バトルスピリッツ――Reincarnation―― (ショウ.)
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序章 『最強と初心者』
プロローグ――始まりのバトル


 ――目をつむれば今でも鮮明に思い出せる。あの時の光景を――。胸打たれた感動を――。

 

 「光龍騎神サジット・アポロドラゴンでブレイヴアタック! アタック時効果で龍の覇王ジーク・ヤマト・フリードに指定アタック!」

 

 歓声止まないフィールドでぶつかり合うスピリットと呼ばれる二体の生き物。

 各々の体を――力を――ぶつけ合い両者ともに一歩も譲れない戦いに歓声も更に熱く、大きく盛り上がる。

 

 「フラッシュタイミング、マジック《バーニングサン》! 手札のトレス・ベルーガをノーコストでサジット・アポロドラゴンにダイレクトブレイヴで召喚」

 

 ケンタウルスに似たスピリットの姿が変わり武器だった弓が剣に変化し炎の御剣を振る舞う龍人を圧倒する。

 歓声も更に勢いが増し私も眼前で繰り広げられる凄まじいバトルに胸が熱くなった。

 初めて感じた竜の翼の旋風――。熱線の熱さ――。相手をねじ伏せたスピリットの雄叫び――。そして大人相手に笑みを浮かべていた自信に満ち溢れた少年の姿――。

 

 ――決して忘れることのない感覚と感動。初めて観戦したバトルに私はいつか自分も彼のようなバトルをしてみたい。私もバトルスピリッツをやりたい!

 

 「そう思っていたけどそれも昨日までの話!」

 

 《私立遊志高等学校》と書かれた校門を前に少女はこれから通う校舎を見上げデッキを握る手に力が入る。

 

 「今日から私の新たなスクールライフとバトスピライフが始まるんだ! ん~、わくわくって感じ!」

 

 興奮抑えられぬ少女を祝福するかのように桜の花びらがヒラヒラ舞い降りる。

 赤いチェックのスカートに藍色のブレザー、胸元には赤い蝶ネクタイ。中学とは全く違う制服に見を包み、襟元で切り整えたオレンジ色の髪が風で揺れる。

 この日のためにしっかり身だしなみ等準備を整えた少女は激闘の日々を過ごすことになる学舎に思いを馳せ校門を潜り抜けた。

 

 校門から玄関までの続く道の左右で大勢の先輩達による部活動勧誘で賑わっており少女達新入生に声をかける。

 

 「ねぇ、そこの一年生。陸上部に入って一緒に風になろ!」

 

 「ごめんなさい。私、走るだけなのは好きじゃないから」

 

 「おーい、そこの新入生。女子力アップのために料理作れるようになりなくなぁい?」

 

 「もう作れるんで大丈夫でーす」

 

 次々と勧誘アタックしてくる先輩達をかわしていくも一番入りたい部活の勧誘はない。

 少女もあちこちに目を配らせて探しなするもののそれらしいパネルもなく玄関に近づいていく。

 そんな少女の前を一人の先輩が立ち塞ぎ――。

 

 「君、中々センスが良さそうだね。書道部に入ってそのセンスを磨き上げないか!」

 

 「ごめんなさい。私もう入る部は決めてるので」

 

 「あ、そうなの。なんだー決まってたのか……ちなみに何部に入る気なんだい」

 

 部を聞かれた少女はこれはチャンスだと先輩にデッキを見せつけた。

 

 「私、バトスピ部に入りたいんですけど、どこで勧誘とかしてますか?」

 

 先輩の口から待望のバトスピ部の居場所をまだかまだかと待ち続ける少女だが、先輩は怪訝そうな顔をしていた。

 その様子に少女は首をかしげると先輩は何も知らない少女にはっきりと事実を伝えた。 

 

 「バトスピ部? そんな部二ヶ月程前に廃部になったはずだよ」

 

 「えっ?」

 

 現実は非常なもので少女の夢を、思いを先輩は親切心で容赦なく踏みにじったのだった。

 

 「嘘でしょぉぉぉおおおお!!」



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第1TURN  バトスピがしたい!

 入学式終了後、特に問題なく教室でのHRも終わり本日の学校行事は全て終わったが、悲しみに暮れ机に突っ伏す少女が一人。そんな少女の周りに三人の女の子が集まる。

 

 「シオリさぁ、いい加減機嫌直したら。朝からずっとそれじゃん」

 

 「入りたかった部が無くなってたのはショックだと思うけどこういう時こそいつものように明るく明るく」

 

 「ほらほらシオリンの可愛い顔が台無しだよ~」

 

 突っ伏した顔を上げられ無理矢理に口角を上げられる少女――シオリは三人の顔を見渡し耳に嵌め込んでいたイヤホンを外した。

 

 「ごめん。もしかして何か話してた」

 

 どうやらスマホで流していた動画の音声だけを聞いてたようでそんなシオリに三人はがっくしと肩を落とした。

 

 「おま、落ち込んでると思って心配してたのに聞いてないって」

 

 若干、顔を赤らめるゆるふわウェーブの髪を握るアカリをよく見ると早くも制服を着崩しお洒落に着こなしていた。

 

 「だって入りたかった部が無かったんだよ! こんな悲しいって感じになったら自分の世界に引きこもるじゃん!」

 

 「いや入学初日に引きこもるのは不味いだろ。もう無いもんは無いって切り替えなよ。得意じゃん切り替えるの」

 

 「今回ばかりはそう簡単に切り替えれないよ!」

 

 「ま、まあまあ一旦二人とも落ち着いて。ね、ね?」

 

 口論になりつつある二人にメガネを掛けたコユキが仲裁にはいる。

 

 「喧嘩はよくない。でしょ?」

 

 「あぁ、悪い」

 

 「私もごめん。ちょっとムカムカって感じになってた」

 

 反省する二人にコユキは笑顔で返し、腰まである長い黒髪を手で流した。

 

 「で、シオリンは何の動画を聴いてたのー?」 

 

 一連の流れをシオリの机に頭を乗せて眺めていたチサは二人の口論が終わるとシオリの背後に周り彼女の背中にのし掛かった。と言っても小学生に見間違われる程の低身長なチサが乗っかった所でさほど重さは感じず、強いて不満をあげるとすれば三つ編みに結ばれたチサの髪が首筋をなぞってくすぐったいぐらいだが、シオリは気にせずつけていた動画を見せた。

 

 「これだよ」

 

 動画には二体の大型スピリットがぶつかっており、場の盛り上がりかたから公式戦の試合を観ているようだが何となく察していた三人は乾いた笑みを溢した。

 

 「分かってたけど、やっぱその動画をつけてたんかい」

 

 「シオリって本当そのバトルが好きだよね。暇さえあれば観てるでしょ」

 

 「だってこれが私の原点だよ。私が初めてバトスピを知ったバトルだよ! もう観すぎてバトルの内容全部暗記してるぐらいだよ!」

 

 先ほどの落ち込みから一転。饒舌に語るシオリに三人は慣れた様子で聴いていく。

 

 彼女がこの試合を観戦したのは小学4年の時だ。

 世界を豊かにする新システム――《コアシステムプロジェクト》通称《CSP》なる計画のため地元にバトルスタジアムという競技場が建ったのが切っ掛けだった。

 そのバトルスタジアムではスピリットが実体化しバトルする。当時のバトスピをしていた人からすれば夢のようなシステムの導入。誰もがそこでバトルをしたいとそのスタジアムでの初バトルを懸けて全国大会が開かれたほどだ。

 

 そしてシオリが観ている動画――当時観に行ったバトルが全国大会決勝戦で初めてスタジアムで実体化したスピリットがぶつかり合った日だ。

 

 「あ、光龍騎神サジット・アポロドラゴンだっけ? が殴り勝ったね~」

 

 「そんなに興味のないウチらもこの動画に出てるスピリットの名前なら大体分かるぐらいには毒されちゃってんね」

 

 「それにしてもこのスピリットを使ってる人って本当に凄いよね。当時、小4だったんだよね。高校生以上が結構参加していたのに決勝まで進んで優勝してるなんて」

 

 「そう! ちょー強くて、ちょーカッコいいよね!」

 

 「でた、シオリの初恋モード」

 

 「初恋モードって何のモードなのよ! 私はただこんな風にバトルしたいっていう憧れだよ」

 

 顔を真っ赤に否定するも三人はニヤニヤして納得してくれる様子はない。

 

 「ま、素性の知れぬ相手だから叶わない恋だよね」

 

 「このアポロってのもハンドルネームで本名じゃないんだよね。小学生の癖に妙に用心深いわね」

 

 全国大会を優勝した少年は大まかな出身地は知られても《アポロ》と偽名を名乗っていたため何処の誰かなのかは分かっていない。それに――。

 

 「確かアポロンって中学生辺りで表舞台からいなくなったんだよねー」

 

 「うん……突然だったよ。なんでいなくなったかは誰も知らないんだ」

 

 声のトーンも落ち気持ちが沈んでいくシオリだが鞄からデッキを取り出しそこに描かれたドラゴンを注視すると自然と手に力が入る。 

 

 「でも……いなくなったからってアポロが私の憧れなのは変わらない。私もあの人みたいにこの子と一緒にバトルがしたいんだ」

 

 「それが噂の抽選で当たった世界で一つしかないデッキか?」

 

 「すご~い! 見せて見せて!」

 

 「いいよ。私もこのデッキを誰かに見せるのは初めてだからちょっとドキドキって感じだよ」

 

 デッキを机の上に広げ、丁寧にカードを一枚一枚並べていく。

 スピリット、ネクサス、マジック。三種のカードがバランスよく配分されたデッキに何も知らない三人でさえちゃんとした強そうなデッキという気品があった。

 

 「物の見事にドラゴンばかりだな」

 

 「でも良かったじゃん。シオリ、デッキを持つなら絶対赤でドラゴンのデッキが良いって言ってたもんね」

 

 「これを抽選で当たったんでしよ。なんか運命的だね~」

 

 小さな緑の翼竜の書かれた可愛いカードを眺めながら微笑むチサにシオリは頷いた。

 

 「ダメ元で応募してたのが当たったのも信じられないのにそれがこんなカッコいいドラゴンだらけのデッキだったなんて私も運命って感じで跳び跳ねたよ。だから早くこのデッキでバトルしたかったのに部が潰れてたなんて……」

 

 「あ、ヤベッ。せっかく機嫌戻ってきたのにまた逆戻りだわ。ちょっ、コユキなんか上手くフォローして」

 

 「ここで私に振るの!? えっと……そうね……」

 

 落ち込んだ表情でカードを眺めるシオリを元気付ける言葉がないかコユキは思索すると「あっ!」と何か思い付いたようで。

 

 「そうだ。確かこういうのってカードショップっていうお店があるんじゃなかったっけ。そこに行けば好きなだけバトル出来るんじゃないの?」

 

 盲点だったでしょと言わんばかりの自信満々の提案だがシオリは表情を変えることなくカードの方に視線がいく。

 喜んで食い付くと思っていたコユキは予想外の反応にあれ? と困惑し隣でチサがため息をついた。

 

 「あ、ごめんね。私もショップデビューも考えてたんだけど私って一応初心者でしょ。ルールは覚えてても実際に誰かとバトルするとなるとちゃんと上手くできるか不安で……」

 

 「んじゃあそれならショップにいる誰かに初心者だから教えてくれってお願いすればいいんじゃね」

 

 彼女の不安の解決法を提案するもシオリは首を縦には振らなかった。

 

 「ほら、バトスピをやってる人って女性より男性の方が圧倒的に多いでしょ? さすがに知らない男の人に声をかけるのは……」

 

 「不安なのー? まあ危機管理がしっかりしてていいと思うけど……それって部活でも同じことじゃないのぉ?」

 

 当然の返しにシオリは「それとこれでは違うの」と否定した。

 

 「部活はほら、同じ学校の先輩や同級生ばかりだから安心して声を掛けれるでしょ」

 

 「なるほど。確かにそれならショップに行くよりも部活で慣れた方がいいわよね」

 

 「でしょ! だから廃部だなんて私の楽しいバトスピライフが総崩れだよ」

 

 再び机に突っ伏し深く項垂れるシオリにアカリは頭をガーッとかきむしると不機嫌な声色で。

 

 「なら部室でも行ってみたらどうよ」

 

 「だからバトスピ部は廃部に……」

 

 「もしかしたらあんたみたいに廃部になったことを知らないバトスピ経験者の同級生がくるかもしれんだろ。それに先輩とかがこっそりバトスピやってたりしてるかもだろ」

 

 「それは……さすがに無いでしょ」

 

 アカリの意見に否定を口にするコユキだったがチサが彼女の裾を引っ張ると自分の席にいた筈のシオリと机の上に置いていたカードが跡形もなく居なくなっていた。

 

 「あれ、シオリ何処に行ったの!」

 

 「アカリンが言い終わる前にカードをまとめて教室を飛び出したよー」

 

 「えぇ……」

 

 相変わらずの行動力の高さコユキは呆れつつもようやくいつものシオリらしさが戻ったことに笑みを溢していた。

 

 「とりまシオリはいいとしてこれからどうする?」

 

 「あ、私気になる部活があるから見学に行ってくるわ」

 

 「私も~」

 

 「あっそ。ま、ウチもそうだし、ここで解散としますか」

 

 「「賛成ー」」

 

 取り残された三人も各々の予定のため荷物をまとめて教室を後にしたのだった。 

 

 

▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶

 

 

 「えーと……バトスピ部の部室があったのはこの辺りだったよね」

 

 教室を飛び出した後、中学生の頃に手に入れた遊志学園のパンフに書かれていたバトスピ部の部室を先輩や先生方に声を掛けながら探していたシオリはそれっぽい場所を歩いていた。

 道中、元バトスピ部の先輩とかに出会えればその場でお願いしてバトスピを教えて貰おうかとも考えてはいたが、どうやらバトスピ部が廃部になった後、先輩達は帰宅部と化しており学校が終わるや否やすぐ家に帰ってしまうそうだ。

 

 「実は廃部は冗談でした~なんてドッキリ展開期待してたけどこれが現実かー」

 

 教室を出る前はもしかしたらの期待を持ち合わせていたが先輩達に声を掛け部室の場所を聞くたびに知りたくもない現実を叩き付けられる。

 

 「先輩の話だと階段を降りた後、右を曲がった先に……この教室かな」

 

 それらしい教室の前に来たシオリは視線を巡らせバトスピ部の部室かどうか確認するがもちろんそれを証明するプレート等はない。

 試しにドアに手を掛け力を入れるがもちろん鍵は掛かっている。

 

 「普通そうだよね。廃部になったんだから部室を利用する先輩なんているわけないよね」

 

 ここまで来て分かったことがこの学校にはバトスピ部がないという覆しようのない現実だったということだけ。

 これでシオリのバトスピライフは完全に途絶えてしまった。

 

 「……ここで突っ立ってても仕方ないよね。ダメ元でショップに行ってみて女性カードバトラーがいるのに賭けよう。うん、そうしよう!」

 

 ショップに行くことを前向きに考えるものの、もしショップに女性の人がいなかったら……果たして自分はショップに入れるのだろうか。そう考えると行くのを躊躇ってしまう。

 

 ――今日、バトスピが出来なければきっとバトスピをする機会は二度と訪れない。なら、女性の人が居なくても頑張って優しそうな人を探すしかない。

 

 「それで行こう!」

 

 方針も決まり、ショップに行くと決意を固めた時だった。

 

 「入らないの?」

 

 「うぇ、あ、はい、ごめんなさい!」

 

 背後から急に声を掛けられ変な声を上げながら振り返ると一人の男子生徒が立っていた。

 

 シオリよりも頭一個半も高い身長が背後に居たことに驚くもその男子生徒から発する雰囲気に恐怖心は沸かなかった。

 暗そう。それが彼に思ったシオリの印象だった。

 黒の頭髪だが、毛先のあちこちが赤く帯びており、前髪は目にかかりよく見れないが、退屈そうな活気のない目をしてるのが見受けられる。

 学生服をきっちり着こなしている辺り根はイイ人なのだろうとシオリは判断すると彼の胸元にある赤いネクタイを見て彼が誰なのかを思い出した。

 

 「あなた確か……同じクラスの星月(ほしづき)タイヨウ……くんだよね」

 

 ここの学校は学年ごとでネクタイ、蝶ネクタイの色が違う。

 三年生は緑。二年生は青。そして一年生なら赤と色で学年を識別するため彼が同学年なのもすぐに気付けた上、余裕の生まれた思考で彼が同じクラスなのも思い出せた。

 

 「そうだけど……君は……」

 

 「あれ? 私も自己紹介してたんだけどな」

 

 入学初日のHRで定番のクラス全員の自己紹介をしてたため知っているものの思っていたが自分を除いた38人の者の名前を一度に覚えるのは不可能だ。最低でも数日はかかる。

 

 「私、時野(ときの)シオリ。どう、ピンときた?」

 

 改めて自己紹介をするとタイヨウは小声で時野シオリと繰り返し呟き頭を捻らせていると。

 

 「もしかして一人だけ名前だけ言って、先生から他にはないかと言われても無視し続けた時野シオリ、さん?」

 

 「そうそうそのシオリ……って、ちょっと待って! 私先生の話を全部無視してたの!? 嘘でしょ!」

 

 タイヨウの発言に全く心当たりのないシオリだが、思い返せば本日、シオリは自分が何をしていたのか記憶にない。それほどバトスピ部が廃部になっていたことがショックだったというわけだが先生の話すら聞こえないほど落ち込んでいたとは思わなかったのだ。

 

 「どうしよう。先生から不良生徒とか思われてないかな。明日から気を付けないと」

 

 一先ずタイヨウのお陰で自分がやらかしていたことに気付けたシオリは明日からどう振る舞うかシュミレーションをする。そんなことをしているとは思ってもいないタイヨウは再び第一声と同じ言葉を投げ掛ける。

 

 「で、入らないの?」

 

 「あ、ごめん。でもここ鍵が掛かってるから入れないよ」

 

 「そっか……まだ誰も来てないんだ」

 

 その瞬間、シオリはもしやと思いタイヨウに質問を投げ掛けた。

 

 「もしかして星月くんって……バトスピ部の入部希望者?」

 

 「そうだけど……時野さんも入部希望者だからここにいるんじゃないのか?」

 

 不思議そうに首を傾げるタイヨウを見てシオリは自分の予想が合ったっていたことに胸を痛めた。

 

 「あのね。私も今日知ったんだけど……バトスピ部は廃部になってるんだって」

 

 自分が否定し信じたくなかった事実をこうして誰かに口にするのは辛かった。きっと彼も自分と同じ楽しみにしてたに違いないと思っていたがタイヨウは動揺する素振りは一切見せず納得した様子で。

 

 「廃部……なら仕方ないか。帰るよ」

 

 「え、ええ! それだけなの! あなたもここでバトスピをしたくて楽しみにしてたとかじゃないの」

 

 呆気なく帰ろうとするタイヨウを慌てて呼び止めると彼は立ち止まり、冷たい視線をシオリに向けた。

 

 「……別に。高校なら落ち着いてバトスピできると思っただけで無いってことはもう僕はバトスピをしない方がいいんだと思う」

 

 「それってどういう……」

 

 「はい、話はおしまい。ここでバトスピ出来ないなら長居する意味ないよね。だからもう帰る」

 

 「ちょ、ちょっと待って!」

 

 淡々と告げシオリの疑問にも答えず止めた足を踏み出すタイヨウにシオリは追い掛け彼の手を掴んだ。

 

 「なに? 話は終わったはずだよ」

 

 意味もなく呼び止められてる現状に僅かな苛立ちを見せる。

 早く帰りたい彼には申し訳ないと思いつつもシオリはこの千載一遇のチャンスを逃さまいと真っ直ぐタイヨウの目を見つめ。

 

 「星月くんってバトスピ経験者?」

 

 「急になに。経験者と言えば経験者だけど」

 

 「ならお願い! 私にバトスピを教えて!」

 

 ビシッと頭を下げ懇願すると彼はしばしば何も言わず黙っていたがシオリのお願いを遅れて理解したのか初めて彼は表情を崩し――。

 

 「……え?」

 

 戸惑いの表情を見せたのだった。




~バトスピ小ネタ劇場~
《もしもの話》
アカリ「もしシオリの奴が『バトスピ部がないなら作ればいいんだよ』って言い出したらどうする?」

コユキ「別にいいんじゃない? 人数と顧問さえいれば作れるみたいよ」

チサ「私も応援するよぉ」

アカリ「んじゃ、私達に部員になって欲しいって言ってきたら?」

コユキ「ふふっ、そんなの決まってるじゃない」

チサ「ああ、一択だね」

アカリ「おお、二人もか。ならせーので言うぞ。せーの!」

三人「「「ごめん。無理」」」


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第2TURN 初めてのカードショップ

 学校から徒歩20分。程よく歩いたシオリの前にそれは建っていた。

 

 「こ・こ・が・カードショップ~!」

 

 半円型の屋根をした一階建ての建物。周りの三階以上ある建物と比べ高さはないが四方に大きく広がっているためこちらも十分大きさのある建物だ。

 

 そんなカードショップを前に早くも興奮抑えられないシオリの隣に立つタイヨウは学校の時から変わらず無表情のままだ。

 

 「カードショップって結構目立つのにオーバーなリアクションだな」

 

 「仕方ないでしょ。家の事情で高校入学するまではカードショップ行くの駄目だったしもちろんバトスピをやるのも駄目だったから」

 

 明るい表情に少しだけ憂いを帯びたシオリにタイヨウは深入りすることはなく「そうなんだ」と一定の距離を保つ。

 

 「タイヨウはショップには何回も行ってるの?」

 

 「過去に何度かね。ま、ここは初めてだけど」

 

 「わぁ、まさに経験者って感じ――あ~! しれっと先に入らないでよ」

 

 いつまでも外観だけで盛り上がるシオリを置いて店内に入ってしまうタイヨウに文句を訴えながら追いかける形でシオリも入店した。

 

 「――――ッ!!」

 

 モダンスタイルな店内にはカードショップというだけあって壁際の一角にはガラスのショーケースに入った大量のカードが揃い踏み。中央付近には対戦台となる長机と丸椅子が綺麗に並べられ少年達がバトルを繰り広げる。

 そして奥にはステージの用な壇上が――。

 まさに思い描いていたショップの内装に感動しすぎて声も出せずに固まるシオリの横から。

 

 「おーい、この程度でフリーズしてたらバトルなんて到底できないぞ」

 

 「……は! そ、そんなことないよ。バトルはビシッ、バシッと華麗に決めちゃうよ」

 

 「初心者にそんなバトルができるか疑問だけど楽しみにしてるよ」

 

 微かに笑みを浮かべるタイヨウ。シオリがその笑みを見たのはこれで二回目。

 一回目は学校でバトスピを教えてとお願いした直後の事だ。

 

 

 困惑する彼はシオリが初心者ということでデッキの有無・出来の低さを懸念していた。

 本人が言うには『教えるのは構わないがまともにバトルできないデッキで教えるのは面倒』とのこと。

 

 これに関してはシオリが抽選で当てたデッキを持っているため問題はなくタイヨウにその事実を伝えると彼は何故か驚き、そして笑ったのだ。

 

 何故、笑ったのかはシオリには分からなかった。せいぜい彼もバトスピをするのが嬉しいとしか思わなかったし今の発言からもその考えは間違えてないはずだ。

 

 「ねえ、バトスピを教えてくれるんだよね。行くならあっちじゃないの」

 

 少年達が使っていない空いている対戦台を指さすシオリに彼は、まずはこっちとレジのあるカウンターの方に手招きする。

 お互いにデッキもある。コアも対戦台の上にあるのに何を購入する気であるのか気になるがここの事はシオリより彼の方が詳しいのは明白。初心者には知らないショップの暗黙のルールがあるかもしれない。これからも通う気でいるシオリはその辺もしっかり学ばないと、と駆け足気味にタイヨウの待つカウンターに向かう。

 

 「すみません。バトルフィールドを使いたいんだけど今、空いてますか」

 

 カウンターの裏。段ボールの中に入っている在庫の確認をする男性店員は声に気付くと爽やかなスマイルで二人を歓迎した。

 

 「いらっしゃいませ~。カードショップ『時皇』へようこそ~!」

 

 立ち上がった店員の予想外の背の高さにシオリは声を失った。

 二メートルはあるだろうか。肉体は分厚く服の上からでも分かる筋肉質。パーマのかかったピンクの髪を弾ませ二人を見下ろす目は慈愛に満ちていたがこの背丈で見下ろされると顔関係なく恐怖を感じる。

 

 「あら、学生のカップルさん? なにカードショップデート? 羨ましいわね~」

 

 そして繰り出される女言葉にシオリは二度びっくり。これにはタイヨウもびっくり仰天するだろうとシオリは横目で見ると彼は、はあと返答に困っているだけだった。

 

 「ああ、ごめんなさいね。いきなり迫られると驚いちゃうわよね」

 

 二人の反応に気付いた店員は顔を起こし一歩下がると咳払いを入れて会話をリセット。

 距離を保ち先程の影響スマイルを浮かべ店員は。

 

 「改めていらっしゃい。アタシはマリアよ。よろしく」

 

 マリアと名乗る男性店員に慌ててシオリも続いて。

 

 「あ、私は時野シオリって言います」

 

 「……星月タイヨウ、です」

 

 「うんうん。シオリちゃんにタイヨウちゃんね。二人ともとってもキュートな子ね」

 

 二人の名前を聞いたマリアは手を合わせてコニコと頷いた。

 

 「それで、シオリちゃんとタイヨウちゃんはアタシになんの用だったかしら」

 

 「バトルフィールドを使いたいんだけど……」

 

 「待って。さっきスルーしちゃってたけどいきなりバトルフィールドでバトルするって感じなの!?」

 

 マリアのインパクトに前後の記憶が軽く飛んで店員に話しかけた理由を突っ込み忘れていた。

 驚くシオリを不思議そうに見つめるタイヨウは首を傾けた。

 

 「嫌だった?」

 

 「嫌じゃないけど……」

 

 「なら問題ないでしょ。それにバトルフィールドでバトルするのが憧れだったって言ってたんだから丁度良かったじゃん」

 

 タイヨウの言葉に思わずシオリの頬が淡く色付いた。

 ショップに行くまでの道中、一方的だがタイヨウとバトスピの会話を弾ませ憧れのアポロと同じバトルフィールドでバトルしたいと話していた。

 

 タイヨウはたまに質問はしていたがほとんどが相槌で聞いているのかあやふやだったがこうして覚えてくれていると素直に嬉しいと思うのは仕方のないことだ。

 

 「あらあら初々しいわね。バトルフィールドなら今空いているわ。二人ともBSカードはあるの?」

 

 「ビーエスカード?」

 

 「シオリちゃんは知らないのね。タイヨウちゃんは――」

 

 「僕はある」

 

 初めて聞く単語に口を開ける隣でタイヨウは赤いパスケースを取り出した。

 

 「それがビーエスカード?」

 

 「そうよ。IBSOが定めたバトスピ法に同意したカードバトラーに配られる一種の会員カードみたいなものでこれがないとバトルフィールドは使わせれないの」

 

 「ええ! じゃあ私バトルフィールドでバトルできないの!?」

 

 衝撃の事実にカウンターに身を乗り出すシオリをなだめるマリアは二枚の紙を用意した。

 

 「BSカードは無料ですぐ作れるから安心して」

 

 「ホント! 作る! 今作る! すぐ作る!」

 

 「はい、じゃあこっちの紙に名前や住所、電話番号等書いてね。もちろんプライバシーは守るから安心して。それでこっちの紙にはバトスピ法が書かれているから必ず全部に目を通してね」

 

 言われた通り必須と書かれている欄にスラスラと記入していき一番下まで行くと《バトスピ法に同意します》という記述があり横にはチェックボックスが。

 ここでシオリはもう一枚の方に目を向けた。

 バトスピ法の存在は知っていたが内容を全然知らないシオリはいざ、その紙を見るとこう記述していた。

 

 

 ・【一つ】問題は全てバトスピの勝敗で決めること

 

 ・【二つ】挑まれたバトルは原則として受けること

 

 ・【三つ】何かを賭ける場合は互いに条件を出すこと

 

 ・【四つ】“三”において金品をかけることを禁ずる

 

 ・【五つ】バトル中の不正を禁ずる

 

 ・【六つ】いついかなる場合でもこの法は絶対遵守される

 

 ・【七つ】以上の法を破ったものはバトラーの資格を剥奪及びデッキを没収する

 

 

 一通り目を通したシオリはもう一度上から順に確認する。

 不穏になるのもあるがどれも普通にしていれば破ることのない法ばかり。

 七つしかないというのもあり簡単に内容を把握したシオリは迷わず『同意』にチェックを入れる。

 

 「ん、書けたようね。後は証明写真を撮るからこっちに来てちょうだい」

 

 「はーい」

 

 カウンター裏の人目のつかない隅に置かれた白いボックス。

 中は真っ白な空間で備え付けの椅子があり高さを調節して座ると外からマリアの声が聞こえた。

 

 「準備いいわね。はいじゃあ撮るわよ~」

 

 合図と共に切られるシャッター音。真っ白な空間に眩い閃光が弾け思わず目をつむりたくなるのを堪えシオリは微笑みを保つ。

 それが三度繰り返され数秒。外から「これがいいわね」とマリアの満足げな声が耳に入る。

 

 「お疲れ様~。今から仕上げてくるからもう少しだけ待っててね~」

 

 シオリの記入した用紙と写真を手にマリアは軽やかな足取りで別の部屋に姿を消した。

 自分のBSカードが出来るまでのこの待ち時間はもうすぐクジの当選が発表されるようなわくわくする時間。

 自分が憧れの人と同じカードバトラーだと証明できるまでのこの待ち時間、いくらでも待ててしまう気概はあるが隣で手持ち無沙汰なタイヨウが目に入りハッと我に返る。

 

 「待たせちゃってごめんね」

 

 一人で舞い上がっていたがここに来てからずっとタイヨウはシオリの手続きが終わるのを待っている。

 アカリ達のような友達なら待たせ待たされの状態でも気には止めないがシオリとタイヨウは今日――三十分ほど前に会って初めて会話した初対面の間柄だ。

 なのにシオリは遠慮もなく彼にバトスピを教えてとお願い。更には自分の事で暇な時間を作ってしまった罪悪感が心に芽生えた。

 

 「別にいいよ。待つのは慣れてるから」

 

 だけどタイヨウは文句を言わず逆にシオリの負い目を減らすように近場の商品を眺めた。

 

 「バトスピをしているとどうしても1ターン1ターン長考する人がいるからね。待つことが苦とも何とも思わなくなったよ」

 

 慣れるまでは退屈だったな、と過去のバトルに想いを馳せるタイヨウは口元を綻ばせていた。

 

 「……ちなみに何分待ったの」

 

 「そうだな……1ターン十分ぐらいかな」

 

 「十分!?」

 

 それだけ長考をされ続ければある程度待ちに耐性がつくのも納得してしまう。

 

 「でもさすがに十分って長いよね。大会とかだったら迷惑にならないの?」

 

 「迷惑と言えば迷惑かな。大会の流れもあるし。だから制限時間を設ける所もあるんだけど……僕は別に迷惑だと思わないかな」

 

 「なんで? 私だったらこれだけ時間があったらもっと色んなデッキとバトル出来るのにとか思っちゃうよ」

 

 「時野さんのその気持ちも分かるけど、僕は長考する人はそれだけこのバトルに真剣に勝ちにいこうとしてると思うから迷惑だと思えないんだ」

 

 タイヨウの言い分にも一理あった。

 誰だって負ける気でバトルはしない。勝つための最善の一手を見出だすため長く思考してしまうものだ。

 

 「そっか……私も大好きないちごタルトを夕食のデザートとして食べるか3時のおやつとして食べるかでよく時間を掛けて悩んだりしてるけど……それも長考と同じなんだよね」

 

 自分を当て嵌めて考えてみると一概に長考が駄目だとは言えない。長考する人だって迷惑をかけたくてしてるわけではないのだ。

 心の中で友達のコユキが長考したときはもっと寛容な心を持って待ってあげようと決めた。

 

 「これからバトスピを続けていくなら時野さんもそういうプレイヤーとバトルする機会があると思うけど出来るだけ許容してほしいかな。あの手のプレイヤーは堅実な手が多いけどその分、勝つために選んだ突飛なプレイングは中々厄介で面白いよ」

 

 過去の体験談を話すタイヨウは少し楽しそうで聞いているシオリも他のバトルがどのようなものだったのか聞きたくて堪らなかった。

 

 しかしここに来て語るタイヨウにシオリは一つの事実に気付いてしまう。

 部室前ではバトスピに対して冷めた態度を取っていたがやはり彼はバトスピに対する思いは冷めていない。表面に出ないだけで内に秘めた思いは熱いままだ。

 

 バトスピを楽しみたい。お互いに同じ気持ちのはずだが果たして一度もバトルをしたことのない初心者シオリとバトルして彼は楽しいと思えるのだろうか。

 

 たぶん楽しめないだろう。

 

 初心者のバトルなんてタイヨウからすれば赤子の相手をするのと変わらない。

 どんな手も彼の想定通り。淡々と彼の手の内のまま進んでいくバトルを楽しいと思ってくれるのだろうか。

 

 「私にバトスピを教えてくれるの……やっぱり迷惑だよね」

 

 内なる不安が高まり思わず口に出してしまう。

 

 「……どうしてそう思うの」

 

 「私初心者だから思うようなバトルなんて出来ないと思うの。私はバトスピさえ出来たらそれだけで楽しいけどタイヨウは――」

 

 “楽しめないと思う”それが口から出る前にタイヨウの盛大なため息の前に遮られた。

 

 「もし僕に気を使ってるなら遅すぎ。気を使うなら僕が学校で帰ると言ったときにそのまま帰すべきだよね」 

 

 「た、確かにその通りだけど」 

 

 ぐうの音もでない反論にシオリは押し黙る。

 

 「一応言っとくけど時野さんは初心者なんだ。初めから上手く出来る人なんて早々いない。だから僕のような経験者が初心者を教えるのは当然のことだから」

 

 彼の目を真っ直ぐに見つめ話に耳を傾ける。

 

 「あまり僕のことは気にしないで時野さんは普通にバトスピを楽しんでほしい。そんな気持ちでバトスピをされてもどっちも楽しいとは思えないから」

 

 「星月くん……ありがとう。私、初バトル全力で楽しむよ!」

 

 「そうそうその感じ。自分が楽しいと思えばその気持ちは相手にも伝わるから」

 

 早くも経験者から新たな助言を頂きシオリの気の迷いがどんどん晴れていく中、最後にタイヨウは珍しくお願いをしてきた。

 

 「それと今後は僕に気を使うのは止めてくれないかな。善意でやってくれてるんだと分かってはいるけど好きじゃないんだ。気を使われるの」

 

 視線を落とし再びカウンター付近に並ぶ商品に目を移した。

 世の中には気を使われるのが苦手な人がいることはシオリも知っている。友達のアカリが現に気を使うと困った反応をよく見せていた。

 

 けどタイヨウはアカリのとは何処か違った。

 タイヨウは気を使われるのが苦手というよりも嫌っているように見て取れる。

 理由を聞いてみたかった。だけどこの短い付き合いのなかで彼が自分の事を話さない人だと言うのに気付いている。

 聞いても断られる。そうなればお互いに気まずい空気になりせっかくタイヨウが楽しんでほしいと言ってくれたのにまたモヤモヤとした感情で彼と向き合うことになるのは明白だった。

 

 「任せて。私、気を使うよりも使われる方が得意だから」

 

 だからシオリは深追いせずにいつものように明るく振る舞う。

 タイヨウとは今日会ったばかり。初日から一気に仲良くなる必要はない。

 ここからゆっくりと少しずつ仲良くなればいいのだから。

 

 「それを言い切るのはどうかと思うよ」

 

 「照れ隠し無しのまさかのマジレス!」

 

 あくまで仲良くなりたいのはシオリなだけでタイヨウがどう思っているのか違う形で不安になるとようやくBSカードの発行を終えたマリアさんがカウンターに戻ってきた。

 

 「お待たせ~。はぁい、これがシオリちゃんのBSカードよ」

 

 「ありがとうございます!」

 

 マリアから手渡された水色のカード。

 左にシオリの写真が貼られておりその横には『時野シオリ』と名前書かれていた。

 

 「これが私のBSカード!」

 

 喜びに浮かれてその場でぐるぐる回るシオリをタイヨウは一笑しマリアは目を細くして見た。

 

 「はぁ~、これで私もバトルフィールドでバトル出来るカードバトラーに……あれ? この右に書いてる【F】のアルファベットはなに?」

 

 BSカードの右の欄。主張の激しいFのアルファベットを指さすとマリアは胸元にぶら下げたカードケースをシオリに見せた。

 

 「それはバトラーのランクを示すものよ。一番下の【F】ランクから始まって【E】【D】【C】【B】【A】と上がっていくのよ。ちなみにアタシは【B】ランクよ」

 

 マリアの紫色をしたBSカード。シオリのBSカードで【F】と書かれた場所に【B】のアルファベットが存在を主張していた。

 

 「へぇ~バトスピってランクなんてあったんだ。ランクが高いと何か良いことがあるんですか」

 

 「ん~、ランクがあれば大会とかでバランスよく対戦表を決めれたり、上位ランクだと新しいカードを公式から配布されるぐらいかしらね。まぁ、目に見える強さの指標だと思ってくれればいいわ」

 

 「そっか……なら私も上位ランクになれば強いカードバトラーの仲間入りって感じだね!」

 

 「ランクなんて所詮ただの飾りだよ」 

 

 盛り上がるシオリを冷たい言葉が制した。

 

 「強い人はランクが【F】でも【A】ランクと遜色ないときだってある。逆に運だけで【A】ランクにいくような人もいるんだ。ランクだけでカードバトラーの強さは計り知れないよ」

 

 「ふふ、説得力のある言い方ね。身に覚えでもあるやつかしら」

 

 「――! 別に……ただ思ったことを言っただけ……です」

 

 マリアの指摘にタイヨウはそっぽを向いて口を紡いだ。

 そんなタイヨウをシオリはじっと見つめていた。

 

 「……なに」

 

 「星月くんって何ランクなの」

 

 正確には彼の持つBSカードの入ったパスケースを見ていたのだ。

 

 「話聞いていたのか。ランクなんてただ飾り。そもそもこれからバトルするのに僕のランクを知るのは必要なことか」

 

 「必要だよ! っていうか純粋に私が気になるの。星月くんって結構強そうだしマリアさんと同じ【B】ランクとか!」

 

 ぐいぐいと距離を詰めるシオリだが今日聞いたばかりのランクシステムなため【B】ランクがどれ程の強さかは知らない。だが、上から二つ目のランクなら普通に強い分類のランクとみて間違いないはずだと決め付け答えを迫るがタイヨウは身を翻して詰められた距離を一気に離した。

 

 「勝手に想像でもしてくれ。それよりBSカードも出来たんだから早くバトルをするよ」

 

 駆け足気味に奥の壇上まで逃げるタイヨウの背中を睨みながらシオリは頬を膨らませた。

 

 「もう! 教えるぐらいいいでしょ!」

 

 「まあまあ。言いたくない事情でもあるんじゃないの」

 

 「事情って? ランクを隠すほどの事情ってあるの?」

 

 「さぁ? そればかりは本人に聞かないと分からないわ」

 

 シオリとしては最初の目標をタイヨウと同じランクになることと早急に決めたためランクを知りたかったのだが、何度も言うようにシオリとタイヨウは今日初めて会った初対面だ。

 バトスピを教えてもらえるだけありがたいのだから今日の所は聞くのを我慢してまた後日聞こうと頭にメモをした。

 

 「ほら、私達も行くわよ。バトルフィールドの使い方を教えてあげるから」

 

 「……はーい」 

 

 それでも少し納得いかない気持ちのままタイヨウの待つ奥の壇上を上っていく。

 対面で待ち構えるタイヨウ。その立ち振舞いは歴戦の戦士と思わせる貫禄があった。

 

 「本当に教えてくれないの?」

 

 「くどい」

 

 それでも尚、これがラストチャンスと自分に言い聞かせながらもう一度アタックするもあっさりと切り捨てられた。

 

 「はいはいランクの話はそこまでよ。シオリちゃん、バトルフィールドの使い方を教えるからそこの台座の前に立ってもらえるかしら」

 

 シオリとタイヨウに挟まれた腰よりやや上の高さのある黒い台座。

 言われた通りに台座の前に立つと台座から低い機械音が鳴り響き青いラインが走る。

 

 「わっ!?」

 

 「驚かなくても起動しただけよ。台座の少し下にカードの挿し込み口があるからそこにBSカードを入れてちょうだい」

 

 「挿し込み口、挿し込み口……あ、ここかな」

 

 青いラインが四角に囲んだ場所を見付けたシオリは向きを確認してBSカードを挿入した。すると目の前にあったディスプレイが読み込み中となりシオリのBSカードが写し出されその横で四角の窪みが出てきた。

 

 「最後に自分のデッキをそこに置いてちょうだい」

 

 「ここに私のデッキを?」

 

 鞄から大切なデッキを手に持ち窪みに嵌め込むと一瞬にしてシオリのデッキが台座の中に取り込まれた。

 

 「ああ!! 私のデッキが!!」

 

 「安心して。今、あなたのデッキをチェックしてるところだから」

 

 「チェック? 何をチェックするんですか」

 

 「そのデッキがバトルに使えるデッキかどうかよ。規定の40枚以上あるか。同名カードが3枚以上入ってないか。禁止・制限カードの有無。公式で認められてないカードが入ってないか。これらをチェックして問題なければOKの合図がでるわ」

 

 マリアが説明を終えるのと同時に澄んだ音色と共にディスプレイに問題なしと大きな丸の判が押された。

 

 「これで準備完了よ」

 

 「おお~。……でもデッキが戻ってこないけど」

 

 「心配しなくてもデッキはもう向こうに移動してるから後はあなた達が行くだけよ。ちなみにデッキはシャッフル済みよ」

 

 「凄いハイテクだ!」

 

 いよいよバトルフィールドに行くのも秒読みとなりシオリの胸の高鳴り始めた。

 シオリの対戦者でありバトスピを教えてくれる先生でもあるタイヨウも準備を終えている。

 

 「あとはあの掛け声を言えばバトルフィールドに移動するから。掛け声は――」

 

 「大丈夫です! 私知ってます!」

 

