七日後にTSする高校生 (rairaibou(風))
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TSまであと七日

 男子高校生は性欲猿である。

 

 誰かがどこからか持ち込んできたその水着写真集に群がる高校生たちは、男の性欲に対するそのような偏見があながち間違いではないことを証明しているようだった。

 

「おぉ~」

 

 そのページを捲る権利を持つ男がそれを行使するたびに、彼らは感嘆の声を上げていた。まだあまり有名でなかったそのアイドルと写真家は、後に名を挙げることになる。その才能に、性欲に素直である彼らはすでに気づいていたことになるのだが、尤も、彼らにとっては若い美人が水着で微笑んでいればそれだけでいいということかもしれなかった。

 

「どうなってんだ、本当に俺達と同じ生物なのか?」

「遺伝子的にはそうなんだろう」

「信じられねえよ」

「十九歳なんだろ? まだ」

「俺達と三つしか違わねえのかよ」

「まじかよ」

 

 集まっていたうちの一人が、まだ生徒のまばらな教室の中をぐるりと見回して、そこにいた女子達をひと目見てから続ける。

 

「あいつらがああなるのかよ」

「流石に失礼」

「求めるな、求めてやるなよ」

 

「お前ら! しっかり聞こえてるからな!」

 

 どうやらそのうちの一人の女子は彼らの台詞とその行動と思考をうまく合致させることが出来たようで、険しい顔で彼らを叱責した。

 だが、それは本気の憤りではなかった。もう二年の付き合いだ、少なくとも彼女は彼らの『ノリ』を理解していたし、その言葉に本気でショックを受ける理由もない、そりゃあ好きな男にそう言われれば凹みもするだろうが、ただのクラスメイトにそう言われたところで、バカがなにか言っていると割り切れるものだ。

 

 市立丁洲(ていす)高校。特別優秀でも特別荒れているわけでもないその高校の朝は、試験日当日でもなければだいたいそんな感じだった。

 

 彼らを叱責した女子学生は更に続ける。

 

「風紀委員が来る前に片しとけよ非モテ共!」

「非モテちゃうわ!」

「そうだそうだ! カワリューはモテてるだろ!!!」

「俺の名前を出すなよ!」

「モテてんのカワリューだけだろ! 私はお前らの話をしてんだよ!」

「だから俺はモテてねえよ!」

「それはない」

「それはない」

「それはない」

「何を根拠に」

「可愛い幼馴染がいる時点で有罪」

 

 彼らはもう少しその問答を続けようとしていたが、突如大声で差し込まれた「あなた達!」という声にそれはかき消された。

 その声に目を向ければ、目の前にはそのクラスの風紀委員を努める女子学生、彼女は彼らが見ているものをすでに視界に捉え、それが持つ概念も理解しているようだった。なぜそう言えるか、それは彼女が顔を真っ赤に茹だらせているからだ。

 

「学業に関係のないものは持ち込み禁止です!」

「保健体育に関係してるだろうが!」

「そうだそうだ!」

「図解だ!」

「純文学だ!」

「馬鹿なこと言うんじゃありません!」

 

 問答無用! と、写真集を奪い去ろうとした女学生に、先程までからかわれていた河流(かわりゅう)がそれを指差して問う。

 

「じゃあそれ読めよ」

「は?」

「本当に学業に関係ないのかどうかちゃんと読んで確かめろよ」

 

 無茶苦茶な理屈ではあるが、恐ろしいことに瞬間的に否定する事は難しい屁理屈であった。

 風紀委員は真っ赤であった顔をさらに真っ赤にしてワナワナと震える。

 

「と、とにかくこれは放課後まで預からせていただきます!」

 

 彼女はそれをかばんの中に滑り込ませ、教室から去った。恐らく生徒会室かどこかにそれを隠しに行くのだろう。

 

「読むな」

「あれは読む」

「読まぬ訳がない」

「まーでも仕方ないわな」

 

 清雅は一つ首をひねって続ける。

 

「どー考えても学業にカンケーないしな」

「たしかにな―」

「でもあの子もちょっと潔癖すぎるよね」

 

 いつも間にか清雅のグループに紛れ込んでいた女生徒が他人事のように言った。

 

「別に今更水着だ何だでキャッキャするような年齢でもないっしょあたしら」

 

 何気なく言ったその言葉に、男たちはわかりやすくうなだれる。

 

「その言葉は俺達に刺さるんだよなあ」

「ついさっきまで水着でキャッキャしてたんだよなあ」

「俺達には水着でも刺激が強いんだよなあ」

「もう俺達の希望はカワリューしかいないんだ」

「だからなんで俺なんだよ」

「いやカワリューがモテたところでお前らの手柄にはなんね―から」

 

 先程から名指しされてばかりの清雅もそれに続ける。

 

「いや俺に出来るならお前らにも出来るだろうよ」

「流石幼馴染がいらっしゃる男は言うことが違う」

「そうなら苦労してねえよ」

「出会いに行く服がねえよ」

 

 わかりやすく項垂れる彼らに、清雅は一つ息をついて続ける。

 

「しかたねーなお前ら。もし俺が女になったらな……お前らにガンガンやらせてやるよ!!!」

 

 そのバカ丸出しの提案に、しかし男たちはうおおおおおおと盛り上がる。

 

「流石カワリューだ! 俺達の救世主だ!」

「お前についてきてよかった!」

「持つべきものは友だ!」

 

 欠片の生産性もない、ありえもしない想定が前提のバカ話だ。

 当然誰もそれを真面目には受け取らず、女生徒はわかりやすく呆れた表情だ。

 ホームルーム開始三十分前はそんな時間。未来ある少年たちが馬鹿をする権利を持つ時間。

 

 その中心にいる男子学生、河流清雅(かわりゅうせいが)はまだ知らない。

 七日後、何の予告もなく自身が女になることを。




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TSまであと六日

 丁洲高校は、最寄りの駅『丁洲』から徒歩十分の良物件だ。部活が強くもなければ、県内トップクラスに賢いというわけでもないその高校が未だに人気であるのもそのような立地が関係している。

 故に、当然ながら多くの学生は電車を利用することになる。

 清雅もその例には漏れなかった。

 地元の駅から乗り換え無しで駅三つ、時間にして大体十五分程度の乗車時間は、世間一般の学生と比べれば恵まれている方だろう。

 

「おう、おはよーさん」

 

 ホームへと続く階段を降りてその裏。『魔法使いが住んでたところ』と彼らだけが呼ぶそこは、『丁洲』の改札から遠からず近からずの場所で扉が開く丁度いい場所であった。

 

 清雅よりも先にそこにいた同じ制服の学生は、挨拶に目を細めた笑みを浮かべて応えた。その微笑み自体は彼がまだ物心付く前から変わらぬものだが、はるか遠くからでも見分けることの出来るその長身には似合わぬものだった。

 

「おはよー」

 

 その少年、山上中(やまがみあたる)は、やはりその長身に似合わぬ間の抜けた挨拶をした。

 長身だけではない、彼のY軸にばかり気を取られてどう考えても同世代よりも広いX軸や分厚いZ軸を見逃すのは素人だ。しかしやはり、それらに目をやっても彼の間の抜けた挨拶が不相応であるという評価に変化はないだろう。

 だが、清雅はそれを特に訝しむことはなかった。

 彼にしてみれば、山上がでかいのなんて今に始まったことではない、それこそ中学校に入学したあたりから顕著であったし、成長率という観点から言えば、その頃のほうが圧倒的であった、田舎に帰る為に一週間ほど顔を合わせなかっただけでも彼の成長を感じることができたのだ。

 微笑みにしても、彼はそれを不思議に思わない、それこそ山上のキャラクターなどまだお互いの背丈が同じくらいであった頃から変わっていはない、それに関しては、清雅は感覚が麻痺していた。

 

 だいたい分かるように、彼らは幼馴染であった。

 

 そして、清雅の幼馴染はもう一人。

 

「おはよー」

 

 ポン、と、彼の背中を叩いたのは、彼より少し背の低い女子高生だった。後ろで一つにまとめられたポニーテールに、使い込まれて少しテカりが落ち着いている肩がけのエナメルバッグが、彼女の属性というものをわかりやすく表現している。

 

「おー」と、清雅はちらりと彼女を見やっていった。小学校の頃からほとんど毎朝かわしてきた挨拶である。今更なにか特別なものはない。

 彼の幼馴染である伊武香織(いぶかおり)も、今更そのそっけない挨拶に機嫌を損ねることはなかった。むしろ突然馴れ馴れしく挨拶されたほうが戸惑うというもの。

 皆それぞれが成長はしつつも、毎日毎日顔を合わせていた彼らにとってそれはあまり新鮮な変化ではなかった。

 

「お前ら英語の課題やったか?」

「やったよ、今回難しくなかった?」

「難しかったよね」

 

 そんな会話をしながら、彼らは目的の電車が来るのを待った。

 

 

 

 

 

 

『丁洲』の改札を抜ければ、そこからは一気に『丁洲高校』を意識せざるを得ない光景となる。

 学生ばかりというわけではないが、それでも他の駅と比べれば学生の数が多いだろう。決して栄えている駅ではないが、それでも駅前には本屋やカラオケやなど、明らかに学生を意識した施設が並ぶ。

 

 高校に続く道を歩きながら、彼らは他愛のない話を続けていた。

 

「レギュラー入れそうなん?」

「うん、まだわからないけど」

「伊武さんいつも遅くまで練習してたもんね」

「いやいや、人数少ないからだから」

 

 だが、それに割って入る声がある。

 

「伊~武!」

 

 そう言いながら伊武の背中を叩いたのは、彼女と同じようにエナメルバッグを下げた女子達であった。

 彼女らは丁洲高校の女子バスケット部員、伊武のチームメイトであった。 

 

「じゃあ、またね」

 

 彼女は一つ挨拶してからそのグループに混じっていった。先程まで歩幅が同じであったはずなのに、彼女らのペースに合わせて段々と清雅たちから遅れていく。

 

 しかし、山上も清雅もそれを特に妙なことだとは思わなかった。いくら幼馴染だと行ったって、これまでもこれからもずーっとこの三人だけの関係であるはずがない。

 伊武には伊武の付き合いがあるだろうし、自分達には自分達の付き合いがある。女子は女子と話したいことだってあるだろう、いや、そもそも女子は女子と話す、男子は男子と話す。小学校の高学年の頃から、本来ならばそんな感じだっただろう。

 むしろ、この関係はよく続いている方だ、と彼は思っていた。

 



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TSまであと五日

 ホームルーム前。

 トイレから戻ってきた清雅は、女子達が少しざわついていることに気づいた。

 

「なんかあったん?」

 

 彼は一先ず仲の良い女子にその理由を問うてみた。

 彼女はわかりやすく苛立ちながらもそれに答える。パット見短絡そうであるが、無関係の人間に怒りを巻き散らかさない分別はしっかりとしている人間だった。

 

「なんかさ―、トイレで顔いじってるのバレたやつがいたらしくて、ホームルームで持ち物検査されるって噂なんだよね」

「化粧?」

「そう、メイク」

「持ってんの?」

「今どき持ってない女なんていねーわ」

「没収?」

「たぶんね」

 

 彼女は頭を抱えた。

 

「マジ勘弁だわ、今日彼氏と会うのにさあ」

「化粧しないと駄目なん?」

「駄目に決まってるわ、彼氏には全力の姿で会いたいに決まってるじゃん」

 

 清雅は少しだけ首をひねって考えてから提案する。

 

「部室棟に隠すのは?」

「無理、鍵が手に入んない」

「花壇に隠すとか」

「いやー、取られるのが怖いわ」

 

 彼は更に考えながら周りの男子たちに目配せする。

 しかし、彼らもいい考えは浮かばないようで、両手を上げながら首を振った。

 ホームルームが始まるまであと十分と少ししか無い。

 彼は天を仰いだ。尤も、その持ち物検査で彼が損することは何一つ無いのだが。

 そして、その教室でどれだけ天を仰ごうと、そこに見えるのは天井のみだ。乱雑な模様のそれが無機質に見える。

 だが、彼はそこに一つ小さな扉があることに気づいた。

 

「あそこに隠しちゃいば良いんじゃね?」

 

 彼女はすぐにそこを見た。

 

「あれ開くん?」

「いやわからんけど、登ってみようか」

 

 それを聞いていた男子たちはすぐさまに机を四つほど並べてその上に椅子を置いた。馬鹿なことをしたい時の男子たちの連携力というのは恐ろしいものがある。

 

「支えといてくれよ、フリじゃないからな」

 

 恐る恐るそこに立って扉についているレバーを引くと、割とあっさりとそれが開いた。

 

「ぶふぇっ!!!」

 

 そこからこぼれ落ちてきたホコリがすべて清雅の顔に直撃する。

 彼は息を吹きながらそれをなんとか払って、その中を覗いた。

 何もない、ただただ暗闇と積み重なったホコリがあるだけだった。

 

「行けそうだな」と、彼は一先ず椅子から降りながら言う。

 

「じゃあ、俺のジャージ入れに入れてやるよ」

「マジか!?」

 

 女生徒はバネ細工のように跳ね上がって彼に言った。

 

「助かる!」

「でももしバレたら一網打尽にされるからそのつもりでな」

「いいよ、いい、その時はその時だ」

 

 気づけば、他の女子達も一様に立ち上がって彼を見ていた。

 

「他のクラスにも教えてくるね!」

 

 一人の女生徒はそう言いながら持っていた化粧品を別の生徒に託して教室を飛び出した。

 

「じゃあこれに」

 

 そう言って清雅が差し出した布袋の中に、彼女らはあれよあれよと持っていた小物を放り込んだ。

 気づけばそれはパンパンに膨らんで、もう少しでも何かが入ればはちきれんばかりになっていた。

 

「乱暴にしたら駄目だよ」と、女生徒が言う。

 

「ジャージが粉まみれになる」

「それは嫌だなあ」

 

 彼はゆっくりとそれを天井裏に放り込むと、扉を締めた。

 ちょうどその時、ホームルーム開始のベルが鳴る。

 

「ヤバいヤバい!」

 

 彼らの担任は熱心な方ではないが、ごくごくたまに五分前入室を果たすことがある。

 せっかくいい場所に隠しても、この現場を押さえられてしまったら現行犯逮捕だ。

 

 結局、その日の担任はホームルームの開始ギリギリに登場したため、現場を押さえられることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休憩。

 教師が教室を後にしてしまえば、再びその教室の支配権は生徒たちに移る。

 

「じゃあ、取るか」

 

 再び机に椅子を重ねてその扉を開いた清雅は、やはりギチギチに膨らんだそれを丁寧におろした。

 

「うっわーホコリがすげーなこりゃ」

 

 ジャージを入れる袋は、見るも無残にホコリまみれになっていた。だがまあ、それは洗えばいい。

 

 彼がそれを開けば、途端に女子達がそれに群がった。

 

「いやー、助かったわ」

 

 女生徒は清雅の肩を叩きながら言った。

 

 彼女らの予想通り、ホームルームでは『抜き打ち』の持ち物検査が行われた。

 当然、女生徒達の持ち物が没収されることはなく、利害の一致している女生徒達は互いを裏切ることもなかった。

 尤も、担任は彼らが結託してそれらを闇に葬ったことの想像はできていたようで「まーやるならばれないようにやれよ」とダルそうに言った言葉が彼の本音だったのだろう。

 とにかく、女生徒達のバイト代は、没収されずにすんだのである。

 

「別に先生も本気じゃなかったじゃん」

「それでもやっぱ見つかったら没収しないといけなかっただろうし、隠すのは正解だったよ」

 

 ふーん、と、彼はすべてのブツが取り出されたジャージ入れを二、三度叩いて、不意にその中の香りを嗅いでみた。

 花の香りと、なんだか粉っぽい匂い。いくつものそれらが混じり合っていたので、彼が思っていたほどいい香りではなかった。

 

「こういうのってみんな持ってるもんなの?」

「そりゃ大なり小なり持ってるよ。私にみたいに目をいじるまではいかなくても、色つきリップやちょっといい日焼け止めくらいなら持ってないほうがおかしいって」

 

 ふーん、と鼻を鳴らした清雅に、女生徒は「はは~ん」とニヤけて肩に手を回した。

 

