IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~ (+ゆうき+)
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1話 彼は…

お久しぶりです。
ゆうきです。

某サイトの閉鎖につき、ハーメルン様にて再開させていただきます。

拙い作品ですが、暇つぶしにでも読んでやって下さい。


山田真耶の弟、山田真琴(やまだまこと)には精神疾患がある。

 

ものごころついた頃に高熱を出し、三日三晩生死の境を彷徨ったのが原因だ。

 

 

 

ちなみに何故男なのに真琴という女の子っぽい名前かというと、どうやら生みの親は二人目も女の子だと信じあらかじめこの名前を準備していたらしい。しかし実際に生まれてきたのは男の子。しかし両親は読み方が「まこと」ということで、この漢字で良いだろう的な流れで決めてしまった。

 

真琴は小さい頃はやんちゃ坊主の一言に尽きる。はいはいが出来るようになるや否やあっちこっち這いずり回り、気づいたら家族の前から消えていた。なんてことはザラである。

 

しかし高熱を出してからはまるで熱で脳細胞が死んでしまったのではないかというくらい聞きわけが良くなった。言うまでもない。心の病を患ってしまったのだから。

 

 真耶と真琴の年は10歳離れている。つまり、真琴が生まれた時真耶は10歳ということになる。両親は共働きだったため真琴の世話はほぼ真耶がしていた。これは真耶がIS学園の代表候補生となり、そして教員になってからも変わらなかった。

 

 つまりどういうことかというと。ブラコンとシスコンの一丁上がりという訳だ。真耶は学校が終わるとすぐに家に帰宅。そして真琴と遊び始める。代表候補生ということもありそれなりに忙しかったが、目に入れても痛くないと豪語しただけはある、本人は一度もつらいと言いださなかった。むしろ、もっと弟と一緒に居たいとおもっていた。

 

 しかし真琴が5歳、つまり真耶が15歳になった時に事件は起きた。そう、真琴が高熱を出して倒れた時の話である。弟がIS学園に連絡をしてきたのである。か細く、今にも消えそうな声を聞いた真耶は、その日の授業を全て放り出し家に帰宅した。そこで見たのは誰にも看護されず、一人で高熱にうなされる弟の姿だった。親が共働きなため誰にも助けてもらえず、やっとの思いで電話まで這いずったのだろう、弟は電話の前で倒れていた。

 

 これを見た真耶は発狂しかけたが、急いで真琴に駆け寄り状態を確認、すぐに応急処置を始めた。さすが代表候補生。発狂しかけていても的確に看護できるあたり、優秀さが伺える。

 

それから三日間、真琴の熱は下がることはなく、医者に見せても診断結果は原因不明。結局解熱剤を処方されただけだった。40度という高熱の中生死の境をさまよい、朦朧とした意識の中うわ言の様に「ごめんね、お姉ちゃん」と繰り返す真琴を見て、どうしてもっと早く体調の異変に気付いてやれなかったのだろうと悔いた。

 

 ここから更に真耶のブラコンっぷりは指数関数的に加速していくことになる。真耶に似た外見をもつ真琴。ふっくらとした唇、ぱっちりとした目、庇護欲をかきたてる鈴を鳴らしたような声、どれをとっても一級品である。真耶と一緒に商店街に買い物に行けばご近所の奥さんから次々にお菓子を貰い、店に買い物に行けばおまけを次々に貰う。重くなりすぎたエコバッグを両手で前に抱え必死に歩く姿は悶絶物である。これぞショタっ子パワー一万馬力! さぁこっちを向いて笑って! ハリーハリーハリー!

 

 ……失礼、取り乱した。つまりどういうことかというと、近所の商店街では山田姉弟は癒し系のマスコットキャラとしてちょっとした有名人だったのである。

 

 熱を出してから一年、真琴は6歳になっていた。まるで火が消えた様に大人しくなった弟を見て、真耶は悲しげな笑顔を浮かべていた。負い目があるのだろう。いくら学校にいっていたとはいえ、弟の体調の異変に気付けなかったのだから。

 

 IS学園から帰宅し、いつもの様に真琴と遊ぼうと彼の部屋に行った時、そこで見たものはIS学園の参考書を見ながら何か呟いている弟の姿だった。今思えば、高熱を出した後真琴は新聞を読むようになった。初めは背伸びをして親の真似ごとをしているのだろうと思っていたのだが、彼が新聞を読む時の姿勢を見て徐々に異変にきづいてはいた。何せ真琴が新聞を読み始めると、話しかけても反応が全くと言っていい程無かったのだから。

 

 真耶は弟に「何を見てるの?」と尋ねたが、返事がない。揺さぶってみたが、一向に気づく気配がなかった。またこのパターンかと、真耶は台所に向かった。

 

そして、棚からストックしてあるドーナツを取り出すと、彼の顔の横に静かに差し出す。するとどうだ、今まで全く反応しなかった真琴がピクりと動いたかと思うと、辺りをキョロキョロと見回し始めた。

 

そして姉を見つけると、静かに微笑むのであった。

 

「ねぇ、まーくん。何を見てたの?」

 

「えっとね、ここおかしくない?」

 

「どれどれ、ちょっとお姉ちゃんに見せてね」

 

 

 弟は勤勉だなーとか思いながらその箇所をみると、IS学園の特記事項についてだった。何がおかしいのかと尋ねると、3つの特記事項についての矛盾点を指摘してきた。これをきいて真耶はびっくり仰天、メガネがずり落ちるのもかまわず3つの事項を食い入る様に見た。しかし何がおかしいのか真耶には分からない。そこで真琴に尋ねると、真耶にも分かりやすい様に解説し、矛盾を解消するにはこうしたらいいんじゃないかと提案してきた。

 

 正に目からウロコだった。まさか6歳の弟にこんな難しい事が分かるのかと、半ば信じられなかった。真耶は翌日登校するとすぐにこの矛盾点について教師に駄目もとで尋ねてみた。すると初めは教師は笑顔で対応していたのだが、矛盾点を指摘し始めたあたりから顔が徐々に青くなっていき、解説を始めた辺りで足早に立ち去って行った。ちなみに、その日の午前中の授業は自習になったそうな。恐るべし6歳児。

 

 放課後になり、真耶は愛しき弟にいち早く合うために帰宅の準備をし、家へと歩を進める。すると、校門を出たところで学園の担任と教頭に呼びとめられた。なんでも、この矛盾点は学園の穴をついた物であり、下手をすると海外からの干渉を受けてしまうような内容だったらしい。教師一同から頭を下げられてしまった。これに気付いたのは自分ではないと伝えると、本人に会ってお礼をしたいと言われてしまった。しかたなく真耶は事実を伝えた。するとどうだ、皆唖然とし、是非会いたいと懇願されてしまったのだ。今思うと、6歳でこの知力。ツバを付けといて損はないと踏んだのだろう。

 

 その日真耶は10人は乗れるんじゃないかというリムジンに乗せられて、IS学園の重役と一緒に帰宅することになった。

 

 その後も出るわ出るわ教科書の矛盾点や間違った解釈。その都度教師が真耶と一緒に帰宅し、ペコペコと真琴に頭を下げるという、なんともシュールな事態に陥っていた。結局IS学園で採用していた参考書の実に4割が改訂、もしくは一新された。真琴には感謝状が贈られ、将来IS学園の教師にならないかとスカウトされていた。それもそのはず。真琴は教科書を的確に理解し、解説をしながら矛盾点を指摘したのである。教師顔負けの理解度はとても6歳児の物とは思えず、周りから神童とと呼ばれるようになった。IS学園は物は試しと真琴にIQテストを受けさせたのだが、結果はなんと測定上限限界。反重力力翼や流動波干渉といった、ISの飛行に関する定義を生み出した博士よりも遥かに高いだろうという結果を叩きだしたのである。

 

 そしていつも通り、真琴はIS学園の教師と教科書の矛盾点について話していたのだが、教師から現状のISの不満点を聞き、構造についての参考書を見ている内に、ISの画期的なシステムの基本構造を作り出していた。

 

 このシステムを持ち帰った教師は、早速学園に所属している研究者にこの基本構造の論文を見せると、研究者は狂喜乱舞。これで汎用機の能力が底上げ出来る!と歓喜にうち震えていた。

 

 この結果を見てIS学園は真琴が将来教師ではなく、優秀な研究者になると考えた。6歳でこれである。末恐ろしい才能だ。

 

 この世界にはIS(インフィニット・ストラトス)というマルチフォーム・スーツが存在する。

 

 篠ノ之 束という科学者が発明したそれは、とある事件により世界的に知られる事となり、始めは宇宙空間での活動を想定していたのだが、マルチフォーム・スーツというより、パワード・スーツとしての価値が見出されて軍事転用されたのだ。

 

 IS学園とは、そのIS操縦者専用の高等学校である。かなり特殊な立ち位置にある学園(学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約がある)だが、ISを操縦するという項目を除いたら、国際的なハイスクールという扱いになる。

 

 そして2年後、真琴が8歳の時である。ついに学園から、現物を見て欲しいと依頼がきたのだ。世間的に見ると驚異的な事である。世界のパワーバランスを崩した兵器を僅か8歳の子供に見せるなど通常では到底考えられない。

 

 しかしまぁ、真琴は初めこれを渋った。何故かと言うと、忙しくなって真耶に会う時間が減るからである。大人からみたらなんとも子供っぽい理由だと一蹴されそうだが、そこはほら、天才っていうのは凡人には理解されないわけで。

 

 予想外の事態に学園はちょっとだけ焦った。ちょっとだけ。初めこそ真琴が拒否した事実に焦ったが、理由を聞いて安心した。なんてことはない。真耶をIS学園の教師として雇ってしまえばいいのである。幸い真耶は代表候補生まで上り詰めた腕前である。教師として活動してもなんら問題はないだろう。

 

 真琴はその事実を聞いて喜んだ。姉の人生が勝手に決まってしまったのは心が痛むが、学園でずっと一緒に居られるのである。渡りに船とはこのことだろう。真耶にこの事を伝えると彼女はとても喜んだ。「これでいつでも一緒にいられるね!」と満面の笑みで真琴を抱きしめていた。その豊満な体で抱きしめられた真琴は顔を赤くしていたが、抱きしめていた真耶は気づいていなかった。

 

 

 

 

―――そして、場面はIS学園に移る―――

 

 あ、お早うございます、山田真琴です。いきなりなんですが、僕は今日からIS学園で働くことになったみたいです。……学校、もうちょっと行きたかったなぁ。お願いしてみようかな、僕も授業に出られないか。

 

 

 

 

「まーくん緊張してるの? 大丈夫だよ、おねえちゃんが一緒だからね」

 

でも……お姉ちゃんといつも一緒に居られるなら、それもいいかなぁ。

 

「うん……」

 

 

 

「どんな状況になってもお姉ちゃんはまーくんの味方だからね?大丈夫だよ」

 

「うん、ありがとうお姉ちゃん」

 

 どんな所に行っても、お姉ちゃんが一緒なら大丈夫。うん、きっと大丈夫だと思う。大丈夫だといいなぁ。

 

「それにしてもまーくんが研究者、かぁ。なんだか嘘みたいだね」

 

「ぼくもびっくりしてる」

 

「でもね? それだけまーくんは頭がいいってことなんだよ。普通は一杯勉強して立派な大人にならないとこういう所にはこれないんだから」

 

「ぼくがいってもいいのかな……?」

 

「大丈夫よ。学校の方からお願いされたんだから。自信をもって !ね?」

 

「うん!」

 

 

なんか、運転手さんの視線が生暖かいです。なんでだろう?4




―――まーくん、どうしたの?

―――……トイレ。


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2話 研究所での××

IS学園の研究所に到着したんだけど……なんていうか、無機質な感じしかしないんだ。ちょっと怖い。……あ、あの機械教科書で見たことある。ISのエネルギーの効率を見るのに使うんだよね。

 

あっちにはパソコンがいっぱいある……。いいなぁ、僕もパソコン欲しいなぁ……。

 

これは……ストレージタイプのオシロスコープ? 確か、もっといい物を参考書で見かけた気が……。

 

なんか色んな機械が出しっぱなしにしてある……。ちょっと汚いかも。本当に世界トップレベルの研究所なのかなぁ? 

 

「まーくん、どうしたの?」

 

「ん、なんでもないよ。みたことないきかいがいっぱいあったからちょっと」

 

だけど、広いなぁ。僕の部屋の何倍あるんだろ、ここならISが飛んでも大丈夫そうだね。早くみたいな。

 

「いらっしゃい。ようこそIS研究所へ!」

 

誰だろ、ここの学者さん達かな? あ、挨拶は忘れないようにってお姉ちゃんに言われてたっけ。

 

「あ、お世話になります。一年一組の担任をしております山田麻耶です。」

 

えっと、どうしよ。僕、知らない人に話しかけるのって苦手なんだよなぁ……。

 

「……こんにちは」

 

とりあえず、お姉ちゃんの後ろに隠れてみよう。うん、きっとなんとかしてくれるはず。

 

この対応を見て研究者さん達は大いに和んでいた。女しか乗れないIS。必然的に研究者も女が多くなる。今ここに居る研究者さんも10人全員が女だ。研究員達から黄色い歓声が上がる

 

「かわいい~! 本当にこの子があの基礎理論を構築したの?」

 

「にわかには信じられないわよね。でもこの可愛さは反則・・・うっ。」

 

ちょっとお姉さん達、鼻血出てるんだけど……。わわっ、後ろの人! なんかハァハァ言ってるけど大丈夫なの!? 目がすっごく怖い!!

 

「ん”ん”っ! 君が山田真琴くんだね?」

 

ピンクに染まり出した雰囲気を一蹴し、真琴の名前を尋ねてきたのは他の研究員とは別格だった。長年研究を続けてきたという自信がみなぎっている。

 

「あっ、はい……」

 

「私は真耶君が生徒だった頃教鞭をとっていてね、ちょっとした知り合いなんだ。これからよろしくね?」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「うんうん、素直な子には好感が持てる。これなら皆とも上手くやっていけるよ」

 

ちょっと、主任さん。後ろを見てよ、後ろを。学者さん達の目がライオンみたいになってるんだけど……。

 

「あ、あの国枝主任……。後ろの研究者の方達の目が怖いんですが」

 

おお、お姉ちゃんナイス! 

 

「ん? ……おいお前ら。間違っても真琴君に手は出すなよ? 友人の弟さんを預かるんだ。何かあったらお前ら社会的に封殺されるからな!」

 

国枝と呼ばれた主任さんが後ろを一瞥しながらそう言うと、周りにいた研究者達はいっせいに目を逸らした。本当に大丈夫なのか一抹の不安が残る。

 

「大丈夫だからねまーくん? 何かあったらお姉ちゃんが助けてあげるから」

 

やっぱりお姉ちゃんは頼りになるなぁ。また助けてもらっちゃった。

 

「それでは国枝主任。私はこれからSHRに行かなくてはならないので、後の事はお願いします。まーくん、学校が終わったら迎えに来るからそれまでお姉さん達と仲良くしててね?」

 

「うん!」

 

 

弟を研究所に送りだした後、私は授業に向かった。これで弟と毎日同じ生活が出来ると思うと心が躍る。うふふ、まーくん……。

 

「山田君」

 

今日は一緒にお風呂にはいって、それからそれから……。

 

「山田君?」

 

その後髪の毛を乾かして一緒の布団で……。

 

「山田くん!」

 

「ひゃい!?」

 

びびびびっくりしたぁ~! だ、誰?

 

真耶が振り返るとそこには、黒のスーツにタイトスカート、すらりとした長身、よく鍛えられているが、決して過肉厚ではないボディライン、そして、狼を連想させる鋭い目を持つ人物が立っていた。

 

「あ……、織斑先生。おはようございます」

 

織斑千冬。世界最強のIS使い。色々あってIS学園で教鞭を振っている、私の目標だ。

この人はいつもこんな感じ。まるで隙がない。いま後ろから襲いかかったとしても軽くあしらわれちゃうんじゃないかな。

 

「どうしたんだ? 心ここにあらずといった感じだったが……」

 

あぅ……。お見通しか。ちょっと相談してみようかな。

 

「実はですね……。今日から弟が研究所でお世話になっているんですが、上手くやっていけるか不安でして」

 

「弟? たしか山田君の弟は10歳にも満たなかったと記憶しているが……」

 

「はい、今年で9歳になります」

 

まーくんの名前を出した瞬間、織斑先生の顔色が変わった。この人は一を聞いて十を知る人だし。全て理解したみたい。

 

「そうか山田君の弟が……。あの噂は本当だったんだな」

 

噂? もうそんな話が?

 

「どういった噂が流れてるんでしょうか」

 

「ああ、なに。わずか八歳にして、それまで鉄板とされていたISの基礎理論をぶち壊した人物が居るという噂だ。噂に過ぎないと思っていたんだがな、まさか山田君の弟がそれだとは思ってもいなかった」

 

「私も正直驚いています。家でISの特記事項を見てぶつぶつ呟いていた時から大人びているなぁとは思っていたんですが」

 

「……山田君、機密情報という言葉をしっているか?」

 

「あっ! ……で、でもまーくんはまだ子供ですし!」

 

ま、まずいまずい!これは説教パターンだ!

「まぁ、今回は真琴君がIS学園の研究者となったからいいが。これが外部に漏れたら大事だぞ。そもそも君は……」

 

うぅっ、やぶへびだったぁ~。はっ!予鈴まで後五分しかない!

 

「お、織斑先生。予鈴まで時間もないですし。この件については……」

 

「ん?ああ、確かにもう時間がないな。山田君、悪いが私は会議があって少し遅れる。先に一人で行っておいてくれないか」

 

「あ、はい。それじゃあー……。新入生の自己紹介とか初めちゃって大丈夫ですか?」

 

「ああ、かまわない。それでは、また後でな」

 

「はい、また後で」

 

ふぅっ! あ、危なかった~! 次からは気をつけなくちゃね! さて、と。いよいよ私にとって初めてのクラス持ちか……。副担任とはいえ、気をぬいちゃ駄目! 気張っていかなくちゃ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、研究所はというと

 

 

「真琴くーん! おいしいお菓子があるんだけど、お姉さんと一緒にお茶でも飲みながら休憩しない?」

 

「あ、はい……。いただきます」

 

少しづつ場の雰囲気に慣れ、徐々に笑顔が出つつある真琴がいた。この様子からは誰も想像できないだろう。彼がISの基礎理論をぶち壊したとは。そして、真琴を可愛がる研究員の雰囲気がピンク色になりつつあった。

 

 

「あーもう! ハムスターみたいでかーわーいーいー!」

 

「私もこんな弟が欲しかったなぁ~」

 

「ねね、ちょっとこっちにきて?」

 

言われるがままにトテトテとおねいさんの横に歩いていくと、脇に手を入れられて、おねいさんの上にちょこんと座らさせられていた。うしろから抱きしめられて頭をうりうりと撫でられる真琴を見て、ピンク色は更に加速していく。

 

 普段はぼけーっとしている真琴だが、さすがに気に障ったみたいだ。少しだけ表情にかげりが見え始める。

 

「はーなーしーてー」

 

ぐいーっと抱きつく研究員を押して離そうとするが、力で勝てるわけもなく、再び抱きつかれてしまった。

 

「嫌がる素振りも可愛いなぁ、もう!」

 

「むー……」

 

真琴のほっぺがぷくーっと膨らむ。不貞腐れてしまったみたいだ。

 

「あ……ご、ごめんね真琴君。もうしないからこっちむいて?」

 

ぷいっとそっぽを向いてしまった。研究員達が必死に彼のご機嫌取りを始める。

 

「ほらほら、おいしいドーナツがあるよ! 一緒に食べようよ真琴くん」

 

「ケーキもあるわよ。ほら、選び放題!」

 

「……。」

 

本当はそこまで怒っていなかったのだが、研究員達が本気で真琴のご機嫌取りを初めてしまったため、なんというか、後には戻れない状況を作り出していた。

 

この状況を打破するべく、真琴の頭脳が稼動を始めた。

 

 

数秒後

 

 

 

「……IS」

 

「ん? 何かな? 何でも言って?」

 

既に好感度メーターはMAXな状態から下がる事はない。常に振り切っている状態である。

 

真琴は、普段姉に頼み込む態度を同じ姿勢で研究員達に話しかけた。

 

「ISを、みせてほしいです」

 

真耶と同じくクリクリとした可愛いお目目で上目づかいで見つめられて、おねいさん方が抗えるはずもなかろう。あっさりと陥落した。

 

「あーもういちいち可愛い! おねえさんなんでも言うこと聞いてあげちゃう!」

 

研究所が彼の色に染まるのもそう遠くないのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、一方その頃真耶の受け持つ教室はというと

 

 

「全員揃ってますねー。それじゃあSHRをはじめますよー。」

 

教壇に立つ真耶、それを見つめる30人の生徒。例年通りなら和やかムードの中自己紹介が始まるはずだった。しかし、今年は異様な緊張感に包まれていた。そう、皆もご存じ唐変朴・オブ・唐変朴ズの織斑一夏君がいるからである。

 

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね。」

 

 

「…………。」

 

 

ううっ、何この雰囲気~!すっごくピリピリしてる・・・。めげるな私!

 

 

「それでは、まずは私から自己紹介をしたいと思います。私の自己紹介が終わったら、次は皆さんの番です、それまでに考えておいてくださいね?」

 

「それじゃあ先生にしつもーん!」

 

「いきなりですか。はい、どうぞ」

 

「先生はー、彼氏とかいるんですか?」

 

やっぱり女の子だもんね。そりゃ気になるか。

 

「えっと、残念ながらそういった経験はありません。弟がまだ8歳で、両親も共働きなので色々と忙しい時期なんですよ」

 

というのは建前。彼氏かぁ、まーくんが独り立ちしたら考えてもいいかなぁ。

 

「弟君の名前はなんていうんですか?」

 

「山田真琴です。真偽の真と、楽器の琴とかいて「まこと」と読みます」

 

えへへ、まーくんの事ならなんでも聞いて! 答えられないことなんてないよ!

 

「せんせー、弟君はかわいいですか?」

 

キュピーン! その質問をまってました!

 

「かわいいなんてもんじゃないですよ。商店街にでかければご近所の奥さんからはかわいいって褒められて、お店のおばさんからは女の子に間違えられるし……」

 

(あ、山田先生ってブラコンなんだ)

 

ほっぺたに手を当ててクネクネしながら説明を始める真耶を見て、生徒達は理解した。

 

「あ、今まーく……じゃなかった。真琴は学園に滞在してるので、そのうち会えるかもしれないですよ?」

 

「滞在って、8歳の男の子が?」

 

「はい、本日付でIS学園の研究員として働いています!」

 

ふふーん! まーくんはすごいんだよ! 皆もっと関心をもっ……いや、持ちすぎてもそれはそれでちょっと困るかなぁ。

 

「8歳で研究員って……どんだけ頭いいんですか先生の弟君」

 

「なんと! これは先生もびっくりしたんですけど、学園のIQテストで真琴は測定値の上限ギリギリという驚異的な結果を叩きだしたんです! これは姉として誇りに思っています!」

 

測定上限いっぱいという言葉が出た瞬間、教室が揺れた。そりゃそうだろう。天才と言われた篠ノ之束ですらIQ200と言われている(正式に測定した訳ではないが)。ひょっとしたら彼なら将来ISのコアを解析し、それを量産できるのではないか。

 

「測定限界!? それって篠ノ之束よりすごいんじゃない!?」

 

「これは優良物件か・・・っ!」

 

「すんごくかわいいらしいし!」

 

「後で会いに行かなきゃ!」

 

 

(……恋せよ乙女とは言うけどさ、8歳の子供相手にこの反応はどうかと思うんだ、先生は。

まーくんは誰にも上げないんだから!)

 




―――ギリギリギリ……

―――お、お姉ちゃん?


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3話 種 覚醒

お姉さん達に回路図とか色々用意してもらったのはいいんだけど……。これだけじゃちょっとわかんないなぁ。もっと細かい情報がないとなんとも言えないや。

 

「どう?それは量産機「打鉄」の回路図と配線図なんだけど。真琴君にはちょっと難しかったかな?」

 

よし、この際だから色々とお願いしちゃお。聞いてくれるよね、多分。

 

「えっと……その、ぶひんとかのくわしいデータがみたいんですけど……」

 

「ああ、納入仕様書ね。ちょっとまっててね」

 

「あ、すみません。そ、それとプログラムを……」

 

「……本気だね真琴君。わかった。それも用意するね」

 

「すみません。おねがいします」

 

「いいのよー。おねえさんにまかせておいて!」

 

やっぱり、大人の女の人って僕が頼み込むとだいたいお願い聞いてくれるんだよね。えへへ、次もこの調子でお願いしよっと。

 

 

 

 

 

 

さてさて、用意された説明書は全部で100……くらいかな? 思ったより少ないかも。やっぱ第二世代のISだからかなぁ。説明書って画面で見るよりも紙の方が見やすいんだよ、知ってた? だって一つのディスプレイに表示できる数って限界があるじゃん。

 

……? なにこの部品。素子の定数が大きすぎじゃない? この組み合わせだと入ってきた信号をこの部品が吸収しちゃって出ていく信号との時間差が生まれちゃうと思うんだけど……。それにこっちの素子も。うわー出てくる出てくる。これじゃ搭乗者の画面に表示される数字にもノイズが乗っちゃうんじゃないかな。こっちも変更しなきゃだめかなぁ。……こっちはコアかな? とりあえずこれは後回しっと。

 

暇な時に読んでた本がこんなときに役に立つなんてね。読んどいてよかった。

 

―――30分後―――

 

 真琴が仕様書とプログラムを比較し始めた辺りでは、おねいさん方はニコニコと子供を見守るような視線で真琴を見つめていたが、彼の雰囲気が一変してからは彼女らの笑顔も消えた。真琴に声をかけても一向に返事が返ってこないからだ。

 

 真琴は高熱を出した時、精神疾患と共に、ある才能を手に入れた。それは、後天性集中力過剰という精神疾患そのものである。本来これは先天性の物が多い。しかし真琴は後天性。先天性に見られる日常生活に必要な思考の低下などが見られない。

 

このように、集中力過剰というものは使いようによっては疾患にも才能にもなる。

 

真琴は異常とも言える程の集中力を手に入れた。一度集中状態に入ってしまうと、周囲が見えなくなり何が起きても気づかない。自身の処理能力を上回る情報の洪水に飲み込まれている。如何に難解な数式であろうと、如何に複雑な技術であろうと、常人を遥かに上回る速度と精度で学習する恐るべき能力だ。

 

そして、その精度は想像を絶する。一度学んだことは絶対に忘れないし、一回で骨をつかむため復習の必要もない。

 

そのため、一つの事を考えながら別のことを行うという、常人には中々難しい技を平気でやってのける様になっていた。更に、二つ以上の物事を同時に考えることもできるようになっていた。

 

CPUで言う、処理速度が恐ろしいほど速いために使用率が全然増えない状況に似ているかもしれない。そのため、複数の処理を同時にさせても余裕がある。という訳だ。

 

 

 

「ねぇ、真琴君? 何かわかった?」

 

「……。」

 

「真琴君?」

 

「……。」

 

「ねぇ、ま「やめておけ」……主任?」

 

「恐るべき集中力だ。今彼は近くで銃声が鳴ろうと気づかないんじゃないか?さすが、8歳でISの基礎理論をぶち壊しただけはある」

 

「すごいですね……。さっきのぼけぼけした可愛い真琴君はどこへいったのやら」

 

「ふふっ、おっと、今度はすごい勢いで数式を書きだしたぞ。みんなみておけ、彼がどういった世界で物事を考えているのかを」

 

「はいっ!」

 

結局、真耶が戻ってくるまで真琴は思考の渦から戻ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まーくんおまたせ! ってあれ? 国枝主任、どうしたんですが皆立ちつくしちゃって」

 

「しーっ。いま真琴君が、我々でも理解の及ばないレベルで、1と0の世界にダイヴしているんだ」

 

「え?」

 

真耶が真琴の方を見ると、そこには8つのディスプレイ、8個のキーボードを前にし、無表情で作業を続けている真琴の姿があった。感情の読み取れないそれは、まるでロボットだ。

 

「真琴君はいつもああなのか?」

 

「ええ、ISの参考書を読んでる時はすごかったですよ。ほっぺを引っ張っても気づく素振りがありませんでしたし」

 

「末恐ろしい才能だ。このまま成長すれば、彼は篠ノ之束を超えるかもしれん」

 

「私としては、どんどん高みに登ってほしいですね。それこそ、誰にもたどり着けない領域に」

 

国枝主任と真耶が会話していると、キーボードを叩く音が止まった。どうやらひと段落ついたらしい。

 

「ふぅ。……あっ、おかえりお姉ちゃん」

 

 

すぐさま姉に駆け寄る真琴をみて、研究所の皆は温かい視線を送っていた。それと同時に幼い研究者に敬意を払っていた。

 

「真琴君。何か問題点の改善とかはできたかい?」

 

姉にうりうりされている真琴に、国枝が問う。それに気づいた彼は姉の手から離れ、自分が作業をしていたスペースに戻り、いそいそと準備を始めていた。

 

「は、はい。えっと、いちおうこれがほうこくしょ? なんですけど……」

 

そういってディスプレイで立ち上げたのは余裕で数十枚は行くであろう電子データだった。

 

「えっとですね、さいしょのもんだいてんなんですけど。」

 

そういって真琴は電子データの一枚目を表示させた。

 

「いまつかってるぶひんだと、たぶんはいってきたしんごうにたいして、でていくしんごうとじかんさが……」

 

「……そうだね、打鉄はレスポンスが悪い。それは我々研究者達の大きな問題点なんだ」

 

「それなんですけど、えっとどこだっけな……」

 

研究所にページを送る音が響き渡る。無駄話をしている研究者は誰もいない。

 

 

「ああ、あった! えっとですね、たぶん、このぶひんがわるさをしているとおもうんです」

 

「……続けて?」

 

「は、はい!で、ですね。もうちょっとここのIC(集積回路)とそのまわりのぶひんのおおきさをかえればいいとおもいます」

 

「ICの中は?」

 

「あ、はい。それはこっちです」

 

続けて、違うディスプレイにプログラムが表示された。ここまで来ると真耶には何が何だかわからない。ぽかーんと口をあけてただ見る事しかできなかった。

 

「えっと、ここのきじゅつなんですけど、このままだとここによけいなループがあってですね、そのぶんICからでていくしんごうがおそくなるとおもうんです」

 

「……どう変えればいいと思う?」

 

「あ、はい。へんこうしたプログラムがこっちです」

 

また違うディスプレイに異なるプログラムが表示される。小さな変更点もあれば、全く新しいプログラムに変わっている部分もあった。

 

「ちょっと見せてもらっていいかな」

 

「あ、はいどうぞ。……あの、すいません。ぼく、のどがかわいちゃって」

 

「今用意させよう、誰かこの小さな研究員に飲み物を頼む」

 

「はい、すぐに」

 

「それでは、私が見終わるまで待っててもらえないかな」

 

「あ、はい。わかりました」

 

おずおずと椅子に座る真耶に近づいていく真琴を見て、国枝は優しい視線を送っていた。

まぁ、他のおねいさん同様真耶も彼を膝の上にのせていた訳だが。そこは割愛しよう

 

 

 

―――15分後―――

 

国枝は脱帽していた。いままで研究員が頭を抱えていた問題の約半分を、10歳にも満たない少年が一日で解決してしまったのだ。神童という肩書ですら、彼の前には霞んで見えるかもしれない。さすがに報告書の書き方は拙いものだったが、そんなものはどうでもいい。大事なのは中身なのだ。報告書を読み終えた国枝は、真耶の上でうりうりされてうれしそうに目を細めている少年に歩を進めた。

 

とても8歳とは思えない、丁寧な説明。そして、プレゼンテーション能力。国枝はこの少年の奥底に秘める可能性を見出していた。

 

 

 

「真琴君、君の報告書は読ませてもらったよ」

 

「あ、はい。……どうでした?」

 

クリクリとした目で不安げに見上げてくる少年を見て、国枝の心はきゅんきゅんしていた。そんな不安がることもないだろうに……と思ったが、社会に出たことのない少年が大の大人を前にしたら無理もないかとも思っていた。

 

「素晴らしいの一言に尽きるね。全く、これでは私達が何のためにいるか分からなくなってしまうよ」

 

「……ごめんなさい?」

 

「謝ることはないよ。私達にとってもいい薬になった。そして、この理論は試す価値は十二分にある。明日から早速部品の取り寄せを行うとしよう」

 

「あ、はい」

 

国枝はうれしそうな少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。その時の嬉しそうに目を細めている少年を見て鼻から愛が噴き出しそうになったが、鋼の理性で耐えた。とだけ言っておこう。

 

「もうこんな時間だ、子供は家に帰る時間だよ。さ、帰りなさい。明日も期待してるよ」

 

「は、はい。おつかれさまでした」

 

「また明日ねー真琴くん!」

 

「まだまだ課題はいっぱいあるからねー。期待してるよ!」

 

「それでは、お先に失礼します。さ、まーくん帰ろっか」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

さて、今日から真耶と真琴は教員様の寮で一緒に住む事になるのだが。ここで大切な事を忘れていた。

 

「お姉ちゃん」

 

「なに?まーくん」

 

「おなかすいた……」

 

そう、大事な大事な晩御飯です! 真耶も疲れただろうが、ほぼ半日飲まず食わずでパソコンに向かっていた真琴はもうお腹がペコペコである。それはもう、お腹と背中がくっつきそうなくらい。

 

「あ、そうだね。今の時間だと……学生と一緒になっちゃうけど大丈夫?」

 

現在19時半。食堂は18時からなので、恐らく時間的にももっとも混んでいる時間だろう。

 

「ん・・・。お姉ちゃんといっしょならだいじょうぶ」

 

「そっかそっか。それじゃ食べに行こうか。ああそうだ。まーくん、ちょっと手を出して?」

 

「? うん」

 

おずおずと真琴が手を出すと、真耶はその上に一枚のカードを載せた。

 

「なぁにこれ。ぼくのしゃしんがはってある。」

 

「えっとね。それはIS学園のIDカード。これがあれば食堂でご飯たべられるんだよ。まーくんは多分今日の活躍だけで相当なお金が入ってると思うから試してみよっか。駄目だったらお姉ちゃんのカード使えばいいから」

 

「うん」

 

山田姉弟は手を繋いだまま食堂を目指した。

 

 

 

 

 

食堂に到着したが、真琴は一歩を踏み出せないでいた。何しろ見渡す限り女、女、女!

 

何しろ職員も生徒もほぼ100%女なのである。一学年120人と仮定して、ほぼ全員が入寮しているため、職員を含めて400人弱の女性がいることになる。さすがに全員一気に食堂に集まる訳ではないが、19時半という、最も晩御飯に適した時間だ。200人以上はいるだろう。

 

まぁいつまでもこうしている訳にもいかないので、5分ほど尻ごみした後手を繋いだ二人は食堂に突撃していった。真琴君、健闘を祈る。

 

 

券売機で食券を買い、カウンターに並び始めた時点で生徒が異変に気付いた。明らかにちんまいのが並んでいるからである。ちなみに真琴の身長は130cm。体重は25kg程しかない。年を考えたら妥当な身長だが、ここには15歳以上の女性しかいない。やはり頭一つ分小さいのである。

 

 

「ねぇねぇ、あれ誰だろう。ほら、山田先生の横にいるちっこい子」

 

「あ、ほんとだー。食堂にいるってことは生徒か先生?」

 

「あはは、先生な訳ないっしょ!どう考えても!」

 

「でもあんな小さい子学園じゃ見かけなかったよね」

 

やはり、真琴の背中に突き刺さる視線視線視線! 分かっていたことだが、さすがにこれは堪える。まるで客よせパンダだ。

 

チクチクと突き刺さる視線に耐え割烹着を着たおばちゃんの前まで進んだ。

 

「あら、みない顔だねぇ! それに随分ちっちゃいじゃないか。いっぱい食べないと大きくならないよ! ほら、これはサービスだからもっていきな!」

 

「え、あ、はい……」

 

牛丼大盛りに大盛りの天ぷらうどん。どうしろと。

 

横を見ると真耶の顔も引き攣っている。さすがにこの量はないと思ったのだろう。しかし、好意で貰ったものだ。無碍にはできない。真琴はよろよろとトレイを持って空いている席を探していた。だがしかし、重い。重いのである。今にもそれを落としそうな真琴を見かねて、ある生徒が助けに来た。

 

「大丈夫? 重いなら持ってあげるよ?」

 

「あ、すいません……おねがいします」

 

「おっけー。どこへもっていけばいい?」

 

「あ、じゃあせきがふたつあいているとこまでおねがいします」

 

ペコりとお願いする男の子とも女の子とも思える真琴を見て、生徒は優しい笑みを浮かべながらテーブルまで運んでくれた。

 

「はい! もう大丈夫でしょ。困ってることがあったらいつでも言ってね?」

 

「あ、ありがとうございます。助かりました」

 

「それにしても君ちっこいねー。って私が言えたことじゃないけどさ……」

 

なんか愚痴りはじめたぞ?このパターンはまずいと真琴は直感していた。酒に酔った母がこんな流れで一時間以上続く愚痴という名のマラソンを始めたことがある。

 

 

「ああ、ありがとうございます。弟のご飯持っていただいたみたいで」

 

真耶がやってきた。焼き魚定食だから時間がかかったのだろう。

 

「へ? 弟? 君男なの?」

 

「あ、えっと、山田真琴です。よろしくお願いします」

 

「あ、うん。よろしくね。……じゃなくて! なんで男の子がここに? ああ、男はもう織斑君がいるか……でもこの身長だと……」

 

なんかまたぶつぶつ言い始めた。愚痴る癖でもあるんだろうか。

 

「えっとですね、まーくんは研究員として本日付でIS学園に就職したんですよ」

 

真耶のその一言で耳をダンボにしていた生徒が一斉にこっちを向いた。恐るべし、女子生徒。

 

「研究員? なんでこの年で?」

 

「ああ! 今朝山田先生が言ってた弟君じゃないひょっとして!!」

 

「何それ? ちょっと詳しく教えてよ!」

 

火種に勢い良くガソリンが注ぎ込まれる。まさか姉自ら着火させるとは……。

 

「えっと、皆さん! 織斑君みたいな同い年の男の子ならともかく、ここにいるのはまだ8歳の男の子です! それにこの子は少し人見知りをする子なので、質問攻めにするのは勘弁してあげて下さい!」

 

ガソリンをぶち込んだのも消火剤をぶち込んだのも真耶だった。何がしたいんだ全く。

 




―――まーくんは渡さないまーくんは渡さないまーくんは渡さない

―――お、お姉ちゃん……


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4話 8歳の研究員

生徒達からの視線から解放された山田姉弟はへろへろになりながら部屋に戻っていた。さすがに初日からこのコースはヘヴィだったかもしれない。

 

が!

 

真琴は真耶と都合が合わなかった場合一人で食堂に行かなければならないのである。

 

真琴がいつもぼけーっとしてるとはいえ、さすがにこれは厳しい。早急に対策を立てねば。と割と真剣に悩んでいた。

 

そしてついに! 真琴と真耶が一番楽しみにしている時間が来た。だいたい想像できるだろう。そう! 魅惑のドキ☆ドキお風呂TIME☆ミ である!

真琴にとっては、大好きな姉と遊べる時間だ。一日の疲れを吹き飛ばしてくれる時間である。

真耶にとっては、目に入れても痛くない程溺愛している弟である。弟が嫌がるまでは一緒にお風呂に入ろうと決めていた。つまり、禁断の~とかは決してない! 勘違いするなよ!

 

 

かぽーん

 

 

「まーくん。かゆいところはない?」

 

「うん、あたまのてっぺんがちょっと……」

 

「ん、この辺かな?」

 

「あ、うん。そのへん……」

 

しゃかしゃかしゃか

 

「頭はもう大丈夫かな?」

 

「うん、お姉ちゃんありがとう」

 

「それじゃあ、次は体ね?」

 

「うん、おねがい」

 

 

ごしごしごし

 

 

「どう? かゆいところはない?」

 

「うん、もうだいじょうぶ。あとはぼくがあらうよ」

 

「だーめっ。まだ前の方洗ってないでしょ?」

 

「でも……」

 

「ちゃんと洗わないと病気になっちゃうよ?」

 

どこが、とは突っ込まないほうがいいだろう。想像に任せる。

 

結局、真琴は体の隅々まで洗われた。

 

そして真耶も自分の頭を体を洗い終わった後、二人で湯船に浸かった。もちろん真耶の上に真琴が座る形でだ。真耶は真琴とのお風呂タイムをとても大事にしている。二人きりになれて、なお且つ落ちつける数少ない時間だからだ。布団に入ると真琴はすぐに寝てしまう。そのため、お風呂タイムはお互いを労う時間となっている。

 

 

「まーくん、今日は楽しかった?」

 

「うん。あっというまにいちにちがおわっちゃった」

 

「そっかー。これからはこういう日々がずっと続くんだよ?」

 

「うん。……たのしみかも」

 

「お姉ちゃんも楽しみだよ! 頑張ろうね!」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、お姉ちゃんとお風呂に入るのは楽しいなぁ。もっと一緒に入っていたいけど……のぼせちゃうんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後二人はたっぷり一時間はお風呂に入っていた。お風呂から上がった後、二人とも丁寧に髪の毛を乾かし、テレビを見ながらホットミルクを飲んでいた。ここで真琴は、前から欲しかった物を真耶にねだってみることにした。

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

 

「ん、なに?まーくん。」

 

テレビの電源を落とし、こちらに向いた。そんな重要な話しでもないのだが。

 

「あのね、ぼくパソコンがほしいんだ」

 

「ぱそこん?」

 

「うん、これからけんきゅうでつかうとおもうんだ」

 

真琴の言う事はもっともである。しかし、研究者には一人一台パソコンが支給される。真耶はそのことから尋ねることにした。

 

「でもねまーくん。研究者って一人一台パソコンが貰えるんだよ?」

 

「それじゃだめ。じぶんですきなようにいじりたい」

 

「あー、確かに支給されるパソコンには好き勝手ソフト入れる事できないからね。わかった! ちょっと国枝主任に聞いてみるね?」

 

「ありがとうお姉ちゃん」

 

自分で買ってやると言わない辺り、結構ちゃっかりしている姉であった。

 

それを聞いて安心したのか。真琴は目をこすりはじめた。これはそろそろ寝たいという真琴の無意識のサインである。さすがに8歳児に11時過ぎまで起きていさせるのは、成長を阻害させる恐れがある。寝る子は育つ。この一言に尽きる。

 

「そろそろ寝ようかまーくん」

 

真耶は自分のベッドに入り、真琴が入れるだけのスペースを作ってそこをぽふぽふと軽く叩いた。

 

「一緒に寝よっか。さ、こっちにおいで」

 

「……ん」

実に仲のいい姉弟だ。姉が真っすぐ育ったから弟に優しくできる。優しくされながらそだった弟も、口数は少なく何を考えているか分からないが本質は「優」の一言に尽きる。

 

「それじゃあ、お休みなさいまーくん」

 

「おやすみお姉ちゃん」

 

こうして真琴は、真耶という温もりの中静香に眠るのであった。

 

 

「まーくん。大好きだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まーくん、まーくん。朝だよ。起きて、まーくん」

 

「んっ……」

 

真耶の癒されタイムが始まる。何を隠そう、真耶は真琴の寝顔を見るのが大好きだ。深みがありつややかな烏の濡羽色の髪、天使と見間違うほどの汚れを知らない無垢な顔、少し力を入れて肩を抱いてやれば、折れてしまうのではないかという程華奢な体。どこからどうみても完璧。非の打ちどころがないのである(真耶談)。

 

いつまでも見ている訳にもいかないので、30分程堪能した後、そっと割れ物扱うかの様に優しく揺り起こす。

 

「んんっ……。おはようお姉ちゃん」

 

「おはよ、まーくん。さ、顔を洗って歯を磨かないと。遅刻しちゃうよ?」

 

「うん……。ちょっとまっててね」

 

もぞもぞと布団から起き、トテトテとおぼつかない足で洗面所へ向かっていく。その様子をみて、にへら~と割と危ない笑みを真耶は浮かべているが、寝ぼけている真琴が気づくはずもない。

 

 

 

そし15分後、準備を終えた真琴は着替えるのだが・・・。真耶が今まで見たことのない服を用意していた。

 

「……お姉ちゃん。なぁにこれ」

 

「あ、まーくんには言ってなかったね。研究員はこの服を着なきゃいけないの」

 

白を基調としたブレザー。肩から腕に掛けて2本の赤い線がはいっている。襟はブレザーとは真逆の黒。縁は赤く彩られている。まぁ、これはいい。かっこいいから。しかし、真琴はズボンについてはどうしても納得がいかなかった。

 

「なんではんズボンなの?」

 

「あ、やだった?お姉ちゃんこれが似合うと思ったから半ズボンにしたんだけど……」

 

姉の見立てとあってはしょうがない。真琴は大人しく従うことにした。こいつも大概シスコンである。

 

「ま、いっか。お姉ちゃんがにあうっていうなら、きる」

 

「よかった。その上に白衣を着るんだよ。学者さんみたいだねまーくん!」

 

「……ん」

 

照れ隠しなのだろうか、真琴は手を後ろに組み顔を逸らし俯いていた。今この場に研究所の職員がいたら、盛大に鼻から愛が噴き出していたであろう。ショタっ子一万馬力は伊達じゃない!

 

 

 

 

さて、そろそろ時間もなくなってきた。現在8時ジャスト。一限目は8時30分からなので、通勤時間に10分と考えると結構ギリギリだ。研究員も始業時には職員室に集まることになっているので丁度いい。一緒に通勤と洒落込むことになった。

 

テクテクと二人で学園へ向かう。短い時間だが幸せな時間。姉弟水入らずでゆっくりと歩く

 

 

 

 

 

のは無理らしい。

 

「おはよー山田せんせー!」

 

「はい、おはようございます!」

 

「せんせー、横にいる子は誰?」

 

「私の弟の真琴です。ほら、まーくん挨拶」

 

「ん。……おはようございます」

 

ズキュウウウウウウウウウウン!

 

例えるなら、こんな音だろうか。女神の様な汚れを知らない綺麗な顔+微笑みのコンボは相手の精神力を容赦なく削り取る。これならブリュンヒルデと謳われる織斑千冬ですらたじろぐんじゃないだろうか。

 

「せ、せんせーにこんなかわいい弟が……」

 

「はい! 自慢の弟です!」

 

何故かとても嬉しそうな真耶。弟が日の目を見てご満悦の様子。

 

「でもでも、どうして真琴君は制服を着てるんですか?」

 

「ああ、まだ全員には紹介していませんでしたね。まーくんは昨日から研究員としてIS

学園に就職したんですよ」

 

「あの噂本当だったんだ・・・。IQ測定MAXの天才少年かぁ」

 

歩きながらも真耶の弟自慢が炸裂する。遠目に見ていた生徒が、ああ、弟自慢が始まったなぁ~と呟いていた。悦に入っているが、決して悪い虫が着くことの内容に気を配っている。その証拠に

 

 

 

「ねぇねぇ真琴クン。よかった今度おねーさんの所に遊びに来ない?」

 

「う?」

 

「はいそこ、まーくんを誘惑しないでくださーい! まーくんはまだ8歳なんです。年頃の女の子の部屋は少し刺激的すぎます!」

 

これである。さしずめ、花にたかる蟲をキャッチする用心棒といった所か。そして悪い蟲をことごとくブロックしながら、学園へ歩を進める一向であった。

 

 

 

時刻は8時15分。ちょっとゆっくり歩きすぎたかなと後悔しつつも、真耶は真琴を連れて職員室へと急ぐ。生徒とすれ違う度にヒソヒソと話声がするが、真耶にとってはうれしい限りだった。何も気にする様子がない姉を見て、弟はそっと溜息をつくのだった。

 

職員室に着くと、山田兄弟は指定のデスクへと座った。学園側が気を使って真琴の席は真耶の隣に割り当てられている。真琴はその椅子に掛けてあった白衣に身を包み辺りを伺った。ちなみに反対側は織斑千冬の席である。千冬はすでに席に着き、コーヒーを飲みながら授業の準備をしていた。まだ落ち着きがない真耶に比べ、千冬のそれは堂に入っており、威風堂々としている。

 

 そんな千冬を、内心うわおっかねーとか思いながら真琴は眺めていた。が、真琴の視線を感じたのか、千冬は座席を立ち真琴へと歩を進める。

 

「お早う。君がISの基礎理論をぶち壊したという真琴君か」

 

「あ、おはようございます。やまだまことです。えっと……」

 

礼儀正しくぺこりとお辞儀をする真琴を見て、千冬は微笑みながら目を細めていた。

 

「私は織斑千冬。君の姉の同僚さ。君の噂は聞いている、昨日いきなりやらかしてくれたそうじゃないか?」

 

「あ、えっとその……ごめんなさい?」

 

首を傾げつつもとりあえずぺこぺこと謝る。どうやら真琴は謝り癖がついているようだ。こんな所まで姉弟そっくりとはな……。と千冬は苦笑していた。

 

「ああ、いや、怒っているんじゃない。最近マンネリ気味だった研究員立ちにはいい薬になったと思ってな。もっとやってくれてもいいぞ」

 

「?」

 

何が起こっているのかわからず再び首をかしげるその仕草に、千冬は思わずたじろいだ。やはり、子供の無垢な態度はまぶしすぎるみたいだ。どうやら千冬は対応に困っている様子。そこで見かねた真耶が笑いながら助け舟を出した。

 

「織斑先生、まーく……真琴は良い意味でも悪い意味でも純粋なんです。皮肉を言っても分からないですよ?」

 

「みたいだな。まったく……」

 

「あと、真琴の素行に良くない点があったとしても、出席簿で叩くのは優しめにしてあげてもらえないですか?さすがにちょっと洒落にならないというか……」

 

「そうだな。私もこんな幼い子を叩くのは気が引ける。諭すとするよ。まぁ、必要はないだろうが」

 

千冬と真耶は幼い研究員に目を向ける。そこには今だに何が起こっているのか理解していないらしく、今度は反対側に首を傾げてこちらを見ている少年が立っていた。

 

 

 

二人の心がきゅんきゅんしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、SHRの時間がやってきた。真琴は何故か千冬に連れられ、真耶と3人で歩いていた。

 

「あの、織斑せんせい。」

 

「どうした、真琴君?」

 

山田君、ではどちらか分からないので真琴は下の名前で呼ぶことにしたみたいだ。

 

「なんでぼくは織斑せんせいとおなじところへむかっているんですか?」

 

「ああ、そういうことか。なに、昨日国枝主任から君の事は聞いていたからな。これからはISの主任技師となる人物だと。実際に動かして壊すのは生徒達だからな、顔合わせをしておこうと思ったんだよ。君みたいな幼い子が必死になってISの調整をしていると分かったらぞんざいに扱う生徒も減るだろう。」

 

「はー……。織斑先生そこまで考えていたんですか」

 

「それに、実際にどうやってISが使われているのか見学するのも良いだろう。研究者共は頭でっかちになる奴が多いからな。現場を見る事も仕事の一環だ。」

 

なるほど、と真琴は感心していた。確かに今までは机上でしか考えていなかった。実際にどうやって使われてどこにストレスがかかるのかをリアルタイムで見るのは大事なことだ。

 

「後、君から授業に参加したいと要望があったみたいだな。学園から許可も出たことだし、好きなタイミングで授業に出ていいぞ」

 

「織斑せんせい。よろしくおねがいします」

 

ぺこり。と一礼した。

 

「君みたいな素直な子ばかりだったら私も楽なんだがな・・・。さ、お喋りはここまでだ。真琴君は外で待っていてくれ。呼ばれたら入ってきて軽く自己紹介してくれればいい」

 

「わかりました」

 

年長者二人は教室の中に入っていく。数秒して、パァン!と乾いた音が聞こえてきたが気にしない。気にしないったらっ

 

「それでは真琴君、入ってきてくれ」

 

 

技術者と現場の顔合わせが始まる。

 

 

 

私が教室に入ってすぐ、セシリア=オルコットと織斑一夏が言い争う声が聞こえてきた。どうやら、昨日のクラス代表の件についてまだ決着がついてなかったらしい。一週間後の試合で、という話しで落ちついたはずだが。

 

 

「わかってますの? あなた、いまだにISに乗って15分程度しか経っていなくてよ? そんな調子でわたくしに勝とうだなんて笑止千万ですわ!」

 

「うるさいな、いちいち突っかかってくんなよ。一週間後には俺の専用機が来るっていうんだからお前には関係ないだろ?」

 

全く、少しは真琴君を見習ってほしい物だ。そら、とりあえず黙れ。

 

スパァン! スパァン!

 

「席に付け織斑、オルコット」

 

「くっ、この話はまた後にしますわ!」

 

「なんでだよ……」

 

ようやく皆席に着いたか。さて、SHRを始めるか。

 

「お早う諸君、今日は皆に連絡事項がある」

 

辺りを見回す。が、反応が薄いな。さあて、内容を言うとするか。

 

「昨日付で新しい技術者がIS学園に入ってきた。本日のSHRは顔合わせをしてもらう。それでは真琴君、入ってきてくれ」

 

さて、餓鬼共はどんな反応をするか

 

 

 

 

千冬が真琴を呼ぶ声をしてから、数秒後、ドアがソロソロと開いた。そしてそこから教室を覗く影が一つ。まぁ、真琴しかいない。ドアの隙間から顔だけ出し、キョロキョロと辺りを伺ってからソロソロと教室に入り、千冬横まで歩いてきた。

 

 

「昨日付けで赴任した山田真琴君だ、真琴君軽く自己紹介を頼む」

 

「は、はい。・・・えと、きのうからISけんきゅうじょでおせわになっています、やまだまことです。えらそうなことをいえるたちばではありませんが、よろしくおねがいします」

 

ぺこり。おきまりの低姿勢だ。しかし生徒達からの反応はない。失敗したのかとオロオロする真琴だが、次の瞬間

 

 

「きゃ……」

 

「き?」

 

「きゃああああああああ―――っ!」

 

クラスに黄色い歓声が響き渡った。

 

自体が把握できず、真琴は頭を傾け真耶の服の裾を引っ張っていたのだが、その仕草を見て黄色い悲鳴は更にヒートアップしていく。

 

 

「男の子! しかもこんな可愛い子が技術者ですって!」

 

「ほら! 昨日山田先生が言ってた弟君よ! 名字も山田先生と同じだし!」

 

「首を傾げる仕草が可愛いすぎる!! こんな弟を私も欲しい!!」

 

「男の娘! これで一冊書けるわ! キタキタキターーーー!!」

 

いつまでも鳴りやまない黄色い悲鳴を聞き続け、次第に真琴の顔色が悪くなってきた。その様子を見て、千冬は沈静化を図る。

 

「あー、騒ぐな、静かにしろ」

 

黄色いソニックウェーブが響く中でも、千冬の声はしっかりとクラス中に届いていた。

その後の出席簿アタックが怖いので、皆ピタリと声を止めた。

 

「全くお前らは・・・。いいか、真琴君はまだ8歳だが、ISの基礎理論を根底からぶち壊す程の知識の持ち主だ。実際、昨日一日だけで打鉄の反応速度を30%UPさせることに成功している。これがどれほど凄い事かお前らなら分かるだろう。役職上は教員と同じ立場にある。いくら子供だからとはいえ、馬鹿にすると後で痛い目に会うからな、そこの所、よく覚えておけよ」

 

はーい。と生徒一同返事をするが、一部だけよしとしない生徒がいた。先日の一件からも想像できるだろうセシリア=オルコットだ。

 

「異議あり、ですわ」

 

「言ってみろ。オルコット」

 

スチャ!っと立ちあがると腰に手を当て、威風堂々とポーズを決めた。

 

「わたくし達はISに命を預けていると言っても過言ではありません。そのISに、あろうことか子供が手を入れるなんて言語道断ですわ! 実際にこの目で見ないと信用できません!」

 

「なら、実際に見てみるんだな。真琴君、この後1限からISの授業があるから、そこでメンテナンスをお願いしてもいいか?」

 

「専用のきざいを研究所からもってきてもらえるなら」

 

「わかった、手配しよう。何が必要だ?」

 

「えと、それではノートパソコンをひとつ、デジタル・フォスファ・オシロスコープをひとつ、ISとパソコンをつなげるケーブルをぜんぶ、テスターをひとつ、はんだごてをひとつ、なまりがはいってない半田を5めーとる、あと、」

 

「ま、まだありますの!?」

 

必要な機材はパソコンとケーブルくらいだろうとセシリアは踏んでいた。しかし蓋を上げてみると出るわ出るわ、真琴の要求は留まることを知らない。

 

「オルコット。お前は普通の研究員のメンテナンスしか見たことがないだろう」

 

「ええ、それが何か?」

 

「あいつらはな、メンテナンスはできてもそれ以上はできないんだ。というか常人に一日でそれ以上の事ができるわけないだろう。それだけISは複雑なんだよ。しかし真琴君は打鉄だろうがラファールだろうが最深部まで確実にメンテナンスするどころか、恐らくチューンアップまでしてくれるぞ。ああ、お前の専用機も診てもらったらどうだ?」

 

「っ! 汎用機のでき具合を見てから判断します!」

 

などと千冬とセシリア言いあっている間、真琴はサラサラと紙に必要な部材を書き起こしていた。

 

「? 何を書いていますの?」

 

紙を覗いたら、あらびっくり。そこには必要な部材やら機材がびっちりと書かれていた。既に書く場所がなくなり、紙は真っ黒になっていた。

 

「こ、こんなに必要なんですの!?」

 

「あ、はい。もうちょっとあるんですけど……う~ん、かききれないや」

 

「だからいったろう。最深部までメンテナンスすると。IS一基修理するのにどれだけ予算がかかると思っているんだ」

 

 

それを聞いて、セシリアの顔が引き攣った。

 




―――あと半田の温度をにがすピンもほしいなぁ。あ、そういえばあれも……

―――ちょ、ちょっと真琴さん?


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5話 真琴とラファール

授業が始まってまだ二日目と言うことで、今日のカリキュラムは特別に一日ISフルコースとなった。正に鬼教官千冬である。それと言うのも、真琴のメンテナンスは一日作業になるからである。通常なら二コマ(2限)なのだが、それでは一般の研究員と同程度しかチューンアップすることはできない。というか、真琴に対して何気に甘いちーちゃんであった。

 

セシリアは教室移動をする間、ほぼずっと真琴を視界に納めていた。姉である真耶に手を引かれおずおずと歩く姿は気弱な小学生にしか見えない。真耶が手を離し千冬と授業について話始めた時、真琴が盛大にすっ転んだ。

 

どべちっ

 

 

10秒程うずくまってプルプル震えた後、血が出ている膝をそのままにして。皆に遅れないように必死にあるいていた。まぁ本人は必至なのだろうが傍から見たら○山動物公園のペンギンがよちよちと散歩しているようにしか見えない。さすがにこれを見て不憫に思ったのか、セシリアは助け舟を出してやることにした。

 

「ほら、擦り剥いた所を見せてごらんなさい」

 

「……だいじょうぶデス」

 

皆に迷惑をかけないように必死なのだろう。軽く涙目なのだが、セシリアは気づかないふりをすることにした。

 

「大丈夫ではありませんわ。こんなに血が出ているではありませんか」

 

よく見ると血は膝から足首近くまで垂れていた。これは痛そうだ。

 

「皆さん、先に行っていて下さい。わたくしは真琴さんの治療をしてから追いかけます」

 

「はいはーい。せんせー! セシリアさんちょっと遅れるそうです!」

 

……その伝え方はどうかと思う。すこし簡潔すぎやしないかい。

 

「セシリアさんがですか? えっとどういった用事で……あれ、まーくんどうしたの?」

 

「……ころんだ。」

 

「! ちょっと見せてね……あー結構深いなぁ」

 

「どうした山田君……ああ、転んだのか。どれ、見せてみろ」

 

教師や生徒などがゾロゾロと駆け寄ってくる。しかし、決して客寄せパンダなどではなく、皆のポケットに入っているティッシュや、教師陣が持ち歩いていた救急箱などを持ち寄り的確に治療していく。ISの授業では専用機持ちはともかく、汎用機ではいまだに怪我をする生徒が後を絶たない。真琴の擦り剥いた怪我は僅か1分程で治療された。

 

 

「ふむ、これでいいだろう。他に怪我をしたところはないか?」

 

「だいじょうぶです。ごめいわくをおかけしました」

 

ぺこぺこと皆に頭を下げる。そのまま上目使いでお礼をするもんだからもう、おねいさま方にはさぞかしクリティカルな一撃になっただろう。うっと鼻を押さえる生徒もいれば、顔を赤くして「かわえー・・・」などと呟いている生徒もいた。

 

「セシリアさん。ありがとうございました。」

 

「お気になさらず。これくらい当然ですわ。」

 

初めに手当てを始めてくれたセシリアにもお礼を言ったのだが、プイっとそっぽを向かれてしまった。その時のセシリアの頬は、ほんのりと赤くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

痛かったぁ~……。泣きそうになっちゃった。次から気をつけないと。

 

 

今回はどっちの機体のメンテナンスを行うことになるのかな。打鉄かな? ラファールかな? う~っ、早くISに触りたい!

 

 

 

でも、なんでだろ。なんで織斑先生が僕の手を握っているんだろ?

 

「また転ばれてはかなわんからな。それに、私とてたまには癒しが必要なのさ」

 

……僕ってそんなに危なっかしく見えるのかなぁ。

 

それにしても、なんでみんな水着なんだろ? 僕も着てきた方がよかったのかな。ちょっと聞いてみよ。

 

 

「織斑せんせい。しつもんしていいですか?」

 

「なんだ。答えられる物と答えられないものがあるぞ?」

 

「えっとですね、なんでみなさんみずぎなんでしょうか」

 

「ああ、それは水着ではなくISスーツだな、ISスーツは量子変換された状態でISに登録されるんだ。ISを起動するとき自動的にスーツと服装が入れ替わる。ただこの機能はエネルギーを1割程消費してしまうんで、効率の関係からスーツを着用してからISを展開するのが一般的なんだ。まぁ、この機能は専用機だけだがな」

 

「どれくらいのしょうひになれば、じつようレベルになるんでしょうか」

 

ありゃ、なんか黙りこんじゃった。何か真剣に考えてるなぁ。

 

「そうだな……。10%の消費でシールドが600から540になるとして、痛手に感じないのは590。約2%まで消費が押さえられれば実用レベルと判断できる」

 

「わかりました。2%ですね」

 

「ふっ、早速仕事ができたようだな。まぁこれは専用機持ちじゃないと無理だからオルコットか織斑に協力してもらえ」

 

あ、早速お仕事もらえたみたい。でも協力してもらえる時間なさそー……。専用機かぁ、確か、一組ってセシリアさんしか専用機持ちいないんだよね。協力してもらえるかなぁ。

 

 

「あ、あとシールドバリアーについてなんですけど」

 

「どうした?何か不具合でも見つけたのか」

 

「あ、えっとですね、ふぐあいというわけではないんですけど・・・。せんようきをおもちのかたとかにいいとおもうんです。シールドバリアーはふつう、のっているひとをちゅうしんとしてボールじょうにてんかいしますよね?」

 

「ああ、そうだな。常に展開している。一応、宇宙空間でも活動することを想定しているからな」

 

「ぼくがいまかんがえているのはですね、ちじょうせんようなんですけどビームやじつだんなどをかんちして、ぶぶんてきにしーるどをてんかいできないかなぁと。これならエネルギーしょうひをおさえられるんじゃないかとおもうんです」

 

「……なるほど。まだ何処の国も宇宙で活動できるほど高性能なISは作れていないからな。部分的にシールドを展開することで一撃辺りの負荷を軽減させる狙いか。しかしそれだと、ISのスロットに空きが……そうか! だから専用機なのか!」

 

「あ、はい。せんようきならすろっとがいっぱいあるので……」

 

な、なんか織斑先生に撫でられてるんだけど。ほわ~……きもちいい……。

 

「君の発想力には脱帽させられっぱなしだな……。国枝には連絡をとっておこう。手が開き次第すぐに取りかかるといい」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 

 

許可おりたー! 

 

 

 

 

一年一組御一行はアリーナに到着した。真琴はというと、早速パソコンを開き物凄い勢いでタイピングし始めた。アリーナに向かっている道中で研究所からパソコンが届いたので、早速先ほどの構想を形にし始めていた。

 

現在の専用機持ちはセシリアしかいないので、早速セシリアにお願いすることにした。

 

「あの、セシリアさん。ちょっといいですか?」

 

「なんですの?手短にお願いしますわ」

 

「あ、はい。えっとですね。もしきょうのメンテナンスでぼくをみとめていただけたら、これからあたらしくつくるそうびのテストパイロットになってほしいんです」

 

「わたくしが認めたという仮定の上に成り立つ話しですが……。そうですわね、装備の内容によりますわ」

 

「わかりました。げんざいせんようきもちがセシリアさんしかいないので、きかいがあったらよろしくおねがいします」

 

真琴はぺこりと頭をさげて作業へと戻って行った。

 

 

 

そして授業が始まったのだが、千冬は最初にセシリアにラファールと打鉄の2機あら好きな方を選ばせた。選んだ方のメンテナンスを真琴に行わせて、その評価をしてもらうという形だろう。

 

「さてオルコット、ここに汎用機が2種類ある。好きな方を選んでグラウンドを一周してこい」

 

「分かりましたわ。第2世代に乗るというのは気が進まないのですが、わたくしが言いだしたことですからね。……それでは、ラファールを」

 

その言葉を聴いた真琴は、心なしか目がキラキラしていた。

 

 

(うん、ラファールならまだ触ったことない! どんな構造になってるんろ~……。早く分解したいなぁ。)

 

 

 

そしてセシリアがグラウンドを一周して戻ってきた後、真琴はおもむろに作業に取り掛かった。

 

先ず取りかかったのは、打鉄と同じくレスポンスの向上である。細かい所は違っているが。基礎部分はどのISも同じなのでこの作業についてはさっくりと行われた。次に行ったのは、4枚のスラスターの出力調整とエネルギー充電速度の向上である。4つのスラスターから放出されるエネルギーの指向性を見直し、最適化を行った。一日でできる作業などたかがしれているので、これ以上の改善は後日行うことになった。

 

 次は充電速度と効率の改善である。充電する素子を見直し、回路全体と比較して最も良くなるであろう素子を100個の部品の中から選定。これを組み直して充電速度についての改善は終了した。

 

次に効率。じつはこれが最も苦労する部分である。効率というものは、回路上の色んな素子が悪さをし、入力100に対してどうしても出力は90とか95くらいまで落ち込んでしまう。ここで真琴はなんと、悪さをしているであろう素子を全て取り除いてしまったのである。そして入力方式を変換する部品を組み込み、その後に回路を組み直した。これだけで効率は95から98までUP。多分突き詰めれば99.9くらいまでいけるだろうが、限られた時間の中ではそうもいかない。既に時刻は午後2時を回っている。一度手を止めて辺りを見回してみると、そこには心配そうに昼食をもった真耶と、苦笑している千冬がいた。

 

「あ、すいません……。ついぼっとうしてしまって」

 

「いや、かまわんよ。それにしてもすごい集中力だ。私達が何回話しかけても全く気付く様子がなかった。それに、どうせ空腹感もなかったのだろう?」

 

「まーくん、ちょっと休憩挟もっか」

 

そう言いながら、真耶はオイルなどで汚れた真琴の顔をハンカチでぐしぐしと吹き始めた。目をつむっておとなしくしている真琴を見て、生徒達が和んでいたのはまた別の話。

 

 

「あ、ひょっとして、織斑せんせいとお姉ちゃんもごはんまだなの?」

 

「なに、技術者が一生懸命メンテナンスをしているのに私達だけ先に食事を取るのに気が引けただけだ」

 

「まーくんは気にしないでいいの。さ、ご飯にしよ!」

 

近くのベンチで3人は遅い昼食を取ることにした。

 

「さて、真琴君。現在の進捗状況はどうなっているんだ?」

 

「えっとですね。さすがにコアまでいじるじかんはないので、スラスターのしこうせいと、じゅうでんそくどのかいぜんと、ラファールぜんたいのこうりつのかいぜんをおこないました」

 

ここで、爆弾が投下された。コアを弄るという言葉を聞いて、千冬と真耶は霧吹きマシーンと化す。ああ、二人の顔の前に虹が見える。

 

「げほっげほっ・・・! ま、真琴君、今なんて言った?」

 

現在、コアというものは完全なブラックボックスとされていて、並みの研究者では手が出せない代物となっている。全世界に467個しかなく、コアの製作者である篠ノ之束はもうこれ以上コアは作らないと明言しているため、下手に触れないのだ。それをいじるといいだしたのだから、真琴の大物っぷりが伺える。

 

 

「ごめんなさい、じかんがたりないんでコアまではいじれなさそうです。もうちょっとじかんがあればなぁ」

 

「「……。」」

 

 

千冬達は信じられないといった表情で真琴を見つめていた。

 

 

 

 

さて、昼食も終わり作業再開といった所なのだが、作業中の真琴にセシリアが話しかけてきた。先の一件で話しがあるのだろう。

 

 

「真琴さん?ちょっとよろしいかしら」

 

「……。」

 

しかし返事はない。

 

「ん“ん”っ。真琴さん?」

 

「……。」

 

ひくくっ。セシリアの眉が引き攣った。このガキんちょわたくしを無視するつもりなのかしらと言わんばかりに。

 

「ちょっと真琴さん?」

 

声に怒気が含まれ始める。が、真琴は答えない。そんな様子を見ていた千冬はセシリアの元へ歩み寄って行った。

 

「オルコット。何をしている」

 

「織斑先生! 真琴さんに何かいってやって下さいな! わたくしの事を一方的に無視するなんて信じられませんわ!」

 

「ん? ああ、そういうことか。……そういえば対処法を聞いてなかったな。ちょっと待ってろ」

 

そういうと千冬は、生徒にISの解説をしている真耶の元へ歩いて行った。

 

「山田君、少しいいか?」

 

 

「あ、はい織斑先生。どうしたんですか?」

 

「集中して自分の世界に入ってしまっている真琴君を気付かせるにはどうしたらいいのかと思ってな……」

 

真耶は苦笑していた。確かに、対処法が分からないと何をしても意味がないだろう。

 

「えっとですね。ああいう時は甘い匂いのするお菓子とか飲み物を近くにもっていくと気づいてくれますよ」

 

「山田君も苦労したのだろうな。オルコットが一方的に無視されたと怒っていたところだ」

 

「いえいえ、可愛い弟ですから。苦労とは一度も感じたことはありませんよ」

 

「そうか、では私は何か飲み物でも用意するとしよう」

 

 

 

 

 

 

―――その頃真琴とセリシアはというと―――

 

(これは無視なのかしら?違いますわね。・・・物凄い集中力ですわ)

 

どうやらセシリアも異変に気付いたようだ。

 

(近くでしゃべっても気づかないものなのですね……。ち、ちょっと悪戯をしてみようかしら)

 

むにっ。試しにほっぺをつまんでみた。

 

(!! やわらかい……。すべすべぷにぷにですわ。ああ、気持ちいい……)

 

むに~。むいっ。

 

(むぅ、うらやましいですわね。どうしたらここまですべすべになるのでしょうか)

 

むにゅっ。スパァン!

 

「きゃうっ!」

 

「何をしている馬鹿物」

 

セシリアが振り返ると、そこにはエクスカリバー(出席簿)を振りぬいた鬼教官(織斑千冬)が佇んでいた。

 

「技術者で遊ぶな。……本当にこれで気づくのか?」

 

千冬はホットココアを真琴に近くへ持って行った。するとどうだ。今まで完全に無表情で目から光を無くしてパソコンのディスプレイにかじりついていた真琴がピクリと反応した。徐々に真琴の瞳に光が戻る。キョロキョロと辺りを見回し、千冬が持っているココアを見つけると物欲しそうな目でココアを凝視していた。千冬は試しにココアを右に左にと移動させてみると、それにつられて真琴の視線も移動していた。

 

 

「織斑先生、わたくしには遊ぶなと言っておきながら……」

 

「……真琴君、少し休憩をいれたらどうだ?ほら、差し入れだ」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

「それでは、私は生徒の指導に戻る。オルコット。もうすぐラファールのチューンが終わるみたいだ。試乗して驚くなよ?」

 

「楽しみですわ。それでは、ごきげんよう真琴さん」

 

 

 

 

 




―――あの子がISを改造したと言うのも眉唾物ではない様ですね……


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6話 魔改造はっじまっるよー

時刻は午後3時半。一日がかりでようやく真琴によるラファールのチューンが終わった。

社会人からしたらまだ半日だろとか突っ込みたくなるが、学生にとってはだいたい15時半くらいが終わりだろう。

 

 さて、いよいよラファール=リヴァイヴmk2(真琴命名)のお披露目である。外見的にはほとんど変わっていない。強いて言うなら4枚のスラスターの角度だろうか。しかし中身は全くの別物である。反応速度は実に30%UP。前日の打鉄の経験があってこその結果といえるが、格段に性能は上がっている。

 

 次にエネルギー充電速度である。急速な充電+大容量になったため、なんと第2世代のISにして4枚のスラスターが個別に連続瞬時加速(イグニッションブースト)が行えるようになった。

 

 エネルギー効率も98.2%を記録した。これはエネルギー充電速度に直結するため、最低でも98%を越えなければならなかったため、ギリギリ及第点という形で落ちついてる(真琴談)。効率が改善されたおかげで平均飛行速度も1.2倍になっている。

 

スロットについてもおまけで拡張領域を1.5倍に増やしている。最早ここまで来るとmk2などではなく外見も変えて全くの別機体にするべきではないか。全体的な性能をみても、すでに第3世代と肩を並べている。あとは個別の武装だが、そこはまぁ、ISに乗る人の好みということにしておこう。

 

とまぁ、ここまでオーバースペックになると最早一年生に扱えるレベルではない。試乗者はセシリア=オルコットという事になっているが、その後は2~3年生の代表候補生辺りに回されるだろう。

 

とまぁ、ここまでつらつらとラファール=リヴァイヴmk2の性能について述べたが、この説明と全く同じことを真琴は皆の前で行っていた。ぶっちゃけ、これはメンテナンスじゃなくなっている。いつの間にか途中から完全なチューンアップになっているが、まぁ、ほら、そこは誰も気がつかなかったということで。

 

この説明を聞いてセシリアを含む生徒達は顔を青くしていた。なんだこの馬鹿げた技術者は。たかが一日でここまで機体の性能を上げる事ができるのかと。

 

そんなセシリア達を横目に、千冬はニヤニヤと笑っていた。

 

「さて、真琴君の説明も終わったことだし、……オルコット。早速それに乗ってグランドを一周してこい。吹っ飛ぶなよ?」

 

「わ、わかっていますわ!」

 

言わずもがな。無理にイグニッションブーストを行い、ポンポンと空中でラファールに遊ばれるセシリアを皆は目にする事となった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで真琴君の実力が実証されたと思う。一同、これからは敬意を払うように!」

 

HRが終わった後、真琴は研究所に戻ろうとしていた。そこに、空中でしっちゃかめっちゃかにされて髪の毛がボサボサになったセシリアがヨロヨロと真琴に近づいてきた。

 

「ま、真琴さん。少しお時間よろしくて?」

 

「あ、えと、はい。大丈夫ですよ。そのまえに髪の毛をなおされたほうが……」

 

「まぁ、小さいのにしっかりしていますのね。。小さな紳士(ジェントルマン)?どこかの猿(一夏)とは大違いですわ」

 

それを聞いてピクッと反応した一夏だったが、どうやら厄介事に巻き込まれると判断したのだろう。特に何も言わず箒と呼ばれた女性と会話を続けていた。

 

「あ、あの。ここでまっていますから……」

 

「ふふっ、それでは少々お待ちになっていてください」

 

 

(あれ? なんかセシリアさん優しくなったかな? 僕何かしたっけなぁ……。まいっか。これでセシリアさんが専用機見せてくれるといいんだけど……。今の内に打鉄のアイデアだしとこっと)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セシリアが髪を整えて教室に戻ると、そこには瞳の光を亡くし、無表情でパソコンを見つめながら物凄い勢いでタイピングをしている真琴の姿があった。周りにいる生徒達も次は何を作るのかと興味津津なようだ。声をかける生徒もちらほら見受けられたが、無視されたと勘違いして肩を落としていた。

 

 

「皆さん、それでは真琴さんは気づいてくれませんわ。彼の集中力は尋常ではありません。誰か、甘い匂いのするお菓子か飲み物を持っていませんこと?」

 

「あ、おやつで食べようと思ってたドーナツが余ってるよ。はい、セシリアさん」

 

(うふふ、今度はわたくしが真琴さんを呼びもどして差し上げますわ)

 

 そして、ひょいっと真琴の顔の横にドーナツを差し出すセシリア。すると先ほどと同じ様にピクりと反応し、ゆっくりと瞳に光が戻って行く。そしてキョロキョロと周りを見渡し近くにドーナツがあると分かると、食べたそうにドーナツと持ち主であるセシリアを見比べていた。

 

(ああ、癒されますわ……。こういうのを「癒し系」というのかしら。)

 

「……。」

 

 自分から決して催促はしない。まるで子犬の様な真琴を見て。クラスメイト一同は胸がきゅんきゅんしていた。

 

 しかし、ここで我慢しきれなくなったのか、真琴は差し出されたドーナツにパクりと噛みついた。そしてそのまま幸せそうな顔をしながらハムハムとドーナツを食べる姿を見て、一夏を除くクラスメイト全員が母性というか、庇護欲をかきたてられた。

 

「おいおい、手を離してやれってオルコットさん」

 

 そんな中一夏はさすがに真琴がかわいそうになったのか、苦笑しつつも助け舟を出してやることにした。悦に入って気付かなかったセシリアだが、さすがに今のお嬢様的状況を把握してハッと気づいて辺りを見回していた。

 

「……ハッ!申し訳ありません真琴さん。そのまま自分でお食べになって下さい」

 

 セシリアが真琴にドーナツを手渡すとコクコクっと頷き、汚れを知らない純粋な微笑みを浮かべ、ドーナツを両手に持ちながらハムハムと食べ始めた。

 

 

 

 ドーナツを食べ終わるまで、セシリアは真琴の隣の席に座り一部始終を見守っていた。口が小さいため、小刻みにドーナツを噛みちぎるその様はまるでリスそのもの。これで犬耳でも装着していたら間違いなくクラス中に黄色い悲鳴が湧きおこるだろう。

 

「ごちそうさまでした。セシリアさんありがとうございます」

 

 ぺこりとお辞儀する真琴を見て、セシリアは目を細めていた。

 

「お気なさらないで下さいな真琴さん。私も良い物を見させていただきましたわ」

 

 何を言われているのか分からないようで、真琴はまた頭の上にハテナマークを浮かべながら首を傾げていた。

 

「ふふっ、それでは、本題に入りたいのですが、いかがでしょうか?」

 

「あ、はい。どういったごようけんでしょうか」

 

 セシリアは驚いていた。まだ8歳だというのに丁寧な物腰、女性を気遣う優しさ。そして、研究を始めた時の彼の瞳。少しだけ見惚れていた。

 

 セシリアは弱い男は嫌いだ。その原因は彼女の幼少の頃に起因する。名家に婿入りした父。母には多くの引け目を感じていたのだろう。セシリアは将来「情けない男とは結婚しない」と決めていた。

 

 

―――そして出会った―――

 

 子供とはいえ、飽くなき探究心、何を考えているか分からないミステリアスな黒い双眸、そして

 

 

 彼が集中し始めた時の瞳の変化

 

 

 集中を始めた時、辺りの空気が一変するのだ。キィ―ンと、まるでカメラのレンズの様に瞳が変化する。そして、何者も寄せ付けない雰囲気。

 

 

 確かに、真琴は体力的には弱いだろう。成長してもこれは余り期待できない。しかし、セシリアが将来の伴侶に臨んでいるものは、心の強さ。セシリアに冷たくあしらわれても己の探究心の為に諦める事がない不屈の心。女尊男卑の世間で名家の跡取り娘相手にここまで言える物ではない(彼は知らなかっただけだが)。

 

 様々なファクターが入り混じり、セシリアは真琴を将来の伴侶にしてもいいかなと思い始めていた。実際、7歳しか離れていないのだし彼が18歳になった時セシリアは25歳だ。なにもおかしくはない。

 

 とまぁ、徐々に思考が危ない方向に進みつつあるセシリアであったが、少しずつ真琴に惹かれていった。もともとショタ気質が会ったのかもしれないが。

 

……話が逸れた。

 

 セシリアは、自分の専用機のメンテナンスとチューンアップをお願いすることにした。ラファールでさえあの変わり様だ、専用機で同様のメンテナンスを行ったらさぞかし性能が向上するに違いないと踏んでいた。

 

 この要望に真琴は

 

「あ、はい。分かりました。それじゃあですね、ぼくが考えたあたらしいパーツのテストもおねがいしてもよろしいでしょうか」

 

「かしこまりました。それでは、メンテナンスの後新しいパーツのテストという流れでいかがでしょう?」

 

「はい、わかりました」

 

 そう言って真琴は朗らかな笑みを浮かべた。天使の様な笑顔に思わずセシリアの鼻から愛が以下略。

 

 その後、二人は研究所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「イギリス代表候補生、セシリア=オルコットですわ。本日はメンテナンスをお願いしに来ましたの。ああ、真琴さんの許可はいただいております。どうか、よろしくお願い致します」

 

 さすが、令嬢といった所か。堂に入っている。研究者たちも慌てて挨拶する。セシリアは研究者達を尻目に、真琴に割り当てられたデスクに移動し、早速打ち合わせを始める事にした。

 

 

「それではセシリアさん。あなたのせんようきのスペックをくわしく知りたいんですけど……」

 

「恐らく、学園のサーバーに保管されているはずですわ。……そう……一年一組のフォルダです……。! こ、これは違います! 見ないでください!」

 

 何故かセシリア=オルコットの専用機のフォルダに本人の詳細情報が記載されているファイルも一緒に入っていた。……結構あるんだな……胸。

 

「あ、これですか?すいません、ちょっと失礼しますね」

 

 

 

 

 

 15分後、真琴はスペックの確認を終えた。全長、重量、連続稼働時間、搭載武器、最高速度、などなど。

 

一通り見た後、セシリアに所感を述べた。

 

「えっとですね。申し訳ないんですけれど、このじょうほうだけではメンテナンスしかできないです」

 

「あら、どうしてですの?」

 

「この情報にはあくまでスペックしかのっていません。しょうさいな情報となるとこっかきみつなので、そう簡単にわたしてはくれないとおもうんです」

 

「……そうですわね。それでは、わたくしはイギリスの研究所と連絡を取ってきますわ。翌日、結果を報告いたします。」

 

「すいません。とりあえずメンテナンスだけはしておきますね」

 

「ええ、お願いしますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(失念していましたわ。確かに第3世代は国家機密。確かにそう簡単にはチューンアップできませんわね……。契約書などを交わしたら……いやそうしたら真琴さんの身に危険が)

 

 セシリアは帰り道で何とか学園サイドで改造ができないかと考えていた。

 

 

(ああもう! どうしたらいいんですの!? とりあえず研究所に連絡を取ってみるしかありませんわね)

 

 セシリアは国際電話を手に取った。

 

 10秒ほどコールした後、女性の声が聞こえてきた。

 

「はい、こちらイギリス第3世代IS研究所です」

 

「代表候補生のセシリア=オルコットですわ。技術主任に繋いでいただけるかしら?」

 

「はい、少々お待ち下さい」

 

 

 こうして、セシリアの舌戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、真琴は授業には出席せず、朝から研究所に足を運んでいた。セシリアが来ているのではないかと予想していたからだ。

 

 

 

 

 

(セシリアさんどうなってるかなぁ。専用機、いじりたいなぁ……。でもなー……セシリアさんに迷惑かけちゃうのもちょっと。国枝さんにも相談してみようかなぁ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究所のドアを開けると、案の定そこには授業をサボったであろうセシリアがいた。おそらく、体調が悪いから遅刻するとでも伝えてあるのだろう。

 

 

「お待ちしていましたわ真琴さん。時間がありません。早速ですがこちらの契約書を呼んでいただけませんでしょうか」

 

 そういうと、セシリアは一枚の紙切れをペラりと渡してきた。

 

 

・代表候補生セシリア=オルコットの専用機「ブルーティアーズ」の情報を開示する場合、バージョンアップした情報は全てこちらに最優先で提供すること。

 

・もし代表候補生セシリア=オルコットの専用機「ブルーティアーズ」の情報が漏えいした場合、ブルーティアーズにバージョンアップを施した研究者をイギリスの研究所に一年間所属させ、新しいISを開発すること。

 

・代表候補生セシリア=オルコットの専用機「ブルーティアーズ」にバージョンアップを施した研究者と、こちらの研究者の交流を持つこと。

 

・他の国と交流を持った場合、イギリスの第3世代のISの情報は開示しないこと。

 

 

(……? なんだこれ。用はセシリアさんの専用機の情報は厳重に管理すれば何も問題ないじゃん。あっちの研究者さんとお話できるのもちょっと嬉しいし、良い事ばっかりじゃん。これなら問題ないね! サインサインっと)

 

 

 

 真琴は契約書にサインした後、セシリアに返却した。

 

 

「これでいいですか?」

 

「本当によろしいんですの? 最悪、真琴さんはイギリスで一年間過ごすことになるんですのよ?」

 

「だいじょうぶですよ。このがくえんはいまだにハッキングされたことはないらしいですし、ブルーティアーズのじょうほうはスタンドアローンのたんまつにほぞんします」

 

「ならいいのですけれど……」

 

 セシリアはちょっと罪悪感を持っている。仕方の無い事ではあるのだが。しかし、目に隈を作っているセシリアを見て、夜遅くまであっちと交渉してたことが伺える。真琴は学園にはこの事を内緒にしておくことにした。

 

「ぼくは、世界中のISがしりたいんです。ほかの国のけんきゅうしゃとこうりゅうを持つことになんのはんたいもありません」

 

 あっけらかんと言い放つ真琴を目の前にして、セシリアはヘナヘナと椅子に座り込んでしまった。

 

「むしろいちねんだったらいってもいいかなともおもってます。かいがいっていったことないんですよね」

 

あまりのポジティブさにセシリアは笑い出してしまった。

 

「お強いですわね。真琴さんは」

 

「ぼくはお姉ちゃんがいないと何もできないですよ。それでは、そのけいやくしょをデータかしてイギリスに送ってください。ブルーティアーズのじょうほうがとうちゃくしたらすぐにかいせきにはいります」

 

「わかりましたわ。それでは、また放課後こちらに伺いますわね」

 

こうして、ブルーティアーズの改造計画は始まった。

 

 

 

 

 

 

 ブルーティアーズの情報が送られてくるまで、真琴は打鉄の改造を行っていた。先日反応速度の向上だけは行ったが、ラファールみたいな改造は施してなかったため、色々といじくることにした。

 

 反映した回路図とプログラムを見直し、更に改善点はないかと目を凝らしていた。あまり高いパーツを使ってしまうと汎用機としてコスト的にアウトになってしまうので、安価な素子でどこまで性能をあげられるか。正に研究者として腕の見せ所である。

 

 しばらくディスプレイとにらめっこしていたが、画期的な案は浮かんでこない。やはりラファールと同様のチューンを施すしかないか。と考え始めた時、

 

 真琴のメールボックスに暗号回線で一通のメールが送られてきた。用意周到なこって。

 

 ウイルスチェックをして早速メールを開封してみると、そこにはギガ単位の情報が入っていた。よくメールボックスパンクしなかったな……。

 

 現在午前11時。セシリアがこちらに来るのは恐らく15時半付近。……残り時間およそ4時間半。どこまで解析できるか時間との勝負となった。

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました真琴さん。午前中にそちらに情報が行ったと思いますが、ちゃんと届きましたでしょうか?」

 

「あ、こんにちはセシリアさん。いま8わりくらい解析がおわりました。すべての解析がおわるまであと一時間くらいかかりますが、どうしますか?」

 

「それでしたら、わたくしはここで真琴さんが普段どのように研究しているのかを見学させていただきますわ。わたくしはイギリスの代表候補生ですし、ブルーティアーズの情報を見る分には問題ないでしょう」

 

 

「わかりました。それでは、そこに椅子があるんで、ちょっとまっててください」

 

 

 

 

 

 

 

 一時間半後、ようやく全ての詳細情報を見終えた真琴は、セシリアと打ち合わせを行うことにした。

 

 

「さすがこっかきみつですね。さんこうしょや、かこのISデータがなかったらわかりませんでした」

 

「それでも一人で解析できる時点でぶっ飛んでいますわ・・・。真琴さんはバグキャラだったのですね……」

 

「ばぐきゃら?」

 

「ああいえ、なんでもありません。それで、ブルーティアーズはいかがでした?」

 

「おおまかなところはほぼ完璧だとおもいます」

 

 

「ふふっ、わたくしの祖国は何事にも全力で取り組みますの。全て最高のパーツを使っているはずですわ。それで、大まかと言うことは、細かいところに改善の余地があるということですわね?」

 

「ええっと、それなんですけども。全部いちばんたかいパーツを使えばいいってわけではないんですよ」

 

「……詳しく説明をしていただいてもよろしくて?」

 

 セシリアは眉をひそめた。それもそうだろう。専門知識を持たない者からしたらとにかく高いパーツを用いれば最高の性能が出せると思うはずである。

 

「えっとですね。いま見たところ、すくなくとも5~6かしょ修正がひつようなかしょがあります」

 

「そ、それはどういうことですの!?」

 

 ガタッ! と立ちあがって真琴に詰め寄る。これに驚いた真琴はビクッっと肩を跳ね上げた後、ぺこぺこと謝りながらも的確に回答を返し始めた。

 

「ふぇ!? え、えっと、すいません。ISというものはですね。バランスが重要だとおもうんです。セシリアさんの専用機は、ラファールや打鉄とおなじく部品どうしがけんかをしちゃって、おもうように動かないぶぶんがあるとおもいます」

 

 さすがにまだISが確立されて10年しか経っていない。現代の家電みたいに性能的に限界。というわけではない。

 

 

真琴の指摘にセシリアは今まで稼働して疑問に思ったことを思い出していた。

 

「たとえばですね。セシリアさんの武器にビットをとばすタイプの物がありますよね? それを命令するぶひんがあるんですけど、それがですね、ISほんたいを動かす部品とけんかをしています。多分このままだと、ビットは3~4こがげんかいだと思いますが、じっさいつかってみてどうでしたか?」

 

 確かに、セシリアの専用機、ブルーティアーズにはビットが4機搭載されている。正式には虎の子の2機があるから6機なのだが、実際に飛びまわるビットは4機である。

 

「ええ、確かに4機が限界ですわ。それで、その問題点を解決するとどれくらいのビットを操ることができますの?」

 

「ん~……。セシリアさんの能力にもよるとおもいますが、いまのだんかいだと7~8機まであつかえるようになるとおもいます」

 

「お願いしますわ!すぐに修正してくださいまし!」

 

 くわっ! と目を見開いてセシリアは即答していた。それもそうだろう。ビットが2倍になるのだ。これを見逃すはずもない。

 

「わ、わかりました。……ここからはぼくの考えなんですが、ふやすビットはレーザーソードタイプなんていかがですか?」

 

「ソード……ですか?」

 

「はい、8このビットがいっせいに射撃を行うのもじゅうぶん脅威だとおもいますが、はんぶんがしゃげきタイプ、はんぶんがざんげきタイプになると、あいてはさらに対応しにくくなるとおもうんです」

 

 それを聞いて、セシリアの眉がピクっと動いた。どうやら、彼女の心の何処かに何か響く部分でもあったのだろう。

 

「ビットの形は変わらないんでの?」

 

「ええ、かたちを同一にすることにより、どのビットなのか分かりにくくねらいもあります。それに4こだけなら、本体が移動しながらでもビットをそうさすることができるとおもいます」

 

「その提案、乗りましたわ。それと、わたくしの主力兵器であるスターライトMkーⅢなのですが……そちらはどうにかできないでしょうか?」

 

「そうですね……。狙撃としてのきのうは満足しているわけですし。これいじょうぶきの性能をあげてしまうと、おそらくセシリアさんが使いこなせないんじゃないかとおもいます」

 

「……わかりましたわ。とりあえず、わたくしの腕が上がるまではビットの改善だけ、ということにしておきます」

 

 ちょっとだけ残念そうに肩を落としたセシリアだったが、こればっかりは納得してもらうしかなかった。身に余る武器は時として使用者本人に牙を向く場合があるのだ。

 

「すみません、一度寮に戻りますわ。しばらくしたら様子を伺いに来ますので」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 

 

 肩を落とすセシリアを尻目に真琴は早速作業に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 作業開始から三時間後、真琴はビットの複製に取り掛かっていた。ひとつだけビットを拝借し、それを元に他の研究者に手伝ってもらい新たに4つ作っていた。もちろん、守秘義務について契約を交わした上で、だ。

 

 

(んー……どうしよっかなー。射撃タイプにも剣タイプにもなれるように設定しとこ。スイッチ一つで切り替えられるように。元からあった4個は下手に弄れないから、セシリアさんが戻ってくるまで手は付けないっと。とりあえず複製した4つを改造すれば大丈夫かな。よし、後はおねいさん達にお願いするとして、とりあえずビットを増やすんだったら本体のレイアウトを変えなきゃ駄目だね)

 

真琴はCAD端末を立ち上げた。簡単にいうならお絵かきソフトである。恐らく、セシリアは見た目も重視するだろう。ここは妥協してはいけない点だと真琴は判断。自分で作成することにした。そのとき、来訪を告げるチャイムが鳴った。

 

 

「お疲れ様ですわ真琴さん。いかがでしょうか? 進み具合は」

 

「あ、ちょうどいいところに。えっとですねセシリアさん。ビットを増やすにあたって、レイアウトの変更をしなくてはならないんですけど。こんなかんじでどうですか?」

 

 

 真琴は試作したレイアウトをセシリアに見せた。一瞬彼女に笑顔が浮かぶが、直ぐに元に戻り、悩ましげな視線をディスプレイに送っている。どうやら、満足はしてない様だ。

 

「えんりょなく言ってください。かのうなかぎりようぼうには答えたいとおもっていますので」

 

「そうですわね……。それでしたら、もう少し全体のバランスを下寄りにしていただいてもよろしくて?」

 

「はい、わかりました。……これでどうですか?」

 

 CADとは便利なものである。ちょこっとマウスで操作してやるだけで全体のレイアウトが変更できるのだから。

 

「ええ……ちょっと行きすぎですわ。……そうですね、それくらいが丁度いいですわね」

 

「わかりました。ビットはレイアウトどうりにはいちしますね」

 

「ビットは ということは他にも何かあるのでしょうか」

 

「えっとですね。セシリアさんのブルーティアーズのかくちょうりょういきなんですけども、よゆうがあるみたいなのでいっこぼうぐをついかしたいのですが、いかがですか?」

 

「どのようなものでしょうか。防具といっても色々ありますし……」

 

「えっとですね。セシリアさんが全力でこうげきするとき。つまりビットを8こだすときですね。どうしても本体のうごきが止まってしまいますので、シールドのうんようをより効率的におこなうものなのですが」

 

「ピンときませんわ。もう少し詳しく教えてもらえないでしょうか」

 

 ここで真琴は、昼間千冬に話したのと同じ事を話した。それを聞いてセシリアは大喜びで了承してくれた。思わず真琴抱きしめるくらい。

 

「ふぎゅっ」

 

「すごいですわ真琴さん! それが実現できれば私のブルーティーアーズの弱点が一気に補えます! それもおねがい致します!」

 

「わ、わかりました……。セシリアさん、く、くるしいです」

 

「あっ……。失礼しました。それで、だいたいどれくらいで出来上がるものなのでしょうか?クラス代表選までには間に合わせたいのですけれど」

 

「えっとですね、このていどの換装でしたら……ん~……だいたい3~4にちいただければかんせいするとおもいます」

 

「ず、ずいぶんとお早いことで……」

 

「ただ、かいせきを完璧にするにはもう一日ひつようになるので、くらすだいひょうせんにはぎりぎり間に合うくらいになるとおもいます」

 

 

セシリアの笑みが引き攣った。天才にも程があるぞ、と言いたげだ。

 

「はは、おかげで私達はてんてこ舞いだよ。やりがいがあるからいいんだけどね」

 

 横から国枝主任が二人分のコーヒーを持ってきながらこちらに歩いてきた。目の下に隈が出来ているが、どこか充実している。

 

「あ、すいません。ぼくちょっとトイレにいってきますね」

 

 

 真琴がトイレに行ってる間、セシリアは国枝と二人で真琴について話をしていた。

 

「それにしても真琴さんは素晴らしい方ですわ。わたくしを悩ませていた問題点をどんどん解消していってくださるのですから」

 

「ははっ、彼はすごいよ。私達は真琴君が帰った後、彼が使った計算用紙やプログラミングなどを皆でみて勉強しているくらいだから」

 

「世界最高峰と言われるIS学園の研究者まで凌駕するというのですか真琴さんは……」

 

「正直な所、私は将来彼は篠ノ之束を超えるんじゃないかと思っている。あの年で妥協を知らない、ISが大好き、そして他の追随を許さない才能。将来が楽しみでしょうがないよ」

 

「ええ本当に……。わたくし専用の技術者になって欲しいくらいですわ」

 

「ははっ、それは難しいだろうね。既に学園が彼名義でISの基礎理論を提出している。もうすぐ世界中が彼に注目するよ」

 

「残念ですわね。でもそれで真琴さんが世界に羽ばたく姿は見てみたいですわ」

 

 その時、来客を告げるチャイムが鳴った。ピンポーン。予想外の来客にセシリアは焦った。なんせ、ブリュンヒルデこと織斑千冬が訪ねて来たからだ。

 

「お、織斑先生!? どうしてここに!」

 

「山田君から真琴君の様子を見てくるように頼まれてな。彼は今どこにいるんだ?」

 

「真琴さんなら今お手洗いに行ってますわ。そろそろ戻られるのではないでしょうか」

 

「そうか。それにしてもオルコット、お前がここに居るということは真琴君にメンテナンスを頼んだと見ていいのかな?」

 

 千冬はニヤニヤとセシリアを見ているが、ここで予想外の反応が返ってきた。

 

「ええ、それだけではなくイギリス政府に許可を取って全面的にブルーティアーズの改造をお願いしましたわ。彼の能力は本物です。このわたくしが保証致しますわ!」

 

 どどーん! と効果音が付きそうな感じだ。セシリアは腰に手を当て、いつものポーズを取っていた。対する千冬はドン引きである。恐らく、外交関係の事を考えているのだろう。

 

「お前……普通そこまでするか」

 

「なんとでも言って下さいな。織斑先生。クラス代表戦楽しみにしていてくださいな。わたくしのブルーティアーズ=カスタムのお披露目を致しますわ」

 

「名前まで変えるとは……本気だな」

 

「ええ、彼ならばきっと注文通りの仕様にしてくれるはず。皆の驚く顔が目に浮かびますわ」

 

「そうか、それなら何も言うことはない。真琴君に早めに切りあげるように言っておいてくれ。ではな」

 

「ええ、お疲れ様ですわ織斑先生」

 

 

その日、結局真耶が迎えに来るまでブルーティアーズの改造は行われた。

 




―――えっと、とりあえずビットのかいせきを始めないと……

―――ま、真琴君? お姉さん達ちょっと休憩してきてもいいかしら……?