 バトスピをやっていなくてもバトスピの掛け声と言えば誰もが聞いたことのあるあのバトルを開始する合図の声――。

 

 「なら後は二人で楽しくやってね。あ、タイヨウちゃん。分かってると思うけどシオリちゃんは初心者なんだからしっかり教えるのよ」

 

 「分かってます。そのためのバトルですから」

 

 「よろしい。アタシはみんなと一緒にあなた達のバトルを観ているから頑張ってね~」

 

 一通り教えてくれたマリアは壇上から降りた。

 これでシオリとタイヨウがあの掛け声を言えば二人のバトルが始まるのだが――。

 

 「ん? みんなと一緒に観てる? ……ああ!? いつの間にこんなに人が集まってたの!!」

 

 マリアの言葉が引っ掛かり視線を壇上の外に向けるとそこには店内にいた客がマリアを筆頭に観戦モードに入っており二人のバトルが始まるのを今か今かと待ち続けていた。

 

 「なんで、どうしてこんなに集まってるの」

 

 「そりゃあスピリットが実体化するバトルフィールドでバトルするんだからみんなもスピリット達のバトルが見たいと思うのは当然だと思うよ」

 

 「確かに私だって誰かがバトルするなら観てみたいけどどうやって見るの。ここにいる人全員バトルフィールドに移動するの!?」

 

 「それは無理だよ。基本的にバトルフィールドにはバトルする二人しか行けないから」

 

 「ならどうやって……」

 

 シオリの質問に答えかタイヨウは無言で隣の壁を指した。

 中央にBSと書かれた壁だがよーく目を凝らしてみると細い黒い線が壁にあった。それを辿ると四角い枠になり大きさで言うなら映画館のスクリーンを彷彿させる――。

 

 「――――――っ!!」

 

 その瞬間、シオリは一つの事実に気付いた。

 

 「もしかしてこの壁ってモニターなの!?」

 

 頷きタイヨウは肯定する。

 バトスピの人気の高さは把握していたシオリでもショップだけでここまでの設備が整っているのは把握していなかった。

 

 初バトスピがスピリットが実体化するバトルフィールドで。しかも大勢の観客付きとは初心者のシオリには舞台が大きすぎた。

 

 「ヤバい。みんなに見られると思うと凄く緊張してきた」

 

 楽しさとは別の動機に鼓動が速くなる。だけど不思議と嫌な感じはしない。あるのは途方もない高揚感だけ。

 

 「見られるのが嫌なら今からでもバトルフィールドをキャンセル出来るけどどうする」

 

 タイヨウが選択肢を投げ掛けてくる。

 今更すぎる選択にタイヨウは分かりきった答えを待つように堂々としていた。事実、シオリには既に答えの決まった不必要な選択だった。

 

 「当然やるよ。ここにまで来てバトルフィールドを使わないなんてもったいないよ。だから始めよう。わくわくって感じのバトルを!」

 

 「だよな。じゃあ始めるぞ。―――――」

 

 次に自分が発しないといけない言葉は分かっている。

 一呼吸分の間を作り、合わせるタイミングを作ったタイヨウの声にシオリは自分の声を重ね、バトルフィールドに降り立つ言葉を叫んだ。

 

 「「ゲートオープン界放!!」」

 

 その掛け声に呼応し二人の足元から虹色の光が溢れ出す。

 

 「きゃっ!」

 

 光は収まることを知らずその勢いを増していき二人を包み込む。

 咄嗟に光から目を守るため瞼を下ろし視界を塞いだ。

 瞼越しからでも光を感知するほど強い光なのにも関わらず目に痛みはない。むしろ包み込まれてるような温かく優しい光にシオリはゆっくりと目を開くとそこはもうショップの中ではなかった――。 カードショップとは異なる場所に立つシオリはぐるりと辺りを見渡した。

 

 「ここは……」

 

 眼下には岩壁に囲まれた草木生えない荒野。見上げれば果てしなく広がる青い空。

 吹き抜ける乾いた風は心地よく、懐かしさも感じるこの場所。

 

 ――ああ、ついに。

 

 「憧れのバトルフィールドに来たんだ……!」

 

 夢にまで見たバトルフィールドに立っている。それだけで早くも充実した気持ちになるが本番はここからだ。

 

 「懐かしいな……やっぱりここの風は落ち着くよ」

 

 遠くの対面で懐かしさを噛み締めるタイヨウを迎え入れるように風が彼のコートの裾を扇ぐ。

 

 「あれ……星月くんの服が変わってる!」

 

 学生服姿から一変して赤いコートに黄金色の胸当てと籠手に身に纏い揺らめく黄色い模様はまさに灼熱。彼の性格とは正反対な燃える熱い姿だった。

 

 「変わってるって……ここに移動する間にバトルフォームに変わっていただろ」

 

 「え……あ、ホントだ! 私も変わってる!」

 

 指摘され改めて自身の格好を見直してみるとタイヨウと同様に学生服からバトルフォームなるここでバトルするための正装に切り替わっていた。

 だが衣装までもが彼と同じというわけでなくシオリのは黒を基準に淡い色をした赤、紫、緑、白、黄、青の六色が神秘的な雰囲気を醸し出したローブだ。

 更に胸当てやブレスレットは歯車になっており、ローブのあちこちにはI~XIIまでのローマ数字。その姿はさながら――。

 

 「時計みたいな格好だな」

 

 「だよね。なんでこんな服になったんだろ」

 

 タイヨウのもそうだが二人のバトルフォームはお世辞にも二人のイメージに合ってるとは言えなかった。

 

 「バトルフォームは使用するデッキのイメージに反映して作られるからね」

 

 タイヨウの説明を受けてシオリは納得した。シオリのデッキのキースピリットであり相棒と思っているあのカードの雰囲気とこのバトルフォームは完全に一致していた。

 ならタイヨウのバトルフォームも自身のデッキを反映した形なんだなと頷くシオリはある疑問にぶつかる。

 

 「そういえば私達かなり距離空いてるのに普通に声聞こえてるし見えてるのなんで!? 私そんなに目と耳がよかったっけ!?」

 

 「バトル前なのに賑やかだな。バトルフィールドには視覚、聴覚補助があって小声は届かないけどいつもの声量ならこの距離でも聞こえるし見えるよ」

 

 「すごっ! そんなサポートもあるなんて超ハイテクって感じだよ」

 

 世界中。老若男女に人気なのもこういった誰でも出来るサポートのお陰なんだなとシオリは改めて実感し自身のバトルフォームやフィールドを見渡す。

 

 「バトルフォームもオシャレで素敵だしここに立つと感じる適度な緊張感も悪くないし私すっごく気に入ったよ!」

 

 「ならバトルすればもっと気に入るだろうね」

 

 嬉しそうにはしゃぐシオリに釣られてかタイヨウの表情も自然と柔らかくなりデッキの上からカードを4枚引いた。

 それはそろそろバトルを始める彼の合図。シオリも慌てて盤上に置かれた自分のデッキからカードを引く。

 

 「時野さんは初心者だから先攻は僕からやるよ。といってもルールの方は大丈夫みたいだから確認がてら動きを見てくれたんでいいから」

 

 「うん、わかったよ!」

 

 ショップに着くまでの道中にタイヨウはルールの説明をしていたが、シオリはバトスピをやりたいと思ってから今日までずっといつでも出来るようにルールだけは覚えているつもりだ。

 

 「じゃあいくよ。スタートステップ」

 

 タイヨウの宣言と共に盤上が光る。

 二人がようやくバトルを始めたことにモニター越しから観戦する客たちも賑わいを見せマリアも口元に笑みを浮かべる。

 

 「二人ともどんなバトルを見せてくれるのかしらね」




~バトスピ小ネタ劇場~
《ルール確認》
シオリ「スタートステップ。コアステップ。ドローステップ。リフレッシュステップ。メインステップ。アタックステップ。エンドステップ」

タイヨウ「自分のフィールドにリザドエッジ二体いるとき手札にあるアンキラーザウルスの召喚コストは(画像を見せながら)」

シオリ「1!」

タイヨウ「別に教えなくてもルールほとんど覚えてるじゃん」

シオリ「え、そう?」

タイヨウ「これなら一人でショップに行って問題ないよ」

シオリ「いや無理無理無理無理だよ! 知らない人といきなりバトルなんて! 女性の人ならともかく男性の人だったらハードルが高いって!」

タイヨウ(ならなんで僕はいいんだろう)

  “同じ学校のクラスメイトだからです”


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第3TURN 私の龍 私の相棒

 ――第1TURN タイヨウ

 

 「ドローステップ。メインステップ。ここまでターンを進めたけど大丈夫?」

 

 「問題ないよ。星月くんは先攻だからやってないだけで私のターンからコアステップが入るんだよね」

 

 「そうそう。ステップの方は問題ないね」

 

 ルールを確認しながら二人のバトルは始まった。

 

 「ねぇ、マリアさん。あのおねーさんって初心者なの?」

 

 二人のやり取りを知らない観戦している小学生の一人がマリアに質問した。

 

 「ええ。今日が初バトルですって。どんなデッキか楽しみよね」

 

 「楽しみだけど、ちゃんとやれるのかな」

 

 「初心者だから多少のミスはあるかもしれないわね。でもあの対戦相手のおにーちゃんはスゴ腕のカードバトラーのはずだからその辺の心配は大丈夫よ」

 

 「え! あのおにーちゃん強いの!」

 

 無論、タイヨウがスゴ腕かどうかなんてマリアは知らない。けど長年の経験からタイヨウを見た瞬間からマリアのバトラーとしてのセンサーが強く反応していた。彼は只者ではないと。

 

 「きっと面白くなるから目を離しちゃダメよ。いつも通り解説はしてあげるから」

 

 「うん!」

 

 モニターを見るとタイヨウは手札から1枚のカードを抜き取っていた。

 

 「煌星竜スター・ブレイドラをLv2で召喚」

 《煌星竜スター・ブレイドラ→Lv2BP3000》

 

 タイヨウが盤上にカードを置くと自動的に必要分のコアも置かれた。すると彼のフィールドに赤のシンボルが現れ弾けるとその中から☆の形を模した羽を持つ青白い毛並みの小さな竜が生まれた。

 

 「あ、かわいい!」

 

 「続けて創界神ネクサス、創界神アポローンを配置」

 《創界神アポローン→Lv1》

 

 彼の背後に赤髪の筋肉質な青年が浮かび上がる。手に携えた弓を神々しく、キリッとした目付きでシオリを見据えていた。

 

 「おお、今度はカッコいい!」

 

 「創界神を配置したとき同名カードがなければ《神託》発揮」

 

 自動的にタイヨウのデッキの上から3枚のカードがトラッシュに置かれた。

 落ちたカードは《美竜士ヒュアキントス》《五輪転生炎》《ホワイトホール・ドラゴン》の3枚。アポローンの対象カードは[星竜/界渡/化神のコスト3以上]。2枚のカードが対象のためアポローンの上にボイドからコア2個が追加された。

 

 「みてみてマリアさん! 創界神だよ創界神!」

 

 創界神の登場にはしゃぐ子供を優しく見つめながら「ええ、そうね」と同意するがその後に向けたタイヨウへの視線は鋭いものに。

 

 「創界神を持っていたなんてね。ならあの子は間違いなく【B】ランク以上はあるわね」

 

 誰にも聞こえない声量で呟くとタイヨウはバーストを伏せることなく一息をついた。

 

 「こんなもんかな。先攻だからアタックステップもないからこのままターンエンド。どう、ここまでやってみたけどルールの差異はあった?」

 

 「大丈夫、コストの支払いや軽減も覚えた通りだよ!」

 

 「なら次は時野さんのターンだからこのまま思うようにやってみて」

 

 第1TURN タイヨウ終了――

 手札:3 リザーブ:1

 《煌星竜スター・ブレイドラ→Lv2BP3000 C2[S]》

 《創界神アポローン→Lv1 C2》

 

 

 ――第2TURN シオリ

 

 「ついに私の初ターン! いくよスタートステップ!」

 

 シオリの宣言に盤上が光り彼女はそれに喜びなから一つずつ、抜かすことなくステップを進めていく。

 

 「メインステップ! 私の初スピリットは君に決めたよ。ゴッドシーカーロロドラを召喚!」

 《ゴッドシーカーロロドラ→Lv2BP 3000》

 

 シオリのフィールドに現れるは緑色の小さな翼竜。スター・ブレイドラと酷似したスピリットだが☆の翼と違いこちらはエメラルドグリーンの鋼鉄の刃だ。

 

 「はぁ~出てきた私のスピリット! これからよろしくね」

 

 ロロドラに声を掛けるとそれに応えるように甲高い鳴き声を上げてその場で跳び跳ねる。

 

 「あなたも気合い十分で嬉しいよ。ロロドラの召喚時効果発揮だよ!」

 

 シオリの宣言にデッキの上から3枚のカードがオープンされる。

 

 「おー自動的。――その中の放浪の創界神ロロ1枚と転醒カードか道化竜を含むカード1枚を手札に加えるよ」

 

 オープンされたカードの1枚目は《放浪の創界神ロロ》。確定で1枚加えれるカードだ。2枚目は赤のマジックで対象外。そして3枚目のカードは――。

 

 「んーあのカードこないな。えっと、放浪の創界神ロロと転醒カードの新しき世界を手札に加えるね。残ったカードは破棄と」

 

 2枚のカードを手札に加えたシオリは順調に創界神を手札に引き寄せ良い立ち回りなのだが……。

 

 「シオリちゃんって創界神を持っていたの!? いえ、そんなことよりも」

 

 シオリの手にしたカードにどよめき溢れる観客に混じり目を見開いていたマリアの裾を子供が引っ張る。

 

 「マリアさん、転醒カードってなに?」

 

 子供の質問。いつもならスラスラと答えるマリアだがその流暢な言葉は紡がれなかった。

 

 「ごめんね。アタシも知らないわ」

 

 「え! マリアさんも知らないカードがあるの!?」

 

 大声を上げる子供に周りの人もマリアが知らないカードということにざわめきが強くなる。

 

 「シオリちゃん初心者のはずなのに……一体何者なの」

 

 観客が騒がしくなっているなんて微塵も思っていないシオリはバーストをセットした状態で意気揚々にアタックステップの宣言をしていた。 

 

 「このまま初アタックもいっちゃうよ。ロロドラでアタック!」

 

 アタックの命を受けたロロドラはタイヨウのフィールド目掛けて一直線に走り出した。

 

 「アタックしてくるんだ。僕がブロックをすれば相討ち。アポローンの神技を使えば破壊した上にドローも」

 「星月くんって赤デッキなんでしょ。ならドローよりもコアを優先してライフで受けるんじゃないの」

 

 重ねられたシオリの指摘にタイヨウは舌を巻いた。

 

 「本当に初心者かよ。ライフで受ける!」

 

 シオリの指摘を肯定するように叫ぶとタイヨウは盤上の横に付いてあるハンドルを握る。

 ロロドラはタイヨウの頭上まで跳躍すると、青い障壁が彼を包み、それに向かってロロドラは落下し背中の刃を突き立てる。

 

 「くっ……!」

 タイヨウ:ライフ5→4

 

 障壁と共に胸当てに取り付けられたライフが一つ砕けるとタイヨウの全身に強い衝撃が走り地面に膝をつく。

 

 「え、大丈夫!? 凄く痛そうだけど」

 

 「ごめん……久しぶりすぎてこの痛さを忘れてたよ。でも――うん、もう大丈夫」

 

 ゆっくりと立ち上がり背筋を伸ばしたタイヨウは再びシオリを見据えると先程と違う鋭い視線に背筋がゾクリとした。

 

 「……! た、ターンエンド」

 

 第2TURN シオリ終了――

 手札:5 リザーブ:0 バースト:有

 《ゴッドシーカーロロドラ(疲)→Lv2BP3000 C2[S]》

 

 ――第3TURN タイヨウ

 手札:4 リザーブ:4

 《煌星竜スター・ブレイドラ→Lv2BP3000 C2[S]》

 《創界神アポローン→Lv1 C2》

 

 シオリのターンが終わりタイヨウのターンに移るがシオリはまだ背筋の悪寒が残っていた。

 

 ――なにこの感じ。初めての感覚のはずなのに私、前にもこんな感覚味わったことが……。

 

 「思ったより時野さんやれるみたいだから少し本気を出すよ。サマー・トライアングル・ドラゴンを召喚」

 《サマー・トライアングル・ドラゴン→Lv2BP3000 》

 

 スター・ブレイドラの隣に緑の翼を広げた黄金の鎧を身に纏った竜人が大地に足をつける。

 竜人の登場に呼応してアポローンの《神託》が発動しコアが創界神上にコアが追加される。

 

 「アタックステップ。サマー・トライアングル・ドラゴンでアタック」

 

 大地を踏みしめた余韻もなくサマー・トライアングル・ドラゴンは緑の翼を広げ大空を滑空した。

 

 「サマー・トライアングル・ドラゴンのアタック時効果で1枚ドロー。更にこのスピリット以外の系統:「星竜」を持つ自分のスピリットがいるとき、ターンに1回、このスピリットは回復する」

 

 「回復するの!?」

 

 鎧に刻まれた逆トライアングルから光が溢れ、疲れた竜人に新たな活力を与えた。

 

 「い、いよいよ初ライフ。結構痛そうだし歯を食い縛らないと。ライフで受けるよ」

 

 ロロドラが疲労している今、ブロックの出来ないシオリはライフで受ける選択をし、来るであろう痛みに耐えるべくハンドルを握り締める。

 噴き出される灼熱の炎が現れた障壁を焼き焦がしシオリのライフと共に砕け同時に強烈な痛覚も――。

 

 「うっ……んん? あれ、全然痛くない。なんで?」

 シオリ:ライフ5→4

 

 タイヨウの歪んだ顔から味わったことのない痛みを感じると思っていたが実際はそよ風程度の衝撃だけ。

 もしかしてあれはタイヨウの演技。オーバーリアクションではとどう反応すればいいのか困っていると。

 

 「僕も忘れてたから説明してなかったんだけどライフの痛みは事前に痛覚レベルを調節できるんだ。一番痛いのが10で、一番痛くないのが0。時野さんはBSカードを作ったばかりで初期設定のレベル0のままだから全然痛くないから」

 

 「そうなんだ。良かった~星月くんが過剰表現しちゃう痛い人とかじゃなくて」

 

 「早めに誤解が解けてよかったよ」

 

 安心するシオリと違いタイヨウは苦笑するのみ。するとあのゾクリとした感覚はなくなっていた。

 

 「星月くん相当痛がってたけどそれってレベルはなんぼなの」

 

 あの時の感覚は謎のままだが通常運転に戻ったシオリがそれに対して尾を引くことはない。

 

 「教えて興味本位でレベルを合わせられても困るから言わないよ。ま、ランクが上がらないとレベルも変えれないけど」

 

 「ええ! なんかショック。どれだけ痛いのか気になってたのに」

 

 「ならランクを上げるしかないね。――さてと、回復したサマー・トライアングル・ドラゴンでもう一度アタック。アタック時効果で1枚ドローだよ」

 

 再び飛翔する竜人は一気にシオリの眼前まで距離を詰めると口から炎が溢れ出す。

 

 「もう楽しみの一つが後回しだよ。ライフで受ける!」

  

 二度目の火炎攻撃に障壁は焼かれライフは弾け飛ぶが痛みも衝撃もないと知ったシオリはもうハンドルを握っていない。

 

 「痛みがないとちょっと物足りないって感じだよ」

 シオリ:ライフ4→3

 

 「こんなに痛みを求めるなんて変わってるなー。僕も人のことは言えないけど。これで僕はターンエンド」

 

 第3TURNタイヨウ終了――

 手札:5 リザーブ:0

 《煌星竜スター・ブレイドラ→Lv2BP3000 C2[S]》

 《サマー・トライアングル・ドラゴン(疲)→Lv2BP3000 C3》

 《創界神アポローン→Lv1 C3》

 

 ――第4TURNシオリ

 手札:6 リザーブ:6 バースト:有

 《ゴッドシーカーロロドラ→Lv2BP3000 C2[S]》 

 

 ライフを二つ失い自分のターンが来たシオリは手札を睨みながらコアの計算をしていた。

 

 「こっちを先に出して……軽減があるから……」

 

 初心者なら誰もが通る道。タイヨウも懐かしいものを見る目で待っていると計算を終えたシオリは自信に満ちた顔をしていた。

 

 「まずは放浪の創界神ロロを配置だよ」

 

 アポローンと同じ創界神の名を持つフードを被った長髪の青年がシオリの背後に浮かび上がる。

 

 「確か同名カードがないから神託を使うよ」

 

 デッキの上から《クリメイションフレイム》《道化竜メルトドラゴン》《道化竜ドヴェルグドラゴン》の3枚がトラッシュに置かれた。

 対象である[道化/起幻&3以上]のスピリットが2枚あるためボイドからコア2個がロロに追加される。

 

 「シオリちゃんの創界神も中々のイケメンね。けど……転醒カードもそうだけどあんな創界神なんてあったかしら。ロロの創界神は彼の持つあれだけしかないはずよね」

 

 シオリの持つロロにマリアは違和感を覚える。他の観客はマリアみたいに違和感はなく新たに登場した創界神に沸いていた。

 

 「本当はあのカードが良かったけど来ないもんを嘆いても仕方ないよね。転醒ネクサス、新しき世界を配置」

 《新しき世界→Lv1》

 

 ロロの真上に岩のアーチが現れ美しき青空と草原が広がる。そこから吹かれる優しい風に髪を揺らすロロに神託が発動しコアが増える。

 

 「転醒ネクサス……さっき手札に加えた転醒カードか。さあて転醒カードがどれ程の力を持つカードか楽しみだよ」

 

 シオリに届かない声で呟くタイヨウは楽しみを抱くが同時に未知のカードに警戒を強める。

 観客もようやくお披露目された転醒カードの効果に固唾を呑んで見守るなかシオリはロロドラの隣に別のスピリットを呼ぶ。

 

 「道化竜ポルドラ&カスタードラを召喚。新しき世界の効果で起幻を持つスピリットを召喚するときこのネクサスのシンボルを赤として扱うよ」

 

 一つの赤のシンボルから二匹の緑の飛竜が生まれた。

 どちらも似た見た目をしているが角の本数や埋め込まれたエメラルドの形など僅かに差異がある。

 

 「ポルドラ&カスタードラの召喚時効果でスター・ブレイドラを破壊! 破壊したときボイドからコア1個をこのスピリットに置くよ」

 

 ポルドラの火炎放射に全身を焼かれスター・ブレイドラは爆発する。それを見届けたカスタードラの一声によりコアが具現化する。

 

 「これでブロッカーはいなくなったね。アタックステップ。ポルドラ&カスタードラでアタック!」

 

 二匹の飛竜は同時に飛翔し無防備なタイヨウに襲い掛かるが――。

 

 「フラッシュタイミング。アポローンの神技発揮。このネクサスのコアを2個ボイドに置くことでBP6000以下の相手スピリットを破壊する。ロロドラを破壊だ」

 

 アポローンが弓矢を引き絞り放たれた一矢は炎を纏い二匹の飛竜を掻い潜り欠伸をしていたロロドラを撃ち抜いた。

 

 「ああ、ロロドラが!?」

 

 「破壊したから1枚ドロー。さっきの仕返しだよ」

 

 クスクス笑うタイヨウに涙目になるシオリはすぐに気持ちを切り替える。

 

 「でもブロッカーがいないことには変わらないよ。ポルドラ&カスタードラ、ロロドラの仇を取って!」

 

 彼女の願いが届いたのか叫び、タイヨウ目掛けて急降下。

 

 「そのアタックはライフで受ける!」

 

 二匹の飛竜がライフの障壁に牙を立て障壁を噛み砕いた。

 あたかもライフを二つ削るような動作だったがタイヨウのライフは一つしか減っていない。

 

 「――っ! ふぅ、さっきより慣れてきたな。スピリットの効果で僕のブロッカーを失くし一気にライフを削るつもりだったかもしれないけど残念だったね」

 ライフ4→3

 

 シオリの作戦を読み、手を打つタイヨウは経験の差を見せ付け観客から大人気ないと思われているがシオリの狙いは一気にライフを削ることではない。

 

 「違うよ星月くん。私はとりあえずライフを一つ減らしたかったの」

 

 「なに……」

 

 不敵にシオリは笑うとバトルフィールドが揺れる。

 

 「この揺れは――!」

 

 「相手のライフが減ったときこのネクサスにソウルコアを置いてこのカードを裏返す!」

 

 「カードを――!!」

 

 「裏返すですって!?」 

 

 シオリの宣言と同時に新しき世界のカードは飛び上がり反転する。

 本来、バトスピのカードの裏面はBSのロゴが入った黒い面をしている。新しき世界も例外なくそのはずなのにその裏面は光輝き別の姿が描かれていた。

 

 「新しき世界を風雅龍エレア・ラグーンに【転醒】!」

 《風雅龍エレア・ラグーン→Lv1BP3000》

  ――カウント1――

 

 石のアーチの上空から巨大な四足の龍が姿を現し、美しかった世界が消失した。

 白い翼。真っ白い表皮に覆われた体のあちこちには翡翠の光が走り自身の存在を主張するかのように天に向かって吠えた瞬間、シオリの腕についていた歯車の時計の長針がIを指す。

 

 「ネクサスがスピリットに変わった」

 

 「あれが転醒カード……バトスピ初の両面カードだわ」

 

 ついに転醒カードの正体が露になった瞬間、観客の興奮も一気に爆発し大歓声を上げる。

 

 「すげぇ! ネクサスがスピリットになった!」

 「なんだよあのカード! 初めて見たぞ!」

 「カッケェ! どこで手に入るんだよ!」

 

 観客が騒ぐのも無理はない。カードバトラーなら誰だって未知のカードが現れたら興奮するに決まっている。それは未知のカードを使うバトラーの対戦相手であるタイヨウも変わらない。

 

 「転醒……スピリットが別の姿に進化する煌臨とは違う。生まれ変わり……というより本来の姿になった……とかか。どっちにしろ期待通りだ」

 

 「はわあ~超カッコいいよエレア・ラグーン! ――はっ! いけないいけない。エレア・ラグーンの転醒時効果発揮。ボイドからコア2個をこのスピリットに置くよ。これでエレアラグーンはLv2アップ!」

 《風雅龍エレア・ラグーン→Lv2BP5000》

 

 「コアブーストか……悪くない。それでその転醒カードでアタックするか」

 

 「したいけどここはターンエンド。ライフ3でブロッカーゼロはさすがに不味いかな」

 

 第4TURNシオリ終了――

 手札:3 リザーブ:1 バースト:有

 《道化竜ポルドラ&カスタードラ(疲)→Lv1BP 2000 C2 》

 《風雅龍エレア・ラグーン→Lv2BP5000 C3[S]》

 《放浪の創界神ロロ→Lv2 C4》

 

 ――第5TURNタイヨウ

 手札:7 リザーブ:5 

 《サマー・トライアングル・ドラゴン→Lv2BP3000 C3》

 《創界神アポローン→Lv1 C1》

 

 タイヨウがデッキからカードを1枚加えたとき場の雰囲気が変わったのをシオリは直感的に感じた。

 

 「あー、いい感じに揃っちゃったか」

 

 申し訳なく手札を見るタイヨウはシオリに気を使っているのだろう。『このターンで終わらせれるけどさすがに不味いよな』とそんな感じが遠くからでも伝わってくる。

 

 「遠慮しなくていいよ星月くん。私、星月くんのデッキのエースを見てみたい!」

 

 目を輝かせ彼のキースピリットをご所望する。

 

 「――トドメをささなければ大丈夫かな。いいよ、僕もこいつが活躍するのをみたいしな」

 

 「やったー!」

 

 両手を上げて喜ぶシオリに安堵の表情を浮かべたタイヨウは「最初にこいつだ」と二枚目のスター・ブレイドラを召喚した。

 《煌星竜スター・ブレイドラ→Lv1BP1000》

 

 「――いくよ。“天を裂く雷よ 大地を駆けろ! 雷皇龍ジークヴルム(Re)を召喚!”」

 《雷皇龍ジークヴルム(Re)→Lv3BP10000》

 

 上空に暗雲が現れ雷が鳴り響く。タイヨウの背後から紅い腕が伸び真紅の龍が姿を現し咆哮する。

 背中の羽根で空を滑空しバトルフィールドに舞い降りた真紅の龍は尻尾で大地を叩き無機質な翠の眼でシオリを睨む。

 

 「――――――ッ!! メッチャカッコいい!!!! それが星月くんのパートナー! 相棒!」

 

 盤上から身を乗りだしシオリは感嘆の声を漏らすがタイヨウは複雑な表情で首を振る。

 

 「大切なカードには変わらないけどパートナーは違うかな。それはこいつも一緒だけど」

 

 「……?」

 

 感傷的な気持ちになっていたのを正しタイヨウはこのバトルでついにバーストをセットしてアタックステップに。

 

 「遠慮するなって言ったこと後悔するなよ」

 

 「しないよ。なんなら華麗に防いでみせるから」

 

 「頼もしい限り。ジークヴルム【煌激突】だ!」

 

 上空で旋回するジークヴルムは身体を真っ直ぐ一本の槍と化すと全体に炎を纏いエレア・ラグーン目掛けて突進する。

 

 「うっそ強制ブロック!?」

 

 「【煌激突】は可能なら相手は必ずブロックしないといけない効果でブロックされたときソウルコアを使わずにこのスピリットに煌臨できるんだ」

 

 「煌臨ってことはもしかして!」

 

 「ご明察。“太陽のごとく燃え上がれ灼熱の化神! 太陽神星龍アポロヴルムを煌臨!”」

 《太陽神星龍アポロヴルム→Lv2BP11000》

 

 槍状だった身体を丸め火球となったジークヴルムの身体が変化を始め別のスピリットが姿を現す。

 自身から放たれる高熱をも耐える貴金属の鎧に覆われ、胸の碧宝石がアポローンの宝石と共鳴し紋章が浮かび上がる。

 最後に残りの炎が頭部に集まり紅い炎の髪に変わる。

 

 まさに太陽の化神と呼ぶに相応しい太陽神星龍にシオリは開いた口が塞がらない。何故ならあのスピリットは――。

 

 「アポロと同じ名前……」

 

 憧れのアポロと同じ名を関するスピリットにシオリは運命を感じずにいられなかった。

 

 「アポロドラゴン達以外にもアポロのスピリットがいたなんて……とっても燃えてきたーって感じ!」

  

 「喜ぶのはいいけどピンチなの分かってる。ジークヴルムはアタックステップ中に星竜に煌臨されたときライフを一つ砕くんだよ」

 

 「ええ!? そんな効果まであるの!?」

 

 アポロヴルムからジークヴルムの形をした炎がシオリのライフを焼き尽くす。

 シオリ:ライフ3→2

 

 「タイヨウちゃん、相手が初心者だって忘れてるの!?」

 

 「……さすがにやり過ぎたかな」

 

 あまりにも初心者を相手にしていいコンボでは無かったと反省するがシオリは全く気にしていない。それどころか――。

 

 「やっぱり星月くんは凄いよ。でも私だって! ライフ減少でバースト発動! 絶甲氷盾!」

 

 「な――!」

 

 今までずっと伏せられていたシオリのバーストがついに発動した。

 

 「バースト効果でボイドからコア1個をライフに。更にコストを払って星月くんのアタックステップを終了させるよ。コストはポルドラカスタードラとエレア・ラグーンから使うよ」

 シオリ:ライフ2→3

 

 灼熱の太陽すら阻む氷の壁が競り上がりタイヨウのスピリットのこれ以上の侵入を妨害する。

 

 「ライフ減少のバーストをここまで温存していたというの!」

 

 「普通ライフ減少後のバーストなんてすぐ使ってしまうのによくここまで我慢できていたね」

 

 初心者なら条件を満たせばすぐにバーストを発動してしまいがちだ。だからタイヨウはライフ減少、アタック後、スピリットの破壊に反応が無かったから召喚時効果の発揮後だと目星をつけていたのだ。それを外したタイヨウはこのバトルで初めてシオリから裏をかかれたと言っていい。 

 

 「ふふん。敢えて発動できる場面で発動しないことで相手の油断を誘う。アポロがよくやっていた戦法だよ」 

 

 「なるほど。アポロの、ね」

 

 シオリがここまで初心者離れをしたバトルが出来るのも長年彼のバトルを見続け学習しているからこそだ。

 

 「でも転醒カードは破壊させてもらうよ。その前にアポロヴルムの【界放】発揮。アポローンのコア2個をこのスピリットに置くことで回復させる」

 

 アポローンの炎の矢から力を貰ったアポロヴルムはエレア・ラグーンと空の戦いに挑む。

 上空で迎撃体制に入るエレア・ラグーンは翼を羽ばたかせ荒れ狂う風を竜巻にしてアポロヴルムにぶつけるが物ともしないアポロヴルムは灼熱の火炎で竜巻ごとエレア・ラグーンを燃やした。

 

 「エレア・ラグーン! あなたの活躍無駄にしないから」

 

 エレア・ラグーンを破壊したアポロヴルムは氷の壁を前に不服そうに元の位置に戻った。

 

 「本当に防がれるとはね。ターンエンド」

 

 第5TURNタイヨウ終了――

 手札:3 リザーブ:0 バースト:有

 《煌星竜スター・ブレイドラ→Lv1BP1000 C1》

 《サマー・トライアングル・ドラゴン→Lv2BP3000 C3》

 《太陽神星龍アポロヴルム→Lv3BP15000 C6[S ]》

 《創界神アポローン→Lv1 C1》

 

 ――第6TURNシオリ

 手札:4 リザーブ:12 

 《道化竜ポルドラ&カスタードラ→Lv1BP2000 C1》

 《放浪の創界神ロロ→Lv2 C4》

 

 「僕もこのデッキのキースピリットを出したんだ。そろそろ時野さんのキースピリットを見てみたいな」

 

 「私だって早く出したいんだけど……」

 

 先のドローステップでスピリットは引くも目当てのカードではない。だが、嘆くにはまだ早い。

 

 「あなたに全て託すよ。ロロの【神技】を使うよ。ターンに一回デッキから1枚ドローするよ」

 

 デッキの上を触れシオリは目を瞑りゆっくりと息を吐く。ここであのカードを引かなければ多分負ける。そんな予感がするシオリは精一杯の祈りを込める。 

 

 ――お願い。来て……!

 

 デッキからドローしたカードを恐る恐る目を開けて確認した。

 

 「……! やった来たー!」

 

 祈りが届いた。カードを掲げるシオリは「お待たせ」とタイヨウに微笑む。

 その笑みに察したタイヨウはギュウとハンドルを握り迎え撃つ体制を取った。

 

 「さあ、いつでも来い!」

 

 「うん、いくよ! “時歩み龍が今ここに顕現する! 召喚、時空龍クロノ・ドラゴン!”」

 

 空間に突如ヒビが入り青い刃が空間を切り裂き、歯車を模した装飾を身に付けた竜人が空間の狭間から飛び出した。

 

 「あれがシオリちゃんの……」

 

 「キースピリットか」

 

 鋼鉄の翼を生やした背を向けるクロノ・ドラゴンとついに対面を果たしたシオリは静かに唇を震わしていた。

 

 「クロノ・ドラゴン……私の龍……私の相棒!」

 

 その言葉が聞こえたのかクロノ・ドラゴンは吠える。自分の相棒だと肯定するように。

 

 「クロノ・ドラゴンが入れば百人力だよ。ポルドラカスタードラをLv2に上げてバーストセット!」

 《道化竜ポルドラ&カスタードラ→Lv2BP4000》

 

 クロノ・ドラゴン以外のスピリットは召喚せず場を整えたシオリはそのままアタックステップに。

 

 「時空龍クロノ・ドラゴンでアタック! アタック時効果で1枚ドロー。更に相手はバーストの効果を発揮できないよ」

 

 「バースト効果をか」

 

 クロノ・ドラゴンのアタック時効果はバースト自体の発動は出来るもののその後の効果を封じる厄介な効果だった。これではバーストによるカウンター等が意味をなさないがタイヨウはそれよりもこの場面でクロノ・ドラゴンで攻めてきたことに困惑していた。

 

 クロノ・ドラゴンのBPは8000。それに対してタイヨウのフィールドにはBP15000のアポロヴルムが待ち構えている。このままブロックすれば返り討ちにできてしまう。

 ここまで初心者らしからぬプレイングを見せるシオリが今さらそんな凡ミスを犯すとは思えない。クロノ・ドラゴンでアポロヴルムを倒せる算段があると考える方が自然だった。

 ならタイヨウの取る手は一つだけだ。

 

 「フラッシュタイミング、マジック、イグニートフレイム」

 

 「赤のマジック!」

 

 「イグニートフレイムはBP8000以下スピリット一体を破壊する。対象はクロノ・ドラゴンだ」

 

 カードから射出された火球がクロノ・ドラゴンの全身を燃やす。

 

 「あぁ、お姉ちゃんのキースピリットが……」

 「なにも活躍せずに終わりー」

 「大人気ないぞー!」

 

 観客から批難の声が上がる。連鎖する声を収めるのは店長であるマリアの役目だが……。

 

 「タイヨウちゃん完全にシオリちゃんが初心者なのを忘れてるわね」

 

 マリアも皆と同じ気持ちで止めるのを忘れて低く唸った。

 現にタイヨウはもうシオリの事を初心者とは見ていない。初心者と扱えば逆に自分が呑まれて為す術なく負けてしまうと思ったからだ。

 

 しかし勘違いをしてはいけない。タイヨウは初心者に負けることが嫌なわけでない。どちらかといえば初心者には華々しく勝利を飾ってもらいたいと考えるぐらいだ。

 

 だけどシオリは違う。

 ターンを重ねるごとに馴れが生まれ初心者と思えないプレイングをする彼女にタイヨウは懐かしきバトルの高揚感を感じていた。

 故にタイヨウのこの一手は彼女がここからどう切り直すのか。出来ると信じ期待しての一手だった。

 

 「――――――」

 

 炎に包まれるクロノ・ドラゴンにシオリは黙ったまま口を開かない。

 さすがに買い被りすぎたか。いくらなんでも待ちに待ったキースピリットをマジックで破壊されれば落ち込むのも無理はない。それに経験者でもこの状況を切り直すのは容易ではないのだ。

 やり過ぎたと遅くに失望混じりに反省しているとクロノ・ドラゴンの様子がおかしいことに気づく。

 

 「クロノ・ドラゴンが破壊されない?」

 

 あり得ない現象だ。もし耐性があるのならマジックを弾き返すはずだ。仮に破壊されてもフィールドに残る効果だとしても必ず破壊はされ、身体を再生させてフィールドに残る。

 どちらにも当てはまらない謎の現象にタイヨウはクロノ・ドラゴンに起こった変化に気付いた。

 

 「……! あれは!」

 

 炎に包まれるクロノ・ドラゴンの周りに無数の時計が浮かび上がりその針が猛烈な勢いで時を刻む。

 まるであの空間だけの時が進んでいるようだった。炎に包まれたクロノ・ドラゴンは時が進むごとに大きさを変え姿を変化させる。

 

 「まさかあれは……!」

 

 クロノ・ドラゴンに起こる現象にタイヨウが気付いた瞬間、沈黙を続けていたシオリが大きく口を開いた。

 

 「凄いよ星月くん! まさかマジックであっさり対処しちゃうなんて。私、すっかりマジックのカウンターがあるのを忘れてたよ。でも……」

 

 楽しそうに笑う彼女に身を固くしながらタイヨウは己の判断が間違えていたのを悟った。あの龍は――。

 

 「私の相棒はこの程度の炎じゃ止まらないよ!」

 

 その声に反応しクロノ・ドラゴンが吠えた瞬間、龍の全身が光り、姿を変える。

 全体が伸び二足で支えられなかった身体を四足で支え、無機質だった翼に色を宿し大きく空へ広げた。

 

 煌臨に似た現象。だが、スピリットが新たな肉体を呼び寄せ別の姿へと変化する煌臨と違いこれはスピリットがより強い自分に生まれ変わろうとしていた。

 

 「なるほど……これが“転醒”」

 

 「“幾千の時空を越えし龍よ 今ここに新たな姿を顕現せよ! 【転醒】時空龍皇クロノバース・ドラグーン!”」

 《時空龍皇クロノバース・ドラグーン→Lv3BP13000》

 ――カウント2――

 

 カードが裏返り新たなスピリットが記され光に包まれたクロノ・ドラゴンがその姿を現した。

 

 二足歩行だった竜人から四足歩行の龍へと進化したクロノ・ドラゴンの翼も数を増やし無機質なものから蝶のような美しさのあるものに。

 自身が使っていた青いブレードが両肩や腰から生え、首の伸びた頭部にも龍皇の象徴として生えていた。

 

 「これは……壮観だな」

 

 「これが私のキースピリットの真の姿だよ!」

 

 天高々に吠えるクロノバース・ドラグーンの口に光が集まりシオリは片手を突き出した。

 

 「クロノバース・ドラグーンの転醒時効果発揮! 系統『起幻』を持たない相手の創界神1つを破壊!」

 

 「なに……!」

 

 放たれた青白い熱線が絶対的立場である神を襲い、このフィールドから神の姿を消し去った。

 

 「マリアさん、創界神って破壊されないんじゃないの」

 

 「少し違うわ。今まで創界神を破壊するカードが存在しなかっただけよ。でも、創界神を破壊するなんて中々ショッキングな映像ね」

 

 創界神を破壊した偉業を成し遂げたシオリだが彼女の反撃は始まったばかりだ。

 

 「更にクロノバース・ドラグーンを回復! そして私のカウントが増えたときカウントが2以上ならセットしてあるこのバーストをバースト条件を無視して発動できる。発動、道化竜フール・ジョーカードラゴン!」

 

 強制的に発動したバーストカードから発射された火炎弾がスター・ブレイドラとサマー・トライアングル・ドラゴンに直撃し破壊した。

 

 「バースト効果でBP12000以下の相手スピリットを2体破壊だよ。この効果発揮後コストを払わず召喚」

 《道化竜フール・ジョーカードラゴン→Lv2BP10000》

 

 唐紅の艶のある鱗のトカゲに近い羽根のある竜人が大鎌を振り回す。

 ケタケタと笑うその顔はまさに悪魔。追い詰められるタイヨウを見て悦に入っていた。

 

 「転醒して戻ってきたクロノバース・ドラグーンのアタックは続いているよ!」

 

