人気で、その反応は分からなくもないのだが、だからといってそれを見過ごすほど無情でも無慈悲でもないわけで。

 

「危険です! 賊は、港よりやってきているんです!! 逃げるならば奥の方に、海側には近づかないでください!!」

 

向かおうとしていた女性に追いつき、服部はその細腕を掴んだ。乱暴かもしれないが、それでもむざむざと危険地帯に行かせるわけにはいかないのだ。

 

「分かっています。ですが、私は、それでも行かなければならないのです」

 

言葉と同時に服部の方に振り向いた女性の面相が知れた。単語のぶつ切りのような日本語の羅列。

 

女性は、当たり前だが日本人ではなくて、そしてその面相は美しすぎた。そして――――――その眼の紅に目線が集中してしまう。

 

司波深雪を外国人にしたらば、こんな風ではないだろうかという人物は――――――服部の拘束を振りほどき、去って行った。

 

「服部君! 何をしているんですか!?」

 

「あっ……いや、す、すまない中条!! と、とにかくお待ちを!!」

 

力を緩めたつもりは無いのだが、それでも中条の言葉で呆然としたような心地から回復すると、去って行こうとする女性の背中を追おうとしたのだが。

 

その女性の行く手を遮るように剣の群れが落ちてきた。

 

「士郎先生!?」

 

まるで敵ないし危険人物への対応のような剣呑さだったが、それを行った人物は今まで見えぬ高所からの狙撃を終えて、地上にやってきたのだ。

 

速すぎるその登場に、未知の魔道による転移術を連想するが、その疑問を覚えつつも、回答は無く、2人の会話が始まる。

 

「……君が、今回の聖杯の器だな?」

 

「はい。マスターエミヤ。ファリア・アインツベルンと申します」

 

「分かっていると思うが、君が向かおうとしている先は、修羅巷だ。いや、それこそが君たちにとっての望むべきものだろうけど」

 

「行かなければならないのです。お願いします」

 

訳知りだけが分かってしまう会話。

そして、アインツベルンという単語に聞き覚えがあるも、この混乱した状況では思い出せぬ会頭と会長だった。

 

それよりも美女と会話をする男性教師という図に、妻で同僚教師のアルトリア先生に知られれば、おっかないなどと場違いにも考えていた一高の面々であったが……。

 

「服部、中条―――俺はこのヒトを港まで連れて行かなければならない。ここは任せたぞ」

 

その言葉に、ちょっとばかり不安を覚えてしまう。今でもあちこちで破壊活動を行っているエネミーたちは、こちらにターゲットを定めるのか分からないのだ。けれど、だからと泣き言を言えるわけではない。

 

そんな中、円卓の騎士たち……避難通路でも助けてくれた人たちがやって来た。1人多いが、それはとんでもない筋肉質の体躯でありながらも美丈夫としてのフェイスを持った騎士だ。

 

 

「行ってくださいムラマサ殿。ここは不肖パーシヴァルも護衛に着きますゆえ」

 

「コウイチ殿が来るまでは持ちましょう!」

 

「このイクサ(戦い)! 攻めだけでなく守りも重要なのだ!!」

 

三騎の戦士から言われた士郎先生は―――。

 

「頼む」

 

「「「ご武運を!」」」

 

銀髪の美女を姫抱きで時速50kmを優に超えた速度で港へ向かう。

 

その様子に、本当にアルトリア先生は怒らないのだろうかと一高生一同は思ったりするのだった。

 

 

襲いかかる対人殺傷に優れたと言われている中華の魔法師の実力は―――あまりにも強すぎた。

 

(なんなんだ……この膂力は!?)

 

戟で砕かれた壁の魔法から感じる圧を感じた克人。

 

その一撃は明らかに魔法師の限界を超えたスペックに克人としては驚くほかないのだ。

 

魔術世界では、そういうことも可能なのかもしれない……というか、出来ている人間はいるわけで……。

 

だが、それとは異質なものを覚えながらも、既に愚連隊の半数以上は色んな意味で動けずにいた。

 

千代田、五十里、桐原……直接戦闘には役に立たない光井、柴田などを含めればそういうことなのだが……。

 

「どうなっているのよ…こんなのサーヴァント級は言い過ぎだとしてもⅤ階梯の死徒じゃないの……!」

 

頭から血を流して、折れた腕を押さえている藤林響子の嘆きは当然だ。

 

疑問の言葉を受けて、呂 剛虎は口を開く。

 

「我が身はあの八王子での戦いで著しく傷ついた。魔術師殺し 衛宮切嗣の魔弾を模した魔剣で切られたことで、私の道術行使は困難になったのだが、それを解決したのが『イデアカスタム』……かつてイデアモザイクと呼ばれたものの粗悪品だ!!」

 

「精巧なる品物のデッドコピー、海賊版は、中華のお家芸か。流石……!」

 

「英霊霊衣を着た娘娘に言われたくないものだな!!」

 

メインフォースとして主に呂の剛力、膂力に対抗しているのは渡辺なのだが……。肝心の渡辺摩利は……。

 

(こんなことならばバーゲストさんの肉襦袢も貰っておくべきだった……!!!)

 

可愛さ、可憐さばかりではなくちゃんと実用性あり、相性がいい英霊さまのお力を借りるべきだった。

 

こんな時に自分の妙な拘りを、恨めしく思っていた摩利だったが、彼女の嘆きを他所に状況は段々と推移していく……。

 

 



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第120話『動き出す戦場』

今さらながらエフェメロスちゃんの在り方が、犬夜叉の『四魂の玉』に思えてきた。

いやエフェメロスちゃんは女の子だからタマはないよ(爆)とかシモなネタを言うわけでは無いが、汚染されていない状況ならば冬木聖杯もマリスビリーの

『目もくらむほどの大金・資産をおくれぇええ!!』

という願いを叶えて念願のカルデアス起動にこぎつけちゃったわけだしなぁ。

うん。やっぱり四魂の玉だわ。

そんなわけでるーみっくをちゃんと『巨』に描く島本先生の勇気を称えつつ久々の新話お送りします。


 

 

 

 

戦場の趨勢は定まりつつある。もっとも、だからといって優勢な方が勝つとは限らないのだが……。

 

そして劣勢な所がどうしても気になる人がいた。

最初は見捨てようとした。正直言って……助けたいという気持ちが沸かなかった。

 

だが、こうして直に彼らの危機を横から見ていると、どうしても最後の情が残って邪魔をする。

 

そんなものは捨ててしまえばいいのに……。

 

その嘆きに応えたかのように……。

 

『では母のお下がりを紗耶香にあげましょう』

 

壬生紗耶香にとって、もっとも縁深い英霊から助力が来たのだった。

 

 

「覇覇覇覇ッ!!!!」

 

たった1人の魔法師……それも大亜の存在に圧倒される現実に誰もが歯噛みする。

 

夜魔という階梯の死徒と同列の力を得た呂は、方天戟を竹槍か、もしくは模造刀でも振るうかのように軽快に振るうが、その重さは当たり前のごとくそんなものではない。

 

アーシュラがマルミアドワーズを軽々と振るうところから勘違いして、一度持った時にその重みを支えきれなかった時のことを思い出した摩利は、剣では受け止めきれずに盛大に吹っ飛ばされる。

 

「摩利っ!!」「摩利さん!!」

 

恋人と後輩の悲痛な叫びが重なる。吹っ飛ばされた摩利に対して追撃が加えられる。

 

首頸(あたま)を落とすまでは、どうなるか分からない。最大戦力をたたき潰すべく動く呂剛虎は合理的な殺人者だ。

 

誰もがそう考えることだが……やられる側にとっては悪夢の限り、迫りくる白虎のごとき存在に対して無防備な摩利を――――守る存在は横からやってきたのだった。

 

受け止めたのは全身鎧の大武者であった。

 

それは鎧というにはあまりにも大きすぎた 大きく ぶ厚く 重く そして精巧(うつくし)すぎた……。

 

顔をすべて隠す面頬と一体の兜の鍬形。

大盾のような肩当て(大袖)

胸板に施されている紅尾と何の鳥なのか分からぬ羽毛飾り。

 

無骨なまでに黒鋼を鎧の色の基調としながらも、所々にある宝石。それと同じ色をした緑色の差し紋が、戦化粧と美を融和させていた。

 

『この邪法使いは私が引き受けます。あなた達は綜合警備保障の人たちの救援をお願いします』

 

「ぬうう!! なんだこの触腕は!!!」

 

背中から走っている菱形を何枚も繋げた触腕か鞭が、呂を完全に捕らえていた。

ただ動きを封じただけでなく何かの魔術作用があるのか、呂を行動不能にしている。

 

そして、身体を振り回すことで呂を明後日の方向に投げたが……空中で姿勢を安定させた呂はすぐさま襲いかかる気配のままに着地。

 

迎撃のため、大鎧武者はその体躯に相応しい刀を抜き去る―――恐らく『古刀』だろうものが黒と蒼の魔力で輝く。

 

「アナタは―――――――」

 

『名などこの場では無用なれど―――あえて名乗るならば、仮面ライダー京極。そう呼べばいい』

 

「仮面ライダー……キョウゴク!!」

 

鎧武(ガイム)系統のライダーに思える仮面ライダー京極は、大太刀を正眼に構え一直線に振るった。

 

その距離はまだ呂剛虎を斬れる距離ではなかったのだが、放たれた斬撃が―――衝撃波と魔力の合一で呂を襲う。

 

驚きの攻撃を前に反応が遅れた呂の片腕が肩口から吹き飛ぶ。躱そうとしても躱しきれなかった顛末である。

 

だが……。

 

「腕の代わりぐらいすぐさま『創れる』!!!」

 

呂の失われた腕の代わりに何か黒々としたものが腕の断面から出てきてすぐさま腕の代用品を作り上げた。

 

その事実と見せられた現実離れした展開を前に誰もが驚愕するも―――。

 

『推して通ぉおおおるううう!!!』

 

大鎧の武者はジェット噴射のごとき勢いで呂との接近戦を演じる。

 

「摩利!! ここは、仮面ライダー(?)に任せて私達は―――」

「駄目だ! 私は此処に残る!! 行くならおまえたちだけで行って来い……」

 

真由美の言葉を蹴ってから、仮面ライダー京極の戦いをサポートするべく足を動かす。

 

その間にも状況は変化していく……。

 

三騎の中華英霊に囲まれていたアーシュラだったが、連環の計で抑え込むにはあまりにも、アーシュラは強力すぎた。何よりも―――。

 

(マスターからの魔力供給のバックアップが乏しいわね!!!)

 

見抜いた直感に従って、アーシュラが崩したのは関帝聖君からだった。横薙ぎの一撃。

 

正しく速度、重さ、斬線の正確さに至るまで達人どころか神域の武将のそれであった。

こんなものを振るわれて受け止めることも躱すことも本来ならば不可能なはず。

 

だが、アーシュラにはその達人など超越した英雄の攻撃を受け止めるだけの技量が存在していた。

 

振るわれた青龍偃月刀を前に一歩の前進、されど素早く―――。認識できていたとしても運動ベクトル……メトロノームの運動のごとく止めれるわけもなく……。

 

アーシュラは、青龍偃月刀の穂先の手前を腕と脇で受け止めていた。

切り裂くべき穂先の刀は、アーシュラの衣服を少しだけ裂いて向こう側に突き出ていた。

 

「!!??」

「last!!!」

 

そして受け止めた方とは反対の腕を突き出してロンゴミニアドで関羽雲長の真芯を貫いた。

 

それどころか、そこから光波を放ち貫いた穴を拡大。身体半分を失わせたことで霊基は砕けていく。

 

「関羽殿!!!」

 

言葉を放った秦良玉。注意が完全に向く前に―――。返す刀でマルミアドワーズを打ち出す。

 

黄金に輝く巨大剣を前に秦良玉は対応に迫られるも、己が槍の功を頼りに巨大剣を……。

 

そう思ったのもつかの間、竜の炉心を持つ少女の動きは尋常のものではなかった。

 

巨大剣を撃ち落として、こちらを攻撃しようとする秦良玉の思惑を突き崩す形で、秦良玉の真上に飛び立ち、そこから落下。

 

動きを縫われた形の秦良玉が振り仰いだ時には、アーシュラの持っていた青龍偃月刀は秦良玉の顔面を半ばまで断ち切りながら相手の霊核を砕いていた。

 

返り血を盛大に浴びながら降り立ったアーシュラの姿は普段の彼女を知っている人間からすれば、天地がひっくり返るぐらいに恐ろしいものであった。

 

「くっ……!! 赤竜の騎士め!!!」

 

2人がやられたことで、退けることが出来た呼延灼の怨嗟の声を聞きながらも、アーシュラは追撃を―――と思った前に呼延灼が消え去る。

 

「令呪による強制転移―――トレース出来る?」

 

あまりにも唐突な消失は、すぐさま理由を分からせたがその後のことこそが肝要なのだが、マスターからの返答は色よいものではなかった。

 

(さて、どこを潰すべきかしら?)

 

韓信大元帥(国士無双)の軍を『上空』から攻撃して』

 

マスターからの指示に成程と思う。指示を受けてから―――返り血で赤く染まった召し物を変更することにした。

 

「転身。王鎧武装(トランスフォーム)!」

 

かなり適当な呪文ではあるが、登録してあるレシピ通りに衣装が変わる。

 

つばの広い帽子(キャップ)

ゆったりとしたソーサリスローブ。

魔法のメガネ(アイズ・オブ・マギ)

 

総じてその衣装はいわゆる古典的な魔女(ウィッチ)のものであった。無論、これも伯母からのお下がりである。

 

「アッド、フォーム:バリアブルロッド!!」

『おうさ!!』

 

アッドを『ホウキ』と呼べるものに変化させて、そこに跨がるアーシュラ。本当に魔女の神秘道具(ウィッチアイテム)ばかりに身を固めた少女は大空を翔ける。

 

(くう)を舞うとは汎用性が高すぎるな! しかし!!」

 

韓信の軍団から飛行出来るエネミーがやって来る。

 

「魔女のホウキは―――飛ぶだけじゃなくて」

 

魔女のホウキのような杖に跨りながらアーシュラの軌道は三次元を自由自在に使って、対空攻撃を躱していき―――。

 

「昨今では大型ライフルとしての機能すらあるものよっ!!!」

 

そんな昨今は全く到来している気配はないのだが、アーシュラのホウキの柄の先端から出た光波は、やってくる敵対者を薙ぎ払っていく。

 

扇状に放射された光波―――光線は正しく敵を穿っていく。

 

そこに藤丸立華は勝機を見出した。韓信軍は混乱している。

 

アスラウグですら低空での戦いで韓信軍を壊乱させていたというのに、そこにサーヴァント3騎を退けた巨大な『白石』が投入されたのだ。

 

小さな黒石の塊が全て、四方八方に散らばる。

碁盤の局面が覆る騒ぎだ。そこに円卓軍は突っ込むように要請する。

ここに乾坤一擲の突撃を仕掛けなければ大亜の司令も面倒な幽幻道士も捕獲できない。

 

最初に呼応したのは、虎戦車を使ってSFにおける人形機動兵器乗りのごとく戦っていた聖騎士親子であった。

 

「国士無双・韓信殿ではないが跨夫よろしく通らせてもらう!!!」

「押して通る!!!!」

 

私事では仲が悪い親子だが、こういう場面ではやはり連携をとってくれる。

そうして一点突破して地上を整理しつつも、今だに傷一つ付けずに浮かぶ始皇帝の真体を模した球体が恐ろしいのだ。

 

(大亜なのか中華の魔術組織なのかは分からないけれど、厄介なものを出してくれた)

 

そう悪態をつきながらも戦況は移ろい、そしてその混沌とした状況が……もう一つの国家の軍を招き寄せようとしていた。

 

 



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第121話『すれちがう戦場』

当初の予定では、川中島の影響で

シンでは唯一(ガチャで)ハブられた鯖としての恨みとかも含めて『超大将軍韓信』『韓信将軍ビッグボディ』とか考えていたのだが。(返しは沖田さんと同じ)

あまりにもギャグが過ぎると思いボツに。

というわけで久々の新話です


 

「ルクスリア! インウィディア! この人達を向こうに!!」

『『心得ました。ルーシャナ様』』

 

森崎家の会社の従業員たちを横浜の『奥座敷』とでも言うべき場所へと運んでいったドラゴン型モンスターとでもいうべき存在たちを見送ると同時に、ここでの活動が一段落する。

 

「感謝しておく筋合いかな?」

「どっちでもいいです。私はアーシュラお姉ちゃんに言われたことを実行したので」

 

君が鎖剣を突き刺した男子の家の従業員だったんだが。という窘めも意味をなさないだろう。

ルーシャナ・クラウディウスという少女は襲いかかる虎戦車を縦断、横断、一刀両断していき全ての障害を排除したのだ。

 

それを現代魔法ではなく、その身1つと身の丈を超える剣だけで行ったのだからつくづくとんでもない。

全てのことを成し遂げて、防衛任務及び後方への救護を終えた独立魔装は、『アーシュラお姉ちゃんを助けなきゃ』と言って国際会議場の跡地(更地)からいなくなるルーシャナを追うことすら出来なかった。

 

「柳さん、俺たちはどうすれば―――」

 

「とりあえず大亜の兵隊共を捕縛する。不服か?」

 

「……我々の任務ではないと思います」

 

「そうだな。危険困難極まる特級の軍事的かつ魔法絡みの問題に機動的に対処するのが独立魔装の存在意義ではある」

 

隊の先輩であり階級でも上である男の言葉に、だったらと続けようとしたが……。

 

「だが、俺たちの魔法で対処出来ることではない。民間人の避難誘導。そして『死んでいない兵隊』を捕虜として捕らえること、それぐらいだ」

 

「消極的すぎる。俺は何のために軍隊に入れさせられたんですか?」

 

四葉(実家)に膝を折ってまで風間など上層部が自分を求めたのは、こういう時に率先して事態に当たらせるためだったのではないか?

 

そう言外に含めた達也に対して、柳としても苦しい。本来的には達也の言うとおりだ。

 

自国への侵略者に対して銃口向けるだけが軍人の役目だなどとは言わないが、それでも独立魔装大隊という軍部隊の本義とはそちらに対して専門化している。

 

だからここで積極果敢に出なければ『税金泥棒』という汚名が着いてしまうのだが……などと少しだけ逡巡していた所に隊の最上位の責任者である風間から激が飛ぶ。

 

前に出ろ。戦え。戦え。戦えと……。

 

「家康から問い鉄砲を射掛けられた小早川秀秋の気持ちが分かるな」

 

「戦える相手とだけ戦っていればいいんです。あとは―――」

 

どこからか駆けつけたのか三高の連中……一色とか一条が戦い出した。とはいえ国士無双軍は円卓ライオンズ(アーシュラ命名)の勇戦で押し込まれ気味だ。だが、流石は国士無双ゆえか圧倒的な兵力を広く展開して相手を左右前後から包もうとする。

 

包囲殲滅陣というものだ。さらに言えば兵力を市内へと浸透させようとする辺りに厭らしさを感じるのだ。

 

「アーシュラ達は前へと突き進もうとする。その歩みを遅らせるようなことをさせなければいいんです」

 

「やるしかない、か」

 

そうして独立魔装大隊の面子は奇態な黒仮面の姿を飛翔させて円卓軍と魔法科高校愚連隊を空から支援することに決めるのであった。

 

そして―――もう1つの軍がこの横浜の戦いに入り込もうとしていた。

 

 

 

日本時間 午後4時30分

 

 

ハワイ基地より発進した原子力潜水艦ニューメキシコの艦内。そこにて発艦準備を整えていた軍人に命令が下る。

 

「本艦は日本領海へと侵入をしました。同時に日本政府及び国連機関からの進発要請を受諾。USNAスターズ、出撃願います」 

 

オペレーターの緊張混じりの声を、若い戦隊長はほほえみ混じりに聞き流した。自分も当初はこんな感じだったなと思い出したからだ。

 

「FS1、了解(ラジャー)!」 

 

サムズアップして搭載火器とエンジンに異常がないことを確認。

 

そうしてから隊長としての言葉を掛ける。自分の既知に『王様』が多かったことを考えれば、あまりにも俗なものだがこういうことが指導者に求められることでもあるのだから。

 

音声回線をオンにして進発のために戦闘『騎』に乗り込んでいる隊員たちに激励と自分たちが居る意味を再確認させる。

 

「わかってるな! 軍は我々に特別な金を注ぎ込んできた。バトルスーツ、特殊兵器、特殊訓練だけではない。食料から宿泊施設まで、マギクスであるという理由だけでなく、並の兵隊とは異なった特別な金がかかっているんだ。

いいか、功を焦って勝手なマネをし、ムダに死んだら許しはしない。勲章はおろか、涙ひとつくれてはやらん! USNAスターズの名に恥じぬ働きをするんだ!」 

 

『『『『サー! イエッサー!!』』』』

 

その返事に満足しながらも果たしてどれだけの人間を無事に家に帰せるかと、冷たい計算が働いてしまうのであった。

 

だが、全員の帰還(それ)を成すのが指揮官としての当然の努めなのだから。

 

何より……。

 

(待っていろアーシュラ。君を助ける。俺は……助けたいんだ)

 

自分の力など微力であってたとえ彼女の戦いで然程の手助けになれなくても、惚れていた女の為に戦えずに男を張れるほど腐っていないのだ。

 

USNAスターズ 所属 スターファースト

 

コウマ・クドウ・シールズ

 

またの名をK2・シリウスと登録されている少年魔法師は、オペレーターのリフト操作に従いながら打ち出されるように発艦をする。

 

目指す場所はJAPANのBIGCITY その港湾部。

 

倒すべき敵はCHINESE ARMY、それと協力しているマギクスとメイガスサーヴァント。

 

そうして……USNAの魔法師部隊は日付変更線を跨ぎながら飛び立つ。

 

日本のアンタッチャブル(触れざる忌み名)と呼ばれた家の『直系』の男子を先頭にして……星条旗の軍人たち(スターソルジャーズ)は日本へと向かうのだった。

 

 

† † † † †

 

仮面ライダー京極なる戦闘者の斬撃は激しく、そしてどこからか踏み込まれる馬蹄が凄まじい。

 

もはやルゥ・ガンフーは防戦一方だ。

 

(あれだけ私達が苦労した相手も、この人……いや……この『女の子』には最早、容易い相手なんだな)

 

「ぬぅう!!! ずがっ!!!」

 

「―――――」

 

馬蹄と同時にはなった斬撃で重い……その体格にふさわしいウェイトと鎧分の重量物を跳ね上げた神域の剣士。

まるでボールでも打ち上げたような様子。

 

それでも追撃を恐れて虚空でバランスを取って身を躱そうとした瞬間。遠くの虚空(そら)から飛来した一本の『黒い錐』が、ルゥ・ガンフーの腹を深々と刺し貫いた。

 

「―――嗚呼唖々亜呼ッッッッ!!!!」 

 

人食い虎と称される『人間』の絶叫が横浜の空に、こだまする。 

 

ぞんぶっ! 悲鳴を上げるガンフーの胸ぐらに、港方向からの放たれた朱い光……竜を模したチカラの塊が灼き貫いた。

 

やったのはアーシュラ。どうやらこちらの状況を見ながら介入する瞬間を狙っていたようだ。 

 

さらに虚空で身をのけぞらせるガンフーに対して再度、飛来したもう一本の黒い錐……今ならば、よく分かるよく見える。

……それは『槍』だった…がまともに『鎧』をぶち砕く! 地上に盛大に落ちた様子と動かないのを感じる。

 

それが──大亜の道士軍人 呂剛虎の最期だった。 

 

「お見事です。士郎先生」

 

仮面ライダー京極の言葉。やはりやったのは士郎先生だったようだが、そんな自分たちの戦った跡に、件の教師は降り立った。

 

―――銀髪の美女を姫抱きしての登場に、アルトリア先生がここに居なくてよかったと思いつつもその美女は……明らかに人間離れした容姿をしている。

 

正しく魔性の美女としか言えないのだ。

 

「―――既に3つの魂が焚べられました。もう1つが私の中に入ったとき……私は消え去ります」

 

「……分かった。誰かが韓信を倒した時が刻限だな」

 

「ええ……それまでの護衛を頼みます。私は『天衣』を着込むので」

 

その傍から聞いていただけでは余人には分からぬ会話。

だが、銀髪の女性が最重要の人物……この乱痴気騒ぎのVIPであることは理解できたので問おうとした時には、呂剛虎がやられた仇討ちなのか多くの敵が、こちら側にやって来る。

 

考える間もなく、再び戦闘に入らざるをえない。

 

そして既に日も落ちているはずの横浜が昼のように日中になっている中……空を飛ぶ巨大な竜を思わせる少女が、エモノを狙っている。

 

そして、誰かの剣が韓信将軍の真芯を貫いた。

 

 

「もはや無茶苦茶の滅茶苦茶ね」

 

当初、真由美が想定していた戦場というのは、本当ならばもう少し静謐を伴ったものだった。

 

いや、そんなことはあり得ないはずなのだが、どうしてもこの横浜という巨大都市の構造上……全面においてドンパチが繰り広げられるとは思っていなかった。

 

しかし、それは大甘な考えだった。

 

戦いとはどれだけ武器が進化しようとも泥臭いものであり、屍山血河をいくら作ろうとも構わぬ修羅場なのだ。

 

そんな中でも未だに戦場の徒ではなく、魔法を使えるだけの女子である真由美やその他大勢……男子も含めて命を拾えていることは奇跡に近かった。

 

あちこちで怒号が響き、銃声と砲声が混じり合いビリビリと鼓膜を打ち鳴らす。そこには何か信じるものの為に戦う厳かで神聖な戦いなど無かった。

 

ヒトという『動物』の持っている獣性と暴力性をむき出しにしてのただの殺し合いだった。

 

これと同じものを深雪は見ていたはずだが、あの時とは違うものが多すぎる。

 

この戦場において兄のような絶対の殺人者は居ない。相手にもこちらを殺傷できるだけの手段がある。対称戦争のそれなので、必然的に戦いは苛烈なものへとなっていく。

 

そして……考えながらも、一高愚連隊も戦闘に参加しているのだ。

 

イエローフェイスとでも呼ぶべきものを被った戦闘員たちの攻撃は苛烈だ。

 

銃弾は受け止めたり魔法で干渉しようものならば即座にダメージを食らう特殊なものであり、中々に苦慮するものだ。

 

さらに言えば森崎家の綜合警備保障の従業員たちをさんざっぱら痛めつけた手投げ爆弾が、この上なく響く。

 

「だからといって!!!」

 

負けられない。大亜の軍人にではなく。

アーシュラに負けることだけは認められないのだ。

 

そんな意識の散漫さを見抜いたかのように、横合いから何かがやって来る。

全身が土塊と岩塊で構成された巨人が拳を振り上げながら高速で深雪に接近していた。

 

魔術師の命名でストーンゴーレムという存在なのだが、そんなことはどうでも良くて危機的状況。

 

マズイと思った瞬間には、拳が深雪の矮躯を打ち砕かんと迫ってきた。

 

「司波さん!!!」

 

声と同時に魔法の照射。ストーンゴーレムの腕が吹き飛ぶ。

『消失』ではなく『爆破』の類に、ひどい失望感を覚えるのであった。

 

三高の精鋭部隊がやって来たのだった。

 

 

空中で獅子奮迅をしていたアーシュラは、空気の変化を感じ取る。

 

韓信大将軍の『策』とは、こんなものなのだろうか? 確かにカルデアが異聞帯で対峙した際とは比較にならないだろう戦力の充実。

 

あちらとて、それなりに用意していただろうに……。

ランスロットの剣が、国士無双を敗北させた。

 

(国士無双と呼ばれた韓信将軍は知だけでなく武も優れた……大将軍……おそらく殆どのマスターは横浜には来ていない。大亜本国にいるんだろう)

 

遠隔によるサーヴァントの使役は特に問題はない。

 

だが、どうしても拭えぬ不安はある。呼延灼を使役していた少女も今は見えない。

 

「アーシュラ、どうする?」

 

聞いてきたのはアスラウグ。ある種、自分と同じような存在である彼女は直線的かつ己の役目を理解している。

 

ゆえに始皇帝の聖躯を模した巨大な卵とでもいうべきものを遂に攻略―――しようとした時……変化が起こる。

 

『模造阿房宮、移動を開始―――大亜の狙いがなんであろうとも、あれを破壊して!!!』

 

言われるまでもない。未だに仕留めきれていないサーヴァント、フォーリナー楊貴妃。アサシン呼延灼のことは気がかりだが、今はアレを仕留める。

 

その巨大な構造物の上部に人の姿を見る。

 

何か巨大な式が構築されていくのを見る。

 

放たれるは巨大な電磁パルスの波。

 

そこにいたのは魔法師の認定で13使徒の1人。

魔術協会側では『彷徨海の脱落者』と呼ばれている老人だった。

 

劉 雲徳

 

その男が戦略級魔法『霹靂塔』を放ったのである。

 

 

 

 



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第122話『変わらない戦場』

 

 

放たれたのは巨大な電磁パルスの波。

横浜全ての電子機器を不全にするだけでなく、電力供給すら危ぶませる電圧と電流の嵐。

 

現代魔法における最大の利器であるCADですら、電子機器である以上、その影響から逃れる術はなく、いざ出陣と向かおうとしていた魔法協会横浜支部の人間たちはその装備を全て無力化されただけでなく、多大な痛手を被った。

 

横浜全土を襲った高温・高圧のプラズマの大波。

その光景は太陽系の大半がプラズマの海に沈んでしまったアニメを連想させるものだった。

 

はたまた電子戦兵装が不十分な機動兵器を黙らせるためのEMP兵器を発動されたかのようだ。

 

「―――独立魔装は無事か!?」

 

もはや通信機器は全てがオシャカになってしまった以上、声を張り上げて隊員の無事を確認するという手段を取るしかない。

 

魔法を簡便に使うためのCADも完全にやられたのだ。独立魔装の隊長である風間はそうしたのだが。

 

「とりあえず自分は無事です。柳もどうやらなんとか」

 

「達也はどうした?」

 

瓦礫と粉塵でフィクションで見るような世紀末世界と化した横浜。時間も既に日が沈みかかっている。

 

どうやらあの卵型要塞はこの横浜を昼に戻すことを止めて暗闇に沈ませるようにしたようだ。

 

黄昏という夕闇に近くなっていく中、絶対の破壊者の姿を探そうとする。卵型要塞―――後に『模造阿房宮』と判明し称されるものが動き出すのを止めるすべなく、見送るしか出来ないのかと絶望感に打ちひしがれそうになる中―――自分たちの頭上が更に暗くなる。

 

