そのDNAに刻まれたものは (そよ風ミキサー)
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プロローグ

◆前書き

 仕事疲れと酒の勢いという名の酷いブーストが掛かった状態での執筆から始まった本作ですので、定期的な更新はお約束できませんが、もし更新されていたら暇つぶし程度にご覧ください。

――――――――――――――――――――――――――――――


 “世界中の事を知るよりも、自分自身を知る事のほうが遥かに難しい ”

 

 

 

 

 そんな言葉を遺した著名人がいた。

 自己という、世界から見れば小さな存在であるが、その内面を知る事がいかに困難な事であるかを簡潔に述べたものだ。

 

 

 ならば、“彼”の場合は……?

 

 

 

 これは、我々の住む世界とは違う場所で起こった不思議な出来事である。

 

 

 

 

 雷鳴が轟き、豪雨が降りしきる夜の山中に二つの影があった。

 

 

 雷雲からほとばしる光で夜闇の中を照らされた一つは人間の男。

 

 ……いや、正確には“人間だったもの”と言うべきか。

 

 上半身を何か大きなものに押し潰されたらしく、もはや原型など残っていない。辛うじて元の形を保っていた下半身は赤い液体を大量に飛び散らせたままピクリとも動く気配はない。

 その人間は既に事切れていたのだ。

 

 

 そして、それを見つめるもう一つの影。

 

 それは人間ではなかった。

 人間と同程度の体格の、赤い人型の異形。そんな不思議な生物が人間の亡骸の前に立っていた。

 

 

 仮面のような楕円形の頭部を持ち、人間ならば眼に当たる部分は鋭くも感情の見えない二つの眼球を備えていた。

 赤を基調とした全身に、腿の側面、ふくらはぎ、顔の一部が青い配色が為されているその姿は、SF等に出てくる宇宙人を連想する者もいるかもしれない。

 そして、その生物の胸の窪みから覗く水晶体は、自身の表皮と同じ様に“赤と青の二色に分かれて”怪しい光を灯していた。

 

 しかしその生物の体は、何故か至る所のつくりがあべこべだった。

 

 頭部左側面からは角張った器官が伸びているのに対して右側面はつるりとしているし、腕は片方のみ太くて青い触手が一本だらりと伸びているのに代わってもう片方は赤と青のツートンカラーで、人間の様に五本の指を有していた。

 

 先細っている両の足で危なげなく立つその生物は、ただジッとその無感情の眼で人間の亡骸を見つめていた。

 

 

(きミハ、ダれダ)

 

 

 赤い人型は言葉を発さない。しかし、心で呟くその問い掛けの言葉の中に確かな動揺の感情を見せていた。

 

 だが、赤い人型の前に転がる骸は答えてはくれない。ただ静かに雨に打たれ、その身を濡らす事しかしてくれない。

 

 

(ジブんハ……だレ、ナンダ)

 

 

 何故、どうしてここに居る?

 

 それを知る術を、赤い人型は持ち得ていない。

 

 激しい雨風に晒され、全身が濡れる事を気にせず赤い人型の生物はただただ人間の亡骸に視線を落とし、あらゆる疑問をこぼすばかり。

 

 事実その生物は混乱の只中に遭った。

 場所を知らず、ましてや自分の事すら分からない。何が出来て、何をすればいいのかすら分からないこの赤い人型は立ちつくす事しかできなかった。

 

 しばし呆然としていた赤い人型がようやく動き出そうとしたその時、空一面に広がっていた雷雲が一際強い光と共に雷が落ちた。

 その落雷地点は、奇しくも赤い人型自身。自失状態だった赤い人型は身を守る動作すら出来ず、その落雷をまともに受ける事となってしまう。

 

 

 強烈な電流を流し込まれた赤い人型は、体をのけ反らせながら痙攣する最中に、あるビジョンが脳裏を駆け巡る。

 

 

 ――暗い宇宙の中を隕石に埋まったままひたすら飛び続けている“自分”。

 だが別の方角から飛んできたもう一つ隕石に衝突し、隕石ごと自身も真っ二つに砕けてしまう。

 その衝撃は砕けてしまった“自分”を猛スピードで地球へと吹き飛ばし、とある山の中へと墜落して行った。

 

 

 ここでビジョンが変わる。

 

 

 ――嵐の中、山に落ちた隕石の落下地点へと駆け出し、泥塗れになりながら割れた青い水晶体を胸に抱えて下山していた“自分”。

 しかし、ぬかるんでいた岩山が落石を起こし、自分の体よりも大きな岩が頭上へと落下して行くのを見てしまい、そして――

 

 そして、再びビジョンが変わった。

 

 

 ――体の半分が砕けてしまい、既に生命機能が止まる直前だった“自分”は、体に生物の血肉が付着したまま岩肌に転がされていた。

 そこで更に空から強烈な稲妻が迸り、自身へと降り注いだのだ。

 

 そう、“今と同じ様に”。

 

 

 

(ア、あア……あアアアアあ……ッ!)