 「……ほぼ詰みだな」

 

 手札とフィールドを見比べて全てを悟ったタイヨウ。だからといってこのバトルを投げ出すつもりはない。

 

 「アポロヴルムでブロック。せっかくの機会だ。キースピリット同士のバトルでもやろうか」

 

 「お、星月くん分かってる~!」

 

 クロノバース・ドラグーンの突撃を真正面から受け止めたアポロヴルムは自身の力を誇示するように投げ返すと付いてこいと言わんばかりに空へ飛んだ。

 負けじと体勢を立て直したクロノバース・ドラグーンも空へと飛び立つもすでにアポロヴルムは太陽の光を力に変え攻撃の準備が整っていた。

 

 「フラッシュタイミング、マジック《フォースブライトドロー》を使うよ。コアはポルドラカスタードラから。フラッシュ効果でクロノバース・ドラグーンのBPを+3000。これでアポロヴルムのBPは上回ったよ」

 《道化竜ポルドラ&カスタードラ→Lv1BP2000》 

 《時空龍皇クロノバース・ドラグーン→Lv3BP13000+3000》

 

 「当然持ってるよな」

 

 アポロヴルムから放たれた太陽熱に匹敵する熱線を時空の中に移動し避けたクロノバース・ドラグーンはそのまま遥か上空に飛び出すと腰のブレード二本が分離し目の前に並ぶ。

 下降の敵に狙いを定め急降下。その存在に気付いたときには時空龍皇の五本のブレードが太陽神星龍の四肢、コアを切り裂き神の命を奪い去っていた。

 

 「こんな結末で悪いなアポロヴルム」

 

 本来ならスピリットの破壊にバーストが発動しこの状況も打開できたのだがクロノ・ドラゴン時に発動しているバースト効果封じのせいでそれも叶わない。

 後は彼女がカウンターを警戒してアタックするのを止めるぐらいだが――。

 

 「ポルドラカスタードラ、フール・ジョーカードラゴンでアタック!」

 

 ここまで来て彼女が攻撃の手を緩めるはずがない。

 

 「どちらもライフで受ける!」

 《タイヨウ:ライフ3→1》

 

 二頭の翼竜の連撃。竜の皮を被った悪魔の大鎌の一撃に二つのライフを失ったタイヨウはその痛みに顔を歪める。

 

 「っ! 大丈夫!?」

 

 「……心配なんて結構。こんな楽しいバトルが終わるのは残念だがさあ、シオリ(・・・)! 僕のライフはあと1つだ。全力で来い!」

 

 「……! ――うん! いっけぇぇぇ、クロノバース・ドラグーン!」

 

 両手を広げ全てを受け入れるタイヨウの元にクロノバース・ドラグーンが迫る。

 最後のライフの障壁に時空龍皇の振り下ろされた四本の爪が食い込み切り裂いた。

 

 最後のライフダメージがタイヨウを襲うと彼は後方に吹き飛ばされる。その瞬間、バトルフィールド全体が白い光に包まれシオリの視覚を奪ったのだった。

 《タイヨウ:ライフ1→0》




~バトスピ小ネタ劇場~
《召喚パフォーマンス》
シオリ「星月くんがキースピリットを出すときにやってたあれって召喚パフォーマンスだよね」

タイヨウ「そうだけど、それがどうしたの」

シオリ「星月くんってあんまりそういうのしなさそうなのにノリノリでやってたら意外って感じで」

タイヨウ「し、知るか昔からの癖なんだ。そっちだってノリノリだっただろ」

シオリ「私はあれ込みでバトルしたかったからノリノリで当然! でで、ちなみに星月くん他にもどんなのがあるの」

タイヨウ「なんでそんなの聞くんだよ」

シオリ「だってめちゃくちゃカッコよかったんだから他のもカッコいいんだろうなって」

タイヨウ「嫌だ」

シオリ「え~、ちょっとぐらいいいでしょ。私もやるから」

タイヨウ「絶・対・断る」

  “今後の彼の召喚パフォーマンスに乞うご期待”



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第4TURN バトルの後に

 真っ白い世界が彩り形を織り成していく。

 気が付くとシオリはカードショップに戻っていた。

 

 「えっと……私……」

 

 非現実だったバトルフィールドから急に現実のカードショップに戻されたため脳が混乱状態のシオリは向かいで座り込み項垂れるタイヨウを見つけた。

 

 「あ、え!? 大丈夫タイヨウく――」

 

 混乱する脳に追い討ちを掛ける状況に慌てて駆け寄ろうとすると。

 

 「凄かったぞー!」

 「おいおい本当に初心者かよあんた!」

 「おねえちゃんちょうつよーい!」

 

 突然の拍手喝采にビクッと身体を震わすと壇上の下で二人のバトルを観戦していた客がシオリに賛辞の声を投げつける。

 

 「え、え、なにこれ。もう色々ありすぎて頭が追い付かないんだけど」

 

 どう対応すればいいか分からず戸惑っていると観客の中から飛び抜けた等身のマリアが手を叩き満面の笑みを浮かべて近付いてきた。

 

 「congratulation。素晴らしいバトルだったわ。シオリちゃん本当に初心者?」

 

 「正真正銘今日初めてバトルした初心者ですよ! ってそんなことよりもタイヨウくんが――あれ?」

 

 誉めてくれるのは嬉しいが自分の事よりもタイヨウの心配をと思ったが再びタイヨウの方を見ると自分の足でしっかりと立ち背筋を伸ばす彼の姿が写った。

 

 「あー負けた負けた。久々にフツーに負けた」

 

 疲れはなく比較的元気そうなタイヨウにシオリの脳はもう現実に追い付かない。

 

 「ん? せっかく勝ったのに浮かない顔をしてどうしたの」

 

 「いやだって、タイヨウくん相当痛そうにしてたし最後思いっきり後ろに飛んでったよね」

 

 思い出すクロノバース・ドラグーンが最後のライフを奪った直後。後ろに吹き飛ぶタイヨウの姿を。

 バトルに負けたら吹き飛ぶなんて知らなかったシオリはタイヨウが何処か怪我をしてるんじゃないかと心配していたがタイヨウは「なんだそんなことか」と笑っていた。

 

 「あれは過剰演出なだけで時野さんと同じですぐにここに戻ってきたから怪我なんてしてないよ。そもそも怪我をしたら問題事だよ」

 

 「でもさっきしんどそうにしてたよね」

 

 「まあちょっと痛みはあるけど慣れてるから気にする必要はないよ。それよりも初バトルはどうだった」

 

 「え、それは――」

 

 先程までのタイヨウとのバトルを思い返す。

 初めてのバトルは無我夢中で自分がどのようにバトルしたのかは上手く思い出せない。でもただ一つはっきり言えることがある。

 

 「とってもとっても楽しかった! またバトルフィールドでバトルしたいって感じ、というより今すぐしたい!」

 

 「大満足でなによりだよ。久しぶり僕も楽しいバトルが出来たよ」

 

 「あ、そうよタイヨウちゃん。あなた途中からシオリちゃんが初心者だってこと忘れて本気だしてたでしょ」

 

 「うっ、それは……」

 

 マリアの指摘にばつの悪そうな顔をして視線をそらす。

 タイヨウも最後の方は完全にスイッチが入り容赦なく叩き潰そうとしていた。結果的にシオリのファインプレーで事なきを得たから良かったものの普通ならあの場面で投げ出してもおかしくなくバトスピを嫌いになっていた可能性もある。

 

 「初心者に本気だすなとは言わないけどあそこで躊躇わずキースピリットを破壊するのはどうかと思うわよ。そこは普通に別のスピリットを破壊するとかして」

 

 「言われなくても反省してますよ。さすがにやり過ぎたって」

 

 「でも私楽しかったよ。マジックのカウンターも痺れたしキースピリット同士のバトルも熱かったよ」

 

 「初心者でそんなこと言えるのはシオリちゃんぐらいね全く。でも気に入ってくれてよかったわ」

 

 本人が気にしていないのならこれ以上の言及は不要だと責めるのを止め「それはそうと」とシオリに向き直る。

 

 「たぶんみんな気になってるから代表してアタシが聞くけどシオリちゃんのそのデッキはどこで手に入れたものなの。見たことのないカードばかりだけど」

 

 世界に一つしかないため誰も知らないのは当然だ。デッキの詳細が知りたくて堪らないみんなにシオリは笑顔で。

 

 「いいですよ。でもカードショップの店長さんが知らないのってなんか不思議~。まぁ、仕方ないんだけど。私のデッキはですね――」

 

 台の上にバトルフィールドからここに戻ってきた自身のデッキを取って何処で手に入れたか説明しようとしたときだ。

 

 「俺もその話に興味があるなぁ。ぜひ教えてくれよ転醒カードの入手方をよぉ」

 

 店内に響き渡る気だるげな男の声。その声は後ろから聞こえ全員の視線がその声の主に向けられた。

 一番後ろのバトル台の周りに紫のバンダナを着けたラフすぎる格好をした五、六人が囲っておりその中心には机に足を置いてふんぞり返って座る男が手を挙げていた。

 

 「なあ、新米バトラーの嬢ちゃんよ」

 

 にたにたと笑みを浮かべる男を見た瞬間、シオリの背筋に悪寒が走り本能が訴える。

 この男は不快で相手にしては駄目な人物だと――。




一先ずここまで読んでくださってありがとうございます
次話は早めに投稿できるよう頑張りますのでしばらくお待ちください(今月は期待しないで

~バトスピ小ネタ劇場~
《教えてマリア先生!!》
Q.創界神ってどこで手に入るんですか?

A.そうね、よくショップバトルの優勝商品になってるからショップバトルで優勝するのが早いかしらね


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第5TURN  闇輝石六将

 机を蹴飛ばすように立ち上がった男は下劣な笑みを浮かべてシオリ達との距離を詰める。

 

 「転醒カードってよぉ、見たことも聞いたこともないカードだろ? 一体どこで手に入れたんだぁ?」

 

 「ひっ!」

 

 「シオリちゃん降りちゃダメよ! みんなも私の後ろから出てこないでね!」

 

 男が動き出した瞬間、マリアは巨体に見合わない素早い動きで間に入り盾となる。

 威厳ある態度。体を張って客を守る姿はまさに店長の鏡。

 二メートル近くある巨体に圧をかけられれば誰でもビビって弱腰になるはずだが、男はビビる様子もなく態度も変わらない。むしろ店長が前に出たことを嬉しそうに眺めていた。

 それもそのはず。男とマリアの視線はほぼ一緒。

 付き人と同じタンクトップに股下が深く垂れ下がったパンツとラフな格好だ。

 しかし一目でこの男がリーダー各だと分かる褐色肌の逞しい筋肉にドクロマークの剃り込みがある短く乱れた髪。バンダナでなく紫のスカーフには六枚の異なる羽の生えた瞳の刺繍があった。

 

 「そのスカーフ、お洒落ね。でもその刺繍はマイナスね」

 

 「言ってくれるなぁ。これは会社が支給したもので絶対着けなきゃいけないんだよ」

 

 「やはりあの噂は本当だったのね」

 

 ゴクリと唾を呑み込んだマリアは額に冷や汗を浮かべていた。

 

 「ここら一帯のショップを買収している会社がいるから気をつけろって言われてたけどまさかあなた達だったなんてね」

 

 「ほほぉ、やはり知ってたか《慈愛のマリア》さんよぉ」

 

 「ええ。《アルゼス社》は有名な会社ですもんね。でもまさかあなたがそこで働いていたなんて思わなかったわ」

 

 緊張感の漂う空気。子供達は完全に怯え涙を浮かべ、シオリも自分がどうしていいのか頭が真っ白になる中、一人何事もないように。

 

 「アルゼス社ってなに?」

 

 「ええ! この状態で聞くの! てかタイヨウくんアルゼス社知らないの!」

 

 思わず突っ込んでしまい男の視線がマリアからこちらに向かれる。

 

 「へぇ~、そこの小さなガキならともかくそこの兄ちゃんが知らないのはちとショックだな。これでも世界で活躍してる会社なんだぜぇ」

 

 「そうなの?」

 

 「そうだよ。アルゼス社って言えば世界中に会社があって様々な分野で経済のトップを走る大手企業だよ!」

 

 「ふーん……」

 

 シオリの簡単な説明にピンと来たのかそれとも分からずじまいなのか曖昧な返答にシオリは項垂れた。

 

 「嬢ちゃんは知ってくれて嬉しいぜぇ」

 

 「それでアルゼス社の人がここに何しに来たの。バトスピでもしに来たの」

 

 「タイヨウちゃん刺激しないで!」

 

 恐怖という感情を何処かに置き忘れたのか大人相手に堂々としたタイヨウの立ち振舞いに男はケタケタと笑う。

 

 「中々面白い奴がいるなぁ」

 

 「話し相手はアタシよ! それで何が目的なの!」

 

 声を荒げもう一度男の視線をこちらに意識させる。

 

 「そうそうその話だったなぁ。まぁ、簡単にいやーあんたとそこの兄ちゃんが言ったがな」

 

 「やはり……」 

 

 「このショップを賭けて俺とバトルしろ。俺が勝てばここはアルゼス社が買収する。あんたが勝てばここにはもう手出ししねぇ」

 

 バトスピのデッキを取り出しマリアに勝負を挑む男にシオリは驚きを隠せなかった。

 

 「そんな大事なことをバトスピで決めちゃっていいの。それよりも先に警察に電話を――」

 

 「無駄だよ。【問題はバトルで解決】これはバトスピ法に基づいたやり取りだから警察は動けない」

 

 「そんな……」

 

 シオリがBSカードを登録する際に同意したバトスピ法には確かにそのような事が書いてあったしこの法は絶対遵守されるとも書いてあった。だけど――。

 

 「バトスピ法はこんな事も許されるの」

 

 法の理不尽さに愕然とするシオリにタイヨウは静かに二人のやり取りを見つめていた。

 

 「さぁ、来いよマリア」

 

 「くっ……」

 

 バトスピ法によりバトルを申し込まれたマリアは絶対に受けないといけないのだがマリアは中々デッキを取り出さない。

 

 「ま、怖じ気づくのも無理ないよな。あんたじゃあ俺に勝てないからな」

 

 図星だったのか。先ほどまでの圧も消え去り無意識に半歩下がっていた。

 

 「マリアさんのような人が怖がるなんてそんなに強いのあの人」

 

 マリアの強さはせいぜいランクが【B】だとしか知らないシオリだが少なくともそのランクは間違いなく強者のいるランク帯のはずだ。

 

 「嬢ちゃんは初心者だから俺の事を知らないだろうなぁ」 

 

 ジロリとなめ回すような目付きでシオリを睨むと男はスカーフの刺繍を見せ付けるように叫ぶ。

 

 「俺はアルゼス社BS部隊、闇輝石六将(ダークストーンズ)が一人! 《紫石のモールト》だぁ!!」

 

 モールトと名乗った男は名乗りの勢いのままマリアに指差した。

 

 「そこの【B】ランクと違い俺は【A】ランク! 過去、何度か対戦したがこいつが俺に勝ったことはたったの一度もない!」

 

 店内に衝撃が走る。

 上から二番目のランク帯にいるマリアなら誰が来ても追い返してくれる希望があったのにモールトはその上の――一番上のランクだった。

 すぐに否定してほしかった。皆は惑わすための嘘なんだとマリアから言ってほしかった。

 だが、マリアは沈黙のまま拳を固めるしか出来なかった。それはモールトの言葉が全て事実だと言うこと。

 

 「そんな……このお店どうなっちゃうの。わたし達は?」

 

 一人の子供が溢した弱音。それが連鎖しギリギリの所で堪えていた負の感情が溢れ出していく。

 

 「み、みんな大丈夫よ! アタシがみんなもお店も守るから! ね」

 

 必死に子供達を慰めるマリアをシオリはただ見てるだけしか出来なかった。

 マリアがモールトに見向きもせず子供達に明るく振る舞い続けるとモールトは盛大にため息をついた。

 

 「興醒めだ。随分丸くなったもんだな。そんなに餓鬼が大事か」

 

 「大事に決まってるでしょ。この子達も、このお店も……!」

 

 「へーそうかい。――なら特別に見逃してもいいぜ」

 

 と、先ほどの態度から考えられない突然の手のひら返しにマリア達だけでなくモールトの回りの付き人まで驚いていた。

 

 「モールトさん! そんなこと言っていいんッスか!?」

 

 「期限までに買収しないと怒られるんじゃ」

 

 「おいおい、落ち着けよお前ら。なにも見返り無しで見逃すほど俺はお人好しじゃないぜ」

 

 両手を広げ付き人を黙らすと真っ直ぐマリアに指を突き出しゆっくりと横にそらす。

 

 「というわけで、見逃してほしけりゃ嬢ちゃんをこちらに寄越しな」

 

 ピタッと指が止まった先には壇上で立ち尽くすシオリがいた。

 

 「……え! もしかして私!? なんで!」

 

 「シオリちゃんを渡せってどういうことなの! あなたの会社は人攫いをするまで落ちぶれたの!」

 

 急なシオリの指名についにマリアの怒りも頂点に達し、鼓膜に響くような怒鳴り声をあげた。

 

 「違う違う。人攫いなんて誰がするかよ。素直に家にも帰すし身の安全も保証する」

 

 「なら――」

 

 「実は買収以外にも俺達、闇輝石六将だけに与えられた仕事があってな。当選者を連れてこいって社長の娘に言われてんだよ」

 

 「当選者……?」

 

 それが何を意味するのかマリアはピンとは来てなかったがシオリは自分が当選者だと言われる心当たりがあった。

 

 「忘れたのか。四ヶ月前にIBSOが世界中で行った抽選会を」

 

 「もちろん覚えてるわよ。アタシも参加したもの」

 

 「ああ。カードバトラーなら誰もが応募するはずだ。だが、未だにその使い手が姿を見せないのはおかしな話だよな。誰も知らないデッキだ。使えばすぐ広まる話なのに不思議だよなぁ」

 

 「何が言いたいのよ。その話とシオリちゃんに何の――!」

 

 ハッと気付いたマリアは嘘でしょと言いたげな表情でシオリの方を見た。

 20億ものの人数が参加した抽選会でたった一人しか得られないデッキを持つ子とこんな簡単に接触できると誰が思おうか。

 けどそうだと決めて考えると今まで当選者が姿を見せずシオリが未知のカードを使う理由に説明がつく。 

 そう当選者はバトルもしたことのない初心者だった。そして皆の記憶から薄れつつある今になってその使い手が姿を現せばすぐに当選者だと結びつけるのも難しい話だ。

 

 「俺も、お前も知らない転醒カード。それを使う嬢ちゃんこそ当選者だという証に他ならない!」

 

 はっきりと告げるモールト。それが事実なのだとマリアは理解しつつもシオリに首を振り『違うと言って』とジェスチャーを送る。

 その意図をシオリは理解はすれど言葉がでなかった。

 ここで当選者ではない、人違いだと嘘をつけば――未知のデッキを持っているとはいえトップバトラーから貰い受けたものだと言い張れば彼女が当選者だと証明するものはない。

 そこまで理解してるのにシオリは嘘の言葉が出ない。

 

 当たり前だ。この状況でそんな嘘がスラスラ出るほどシオリは嘘をついたことがない。

 

 「無言は同意とみなすぜ俺は」

 

 「――――!!」

 

 「さて、嬢ちゃんが当選者だと確定したとこで俺の要求を再確認しようか」

 

 パンッと手を叩き全員の視線を一身に集めるとモールトは指を二つ立てる。

 

 「俺が勝てばこのショップは買収。そして嬢ちゃんの身柄をこっちに渡してもらう。そっちが勝てば買収はなし、嬢ちゃんからも一旦手を引こう。まあ俺に勝つなんて万に一つあり得ないがな。だから――」

 

 嘲笑うようにマリアに向けて喋ると視線をシオリに移し、シオリに向かって話しかける。

  

 「嬢ちゃんの意思でアルゼス社までついてきてくれるなら特別にこのショップは見逃してもいい。さあ、どうする。俺は待つのが嫌いだからな。一分で決めな」

 

 突然シオリに告げられる時間付きの選択肢。

 バトルの勝敗を見守るか、バトルの勝敗関係なしに相手についていくか。

 

 「シオリちゃん、アイツの言葉に耳を傾ける必要はないわよ。アタシが勝って守ってあげるから」

 

 「ハッ、俺に勝ったことのないお前が守るか。やっても見える結果のバトルをして嬢ちゃんや餓鬼共に下手な希望を見せるより嬢ちゃんの意思でこっちに来た方が何倍も増しだろよ」

 

 戸惑うシオリにマリアが声を投げ掛けるがすぐさま下劣な笑みを浮かべたモールトが煽る。

 

 「そうだ。なんなら嬢ちゃんがマリアの代わりにバトルをするのはどうだ」

 

 「わ、私が……」

 

 「ああ、少なくともマリアよりかは勝算はあるだろうよ」

 

 名案だろと言わんばかりのモールト。しかし。

 

 「あなたね、初心者相手になんて事を言ってるの!」

 

 「あんたは黙ってな。決めるのは嬢ちゃんだ」

 

 マリアのもっともな怒声。だがモールトは一蹴し選ぶ責任をシオリに押し付ける。

 

 「マリアとのバトルに全てを任せるか、自分の意思でこっちに来るか、もしくは嬢ちゃんが俺とバトルするか。どれを選んでも構わないぜ」

 

 突き付けられる三つの選択肢。

 混乱する頭でシオリは一つ一つ必死に、冷静に吟味していく。

 この状況を確実に打破できる選択はマリアがバトルに勝利すること。  

 勝てば買収はなし。シオリも連れていかれることはないが負ければ全てなくなる上、話を信じるならマリアがモールトに勝つ可能性は限りなく低い。

 

 ならマリアの代わりにバトルをするか。

 

 無理だ。モールトはマリアより勝算はあると言っているがシオリは今日初めてバトルしたのだ。そんなシオリが責任の伴うバトルが出来るはずない。

 それにこのバトルはタイヨウとバトルした楽しいだけのバトルじゃない。その真逆のバトルだ。

 きっとタイヨウの時みたいな初心者離れした巧みなプレイングは出来ず、プレイミスの連続のはずだ。

 

 なら向こうについていくか。

 

 結局残ったこれが最善の選択。

 犠牲になるのは自分だけでショップは無事。みんなの居場所は無くならない。

 考える必要なんてない最初から見えていた答え。

 

 「……決めたよ」

 

 恐怖も不安も全部奥底に抑え込み、覚悟を決めたシオリの表情にモールトは答えを待つ。

 静寂に満ちた場。シオリは呼吸を整え速まる鼓動を落ち着かせると一歩足を踏み出した。

 

 「まさか!」

 「手は出すなよ」

 

 シオリが向かうは壇上の下。言葉にせずとも行動で彼女の答えを察したマリアが悲痛の顔を浮かべ静止させようとするもモールトがそれを許さない。

 

 ――これでいいんだ。私がどうなるか分からないけどこのショップが無事ならそれでいいんだ

 

 心は恐怖と不安で一杯だ。でもこの選択に後悔はない――。ただ出来ることなら。

 

 ――またもう一度、タイヨウくんとバトルしたかったな

 

 これからの自分がどうなるかは分からない。分からないからこそ唯一の心残りを胸に歩みを進めていくのだったが――。

 

 「――え」

 

 シオリは不意に足を止めた。違う。止めさせられたのだ。シオリをこれ以上進ませまいとする彼女の肩を掴む手の主により。 

 

 「タイ、ヨウ……くん?」

 

 シオリを止めたのは同じ壇上で静観していたタイヨウだった。

 

 「行く必要はない」

 

 「え?」

 

 シオリにだけ聞こえる声量で囁くとタイヨウは壇上の一番前まで出てくると眼下で見上げるマリア達を一瞥すると気だるげに。

 

 「正直、ショップの買収云々はあんたらの勝手だし面倒事に首を突っ込むのも嫌だったけど……関係のない時野さんを巻き込んだのは素直にムカついたから――」

 

 心底嫌そうに息を吐き捨てるとタイヨウは怪訝な面持ちのモールトを睨み付け告げた。

 

 「僕が代わりにバトルをしてやるよ三下」

 

 「あァ?」

 

 今まで下劣な笑みを浮かべていたモールトは初めてと言ってもいい敵意に満ちた怒りの形相を浮かべていた。

 当たり前だ。いきなり物事の判断がつく子供に格下と馬鹿にされたのだ。自分の腕に絶対的自信を持つモールトが癪に障るのも無理はない。

 

 「タイヨウくん何言ってるの。相手は大人なんだよ」

 

 標的が自分からタイヨウに移りそうで不安になるシオリだが真っ向から喧嘩を売った彼は態度を崩さず、それどころか。

 

 「知ってる。でもバトスピに大人も子供も関係ない。あるのは強いか弱いかだけだ」

 

 持論を展開しシオリを黙らせた。

 

 「なぁ、兄ちゃんよぉ。俺の聞き間違いじゃなけりゃあ今俺に喧嘩を売ったか?」

 

 「うん、言った。僕が代わりにバトルをしてやるよ三下って言った」

 

 ご丁寧に一言一句同じセリフを吐くタイヨウにモールトの怒りが爆発するよりも先に周りの連中が口々に責め立てる。

 

 「てめぇ、モールトさんに向かってなんて口の聞き方を!」

 

 「教育がなってねえんじゃねえか!?」

 

 「まず俺達が相手をしてやろうか!」

 

 次々と罵倒を浴びされるもタイヨウはため息をつくだけ。

 

 「あのさ、言ってて気付かないの。あんたらのそういう態度が余計に三下感をだしてんのに」

 

 「なんだと!!」

 

 「いいからすっこんでろよ。人を不快にするバトルしかできない三下以下の雑魚が」

 

 「――――ッ!!」

 

 シオリは目を疑った。

 同学年の、自分と同い年の子が圧だけで大人を怯ませる光景に。

 

 「兄ちゃんよぉ、バトルを代わるってことはどういうことなのか理解してんだろうな」

 

 あくまでも冷静な知性ある行動を心掛けるモールトにタイヨウは変わらずの態度で「もちろん」と理解を示す。

 

 「僕に勝てばあんたの要求通り買収でも時野さんを連れていくなりすればいい」

 

 「ちょっとタイヨウちゃん勝手に何言ってるの!?」

 

 それはあまりにも責任の生じるバトルに対し無責任な発言だった。そんな者にバトルは任せられないとマリアはタイヨウを止めようとするも――。

 

 「マリアさんはそこで見てて。というよりもうマリアさんがバトルするより僕がバトルする方が確実だから」

 

 「タイヨウちゃん、分かってて言ってるの。これは子供が横やりしていい問題じゃないの。ここは大人のアタシに」

 

 「心が既に負けているバトラーに勝利はない。ショップだけならともかく時野さんの身まで掛かったバトルにマリアさんは任せられない」

 

 ずっと静観してただけあってマリアの心理状態を的確に見抜き宣告するタイヨウにマリアは何も言い返せず口を開けるだけだった。

 

 「まあ安心してよ。ちゃんと勝つから」

 

 「ほう、大した自信のようだがおまえ、さっき初心者に負けたのを忘れてないか?」

 

 「忘れてないし負けたのは事実だから何も言わないけど、だからといってあんたに負ける理由にはならないよ」

 

 「そうかいそうかい。けど俺はそのバトルを見てたんだぜぇ。あんたの星竜デッキは中々の強さだがそれでも俺には遠くおよ――」

 

 「悪いけどデッキは変えさせてもらうよ」

 

 不安の感情を植え付けようと画策するモールトだったがタイヨウはその女々しい行いに呆れつつ盤上で置かれたままの星竜デッキをしまった。そして懐から新しいデッキを取り出しモールトに突き付けた。

 

 「あんたとのバトルは僕の本当のデッキを使う」

 

 「本当のデッキ……? ならさっき使ってたのは」

 

 「ごめん。あんまり時野さんの前では言いたくないけどあれ数日前に試しに作ったデッキなんだ」

 

 どうやら先のバトルが試運転だったらしく申し訳ない顔で謝るもシオリは驚いて謝られた事に気づいてない。

 自分とバトルしたあのデッキがお試しレベルなら彼の本当のデッキは一体どれだけ凄いのだろう。

 こんな状況なのにも関わらずシオリはタイヨウの本当のデッキがバトルされるのを楽しみにしていた。

 

 「こんな形でこのデッキを使うのは嫌だったけど必ず勝つならこのデッキほど信頼できるデッキもないからね」

 

 「子供の癖にかなり腕に覚えがあるようだな。ランクはなんぼだ」

 

 モールトだけでなくこのショップにいる全員が気になっていること。でも今まで黙っていたタイヨウがこの場だからといってすぐ教えるわけもなく。

 

 「ランクなんて教える必要もないでしょ。それとも負けたときの言い訳でも欲しいの」

 

 逆に煽り返す始末。

 そろそろタイヨウの不遜な態度にモールトは体を震わし怒りが爆発寸前といったところ。

 

 「おまえ俺が優しく振る舞っているからってずいぶん調子に乗ってるよな」

 

 「別に乗ってないけど。僕は思ったことを口にしてるだけだよ」

 

 「おまえ言い加減にしろよ! さすがの俺もここまでこけにされりゃあ頭に来るってもんだぜ!」

 

 ついに怒りを爆発させ怒鳴り声を上げるがタイヨウは平常心のまま靡かない。

 

 「はぁ、どうしてみんなそんなにランクなんて知りたがるんだろ。……いいよ。少しだけ教えて上げる。僕のランクはあんたと同じじゃない(・・・・・・・・・・)よ」

 

 ようやく自身のランクについて少し開示したタイヨウだがそれは肩透かしもいいところ。

 【A】ランクのモールトと同じでないならタイヨウのランクはそれ以下の【B】ランク以下になる。

 高くてもマリアと同じ。タイヨウの態度から【A】ランクなのではと期待していた子供達はがっかりしモールトも同じく興醒めしたように気分が下がっていた。

 

 「別にランクなんて関係ないだろ。バトルで勝つのは強いほうなんだ。時野さんみたいな場合だってある」

 

 「下克上がしてぇってわけか。まあもういい。おまえと話すと疲れるだけだ。とっとと勝って仕事を終わらす」

 

 怒り収まらぬ大雑把な足取りで壇上に向かうモールト。自分の知らぬところで話が勝手に進むことに危機感を抱くマリアだがどうしてか今のタイヨウに歯向かえなかった。

 それはマリアのバトラーの本能がそうさせたからだ。

 圧倒的強者に対して自分は敵わないと本能が警鐘を鳴らしている。

 

 「大丈夫なの」

 

 「別に。こういう感じのバトルには慣れてるから時野さんは気にしなくていいよ」

 

 自分の代わりに嫌な責任を負わしたのではと罪悪感が芽生えるシオリだが相変わらずタイヨウは表情を変えず淡々と返した。

  

 「そうは言っても負けたら」

 

 ショップが買収されてしまう。そう言いかけたときだった。

 タイヨウがポンとシオリの頭に手を置き柔らかい表情を見せたのだ。

 

 「心配しなくても僕は負けない。このデッキには僕のキースピリットだっている。だから安心して観戦でもしててよ」

 

 それは彼なりの気遣いだったのだろうか。シオリが確認する前にタイヨウは台座の前に立ち準備を始める。

 

 初めて父親以外の異性の人に頭を撫でられた(正確には置いただけだが)シオリは自身の鼓動が先程とは別の意味で速くなり顔が熱くなるのを感じていた。

 

 「シオリちゃんこっちよこっち」

 

 その場で惚けているシオリにマリアが壇上から降りるよう手まねいていた。

 それに気付いたシオリは急いで降りようとすると最悪にも上ってくるモールトと鉢合わせ目を合わせないようにじっとしていると幸いにも絡まれることなくスルーしてもらえた。

 

 しかし横を通り過ぎて初めて実感するモールトの大きさ。マリアと体型は同じはずなのに漂う雰囲気が真逆なせいかマリアよりも大きく感じられた。

 

 「ごめんねシオリちゃん。面倒事に巻き込んでしまって」 

 

 「あ、私は大丈夫です……でも」

 

 ただ気になるのはタイヨウの事だがもうこのバトルは避けては通れない。不安は残るがタイヨウは負けないと言ったんだ。その言葉を信じて見守るしかシオリには出来ることが――。

 

 「――――――!?」 

 

 振り返りタイヨウを見た瞬間、シオリの背筋に悪寒が走る。

 それはタイヨウとバトルした時に感じたものでありそれが意味するのはつまり――。

 

 「タイヨウちゃん本気のようね。あの歳であんな圧を放つなんてホントに【B】ランク以下なのかしら」

 

 シオリの他にタイヨウの様子に気付いたマリアが呟く。彼も不安を押し殺しタイヨウに全てを託したようだ。

 後ろの子供達は不安を露に、そしてモールトの連れはリーダーの勝利を確信し勝負が始まるのを待つ。

 

 「……これは」

 

 台座のモニターに変化がありタイヨウは目を落とすとそこには《決闘者モード》と書かれ【YES】/【NO】の選択肢が出されていた。

 

 「悪いがこれが俺達のルールなんだ。降りるなら今のうちだぞ」  

 

 「お好きにどうぞ。そんなんで降りるぐらいなら最初からバトルなんて挑まないって」

 

 今さら脅しのような真似をするモールトに呆れタイヨウは迷わず【YES】を押した。

 すると痛覚レベルが表示され自動的にレベル【6】へと変更された。

 

 「それじゃあ……準備も整ったし始めようか」

 

 「ああ。俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやる」

 

 設定、デッキのセット、そしてバトルフィールドへ向かう心構え。

 全ての準備を終えた二人は互いに睨み合い同時に叫ぶ。

 

 「「ゲートオープン界放!!」」

 

 バトルフィールドに行くための掛け声。その言葉を発した瞬間、二人の足下から虹色の光が溢れだした。




~バトスピ小ネタ劇場~
《ライフダメージ》
シオリ「ねえ、ライフダメージにはレベルがあるのは分かったけど私はレベル0から上げれないの」

タイヨウ「【F】ランクなら1まで上げれるはずだよ」

シオリ「1か~、ちなみに【E】ランクになったらどこまで上げれるの」

タイヨウ「【E】ランクは2~3。ちなみに【C】は4~5。【B】ランクは6~7。【A】ランクは8~10だね」

シオリ「そうなんだ。ちなみに痛覚を感じるレベルは――」
タイヨウ「それは覚えてないから自分で確かめて」

シオリ「よーし! 早く上のランクに上がれるよう頑張るよー!」

 ――痛覚を感じ始めるのはレベル3からです――


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第6TURN 悪しき穿つ星なる一矢

 五秒程だった。

 目の前にいたタイヨウとモールトの二人がその場から消え大きな画面に映るバトルフィールドに移動したのは。

 

 「最後の情けだ。先攻はお前にやるよ」

 

 白い、骨を彷彿させる外装はさながら鎧のようで拳を打ち付け戦闘態勢に入るモールトは戦士そのもの。

 

 「どうも。お言葉に甘えて先攻をもらうよ」

 

 対してタイヨウの姿はシオリの時とはやや異なるものだった。

 胸当てや籠手などの装飾品は形状がほんの少し変化しただけで色は黄金色のままパッとみの変わりはないが灼熱の炎を思わす赤いコートの半身が黒く染まっていた。

 たったそれだけの変化なのにタイヨウの熱さを感じされるバトルフォームは姿を消し去り例えるならそれは宇宙に浮かぶ太陽のような静けさだろうか。

 

 「本当にデッキが変わるだけでバトルフォームが変わるんだ」

 

 自分とバトルした時はタイヨウの雰囲気と離れていて違和感あったがシオリ的にはこちらのバトルフォームの方がタイヨウに合っていると思った。

 

 「タイヨウちゃんは変わらず赤デッキのままかもね。大丈夫かしら」

 

 「そういえばマリアさんはあの人とバトルしたことあるみたいだったけどどんなデッキを使うの?」 

 

 一人タイヨウのバトルフォームからデッキの色を割り出し心配するマリアにシオリは聞いた。

 

 「そうね……過去の話だけどアイツは紫使いでコア除去を得意としていたわ。アタシの黄色デッキとは相性が悪くてね、情けない話一度も勝ったことがない処か追い詰めたこともないの」

 

 「そんなに強い相手なの」

 

 「ええ。【A】ランクなのも伊達じゃないわ」

 

 粗雑な言動しかしないがマリアも唸るバトルの腕。タイヨウは負ける気は一切ないようだが、勝算は本当にあるんだろうか。

 

 「スタートステップ」

 ――第1TURN タイヨウ

 手札:4 リザーブ:3[s]

 

 と、そんな事を考えているうちに表情からはその考えを読み取れないタイヨウの第一ターンが始まった。

 

 「ドローステップ、メインステップ。ブレイドラXを召喚」

 《ブレイドラX→Lv1BP1000[s]》

 

 最初にタイヨウのフィールドに現れたのは翼が刃のような黄金色の体毛をした小さな翼竜だ。

 

 「あ、可愛い!」

 

 スター・ブレイドラと毛色が違うだけで姿も名前も酷似するキュートなスピリットにシオリは目を輝かせていた。

 

 「続けて創界神ネクサス、光導創神アポローンを配置」

 《光導創神アポローン→Lv1》

 

 タイヨウが配置したのは先のバトルでも見せた創界神アポローンと瓜二つの別のアポローン。

 赤髪で筋肉質な青年、手に携えた弓は変わらずだが纏う装飾は少し違って金色の武具が目立つ。

 

 「創界神って数種類あるんですね」

 

 隣に立つマリアにそう訊ねると彼は眉間に皺を寄せていた。

 

 「……本来、同名の創界神は一種類しかないのよ。だからアポローンに他の形態があったなんてアタシも初見なのよ」

 

 「そうなんですか! 奥深いな~」

 

 感嘆の声を漏らすシオリだが彼女が使うロロもまた二種類目の未知のカードだということに気付いていないシオリを横目で見るとタイヨウはそのままアポローンの神託を行っていた。

 

 「神託の効果でデッキの上から三枚トラッシュに置き対象の界渡/化神/光導のコスト3以上スピリット一枚につきボイドからコア一つをアポローン上」

 

 トラッシュにいったのは《甲冑双魚ピスケ・オステウス》《龍星の射手リュキオース》《天星12宮風星士キャンザムライ》の三枚。全て対象だったためアポローン上にコアが三つ追加されてレベルは2に。

 《光導創神アポローン→Lv1 C3》

 

 「蟹甲竜キャンサードラゴンを召喚」

 《蟹甲竜キャンサードラゴン→Lv1BP2000 C1》

 《光導創神アポローン→Lv1 C4》

 

 ブレイドラの隣に白いダイヤのシンボルが浮かび、破裂すると青と白の鉄のような甲殻に身を包む四足歩行の竜。そして背中からは翼の代わりに頑丈な蟹のハサミが伸びていた。

 

 「あれって白のスピリット、ですよね?」

 

 「そうね。白のシンボルから現れたのだから白のスピリットで間違いないわ」

 

 「フィールドに赤のスピリットと白のスピリット! タイヨウのデッキって赤白の混色デッキなんだ!」

 

 それはどうだろうかとマリアは思い返す。神託で落ちた中に緑のカードがあったことを。

 見間違えでなければタイヨウは最低でも三色もの色を扱っていることになる。

 

 無論、それが可笑しいと言うわけでもなくマリアやシオリもメインの色とは別に白の防御カードがデッキに入っていたりする。これは誰もがやるデッキ構築の一つだ。

 

 だが、タイヨウは二人と違い守るための別色のようには感じられない。どちらかといえば戦略の幅を広げるための混色。

 

 「それが混色のメリットでもあるけど軽減シンボルの兼ね合いがある以上事故にもなりやすいデメリットがある。それを上手くまとめているならあのデッキかなり強いわよ」

 

 「へぇー!」

 

 語るマリアだが彼はまだ知らない。タイヨウの扱うスピリットの大半が軽減シンボルの色を六色自由に変化させる特殊な効果持ちだということを。

 

 「最後にバーストをセットしてターンエンド」

 

 第1TURN タイヨウ終了――

 手札:2 リザーブ:0 バースト:有

 

 《ブレイドラX→Lv1BP1000[s]》

 《蟹甲竜キャンサードラゴン→Lv1BP2000 C1》

 《光導創神アポローン→Lv2 C4》

 

 

 ――第2TURN 紫石のモールト

 手札:5 リザーブ:4[s]

 

 「中々良い出だしのようだが俺には関係ねえ。死骸旅団ボーンヘッド・ドラコを召喚!」

 《死骸旅団ボーンヘッド・ドラコ→Lv2BP4000 C2[s]》

 

 モールトが最初に出したのは小さな紫トカゲ。一応羽はあるが見た目はトカゲそのもの。頭に頭蓋骨の被り物をするトカゲはタイヨウに甲高い威嚇音を発していた。

 

 「マリアさんの言う通り紫デッキみたいですね」

 

 「けど、私の知ってるデッキとは違うわね」

 

 「俺もバーストをセットしてターンエンドだ」

 

 第2TURN 紫石のモールト終了――

 手札:3 リザーブ:0 バースト:有

 

 《死骸旅団ボーンヘッド・ドラコ→Lv2BP3000 C2[s]》

 

 ――第3TURN タイヨウ

 手札:3 リザーブ:3 バースト:有

 

 《ブレイドラX→Lv1BP1000[s]》

 《蟹甲竜キャンサードラゴン→Lv1BP2000 C1》

 《光導創神アポローン→Lv1 C4》

 

 回ってきたタイヨウのターンだが早くもタイヨウは何もせず沈黙していた。

 

 「ふっ、どうやら調子がよかったのも最初だけのようだな」

 

 「…………うん、決まった。モルゲザウルスXを召喚」

 《モルゲザウルスX→Lv2BP4000 C2》

 《光導創神アポローン→Lv1 C5》

 

 考えた末にタイヨウが出したのは長い尻尾の先に鉄球のついた二足歩行の地竜だ。

 

 「アタックステップ。モルゲザウルスでアタック」

 

 「タイヨウちゃんが先に仕掛けた」

 

 「アタック時効果でBP+5000」

 《モルゲザウルスBP4000→BP9000》

 

 先制攻撃を任されたモルゲザウルスは全速力でモールトまで駆けていく。BPはモルゲザウルスの方が上。このままライフで受けるかと思ったが――。

 

 「ボーンヘッド・ドラコでブロックだ」

 

 「え? ブロックするの?」

 