日が落ちたわけではない。その理由は見上げていた隊員全員が理解してしまう。

それは、全容と詳細こそ知れないが概要として知っていることは騎士王アーサーの玉座であった。

 

† † † † †

 

「べっ!!!」

 

口の中に血が溜まっているのを覚え、上半身だけ起き上がらせて唾と共に地面に吐き出したアーシュラ。

同時に完全に立ち上がると粉塵まみれの自分を感じ見て風を利用してそれらを地面に落とす。

衣服はボロボロでかなりあられもない姿だが、あれだけの規模の破壊力の術を抑え込むには、こちらもそれなりに犠牲を覚悟せねばならなかったのだから。

 

「しっかし、十三使徒にして死徒二十七祖のうち十位の弟子を引っ張ってくるとは……」

 

「予想外だったか?」

 

「まぁそれなりにはね。アスラウグとは―――うん。お父さん(シグルドさん)お母さん(ブリュンヒルデさん)に保護されたみたいね」

 

念話のようなもので相棒の安否を確認。だが戦線復帰は少し難しそうだ。そうしつつ―――。

 

「それでワタシを視姦するのは後で金をもらうとして、これからどうするの?」

 

何故かここにいる司波達也に対して言いながら衣服を創造(クリエイト)してボロボロになった衣服を剥がすことにするのだった。

 

「CADは全てオシャカになった。どれだけ電気に対するガードを高めようと、それらの影響を受けないようにしても『電子機器』である限り対策は限界があるよな」

 

達也が考案した次世代型の軍用のスーツも同じくなってしまった。パワーアシスト機能たる電気信号で動く人工筋肉は停止。腰のベルトにある飛行魔法のデバイス機能は完全に沈黙している。

 

既にヘルメットを脱いだ達也とは対象的にアーシュラは新たな衣服を纏う。

 

文様か蜘蛛の巣のような刻印がなされたボディスーツに紅の外套を羽織る。

下履きは……黒のミニスカートと絶対領域が眩しい黒のニーソックス。

 

(なんだか士郎先生の戦闘衣装に似ているな)

 

達也は知らないが、それは赤原礼装、または赤原猟兵と呼ばれる錬鉄の英雄の系譜のみが着ることを許された概念礼装である。

 

ちなみにアレンジは個々で行われたりする。

宝石の魔術師が着る干将莫耶を逆手で持つ痴女のようなスタイルもあれば、 ロリロリハーフホムンクルスが着る痴女のようなスタイルは2種類もある……。

 

アーシュラが考えるにそれらは『弓兵さんの趣味』なのだろうと結論づけつつ、

俗に『ACHAKO』(比村奇石)などと呼ばれている衣装と髪型―――一本おさげを長く後ろにおろしたものでキメるのだった。

 

「ってかなんでここにいるの? ソルジャーワークスほっぽっていいの?」

 

「サーヴァント・ルーシャナを追う形でお前を探していたらば、その瞬間に『アレ』なわけだ」

 

どうやら飛翔していた連中は全て雷霆によって叩き落されたようだ。あれだけの魔術が炸裂したのだ。しばらくの間、現代魔法による改変を受け付ける余地がこの横浜にはない。

 

ある種の特異点持ちや原理所有がなければまともに術を行使することすら無理だろう。

 

「そうだ。ルーシャナは!?」

 

「だいじょぶ。霊基を小さくすることで何とかしたから」

 

「そう。ならば大丈夫ね」

 

傍目から見聞きしていれば、それがどういうことなのか分からないが、どこからか表れた赤子ほどのサイズになったルーシャナ・クラウディウスという存在に色々と頭を悩ます達也だが。

 

「言うなれば、特異な能力者は『べべベベベイビー』なことも出来るのよ」

「でちゅ♪」

 

肉体年齢と同時に精神年齢も下がっているようなルーシャナの相槌に頭を痛めつつも達也は、アーシュラの行き先に着いていくことにした。

 

「何処に行くんだ?」

「とりあえず一高愚連隊? らしきところに」

 

そこには深雪も居るはずだとしてアーシュラの後ろを着いていく形になる―――そして、その高速で動くアーシュラ。

 

あちこちに散乱する瓦礫や建材の塊などもろともせずに動くのを見ながらも……その翻りそうな短いスカートの奥に見えるものを見ようとして―――

 

(スパッツ―――)

 

完全防御されたそれに少しの失望感を覚えながらも辿り着いた先では―――。

 

「仮面ライダー京極……いや壬生、しっかりしろ!!」

 

『いや壬生って誰のことですか? 私は仮面ライダー京極。源氏の総大将にして坂田金時、渡辺綱など源氏四天王を組織して大江山の酒呑童子を討ち取った源頼光のリリィにして鎧姿―――つまり源頼光アサルトリリィ! ということです』

 

劉雲徳の雷を避雷針よろしく全て受けたように、巨大な剣を天に突き刺さんばかりに持ち上げている仮面ライダー京極(仮)。

 

その姿に渡辺綱の子孫だのと噂されるもあやふやな出自の少女が心配そうにしていた。

 

「お兄様! アーシュラ!!!!」

「なんでワタシにだけエクスクラメーションマーク沢山つけたような呼び方なんだろ?」

「未来の義理の姉に対して威嚇しているんだろ。市役所職員(キラーTheはやみん)の弟が精神科医の義兄(ぼっち・ざ・すぱい!)を嫌うかのように」

「偽装家族だとしてもアナタと夫婦ってのはカルく地獄ね」

 

酷い言われようだとしてもちょっとばかり嬉しいが、今は仮面ライダー京極なる鎧武者の救助が先だ。

 

アーシュラが何かをしたようだが詳細には分からない―――しかし、鎧が解かれてそこにいたのは……。

 

「み―――ぶじゃない!?」

 

「だから言ったでしょうが、私は源頼光のリリィ。在りし日の源氏総大将の少女時代の英霊なのです」

 

鎧を剥いで籠手部分と足具足(脛当て、甲懸)を残したあとに見えた少女のビジュアルは……栗色のポニーテール少女ではなく、濃い紫色の髪をリボンでまとめた見覚えが全く無い少女であった。

 

達也の纏うボディスーツよりも未来チックなボディスーツを着ている少女は、たしかに壬生紗耶香ではなかった。

 

「壬生紗耶香さんは確かに私が『かるであ』で鍛えた女武者(めいくさ)。しかし―――私が」

 

「おりゃ! 破戒すべき全ての符!(るるぶれ一発!)

 

「にゃ―――!!!」

 

何か厳かに言おうとした源頼光リリィの口上を遮る形で歪な短剣を振るったアーシュラ。結果的に自分たちが見えていた源氏総大将というレイヤー(薄布)は消え去り、そこには壬生紗耶香の姿があった。

 

「感電した体を直すには、そのミラージュを外す必要があったんですよ。同調、開始(トレースシンクロ)

 

剣を突き上げていた体制のままに動けずに居たのは、そういうことらしい。

 

だが……何故―――。

 

「壬生、お前は……私達を―――」

「助けたくなかった。どうせ何も出来ないのに戻ってきたあなた達が悪いんだもの」

 

その言葉に誰もが暗い表情をする。渡辺のあげようとした声と自分たちの意気を全て切り捨てるかのような壬生の言葉にどうしても痛みを覚えるのだ。

 

「ルーシャナ、竜を一匹だしてサヤカさんを後方に移送して」

 

「アーシュラちゃん! まだ私は!!」

 

「ダメです。童子切安綱という雷霆剣をアースにして落ち来る神雷を海へと逃したんでしょうけど、逆流した電流がアナタの体をかなり不全にしている。―――アナタの『決戦の日』はここ()じゃない。今は体を癒やして労ってください」

 

言葉だけでここいらにいる一高などの面子全てを守るために壬生紗耶香はかなりの滅茶(メチャ)をしたようだ。

 

戦略級魔法『霹靂塔』

 

伝え聞くところによるものよりもとんでもない威力だ。今でも達也は肌を刺すような電気を感じる。

 

アレが放たれた時、普通のエイドス改変的なもののように円筒形の『塔』が作られたと思った時に、それをすり替えるように、巨大な『三ツ首の竜』が見えたのだ。

 

それも普通の竜……人が想像出来たり似たような近似の生物のような長い体をトグロを巻くようなものだったり四足歩行のコモドオオトカゲだったり獣脚類のような前傾しての二足歩行ではなく……。

 

人間のようなほぼ直立二足歩行の巨大竜。有り体に言えば『ゴジラ』のような存在が見えたのだ。

 

「彷徨海の魔術師は神代魔術の実践者。それこそ古式魔法の現代解釈とかダウングレードとかそういう領域じゃない。モノホンの神代の層の術(マギア・ソロモン)を容赦なく放ってくる。それこそが―――彷徨海の脱落者にして、大亜連合の戦略級魔法師『劉 雲徳』ってワケよ」

 

「オレの心を読むなよ……まぁ疑問は解消されたけどな。その事を、いつから知っていたんだ?」

 

「ついさっき。彷徨海バルトアンデルスは、本当に『時計塔』や『アトラス院』よりも閉鎖的な協会の部門だから、情報が降りてくるのがくそおっそいんだよ」

 

達也の疑問に答えた後には、ルーシャナの竜(?)という乗り物がやって来て動けない人間たちを背中に乗せていく。

 

「ならばせめてこれを持っていって、頼光ママンから借り受けていたものだけど……いまはアナタが持っていたほうがいいと思うから」

 

童子切安綱という銘の刀を受け取るアーシュラ。そして―――帰るものと戦うものとが別れた。

 

「で―――状況はどうなっているんだ?」

「既に大亜のゲリラ兵士どもの大半は沈黙。呂剛虎は捕縛済み。陳とかいう虎の上官は阿房宮の上にいる―――十三使徒『劉 雲徳』とともにね」

「あの巨大な要塞を止めなければならないということか」

 

アレだけの質量のものが浮遊をしながら、徐々に都心に近づいている事実に残った連中の誰もが頭を痛める。

 

「もはや何がなんだか分からないわよ……。最初は大亜の軍隊がサーヴァントのマスターと協力して横浜で目的を到達しようとして、あの移動要塞で大兵力を直接転送してきたからと迎撃して……大半のサーヴァントをアーシュラさんが倒して終わりが見えてきたと思ったらば、あの移動要塞が動き出してそこには大亜の戦略級魔法師がいて、戦略級魔法が放たれて盤面がひっくり返って―――」

 

「長ったらしい説明ありがとうございます。と言いたいですが何も盤面はひっくり返ってません。ワタシの認識程度ですけどね」

 

「むっ、そうなのか?」

 

七草真由美の言葉に返した言葉は十文字克人にとっても予想外だったようだ。

 

「あの空中要塞、模造阿房宮は『地上』(した)で戦っている間も攻撃を続けていたんですがびくともしなかった。つまり―――アレは碁盤を全て圧迫していた巨大な『黒石』なんです」

 

空中要塞こそがこの戦いの本丸。

しかし、そこにすら自分たちは辿り着けていなかったのだ。

 

「これからアーシュラはどうするんだ?」

「戦うわよ。あのまま都心の地脈にまで向かわせたらばどうなるか分からないもの」

 

あの要塞の目的が魔術的な『陣地取り』であることは分かったが、どうやって―――。

 

「―――第二撃来ます!!!!」

 

メガネを外して何か……術の兆候を見たらしき美月の警告が響く。その言葉のあとには先程のような巨大な『式』が横浜全土を覆っていく。

 

いざ発動しようとしたその時―――。

 

『主砲発射―――其の名は、ブライト・エハングウェン(燦々とあれ、我が輝きの広間)!!!』

 

遠くの方から黄金の極光が飛んできて、空中要塞を襲う。

 

急遽、術の行使者であろう劉 雲徳は攻撃の為に展開しようとしていた霹靂塔の術式を変化させて阿房宮という神殿を守るためのものにした。

 

だが、その作られた防壁すら完全に威力を殺しきれるものではなく、急場しのぎだったこともあり、阿房宮という卵が少々欠けた姿になる。

 

「エハングウェン、だったか……? あんな強力な主砲が存在していたとは」

「如何にテロリストの潜伏先とはいえ廃工場相手に使うものじゃないでしょ。だから使わなかったんです」

 

入学時点でのことを思い出した十文字克人に答えるアーシュラ。

 

阿房宮に対峙するように現れる巨大な白い空中船。飛行船という名称は少々違うので、空中船と称したが―――ともあれ、そのエハングウェンの船首、舳先(ラム)ともいえる場所に立つ女性に全員が注目せざるをえなかった。

 

それは一高の美人教師。かなりのファンがいたりして、さらに言えば公明正大な裁きをすることでも知られて―――

 

一時間前には実娘の口から

『古代ブリテン島伝説の騎士王』と証言がなされた御仁であったのだが……。

 

そんな女性(ヒト)は……。

 

 

((((なんでバニーガール姿なんだ…?))))

 

男女問わずとことん思い悩まざるを得ない衣装で舳先に立っていたのだった……。

 

 



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第123話『決戦準備』

ああ、もうすぐ2023年が終わる……。終わってしまう。

などと嘆きつつ新話お送りします


遥か彼方、鳥すらも飛ばぬ高々度の雲の中を、デジタル暗号化された無線波で互いに囁きを交わす声があった。

 

『コントロールよりプリースト01、応答せよ』

「こちらプリースト01、感度良好。順調に現在横浜へと向かっている」

『了解。『任務』に変更はない―――ファイター03もいいな?』

『了解』

 

 

──ヘッドホンから聞こえた言葉に、プリースト01のパイロット仰木一等空尉はやれやれと思う。

 

約一時間ほど前に始まった横浜での戦いは陸戦及び低高度での戦いが主であり、侵攻している連中に空戦兵器……戦闘ヘリコプターの類が無いことから空軍の出番はないと思われていたところに、いきなりお呼びがかかったのが、自分と僚機(ウイング)を組む小林三等空尉であったのだ。

 

『しかし魔法師ってのはロクな戦いをしない。今の横浜はかなりの被害を被っているそうですよ』

「こちらも魔法師を兵隊として使っているんだ。仕方ないだろう」

 

管制官との通信をオフにした状態での小林の嘆き混じりの声には魔法師に対する羨望が混じっている。

 

結局の所、二〇九五年の国家の正規軍において陸海空のどこが一番に予算を持っているのかと言えばかつての旧日本軍のように陸軍であった。

次に海軍というところか……次代のピンポイント攻撃兵器であり、制空権というエリアドミナンスは現代の『魔法』という『最新攻撃兵器』の前では意味を成さないで居たのだ。

 

爆撃機(ボマー)攻撃機(アタッカー)戦闘機(ファイター)も……場合によっては雲海の向こうにいる自分たちを地上から見てくる恐るべき魔法使いたちによって無力化されることもあり得るのだ。

 

(かつての空軍の栄光もいまは夢の跡か)

 

自分たちが夢見た空のエースパイロットというのは既に何の価値もなくなってしまった。

 

現在はホクザングループというか北山財閥で『航空運転手』とでも言うべきもので高給を貰っている伊達のように、下野する人間が出るのも仕方ないのかも知れない。

 

遂に魔法師は人の身で空を自由に飛び回る術を得たのだから―――ライト兄弟、リンドバーグの努力を消し去っていけばさもありなん。

 

空すらも魔法という選民主義的な技術で奪われていくのだ。

自虐的かつ、自嘲的にそう思いつつも管制官から再度の通信。

 

どうやら任務距離に到達したようだ。

 

「小林、準備はいいな?」

『ええ、ではお先に! 誘導ビーコンスタート! 小林 三等空尉! 『脱出』します!!』

「―――誘導ビーコンスタート! 仰木 一等空尉! 『イジェクション』に入ります!!」

 

二人は武器と燃料が殆ど満タンになっている機体から『何のトラブル』も無いのに、そこから脱出をしてパラシュートを展開するのだった。

 

『仰木! 小林!! 上手くこちらに乗れよ!!』

 

人員回収機とでも言うべき『救出航空機』が空を旋回しながら二人を回収しようと上手いことやって来ている。

分厚い装甲とパラシュート脱出を受け止める広い『甲板』(いた)を持った機体への落着というランデブーを意識しつつも考えることが一つあった。

 

(しかし、あんなものを魔法師が必要にするだなんてどういうことだ?)

 

魔法は門外漢の仰木は怪訝さを覚えながらも、当の魔法師たちが聞いたならば、『一緒にしないでくれ!』と嘆きたくなるようなトンデモが横浜上空で繰り広げられることになる。

 

 

4月のブランシュの一件でも見て乗ったことがある面子はそこまで驚かないが初の『乗船』をした面子は、色んな意味で驚く。

 

卵のような巨大構造物が浮きながら更に移動していることにも色んな意味で驚きではあったが……。

 

「内装がちょっと違うのか?」

 

乗船経験者である達也が先導するアーシュラに何気なく尋ねた。特に隠すことでも無いのかアーシュラはあれこれと口を開く。

 

「そうね。お母さんが使う際にはもう少しスペースに余剰が生まれるの。ワタシのが短距離のフェリー船ならば、こっちは世界一周出来るだけの豪華客船ってところ」

 

どちらも巨大な船舶ではあるが、それだけで違いは理解できた。理屈は分からんのだが。

 

赤原礼装という衣装を纏ったアーシュラの案内のもとブリッジともいえる場所へと赴く生き残った面子。

 

長い廊下を進んでいくとようやく見えた門扉は、乗船経験者でも見たことがないものだった。

 

「入りまーす」

 

カルすぎる挨拶の後には、扉に手を付けて入室。ある種のセキュリティなのか扉に複雑な刻印のようなものが走って『解錠』された。

 

既に戦闘不能を判定されて後送されたとはいえ、刻印魔法の五十里が見ていれば興味津々だったかもしれない。

 

ここにいるのは船の関係者であるアーシュラを除けば。

司波兄妹、十文字克人、七草真由美、渡辺摩利、千葉エリカ、西城レオンハルト、柴田美月、吉田幹比古、北山雫、光井ほのか―――

 

三高からは一条将輝、吉祥寺真紅郎、一色愛梨、十七夜栞、四十九院沓子という塩梅だ。

 

ちなみに国防軍の千葉修次と藤林響子は地上の状況整理の為に光線牽引(トラクタービーム)による乗船を拒んでいる。

 

「まさか、このような状況になっていたとは正直予想外ですよ」

 

入り込んだ途端に、以前はアーシュラが座っていた艦長席に座っていたバニーガール姿のアルトリア先生は、椅子を回してこちらに向き直ってそんな風に言う。

 

教師として生徒の『やらかし』を嘆くような言葉に少々いたたまれない。

 

「……重ね重ね失態です。自分たちが無力で浅薄であることを知らされるだけの事態ばかりでした」

 

ブリッジはあの時よりも広く、ブリッジクルーとして多くの人間が動いていた。人間ではない可能性もあるが……とりあえずヒトの姿をしたものたちが動いていた。

 

克人が謝罪をする中でもそんな風に観察していた達也だったが、アルトリア・ペンドラゴンによる説明が為される。

 

「戦略級魔法・霹靂塔が放たれたことは痛手ですが彼らは何の目標も『達成』出来ていません。アレが放たれたのはただの自暴自棄(やけっぱち)でしかありませんから」

 

「それでもアルトリア先生は、まだ大亜軍ないし中華の魔術師は諦めたとは思っていない?」

 

「ええ、現在は防御に徹している阿房宮ですが都心に進めば恐らく霊脈の抑えに入るでしょう。そうなればこの日本という国土においてフォーマルな現代魔法の使用は不可能になるでしょうね」

 

その言葉が虚言と言えるほどの知識は魔法師たちにはない。だが九校戦で説明されたレイライン・地脈・霊脈のことを考えるに、それは現実味があることに思えてきた。

 

「もう一回、あの主砲を発射することは出来ないんですか?」

 

素人考えであることは分かっていながらも光井ほのかが遠慮がちに言うが……。

 

「そうなればあちらは、今度こそ最大級の霹靂塔を撃ち込むだろう。その際に撃ち合うだけの防壁を張れたとしても、その先の都心にまで影響が及ぶ……今はこのエハングウェンが最後のディフェンスラインとして存在しているからあちらも迂闊に動いていないんだ」

 

「達也さん……」

 

さながら小牧・長久手の戦いで楽田城と小牧山城で膠着状態になった羽柴軍と徳川軍のようなものだ。

 

お互いに先に仕掛けた方が相手に付け入る隙を与えると分かっているからこそ、この状態で睨み合っている―――という衛宮家を分かっている達也の態度は光井ほのかの心をチクリとさせたのだが、それに気付かない達也に「こいつは……」とアーシュラを呆れさせたのだが。

 

「そしてアーシュラ、アッドを一度私に預けなさい」

 

「―――わ、わかった……」

 

次の瞬間アーシュラは、まるで悪いことをしたように萎縮しながら少しだけ壊れた黄金色の匣を母親に渡した。

 

「姪っ子を守るために無茶しましたね。兄さん」

『へっ、ローマとの最終決戦の後にすぐさまブリテンでモードレッドと決戦やらかす羽目になった誰かさんを逃がす際の苦労に比べりゃな』

 

喋る匣はそんな風に軽口であり悪態を突くようにしてから―――。

 

『まぁいい、アルトリア、アーシュラ。少し俺は休ませてもらうぜ―――』

 

心底疲れたような声を出した後には動かなくなるのだった。

 

「アッドさんは壊れたんですか?」

「いいえ、ちょっとした休眠状態です。エハングウェンで休ませておけば―――ですが、この戦いで動くことはないでしょう」

「アッド……というよりもケイ伯父さんの宝具は水に関わるものだから、多分あの電気地獄を緩和していたんだと思う」

 

美月の疑問に答えたアルトリア、そしてアーシュラによって壊れた原因が察せられた。

 

「水の膜によって直接の感電を避けさせていたというところでしょう。というわけでアーシュラ、アナタは阿房宮に吶喊して血路を切り開きなさい」

 

「「「―――」」」

 

その厳しすぎる言葉に、全員の血の気が引く思いをした。この女は何を言っているのだ。

 

自分の娘が、そのような死地に飛び込むのを良しとするのか?

 

「分かったわ。アッドが守ってくれたお陰でワタシのダメージは少ない。国防軍は動けない。となれば、それしかないわね」

 

だが娘の方は別に近所に『おつかい』頼まれたような感覚で了承をするのだった。

 

「理解が早くて何よりです。我が娘―――では行きなさい。ルーシャナ帝姫もお願いしますね」

 

「了解です。アルトゥールス王!」

 

言葉の途中で立ち上がって髪を撫でたあとには幼女の姿を取るルーシャナの髪も撫でるアルトリア先生

 

「ちなみに言えばルーシャスとの間で既に取り決めは為されています。彼女は我が家で保護することに決まりましたので姉として接しなさい―――というのはいまさら野暮ですね」

 

幼女は衛宮家の『養女』となることが確定するのであった。

怒涛の言葉のあとにはブリッジから出て行こうとするアーシュラとルーシャナ。

 

「あなた達は少し残りなさい。装備も何もなしに立ち向かった所で、何も出来ないことぐらい分かるでしょう? アーシュラの戦場に向かおうとするならばそれからです」

 

思わずついて行こうとした自分たちに掛けられた言葉、バニーガールの教師。

 

「しかし……!」

「今から行うのは空中戦です。籠城戦の如くここから矢玉をあちらに射掛けてもいいですが、通用しませんよ」

 

それは分かる。理屈を抜きにしてもあれに魔法を徹そうとした連中は無駄をやったのだから。

 

「ならばカオ○ガンダムを俺に!」

「カスタム○ラッグかアト○スガンダム(サブレッグ)を用意してください!」

「「「「「そんなもんあるかー!!!」」」」」

 

ブリッジ要員なのか同じ顔をした中学生程度の子どもたち(淡い金髪)が一斉に克人と達也にツッコミを入れるのであった。

 

「本気でまだ戦うつもり―――何かが出来るとお思いか?」

 

その鋭い一言。アルトリア先生の言葉に苦しくなる。常在戦場を生くる場にブリテンの守護者として駆け抜けたアルトリア先生の言葉は重い。

 

だが、それでも……。

 

(このままアーシュラだけに全てを任せるなんてのはイヤだ)

 

彼女は孤独ではないのかもしれない。

彼女に伍するだけの実力者はいるのは分かっている。

だからといって何もしないで見送るだけでいるのは嫌なのだ。

 

「―――アトリエを開いておきました。CADもそこならば何とかなりましょう。そこから先はあなたたち次第です。立華、案内お願いしますよ。」

 

ため息を一つ突いたバニーガール王様は、結局の所、自分達を後押ししてくれたのだ。

 

「分かりました。こっちよ、着いてきて」

 

いつの間にか乗船してブリッジに『しれっ』といた藤丸立華が立ち上がって、こちらに合流してきた。

 

「そ、その前に一つよろしいですか? アナタはアーシュラさんのお母さんであることは分かりましたが……アナタは……」

 

「一高の先生だ。細かな説明はあとにするぞ一色」

 

そう言えば三高生は、風間と藤林がいた場面での暴露には立ち会わなかったよなと気付かされる。

 

一応は十文字の注意で戸惑い気味の疑問を呈そうとした一色愛梨は口を噤むのだが、十七夜 栞と四十九院沓子は。

 

「先生がバニーガール……」

「というより若すぎんか?」

 

などと驚嘆と疑問を呈する二人だったが、それ以上の無駄口は叩けなくなった。

 

ブリッジを出ると同時に立華は口を開く。

 

「あなた達が戦力として動けるならば、ただ一つ。あの阿房宮という神殿に座している大亜の道士どもを叩くだけ」

 

「空中戦は演じなくていいのか?」

 

「そちらはこちらで受け持ちます。劉、陳、周そして劉の孫たる存在。この四人こそが最後の関門です」

 

「私達で倒せるの……?」

 

「七草先輩。ここまで来て尻込みするぐらいだったらば、あなた達はとっとと逃げるべきだった。ですが、此処に来た以上もはや逃げ場は無いんですよ。振り向けば劉 雲徳という道士は容赦なく戦略級魔法を打ち込んでくる」

 

「今さらそんなもの結果論でどうとでも言えるじゃない!!」

 

エリカの抗議だが先導する立華は、特に意に介さず口を開く。

 

「結果論と思うのは勝手ですけどね。ですが、現実に大亜の魔法師たちは『まだ』諦めていない。それどころか、国防軍が召し捕ったはずの捕虜の犠牲も厭わずに戦略級魔法をぶち込むその所業からして、あっちは、もはや引くに引けない状態になっている。どれだけ兵隊どもが犠牲になろうとも、最後に本丸を抑えようとやっきになっている」

 

正常な軍隊や国家の感覚じゃないというのは今更だが、新ソ連の中核たるかつてのロシア連邦、大亜の本丸である中華人民共和国というのは、昔から他国は当然ながら『自国民』の人権も、どれだけ踏みにじっても構わないという意識が根強い……というか伝統である。

屍山血河を築いてそこを橋頭堡にするとまで言われるぐらいだ。

 

「とにかく、現状やるべきことぐらいは分かるでしょう。ああは言っていましたが、アルトリア先生も結構ギリギリなんです……あの阿房宮が横浜に対して行っている人理圧迫を正常値に戻す作業をエハングウェンを通して現在もやっているので」

 

「響子さんから連絡が来ていた。横浜でようやく現代魔法や古式魔法が使えるようになってきたって」

 

「撤退?」

 

「現状使えるCADが無いからな……せっかく作ったムーバルスーツも全てが無駄になった」

 

別にCADが無くても魔法は使えるが、そうなった場合の魔法師の魔法行使の不便さは格段に上がる。

ある程度熟練した魔法師ならば―――と豪語するも、やはりCADがなければ魔法師は殆ど意味を為さない。

 

その事実に打ちひしがれるばかりだ。

 

「とにかく今はアーシュラの手伝いをしたいというあなた方の意気を信じるしかない―――ここ(・・)ならば存分にそのための武器を鍛造出来ることも叶いますね?」

 

案内された場所は現代魔法師ならば御用達の調整機器や古めかしい炉を使っての武器鍛造場まで備えていた。

 

さらに言えば、器材としてなのか、それともどこから手に入れたのかFLTの飛行デバイスまで存在していた。

 

至れり尽くせりの状況。アルトリア先生には感謝の念しか出ない。

 

「時間は有限だ。速やかに動け」

 

十文字に言われるまでもなく、全員が動き出す。自分で調整出来るものは自分で―――と思っていたが。

 

「三〇分で全て片付けます。最前線に行こうとするものは俺にホウキを預けてください」

 

その言葉は信用に足るものだったが―――。

 

一部のものはプライドが少しだけ邪魔したりするのであったが、それでも……最後の決戦の時は近い。

 

 

 

 

 



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第124話『虚空の戦場』

まさか元日に、こんなことになるだなんて

早く誰もがいつも通りの日々を過ごせることを願うばかりですよ


ブリッジから甲板といえる場所に出る。

……今はカバーで遮蔽されているとはいえ、プールなどがある場所に出たアーシュラとルーシャナは考える。

 

「シャナは何か飛行手段ってあるの?」

「ん。7竜たちの翼を利用したり『乗ったり』。だいじょぶ。騎乗スキルはあります」

 

赤い皇帝衣装の朱金の髪をした少女はそんな風に言う。目と鼻の先にもはや見えている巨大な卵……コロンブスの卵のように直立しているわけでもなく、浮遊しているわけでもない。

 

それを割り砕かなければならないのだ。

飛ぶことは特に問題はない。だが―――。

 

(サヤカさん)

 

瞬間、その手に持っていた雷霆の刀(重み)を意識する。

 

(ブリテンの騎士ではなく、ただ1人のサムライとして戦うのもいいか)

 

聖杯戦争ではないが、母も日本陸軍将校のような衣装をした『女侍』(めいくさ)と戦ったとか言っていたことを思い出す。不死者(ゾンビ)のような気配を持っていたとか言っていたが。

 

それはともかくとして―――。

 

「んじゃいこっかい」

「私が先に行きます。お姉ちゃんはあとでお色直ししながら来てください」

 

そう言って、分かっているのかルーシャナはエハングウェンのラム(船首)とも舳先ともいえる場所まで助走を付けて走り出し、そこから飛び上がった。

 

竜の翼らしきものを背中に生やした彼女が飛翔していく。それを見送るばかりではない。

 

「ではお力お借りします!!」

『いいでしょう! このSAKIMORIのチカラ! 存分にお貸しします!!』

 

言葉を聞きながらその身に貸し与えられたチカラを開放。黄金の姫竜は走り翔び立ちながら空に身を投げた。

 

その姿が徐々に変わっていく。霊基・霊衣変更の影響だ。空中でその身を完全に違うものへと変えた。

 

それは、越後の龍と呼ばれし『最強の戦国大名』であった。

 

改造された露出度高めの和服に、各部から炎を吹き上げる背面のユニット。まるで仏像の後ろにある光背のようだ。

あえてそれを評するならば不動明王が背負う激しい迦楼羅炎というよりも、毘沙門天が背負う光背のようだ。

 

巨大な刀。太郎太刀かと言わんばかりのそれは、壬生より賜った童子切安綱なのだろう。

 

ルーシャナとアーシュラが向かってきたことはあちらも理解していたらしく、すぐさま迎撃のためのエネミーが吐き出される。当然、接敵の前にアーシュラもルーシャナも先制砲撃を行う。

 

光背のようなバックパックかフライトユニットのそれの内、長くてドデカイ黄金色の砲らしきものが可動。

 

先端から青い閃光を解き放つ。ごん太レーザーなどとは言わないが、それなりに収束された光の圧がエネミーたちを扇状に焼き払っていく。

 

鼻っ面に受けた攻撃を前に怯むかと思えば、骸を意に介さずエネミーは染み出していく水のように空へと浸透していく。

 

それはアーシュラにとっては特に予想外ではない。

 

「魔術師くずれの魔法師にしちゃ大盤振る舞いだけど、ワタシに対してそんなもの効かないのよ」

 

意を決するや否や、アーシュラはルーラー・上杉謙信のチカラをフルに使いながら突進していく。

 

集団の中に入り込みながら、アーシュラはフルに空中剣戟、撃剣とでもいうべきものを繰り出す。

 

虚空を足場にしながらも、その動きはいっそ華麗というしか無いぐらいだ。

鎧袖一触されていくエネミーの一体一体とて決して雑魚ではない……アーシュラにとっては違うのかも知れないが。

 

それを光背の機能であろうもので屈曲レーザーの雨を降らせたり、巨大なレーザーソードを形成して薙ぎ払う。

 

スケートリンクを自在に滑り廻るスケーターのように、

フィールドを駆け抜ける高速ドリブラーのように、

 

彼女の動きは目で追いきれないほどに速くて凄まじいものだ。

 

「アーシュラが着ているドレス(霊基)は、英霊 上杉謙信のもの。毘沙門天の化身ともいわれた戦の神(イクサガミ)たる彼女のチカラが振るわれているんですよ」

 

アトリエにて外部映像を見ていた人間たちは、それに対して息を呑むしかない。

 

(仮にムーバルスーツが無事だからと、ここまでの空中近接格闘が出来るだろうか?)