 

 

 落雷の余波で全身に電流を迸らせながら、赤い人型は全て思い出した。

 否が応でも理解してしまった。

 

 自分は此処で死に、そして生まれたのだと。

 

 

「※¢%▼×Φ∑Χーーーッッ!!」

 

 

 

 嵐の中、強風と豪雨、そして雷に包まれながら、一度は消えた筈の生命が新たな産声を上げた瞬間だった。

 

 

 壊れた電子機器の様な金切り声を発しながら、赤い人型は痛みに身をよじる様に体を屈み、水晶体の収まっている胸を抑えた。当の水晶体は狂ったように輝きを増し、赤い人型が両手で押さえている指の隙間から溢れ出る程の強い光を迸らせる。

 

 するとその直後、赤い人型に変化が訪れた。

 赤い体表が突然沸騰した様に泡立ち始め、その肉体の形を変え始めたのだ。

 ゴポゴポと音を立てながら肉体が溶け出し、かと思えば突然元に戻り、硬化を始めるといった現象が繰り返されていく。

 

 己の肉を溶かし、されども再び体を再構築していくその光景は、さながら本来ならば硬い外皮を纏い、幼い生物が成体へと至る為の蛹の中身の様な様相を呈していた。

 

 溶けた体組織が赤い人型の足もとにこぼれ落ちては雨風に流されていくが、赤い人型の体は内側から増殖して行く。

 そんな状態であると自覚すら出来ない程に意識が錯乱している赤い人型は、ヨロヨロとおぼつかない足取りでその場から離れていく。

 

 しかし今は嵐の中。そんな只中に居た赤い人型も例外ではなく、その体を強風にあおられてしまう。

 

 まともに踏ん張れない赤い人型は風に飛ばされるがままに何度も岩肌を転がり、溶けた身体の一部を至る所に撒き散らしながら体を強かにぶつけていったのだが、途中で足場の無い空間へ放り出された。そこは、嵐で足場が崩れて崖となっていたのだ。

 

 

 赤い人型は為す術もなく崖から落ちていく。悲鳴の様な、断末魔の絶叫を上げて。

 

 

 これが、後に人間達の間でまことしやかに噂される謎の人型“ポケモン”誕生の起源だった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 朝日の光が顔に差し込み、意識がゆっくりと覚醒する。

 冷たくぬかるんだ感触に半身が浸っているのに“彼”が気付いたのは、目が覚めてから少ししてからの事だった。

 

 

 うつ伏せ状態の体を起こそうと水気を吸って泥になった地面に“右手”を置き、ゆっくりと体を起こす。

 

 

「ヴ、ぅ……うア?」

 

 

 ノイズ交じりの声で呻きながら立ち上がりはするが、意識がまだ朦朧としている。

 はっきりしない頭を“左腕から伸びた触手”でぺちぺちと叩きながら“彼は”頭を振って、疑問に思った。

 

 

 丁度足元までの長さだろうか。左肩から太く長い触手が生えているのだ。

 黒ずんだ赤い外皮の表面に、白い硬質物が触手の動きを邪魔しない様に文節しており、更にその硬質物も各箇所に4方へ向けて刺の様な突起物が伸びていた。

 それは人体で言う所の、背骨の様な形状に似ている。それがうねうねとくねり、さも当然のように“彼”は動かしていた。

 

 左腕だけではない。体全体を見回してみれば全身が触手と似た様な構造をしている。

 赤黒い肉体の至る所に白い硬質物が覆われており、ちょっとしたプロテクターの様に見えなくもない。

 顔の輪郭を手でなぞれば、縦にだ円形の形をした頭部の左側面だけに角張った器官が伸びており、右側はつるりとしている。

 

 そして特に“彼”の眼に留まったのは自身の胸部だ。

 左右の胸から3対の合計6本の鋭い硬質物が飛び出し、肋骨の様に曲線を描きながら胸の中心部を守る様にして組まれている。

 その隙間から覗くのは赤と青の2色に分かれた水晶体。“彼”の心臓であり、頭脳に当たる器官だ。 

 

 体を見回すたびに“彼”は違和感を覚える。はて、自分の体はこんな姿だっただろうか、と。

 

 

 左腕のコレはこんな形をしていなかったし、白くて硬い物なんて無かった様な。体の色はもっと明るかった様な気がする。

 

 いや待て、確か服を着ていた筈―――ッ!?

 

 

 そこで、“彼は”昨晩の事を思い出した。

 

 あの嵐の夜の事を。

 あの“自分達”の最期の瞬間を。

 二つの命が消えていく間際を“彼”はその身で以て憶えていたのだ。胸の水晶体からズキズキと鈍い痛みが走った“彼”は、無意識に右腕で肋骨の様な器官に覆われた自身の胸を抑えた。

 

 

 片や落石に押し潰されて死に、もう片方はこの“星”に来る前から既に瀕死の状態で、自ずと死を迎える筈だった。

 しかし、あの嵐の中降り注いだ落雷が全てを変えた。

 死ぬ直前だった“水晶体の自分”は、流し込まれた大量の電撃で一時的に蘇生。落雷によって活性化した“水晶体の自分”は自身の細胞の活性化を促進させ、再生を試みた。

 

 だが、“水晶体の自分”達の種族にとっては心臓であり、脳でもある水晶体を半分も失っている状態からの再生は限りなく不可能に近かった。

 最早思考するという機能すら失ってしまった!水晶体の自分”であるが、生物としての機能は死んでいなかった。

 それは、本能だ。“死にたくない”という意思は、考えずとも生きるもの全てがその身に内包する原初たる性質である。

 

 “水晶体の自分”はそれの赴くがままに、生き延びるために近くにあった生物の細胞を無意識に取り込みながら再生を行ったのだ。

 

 その取り込んだ細胞の基となった生物というのが、岩に潰されて死んだ“人間の自分”だった。

 “水晶体の自分”が他種族の細胞を取り込み、足りない部分を補い、肉体を最適化して出来上がったのが今の自分なのである。

 

 だが、そこに“水晶体の自分”の人格は存在しなかった。ましてや、取り込んだもう一つの“自分”のものだってありはしない。

 

 

 

 ならば、今此処にいる自分は何だ?