 負けると分かった上でブロックを任されたボーンヘッド・ドラコは愚直に頭を付きだし突進するも振りかぶった勢いで飛んでくる鉄球に側頭部を粉砕され破壊された。

 

 「ボーンヘッド・ドラコの破壊時によりデッキから2枚ドローだ。そして相手による自分のスピリット破壊後によりバースト発動! 死骸旅団タンザナイト・ボーン・ドラゴン!」

 

 伏せられていたバーストが条件を満たし表に翻り結晶化した骨で出来た異形のドラゴンが瘴気を振り撒きながらフィールドに召喚される。

 《死骸旅団タンザナイト・ボーン・ドラゴン→Lv2BP

7000 C2》

 

 「こいつのバースト効果は召喚だけだがこいつには召喚時効果がある。疲労状態のモルゲザウルスを破壊しデッキから1枚ドローだ」

 

溢れでる瘴気が座り込むモルゲザウルスを包むとそのまま肉を溶かし骸姿に破壊する。

 

 「酷い……!」

 

 「こっちも破壊後バースト発動。双光気弾のバースト効果でデッキから2枚ドロー」

 

 タイヨウもただやられる訳はなくしっかりバーストで手札を補充した。

 

 「キャンサードラゴンでアタック」

 

 そして平然とキャンサードラゴンにアタックの指示を出す。まるでモルゲザウルスの破壊を予想してたかのように。

 

 「ほー、攻めてくるか。いいぜライフで受けてやるよ」

 

 ライフの宣言をした直後、キャンサードラゴンは跳躍しモールトの前に現れたライフの障壁を自慢のハサミで断ち切った。

 

 「くっ……いい感じだぜ」

 《ライフ5→4》

 

 「ブレイドラもアタックだ」

 

 「うそ、ブレイドラもアタックさせちゃうの!?」

 

 まさかこのターンでフルアタックを仕掛けてくるとは思わずモールトも目を見開いたがすぐに、

 

 「ライフで受けるぜぇ!」

 《ライフ4→3》

 

 ブレイドラのアタックもライフで受け、輝きの失ったライフに手を当てニヤリと笑う。

 

 「連続でライフを削って俺の集中力を奪うつもりなら無駄だ。俺はこのバトルに馴れてるからな」

 

 「……ターンエンド」

 

 第3TURN タイヨウ終了――

 手札:4 リザーブ:2

 

 《ブレイドラX(疲)→Lv1BP1000[s]》

 《蟹甲竜キャンサードラゴン(疲)→Lv1BP2000 C1》

 《光導創神アポローン→Lv1 C5》

 

 ――第4TURN 紫石のモールト

 手札:7 リザーブ:5[s]

 

 《死骸旅団タンザナイト・ボーン・ドラゴン→Lv2BP7000 C2》

 

 「不味いかもね」

 

 「何がですか」

  

 「タイヨウちゃんが何を考えてるか分からないけどさっきのフルアタックでライフを二つ削ったものの相手は手札3枚、コア2つも増えてしまったわ」

 

 先ほどのタイヨウのプレイングに危機感を感じたマリアが思わず苦言を呈した。

 

 「そっかライフを多めに減らしたらその分使えるコアが増えるし手札も多かったら選択肢が増える――」

 

 「ええ。それともう一つ気になることがあるわね」

 

 そう言うとマリアは壇上に上り二人が使っている台座を調べ始めた。

 台座に何があるんだろうと背伸びしてマリアの動きを見ているとモニターからモールトの低い笑い声が。

 

 「せっかくコアを多く用意してもらったんだ。少し早いが俺のキースピリットを見せてやる」

 

 不適な笑みを浮かべモールトは一枚のカードを手に取り、叫ぶ。

 

 「司るは『死』。骸の龍よ生きとし生けるものを死にいざなえ! 闇輝石六将 紫骸龍神ダイムザーク召喚!」

 《闇輝石六将 紫骸龍神ダイムザーク→Lv1BP5000[s]》

 

 大地に瘴気が満ち一体の神が舞い降りた。

 筋骨隆々の紫の肉体を龍の骨格で作られた骨の鎧を纏い死そのものを告げる瞳が怪しく光る。

 

 「あれがキースピリット……!」

 

 モールトのバトルフォームと似た姿である以上、それは疑いようのない事実。

 先にキースピリットを出された事に、最初にタイヨウのキースピリットが見たかったと不満を持っていると、

 

 「アイツ何てことをしてくれたの!」

 

 マリアの怒声がシオリの耳を貫いた。

 

 「ビックリした。どうしたんですか」

 

 「嫌な予感がしたから調べてみたら、まさか高校生相手に決闘者モードでバトルを挑んでいたなんて」

 

 「決闘者モード?」

 

 聞き覚えのない単語に首をかしげるとモールトがアタックステップの宣言をしていた。

 

 「ボーンヘッド・ドラコでアタックだ」

 

 ダイムザークの後に召喚されたボーンヘッド・ドラコが同胞の敵を討つべくタイヨウに襲いかかる。

 

 「ブロッカーもいないお前はライフで受けるしかないよな。それとも創界神の神技でも使うか? あったらの話だけどな!」

 

 「――ライフで受ける」

 

 「ダメよライフで受けちゃ!」

 

 バトルフィールドにいないマリアの声が届くわけもなくモニターに向かって彼は叫んだ。

 

 「なんでライフで受けたらダメなんですか。使えるコアが増えるんですよ」

 

 「……このバトルは決闘者モードに設定されてるから互いのライフダメージが強制的にレベル6に設定された状態なの」

 

 「レベル6? それってどれだけ痛いんですか」

 

 まだレベル0の軽い衝撃程度しか知らないシオリはレベル6のライフダメージがどれ程のものかピンと来ない。

 マリアは険しい表情で教えるべきか悩みついには口にした。

 

 「レベル6は身体中に強烈な痛みを与えるの。それはもう現実で味わうことのない痛みとしかいいようがないわ」

 

 悲痛な顔で教えるマリアに先ほどライフで受けたモールトの顔が過る。

 屈強な体格の持ち主であるモールトですらその痛みに一瞬顔を歪めていた。 

 それを高校生のタイヨウが――まだまだ成長期でしかも久しぶりと言うタイヨウにそれ程の痛みにずっと耐えれるとは思えない。

 

 「タイヨウくん――!」

 

 シオリも思わず叫んだ。届くはずのないと分かっていながら。

 しかし無情にもボーンヘッド・ドラコは所定地まで来ると口から紫の熱線を放ちタイヨウの障壁を焦がした。

 

 「痛みに恐怖しな」

 

 障壁は弾けると同時にタイヨウのバトルフォームのライフも弾け激しい衝撃がタイヨウを襲った……はずだった。

 

 「なっ!?」

 

 「――それでアタックは続けるの」

 《ライフ5→4 》 

 

 ライフで受けたタイヨウだが、その体にダメージがあったのか疑わしいほど微動だにせず顔色は涼しかった。

 

 「どうなってやがる。レベル6に全く動じないなんてありえない!」

 

 「ありえるよ。この程度のダメージだともう痛みも感じないんだから」

 

 その発言に全員が驚いた。

 一体タイヨウは過去にどれだけの激しいバトルを繰り返したんだろう。誰も答えは知らないが確実に言えるのはモールトよりもこの手のバトルに馴れていたということだ。

 

 「けっ、苦しむ姿を見たかったのに期待外れたぜ。ターンエンドだ」

 

 第4TURN 紫石のモールト終了――

 手札:5 リザーブ:0 

 

 《闇輝石六将 紫骸龍神ダイムザーク→Lv1BP5000[s]》

 《紫骸旅団タンザナイト・ボーン・ドラゴン→Lv2BP7000 C2》

 《紫骸旅団ボーンヘッド・ドラコ(疲)→Lv1BP2000 C1》

 

 ――第5TURN タイヨウ

 手札:5 リザーブ:5

 

 《ブレイドラX→Lv1BP1000[s]》

 《蟹甲竜キャンサードラゴン→Lv1BP2000 C1》

 《光導創神アポローン→Lv1 C5》

 

 「はぁ~、タイヨウくんが無事みたいでよかった」

 

 「そ、そうね」

 

 一先ずタイヨウが平気な事に安堵するもシオリ以外の全員がすぐにとある疑問が浮かび上がる。

 

 “彼は何者なんだ”と。

 

 【A】ランクではないと言うわりには使うカードはあまり見慣れないものばかり。しかも決闘者モードでレベル6に上がってるはずなのに痛みを一切感じさせない立ち姿。本当に【B】ランク以下のカードバトラーなのか。

 

 「それとももしかして彼が――」

 

 「マリアさん何か言った?」

 

 「いいえ、なんでもないわ」

 

 とある可能性が浮かび上がるがシオリの呼び掛けに一旦思考を辞める。

 今はタイヨウの勝利を信じ、彼のバトルを見守らなければならないから。

 

 「これでターンエンド」

 

 第5TURN タイヨウ終了――

 手札:3 リザーブ:0 バースト:有

 

 《ブレイドラX→Lv2BP2000 C1[s]》

 《蟹甲竜キャンサードラゴン→Lv2BP4000 C2》

 《蟹甲竜キャンサードラゴン→Lv2BP4000 C2》

 《光導創神アポローン→Lv2 C6》

 

 ――第6TURN 紫石のモールト

 手札:6 リザーブ:5 

 

 《闇輝石六将 紫骸龍神ダイムザーク→Lv1BP5000[s]》

 《紫骸旅団タンザナイト・ボーン・ドラゴン→Lv2BP7000 C2》

 《紫骸旅団ボーンヘッド・ドラコ→Lv1BP2000 C1》

 

 「あれだけ偉そうに言っておいてもう守りに徹するとは情けねえなぁ」  

 

 「問題ないよ、これで勝てるから」

 

 「その減らず口を叩けるのも今だけだ。紫骸旅団デスリブドラゴンのアクセル」

 

 煽りを簡単に受け流し逆に煽り返すタイヨウに、モールトの額には青筋が浮かび、使うカードを叩きつける辺り苛立ちが態度に現れていた。

 

 「手札の系統『死竜』を持つゾンビドラゴンを破棄してデッキから2枚ドローだ」

 

 「さっきから手札を増やし続けてる」

 

 「キースピリットも動いてないのも気になるわね」

 

 読めないモールトの戦術に不安は募っていく。キースピリットであるダイムザークが何もせずにその場にいるのがそれを更に助長させていた。

 

 「今度は美麗鬼アラのアクセルだ。効果でデッキから1枚ドロー。そしてもう一枚美麗鬼アラのアクセルだ!」

 

 「まただ!」

 

 アクセルの連続使用。確実に手札を揃えるモールトはまるで何かを待っているようだった。

 

 「いい感じだ。バーストをセットしてアタックステップ! タンザナイト・ボーン・ドラゴンでアタックだ」

 

 異形の骸がようやくかと重々しい足取りで歩き出す。

 

 「いくぜフラッシュタイミング、魔具使いカエムルのアクセル! ダイムザークの効果で紫のアクセルはコスト2の紫1つの軽減シンボルに変更される」

 

 「へぇー」

 

 「コアが2個以下の相手スピリット1体を破壊だ。対象はそこの蟹だ!」

 

 モールトの持つカードから紫の光線が射たれキャンサードラゴンを襲うが、

 

 「キャンサードラゴンの破壊時【星読】発揮。デッキの上から1枚オープン。それが系統『光導』を持つカードなら手札に加える」

 

 キャンサードラゴンの断末魔がタイヨウに次なる一手を与えるチャンスを作ろうとするがオープンされたのは系統『地竜』/『星竜』の砲竜バル・ガンナーだった。

 

 「違うカードだった場合はデッキの下に」

 

 「残念だったな。何もしないなら蛇戦士フェウラーガのアクセルだ。トラッシュのコア1つをライフに置くぜ」

 《ライフ3→4》

 

 「ならここでアポローンの神技発揮。BP8000以下のスピリットを破壊。対象はアタックしているそのスピリットだ」 

 

 弓を構え矢を引き絞るアポローンから放たれる光の矢が一線。タンザナイト・ボーン・ドラゴンを一直線に貫いた。

 

 「そしてデッキから1枚ドロー」

 

 「なるほど、それがアポローンの効果か。けど破壊しても意味ねーよ! バースト発動! もう一体来いタンザナイト・ボーン・ドラゴン!」

 《紫骸旅団タンザナイト・ボーン・ドラゴン→Lv2BP7000 C2》

 

 破壊した場所から同じスピリットが再び姿を見せる。

 

 「数を減らせなくて残念だったな」

 

 「……そうだね。無駄打ちだったかもね。あんたがもう一度アタックしてきたらだけど」

 

 「確かに。アタックしないとこっちが無駄だよな」

 

 タイヨウの指摘にニヤニヤと笑いながらモールトは

ダイムザークに手を掛けるが。

 

 「ここはターンエンドだ。そろそろ仕掛けてきてもおかしくない頃合いだからな」

 

 第6TURN 紫石のモールト終了――

 手札:4 リザーブ:0 

 

 《闇輝石六将 紫骸龍神ダイムザーク→Lv1BP5000[s]》

 《紫骸旅団タンザナイト・ボーン・ドラゴン→Lv2BP7000 C2》

 《紫骸旅団ボーンヘッド・ドラコ→Lv1BP2000 C1》

  

 ――第7TURN タイヨウ

 手札:4 リザーブ:4 バースト:有

 

 《ブレイドラX→Lv2BP2000 C1[s]》

 《蟹甲竜キャンサードラゴン→Lv2BP4000 C2》

 《光導創神アポローン→Lv1 C3》

 

 ここまでお互いアタックをしライフを削ってはいるものの目立つ動きはなく硬直状態と言ってもいい。

 

 「なんか違和感」

 

 「ん、どこが? 確かに動かなすぎだとは思うけど、ない話ではないわよ」

 

 「そういうわけじゃなくて相手がずっとあまり攻めずに手元にカードを並べてるのがちょっと。さっきのバーストもタイヨウくんのターンで使えればカウンターにはもってこいなのに……まるで今の状態を維持してるような……」

 

 シオリの指摘に改めてモールトの盤面を見てみるとカードの効果を使うためというよりもそこにカードを並べるために使ったように見える。

 

 「タイヨウくんも神技を使えばあのキースピリットを破壊できるのにそれをしないのは何かを警戒してるからなのかな。いやでも破壊すれば問題は……あ、紫だからトラッシュから回収できて――」

 

 二人の盤面を見比べ考察を続けるシオリにマリアは驚きのあまり掛ける言葉がなかった。

 今日がデビューした新人バトラーのはずなのに着眼点や思考力が上級者と変わらない。

 

 「最近の若い子は恐ろしいわね」

 

 「モルゲザウルスXを召喚」

 《モルゲザウルスX→Lv2BP4000 C2》

 《光導創神アポローン→Lv1 C4》

 

 タイヨウはもう一度モルゲザウルスを召喚するとブレイドラのソウルコアを手に取り、

 

 「マジック、ソウルドロー。使用コストにソウルコアを使ったためデッキから3枚ドロー。――準備はこんなもんか」

 

 最後にボソリと溢したタイヨウの言葉は誰の耳にも届かなかったがシオリはタイヨウの手札を見る表情でうっすら察していた。

 

 「アタックステップ。モルゲザウルスでアタック」

 《モルゲザウルスXBP4000→BP9000》

 

 「さしずめそいつは特攻隊長ってわけか」

 

 「低コストの割りにはBPが高くて使いやすいからね。それでこのアタックはもちろんライフで受けるよな」

 

 モールトが宣言するよりも先にタイヨウがそれを先読みした。

 

 「はっ、いいぜ。お前の言う通りライフで受けるぜ」

 

 タイヨウの予告通りモールトはモルゲザウルスの強烈な鉄球の一振りを一身に浴びる。

 

 「これで満足か」

 《ライフ4→3》

 

 「――どれだけ繕ってもあんたはライフで受けるしかない。そして次のターンがあんたのラストターンだ」

 

 「なに?」

 

 それは大胆すぎる宣言だった。言うならばタイヨウは次に自分のターンが回ればトドメをさすと宣言したのと同義。

 

 「ははっ、さすがに冗談でも笑えねーぞ。舐めるのも大概にしろ!」

 

 煽りを止めぬタイヨウ。本人は煽ってる気は無いようだがこれ以上の刺激を与える気はないようで黙ってモールトを見据える。

 腹が立つならこのターンで倒してみろと言わんばかりに。

 

 第7TURN タイヨウ終了――

 手札:5 リザーブ:0 バースト:有

 

 《ブレイドラX→Lv1BP1000 C1》

 《蟹甲竜キャンサードラゴン→Lv2BP4000 C2》

 《モルゲザウルスX(疲)→Lv2BP4000 C2》

 《光導創神アポローン→Lv1 C4》

 

 ――第8TURN 紫石のモールト

 手札:5 リザーブ:6 

 

 《闇輝石六将 紫骸龍神ダイムザーク→Lv1BP5000[s]》

 《紫骸旅団タンザナイト・ボーン・ドラゴン→Lv2BP7000 C2》

 《紫骸旅団ボーンヘッド・ドラコ→Lv1BP2000 C1》

 

 ターンの始まり。今まで何かしらのアクションを起こしていたモールトは静かに体を震わしていた。

 

 「バトルを始める前もそうだが始めてからも図に乗ったことばかり言いやがって」

 

 短時間でのタイヨウから言われ続けた罵詈雑言の数々。モールトの発言に比べればタイヨウはまだまだ言ってもいいレベルだが、勿論本人には関係ないこと。

 十数年しか生きていない生半可の小童に生意気な口を叩かれたのだ。我慢が不得手のモールトでもこれ以上我慢するのは限界だ。

 

 「ゆっくりいたぶって後悔させてやろうと思ったがやめだ。後悔する暇も与えず絶望だけを与えてやる」

 

 真っ直ぐタイヨウに指を突き刺すがタイヨウは気にする様子はない。

 

 「その涼しい顔も今の内だ。ボーンヘッド・ドラコを召喚。ダイムザークを最高レベルに」

 《紫骸旅団ボーンヘッド・ドラコ→Lv1BP2000 C1》

 《闇輝石六将 紫骸龍神ダイムザーク→Lv3BP9000 C3[s]》

 

 準備は整った。

 モールトは深く息を吐き捨てアタックステップに移った。

 

 「タンザナイト・ボーン・ドラゴン、アタックだ」

 

 今までと違う緊迫感の漂うモールトはタイヨウが何もしてこないのを確認すると手札からアクセルカードを手に取った。

 

 「フラッシュタイミング、不思議竜ジャバウォッキーのアクセル。効果によりお前のスピリット全てのコアを2個ずつリザーブ送りだ」

 

 モールトの背後に一頭の竜が顔を見せると口を大きく開けタイヨウのスピリットに死の光線を浴びせた。

 避けることの出来ない光線に身を溶かされたスピリットは消滅しタイヨウのフィールドには創界神しか存在していなかった。

 

 「全滅……」

 

 それは誰かの呟きだった。

 守り手を失い、バーストの発動すらしないタイヨウの防御手段は手札と一回しか使えない神技のみ。

 

 「ライフで受ける」

 

 不安も拭えぬまま無防備に異形の骸がタイヨウを襲いライフの障壁を破壊する。

 

 「――――」

 《ライフ4→3》

 

 痛々しくタイヨウのバトルフォームのライフが弾け飛ぶが本人が気にすることはない。本当に痛覚を感じていないようだ。

 

 「その余裕な態度、腹立つぜ。だがこれで終わりだ。ダイムザーク――アタックだ」

 

 召喚されてから不動だったダイムザークがようやく攻撃の命を受け、紫の瞳を怪しく光らせ瘴気を放つ。

 

 「『死』の恐怖を味わいな。ダイムザークの【闇奥義・天獄】発揮!」

 

 「闇奥義!?」

 

 シオリの僅かに残る少年心をくすぐるワードにシオリは眼前の現象に目を見開いた。

 モールトのフィールドに置かれたスピリットカードと手元のカードが紫色に光っていたのだ。

 

 「【闇奥義】は闇輝石六将に与えられた条件を満たすことで発動する唯一無二の必殺技だ。ダイムザークの【闇奥義】の発動条件はフィールドと手元のカードが10枚以上で紫のみの場合だ」

 

 モールトのフィールドには4枚のスピリットカード。そして手元には6枚。計10枚の紫のカードが存在している。

 

 「無理してアクセルを使っていたのもこれが狙いだったんだ」

 

 仮に気付けたとしても手元のカードに効果を及ぼすカードがなければ手の打ちようがない。だが今大事なのはそこじゃない。【闇奥義】の効果だ。

 

 「【闇奥義・天獄】の効果。お前のライフのコア2個をボイドに送り、俺はボイドからコア2個を自分のライフに置くぜ!」  

 

 「それって!」

 

 「―――――」

 《タイヨウ:ライフ3→1》

 《モールト:ライフ3→5》

 

 無慈悲にタイヨウのライフが闇に呑まれモールトのライフが闇の力により復活する。

 それはタイヨウの生命を自分のものへと吸収する行為だ。

 

 「こればっかりは想定外だったろうな。見たところバーストの発動もないようだが。手がねーならこのアタックで終わりだな」

 

 派手な効果に目を奪われていたがモールトの言うようにまだダイムザークのアタックは続いている。

 ブロッカーもゼロ。アポローンの神技も対象外となった今、絶体絶命の危機に立たされ――。

 

 「フラッシュタイミング、マジック、アドベントスター」

 

 「なに、ここで赤のマジックだと!」

 

 「手札より系統『神星』『光導』を持つコスト7以下のスピリットをコスト支払わずに召喚する。来い、太陽龍ジーク・アポロドラゴンX」

 《太陽龍ジーク・アポロドラゴンX→Lv2BP9000 C3》

 

 間髪入れずに放たれた赤のマジックカード。

 赤き星の輝きが何もいなかったタイヨウのフィールドに太陽の名を冠する赤いドラゴンを呼び寄せた。

 

 「そのままブロックだ」

 

 迫り来るダイムザークに翼を広げ突進しその進行をアポロドラゴンが防ぐ。

 

 「まだそんな隠し球を持っていたとはな。けどそんなの敗北の先延ばしにしかならねーよ!」

 

 BPはお互いに9000。何とかこの攻撃を防げてもまだモールトには 回復状態のスピリットが2体もいる。

 

 「フラッシュタイミング、マジック、サジッタアローレイン」

 

 「まだマジックを持っていただと!」

 

 「BP10000まで相手のスピリットを好きなだけ破壊する。ボーンヘッド・ドラコ二体を破壊」

 

 地面より打ち上げられた光がモールトのフィールドに雨のように降り注ぎボーンヘッド・ドラコの体を焼き付くした。

 

 「死にかけのくせに粘りやがって。腹いせだ。そのドラゴンだけでも死の底に」

 「そう簡単に僕のドラゴンを倒せると思うなよ」

 

 マジックの使用によりレベルが下がり弱体化したアポロドラゴンの抑えつける力が弱まる。ダイムザークは強引に腕を振り払うとアポロドラゴンの首を掴み、そのまま握り潰した。

 

 「相手による自分のスピリット破壊によりバースト発動、五輪転生炎(Re)!」

 

 「そのバーストは!」

 

 宙に五つの火球が浮かびぐるぐると円を描き回り出すと中央から鋭い爪を持った赤い手が飛び出す。

 

 「五輪転生炎(Re)のバースト効果。バースト発動時に破壊された系統『化神』を持つスピリットをコスト支払わずに召喚する。戻ってこいアポロドラゴン!」

 《太陽龍ジーク・アポロドラゴンX→Lv1BP6000 C1》

 《光導創神アポローン→Lv1 C5》

 

 炎の輪から破壊されたアポロドラゴンが翼を羽ばたかせ大地に再臨する。

 

 「これであんたのアタックは終わり。残念だったね」

 

 骸の神の一撃を耐え、マジックの連続使用により絶望的だったこのターンを凌ぎきったタイヨウにモールトは盤を叩いて吠える。

 

 「ふざけるな! 俺の【闇奥義】を受けて立っているわけがねえ!」

 

 確実にこのターンで倒せる自信があったモールトはそれを防いだ事実が認められず吠え続けるがタイヨウはそんな彼を見て呆れるようにため息をついた。

 

 「だから三下、雑魚なんだよ」

 

 「なんだと」

 

 「僕があんたの狙いに気付いてないとでも思ったのか」

 

 モールトに指をさし、その言葉の意味を理解出来ていない彼にタイヨウは、

 

 「あんたが無駄にアクセルを使ってるからどうせ場にある枚数に応じて発揮する効果だと思ったから使われても問題ないタイミングに誘導した」

 

 「そんなはず、ありえねえ……だろ」

 

 言葉に覇気が無くなっていきモールトは思い返す。タイヨウのプレイングを。

 タイヨウが攻めてきたタイミングは全部モールトのフィールドにスピリットが並び始めてからだ。  

 最初こそフルアタックをしたがそれ以降はスピリットの数が少なくライフを狙うチャンスがあってもタイヨウは積極的に攻めず守りに徹していた。

 

 だからモールトはアクセルをいつもより多用することでそれを補っていたがそれすらもタイヨウの誘導だとせれば――そして今にして思う。

 

 「あの時攻めたのは俺の意思だったのか」

 

 タイヨウがスピリットのコアを少なく置いていたのはコアが足りないがゆえのものだと思っていたがそれもモールト自身が攻めの好機だと錯覚させるためだとすれば――。

 

 「俺はいつから奴の誘導に乗ってしまったんだ」

 

 必然とそこにたどり着いてしまう。

 

 「ちなみになんで僕がアポロドラゴンのレベルを下げてあのタイミングでマジックを使ったか分かるか」

 

 タイヨウの問い掛けにモールトは思考するも答えは導き出せない。

 沈黙が続く中、タイヨウは何度目かのため息と共に答えた。

 

 「あんたが手札にトラッシュから召喚する術を持ってるからだよ」

 

 「――!?」

 

 その言葉にモールトは手が震え手札にある指摘されたカードに目を向ける。

 

 「いくら僕でもあれを二回も使われたら負けるからね」

 

 「……ターン、エンド」

 

 

 第8TURN 紫石のモールト終了――

 手札:3 リザーブ:3 

 

 《闇輝石六将 紫骸龍神ダイムザーク(疲)→Lv3BP9000 C3[s]》

 《紫骸旅団タンザナイト・ボーン・ドラゴン(疲)→Lv2BP7000 C2》

 

 ――第9TURN タイヨウ

 手札:3 リザーブ:8[s] 

 

 《太陽龍ジーク・アポロドラゴンX→Lv1BP6000 C1》

 《光導創神アポローン→Lv1 C5》

 

 

 瞬きするのも忘れシオリは食い付くようにモニターに映る光景を凝視していた。

 

 「ただ者ではないと思っていたけどここまでなんて」

 

 初見のデッキを相手にしてるとは思えないタイヨウの未来予知に匹敵する先読み。それを実行できるデッキの回り。

 何もかもがタイヨウの思い通りに動くバトルに皆が唖然とする中、シオリだけは胸が熱くなるほど高揚していた。

 

 見ていて分かる。タイヨウの高いプレイング。それに応えようとするデッキの回りの良さ。何よりあれでもまだタイヨウが本気でない衝撃。

 

 「凄いよタイヨウくん」

 

 けどシオリが高揚している一番の理由はタイヨウのプレイングが憧れのカードバトラー――アポロと同じだと無意識に感じているのが大きかった。

 

 「――あ」

 

 ふと顔を上げたタイヨウと目があった気がした。

 モニター越しで向こうからこちらの姿は見えないはずなのにタイヨウの視線が自分に向いているような気がして仕方なかった。

 そして彼の口がゆっくり動く。

 

 “いくよ”と。

 

 「極限を超えろ 灼熱の星の化神! 全てを滅するその一矢で戦いを鎮めろ 光龍騎神サジット・アポロドラゴンXを召喚!」

 《光龍騎神サジット・アポロドラゴンX→Lv1BP7000[s]》

 《光導創神アポローン→Lv2 C6》

 

 炎の海の中。下半身が白馬、上半身が竜人のケンタウロスが駆け抜けバトルフィールドに現れ背後に射手座の星図が浮かび上がる。

 

 「あれは――!」

 「射手座の十二宮Xレアだと」

 「―――っ!」

 

 赤い毛並みを靡かせる立ち姿は歴戦を潜り抜けた英雄の出で立ち。

 あれがタイヨウのキースピリット。アポロが使っていたスピリットと同じスピリットだった。

 

 「太陽神弓サンバーストをサジット・アポロドラゴンに直接合体(ダイレクトブレイヴ)で召喚」

 《光龍騎神サジット・アポロドラゴンX+太陽神弓サンバースト→Lv1BP12000[s]》

 

 上空から降ってくる十字の形をした金色の弓をサジット・アポロドラゴンは掴み更なる高みに頂く。

 

 「お前が、サジット・アポロドラゴンを使う、だと……」

 

 「正確にはX化したサジット・アポロドラゴンね。――さて、敗ける準備は出来たか」

 

 問い掛けた答えを待つわけでもなくタイヨウは冷めた目でモールトを射抜く。

 

 「サジット・アポロドラゴンでブレイヴアタック!」

 

 咆哮し、大地を駆けるサジット・アポロドラゴンはサンバーストを構え光の矢を精製する。

 

 「サジット・アポロドラゴンのアタック時効果。このスピリットのBP以下のスピリットを破壊する。ダイムザークを破壊」

 

 放たれた光の矢がダイムザークの胸を穿ち、身体中に亀裂が走り爆発した。

 

 「そして【星界放】の効果でアポローンのコア2個をこのスピリットに置くことでこのスピリットのシンボル分相手のライフを破壊する」

 《光龍騎神サジット・アポロドラゴンX+太陽神弓サンバースト→Lv2BP18000 C2[s]》

 《光導創神アポローン→Lv1 C4》

 

 「なっ……! グハッ」

 《ライフ5→3》

 

 追い討ちを掛けるサジット・アポロドラゴンが放つ二本の矢がモールトのライフを砕く。

 

 「まだだ! 戊の四騎龍ブラックライダーのアクセル! トラッシュのダイムザークを再召喚だ!」

 《闇輝石六将 紫骸龍神ダイムザーク→Lv3BP9000 C3[s]》

 

 フィールドに禍々しい魔法陣が展開され散らばった肉片が集まりダイムザークが舞い戻る。

 

 「タンザナイト・ボーン・ドラゴンの効果。アクセル発揮後1コスト支払いブラックライダーを手元から召喚だ!」

 《戊の四騎龍ブラックライダー→Lv1BP4000 C1》

 《紫骸旅団タンザナイト・ボーン・ドラゴン(疲)→Lv1BP5000 C1》

 

 まだ勝負を投げ出していないモールトはタイヨウに読まれていた蘇生手段を用いブロッカー二体を土壇場で用意する。

 

 「アポローンの神技。ブラックライダーを破壊し1枚ドロー」

 《光導創神アポローン→Lv1 C1》

 

 「ちっ、ブロックしろダイムザーク!」

 

 遠距離から打たれる矢をダイムザークは骨の鎧で防いでいく。

 

 「残念だったな。これでお前がこのターンに勝つのは不可能だ」

 

 凌ぎきったと確信するモールトだが、

 

 「いいや、このターンで終わりだよ。マジック、バーニングサン!」

  

 アポロドラゴンを消滅させて使ったのはアポロ専用のマジックカードだ。

 

 「手札より輝竜シャイン・ブレイザーをサジット・アポロドラゴンに直接合体(ダイレクトブレイヴ)で召喚。そして回復する」

 《光龍騎神サジット・アポロドラゴンX+太陽神弓サンバースト+輝竜シャイン・ブレイザー→Lv2BP23000 C2[s]》

 

 「ダ、ダブルブレイヴ!」

 

 シャイン・ブレイザーの光輝く翼がサジット・アポロドラゴンの翼に装着する。

 

 「どうなってやがる。さっきのドローでこの布陣を揃えたと言うのか」

 

 「そういうこと。いつも僕の思った通り来てくれて頼もしい限りだよ」

 

 しれっと言っているがそれをなし得るのがどれだけ難しい事か。モールトは悔しさのあまり唇を噛み締めていた。

 

 「じゃあもう一度破壊させてもらうよ」

 

 シャイン・ブレイザーの六枚の翼がダイムザークを囲い逃げ場を無くした龍神の心の臓を再び矢で貫いた。

 

 「シャイン・ブレイザーの効果。BP8000以上のスピリットを破壊したとき相手のライフ1つを破壊する」

 

 「ぐっ……こんなはずが……」

 《ライフ3→2》

 

 「サジット・アポロドラゴンでラストアタックだ」

 

 バーニングサンの効果で回復したサジット・アポロドラゴンが再び大地を駆ける。

 

 「サンバーストのアタック時効果でタンザナイト・ボーン・ドラゴンを破壊」

 

 そしてついに疲労状態とはいえ最後のスピリットを破壊されモールトのスピリットは全滅した。

 

 「サジット・アポロドラゴンはトリプルシンボル。次はもっとましなバトルを期待するよ」

 

 サンバーストを構えモールトに照準を合わせる。

 残り2枚の彼の手札にはこれを打開できる手段がなかった。

 

 「ありえない……ありえないありえないありえないありえないありえない! 俺がこんな奴に――!」

 

 「穿て! サジット・アポロドラゴン!!」

 

 光が収束された強烈な一矢がモールトのライフ二つを消し飛ばした。

 

 「こんな奴に敗けるなんてぇぇぇぇええええ!!!!!」

 《ライフ1→0》

          ―――タイヨウWIN!




~バトスピ小ネタ劇場~
《武勇伝》
シオリ「マリアさんって名の知れたカードバトラーだったんですね」

マリア「ええ、そうね。といっても過去の話だけどね」

シオリ「でも凄いですよ! 何か武勇伝的なのはないんですか」

マリア「そうね……あれはアタシがまだ敗けを知らない生意気な若者だった頃。当時、カードショップを経営していた店長が――」

タイヨウ「なんか凄く長い話に理想なりそうなんだけどこれ僕も聞く感じなの」


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第7TURN 最強のカードバトラー

 タイヨウの勝利に歓喜するみんなの前にバトルフィールドから戻ってきたタイヨウ。開始前と変わらず感情の起伏はなく勝利の余韻にも浸らずただ勝つことが当たり前と言わんばかりに淡々としていた。

 そして自分の勝利しか信じていなかった男――モールトは床に膝をつき息を荒げていた。

 

 「ば、馬鹿な……この俺が、餓鬼に負けただと……!?」

 

 無理もない。ライフ5と完全回復し勝利を確信したモールトのライフをたった一体のスピリットに全て砕かれのだ。モールトのプライドをボロボロにするには十分すぎる仕打ちだ。

 

 「約束通り僕が勝ったからあんたらアルゼス社は二度とこのショップと時野さんに関わるなよ。――それにしても光導の枚数が足りないな。ここは界渡コンに方向を……」

 

 勝ったのにも関わらずデッキを片しながら一人反省会を開くタイヨウは敗けてボロボロになったプライドに追い討ちを掛けるには十分だった。

 

 「調子に……調子乗るんじゃねぇぇぇ!!」

 

 顔を上げ激昂したモールトはダッシュしてタイヨウとの距離を一気に詰めるとBSカードを抜き取ろうとするタイヨウを突き飛ばした。

 

 予想だにしてなかったリアルアタックにタイヨウは対応できず床に倒れると何処か打ち付けたのか顔を歪めていた。

 

 「タイヨウくん!」

 

 「ちょっと、バトラーに直接危害を与えるなんてルール違反よ!」

 

 「うるせぇぇ! 俺が負けたのは何かの間違いだ! 不正があったに違いねぇ!」

 

 みっともなく喚き散らすモールトは不正はないかとタイヨウの使っていた台座を調べ始めた。

 その姿は惨めで憐れだった。調べたところでバトルシステムは不正を許さない。外部によるプログラムの書き換えも幾重のセキュリティによって守られている。

 ただの高校生であるタイヨウが不正を働くのは不可能だ。

 

 「――そうだ。ランクだ。本当は【A】ランクなのを隠して俺を油断させたそうに違いねぇ」

 

 台座から出てきたタイヨウのBSカードを見つけたモールトは上手い言い訳を思い付いたとしたり顔で抜き取る。

 

 「イった……あ、おい止めろ!」

 

 起き上がったタイヨウは自身のBSカードがモールトの手にあるのに気付くと慌てた様子で立ち上がり奪い返そうと手を伸ばすが――。

 

 「その慌てようやはりランクの偽装をしてたな。やっぱりな、俺が【A】ランク以外に負けるはずが――なっ!」

 

 タイヨウのBSカードを見た瞬間、モールトは目を見開きカードを地面に落とした。

 

 「勝手に見て勝手に落とすなんて最悪かよ」

 

 悪態をついて落とされたBSカードを拾い上げるタイヨウだが、モールトの様子が先にも増しておかしい。

 最初の自信に有り余った態度でもなく、負けた後の言い訳ばかりの醜態でもない。

 体を震わせ後ずさるモールトはまるで化物でもみたような引きつった顔でタイヨウを見ていたのだ。

 

 その様子に彼の仲間はどうしたのかと声を掛け、子供達はどうしたんだろうねと他人事に、マリアはついに正体を確信した。

 

 「まさか初日から誰かに見られるなんて思わなかったよ」

 

 嘆くタイヨウにモールトは震え、もはや畏怖すらしてしまっている男はタイヨウが最も隠したかった事を口にした。

 

 「お、お前が……お前が、【S】( ・ )ランク(・・・)バトラーだと……」

 

 その言葉に店内がざわめく。

 未知のカードが出てきたよりも、ショップを買収すると言われたときよりも、【A】ランクと【B】ランクの実力差を突き付けられたときよりも大きく皆が今日一番の驚きを実感してる中、なにも知らないシオリは一人ポカーンとしていた。

 

 「【S】ランクってなに? 【A】~【F】しか聞いてないからなにがなんだかさっぱりって感じだよ」

 

 「そういえば話していなかったわね」

 

 誤解されないように言っておくが誰もシオリに【S】ランクの事を教えなかったのは何も嫌がらせをしていたからではない。

 ただ単に【S】ランクについて教える必要が全くもってなかったからだ。なぜなら――。 

 

 「【S】ランクは世界でたった五人しか与えられてない最強のカードバトラーの肩書きなの」

 

 IBSOが定めたランク制度。【F】ランクから始まりバトルフィールドでのバトルの勝敗により相互にポイントの加点減点を行い一定のポイント蓄積により自動的に上のランクへと上がっていくシステム。

 これによりバトラーの実力を簡単に把握し大会などの調整や参加条件を決めやすくなり、またカードバトラーも上を目指そうと研鑽したデッキでバトルを繰り返した。

 だが中には最高の【A】ランクにいても実力の底が見えずバトルすれば必勝。万に一つの負けもない異常なカードバトラーが存在した。

 

 「それが五人の【S】ランクバトラー――IBSOに認定された最強のカードバトラーの証」

 

 固唾を飲んでマリアの話に聞き入るシオリにマリアは五人のカードバトラーを口にした。

 

 「全てを破壊する《覇者》ヴィアゼル

  多刀剣の使い手《剣聖》オリビア

  6色全てを操る《天王》カイザス

  現世界チャンピオン《戦帝》ユリウス

  そして三年前に姿を消した世界初の【S】ランクバトラーであり最年少天才カードバトラーと呼ばれた子――あなたもよく知る人物よ」

 

 シオリの中で鼓動が早まる。

 世界中のカードバトラーの中でシオリが詳しいと断言できるカードバトラーはただ一人しかいない。

 

 「灼熱のブレイヴ使い《炎神》アポロ。この五人以外に【S】ランクバトラーは存在しない」

 

 それはタイヨウがこの五人の誰かだという証拠。そしてその中で行方がしれなかった人物は偶然にも一人しかいない。

 

 「じゃあタイヨウくんは――」

 

 「ええ、彼こそが三年ものの間姿を消していたアポロ本人よ!」

 

 その時、シオリは息が詰まるような心苦しさを感じた。

 憧れの、恋い焦がれたアポロが目の前にいる。それだけで気分は高揚する。

 

 「馬鹿な……アポロは死んだんじゃないのか」

 

 「なんでカードゲームで死なないといけないんだよ。ただ単に少しバトスピから離れてただけ」

 

 世間一般的には一切姿を見なくなったアポロはバトスピを引退したというよりも死んだとして広まっていた。そんな噂が立っていたことにも知らないタイヨウは自分の正体がバレたことに困ったように頬を掻くと何か諦めるようにため息をついた。

 

 「ま、バレた以上仕方ないからよーく聞いてしっかり本社に伝えとってよ」

 

 ゆっくりと怯えるモールトに歩み寄るタイヨウの視線は冷たく、そして恐いほど静かだった。

 

 「この一帯(・・)は僕の縄張りだ。無断で踏み荒らすような真似をするなら“潰す”から来るならヤられる覚悟をもって来るように。いい?」

 

 背は圧倒的に低いのにタイヨウが大きく見えた。

 タイヨウの無言の圧にモールトは歯を軋ませると言い返すことなく壇上から飛び降りるとそのままショップの外へと逃げ帰るように走っていった。

 置いていかれたモールトの仲間は慌てて後を追い掛け見事にショップの危機は去ったがバトルに勝利したときのような歓声はなかった。

 

 「ふぅ……これはちょっと脅しが効きすぎたか」 

 

 壇上で一人佇むタイヨウは周りから向けられる視線にさてどうしたものかと悩んだ。

 向けられるはモールトと同じ畏怖の目。最初こそはショップを守ってくれたことに感謝していたがタイヨウが【S】ランクと発覚してからは態度が反転した。

 

 ランクがバレたらこうなるのは目に見えていた。

 強すぎるが故に人は離れ、【S】ランクを倒して名を上げようとした者も手の届きようがない実力差に絶望しデッキを投げ棄てた。

 

 わざわざ地元から遠い首都地の高校に入学したのも落ち着いてバトスピができると思ったからだ。

 三年も姿を見せなければ誰も自分をアポロと思わない。デッキも別のを用意すれば大丈夫だと安心していた。

 それなのに初日で本当のデッキを使っただけでなくBSカードを見られるとは運が無かった。

 

 「ま、いつかバレると思ったしやっぱりもう僕はバトスピをしないほうがいいんだろうな」

 