 

だが、その疑問を達也は消却する。結局の所、そういった理屈を抜きにして『思うがままに世界を改変する』。

それこそが魔道の本質なのだから。

 

軌道計算も、風力計算も、なにもない。

 

虚空を足場にして『重さ』と『速さ』と『魔力』を乗せた剣戟・光撃・吶激がエネミーを消滅させていく。

 

「上杉謙信ってあんなふうに戦っていたのか?」

「というか、アーシュラのスタイルチェンジは、一部を除けば『龍属性』の存在にしか変身出来なかったはず……」

 

そんな昇りゆく自由(ライジングフリーダム)のような戦闘様子を見ながらも疑問は多い。

 

「我がカルデアでは2種の霊基存在たる『戦国最強』を登録していました。1人は長尾景虎という人間寄りの霊基であるランサーのサーヴァント。

もう1人は上杉謙信という神様(・・)寄りの霊基であるルーラーのサーヴァント。現在、アーシュラがチェンジしているのは後者の方です」

 

言いながらサーヴァントである『軍神』の姿を虚空に投影する。どちらも女の姿をしている―――銀髪と黒髪が混じったハタチほどの美女だ。

 

「ヒトを神にする―――というのは可能なのか?」

 

「不可能ではないじゃろ。これに関してはある種の因習じゃからな。神體(がんたい)という神のカケラをヒトに移植することで『神代の魔術』を成立させることは不可能ではないのじゃ」

 

司波兄妹の疑問に答えた藤丸立華、その藤丸へのさらなる質問は『着替え』をしている四十九院沓子によって為された。

 

「正式名称は神臓鋳體(しんぞういたい)。現代において古き神秘は劣化をする一方なんじゃが、それを『保存』するための方法を、古式魔法の更に深奥……退魔の血族などは継承してきたのじゃ」

 

沓子のさらなる説明。ホワイトボードを使って達筆に書き上げた漢字で全員に理解が及ぶ。

 

「ということは北陸の軍神、越後の龍は神體を受け入れたということなのか?」

 

「記録によれば、彼女の母親たる青岩院は熱心な仏教徒であり幻想主義者でしたからね」

 

「戦の神……毘沙門天をこの世に作ろうとしたのじゃな……」

 

「そのようで、赤子を腹に収めている間に、それと思しき『神體』を飲み込んだのではないかと推測されています」

 

あまりにも強烈すぎる事実。だが、まだ一つの原因究明が為されていない。

 

「で、結局アーシュラが戦国の軍神のチカラを使えるのはどうしてなんですか?」

 

「まぁ長尾景虎(上杉謙信)は『越後の龍』ですからね」

 

それも龍属性に含まれるのか!? 誰もが驚愕する事実。実は上杉謙信はGACKTであったとしても納得してしまいそうだ。

 

「しかし……北陸地方にも関わりが大きい謙信公の姿となると、少々滾るねぇ」

 

炎と雷を纏う太郎太刀を振るって活路を開くアーシュラの姿は三高生たちを色々な感情に震わせる。

 

何より騎士として対抗心を燃やしている一色愛梨などは、拳を握りしめているほどだ。

 

九校戦の時……いや、その前から彼女はアーシュラを意識している。

己が纏うブラダマンテの霊衣。

同時に再現された武器…宝具。

 

何もかもがアーシュラがいてこそ出来た与えたチカラではある。

 

そのことに歯噛みしてしまうのは当然か。

 

(けれど、魔法科高校にいる姫騎士はアーシュラさんだけではありません!!)

 

何もかもがアーシュラの思うがままだとしても。

 

(このワタシの誇りだけは―――アナタからのものでは無い!!!)

 

その決意と同時に全員の準備が整う。

 

「アルトリア百翔長。こちらの準備は完了しました」

 

『最新巻では司令長官(グラハレル)ぐらいにはなっていたはずですが、まぁいいでしょう。ボーダーを出します。ではお願いしますよ』

 

その船内アナウンスの言葉で、何か途中まで送り届けるものが用意されていることが理解できた。

 

「こっちよ。案内するわ」

 

その立華の言葉で準備が出来た連中が、あるき出す。

 

「しかし、アルトリア先生も何というか薄情よね……自分の娘なのに、何ていうかいっつも厳しい態度で」

 

「エリカちゃん。もしかしたらばアレが古代の王様の帝王学かもしれないから、そういうのは」

 

ヨソの教育方針にケチを着けるのはどうなんだという美月の言葉だが、確かにアルトリア先生は厳しい。

 

しかし―――。

 

「本当に王様として教育を施しているならば、生徒会長だろうがなんだろうがやらせていないかな? リーダーシップや儀礼作法なんか、広範な人の上に立つものとして取るべきものを、叩き込んでいるはずだ」

 

帝王学といってもまちまちなものだ。

もっとも英霊アルトリア・ペンドラゴンの考えはそういうことではないのかもしれないが。

 

「で、どうなんだ? 立華」

「どうなんだと言われましてもね。ただ、一つ言えることは……アーシュラは選定の剣(カリバーン)を抜いたアルトリア先生の決断を、あまり歓迎していないということです」

 

その意味は良くは分からない。しかし―――。

 

「無事に帰ってきたらば教えてやる。だからちゃんと帰ってこいよ」

 

赴いた場所、船の甲板とでも言うべき場所には1人の男性が居た。

 

「士郎先生……」

「よろしいんですね?」

 

確認をとったのは立華。どうやらアーシュラが話した以上のトップシークレットがある様子だ。

 

「ああ、もはや隠し事をしているわけにもいかないだろうからな。司波だけは少々違うようだがな」

 

「まぁ九校戦での一件でそれなりには教えてもらいましたよ」

 

抜け駆けというわけではないが、そう言った瞬間十文字克人から少しの敵意が向けられる。

 

「そうか。あの子はある種の可哀想好きだからな。コウマと同じくちょっとお前に甘いんだろうな」

 

「そ、そういうのって私よくないと思います! 男女の交際で不健全すぎます!!」

 

「そうか。お前の個人的な意見は一応、考慮しておく」

 

深雪の必死な訴えは、あまりにも個人的すぎて教師には届かなかった。

 

ともあれ―――アーシュラの戦う戦場に赴く時であった……。

 

 



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第125話『剣製の父娘』

昔はシロウって凄く『器用貧乏』で、『剣』以外はそんなに達者に投影できねーよとか結構、杓子定規な意見が多かったんだよな。

別作品とのクロスだけど『速い動きを「剣製」した』とか、いや普通に強化とかで出来るがなとか思っていたが……まぁそんなこんなでチャイナドレスの美女(歳が一回り違う)すら落とすフェロモン男が父親やっている作品をどうぞ。


 

「―――」

「たくさん出てきた」

 

予想通りではあるが、それにしてもルーシャナの言う通り随分と大盤振る舞いだ。彷徨海の魔術師が『自分』と同じく神代の 術に精通していることは分かっていたが……。

 

(あまり時間も掛けてられない)

 

既にカルデア所属の多くのサーヴァントが脱落した。

別に聖杯に回収されたわけではない。一時離脱だ。

そして横浜でアーシュラが展開していたサーヴァントも『数』を絞っている。

 

ある意味、独立した存在である妖精騎士と最後の戦乙女は……。

 

(ブリトマートは『すみません! 一時離脱です!!』と言ってアスラウグも『『娘は出せません!!』』とご両親に保護されちゃったし)

 

現在、戦力として有効なのはアーシュラとルーシャナだけだ。

 

「ルーシャナ援護して」

「な、なにをするの?」

 

ルーシャナはこのままあまり接近しないで戦うつもりだったようで目を丸くしたようだが、構わずにアーシュラは接近戦を挑む。

 

(ワタシの予想が正しければあの要塞こそが『身体』。ならば結界の一つぐらい切り裂けば!!)

 

ただでさえ母の「槍」であり「砲」を食らって欠けた身体だ。ダメージ覚悟で接近すれば防御に固まるだろう。

 

全身に魔力強化を施した上で魔力放出の勢いを上げる。全身が全力駆動する。

自分が一匹の巨大な竜になった感覚を覚えながら―――アーシュラは灼熱の戦場に突撃するのだった。

 

 

その様子を見ていた立華は、少しだけ目を背ける。あのような無茶をさせてしまっているのは自分が采配をミスしたからだ。だからこそ今は進むことしか出来ない。

 

「これ、もう少し早く動けないのか?」

 

同じような焦燥感は達也も抱いていた。

士郎先生がよこした『ブラックウイングボーダー』という飛行機械としてはかなりの『魔力』が込められたそれは確かに『いい速度』で阿房宮へと向かっているのだが……

 

「これでも最大速度よ! 第一、戦闘機動なんかしたらばあなた達を振り落としてしまう!!」

 

何かの文字盤を操作して鳥のような飛行機のようなこの巨大飛行物体を操る立華の苦労は自分たちには計り知れない。

 

「それならば……」

 

アーシュラが入り込んだエネミー集団を凍りつかせようと深雪が術式を展開しようとする。しかし難儀するのか苦しそうな顔をする。

 

「深雪、あそこにお前が改変すべき情報次元は―――」

 

「分かっています!! けれど!!」

 

こんな悔しいことはない。アーシュラだけが何かが出来て自分は観客以下の状況になるしか無い。あれだけ厳しい訓練を受けてきたというのに現実は厳しい。

 

逃げ出したい。

投げ出したい。

出ていきたい。

 

そういう想いで魔法師として生きてきた自分の自信を粉微塵にする存在。

 

だから―――。

 

「凍ってしまぇええええええ!!!!」

 

アーシュラだろうが何だろうが凍てついてしまえという『気迫』が迸る。

現代魔法師としては無駄事すぎる口頭言語による意思の発露。言葉を発したところで無駄と断じられてきたそれが、効果を発揮する。

 

―――わけではない。どちらかといえば、その前に後ろから飛来した『矢玉』が魔法師が改変すべき情報次元を『整理』したのだ。

 

(士郎先生か)

 

深雪のサポートをした存在はエハングウェンの甲板上から『狙撃』している衛宮士郎であった。

 

結果として深雪のニヴルヘイムが効果を発揮して、あらゆるエネミーを氷漬けにしていくのだった。

 

氷漬けにしたエネミーの集団は自由落下の機動に乗る前に、ルーシャナ・クラウディウスの剣戟で砕かれていく。

その上で、その消滅する魔獣の魔力を吸い取っているようだ。

 

『こちらで何とかお前たちの魔力が通るように整地してやるからお前たちは振り向かずに前を向いていろ!!』

 

その言葉と同時に、陰陽、太極図を刻んだ短剣が幾つも飛んでくる。

 

自分たちを追い越していくその剣の飛ぶ姿は前にどこかで見た水面を飛び跳ねていくトビウオの一斉飛翔を思い起こさせた。

 

直刀、直刃の類の武器ではない流線型をしたものだからかもしれないが、ともあれその陰陽の剣がもたらした結果は自分たちを助けるものだ。

 

「簡単に言えば士郎さんがやったのは、この周辺の情報次元を縫い付けて清掃したということ。一般的に強い神秘の前では、弱い神秘は負ける。

特にこの周辺は阿房宮の領域だったわけだけど、そこに『干将莫耶』という夫婦剣を打ち込むことで、人智の楔を『現代魔法の理』をこの天空(そら)に縛り付けた」

 

「そんな高度なことを士郎先生はやっていたの?」

 

別に士郎先生を侮っているわけではない。

むしろ、そんな単純なことでそれだけのことが出来る士郎先生に驚愕しているのだ。

 

「一見すれば、ただ剣を放っただけにしか見えないでしょうけどね。そうじゃないんですよ」

 

立華の耳には衛宮士郎が『祝詞』のような言葉を唱えているのが分かる。そして、それは娘であるアーシュラが同じく唱えることで、盤石を整えているのだ。

 

『心技無欠にして盤石 力、山を抜き 剣、水を分かつ 唯名 離宮にとどき 我ら 倶に天を戴ず』

『心技無欠にして盤石 力、山を抜き 剣、水を割かつ、尚堕ちることなき其の両翼 天を奔る』

 

前者が士郎先生の祝詞、後者がアーシュラの祝詞である。

 

その効果が出てきたのか、アーシュラへの援護が入っていく。

 

更にーーー音速の戦闘機がやってきたのだ。

 

『やはり金色のカラーでなければ戦闘機はいかんな。ガメッシュ殿のヴィマーナほどではないが、砂漠の虎が乗るならばやはり金色でなければ』

 

『まだそのネタを引っ張りますか……』

 

『劇場版に出れるかどうかの瀬戸際なのだ! エターナルが出ればワンチャンあるだろうが、いまのところ影も形もない!! 仰木殿!! あなたの機体を最大限使わせてもらいますぞ!』

 

嘆く父親に構わず音の壁を超えて飛翔する『ウェポンゴーレム』……人類史でいうところの戦闘機であり厳密に言えば、対艦・対要塞ともいえる用途を持つ『攻撃機』といえるものを操り、阿房宮へと攻撃を開始する。

 

「改めて思うが、あのサー・ギャラハッドとサー・ランスロットは……何であんなに近代兵器の扱いに達者なんだ?」

 

髪を押さえながら、魔法を打ち込みながら『対艦攻撃』ならぬ『対城攻撃』を行って阿房宮を削っていく攻撃機へと疑問を覚えた。

 

かの騎士2人は、ゲリラ兵士が装備していたサブマシンガンをかっぱらった上で、それを銃器として使えていた。しかも同装備を持っていたゲリラを圧倒したのだから疑問もあるのだ。

 

「あの二騎に関わらずサーヴァントの中には『武器』を簒奪、あるいは『その辺の木枝(ブランチ)』を槍剣に見立てて相手を打倒した逸話からある種の『弘法筆を選ばず』な宝具があるんですよ」

 

「つまり現代火器、もっと言ってしまえば火薬兵器がない時代の人間でも、『武器』というカテゴリーにあるものあらば、それを自分の得物として十全に使えるということなのか……?」

 

「ええ、アーシュラが獅子心王の逸話で言って、さらに言えば彼女自信も木枝・模造刀を用いて光の斬撃を放っていましたしね。ブリテンの騎士には『ナイト・オブ・オーナー』というものが多少に違いはあれど、習得しているんですよ」

 

克人の驚愕した言葉に返した立華の説明。

つくづく英霊とは驚愕の存在である……。

 

「まぁある程度の『強化』ならば出来るでしょうが……ナイト・オブ・オーナーは、自身の手にしたものを自分の『宝具』として使うものですからね」

 

桜の枝、木枝、模造刀、銃器、……最後には戦闘機までも自分の必殺武器として使うことが出来るという事実。

 

実際、円卓最強の呼び声も高い2騎士の攻撃は苛烈だ。集るエネミーの群れを機関銃で掃討しながら、腹に溜め込んだ多くのミサイルを阿房宮に解き放つ。

 

電磁バリアの如き霹靂塔による防御が全てをシャットアウトするように見えてそのミサイルの発破が及ぼす影響は大きい。

 

さらに言えば、速いエネミーに後ろを取られたとしても音速の魔鳥にはさしたる問題ではない。

まさしく人体が耐えられるGではないはずの空戦機動で逆に相手の後ろを取る。

 

「プガチョフ・コブラ……!」

 

歴戦のイーグルドライバー(戦闘機乗り)であれば思わず見とれてしまいそうな見事な航空機動(マニューバ)が古代の騎士たちによって再現される。

 

容赦なく機銃の掃射、ギャラハッドの聖なる魔力に浸された弾丸。

すなわち英霊が使えば音速の通常の弾丸すらもソーサルエネミーに対する殺戮の礫となる。

 

そして、それらによってアーシュラが自由に動ける隙が出来上がった。ここぞとばかりに魔力放出を吹かして最大接近ーーー。

 

溜め込まれる最大魔力。

最上段に構えたアーシュラ。

 

阿房宮が震える。まるで怯えているかのようだ。

意思を持っているかのような其れを前にしながらも。

 

その時は来た。

 

「―――毘天八相!!! 京極の太刀!!!」

 

黄金の輝きを纏ったアーシュラの『全力斬り』が、霹靂塔という戦略級魔法の防御を切り裂き、阿房宮そのものを切り裂いていた。

 

重い斬撃が与えたダメージは極めて深い。そして苦痛に身をよじるかのように阿房宮そのものが鳴動している。

 

暴走したかのように雷が周囲に飛び回るも、それでも戦いはまだ続くのであった。

 



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第126話『乱入する甲斐の若武者?』

 

 

そうして遂に阿房宮という空中要塞へと殴り込めると思った瞬間、それを阻止するようにあちらも最後の抵抗をしてきた。

 

「十文字先輩! 空から英霊・呼延灼が!!」

「ぬうううっ!!!」

 

 

美月の警告が遅れていれば、この輸送機に直接乗り込まれていたではないかと思うほどに、苛烈な突撃であった。

 

砲弾のごとく飛び込んできた呼延灼将軍。

間一髪、十文字の障壁が間に合ったが―――。

 

「ぬううっ!!!」

 

黄緑と紫のオーラ……恐らく魔力放出の類を乗せた攻撃が克人の障壁を砕いていく。

 

冴え渡る硬鞭術の限りが克人を苦しめる。

 

「なめるなっ!! 梁山泊っ!!!」

 

しかしリーチの短い硬鞭では攻撃範囲が広くない。

 

遂に克人が競り勝とうと、押し返そうとした時―――真由美のドライアイス弾が攻撃しようとした時。

 

双硬鞭が変化を果たす。その直立していた鞭が、硬さを誇っていた其れが伸長展開し湾曲する軟鞭へと変化したのだ。

 

身の丈以上の長さにまで伸び切ったそれを嵐のような勢いで振り回して、克人の障壁も展開しようとしていた魔法式も関係なく砕いていく。

 

スレイヤーウィップを振り回しながら……。

 

「オーホッホッホ!! 女王様とお呼びっ!!!」

 

喪黒福造のような哄笑を上げながらも軟鞭は恐るべき勢いで空を蹂躙して、克人が苦心して築いた壁は。

 

「八卦五月雨! 繚乱八卦!!」

 

―――全て砕かれた。

 

「ぐぶっ!!」

「十文字君っ!!」

 

当たり前のごとく障壁魔法を張れる克人が軟鞭で打ち据えられる。

 

とんでもない技量だ。打ち据えるという結果だけで、克人は何も出来なくなったのだ。

装備していた(スーツ)は豆腐のように砕かれて生身から出た流血が痛ましい。

 

「仙人にして殷の大師 聞仲の禁鞭術のごとき我が功の前では無為なのだよ!」

 

言いながら遂にボーダーに降り立った呼延灼は、その軟鞭を振り回して全員を遠い横浜の硬い地面に叩き落とそうとしたが。

 

「させるかっ!!!」

 

その殺人駆動をさせまいと、バニーの摩利が鞭剣で絡め取ろうとする。

因みに言えば振り回した鞭剣の範囲にいたレオが必死な形相で回避に徹したりした。

 

「その程度のクンフーで!!」

「アーシュラさんには負けられないのです!!」

 

鞭と鞭剣が絡み合っては離れての攻防を繰り返す中、その間隙を縫って一色愛梨が短槍と回転する光盾を持って接近するが。

 

「エンプーサハイキック!!」

 

黄緑と紫のオーラを乗せた魔力強化のハイキック。見事なおみ足を凶器として振るう呼延灼。

 

それに一色は耐えきれないと思っていたが、光盾を構えてどうやら耐えたようだ。

 

「ぐぅううっ!!」

 

とはいえ突き抜けた衝撃が、身体を痛めつけたのは間違いない。

 

「船から叩き落とせ!!」

「劉道士とリーレイの邪魔はさせませんよ!!」

 

渡辺先輩の苛烈な攻撃を捌きながらも、他の人間の攻撃にも十分に対応できるそれに歯噛みする。

 

「ですが、そもそも『これ』を叩き壊せばいいだけですからね」

 

ニヤリと笑った呼延灼は双鞭の内の一つを硬鞭にして船体に叩きつけた。

 

この自分たちが立っていた場所はある種の平場であったのだが。そこに自分たちが立っていられたのはそういう魔術の加護があったからであり、そこに攻撃を加えられれば途端に不安定になる。

 

「「きゃああああ!!」」

 

如何に魔法師として優秀とはいえ、自分たちの足場を崩すという『大前提』を失わせようとする敵に混乱が生まれる。

 

ほのかと雫の悲鳴を聞きながらも―――。

 

「やらせぶばっ!!!」

 

身体を使ってタックルを仕掛けたレオだが、その身に掛けた硬化魔法など病葉も同然に打ち据えた鞭がレオを叩き伏せる。

 

「軟鞭を繚乱に扱うことで、船もあなた方も倒してくれる!! 我がときめきアイアンウィップを食らうがいい!!」

 

(全くもってときめきがない!! 恋の呪文はスキトキメキトキスか!?)

 

「天空に散れ!!」

 

ふざけたことを考えつつも、かなり危機的な状況に誰かに救援を求めたくなる。達也としても動くに動けない状況。このボーダーという船を修理していかなければならないのだ。

 

ここまで接近されて(踏み込まれて)は士郎先生も援護が出来ないようだ。マズいと思ったその時。

 

「成程、アナタか!! 破壊の原理保持者!!!」

 

達也が密かにやっていた修理作業を見抜かれたことで、呼延灼が達也を狙う。

 

「アーシュラッ!!」

「お兄様ッ!!!」

 

立華の思念を受ける前から達也の危機に大返ししてきたアーシュラだったが、その前に深雪が兄の危機に悲鳴を上げる。

 

いざとなれば空に身を投げようと思っていた達也だったが、多節棍のような鞭が襲いかかろうとした時に。

 

―――動かざること山の如し―――。

 

聞こえてきた言葉。そして達也の認識・領域外から飛んできた強烈な存在。

 

それは達也の眼前に立ちふさがり、呼延灼の攻撃を全て防いだ。

 

「―――」

 

全身甲冑に面頬を着けて顔が判別できない朱い鎧武者。

体躯も巨大ではあるが、こんなものが空中から降り立ったというのに、ボーダーは揺れ一つ発生しなかったのだ。

 

時代錯誤どころか現実にこんな『大仰な鎧』を着けた武者などありえないという感性。

だがそれ以上にいきなりボーダーに着陸したこの男?の正体が全然わからない。

 

しかし、察するものはあった。しかし、達也の感覚だけではそうだとする確証は無かったのだ。

 

サーヴァントではなかろうかと言う疑念は―――。

 

「お前が司波達也か」

「なに?」

 

―――自分の事を知っているという言葉の前では少しばかり崩されるのであった。

 

「うざい顔だ」

 

何故か自分を知っている上に、いきなりな暴言ではあるが、其れ以上は会話せずに赤備えの鎧武者はその鎧と体躯を活かして、呼延灼にショルダータックルをかます。

 

「ここから出ていけぇええ!!」

「ぐぅうう! なんて出時(でどき)を心得た登場!! 目立ちすぎだぞ―――!!!」

 

ボーダーから叩き出された呼延灼だが、馬が虚空を蹴り上げながら落ちていく呼延灼を受け止めた。

 

「虚空を行く馬だと!? そんなものまで!!!」

 

呼延灼と同じオーラを纏いながらその蹄で虚空をしかと踏みしめた馬にまたがりながらまだこちらを狙うつもりでいるのか、こちらを窺っている。

 

梁山泊の好漢侠客の一騎は―――あっさりと逃げ帰る。

 

誰もが再度の危機を予感していたというのに……。

 

「あちらさんのマスターはそこまで剛気ではなかったようだな」

「なんじゃない。まぁ神殿という有利な地形で戦ってこそだろうしね」

「そこに挑みかかる伝説の姫騎士……その行軍についていけるとは恐悦至極の極み」

「ドン・キホーテの従者であったサンチョ・パンサにならないことを祈るわよ」

 

ツーカーで言い合う朱い鎧武者と和装の姫騎士。

 

誰なんだ?と言いたいところに、変化が起こる。

 

「USNAの魔法師隊としては、この状況は見過ごせなかったんでな。介入させてもらった」

 

言葉と同時に兜と面頬を外した青年、いや少年の顔が見える。

それは、あのアーシュラCGギャラリー(爆)の中でようやく知れたアーシュラの元カレの顔をしていた。

 

誰もが驚く中、最初に口を開いたのは達也だ。

 

「米軍が他国で勝手な軍事行動をしようというのか?」

 

達也としては、そこまで愛国心など持っていない。どちらかと言えば、この男がアーシュラと親しげに会話をするところなど見たくないからこそであった。

 

「俺が、というより『俺たち』が動かされたのは魔術協会『時計塔』からの要請もあったからだ。着いて早々に軍事行動よりも救難活動に殆どを回さなければならなかったのは少々情けない話だったがな」

 

多弁にというよりも煩わしげにそんなことを言う辺り、あちらもこちらに敵愾心を持っているのだろう。恐らく九校戦での『カリバーン入刀』も見ている。

 

つまり―――。

 

(こいつは元カノに未練たらたらということか!)