「お前の幼馴染のあの子だって持ってるよ」

 

 清雅に幼馴染の異性がいることは、彼のクラスメイトの間ではすでに有名な事実であった。その生徒も、駅で彼と歩く女生徒を見たことがあった。

 

「……そういうことじゃねえよ」

「まあまあ、そういうことにしといてやるよ」

 

 少し不満げな清雅の背中がバンバンと叩かれた。



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TSまであと四日

 放課後、学生達は解き放たれる。

 

 丁洲高校は部活動を義務とはしていない。だから部活をしたければ何らかの部に入ればいいし、帰りたければ帰ればいい、勉強したければ……そもそも勉強することを誰が否定するだろうか。

 

 だが、実際のところはよっぽど家で行う趣味に熱心でない限りは、部活動かもしくは委員会に所属することになるだろう。学生というものは、得てして暇だが金が無い。

 バスケット部の伊武、柔道部の山上と同じように、清雅も部活に所属していた。ボードゲーム愛好会である。

 

 

 

 

 

 

 校舎四階にある多目的教室は、週に一度だけ賭博場になる。

 当然、金銭はかけない。だが、彼らは一様にしてプライドをかけあっているのである。

 

「ポン!」

 

 清雅は教室に響き渡るような声を上げて、河から牌を拾い上げた。

 これで彼の狙った牌は大体揃った。後はいずれ溢れるであろう字牌で待つのみ。

 しかし、今持っている字牌のどちらで待つべきか。

 本来であれば牌を鳴いてから捨て牌を選ぶのはマナー違反であったが、気の知った部員たちは清雅の長考を咎めない、こんな部活程度のことでいちいち目くじら立てて何になるというのか。

 

「頼む!」と言いながら、彼は牌を叩きつけるように切った。

 だが、名残惜しいのかそれとも怖いのか、彼はなかなかそれを見せない。大分マナーの悪い行為だ。

 やがて、決意したかのように指を離す。

 

「それ、ロン」

 

 清雅が手を離した瞬間に、対面の男が嬉しげにそう言った。

 

「三暗刻トイトイ、満貫ね」

「なんでだよ~」

 

 慣れた手つきで倒される牌に、清雅は悲鳴を上げる。

 逆転を狙った危険な賭けは、見事に失敗に終わったようである。

 それどころか、先程まで悩んでいたどちらの牌を切っても上がられていたという有様だ。

 

「なんでそんな事があるんだよ!」

「ふふーん、麻雀ってのは結果がすべてなんだよ」

 

 対面の男は勝ち誇ったように紙袋の中から駄菓子を取り出してパクついた。有志のカンパによって安価な菓子の詰まったそれは、ゲームの種類に関わらず勝った人間のみが食べていい決まりだ。尤も、ゲームが終われば談笑しながらぱくついても誰も怒りはしないが、こういうのはいかにして勝ち取るかというところが重要なのである。

 

「いやあ、これじゃ痩せるのは夢のまた夢だなあ」

 

 対面の男は出っ張った腹を擦りながら煽るように言った。

 彼は斎藤勝(さいとうまさる)、清雅と同じ二年生だが、このボードゲーム愛好会の、否、恐らくはこの高校の教師を含める最強の存在であった。

 強いのは麻雀だけではない、入学一年と弱にしてこの学校の猛者すべてをそれぞれの得意ゲームで粉砕したのはすでに伝説である。

 むしろ麻雀は運の要素があるだけにその男に一撃入れることの出来る可能性が高いゲームである。だが、当然そんな事は斎藤も理解しているので話がややこしい。

 

「運が向いていないときには運が向いていないなりの戦いをするのが麻雀ってもんなんだよ」

 

 彼はアルコールティッシュで丁寧に手を拭きながら言った。

 

「カワリューはちょっと焦りすぎてるんだよなあ」

「だって上がらねえと勝てねえじゃん」

「いやあ、そんなのは相手が接待してくれるコンピューターだけの話だよ」

 

 彼は慣れた手つきで牌を混ぜくりながら続ける。

 

「対人ゲームというのは自分も相手も勝とうとしていることを忘れちゃ駄目なんだよなあ、完全に実力しか関係のないゲームならともかく、麻雀みたいな運要素の強いゲームだとどうしてもうまくいかない時が来る。そもそもが四人のうち一人しか上がれないゲームだよ。今は三人だけど。ねえ、部長」

 

 彼は卓を囲んでいたもう一人に向かって言った。一応ボードゲーム愛好会の部長という役職であったその痩せぎすの男は、青白い顔に笑顔を作りながら答える。

 

「ゲームは楽しむことが大事、カワリューくんが楽しいならそれでいいんだよ」

 

 三年生らしい達観した答えであった。

 だが、そもそも現状が楽しいのならば清雅は声を荒らげないわけで。

 

「よーしわかった!」

 

 彼はそう言って立ち上がると、制服を脱ぎ捨ててカッターシャツ姿となる。

 

「背水の陣だ!」

 

 どかりと座り込んで牌を混ぜる清雅に、部長と斎藤は目を丸くした。

 

「カワリューくん、まさかとは思うけど」

「そのまさかですよ! 負けるたびに一枚脱ぐ!」

「馬鹿だなあ」

 

 牌を積んだ清雅は、部長に目配せしながら言う。

 

「部長! 俺のストリップ見たくなかったら、牌を鳴かせてください!」

「そういうこと!?」

 

 牌を自由になければ当然上がるスピードは早くなる、当然ルール違反だ。

 あまりにも堂々としたイカサマ宣言だったが、斎藤は笑ってそれを流す。

 

「サンマ――三人麻雀の意――でそんな事やってもあまり意味ないと思うけどね」

「うるさい! 俺は今日こそ『おいしい棒』を堪能するんだ!」

 

 彼は勢いよくサイコロを振った。

 

 

 

 

 一時間後、そろそろ終わっとけよと多目的教室を訪れた顧問が見たのは、自暴自棄になりながらパンツに手をかけている清雅と、なんとかそれを止めようとしている二人だった。

 



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TSまであと三日

500UAありがとうございます
こんなに読んでいただけると思っていなかったので嬉しいです


 その日、清雅は遅くまで学校に残っていた。

 

 ボードゲームに勤しんでいたわけではない。ただ、少しばかり厄介な宿題が出されたものだから、図書室に残ってそれを片付けていた。家に帰って一人でやるよりも、そのほうがより効率的だ、わからないことがあれば誰かに聞けばいいし、暇を持て余せば本でも読めばいい。

 いつも馬鹿話をしながら下校する友人たちもすでにいなかった。仕方がないから一人で帰るかと、彼は終わった宿題をまとめながら思った。

 

 

 

 

 

 

「セイちゃん!」

 

 下駄箱で靴を履き替えようとしていた彼に声をかけたのは、幼馴染の伊武だった。

 制服を着込んだ彼とは違い、彼女はジャージにエナメルバッグという出で立ちで、如何にも部活終わりといった風だ。

 

「一緒に帰ろ」

「おう」

 

 帰りは同じ方向だ、同じ駅で降りるし、同じ三丁目に家がある。よほどひどい喧嘩をしていなければ、それを断る理由はないだろう。

 尤も、登校と違って下校を共にすることはめっきり少なくなっていた。仕方のないことだ、清雅は週に一度しか活動しないボードゲーム愛好会であったし、彼女は女子バスケットボール部、下校時間は噛み合わない。

 それに、お互いに学校での付き合いというものもある、彼には彼の友人がいたし、彼女には彼女の友人があった。

 

 

 

 

 

 アスファルトで固められた地面に、統一性のない家々が連続し、道を照らす外灯だけは嫌に明るい。

 マイホームを買うには丁度いいかもしれないが、決してそこから流行は始まらない、彼らの町というのは『田舎』と言われてイメージされる田園風景とはまた別の『田舎』であった。

 

 徒歩の清雅に、伊武は自転車を押していた。このような田舎町で心痛む事件は聞いたことがなかったが、それでも、日が暮れるまで部活に勤しむ女学生に徒歩は不安だというのが親心だ。

 だが、彼女にとって清雅は当然警戒すべき男ではなかったし、もう少し歩幅を合わせて歩きたい人間であった。

 

「セイちゃんはさ」

 

『丁洲』駅から駅三つ。あまり人の降りないその駅からの帰路を歩きながら、不意に伊武が言った。

 

「もうバスケやらないの?」

 

 その質問は、彼女が清雅の幼馴染であるからこその質問であった。

 彼女は、中学校で熱心にバスケットに勤しんでいた彼を知っている。それに、彼らのチームは地区でも強かったほうで、県大会でも上位に進出したのだ。そのチームのレギュラーメンバーであった彼が高校でそれを続けていないのは、彼女からすれば不思議であった。

 尤も、その質問はこのときが最初では無かった。その疑問は一年目に彼がバスケットボール部に現れなかったときからずっと思っていたことだし、そのような問いかけもやんわりとだが何度もしてきた。ただ、そのたびに清雅がはっきりとした解答をしなかっただけ。

 だが、この話題についてこれほどにまで直接的に問うたのは初めてのことだった。

 

「やらないかな」と、彼は答える。

 

「なんで? セイちゃんうまかったじゃん」

「そうでもねーよ。別にチームで一番上手かったわけじゃねえし、推薦の話だって無かったしな」

 

 彼のチームからは、数人がスポーツ強豪から推薦選手として誘われていた。

 

「それに」と、言って続ける。

 

「もう相手を見上げてばかりになるのは疲れたんだよ」

 

 それは技術ではどうにもならないことであった。

 百七十センチと少しである彼は、極端に背の低い方ではない。だが、バスケットというスポーツでもそうかと言われれば決してそうではない。彼らのチームが強豪になればなるほど、彼は相手を見上げることが多くなっていった。

 

「そっか」と、伊武は少し俯きながらそれに返した。

 

 推薦で選ばれた二人も、清雅よりも身長が高かった事を思いだす。どうしようもないことなのだ、そればかりは。

 

「別にそれで凹んだりしてるわけじゃねえよ」

 

 彼は手を振りながら続ける。

 

「バスケが嫌いになったわけでもねえし、ただ、気分にならなかったってだけで」

「それなら良いけどさあ。私としては、セイちゃんがバスケやってるところもう少し見たかったかなあ」

 

 そんな事を話しながら、彼らはもう少し歩いた。

 

 

 

 

 小さな神社を、彼らは左に曲がった。

 清雅の家とは反対方向だ、だが、彼にも女を一人で歩かせるのはマズイという常識はあった。

 

「今度の日曜さ」と、伊武が切り出す。

 

「一緒に映画見に行かない?」

 

 唐突な提案であったし、清雅はそれが意外でもあった。伊武は映画館に足繁く通うというタイプではなかったから。

 

「映画?」

「うん、見たいのがあるんだけど、一人で行くのはちょっと寂しくて」

「へえ」

 

 相槌の後に彼女が言ったその映画のタイトルに、彼はピンとこなかった。知らない映画だ、尤も、彼も映画館に足繁く通うタイプではないのでわからないで当然なのだが。

 清雅はその言葉について深く考えはしなかった。

 例えばバスケ部の連中といかないのはなんで? とか、そういう疑問点をあげようとすれば出来る質問であった。

 だが、彼はそこまで考えなかった。そうしてまで彼女を警戒する理由が、彼には何一つ存在はしていなかったから。

 

「いいよ」と、彼は答えた。

 

「ほんと! やった!」

 

 小さく叫んで喜ぶ彼女を彼は不思議に思った。断られると思っていたのだろうか、そんなことはないのに。

 

「それじゃあ、また連絡するね!」

 

 ちょうどついた彼女の家の前で、彼らは解散した。



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TSまであと二日

 休日の朝、高校生にしては珍しく、清雅は早くに起床した。

 階段を降りてリビングに向かえば、すでに彼の母が食卓に立っている。

 

「おはよう」

「おはよー」

 

 親子間の何気ない挨拶を交わした後に、彼は身支度を整えるために洗面台へと向かった。

 

 

 

 

「今日は昼過ぎに帰るよ」

 

 焼いたトーストに雑にマーガリンを塗りながら清雅が母に言った。

 

「そう、私達もそのくらいまで買い物してるかも。鍵かかってたらごめんね」

「いいよ全然」

 

 彼がトーストを口にしようとした時、よく響く唸り声と共にもう一人リビングに登場する。

 

「う”~。お”はよ~」

「おはよーさん」

「おはよう」

 

 クッタクタのパジャマに身を包んでいるのは、清雅の姉であった。普段は一人暮らしだが、たまに週末を実家で過ごす。

 彼の家族は四人、父と母と姉と、そして清雅だ。

 尤も、姉はすでに一人暮らしで、父は物心ついた頃から単身赴任で家にはいない。今では普段家にいるのは清雅と母親だけだ。だが、別に父以外がそれを特別不満に思うことは無かったのだが。

 

「買い物行くの?」

「そう……お母さんと服見に行くんだ」

「へー」

「あんたは釣り?」

「そう」

「今日は期待できるの?」

「いつも期待してよ」

「無理よ、あんたボウズばっかじゃん」

「そんなことはねえって、四人分釣れないだけだよ」

「四人で行ってるんだから四人分くらい釣りなさいよ」

 

 ふああ、と隠しもしない大あくびをしてから、彼女も洗面台に消える。

 あれで世の中じゃ美人で通ってるらしいのだから世の中ってのはちょろいんだなと清雅はいつも思う。

 

 

 

 

 

 

 集合場所である道路沿いの公園には、すでにクーラーボックスに座る山上の姿があった。

 クーラーボックスに座り込むのは別に変なことではなかったが、かなりの長身である彼がそうしてしまえば、いくら多少は頑丈に作られているとはいえクーラーボックスが悲鳴を上げているように見える。

 

「おはよー」

「おう、おはよう」

 

 同じくクーラーボックスを地面に置きながら、清雅はそれに座り込む。

 彼らはふたりともボロボロのジャージを着ていた。釣りには『どうなってもいい服』で行くのが最低限の自衛だ。

 

「氷持ってきた?」

「おう、今日はバッチリ」

 

 クーラーボックスには氷が必要不可欠だ。しかし、清雅はたまにそれを忘れることがある。

 彼らはもう少しなにか話を続けようとしたが、その時、一台の車が彼らの前に止まった。

 ボロボロの車だった。ボディにはいくつもの白い線が入り、ドアの一部にはガムテープが貼られている。ボンネットにはいびつな若葉マークが貼り付けられ、なんとかそれを剥がそうとした跡が見えた。

 

「おはよーさん」

 

 何故かドアを開けながら助手席の男が言った。金髪にピアスを開けたその男は、あまりその車にふさわしくはなかった。

 

「ついに窓も開かなくなったの?」と、清雅はそれを指差しながら言った。

 

「そうだよ」と、今度は運転席の男がため息を付きながら答える。助手席の男と違って彼は平々凡々な見た目の、悪く言えばこんな車に乗っていてもおかしくなさそうな男だった。

 

「まあでも、まだ特に困ってないから」

「今まさに俺が困ってるんだが」

 

 金髪の男が呆れたように言った。

 清雅達はそのようなやり取りを無視してトランクに荷物を積み込む、外面と違って中はそれなりに整理されていた。

 

「マサ兄はそういう所あるよね」

 

 まるで自分の車であるかのように後部座席に乗り込みながら、清雅が運転席の男に向かって言った。

 彼は内海勝(うつみまさる)、同じ町内に住む大学生であり、兄貴分として清雅達との付き合いは古い。

 

「そうは言っても、大学生が気楽に車を変えることが出来るわけないんだから我慢してくれよ」

「だから俺が親父の車借りるって言ってんじゃんいつも」

 

 金髪の男がようやく扉を締めながら言う。彼は鴻上光瑠(こうがみこうる)、内海の友人である。

 

「いやあの車にクーラーボックスは駄目だろ」

 

 よろしくおねがいします。と一つ挨拶してから山上が乗り込んだのを確認してから、内海はエンジンをかける。

 気の毒そうなエンジン音が車内に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 待ち合わせ場所であった公園から気の毒な車で十分程行ったところに、その釣りスポットはあった。