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7話 フルチューンの果てに

 翌日、いつもより30分早く起床した。朝食を取るためである。いつも通り真耶の癒しタイムが終了し、二人は朝食を取るために食堂に向かっていた。ふたりとも朝食はトースト派である。目玉焼きとハム、トーストをトレイに載せ、そのまま開いている席に着いた。

 

 あいかわらず真琴はリスの様にハムハムとトーストを齧っている。その様子をニコニコ微笑みながら眺めている真耶。そこに近づく影が一つ。そう、セシリアである。昨日の一件以来、真琴はセシリアのお気に入りとなっていた。マスコット的な意味でも、技術者的な意味でも。

 

「お早うございます山田先生、真琴さん。ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

「はい、お早うございますオルコットさん。どうぞどうぞ、こっち空いてますから」

 

「あ、おはようございますセシリアさん」

 

 真耶は自分を挟んで真琴とは反対側の椅子をポフポフと叩いていた。弟には近づくなという軽い威嚇だろうか。しかしさすがはセシリアといったところか。真耶の威嚇を軽くいなし、真琴の隣に座った。

 

「真琴さん、今日は授業はお受けになるんですの?」

 

「う~ん……けんきゅうじょには午後からいこうとおもっています」

 

「それでしたら、昨日の一件で相談がありますので昼休みに少しお時間をいただけないかしら」

 

「あ、はい。べつにいそぎのようけんがあるわけではないのでだいじょうぶです」

 

「ふふっ、わかりました」

 

「むー……」

 

 弟を溺愛している真耶としては、この状況は大変面白くない。ああ、面白くないとも。焼き肉で例えるならば、大切に自分で育ててきたカルビを横からひょいっと持って行かれた状況に似ているかもしれない。

 

 ……閑話休題(はなしがそれた)

 

「んんっ! オルコットさん。あまりまーくんに無理は言わないで下さいね。昨日結局部屋に戻ってきたの11時過ぎだったんですから」

 

「あら? 真琴さんは山田先生と同じ部屋で暮らしているんですの?」

 

「えっと……その、ぼくひとりじゃねれないんです」

 

 ピキュイーン! 刹那、セシリアの目が光った。一瞬だが、セシリアの目が捕食者のそれに変わる。

 

「ま、真琴さん?よろしければ今度わたくしの部屋に」

 

「まーくん、そろそろ時間だから教員室にいかないと!」

 

 真琴をめぐってめまぐるしい攻防が目の前で繰り広げられる。勿論、当の本人は気づいてない。そのため、何がおこったの? という表情で首を傾げるだけだ。子供の無垢な表情というものは便利なものである。特に、異性の大人に対しては効果てき面だ。

 

 そしてそんな攻防が繰り広げられている所に、鬼教官がやってきた。BGMはもちろんターミ○ーターだ。

 

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」

 

 途端、真耶とセシリアが慌てて朝食を取り始める。横で観戦しながら食事ととっていた真琴はすでに食べ終えている。その光景を目にして千冬はやれやれと溜息をついた。

 

「山田君……教員という立場にありながら生徒と一緒に怒られるというのはどうかと思うが」

 

「す、すいません織斑先生! すぐ食べ終えて教員室に向かいます! ごめんね? まーくんは先にいっててくれないかな?」

 

「うん。それじゃあ、またあとでね。お姉ちゃん。それと、ごめんなさい織斑せんせい。つぎからきをつけます」

 

 いつも通りぺこぺこと謝りだす。しかし他の生徒に比べ真琴に接する時はやさしくなる千冬だった。

 

「君は完全に巻き込まれた立場だろう。気にしなくていいい。後、君には話がある。教員室に向かいながら話すからついてきてくれ」

 

「はい、わかりました。」

 

 なんていうか、やはりちーちゃんもショタっ子には弱いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「ひょうしょう……?」

 

「そうだ、真琴君は以前IS学園の教員にISの基礎理論を手渡したことがあっただろう。」

 

「あ、はい」

 

「それでだな。その教員が研究院に論文を手渡したのだが・・・。研究室一同がな、その論文を君名義で国際IS学会に提出していたんだよ。しかもそれがえらく高く評価されてな。君には多額の研究費と表彰状が渡される事になる。」

 

「はい」

 

「IS学園に所属しているということが判明している以上、学園の研究所にも多額の研究費が下りてくるだろう。いいじゃないか。やりたい放題できるぞ?」

 

「やりたいほうだいというと……新しいせだいのISとか、あたらしいコアのかいはつとかでしょうか?」

 

「あまりやりすぎるなよ?まぁ、学園に所属している以上、いかなる組織や団体からも干渉は許されないから問題ないといえば問題ないんだが。……そういえば、IS学園の特記事項の不備を指摘したのも君だったな。全く、嘆かわしい。大人達は何をやっているんだか……」

 

 あ、なんか愚痴が始まりそうと真琴は内心諦めていた。

 

 

 

 

 

「それでは、真琴君はこのまま教室へ向かうといい。では、また後でな」

 

「はい、きょうもよろしくおねがいします織斑せんせい」

 

 ぺこりとお辞儀をすると、千冬は生徒達には見せないような柔らかな笑みを浮かべ立ち去って行った。

 

 

 

(表彰……なんか目つけられちゃったかな……めんどくさいなぁ。ぼくは新しいISを作りたいだけなのに)

 

 

 

 

 真耶と千冬より一足先に教室に行くと、そこにはセシリアと一夏が口論をするという、いつもと変わりのない光景が広がっていた。入口で「おはようございます」とお辞儀をして、自分の席に向かう時、セシリアと目があった。すると、まるで一夏など居なかったかの様に彼女は真琴目がけて突撃してきた。

 

「お早うございます真琴さん」

 

「あ、おはようございます」

 

 ここでもぺこり。やはり綺麗な挨拶は美徳である。うん。

 

「一夏さん?わたくしは真琴さんにメンテナンスをお願いしていますの。クラス代表戦を楽しみにしていてください」

 

 いつの間にか一夏を名前で呼んでいるセシリアであった。毎日の口論で少し距離が縮まったのだろうか。

 

「おい、それはいくらなんでもずるくないか?」

 

 先日のラファールのチューンアップを見ているクラス一同は、セシリアの専用機が真琴の手によってカスタマイズされているという事実をしると、息を飲んだ。

 

「前に申し上げました。私の持てる力全てを使って貴方を叩き潰すと。強くなれるのであればこの際手段は問いません」

 

 相変わらず何がなんだか訳が分からない一年一組のマスコット事真琴は、首を傾げてセシリアの服をくいっくいっと引っ張っていた。

 

「はい、なんですか真琴さん? ああ、今のことは気にしないでください。真琴さんが気に病む必要なんてこれっぽっちもありません」

 

「なあ、山田君?」

 

 一夏に呼ばれてトテトテとそちらに真琴は歩を進めた。

 

「はい、なんでしょうか。ぼくのことは名前でよんでください」

 

ぺこりとお辞儀をする。もはや真琴の挨拶の一部となっていた。

 

「いや、そのさ。今度俺に専用機が届いたら俺のISも見てくれないか?」

 

 一夏の一言を聞いてセシリアが激昂する。

 

「ちょっと一夏さん! 今は私が真琴さんにカスタマイズをお願いしているんです。その後にしてくださいな!」

 

「う……すまん」

 

「おい、一夏。お前はそれよりも剣を先に鍛えろ。ISはその後だ」

 

「分かった分かった。分かったからそう睨むなよ箒」

 

 一夏に箒と呼ばれている生徒は、こちらを一瞥すると何事もなかったかのように自分の席に着いた。それに釣られて真琴も自分の席に着く。そろそろ鬼の担任と天然の副担任が到着するころだ。ここで真琴は連日頭をエクスカリバーでひっぱたかれているセシリアと一夏に助け舟を出した。

 

「あの、そろそろせんせいがくるとおもうので、せきについたほうが」

 

「もう遅い」

 

スパァン! スパァン!

 

 これでセシリアと一夏は三日連続頭に重い一撃を貰う事となった。さすがに毎日見てる真耶は千冬の後ろで苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

「はい、それではSHRを始めます」

 

「さて、本日の授業だが・・・。昨日全ての授業をISにしてしまったからな。本日は一日座学にする。」

 

 クラス中から「ええ~?」と反論の声が上がるが、そこは鬼教官織斑千冬。ギロリと一睨みするだけですぐに大人しくなった。

 

 その中、真琴は大人しかった。むしろ、わくわくしていた。小学校にすら半分もまともに通えなかったのだ。義務教育を終えてない彼は、このIS学園で必要な知識を吸収する必要がある。

 

 だがしかし。彼の知識は大学生以上である。六歳から八歳までの二年間でIS学園で使っている全ての参考書を理解しているのだから。それに加え、このISを開発する恐るべき知力。今真琴に必要なのは学問よりも人と触れ合う時間なのかもしれない。

 

「真琴君、君は研究所から声がかかっている。好きなタイミングで移動してくれてかまわない」

 

「え、真琴。お前授業大丈夫なの?」

 

 スパァン!

 

「今はSHRだ。私が許可しない限り私語は許さん」

 

「それじゃあ、はい、織斑先生質問です」

 

 一夏がおずおずと手を挙げた。

 

「許可する」

 

「いくら真琴が頭がいいからって、もう二日連続ですよ。さすがにまずいんじゃ?」

 

「ああ、そのことなら問題ない。彼は二年前にIS学園で使っている全ての参考書を理解し、改訂している。今真琴君に足りないのは学問ではなくて人との交流だ。その目的で授業に参加してもらっている。だから研究所から声がかかったらいつでもあっちに行っていいといったのさ。ただまぁ、社会情勢に関してはリアルタイムで変動していくものだ。社会の授業だけはできるだけ受講してもらいたい」

 

「わかりました。それではSHRがおわったらすぐけんきゅうじょへむかいます」

 

「済まないな。ああそうだ、研究所へ向かう前に応接室へ行ってくれ。国際IS学院のお偉いさんがどうしても会いたいとうるさくてな。顔だけでも見たいんだとさ。」

 

「はい、わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、真琴は応接室に行き、国際IS学会の副会長と面接を行った。その際、表彰状を渡されたのだが、是非うちに来ないかと勧誘されたのだ。さすがにこれには同伴していたIS学園の教員が特記事項を武器に断ったが、彼らは諦めきれなかったようだ。また来ると言い残し立ち去っていった。

 

(なんか嫌な感じ。第3世代のISのことばっかり聞いてきてさ……。僕の事なんか分かってくれようともしてなかったし。もう会いたくないなぁあのおじさんとは)

 

真琴は少し、ほんの少しだが「人を疑う」という事を覚え始めていた。

 

 

 

 

 

 研究所に到着して、真琴は早速ブルーティアーズの調整に入った。昨日の段階で他の研究員にビットの複製を依頼していたのでビットは出来上がっているはずだ。念のため確認に行くとそこには目が座り、何やらブツブツと呟きながらビットと接続されているノートパソコンを弄っている研究員の姿があった。

 

 聞くとどうやら、彼女らは昨日から一睡も取らずに調整を行っていたらしい。何故そんな無茶をしたのか真琴が尋ねると、ビットと本体のチューンアップを速い内に完了させて、真琴に新しい武器を作って欲しかったからと返答が返ってきた。

 

 真琴にとってこれは嬉しい誤算だった。これで大幅にチューンアップの時間が短縮された。ビットの調整を行っていた二人の研究員は真琴の頬にキスをすると仮眠室へヨロヨロと歩いて行った。

 

 真琴は早速ブルーティアーズ本体のチューンアップに取りかかった。時間が稼げたおかげで、ビットと本体の命令系統の改善以外にも、スターライトMK-Ⅲのロックオン精度の向上とロックオンの速度を向上考えた。しかし、先ほどの研究員の言葉がふと頭によぎる。

 

 

 ―――新しい武器を作って欲しい。

 

 

 この言葉を思い出し、本体の改善を後回しにし、真琴はスターライトと対をなす新しいスナイパーライフルの製作を始めた。ビットの操作と狙撃という二つの操作を行えるように、相手に当てやすいスナイパーライフルを作るにはどうしたらいいかと考えながらブルーティアーズの解析を行うこと一時間。ようやく新しい案を思いついた。

 

 相手を追尾すればいい。

 

 少しでもいいから相手をホーミングすれば、多少的を外しても相手に当たる。そう考えたのである。この案を実現するためにはどうすればいいか。真琴は悩みに悩んだ。熱源体を追う?ただのビームにそれは無理だ。ならば撃ったあと自分でビームを操作できれば?いいや、それも駄目だ。ビットの操作があるのに、ここで複雑な操作を入れるのは本末転倒である。

 

 

 散々ホワイトボードに書きなぐったが、ピンと来る案が出てこない。むしゃくしゃしてちょっと荒めにマーカーをホワイトボードの下に付いているペン置きに置いた。その際、ボードにくっついていたマグネットがカランと音をたてて地面に落ちるのを見て、真琴は一瞬考えた後、行けると判断。すぐに自分の作業スペースに戻った。

 

 

 

 

 

 子供の頃、理科の実験でエボナイト樹脂で出来た棒と毛布を擦ったことはないだろうか。擦った後、毛布をテーブルに置きエボナイト樹脂を近づけると毛布がエボナイト樹脂に引き寄せられるという現象を起こす。これは毛布に負の電荷、エボナイト樹脂に正の電荷が帯電しているため、異なる性質を持った電荷が引力を発生するためである。

 

 真琴はこれを応用し、シールドバリアーを正のエネルギー、ライフルから発射されるビームを負と置き換えてみた。……いける。

 

 ライフルの中に負のエネルギーを発生させる装置を組み込み、発射されるエネルギーを負に変換する。これで理論上は、常時シールドバリアーが発生している相手にはライフルから発射されたビームが引き寄せられるはずである。

 

 幸いエネルギーの正負は電気と似たようなものなので、位相角を180度ずらす事で負に置きかえる事に成功した。

 

 一度決まったら後は簡単。余裕のある研究員に声を掛け、今考えた構想を話して早速スターライトを複製して組み込むことにした。ただしスターライトの複製には時間がかかるので、位相をずらす装置だけ作成して組み込むのは後回しにした。

 

 これでビットと新しいスナイパーライフルの製作のめどが立った。残るはブルーティアーズ本体のみだ。さくさくっとここまで進んだため実際に組み立てる工程を考えると時間はあまり残されていない。ここで真琴は全員を集めブレインストーミングを行うことにした。

 

 自分達が神童と言われている真琴に頼られているという事実が、研究員達のモチベーションを大幅UPした。

 

 

 

 

 しかしここにきてかつてない敵が待ち受けていた。鬼教官こと鬼斑……失礼。織斑千冬である。

 

「真琴君。君がオルコットの為に必死になってチューンアップをしているという事は知っている。だがな、君はまだ子供なんだ。こんな時間まで起きていて良いわけがないだろうが!お前らも何故止めなかったんだ!子供の暴走を止めるのはお前ら大人の役目だろう!!」

 

 真琴と研究員は真耶と千冬に怒られていた。ちなみに、現在午前2時である。何故こうなるまで誰も止めなかったのかというと、国枝が休みだったからだ。それに千冬と真耶に急な仕事が降ってきて二人ともこの時間まで業務を行っていたという不幸が重なり、今回の事態を引き起こしていた。

 

 おいたをした子供には躾が必要だ。千冬は心を鬼にして、俯く真琴を叱り続ける。

 

 対する真琴はまさか怒られてるとは思ってもいなかった。徐々に涙目になり、ついには泣き出してしまった。

 

「ごめ……ごめんなさい……ひぐっ……うぇぇ……」

 

 その日の開発はこれで中止になった。真耶に連れられて泣きながら帰る真琴を見て、研究員達は互いに頷いていた。その目には確固たる決意が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「まーくん。なんで織斑先生があんなに怒っていたかわかる? みんなすっごく心配していたんだよ」

 

 布団の中、二人は今日の事を省みていた。

 

「うん。……ごめんなさい」

 

「うん。わかってくれたならいいんだ。次からはあんな無茶はしないでね?お姉ちゃんとの約束だよ?」

 

「うん」

 

 

 残り4日。期限は着々と迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日真琴は真耶と朝食を取った後すぐに研究室に向かった。どんなに遅くても21時には戻ると約束して。

 

 

 

 研究室へたどり着くと、そこには笑顔を失い、真剣な面持ちをした研究員がいた。真琴はどんなに遅くても21時で帰ると皆に約束し、作業を開始した。

 

 

 自分の作業スペースに到着して、真琴は驚愕した。そこには試作したスナイパーライフルとブルーティアーズの改造案が書かれた書類が置いてあったのである。

 

 どうやら昨日徹夜していた研究員を除いた全員が新しいスナイパーライフルの製作とブルーディアーズの改造案を出し合いを行っていたらしい。真琴は一人一人に半べそになりながらもお礼を言って回った。これを機に、研究室のメンバーは本当の意味で一つになった。

 

 そこからの展開は早かった。真琴が頭脳となり、他の研究員が手足となる。国枝は手足となって作業をしている研究員から上がってきた報告をまとめ、真琴に提出していた。ここまで一枚岩になっている研究室も珍しい。この時ばかりは、真琴は大人達に感謝していた。

 

 そしてその日の夜、ついにブルーティアーズ=カスタムが完成した。後は実際に組み上げてセシリアにテストをしてもらうだけだ。予定よりも二日も早く終わったため、組み立てを研究員に任せてその日は帰宅した。

 

 

 残り3日。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日試作機が組みあがっているだろうと予想した真琴は、真耶と朝食を取った後二人で教員室に向かった。そこで、真琴は改めて千冬に謝ることにした。

 

「おはようございます織斑せんせい。……ごめんなさい。このたび度はごしんぱいをおかけして申し訳ありませんでした」

 

 誠心誠意謝る真琴を見て、千冬は真琴の頭を撫でながら諭すように語りだした

 

「真琴君。君はな、金の卵なんだ。君はこれからもっと成長する。それこそ他の追随を許さない程に。ISの世界では欠かせない存在になるだろう。だからこそ今が大切なんだ。今無理をして体調を崩しては本末転倒だろう。自分をもっと労わることを覚えたほうがいい」

 

「はい。ごめんなさい」

 

「もう謝る必要はないさ。君は私の話しを聞いて理解し、反省した。これから行うべき事も分かっている。ならば私はもう何も言わないさ。私も一昨日は少し熱くなりすぎた。済まなかったな、怖かっただろう?」

 

「……うん」

 

 真琴の素直な反応をみて千冬は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 真琴は一足先に教室へ行き、パソコンを開いていた。さすがにここではブルーティアーズの情報は出せないので、打鉄の改善案を何か考えようとしていたのだ。そこにセシリアがやってきた。心なしか彼女は申し訳なさそうな表情をしている。

 

 

「お早うございます真琴さん」

 

「あ、おはようございますセシリアさん」

 

「真琴さん、織斑先生から話は聞きましたわ。・・・申し訳ありません、もう少し貴方の事を考えるべきでしたわ。」

 

「ふぇ?」

 

 いきなりセシリアに謝られて真琴は困惑していた。何故? という表情でセシリアを見つめている。

 

「才能の素晴らしさを目の当たりにして、真琴さんが子供だという事を完全に失念していました。クラス代表戦に間に合うようになどと私が無茶を言ったから、研究室に缶詰になっていたらしいですわね。わたくしも織斑先生に怒られてしまいましたわ」

 

「あの、これはぼくが好きでやっていることなので、セシリアさんがきにやむ必要はないです。げんきをだしてください」

 

 真琴のこの発言を聞いて、セシリアはまるで我が子を見るような優しい目で真琴をみながら話しを続けた

 

「こんな時でも、真琴さんは他人の事を気遣うのですね……。貴方は立派な紳士ですわ。放課後、研究室に行く前に是非わたくしの部屋にいらして下さい。わたくしが全力を持っておもてなしいたしますわ。」

 

「わかりました。それでは、そのあと研究室にいきませんか? しさくきがかんせいしたのでテストをお願いしたいんですけど」

 

「わかりましたわ。それでは、もうすぐ予鈴がなりますのでまた後ほど」

 

 間もなく始業を告げるチャイムが鳴り、千冬と真耶が教室に入ってきた。いつも通りの授業が始まる。

 

 穏やかに時間だけが過ぎていった。

 

 

 

 

 

 放課後、真琴はセシリアに連れられて彼女の私室に向かっていた。そこで真琴はブルーティアーズの事について相談しようと思ったのだが、彼女に止められた。

 

「今はゆっくりと羽を伸ばして下さい。わたくしのISの話はそれからでも遅くはないですわ。」

 

 その言葉に従い、真琴はISに関する考えを一時的に停止した。

 

 

 

 

 

 セシリア=オルコットの私室、そこは正に貴族の私室だった。天蓋付きの大きなベッド、王室を連想させる威厳のあるテーブル、それに見合う歴史ある木造のチェア。部屋には骨董品の花瓶が飾られていた。窓にはレースをあしらった手触りの良いカーテン。そして極め付けは、スリッパで歩く事さえ躊躇うほどふわふわのカーペット。

 

 真琴はガチガチに固まっていた。ちょっとでも動いたら、この高級そうな家具を傷つけてしまうのではないかと緊張していたのである。セシリアからしたら、何故こんなに緊張する必要があるのだろうと思うだろう。子供の頃からこういった暮らしをしてきたのだから。

 

「ふふっ、そんなにお気になさらないでください。少し肩の力を抜いたほうがいいのかもしれませんわね」

 

 セシリアは優雅な振る舞いで椅子に座っている真琴の後ろまで歩いていくと、真琴の肩を静かに揉み始めた。

 

「随分凝っていますわね……とても子供の肩とは思えません。やはり少し休息が必要ですわ、真琴さん」

 

 ゆっくり、じんわりと肩の凝りを揉みほぐす。あまりの心地よさに、真琴の口から思わずため息が出る。

 

「はふぅ……」

恍惚の笑みを浮かべ、真琴はとろとろに蕩けていた。その様子を見てセシリアはクスりと笑った。

 

「クラス代表戦が終わったら、2~3日ISの研究から離れて授業を受けるといいと思いますわ。真琴さんはまだ子供なのですから、時には他の生徒と同じように子供らしく振舞えばいいのです」

 

「そうですねぇ……」

 

段々真琴の反応が鈍くなってきた。肩を揉み続けているとその内寝息が聞こえてきた。きっと疲れが溜まっていたのだろう。セシリアは真琴を抱えるとそのままベッドへ運んでいき、そっとベッドの上に寝かせた。

 

 

「わたくしの為にここまでしてくださってありがとうございます真琴さん。どうか、どうか今はゆっくりとお休み下さい……」

 

 

 

 

 

 

「疲れて……いたのですね」

 

 ベッドに腰かけ、わたくしは真琴さんの頭をゆっくりと撫で始めた。

 

 

全く、まだ出会って数日しか経っていないわたくしのためにここまで無茶をするなんて、なんてお人好しなのかしら。世間の男共は真琴さんを見習って欲しいものです。

 

 それにしても、本当に可愛らしいですわ。まるで天使の様……。こうして何時までも真琴さんの寝顔を見ていたいですわ。これは山田先生がブラコンになるのも頷けます。

 

一体こんな小さな体の何処にここまでの活力があるのでしょう。ふふっ、本当に不思議なお方。

 

 

本当に、興味が付きませんわ。気になって、仕方がありません……。

 

 

出会ってしまいました。わたくしが理想とする強い意志を宿した瞳を持つ男と。

 

 

 

 

 

 

―――知りたい。

 

その正体を。その瞳の奥に何があるのかを。

 

―――知りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……ううっ……?」

 

 真琴が目を覚ますと、既に部屋の中は夕焼けでオレンジ色に染まっていた。目の前には椅子に座り読書をしているセシリアの姿があった。

 

「あら、もう目が覚めてしまいましたの? まだ寝ていてもよろしくてよ?」

 

 真琴が起きた事に気付いたセシリアは、読んでいた本に栞を挟み、ベッドで上半身だけ起こしている真琴へと歩を進めた。

 

「ありがとうございます。なんかからだがかるくなりました」

 

「それはなによりですわ。お体の調子がよろしいのであれば、そろそろ研究室へ移動しませんこと?」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 

 二人は研究室へと向かった。

 

 

 

 

 

「えっと、こちらがブルーティアーズ=カスタムのしさくきになります」

 

研究室に到着した二人は待ってましたと言わんばかりの研究員に迎え入れられ、奥にある実験室へと移動していた。

 

 

 

 

 

 

 そこに鎮座していたのは、限りない青。……否、蒼。

 

 

 

 

 

 

 雲を連想する所々に散りばめられた白、そして、全体を彩る晴れ渡った空の様な蒼。

 

 機体はビットを収納するためのスペースが設けられているが、それでもブルーティアーズの形をしっかりと受け継いでいる。上品でなお且つ、威厳を感じさせられた。

 

 それを見た瞬間、セシリアは固まってしまった。そしてISから何か伝わってくる。触らずとも分かる。

 

(この子は、わたくしをずっと待っていた。そう……組みあがったその時から!)

 

セシリアの瞳から自然と涙が零れ落ちる。しかしその涙は歓喜に包まれていた。

 

「えっと、セシリアさん……だいじょうぶですか」

 

「ええ……ええ……っ! ありがとうございます皆さん。触らずとも分かります。この子は、わたくしに乗って欲しいと懇願していると。そしてわたくしも、この子に乗って差し上げたいと」

 

 その言葉を聞いた瞬間、研究室に歓声が巻き起こった。

 

「セシリアさん。このきたいに触ってあげてください。そして、名前をつけてあげてください。そうしてはじめて、この機体はあなたのものになります」

 

 セシリアは目じりに溜まった涙を拭きとると、試作機に触りながら凛とした声で新しい機体の名前を告げた。

 

「この子はブルースカイ。今の心境をそのまま名前にしましたわ。わたくしの心には今、清々しい青空が広がっています。もう、迷いませんわ。わたくしはこの子と共に、何処までも高みに上り詰めて差し上げます!」

 

 

 ブルースカイを量子変換してアクセサリーに戻し、一向は予め予約していたアリーナへと向かった。喜んではいるが、まだ調整が済んでいない。

 

「それではセシリアさん。ブルースカイをよびだしてください」

 

「ふふっ、了解です」

 

 セシリアの体が一瞬だけ光に包まれ、ブルースカイがついにセシリアと一体になった。

 

「あら? バイザーがついていますが、これは一体?」

 

今までにない装備にセシリアは少しだけ驚いていた。

 

「それはディスプレイの役割をはたします。バイザーのなかにはビットとスナイパーライフルをより正確にもちいるためのオペレーションシステムが搭載されています。詳細情報ががめんにあらわれるはずなので、とりあえずスナイパーライフルかビットをよびだしてください」

 

 言われるがままにセシリアは使いなれたスターライトMK-Ⅲを呼び出した。が、形が違うそれを手に持って首を傾げた。

 

「真琴さん……ひょっとして、スターライトも改良したのですか?」

 

「あ、はい。より狙いやすくなるように改良してあります。それにもなまえをつけてあげてください」

 

「そうですわね……。それでは、星と対をなす月。このスナイパーライフルにはムーンライトと名付けますわ」

 

「わかりました。えっとですね、ムーンライトにはたいIS限定ですが、ホーミング機能がついています。だんそくが早いのでそこまでついびしませんが、それなりに追いかけてくれるはずです。とおくに的があるとおもうので、それをめがけて撃ってみてください」

 

 セシリアから50m程離れた地点に的が3つ出現した。

 

「そのまとにはシールドバリアーが発生しています。ためしにすこし照準をずらしてうってみてください」

 

 言われるがままに、セシリアは銃を構えた。その瞬間バイザーにロックオン表示と対象までの距離、エネルギー残量が表示された。恐る恐る的から10cm程外れた場所を狙って引き金を引くセシリア。その瞬間、キャヒュン! と小気味いい音を経てて放たれたビームは、的に近づくとまるで吸い寄せられるように着弾した。

 

「せいこうです。あとはエネルギー効率のかいぜんだけでよさそうですね。つづけて他の的もうってみてください」

 

セシリアは口を開けて唖然としていた。恐らく、上手く現状を把握する事が出来ないのだろう。何しろ、この短期間で自分の予想を遥かに上回る成果をたたき出しているのだから。

 

「セシリアさん? データがほしいので数発うってもらえますか?」

 

「え、ええ……わかりましたわ」

 

 続けて2発目を撃つ。ビームは真っすぐ的に向かって突き進むが、今度の的はゆっくりとだが動き、ビームから逃げ始める。しかしそれも的が近づくにつれて徐々に軌道を修正し、結局は先ほどと同じ結果になった。

 

 その後も、逃げる的に狙いを付けて撃つが、OSによる位置補正とホーミング機能がうまくマッチングし、結果は百発百中だった。

 

 

 

 

「ムーンライトの実験はこれくらいでいいですね。それでは、こんどはビットを射出してください。あ、4つだけだしてくださいね。そのあと、とびまわってみてください」

 

 

 ビット4基射出した後、セシリアはゆっくりと空へと飛び立った。すると、今度はバイザーに4基のビットの情報が表示される。しかしそれは決して視界を邪魔することはなく、計算され尽くした配置に表示されている。まだビットは動かしていない。飛行速度がある程度まで達した所で、ビットに命令を出した。するとぎこちなくはあるが、ビットはセシリアの周りを巡回し始め、次第にその速度を上げていった。

 

 

「こちらもせいこうですね。それでは的をだすので、とびつづけながらビットでまとを狙ってください」

 

 もう何も驚かないぞと心に決めてビットに命令を送ったセシリアだったが、ブルースカイが動き回っているのにも関わらず、今までよりも速く、そして正確に的を目がけて飛行するビットを見て思わず顔が引き攣った。

 

「こちらも問題なしですね。それではこんどは空中にていたいして、のこりのビットを全部出してすきなようにそうさしてみてください」

 

 言われるがまま、セシリアは指定された動作を行った。そして、残りのビットを全て射出。まだ命令を出していないため、8基のビットはセシリアの周りを衛星のように巡回を始める。……そして、ついに8基同時操作が始まった。

 

 

 

 8基のビットはまるで己が手足の様に動き回り、次々に現れる的を的確に射抜き、切り払っていった。

 

その様子は、例えるなら円舞曲の教室。セシリアの指導の元、ソードビットとライフルビットがツーマンセルになり、まるで翼を得た子供が空を飛ぶのを楽しむが如く、自由自在に飛びまわっていた。そして、時折自由時間を得た子供の様に各々が遊びまわり、空中を駆けていく。

 

 

「セシリアさん、つぎはあたらしいシールド、ピンポイントバリアのテストをします。8このビットを全てしまってください」

 

「わかりました。それで、わたくしはどうすればいいのでしょうか」

 

「いまから、さまざまなかくどから自動小銃によるこうげきをおこないます。セシリアさんはそのままうごかないでください。あ、じつだんではないので安心して撃たれてください」 

 

 真琴のアナウンスが終わった後、壁から自動小銃が出現し、全方位からの射撃が次々に行われる。しかし、センサーが飛来する弾丸を感知し、一部にだけシールドが発生してことごとく弾丸を撃ち落としていく。セシリアは無傷だった。

 

 

 その時、アリーナに二人とは違う声が響いた。

 

 

「どうだオルコット、新しい機体の調子は」

 

 織斑千冬である。研究所に立ち寄ったが誰もいなかったため、試乗をしていると踏んでアリーナまで足を運んだらしい。

 

「織斑先生……そうですわね、これで試作機というのですから恐ろしいですわ。完成したら一体どうなることやら、わたくしにも想像ができません」

 

「そこまで凄いのか。どれ、入試の訓練の時とどれくらい違うのか見せてみろ」

 

「かしこまりましたわ」

 

 

そして、円舞曲の教室が開催された。

 

 

 

 

 

「まさかここまで性能を上げるとはな……。真琴君、詳細情報はともかくとしてスペックの確認をさせてくれないか?」

 

「いいですよ。いまひょうじします」

 

 試乗が終わった後、一同はアリーナの管制室に集まっていた。先ほど撮った映像とデータを確認するためだ。

 

 表示されるスペックを見て、千冬にしては珍しい乾いた笑い声をあげていた。

 

「はははっ……なんだこれは。明らかに代表候補生が乗る機体じゃないだろう。第3世代の完成形といっても過言ではないぞ。よく機体に振り回されなかったな」

 

 

「当たり前です! 真琴さんを始め研究所の方が丹精をこめて改造してくださった機体ですもの。わたくしの限界を見極めているのでしょうね」

 

「スペックだけみたらそうでしょうね。詳細な情報をみればなぞがとけるのですが、ちょっとお見せできません。ごめんなさい」

 

 ぺこぺこと謝る真琴を見て、千冬はまたかと苦笑を洩らし彼の頭をガシガシと撫でた。

 

「第3世代のISですらここまでチューンアップするとはな……。いずれ学会だけではなく各国の政府からもおよびがかかりそうだ。イギリスは一歩リードしたな、これは。」

 

「真琴さんが居れば怖い物は何もありませんわ!今後ともよろしくおねがいします、真琴さん。」

 

「あ、はい。よろしくおねがいします」

 

 

真琴とセシリアはしっかりと握手をしていた。

 




―――……ビットを8個同時操作だと?

―――はい、時間をかけてかいぞうすれば、12個くらいまでいけるとおもいます


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8話 くらすだいひょうせん

「―――二十七秒。持った方ですわね、褒めて差し上げますわ」

 

「どこがだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局真琴は、クラス代表戦が行われるギリギリまでブルースカイの調整を行っていた。試験項目を列挙し、その都度浮かび上がった問題点について論議、対策をし、セシリアを呼び出しては試験を行う。そしてまた浮かび上がった不具合を……といった感じで残った日々を消化していった、そして出来上がったブルースカイ。

 

 貴婦人に敗北という名の二文字はふさわしくない。

 

 

 ましてや、彼女はISの稼動時間は数百時間。専用機持ちとはいえ起動時間わずか数十分などという輩に負けるはずもない。機体の性能さはそこまでないが、経験が段違いである。彼女に負ける要素など何一つなかった。

 

 一夏が近接ブレードで突撃をかければ、彼女は逃げ回りながら射出した4基のビットで迎撃をし、突破口を見つけようと距離を離して様子見をしようものなら、彼女は容赦ない月の光を浴びせていた。冷たく光る銃口から浴びせられる容赦のないビームは、彼の装甲を物凄い勢いで削っていく。

 

 この間わずか二十数秒。一夏の残りシールドエネルギーは残り3割を切っていた。

 

 この戦闘を見ていた上級生や代表候補生は、慌てて携帯端末を取り出しどこかと連絡を取り始めた。話はここで冒頭に戻る。

 

 

「どんだけ改造したんだよ! これじゃ勝負にならないだろ!」

 

「当たり前ですわ。わたくしのブルースカイは真琴さんを始めとするISの研究室の皆さんが、クラス代表戦に間に合わせるために己が身を削る思いでここまで改造してくださったのです。むしろこれ以下の戦績など出してしまったら、わたくしは研究室の皆さんに申し訳が立ちません。……さぁ、そろそろ閉幕(フィナーレ)と参りましょう」

 

 

 月から届いた月の光はとても眩しかった。そしてその光は容赦なく空を羽ばたく白い鳥に接近し、自由に空を駆け回る白い鳥の羽を貫いた

 

 

 

 

 かに見えた。しかしここで想定外の事態が起こる。一夏がやけくそになって回避行動を起こしたのだ。本人にも制御しきれていないそれは、予測不可能な動作でセシリアに近づいていき、二人は衝突する。

 

 轟音と共に二人は壁に衝突、巻き上がった土煙で二人の様子を見ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予想通りの展開になっているな。やはり一……織斑が勝てる見込みがあるとすれば、

一次移行するしかないか」

 

「織斑先生……。あの機体の事、何か知っているんですか?」

 

 教官二人+研究員一人はピットでリアルタイムでその様子を見ていた。千冬にはあの期待について何か心当たりがある様である。

 

「まぁ、あれは私の知り合いが開発したISだからな。多少の情報は仕入れてあるさ」

 

「そうなんですか……。しかしあの機体はすごいですねぇ。一次移行してないと言ってましたけど、まーくんが改造した第3世代のISの攻撃を耐えるなんて」

 

「あれを耐えるというにはいささか語弊があると思うんだが……」

 

「いえいえー、あの猛攻を二十七秒も耐えるなんて、IS稼動2回目とはとても思えないですよ。さすが織斑先生の弟さんですねっ!」

 

「ま、まぁ、なんだ。あれでも私の弟だからな。あれぐらいやってもらわないとな。……山田君、なんだその顔は」

 

 真耶はニヤニヤしながら千冬を見つめていた。同じ姉という立場同士、千冬の考えていることが手に取るように分かるのだろう。

 

「照れてますねー織斑先生。……そ、そんな睨まないでくださいよー。もっと自分に素直にいだだだだだだだだだだ!!」

 

 さすがブリュンヒルデ。からかわれていると分かった瞬間ガシッと真耶の頭を掴み、万力の如く力を込め始めた。

 

「私はからかわれるのが嫌いだ」

 

「わかりました!わかりましたからっ! 手を離してくださいいいいいぃぃぃぃぃ!!」

 

 ぎりぎりぎり。頭蓋骨が悲鳴を上げる。が、ここで黙ってデータを採取していた真琴が悲しげな表情で千冬に語りかける。

 

「あ、あの織斑せんせい……。あんまりお姉ちゃんをいじめないでください……」

 

 上目遣いで放たれる視線。それに抗うことができる人物が果たしてIS学園に存在するだろうか。が、千冬は耐えた。耐えたのである。しかし言っていることは意味不明だった。

 

 

「ま、真琴君。教師としてけじめをつけなければならない時がある。私はいかなる権力が干渉しようともだな」

 

しかし、真琴の悲しみは留まる事を知らない。

 

「ううっ……ぐすっ……」

 

 なんていうか、こう、泣き出したのである。大人にとって最大の弱点だろう、子供の涙。普段天使の様な微笑みを振りまく学園のアイドルことまーくんの涙は、鬼教官織斑千冬という要塞の中を瞬く間に制圧、陥落させた。要塞から白旗があがる。

 

「! わかった、わかったから泣かないでくれ。……何故だ。物凄い罪悪感に襲われるぞ……」

 

「いたたた……ま、まーくん? もう大丈夫だから泣かないでね? ね?」

 

 

 普段全くと言っていい程涙を見せない真琴の涙を見て、被害者である真耶の心にも何故か罪悪感が沸き起こっていた

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃戦っている本人達はというと……。

 

 

「ゆ、油断しましたわ。まさかやけを起こすとは……」

 

「この距離なら外さない! ぜああああ!」

 

 

―――一閃、二閃、三閃。

 

 

 

 次々に襲い掛かる斬撃。セシリアが捕まった瞬間、観客からは歓声が巻き起こった。襲い掛かる斬撃の嵐を見て、奇跡の逆転劇が起こると思ったのだろう。しかし、歓声は徐々に静まり始めどよめきに変わる。展開されるであろうバリアがほとんど見えないのだ。真琴が開発した例のバリアがしっかりと起動している証拠だ。

 

 そしてエネルギーの減りが異様に遅い。バリアの展開部分を一部にすることにより、シールドバリアに持っていかれるエネルギーが極端に少ないからだが。

 

 セシリアは斬られながらも、落ち着いてバイザーに表示されているアイコンに目をやった。その瞬間、

 

「はっ!」

 

 セシリアのバリアが急激に出現し、ふくらみ、そして爆ぜる。

 

「なっ! うわああぁぁぁぁ!」

 

 

一夏はなす術もなく吹き飛んでいったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「緊急回避用の装備。ですの?」

 

 時を遡る事数分。アリーナの準備室には二つの影があった。

 

「はい、いまのブルースカイには近接用のぶきがありません。ひとつ追加しておきました」

 

「一体、どの様な武装なのでしょうか」

 

「えっとですね、10%ほどエネルギーを消費してしまうんですが、バリアをいっきに展開し、しゅつりょくを急激にふやすブースターです。そうすることでバリアのリミットがはずれ、きんせつしている敵をふきとばします。インターセプターのかわりですね」

 

「ボムみたいなものですか……。そういえば、インターセプターを外していましたわね。今回の戦いでは使うことはないと思いますが、念頭には入れておきますわ」

 

「わかりました。それでは、ごぶうんを」

 

「ふふっ、真琴さんが丹精を込めて作り上げてくださった機体です。わたくしが負ける理由などこれっぽっちも存在致しませんわ。帰ってきたらわたくしの部屋で祝杯をあげましょう」

 

「はい、たのしみにしていますね」

 

 上目使いに微笑む彼を見て、セシリアはきゅんきゅんしながらアリーナへと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……助かりましたわ。あのままやられ続けていたら危なかったですわね)

 

 セシリアのエネルギー残量は6割を切っていた。まぁ、散々切られてこれだけしか減っていないのだから慌てるような段階ではないのだが。

 

 

(それにしても、一夏さん。なかなか侮れない相手ですわ。まさかIS起動の経験がほとんどないというのにこれほどの操作ができるとは……)

 

 

 織斑の血筋とでもいうのだろうか、一夏の直感は並はずれた物があった。セシリアが放ったビームは、ホーミング機能がなかったら外されていたかもしれない。

 

 

「なかなかやりますわね。ここまでやるとは正直思っていませんでしたわ」

 

「そいつはどうも。しかしなぁ……認められねぇよその機体は、強すぎるだろ」

 

ピクり。セシリアの眉がつりあがる。

 

「あなたは真琴さんが必死になって組み上げた機体を認められないと。そうおっしゃいましたの?」

 

「どんなゲームでも強すぎる機体を使う人は嫌われるってもんだ。もうちょっと抑えたほうがいいんじゃないか?」

 

セシリアの瞳に小さな、しかし確かな、一つの意思が浮かび上がる。

 

「……一夏さん、一つ、教えて差し上げます。これはゲームではありません! 強き者が勝つ、それだけですわ!」

 

 刹那、ブルー=スカイからビットが更に4基射出された。ついに実践での8基同時操作が始まった。

 

「げぇっ! まだあったのかよそれ! 」

 

「ここからは円舞曲(ワルツ)ではありません……葬送曲(レクイエム)ですわ。さぁ、華麗に散りなさい!」

 

 静かな怒りを目に宿したセシリアは8人の練習生に命令を出した。指導を受けた練習生は、まるでセシリアの怒りを感じ取ったかの様に、荒々しく一夏を攻め立てる。

 

「何人たりとも、真琴さんを愚弄することはわたくし、セシリア=オルコットが許しませんわ!」

 

「別に俺は真琴を馬鹿にしたわけじゃ……うわあああ!」

 

 

 8人の練習生は、一夏の手を、足を、体を、次々に撃ち抜き切り払っていく。

 

 4基のビット攻撃に目が慣れつつあった一夏だったが、さすがに2倍の量を処理することができず逃げまどうが、残り少ないシールドエネルギーを一気に減らしていった。

 

 にしてもセシリアって、真琴の事となると沸点が異様に低くなる。やっぱショタ気質あったみたい。

 




―――わたくし達に敗北はありません!

―――……ちょ、ま、それ死―――


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9話 真琴と打鉄とブラコンと

 結局、クラス代表戦はセシリアの圧勝で終わった。

 

 8基のビットから放たれたビームと斬撃は容赦なく白式を打ち抜き、切り刻んだ。一夏は成す術もなくあっという間にシールドをゼロに減らされ、無常にも戦闘終了の合図がアリーナに響き渡る。

 

『試合終了。勝者―――セシリア・オルコット』

 

 

 

 

 

「おつかれさまですセシリアさん。はい、どうぞ。タオルとスポーツドリンクです」

 

「ありがとうございます真琴さん、今着替えるのでお待ちになっていて下さ。」

 

「わかりました……セシリアさん。ちょっといいですか?」

 

 

「あら、何ですの?」

 

 しゅるり。静かな更衣室に衣擦れ音が響き、何とも落ち着かない雰囲気が続く。

 

 ここで真琴は自分の考えを述べた。このままではブルースカイの情報を開示しなければならないこと。そして、その対策を施すためにイギリス政府と対話する機会を設けなければならないということを。

 

「そうですわね……わたくしとしても、ブルースカイの情報が他国に漏れるのはなんとしてでも防ぎたいところです。わたくしのほうからイギリスの研究所を介して何とかできないか聞いておきます。その際にはわたくしも同行しますわ」

 

「できればいきたくないんですけど……みんな、ぼくのことを「第3世代のISを作れる技術者」としかみてくれないですし……」

 

「真琴さん……。わたくしの為にここまでして下さるのは大変ありがたいのですけれど、もう少しご自分を大事になさった方がいいですわ」

 

「難しいですよね。ぼくは新しいISをつくりたいだけなのに」

 

 

 

「イギリスのIS研究室に行く必要があるだと?」

 

 

 翌日、真琴は千冬の元へ行き前から考えていた事を打ち明けた。

 

「はい、このままだとイギリスのISの情報がせかいじゅうに開示されます。たいさくを打たなければなりません。……行きたくないですけど」

 

「なるほどな……。最初からブルースカイはイギリスの研究所主体で行い、真琴君は手伝いをしたに過ぎない、という事にするつもりか。それならイギリス政府も頷いてくれるだろう。むしろ、あっちにとってはデメリットがない交渉だ。何か要求できるぞ?」

 

「ぼくは、見たことないISをみて、さわって、そして作りたいだけです。それいがいには何ものぞみません」

 

「良いだろう、護衛には私とオルコットがつく。学園の許可が下りたらすぐにイギリス政府に打診していいか? 早ければ明日にでも許可が下りるはずだ」

 

「えっとですね、すでに外交関係についてはセシリアさんにお願いしています。なので織斑せんせいには学園のほうをおねがいします。あと、できればイギリス行きはよっかごぐらいでおねがいします」

 

四日後という言葉に千冬は首をかしげる。

 

「何か予定でもあるのか?」

 

「念のために、がくえんにきょかがとれたら織斑せんせいにカスタマイズした打鉄をわたしておこうかとおもいまして。……その、色々ととこわいですから」

 

 真琴は自分の立場を理解していた。いくら織斑千冬とはいえ、生身では複数のIS相手は厳しいだろう。そこで、護衛に必要な武力を千冬に預けることにしたのだ。

 

「学園に許可が取れればかまわない。反応速度を上げたくらいでは満足できないのだろう? 打鉄がどのように改造されるのか楽しみにしているよ」

 

「わかりました。では、にっていが決まったらけんきゅうしつにご連絡ください」

 

「わかった、ではな。……ああ、体調管理には気をつけろよ。缶詰になったら、イギリス行きの話はなかったことにするからな」

 

「はい、それではけんきゅうしつに行ってきます」

 

 立ち去る真琴の背中には、どこか疲労の色がうかがえた。それを千冬が見逃すはずもなく、一人対策を練り始める。

 

(……真琴君が自分の立場を理解し始めたか。私達がしっかり守ってやらないと潰れてしまうな、これは)

 

 千冬は受話器を取り、どこかへ連絡を取り始めた

 

 

 

 

 

 真琴は研究室に戻った後早速前日改造した打鉄の改造を行い始めた。さすが第3世代の改造まで行わされていた研究員達である、真琴が簡潔に改造案を伝えると、すぐに自分の持ち場に散って行った。

 

 真琴にとって、ISを弄るのは真耶と一緒に遊ぶ次に好きな事だった。それは今日体験した嫌な事を忘れさせると共に、真琴のモチベーションを保つために必要な事でもある。

 

 なんか大事な約束があった気がするが、今はこっちが優先だといわんばかりに頭の片隅に追いやっていた。

 

 打鉄は国産の第2世代である。そのため国家機密という程の物ではない、すぐに改造の許可は下りた。学園所有の物のため、IS学園を統括しているであろう日本政府主導の改造案ということにする。IS学園の研究室と日本政府のIS研究室は別物であるため、これならアラスカ条約に抵触することはない。

 

(法律ってめんどくさいよね。みんなで仲良くISを使えばいいのに)

 

 頭の中に、今日の昼に面会した国際IS委員の顔が浮かんでくるが、真琴は頭を振り、再び作業に戻った。

 

 反応速度については既に一般の学生が使っても問題ない、むしろオーバースペック気味になっているが、それでも千冬が自由自在に使うことができないだろう。打鉄の性能が千冬に追いついていないのだ。搭乗することになる千冬は世界最強のIS使いだ、お粗末な改造は千冬に恥をかかせることになるだろう。

 

 打鉄にはラファールのようなスラスターが付いていない。個別にイグニッション・ブーストを連続して行うことができるようにするために、新たにスラスターを取り付けることにした。

 

 打鉄とラファールは基礎こそ同じだが、回路は微妙に違っている。4枚のスラスターをラファールから複製し、打鉄に取り付けようと思ったが打鉄にはICからスラスターへと繋がるポートが余っていない。これに真琴はしばらく悩む事となる。

 

 少し考えた後打鉄本来のスラスターへと繋がる回路を、新しく取り付けるスラスターの回路に置き換えることにした。このため新たに回路上のパターンの再配置を施すことになり、研究員達に自らCADで書き起こした基盤のアートワーク(基盤のパターンの詳細を書いたもの)を手渡した。これで基盤は問題ないだろう。

 

 次にスラスターを制御するプログラムだ。幸い4個のスラスターを制御するプログラムは、前日ラファールに用いたプログラムが使えるので一から作り直す必要はない。細かい修正を加えるだけで問題ないだろうと判断。これも研究員にまかせることにした。恐らくバグが少なからず見つかると思うが、頑張ってもらうしかない。

 

 レイアウトの変更を行う前に、充電効率と容量の最適化も行っておかねばならない。机上の空論とはいえ、あらかじめ作っておかないと後が大変である。打鉄に関してはこの改造はまだ施していないため、結局一から部品の選定を行うことになった。

 

 この時点で午後8時を回っている。タイムリミットがそろそろ近い。国枝から上がってきた各々の進捗状況に目を通し、本日は帰宅することになった。

 

(まだまだ駄目だなぁ。織斑先生は世界最強のIS使いらしいし、こんなんじゃ全然スペックが足りてない)

 

 真琴の思考は留まる事を知らない。妥協を知らないそれは正に、超一流の研究者。彼の頭の中では、一体どの様な事象が浮かんでは消えているのか、誰も知るよしもない。

 

 

 

 

 帰宅をする前に、真琴は教員室に立ち寄った。愛する姉と敬愛するブリュンヒルデに報告を行うためだ。

 

 

「おつかれさまです、織斑せんせい、お姉ちゃん」

 

「あ、まーくん。織斑先生から話は聞いたよ。イギリスに行くんだってね……。織斑先生が一緒に行くんだったら大丈夫だとは思うけど気をつけてね?」

 

「うん。だいじょうぶだよ。えと、織斑先生。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 

「なんだ? ISの事についてか?」

 

 本体の改造については方向性が決まっているが、武装については千冬に合わせるしかない。

 

「えっとですね、ISの武器についてなんですけど。織斑せんせいはどういったぶきが得意ですか?」

 

「私はISに乗ってそこそこの年数が経つが、ずっと近接用のブレードをメインにしていた。遠距離用の武装はあまり使わないと思ってくれてかまわない」

 

「それでブリュンヒルデと呼ばれるまでのぼりつめたんですか。すごいですねぇ……」

 

ぽかーんと口を開けて見つめてくる真琴を見て、千冬は微笑みながらクシャクシャと彼の頭を撫でた。

 

「一つの型を極めれば、それは武器になる。ピーキーだろうが使いこなせればいいのさ」

 

「……わかりました。それでは、ブレードに特化したきたいにします」

 

「ああ、それでいい。強いて言うならブレードは刀の形を模した物にしてくれ。後は出来上がった機体に乗ってみてからだな」

 

「わかりました。それではお先にしつれいします」

 

 ぺこり。何時もの様に丁寧にお辞儀をする真琴に、千冬は手をヒラヒラと振りながら返事を返した。

 

「ちゃんと時間は守っているようだな。明日は社会の授業があるからちゃんと出席するように」

 

「はい、それではしつれいしますね」

 

「まーくん。お姉ちゃんももう少しで帰れそうだから、待っててもらえないかな?」

 

 チラリと時計を見やると時刻は8時半を回っていた。

 

「うん、それじゃあ、お姉ちゃんのよこにいるね」

 

 真琴は自分の机でパソコンを開き、真耶の残務が片付くまで打鉄の改造計画を練っていた。

 

 

 

かぽーん

 

 久しぶりのドキドキ☆お風呂TIME☆ミ! 二人は湯船の中でじゃれあっていた。

 

 

 真琴は母性の塊を後頭部に押し付けられ、山の間から頭だけを出している。柔らかいそれは真琴を優しく包み込み日ごろの疲れを昇華させていく。なんかその他にも色々と昇華されていきそうな勢いだが。

 

 

 一方、最近お互いの都合が合わずご無沙汰だった真耶は、にへら~……と割と姉が弟に向ける表情としては危ない笑みを浮かべ、蕩けながらもう離さないと言わんばかりにむぎゅむぎゅと豊満な胸を押し付けていた。

 

「お姉ちゃん……やらかい……」

 

「ふふっ。最近まーくんと一緒にお風呂に入れなかったからね。今日はゆっくり入ろうね?」

 

「うん」

 

 真耶は後ろから真琴に抱きついたまま離れない。なんていうか、こう、お気に入りの人形?みたいな感じなのだろうか。というか、そういうことにしておこないと危なそうだ。うん、そういうことにしておこう。

 

 

 

 ◇

 

 何時ものように真耶と真琴は一つの布団に入っている。真琴はすぐに寝入ってしまったため、真耶は静かに真琴を愛で始めた。

 

「えへへ、まーくん……」

 

 学生の頃、理想の男性のタイプは?と聞かれて弟と即答した真耶。ブラコンここに極まる。血縁関係になかったら、真琴の将来の相手は100%真耶に決まっていただろう。

 

 最愛の相手を胸に抱き、真耶は顔を赤くして悦に入っていた。ああ、危ない。

 

「まーくんとずっと一緒にいられたらいいのに……私も一緒にイギリスに行きたいなぁ」

 

 むぎゅむぎゅ。真耶の愛は天井知らずである。このままどこまでも! とはいかないので、ひたすらスリスリと体を摺り寄せることで妥協した。というか、妥協しなかったらどこまで行くのかちょっとだけ見てみたい気もするが、なんか天の声が聞こえてきたのでそろそろ止めた方がいいだろう。

 

 

(それに、織斑先生から連絡もあったし……)

 

 昼過ぎに真耶の元に一本の連絡が入っていた。相手はもちろん、千冬だ。

 

(「真琴君が世界の裏に気付き始めているから気を付けた方がいい」か……)

 

 

「まーくん……お姉ちゃんが守ってあげるからね」

 

 

 真耶のスリスリむにむにTIMEは、それから30分程続いた。

 




―――ZZz……

―――んっ……


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10話 打鉄は続くよどこまでも

 翌朝真琴は少し速く目が覚めた。息苦しかったからである。理由は……言わなくてもわかるだろうが、一応説明しておく。見事な双子山に埋もれて呼吸をすることが難しくなっていたからだ。

 

 ああ、またこのパターンかと真琴は手なれた様子でもぞもぞと動き出した。いつもならこれで拘束が弱まり抜け出せるのだが、今回は違った。見上げると、そこにはにへら~…とうすら笑いを浮かべた姉の顔があった。ああ、姉の愛が痛い。

 

「ん~……ん~っ」

 

 

結局真耶が目を覚ますまでの15分程、真琴は柔らかい双丘に埋もれ続ける羽目となった。

 

 

 

 

「で、真琴君のイギリス行きに同行したいと?」

 

 SHRの15分前、真耶と千冬はSHRの内容についての打ちあわせを終えた後、真琴のイギリス行きについての話をしていた。当の本人はというと、ぽかーんと口を開けながら真耶の服の裾を引っ張りつつ彼女を見ている。どうやら彼も知らなかったようだ。

 

「はい、研究員とはいえまだ8歳です。さすがに織斑先生が同行すると言っても少々不安が……」

 

 確かに、姉からすればいくら顔見知りだとはいえ少人数で海外に放り出すのには抵抗が大きい。現在イギリスに行く事が決定しているのは、真琴、千冬、国枝、教頭の4人だ。

 

「しかしだな山田君。君まで同行するとなると、一組を担当する職員が居なくなってしまう」

 

「ですが……」

 

「まかせておけ、真琴が私のためにISをチューンしてくれているんだ。政治的な圧力だろうが軍事的な介入だろうが、手は出させん」

 

 千冬の真剣な表情を見て、さすがに真耶も折れるしかなかった。その証拠と言わんばかりに、ひとつ、寂しげにため息をついた。

 

「……わかりました。真琴の事、よろしくお願いします」

 

「ああ。それではSHRに向かうとしよう。」

 

 

 

 

 何時もと変わらない一年一組のSHRが始まる。が、一つだけ違う連絡事項があった。

 

「ああ、それともう一つ連絡事項がある。真琴君が4日後に出張することになった。保護者として私もそれに同行することになる。順調に事が進めば一週間程で戻って来れるだろう。それまで私のクラスは山田君にまかせることになった。皆、私が居ないからといって気を抜かないように」

 

 当然、疑問に思ったクラスメイトから疑問の声が上がる。

 

「せんせー、なんで真琴君が? それとどこに?」

 

「詳しくは言えない。機密事項に当たる」

 

 四日後という事でイギリス行きが予定より一日遅くなってしまった真琴だったが、当の本人は内心喜んでいた。まぁ、それだけ新しく作る打鉄カスタムをいじくる時間が長くなるからだが。

 

「真琴君、一限に社会の講義がある。研究所に行くのはそれを受けてからにしてくれ」

 

「わかりました」

 

 SHRは生徒達の疑問を残す事になった。

 

 

 

 

 

 

「それでは、社会の講義を始める。現在の社会情勢についてだが……」

 

 学生向けの講義が始まった。しかしここにいるのはISに関しては一般人以上に知識がある人間だ、皆真剣に授業を受けている。

 

「さて、ここまで色々と社会情勢について述べてきたが、誰か今後どうなるか予想を立てられる者はいるか?」

 

 千冬の言葉に皆静まり返った。分からないんじゃない、答えにくいのだ。その証拠に皆チラチラと真琴の様子を伺っている。言ってもいいのか……。そんな雰囲気がクラス中に漂い、何とも気まずい状況が続いている。

 

「何だ誰も答えないのか。それでは……オルコット、答えてみろ。お前なら答えられるだろう」

 

千冬に指名され、オルコットは一瞬真琴を見やると静かに答え始めた。

 

「……はっきりとはお答えできませんが、より強いISを手に入れた国が経済的にも軍事的にも成長を遂げる。こんなところでしょうか」

 

やんわりとオブラートに包んだ様な回答をする。本人が目の前にいる手前、明確な回答を出せないでいた。

 

「そうだ。では、より強いISを手に入れるためにはどうしたらいい? オルコット、続けて回答しろ」

 

「っ! ……優秀な研究者と、試験を行う為の十分な設備が必要ですわ」

 

「その通りだ。皆もう分かっていると思うが、オルコットの第3世代のISはイギリス主導とはいえ、真琴君の手により改造が施されている。クラス代表戦でその性能は見ているだろう。学園に存在するISの中で、あのISはトップクラスの性能を持っていると見ていい。つまり、イギリスは一歩リードしたという事だ」

 

 教室に静寂が訪れた。代表候補生ではないとはいえ、IS学園に在籍する生徒は母国に将来を有望視されてここに居る。腕を磨いて代表候補生になり、より強いISに乗ることを誰もが望んでいた。セシリアは、皆が抱く希望、欲望、野望を誰よりも速く手に入れたことになる。

 

「だが、決して真琴君に無理強いをしないことだ。オルコットのISの改造は彼が自ら望んだ物、誰かに頼まれて施したものではない。無理に迫った場合、それ相応の罰が与えられると思え」

 

更に気まずい雰囲気がクラスに漂う。しかし、これは言っておかなければならないことだ。クラス代表戦直後、上級生や他の代表候補生が実際に自分の目で見たイギリスのISの情報を母国に送っていた。恐らく、近いうちに誰が改造を施した物か露呈してしまうであろう。千冬はあえてこのタイミングで言う事により、釘を刺した。イギリス主導という点と、真琴に無理な干渉を行ってはいけないという点だ。

 

 イギリス政府には事後承諾という形となってしまうが、今言っておかないと大打撃を受けるのはイギリス政府だ。この際仕方ないだろう。

 

 その時、クラスの静寂を破って予鈴が鳴った。

 

「本日の社会の授業はここまでとする。先ほど言った件、しっかりと守れよ」

 

 千冬は颯爽と立ち去って行った。

 

 さて、こうなると気まずいのは真琴だ。休み時間だと言うのに誰も席から動こうとしない。どうやって真琴と接点を作ろうか考えているのであろう。

 

 真琴にも思う部分はある。できればIS云々を抜きにした人付き合いをしたい所だが、そういう訳にもいかないという葛藤が渦巻き始めている。

 

 だがしかし、今は千冬に渡す予定のISの改造で手いっぱいだ。真琴は誰とも会話をすることなく、さっさと研究所へ向かうことにした

 

 

 先日、ラファールのスラスターを打鉄に組み込み、それに対応したプログラムを作成した所だ。だがこれだけでは足りない。まだ、千冬が満足に扱う程には至っていない。

 

 残り4日、真琴はどのように改造を施すかしばし考える事にした。

 

 やはり、千冬の操縦能力に打鉄カスタムが追いついていないという点を解消するのが先決だ。反応速度を30%上げた程度では全然足りていない。

 

 処理速度を上げる為には部品の選定を一からやり直さなくてはならないが、さすがにそこまでに時間はない。せめてCPUだけでもどうにかできないかと真琴は考え始めた。

 

 CPUをより良い物に変更するにはコストがかかる。しかしこれは国と学園から改造の許可を貰えている為問題はない。それに対応するプログラムを作り直す必要はあるが。そうなると、避けては通れない問題にぶつかる。そう、発熱だ。エネルギーを通すと、どうしても発熱してしまう。処理能力が増えると、消費エネルギーもそれに比例して増加、芋づる式に発熱も増加する。つまり、熱問題は避けては通れないのだ。

 

 ポート数が同じで、なお且つ処理能力を現行のCPUより大幅に上回る物を組み込むことにした。これで、通常時のCPU処理は問題ない。

 

 更に、真琴はスロットを使って冷却装置を組み込む事にした。これで熱対策は万全だ。しかし、まだこれでも足りない。世界最強のIS使いには、どんなISでも釣り合わないのだろうか。

 

 ここで、真琴は一つのアイデアを思いついた。足りないのなら、無理矢理足らせてしまえばいい。

 

 どういうことかと言うと、一時的にCPUへ過負荷を与えて処理能力を大幅に上げようというのだ。CPUを最高の物に替えたおかげで、耐久性については問題はない。問題は、過負荷を与えたことによる更なる発熱量をどう抑えるかだ。

 

 オーバードライブさせる際に、冷却装置に流れるエネルギー量にも過負荷を与えれば、発熱を抑える事ができると考えた真琴は、急きょパターンの変更を行った。CPUへの入力と、CPUからスラスターと冷却装置へと続くパターンを強化した。

 

 これにより、理論的には膨大なエネルギーが一気に流れても発熱の問題がなくなった。後は、細かい調整を行うだけだ。

 

 

 しかしここまで改造を施したのに、第2世代というのも少し寂しい。イメージ・インターフェイスを用いれば国内初の第3世代のISが誕生する。

 

 イメージ・インターフェイスの基礎は世界中に開示されている。各国は、この基礎理論を発展させて独自のインターフェイスを構築しているのだ。

 

 真琴は、これを打鉄カスタムに組み込むことにした。つまり、オーバードライヴをイメージで行えるようになるわけだ。

 

 ただし、このオーバードライヴは燃費が悪い。CPU、スラスター、冷却装置へのエネルギー供給の増大は、いくら回路全体の効率や充電効率を改善しても本体のシールドエネルギーで補わなければならなかった。恐らく、MAXエネルギーの20%程を消費してしまうだろうと真琴は計算していた。つまり、被弾も考えつつ闘うとなると1~2回しか使えない。千冬なら被弾はほぼしないだろう、4回と考えてもいいかもしれない。

 

 真琴は全研究員を集めて説明を行い始める。研究員達は、次はどのようなアイデアを見せてくれるのだろうかとワクワクしていたが、期日と作業量を知らされて笑顔は徐々に消え去り、気づけば皆真剣な表情になっていた。真琴が21時には上がらないといけないという点を考慮すると、また強行軍が続くだろうなぁと覚悟したみたいだ。嗚呼、研究員達のお肌の艶が無くなっていく。

 

 説明が終わった後、研究員達は早速作業へと取り掛かる。真琴は、一度本体の改造から離れ、武器の改造を始めることにした。

 

 

 

 打鉄には刀が標準装備で搭載されている。千冬は刀を模したブレードを所望していたので、これを改造すればいいだろう。

 

 打鉄カスタムのスロットは、既に6割程埋まっている。ピンポイントバリアで1割消費するから、残りは3割だ。これだけしか余っていないとなると、さすがに大掛かりな改造を施すにはスロットが足りなすぎる。スロットを拡張することも考えたが、さすがに作業量が多すぎる為期日には間に合わないだろう。3割のスロットでどうにかするしかない。

 

 思いついたアイデアは二つ。刀身にエネルギーを纏わせるか、刀身自体をエネルギーに変えるかだ。前者の利点は、エネルギー消費が少ない事だ。通常はエネルギーを纏わない普通の刀として、チャンスにはエネルギーを纏い、敵に大ダメージを与える刃として使い分けることができる。しかし、二つのタイプとなるとスロットが足りるかどうか分からない。実際に作ってみてから判断するしかないのが欠点と言ったところか。

 

 後者の利点は、常に一撃必殺の武器になるということだ。エネルギーを余計に消費してしまうが、千冬なら恐らく使いこなせるだろう。逆に欠点はというと、受けができないということだ。

 

 打鉄カスタムのタイプを考えると、短期決戦型だ。一気に攻め立てて相手に反撃を許すことなく撃墜まで持っていくのが、この機体のコンセプトになるだろう。

 

 となると、常に一撃必殺を狙えた方がいい。真琴は、後者を選択した。

 

 方向性が決まると後は速い。期日が一日遅れた為、恐らく機体のテストをした後再調整を行う時間もなんとか作れそうだ。真琴は、後を任せて帰宅することにした。

 

 

 残り三日。それでも時間は待ってはくれない

 




―――カタカタカタカタ……

―――カチッ カチッ

―――……だめだ。最初からかぁ


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11話 その名は撃鉄

 残り三日。打鉄カスタムの草案がだいたい纏まり、完成までの見通しが立ったので、真琴は放課後からの作業をまかせることにした。理由はというと……、まぁ、その、なんだ、セシリアとの約束を綺麗さっぱり忘れてしまっていたため、それを果たす為だ。

 

 実の所、セシリア本人もイギリス行きの話のおかげですっかり忘れていた為、真琴が悪いというわけでもないのだが。

 

「というわけでセシリアさん、きょうは一日おつきあいします」

 

「どういう訳なのかよく分かりませんが……わかりましたわ! それでは、放課後になったらわたくしの部屋でいらしてください!」

 

 一瞬セシリアの目がくわっと見開きピキュイーン! と光った。忘れていたのだが、何気に楽しみにしていたらしい。

 

「わ、わかりました」

 

 甘い物を食べる時以外は感情をあまり表に出さない真琴だが、さすがにこの勢いに気押されていた。何かを察知したのか、足早に自分の席へと戻って行った。

 

「うふふ……楽しみにしていてくださいな真琴さん」

 

 背後から獲物を狙う豹の様な気配がしたが、真琴は気づいていないことにした。というか、気づいたら色々と終わっていたのかもしれない。

 

 セシリアに一日付き合うと言ったが、それは放課後からなので、SHRが終わってすぐ真琴は研究所へ足を運んだ。目的はもちろん、打鉄カスタムの為だ。

 

 昨日までの作業で打鉄カスタム本体の改造案は浮かんだ。後は穴がないか確認を行う必要がある。イメージ・インターフェイスを搭載するには搭乗者の脳波が必要になる。特定の脳波をISがキャッチし、それに応じて武装を実体化させ、使用するためだ。

 

 さすがにこれは研究所の設備だけでは足りない。が、真琴はこうなることを予想して専用の機材の発注を日本政府のIS研究所に頼んでいた。先方はこれを快諾、翌日には搬入されるだろうと連絡があった。

 

 それを聞いて真琴はびっくり。常識的に考えて、大きな試験設備を発注してから一日で設置まで行うなど、通常では考えられない事だった。さすがに第3世代のISを所有出来ることになっただけはある、全ての事象において真琴の案は最優先で行われる事となった。

 

 打診を行ったのは昨日なので、そろそろ機材の搬入が始まる頃だろう。真琴がそう思い始めた頃、教頭から連絡があった。なんでも、予定より一時間程遅れるらしく政府側より謝罪があったと。

 

 それについて真琴は

 

(まいっか。僕も使われているんだし、ギブアンドテイクってやつだよね)

 

 と、少しだけポジティブに物事を考えるようになっていた。

 

 だが日本政府からしたら、自国の戦力を飛躍的に向上させてくれる可能性が高い人物にヘソを曲げられたりしたら大変である。最悪取り合ってもらえなくなるかもしれない、そう考えていた。

 

 これ以降日本政府は、真琴を全面的にバックアップすることとなる。

 

 

 1時間後、日本政府のお偉方が機材の搬入の状況を確認しに来た。ついでにISの研究チームを引き連れて。なんでも打鉄カスタムの改造の状況と、第3世代への改造方法を学びに来たらしい。

 

 噂という物はとにかく広がるのが早い。イギリスの代表候補生のISを真琴が改造したという情報は既に日本政府に入っていた様だ。

 

 正直あまり時間がないのでお勉強はまた今度にして欲しいという事を伝えると、邪魔にならないように見学するだけでも、と頼み込まれた。

 

 日本政府主導という事で打鉄カスタムの作成を行っているので、さすがにこれは断りきれなかった。

 

 

 CPUを組み替えた事で、回路上に異常をきたしていないか確認を行い、ひと段落付いた所で息抜きをしようとディスプレイから視線を外した時、後ろに気配を感じた。振り返ってみると、そこには日本政府サイドの研究員が総立ちで真琴から技術を盗もうと必死になって、パソコンのモニターを食い入るように見ていた。

 

 ここで真琴のいたずら心に火が付いた。面白い、盗めるものなら盗んでみろと言わんばかりにペースアップをしたのだ。

 

 オーバークロックした真琴、その動きはまるで精密機械。ミスなどありえないかの様に研究所内を動き回る彼を見て、研究員達は後に「あれはすごかった。感情がないそれはロボットを見ている様だった。」と語っている。

 

 後ろで作業を見守っていた日本政府サイドの研究者達は、真琴の作業が早すぎるため何を行っているのかサッパリわからないでいた。かろうじて、概要だけは掴めたみたいだが。

 

 連日行われるご機嫌伺いを、真琴はいなす事を覚え始めた。これが後々、真琴を大きく成長させることとなる。

 

 

 プログラムの校正とレイアウトの変更が終わり、後は武器とインターフェイスを残すのみとなった。

 

 レイアウトの変更が行われた打鉄カスタムは、将官機と呼ぶに相応しいデザインになっている。本来の打鉄は黒を基調としているが、打鉄カスタムは赤を基調としている。空気抵抗を極限まで削ったシャープなライン。4枚のスラスターを広げたそのシルエット。それはまるで大空を自由に飛びまわる鷲を彷彿とさせる。

 

 個別にイグニッション・ブーストを行えるスラスターは、CPUを最適化したことにより操縦者の思うままに操ることができる。レスポンスが高すぎて、国の代表レベルじゃないと100%の力を出すことはできないだろうが。

 

 自由自在に方向を変え、しかもイグニッション・ブーストの出力でさえ調整できるため、本人以外には予測が不可能な動きもできるようになっている。急激な加速やブレーキは搭乗者にダメージが行くが、オーバーブーストさせた際には反動を緩和させるエネルギーが放出されるように設計されている。一回の発動でエネルギーを20%も持っていく原因の一部がここにもあった。

 

 

 まだ完成していないのだが、真琴は打鉄カスタムに名前を付けることにした。

 

 

 

 その名は「撃鉄」

 

 

 

 モチーフは名前からもわかるであろう。「銃」だ。

 

 搭乗者の頭の中で撃鉄を起こす事により発動するオーバードライブ。そして、一陣の光となり戦場を駆け巡るIS。

 

 

 これ以上語る必要はなかった。それだけで研究所に居た全員が納得していた。

 

 

 日本政府はこのスペックを見て大喜び。完成した暁には巨額の資金援助を行うと約束していた。真琴のラボができる日もそう遠くはないのかもしれない。

 

 

 打鉄カスタムの名前が決まった所で、丁度放課後のチャイムが遠くから聞こえてきた。真琴は今日はここまでと皆に告げ、セシリアの私室へと歩を進めた。

 

 

 

 

「お待ちしていましたわ真琴さん。ゆっくりと寛いで下さい」

 

 ―――相変わらず寛げない部屋である。というか、ティーカップ1個○万円なんて聞かされたら、紅茶の味なんぞわからんだろう! どうやって寛げってんだ!

 

 真琴の心境を語るなら、こんなところか。

 

 

 しかし、セシリアとの和やかな会話が続くに連れて、徐々に真琴の硬さが取れてきた。柔らかな笑みを浮かべたセシリアは、普段の威風堂々とした彼女からは想像できないほど清楚な雰囲気が感じられた。これが彼女の本質なのかもしれない。

 

 

 

 

「へっくし」

 

 真琴のクシャミで和やかなムードが吹き飛んだ。不幸にもカップを持ったままだった。不幸すぎた。うん、不幸だ。

 

 反動で手からティーカップが飛び出す。お世辞にもあまり裕福だったとは言えなかった真琴にとって、一個○万円もするティーカップを壊すなんてとんでもない。野球だったら間違いなくファインプレーだったろう、真琴は落ち行くティーカップをダイビングキャッチした。が、次の瞬間ほかほかと湯気を立てていたカップの中身が容赦なく真琴に降り注ぐ。

 

「っつ~!」

 

「大変ですわ! すぐに服をお脱ぎになってください!」

 

 慌てふためくセシリアが乱暴に真琴の服をはぎ取り始める。

 

「あっ……」

 

 

 

 

 

 

 

「よかった……。火傷にはならなかったみたいですわね」

 

「ご、ごめいわくをおかけしました。あの……、一ついいですか?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「どうしてぼくは、セシリアさんといっしょにお風呂にはいっているんでしょうか」

 

 

 湯船の中に人影二つ。そう、先ほどドタバタ劇を繰り広げた二人である。

 

 

「わたくしも濡れてしまいました。いくら春だからとはいえ、さすがに濡れたままだと風邪を引いてしまいます」

 

「そのとおりなんですけど……まぁ、いっか」

 

 真琴があっつい紅茶を被った後、セシリアは己の服が濡れるのもお構いなしにシャワーで真琴の体を冷やした。その際、セシリアもずぶ濡れになっていたのである。

 

「ふふっ、このまま入浴タイムと行きましょう」

 

 真耶程ではないにしろ、セシリアも中々ないすばでぃだ。それは女神の加護の如く真琴を優しく包み込む。が、ときおりにへら~……と顔が蕩ける彼女を見て、真琴は静かに溜息をついた。ああ、姉が一人増えたと言わんばかりに。

 

 

 二人目のまこっ党員が完全に覚醒した瞬間である。もちろん、一人目は真耶だ。

 

 

 

 ※まこっ党とは、真琴を生温かく見守り、時に愛でる党である。

 

 

 

 

(最近、セシリアさんが僕にとっても良くしてくれるんだけど、どうしてだろう? なんかお姉ちゃんと同じ様な目で僕を見てくるし……。弟? みたいな感じなのかな? まぁ、仲良くしてくれる人は好きだよ、ISを抜きにして仲良くしてくれる人は)

 

 

 

 真琴の思考をよそに、セシリアとのにゅうよくたいむは続く。かぽーん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 セシリアはすぐ戻るとだけ言い残し先に上がって行った。真琴の替えの服を用意するらしい。

 

 変な服用意されなければいいな~…と真琴は祈るばかりだ。何しろ、真耶という前例がある。ねこみみフード付きのパジャマを着せられた時は、本当に危なかった。にくきうハンドとレッグ、尻尾のアクセサリー。次々に渡されるパジャマ? の着付けが終わった時、真耶はF1カーもビックリな速度で真琴にかっ飛んで行って抱きつき、そのまま頬ずりを始めたことだってある。

 

 真琴が昔の記憶に浸っていると、外からセシリアの呼ぶ声が聞こえた。どうやら準備できたらしい。真琴は脱衣所で体をふき、すっぽんぽんでセシリアの元へとことこと歩いて行った。そこに、下着は用意されていなかった。

 

「お待たせしました、まこ……ぶはっ!」

 

 セシリアの鼻から愛が噴き出す。どうしたんだろうと、真琴はすっぽんぽんのまま首を傾げていたが

 

「さっ! この服と下着を着てくださいまし! ハリーハリーハリー!」

 

 目が血走ったセシリアに肩をがしっと掴まれ退路を塞がれる。逃げようとしても一歩も真琴は動けなかった。一体、華奢な体のどこにこんな力があるんだか。

 

「せ、セシリアさんおちついてください……。今きますから」

 

 なんかセシリアが危ない。

 

「こほん……失礼しました。さ、真琴さん。この服を着てくださいな。」

 

 反論する気にもなれず、真琴はおずおずと用意された服を着始めた。

 

 

 

 

 

「ああ……わたくしの目に狂いはありませんでしたわ。とってもお似合いですわ、真琴さん」

 

「……(掃除、しやすそう)」

 

真琴に用意された服。それは、メイド服。メイド、めいど、冥土……。

 

 

 フリルで装飾されている白いブラウスに紺の半ズボン、ネクタイも用意されている。エプロンは腰から下だけのタイプで、ポケットが二つ付いているのがポイントだ。帯が長めなので後ろで蝶々むすびにしてある。まるで真琴の為にあつらえたかの様にピッタリ。白いフリルが付いたホワイトブリムもしっかりと用意されていた。

 

 一体、十数分でどうやって準備したのかと小一時間問いたいが、そんな気力が真琴にあるはずもない。

 

 真琴は既に諦めムードで、何故かメイド服と共に用意されていたはたきとバケツで武装し、立ちつくしていた。

 

「ま、真琴さん。今日一日その格好でいてくださらないかしら……。」

 

「いちにちつきあうといいましたし、いいですよ」

 

「ああ、かわいいですわ……。たまに、たまにでいいからまたその格好をしていただけないでしょうか?」

 

「……ま、いっか」

 

 過去の経験から、逆らうだけ無駄と判断した真琴は素直に従った。

 

 

 

 その格好のままはたきとバケツを装備して寮内を散歩している真琴を見て、生徒や教師が次々に悶え、倒れるという事件が起きたが、それはまた別の話。ちなみに、真琴のメイド姿を見て千冬も「……ありだな」と呟いていたとか。

 




―――~♪

―――………!? 何!? 何で学校にメイドさんがいるの!?


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12話 舞い降りた戦女神

 残り二日。最低でも今日中にインターフェイス関係を終わらせないと、武器の作成が間に合わなくなってしまう。

 

 まぁ後は千冬の脳波を測定して、その波形をISにインプットすればいいだけなのだが。

 

 真琴はSHRにだけ顔を出し、放課後千冬に研究所に来るように伝えると、武器の作成を始めた。

 

 

 

 撃鉄の武器だが、よくよく考えてみると防御ができないというのは少々まずい。千冬ならそれでも構わないだろうが、日本政府に渡すとなると話が変わってくる。それに、IS本体の出力が高すぎて制御できない可能性も極めて高いのである。正直問題だらけだ。

 

 日本政府に渡す撃鉄は出張が終わってからで良いだろうと判断。千冬に渡すISを撃鉄壱式、日本政府に渡すISを撃鉄弐式とすることで問題を先送りにした。

 

 

 

 刀身自体をエネルギーに変えるというアイデアを採用した真琴だが、ここで更に二つの選択肢があることに気付く。一夏の白式の様に相手のENを削るタイプにするか、ただのビームソードにするかだ。

 

 

 前者を選べば、エネルギー消費が更に増えてしまうが攻撃力は圧倒的に上がる。それこそ戦闘開始数秒で終わってしまうくらいに。

 

 後者を選べば、エネルギー消費はオーバドライブ時のみで安定して戦闘をこなすことができる。

 

 千冬の性格を考えると前者にしたいところだが、戦いが起こるとしたら防戦だろう。エネルギー効率を良くするために、真琴は後者を選択した。

 

 となると、簡単な物である。普通のビームソードより出力を上げるだけでいいのだから。柄の部分に特殊な磁場を発生させて刀身を軽く曲げ、固定化するだけで武器についての問題はサックリと片付いた。後は研究員に任せるだけである。

 

 千冬が来るまでまだ時間があるので、撃鉄の予想スペックを算出した。すると、予想外の結果が出た。オーバードライブ時に4つのスラスターを同タイミングで同じ方向に最大出力で行うと、一瞬で音速を超える事が判明したのだ。武器に回すスロットを削った影響が事態を意外な方向に傾かせる。真琴はこれ幸いとばかりに、武器にできないかと考え始めた。

 

 お分かりいただけるだろうか。音速を超えるという事は、衝撃波が発生するという事である。

 

 戦闘機が超低空飛行をし、発生した衝撃波で小屋が吹き飛んだという事例がある。その威力は相当の物だ。敵の横をすれ違う時に一瞬最大出力にするだけで、敵は吹き飛び、地面に叩きつけられる。万が一耐えたとしても体制が崩れることは必至だろう。

 

 真琴はシミュレートを続ける。20%のエネルギー消費でどれくらいオーバードライブを継続できるのか。計算だけでもしておかなければならない。千冬に恥をかかせてなる物か、最高の物を作ってやる。と、静かに闘志を燃やし始めた。

 

 

 

 

 数十回に及ぶ計算の確認及びシミュレートにより、概算は出た。最大出力で飛びまわった場合、およそ15秒。これを実用的とみるかどうか判断をするのは千冬だ。

 

 真琴のすぐ近くで鎮座している未完成の撃鉄壱式を一瞥し、真琴は思考の渦に飛びこむ。心なしか、撃鉄が一瞬だけ光った気がした。

 

 

 

 

 放課後、私は研究室へ歩を進めていた。こんなに早い時間にあそこへ行くのも久しぶりな気がする。本当なら会議があったのだが……真琴君との約束の件について教頭に話したら、そちらを最優先にするようにと会議室を追いだされてしまった。

 

 

 夕暮れ前、学園から研究所へと向かう道には清々しい風が漂っていた。しかし、何故か違和感がある。……なるほど、生物の気配がない。

 

 いつもなら蝶々やバッタなどが視界に入るはずなのだが……、清掃員が殺虫剤でも巻いたか? なんというか、一言でいうなら「無機質」な感じしかしない。だが、同時に厳かさも感じる。一体何だこの状況は。

 

 珍しい事もあるものだ。おっと、こんなことをしている場合ではない。速く研究所へ行かねば。

 

 入口の横にあるカードリーダーに教員用のIDカードを通し、扉をくぐる。研究室へと向かう廊下を歩いていると、そこに近づくに連れて先ほどの違和感は次第に強さを増していく。

 

 ……襲撃か? いや、それはない。ここの警備は厳重だ。蟻一匹ですら自由に入ることはできない。となると、真琴君達が何かやっているとしか考えられないな。

 

 研究所のドアの前に立つと、プシュッ と空気が抜ける音がし、ドアがスライドした。

 

 ドアが開いた先には普段通りの研究室があった。だが、一人も研究員が見当たらない。それに違和感の正体もまだ分かっていない。一体ここで何が起こっている?