 最初から決めていたことだ。また孤立するなら今度こそバトスピを辞めると。

 ならもうここにいる必要もない。

 後腐れなく終わるためにも早く家に帰ろう。

 デッキとBSカードをしまったタイヨウは俯き壇上を下りようとした時だ。

 誰かが段を踏み壇上に上るやタイヨウの前で叫んだ。

 

 「タイヨウくんのバカァァァ!!」

 

 「っ!?」

 

 鼓膜にも響く声量。タイヨウは目の前で何故か顔を真っ赤にしてるシオリに目をパチクリさせていた。

 膨れる頬に眉間にシワを寄せた顔。一目見てシオリが怒っていると気付き、その理由もタイヨウは気付いていた。

 

 「……怒っているよな」

 

 「当たり前だよ! これが怒らずにいられるって感じだよ!」

 

 憤慨するシオリにタイヨウは弁明をすることなく黙ってしまう。怒られるような事をしたと自覚してるから。

 本気でバトルを楽しんでいたシオリに対してタイヨウは完成度が五割も満たないデッキで、試運転としてバトルをしていた。

 もちろん、手を抜いてバトルしていたつもりは毛頭ない。むしろ初心者相手に足元を掬われる貴重な体験をした。

 

 だが、それはあくまでもタイヨウの主観。

 

 シオリからすればあのデッキがタイヨウの本来のデッキと思っても仕方なく、せっかくの勝利も実は本気じゃなかったのかとぬか喜びさせただけになってしまう。

 もしそのような勘違いをしていたらそこだけは訂正したかった。

 あのバトルはお互いに全力を尽くしたバトルだったと。だから自分の実力を疑わないでくれと――。

 

 「なんでアポロだってこと教えてくれなかっなのよ! 私、超恥ずかしいんだけど!」

 

 そう言うんだと決めていたが実際に出てきたのは全く検討違いのもので彼女は怒りではなく恥ずかしさに顔を赤くしていた。

 

 「えっと……ごめん、全然話が見えないんどけど」

 

 「だってそうじゃん! 私ここに来るまでメチャクチャアポロについて話したよね! バトルの時も言ったよね! 目の前に本人がいるのにメチャクチャ話してたよね! ね!」

 

 矢継ぎ早に言葉を羅列するシオリにタイヨウは返す余裕もなく話してたと頷く。

 

 「じゃあなんでもっと早く『実は僕がアポロなんだ』って言ってくれなかったの! 言ってくれればあんなにアポロの事を語らなかったのに」

 

 両手で顔を覆い体ごと頭を振るシオリにタイヨウはただただ呆気に取られていた。

 

 シオリが急にこうなったのは数分前――。

 タイヨウが憧れであり恋い焦がれたアポロだった知ったとき確かにシオリの心は締め付けられたように息苦しくでも気分は高揚していた。が、それも一時でシオリは瞬時にタイヨウとの会話が全て脳内に流れ頻繁にアポロについて語っていた自分に羞恥の感情が沸き、モールトがショップから出ていくまでの間、上の空だった。

 そしてタイヨウが動き出してようやく意識が現実に戻ったシオリは教えてくれなかった理由と恥ずかしい思いをしたことを訴えるべく壇上に駆け上がったわけだ。

 

 「ま、まてまて。怒ってるってそれだけのことなのか」

 

 決して悪気があって言ったわけではなかったがシオリからすれば火に油を注がれたようなもの。

 

 「それだけってなによ! 本人が目の前にいる状態でその人について語るって凄く恥ずかしいって感じなんだよ! 私一生分の恥をかいた気分なんだから!」

 

 たったそれだけのことで大袈裟なと思いつつタイヨウは頭を整理して刺激しないように言葉を選択する。

 

 「まー確かに黙ってたのは悪いけど、さすがにあんだけ話されて自分がアポロだって言いにくいだろ」 

 

 「そうかもしれないけど――けど私、他にもタイヨウくんに怒っていることがあるんだよ」

 

 タイヨウの言葉を受けて一方的に文句を言うのが間違っていることに気付いたシオリは話題を変える。

 まだ怒っているというシオリ。

 ようやくランクのことやデッキのことについて言ってくるんだと覚悟を決めて言葉を待つが――。

 

 「こういうの自分から言うの凄く馬鹿みたいで嫌なんだけど私がタイヨウくんを名前で呼んでるの気付いた?」

 

 またもや想定したことと全然違うことに戸惑うタイヨウ。どうして名前で呼んでいるのが怒っている原因に繋がるか意味不明だったがタイヨウは落ち着いて今までの会話を思い返す。

 

 「……言われてみれば名前で呼ばれていた気がするけどそれがどうしたの」

 

 悪手だった。

 タイヨウは気付かなかったことに怒っているもんだと思い込んでいたが実際はそこじゃない。

 

 「どうしたもこうもないよ! タイヨウくん覚えてないの。私とバトルしたとき最後に私の名前を呼んでくれたこと!」

 

 「えっ? あー……言ってたような……」

 

 「言ってたの! 私それが凄く嬉しくてバトルしたお陰でタイヨウくんと仲良くなれたと思って私もタイヨウくんのことを名前で呼ぼうって思ったのにな・ん・でまた名字で呼ぶの! しかも私が名前で呼んだのも気にしてない気付いてないだし」

 

 これがシオリの怒りの理由だ。

 タイヨウがアポロだというのを隠してたことに対する怒りが言わないようにしていた名前の爆弾に引火し現在

シオリが怒る原因の大半を占めている。

 

 「そんなことで怒ってたのか」

 

 「そんなことってなによ! だって私だけ友達になれたと思って一人舞い上がってたのが馬鹿みたいじゃん。――なんであの時は名前で呼んでくれたのに今は呼んでくれないの?」

 

 「あの時は……自分でもよくわかってない。ただ気持ちが昂ってて気付いたら口にしてただけ――って、それよりも他に僕に言うことがあるんじゃないか」

 

 「他のこと……?」

 

 「僕が【S】ランクを隠してたことや君とのバトルで不完全なデッキを使ってしまったこととかさあ」

 

 言うだけ言って虚しくなり一人消沈するシオリに、ついにタイヨウはこの状況に痺れを切らし自ら火蓋を切った。

 息を切らし、返ってくるであろう言葉に心が締め付けられる錯覚にタイヨウはシオリの返事を待った。

 そんなタイヨウをうっすら涙が浮かんでいた目を拭ったシオリは理解できないといった表情で一言、

 

 「なんで“そんなこと”で怒らないといけないの?」

 

 「――えっ?」

 

 その言葉にタイヨウは目を見開きシオリを見つめたが彼女の顔には先程の怒りは見受けられない。

 

 「だってそうだろ。僕が【S】ランクだって知っていれば時野さんが僕にティーチングバトルを頼むことなんて無かったしデッキだって完成にはほど遠い未完のデッキだったのに」

 

 「だからそんなことのどこに私が怒る要素があるの?」

 

 聞き返すシオリにタイヨウは「あるはずだろ」と口にした。

 そうあるはずなんだ。【S】ランクの自分から誰もバトスピを教えてほしいと言われたことがない。別のデッキを使っても馬鹿にするなと怒鳴られた。

 これも全部強すぎるが故に。誰も【S】ランクに関わろうとしない。違うデッキを使えば誰もそれを認めてくれない。

 

 だからシオリも同じなんだ。

 

 そう決めつけていた。だけど彼女は首を横に振り否定する。

 

 「何度も言うけど別にそんなことで怒らないよ」

 

 「けどみんなは……」

 

 「タイヨウくんが過去に何があったか知らないけど私はタイヨウくんが【S】ランクだとしても何も思わないよ」

 

 その声は酷く優しく――。

 

 「だって私、今日始めたばかりの初心者でランク制度のことも全く知らなかったんだよ」

 

 困ったように笑う姿は可憐で――。

 

 「それよりも私はツイてたと思うよ。だって最強のバトラーにバトスピを教えてもらえたんだよ! こんなの普通はありえないって感じだよ」

 

 嘘偽りのない言葉は荒んだ心をそっと撫で――。

 

 「しかもそんな人に初バトルで勝ったんだよ。たとえデッキが未完でも、たとえ私が初心者で手を抜かれていても私の勝ちは本当でしょ」

 

 自信に溢れた表情は停滞した思考を呼び起こし――。

 

 「だから悪いと思うなら次バトルするときはそのデッキでバトルして。簡単には勝てないかもしれないけど何回かやればきっと勝てるよ、たぶん」

 

 彼女の全てがタイヨウには眩しかった。でも嫌な気分ではないむしろ心地いいとすら感じ――。  

 

 「ね、私が怒る要素なんて全然ないでしょ。なんならタイヨウくんのお陰で私の目標が【S】ランクになることに決まったって感じだもん」

 

 指を立てて胸を張る彼女の姿が遠くへ行ったライバルの姿と重なった。

 

 ――あいつも似たようなことを言ってたな。

 

 思い返せば誰かを拒絶し距離を置くようになったのもあいつが居なくなってからだ。

 それまではタイヨウも今ほど人目を気にしてバトルをしていなかった。それなりに楽しくバトスピをしていたはずだ。

 なのに今はそれが出来ていないのはつまりはそういうことなんだろう。

 

 「――簡単に言うけど【S】ランクにはそうそうなれないぞ。それこそ既存の【S】ランクバトラー全員を倒せるぐらいにならないとな」

 

 「分かってるよ。最強のカードバトラー達に勝つなんてただの夢物語かもしれないって。でも勝つ。前を向いて足掻き続ければきっと勝てない相手なんていないよ」

 

 シオリが口にするのはただの精神論だ。過去にも同じことを言うカードバトラーはたくさんいた。そして大半が現実を見た。

 だけど彼女は違う。直接バトルしたタイヨウだから確信をもって言える。

 シオリならどんな強敵相手にも立ち向かっていける。諦めずに立ち上がれる。

 

 「そうか……」

 

 少なくともバトスピが好きで好きで仕方ない彼女が強くなれない理由があるはずない。

 自分も最初は同じ気持ちでバトスピをやっていたはずなんだから――。

 

 「なら時野さんが【S】ランクになる日を楽しみに待ってるよ」

 

 こんなにも誰かが強くなるのを待ち遠しいと思ったことはなかった。

 自然とタイヨウの口から笑みが溢れ、それを見たシオリは驚きに声を上げ、

 

 「タイヨウくんが笑った!?」

 

 「そんなに驚くことか? 僕だって笑うときはあるよ」

 

 「そうだけど、そんな満面な笑みは全くなかったよ」

 

 そうだっけ、と考えるがこんな風にリラックスして笑ったのは無かったかもしれない。

 

 「でも素敵な笑顔だったよ。普段からそうやって笑っていればいいのに」

 

 「さすがに普段から笑うのは無理だよ。時野さんじゃあるまいし」

 

 「それなんか私がいつもヘラヘラしてるって感じなんだけど。あとまた名前で呼んでくれない」

 

 「別に呼び方なんてどっちでもいいだろ」

 

 よくない! と言い切るシオリは指を突きつけてくる。

 

 「最初に名前を呼んだのはタイヨウくんなんだから今さら名字呼びする方が変だよ。それにどっちでもいいなら名前で呼んでくれてもいいでしょ」

 

 そう言われると反論する余地がない。

 頑なに名前呼びを求めるシオリに女子って思ってた以上にめんどくさいなとタイヨウは諦め混じりのため息をついた。

 

 「分かった。そこまで言うなら名前で呼ぶよ。その代わり僕を呼ぶときは呼び捨てにしてくれないか。くん付けで言われるのはどうも落ち着かない」

 

 「いいよ。それでタイヨウ(・・・・)が名前で呼んでくれるなら」

 

 「はいはい、シオリ(・・・)。これでいいんだろ」

 

 何処か投げやりのような言い方なタイヨウだがシオリは気にする様子もなく満足げに微笑んだ。

 

 「じゃあ早速バトルしよ」

 

 「いいね。受けてたつよ」

 

 シオリからのバトルの申し込み。三連戦になるタイヨウだが疲れる様子もなく快諾するも手を叩きながら壇上に上がってきた人物によりそれは遮られた。

 

 「その様子だと痴話喧嘩も終わったかしら」

 

 上がってきたのは二人のやり取りを邪魔しないように見守っていたマリアだった。

 

 「痴話喧嘩なんて別にそんなつもりは……」

 

 顔を真っ赤にして俯くシオリにマリアは若いっていいわねと思いながらこちらに視線を送るタイヨウを見据えた。

 

 「バトルの前に少しだけ話をしてもいいかしら」

 

 「マリアさん……」

 

 バトルする前の威圧感は今は微塵も感じられず年相応の少年にマリアは慈愛に満ちた瞳でタイヨウの肩に手を置いた。

 

 「タイヨウちゃん、まずは店長としてお礼を言わせて。このショップとみんなを守ってくれてありがとう」

 

 「お礼なんていいです。僕は別にショップを守ろうとバトルしたわけじゃないから」

 

 あくまでもショップは二の次。タイヨウがバトルしたのもシオリを不穏な輩に手渡さないためだ。

 

 「あなたがどう思おうがバトルして勝ってくれたのは事実でそのお陰で守られたものはたくさんあるの。だからありがとね」

 

 感謝される程のものとは思っていないタイヨウはただただ困惑するだけだがシオリはそっと、

 

 「変にあれこれ考えずに素直に受け取ったら」

 

 「けど……ううん、そうだな。まずはそこからだな」

 

 余計なことを勘ぐって相手を警戒しすぎるのはタイヨウの悪い癖でもある。

 それを知るよしもないシオリだが、彼女の指摘はもっともでタイヨウは真っ直ぐマリアを見つめ、

 

 「力になれてよかったです。またああいうのが来たら僕が相手します」

 

 「ふふ、頼もしい限りね。アタシも店長としてもっと強くならないとね。――それでタイヨウちゃん、あなた普段バトルするときレベル10でバトルしてるわよね」

 

 「ええぇー!!」

 

 唐突に質問をするマリアに当然と言わんばかりにタイヨウは頷くが聞いていたシオリは大声を上げていた。

 

 「レベル10って最高レベルだよね。そんなレベルでバトルして平気なの!」

 

 タイヨウは最高ランクの【S】だ。ライフダメージのレベルを最高レベルに設定するのも可能だが、マリアからレベル6からは現実ではまず味わうことのない痛みと教えられたシオリはレベル10の痛みが想像できずそれはもうトラックに轢かれるのと同等ではと背筋がゾッとする。

 

 「なんか僕が好き好んでレベル10にしてるって勘違いしてそうだから言うけど【S】ランクになると強制的にレベル10に設定されるんだよ」

 

 「え、そうなの? でもなんでそんな設定が?」

 

 「まあそうね。一言で言うならハンデね」

 

 【S】ランクバトラーの実力は未知数。普通にバトルしてもまず勝ち目が見えないため少しでも【S】ランクバトラーの集中力を切らすために強制的にレベル10になるのだ。

 

 「ハンデと言っても慣れてしまえばどうってことないしむしろ僕は余計に集中力が増すかな」

 

 「それってハンデとして成立するの?」

 

 率直な疑問にタイヨウもさあー、と肩を上げるだけだった。

 だがなぜレベル6のライフダメージにタイヨウが平然としていたのかこれで納得した。

 普段からレベル10でバトルしていればレベル6なんて気にもならない痛みなのだろう。シオリからすれば未知の領域すぎて想像も及ばない。

 

 「けどなんで今、そんなことを聞いたの? マリアさんなら最初から知ってたんじゃない?」

 

 「知ってたわね。聞いたのは念のための確認で本題はここから――タイヨウちゃんには申し訳ないけど【S】ランクと知った以上、タイヨウちゃんのバトルフィールドの使用回数を制限させてもらうわ」

 

 マリアの重苦しい発言にタイヨウは言い返そうとしたがすぐにその意味を察し押し黙る。何も理解出来なかったシオリは言い返したが――。

 

 「なんでタイヨウがバトルフィールド使ったらダメなの! 何か問題でもあるの!」

 

 「落ち着いてシオリちゃん。なにも嫌がらせで言ってるんじゃないの。これでもタイヨウちゃんの身体を思ってのことなの」

 

 「タイヨウの……」

 

 「シオリちゃんも、もちろんアタシも経験したことないから見聞でしか言えないけどレベル10は身体への負担が大きいのよ」

 

 シオリは思い返す。タイヨウとバトルしたときのことを。

 最初にタイヨウのライフを砕いたときタイヨウは久しぶりだからと膝をつき苦悶の声を出していた。

 二つ目以降のはしっかりと耐えてはいたが頬には冷や汗が垂れ、表情も僅かだが苦痛に歪んだときもあった。

 

 「アタシみたいに身体が成長しきった後ならともかく」

 

 自身の身体を参考に出してくるが生半可な筋トレだけではその肉体には辿り着けないだろうと二人が思うなかマリアは、

 

 「まだ成長期のタイヨウちゃんに過度な肉体負荷は身体を壊しかねないわ」

 

 「そっか……いくらタイヨウが平気そうにしても身体には限界があるよね」

 

 マリアの意図に気付けたシオリも俯くばかり。

 決闘者モードならタイヨウもレベル10ではなくレベル6でバトル出来るため身体への負担は多少減るがシオリは果たして自分がその痛みに耐えれるのか。

 

 「だからタイヨウちゃんがバトルフィールドを使える回数は日に二回まで。レベル6でもタイヨウちゃん復帰したばかりで身体もびっくりしてるだろうから今日はおしまい。いいかしら」

 

 「……分かりました」

 

 少し不本意な回数制限だが、今までされたことこの気遣いにタイヨウは嬉しくも思いそのルールに同意した。

 

 「タイヨウの身体が一番だけど今日はもうバトル出来ないなんて」

 

 「なに言ってるのよ。ここはバトスピをするためのショップよ。バトルフィールドが使えなくてもあそこのフリースペースでいくらでもバトルできるわ」

 

 マリアの指差す先。入店した時から他の客たちも活用していた長机の設置された卓上。

 

 「そっか。そもそも最初はそこでバトルする予定だったもんね。いくよタイヨウ!」

 

 「はぁ、ホント元気だな」

 

 シオリに着いていき壇上を下りると先ほどから黙っていた客たちがその周りを囲っていた。

 

 「なんで塞がれてんの」

 

 「さ、さあ……私なにか悪いことでもしたかな」

 

 見た感じ怒っているわけでもないよいだが如何せん誰も喋らないせいで心情が読めない。

 

 「ほら、黙ってないでちゃんと言葉にしないと伝わらないわよ」

 

 一人全てを理解しているマリアは微笑みながら声を掛け数秒――。先頭にいた中学生ぐらいの少年がおずおずと声を出した。

 

 「あの、先ほどはありがとうございました」

 

 「先ほど? あーもしかしてさっきのバトルのことならもういいよ。店長のマリアさんからもお礼してもらったし」

 

 いくらなんでも客にまでお礼されては面倒すぎると内心思うタイヨウを他所に少年はそのまま続けて、

 

 「あの、もし迷惑じゃなかったらボクとバトルしてくれませんか」

 

 「ふーんバトルね……え、バトル? 僕と? 本気で?」

 

 自分の耳を疑い聞き返すタイヨウに少年は頷く。

 

 「……一応それは僕が【S】ランクだと知って言ってるんだよね」

 

 「はい、ぜひ一度最強のカードバトラーと戦ってみたいと思って」

 

 少年のその言葉に周りにいた客たちも次々に俺も僕も私もと名乗りを上げる。

 どうやら囲っていた全員がタイヨウとの対戦希望者のようだ。

 

 「凄いねタイヨウ、人気者だよ」

 

 「あーうん、どうだろ……」

 

 「嬉しくないの? こんなに色んな人とバトルできるんだよ」

 

 両手を広げるシオリ。大勢の人とバトルすることに憧れを抱いていた彼女は羨ましそうに見つめるがタイヨウは浮かない顔をしていた。 

 タイヨウにとってこの数の人とバトルするのは【S】ランクになる以前から日常茶飯事だった。

 たくさんの人とバトルするのが楽しくないわけではない。人の数だけデッキや戦術があり、それらの人とバトルしていくのは強くなるには必須。

 

 だがそれも【S】ランクになるまでの話。

 

 【S】ランクに上がってからの連戦連勝のバトルはバトラーたちに越えられない実力の壁を無惨にも見せつけ気づいた頃には孤立していた。

 

 勝っても“ダメ”。わざと負けるのも“ダメ”。そもそもそれはバトラーとしてもプライドが許さない。

 だからタイヨウは他人とのバトルをよく思わないのだが、

 

 「よーし、みんなー! 誰が最初に“本気”のタイヨウに勝てるか勝負だよ! 絶対に負けないからね」

 

 シオリはそんな心境のタイヨウお構いなしに明るく声を上げた。

何を勝手なことをと口を開きかけたがすぐに違うと己の言葉を否定する。

 

 気付いたはずだ。距離を置くだけでは何も変わらないと。自分も歩み寄っていかないとダメなんだと。

 ならもう一度信じて踏み込むしかないんだ。

 

 「もちろんいいよね、タイヨウ」

 

 「……そうだな。いくらでもバトルしてあげるよ。ただし僕に勝ちたいなら“本気”で勝ちに来ること。途中で諦めたり投げ出すような奴とはバトルしない。これが条件だからな」

 

 「当たり前だよ。やるからには全力でやらないと相手にも失礼だしなにより楽しくないもん」

 

 シオリの言葉にみんなが各々の言葉、仕草で同意する。

 タイヨウにとってそれがどれだけ頼もしかったことか誰も知らずタイヨウは笑みを浮かべ一歩踏み出した。

 

 「じゃあ、誰からバトル。最初はシオリからだからその次からな」

 

 歩きフリースペースに移動しながら周りの子達もそれに着いていき二番目からの順番を決めていた。

 

 「あ、タイヨウ」

 

 と、背後からシオリに声をかけられタイヨウは足を止めて振り返る。

 

 「どうしたんだ。最初にバトルするのは嫌だった?」

 

 「ううん、そうじゃないの」

 

 首をかしげるタイヨウにシオリは――。

 

 「言いそびれたけど守ってくれてありがとう。行く必要が無いって私を止めてくれたの凄く嬉しかった」

 

 「なんだそんなことか。いいよ、僕がいる限りシオリも守るから安心してバトスピを楽しもうよ」

 

 その言葉にシオリは頬が熱くなるのを感じ、すぐに頭を振って冷やすと、

 

 「――うん!」

 

 今日一番の笑顔でタイヨウの後を追った。




~バトスピ小ネタ劇場~
《ランク》
シオリ「あ~早く私も【S】ランクになりたい~!」

タイヨウ「その前に【E】ランクになるのを目指さないとね」

シオリ「そういえばランクを上げるにはバトルに勝った時に手に入るポイントが一定以上貯まったら自動的にランクアップするんだよね」

タイヨウ「そうだね。上のランクを倒せばその分より多くのポイントが手に入るよ」

シオリ「なら使ってたデッキがどうあれ【S】ランクのタイヨウに勝ったんだから私結構ポイント貯まったってこと!」

タイヨウ「あーそれなんだけど【F】ランクだけはポイントじゃなくてバトルフィールドで十回勝てば【E】ランクに上がるんだよ」

シオリ「えー」


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幕間 動き出す“世界”

 そこは世界から孤立したように浮かぶ小さな大陸――もとい人工島《アンダート》。

 

 赤の大陸・黄の大陸・紫の大陸――以前はアジア、アフリカ、オーストラリアと呼ばれていた大陸の間にあるその島はどの国の領土・法律にも属さないIBSOが管理する世界政府公認の特殊な島。

 

 島には開発中の都市が一つ。予定では都市には七つのバトルスタジアムが用意されるというバトスピのために造られた島と言っても過言ではない。

 現時点で都市の完成度は六割ほど。世界中の建築者を集め急ピッチで建築中なバトスピ都市の完成は今年中には終わる。

 そんな工事工事で埋め尽くされた都市の中心にそびえ立つ百階をも越える超高層ビル。――IBSOの本部だ。

 

 その上層のとある一室。囲うように設置された机が三段に分かれているその部屋は謂わば会議室のような場所。

 薄暗く必要最低限の照明が足下を照らす部屋に少女はポツンと座っていた。

 

 十四才の幼い顔立ちの少女だ。

 背中まで伸びる黒い、夜空を彷彿させる髪はサラサラ。いつも身に付けている赤い花の髪飾りを愛おしく指先で触れながら少女はスマホを眺めていた。

 スマホに映るは過去に撮った写真。

 今よりも幼い少女と少年がカードを手に微笑む姿が写されたもの。それを眺めるのが少女の習慣だった。

 

 少女がこの部屋に来てから既に一時間。

 現在、少女を含めてこの部屋にいるのは七人。

 

 あるものはカードをいじり。あるものはイヤホンを嵌めて音楽に集中。あるものは非常識に机の上で横になり眠りこけ。あるものは静かに時が来るのを待ち――。

 

 と、各々が独自の方法で時間を潰している中、少女はチラリと室内を確認する。

 少女が座っているのは上段。三段目の隅の方だ。

 一目で誰が何をしているか見れるこの場所で少女は感嘆の声を漏らしていた。

 

 「この人達が一同に集まるのなんて何年ぶりかしら」

 

 少女にとってここに集められた六人は例えるなら国を任された大統領。

 それぞれ活動する大陸が異なりここに来るのも時間が掛かる者もいるのにこうして六人全員が集められたということは呼び出し人は今回の話し合いで重大な――それこそ世界を揺るがす話でもするのではないか。と期待が高まる。

 そしてそんな場に少女も呼ばれたということは少女にとっても重大な話ということでもある。

 

 「早く始まらないかしら」

 

 スマホを確認。もう約束の時間から一時間と二十分も遅れてるらしい呼び出し人は何をしてるのだろう。

 この場にいる人たちもそろそろ限界のようだが――。

 

 「すまないみんな。待たせてしまったね」

 

 室内に遅れて参加した者の声が響く。

 それまで時間を潰していた全員の視線が声の主――みんなを呼び出した人物に集まる。

 

 部屋に入ってきたのはスラリとした長身の好青年だった。切れ長の青い瞳。長い金色の髪を一房にまとめ上げ、白い礼服に身を包んだ姿は英国紳士の名に恥じない完璧なものだ。

 

 「けっ、ようやくお出ましかよ」

 

 最初に反応を示したのは机に肘をたてうんざりしている赤髪の男だった。

 

 「本当にすまない。まさかここまで掛かるなんて思わなくてね」

 

 「仕方ないよー。ユリウスは次期IBSOの代表者なんだからー」

 

 イヤホンを外しおっとりとした物言いで紫髪の女性が赤髪男を嗜める。

 

 ――ユリウス・バーミリオン。母はイギリス人・父はニホン人のハーフ。そして現世界チャンピオンの【S】ランクバトラー【戦帝】だ。

 

 IBSOの創設者である父の息子ということもあって、バトスピの運営、管理――そしてチャンピオンとしての強者の振る舞い、子供たちの憧れであるため常に礼儀ある態度を、と二十歳となる若さで多すぎる責務を課せられているが彼は一度として弱音は吐かず、責務をこなしていた。

 

 「ま、遅れるのは予想できてたからこっちも責める気はないさ。それよりも俺たちを呼んだ理由を早く教えてくれないかな」

 

 場の空気を軽くし話を次へ進めようと黄色髪の男が笑みを浮かべる。

 

 「そうだね。遅れた分の埋め合わせはいずれするとして早速本題の方に入ろうと思うんだけど……」

 

 言葉を詰まらせるユリウスの視線の先。そこには机の上で眠る緑髪の少女がいた。

 

 「ああ、彼女が寝てるのはいつものことだろ。このまま起きなかったら後で俺の方から話をするからこのまま始めてくれ」

 

 ここに来てから不動で待機する白髪の男が冷静に告げる。

 

 「そうか……ならこのまま話を進めさせてもらうよ」

 

 「ようやくか。俺たちを集めたからにはつまんねー話は無しだぞ」

 

 身を乗りだしユリウスの言葉を待つ六人の顔を見渡しユリウスは重々しく口を開いた。

 

 「あまりいい話じゃないんだが――君たちの知っての通りアルゼス社のことだ」

 

 「なんだよ、話ってあいつらのことかよ」

 

 聞かされる話の内容を察した赤髪男は勢いよく椅子の背もたれに身体を預けるがその顔は険しく周りも同じ顔をしていた。

 

 「現在アルゼス社は世界各地にあるカードショップに買収目的でバトルを挑んでいる。君たちの頑張りのお陰で守られたショップは数多くあるが相手の手が緩まるどころかここ最近勢いを増している」

 

 「確かに白の大陸も以前に増して救済を求めるショップの声が多い」

 

 「ぼ、ボクの担当の青の大陸もそうですぅ」

 

 答えるは白髪男とおどおどした態度で様子を伺っていた青髪の少年だ。

 他の――赤、黄、紫の大陸を担当する三人も同じだと頷き、緑髪少女も目を覚ましていたら頷いていただろう。

 

 「それが今さらどうしたんだよ。アルゼス社に関してはあんたらが向こうの社長と話をつけるんだろ」

 

 「そのつもりだった。……けど、相手は僕らと会って話す気は一切ないようでそれどころか向こうは闇輝石六将(ダークストーンズ)を動かしてきた」

 

 最後の一言に戦慄が走る。

 後ろで聞いているだけの少女も出てくるはずのない言葉に驚いていた。

 

 「え、えっとー……その話は本当なんですかー。別にユリウスを疑ってるんじゃないけどー」

 

 「残念ながら事実だ。闇輝石六将の一人が襲撃に来たと今さっき(・・・・)連絡が入った」 

 

 「今さっき? つまりユリウス、お前が遅れたのはそれの事実確認のためか」

 

 頷き肯定するユリウスに少女の中に疑問が生じる。

 少女が呼び出されたのは一時間前。集合時間の過ぎた時間に内容も知らされずに呼び出された。

 話を聞いている限り今日の議題はアルゼス社の精鋭カードバトラー集団である闇輝石六将が動き出したことだと決めつけていたが今さっきユリウスも知った内容ならそれは違う。

 何せ少女と違いこの六人は数日前に召集を掛けられている。故に五人は議題が本来のとは違うことに違和感を持っていたが、

 

 「たぶん聞かれるだろうから先に言うけど元々今日は最近噂になっているカードバトラー狩りを行う者について――そして世界大会に向けての話し合いをするつもりだった」

 

 世界大会の言葉に心がざわめくがそれを抑えて赤髪男は可能な限り落ち着いた態度で、

 

 「それが偶然にも今日俺たちが集まるタイミングで闇輝石六将が動き出した。だから予定を少し変更してそれについて話し合おうと言うわけか」

 

 「そういうことになるね」

 

 「まあどっちにしろ闇輝石六将が動きだしたなら俺たちが集まってたのは運がよかったかもな」

 

 闇輝石六将。アルゼス社に対抗する上で用心すべき六人のカードバトラー。

 【闇奥義】と呼ばれる特殊な効果を持つカードの使い手。使い手全員が名の知れた【A】ランクバトラーであり非常に厄介な相手だ。

 

 「そ、それで闇輝石六将の誰が動いたんですかぁ。もしかして全員ぅ――!」

 

 「いや、報告だと動いたのは《紫石のモールト》だけだ。ただ他のメンバーも動いている可能性はある」

 

 少女の脳裏に粗暴な巨漢の姿が過りすぐさま頭を振って記憶の彼方に吹き飛ばす。

 

 「あいつかー苦手なのよねー。で、そいつはどこに現れたのー?」

 

 「赤の大陸……ニホンの首都、トーキョだ」 

 

 「俺の担当大陸に来たか。しかもニホンにとは面白れぇ!」

 

 拳を打ち付けテンションを上げる赤髪男に対して少女は怒りで震えていた。

 

 ――よりにもよってニホンのカードショップを買収ですって!? そんなの愚行すぎますわ!

 

 ニホンはバトルスピリッツの始まりの国でもある。世界から見ればニホンが一番バトスピ国と見られても可笑しくない謂わば聖地。

 それを犯すのは大罪――万死に値するわ! と息巻く少女を他所に話し合いは進み――。 

 

 「つまりユリウス、お前は俺らにさっさと闇輝石六将を倒して来いと言いたいんだな」

 

 極論すぎる結論。だが、それが一番シンプルな解決法なため誰も反対せずにユリウスの回答を待つ。

 

 「……そうだね。早急に闇輝石六将の動きを予測し君たちに伝え対処する。それが一番早い解決法だと僕も思った……けど――」

 

 言葉を切りユリウスは肩を震わす。世界チャンピオンとあろう人物が怯えているのか。紛いなりにも自分たちのリーダーであるユリウスの弱気な動きに不安を募らせるがそれは全くの杞憂だ。

 ユリウスが震えてるのは“恐怖”によるものではなく“歓喜”によるものだからだ。

 

 「その必要はない。すでに《紫石のモールト》は倒された。そこに居合わせたカードバトラーの手によって」

 

 その短い伝達を理解するのにどれだけ脳内処理をしたことだろう。

 

 モールトが敗れた?

 

 言動は不快。女性に対して礼儀も知らなそうな奴。敗けてもザマァみなさいと笑うレベルの男だが、少女は知っている。あれでも【A】ランクに恥じず普通に強いことを。

 

 それを負かした?

 

 ならそのカードバトラーは同じ【A】ランクだろうがユリウスの反応からして少女は違和感を感じずにはいられない。

 

 「あいつを倒した、だと!?」

 「それって本当なのー、ありえなーい!」

 「ふぅむ。なら一体そいつは誰なんだい?」

 「同じ【A】ランクの者か?」

 「ま、紛れ勝ちとかですかぁ?」

 

 次々と出てくる懐疑。正体を探ろうと質問するがユリウスはそれを全て否定する。

 

 「きっと君たちも驚くと思うよ。なにせモールトを倒したのは【S】ランクバトラーだからね」

 

 ユリウスの言うように倒した者の正体に一同は驚愕する。

 

 「【S】ランクってどいつだ! お前はもちろんないとして【覇者】か? 【剣聖】か? それとも【天王】か?」

 

 上げられる【S】ランクバトラーの肩書き。しかしユリウスは一つも答えずにただ微笑むだけ。

 久しぶりに見る彼の穏やかで、だが激しい感情を抑えたその笑みに少女は、まさか――! と口を開いた。

 

 「倒したのは【炎神】――タイ……アポロですの、お兄様(・・・)

 

 少女の発言に全員の視線がこちらに集まる。

 

 「あぁそうだよアンナ。彼が倒したんだ。圧倒的力で完膚なきまでに、ね」

 

 嬉しそうに……いや本当に嬉しくて嬉しくて堪らないと顔に出るユリウスに少女――アンナ・バーミリオンも同じ気持ちでいた。

 

 ――タイヨウ様が倒した! つまりそれって帰ってきてくれたってことですの!

 

 目尻に涙が溜まりじんわりと視界が滲む。だけどその涙を拭うのも忘れアンナはただ喜びに心を震わす。

 

 「【炎神】って本当なのかよ。あいつはもう引退したんじゃないのか!」

 

 「僕もそう思っていたけどどうやらしばらく離れていただけで引退したつもりはなかったみたいなんだ。彼を目撃した店長が言うには『過去よりも遥かにデッキが洗練されていた』そうだ」

 

 「マジかよ……」

 

 驚きのあまり放心する赤髪男にアンナは当然のことです、と内心ほくそ笑む。

 

 ――そもそもタイヨウ様がバトスピを辞めるのがおかしな話だったのですよ。タイヨウ様ならきっと帰ってきてくれると信じてましたわ私

 

 ニヤニヤが止まらず脳内でタイヨウの姿を思い浮かべていくなかユリウスは続ける。

 

 「驚くのはそれだけじゃないよ」

 

 「え、なになにーまだ何かあるって言うのー?」

 

 ただでさえ失踪もとい引退したと思われていたアポロの復帰は衝撃的だったのにユリウスはまだそれと同等のものがあると言い放った。

 

 「ついに転醒使い(リ・ターナー)が現れた」

 

 「な……! おいおいそれマジかよ! 事実なら今日はヤバい日だぞ!」

 

 それはここまで冷静沈着だった白髪男も表情が変化するほどの衝撃だった。

 

 「どこに現れたんだ。いや、そもそも今の今までなにをしていたんだ」

 

 転醒使い(リ・ターナー)。転醒カードを主軸に戦うバトラーのことを彼らはそう呼んでいた。

 現状、転醒使い(リ・ターナー)は四ヶ月前に行われた抽選会に当選し転醒デッキを得た者とこの場に集められた六人のバトラーと計七人。

   

 「これは僕も予想は出来なかったんだけどどうやら転醒使い(リ・ターナー)は初心者だったらしくて、高校に入学するまで一切バトルしてなかったみたいなんだ」

 

 「初心者だと!?」

 

 誰もが経験者の手に渡ると思っていたデッキ。それが初心者の手に行くなんて誰が想像できようが。

 

 「んー、ありえない話じゃないけどー、腑に落ちないねー」

 

 「ぼ、僕が言うのもおこがましいんですけどぉ、初心者が持ってていいんですかぁ?」

 

 「デッキがその子を選んだんだ。問題なんてないよ。むしろ既に面白いことになってるよ」

 

 怪訝そうな面持ちの皆にユリウスは舞台劇の台本を読むように仰々しく語る。

 

 「なんとその初心者転醒使い(リ・ターナー)は偶然にもティーチングバトルをアポロに頼んだみたいなんだよ」

 

 「! それは本当ですの、お兄様!」

 

 「本当、不思議だよね。偶然転醒使い(リ・ターナー)になり、偶然引退中のアポロに出会い、偶然バトスピを教えてもらい、偶然そのバトルに勝っちゃうんだからね」

 

 「――――ッ!!」

 

 今ユリウスはなんと言ったんだ。

 兄の口から衝撃の事実を告白されたアンナは足下に穴が出来たように足の感覚が失くなった。

 

 ――タイヨウ様が初心者に負けた……? 手加減したから……? でもお兄様のあの言い方は本気でバトルして負けたと言ってるみたいだった……

 

 チャンピオンである兄よりもタイヨウの方が絶対王者に相応しいと常日頃から思っていたアンナはとてもじゃないがタイヨウの負けた現実を受け入れられず項垂れてしまう。

 

 「【S】ランクに勝つ、ね……バトル内容はどうあれデビュー戦に相応しすぎる華やかな戦績だね」

 

 「ああ。それに転醒使い(リ・ターナー)は高校入学ということはアポロとも歳が近いはずだ」

 

 「てことはー、一緒の学校に通ってるって可能性もあるよねー。でもそれってー――」

 

 「偶然の重なりすぎ」

 

 ふと、会話に紛れ込む鈴の音のような静かな声。

 

 「ようやくお目覚めのようだね」

 

 「その話、事実なら、偶然で済ましていい、話じゃない」 

 

 どこから話を聞いていたのか。起き上がった緑髪少女はそのまま机の上に腰を掛け眠り眼でユリウス見つめる。

 

 「そう、君の言う通りここまでの出来事を偶然の一言で片付けるのは無理がある。言うなら――」

 

 「――運命」

 

 「ああ、そして僕たちにとって必然でもある」

 

 緑髪少女の言葉に満足気に頷きユリウスはさらに言葉を足す。

 

 「僕はこの話を聞いたとき感じたんだ。今日が“世界”の動く日だって」

 

 両手を広げユリウスは中央まで歩く。

 

 「今日、君たちが全員ここに集まったのも、アルゼス社の闇輝石六将が投入されたのも、アポロが復帰し【S】ランクバトラーが全員が動き始めたのも、転醒使い(リ・ターナー)が現れたのも全部偶然では片付けられない運命でありまたそうもたらすようにした“世界”の必然だ!」

 

 興奮冷めぬ激しい物言いでユリウスは言葉を紡ぐ――。

 

 「遠くないうちに“導きの少女”が転醒使い(リ・ターナー)の前に現れるはずだ。そのためにも僕は前々から計画していた世界大会の開催を早めるつもりだ」

 

 その言葉に全員に緊張が走る。

 

 「予定はここバトスピ都市――《エルテナ》が完成次第、世界に向けて最強の王者を決めるバトスピの祭典――チャンピオンシップの開催を宣言する」

 

 ゴクリと誰かの固唾を飲んだ音が聞こえじわりと頬に滴が伝う。

 

 「そのため君たちにはこれまで以上に各大陸の秩序の維持及びバトラーの育成をお願いしたい」

 

 「はは、言われるまでもねーよ。それが俺たちの使命だろうが!」

 

 ユリウスに向ける六人の熱い視線が彼はとても頼もしく心地よかった。

 

 「いいぜいいぜ! 久しぶりに滾ってきたぜ!」

 「んー、これから忙しくなるなー」

 「話しすぎ、疲れた、眠い、寝ます……zzz」

 「まずは目先の問題はなんとかせねばな」

 「転醒使い(リ・ターナー)がどんな子か楽しみだね」

 「まだ言われてない仕事が多そうで不安だなぁ」

 

 このまとまりの無さがより彼ららしいなと微笑みながらユリウスは隅で落ち込み続けるアンナに視線を向ける。

 タイヨウを崇拝するレベルで好意を抱いている妹にこの話をすれば少なからずショックを受けるのは目に見えていたユリウスは後で何か買ってあげようと思いながら上を見上げる。

 

 真っ暗な天井に本来何も映らないものだがユリウスの瞳にはハッキリとこれから起こる光景の一部が映っていた。 

 

 「舞台は整いつつある。これから何が起こるか……期待が膨らむばかりだよ」

 

 胸の鼓動が高鳴り笑みを溢すユリウスを他所にアンナもまたスマホ越しに笑みを溢し密かに計画を実行していた。

 

 

 かくして大陸会議と呼ばれる話し合いは一部の思惑が働いていたとはいえその後も順調に、そして“世界”を動かすため密かに会議は続いていった――。




~バトスピ小ネタ劇場~
《今の大陸の名前》
ユリウス「今回は僕がここで話させてもらうよ」

ユリウス「現在、大陸の名前は昔と違ってバトスピの色にちなんで赤、紫、緑、白、黄、青の大陸と呼ばれているんだ」

ユリウス「以前は赤の大陸がアジア大陸。紫の大陸がオセアニア大陸。緑の大陸が南アメリカ大陸。白の大陸がヨーロッパ大陸。黄の大陸がアフリカ大陸。青の大陸が北アメリカ大陸と呼ばれていたんだ」

ユリウス「ま、ここでないと話す機会もないからへーそうなんだ程度に読み流してくれたらいいよ。じゃ、また近いうちに会えたらいいね」


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1章 創設バトスピ部
第1TURN  バトスピ部を作ろう