 夏場は海水浴場として開放されているその公園は、それ以外の時期では釣り場として開放されている。

 良質な釣り場だった。遠浅の砂浜であり、波止には手すりもついておりうっかり落下するリスクもない。

 釣り竿を放置しながら駄弁るのに最適な場所であった。

 

「お前らもそろそろ彼女の一人や二人出来たろ?」

 

 鴻上はその話題を放り投げるように言った。

 それでもその視線は手すりに立てかけられた竿先に釘付けであった。見た目とは反面に、鴻上は釣りというものに彼らの中で最も熱心であった。

 

「出来てね―よ」と、清雅は組み立て式の椅子に思い切り背もたれながら答えた。釣りは好きだが、放置されている竿を凝視するほどではない。

 

「俺も出来てないっす」

 

 山上も同じく答える。それなりに誰もが使えるように作られているであろうその椅子が、彼には窮屈そうだった。

 

「俺にだっていね―よ」

 

 すべての仕掛けを投げ終わった内海が椅子に座り込みながら答える。最もキャリアが長いだけあって、彼は仕掛けを遠くまで飛ばすことに慣れていた。

 

「ありえねーわ。内海はそれでもいいけどさ」と、鴻上が金髪をかきあげながらため息をつく。

 

「そんな事言ったってさ、コールさんにだっていないだろ」

「は? 俺はいるし」

「嘘だ、だって先週も今週も土曜は俺達といたじゃん」

「はー、お前はガキだなあ。女と会うのは夜と朝! 昼は男と遊ぶもんなんだよ」

 

 鴻上のその言葉は強がりではなかった。彼はその件に関しては見た目通りの上級者であり、むしろそれが『普通』のことだとすら捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば」

 

 大きくしなった竿先が、何かに食いつかれたからなのか、それとも波によるものなのかを大学生二人が確かめに行った時に、清雅は不意にそれを思い出した。

 

「ヤマちゃんさあ、明日暇?」

「明日? まあ何もないと言えばなにもないけど」

 

 不思議そうに首をひねりながら答えた山上に彼は続ける。

 

「映画いかね?」

「映画?」

 

 山上はそれを不思議に思った。その娯楽が彼の口から出てくることは珍しい。

 

「そう、なんか伊武が一緒に行こうって言ってきたからさあ、良かったらお前もどうかなって」

「ああー」

 

 山上はその言葉にでかい体を縮こませるようにしながら唸った。そして、しばらく黙り込む。

 清雅にはその理由がわからなかった。

 やがて彼はもう一つ唸ってからそれに答える。

 

「それは駄目だよ」

「駄目?」

「うん、それは良くない」

 

 小さく首を振る彼の感情を彼はイマイチ理解することが出来なかった。

 だが、それに強烈に感銘を受けた男が一人。

 

「よく言った!!!」

 

 いつの間にかその場に戻ってきていた鴻上は、山上の言葉にいたく感動していた。魅力的な竿のしなりが結局波によるものだったことの落ち込みなんて一瞬で吹き飛んだのだ。

 

「お前は偉い! 偉いぞ! 俺は感動した!」

 

 彼は山上の背中をバシバシと叩く。大分力に遠慮が無いように思えたが、赤くなりながら小さくなっている彼はそれを止めない。

 

「明日は俺達と焼き肉食いに行こうな! 俺が奢ってやるから遠慮せずに食えよ!」



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TSまであと一日

「おはよ」

「……おう」

 

 待ち合わせ場所であった地元駅で伊武が挨拶してきた時、清雅は、一瞬それが本当に伊武であるのかという確信を持てなかった。

 いつもは後ろでまとめられていた髪が下ろされていたというのは大きな理由の一つではあろうが、それが全てではない。

 彼女が来ていた服が、持っていた小物が、いつもより少しだけ白く見える肌が、いつも朝会う彼女とは違っていたものだから、彼は一瞬戸惑ってしまったのだ。

 

「……変かな?」

 

 口ごもった清雅の反応に、彼女は少し俯きながらそう言った。彼女だって馬鹿ではない、自らの変化に彼が少し戸惑ったのだろうということくらいは想像がつく、そりゃそうだ、その変化に気づいてほしいと誰よりも願っていたのが、彼女だったのだから。

 

「変ではねえよ」と、清雅はすぐに返した。

 

「ちょっと、ビックリしただけだ。その……いつもと違うから」

 

 彼の口から否定が出てこなかったことを、伊武は嬉しく思った。

 

「なんかゴメンな、俺いつもと一緒だから」

 

 伊武と違って、清雅はいつもの着慣れた外出用の服装であった。特別なものはなにもない、たとえ山上達と遊びに行くときにも同じような格好をしただろう。

 

「いいよ、セイちゃんはいつもどおりで」

 

 いつもかっこいいから、と続けようとしたその言葉を、彼女は寸前のところで飲み込んだ。ついうっかりそれを言ってしまえば、たちまち顔が茹で上がって映画どころではなくなっただろう。

 

「電車、そろそろ来ちゃうから」

 

 そう言って改札に向かった彼の右手を伊武は目で追ったが、結局、それを掴むことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンドロールが終わるのを待たずに、清雅と伊武は席を立った。

 それを咎めるものは当然おらず、むしろ彼らは他の客たちに比べればまだそこに残っていたほうですらあった。

 二人は何も言葉をかわさなかった。そのままホールの外まで出て、別の映画のポスターをちらりと見やった後に、自分達が見た映画を見るために並んでいるだろう群衆に複雑な想いを持つ。

 

「この後、なんか買うもんある?」

 

 ゆっくりと出口に向かいながら、清雅が彼女に問う。

 地元から最も近い『丁洲』にある映画館は、大型ショッピングモールと併設されていた。映画と買い物が人生最大の娯楽である人間がもしいるとすれば、天国のような環境だろう。

 

「ううん、何もない」

 

 伊武は消え入りそうなほどに小さな声で答えた。

 清雅はそれを確認しなかったが、彼女は悲しげな表情で、目には薄っすらと涙が張っている。まだその映画を見ていないものは「そんなに素晴らしい映画だったのか」と思うかもしれないが、決して映画の効用でそうなってわけではないことは、彼女が一番良く理解しているだろう。

 

「『コーヒー屋』行くか」

 

 清雅の提案に、伊武は顔を上げて「うん!」と明るく返事した。

 下ろした髪が揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『丁洲』駅近くには学生たちから『コーヒー屋』と呼ばれている喫茶店があった。

 中年の店主が営んでいるそこは、初めどうだったのかは知らないが、いつの間にか学生達の憩いの場所となっていた。彼がそれを良しとしているのかどうかはわからないが、コーヒーに山盛りのクッキーが付いてくる月末限定メニュー『お小遣い前セット』は、学生たちの心をつかんで離さない。

 全く客がいないというわけではないが、日曜の昼過ぎなだけあって、店内に学生の姿は無かった。

 

 笑顔が苦手なのだろう「いらっしゃい」と、店主の頑張った笑顔に出迎えられた彼らは、二人席で向かい合いながらまだ言葉をかわしてはいなかった。

 

『本日のおすすめコーヒー』にサービスとしてついてきたどこかのお土産のような菓子の包装を弄くりながら、彼はやはりまだ何も言わない。

 

 やがて、コーヒーカップの底に溶け切らなかった粉砂糖が溜まり始めようとしてたときに、清雅が口を開いた。

 

「あのさ」

「うん」

「すっごいつまんなくなかった?」

 

 その言葉に、伊武は目を見開き手を叩く。そして、少しばかり身を乗り出しながら答えた。

 

「それ!」

 

 彼女の表情はぱあっと明るくなっていた。

 お互いに切り出しにくい話題だった。

 清雅の方からすればそれこそが伊武の好みであったのではないかという疑念があったし、方や伊武の方は自らが誘ったという負い目があった。

 しかし、一度お互いの思考が同じであったとわかってしまえば、後は早い。

 

「あそこでくっつかないのありえないよな」

「ほんとにね、そのくせ終わりの方で急にくっつくし」

「主演もなあ、演技が棒だって俺にだってわかったぞ」

「ヒロインもひどかったよ、なんか終始浮ついてたし」

「全体的にストーリーも薄味だったよな」

「うん、ただの言い間違いをどれだけ引っ張るんだって思った」

 

 気がつけば、コーヒーにサービスでついてきた菓子の包装はとっくに剥かれている。

 他の客の対応をしながら、遠目から彼らを心配そうに眺めていた主人は、急にぱっと明るくなった彼らの雰囲気に胸をなでおろしていた。

 死ぬほどつまらなかった映画ですら、彼らにかかれば笑顔に変わるようだ。

 



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TSしたあと一日

性別変わります


 朝、清雅は尿意によって目覚めた。

 別に不思議なことではない、朝用を足すついでに目覚めるなんてほとんどの人間が経験していることだろう、それが起きるべき時間の少しだけ前ということもよくあること。

 

「ん?」とベッドから起き上がる時に戸惑いの声が漏れた。

 何が、とは言い切れないが、体のバランスがおかしくなっているような気がしたのだ。ほんの僅かであるが、重心が高くなったような。

 だが、それはそれ以上深く考えられることは無かった。寝起きだ、そのようなことはいくらでも起こり得るだろうし、もし仮に体調が悪いのだとしても、それは尿意解消への欲望を否定する要因にはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

「おはよう」

 

 キッチンで朝の準備をしていた母は、視界の端から投げかけられたその挨拶に反射で返しながら、やはり「ん?」首をひねってその方を見た、すでに息子は視界から消え、トイレの扉が閉まる音がする。

 いつも聞いていた声よりも、ほんの僅かだが声が高い気がした。風邪だろうか。

 だいぶ暖かくなってきたとは言え、やはりこの時期に釣りをしたのがまずかったのだろうか、朝ごはんにトマトでも追加するかと考えていた時、不意にトイレの方向から「うわああああああああ!!!!」と言う、やはり高い声が聞こえる。

 それに驚いて背筋を跳ね上げた母の心臓を考慮すること無く、今度はトイレのドアが勢いよく開け放される音。

 

「母さん! 母さん!!!」

 

 バタバタと床を踏み鳴らしながら、清雅が彼女の前に現れる。

 

「ヤバい! ヤバイよ!」

 

 ただならぬ様子だった。

 

「無い! 無いんだよ!」

 

 無いって何が、と、彼女が質問するよりも先に、清雅は下着ごと寝間着のズボンをずり下ろす。いつもはこんなに短絡的な解決法を取るタイプではないのだが、いかんせん混乱しすぎている。

 目の前に現れなかったものを見て、今度は母が叫ぶ番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突発性性転換症候群ですね」

 

 眼鏡の医者は、二人に向かってそう言った。

 あるはずのものがなく、まっ平らであるはずのところが膨らんでいることに混乱した河流親子は、すぐさまに行きつけの総合病院に車を飛ばした。

 対応した事務員や看護婦も訳がわからなかっただろう。不意に現れた親子が、息子が娘になったのだと慌てふためいていたのである。その親子も、対応した彼らも随分と戸惑ったはずだ。検査を受けている最中にも、その戸惑いは常にあった。

 故に、医者が特に戸惑うこともなくそう言ったことに、彼女らはやはり戸惑っていた。

 だが『突発的に性転換する症候群』だよと全面的に説明しているようなその病名に、彼女らは妙な納得を感じてもいた。今、清雅に起こっていることがまさにそれであるからだ。

 

「まず前提を確認したいのですが、お母様は、えー、この子が河流清雅君であることを……何と言えばいいんでしょうか、認めていますか? つまりですね……もし、もしですよ? 例えば本当の彼はまた別のところにいて、今ここにいる子は良く似た偽物であるとか……そういう事を考えていたりとかは」

 

 むちゃくちゃな理屈だったが、たしかにそうも考えられるよな、と、清雅は何故かその部分だけは落ち着いて考えた。

 

「ありえません」と、母は清雅の肩を持って言う。

「確かに今でも戸惑っていますが、この子は私の子です。間違いありません」

 

 母のその答えも、あながち狂信的というわけでも無かった。確かにあるべきものがなくないべきものがある状態であり、声も少しだけ高くなっているような気がしたが、それでも目鼻のパーツや表情は清雅のものであったし、何よりこの数時間の中で感じた雰囲気や言葉遣い、性格は、彼女が十六年と少し一緒に過ごしてきた息子であることの証明であった。そこは疑いようがない。

 

「良かったです」と、医者は微笑んで言った。

 

「未成年のTS患者であった場合、親御さんがそれを受け入れるのに時間がかかってしまうこともありますので」

 

 TS、というのがおそらくその病名の略称なのであろうことは、彼女らにもわかった。

 

「あの、そのTSと言うのは、そんなにありふれたモノなんですか?」

「いえ、極稀ですよ、この国でも症例として報告されているのは数件だけです。ですが特徴的な症状なので有名なんですよ。まだお子さんの遺伝子検査の結果は出ていませんが、私としても過去のカルテと現状の一致から息子さん本人で間違いないと考えています」

 

「ずっとこのままなんですか?」と清雅は問うた。本人としては当然の質問だった。

 

 医者はそれには難しい顔をする。

 

「世界的には性別が元に戻ったケースが数件だけ報告されてるんですが……基本的には戻らないものだと考えてもらったほうがいいと思いますね」

「そうか」

「あの、これってその……両親に問題があったりするんでしょうか……この子には姉がいて……」

 

 母親として悲観的な質問であったが、医者はそれに首を振った。

 

「前例が少なすぎる症状ですのではっきりと断言はできませんが、特定の家族や親類間で起こるということは、現段階では確認されていないようです。というより本当に突発的過ぎて原因を絞り込めていないといった感じです」

「別に母さんのせいじゃないんだからさ、そこは気にしないでよ」

 

 清雅は少し落ち込んでいた母に言った。たしかに自分に起こったことの戸惑いはまだあるが、それに関して母が心痛めている様子を見るのはそれはそれでつらい。それに、ここまで理解不能なことが自らの身体に起こっているのに、それに遺伝子が関係しているだなんてとても考えられないと、素人ながらになんとなく思っていた。

 

「これからどうすればいいんでしょうか」

 

 母の当然の疑問に、医者も首をひねりながら答える。

 

「そうですねえ……一応過去の事例ではこれをキッカケに一旦社会から離れると、復帰に時間がかかるケースが報告されています。一日でも早く社会に復帰することを前提に、今まで通りに生活するのか、それともまた別の土地で生きていくのか、というところになるんじゃないかと思います」

 

 そうですか、と、母は考え込んだ。

 別の土地で生きていこうと思えば、単身赴任している父の生活圏から高校に通うことも可能だろう。

 だが、清雅は「母さん」と言って続ける。

 

「俺、明日からまた学校行くよ。行ってから考えてみる」

 

 それは些か早すぎる結論のようにも思えたが、高校生らしい考えであった。

 今更新しい土地で暮らすよりも、やっぱり友人たちと一緒にいたい。

 

 母はやはりまだ難しい顔をしていた。だが、いずれ清雅の言うことに折れるだろう。

 

「清雅君」と、医者が身を乗り出して言う。

 

「なにかつらいことがあったら、遠慮なく私達に相談してくれ。私達としても全力で君をサポートするよ」

 

 まだ一ミリの先も見えない状態であったが、助けてくれると公言してくれている人間がいることは心強かった。



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TSしたあと二日

UA1000ありがとうございます


「おはよう」

「……おう」

 

 家の前で待っていた幼馴染二人に、清雅は少し戸惑いの表情をしながら挨拶した。薄いカバンを胸元で抱えている。

 だが、戸惑っているのは幼馴染二人も同じであった。否、幼馴染二人はそれに加えて心配の感情もある。

 そもそも昨日『魔法使いが住んでいたところ』に清雅が現れなかったときから心配であった、何の連絡もなしに彼が学校を休むだなんて、それこそ付き合ってからこれまであったことがなかったから。無遅刻無欠席虫歯なしというのが、河流清雅という男だった。

 そして、部活を終えて家に帰ってみたら、今度は『清雅が女になった』との連絡が来る。これも訳がわからない。何が何やらわからない。

 

「話聞いた?」

「聞いてる」

「俺も聞いてるよ」

「……そういうことだから」

「そういうことだから、と言われても」

 