 

男として情けない限り!と形式上は『従兄』である人間を評しながら睨みつける達也。

 

「USNAスターズ所属 コウマ・クドウ・シールズです。軍人としてのコールサインは他にあるのですが、こちらの名前の方があなた達には分かりやすいでしょうからそう名乗らせてもらい、そう呼んでください」

 

礼節を持った挨拶。少しばかり警戒を持ちつつも援軍としてやってきたのは間違いないわけだ。

 

しかしながら反発を持つのはアーシュラに気があったり、その出自に少しばかり疑念を持っている人間たちだった。

 

そして最後の役者が揃ったことで戦いは終幕へと導かれる―――。

 

 



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第127話『突撃!グレン隊!!』

タケルちゃんはとりあえず最終日一日前に一枚ゲット。

サムレムコラボ、むっちゃんさんも遂にサーヴァントデビューか。

少年役ばかりの印象の田村さんだが、こういう可愛い系の女の子もやるんだよな

クールな印象の女性キャラはとりあえず除いて……というわけで新話お送りします


 

やって来た相手がアーシュラの元カレであることは分かっている。

そして、名乗った所属が正しいかどうかを確認する術はいまはない。

 

しかし―――。

 

「協力してくれるんですか?」

 

―――いま必要なのは、この事態を解決してくれるかどうかである。

 

「そうでなければ太平洋を横断してまで此処には来ませんよ」

 

流暢な日本語を話す『アメリカ人』。当たり前なのだが、人種は確実に日本人である。

問うた真由美は、その声音を改めて聞くと気付かされる……。

 

(お父さんに似ている……)

 

その事実に、何でなんだ!? という見当違いの怒りを覚えつつも、事態は動く。

 

「とりあえず『館』を展開して。防御を高めて。このまま特攻を掛けるようだから」

 

「ああ、俺とお前の『愛の巣』をか。恋のカワナカジマ(川中島)を展開する時だな?」

 

「ちっげーだろ!! アンジェリーナが嫌がっているのはそういうところだぞ弘真ァ!! 」

 

十文字と一色の治療をしていたアーシュラだが、そう言うやり取りをする辺り、まだ余裕なのかと思ってしまう。

 

ちなみにアーシュラの返しの際に見せた怒りのギザ歯見せ表情はレアであった。

 

「ひ、否定できねぇ。ともあれリッカ、構わないんだな?」

「どうぞ。たかがタマゴ一つ押し返せないわけではないことを証明してください」

 

ボーダーの制御をしていた立華に確認を取るあたり、何かを重ねがけをするようだ。

 

「アーシュラおねえちゃん。これ後ろの船から飛んできた」

「ありがとう。ルーシャナ」

 

ルーシャナから渡されたものは武器が2振りであった。

 

正統派ともいえる長大剣(クレイモア)。かなり華美な装飾を施されながらも、それが強烈な魔力の源であるならば、それには意味がある。

 

方や奇態な得物もある。

槍、剣、弓が組み合わさった何とも言えぬ武器だ。

銃剣やソードピストルなどのような現実にもあるような奇想兵器というよりもSFなどで見受ける人型兵器が持つ複合武装に見える。

 

「ちょいアーシュラ! あんた1人でその武器全部使うつもりなの!?」

 

「んじゃどうぞ」

 

いきなり食って掛かったエリカであったが、呆気なくクレイモアを投げ寄越すアーシュラ。

 

渡されたエリカは面食らい、そしてその軽く投げたようにしか見えないクレイモアの重さに難儀したのであった。

 

「アーシュラさん……千葉さんにお渡しした剣、アレは?」

「ワタシの友達である妖精騎士の剣。戦略級魔法でリタイアしちゃったから『せめて武器だけでも』ってことなんでしょうね」

 

回復した一色が聞いてきたが、答えるべきことなどそんなところだ。

既に弘真の疑似宝具でボーダーは飛ぶ館城となっている。

もっとも甲府から遠く離れているからなのか館の輪郭はぼやけているのだが、それでも吶喊するまで保てばいいだけだ。

 

―――決戦は近い。

 

わけで、このまま近づくタマゴ型要塞に突っ込むまでに、準備を済ませたい面子は多い。

 

「アーシュラ……俺にも何かの武器をくれ。今のままでは何も出来そうにない……」

 

「っても克人さん。お父さんにもらったものを一回も使っていないじゃないですか?」

 

「―――すっかり忘れていた」

 

十文字克人、一生の不覚。しかしながら『鎧』はサービスとして纏わせてくれるようだ。

 

次に要求してきたのは同じく先輩だった。

 

「アーシュラ! もはやこのままじゃダメだ!! 私にバーゲスト肉襦袢を着させてくれ!! 今、戦えなければ私は……壬生に何一つ申し開きが出来ない!!」

 

「―――その言葉を待っていました渡辺先輩」

 

やけに『イイ顔』をするアーシュラ。考えるにせっかく用意したベストドレスを無碍にされたのだから、そういう気持ちなのかも知れない。

 

そして、あの時と同じく渡辺先輩をドレスアップするアーシュラ。その姿に―――肉襦袢の類はなかった。

 

「これは!?」

 

「黒犬公バーゲストは、かつてとある時空で『妖精騎士ガウェイン』という着名(ギフト)を授かった気高き騎士。その最後が『厄災』と成り果てたとしても、自分と同じ『乙女』にチカラを貸すことに何の遠慮もしていないのです」

 

(その結果が、この舞踏会のドレスに見える衣装に片方のみの肩当てとガントレットが組み合わさったものを着けた姿なのか)

 

黒と紫の中々に扇情的な衣装に禍々しい部分鎧は、コントラストも相まって、すごいものだ。

 

そしてアーシュラが渡した武器は、達也が見た限りでは拵えこそ西洋剣に見えるが、反りはあり直刃でも両刃でもなく『刀』の類であることが分かる。

 

「サヤカさんの女粋に答えるための準備はさせてもらいました」

 

あとはあなた次第だ―――。

そうアーシュラが言うと、摩利は無言で礼をするのだった。

そんなアーシュラの早すぎる神業に少々物申したい人間がいるのであった。

 

「いつも思うんだけど、アーシュラさんってどうしてそんなスゴイことが出来るの? 私達には無理すぎて……正直、羨ましすぎる……」

 

自分のチカラの源すらも変更したり、他者に違うチカラを与えたり……現代魔法師の頭では理解が追いつかない以上に、自由自在なのだ。

 

「才能が違うということで納得してください」

 

真由美の内心を理解したのか何なのか返答は無情なものであった。

 

「傷つくわー……」

 

「機会があれば一応は説明しますよ。出来るかどうかは知りませんけどね」

 

そんな言葉で追求は終わり、そうしている内にも阿房宮というタマゴ型要塞は近づく。

当然、近寄らせまいとあちらも迎撃の手は緩めていない。

 

「弘真、もうちょっと気合い入れて館を展開して」

「超スパルタ! 俺もがんばっているんだけど!?」

 

巨大な軍配を振るう赤武者に対して、むちゃぶりをするアーシュラ。実際、軍配はある種の魔術道具らしく振るうたびに強烈な颶風が敵を切り刻み、火炎を風に乗せて敵を焼き払ったりしている。

 

日輪と月輪を組み合わせたその軍配、赤い武者鎧。そして、九島弘真という男の出自……というより達也の母親の『実家の本籍地』から察するに纏っている霊基はーーー。

 

(武田信玄か)

 

武田勝頼ということも考えられたが、やはりそちらだろうと思えた。

 

武田信玄と上杉謙信。

 

立華が示したとおりならばカルデアが召喚・契約した越後の軍神はどちらも女性の身体。そして、武田信玄はーーーもやつく達也であるが。

 

今はその感情を抑えて戦う。

ボーダーはかなりギリギリであり、こちらも迎撃を仕掛けなければいけない。

 

だが肝心要の防御役を立て直すべく立華は指示を出す。

 

「こうなれば、アーシュラ。弘真にバフを掛けて!! あと少しなんだから!! 効果的なものを!! 彼のテンションをアゲるものを!!」

「マスターからの無茶振り!! とはいえ……」

 

立華の言葉に何が出来る?―――かと思った時にUSNA時代に、彼氏である弘真にやったことを思い出したアーシュラは―――。

 

手のひらふたつを唇に重ねて、『コウマ、がんばって』と言葉を紡ぎ。

 

手を開きながらアヒル口をして『ちゅばっ♡』という擬音が聞こえそうな投げキッスをしたのだった。

 

腰を少しだけ落としながらウインクを加えてのそれを『真正面』から見た九島弘真、コウマ・クドウ・シールズは―――。

 

攻撃力アップ()防御力アップ( ️)が20個ぐらいは重ねがけされた状態になったのだ。

 

カルデア式の観測器を通して見た限りではあるが……それはともかくとして。

 

「ちょっと―――!! あからさますぎるでしょ!!」

 

「騎士王の姫から激励の投げ接吻を貰えたんだ!! 燃える一方だぜ!!!」

 

「霊基的には、デバフになってもおかしくないんですけどね」

 

ケンカップル(一方的)な『お虎』と『晴ノッブ』を知っているカルデアのマスターである立華としてはそう言いながらも、『やれやれ』と思うのであった。

 

しかしながら周囲の面子は黙っちゃあいない。

 

「アーシュラ。 投げキッスだとしても片手でいいだろ。なんで両手重ねなんだよ。『ちゅばっ♡』は濃厚すぎる。片手で『ちゅっ☆』ぐらいにしとけ、どっかのBBAエルフのように」

 

そのBBAエルフとて☆ではなく♡だったはずだが、達也的に『それ以上はいけない』のラインであった。

 

「片手だと十七夜さんと芸風(?)が被っちゃうわ。ヒンメル(万人が認めた勇者)(?)を殺す魔法はワタシには使えない」

 

「芸風ってどういうこと……そ、そもそもそういうエッチすぎるの私はやらないし……」

 

「「やらないの?」」

 

「やりません!!」

 

どうやら本家(?)は思ったよりお嬢ちゃんであり早すぎたようだ。

 

そして、アーシュラの投げキッスのおかげで朱い館城……戦国初期の平城、おそらく信玄及び武田家の居城として有名な『躑躅ヶ崎館』であろうもので覆われた事実に、多くの人間が驚く。

 

「もうちょっと修練すれば皆さんに腰を落ち着かせて茶を飲ませるぐらいの『城』を用意出来るんですが、未熟者で申し訳ない」

 

「い、いえそんな。ここまでやってくれただけで十分ですよ。ミスターコウマ……」

 

弘真の言葉に反応して赤い顔をしたのは、意外にも一色愛梨であった。何だか面倒くさい人間関係が出来つつあることを悟って若干引いてしまうアーシュラである。

 

「俺は思うんだよアーシュラ。こんな面倒くさい元カノ未練マンが来訪してくるぐらいだったらば、もう(俺と)付き合っちゃえよ」

 

ジョッキでも机に叩きつけながら言いかねない台詞を吐く達也。

 

「克人さんと?」

「行間を読めならぬ、字間を読んでくれ」

 

どさくさ紛れに妙な告白をした達也を躱したところで今まで抑えていた大氷山が噴火をするという意味不明な表現しか出来ない相手が憤慨した。

 

「こんな不安定な船の上で恋愛劇をやるんじゃないですよ!!! タイタニック号と同じ運命を辿りかねませんよ!! 特にアーシュラとお兄様!!」

 

やり玉に挙げられたことに納得がいかないアーシュラだが、深雪の言うことも一理あった。そして阿房宮は近づいている。

 

そろそろ、だ。

 

「そろそろ終着点です。突っ込んだ際の衝撃には各自で備えてください! というか落着なんて出来ないんだから弘真頼みますよ!!」

 

「心配するな。俺の中の信玄公が言っている!! 相手は三方ヶ原におびき寄せた『脱糞大名』も同然だとな!!」

 

「それならば問題なさそうですね!」

 

盤石の状態でのちの天下人及び勇猛な三河武士を恐怖させた時と同じであるというならば。

 

遂に乗り込まれると思った阿房宮からの抵抗がいっそう激しくなる。

 

「ギャラハッド! ランスロット!」

 

『火炎のカーテンの中で申し訳ありませんが、それでも行ってくださいよ!!』

 

『ご武運を祈ります!!』

 

呼びかけたことで音速の魔鳥が使い魔よろしくボーダーの横に着いてから一気に特攻を仕掛ける。

 

現代最高峰の兵器が英霊の宝具も同然と化していたのだ。その火薬も燃料も、飛び散る電子機器も全て恐るべき刃と化して阿房宮を蹂躙する。

 

「突っ込め!!」

「オーライ! マイサーヴァント!!」

 

ギャラハッドが言う火炎のカーテンは確かに猛烈な火勢で自分たちを舐め尽くそうとしているが、熱も酸欠もなくそのままに飛び込んだ。こちらの城は自分達を守ってくれたのだ。

 

遂に城攻めがなり、そしてそのままに雪崩込む魔法使いたち……。

 

阿房宮のど真ん中に突っ込んだボーダーは大当たりを引いていた。

 

 

 

大きめの闘技場が広がっている空間。そこに今回の仕儀における元凶であろう全員が立っていた。

 

四人の大亜の道士にサーヴァントが1,2騎……。

 

明らかに罠であることは間違いない。だが虎穴に入らずんば虎子を得ずということで、ボーダーの方から援護をする組と前で刃を噛み合わせる組とで自然と別れつつ闘技場に降り立つ。

 

真っ先に降りたアーシュラが口を開く。

 

「いまさらな話だけど、なんでこんなことをしたのかしら? 粗雑すぎない?」

 

流暢に『広東語』あるいは『北京語』で話すアーシュラ。言葉を受けてこの中では一番の年上たる……老道士 『劉 雲徳』は口を開く。

 

「さてな。聖杯を手にするために横浜いや日本(リーベン)全てを平らげるという誇大妄想に、突き動かされただけだ」

 

「突き動かされた?」

 

「老人にはよくあることだ。老害と言ってくれてもいいぞ。かつて貴国の最高権力者とて老いさばらえた身で、大中華を平らげんと朝鮮半島を足がかりに制服戦争をしたこともあるのだからな」

 

剽げた調子で言う老人。若い娘と話できることに喜んでいるのかもしれないが、農民出身の太閤殿下を例に出されるとは思わなかった。

 

「それと同じことを私がやってもいいだろう?幸いにも異聞帯において『仙人に至った』始皇陛下の阿房宮は素晴らしい。欠けたとはいえ、全盛期以上のチカラを持った今の私は豊臣秀吉と同じだ」

 

「そう。ならば遠慮なく老人虐待出来るわね」

 

「何かウチの祖父(グランパ)に言うことはありますか?」

 

酷薄に鞘から抜き放った白刃の太刀を晒すアーシュラとは対称的に弘真は何かを言うことがあるようだ。そして、その言葉に対して……。

 

「キミがニホンに帰っていれば、ニホンにいてくれていれば、こんなことしなかった。そう伝えてくれ」

 

なめらかな英語で答えたそれが達也の耳で分かった時点で―――最後の闘争は始まるのだった。

 

 



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第128話『決然と戦いに臨んで』

ブレイバーンが、色々話題に上がっているが……本家のサンライズの勇者シリーズ
『勇者宇宙ソーグレーダー』が中々、盛り上がらない。

圧倒的空気!空気の限り!!磨伸先生が大好きそうな眼鏡美女も出てきたというのに……まぁ網島先生が少々、体調不良だそうで仕方ないか……

そしてサムレムコラボ……まさかデモンベインで刃鳴散らすをやるとは(違う)

何となく程度だが冒頭の巴と丑御前の戦いは『軍神強襲』の冒頭を思わせた。

などなど最近の事に関して書き連ねつつ、少々短いですが新話お送りします


 

 

 

 

入り込んだ阿房宮において、即座に戦闘する相手を見極める。

 

まさか楊貴妃がいないとは思っていなかったアーシュラだったが。その代わりに『レッドクリフ』の主役がいやがった。

乳白色の髪をまとめて後ろに流した武人と貴人の間の存在。大陸風の衣装が何とも雅な女とみまごう男。

 

しかし、マスターの指示は『劉 雲徳』の抹殺のみ。

 

だから―――。

 

「アーチャー、後ろを黙らせろ」

「御意」

 

命令を受けて日本の強弓とは違う大陸式の反りを持った弓を手にした男は矢を放ってくる。その攻撃が後方にいた真由美たちを襲う。

 

「あの麗人は俺たちで抑える!!」

 

一高男子陣と三高男子陣がアーチャーを抑えようと向かう。

 

「んじゃ、あちらのムチの女王様は私達で何とかするか? 一色」

 

「お供しますよ。渡辺先輩」

 

その言葉で自然と戦う相手が定まっていき、そして―――。

 

「現代に生きる神秘の塊!! ブリテンの赤き竜の娘よ!! 我が魂竜を震わせてくれよ!!」

 

「興奮しすぎて逝かないように気をつけなさいよ!!」

 

硬鞭と刀がぶつかり合う。どちらも雷を発する得物。そのぶつかり合いは凄まじく、神代の戦士の戦いを見ているようなものだ。

 

「召雷!!!」

 

ただ一言。一言だけでムスペルスヘイム級の雷霆術が4つ分はあろうかという巨大な式がアーシュラを襲う。

これが震天将軍と呼ばれる大亜の魔法師のチカラか―――と思ったが。

 

それすらもアーシュラの対魔力の高さは否定するようだ。

 

「神代の魔術すらも無効化するか!!」

 

面白がる劉道士。そしてサーヴァント級の力を持っているはずのアーシュラと接近戦を演じる。

老骨に鞭打つという状況のはずだが、その老骨が鞭を打っている。

 

しかも追随しているのだ。

 

(こんな奴と真正面から戦うことになれば、どうなったかは分からんな)

 

達也であれば遠方からのマテリアル・バーストで完全消滅を図っていただろうが、もしかしたら……。

 

それすら防御してこの人は『ゴジラ』のように向かってきたかもしれない。

 

「余所見していていいのか」

 

美麗の武人が一呼吸の間に『矢』を幾本も放つ。いつの間に『矢』をつがえたのか分からぬ『タメ』が無い武芸。

 

間違いなくサーヴァントだ。そんな相手に克人、レオ、達也、吉祥寺、一条で立ち向かおうだなんて結構無茶な話である。

 

だが―――。

 

「男には意地があるのだよ!」

「意地だけで私に勝とうというのか。100万の軍勢を前に知恵と策略を尽くした男を知らないのか?」

 

その厳しい言葉と男の美しさに聡く気付くものが現れる。

 

「まさか三国時代・孫呉の総軍提督にして水軍大将『周瑜』か!?」

「おっと、口が滑りすぎたな」

 

戯けるように口を噤むアーチャーだが、そうしながらも接近してきたレオを拳でいなす辺り、とんでもない。

 

(まるで数百人、いや数千人もの膂力でいなされた気分だ!!)

 

「中々に優秀な戦士だ。しかし、私も美貌は当然として策略や孫策様に拝跪を一番にやったから孫呉の戦士大将になれたわけではないからな」

 

そうは言うが、メインウェポンが弓だからか、やはり遠ざかっていく。遠ざかりながらも弓を放つ速度はとんでもない。

 

「決して接近戦を得意とするわけではないようだが、提督殿に下手に掛かれば死ぬぞ!」

「それは分かっているんですがね……」

 

人体干渉を主な魔法としている一条は『霊体』が『肉』を持った存在へと魔法が通らぬ現実に、苦慮しながらも偏倚解放の空気圧で攻撃を通す。

 

一応は、達也の方で改良したものをもたせているのだが、やはり直接的な干渉は無意味のようだ。

 

そして空気圧もそれほど聞いているようには見えない。

 

『アーチャーの対魔力はBランク。下手な攻撃は無効化される。通用させたければ工夫して』

 

「無茶を言う!」

 

小鳥の使い魔を通して言ってくる立華。あちらもアーチャーの矢玉の無効化に努力してくれているだけに、それ以上は言えない。

 

『英雄には伝説が多く流布され、後世に伝わっただけに、その弱点・死因もまた同じく!!』

 

周瑜の弱点など孔明に策略で負けて南郡は取られ放題、荊州も取れなくって―――その死因は……。

 

(毒か)

 

漫画版の三国志演義でしかないが、彼の死因となったものは、南城における曹仁が曹操の秘計を用いたことに起因する。

 

だが英雄・霊体を害するほどの毒、しかも矢毒など用意出来ない。そもそも周瑜という『アーチャー』の速度と身のこなしは異常だ。

 

一発当てることすら困難である。

 

(こんな相手を前にして2人以上も討ち取ったアーシュラはスゴイんだな……)

 

関羽雲長、秦良玉……当然、ステータス上の『高低』はあったり相性の善し悪しもあったかもしれないが……こんな絶技を前にしてでも勝利をもぎ取れるだなんて。

 

 

そして、その様子を後ろのボーダーという高所から見ながら援護射撃をしていた一部を除いて、後方支援者組はもはや理解がしきれなかった。

 

「こっちにもアーチャーの矢が飛んでくる!!!」

 

その全てが『火矢』であることも若干の恐怖を煽る。音速の見えない弾丸も恐怖ではあるが、風を切って直進してくる鏃もまた恐怖だ。

 

見えているからといってそれが真に人を害するものであれば、やはり恐怖が総身を縛るのだ。

 

如何に障壁を張って無効化しようとしても、その矢は尽きることはないのだ。

 

人と人が原始的にぶつかり合い覇者を決めあった時代の武者の『技』とは現代に生きる自分たちを凌駕している。

 

一回の矢の番えで3本、5本、12本……恐るべき数の連射が冴え渡る。

矢筒を持っていないことから矢そのものは魔力による被造物なのだろうが、それにしても凄まじいものだ。

 

「藤丸さん、こちらから援護しなくていいの?」

「男子たちは弓持ちのサーヴァントを抑えると言ったんです。その心を尊重してあげてください。そして私達の帰りの『船』を確保することも必要ですから」

 

言われてみれば確かにその通りであった。自分たちが立っているこのボーダーこそが、この高空からの地上への帰還の縁であるのだ。

 

(まぁいざとなればアルトリア先生がエハングウェンでやってくるでしょうが……)

 

ある意味、退路を絶っている状態を作ることが戦闘に対する気迫を作る。

 

「けどいいの? 私ひとりならば動けるけど」

 

ボーダーの下……ある意味降り立った位置から動かずに矢を迎撃していたルーシャナ・クラウディウスが問いかける。

 

ローマ皇帝、ルーシャス・ヒベリウスというサーヴァントが如何なる秘技で作ったか分からぬあり得ざる存在は下から問いかけてきたのだ。

 

「まぁどうしても無理だとすれば、なにかあるでしょう」

「今からこちらにやってくる『連中』は?」

「遠慮なくぶっ飛ばしてください」

「分かった」

 

言葉を受けてアッドと同じような箱を手にした少女が、同じように大剣を手にして構える。

 

その得物は、あの九校戦の際にアーシュラと渡り合った紅き剣士と同じ『銀色の刀身』に『赤』と『黒』の百合文様を描いた魔剣。

 

身の丈以上のその剣をナイフか棒きれでも振るうように軽々と扱う姿に現実が色々と脅かされるのを感じる。

 

湧き出るエネミーを鎧袖一触するその様子。その中に―――。

 

「通さない」

「「―――」」

 

エネミーの群れの中に紛れ込んでいた大亜の道士・軍人を通せんぼするルーシャナ。力の差は歴然だったが……。

 

「フォーリナー・ユウユウによる強化……けど、いない」

 

蒼炎を纏い、どう考えても強化されている道士を前にしても気にかけることはそれ一つだ。

 

「このようなことになるとはな……『クモ』の甘言に乗ったがゆえの罰だと思ってしまえば、それまでだが」

 

「悪いですが、獲らせていただきましょう」

 

「私を倒そうというのっ!? ネイコが言っていたけど、本当に魔法師共は自意識過剰だな」

 

ルーシャナは小馬鹿にしたように、片方の眉をはね上げて、覇者としての笑みを浮かべてその傲慢さを当然として剣を構える。

 

そして戦いは一瞬で終わった。

 

「ぐっおおおおっ!! 傾城美姫 楊貴妃のチカラを得たとしても、勝てぬかっ!!」

 

中華史における究極のサゲマンじゃねーか。という無言でのツッコミを女子陣全員で行いながらも、ルーシャナは自分の竜に陳 祥山を拘束させている。

 

「いやぁお強い。これは無謀すぎましたね」

 

明らかにオッサンとしか言えない陳とは違い、いかにも美麗の青年としか言えない周公瑾とかいう『偽物』の存在もまた竜に拘束されていた。

 

因みに言えば周が出した黒犬……使い魔(?)の類は、あっさりと主人を裏切ってルーシャナに首を撫でられて懐いているのだった。

 

「ふっふっふ。まさかここまで簡単に主人を裏切るとは、犬の忠誠心が高いとは嘘だったようですね」

 

新しいご主人さまだワン! とでも言うように息を荒く突くのだった。

 

「カルデアのマスターどうするの?」

 

「下の国防軍……あの食堂で会った人たちに届けられます?」

 

「問題ない、ルクスリア。スペルビア―――頼むよ」

 

主人の言葉を受けて『女型の竜人』とでもいうべきとんでもない魔力を秘めた存在たちは、陳と周を連れて外へと飛んでいくのだった。

 

自分たちが突き破ったボーダーの穴を通って超速で飛んでいった彼ら……。

 

一見すれば何気ないことだが、アーシュラ並みのとんでも能力。

 

「分かっていたはずです。

並みの兵を百、千、万と揃えようととも、例えそれが異能の力『現代魔法』を持っていたとしても珠玉の将1人にすら太刀打ちできないことはね」

 

その代名詞は本来ならば現代魔法師……その数字持ちなどが持っておくべきものだったはず。

 

しかし、現実にその称号を取っていたのは、繰り広げられる下の戦いで主役を張っている連中ばかりだった。

 

そんな風に羨望などを覚えながらも、戦いの展開は早くなる―――。

 



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第129話『雷竜の死』

もうダメだ。SEEDFREEDOMをみたい気持ちが高くなる!! 

フルメタファミリーは出るわ。色々と罪深き時代だぜ……。


 

 

 

テュフォン・エフェメロスのチカラを肉体活性に使う劉道士。しかし―――。

 

一撃一撃に特大の魔力を叩き込み剣を振るうアーシュラに押され気味になる劉雲徳。

戦略級魔法師といえども『戦闘魔法師』としては、そこまで強くない―――わけはない。

 

しかし……。アーシュラという特級のルーンソルジャーを相手にするにはどうしても劣る。

 

「このような老骨を相手にしていていいのかね? 君にふさわしい相手はいくらでもいると思うが」

 

「さぁね。ただ一つ分かることがある。劉 雲徳―――あなたから眼を離し他をと思えばあなたは戦略級魔法(霹靂塔)―――『テュフォンの雷霆』をいくらでも放つ。それはこの場において最悪の結果を産むわ―――だから、『私』はあなたから眼を離さない!!」

 

「…… 中々の慧眼。そして君のような若く美しい姫騎士から熱い視線で見られて老体に熱が入るかのようだ…」

 

自分が50歳ほど若ければ、この場の少年たちと同じく彼女を見ていたかもしれない。だが、どちらかといえばいまは孫を見るような感じだ。リーレイと同じく……。

 

そしてただ1人の孫娘であるリーレイの為にも劉は―――。

 

命を捨てる決意をしているのであった。

 

だが、それは命を燃やし尽くすほどの戦いの中でしか成し得ないもの。

 

(そのためにも、この戦いはあるのだよ! 竜の娘よ!!!)

 

しかし、それよりも前に……ただ1人の戦士として巨大な闘争に挑みたかったのだ。

 

かつての時代……神秘が終焉を迎えようとしていた20世紀最後期から21世紀初期の時代には、その最後を飾る記念のように多くの魔導の闘争があったと記録されている。

 

しかし、そこから100年を飾ろうとしている22世紀をもはや迎えようとしている時代にも『神秘は生き残ってしまった』。それはどういうことなのか未だに分からない。

 

だが、編まれたものが(ほど)けるはずの世界において再び『何か』が編まれた。それが神秘を存続させる根源。

それは遺伝子操作という二重螺旋の構造を弄った存在をセカイに生み出したがゆえに作られた免疫機構か、それとも早々と与えられた『運命』なのか。

 

プチ・ケラウノス(汝、空を裂く雷霆)!」

 

答えが出ない問いに懊悩することもない劉は死力を尽くす。

3つもの巨大な式が空間に投射されて、巨大な雷鳴が、落雷、電圧がアーシュラを焼き尽くさんと全てのエネルギーを吐き出す。

 

離れているとはいえ、達也たちにもその強烈な圧は感じられる。

 

しかし、彼女はそれを無為に帰した上で劉雲徳を袈裟に切り裂いた。

 

分厚い中華鎧。恐らく大亜軍ないしその前身である中共人民解放軍で導入されていたタクティカルスーツごと切り裂いていたのだ。

 

「アーシュラは劉道士を倒す。それならば俺がやるべきなのは!」

 

「倭国の大将軍殿を纏っているな」

 

回復に徹していた弘真が前線にやってきたことで美周郎の警戒が少しだけ上がる。

 

黒鉄で出来た巨大な軍配を手にした男を前にして孫呉の大提督も応じる姿勢。ここまでの戦いでアーチャーを相手に理解した事実。

この相手には弾除けぐらいしか出来そうにない。

 

明らかに手抜きされた上で応戦されたのだから…。

 

そんなコウマ・クドウ・シールズの眼前に大刀が突き立っていた。いつの間にかアーシュラの方から放られたそれを手にして、心底嬉しそうな様子でコウマは周瑜=アーチャーに挑みかかる。

 

接近戦では分が悪いのか、それでもサーヴァントの超抜能力ゆえかどこからともなくアーチャーは中華刀を取り出して撃ち合う。

 

しかしメインが弓なだけに頼る武器が弓だ。数合も撃ち合うと距離を取るアーチャー……地上ではなく空中を行く。見えぬ足場を使ってコウマを弓で襲う。

 

しかし、コウマもまたその鎧の機構か魔法を用いて相手を追いすがる。

 

「強いッ!!!」

「俺が追ってきた相手は! 隣を歩きたかった姫騎士は!!俺と歩幅を合わせてくれる優しさを持っていたが―――」

 

風と炎を合わせて斬撃を飛ばすコウマの飛翔斬撃は、絶え間ない運動能力の限りを持ってアーチャーを襲う。

 

「―――俺は彼女について行ける脚力(チカラ)が欲しかったんだよ!!! 対等であり、そして頼られたいがために!!」

 

そして、その大刀が黒色ながらも星々のきらめき……銀河の輝きのようなものを宿したままに振り抜く。

 

夜色の飛翔斬撃。銀色の輝きを含んだそれがアーチャーの矢を吹きちらしながら届いていく。

 

その攻撃はアーチャーに全力の対応を余儀なくさせる。

 

「ちっ! 厄介だな!!」

「宝具を出せ。孫呉の大将軍……遊びは終わりだ」

「申し訳ないが、ここでは出せそうにないな。そして―――キミはまだまだ若輩の将だ。珠玉の将を侮り過ぎだよ」

 

言うが速く周瑜は虚空から巨大な鎖……現代では見ない昔の船を停めるアンカー()を下ろすためのサイズのものが出てきたのだ。

 

幾条にも出てきた鎖はその巨大な質量と長さを蛇のような紐状生物よろしくうねらせてきた。

 

その不規則な動きに―――

 

(惑わされるかよっ!!)

 

動体を眼だけで捉えていてはいずれ捕まる。見ることに長けた『エミヤ』に師事して、それだけの訓練をしてきたのだ。

 

何より……。

 

(惚れた女の前で強敵に挑める!!カッコつけてぇ!! カッコいいところを見せたいんだよ!!)