 

 作業ブースを抜けISの実験スペースに到着した。そこで目に入ったのは研究員が総動員でISを弄っている光景だった。瞬間、違和感の謎が分かった。……ISが人を載せていないのに起動しているだと!?

 

「真琴君! これはどういうことだ!」

 

 ISのすぐ傍にはISとリンクしているノートパソコンのディスプレイを、何やら難しい顔で見つめている真琴君がいた。一体、どういうことだ。

 

「あ、おつかれさまです織斑せんせい。どういう事とは?」

 

「何故ISが人を載せていないのに動いている? 無人では動かないはずだ!」

 

 

 分からない、真琴君は一体何をしているんだ。彼の事だから危ないことはしないと思うが……。

 

「えっとですね、人間がはっするでんきとおなじ信号をおくっているんです。これならISも起動だけはできるんですよ」

 

「な、何だと……?」

 

「もう何を見ても驚かないと決めたつもりでいたけど、さすがにこれにはたまげたよ」

 

 声がした方に振り返ると、そこには国枝主任が立っていた。

 

「お疲れ様です。国枝主任もご存じではなかったのですか?」

 

「こんな事、知っていたらとうに論文にまとめているよ。しかし驚いたよ。真琴君がいきなり私の体に測定機を装着し始めた時には」

 

「織斑せんせい。時間がありません。さっそくそくていを始めたいんですけど……」

 

「あ、ああ分かった。それで、私は何をすればいいんだ?」

 

「えっとですね、おくにある装置のちゅうしんにすわってください」

 

 真琴くんの視線の先には、人一人が座れるスペースだけ残して機材が大量に置かれているスペースがあった。中心にはリクライニングシートらしき座席が置いてある。

 

「これでいいのか?」

 

「いまから織斑せんせいの頭にパッチをそうちゃくします。ちょっとつめたいですけどがまんしてくださいね」

 

 私が椅子に座ると、研究員達は装置の準備を始めた。

 

「これを今から言う箇所に付けて下さい。測定は数分で終わりますので」

 

 研究員の言葉に従い、パッチを頭の数か所に装着する。数十秒後、フォンという音と共に機械が一斉に作動し始めた。……あまり気分の良い物ではないな、速く終わらないものだろうか。

 

「織斑先生、頭の中で銃の撃鉄を起こすイメージを強くして下さい」

 

「撃鉄?銃は余り使った事がないのだが……」

 

「それでは、これをどうぞ」

 

 手渡された物は、一丁のリボルバー式拳銃。……本物じゃないか。弾薬は入っていないみたいだが。

 

「実際に撃つ動作など、色々してイメージを頭の中に残しておいて下さい。それと同時に、他の要素でも良いですから何か強く思い描いて下さい。強ければ強い程明確に脳波が測定できますので。」

 

 研究員達も難しい事をいう。二つの事を同時に考えろと。しかも抽象的すぎるじゃないか。さて、強いイメージか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は守らなければならない。世界で唯一の存在になってしまった為狙われ続ける一夏を、IS学園を、……そして将来を担う存在になり、世界から狙われるであろう真琴君を。二度とあのような事件をおこしてなるものか。絶対。そう、絶対だ。今度は守りぬいて見せる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 作業スペースに無機質な機械音だけが響き渡る。その時、ブザーが鳴り機材の動作が止まった。これで測定は終了か?

 

「ありがとうございました。……すごいですねぇ、ここまで強いいしってあるものなんですね」

 

 

頭のパッチを外し、真琴が操作しているノートパソコンの画面を覗き込んだ。するとそこには、所々色が変化している脳の3D画像と、それを数値化しているであろうグラフが表示されていた。

 

 

「どうだったんだ?これならISに組み込めそうか?」

 

「もんだいありません。これだけ強いのうはなら、ISもさいそくで反応してくれるはずです」

 

「それはよかった。まだ終わりじゃないんだろう? 最後まで試験に付き合うぞ」

 

 

 

 

 

 

 脳波のデータをISにインプットし、試作型撃鉄は完成した。後は検証が残っている。

 

「これがにほんせいのだい3せだいのIS、「撃鉄」です。いまからぶきやスペックについてせつめいしますね」

 

 

 ISを装着した千冬は空中で停滞していた。まだ何も説明を受けていない為、とりあえず起動だけさせた所だ。

 

「ぶきはビームソードのみです。とりあえず起動してください」

 

 千冬の手が光に包まれる。一瞬の閃光の後、そこには刀身が反りかえったビームソードがあった。確認のためなのか、一度二度と、ビームソードを振り回している。

 

「しっくりくるな。これなら問題なさそうだ」

 

「そのビームソードは、はかいりょくは凄まじいですが、ぼうぎょができません。きをつけてください」

 

「ずいぶんとピーキーな物を作るのだな……。まぁ、問題はないが」

 

その言葉に、真琴は一瞬だけ笑うと待ってましたと言わんばかりに返事をした。

 

「ピーキーでも使いこなせればいいんですよね、織斑せんせい」

 

 真琴の綺麗な切り返しに、珍しく千冬が口を開けて驚いている。こうかは ばつぐんだ!

 

「ふっ、ははは……! よく覚えているじゃないか真琴君。そうだ、使いこなせれば何も問題はない!」

 

「織斑せんせいならだいじょうぶですよ、それではほかの武装のせつめいをします」

 

 

 真琴はオーバードライブについての説明を始める。それを聞いている千冬の表情は真剣そのものだ。明らかにこっちが本当の武装だということに気付いているのだろう。エネルギー消費、軌道時間、最大速度など、詳細情報を頭に叩き込んだ千冬は、真琴の説明が終わると頭の中で戦闘のイメージを始めた。

 

「私に彗星にでもなれと言うのか……。まぁいい、撃鉄は高速近接戦闘型か。オーバードライブさせなくてもかなりの速度がでるらしいし、今のところ問題点はないな」

 

「そうですか。それでは、オーバードライブを使ってください。あ、みなさんひなんしてくださいね」

 

 真琴が安全ヘルメットを装着して逃げ出すのを見て、研究員達も慌ててヘルメットを装着し、千冬から遠ざかる。それを見た千冬は、そんなに危ない物なのか……? と少しだけ不安になっていたみたいだが、真琴の腕は信用している。静かに頭の中で撃鉄を起こした。

 

 

 千冬を包み込む雰囲気が変わり始める。それと同時に近くの景色が揺らぎ始めた。この時、千冬はようやく理解した。先ほどの違和感の原因はこれか。と。

 

 

 

 ISからエネルギーが放たれ始めた。視覚化されたそれは赤いオーラとなり、千冬を保護し始める。

 

 

 その姿たるや、まるで「覇王」。戦女神が圧倒的な覇気を身に纏う。そして、徐々に研究室を包み込はじめる。

 

 研究員達は終始無言だった。いや、言葉が出せないのだ。それほど、オーバードライブさせた千冬の存在感は凄まじかった。相対するだけで、敵は物凄いプレッシャーに襲われることになるだろう。正直、息をするのもつらくなるはずだ。

 

 

 

 

 徐々にエネルギーは増大し、オーバードライブの出力がMAXになる。心なしか、研究室全体が小刻みに震えている気がする。いや、気のせいではない。実際に機材どうしが小刻みに振動し、ぶつかる音が聞こえる。

 

 

 所で千冬が一瞬うめき声をあげた。さすがにこれは厳しかったのか。

 

 

「ぬっ……」

 

「どうしました?データじょうでは正常にどうさしていますが、なにかふぐあいでも」

 

「いや、不具合という訳ではなさそうだ」

 

「ならばほかに?」

 

「何というか、……闘いたくて仕様がない。物凄く、ワクワクしている」

 

 

 脳波とリンクしたISが、搭乗者の感情を増幅しているのかもしれない。千冬は静かな笑みを浮かべていた。

 

「ここまで気分が高揚したのは暮桜に乗った時以来かもしれない。感謝する、真琴君」

 

「いえいえ、それでは、試験をかいししましょう」

 

「わかった。いつでもいいぞ」

 

「あっ……。そうちのてっしゅうを忘れていました。ちょっとまってくださいね」

 

てててっ…と真琴は駆けだし、いそいそと装置を片付け始める。

 

みんなずっこけた。どこか抜けているのは真耶譲りかもしれない。

 




―――んしょ、んっ……あ。

―――……真琴君。先ずは片付けからだな。


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13話 調整、調整、また調整

 真琴は機材を片付けると、場所をアリーナへと移す事を提案した。

 

 オーバードライブ状態での運転試験は、研究所で行うにはあまりにも危険すぎる。機材どころか研究員すら吹っ飛ばされる可能性が高い。

 

 学園側にこの事を連絡すると、アリーナには自習訓練を行っている生徒が数人残っているが、すぐに帰宅させると返事が返ってきた。学園側の反応からも、真琴の事がどれだけ重要視されているかよく分かる。アポなしでこれだけの事をできるのだから。

 

 そして、メンテナンス用の機材をカートに載せた研究員一同と、待機状態であるチョーカーになった撃鉄壱式を装着した千冬はアリーナへと向かった。時々すれ違う生徒が何やら噂をしている。また新しいISのテストでも行うのだろうかと皆興味津津だった。

 

 

 

 

 

 

 次々に行われる試験。千冬は、指示通りに黙々とこなしていった。

 

 地上での、ホバー走行、及びに急加速、急停止。これらの試験は問題なく終了する。心なしか撃鉄壱式の近傍の景色が揺らいでいる気がするが、データ上は問題なしと判断された。

 

 稼働率についても、実に80%オーバーを記録。とてもこれが初めての起動とは思えない記録を千冬は叩きだした。武器がビームソードのみという点が大きいが、それでもこれだけ機体を満足に動かせるのはこの世界どこを探しても千冬だけだろう。第一段階はこれでクリアした。

 

 そして、試験は第二段階へ移行する。

 

 真琴は今回の試験を三つに区切り、その時点で評価を行い、その都度対策を施すことにした。一度に最後まで行ってしまうと、最終段階まで来てやり直しになった場合、余りにも損害が大きいからだ。第一段階を通常状態での運転試験。第二段階を通常状態での攻撃、防御、及びに回避試験。最終段階としてオーバードライブ状態での運転試験としている。

 

 

「ここまでは問題なしですね。それでは、これからだいにだんかいの試験をおこないます」

 

 真琴のアナウンスが千冬一人しかいないアリーナへと響き渡る。研究員達は、真琴の後ろで忙しなく機材を動かしていた。この間にも恐るべき勢いでデータの解析、対策案などが出されている。これは撃鉄弐式に反映させるためだ。

 

 壱式はスペックが高すぎるので、常人にも問題なく扱える様に調整しなければならない。イギリス出張の後でもいいかなと思っていた真琴だが、物はついでとばかりに研究員にお願いしていた。

 

 そして、攻撃目標が次々に射出される。

 

 クレー射撃に用いられるような的を目がけ、千冬は一陣の風となりアリーナを駆ける。開始10秒程は撃鉄にほんの少しだけ振り回されている様な感じを受けたが、千冬はすぐにイメージを修正、対処を行っていた。

 

 模擬戦場を駆ける千冬は、美しかった。烏の濡羽の様な髪をたなびかせ、射出された的を狼の様な目で睨みつけ、的確に打ち払う。その姿は、空を舞う大鷲が一瞬で獲物を狩る動作を連想させた。

 

 的が射出されるペースが徐々に短くなるが、それでも千冬はおかまいなしに標的を攻撃し続ける。死角に射出された的でさえ、音で判断しているのだろう。振り返らずに撃ち落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬が第1回IS世界大会を優勝できたのは、自分の操縦技術、直感、センス、そしてなによりISとの相性が大きい。

 

 どんなにISの性能が良かったとしても、どんなに操縦者の技術が高かったとしても、それがうまくマッチングしないと世界の頂点に立つことなど叶わない。

 

 

 

 撃鉄壱式は千冬を受け入れてくれた。そして、千冬も同様に撃鉄壱式を受け入れた。

 

 互いを認め合った存在は、お互いの持ち味を生かし大空を駆け巡る。今度は守って見せるという千冬の強い意志を互いの中に秘めて。

 

 

 

 

 

 

「さて、こんなものでどうだろうか真琴君。撃鉄壱式の事はだいたい理解できたと思うが」

 

 的が射出されるペースをMAXにしても千冬は対応した。というか、反応が早すぎて射出された瞬間に打ち払われていたのだが。

 

「これならもんだい無しですね。ISのめいれいけいとうにもエラーは確認できませんでした」

 

「それでは、第二段階の試験もこれで終了かな?」

 

「ええ、そうですね。それでは織斑せんせい、オーバードライブをきどうさせてください」

 

「わかった。……ああ、真琴君。私の呼び方なんだが、今は授業中ではない。先生と呼ばなくていいぞ」

 

「わかりました。それでは、まぎらわしいので千冬さんとよばせていただきますね」

 

「ああ、それでかまわない。……それでは、いくぞ」

 

「わかりました。いつでもかまいません」

 

 

 試験は第三段階へと移行した。

 

 

 

 

 

 

 再びオーバードライブを起動した撃鉄壱式、その威圧感は相変わらず研究員達を沈黙へと追いやる。その中、真琴だけが千冬へと指示を出していた。

 

「千冬さん、まとを適当にだすので、オーバードライブじょうたいでこうげきしていってください」

 

「いつでもかまわんぞ? さぁ、こい!」

 

 

 やはり、ISと操縦者の心はリンクしているのだろうか。オーバードライブを起動させてから、千冬の印象が少し変わっている。

 

 

 的を射出した瞬間、アリーナに衝撃が走る。千冬の姿が一瞬ブレたかと思うと、爆音と共に的が粉々に砕けたのだ。次の瞬間、千冬はそこから遠い場所へと離れていた。

 

「ほう、オーバードライブというものは中々どうして、御しにくい物だな。これは少しだけ練習が必要かもしれん」

 

 

 実際に剣で攻撃しているのかどうかも分からない。ひょっとしたら、衝撃波で的を壊しているのかもしれない。これは後で録画したデータを解析しないと判断した一同は、試験の続行を選択した。

 

「まとはいくらでもあります。まんぞくがいくまで続けてください」

 

 幸い、ここにはエネルギー補給拠点がある。オーバードライブの使いすぎでエネルギーが切れても対処が可能だ。

 

「それでは、的を一斉に射出してくれ。数はそうだな……。とりあえず30程お願いしようか」

 

 その言葉に研究者達は唖然とした。的を射出する拠点は15しかない。

 

「ごめんなさい。15かしょしかないので、にどにわけます」

 

 ない物ねだりをしてもしょうがないので、現状で出来る最善の手段を考える。その結果、機械で制御できる最速のタイミングで2回射出することにした。

 

「わかった。記録はしっかり撮っておけよ。私も復習する必要があるからな」

 

「ええ、しっかり保存しておきます」

 

 

 

―――そして、的が一斉に射出された。

 

 

 

 

 結果は火を見るより明らかだった。次は設備をもっとしっかりしたものにしないと、撃鉄壱式の正式なデータは採取できないという結果だ。

 

 的が一斉に射出された瞬間、先ほどと同じ様に一瞬の爆音の後、的が一瞬で全て切り払われたのだ。その際、G緩衝用のエネルギーの残滓が空中に漂い、赤く、通常では考えられない不可思議な軌跡を残していた。所々直角に曲がっているのだ。さすがにこれには真琴も脱帽させられた。

 

「しょうげきはでの攻撃はできそうですか? かのうならそれも試してみてください」

 

「そうだな、続けて的の射出を頼む」

 

 千冬が試験を行っている際、バックヤードでは、相変わらずデータ採取が忙しなく行われている。研究者達は情報の波に飲み込まれ始めていた。

 

「えっと、つぎはちがう色のまともだします。それは攻撃しないでください」

 

 こうして、試験の第三段階は21時ギリギリまで行われた。

 

 

 

 

「あ、まーくんお疲れ様! どうだった? 織斑先生のISは」

 

 部屋に戻ると、ベッドで通販カタログを広げてそれを寝転がりながら眺めている真耶がいた。真琴が帰ってきたと分かった瞬間、物凄い勢いで真琴の元へとかっ飛んで行く。

 

「ただいま。えっとね、あしたには完成するよ」

 

「そっかー……。てことは、まーくんは明後日出発できるのかな?」

 

「うん……まぁ、そうなるとおもう」

 

 真琴の表情に僅かだが陰りが見える。ほんのわずかな変化だったが、真耶がそれを見逃すはずもなく心配そうに注意をしはじめた。

 

 

「織斑先生や国枝主任が付いているから大丈夫だとは思うけど、知らない人について行っちゃだめだよ? 寝る前にはちゃんと歯も磨かないと駄目だからね? 」

 

「う、うん……」

 

 それ、昨日も言われたんだけどなぁと真琴は内心思っていたが、自分を本当に心配しているだろう姉の言葉にはちゃんと従うことにした。

 

「じゃ、お姉ちゃんと一緒にお風呂にはいろっか!」

 

「うん。じゅんびするからちょっとまっててね」

 

 

 

 

 

―――見せられないよ!

 

 

 

 

 ……失礼。何時もより真耶のスキンシップが過激だった為、割愛することにする。一週間以上真琴と一緒に居られないのなら、今の内に真琴分を補給しておこうと言う考えなのだろうが、中々に刺激的だった。皆には想像で何とかしてもらおう。

 

 

 そして、山田姉弟は何時ものように仲良く一つの布団に入っていた。静かに寝息を立てる真琴を抱き、真耶はこれからの事を考える。

 

 

(まーくん、一人で寝れるのかなぁ……。寂しがって寝られなかったらどうしよう)

 

 むぎゅむぎゅと真琴に豊満な胸を押し付け、一人不安にかられる真耶。

 

(それに、イギリスのご飯ってそんなに美味しくないっていうし……。ちゃんとした所ならそれ程でもないのかな? 織斑先生にお願いしておかないと。それに、まーくんを狙う女の人もこれから増えるだろうし対策も考えないとね。もう手遅れの人もいるけど……)

 

 皆もお分かりであろう、イギリスの出張に同行するセシリア=オルコットである。

 

 彼女の部屋に真琴が何回か行っているのを本人から確認を取っている。その、風呂も一緒に入った事も。将来、真琴が付き合う事には何の反対も持っていないと言っている真耶だが、今は時期尚早だと言わんばかりに不満を募らせていった。

 

(だいたい、まーくんにはまだはやすぎるとおもうんだ。 今の内から唾を付けておこうなんて、そんなこと絶対に許さないんだから!)

 

 

 真琴を攻略するには、どうやら高い、高すぎるハードルが一つあるみたいだ。

 

 

 

 

 翌日、調整を残すのみとなった撃鉄壱式の事はひとまず置いておき、真琴はセシリアにイギリスサイドの返事がどうなっているのかの確認を取りに行った。

 

「おはようございますセシリアさん。いま、おじかん大丈夫ですか?」

 

「あら、お早うございます真琴さん。……その話でしたら、その、場所を移しませんこと?」

 

「それもそうですね。それでは、けんきゅうじょへ行きましょうか」

 

「わたくしは織斑先生に許可を頂いてから参りますわ。真琴さんは先にお行きになられてくださいな」

 

「わかりました。それでは」

 

 

 

 

 

 

 

 先に研究所へ向かった真琴は、彼女が来るまでの少しの間昨日撮ったデータを見ていた。

 

 

 正直、ここまで千冬が操縦をこなせるとは思っていなかった。それこそ、はじめはすこしだけ振り回されていたが、ほんの少し操縦しただけで完璧に撃鉄壱式というじゃじゃ馬を乗りこなして見せた千冬に感服していた。

 

 データを確認すること数分、後ろから真琴を呼ぶ声が聞こえた。

 

「お待たせいたしました真琴さん。……あら? その映像はなんですの?」

 

「あっ」

 

「あ?」

 

「い、いえ。なんでもないですよ。ずいぶんはやかったですね」

 

 ここでまさかのうっかり発動。没頭するあまり、セシリアの事を完全に失念していた。慌ててディスプレイの電源を落とすが、セシリアに感づかれてしまった様だ。

 

「わたくしの目はごまかせませんわ真琴さん。画面に映っているISはどういった物なのか説明していただいても?」

 

「あう……。ないしょですよ。これは千冬さんのせんようきです」

 

「それだけでは内緒にする理由には足りませんわ。他に何かあると見ました」

 

「ううっ……。えっとですね、その……機密事項なんですけど……えと……」

 

たじたじである。何故か、いたずらがバレた子供と、それを追求する親。という構図に見えなくもなかった。

 




―――……(ひょっとして、わたくし地雷を踏みました?)

―――……(どうしようどうしようどうしよう)


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14話 真琴の軽い受難

 国家機密であるということを盾にし、なんとかセシリアの追及を逃れた真琴であった。

 

「まぁ、国家機密であるというなら仕方ありませんですけど……」

 

 セシリアもその辺は理解している。代表候補生ということもあり、こういった裏の関係には少なからず知識はある。しかし、真琴がどういった改造を施しているのか知りたいというのも嘘じゃあない。まぁ、それを話題にして真琴ともっと話しをしたいというのが真実といった所か。

 

 ジト~……とした視線が彼に送られるが、こればっかりは折れてもらうしかない。話題を逸らすべく、真琴は切り出した。

 

「そ、それでイギリスせいふの返事はどうだったんですか」

 

「そうですわね……、いくら真琴さんが技術者として優れているとはいえまだ子供。ということで、交渉に当たっては真琴さんの代理人を立てて欲しいと通達がありましたわ」

 

「だいりにん、ですか……」

 

 確かに、技術関係ならともかく外交関係に子供が出てくるなど一般的な常識からしたら有り得ない事だ。真琴の類まれなる知識と能力があったとしても、やはりこれに関しては大人がいないと危ないと先方は判断したのだろう。

 

(まぁ、千冬さんに任せておけば問題ないかな……? 最終的には僕が首を横に振ればそれまでだし)

 

 問題ないと判断した彼は、すぐに回答を出した。

 

「わかりました、その件についてはあとで織斑せんせいにそうだんしてみます」

 

「ええ、それが良いと思いますわ。後は……特にはありませんでしたわ。強いていうなら、あっちの研究員と交流を深めて欲しいということくらいでしょうか」

 

 そういやそんな話が契約書にのってたなーとか、あっちには美味しい食べ物あるかなーとか考えが明後日な方向に考えが飛び始めていた真琴だが、それを看破されたのか、セシリアの視線がしっとりと湿り気を帯び始めた。

 

「ん“ん”っ! よろしくて真琴さん? あちらには優秀かつ容姿端麗な研究員がわんさと居ます。しかし! 技術的な交流以外の関係は、わたくしセシリア=オルコットが許しませんわ!」

 

「へっ?」

 

 とんでもないセシリアの誤解に、白衣がずりおちそうになる。ぽかーんと口を開けて見つめる真琴を、セシリアは何故か諭しだした。

 

「いいですか真琴さん。貴方は今、世界中のメスに目を付けられています。それこそ、油断したらかっ攫われてしまうくらいに!」

 

 セシリアの口上は止まらない。それどころか、歯車に潤滑油をぶちまけたかの如く、スムーズに動き続ける。

 

「は、はぁ……」

 

「その様子だと何を言っているか理解出来ていない様子。いいですわ、この際ですからはっきりとご教授いたしましょう! そもそも真琴さんは研究者としての……。」

 

(あうう……食べ物の事考えたら駄目なのかな……?)

 

 くどくどくどくど。セシリアのお小言は続く。真琴は椅子の上で小さくなるばかりだ。

 

 

 

 

 15分後

 

 

 

「―――という訳ですので、これから真琴さんにはいち技術者としてのですね―――」

 

「はい……はい……」

 

 

 

 30分後

 

 

「―――真琴さんは素晴らしい技術をお持ちです。それを有効活用してこそISの将来というものは―――」

 

「……はいぃ」

 

 

 

 45分後

 

 

 

「―――だいたい、わたくしのIS以外にも改造を施すなんて―――」

 

「うぅっ……」

 

 

 彼女の言っていることが二転三転している。技術を有効活用しろと言ってみたり、自分のIS以外の改造は認めないなど、支離滅裂である。

 

 

 

―――そして一時間後。

 

 

 

「分かりましたか!? わたくしのIS以外の改造は出来る限り控えてくださいな!」

 

「ぜ、ぜんしょします……」

 

 

 げっそり。真琴の口から魂が出掛かっていた。

 

 

「それでは話を本筋に戻すと致しましょう。今日はわたくしと一緒の部屋で寝ること! 異存はありませんわね?」

 

「え、えと、どういった流れでそのようなはなしが……」

 

「先ほど申しましたわ。真琴さんは一人で寝ることができないと。それなら、出張先ではわたくしと一緒に寝れば万事解決ですわ。そのための予行演習をすると」

 

「えっ、ええ?」

 

「……まさか、とは思いますが。先ほどわたくしが申し上げた事を真琴さんはもうお忘れになったんですの?」

 

セシリアからズ、ズ、ズ、とドス黒いオーラが噴出す。

 

「ふぇっ!? わ、わすれていません! わかりました! わかりましたから!」

 

 

おお、珍しい。あの真琴がテンパりながら恐怖にうち震えている。

 

 

「こほんっ。それでは、夜になったらわたくしの部屋にいらしてくださいな。では、また後ほど」

 

「はっ……はい……」

 

 

 嵐が過ぎ去った後、そこには心身共にクタクタになった真琴と、それを見守っていた研究員だけが残された。さすがの研究員達も、セシリアのあんまりなアレに呆れて物が言えなかった。人の振り見て我が振りなおせ、と言うが、果たしてこの様な場合は一体適用されるのであろうか?

 

 

 時刻は昼過ぎ、そろそろランチタイムである。しかし、ここでアクシデントが発生した。研究所は学園から離れた所にあるため、学食ではなく弁当を発注しているのだが、今日に限って配達に使うための車が故障してしまい、配達が不可能になってしまったと電話がかかってきたのだ。

 

 真琴はお気に入りのハンバーグ弁当が食べられないと分かるとがっくりと肩を落とした。しかし、何時までこうしていてもご飯は歩いてきてはくれない。他の研究員は既に学食へと向かっている。空腹を満たす為に、真琴は学食へ独りトボトボと歩いていった。

 

 歩くこと15分、真琴は猛獣がわんさかといるであろう敵の本拠地に到着した。過去の経験から、碌な事にはならないだろうと確信を持っている。しかし、空腹を満たす為にはそこへ突撃をかけなければならないのだ。男には、引いてはいけない時がある!

 

 正直、真琴は人に囲まれることが嫌いだ。少人数で人気の少ない場所でご飯を食べることが大好きなのだが……。

 

 迷うこと数分。覚悟を決めた真琴は戦場へと己の身を投じた。

 

 

 

 

「え、えっと……。おうどんをひとつください。」

 

 食券を購入し、トレイを手に取り列に並びはじめた。あいかわらずちんまいのが皆の中に混じっている。頭一つ分低いそれはとても目立つ。つまりどういうことかというと、例によって大量の視線が真琴の背中にザクザク突き刺さる訳だ。

 

「あいよ! ……なんだい、あいかわらずちっこいねぇ! ほら、サービスだ、持っていきな!」

 

 どどん! 渡されたうどんにはでっかいかき揚げとえびの天ぷらが乗っていた。ご丁寧に大盛りになっている。素うどんを頼んだはずなのだが……。

 

「あ、あの……こんなにたべられない……」

 

「だめだよ! しっかり食べて栄養をつけないと大きくなれないからね!」

 

 毎回抗議するのだが、軽々とあしらわれてしまう。どうやって食べきろうかと思索しながら、大盛りのえび天&かき揚げうどんをトレイに乗せて、真琴はヨロヨロと歩きながら空いている席を探していた。

 

 真琴の苦労をよそに、好奇の視線は容赦なく真琴に突き刺さる。やっぱりこれは無理だなぁ……帰ろうかなぁ……と俯きながら思っていた時、トレイが急に軽くなった。見上げた先には、片手に大盛りのうどんを持った、学園の人気を真琴と二分しているであろう一夏と、彼の幼馴染である箒が立っていた。

 

 

「おっす真琴。今日は珍しく学食か? 大変だろ、持つぜ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ぺこぺこと頭を下げる真琴を見て、苦笑をする一夏と、少しだけ冷ややかな視線を学食のおばちゃんに送る箒だった。

 

「全く……。この体格だったらこのような大盛りのうどんなど平らげることなど不可能だと何故わからんのか、嘆かわしい」

 

「あ、あの……篠ノ之さん……でしたっけ、これはぼくのことをきづかってくれていることなので……、べ、べつにきにするひつようはないです」

 

「君がそう思っているのなら、そういうことにしておこう」

 

 箒は真琴を一瞥すると、自分の食事を持って席を探し始めた。

 

「あ、あの……一夏さん。ぼくは、篠ノ之さんにきらわれているんでしょうか」

 

「ん? ああ、あいつは誰にでもああだよ。気にしないでくれ」

 

「そうなんですか……わかりました。えと、それじゃあごはんにしませんか?」

 

 ぐるるる~……。真琴のお腹がSOSを発する。それを見て一夏はカラカラと笑うと、箒が座っている席へと真琴を連れて行った。

 

「ほら。次からこういう事になったら俺を頼ってくれていいんだぞ? 男同士だ、仲良くしようぜ」

 

「は、はい。よろしくおねがいしますね」

 

 友達感覚で接してくれる一夏を見て、真琴は少しだけ微笑んだ。学園内で数少ない同姓の知り合いである。心細さが少しは解消されたのだろう。それを見て一夏も笑っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のだが。周りのおねいさん方には効果は抜群だったらしく、深刻なダメージを与えたみたいだ。

 

 

「なんかあれ……兄弟みたいだよね。かわいいなぁ真琴君。守ってあげたい!」

 

「後5年もすれば真琴君は13歳……。攻めは織斑君で決定ね!」

 

「欲しいなぁ……。一家に一人真琴君よね!」

 

「いやいや、あれは織斑君とのセットで初めて意味をなすのよ」

 

 

 

 

 

 当然、本人達にも丸聞こえである。真琴は何を言っているのか分からないといった顔で一夏の服の裾を引っ張り、見つめていた。

 

「あ~……、気にしなくていいぞ。あれは恒例行事みたいなもんだ」

 

「そうなんですか。わかりました」

 

 

 

 ずるずる。ちゅるちゅる。麺をすする音だけが響く。その時、一夏が何かを思い出したらしく、真琴に質問してきた。

 

「なぁ真琴。噂で聞いたんだが、メイド服着て散歩してたんだって?」

 

「あ、はい。セシリアさんに貰ったものです。いただいたものを無碍にするわけにもいかないので、きてみました」

 

「そうか……。まぁ本人がいいって言ってんならいいか」

 

「あのかっこうでそうじをすると何故かはかどるんですよ。一夏さんもどうですか?」

 

 

 

 

 

 瞬間! 一斉に生徒が一夏と真琴に向かって視線を向けた。

 

 

「織斑君に執事服、真琴君はあのメイド服……。皆、どう思う?」

 

「映えると思う」

 

「ありね」

 

「異論はないわ」

 

「知り合いに執事喫茶で働いている友達がいるから、私あたってみるね」

 

「事は一刻を争うわ。すぐに準備して!」

 

 

 

 

 こういうときの団結力というものは、とてつもなく高くなるのが相場だ。皆の目標が一つに向かっている今、誰が止めることができようか。

 

 

「あ、おい!」

 

 一夏の制止する声も空しく、生徒達は散会していく。……一夏の執事姿を拝める日も、そう遠くはないかもしれない。

 

 がっくりと肩を落とす一夏の服を、誰かがくいっくいっと引っ張っていた。

 

「一夏さん、そうじってたのしいですよ」

 

 その言葉が止めとなり、一夏はその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃生徒達はというと

 

 

 

「ちょっと! まだ執事喫茶の友達と連絡つかないの!? 今は一秒でも惜しいわ! 皆思いつく限りなんでもいいからアイデアを出して!」

 

「真琴君用の服ならすぐにでももう一着手に入りそうなんだけど……、駄目だわ。どうしても繋がらない!」

 

「こうなったら現地に赴くわよ! この中で執事喫茶を知っている人はすぐに当たって! 

この際金に糸目はつけないわ! 時は金なりよ!」

 

 絶賛暴走モード突入中だった。

 

 

 

 

 

 一夏に手伝ってもらい、なんとか大盛りのうどんを食べ終えた真琴だが、さすがに満腹らしく、すぐには動けないでいた。するとそれを見かねた一夏が彼を背負い始めた。なんでも、研究所まで運んでくれるとか。

 

「すみません一夏さん。ぼく、おなかいっぱいでうごけなくって……」

 

「気にするなって。あ、箒、研究所ってこっちであってるんだっけ?」

 

「知らん、私に聞くな。背中に場所を知っている人物がいるではないか」

 

「いやさ、なんか喋るのもつらそうだし、少しこのままにしたほうがいいだろ?」

 

「……それもそうか。食後にあまり胃に刺激を与えるのは良くない。なら、真琴君の腹がこなれるまで待ったほうがいいだろう。」

 

校舎から少し離れた所で3人はうららかな日差しを浴び、食後の休憩を取っていた。この時期、昼休みの時間帯はとても過ごしやすい。

 

さて、今の状況を整理してみようか。

 

 

 

1、 満腹

 

2、 あったかい

 

3、 おんぶ

 

 3つの方程式から算出される回答は?

 

 

 

 

A,寝る

 

 

 

 

 

「ん? おい、真琴君寝ているのではないか?」

 

「げっ、本当か? どうするよこれ。このままじゃ俺達遅刻しちまうぞ」

 

 午後一番の授業は、鬼教官こと千冬の授業である。遅刻だけはなんとしても避けたい。というか、避けないと頭上に出席簿(エクスカリバー)が容赦なく降り注ぎ、その日一日の記憶を綺麗に消し去ってくれやがるのだ。

 

「仕方なかろう、教室に戻るぞ。真琴君は席で寝かせておけばいいだろう」

 

「千冬姉に説明しておくか」

 

 

 

 

 何故、起こしてやるという選択肢が思い浮かばなかったのだろうか。結局、真琴は千冬に起こされるまでの間、一夏のスポーツタオルを枕に、机でにへら~……と、普段絶対に見せない笑顔を浮かべ気持ちよさそうに寝ていた。

 

 ちーちゃんがこれを起こすのに、相当苦労をしたとかなんとか。

 

 

 




―――一夏。午後は体育があったはずだが。

―――げっ……涎垂れてるじゃん 


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15話 爆乳VSおほほ

 苦労すること5分。千冬の献身的な起こし方も相まって、ようやく真琴はむにゃむにゃと反応を見せ始めた。ホッとため息をついた千冬だったが、ここから更に真琴の覚醒に至るまで格闘することになる。

 

「真琴君……、ほら、起きろ。真琴君」

 

「にゅ~……」

 

 何やら訳の分からないことを呟いているが、寝ぼけているのだろう。そして、肩を揺さぶり続ける千冬の手に頬ずりを始めた。すべすべほっぺが千冬の手に襲い掛かる。

 

「んー……えへへ」

 

 無意識から来る表情に嘘はない。寝ぼけながらも微笑むそれは、クラス中の女子達を和ませるには十分だったみたいだ。

 

「ああ、かわいいなぁ真琴君……」

 

「織斑先生、何気に役得だよね」

 

「……全く、一体私にどうしろというんだ」

 

 それを見ていた生徒達から「この際真琴君が起きるまでずっと撫でていればいいんじゃ?」などと聞こえてくるが、千冬はそれをひと睨みすると今度は別の手で真琴を揺さぶる。

 

「ほら、起きろ真琴君」

 

「……ふぇ?」

 

 ようやく目が覚めたみたいだ、真琴は千冬の手から離れた後、涎の後が残った頬もそのままに両手で目をグシグシと擦り、キョロキョロと辺りの様子を伺う。

 

「ようやく目が覚めたみたいだな」

 

「あ、おはようございます」

 

 この一言に千冬はカクッと躓いた。クラス中から失笑が漏れる。

呆れるしかなかった彼女だが、どうにか持ち直したらしく真琴の頭をポフポフをたたき始めた。

 

「……とりあえず、頬についた涎を何とかしろ。授業はその後だ」

 

「うー……すみません」

 

 

 

 

「それでは、授業を再開する。皆、教科書の36ページを開け」

 

 遅れること10分、ようやく授業が始まった。

 

 今回の授業は数学。皆も苦い経験があるだろう、この頃になると数式が徐々に複雑になっていき、理解を諦める生徒もぼちぼち出始める頃だ。

 

「さて、今回は数学とは何か、一度原点に立ち返って考えたいと思う。……誰か簡単に説明できる者はいるか?」

 

 静まり返った。それもそうか、積極的に答える生徒などほんの一握りだ。それこそ、数学を心から楽しいと思っている存在くらいしかいないのではないか。

 

「誰かいないか? ……居ないのなら当てていくぞ。それでは、織斑。答えてみろ」

 

「うぇっ、……えっと、数式を学ぶ事だと思います」

 

「呼んで字の如くだな。まぁ、簡潔すぎではあるが間違いではない」

 

 その一言に一夏はほっと胸を撫で下ろす。

 

「そもそも数学というものは、農耕を行う時に必要になる3つの要素から成り立っていた。計算、測量、そして農作業の時期を知るための暦の解明だ」

 

 

「そしてこの3つの区分は、現在でいう構造、空間、変化を研究するための分野として発展してきた」

 

 

「―――例えば、土木工事の時に―――」

 

 

「―――が、数は無限にある。これを証明するために、数式というものが次々に生み出されている。というわけだ。次に―――」

 

 

 さて、皆いい具合に眠くなり始めてくる頃だ。実際、何人かはうつらうつらと船をこぎ始めている。

 

 しかし、それを見逃す千冬ではない。チョークを取り出すと、眠りかけている生徒目掛けて振りかぶった。あまりに自然な動作を目の当たりにし、起きていた生徒も何が起こったか理解できていないみたいだった。

 

「きゃうっ!」

 

「あうっ!」

 

 ナイスコントロールを言わざるを得ないそれは、的を目掛け、吸い込まれるかのように着弾する。その勢いでチョークが粉々になり、白煙を上げた。

 

「私の授業で寝るとは数学に余程自信があると伺える。そこで、優秀なお前らに課題を出してやることにした。嬉しいだろう?」

 

「はうっ」

 

「ゆ、油断した……」

 

 どっさり。夏休みの課題を連想させるであろうそれは、容赦なく眠りかけていた生徒達にのしかかる。

 

「期限は私が出張から帰ってくるまでだ。しっかり励めよ」

 

心なしか、課題を与えられた生徒の口から何か出ている様に見えたが気のせいだろう。そんな物が見えるはずが無いのだ。

 

「それでは、今回の授業はここまでとする。この後、私はどうしても外せない用件があるため、授業は副担任である山田君に任せてある。緊急時には研究所に連絡をするように」

 

彼女は真琴をチラりと見やると、何事もなかったかのように教室から立ち去っていった。残されたのは、やはり口から何かを立ち上らせている数人の生徒と、それを憐憫のまなざしで見つめている生徒達であった。

 

 

 

 

「さて、最終調整を行うと聞いたが」

 

「はい。ぜんかいきになったてんのかいぜんなどをおこなおうかと」

 

 場所は変わって研究所からアリーナへ。そこにはISを装着、アリーナの中空に静止している千冬と、司令室でデータ採取の為に色々と準備をしている真琴を筆頭とする研究員達が居た。

 

「ふむ、私はあれで満足しているが、真琴君にとってはまだ改善の余地があると言う訳か」

 

「はい。えと、オーバードライブなんですけど、ぶぶんてきに動作できないかなぁとおもいまして」

 

 一を聞いて十を知る千冬だ。真琴の言いたいことを的確に理解していた。

 

「……なるほどな。想定するは防衛戦。燃費を良くしつつも機体のコンセプトから外れないようにしたいということか」

 

「そのとおりです。きのうの段階であるていど直してあるので、これからテストを行いたいとおもいます」

 

 昨日の試験後、真琴は研究員達に回路の変更を頼んでいた。千冬の脳波を感知し、イメージ・インターフェイスにスイッチが入るのは換わらないが、部分的にオーバードライブを行える様にパターンを変更していたのだ。

 

「それでは、みぎうでだけオーバードライブを起動させてください」

 

「了解した」

 

 千冬がゆっくりと目を閉じる。そして、徐々に付近の景色が揺らぎ始めた。ここで話しかけてはいけない。集中しつつある戦乙女を邪魔するなど愚の骨頂。研究員達はアリーナに一人たたずむ戦乙女を見守りながらデータのチェックを始めた。

 

「……よし、これでいいか?」

 

 そこには、右腕に赤いオーラを纏わせ不敵な笑みを浮かべる一人の操縦者が居た。その笑みは見るものを圧倒し、怯ませる。

 

「せいこうですね。いまから千冬さんのまえに的をだします。こうげきしてください」

 

「わかった。……どのように攻撃しても構わないんだな?」

 

「ええ、すきなように攻撃してください」

 

 すこしすると、彼女の前に的が10個浮かび上がってきた。しかし彼女は目を閉じたまま微動だにしない。ゆっくりと、ゆっくりと頭の中で攻撃のイメージを作り上げていた。

 

「……ふんっ!」

 

 刹那、千冬の目が見開かれる。そして、腕が一瞬ブレた。散弾銃の如く的に襲い掛かる斬撃は、容赦なく的を切り刻む。

 

「ふむ、一つ残ったか。これも少し練習が必要だな」

 

「すこし、ですか……。すごいですねぇ」

 

粉々に砕け散り、パラパラと宙を舞う的。髪に降り注ぐそれを鬱陶しそうに払う千冬を見て、真琴はキーボードを叩き、研究員に何やらお願いをすると、マイクに向かって話し始めた。 

 

「そのようすだともんだいはなさそうですね。つぎのステップにいこうします」

 

「ああ、いつでもいいぞ」

 

 

 こうして、残された一日も撃鉄壱式の調整を行っていた。真琴の直感が警告の鐘を鳴らす。恐らく襲撃があるだろうと。

 

千冬も敵の襲撃を想定して訓練を行っていた。何か思う所……というよりも、襲い掛かってくるであろう敵について心当たりがあるのかもしれない。

 

 

 21時を回る前に真琴は帰宅し、姉に報告を行っていた。何の報告かって? わかるだろう? 英国のお嬢様と一緒に寝るという報告だ。

 

「まーくん。よく聞こえなかったんだけど、もう一度言ってもらえないかな?」

 

「えっとね、なんかいっしょに寝るくんれんをするんだって」

 

 真耶の顔色が変わった。

 

(やられた! まさか、こんな所でアプローチをかけてくるとは……!) 

 

 彼女の表情からどれだけ悔しいのか伺える。大切に育ててきたカルビを横からひょいっと以下略。

 

「……まーくん。セシリアさんの部屋に行こうか。一緒に」

 

「え? う、うん」

 

 真琴はこれから始まるだろう激戦を予想しつつため息をついた。まぁ、傍観者に徹すれば問題ないだろうと判断し、すぐに諦めたみたいだが。

 

 

 

コン、コン

 

 部屋のドアを叩く音が廊下に響き渡る。この時間だとまだ生徒は起きているため、できるだけ静かに移動をしたのだが、やはり目に付いてしまう。何事かと数人の生徒が成り行きを見守っている。

 

 無理も無い話だ。ゴシップ好きな彼女達に取って、夜に代表候補生の部屋に教員と研究員が尋ねてきたのである。色々と想像しないほうがおかしいだろう。

 

「はい、どちら様ですの?」

 

「山田です。少しセシリアさんにお話がありまして……、中にはいってもいいですか?」

 

 真耶の顔に感情がない。というか、怖い。周りで様子を伺っている生徒達の顔が引き攣っている。普段ニコニコと朗らかな笑みを浮かべる真耶だが、この時ばかりは臨戦態勢を取っていた。真琴からすれば、ここまで無表情な姉の顔を見るのは初めてだ。相変わらず彼女の服の裾を引っ張っているが、何処となく表情が引きつっている。

 

「山田先生ですか……? 少しお待ちいただけますか、すぐ開けますわ」

 

 ガチャリ。ドアほんの少し開いた瞬間、鮮やかな手つきで真琴を脇に抱えて進入。そして彼をやさしく地面に降ろし、叫び声をあげそうになったセシリアの口を押さえ、ドアを閉め鍵をかける。この間、わずか1秒。

 

 何が起こったのかわからないといった表情のセシリアを前に、真耶は表情を徐々に無くしながら、セシリアの口を被っていた手を離し、一人、話し始めた。

 

「セシリアさん……。少し、やりすぎじゃないでしょうか」

 

「な、何の事ですの?」

 

「とぼけたって無駄ですよ……。話しはまーくんから聞いています。迂闊でしたね、まーくんは必ず私に報告するんですよ」

 

「あ、あら、一体何が問題だというのですか? 真琴さんが一人では寝られないと聞きましたので、微力ながら力添えをしようとしただけですのに」

 

 黒い、真耶から黒い何かが噴出している。昼間セシリアが見せたそれと同等、いやそれ以上の何かを出し、真耶はセシリアに詰め寄る。

 

「まーくんは渡しません。この子が独り立ちできるその時までは」

 

「あら、真琴さんなら立派な紳士でしてよ? もう立派に独り立ちしていますわ」

 

「もうっ、ああ言えばこう言う! とにかく! まーくんと! 一緒に! 寝るのは! 反対だと! 言っているんです!」

 

「わたくしは! 真琴さんの! 力に! なりたいだけですわ!」

 

 女の口喧嘩という物は、仲裁に入ってはいけない。二人の矛先が仲裁先に向く可能性が極めて高いからだ。

 

 早く終わらないかなぁと、真琴は椅子に座り足をぶらぶらと遊ばせつつ彼女達を見ていた。そこから5分程口論が続いただろうか。ギャースカと騒ぎ立てる彼女達の口論の内容に理解が追いつかなくなった真琴は、考える事を諦めてテーブルに置いてあったクッキーをポリポリと食べ始めた。彼女らの勢いは留まることを知らない。

 

「まーくんは! 私と一緒に寝るのが! 一番いいんです!」

 

「ですから! 山田先生は! 今回の出張に! 同行しませんわよね!?」

 

 その時、ドアをノックする音が聞こえる。さすがに来客を無視して口論を続ける訳にもいかない。何か大事な用件かも知れない。

 

「……来客みたいですわ。一時休戦といきましょう」

 

「そうですね。でも、私は認めませんからね」

 

 鍵を開けた瞬間、ドアがボディブローを食らった人間の様に歪みながら一気に開いた。そしてその先に佇んでいる人物を見て、セシリアは凍りついた。真耶も凍りついた。真琴はおいしそうにクッキーをほお張っている。何故かって? そこにはジャージ姿の鬼教官が居たからさ、竹刀持ちで。

 

「やかましい! いくら消灯時間前とはいえ羽目を外しすぎだ!」

 

「お、織斑先生……」

 

「次このような問題を起こしたら懲罰部屋に叩き込むからな! 肝に銘じておけ!」

 

「ま、待ってください! これには正当な理由がございます!」

 

 その言葉を聴き、千冬の目尻がピクっと動いた。迷惑行為に対する正当な理由など、自分が知りうる限り存在しないからだ。

 

「ほう、騒ぎ立てるのに正当な理由があるのか。面白い、聞かせてみろ」

 

「それでは、部屋にお入りになってください」

 

 千冬が部屋に入ると、彼女は否応なしに固まる事となった。

 

 

「……何故ここに山田君と真琴君がいる?」

 

「お、織斑先生……」

 

 

 

 

 

 

 

 姉は真っ白になって固まっている。どうやらただの屍のようだ。

 

 セシリアは既に固まっている。こちらは小刻みに震えている。何か覚悟をしたようだ。

 

 弟はクッキーを食べ続けている。

 

 

 

 

 

 

 この状況を見て、千冬は額に手を当てて大きなため息を付いた。本来なら今の状況を理解しろというのは困難な筈なのだが、大体理解出来てしまった自分に対してため息が出てしまったのだ。

 

「……何となく事情は察したが、どういうことか説明してもらおうか。真琴君、とりあえず食べるのをやめないか? 何故このような事になったのか真琴君から話しを聞きたい」

 

 女性陣から話を聞いても、はぐらかされるだけと判断したのだろう。

 

 しかし、真琴はクッキーを食べる手を止めない。ほっぺを膨らませながら、笑顔を絶やす事無くハムスターみたいに小刻みに食べ続けている。

 

「真琴君、おい、真琴君。……なぁ、山田君。こういった場合、どうすれば彼は気づくんだ?」

 

「わ、わかりません……。このパターンは見たことがないです」

 

 さすがに真耶も驚いている様だ。普段の集中状態なら、対処のしようもあるのだが……。

 

 千冬は真琴の肩を揺さぶり続ける。しかし、彼から反応が返ってくることはなかった。

 

「もう、まーくん! 織斑先生が呼んでるよ!」

 

 がばっ! と真耶が彼を後ろから抱えあげる。手に持ったクッキーがなくなり次のクッキーを取ろうとしたが、その願いが叶うことはなかった。ここでようやく、真琴は周りに意識を向け始める。頬にクッキーのカスが付いているのは、まぁ、ご愛嬌という奴か?

 

「……? どうしたのお姉ちゃん」

 

「まーくん、織村先生が呼んでるよ」

 

「あ、はい。なんでしょうか」

 

「やれやれ、やっと話を進めることが出来るか……。実はな―――」

 

 

 事の流れを真琴に説明する千冬。それを見ている真耶とセシリアは気が気ではない。本来の真琴なら包み隠さず全てを話すだろう。しかし、今回は状況が違う。

 

「えっと、すみません。ぜんぜん聞いてませんでした」

 

「ずっとクッキーを食べていたのか? 間食は程ほどにして。ちゃんと歯は磨けよ。仕方ない、山田君、オルコット、説明しろ」

 

「「わ、わかりました……」」

 

 

「お前らは子供か……」

 

「す、すみません」

 

「わたくしとしたことが……」

 

説明が終わった。その場に居たのは、きょとんとした真琴と、呆れて物が言えない千冬だ。対面には、すっかり萎縮してしまった二人がいる。

 

 

「つまり、山田君としてはオルコットの添い寝が気に食わないと。オルコットとしては、今のうちに真琴君の手助けをしてやりたいと。……本当かどうかは疑わしいがな」

 

「ぬぐっ……」

 

「しかし真琴君が一人で寝れないとなると、問題だな。さて、どうしたものか……」

 

ここで、真耶の目がキュピーン! と光る。妙案を思いついたみたいだ。

 

「そうだ! 織斑先生、真琴の添い寝をお願いできませんでしょうか!」

 

「な、ちょっ山田先生!?」

 

爆弾が投下された。

 

「私と……?」

 

「はい、織斑先生なら安心して真琴を預けられます!」

 

今度は、セシリアの目に悔しさが滲む。 

 

(やりやがりましたわね! このメロンが……っ!)

 

二人の間に火花が散るが、当の千冬と真琴は何処吹く風。二人でサクサクと話を進めていた。

 

「真琴君がいいなら、私はかまわないが……」

 

「よろしくおねがいします」

 

ぺこり。いとも簡単に話は決まった。セシリアの頭の上で、心なしかカラスが鳴いた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その晩、部屋が汚れている事を失念していた千冬は真琴をそのまま案内してしまい、メイド姿の真琴が出勤する事になったとかならなかったとか。

 

 

 

 




―――おしごと、大変ですもんね。千冬さん。

―――……ああ、そうだな。


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16話 それぞれの思惑

 ここはドイツ軍の特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の宿舎。現在、この宿舎ではとある会議が行われている。部隊の一同が席に座り、会議室の奥にあるスクリーンを見つめていた。

 

 スクリーンの中には、軍服の両肩に大量の勲章を装着した女性が映っている。

 

 年は30代前半から後半にかけてだろうか。数多の戦場を駆け巡った戦士の様な雰囲気をかもし出している。それは相対しているだけでプレッシャーとなり、スクリーン越しに見つめている特殊部隊の隊員の両肩に重く圧し掛かる。

 

 一方、特殊部隊の隊員は10代前半から後半。多く見積もっても20代前半と言った所か。プレッシャーを押しのけ、涼しい顔をしている隊員も居れば、それに慣れていないであろう隊員も居る。恐らく、新入りなのだろう。

 

 特殊部隊からの報告を聞き終わり聞き終えたスクリーン越しの女性は腕を組み、俯いて何か思案していたが、自分の中で結論が出たのだろう。部隊の一人一人の顔を眺め終えた後、徐に口を開いた。

 

 

『……博士がイギリスに赴く際、恐らく襲撃がある。我々は彼が窮地に陥った際、すぐに援護に向かえる様に準備しておく必要がある。各自、何時いかなる時でも出撃できるように準備をしておけ』

 

「了解」

 

 「博士」「彼」とは誰か。既にご存知だろう。齢8つにしてISの基礎理論をぶち壊した天才博士の事だ。彼が如何に希少な存在かは、軍事に詳しい、いや、ISに詳しい物ならば嫌という程理解している。

 

 篠ノ之束の行方が分からない今、彼が世界のパワーバランスを握っていると言っても過言ではないのだ。そんな人材が襲撃にあう可能性ある。これだけで、特殊部隊全員が臨戦態勢になるには十分すぎる理由だった。

 

 彼に恩を売ることができれば、これ以降繋がりが出来る可能性が高い。幸い、彼がイギリスに行くという情報を掴んだのはドイツだけだった。IS学園に在籍しているドイツ国籍の学生がたまたまその情報を耳にし、本国に連絡していたのだ。

 

 しかし、強行策を取る訳にはいかない。世界中を敵に回しては、いかに軍事力に秀でているドイツといえ、敗戦は必至。回りくどい手段を取るしかなかった。しかも、護衛にはブリュンヒルデこと織斑千冬が付いているという情報もキャッチしている。ドイツ軍に一年間在籍し、教鞭を振っていた彼女に強行策を取ったという事実が知れれば、下手をすれば軍自体が壊滅しかねない。

 

『彼はVIPだ。もし援護することになったら、彼を最優先で保護しろ。そして、丁重にもてなせ。いいな』

 

「了解」

 

 IS学園の知らない所で、作戦は着々と進められていた。

 

 

 私はラウラ・ボーデヴィッヒ。階級は少佐。特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の隊長を務めている。

 

 この作戦を聞かされた時、私は驚いた。8歳の子供を特殊部隊の持てる力を全て出し切って守りきれと言うのだから。しかし、手元に配られた資料に目を通した時、驚きは納得へと変貌を遂げた。

 

 

―――山田真琴博士

 

 

 8歳にして、ISの新しい基礎理論を構築した奇跡の頭脳の持ち主。成程、確かにこれならばこの対応も納得できる。差し詰め彼に恩を売り、あわよくば我々のISに改造を施して貰おうという算段だろう。

 

 ……正直、理解はしているが納得はしていない。8歳、8歳だ。そんな子供を利用しようと言うのだ。軍人たるもの、常に正々堂々とありたい。確かに軍備を整えるのは軍にとって最優先事項であり、我が国の発展には必要不可欠だ。しかし、非戦闘員を利用するというのも気が引ける。

 

 幸い、護衛には織斑教官が当たるらしい。……いいだろう、彼らがもし襲撃に遭遇したら全力で守って見せる。非戦闘員を守るのは軍人の務めだ。

 

「これより、シュヴァルツェ・ハーゼは臨戦態勢を取る。24時間体制で空域の監視に辺り、不穏な動きを見せる物がいたらすぐに報告しろ」

 

「了解!」

 

 待っていろ、襲い掛かってくるであろう賊ども。一人も残さず排除してやる。

 

 

 ここは国内にある、地方の空港。都会の空港では目立つ為、平日の午前一番人がいないであろう時間を狙ってイギリスに旅立つ事にした。

 

 学園が手を回したおかげで真琴の顔は公にはなっていないが、名前と性別、それに歳は公表されている。加えて千冬の顔は世界中に知れ渡っている。言わばスターの様な物だ。そんな人物と親しげに会話を交わす少年を見たとして、頭の回転が速い人なら、彼が重要人物だとすぐに分かり、そこから彼が山田真琴である推察されてもおかしくはない。

 

 事実、男性が世界で始めてISを起動したというニュースが報道され、更にISの基礎理論をぶち壊した少年が居るという報道がされてから、学園の周りではあまりよろしくない噂がチラホラと出回り始めている。

 

 曰く、世界各国の政府がスパイを学園近辺に送り込み、常にその動向をうかがっている。

 

 曰く、スパイは既にIS学園に潜り込み、普通の生徒として生活しながら織斑一夏と山田真琴にかんする情報を入手している。

 

 曰く、国際機関が法律の改正に着手している。

 

 などと、枚挙に(いとま)が無い。

 

 一々対応していたらキリが無いのだが、今回は状況が状況だ。重要人物が治外法権かつ如何なる存在も侵すことが出来ない聖域を抜け出すのだ。もし犯罪組織がこの情報を掴んでいたとしたら、間違いなく襲撃がある。

 

 真琴を護送する車には、千冬と国枝が同乗している。国枝もISの適正を有しているため、学園に申請して打鉄を持ち出している。

 

 真琴の隣には千冬が座っている為、何か有事が起こったとしても直ぐに対処できる万全の体制を組んだ。

 

 そんな中で真琴がリラックス出来るわけも無く、借りてきた猫の様に座っている事しか出来なかった。

 

 そんな息苦しい状況が続く事1時間弱。漸く車は空港に到着したのであった。

 

「ん……んん~っ」

 

 車を降り、旅行カバンを横に置いて空港の入り口で伸びをする真琴。

 

「旅客機は既に到着していると連絡が有った。トイレは大丈夫か? 大丈夫なら直ぐに搭乗するぞ」

 

「まぁ、食事も機内食が有るし、トイレも旅客機内に有るから大丈夫と言えば大丈夫なんだけどね。ほら、行くよ」

 

 そんな真琴を横目に、千冬とはなにやら書類に目を通しながら旅行カバンをけん引して、入り口へと歩を進める。

 

 対する国枝は真琴の護衛だろう。彼の横からひと時も離れていない。

 

 どうやら、事前に役割分担をしていた様だ。状況に応じて危険が無いか先に調べる役割と、真琴の横で待機する役割を変更するらしい。

 

「あ……いまいきます」

 

 途中視界に入ってきたお土産コーナーに後ろ髪を引かれながら搭乗口に向かうと、ゲート前には見送りに来た真耶、セシリア、そしてイギリスから来たであろう人物が数人と、セシリアの専属メイドであるチェルシーが佇んでいた。

 

 真耶はいち早く真琴の到着に気づくと、ニコニコと笑顔を振りまきながら手を振っていた。

 

「……あ、まーくん! こっちだよ!」

 

「お久しぶりですお嬢様、お体の調子は大丈夫でしょうか?」

 

「変わりなくてよ。チェルシーも元気そうでなによりですわ」

 

 会話を聞く限り、どうやらセシリアもつい先ほど到着した様だ。 

 

 まるで姉妹のような二人を見て、真琴はぽかーんと口を開けて二人を見つめていた。その視線に気づいたのか、セシリアにチェルシーと呼ばれた少女がこちらに話しかけてきた。

 

「あなたが山田様ですね? お初にお目にかかります。私はチェルシー。チェルシー・ブランケットと申します。以後、お見知りおきを」

 

「あ、は、はい。やまだまことです。よろしくお願いします」

 

 ペコペコと低姿勢な挨拶を見せる真琴を尻目に、チェルシーはセシリアに小声で話しかける。何やら思いついた作戦をセシリアに伝授している様子。

 

「お嬢様、この様な殿方は押しに弱いケースが多いです。引き所を間違えなければ有効な手段となります。是非、お試しを」

 

「ちぇ、チェルシー!? 真琴さんはまだ8歳ですのよ! そのような事はまだ早すぎますわ!」

 

「いいえ。今二人の距離を近づけて置けば、山田様が大きくなった際、非常に大きなアドバンテージとなります。今の内から積極的に交流を持つべきです」

 

「た、確かにそうですけれど……」

 

 何やら二人でヒソヒソと内緒話を始めてしまった。その様子を見て、千冬は溜息をつく。先日の一件から、セシリアが真琴に好印象を持っているのは間違いない。というか確定である。それを知っている千冬は頭痛の種がどんどん増えていく現状にため息を吐いていた。

 

「はぁ……お前ら、内緒話は飛行機に乗ってからにしろ。人目につきたくない、迅速に行動しろ」

 

「お、織斑先生……」

 

「失礼しました。お嬢様、こちらへどうぞ」

 

「真琴君。我々もさっさと乗るぞ」

 

 先ほどの内緒話が聞こえていたのだろうか、真耶は眉間に皺を寄せてセシリア達を見つめた後、心配そうに真琴に話しかけ始めた。

 

「まーくん……遅くても11時には寝るんだよ? 寝る前にはちゃんと歯を磨かないと駄目だからね? 寝る時は織斑先生と一緒に寝る事。くれぐれもセシリアさんと一緒に寝ちゃ駄目だからね?」

 

 ここにきて、ずっと黙っていた真耶からマシンガンの如く真琴への注意が始まる。それを見ていたチェルシーは、作戦を練り始めた。既に戦闘は始まっているのだ。情報戦こそ、戦闘開始における重要な要素である。

 

(彼女が真琴様のお姉さまですか……。中々ガードが硬いみたいですね。少し、対策が必要になるかもしれません。後でお嬢様と相談しなければ)

 

「まーくん! 気をつけてねー!」 

 

 真琴の知らない所で、争奪戦が勃発した。

 

 

「東京からロンドンまでは、約12時間の旅となります。ゆっくりとお寛ぎ下さい」

 

 専用機の中は、例えるなら最高級のファーストクラスと言った所か。50人は乗れるのではないかという大きな期待に、座席は僅か10程しかない。シートはリクライニングでき、座席の前には大きな液晶のディスプレイが鎮座している。どうやら、手元にあるリモコンを操作すれば映画が見れるみたいだ。

 

 機内食を食べ終えた真琴は、目を輝かせながら座席を弄り始めた。構造が気になっているのだろう。横に座っている千冬はその様子を見守りつつも、ISのセンサーだけ機動させ警戒を続けていた。そんな中、セシリアは少しでもこの旅行を楽しもうと、何やらチェルシーから受け取り、中身を確認してから真琴に話しかけた。

 

「真琴さん、イギリスのお菓子などいかがでしょうか。チェルシーに頼んで持ってきてもらいましたの」

 

 セシリアの手元を見ると、一つのバスケットが膝の上に置かれていた。彼女が徐にバスケットの蓋を開けると、そこにはイギリス銘菓のカスタード・プティングが入っている。

 

 ぷるぷるとカップの中で震えるプリンを目の前にし、真琴の視線はリクライニングシートから離れ、プリンに釘付けとなっていた。そして、物欲しそうにセシリアとチェルシーを見つめる。きらきら。

 

(……お嬢様、これが例の「うわ目使いの真琴様」ですね)

 

(ええ……。この状態の彼に見つめられると、何というか、胸の奥があたたかくなるんですの)

 

(私もです。……かわいいですね、真琴様)

 

 

 ふたりとも胸がきゅんきゅんしていた。

 

 笑顔でプリンをほお張る真琴を、これまた笑顔で見つめるセシリア。傍から見ると仲の良い姉弟である(絶対に真耶が認めないだろうが)。さらにそのセシリアを見て笑顔を浮かべるチェルシー。3連鎖である。

 

 セシリアは両親がこの世を去った後、心からの笑顔を浮かべる事が少なくなっていた。代わりに作るは、対外的な上辺だけ、形だけの笑顔。

 

 それを心苦しく思っていたチェルシーにとって、この変化はとても嬉しかった。このまま心から笑い合える関係が続けば良いと願うチェルシーを尻目にニコニコ合戦は続くよどこまでも。

 

 そして、プリンを食べ終えた真琴は再び座席をいじくり始めた。もう、と一瞬眉尻に皺が寄るセシリアであったが、チェルシーの耳元で何かを指示すると、再びチェルシーはどこからとも無くバスケットを取り出してセシリアに手渡した。2段、いや何段あるか分からない作戦は、早い段階で成功したのであった。

 

 

 

なお、機内食を食べ終えて食後のコーヒーを飲んでいた千冬が、誰にも気づかれる事無く胃薬をそっと取り出したのは完全なる余談である。

 

 

 座席弄りに飽きた真琴は、セシリアと共に映画を見ていた。内容は割愛するが、突然の爆発や襲い掛かるゾンビに驚いた真琴がセシリアの腕にしがみつき、それを嬉々として受け入れるセシリアが居た。という事だけ追記しておく。

 

 

 そうして、出発してから10時間は経っただろうか。真琴は疲れて眠っていた。千冬は目を閉じたまま、微動だにしない。セシリアとチェルシーはというと、真耶に対する対抗手段を模索していた。

 

(お嬢様……真琴様のお姉様は強敵です。一目見ただけで、真琴様を溺愛しているという事が分かりました。そう簡単には認めて頂けないでしょう)

 

(重々承知していますわ。しかし、その障害は必ず乗り越えなければなりません)

 

(贈り物なども通用しないと思われます。ここは一つ、話しあいの場を設けるというのも有りではないかと思いますが……)

 

(わたくしが真琴さんの添い寝を持ちかけた際の、山田先生の豹変ぶりは凄まじいものがありましたわ……。はたして、そう上手くいくのかしら)

 

 解のない公式をひたすら解いているようなものか。二人とも延々と対策を練り続けていた。

 

 

 

 

―――その時、千冬が動き出した。

 

 

 

 

「オルコット。すぐにISを装着しろ! 敵のお出ましだ!」

 

 千冬は一瞬で撃鉄壱式を展開すると、横で寝ている真琴をそっと抱きあげる

 

「っ! チェルシー! こちらへ来なさい!」

 

セシリアもブルースカイを展開し、急いでチェルシーを抱き寄せる。

 

 瞬間、轟音と共に機体が揺れた。

 




―――目標確認。これより攻撃に移る

―――了解。


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17話 真琴を巡って

「機長! 飛行を続ける事は可能か!」

 

 千冬の額に僅かながら汗が浮かぶ。

 

 けたたましく警告音が鳴り響く中、現在飛行機は物凄い速度で高度を下げていた。宙を舞うバスケットやグラス等から、その様子が伺える。

 

「油圧システムをやられました! 墜落はしませんが、このまま飛行を続けるのは不可能です! 不時着します!」

 

「……よし、非戦闘員は着席してシートベルトを装着しろ! 時間がない、急げ!!」

 

 セシリアは闘えない者を席に運び、シートベルトを付けさせ非常用の酸素マスクを装着させる。

 

 油圧システムがやられたということは、操縦装置がやられたということである。エンジンは生きているから墜落はしない。が、何処へ着陸できるか分からないという状況だ。

 

「なんとしても着陸させますよ! 墜落なんてさせたらイギリスの一生の恥だ。任せてください!」

 

 VIPを送迎するということだけあり、国の中でも選りすぐりのパイロットが選出されたみたいだ。あらゆるトラブルに対してしっかりと訓練、対策を行っている証拠である。

 

 徐々に降下速度が下がり、宙を舞っていた物が地面に落ちていく。セシリアが真琴の為に用意していたプリンも、例外なく見るも無残な姿へと成り果てた。それをみて、セシリアは歯を食いしばった。

 

(真琴さんへのプレゼントが……っ!)

 

「くっ……車輪が出ません! 胴体着陸をするために燃料を出来るだけ捨てます! 皆さん! 不時着したらすぐに機体から離れてください!」

 

 現在この機体に乗っているのは、真琴、千冬、セシリア、チェルシー、国枝、教頭、イギリスからの出迎えが二人、そしてパイロットが二人の合計10人だ。大きな混乱は起きないだろう。

 

「後1分程で不時着します! 皆さん! 衝撃に備えてください!」

 

 皆が着陸の成功を祈る。……それにしても、この状況でいまだに目を覚まさない真琴はある意味大物かもしれない。しかし、今回はそれが幸いした。子供がこんなアクシデントに見舞われたなら、例外なくパニックになるだろう。泣き叫ぶ子供の声は、例外なく周りの皆を不安にさせる。

 

「不時着まで後10秒です! 席に座っている人は頭を下げて下さい!」

 

 

 

 

―――そして、機体は地面に衝突する

 

 

 ドォン! と轟音が響き、次の瞬間立っていることが不可能な衝撃が断続的に飛行機を襲う。さすがに真琴もびっくりして飛び起きたが、千冬の腕に抱かれている為身動きが取れないでいた。

 

誰もが目を閉じて生還を祈る中、千冬とセシリアはハイパーセンサーをフル稼働させて敵の情報収集に努める。

 

 

(1、2、……3か。全員ISに載っているな)

 

(2対3ですか……少々不利ですわね)

 

 敵に声を聞かれては不利になってしまうため、二人はプライベート・チャネルを用いて作戦を練る。

 

『オルコット、真琴君を頼む。お前のISの方が防戦向きだ』

 

『わかりましたわ。それでは、織斑先生は敵の撃墜をお願いしますわ。』

 

 千冬が真琴に何か伝えようと彼を見やったが、真琴は顔を真っ青にして固まっていた。聡明な彼の事だ、何が起こったのか理解してしまったのだろう。

 

 急いで真琴をセシリアにパスし、千冬は非常用のドアを開け外に飛び出す。既に敵影はすぐ近くに居た。すぐさま掃射を浴びるが、難なく回避していく。

 

「貴様ら、この飛行機に誰が乗っているか分かって攻撃をしたんだろうな」

 

「博士を引き渡してもらおうか」

 

「はい、どうぞ。とでも言うと思ったのか? ……覚悟は出来ているんだろうな!」

 

 千冬は表情を変えること無く、高らかと宣言する。が、瞳には確かな怒りが燃え上がっていた。ハイパーセンサーを通して、機体の中で泣きじゃくる真琴の姿が見えたからだ。現状を理解し、耐えきれなくなってしまったのだろう。

 

「いくらブリュンヒルデとはいえ、たかだか打鉄をカスタムしたその機体で3体のISを相手にするつもりか? はっ、笑わせるな。 産業廃棄物(ジャンク)は産業廃棄物らしくゴミ捨て場にでも眠っていろ」

 

「弱い犬程良く吠える。そら、かかってこい」

 

「……あいつ処理した後博士を回収する。いくぞ」

 

―――瞬間、3体のISは散会し、波状攻撃で千冬を攻め始めた。

 

 

「燃料漏れはありません! 外に出るのは危険です、決して出ないでください!」

 

機内にアナウンスが流れる。

 

「真琴さんっ……大丈夫、大丈夫ですわ」

 

「ぐす……ひぐっ……お姉ちゃん……お姉ちゃん……!」

 

不時着した機体の中、真琴のすすり泣く声だけが響き渡る。セシリアは真琴をかき抱き、必死に宥めていた。

 

(許しませんわ……っ! 子供に対するこの仕打ち、絶対に許しませんわ!!)

 

「お姉ちゃん……たすけて……っ! うわぁぁぁぁん!」

 

一度溢れ出した感情は留まる事を知らず、真琴の泣き声は堰を切った様に大きくなっていく。それを見ていたチェルシーもシートベルトを外し、急いでセシリアと真琴に駆け寄る。

 

「大丈夫ですかお嬢様!」

 

「私は大丈夫ですわ。それより、真琴さんを落ちつかせないと……!」

 

真琴はパニックに陥っていた。無理もない、一般の子供が飛行機の墜落という大事故に直面してしまったのだから。

 

「たすけて! いやだあああああ!」

 

この様子を見て、チェルシーは急いで機内に積んである救急セットを漁り始めた。沈静作用のある薬を見つけると、急いで処置を始める

 

「真琴様、失礼します!」

 

医療に携わった事があるのだろうか、アルコールを含んだ脱脂綿で真琴の腕を滅菌し、的確に静脈を探し当てると注射を行った。的確なそれは看護婦顔負けである。

 

「うぅっ……あぅ……おねえちゃん……おねえ…ちゃ……」

 

徐々に真琴の叫び声は小さくなっていき、涙を流しながら静かに眠りに着く。そして、機体に静寂が戻った。

 

 

 

 

 

 

ぞわり

 

 

 

 

 

 

真琴を抱きしめるセシリアの髪が怒りで浮かび上がる。その瞳には憎悪の炎が激しく燃え盛っていた。

 

「……行きなさい」

 

底冷えする様な彼女の声と同時に、ビットが4基、飛行機の窓を突き破りの外へと飛び立っていった。

 

 

 千冬とテロリストが交戦してからどれ程経っただろうか。様子見をしていた両陣営であったが、膠着状態が続くと不味いのはテロリスト達だ。やはり打鉄と同等か少し上程度のスペックしか無いと察知するな否や、プランを変更していた。

 

 

 

 

「ふん、やはりこの程度か。おい! さっさと方を付けるぞ!」

 

「……」

 

 敵の猛攻をひたすら避け続けていた千冬。反撃をする余裕がないと判断した3人は止めを刺すべく一斉に剣を抜き、攻撃を開始した。

 

 

(真琴君……済まない。今は眠っていてくれ)

 

 

 一方千冬はというと、攻撃を回避しながら真琴の様子を逐一観察していた。鎮静剤という最終手段を用いらなければならない程パニックを起こし泣き叫ぶ彼を見て、千冬の心は逆に冷静になっていた。

 

 

 刹那、彼女の腕から赤いオーラが巻き起こった。

 

 

「!?」

 

 3人は慌てて攻撃を止め、距離を話す。打鉄をカスタムしただけだろうと判断していた彼女らだが、未知の武装を見て遠距離攻撃に切り替えたほうがいいと判断し、ライフルに持ち替え再び様子見を始めた。

 

 テロリスト達に時間は余り残されていない。旅客機に攻撃をした時点でイギリスに救難信号が送られているのはほぼ間違いない。それにここはまだドイツの領空だ。軍事力に優れる彼の国ならば、異変をいち早く察知し、特殊部隊を派遣していてもなんらおかしくは無いからだ。

 

しかし、彼女らのハイパーセンサーは千冬以外のターゲットを補足する。飛行機から飛び出したそれは千冬を守るかの様に布陣し、敵を威嚇する。

 

『打鉄がビットを搭載してるだと!? どこから飛んできた!』

 

『落ちつけ。ビットは4基しかない。3人で同時にせめれば問題ないだろう』

 

『警戒を解かない方がいいわね。慎重に……!?』

 

 

 彼女らが一瞬、意識をビットに移したその時、戦女神から立ち上がる赤い、否、紅い何か(・・)が膨れ上がった。その瞬間、撃鉄の姿はテロリストの視界から消え去り、爆音と共に、辺り一面に暴力という名の衝撃波が荒れ狂い始めた。

 

 当然、そんな装備が搭載されていると知る由も無いテロリスト達は防御する事すら許されず、台風の中を必死に飛び回る小鳥の様に中空で吹き飛ばされていた。 

 

 

 

「くっ……おい、無事か!?」

 

「何だ今のは!?」

 

「どうやら未知の武装ね……。彼が開発したものと見て間違いなさそうだわ」

 

「余所見している暇があるのか?」

 

「「「!?」」」

 

 再び巻き起こる爆音。それと同時に3人に凄まじい斬撃が襲いかかる。

 

「ちっ……! こいつは私が押さえる。お前らはさっさと博士を回収しろ!」

 

「分かったわ。……くっ!?」

 

 真琴を回収するために不時着した飛行機に向かう二人だったが、ブリュンヒルデがそれを逃すはずもない。爆音と共に相手を吹き飛ばし、機体を守るかの様に立ちふさがる。

 

 

 衝撃波には指向性がある。旅客機に衝撃波が届かない様に計算しつくされた千冬の移動のせいで、テロリストは千冬を挟んで旅客機とは反対の方向に吹き飛ばされる。15秒という短い時間ではあるが、微小なダメージを食らうと共に、攻めあぐねる結果となった。更に、機体の入り口には4基のビットが立ちふさがっている。

 

 このままではジリ貧になってしまうと焦った彼女らは、強行策に出た。

 

「……やむを得ん、機体の一部を破壊するぞ。博士は機体前方にいる。後部を狙え!」

 

 取りだしたのは、Rocket-Propelled Grenade 通称、RPG-7。戦車すら容易に破壊できる、極めて威力の高い兵器だ。

 

 二人が千冬に肉薄し、残りの一人が飛行機目がけてロケットランチャーを発射する。千冬は弾道を逸らそうと発射された弾頭に向かおうとするが、テロリストはそれを許さない。自爆をも厭わない捨て身で、千冬にガッチリと組みつく。オーバードライヴも既に効力を失い、通常状態へと戻っている。こうも密着されてしまうと、さすがの千冬も思うように動けなった。

 

「チッ……! オルコットォ!」

 

「わかっていますわ」

 

 テロリストの願いも空しく、弾頭はビットが放ったビームで爆破される。辺り一面に轟音が響き渡るが、その最中も千冬達の攻防は止まることを知らない。

 

 

 

 

 

 千冬へと切りかかるテロリスト。 

 

 受け流しつつ反撃をする千冬。

 

 ――……近接戦闘では不利か。

 

 ――攻撃対象をイギリスのIS、ブルー・ティアーズへと……なんだあのISは。 

 ――答える義務はありませんわ

 

 セシリアは旅客機の前に陣取り、護衛のビットを2基待機させながら撃つ。

 

 ――ほう、防衛戦を理解していたか、オルコット。

 

 ――学年主席を侮らないで下さいまし、織斑先生。それより、そちらに3対目のテロリストが向かいました。健闘を。

 

 ――チッ! 一つ貸しだぞ!

 

 ――ご安心を。隙が出来次第、容赦なく打ち抜かせていただきます。

 

 少々苦しくはなったものの、千冬は3体のISをいなし、反撃し、射撃を打ち落とす。

 

 ――剣のみと依頼した自分が愚かしい。せめて、もう一振りあったら。

 

 防御にビームソードを用いているため、反撃は徒手空拳に頼るしかない。的確に蹴りを打ち込むものの、致命的なダメージになるはずもない。

 

 ――そうか、真琴くんはこういう事態を想定していたのだな。

 

 何か納得した千冬は、下肢へと紅いオーラを纏わせた。これでようやくお前らをしとめることができると言わんばかりに妖艶な笑みを含ませ、反撃をより苛烈な物へと変貌させた。

 

 カウンター気味の後ろ回し蹴りは、テロリストの腹部へめり込む。水球がはじけたような光景と共に、敵は中空で一瞬蹲った。

 

 ――……補足、完了。

 

 小気味良い発射音と共に、ムーンライトの銃口から発射されたそれは、テロリストめがけて一直線に飛んでいく。テロリストは慌てて回避行動に移り、何とか斜線上からは逃れる事は出来た。嫌、そう思っていた。

 

 ――ホーミングだと!? くそ、ブルーティアーズも改修が施されているぞ!

 

 ――……旗色が悪くなってきた。どうする、増援を呼ぶか?

 

 ――交戦を開始してから既に10分経過している。逃亡も視野に入れるべきだ。

 

 

 

―――させると思うか?

 

 

 テロリスト一人の動きが止まると共に、漆黒のISが戦場へと舞い降りた。

 

 

 

 




―――シュヴァルツェ・ハーゼの全隊員に告ぐ。私は一足先に織斑教官と共闘を開始する。クラリッサを含む残りの隊員はVIPを受け入れる準備をしておけ!

―――了解。


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18話 真琴、入院するの巻

「教官、ご無事ですか」

 

援護に駆け付けたのはドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。しかし、千冬からは辛辣な反応しか返ってこない。真琴の事もあり、ピリピリしているのだろうか。

 

「遅かったな。どうせ情報が漏れていたのだろう? さっさと援護に来ないか馬鹿者」

 

「申し訳ありません。……護衛対象は?」

 

「ああ、鎮静剤を投与したが命に別状はない。オルコット! 出てこい! 各個撃破するぞ!」

 

「……言われなくてもそのつもりでしたわ。さぁ、貴方達覚悟はよろしくて?」

 

 チェルシーに真琴を預けたセシリアが怒気を纏いながら出てきた。この場に、第3世代のISが3機揃う。しかもその内2機は真琴が改造を担当した世界最高峰レベルのそれだ。

 

ラウラの意識がAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)から逸れた為、動くことが出来なくなっていたテロリストは味方の元へ戻る。しかし、攻撃してくる様子はない。プライベート・チャネルで対策を練っているのだろう。

 

「博士の事は諦めたほうがいいぞテロリスト共! もうすぐ私の特殊部隊全員が駆けつける。速く逃げないと一人残らず撃破されるぞ?」

 

「……チッ! 撤退す「わたくしが見逃すとでもお思いですの? 」 なにっ!?」

 

 テロリストが逃走を図ろうとしたその時、セシリアの収納領域からさらに4基のビットが射出された。

 

 セシリアの怒りを感じ取った8基のビットが一斉にテロリストに襲いかかる。それを好機と見たラウラも、大型レールカノンを連射し始める。ラウラの目にも静かな怒りが宿っていた。一般市民、しかも10歳にも満たない子供を確保するために飛行機を撃墜するという手段を取ったテロリストが許せなかった。

 

「どうした! さっさと逃げないと増援が来るぞ!」

 

「逃がしませんわ……」

 

「こいつら……っ!」

 

 テロリスト達は、8基のビットとレールカノンの波状攻撃に対応するだけで手いっぱいになっていた。ビットを打ち落とそうと近接ブレードに持ち替えようものならラウラの容赦ない銃撃が彼女らを襲う。ライフルに持ち替えて遠くからセシリア達に銃撃を浴びせようものなら、ソードビットが激しく斬り付けてくる。ラウラが援護に入ってから、徐々にテロリスト達は押され始めていた。

 

圧倒的な手数を前に二人の相手をするだけで手いっぱいになっていた彼女らだが、ここで肝心な事に気が付く。

 

 

―――ブリュンヒルデはどこへいった?―――

 

 

「多少被弾してもいい、離脱する!」

 

「ようやく気が付いたか。ウスノロ共が」

 

「なっ……うああ!!!」

 

 

 

上空に居た千冬が再び紅いオーラを纏い突撃をかける。衝撃波で吹っ飛ばされた彼女らは突風に煽られた鳥の様に吹っ飛ばされ、なす術もなく地面に叩きつけられた。

 

「くっ……次こそは博士の身柄、貰い受ける!」

 

「こっちも早く病院に行きたいんでな、今回は見逃してやろう。……というとでも思ったのか?」

 

「教官……? 今は護衛対象の保護が優先事項では?」

 

「真琴君には申し訳ないんだが……一人でも確保しておきたいんでな」

 

「くそっ……!」

 

「砕け散りなさい!!」

 

セシリアは素早くソードビットを収納するとムーンライトを一瞬で呼びだし、テロリスト達が動き出す前に容赦なく月の光とビットの掃射を浴びせる。土砂降りの月光が降り注ぐ中、情報を持ち帰ろうと彼女らも必死になって逃走を開始する。

 

 

「攻撃をしかけた時点で覚悟はあったんだろう? それ相応の報いを受けるという覚悟をな!」

 

「くそおおおおおお!」

 

 逃げ出そうにも、銃撃の合間を縫って襲いかかる千冬が放った衝撃波で二度三度と地面に叩きつけられ、シールドエネルギーはグングン減って行く。

 

 一瞬の隙を突きようやく脱出口を見つけ動き出そうにも、その先にはラウラのレールカノンが待ち受けていた。正に、八方塞がりだった。

 

「止めですわ! さぁ、黄泉路へ旅立ちなさい!」

 

 

 既に満身創痍。逃げる事さえ危うかったテロリスト達の背中に月光は容赦なく降り注ぐ。頭部を打ち抜いたそれは、防ぐ事も叶わず、バリア越しにダメージを与えるには充分な一撃だった。

 

 「がっ……!」

 

 脳震盪を起こした彼女らは成す術も無く意識を刈り取られ、打ち落とされていく。

 

 ドイツの増援部隊が到着した頃には、既にテロリストは全員ISを取り上げられた後に拘束され、後は身柄を移動するだけとなっていた。

 

 

 

 

「真琴さん……、大丈夫でしょうか」

 

 ここはドイツ軍の医療施設。テロリスト達が気絶してすぐに、ラウラの特殊部隊が到着した。飛行機が墜落した場所が都市部から離れた位置だった為、一番近い空軍基地に輸送された。

 

 真琴はVIP待遇となり、同行していたメンバーにも特別措置として来賓扱いとなった。VIPということもあり、治療には最新鋭の機材を惜しげもなく用いられた、病棟についても警備が一番厳重な院内の最深部に宛がわれ、警備はラウラの特殊部隊が当たっている。

 

「ここの医者に任せておけば大丈夫だ。警備にも抜かりはない。私の部隊は国の中でもトップクラスの腕を持った者ばかりだ」

 

「そうですか……。感謝いたしますわ」

 

「真琴君の容体が落ち着くまで、私達はここで待機だ」

 

「真琴さんの看病をしたいのですが……この様子では無理そうですわね」

 

「博士が目を覚ますまで無理だろう。大人しく待機していてくれ」

 

 

 

 

 客室に静寂が訪れる。時を刻む音だけが静かに木霊し続ける。

 

 

 

 

「織斑先生。……彼女達は、一体何者なのでしょう」

 

「目が覚め次第、ドイツ軍が尋問を行う予定だ。あいつらはISを所持していた。しかも3機もだ。となると大分勢力は限られてくる」

 

「一番有力なのは亡国企業(ファントムタスク)だ。あいつらは50年以上も前からを活動を続けている。……まぁ、推測の域を出ないがな」

 

「目的は、真琴さんを手に入れて勢力の拡大を図る事……ですわね」

 

「そう見て間違いないだろう。それより問題なのは、ドイツ軍に貸しを作ってしまった事だ。無茶な要求はされないだろうが、何かしらの要求があると見ていい」

 

「教官……」

 

「ラウラ。今外線を使うことは可能か? イギリス政府に状況を報告しないと後々まずいことになる。最悪、外交問題に発展するぞ」

 

「上層部に当たってみます。ここまで来ると私の一存でどうにかなるレベルの問題ではありません」

 

「わかった。すぐに当たってくれ」

 

「了解」

 

 ラウラは部屋を後にする。残された二人はそれ以外の問題の対応に当たり始めた。

 

『織斑先生……一つ、よろしいでしょうか』

 

『言ってみろ』

 

 ここでセシリアはプライベート・チャネルに切り替えた。ドイツ軍を信用していない訳ではないが、盗聴の可能性もある。

 

『想定される最悪のケースといたしまして、真琴さんに新しいISの開発を依頼してくる場合がございます。その場合、織斑先生はどう対処するのでしょうか』

 

『私もそれについては考えていた。もしそうなった場合、ある程度あちらの要求を飲まざるを得ないだろう。ISの改造云々については、飲まないつもりではいるが』

 

『予定が繰り下がってしまいますわね……。その場合、イギリス政府に関しましてはわたくしが対応に当たりますわ』

 

『まぁまて。そうなったら私も一緒に対応に当たる。真琴君の体調が一番の問題だ。いずれにしても彼の体調が元に戻らなければここから移動する訳にはいかないのだからな』

 

『ドイツとの共同開発という考えも、視野に入れるべきでしょうか』

 

『……難しいだろうな。既存のISの技術はお互いに取って国家機密だ。全く新しいISを二つの国で開発する。というケースなら可能性はなくもないが……。果たして、真琴君が首を縦に振るかどうか』

 

『厄介な状況に陥ってしまったものです』

 

『襲撃の可能性は想定していた。イギリスの空域に入る前に襲撃に入られたのが痛かったな……』

 

『いずれにしても、真琴さんが目を覚ますまでは何もできませんわ。』

 

(真琴さん……トラウマになっていなければいいのですけれど)

 

「一つ、いいかな」

 

 ここまで口を閉ざしていた国枝が口を開いた

 

「なんでしょう、国枝主任」

 

「この事は、真耶君にどうやって報告すればいいと思う……?」

 

「「あっ」」

 

 

 どうやら、問題は山積みのようだ

 

 

「意識レベル、外傷共に問題はありません。多少脳波に乱れはありますが、許容範囲内です。じきに目を覚ますでしょう」

 

 医者に呼ばれ、千冬達は真琴が収容されている病室に移動した。そこで目にしたのは、点滴や心電図のパッチなどを装着され静かに眠る真琴だった。まるで集中治療室ではないかと疑ってしまう程手厚い看護を受けた彼は穏やかに寝息を立てている。

 

「ああ、よかった……」

 

「しかし、まだ安心はできません。心的な外傷の可能性がありますので」

 

 普通の子供が飛行機の不時着という大事故に遭遇したのだ。トラウマが出来ていても不思議ではない。

 

「……今は無事を祈るしかない、か」

 

「教官、外線を使う許可が下りました。以降、何時でも使用可能です」

 

「分かった。ご苦労だったな、下がっていいぞ」

 

「はっ! それでは御用の際はご連絡下さい。すぐに駆けつけます」

 

 ラウラは廊下に出て、隊員と共に警護を始めた

 

『オルコット。イギリス政府への連絡を頼む。交渉はまだするなよ』

 

『分かりました』

 

 その時、空気が抜ける音と共に病室のドアが開いた。二人がそちらを見やると、軍服の両肩に大量の勲章を装着した軍の幹部と思われる女性がこちらに歩み寄って来た。

 

「久しぶりだな千冬。博士の容体はどうだ? 全力を持って治療に当たったので問題はないと思うが……」

 

「彼は今眠っている。外傷はなかったが、心的な物については彼が起きてみないと判断できないらしい」

 

「織斑先生、こちらの方は……?」

 

「ああ、済まない。紹介が遅れたな。私はアデーレ。アデーレ=ビットナー少将だ。千冬とはそれなりの面識がある」

 

「わたくしはセシリア=オルコット。イギリスの代表候補生ですわ」

 

「援護が遅れてしまい申し訳なかった。イギリスに領空圏内を通過する許可を与えてはいたのだが……テロリスト共のステルス性能が思ったよりも高くてな。補足するのに時間がかかってしまった」

 

「気にしないでいい。私も対処が遅れたのは確かだからな」

 

「所で話しは変わるのだが……。セシリアといったか、少し席をはずして貰えないか? 千冬と話したいことがある」

 

「織斑先生?」

 

「こいつなら大丈夫だ」

 

 千冬の太鼓判が出てはしょうがない。セシリアはしぶしぶ席を外した。

 

 

 

 

 心電図の音だけが、部屋へと響き渡る中、アデーレは小声で千冬へと話しかけた。

 

 

「なぁ、千冬。彼にそろそろ専用の護衛部隊を設けた方がいいんじゃないか? お前が24時間付いて回る訳にもいかんだろう」

 

「……そうだな。今回の件で痛感したよ。ISが3機も出張ってくるのは想定外だった」

 

「なんなら私の所から派遣させるか? うちの部隊は優秀な奴らばかりだぞ」

 

「それを決めるのは私じゃない。……あわよくば護衛部隊のISを改造してもらおうとか思っていたんだろう?」

 

 どこの国も、真琴の知識が喉から手が出るほど欲しい。アデーレは正直に答えていた。

 

「くくっ、違いない。……でもな、千冬。護衛部隊が強ければ強い程、テロリスト共が手を出しにくくなるのも確かなんだ。素性も知れぬ奴らに護衛を任せるより、面識のある所から護衛を出す方が遥かにマシだとは思わんか?」

 

「一理ある。ということは、IS学園に派遣させるということか?」

 

「いや、そうではない。そちらの許可が下りるなら完全に博士の護衛部隊として派遣させる。まぁ、その内一人はIS学園に在籍させるがな。どうだ? 悪い案じゃないだろう」

 

「ふむ……」

 

 正直、難しい所だ。IS学園の特記事項に、外部からいかなる干渉も受けないという項目があるからだ。裏を返せば、学園が認めてさえしまえば良いという事でもあるが。

 

 ISの技術が日本産とは言え、そこから発展させていったのは各々の国だ。高い軍事力を誇るドイツなどは、当然ISの技術も高い。真琴には数段劣るが。護衛をするにはうってつけだろう。ここで千冬は一つの結論を出した。

 

「仮に、仮にだ。IS学園が認めたとしても、私は最後まで首を縦には振らない」

 

「ほう? どういうことだ?」

 

「お前の事は信用しているが信頼している訳ではない。真琴君の護衛をする代わりにISの改造を依頼するというのであれば、情報を漏洩させないという誓約書を書くが、改造するISの詳細情報をIS学園の研究所に開示してもらう必要がある。ドイツ軍主導で改造を行うということにするから世界的に開示はされないがな。それをお前らドイツ政府が認めない限り私は了承しないつもりだ。更に、私が了承したとしても最終的に改造するか否か決めるのは真琴君だ」

 

「ふむ……なるほどな。分かった。すぐに会議を開く」

 

 千冬はアデーレの眉が一瞬動くのを見逃さなかった。何か後ろめたい事があると瞬時に察知し、思考を巡らせる。

 

「くれぐれも、変な気は起こさないようにな。真琴君は今警戒心が強くなっている。下手にISの改造依頼なんぞ出したらヘソを曲げてしまうぞ? ああ、私から説得などは絶対にしないから、そこの所良く覚えておいた方がいい」

 

「……さすがは天才と言われるだけはある。もう世界の仕組みと自分の立ち位置を理解したか。肝に命じておこう。それでは、私は戻るとするよ。すぐに会議を開かねばならなくなった」

 

「ああ、そうしてくれ。こちらも後でIS学園に連絡を入れておく」

 

 

 真琴を巡る争いはイギリス、ドイツ、IS学園、更にはテロリスト達を巻き込んで大きく遷移し始める。しかし、これはまだ始まりに過ぎない。

 




――あの、ラウラさん、でしたか。

――ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だ。貴様は?