 翌日。入学したての一年生にとって高校生活二日目。まだまだ慣れない新入生達は今日も適度な緊張と共に登校していた。

 

 そんな新入生達の教室の一つ、1年2組の教室で自席に座る顔の緩みきった少女。昨日の不貞腐れた彼女を知る人からすれば驚くほどの変わり様だ。

 

 「おぉ、おぉ、まさかとは思ったけどヤバいなあのにやけ面は」

 

 「まぁ、昨日みたいに落ち込んでるよりだいぶマシじゃないの」

 

 「でもあれがずっとなのも気味が悪いよ」

 

 登校し、教室に入るや絶賛浮かれ中の少女――シオリに目がいく三人。アカリ、コユキ、チサの三人は鞄を片すとそのままシオリの席に。

 

 「……あ、みんなおはよ~」

 

 「おは。で、その緩みきった顔はどしたんだよ」

 

 「うみゅ~……やめてよぉ」

 

 シオリの顔をこねくり回すアカリ。それを眺めながら机に顎を乗っけるチサが、

 

 「それで昨日の話はどこからどこまでが本当なの」

 

 「ひどい! 最初から最後まで実話だよ!」

 

 「疑うつもりはないんだけど……」

 

 「あまりにも都合よすぎてなー」

 

 シオリは昨夜、みんなと別れてから起こった事全てを四人のLINEグループで話ていた。

 その時はみんな『おめでとー』と返していたが実際はどこまでが本当なのか半信半疑だった。

 

 「私の話の何処が都合がいいのって感じだよ!」

 

 「そりゃあ自分と同じ廃部を知らない勘違い生徒がいないか確かめに行ったら本当にいて」

 「それも経験者で」

 「しかも正体が憧れのアポロだったなんて」

 「「「いくらなんでも都合よすぎ~」」」

 

 声を揃える三人にシオリは肩を震わしBSカードを取り出した。

 

 「ほんとだって! これ証拠の一つ!」

 

 「という冗談は置いといて」

 

 「冗談だったの!?」

 

 ぽんぽんとシオリの頭に手を置くアカリは苦笑混じりに見つめ、

 

 「ま、出来すぎた話だとは思うけど」

 

 「シオリンが私たちに嘘つく方がありえないからね~」

 

 笑い合う三人にシオリは少しぷくーっと頬を膨らませた。

 

 「悪かったって。それで、初めてのバトスピはどうだった」

 

 「……うん、とっても楽しかったって感じだよ!」

 

 弾ける笑顔と共に答えるとそのままシオリは昨日の出来事を事細かに、一部拡大解釈された状態で語ったのだ。

 

 

 

 「――――――――で、最後にしたバトルは何もできずに負けたんだ」

 

 語り終えたシオリは満足げな顔をして一息ついた。

 

 「本当、聞けば聞くほど不思議な話ね」

 

 「私も話していて凄い偶然だなって感じだよ」

 

 三人が疑いたくもなるなと改めてシオリは実感した。

 

 「でもまさか私たちのクラスにあのアポロンがいたなんて驚いたなぁ」

 

 「知った時は私もビックリしたよ。タイヨウがアポロだったなんて」 

 

 「タイヨウ、ねぇ……」

 

 再びタイヨウと会った時の事を話すシオリの顔は嬉しそうで、昔のアポロの事を話しているときと同じ表情だった。

 同一人物だったのだから当然かもしれないが、アカリ達から見るタイヨウを話すシオリはアポロの時より舌の回りがよく、表情も輝いていた。

 そしてなにより――。

 

 「ほんと幸せそうでごちそうさま」

 

 「え、なにそれ。どういうこと」

 

 アカリの口から出てきた言葉に戸惑うシオリに他二人に視線を移すとアカリの言葉に同意を示すように頷いていた。

 自分だけ理解できていないことに驚くシオリにコユキは困惑を隠しきれない。

 

 「もしかしてだけどシオリ、さっきからバトスピの話じゃなくてタイヨウくんの話になっているの気付いてない?」

 

 「え……?」

 

 言うか言わないか迷った末に恐る恐る聞かれた言葉にシオリはポカーンと口を開けた。

 

 「あれ、本当に無自覚だったの」

 

 てっきり意識的に話してるものだと思っていた二人は無意識に話していたシオリに驚いていた。が、アカリはやれやれといった感じにシオリの頭に手を置いた。

 

 「ほんと昔から変わんないね。シオリのそういうところ」

 

 「私そんなにタイヨウの話してた? ずっとバトスピの話をしてたと思うんだけど」

 

 「バトスピの話もしてたけど九割タイヨウの話をしてたぞ」

 

 そうかなー、と話してた内容をシオリは思い返していたが思い当たる節はないようで頭を捻っていた。

 

 「なにはともあれバトスピを楽しんでてなんか安心したよ」

 

 「その言い方まるでお母さんみたいだよ」

 

 「ちっげーし、誰がお母さんだよ」 

 

 「ママァー」

 

 「誰がママだよ――って、この引っ付くな」

 

 チサが悪ふざけにアカリに甘え抱きつくのを二人は笑いながら似たようにアカリに「お母さーん」とふざけては「うっせー」と頬をつつかれた。

 

 

 「ねえ、この機会に三人も一緒にバトスピをやろうよ」

 

 ふざけすぎてアカリが疲れ始め段階。一息つく三人の顔を見渡したシオリは嬉々としてそう提案した。

 

 「バトスピね……」

 

 「興味がない訳じゃないけどぉ……」

 

 歯切れの悪いコユキとチサ。アカリもシオリの付き合い程度でバトスピに触れてみるのも悪くはないと思っているが如何せん――。

 

 「シオリと違ってデッキを持ってるわけじゃないし。用意するにしてもウチらもどのデッキを使えば分かんないしね」

 

 シオリのように自分が使いたいと思う理想のデッキを持っていなければどんなデッキを使いたいかすら分からない。それに、

 

 「シオリの事だから純粋にウチらを誘ってくれてんだと思うんだけどもう一つ理由があるんじゃねーの」

 

 「そう! さすがアカリって感じ! 私、バトスピ部を復活させたいんだけどみんなも協力してくれない」

 

 誤魔化すつもりはなく素直に本音をぶちまけ両手を合わせてお願いする姿は見ていて清々しいものだ。けど三人の答えは既に決まっている。

 

 「「「ごめん。無理」」」

 「えー即答!?」

 

 断るにしてももう少し悩んでくれてもいいんじゃないかと瞳を潤めるシオリにめんどくさそうにアカリはため息をついた。

 

 「シオリがそう言うのは予想つくから昨日から答えは決まってんの」

 

 「ごめんね。私達も気になる部活があるから」

 

 「そ、そうだよね……でも私そんなに分かりやすいかな」

 

 首を捻るシオリ。バトスピをしてる最中はどうなのか三人は知らないが日常生活に置いてシオリほど喜怒哀楽がハッキリした単純思考な人間は他に知らない。

 

 「そんなに落ち込まなくてもタイヨンならバトスピ部に入ってくれるんじゃないの」

 

 昨日、シオリと同じ廃部を知らないでバトスピ部の部室前まで来たタイヨウなら可能性はある。彼が帰宅部以外の部活動に興味がなければだが。

 

 「そうかな……ううん、そうだね。タイヨウなら一緒にバトスピ部をやってくれるよ!」

 

 簡単に立ち直れる姿にやっぱ単純思考じゃんと内心思いつつアカリは、

 

 「ウチらが変に一緒にいるよりタイヨウと二人でいる時間の方がシオリもいいだろ」

 

 「べ、別にそんなつもりで部活動なんてしないよ! そりゃあタイヨウと一緒に入れれば嬉しいけどゴニョゴニョ――私、三人と一緒にいるのも楽しいよ!」

 

 途中小声で聞き取れなかったが何を言っていたのかは大体の想像はつく。

 

 「安心しな。たとえタイヨウと付き合ってもウチらの友情は変わらないからさ」

 

 「もぉぉおおおお!!! アカリ!!!!!!」

 

 トマトのように顔を真っ赤にしてポカポカとシオリは叩くもアカリが痛がるわけがなく、さっきの仕返しと言わんばかりに鼻で笑った。

 

 「そういえばタイヨウくんはまだ来てないのかしら」

 

 時折、教室に入る生徒を見ていたコユキは一向にそれらしい人物が入ってこないことに疑問を抱いていた。

 

 「シオリと違ってまだクラス全員の顔と名前を覚えてる訳じゃないからもしかしたらもう来てるのかもしれないけど」

 

 そう言われたシオリはアカリから離れ室内を見渡すと廊下側、壁に面してる席にスマホを弄りながらタイヨウが座っていた。

 

 「居たよ。ほらそこに」

 

 「ん? あれがタイヨウねー。しかもウチの席と隣か――おいおいシオリ嫉妬するなって。ウチだって狙った訳じゃないんだから」

 

 「別に嫉妬なんてしてないよ」

 

 ぷい、と顔を背けるシオリにチサは興味津々に、

 

 「ねぇねぇ、話しかけに行ってみようよ」

 

 「そうだな。シオリのバトスピ部設立の話もしないといけないしな」

 

 と、シオリの心の準備が整う前に三人は強引にシオリ手を、体を引っ張りタイヨウの前まで運ぶ。

 

 

 「――――? あぁ、シオリか。おはよう」

 

 シオリに気付いたタイヨウは開ききってない半ば閉じた瞳で見つめながら挨拶をする。

 

 「う、うん。おはよう――」

 

 なんの変哲もない挨拶。昨日も普段通りに『さよなら』を言えたのに妙にこの挨拶は緊張した。

 それは一日経って昨日の出来事がタイヨウの中で風化されてないかの不安。そして後ろで互いに名前呼びをする二人にテンションを上げる友達の目。

 

 「それで……後ろの人は――友達?」

 

 「あ、うん。アカリにコユキにチサだよ」

 

 紹介された三人はそれぞれ簡単に挨拶をし、タイヨウも会釈で返すと無言でシオリをじっと見つめる。

 おそらく何の用で話し掛けたかシオリの会話待ちなのだが当の本人は急に真っ直ぐ見つめられたせいであたふたして言葉が出ない。

 

 「落ち着いて。もう時間もないんだから手短に」

 「タイヨンって部活何するか決めたの?」

 

 コユキがシオリを落ち着かせてる間を潜りヒョコっとタイヨウの前に顔を出したチサが早くも距離感ゼロで話しかけていた。

 

 「タイ……ヨン……?」

 

 「おまっ、そこは空気読んでシオリが聞くところだろ。しかも早くもあだ名に疑問符抱かれてるぞ」

 

 全く呼ばれ慣れないあだ名に困惑するタイヨウにアカリはシオリの背を叩き、この状況改善を任せた。

 

 「驚かせてごめんね。チサは名前呼ぶときに、~ンって付けるの」

 

 「あ、ああ……そうなんだ。変わってるね」

 

 「分かってないなタイヨンは。そこは『可愛い趣味してるね』って言うと――」

 「一旦ストップよチサ。これ以上タイヨウくんを混乱させたらダメだよ!」

 

 初対面の相手にいきなりのチサワールドは荷が重い。

 慌てて言葉を遮りチサを引き離すコユキを見送りながらシオリは気持ちを切り替え、今のやり取りを無かったことにして、

 

 「それでタイヨウは部活もう決めたの?」

 

 「綺麗に流したけどいつもあんな感じなの。まぁ部活は興味ないしたぶん帰宅部じゃない」

 

 シオリ達からすればいつものやり取りにタイヨウは引っ掛かりながらも質問に答えた。

 願い通りの帰宅部志望。しかも他の部にも興味を示していないならシオリの誘いにも乗るかもしれない。

 

 「それならタイヨウ。私と一緒に――」

 

 タイヨウが見つめてくる中、シオリは考えをまとめ自分の想いをハッキリと口にする。

 

 「バトスピ部を作ろうよ!」

 キーンコーンカーンコーン

 

 SHRの始まりを知らす学校のチャイムと重なるという締まりの悪い中で。 

 

 

▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶

 

 

 「はぁ……」 

 

 「ん――おかりー。先生なんて」

 

 浮かない顔で教室に戻ってきたシオリと後ろで大量のパンを抱えたタイヨウを見たアカリは口に加えた卵焼きを飲み込むと二つの空いた席まで手招いた。

 

 

 時間は少し経ち昼休み。学生達はそれぞれ高校前からの友達、新しく出来た友達、静かに一人で、と居心地のいい環境・友達と共に昼食を摂っていた。

 その中で異様に目立つは教室の端。

 早くも五人という人数で昼食を摂るグループ。

 一見すれば先ほど述べた内の二つもしくはその複合に当てはまるグループだが目を引くのは人数ではない。

 

 「で、先生になんて言われたんだ」

 

 「その顔だとあんまり良くない返事だとは思うけどぉ」

 

 弁当を食べる手を一旦止めたアカリとサンドイッチを両手で持ち、ハムスターのように食べるチサは表情が晴れないまま昼食の準備をするシオリの返事を待った。

 

 「やっぱり条件が揃ってないとダメだって」

 

 「まあ、そうだろな」

 

 昼休みが入った瞬間、ダメ元でタイヨウを連れてバトスピ部の元顧問だった先生にバトスピ部の再創設を訴えに言ったところあえなく撃沈。 

 

 「まず人数が足りないって。バトスピ部は最低でも三人はいるらしいの」

 

 「でも校則の規定では新しい部の創設には最低でも五人だからまだ優しい方だよね」

 

 「先生が言うにはバトスピ部は大会に参加する条件が一チーム三人だからそれに合わせてるらしいの」

 

 三人というまだ集められる余裕のある条件だがシオリが落ち込んでいるのは人数ではない別の条件だ。

 

 「でも問題はそこじゃないの」

 

 「人数以外にもなんかあんの」

 

 慣れた手つきでアカリは自分の卵焼きとシオリの卵焼きを交換する。

 遊志高校では部を作るのは難しい話ではない。

 部員五名以上に活動内容をまとめたレポートを提出し校長先生の認可が下りることで設立が完了する。

 ここの生徒なら誰でも知れる、知っている条件だがシオリの落ち込み具合から+αの条件を出されたのは明確。

 

 「お、シオリの今日の卵焼きは中々いい塩梅の甘さじゃん」

 

 「アカリのも私好みのふわとろって感じだよ」

 

 「それで他の条件はなんなの」

 

 卵焼きを誉められて少し機嫌を良くしたシオリにチサは聞き返した。

 

 「それがね……何かしらの実績は持ってないとダメみたいなの」

 

 「実績? それって、えっと……タイヨウくんだけじゃダメなの?」

 

 唯一、周りの視線に気付いているコユキは視線の原因であるタイヨウを見た。

 

 「大会に出る場合、二人勝たないと進めないから実力ある二人――この場合ショップバトルの優勝かランクが【C】以上だって」

 

 と、四個目となる購買のパンを食べたタイヨウは五個目のパンに手を伸ばす。

 

 視線が集まる原因はこれだ。

  

 まだ同性グループが多い中の異性グループ。しかも女子四人の中に男子一人とハーレム状態。しかもその状態を気にすることなく見た目に反しての大食い。

 コユキがタイヨウの立場だった場合、昼食どころかこの場から離れたくなるがそういう性格なのかタイヨウは視線も女子四人との昼食も一切気にしない。

 男子からは羨望の眼差しが、女子からは驚きの眼差しが大半。自分ではないと分かっていてもこれだけの人に見られてはおにぎりも喉を通らない。

 

 「タイヨウは【S】ランクで全国大会も優勝してるから問題ないとして肝心のあと一人が」

 

 「うぅぅ、私が【C】ランク以上だったらな」

 

 視線を集める要因を作ったアカリが最後まで言い切る前にシオリは頭を抱えて項垂れた。

 

 「仕方ないよ。シオリンは昨日始めたばかりなんだからぁ」

 

 「そうだね。まだショップバトルで優勝するのでもいいなら四人の内、誰か一人が優勝すればいいんだから難しい条件でもないでしょ」

 

 五個目も食べ終わり六個目に差し掛かろうとするタイヨウの発言にアカリ達三人が、ん? と疑問符を浮かべる。

 

 「――あれ、どうかしたの」

 

 「えっと……凄く自然な流れで私達も巻き込まれてたけど……」

 

 「え、もしかして既にショップバトルで優勝してるとか?」

 

 コユキとタイヨウの間で会話が成立していない。

 アカリ達はバトスピ部には入らないとシオリに言っている。それなのにタイヨウが入ると勘違いしてるということは――。

 

 「おいシオリ。お前もしかして言ってないのか」

 

 「そういえば言ってなかったような……」

 

 記憶力がいいのに自身の発言がうろ覚えな時点でそれはもう言っていないということ。

 呆れるアカリに事情を知らないタイヨウは首を傾げた。

 

「ごめんね。タイヨウにはまだ話してなかったんだけど――」

 

 申し訳なさそうに話を切り出すシオリの言葉を購買パンをもぐもぐ食べながら聞き、話し終えたのと六個目のパンが無くなったのは同時だった。

 

 「……理解はした。三人の言うことも納得するけど問題はシオリ」

 

 「はい――!!」

 

 七個目のパンに伸ばす手を止め、冷たい眼差しを向けられるシオリは昨日のバトルで感じた背筋が凍える感覚が蘇る。

 

 「よくその状況でバトスピ部を作ろうと思ったよね。まだ三人からだったからよかったけどもし五人だったらどうするつもりだったの。ここから三人集めることになるんだよ」

 

 「……はい」

 

 説教を受け体を小さく丸めていくシオリに三人は意外で、面白い光景に顔の筋肉が緩む。

 

 「タイヨウって無口系だと思ったけどそうやってはっきり言いたいことは言うんだ」

 

 「黙ってたら付け上がる人が多かったからね」

 

 それは過去、タイヨウがバトスピを離れた原因の一つであろう。

 詳しい話は聞いていないがタイヨウが口にした断片的な情報だけでもシオリは何となく察している。 

 その話を知らない三人だが、あまり深くは追及はしなかった。

 

 「それでバトスピ部の設立はどうするの。一人ぐらいなら勧誘はできるかもしれないけど肝心の実績は……」

 

 「実績はもうシオリに取ってもらうしかないね。幸い明後日に『弥琉弩(ビルド)』ってショップでショップバトルがあるからそこで優勝して部員一人見つけたら条件設立。簡単でしょ」

 

 「おお、完璧なプラン! ……え、明後日?」

 

 タイヨウはスマホで店舗情報を確認し分かりやすいシンプルな計画を立てるが、

 

 「うそ、明後日!? そんなに急なの!!」

 

 「こういうのは早い方がいいと思うからね。大丈夫、シオリの腕なら優勝できる可能性は高いから」

 

 「そうは言っても私まだバトル経験少ないし、バトルした相手も赤と白ばっかりだよ」

 

 昨日のタイヨウとバトルするための待ち時間。暇を持て余す子供たちとシオリは何回かバトルをしていた。

 シオリとしてはタイヨウのバトルをずっと見ているのも悪くはないのだがせっかくのカードショップだ。バトルを挑まれ受けないのはカードバトラーではないと子供相手に全戦全勝をした。その時バトルしたデッキが赤か白の二色のデッキだった。

 

 「……確かにバトル経験が足りないのは不安要素だけど何事もやってみないと始まらない。たとえ優勝できなくても来週になれば別のショップでショップバトルしてるはずだから優勝するまで何度もチャレンジするだけだよ。ま、バトスピ部を作りたいならだけど」

 

 一通り言い切ったタイヨウは止まっていた手を伸ばし七個目のパンを食べ始める。

 タイヨウの言っていることは最もだ。シオリがバトスピ部を作りたい以上自分の手で頑張るしかない。そのためにも回数を重ねてでもショップバトルに参加するしかない。

 分かっている。分かっているのだがどうしても始めて二日目のシオリにはバトル経験の少ない状態でショップバトルに参加するのが不安なのだ。

 

 「私たちがシオリのバトル相手とかになれればよかったのかもしれないけど……」

 

 「デッキが無い以上ガンバレーって応援するしかねーしな」

 

 「なら僕の使ってないデッキをあげようか」

 

 一瞬の無が訪れた。

 あまりにも自然な流れで放たれた一言に四人は固まりタイヨウを見つめる。

 

 「ま、待って。私の聞き間違いじゃなかったらだけど、今デッキをあげるって言った?」

 

 「言った」

 

 「そ、それって私たち三人にってことぉ? さすがにそれは――」

 

 「デッキは大量にあるから大丈夫。なんなら使いたいデッキを選べるよ」

 

 「けどウチらバトスピ部に入らねーんだぞ。長続きするかもわかんねーし」

 

 「別に。僕は三人がバトスピに興味があるなら遊べるように手助けするだけ。違うなら断ってくれたらいい。それだけだよ」

 

 淡々と三人の困惑を切り捨て、購入したパンも折り返し地点に入る。

 タイヨウは基本的に初心者に対しては優しく、ティーチングバトル(手加減するかどうかは相手次第)やデッキ構築に悩む子供にデッキのテーマを崩さないアドバイスを送っていた。

 だからデッキ未所持な人にデッキを渡すのもその感覚なのだろう。タイヨウが大量のデッキがあるのも上位ランクの利点の一つである公式から贈られるカード。そして長年やっている積み重ねだろう。

 

 「いい機会だからやろうよ。みんなバトスピに興味持ってたんだから。ね、ね」

 

 「確かに興味はあるけど……」

 

 身内にバトスピ仲間を増やさんと躍起になるシオリは揺らぐ三人の心を見逃さなかった。

 

 「なら、試しにバトスピ体験をするっていうのはどう?」

 

 「バトスピ体験?」

 

 シオリの提案に三人は怪訝そうに聞き返した。

 

 「うん、こういうのはやってみないと面白さなんて分からないよ」

 

 やらずに判断するよりもやってから判断するのがいい。それがシオリの持論だ。

 

 「そうだね、そうしよう。つまらなかったらデッキを返してくれればいいし、面白いと思えばデッキはそのまま譲る。これならどう?」

 

 シオリの案にタイヨウも指をならし、中身をさらに具体的に明確化させた。

 それでも三人はすぐには答えが出せず迷っていたが、シオリの期待に満ちた純粋な瞳を見てアカリは口許を綻ばせた。

 そんな目で見られては断る選択肢なんて最初から無くなってしまう。

 

 「仕方ない。いっちょ体験でもしてみますか」

 

 「じゃあ私も。楽しそうだしぃ」

 

 肩を回し快諾するアカリとバトスピ憧れが強かったチサ。そして皆の視線は自然と答えを出していないコユキの方に向く。

  

 「みんなもこっち見ないでよ。二人がやるなら私もやるに決まってるでしょ! 私だけ断るのも空気悪いから」 

 

 場の空気に流された答えだが本人のやりたい意志は感じられる。

 これで全員がシオリ案のバトスピ体験に参加することとなった。

 

 「やったー! みんなでバトスピできるなんてとっても楽しみって感じ!」

 

 「そうだな。シオリと一緒なら退屈なんてありないな」

 

 「それでそのバトスピ体験はいつするの? 明日?」

 

 明日明後日と学校は休み。シオリのショップバトルが明後日にあるため予定が明日になるのは必然だが、

 

 「予定がないなら今日でいいんじゃない」

 

 「え、今日なの!?」

 

 「明日ちょっと用事があるし」

 

 予定があるなら仕方のないこと。デッキ提供者であるタイヨウが参加出来なければ始まらないバトスピ体験。

 幸い三人は放課後からの予定はないため今日でも問題ない。

 

 「けどタイヨウくんは自分のデッキしか持ってきてないんでしょ」

 

 「学校から家まで遠くないから取りに帰る。シオリの特訓のためにもデッキを取りに帰る必要があったからちょうどよかったよ」

 

 学校からタイヨウの家までの距離は知らないが家からカードショップまで行くことも考えるとかなりの手間と時間をかけることになる。

 いくらなんでもタイヨウにそこまでの負担をかけることを四人は良しとしない。

 

 「言いづらいんだけどウチらのためにそこまでやってくれるのは嬉しいけど、ぶっちゃけタイヨウにメリットないっしょ」

 

 「私たち、タイヨンに何もしてあげられないよぉ。やってくれるのは嬉しいんだけど申し訳ないというかぁ」

 

 言い方は遠回し。だがタイヨウを気づかってのこと。

 しかしシオリは遅れて思い出す。タイヨウが気づかわれるのを嫌がっていることを。タイヨウが見返りや損得で動かない性格を。

 

 「別に何かしてほしいからしてる訳じゃないよ。ただバトスピを好きになってくれる人が一人でも多くいてほしいから経験者の僕が準備をしてるだけ。そう、僕がそうしたいと勝手にやっているだけだから」

 

 気をつかわれるのが嫌なくせして三人が遠慮しなくてもいいように気の使った言い回しをしているのがシオリには可笑しく見えた。そんなところがタイヨウの好きなところでもありはするが。

 

 「ならタイヨウの好きなジュースを奢らせて。あ、私が勝手にそうしたいだけで気を使ってるって感じじゃないから」

 

 不満を漏らしかけたタイヨウをシオリは素早く同じ言い回しで遮った。

 本当ならもっと違う形でお礼をしたい。でもまだタイヨウの好みや趣味など知らないことも山ほどある。

 無論、知らないまま放置せず時間をかけてどんどん知っていく所存だ。

 だから今、このような形でしかお礼の仕方しかないことに歯痒い気持ちになるが何もせずおんぶにだっこ状態よりかはましだった。

 

 「なるほどね。ならウチもジュースを奢ってやるよ」

 

 「あ、じゃあ私もぉ~」

 

 「そうね……ジュース四本もあれだけどそれだけ食べるなら問題ないかな。うん、私も奢るわ」

 

 シオリの考えを察し、アカリ達も今できる範囲のお礼をしようと満面に微笑みを浮かべた。

 

 「……」

 

 パンを咥えたまま目を丸くしたタイヨウはそれを食べきると唇についたソースを拭った。

 

 「喉も乾いてたしみんなにはコーラを買ってもらうことにするよ」

 

 「って、コーラ以外飲まないんかい」

 

 「タイヨウってコーラ好きなんだ」

 

 軽快につっこむアカリに、新たに一つ新しい事を知れて微笑むシオリ。笑い合う四人にタイヨウも筋肉が弛緩し温かな気持ちで一杯になっていた。




~バトスピ小ネタ劇場~
《みんなの関係》
タイヨウ「みんな仲良いいんだね」

アカリ「ん? まあ付き合い長いからな」

シオリ「私とアカリは小学生からの付き合いでコユキとチサは中学生からなんだ」

コユキ「シオリはともかくアカリとここまで仲良くなるとは思わなかったわね」

アカリ「あ、それどういうことだよ」

シオリ「そういうところよ」

タイヨウ「ほんと、仲良さそうで少し羨ましいよ」

チサ「タイヨンは友達とかいなかったのぉ」

タイヨウ「いたけど中学に上がる前ぐらいに遠くに行っちゃったんだよね……」

四人「…………」 


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第2TURN 剣姫襲来

 放課後。タイヨウはデッキを用意するため一度家に帰り、シオリ達はカードショップで待つこととなった。

 

 「ふーん。ここがカードショップねー」

 

 学校から二十分弱歩いた所にあるカードショップ『時皇』。

 昨日、タイヨウと一緒に来たシオリのカードバトラーデビューをした思い入れあるショップ。

 とんでもないトラブルに見舞わられたがそれも含め通い詰めたいカードショップNo.1だ。

 

 「ねぇ、中に入らない? ここで立っていると他の人に迷惑掛けるよ」

 

 「そだねぇ。あ~なんかドキドキしてきた」

 

 踏み入れたことのない店舗。浮き足立つ三人に手で口を覆うとシオリが先頭の形で店に入った。

 

 「ふーん、いい雰囲気じゃん」

 

 店内は変わらず落ち着いた雰囲気に包まれ、客足も減った様子はなく、中央でバトルする子供たちは笑顔に溢れていた。

 

 「よかった……」

 

 昨日の影響が全くないことに安堵するシオリ。

 もし昨日のことがトラウマになり来なくなる子がいたらと不安だったが杞憂だったようだ。

 だがシオリが気付いていないだけでこのお店は昨日の影響を一部受けていた。

 

 「――あ、お姉ちゃんが来たぞ!」

 「ほんとだ!」

 

 バトルを横で見ていた少年の一人がシオリに気が付くと連鎖するように子供たちの視線がシオリに集まる。

 

 「え、なに!?」

 

 「はやく昨日のつづきをやろうよ」

 「今日こそはぼくのジークが勝つから」

 「あー! さきにバトルするのは私からだよ」

 

 十数人の視線に戸惑うシオリに畳み掛けるように子供たちはシオリの下までかけより腕や制服を掴んでは引っ張り、後ろに回って腰を押したりした。

 

 「そーいえばお姉ちゃん、今日はカレシと一緒じゃないの」

 

 「か、彼氏って……私とタイヨウはそんな関係じゃないよ!」

 

 「お姉ちゃん顔が真っ赤だよ」

 「ジークフリードみたいに真っ赤っか」

 

 憤るシオリを気にすることなくにやける子供たちはシオリをテーブルまで連れていってしまう。

 

 「なーにが知らない人とバトルするのが不安だよ。メチャ好かれてんじゃん」

 

 「本当、あっという間にここのカードショップの人気者になっちゃって」

 

 置いてかれ呆然とする三人の横に筋肉の鎧で覆われた二メートル超の巨体が並んでいた。

 

 「わっ!」

 

 「あら可愛い声。驚かせてごめんね」

 

 滅多に上げない悲鳴を上げてしまったアカリは驚愕と羞恥の感情が入り交じり居心地の悪さだけが残る。

 

 「えっと……あなたは」

 

 「アタシはここの店長のマリアよ。気安くマリアって呼んで」

 

 「は、はぁ……」

 

 見た目と口調のダブルインパクトに圧倒されるアカリとコユキ。しかし小柄なチサは表情を変えず淡々と、

 

 「ならマリアンだね」

 

 「おまっ、さすがに少しは自重しろよ」

 

 慣れない場所でも、大人でも関係ない。チサのチサワールドは常に平常運転だ。そして――。

 

 「マリアン、いいじゃない! とっても気に入ったわ。あなたの名前は」

 

 「私はチサ」

 

 「んまぁ! とてもいい名前。じゃあアタシはチーちゃんって呼んじゃおうかしら」

 

 「おー、マリアンそれベリーキュートだよ」

 

 マリアもまた同じ波長の持ち主。波長の合った二人はすぐ意気投合し笑いあっていた。

 

 「なんかもう帰りたいわ」

 

 「まあまあ」

  

 すでにこのノリについていけそうにないアカリはため息をつき、うんざりしていた。

 

 

 

 「改めていらっしゃい。カードショップ『時皇』にようこそ、チーちゃんにアカリちゃんにコユキちゃん」

 

 シオリが子供たちに拉致られ途方に暮れていた三人を見つけたマリアは諸々の説明をするためカウンター前へと移動していた。

 ちなみにシオリは絶賛バトル中だ。

 

 「みんなはシオリちゃんのお友達?」

 

 「ええ、はい、そうっす」

 

 初見時のマリアのインパクトは中々だが慣れてしまえば優しい普通のおに――お姉さんだ。

 

 「今日は何しに来たのかしら。シオリちゃんの付き添い? それともバトスピをしに来たの?」

 

 「一応バトスピをしに来ました。でもまだデッキを持ってなくて」

 

 「タイヨンがデッキをくれるから来るまでここで待ってるの」

 

 事情を説明するとマリアは目を丸くするが何か悟ったように目尻を下げた。

 

 「そうなのね。……タイヨウちゃんってばシオリちゃんっていう可愛い彼女がいるのに他の女の子にも手を出すなんて意外とプレイボーイなのね」

 

 腕を組み、頬に手を添え、ため息をつくマリアにアカリは「あー」と盛大な勘違いをしているなとコユキの肩を叩いて説明をパスする。

 

 「もう、こういう時ばかり私に押し付けて。――あのマリアさん。別にシオリとタイヨウくんは付き合ってないですよ。デッキをくれるのも私達にバトスピを布教したいだけですから」 

 

 「そうなの? やだわ、アタシ早とちりしちゃったわ」

 

 話が拗れることなく素直に誤解が解けたことにコユキは胸を撫で下ろす。

 

 「みんな、置いていってごめん」

 

 と、一歩来るタイミングを間違えていれば話がややこしくなっていたであろうシオリが戻ってきた。

 

 「別に気にしてないけど、バトルはいいの」

 

 「今はね。みんなには少し待ってもらっているの」

 

 シオリから視線を外し後方のテーブルの方を見ると子供たちは最初のようにバトルをして盛り上がっていた。

 

 「タイヨンが来るまでバトルしてても私たち気にしなかったよぉ」

 

 「無理。マリアさんと何か話してるの見たら気になってバトルに集中できないよ」

 

 一瞬、タイヨウの事を話していたのが聞こえてたのかとドキッとしたが、たぶんそうかもしれないと思い込んだだけだ。

 シオリが遠目で見て気になる話が出るとすればタイヨウのことぐらいで他の会話では気にしたりなんてしないはずだ。

 

 「あらあら、せっかく子供たちに大人気なのに」

 

 「シオリは妙に子供に懐かれるよね」

 

 中学時代に行ったインターンシップで児童施設に行ったときや遠足で遊園地に行ったときなど決まってシオリは子供に懐かれていた。

 アカリからすれば懐かれないほうが不自然なほどらしい。

 

 「それでなに話してたの」

 

 「今日なにしに来たか少しね。それで今からこの子達にBSカードを作るか聞こうとしてたところよ」

 

 そう言ってカウンター裏から人数分の書類とペンを取り出した。

 

 「BSカードってシオリが昨日作ったあれか」

 

 「そう、バトスピ法に同意したカードバトラーの証だよ」

 

 鞄の中からケースを取り出し学生証とは別の水色のカードを抜き取りアカリたちの前に掲げた。

 BSカードにはシオリの名前と証明写真。最低ランクの【F】のマークが記されている。

 

 「このカードがないとバトルフィールドは使わせられないの。もちろん登録しなくてもあの子達みたいにバトルフィールドを使わず遊ぶこともできるわ」

 

 マリアは軽く説明すると一人ずつにバトスピ法が書かれた用紙だけ配りアカリはそれに目を落とす。

 

 「ほーん、これがバトスピ法ね。法って言うぐらいだからメチャクチャ数が多いもんだと思ってたけどそうでないんだ」

 

 全七つの項目しかないバトスピ法。数は少ないが一つでも足りなければモールトのようなカードバトラーがもっと蔓延っていたはずだ。

 子供にも理解できるように簡潔に書かれたそれを読み通した三人はそれぞれ思い更けていた。

 

 「それで、BSカードは作る?」

 

 「んー……ウチはパス」

 

 「えー! どうして!」

 

 用紙をカウンターに置き、拒否したアカリにシオリは嘆く。よく見れば他二人もアカリのように用紙を返していた。

 

 「これ作らなくてもバトスピは出来るんでしょ。なら厄介ごとに巻き込まれそうなカードを作らない方がいいっしょ」

 

 厄介ごととは昨日シオリの身に起こったことを言っているのだろう。アカリの言う通りもしシオリがBSカードを作っていなければ、モールトから自身を賭けの対象に選ばれることは無かった。

 

 「あらら、昨日の話を聞いてたのね。確かにBSカードを作るとそういうことに巻き込まれる可能性は少なからずあるのよね」

 

 はぁ、と嘆くマリアはそのままバトスピで遊ぶ子供たちの方に目線をやり、

 

 「そういう理由であの子たちも全員がBSカードを作ってる訳じゃないからね」

 

 BSカードの発行は高校生以上なら本人の判断で作れるが中学生以下なら保護者の同意も必要。

 トラブルに巻き込まれるだけでなく、バトルフィールドにおけるライフダメージによる身体の負担も保護者が同意しない理由の一つでもある。 

 

 「そのためのレベル調整なんだけどね。まあ、また気が向いたらいつでも声をかけてちょうだい。BSカードの発行はいつでも、無料で受付中だから」

 

 アカリ達の意見をしっかり聞き入れ明るく対応してくれるマリアに三人は頭を下げた。

 シオリとしては一緒にバトルフィールドでバトルしたり、誰が先に上のランクに行くか競ってみたい気持ちもあったがアカリやマリアのもっともな意見に黙るしかなかった。

 

 「あー、拗ねんなって。後で一回ぐらいはバトルしてやるから」

 

 優しくポンッと頭に手を置かれたシオリはアカリの慰めに嬉しく思いつつも、

 

 「……普通そこは、毎日バトルしてあげるじゃないの」

 

 「まだハマるかもわかんねーのにそんな約束出来るわけないだろーが!」

 

 わしゃわしゃと頭に置かれた手を激しく擦られ、セットした髪を乱されたシオリは思わぬ反撃に取り乱した。

 

 「仲いいのね」

 

 「意外と、ですね」

 

 「ふふ、素敵なことだわ。――あら?」

 

 微笑ましい二人のやり取りに和んでいるその時だった。お店の自動扉が開き軽やかな鈴の音が来訪者を歓迎する。

 

 「タイヨンかな」

 

 「さすがにまだ早いんじゃないの」

 

 コユキの言う通りどれだけ早くタイヨウが来たとしてもまだ十分以上の時間が掛かる。

 つまり今のは知らないただの一般客。

 一瞥してタイヨウではなく少女だった時点でみんなはため息をついたが何故かその少女から目を離せない。

 

 およそ中学生ぐらいの幼い顔立ちの少女だった。

 背中まで伸びる黒い髪はサラサラで赤い花の髪飾りが美しい髪を際立たせるも白と紫を基調としたワンピースの雰囲気と些か色合いが合っていない。

 それを気にすることなく穏やかな表情で日傘を折り畳む姿は優雅。

 背後に黒いスーツを着こなす長身のボディーガードが二人立っていたが、そのインパクトよりもみんなの視線は少女に行くほど――。

 

 「キレイ……」

 

 「あんなお嬢様みたいな子でもバトスピをしに来たりするんだな」

 

 自然と漏れでた言葉にシオリも頷いて同意する。

 

 「マリアさん、あの子もこのお店の常連とかだったりするんですか。……マリアさん?」

 

 呼び掛けても返事のないマリアにシオリは少女からマリアに視線を移すとマリアは両目を見開いていた。

 

 「……! ごめんなさいね。二日連続で大物カードバトラーが来たから驚いちゃったわ」

 

 「大物ってことは名の知れたバトラーって感じですか!」

 

 「ええ、《炎神》に続き《剣姫(けんき)》までアタシのショップに来るなんてね」

 

 「《剣姫》……! それって確か【S】ランクの!」

 

 マリアから教えてもらった五人の最強カードバトラー達。一度しか聞いておらずタイヨウの――アポロだった頃の二つ名《炎神》しか覚えてないが、【S】ランクの中に剣の名を持つバトラーがいたのをうっすらと記憶している。

 マリアの反応からそうだと決めつけ、ワクワクとドキドキが心の奥底から溢れ出てくるが――。

 

 「残念ながらあなたが言っているのは《剣聖》の事で人違いですわ」

 

 穏やかなサウンドだけが聞こえる店内に少女の落ち着いた声色がシオリの耳に入り振り返る。

 こちらまで移動をしていた少女は今の話を聞いてたらしくクスクスと上品に口元に手を添えて笑うのを隠していた。

 

 「オリビアさんと間違われるのは悪くない気分ですが私、まだまだ【D】ランクなので少々申し訳ないですわ」

 

 「え、【D】ランク?」

 

 マリアから《剣姫》と呼ばれ、名の知れたバトラーの割にはランクが低い。

 【B】ランク、もしくは【A】ランクぐらいと踏んでいたシオリは首を傾げて悩んでいる間に少女はマリアと向き合いペコリと頭を下げた。

 

 「お久しぶりです、マリアさん。こうして会うのも二年前の世界大会以来かしら」

 

 「そうね。成長期なのかしら、二年しか経ってないのに背がかなり伸びたわね」

 

 「マリアさんが言うと皮肉に聞こえますわ。マリアさんも二年で二回りも大きくなってるじゃないですか」

 

 中々に聞き捨てならない会話内容に耳を傾けながら過去に面識のある二人は久々の再会に談笑していた。

 そのまま二人には思出話に華を咲かせてもらいたいところだが少女について何も知らないシオリ達はそろそろ紹介をしてほしい気持ちだった。

 

 「あら、ごめんなさいね話し込んで」

 

 「気にしてないんで大丈夫。んで、マリアさん。このいかにもお嬢様みたいな子は何者なん?」

 

 「この子はアンナ・バーミリオン。世界チャンピオン、ユリウス・バーミリオンの妹よ」

 

 「はじめまして。気軽にアンナと呼んでください」

 

 スカートの裾をつまみ、少し上げると腰を曲げ、深々と頭を下げた美しいお嬢様のお辞儀。

 噂に聞くカーテシーの所作にシオリは感動のあまり手を叩いていたが遅れて入ってくるアンナの紹介に手を叩く勢いは落ちる。

 

 「えっ!? チャンピオンの妹!」

 

 「気付くの遅すぎでしょ!」

 

 珍しく手の出たコユキのツッコミがあんぐりとしたシオリに刺さる。

 

 世界チャンピオンの妹。今までアポロのバトルしか観てこなかったシオリは世界チャンピオンの事を詳しく知らなければ妹がいたのも初耳だ。

 同様にアカリ達もバトスピの世情には疎い。世界チャンピオンの妹と聞いても肩書き以上の感想は出てこないが周囲のお客たちの反応を見ればその人気が、知名度がいかほどのものか一目瞭然だった。

 

 「アンナだ。……本物のアンナがいる」

 「どうしよう! オリビアさんの次に好きなカードバトラーが目の前にいるなんて」

 「おれ、バトル挑んでみようかな」

 

 嬉々とした目で見つめる子供たちの声に気付いたアンナはにっこりと微笑み手を振った。

 それだけで子供たちのテンションは限界値まで達し、いつ駆けてきてもおかしくない状態だが後ろに立つボディーガードの存在がギリギリの所で踏み止まっている。

 シオリとしてはタイヨウがアポロと知ったときよりも好意的な反応を示されて面白くない気分だが、それだけ目の前の少女が表舞台に立ち続けてきた証でもある。

 

 「可愛いですね」

 

 「ええ、これからの成長が楽しみよ。それで、来たのはあなただけなのかしら。ユリウスは一緒じゃないの?」

 