 

その心こそがクドウ・コウマをこの死闘に挑ませていた。そして―――。

 

「ぬっ!!」

「シバタツヤ!?」

「アンタならば『足場』を失わせても飛べるだろう! 周瑜を自由にはさせない!!」

「小賢しい真似を」

 

言いながらも周瑜を害することが出来る宝具持ちが―――『2人』では、そうするしかないのだ。

 

「ぬんっ!!!」

「太史慈か甘寧のような男だ。斧と鉄球か!」

 

その言葉通りクドウ・コウマと同じく前に出た十文字克人は、太極図を刻んだ陰陽の得物を以て周瑜との戦いを演じる。

 

克人の魔法……守護を主としたものとは違っているが身を守りながらその得物で叩き伏せることを狙ったものだ。

 

同時にフィジカルエンチャントというものが、ここまで重要になるとは思っていなかった。

 

「うおおおおお!!!!」

 

乱雑な技も何もないただの暴虐を敢行する克人を大陸式の長槍で迎撃する周瑜。暴虐の間隙を突こうとする前に、クドウ・コウマが隙間を埋めるように戦う。

 

連携というほど鮮やかなものではないが、それは周瑜を唸らせた。遊ばれているのは変わらないが、それでもその見事な連携の間にも……状況は動く。

 

アーシュラが遂に劉道士の腕を切り飛ばしたのだ。

 

 

「私のサーヴァントインフルエンサーとしてのキャリアの第一歩に貴様らを倒してくれようぞ!!!」

 

「ナメるなよ!!! 旧時代の義賊崩れが!」

 

「その旧時代と定義した『時間』(とき)の凄まじさを知らぬものがよくも囀る!」

 

そんなものはとっくにご存知だ。

後輩から

先生から

そして―――自分を慕ってくれた年下の女剣士の凄まじき成長から。

 

神と魔と妖、そして人の世界が未分であったころのチカラを見てきたのだから。

 

鉄鞭は硬軟両方の特性を持っているらしく、近距離・中距離どちらにも対応できる。

 

そもそも鞭というのはどんな不心得者が使ったとしても音速を超えた攻撃が出来る得物なのだ。

 

そんな武器を達人以上の武芸者が振るえば、自ずと―――。

 

「きゃあああ!!!」

 

惨劇は広がる。十七夜が全身を叩かれてふっ飛ばされるも―――起き上がって槍を向けるぐらいにはまだまだ元気なようだ。

 

「このっ!!」

 

「俄仕立ての二刀流で私に勝てるものか」

 

次いでかかったのは巨大なクレイモア。妖精騎士ブリトマートがアーシュラに贈った剣がいつの間にか二つに分かたれたものを手にエリカは襲いかかるが、軟鞭の効果範囲がエリカを接近させない。

 

遠くから真由美たちがサポートとして障壁や水による防御鎧などを展開してくれているというのに、それが納戸程度の役にも立たない現実。

 

しかし、打ち据えられていく度にそれでも呼吸を乱していけば―――。

 

「!!!」

「接近させてもらったぞ!!!」

 

遂に軟鞭を引き戻す暇の間に、摩利が呼延灼へと接近できた。

 

「だからなんだというのですか!!」

「負けるものかぁあ!!!」

 

壬生があそこまでがんばったというのに、自分が痛いだの何だので怯むわけにはいかない。

 

硬鞭による打撃の一撃一撃。躱し損なえば、受け損なえば無残な結果が待っていそうな恐怖の中でも渡辺摩利は炎を吹き上げる剣を手に呼延灼に挑みかかる。

 

「まだまだぁっ!!!」

「ッ!!」

 

前で圧を掛け続ける摩利。その背後を狙うは愛梨。

 

武の立ち会いとしては確実に礼を失したものだが、サーヴァント相手にそのようなものは無用であろう。

 

簡単に空を飛ばさせないようにと真由美のドライアイス弾の待機が呼延灼の頭上を抑えている。

 

遠くからの支援のおかげで前だけを見据えて戦えていることに感謝あるのみ。

 

そんな遠くからある種、戦場を俯瞰で見ていた後方支援組の中でも一部は状況が『ゆるい』ことに少々、疑念を覚えていた。

 

(ここに入り込んだ時点で、この展開は分かっていた。こちらとしてもあちらとしても―――ここをド派手に壊しまくるような戦闘はご法度だとは)

 

別にこの模造阿房宮に利用価値を見ているわけではない。ただこれが空中分解するようなことがあれば、今でも横浜で火事場泥棒をしている連中に渡る危険性はある。

 

かつて冬木市でロード・エルメロイの魔力炉心を奪い取った魔術家のような所業もあり得る。

 

つまり……先程から停止ボタンを探しているのだが、どうにも見つからない。

 

「やはり劉雲徳こそがこの神殿の神官……彼を倒さない限り、彼に停止をさせない限りこの阿房宮が止まることはない」

 

それは劉道士の殺害すらも視野に入れての話であった。

 

魔術基盤への『侵入』で探った結果を話した立華に、後方支援組(この中)では一番理解が早い沓子が疑問を呈する。

 

「じゃが、劉大師はどう考えてもアーシュラに勝てん! 自殺も同然じゃ!!」

 

もしかしたら沓子にもあれぐらいの祖父母がいるからこその悲痛な発言かもしれないが、それを抜きにして事実のみを抜き出すに、そのとおりであった。

 

確かに震天将軍という異名を持つに足る魔法師ではある。

 

ある意味、この中でマトモに剣を合わせられそうなものは三人がいいところだろう。一合だけでズンバラリンというのが大半。

 

「まるで雷雲を纏った神様か竜のようです……けどアーシュラさんに比べれば大きさが足りてません」

 

眼鏡を外し、裸眼で彼らの奥底にあるもの(中身)を見ている美月。球のような汗をかいて明らかに恐怖している彼女を労るのは、吉田幹比古である。

 

その言葉通りである。

 

「どうするの藤丸さん? 摩利たちも弘―――十文字君たちもそこまで保たないわよ」

 

魔銀の槍を介してドライアイスの弾丸を精製している七草真由美の言葉通り全員がいっぱいいっぱいだ。

 

ならば―――。

 

(ごめんなさい士郎さん、アルトリアさん)

 

自分のサーヴァントに最大級のバフを掛ける。それはすなわち―――。

 

人理守護・星の守護のための剣を、殺人に向かわせるという所業につなげるからだ。

 

誤らせたのは自分(立華)

謝るべき対象は彼女の両親。

 

そして、コードキャストを介して放たれたアーシュラに対する強化が、彼女を殺人機械へと変えていく。

 

 

「ぬっ!!ぬぅううう!!!」

 

まず最初の変化は劉道士の腕が切り飛ばされたところからだ。

 

盛大なまでの出血を己の雷霆で焼くことで防ぐも、その間にもアーシュラの斬撃は苛烈を極める。

 

隻腕では防ぎきれるものではないことを悟って雷霆で義手を作ろうとするもそれを許さないように剣の舞踊はテンポとスピードを上げて、劉雲徳の全てを切り刻む。

 

まるで嵐に巻き上げられた板のように何も出来ぬままに乱流に切り刻まれていくのだ。

 

(これがイグジストライナー……エミヤ・アーシュラか!!!!)

 

この時代に、これだけの戦士と戦えたことに満足しながら―――『最後の仕掛け』を施して、大刀の尖すぎる突き……。

 

巨獣、巨竜、巨人、巨神……あらゆるものを倒しそうな恐ろしい突きが高速、否―――神速でやってくる。

 

劉の命脈を断つべく突き立てられたそれは心臓ではなくその脇の肺あたりを貫きながら壁まで持っていったのだ。

 

磔刑も同然に劉は止まり、その後ろの壁にはクモの巣のような亀裂が劉を中心にして広がっていた。

 

完全に意識を戦闘だけに向けている彼女―――涙を流している姿を正面から見て、劉は不愉快げに内心でだけ呟く。

 

(そうしておれば、歳相応の少女だろうに……)

 

抵抗するために抜け出すために魔術師は動かない。 それを見た瞬間から苦悩に満ちた顔が、一層、その色を濃くしていく。

 

(ああ、そうか……)

 

自分は最低な行為を彼女に強いたのだ。

彼女は……アーシュラちゃんは、ケン・クドウという爺の顔を重ねていたのだ。

 

それを見て、それ以上に魔術師は動けなかった。 今の斬撃は、どうしようもないほどの止めとなった。

 

まったく───呆れるほど出鱈目な一撃だったが、同時にこれ以上ないほどの一撃でもあったのだ。あれを受けたのでは、武人としても敗北した。

 

そして孫を持つ爺としても負けてしまった……。

 

心身ともに敗れたあとには……もはや出来ることは一つだった。

 

(麗蕾……達者でな)

 

剣が引き抜かれて噴水のように血が出てきた。これでいいのだ。涙を流す姫騎士の顔にそれがかかる。

 

あとを継ぐものあれば―――それは、負けではない。

 

そうして、一人の少女へと全てを向けた儀式は終結へと向かう。

 

 

 

 



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第130話『封神演技』

 

 

「予想以上の状況だったな……」

 

持ってきた大業物がムダにならなくて良かったと思う一方で、状況は終着へと向かおうとしていた。

そして、覚えのある波動が……巨大な卵型要塞から感じていたのは七草弘一である。

 

「君たちも避難していてよかったんだぞ。ここは既に修羅の巷だ」

 

「いやぁ、ここから逃げても多分あんまり状況は変わりませんよ。それにロンドンは時計塔にも縁を持つ私としてはこれだけの巨大な魔道のイベントには最後まで見ておきたいです」

 

「明智君は時計塔の魔術師だったのか?」

 

「元ですよ。私の魔術回路は線が5本で刻印も殆ど死蔵しているようなものです」

 

イギリスにいる祖母からすればエイミィの産む子(曾孫)の代で芽が出なければ、本格的に時計塔に売り払うことも吝かではないそういう状況だと伝えると―――隻眼の魔法師は……。

 

「魔術師であれ魔法師であれ、自分の次代(あと)に自分の魔道を継いで欲しいという思いは変わらんのだろうな」

 

そんな風に一定の共感を持ちつつも、嘆くような調子を見せてくるのだった。

 

「お子さんに何か不満でも?」

 

「いや無いけどね……ただ……まぁ中年のセンチメンタリズムさ」

 

エイミィは英国にルーツを持つわけで日本の魔法師界のそれの津々浦々を知り尽くしているわけではない。

 

単純に『七草先輩は女の子だもんなー』と思いつつ、男子に『黒刀・夜魔』を継いで貰えないことに不満を覚えているのだろうと結論づけた。

 

そして七草弘一という十師族の当主が『執行者クラス』の腕前を持つと断じつつも状況が変化していく。

 

「阿房宮が止まった……?」

 

アイパッチの下にある偽造魔眼で流れを見ていたらしき弘一の言葉通りにすべての機能が停止―――いや、一点に流れ込んでいき集約される。

 

「士郎さん、アルトリア・ペンドラゴン陛下……!」

 

自分に何かが出来るというのならば頼ってほしい。ここに来るまでに時間がかかりすぎたのだ。

 

未だに空中にてタマゴと対峙し合う空中戦艦に言いたい気分なのである。

 

そんな意外な組み合わせというほどでもないが、物怖じせずに十師族の当主……先輩の父親と気軽に話すエイミィに後ろにいた服部会頭と中条会長はビクつくのであった。

 

夕焼けに染まる世界にて―――最後の竜が生まれる。

 

 

見たくはなかった。信じたくなかった。

 

彼女が、姫騎士が、自分の焦がれた女の子がヒトを殺す瞬間など……。

 

けれど、その剣が1人の老人の命を終焉へと至らせた(おわらせた)時に……すべての戦闘は終わった。

 

「消滅したわけじゃない。霊体化しただけ」

「分かるのか?」

「君もその眼を使えば何となく分かっただろう」

 

自分たちが戦っていたサーヴァント達が、幽霊のように忽然と消え去ったことに呆然としていた達也に対するどこか険のある声にイラつく。

 

とはいえ、それを表に出さずにクドウ・コウマの声に従いながら、アーシュラが殺害した劉道士の元へと向かう。

 

剣を引き抜き少しの返り血を浴びながらもその遺体―――

 

「まだ生きている―――」

 

劉雲徳はおどろく事にまだ生きているのであった。

 

これだけの混乱を起こした人物に対しての慈悲などはないが、それでもアーシュラの『殺人』に対する事実を覆そうとした瞬間。

 

その向けた銃から放たれるべきはずの魔法が止められた。

アーシュラが横から達也の手を握ったのである。

 

「やめて達也。これは―――『私』が背負うべきことよ。そして……劉雲徳老師の最後の魔法を止めないで」

「―――」

 

前半も当然だが、後半の文言の意味が分からない。

それ以上に……彼女と何かを共有出来ないことが凄く辛いのだ。悲しいのだ。

 

彼女が知らぬ他人の死に涙を流せるというのに、自分は……泣けない。

その事実に気が狂いそうになる……。

 

「どういうことだ?」

「この阿房宮の全ては劉師父のお孫さん―――、一高を襲撃した劉麗蕾ちゃんへとすべてを受け継がせるべきものだったんですよ」

 

その文言の意味をすべて分かるわけではない。しかし、これは……ここ……横浜での闘争は全てこの老人の計略であったということか。

 

「魔術刻印というものが魔術師にはあるんです。これは現代魔法の刻印魔法というのとは違って歴代の魔術師たちが刻んできた生ける魔導書であり、家の次代の魔術師に受け継がせていく―――呪いであり遺産」

 

「それは俺とて多少は存じている。刻印保持者―――直近の刻印者と親等が近い親族ほど適合率が高い、あまり近すぎて不味い場合もあるとはな」

 

いつの間にか闘技場に降りてきた立華の説明に答えるは、十文字克人であったが、構わずに立華は推理を進める。

 

「そして……ここの機能を利用してあの幼女に『自分の全て』を渡した……我々も利用してね」

 

「その通りだ。カルデアのマスターよ……」

 

「当初はアナタもこんなことをするつもりは無かったんでしょうね。通常通りに聖杯を確保できれば良かった。自分と孫に敵対する『大亜軍』のサーヴァントどもを生贄にした四騎分の魂を焚べた聖杯さえ手に出来ていれば……しかし、状況に介入してきたアラクの横槍、周という男の不協力。そして現地の魔術勢力よりも先にアインツベルンのホムンクルスを確保出来ていれば……」

 

「だが、そうはならなかった……私の思惑を大亜の上層部は多少は理解していたのだろうな……」

 

自分と孫の安寧のためにこれだけの騒動、大勢の死人を作る乱を起こした―――。

その事実に全員が戦慄をする。

 

これが魔術師……人倫を全て排した非人間性の怪物。立華の推理はまだ続く。

 

「しかし、ホワイダニット(動機)がちょっと弱いんですよ。アナタは大亜の戦略級魔法師にして彷徨海の魔術師でもあった御仁……このような粗雑なことをせずとも大亜での地位ぐらい安泰でしょうに」

 

いざとなれば、何処にでも亡命出来たはずだ。それこそ大亜からの分離独立を目指す東南アジアの軍閥に近づくことも出来たはず。

 

「……孫を思う爺の気持ちを察することが出来んわけでもなかろうよ」

 

「だからといって死ぬことがお孫さんに対する最後の情だなんて……」

 

「魔法師には分かるまいよ。我らは死を賭しても星の行く末を見るものたち―――そして、現世に地獄を作り上げると分かっていれば、それを回避する術を欲しがるだろうよ。地獄に我が孫を残したがるものがいるか」

 

光井ほのかの言葉に超然とした言い方。意味は少々不明であったが……その言葉を吐きながら見ていたのは―――司波達也であった。

 

(何故、俺を見る……?)

 

憎々しげに、まるで恩讐極まる敵のように見てくる死に体の老人の眼に……まるで祖父母に悪いことを咎められた気分になる……。

 

そうしていると―――この阿房宮の施設を利用して劉雲徳から全てを吸い取ったらしき存在が現れた。

 

劉麗蕾だ。

 

恭しく抱拳礼をする呼延灼と周瑜の両サーヴァントを引き連れてやってきた彼女は―――。

 

「……祖父様を返してもらいます」

 

力づくでも、という言ってはいない言葉を全員が感じた。そしてそれは恐らく不可能な話では無いだろう。

 

『何か』が満ちた……一高で見た時とは違いすぎる『成長』を遂げているリーレイに対して全員が緊張をする。

 

それを見たアーシュラは……。

 

「失礼、劉師父」

 

「孫のような娘に―――抱き上げられてしまうとは、私も老いたな……」

 

もはや生気も消え失せて、死を待つばかりともいえる老人の身体を抱き上げたアーシュラは、その身体を魔術師リーレイに渡すべく、歩みを進めて―――その途中でルーシャナは従者よろしく、吹き飛ばされた腕を持ち並走する。

 

そしてその間に―――劉師父の身体からは命が失われていた。

 

「―――赤龍騎士王姫、私の御爺様は強かったですか?」

 

啜り泣くような調子でいながらも、はっきりとした言葉でそう問いかけたリーレイに対して。

 

「ええ、劉師父を振り切るために少々ズルをせざるを得なかったもの。最後まで武侠として戦えなかったこと申し訳ないわ」

 

悔しがるような調子を見せるアーシュラ。それを見たリーレイに喜色が浮かぶ。

 

「だったら―――御爺様の勝ちですね」

「ええ、『私』の敗けだわ」

 

眼を乱暴に拭って、晴れやかな笑顔でそう言ったリーレイ。

 

そして最後の刻印移植が為されて劉師父の身体からは完全に生命が失われた。

 

同時にその身体が荼毘に伏されたかのように灰―――遺灰のようなものに変わり、それらを『骨壷』なのか大きめのものを持っていた周瑜によって回収された。

 

アーシュラの手に収まらないほどの量を『何かの術』で纏めて、遺灰の全てを収め蓋をした周瑜はアーシュラに宣言をする。

 

「劉の体は誰にも汚させない。そして劉の守りたかったものが、私が今後守るべきものだ」

 

「分かっているわ。黄昏の空を渡って故郷(くに)に還りなさい」

 

周瑜の宣言に対して返すアーシュラ。どうやら劉麗蕾に関しては見逃すようだ。軍属ではない自分たち(学生)ではそこまで強弁を張れないのだが―――。

 

「全力で見逃しなさい。流石にテュフォンを取り込んだ術者をこの場で相手にしたらばどうなるか分からない」

 

「だが彼女は亜種聖杯戦争の参加者なんだろう? いいのか?」

 

「既に士郎先生によってホムンクルスから『聖杯』は取り出している。つまり―――彼女はただのゴーストライナーの使役者でしかない」

 

既に聖杯戦争は終わっているという『宣言』。四騎のサーヴァントの魂だけの不完全な『サカズキ』ではあるが、魔力リソースとしては十分なのだ。

 

何より……。

 

「では意気軒昂、威風堂々で大陸へと凱旋するか!!」

 

言葉が呪文であったかのように、一高とは別の方の壁が爆散する。その向こうは黄昏の空―――そして……。

 

「なんだあの空中に浮かぶ木造船の数々は!?」

 

克人の驚愕も当然である。この阿房宮然り、アルトリア母娘のエハングウェン然り……空中に浮かぶ船というのは何かしらの『鉱物』……要するに特殊な機構を備えているからこそ、浮遊して飛行しているうと思っていたのだが……。

 

「あれも周瑜大提督の宝具ですミスタ・ジュウモンジ。アーチャークラスの特徴として強力な宝具を持ち、それを打ち放つという特徴があります……恐らくレッドクリフの再現でしょうね」

 

「それも英霊の逸話として宝具へと昇華するのか……?」

 

「推論ですが周瑜将軍はどちらかと言えば『ライダークラス』が適当なのかもしれません。有名な英霊ほどその武勇伝に事欠かず時に宛がわれたクラス次第でどんな宝具になるかも決まりますので、その場合は孫呉の将軍たちを船に乗せての水軍船団が出てきたかもしれませんよ」

 

火船を用いての特攻戦術。

 

鎖で繋がれた曹操軍を焼き尽くした孫呉の大将軍周瑜の秘計の再現と言われてしまえばそれまでだが―――。

如何にコウマに説明されたとはいえ、船を矢弾も同然にしたから『アーチャー』というのは、何か不適当な気がする克人なのであった。

 

ともあれその浮遊する木造船にリーレイを乗せて去っていくようだ。

 

「私達も出ましょう。この阿房宮もいつまで浮遊していられるか分かりませんから」

 

心なしか高度が落ちているような気がしている。立華の言葉に特別反発するまでもなく、全員がボーダーに戻る。

 

「アーシュラ」

「ワタシが殿よ。出るまでは気圧の変化を抑えとかなければならないから」

 

言われてみればこの高空で大穴が空いたというのに、自分たちがその穴に吸い出されるような感覚を覚えないのはどうやらアーシュラが何かをやってくれているからだ。

 

そしてそのドレスも『越後の龍』からアチャ子さんスタイルに変わっていた。

 

「いや、これは正確に言えば真田エミ幸の長女、アチャ松殿の衣装。夫に小山田ムラマサを持つ真田魂の具現よ」

 

真田兄弟の姉である村松殿に対して小山田茂誠をモチーフにした……何だか分からないが赤備えな衣装を再び身に纏ったアーシュラは、双剣を構えて油断なく何かを見る。

 

そして、それでも予想されていた変化はなく全員がボーダーで外に出た瞬間に……阿房宮の最終機能が解除されたのだ。

 

「なんだあれは!?」

 

羽根を生やして雷の塊となった卵型要塞を見る。

 

「まさかまだ霹靂塔の脅威は終わっていないということなの!?」

 

信じたくない想いからボーダーの上で崩れながら叫ぶ真由美……全員が同じ想いだ。勝利条件を果たしたというのに、阿房宮自体が未だに稼働をしているなど……。

 

「中で発破しておくべきだったかしら?」

「そうすれば私達は死んでいたでしょうね。あれは纏繞機雷ですよ。アラクの最後の策として『糸』が放出されていたでしょうから」

 

アーシュラと立華の会話、察するにあそこで内部爆破を試みていれば自分たちはあの雷雲の如き様を見せている阿房宮に囚われながら天国へのカウントダウンを刻まれていたというところか。

 

「まぁワタシもアナタもヘブン、エデンにはいけそうになさそうだけどね」

 

心の声に対してツッコミを入れられてしまう。そこまで自分は分かりやすいのだろうかと達也が思い悩むも。

 

「俺を導いてくれマイスイートエンジェル」

「フッざけんな」

 

後ろから抱きついた達也に対する手の甲に対する抓り。最近ではこの痛みもイイものだと感じつつあった。

 

「例えどこぞのヅラが金髪の姫のエロイメージを見せたとしても俺はそれ以上のイメージを持つことが出来そうだ」

 

「阿修羅すら凌駕する存在が、アスラなヅラと戦うとか意味不明だわ」

 

「いい加減離れろ。君はアーシュラの彼氏(Steady)じゃないんだろ。ならば、そういう節操のないことをやるんじゃない」

 

「コウマさんの言うとおりです! お兄様から離れなさいアーシュラ!!」

 

何か微妙にズレたことを言っている2人の男女、この緊急時に緊張感のない―――などと思っている内にボーダーは、エハングウェンに着艦を果たした。

 

甲板上には一高のエミヤ両先生と―――。

 

「お父さん……!!!」

 

七草弘一が、刀を携えていたのだった。驚く真由美に対して。

 

「おかえり」

 

その優しげな言葉を言われるも―――真由美としては、それが自分ではなく、協力者であるUSNAの魔法師に向けられているのではないかと卑屈な思いを浮かべるのだった。

 

「劉は死んだのですね?」

 

代わりに竜の母娘は事務的な会話をするのであった。

 

「はい。ワタシが殺しました」

 

それは違う! と誰もが言いたい気分になりながらも、それでも―――。

 

「分かりました。それこそがかの戦略級魔法師にとっての『決戦の日』だったのでしょう……ならばアナタは必要なことをやったのです。アーシュラ、気に病まないように」

 

「……」

 

「泣きたくても今は泣かせませんよ。最後の大仕事が待っています」

 

本当に厳しい母親である。本人は責められた方が気が楽だったかもしれないが、とはいえどうやらこの事態を収めるため。

 

英霊アルトリア・ペンドラゴンが聖剣をその手に執るときとなったことを、彼ら衛宮家を識るもの達は自覚した……。

 

 



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第131話『約束された勝利の剣』

fakeの試し読み読んでみたが、やっぱり真ライダーは『最強○×計画』を持ちかけていたんだな。愛と憎しみは表裏一体……というか、ひむてん綾香は何をやっちゃってるのやら、いや予知夢ありきの頃だったから『その方がいい』とか思っていたのかもしれないが……。

まぁまだ分からないことだらけだしな……残り4日を『がんばれゴエモン』の電子書籍を読みながら俺は待つ!!


 

 

「殲滅攻撃で『自爆』する余地すら無くして消滅させる。それしかありません」

「出来るんですか……?」

「不可能じゃあない。しかし位置が悪すぎる」

 

現代魔法で壊せないのは分かっているが、彼らとしても横浜の市街地の真上にある巨大構造物に対しては中々に手を出しきれないようだ。

 

「そこは母上とマスターがなんとかすると思います。信じてください」

 

ワンッ!と黒犬がルーシャナの言葉を分かっているんだか分かっていないんだかで吠える。

その証拠という訳ではないが何かの巨大術が発動して阿房宮の位置は、東京湾の海上に移動していた。

 

どんなトリックを用いたのかは本当に周囲の面子の殆どはともかくとして目の良い達也ですら分からなかった。

まるで『時間を逆行させた』という他無さそうなその御業だ。あれだけの巨大質量がどんな術理で一瞬にして横浜市街から動いたのやら……。

 

「ルーシャスお抱えの帝国魔導師団の術か」

「はい」

 

下手人だけは判明した。どうやらサーヴァントの仕業ではあるようだが……。

 

(アーシュラがやっているラウンドナイツ(円卓の騎士)の召喚から分かっていたが……)

 

サーヴァントを召喚するサーヴァントというのは珍しくないようだ。あるいは、サーヴァントではないが部下というか家臣的なものを召喚するものはいると達也は推測した。

正面から阿房宮を見据える形となったことで遮るものは無くなった。反転するエハングウェン。最後の戦闘準備が完了していく。

 

「アルトリアさん……やはり『聖剣』を使われるんですね?」

「ええ、この位置ならば問題なく」

 

聖剣……アーサー王の有名な『聖剣』といえばやはりエクスカリバー。

七草弘一氏の質問に答えたアルトリア先生の言葉と同時にその手にあった剣が輝く。

 

「俺もやろう―――君だけに負担を掛けられない」

 

決意を固めて答えたアルトリア先生に寄り添うは夫である士郎先生……同じく『聖剣』らしきものが握られていた。

 

「―――はい」

 

その短い言葉と同時にこの戦い以来、厳しい表情ばかりをしていたアルトリア先生が少しだけ和らいだような表情をする。

 

花が綻んだとしか言えない表情をしたことで、少しだけ場が和らぐ。

 

この夫婦に割って入ろうとした自分の親父は馬鹿だろうな。と十文字克人は思いつつ、夫婦の子供たるアーシュラ・ペンドラゴンは……。

 

二刀の黄金剣を手にしていた。どうやら彼女も『聖剣』を持ち戦うようだ。

 

素人考えの直感でしかないのだが、その蔦葉が絡まるその大剣とカタナのような曲刀の2つこそが彼女の……『本当の宝具』なのではないかと克人は直感するのだった。

 

「まぁどこぞの金ピカみたいな声をした軍曹殿のように、『君さえいれば、武器などいらない』ならぬ『アナタさえいれば、聖剣なんていらない』とはならない夫婦なので」

 

「結局、その軍曹殿だって家庭を持っても守るために銃を持たざるを得ないじゃないか。おまけに『ぱっつんぱっつん』に張り詰めたナイスバディの娘がいるまで共通(おなじ)だ」

 

弟がいないことは違うが、ルーシャナが養女として衛宮家に存在するから妹とは言えるか。

などと思っての克人の感想は、絶対零度の視線を向けるアーシュラという結論だけであった。

 

「達也ならばともかく、まさか克人さんからそんなエロいこと言われるだなんてカルく引くわー」

「むっ、そ、そうか……すまない」

 

同性同士ならば『牛』扱いされることはまぁ別にどうということはないが、微妙な乙女心があるのだった。

 

「謝るぐらいならば、まぁとりあえず護衛をお願いします。ワタシも聖剣を放つために集中しなければいけないので」

 

護衛という言葉を考えるに、つまり―――。

 

「阿房宮の最後の抵抗か!!!」

 

あれだけ巨大な魔術要塞なのだからまだガーディアンとしてのソーサルエネミーがいるとは思っていたが、それにしても……。

 

「最後の戦いだ!!! 全員気合を入れろ!! EMIYA FAMILYが最後の一刀を放つまで一兵たりとも入れるな!!!」

 

「頼りにしていますよ克人さん」

 

「おうっ!!」

 

ノセられていると分かっていても魅惑の笑顔、ウインクと同時の投げキッスを前に今ならば四手の特級呪霊の能力で戦えそうな気分になりながらも、やるべきことは現実的にこなす。

 

そんな克人に対して羨望を覚える達也ではあったが、自分も現実に対処することになる。

 

「接近戦スキル持ちには辛い戦いだわ……」

「宝具を全力で振り抜けば斬撃を飛ばすぐらいは出来る。西城お前も剛力の限りで『そこにある武器』を投げていけ」

「お、押忍!!」

 

エリカの嘆きを聞いた士郎先生の言葉が飛んでくる。同時に魔法特性から少しだけ手持ち無沙汰になっていたレオに対しても仕事を与えている。

 

そんなレオの仕事……武器の投げつけ(スローイングジャベリン)という作業のために与えられた武器は……。

 

(英霊の宝具だろうな……確信はなかったが……)

 

士郎先生は、英霊の武器すらも『鍛造』出来るウェポンマイスターといえる術者なのだろう。

 

それを幾つも作り出せている(マスプロダクツ出来る)『術理』は、まだ分からない。

もしかしたらば、あの鍛冶場ではそういう量産体制があるのかもしれないが、ともあれ攻撃が開始される。

 

一つどころにまとめて林立する朱、黄、蒼の長短違う槍……あのクー・フーリンが持っていた槍に系統が似ているものをレオは次から次へと投げていく。

 

そしてその槍は一つごとに吐き出されている飛行型エネミーを6体ぐらいずつ鏖殺していくのだが……

 

「狙いをつけなくてもいいのは楽だが!!数が多すぎる……!」

 

レオの言葉は道理であり、流石にここまでの戦いで全員が疲労していることは事実だった。

 

「此度の戦いで、一番働いていたのはアーシュラさんなのです!! この程度で弱音を吐くなど見せないでください!!」

 

まさか三高の一色愛梨が声を掛けてくるとは思っていなかった一高男子勢だったが、その通りではあったので自分の体に喝を入れて踏ん張ることに。

実際、アーシュラ及び衛宮一家は甲板上の中央部分にて精神集中をしている様子だ。

 

それが巨大な高まりであることに気付けぬ愚か者はいないのだが……。

緑輝の斬撃を解き放つ一色愛梨はその様子と見事なまでの聖剣に羨望を覚えてしまうのだった。

 

そしてアーシュラの衣装も変化をしている。

 

(……まるで幻想世界の姫君―――真祖種族の王『ブリュンスタッド』のようだわ)

 

見たことなど愛梨とて無いのだが、欧州世界に詳しいというかフランスの出身である母を持つだけに少しだけ欧州における『神秘』に関する事物も知ってはいた。

曰く、西暦300年頃に起きたソロモン王の弟子であった大魔法使いと月の王様との一大決戦など……。

 

そして事実、アーシュラの衣装は―――。

 

『おねーさんのとっておき! レシピはこんな感じだからやってみなさーい!!』

 

などと白い吸血姫のお姉さんに言われて覚えたものだった。

 

カルデアではその衣装は。

 

ARCHETYPE・EARTH(アーキタイプ・アース)  FINAL FORM(最終霊基)として登録されているものであるなどとは一色愛梨は知る由もないのだが……。

 

ともあれ時間にして五分もしない内に、準備が完了する。

 

「前を開けて、聖剣の極大光が飛ぶわ!」

 

魔弾を放り投げまくっていた立華……髪が完全に銀色に変化していることに驚きながらも、その指示を受けると同時に聖剣を掲げた三人家族の眼前には無人となり遮るものが無くなり―――。

 

その高まりに明確な脅威を覚えたのか、術者がいなくても意思を持つのか阿房宮が雷霆を響かせながら最後の防御を試みようとする。

 

それを見た衛宮家とネコ一匹(フォウくん)の表情が少しだけ曇った。

 

最後のディフェンスとして張られたそれが彼らにとってマズイものであることに気付いた達也は、乾坤一擲とも言える『術式霧散』を解き放つ。

 

「た、達也くん!!!!????」

 

その巨大な術式……阿房宮に比べれば小さい限りだが、それでも解き放たれた術は英霊アスラウグの弓を触媒にして雹弾を放っていた七草真由美を驚愕させ―――。

 

それとは別口で阿房宮の電磁防御を無にする術がクドウ・コウマより放たれる。

 

「コウマさん!?」

 

尊敬する兄と似て非なる術を以て阿房宮の電磁防御を少しでも『薄くしようとする』努力の根源は両者とも―――竜の姫騎士への恋慕ゆえというのが深雪を苦しくさせるのであった。

 

とはいえ、それを見た三振りの聖剣(トライソード)は好機と見て最後の攻撃へと向かう。

 

機は、満ちたり。

 

柄を握りしめる両腕に渾身の力を込めて。

 

運命の騎士王は黄金の剣を大きく頭上に振り上げる。

錬鉄の英雄は黄金の剣を後ろの方に振りかぶる。

竜の姫騎士は黄金の剣を肩架けに振りかぶる。

光が集う。

まるでその聖剣を照らし飾ることこそ至上の務めであるかのように、輝きはさらなる輝きを呼び集め、眩く束ね上げていく。

苛烈にして清浄なるその赫耀に、誰もが言葉を失った。

 

「……かつて遠き島を覆った夜よりも暗き乱世の闇を、祓い照らした一騎の勇姿」

 

黒い刀を油断なく構えながらも呆然としたように言の葉を紡ぐ七草弘一の言葉を誰もが耳にした。

 

「十の歳月をして不屈。十二の会戦を経てなお不敗。その勲は無双にして、その誉れは刻を超え不朽のモノ……」

 

これはエハングウェンの内部から聞こえてきたもの。恐らくアッドなのだろうが、いつもの印象とは違ってちょっとばかり厳かな印象を受ける声である。

 

「輝けるかの剣こそは、過去現在未来を通じ、戦場に散っていくすべての(つわもの)たちが、今際のきわに懐く哀しくも尊きユメ──『栄光』という名の祈りの結晶……至高の最強の幻想(ラストファンタズム)

 

ルーシャナというローマ皇帝の娘が、敵対国であるブリテンのことを褒め称えるように言うことのアンバランスさを誰もが笑えない。

 

「その意志を誇りと掲げ、その信義を貫けと糾し、いま常勝の王は高らかに、手に執る奇跡の真名を謳う」

 

まるで英雄譚を詠う吟遊詩人(ミンストレル)のように、藤丸立華が繋いでいった言葉の末節を詠う……奇蹟が起こる前触れ―――。

 

「「「「其は──」」」」

 

四者の掛け声に合わせたわけではない。しかし、ついに奇蹟は放たれた!!!