 幼馴染二人からすればやはり訳がわからない。確かに声が僅かばかりに高い気がしないでもないが、そんなことで『女になった』なんて意見が通るはずもない。

 全く変化がないわけではないだろう、言われてみれば、なんとなーく全体的なフォルムが変わっているような気がしないでもない。だが、それも大したものではない。

 いつもどおりの顔にいつもどおりの制服、見た目はこれまでとなんにも変わっていないじゃないか。

 

 幼馴染二人のそのような空気感を感じ取ったのだろう。清雅は「手、出せ」と二人に言った。

 訳のわからないまま、二人は言われたとおりにそれぞれの利き手を差し出す。

 彼は片手でカバンを胸に抱えたまま、先ずは伊武の手を取り、そして、それをそのままカバンの裏に滑り込ませて胸に当てた。

 一瞬、伊武はなんでそんな事をするのか全く理解が出来なかった。胸に手を当てることに一体何の意味があるのか。

 ところが、である。

 その先にあった柔らかいものの感触に、とたんに彼女は混乱した。

 

「え? え? え?」

 

 しばらく手の先にあるものを弄って確かめるうちに、彼女は、もしかしてこれはとんでもなく卑猥なことをしているのではないかと気づき、かっ、と顔を赤らめながらその手を引いた。

 清雅は今度は山上の手を取った。目の前の光景に思考が停止してボーッとしていた彼は、体格的にはかなり劣る清雅になされるがままであった。

 そのままその手は、清雅の股間に持っていかれる。

 そこに無いはずの無いものが無い違和感のある感触に、思考停止していた彼もすぐさまに気づいて混乱しながら手を引っ込めた。

 

「は? え? なんで?」

 

 多少まどろっこしいパフォーマンスであったかもしれないが、それは二人に清雅の現状を伝えるのにこれ以上無いほどに効果的だった。

 

「そういうことだよ」

 

 再び両手をカバンを抱えることに戻した清雅の言葉に、二人はやはり戸惑いながらも頷いた。

 

「そういうことね」

「そういう、こと、なのか」

 

 清雅が『女になった』ということを、二人もなんとなく理解したようだった。

 

 

 

 

 

 

「今日はとりあえず学校に行くだけなんだ」

 

 やはり胸元をカバンで隠しながら、清雅は『丁洲』の改札を出た。

 制服を着れば女であることをごまかせると思っていたが、どうやら必要以上に大きくなってしまった胸がどうしても女であることを主張して男物の制服との釣り合いが取れなくなってしまうから、しかたなく隠している。

 

「とりあえずこの後どうするのかを先生たちと決めて、今日は帰る。母さんも後から車で来てくれる」

 

 昨日病院から帰ってきた後に学校側と色々な相談をした所、とりあえずはそのように落ち着いた。

 

「でもお前らには言っといたほうがいいかなって思ったから」

 

 うんうん、と二人は頷く。

 

「セイちゃんはどうするつもりなんだ?」

 

 山上の問いに、清雅は首をひねってから答える。

 

「俺としては今まで通り生活できればいいかなって思ってるんだけど……こればっかりは俺だけの問題にはならないだろうから」

「大丈夫だよ、何かあったら俺がなんとかする」

「そうよ、なにか困ったことがあったら何でも相談してね」

 

 間髪をいれずにそう返してくれた幼馴染二人に、やっぱり先に伝えておいてよかったなと清雅は思った。

 

「でも、良かったよね」と、伊武が続ける。

 

「セイちゃん顔悪くないし、肌も綺麗だからきっと女の子でも大丈夫だよ」

「そう、なのかなあ」

「元々女顔だってみんな言ってたしね。俺がなったら本当に大変なことになってたんだろうけどなー」

 

 失礼ながら、山上のその言葉には清雅も伊武も「たしかになあ」と思ってしまった。ほとんど小型の自動販売機のような体格で、顔もいかつい山上が女になった姿は残酷だが想像できない、性格的には女でもあまり問題がないのだろうが。

 

「髪だってサラサラだから伸ばしたらきっと映えるよ、背だって高いし」

「なんか、もう女として生きていくしかない感じになってるな……まあ確かに早く慣れたほうがいいんだけどな」

「でもさあ、こういうこと言ったら悪いかもしれないんだけど、女の子になった割には……まあ……その……一部分を除いては見た目の変化はなかったよね、それは俺としては良かったかな」

 

「確かに」と、伊武は手を叩いた。

 

「殆ど変わってないよね。私達に教えてくれた所以外でなにか変化ってあったの?」

 

 その質問に、清雅はうーんと唸り、それが言っていいものか悪いものなのかをしっかりと吟味して、まあいいかと答えた。

 

「体型が少し変わってるのと、あと……体毛が薄くなってる」

 

「いいなー!」と、伊武から今日イチの反応が帰ってきた。



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TSしたあと三日

 教壇の横に立つ清雅は、生徒達の視線が自らに集中しているその光景がむず痒かった。

 これまでずっと生活圏が変わること無く、転校生として注目されることはなかった。

 転校生ってこんな気持ちだったんだろうな、と彼女は思っていた。

 

「と、言うわけで、河流は『突発性性転換症候群』という難病により、性別が変化したということらしい。正直な所、学校も俺も、そして河流自身もまだまだわからないことが多く、戸惑っている状態だ。だが、性別以外なにかが変わるわけじゃないし、なにかが変わってはならないんだ」

 

 担任である西田の言うことに生徒たちは聞き入っていた。まだ三十代前半の若い男であり、生徒との距離も近い節のある教師だったが。本音と建前の使い分けが非常に上手く、生徒たちからはそれなりに慕われている教師であった。そのような教師が担任であったことは、河流にとっては幸いだっただろう。

 

「これは河流とも話したが、正直な所、最初のうちはお前らも戸惑うだろうし、その病気について興味も湧くだろう。それは仕方がない、俺だってそうだ。だけど、度が過ぎたことはするなよ。本人が嫌がったら辞めてやれ」

 

 その言葉は、聞く人間が聞けば問題だと言うかもしれないが、実際生徒達の考えとは合致していた。突然女になった同級生に対し、じゃあ何も聞かずに今まで通りにとは、普通はならない。それを徹底的に否定されていれば何か良からぬ事が起きていたかもしれないが、ある意味でそれは西田による生徒たちへのガス抜きであった。

 

「それじゃあホームルームを終了する。他の先生たちも事情は理解していると思うが、あまり授業中に騒ぎを起こさないように」

 

 

 

 

 

 

 ホームルーム終了から一限目開始まではほんの僅かな休憩時間しか無い。

 だが、その休憩時間の間にも、清雅の周りには人だかりが出来ていた。そりゃあ無理もない。男物の制服の胸元に無理やりクッションでも詰め込んだようになっている清雅をスルーするのは、彼らには不可能だ。もう少し彼が目立たない生徒であればまた違ったかもしれないが。

 

「いやだから俺もよくわかんね―んだよ」

 

 一先ず一限目の授業のの準備を終えた清雅は、男友達の興味津々な質問に手を降った。

 

「朝起きてたら女になってたんだ」

 

 それは全くの事実であったのだが、やはり要領を得ない。

 

「そんな簡単に言ってもなあ、全くイメージがわかん」

「精神的にはカワリューのままなんだよな?」

「そうだよ、ガワが女になっただけだ」

「確かに……喋ってる感じは完全にカワリューだな」

「声が少し高いような気もするけど、別人ってほどでもないし」

 

 そのうちの一人が、カバンの中から当然のように水着写真集を取り出した。パラパラとページをめくってそれを差し出す。

 

「この中で好みなのは?」

「……これ」

 

 特に躊躇なく指されたそれに、男性陣は声を上げた。

 

「カワリューだ」

「この特に考えもせず真っ先に巨乳を指差す感じ、俺達のカワリューだ」

「いやだから俺なんだって」

 

 しばらくそのようなバカ話を続けた後に、男友達の一人がポツリと言う。

 

「いやしかし、本当に見た目変わってないな……一部分以外な」

 

 なにか含みのあるような言い方に、清雅はムッとして返した。

 

「何だったら触ってみるか?」

 

 何気ない冗談のつもりだった。だが、そう言った瞬間に、教室の雰囲気が一気に変化したことを、流石に清雅も感じ取った。

 

「河流!!!」

 

 清雅を取り囲んでいた女生徒の一人が、突然に叫んだ。

 彼女の名は巻坂、女子の中ではリーダー格であり、清雅と仲の良い女子の一人であった、持ち物検査騒動の時に清雅に助けられた一人でもある。

 

「ちょっと来い!!!」

 

 彼女は清雅の手を引いて教室を後にする。突然のことにまだ落ち着いていない清雅はそれに成されるがままだった。

 

 

 

 

 

 

 多機能トイレ。

 かつて丁洲高校に車椅子の生徒が入学した時に新設されたらしいその広いトイレは、その生徒が卒業した後も何かと便利に生徒たちに使われていた。

 男子の制服を来ている清雅の手を引いて女子生徒である巻坂がそこに入る、見る人間が見れば相当な問題行為であったが、幸いにも授業開始前、それを見ている人間はいなかった。

 

「なんだよ」と、清雅はようやく手を振り払って言った。確かに不必要なことを言ってしまったかもしれないが、ここまでのことをされることではない。

 

「あんたねえ」

 

 巻坂は呆れたように呟いて続ける。

 

「女の先輩として言っといてあげるけど、友人相手に女であることを安売りしちゃ駄目なんだよ。そうすりゃ、そのままの関係じゃいられなくなる」

 

 先程の発言についてだろう。

 

「……それは悪かったと思ってるよ。いつものノリで言っちゃったんだ」

「あたしもお節介だったかもしれないと思うけど、ああいうことをしたら駄目……多分」

 

 それと、と続ける。

 

「あたしはまだ信用できてないんだ」

「何が」

「あんたが本当に女になってってことに……たしかに胸は出たが顔はカワリューのまんまだ……元々可愛げのある顔だったから女だとしても成立はしているけどね」

「……そう言われても、どうすればいいか」

「触らせろ」

「は?」

「体に触らせろ」

 

 無茶苦茶な意見のように思えた。

 

「お前さっき女を安売りするなって」

「それは男に対しての話、別に女同士が体触るなんてよくあることだろ?」

「そうなの?」

「そうだよ、だからここにつれてきたんだ……あそこで怒鳴った手前あの場で触るわけにはいかないからね」

 

 清雅は狐につままれたような表情のまま首をひねった。

 しかし、それを嫌だというほどのことでもないような気がした。

 

「まあ、好きにしろよ」と、それを受け入れた。

 

 

 

 

 チャイムが鳴った。

 巻坂と清雅は少し慌てながら多機能トイレを後にする。

 

「ムカつくくらい女じゃね―か」

 

 小走りで廊下を行きながら、彼女がそうつぶやく。

 

「だからそうなんだって」

 

 同じく小走りの清雅もそう答えた。

 

「あんた、なにか『女として』困ったことがあったら何でも言いなよ」と、巻坂は背中を叩く。

 

「あんたには恩があるからね。助けてやるさ」



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TSしたあと四日

「話は聞いてるよ」

 

 分厚い手で不器用に花札を繰りながら、斎藤は対面に座る清雅に言った。

 ボードゲーム愛好会、多目的教室は相変わらず三人だけが小さく座り、花札という小さなカードをやり取りしている。

 

「なんかめんどくさいことになってなあ……」

 

 差し出された花札の束をカットしながら清雅はため息を付いた。

 

 学校に復帰してからまだ三日目ではあるが、すでに彼は入学一年目よりも壮絶だったのではないかと思うほどに精神的に疲れていた。

 もちろん差別されたとか、いじめられたとか、そういうことではない。そのような心配がなかったわけではないが、その点において、清雅は世界と友人と学友に恵まれていた。

 だが、それでも周りからの好奇の目がないかと言われればそうではない、しかし、それは仕方のないことでもある。自分だって友人の誰かがそのような状態になれば同じように興味を持つだろう。それがまだラインを越えてはいないことにこそ感謝すべきなのだ。幸いなことに『下着はどうしているのか?』という質問は、まるで誰かがそれを言うことは下品であるという宣言をしたかのように問われない、故に、清雅はまだ姉のお下がりを身につけているという情報を悟られずにすんでいる。

 

「お前らは普段通りで良かったよ」

 

 清雅のその言葉は本心であった。

 多目的教室に入る寸前まで、彼は斎藤や部長も同じく根掘り葉掘り質問をしてくるものだと思っていた。ところが、彼らは基本的にはいつもと変わらなかったし、清雅のことよりもゲームのことに興味があるようだった。

 

「まあ、興味のあることの大体はすでに人づてに聞いてしまったしな」

「そうだね、それに、ここはボードゲーム愛好会、ゲームをしなきゃ」

 

 部長はニッコリと笑って花札の山から数枚を配る。異常に慣れた手つきだった。

 

「興味がないわけじゃないんだぞ」と、斎藤は配られたそれを視界に入れながら言った。

 

「だからいつか失礼な質問をしてしまうかもしれない、無意識のうちにな、だからその時は遠慮なく言ってくれ、俺達だって女性の扱いを学ぶいい機会だよ」

 

「まあ、心配しないことだよ」

 

 部長は今度は札を数枚机の真ん中に公開しながら続ける。

 

「転校生と同じさ、最初のうちは物珍しいからみんなが群がるけど、そのうち日常の一部になって落ち着くよ」

「そうだと良いんですけど」

「俺も部長の言うとおりになると思うな、今だけさ」

 

 月の描かれた札を手中に収めて、斎藤が続ける。

 

「女であるカワリューにみんなが慣れりゃあ、自然に戻る」

 

 同じく札を手中に収めながら清雅が呟く。

 

「俺もいつか女である俺に慣れるのかなあ」

「さあ、どうなんだろうなあ。そればっかりは俺にもわからんよ」

「でも、きっと慣れたほうが良いんだと思うよ。女性の体をした男として生きるにしても、そのまま女性として生きるとしても」

 

 部長の言葉に、斎藤と清雅は一斉に彼の顔を見た。彼にしては珍しく、踏み込んだ言葉だった。

 その視線を気にすること無く彼は続ける。

 

「どのように生きるとしても、すでに変化は起こってしまった。いつまでも悲観していたり、戸惑ったりしていては、それだけ前に進む出すタイミングが遅れることになる……もちろん、君の身に起こったことを僕が体験しているわけではないから、これは無責任な発言だし、僕の人生と君に起こったことを照らし合わせただけだ……気に触ったのなら、無視をするべきだし、謝るよ」

 

 二人は花札の手を止めていた。部長は三年生、先輩ではあるが、たった一年の差が、ここまでの意識の違いを果たして生むものだろうかと、二人はまじまじと彼を見つめる。

 気恥ずかしかったのだろうか、彼は手を降って言った。

 

「手を止めて悪かったね、ゲームしようよ」

 

 それを推し進めるかのように彼は手札を切って場のカードを手中に収める。

 

「……ありがとうございます」

 

 清雅も手札を切りながら頭を下げた。この学校の中で、おそらく一番のアドバイスだっただろう。

 

「来た、月見酒だな」

 

 手札を叩きつけてそう言った斎藤は、それを手元に引いて「こいこい」と言ってから続ける。

 

「まあ、俺はゲームができればそれでいいよ。男だろうが女だろうが」

 

 

 

 

 

「なんでじゃああああああ!!!」

 

 椅子から勢いよく立ち上がりながら、清雅は頭を抱えて叫んだ。それでも手に持っていた花札をばら撒くことはしないのだからこの愛好会はマナーに厳しい。

 

「欲張るからだよ」

 

 やはりお菓子を頬張りながら斎藤が誇らしげに言った。

 

「河流君は本当に駆け引き下手だよねえ」

 

 同じくお菓子を頬張りながら部長も続いた。

 

「表情わかり易すぎるもんな」

「もう一回! もう一回だ!」

 

 花札を一つにまとめながら清雅が叫ぶ。

 

「河流君、流石に『背水の陣』は駄目だからね」

「当店ではそのようなサービスは行っておりませーん」

「わかってますよ! やりませんよ流石に!!!」

 