 

 虫食い状態の二つの記憶だけが残り、その本来の持ち主達はもうこの世にはいない。

 そんなつぎはぎの自分だけがこの世界に生まれ落ちてしまったのは、何の皮肉だろうか。

 

 なまじ互いの細胞の持ち主の知性が高く、一部の記憶も受け継いでしまった新たな人格たる“彼”は、突然生まれ落ちたこの世界で何を成せばいいのか分かりかねる。

 

 

 未だ痛みが残る胸を抑えながら呆然と立ち尽くす彼の聴覚に、不自然な草木のざわめきを捉えた。 

 今“彼”がいる場所は落雷を受けた地点からそれほど離れていない森の中だ。嵐の影響で木から折れた枝等がぬかるんだ地面に散乱している。

 “彼”が辺りを見回すと、奇妙な生物達が草木に隠れながら此方の様子を窺っているのが見えた。そのどれもが皆全く違う姿形をしていて統一感が無かった。

 

 “彼”はこの奇妙な生物達の存在を知っていた。“人間の自分”の知識に彼らの事が記憶されている。 

 

 その生物達は、“ポケモン”と呼ばれるこの世界独特の種族。

 この世界には、人間と動植物以外にもう一つ不思議な生物が存在する。“ポケットモンスター”。多くの人間達から“ポケモン”の略称で親しまれる彼らの中には、人間達の今の暮らしに密接に関係しているもの達も存在し、その種類は現段階ではまだ明確な数は確認されていない。

 

 時に自然災害の一種として人類に牙を向ける時もあれば、人間達と力を合わせ、心を通わせる事の出来る彼らだが、その存在が認知されてから今も尚彼ら生態は謎に包まれている。

 彼らはいつどこで、どのような起源の基に現れたのか。それを明確に知る者は誰もいない。

 

 “彼”が此方を見つめるポケモン達を一瞥すると、慌てて草木の中に隠れてしまうが、視線を外せばまたひょっこり顔を出して見つめてくる。

 ポケモン達の“彼”を見つめる表情は、その個体差から判別しづらい所もあるが、感情で表わせば大凡この三つだろうと“彼”は当たりをつけた。

 

 警戒、怯え、そして好奇心だ。

 

 敵意が無いだけまだ救いがあると分かった“彼”は、頭に念じた言葉を周囲のポケモン達に伝わる様に響き渡らせた。

 

 

『……君達ニ危害ヲ加エル心算ハナイ』

 

 

 ノイズ混じりの低い声は、“彼”にとって初めて聞く様で、とても聞き慣れている様な感覚を覚えた。

 テレパシー。己の思念を他者の頭に直接送る事で言葉を発するその力は、“水晶体の自分”が持っていた力の内の一つに過ぎない。

 

 

 突然頭の中に響いた言葉に、茂みに隠れていたポケモン達が大きく動揺の声を上げた。

 いきなり見ず知らずの者の言葉が頭に流れ込んでくれば驚きもするだろう。

 

 

『此処ハ君達ノ住処ナノカ。ナラバ勝手ニ足ヲ踏ミ入レタ事ヲ許シテ欲シイ。迷惑ナラバ、私ハ此処カラ去ロウ』

 

 

 この森に住むポケモン達に迷惑をかける気も起きなかった“彼”は森から出ていこうとした。

 “彼”の体がふわりと浮き上がった。これもまた、“水晶体の自分”が備わっていた力だ。“水晶体の自分”の記憶を一部受け継いでいた為に“彼”はその能力を使う事が出来る。もし人間の自分だけの記憶だけだったらこうはいかなかっただろう。

 

 練習も無しに試してみたが、どうやら上手く使えた事に安堵した“彼”は、左腕の背骨の様な触手をうねらせながら徐々に高度を上げていく。

 

 すると、先程まで隠れていたポケモン達が茂みから姿を出してきた。

 特にこれと言って凶暴性の低い、小さなポケモン達だった。

 

 ポカンと呆けた顔で此方を見上げるポケモン達のその姿が、まるで無垢な幼子の姿に見えた“彼”は目を柔らかく細めた。

 

 森の木々を抜け、空へと飛び上がった先に広がる光景に、“彼”は目を見開かせた。

 足元に広がる深く青々とした森の絨毯、地平線の向こうにそびえ立つ、霜の降った山々。空を見上げれば、嵐が過ぎ去ったためか雲一つ見当たらない青空に、その遥か彼方で輝く太陽がさんさんと光を降り注いでいた。 