 

『『『約束された(エクス)──勝利の剣ッ(カリバー)!!!』』』

 

三人のよく通る――――横浜全域に響いてもおかしくない声とともに振り下ろされた黄金の輝き。

光が奔る。光が叫ぶ。光が吼える。

 

解き放たれた母娘龍の因子に加わる霊長の意思(アラヤ)。それを祝福するように妖精が扱う原初の魔力(真エーテル)は最大加速を果たして閃光どころか光輝の巨塊と化した。

 

渦巻き迸る光の全てが、夜の闇を掻き消すようにしながら阿房宮を吞み込んでいく。

 

直撃を食らった阿房宮という要塞が、白熱しガスに包まれ気化する―――なんてプロセスを全てすっ飛ばして焼却されていく。

 

そして……阿房宮のあった位置から上下に伸びる形で横浜の海に幻想の黄金樹が出来上がった。

 

まさしくノーブルファンタズム(貴き幻想)とでも言うべきものだ。

 

黄金の枝から光の葉がありったけ撒かれていく。その光景は不覚にも……現代魔法師が捨て去ったはずの幻想主義を体現するに相応しいものであった……。

 

聖剣の輝きを以て闘争に終わりは刻まれて―――話は後始末へと向かう……。

 



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第132話『終わりの為への一歩』

 

 

「キレイ……」

「ええ、本当に……」

 

美月のうっとりとした声に応える一色愛梨。阿房宮との距離が1キロメートルあるかどうかの距離だっただけにこの船の甲板上はある意味では特等席であった。

 

「やれやれ、ようやく終わったが……乱痴気騒ぎとしては、規模が大きくなりすぎだろ。結局……孫娘の為に多くの贄が出来すぎではあったか」

 

士郎先生の総評が当たっていたのか、横浜に上陸した残兵は全て降伏をしているようだ。

 

ようやくのことで現代魔法が十全に使える状況が戻ってきたことが響子からの通信で分かる。

 

「大亜の戦略級魔法師である劉師父は……こんな大騒動を起こしたんですか?」

 

「それは恐らく彼が継承した『術』……詳しい専門用語もあるのですが、とりあえず太祖龍テュフォンを継承したことに原因があるのでしょう」

 

真由美の何気なく出した質問に答えるのは、アルトリアでも士郎でもなく……船内にいきなり現れた美貌の白人―――という枠には収まらない人外じみた美貌の存在であった。

 

「太祖龍テュフォンはギリシャ神話上にて暴威を振るいオリュンポス十二神など多くの神々の最大の敵対者(スーパーヴィラン)でした。故にテュフォンには真正面から戦わず『策略』を用いて―――彼に手かせ足かせを着けることにした」

 

「策略?」

 

「彼に―――願いを叶えること出来ぬ無情の果実を食させることにした……とある事件の過程においてそれと関わったカルデアではその果実をギリシャ語で無常、『刹那』を意味する言葉から『エフェメロス』と名付けてました」

 

美貌の白人は、まだ本調子ではないのかアルトリアに気を遣われて寄りかかることになったわけで、真由美の質問に答えたのは立華だったわけだが…。

 

「確かに、ここ(横浜)はワタシの『お兄ちゃん』が同じくエクスカリバーを放った大地だけど、まさかそんな繋がりが……」

 

「いや、アナタの兄君は関係ないわよ」

 

うんうんと深く頷くアーシュラに言葉と手でツッコミを入れる立華……本当にアーシュラに兄貴なんていないはずなのだが、なんだかモヤモヤする達也なのだが……。

 

「そんな食したモノの『本当の願い』を叶えない。反願望器とでもいうものが自分の内側にあるからこそ劉は、その運命を覆すべく聖杯という『奇跡』を得ようとした。テュフォンから『エフェメロス』という果実を取り出すべく」

 

「本心を隠して大根役者を演じていたつもりだったんでしょうが、どうしても無理だったようですね」

 

それは劉雲徳という術者が、あまりにも大きすぎる存在であったことで起こった問題であった。

大亜人民解放軍の上層部もまた劉の意図を予想して何重にも保険を掛けていたが……失敗と成功は半々であった。

 

「そんな『四魂の玉』みたいなものがあるんですね……魔術世界には」

 

何と言っていいかわからないが、そんな感想を抱きつつ……本命の小聖杯、聖杯戦争の願望器はどうなったのか。気になって聞くのだが。

 

「ご安心を。既に私の中から出しておきました。本来ならば『自壊』するはずの肉体をいまでも維持出来ているのはマスターエミヤの手際ゆえです」

 

真由美の疑問に答えたのは微笑みを浮かべる美貌の白人であった。

 

「えっ、どういうことですか?」

 

一つの疑問を解決したと思えば、次の疑問が出てくる……真由美および此処にいる魔法師たちの疑問は尽きない。

 

言葉の意味を違えなければ、この人が『小聖杯』を持っていたということなのだが……。

 

「ファリア・アインツベルンと申します。此度の大中華亜種聖杯戦争において用意された『器』でした」

 

スカートの裾を持っての丁寧な一礼。貴人としての振るまいを見せる彼女に少しだけ気圧される真由美だが……。

 

「士郎さん、アルトリアさんも。そろそろ地上に戻りませんか?黄金樹も終熄しつつあります。何より国防軍としても残兵処理をしたいのにこの場で居座るというのは」

 

真由美の苦境を助けたかったのか、それとも本当にそう考えていたのかは分からないが弘一のもっともな言葉にご夫婦は、了承をしてからエハングウェンの高度を下げつつ横浜港に着岸することになる。

 

センチ単位での操船を可能とするそれの見事さで着水・着岸の衝撃も何もなく久々に地上への帰還が成ったわけだが……。

 

時間は既に午後7時を回って横浜の港は夜闇の中に沈んでいた。

 

当然、投光器や照明器具の類は煌々と照りつけているのだが、街頭など街に備え付けの照明器具の類は戦闘行動で壊されまくったのは間違いないのだ。

 

「小銃を構えた兵隊がいるわ」

 

「それは仕方ないだろ。如何に敵対勢力の退散に協力してくれたとはいえ、既存の船舶とは姿を異にする巨大船がやってきたんだから」

 

アーシュラの不満そうな声に達也としては苦笑して心苦しくなりながらも、先乗りして銃口を下ろしてもらうように風間に頼むべきだったかと思う。

 

『―――』

 

反対に、一部の軍隊……USNAスターズなのか米国の魔法師部隊は、エハングウェンの着港に直立不動の状態で乱れぬ整列のままに敬礼を取っていた。

 

この対応の違いは……如何に日本の魔法師界が閉鎖的なのかを物語っている。

 

(風間が友好的に接するかどうかは賭けだな)

 

九校戦でも神秘の世界の住人達の無法っぷりは、存分に発揮された。彼らにしか解決出来ず、彼らにしか出来ないこととは言え腹立たしさはあるのだろう。

 

はたまた文民統制の中にいる軍人たちは、政府筋からの命令には従うのだが……こと魔法師となると少々、事情が違う上に『十師族』という権力に簡単に迎合しないのが独立魔装であるがゆえに……。

 

魔術師相手にもどう出るか不透明な限りだ。

 

なにはともあれ下船。アルトリア先生を先頭にしての帰還……。

 

一団の中から進み出た風間は……。

 

「長い戦いで御息女ともども先陣を切っていただいて感謝します」

 

「これもまた騎士としての務めゆえ、魔法科高校の教師としては少々出すぎていたでしょうがね」

 

「調書などは取りません……ですが、カルデアから送られてくるのでしょうね?」

 

「エルロン書記官は優秀なスタッフです。半日もしない内にそちらの『参謀本部』宛に届くでしょうね」

 

「……!!」

 

別に独立魔装にやるわけじゃないという立華の言い回しに少しだけ表情を硬くする風間。

 

そんな立華を嗜めるように頭を軽く叩くアルトリア。だが筋で言えば『制服組』よりも『背広組』に提出するのが当たり前であり、風間の反応こそ変なのだ。

 

(まぁ閲覧不可能じゃないだろうしな)

 

そこまで急所を突かれたみたいにならなくても良かろうに……などと上官筋に対し想いながらも……。

 

「自分たちは東京の方の大使館に行かせてもらいます。既に国務省が手配しているみたいなので」

 

次に口を開いたのはUSNAの軍人たちであった。達也は見ていないのだが、響子曰くかなり八面六臂の大活躍であったようだ。

 

別に主攻だけではなく様々なことを達者にこなしていた辺り、さすがは米軍ということか。

 

「装備は一時、そちらにお預けします」

 

コウマ・クドウ・シールズが主な受け答えの相手。どう見てもアジア人の特徴しか無い少年兵士が日本の魔法軍人と会話するおかしさを認識する。

 

「―――よろしいのかな?」

 

「銃刀法が存在している国で軍人とはいえ、火器銃器の類を携帯しているわけにも行きますまい」

 

「ただしアシスタンツの類は勘弁してもらいますよ」

 

その言葉で、全ては決するのであった。

結局の所、政府上位が米軍に手助けを求めた以上、不躾な真似は出来ないのだ。

 

「コウマ、あとで鍋をご馳走してやるから。日程空けておけよ。マイスターケンの帰国に関しても話したいからな」

 

そんな堅苦しいあらゆる書類のサインや端末の確認をしていたUSNAの若き将校に対してなんともプライベートな声掛け。やったのはシロウ先生であり……。

 

「は、はい! 一番いい肉を持参して衛宮邸に向かわせていただきます!!」

 

戸惑いつつも少年らしい顔をして、夕餉の鍋パーティーの誘いに答えるクドウ・コウマであり、関係性が良く分かるシーンであったが……

 

「あとアーシュラには―――肉のほうがいいか? 花束とか要らない?」

 

などと未練がましく元カノにそんなことを言うコウマという男だが……。

 

「A6ランクの牛肉でいいわよ。そういうのは義妹で彼女のアンジェリーナにやりなさい」

 

元カノの方は結構ドライに対応するのであった。

 

これが関係が切れたカレカノらしい対応なのかどうかは、そういうことに経験無く、恋愛系の創作物も知らない達也では判断しきれない。

 

ただ、それでも少しだけ嬉しかったのである。

 

なぜかなど簡単だ。彼女にはコウマに対する未練などないのだと分かったから―――という達也の考えを読んだのか実妹は、達也に引っ付いて離れようとしなかったのだ。

 

 

その後、語ることは多いようで少ない。

 

横浜における残兵処理。あるいは潜伏しているかもしれない大亜の工作員の狩り出しに関しては国防軍に一任された。

 

 

 

神秘関連の間者もいるかもしれないが、それはどこからかやってきた宇津見エリセの『祖母』とやらと……聖堂教会の代行者・騎士団という連中が協力するようだ。

 

そうして一時的に横浜の魔法師協会に集められた面子は、身体の健康状態などを確認してから帰宅させるようだ。それは十師族である克人や真由美も同様であった。

 

因みに言えば、アーシュラと立華、そしてルーシャナなどは炊き出し役として居残りをせざるをえなかったりしたようだが……大半の生徒たちは帰宅を促される―――それには司波兄妹も含まれており戦場からの帰還を余儀なくされるのだった。

 

「お兄様も独立魔装として残ることも出来たのでは……?」

「流石に今日は疲れすぎた。そしてどうやら叔母上が口利きをしたようだ」

 

あの魔法師軍人部隊にいた達也の立場は有り体に言えば嘱託職員の類であり、無理強いは出来ないのだ。

 

「大亜の中途半端な侵攻は頓挫、巨大要塞は完全消滅……残敵・残兵処理に関しては他任せ……」

 

これ以上のことがあるとすれば大亜が艦隊でも派遣してくる可能性だが……。

 

それは無いのではないかと想いつつ、コミューターを利用して帰宅した家にて。

 

『衛宮家の鍋パーティーですが、私も同席しましょう』

『『―――は?』』

 

自分たちの実家の方からの着信でとんでもないことを言われるのだった。

 

どこで知ったんだ。誰から教えられたんだ。そもそも『何が目的』なんだ。

 

などなど……多くの疑問が渦巻きながらも、四葉の当主であり自分たちの叔母が来ることは確定事項として……横浜騒乱は終わりを告げるには少し尻切れトンボなままに進んでしまうのだった……。

 

 



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第133話『戻る日常』

 

 

あの横浜事変から一週間が経った。

 

マスコミの取材は加熱をしていき、そのまま―――などということは無かった。

 

これもまた神秘を世間に流布すべからずな魔術協会と聖堂教会の手並みなのだろうが、しかしながらその為に魔法師が矢面に立たされるのは、どうなんだろうという深雪が憤りを覚えるものがありつつも。

 

甲種戒厳令が敷かれていた都内及び南関東に位置する県の国民たちは、この一週間を以て長い待機期間を終えたわけだがそれだけで日常に戻れたわけではない。

 

とはいえ学生の本分は学業なだけに魔法科高校もまた通常登校へと戻ることになる。

 

しかし―――。

 

「カドック先生、まだシロウ先生は戻られないんですか?」

 

未だに完全では無い面はあったりするのだった。

その一つがE組及び2科の主任講師の不在である。

 

「残念なことにな。そして、シバ。お前は気楽に聞いているが、あのヒトが動かざるを得なかった事件というのは、お前が想像しているよりも大事(おおごと)なんだ。あまり気にせず集中しろ。とりあえずしばらく授業は俺が続けるぞ」

 

E組の代行教師としてやってきた神経質そうな顔をしているが、実際は結構取っつきやすい『ロックンローラー先生』(談・立華)の言葉にそういうものかと思いながらも実技授業は―――シロウ先生と遜色なく、人によってはそれ以上に分かりやすく実践的にこなせるのであった。

 

(B組にアーシュラと立華が来ているか……知りたいな)

 

主に前者のほうが達也にとっての関心事であったりするのだが、A組にいる深雪など妹に知られるのはマズイと思いつつ、昼休み時間に探ると。

 

「えっみーもりっちゃんも来ていないね。やっぱりカルデアというよりも、時計塔としてもここまで『大事』になると第一原則執行局……バルトメロイが出ざるを得ないんだよ。だからその関連でもあるのかな?」

 

一番、この学校では魔術界隈に関して事情通である『明智英美』によって詳しいところが解説されるも、いまいち要領を得ないわけで達也の関係者一同が食堂で聞くことに。

 

「神秘の流布はご法度。というのは魔術師にとって守るべき原則。なんだけど、どーしても世間に出てしまった時にそれを収拾する部門がある。それこそが、時計塔において学科(カレッジ)でありながら法の番人を気取る学科でありながら学科ではない。

俗称はロードの家名から『バルトメロイ』、法政科……第一原則執行局というところなんだ」

 

「聖堂教会だけでなく魔術側にもそういうのがあるのか……まぁ当たり前といえば当たり前か」

 

だからあの九校戦において立華もアーシュラも『事後処理』をやっていたのかと思い返す達也。

 

「―――とはいえ横浜の『あの様子』からしてどうやら大方の事は終わったみたいだね」

 

エイミィの視線が向いている先、食堂の大型キャビネットには、色々とあった横浜での様子が報道番組などの中継で映し出されていた。

一週間前にはとんでもない惨状になった港湾の復興も、建物の一棟一棟など町並みの様子も既にいつもどおりになり、何処だかの外国の企業が経営している豪華客船が寄港している様子だ。

 

その船を見た瞬間に、エイミィの眼が鋭くなる。

 

「……挑むか、カジノに」

「あの船、世界的なカジノ船って世界を周航するものなんですね」

「けどこの国では違法も公営も賭場は許可されていないわよ」

 

船を見たエイミィの言葉に、言葉以前に船が気になっていたのか端末で調べた美月が言い、それに対するツッコミがエリカから入る。

 

その豪華客船なのだがなんとなくだが……精霊の眼を介すれば遠見出来そうだが、内部を透かそうとした瞬間。自分の眼玉を取られるような気持ちになった。

何となく……その豪華客船がとんでもない『魔城』にも見えたのだ。

魔城なるものが、どんなものかわからない知らないのだが、想像力や発想力など感性に関するその手のイマジネーションに乏しい達也でも連想してしまうのだ。

 

ちなみに2科の専任教師たちがどよめき、『勝てない』『リスクとリターンが合わない』『士郎先生はよく勝てたものだ』などという言葉が続く。

 

どういう意味なのか―――と思っていると……。

 

「アーシュラから連絡だ……」

 

鳴り響く端末。通話ではなくメール着信であり、読み上げると以前にコウマ・クドウ・シールズに言っていた衛宮家での食事会の案内であった

 

それによると招待される……入れる人数の事前通達と、そのメンバーの事前での連絡を寄越せということであった。

そして……その選定は、達也に一任されるようだ。

日時は指定されている。その時間帯も夕飯時を指定されているので部活関連でのこともなければ特に問題無さそうだ。

 

(十文字先輩と七草先輩が来ることは確定なのか)

 

それでもあちらの方で、来客が規定路線となっている人物は2人ほどいたようで、そこは補足されていたのだった。

 

2人とも達也、深雪とは違って隠れていない十師族だから当然。そもそも前者に関しては、庶子関連でも世話になっているのだから当然だ。

 

そして十文字先輩は分からないが、七草先輩の方は父親は同伴で来るのだろう。

 

どんなことになるか分かったものではないが……。

 

とりあえず参加の可・不可をこの場にいる通称・達也組へと問うと……殆どは『行く』というのだが……。

 

「私は―――遠慮しておきます」

「私も」

 

ほのかと雫が揃って参加辞退を申し込んできたのだ。その理由は……アーシュラと親しくないからというのもあったが、それ以上に年明けからの『出発』に備えなければいけないというのもあったのだ。

 

「そうか。分かった」

 

だが、だからと必要以上に何も聞いてこない達也に少し胸が痛む思いが出来る。特にほのかは明確に達也に好意を示しているのだ。

あの夏休みの海水浴で、あんなこと――――自分はまともな人間じゃ無いなどと言われたというのに……。

 

(……お姫様だから違うの?)

 

達也を見ていると、アーシュラに対しての態度だけが他の人間…ほのか含めて誰とも違うのだ。彼女を見ていると……何だか自分たちがぶりっ子している風に見えて思えてくる

……被害妄想かもしれないが、連想してしまう。

明け透けに男子に対応するのが一概にいいとも言えないが、それでも何というか……複雑ではある。

 

古代ブリテンの王様……如何にそういった風なファンタジックな事柄とは無縁の現代魔法師ではあるが、アーサー王の名前と円卓の騎士ぐらいは知っている。

 

多くの創作物でモチーフとされてきたものであるのだから。

しかし、それがまさか『女性』であって、さらに言えば『現代人』と子供をなしているなど予想外にもほどがある……。

 

「それならば私は参加したい!! つい最近、グランマから言われたことを本当の意味で確かめたいんだ!」

 

ほのかと雫の代役というわけではないが、エイミィが参加を熱望したことで、おおまか集まってしまった。

別に定員まで集めろとは書いていないので、これで集まった形ではある。

 

そうして学校再開の初日は恙無く終わったのだが……司波兄妹にとっては恐るべきことが待っていたりするのであった。

 

帰宅してすぐさま家の端末に連絡が入った……相手は、本家の当主である。

 

『再度、申し上げますが衛宮家の鍋パーティー、上質の甲州牛を手土産に参加しようと思います』

 

大型画面に映し出された女性の顔は表面上は冷静そうに見えて、内側ではウキウキしているなと想像することが出来るものであった。

 

「……正確に言えば10日前ですが、アノ時と同じ質問をしますが叔母上、どういう謂れがあってそのようなことを?」

『貴方は知らないでしょうが、我が家は衛宮家と少々繋がりがあるのですよ。達也さん、アナタに継承された『原理血戒』(イデア・ブラッド)のことでも色々と骨を折ってくれた家なのですから』

 

アノ時よりも深い説明をされたが、それだけで当主自ら『甲府』から『関東』に出てくるなど……。

 

「他の理由があるのでは? 例えばアナタが泣く泣く他家に養子に出さざるを得なかった息子がいるとか」

『―――何を言っているのかしら達也さん。如何に噂に疎いアナタとて、私が母親としての機能を失っているのはご存知でしょう?』

「ではあのクドウ・コウマと名乗る御仁は何者なんですか? アナタはアーシュラが一高にやってきた時に、彼との関係を探るように言っていましたよね? 恩義がある家の娘さんの男女関係を探るなんてあんまりにも下劣な行為だと思わなかったんですか? その名前を聞けば無頼の輩が全て震え上がる四葉の当主がそのことに気付け無いわけがない」

 

多弁になった真夜に対して畳み掛けるような言葉を吐き出す達也。その言葉に真夜の百面相を見たが……。

 

「それとも……四葉の腫れ物である俺をアーシュラとくっつけようとしているので?」

「お兄様!!!!!!」

 

そんな探りの言葉にいっちゃん先に反応したのは隣の深雪であり。

 

『そんなわけないでしょう!! アーシュラちゃんを好いているのは私の息子である弘真なのだから、あなたは妹と禁断の愛を育んでなさい―――』

 

次に激昂しながら言った叔母だが、途中で映像が途切れ。昔懐かしのテレビ映像の中断の……不適切なモノが放送された場合のようなものが流れる。

 

――― 一部映像が乱れました。しばらくお待ち下さい―――

 

というものがキャビネットには出ていたりする。

 

10秒ほどの後に出てきたのは、執事長である葉山であった。

 

『奥様は少々混乱なさっているので私の方から説明を―――といっても奥様が指定された日に衛宮家に向かうことは衛宮家の方々も承知済みですので、お二方には気をつけていただきますよう』

「気をつけるも何も、もう他の十師族にはバレているんじゃないですか?」

 

深雪の素朴な疑問。それは達也も抱いているものである。

しかし葉山は……。

 

『奥様もまた『上』の方からの指示でお二方を四葉の魔法師だとは宣伝出来ないのです。同時に……手放したくなかったものを手放さざるをえなかった奥様のお気持ちもお察しください』

 

抽象的なようで、結構核心を突いている葉山の言葉にそれ以上は言えなかった。

 

 

『リトル・アーサー……アーシュラ・ペンドラゴンは人理腐食解決の鍵の一つ。その手助けは四葉のみならず魔法師全体の利になることは確かなのです。ご理解くださいお二人共』

 

葉山のその言葉は……恐らく達也というよりも深雪に対して言われたものであろうと考えた。真意とか言葉に対する理解は浅けれど……そう考えてしまうものが言葉に込められていた―――そして、衛宮家主催の夕食会にしてある種の説明の場は設けられるのであった。

 

 

 



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第134話『僕らの衛宮邸』

NTR注意。いや別になにもおきなかったわけですが(笑)


 

 

 

とある場所で待ち合わせをしていた一高の生徒衆。

 

遂にやってきた衛宮家での鍋パーティーという名の説明会……。唯一、家の場所を知っている達也の先導、道案内のもと衛宮邸へと向かう。

 

コミューターで最寄りの場所へと降り立った後には軽く徒歩となるのだが、道すがら話は色々とあるのが学生というものだ。

 

「私達以外の来客はどんな人間がいるのかしら?」

 

「七草先輩の親父さん―――七草弘一氏は来るだろうな。都内はなんやかんやと七と十の縄張り(シマ)だからな」

 

その手の連絡は既に入っていた風を装いながらエリカの質問に答える。

因みに言えばこの集団に七草真由美と十文字克人はいない。ハーメルンの笛吹き男よろしく集団を引き連れながら思うに。

 

「先乗りしているか、俺達よりも遅れてやって来るんだろう」

 

先乗りしている人間の中に自分の叔母がいるかいないか。エレメンタル・サイトで叔母の動向でも見ようか考えるぐらいには―――。

 

(もういいや。気に病むのはやめとこう)

 

そもそもよく考えてみればコウマ・クドウ・シールズなる男がどこまで自分の出生を存じているかは不透明だ。

『スネツグ』みたいに物心付いている時に養子に出された風ではない。幼少期に出されたと考えるのが筋だ。

でなければ流石に自分や深雪が彼に気付かないわけがないのだ。

 

色々と気に病みすぎて思考がどうにも変になったいたことを自覚しておく。

 

「そんなセレブたちが持ってくるだろう手土産に対して俺達の手土産はこれでいいのかな? 豊洲で買ってきたわけだが……今日の鍋が海鮮なのか肉を合わせた寄せ鍋系統なのか分からないのによ」

 

思案を切り裂くようにレオの言葉が達也の耳に入る。

大きめのクーラーボックス。鮮度を一日以上は完全に保てる(アシが速くない)ものを持っているレオの疑問はまぁ当然ではあろう。

 

「活け締め……最近は神経締めというのが一般的だが、それもしといたし、まぁ問題ないだろ。士郎先生やアーシュラならば刺し身にすることも出来るだろうし」

 

食べるのが専門に思えて、実を言えばアーシュラは結構料理上手だ。他人が出す料理にも妥協しなければ、自分が作る料理にも妥協しない。

 

そういうタイプなのだろう。

鍋だけでなく刺し身も供するぐらいの諧謔はあるはず。

 

「お兄様はズイブンとアーシュラに対する理解が深いですねっ」

「そりゃ……なんやかんやと一緒にいる女の子だしな」

「今は風紀委員じゃないでしょ?」

 

深雪に返した達也の言葉に、エリカの指摘はその通りであった。しかし風のうわさ程度ではあるが、横浜の一件で流石になにか役職に就いてもらいたいという声が高まっている。

 

一高側の公的な役職に就いていたからと、あの事件で生徒の守護に近いところにいたかどうかはわからない。

 

ただ風紀委員でも、学生警備隊にもいなかったアーシュラに責めを、というよりもアーシュラを追い出した『役員』に嫌疑が向くのが現状だ。

 

(新設する役職……名ばかりのものでは何の意味もないが、そこに就いてほしいんだろうな)

 

中条会長や五十里会計はそれに乗り気だが、服部会頭と千代田風紀委員長が反対気味というのが……何とも複雑な状況を作り出している。

 

などと無駄ごとを考えながらもようやく見えてきた衛宮邸は……。

 

「広いな……」

「まぁ、初見の人間は、結構圧倒されるよな」

 

衛宮家は、横断歩道を2つほど超えた先にある武家屋敷だと説明したあとには全員が少しだけ圧倒されていた。

 

十師族や数字持ちの資産家の家ではないが、都内にこれだけの家を持つことが出来るとは、士郎先生の資産状況ゆえか、はたまた何なのか……。

 

「この辺りは『総耶』との境でもあるから。櫛塚にも近いからかな。都内の霊脈としてはかなり上級なんだよね……」

 

羨ましそうに、本当に妬み嫉みを込めて言う幹比古の言葉が何とも言えないものを齎す。

 

「ここってそういう土地なのか幹比古?」

「人によっては『水が合わない』ならぬ『土が合わない』術者もいるから一概には言えないけどね。けど、この辺りは、かつて大権現家康公の招きで土御門家という陰陽師の家系も居を構えたところだから、その手のチカラの溜まり場ではあるよ」

 

中々に歴史深い街であることが分かる。そう言えば九校戦の時にも混血の一族にして大財閥『遠野グループ』が根城を張っているのは『総耶』であると証言していたのを思い出す。

 

「ただ魔術師……魔術使いであってもああいう開けた家ってのは、工房として使うには、あまり魔力(マナ)の集積には合わないんだけどね……地下室でも拵えている可能性もあるか」

 

そんなエイミィの呟きを最後に都内でも何かと目立つ魔術師の拠点にして、一高の教師夫婦の愛の巣()で、同級生の自宅を視界に真正面から入れる位置まで来ると―――。

 

手を高く上げて笑顔で手招きしているブロンド美少女の姿。その服装は普段着はこんなのなのかと新鮮さを齎すものだ。

 

上は白いブラウスに赤いタイを垂らして、下履きは様々な寒色系のストライプに赤い斜線が刻まれたユニオン・ジャックなキュロットパンツ。

 

流石にこの時期ゆえなのか、ストッキングを履いたその姿の新鮮さ以上に魅力的な装いをする美少女に『ドキリ』とするのは達也だけではないはず。

 

だが次の瞬間にはいろんな意味で達也は『心がざわつく』ことになる。

アーシュラの隣に当然のごとくいる憎いあんちくしょう。

コウマ・クドウ・シールズの姿に穏やかな心は持てそうにないのであった。

 

 

「つまり……一高のアルトリア先生、アーシュラさんのお母様。あのバニー姿だったり白騎士スタイルだったヒトは……」

「ブリテンの伝説の王……アーサー・ペンドラゴンっ……」

 

水着獅子王になったりしたのか、などと思いながら生徒のためにトングを使って肉をひっくり返す前田千鶴は、驚愕の表情で固まった一色愛梨と一条将輝に『そういうことだ』と、ここまでの説明で出てきたことを事実だと太鼓判押しておくのだった。

 

今回の焼き肉パーティーは、この辺りではリッチなお店と知られている 肉の楽園『大帝都』にて行われていた。

三高校長が歓待しているのは、あの横浜事変でも最後まで戦い意志を示す戦士であった自校の一年生である。

 

贔屓とも取られかねないが、それでも……一高にいる人間たち……あの戦いで最後までがんばった面子が衛宮邸にて『ごちそう』を頂いているということならば、こっちに何も無いのはちょっとどうかと思い、だからと東京に行かせるわけにもいかない千鶴としては、この辺りが限界であった。

 

ちなみに件の士郎から『レシピと材料を送るか?』と言われて。

返答は『私じゃ士郎さんみたいに繊細な調理できません!!』

 

などと泣いてしまうぐらいに料理下手な女戦士ちーちゃん(爆)なのであった。

 

話を戻す。

 

「元々、境界記録帯……ゴーストライナー、英霊と呼ばれる存在はこの世界にあった。その中でもアルトリアさんはちょっと特殊な事例なんだよ」

 

「世界の裏側―――星の内海にアーサー王は呼び込まれたのじゃな」

 

タレのカルビとご飯を合わせて食べる四十九院に、更に首肯。

 

「そう。英霊の座に行く前にあのヒトは妖精域・妖精界ともいわれるアヴァロンにその身を委ねて、士郎さんが迎えに行くまで眠り姫のように待っていたのさ。まったく……騎士王の最後は王子の来訪を待ち望むお姫様だなんて―――ロマンスという砂糖を利かせすぎだろ。甘ったるっ……」

 

赤い顔をして自嘲気味に言う校長。焼き肉網の熱気ゆえではないだろう。要するに恥ずかしがっているのだ。

もしかしたら、昔の男のことを忘れられないタイプなのかもしれない。

 

ロマンがある話ではあるが……現代魔法師としては、それだけの結論で終わらせていい話ではない。

 

確かに魔術師が言う「霊墓アルビオン」……星の裏側にいたるべき『場』があることは、『何となく』程度には知っていた。時にそこから出る呪体が魔法師側にも渡るのだから。

 

問題は……衛宮士郎先生は、どうして『アルトリア・ペンドラゴン』がアルビオンにいると知っていてそこに至ろうとしたのかである。

 

「けれど、アーサー王がいたとされる『時代』は、5世紀後半から6世紀はじめとされていますよ……どうして、士郎先生はアルトリア・ペンドラゴン王とどこで知り合ったんですか?」

 

十七夜 栞は、無表情ながらもカルビ2枚をサンチュで包み食べて多幸を味わいながらも疑問は当然ぶつける。

肩ロースを塩とタレの違いで、ご飯を食べる愛梨と将輝もそれは同意であった。

 

その言葉に少しだけ緊張しながらも遮音をした千鶴は少しだけ重くなった口を開く。

 

「―――全ては北九州で行われていたある魔道の闘争こそが発端なんだ。それは万能の願望器を求める闘争……」

 

煙が吸い上げられる天井の換気扇。そこに上がっていく白煙に、見たことはないが語られる過去の情景を映しながら……金沢と東京で同じく衛宮家の真実が語られるのであった。

 

 



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第135話『衛宮さんちの今日のごはん~鍋編~』

エイプリルフール……それは各企業がいっぱい悪ふざけをしながらも商品PRをしつつ。

『実はこういう新商品を出します!』と嘘から出た実という体をとったものにしたり――――――エウシュリーはアペンドで出すんだろうな。ついでに言えば神採りがリメイクで出てくるとか。時間泥棒!