 楽しいゲームの時間はそうやって過ぎていく。



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TSしたあと五日

 朝、いつものルーティンをこなした清雅がトーストにマーガリンを塗っていると、彼の母が牛乳を冷蔵庫から取り出しながら言った。

 

「清雅、制服、どうする?」

「うーん」

 

 それをカップに注ぎながら、清雅は首をひねった。

 その問題は、性別が変わってから最も身近なものであった。

 精神が男であるのだから男子の制服を着るべきか、体が女であるのだから女子の制服を着るべきか。

 もちろん、清雅自身が自ら進んで女子の制服を着るというはずがない、だが、後々を考えれば今のうちに女子の服に慣れていたほうが世間の目を気にせずに済むのは間違いない。

 いっそのこと、学校が決めてくれればよかったのに、と清雅と母親は思っていた。だが、学校側はどちらかを強制するということはなかった、無理もないことだ、あまりにも突然の前例のない出来事に完璧に対応できるはずもない。

 

「姉ちゃんのがあるんでしょ?」

 

 奇しくも、清雅の姉も丁洲高校の出身であった。体格は清雅よりも一回り小さいが、それでもなんとかお古の制服を着ることは出来るだろう。

 

「あるわよ。お姉ちゃんも全然大丈夫って言ってるし」

 

 清雅の状況を、姉はすでに知っていた。そして、今は下着を借りている。

 

「うーん」と、やはり清雅は考える。

 

 そしてパンを一口かじって牛乳で流し込んでから続けた。

 

「もうちょっと、考えてみる」

 

 返答を先延ばしにする答えだったが、母はそれを咎めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地元駅ホーム階段下。『魔法使いが住んでた所』に彼らはやはり集合した。

 

「おはようさん」

 

 そう言った清雅は、やはり学生カバンを胸に抱えている。それだけでも随分と珍しい光景ではあるのだが、やはり男子高校生には過ぎたものである体型を晒していたほうが周りからの視線が多かった。

 

 それぞれが挨拶を交わした後、少ししてから「あのさ」と、清雅が二人に問うように言った。

 

「俺、女子の制服着るべきなのかなあ」

 

 二人は、その問いにすぐに答えることは出来なかった。

 その問いの意味はわかる。今彼が男子の制服を着ることによって世間から浴びている視線は、女子の制服を着れば完全に無くなると言っていいだろう。理屈で考えてしまえば、女子であるのに男子の制服を着ていることのほうが異常であるのだ。

 だが、清雅にとってそれが難しい選択であることを、彼らは理解していた。たしかに体は女かもしれないが、精神は男である。理屈で正しいからとそれを簡単に受け入れることが出来るほど、人間というものは合理的には出来ていない。

 

「私は」と、その沈黙を最初に破ったのは伊武の方であった。

 

「女子の制服を着たほうが良いと思う」

 

 清雅はその言葉になんとも言えない表情をしてかばんを抱える力を強くしたが、彼女はそれを知りつつも続ける。

 

「私は、セイちゃんがおどおどしたり周りからジロジロ見られるくらいなら、女の子の服を着てほしい」

 

 女になってからの清雅をよく見た意見であった。胸を隠そうとカバンを抱えても、やはり残る違和感から、清雅は訳を知らぬ人間から注目されている。それは電車の中でも、学校の中でもだ。

 幼馴染であり、普通以上の感情を持つ清雅がそのような状況にあることは、彼女にとっては心苦しかった。

 

「僕も、伊武さんと同じ意見だ」

 

 山上もそれに同調した。

 

「もちろんセイちゃんの気持ちが一番だけどさ、僕もセイちゃんがジロジロ見られるのは嫌だな……服を変えても、少なくとも僕たちとの関係は変わらないよ、それは絶対」

 

 力強く、心強い言葉であった。思わずそれを聞いた清雅が少し顔を赤くしてしまうほどの。

 

「そこまで深刻な話じゃないんだが」と、思わず清雅は言ってしまった。もちろんそこには、それなりの照れ隠しもあっただろうが。

 

 電車の到着を知らせる音楽が鳴った。それ以降学校につくまで、彼らはその話題を忘れてしまったかのように蒸し返さなかった。

 

 

 

 

 

 

「あのさ」

 

 運動部である伊武と山上を待ってその帰り道、今度は伊武が切り出した。

 

「もし良かったら、バスケ部の練習に付き合ってくれない?」

 

 唐突な提案であった。思わず山上と清雅が同時に首をひねる。

 

「いや、その、別に入ってくれってわけじゃないの」

 

 彼女は手を振ってから続ける。

 

「ただ、うちの女バスって人数少ないから紅白戦もままならないし、セイちゃんは女子の中ではおっきい方だから、その練習にもなるかなって」

 

「バスケかあ」と、清雅は呟いた。

 

「女子の中にまじるのはなあ」

 

 やはり、まだそれには抵抗があった。

 だが、山上が伊武の提案を後押しする。

 

「いいじゃん、別に他校と試合するわけじゃないし、練習相手になってあげなよ。そのほうが僕たちと一緒に帰る日も増えるし」

 

 他意はなさそうな言葉だった、山上のことだからきっと本心からそう思っているのだろうと清雅は思う。

 そして、考えてみれば悪い話ではないのかもしれなかった。

 

「それ、女バスの連中にはもう通ってるのか?」

「うん、一応話してる。みんな喜んでくれると思うよ」

 

 話が早いんだな、と清雅は思った。

 だが、それが悪いことだとは思わない。伊武も伊武なりに自分を気遣っているだろうということは、彼にだって分かる。

 

「気が向いたらな」と、清雅は答えた。



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TSしたあと六日

「清雅」

 

 朝、朝食と身支度を終えた清雅を待ち構えていたのは、彼女の姉だった。

 昨日寝るときには彼女はいなかった、おそらくその後に帰ってきたのだろう。彼女は週末に夜遅くまで飲み会をすることがあるから、それが特に珍しいことではなかった。

 だが、彼女がいつもどおりかと言うと、決してそうではない。

 食卓に座る彼女の前には、自立する鏡と数多くの化粧品があった。当然、その殆どの名前を、清雅は知らない。

 彼女は手招きしながら言った。

 

「座りな、化粧教えてあげる」

「うへえ」

 

 その提案に、清雅は露骨に嫌な顔をした。

 当然である、母や姉、もしくはクラスメイトたちがそれをしているのを見たことがないわけではない、女性の多くがそれを必要としていることもわかっているが、まさかそれが自分のことになるとは、一週間前までは予想すらしていなかったし、今この瞬間、何なら今このときにも、それをしなければならない自覚はない。

 

「嫌だよ」

 

 彼にしては珍しく、姉の提案を露骨に拒否した。

 だが、彼女はその拒否を拒否する。

 

「駄目よ、せっかく女の子になったのに化粧を知らないなんて」

「意味がないよ」

「意味しかないわよ」

 

 こうなると姉というものが強いことを清雅は嫌と言うほどに知っている。

 彼は観念するかのように一つため息を付き、姉の隣の椅子を引いた。

 

「まさか俺が化粧をすることになるなんて」

 

 うなだれて言う清雅に姉が明るく返す。

 

「逆よ、これからは化粧が出来るの、大手を振ってね」

 

 いくつかの化粧品を手にとった。

 

「まあ心配しなさんな、私とお母さんの血が入ってるならあんまり凝ったものはしなくても良いはずだから」

 

 もう一つため息を付きながら、ようやく起き始めた頭をひねる。

 何かを忘れているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのインターホンが鳴ったのは、清雅が化粧を習い始めてから一時間ほどしてからだった。

 

「はいはい」

 

 やたら朝の速い客人に対しても機嫌良くそれに対応しに言った母親の声を聞いてから、清雅はようやくそれに気づいて「ああ!!!」と声を上げた。

 

「ちょっと、動いちゃ駄目でしょ」

「やばい!」

 

 慌てふためく清雅を姉が訝しんでいる間に、玄関の方から「あら~、どうぞ上がって上がって」と機嫌の良い母の声。

 そして「お邪魔します」と、男二人分の声がした。

 その声、清雅は当然聞き覚えがあったし、姉にも覚えのない声ではなかった。

 そして現れる。

 

「おー、清雅、どした~?」

 

 清雅の兄貴分にして釣り仲間である内海は、特に何かを思うこと無くその部屋を覗き込んだ。

 別に無遠慮なわけではない。近所付き合いの中で彼と河流一家は顔なじみであったし、待ち合わせをすっぽかされた彼はそれをする権利がある。

 要するに、清雅は釣りの約束をしていたことをすっかりと忘れてしまっていたのだ。まあそれも無理もないだろう、激動の一週間であったし、頭が働くよりも先に化粧を教えられるという本人的にはとんでもない状況だ。

 更に不幸が重なったところとしては、いつもならば一緒に釣りを楽しんでいた山上が、今日に限っては柔道部の活動のためにそれに不参加だった。彼がいれば清雅に起こったことを説明してくれただろう。

 

「お、キヨ姉」

「あー、釣りか」

 

 彼女がいたことに意外そうであった内海に対し、姉こと河流清美(かわりゅうきよみ)はすべてを察して気まずそうにした。清雅が内海をマサ兄と呼ぶのと同じように、内海にとっては清美はキヨ姉と呼ぶべき姉貴分であった。

 

「えっ? 清美さんいるの!?」

 

 内海の背後から、今度は鴻上が現れた、金髪を揺らし、その表情はニッコリと嬉しげであった。

 

「お久しぶりです! 今日も変わること無く美しい!」

 

 話がややこしくなってきた。

 内海と違って、鴻上が河流たちと出会ったのは高校に入ってからだ、故に内海と違って清美のプライベートな部分をあまり知らず、彼にとって清美はただの美人なお姉さんであった。

 

「これ、ショパン堂のシュークリームです! 皆さんでぜひ!」

 

 どこから持ち出したのか、地元有名菓子店の手土産を手渡した。

 

「まあ、ありがとう」

 

 清美もそれを『そういうモード』で受け取る。幸いなことに、清雅に見せる見本のために自身に化粧を施していた後だった。もしそうではなかったら、決して顔を見せなかっただろう。

 

「で、清雅どうした?」

 

 そのやり取りを眺めながら、やはり内海が言った。

 清美の隣りに座っていた清雅は、うずくまるようにして彼らに背を向けていた。

 

「丁度いいじゃん、見てもらいなよ」

 

 清美は他人事のようにそう言って背中を擦るが、清雅は頑固拒否の耐性だ。

 

「どういうこと?」と、内海は首を傾げた、その隣では鴻上も同じく首を傾げている。

 

「え? 二人は知らないの?」

 

 その様子を眺めていた母親が意外そうに言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーなるほど」

 

 出されたお茶に手を付けながら、内海は対面に座る清雅を見て言った。

 

「そりゃ釣りも忘れるわ、仕方ない」

 

 約束をすっぽかされたという事は、すでに内海の中では小さな問題になっているようだった。

 

「でも化粧似合ってるぜ、そんだけできれば大丈夫だろ。全然街中行けるわ」

「そうだね、やっぱりキヨ姉が若かった頃に似てるよ」

「今も若いつもりなんだけど」

「もちろんですよ! 内海はちょっとそういうところがある」

「俺で点数稼ぐなよ」

 

 などと食卓でかわされるやり取りをほとんど聞き流しながら、清雅は鏡の中に移る自身を眺めていた。

 先程に比べたら白い肌に、ほんのり赤い唇。

 むず痒い。

 

「似合ってねえよお」と、ついつい口に出てしまう。

 

「そりゃあおめえ、髪型が男のまんまだからだよ」と、至極冷静に鴻上が言った。

 

「遺伝子的には悪かねえんだ、髪型をそれなりにすればもうほぼ女」

「絶対違うわ」

「いや、俺の目を信じろ、正直今のお前なら俺全然街中連れていける」

「気持ち悪ぃ」

「流石鴻上くんね、女を見る目があるわ」

 

 褒められたことに照れる鴻上を尻目に清美が続ける。

 

「明日はヘアサロンと買い物行くからね」

「は?」

「私の行きつけの所もう予約取ってるから」

「は?」

「相変わらずキヨ姉は動きが早いなあ」

「お前良いお姉さん持ったな。マジで」

 

 こうなってしまった清美がもう止められない事を、清雅はよく知っている。

 

「それじゃあ、そろそろ失礼しようかな」

「そうだな、状況が状況だし、俺らが邪魔すべきじゃねえ」

「しばらく釣りはお休みだね」

 

 立ち上がりながらそういった大学生達に清雅が「いや、ちょっとまって!」とそれを引き止める。

 

「来週! 来週は釣り行くから!」

「いやあ、もうちょっと慣れてからのほうが」

「行くから!」

 

 日常が侵食されていると、清雅は漠然と思っていた。

 何か、何か一つでいいからいつもと同じことをしなければ。

 

 内海は困ったように鼻を鳴らしてからそれに答える。

 

「それじゃあ、今日と同じ時間に家に迎えに行くよ」

「流石に朝方に女の子を外でまたせるわけにはいかねえからな、わかってきたな、内海」

 

 挨拶と共に大学生が消えた後、清雅は嫌というほど化粧のいろはを叩き込まれたのであった。



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TSしたあと七日

 スラリと背の高いその少女は、目深にかぶったキャップを更に手で抑えて小さくなろうと努力しながら街中の隅を歩いていた。

 せめて目立たぬようにと思っているのだろうが、その行動がより人目を引きつけていることに彼女は気づいていないだろう。背が高く帽子を目深に被り、それを押さえる手の隙間から見える肌は白い。訝しさを感じるなという方が無理な話だ。

 彼女を先導するのは彼女に比べれば背の低い美人であった。目鼻立ちがはっきりし、少し茶色がかった長髪は、彼女を先導するためにほとんど小走りのようになっている動きに揺れる。

 更にその後から一人の女性がついてくる。一人は若い、もうひとりは中年、年代的に彼女らの母親だと考えるのが自然だろう。

 彼女らは繁華街の表通りから消え、狭い路地に入って行った。それを目で追う男が何人かいたが、彼女らはそれを求めていなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

「あらあ、清美ちゃんいらっしゃあい」

 

 清雅達を出迎えたのは、スキンヘッドで細身の男だった。

 

 清雅達の住む街から最も近い繁華街。そこから少しそれたところに、姉の清美が行きつけであるというヘアサロンはあった。

 それに向かうのにどんどんと狭くなっていく路地の広さに引き連れられた清雅、母親、伊武は若干の不安を覚えていたが、落ち着いていながらもところどころに主張のある内装にホッと一安心していた。

 一安心していたところにこの店主である。

 

「どうもお、あたくし、清美ちゃんの髪を担当させてもらってるジャスミンでえす」

 

 想像以上に深々と頭を下げたジャスミンに、母親は「いえいえコチラこそ、いつも娘がお世話になっております」と、それに圧倒されること無く同じくらい深く頭を下げた。

 

「まあ、お母さんも清美ちゃんと同じで美人ねえ。いつでもいらしてくださいね、家族サービスしちゃう」

「あら、それはいいことを聞きましたね。今度利用させていただこうかしら」

「何なら今から予約入れちゃいましょうよお、あたしこう見えても結構スケジュールパンパンだからあ……二週間後ならちょっと空いてますよお」

 

 あらあらうふふとその話が長くなりそうになったのを察知したのだろう、清美は少し強めの声でそれを遮った。

 

「本当に感謝してよね、ジャスミンさん本当は今日はオフだったのに無理言って店開けてもらったんだから」

「あら、そうなんですか。本当にうちの子達がすみません」

 

 真っ先にその言葉に反応して頭を下げた母親につられて、清雅と伊武も頭を下げる。

 

「いいのよ気にしないでえ、元々用事は午後からだしい、ちゃんとお金だって貰うわけだしね。つまみが一品増えると思えばいい仕事よ……それに、困った時はお互い様、人助けが出来るならあたしなんだってするわ」

「ジャスミンさんにはもう清雅のことは伝えてあるから」

 

 清雅は一瞬それに複雑そうな表情をしたが、姉はすぐに続ける。

 

「大丈夫安心して、この人、いい人だし口は堅い」

「そうよお、お客様の秘密は第一、これこの業界の常識」

 

 ジャスミンはハサミをシャキシャキと鳴らしてから続ける。

 