 チャンピオンの名前が出た瞬間、店内のお客たちから期待の眼差しに浴びされながらアンナは困惑気味に首を横に振った。

 

 「今日は私一人ですわ」

 

 「珍しいわね。わざわざ遠くから一人で来るなんて何か急用でもあるの?」

 

 アンナが現在、新大陸となるアンダートに住んでいることは周知の事実だ。シオリのような初心者勢以外は。

 それでも会話の流れから外国から来たのかなと推察するシオリは彼女の用件に興味はあった。

 マリアとは旧知の仲のようだが、顔を見にやって来た訳でもない。

 カードショップに来たのならバトスピをしに来たとも言えるが美しい海を渡ってまでここのカードショップに来る理由がない。

 アンナは答える前にぐるりと誰かを探すように店内にいる人の顔を見渡した。

 

 「今日、こうして足を運んだのはアポロに会うためですわ」

 

 「え……!」

 

 アンナの口からアポロの名が出た瞬間、シオリは体を強張らせた。

 真っ先に思い浮かんだ言葉は『なぜ』だ。

 なぜ、アポロがここに来るのを知っているの。 

 なぜ、彼女はアポロに会うためだけに遠い国からここに来たの。

 なぜ、タイヨウに会いたいの。

 

 考えて出てくる類いの疑問でないのは明確。なのにシオリは彼女がアポロに会いたい理由を答えれる自信があった。

 

 「――ぁ」

 

 だけどそれを口に出すことが怖かった。口に出せばそれが真実となりシオリが一番想定したくない現実になりそうだからだ。

 

 「……なにか言いたいことでもあるのですか?」

 

 シオリの声が聞こえてたのかアンナが首を傾げて聞き返す。 

 唾を飲み込み、心の整理をつける。

 自分の考えはおそらく間違いない。けど確証がない以上それを問い質す勇気がない。だからシオリはその確証を得るため質問する。

 

 「……アンナちゃんは、タイヨウに何か話でもあるの?」

 

 タイヨウの名を出した瞬間、アンナの瞳が大きく揺れ動いたのをシオリは見逃さなかった。

 

 「――あなたは……あなたはタイヨウ様とどういう関係なんですか」

 

 確信した。アンナはタイヨウの関係者だと。

 昨日の出来事を除き、タイヨウがアポロだと知る人物は恐らく地元の学友や親族ぐらいだ。

 そして外国住まいのアンナが学友とも考えにくくましてや親族のはずもない。

 だからこれらに属さない関係者だとシオリは判断したが、頭の中ではタイヨウとアンナの関係性を表す言葉が浮かんでいる。

 

 紅い双眸がシオリを答えを静かに待つ。

 もし二人の関係がシオリの想像する『あれ』なら間違いなく何を言っても良くない展開になると思う。

 それでもシオリは口にする。二人の関係を否定するように。

 

 「――タイヨウは私にバトスピを教えてくれた先生で、私が……私の……憧れの人よ」

 

 はっきりと告げられた言葉にアンナはまるで分かりきっていていたかのように長い睫毛をそっと伏せ、「そう」と呟いた。

 

 「まだあなたの名前を聞いてませんでしたね」

 

 「私はシオリ――時野シオリよ」

 

 躊躇なく名前を教えるとアンナは『シオリ』と口だけを動かし紅い瞳を開いた。

 

 「見つけましたわ。あなたが転醒使い(リ・ターナー)でしたとは」

 

 「――――!」

 

 アンナの瞳を見た瞬間、シオリは自身の背筋が凍るのを感じた。

 紅い瞳に宿る果てしない負の感情。『憎悪』の宿る瞳にシオリは声を詰まらせた。

 

 「な、なんかやばそうな雰囲気なんだけどシオリンなにかやらかしたの」

 

 静かに見守っていたチサたちもアンナの急な感情の変化に戸惑いを隠さずにはいられない。

 

 「シオリさん。私とバトルしてもらいますわよ」

 

 取り出したデッキを突き付けバトルを挑むアンナに今度はシオリが動揺する番だった。

 

 「な、なんでバトルを? 私はバトル好きだからいいけど今の流れでどうして」

 

 アンナの行動に要領得ないシオリにアンナは鼻をならし、

 

 「私がここに来た理由だからです」

 

 「理由って……あなたはタイヨウに会いに来たんじゃないの」

 

 アンナ自身が言っていたことだ。それなのにシオリとバトルするのが目的だと言っているのはチグハグすぎる。

 

 「タイヨウ様に会いに来たのは本当です。でも私がどうしても成さねばならないことはあなたとバトルすること」

 

 「だからどうして初対面のあなたがそこまでして私とバトルしたいの!」

 

 チャンピオンの妹とバトル出来るなんてまたとない機会。シオリとしてはバトルをするのは大いに結構なことだがシオリがしたいバトルは熱く燃える楽しいバトルだ。こんな因縁をつけられるようなバトルは願い下げだ。

 だから知りたい。アンナがそこまでして自分とバトルをしたいのかを。

 押し黙るアンナは「はぁ」と息を吐くと突き出したデッキを下げると不快そうに、

 

 「……あなたがタイヨウ様に勝ったからです」

 

 「――――え? 私がタイヨウに勝ったからバトルするの?」

 

 不満げだが理由は教えてくれた。しかしその理由がどうして自分とバトルすることに繋がるのか分からずシオリは考え込んだ。

 偶然、本気のバトルではないとはいえシオリがタイヨウに勝ったのは事実だ。

 それをどうしてアンナが知っているのかはこの際考えないでおく。 

 

 アンナやタイヨウの関係性。シオリに対する溢れる敵対心。タイヨウに勝利――。

 これらを踏まえ、導き出される答えは一つ。

 

 「それってタイヨウの敵討ちってこと」

 

 自信を持って断言するシオリ。しかしアンナは首を振り否定した。

 

 「私がタイヨウ様の敵を討つなんて図々しい考えですわ」

 

 隠す気のない敵対心から絶対そうだと決めつけていたため否定されるとは思わず肩を透かした。

 

 「私はただ確認したいだけなのです。タイヨウ様を破った――タイヨウ様の無敵のサジットを倒したあなたの実力を!」

 

 今度こそバトルの目的をはっきり告げられたシオリは面を食らって言葉がすぐに出なかった。

 唯一咄嗟に動いた脳でシオリは冷静に考える。アンナが盛大な勘違いをしている件について。

 

 シオリはタイヨウにバトルで勝利した。タイヨウ曰く、その手で打てる最善の手を打った。久々に本気を出したと。

 つまりシオリは本気のプレイングのタイヨウとのバトルに勝利はしたが本気のデッキには勝利していない。 

 彼女の言う無敵のサジットも呼び名の通りシオリは一度もトラッシュに送ることは叶わず、場に出された瞬間、フィールドもライフも全て失ってしまった。 

 

 「アンナちゃん待って。それ勘違いだから。私は」

 「それ以上の言葉など必要ありません。バトルをすればおのずと分かります」

 

 弁明しようとするがアンナは聞く耳持たず再びデッキを突き付ける。

 

 「さあバトルです。シオリさん」

 

 キィッとシオリを射抜く眼差しにシオリは誤解をどうやって解くか思案するが、すぐにそれを放棄し気だるく息を吐く。

 

 「なんかもういっかって感じ。いいよ、バトルしよ」

 

 思考放棄したように取れる発言だがシオリはごちゃごちゃと考えるのを止めただけで捨ててはいない。

 バトルをする気になったのもアンナの目的が私怨によるものではないと分かったからだ。

 敵対心を向けられてるのは単純に嫌われてるだけと飲み込みながらシオリはデッキを取り出す。

 

 「アンナちゃんの言う通りバトルすれば分かり合えるよね」

 

 偉大なるバトラーは言った。『バトスピは対話』だと。

 タイヨウとバトルをし、タイヨウという人物を少しだけ垣間見たシオリは今回もバトルを通じてアンナという人物を知ろうとしていた。

 そしてそれは向こうも同じ。

 

 「マリアさん。バトルフィールドを使ってもよろしいですわよね」

 

 「ええ、もちろんいいけど……」

 

 歯切れの悪いマリアはチラリとアンナの後ろに立つボディーガードに目を向ける。

 バトルフィールドとアンナが口にした瞬間、無表情だった強面を崩し狼狽えるボディーガードの二人は囲うようにアンナの横に回り、

 

 「いけませんアンナ様。バトルフィールドを使うなんて」

 「ユリウス様に無断で出ていらっしゃるのにバトルフィールドまで使用するのは不味いですよ」 

 

 バトルフィールドの使用を頑なに拒むボディーガードにアンナはプルプルと体を震わせ二人を睨み付けた。

 

 「うるさいですわ! お兄様には後で私が連絡します。バトルフィールドも皆さんとバトルするときと同じレベル0でバトルすれば問題ないですわ!」

 

 「ですが!」

 

 「私のことは私が判断しますわ! 何があっても自己責任、あなたたちに責任は問いませんわ。だから素直に見ていてください!」

 

 ツンッとそっぽを向かれボディーガード二人はがっくりと肩を落とし後ろに下がった。

 アンナの意思を尊重するということだろう。

 

 「バトルフィールドを使うで……いいのよね?」

 

 「もちろんですわ」

 

 「でも凄く止められてたけど、何処か調子が悪いならそこのテーブルとかでも――」

 

 「問題ないですわ! むしろ調子は絶好調なぐらいですわ」

 

 腕を上下に振り回し元気なのをアピール。見た感じの疲れも無さそうなので二人はバトルフィールドに行くため壇上に上がろうとするが。

 

 「いけない。私、みんなとのバトル途中にしてたんだった」

 

 店に来ている子供たちとのバトルを中断したままだったのを思い出しシオリは足を止め子供たちの方へと駆けた。

 

 「みんなごめんね。待ってもらってたのに。このバトルが終わったらバトルするから」

 

 屈み、目線を合わせたシオリは両手を合わせて子供たちに謝った。

 可能なら子供たちからバトルをしていきたい。昨日からの約束でもあるからだ。

 しかしシオリにとってアンナとのバトルは優先順位を上にするほど大事なバトルだと思っている。

 誰かとバトルすることに優劣はつけたくない。けどシオリはアンナの事やタイヨウとの関係性を知りたい。このモヤモヤとした気持ちを晴らしたい。

 そんな自分勝手な理由で子供たちとのバトルを後回しにしたことによる罪悪感に苛まれながらシオリは一人一人の目を見ながら謝罪を口にする。

 

 「もう、しかたがないなー。このバトルの次はおれとバトルだからな」

 「アンナは強いけどだけど勝ってね」

 「あの、あとでわたしともバトルしてくれるようお願いしてもらっていいですか」

 「「あ、ズルい~!」」

 

 誰一人シオリを責めたりせず、応援したり許してくれたりお願いしたりと実に子供らしい返しだった。

 子供たちの優しさにシオリの心の温度は上がりみんなに微笑んだ。

 

 「ありがとう。約束は守るからね」

 

 笑顔で激励されたシオリは立ち上がると再び気を引き締めて壇上を上り、台座の前に立つ。

 対面には準備を終えたアンナが佇んでいる。

 シオリは教えられたやり方を思い出しながら台座にBSカードをセットし、準備を進めていく。

 

 「意外と優しいんですね」

 

 「えぇ、意外って私そんなに優しく見えてないの」

 

 「第一印象、自分勝手な人だと思っていたので」

 

 それはあなたの事じゃないかなと言いたかったが下手な不和を生みたくないのでグッと堪える。

 

 「でも私も後で謝らないといけませんわね。私の都合で順番を後回しにしてしまって申し訳ないですわ」

 

 シオリの行動を見てさすがのアンナも自分の言動を省みていた。

 悪い子ではないんだろうなと思うがシオリだけは異様な敵対心を向けられ優しく接してくれたのも最初の挨拶だけ。

 

 「みんな観てくれるんだから楽しいバトルにしようね」

 

 それでもシオリは嫉妬深い真似を可能な限り抑えて話し掛けるがアンナは無言のまま待ち続ける。

 自分で蒔いた種とはいえ楽しい感覚を共有できないのが少し寂しい。

 台座のパネルを操作していき、ライフダメージの設定をする項目を見つけたシオリはレベルを0から1に変更させると【完了】のパネルをタッチ。

 準備を終えて顔を上げると真剣な面持ちのアンナと目が合った。

 

 「――では、そろそろ始めましょうか」

 

 「うん、いつでもいいよ」

 

 ビリビリと肌が震える。タイヨウとはまた違う圧をアンナから感じる。

 たとえ本人が楽しいバトルをする気がなくてもこのバトルに掛ける情熱は本物。気を抜けば一瞬で持ってかれる。

 目を閉じて大きく深呼吸をすることで気持ちを落ち着かせたシオリは目を開くと同時に叫ぶ。バトルフィールドの扉を開ける(コトバ)を。

 

 「「ゲートオープン 界放!!」」

 

 二人の声が重なり足元から眩い虹色の光が溢れ出し――。

 

 バトルスピリッツの聖地、バトルフィールドへと移動させた。




【バトスピ小ネタ劇場】
《疎外感》
アカリ「なんか凄い勢いで話が進んでいったな」

コユキ「正直、どんな顔でいたらいいのか分からなかったわ」

チサ「あんなシオリンは始めてみたよ」

アカリ「ま、理由が理由だし事情を知ってるウチらからすれば可愛いもんじゃん」

コユキ「あれを可愛いで済ますなんて肝が据わりすぎよ」

アカリ「コユキが小心すぎるだけだって」

コユキ「そんなに小心じゃないわよ。言うなら用心深いと言って」

アカリ「はいはい、そうしますよ」

チサ「そんなことより、ほらシオリンのバトルが始まるからもうちょっと近い位置で見ようよ」

アカリ「そうだな。ほら行くよ」

コユキ「うう……なんか私だけ考えすぎみたいなの納得いかない」


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第3TURN 転醒激突! 時空龍皇VS龍騎皇

 光に包まれたとき、地面の喪失と共に訪れる無重力空間。

 強い光を放っているのに不思議と目を開けていられるその場所でシオリの衣服が袖や裾など端の方から分解と同時に新たな衣服が生成される。そして生成した服の上から胸当てや腕輪などの装飾具がそれぞれの部位に嵌められていく。

 見覚えのある衣服に変化が終わると光は弱まり足の裏から地べたを踏み締める感触とほどよい重力感。

 そして光の空間だったそこは姿形を変え、バトルフィールドとなっていた。

 

 「――――」

 

 ここまでの時間、約三秒未満。だが体感時間は三十秒ほどと脳が混乱する現象を目の当たりにしてシオリは半ば放心状態で自身の姿を確認する。

 

 学生服だった先程と違い、身に纏うのはここで戦うための正装、バトルフォーム。

 黒を基調にグラデーションのように赤、紫、緑、白、黄、青の淡い六色に彩られ、あちこちにI~XIIのローマ数字が浮かぶ神秘的なローブ。

 胸当てやブレスレットは歯車になっており、全体的に時計を思わせる姿になるのはシオリのキースピリット『クロノ・ドラゴン』をイメージしたものだからだ。

 

 「バトルフォームに着替える時、もし一瞬でも全裸になってたらどうしようって思ってたけど魔法少女っぽい感じで少し安心したかな」

 

 前回は目を閉じていたためにこのプロセスを見逃していたシオリは頭の隅で、全裸になった瞬間があったら……と不安を募らせていた。

 あの空間は外からは誰にも見られない。それはタイヨウがバトルフィールドに移動しモニターに映る瞬間をこの目で見ていたから知ったことだ。

 が、それを抜きにしても一瞬でも全裸になるのは嫌なものだ。シオリだって一端の乙女だ。恥じらいだってある。

 

 「――――ぁ」

 

 不安だった部分も解消され頭も落ち着いてきたシオリは顔を上げると遠く離れた対面でアンナが手のひらを開閉しながら身体の調子を確認していた。

 

 「私の顔に何かついていましたか」

 

 「あ、ジロジロ見てごめんね。カッコいいバトルフォームだなって」

 

 シオリの視線に気付いたアンナは金属の擦れる音をたて正面から向き合った。

 アンナのバトルフォームも本人のイメージとはほど遠いものだった。

 紫のシンプルなドレスの上に纏う漆黒の甲冑。腰には長剣をぶら下げており長い髪を紫のリボンで一つにまとめていた。

 その姿は西洋の騎士そのもの。気合いの入ったアンナの表情からはお嬢様だった可憐な頃では見受けられない幼さと凛々しさが同居していた。

 

 「それ重くないの?」

 

 「こう見えてただのプラスチックみたいな物ですから全然ですわ」

 

 肩や腰をぐりんと回しアンナは身軽な動きを見せる。

 そんな二人のやり取りをモニター越しで眺める面々は使われていない台に移動し座っていた。

 

 「へー、二人ともカッケェじゃん」

 「どっちが勝つのかハラハラするわね」

 「マリアン、私たちルールあんまり分かんないから色々と教えてね」

 「ええ、任せてね。昨日覚えたての知識もバンバン出しちゃうわよ」

 

 解説に意気込むマリアを中心に子供たちも集まり本人には届かないがそれぞれ声援を送る。

 そして事前に先攻後攻を決めていなかった二人は離れた位置でじゃんけんを繰り返していた結果、アンナが先攻となった。

 

 「私のターン。スタートステップですわ」

 ――TURN 1 アンナ

 手札:4 リザーブ:3[s]

 

 「ドローステップ、メインステップ。まずはナイトブレイドラを召喚ですわ」

 《ナイト・ブレイドラ→Lv1.BP1000[s]》

 

 何もないフィールドに最初に姿を現したのは小さな紫の翼竜だった。

 刃のような黄色の翼を広げ紫の体毛に包まれた翼竜は鋭い目付きで敵であるシオリを威嚇する。

 

 「あ、カワイイ!」

 

 「当然です! この子はタイヨウ様が愛用するブレイドラのリメイクカードの一つなのですよ!」

 

 絶賛するアンナに呼応してナイトブレイドラも両腕を広げて更なる威嚇行為に。

 

 「この子の素晴らしさはこのバトルで更に見せるとして続けてネクサス、龍の聖剣を配置です」

 《龍の聖剣→Lv1》

 

 アンナの背後から台座に突き刺さった漆黒の剣が競り上がる。

 

 「最後にバーストをセットしてターンエンドですわ」

 TURN 1 アンナ終了――

 手札:2 リザーブ:0 バースト:有

 《ナイト・ブレイドラ→Lv1.BP1000[s]》

 《龍の聖剣→Lv1》

 

 ――TURN 2 シオリ

 手札:5 リザーブ:4[s]

 

 「メインステップ。そっちがナイトブレイドラを出すなら私はゴッドシーカーロロドラを召喚!」

 《ゴッドシーカー ロロドラ→Lv2.BP3000 C1[s]》

 

 ナイトブレイドラに謎の対抗心を燃やすシオリが召喚したロロドラもまたブレイドラのリメイクカード。

 緑の体毛をしたロロドラはナイトブレイドラと違いその場で跳び跳ね活発に動き回っていた。

 

 「せわしないスピリットなのですね」

 

 「元気なことはいいことだよ。ロロドラの召喚時効果でデッキから3枚オープン。その中の《放浪の創界神ロロ》と転醒カードか系統『道化竜』を持つカードを手札に加えるよ」

 

 デッキの上から自動でオープンされる3枚のカード。

 そのカードを通覧したシオリは目当てのカード《放浪の創界神ロロ》を手札に加え、残りの《道化竜ギンガードラゴン》か転醒カード《百識の書架渓谷》のどちらを手札に加えるか悩んだ結果――。

 

 「《百識の書架渓谷》を手札に加えて残りは破棄だよ」

 

 「転醒カードを手札に……ですがこのターンこれ以上の展開は」

 

 「アタックステップ。ロロドラでアタック!」

 

 「え! アタックですの!?」

 

 手札を補強したもののバーストはセットできず、そのままターンエンドするものと予測していたアンナを裏切るようにシオリは強気にロロドラをアタックさせた。

 

 「バーストを警戒してませんの」

 

 「私、初心者だから。紫とのバトルも初めてで一々バーストを警戒して後手に回るぐらいなら発動される覚悟を持って攻めるだけだよ」

 

 シオリの力説にアンナは目を丸くしマリアは感心し頷いていた。

 

 「昨日のタイヨウちゃんの戦術ね」

 

 モールトとのバトルでタイヨウは彼の必殺技【闇奥義】の発動タイミングを意図的に操作し、攻撃を凌ぎきった。アポロもといタイヨウを尊敬するシオリならその戦術を素早く自身の戦術として組み込むのもおかしな話ではない。

 既にロロドラの召喚時効果で創界神と転醒カードを手札に加え十分な仕事をしただけでなく二つのバースト条件も踏んでいる。

 そしてこのアタックによってアタック後、破壊後、ライフ減少後のどれかをバースト条件を踏むことになる。

 たった一体のスピリットにここまでの役割を意図的に与えた初心者と呼びづらいシオリにただただ感服するだけだが、惜しむらくは――。

 

 「色が悪かったわね」

 

 マリアの呟きにバトスピの事を知らないアカリ達が首を傾げた。

 

 「ライフで受けます」

 《アンナ:ライフ5→4》

 

 ナイトブレイドラを素通りし飛び上がったロロドラはアンナの目の前に展開したライフ障壁に背中の刃を突き立てライフを砕いた。

 ライフダメージを0にしているため衝撃すらこない砕け散る派手なエフェクトを前にアンナは睨む。

 

 「その勇気は素晴らしいものですがさすかにバーストを侮りすぎですわ。ライフ減少でバースト発動です。騎士の覇王ソーディアスアーサー(Re)のバースト効果で相手のコアを3個トラッシュに送りますわ」

 

 フィールドには疲労状態のロロドラしかおらず問答無用でロロドラの生命の源が奪われる。

 

 「あ、ロロドラ……」

 

 「伝説の騎士 今、この戦地にてその剣技を振るいなさい。騎士の覇王ソーディアスアーサー(Re)をレベル1で召喚です」

 《騎士の覇王ソーディアス・アーサー(Re)→Lv1.BP10000C1》

 

 鞘から抜いた剣を空へ向けて突き上げると上空に暗雲が立ち込め、穴が空くと一筋の光が差し込んだ。

 暗雲から舞い降りてくるのは重厚な鎧を見に纏った一人の騎士。背中から生えるコウモリの羽根を広げ剣を抜刀したソーディアスアーサーはシオリと対峙する。

 

 「なんかなんかシオリのターンでヤバそうなのが出てきたんだけど」

 

 「カッコいいな……けど」

 

 「これシオリンまずいんじゃ……」

 

 シオリの前に立ちはだかるソーディアスアーサーから感じる圧。それはタイヨウが煌臨させたアポロヴルムに勝るとも劣らない肌がひりつく威圧感を放っている。

 

 「まさに虎の尾を踏む、ですわね」

 

 「……ターンエンド」

 TURN 2 シオリ終了――

 手札:6 リザーブ:0

 

 TURN 3 ――アンナ

 手札:3 リザーブ:4 

 《騎士の覇王ソーディアス・アーサー(Re)→Lv1.BP10000C1》

 《ナイト・ブレイドラ→Lv1.BP1000[s]》

 《龍の聖剣→Lv1》

 

 「メインステップ。キャメロットナイトX召喚」

 《キャメロット・ナイトX→Lv1.BP1000》

 

 アンナが新たに召喚したのは小さな紫の一つ目兵隊だ。

 槍と盾構えた兵隊の足元を見れば足は実態を持たず幽霊のような存在をしていた。

 

 「紫だから幽霊なのが当たり前って感じなのかな。あのアーサーもコウモリの羽根みたいだし」

 

 「キャメロットナイトXの召喚時効果で1枚ドローですわ。さらにもう一体キャメロットナイトXを召喚。1枚ドローですわ」

 《キャメロット・ナイトX→Lv1.BP1000》

 

 二体目のキャメロットナイトが現れ一体目と目を合わせると同時に槍を掲げる。

 これでアンナのフィールドには四体のスピリットが並び、対するシオリはスピリットもバーストも無し。加えてコアも全てトラッシュと手の内ようが一切ない。

 

 「あれだけスピリットを召喚してるのに手札があんまり減ってない」

 

 「それが紫の特徴の一つね。紫にはキャメロットナイトXのように召喚時に1枚ドローするコスト3帯のカードが多く存在してああやってスピリットを横に並べても手札が尽きないの」

 

 無論、経験者なら紫のセオリーは把握済み。対策として手っ取り早いのが召喚時もしくは手札増加のバーストを伏せることだが生憎シオリは紫のセオリーを知らなければバーストも無い。これでは好きなだけ展開してくださいと言っているものだ。

 

 「バーストをセットしてアタックステップですわ。キャメロットナイトでアタックですわ」

 

 剣先をシオリに突き付けキャメロットナイトに突撃の号令が飛ぶ。

 

 「ネクサス、龍の聖剣の効果発揮。系統『起幻』と『魔影』を持つコスト3以上のスピリットがアタックしたとき1枚ドローですわ」

 

 「アタックするだけで手札が増えるなんて厄介って感じだよ。ライフで受ける!」

 《シオリ:ライフ5→4》

 

 槍を構えて一直線に突撃するキャメロットナイトはシオリに展開されたライフ障壁に槍を突き立てる。

 一切の衝撃がなかったレベル0と違いレベル1は障壁が破壊された衝撃が衝撃波としてシオリを襲い足をふらつかせる。

 

 「レベル1に上げるだけでこんなに変わるんだ」 

 

 「まだまだ行きますわよ。二体目のキャメロットナイでアタック」

 《龍の聖剣の効果で1枚ドロー》

 

 「ライフで受ける!」

 《シオリ:ライフ4→3》

 

 「ソーディアスアーサーもアタックですわ」

 

 「それもライフで受ける!」

 《シオリ:ライフ3→2》

 

 コウモリ羽根を広げシオリの前まで飛翔すると抜き放った大剣を上段で構え、勢いよく振り下ろした。

 

 「同じライフの消失なのにこのアタックだけ威力が違く感じるよ」

 

 二つのライフ消失の衝撃波を台座に付いているグリップを握ってしっかりと堪えたシオリは残り一体の回復状態のナイトブレイドラを見つめる。

 

 「……ナイトブレイドラは攻めずにターンエンドですわ。ですが勝敗はもう決まったようなものですわね」

 

 「それはどうかな。これぐらいまだまだ挽回の余地はあるって感じだよ」

 

 「いいますわね。なら次のターンあなたがどうでるのか楽しみですわ」

 TURN 3 アンナ終了――

 手札:4 リザーブ:0 バースト:有 

 《騎士の覇王ソーディアス・アーサー(Re)→Lv1.BP10000C1(疲)》

 《ナイト・ブレイドラ→Lv1.BP1000[s]》

 《キャメロット・ナイトX→Lv1.BP1000(疲)》

 《キャメロット・ナイトX→Lv1.BP1000(疲)》

 《龍の聖剣→Lv1》

 

 TURN 4 ――シオリ

 手札:7 リザーブ:8[s]

 

 回ってきたシオリのターンだがその惨状はアカリ達素人目からも明らかだった。

 前のターンでロロドラから回収した豊富な手札量。アンナの猛アタックで得た大量のコア。

 シオリの言う通り挽回しようと頑張ればどうにかできる状態ではあるが――。

 

 「生半可な展開だと逆にアンナちゃんに利用されるわ」

 

 「え、相手みたいに数出して並べるんじゃダメなんすか」

 

 「アンナちゃんもシオリちゃんが数押ししてくる可能性は考慮してるはずよ。バーストもその防衛壁。そしてシオリちゃんがもしこのターン攻めたらそれはアーサーの餌食よ」

 

 「またあのカードが何かするんですか!?」

 

 カード知識のない三人はアーサーのアタック時効果を知らない。そしてマリアはアンナが理想とするこの後の展開にただシオリにエールを送るしかない。

 ここで判断を間違えれば――アーサーを倒せなければ次のターンでシオリは敗ける。

 

 「それで敗ければそれまでのバトラーということ。タイヨウ様のサジットを倒したのも何かの間違えと言うことですわ」

 

 今のところ手応えは感じない。むしろ初心者らしいバーストの踏み抜きかたに失笑してしまいそうになる。

 タイヨウの立場を考慮してもう少しぐらいは何かしてみてほしいところではあるがそれは期待するだけ無駄だとアンナが思ったタイミングだった。

 

 「よし、この順番でやればいける!」

 

 手札とコアを見比べてコストの計算を終えたシオリが行動に移る。

 

 「まずは放浪の創界神ロロを配置」

 《放浪の創界神ロロ→Lv1.C0》

 

 シオリが最初に選んだのはロロドラの召喚時効果で手札に引き寄せたこのデッキ唯一の創界神だ。

 緑の探検服に木の長杖を持った灰色のフードを被る眉目秀麗の男性がシオリの後ろに佇む。

 創界神の配置による共通効果、【神託】によりデッキから3枚がトラッシュに落ちる。

 上から順に《道化竜ドラゴ・フランケリー》《道化竜ドヴェルグドラゴン》《絶甲氷盾》。ロロの神託条件は道化/起幻のコスト3以上のスピリットもしくは転醒スピリットか転醒ネクサス。今回は道化竜二体が条件に入ったためボイドからコア2つ創界神に追加された。

 《放浪の創界神ロロ→Lv1.C2》

 

 「あれが新しいロロの創界神ですわね」

 

 「道化竜メルトドラゴンを召喚」

 《道化竜メルトドラゴン→Lv1.BP3000》

 《放浪の創界神ロロ→Lv2.C3》

 

 お次に召喚したのはコスト3のスピリット。ピエロの格好をした奇抜なドラゴンが口から吹き出す火を手で操り遊んでいた。

 

 「メルトドラゴンの召喚時効果で相手のネクサスを破壊!」

 

 吹き出した火の玉をジャグリングの要領で遊び倒すとそのまま龍の聖剣に投げ当て燃やし尽くした。

 

 「龍の聖剣が……!」

 

 「ネクサスを破壊したときトラッシュのコア3個をリザーブに戻すよ。そして道化竜ポルドラ&カスタードラを召喚」

 《道化竜ポルドラ&カスタードラ→Lv1.BP2000C1[s]》

 《放浪の創界神ロロ→Lv2.C4》

 

 一本の角が生えた緑竜と二本の角が生えた双子の緑竜が仲良く宙を舞う。

 

 「召喚時効果でBP5000以下のスピリットを破壊してボイドからコア1個をこのスピリットに置いてレベル2にアップ!」

 《道化竜ポルドラ&カスタードラ→Lv2.BP4000C2[s]》

 

 一本角の緑竜がナイトブレイドラを火炎ブレスで破壊し、二本角の緑竜がそれに応えるように生命の力を溢れされる。

 

 「ネクサス、百識の書架渓谷を配置」

 《百識の書架渓谷→Lv1.C1》

 《放浪の創界神ロロ→Lv2.C5》

 

 ロロの周りを無数の本が羅列する渓谷が現れる。これもロロドラの効果で手札に入れた転醒ネクサスだ。

 

 「ロロの神技を使って1枚ドロー」

 《放浪の創界神ロロ→Lv1.C2》

 

 「手札を補充する神技ですか。悪くないですわね」

 

 「最後にバーストセットだよ」

 

 一通り準備を整えたシオリは深呼吸を一回入れるとメルトドラゴンのカードに手を置き、

 

 「アタックステップ。メルトドラゴンでアタック!」

 

 「シオリンが攻めた!」

 

 盤面は少し持ち直したシオリだがマリアからすれば攻めるにはまだ些か不安が残る。だがマリアもそして対面でにらみ合うアンナもシオリがこれ以上無策で突っ込むとは考えづらい。

 

 「何かあるんですわね」

 

 「ご明察。系統『起幻』を持つ私の赤のスピリットがアタックしたとき百識の書架渓谷は転醒するの!」

 

 バトルフィールドが震え書架渓谷の奥から何千の歳月を感じされるご老体の竜人が姿を現す。

 

 「百識の主ウィズダンブールに転醒!」

 《百識の主ウィズダンブール→Lv1.BP5000C1》

 ――Count1――

 

 葉の落ちた木の角を生やし根のような長い髭に顔を覆われたモノクルが特徴的た赤い翼を持った竜にネクサスは転醒した。

 その瞬間、シオリの手の甲に装着されている時計の針が進みIを指し示した。

 

 「ウィズダンブールの転醒時効果でワンドロー」

 

 「ついに転醒してきましたわね」

 

 「でも私のやりたいことをこの先だよ。バースト発動!」

 

 「なんですって!?」

 

 シオリの突如としたバースト宣言。既存のどの条件もまだアンナは踏んでいないのにも関わらずのバーストの発動。

 警戒するアンナにシオリは軽快な口調で宣言する。

 

 「クリメイションフレイムは本来、相手のこのスピリットの召喚/煌臨時発揮後が条件のバーストだけど私のカウントが増えたとき1以上ならバースト条件を無視して発動できるの」

 

 「転醒に対応したバースト……! まさかそのようなカードが存在していたなんて」

 

 「クリメイションフレイムのバースト効果でBP 15000以下のスピリットを破壊! 対象はもちろんそこの騎士の覇王だよ!」

 

 紅蓮の炎がソーディアスアーサーを包み渦巻く熱風と化して勇猛なる騎士の覇王を破壊させた。

 

 「ソーディアスアーサー!」

 

 「さらにコストを支払ってフラッシュ効果。BP6000以下のスピリットを破壊!」

 《道化竜ポルドラ&カスタードラ→Lv1.BP2000[s]》

 

 そしてソーディアスアーサーを襲った紅蓮の炎が次の獲物を見つけ二体いるキャメロットナイトの片方を同じように焼き尽くした。

 

 「カウント1以上のとき、このカードは手札に戻るよ。さあ、このアタックはどうする」

 

 「使い捨てのマジックを手札に戻すなんて……ライフで受けますわ」

 《アンナ:ライフ4→3》

 

 メルトドラゴンの全速投球による火球がアンナのライフを砕く。

 

 「バーストは開かない。ならポルドラカスタードラもアタック!」

 

 アンナが動かないのを確認して二匹の翼竜が攻めに転じる。

 

 「それもライフですわ!」

 《アンナ:ライフ3→2》

 

 相変わらずライフ二つを奪ってそうな連続攻撃。レベル0とは言え立て続けにスピリットの圧を間近で受けたアンナは少し汗を流していた。

 

 「ここで使いますわ。ライフ減少でバースト発動、絶甲氷盾ですわ!」

 

 発動したバーストは定番の絶甲氷盾。バースト効果でアンナのライフは一つ回復し、コストを支払いこれ以上のシオリの攻撃をシャットアウトした。

 

 「下手にコアを与えすぎたかな。ターンエンド」

 TURN 4 シオリ終了――

 手札:5 リザーブ:0 Count1

 《道化竜メルトドラゴン→Lv1.BP3000(疲)》

 《道化竜ポルドラ&カスタードラ→Lv1.BP2000[s](疲)》

 《百識の主ウィズダンブール→Lv1.BP5000C1》

 《放浪の創界神ロロ→Lv1.C2》

 TURN 5 ――アンナ

 手札:5 リザーブ:7[s] 

 《キャメロット・ナイトX→Lv1.BP1000》

 

 「Sバースト以外にも自主的に発動できるバーストがあるとは思いませんでしたわ。正直、油断してましたわ」

 

 「やっぱり? 私、バーストのシステム大好きだから綺麗に決まって大満足って感じだよ」

 

 「ええ、本当にですわ。ヴィアゼルさんを思い出さずにはいられませんでしたわ」

 

 「ヴィアゼル……? 何処かで聞いた名前のような……」

 

 懐かしむように誰かの名前を口に出すアンナ。初対面のシオリには彼女の知り合いなんて知るよしもないのだがつい最近シオリはその名前を聞いた記憶がある。

 

 「はぁ……いくら初心者といってもそれは勉強不足ですわ。タイヨウ様が【S】ランクバトラーと知っていらっしゃるなら他の【S】ランクバトラーの皆さまの名前ぐらいは知っておくべきじゃないですか」

 

 アンナは呆れてため息をつく。それに申し訳なくなり頭をかくシオリだが、今のアンナの発言から昨日のマリアとの会話を思い出した。

   

 「【S】ランクバトラーのヴィアゼルって確か《覇者》って呼ばれてる人だよね」

 

 「あら、知ってはいたのですね」

 

 「ちょっとど忘れしててね。アンナちゃんはヴィアゼルって【S】ランクバトラーとバトルしたことあるの?」

 

 「ええ、ありますわ。彼に限らず他の【S】ランクバトラーともバトルしたことありますわ」

 

 全【S】ランクバトラーとバトル経験があるというアンナにシオリは目を輝かさずにはいられなかった。

 

 「全員と! スゴい! ねぇ、さっき私のプレイングを見て思い出したヴィアゼルってどんなバトラーなの」

 

 「そうですわね……彼は【S】ランクバトラーの中で最も暑くる……熱い人ですわ」

 

 「暑苦しいんだ」

 

 顔を僅かにだが歪むほどの思わぬ不評に苦笑するシオリはそのまま話を聞き続ける。

 

 「彼のバトルは理知的な要素は一つもないバーストのごり押しばかりですわ。それこそ先程のあなたみたいなバーストを無理矢理発動ばかりさせてましたわ」

 

 「バーストデッキなんだ」

 

 「ですがあなたと違って彼がバースト発動すると中々止まりませんわ。私が相手したときは少なくとも1ターンで五回以上はバーストを発動されましたわ」

 

 「五回以上も……!?」

 

 さすがのシオリでも一度のターンに五回以上のバースト発動はそうそう成せるコンボではないことは理解できる。それを平然とやってのけるのがヴィアゼルが【S】ランクバトラーと呼ばれる由縁なのだろう。

 

 「脱線してしまいましたわね」

 

 「そうだね。私も変に掘り返してごめんね」

 

 「では私のメインステップからいきます。ナイトブレイドラを召喚」

 《ナイト・ブレイドラ→Lv1.BP1000C1》

 

 再び召喚したナイトブレイドラにキャメロットナイトと顔を会わせ跳び跳ねる。

 

 「ネクサス、龍の聖剣を配置して闇騎士ランスロットXをLv2で召喚」

 《龍の聖剣→Lv1》

 《闇騎士ランスロットX→Lv2.BP7000C2[s]》

 

 紫のシンボルに無数の剣の軌跡を走らせ飛び出したのは細心の騎士。

 白い羽根のマントをなびかせレイピアを振るう姿は洋風の騎士そのものだ。

 

 「召喚時効果で疲労状態のメルトドラゴンを破壊して1枚ドローですわ」

 

 振るったレイピアから発生した鎌鼬が二頭の緑竜を巻き込み切り裂いた。

 

 「……ターンエンド」

 TURN 5 アンナ終了――

 手札:3 リザーブ:0 

 《キャメロット・ナイトX→Lv1.BP1000》

 《ナイト・ブレイドラ→Lv1.BP1000C1》

 《闇騎士ランスロットX→Lv2.BP7000C2[s]》

 《龍の聖剣→Lv1》

 TURN 6 ――シオリ

 手札:7 リザーブ:8 Count1

 《道化竜ポルドラ&カスタードラ→Lv1.BP2000[s]》

 《百識の主ウィズダンブール→Lv1.BP5000C1》

 《放浪の創界神ロロ→Lv1.C2》

 《ウィズダンブールの効果でドローステップのドロー枚数+1》

 

 「さっきのターン、あの子攻めてこなかったね」

 

 「シオリンのフィールドには回復状態のスピリットがいたからじゃないの?」

 

 「でもアンナには三体のスピリットがいたんだ。無理すれば倒せたんじゃないか」

 

 「シオリちゃんがさっき使ったマジックが手札に戻ったのが効いてるわね。あのマジックの存在がアンナちゃんのアタックを封じてるわね」

 

 第三視点からの戦況の分析に三人が納得の声を上げる。

 そしてシオリもまたここが勝負所だと手札に来た切り札を目に覚悟を決める。

 

 「まずはネクサス、新しき世界を配置」

 《新しき世界→Lv1.C1》

 《放浪の創界神ロロ→Lv2.C3》

 

 書架渓谷の代わりにバトルフィールドの外に形成されるのは独特な自然形態を持った名の通り新たな世界。そして――。

 

 「――――」

 

 「……! 来るのですね。あなたのキースピリット」

 

 シオリの周りに漂う空気が変わるのを感じたアンナは直感的に彼女のキースピリットが来ると剣の柄に手を伸ばす。

 

 「時歩み龍が今ここに顕現する! 召喚、時空龍クロノ・ドラゴン!」

 《時空龍クロノ・ドラゴン→Lv2.BP5000C3》

 《放浪の創界神ロロ→Lv2.C4》

 

 空間に亀裂が走り、青い刃が空間を切り裂いた。歯車を模した装飾を身に付けた竜人が空間の狭間から飛び出しバトルフィールドへと降り立った。

 

 「あのドラゴンが彼女のキースピリット……! 悪くないですわ」

 

 「バーストをセットしてロロの神技を発動!」

 《放浪の創界神ロロ→Lv1.C1》

 

 「このタイミングでまた手札補充ですか」

 

 「違うよ。ロロの神技は私のカウントが2以下の時、私の転醒前ネクサスを転醒させることができるんだよ」

 

 その説明にアンナは目を見開きシオリのフィールドを見渡した。

 先程の条件に当てはまるカードは一つ。このターンの最初に配置した新しき世界。転醒ネクサスを強制的に転醒させる。十分に驚かされる効果だがアンナの視線はすぐに転醒ネクサスからバーストに移る。前のターンのあのコンボを見せられればそれは無理もない反応だった。

 

 「新しき世界を風雅龍エレア・ラグーンに転醒」

 《風雅龍エレア・ラグーン→Lv1.BP3000C1》

 ――Count2――

 

 岩のアーチに一匹の龍が舞い降りる。白い体躯に赤い宝玉の埋まったウィズダンブールに並ぶ賢老の龍が新しき世界から飛び出しウィズダンブールの隣に着地する。

 

 「エレアラグーンの転醒時効果でボイドからコア2個をエレアラグーンに追加、Lv2に。そして私のカウントが増えたのでバースト発動!」

 《風雅龍エレア・ラグーン→Lv2.BP5000C3》

 

 「やはり転醒に反応するバーストですわね!」

 

 無難に予想するなら一度バースト効果も見せて手札にも戻った使い回しのクリメイションフレイム。コスト支払い込みで使えばアンナのスピリットを二体破壊出来るがシオリがセットしたのはより勝ちに近付くための強力なバースト。