まぁそんなこんなで近年は型月はFGOのネタばかりだが、たまにはかつての葉桜ロマンティックやヒロイン12宮、TMitterみたいなバカ企画も見たいなーと思いつつ、新話お送りします。


 

「おーす。久しぶりだねー。元気してた?」

 

横断歩道を渡った先にいたアーシュラの調子はいつもと変わりなさすぎて、拍子抜けしてしまうものだ。いっちゃん先に駆け寄ったエイミィとハイタッチ(片方はジャンプタッチ)する様子は本当にいつも通りであった。

 

「それはこっちのセリフよ! アンタが今まで横浜でアレコレ事後処理をやっていたことは次兄から聞いていたんだから!!」

「瓦礫の撤去及びそこによろしくない呪詛の残留物がないかどうかだもの。私や立華がやんなきゃエリカのご家族が遺族年金受け取る事態になったかもしれないよ? いやまぁ渡辺先輩の方に行くかもしれないけど」

「んなわけあるかっ!」

 

訳するにどうやら地雷除去・不発弾処理的な作業にも従事していたと語るアーシュラではあるが。

 

「エリカの怒りの方向性はいまいち俺にも分からんが、とりあえず中に入れてもらっていいか?」

 

そういうことだろうと思いつつ声を掛けることで、門前での会話を止めることにした。

 

「はいはい。どうぞどうぞ―――」

 

古めかしい武家屋敷の門扉。引き戸型の木製のそれをがららっ!という軽快な音と共に開けるアーシュラの先導で中に入ると。

 

「……アーシュラちゃんの家ってお金持ち?」

「それはワタシにも分からないなー。けれど、何処に行くとしても、暮らす家(マイホーム)に関してはお父さんはかつて冬木市で暮らしていた武家屋敷を再現することに大枚は叩くよ」

 

美月の少しだけ呆然とした質問にあっけらかんと答えるアーシュラ。

家をぐるりと囲んでいる塀、石垣も組み合わせた『多門櫓』から分かっていたことだが、ここまで歴史的な建造物を作り上げるとは……。

 

「実際、USNAにいた頃も衛宮家はこういった外観でしたよ。Prime Minister Toyotomi (太閤秀吉公)清州城三日普請(WALL THREE DAY)墨俣一夜城(ONENIGHT CASTLE)かとウチの祖父殿は驚いていましたし」

 

「ほー……ズイブンと深い仲のご様子」

 

「そりゃ昔から知っている女子ですし元カノでもある。けれどそれ以上に衛宮家の邸宅は祖父である九島健にとっても故郷を思わせるものですから」

 

もっともこういう昔ながらの武家屋敷に興味津々であったのは、エリカのからかいに淡々と語る男の妹であり現・恋人であったりするのだが。

 

ともあれ短い距離の間にも色々と話しつつ屋敷の方の戸に着いたわけだが。

 

「俺達が一着か?」

「いいえ、七草先輩はお父さんと既に到着済みで、克人さんも同じく、あとは―――年齢不詳の若作りのおばちゃんが来ているよ。甲州牛のお土産を持ってね」

 

そんなアーシュラが戸を開けながら放った言葉だが。

 

『こらー、アーシュラちゃ〜ん。そういう風な言い方、オバちゃん傷つくわ〜。およよ〜〜』

 

何故か知らないが最後の方の紹介は聞こえていたらしく、少し離れたところから達也と深雪にとっては聞き覚えのある声音でありながらも、言葉は完全に親戚の叔母ちゃんとしか言えないチョイスの抗議が聞こえてきた。

 

わざとらしい泣き真似を本気で受け取ったわけではないだろうが……。

 

「いつまでも若々しくて妖艶な色気を振りまくお市の方みたいなおばちゃんでーす」

『ならばヨシ!!!』

『『ヨシじゃねーよ!!!』』

 

遠くから聞こえてきたケメ○デ○ックスのような声に思わずツッコミを入れる司波兄妹。

そのことゆえか全員から怪訝な視線が突き刺さる。

 

そして案内に応じて居間であり来客をもてなす場に案内されると、そこには……。

 

「あら? そちらが真由美さんと克人さんの後輩にしてアーシュラちゃんの同級生の方々ね」

いやがった! 来てやがった!! という達也と深雪の内心を切り裂くように、用意されていた座布団に座り、来客用の長机にてメインの前の『つなぎ』のようにオードブルを食べるアーシュラが言うような妖しい美貌の女性がいたのだった。

 

まだ飲酒はしていないが、隣に座る男性―――七草弘一氏との近すぎる距離に、『あっ、これはもう確定だな』と思いつつ、他所様の家でそれは無いだろうと敏すぎる甥っ子らしい弁えたことを思う達也だったが。

 

「はじめまして、四葉真夜と言います。今回の横浜でのことでこちらにお邪魔させてもらっていました」

 

『――――』

 

一部を除いて、やってきたアーシュラフレンズの殆どが固まってしまう事態。聞き間違いではなかろうかと思うぐらいに確かに年齢不詳で、このヒトがあのヨツバの当主―――。

 

影武者の可能性を考えるほどの余裕もないほどに衝撃的な邂逅を、全員が覚えていたのだが……。

 

「おー、よく来たな。とりあえず立ってないで各々で座っとけ。座布団が足りなければアーシュラに言ってくれ。もうすぐ出来るから、そこにあるフルーツでも摘んでいてくれ」

 

その固まった空気を壊すように台所から声がした。

 

台所の方からようやく気付いた風の士郎先生が、エプロンを着けたザ・シェフならぬザ・シュフ(主夫)という感じにお玉を手にしながら顔を出したのだ。

 

呆然としていた自分たちに対する気付けともなってくれたが……。

 

「し、士郎先生。これお土産です! 今日の鍋がどういうものか分かりませんが、豊洲市場で買ってきた鰤です! 今日上がったものを神経締めしてあります!!」

「悪いな西城。学生なのに気を遣わせてしまって」

 

一人だけ抜け駆けして逃走を果たしたレオの背中に恨みがましい眼が飛ぶ。

 

裏切ったな!! という視線もなんのそので海なし県の男は角○魚類で買ったように豊洲で買った魚を開帳するのであった。

 

立派な鰤を前にして料理人の目が光る。

立派な鰤を前にして予定が少しだけ変わる。

 

「青物もまた熟成させた方が美味いが、客人からこれだけ立派なものを渡されたならば、即座に調理しなきゃ料理人としての名が廃る」

「いや、そんな気を遣わなくていいですよ! お土産として持ってきたんで後々にご家族一同で食べても」

「レオン君あきらめて。お父さんの魂のコンロに火が点いた以上、この鰤は今日一日の運命よ!」

 

アーシュラの言葉に何故かもはや死んでいるはずの鰤。神経締めのワイヤーも入れられているはずの鰤が青い顔をしたように見えたのだ。

 

「そうと決まれば他の作業はみんなにやってもらうか。手伝ってくれるか?」

「「「「もちろんです!!!」」」」

 

ここまでの大宴会。更に言えば、何かと世話になっている先生からそう言われれば、否などありえない。

 

そんなわけで―――。

 

「餃子作りか……鍋具に点心とはな」

 

アーシュラが持ってきたボウル(十以上)の中身と他の更に乗せられた『円状の皮』からメニューを察する。

 

「先程までは私たちが肉餃子を作っていたわけだけど、達也くん指先は器用?」

「なめてもらっちゃあ困りますね。これでも俺は魔工技師を目指し、尚且つ特級面点師も目指そうとしていた男ですよ」

 

先んじてお手伝いをしていたという七草先輩と十文字先輩、恐らくこのアダルト2人も手伝ったと思しき様子。

 

長机にて、何だかパーティー料理の定番をすることに少しワクワクする。士郎先生に乗せられていることを自覚しつつも、今度の中身は……ミンチにされた状態では少し不明ゆえ聞くことに。

 

「食べれば分かるわよ」

「むぐっ―――これタコか!?」

 

少し乱暴気味にスプーンでボウルの中身を達也に食わせたアーシュラに深雪の敵意が向くも、食べた達也が普通どころか喜色を滲ませるので文句を言うタイミングを逸したのだ。

 

「先程まで、内臓と墨袋を取って丹念に叩きほぐしをしていたワタリダコのミンチよ。普通ならばそのあとに、煮タコにするんだけど、二度も熱を通すのもどうかと思ってね」

「これだけでもタコのたたきとして通用しそうだがな。熱を通したときにどうなるか……」

 

達也の言葉に、誰もがそのタコ餃子の味を想像して作ることにするのだった。

 

「形は各々で、定形に沿うもよし。想像力の限りを尽くしてもよし。皮が足りなきゃ言えよ」

 

それはかなり独創的な形をしてもいいということだが……。

 

「アーシュラはそんなフォーマルな形でいいのか?」

「一人ぐらいはマトモなの作っておかなきゃならないでしょ」

 

至極のドラゴン餃子とか作るかと思っていたのだが、アーシュラの手並みは『普通』だ。

普通とは言うが他の人間と違って殆ど一動作で通常の餃子を作っている。ヒダがついたそれが量産されるも―――。

 

「アーシュラ教えて!!!」

「はいはい」

 

不器用の極みというわけではないが、最初にギブアップしたのはエリカでありレクチャーのために達也の隣からいなくなる。それを見た妹が動き出す。

 

「お兄様、私にも上手な餃子の包み方を教えて下さい」

「いや、俺は人に教えられるほどじゃ、アーシュラの手な―――」

「教えて下さい」

「はい……」

 

有無を言わせぬ迫力。圧を覚えさせる深雪の言葉に観念してから妹の手並みを見るとやはり自分の指導はいらないのではないかと思う。

 

「そう言えばさっきからアルトリア先生の姿が見えませんが」

「お母さんは追加の買い出しだよ」

「まぁそれ以前に……アルトリアさんがいないのは、私のせいでもあるんだよ司波達也くん」

 

アーシュラの言葉に苦笑しながらもタコ餃子を器用に作っている十師族の当主が口を開いてきた。

 

「……七草弘一さんでしたよね。それはどういう意味で?」

 

一応、十師族の『現当主』の顔というのは魔法師の界隈ではそれなりに『割れている』ものだ。ゆえに達也の応答は間違いではないのだが、色々と緊張してしまう。

 

「実を言えばこのワタリダコは私が持ってきたものなんだ。しかし相手方の事情を理解していなかった失策だよ。美味な魚でも人によってということを理解していなかった」

「なるほど、要するにアルトリア先生はタコが苦手だと」

 

弘一の抽象的な言い方を理解する達也。

アーシュラと違って純粋な白色人種であるアルトリア先生にとってタコ、イカという頭足類は、異界の魔物にしか見えないのかもしれない。

例外なのはギリシャやイタリアの地中海付近の国だが……。

 

「いや、お母さんのはただの食わず嫌いなだけ。実際、たこ焼きは中身を知らなくてもぱくぱく食べていたらしいし」

「ほー、そりゃまたなんで」

「とあるフランス軍の元帥閣下が召喚するタコみたいな異界の魔物に触手責めされたかららしいわ」

 

何たる姫騎士の定番をやっちゃってる人なんだろうと全員が思う。

 

タイトルを着けるならば

『姫騎士アルトリア〜あなたって、本当に最低の屑だわ! この外道!!〜』

 

というところだろうか。

 

「おい男子諸君、俺の細君で卑猥な妄想をあまりするなよ」

『『『『『『すみません!!!!!』』』』』』

 

男衆の不埒な考えを見抜いてきた士郎先生の鋭い言葉が台所の方からこちらに聞こえてきた。

 

思わずサスケさんならぬシロウさんと言いたくなる士郎先生の言葉で作業に集中していると、玄関のほうが開けられた音が響く。

 

どうやらアルトリア先生が帰ってきたようだ。

 

荷物があることを理解していたのか、アーシュラは立ち上がって玄関に向かう。

特に話すべきことでもないとは思うのだが……ツッコまずにいてもいい話かもしれないが……。

 

「あの七草さん。どうして俺のことを知っていたんですか?」

「そりゃ、今年度の一高九校戦優勝の立役者だからね。そこにいる娘の口からもアレコレ出てくる男子だから」

「お父さん」

 

少し膨れるような声の真由美先輩。それ以上は踏み込まない様子だが……。

 

「まぁ以前から龍郎に言われていたんだよ。デキが良すぎる息子が生まれてしまった。対応に困っているとね」

「ーーー親父が?」

 

まさかそちらと関わりがあったとは、少々面食らう達也だが、よく考えてみれば父親とこの人は一つしか違わないのだ。都内住まいである以上、どこかで関わりは持っていたのだろう。

餃子作りをする隻眼の魔法師は、ちょっとした歴史を語る。いわゆる昔ばなしである。

 

「俺を含めた君たちの父母世代の青春時代……少年時代というのは、かなり血腥いものがあった。当時はまだどこかの国が暴発して、局地戦から大戦争になるんじゃないかとビクビクしていた。今の世代よりも性能の低いアシスタンツ、かなり信用度も低かったものを用いて、いざ戦争に駆り出される可能性にかなり怯えていたからね。だからこそ多くの繋がりが出来上がっていた。みんな生きたかったからね」

 

「そうだったんですね……じゃあ、もしかしてその頃の七草さんの『舎弟』だったので」

 

「言い方は悪いが、その通り。ただアイツは『一つ上だからと何するものぞ!先輩ヅラしてんじゃねぇ!!』と喧嘩っ早い、あちこちに噛みつきまくる奴だったからな……君に真由美が手を焼かされているのもまぁ分かる一方で、アーシュラちゃんにはやられっぱなしなのは、少し痛快」

 

東京卍リベンジャーズな一面が、この人にもあの親父にもあったことにビックリする。

 

「なんと言ったらいいか分かりませんが若い頃の親父がそんなだったとは―――」

 

この人は自分を通して若き頃の親父を見ているのだろう。あのくたびれた親父にそんな血気盛んな時代があったとは……予想外であることを伝えると。

 

「これもまた時代の流れだな。本来ならば龍郎はそのサイオン保有量から当たり前のごとく『ホウキ』が技術進展しない方が良かった。ところが本人の向かった先は……研究職の技術職だったからな……いや分かっているんだ。アイツは皆にちゃんと生きていて欲しい。誰かだけが残ってしまうようなことにはなりたくない。だからこそ魔法を簡易に使えるようにしたくなったんだろうな」

 

淋しげな顔を見せる弘一氏。だが…よく考えてみれば親父の進路(すすんだ先)というのは激しく本人の資質とは真逆だ。

深雪と同じく『四葉』にあてがわれただけのお飾りの役職などと考えてはいたのだが……お袋と結婚する前は研究職の小百合と良い仲であったことを考えるにテクノロジストとしての接点はあったのだろう。

元々、司波家も四葉の係累であることを考えると、少しだけ父親の見方も変わってしまうのであった。

 

「君が見ている父親の顔も所詮は男の(フェイス)の一つでしか無い。たまには親父さんに優しくしてやりなさい。後輩があんまり息子にいじめられているのは見たくないのでな」

「……親父の意外な顔を教えてくれましたので、そうしようかと思います」

 

結局の所、自分は父親と似ているようである。

もっとも、父親の方は技術の進展という抗えぬ流れの中で挫折というか諦めてしまったようだが―――。

 

(俺にもそういう時が来るのだろうか……)

 

別に父親の人生を後追いするわけではないが、苦笑しながら言ってきた七草弘一氏の言葉に少しだけ怖くなり。

 

「ちょっと……なんで私の手を握る? 握るべきはタコ餃子の方よ。鋼根のシェルさんや?」

「渇いた砂漠にあっても青眼虎ミラのように色褪せぬ美しき乙女、俺の言い知れぬ不安を払ってくれ」

 

そろそろ鍋具に入れるべきと判断して、全員のバットに乗せられた水餃子を取りに来たアーシュラの手を握るという公然としたセクハラをする達也。

 

ちなみにアルトリアたち買い出し追加組は男2人のシニカルな話をしている間に居間に戻ってきていたのだった。

 

そして、それに対して客人側の大人である七草と四葉の両氏はわざとらしい咳払いをして達也の行動を諌めていることが少しばかり全員に奇異に思われて―――今にも達也を、アーシュラを殺さんばかりに深雪とコウマはにらみつけるのであった。

 

「いいんですか?」

 

そんな様子を台所から見ていた立華(銀髪ver)は達也のE組担任教師にしてアーシュラの親である士郎先生に問いかけるのであった。

 

「まぁ、こじらせ気味だが現状 生徒の恋愛事情(?)に不用意に介入すべきじゃないだろうな。そして生憎、俺は氷室恋愛探偵じゃないんでな」

 

「さいですか……」

 

達也の一方通行の想いではないと士郎先生が判断するぐらいには、何かがあるということだが……。

 

(やれやれ、アーシュラは、極上めちゃモテ姫騎士すぎますね)

 

本人は努力の方向性を完全に間違えているというのに、それ(モテの努力)をしないことで男子の気を惹いてしまう天然自然の存在に対して苦笑してからアーシュラから各々のイマジネーションを発揮した造形の水餃子のバットを受け取るのであった。

 

 



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第136話『衛宮さんちの今日のごはん~実食編~』

私事ではあるが、これまで小説を書いていたタブレットがご臨終なされた。
電子書籍も読んでいけるヤツだったのだが……うーん残念!

まぁAndroidのバージョン更新も9で頭打ちだったからなー。いい機会なので他のを買おう。

書きかけのデータもあったのだが、やむを得まい


 

 

ぐつぐつと煮えたぎる鍋。その中身に誰もが舌鼓をうつ。

 

少し前までは自分達が不器用だったり器用だったりしながら作った肉餃子(牛肉ミンチ)と海鮮餃子(タコミンチ)もまた鍋の中で良い感じになっているのだ。

 

取り分ける木製のお玉に収まっても崩れぬ具材の数々。浮き粉を使った皮だからか餃子はどっちが牛でどっちがタコなのかが完全に分かったりするーーー分かったところでどちらも美味しいので争いは特に起こらない。

 

「うまっ、士郎先生の料理スキルは特級厨師級か!? こんな美味しいモノ食べたらどんな鍋を食べても物足りなくなってしまう!」

 

「ご馳走になっていながらなんですが、あの士郎先生、こんなご馳走多くいただいちゃってよろしいんですか?」

 

「材料はなんやかんや君たちからももらったし、美味しく料理しなきゃバチが当たるぞ」

 

結構な人数が押しかけてきても、それなりに食事に預かれる家……前々から言われていたとはいえ、こんな『だいごっつぉ』(大御馳走)をいただくと流石に気後れしてしまうーーーただ自然と箸が伸びてしまうのは悲しき性であった。(真由美・克人)

 

「大事な話をする時はそれに見合った料理を出す。まぁ……そういうクセが着いてしまったんだ。空腹じゃあマトモな話も出来ないだろうからな」

 

そういう家の在り方らしかった。なんだか少しだけ羨ましく思うのは……そういう家族的なものとは縁遠いからだろう。いや、どちらも親はいるのだが。

 

ともあれ、ここにいる殆どがあの横浜騒乱で色々あった人間たちだ。そして衛宮夫妻の秘密を知った人間たちもいる。

 

(英霊アルトリア・ペンドラゴン、またはアーサー・ペンドラゴン……)

 

英国人たちにとって今でも再来を願う伝説の王……大陸のローマ帝国からの侵攻、ソレに伴う大陸異民族サクソン人の島への大挙。

またブリテンの内側にいた異民族ピクト人の活動。

そしてアーサーの父ウーサーの最大の敵……卑王ヴォーティガーンのブリテン支配の野望。

 

暗黒時代、混迷へと至ったブリテンを救うべく魔術師の予言と選定の剣を引き抜いた未来の王は、それらを打ち破り―――伝説と栄光の聖都キャメロットを作り上げて……そして―――。

 

今日、こうして招かれる前に少しだけ予習をしてきた克人と真由美だが、そんなヒトの現在の姿は―――。

 

「コラ、アーシュラ。野菜も食べなさい。確かにシロウの作るブリトマト鍋は美味しいですが、バランスは考えなさい」

 

「はーい。シャナ、その餃子はもういいと思うよ」

 

「いただきます! お姉ちゃん!」

 

ーーー母親の顔をしているのであった。

 

娘を窘めて、その娘は引き取られたローマ皇帝の娘を妹として世話している様子。

何というかアットホーム感がありすぎて、そんな伝説の人物には思えないのだ。

 

そして―――。

 

「はい。アーシュラ、取っておいたよ」

「いやいいから。そういうことは……」

「別に俺は『昔からの馴染みの兄貴分』としてやっておいただけさ。気にするな」

 

少しだけ引きつつもそれを素直に受け取って取り分けられたアーシュラの好みの鍋具のラインナップを食べるようだ。

 

渡した相手はUSNAの魔法師部隊の若き俊英にして、アーシュラの元カレたる存在……あの横浜騒乱にて自分たちを援護してくれた魔法師。

 

コウマ・クドウ・シールズ、または九島コウマ―――あるいは、ヨツバコウマ、またはサエグサコウマの可能性もある少年だ。

 

そんな少年を何度か克人と交互に見ていた真由美は―――

 

「33−4……」

「何が言いたいんだよ?」

 

言わんとすることは理解しているが腹立たしいものを覚えて、大体4、5人がつつける鍋の中身を食べることにした。

 

(確かに兄貴分としては彼の方がイケてる顔なのかもしれない。元カレであったらしいし……)

 

何となく釈然としない想いを覚えながらも、用意された洋風の鍋はこの上なく旨くて、山海の旨味のダシの中……今の時期、脂が乗った鰤ーーー西城レオンハルトなど後輩一同おみやげとして持ってきたものが、この上なく主張してくる一品だ。

 

山の幸の中では山中を悠然と泳ぐ(ブリ)の姿がイメージされて。

海の幸の中では海中にて力強く身を振る鰤の姿がイメージされた。

 

「いや後者はともかくブリは山を泳がない。妙なことを言い過ぎよ」

 

「いずれブリもサメ映画のように海中だけでなく様々な場所に行ける能力を持つかも知れない。フリーに生きていく土地を選ばないブリ―――さながら『ブリーチ』(BLEACH)というところだな」

 

くだらなさ百点満点なことを言う克人にもはやどうでもいい気分で、真由美も舌鼓をうつことにした。

 

でなければ―――真由美以上にクドウ・コウマに目線をやっている『十師族の長2人』のことであれな気分になりそうだったからだ。

 

食事以上にそのコウマなる男の不器用な愛情表現に『うなずきっぱなし』の中年の男女に鍋の旨さが半減してしまいそうだったのだから……。

 

人間関係が色々と複雑すぎる衛宮家の食卓―――だが今日、お呼ばれしたのはこの洋風鍋(シメはおじや、うどん、パスタの三種から)を食べに来るためではなかった。

 

お腹いっぱいになったところで、デザートのマンゴープディングまで堪能した所で、話は真剣なものになる。

 

「さて……何から話したものかな?」

 

家長としての席に座って全員を見回した士郎先生は茶を飲みながらそんなことを口にした。親世代ーーーここにいる十師の当主2人は既知であると分かっているから、それを前おいて克人は口を開く。

 

「端的に申せば、我々はあなた方のことが知りたい。十師族の『親世代』の殆どは、衛宮ファミリーや神秘側のことをそれなりに深く知っているようですが、その子供である俺たちは……何も知らないんです」

 

「シロウ先生、アルトリア先生がどういう来歴の人間であるかすら私達は不確定なんです。不躾すぎて恥知らずな限りですが……それを知りたい」

 

その真剣な言葉、克人と真由美の言葉を受けて―――。

 

「あの士郎さん、アルトリアさんも。一から十まで口頭で説明するのも面倒ですから、とりあえず2人の『発端』を外郭投影で伝えることにしませんか?」

 

「ああ、頼む。ただし食後だからなるたけスプラッターな場面は省いてくれ」

 

「分かりました」

 

藤丸立華の提案が入り、長々とした説明はなくて済んだ―――という安堵は一気に消え去る。

 

しかし、士郎先生の言葉から察するにおぞましき魔道の極地……あの横浜騒乱よりも恐ろしいものを見る羽目になるのだった。

 

「スターズ、コスモス、ゴッズ、アニマ、アニムスフィア」

 

詠唱と同時に変わりゆく景色。家の内観を消し去るそれの後にどこかに連れて行かれてゆく感覚を覚えながらも、抗えず、そして……

 

 

 

……一時間後。

 

「―――」

「―――」

「―――」

 

誰もが見せられた過去のことから沈黙を数十秒はせざるをえなかった。最後こそ、ハッピーエンドというよりもビターエンドな終わりだったが……それでも―――。

 

それだけの間を置いてからようやく乾いて張り付いた唇を開けることに成功する。

 

「これが第五次聖杯戦争……士郎先生とアルトリア先生がマスターとサーヴァントとして駆け抜けた魔道の戦争(いくさ)……」

 

「ケルト神話における光の御子クー・フーリン」

 

「ギリシャ神話の女怪にして魔獣達の祖の一つ堕ちた女神メドゥーサ」

 

「神代の魔女にしてアルゴノーツの船長イアソンに恋したコルキスの王女メディア」

 

「英雄達の船アルゴノーツの一員であり、十二の試練(くなん)を与えられるのも乗り越えて全世界に知られる大英雄ヘラクレス」

 

「多重次元屈折現象という『魔法(第二)の術理』に剣で至れた剣豪 佐々木小次郎」

 

前回(4回目)の聖杯戦争より残りしイレギュラーサーヴァント……人類最古の英雄王ギルガメッシュ」

 

言葉にして羅列するだけでとんでもない。

 

横浜の戦いで分かったつもりでいた英霊の力、それが2,000年代の日本の地方都市で夜な夜な闘争を繰り返し、雌雄を決そうと、万能の願望機を得ようと戦っていたなど……とんでもなさすぎる。

 

「そして……己の過ちを消すために、全てを偽り、自身の破滅と断絶を目指した……英霊エミヤ―――」

 

「全くもって、アイツみたいな声でアイツのことを語るなよ十文字。俺はお前と話す度に、あの野郎のことを思い出すんだぞ」

 

本気ではないだろうが、嘆くような調子で言う士郎先生。成長していけば、この人も遠坂凛という少女のサーヴァントのようになったかもしれないが……どうやら何の因果か、士郎先生は、どちらかといえば『裏火影』とか『手芸部の滅却師』とかな印象の声だ。

 

「ぎ、義理の息子になることは無理でしょうか!?」

 

そんな風に言われては、ちょっとだけ考える克人だが……。

 

「気にするな。冗談だ―――とはいえ、今見たことで分かることがあるな?」

 

克人の懸念を破壊しながら、話は進む。

 

「ええ、つまり士郎先生は既に半世紀以上もの年月を生きている―――不老の存在……」

 

「対するアルトリア先生は今とは違いましたよね? それはどういうことなんでしょうか? いや、アヴァロン―――聖剣の鞘の加護があるならば、不老のはずなのに……」

 

珍しいことに、真由美の言葉に加えてきたのは柴田美月であり、やはりそこは気になるようだ。

 

「そうですね……まずシロウの不老に関しては置いておくとして、私が何故、こうなっているのかからいきましょうか。先程の体験映像であった通り、私が『星』(ガイア)との契約がなったのはカムランの戦いでのことです」

 

カムランの戦い……アーサー王最後の戦いにしてキャメロット崩壊の最終幕である。そこにて選定のやり直しを求めた『まだ生きていたアーサー王』は世界との契約と同時に、聖杯戦争に呼ばれることになったのだ。

 

もっともそれは、第四次聖杯戦争という時期の話であり、マスターである衛宮士郎に呼ばれた際の『時間』は少し違うのだが、その辺りの説明は割愛することにした。

 

「英雄と呼ばれるものたちは、その死後、『英霊』という上位の精霊種も同然となります。

その後、『契約』によりて『人類史』または『星』の守護のために英霊の座に登録され『守護者』として時折、『破滅』の場に呼び出され、その原因を解決する―――まさしく世界の始末屋なのです」

 

その言葉に全員が、ぞっ、とする。魔法師にとって欠けている『想像力』と『創造力』というものが、どんどんと埋められていく。

 

それぐらい、現実は魔法師が思った通りにはいかないのだと気付かされてしまうのが、魔術の世界である。

 

「ですが、私の場合は少々違いました。それが『誰』の仕業であるかは議論の余地がありますが、この時間軸における私は世界との契約を打ち切り、疲れ果てた我が身は、妖精郷アヴァロンの招きに応じて、そこに至ったのです」

 

「アーサー王は『いずれ蘇る未来の王』……そうか、英国に伝わる伝説は本当だったんだ!! ブラックモア村の人々が『伝説の王の再現』を希求しても、結実するまで時間がかかったのは―――アルトリア先生が、アーサー王はまだ妖精郷で生きていらっしゃったからなんだ!!!」

 

興奮気味、というか実際に聖杯戦争の映像を見たときから興奮しきりの明智英美(鼻息荒い)の言葉は知らぬものたちが多い。

 

しかし、その言葉の後には、タイミングを計ったかのようにアルトリア先生は手を上にかざして横浜で親子三人で放った聖剣の一振りを見せる。

 

「―――我が名は『アルトリア・ペンドラゴン』。ブリテン王ウーサー・ペンドラゴン、赤龍の巫女イグレインとの間に生まれ、ブリテンの王となるべく『造られた』救世の騎士―――世間の歴史ではアーサー・ペンドラゴンと伝えられている者は、私のことです」

 

剣を膝に置き、安らかなる微笑とともに静かに告げられた事実に、誰もが仰天する。

 

特に英国にルーツを持つエイミィなどは……。

 

「円卓の騎士を束ねし英国人が待ち望む王とは知らず、今までの御無礼。本当に申し訳ありませんでしたぁああ!!」

 

平身低頭して詫びを入れているのだった。

 

「そんなことありましたかね?」

 

担任教師としては、エイミィとの間にそんなことあったろうかと思いつつも、エイミィは違う方向に話を向ける。

 

「えっみーもりっちゃんもヒドイよ! こんな近くにアーサー王がいることを、陛下が母親であることを黙っていたなんて!!」

 

「「気軽に言えることじゃねー!!!」」

 

SDキャラよろしく手をブンブン振り回して抗議するエイミィに2人も当たり前のごとくそんな返しをする。

 

そんな中、妖精郷アヴァロン、妖精域とも言える場所から……何故、この一家が、いやそもそも、そんな所に行けるのだろうか?