 翼を持つポケモン達が群れを成して飛び立ち、聴覚を研ぎ澄ませば森のあちこちでポケモン達の鳴き声が聞こえてくる。

 其処彼処に息づく生き者達の営みは、この大自然の恩恵にあずかってこそ成り立つものなのだろう。

 

 此処は、本来人間が全く足を踏み入れる事の無い秘境と言っても良い。動植物やポケモンが、思い思いに暮らしている場所なのだ。

 

 

 ならば何故、其処に“人間に自分”がいたのか。

 答えは既に“彼”に残された記憶から読み取る事が出来ていた。

 

 “人間の自分は”この美しい自然と其処に生きるポケモン達を見たいが為にあそこまでやって来たのだ。

 そこで嵐に遭い、見つけた洞窟内で過ごしていた時に“水晶体の自分”が空から飛来してきたのを目にした。

 嵐の中を濡れる事も気にせず山道を駆け、クレーターの中心に埋もれていた“水晶体の自分”を見つける。

 発見されてから少しずつ光の明減が弱々しくなっていくその姿に、“人間の自分”はその不思議な物体を救おうとしたのだ。

 

 

――これは、生きている……まさかポケモン、なのか?

 

――いかん、徐々に光が弱くなっている。きずぐすりではどうにもならん。

 

――何とかして助けれれば良いのだが――――

 

 

 “人間の自分”が最期に何をしようとしたのか、少しずつ思い出して来た。

 

 自分が避難していた洞窟まで戻ろうとした矢先に落石が起こり、ぬかるんだ地面に足とられて大きな岩が我が身を押しつぶそうとしたその時、“人間の自分”は咄嗟の判断で“水晶体の自分”を落石の被害の被らない場所へと放り捨てたのだ。

 

 “人間の自分”は、死に直面したあの瞬間の時まで“水晶体の自分”を守ろうとしていたのだ。初めて見た、生物かどうかすらも分からないのに。

 “人間の自分”がどんな精神構造を持っていたのかまでは“彼”でも推し量る事は出来ない。しかし。

 

 

「……私ハ生カサレタノカ」

 

 

 そう一人ごち、“彼”は目を瞑る。

 己という自己が生まれた事については今もまだ困惑が尽きない。しかしそれが不幸かと言えば、彼は首を横に振るだろう。

 

 “人間の自分”が守り、“水晶体の自分”が渇望したからこそ私は生まれた。

 ならば、失ってしまったその二つの命の最期の願いを無駄にしない為に、この世界を生きてみるのも良いかもしれない。

 

 

 

 だが、その前に清算しなければならない事がある。

 その為に“彼”はその身に纏う力を操り、自身を鳥よりも早く大空へと飛ばした。

 

 目指す先は、“彼”がこの世に生まれ、そして“自分達”が死んだ始まりの場所である。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

No???

???

???????

エスパー・???

たかさ 1.8m

おもさ 78.9kg

 

―――――――――――――――

むねのすいしょうたいが

たりないものをおぎなうために

にんげんのさいぼうをとりこんでうまれた




――――――――――――――――――――――――――――――
◆後書き

ポケモンを始めたのは、小学生の頃に緑。
あの時は妙なCMが印象的でしたが、それが今や大人気ゲームに。
世の中って不思議。

ちなみに作者のトラウマは、ポケモン屋敷のフジ博士のレポートでした。


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第1話

◆前書き

 一万文字位ありますので、読む際はお気を付けください。

――――――――――――――――――――――――――――――


 目的地である山に着くのは殆ど一瞬だった。

 空を飛んだと言う事もあるが、崖から落ちた所から殆ど動いていなかったのが大きい。

 緑に覆われた麓の斜面を滑る様に飛びながら進んで行けば、徐々に岩肌が顔を出し、目的の地が見えてきた。

 

 大きな岩を飛び越えた先にあるのは山の中腹地点の肌蹴た場所だ。其処にぽっかりと出来て間もないクレーターが広がっているので見つけるのは比較的容易であった。

 

 クレーターの近場で降り立ち、辺りを見回す。

 歩きながら岩の影や窪みを覗きこみ、時には空を飛んで見下ろす事十数分。“彼”は見つける。

 

 

 険しい山を歩くために拵えた生地の厚いズボンと、頑丈そうな靴を身に付けた人間の足が山の斜面にからやや離れた所から顔をのぞかせていた。嵐の影響で、土砂や岩等が覆いかぶさっている。

 

 見つけた“彼”は硬直し、見てはいけないものを見てしまったかの様に咄嗟に視線を逸らしてしまった。

 

 これから見るのは、ある意味自身の死と同意義に値するものだ。

 出来る事なら見たくない。しかし、これだけは目を逸らしてはいけない様な気がした。

 自分は直視しなければならない。己と言う存在が誕生に至る為に散った命の有様を。

 

 

 鉛でも付けられたかの様に重くなった足取りでそれに近づくと、彼の胸から淡い赤と青の光が漏れだした。

 肋骨の様な器官で覆われた胸から光を漏らしているのを気にも留めずに“彼”は力を発動させる。

 その力は目先に積まれた岩石をいとも容易く空中へと浮き上がらせた。

 

 物理法則に干渉するまでに高まった強力な思念を駆使する超能力。人間達はその力をねんりきと呼んでいる。

 邪魔な岩を退かしながら見つけた“それ”に、“彼”は嗚呼と覇気の無い声を漏らした。

 