――セシリア・オルコットですわ。

――……オルコット。聞いた事があるな。確かイギリスの貴族だったか。


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19話 真琴萌え?

「んっ……あれ? お姉ちゃん……?」

 

 強制的に眠らされてから丸一日後、真琴はようやく目を覚ました。上半身をムクりと起こし、目をぐしぐしと擦った後、寝癖がついた髪もそのままにキョロキョロと辺りの様子を伺い始めた。

 

 見た事の無い部屋、家具、そして医療器具。そして、自分の腕に刺さっている点滴の針。全てにおいて真琴の心を落ち着かせる要素などまるで無かった。

 

 腕に刺さっている針がじくじくと痛む。子供にとって注射の針は泣く子も黙るナマハゲよりも怖い。ナマハゲと注射を持って笑顔で歩いてくる看護婦の二択だったら、恐らくどちらも選ばずに鼻水を垂らしながら泣いて逃亡する位には。

 

「うう……」

 

 今自分にとって一番良い選択肢は、注射針を外して誰かを呼ぶ事だろう。あくまで主観における選択肢、だが。

 

 しかし腕に刺さった針を抜くのは大人だって怖い。というか触りたくない。触るたびに、ごく僅かではあるが鋭い痛みが走るのだ。真琴は半分涙目になりながら自分の腕に刺さっている注射針を睨み付けて、なんとかならんものかと必死に思考を巡らせた。

 

 ちなみに余談だが、医者が子供に注射を行う際好きなお菓子やアニメの話をして子供を気を逸らして、その隙に注射を終えるという手段がある。まぁ、既に腕に刺さっているのを自覚し、しかもそれがどうしようもないのだから意味の無い余談ではあるが。

 

 

 注射針と睨めっこをする事1分。真琴は視線の先に綺麗に切りそろえられた林檎を見つけた。ご丁寧にウサギさんカットである。これは食べてくださいという神の啓示か。

 

「んしょっ……」

 

 涙目の真琴に笑みが戻る。腕に痛みが走らない様に体を起こして、その腕とは反対の腕をウサギさん林檎に手を伸ばし、掴んだ。この時点で既に真琴の脳内からは注射針の事なぞ記憶の彼方へと吹っ飛ばされていた。涙がまだ瞳に残っているが、感情は既に悲しみから喜びへと上書きされている。

 

「わぁ……」

 

 今まで見た事が無かったのだろうか。もう夢中である。

 

 満面の笑みを浮かべて林檎をほお張り、シャクシャクと小気味良い音を立ててウサギさんは消化されていく。頭から食べられていくウサギさんリンゴはどんどん減っていく。丸一日寝ていたのだから、それ相応に腹も減っていたのだろう。

 

「目が覚めた様だな」

 

 食べ物を租借する音だけが響いていた病室だったが、不意に千冬の声と同時にドアが開いた。そこに居たのは、普段と変わらない表情の千冬と心配そうな表情をしたセシリアだった。

 

「真琴さん! どこか痛い所はありませんか!?」

 

 セシリアの姿がブレる。そして気づいたら真琴の目の前にいた。ジャパニーズアニメにその様な移動術が有った気がするが、彼女はそれを体得しているとでも言うのか。

 

 瞬間移動でも行ったのではないかと思えるような速さで真琴の元へ駆け寄ったセシリアは、何故か体中の触診を始めた。

 

 さすりさすり。

 

 真琴の体に異常がないことを確認すると、今度は抱き締め始めた。真琴としてはまだまだ満腹ではない。それに皿の上にも林檎は残っている。

 

「むぁ」

 

「心配しましたわ……! ご無事でなによりです!」

 

「えっと……大丈夫なんですけれど」

 

 胸の谷間から顔をのぞかせる真琴を、愛おしげに撫でる彼女の表情が、徐々に心配するそれから変化を始める。真琴の視線は相変わらず林檎へと向けられたままだ。

 

「もうわたくしの傍から離れてはなりません。真琴さんはわたくしが守りますわ」

 

「病人に負荷を与えるな馬鹿者が」

 

「へぶっ!」

 

 何処からともなく取りだした出席簿で、千冬はセシリアの頭を勢いよく叩いた。衝撃でセシリアはお辞儀をする。嗚呼、彼女の頭からプスプスと煙が上がっている。

 

「ど、どこから取り出したのですか……」

 

「機密情報だ。ほら、さっさと離れろ」

 

「致し方ありませんわね……」

 

 渋々、本当に渋々とセシリアは真琴を解放した。それにより自由の身となった真琴は、再び果物を食べ始めた。

 

「真琴君、今食事を用意させるから果物を食べるのは控えてくれないか。もっと栄養がある物を取った方がいい。……真琴君? ……またこのパターンか」

 

 千冬は置いてあった果物を全て片付けた。これで今彼が手に持っている林檎を食べ終われば気づいてくれるはずだ。

 

「♪~……あれ?」

 

 自分の手の届く範囲に甘い匂いのする物がなくなったため、真琴は現実に戻ってきた。食べ物を求めてキョロキョロと辺りを見回し、千冬が残っていたそれを持っていると分かると、上目使いで彼女を切なげに見つめ始めた。

 

「ま、真琴君。気持ちは分かるが今はもっと栄養のある食物を摂取して欲しい。……頼む、そんな目で私を見つめないでくれ……」

 

 子供の涙目の上目遣いってずるいと思う。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 病人食を食べ終えた後、真琴はベッドに横たわっている。周りには千冬や国枝といったIS学園の関係者や、ドイツ軍の関係者が見舞いに訪れていた。

 

「ところで千冬さん」

 

「なんだ?」

 

「なんでぼくは病院にいるんでしょう」

 

「っ!」

 

 病室に居た全員が固まった。真琴はあんな出来事を体験したにも係わらず、今自分が何故病院にいるか分からないと言ったのだ。

 

 嫌な緊張感が病室を包む。果たしてどこまで記憶を失っているのか、不安が全員の心臓を握り潰しに掛かる。

 

「覚えていないのか? 真琴君は飛行機の中で突然倒れたんだ。急きょ着陸して最寄りの医療施設に運んだという訳だ」

 

「そうだったんですか……ごめんなさい」

 

「いや、気にする必要はない。誰だって体調が悪くなることだってあるさ」

 

 千冬は内心かなり焦っていたが、今真実を告げるのは上策ではないと判断し、それらしい事実をでっち上げてなんとか乗り切ろうと試みた。

 

『オルコット。すぐに医者を連れてこい』

 

『言われなくても!』

 

 セシリアが猛ダッシュで病室を出ていく。それを見ていた真琴は首を傾げながら見送っていた。

 

 

「ふむ……記憶の欠如が見られるね」

 

 診察後、真琴の保護者一同は別室に呼ばれ診断結果を聞いていた。全員、その表情は優れない。

 

「詳しく説明して頂きたい」

 

「正式な病名は解離性健忘と言います。つまりですね……辛い出来事を経験して、耐えきれなかったんでしょうね。本能的に記憶を封印してしまったということです」

 

「……記憶の回復は可能なのか?」

 

「手段としてはそれなりに存在します。催眠術などで呼び起こす方法もありますし、麻酔薬を用いる事もありますが……今後の事を考えると、今は記憶の欠如については本人の前で触れない方が良いでしょう」

 

「分かった。皆いいな、くれぐれも真琴君の前で話題に出すんじゃないぞ」

 

「分かっていますわ」

 

「それでは、真琴君の元に戻るとしよう」

 

(おつらいとは思いますが、ずっと、思い出さない方が良いのでしょうね……)

 

「くれぐれも、旅客機の話題を出す際は慎重にお願いします。フラッシュバックという訳ではありませんが、何かの語句がキーワードとなって記憶が蘇る可能性は決して低くありません」

 

 医者の言葉を胸に留めた一同は、沈痛な面持ちのまま、誰も言葉を発する事無く真琴の病室へと歩き続けた。

 

 途中、何やら自販機を見つけたセシリアが真琴への差し入れとして飲み物を買おうとしていたが、残念ながら此処はドイツであり、使用通貨はユーロである。自分の手に取ったポンド通貨をワナワナと震えながら睨み付け、その後泣く泣く購入を諦めていた。

 

 普段IS学園にいるときに用いる通貨は円である。そして自分の国の通貨はポンドのため、めったな事ではユーロが財布に入っている事は無かったのだ。

 

 涙目のセシリアを先頭に病室に戻ると、そこにはチェス盤を前に思考の渦に飛びこんだ真琴と、涙目になった特殊部隊の隊員が居た。ラウラも横で経過を観察しているみたいだ。

 

「何をやっているんだ?」

 

「教官……」

 

「あら、チェスですの?」

 

「ああ。博士が暇だと言うんでな、クラリッサに頼んでチェスで勝負しているんだが……」

 

「隊長……何ですかこのワンサイドゲームは。博士は本当にチェスの経験が無いのですか?」

 

 皆が盤面を見てみると、あらびっくり。真琴がチェックをかけている。

 

「強すぎです……。私はそれなりの腕を持っていると自負していますが、ここまで一方的に負けそうなのは初めてです……」

 

「そこまでワンサイドゲームだったのか? 盤面を見る限りではそんなに差はないと思うが……」

 

「教官、今回のゲームにおける博士の持ち時間は3分です」

 

「なっ」

 

「なんですって!?」

 

 チェスの世界にはグランドマスターという称号を持っている人達いる。チェス人口の0.02%程しかいないそれは、正に神の領域。彼らが気まぐれで始めた持ち時間1分と言うルールがあるのだが、それは彼らでしかまともにプレイすることはできない。しかし真琴は、クラリッサの待ち時間を利用しているという点を除いて、その領域に片足を入れつつあった。

 

「それに対してクラリッサの持ち時間は30分。奇跡の頭脳とは良く言った物ですね」

 

「……ちぇっくめいと」

 

「……参りました」

 

 がっくりと項垂れるクラリッサ。そこには一筋の涙が浮かんでいた。

 

「とっても面白かったです。またあそんでくださいね」

 

「……ええ、そうですね」

 

 結局、勝負は真琴の5戦5勝で終わった。最終的に真琴の持ち時間は2分まで減らされたのだが、スポンジが水を吸収するような勢いで真琴は腕を上げていった。本当に、奇跡の頭脳とはよく言ったものである。

 

 対するクラリッサのプライドはもうズタズタだ。しかし、もう辞めたいとやんわり真琴に告げると、彼が悲しげな瞳で彼女を見つめてくるのだ。誰が抗うことができようか。とてつもなく難題である。

 

「さて、もういいだろう真琴君。君は少し休むといい」

 

「えっと……その……」

 

 真琴らしくない歯切れの悪い物言いに、皆頭の上に疑問符を浮かべた。

 

「ひとりじゃ、その……」

 

「そう言えばそうだったな……。しかし、私は今から会議に出席しなければ……」

 

「織斑先生! それでしたらこのわたくしが「却下だ」何故!?」

 

 意気揚々と挙手をしたセシリアを一蹴する千冬。セシリアは涙目になりながらも反論する。

 

「山田君から頼まれているのさ。オルコットを真琴君を一緒に寝かせるな。とな」

 

「ぬぐっ……」

 

(あのメロン……こんなときまでわたくしと真琴さんの仲を邪魔するというのですか!)

 

 ぎりぎりぎりぎりとセシリアの口から歯ぎしりの音が聞こえてくる。しかし千冬には暖簾に腕押しというか、糠に釘というか、歯牙にもかけていない。

 

「さてどうしたものか……ラウラ、クラリッサ。真琴君が寝付くまでどちらか一緒に寝てやってくれないか?」

 

「それでしたら私が」

 

 挙手したのはラウラだ。寝る、つまり体を横にするというのは最も無防備になる瞬間だ。実力がある者が近くに居た方がいいのは当然だ。

 

「すみません……あ、あの、よろしくおねがいします」

 

 羞恥心から頬を染めながらも、天使の様な汚れを知らない微笑みを含みながら上目使いで見上げる真琴の以下略。

 

 まぁ、ラウラも当然たじろいだ。

 

(こ、これは……これがクラリッサから教わった『萌え』という物なのだろうか。なんというか、とても守ってやりたくなる……)

 

「ぬぐぐぐぐぐ……」

 

 一方、それを見つめるセシリアの表情は険しい。ハンカチが会ったら、今頃ズタズタに噛み千切られているのではないだろうか。ハンカチに労災は認められているのだろうか。

 

「オルコットを隊員と一緒に外で見張りをするか、客室で待っていてくれ」

 

「わかりましたわ……」

 

 ラウラは寝る体制に入るため、装備を外して服を脱ぎ始めた。ジャケットとズボンを脱ぎ去り、下着だけ(待機状態のISは装着しているが)になり、いそいそと真琴の横へと潜り込んだ。

 

「それでは博士。翌朝0800まで、この状態で護衛をさせて頂きます」

 

「おねがいします」

 

 ベッドの中で真琴とラウラが何やらボソボソと話をしている。 

 

 対するセシリアの纏う空気は重い。というか暗い。見ていて痛々しい。近づかないで欲しい。

 

(これは本格的に対策を打たなければまずいですわ……。大事を取って一泊と仰っていましたが、状況によって日程はいくらでもずれます。このままズルズルとラウラさんや織斑先生に真琴さんとの添い寝の権利を奪われてはなりません!)

 

 




―――さて、会議の議題を私は聞かされていない訳だが。

―――まぁ焦るな千冬。おい、千冬に資料を。


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20話 そして争いの種は順調に育つ

 皆様、ごきげんはいかがかしら? セシリア・オルコットですわ。さて、早速ですが今日は皆様に聞いてほしい事がございまして集まって頂いた次第ですの。

 

 ……内容、ですの? 言わなくても分かっているのではなくて? もちろん真琴さんのことですわ。

 

 最近、真琴さんとの交流(スキンシップ)がめっきり減ってしまいました。それもこれも、真琴さんの姉君である山田先生がわたくしの事を警戒し始めたのが原因ですの。

 

 全く……何がいけないというのでしょう。別に、取って食べてしまうという訳でもございませんのに。淑女と紳士が交流を深める事のどこがいけないのでしょうか……。

 

(※セシリアは自分が危ない笑みを浮かべる事があるということに気付いていません)

 

 ええ、確かに? 真琴さんと一緒に入浴は致しました。しかし、あれは緊急事態でしたし……。

 

 え? メイド服ですか? あれは真琴さんも合意の上でしたし、皆さんにとても喜んでいただけました。山田先生に至っては、喜びのあまり鼻から盛大に愛を噴き出して卒倒していましたわ。

 

 んんっ! とにかく、対策を打たない事には彼と交流を深める事ができません。……チェルシー! 対策会議を開きますわ。すぐに用意なさい!

 

 

 保護者一同は客室に案内され、真琴の体調が完全に回復するまで滞在することになった。まぁ軍の施設に居る訳だから、軽く軟禁みたいな形になってしまっているのだが。

 

 そんな中、とある客室では一人の淑女と、彼女につき従うメイドが会議を開いていた。会議、と聞けば聞こえはいい。しかしそんな体を作ってはいるのだが議題を聞いて呆れない人物が果たして居るのだろうか。なんとも締まらない内容の打ち合わせなのだが、議長であるセシリア・オルコットにとって半ば死活問題(!?)と化している真琴君と仲良くなろう作戦はいよいよ佳境に差し掛かっていた。

 

「いい? チェルシー。わたくしは織斑先生に何とか掛け合ってみます。貴方は山田先生を何としても説得すること。いいわね?」

 

「また随分と無茶振りをしますねお嬢様……」

 

 チェルシーは呆れ半分で溜息を付きながら返答をした。まぁ、吹っ掛けたのはチェルシー本人だから自業自得といえばそれまでなのだが。まさにブーメランである。

 

「わたくしは長いこと、永いこと真琴さん成分を補充していませんの。そろそろ我慢の限界が近いですわ」

 

「そこまでですか……。というか、真琴さん成分……? 彼の一体何処からそんな成分が……まぁいいでしょう、分かりました。お嬢様の為にも一肌脱ぎましょう。そうですね……後2時間もしたら丁度いい時間になるので、IS学園に一報入れてみます」

 

「頼んだわよ、チェルシー」

 

「ご期待に沿えるかどうかは分かりませんが、全力を尽くします。……真琴さん成分……謎です」

 

 現在、深夜2時。佳境に差し掛かったはずの会議はセシリアの妄想タイムへと突入し、連荘を始めた。役満まで突っ走る勢いである。

 

 それを見てちょっと吹っかけすぎたかと反省するチェルシーは、ため息と共に苦笑せざるを得なかった。何せ翌日の起床時刻は8時を予定しているのだから。

 

「ああ……待っていて下さいね真琴さん。明日こそはわたくしが添い寝をして差し上げますわ」

 

「お嬢様。添い寝は確かに有効な手段ですが、やりすぎると相手が引いてしまいます。匙加減(さじかげん)に気をつけてください。

 

 チェルシーの忠告もどこ吹く風。両手を赤く染めた頬に添え、腰をクネクネと振りながらイヤンイヤンと妄想に耽るセシリア。いよいよもって危ない領域へと片足を入れ始めたのかもしれない。

 

 

 

淑女とメイドの会議はまだまだ続く。

 

 

 

「……せ。はか……。……てくだ……です」

 

 

 翌朝、真琴は肩を揺さぶられる感覚で深い眠りから徐々に覚醒を始める。

 

 人間の睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の2種類があるのはご存じだろうか。体だけを休め、脳は起きている状態がレム睡眠。体も脳も休んでいる状態がノンレム睡眠だ。通常、この二つの睡眠を交互に繰り返して、人間は休息を取る。レム睡眠の時に起こされると、スッキリとした目覚めを。ノンレム睡眠の時に起こされると、俗にいう「目覚めが悪い、寝ぼける」などといった症状が出る。

 

 つまり何が言いたいかというと、例によって寝ぼけた真琴が添い寝をしているラウラにしがみついて頬ずりを始めてラウラのきゅんきゅん指数がウナギ登りという事だ

 

「は、博士……起きて下さい、朝です」

 

(くぉ……こ、これは色々とまずいのではないか……?)

 

「んぅ~……」

 

 躊躇し、手が止まってしまったラウラに容赦なくすべすべほっぺは襲いかかる。

 

以下、ダイジェストでお送りします。

 

 

 

 

 

 

 

―――真琴がぁ!

 

 

 

―――近づいてぇ!

 

 

 

―――真琴がぁ!

 

 

 

―――頬ずりをするぅ!

 

 

 

―――ラウラの身じろぎを読んでぇ!

 

 

 

―――まだ続くぅ!

 

 

 

―――真琴が決めたああああぁぁぁ!!!

 

 

 

 

 

 

 格闘ゲームだったらHPが一気に7割くらい持っていかれただろう。対応に困った彼女はたまらず増援を呼んだ。

 

『わ、私だ……』

 

『隊長? どうされたのですか?』

 

『緊急事態だ、すぐに来てくれ』

 

 通信を終了して10秒もしない内にクラリッサが駆け付けた。恐らく、すぐ近くで哨戒をしていたのだろう。その間も真琴はどこまでも温もりを求めて欲求に従順に行動をしている。

 

「どうしました隊長。何か問題でも?」

 

「あ、ああ……これを見てくれ。私には対処の仕方がわからん。クラリッサ、こういう場合はどうしたらいいんだ」

 

 ラウラは体を下手に動かす事ができず、硬直していた。

 

 クラリッサが見た光景。それはとても眼福、いや、微笑ましい光景であった。

 

「……これは難題ですね。とてつもなく、難題です」

 

「指定された時刻0800なんだが……」

 

「そうですね……分かりました。私にお任せ下さい」

 

「頼んだぞ。私は引き続き博士の観さ……護衛をする」

 

 なお、クラリッサの後日談によると、あの時カメラを持っていなかったのが痛恨の極みだったそうな。

 

 

「で、私を呼んだという訳だ」

 

 千冬はベッドに近くに置いてあった椅子に座り、半分呆れ顔でラウラに向かい合っている。対するラウラは混乱の極みだ。頬を朱に染め、半分縋りつく様な眼で千冬に助けを求めていた。まぁ、生まれてからずっと軍の為に生きていた連中だ。特にラウラの場合はそれが顕著な分、余計に精神的ダメージを受けているみたいだが。

 

「教官、こういう場合はどのように対処したら良いのでしょうか」

 

「気持ちは分からないでもないがな……分かった、そのまま寝かせておけ。彼にはまだまだ休養が必要だ」

 

 その時、ラウラに電流が走る。

 

「きょ、教官! 私はどうしたら良いのですか!?」

 

「声がでかい馬鹿者。まぁ、諦めて添い寝を続けろ。お前にも癒しと言うものが理解できるかもしれんぞ?」

 

 千冬はニヤリと悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべ、そのまま立ち去って行った。千冬は意外と悪戯好きなのかもしれない。

 

(想定外のケースだ……! 今まで習ったどの演習にもこの様な不測の事態に対するマニュアルなどなかったぞ!)

 

 必死になって軍則のページを頭の中で開き続けるが、そこに解などあるはずもなかった。ラウラは下手に動くこともできず、クラリッサは二人の様子を見て心の中でニヤニヤしていた。

 

「隊長……かわいいですね、博士」

 

「肯定だ。……しかし、なんだ。博士に抱きつかれていると、なんというか、護衛対象から外れたとしても守ってやりたいという気持ちが心の底から湧きあがってくる」

 

「隊長。それは隊長が博士を気に入ったという事だと思います」

 

「私が……彼を……?」

 

 ラウラの表情に困惑の色が浮かぶ。物心付いた時からずっと軍隊で戦うための道具としてありとあらゆる兵器の使い方を教わって来た彼女にとって、この様人の温もりを感じる事など皆無に等しかったからだ。

 

 色恋沙汰と言う訳ではないが、生まれて物心ついた時から訓練付けだったラウラにとって、この様な悩ましい思いをする事は決してマイナスではない。その証拠かどうかは分からないが、クラリッサは生暖かい視線をラウラに向け続けている。

 

「ちなみに、日本では気に入った相手を特殊な呼び方で呼ぶ様です」

 

「……どの様な呼び方をするんだ?」

 

 クラリッサの目が光る。効果音はピキュイーン! だ。

 

「呼称は色々有りますが……そうですね、博士の場合私達より年下なので呼び方を変える事は難しいかもしれません。候補としては「弟君」でしょうか」

 

 ここでクラリッサが間違った日本の常識をぶちまける。日本のサブカルチャーを手に取った時から、クラリッサの日本に対する常識は既に修復不可能への一途をたどり始めていたのかもしれない。

 

「しかし、博士に対してそんな呼び方で良いのだろうか……弟君……弟君か……」

 

「問題ないと思われます。私が仕入れた知識によると、こういった幼い子供は姉や兄に対する執着心が強いケースが多いです。いっその事博士に姉と呼んでもらうのも良いかもしれませんね」

 

「そうか……うむ、そうだな。良くやったクラリッサ。これからそのように呼んでみるとしよう」

 

 クラリッサの常識はウイルスの如くシュヴァルツェ・ハーゼに蔓延し、後に大変な事態を引き起こす事になるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 さて、その頃のイギリス陣はというと……

 

 

 

 

 

「お嬢様、織斑様との交渉はどうでしたか?」

 

「チェルシー……。ダメでしたわ、何を言っても「却下だ」の一点張り。交渉をする余地などこれっぽっちも」

 

 チェルシーが客間に戻ると、そこには明らかに肩を落とし、落ち込んでいるセシリアがいた。その証拠に、彼女の周りには真っ黒いオーラが漂い、涙目になっている。それをみてチェルシーは、苦笑を浮かべながら地獄にいる彼女に蜘蛛の糸を垂らすことにした。

 

「お嬢様、良い知らせがございます」

 

「へっ……?」

 

 涙目になっているセシリアが顔をあげた。……なんというか、哀愁が漂っている。うん。

 

「粘り強く陳謝した結果、交渉の余地が生まれました」

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼女の目に活力が戻り目にもとまらぬ速さで立ちあがってチェルシーに詰め寄った。0から一気に1になった方形波の如くセシリアのテンションは急変。素晴らしい立ち上がり速度である。

 

 

「本当ですの!? 本当に可能性はゼロではないんですの!?」

 

「お嬢様、淑女たるもの、如何なる時も落ちついていなければなりませんよ?」

 

「はっ……! んんっ! チェルシー、詳細を報告して頂戴」

 

「ただいま」

 

 チェルシー恐るべし。瀟洒なメイドをとはこういう人物の事を言うのだろうか……

 

 

「んんっ……ん~っ」

 

「目が覚めましたか博士」

 

 クラリッサが哨戒に戻ってからしばらくして、真琴はようやく目を覚ました。しかし、抱かれる感覚に違和感があったのだろうか、頭の上に疑問符を浮かべた後、抱いているであろう人物を見つめ始めた。

 

「ふあぁぁ~……はれ? お姉ちゃんがちっちゃくなった。…………えと、ラウラさん。でしたっけ」

 

(お姉ちゃん……う、うむ! 悪くない!)

 

 なんか思考が色々とアレになったラウラだが、瞬時に持ち直して冷静を装い、真琴に語りかける。

 

「こ、これからしばらくの間一緒に寝る事が多くなると思われます。ですから、私の事は…その、姉と呼んでもらって構いません」

 

「……じゃあ、ラウラお姉ちゃん?」

 

「……!」

 

 

 真琴が放った上目使いとお姉ちゃん発言で、残っていた3割のHPは一気にKOまで持ち込まれ、ラウラに白旗が揚がる。

 

(こ、この目線はまずい! これ以上見つめられたら私の胸が、はっ、張り裂けてしまいそうだ……!)

 

「えっと……ラウラお姉ちゃん? んと……ぼく、おなかがすいちゃって」

 

「う、うむ! わかった! すぐに連絡しよう!」

 

 あまりのテンパり具合に、敬語など記憶の彼方に吹っ飛ばしてしまったラウラであった。彼女はベッドから起きる事も忘れ、千冬にプライベート・チャネルで報告を入れる。千冬は近くの部屋で待機していた為、すぐに駆けつけたのだが……

 

「目が覚めたか真琴君。……ラウラ、何時まで抱きついているんだ?」

 

「はい教官。博士は大事な弟君なので、安全が確保できるまではこうしているつもりです」

 

 

 ぴ   り  

   し   っ

 

 

 

千冬が固まったのは言うまでもない。

 




―――はぁぁ……、寝不足ですわ。

―――……(お互い徹夜でしたからね)


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21話 弟はかくも愛しくあり

 その後医師の診察を受け、もう退院しても良いという診断結果を受けたのだが……。

 

「弟君、言いたいことが有ったら遠慮なく言うと良い。もっとここに居てもいいんだぞ?」

 

「はぁ、分かりました。……ん~?」

 

「お、弟君ですって……?」

 

「全く、どうしてこうなってしまったんだ……」

 

 自慢げに胸を張り、真琴に話しかけるラウラ。とりあえず納得する事にしたが、疑問符を頭上に浮かべている真琴。二人の会話を聞いて、納得が行かない様子のセシリア。そして、頭を抱えて椅子に座りこんでしまった千冬。

 

 病室は混沌への一途を辿っていた。

 

「納得が行きませんわ! ラウラさんがどうして真琴さんを弟と呼んでいるのですか!!」

 

「ふふんっ、日本では気に入った相手を特殊な呼称で呼ぶというのが習わしだと聞いた。故に、それを実践しているに過ぎん」

 

「な、なんですって!? ああ……わたくしが危惧していたことが現実になってしまいました……」

 

 ラウラからすれば、真琴に向けている感情は「友愛」に近い。傍から見ると、背伸びをして弟の面倒を見ようとする姉みたいな構図なのだが、どうやらセシリアの目には強力なライバルに見える特殊なフィルターが張られているらしい。

 

 二人の口論を見ていた千冬は、もう勝手にしろと言わんばかりに溜息を付くと、容体が安定した真琴を連れて客室へと移動するのだった。

 

 

「真琴君。君に悪気がないのは分かっているんだが……もうちょっと何とかならなかったのか?」

 

「ごめんなさい……でも、ラウラお姉ちゃんなんか嬉しそうでしたから」

 

「ラ、ラウラお姉ちゃん……。そうか、君は律義に約束を守る人だったな。全く……ラウラにも困ったものだ」

 

「僕としては、友達が増えるのは嬉しい事なんですけど……その、駄目ならやめます」

 

「もう引き返すのは無理だろう。そのままでいいさ」

 

(友達、か……)

 

 早熟な子供と言うものは、友達が少ないケースが多い。上辺だけの友達付き合いならそこそこ有ってもおかしくはないが、真琴の性格を考えるとそれも考えられない。実際、彼は放課後に友達と遊ぶこともなく、ずっと家で姉で真耶と遊ぶか本を読んでいるかしかしていなかった。加えて、IS委員会や各政府からのちょっかいが彼の孤独を加速させている。

 

(本当の友達ができるといいな、真琴君)

 

 真琴の頭を撫でながら、千冬は彼の幸せを願っていた。

 

 と、その時

 

 

―――真琴さん! 真琴さんはどこへ行ってしまったのですか!?

 

―――ええい、貴様は待機していろ! 弟君は私が探し出す!

 

 

 遠くからぎゃあぎゃあと叫び声が聞こえてくる。じきに此処も見つかってしまうだろう。見つかってしまえば最後、再び真琴争奪戦が開始されてしまう。

 

「……真琴君、次の部屋に移ろうか」

 

「追いかけっこですね。ちょっとやってみたかったんです」

 

 目をキラキラさせて千冬を見上げる真琴。そうではないんだが……と言いかけた千冬だったが、ここで事実を言ってしまうのは余りにも酷である。否定しないで逃げ続けることにした。

 

「あいつらに見つかると色々と五月蠅いからな。そら、移動するぞ」

 

「はいっ」

 

 

―――1時間後

 

「こ、ここまで疲れたのはテニスの決勝戦以来ですわ……」

 

「ハッ、軟弱物め。その程度では弟君を守ることなどできんぞ。それにしても、さすがは教官です。我々の裏を付き、同じ建物内でここまで逃げおおせるとは……」

 

 ベンチに腰掛け、息も絶え絶えにスポーツドリンクを飲むセシリアに対し、同じくスポーツドリンクを飲みながら教官に敬意を表しているラウラ。どちらも清々しい程汗をかいていた。

 

「暑苦しい。風呂に入って汗を流してこい、いいな」

 

「了解。さ、弟君行くぞ」

 

「分かりましたわ……さ、真琴さん。一緒に行きましょう」

 

「あ、はい。分かりました」

 

「そういえば真琴君もここ二日風呂に入っていなかったな……いやしかし、こいつらに任せて大丈夫なのか? ラウラが様子を見る分には問題ないと判断できるが……私と一緒に入るという選択肢もあるか……」

 

 当たり前の様に真琴を風呂に入れようとするラウラとセシリア。それを見てなにやらぶつぶつと呟いている千冬であったが、問題ない……という訳ではないが、まぁ大丈夫だろうと判断し彼を任せる事にした。

 

 

 一応此処は軍の施設だが、お偉いさんが来るという事もあり、大浴場とは別に浴室があり、VIP用に大きな浴槽と、シャワーが複数設置されている。

 

 真琴の体を洗うと言う事で、彼女らはVIP用の浴室を使用する許可が下りたのだが……。

 

「さぁ弟君、体を洗ってやろう。こっちへ来るといい……ふむ、すべすべしていて手触りがとてもいいな」

 

「お待ちなさい! 真琴さんの体を洗うのはわたくしの役目ですわ! ……まぁ、真琴さんの肌触りの良さについては同意致します」

 

 ここでも勃発する真琴争奪戦。シャワーの前の風呂椅子に腰掛ける真琴を挟んで、ラウラとセシリアがぎゃーすかと言い争っている。彼女らに自重という二文字は存在しないのだろうか。何かと世話を焼きたがる姉二人? に対して、真琴は何時になったら洗ってもらえるのかな~と彼女らを見つめていたのだが、いい加減寒かったのだろう。くしゃみが飛び出た。

 

「へっくし」

 

「ま、真琴さん!? ああもう、ラウラさんが何時まで経ってもわたくしの事を止めるから真琴さんが寒そうにしていますわ! 速く諦めてはいかが!?」

 

「おい、そこは私のせいじゃないだろう。……分かった、共同戦線といこうじゃないか。お前は右を洗え。私は左を洗う」

 

「納得はできませんが……致し方ありませんわね。その前に、もう一度湯船に入りましょう。真琴さんが風邪を引いてしまいますわ」

 

 この後何事もなく入浴は終了すると思われたが、真琴が「背中を洗ってあげる」と言いだした事で再び争いの火種はメラメラと燃え盛る。

 

「私が先だ!」

 

「いいえ、わたくしが先ですわ!」

 

 結局、入浴が終わるまでに一時間半を費やしたとか。

 

 

 風呂の後の着替え、髪の乾燥も含め、計2時間。漸く3人は千冬の元へと戻ってきた。

 

「やれやれ、やっと出てきたか。……何でお前らは真琴君の手を取っているんだ?」

 

 何やら真琴を挟んでけん制しあう二人。真琴の頭上では視線という火花が飛び散っている。

 

「油断していたら何をされるか分かったものではありません。故に正当な対処ですわ」

 

「教官、この女、放っておくと何をするか分かりません。懲罰部屋に叩きこむのが順当かと思われます」

 

「そんなことがあるかこの馬鹿者が……。程々にしておけよ」

 

 もはや開き直ったと言っても過言ではないだろう彼女らの様子を見て、千冬は諦める事にした。女性の一途な思いを止める事はとても難しいということを理解しているからだ。

 

「さて、お前らにこれからの予定を伝えておく。とりあえず真琴君の容体は安定したが、大事を見てもう一泊してからイギリスへ行く事になった。出発は翌日の午前9時だ。昼前にドイツに着くから、昼食はイギリスへ行ってからだな。会議はその後になる」

 

「真琴さんが元気になって何よりです。五月蠅い姉気どりの軍人もいなくなる事ですし、せいせいしますわ」

 

「ふんっ、吠えるなお蝶夫人が。しばらくしたら私もIS学園に派遣される予定だ。弟君を守るのは私の役目なんでな」

 

「お、おちょ……!? 聞き捨てなりませんわ! 何ですの、そのとても不名誉そうな名前は!?」

 

「縦髪ドリル、テニス、貴族。……ふっ」

 

「勝ち誇った顔が憎たらしい!」

 

 女は三人集まったら姦しいと言うが、二人ならどうなのだろうか。少なくとも、この二人ならそれに該当しそうだが。

 

 

 

 

 その後昼食の時間となり、皆好き好きに席に座った。当然、真琴の両隣りはセシリアとラウラだ。

 

「弟君、私が食べさせてやろう。ほら、口を開けるんだ」

 

「あーん……」

 

「お待ちなさい! わたくしですらまだ行ったことがないというのに……!」

 

 逆らう事を諦めた、というか疑問に思うことを辞めた真琴に、次々に食事を口に押し込むラウラ。当然、それを見て黙っているセシリアではない。ちなみに、千冬は無視を決め込んでいる。色々と諦めた。そっと胃薬を取り出したのは、恐らく目の錯覚だろう。

 

「もう少しバランスを考えて食べさせてあげたらいかがですか? これだから食事をただの栄養摂取としか考えていない軍人は……」

 

「ふんっ、フィッシュ・アンド・チップスばかり食っている英国貴族に食事云々で言われる筋合いはない。さ、弟君。次だ」

 

「むぐむぐ……」

 

「というか、次はわたくしが食べさせてあげる番ですわ! 先ほど共同戦線を張ると仰ったばっかりではないですか!」

 

「……そう言えばそんな事もあったな。チッ、忌々しい。ほら、次はお前の番だ」

 

「お前お前と呼ばないで下さいなラウラさん! わたくしにはセシリア・オルコットという立派な名前がございます!」

 

「それもそうか、分かったセシリア。さ、弟君、次は何が食べたい?」

 

「ですから! 次はわたくしの番だと先ほども申したでしょうに!?」

 

 真琴の姉候補と嫁候補の応酬は留まる事を知らない。綺麗なのか汚いのか良く分からない口論だが、喧嘩をすることでお互いを少しだけ理解できたのだろうか、互いを呼ぶ名前に変化が現れた。

 

「喧しい! 黙って食え!」

 

 飯時は静かにするものである。当然、二人の頭上に出席簿(エクスカリバー)が降り注ぐ。威力は何時ものに比べ2割増しだった。

 

「ぐ、ぬ、教官、何処からその武器を取りだしたのですか……」

 

「くっ……何かにつけて人の頭をぽんぽんと」

 

「やはり真琴君にこいつらを任せたのはまずかったか……しかし彼も友達を欲しいと言っていたし……」

 

相変わらず千冬はぶつぶつと呟いている。何か対策を練っている様だ。

 

 

 

 

 その後も、ベッドの上で安静にしている真琴を甲斐甲斐しく(?)看護するラウラとセシリア。結局、夜まで軍人と貴族のドタバタ劇が終わることはなかった。

 

 ちなみに、今度こそはとクラリッサがどこからともなくデシタルビデオカメラを取り出し、逐一影から撮影していた。後に鑑賞会をしていた所をアデーレに見つかり、こっぴどくしかられた後、地獄の訓練が追加されたのは全くの余談である。

 

 なぉ、データは全て謝罪と共に千冬の元へ届けられ、破棄されたとか真耶の所へ送られたとか。

 

 

 

 

 そして、夜になり就寝の時間がやってきたのだが。

 

「さ、真琴さん。今夜はわたくしと一緒にゆっくりと寝ましょう」

 

 パジャマに着替えた真琴手を引くセシリア。こちらも同じくパジャマに着替えたが、この世の春が来たと言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 

「おい待てセシリア今聞き捨てならん事をさらっと言わなかったかというか言ったなお前は教官から弟君と一緒に寝る事は禁止されていたはずだ分かったらさっさと自分の寝室に戻るがいい!」

 

 一息に言い切ったラウラ。しかしセシリアはそれに怯む事無く、いつもの威風堂々としたポーズを取り、反論した。

 

「ふっ……甘いですわ。カスタートプティングより甘いですわラウラさん! わたくしセシリア・オルコットは、既に真琴さんの姉君である山田先生に許可を得ています!」

 

「な、何だと……! きょ、教官! 事実なのですか!?」

 

 驚きを隠せないラウラ。その横では、苦い顔をして額に手を当て俯く千冬が立っている。悪意が無い分達が悪いとは正にこの事か。

 

「……ああ、本当だ。私が山田君に連絡を取り、事実関係を確認した。……オルコット家のメイド、中々侮れんぞ」

 

 真琴とドタバタ劇を繰り広げられている間、チェルシーが時間を見つけては真耶に連絡を取り、交渉していた。その際、彼女が如何に彼を大事に思っているか熱弁し、交渉すること更に3時間。ようやく真耶が折れたのだった。

 

「順当に考えたら、今夜はわたくしが真琴さんと一緒に寝る番です! さぁ、分かったのならさっさと一人で寝る準備をした方が賢明ですわよ?」

 

「くっ……なんだこの敗北感は」

 

「ラウラさんも、山田先生の許可が下りれば一緒に寝る事ができますわ。しかし、山田先生は見ず知らずの相手にいきなり許可を出すかと言うと、それは難しいかもしれないですわね……」

 

 どや顔でラウラを見下すセシリア。対するラウラの顔には悔しさがにじみ出ていた。

 

「ちっ、戦略的撤退だ! すぐに対策会議を開く!」

 

「……やりすぎるなよ。ではな」

 

 悔しさを顔に滲ませつつも諦めてはいない表情のラウラ。一方千冬は、真耶の許可が下りてしまっては仕様がないと判断し、それ以上追及することはやめていた。

 

「でしたら、その戦略が間違えているのですわ。わたくしが真琴さんの事を一番分かっているのですから。さ、真琴さん。寝る準備はできましたか?」

 

「あ、はい。……よろしくお願いします」

 

 ぺこりと一礼し、真琴はおずおずとベッドに潜り込んでいく。それを最後まで見届けた後、セシリアも徐に真琴が待っているベッドに潜り込むのであった。

 

(ああ……ようやく、ようやくですわ! 真琴さんをこの腕にゆっくりと抱きしめる事が出来ました。明日は良い事が有りそうですわ!)

 

「むぁ」

 

「真琴さん、ゆっくり、ゆっくりとお休み下さい。わたくしが守って差し上げますわ」

 

「んー……」

 

 ごそごそと自分が気に入る位置を探す真琴に、思わず気分が高揚してしまったセシリアであったが、セシリアは今後の事を踏まえ、鋼の理性で耐えた。その晩のすりすりむにむにTIMEは、今まで真耶が建てつづけていた記録を抜いて、堂々の一位に輝いたそうな。

 




―――セシリア・オルコット。許すまじっ……!

―――少佐、その拳銃のメンテナンスは終わっているはずですが……。


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22話 いざイギリスへ

 セシリアの朝は早い。

 

 ……今日に限っては特に。

 

 

(はぁぁ……可愛いですわ真琴さん。どうしてここまで可愛いのでしょう)

 

 現在早朝5時半。普段より一時間以上速く起床したセシリアは、人の温もりをどこまでも求めてくる真琴の要望に答えていた。

 

(睡眠時間が少なくなるのはお肌にとって良くないのですが……この際仕方ありませんわね)

 

 抱き枕という寝具をご存じだろうか。枕の一種だが、頭の下に敷くのではなく、抱くようにしてしようする大型のものを指す。

 

 抱き枕のタイプには色々あるが、今回セシリアが用いているのは真琴タイプ(オーダーメイド)だ。彼女にとってこれ以上ない最高のそれは、至高の睡眠を提供し、目覚めた後もその温もりが絶えることはない。正に良い事ばかりである。

 

 更に時々甘えてくるかの様に顔を埋めて来る彼の仕草を目の当たりにし、セシリアの気分はもう最高潮。このまま何処までも高みに……何処かで見た様な光景だが、ここで彼女の癒されTIMEを邪魔するかのように、プライベート・チャネルが通信受諾のサインを示し、次の瞬間彼女にとって邪魔でしかない人物の声が脳内に響き渡る

 

『起きたのならばさっさと弟君から離れろ。……忌々しい』

 

 一瞬ピクリと反応したセシリアだが、何事も無かったかのように真琴を愛で続けていた。

 

『おい、起きているんだろう? 速く離れろ』

 

『………』

 

『貴様起きているだろう!? 速く弟君から離れろと言っているんだ!!』

 

『嫌、ですわ。それに、真琴さんがわたくしの事を抱きしめて居ますの。ラウラさんは彼を叩き起こそうというのですか?』

 

『やはり起きていたか……! さっさと「離れろと」言っているんだ……!』

 

 扉の向こうから何やらギリギリッ……と音が聞こえてくる。恐らく寝室の前で警備をしている自称姉が必死になって自分を抑えているのだろう。

 

『ふふんっ、順番ですわ。順番。……ああ、可愛いですわ真琴さん』

 

 セシリアの可愛い発言の後、ドアノブが一瞬カチャリと音を建てた。しかし、誰も入ってくる気配はない。外の様子を伺うセシリアの耳に、何やら内緒話の様なごにょごにょとした会話が聞こえてきた。

 

 

―――女狐が……! 眉間に風穴を開けてくれる!

 

―――抑えて、抑えて下さい隊長! ここで事を構えたら外交問題です! 

 

 

―――ぬ   ぐ   ぐ   ぁ   ぁ

    ぐ   ぐ   あ   ぁ   ぁ……!!

 

 セシリアは何も聞かなかった事にし、再び真琴を愛で始めた。……多少、顔が青ざめていた。

 

 

「あら、そんな怖い顔をしていたら真琴さんに嫌われてしまいますわよ?」

 

「誰のせいだと思っているんだ。誰の」

 

「ん~……?」

 

 真琴が右を見やると、何故かとても晴やかな表情のセシリアが。反対をみれば、何故かとても不機嫌なラウラが居た。当事者だが自覚のない真琴は、当然、ラウラに直球をぶち当てる。

 

「何かいやなことでもあったの? ラウラお姉ちゃん」

 

「むっ、いや何でもないぞ。気にするな弟君」

 

 憎らしげにセシリアを睨みつけていたラウラであったが、真琴からパスを受けた瞬間に表情を元に戻し、しれっと彼の質問に答えていた。無論、頭を撫でる事も忘れていない。

 

「弟君は姉の事を心配してくれるんだな。偉いぞ」

 

「うん」

 

「……認めたくはありませんが、見事な撫でテクですわ。梳く様に手を入れるのがコツと見受けられます。これは早々に対処しなければ……」

 

 真琴は目を細めて気持ち良さそうにラウラのそれを受け入れている。そうなると面白くないのはセシリアだ。真琴の手を引くと、ラウラを放置して食堂へと歩を進める。

 

「さぁ、朝食にしましょう真琴さん。軍食(レーション)はお世辞にも美味しいとは言えませんが、ここの食事は評価に値しますわ」

 

「たのしみです。今日はなにがでてくるんでしょうか」

 

「おいこら貴様私を無視するなというか弟君が気持ちよさそうにしているのに何故邪魔をする」

 

例によって、真琴の両隣に座ったセシリアとラウラが冷戦を繰り広げる事となったのだが、千冬を除く全員が生暖かい視線を送っていたそうな。

 

 

 朝食の際に千冬達と合流したセシリア一向は、軍施設の飛行機発着場でイギリスが手配した飛行機を待っていた。その際、ラウラが「私がIS学園に行くまでの間、これを私だと思っていろ」と言い、何かを真琴の手に握らせていた。

 

 そして時刻は午前9時になり、手はず通りに飛行機に乗り込んだのだが……

 

(さて、真琴君のトラウマをどうするかだな……。イギリス政府は例の物をしっかり用意してくれただろうか)

 

 そう、真琴の解離性健忘だ。飛行機に乗るだけなら問題ないが、着陸する際の衝撃などでトラウマがフラッシュバックし、パニックを起こす可能性がある。ここで、千冬は一つの可能性に賭けた。

 

―――着陸する際に真琴の気を引けば良いのではないか

 

 簡潔に言うならば、「着陸の際に真琴君にお菓子を与えてみよう作戦」である。真耶が背後から抱きあげても気づかない程の集中力だ。軽い睡眠薬を混ぜてもいいかもしれないが、それでは余りにも真琴が可哀そうだ。睡眠薬や鎮静剤は、最終手段という事でチェルシーに持たせてある。

 

 この事を前日のうちのイギリス政府に打診したのだが、イギリス陣は、任せろ。最高のスイーツを用意してやる。としか返事をしなかった。

 

 搭乗し、各々好きな座席に着く。相変わらず真琴は座席や飛行機の仕組みに興味津津の様で、目をキラキラさせながら色々弄っていた。その姿を見届けると、千冬も席についたのだが……

 

(何だ、あのバスケットの山は……)

 

 機内に大量のバスケットが鎮座していたのだ。それも、10や20ではない。機内にいる全員で食べたとしても余るであろうそれは、イギリス政府が用意した菓子だと言うことを簡単に連想させる。

 

 全力投球過ぎるイギリス陣営の待遇に、物事には限度があるだろうと言わんばかりに千冬は頭を痛めていた。

 

 

 飛行機がテイクオフしてからしばらくして、真琴は散々弄り倒して飽きてしまったのだろう。どこからともなくノートパソコンを取りだして何やら設計図を弄り始めた。どのISかわからないが、改造案を出しているのかもしれない。もしくは新しいISの構想か。

 

 それを見て、動揺を隠せなかったのは千冬ではなくイギリス陣営だった。ISの開発に携わる者ならば喉から手が出るほど欲しい真琴の頭脳。その頭脳が目の前でフル回転し、ゆらゆらと天秤計りの上で揺れている世界のパワーバランスに分銅を載せているのだ。

 

 「……山田博士は、どのISの構想を練っているのでしょうか」

 

 痺れを切らしたのか、スーツを着用し、いかにも「私は秘書です」というオーラをプンプン匂わせている女性が真琴に話しかけた。彼女は真琴の対面に居た為、ディスプレイを拝む事ができない。真琴の両側にはセシリアと千冬が居るから。

 

「ここをこうして……ああ、でもそうなると今度はこっちが……」

 

「山田博士?」

 

「彼に今何を言っても無駄だ。こうなってしまったらテコでも動かんぞ」

 

「真琴さんの集中力は尋常ではありません。正しい対処を行わなければ、彼の気が済むまでずっとこのままですわ」

 

「ああ、ハッキングなど試みないことだ。このパソコンには彼自作のファイヤーウォールがインストールされていてな。許可がないアクセスには攻勢防壁が反応して、アクセス元のシステムを全て壊してしまうと聞いている。ちなみに、ディスプレイを撮影しようとしても無駄だぞ。特殊なフィルターが張られていて、画面が真っ黒になってしまうそうだ」

 

「自衛手段も独自で構築したのですか……さすがは「奇跡の頭脳」ですね。篠ノ之束が重要視されなくなり始めたのも頷けます」

 

「ぶち壊された基礎理論を構築したのは彼女だからな。それにしても「奇跡の頭脳」か……真琴君はそれ以上の逸材だと世界中が認識したという事だな」

 

 彼女らの会話からも分かるように、現在、篠ノ之束の指名手配は解除されている。せいぜい、VIP扱いになるといった程度だ。確かにISのコアを作れるのは彼女だけだが、それは「今」に限っての話しである。セシリアのブルースカイと改造者の情報は世界中に知れ渡って居る為、そう遠くない未来に真琴がISのコアを作るだろうと各国の政府は予想を立てていた。

 

 当然、その予想に伴い各国の政府が真琴に打診を取ろうと躍起になっている。個人の連絡先は公開されていないため、IS学園に真琴との会談を求める連絡がひっきりなしに来ているのだが、真琴にはそれは知らされていない。

 

 薄々感づいているのかもしれないが、真琴本人がそれに対して何もアクションを起こしていないため、わざわざ此方から行動を起こす必要も無いだろうというのが、IS学園の見解だ。

 

 余談だが、真耶もその対処を行っているうちの一人である。

 

 本来ならIS学園の上層部が対処する問題なのだが、真琴の身内であるという事もあり、真耶が槍玉に上がっている。

 

 真琴が乗っている旅客機が何者かに襲撃されたという情報は、ドイツ軍により世界中に知れ渡っているだろう。複数のISに襲われてもなお、自分たちの国は適切な対処が出来る力を持っているというアピールになるからだ。

 

 それを証明するかの様に、IS学園では現在その対処に追われていた。

 

 襲撃を知った真耶がISを持ち出して出撃しそうになり、学園を巻き込んでの大騒動に発展したのだが、それはまた別のお話。

 

 

 とまぁ世界中から注目を浴び始めた真琴だが、本人はそれを気にしつつも千冬、セシリア、そしてラウラの護衛があるから大丈夫と判断し、特に気にする様子もなく次々に新しいISの構想を練り続ける。すぐ近くに新たな魔の手が忍び寄っているとも知らずに。

 

 

―――ロンドン空港まで後10分―――

 

 

機長のアナウンスが流れた。もうすぐ着陸の為にシートベルトを付けなければいけないのだが、真琴はそれに気付かずにパソコンを弄り続けている。

 

「そろそろか……真琴君、一息付かないか?」

 

 千冬は近くに積んであったバスケットを一つ手に取り、そこからドーナッツを取りだすと真琴の顔のすぐ傍に差し出す。ピクりと反応した真琴はキョロキョロと辺りを伺うと、目の前で甘い匂いを放つドーナッツに一瞬目が行ったのだが、すぐに目線を移動させて信じられないといった表情で千冬の後ろを見つめていた。

 

「ち、千冬さん……」

 

「どうした? 甘い物を食べると疲れが取れるだろう。食べるといい」

 

「いえ、確かにおいしそうなんですけど……」

 

「? どうしたんだ?」

 

 すぐに食いつくだろうと予想していた千冬は内心驚いていた。つまり、真琴の大好きな甘いお菓子以上に興味を引く存在があるという事なのだが、生憎彼女はそれに気づいて居なかった。

 

「あのですね」

 

「なんだ、言ってみろ」

 

「どうして、ニンジンさんが空をとんでいるんですか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、千冬は嫌な予感、というか確信の元、光の速度で振り返った。

 

 

 

 窓の外には、機体後部でアフターバーナーを点火し、火を噴きながら飛行機に寄り添っているでっかいニンジンが存在していたのだから。

 




―――隊長。山田博士に何を渡したのですか?

―――……予備のドックタグだ。


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23話 兎とまーくんと鬼教官

『キャメル1へ。こちらグロスター1 キャメルの左舷に国籍不明の戦闘機……? を確認』

『キャメル1へ。こちらグロスター2 同じく国籍不明の戦闘機を確認』

『キャメル1へ。こちらグロスター3 同じく国籍不明の戦闘機を確認』

『キャメル1へ。こちらグロスター4 国籍不明の戦闘機を確認』

 

 真琴が空飛ぶでっかいニンジンを発見してすぐに、各護衛機から同時に警報が発令される。

 

「何故ここまで気づかなかった! さっさと撃墜しろ!」

 

 旅客機内に怒号が響き渡る。イギリス軍からしたら、とんだ失態だ。たかだか一機の戦闘機? にやすやすと接近を許してしまったのだから。

 

『こちらグロスター1 駄目だ。護衛対象との距離が近すぎる』

『こちらグロスター2 護衛対象が爆発に巻き込まれる可能性が極めて高い。攻撃は無理と判断』

『こちらグロスター3 ミサイル、機銃共に使用不可。攻撃を断念する』

『こちらグロスター4 対象が攻撃をする様子はない。このまま様子を見る』

 

 

 

『はっはっはーっ! 天才の束さんの登場だよ! 束さん特性の光学迷彩とステルス機能を打ち破ることなんて無理無理。攻撃なんてしないから、着陸までこのままランデブーしようよ。ちーちゃん、私と飛ぼうぜどこまでも!』

 

 

 

 音声に一瞬ノイズが混じったかと思うと、千冬にとって聞きなれているが、とてもイライラさせるテンションの女性が乱入してきた。

 

「ふぅ……。やはりお前だったか。おい馬鹿、撃墜されるのは構わんが此方まで巻き込むなよ」

 

『ひっどい! 久しぶりの再会なのにそれはないよちーちゃん。合コンで真っ先にに自慢話するくらいないよ!』

 

 千冬のイライラゲージは指数関数的に上昇を続ける。対する束と名乗った女性、恐らく篠ノ之束だろう。彼女のテンションは下がることを知らない。ここで、横やりが入った。

 

 横で傍観していたイギリス陣営が千冬の知人かと尋ねてきたのだ。

 

「あの正体不明の戦闘機を操縦しているタバネ名乗った人物はまさか……」

 

「……認めたくはないが篠ノ之束本人だ。つい最近まで指名手配されていたISの開発者だ」

 

「束さんはニンジンがすきなんですねぇ……」

 

 見当違いな結論を出して勝手に納得していた真琴だったが、どうやらそれを聞かれていたらしく、物凄い勢いで突っ込みが入った。

 

『ニンジンこそ至高の食べ物! ウサギさんは大好きだし、カロチンたっぷり。そしてなによりウサギさんが大好きだし、何を隠そうこの私もニンジンが大好きなのだぁ!』

 

 何を言っているのか分からない。

 

「黙れ喋るな帰れ消えろ。……全く、なんでこうお前は居て欲しい時に居なくて、居なくていい時は必ず居るんだ」

 

『あれ? ちーちゃんは、私が恋しかったことがあるんだ? ねぇねぇ、いつの話し? 聞かせて聞かせて!』

 

「死ね」

 

 千冬は今すぐにでも目の前から居なくなって欲しいみたいだが、政府からしてみたら考えは全くの逆。このまま篠ノ之束に付いてきて貰えれば、ひょっとしたら真琴と束の共同開発なんていうこともあり得ると考えていた。

 

『あの……着陸まで後5分を切りました。皆さん、座席に座って下さい』

 

 アナウンスを聞き、一同は慌てて席に着いた。そんな中、千冬は真琴に大量のお菓子を与えていた。それを受け取った真琴は、目の前で起きている問題など記憶の彼方にふっ飛ばし、一心不乱にハムハムと食べ始めた。どうやら作戦は成功らしい。そして、旅客機とニンジンは仲良く着陸態勢に入る。

 

 

「やっほほーい! ひっさしぶりーちーちゃん! さぁさぁ、再開を祝って私とハグをしようではなぁ!?」

 

 

 千冬に突撃をかける束だったが、出席簿の角によるダイレクトアタックがそれを阻む。頭が陥没してもおかしくはない一撃だったが、彼女が装着しているウサ耳タイプのヘアバンドが辛うじてそれを阻止していた。

 

「……浅かったか」

 

「酷いよちーちゃん!? い、いくら照れ隠しとはいっても、何気に全力だったよねいまの!」

 

「死ね」

 

「し、真剣白羽取りー!」

 

「チッ……おい、私との再会が嬉しいなら、一撃くらっておけ」

 

「素直になろうよちーちゃん。私の胸はちーちゃん専用の抱き枕だから、何時でも飛びこんで来ていいんだよ?」

 

「……。」

 

「おおっとぉ! 二度も三度も同じ攻撃を食らう束さんではなぁい!」

 

 何時までこの無限ループは続くのだろうか。着陸してから10分。未だに一同は滑走路上に居た。

 

「ち、千冬さん……ほんとうにこのひとが、篠ノ之束さんなんですか?」

 

「ん? ……ああそうだ。おい束、皆に挨拶くらいしておけ」

 

「えー? めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。おわ……ん? んん?」

 

くるりと一回転してから皆を一瞥し、千冬以外誰も居ないかの様に振舞っている彼女だったが、自分以上の天才と言われている人物が視界に入ると、興味を持ち始めてしまった。

 

「おー……おおー。なるほどなるほど、ふむふむ。ウサギでもいいけど猫もいいなぁ」

 

 真琴の横まで歩いてきた束は、そのまま彼の周りをぐるぐると回り始める。それを見ていた千冬はまるで鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていた。

 

 篠ノ之束の世界は、自分の身内で完結していた。それ以外の存在には興味を持たず、話しかけられても冷淡な態度で拒絶の意を示していたのだが……。

 

「少年、名前は?」

 

「あ、はい。山田真琴です」

 

「ふぅん。やっぱり少年が山田少年だったか。論文見たけどね、子供の頃に書いたとはいえ、天才束さんの基礎理論をぶち壊してくれたのはびっくりしたよ」

 

 どうやらこのはた迷惑な兎は、自分の理論を上回った少年が気にかかっていた模様。さすがに今現在では束に軍配が上がるだろうが、真琴はまだ9歳。自分と同じ年齢にまで年と経験を重ねたらどこまで成長するか全くの未知である。ひょっとすると、自分と同等になり得るかも知れないのだ。

 

 コミュ障極まりない束だが、色々思う所が有るのかも知れない。

 

 

 

「んじゃ、まーちゃんね! 君にこれをあげよう、さぁ、装着するのだ!」

 

 彼女はどこからともなくカチューシャを取りだし、真琴にずずいと差し出した。差し出されたものは

 

 

 

 機械仕掛けの猫の耳の形をしたカチューシャ。見かけだけの物では無いのだろうが、紛れも無く、そこには猫耳カチューシャが存在していた。

 

 

 

「……。」

 

「さぁ! さぁ!」

 

 

 

 猫耳カチューシャを手に取り、自分の中で何かと戦っている真琴。それを分かっているのかどうか知らないが、束はニコニコを微笑みながら彼が装着するのを目の前で待っていた。彼女の様子を見て、真耶を思い出していた真琴は諦めてもらうのは無理だと判断したのだろう。大人しく装着することにした。

 

 すちゃっ。

 

 装着すると共に、真琴の視界が一気に広がった。今なら後ろに居る千冬の吐息ですら聞こえるかもしれない。

 

 しかし、空気をぶち壊す事に定評のある束は真琴のそんな驚きを歯牙にもかけず、自分の要求をゴリゴリと押し通してきた。 

 

「やはり束さんの目に狂いはなかった! 良いね、凄く良いね、とっても良いよ! ……さぁ、次は何をするか分かっているね? ハリーハリー!」

 

「……………………………………………………にゃー」

 

 

 ぶはっ

 

 

 一同、鼻から愛が溢れた。

 

 

 愛と言う名の嵐が吹き荒れた後、ウサ耳とネコ耳を引き連れて舞台は移る。現在、イギリス政府の内閣官房室で待機していた。

 

「おい馬鹿、何だこれは。何故こんな物を用意していた」

 

「いやーははは、ショタッ子ていいねぇ。人類の宝物だよ」

 

「質問に答えろ!」

 

 糠に釘、暖簾に腕押し、風になびく柳。千冬がいくら質問をしても束はのらりくらりとかわし続ける。

 

 被害者である真琴はというと、セシリアの上に座り、愛でられていた。

 

「無理です。これは無理です。色々と無理ですわ。これに加えてあのメイド服を着ていたらと思うと……気をやってしまいそうです」

 

 セシリアの頭上に大量のハートマークが浮かび上がっている様に見えるのは気のせいではないだろう。

 

「むむっ、君の事はどうでもいいけど、やっぱり猫耳にはメイド服だね。よーし、束さん頑張っちゃうぞー。色んな耳を用意しようではないか!」

 

「それでしたら、わたくしは様々な服を用意致しますわ。チェルシー、分かっているわね?」

 

「お嬢様……。まぁ、可愛いですから私も賛成しますが」

 

「お前ら……」

 

 悪ノリをする束、それに乗っかり暴走するセシリア。さらに同調するチェルシー。そして、何も見なかった事にして傍観を決め込んでいる国枝。

 

千冬は苦労人なのかもしれない。色んな意味で。

 

「どうやって山田君に報告しろと言うんだ……私の身にもなってみろ。というか束、お前がまさか身内以外に興味を持つとは思ってもみなかったぞ」

 

「うん? いやなんかこう、束さんセンサーにビビビっと来たのさ。ちーちゃんなら分かりそうなもんだけど」

 

「分かってたまるか馬鹿者が」

 

(まぁ、決して悪いことではないがな)

 

 古くから束と付き合いがある千冬は、彼女の異常性を昔から危惧していた。そして、それは世界のパワーバランスを狂わせるという最悪の形で実現してしまい、更には指名手配を受けるという事態にまで陥ってしまったのだが、幸か不幸かその指名手配が外れ、単純に凄腕のIS研究者と見られていることに関しては悪い感情を持つことはなかった。

 

(これも全て真琴君がIS学園に就職してからの事だな……彼にはいくら礼を言っても足りないな)

 

 真琴からすれば、普段から面倒を見てもらっているのだからそんなことはないと否定しそうだが、少なくとも千冬にとっては幼馴染をある意味救ってくれたのだから、否定を否定するだろう。

 

 千冬は、一夏に次いで守る存在を見つけていた。それは彼女を支える大きな力となるだろう。

 

 彼女らが真琴を愛ででいると、奥の大きなドアが開いた。そこには一度はニュースで見たことが有るだろう、イギリス政府の重鎮が数人。そして、彼女らを守るためであろう黒服にサングラスという、これまたベタな格好をしたSPが10人ほど佇んでいた。

 

「よく来てくれた山田博士。……それに、篠ノ之博士」

 

 イギリス政府の挨拶を皮切りに、一同席に着いた。自己紹介を終えた後、真琴とイギリス政府の会談が始まる。

 

 千冬にとって守るべき存在が矢面に立たされた瞬間だ。彼女はどのようにして真琴を守りきるのだろうか。

 




―――ところで束。あの猫耳はなんだ?

―――ん? ちーちゃんも欲しい?


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24話 大人しい奴程、キレると怖い

僕からISを取ったら何が残るんだろう?

僕はただの子供だ

イギリス政府とまともに対話することすら許されない。

今までも、そしてこれからも織斑先生に守られながら過ごしていくの?



―――嫌だ。

そんなのは嫌だ。

織斑先生には悪いけど……ちょっと意地悪させてもらお。

僕が普段から何でパソコンを弄っているのか、教えてあげるよ。


「よく来てくれた山田博士。……それに、篠ノ之博士」

 

「私はどうでもいいんだけどねー。ちーちゃんが行くっていうから付いてきただけだし」

 

「……黙っていろ束。忙しい身だろう、早速会議を始めたいのだが」

 

「それもそうだな。それでは、皆席についてくれ」

 

 イギリス政府の重鎮の一言で皆席につく。皆、表情だけ見れば朗らかだが、その内面では何を思っているのか、互いに知る事は叶わない。

 

 千冬が国枝に合図をした。それを確認すると、国枝は用意していた資料を相手秘書に手渡した。

 

 それはブルースカイの仕様書だった。簡易的な物になってしまうが、事前に準備していた物だ。

 

 これは真琴の許可を貰ってIS学園で事前に準備していた物である。本来ならこういった仕様書などは経済産業省の輸出許可が必要である。しかしIS学園は超法規的存在であるため、その手続きは省略してある。

 

 それを抜きにしても、この仕様書を作成するには相当の苦労がかかった。

 

 何しろ、色々と忙しかった真琴の助けを借りる事が出来なかったため、IS学園に在籍している研究員だけで作成しなければならなかったからだ。

 

 紆余曲折を経てようやく纏まった仕様書だが、ここで国枝のチェックが入る。

 

 修正を再提出を繰り返す事数十回。そうして完成した仕様書の原本は、研究員の手垢と涙で汚れていたのであった。

 

 

「今渡したのはブルースカイの仕様書だ。詳細や疑問点などは、記載されているアドレスに連絡して欲しい。……さて、事後承諾となってしまうが、ブルースカイはイギリス政府主導という事で話しを進めて頂きたい。既にIS学園では生徒達に話しはつけてある」

 

「……ほう? それだとこちらに随分と利益が有るが、事後承諾というのは頂けないな」

 

「よく言う。山田博士の機転がなかったら、今頃ブルースカイの情報は世界中に開示されていたぞ?」

 

「違いない。一つ借りができたな」

 

「結局さー、イギリスってまーちゃんが欲しいんでしょ? はっきり言えばいいのに」

 

「黙っていろ束。……どうした真琴君?」

 

「……。」

 

 剣呑な雰囲気が会議室を包み始める。真琴は腕を組みながら目を閉じ、話しをずっと聞いている。いち早く真琴の異変を察知した千冬が彼の様子を伺うが、真琴が動く様子はない。

 

「真琴君、言いたいことが有ったら言うと良い。代理人を立てているとはいえ、本人が会議に出席しているんだ」

 

「……それでは、ひとつ」

 

 真琴は猫耳を取り外してゆっくりと目を開け、そのまま立ち上がりイギリス政府のメンツを一瞥すると、会議室の奥に設置してあるホワイトボードに歩み寄った。彼が纏う雰囲気は大人のそれと遜色はない。そして、一流の学生を相手に講義する超一流の教授の様に語りだした。

 

「……皆さんはISの本質を見ていますか?」

 

「飛行パワードスーツだ。今はどの国でも軍事転用しているな。抑止力の要と認識しているが」

 

「……やはりそうでしたか。それでは、僕は協力することはできません」

 

「……契約書を破棄すると言うのか?」

 

「それはそのまま履行という認識でいいですよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「技術的な交流を持つ気はありません。あくまでただの交流として契約を履行させていただきます」

 

今まで真琴が見せたことがない刺々しい態度に、一番驚いていたのは千冬だった。

 

「おい、真琴君……」

 

「千冬さん、ちょっと黙っていてもらえますか」

 

「……分かった。何か考えが有るのだろう? 君の意見を言ってみろ」

 

「……それでは、先ほどの続きなのですが、僕が考えるISの本質は「宇宙進出」です。各国の思惑に振り回される様な兵器としては考えていません。セシリアさんのブルースカイはあくまで僕の通過点に過ぎません。そこの所だけはご理解下さい」

 

 真琴が今までと違う面を見せ始めた。今まで溜めこんで来た物が爆発してしまったのだろう。元々彼は頭が良い。加えて、とても早熟だ。普段はぼけーっとしているが、各国の政府やIS学会からのちょっかいを経験し、自分を利用しようという輩を散々見てきた。

 

 更に直接顔を合わせて会話するという機会が、彼の中の何かを刺激してしまったのだろう。

 

 子供と言うのは、相手の漠然とした雰囲気を読むことに関しては大人より上手い。真琴の場合、それに加え類まれなる智謀がある。イギリス政府が今何を考え、何をしようとしているのか手に取るように感じ取っていた。

 

 白衣に手を突っ込み、飄々と答える真琴を見て、誰もが驚きを隠せなかった。束という一人のイレギュラーを除いて。

 

(うん、まーちゃんの事を一目見て分かっていたけど、この子はとっても賢いね。普段ぼけーっとしているのも、周りの空気を敏感に感じ取っているからかな?)

 

「さて、ここまで僕のISについての考えを述べさせて頂きましたが、どなたか僕に共感していただける方は居ましたでしょうか」

 

 普段は周りの流れに身を任せている真琴だが、敵になりそうな輩に対しては冷たい態度を取れるみたいだ。

 

「正直な所、難しいな。私達がそれに賛同したとしても、テロリスト共が賛同するとは思えない。結局の所私達は、自分の国を守る為にISという「兵器」に頼らざるを得ないんだ」

 

「それも一つの答えだと思っています。だから、僕とは平行線。交わることのない二つの線。そう認識していただいて結構です」

 

 真琴は、自分の置かれている立場を的確に理解していた。

 

 それもそうだろう。会議が始まる時点で圧倒的なアドバンテージを持っていたのはこちら側だ。イギリス陣営は、なんとか対等な立場に持って行きたかったのだろう。しかしその目論見は、真琴の「拒絶」というカードで脆くも崩れ去った。

 

 会議が長引くと、それだけボロが出やすくなる。その隙を点かれていろいろ譲歩させてしまうのが、IS学園側としては最も避けたい事態なのである。

 

 それすらも考慮していたのか、真琴はこれ以上話す事は無いとばかりに目を瞑り黙り込んでしまった。

 

 下手に力技を用いてしまえば、真琴を機嫌を損ねる所か、IS学園、日本政府、ひいては世界全体を敵に回してしまう。

 

 間接的に脅迫をして譲歩させた所で、どんな欠陥ISを作られるか分かった物ではない。真琴は既に次世代ISにすら手が届くのではないかといわれている存在。こちらの理解を上回り、理解できないISや武装を作成して、事故や報復に出る可能性もゼロではないのだ。

 

 長期的な目で見ても、今はこれ以上望む事は難しい。それを政府はすぐに理解させられる事となった。

 

 今この場を支配しているのは山田真琴。僅か8歳の幼児にして、奇跡の頭脳の持ち主。

 

「……どうすれば、山田博士は我々に協力して貰えるのだろうか。篠ノ之博士から、何か言っては貰えないだろうか」

 

 何とか彼の独壇場を阻止したいイギリス政府は束に話しを振った。彼女をクッションとして利用することで彼の拒絶を和らげることができなだろうかと判断したのだろう。しかし、束ねは

 

「んー? かんけーないね。私は付いてきただけだから何にも答える気はないよ。話しをするならちーちゃんと話してね」

 

「むっ……」

 

 ますますイギリス政府の立場は悪くなっていく。このままだと、彼の一方的な拒絶で終わってしまう。

 

「では、織斑千冬殿。IS学園の代表として話しを伺いたい」

 

「ISの開発をしている以上、何の問題もないな。……代理人は要らなかったかもしれんな?」

 

「……それでは、イギリスから資金援助をするという事で、考えて頂けないだろうか。先ほども話したが、テロリスト達から祖国を守りたいという気持ちに嘘偽りはないんだ」

 

「じゃあさ、じゃあさ、IS学園の横にまーちゃんの研究所を作ってもらおうよ! そうすればまーちゃんは自分の好きなようにISを作れるし、パツキン達もおこぼれにあずかることができるかもよ?」

 

「束、真琴君抜きで話しを進めるな。……と、言う訳なのだが、どうだろう真琴君?」

 

 収集がつかなくなる前に千冬は彼女らに待ったをかけた。

 

(祖国……国を守りたい、かぁ。僕もお父さんやお母さん達には無事に暮らして欲しいしなぁ。嘘は付いてないみたい。うん、まぁいっか)

 

「それじゃー……、後は千冬さん、よろしくお願いします」

 

 ぺこりと挨拶をすると、彼は会議室を後にする。セシリアが慌てて後を追うが、その時、振り向きざまに彼が何か呟いていた。

 

「……10×10のルービックキューブ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、束のウサ耳がピコン! と起き上った。そして、束は肩を小刻みに揺さぶり始め、ついには大声で笑い出してしまった。

 

「あははは! すごいよ、すごいよまーちゃん! まーちゃんなら本当にコアを作れるかも!」

 

「おい、どうした束」

 

「今まーちゃんが呟いたのはね、ISのコアの1個目のロックを解除した後に出てくる2個目のロックなんだよ」

 

「なっ」

 

「ちなみに、ロックは全部で3個。もちろん時間制限あり! 補助ツールとか使ったら1個目のロックからやり直しになるよ。私でも2個目のパズルは10回やって4~5回解けるかなーってくらい難しいのにしてるんだけど……まーちゃんなら案外あっさり解いちゃいそうだね。ほんとにまーちゃんは面白いなぁ、興味が尽きないよ。あ、ちなみに1個目のロックはちょ~複雑な暗号にしてあるからね、全部で20ケタの暗号だから、頑張って解いてみてね~」

 

 ISのコアという物は完全なブラックボックスになっている。そのコアがどの様に作られているかは全くの謎で、現在知っている人物は篠ノ之束ただ一人。そう、現在は。

 

「彼がラファールを弄っていた時に言っていたことは嘘ではなかったのか……」

 

「織斑千冬殿 彼は認めてくれたのだろうか?」

 

「ああ、一応ギブアンドテイクという事で話しを進めていいという認識で構わない。だが、技術的な交流は難しいかもしれんな」

 

「それは追々、彼に陳謝しにいくさ」

 

「難しいだろうが、せいぜい頑張ってくれ」

 

 残るは事後処理だけとなった。

 

 

「あの……真琴さん?」

 

 真琴を追いかけていたセシリアは、恐る恐る真琴に話しかける、それに対し真琴は

 

「あ、はいなんでしょうセシリアさん」

 

 何時もの真琴に戻っていた。

 

「い、いえ……先ほどは一体どうしてしまったのでしょうか。まるで別人みたいでしたわ」

 

「う~ん……だって、せいふの人って僕の事「第3世代のISを作れる研究者」としてしか見てくれないですし、ちょっとだけ千冬さんと束さんのまねをしてみました」

 

 その言葉を聞いた瞬間、セシリアの頭上に豆電球が灯る。

 

「ああっ……。どこかで感じたことのある雰囲気だと思っていましたが……。真琴さん、もうあんな真似はしてはいけません。大人の黒い世界なんて、真琴さんが気に病む必要はこれっぽっちもありませんわ」

 

 後ろから真琴を優しく包み込むセシリア、彼女からは真琴を心の底から気遣う温かさが感じ取れた。

 

「ゆうこうなしゅだんだと思ったんですけど……セシリアさんがそういうのならやめておきます」

 

「それがいいですわ……さぁ、客間でゆっくりと休みましょう。ああそうそう、これはしっかりと付けておいてくださいな」

 

 すちゃっ。セシリアは彼のポケットにしまってあった猫耳を取りだし、装着すると今度は正面から抱きついた。

 

「ふぎゅっ」

 

 真琴の顔が双子山に埋もれる。そしてそのまま抱えあげられ、二人の影は客間へと消えて行った。

 

 

―――さぁ真琴さん、ゆっくりと羽を伸ばしましょう

 

―――むーっ、むーっ

 




―――ぎゃははは! あれちーちゃんの真似だったんだ!

―――……あれが私の真似、だと?


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25話 ウサ耳(大)+ウサ耳(小)=???

 会談をほぼ一方的に終わらせてしまった真琴であったが、千冬と国枝が上手い事やってくれたらしい。日本政府と同じく、巨額の資金援助を行うと約束をしていた。考えてみれば、ほぼ無償で、まだ試作段階であったイギリスの第3世代のIS「ブルーティアーズ」を完成まで持って行ったのだ。これぐらい褒美があっても良いだろう。

 

 真琴達は帰国する直前までVIP待遇を受け、沢山のお土産も貰っていた。至れり尽くせりである。ああ、羨ましい。

 

 そして帰りの旅客機の中、何やら千冬と束が話しをしていた。

 

「束、何でお前まで乗っているんだ。というか、お前が乗って来た「あれ」はどうしたんだ?」

 

「束さんにかかればそんな問題ちょちょいのちょいだよちーちゃん。自動的に私の研究室まで帰るように設定してあるから何も問題なし!」

 

「……そうか、それでは、もう一つ質問だ。何故、このタイミングで乱入してきた?」

 

「んふふ、いっくんのISを改造し終わった後暇だったんだよね。だからドイツでのプライベートチャネルをこう、ちょっとね?」

 

要約するとこうだ。

 

 

 

 

暇だったから遊びに来た

 

 

 

 

 余りの束の物言いに、飽きれて千冬は返す言葉が見つからない。とりあえず、出席簿でウサ耳カチューシャを装備している頭を圧縮していた。

 

「ぬおお……ちーちゃんの愛が痛い」

 

「ちょっと、じゃない。この馬鹿が。一回、いや百回死ね」

 

「機嫌直してよちーちゃん。いっくん強くしてあげたんだからさー」

 

「そういえばそんなことを言っていたな。……やりすぎてはいないだろうな」

 

「んふふー。知りたい? ねぇ、知りたい?」

 

「僕がしりたいです。どのように改造したんですか?」

 

 それまで黙ってセシリアに愛でられていた真琴だったが、束が作りだしたIS、更にそれの改造となっては黙っていられなかった。

 

「んん~? 気になるまーちゃん? 知りたかったらちょっとこっちにおいで」

 

「……つぎは何の耳をつけるんですか?」

 

 束、真琴に先手を打たれる。

 

「……おい、束」

 

「いーじゃんいーじゃん。まーちゃんは何の耳を付けても似合うって!」

 

「……ま、いっか」

 

 何時もの口癖と共に真琴は束の元へ歩いて行く。そして彼女の手が届くか届かないかという位置まで歩いて行った時、一瞬で耳が切り替わった。その耳は、束と同じ箒センサーが付いているであろうウサ耳であった。

 

「これで束さんとお揃いだねまーちゃん! その耳にはまーちゃんを助けてくれる機能が色々とついてるから、きっと役に立つと思うよ?」

 

 さて、今の真琴の出で立ちを確認してみようか。

 

 彼が着用しているのは、IS学園指定のブレザーと半ズボン。その上に白衣を着ている。

そして、極め付けは束と同じウサ耳。ネコ耳とは違ったベクトルで相手のきゅんきゅんメーターを上昇させるであろう。……束がどうして様々な種類の耳を持っているのか、それは誰にも分からない。

 

「よしよし。それじゃ、いっくんのISの改造についておねーさんとお話しよっか。まーちゃんの意見も聴かせてほしいなぁ」

 

 

 白式の基本コンセプトは近接高速戦闘型だ。幸か不幸か、千冬の専用機である撃鉄と全く同じである。しかし、相違点はある。

 

 白式には撃鉄の様なオーバードライブはない。代わりに、相手のバリアーを無効化できる「雪片」がある。

 

 真琴は白式のスペックの説明を一通り受けた後、目を閉じて静かに脳の回転速度を上げ始めた。束はそれをニコニコと微笑みながら見つめている。どういった答えが出てくるのか楽しみにしているみたいだ。それはまるでおやつを待っている子供そのもの。

 

 そして10分は経ったであろうか、徐に目を開けた真琴は束に質問を投げかける。

 

「……もんだいとなるのは、エネルギーのこうりつですね。雪片はこうげきするときに自らのエネルギーをたいりょうに消費するみたいですし。となると……う~ん」

 

「実はねまーちゃん。いっくんはまだ白式を完全に使いこなせてないから、完全に改造はしていないんだこれが。まーちゃんなら、どういう風に改造する?」

 

「いまのだんかいでどれくらい改造しているのか、ぐたいてきに教えていただかないとなんとも……」

 

「うんうん。それじゃ、話しを続けよっか」

 

 続けて、改造を施した白式について語りだした。

 

「いっくんの白式はね、さっき言った通り、燃費がすっごく悪いんだ。だからね、箒ちゃんにその問題を解消するためのISをあげようと思ってるんだけど、これがまだ完成してなくてねぇ。そのための繋ぎって事で、自ら大気中に存在しているエネルギーの元を吸収する装置を組み込んでみたんだ」

 

「……それなら、一時的にもんだいはかいけつしますね。回路のにゅうりょく部分に増幅器でもいれたんですか? 後、IC部分にも過負荷をかけてるかもしれません。充電部もいじってそうです。それだと、機体にかかる負荷もおおきくなってしまうような」

 

「だから、一時的なんだよまーちゃん。まーちゃんの想像していることはだいたい合っていると思う」

 

「……雪片をつかうためのしょち、ですか」

 

「いっくんはねー、本当ならそこに居るパツキンとの模擬戦で一次移行(ファースト・シフト)するはずだったんだ。いっくんならそれぐらいできると思ったんだけど……まーちゃんが改造したイギリスのISが思いのほか強くってね、ポックりいっちゃった」

 

「ポックり……。僕がつくったISはどうでした?」

 

「まさかあんな速い段階で第3世代を完成させられるとは思ってなかったよ。だから、まーちゃんの事は前から気になっていたんだよ。で、まーちゃんが白式の改造を手伝ってくれたら面白い事になりそうなんだよね。何かいい案ない?」

 

 相変わらず束はニコニコと真琴を見つめている。対する真琴は、改造案を出してくれを言われて今までの情報を整理していた。

 

「とりあえず机上の空論ですが、しょうひエネルギーのさいてきか、スロットのぞうせつ、全身装甲化(フルスキン)によるぼうぎょりょくのこうじょう、……あと、コアのぞうせつ」

 

コアの増設と聞いて、束のウサみみがピクりと動いた。

 

「ねぇまーちゃん。コアは世界に467個しかないんだよ? おいそれと使えないと束さんは思うなぁ」

 

「……もってるんじゃないですか? 今。あんがい、僕のうさみみにもはいってたりして」

 

「ななななな何を言っていりゅのかま? なーちゃんは!? そんな事する訳ないじゃないか~」

 

「おい、あからさまに視線を逸らして口笛を吹きながらごかましても説得力がないぞ」

 

 千冬から冷静な突っ込みが入った。束の視線はあっちへこっちへとせわしなく動き、汗をダラダラを流している。これで信じろというのが無理というものだ。

 

「なんか考えごとをするとき、やけにしこうがクリアになるんです。それと、ドアのむこうにいるパイロットさんのかいわも聞こえます」

 

「そ、そーかそーか! それは良かった! じゃ、白式の改造案をだしていこー!」

 

 強引に流れを戻そうとする束であったが、ジト目で無言の抗議を続ける千冬と真琴を前にし、冷や汗は留まる事を知らない。

 

「……まぁ、いいですけど」

 

「うんうん、それがいいよ! それじゃー机とパソコンを用意しよう。そうしよう!」

 

 

 雰囲気は真面目な物に取って替わり、セシリアは席を外した。束が拒否したのだ。身内や、自分が気に行った相手以外に見せたくないのだろう。

 

「それじゃー白式の設計図を今表示するね」

 

 フォン という音と共に空中に表示されるディスプレイ。そこには、絡まった毛糸の玉の様な配線図や回路図、部品情報が一気に現れた。それと同時に真琴の瞳から光が失われ、無表情になり、なにやらぶつぶつと呟きながら自分のパソコンに情報を入力し、計算を始めた。

 

 

 

 奇跡の頭脳と呼ばれた神童が、三度専用機の解析を始めた。

 

 

 

「入力回路は既存の物と遜色なし。素子の定数に若干の変更箇所あり。入力回路の後に変換回路、その後に再び変換回路を介し、ノイズを吸収し、極限まで減らしている。ノイズを軽減する際にエネルギーも吸収している可能性あり。ICへと続く回路はパターンを強化し、一時的なエネルギーの増大にも対応している。ICからアースへと続く回路には既存のISと比べて大きな変化は見られない。ICの横にHICを発見。HICの情報を検索……3件HIT。内2件は死フラグ。HICは3つの特殊な回路を組んだものであり、この場での解析は難しいと判断。HICが放出する温度を計算……算出結果は60℃ 熱に若干の問題あり。続いて二つ目の基板に移動……基板どうしの配線は全部で15本。発生したノイズが配線に載る可能性あり、要検証。……コアからノイズ? CPUとICとコアがお互いに干渉している可能性あり」

 

 誰にも聞き取れないような小さな声で何やら解析結果を呟いているが、束以外に聞き取れている者は居ない。束お手製のウサ耳が、聞き逃してしまうような小さな音も漏れなくキャッチしていた。

 

(……やっぱり、すごいねまーちゃんは。今の所私が危惧していた問題を全部見つけてる。まーちゃんが成長したら、どんなISを見せてくれるんだろう、楽しみだなぁ)

 

 束も空中に展開した配線図や回路図を見ているが、意識は真琴へと向けていた。

 

 

 解析を続けること4時間。真琴は一通りの解析を終えた後ゆっくりとディスプレイから目を外し、所感を述べようとした。その時束から声がかかる。

 

「解析おわった? まーちゃんの考えを束さんに教えて欲しいなぁ。 何を考えてたのかな?」

 

「色々とけいさんしてみました。今のところ、見つけたもんだいてんはみっつ。エネルギー効率、HICの熱、そして配線にノイズがのるかもしれないという点です」

 

「……うん、うん。そうだね。それは束さんも見っけてたんだけど……それだけじゃないよね?」

 

「と、いうと?」

 

「まーちゃんさっきさ、コアとCPUとICの関係を危惧してなかった? それについても教えて欲しいんだけど、だめかな?」

 

「……国枝さん、ちょっとせきをはずしてもらえませんか」

 

「そーそー、30過ぎて婚期を逃したオバサンはどっかいってよ」

 

「おばさっ……私としては是非とも知りたいのだが……篠ノ之博士が開発者だからな。仕方ないか」

 

若干目に憎しみの感情を宿していた気がしないでもないが、国枝は溜息をつくと、彼女は機体後部へと続くドアを開けて、そのまま立ち去って行った。

 

「……束さん、このコア、僕がいままでみてきたコアとちがいます」

 

「どう違うのかな?」

 

「ふつうのコアだったら、僕はすでに第2のセキュリティもとっぱできます。ですが、このコアはひとつめのセキュリティではじかれてしまいました」

 

イギリス政府との会談が終わってから、真琴はずっと10×10のルービックキューブをバラしては揃え、バラしては揃えという動作を繰り返していた。常人だったら3×3のルービックキューブですら解くのは難しい。解法が分かっていたらその限りではないが。

 

第2のセキュリティの制限時間は一時間。真琴は僅か三日で記録を56分にまで縮めていた。

 

「これほどまでにげんじゅうにセキュリティが掛っているとなると、何かとてもじゅうような情報がはいっていると僕はかんがえています。それこそ、全てのコアの元となる情報のようなものが」

 

「おい束、まさか白式のコアは」

 

「……まさかここまで短時間でそこまで到達するとはね。束さん、ちょっとびっくり。やっぱりまーちゃんは面白い。頭の中見てみたいなぁ」

 

「はぐらかすな。まさかとは思っていたが……」

 

「ちーちゃんの思っている通りだよ。白式には、白騎士に搭載していたコアを使っているんだよ。まぁ、そんなのはどーでもいいよ。今は白式をどう改造するかだよね、まーちゃん」

 

「え? あ、はい。……そうですね。いまのもんだいを全部かいけつしたとして……燃費はいままでと比べて30%くらいかいぜんされるのではないかと」

 

「30%かぁ……もうちょっとなんとかならないかなぁ」

 

 千冬の追求を上手い事かわし、再び白式のシミュレーションに戻る二人。千冬は概要を理解するだけで精いっぱいだった。

 

(束と互角以上にやり合うとはな……。もし、もしこの二人が協力してISを作ったとしたら、果たして第何世代のISができるのだろうか)

 

「やはり雪片のエネルギーしょうひがもんだいだと思うんです。いっそのこと外部きょうきゅうできたら……」

 

「んー……、それは今白式に施してる手法を雪片にも使うってことでいいのかな?」

 

「はい。大気中のエネルギーをしゅうそくさせ、ないぶエネルギーの消費をおさえることができれば、だいぶ変わるとおもうんです」

 

「収束砲ならぬ収束剣か……なんかかっこいー気がする! 光の粒子を集めながら輝く雪片! いいよ! すっごくいいよまーちゃん! 雪片はそれでおっけーね!」

 

「イメージ・インターフェイスを用いて収束できるようにすれば、だいぶねんぴも良くなるかとおもいます」

 

「それじゃ、雪片はいっくん式のO☆HA☆NA☆SHIができると言うことで、次は白式本体だね」

 

「う~ん……スロットのぞうせつができれば、雪片いがいにもなんか装着できるんですけど……。EEPROMとかつけてみたらどうでしょう」

 

EEPROMとは、CPU、つまり機械でいう頭脳を補佐する役割がある。コンピューターなど電子機器でデータを保存する格納領域として使われている。

 

「なんでEEPROMが必要だと思ったの?」

 

「はい、白式はものすごくせいのうが高いです。それなので、CPUやコアだけではしょりしきれずに、はんのう速度にじゃっかんのおくれが出ているかのうせいがあります」

 

「……なるほどー、そこまで束さんは考えてなかったなぁ。確かにコアは古いからね」

 

「ですので、CPUやコアでしょりしきれない情報をEEPROMでかたがわりしてあげれば……」

 

「まだ何とも言えないけど、試す価値は大ありだね……これは飛行機から降りたら束さんの研究室にちょっこーかな。ワクワクしてきたぞー!」

 

「おい待て、せめて2~3日間を開けろ。真琴君は子供なんだ、体力が持つ訳がないだろう。どうしてもすぐに改造したいのならISの研究室でやれ」

 

「ゑー? ……しょうがないなぁ」

 

二人の天才が全力で開発するIS、その正体はいまだに霧の向こうだが、おぼろげながら白式の輪郭が見えてきた。

 




―――国枝主任? 打ち合わせは終わったんですか?