「それじゃあ、お姫様のお顔を拝見しようかしらあ」

「清雅」

 

 お姫様、と称されたことには特に引っかからなかった、というより、ジャスミンのキャラクターならばそのくらいは言いそうだと思う。

 清雅はキャップを脱ぎ、顔を上げた。

 ジャスミンは目を見開いて声を高める。

 

「あらあ! ちょっと良いじゃない! 流石お母様と清美ちゃんの遺伝子継いでるだけのことはあるわあ。ほんと、いいわあ」

「パーツパーツはいいと思うんですけど、やっぱ髪型が男だからなんとも言えないんですよねえ」

「そうね、たしかに髪型がボーイッシュすぎるわね……仕方のないことだけど」

「あまり複雑なものじゃなくて、ある程度手入れが簡単な方がいいと思うんですよね」

「そうね、これからは髪を伸ばしていくでしょうから、それも考えて整えていきましょう」

 

「ところで」と、ジャスミンは伊武の方を見て言う。

 

「貴女もカット希望なのかしら?」

「あ、いえ、私は、その」

「この子は伊武、私達の幼馴染で、今日は清雅の服を選んでもらおうと」

 

 突然の注目に慌てふためく伊武に、清美がフォローを入れた。

 

「ふうん、やたらレベルの高い地区ねえ」

 

 しばし真顔でシャキシャキとハサミを動かしてから、ジャスミンはニッコリと笑った。

 

「イブちゃんもいつでもいらっしゃい。お友達サービスしてあげる。何なら今日でもいいわよ」

「いえ! 今日は、セイちゃんの服を選ばないといけないので……」

 

 やけに強くそれを否定した彼女に、ジャスミンはうふふと声を漏らす。

 

「あらあ、いいわねえ。あたしまで照れちゃいそう」

「あんまりいじめないであげてくださいよ」

「うふふそうね、それじゃあ、また一時間後に集合ということにしましょうよ、それだけあればヘアカットもお話も十分できるわ」

「そうしますか、じゃあ清雅、私達はあんたが着る服選んでるから、くれぐれも失礼のないようにね」

 

 ポンポンと肩を叩かれた清雅は、姉をひと目見てそれに答える。

 

「スカートはやめてよ」

「あんた何言ってんの。あんた無駄に足長くて背が高いんだからスカートのほうがいいでしょ」

「勘弁してよ……」

「んんう、あたしもスカートは辞めておいたほうがいいと思うなあ」

 

 ジャスミンのその言葉に、清雅は思わず驚いて彼の方を見た。これまでの流れからして、彼は自分の敵だと思っていたのだ。

 その視線に気づいたのか気づかないのかはわからないが、彼は続ける。

 

「不自然な髪型を整えるのは仕方ないけどお、いきなりスカートはやりすぎよ。それでこの子が服を着ること自体が嫌になったら元も子もないわ。今は女の子でもボーイッシュな格好できるんだから、そっちに合わせるべきよ、フェミニンは可愛いけど、強制するものじゃないわ」

 

 清美はそれに一瞬だけ怪訝な表情を見せたが「まあ……ジャスミンさんがそういうなら」と、一応はそれに納得したようだった。

 

 

 

 

 

「はあ、うらやましいわあ」

 

 器用にハサミを動かしながら、ジャスミンはため息を付いた。

 

「女になる前からこんなにサラサラの髪だったのかしら?」

「さあ……意識したことがないから」

 

 借りてきた猫のようにじっと椅子に座る清雅は、首をひねることも出来ないのでそう答えた。

 

 しばらく会話がなかったが、やはりジャスミンが口を開く。

 

「でも、本当に羨ましい……あんなにいいお姉さんがいるなんて」

「姉ちゃんがですか?」

 

 思わず振り返りそうになり、ジャスミンのやたら力強い右腕にそれを阻害されながら清雅が言った。

 

「そうよお、あんなに家族思いのお姉ちゃん見たことがない」

 

 ジャスミンは更に続ける。

 

「貴女のこと、本当に心配してたのよ」

「……でも、俺は女のカッコをしたいわけじゃない」

「仕方ないわよ、これから貴女が『男のような女』として生きるとしても『女』として生きるとしても、貴女のことを知らない人にとって、貴女は女なんだから……一々なんでもない奴らにジロジロ見られるのって、気分が良くないでしょ?」

 

 清雅はそれに「そりゃあ、そうですけど」と同意した。男の制服を着ていた自分を不思議なものを見る目で見てきた人々の視線は、あまりいい気持ちのものではなかった。

 

「家族に一番似合うものを選んであげようとするのって素敵なことじゃない……髪をあたしに任せたのも正解ね」

 

 清雅はそれには何も返さなかった

 考えが頭の中を巡っている。

 だいぶ慣れてきたと思っていたが、まだ自分はこの状況について客観的な判断はできていないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「どおかしら!?」

 

 ぴったり一時間後、再び店を訪れた一同は、髪を整えられた清雅を見て驚きと喜びの声を上げた。

 

「あら! ちょっといいじゃない」

「セイちゃん可愛い」

「やっぱジャスミンさんに任せて正解だったわ」

 

 それほど切ったわけじゃないのにな、と、清雅は彼女らの反応を見て思っていた。

 たしかに、床に落ちた髪の毛の量で測れば大したことないだろう。だがそれでもジャスミンの技術は、野暮ったい男の髪型であったそれを、スポーティかつ女性的なベリーショートに変貌させていた。それがわからないのは、清雅が髪型というものに興味がないからだ。

 

「一応手入れが難しくないようにしたわ、でも、一ヶ月後にはまた来てほしいわね」

「了解です。また私が来た時に予約取ります」

「よろしく」

「まあ、本当に良くしてもらって……私も予約取ろうかしら」

「あらあ、お母さん見る目あるわあ。じゃあちょっと予定確認しますねえ」

 

 そう言って二人で話し始めたジャスミンと母を横目に見ながら、清雅はぽうっと自分を眺める伊武に問うた。

 

「これそんなにいいの?」

「うん、すごく可愛い……ちょっと悔しいもん」

 

 悔しさの理由はわからないが、伊武がそう言うならそうなんだろうと清雅はなんとなく納得した。

 

 そして、隣でやはりしげしげと自分を眺める姉に言った。

 

「姉ちゃん、その、ありがとう」

 

 随分と照れの入った礼に、姉は笑いながら答える。

 

「いいってことよ……可愛い弟が可愛い妹になっただけなんだから……これから何かあったら遠慮なく言いな」

 

 力強いその言葉に、やはり清雅は照れながら「うん」と答えた。



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TSしたあと八日

 清雅達の住む地元駅『魔法使いが住んでた所』。

 

 一瞬、山上は知らない女子高生が自分に話しかけてきたのだと思った。

 彼にはその経験が無い、柔道部らしく短く借り揃えられた頭、百九十センチを越える巨体、理由はいくらでもある。

 だからこそ、それにしては「おはよう」と肩を叩くなんて随分と慣れ慣れすぎるだろうということを瞬間的に理解は出来なかった。

 

 数秒ほどその女子高生と目を合わせ、彼はようやくそれが女子の制服を着た清雅だということに気がつき「お、おう」と動揺しながら返した。

 

「なんだよ」と、幼馴染の微妙な反応に、清雅は少しむくれて答える。

 

「どうよ、セイちゃん可愛くなったでしょ!?」

 

 その背後からぴょこりと顔を出した伊武は、なぜかかの上のほうが誇らしげに笑っていた。

 

「うん」と、山上はそれに落ち着かないように何度か頷く。

 

「最初、知らない女子かと思ったよ」

 

 彼の思う通り、清雅の変貌は驚くべきものだった。

 身を包む性別の証である制服が女子仕様になっていることもそうだが、まるでボーイッシュを売りにしている女優がしているようなベリーショートの髪型が、それをより違和感のないものに飾り、むしろ清雅の女子にしては高い身長の違和感をなくしていた。

 

「可愛くなってるよ、本当に」

 

 女子ならば飛び上がってしまいそうなその言葉に、しかし清雅は複雑そうな表情だ。

 複雑な構造だが、それも当然だ。そもそも彼の意識はまだ男なわけであって、それを可愛いと言われてもまだそれを喜ぶべき理解に頭が追いついていない。

 

「まあ、まあ」と、清雅は自身を無理やり納得させるように頷いてみせる。

 

「確かに、学ラン着てた頃に比べたら視線は感じないよ」

 

 その効果は絶大だった。

 そりゃそうだろう。これまでと違い今の清雅は傍から見れば「少し背の高い女子高生」でしか無い。今日、伊武と一緒に駅までの道のりを行くときだって、それを「女子高生二人の登校」であることを一体誰が疑っただろうか。

 

「その制服はどうしたの?」

 

 話題を変えるためか、それとも純粋に気になったからか、山上は制服を指差しながら言った。

 それがきっと清雅の姉のものではないことは彼にはわかっていた。彼女のものを清雅が着るには、サイズが一回りほど小さいだろう。

 

「姉ちゃんが友だちからもらってきてくれたんだよ」と、清雅はそれの首元をいじりながら答える。

 

「元女バスだったらしいよ」

「へえ」

 

 その時、気の抜けた音楽がホームに流れ、電車の到着を告げた。

 電車の中では、彼らはそれ以上それには触れなかった。

 

 

 

 

 

「伊武!」

 

『丁洲駅』から『丁洲高校』までの道のりで、伊武はいつもどおりに女子バスケット部の仲間に声をかけられた。

 いつもの光景だ。何もおかしなところはない。

 だが、それはあくまで清雅の視点であって、彼女らからすればそうではない。

 彼女たちにとっては非常に易しい計算問題だ。今までは一人、今は二人、何が増えたのでしょうか。

 

「ちょっと! カワリュー服変えたの!?」

 

 女が三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。しかも今回は伊武も含めて四人もいる。

 

「ええ! カワリュー可愛いじゃん!」

「髪型いいね!」

「足長くない!?」

「そうでしょ!」

 

 何故か自分が誇らしげな伊武に、やはり清雅は苦い顔だ。

 しかし、その苦い顔すら「かわいい」と、彼女らはからかった。

 

「バスケの話した?」

「うん、したよ」

「へえ、カワリュー、私達、待ってるから!」

「ねー、伊武ちゃんの頑張ってる姿も見られるしねえ」

「まあ、気が向いたらな」

「楽しみに待ってるよ―!」

 

 少しずつ歩みの遅くなっていく彼女らを置いて、山上はその先を行こうとした、いつものことだ、それに何も感じない。いつの間にか清雅がそれに混ざっているのも、彼はなんとなくではあるが受け入れることが出来ていた。

 

 だが、彼は逆方向の力によってぐいと引き寄せらえる。見ると、清雅が袖を引いていた。

 

「先に行くなよ」

 

 少し、慌てたような声だった。

 自らを見上げる清雅の瞳に、彼は「う、うん」と、何度か頷いて、でかい体に似合わぬ小股でその集団についていく。

 伊武は、その様子を少し複雑そうな表情で眺めていた。彼女がいつもやりたかったことを、その相手はいとも簡単にやってのけていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いやーしかし、こういうのなんて言うんだっけか」

 

 席についた清雅の周りを友人たちが囲みながら、そのうちの一人が首をひねった。

 

「馬子にも衣装?」

「いや、あれは着る側が凡人だって前提だろ」

「今のカワリューを素直に評価するなら」

「あり」

「あり」

「あり」

「あり」

「お前らなあ」

 

 背もたれに思いっきり背もたれながら清雅はため息を付いた。

 まだ授業開始前であるというのに、教室は随分と騒がしかった。

 その原因が自分であることは、さすがの清雅にも理解が出来ていた。

 

「しかし、うまくヘアメイクしてもらったもんだね、どこ?」

 

 巻坂は髪型に食いつきしきりにそれを聞いてくる。

 

「仕方ねえんだよ」と、清雅は言った。

 

「男の制服着てると電車とかでジロジロ見られるんだ」

「あーなるほど」

「まあたしかにな」

「なるほどなあ、そうなると女の制服着たほうがむしろ自然なのか」

 

 納得したように頷く男共を無視して巻坂が清雅を指差して言う。

 

「だけど、そんなに足広げて座るのは良くないね」

 

 その指摘に、男共は一斉にそれに注目した。今だって中身は男だということを頭では理解しているが、男子高校生の本能はそれを許さない。

 確かに、清雅はいつもするように足を広げて座っていた。

 

「見るなよスケベ共」と、清雅はその言葉とは裏腹にスカートを捲りあげる。

 

 一瞬、何が起こったのかわからない彼らが目にしたのは、女子が体育で履くハーフパンツだった。

 

「姉ちゃんのアドバイスでさあ、暑くなるまでは当分これをはけって言われてんだ」

 

 それ自体は不思議なことではなかった。スカートの下にハーフパンツをはくのは生粋の女子だってやっている。

 だが、それをわざわざ見せびらかせる女子はいない。

 同じことを思っていたのだろう。友人たちは巻坂がそれを注意するより先に口々に言った。

 

「そういうのやめたほうがいいと思う」

「うん、もうちょっと自分を大事にしたほうがいいんじゃないか?」

「逆にエロい」

「カワリューからエロスを感じたくない」

「お前らなあ」

 

 清雅はそれらにため息を付いたが、巻坂は友人たちがまだぎりぎり常識人であったことにほっと胸をなでおろしていた。



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TSしたあと九日

 丁洲高校。

 昼休みも終盤に差し掛かり、生徒たちは次の授業の準備を初めていた。

 昼休みと言っても、彼らが本当の意味で休めるほどの時間はない、例え二時間目の途中に昼食を済ませていたとしても、その一時間にも満たない休憩では、午後の授業で提出を求められる宿題をうつすだけで精一杯だ。

 そういう意味では、その日の清雅達のクラスは平和であった。午後に課題の提出を求められる授業はなかったし、何より五時間目は体育の時間だった。着替えの時間さえ確保できていればいい。

 だが、だからこそ、そのような話が巻き起こった。

 

「カワリュー」

 

 ジャージ入れを持って教室を後にしようとした清雅に、巻坂が声をかけた。

 

「なんだよ」と、彼はちらりと時計をみやってから答える。まだ時間は十分にあった。

 

 この体になって初めての体育だった。着替えの時間は多く取りたい。

 

「あんた、着替えはどうするつもりなん?」

 

 巻坂のその言葉に、教室全体が少し緊張感を帯びた気がした。特に女子は、そのほとんど全員が清雅に視線を向けている。

 

「いや、トイレで着替えるつもりだけど」

「一人で?」

「そりゃ、そうだろ」

 

 男たちは、別にそれを不思議だとも不平等だとも思わなかった。そりゃそうだ、当然だ。スケベな下心がほんの僅かな可能性を信じていないわけではないが、そんな希望は例えば「あー、突然携帯電話に催眠アプリがダウンロードされないかなあ」程度の現実味のないものであった。

 それに、申し本当にその希望通りになったとしても、彼らはそれを拒否しただろう。例えば催眠アプリが突然手に入ったとしても、それを悪用するだけの勇気と無秩序さと不遠慮さは彼らにはないからだ。

 

 巻坂は一旦振り返ってクラスメイトの女子達を見た。彼女らは巻坂に視線を返したが、誰もそれに首を振りはしなかった。

 

「私ら、昨日話し合ったんだ」

 

 清雅と目を合わせながら続ける。

 

「あんた、ウチらと着替えていいよ」

 

 その言葉に、教室は大きくざわめいた。主に男子が。

 女子達はまだあまり騒いではいなかった、おそらく、いま男子が思っていることの殆どを彼女らはすでに昨日の時点で考え、そして、それを良しとしているからこのような決断をしたのだろう。

 事実、今このクラスにそれを不満に思っている『元から女子』は誰一人としていなかった。もちろん、最初はそれを不安に思うものもいただろうが『ある理由』から、それは解消されていたのだ。

 

 男子からすれば夢のような話であった。ある意味で、それはほんとうの意味で夢にまで見た状況であったかもしれない。

 だが、清雅はそれに首を振った。

 

「いや、いいよ」

 

「は?」と、その困惑の声は男子から上がった。

 

 片や女子はそれも織り込み済みのようであった。むしろ、清雅が生臭い笑顔とともに「へへ、それならお言葉に甘えて」と言ったほうがむしろ困惑していただろう。

 