 其処に横たわっていたのは、人間だった肉の塊だ。

 本来ならば曲がる筈の無い方向へ折れてしまった足腰はまだ辛うじて原型が残っているが、腰から上は落石の衝撃が強すぎたのかグシャグシャに潰されてしまい、頭部に至っては既に失われてしまっている。皮肉な事に、その亡骸が身に着けていたコートは頑丈だったのか多少の破れはあれどもまだ健在であった。

 骨や血肉が上着の隙間からはみ出し、千切れた腕は何処にもない。嵐に飛ばされて既に土の中なのやもしれない。

 

 自身の細胞の提供者たる人間の亡骸を複雑な気分で見ていたが、これを掘り起こす事は二の次だ。

 優先すべきは、この亡骸の腰に巻かれたベルトに付いた一つの球体にこそあった。

 

 大きさはピンポン玉位だろうか。“彼”は亡骸をねんりきで持ち上げて丁重に置くと、腰に備え付けられた球体を取り出して見回した。

 

 赤と白の2色に色分けされたその球の名は“モンスターボール”。ポケモンを捕獲し、中に入れるための道具だ。

 人間達の中には、こうして捕獲したポケモンを使役するポケモントレーナーという者達がいる。

 

 

“彼”はこの使い方を持ち主の記憶を受け継いでいるが故に知っている。今は亡きがらとなってしまった“彼”の記憶の持ち主もまたポケモントレーナーだったのだ。

 

 確認してみた所、どうやらボールに破損は無く、“中に入っているポケモン”も無事な様だった。記憶が正しければ、あの落石の最中“水晶体の自分”を放り投げるだけでなく、腰に収めたポケモンにも被害を被らない様にあのギリギリの中で体をずらしていたのだろう。

 

 ボールの無事に安堵すると今度は人間の遺体から離れた所に場所を移し、“彼”がボールの中央にあるスイッチを押すと、掌で覆える程度の小さかったボールが大きくなり、野球ボールよりやや大きめのサイズになった。

 それを確認するとボールを軽く放り投げる。するとボールは赤と白に分かれていた境目から蓋の様に開き、中から光が飛び出した。

 

 

 ここからが本番だ。“彼”がここに来たのは、“人間の自分”の亡骸を拝むためだけに来たのではない。

 恐らく、これが一番辛い仕事になるだろう。

 

 

 飛び出した光が晴れると、其処には一匹のポケモンがいた。

 頭部が丸々骨の様な硬質物で構成された、二足歩行の爬虫類という風貌をしている。

 1mと人間よりも低い背丈だが、体はがっしりと逞しく、頭部を覆う硬質物の奥には鋭く力強い眼差しがあった。

 片手に持った身の丈ほどもある大きな骨を持つ姿は、武器を手に持つ戦士の如き静かな威圧感を漂わせてた。

 

 そのポケモンの名はガラガラ。“人間の自分”がパートナーとして連れていた、唯一のポケモンだった。

 

 

 ボールから外界へ出てきたガラガラは目の前に居る“彼”の姿を認識するや、後ろへ飛び退いた。突然目の前に現れた未知なる存在に警戒しているのだろう。

 

 しかし、そこでガラガラはある事に気付き、辺りを見回した。

 何時も自分に指示を出してくれるパートナーが、ガラガラのトレーナーがいないのだ。

 困惑を見せたガラガラだが、“彼”に対して隙は見せていない。下手な動きをすれば何時でも対応できるように構えているあたり、よく鍛えられていると見える。

 

 そんなガラガラを見て“彼”は嬉しく思ってしまうが、同時に罪悪感も生まれてしまう。

 

 ガラガラがどんなに自分のパートナーを探そうとも、その人はもうこの世にいないのだ。

 “彼”は、それをガラガラに伝えなければならない義務があるのだ。何故なら自分は、故意であろうとその命を散らせてしまった原因であるが故に。

 

 

 此方に敵意も攻撃姿勢も見せない“彼”に脅威を感じなくなったのか、とうとうガラガラが構えを解き、“彼”に話しかけてきた。

 

 ポケモンの言葉が聞ける事に“彼”は驚き納得した。自身の半身である人間の細胞を取り込んだ“水晶体の自分”は、ポケモンと同質の特性を持つ生物、またはポケモンだったのだ。

 しかしその言葉が、“彼”の心を強く締め付ける。

 

「突然身構えてしまった事を許して欲しい。一つ訊きたい事があるのだが、教えてはくれないか?」

 

「私ニ答エラレル事ナラ」

 

 誰かによく似たその口調、まるで近くで見聞きしたのを憶えたかのような言動に“彼”はノイズの混じった声で冷静に返すが、その実内面は緊張感に満たされていた。

 

 

「僕の父さんを知らないか?」

 

「父サン?」

 

「そう、僕の父さん。とは言っても、人間なんだけど」

 

 その言葉に、“彼”は無意識のうちに右手で自身の胸を抑えた。

 ガラガラにとって“人間の自分”は、パートナーであるとともに、親だと思っていたのだ。

 

 その答えを聞いた“彼”は、だからこそ慎重に言葉を選び、話した。

 

 