―――いや、まだ終わっていないよ。……おばさん、か。


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26話 帰国

「まーくん!!!」

 

 

 真琴達が空港のゲートを通ると、真耶が光の速さで真琴に抱きついてきた。そしてそのままマッハうりうりを始める。 無理もない、昔から溺愛してきた弟がようやく帰国したのだ。

 

 想像して欲しい。自分の命よりも大切な者が危険に晒された後に帰って来たのだ。家族が意識不明の重体に陥り、ようやく目覚めた時の感覚とでも言えば分かるだろうか。

 

 襲撃に会ったという事実は千冬の手によって真耶に伝わっていた。真琴の記憶がないという事も含めて全て。

 

 そして、周囲の視線を気にすることなく、彼女は真琴を抱きしめたまま静かに涙を流す。

 

「まーくん……やっと帰ってこれたね……お帰り……お帰りまーくん!」

 

「お、お姉ちゃん?」

 

 一方真琴は、何事かと言わんばかりに頭上に大量の疑問符を浮かべていた。ウサ耳をぴこぴこと動かしながら。

 

 どうやらこのウサ耳、装着者の意思に反応して動くらしい。恐らく感情が揺れ動く際の脳波をキャッチして動作するようにプログラミングされているのだろう。さすが天災、力を注ぐ場所を盛大に間違えている。

 

 真琴を抱きしめたまま一向に動く気配を見せない真耶を見て、申し訳ない気持ちになってしまった千冬だが、気を取り直して真耶達に語りかける。

 

 「山田君、気持ちは分からなくもないが、真琴君も疲れている。速く学園に戻らないか?」

 

「ゑー? つまんないよちーちゃん。 早く私のラボにいこーよ! いっくんの白式を改造したいなぁ」

 

「し、篠ノ之博士……真琴さんは病み上がりです。無理強いしたら彼が体調を崩してしまいますわ」

 

「むー……パツキンの言うことも一理あるかぁ。しょうがないなー、それじゃあ少ししたらまた遊びにいくかぁ。まーちゃん、白式の改造楽しみにしててね! ばっはは~い!」

 

「あ、おい束!」

 

 千冬の制止する声も空しく、彼女はすったかた~と陸上選手も真っ青な速度で走り去って行った。……靴にも何らかの改造が施されているのだろうか。

 

 

 束が立ち去った後、一向は学園に戻っていた。その際、真耶を除いた教員一同は報告書を作成しなければならないという事で、職員室へと一人向かって行った。

 

これで残るは真琴、真耶、セシリアの3人。とりあえず積もる話しもあるだろうと、3人は真耶の部屋へと歩を進める。

 

 

「セシリアさん……この度は真琴を守って頂きありがとうございました。身を呈して庇ってもらったみたいで……」

 

「……正直、あの時は無我夢中でしたわ。泣きじゃくる真琴さんを見て、居ても立ってもいられませんでした」

 

 真琴が眠たいと言いだし昼寝を始めてしまった為、残された二人は出張の件について話し合っていた。

 

「私、セシリアさんの事を誤解していました。てっきり自分のISを強くしたいが為に真琴の事を狙って居たのかとばっかり」

 

「確かに、始めて真琴さんとお会いした時にそういった考えが全くなかったと言えば嘘になります。ですが……己が身を顧みずにわたくしのISを改造して下さる姿勢を見て、己を恥ました。彼は立派な紳士ですわ。紳士に対して貴族であるわたくしがそのような邪な目で見る訳がありません」

 

 どの口が言うんだか。と突っ込みたくなるが、真琴が襲撃に会った際一番感情を顕わにしていたのはセシリアだ。あながち嘘という訳でもないだろう。

 

「正直にいうと、今でも真琴にアプローチをかけてくる生徒達は後を絶ちません。チェルシーさんとも色々話しましたが、それならば学園に居る間にはセシリアさんにボディーガードをお願いしようかと思っていたんです」

 

「……と、言いますと?」

 

「今の真琴に恋愛云々の話しは早すぎます。……釘をさしておきますが、どんなにアプローチをかけてもただのお姉ちゃん的な存在としか思ってくれないですよ? もちろん、一番はダントツで私です。越えられない壁の向こうにその他、セシリアさん達が居ると思って下さい」

 

「ボディーガードの件については引き受けますわ。今回の出張でわたくしも色々と学びました。学園とはいえ、どこに真琴さんを狙う輩が居るか分かったものではありません」

 

「教員を除いて真琴が一番懐いているのはセシリアさんなんです。く れ ぐ れ も ! 真琴を邪な目で見ては駄目ですよ? 期待を裏切らないでくださいね?」

 

「わ、分かっていますわ。……有事の際には、わたくしが真琴さんのお世話をする分にはかまいませんの?」

 

「恐らく、これからしばらくの間は忙しくなります。真琴は8時には帰宅して、遅くても11時には寝かせなければなりません。……どうしても私が帰れない場合に限って、セシリアさんにお願いする場合があるかもしれません」

 

 真耶の妥協案に、セシリアは内心ガッツポーズを決めていた。一体、真耶に何が有ったのだろうかと疑ってしまうくらいに。それ程までに今回の一件によるショックが大きかったのだろうか。

 

 「それにしても、真琴を守るためとはいえ3体のISを相手に一人で突撃をかけるなんて無茶はしないで下さいね。織斑先生もいたんですから」

 

「え、ええ……」

 

(わ、わたくしはそんな事は致しておりませんが……。チェルシー、一体何を言ったというの?)

 

 話しがおかしな方向に傾き始める。セシリアにとっては僥倖という他ないのだが。

 

 

 

 結局、二人の話し合いは真琴が目を覚ますまで続いた。

 

 

 そして夜になり、真耶と真琴は風呂に入ろうとしたのだが

 

「ぴぇ!?」

 

「!? どうしたのまーくん!」

 

 一足先に浴室に入りシャワーを浴びようとしていた真琴から奇声が発せられた。それを聞いて真耶は急いで浴室にかけ込んだのだが。

 

「お、お姉ちゃん……おゆがでない……」

 

 すっ裸で内股気味になりプルプルと震えながらシャワーノズルを持ち、泣きそうな顔で真耶を見つめる真琴。一瞬真耶の意識が吹っ飛びかけるが、瞬時に給湯関連の故障と判断して真琴の体を拭き始めた。

 

「とりあえず服を着よっか。ん~……このままだと風邪を引いちゃうから、お姉ちゃんと一緒に大浴場に行く?」

 

「さむい……」

 

 真耶はプルプルからガタガタに変わり始めた真琴を見て、一刻も早く何とかせねばと他の事象を全て頭の彼方へとふっ飛ばし、震える真琴をバスタオルで包み、抱きかかえて大浴場へと走り出した。

 

その時の彼女はスーパーなキノコを食ったのではないかという程早かったと追記しておく。

 

 

 

 

 そして大浴場に到着し、好奇の視線に晒されるのを全力でぶっちして急いで浴場へと突撃、素早く書け湯をして真琴を浴槽へと浸からせた。

 

 

 本来なら女性のみの大浴場だが、真耶から緊急事態だという説明を受け、生徒や教員達は納得していた。異性に興味を持たない子供ということもあり、皆特にそちらの方面で気にするという事はなかった。

 

 これが小学生の高学年ともなれば話しは別だが、真琴はまだ低学年。身長も125センチしかない。

 

「ふぁ~い……」

 

 浴槽に浸かりとろとろに蕩ける真琴を見て、女性達は大いに和む。すべすべほっぺを紅潮させながら微笑みを浮かべる真琴は天使そのもの。

 

 遠目で彼を見て和む彼女らであったが、そんな中、一人の少女が真琴を見つけて彼に歩み寄った。

 

「あら? 真琴さんがどうしてここに?」

 

 セシリア=オルコットである。運が良いのか悪いのかよく分からないが、入浴時間が重なった。そして、準備を終えた真耶も浴槽に浸かり真琴の元へと向かう。

 

「ああ、自室のお風呂が壊れてしまったみたいで……まーくんが水を被ってしまったんです。そのままだと風邪をひいてしまうんで、皆には申し訳ないんですけど大浴場を使わせて貰ってます」

 

 通常、風呂の修理と言うものは修理や部品交換などを含めると数日かかってしまう。そのため、これから数日は大浴場を使うということになる。

 

「それはお気の毒に……。真琴さん、ゆっくりと体を温めて下さい」

 

「はふぅ……」

 

 コクコクと頷く真琴。相変わらず天使である。

 

 ここ最近、セシリアの鋼の精神はより強固さを増している。初めこそ素っ裸の真琴を見て鼻から盛大に愛を噴き出していたが、今は母親が子供を見る様な微笑みを彼に向けているだけである。しかし、今彼女の内面はというと

 

 

(落ちつくのですセシリア=オルコット真琴さんは今仕方なく大浴場に来ているのです彼はまだ子供何の問題もありませんわ決して邪な考えがある訳ではないでしょうそれにしてもすべすべですわね真琴さんのお肌は不思議でなりませんわこのすべすべぷにぷに具合は子供特有のものなのでしょうかもしそうだとしても真琴さんの肌触りは特別の様に感じられますわたくしは普段からケアを欠かしてないいうのに真琴さんの肌はそれの上をいっていますなにか秘密があるのでしょうか今度真琴さんに聞いてみるとしましょう……ああ、可愛いですわ真琴さん)

 

 

 崖っぷちで戦っていた。

 

 

 

 入浴後、真琴は湯上りたまご肌を真耶にすべすべされながら自室へと向かっていた。その際セシリアが羨ましそうな表情をしていたが、すっかり温まった真琴が気づくはずもなく、ルンルン気分で部屋へと帰宅する。

 

 そして時刻は午後11時前。何時も通りパジャマ姿の真琴は目を擦り始める。ちなみに今回のパジャマはくまさん柄だ。真耶が選んだのだが、これ以外にも様々なパジャマがある。もちろん、全て真耶の見立てだ。

 

「それじゃまーくん、一緒に寝よっか」

 

「うん」

 

 何時もと変わらない動作で真耶にすり寄る真琴。お気に入りの位置を探してゴソゴソと動いたあと、気に入った位置を見つけた真琴はぴたりと動きを止め、静かに寝息を立て始める。どうやら、よほど疲れていたのだろう。数時間昼寝をしただけでは足りなかったみたいだ。

 

(ふふっ……まーくんとこうして寝るのも久しぶりだなぁ)

 

久しぶりの真耶のすりすりむにむにTIMEは、セシリアが打ち立てた記録に匹敵したそうな。

 




―――すぅ……すぅ……

―――おかえり、まーくん


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27話 ワーカーホリック

「しゅに~ん! もう限界ですよー!!」

 

 麗らかな陽光が差し込むIS研究所に研究員の悲鳴が響き渡る。一体何事かと国枝が確認を取ると、どうやら現状だと圧倒的にマンパワーが足りないらしい。

 

 真琴がイギリスから帰国して数日、彼は色々なISの改造、もしくは新しいISの発案に着手していた。

 

 今行わなければならないと確定している案件は、白式の改造、撃鉄弐式の最終調整、先日改造を施したラファール・リヴァイヴmk2の最終調整、そして、新しいISの構想である。現在IS学園の研究所に勤めている研究員は真琴を含めて30人。これら4つの作業を並行して行う事など限りなく無理に近いと言うのが正直な所だ。

 

 ISの回路設計、レイアウト変更、及びに運転試験を全て行うとなると、一つの案件につき最低でも20人は欲しい。回路図やレイアウトの変更などは真琴が一手に引き受けているとはいえ、試験項目は膨大である。

 

 前々から国枝は気づいていたのだが、真琴のイギリス出張が丁度重なってしまい対処出来ないでいた。

 

 ここで国枝はこの問題を真琴と相談、すぐに解決に向けて学園長や教頭と会議を開いた。

 

 

 永い議論の末に打ち出された結論は、「新しく研究員を雇用、及びIS学園に在籍している生徒で技術系に進む予定の生徒のインターンシップ」だ。

 

 今の研究室だと、せいぜい50~60人の収容が限界だろう。そこで真琴と国枝は、IS学園を通して日本政府とイギリス政府に新しい研究所の建設を要請した。

 

 先方はこれを快諾。日本政府が建てる研究所と、イギリス政府が建てる研究所、合わせて二つの研究所が併設されることとなった。

 

 これで三つの研究所が設立されるため、学園は部門毎に研究所を分けることにした。

 

 一つ目は、既存のISのコストダウンや能力の向上を目的とした「第2世代IS研究所」

 

 二つ目は、イメージ・インターフェイスを始めとする第3世代のISの研究を目的とした「第3世代IS研究所」

 

 そして三つ目は、第4、第5世代を始めとする次世代のISの基礎研究を行う「次世代IS研究所」である。この研究所は便宜的にその名前を冠しているが、実質真琴のみの研究所である。

 

 今現在在籍している研究員にアンケートを取り、各々が希望する研究所に主任技術者として配属させる予定だ。国枝は3つの研究所を統括する所長となる。

 

 基本的に技術力が有る者程、上位の世代の開発に携わることができる。新しく雇用される研究員は能力テストを受け、それに応じた研究所に配属。インターンシップで入って来た学生に関しては、例外なく第2世代IS研究所でISの基礎を学ぶこととなる。

 

 必然的に元から居た研究員は上位世代の研究所への割合が増える。その代わり、新しく雇用される研究員や学生達は第2世代IS研究所への割合が増える為、人数的に見ると意外と均等に振り分けられるという予想を立てる事ができた。

 

 学園側はすぐに大々的に雇用とインターンシップの募集を開始。するとどうだ、世界各国から応募が殺到した。その数、何と実に6桁。

 

 インターンシップの対象となる2年生と3年生からは、実に全生徒数の4割に及ぶ100人が応募。それと言うのも、学年でみると専用機持ちは1学年で2~3人しかいない。IS学園を卒業できたとしても、国家代表にでもならない限り専用機を持つ事は難しい。将来的に考えても、IS学園で研究者となった方が得策だからだ。ならば今の内にISの基礎理論を理解し、IS学園の研究所に就職出来なかったとしても各々の国の研究所に就職できる可能性を高めようと考えてもなんら可笑しくない。

 

 インターンシップについては問題なく事は進んだ。問題は、正式雇用だ。

 

 ISの知識については世界最高峰と言われているIS学園の研究者の収入は偉く高い。就職一年目で年収が1000万に届くかというレベルだ。中途採用の場合、能力に応じてそれにプラスαが加算される。

 

 そのため、下手に雇用数を増やすと人件費が一気に増える。真琴の存在が発覚してから、各国からの資金援助の声が次々に寄せられているが、全てを受けている訳ではない。研究費などを考えると、下手に雇用できないのだ。

 

ウン万人という募集の中、募集人数は120人と決められた。これで丁度250人となり、多少バラ付きはあるが新しくできる第3世代IS研究所に200人配属、既存の研究所に50人させることができる。

 

200人が入れる研究所となると、建築にかかる期間はそれなりに長くなる。しかし、日本とイギリスの政府は他の案件を全て後回しにし、最高の設計業者と建築の人員と資材を総動員させて突貫工事に着手していた。突貫と言えども、その信頼性は確かだ。

 

 要請をした翌日、各政府から夏までには全ての工程が終わると通達が有った。現在4月の半ばなので、およそ2~3カ月で終わると言う計算になる。通常では考えられないペースだ。恐らく防音のドームを作り、24時間体制で着手するつもりなのだろう。

 

これで研究所の目途は立った。次に問題となるのは設計したISの部品を調達する資材購買や、部品(特に外装関係)を作る部門だ。今は全て外注で外装を作っているが、これでは時間がかかる。そのため、IS学園のすぐ横に資材・外装部門を立ち上げることにした。

 

これもIS学園が各企業に募集をかけた所、応募が殺到。後日抽選が行われる事となった。

 

こうして、急ピッチでIS学園の研究所の拡大が行われ始めた。

 

 

「ふあ~あぁぁ……」

 

 時刻は8時20分。真琴は1年1組の教室で授業の準備をしている。それというのも、次の授業は社会のため、必修科目なのだ。世界のIS情勢は物凄い勢いで遷移しているため、教科書は余り役に立たない。そのため、椅子に座って足をぶらぶらとさせているだけなのだが。

 

 その時、真琴に近寄る影が一つ。外見から察するに一年生の女子。長い髪の毛を左右それぞれ高い位置で結び、金色の留め具で固定している。

 

 よく見てみると、制服を少し改造しているみたいだ。有る程度のアレンジなら認められている為、自分の好きな様に改造することができる。が、元の制服のデザインが秀逸なため、余り改造を施す生徒は居ない。

 

 彼女は真琴の横まで行くと、ぽんぽんっと彼の肩を叩く。

 

「ねぇねぇ、あんたが山田真琴?」

 

「ふぁ? あ、はい。そうです」

 

 真琴が見上げた先には、日本人にしては少し鋭角的だが、どことなく優しい印象を受ける目をした少女が立っていた。

 

「あたしは凰鈴音! 中国の代表候補生よ。よろしくね!」

 

「は、はい。よろしくお願いします凰さん」

 

 凰鈴音と名乗る少女が何の躊躇もなく真琴に話しかける様子を見て、クラス中の生徒が無関心を装いながらも様子を伺い始めた。

 

「ちょ~っとお願いが有るんだけど、いい?」

 

「あ、はい。どういったご用件でしょうか」

 

「いやさー……この前襲撃を受けた時にね、ちょっとISが壊れちゃってさ。一応直ったんだけどなーんか調子がでないのよね。そういうのって、この学園の研究者が見てくれるんでしょ?」

 

 真琴達がイギリスに出張している際、一夏と鈴の間でひと悶着あった。クラス対抗戦で決着をつけようという事になった所までは良かったのだが、謎のISによる襲撃があり、クラス対抗戦は無効になってしまった。その際に一夏は負傷、一夏と鈴のISは損傷してしまったらしい。

 

「きほんてきにはそうですが……ん~……ちょっと待ってくださいね。いまスケジュールをかくにんします」

 

 真琴のスケジュールという言葉を聞いて、鈴の眉間に皺がよる。

 

「何? 真琴って子供なのにそんな忙しいの?」

 

「う~ん……つぎのISのかいはつがありますから」

 

 真琴と鈴が会話をしていると、それを良しとしなかったのか、セシリアが二人の間に割って入った。真琴への下手な干渉は禁じられている。真耶からボディーガードを依頼されたとあってか、真琴へとアプローチをかける生徒を見かけると、セシリアは警告を告げている。

 

「ちょっとよろしくて? 凰鈴音さん」

 

「……誰? あーちょっとまって、今思いだすから」

 

ひくくっとセシリアの眉が引き攣った。

 

「……思いだした! ブルースカイの搭乗者よね、確か」

 

 あまり他の国に興味がない鈴であったが、編入する前に中国政府から要注意人物と聞かされていた為、記憶の片隅に残っていた様だ。

 

「その通りです。わたくしセシリア=オルコット。イギリスの代表候補生ですわ!」

 

「いやー……あんたはどうでもいいんだけど、ブルースカイはこの目で見てみたいわ。後で模擬戦しない?」

 

「んな!? 言うに事欠いてわたくしをどうでもいいと言うのはどういうことですの!?」

 

「そりゃそうよ、代表候補生なんていっぱい居るじゃん。それに比べてブルースカイは第3世代の完成系とまで言われたISじゃん? そっちのが当然気になるっしょ」

 

 まぁ、正論である。確かに代表候補生は一人という訳ではない。加えて、鈴も代表候補生である。対等な立場にいる二人だからこそ成り立つ会話なのだが……。

 

「と・り・あ・え・ず! 今真琴さんへの下手な干渉は禁じられています! ボディーガードを依頼されている身として、ISの改造を依頼する事など認める訳にはいきませんわ!」

 

「ISに触れない技術者なんて意味ないじゃん、IS弄ってなんぼでしょ。それにセシリアだっけ? あんたも真琴にISの改造を依頼したんじゃないの?」

 

「そ、それは確かにそうですが……わたくしのISに関しましては、真琴さんの同意を貰っています!」

 

「ねーねー真琴、スケジュールどうなの? 空いてるなら見て欲しいんだけどさ」

 

「んー……今日のほうかごでしたらだいじょうぶだと思いますよ」

 

「ちょ、真琴さん!?」

 

「決まりね! それじゃ放課後また来るから待っててよ!」

 

「ま、待ちなさい! まだ話しは終わっていませんわ!」

 

 セシリアの制止も空しく、ピューと効果音が付きそうな勢いで鈴は立ち去って行った。心なしか、セシリアの頭の上でカラスが鳴いた気がする。

 

「な、なんですの……この敗北感は」

 

 

 社会の授業を受け終わった後、セシリアの注意を受けた後真琴は研究所でISを弄っていた。以前日本政府に渡すと約束していた撃鉄弐式と、真琴が改造を施したラファール・リヴァイヴmk2の確認作業を行う為だ。

 

 撃鉄弐式なのだが、これは一年四組にいる日本の代表候補生に渡される予定だ。しかし、日本政府から武装を見直して欲しいという通達があり、一から見直している最中である。

 

 さすがに刀だけでは駄目だと言うことだろう。幸い、撃鉄壱式と違いオーバードライブの機能を大きく制限しているため、スロットには余裕がある。機動性重視そこそこ万能というコンセプトで武装を組む事となった。

 

加えて、スラスターも4枚から2枚に減らした。1年の代表候補生程度では、4枚のスラスターを用いた連続瞬時加速を行う事は難しいと判断した為だ。これにより、壱式と弐式の差異がより顕著に表れた。

 

 オールレンジに対応出来る武器を搭載するとなると、その組み合わせは限られてくる。遠距離はレールカノン等の遠距離射撃武器。中距離はミサイル等の牽制ができる武器。そして近距離は言わずもがな。

 

しかしこれだと、あまりに面白みがない。ここで真琴の悪戯心に火が付いた。中距離と近距離両方に対応出来る武器を作ろうと思い立ったのだ。

 

 イメージ・インターフェイスで調節することにより、収束率を変更できる拡散ビーム砲を中距離武器として採用することにした。どういうことかというと、収束率を上げれば中距離に対応できるビームライフルに。収束率を下げれば、近距離に対応できる拡散ビーム砲になるという訳だ。

 

 身も蓋もない言い方をしてしまうと、車を洗う時の万能シャワーノズルみたいな物だ。あとは保険として死神の鎌をモチーフとした武器を設計、残すは遠距離武器だけとなった。ちなみに、……鎌をチョイスした理由は、「なんかかっこいいから」だ。

 

 鎌はロマンである。

 

 残すは遠距離武装なのだが、ここで真琴は詰まってしまった。如何せん良いアイデアが浮かばないのである。

 

 いっその事武装はこれだけにして、何かサブウエポン的な何かを付けてしまうのも有りかなーとか思い始めた真琴は、次第に脱線し、ピンポイントバリア等のオプションを模索し始める。

 

 そこで思いだしたのは、イギリス行きの旅客機に載っていた際に遭遇した束お手製のニンジン型飛行機だ。

 

 あれの光学迷彩とステルス機能を追加できないかと彼は考え始める。ステルス機能を追加するのは難しいので、ハイパーセンサーをジャミングする装置を作れないかと考えを転換した。

 

 光学迷彩とジャミング機能が上手くマッチングすれば、姿の見えない死神の完成だ。対戦相手は「相手が見えない」という恐怖に常に怯えながら戦わなければならない。

 

 ハイパーセンサーをジャミングするとなると、センサーが繋がっている回路にノイズを載せて誤作動を起こさせるという方法が上策と判断。すぐに研究員に伝えて実験を開始して貰った。

 

 光学迷彩に関しては、機体に光を透過させる素材を用いればいいのだが、それでは搭乗者の肉体までは隠せない。真琴はここで、外套型の「隠れ蓑」を作る事にした。

 

 搭乗者を覆ってしまうほどの外套となるとそれなりに大きくなってしまうのだが、この際仕方がない。目を瞑る事とした。

 

 更にピンポイントバリアを搭載したのだが、1割ほどスロットに余りがある。目くらまし様に、シングルロック形式のミサイルをおまけで追加した。

 

 以上の事を踏まえて撃鉄弐式のスペックをまとめてみると

 

・オーバードライブはあくまで切り札。滅多な事では使わない。

・基本的に隠密行動向け。後ろから近づき、鎌と拡散ビームで一気にあいての体力を奪う。

・ミサイルで相手の隙を作り、姿を消して後ろから近づくのが必勝パターン

 

となる。

 

 中々に趣味が悪い機体だ。日本の代表候補生には少し悪い気がしなくもないが……。

 

 ちなみに外套を羽織ってステルス状態になっている時は瞬時加速はできない。何故かと言うと、外套を羽織る時はスラスターを閉じてしまうからだ。そうでもしないと、更に外套が大きくなってしまう。これでは、ただの風呂敷お化けだ。大変滑稽である。

 

 真琴は草案を纏めた後、後は研究員達に実験と資材の手配を任せてラファール・リヴァイヴmk2の更なる改造に取りかかろうと思ったのだが、腕時計のアラームが鳴り響いた。時計を見やると、時刻は放課後まで@30分を指していた。

 

 この時間じゃ何もできないなと判断した真琴は小休止を取った後、教室へと歩を進めた。

 




―――ああ、ここにいましたか更識さん。貴方のIS、順調みたいですよ

―――……ありがとうございます


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28話 天才は孤独になりがち

 真琴が研究室で鈴のISをメンテナンスしている時に、それは突然訪れた。

 

 

 親からの勘当宣言

 

 

 両親は精神的にかなりやつれてしまったらしい。毎日途切れる事がなく送られてくる真琴への勧誘の手紙、電話、贈り物、そして、それを上回る頻度で送られてくる脅迫の手紙。始めは真琴が世界的に認められたと喜んでいたが、政府からの保護を受けて軟禁生活を強いら始めてから、次第に夫婦喧嘩が勃発しだした。

 

 この事は真琴には内緒で話しが進んでいた。勿論、真耶はこれに猛反対。真琴を勘当するなら自分も家を出て行くと宣言していた。

 

 考えてみて欲しい。自分の血を分けた子供を守る為に親が苦境に立たされるという状況はそこらへんに転がっている。しかし、真琴の場合は立場と環境が違いすぎる。それこそ世界規模で有名になってしまった為、逃げ場がないのだ。

 

 24時間体制で監視される状況というのを経験したことがあるだろうか? 気を休める事ができる場所がなく、プライベートすらない。一字一句逃すことなくデータで保存されている。それこそ、夫婦としての営みですら監視されてしまうのだ。

 

 そして、ついに限界が来てしまった。親の愛とて無限ではない。子供の為なら自分の命すら差し出せるとはよく聞くが、それは親の精神面が通常時の物ならば、という前提がある。

 

 

 

 親からの手紙を読んだ真琴は茫然自失となり、手紙を落として立ち尽くしてしまった。

 

「真琴! 大丈夫!? ……なによこれ、信じらんない。こんな物を実の息子に送り付けたっていうの!?」

 

 横でメンテナンスを見ていた鈴は、介抱しながら真琴が落とした手紙を読み激怒。すぐに真琴を研究員にまかせると、持った手紙もそのままに、職員会議が行われている会議室に突撃、真耶にその手紙を投げつけたのであった。

 

 

 

 

―――ISに携わる者は不幸になってしまうという制約でも有るのだろうか

 

 

 

 

 学園に在籍している代表候補生には、少なからず人には言いにくい過去がある。親が居ない、もしくは離婚した、等々。そして、その後を乗り切る為の様々な苦労。

 

 ひょっとしたら、これは独りよがりではあるが、人質としての価値を失くす為の最後の優しさなのかもしれない。

 

 両親はこの手紙を渡した後、政府の監視下を外れてどこかでひっそりと暮らすらしい。

 

―――真琴の目が少し濁り、心に皹が入った。

 

 

 情報という物は、とにかく出回るのが早い。緘口令が敷かれたのだが、真琴が勘当されたという噂は一日もしない内に学園中に広まってしまった。渦中にある本人はと言うと、椅子に座った真耶に抱かれたまま、パソコンで新しいISのシミュレーションを行っていた。

 

 

 真耶に新しいISをあげようと画策でもしているのだろうか。

 

 何かに没頭でもしていないと、親の事を考えてしまうのだろうか。

 

 ……もしくは、自分を受け入れない世界について考えているのか。 

 

 

 

 防衛策の一つだと思われる。現在真耶の私室には千冬、真耶、真琴が居る。セシリアや、現場に居合わせた鈴も真琴が心配だから同席したいと言っていたが、話題が話題なので却下されたみたいだ。

 

 重苦しい雰囲気が部屋の中を包む。まるでこの部屋の重力だけ何倍にもなってしまったのではないかという程息苦しい。

 

 そんな中、千冬が話しを切り出した。

 

「話は聞いた。親から勘当か……事情こそ違えど、私達と同じになってしまったな、山田君。済まなかった。もう少し私達が気を回して居ればこんな事にはならなかったはずだ」

 

千冬は立ちあがり、彼女らに向かい深々と頭を下げた。

 

「……前々から連絡はあったんです。両親の精神的な負担がとても凄かったと。私は猛反対しましたけど、認めてはくれませんでした」

 

「とりあえず、今はこれからの事を考えるのが重要だとは思うが……大丈夫か? 無理なら明日に回すが」

 

「私は大丈夫ですけど真琴がさっきから何をしても反応してくれません。大丈夫でしょうか……」

 

 真琴は、立ち直った後すぐにパソコンを弄りだしてしまった。そのため真耶が何時ものパターンでお菓子を使ったのだが、真琴はそれすら気にも留めずに一心不乱にパソコンを弄っていたのだ。

 

「真琴君は頭の回転がとても速い。……理解してしまったのだろうな」

 

「ディスプレイを見てるんですけど、篠ノ之博士とさっきから何やら連絡を取っているみたいなんです。ですけど、ログとか何にも無くて内容までは分かりません」

 

「……このタイミングであの馬鹿とか? 嫌な予感しかしないな」

 

 ご存じだろうか、嫌な予感と言う物はかなりの確率で当たるという事を。

 

 千冬が溜息をつくと同時に、ズパァン! とドアが物凄い勢いで開いた。そこに立っていたのは

 

「話しは聞いたよまーちゃん! 束さんが味方になってあげようではないか!」

 

 世界のパワーバンランスを崩壊させた、天災こと篠ノ之束であった。ズカズカと遠慮なしに部屋の中に入って来たウサ耳(大)は、いそいそとパソコンを弄っているウサ耳(小)をひょいっと持ち上げて、今度は自分の上に置き直して愛で始めた。そしてマッハわしゃわしゃしながらまくし立て始める。

 

「いーじゃんいーじゃん気にしなくって。ちーちゃんもいっくんも束さんもいるしさ! なんなら束さんが一緒にいてあげようではないか、うははははいと柔らかし」

 

 慰めているのかなんだかよくわからないが、束なりに真琴を気遣っているのだろう。もみくちゃにされながらパソコンを弄っている真琴だが、ここで変化が訪れた。おやつもなしに、パソコンから外へと意識を向け始めたのだ。

 

「まだ、だいじょうぶですよ。お姉ちゃんがいますし。……お姉ちゃんはいなくならないよね?」

 

 上目遣いで心配そうに見つめてくる真琴のお姉ちゃんはいなくならないよね発言を聞いた真耶は、千冬ですら反応できない速度で束から真琴を奪還、目に涙を溜めながら抱きしめた。

 

「世界中がまーくんの敵に回ったとしてもお姉ちゃんはまーくんの味方だからね? ずっとまーくんと一緒だよ!」

 

「よかった……僕もずっとお姉ちゃんのみかただよ。それじゃー……束さん、メールでおねがいした件なんですけど」

 

「しょうがないなぁまーちゃんは。今回は特別だからね? はい、あげる!」

 

「もうちょっとでかいせきが終わりそうなんですけど……ありがとうございます。これでお姉ちゃんのISがつくれそうです」

 

「おい真琴くん……さすがにそれはまずい、こっちに渡してくれないか」

 

 千冬が真琴からISのコアらしき物体を取りあげようと彼に手を伸ばすが、真琴はそれを胸に抱えて涙目になりながら千冬を威嚇し始めた。小動物が必死になって食べ物を守ろうとする仕草を連想させるそれは、室内にいる全ての姉ズの胸をきゅんきゅんさせる。

 

「がるるる……」

 

「いや、可愛いだけなんだが」

 

「まーくんが可愛いのは周知の事です」

 

「かわいいねぇまーちゃん 次は何の耳を用意しようかな?」

 

 結局、千冬が彼から取り上げる事はできなかった。

 

 

 

 真琴がどうしてここまで落ち込まなかったのかと言うと、両親が共働きでずっと真琴の事を姉任せにしてきた事に起因する。休日ですら真琴は真耶にべったりだったのだ。姉の方は少なからず精神的にダメージを受けたみたいだが、真琴の手前それを出すわけには行かない。というか、彼女も少なからず真琴に依存していた。

 

 しかし、気にならない訳がない。これを機に姉弟という存在はより一層惹かれあい、依存する可能性が高まったのであった。

 

 

 私は更識簪。更識家当主である更識楯無の妹。

 

 私は更識家に生まれて物心付いた時には、既に姉さんとの差を自覚していた。

 

 全てにおいて秀でている姉さん。数々の記録を打ち立て、更識家の期待を背負って立つ姉を見て、すぐに私では勝てないと理解してしまった。そして、鬱屈していく私を自覚していく。

 

―――何時からだろうか、姉さんとまともに会話をしなくなったのは。

 

―――何時からだろうか、姉さんが暗躍し、その度に更識家の評判が上がる事を鬱陶しく思ったのは。

 

―――何時からだろうか、姉さんの事を正面から見つめる事が出来なくなってしまったのは。

 

―――何時からだろうか……更識という家名を鬱陶しく思い始めたのは。

 

 

 代表候補生という身分に居ながら未だに完成しない私の専用機「打鉄弐式」を見つめ、織斑一夏の専用「白式」の整備に全ての人員を動員してしまった倉持技研を恨みながら、今日も私は整備を続ける。

 

 その時更識家から連絡が有った。内容を要約すると、今ある打鉄弐式は永久凍結。その代わりに、山田博士が開発した撃鉄弐式を私に宛がうという事らしい。

 

 私の心を支配し続けた今にも雨が降り出しそうな曇天、その雲の合間から一筋の光が刺した気がした。是非彼に会ってお礼がしたい。このISが有れば私も高みに登れる。ひょっとしたら姉さんと同じ立場に行けるかもしれない。まだ八歳だというのに何故ここまで頑張れるのだろう? 色々と教えて貰えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 彼に会おうと職員室にアポを取りに行ったのだが、どうやら出張で海外に出かけてしまったらしい。戻ってくるのは一週間後だと言う事なので、先にロールアウトした撃鉄弐式を起動してテストしておこうと思う。

 

 

 

 

 それから数日後、政府から送られてきた撃鉄弐式のスペックを見て、私は持っていた資料を落としてしまった。織斑先生が乗っているという撃鉄壱式の姉妹機、そのスペックは現行のISを大きく上回る物だった。武器も近接型ブレードしかない。中距離を得意とする私にとってこれは想定外だ。

 

 翌日、待機状態で届いた撃鉄弐式の初期化を確認し、一次移行するまで機動することにした。呼び出した撃鉄弐式のフォルムは、打鉄とは大きく異なる物だった。打鉄の後継機と呼ぶには語弊が有るかもしれない。すぐに機動してテスト飛行をしたのだけれど……オーバードライブを起動して移動した瞬間、制御しきれずに壁に激突してしまった。織斑先生はこんな化け物の手綱を握っていると言うの?

 

 結局、一次移行するまでには2時間を要した。正直、私はこのISを扱いきれないかもしれない。余りにもじゃじゃ馬過ぎる……政府に進言してみよう。

 

 政府からは、「打診はしてみる」という返事しか貰えなかった。私からすれば、それだけでも大きな進展だ。クラス対抗戦は終わってしまったけれど、その後も模擬戦は続くことだし、早いうちに慣れなければならない。何とかなれば良いのだけれど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田博士が帰国してからすぐに、新しい撃鉄弐式のスペックが私の手元に回って来た。

 

 ……私には山田博士が何を考えているのか分からない。今の私の内面を見透かしたかの様なコンセプトに、私はあっけに取られてしまった。隠密行動を取る為の漆黒のマント、シングルロック形式のマルチミサイル、可変集束粒子砲、そして鎌。……私に死神になれとでも言うのだろうか。

 

 もうちょっと、何とかならなかったのだろうか。隠密行動だったらせめて忍者とか……。

 

 

 

 

 

 

 それから程なくして、彼が勘当されたという噂が校内に出回った。出所が出所なだけに、嘘とは思えない。噂の真相を確認するために山田博士が在籍している一年一組まで足を運び、影から彼の様子を伺ったのだけれど、驚くことに、彼はそこまでダメージを受けたという訳ではなかったみたい。

 

 しかし、私はすぐにその考えがどれほど愚かだったかという事に気づく。ぼけぼけとした表情の中に、時折寂しさや哀しさが浮かんでいたのだから。

 

 一組の代表候補生のセシリア=オルコット、そして私のISの開発が凍結してしまった原因を作った織斑一夏、そして何故いるのか分からないのだけれど、2組の代表候補生の鳳鈴音。彼女らが山田博士を慰めている様子が伺えるが、山田博士の瞳からは悲しみの感情と濁りが消える事はなかった。

 

 私の中で、疑惑は確信に変わった。彼は間違いなく勘当されてしまったのだと。その原因は間違い無くISだろう。

 

 彼が世界中から注目を浴び、下手な干渉は禁じるという通達が教員から通達されている。

 

 体験したから分かる。あれは危ない兆候だ。

 

 

……直接ではないが、原因は私にもある? いや、その前の大元の原因は織斑一夏?

 

 考えても仕方がない、後で彼の研究室に行って謝ろう。傲慢かもしれないけれど、彼の心を少しでも癒してあげる事ができれば……。

 

 打鉄弐式を組み立てていたから、ISの知識は人より有ると自負している。少しでも彼の負担を和らげることができれば……きゃうっ!

 

 ドアの影から彼の様子を伺っていたら、頭に物凄い衝撃が走った。……凄く痛い。誰? 私の事をいきなり叩いたのは?

 

「授業が始まるぞ馬鹿者。さっさと教室に戻らんか」

 

 そこに居たのは織斑先生だった。……ひょっとして、もう予鈴が鳴り終わった後?

 

「……すみません……す、すぐに戻ります」

 

「……更識簪か。真琴君の事が心配なのは分かる、お前のISの開発を依頼したのは日本政府とIS学園だからな。原因の一部は私にもある。だが、もうすぐ授業の時間だ。後にしろ」

 

「……は、はい」

 

昼休みにでも会いに行こう。……それにしても、頭が痛い。

 




―――……お母さん

―――……(何故、気づいてやれなかった……!)


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29話 お姉ちゃん専用IS

 セシリアや鈴に慰められた後、真琴にしては珍しく昼休みまで授業を受け続けていた。ぼけーっと黒板を見続けていた真琴を見て、教師陣は心配しつつも彼の揺れている心を少しでも落ちつかることができればと、積極的に真琴を指名して問題を解かせた。

 

 指名された真琴はふらふら~……と黒板の前まで歩いて行き、いそいそと回答を解き始める。その際、身長が足りないので必死に背伸びをしてチョークで回答を書き続ける真琴を見て、生徒達が苦笑していたのはまた別の話。

 

 そして昼休みになり、ある生徒は一日限定3個の菓子パンを求めて購買に全力ダッシュし、ある生徒は友達と一緒に学食へと思い思いの場所に向かっていた。

 

 そんな中真琴は、何をするでもなくぼけーっと椅子に座って足をブラブラと遊ばせ、虚空を見つめ、時折うわ言で「お母さん」と呟くだけだった。

 

 その様子を見ていたセシリアと一夏は、痛々しい真琴を見て居ても立っても居られなくなってしまい、日頃からストックしているお菓子や購買で買ってきた惣菜パンなどを渡していたが、天使の微笑みが復活することはなかった。

 

 無表情ではむはむとパンを齧る真琴、それは翼を失くして茫然自失としている天使。とでも言えば分かるだろうか。

 

「真琴……すぐに元気を出せっていう方が無理なんだけどさ、俺らが力になる。だから、困ったことが有ったら遠慮なく言ってくれ」

 

「そうですわ真琴さん。貴方には沢山の味方が居ると言う事を忘れないで下さい」

 

 激励の言葉に対して、真琴はあくまで無表情で頷くだけだった。その時、一人の少女が真琴に歩み寄り、話しかけた。

 

「……あなたが、山田真琴博士?」

 

 普段聞かない声を聞き、真琴はピクりと反応し声がした元へと視線を向けた。その先には、内側にハネた水色の髪が特徴的な、メガネを掛けた少女が佇んでいた。その瞳には、何処か同情や憐憫の他に、後悔や懺悔といった複雑な感情が浮かんでいる。

 

「はい。……あなたは?」

 

「……私は、更識簪。……貴方が撃鉄を作ってくれたから……私は4組の代表候補生として……役目を果たすことができるようになったわ……それと、ごめんなさい」

 

 いきなり深々と頭を下げる更識簪と名乗る少女を見て、真琴は首を傾げてしまう。

 

「僕、あやまられる様なことしましたっけ」

 

「……日本政府が……無理を言って第3世代のISの開発を依頼したから……その……貴方のご両親が……」

 

「……もともと、僕はお母さんやお父さんとあんまり話したことがありませんでしたし」

 

「……それでも……原因の一部は私達にあるわ……何か手伝える事が会ったら……遠慮なく言って。……傲慢かもしれないけど、私は……貴方の力になりたい。はい……これ、連絡先」

 

「わかりました。何かあったられんらくします」

 

 一夏とセシリアは今までの会話で、何故4組の代表候補生が真琴にアプローチを掛けたのか理解した。しかし、彼らに更識簪を責める事なで出来る筈もない。自分達のISも真琴の手によって少なからず改造が施されているのだから。

 

 そして予鈴が鳴り響く。更識簪は一夏に向き合った後、一言だけ残して歩き去って行った。

 

「織斑一夏……私は貴方を許した訳じゃない……。でも……今は山田真琴博士を守る事が最優先……同じクラスなのだから……しっかり守ってあげて」

 

「分かってる。真琴に危険が迫ったら俺達が身を呈してでも守るさ」

 

 代表候補生達の目は、強い意志を宿していた。

 

 

 場所は変わって研究所。真琴は自分専用のラボを作ってくれと政府に要求した。日本政府がこれを拒むはずもなく、IS学園のすぐ横に真琴の研究所は作られる事となり、すぐに着工した。

 

真琴専用のラボができるまで、およそ2週間。それまでは今まで通り既存の研究所で開発を行う手はずになった。

 

真琴は新しいISの開発に着手。言わずもがな、世界で唯一の家族となってしまった愛する姉に捧げるオンリーワン。第4世代のISを作る為だ。

 

 コンセプトは既に決まっている。後は回路図と設計図を作成し、篠ノ之束に渡すだけだ。

 

 IS学園で第4世代のISを作ってしまうと世界中に第4世代の基礎が広まってしまう為、篠ノ之束主導の元、プロジェクトは開始した。

 

 天災こと篠ノ之束は、真琴が勘当されたという情報をいち早く入手。人知れずラボで号泣していた。身内を守る為にISを作るという真琴の姿勢に共感し、白式の改造を後回しにして全面的に協力してくれた。

 

 こうして、第4世代のISを作る「プロジェクト緋蜂」は真琴と束の二人という、前代未聞の人数で内密に開始した。

 

 

 

 緋蜂のコンセプトは、全距離対応無差別支援型兵器である。このISは、織斑千冬とのペア、もしくは真耶が真琴を抱きかかえながら戦うという前提で作成している。

 

 緋蜂のメイン武装は、オールレンジ対応の全方向無差別エネルギー光弾発射装置だ。自動支援装備である光の翼が生えている二つのビットが搭乗者の周りを公転し、搭乗者の位置情報をリアルタイムで把握、搭乗者に当たってしまう位置を除く全方向に、特殊な磁場を与えた予測不可能な機動で飛んで行くエネルギー弾を発射すると言う物だ。

 

 言うまでもなく、これは敵味方の区別なく攻撃をする兵器である。しかし、千冬なら無差別全方位攻撃にも対応できるだろう。

 

 接近を許した時の為に、可変集束粒子銃も装備させることにした。これは撃鉄弐式に搭載されている可変集束粒子砲を、腰だめで撃てるようにコンパクトにした物だ。スロットをこの二つの武装に割いているため、特殊な武装は他にはない。しかし、圧倒的な火力を誇るこの兵器があれば、さほど問題とは言えないだろう。

 

 草案は纏まった。後はどの様に展開装甲を組み込むかだ。

 

 真琴は今まで第4世代のISを触った事がない。つまり、言葉では理解しているが内容を理解しているという訳ではないのだ。

 

 しかし考えてみて欲しい。性能的に、第3世代が必要な換装装備を用意する必要がない。真琴はコアとCPU,そしてEEPROMがおよぼす影響を推察、すぐにプログラムの作成に当たった。

 

 プログラムに関しては先日連絡をとった束から基礎部分を貰っている。後は機体のコンセプトに会うように修正を加えるだけだ。

 

 本体の回路図に関しては、全ての局面に対応するために複数用意する必要がある。

 

 つまり、通常時、高速飛行時、水中機動時等である。

 

 入力回路は全て同じである。そこから三叉路の様に回路が分かれ、必要に応じて回路が変更されるという具合だ。これを応用すれば、仕様さえ決定してしまえばどの局面にも対応できる様になる。最終的には宇宙での単独稼働も夢ではないかもしれない。

 

通常時の回路に関しては、既存のIS、特に白式辺りのデータを用いる事で対処が可能だった。問題は高速飛行時と水中機動時だ。高速飛行時は、武装を極限まで減らして、その余剰分を推進装置に当てると言った対処が必要だ。それに伴う武装の仕様変更も必要である。

 

 高速飛行時には、二つのビットが推進装置となり、エネルギーを発射する門を全て推進装置に変換する機構を採用。回路に置いても、スラスターやビットの推進部に向かうエネルギーの割合を大幅に増幅。これにより、新しく回路図を起こさなければならないが、真琴に取ってこの程度はお手の物である。比較的早い段階で目途が立った。

 

次は水中稼働だ。水の干渉を防ぐために、水中に入った瞬間に搭乗者を完全に覆うバリヤーの展開が必要不可欠だ、それに加えて酸素も必要である。

 

 真琴はしばらく考えたが、良い案が出なかった為、束に相談。第4世代のISについての回路と構造について知識をを教授して貰っていた。

 

 真琴は「人に頼る」と言う事を覚えた。勘当され、真耶と二人で慰め合っていた時、差しのべられたのは同情や憐憫の眼差しだけではなく、優しい手も含まれていたのだった。

 

 

―――何か困った事が会ったら私達を頼れ。

 

―――まーちゃんはまだ子供なんだから、人に頼ったり甘えたりすることって大事だよ?

 

―――真琴、お前は一人じゃない。

 

―――真琴さん、わたくし達が付いていますわ。

 

 

 少し挫けそうになってしまった真琴だったが、皆の援助や手助けを背に、彼は前へ歩き続ける。恐れる事は何もないと言わんばかりに、全力でISの開発に打ち込む真琴は一回り成長したのであった。

 

 

 

 狂ったようにパソコンに齧りつく真琴、それは正に精密機械だった。誰が話しかけようが、どのようなお菓子を用意しようが、真琴が思考の渦の中から戻ってくる事はなかった。

 

 しかし、先日真琴が普段とは異なる動きを見せたのを覚えているだろうか。

 

 そう、自分の意思で集中状態から戻ってくる事ができるようになっていたのだ。

 

 千冬や真耶と約束した21時に前にはしっかりと作業を終え、彼はノートパソコンを誰にも見せることなく、自分の部屋に持ち帰っていた。

 

 

 

 

―――ところで、何故このISに「緋蜂」という名前が付けられたかというと、真琴がIS学園に来る前に話しは遡る。

 

 ぬいぐるみが欲しくて真耶にねだり、立ち寄ったゲームセンターでたまたま見かけたシューティングゲーム。その中のキャラの名前が緋蜂だったのだ。

 

 そのボスが放つ圧倒的な攻撃を目の当たりにし、彼は見惚れていた。計算し尽くされた弾幕は、最早芸術の領域に達していたと言っても過言ではない。ISを触った時、真琴がいつか作ってみたいと思っていた武装だったと言う訳だ。

 

 休日になると彼は束を自室に招き、一から問題点を列挙、改善案を出してはまた草案を練るという作業を繰り返した。そして少しづつ出来上がる仕様を束に持ち帰ってもらい、リアルタイムで緋蜂の作成を行って貰った。

 

 

 

 

―――そして一週間後

 

 

 

 

「まーちゃんまーちゃん! できあがったよ!」

 

 現在、千冬の授業中である。それすら意に介さず束は勢いよくドアを開け、教室に突撃を掛けてきた。

 

 関係者以外、彼女が篠ノ之束だという事を知らない。そのため、「誰?」と不審者を見る目で彼女を見つめていたのだが……

 

「あ、お早うございます束さん。織斑先生……えっと」

 

「皆まで言うな。……ふんっ!」

 

教室に響き渡る轟音。千冬が全力で放った崩拳が束の鳩尾にクリーンヒットしていた。

 

「ごふっ……ぬおお……ち、ちーちゃん……素晴らしいパンチ、ではないか」

 

 束は腹部を抑えて教室をゴロゴロののたうち回った。ウサ耳を装着した、童謡に出てきそうな衣服を纏った女性が見せたその光景は、とてつもなくシュールだ。

 

 拳一つで轟音を響かせる千冬も千冬だが、それをモロに喰らって悶絶するだけという束も大概な気がする。まぁ、気にしない方がいいのではないか。

 

 真琴の束さんという発言を聞いて、教室が一気にどよめき立つ。

 

「束って……ひょっとしてあの人が篠ノ之博士?」

 

「なんか織斑先生と知り合いっぽしい……」

 

「真琴君と知り合いってのも……」

 

 そんな中、箒だけは苦い顔をしている。血を分けた姉妹だと言うのに、余り会いたくない様だ。

 

「おい馬鹿、時と場所を考えろ。せめて真琴君が研究所に行ってから顔を出せ……」

 

 千冬は半ば諦めた様な表情で溜息をつくと、未だリカバリーが出来ていない束の手からアクセサリーを奪うと、それを真琴に手渡した。

 

「ほら、真琴くん。どうやらこれが新しいISみたいだぞ」

 

 最早隠す事なぞ出来ない。これだけ大勢の前で束がこれ見よがしに見せびらかしてしまったのだ。

 

「ぬぐぐ……最近ちーちゃんの愛が痛いよう。まぁ、照れ隠しだから良いんだけどね。それはそうと、まーちゃん、ちょっとこっちにおいで」

 

 千冬から崩拳を食らってから数分後、ようやく回復した束は真琴の元へひょいひょいっと近づくと、彼を小脇に抱えて教室から出て行こうとした。恐らく、ラボへ行って早くテストをしたいのだろう。しかし千冬がそれを許すはずもなく、勢いよく走りだした束の襟首を後ろから引っ張った。当然、首は勢いよく閉まる。

 

「ぐ ぇ 」

 

 割と女性が発してはいけない様な声が発せられた気がしたが、これも気にしない方がいいのだろう。

 

「授業中だ、これが終わってからにしろ」

 

「けほっけほっ……しょうがないなー。それじゃ、おじゃましま~す」

 

 束は真琴席に座り、そのまま授業を受け始めてしまった。勿論、真琴を抱きかかえて。千冬はそれを見て、「私語は慎めよ」と完全に諦めた様子で束など居ないかの様に振舞う。

 

―――やりづらい。

 

 彼女の心中を代弁するなら、こう言ったところか。罵倒も物理的な攻撃も意に介さない相手と言う物は、偉くめんどくさいものである。少なくとも、千冬は束以外にそんな規格外の存在を知らない。

 

 真琴を抱きかかえながらニコニコと満面の笑みで千冬の授業を受ける束。周囲の生徒が千冬の出席簿攻撃を恐れる事なく噂話をしているが、彼女はそれをどこ吹く風を言わんばかりに一蹴し、真琴を愛でていたのであった。

 

 

 

 そして、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った瞬間

 

「おじゃましましたー!」

 

 束は真琴を小脇に抱え、陸上選手も素足で逃げだしそうな勢いですったたた~と立ち去って行った。

 

「お、織斑先生……彼女は、やっぱり篠ノ之博士なんですか?」

 

 沈黙が支配する事数十秒、意を決して一人の生徒が千冬に質問を投げかけた。それに対して、千冬はばつの悪い顔をしながらしぶしぶ答える。

 

「……認めたくはないが、あれが篠ノ之束だ。皆、あいつの様な人格破綻者になるんじゃないぞ」

 

 愚問とばかりに、生徒一同は一斉に首を縦に振るのだった。

 




―――ふんふんふ~ん

―――あ、あの……おろしてください


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30話 ごうどうじゅぎょう

 真耶の専用機「緋蜂」のロールアウトが無事に終わってから一週間後、真琴と真耶は新しく出来上がった研究所で今後の展開について話し合っていた。勿論、ボディーガード有りで、た。

 

 パッと見た所誰もいない様に見えるが、研究所を起点とした半径100m以内に光学迷彩を施したゴーレムが10基、監視カメラが200基程24時間体制で管理を行っている。これは全て束が用意した物だ。そのため、外部からの侵入はほぼ不可能となっている。真琴のラボに入りたい場合は、先ず提携しているIS学園に許可を取り、発行されたIDとパスワードを入力してから初めてアポが取れるのだ。

 

 ちなみに、このラボの最上階には真琴と真耶の私室がある。先日の一件が会ってから、二人はここに住む事にしていた。

 

そして屋上には、何故かとてつもなく巨大なニンジンが突き刺さっている。言うまでもないだろうが一応補足すると、天災が一拠点として陣取っているのだ。

 

 研究所が完成してからすぐに、いつの間にかカロチン豊富なこの緑黄色野菜は研究所から生えていた。おかしい事に、ニンジンが建物から生えた瞬間を誰も目撃していないのだ。真琴はこの事を束に質問したのだが、束はケラケラと笑うだけで答えれくれない。まぁ束さんだし、とすぐに諦めていた。

 

 生憎束は常駐している訳ではない。というか、ほとんど出払っていて居ない。しかし真琴が一報を入れれば、世界の何処に居ようが30分足らずで駆けつけてくる。……IS学園の七不思議として登録しても良いのではないか? とは国枝の弁だ。

 

 要約すると、難攻不落の城がIS学園のすぐ横にできたと言う訳だ。真琴はIS学園の生徒、研究員という面の他に、フリーランスの研究者兼開発者という肩書も手に入れた。これで自分が開発したISのデータが世界中に開示されるという事態を防ぐ事に成功している。

 

 正直なところ、真琴は既に客員教授的な立場になっていると言った方が正しいかもしれない。そうでないと彼は一生世界に羽ばたく事などできはしないのだから。

 

 IS学園の方も、学園なりに方向性の転換を図っていた。普通科の他に、新しく制御開発科を新設。ISを操縦する授業の変わりに、ISの整備や開発に必要な専門知識を学ぶ科を立ち上げたのだ。

 

 試験的な意味合いも大きいが、既に応募が殺到している。海外からの注目も高い様だ。

 真琴は制御開発科の客員教授として招かれる事となった。勿論、自分が受ける授業との兼ね合いは学園に頼んで調整を行ってもらっている。でないと、出席日数が足りないなんて事が起きる可能性がある。

 

 そして、彼が授業を行う際は誰かしらが補佐に付く事になっている。彼は自分自身の身を守れる訳ではない。恐らく、ほぼ100%真耶が補佐に当たるだろう。彼女は真琴から絶対の信頼を得ており、なお且つ有る程度の補佐なら可能なのだから。

 

 一年生の授業についても、ISの構造を知っていても損は無いと言う事で、土曜日の午前中にIS基礎理論という授業が割り当てられた。これは大きな講堂を使い、全クラス合同で行われる。

 

 この授業で、真琴はある程度自由に授業を行っていいと学園側から許可を貰っている。世界で屈指の研究者が授業を行ってくれるのだ、下手に口を出したら自分達の知識の無さを露呈してしまう様な物である。

 

 学園の方針変更は全生徒に連絡が回り、皆新しく追加される授業の参考書を買い求めていた。これは真琴が新しく構築した基礎理論をIS学園が編集したものであり、学会に提出した論文と比べると大分簡略化されている。そうでもしないと、一般の生徒は理解できないだろう。

 

 これ以降、真琴が受け持つ「IS基礎理論」の授業に応募する生徒が殺到。抽選に漏れた生徒が立ち見をする程の人気を誇る事となる。

 

 

 真琴と真耶は職員会議に参加していた。議題は転校してくる二人の代表候補生についてだ。

 

 ドイツでお世話になった姉候補のラウラ・ボーデヴィッヒの写真が資料に載っているのを見て、真琴は内心喜んでいた。友達がここに来てくれたのだから。

 

 わずか数日ではあるが、ラウラは真琴の事を甲斐甲斐しく世話してくれた。それこそ、傍から見たら背伸びをした姉が弟の面倒を見るかの様に。真琴からしてみれば、ちょっと大きい友達が自分の世話をしてくれているという感覚だったのかもしれないが、この際どうでもいい事である。

 

 嬉しい事に、彼女は一年一組に編入されるらしい。ラウラに関する資料を見終わった後、真琴はもう一人についての資料に目を通したのだが……

 

―――シャルル・デュノア―――

 

 フランスの代表候補生。ラウラと同じく一年一組に編入される予定である。

 

 フランスと言えば、未だに第3世代のISの開発に目途が立っておらず、欧州連合の統合防衛計画「イグニッション・プラン」から外されている国だ。

 

 近く第3次イグニッション・プランで各国のISが数基選定される予定である。ちなみに、既にイギリスのIS「ブルースカイ」は内定を貰っている。

 

 デュノア社からは前々から真琴に打診が続いている。なんでも、経営危機に陥っており、政府からの予算を大幅カット。次のトライアルで選定されなかったら、予算を全面カットされ、ISの開発許可すらはく奪されてしまうらしい。そのため、フランス政府とデュノア社からは毎日の様に連絡と会談の要請が来ているのだが……。

 

 

 

 職員会議が開かれる中、真琴はデュノア社についての情報を集め始める。親族経営の有無、財力、IS,組織構成、更にはハッキングやクラッキングをかけなければ手に入らない情報等々。

 

ここで真琴は首を傾げた。家族構成の中に、シャルル・デュノアの名前が無いのである。偽名を使っているのか、それとも……。

 

 真琴の頭脳の回転速度が上がり始める。考えうる可能性を列挙、その中から現実的で無い物を削除していく。

 

 そして数パターンの回答を弾きだした後、彼が提案をしようとしたのだが……既に会議は終わってしまい、その場に残されていたのは千冬と真耶だけであった。

 

「真琴君、もう会議は終わってしまったぞ?」

 

「ふふっ、まーくんの悪い癖だね……ちゃんと治さなきゃね?」

 

「あぅ……」

 

 結局、具体的な対策を取ることもできず、転校生二人の元へ向かうのであった。

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。それとシャルル・デュノアだな。ようこそIS学え」

 

「久しいな弟君、元気な様で何よりだ。話は聞いているぞ……辛かっただろう、無理はしてないか? 私でよければ何時でも力になってやる。遠慮なく言うといい」

 

「むぁ」

 

 応接室に3人が到着し、ドアを開けた瞬間。千冬の歓迎の言葉をよそに、眼帯を装着し、軍服を連想させるIS学園の制服を着た銀髪の少女が真琴に突撃してきた。そしてそのままハグへと移行し、真琴を愛で始める。

 

「お、弟君……? ぼ、ボーデヴィッヒさん、どういう事ですか!」

 

 待ったをかけたのは真耶だ。真琴の事を弟呼ばわりされて黙っている理由など存在するはずもなかろう。すぐに突っ込みを入れる。

 

「その辺にしておけラウラ。……二人ともよく来てくれた。とりあえず余り時間がないのでな、歩きながらの説明になるが、構わないか?」

 

「了解しました教官」

 

「あ、はい。分かりました」

 

「ま、待ってください織斑先生! 私の話はまだ終わってません!」

 

 

「後にしてくれ。……これ以上厄介事を増やさないでくれ……頼む」

 

 5人は教室へと歩を進める。その最中でも、真琴は情報収集を怠っていない。その証拠に、ウサ耳が忙しなくピコピコと動いている。千冬や真耶にとっては既に見慣れた光景なのだが、ラウラとシャルルに取っては理解し難い光景だろう。言うまでもなく、質問が飛んできた。

 

「あ、あの……織斑先生。山田君の頭に着いているウサギの耳は一体……」

 

「ん? ああ、これはどこぞの馬鹿が真琴君にプレゼントした物なんだがな、どうやらただの飾りではないらしい。色々と便利な機能が付いているらしい」

 

「僕のことはなまえでよんでください。みょうじだと、お姉ちゃんといっしょになってしまうんで。それに、僕のほうが年下ですから、よびすてでいいですよ」

 

「ん……分かった。真琴、それで……そのウサギの耳についてなんだけど」

 

『これですか?』

 

 瞬間、真琴を除く全員が固まる。プライベート・チャネルで彼が呼びかけてきたからだ。

 

「お、おい……冗談だろう。まさか……いや、あの馬鹿の事だ、あいつならやり兼ねん」

 

「ま、まーくん? まさかプライベート・チャネルを使ったの?」

 

「さすが弟君だ。天才だな」

 

「え? え? 何、何?」

 

 一同、混乱の極みに陥った。

 

 

 

 

 

 結局、4人は教室にたどり着くまでリカバリーすることはなかった。千冬は何やら束をどう取っちめるか考えているみたいだが、真琴にゃ関係ない事である。

 

「それでは、ラウラとデュノアはここで待機していろ。私が呼んだら入ってくるように」

 

 転校生二人を残し、3人は教室に入って行く。SHRの前は生徒一同大人しく座席に座っている。言うまでもない、千冬の出席簿落としが怖いからだ。千冬は全員が着席しているのを確認すると、真琴と真耶を自分の近くに立たせてSHRを始めた。

 

「では山田君、ホームルームを」

 

「はい。 ええとですね、本日付で一年一組に二人転校してきます。いきなりなんですけど、私達教員もいきなり知らされたもので……びっくりしました」

 

「「「ええええええ!?」」」

 

 

 

 生徒一同、唖然。

 

 

 

 それもそうだろう、この世代の女子は例外なく噂好きだ。加えて、その情報網を持ってしてもキャッチ出来なかったのだから、正に青天の霹靂である。

 

 程なくしてその二人が教室に入ってきたのだが、ここで混乱は波乱へと変わり、更には黄色いソニックウェーブへと進化していく。

 

 シャルル・デュノアと呼ばれた生徒がスカートではなく、ズボンを穿いていたのだから。

 

 

「お、男……男……! 男の子……!!」

 

 シャルルが自己紹介を始める前から、既に生徒達は臨戦態勢である。

 

「え、あ……はい。こちらに僕と同じ境遇の方が居ると聞いてフランスより転入をしました、シャルル・デュノアです。不慣れな環境で皆様にはご迷惑をおかけしてしまうこともあるかと思いますが、よろしくお願いします」

 

 人懐っこそうな微笑みに中性的な顔立ち。加えて、全くと言っていい程嫌みの無い笑みがとても印象的である。

 

「男……! 三人目!!」

 

「しかもうちのクラス!」

 

「真琴君に続いて守ってあげたくなる系の!」

 

「か、彼女はいますか!?」

 

「真琴君に続いて二人目の男の娘……キタキタキタァァァァァァー!! これで次のコミケのネタも大丈夫だわ!」

 

 ブリュンヒルデこと織斑千冬を前にしてこの暴走っぷり。実に大した物である。彼女のこめかみに徐々に血管が浮き出てる気がするが、気のせい……ではないのだろう。ピクピクと眉が動いている。

 

 我慢し兼ねたのか、千冬は教卓の中からチョークを取りだすと、各々の指の間に挟み、ズバァ! と勢いよくその腕を振り払った。

 

 白い弾幕。

 

 騒いでいる女子の額目がけて一直線に飛んで行くそれは、まるでライフルから発射された弾丸。一つも外すことなく着弾し、彼女らの頭上には白い煙が上がるのであった。

 

「元気が余っていて良い事だ、実に良い事ではないか。そんなお前らにプレゼントを用意してやることにした。今蹲っている奴。全員、本日の授業が終わった後にグランドを十周して来い。嬉しいだろう?」

 

 有無を言わさない彼女の迫力に、横で傍観していた真琴も思わず真耶の後ろに隠れてしまう。それ程までに、今回の千冬の気迫は凄まじいものがあった。

 

 しかし、その気迫をまるで心地よいとでも言わんばかりに目を細め、腕を組み佇む少女がそこには居た。ラウラ・ボーデヴィッヒだ。彼女は怯える真琴に気を配りつつも、千冬に指示を仰ごうとしているのだろう、彼女の事を見つめていた。

 

「それでは、ラウラ、自己紹介をしろ」

 

「はい、教官」

 

「ここは学園だ。私は一介の教師、お前も一介の生徒だと認識しろ。私の事は織斑先生と呼べ」

 

「了解しました」

 

 千冬とラウラのやり取りを見て、一夏が何やら少しだけ寂しげな表情を浮かべているが、ラウラはそれを気にする事も無く自己紹介と呼べるのかどうかも怪しい自己紹介を始めた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 以上、お終い。

 

「ああ、セシリア以外には何も期待していない。子供一人碌に守れない様な人間と関わりを持つ気はないのでな。山田真琴博士は私達が守る」

 

 ちょっと追加。自己紹介じゃなくて侮蔑。

 

 その言葉を聞いた瞬間、一夏とセシリアが激昂、すぐに反論を始める。

 

「……言い過ぎですわラウラさん。撤回なさい」

 

「いきなりそんな事を言われて、はいそうですかって言える程俺らは事なかれ主義じゃないぜ?」

 

「……ん? なるほど、そういうことか」

 

 ラウラは何か納得した様子で一夏に歩み寄ると、有無を言わさずドイツ軍仕込みの体術で素早く一夏の腕を取ると、流れる様な動作で投げ飛ばした。

 

「んがっ!?」

 

「い、一夏さん!?」

 

「ふんっ、見え見えの攻撃ですら捌けないとはな。……認めないぞ。貴様があの人の弟であるなどと」

 

 ラウラは投げ飛ばした一夏を放置して、すたすたと空いている席に座り、腕を組んで目を閉じ微動だにしなくなった。

 

「あー……各々思う所はあるだろうが、この後すぐにISの授業だ。各人着替えて、第二アリーナに集合。今日は二組と合同で模擬戦をする。以上、解散!」

 

 投げ飛ばされた一夏はラウラを睨みつけているが、当の本人はそれを歯牙にもかけずに授業の準備をしている。これから一波乱も二波乱も有りそうな一年一組であるが、誰もそれを止める事などできるはずもなかった。

 

 

 その後一同アリーナへ到着し、各々準備を始めていたのだが、一夏とシャルルがまだ到着していない。おおよそ想像はつくが、彼らだけ特別扱いにする訳にもいかず、遅刻したらそれなりのペナルティが待っている。

 

 そんな中真琴はと言うと、授業で使うISと、解析用の機材のメンテナンスを行っていた。映像を取る為の機材、取ったデータを数値化し、解析する機械、解析し終えたデータを反映し、サーバーへとアップロードする機械など多種多様に及ぶ。勿論、これは真琴一人だけではなくIS学園の研究員も動員されて行っている。

 

 真琴のそれは、ラファールを改造した時のおろおろとした態度とは違い堂に入っている。彼の手にかかれば、アンティークとまで呼ばれ蔑まれていた量産機ですら第3世代のISを凌駕する機体へと様変わりするのだ。注目されない訳がなかった。

 

 授業開始10秒前、ようやく一夏とシャルルは姿を現した。何やら千冬から出席簿落としを食らっているが、また一夏が下らない事でも考えていたのだろう。

 

 真琴はメンテナンスを続ける。ISに命を預ける生徒、それに全力を持って答えるのが技術者の役割だ。当然、愛すべき姉の専用機「緋蜂」のメンテナンスも欠かさない。

 

 

 

 

 緋蜂の外見は、蜂をモチーフにしたカラーリングと外見になっている。

 

 オレンジと黒のストライプで彩られているスカートと機体翼。ヘッドパーツも雀蜂の触角を象った物で、全てにおいて攻撃的なイメージを植え付けさせられる。

 

 腕や足を保護するパーツにおいても、オレンジと黒の2色で彩られており、手足の他に搭載されている4本のマニュピレーターとスカートの先には何やら針が付いている。恐らく、何かしらの役割があるのだろう。

 

 そして、前述した全ての要素が色あせてしまうほどに目を引くのが、光の翼を搭載した2つのビットだ。

 

 メンテナンスを受けている真耶の周りを、まるで女王蜂を守る兵隊の如くぐるぐると公転し続けているのである。

 

 真琴は二つのビットを空中で停滞させ、何やらパソコンからケーブルを伸ばしてデータを採取している。生徒や教員達の目を一同に集めているが、本人はまるで気にしていないみたいだ。

 

「お、織斑先生。あのISはなんですか? 見たことないんですけど」

 

「きょ、教官……あの圧倒的な存在感を放つISの詳細データを要求します」

 

 珍しく、他の生徒動揺ラウラも困惑の色を隠せないみたいだ。それもそのはず、今まで見た事が無いISがいきなり登場したのである。しかも真琴が直々に調整を行っているとなると、話は更に拗れてくる。

 

「ん? ……ああ、あれは山田君の専用機だ。真琴君自らが設計し、束と共同で開発した物だ。ロールアウトしたばかりなんでな、授業と一緒に一次移行まで稼働するらしい」

 

「真琴君自ら……しかも篠ノ之博士との共同開発?」

 

「それって、世界トップクラスの研究者が共同で開発したって事だよね……てことは、世界で一番強いISってこと!?」

 

「うわぁ……なんか刺されたら痛そう」

 

「わたくしのIS以上の性能を持っているのでしょうか……気になりますわ」

 

「篠ノ之博士と共同開発って……ま、真琴って本当に凄い技術者なんだね……びっくりしたよ」

 

様々な憶測が飛び交う。気にしないで授業に集中しろと言う方が無理だろう。生徒の困惑ぶりを見た千冬は、一つ溜息を吐くと真琴に歩み寄り、提案をした。

 

「真琴君、少しいいだろうか」

 

「あ、はい。何でしょうか?」

 

「いや、このままでは皆授業に集中できないのでな……代表候補生達と山田君で模擬戦をしたいのだが、構わないだろうか?」

 

千冬の提案に、真琴は手を顎に当ててしばし思考に耽る。十秒程考えた後に、GOサインを出すのであった。

 

「それでは、あと5分くらいしたらちょうせいが終わりますので、そのあとだったら大丈夫ですよ」

 

「分かった。……第4世代のIS、楽しみにしているぞ」

 

千冬は、自分が仕掛けた悪戯の成功が確信したかの酔うな笑みを浮かべ、生徒達の元へと戻って行った。

 




―――戦闘モード……インストール完了。続イテ戦闘レベル2ノインストールシマス

―――戦闘レベル2ノインストール完了。続イテ戦闘レベル3ノインストールヲ開始シマス


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31話 模擬線~ふるぼっこの巻~

「さて、それでは山田君のISの準備も終わった様なのでこれから模擬戦を行う。織斑、鳳、オルコット、ボーデヴィッヒ、デュノア、ISを展開して戦闘の準備を始めろ!」

 

 1対5で模擬戦を行うという千冬の言葉に皆固まる。それもそうだろう、仮にも今名前が挙がった5人は代表候補生なのだ。いくら専用機持ちの元代表候補生が相手だとしても、これは余りに酷なのではないか。

 

 そんな中、セリシアとラウラ両名は顔を青くして対策を練り始める。

 

「……まずいな。おい、私が上官になる。作戦を練るぞ。今だけでいい、私に協力しろ」

 

「ええ、同意致しますわ」

 

 しかし、残りの3人は何故? といった表情で首を傾げていた。

 

「いくらなんでも1対5だぞ? 作戦なんか必要ないと思うけど……」

 

「そうよ、私達5人でさえ国を相手取って戦えるくらいの戦力が有るのよ? 心配し過ぎだと思うけど」

 

「油断しないに越したことはないけど、ちょっと考えすぎかな?」

 

 

 

 

 

「……ふぅん」

 

そんな5人の会話を聞いていた真琴は、目を濁らせてながら真耶と緋蜂のフォーマットを始めた。真耶の意識に膨大なデータが直接送られてくる。

 

 情報と言う名の奔流が真耶を襲う。そして眼前に現れては消えていく大量のウインドウ。一度に大量の情報が頭に直接叩き込まれ、真耶は一瞬顔を顰める。それを見ていた真琴は、予めこうなる事が分かっていたのか、真耶に一言謝ると作業を続けるのだった。

 

「ごめんねお姉ちゃん、ちょっとだけがまんして」

 

「……大丈夫だよまーくん。これぐらいだったら、なんとか処理できるから」

 

「お姉ちゃんがどれだけ凄いか、みんなにしってもらうんだ。……フォーマット終了まであと10びょう」

 

「もう、しょうがないなぁ……っと時間が足りないかな。フィッティングは模擬戦の最中にやるしかないね」

 

「うん……ごめんね」

 

「あやまらないの。お姉ちゃんはまーくんが専用のISを作ってくれた事だけでも嬉しいんだから」

 

「うん、わかった」

 

 代表候補生達が作戦を練る中、姉弟の心休まるのか休まらないのか分からない会話は続く。その最中も、真耶の周りを廻っていた二体の緋蜂に忙しなくデータを送り込む真琴。一体、どの様な仕様になっているのか、真琴と束以外に理解できるはずもない。

 

 二体の緋蜂は、生みの親と女王の降臨に歓喜、戦意をどこまでも高めていく。ヴヴヴ、ヴヴヴ、と羽を鳴らし、真耶の周りを回りながら何時でも戦れると言わんばかりに時折真耶の元を離れて、真琴へとすり寄るのであった。

 

 

 機材の撤去が完了。模擬戦の準備が全て終わり、戦いに参加しない千冬と真琴は指令室に、その他の生徒達は観客席へと移動していた。真琴からの信頼を得ている千冬は、予め緋蜂の詳細データを受け取っていたのだ。そのスペックを見て千冬は愕然とする。それもそうだろう、この仕様だと観客に被害が及んでしまう。そのため、今回はわざわざアリーナを借り、このような処置を取ったのだ。

 

『準備はいいか、それでは、これより模擬戦を始める』

 

 試合開始のアラームが鳴り響く。ついに、世界最強の名声を早くも勝ち取ろうとしている第4世代のIS「緋蜂」が動き出した。

 

「……行きます!」

 

 対する5人は、ラウラが司令塔となり各々に指示を出している。しかし、まだ何処か心の中で油断が会ったのだろう、明らかに統率が取れていない3基のISが居た。

 

『とりあえずは様子見かな? 僕は援護射撃に回るよ』

 

『あたしと一夏は突撃をかけるわ。一夏、遅れるんじゃないわよ!』

 

『ああ、わかっている!』

 

 勢い良く真耶目がけて突撃を掛ける一夏と鈴。そして、追従するシャルル。しかし、それは悪手。相手のスペックが判明してない以上、無闇に突撃を掛けるなど愚の骨頂だ。

 

『くっ……馬鹿が!』

 

『ちょ、お待ちなさい! 先ほど遠距離から様子を見ると申したではありませんか!』

 

 代表候補生達は先ほどある程度の作戦を練っていたみたいだが、ラウラに良い感情を持っていない一夏や鈴は、それに従うのを良しとしていなかった。シャルルもどちらかというとラウラに良い感情を持ってはいない。

 

 連携が取れない味方はある意味敵より厄介だ。最悪フレンドリーファイアし兼ねない。

 

 ラウラは5人が中、遠距離から威嚇射撃をし、相手の武装を確認するという作戦を立てていたが、いきなりその作戦は潰えてしまった。早くも足並みが乱れてしまった代表候補生達の隙を逃すはずもなく、真耶は冷静に対処を行う。

 

『『えっ?』』

 

当然、受け止められる。それも、二人の攻撃を同時にだ。

 

 一夏と鈴が放った斬撃は、4本のマニュピレーターで難なく防がれ、一瞬ではあるが無防備な瞬間を相手に曝け出してしまう。

 

 戦いに置いて、一瞬の隙は命取りだ。それこそ格上の相手に対しては特に。

 

 真耶がそれを逃すはずもなく、二人に収束率を限界まで下げた粒子砲を撃ち込みながら、スカートに装備している針で一夏を突き刺した。

 

―――ERROR! ERROR!

 

 瞬間、一夏のハイパーセンサーが誤作動を起こし、彼のディスプレイに大量のエラー表示が浮かび上がった。

 

『きゃあっ!』

 

『うわっ! なんだこれ!』

 

『一夏、大丈夫!?……うわわ!?』

 

 直後に襲いかかるシャルルの銃撃を難なくかわし、シャルル目がけて一体目の緋蜂が弱めの弾幕を放つ。散弾銃の様に纏まった弾丸が、高密度尚且つ不規則な弾道を描きながら高速で襲いかかるそれを、初見で避ける事など不可能に近い。戦闘開始僅か10秒足らずで、一夏は一時的に戦闘不能、鈴はシールドエネルギーを2割、シャルルもシールドエネルギーを1割程削られていた。

 

『……驚いたね。これが真琴が開発した最先端のISかぁ』

 

『馬鹿が、あれ程油断するなと言っただろう』

 

『あなた達は真琴さんと山田先生を甘く見過ぎですわ。……しかしこれで近距離での戦闘は難しいと言うことが分かりましたわ。一夏さん、下がっていなさい』

 

『分かった。……しかしなんだこれ、ハイパーセンサーがやられちまったみたいだ』

 

『蜂らしい攻撃だね。毒というか、ジャマーみたいな物なのかな? ……迂闊に接近できないね。中距離でもあの弾幕を張られたらかなり厳しいと思う』

 

 未だ全ての武装を見せていない緋蜂を目の前に、代表候補生達は攻めあぐねていた。

 

 

 一方、指令室では研究員が慌ただしく、そして忙しなく動いていた。緋蜂とその専用機のデータ取りを行う為だ。

 

「相変わらず、真琴君が作るISは馬鹿げた性能を持っているな」

 

「まだ一次移行していないですし、ぜんりょくを出しているというわけではないんですが」

 

 千冬と真琴は模擬戦を冷静に観察、解析を行っていた。未だ一次移行していない緋蜂に少し振り回されている様子の真耶を見て、真琴は溜息を洩らす。

 

「まだふたつの緋蜂がぜんりょくでこうげきしていない訳ですし、ほんりょうを発揮するのはこっからですよ織斑先生。一次移行しないと、緋蜂はぜんりょくでこうげきできないんです」

 

「……そうらしいな。スペックを見る限りでは、二体の緋蜂が弾幕を張ったら回避は難しい。国家代表レベルになっても被弾は免れないだろう」

 

 ディスプレイに映し出されている映像は、5人の代表候補生が一人の教員に翻弄されているという画だった。面白いように回避先や移動先を読まれ、的確に集束砲と緋蜂による弾幕を喰らい、代表候補生達のシールドエネルギーはグングン減って行く。攻撃を仕掛けようにも、緋蜂が的確に反撃、相手の移動先に弾幕を置いている。唯一対抗できているのは、真琴自ら改造を手掛けたブルースカイくらいのものだ。

 

 そして戦闘開始から数分立って、パソコンを弄っていた真琴の表情が変わる。

 

「そろそろ一次移行するとおもいますが、セシリアさんとラウラお姉ちゃんいがいの方はボロボロですねぇ……」

 

「……このタイミングで一次移行か。さて、どうなる事やら」

 

「一次移行するとき、たぶんですけどじゃっかんの違和感があると思うんです。そのときに攻撃をうけなければいいんですけど」

 

「5人相手に被弾ゼロで勝つつもりなのか? それはさすがに無理だろう」

 

「う~ん……」

 

 

(やっぱり代表候補生って言ってもまだ一年生、色々と動きに無駄があるかな。……それにしてもまーくんが作ったISはすごいなぁ、さすがまーくん。世界一の研究者だね!)

 

 5人を相手にしながら、真耶は冷静に観察を行っていた。……それと、真琴へ対する賛辞。戦闘中にも関わらずブラコンぷりを発揮する辺りが、真耶が真耶たる所以なのだろう。戦局的には、圧倒的に真耶が有利。一夏、鈴、シャルルは既にシールドエネルギーの残りが2割を切っていた。ラウラは冷静に対処し、被弾を極限まで削っているが、それでもエネルギー残量は半分を切っている。

 

(こっちの武器のエネルギー消費はそれほどじゃないし、打ち続けても問題ないかな。収束砲のエネルギーが切れたら本体かのエネルギーが取られちゃうから気をつけないと。それに……セシリアさんが予想以上に、やる)

 

 ここで健闘を見せているのがセシリアだ。ピンポイントバリアのおかげもあり、彼女は被弾しつつも積極的に反撃を行っている。今の所ダメージを与える事はできていないが、徐々に対処できるようになっているため、このままいけば一矢報いる事くらいはできるだろう。

 

(問題なのは何時一次移行が来るかって事かなぁ。まさかそれまでに模擬戦が終わるってことは……くっ!?)

 

 このまま真耶のワンサイドゲームで終わるのではないかと誰もが思い始めた時、緋蜂の動きが一瞬止まった。

 

そう、一次移行が始まったのだ。

 

 他のISと違い特殊な構造をしているため、一次移行の際どの様な挙動を見せるのかは誰にも予想できていなかった。そのため「一次移行が来る」という事しか分かっていなかったのだが……

 

 その隙をラウラやセシリアが逃すはずもなく、一斉に砲撃を浴びせる。

 

 ラウラはレールカノンを。セシリアはブルースカイによる一斉射撃を。シャルルは両手に構えたライフルによる掃射を。鈴は龍砲による衝撃砲を。

 

 皆の攻撃を一気に浴び、真耶は爆炎に包まれる。逆転劇の始まりを告げるであろうその轟音を皮切りに、アリーナに歓声が響き渡った。

 

 

『やったか!?』

 

『油断するな。あれくらいで弟君が作ったISが堕ちるわけが無いだろう』

 

『……しかし規格外よね、緋蜂って。あたしのISも改造してもらおうかなぁ』

 

『すごいね真琴のISは。5人相手にしても互角以上、ううん。圧倒的な強さを見せつけられた気がしたよ』

 

『……皆さん、お喋りはそこまでですわ。どうやらセカンドステージが幕を開けた様です』

 

 5人は様子を伺いながら、緋蜂の性能の高さに舌を巻いていた。しかしセシリアの言葉を皮切りに慌てて臨戦態勢に戻る。

 

 煙で視界がゼロになっていたが、次第に景色が晴れて行く。完全に煙が無くなり視界が元に戻った時、5人の表情は絶望に染まっていた。

 

 何せ、外見でダメージが入ったかどうか分からない程、緋蜂は無傷に近かった。そして何より、今までの機械翼と違い、光の翼を装着した緋蜂が佇んでいたのだから。

 

 その時、5人のISがプライベート・チャネルが通信受諾のサインを示し、真耶の声が脳内に響き渡った。

 

『皆さん一年生で良くここまで耐えたと思います。でも、これ以上模擬戦に時間を割いてしまうと他の生徒さん達に教える時間がなくなってしまいますので、そろそろ終わりにしますね』

 

『『『『『えっ?』』』』』

 

 一次移行が完了したことにより、緋蜂の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の発動が可能になった。

 

 真琴が真耶の事で知らない事などない。それこそ相性の事など、手に取る様に分かるのだ。一次移行、相性の最適化を行ったことにより、それは発動した。

 

 

「絶対包囲」

 

 

 緋蜂を中心とした半径数十メートルに、シールドエネルギーを消費して脱出不可能な球状の結界を展開。その上で、緋蜂による一斉砲撃を行うと言う物だ。

 

 真耶は一瞬で5人の中心に位置取り、素早く絶対包囲を発動。

 

『用意はいいですか?』

 

 彼女の言葉と同時に二体の緋蜂が激しく公転を始め、絶望とも言えるほどの一斉掃射を行い始めた。

 

『ちょ、何よこれ!? こんなの避けられる訳ないじゃない!!』

 

『真琴の奴、相変わらずすげぇISを作るなぁ……』

 

『呆けてないで避けろ馬鹿! ……くそっ、弾幕が厚過ぎる!』

 

『くっ……これはちょっと厳しいね』

 

『こんな馬鹿げた攻撃、そう長くは続きませんわ! とにかく距離を離して回避行動を取らないと!』

 

 

 距離を取れば弾幕の隙間が大きくなり、逃げ出せると判断した皆は次々に距離を取ろうと試みるが、一定の距離を取った所で不可視の壁に阻まれ、愕然としていた。

 

 圧倒的なエネルギーの奔流をその身に受け、5人の専用機持ちはなす術もなく被弾、次々に堕とされていく。

 

 

『『『『うわああああっ!?』』』』

 

 唯一、ピンポイントバリアを搭載していたセシリアは次々に被弾しながらも反撃を試みていたが、8体全てのブルースカイが緋蜂によって落とされてしまい、ムーンライトでの反撃を試みることしかできなくなっていた。

 

 真耶は更に追い打ちをかける。二体の緋蜂による砲撃の最中も、可変集束粒子法での追撃を行っていたのだ。一瞬の油断すら見せない彼女の瞳には、真琴を守って見せるという強い意志の元、静かに炎が燃え盛っていた。

 

 

 こうして模擬戦は、5人全員の撃墜という結果で幕を閉じたのであった。

 

 

 

 模擬戦が終わった後、一夏を始めとする専用機持ちはがっくりと肩を落として皆の元へと戻って行った。

 

「なんだよあれ……真琴すごすぎだろ」

 

「痛たた……あんなんどうやって勝てっていうのよ!」

 

「だからあれ程油断するなと言っただろうが……」

 

「凄かったね……うん、これなら真琴にお願いできるかも」

 

「わたくしのブルースカイを持ってしてもワンサイドゲームで負けてしまいましたわ……」

 

 真耶もISを解除し皆の元へと向かって行ったのだが、スカートの裾をくいっくいっとい引っ張られて後ろを見やった。そこには「ねぇ、ぼくがんばったよ! ほめてほめて!」と言わんばかりにウサギの耳をピコピコと忙しなく動かし、何かを期待するような眼差しで彼女を見上げる真琴が居た。

 

 今、もし仮に真琴に尻尾が付いていたら、千切れんばかりの勢いでブンブンと振っていたであろう。そんな真琴をみて真耶が放っておくはずもなく、手を繋ぎながら彼の頭を撫で、皆の元へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで真琴君のISと山田先生の腕が如何に優れているか納得できただろう。貴様らなどまだひよっ子にすら慣れていない卵だと言う事を理解しておけ。以後、鍛錬に励むように」

 

 むしろ世界最強レベルのISを相手にしてあそこまで健闘できた5人を褒めるべきなのだろうが、勝っても負けても善戦しても兜の帯を締めすぎて窒息しろと言うことなのだろう。千冬からは辛辣な言葉しか出てこなかった。

 

「ちなみに、真琴君にISの開発を依頼したい場合、私に連絡を取れ。そこで許可が降りたらIS学園で会議を開き、更に許可が降りたら真琴君へと連絡が行く手はずになっている。……もしくは、直接真琴くんに依頼するんだな。出来れば、の話だが」

 

 この話を聞く限り、真琴に直接依頼を掛けたほうが遥かに楽に思えるが、実はそうではない。彼がIS学園に居る時は常にセシリアとラウラ、そして一夏に簪、更には鈴というボディーガードが付いているのだ。事実、それを知らない生徒がちらほらと見受けられ、真琴に直接会いに来ているのだが、真耶公認のボディーガードであるセシリアがことごとく追い返している。ここにラウラが加わるのだ、それは更に苛烈を極めるだろう。ならばその護衛を懐柔するのが手っ取り早いが、彼女らは世界の裏を熟知している。よほどの事が無い限り、それも難しい。

 

 真琴は緋蜂の調整をするために、再び機材を搬入し始める。生徒達は何やらグループを作って実習を行うみたいだが、真琴はそれを気にするでもなく研究員達と共に先ほど採取したデータを解析し始めた。

 

 が、ここで実習に使うISの事を思い出した。実習に使うISは打鉄が3機、ラファールが2機なのだが、その中に真琴が改造を施して性能が著しく上がってしまったラファールが紛れ込んでいるのだ。

 

 それに気付いた時は時すでに遅し。シャルルの班が既に持って行ってしまい、実習を始めていた。

 

 どうやって声を掛けようかな~と思っていた真琴だが、まぁいっか。と自己完結し、解析したデータを照合し始める。予想通り、シャルルの班から悲鳴が巻き起こった。想像以上のスペックを誇るラファール・リヴァイヴmk2を生徒が機動してしまい、地上を猛スピードで駆け巡っていたのだ。

 

「きゃあああああああ!」

 

「あ、あれ? ラファールってこんなにスペック高くないはずなんだけど」

 

「……しまった」

 

実習用のISに紛れ込んでいたラファール・リヴァイヴmk2の事を思い出し、頭を抱える千冬。そして困惑の色を隠せないシャルルを見て、真琴はクスリと笑うと再び作業に戻るのであった。

 




―――そういえば、この前改造したラファールってどこにいったんですか?