 

そういった風な疑問を投げかけると。

 

「まぁ基本的には不可能だな。人理版図の底の底ともいえる本当の意味での『世界の裏側』に行くのは、自発的に行こうとしても『門番』である幻想種に阻まれる。世界の裏側に行った幻想種はとんでもない力を有しているからな。例外的なのは、『裏道』を見つけるか『妖精』に縁あるものに招かれるかだ」

 

「けれど……状況から察するに士郎先生が、アルトリア先生に会うために妖精郷に行ったんですよね?」

 

「まぁな……」

 

「真由美、士郎さんにだって言いたくないことがあるんだ。ただ一人……一度(ひとたび)別れたはずの星の輝きに出会いたかった男のユメに、不躾な質問を言わないことだ」

 

珍しく言い淀んだ士郎のフォローに入ったのは、真由美の父親たる弘一であったりする。

 

「それはアナタが知っていて自分と―――分かりました……男のセンチメンタルジャーニーに女は首を突っ込まないのがマナーなんですねっ!!」

 

面相の変化と言葉の変化が真由美の心情を知らせる。その妖精郷に赴いた理由というかその道程において―――衛宮士郎という苛烈な人生を送ってきた漢の全てがあるのだ。

 

それは、弘一としても心苦しいが、実の娘とはいえ、ハタチにもなっていない小娘に知った顔されたくないほどに、とてつもなく……尊い話なのだから。

 

弘一と真夜に茶娘よろしく緑茶を淹れてくれたアーシュラちゃんが、『ありがとうございます』と小さく言うのを聞いて、この子が元カレとよりを戻してくれればと切に願うのは……仕方ない話なのだ。

 

「じゃあアーシュラの出身は……その妖精郷アヴァロンなの?」

 

「そうだねー。長い旅路の果てにアヴァロンに至ったお父さんがお母さんとにゃんついている内にワタシが生まれたわけだからね」

 

この子の(ワガママ)ハイスペックな理由は、そこにあると知って、問うた深雪としては複雑な気分だ。こんな天然自然すぎる存在―――深雪のような造形物(レプリカ)では勝てるわけがない。

 

兄が自分への愛情を消してまでアーシュラへと焦がれる理由が分かる。

 

だからといってそれを簡単に認められるわけがないのだが―――。

 

「なんで王様の娘たるアナタはそんなにまでも自由なのよ。何にも縛られていないのよ……もう少し、責任感ある立場に就いて誰かを導いてもいいじゃない……アナタは……ズルいのよ!」

 

「アナタをそう見ている人も多いと分かっていて、そういう物言い着けていることが理解できているならばいいんだけど」

 

様々な想いを込めた深雪の言葉を受けてもアーシュラは平素で返す。そうしてもう少し言い募ろうとした先で―――。

 

『ハッキリ言っちまえばよお嬢ちゃん。アーシュラが、こうなのは(・・・・・)、ひとえにアルトリアのせいなんだよ』

 

言葉に棘を隠さないで宣う『箱』その箱の語る言葉に誰もがのまれていくことになるなど知らないが、それでも―――『箱』は、真実を語る。

 

『―――アーサー王は、作られた王サマなのさ』

 

 

 

 



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第137話『衛宮さんちのむかしばなし~ブリテン編~』

 

 

ーーー五世紀 ブリテン島

 

その島は動乱の中にあった。

 

発端は大陸にあった帝国の崩壊。

帝国……ローマと呼ばれる国の庇護下にあったブリテンの力は衰え、大陸の動乱は、大陸の広大な全土に比べればそこまで大きくないはずの島国に新しい外敵を呼び寄せることになった。

 

『俗に現代ではアングロ・サクソンと呼ばれる人種の原型とも言える異民族。サクソン人がはるばる海峡を超えて島までやってきたのさ』

 

難破するかもしれん船でご苦労なことだ。と皮肉げに言う喋る匣だが、それでも硬質な声は感じ取れる。

要は嫌悪であった。

 

当然ではあろう。結局のところ、自分たちが必死になって開墾して整備した土地を我が物顔で自分たちのものにしようとする盗人などただの野蛮人ではある。

 

現代日本、その他の国でも難民申請をした異国の人間が我が物顔で自儘なことをすればそれはただのバルバロイであることは間違いないのだ。

とはいえ、当たり前だがそういった脅威に対抗するための「連合」は当たり前にあった。

 

土地をもとめてやってくる異民族を退けるは、当たり前のごとく地元の豪族である。

 

ブリテンは多くの土着の部族とその王たちによって収められた島国だ。部族間の諍いは絶えなかったものの共通の敵として北方に棲むピクト人との戦いは生存権の確保のため、そのときだけは北方の侵略に備えて部族の王たちは協力し合っていた。

 

『だが、その部族連合という結束に罅を入れたのがいるのさ。それこそが先の異民族サクソン人を利用し、おのが欲望―――ブリテン統一を果たさんと名乗りを上げた卑王ヴォーティガーン。ブリテンの中から生じたブリテンを滅ぼさんと生まれたものさ』

 

卑王はサクソン人たちを招き入れ、島を混乱の只中に叩き込んだ。ローマ帝国が島を統治していたころに作られたブリテンの要、城塞都市ロンディニウムは滅ぼされた。

 

もっとも偉大とされた王 ウーサー・ペンドラゴンはヴォーティガーンとの戦いに敗れ、その姿を永遠に隠してしまった。

 

『かくして多くの王が反抗を繰り広げるも、好転の兆しなくブリテンは暗黒時代に突入したわけだ』

 

―――匣が語る古代のブリテン島の様子はイメージできるものであった。特にあの聖杯戦争の映像からしても、古代の英雄がどれほどの屍山血河を作り出せるのかも容易く想像できていた。

 

それは魔法師の戦い、銃砲火器を使ったものよりも原始的だが、それでもその熱は凶悪にすぎるものだ……。

 

「で、でもその後はアーサー王が、というかアルトリア先生が岩に突き立つ選定の剣……カリバーンを抜くことで王権を証明したんですよね?」

 

伝説の人物が近くにいる。当人がそこにいるという不可思議さを覚えながらも美月は疑問を口にする。

 

『伝えられているところだけならばな。だがなお嬢ちゃん。事実は小説よりも奇なりという言葉がある通り現実は違うんだ―――アーサー王は、その剣を抜くべくして作られた『王』なんだよ』

 

言葉だけならば突き放すようでいる調子だが、その声音には悲しさが深く刻まれていた。

 

“ウーサー王は後継者を選ばれている。この人物こそ次代の王、赤き龍の化身、新たな王が現れたときこそ円卓の騎士たちは集結し、白き竜は敗れ去る”

 

『ウーサー王がお隠れになったあとに、マーリンという魔術師の残した予言。だがな、こいつが色んな意味でアレだったんだ。俺は全く違うが多くの騎士たちは『もしや自分が!?』なんて夢物語に興じていたんだが……単純な話。アルトリアはその剣を抜くべく作られた存在』

 

「ど、どういうことですか!?」

 

『ウーサーは分かっていたんだ。如何に自分が傑出した王で『人間離れ』していようと『人間以上』の存在ではないとな』

 

それは魔法師と同じく『時代』が求めた非人道的な所業の末であった…。

 

ウーサー及びマーリンは考えた。

サクソン人どもはどうとでもなる。彼奴らは所詮は人間でしかない。しかし、どうしてもヴォーティガーンやピクト人たちには普通の王では力が足りない。やつらは神秘満ちる神代の頃の力を有している。

 

ゆえにウーサー王は考えた。

そして己の頭の中で案としてまとめたそれをマーリンに伝えた。

 

可能かどうかを尋ねるためにも。

 

”ブリテンの守護を司る赤き龍と人間の混血。

『人間離れ』ではなく『人間ではない』ものを王とする―――人間と龍の混血を作り出す”

 

普通の人間ならば気でも狂ったかと思うかもしれない発想。神代から時代を経た世界。確かにまだまだ未開な分野は多くあっただろうが、それをまだ是として可能とするだけの『神秘』は残されていたのだ。

 

その考えにマーリンは喜び、かくして…。

 

ウーサー王の血。

赤き龍の血。

その2つをつなげるために最適な貴い女の血。

 

それらを合わせて誕生をした……アルトリア・ペンドラゴンという王であった。

 

「魔術世界ではこのようなことを『概念受胎』と言います。龍を人にするのではなく、人に龍の機能をつける―――かくいうこの辺りの管理者、遠野一族もそれに近いですがね」

 

立華の追加説明を受けながらも、考えることはそうではない。

現代魔法師である自分たちは、最適な遺伝子系統、ある種のゲノム編集で作られてきた最新の存在、人類の優等種だと思っていたが、それは烏滸がましい驕りであった。

 

既に……古代からあるいは神代からそういうことは続けられていただけなのだ。

 

だからこそ分かる―――アルトリア先生は怒っていたのだ。

今までの自分たち……力ある魔法師たちが、自儘にやっていたことを、彼女は悲しく思っていたのだ。

 

1科2科の区分け

そこから生じる差別意識

そして……気持ちも心も力もバラバラでしかない暗黒時代のブリテン諸侯たちのような様相。

 

魔法師どうしですら何も分かち合えず、分かり合えないそれは彼女が生きていた時代のそれを思わせたのだ。

 

『だからこそアーシュラは、母親たるアルトリアに反発しているのさ。聖剣を抜くためだけに、王になるべく作られた……自分の『未来』を決めつけて動くだけの存在になることをな。王様になるべく、『かくあれかし』と作られたからとその通りになるなんてのは、イヤだとな―――それは君たち現代魔法師という存在が嫌がることじゃないかな?』

 

「………」

 

最初にアーシュラに食って掛かった深雪は、匣……アッドの言葉に、この上なく恥を覚える。

 

自分は四葉という魔法師界の選良の一族。その魔法師として『優秀であれ』『絶対であれ』と育てられてきた。

それが自分の生きる道だと分かっていたから。それしか教えられなかったから……。

 

けれど、その考え自体がアーシュラにとっては気に食わず言葉と実体でのケツバットを食らわせてくる動機だったのだ。

 

「義兄さん。あまり年若い少女をイジメないように、それに私は別にそこまで自分の人生を悲観してはいませんよ」

 

苦笑しながらアーシュラの髪を弄るようにケアしている母親であるアルトリア。

そして弄られているアーシュラはルーシャナの髪をケアしている。

 

そしてルーシャナはあの戦いで飼い馴らした(ティミング)黒犬の使い魔ロクスタ(命名)とフォウをブラッシングしていた。

 

落ちてしまう毛は何かの精霊で集められている様子からお掃除用の使い魔なのだろうと思う。

 

『俺は悲観したし、親父……エクターも悲観していたんだ。家族ぐらいは……お前に『王』ではなく一人の『少女』として生きていてほしかったという後悔ぐらい持たせろ―――だから……まぁシロウ君が、この景色にアルトリアを誘ってくれたことを嬉しく思う』

 

匣のいろいろな思いを込めた言葉に対してシロウ先生は。

 

「俺も、アナタと同じ気持ちを抱きましたから」

 

―――真っ直ぐな目で答えるのであった。

 

 

 

「―――そうして、ようやくの思いで『本当の眠り』に就き星の内海にて揺蕩うように微睡むは、王であった・王として生きてきた女の子。

歩き疲れ果て、それでもまだ進み続けた男の子は出会うために進んでいったのさ」

 

ロマンチックな語り口……感じ入るものはある。それはとてつもない物語だ。

 

前田校長の語りを疑うわけではないが、そんな人達が何故……星の裏側から出てきて自分たちに関わるのか……。

 

「そこはブリテンのキングメーカーにして夢魔の魔術師マーリンの策でもある。ことの発端は……まぁ気にするな。何にせよ士郎さんを筆頭に衛宮家の人々はこの世界というかヒトのテクスチャが張られた星を護るために妖精郷から出てきたんだからな」

 

「そうですか……」

 

「信じきれない・疑わしいのは分かるが吉祥寺、そういうのは呑み込んでおけ。私達、魔法師が万能でないのと同じく、士郎さんも全ての遍く人々を助けられるわけじゃないんだ」

 

眼の前の生徒が石焼きビビンバを食べながら佐渡ヶ島の一件を思い出していたと気付いた校長は少しだけ窘めておくのだった。

 

(にしてもさっきから……)

(士郎先生に対するフォローが過剰ですね)

(校長先生の忘れられない男は一条の父上ではなくて、アーシュラの父君であったか!)

 

そんな思春期真っ盛りの思考が三高女子の中にあったのだった。

 

 

「俺からも質問をさせてもらいますが、四葉殿は衛宮家と関わりがあるのですか?」

 

話は衛宮家及びアルトリアの発端ではなくて、それと関わりのある存在に向けられた。

 

「四葉殿が衛宮家に個人的感謝をするとしても、十師族の縄張り(シマ)としては、この辺りの管轄は違うと思いますが……」

 

「克人さん。甲相駿三国同盟というのをご存知かしら?」

 

「は? いや何故に戦国時代もこの辺りを治めた大大名たちの同盟がここで出てくるのですか?」

 

克人としてもそんな単語が出てくるのは予想外すぎて虚を突かれたが、それでも四葉真夜は当たり前のことのように口を開く。

 

「つまり山梨・長野辺りに根を張る私たち(四葉)としても、決して無関係ではありませんでした。大亜軍も横浜を足がかりに箱根の関を超えて、甲信地方に手を伸ばしていたかもしれませんからね。今回の一件は寝耳に水すぎて終わる前に援軍の一兵も出せなかったわけですから、謝罪として甲州牛を手に当主自らこうしたわけですよ。当然、一番の功労者たる衛宮家に向かったわけですね」

 

四葉の謎の一族ということを差っ引いても当主である四葉真夜という女性の長ったらしい言動はすっごい嘘くさい。

 

端で聞いていれば凄く筋が通った理屈に思えたりもするのだが、通常の軍事ドクトリンならば首都を狙うのが筋だと思う。

どれだけ軍事の素人でも首都に近いところを抑えたのならば普通はそちらを狙うと思う……。

ちょっと歴史を知っている人間ならば、信長が包囲網に掛けられていた頃も本拠である尾張・岐阜よりも絶対に『京』を抑えていたことから、戦いの中で首都の重要性は昔から変わらないのだ。

 

まぁどれだけ練られた作戦計画であったかは検証の余地はあるのだが……。

何よりもその言動をまるっと信じさせないのは、USNAの若武者の存在にあった。

 

「更に言えば、甲信地方(ジモティー)の守護神たる信玄公の霊基を纏ったUSNAの若き俊英まで手助けしてくれたならば、これはやはり私自ら赴かなければ失礼に当たると感じたからですよ」

 

「そ、そうですかぁ……分かりました」

 

「簡単に納得するな!!」

 

巌(爆)があっさり引き下がったことで真由美としてはそれで納得するなと手をつねりたい気分。

 

だが、それが公然とした理由としては―――納得出来ないわけではないというのが問題であった。

 

仮にここで、USNAの俊英の出自に対して云々と探ろうものならば下衆の勘繰りも同然にとらえられかねない。

特に先程、士郎先生に対して不躾な質問をしただけに、今度こそ父親から叱責と同時に殴られかねない。

 

どうする!? と一人自問をしていた時に……。

 

「ふーん。まぁ別に十師族のシマ争いに関しては置いとくとしても、アタシとしてはクドウ・コウマさんに関して興味があるんですけどね」

 

逆ナンか!?と思わんばかりのエリカの発言が場に響く。表情は特にそういう色っぽいものは無いのだが、それでも分からない。

 

同時に―――。

 

君の名は(Your Name?)?」

 

クドウ・コウマにとっては知らない女の子であったので、そんな疑問は当然であった。

 

「千葉エリカと言います」

 

ジャギ様のように自分の名前を知られていないことに憤慨するかと思っていたら普通に自己紹介するエリカにちょっと意外な気持ちを一高関係者は抱く。

 

「ああ、君が―――」

 

やはり海を超えて彼女の実家たる千葉家の千葉流の名声は轟いているのだと思ったのもつかの間。

 

「―――アドバンス(ADVANCE)千葉流(Form CHIBA)の剣士さんでしたか」

「そっちの名前で海の向こうに轟いているのかよっ!!」

 

嘆きたくなるほどに実家の看板を奪われたことを今更ながら認識したエリカの声を境に話題は、アーシュラの元カレのことに関して移っていく……。

 

 



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第138話『衛宮さんちのむかしばなし~USNA編~』

 

 

 

「それじゃコウマさんは、クドウ・シールズ家の養子なのか」

 

「そうだね。まぁ自分の来歴(ルーツ)は何なのかは知らないし、知ろうとも思わない。今の家族が俺の両親と妹だからさ」

 

レオの直截な言葉にここまでの質問を全て肯定したコウマ。

 

分かったことは、コウマ・クドウ・シールズという男はまだ赤子だった頃に、USNAの家に養子となったということ。

それを仕掛けたのは、衛宮家だが、本来ならば、USNAに追放された九島 健を当てにしていたそうだが……健の養子にする前に娘夫婦が自分たちがと言ったそうだ。

 

それは、年月次第では高齢でいつお迎えが来るか分からぬ実父で義父を気遣った夫婦の考えもあった。もっと言ってしまえば、仮に成人する前に自分の弟を引き取るようなことになるぐらいならば、最初っから自分たちの子として育てたいということであった。

 

何より……夫婦と違って健はまだまだ魔法関連でUSNAでも引っ張りだこな現役の大立者(おおだてもの)なので、手を煩わせたくなかった。

結果としてその半年後には夫婦の実子も生誕し、シールズ家には男女の同い年の兄妹が出来上がった。

 

「で、アーシュラが時々言っていた義妹が恋人ってのは本当なんですか?」

 

「一応は……いや魅力的な子ではあるんだけど、俺としては、アンジェリーナとは兄妹としての関係がしっくり来るのにな……別に好きな男が出来たらば遠慮せず言えよとは言っておいてはいる」

 

深雪の質問に少しだけ苦笑しながら語る辺り、告白された上に兄妹だから無下に断ることも出来ずにということだろうか。

 

そしてその『グズグズの未練』を象徴するかのように、器用にも手の中で切ったカットリンゴ(Ver,うさぎ)を摘むアーシュラを時折見るコウマを前に、誰もが同じ感想を抱くも黙っていたのだが。

 

「別れた女にいつまでもグズグズの未練を引きずるとか男の風上に置けんな」

 

達也だけはとんでもなく噛みつくのであった。

 

しかし、その言葉は色々とこの場ではアレすぎた。

 

「「「昔の恋を引きずって何が悪いっていうんだ―――!!!???」」」

「男三人で大合唱するな―――!!!」

 

流石に達也の言葉は、この中で元カノ未練マン三人(ダチョウ倶楽部(爆))を激怒させた。

ツッコミの言葉は七草先輩だったりする。

 

「大体、前作でヒロインルートがあったはずのキャラが次回作で前作主人公と絡まないと、なんか色々と察しちゃうものもある!!

メダロットのナエさんとか、レトルトとレディに変装してイッキを助けに行く2人をどんな気持ちで見ていたんだろうとか、君は考えたことはないのか!?」

 

「そんな昔のゲームのドロドロ事情を言われても!!!」

 

「機動武闘伝Gガンダムにおけるレインとて、コロニー大学の同級生でネオトルコのファイターと自分の幼馴染でキング・オブ・ハートのネオジャパンのファイターとの間で揺れ動いていたんだ!」

 

「それは終盤のネオホンコンで当のキング・オブ・ハートがネオスウェーデンの美少女ファイターに揺れ動いたことで、色々と帳消しだ!!!」

 

七草弘一の言動にはツッコめなかったが、コウマの言動にはツッコめていたりする。

 

周囲が思うに先程からコミック◯ンボ◯なフレーズばかりが飛び出ていることはどうなんだと感じていたのだが。

 

「で、シロウはリンやサクラ―――タイガなどに未練とかありますか?」

「俺の未練は君と妖精郷で再会して、アーシュラが生まれた時点で、全ては昇華したさ」

 

一人ほどちょっと違う意見というか、達也には言わんヒトがいたが、概ねグズグズの未練を解消しているのが大人であり、少年はまだまだ解消出来ていないのだ。

 

「アーシュラって罪深い女よね。こんなイイ男を拗らせておいて、本人は誰とも付き合おうとしないんだから」

「別れた男子は『まだチャンスがある?』とか考えちゃうんだね」

 

エリカとエイミィの言葉に言われたアーシュラとしてはなんとも言えない。

 

「千葉さん、明智さん。アーシュラを責めないでくれ。そもそも俺は……先程言ったように生まれが何処の(なにがし)由来かすらわからぬ野良犬(ストレイドッグ)なんだ。だから―――まぁこの結末は相応なんだよ。それにアンジェリーナと恋仲であることは、ここまで俺を育ててくれた両親も認めてくれているんだ。ただ先に述べた通りに妹が別れたいというのならば、別にそれを受け入れる」

 

なんとも自己犠牲が過ぎる青年だ。それ故に、可哀想好きなアーシュラ()が少しだけぐらつくのを察したアルトリア()が、服の裾を引っ張ることで自制を促す。

 

「ふむ。ならば弘真(・・)さん―――私の『息子』になりませんか?」

 

その言葉に一部を除いて絶句。

放った相手が四葉真夜というこの日本の魔法師界を代表する人物で。

更に言えば色々と妙な色香を漂わせる斎藤千和ボイス(?)が、何と言うか別の思惑を感じさせる。

 

というか『裏側』の事情を知っている連中は驚き。

その言葉以前からメガネを外して、四葉真夜とコウマ・クドウを何度も見比べていた美術部の柴田美月はその『つながり』を見抜いてしまった。

 

顔の造形だけでなく、色んなものが見えてしまった美月だけが、裏側の事情を知らずとも察してしまったのだ。

 

「四葉殿! それはどういう―――」

「実を言うと、弘真さんがあの甲信地方の大英雄、武田信玄公の霊基を使用できる存在だと知ってから考えておりました」

 

十文字の言葉に『ざーとらしく』答える四葉真夜。話は続く。

 

「我が四葉の拠点は御存知の通り甲府・信州を中心とした地域。如何に研究所由来の人間とはいえ、地元民であることは確実ですから、まぁそんなわけで―――アーシュラちゃんと交際・結婚を目指すならば、家格としては不適でしょうが……それでも生まれもそうですが、私としてはアナタの一助でありたいんですよ」

 

「―――それはありがたいですが、自分はクドウ・シールズ家の人間です」

 

裏切れない家があると続けるコウマだが、本当に『母』のような表情で言う女性に恥ずかしい気持ちを覚えたのも一つだ。

 

「それ以上に、私と弘一さんは、マスター・ケン(九島 健教授)の兄である九島烈に師事を受けた人間ですから……老師には悪いのですが、確かに教えられた恩義はあれども、お家の事情を聞けば、USNAに放逐された弟さんに同情心が芽生えるのですよ」

 

「先生がもしも弟さんと二人三脚でやっていたらば、今の日本の魔法師界でも何かが違っていたかもしれないとは僕たちも考えるんだ。今度、ケン師父が帰還された時に何かの一助となりたいんだよ。日本の魔法師界が犯してしまった罪を償うためにも、それに適任なのは健師父を祖父に持つ弘真君―――君を助けたいんだ」

 

若干だが二人のコウマという名前のニュアンスが違うように聞こえてくる面子に、もはやバレバレなのだ。

 

『仏心』というよりも『親心』な態度にそういうことかと気付く。

 

ここまでの展開を織り込み済みで米国の九島家に預けたのか!?という想いで衛宮夫妻を睨むように見た真由美だが。

 

平素な顔の前に立てた手を左右に振ることで『違う 違う そうじゃ そうじゃない』などとマーチン(鈴木雅之)のように否定してくるのだった。

 

「……なんだかお二人から言われていると、自分がことさら哀れな存在なんだなと思いつつも、少しだけ……嬉しい気持ちも芽生えてしまう」

 

―――俺は歪んでいる。言外に含んだ言葉を察する。

 

「ですが、やはりお受け出来ません―――もちろん祖父のことには感謝しますが、そういう節操のないことは俺には出来ませんよ」

 

その真剣な言葉―――迷いを捨てた言葉に2人の大人は少しだけ落ち込む。

その一方で心のままに『うん』と頷かない少年の成長を喜ぶも、やはり甘えさせたいと思う心を持ってしまうのだった。 

 

「弘真、そろそろ帰らないとマズくないか? 送り届けてくれたシルヴィアさんが予定していた刻限は近いぞ」

「そうでした―――」

 

楽しい時間を前に時間が過ぎるのは早かったのだが、USNAの軍人である彼は色々と制約がある。

 

「いや、まだ40分はあるじゃない。まぁシルヴィさんが車を回してくるかな」

 

そんな弘真の帰還ということにアーシュラは物申しつつも、そういうことかと納得したのだが……そんな風な道理は親としての情を持つ2人の十師族には通じなかった―――。

 

「そんじゃ。ちょいとルーシャナどいて」

「分かった」

 

アーシュラの腕の中に収まっていたルーシャナ・クラウディウスを横に移動させた上で弘真と隣り合う形となるアーシュラ。

 

「手を出して弘真」

「―――ああ、そういえばそういうことか」

「ええ、まぁすっかり忘れていたワタシも悪いけど、とりあえず次にやってきた時には万全の状態で渡すようだからね」

 

言われた言葉の意味は外野には、いまいち分からないが、それでも次にやられたことはとても刺激的であった。

 

見つめ合いながら両手の指を絡めるようにして繋ぐ密着寸前の男女の姿に―――宴会席という畳の食事場が静かに騒立つとしか言えないものに包まれる。

 

それを見た四葉真夜は口を両手で抑えて眼を潤ませた嬉しそうな様子を見せる。

同時にそんな四葉真夜の肩を抱きながら、いつも真由美が見ているグラサンではなく普通の眼鏡を取って涙を片手で拭っている七草弘一の姿が見られた。

 

「無粋かもしれませんが、アーシュラは何をやっているんですかっ?」

 

少しだけ勢い込んで聞いた達也に対して、士郎先生は茶を啜ってから口を開く。

 

「お前さんが実妹やアーシュラに普段からやっていることさ。弘真には本来ならば、とある大業物というべき得物があるんだが、それを作ったのは」

 

「アーシュラなんですか」

 

「ああ、あの阿房宮の戦いでは出せなかったのは、夏以後のUSNAでの軍務で折れてしまって、それ以来アーシュラに預けられなかったそうだ」

 

言われてみれば、あの戦いの時にアーシュラはそれを察していたのか、コウマ・クドウに大太刀を寄越していた。

 

そんな理屈めいたことは、技術屋で理論屋である達也としても納得すべき筋のはずだが―――。

 

真剣に見つめ合う男女。両方が少しだけ顔を赤らめている様子に納得も理解も出来ないものであった……。

 

 



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