「……今カラ君ニ伝エルノハ、トテモ残酷ナ事実ダ。ドウカ、心ヲ強ク持ッテ欲シイ」

 

 “彼”の言葉にガラガラは一瞬呆け、そして次の瞬間にはその顔が緊張で固まった。“彼”の言葉から、ある可能性を思い浮かべたのだろう。

 

 胸を僅かに光らせた“彼”は自身の思念をガラガラの頭の中に直接送り込む。内容は、自分が生まれた時から今に至るまでの記憶と、“人間の自分”の記憶だ。

 

「う、何を…………ぇ?」

 

 突然頭の中に流れ込むビジョンに驚くガラガラだが、次々と浮かぶ光景を見て、その表情に絶望が浮かび上がってきた。

 

「そん、な。うそだ」

 

 ガラガラの首が、錆び付いたブリキの人形の様に動く。その先にあるのは、ガラガラが最も慕っていたパートナーのなれの果てが置かれている場所だ。

 

 

 絶望とは、望みが断たれると書く。

 その望みが大きければ、失われた時の衝撃は計り知れない物となる。

 ガラガラの場合は、如何程のものだったかは誰にも推し量る事は出来ない。

 

 ただ、それが途轍もなく大きく、深いであろう事はガラガラの走る背を眼で追い掛けている“彼”も分かっていた。

 否、“彼”だからこそ分かってしまうのだ。

 

「嘘だ、嘘だ……嘘だぁぁーー!!」

 

 ガラガラが亡骸の置かれている場所へ一目散に走り出した。

 一心不乱に、形振り構わず。

 

 跳ねる泥が体にかかる事すら忘れ、動揺のあまりにふらつく足取りで石に躓いて転ぼうとも、ガラガラはひたすら走り続けた。

 

 そんな筈はない、あんなのが真実であってたまるか。だってつい昨日まで何時も通りだったじゃないか! ガラガラは頭の中で見た光景を認めたくないあまりに否定するが、心のどこかで最悪の可能性がジワジワと這い寄って来るのに恐怖した。

 

 何時もなら大した事の無い石の坂道が嫌に遠く、険しく感じる。

 岩の上に飛び乗り、息急き切りながら駆け寄った先でガラガラが見つけたのは、望んだ結果では無かった。

 

 

 横たわっているそれが身に着けている服には憶えがある。確かに父さんの物と一緒だ。

 でも、何で足が変な形に折れている? どうして血に塗れているんだ。

 

 何故、腰から上はグチャグチャになっている。……それに、どうして首が、無いんだ。

 

「あ、ああ……ああぁぁぁぁ」

 

 力を失ったガラガラの足が、膝から崩れ落ちる。

 

 人違いだ。そう思いたい心がひっきりなしに悲鳴を上げ、今にも壊れてしまいそうだった。

 

 でも憶えているのだ。同じ道を一緒に歩いた靴も、カラカラだった頃によくしがみ付いていたズボンも、寝る時に包んでくれたコートも。

 その全てを、この人間の死体が身に着けているのだ。

 

 卵から孵った頃のおぼろげな記憶から此処に来るまでの思い出が、ガラガラと

“彼”の基となった“人間の自分”はガラガラが進化する前のカラカラよりも昔の、卵から孵った時から面倒を見ていたのだ。

 生まれたばかりのカラカラを四苦八苦しながらも育て、トレーナーとして旅をしている中でも戦い方以外にも色々な事を教えていた。

 その中には、万が一ガラガラが一匹になってしまっても生きていける様な術もあった。色々な所を旅する関係上、“そういう可能性”も考慮していたというのはガラガラも察してはいた。それが今、こうして現実になってしまった。

 

 

 ガラガラが弱々しく手を伸ばし、亡骸を揺する。だが、首を失った肉の塊が何かを返す事はない。

 その事実が認められないのか、何度も揺すり、か細い声で呼びかける。

 

 それでも、ガラガラの願いは届く事はない。しばらくしてとうとう自分の父親である人間が本当に死んでしまった事を認識したガラガラは、すでに原形を失った胸に顔を埋め、声をあげて泣き崩れた。

 

 

 “彼”が宙に浮きながら後を追ってきたが、ガラガラの背中に声をかける事が出来なかった。

 意図した事ではないにしても、ガラガラの慕った人間を死に追いやった要因である自分が、どんな言葉を駆けてやればいいと言うのか。

 ただじっと、ガラガラが気の済むまでさせてやる事しか今は思い浮かばなかった。

 

「……くも」

 

 ゆらりと立ち上がるガラガラの声は震えていた。“彼”の方からは顔を俯かせているのでその表情子を読み取る事は出来なかった。

 しかし、それに乗せられた感情には悲しみ以外にもう一つあった。

 

「よくも……ッ」

 

 それは、深く激しい烈火の様な怒りだ。

 父親の血で赤く染められガラガラの骨状の顔は、怒りに我を忘れ、まさしく悪鬼というべき容貌となっていた。

 そしてその怒りの向く先にいるのは……

 

「よくも父さんをぉぉぉーーーッ!!」

 

 激情に身を任せ、大きな骨を振りかぶってガラガラが駆け出した先に居るのは“彼”だった。

 “彼”があの時ガラガラの数多に送り込んだビジョンから、ガラガラは“彼”にこそ全ての原因があるのだと認識したのだろう。今の“彼”は、ガラガラにとって親の敵と言える存在だったのだ。