―――……あれがそうだ


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32話 差し伸べられた手 縋り付く思い

どうもお久しぶりです
ゆうきです

感想は全て目を通しています。
ありがたい限りです。
これからも、皆様の暇つぶしになれば幸いです。


 ISの授業が終わり昼休みを迎えたのだが、何処から嗅ぎつけたのか、他のクラス、更には他学年の生徒が一年一組に押し寄せた。無論、お目当ては緋蜂についての情報だ。

 

 噂が噂を呼び、既に難攻不落の不沈艦として緋蜂の名前は学園中に広がっていたのだ。

 

 様々な生徒が真琴へアプローチを試みるが、セシリア、ラウラ、一夏、シャルル、更には真琴に対して無愛想な態度を取っていた箒も行動を起こして、迫りくる生徒を追い返していた為、真琴の周りだけは平穏そのものであった。しかし、教室の外には生徒がごった返していて、それはひとたび廊下に出てしまうと身動きが取れなくなってしまう程であった。

 

 さすがに此処まで来ると居心地が悪すぎる。どうにかして生徒達を追い払えないかと画策していた真琴だが、体力がなく、ISも持っていないため実力行使に出る事もできず、内心困り果てていた。

 

 その時、一年一組が凄い事になっていると生徒から話を聞いた千冬が教室の前までやってきたらしい。

 

 何故廊下を確認していないのに千冬が来たと分かるのかって? 出席簿落としの音が連発で鳴り響いていたからさ。

 

 スパパァン! と小気味いい音を立てる度に廊下の混雑は減って行き、ようやく自由に身動きが取れるまで人数が減った。これでようやく学食に行けると真琴は席を立ったのだが、無情にも授業開始5分前を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 余談だが、織斑先生自慢の出席簿が少し歪んだそうな。

 

 

 

 

 

「何だよこれ……。俺が入学した時以上の混雑だったぞ」

 

「さすがに此処まで来ると迷惑というレベルを通り越してますわね……昼食を頂く事すらできませんでしたわ」

 

「あはは……すごいね、真琴の人気」

 

 もみくちゃにされた真琴の護衛達は、昼食を取る事ができなかったせいもあるが、一同意気消沈していた。ああ、黒い、黒いオーラが漂っている。

 

 その時、くぅ~……と誰かのお腹の虫が鳴いた。こんなけしからん、いや、可愛い音を出す人間は限られている。一同シャルルの方を向くが、彼は物凄い勢いで首を横に振っている。と言うことは、シャルル以外の小動物ちっくな人物の物という事になるが……

 

「おなかすいた……」

 

 今にも消えそうな声で犯人が名乗りを上げた。そこには、俯いてしょんぼりとした真琴がいる。

 

 彼が今犬耳を装着していたら、間違い無くぺたんとへこたれていただろう。尻尾もだらりと力なく垂れ下っているに違いない。皆表には出していないが、この時の真琴を見て教室に居たほぼ全員の胸がきゅんきゅんしていた。

 

「ああ……可哀そうに。真琴さん、次の授業が終わりましたら10分程休み時間がありますから、その時購買でパンか何かを買って一緒にいただきましょう」

 

「さすがに昼食抜きはきついよな……真琴、一緒にいくぜ。というか、俺もすげー腹減った」

 

「今日に限って携帯食糧を忘れたのが痛いな……今度からしっかり管理せねば」

 

 一同、次の授業が終わるまで空腹と戦わなければならないと覚悟していたのだが……

 

「博士……はい、これ……よかったら食べて……」

 

 ひたすら遠慮がち、というか暗い、というか黒魔術でもやってそうな声の主が、真琴の机に菓子パンを一つ置いた。更識簪である。しかも机の上に置かれた菓子パンは、真琴の大好きなチョココロネだった。この女、ひょっとして真琴の好き嫌いを調べたのであろうか。

 

 チョココロネを見た瞬間真琴の顔にぱぁっと笑顔が咲き誇り、ニコニコと微笑みながら袋を破り、はむはむと食べ始めた。天使の微笑み、復活。

 

「それじゃあ……私は教室に戻るから……何かあったら……遠慮なく言って」

 

 真琴に笑顔が復活したのを確認すると、簪は足音も立てずにスー……と立ち去って行った。この女、本当に黒魔術か何かやっているんじゃないだろうな。

 

「……4組の代表候補生、侮れませんわ」

 

 変な所で対抗意識を燃やしているセシリアであったが、ラウラは今回ばかりはどうして対抗意識を燃やすのか分からないといった表情で、セシリアを半ば呆れた様に見ていたのであった。

 

 

 放課後、シャルルが一人で廊下を歩いていると、彼のポケットから通信機の着信音らしき電子音が鳴り響いた。

 

 シャルルは溜息を一つ吐くと、辺りを見回し誰も居ないのを確認してから応答する。

 

「……はい、シャルル・デュノアです」

 

『どうだ、山田博士に接触することはできたか?』

 

 声の質から想像するに、恐らく中年の男。低めの、そして威厳を感じさせる声の主が、挨拶もなしに必要最低限の要件だけを簡潔に聞いている。

 

「はい、接触しました。彼の開発した新しいISとも模擬戦で交戦済みです」

 

『今日中に交戦記録をまとめてデータで送信しろ。以上だ』

 

 ブツッ! プーップーップーッ………

 

「……返事すらさせて貰えないなんて、ほんと、僕の事を娘とも何とも思ってないね、これは」

 

 シャルルは自嘲気味に薄く笑うと、通信機をポケットにしまい自室へと歩を進めた。

 

 

 翌朝、真琴は朝食を取るために一人で食堂へと向かっていた。それと言うのも、真耶が職員会議の為、早くに出勤してしまったからだ。

 

 真耶は真琴を起こすと、その足で出て行ってしまったのだ。

 

 昨日の事もあり、一人で食堂に向かうのは自殺行為である。生徒達に囲まれて身動きが取れなくなる可能性が極めて高い。

 

 食堂の入口で真琴は迷いに迷う。いっそ朝食を取らないでそのまま教室へ向かおうかと考え始めた、その時であった。

 

「お早う、真琴」

 

 振り返るとそこには、シャルルが居た。どうやら彼も時を同じくして朝食を取ろうと食堂へ赴いた様だ。

 

「あ、おはようございますシャルルさん」

 

「入らないの? ……ああ、そういう事か」

 

 真琴が入口で二の足を踏んでいるのを見て、頭の回転が速いシャルルは何やら一人で納得した様子。

 

「それじゃあ、僕と一緒に行こうか。頼りないかもしれないけどボディーガードをするよ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「気にしないで。僕にできる事があったら何でも言ってね」

 

「はい。そのときはよろしくおねがいします」

 

「うんっ、それじゃ行こうか」

 

 

 

 言うまでもなく、緋蜂を作った研究者と二人目の男のIS操縦者が食堂に入った瞬間、生徒達は一気に二人の元へ駆け寄る。

 

「ふぇ!?」

 

「わわっ!?」

 

 

 まるでスターが来日した際に空港で待ち受けたファンの様に殺到する彼女らは、最早凶器と言っても過言ではなかった。

 

 シャルルはもみくちゃにされながらも「常識を弁えて欲しい」という旨をやんわりと伝え、ふらふらと二人分の食券を購入して戻ってきた。

 

「お、お待たせ……は、はは、凄いねぇ女子のパワーって」

 

「だ、だいじょうぶですか……?」

 

「大丈夫大丈夫。さ、時間もあんまりないし早く座れる所を探さないと」

 

 結局、朝食を取り始めてすぐにセシリアとラウラが彼らを発見。鬱陶しい視線を一蹴すると、ようやく落ち着いた時間を過ごす事ができるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食の際も、シャルルは積極的に真琴の護衛を買って出た。「遠慮しないで」と言いながらニコニコと微笑む彼に、悪意など欠片ほども見えない。心から力になりたいと思っている様だ。

 

 始めこそデュノア社の関係者ということで懐疑心を抱いていた真琴だが、人懐っこい笑みを浮かべるシャルルを見て次第に警戒を解いていく。

 

 しかし、セシリアやラウラに世話をされる真琴を見て、寂しそうに、そして申し訳なさそうに笑みを浮かべるシャルルを真琴は見逃さなかった。

 

(何か裏があるのかな? 今度調べてみよう)

 

 真琴の心は揺れる。人懐っこい笑みを浮かべるシャルルが本物なのか、寂しそうな笑みを浮かべるシャルルが本物なのか……。

 

 その時、誰かの通信端末の着信音らしき音が鳴り響いた。今は昼食なので問題ないが、これが授業中だったら漏れなく出席簿落としを食らう所だ。

 

「あ、ごめん。僕の通信機だ。ちょっと失礼するね」

 

 通信端末はシャルルの物だった。彼は慌てた様子で通信機を手に持ったまま、何処かへ立ち去る。

 

「珍しいですわね、シャルルさんがあんなに慌てるなんて」

 

「シャルルの親からとかじゃないの? ま、あたしには関係ないからいいけど」

 

 

 シャルルは物影に隠れると、近くに人が居ない事を確認し、通話のボタンを押して応答をした。

 

「はい、シャルル・デュノアです」

 

『レポートは見た。引き続き博士と接触を続け、彼からISの情報を聞き出せ』

 

「博士にはボディーガードがついています。下手に干渉すると怪しまれてしまいますが……」

 

『方法は任せる。次の定時連絡で進捗状況を報告しろ。以上だ』

 

 連絡相手は、やはりシャルルの返事も聞かずに通信を切った。

 

(やれやれ……こっちの状況はおかまいなし、か。せっかくランチを満喫してたのに……)

 

 一つ、また一つとシャルルの溜息は着実に増えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして深夜、ルームメイトである一夏が眠った後、シャルルは一人ノートパソコンでレポートを纏めていた。

 

(織斑一夏のIS「白式」は近接高速戦闘型であり、白式は一次移行ですでに単一仕様能力を発動させている。単一仕様能力である零落白夜の威力はとてつもなく高い。これは相手のシールドエネルギーを消滅させる物と思われる。ブルースカイのビーム兵器を無効化したりと、エネルギー兵器にも効果がある模様。……と)

 

 レポートの作成が終わり、データを転送した後シャルルは肩と叩きながらベッドへと向かう。

 

(何をしているんだろう、僕は……。これじゃスパイじゃないか)

 

 一人で居る時、シャルルの表情はお世辞にも明るいとは言えない。少なくとも、今は何かと葛藤している様だ。

 

(いくら父からの指令とはいっても……こんなの許される訳ない。バレたら、牢獄行きかな? 早く寝て、明日に備えよう……。そう言えば、明日は休日だっけ。……やりたくないけど、真琴と接触を計ってISのデータを採取ないと)

 

 彼は今までの事を忘れようと一回頭を振い、ベッドに寝転がって静かに目を閉じた。

 

 

 真琴は自分のラボに戻り、シャルルについての情報を集めていた。会議の時に集めた情報だけでは、判断材料が少なすぎる。より正解に近い回答を得る為に、クラッキングを施してデュノア社のサーバーにアクセスを試みる。

 

 幸い、姉が帰ってくるまで時間はたっぷりある。彼が何かしらアクションを起こす前に少しでも情報を掴んでおく必要があった。

 

 ボディーガードが居るから身の安全は99%保証されているが、同じクラスの中に正体不明の人物が居るのはとても居心地が悪い。人が良い人物なら、尚更だ。

 

 できればクラスメイトを疑いたくは無いのだが、既に確証に近い疑惑が真琴にはある。このまま見過ごす事などできるはずもない。

 

 

 

 

 

 

 

 アクセスすること1時間、デュノア社のテストパイロットの一覧を見ているうちに、シャルルの写真が挿入されている名簿を見つけた。

 

(シャルロット・デュノア……?)

 

 しかし、そこに書かれていた名前はシャルル・デュノアではなかった。

 

 しかも、性別の項目にはUne femme(女)と記載されていたのだ。つまり、シャルルの本名はシャルロット・デュノア。性別は女性ということになる。

 

(性別を偽っている……? 一体何の為に)

 

 ここまでの情報を整理すると、シャルルの本名をシャルロット・デュノア。性別を偽ってIS学園に転校。目的は……恐らく男性という特異ケースを利用して、真琴にISの開発を依頼するか、一夏に近寄るのが目的だろう。

 

 しかし、真琴には信じられなかった。彼は人の性格や思惑を読む事に関しては他人より上手い。そんな真琴が彼、いや彼女は良い人だと判断しているのだ。何かしら裏がある可能性が高い。

 

 真琴は更にクラッキングを続ける。シャルルが悪人ではないという可能性を信じて。

 

 しかし、手に入る情報は真琴の理解を容赦なく超えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターに映るこの映像は何だ。

 

 体中にケーブルを繋げられ、光を無くした目で横たわる少女は誰だ。

 

 それを何とも思わないで観測している研究員達は誰だ。

 

 この映像を保存した奴は誰だ。

 

 人をモルモットの様に扱うこいつ等は誰だ。

 

 罪悪感すら無いこいつらは人間か。

 

 ISの研究の為なら人権は無いとでも言うのか。

 

 嗚呼、駄目だ泣いてはいけない。

 

 泣くよりも先にやらなければならない事がある。

 

 絶望の中に在る少女を救わなくては。

 

 

 

 

 

 真琴は涙を流しながら、必死に情報を集め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 それからしばらくして、真耶が帰宅した。現在午後7時半、珍しく早く仕事を終えた真耶は、ルンルン気分でこれから訪れるであろう真琴との入浴タイムを待ちわびていた。何せここ最近は仕事が忙しく、真琴の入浴をセシリアに任せっぱなしだったのだ。セシリアが嬉々として受け入れてくれただけに、悔しいというかなんというか、微妙な思いをしていた。

 

 しかし、今日は何かおかしい。普段だったらすぐに真琴が駆けつけてくるのだが、ISの構想でも練っているのだろうか。

 

 「まーくん? ただいまー。お風呂入るから準備してー」

 

 おかしい、これは何かあったな。と警戒しながら真琴が居るであろう研究室へと向かった。

 

そこで見た物は

 

「えぐっ……うぅ……ぐすっ」

 

 盛大に泣いている真琴だった。

 

「まーくん! 何があったの!?」

 

 急いで駆け寄り、怪我が無いか確認をする。幸い何処にも怪我は無い様だ。それなら、何故泣いている?

 

「ふぇぇ……お姉ちゃん」

 

「まーくん、ほら、落ちついて……何が会ったかお姉ちゃんに教えて?」

 

「お姉ちゃん……シャルルさんを、シャルルさんを助けてあげて!」

 

 真琴が指さす先、そこにはデスクの上に鎮座する一つのノートパソコンがある。

 

 真耶はそのディスプレイを確認し、唖然としてしまった。

 

 

 何故ならそのディスプレイには、シャルルの生い立ちと、IS学園に送り込むプランが記載された資料が表示されていたからだ。

 

 

 

 

―――山田真琴博士及び、織斑一夏と接触を図る為に、男性という特異ケースを装いIS学園に入学。

 

―――シャルロットデュノアは中性的な顔立ちの為、男装をしてIS学園に転校。

 

―――織斑一夏のISデータの採取及び、山田真琴博士の研究所からISのデータを採取

 

―――デュノア社社長の妾の子、シャルロット・デュノア IS適正ランクA

 

 

 

「た、大変! すぐに織斑先生に連絡しなきゃ!」

 

 泣き続ける真琴をソファーに座らせ、慌てて受話器を取り、学生寮の寮監部屋に連絡を入れた。

 

 

「……なるほどな」

 

 真耶はすぐに千冬に連絡を取り、真琴のラボまで足を運んで貰った。そこで事の顛末を話し、どうにかならないかと相談を持ちかけていたのだが、ここに居る全員の表情は優れない。怒り、悲しみ、そして侮蔑など、様々な感情が入り乱れている。

 

「いくらなんでも、これは酷過ぎます! いくら真琴と接点を作るためとはいえ、実の娘にこんな仕打ちを……!」

 

「千冬さん、シャルルさんをたすけてあげて!」

 

 ここにいるのは全員親に捨てられた人間だ。とても他人事とは思えない。千冬も、さすがにこの事実を目の当たりにして、怒りを隠しきれていない。

 

「この事実を公にすると、デュノアは本国に呼び戻され、最悪牢獄行きだ。牢獄行きを免れたとしても、一般社会で生きていくのは難しいだろう。……デュノア社に第3世代のISを作ってやる変わりに、デュノアの身柄を要求して国籍を移すのが一番手っ取り早いが……交渉材料として使うのは気が進まないな。それに、果たしてデュノアが首を縦に振るかどうか……」

 

「それが一番いいしゅだんだというなら、僕はよろこんでISをつくります。みんなは僕をたすけてくれました。こんどは僕がたすける番です」

 

「まーくん……」

 

 今まで見せた事の無い、強い決意を秘めた真琴の目を見て、千冬は目を閉じ検討に検討を重ねる。仮にシャルルが日本国籍を取ったとして、どうやって暮らしていくのか、学園の授業料は誰が払うのか、海外からの干渉をどう防ぐのか、問題だらけだ。

 

 そこで、とりあえずシャルルをここに呼び、話を聞いてみようという事で落ちついた。

 

「分かった。今日はもう遅い、行動に移すのは明日にしよう。二人とも、明日の午前中はここに居てくれ」

 

 千冬はそう言い残すと研究所を後にした。

 

 こうして、フランス政府やデュノア社の預かり知らぬ所でシャルル救出作戦は開始した。

 

 

 日曜日の朝、一夏は篠ノ之さんや鳳さんとISの訓練をすると言い、早いうちに出て行ってしまった。

 

 僕も一緒に行かないかと誘われたんだけど、真琴との交流を深める事を優先しろと父から言われているため、行きたくても行けなかった。

 

 部屋に残って、一人でどうやって真琴にアプローチを掛けるか考えていたら、織斑先生から呼び出しがかかった。なんでも、僕のISの件で話しがあるらしい。真琴のラボまで一緒に来てくれって言われたんだけど……何か問題点でも見つかったのかな?

 

 真琴が僕のISを見てくれるっていうなら、それに越したことは無いけど……この時間っていうのが少し気になる。

 

 僕の事がバレた? それは考えにくい。……大丈夫、大丈夫だ。うん、大丈夫。

 

「着いたぞ……ここだ」

 

 10分程歩いた所に真琴の研究所はあった。……これ、IS持ってない人には分からないと思うけど……監視されてる。

 

「どうした、早く来い」

 

「あ……すみません」

 

 というか、何で屋上にニンジンが……? 真琴の趣味なのかな。それとも篠ノ之博士の……やめよう、人の事を詮索するのは良くない。

 

 「こっちだ」

 

 中は結構広い。これ、個人で持ってるんだよね……凄いなぁ真琴は。僕にもこれぐらいの才能があったら、お母さんと一緒にもっと長く暮らせたのかな。

 

 それにしても、凄い数の機材。これ、もしかして真琴が一人で全部使ってるのかな。

 

 ……やっぱり真琴は凄いね。緋蜂と戦って分かったけど、明らかに他のISとは性能の桁が違った。あの時はラウラさんについ反発しちゃったけど。協力したとしても結果は同じだったと思う。

 

 ……あれ? あれはラファール? なんでこんな所にラファールが有るんだろう。昨日のISの授業中にラファールが暴走したけど、何か関係があるんだろうか。

 

 

 

 

「こんにちはシャルルさん」

 

「こんにちは、デュノアさん」

 

 織斑先生の後を追ってドアをくぐると、そこには学生寮の部屋とたいして変わらない、8畳程の部屋だった。ベッドに山田先生が腰かけて、真琴はその上で抱かれている。……ちょっとかわいい。ふふっ、真琴を見てると和むなぁ。

 

「こんにちは山田先生、真琴。えっと、話というのは……?」

 

 少し嫌な予感が頭をよぎるけど、顔に出したら駄目だ。笑っていればみんなそれ以上追及したりぶってきたりしなかったし……。

 

 僕が椅子に座ると、織斑先生が少し悩んだ様子を見せる。……もしかして、いや、そんなはずは……。

 

「シャルル・デュノア。いや、シャルロット・デュノア。お前は、救いを求めるか?」

 

 ……!! なんで織斑先生が僕の本当の名前を!? まっまず、まずい、な、何か言い訳を考えないと、えっと……えっと……!!

 

「言い訳など考えなくていい、真琴君から話は全て聞いている。シャルロット・デュノア、お前は今の父親と絶縁する気は有るのかと聞いている。もし有るのなら、落ちついてからでいい、答えろ」

 

 父親……今まで数える程しか会っていない。会話も数回しかしてなかったっけ……そういえば、あの人の指示で僕はここに来たんだっけ。ばれちゃったのなら、もうどうでもいいかな……あの人なんて……

 

「か、仮に絶縁したとしても、フランス政府から呼び戻されて、……僕は牢獄行きだと思っています」

 

「それなら心配ない。デュノア、学園の関係者はな、いかなる国家や組織であろうと一切の干渉が許されないんだ。フランス政府がどうこう言っても、手出しはできないのさ。最悪、フランス国籍を捨てればいい。フランスの代表候補生は降ろされるが、研究員にでもなれば問題ないだろう」

 

「僕、ちょうどせんぞくのテストパイロットがほしかったんです。けんきゅうとテスト両方ができる人ってなかなかいないんですよ」

 

 嘘だ。多分真琴は、僕を助けようと枠を無理矢理作ろうとしている。……でも、もし、もし僕が自由になっていいと言うのなら、この好意に甘えてもいいのかな?

 

「……織斑先生。僕は、父の事は正直どうでもいいんです。生まれてから、それこそ2~3回しか会ったことがないんです」

 

「……そうか。それで?」

 

「でも、絶縁するにしたってそれなりの条件がないと父は僕の事を手放さないと思います。僕は、テストパイロットとしてそれなりの成績を残していましたから……」

 

 そう、僕はテストパイロットとして常に上位の成績を収めていた。テストしている時だけは自分が役に立っていると実感出来る唯一の時間だった。

 

「そこも抜かりはない。デュノアを交渉材料として使うのは気が引けるんだが、真琴君がフランス用に第3世代のISを作ってくれるそうだぞ? 好意には甘えておけ」

 

……!! そんな、そんなことしたって真琴には何の利益もないじゃないか!

 

「……ぼ、僕の身と第3世代のISが等価だって言うんですか? 割に合う訳ないじゃないですか! 明らかに真琴の負担が大きすぎます!」

 

 なんで……なんでこの人達はここまでしてくれるの? やめてよ、優しくしないでよ……! お母さんの事、思い出しちゃうじゃないか……っ!!

 

「なぁ、デュノア」

 

「……なんですか」

 

「ここに居る全員はな、親が居ないんだよ。皆捨てられて、絶望のどん底に叩き落されて、それでも歯を食いしばって立ちあがって、誰かに助けられて、背中を押して貰って、そして前へと歩きだせたから今があるんだ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のお前は、絶望のどん底に叩き落されているのだろうな。だから今度は私達がお前を助ける番だ。手は差し伸べられているぞ? ……歯を食いしばってでも立ちあがってみせろデュノア! 倒れそうになったら私達が背を支えてやる!!」

 

 

 

 

 

 

 

「シャルルさん、今日、みをていして守ってもらってとっても助かりました。シャルルさんのそんざいかちなんて、IS一つでかたれるほど安くはないんですよ。第3世代のISなんていくらでも作ります。だから、つぎは僕たちがたすける番です」

 

 

 

 

 

 

 

「デュノアさん、親が居ないってすっごく辛いんですね。つい最近私達も親に捨てられました。デュノアさんは、それを昔からずっと一人で耐えてきたんですよね? よく頑張ったと思います。だけど、そろそろ誰かに甘えてもいいと思いますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は……僕は、誰かに甘えてもいいのかな? もう、一人で頑張らなくてもいいのかな?

なんだろう、立っていられないや……涙も止まらない。でも、ずっと我慢してきたこの思いをこの人達に知って欲しい……勇気を……勇気を出さなきゃ!

 

「うっ……ううっ……助けて……助けて下さい。もう友達を裏切るのは嫌です! 一人になりたくなんてない! ……助げで!!!」

 

 もう駄目だ、この気持ちは抑えられない……一人は嫌だ!

 

「良く言ってくれた。……後は私達に任せろ。一夏には後で言っておくから、今日はここで休むといい」

 

 温かい……織斑先生が抱きしめてくれてるのかな……

 

「はい……ぐすっ」

 

「シャルルさん、いえ、シャルロットさん。今日は真琴と一緒に遊んでやって下さい。私はこれから織斑先生と対策を練ります。明日にはきっと良い知らせが届くと思いますよ」

 

 織斑先生と山田先生が部屋を出て行った。……ありがとう、先生……

 

「先生……ありがとうございます……真琴、ありがとう。ありがとう……!」

 

 何故か、今は人の温もりが恋しくてたまらなかった。真琴、ごめんね。少しの間でいいから、このまま抱き締めさせて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――シャルロット・デュノアはデュノア社社長の妾の子。

 

 小さい頃から母親と二人で別邸で暮らし、父親の顔を見る事など零に等しかった。

 

 それでも、シャルロットは幸せだった。どんな時もシャルロットに優しく接してくれた母、二人で暮らしていければそれでよかった。

 

 しかし、そんな小さな望みすら奪われてしまう。

 

 

 

 母親の死。二年前、母親の病状が急激に悪化し、そのまま帰らぬ人となってしまった。

 

 

 

 しかし、シャルルには悲しみに暮れる時間すら与えられなかった。

 

 父親の部下と名乗る人物がシャルルの元へやってきて、シャルルを本邸へと引き取ったのだ。

 

 

 そこで待っていたのは、本妻からの非情とも言える程の仕打ち

 

 泥棒猫の娘と罵られながら殴られた時には、余りの理不尽さに怒りを通り越して戸惑ってしまった。

 

 本妻からの仕打ちは苛烈を極めた。彼女は何とか耐え忍んで生活していたが、次第に諦観を持つ様になる。

 

 

 ―――私はずっとこのまま蔑まれながら続けていくのかな。

 

 

 

 流れに身を任せて生きてきた結果、彼女はIS学園に転校し、スパイ紛いの事をさせられていた。

 

 このまま行けば犯罪者。しかし引き返す道など、既に残されていなかった。

 

 そんな絶望の中差しのべられた手は、彼女にとって正に救世主だった。

 

 

 ―――これで普通の人と同じ様に自由に生きられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫くの間、シャルロットは真琴の事を抱きしめ続けた。震える彼女を、真琴はそっと抱き返す。

 

 

 ―――ああ、温かい

 

 

 随分と長い間忘れていた、人の温もり。それは自分の本心を隠し続けた結果、凍てついてしまった心を穏やかに溶かしていく。

 

「温かい……温かいよ真琴……」

 

「……シャルルさん?」

 

 シャルルと呼ばれ、シャルロットはビクりと体を震わせた。

 

 ―――これからお前はシャルルと名乗れ。男に扮装してIS学園に転校。そして山田真琴博士、もしくは織斑一夏と接触を図るんだ。

 

「父だった人」の言葉が頭をよぎる。自分を駒としてしか見なかった冷たい彼の眼差し。「シャルル」という言葉は彼女に取って、嫌な記憶を呼び起こすスイッチとなっていたのだ。

 

「……真琴。僕の事はこれから「シャルロット」って呼んで欲しいんだ」

 

「……本当のなまえですね」

 

「うん、お母さんがくれた、本当の名前」

 

「それじゃあ、シャルロットお姉ちゃん?」

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃんかぁ……ふふっ、僕にも家族ができたのかな?」

 

(お母さん……僕はもう一人じゃなくなったよ)

 

 真琴達にとって、既にシャルロットは身内という認識になっている。今までずっとつらい立場に立たされていたシャルロットに取って、それは救い以外の何物でもなかった。

 

(真琴も苦労してきたんだろうなぁ……山田先生は両親に捨てられたばっかりだって言ってたし。お姉ちゃんらしい事って何ができるかな……うん、とりあえず一つ一つ考えていこう)

 

 

 彗星の如く現れた姉候補のダークホース。それはセシリアやラウラを巻き込んで壮絶な争い? に発展していくのだが、それをシャルロットが知るよしも無かった。

 




―――ありがとう。


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33話 これはラファールですか?

 千冬と真耶はIS学園の会議室に場所を移した。盗聴器などが仕掛けられていないか念入りにチェックした後、二人だけの対策会議が始まる。

 

「さて、と……。山田君、先ず行わなければいけないのは、亡命の手続きだ」

 

「そうですね、それが終わったらデュノア社に連絡を取って、デュノアさんが亡命したと連絡をした後に、彼女の専用機の返還手続きを取るのが良いと思います。念のために、第3世代のISの情報をそれとなくチラつかせれば、おおよその問題は乗り切れるのではないかと」

 

 亡命手続き。それはフランス政府からの身柄引き渡し要求を絶つ為に真っ先に行わなければならない。

 

 外国人登録は既にIS学園に在籍している以上発行されている。これを真琴の研究所在籍と上書き登録して、その申請書を持って入国管理局に行き、亡命認定をしてもらうのだ。この際虚偽を報告してはならない。犯罪になってしまうからである。そして、面接。これは千冬や真耶が同席して事情を話し、速やかに許可を貰う予定だ。

 

 手続きが終わるまで、約一週間程かかる。その間、シャルロットは体調を崩したとでも言って学園を休めばいい。

 

 今までの手順が無事に済めば、シャルロットは晴れて日本国籍になり、真琴のラボの研究員兼テストパイロットを言う肩書を得る事ができる。

 

 フランスの代表候補生という立場は失くしてしまうが、ISの適正がある以上、IS学園は再入学を拒む理由等ない。

 

 正にゴリ押し。千冬という存在は、それを可能にしてしまうのだから恐ろしい。

 

 

「えへへ、真琴~……」

 

 現在、絶賛暴走モード突入中のシャルロットである。テレビを見ながら、新しくできた弟的な存在に頬を緩ませ、ソファーに腰掛けて真琴を抱きかかえていた。

 

「シャルロットお姉ちゃんがはじめてなんですよ。だれかをじぶんの家にしょうたいするのって」

 

「あー……この環境じゃ無理もないよね」

 

 真琴は今まで自分の家に友達を招いた事がなかった。むしろ、小学校に通っていた頃は友達など居なかった。

 

 あの頃の真琴は、休み時間に同級生が放課後に誰の家で遊ぶか話しあっているのを、遠目で見る事しかできなかった。内気な彼は自分から話しかけることができず、その寂しさを紛らわすために読書に更けるしかなかった。

 

 そして、それは叶うことなくここまで来てしまった。

 

 真琴は非戦闘員だが既に一般人ではなくなっている。外出するのも、恐らく一人というのは難しいだろう。過保護な姉の事もあるが、間違えなく学園側から護衛が付くはずだ。

 

 ラウラやセシリアという友達がいるが、生憎自分の部屋に呼ぶことは叶っていない。

 

 それというのも、代表候補生は休日になると大抵アリーナでトレーニングを行っているのだ。真琴が海外出張で出払っていた間、こちらはこちらで騒動に巻き込まれていたのである。

 

 その一件の後、自分達の非力を実感した一夏達は、暇を見てはISを稼働し、トレーニングに励んでいたのだ。

 

 そのため、休日は誰と遊ぶでもなく姉と一緒にダラダラと過ごすか、未だ解析が終わっていないコアと睨めっこするくらいしかしていなかったのだが……。

 

「……ねぇ、真琴」

 

「なぁに? シャルロットお姉ちゃん」

 

「僕がデュノア社とフランスから逃げる事ができたら……真琴のお手伝いをしたいんだけど、駄目かな? テストパイロットの経験もそれなりにあるし、真琴の力になれると思うんだ」

 

「この研究所には僕とお姉ちゃんしかいませんから、お姉ちゃんがいいと言えばもんだいないとおもいますよ。おそらく、千冬さんもそれをみこして色々とてつづきをしていると思いますし」

 

「へっ?」

 

「シャルロットお姉ちゃんがすむ家のじゅうしょは、おそらくここになるんじゃないかと言う事です」

 

 いきなりこんな事を言われて混乱しないほうが可笑しいだろう。お前が住む家は今日からここだと言われて、はい、そうですかと言える存在など居ない。

 

「えっと、うん、ちょっと待って。確かに考えてみたらそれはそれで嬉しいんだけど……ああそっか、フランスの代表候補生は降ろされちゃうもんね。専用機もなくなっちゃうな、いや、今話しているのはそういう事じゃなくって」

 

 当然、シャルロットは混乱し、自分でも何を言っているのか分からない程言語中枢に刺激が行ったようだ。

 

「確か……シャルロットお姉ちゃんの専用機って、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡでしたっけ」

 

「あ、うん。とはいっても、基本装備を外して拡張領域を増やしてあるだけなんだけどね」

 

「……そんなんでカスタムっていってるんですか、デュノア社は」

 

「そんなんって」

 

 苦肉の策とはいえ、現状デュノア社が出せる最高戦力を「そんなん」と言い捨てた真琴の言葉に、シャルロットは苦笑する。しかし、真琴には第3世代のISをポコポコ生み出せる技術力がある。実際、IS学園に来てから既にブルースカイ、撃鉄、緋蜂と3つの次世代ISを開発しているのだ。彼からしてみたら、何故第3世代でここまで行き詰るのか逆に理解が出来ないのだろう。天才とはそういう者である。

 

「ちょっと、僕がかいぞうしたラファールにのってみます?」

 

 瞬間、シャルロットの見えない犬耳がピコン!と動いた気がした。

 

「え、良いのかな。それって勝手に乗っちゃまずいんじゃ?」

 

 言葉ではそう言っているが、表情や仕草までは隠せなかったのだろう、遠慮がちにチラチラとこちらを見ながら様子を伺うシャルロットも、まるで子犬の様だった。

 

「だいじょうぶですよ。量産機のせいのうこうじょうも僕のしごとのうちですから、シャルロットお姉ちゃんにテストパイロットをしてもらおうかと」

 

 真琴はシャルロットからスルリと離れ、ラファールが置いてある別室へと歩き始めた。

 

「ついてきてください。となりの部屋にメンテナンス中のラファール・リヴァイヴmk2があります」

 

(あ、ひょっとしてさっき見えたやつかな?)

 

 真琴の後について行き、隣の部屋、つまり真琴自ら改造を施したラファールが鎮座している場所へと移動したのだが、シャルロットは首を捻る。

 

「あれ? 見た目は変わって無いみたいだけど……」

 

「あ、はい。一日しかなかったので、機体の外観はスラスターのかくどしかちょうせいしてないですよ」

 

「ということは、内装は弄ってあるってことだね。スペックはどのくらい向上してるのかな」

 

 ここで真琴は、改造を施した時にセシリアや他の生徒達に話した内容をそのままシャルロットにシャルロットに伝えた。

 

「エネルギー効率やじゅうでん速度がこうじょうしているので、おのおののスラスターが個別に連続瞬時加速できます。へいきん飛行そくどもラファールと比べて20%こうじょうしています、プログラムもいじってるので、はんのうそくども30%向上しています、あと」

 

「真琴、ちょ、ちょっと待って」

 

 変わり果てたラファールの実態を聞いて、シャルロットはダラダラと背中に冷や汗をかきながら真琴に待ったを掛けた。恐らく理解が追いついていないのだろう。

 

「はい、なんですか?」

 

「今聞いた内容だけでも、性能だけなら第3世代のISを追い越してるよ?」

 

「まだあるのに……」

 

「まだあるの!?」

 

 と、混乱の極みに陥り泣きそうになっているシャルロットは

 

「これじゃあ僕が乗っていた専用機なんて玩具みたいな物じゃないか……」

 

「よくわかんないけど、元気をだしてくださいシャルロットお姉ちゃん」

 

 シャルロットの専用機と真琴カスタムのラファール。元は同じ機体なのに、性能が違い過ぎる。苦労しながら散々繰り返してきたテストはなんだったのかと落ち込み掛けたシャルロットに、真琴は励ます為に元気を出せと言った。

 

 誰のせいで落ち込んでいると思ってるんだと言いたくなったシャルロットだが、生憎真琴には罪はない。格が違うから比べても意味がないと、無理矢理納得することにした。

 

「ありがとう真琴、で、話の続きなんだけど」

 

「あ、はい。いちおう拡張領域も1.5倍にしています。それなので、色んな武器をとうさいできますよ」

 

「よかった……ここだけはこっちの方が上みたい」

 

「むー……」

 

 シャルロットのこっちの方が上発現を聞いて、真琴の眉がピクりと動いた。対抗意識を燃やし瞳に小さな炎を宿した真琴は、ラファールに繋いであるパソコンをなにやら動かしながらシャルロットに質問を始めた。

 

「シャルロットお姉ちゃんの専用機は、どのくらい拡張領域をふやしているんですか?」

 

「ん? えっとね、ラファールの2倍かな。これくらいないと僕が戦う時に武器が足りなくなっちゃんだ」

 

「2倍……分かりました、ちょっとまっててくださいね」

 

 そう言うと、真琴は部屋の隅にあるパーツBOXをガサゴソと漁り始めた。お目当ての部品を見つけるとラファール(真琴カスタム)の元へ戻ってコア付近の板金を外し、薄い手袋を着けて基板を弄り始めた。

 

 

 

 基板には様々な部品が実装されている。その中でも拡張領域は特殊な扱いで、基板に実装されているソケットに差し込む形で増やせるようにしてあるのだ。これは真琴独自の手法である。他の企業が作成している基板は、実装している部品やパターンにムラや無駄が多い為、直接取り付けないとスペースを確保できないのだ。

 

 かちり と何やら外れる音がした。どうやら真琴は、拡張領域用の部品を交換している様だ。

 

 そして部品交換を終えた基板をラファールの取り付けて板金を装着した後、ニコニコと微笑みながらシャルロットの元に戻っていた。この間、シャルロットは興味深げに真琴の作業を見つめていたのだが、一介のテストパイロットが作業内容を理解できるはずもなく、ひたすら頭の上に疑問符を浮かべる事しかできなかった。

 

「おわりました」

 

「え? え? 何をしたの真琴?」

 

「これで拡張領域が3倍になりました。僕のかちですね」

 

「さ、3倍……」

 

 シャルロットは再び項垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がっくりと肩を落としたシャルロットとそれを見て首を傾げる真琴は、量子変換したラファール(真琴カスタム)をシャルロットに預けてアリーナへと移動した。調整を行ったそれをテストする必要があるからである。

 

 真琴はノートパソコンを通信ケーブルを纏めた鞄を、シャルロットは測定に必要な機材と部品を載せたカートで押しながらアリーナへと続く長い廊下を歩いている。

 

 真琴が機材を持ち運ぶということは、改造したISをテストするという事をほぼ全ての生徒が理解している。そのため、影からヒソヒソと噂話が聞こえるのだが、今のシャルロットにそれを気にする余裕などあるはずもなかった。

 

 

「……改めて真琴が規格外だと実感させられたよ」

 

「どうしたのシャルロットお姉ちゃん?」

 

「真琴は凄いねって事」

 

「……ありがとう?」

 

「どういたしまいて。それじゃ真琴、僕はちょっと着替えてくるから先に行ってて貰えるかな?」

 

「わかりました。それじゃあ、ラファールをあずかってもいいですか? 先にちょうせいをしておきます」

 

「了解。また後でね」

 

 シャルロットはカートを押したまま更衣室へと歩いて行った。それを見届けた真琴は、シャルロットから受け取ったラファールを白衣のポケットに押し込むと、アリーナへと歩を進めるのであった。

 

 

 真琴は模擬戦が行われていないのを確認。更に皆空を飛んでいるのを確認し、安全だと判断してアリーナの片隅でラファールを呼び出した。

 

 そしてノートパソコンを起動しながらラファールの基板に通信ケーブルを差し込み、起動を終えたパソコンにも通信ケーブルを差し込む。

 

 立ち上げたアプリケーションにラファールのスペックが羅列され始める。システムがオールグリーンを表示したのを確認し、更に別のアプリケーションを立ち上げて何やらカタカタとタイピングを始めた。

 

 ちなみに、これらのアプリケーションは真琴お手製である。標準的なアプリケーションでは真琴が所望する機能を搭載していない為、自分で作り上げたのだ。

 

 見学に来ている生徒や、訓練機を借りて訓練をしていた生徒達が真琴の存在に気付いて噂話を始め、彼に視線が降り注いでいるが、真琴は気づいていない。

 

「……ノイズ、かな?」

 

 原因は、恐らく昨日暴走させた生徒が壁に激突したからだろう。その際に部品がどこか外れかかったりしているのかもしれない。

 

原因を模索し続ける真琴であったが、彼の存在に気付いた一年生の専用機持ちがふよふよと近づいてきた。どうやら、皆このアリーナで訓練していたらしい。

 

「こんな所で何してんだ真琴?」

 

「弟君、ここは危険だぞ。外ではできないのか?」

 

「真琴さん? こんな所で何を……ひょ、ひょっとしてそれは……わたくしが授業で乗ったラファールカスタムでは?」

 

「なぁにセシリア。あんた量産機に乗ったの?」

 

「こ、このラファールは既に量産機と呼べる代物ではございませんわ!」

 

 顔を青くしてカタカタと震えだすセシリア。ラファールに空中でぶん回されて、シェイクされて、ポンポンと遊ばれて、髪の毛がボサボサになって、フラフラになった時の記憶でも蘇っているのだろうか。

 

「あ、こんにちは。えっとですね、これ僕がかいぞうしたISなんですけど、きのうの一件でちょうしが悪くなったみたいなんで、ちょうせいしてました。それが終わったのでシャルロ……シャルルさんにテストをお願いしたんです」

 

「お待たせ真琴。 あれ? みんな此処でトレーニングしてたんだ」

 

 丁度その時、ISスーツに着替えたシャルロットがカートを押しながら真琴達の元へ歩いてきた。

 

「あれ、シャルルって専用機もってなかったか? なんでこのラファールを?」

 

「ああ、うん。僕の専用機もラファールのカスタム機だから、真琴がカスタムしたラファールのテストパイロットをすることになったんだ」

 

「ほう……この量産機を弟君が改造したのか。さぞかし素晴らしい性能を持っているに違いない、楽しみだ」

 

「思い出したくもありませんわ……」

 

「ああ、あんときセシリア凄かったよな。ハエ叩きから逃げまくってるハエみたいな動きしてたし」

 

「ちょ、ちょっと一夏さん!?」

 

 あの時現場に居たのは、この場では真琴と一夏しか居ない。それを思い出して笑っている一夏を見て、鈴やラウラは事の詳細を知ろうと彼に詰め寄ったが、セシリアが必死に食い止めていた。

 

「全く……あの時は少し調子が悪かっただけですわ。今ならきちんと真琴さんが改造したラファールを乗りこなしてみせます」

 

「セシリアが弄ばれるとはな……シャルル、早く乗ってテストしてみせろ」

 

「分かった。真琴、準備の方はどう?」

 

 皆と会話しながらも、真琴は確認作業を進めていた。機材をISに接続してエネルギーラインや伝送系統の確認をしているのだが、エネルギーの流れを回路上で追っていた時とある部分で異常をみつけた。どうやら、CPU付近の部品が取れかかっていたらしい。

 

「きばんの部品がとれかかっているみたいなんで、ちょっとなおしますね。10分ほどまってください」

 

 真琴はラファールの板金を外して基板を取りだした。そして修理に必要な工具と部品を取り出して工具箱の上で修理を始める。

 

「……なるほど、ISの中はこの様になっているのか」

 

「実際に修理する所は初めてみますわ。こんなにも複雑なのですね」

 

「なによこれ、こんなちっこい部品よく取り付けられるわね」

 

「へぇ~……俺にはさっぱりだ」

 

 次々に上がる驚嘆の声、しかし真琴は集中状態に入っているため、それに応えるはずもなく、黙々と修理を続ける。

 

 何故この様な環境で以前にも増して的確に修理できるのかと言うと、束に貰ったウサギの耳が関係している。

 

 このウサ耳、何を隠そう劣化ハイパーセンサーを搭載しているのだ。そのため、顕微鏡で見るかの様に、通常目では胡麻粒にしか見えない部品もしっかりと見えるという訳である。

 

 そのため、以前ラファールを改造した時よりも作業スピードは数倍早い。精密機械の様なそれをみて、彼女らは再び驚嘆の声を上げた。

 

「……まるでロボットを見てるかの様ですわ」

 

「ふむ、ハイパーセンサーを使ってようやく見えるな。肉眼だと胡麻粒にしか見えん」

 

「うがー! こんなチマチマしたの見てるだけでもイライラする!」

 

「おい鈴、あんま騒ぐと真琴に迷惑だって。……しかし、すげーな真琴」

 

 

 代表候補生達が真琴の作業を見守る事数分、修理が終わった基板を元に戻してエネルギーラインの波形を確認し、それが正常値を示したのを確認すると、真琴はラファールから通信ケーブルを外してラファールを量子変換した。

 

「おまたせしました。はい、シャルルさん」

 

「ありがとう真琴」

 

「えっと、武器はラファールにデフォルトでとうさいされている武器しかないので、アリーナの倉庫にあるものを適当につかってください」

 

「OK。それじゃあ準備してくるね」

 

 シャルロットはラファールを呼び出すと、倉庫に向かって飛んで行った。

 

 真琴はパソコンや機材を片付けて、指令室で観戦するためにカートを押し始めたその時

 

 

 

 

 アリーナに轟音が轟き、一機のISと思われる機体が乱入してきた。

 




――戦闘レベル、ターゲット確認。行動、開始。


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34話 襲撃者の正体

 突然現れた正体不明の敵と思しきIS……と思われる物体は、アリーナに展開されていたシールドバリアーを難なく突き破り、フィールドの中央に凄まじい勢いで着地した。

 

 その衝撃は筆舌し尽くしがたい。衝突した際に巻き上げられた土煙は、逃げまどう生徒達を阻むかの様に視界を一気に奪い去る。

 

 ISを展開、なお且つ、パニックに陥らなかった者はすぐさま臨戦態勢へと移行。専用機持ち達は真琴を守る様に布陣し、ハイパーセンサーを駆使して相手の動向を伺った。

 

「全く、こちらの予定も確認せずに押し掛けるなんて、礼儀知らずも良い所ですわ」

 

「……なーんか嫌な予感がするのよね。生体反応を感知できないって、どういう事?」

 

「俺も同感だ。なんて言うか、この前襲ってきた無人ISに似てるっつーか、とにかく俺も嫌な予感しかしない」

 

「弟君、私の傍から離れるなよ。……敵に動きが見られないな、ふん、舐められた物だ」

 

「僕も真琴の護衛に当たるよ。僕達の傍を離れないで」

 

 緊張感が走る。そんな中、ラウラだけは場馴れしているらしく、緊張はしていないが、油断することなく土煙の中に居る正体不明の敵を睨み続けていた。

 

 策敵を続けてどれ程経っただろうか、ようやく土煙が晴れた時、そこには金属のボディが鈍い光を放ち、不気味な雰囲気を放つ全身装甲(フルスキン)に覆われたISが現れた。

 

「―――この前襲撃してきた奴の同型かっ!」

 

 一夏、鈴、そして箒以外に、実際に全身装甲を見たものはこの中にはいない。

 

 全長は3メートル以上あるだろうか。先ず目に留まるのは、異常とも言える程の手の長さ。手の先には、実体化された銃身が装着されている。全身の至る所にスラスターを搭載し、静かにエネルギーを放出している所から、何時でも動けると言わんばかりに臨戦態勢を取っている様子が伺える。

 

 そして、襲撃者が腰を静かに引き、前傾姿勢を取る。勢い良く突撃するために、予備動作を取っているそれは、捕食者のそれと言うに相応しいだろう。

 

 

 ―――来るか

 

 

 迎撃するために、一夏達も身構えた。

 

 

 その時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり襲撃者は大きく跳躍し、水泳の飛び込み選手すら裸足で逃げだせるほど凄まじい勢いでくるくると回転しながら、ご丁寧に捻りも加え、着地すると同時に ビシッ! と戦隊物のヒーローよろしく華麗にポーズを決めた。

 

 

 

 

 …………………は?

 

 

 

 

 皆の気持ちを一言で表すのなら、こんな所か。いきなり襲撃したかと思えば、今度はヒーローよろしくポーズを決められ、混乱しないはずがなかった。

 

 そして、襲撃者に更なるアクションがあった。

 

『やっほーいっくん、まーちゃん! 研究所に寄ったんだけど誰も居なかったから来ちゃった! ねぇねぇ、びっくりした? びっくりした?』

 

 

 

 不気味な外見を持つ全身装甲のISが、一夏と真琴を名指しで呼び、ハートマークを振りまきながら、内股気味で手を振り、更にピョンピョンとジャンプする光景は、シュール以外の何物でもなかっただろう。

 

「……束さん、何やってるんですか……」

 

「おい、一夏。お前、呼ばれているぞ。何とかしろ」

 

「そ、そうですわね……ええと、真琴さんも呼ばれていた気がしないでも無いのですが、なんと言ったらいいのでしょうか、その、教育上よろしくないと言いますか」

 

「言っておくけど、一夏、あんた私達を巻き込むんじゃないわよ。なんであんたの周りには、どうしていっつもこんなのばっかり集まるのよ……」

 

「ちょ、まってくれよ! 私達って、俺一人で何とかしろって言うのか!?」

 

「当たり前でしょ。あんな色んな意味で危ない奴に、真琴が絡まれたら大変よ」

 

「あ、機材をかいしゅうしないと……」

 

「俺はどうなってもいいのか!? ていうか真琴! お前なんで逃げ出そうとしてんの!?」

 

「というか中に篠ノ之博士入ってるのに生体反応がないってどういう事よ!」

 

『ふっふっふー。束さんにかかれば、そんな問題ちょちょいのちょーいだよ!』

 

 

 専用機持ち達、一夏に擦り付ける。真琴、何やら納得がいった様子でカートを押しながら退出を試みる。周囲に居た生徒達、混乱の極みに陥る。

 

 一体どうやって収集を着けろというのか、束と思しきISは、悪びれもせずにスキップしながら一夏達に近づいてくる。

 

 

 

 

 

 

 そこに、土煙を上げながらF1カーよろしくカッ飛び、近寄る影が一つ。

 

 

 

 

 

 

「たああああぁぁぁぁぁぁばねえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 ブリュンヒルデこと、織斑千冬である。

 

 ISを展開していないはずなのに、肉眼で追う事すら漸くという程の速さで砂塵を巻き上げながら束に飛びかかり、全体重と加速を載せたドロップキックを食らわせた。

 

『お、ちーちゃんではないかぐほぅ!?』

 

 

 ―――おかしい

 

 ―――何故全身装甲のISが、生身の人間が放った蹴りで吹き飛んでいるのだろうか

 

 

 

 

 飛び蹴りを食らった束(千冬がそう呼んでいたので、確定だろう)は、一直線に壁まで吹っ飛んで行き、轟音を響かせた後壁にめり込んでいた。

 

『うごぶっ!』

 

 千冬はそれに追いすがり、素早く束を片手で引きずりだすと、無造作に地面に投げ捨てた。

 

 

『へぶっ』

 

「今日という今日は勘弁ならん! この糞忙しい時に! どうしてお前は! 厄介事ばかり! 持ちこんで来るんだ! お前のせいで! また私は始末書だ! どう落とし前をつけてくれるんだ!? ええ!?」

 

 

『ち、ちーちゃうごっ! 痛い痛い! お、落ちついてげばっ! ちょっとした悪戯ぁ!? 幼馴染のおぅ! ま、まってまってあがぁ! それ以上はあぅ!、束さん壊れちゃうごぶ!』

 

 

「大丈夫だ! お前は! もう! 壊れて! いるから! なぁ!」

 

 

 一言喋る度に、何処から取り出したのか、千冬お得意の出席簿で容赦なく殴りつけている。しかし、音がおかしい。ゴギン! とか ガィン! といった、金属同士がぶつかる様な音が聞こえてくるのだ。

 

「お、織斑先生……また襲撃ですか……って!」

 

 そこに、真耶が遅れて到着した。千冬を追いかけるのに相当苦労したらしい。両手を膝に着き、肩で息をしている。

 

「……ま、まーくん? 何かなこの状況?」

 

「あ、僕がつくったしゅっせきぼ、使ってくれているんですね千冬さん」

 

「ああ! 真琴君に依頼して全く持って正解だった! これでも! 足りないくらいだ!」

 

 

 乱打乱打乱打乱打乱打乱打。一撃一撃に乾坤一擲の思いが込められた出席簿乱舞の太刀を食らい、ISの装甲はみるみるひしゃげて行く。

 

 

「ま、真琴さん……? 何ですのあの出席簿は?」

 

「えっとですね、この前千冬さんからおねがいが有りまして、ISの装甲につかうそざいに特殊なコーティングをほどこした物をざいりょうにして、出席簿を作ってみたんです」

 

 良く見てみると、出席簿の端っこに「山田製作所」と印が押してある。オーダーメイドらしい。

 

『ち、ちーちゃん、これ以上は束さんちょっと困っちゃうかなぁ……』

 

 その言葉を聞いて、千冬の動きが一瞬ピクッと止まる。それを見た束はやっと終わる……と安堵の息を吐いたのだが。

 

「ふ、ふふ……安心しろ束。私は今、お前以上に、困っているのだからな……!!」

 

「ひ、ひ、ひいぃぃ……! ちーちゃんが壊れた!!!」

 

「私をこんな風にした原因はお前だ!!!!!」

 

「にゃ、にゃああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――束のISのシールドエネルギー:MAX1200

 

――――織斑千冬のコンボ数:50HIT

 

――――残シールドエネルギー:3

 

 

 

 迷惑を掛けた罰として、全身がボコボコになったISを装着したまま、束はふらふらと空を漂い、顔面に搭載しているセンサーからオイルを流しながらアリーナの破損した部位を修理していた。ところどころでっかい絆創膏が張ってある。よほど千冬から受けた被害が大きかったのだろう。

 

 本体の一部が分離し、手のひらサイズの無人ISが束と一緒に修繕に当たっているのだが、千冬にボロカスに殴られた際に不具合でも発生したのだろうか、とあるミニISは踊りだし、別のミニISは束の腰にしがみ付いて離れようとしない等、意味不明の動作を繰り返すばかりだ。

 

『こらー! ちゃんと直さないと、またちーちゃんに怒られちゃうんだから、サボッてないでしっかり直す!』

 

 しかしこのミニIS、束が作ったというだけあり、言う事を聞かない。無事だったミニISもその内修繕に飽きて遊びだし、しまいには逃げ出してしまった、それを束が追って寸劇が繰り広げられているのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬も先ほど適度な運動をして少しは溜飲が下がったのか、愚痴を言いつつも一夏達と一緒に食事を取っていた。

 

「いいか真琴君。将来、絶っ対! あんな大人にはなるなよ」

 

「は、はい……」

 

 千冬は物凄い勢いでパスタを巻きながら真琴に注意を呼び掛ける。パスタの回転速度は、まるで高圧電流を流したモーターを連想させる程早かったと追記しておく。

 

「と、所で織斑先生……篠ノ之博士のISって、この前襲撃してきたっていうISに似ていませんか?」

 

「確かに似ているが、本人が襲撃を否定していた。なんでも、「遠くから見ていたけど、あんな不完全な物を束さんが作る訳ないじゃないか」だとさ」

 

「わざわざこの為に全身装甲を作ったと言うのかあの人は……」

 

 本当は、当時一次移行していなかった白式の成長を促す為に刺客として送り込んだ物だが、それは最重要機密事項として封印されている。ちなみに、その鹵獲された無人ISはコアが無事だった為、真琴邸のガードマンとしてせっせと働いているのだが、知る者は束と真琴と千冬だけである。

 

 最近影が薄かった気がしないでもないが、箒もしっかりと昼食に同席している。打鉄の仕様許可が下りなかった為、箒だけアリーナの観客席でデータを取っていたのだ。

 

「あの馬鹿は、自分が面白ければ何でも良いんだ。恐らく映像を残している。家に持ち帰って観賞でもするのだろう」

 

「才能の使いどころを盛大に間違えていますわ……」

 

「でも、ちょっとだけかっこよかったです。一夏さんのISも全身装甲に」

 

「ちょ、やめれくれ真琴あれは恥ずいあんなのに乗っているのを見られたら俺は立ち直れなくなる!!」

 

「そうですか……ざんねんです」

 

 もし一夏がこの時真琴の呟きに気付かなかったら、白式は全身装甲タイプに改造されていただろう。それが分かる程、真琴は残念そうな顔をしていた。

 

「それじゃあ……シャルルさんのISを」

 

「ぼ、僕も遠慮するよ……」

 

「そうですか……」

 

 全てを言いきる前に、シャルロットも否定した。本能的に拒絶しているのだろう。誰が好んで、あんな不気味なISに乗ろうと言うものか。

 

「まぁ、この件についてはもうお終いにしよう。……そういえば真琴君、調整を依頼していたラファールmk2だが、もう終わったのか?」

 

「え、えっと……それなんですけど、あのですね、束さんがきゅうに来たものですから……」

 

「……皆まで言うな。昼食を取り終わったら、またアリーナだな」

 

「すみません……」

 

「気にするな。あの馬鹿が乱入などしてこなければ、今頃終わっていたはずなんだ」

 

 

 束という爆弾は、指名手配から解除された。悩みの種はそこで亡くなったと思っていたのだが、その代償とでも言わんばかりに、こうしてIS学園をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回すのであった。

 

 

 人知れず千冬は胃薬を飲んでいるのだが、その回数が劇的に増えた事を知る人は誰もいない。

 

 

「さて、アリーナの修繕も終わった事だし、遠慮なくラファールのテストをしてくれ。

 

 逃げ出したミニISの対処で手間取ってしまい、束が修繕を終えたのは夕方になっていた。

 

「うぅ~……体中が痛ひ……。束さんに肉体労働をやらせちゃ駄目なんだぞぅ……」

 

 

「自業自得じゃないですか……」

 

 ISを量子変換した束は、アリーナの隅でグッタリとうつ伏せになり、一夏に介抱されていた。

 

 それがよほど嬉しかったのか、指一つピクりと動いていないのだが、機械仕掛けのウサ耳だけはピコピコと忙しなく動いていた。

 

「それでは、私と山田君は打ち合わせがあるので失礼する。真琴君、後は任せたぞ」

 

「あ、はい。わかりました」

 

『うぇーい、束さんも見てあげようじゃないかぁ~』

 

 

「「「「「触らないでいい!!!」」」」」

 

 束は、皆から光の速さで総スカンを食らうのであった。とーぴんぱらり。

 




――……うー、損傷度99.75%ってどういうこと……

――ピピッ! 


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35話 ……こ、これはラファールですか?

「それじゃあ真琴、テストを開始してもいいかな?」

 

『はい、いつでも大丈夫ですよ』

 

 真琴と束は指令室に行き、データの解析を行うことにした。既に起動やデータ取採取は完了しているため、最終確認をするだけである。束はシャルロットにはまるで興味が無い様で、真琴に後ろから抱きつき、きゃっきゃっと騒いでるだけだが……。先ほどの力尽きた面影は、今はその様子から微塵も感じる事ができない。

 

 他の専用機持ち達は、アリーナのフィールド上でラファールmk2の動向を見守っていた。

 

 一夏、セシリア、箒はそうでもないのだが、ラウラは興味津津なのだろう。シャルロットの操作技術ではなく、ラファールの一挙一動を見逃さずに目で追っていた。

 

 しかし前者の3人を含めて、その考えはすぐに改められることとなる。

 

 

『安定』という言葉が、これほど似合う動作確認も無いだろう。

 

 

 

 起動するのはこれが2回目。シャルロットは、真琴が改造したラファールmk2を、出力を落としてはいるが見事に乗りこなしていた。

1度目、束が襲撃してきたほんの数分。シャルロットは、その僅かな時間でラファールmk2のスペック、挙動、癖を見抜き、自分をラファールに「合わせ」に行っていたのだ。

 

 

 ISは、人間が一方的に使役する物ではない。人間とISが歩み寄り、互いを認め合い、信頼しあって、始めてその真価を発揮できるのだ。

 

 シャルロットは、自分を助け出すきっかけを作り、更には世界的に見ても貴重な第3世代のISを、自分を自由にする為に惜しげもなく「作る」と言ってくれた真琴に信頼を寄せていた。

 

 生まれてからずっと、母以外から優しくされた事が無かった彼女にとって、真琴達にそういった感情が生まれてしまうのも無理のない話だ。

 

 

 自由に飛び立つ羽が生え揃った鳥は、恐る恐る空へと飛び立ち、そして徐々にその速度を上げて行く。優雅に空を飛ぶその姿は、まるで白鳥の様だ。

 

 ラファールに身を預け、全く無駄の無い、それでいてシャープなラインを描きながら飛ぶシャルロットの姿は、とても美しかった。

 

「……動きに全くと言っていい程無駄が有りませんわね。とても器用ですわ。まさか、あの「じゃじゃ馬」を2回目とはいえここまで扱う事ができるなんて……信じられませんわ」

 

「おー……綺麗だなぁ。なんつーか、うまく言えないんだけど、無理をしてないっつーかなんつーか」

 

「自然体よね、ありのままの自分っていうのかしらこういうの」

 

「すぐに順応するシャルルもすごいが、あいつが言うには80%程の出力しか出していないらしいぞ。全く、私達のISと比べても遜色がまるでない……さすがは弟君だ。アンティークの性能をここまで上げるとは」

 

 皆が驚く中、シャルロットは静かに舞い降りた。

 

『それではシャルルさん、拡張領域を弄ったばかりなので、今拡張領域に登録している武器を全て出し入れしてみてください』

 

「了解、それじゃあ一度全部の武器を出すね」

 

 ガシャン、ガシャン、ガシャン。

 

 次々に武器が呼びだされ、地上に落ちて行く。ライフル、アサルトライフル、サブマシンガン、ショットガン、スナイパーライフル、ハンドガン、グレネードランチャー、アサルトカノン、シールド、チャフ、グレネード……

 

 ガシャン、ガシャン、ガシャン。

 

 次々に呼びだされる武器を見て、始めは見守っていた一夏達も、次第に顔が青ざめて行くのを自覚したのだろう。どよめき始めた。

 

「……なぁ、鈴」

 

「あによ」

 

「俺の目が可笑しくなったのかな。落ちてくる武器を数えてるんだけど、20を超えた気がするんだ」

 

「どうやらあたしも眼科に行かなきゃ駄目みたいね。25を超えたわ」

 

「お前らの目は正常だ。今28個目の武器を出しているぞ」

 

「……全て合わせて、32個。ですか……どこの百貨店ですの?」

 

 全ての武器を出し終えた時、シャルロットの足元は銃器でいっぱいになり、小さな山が出来ていた。

 

「ふーっ。さすがに拡張領域がラファールの3倍ともなると、収納できる武器の数もすごいねぇ。真琴、次は全部しまえばいいのかな?」

 

 彼女も彼女で、当たり前の様に武器を次々に呼びだしているが、ここに巧の技が隠されている。

 

 通常、一つの量子構成を終えるのには1~2秒かかる。それをシャルロットは、一瞬で呼びだしていたのだ。伊達に代表候補生に抜擢されてはいない。

 

『足りませんでしたか? それならふやしますけど……。ごめんなさい、最高で4倍までしか増やせません。ラファール本体のせいのう的に、4倍がげんかいなんです』

 

「い、いや、これで十分だよ。それじゃ全部しまうね」

 

『はい、おねがいします』

 

 呆気に取られる一夏達を尻目に、ラファールmk2のテストは続いて行く。

 

 

 一方、シャルロットがテストを再開し、自由に大空を飛んでいる間、真琴達はというと……

 

 

「まーちゃんまーちゃん。「まーちゃんが改造した」オレンジの回路図見せてもらったんだけどさー、まだまだ無駄が多いね。束さんにかかれば効率なんて100%のピッタリ賞だぜぃ☆」

「ていうかさ、この間の緋蜂みたいにもっと面白いの作ろーよ」

「そうそう、まーちゃん学校で苦労してるみたいだから護衛機作っとくね」

「箒ちゃんのISも粗方作り終わったし、そろそろ次の世代のISを作ろうかと思って居るんだ束さんは」

 

 正に、マシンガントーク。ラファールmk2に異常が無いか確認をしている真琴の後頭部を自分の胸の谷間に埋め、彼の頭をわしゃわしゃと撫でくり回しながら、ニコニコと微笑み怒涛のラッシュで話しかける。

 

 真琴の話し方は、どちらかというとゆっくりだ。間延びするほどではないが、どこか少し力が抜けているという印象が強い。つまり、どうなるかと言うと―――

 

「えっと、後でどこがわるいか教えて―――」

 

「こことこことここ! でさでさ、次はどんなIS作るのまーちゃん? いっその事人間型やめてみるとか? それとも束さんが此処に来る時に使った全身装甲?」

 

「あの、えっと、全身装甲はみなさんからあまり色の良いへんじを―――」

 

「じゃあさじゃあさ! とりあえず束さんの研究所へおいでよ! 皆には内緒だけど、まーちゃんならきっと大丈夫だって。今なら移動式ラボのおまけつきだぁ! これはもう買うしかないね! とってもお買い得!」

 

「えっと……」

 

 こうなる。真琴が1を言い終わる間に、束は3も4も話題を振ってくる。真琴は束の問いかけラッシュを否定する事が出来る程気が強い訳もなく、テスト中のシャルロットには悪いが、データ採取は有る程度機械に任せるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そもそも、他人に対して無関心を貫いていた篠ノ之束が、どうして真琴に対してここまで積極的に関係を持とうとしているのか?

 

 

 

 それは単に、「対等に話せる可能性を秘めた相手」という理由が大半を占めている。

 

 それこそ始めは、自分の指名手配を解除するに至った人物。という認識しかなかった。

 

 そして暇つぶしにと、千冬とセシリアがドイツの軍施設で内密に話していたのを盗聴したのがきっかけで、二つの国がご機嫌伺いをするほどISの開発能力が高い人物という情報を得た。この時点で、彼女はほんの、ほんの少しだが興味を持っていた。

 

 そして実際に会ってみたら、それは子供であった。そこで、更に興味を持ったそうな。

 

 

―――そして、イギリス政府との対話。

 

 

 ここで、自分の直感は間違いではなかったと確信したらしい。政府の人間が、たかが子供一人相手に物怖じしている様子からも薄々察しはついていたが、彼の雰囲気が豹変した時、つまり千冬や束の真似をしだした辺りなのだが、これなら暇つぶしに作ったISを、自分と共に、更に面白い玩具へと昇華させてくれるのではないか。

 

 そう、思っていたのだ。

 

 物は試しにと、帰りの旅客機の中で白式のデータを見せてみたのだが、彼は束と対等に話せる知識のほかに、豊富なアイデアを持っていた。予想以上の彼の出来に、束は微笑みを隠す事ができなかった。

 

 

 ―――まーちゃんの頭の中、見てみたいなぁ

 

 

 そして、現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 幼少の頃より、束は頭の回転が早すぎた為、他の子供と遊ぶことを拒絶していた。というよりも、認めて貰えなかった。

 

 束は幼稚園に通っている時から、既に大学の講義で用いるような参考書を読んでいた。

 

 小学生にもなると、企業が製品を作るにあたって必要な専門知識や資格を取る為の参考書、さらには、論文。スポンジが水を吸収する様な勢いで彼女は己の欲を満たしていった。

 

 

 ―――面白い、世の中にはこんなにもいっぱい知識が溢れている。

 

 

 しかし、束が小学生の高学年になる頃には、彼女の知識欲を満たしてくれる物は存在しなくなっていた。

 

 

 ―――つまらない、つまらない。誰か、私に知識を。知識を。もっと知識を授けて欲しい。

 

 

 彼女が知識を欲する様は、まるで血に飢えた野獣。そんな彼女に近寄る存在など、居はしなかった。

 

 唯一、親同士に付き合いがあった千冬、一夏、そして自分の妹である箒は、彼女を畏怖の視線で見る事なく、優しく接してくれたのだ。

 

 しかし、彼女の知識欲を満たしてくれる相手は居なかった。

 

 

 

 ―――そっか、それなら自分で作っちゃえばいいんだ。

 

 

 

 彼女がその回答に気付くまでに、それほど時間はかからなかった。

 

 

 そして、程なくしてその願いは成就される。ISの誕生だ。

 

 物は試しにと、今までの世界をひっくり返してみよう。女性にしか使えない兵器を作ったら、世界規模で混乱が起こることは間違いない。

 

 それなりの代償は払ったが、束は今の世界をそこそこ気に入っている。

 

 色々と予定は狂ってしまったが、得た物はそれ以上に大きい。暇つぶしの道具が、真琴という存在のおかげで玩具へと変わる可能性が生まれたからだ。

 

(うふふ、まーちゃん。次は何のお話をしようか。ぶち壊してくれちゃったISの基礎理論の再構築でもしてみる? それとも、新しい世界をまた作ってみる?)

 

 天災の考える事など、誰も予想できない。

 

 

「―――はい、これでラファールのテストはおしまいです。シャルルさん、おつかれさまでした」

 

『あ、うん。お疲れ様。それじゃあ……もうこんな時間か。皆、戻る前に晩御飯食べて行かない?』

 

『そうだな。食事は取れるうちに取っておいた方がいい。しっかり食べて大きくなるんだぞ弟君』

 

『今日の日替わりメニューは……たしかカルボナーラでしたわね。真琴さん、ここのカルボナーラは絶品ですわ、是非お食べになってみて下さい』

 

『俺は米だなぁ。がっつり食いたい。すげー腹減った』

 

『おい一夏、お前は食事が終わったら課題をやらねばならんのだぞ? この前テストで赤点ギリギリだったではないか』

 

『うっ……しょうがないじゃないか。ここの授業レベル高すぎんだよ』

 

『あたしは何にしよっかなぁ。まぁ、行ってから決めればいっか……何よ一夏その目は。ま、まぁ? どうしてもっていうなら私が勉強見てあげてもいいわよ?』

 

『結構だ! 一夏の勉強は私が見る事になっているのでな!』

 

 

 

 ぎゃーすかと騒ぐ専用機持ちを映し出すディスプレイを横目に、真琴もいそいそと食事へ向かう準備をしていた。

 

「束さんもどうですか? ここのご飯はとてもおいしいですよ」

 

「んー、そうだなぁ、ちょっちやること出来ちゃったからまーちゃんの研究所にいってるね、あでぃおす!」

 

 

 束はやることが有ると言い残し、足早にというか、ピュウン! と効果音が付きそうな勢いで立ち去って行った。

 

「……ま、いっか」

 

『真琴さん? そちらを引き払う準備は終わりまして?』

 

「あ、はい。いまいきますね」

 

 

 夜の会議室、千冬と真耶は、シャルロットの亡命に必要な提出する書類の作成および、連絡を取っていた。

 

「さて、今出来る事は全てやったな。……全く、あの馬鹿が乱入さえしてこなければ、もっと早く終わった物を……」

 

「あ、あはは……強烈ですね篠ノ之博士は」

 

「あれは自然災害くらいに思って居ないとやってられん。真琴君が目を付けられた以上、ああやってちょくちょくちょっかいを出してくるのは、諦めるしかないのだろうな」

 

「真琴もまんざらではない様子でしたし、特に問題は……あ、有りましたねぇ」

 

「……思い出させないでくれ」

 

 

 

 そして、溜まりに溜まった始末書の山。これらの大部分が、束が起こした問題について、だ。

 

「この量ですと……私達、今日は徹夜ですかね……うう、まーくん……」

 

「仕方ない、諦めてくれ。毒を食らわばなんとやらと言うじゃないか」

 

「とほほ……」

 

 

 夜は更けて行く。そして、二人は徐に作業をこなし始めた。彼女たちの傍らに置かれているコーヒーの湯気が、今の二人の心境を代弁するかの様にゆらゆらと揺れていた。

 




――ところで織斑先生、その瓶は一体……?

――ああ、気にするな。ただの胃薬だ


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36話 二人のお茶会

今更ながら鈴の苗字の鳳と凰を間違えていました。
というか、指摘されて初めて気づきました。

この場を借りて御礼申し上げます。


「お、お邪魔しま~す……」

 

「ただいまー」

 

 

 夕食が終わった後、シャルロットは自分のISの調子が悪くなってしまった原因が分からない為、しばらくは真琴の家に泊まり込みで調整をしなければならないと皆に告げて、真琴邸に帰宅した。

 

「ふ~っ、ラウラの視線が怖かったなぁ……」

 

「せいふの許可がおりれば、メンテナンスじゃなくて改造もできるんですが……」

 

 一夏達もメンテナンスして欲しそうな視線(特にラウラが)を真琴に注いでいたが、それに気付いた真琴が、一度に一機しかできないと説明すると、しぶしぶだが納得して各々の部屋に戻って行ったのだ。

 

「あはは、無理もないよ。真琴って世界で三本の指に入る開発者だもん。専用機持ちなら喉から手が出る程して欲しいと思うよ?」

 

「僕はいろんなISをいじりたいだけなんですよ」

 

「真琴、そういう時は「ありがとう」って言うんだよ? 謙遜は日本人の美徳だけど、余り行きすぎると嫌味になっちゃうし」

 

「……ありがとう」

 

 僅かに頬を赤らめ、顔を逸らしながらそう呟いた真琴を見て、シャルロットは己の母性に会心の一撃が入った事を悟った。しかし、時すでに遅し。慌てて顔を逸らしたのだが、次第に顔が熱くなっていくのを実感していた。

 

 それを見ていた真琴は、首を傾げながらシャルロットに問いかける。

 

「シャルロットお姉ちゃん?」

 

「な、何かな?」

 

「なんか顔が赤いですけど、かぜならおふろは入らないほうが……」

 

「大丈夫だよ真琴! そ、そういえば真琴って一人でお風呂に入れるの?」

 

「えっと……その……」

 

 

 何とか誤魔化せないかと、シャルロットは苦し紛れに話題を逸らす。すると、真琴は何か隠し事がバレそうな子供の様な、煮詰まらない返事を返してきた。

 

 

 

 何を隠そう、真琴は一人で風呂に余り入ったことがない。それと言うのも、真耶が真琴にべったりだったからだ。

 

 小さい頃から、真耶はずっと真琴の世話をしてきた。

 

 それこそ、まるで母親の様に。

 

 真琴もそれを当たり前の様に受け入れた為、一人で風呂に入ったことなど数える程しかないのだ。

 

 始めて一人で入浴した時、髪の毛をしっかりと洗い流すことができずに、泡が残ったまま風呂場から出てきたことがある。

 

 それを見た真耶は慌てて真琴を風呂場に連れて行き、洗い流した。結局二度手間になると判断した真耶は、それからずっと真琴を入浴していた。

 

 

 

「まだ一人では入れないの? それじゃ僕と一緒に入ろっか」

 

「あう……すみません」

 

 尻ごみをする真琴を見て、シャルロットはクスリと笑うと真琴の手を引きながら入浴の準備をするのであった。

 

 

かぽーん

 

「はふぅ……」

 

「誰かとお風呂に入るのって久しぶりだなぁ……」

 

 現在、絶賛入浴中である。

 

 教員用の寮には学生寮と違い湯船が設置してある。そのため、大浴場に行かなくても湯船に浸かる事は可能なのだが、お世辞にも大きいとは言えない。

 

 大人一人が入ってしまうと、いっぱいになってしまうのだ。

 

 シャルロットはスマートな体型を持っているが、既に体の大きさとしては大人と遜色ない。母性の塊こそ、まだ成長の余地があるが。

 

 彼女らは頭と体を洗い終えた後、二人で一緒に入ることにした。

 

 シャルロットが先ず湯船に浸かり、その上に真琴が重なる様にして座る。まぁ、何時も真耶と湯船に入る時と同じ手法を取っている訳だ。

 

 余談だが、シャルロットはスマートな体型を保持しているが、決して母性の塊が遠慮がちという訳でもない。同い年の白人女子に比べると幾分慎ましやかではあるが、彼女のスラリとした体型がそれを強調する形となり、均整の取れたボディラインを形成している。

 

 真琴は何時ものように体を預ける。丁度頭がシャルロットの胸付近にあり、後頭部が双子山に埋もれてしまうのだが、彼にとっては何時もの事なので遠慮なく体重を預けるのであった。

 

「ひゃ!? ま、真琴?」

 

「なぁに? シャルロットお姉ちゃん」

 

(ま、真琴って意外と大胆……って! 違う違う、真琴はまだ子供なんだからやましい気持ちなんて有る訳ないじゃないか。僕の馬鹿)

 

 

 戸惑いかけたシャルロットだが、すぐに気持ちを落ちつかせたシャルロットは、真琴の腹を抱きかかえる様に腕を回した。

 

「ううん、何でもないよ。……ありがとう、真琴」

 

「……?」

 

 いきなり感謝の意を告げられ、真琴は頭上に疑問符を浮かべながら頭だけをシャルロットの方へ向けた。

 

「僕はね、真琴。真琴に救われたんだよ。真琴が僕の素性を調べて、織斑先生に相談してくれたから、僕はこうしてデュノア社から逃げ出す可能性を見つける事ができんたんだ」

 

「……デュノア社は、まえまえから連絡がたえなかったんです。ずっとむししてたんですけど、れんらくが来なくなってからシャルロットお姉ちゃんが来たので、あやしいと思ってたんです」

 

「なんだ、始めからバレてたのか」

 

「シャルロットお姉ちゃんがここに住むことになって色んなことが起きても、お姉ちゃんはいきなり僕のまえから消えないですよね?」

 

 

 シャルロットは思いだす。

 

 

 ―――山田博士は親に勘当されている。交渉手段が一つ失われてしまったのは痛いが、今の彼は傷ついているだろう。シャルル、お前は山田博士に近づいて信頼を勝ち取れ。親が居ないという所に付け込めば比較的楽に達成できるはずだ。

 

 

(そっか……どんなに頭が良くても、真琴はまだ子供だもんね)

 

 シャルロットは優しく真琴を包み込みながら諭すように語りかける。

 

「……大丈夫、大丈夫だよ真琴。僕は此処に居たい。僕が死なない限り、此処に居るって約束する」

 

「……よかった」

 

 

 ―――次は僕が誰かを守る番だ。

 

 

 何かに駆り立てられるかのように一心不乱にISの研究をする真琴

 

 目の前のお菓子をニコニコと微笑みながら食べる真琴

 

 自分の前から消えてしまわないかと、今にも泣き出しそうな瞳で見つめてくる真琴

 

 ぼんやりと空を眺め、何を考えているのか分からない真琴

 

 

 

 

 

 その全てをシャルロットは守りたいと思った。

 

(それにしても真琴って可愛いよね。実は女の子って事はないよね?)

 

 

 

 

 

 程なくして二人は風呂から上がり、髪の毛を乾かした後ソファーで寛ぎながら、ゆっくりと流れる時間を噛みしめていた。

 

 ちなみに、今日の真琴のパジャマはデフォルメされた星柄である。セットでナイトキャップもついている。

 

 

 しかし時計が午後9時を示し、9回アラームが鳴った時。真琴は何かを思い出し、シャルロットに遠慮がちに尋ねてきた。

 

「……シャルロットお姉ちゃん、ちょっとお願いがあるんですけど」

 

「ん、何? 何でも言って?」

 

「実はですね……」

 

 

「うう……全然書類の山が減らない……」

 

「もう9時半か……少し小休止を入れるとしよう」

 

 

 ほど淹れたコーヒーは既に飲み終わっていた。此処には空になったマグカップしかない。申し訳程度に用意した洋菓子も、残り僅かとなっていた。

 

「……ここ最近篠ノ之博士の事で手いっぱいなっていて後回しにしていたんですけど、外部からの接触は相変わらず減らないですね」

 

「全くだ。織斑のISデータの要求に、身柄引き渡し要求、真琴君へのIS開発依頼。人体実験、終いには二人のDNAを寄越せだとさ。……させてたまるか」

 

「特記事項を楯にされたらそれまでだと分かっているはずなのに、どうして執拗にアプローチをかけてくるんでしょうねぇ」

 

「さぁな、馬鹿の考える事など分からん。ここは超法規的存在だ。あいつらが学園に居る限り問題はないさ」

 

 真琴と一夏への会談、実験、DNAマップの要求は留まる事を知らない。何処か一か所が要求したと分かるや否や、雪崩式に件数が増えたのだ。

 

「さて、と。さすがに晩御飯抜きだときついですねぇ……」

 

「そうだな、しかし店屋物はもう無理だぞ。どこも閉まってる」

 

「学食も既に閉まっていますし……私のデスクにお菓子のストックが有ったと思うので、取ってきますね」

 

「ああ、頼む」

 

 真耶が席を立ったその時、

控えめにドアがノックされる音が静かな会議室に3回響いた。

 

 3回ということは、仕事関係ではない。親しい間柄の人間が訪問してきたという事になる。

 

「こんな時間に誰が……?」

 

 千冬は部屋の中を見られても問題無いように、始末書を一か所に纏めて鞄で隠した。

 

「私が出ます」

 

 真耶がドアを開けると、そこにはパジャマの上からコートを羽織った真琴とシャルロットが居た。何か隠しているのだろうか、真琴はシャルロットの後ろに隠れて出てこようとしない。

 

「まーくん? それにデュノアさん。どうしたのこんな時間に。もう9時過ぎてるよ?」

 

「お疲れ様です先生。真琴、ほら」

 

 シャルロットが真琴に何かを促している。それを受けた真琴は、少し躊躇った後、恐る恐る前に出てきた。彼は両手でバゲットバックを抱えていた。

 

「え、えっと……お姉ちゃん、はい、これ」

 

 真耶は差し出されたそれを受け取る。開けてみると、そこには2~3人分は有るだろうか、綺麗に形が整っているサンドイッチと、大きさがマチマチなサンドイッチが入っていた。栄養バランスもしっかりと考えられていて、トマトとレタスを挟んだ物と、ハムを挟んだ物が交互に整列している。

 

「まーくん……これは?」

 

「これは僕と真琴で作ったんですよ。きっと先生達は忙しくて晩御飯を食べていないだろうから、夜食を作ってあげたいって彼からお願いが有ったんです」

 

「……ちょっと失敗しちゃったけど。……もしかして、もうご飯食べちゃった?」

 

「う、ううん。まだ食べてないよ。……そっか、まーくんが作ってくれたんだ。ありがとう、まーくん、デュノアさん」

 

「お仕事、がんばってねお姉ちゃん」

 

「それじゃ真琴。邪魔しちゃ悪いし、帰ろっか」

 

「あ、はい。……それじゃあ、先に帰ってるね」

 

 真琴達はそう言い残し、仲良く手を繋いで帰って行った。

 

「山田君? 真琴君とデュノアが来たのか?」

 

「はい。これを私と織斑先生にって」

 

 真耶は書類を長机の隅に寄せると、バケットを二人の真ん中に置いた。千冬はその中身を確認し、一瞬驚いていたが、すぐに何時もの表情に戻り、そして、僅かだが表情に笑みがこぼれた。

 

「……良い弟を持ったじゃないか、山田君」

 

「はい、自慢の弟です。それじゃあ、何か飲み物を作ってきますね。コーヒーでいいですか?」

 

「ああ、構わない」

 

 

 書類と格闘し、殺伐とした雰囲気が一気に霧散した気がした。

 

 

 

 

―――が。サンドイッチの中に、とびっきり辛い物が紛れ込んでおり、それに悶絶する二人の姿があった。

 




――か、か、辛ぁ! 水! 水!

――……!! っ! っ!


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37話 真琴へのアプローチ

 翌日、真琴は職員室に顔を出した後一限から授業に出席し、他の生徒と同様大人しく授業を受けていた。ラファールのメンテナンスが完了し、比較的余裕が出来た為だ。

 

 2限の授業が終わり、10分休みを迎えた時、真琴はフランス政府に渡す予定のISをどうするか考え始めた。

 

 今回は全力で作成に当たる必要はない。いっその事デュノア社と手を組むを言う事も考えたが、シャルロットの立場を考慮するとそういう訳にもいかない。

 

 合理的に考えてしまえばそれも有りなのだが、生憎真琴は身内に対してそんな扱いをしない。シャルロットの事を第一に考え、デュノア社には性能の低い第3世代のISを与えて、そこから自分で考えてもらおうという結論に達したのだ。

 

 真琴はデュノア社に渡すISの構想をPC上で練り始めた。一週間あればある程度の物は作れるだろう。作り終わったら、そのデータをデュノア社に投げるだけだ。

 

 

 真琴がぽちぽちと回路を作成していた時、お手製のファイヤーウォールが組み込まれているはずのノートPCに、暗号回線で一通のメールが入ってきた。

 

 本来このPCはスタンドアローンである。では、何故メールが入ってきたと言うと、これまた束お手製のウサ耳が関係している。

 

 無線LAN機能を持っていると言う事だ。

 

 電波を受信する度に、耳が忙しなくピコピコと動き、予期せぬ動作をするとピコン! と勢い良く跳ね上がるといった具合にプログラミングされているらしい。やはり天才と言う物は、才能の使いどころを盛大に間違えるものなのだろうか……。

 

 つまり、学園が黙認、もしくは学園に気づかれないでパスとIDを入手してアクセスしてきたという事になるが……。

 

 メールのタイトルは「ちょっとお話しない?」という実にフランクな物だった。添付ファイル等は同封されていなかったが、巧妙に隠されているかもしれない。そのまま開くなど愚の骨頂だ。 念のために市販のセキュリティソフトでチェックをし、その後に真琴が自分で組み上げたセキュリティソフトでウイルスやワームなどが入っていないかチェックをした。

 

 チェックを終え、有害なソフトが入っていない事を確認すると、真琴はメールを開封した。

 

 

 

 

 

 

From:IS学園生徒会長

 

 やっほー、真琴君。ちょーっとお話したい事があるんだけど、昼休みに生徒会室に来てくれないかな? 一応学園の許可は貰っているけれど、いきなりの事で信用できないかもしれないから、ボディーガードを連れてきてもいいわよ。

 

 PS:簪ちゃんの事、ありがとう。専用機が何時まで経っても出来なかったから、少し困っていたのよ。そのお礼もしたいから、来てもらえると助かるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 このメールを見た後、真琴は首を傾げてしまった。何故、このタイミングで?

 

 新しいISの開発依頼? ボディーガードを連れてきても良いと言っている時点でその可能性は薄い。無いとは言えないが考えにくいだろう。ならば、生徒会との繋がり? 学園で真琴の保護と提携を結んでいる時点でそれも考えにくい。学園側が許可を降ろすはずもない。それじゃあ、純粋にIS開発に対する謝礼? それに関しては追伸に書かれているので、それだけという訳ではないだろう。

 

「真琴さん? 先ほどから考え事をしている見たいですが、何かお悩みでも?」

 

「あ、いえ、何でもないですよ」

 

 とりあえず判断材料が足りない。真琴は千冬に許可を取り、開いている会議室を借りて、昼休みまで更識楯無及び更識簪について調べる事にした。

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃生徒会室で一人パソコンをカタカタと弄る人物が一人。

 

 いくら休み時間とはいえ、10分しかない。さすがに生徒会に入る様な人物が授業をサボるのはマズいだろうと考えるのが普通なのだが、生憎生徒会に入る人物は一癖も二癖も有り、濃い人物ばかりの様だ。予鈴がなったが、気にすることもなくパソコンを弄り続けている。

 

(このIS……簪ちゃんの前では言えないけど、簪ちゃんにピッタリのISだわ。ミサイルで目隠しをした後、ジャマーと光学迷彩で姿を暗まして、後ろから鎌でバッサり。……真琴君もエゲつないISを考える物ね)

 

 服装から察するに、恐らく2年生。肩にかかる程度の水色の髪が印象的で、簪とは違い外側に跳ねている。全体的にどこか落ちついた雰囲気があるが、どこか「この人の前で油断をしてはいけない」と言うオーラが彼女から漏れている。束のそれとはベクトルが違うが、少なからずトラブルメーカーの気質があるのだろう。

 

(8歳でこんなISを作れる物なの? 彼が新しく作ったISの基礎理論についての授業を受け持つみたいだし、正に篠ノ之束の再来、か)

 

 彼女は真琴についての情報を集め続ける。

 

(それに、人脈もかなり有るみたいね。織斑千冬、篠ノ之束、日本政府にイギリス政府、更にはドイツ政府との繋がりも有り……と)

 

 果たして、この人物は味方に回るのか敵に回るのか、真琴のさじ加減一つと言った所か。

 

(親からの勘当か……まだ8歳なのに。IS学園っていう盾はあるけど、篠ノ之博士に変わって世界から狙われる立場になったというのは、予想以上にきついみたいねぇ)

 

 齢八つにして、そこまでの立場に上り詰めてしまった真琴の事を考え、生徒会室でパソコンを弄る少女は少し胸を痛めつつ、それでも情報収集を怠ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

(生徒会長……更識楯無(さらしきたてなし)。更識家……対暗部組織)

 

 昼休みまで後30分という所で、真琴は情報収集を終えた。

 

(学園にも暗部が入りこんでるってこと……?)