「おいおいおいおい、カワリュー、何言ってんだお前」

「まてまてまてまて、それよりも巻坂どうした。おかしいぞオイ」

 

 確かに、混乱呪文がかかったかのような状況だった。

 だが、巻坂は続ける。

 

「なんで嫌?」

「そりゃあさ、駄目だろ、俺が女子更衣室に行くのは」

 

 うんうん、と、男たちはそれに頷く。男からすれば、それは当然の摂理であった。

 だが、巻坂はそれに返し刃を用意している。

 

「あんたさ、自分の裸だってもう見ただろ?」

 

 その言葉に、男子たちは一斉に沈黙した。

 全くの盲点だった。

 確かに考えてみればそうだ。もはや今になれば、清雅にとって女の肌というものは、これと言って特別なものではない。

 それを突かれてしまったら、清雅は頷かざるを得ない。

 

「……見たけど」

 

 とどめを刺すように巻坂が続ける。

 

「乳だって揉んだろ?」

「……一応」

 

 赤裸々な告白だったが、クラスメイトはそれに特に驚きはしない。

 そりゃそうだろうな、という、ある意味当たり前の感覚があった。

 

「それなら、別に私らも恥ずかしがらない。男だったカワリューが女であることに慣れようとしているんだ。私らだって協力するさ。たとえお節介でもね」

 

 強制するようであったが、それは巻坂等クラスメイトの女子達の優しさであった。

 清雅の気持ちすべてを理解することが出来るわけではないが、それでも、精神的には異性の制服を着ることに抵抗がないはずがない。 

 それならば、自分達クラスメイトも、女である清雅を受け入れようとしていたのだ。

 彼が肉体に迎合する限り、女子との集団生活は避けることが出来ない。むしろ今のうちに、女の肌というものに抵抗を付けなければならないはずだった。

 清雅も、なんとなくではあるが巻坂のその提案が悪意ではないことになんとなく感づいてた。

 だが、それでも彼は首を振る。

 

「いや、やめとくよ」

 

 その時、クラスメイトの一人が全く純粋な気持ちで疑問の声を上げた。

 

「断る理由なくね?」

 

 確かに、と、男たちは頷いた。精神が男であるならば垂涎モノの状況であるはずだった。

 

 清雅はそれに口ごもった。

 だが、どうもその理由を説明せねば開放されないような雰囲気を感じ、それを言った。別に本当に嫌ならばそれなりの拒否をすればよかったのだろうが、それほどのことではなかった。

 

「嫌なんだよ」

 

 一旦うつむいてから続ける。一瞬のうちに、顔は真っ赤になっていた。

 

「見られるのが、嫌なんだよ」

 

 その言葉に、教室内の雰囲気は真っ二つになった。

 女の服で、女の髪型で、顔を真赤にして俯く清雅に、男達は、もしかして自分達は今なにかとんでもない質問をしているのではないかという気分になっていた。

 だが、巻坂を中心とする女達は、それぞれが顔を見合わせ、思わずクスクスと笑っていた。

 

「そうかあ、そうか!」

 

 巻坂は嬉しげに笑いながら清雅に歩み寄ると、その肩をポンポンと叩いた。

 そして続ける。

 

「でもなあ、どっかでやらないといけないことだから今日やっちまおうや! 私らにもこんな頃あったわ~」

 

 女子達はそれに頷いた。すでにかなり遠い記憶ではあるが、清雅のその感覚を知らないわけではない。

 

「まあ心配すんな! 意外と見られないもんだからさ! 恥ずかしがらずに行こうや!」

 

 そのまま巻坂と数人の女子が、清雅の肩を抱きながら教室を後にする。

 

 やはり真っ赤なまま俯き続けている清雅に、男子の一人が「ええんか?」と言ったが、それの良し悪しなど、男達に分かるはずもなかった。



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TSしたあと十日

 特に深い考えがあるわけではなかった。

 時間がかかるだろうと思っていた授業課題と復習が予想より早く終わった。念の為にと数日後の予習も終わらせた。その時図書室には図書委員以外の誰もいなかった。

 伊武や山上と一緒に帰る約束をしていた。この体になってから、帰りは幼なじみたちと一緒に帰るようにしている。

 だから、このまま図書室で時間を潰すよりかは、女子バスケ部の様子を見に行ったほうがいいんじゃないだろうかと清雅は思ったのだ。

 運動をする気なんて微塵もなかった。

 

 

 

 

 

 

「セイちゃん!?」

 

 体育館の片隅で休憩していた伊武は、突然に現れた清雅に驚いているようだった。

 彼女の声に反応して、体育館で活動していた運動部員たちは一斉にそれに注目した。

 

「暇だったから」と、清雅は特にそれらの視線を気にすること無く答える。

 

 他の部員達も、すぐに自分たちの活動に戻っていった。別に体育館に生徒が現れただけのこと、それが練習の手を止める理由にはならない。

 だが、女子バスケット部のメンバーたちにとってはそれはそれを止めるだけの理由になり得るようだった。

 

「おー、来たんだカワリュー!」

 

 朝、伊武と合流するメンバーの一人がいたずらっぽい笑顔を浮かべながら近づいてきた、他の部員たちもそれに続いているようだ。

 だが、その目的は清雅を歓迎するだけのものではなさそうだ。

 

「やったじゃん伊武~、ついに想いが通じたねえ~」

 

 おそらく先輩だろう、伊武の頬を人差し指で突きながらニヤニヤと言う。

 

「そういうんじゃないですから!」と、彼女は苦笑いを浮かべながら答えた。

 

 いつものことだ、伊武にしろ清雅にしろ、異性の幼馴染の存在をいつもからかわれる。

 だから別に、今更それで何かが変わるということは、少なくとも清雅は思っていなかった。

 

 後輩、先輩も入り混じってもう少しそのからかいを続けようとしてた時、それを遮るような、清雅への興味が十割の声が投げかけられる。

 

「おー、来たのか河流」

 

 ジャージ姿の女性教員が、やはりニコニコと笑いながら歩み寄ってきた。

 彼女は新田、丁洲高校の国語教師にして、女子バスケ部の顧問でもある。

 彼女は突然として練習の手を止めた部員たちに特に何かを思うことはないようだった。当然、熱意のある顧問であればそれは小一時間の説教を覚悟せねばならない事態であっただろうが、その様子から容易に理解できるように、彼女はいい意味でも悪い意味でも、生徒の自主性にすべてを任せるタイプであるようだった。

 最も、それは仕方の無い面もある。彼女はバスケは愚かスポーツの経験すらもなかったし、学生時代は運動部のマネージャーとして活動していたことが唯一の運動部との関わりである。

 だが、それは特に問題になるようなことでもなかった。丁洲高校女子バスケット部は部員が多いわけでもなく、特別強いわけでもない、レベルの高い環境を求めるプレイヤーがそれを求めて入学する事は殆ど無いだろう。

 

「いやー助かるわあ。ほんと猫の手も借りたい状況だったから」

 

 公立高校らしい人事の犠牲者であったが、新田はその立場を不満には思っていなかった。

 彼女なりにバスケの勉強は続けていたし、マネージャーの経験から裏方もこなしていた。

 だが、やはりそもそも未経験であることは大きなネックであったから、バスケ経験者が一人でも増えることは喜ばしいことであった。時折男子バスケ部の顧問に協力を仰ぐことはあったが、それで全てが埋まるわけではない。

 故に、中学レベルとは言えバスケット経験者がいれば心強かった。

 

成前(なるまえ)中のレギュラーだったんでしょ?」

 

 三年生の問いに彼は頷く。

 成前中のバスケ部といえば、その地域その界隈ではそれなりに有名であった。

 

「ちょっと動いていきなよ」

 

 押しの強い先輩なのだろうか。その三年生は小脇に抱えていたボールを床のバウンドを経由して清雅に手渡した。

 

「1on1やろ」

「いや、今日はジャージも靴もないんで」

「一回だけなんだからいいじゃん、靴も……誰かに借りる? サイズは?」

 

 やはり押しの強い先輩であったが、おそらくその提案に悪意めいたものはなく、ただただ純粋に清雅の実力への興味だろう。恥をかかせてやろうとか、思い知らせてやろうとか、そういうものは感じられない。

 

「二十六です」

 

 アチャー、と、その先輩はわかりやすく頭を抱えた。女子にしては大きめのサイズ、男子ならば珍しくはないだろうが、流石に男子の靴を借りて履かせるという発想は彼女にはなかった。

 出来ない流れになりかけていたが、それを防いだのは顧問の新田の声であった。

 

「予備のやつにそのくらいのやつなかった?」

 

 あっそうか、と、部員たちは頷いた。気の早いものなどは、すでにそれを取りに行こうとしている。

 予備、とは、更衣室に放置されている体育館シューズの一群であった。卒業と共においていかれた物がほとんどで、持ち主がいない。かと言ってそもそも体育館に来るような人間はほぼ確実に体育館シューズを持っているわけで、殆ど使われることがない。一年に一回程度しか洗われないそれが、まさか役に立つ日が来ようとは。

 

「できるね」

 

 ニンマリと笑う先輩に、段々と清雅も乗り気になってきた。

 

「じゃあ、ちょっとやりましょうか」

 

 一旦ボールを置き、カバンを隅に放り投げた。

 上着を同じようにカバンの上に放り投げ、ワイシャツのボタンをいくつか外す。

 最後にスカートをパサリと落とせば、現れるのはハーフパンツ。

 運動ができない格好ではないが、あまり褒められた格好でもない。

 だが、それを叱責できる立場である三年生も、顧問の新田もそれに何の異も唱えなかった。当然だ、それを求めたのは彼女らなのだから。

 

「実際の所どうなん?」

 

 軽く体を捻りながら靴を待つ清雅をコート外から遠目に見ながら、一人の部員が伊武に問うた。それを問うのに、伊武は最も適した人材だろう。

 

「かなり上手いよ」と、彼女は目を輝かせながらそれに答えた。

 

 だめだこりゃ、とその部員は思った。とてもではないが、客観的な評価ではなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「もう一回!」

 

 垂直に跳ねたボールを手に取りながら、その先輩はそれをワンバウンドさせて清雅に返した。

 一回だけ、といった約束はどこに言ったのだろうか、すでに彼女と清雅の首筋には汗が滲み、ワイシャツは透け始めようかとしている。

 体育館を利用する他の部員たちも、なんとかそれをさとられぬように気を張りながらチラチラと彼女らを見ていた、彼らの名誉のために言っておくが、助平心からではない。

 

 元々は一回だけという約束だったのだ、点数をつけているわけではない、だが、それでもこの対戦でどちらがより有利なのかということは、見るものの印象のとおりであった。

 

「いいですよ」と、それを受け取った清雅は、ワイシャツのボタンをもう一つ開けながら答えた。バスケが嫌いなわけではない、繰り返していく内にだんだんと熱が入る。

 

 一度それを先輩にトスし、バウンドを介してからそれを受け取ってから再び勝負が始まる。

 

 先輩はあまり間合いを詰めすぎないように清雅の進路を塞ぐ。

 清雅はボールをついて一歩踏み出す。それを見てから先輩は間合いを詰めない。

 ドリブルからのディフェンスを抜き去るドライブが得意であるのは、これまでの対戦で嫌というほどに経験していた。相手の動きに多彩に対応できるように、ここは追わない。

 だが、今度は清雅が正面から自ら間合いを詰める。先輩はその一瞬の動きに思わず目をやってしまい、反応が一瞬遅れる。

 そこで清雅が動きを変えた、内に内に、右手左手と交互にドリブルしていたリズムを、不意に右手を返してドリブルを外にこねる。

 左から抜き去るつもりだ! と、先輩は体をそちら側に振った。インサイドアウト、リズムを変えて相手を抜くテクニック。

 だが、再び返された右手が、ボールを清雅の足の下に通した。

 それに気づいたときには、すでに清雅は右から抜き去っている。インサイドアウトそのものをフェントにしたレッグスルーが本命だった。

 先輩はそれでもすぐさま振り返ってそれを追うが、すでにドリブルを真正面から捉える状態ではない。

 後は高く飛んで体をゴール方向に流しながらレイアップシュートを決めるだけだった。

 

 

 

 

 

「降参! もう降参!」

 

 再び垂直方向にバウンドしたボールを見やりながら、その先輩は天を仰いで言った。

 悔しげだったが、そこに怒りのようなものは感じられなかった。大会までまだ日はある、清雅を相手にもっと練習を重ねればまだうまくなれるはずだ。

 

「はーい、じゃあ練習終わり」

 

 新田の声で、部員たちはようやく時間を認識したようだ。

 

「また来なさいよ」と、先輩は清雅に言った。

 

「ええ」と、清雅もそれに返す。爽やかな、清々しい表情だった。

 

 久しぶりに体育館でボールを触り、楽しかった。

 ただ、いつもと違ったのは、ボールが少し小さくなっていることだけだった。



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TSしたあと十一日

 放課後、多目的教室ではあいも変わらずボードゲーム部の活動が行われていた。

 斎藤の対戦相手は女子の制服に身を包んでいる。何のことはない、それは元から部員であった清雅だったのだが、それを眺める部長はその光景に少し感慨深そうにしていた。

 

「ついに我が部に女子が来るとはねえ……先々代の部長からの念願がようやく叶ったわけだ」

「むっさい部だったもんなあ」

「中身は男ですからね、一応言っときますけど」

 

「ヨン」と、清雅は斎藤の前に並べられたカードの右から二番目を同じくカードで指差して言った。

 

 並べられたカードは白いものと黒いものがあり、斎藤の前にならぶそれらの端には、白いカードに「11」と書かれていた。

 

「ノー」

「あーヤバい、これはヤバい」

 

 うなだれながら、清雅は手に持っていた黒いカードを表にしながら左端に置く「9」と書かれたそのカードは、たしかにそのゲームのルールを知っていれば非常にまずい公開情報であった。

 

「あちゃー、こりゃやっちゃったねーカワリュー」

 

 斎藤が山札からカードを一枚引き、裏側のまま「9」のカードの隣と向き合わせる。

 そして、しばらく考えてから言った。

 

「ナナ」

「イエス」

 

 清雅がそのカードを捲ると「7」の数字が現れる。

 それまでの流れから分かる通り、そのゲームは公開情報を頼りに相手の前に伏せられていたカードをすべて正解することを目的とするゲームだった。基本二人対戦で、部長は観戦に回っている。

 

「ゴ」

「……イエス」

 

 再びめくられるカード。ただの数字あてではなく、白と黒の二種類のカードがあるのが奥深いところである。

 

「ニ」

「なんでだよ!」

 

 放り投げるように白のカードをめくりながら清雅は叫んだ。これで清雅のカードはすべて表、丸裸になってしまったというわけだ。

 これで清雅の三戦連続負けである。もちろん多少の運も絡むゲームだから、清雅にそのすべての責任があるというわけではない。

 だが、このゲームは計算能力が重要なように見えて、その実、演技力も必要なゲームであるのだ。例えばどうして自分のこの数字をこんなにも簡単に当てることが出来たのか、とか、随分数字が絞れているはずなのにどうして悩んでいるのだろう、そんなにも公開したくない数字を持っているのだろうか、とか、そういう考え方ができる。

 清雅は、徹底的のその能力に欠けていた。つまるところ、演技ができないのである。

 

「わかり易すぎる……」

 

 斎藤は駄菓子の口を開きながら呟いた。彼だって鬼ではない、このゲームのそういう側面をすでに伝えているし、その上でいい勝負をしたいとも思っている。

 だが、演技力というものは今日明日でどうこう出来るものではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、良かったじゃないか」

 

 部長が清雅を丸裸にしたのを確認してから、斎藤が言った。

 

「女子制服もそこまで違和感ないぞ」

「それ、みんな言うわ」

 

 はあ、と、清雅はゲームの結果にも、その言葉にもため息をつく。

 

「不満そうだけど、いいことじゃないか。例えば俺みたいなのが女になってみろ、酷いもんだぞ」

 

 どこかで聞いたことのあるような例えに首をひねる清雅を尻目に、斎藤は更に続ける。

 