 

 ガラガラの変貌に身構えこそした“彼”は、じっとその目を見た。

 大切なものを失い、絶望に沈んだ果てに噴き上がった怒りに囚われた顔は筆舌に尽くしがたく、ただただ壮絶であった。

 

「ガアァァァァァ――――ッ!!」

 

 絶叫と共に振り下ろされた骨の一撃を“彼”は後ろへ飛び退く事で避わした。

 しかしそれだけでは終わらなかった。振り下ろされたガラガラの骨は大地を叩くと、自身の周囲丸ごと砕け飛び、その破片が“彼”に襲いかかったのだ。

 

 大小様々な岩が泥と一緒に飛び散る中、“彼”も自身を浮かせて更に回避を試みるが、どうしても全て避け着る事が出来ずに一部の岩が直撃して空中でよろめいてしまった。

 

 そこをガラガラは見逃さなかった。大地から吹き上がる土砂を隠れ蓑に、ガラガラは既に至近距離まで近づいていたのだ。

 今ならまだ避けられる。だが、“彼”はそこで敢えて防御を選択した。

 

 しかし、遅かった。

 凄まじい勢いで骨を振るい、防御の態勢をとらせる暇すら与えてもらえず脇腹に強かに打ちつけられた“彼”は壊れた電子機器の様な声を漏らした。

 

「b、§〓Γθッ!?」

 

「ラ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!」

 

 脇腹を捕らえたガラガラは、そのまま勢いよく骨を“振り抜いた”。すると、自身よりも倍近くある“彼”の体を大きく吹き飛ばす。

 

 まるで球を捉えたバッターによって叩き返された様に吹き飛ぶ“彼”は近くの岩壁に叩きつけられ、その身を深くめり込ませた。 

 

 追い打ちと言わんばかりにガラガラが更に駆けだして来た。“彼”の目の前まで再び接近してきたガラガラは更に手に持つ骨を振るった。

 

「ギガァァッーーッ!!」

 

 獣の様に叫ぶガラガラが骨で何度も“彼”を滅多打ちにする。其処に技は無い、ひたすら暴力の数々が嵐のように繰り出されるだけだ。

 

 顔面を狙った一撃がめり込ませた岩を砕き、“彼”を岩から叩きだす。

 

 その場に転がり、“彼”が立ちあがる前に脳天、頬、鳩尾、顎、肩……あらゆる生物の急所へと執拗に打ち込まれていく。

 

 一体何十発喰らったのか。もはや“彼”自身数えられる程の思考能力すら残されてはいない。

 ガラガラの猛攻を受けた“彼”は自身の体に纏っていた硬質物が砕け、血と思しき体液を滴らせたその様は、誰から見ても重症だった。

 

「ガアアアッ!」

 

 “彼”の胴体へ、ガラガラの渾身の力を込めた骨の一撃。くの字に折り曲げられた“彼”体は宙に放り出され、そのまま受け身もとらずに山の岩肌に叩きつけられる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 殆ど息継ぎを行わなかった強烈な連続攻撃に、流石のガラガラも息が上がっていた。

 同時に、先程まで見せていた鬼の様な顔はほんの僅かだが剣呑さが無くなっている。

 

「はぁ、はぁ……何故だ」

 

 ガラガラは、今目の前でよろよろと立ちあがろうとする“彼”に声をかけられる位には怒りの度合いが収まっていた。

 

「何故反撃してこないんだ? いや、何故避けない!?」

 

 力の入らない体を精一杯起こして立ちあがる“彼”だが、既に膝が言う事を聞かなくなってしまい、その場に尻もちをついて座り込んでしまった。

 滅多打ちにされた影響で全身の至る所の硬質物が砕け、肉が裂けて血まみれとなった“彼”だが、その目はまだ活きていた。

 

「……今、ノ私ニ、ハ、君ノ怒リヲ受ケ、止メル事シカ……出来ナイ」

 

「馬鹿な、命が惜しくないのか!?」

 

「其、処ガ……難シイ所、ダ。私ハコノ、命ヲ君ニ……差シ出ス事ハ……出来ナイ」

 

「だったら……だったら戦え! 無抵抗に嬲られて死ぬつもりか!?」

 

 “彼”は答えない。 

 

 彼の記憶には、ガラガラの親である“人間の自分”の記憶が受け継がれている。其処に映し出されるのは、卵の頃から大事に育て、今日まで互いに力を合わせてきた光景だ。

 ポケモンの力を借りるだけでなく、時にはポケモンに自ら手助けする事など、其処までできる人間は本当に限られているのではなかろうか。

 “人間の自分は”、本当の意味でポケモンをパートナーとしていた人種だったのだろう。

 そんな人間が、自分を活かしてくれた人間が、あそこまで大切にしてきたポケモンに手をかけるなど、彼には出来なかった。

 そしてそれを口にする事も躊躇った。今この場でガラガラにその事を話すのは、自己保身のために“人間の自分”の想いを盾にしている様で、許せなかったからだ。

 だから。

 

「君……ト、ハ戦エ……ナイ。多、分、コレ……カラモ」

 