(でもそれだと僕が未だに狙われないっていうのもおかしい)

(ひょっとしてこの人が未然に防いでたのかな)

(何かお礼とかしたほうがいいのかな……)

 

 様々な推論が頭を巡る。しかし解のない公式は解くことができない。いくら状況証拠が出揃っていてもそれで結論に至ることはできないのだ。

 

 行き場を無くした情報は真琴の頭の片隅に居座り、消すことのできないしこりを生み出す。

 

 さすがに一人で行くのは無謀だ。ここは姉の次に頼りになる織斑千冬にボディーガードを依頼するのが上策だろうと判断し、真琴は職員室へと歩を進めた。

 

 

 人間と言うものは、慣れない環境下に放り込まれても、一週間もすれば慣れてしまう物である。客寄せパンダになってしまい、初日こそビクビクと姉の影に隠れながら校内を歩いていた真琴であったが、今は生徒達の視線などどこ吹く風といった感じで廊下を歩いていた。

 

 そして職員室へたどり着き、真琴は一直線に千冬の元へと向かって行った。

 

「織斑せんせい、いまお時間をもらってもだいじょうぶですか?」

 

「ん? ああ、真琴君か。生徒会室だな、さっさと行くぞ」

 

 さすがに頭の回転が速い。昼間にメールの事を相談し、この時間に此処に来たという事実だけで千冬は話の流れを理解した様だ。ボディーガードの件については話していなかったはずだが……。

 

「あいつは何時も飄々としているが、油断ならん相手だ。後ろに私が居るから大丈夫だとは思うが、万が一と言う事もある。油断するなよ」

 

「わかりました。それでは、時間もおしてますし、早くいきましょうか」

 

「ああ。こっちだ、ついてこい」

 

 千冬の後に続いて職員室を後にし、生徒会室への道を歩き始めた。

 

 しかし、真琴は何処に行くにしても注目の的になる。彼は既に気にしていないが、さすがの千冬も少々気になっている様だ。ヒソヒソと噂話をしながら此方の様子を伺う生徒を一睨みしてその視線を蹴散らすと、溜息を吐きながら真琴に同情していた。

 

「真琴君も大変な立場になってしまったな。世界中から様々な呼び名が付けられているぞ? 奇跡の頭脳、ISの申し子、技術者から見れば既に神様とまで呼ばれてすらいる」

 

「……もっとかっこいいほうがいいなぁ」

 

 

 

 他愛もない? 会話をしながら千冬の後をついて歩いていた真琴だが、生徒会室の前にたどり着くと、表情から笑みが消えた。その表情は、どこかイギリス政府と対峙した時の彼を彷彿とさせる。

 

「準備は良いか? ……聞くまでも無かったか」

 

 千冬は真琴の表情を確認すると、ドアをノックした。少しして「どうぞ」と短い返事が返ってきたのを確認し、二人で生徒会室の中へと入って行った。

 

 

 そこには、顔が引き攣った水色の髪の少女と、「だからやめておけと言ったのに……」と小さく呟きながら溜息を吐く三つ編みの少女が居た。

 

 

「こ、この展開は予想外だわ……まさか織斑先生をボディーガードとして同行させるなんて……。さすが真琴君、やるわね」

 

「会長、だから呼ぶなら直接会ってアポイントメントを取った方が良いと、あれほど言ったじゃないですか」

 

「だって、メールの方が社会人っぽいじゃない」

 

何やらぎゃあぎゃあと言いあいをしている生徒会会長と書記? 議長? 良く分からない立場の人物を見て、真琴の白衣の肩がずり落ちた。

 

「えっと……織斑先生?」

 

「……怒られている方が、生徒会長、更識楯無だ」

 

「は、はぁ……」

 

「……んんっ! 良く来てくれたわ、真琴君。ようこそ生徒会へ。私が生徒会長の更識楯無よ」

 

デスクに両肘をつき、組んだ両手を顔の前に持っていき、キリッと凛とした表情を浮かべながら更識楯無は歓迎の意を表した。しかし、その雰囲気を即座にぶち壊す人物が楯無の真横に。

 

「お嬢様、今更取り繕っても手遅れです。諦めた方が良いかと」

 

「……虚ちゃん、いくらなんでもそれはないんじゃない?」

 

「紹介が遅れました、私は布仏虚(のほとけうつほ)。お嬢様に仕えています。……本当ならもう一人紹介しなければいけないのですが……済みません、まだ此処に来ていないので後にさせて下さい」

 

 と、その時。何やらバタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。相当慌てているのが伺えるが、何処かその足取りはおぼつかない様に聞こえる。

 

「ふ~、まにあっ……てないのかなー? ちょっちまずいかも?」

 

「遅刻よ本音。昼休みに来客が有ると連絡したじゃない」

 

「いや~ははは、ごめんねお姉ちゃん。限定メロンパンを買うのに時間かかっちゃって~」

 

 その時、生徒会室に鈍い音が響いた。本音と呼ばれた少女の頭にとても良い角度で拳が着弾し、彼女の頭からプスプスと煙を立ち上げていた。

 

「申し訳ありません。この子は布仏本音(のほとけほんね)。私の妹です」

 

「い、いたぁ~い……。くらくらするぅ」

 

 本音は目を回し、ついでに頭の上にヒヨコを回しながら、フラフラ~……と真琴の元へ向かってくる。千冬は出席簿を手にしたままピクりと眉をひそめたが、同じクラスメイトで、しかも更識家に仕える立場の人間がこの場で真琴の身をどうこうする気はないだろうと判断し、彼女の動向を見守っていた。

 

「あ、あの、大丈夫ですか? すごくいいのが入った気がするんですけど……」

 

「お星様がいっぱい~……あははぁ~……まことが三人に見える~」

 

 

 

 

 

 本音がリカバリーするまでに時間がかかると判断した千冬は、彼女を放置して楯無との話し合いを進める事にした。

 

 

「私は問題が有ると判断した時のみ横やりを入れるとしよう。そら、さっさと話を進めろ」

 

「やりにくいなぁ……それじゃ真琴君、まずはお礼を言わせてね。ありがとう、簪ちゃんの力になってくれて」

 

「簪さん……撃鉄弐式の事ですね」

 

「ええ、誰のせいと言う訳でもないんだけど、簪ちゃんに回されるはずの専用機って七割くらい作って放置されてたのよ」

 

「日本政府からしりょうはいただきました。打鉄弐式ですね」

 

 永久凍結されてしまった打鉄弐式の資料は、真琴が一番有効活用できるだろうと、日本の代表候補生に優先的に回すという約束で全て引き取っていたのだ。

 

「ええ、打鉄弐式を作っていた倉持技研なんだけど、急遽白式の開発が入ったみたいで……。白式に専念したという訳」

 

「そこで日本政府からいらいがあった撃鉄弐式が簪さんにあてがわれた、と」

 

「その通り」

 

「そのおかげでー、かんちゃんに少しだけ元気がもどったんだよ~、お手柄だねまこと!」

 

 何故か本音が真琴の頭を撫でている。

 

「あまり時間が無いぞ。更識、さっさと本題に入ったらどうだ」

 

 腹の探り合いの様な会話が続く中、痺れを切らした千冬が促しはじめた。

 

「んー……もうちょっと話していたかったけどしょうがないか。それじゃあ本題に入るわね」

 

「あ、はい」

 

 本題に入るという楯無の言葉を聞いて、真琴はノートPCを取りだし、いそいそとファイルを立ち上げ始めた。その様子を見て、楯無はニヤりとほくそ笑みながら

 

 

 

 

「真琴君、貴方、生徒会に入らない?」

 

 

 

 

 真琴の動きがピタりと止まった。

 




―――……(何を考えているんだろうこのひと)

―――……(え? え? ノーリアクション?)


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38話 更識家と山田製作所

「嫌です」

 

「あ、あら?」

 

真琴、ノーリアクションの後即回答。

 

「会長、いくらなんでも単刀直入すぎるかと」

 

 真琴は一言拒絶の意を示すと、何か交渉材料でも探しているのだろうか、視線を楯無からPCへと戻してデータを探し出した。

 

 いきなり拒絶されるとは思ってなかったのか、楯無は表面上は涼しい顔しているが、内心は汗をダラダラと垂らしている。その証拠に、どこからともなく取りだした扇子で自分をパタパタと煽いでいるのだが、その扇子には「予想外」と書かれていた。

 

「訳も聞いてもいいかしら?」

 

「僕にメリットがありません」

 

 真琴は冷たく言い放つ。どうやら、彼は臨戦態勢を解いていない様だ。横でその様子を伺っていた千冬は、イギリス政府との対話を思い出していた。

 

「さて、どうする更識。こうなってしまっては、余程の交渉材料が無い限り真琴君は動かないぞ?」

 

「仕方ない、か。……それでは、生徒会長だけではなく、更識家当主としても交渉をしたいのですが、いかがでしょうか山田博士?」

 

 千冬がピクりと眉尻を上げた。「山田博士」という名前で呼んだという事は、更識家と、「フリーランスの研究員としての真琴」との交渉に切り替えたと言う事だ。

 

 さすがは更識家当主、抜け目がない。これならIS学園の特記事項を掻い潜って真琴と交渉する事ができる。

 

「……学園だけではなく、暗部絡みですか?」

 

 真琴の視線がPCから楯無へと戻る。それを見た楯無は、交渉の余地有りと判断。話を続けることにした。

 

「良く調べているみたいですね。私達更識家は、代々カウンターテロ組織として暗躍しています。……単刀直入に申し上げます。我々に力を貸して頂きたいのです」

 

「お断りします。先ほども申し上げましたが、僕にメリットがありません」

 

 雰囲気で言うなら、束と千冬を足して2で割った様なイメージだろうか。一方的な拒絶、そして高圧的な態度。世界の裏を垣間見た真琴は、類まれなる智謀と収集し続けた知識を用いて、交渉術を身に着けていた。

 

(メリットが無い、か……。参ったわねこれは、交渉の余地はあるけど、かなり厳しいわ。自分の立場をしっかり理解しているわね)

 

 今現在、真琴は圧倒的に優位な立場に立っている。相手が切り出してきたカードが気に入らなければ、一方的に交渉を終わらせることが出来るのだ。

 

「メリットなら有ります。先ず、更識家というバックホーンを得る事が出来ます。我々更識家は、カウンターテロ組織として、世界有数の実力を保持していると自負しています」

 

「……つまり、セシリアさんやラウラさんのボディーガードが及ばない所を手回しして貰えると?」

 

「それだけではありません。更識家はそれなりに影響力を持っていますので、山田博士と更識家が手を組んだという情報を流すだけで、それ自体が抑止力になります」

 

 真琴は考える。恐らく、護衛とバックホーンを与える代わりに、ISの開発関連を依頼したいのだろうと。

 

「学園祭などの催し物をする際、各国の軍事関係者やIS関連企業など、多くの人が来場します。少なくともその8割は山田博士に接触を図ってくるでしょう。その際、オルコットさんやボーデヴィッヒさんだけで守りきれると思いますか?」

 

 正論だ。恐らく接触だけではない。

 

 最悪、企業の社員になり済ましたテロ組織が侵入する可能性も有る。

 

「……そうですね。四六時中僕に護衛が就いている訳ではありません。ですが、それだけでしたら他の方に依頼すれば済むことです。何処の誰とは言いませんが」

 

「私や簪という、優秀なテストパイロットも手に入りますよ?」

 

「それも他の方に依頼すれば済むことです」

 

 真琴には既に他国の政府との繋がりが有る。楯無もそれは予め情報を入手していた。

 

 楯無は2枚のカードを切り出してきた。単純に考えたら、これだけでも破格の条件だ。楯無本人が護衛に就くとは言っていないが、腕の立つ人物に護衛を頼むのだろう。楯無本人が護衛に着いたとしたら、IS学園で手を出せる者は教員、それも千冬や真耶クラスの腕やISを持っていないと手を出すことすら難しい。

 

 

 

 

 しかし、真琴が持っている手札は、ジョーカークラスの手札ばかりだ。

 

 

 

 

 ISの開発。真琴は既に束から第4世代のISの基礎を教わっている。この手札を一枚切るだけで、世界のパワーバランスが壊れてしまう程の威力を保持している。更識家の持てる全てのカードを持ってしても、この条件に見合う事は無いだろう。

 

 ISのメンテナンス及び基本性能の向上。楯無と簪は、第3世代のISに乗っている。しかも簪の撃鉄弐式に至っては真琴自ら改造を施した物だ。セシリアのブルースカイと比べると若干見劣りするが、それでも世界中のISの中では上位の性能を誇っている。これに加えて楯無のISを改造したら、更識家は真琴カスタムの第3世代のISを2機保有することになる。下手をすればこれだけで国が傾く程の戦力になるのだ。

 

 更識家の技術者への指導。真琴から改造の手解きを受ければ、確実に技術者達の能力はUPする。一躍世界有数の開発力を保持する事になるだろう。

 

 

 

 

 楯無が持ちうる全てのカードを切ったとしても、真琴の手札一枚と等価かと言われてしまうと、首を横に振らざるを得ない。つまり、どうにかして譲歩を引き出さないといけないのだ。

 

 豹変した真琴の態度を見て、虚は唖然としている。無理もない、10にも満たない子供が、最前線で活躍するビジネスマンよろしく交渉を行っているのだから。

 

 一方、本音はというと、暖簾に腕押しというか、糠に釘というか、とにかくニコニコと微笑むだけで驚いた素振りをまるで見せていない。

 

 生徒会室に剣呑な雰囲気が漂い続ける中、交渉は続く。千冬は真琴の成長を喜ぶと同時に、後悔もしていた。

 

(いくら頭が良いとはいえ、8歳の子供が醸し出す雰囲気ではないな……。これもISの開発に携わってしまったからか。本人が良しとしているが、本来なら友達と外で仲良く遊んでいる年頃だろうに……)

 

 少しの間を置き、楯無は更に手札を切ってきた。が、硬い表情を崩して笑顔になっていた。

 

「……生徒会に入れば、何時でもお菓子が食べ放題よ?」

 

「お嬢様、それは幾ら何でも……」

 

 しかし意外な事に、真琴のウサ耳がピコン! と大きく動いた。楯無は剣呑な雰囲気を何とか壊そうと、苦し紛れで冗談を言ったのだが。

 

 言うまでもなく、真琴は大のお菓子好きだ。それこそ、有れば有るだけ食べてしまう程に。

 

 

 

 さすがにこれは予想外だったのか、楯無は二度、三度とまばたきをした後、交渉の余地有りと言わんばかりにクスりと笑った。

 

 

 このままお菓子で釣れば交渉も良い方向に向かうかもしれない。そう踏んだ楯無は更に手札を切ろうとしたのだが。

 

「真琴君、菓子に釣られるなよ? そんな物注文すれば幾らでも食える」

 

 待ったを掛けたのは千冬だ。

 

「良い所だったのに……。それでは、先ほどの条件に加えて資金提供をするという事でどうにか考えてもらえないでしょうか? これが現状更識家が出せる全ての手札です」

 

「んー……。テストパイロットは必要ないです。既にシャルルさんが専属のテストパイロットとして居ますし。それ以外の条件を全て出して頂けるのならば、力を貸しても良いです」

 

 真琴にも何か思う所が有るのだろう。実際、彼はイギリス政府やドイツ政府を信用している訳ではない。更識家なら日本政府との繋がりも有るだろうし、何かと都合が良いとでも判断したのだろうか。

 

「助力、感謝致します。それでは、契約に関しましては後ほどと言うことで……ねぇ、真琴君。やっぱり生徒会に入ってみない? と言うか生徒会長権限?」

 

 会談を終えた瞬間、楯無は生徒会長の楯無に戻っていた。その様子を見て、すっかり毒気を抜かれてしまった真琴も、何時もの真琴に戻っていた。

 

「えっと……僕、いちおう先生なんですけど」

 

「生徒でもある訳だし、手伝って貰えるとお姉さん助かるなぁ」

 

「お、織斑せんせい……」

 

「更識、事情を説明しろ」

 

「はーい。真琴君、IS学園に在籍している学生はね、何処かの部活に所属しなければならないの」

 

「……そういえば、僕はどのぶかつにも入ってないですね」

 

「織斑君にも生徒会に入ってもらおうと思ってるのよ。部活間の男子争奪戦なんて目も当てられないしね。……それはそれで面白いんだけど」

 

「それで、僕がせいとかいに入るという話と、ぶかつの話はどうつながるんですか?」

 

「生徒会に入れば、どの部活にも顔を出せる様に便宜を図ることができるの。そうすれば争奪戦が起きる事もないでしょうしね」

 

「はぁ……」

 

 要約すると、無用な争いは避けたいと言う事だ。

 

「それに、生徒会室にはお菓子のストックが山ほど――」

 

「更識」

 

「はぁい。まぁ、そう言う事だから、生徒会入りの話考えておいてね。あ、もし生徒会に入ったとしたら、真琴君が生徒会室に居る間はこれを着てね」

 

 楯無は机の引き出しをガサゴソと漁り出した。そしてお目当ての物を引きずり出すと、誇らしげに真琴に見せている。

 

 

 

 真琴はそれに見覚えがあった。フリルで装飾されている白いブラウスに紺の半ズボン、ネクタイ。腰から下だけのタイプのエプロン、そしてホワイトブリム。

 

 そう、以前セシリアに頼まれて着用したメイド服だ。

 

「な、なんでそれがここに……」

 

「んふ、オルコットさんにちょっとお願いしてね。一着譲ってもらったの。嫌?」

 

 満面の笑みを浮かべる楯無。その笑顔は見惚れてしまうほど美しいのだが、同時に胡散臭さを感じさせていた。

 

「べつに嫌じゃないですけど……。時間かかるんですよね、それ」

 

「大丈夫! お姉さん達が手伝ってあげるから。ね、虚ちゃんに本音ちゃん?」

 

 楯無が二人を見やると、ニコニコと柔らかい笑みを浮かべている本音と、何やら危ない想像をして悦に入りかけている虚が居た。

 

 

 以前、メイド姿の真琴がお掃除セットを持って廊下を闊歩した際、生徒や教師達が鼻から盛大に愛を噴き出して卒倒した事件を覚えているだろうか。

 

 実はその中に、虚も入っていたのだ。

 

 閑話休題。

 

「考えておいてね真琴君。この部屋ならゆっくりとパソコンを弄ることもできるわよ? 覗きをする様な輩も居ないしね」

 

「むー……善処します」

 

 何やら真琴は、お菓子と部活とメイド服を天秤にかけている様子。

 

 そしてそれを見て満足そうに頷く楯無。

 

 生徒や教員達が再び卒倒する日も、そう遠くないのかもしれない。

 

 

 幸い早い段階で話が着き、昼休みも半分ほど残っている。真琴と千冬は食堂に向かう旨を告げると、そのまま立ち去ろうとしたのだが「昼休みに呼んだのこっちだしね」と楯無が虚と本音に何やら告げた。

 

 彼女たちは生徒会室の奥に積まれていたケースと飲み物を長机に運び、各々の前に並べ始めた。

 

「んふ♪ ここのお弁当って美味しいのよねぇ~。 ささ、遠慮しないで食べて食べて」

 

 見るからに高級そうな、装飾が施された容器。それを見て真琴の目が輝いたのだが、一人分余分に机に置かれているのを見て、首かしげながら楯無に問いかける。

 

「あの、更識さん」

 

「楯無でいいわよ。何ならたっちゃんでも」

 

「楯無さん」

 

「あん、連れないわねぇ。で、何か質問? スリーサイズ以外なら答えてあ・げ・る」

 

「すりーさいず?」

 

「……やりにくいわ」

 

 楯無ご自慢の逆セクハラも、真琴にゃ意味の無い攻撃である。正に、糠に釘。

 

「えっと、おべんとうが、にんずう分より多いみたいなんですけど」

 

「そしてスルー。……ううむ、これは強敵ね」

 

「楯無さん?」

 

「え? ああ、それはこういう事よ。……簪ちゃん、そろそろ入ってきたら?」

 

 瞬間、ドアの向こう側でと慌てふためく音が聞こえた。

 

 ……よほど困惑しているのだろうか。その後数十秒経って、漸くドアが開いた。

 

 そこには、楯無と同じく水色の髪をした、楯無の妹。更識簪が佇んでいた。

 

「ね、姉さん……何時から……気づいていたの……?」

 

「んー……。私が真琴君と交渉を始めた辺りから?」

 

「それって……ほぼ全部じゃない……」

 

 簪も、楯無同様訓練を受けている。気配を消す事に関してはそれなりに自信があった彼女だが、始めからバレていたと分かるとがっくりと肩を落とした。

 

「もういい……それじゃ……何か困ったことがあったら……連絡して」

 

 真琴に一言だけ告げてそのまま立ち去ろうとする簪を、楯無が引きとめる。しかし、何処か笑顔がぎこちない。

 

「まぁまぁ、遠慮しないで食べて行きなさいって。どうせお昼まだなんでしょ?」

 

「……いい。今から……食堂に行くから」

 

 何やら楯無は妹相手に気を使っている様子。その様子を束と箒の姿に重ねた千冬は、少々強引では有るが簪を同席させることにした。

 

「飯を無駄にするな。食っていけ」

 

「このおべんとう、とってもおいしそうですよ、簪さん」

 

「……博士が……そう言うなら……」

 

 何故か真琴の誘いを受けた瞬間に、彼女の硬いはずだった決意は一瞬で誘拐し、おずおずと真琴の隣に座った。

 

 「揃ったわねー? それじゃ、いただきます」

 

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

 生徒会役員と教師という、実に奇妙な組み合わせで昼食を取る事になった。

 

 

 

 

 余談だが、この弁当、一つ二千五百円もするらしい。

 




――二千五百円……どーなつがいっぱい食べれるなぁ。

――……(金銭感覚がおかしい……っ!)


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39話 迫り来る出席簿の恐怖

 昼食を取り終わり、真琴は生徒会の事はひと先ず保留にすると言い残して、千冬と共に生徒会室を後にした。

 

 方や漆黒のスーツを纏った目つきの鋭い女性。方や白衣を着用したぱっちりとした目つきをしている子供。

 

 見事に対極に位置している二人が廊下を歩く姿は、いつの間にか「でこぼこオセロ」なんてあだ名を付けられていたのだが、本人の前でそんなことを言ってしまったら最後、出席簿落としに加えて拳骨、チョーク弾幕にグランド10周と留まる事を知らないコンボを食らいそうなので、誰も口にはしていなかった。

 

 

「さて、次の授業は社会だ。忘れずに受講するように」

 

「わかりました。それでは、きょうしつに戻りますね」

 

「ああ」

 

「……そうだ、後一カ月もしたら真琴君の受け持つIS基礎理論の講義が始まる。大丈夫だとは思うが、準備は怠らないようにな」

 

「そうですねぇ……。やっぱりIS学園がへんしゅうした教科書にそって授業をしたほうがいいですか?」

 

「回路図に関しては、参考書に載っている基本的な素子の組み合わせの物を説明する程度で問題ない。それ以上の事は専用機持ちでも無いと理解するのは難しいだろう。半年やそこらで理解できる内容でもないしな」

 

「う~ん……わかりました。適当にみつくろっておきますね」

 

「ああ。ではな」

 

 千冬はそう言い残し、職員室へと向かって行った。

 

 

 真琴は教室に戻ると、授業開始までの僅かな時間で、フランス政府に渡す予定の IS(といっても、ラファールにイメージ・インターフェイスの機構を組み込んだだけ)の回路図の見直しをしていた。

 

 ラファール自体の性能は決して低くない。第2世代の中では高い安定性を誇り、未だ実験機の域を出ない他国の第3世代より実践向きと言える。

 

 しかし、真琴はラファールの事を器用貧乏としか思っていない。

 

 いっその事、第3世代にバージョンアップさせたラファールmk2のデータをデュノア社に渡しても良いのではないかと真琴は思っていたが、あれは既に第3世代に見劣りしない性能を誇っている為、イメージ・インターフェイスを載せてしまったらデュノア社が一気に台頭する事になるだろうと判断し、却下していた。

 

(んー……。イメージ・インターフェイスを載せるのはいいんだけど、強くしすぎてもなぁ……)

 

 と、適当にイメージでアームを動かせる機構にして弾幕張れればいいんじゃね? と結論づけて、CPUからアームへと伸ばす回路を新しく作成していた。

 

「真琴さん? また新しいISの構想ですの?」

 

 そこに近寄る影が一つ。金髪縦髪ロール(ドリルゴールド)と、スカートをロングに変更した制服が印象的な淑女。セシリア・オルコットである。

 

「あ、はい。とはいっても、てきとうに弄っているだけですけど」

 

「弟君が言っている適当は、いい加減と言う意味ではないからな。ラファールmk2の様に皆の予想を根底からぶち壊す物でも作っているのだろう。……次は私のISをメンテナンスしてくれないか?」

 

 さらに近寄る影が一つ。真琴の姉を自負しているドイツの軍人、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 

 真琴はPCをパタりと閉じると、彼女らに向き合いながらスケジュールを確認し始めた。

 

「ん~……。今つくってるものが終わったら少し時間ができるので、その後でしたら大丈夫ですよ」

 

「楽しみにしているぞ」

 

 満足げに頷き、真琴の頭を撫でるラウラ。実に堂に入っている。 

 

 シャルロットの亡命手続きが終わるまでまだ数日かかると千冬から通達があった。デュノア社に渡すISはデータを作るだけなので、彼の手にかかれば1~2日で終わる。スケジュール的にはまだまだ余裕があるので、真琴は引き受ける事にした。

 

「そういや俺のISもまだ調整が終わってないって束さんが言ってたな……。真琴、その後予定が開いたらでいいからさ、束さんが来た時に一緒に見てくれないか?」

 

「束さんっていつくるか分からないので……未定になってしまいますが」

 

「それでも構わないからさ、頼むよ真琴」

 

 こうして真琴のスケジュール表は順調に埋まって行くのであった。

 

「そういや真琴。シャルルの奴、なんか体調が悪いらしくてしばらく休むらしいぞ? 大丈夫かなあいつ……」

 

「わたくしも聞きましたわ。なんでも、インフルエンザに掛かってしまったとか」

 

「軟弱な。体を鍛えていないから病気になるんだ」

 

 ここで、一夏達からシャルロットがしばらく休むとの話が回ってきた。実際、彼女は真琴の研究室で大人しくしているだけなのだが、真琴は話を合わせることにした。千冬辺りが学園に連絡を入れたのだろう。

 

「そうなんですか……」

 

 

 

 

 

 

 

 程なくして、授業開始のチャイムが教室に鳴り響いた。

 

 瞬間、真琴の横で話していたセシリア達は顔を青くし、慌てて自分の席へと戻ろうとしたのだが……。

 

「座れ馬鹿者。授業を始めるぞ」

 

 着席が間に合わなかったセシリア、ラウラ、一夏に向かって、千冬が出席簿(エクスカリバー)を用意しながら歩み寄っていた。

 

 

 

 

 ところで、皆覚えているだろうか。出席簿は、真琴の手によって、改造されている。という事を。

 

 

 

 

 冷たい輝きを放つそれは、形こそ以前の出席簿と対して変わりはないが、威力は段違いに上がっている。ISの装甲をボコボコにする程度に。

 

 迫りくる出席簿(エクスカリバー改)を見て、3人はまるで肉食獣に追い詰められた小動物の様にガタガタと震えながら、叩かれてなるものかと必死に千冬を説得していた。

 

 

「お、お待ち下さい! そのような物で頭を叩かれたら死んでしまいますわ!」

 

「きょ、教官! 私も反対です! それは既に兵器と言っても過言ではありません!」

 

「ち、ちふ……織斑先生! さすがに病院送りにはされたくないです!」

 

 あれが以前を変わらない威力で頭に着弾しよう物なら、一撃で昏倒するどころか、新しい人生を受け入れざるを得なくなってしまう。

 

「織斑先生、さすがに私もそれはどうかと……」

 

「む……そういえばそうだったな。さて、どうしたものか……」

 

 真耶に窘められて千冬が思いとどまったのを確認し、セシリア達は捕食者から逃げ切った事を確信して心の底から安堵していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のも束の間。

 

「仕方ない、こっちを使うか」

 

 千冬が何処からともなく取りだしたのは、もうひとつの出席簿。冷たく光る出席簿・改とは違い、柔らかな光沢を放っているそれは、樹脂か何かで作製された様だ。ちなみに、これにも山田製作所の印が押されている

 

「「「えっ」」」

 

 刹那、カパパパァン! と教室に小気味いい音が3連続で鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 力を抜いてしまった彼らに不意打ちで襲いかかったそれは、防御を許すはずもなく、無情にも着弾してしまったのだ。

 

 

 

 

「2割増し!?」

 

「くぅぅぅ……さ、3割ですわ」

 

「こ、これが噂に聞いた教官の鞭……」

 

 

 

 

 

 3人共、頭からプスプスと煙を立ち上らせながら蹲っていた。

 

 

 

 

 

「皆、これ以降授業前の着席を心がけるように」

 

「お、織斑先生……大丈夫なのでしょうか」

 

「安心しろ、痛みだけだ」

 

 確認するまでもなく、生徒一同顔を青くして頭を縦に振りだした。彼女らの顔には「絶対に遅刻しません!」という強い信念が見て取れたそうな。

 

 そんな中、真琴は悶絶する彼らの頭を心配そうにさすっていたのであった。

 

 

「それでは授業を開始する」

 

 

「これはやばい、色々とやばい」

 

「もうくらいたくありませんわ……」

 

「面攻撃でこの威力とは……」

 

 幸い3人とも無事な様で、頭をさすりながら授業を受けていた。さすがブリュンヒルデ、絶妙な力加減……である……?

 

「さて、今回の社会情勢についてだが―――」

 

 

 余談だが、この出席簿mk3に使われている装甲の正体はFRP(強化プラスチック)だそうな。

 

 

「真琴さん……お願いします、もう少し柔らかい素材で出席簿の作成を……」

 

「今度の出席簿はあれだな。衝撃はないけど、痛みがやばい。目の前に星が見えた」

 

「弟君、あれでサバイバルナイフを作れないか?」

 

 

 授業終了後、出席簿mk3の一撃を食らった3人は真琴の元へ集まっていた。

 

「えっと……織斑先生からじゅしで作ってほしいと依頼があったので……。警棒くらいならつくれると思いますが、ナイフはちょっと」

 

 セシリアと一夏はまだダメージが抜けきっていない様だが、さすがは軍人と言った所か、ラウラは授業開始早々立ち直り、普段通りの彼女に戻っていた。

 

「耐久性、か? やはり樹脂を材料にしたサバイバルナイフの実用化はまだ難しいか……」

 

「ごめんなさい。投げナイフならなんとかなるとおもうんですけど、たぶん重さがたりないと思うんです」

 

 要望に応える事が出来ずにしゅんとする真琴を見て、予想外だったのか、ラウラはあたふたと慌てふためきながら彼をなだめ始める。

 

「わ、私はこれっぽっちも気にしていないぞ弟君! そうだな、ナイフもいいがISの武装もいいかもしれない!」

 

 何とかして落ち込んでしまった真琴を元気づけようとしているラウラの姿は、とても軍人には見えなかったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NGしーん

 

 真耶に窘められて千冬が思いとどまったのを確認し、セシリア達は捕食者から逃げ切った事を確信して心の底から安堵していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のも束の間。

 

「仕方ない、以前より力を抜くか」

 

 

「「「えっ」」」

 

 刹那、カコココォン! と教室に小気味いい音が3連続で鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 力を抜いてしまった彼らに不意打ちで襲いかかったそれは、髪の毛を圧縮するだけでは留まらず、頭蓋骨、更には脳を直接呼びかける様に痛みを与える。神速とも言える程の速さを持った一撃を防げるはずもなく、出席簿は無情にも一夏達の頭に着弾した。

 

 

 

 

「ぬああああああ!! いてええええぇぇぇ!!!!」

 

「く、くぅぅぅ……」

 

「ぬ、お、お、お……」

 

 

 

 

 一夏は頭を押さえながら廊下を転げまわり

 

 セシリアは頭を押さえて蹲りながらプルプルと震えり

 

 ラウラは爪の後がくっきり残る程強く拳を握りしめ、涙を目尻に溜めて千冬を見つめていた。

 

 

 

 

「お、織斑先生……大丈夫なのでしょうか」

 

「安心しろ、痛みだけだ」

 

(((((どうみても痛みだけじゃないっ!!)))))

 

「んんっ! 以降、授業前の着席を心がけるように」

 

 確認するまでもなく、生徒一同顔を青くして頭を縦に振りだした。彼女らの顔には「絶対に遅刻しません!」という強い信念が見て取れたそうな。

 

そんな中、真琴は悶絶する彼らの頭を心配そうにさすっていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

NGしーんぱーと2

 

真耶に窘められて千冬が思いとどまったのを確認し、セシリア達は捕食者から逃げ切った事を確信して心の底から安堵していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のも束の間。

 

「仕方ない、以前より力を抜くか」

 

 

「「「えっ」」」

 

 刹那、パカカカァン! と教室に小気味いい音が3連続で鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 力を抜いてしまった彼らに不意打ちで襲いかかったそれは、髪の毛を圧縮するだけでは留まらず、頭蓋骨、更には脳を直接揺さぶる様に衝撃を与える。神速とも言える程の速さを持った一撃を防げるはずもなく、出席簿は無情にも一夏達の頭に着弾した。

 

 

 

 

「「「ぶっ」」」

 

 

 

 

 

一夏、卒倒。

 

セシリア、卒倒。

 

ラウラ、目を回し、更に頭の上でヒヨコを回しながらもなんとか耐え忍んでいた。

 

 

 

 

「お、織斑先生……大丈夫なのでしょうか」

 

「……しまった、やりすぎた」

 

「ほ、保健室! 保健室はどこですかぁ!!」

 

 生徒一同顔を青くして一夏とセシリアを同情と憐憫の眼差しで見つめていた。彼女らの顔には「絶対に遅刻しねぇ!」という強い信念が見て取れたそうな。

 

 そんな中、真琴は倒れている二人と、未だふらふらなラウラの介抱をするのであった。

 




―――……出席簿怖い出席簿怖い出席簿怖い

―――……あら、そういえば今朝の朝食は何を頂いたのでしたっけ?

―――……なるほど、バインダーも立派な武器になるのだな


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40話 デュノア社に渡すISは?

 社会の講義が終了し、その後特に教室に残る必要性を感じられなかった真琴は、皆に研究室に戻ると言い残し帰宅した。

 

 IS学園の敷地を出てすぐに、ウサ耳が何やら電波を受信したのか忙しなく動き始める。

 

 そして、次の瞬間、光学迷彩を施して真琴邸の護衛に当たっている10機のゴーレムから通信が入った。

 

「異常ナシ」

「異常ナシ」

「異常ナシ」

「異常ナシ」

「1000 北西ノ方角ヨリ侵入者ヲ感知 無力化後 IS学園ニ輸送」

「異常ナシ」

「異常ナシ」

「異常ナシ」

「異常ナシ」

「異常ナシ」

 

 毎日この様に一斉に、まるで狙い澄ましたかの様に次々と通信が入るのだ。今回は珍しく侵入者が居た様だが、さすが束お手製のゴレーム。侵入者に気取られる事なく一瞬で対象を無力化、気絶させて施設の外へと放り出していた。

 

 中には、気絶させられた後に「私は侵入者だから捕まえていいヨ☆」と首から看板を吊り下げ、ご丁寧にその時に監視カメラが捕えた映像もセットでIS学園に送り届けらた者もいた。

 

 後に拿捕された侵入者は語る。山田博士の研究所の敷地に入った途端に意識が途切れ、気づいたらここに居た。と

 

 この情報は瞬く間にテロリストへと流れ、迂闊に手を出しても、というか万全の態勢で挑んでも侵入ができないと認識されていたのだが、当事者である真琴は知るよしもない。 

 

『ごくろうさまです。まいにち助かります』

 

真琴は見えないボディーガードに感謝の意を示し、てくてくと自分の家に戻って行った。

 

 その際、真琴の感謝の意を感じ取ったのだろうか、一斉に「ピピッ!」と返事を返してきたゴーレム達はどこか嬉しそうだった。

 

 

「ただいまー」

 

「あ、お帰り真琴。今日の学校はどうだった?」

 

 

 真琴が帰宅すると、何やら食欲をそそるスパイシーな臭いが漂ってきた。今晩のメニューはカレーらしい。

 

 そして、すぐにシャルロットが出迎えてくれた。彼女は晩御飯を作っていたらしく、エプロンを着け、おたまを持っていた。その様は正に母親。違和感がこれっぽっちも、砂粒ほども感じられない。

 

 そしてニコニコと微笑みながら今日の様子等を訪ねてくるのだから堪らない。真琴はこれが本当のお母さんなのかなと思いながら、今日学校で起きた出来事を話し出した。

 

「えっと、一夏さんとラウラお姉ちゃんとセシリアさんが、僕がつくったしゅっせきぼで叩かれてました」

 

「え“っ。強化装甲で作った出席簿で? 違うよね? ねぇ、違うよね!? あんなので叩かれたら死んじゃうよ!?」

 

 シャルロットは顔を引き攣らせながら真琴に詰め寄った。それもそのはず、束のISがボコボコにされている様を間近で見ていたのだから。

 

「あたらしく作ったプラスチックのしゅっせきぼですよ。……3人ともうずくまっていましたけど」

 

「あはは……それなら良いんだけど」

 

「僕はこの後、デュノア社にわたすISをつくりますけど、シャルロットお姉ちゃんもみますか?」

 

「え? いいのかな。見れるのは嬉しいけど、さすがにまずいんじゃ?」

 

「だいじょうぶです。デュノア社に渡すころには、シャルロットお姉ちゃんはここに住んで僕といっしょにISを作るんですから。第3世代のISをはやいうちに触っておくのは悪いことではないと思いますよ?」

 

 シャルロットが亡命した後、彼女の肩書はIS学園に通学する山田製作所の職員という扱いになる。

 

 

 結局のところバレなきゃ良いという事だ。幸いシャルロットが研究所に入ってから、その姿を確認した者は真琴、真耶、千冬の3人しかいない。侵入者も、研究所に近寄る事すらできていない。友達に隠し事をするのは少々後ろめたいが、セシリアやラウラにも話すことなく、秘密裏に事は進められていた。

 

 

 

 第3世代のISを見れるという事だけあり、さすがにシャルロットも好奇心を隠しきれなかったのか、少し迷った後、かちりとコンロの火を止めると、エプロンと白衣を交換して真琴と共に研究室へと向かった。

 

 

 研究室に到着すると、真琴はデスクに座るとすぐにPCの電源を入れ、CAD立ち上げてラファールのデータを呼び出し、回路図の変更を始めた。シャルロットは、その様子をすぐ横で見守っている。

 

(入力ライン……変換回路……ノイズ吸収回路……CPU……。あ、こっちも弄らなきゃ駄目かな)

 

 ラファールの回路図を目で追い、イメージ・インターフェイスを司る装置を組み込む為にPC上でパターンを描き続ける。

 

 この際気を付けなければならないのは、回路同士の距離だ。距離を開けすぎると無駄が多くなり、基板が大きくなってしまう。かといって距離を近づけ過ぎると、ノイズやエネルギーが回路上であちこち移動してしまい、エネルギーロスや誤作動に繋がってしまうのだ。

 

 さすが第2世代のISに関しては世界第3位の企業だけはある。そこそこ煮詰められており、基本的な部分に関しては弄る必要はない。

 

 効率などは真琴のそれに比べると数段見劣りするが、元々真琴カスタムのラファールが異常なのである。インターフェイスを使う際のエネルギーが必要になる為、少しだけ容量を増設する必要がある

 

 しかし、インターフェイス素子を乗せるに辺り、スペースを確保しなければならない。インターフェイス素子はCPUと密接に関係しているため、CPUとインターフェイス素子距離を開けすぎてはならない。素子同士の距離が離れすぎていると、エネルギーの波形が歪んでしまい、これまた誤作動を引き起こす。

 

 

 

 真琴がぽちぽちと回路を変更しながら素子を置き換えていると、我慢しきれなかった様子でシャルロットが訪ねてきた。

 

「ねぇ、真琴。ちょっと質問してもいいかな?」

 

「あ、はい。なんでしょうか」

 

 

「僕は何回かラファールのデータを見た事があるんだけどね、デュノア社の研究員は皆複雑な計算を紙に書いたり、公式に当てはめながら四苦八苦していたんだ。真琴はどうやって計算しているの?」

 

「あんざんと、元のデータのりゅうようです」

 

「あ、暗算……!?」

 

「本当にむずかしい計算式は書きだしますけど……基本はあんざんですね。束さんからいただいたこの耳があると、せいどとそくどが格段に上がるんですよ」

 

 そう言うと、真琴のウサ耳はピコッっと動いた、真琴は入浴と就寝の時以外はずっとこの耳を着けているが、決して面倒くさいとかそういう訳ではない。決して。

 

 ここでも束お手製のウサ耳が役に立っている。その都度周りに居た人物は驚愕するのだが……ここまで来ると最早びっくり箱である。

 

 

「そ、それじゃあ……入口の部分の計算ってどうやってるの?」

 

「えっと……こうですね」

 

 真琴はレポート用紙を取りだすと、一番始めの計算式だけ書き出し、次の行には解答を弾きだしていた。

 

 常人、というか一般的な研究者でも、この計算だけで少なくとも一分は要するものなのだが……。

 

「それじゃあ……CPUに出入りするエネルギー圧の計算は?」

 

「素子の足が100個ちかくあるので……さすがにそれは数分いただかないと」

 

「す、数分で……」

 

 あんぐり。真琴はシャルロットの要望に応えながらも回路のレイアウトの変更や素子の定数の変更を行っていた。

 

 そしてインターフェイス素子を最後に設置し、シミュレータ上でエネルギーを流した。

 

 その瞬間、PCとケーブルで繋がっていた10を優に超えるディスプレイが一斉に動きだし、エネルギーの流れを示した波形を表示し続ける。

 

 エネルギーの流れは、各々の素子によってコントロールされている。たとえば、入力部分にはとても大きなエネルギー圧がかかるため、回路を太くしている。そして、素子も頑丈な物を用いて耐久力を高めているのだ。

 

 充電を行う素子は、この入力付近に配置されている。充電の速度を波形で観測している

 

 真琴にとっては、とても納得する物ではなかったが、最低限第3世代の性能を満足するだけでいい。何せデュノア社には資金がないのだから、高い部品は使えないのだ。

 

 ここで、真琴はシャルロットに一つのお願いをした。自分が素子を入れ替えている間、指示された部品の値段と仕様書のデータを、各企業のホームページから入手してくれと頼んだのだ。

 

 いくら真琴が優れているとはいえ、一人で出来る作業量には限界があるのだ。

 

 データが載っていなかったら、山田製作所名義でメールを飛ばしてくれともお願いをしていた。これならすぐに返答が返ってくる。

 

 こうして、シャルロットはISの勉強をしながら真琴の補佐をするという自分の役割を見出していた。

 

「おわったら教えてくださいね。何か分からないことがあったらえんりょなく言ってください」

 

「うん、分かったよ真琴」

 

 シャルロットは本当に、本当に心の底から嬉しそうだ。

 

 決して誰かに強制される事なく、自分が守りたい、守ってもらいたいと思っている相手と共に行動をすることができるという実感を噛みしめ、鼻歌を歌いながら真琴の横で作業を開始した。

 

 

 対して、真琴は回路図で何か漏れは無いか確認を続けている。

 

 基本的に自分が弄った所以外は、デュノア社が完成させている為、インターフェイス素子と、それに関連するパターンや素子の回路を完成させればそれで良いのだ。

 

 幸い、変更点におけるエネルギー圧の波形を全て確認したが、異常は見られない。後はプログラミングとの齟齬が無いか、プログラムを作成してから確認するだけだ。

 

 

その時、シャルロットから声が掛った。

 

「真琴、指示された部品のデータ、全部集まったよ。……すごいねぇ、山田製作所の名前を出した途端、アポイントメントとか、サンプル部品の提供とか一気に来たよ。何か3ケタ単位で部品のサンプルを貰えそう」

 

 製品を作る企業としては、回路図を起こして、実際にそれを作るに当たって、真っ先に注文を行う訳ではない。部品メーカーに打診をし、サンプルとして無償提供して貰うのだ。

 

 そしてそのサンプルを用いて試作品を作り、GOサインが出てから正式に注文をするという流れが主流である。

 

「サンプルですか……う~ん、そろそろおきばしょが……」

 

「そんなにあるの?」

 

「はい、こっちです」

 

 真琴は立ち上がり、シャルロットに着いてくる様に伝えて、研究室を挟んで私室とは反対側へと廊下を歩き始めた。

 

そして、2~3部屋は通り過ぎただろうか、お目当ての部屋に着くと、真琴はそのドアを開け、中へと入って行く。シャルロットもそれに釣られて部屋の中へと入って行ったのだが……。

 

 

 

 その部屋は、壁一面が部品棚になっていた。

 

 

 

 銀行の金庫を連想させるそれは、一体何種類あるのか想像すらつかない。一番高い所に置かれている部品に至っては、脚立を用いなければ届かない程だ。

 

「な、なにこれ……」

 

 最早本日何度めの驚愕になるか分からないが、シャルロットはあんぐりと口を開けながら茫然としていた。

 

「あたらしい製品ができるたびに、サンプルを送ってくるんですよ。はんにゅうはIS学園をけいゆしているので、問題はありませんけど」

 

 ISに使う素子は、大まかに分別しても数十種類に及ぶ。

 

 それが定数別や物理的な大きさ別に並べられている。

 

 ちなみに、作っているメーカーが違うというだけで、全く同じ性能や外見を持っている部品もある。いわゆる代替品という奴だ。

 

「こ、これ全部真琴が管理してるの……?」

 

「はい。ですけど、そろそろ管理がめんどくさくなってきました」

 

 ですよねー。と、シャルロットは納得が行った様子。そして、何かを決意したらしく、力強い口調で真琴に提案した。

 

「真琴、これから部品の管理は僕にも手伝わせて?」

 

「あ、はい。おねがいします」

 

「これ一人でやれって方が無理だよ」

 

「IS学園以外からとどいた部品いがいは、基本廃棄してください。とうちょうきやはっしんきが仕掛けられているかのうせいが高いので」

 

「あ、うん、分かったよ。それじゃあ、研究室に戻らない?」

 

「そうですね。あの部屋には9時までしかいられないので、はやくすませちゃいましょう」

 

「9時? 時間制限があるの?」

 

「えっと、その、それなんですけど……」

 

 真琴は以前、作業に没頭する余り深夜になってもIS学園の研究所から戻ってこなかった為、こっぴどく怒られた時の事を話した。……多少、真琴の主観が入った説明であったが。

 

 それを聞いたシャルロットは、クスクスと笑うと真琴の頭をさらさらと撫で始めた。

 

「それは真琴が悪いよ。真琴ってまだ子供だよ? 2時3時まで起きてたら成長の妨げになるし、体調も崩すって。 山田先生も相当心配したんじゃない?」

 

「……うー、そのとおり……デス」

 

 他愛もない話をしながら、二人は研究室へと戻って行った。

 

 

「疲れた……うう、まーくん」

 

 時刻は夜8時半、前日徹夜紛いの作業をこなした真耶の目元には、うっすらと隈が出来ている。

 

 千冬も同じ作業をこなしているはずなのだが、彼女は一体何者なのだろうか、コーヒーをがぶ飲みしていたが、疲れた素振りすら見せていなかった。

 

 ―――山田君、先に帰っていいぞ。

 

 フラフラになった真耶を見かねて、先に帰宅を促してくれたのだ。

 

(最近まーくんと一緒に寝てなかったし、今日こそはゆっくりまーくんと……うふふ……)

 

 ふらふらと歩きながら、少し悦に入った彼女は真琴と同じ手順で山田邸に自分の家に戻って行く。ゴーレム達から異常なしとの報告を受け、労いの言葉を掛けた後、帰宅した。

 

「ただいま~……」

 

「あ、おかえりお姉ちゃん」

 

「おかえりなさい山田先生」

 

 疲れ果てていた真耶の「ただいま」はとても小さい物であったが、真琴がそれを聞き逃すはずもなく、すぐさまリビングから真耶も元へと駆け寄ってきた。

 

「デュノアさん、ここは学園じゃないので、先生と呼ばなくて大丈夫ですよ」

 

「えっと、……それじゃあ、真耶さん、おかえりなさい」

 

「はい、ただいま帰りました」

 

「お風呂とご飯、両方準備できていますけど、どっちを先にしますか?」

 

 真耶としては今にも寝てしまいたいのだが、さすがにそれは健康に悪い。……徹夜紛いの作業も、お世辞にも良いとは言えないのだが。

 

「ん~……それじゃあ、ご飯を食べた後にお風呂にします。まーくん、お風呂はもう入ったの?」

 

「ごはんもおふろもまだだよ」

 

ピキュイーン! 最近ご無沙汰だった、真琴との入浴ができると分かった彼女の目には、活力が戻っていた。

 

「それじゃあ、ご飯食べたら一緒にお風呂にはいろっか、まーくん!」

 

 

 姉弟の仲睦まじい様子を見て、シャルロットは優しい笑みを湛えていた。

 

(羨ましいくらい仲がいいなぁ。僕も、これからこんな関係を築ける様に頑張ろう)

 

 

 

 

 

 そして晩御飯となったのだが、シャルロットが作ったカレーは素晴らしい物だった。

 

 飴色になるまでじっくりと弱火で炒めた玉ねぎの甘みがしっかりと出ている。本人は冷蔵庫にあったカレールゥを使ったと言っていたが、きっと隠し味を入れているに違いない。 真耶も中学生の頃から料理をしていたのだが、10人に味の比較をさせたら、8~9人がシャルロットのカレーの方が美味しいと答えるだろう。それほどまでの出来栄えに、彼女は内心自信をなくしかけていた。

 

 

 が、この後待ちかまえている至高の時間を想像し、沈んだ自分の心を急浮上させていた。恐るべし真琴ぱぅわ。

 

 

 そして、いよいよ、ついに、待望の、真耶お待ちかねの入浴タイムがやってきた。

 

 

 真耶はバスタオルと着替えを抱えている真琴の背を優しく押しながら、浴室へと歩を進めた。

 

 何時も以上に長く感じられる廊下、そして時間。今の彼女にとっては、衣服を脱ぐ時間すら惜しかった。

 

 真耶に釣られて真琴もいそいそと服を脱ぎ始めたのだが、まだ下着を脱げていない。

 

 やや小さめのTシャツを着ていた真琴は、袖から上手く腕を抜くことができない。それを見かねた真耶は、真琴に「まーくん、ちょっとばんざいして?」と彼に促し、真琴が両手を上げたのを確認すると、すぽぽーん! と勢い良くTシャツを脱がせて見せた。実に鮮やかである。

 

 そして真琴がすっぽんぽんになったのを確認すると、二人でなかよく浴室に入って行き、掛け湯をし、仲良く浴槽へと身を沈めるのであった。

 

「はふぅ……」

 

「ふふっ、まーくんと一緒にお風呂に入るの久しぶりだね」

 

 とろとろに蕩ける真琴を後ろから抱え、真耶は大変ご満悦の様子。ご自慢の豊満な胸をむぎゅむぎゅと押し付け、真琴を優しく包み込む。

 

 普段なら余り長い事お風呂に入れない真琴だが、本日に限っては、頭と体を洗い終えた後、既に一時間程入っている。それと言うのも、気を利かせたシャルロットがお湯をぬるめにし、ミネラルウォーターの差し入れをしていたからだ。

 

 入浴中の水分補給は、水分補給のタイミングとしてはベストである。血管が拡張し、新陳代謝が高まる為、入浴前、もしくは後に水分補給をすることは一般的であるが、入浴中というのは余り聞かない。

 

 

 

 安らかな時間が過ぎ去って行く。このまま時が止まれば良いのにと真耶は願うが、現実とは残酷な物である。ペットボトルに入っていたミネラルウォーターは、残り僅かとなっていた。

 

 

 

 ちなみに、真琴の体を洗う際、真耶も一緒になって洗いっこをしていたのだが、真耶の洗いっぷりに負けてしまい、一方的に彼が洗われることになったのはまた別のお話。

 

 

 

「それじゃあおやすみなさい、真琴、真耶さん」

 

「はい、おやすみなさいデュノアさん」

 

「おやすみなさい、シャルロットお姉ちゃん」

 

 結局、入浴時間は一時間半を超えた。新記録樹立である。

 

 シャルロットは一足先に客間(もうすぐ彼女の私室になるが)へと戻っていった、翌日届く大量の部品サンプルの手続きがある為、準備をする必要があるからと言い残して。

 

「それじゃまーくん、そろそろ寝よっか」

 

「うん」

 

 真耶達も二人の私室へと戻り、寝る準備を始めた。当然、使うのは真耶のベッドだけだ。

 

 真耶は何時ものようにベッドに寝転がり、掛け布団を開けると、真琴が寝るだけのスペースを開けて、早くおいでと言わんばかりに敷布団をポフポフと叩いた。

 

 それに釣られるかの様に、真琴は枕を抱きかかえながらテクテクと歩み寄り、枕をベッドに置くと、その感触を懐かしむかのように真耶にすり寄り、甘える様にぴったりと真耶にくっついてしまった。彼もそれなりに寂しかったのだろう。

 

 長年一緒に居る真耶がそれを見抜けないはずもなく、すり寄ってくる真琴を優しく、壊れ物を扱うかの様に胸に抱きながら頭を撫でる。

 

 錦糸の様な真琴の髪の毛。その髪はとても柔らかく、撫でる度に絡みつくこと無く彼女の手のひらからサラサラと零れて行く。

 

 その感触を楽しむかの様に何度も撫でていると、彼女の胸元から静かな寝息が聞こえてきた。相変わらず、真耶と一緒に布団に入ると素晴らしい速さで寝入ってしまう。

 

(この感覚、久しぶり……。やっぱり気持ちいいなぁ。頑張って仕事を早く終わらせて、できるだけまーくんと一緒に寝よう、うん)

 

 愛すべき弟の心温まる光景を見て、真耶の疲れはどこかへと飛び去っていた。

 




―――……異常ナシ

―――……異常ナシ

―――……識別コードナシ 排除 開始


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41話 ISの存在意義

 

 

 

 

ISの部品が散らばる研究室にキーボードを叩く音が響く

 

 

 

 

 

 

 

 研究室には二人の人影が在った。

 

 一人は、兎の耳を模したカチューシャを装着した白衣の少年。

 

 もう一人は、同じく白衣を着ている金髪の少女。

 

 

 

 

 

 

 

―――ピー  

 

 

 

 何かを入力し、エンターキーを押す度に、パソコンからは拒絶の意た示される。

 

 

「う~ん……これもだめかぁ……」

 

「真琴でも分からない事があるんだね。ちょっと安心したよ」

 

 今真琴が試みているのは、ISの最終防衛システムの突破だ。

 

 2個目のセキュリティを突破したは良いが、最後のパスの意味不明さに真琴は半ばお手上げ状態だったのだ。

 

 ―――一つ目は、複雑な暗号

 

 ―――二つ目は、10×10のルービックキューブ

 

 ―――そして、最後のセキュリティ

 

 

 

 

 

 

 ISとは何か?

 

 

 

 

 

 ディスプレイに現れたのは、ISの存在意義を問う文言と、文字制限の無い二つのコメントを記入する欄であった。

 

 つまり、研究者としての心構えを、束に試されている訳だ。

 

 生みの親である束に認められなければ、ISのコアを作る事は許さない、と。そう言われているという事だ。

 

 初めてこのセキュリティを見た時、真琴は固まってしまった。

 

 今まで散々複雑な暗号やパズルを解いてきたのだ。正に肩すかしを食らったというのが正しいだろう。

 

 真琴は、自分は誰よりも「ISを正しく理解しているという」程自惚れている訳ではなかったが、負けたくないという気持ちは人一倍持っている。

 

 

影で「篠ノ之束の再来」だとか「奇跡の頭脳」「ISの申し子」と呼ばれているのも知っている。

 

 ―――この程度のセキュリティを突破出来ないで、何が天才か。

 

 未だかつて篠ノ之束以外に上り詰めた事のない頂を前に、興奮を隠しきれない真琴は、思いつく言葉全てを打ちこんだ。

 

 

 

 

 しかし、コアから返ってきたのは拒絶の意。

 

 それを見た真琴は、面白いと言わんばかりに思いつく言葉を打ち込む。

 

 

 

 そんなことを繰り返すこと何百、いや何千回。

 

 

 

 初めこそ余裕を持ちながらコアと向き合っていた真琴であったが、

 

 

 

 拒絶を繰り返す相手を前に、彼の心奮い立たせる炎は徐々に勢力を失いつつ有った。

 

 

 

 

 

 真琴は暇な時間を見つけては毎日コアと向き合っている。が、次第にその間隔が開きつつある今日この頃であった。

 

 しかし、シャルロットが研究所に来てからその状況が一変した。

 

 ISの研究をする際、誰の手も借りる事なく歩んできた彼に、助手が出来た為である。

 

「ん~……それらしい言葉はぜんぶためしたんですけど、むずかしいですねぇ」

 

「全く、篠ノ之博士も何の為にISを作ったのか分かんないよね。世界をひっくり返して何がしたかったんだろ」

 

 

 

 彼女の言葉を聞いた時、真琴の頭の中で、カチリと歯車がかみ合った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 世界をひっくり返して何がしたかった? 何の為にISを作った?

 

 

 

 

 

 

 

 技術面を気にする余り、考える事が無かった方面の解答を探し出す。そして、束の行動や発言を思い返す真琴。

 

 

 

 彼女がIS学園に現れた際には、必ずと言って良い程トラブルが発生した。

その都度千冬に撃墜されていたのだが、束は楽しそうにしていた。

 

 白式や緋蜂の構想を練りながら開発する際、彼女はとても楽しそうだった。

 

 

 以前の束程ではないが、自由に行動できなくなってしまった真琴は、彼女の心が少しだけ理解できた気がした。

 

 

「ま、真琴? どうしたの?」

 

 目を閉じたまま動かなくなってしまった真琴を心配するシャルロット。

 

 しかし真琴から返事はない。

 

 

 

 

 数分後、彼はゆっくりと目を開けると、徐にコアに向き合った。

 

「シャルロットお姉ちゃん。ありがとうございます」

 

 そう言いながら、真琴はコアにゆっくりと心の中でコアに問いかけた。

 

 

 

 

 ―――さぁ、次はどうやって遊ぶ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピピピッ! パスワード確認 ロック解除シマス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てのセキュリティが突破した証が、ディスプレイに表示される。

 

 直後、ディスプレイから溢れんばかりの情報が、一気に表示された。

 

 それを見て、真琴は満足そうに微笑み、シャルロットは眼球が飛び出るのではないかと言うほど目を見開き、あらん限りの声で叫ぶのであった。

 

「やった……!」

 

「え? えええええええええええええええ!?」

 

 

 

 

「コアのセキュリティを破ったと言うのは本当か真琴君!!!!」

 

 

 

 真琴が千冬にコアのセキュリティを全て突破したと一報入れると、彼女はすぐに研究所に駆け付けた。余程急いでいたのだろう、所々髪の毛が跳ねている。

 

 ちなみに、千冬はゴーレム達に「真琴の味方」という認識を受けている為、攻撃を受けることは無い。敷地内に入ったとしても、監視カメラでその姿を追われるだけだ。

 

 そこには、PCからコアへと細いケーブルを繋ぎ、ディスプレイと睨めっこをしている真琴と、その様子を見て、全く理解できていない様子のシャルロットが居た。

 

「あ、お疲れ様です織斑先生」

 

 千冬はシャルロットに目もくれず、跳ねた髪もそのままに彼に問いかける。

 

「あ、お疲れ様です千冬さん。これで僕にもコアがつくれます」

 

 そう言いながらディスプレイを千冬に見せる真琴。そこには、コアを作成するに当たって必要な材料や回路図が表示されていた。

 

 

 

 

 コアの作成に辺り、数種類のレアメタルを調達する必要があるこそすれ、それを除けば今の真琴にとっては時間は掛かるが作成することができる回路。

 

 様は、この「レアメタル」こそ、ISのコアの肝なのだ。このレアメタルが、世界のパワーバランスを崩してしまう根幹だったのだ。

 

 

 

「千冬さん、僕のめいぎでこのそざいは調達できません。IS学園けいゆでいらいしてもいいですか?」

 

 山田製作所名義で注文してしまうと、それを嗅ぎつけた企業連が、「彼が注文した素材や部品には意味がる」と考えてしまう。資金に余裕がある企業連に至っては、同じ注文をしてしまい、素材や部品の値段が上がってしまうのだ。事実、真琴が仕入れたサンプルの殆どは、程なくして他の企業も発注していた。

 

「……それは問題ないが、公にはするなよ? できればIS学園の中だけで留めて置いて欲しい」

 

 

 真琴は複雑な環境に立たされている。いざとなったらIS学園の中に逃げ込んでしまえば良いのだが……

 

 

「僕もあまり波風はたてたくありませんから、とりあえずはシャルロットおねえちゃんの専用機だけにしようかなぁと思って居ます」

 

「真琴……」

 

 感激やら驚愕やら畏敬やら。様々な感情が入り混じったシャルロットは、真琴の名前を呼ぶことしか出来なかった。

 

「デュノア。お前は最高機密を知ってしまった。……もう後戻りは出来ないからな」

 

 そこに千冬が釘を刺す。理解出来ていないとはいえ、コアの内部を見てしまったのだ。

 

 

 

 

 既に政府や組織がバックホーンとして存在している小さな研究所。しかし、その質に関しては世界でも群を抜いている。

 

「あとは、ゴーレムの数をふやそうかなぁと。十機じゃまもりきれない可能性もありますし」

 

「それに関しては問題ない。鹵獲された時の事も考えて、自爆プログラム等も組み込んでおけよ?」

 

「分かりました」

 

「えっと……お二人とも、そろそろお昼の時間ですし、何か食べて行きますか?」

 

 シャルロットの言葉を聞き、千冬と真琴が時計を見やると、短針は頂上に向けてカチリとわずかに動いた。

 

「そういえば、千冬さんはじゅぎょうは大丈夫なんですか?」

 

「ああ、山田君に任せてあるから大丈夫だ」

 

 本来、この一件が公になればIS学園は緊急対策会議を開く必要がある。最悪、休校になり兼ねない。それ程の事態なのだ。

 

 しかし、この騒動の火種を作りだした張本人はというと、これから作るシャルロットの専用機と、ゴーレムの事で頭が一杯の様子。目をキラキラと輝かせて時折にやけていた。

 

 彼の様子を見て、千冬とシャルロットは溜息を一つ吐くと、三人で居間へと向かうのであった。

 

 

 ぶーん……。かちり、かちり、かちり、ちちち……

 

 かりかりかりかりかりかり。

 

 ここは束の隠れ家。

 

 

「お、お、おおおー……」

 

 

 彼女はディスプレイに食いつき、コアから送信されたデータを確認すると、満足そうに頷いていた。

 

「な、る、ほど、なるほど。さすがはまーちゃん。ちょーっとだけ手間取ったみたいだけど……束さんの考えに気付いてくれたみたいだね。うん、及第点あげちゃおう。ついでにプレゼントもしちゃおうかな」

 

 束が後ろを振り向くと、そこには数種類の機械仕掛けのリスが居た。

 

 リス達は忙しなく動き回り、散らばっている部品を奪い合い、確保した部品を満足そうに齧り始める。

 

かりかりかり、かりかりかり。

 

 部品が徐々に無くなって行き、全て食べ終わると、ぷるぷると震えだす。

 

ぷりっ。

 

 そして、プログラムに従い、部品を再構成する。こんな物、世界中探しても此処にしかない。

 

 ちきちきちき……

 

 そして、再び要らなくなった部品を探して研究室内を動き回る。

 

「やぁやぁ。君達、辞令を申し渡す! 明日から、まーちゃんの研究所にいってね!」

 

 パソコンを動かし、リス達を呼び寄せる。

 

 

 そして、停止させたリス達の背中をパカりと開くと、ブロック状の金属を背中に埋め始めた。

 

「よしよし、これで心おきなくコアが作れるね」

 

 

 

 そう、リスの背中に入れた物は、コアの作成に必要なレアメタル。

 

 

 一体どの様な内部構造になっているのか、それは束しか知らない。

 

 

「さてと。真琴、これからどうする?」

 

 昼食を食べ終えた後、千冬は美味かったと一言残し、IS学園へ戻って行った。

 

 

「ん~……。デュノア社に渡すISもできあがったので、次はラウラお姉ちゃんのISのメンテナンスかなぁと」

 

 スケジュールを確認する真琴。以前、ラウラの専用機「シュヴァルツェア・レーゲン」のメンテナンスの依頼を受けていた事をシャルロットに告げる。

 

「そっか。という事は、IS学園でメンテナンスするのかな?」

 

「そうですねぇ……シュヴァルツェア・レーゲンのメンテナンスは、シャルロットお姉ちゃんの一件がおわってからにしようと思います」

 

 現在木曜日。シャルロットの亡命手続きは土曜日に終わる見込みだ。そのため、2~3日の余裕が生まれる事になる。

 

「ん……。それだと、何日か自由時間が出来るね」

 

「はい、そろそろ新しいぶきでもつくろうかなぁと思っています」

 

 ここ最近ご無沙汰だった武器開発。色んな構想はあるが、イギリスの出張や緋蜂の開発など、優先事項が高い物が突発的に降ってきてしまい、まともに開発出来ないで居た。

 

「新しい武器かぁ……。世界中に売るの?」

 

「それはまだです。シャルロットお姉ちゃんの専用機に搭載しようかと」

 

 真琴は、今在るラファールmk2を元に、それの発展形をシャルロットに載ってもらおうと画策していた。

 

「専用機って……。僕のラファールは、もうすぐデュノア社に返還するんだよ?」

 

「ですので、新しい第三世代のISをつくります。武装が決まっていなかったので、一つ、シャルロットお姉ちゃんの専用機の代名詞ともいえるぶきを作ろうかと」

 

「僕の代名詞、かぁ……となると、灰色の鱗殻(グレー・スケール)かな?」

 

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡには、シールドの裏に切り札とも呼べる武器が収納されている。

 

「あれだと面白みがないので、もっと威力をあげてみようとおもいます」

 

「え“っ」

 

 灰色の鱗殻は、炸薬をリボルバー形式で交換するパイルバンカーだ。威力だけ見れば第2世代の中では最高クラスを誇っている。

 

 真琴はそれの威力を更に上げようと言っているのだ。

 

「炸薬式だと、火薬のりょうにおうじていりょくが上がりますが、ぼうはつの危険性を考えるとどうにも……」

 

「ぼ、僕はあれでも十分だと思うんだけど……」

 

「ローレンツ力をISのエネルギーに置き換えて、なんとかできないかなぁと」

 

 

 

 要約すると、レールガンの要領でパイルバンカーの杭の部分を打ち出すという事だ。

 

 

 

「で、でもそれだと莫大な電圧が必要に……」

 

「はい。ですので、ISのエネルギーに置き換えてかんがえます。パイルバンカー自体にエネルギーをはっせいさせる機構をくみこめば、本体のエネルギーしょうひもそこまで大きくならないと思うんです」

 

「……撃った本人も吹き飛ばされそうだねぇ、それ」

 

「いちげきりだつの武器ですね。おもしろそうです」

 

「あはは……やり過ぎない様にね、真琴」

 




――Q.ISとは何か?

――A.玩具。暇つぶし。


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42話 大暴れ

 ほーっ ほーっ

 

 現在深夜2時

 

 豊満な胸に顔を埋めて眠る真琴の眼がパチりと開いた。

 

 そして何処かへ向かおうと、姉の拘束を解こうとしたのだが……

 

 

 解けない。解けないのだ。

 

 

 決して苦しくなるほど力強く抱きつかれている訳ではない。しかし、まるで真耶の腕が凍りついてしまったのではないかという程、拘束力は凄まじい物だった。

 

 

「んぅ~~っ んぅ~~」

 

 

 普段の真耶なら、真琴が少し抵抗すれば無意識のうちに拘束を解いてくれる。

 

 しかし今回ばかりは放してなるものかと言わんばかりに、拘束が解ける事は無かった。

 

 

 

 

 格闘すること5分、真琴の涙ぐましい努力の甲斐あってか、ようやく真琴を抱きしめる腕が緩んだ。

 

 これを好機と踏んだ真琴は、真耶の腕からするりと抜けだし、再び抱きつかれる前に枕を真耶の胸元に置いてソロリソロリと歩きだした。

 

「えへへ……まーくんやわらか~い」

 

 

 

 

 

 真琴が向かった先はトイレではなく研究室だった。部屋を明るくするとバレてしまうかもしれないので、懐中電灯片手に部屋の入り口付近の壁に掛けてある白衣を探す。

 

 そして白衣を着ると、部屋の奥に鎮座しているパソコン目がけて歩きだした。

 

 

 ちなみに、真琴はとても臆病である。一応科学者なのだが、お化けという非科学的な物を否定しきれない。お化け屋敷などもってのほかだ。

 

 

 耳鳴りがしそうなほど静かな研究室、そこで懐中電灯一つでそわそわと周囲しきりに確認しながら歩くというシチュエーションは、まさにお化け屋敷を思い起こさせる物なのだが……。

 

 

―――カタン

 

 

「ひぐっ!」

 

 

 その時真琴の後ろで物音が聞こえた。そしてびっくぅ! と寝ている所を不意に起こされた猫の様に真琴は飛びはねる。このまま叫び出したい衝動に駆られた真琴であったが、大きな声を出してしまうと真耶とシャルロットを起こしてしまう。ぷるぷる震えて涙目になりながらも何とか声を押さえていた。

 

 そして恐る恐る振り返り、音がした方へ明りを向けると……。

 

 そこにはデスクから落ちたであろうUSB形式のフラッシュメモリーが床に落ちていた。

 

 真琴はほっと胸をなでおろしてUSBメモリーをポケットに突っ込むと、てくてくとパソコンが置いてあるデスクに歩み寄り、電源を入れた。

 

 

カチッ  カリカリカリカリ……

 

 

 真琴はPCが立ちあがるまでの間にウサ耳を装着した。これを装着するという事は、何かしら開発や交渉を行うと言う事だ。

 

 そしてPCが立ちあがったのを確認すると、メールソフトを立ち上げて、何処かへと連絡を取り始めたのであった。

 

 

 

 

 本日は晴天なり。

 

 

 シャルロットの亡命手続きが終わるまで、残すところ後一日。3人で朝食を取り終えた後、今日は企業からのサンプルが午前中に大量に届く為、真琴は学園には行かずにシャルロットと共に研究所で新しい武器の開発をすると真耶に伝えた。

 

 真耶は仕方ないかーと一言残念そうに呟くと、真琴の頭を一撫でし、ゴーレム達からの報告を聞き始めた。

 

「さて、今日は……あれ? 今度はロシアの諜報部が侵入して来たみたい」

 

 無論、例によって自分は侵入者であるという旨の看板を首からかけられ、学園送りにされたことは言うまでもない。

 

 1~2週間という僅かな期間で、侵入者は既に数十人に及んだ。真琴が取引をしたイギリスと、お世話になったドイツ以外の先進国全てからである。

 

 真琴は、イギリスとドイツの政府からの連絡だけは無視していなかった。ブルースカイの新しい兵装のアイデアや、シュヴァルツェア・レーゲンの改造などは元々開発予定であった為、ここで無視を決め込んでも意味がないから。

 

 真耶を見送った後、真琴とシャルロットは送られてくるサンプルに備えながら、二人でパソコンと睨めっこを始めた。

 

「ふぅ……一晩放置しただけでこんなにメール来るんだねぇ」

 

「いつものことですよ。返信とイギリスとドイツ政府以外からの送信メールはぜんぶ開かないでさくじょしてください」

 

「ウイルスとか入ってたら大変だもんね。開くメールにしても、全部ウイルスチェックした方が良いね」

 

「はい、おねがいします」

 

 

・・・

 

・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

 

 メールチェックを終え、全てのメールを確認した真琴達は、新しく作るパイルバンカーの構想を形にし始めた。PCを新たに2台立ち上げると、それぞれ違ったアプリケーションを立ち上げる。

 

「新しくつくるパイルバンカーの設計をはじめるので、シャルロットお姉ちゃんの意見もきかせてください」

 

「うん、まかせて」

 

 片方は、物理エンジンを組み込んだシミュレーションソフトを立ち上げたPC。もう片方は、ISや武装の外見や構造を決める為のCAD端末である。そして、元から立ち上げていたPCにはエネルギー回路を設計するソフトが立ちあげられていた。

 

 

 

 そして真琴は、凄まじい勢いでエネルギー回路を作成し、部品の定数を決めて行った。

 

 IS本体の様に複雑な動作は要らない。ただ莫大なエネルギーを高速で充電し、一気に発射することができれば良いのだ。

 

 そして回路図の概要ができあがったのだが、入力部分に外からエネルギーを供給する為と思われる、ジェネレーターに繋がる入力回路とは別に入力部が設けられていた。

 

 

 

「エネルギー回路についてなんですけど、IS本体からエネルギーを供給する配線をくみこむひつようがあります」

 

「……パイルバンカー本体だけじゃ賄いきれないって事だね」

 

「その通りです。いずれにせよ、パイルバンカーじたいにもそれなりに大きなコンデンサやエネルギージェネレーターを積むひつようはありますけど……」

 

 

 

 真琴が作ろうとしているパイルバンカーの威力は、計算上では灰色の鱗殻《グレー・スケール》の威力を遥かに上回っている。しかしこれはあくまで理論値。現実では様々なエネルギーロスが発生する為、限界まで引き上げても95%くらいが落とし所だろう。これ以上引き上げてしまうと、より精密な回路が必要になる為、故障率が大幅に上がってしまうのだ。武器という、衝撃が発生しやすい物ならなおさらだ。

 

「んー……、一発でどれくらいのエネルギーを消費するのかな」

 

「ISからの供給なしだと、一発のいりょくは灰色の鱗殻《グレー・スケール》とほぼおなじです。最大供給となると……う~ん……」

 

 真琴はパイルバンカーとISの腕部が耐えられるであろうギリギリの数値を計算し始めた。

 

 幾度も計算をし、その内めんどくさくなったのかパソコンでエディタを立ち上げ、計算式をプログラムし、最適の数値を見極める。

 

「ん~……シャルロットお姉ちゃんとしては、どれくらいの……」

 

 と、此処まで言いかけた真琴であったが、急に固まってしまった。

 

 どうやら、何か良いアイデアが思いついた様子。悪戯が成功するのを待ちわびる子供の様に笑みを浮かべ、シャルロットにちょっと待ってくださいと一言伝えると、今まで作成した回路図を全部消して、新たに書き始めたのだ。

 

「え、ちょっと、え?」

 

 当然、シャルロットは困惑する。真琴がさっきまで作成していた回路でさえ、一般の研究者が1から書き起こそうとすると少なくとも一時間はかかる物だったから。

 

 

 

 

―――一時間後

 

 

 

「ふぅ」

 

「はい、真琴。もう終わったのかな?」

 

「あ、はい。お待たせしました」

 

 シャルロットは真琴にココアを手渡す。一心不乱に回路や構造を作成する真琴を見て、こりゃ時間がかかるなと踏んだシャルロットは、お湯を沸かしてココアとコーヒーを作っていたのだ。なんと茶菓子もセットだ。良い嫁になる、うん。

 

 ちなみに、その間に学園を介してサンプルが届いた。シャルロットが何とか抱えられるくらいの大きさのダンボールが5~6箱。これもシャルロットが部品部屋まで持っていってくれたと言うのだから、彼女の気遣いは天井知らずである。

 

「お待たせしました。こっちの方が面白そうなので、このろせんで行きたいと思います」

 

「う、うん。ちょっと見てもいいかな?」

 

「どうぞ。ココア、ありがとうございます。いただきますね」

 

 シャルロットは真琴に許可を貰い、真琴とデスクを交換して貰い、回路と構造の試作図面を確認し始める。

 

 

 

 通常、パイルバンカーには杭が一本しかない。エネルギーが分散されてしまうからだ。しかし、真琴が設計したパイルバンカーには杭が2本ある。この時点でシャルロットの理解の範疇を超えてしまった。

 

 ので、真琴に助けを求める。

 

「な、何で杭が2本もあるのかな? これじゃあエネルギーが分散して威力が……」

 

「それについては問題ありません。これをみてください」

 

 

 真琴が別のウインドウを立ち上げ、物理エンジンを搭載しているソフトを立ち上げたPCにデータを転送すると、それに連動して演算を始めた。

 

「えっとですね、この杭が打ちだされると、そこからそれぞれ位相と極性をバラバラにしたエネルギーが放出されます」

 

「え“っ」

 

 真琴の解説を聞いてシャルロットは全て理解してしまったのか、顔が引き攣っている。

 

 

 

 

 

 

 エネルギーという物は、極性をずらすと互い引力を発生させる。

 

 そして、位相がずれたエネルギーがぶつかり合うと…………暴走する。

 

 つまり、2本の杭が打ちだされると、それに連動してそれぞれの杭がエネルギーを放射する。異なった極性を持ったエネルギーは惹かれあい、一つになる。しかし、互いに位相がバラバラな為、一つになったエネルギーはえらく不安定になる。それこそ、少しの衝撃でエネルギーの奔流が発生する。そのため、IS本体の入力部に位相をずらしたエネルギーを使うのはタブーとされている。真琴はそれを逆手に取ったという訳だ。

 

 この原理は真琴のIS基礎理論にも応用されているのだが、それはまた別のお話。

 

 

「あとは、このエネルギーにしこうせいを持たせば完成です」

 

「……最早パイルバンカーっていうか、すっごいスタンガン?」

 

「あ、パイルバンカーの威力じたいも灰色の鱗殻《グレー・スケール》と同じくらいのいりょくは出ますよ? 数秒のチャージがひつようですけど。まぁ、とりあえずシミュレートしてみましょう」

 

 

 試作型パイルバンカーが表示されているウインドウのタスクバーから設定の項目を呼び出し、色々数値を入力し、それを終えた真琴は再生のボタンを押した。

 

 すると、今までウインドウの中にはパイルバンカーしかなかったのだが、いきなりパイルバンカーの前に壁が表示されたのだ。

 

「いま表示されているかべは、シールドバリアーを発生させた合金のかべです。つうじょうのライフルやハンドガンではビクともしない強度を持っています」

 

「嫌な予感しかしないよ真琴……」

 

「あ、エネルギーの充電がおわったみたいです。はじまりますよ」

 

 その瞬間、閃光と思しき光で画面が真っ白になった。音までは表現しきれない為、無音なのだが、どうやら今回はそれが幸いした様だ。

 

「わわ!?」

 

「あれ?」

 

 余りの眩しさに二人は目を背けてしまった。すぐ画面を見返したのだが、そこには穴が開いた壁と、地面に転がっているパイルバンカーしか写されていなかった。

 

「スロー再生してみますね」

 

「うん、僕はもう驚かないよ。驚かないったら」

 

 

 

…………………………

 

 

 

 結果から言おう。威力が高すぎた。

 

 いまのシミュレートを説明すると、

 

 パイルバンカーの杭が壁に着弾した瞬間にエネルギーの奔流が巻き起こり、シールドバリアーのエネルギーと反応を起こしてあの様なフラッシュが発生したのだ。

 

 壁に巡らせていたエネルギーはISと同等の量を持たせていたのだが、その一撃で全てのエネルギーを持っていかれたらしく、シールドバリアーを発生させた壁は、ただの壁となっていた。

 

 真琴は試しに削られたであろうエネルギー量を計算したのだが、少なく見積もっても600~700程度の威力はある様だ。それ以上はシミュレート上では計算できなかった。

 

「一撃でISのエネルギーを全部持っていくってこと? ……ピンポイントバリアが無いと試合開始一秒で終わりそうだね」

 

「理論値ですから確証はもてませんが、ピンポイントバリアがあったとしても7割はもっていくんじゃないでしょうか」

 

 まだまだ問題は出てくると思われるが、半日と掛らずにこの結果。スポーツ用のISが搭載するには強すぎる武装である。完成して量産体制にはいったら、間違い無く軍事運用されるであろう。

 

 真琴は、しぶしぶ一般向けに販売するパイルバンカーは、威力を落とすことにした。

 

「ところで真琴、このパイルバンカーの名前とかは決めてるの?」

 

「んー……ランペイジバンカー。とかどうでしょう?」

 

「大暴れ、か……暴れるどころじゃ済みそうにないねぇ」

 

シャルロットはクスりと笑うと、真琴の頭を一撫でするのであった。

 




―――……ところでこれ、幾らくらいするの?

―――ユニーク装備なので、それなりには……


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43話 シャルロットのISは?

 シミュレーション上で馬鹿げた結果を見届けた後、真琴は回路図や部品の定数に問題が無い事を計算上で確認すると、試作品を作って貰う為に早速国枝に連絡を取った。

 

『はい、こちらIS学園研究室です』

 

「あ、おひさしぶりです。山田真琴です」

 

 真琴が自分のラボに移ってしまってから職員会議でしか顔を会わせる事がなかった国枝の声が受話器越しに聞こえてくる。

 

『ああ、真琴君か。どうだ? あれから何か変わったことはないか?』

 

「おかげさまで、特にいじょうはありません」

 

『そうか、それはよかった。で? 連絡してきたってことは新しいISや武器の組み立て依頼か?』

 

「ええ、その通りです。今国枝さんのPCに暗号回線でデータをてんそうしているので、作って欲しいんですが……」

 

『ああ、構わない。……今度はどういった物を見せてくれるんだ?』

 

「片方は、ぼくが設計するよていのISにのせるパイルバンカーです。もうひとつは、市販むけに性能をおとしたパイルバンカーです」

 

『パイルバンカー……灰色の鱗殻の出力をUPでもしたのかな?』

 

「それはみてからのお楽しみということで……。注文書をそうふしますので、できあがったら、れんらくをください」

 

『分かった。それじゃ、データも送られてきたみたいだし、早速資材購買部に手配を掛けよう』

 

「よろしくおねがいします。それでは」

 

『ああ、またな』

 

 真琴は国枝が受話器を置いたのを確認すると、早速開発に必要な注文書をシャルロットに作成注文依頼書を国枝宛て送って貰うように指示をした。

 

「へぇ~……。ISの武器ってもっとお金がかかるものだと思ってたけど……意外と安く済むんだねぇ」

 

 具体的な金額を見たシャルロットは、予想以上にコストが抑えられた事に驚いている。とはいえ、今回依頼したランペイジの試作品の値段はゼロが7個もついている。まぁ、ISを一撃で戦闘不能まで持っていくことができる兵器の値段としては、これでも安いのかもしれないが。

 

 余談だが、セシリアのブルースカイに搭載されているBS兵器はもっとお値段が張る。インターフェイス素子はえらく高いのだ。

 

「真琴。注文書の送付も終わったことだし、そろそろお昼にしない?」

 

「そういえばそんな時間ですね。ぼくもお腹がすきました」

 

 真琴が時計を見やると、短針が丁度てっぺんに向かってカチリと移動をする所であった。

 

 

 一方、一年の専用機持ち達は食堂でずるずるとしていた。麺的な意味で。

 

「真琴さん、最近学園の食堂に来る頻度が落ちてきましたわ……。寂しいものです」

 

「何でも、弟君はまた新しいISを作っているらしいぞ? 山田教諭がそう言っていた」

 

 ランペイジの作成に関しては、特に口止めはしていない。その延長上と言う事でISの開発という事にしているだけだ。

 

 山田製作所の防衛ラインは完璧だ。物理的に介入することなどゴーレムに阻まれて無理と証明されている為、残っている手段はインターネット経由で研究所にクラッキングを掛けるしかないのだが……。今までに世界中に諜報機関がクラッキングを試みているが、悉く手痛い反撃を受けて失敗しているのだ。

 

 真琴が許可をしていないアクセスに対しては、真琴お手製の攻勢防壁が反応する。そしてアクセス元を探知して様々なウイルスやワーム、トロイの木馬をまき散らすのだ。

 

 多種多様なウイルスが一気に送付され、真琴にも予期せぬ競合を起こしてとんでもないウイルスへと変貌を遂げる。今までこれでどれだけの機関のサーバーがイカれた事か、その数はゆうに100を超えているであろう。つまり、新しいISの開発に着手したという事実が判明しても、外野は指をくわえて見ていることしか出来ない、という訳だ。まさに、お預けを食らいまくって腹を空かせて涙目になって、それでも餌を与えられない家畜。

 

 しかも、仮にアクセスに成功したとしても、大事な情報に関してはスタンドアローンの端末に保存してある。難攻不落とはこの事か。

 

「また真琴の奴新しいISをつくってんのかぁ……今度は誰の専用機なんだろうな」

 

「ひょっとしたら第3世代の量産機かもしれないわよ? 真琴ならやりかねないわ」

 

「……わたくしのISの様な性能を持ったISが量産されるというのでしょうか……ああ、真琴さんに直接お会いしてお聞きしたいですわ」

 

「ふん、弟君がそう簡単に話す訳が無いだろう。「ISを作っている」という事実が判明しただけでも世界中が引っ掻きまわされるんだ。そんなことしたら世界中の企業がこぞって注文を入れるぞ」

 

「何か真琴さんの力になれる様な事は出来ないものでしょうか……。わたくしは真琴さんに助力をしたいのです」

 

「……なら放課後にでも連絡取ってみるか? 真琴携帯もってないから、千冬姉に聞くしかないけど」

 

「研究所云々を抜きにして、一度弟君の家に行ってみたい物だ」

 

 

 専用機持ち達の昼食は、真琴の話題で持ち切りであった。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさま。さてと……真琴、これから何か予定はあるの?」

 

 今回の昼食はシャルロットお手製のサラダうどんであった。こちらもこちらでずるずると昼食を済ませた訳だ。彼女ははやくも日本の食文化について勉強を始めていた。

 

 食器を洗いながら問いかけるシャルロットに、真琴はテレビを見ながら応えていた。

 

「ん~……ランペイジバンカーだけだとあれなので、あれをさいだいげん活用できるオプションを作ろうかとおもっています」

 

 ランペイジは威力だけ見れば、恐らく現存しているISの武装の中では最高の威力を誇っている。しかし、パイルバンカーと言う物はとても当てづらい。剣なら切る事ができるが、パイルバンカーは突く事しかできないからである。

 

 線と点では面積に大きな違いがある、当てるのにはそれなりの腕と外部からの補助が必要だろう。

 

「シャルロットお姉ちゃんとしては、パイルバンカーを生かすためにどういった立ち回りをするんですか?」

 

「そうだなぁ……遠、中距離用の武器をチラつかせて、相手が近づいてきた所にチャフなり投げて怯ませて相手の動きが鈍った所を狙うか、相手のイグニッション・ブーストを読んでカウンター気味に当てるかだね」

 

「となると……相手のうごきをにぶらせるオプションがゆうこうですね」

 

「まぁ、僕は相手のタイプに合わせて戦うからあくまで灰色の鱗殻は切り札なんだけどね」

 

 シャルロットはクスりと笑う。

 

「基本的にはいままでのコンセプトを外れないほうしんで行ったほうがいいですか?」

 

「そうだね。でも、僕の為に作ってくれるISって第2世代じゃないんでしょ? なにかしらイメージインターフェイスを使った武装も作らないと、なんだか真琴に申し訳ない気がするよ」

 

「むー……そこらへんはおいおい考えましょう。とりあえずランペイジをほじょするオプションを作るので、けんきゅうしつに行きませんか?」

 

「うん、そうだね。オプションか~……何かいいアイデアはないかなぁ」

 

 

 二人は白衣に袖を通しながら研究室へと歩を進める。

 

 新しい武器やISを作る為のアイデアは、至る所に転がっている。ムーンライトや緋蜂が良い例だ。ムーンライトの原理は、マグネットの特性を応用したものである。

 

 そのため、真琴は暇な時間を見つけてはインターネットで色々なゲームや玩具などを探している。これでインスピレーションが浮かべば安い物だ。

 

 ここで、真琴はセシリアが操るBS兵器を思い出した。

 

 あれはイメージでブルースカイを操る物だが、ビット自体が攻撃するものだ。

 

 という事で、無線方式はブルースカイと被るから有線方式と取ればいいじゃんと真琴は考えた。

 

 更に、ランペイジの威力を高める為に前方への推進力に特化したスラスターを2門背中に搭載し、高速で突撃しながらとっつけば威力は更に倍プッシュ!

 

「……その顔は何か思いついたってことかな?」

 

 にへら~……と笑う真琴を見て、シャルロットは苦笑する。ハッと正気に戻った真琴は、今の草案をシャルロットに話すのであった。

 

 

 放課後、一夏達は千冬の元へ向かって居た。

 

 真琴の家に遊びに行く許可を貰う為である。

 

「さて、千冬姉が許してくれるかどうか」

 

「あまり期待しない方がいいぞ。弟君の研究所は国家機密クラスの情報が山程あると容易に想像できる」

 

「研究室に絶対立ち入らないという旨の誓約書や念書を皆で作製するのはいかがでしょうか。それなら織斑先生にも納得して頂けると思うのですが……」

 

「念書ぉ? めんどくさいわねー」

 

 一向は職員室に到着すると、入室する許可を貰い職員室の中へ入り千冬の元へと向かう。

 

 対する千冬は難しい顔をして、コーヒーを飲みながら書類と睨めっこしていた。どうやら厄介事を抱えている様だ。

 

「あの、織斑先生」

 

 一夏が声を掛けると、千冬は書類を読むのをやめて徐に一夏達に向き直った。

 

「どうした織斑。専用機持ち共が勢揃いとは穏やかではないな」

 

「えっと、その、真琴の家に遊びに行く許可を貰えないかと思いまして」

 

 その言葉を聞き、千冬の眉尻がピクりと持ちあがった。

 

「……お前達、それが何を意味しているのか理解した上で聞きに来たのだろうな」

 

「はい、必要なら皆で念書や誓約書を作成しても構いませんわ。真琴さんが幾ら世界最高峰の研究者とは言えまだ子供、友達と遊ぶ機会を設けた方がいいと皆で決めましたの」

 

「教官、これは決してスパイ行為ではありません。研究所に入る前にボディーチェックを設けても構いません」

 

「まぁ、あの年で籠るのは良くないと決めたわけなの……訳です」

 

 千冬は一夏達の目に秘めたる意思を確認した後、腕を組みながら瞳を閉じて考え始めた。

 

 一夏達に緊張が走る。本来緊張する必要など何処にも無いのだが、千冬と対峙するとどうしても皆固まってしまう。何か粗相があったら容赦なく真琴印の出席簿が頭に降り注ぐから。

 

「……今日明日は無理だ。だが、日曜日なら不可能ではない。真琴君に連絡を取ってみる。お前らは誓約書の準備をしておけ」

 

 友達と遊ぶだけなのにこの厳重さ。つくづく真琴の異常性を思い知らされる一同であった。

 

 

「……ねぇ真琴、これってすっごく悪趣味じゃない?」

 

「そうですか? ぼくとしてはけっこう気に入っているんですけど」

 

 真琴とシャルロットは、先ほど話をした草案を書きだして、一つに纏めた。

 

 拡張領域に関しては、コストに糸目を付ける必要はない。最高の物を使用すれば、ラファールの4~5倍まで広げる事ができる。

 

 シャルロットが中・遠距離で戦う為に必要な武装を全て搭載したとしても、残りの拡張領域は5割以上空いている。

 

 そこに、先ほど纏めた武装を搭載するという訳だ。

 

 ちなみに、シャルロットのISの武装は

 

・ランペイジバンカー

・有線方式のビット。このビットからは特殊な合金でできたネットが発射される。

・前方への推進に特化した大型のスラスターを2門

・ピンポイントバリア

・他、多数の汎用装備

 

 といった具合だ。

 

 ちなみに、ランペイジバンカーとビットに関しては完全にシャルロットのISの専用装備だ。他のISに搭載する気は、真琴には全く無い。

 

 戦闘開始直後は今までの武装で様子見。好機が訪れたらビットからネットを発射し、相手に絡ませて動きを鈍らせる。そこに超速で突進し、ランペイジでとっつくというコンセプトだ。

 

 現行のISでは、これら全ての武装を搭載するのは不可能である。真琴や束の技術を持ってして、ようやく完成できるというレベルだ。

 

 このISは、どの様なタイプのISとも連携が取れ、相手にすることもできる。

 

 ようはいたぶって弱らせた所に最高の一撃を叩き込むという事である。優しい性格のシャルロットにこのコンセプトは少々酷かもしれない。

 

「……これ、どの局面にも対応できるね。僕が今まで載っていたラファールの完全上位互換かな」

 

「デュノア社のカスタム機にまけているところは一点もありません。ぼくの勝ちですね」

 

「このISの名前は決まっているの?」

 

「んー……実はまだ決まっていないんです。どうしましょう?」

 

「どうしましょうって……僕が決めてもいいの?」

 

「シャルロットお姉ちゃんの専用機ですから、おねがいします」

 

「た、大役だぁ……」

 

 

 




―――ところでラウラさん。ここの所、真琴さん成分が足りていませんこと?