「不幸中の幸い、というやつだよ」

「まあ、そりゃ……そうなんだろうけど」

 

「楽しまなきゃ、現状をね」と、山札を切りながら部長もそれに同調した。

 

「でも」と、清雅は俯きながら言う。

 

「まだスカートには慣れませんよ」

「そりゃそうだろ、スコットランド人じゃあるまいし、そうすぐに慣れるもんでもない」

 

 よくわからない例えだったが、清雅はそれを無視する。

 

「それに……女子がめっちゃはしゃいでる」

 

 何も反応がないのを確認してから続ける。

 

「今度の日曜、伊武と買い物行くんです」

「自慢か?」

「真面目な話ですよ」

 

 悪い悪い、と笑ってから斎藤が答える。

 

「まあ、仕方ないじゃないか。生活の新しい刺激だ、邪険に扱われるよりかはいいだろう。まだ自分のことを男だと思っているなら、快く付き合ってあげればいい」

 

 部長が切り終わった山札を配りながら、斎藤は笑いながらそう言う。他人事だったが、他人なのだから仕方がない。

 

 

 

 

 

 

「いよっしゃあああああ!!!」

 

 久しぶりに、清雅が勝利の雄叫びを上げた。

 斎藤を相手に、久しぶりの勝利であった。

 

「ついてねえなあ」

 

 勝利の駄菓子を頬張らんとする清雅を眺めながら、斎藤はわかりやすくうなだれた。あれだけの数勝利しているはずなのに、一回負けただけでもやはり多少は悔しいようだった。

 

「ついてなかったねえ」と、部長も斎藤に同情的だった。

 

 あまりにも壊滅的な場札であったし、あまりにも壊滅的な引きでもあった。

 

「今日はよく寝れる!!!」

 

 運で勝ったことなどどうでもいいと言わんばかりに喜ぶ清雅、それを見せられては、斎藤も部長も腐るに腐れない。たまには負けてもいいかと思ってしまうというものだ。

 

「勝利の一枚でもとっとくか?」

 

 斎藤はポケットからスマートフォンを取り出して言った。本来ならば持ってきたはならないはずのスマートフォンだったが、斎藤に言わせればそれは形骸的で前時代的な、意味のない校則だから守る必要なんて無い、ということらしかった。

 

「おう! よろしく!」

 

 何の意味もなく何の意味もないポーズを決める清雅を、斎藤は画角に納めた。



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TSしたあと十二日

「ただいま~」

 

 平日の終わり、清雅はいつもと同じように、それでいて少しばかり明日の休日に心躍らせるような調子を伺わせながら玄関の扉を開いた。

 靴を脱ごうと視線を下げた時、彼は玄関に見慣れぬ靴があることに気がついた。

 ギラギラと輝く革靴だった。どこのブランドであるのかということは清雅には全くわからないが、おそらく、安物ではないだろう。

 

「あちゃー」

 

 小さく彼は呟いた。彼はその靴の持ち主に心当たりがある。

 見慣れぬ靴ではあったが、見知らぬ靴ではなかった。

 清雅がそれより先を考えようとした時、バタンと扉が開かれる大きな音が響き「清雅!」と、低い男の声。

 ドタドタとぎこちなく廊下を叩く音が響き、次の瞬間には、清雅はその男に抱きつかれていた。

 

「すまない! 清雅すまない! お前が大変な時期に! 私はそばにいてやれなかった!」

 

 つけすぎているというわけではないのだろうが、ここまで密着されるとその香水の香りは強烈であった。

 

「わかった! わかったから一旦離してよ! 父さん!!!」

 

 

 

 

 

 

「清雅、安心しろ」

 

 テーブルを挟んで向かい合わせ、清雅の目をくどいほどに覗き込む彼の父、河流雅信(かわりゅうまさのぶ)は、如何にもひ弱そうな丸メガネと真っ白な肌には似合わぬ形相でその先を続ける。

 

「すでに私の知り合いと話はつけてある。お前は新しい土地で全く新しい人間として生活することが出来るんだ」

 

 意味不明な提案に、清雅は思わず横に座る姉の方をちらりと見た。四角いテーブルに母、父、清雅、姉。

 姉、清美は諦めたように首を振った。「頼むからあんたが説明してくれ」と、その目が語っている。

 今度は母の方を見る、いつもは頼りになる母であるが、今日に限ってはうっとりとした目で父を眺めている。駄目だ、頼りにならない。

 

「お前が望むなら、明日にでも出発することが出来る」

「……あのさ」

 

 父親がもう前しか見えていないことを確信しながら、清雅が続ける。

 

「別に、そこまでして貰う必要はないんだけど」

 

 その言葉に、父は神妙な表情をしながら返した。

 

「清雅、遠慮することはない。父さんはいつだってお前達の幸せを願っているし、そのためなら何だってする。父さんが普段家にいないのも、こういう時にお前たちを助けてやるためなんだ」

「いや……だから……」

 

 清雅の父は、普段家にはいない。彼は普段会社が持つ海外工場の経営責任者として海外に出向しているからだ。

 故に、今回のような勘違いが起こる、状況のみが彼に伝わってしまい、肝心の家族の空気感というものがうまく掴めないのだ。

 

「俺、別にいじめられてないし。マジで」

 

 父の勘違いを、清雅は的確に否定した。

 父がそう思うのも仕方がないだろうし、実際にそのようなことが起こりうる危険性があるのかもしれないが、少なくとも今は、彼が恐れているようなことは起こっていない。

 

「……本当か?」

「本当だって」

「何も辛いことはないのか?」

「別に女になったから辛くなったことがあるわけじゃないよ」

「誰かに無理やり何かをされそうになったりも?」

 

 清雅は一瞬、無理やり女子更衣室に連れ込まれたあの騒動を思い浮かべたが、あれはまあ、別に多少嬉しくもあったから今回の件には入らないだろう。

 

「無いって」

「そうか……」

 

 父はそう言ってしばらく天を仰いだ後に。

 

「よかった~」

 

 わかりやすく脱力して、ズルズルと椅子から滑り落ちかけた。

 

「美咲さん、お茶頂戴」

 

 母はそれを聞いて「はいはい」と我に返ったようになってから席を立った。母の名は美咲(みさき)、父は結婚後も彼女をそう呼んでいるようだった。

 

「だからさあ、私何度も言ったよね、心配ないって」

「すまん、しかし本人から直接聞かないことにはどうしても」

 

 父は椅子に座り直してから続ける。

 

「何も問題がないなら良かった、それが一番だ」

「せめて帰ってくるなら連絡をくれればよかったのに」

「本当に急いで帰ってきたんだぞ、そんな余裕なかったんだ。それに、三日後の朝には帰らなくちゃならない」

 

 事実、彼の立場からすれば、本当にうまく時間調整をして空きを作ったものだった。

 

「はい」

「ああ、ありがとう」

 

 目の前に置かれた湯呑を傾けてから、父はホッと一息ついた。すぐに飲めるようにぬるく作られているのが、母の想いだろう。

 そして、ようやく落ち着いた目で女子の制服を着る清雅を眺める。

 ホッとして気が抜けすぎたのか、彼は小さく笑いながら言った。

 

「母さんの若い頃にそっくりだなあ、清美の小さな頃にもよく似てる」

 

 更にもう一度茶を飲んでから続ける。

 

「娘が二人か……」

「そろそろご飯の準備するわね」

 

 母が席を立った。

 それを気にせず父が続ける。

 

「よし、それじゃあ明日明後日は父さんと一緒にいような、好きなところに行こう」

 

 その提案に、姉とキッチンの母は目を輝かせたが、清雅はそれに首を振った。

 

「いや、俺明日は釣りに行くから」

「釣り? 一人でか!?」

「マサ兄達とだよ、いつものメンツ」

 

 ああ、と父は納得したように頷いた。近所に住む清雅の兄貴分は、父もよく知っていた。

 

「それじゃあ明後日」

「明後日も伊武と買い物行くんだけど」

「おっ、伊武ちゃんとか」

 

 父は嬉しげな表情をした、清雅からすればうっとおしい。

 

「よし、父さんもそれについて行こう」

「だめに決まってるでしょ」

 

 その提案は姉のほうが真っ先に否定する。

 

「しかし、女の子二人で街中に行くのは……」

「私中三の頃から行ってたけど、というより父親が女の子二人の買い物についていくほうがヤバいし」

「ううむ」

 

「まあまあ、いいじゃありませんか」

 

 サラダボウルを机に置きながら、母が言った。

 

「休日は私達と一緒にいましょうよ、私だって、あなたと合うのは久しぶりなんだし」

「そういう事、私と母さんで我慢しなさいな」

 

 ううむ、ともう一度父は唸った。

 

「しばらく見ない間に、皆大人になっていくんだなあ」



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TSしたあと一三日

 清雅、山上、内海、鴻上の四人が防波堤で釣りを始めたのは、太陽が水平線から顔を出す少し前からだった。

 狙いは砂浜の魚だ。重りのついた仕掛けを長い竿でぶん投げて、重りを砂浜に引きずりながらあたりを待つ。

 

 だが、その日は皆調子が悪かった。朝マズメを通過してもあたりは殆どなかったし、太陽が海を照らし始めても何もない。

 

 やがて、昼前ころになった頃、その事件は起こった。

 

「ごめん、本当にごめん」

「いやいや仕方ないよ、あるってこういうことも」

 

 絡まってぐちゃぐちゃになってしまった仕掛けをほどきながら、内海はニコニコと笑っていた。

 事件が起こったのは五分ほど前、竿に当たりがあったとはしゃいでリールを巻いた鴻上と同じく、内海の竿にもいい反応があった。

 このときから内海には嫌な予感がしてはいたのだが、嬉しげに笑顔をキラキラさせながらリールを巻く鴻上に何も言えなかった。

 だが、鴻上がリールを巻けば巻くほどに重くなっていく自身の竿に、内海はそれを確信する。

 これ、お祭りになっているなと。

 

「大丈夫か? 仕掛け切ろうか?」

「大丈夫大丈夫、ほぐしていけば取れるからこういうのは」

 

 鴻上は仕掛けを投げるのが下手だ。それは本人にも自覚がある。

 きっと彼がミスをして仕掛けが絡んでしまったのだろう。

 だが、内海はそれに怒らない。

 釣りをしていればそんなこともある、彼はそれをよく知っていた。

 

「ちょっと、ジュース買ってくるわ」

 

 大学生二人はそれに熱中していたため、清雅のそのような言葉にふたりとも気づくことが出来なかった。

 ただ唯一それを聞いてた山上が「いってらっしゃい」と、それを送り出すだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 とてもではないが綺麗とは言えない。所々がぼやけて内部にはクモの巣が張っているその自動販売機は、その実、高校生の清雅には魅力的な、一線を画するバリエーションであった。

 自動販売機を拒絶するように抵抗してた千円札をようやく飲み込ませ、とりあえずグレープフルーツ味の炭酸だけは確保した清雅は、山上達に持っていくべきジュースを、己のセンスを頼りに探ろうとしていた。

 その時である、不意に砂をサンダルがこする音がして、清雅の背後に二人の男が並んだ。

 

「あ、ちょっとまって」

「いーよいーよ、気にしないで」

 

 年の頃は清雅と同じくらいだろうか、中学生らしい幼さはないが、大学生らしい垢抜けさは無い。

 同世代らしいことに安心しながら、清雅は二本目を購入した。

 そのうちの一人が、清雅に向けて言う。

 

「地元?」

「いいや、成前」

「遠くね?」

「ここらへんしか釣りできるとこないじゃん」

 

 四本目も購入した清雅は、それを抱えて彼らに背を向けようとした。

 だが、彼らはそれを制するように言った。

 

「釣りって、あそこの防波堤で?」

 

「そうだよ」と、清雅は立ち止まって返す。

 

「あそこ今あんま釣れないんだよ、魚がスレてる」

 

 スレる、とは、魚が仕掛けを警戒してしまって食いつかなくなることである。

 

「だからかあ」と、清雅は一人納得したように天を仰いだ。あんなにも集まって釣れないだなんて、おかしいと思っていたのだ。

 

「俺達、よく釣れる所知ってるよ」

「まじで?」

「ああ、地元だからな、俺達は」

 

 うんうん、と、彼らは頷く。

 

「案内しようか?」

「え、いいのか?」

「いいよいいよ、成前から来てるんだろ? ちょっとは釣って帰らないと損だろ」

 

 清雅は、それを良い提案だと思った。せっかくならば一匹でも多くの魚を釣りたいし、地元の人間の意見ならば参考になるだろう。

 嬉々としてその話に乗ろうとしていた清雅の背後から、それを引き止める声が聞こえた。

 

「お前さ~」

 

 腰元に手をやられ、ぐっと引き寄せられる。抱えていたジュース達が零れ落ちそうになって、清雅は慌ててそれを強く抱え直した。

 

「買い出し行くならさあ、ちゃんと伝えてから行けよな」

 

 鴻上だった。

 

「知り合い?」と、彼は男達を見やりながら言う。

 

「いいや、今あった」

「ふうん」

 

 彼はじろりと彼らを見やった。

 

「釣れるとこ教えてくれるって」

「へー、どこなん?」

 

 じろりとした視線から目をそらしながら、男達の片方が東の方向を指差しながら答える。

 

「あそこの岩場の向こうに砂浜があるんです」

 

 しまった、と、彼らは思っていた。

 金髪、ピアス、馴れ馴れしい口調にダボついたジャージ。別に怖いというわけではないが、なんだかめんどくさそうだった。

 

「ありがとね」と雑に言って、鴻上は体を反転させる、当然腰を掴まれている清雅も同じようにターン。

 

「行くぞ」

「あ、ありがとな!」

 

 あまりに突然のことに慌てた清雅は、それを振り払うとか言うことを考えるよりも先に、首だけを振り返って彼らに礼を言った。

 

 

 

 

「そりゃ、そうだよなあ」

 

 段々と遠くなるカップルを眺めながら、片方の男が言った。

 

「まあな」と、もう片方もそれに答える。おそらく、彼らは同じことを考えている。

 

「ツバつけられてるよな、そりゃあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前さあ」

 

 しばらく歩いてから、鴻上は清雅の腰から手を離して言った。ため息半分呆れ半分と言った風だ。

 

「コールさんこそ、何だよ」

 

 ようやく、清雅もいつもの調子を取り戻したようだった。彼は口をとがらせながら続ける。

 

「良くしてもらったのに」

 

 その言葉に、やはり鴻上は「はあ~」とため息をつく。

 気づけば、内海と山上達と合流していた。

 彼らは不思議そうな目で鴻上を眺めていた、ジュースを買いに行った清雅に思うことはないが、鴻上が突然それを追っていったのは不思議だった。

 

「どうした?」と、問う内海に、鴻上が答える。

 

「ナンパされてたんだよ、こいつ」

 

「えっ!」と、その言葉に驚いたのは、清雅を含めて鴻上以外の全員だった。当人である清雅ですら、それには驚いていた。

 

「この童貞共が」と、鴻上が大きく呆れる。

 

「いいか清雅」と続ける。

 

「覚えとけ、女が面識のない男に声をかけられたら、それはすべてヤリモクのナンパだ」

「いや、そうとは限らないだろ」

「限る、ヤリまでのモクが長期スパンか短期スパンかの違いはあるだろうが、基本的には全部それだ」

 

「そんなもんなの?」と首をひねった内海に「それでも二十年以上男やってのかよ、お前はそのままでいてくれ」と返す。

 

「いいか、俺達はお前が元男の女であることを知っている。だが、お前のことを知らない人間からすれば、お前はただの無防備でチョロい女にしか見えないんだ」

「で、でも釣りの穴場に案内してくれるって」

「男が女を人影のないところに誘ってはいどうぞと返すつもりなわけ無いだろうが、めっちゃ下心あるわ」

 

「そうなのか!?」と、清雅は山上を見た。

 だが山上も「いや……どうだろう」としどろもどろだ。

 

「いいか、俺達もそういうつもりで考えないといけないんだ、こいつは男だが、無防備でチョロい女でもある」

 

 なるほど、と何の疑いもなく頷く内海。

 少し顔を赤くして俯く山上。

 そして、やはり清雅はまだそれにピンときてはいなかった。




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