 

 「道化竜フール・ジョーカードラゴンのバースト効果。BP12000以下のスピリットを2体破壊する」

 

 「そんなバーストまで!?」

 

 地面から沸き上がった炎がキャメロットナイトとランスロット、二体の騎士の体を燃やしそのまま破壊する。

 

 「その後、このスピリットを召喚。エレアラグーンのコアを使ってLv2で召喚 」

 《道化竜フール・ジョーカードラゴン→Lv2.BP10000C3》

 《風雅龍エレア・ラグーン→Lv1.BP3000C1》

 《放浪の創界神ロロ→Lv1.C2》

 

 唐紅の艶のある鱗のトカゲに近い羽根のある竜人が破壊した騎士の名残を観覧し悦に浸りながら大鎌を振り回す。

 これでシオリのフィールドには五体、アンナのフィールドは一体となった。そしてバーストもセットをしていない。まさに勝機と呼べるチャンスなのにシオリは無根で考え込んでいた。

 

 「シオリ、何悩んでるんだろ」

 

 すぐにでもアタックしてもいい場面だがシオリは何か警戒してるのかアンナの手札を睨む。

 

 「……ごめんね。ポルドラカスタードラとウィズダンブールのコアをクロノドラゴンに移してLv3に」

 《時空龍クロノ・ドラゴン→Lv3.BP8000C4[s]》

 

 コアを奪われた二体のスピリットはクロノドラゴンに後は託すと目線を送り消滅する。その光景に思わずシオリは嗚咽を堪えるように手で口元を覆った。

 

 「悲しいなら無理してレベルを上げなければいいですのに」

 

 「そうも言ってられないよ。あなたに勝つためにもクロノドラゴンだけは消させはしない!」

 

 わざわざシオリがスピリットを二体犠牲にしてクロノドラゴンにコアを移した理由。それは単純明快で紫のコア除去を警戒してのこと。

 赤に特化した知識の持ち主であるシオリでも分かる紫のコア除去効果。シオリは勝つためにもクロノドラゴンのレベルを下げられるわけにはいかなかった。

 

 「アタックステップ。フールジョーカードラゴンでアタック! アタック時効果でこのスピリットのBP以下のスピリットを破壊して1枚ドロー」

 

 突進するフールジョーカードラゴンは道端の草を刈る感覚でナイトブレイドラを破壊すると守りの手がないアンナに大鎌を振り上げる。

 

 「フラッシュタイミング、リミテッドバリア!」

 

 「白のマジック!?」

 

 振り下ろされるフールジョーカードラゴンの大鎌がアンナの障壁を砕く直前にバリアが展開し大鎌を弾いた。

 

 「リミテッドバリアはコスト4以上のスピリットのアタックでは私のライフは減りません」

 

 「どうしてこのタイミングで……」

 

 「そうですわね。本来なら私もギリギリまで使いませんが……バトラーとしての勘ですかね。このアタックをライフで受ければ私は敗けると、そんな勘がしたのです」

 

 「……た、ターンエンド」

  TURN 6 シオリ終了――

 手札:5 リザーブ:0 Count2

 《時空龍クロノ・ドラゴン→Lv3.BP8000C4[s]》

 《道化竜フール・ジョーカードラゴン→Lv2.BP10000C3》

 《風雅龍エレア・ラグーン→Lv1.BP3000C1》

 《放浪の創界神ロロ→Lv1.C2》

 TURN 7 ――アンナ

 手札:4 リザーブ:9[s]

 《龍の聖剣→Lv1》

 

 回ってきたアンナのターン。だがアンナはこのターン首の皮一枚繋がったとしか思っていない。

 あの時感じた守らねばと判断した直感。兄や他の【S】ランクバトラーや転醒使いとのバトルでは働かなかった勘に今救われた気がした。

 それが何を意味するのかアンナは分からないが分かるのは一つ――。

 

 「次のターンなんて億劫な真似はしませんわ。私の騎士に恥じぬようこのターンで決めますわ」

 

 「この感じ……! もしかして騎士の覇王の他にキースピリットがいた感じなの」

 

 アポロヴルムやサジットアポロドラゴンを出す時のタイヨウに似た張り詰めた空気。バトルフィールドの静寂。アンナのキースピリットが出てくる予兆。

 

 「タイミングはバッチリですわ。まずはキャメロット・ルークを召喚」

 《キャメロット・ルーク→Lv1.BP2000C1》

 

 アンナが先に召喚したのは要塞のように分厚さと大盾を持ったキャメロットナイトと同系列のスピリット。無論、それが本命ではなくこの次だ――。

 

 「いきます」

 

 「――――!」

 

 「聞きなさい。円卓を統べる新たな騎士の名を。竜騎士の存在を! 召喚、竜騎士ソーディアス・ドラグーン」

 《竜騎士ソーディアス・ドラグーン→Lv2.BP7000C2[s]》

 

 空に集まる暗雲から一体の羽根の生えた騎士が降臨した。

 紫と漆黒の鎧を身に纏った騎士の覇王に似たスピリットだった。右手には紫の宝石が嵌め込まれた長剣を、左手には赤い竜の紋様が記された盾が。

 新たなスピリットの登場は否応なしにテンションが上がるシオリだがソーディアスドラグーンを一目見てあのスピリットがアンナのキースピリットだと気付いた。

 

 「そのスピリットがアンナちゃんのキースピリットだよね。バトルフォームとそっくりだよ」   

 

 最初はスピリットとバトルフォームの雰囲気から騎士の覇王がアンナのキースピリットと判断していたがこうして満を持して召喚されたソーディアスドラグーンを見るとこっちのスピリットの方がよりアンナのバトルフォームとシンクロしていた。シオリとクロノドラゴンのように。

 

 「このカードは最近お兄様から貰った大切なカードですわ。私の新しい騎士を召喚した以上、このバトル勝たせてもらいます」

 

 「私だって敗けるつもりなんて更々ないよ」

 

 「アタックステップ。ソーディアスドラグーンでアタック!」

 《龍の聖剣の効果で1枚ドロー》

 

 羽根を広げ突撃するソーディアスドラグーンは不思議なことにクロノドラゴンに狙いを定めるように飛翔していた。

 

 「ソーディアスドラグーンのアタック時効果でコア2個以上のクロノドラゴンに指定アタックですわ!」

 

 「クロノドラゴンに指定アタック!? えっと、クロノドラゴンでブロック」

 

 横一線に凪ぎ払うソーディアスドラグーンの長剣をクロノドラゴンの青いブレードで防ぐとそのまま弾き、反撃に移る。

 BPの差は1000。クロノドラゴンの方が勝っている。このままバトルが続けばクロノドラゴンが勝つがわざわざこのターンで勝つ意気込みのアンナが無駄死にとなるアタックをするとは思えずシオリは何を仕掛けてくるかずっと考えていた。

 考えて考えて……そしてある変化に気付く。バトルをしているソーディアスドラグーンの鎧の隙間から紫と赤い光が溢れていたことに。

 

 「あの光は!」

 

 それは効果が発動する予兆。そしてシオリはあの光に見覚えがある。昨日、タイヨウのカウンターで炎に包まれたクロノドラゴンと同じ光だ。

 

 「きっと驚きますわね。竜騎士ソーディアスドラグーンはコア2個以上のスピリットにブロックされたとき転醒しますわ!」

 

 「転醒……!?」

 

 クロノドラゴンを弾き飛ばすとソーディアスドラグーンからより一層強い光が溢れてくる。

 

 「今こそ皇としての真なる力を見せる時です! 竜騎士ソーディアス・ドラグーンを龍騎皇ドラゴニック・アーサーに転醒!」

 《龍騎皇ドラゴニック・アーサー→Lv2.BP11000C2[s]》

 ――Count1――

 

 カードが飛び上がり裏返ると何も書かれていなかった裏面に新たなスピリットが刻まれると同時にアンナのバトルフォームのドレスが紫から赤に変わる。

 

 ソーディアスドラグーンの鎧が弾け中から現れたのは一匹の紅き龍。両腕を鉤爪のついた大きな翼に変え、伸びた尾を地面に叩き付ける。

  

 「転醒スピリット……! アンナちゃんも転醒使いだったの」

 

 「いいえ、あなたのように転醒カードを何枚も持ってるわけではありませんわ。今、私が使える転醒カードはこのカードだけですから」

 

 「そうなんだ。カッコいいスピリットだね」

 

 「ええ、私のキースピリットに相応しいですわ。ドラゴニックアーサーの転醒時効果発動! BP15000の相手スピリット全て破壊ですわ!」

 

 全身を赤く光らせるとドラゴニックアーサーは無数の光線を打ち出し雨のようにシオリのフィールドに降り注ぐ。

 その光線に撃たれたシオリのスピリット達は抵抗も叶わず破壊されるがクロノドラゴンだけはただでは破壊されない。

 ソーディアスドラグーンのように全身を光らせ姿を変え始める。

 

 「なっ……!」

 

 「このまま黙ってやられるほど私のクロノドラゴンは大人なしくないよ!」

 

 二足歩行だった竜人から四足歩行の龍へとクロノ・ドラゴンの変化が始まる。翼も数を増やし無機質なものから蝶のような美しさのあるものに。

 自身が使っていた青いブレードが両肩や腰から生え、首の伸びた頭部にも龍皇の象徴として生えていた。

 

 「幾千の時空を越えし龍よ 今ここに新たな姿を顕現せよ! 転醒、時空龍皇クロノバース・ドラグーン!」

 《時空龍皇クロノバース・ドラグーン→Lv3BP13000C4[s]》

 ――Count3―― 

 

 龍皇の名を得たクロノバースドラグーンは自身の転醒時効果で回復し、龍騎皇を迎え撃つ。

 

 「このバトル、私とクロノバースドラグーンが貰うよ!」

 

 地上で取っ組み合っていた時空龍皇と龍騎皇は互いに翼を広げると戦いの舞台を空中へと移す。

 先に上を取った龍騎皇が全身から無数の光線を打ち出すが時空龍皇はその光線の雨を掻い潜り龍騎皇の元に辿り着くと両肩のブレードで翼を切り裂くと龍騎皇の喉元を噛み付き地面に叩き落とした。

 ぐったりと横たわる龍騎皇にトドメを刺さんと全身を一本の剣のように急降下を始めた。

 

 「まさか破壊に対応する転醒だったなんて油断しましたわ。……ですがそれでも勝つのは私のドラゴニックアーサーですわ。フラッシュタイミング、マジック、デモンズフィンガーですわ!」

 《龍騎皇ドラゴニック・アーサー→Lv1.BP8000[s]》

 

 「ここで紫のマジック!?」

 

 「デモンズフィンガーは相手のスピリット全てのコアを一つだけにする効果ですわ。つまりクロノバースドラグーンはLv1に下がりBPは私のドラゴニックアーサーが上回りますわ」

 《時空龍皇クロノバース・ドラグーン→Lv1.BP6000[s]》

 

 「そんな! クロノバースドラグーン!」

 

 時空龍皇の落下速度が弱まったのを龍騎皇は見逃さない。直前で横に跳ぶことで躱すと標的のいなくなった地面に時空龍皇が自ら身体を打ちのめし無防備な横腹に強烈な尾の一打を浴びせると時空龍皇は岩壁まで吹き飛ばさ激突する。

 態勢を立て直そうとする時空龍皇に反撃の隙を与えるはずがなく、口から火炎放射を放ち今度こそ時空龍皇を破壊した。

 

 「クロノバースドラグーン――ッ!」

 

 キースピリットの破壊にシオリは悲痛な声を漏らす。負けると思っていなかった相棒の破壊はシオリの精神に多大なダメージを与えた。

 

 「ドラゴニックアーサーはバトル終了時にターンに1回回復しますわ。キャメロットルークでアタックですわ」

 《龍の聖剣の効果で1枚ドロー》

 

 鈍重そうな見た目に反して滑るように動くキャメロットルークは幽霊だからこそ出来る動き。

 ブロッカーのいないシオリはこのまま無条件でライフで受けるしかないがシオリにもまだマジックがある。

 

 「クロノバースドラグーンのブロックを無駄にしないためにも――フラッシュタイミング、マジック、クリメイションフレイム!」

 

 シオリの手札にある唯一の防御札。紅蓮の炎がキャメロットルークの行く手を阻む――はずだった。

 

 「……! 破壊されてない」

 

 炎の中から無傷で飛び出したキャメロットルークは変わらない無機質な表情でシオリに狙いを定める。

 

 「私がそのマジックの警戒をしていないと思いまして。キャメロットルークは相手の効果では破壊されないんですわよ」

 

 「そんな効果があったなんて。――ライフで受ける」

 《シオリ:ライフ2→1》

  

 飛び上がって槍を突き立てていくキャメロットルーク。その一撃は強くないはずなのに何故かシオリの足が震える。

 負けるのが悔しくて震えてるのかと言えば違う気がした。でもそれ以外の理由はシオリには――。

 

 「このアタックで終わりですわね」

 

 「悔しいな。後、少しだったのに」

 

 「そうですわね。あの時、リミテッドバリアが無ければ敗けていたでしょうね。ですが今回、運は私に味方しましたわ」

 

 「次は……次は私と私のクロノドラゴンが勝つから」

 

 「次ですか……フフッ、次も私の騎士があなたを倒しますわ」

 

 互いに最後の言葉を交わす。これがラストアタックになるとお互いに分かっていて――。

 

 「いきます。龍騎皇ドラゴニックアーサーでアタック!」

 《龍の聖剣の効果で1枚ドロー》

 

 シオリの眼前まで飛翔した龍騎皇は咆哮を上げ、その迫力にシオリは後退りすると龍騎皇は一段上に飛び上がると足の爪を障壁に突き立てそのまま握り潰した。

 最後のライフを失い空中に放り出された感覚に包まれるとシオリの視界はそのまま真っ白に染まった。

 《シオリ:ライフ1→0》

               ――アンナWIN!




【バトスピ小ネタ劇場】
~そういえば~
チサ「シオリン、バースト発動した後にどうして手札に戻ったあのバーストをセットしなかったの」

コユキ「そういえばそうね。転醒したタイミングでバースト発動出来るなら相手のターンで転醒できればまた無条件発動できるよね」

マリア「第6ターンの事ね。バーストは自分のメインステップに一度しかセット出来ないからあの時、もうセットした後だったからセットしたくても出来ないのよ」

アカリ「なるほど。そんなルールもあるんね」

マリア「一応例外としてスピリットの効果とかでバーストをセットするときは回数制限はないからバースト好きの人はミブロックバラガンを使ったりするわね」

コユキ「へー、バースト……ちょっと気になるかも」


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第4TURN 仲直りの握手

 最後のライフを失った瞬間、身体に訪れたのは空気の衝撃と空間の喪失。

 上下左右、自分が上を見ているのか、下を見ているのか、はたまた横たわっているのか、なにも分からない宙に放り出された感覚にシオリの混濁した意識は視界に飛び込んできた光によって打ち消される。

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン

 

 気付けばシオリはカードショップに戻っていた。

 程よい重力感。正常な平衡感覚。脳が正しく現実を受け入れているがどうしてだろう。シオリの身体は思うように動いてくれない。

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン

 

 地面に座り込んでいるシオリはおもむろに手を持ち上げてみると何故か手は震えていた。

 ぷるぷるぷるぷると――。開いたり握ったり、ぎこちないが思うように手は動く。けど震えが止まらない。

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン

 

 手だけではない。足も痺れたように震え、すぐにでも立ち上がれば転んでしまいそうだ。

 そして何よりバトルが終わってからシオリを襲うこの激しい耳鳴り。

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン

 

 うるさいが不快を感じない謎の音に意識がいくシオリに今度は息苦しさが襲う。まるで呼吸をするのを忘れていたようにシオリは息を吸い込むが上手く、息が吸えない。息が、詰まる。

 

 「はぁ、はあ――」

 

 荒い呼吸が漏れる。苦しい――。胸が苦しい――。

 原因不明の苦しさにシオリは左胸を押さえて初めて気付く。

 シオリの心臓の鼓動がいつになく速く脈を打っていたことに。あの耳鳴りと思っていた音が自分の心臓の音だったことに。

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、

 

 自覚した瞬間に心臓の鼓動が速さが増した気がした。

 整いつつある息がまた荒れる。身体中が滾るように熱い――。

 

 「シオリ!」

 

 誰よりも早くシオリの異常に気付き、壇上まで駆け上がったアカリが震えるシオリの身体を支える。

 

 「大丈夫シオリ! 何処か打ったんか、それともシステムに不具合があったんじゃ――」

 

 ハンカチを取り出し、シオリの汗を拭ってあげながらアカリは熱を確認したり脈を確認する。

 

 「――大丈夫、別に体調崩した訳じゃないよ」

 

 「でも明らかに異常だぞこれは」

 

 端から見れば今にも倒れそうな挙動をしているシオリを誰が問題なし、健康体と判断できる。

 一旦、ここから降ろして涼しい場所で安静にさせようとアカリはシオリの腕を自分の首に回し、膝裏に腕を通して抱き抱える用意をすると、

 

 「本当に大丈夫って感じ、だから。それよりアカリ、教えて。……私はバトルに負けてるんだよね」

 

 唐突な問い掛け。バトルの結果なんて戦った本人が一番分かるはずなのにシオリの表情はいたって真面目で、むしろ第三者からバトルの結果を聞きたがっているように見えた。

 

 「……そう、バトルには負けたよ。でもいいバトルだったとウチは思うよ」

 

 「負けた……やっぱり負けてバトルは終わってるんだよね。ならこの感覚は――」

 

 何度もシオリは「負け」「終わった」を繰り返し呟く。自分に言い聞かせるように。

 その光景はシオリをよく知るアカリからすれば違和感でしかなかった。

 

 シオリは負けず嫌いな面がたまにある。それを悪いことだとは思わずむしろ可愛らしさまである。それにシオリは負けから次どうすれば勝てるのか反省し自身の糧として昇華できる人だ。

 だけど今シオリがやっているのは反省ではない。「負け」の事実から逃げようとする自身に必死に言い聞かせてるようにしか見えない。

 そして何より彼女の瞳が一度たりともアカリを捉えていない。どこか遠く、こことは違う景色を見ているようだった。

 やはり異常だ。今は頭空っぽに休ませるべきだとアカリが足に力を入れたときだ。

 

 「大丈夫ですかアンナ様!」

 

 焦りのある野太い声。アカリの次に壇上に駆け上がったアンナのボディーガードの声だ。

 只事ではない声色に二人の視線がアンナの方に向くと彼女もまた台に持たれる形でシオリのように体調に異変をきたしていたのだ。

 

 「レベル0とは言え、やはり許可なくバトルフィールドを使うのは不味かったんですよ。早くお薬の方を――」

 

 「け、結構です。私の身体は私が一番知っていますわ」

 

 「ですが!」

 

 「本当に大丈夫なんです。気分が悪い訳じゃないですの。それよりもバトルは――バトルは私が勝ったんですのよね」

 

 それはシオリがした質問と似たり寄ったものだった。

 アンナが勝つ姿をこの目でしかと見届けていたボディーガードの二人は容易に答えれる質問だが、彼らもまたいつもと違うアンナに戸惑っているようだった。

 

 「え、ええ。バトルはアンナ様の勝利です。素晴らしいバトルでした」

 

 それでも彼女の質問には答えねばと世辞抜きの称賛を口にするがアンナは紅い瞳をさ迷わせ、

 

 「私の勝ち……なんですよね。ならこれは一体?」

 

 頭を抱え、「勝った」「私が」とシオリのように虚空に呟き始めるアンナの瞳もまたこことは違う、景色を見ているようだった――。

 あからさまな容態の変化にいよいよ周りも二人の異常に気付き始める。

 

 「二人ともどうしちゃったのかしら。救急車とか呼んだ方がいいかしら」

 

 バトルをする前は二人の間が険悪ムードになってただけで体調は良好だった。

 バトル中でもお互いにライフダメージによる痛覚は発生していなかった。バトルフィールドにもシステムエラーによるバグなど無かった。

 二人が同時に体調を崩す要素はないはずなのに現実として体調に異変を生じる二人の少女にマリアは最善の手として救急車を呼ぼうとすると。

 

 「たぶん二人はまだバトルフィールドから帰ってきてないだけなんだと思うよ」

 

 「来てたのタイヨウちゃん!?」 

 

 落ち着いた少年の声にマリアが振り返ると後方からタイヨウが頭を下げ、ジュラルミンケースを持って歩いてきた。

 

 「全然気付かなかったわ」

 

 「いつからいたのぉ?」

 

 「5ターン目ぐらいからかな。なんか周りも盛り上がってて混じれそうになかったから後ろの方で観てたんだけど」

 

 二人のバトル。転醒同士の戦いなど随所随所に盛り上がる瞬間が多く、タイヨウ以外でもこの店に来た客は遠目から観るだけでその輪に入ろうとするのは難しいものだ。

 

 「そうだタイヨウちゃん。さっきまだバトルフィールドから帰ってきてないって言ってたけどまさか――」

 

 「うん、マリアさんも一度は経験してるはずだよ」

 

 ジュラルミンケースをテーブルの上に置き、壇上まで上がる。

 激戦を繰り広げていた二人の少女の目がタイヨウに集まると彼はゆっくりと落ち着いたトーンで、

 

 「二人とも目を閉じて。そしてゆっくり、大きく、深呼吸して。はい、吸って――」

 

 タイヨウの掛け声に合わせ目を閉じた二人は大きく息を吸い込み吐き出す。

 周りの見えない暗闇で聞こえる自身の鼓動がやけに鮮明に聞こえた。

 うるさかった鼓動は深呼吸を繰り返すごとに小さく、小さく――。滾るような熱さも遠く、遠く――。そしてあの感覚も――。

 

 パンッ!

 

 「「――!」」

 

 耳をつんざく破裂音のような衝撃に二人は同時に目を開いた。

 

 「「――――」」

 

 急な物音に目を丸くする二人はタイヨウが手を合わせてるのを見てあの破裂音が彼の手を叩いた音だったんだと理解した。

 

 「たぶん戻ってきたと思うんだけど、どう?」

 

 「え――あ、本当だ。何ともない」

 

 うるさかった鼓動は正常に音を刻み、身体中の熱も冷め、体温も安定していた。虚ろな瞳も今はしっかりとアカリやタイヨウを捉えている。

 

 「確かに熱は下がってるっぽいけどほんとに大丈夫か」

 

 「平気だよ。ほら、普通に立てるるるっ!?」

 

 勢いよく立ち上がり元気アピールをしようとするが急に立ったことで立ち眩みを起こし、よろけるシオリを慌ててアカリが支えた。

 

 「何が平気だよ、ったく……」

 

 「あはは……ごめんね心配かけて」

 

 「いいって。慣れっこだから」

 

 シオリが嘘偽りなく体調面が元に戻っていることに安堵し、優しい表情で笑みを浮かべていた。昔からシオリはアカリに心配をかけてばかりで、少しでも減らせればと努力はしているがそれは中々実らない。

 今よりも落ち着きがあればいいのだろうが、落ち着きなんて一朝一夕で身に付ければ苦労はしない。

 

 「そうだタイヨウ。タイヨウは私に起きてた症状について何か知ってるみたいだったけど、あれってなんなの?」

 

 体調不良と言うには辛さやしんどさのマイナス感情を上回るプラス感情の方が沸き上がっていた。

 もう一度体験したいかと言われれば頭を捻ってしまうがあの体験が起こることはとても幸せなものだと本能が訴えていた。

 その症状に心当たりがあり、更には対応策も持ち合わせていたタイヨウなら詳しい話が聞けるはずだ。

 

 「二人がなっていたのは『バトルトリップ』って言う現象で――っと」

 

 「――――あ」

 

 タイヨウの説明が途切れる。原因は明確でアンナがタイヨウの胸に飛び込んだからだ。

 反射的に『ズルい!』という言葉が出そうになるもぐっと堪えたシオリだが体は正直で無意識に手だけが引き離そうと伸びていたがアンナから溢れた『想い』がそれを止めた。

 

 「――タイヨウ様と離れてからとても心配でしたの。バトスピを辞めたと聞いて、不安になって電話をしても繋がりませんし、何度か会いに行っても自宅にはいませんでした」

 

 「アンナ……」

 

 「怖かったですの。タイヨウ様が、私の知らない何処か遠くに、行ってしまったんじゃないかと。でも、また会えました――。触れられました――。タイヨウ様――。タイ、ヨウ、様――うっ……わぁぁぁぁーーーん……!」

 

 言いたいことや話したいことはきっと一杯あるのだろう。けれど久しぶりの再会にアンナの感情は振り切り、涙が溢れ、紡ぐ言葉はちぐはぐに、その場で泣き崩れた。 

 

 「ア、アンナ!?」

 

 「タ、イ、ヨウ様、タイ、ヨウ様、タイヨ、ウ様――!!」

 

 一度溢れた涙はもう止めようがなく泣き続けるアンナにタイヨウは困惑しつつも拒むような真似はせず静かに受け入れていた。

 その二人のやり取りにシオリは行き場のない手を下ろし胸が締め付けられるような苦しさを感じながらただ事の成り行きを見守るしかなかった。

 

 

▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶

 

 

 「どお、落ち着いた?」

 

 数分後、一向に泣き止む気配のないアンナに流石のタイヨウも助け船を求めるようにシオリを見つめ、やむを得ずアンナを介錯したシオリは空いている席に座らせ様子を窺っていた。

 

 「はい、少しは……申し訳ありません、このような醜態を晒してしまって。しかもあなたなんかに」

 

 「ビミョーにまだトゲが残ってるって感じだけど大丈夫みたいだね」

 

 紫色のハンカチで涙を拭ったアンナの目元は赤くなっていたが気分は落ち着いている。

 この状態なら話を始めても問題ないはずだ。

 

 「それでタイヨウ、聞きたいことがあるの」

 

 真剣な眼差しで見つめるシオリにタイヨウも無意識に背筋を正した。

 現在、シオリとアンナは隣同士に、タイヨウは彼女ら二人と向かい合う形で席に座っている。

 このように三人で座っているのもお互いの気持ちをスムーズに話し合うためにマリアが提案してくれてのものだ。

 そして他の人達はそれぞれの台でバトスピを始めるわけでもなく離れた位置で三人の様子を見守っていた。

 

 「さっき言いかけた『バトルトリップ』のことだよね」

 

 「それもそうなんだけど私が一番聞きたいのは別のことなの」

 

 先ほどの説明以外に自分に聞きたいこととは、と首を傾げるタイヨウにシオリは隣の存在に罪悪感を抱きながら、

 

 「アンナちゃんとタイヨウってどういう関係なの」

 

 その言葉が静かな店内に響き渡る。

 思わぬ質問にタイヨウはきょとんとしていたが隣にいた少女は違う。

 

 「あなたって性格悪いですわね! 私がいるのに聞きますか今!」

 

 「し、仕方ないでしょ! もう気にするなって言うのが無理なんだもん。バトルの時も気が気でなかったんだよ!」

 

 「言い訳ですわ! 今のは私に負けた言い訳のつもりですか」

 

 「言い訳じゃないよ!」

 

 口論を繰り広げる二人を見ながらタイヨウは、

 

 「仲がいいんだな」 

 

 「「よくないッ!」」

 

 息の揃った反論にタイヨウも思わず口を閉じて黙ってしまう。

 

 「それでタイヨウ。アンナちゃんとはどういう関係なの」

 

 アンナを振り抜き自らの質問をシオリは優先させる。

 それほどまでに二人の関係はシオリにとって気掛かりな要因だった。これをはっきりさせない限りシオリはタイヨウの話をまともに聞けない自信がある。 

 

 「強情ですわね。いいですわ。タイヨウ様、はっきりと言ってください。私とタイヨウ様の関係を!」

 

 自信に満ちたアンナと不安に満ちたシオリの両方の視線を浴びながらタイヨウはゆっくりと閉じた口を開く。

 

 「関係っても……アンナとは昔家が隣同士の昔馴染みで、強いて言うなら妹みたいな感じだけど」

 

 「「――――ッ!」」

 

 タイヨウの返答に二人はそれぞれ声にならない反応を示す。

 片や恋人関係と思っていた二人が全然違っていたことに喜び。

 片や大切に想っていた人から昔馴染みとばっさり切られ肩を落とす。

 

 「分かっていましたわ。タイヨウ様ならそう言うと。少しでも期待してた私が間違ってましたわ」

 

 「分かっててあんな事言ったんだ」

 

 あれのせいで余計にシオリが不安な気持ちで一杯になったのは言うまでもない。結果はシオリの杞憂で終わり今は晴れやかな気持ちだ。

 

 「本当に性格が悪いですわね。落ち込む私にそのような顔をするなんて侮辱以外に他なりませんわ」

 

 「え、私そんな嫌な顔してるの!?」

 

 極力、無表情を努めようとしていたシオリは自身の顔を触って確かめる。

 本人は気付いていないようだが、安心しきったシオリの表情は気持ちのいいぐらい浮かれ笑顔だった。

 

 「そんなことよりもタイヨウ様!」

 

 「な、なに」

 

 バンッ! とアンナはテーブルを叩いてタイヨウを涙目で睨む。

 

 「私、何度も電話をしましたのにどうして出てくれないのですか! 自宅にお伺いしてもいらっしゃいませんし、一体私とお兄様がどれだけ心配したと思ってるんですか!」

 

 それは先ほどもタイヨウに向かって投げた言葉だ。

 これに関してシオリは心情的にアンナの味方でもあるつもりだ。

 シオリも大切な人と一切の連絡が付かなくなれば心ここにあらずになり、心配で心配でその人の事ばかりを考えてしまう気持ちは痛いほど分かっているつもりだ。

 

 「それは――」

 

 何か言おうとするがタイヨウはすぐに言葉を詰まらせ下を向いた。

 申し訳ないという気持ちではあるようだが、言葉が続くことはない。何か後ろめたいことでもあるのだろうかと勘繰ってしまう。

 

 「私が言うのはおかしな話なのかもしれないけど……アンナちゃんはこんなにも心配してたんだからちゃんと説明してあげるべきだと思うよ」

 

 図々しい口出しなのは百も承知だ。

 二人が恋仲関係でないと分かり心の余裕が生まれたから出てきた言葉だと自覚している。

 きっとアンナがまたお前が言うか、と言わんばかりの顔をして睨んでいそうだが、こればっかりは仕方のないことだ。

 タイヨウを大切に思うアンナはこれ以上強く彼に言及することが出来そうにない。 

 

 「……そうだよな。ごめん、アンナ。今まで連絡を取らなくて」

 

 「謝らないでくださいタイヨウ様。タイヨウ様のことです。きっと深いわけがあるんですのよね」

 

 「うっ……真っ直ぐな目で見られると申し訳なさで一杯になるんだけど……」

 

 話してさえくれれば何でも許す覚悟のアンナにタイヨウは更に口を固く結ぶがそれも一時で、気持ちを落ち着かせるように深く息を吸い込む。

 

 「ごめん。前に使っていたスマホを川に落として失くしました。だから新しく買い換えた時にバックアップとか何もしていないからあの時入ってた連絡先全部失くなって今あるのは家族のだけなんだ」

 

 そっと自分の赤いスマホをテーブルに置き、思わぬ事実をカミングアウトしたタイヨウにアンナは目を見開いたまま微動だにしない。

 

 「アンナやユリウスの連絡先も覚えてなかったし新しく買い換えたついでに電話番号も変えたからアンナが連絡してくれたことに気付かなかったんだ」

 

 タイヨウの話が事実かどうかはシオリには分からない。ただ、タイヨウの話に耳を傾けながら赤いスマホを凝視するアンナはきっと過去の彼のスマホと今のスマホを比較しているのだろう。

 そして口出ししない辺り買い換えたのは間違いようだ。

 

 「……なら家に居なかったのはどうしてなのですか」

 

 「家に居なかったのは単純にばあちゃんの家に引っ越したから。アンナ達が引っ越した後、父さんと母さんが仕事でいつニホンに帰ってくるかも分からなくなったから、ばあちゃんが代わりに面倒を見るって言ってくれて――」

 

 それで引っ越しをした。家自体は売り払っていないからまだタイヨウ達、星月家の所有物らしい。

 いずれも連絡先を消失したタイヨウから一切の説明を聞けなくなり起きた音信不通の正体。

 一通り聞き終えたアンナは一言も発することなく黙りこんだまま俯いている。 

 

 「本当にごめんアンナ。そんなにも心配かけてるとは思ってもなくて。――普通に気付くべきだったよな。あの時の僕は誰かを気に掛ける余裕なんてなかったけど、二人にはちゃんと色々と話すべきだったと今は強く思っている」

 

 深々と頭を下げ、改めて謝罪を口にするタイヨウ。

 視線を横に向けるとアンナは俯いたまま返事がない。

 無言の空気が続く中、シオリはどちらかに一言掛けるべきかと考えたがすぐに取り消した。

 今、この時間は簡単に言えばアンナがタイヨウを許すか許さないかのシンキングタイム。それを導き出せるのはアンナただ一人。

 ここから第三者が口出しするのはシオリや他の人にも許されない禁忌。できるのは二人が上手く和解できることを祈るのみ。

 

 「――――」

 「――――」

 

 沈黙が続く。タイヨウは頭を下げたまま。アンナも俯いたまま顔を上げない。

 いつまでこの状態が続くのだろうと周りが思い始めたその時だった。

 

 「――あ」

 

 シオリの口から咄嗟に声が漏れる。その声にタイヨウとアンナが同時に顔を上げた。

 シオリが静かにしないとと決めていたのに思わず声が出た理由。それはポタ、ポタ、とテーブルに雫が零れていたからだ。少し視線を上げると雫はアンナの目から溢れた涙で――。

 

 「違います違います! これは、決して、先程みたいに泣いている訳じゃありません!」

 

 自覚した瞬間、顔を赤くし、全力で否定するアンナは再び紫色のハンカチで涙を拭う。

 自分でも涙が出てきた事に驚いていた様子だったが彼女の言うようにタイヨウの胸元で流した涙と今の涙は少し違う気がした。

 

 「アンナ……」

 

 「違いますからねタイヨウ様! 私はもう昔みたい泣いたりしませんから。これは安心して気が緩んで、それで――」

 

 涙を拭いきり、目元を手で触れて涙が流れてないことを確認するとアンナはタイヨウと向き合った。

 不安だった顔は消え去り浮かぶのは安堵の表情。ここに来たときよりも落ち着いた柔らかい笑みを浮かべるアンナにシオリは一瞬、目を奪われていた。

 

 「タイヨウ様と連絡がつかなくなった理由が分かりました。深い理由があるのではと思っていた私が恥ずかしい理由でしたがそれもまたタイヨウ様らしいですわ」

 

 「本当ごめん。だからその件はもう触れないでくれってのが正直な気持ちだよ。あれは自分でも馬鹿だと思ってるから」

 

 ばつが悪るそうに頬を掻く。クールな雰囲気に似合わず意外とドジな部分がありそうなタイヨウにシオリの心は高鳴るがもちろん場が場なので無反応を貫く。

 

 「私――タイヨウ様と連絡がつかなくなって、お兄様からバトスピを引退したかもしれないと聞かされたとき、私はもう二度とタイヨウ様と会えないと思いましたわ」

 

 両手を胸に添え、瞳を閉じたアンナが口にするのは泣きながらタイヨウに訴えた『想い』。

 ここでそれを言うのは彼の罪悪感を刺激する行為。無論、それぐらい言っても問題ないぐらいアンナの心は常に影が射し込めていたはずだ。

 

 ――けど違う。

 

 「でも私は信じていました。タイヨウ様はきっと、いつかまた戻ってくると。バトルフィールドに帰ってくると」

 

 アンナは確かに不安や焦燥を抱えていたのかもしれない。それでも彼女が今日まで平静にいられたのはそれ以上の信頼と確信があったからだ。

 

 「だから私、こうしてここにタイヨウ様がいるだけで連絡してくれなかったことも、何処かに行ってしまったことも許せるのです。だってタイヨウ様はここにバトスピをしに来たのですよね」

 

 アンナが優しくタイヨウに微笑み問いかける。

 昨日までのタイヨウなら詰まっていたかもしれない問い掛け。でも今のタイヨウならなんて答えるかシオリにだって分かる。

 

 「当たり前だよ。ここはショップなんだ、バトスピをするために来てるに決まってるよ」

 

 そう言い切った彼は初めてアンナの目を見て微笑んだ。

 思いもよらぬタイヨウの温かな笑みに虚を突かれたアンナは堪えるように固く結んだ口元は次第に緩み、最後には、

 

 「はい。当然のこと、ですわね」  

 

 笑ってそう言った。

 二人の間にあったすれ違いで生まれていた小さなわだかまり。それが解消され、ようやく以前と同じ関係に戻れた二人に心の底から祝福したいが、こういう時ほど卑しい自分に腹が立つ。

 

 二人の仲が戻る事を素直に喜べない自分がいた。

 

 それはアンナがシオリの恋敵である以上、この感情は切っても切れない関係なのかもしれない。だけどシオリはそんな自分を振り切るように二人に向かって、

 

 「さて、話し合いも問題なく終わったから最後に仲直りの握手だよ」

 

 「仲直りの――」

 「握手、ですか?」

 

 「そう、仲直りの握手!」

 

 シオリの言葉に二人が揃って首を傾け疑問を露にするが、シオリはガツンと強く肯定する。

 

 「別に子供じゃないんだからそういうのはやらなくてもいいでしょ」

 

 「さすがに私もいきなりタイヨウ様と手を握るのは……」

 

 子供っぽいと一蹴するタイヨウに、手を繋ぐことに羞恥心を抱くアンナ。

 どちらも仲直りの握手をすることに躊躇し、アンナに至ってた人前でタイヨウに抱き付いておいて何を今さら感はあるが、こればっかりはシオリも譲れない。

 

 「仲直りの握手に子供や大人は関係ないんだよ。言葉だけでだと本当に仲直りできたのか不安な時があるの。でも手を握って、相手と繋がれば心も繋がったみたいで安心するって感じなの」

 

 二人の手を取り、シオリは目の前まで運ぶ。

 

 「個人的にはアンナちゃんとタイヨウが仲良くしてるのはなんかモヤモヤするけど、それでも私は二人は仲良くしてる方がたぶん好き……なのかな。だから私のこじつけな所もあるけど二人には仲直りの握手をしてほしいの」

 

 嘘偽りのない本音。

 驚くほど身勝手な言い方にアンナは目を丸くしていたが、シオリが冗談で言っているわけでないと気付いたのか、クスッと口に手を当てて笑った。

 

 「おかしな人ですわね。シオリさんにとって今回の件はそのまま流していた方がよかったんじゃありませんの」

 

 「たぶんね。だけど私はアンナちゃんの事、好きとは言い切れないけど嫌いじゃないから。だから仲直りの手助けぐらいしてもいいかなって」

 

 これも本音。バトルを通してシオリはタイヨウ同様にアンナの事が少し分かった気がした。

 チャンピオンの妹やタイヨウと過ごした時間で得た自信と誇り。

 シオリを初心者と知っていても決して油断せず最後まで本気で向き合ったバトルの誠実さ。

 そしてタイヨウに対する恋心。

 

 変わらないんだ。アンナもシオリと同じで好きな人がいるから強くあろうとする。

 好きな人がいるから頑張れるのだ。

 それを知れたからアンナが自分の事を嫌いであってもシオリは嫌いにはならない。

 

 「分かりましたわ。タイヨウ様、お手を――」

 

 「……そうだね。こうでもしないとシオリもアンナも納得してくれそうにないか」

 

 差し伸べたアンナの手をタイヨウは優しく握る。力を入れすぎないようにゆっくり、ゆっくりと――。

 二回りも大きな手から伝わる安らぐ温もりを感じながらアンナはそっと長い睫毛を伏せる。

 シオリの言う通り不思議と手だけで繋がっているだけなのにタイヨウと心が繋がっているような感覚がした。

 きっと彼も同じ感覚を持ってくれてるはずだ。むしろ自分だけがそう思っているのなんて許せない。

 だから信じる。それこそがシオリの求めた仲直りの握手の形のはずだから。

 

 「――また昔みたいに私とバトルをしてくださいね」

 

 「もちろん。また楽しいバトルをしよう」

 

 最後に言葉を交わした二人は繋いでいた手を離す。なんだかんだアンナが名残惜しそうに手を見つめていたが。

 

 「とりあえずこれで仲直り完了。というわけだからこの流れで私たちも仲直りの握手を……」

 

 「お断りです。私、まだあなたとは仲良くしたいとは思いませんので」

 

 伸ばした手をあっさりと払われたシオリは口の中で唸りを上げながら拒絶された手を引っ込めた。

 まだアンナの方から心を開いてくれるのには時間が掛かるようだ。

 

 「なんか話し終わった雰囲気出してるとこ悪いんだけどまだ肝心の話がまだだよね」

 

 三人の話が一段落ついたのを見計らって声をかけてきたのはアカリだった。

 

 「え、まだ何か話があったっけ?」

 

 「はぁ、やっぱそうだと思った。つーかそもそも気にしてなさそうだけどこっちが気になるからウチが直接聞くわ」

 

 視線をタイヨウに移し、座ったまま見上げるタイヨウを見下ろすアカリは微かに険しくなった顔で聞いた。

 

 「さっき言ってたバトルトリップ。それってなに」




【バトスピ小ネタ劇場】
~意外とドジ~
アカリ「そういや、タイヨウがスマホを川に落としたこと簡単に納得してたけど昔からそんなドジやらかしてたん?」

アンナ「そうですわね……頼んでたものと微妙に違うのを持ってきたり、靴下の模様が左右違ったりとかはよくありましたけど、私が小さいときは外には出れませんでしたのでその手のお話は基本的にお兄様からの見聞でしか知りませんわ」

アカリ「しれっと重めの過去を出すな。んで具体的にどんなのがあったの」

アンナ「それこそ手持ちの物を溝に落としたり、自動販売機でコーラとゼロコーラを間違えて買ったり、財布とコアケースを間違えて持っていったり等々ですわ」

アカリ「つつけばまだありそうだな。意外としっかりしてそうなのに案外抜けてるんだな」

シオリ「でもそういったところもギャップがあって親しみやすいって感じだよ」

アンナ「はい。バトルフィールドに立つ凛々しい姿も普段たまに見せるドジな部分もタイヨウ様の魅力ですわ」

アカリ「あんたら絶対に仲良しだろ」


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