―――ん? ……ああ、そうだな


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44話 無限の水平線

 シャルロットは頭を抱えてしまった。行き成り仰せつかってしまった役目を前に尻ごみし、一度は断ろうと考えていたのだが、キラキラと期待の眼差しを向けてくる真琴を見て、最早戦略的撤退すら不可能という事実を悟り、何かいいアイデアはないものかとパソコンを弄り始めた。

 

「ねぇ、真琴」

 

「はい、なんですか?」

 

「真琴は……僕の為にこのISを作ってくれるんだよね?」

 

「はい。シャルロットお姉ちゃんのみをまもる為には、どうしても必要な物です。……その、ついでに僕もまもってもらえたらなぁと」

 

 両手の人差し指をつんつんしながら、真琴は少しだけ上目使いでシャルロットに答えた。相も変わらず真琴の仕草には至る所に爆弾が隠されている様だ。

 

 そんな様子を見て、シャルロットにダメージが行かないはずもなく。当然、シャルロットの顔には急激に熱が集まり始める。

 

(……沈まれ沈まれ沈まれ! やっぱ真琴の上目使いは卑怯だよ、ううっ)

 

 赤くなった顔を見られたくないのか、シャルロットは真琴を腕に抱き、頭を撫でくり回し始めた。

 

「えっと、シャルロットお姉ちゃん?」

「……馬鹿だな真琴は。そんな事今更じゃないか。僕はもう真琴をずっと守るって決めたんだ」

「……うん、ありがとう」

 嬉しそうに目を細める真琴。この笑顔こそ、シャルロットだけではなく、真琴を護衛する全ての存在が求めている物なのだろう。真琴という小さな研究者は既に世界の大きな渦に巻き込まれてしまっている。彼が研究者としてIS学園に所属した時から、既にこの流れから逃げ出す手段など、何処にも残されていなかったのだろう。

 

 今、真琴はとても充実した生活を送っているとシャルロットは思っている。しかし、真琴から聞いた様に敵はIS学園の中にも送り込まれている。その充実した生活を脅かす存在から真琴を守るだけではなく、疲れてしまった真琴を癒すための存在になりたいとシャルロットは強く願った。

 

(うん、決めた。僕のISの名前は……)

 

 と、その時。がさごそと屋上から物音が聞こえてきた。この建物は厳重な警備が敷かれているため、恐らくそ束が何か行っているのだろう。

 

 その考えは見事に的中。行き成り天井の一角がパカりと割れ、梯子がゆっくりと降りて来た。そして、すぐにウサ耳(大)が何やら小脇に抱えながら降りてきたのだが、右足を見事に踏み外した。

 

「おおう!? お、落ちるぅ~!」

 

 その後は想像に難くない。盛大に慌てふためく束を助けようと真琴は束の元に掛け出したのだが、彼の体型を考えると、落ちてきた束につぶされてしまう。シャルロットは真琴を引き留め、事の成り行きを見守る事にした。

 

(篠ノ之博士には悪いけど、真琴の身が第一。博士には自分で何とかして貰おう、うん)

 

「ま、まーちゃんたすけ……あー! ぐふうっ」

 

 助けを求める、限界を迎え落下する、着弾。と綺麗に3段活用が出来たところでシャルロットは真琴の拘束を解いた。

 

「い、いたぁ~い……。くそぅ、まさか足を滑らすとは……不覚」

 

 尻もちを突いた体制でタパーと涙を流しながら腰を労わる束。本当にこいつがISの生み親なのか?と疑いたくなる程間抜けである。

 

「こんにちは束さん……あ、あの、だいじょうぶですか」

 

「ん? おお、まーちゃんではないか! 今日はまーちゃんにプレゼント。はい!」

 

 小脇に抱えていた箱から、機械仕掛けの小さなリスを連想させるそれを取りだした束は、なにやら嬉しそうに解説を始めた。

 

「その子たちの中にはとあるレアメタルが入ってるから、後一つ何か食べさせてあげれば“アレ”が完成するよ」

 

「ええ、“アレ”ですね」

 

「アレ」の意味をすぐに理解した真琴は、ニコニコと微笑む束に微笑み返す。

 

「うんうん、それで? 新しいISはどれくらい出来てるのかな?」

 

「ど、どうしてそれを……」

 

「だって、PCのディスプレイにそれらしいデータがあるしねぇ」

 

「あっ」

 

 真琴のうっかりスキルが火を噴いた。まぁ、束になら見られても何の問題も無いのだが。

 

「パット見た所オールレンジに対応したISっぽいけど……なかなかどうして、まーちゃんもエグい武装を取りつける予定みたいだねぇ、うん」

 

「りろんじょう、ピンポイントバリアを取りつけていないISなら一撃で落とせます」

 

「やっぱり普通のパイルバンカーじゃないね、二つの杭が有るってことは……なるほど、エネルギーを暴走させるって訳か」

 

「そのとおりです。極性をバラバラにすればエネルギーはとても不安定になるので、

 

不安定になったエネルギーとあいてのシールドエネルギーを混ぜることにより、暴発させようと思っています」

 

「なるほど、なるほど。新しいISの主武装はそのパイルバンカーってことか」

 

「あ、あの……」

 

 二人の天才はシャルロットの存在を記憶の彼方に追いやってしまった。ランペイジと新しいISに穴が無いか探しだしたのだが、これがまた長い。ウサ耳ズが会話を始めて既に30分が経っているのだが、その勢いは留まる事を知らず、話はどんどんヒートアップして行くのであった。

 

 

「それじゃまーちゃん、またね!」

 

「はい、それではまた」

 

「あっ……」

 

 シャルロットの返事を待たずして束は元来た梯子を上って行った。そして何事も無かったかの様に閉じる天井。何時の間にそんな仕掛けが作られていたのやら。

 

 時刻は既に夕方に差し掛かっていた。あれから二人の議論は更に白熱し、問題点を束が列挙、それに真琴が反論、束が論破、シャルロットがお茶くみ。と、忙しなく時間は過ぎて行った。

 

 そしてようやく一段落つき、二人は居間でお茶を啜っていた時だったのだが、不意に連絡を告げるコール音が響いた。

 

 山田邸の電話は、外線と内線とIS学園からの連絡でコール音を変えている。どうやら今回はIS学園からの連絡の様だ。

 

「ぼくがでます」

 

 大抵は千冬からの連絡なのだが、万が一一夏達からの連絡だった場合シャルロットが応答してしまうと大問題だ。

 

「はい、山田製作所です」

 

『真琴君か? 私だ』

 

 電話の相手は千冬だった。

 

 

「千冬さんですか? おつかれさまです」

 

『おう。今大丈夫か?』

 

「はい、だいじょうぶですけど……どのようなご用件でしょうか」

 

『実はな、一夏達一年の専用機持ちがそっちに遊びに行きたいらしい。大丈夫か?』

 

「えっと……う~~ん」

 

 当然、問題ありだ。此処には色々な機密情報がある。万が一漏えいでもしたら、世界のパワーバランスが一気に傾いてしまう。

 

『真琴君が言いたい事は分かる。あいつらには「研究室には絶対に立ち入らない。情報を持ち出すこともしない」といった旨の誓約書を準備させている。それでも無理か?』

 

「それでしたら問題ありません。一応こちらでも研究室にはセキュリティをかけておきます。それで、いつごろになるんでしょうか」

 

『明日はデュノアの手続きがあるから無理とあいつらには伝えてある。明後日、つまり日曜日だな。何か予定とか入っているか?』

 

「日曜日……たしか簪さんが撃鉄弐式のメンテナンスにこちらに来るよていですが、とくに問題はないですよ」

 

 実は、先日楯無から山田製作所に簪のISを見てくれないかと連絡が入っていたのだ。シャルロットの亡命云々が終わる日曜日なら大丈夫だと楯無には伝えてある。

『更識か……。まぁ、あいつらとは正式に同盟手続きを踏んでいるから問題はないか』

 

「はい。ですので、日曜日ならだいじょうぶですよ」

 

『分かった。あいつらには日曜日の午後からという連絡をしておく』

 

「わかりました。それでは」

 

『ああ、ではな』

 

 真琴が受話器を置いてソファーに戻ると、シャルロットが心配そうにい真琴を見つめていた。

 

「真琴、此処に一夏達が来るの?」

 

「はい。シャルロットお姉ちゃんの亡命てつづきがおわってからですけど」

 

「あ、それなら大丈夫だね。明日とかだったら手続きに影響しちゃいそうだったから

ちょっと心配だったんだ」

 

「その点はぬかりありません。ところで話はかわりますけど、シャルロットお姉ちゃんにわたす予定のISの名前はきまりましたか?」

 

「あ、忘れてた。そうそう、篠ノ之博士が乱入してきてうやむやになっちゃったんだけど、ちゃんと決めてあるよ。……名前は、アンフィニ・オリゾン」

 

「えっと、フランス語ですか?」

 

「うん、フランス後で「無限の水平線」っていう意味。絶望の底に落とされていた僕だったけど、真琴や織斑先生のおかげで空を飛べる様になったんだ」

 

「……空からながめたふうけいということですね」

 

「うん。だから、ISのデザインについては僕にも口を出させて欲しいんだけど、良いかな?」

 

「それはもちろん。こちらからお願いをしようかと思っていたところですし、なんの問題もありませんよ」

 

「ふふ、ありがとう真琴。……さてと、それじゃ僕は晩御飯の準備に取り掛かるよ」

 

「わかりました。それじゃぼくは研究室にいますね」

 

 こうして、シャルロットが新しく乗るISの名前が正式に決まった。

 

 後は構想をISに反映して作成するだけとなったのだが、如何せん人手が足りない。恐らくIS学園の研究員を総動員してテストする事になるだろう。

 

 ロールアウトはもうしばらく先になるであろうが、目を瞑れば、そこにはISに載って大空を駆け巡るシャルロットの姿が容易に想像出来た。

 

 

 




――これで山田製作所預かりのISは2機か

――さすが真琴さんですわ。一国家に匹敵する戦力をこうも簡単に集めるとは……


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45話 二人の打ち合わせ

 正式に名前が決定したシャルロットのISではあるが、真琴は未だに決めかねている事項があった。アンフィニ・オリゾンのカラーリングである。

 

 ラファールの流れを継承するならオレンジに近いカラーリングになるが、それはデュノア社に渡す予定のISに施す事が決定している為、なるべく被りたくないという訳だ。恐らく、デュノア社が新しいISを手に入れたら、ほぼ100%IS学園に送り込んで来るだろう。そのISに乗る人物はデュノア社の人材に違いない。

 

 つまり、なるべくシャルロットとデュノア社の関連性を出来るだけ絶ちたいのだ。下手な諍(いさか)いは起こしたくない。

 

 シャルロットとデュノア社のパイロットが問題を起こした場合、真琴は間違いなくシャルロットの味方をする。それによりシャルロットをえこひいきしているのでは、と勘違いされても面白くない。

 

 ここで真琴は晩飯の準備をしているシャルロットに尋ねるべく、キッチンへと足を運んだ。

 

 

 研究室を出た瞬間に匂ってきたのは、濃厚なミルクの香り。恐らくミルクシチューでも作っているのだろう。

 

 それはキッチンに辿りつくとさらに強みを増し、その匂いを嗅ぐだけで胃が活発に動き出す。

 

 くるるぅ~……と真琴のお腹から可愛い音が聞こえてくる。その音を聞いたシャルロットが振り返ると、そこにはシチューを煮込んでいる鍋を凝視している真琴がぽつねんと佇んでいた。

 

 その様子を見て、シャルロットはクスりと笑うと、味見用に用意していた小皿にシチューを少量取り、真琴に手渡した。

 

「真琴、味見お願いしてもいいかな?」

 

 味見、という言葉を聞いて、真琴は嬉しそうにその小皿を受け取ると、ふーっ、ふーっ、と冷ました後、ゆっくりと小皿を傾けた。

 

 シャルロットに緊張が走る。一応自分では上手く出来たつもりでいるらしいが、料理は個人によって好みの差がある。彼女は今ある食材で最高の一品を家族に提供したいのだ。

 

「……どうかな?」

 

「んと、その」

 

 何やら真琴は言い出すのに躊躇している様子。何か味付けがおかしかったのだろうかと不安にかられた彼女であったが、真琴の次の言葉を聞いてそれが杞憂であったという事を悟る事になる。

 

「……おかわり」

 

 顔を少し赤くしながらおずおずと小皿をシャルロットに差し出す真琴。その小皿に注がれてたシチューは綺麗に飲み干されていた。

 

「後一杯だけだからね?」

 

 シャルロットはクスクスと笑うと、真琴のお願いを聞いてあげるのであった。

 

「はい」

 

 真琴は小皿を受け取るとニコニコと微笑みながら飲み干すと、満足したのかご馳走様でしたと一言残すと研究室へ戻ろうとした。

 

「真琴? 何か用があったんじゃないの?」

 

「あっ……そうだ。シャルロットお姉ちゃん、ちょっといいですか?」

 

「あ、うん。ちょっと待ってね」

 

 シャルロットはコンロの火を消し、二人分のお茶を準備するとテーブルに置いた。エプロンを付けたままなのはご愛嬌か。

 

「はい、真琴。……それで用事って何かな」

 

「えと、アンフィニ・オリゾンのカラーリングについてなんですけど」

 

「アンフィニ・オリゾンのカラーリング?」

 

「はい、デュノア社にわたすISとおなじ色にしたくないので、それ以外の色でおねがいしたいんですけど」

 

「そうだなぁ……」

 

 真琴とシャルロットはリビングで寛ぎながらアンフィニ・オリゾンのカラーリングについて話し合い始める。ラファールと同じ色には出来ないとシャルロットに伝えると、ああやっぱりかと納得がいった様子で新しい色を模索し始めた。

 

「ISのデザインが決まらないと難しいよねぇ。ずっとラファールに乗っていたから、それ以外の色となると思い浮かべるのが難しいや」

 

「そうですか……それではレイアウト完成させたほうが良さそうですね。6わりくらいは出来ているんですけど、ランペイジやネットなどの固定武装を載せるに当たってのしょうさいが決まって無いんです。手伝ってもらっていいですか?」

 

「わかった。シチューも食べる前に温めるだけだから、僕は何時でも取り掛かれるよ」

 

「それじゃあノートパソコンをもってきますので、ちょっと待っててくださいね」

 

 真琴はパタパタとスリッパの音を立てて走って行くと、研究室のデスクに置いてあるスタンドアローンのノートパソコンと電源ケーブルを持ち出し、いそいそと戻ってきた。そしてリビングのテーブルにそれを置くと、電源を繋ぎ、スリープ状態を解除してマウスを操作し始めた。

 

「えと、これが今現在決まっているレイアウトです」

 

 シャルロットが立ち上がっているアプリケーションのウインドウを覗き込むと、そこにはアンフィニ・オリゾンと思われるISのレイアウトと、固定武装であるランペイジバンカーのグラフィックが表示されていた。

 

 アンフィニ・オリゾンのレイアウトは、ラファールのそれとは大きく異なっている。ラファールは4枚のスラスターが大きな特徴だが、アンフィニ・オリゾンにも4枚のスラスターが搭載されている。

 

 4枚の内2枚のスラスターは翼の様に配置されている。しかしラファールのそれと違い大分コンパクトになっている。その代わり、背部中央から真っすぐ生える様に搭載されている2門のスラスターはかなり大きい。バーニアと言っても過言では無いかもしれない。これはランペイジを最大限生かすための措置だ。

 

 背面中央に搭載されているスラスターにはそれ自体にジェネレータが搭載されており、そのスラスターだけで瞬時加速を最大2回まで行う事が出来る。

 

 つまり、その気になれば一瞬で2回連続瞬時加速で行う事が出来ると言う事だ。操縦者への負担は増すが、その加速力は飛躍的に上昇する。

 

 下半身のレイアウトについても、ラファールとは全くの別物と言って良い。

 

 ラファールは通常の2脚タイプ、つまり人間の足と同じ様な装甲だが、アンフィニ・オリゾンにはそれに加えてスカートが配置されている。この部分はまだフレームしか決まっていないが、当然そのスカートはただ見た目を重視して決めた訳ではない。何かしらの兵器が搭載される予定だ。その他上半身のレイアウトに関してもまだ決定していない。まだまだ煮詰めていかなければならない段階ではあるが、確実にアンフィニ・オリゾンのレイアウトは出来上がっている。

 

 後はランペイジバンカー等の固定武装との組み合わせなのだが、ここで真琴は少し詰まった。ランペイジバンカーは盾の役割を果たす装甲と組み合わせて右腕に固定することは確定しているのだが、ネットを発射する有線式のビットを何処に装填するか決めて居ないのだ。

 

 今の時点で一番有力なのはスカートだが、肩の装甲に組み合わせるのも面白い。

 

「……なるほどなぁ。スカートを付けるとなると今までより横幅が大きくなるから、回避運動は大き目に取らないと駄目だね」

 

「はい。その代わりにぶそうを追加することができます」

 

「スカート自体がブレードになるとか? ワルツを踊りながら攻撃とか面白そうだね」

 

「……スカートをパイルバンカーにするのは、どう思いますか」

 

「え“っ」

 

 どうやら、まだまだアンフィニ・オリゾンの完成は遠い様だ。

 

 

 

 

 

 二人の打ち合わせは結構な時間続いている。

 

 普段は相手の意見を尊重する事が多いシャルロットだが、自分が命を預けるISとなると話は別だ。アンフィニ・オリゾンは世界最高峰を誇る真琴が自分の為に作ってくれる専用機だ。妥協などできる筈も無い。

 

 

「肩に浮遊式固定ユニットをつけるのはどうでしょうか?」

 

「甲龍みたいな武装を想像すればいいのかな。でもあれって無線式だよねぇ。ネットは有線にするんでしょ?」

 

 

 ただし、自分の持論を全開にしている訳ではない。真琴の意見を聞き、それを踏まえた上でこうしたらいいんじゃないか、と真琴に持ちかけるのだ。パイロット視点からの意見は貴重な物であるから、真琴もそれを決して無碍にはしない。

 

 

「スカートはぜんぶで6個くらいのパーツでこうせいして、各々のスカートが武器になるっていうのはどうでしょう?」

 

「う~ん……仮に搭載するとしても補助武器がメインになりそうだね。……パイルバンカーは1個でいいからね?」

 

 

 二人で話し合い、意見を出す度に真琴の持つマウスは忙しなく動き、微調整や外見の変更を続けて行く。いつの間にかヘッドパーツの作成にまで手は伸び、気づくとおおよそのレイアウトは出来上がっていた。

 

 

「いっそのこと第4世代にして、通常モードでも数種類の形態をもつISというのはどうでしょうか」

 

「僕はそれでも構わないけど、それだとレイアウトを考えるのが大変そうだね」

 

「以前考えていたパッケージがあるので、それを流用すれば時間はそれほど……」

 

 

 と、その時目覚まし時計の音が部屋に鳴り響く。これは21時以降研究を続けてはいけないという制約から部屋に置いた物で、これ以降はリビングでもIS関連の話はしてはいけないというルールが決められている。

 

「あ……もうこんな時間だ。ごめんね真琴、お腹すいたでしょう?」

 

 言われて気づいたのか、くきゅるぅぅぅ~~……と可愛い音がリビングに響いた。

 

 

 深夜、真琴を寝かしつけた後、千冬、真耶、シャルロットの3人はリビングで打ち合わせを行っていた。

 

「さて、明日の手続きの件に関してだが……。デュノア、後悔はしないな?」

 

「はい。僕はフランス、そしてデュノア社と決別します」

 

「安心して下さいデュノアさん。明日は織斑先生を含む数人の教員が護衛に当たりますので、先ず武力介入は起きないと思います」

 

「デュノア、念の為この書類に目を通しておけ。入国管理局で亡命認定される際に恐らく質疑応答がある」

 

 そういって千冬が手渡してきたのは、簡単に言うとQ&Aだ。

 

 質問されるであろう項目が列挙してあり、それとシャルロットの境遇を踏まえ、理想的な解答を出せるように纏めてある。千冬からも説明はあるが、一番重要なのは本人の意思だ。

 

「……分かりました。全て答えられる様にしておきます」

 

「まぁ、一晩で覚えられるだけで良い。後は自分の境遇を虚偽なしに報告すれば、十中八九亡命は認定される」

 

「入管は9時始業だ。ここからだと車で一時間程掛るから、それに合わせて行ける様に準備しておけ」

 

「分かりました。こちらで準備しておく必要がある物はありますか?」

 

「そうだな……スパイ活動を行ったと言う証拠等が有るか?」

 

「はい。僕のノートパソコンに送信済みのメールが有ります。通信記録も残っています」

 

「ならそれを準備しておけ。後は身元が保証出来る物が有れば何でも良い」

 

「分かりました。デュノア社の社員証と学生証を準備します」

 

 シャルロットの表情は硬い。まぁ、これで自分の人生が決まってしまうのだから、仕方無いと言えば仕方無いのだが。

 

「デュノアさん、無理かもしれないですけど余り無理をしないで下さいね。明日は事実だけをしっかりと報告すれば大丈夫ですから」

 

「……有難うございます真耶さん」

 

 深夜の打ち合わせはまだまだ続いて行く。いよいよシャルロットの行く末が決まろうとしていた。

 




――おい、定時連絡はどうなっている

――先ほど有りました。どうやら、無事山田製作所に潜入できた様です


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46話 亡命当日

 翌朝、シャルロットは目覚まし時計が鳴る数分前に目が覚めた。前日深夜まで千冬や真耶と打ち合わせをしていた筈なのに、気分が高揚でもしていたのだろうか。不思議と倦怠感が襲ってくる事は無かった。

 

「んっ……んん~~~~っ!」

 

 彼女はベッドから降りる前に一つ伸びをすると、ゆっくりと柔軟体操を始めた。寝起きの体に酸素を巡らせる様に、じんわりと、ゆっくりと体を解していく。しかし視線の端に止まった書類を見て体操をピタりと止めると、ベッドから降りて何かを確かめる様に書類を眺め始めた。

 

(いよいよ本番だ……。書類に不備が無いといいんだけど……)

 

 前日何度も確認して千冬からOKが出た書類だが、やはり不安は拭い切れなかった様だ。

 

(……うん……うん。何度も打ち合わせしたし、問題ないはず。大丈夫。きっと旨くやれる)

 

 と、その時、机に置いてあるシャルロットの通信機の着信音が鳴り響いた。

 

 時刻は現在6時。今回は亡命の手続き等あるためかなり早めに起床したのだが、今日は土曜日だ。普通に考えたらこの時刻に連絡を入れる事などあまり考えられない。

 

 しかし、そんな常識などお構いなしに通信機は着信を知らせ続ける。

 

 シャルロットは一つ深呼吸をすると、ゆっくりと通信機を手に取り、通話ボタンを押して応答した。

 

「……はい、シャルル・デュノアです」

 

『報告書は読ませて貰った。確認する、本当に山田博士の研究所でIS開発の手ほどきを受けているんだな?』

 

(開発の手ほどき……? そんな報告書出してないし、話を聞いてもいない。……あっちが勘違いしているなら丁度良いか。話を合わせよう)

 

「は、はい。……現時点ではラファール・リヴァイヴの……えっと、第3世代の基礎中の基礎の段階ですが」

 

『そうか。それでは引き続き山田博士の元で研究を続けなさい。ある程度纏まったら報告書を出す様に』

 

(何時もより口調が柔らかい……?)

 

『どうした? お前は山田博士から直々にご氏名を受けたんだ。この件は我々デュノア社の存亡がかかっているのだから、一字一句漏らさないで報告書に纏めなさい。良いな?』

 

「は、はいっ。分かりま―――」

 

 ぶちっ。

 

 シャルロットの理解の及ぶ前に通信は切られた。彼女は通信機を持ったまま立ち尽くすしかなかった。それもそうだろう、何せいつの間にか真琴から指名を受けたことになっているのだから。

 

(とりあえずあっちは勝手に勘違いしているみたいだけど……何がどうなってるの?)

 

 

 

 

 

 皆、覚えているだろうか。先日の深夜、真琴が何処かに連絡を取っていた事を。

 

 そう、彼はデュノア社に連絡を取っていたのだ。

 

 真琴はデュノア社に「シャルロットに随分と助けられたから、お礼にラファールの改造を施す」と言った内容の連絡をしていたのだ。彼はウィルスチェックを施した後、デュノア社からのメールを一通だけ残していた。

 

 連絡先は、送られてきたメールに記載されていた。始めはデュノア社のサポートセンターに繋がったのだが、山田真琴と言う名前を出した途端、少々お待ちください言い残した後保留状態に変わった。

 

 そして技術開発課へ繋がり、開発部に転送され、更には開発本部へと転送され、最終的に重役が一同に席を連ねる会議室へと繋がった。

 

 この間僅か5分。通常ではありえない対応だ。通常だと、担当者は席を外しているから折り返し連絡をするという旨の内容で終わるやり取りなのだが、今回は相手が相手だ。役職者は会議を急遽中断。急いでシャルロットから送られてきた報告書を用意し、現段階で上がっていた真琴との取引案件を準備していた。この辺り、腐っても大企業という所だろう。

 

 その間、真琴もPCのディスプレイを複数立ち上げ、色々聞かれても分かるように資料を準備していたのだ。

 

 いざテレビ会議が始まると、先方は終始低姿勢であり、真琴を怒らせる様な発言をする輩は一切出てこなかった。まぁ、この会議に企業の行く末がかかっているのだから無理もないのだが。

 

 真琴が世話になったお礼にラファールを第3世代に改造すると言う要件を伝えると、ディスプレイの向こうから完成が沸き起こった。

 

 本当に崖っぷちなのだろう。デュノア社として、社員を食わせていかなければならない責務は想像以上に重いのかもしれない。

 

 何せ、通信先の重役の一人がその場で涙を流していたのだから。

 

 人を人とも思わない所業は決して許される物では無いが、大の虫を生かす為に小の虫を殺すという話は聞かない話では無いのだ。

 

 ひょっとするとデュノア社の役員も、全員が全員悪人と言う訳では無いのだろう。一枚岩の企業など先ず存在しないのだから。

 

 山田製作所の様な社員が極少数の企業だと、一致団結して社会に貢献する形を取る事は難しくない。

 

 集団が大きくなればなるほど、統率は取れなくなる物だ。

 

 しかし、ここで共同開発という名目を立ててしまうのは色々とまずい。真琴があくまでデュノア社が単独で開発したと言う事にして欲しいと伝えると、先方は少し渋った。

 

 確かに第3世代のISを開発出来たとなると企業の業績は鰻登りになるであろうが、ISを開発、販売している企業に取って最も欲しいのは「真琴と共同開発をした」という事実である。世界最高峰の技術者から太鼓判を押されたという実績を公表できれば、デュノア社に取引を持ち掛ける業者が飛躍的に増える事は容易に想像出来る。

 

 ここでゴリ押しをすると、最悪真琴が拗ねて第3世代のISの開発すら放棄されてしまう可能性もある。デュノア社はあくまでこのISはデュノア社が単独で開発した物であるという誓約書をその場で作成。PDF化したデータと真琴に送信し、すぐに原紙も山田製作所に送付すると約束をした。何せデュノア社には時間が残されていない。最大限利益を確保するのが企業としての考えだが、今はここが落とし所だと判断したのだろう。

 

―――全員が起床した後上記の説明を受け、シャルロットと真耶はお口をあんぐりとあけたまま動かなくなってしまった。割と乙女がしてはいけない表情ではあったのだが、本人達の名誉も踏まえ、その詳細は割愛する物とする。

 

 その後間もなく千冬が山田製作所に訪れたのだが、その様子を見て彼女も立ち尽くしてしまったのはこれまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 そして全員で朝食を済ませた後、出発時刻になるまで、各々時間を潰していた。とは言っても、真琴を除いた3人は最後まで書類に不備が無いかチェックをしていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは入管で手続きを済ませて来る。国籍の変更通知は既に手元に有るから、後は面接だけだ。早ければ本日中に全ての手続きが終了するだろう」

 

「わかりました。それじゃあ、僕はアンフィニ・オリゾンをいじってますね」

 

「まーくん、お姉ちゃん達が帰ってくるまで誰も家に入れちゃ駄目だからね? ちょっと厳しいけど、オルコットさんやボーデヴィッヒさん達が来ても入れちゃ駄目だよ」

 

「うん、わかった」

 

 現在午前8時。千冬と真耶はスーツを、シャルロットは制服を着て、玄関で準備をしていた。

 

「お昼ごはんは冷蔵庫の中に入れてあるから、チンして食べてね。晩御飯の前までには戻ってこれると思うけど……」

 

「まぁ、何かあったら更識家に対応して貰え。性格に難はあるが、あいつなら間違いは無い」

 

 誰も家に上げるなと言っていたが、更識家とは既に交渉済みだから話は別だ。先方がボディーガードの手の届かない所も手回ししてくれると名言している以上、こういう事態に対しても対処マニュアルを作成しているだろう。簪辺りを派遣してくれるかもしれない。

 

「さて、そろそろ出発するぞ。デュノア、いい加減腹を括れ」

 

「……はい。もう大丈夫です。それじゃあ真琴、行って来るね」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 真耶は最後まで不安気に振り返りながら山田製作所を後にした。昔、真琴が一人きりの時に高熱を出して倒れた事でも思い出しているのだろうか。

 

 ◇

 

(これでラファールカスタムに触るのは最後、か……)

 

 学園のSPが運転する車の中、後部座席に座ったシャルロットは感慨深げに十字のマークのついたオレンジ色のネックレス・トップを撫でた。

 

 自分を苦しめたISに最後までお世話になるとは、なんとも皮肉な話である。

 

 流れる景色を眺め、彼女は一人今までの事を振り返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 母親と二人で別邸で暮らしていた時の事

 

 

 

 死に行く母親の手を取り、一人涙を流した事

 

 

 

 葬儀には誰も参加してくれず、一人母の墓前に立っていた事

 

 

 

 父親の部下に連れられ、本邸に赴いた事

 

 

 

 本妻に泥棒猫の娘と罵られ、殴られたときの事

 

 

 

 自由を諦め、失意の中本邸で孤独に怯えていた時の事

 

 

 

 全てを諦めた時、ISの適正を見出されたときの事

 

 

 

 自分の存在意義を見つけ、がむしゃらにISのテストパイロットをしていた時の事

 

 

 

 スパイとしてIS学園に送られ、犯罪者紛いの事を行っていた時の事

 

 

 

 救いの手を差し伸べられ、自由を得た事

 

 

 

 そして長らく忘れていた、人の温もり、人の優しさに触れられた事

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが走馬灯の様に脳裏に浮かんでは消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を横で見ていた真耶は、心配そうにシャルロットを見つめていた。助手席に乗った千冬も横目で気にかけてはいたが、やがて手にしていた書類に気になった点でも見つけたのか、入管に到着するまでシャルロットの横顔を再び覗く事は無かった。

 

 

 

―――車に揺られる事約一時間

 

 

 

 車から降りた先に広がった彼女らの視界を、大きなビルが覆いかぶさってきた。

 

 心理的な物も有るのだろうが、どこと無く重苦しい雰囲気を感じさせる。

 

 シャルロットは入管のビルを目の前にし、少々二の足を踏んでいたが、真耶にやさしく肩を叩かれると目を閉じて深呼吸を一つ。そして目を見開いて先陣を切って入り口へと歩き始めた。それを見た真耶は苦笑。千冬は表面上は平然を装っていたが、内心シャルロットの芯の強さに驚いていた。

 

 

 3人は受付で手続きを済ませると、上の階にある面接室へ向かった。一歩、また一歩とその時が近づいてくるが、背筋を伸ばし、凛とした表情で歩くシャルロットに動揺や困惑といった感情は一切見受けられなかった。

 

 そして面接室の前へ到着。横に並べてある椅子に座ると、3人は最後のチェックを行うべく面接用の書類に目を通し始めた。

 

 何回も確認したが、ここで不備があった場合亡命認定が遅れる可能性がある。デュノア社も馬鹿じゃない。シャルロットの不審な様子を察知し、手を打ってくる可能性も否定出来ない。

 

 ここで失敗をする訳にはいかなかった。千冬に焦りの表情は浮かんでいないが、真耶とシャルロットの額には心なしか汗が浮かび上がっている気がする。

 

 何分経っただろうか。面接室の中からシャルロット達に入室を促す声が聞こえてきた。

 

 いよいよ正念場だと3人は視線を合わせ、一度頷くと面接室へと入室したのであった。

 

 

 

 

 一方その頃、真琴は暇を持て余していた為、いつも通り研究室でISを弄くっていた。

 

 現在着手しているのは、アンフィニ・オリゾンのスカート部の作成だ。

 

 前日シャルロットと軽く打ち合わせをした際、スカート部にパイルバンカーを装備させるのは却下されてしまったため、それ以外で何か良い案が無いか検討していたのだ。

 

(う~ん……。ブレードにしたとして……かっこいいけど威力が無いなぁ)

 

 本来ブレードは叩き切る物である。つまり、押し付ける力が無い場合、ブレードの威力は激減してしまう。

 

 刀身をビームにすればその問題も有る程度は解決するが、それだと見た目がよろしくない。骨だけの傘を想像して貰えればその理由が分かるだろう。つまり、外観を損なう事無くアンフィニ・オリゾンの武装として満足する様な物を考えなければならないという状態になっている。

 

(武器は他にも一杯有るから……補助ブースターとかかなぁ)

 

 アンフィニ・オリゾンを代表する攻撃方法として、ブースターをフルに使い、一瞬で最高速に到達してからのランペイジバンカーによる攻撃が揚げられる。一瞬で最高速まで到達するとなると、その操作は撃鉄壱式のオーバードライヴ状態に近い物になってしまう。

 

 さすがに直角に移動する事は出来ないかもしれないが、千冬とシャルロットの力量差を考えると、メインブースターのみでランペイジバンカーを最大限活用する事は難しいかもしれない。

 

 一発目のとっつきを外した際に俊敏に動ける様、緊急回避様の補助ブースターを取り付ける事で、少しだけ動きに余裕を持たせる方針で行けばいいじゃんと脳内完結し、真琴はCPUから補助ブースターへと伸びるパターンを作り始めた。

 

 消費エネルギーは増えてしまうが、そもそもランペイジバンカーを活用する状況は一撃必殺の時のみだ。シャルロットもその辺は理解してくれるだろうと願う他ない。

 

 そこで更に、目標到達地点。つまり、ランペイジバンカーを撃つ場所までの距離を正確に計算し、そこに到達するまでの機動を乱数によりランダム制御で行うモードも付け加える事にした。

 

 これはオンとオフを切り替える事が出来る様にし、確実に相手に当てる為の搭乗者本人の制御、牽制のためのランダム制御と切り替えて相手を錯乱させるための処置である。

 

 当然、これは構想であり、実際にテストを行わなければ実践投入など出来るはずも無い。

 

 ランダム制御の場合、弾幕が張られていない状況でないと機能しないからだ。

 

 ボツになる可能性もあるが、錯乱という意味ではそこそこ使えるのではないか。

 

 メインブースターの超加速の後、微調整を補助ブースターで行い、左右に振られながら高速で突撃するシャルロットを想像しつつ、真琴はニコニコと笑顔を浮かべながらCAD端末を操作し始めるのであった。

 

 




――……お、織斑先生。ひょっとしてゴーレムが着いてきています?

――ん? ……おい、私は1機だけと言った筈だが

――あ、あはは……まーくんが心配だからって


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47話 亡命と蕎麦とうどん

亡命の話を書いていたのに……どうしてこうなったっ……!


 亡命手続きはあっさりと終わった。

 

 今回の争点は、亡命者に身の危険が有ったかどうかに絞られる。

 

 スパイ活動を強要されていた事、これが公になった場合、投獄される可能性が極めて高い事も考慮された。

 

 そして、保護者が山田製作所のトップ(この時点で山田製作所の所長は真耶)という事。そして、亡命者であるシャルロットの人柄を保証しているのもIS学園の重鎮である織斑千冬と山田真耶という事。これらが多大に影響している。

 

 更に、政治的な介入が有った。

 

 面接担当者が今回の亡命面接の際、一度席を外したのだ。そして担当者が戻ってから、面接はトントン拍子に進み、気がつけば特に踏み込んだ質問も無く、一時間程で終了したのである。

 

 当然、道徳的な観点から許可が下りたわけでは無い。 フランスのISの情報が手に入ると踏んだ為である。

 

 現在日本が所持しているISで有名なのは、なんと言っても打鉄であろう。汎用型の第2世代ISとは言え、まだまだ現役だ。

 

 最近になって撃鉄や打鉄弐式などのISも開発されたが、裏では山田製作所が暗躍しているのは言うまでも無い。

 

 つまり、日本政府としては独自にISの開発を行い、山田製作所に頼りきりという状態を軽減したいという目論見があった。

 

 身元請負人が山田製作所なのは頭が痛いが、情報提供を打診すれば悪い返事は返ってこないだろうというのが政府の見解である。

 

 

 本人もその辺が亡命手続きに関係しているだろうと薄々感じてはいる。今更ラファールの情報など真琴には必要ないから、この情報をリークしても問題は無いとシャルロットは思っていた。

 

 日本政府も、フランスのISのデータを入手したとしたら、フランスにバレる様な真似はしないだろう。それこそ日本政府の大スキャンダルになってしまう。

 

 つまり、日本政府とシャルロットの間で暗黙の了解が生まれたような物だ。

 

 お互いに表立って干渉しなければWIN-WINの関係になる。シャルロットはフランス政府からの干渉を防いで貰い、日本政府はフランスのISのデータを貰える。

 

帰りの車の中でその辺の話を千冬から聞いたシャルロットは、予想が確信に変わり、安堵の息を漏らした。

 

 これで晴れてデュノア社の呪縛から開放され、完全とは言えないが自由の身となったシャルロットは、静かに涙を流したのであった。

 

 

 

 一方、デュノア社では蜂の巣を突いた様な騒ぎになっていた。山田製作所で研究をし、更には第3世代に昇華したラファールが手に入ると狂喜乱舞していた所にこの知らせだ。新しいラファールが手に入る事は確定しているが、この亡命は大きな痛手となる。

 

 今の所この情報は公になっていないが、それも時間の問題となっている。

 

 なにせ、IS学園の学生が亡命したのだ。その情報はすぐさま他の生徒の本国に伝えられ、世界中に知れ渡る事となるだろう。

 

 その後、当然の如くフランスの代表候補生の亡命というスキャンダルが発覚。

 

 幸い、この後IS学園が色々手回しをしてフランスのISが「イグニッション・プラン」の候補に返り咲く事となったのだが、フランス政府は欧州連合から厳重注意を言い渡されていた。

 

 シャルロットの亡命をしったデュノア社社長は、静かに目を閉じ、大きなため息をついた。

 

 因果応報とは正にこの事か。

 

 ISの開発許可のはく奪こそ無かったが、予算のカット自体は継続という報せが届いたのだから。

 

 今後デュノア社は第3世代のISをIS学園に持ち込み、別のフランス代表候補生を送り込んで来るのだろうが、風当たりは冷たくなる事が予想される。

 

 今現在IS学園に在籍しているフランスの学生も腫れ物の様に扱われるだろう。

 

 今回の一件は少なからず波紋を呼んだ。

 

 他の国も思い当たる節は有るだろう。スキャンダルが発覚する事を恐れた各政府は。IS学園に送り込んだ学生のスパイ活動を大幅に制限。自粛する事となった。

 

 ◇

 

 帰宅後、真琴に暖かく迎え入れられたシャルロットは、予め真琴が注文していた店屋物を暖めながらニュースを見ている。

 

 業者の人には、山田製作所の前でゲスト用のネックストラップが支給される。これで建物内で作業を行った後、退出する際にパスを返却する方式になっている。

 

 千冬と真耶はやる事が有ると言い残して家を後にした。残された二人は少し遅い昼食となった訳なのだが。

 

 二人はずるずるしていた。麺的な意味で再び。

 

「ふー……ふー……ずるるる。お蕎麦って多少伸びても美味しいね」

 

「おうどんも美味しいですよ……ちゅるちゅる」

 

 始めこそ「啜る」という行為に戸惑っていたシャルロットではあるが、郷に入ってはなんとやら。一度啜りだすと、何やら面白くなってきたらしい。本人曰く、人前では出来ないけど、家でならやっても良いかな程度の行為だとか。

 

 始めこそフォークとスプーンで蕎麦を食べていたシャルロットだが、これから日本の文化を学んでいく上で、必要な物は取り入れていく方針を取ることにしていた。

 

 ちなみに、シャルロットが宿泊していた客間だが、正式にシャルロットの部屋になった。この後護衛と言う名のゴーレムの監視の下、必要な家具や日用品を揃えに行く予定である。

 

 シャルロットはそこまで世話になる訳にはと遠慮していたが、真琴はシャルロットとお出かけしたいと譲らない。終いには結局シャルロットが折れた。泣く子にゃ勝てないという訳だ。

 

 と、この後の予定も決まって昼食を食べてながらニュースを見ていた二人だが。

 

『……速報です。フランスの代表候補生であるシャルル・デュノアさんが亡命しました。繰り返します。フランスの代表候補生であるシャルル・デュノアさんが亡命しました。今入った情報によりますと――』

 

「ぶーっ!?」

 

「あうっ」

 

 いきなりの速報にシャルロットが撃沈した。そして飲んでいたお茶を盛大に噴出し、対面でうどんを啜っていた真琴の顔面をお茶でコーティングした。

 

 「ごほっごほっ! は、はや……! ていうか何で!」

 

 「ティッシュティッシュ」

 

 咽ながら、顎からポタポタと垂れるお茶を気にも留めずにテレビに噛り付くシャルロット。そして先ほどお茶が目に入り、目を瞑ったままティッシュを探す真琴。そしてシャルロットがテーブルにぶつかった拍子に倒れた蕎麦とうどん。

 

 阿鼻叫喚である。

 

「……これ絶対織斑先生と真耶さんがリークしたよね。マスコミも早いなぁ」

 

 テレビを食い入る様に見ながら分析を始めるシャルロット。口の周りには噴出したお茶がまだ付着している。完全に自分の世界に入ってしまった様で、周りの惨状には全く気づいていない。

 

 「ティッシュティッシュ」

 

 一方、まだ目を開けられない真琴はティッシュを求めて部屋をさまよっていた。

 

 大惨事である。

 

 その時、シャルロットと真琴の携帯が同時に着信を報せる。

 

 ようやくティッシュを見つけて顔を拭いた真琴と我に帰ったシャルロットは各々の携帯を見た。

 

 真琴にはセシリアから。

 

 そして、シャルロットにはデュノア社社長から。

 

 「……もういいか。あの人には何の義理も無いし」

 

 シャルロットは携帯の電源を落とした。

 

 一方、真琴の方は

 

「はい、山田で――」

 

『真琴さん!? シャルルさんの亡命ってどういう事ですの!? そちらには何か情報が入っていまして!?』

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問の嵐に、真琴は目を瞬いた。

 

『シャルルさんがインフルエンザというのは嘘でしたの!? 学園は大わらわですのよ!』

 

 ここで、真琴がこぼれたうどんと蕎麦に気づいた。 

 

「いえ、その……あ、うどんが」

 

『うどん!? 一体うどんとシャルルさんにどのような関係が!? 』

 

「おそばも……あー」

 

『お蕎麦!? 先ほどから情報が錯綜しすぎて訳が分からなくなっていますわ!! 何故シャルルさんとお蕎麦と御うどんが関係ありますの!?』

 

 「あっと、その、また後でかけなおしますね」

 

『ちょっと、真琴さ――』

 

 ぴっ。

 

 訳が分からなくなった時は、とりあえず一度リセットを掛けると良い。その方が落ち着ける。

 

 一方、セシリアは混乱の極みに陥っていた。一夏がセシリアにどうなっているのか聞いているが、セシリアは予想の斜め上を行く回答を真琴から貰い、脳の処理が追いついていない。

 

「なぁセシリア、真琴の奴何て言ってたんだ? シャルルって確か真琴の家に居るんだろ?」

 

「いえ、その……どうやらシャルルさんの亡命にはお蕎麦と御うどんが関係している様です」

 

「はぁ?」

 

 理解しろと言う方が無理だ。セシリアにも訳が分からない。他の皆にも訳が分からない。ラウラは分からないなりに情報を纏めようと、セシリアを落ち着かせる。

 

「考えてみろセシリア、亡命と蕎麦とうどんがどうやって結びつくと言うのだ。恐らく弟君も混乱しているのだろう」

 

「うどんと蕎麦を結んでも直ぐ切れそうだよな」

 

「何俺上手い事言ったみたいな顔してんのよ。座布団もってくわよ」

 

 一夏と鈴はマイペース組。考える事を放棄したらしい。

 

 セシリアの電話を耳をダンボにして聞いていた他の生徒達も、訳が分からないこの情報を本国に伝えるかどうかとても迷っている。スマートフォンに打ち込んだ文字を確認して送信ボタンを押すだけの生徒がほとんどなのだが、この文面を送付してどうしろというのか。うどんとそばが大好きだから日本に亡命しましたとでも言うのか。

 

 もうぐだぐだだった。

 

「うどん……蕎麦……亡命……?」

 

 それを遠目に見ていた簪は、この情報だけでは訳が分かるはずも無く、携帯端末を取り出して真琴に電話を掛けた。

 

 そして数コール後

 

『はい、山田です』

 

「……更識です。……今お時間大丈夫でしょうか」

 

『ちょっとまってください。おそばとうどんが』

 

 出た。うどんと蕎麦。

 

 察するに、誰かと一緒に蕎麦とうどんと食べていたという事だろう。シャルルが真琴の家に居るという事は知っている。恐らくシャルルと一緒に食べていたと簪は推察した。

 

 『……と! ……しみに……!』

 

 遠くからシャルルの声が聞こえてくる。「しみ」という単語から、おそらくこぼしたのだろうと簪は推察した。これでだいたいの状況は把握できた。

 

「……あの……取り込み中みたいですから……後にします」

 

『あ、すみません』

 

「……いえ……それでは失礼します」

 

 通話を終えた後、簪は専用機持ちの面々を見やった。

 

 蕎麦とうどんと亡命について考察を続ける滑稽な彼女らを見て、簪は口角を上げる。どうやって説明したものかとしばらく逡巡した後、解の無い問いを続ける彼女らの元へと歩を進めるのであった。

 

 一方、生徒会も混乱していた。

 

「あっちゃー……真琴君って想像以上に行動力が有るわねぇ。生徒を救う為に亡命まで手伝うかぁ」

 

「お嬢様。此方も早急かつ慎重に行動するべきだと思いますが」

 

 更識家には、協力体制を結んでいる事も有りいち早く情報が流れていた。国籍こそロシアではあるが、本人は自由国籍権を所持している。エースパイロットと更識家との繋がりが絶たれるのは、政府側としては喜ばしくない。そのためロシア政府も更識家には強く言えない立場にある。つまり更識家と山田製作所の協力関係は、今のところ伝える必要性が無いのだ。

 

 この辺りの情勢は真琴や千冬も把握している。更識家とロシア政府が対立し、楯無のISがはく奪されたとしても山田製作所がISを一台だけ融通すると裏で話がついているのだ。

 

 つまり、更識家はロシア政府と繋がりを持つ必要が必ずしもあるとは言えなくなった。

 

 今後どのような世界情勢になるかはある程度しか予測できないが、ISに関して言えば山田製作所が最先端だ。現段階で味方に回るであろう日本、イギリス、ドイツ、そしてフランス政府の事も考えると、山田製作所に重点を置くほうが良いに決まっている。

 

 「んー……シャルロットちゃんの事も考えるとロシア政府との関係が危うくなってくるわね」

 

 シャルロットが学園に復帰するとしたら、真琴との関係を良い方向にキープする為に、更識家はそのフォローをしたほうが良い。これはすぐに分かる事だ。

 

「ですがお嬢様、この場で即断するには情報が少なすぎます」

 

「分かってるわよー。でもね虚ちゃん、こういった場合はどちらの味方に付くか名言するのは早ければ早い程印象が良いのよ」

 

 当然、それは虚も分かっている。しかし、ロシア国籍の生徒も学園には多数在籍している。その辺の兼ね合いがとても微妙なのだ。更識家が一人の生徒に肩入れするのだ。学園全体に対するリスクも当然発生する。

 

「良い? ロシア政府との関係が悪化するか、山田製作所との関係が悪化するか。考えるまでも無いでしょ」

 

「それは、そうですが……」

 

「これは当主の公式見解よ。更識家は山田製作所のフォローをするわ。当然、人材に関してもね」

 

「……分かりました。それでは、後で本音にも伝えておきます」

 

「よろしくね。それじゃ――」

 

「ごめんねー、遅れちゃった」

 

 数秒後、遅れて来た妹の頭に拳が降り注いだのは言うまでも無い。

 

 




――……あああ、どうしようこれ、染みになっちゃう

――……染み抜きのやりかた、しらべてきますね


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48話 楯無の行動力

「ぬおお~……と、刻の涙が見える」

 

 頭頂部からぷすぷすと煙を立てて蹲りワナワナと震えながら、何やら見てはいけない物が見えつつある本音。どうやらとてもイイのが入ったようで、何時もなら数秒で復帰する本音もなかなか体制を立て直す事ができず痛みがどっか行くのを耐えていた。その様子を視界の端に入れつつ、虚は楯無に具体的な行動方針を進言する。

 

「早急に行わなくてはならないのが……IS学園及びロシア政府への説明ですね。お嬢様は早ければ早い方が良いと仰っていましたが、今すぐにでもアポイントを取りますか?」

 

 虚の質問に対し、楯無は気だるそうに返事を返す。

 

「Is学園に関しては、織斑せんせにでも言っておけば大丈夫でしょ。ロシア政府は……口頭でのやり取りだと絶対に揉めるし時間の無駄だから、メールでいいわよ」

 

 このような大事な連絡をメール一本で済ますなど、本来なら有りえない話だ。メールは一方通行なので、此方の言い分だけを一方的に伝えた後、返信に対して幾らでも()()()()()()()()が出来てしまうのだ。

 

 当然、こんな事をしたら相手は当然怒り狂う。特に軍事大国であるロシアに対してこのような失礼な態度を取ったら、報復されてもおかしくないのだ。

 

 しかしそんなものどこ吹く風といった感じで、楯無は鼻歌を歌いながらPCを弄くっている。

 

「……とりあえず真琴君に連絡を取って、更識家を山田製作所付近に移動できないか検討して貰いましょ。それがOKなら、今持ってるISはロシアに返してっと……」

 

「おいお嬢様」

 

 ちょっと待てと言わんばかりに本音がちょろっと漏れた虚。何やら突拍子も無い発言をしながらPCに向かう楯無を見やるが、その目は至って真面目。本格的にロシア政府とは手を切るつもりらしい。

 

 楯無は、真琴が首を縦に振りさえすれば、更識家を山田製作所専用の隠密部隊にするつもりなのだ。学園内に内密に居を構える事が出来れば、政府からの圧力などは無視出来る。しかしこのような組織改革を行えば当然組織内で軋轢が生まれるが、時代の流れに乗れない者は容赦なく淘汰されていくのが昨今の世界情勢だ。

 

 しかしこれには当然リスクもある。更識家の誰か一人でも謀反を起こせば、更識家全体が立ち行かなくなる。唯でさえIS学園全体が真琴の味方をしているのに、傘下に入っておいて反旗を翻したら、IS学園からは追放。ロシア政府からも狙われると、踏んだり蹴ったりの状態になる。

 

 正直、これは賭けだ。更識家全員の統率を取れていると自負している楯無だが、人の心は水物。何時どのように心変わりが起こるか分からない。しかし、ここで一枚岩となり山田製作所の信頼を勝ち取れば更識家は大躍進を遂げる。

 

 これからしばらくの間、更識家は綱渡り状態だ。薄氷を踏む思いの中戦わなくてはならない。

 

「さて虚ちゃん、今から一世一代の大勝負よ。私にあなた達の全てをベットして貰うわ」

 

 更識の特権をかなぐり捨ててまで得たい物。それは近くにあるが、手を伸ばしてもそう簡単には手に入らない。

 

「……分かりました、腹を括ります。山田博士との会談が成立した瞬間から国籍の変更手続きに入ります。私は忙しくなりますので、これで失礼します。……本音!」

 

「おお~!?」

 

 まだ蹲っていた本音の首根っこを掴んで立ち去る虚。一方引きずられている本音は、笑みを振りまきながら手を振っていた。

 

 布仏姉妹が去り一人になった生徒会室で、楯無は一人得体も知れぬ高揚感に体を震わせながら呟いた。

 

「分の悪い賭けは嫌いじゃない……さて、簪ちゃんを呼び出してっと」

 

 そう呟きながら開いた扇子には「正念場」と書かれていた。

 

 

 

 

 

 その頃山田製作所の様子はというと

 

「とりあえず、落ちるみたいです」

 

「えっと、歯ブラシと洗剤と水と……あと雑巾だね。オッケー、全部揃ったよ」

 

 カーペットにぶちまけた汁と格闘していた。

 

 二人で四つんばいになりながらカーペットをごしごし擦る姿はなんとも哀愁を誘う。

 

「ねぇ真琴。多分これ落ちると思うんだけど、最悪ちょっとだけ色が残るかもしれない」

 

「ぎょうしゃの人にいらいして、カーペット交換してもらいますか?」

 

「えっ」

 

「はい?」

 

 金銭感覚が狂った子供がここに一人。

 

「……不躾な質問で申し訳ないんだけど、このカーペットいくらしたか覚えてる?」

 

「ん~……お姉ちゃんがオーダーメイドって言ってたことしか分からないです」

 

「おっ……」

 

 シャルロットに電流走る。オーダーメイドという言葉が出てきた瞬間。シャルロットの脳内で想像してた金額よりも一桁も二桁も上だという事が判明したのだ。

 

 此処最近のIS開発で山田製作所には莫大な資金が流れ込んでいる。日本政府とイギリス政府から流れ込んできた金額だけでも、人生何回遊んで暮らせるか分からない。

 

 大企業の隠れた社長令嬢だったとはいえ、あくまで庶民として暮らしてきたシャルロットにとって、この金銭感覚の違いは衝撃だった。

 

 そのうち「どうだ明るくなつたろう」状態になりかねない。口座に振り込まれている特許料金やIS開発の詳細に目を通している内に麻痺してしまったのだろう。

 

「真琴! 絶対に汚れ落とそうね!」

 

「えっ? は、はい」

 

 目の色を変えて力説するシャルロットを目の当たりにして困惑する真琴。

 

「よしっ、ここからはスピード勝負。真琴! こぼしちゃった部分全部に洗剤かけて!」

 

「わかりました」

 

 真琴がしゅっしゅっとスプレー形式の洗剤をかけ始めたのだが、いかんせん遅い。昼行灯とまでは行かないが、うごきがゆっくりしている真琴には焦りの表情が見られない。最悪、ダメになったら買いなおせばいいと思っているのだろう。

 

「ああもう、それじゃ間に合わないよ。貸して真琴」

 

「はいどうぞ」

 

「ダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおし」

 

「シャルロットお姉ちゃん?」

 

 シャルロットは目をぐるぐる回しながら一心不乱に洗剤を拭きかけ、すぐさま擦って汚れを落としていく。

 

「ふふっ、意外と粘るねぇ……でもね、代表候補生から逃げられると思わないほうがいいよ。どこに染み込んだとしても絶対に殲滅するからね。ほら、どこに逃げたの? ここかな? それともこっちかな?」

 

 ここかな? と言う度にスプレーを吹きかけるシャルロット。口角が上がり、目には怪しげな光すら点り始めた。

 

「お、お姉ちゃんが……」

 

 人間、食い物と金に関してはシビアな物。

 

 壊れたシャルロットと、それを見てドン引きする真琴。山田製作所は本日も平和である。どんとはれ。

 

 と、そこに着信が入った。真琴が携帯の画面を開いてあて先を確認すると

 

「……楯無さん?」

 

 ◇

 

 時刻は少し撒き戻り、生徒会室に戻る。

 

 楯無は緊急の旨を伝え、簪を呼び出していた。

 

「姉さん……緊急の要件って何……?」

 

「簪ちゃん。あなた()()()()()()ちゃんの話、どこまで知ってる?」

 

「シャルロット……誰それ……知らないわ……それがどうしたの……?」

 

「シャルル君はシャルロットちゃんだったって事よ。というかこの際それはどうでもいいの。問題は、シャルロットちゃんが亡命して、山田製作所が彼女を保護した事なのよ」

 

 さらっと爆弾を投下し、その爆弾を完全にスルーして要件を述べ始める楯無であったが、当然簪が理解できるはずもない。

 

「ま、待って……デュノア君が……女の子?……それに保護って……」

 

「時間が惜しいから単刀直入に言うわね。ロシア政府との繋がりを切って、完全に山田製作所の傘下に入るのが今回の目的。簪ちゃんには私と一緒に山田製作所に交渉しに行くわよ。今からアポ取るから、簪ちゃんは準備しておいてね」

 

「え……ええ……?」

 

 食べきれずに器に盛り上がっていくわんこ蕎麦の如く理解の範疇を超えていく楯無の発言。簪は当然楯無に説明を求める。

 

「ちょ、ちょっと待って姉さん……デュノア君が女の子っていうのは……本当なの?」

 

「そうよ」

 

 携帯端末を弄りながら簡潔に答えていく楯無。その表情からふざけているとは思えない。先ほどの亡命の件から色んな想像をするが、核心を持てる答えは出て来ない。

 

「それにロシアとの繋がりを切るって……姉さん……ISはどうするの……?」

 

「問題無いわよ? 真琴君から貰うから」

 

「もっ……」

 

 まるで足りなくなったお小遣いを親にせびる子供みたいな回答を貰った簪はフリーズした。ISはバーゲンセールじゃない。世界に468機しかないISを貰うのにどれだけの代償を払ったと言うのか。

 

「そのへんはお姉さんに任せなさい。さて、お姉ちゃんちょっと電話するから静かにしててね」

 

「ま、待って……お願い……ちょっと待って姉さん……」

 

「だーめ。……もしもし真琴くん? いまちょっといい?」

 

「あああ……」

 

 準備も糞もあったもんじゃない。練習もなしにいきなり本番に臨むような物だ。

 

「うん、そう……ちょっとこれからの事で大事なお話をしたいから、出来れば山田先生にも同伴して欲しいんだけど……織斑先生もね」

 

『――――――――。 ―――――――?』

 

「ん? 違うわよ。シャルロットちゃんの事じゃなくて、山田製作所と更識家の事についてちょっとね」

 

『―――――。――――――』

 

「おっけー。それじゃ放課後になったらすぐ行くわね。門のIDは?……うん、うん。分かった」

 

『―――――』

 

「ありがとね真琴くん。それじゃ、また後で」

 

 何気ない友達との会話のようにアポ取りを終えた楯無。そんな姉を見て、簪は脱力してへなへなと座り込んでしまった。

 

「あら、どうしたの簪ちゃんそんな所に座っちゃって」

 

「どうしたの……じゃないわよ……どうして姉さんはいつも……無鉄砲な行動をするの……?」

 

「酷い。お姉ちゃん傷ついちゃった」

 

 よよよと座り込みながら泣く仕草を見せる姉を見て、簪は色々と諦めた。やっぱりこの姉には何も言っても無駄だ、と。ちなみに楯無が顔を半分程隠している扇子には「姉妹哀」と書かれている。

 

「はぁ……とりあえず……今すぐ行く訳じゃ無いのね……?」

 

「あ、うん。とりあえず放課後行く事になったわ。行くのは、私と簪ちゃん。それに織斑先生と山田先生」

「え……何その……最強布陣……」

 

「だーいじょうぶよ簪ちゃん。こう見えてもお姉ちゃん交渉は得意だから」

 

 満面の笑みを浮かべつつ開いた扇子には、背水の陣と書かれていた。

 

「……まぁ……今の状況を理解しているみたいだし……私からは何も言わないわ……それじゃ……放課後どこで集合するの?」

 

「ん~そうねぇ。織斑先生と山田先生と合流して製作所に向かうから、簪ちゃんは生徒会室にきて頂戴。そこで合流してから職員室に向かいましょ」

 

「分かった……それじゃあ……」

 

「じゃあね~」

 

 ◇

 

「……という事らしいです」

 

「やっぱり僕の正体バレてたか……無謀だとは思ってたんだよね」

 

 苦笑しながら、真琴の報告を受けるシャルロット。

 

 今の電話は、キャッチホンでシャルロットも聞いていた。「シャルロットちゃん」という単語が聞こえてきた時シャルロットの顔が若干引きつったが、それ以外は特に問題も無く通話を終えたのだが……。

 

「この時期にれんらくが来るってことは、たぶん更識の家とのけいやくないように関することですよね」

 

「う~ん……更識家とはどういう関係なの?」

 

「えっと、楯無さんや簪さんたちが僕の護衛をしてくれるのと、ISのテストパイロットをしてくれる事になってます。あ、あと資金提供もしてもらえるようです」

 

「それはあっちの契約だよね。真琴からは何を提供するの?」

 

「IS1機と、ぎじゅつていきょうです」

 

「なるほどね……」

 

 シャルロットは思案する。

 

 現状だとテストパイロットは必要無いのだが、いつ必要になるか分からない。シャルロットが体調を崩した時など、有事の際には開発が止まってしまう可能性がある。

 

 それと気になるのが、真琴の護衛という点だ。

 

 シャルロットは、真琴や真耶にゴーレムが護衛として張り付いているのを知っている。それに加えて護衛が必要になる場合を考慮して、真琴はOKを出したのだ。つまり、学園内部に犯罪者が紛れ込む可能性を示唆している。

 

 シャルロットも更識家についてはそれなりにしっている。世界有数のカウンターテロ組織として暗躍している組織は、裏の事情を知っている人間なら知らない人は居ないほど有名なのだ。

 

 現在山田製作所と更識家は「手を組んでいる」状態といっていい。楯無はその契約を変更したいと申し出てきたのだから、自分達に不利になる契約変更はしないだろう。

 

 そう考えると考えられる線は限られてくる。

 

「……企業的な観点からみると現状でも問題ないんだよね。商人と用心棒みたいな関係だしさ。それを変更したいとなると……専属契約か契約破棄しか考えられないかな」

 

 シャルロットが弾き出した考えに対し、真琴はおとがいに人差し指を当てて考え、結論をだした。

 

「そですね。たぶんその二つのどちらかだと思います。専属契約のほうが可能性たかいですけど」

 

「真琴はどうするの? 専属契約となると、色々面倒くさいと思うけど」

 

「そのへんは、しょうさいを聞いてからじゃないと何とも言えないです。おねえちゃんや千冬さんのいけんも聞きたいですし」

 

「そうだね。僕達だけで決めていい内容でもないし、先生達に相談するしかないか」

 

「楯無さん達といっしょに来るみたいなので、その時にぜんぶきめましょう」

 

 昼が終わり、放課後まで残すところ2時間弱となった。

 

 後は打ち合わせに集中できると思ったのだが……。

 

「ところでシャルロットお姉ちゃん」

 

「ん、何真琴」

 

「これってつけ置きしてるんですよね? あとどれくらい待つんですか?」

 

「……! あー! あー!」

 

 

 

 

 

 

 

 




―――どうした更識、なんでそんなに疲れてるんだ?

―――……放って……おいて……


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49話 交渉の第一歩

序盤はプロ○ェクトX風味です


 シャルロットの絶叫が山田製作所内に響いてから1時間後。二人はようやくぶちまけた汁の処理を終えて安堵のため息を吐いていた

 

「はぁ……はぁ…………一時はどうなるかと思ったよ」

 

「なんとか……なりましたね」

 

 背中合わせに座り、手に持った掃除用具もそのままに荒い息を落ち着かせながら掃除した箇所を眺めていた。

 

 そこには染み一つ無い綺麗なカーペットが広がっている。二人がどれ程の激戦を繰り広げたのかは筆舌に尽くし難い。

 

 普段から落ち着きがあり、いざと言う時に頼りになるシャルロットがものすごーくテンパっていた為、収集がつかなくなったのだ。

 

 真琴は基本、重要じゃない事に関しては流されに流されるタイプだ。あわあわと慌てながら涙目で掃除をするシャルロットを見て、自分も何かしたほうが良いと分かっているのだが、何をして良いか分からないため、歯ブラシと雑巾を握り締めたままシャルロットの前でポケーっと突っ立っていた。

 

 その後平常運転に戻ったシャルロットが真琴に指示を出し、ようやく動き出したのが30分ほど前。カーペットの染みは絶望的かと思われた。

 

 しかしシャルロットは諦めなかった。

 

 ここで諦めたらオーダーメイドのカーペットが粗大ゴミになってしまう。染みを作ってしまった本人として、それだけは許せなかった。

 

 しかし、幸いにも先ほど錯乱しながら吹きかけた洗剤が幸運にも全ての範囲に行き届いていたのだ。電話をしてから、更識家に対しての考察をしている間にある程度洗剤は乾いてしまったが、乾ききってなかったのだ。

 

 シャルロットはカーペットに命を吹き込む。落ちろ。汚れよ落ちろと祈りながら再度洗剤を拭きかけ、赤子の体を洗う様に丁寧に汚れを落としていった。

 

 効果は一目瞭然だった。

 

 落ちた。

 

 汚れが落ちたのだ。

 

 涙目のシャルロットに笑顔が戻る。後ろで手伝っていた真琴は、よくわからなかったがとりあえずシャルロットに笑みが戻ったことに安堵していた。

 

 歓喜の嵐がシャルロットの体を駆け巡った。

 

 いける。これならいける。

 

 浮いた汚れを丁寧に落としながら、シャルロットは神様に感謝していた。

 

 ああ、これでこのカーペットは救われる。オーダーメイドのカーペットは粗大ゴミにならずに済むのだ。

 

 そうして同じ作業を繰り返す事30分。ようやく全ての作業が完了したのだ。

 

 そこには、満身創痍になりながらも遣り切ったと言わんばかりに健康的な汗を額に浮かべながら誇らしげな笑みを浮かべるシャルロットと真琴の姿があったのだ。

 

「さてと……放課後までもう時間ないね。僕はこれ片付けてくるから、真琴は応接室の準備お願いね」

 

「わかりました。のみものは紅茶でいいですか?」

 

「あ~……その辺も僕がやるから、お菓子とかそっちの準備まかせるよ」

 

「はい、わかりました」

 

 実は紅茶は意外と淹れるのが難しい。水の選定、お湯の温度、ティーポットの材質などなど、拘りだしたら切りが無い。

 

 更に熟練の技を持ってして抽出した紅茶に見合うカップ。

 

 カップの色は、紅茶の色が映える白が良いとされている。

 

 真琴の家にはセシリアからプレゼントされた高級茶葉とティーセットがある。間違った淹れ方をするのは紅茶に対して失礼だと、シャルロットは紅茶に関しては譲らなかった。

 

「ん~……ハロッズとF&Mどっちにしようかな……ああでも更識家ってロシア国籍持ってるからロシアンティーにするのもありか……ダージリン……アールグレイ……アッサム……セイロン……」

 

 掃除用具を片付けた後、シャルロットは悩みに悩む。大いに悩む。悩み抜く。既に来客の時間が迫っているというのにこの拘り様。ある意味シャルロットは大物になるのかもしれない。

 

「あ、あのシャルロットお姉ちゃん? もう時間が」

 

「あれ? もうそんな時間か。ん~……今回はF&Mにしよう。そうだ真琴、お菓子は甘いのとビターなの2種類用意してね。ストレートで飲む人には甘いお菓子が―――」

 

「お姉ちゃん、時間、時間が」

 

 真琴はシャルロットの服の裾を引っ張りながら時間が無い事を教えている。すでに放課後に片足を突っ込んでいる。皆が合流してから此処に到着するまでもう幾許かの時間も無かった。

 

 慌てる真琴と、あくまで茶と茶菓子に拘るシャルロット。

 

 慌てる立場と嗜める立場が逆転するという、なんとも珍しい光景がそこにはあった。

 

 どこか悟りの境地に入ったシャルロットをよそに、真琴にしては珍しくシャルロットを急かしているのだが……

 

「まーくん、今帰ったよ」

 

「邪魔するぞ」

 

「やっほー真琴君」

 

「……お邪魔します」

 

 時既に遅し。そこには言葉の軽さとは裏腹に、少し緊張した面持ちの楯無や他の面子が揃っていた。

 

「お姉ちゃん、もう来ちゃったよ、ねぇ、お姉ちゃん」

 

 ◇

 

 舞台は数分前の職員室に戻る。

 

「お待ちしていました織斑先生、山田先生」

 

「ああ、此方の準備は出来ている。すぐにでも行こうか」

 

「待たせちゃったみたいでごめんなさいね。行きましょうか」

 

「いえ……そんな事は……」

 

 

 放課後になり、生徒会室で合流した更識姉妹は職員室で千冬と真耶の準備が終わるのを待っていた。待つ事数分、HRで伝達事項があったのか、少し遅れて来た真耶を迎え、4人で山田製作所へと歩を進め始めた。

 

 千冬と真耶はシャルロット関連の当事者だ。その件に関しては誰よりも熟知しているが、今回の更識家における山田製作所への打診は初耳だ。ある程度内容は想像出来るが、確信が持てない以上不用意は発言はするべきではない。

 

「ここだと何処で聞かれるか分からない。話すのは向こうに着いてからにしよう」

 

「そうですね。此方も……っと、なんでもないです。それより織斑先生、シャルロットちゃんの件、思ったよりあっさり報道を許しましたね? もしかして先生自身がリークしました?」

 

「今はまだデュノアの名前はシャルルだ。来週から登校するから、その時公開する。それまで不用意にその名前を出すんじゃない」

 

「失礼しました。それで、今回の件、狙ってやったんですよね?」

 

「……どうしてそう思う?」

 

 既に把握しているといわんばかりに胡散臭い笑みを浮かべて楯無は質問をぶつける。

 

 ここで楯無はプライベート・チャネルに切り替え、ここに居る4人だけで会話を始めた。

 

『恐らく、真琴君がデュノア社にクラッキングをかけたんじゃないかと思っています』

 

 ちらりと千冬に視線を向けるが、彼女の反応は無い。

 

『続けます。それで何らかの情報、つまり今回の情報をつかんだ真琴君がシャルロットちゃんを助ける為に行動を起こした』

 

『…………』

 

 この時点でも、まだ千冬に反応は無い。そこで真耶に視線を向けるが、ニコニコと微笑むばかり。

 

 千冬の方は想像してたが、真耶のポーカーフェイスぶりに楯無は意外そうに目を少しだけ細めた。

 

『そして今回の亡命。亡命内容を公にしてしまえば、世間の非難はデュノア社、ひいてはフランス政府にまで及ぶ。この状態でシャルロットちゃんを無理やり連れ戻そう物なら、村八分は確定。最悪イグニッション・プランからの離脱、更にはIS開発許可のはく奪すらあり得る』

 

 おおよそ当たっている。シャルロットが女だという情報こそ事前に仕入れていた楯無だが、それと亡命を此処まで結びつける情報収集能力、推理力に千冬は内心驚いていた。

 

『それを踏まえて考えれば簡単な事です。最悪フランス政府に亡命を阻止されたとしても、真琴君なら幾らでもやりようが有る。たとえば……新しいISの開発と引き換えにシャルロットちゃんをよこせ。とか』

 

『……もういい』

 

 ここまで話して、ようやく千冬が観念した。

 

「さすがは世界有数のカウンターテロ組織だな。情報収集もお手の物か」

 

「ふふん、まだ話していない内容はありますけど、どうです?当たってましたか?」

 

「まぁ、そんな所だ」

 

「姉さん……そんな所まで……」

 

 これに驚いたのは簪だ。簪も更識家の一員だが、シャルロットが女であるという情報すら知らなかった。自分がつくづくぬるま湯に浸かっていたのだと、否が応でも自覚してしまう。

 

「簪ちゃんはいいのよ。こういうのは当主である私の仕事」

 

 楯無は当主という肩書きを背負い、その指名を全うしている。それに対して自分はどうだ。代表候補生にこそ選ばれているが、自分のISが中々組みあがらなくて悶々としているだけだった。真琴の協力で撃鉄弐式が完成していなければ、今頃学生生活の中で腐っていたかもしれない。

 

「あの……姉さん……これからは……私にも手伝わせて……」

 

「簪ちゃん……」

 

 自分を変えなければならない。これからの事を考えると、今までの自分をぶん殴ってやりたい気持ちで一杯になった。

 

 情けない。

 

 腐っていた時間を取り戻したい。

 

 そして姉に負けない、胸を張って更識家の一員だと言える自分になりたかった。

 

「気持ちはありがたいわ。でもね簪ちゃん、簪ちゃんには簪ちゃんの役割があるのよ?」

 

「私の……役割……?」

 

『そう、簪ちゃんには撃鉄弐式があるでしょ? それは何のため?』

 

 何の為。改めて自分に問いかける。

 

 同盟を組み、撃鉄弐式をもらって、その先に何があるのか。

 

 考える。自分の役割は何か。

 

 

 

 

 そして幾許かすぎた後

 

「あっ……」

 

 簪の瞳に理解の色が走る。

 

「守る……守れる力が……私にはある……」

 

「よく出来ました。まだまだ簪ちゃんは発展途上だけど、その力は決して無意味じゃないわ。それを忘れなければ簪ちゃんはきっと胸をはって生きていける」

 

「うん……そうだね……ありがとう姉さん……」

 

「えっ、あ、その。うん、そうよね! 困った事があったら何時でも相談にのるからね!」

 

 最近疎遠だった妹から感謝の言葉を送られテンパる楯無。最近どうもこういったオチが非常に多いと自覚しているのだが、こればっかりはどうしようも無かった。

 

 学園の建物を抜け、敷地を歩く事数分。すでに時刻は夕方に指しかかり、大分傾いた日が4人の影を細長く地面に映し出していた。

 

 途中何人か生徒とすれ違い、その都度軽く挨拶を交わす。稀に訝しげな視線を送られてくる事もあったが、特に尾行なども無く山田製作所へと到着した。

 

 

「さて、おしゃべりはそこまでにしておけ。ついたぞ」

 

 そんなこんなで到着した一同。千冬と真耶は顔パスで通れるが、更識姉妹はまだフリーパスIDは貰っていない。先ほど発行して貰ったIDを門扉のよこに取り付けられているテンキーに打ち込み、解除されたのを確認してから入門する。これを怠ると、漏れなくゴーレム兄弟から熱烈な歓迎を受け、あられもない姿になってIS学園に送り届けられる事になる。

 

 ゴーレム達の解除が確認されて、門をくぐり、真耶が玄関のカギを開けて中に入っていく。それを確認して残りの面子も家に入っていくのだが……。

 

 そこで遭遇したのは、シャルロットの服の裾を引っ張り急かしている真琴と、男装をやめたシャルロットが紅茶セットを前に真剣に悩んでいる姿だった。

 

「え?」

 

「ん?」

 

「あら?」

 

「……」

 

 予想外も良いところ。普段からしっかりしているシャルロットのことだから、てっきりすべての準備を終えて応接室で待っている物と思っていたのだが。

 

「いや待てよ……ブレンドにするのも有りだよね……でもF&Mのファーストフラッシュを他のと混ぜるのはもう犯罪だよ。やっぱりここは……」

 

「シャルロットお姉ちゃん、もう皆来ちゃったよ。お姉ちゃん、ねえ」

 

 

 

「とりあえず応接室にいくぞ。山田君、二人を頼む」

 

「………あ、はい。分かりました。さ、二人とも此方へどうぞ」

 

「……」

 

「……」

 

 さすがの千冬。ほんの一瞬だけ逡巡したが、予想外の展開にもしっかりと対応している。それに対して真耶は完全にフリーズしていた。千冬が声をかけなければもうしばらく固まっていたかも知れない。 

 

 そして残された二人は、もうどうして良いのか分からなかった。

 

 更識姉妹としては、一世一代の大勝負に望む筈だった。しかしふたを開けてみるとなんだこれ。山田製作所陣営は完全に交渉の第一歩を盛大に踏み抜いていた。

 

 と言うか、完全に空気が交渉のそれでは無くなっている。ひょっとしたらこれは真琴とシャルロットが少しでも場の空気を和らげる為にと演出したのかもと一瞬考えなくもなかったが、そんな小細工を要する二人でもない。

 

 つまり、二人とも完全に素だ。

 

「……簪ちゃん」

 

「……何……姉さん」

 

「ちょっと……肩の力抜いたほうが良いのかしら」

 

「……私に聞かれても……困るわ……」

 

 更識家の行く末を決める交渉は、何とも形容し難い生ぬるい雰囲気から始まるのだった。

 

 

 




―――そういえばさ、千冬姉と会長が一緒に歩いていたけど、鈴、何か知ってるか?

―――さぁ? あたし達が遊びに行くのに乱入しようとか思ってんじゃないの?

―――ああ、楽しみですわ。真琴さんの家に遊びに行けるなんて。

―――弟君の部屋……姉としてチェックしなければ。


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50話 交渉開始

「えっと……こ、紅茶はいかがですか?」

 

 引きつった笑みを浮かべるシャルロットから差し出される紅茶からは、心が浄化されていく様な芳しい匂いが漂っている。

 

 縁が金で彩られているカップに注がれたそれは、宝石のルビーを彷彿させる。覗き込むと何処までも吸い込まれていきそうな不思議な感覚を覚え、楯無と簪は思わず視線を外した。

 

 視線を外した先には砂糖とスライスレモンが添えられた小皿があった。2度3度と味、そして匂いを楽しめるように配慮されていた。

 

 それを見て二人の顔に笑みが浮かぶ。どうやらお気に召したようで、早速香りを楽しみ始めた。

 

「ありがとう。あら、この香り……これは楽しめそうね」

 

「色も香りも……すごく上品……」

 

 普段から飲みなれている真耶何食わぬ顔で紅茶を楽しんでいる。一方千冬は紅茶はあまり得意ではないのか、コーヒーをブラックで飲んでいた。

 

「相変わらずデュノアさんの紅茶は美味しいです。私が淹れてもこの味は出せないんですよ」

 

 真耶が笑顔でシャルロットを誉める。拘りの分、その味はどこに出しても恥ずかしくない仕上がりになっていた。

 

「ありがとうございます。今お出しした紅茶はF&M(フォートナム・アンド・メイソン)のダージリン、ファーストフラッシュです」

 

 ここでシャルロットの紅茶紹介が始まった。

 

 まるでソムリエのように淀みなくスラスラと解説を始めたシャルロットに、他のメンバーを少しだけ面食らったが、交渉の前にリラックスするのも悪くないと思ったのか遮ることなく聞き入っている。

 

「F&Mは国際的にも認知度が高く、過去150年以上にわたってイギリス王室から―――」

 

 ちなみに、紅茶と茶葉は缶に小分けされて売られている場合が多い。その次にティーバッグ形式の物が多い。我々一般人からするとスーパーで纏め売りされているティーバッグ形式が馴染み深い。

 

 ちなみに今回用意したファーストフラッシュは木箱に入っている。そのお値段。なんと100g……

 

「ファーストフラッシュは春摘みとも言われます。雨季が終わり、新芽が育った後に採れるからです。セカンドフラッシュ、オータムナルなどもありますが―――」

 

 しかしシャルロットの紅茶談義が終わらない。よほど紅茶が好きだったのか、皆にもこの嬉しさを共有して欲しいようだ。

 

「ファーストフラッシュは味もクセがなく、香りも爽やかで誰もが楽しめるのが特徴ですが、生産量が少なく、楽しめる人が限られてしまうのが難点です」

 

「ふ~ん……紅茶にも色々あるのねぇ。ファーストフラッシュ以外にもある事に驚いたわ」

 

「……姉さん……せめてセカンドフラッシュくらいは……」

 

「え? ひょっとしてこれ常識だった?」

 

 常識ではない。しかし更識家といえば一応名家に当たるので、これくらいは知っていて欲しかったと簪は思っている。

 

「デュノア、紅茶講義はそこら辺にしておけ」

 

「あ、すみません。それではお代わりが欲しくなったら何時でも言ってくださいね」

 

 シャルロット一言謝罪すると、茶菓子を添えてそそくさと立ち去った。残された5人はそれらを楽しみながらいよいよ本題へと入っていく。

 

「さてと……それじゃー真琴君。そろそろ本題に入ってもいいかしら?」

 

「はい、かまいませんよ」

 

 普段の眠たそうな真琴の目がしっかりと開いた。臨戦になった証拠である。

 

「先に私達の関係について念のため確認するわね。現状山田製作所と更識家は同盟関係にあると言っても、此方から提供しているのは護衛と資金提供しかない。一方山田製作所からは、ISの技術提供、更には、場合によってISを1機提供して貰える事になっている。此処まではいいかしら」

 

「そうですね。その認識でまちがっていません」

 

「このままだと此方が有利すぎる。そこで、その利害関係をなるべくイーブンにしたいのよ」

 

「と、いいますと?」

 

 ここで楯無は室内に居る全員に視線を移した。

 

 保護者二人は先ほどと変わらず、千冬は目を閉じ腕を組んだまま、真耶はニコニコと笑みを浮かべたまま反応が無い。

 

 簪は不安げに楯無を見つめている。交渉事でポーカーフィスがすぐ崩れてしまうのはよろしくない。

 

(簪ちゃんにはこういった交渉事はまだ早いか……。ま、これからに期待ね)

 

 そして少し間を置き、冷静を装い切り出した。

 

「更識家を山田製作所の傘下に入れて欲しいの。専属契約はお互い立場がイーブンだけど、今回は立場が明確に区分されるわ」

 

「傘下……ですか」

 

「勿論、これにはメリットとデメリット両方が存在するわ。今回もしこの交渉が成功したら、更識家は正式にロシア国籍から日本国籍に移して、あっちの政府とは手を切るつもり」

 

 今の楯無の発言を踏まえ、真琴は目を閉じ、頭の中でメリットとデメリット、どちらが大きいか天秤にかけた。

 

 まずメリット。更識が完全に傘下に入った場合自分の手を煩わせなくても情報収集が容易くなる。表立って行動できない場合、大きな助けになるだろう。

 

 そしてテストパイロット。楯無は現状で学園最強のISを乗りこなす事ができる生徒だ。シャルロットを容易に超えるであろう技量があれば、より精密なデータを採る事が出来る。

 

 最後に護衛。カウンターテロ組織と言う事もあり、そこら辺はお手の物だ。実際学園の中に更識家の手の物がそう少なくない数入り込んでいる。一夏や箒にも護衛がそれとなく張り付いている。

 

「千冬さん、更識家の情報収集のうりょくはどれくらいあるんですか?」

 

「……今回の件、ほぼ全て更識家は把握していた。真琴君がクラッキングを仕掛けた事から始まり、フランス政府が強硬手段に出た場合の対処方法まで全てだ」

 

 千冬は淡々と答える。ここで嘘を言うほど千冬は愚かではない。若干真琴寄りだが、答えるべき事に関しては包み隠さず話すようだ。

 

「なるほど……わかりました」

 

 次にデメリット。先ず上がるのが、ロシア政府を敵に回す可能性。

 

 一国家を敵に回すのは正直厳しいが、今の真琴にはイギリス政府、ドイツ政府、日本政府、そしてフランス政府が味方に回るだろう。

 

 フランス政府は今厳しい状況に立たされている。ここで有事の際いち早く山田製作所の味方をすれば、色々と便宜を図って貰える可能性があるのだ。味方にならないはずが無い。

 

 残りの政府は言わずもがなだ。

 

 ロシア軍対多国籍軍。いかに軍事大国のロシアとはいえ、これらの国家をすべて敵に回したら到底立ち行かなくなる。

 

 次に更識家が情報漏えいをした場合。

 

 傘下に入った場合、ロシア政府の手から逃れる為に更識家をIS学園の近く、山田製作所の手が届く範囲に置かれる可能性が高い。

 

 しかし製作所はゴーレム達が防衛している為、突破はそう簡単にはいかない。実際過去に多くのスパイが進入を試みたが、全てゴーレム達によって防がれている。

 

 次にISの譲渡。

 

 これはほぼ確実だ。ロシア政府から手を切る場合。今楯無が所持しているミステリアス・レイディは返却しなければならない。そうなった場合国家代表も外れる訳だが、卓越した技量を持つ楯無を腐らせておくのはあまりにも惜しい。

 

 最後に、更識家が反旗を翻した場合。

 

 内部に深く食い込めば食い込む程反乱はより容易に、より効果的になる。真琴は反乱は許すつもりは無いが、予期せぬ事象という物はどこにでもある。

 

 結局の所このIS学園という大きな牢獄が存在する限り、表立って外国からの介入は無くなるのだ。

 

「楯無さん」

 

「何かしら」

 

 閉じていた目を開き、真琴は問う。

 

「そしきを一まとめにするのにどれくらい時間がかかりますか?」

 

「痛いところを突いてくるわね……そうね、データベースは本家にあるから、それさえ此方に移動すれば後はどうとでもなるわ。何考えているか分からない連中はほんの一握りしかいないはずよ」

 

「かぞくを人質にとられるかのうせいは?」

 

「それは、この学園に居る全員に言える事じゃない? サーバーを真琴君の家に入れちゃえばどうやってもクラッキングなんて無理なんだから、意味ないと思うわよ」

 

「まぁ、それもそうですね。それじゃ次なんですけど」

 

「ええ、遠慮なく言ってね」

 

「……今楯無さんが持っているミステリアス・レイディ。かいせきさせてもらえますか?」

 

 いよいよ真琴は本題を切り出した。

 

 更識家が傘下に入る事により、彼の家が所持している2体のISをメンテナンスする必要が出てくるのだ。1機は返却するとしても、此方から新しいISを提供しなければならない。

 

 ミステリアスレイディを解析できれば、ISを返却しても複製できるのだ。

 

 これを聞いて楯無は目を細め、扇子で鼻から下を覆った

 

「そっか……そこまでは考えてなかったわね。真琴君、単刀直入に言うわ。コアの解析はどこまで進んでいるの?」

 

「それはお答えできません。きぎょうひみつです」

 

 当然である。しかし、楯無はある程度当たりをつけている。

 

 そもそも新たにISを1機提供という、そんな無茶が本来通るはずが無いのだ。

 

 これを可能にしているということは、答えはおのずと限られてくる。

 

 束からコアを貰っているか、自力でコアを作る事ができるようになったか、だ。

 

 「そっか。……分かったわ。傘下に入れてもらえるのなら、解析しても良いわよ。但し条件があるの。解析したことがバレると厄介にな事になるから、くれぐれもログに残さないで欲しい」

 

 これも当然といえば当然だ。実際今楯無が行っている行為はスパイに近い。

 

 これで解析した事がバレでもしたら、確実に犯罪者だ。

 

「真琴君のことだからそんなヘマはしないと思うけど……これがバレたら、タイミングによっては、更識家は壊滅するといっても過言ではないわ」

 

 そう、全てはタイミングだ。解析した事がバレても国籍を日本に移してIS学園の中に逃げ込むことが出来れば此方の勝ち。間に合わなかったら此方の負け。

 

「幸いあっち(ロシア政府)は私達のことをほぼ疑ってないといって良い。何せもっと山田製作所と仲良くしろなんてお達しが来ているくらいだしね」

 

 楯無は紅茶で乾いた唇を潤した後、肩をすくめて苦笑した。

 

「フランス政府っていうぜんれいが有るんですけどねぇ……」

 

「対岸の火事ってやつね。全く、自分の諜報機関が世界一だとでも思ってるのかしら」

 

 ここで一度休憩を挟む事となり、真琴達は席を外した。

 

 

 お互い軽い口調で会話をしていたが、その内容はとても重いものだ。少なくとも簪にはそう感じた。

 

 聞いているだけで精神がゴリゴリと削られていく。一歩選択を間違えれば一気に真琴の信頼を失い、奈落の底だ。

 

「姉さん……大丈夫……?」

 

 額に浮いた汗を隠そうともせず、簪は心配そうに姉を見つめた。

 

「当主になってから、今日ほど打ち合わせが早く終わって欲しいって思ったことは無かったわよ。だって織斑先生ってばずっとプレッシャーかけてくるんだもの、しんどいわねぇ」

 

「織斑先生は……博士の味方だから……」

 

「ま、今のところは大丈夫だと思うわよ。私のISを提出のはちょっと予想外だったけどね」

 

「でも……それは必要な事……」

 

「そうね。あとは解析ログがバレなければ……といいたいんだけど、新しく作って貰える事になったとしたら、ミステリアス・レイディとは別物のISを依頼する必要があるわね」

 

 ISを返却すれば、当然そのISを使って新しい代表候補生がIS学園に送られてくる。ミステリアスレイディが二人も居たら、即刻バレる。

 

「どんなISが良いかしらね? 貴婦人に代わる新しい名前……何かいいのない、簪ちゃん?」

 

「……チェシャ猫」

 

「あ?」

 

 楯無の背後に修羅と般若と仁王像と鬼、そして青い炎が並んで見えた。

 

「なんでもない……えっと……フェアリーとか……ユニコーンとか……フロイラインとか……」

 

 死にたくない一心で簪は必死になって言葉を捜す。

 

「あら、やっぱそう思う? そうよねー、やっぱそれくらいの名前がいいわよね」

 

 楯無は笑顔で扇子を開く。そこには「首の皮一枚」と書かれていた。

 

 不用意な発言は己が身を滅ぼすと、改めて簪は実感するのであった。

 

「それで姉さん……交渉は上手く進みそう……?」

 

「んー……希望的観測も少し入るけど、もう後半戦のロスタイムに入ってるわよ?」

 

「え?」

 

「だって、こっちから出せる物は全て出したもの。今別室で吟味してるんじゃないからしらね」

 

「てことは……この休憩って……」

 

「そ。判決待ちって訳よ。……交渉に関しては、今のところ五分五分って所かしらね」

 

 検察と弁護士の言うべき事は全て終わった。後は判決を待つだけだと楯無は言う。それを聞いて簪は手に僅かな震えを感じていた。

 

 後何分したらこの部屋に戻ってくるのか。恐らくそう長くは掛からないだろうが、今は1分が1時間にも2時間にも感じられる。

 

「あら、紅茶無くなっちゃったわね……シャルロットちゃん、紅茶のお代わりいいかしらー!」

 

 そんなプレッシャーを感じつつも、楯無はその様子をおくびにも出さずシャルロットに紅茶のお代わりを催促するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 




―――……何故だろう、一夏と一緒に居るのに、最近私の影が薄い気がする。


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