 彼はガラガラにそう話す事しか出来なかった。

 だが、当のガラガラからすれば理解しがたい、理不尽なものに写ったのだろう。再び怒りに火が点き始めた。

 

「ふざけるな! 馬鹿にしているのか!? 僕の父さんを死なせたくせに、のうのうと生きている奴が!」

 

 死にたくない者が無抵抗でいるなど、狂気の沙汰だとガラガラは叫ぶ。

 “彼”だってそれは分かっているのだ。ただ、ガラガラへの償いと己の意思がせめぎ合う中で、その先にある答えを見つけられ無かった。

 

「ソウ、ダ。私ハ、生キ……テ……イ、ダ」

 

「! おい、話は終わっていないぞ。聞こえているのか!?」

 

 傷が深すぎたのか、意識がもうろうとして来た“彼”の首が少しずつ落ち始めて来た。

 ガラガラが何か言ってくるが、もう上手く聞こえていない。

 

(……コレハ、死……カ?)

 

 その言葉に“彼”は敏感に反応するが、何か違う様な気がした。

 そんな筈はない。二つの記憶が正しければもっと冷たく、深く沈みこむ様な感覚だった筈だ。

 これは……

 

 

 最早思考する力すら失ってきた“彼”は、目の前が暗くなっていくのを感じながらその意識を遂に落としてしまった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「л¶ε……ム?」

 

 落ちた意識が再び浮上した“彼”。視線の先に移った空は太陽が落ち始め、茜色に染め上げていた。

 仰向けの体を動かそうとするが、動かすたびに体の至る所が痛みという名の悲鳴を上げてそれを止めようとする。

 

 あれからどうなったのか、ガラガラはどうした、ぼやけた思考で可能な限り頭を回転させていた“彼”のもとに当のポケモンがやって来た。

 

「……起きたのか」

 

 横たわったまま眼だけで声の主を追い掛けた先にいたのは、大きな骨を片手に此方へ歩み寄って来るガラガラだった。

 顔に付着していた血は洗い落したのだろうかすっかり綺麗になり、あの怒りに染まった形相も今は大分落ち着いている様だったが、その眼に宿した感情は未だに複雑なものを見せていた。

 

 ガラガラは無言のままに“彼”の横にまで来ると、足元に骨を置き、“彼”の横に置かれていた物を手に取りそれを吹き付けて来た。

 傷口に吹き付けられたそれに“彼”の体はビクリとのけ反るが、それをガラガラが片手で押えた。

 

「きずぐすりだ、もう少し我慢しろ。完治までは行かないが、無いよりマシの筈だ」

 

 本来は人間がポケモンに使うために作られた道具だ。指の大きさなどからして規格が違うそれを、人間と比べると明らかに小さな指で器用にガラガラは使っている。

 

 きずぐすり自体は泥で汚れ、表面は岩にでもぶつけたのかボロボロだった。恐らくあの亡骸の持っていた荷物なのだろう。

 まさか、わざわざきずぐすりを探してきてくれたのだろうかと“彼”はガラガラを不思議に思う。

 

「……助ケテクレタノカ」

 

「あのまま見捨てた方が良かった、と?」

 

「ソウハ言ワナイ。シカシ君ハ私ガ憎イ筈ダ」

 

「ああ、今だって僕はお前が憎い。お前を助けるなんて、本当は嫌で仕方がないんだ。出来る事なら、今此処で息の根を止めてやりたい」

 

 淡々と“彼”に治療を施すガラガラは一旦手を止め、一瞬だけ睨み付けると視線を外して己を戒める様に目を閉じた。

 

「でも、それでは父さんが浮かばれないと思った。お前は父さんが命を懸けて助けたんだ。それを僕が殺してしまったら、父さんの意思まで僕は殺してしまう……」

 

 “彼”が全ての記憶を見せたが故に下したガラガラの結論。

 俯いたまま、肩を震わせ、絞り出す様に発したガラガラの言葉には己の怒りと、父の想いとの葛藤の果てに生まれた言葉が乗せられた。

 それは、“彼に”とっての救いとなるのか、それともこれから先一生纏わり付く呪いとなるのだろうか。

 

「だから、だからお前は生きろ。どんな状況でも精一杯生きぬいて、そして天命を全うして死ぬんだ。呆気なく死んでみろ、僕は……僕は一生お前を許さない!!」

 

 ガラガラの告げたそれは、“彼”からすれば祝福であり、呪詛だった。

 

「……」

 

 “彼”は自分を生かそうと決断したガラガラに、口を開く事が出来なかった。生半可な謝罪の言葉など、ガラガラの傷口に塩を塗るだけだ。

 

 ガラガラにとって、自分は大切な親を死なせた許しがたい仇と言っても過言ではない存在だ。そんな自分を助けようとする、その心境は如何程のものなのだろか。

 いや、きっと自分では推し量れるものではない。これは他者の物差しで計ってはいけない事なのだ。

 

 

 もし自分にも大切なものが出来て、それが奪われた時、自分にも同じ様な選択が取れるのだろうか。

 自分は相手を赦し、導けるのか……。

 

 

 ガラガラの示したその有様に、“彼”は後にこれを一つの命題として抱え続ける事になる。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 オレンジ色に染め上げていた空は暗い夜空へと姿を変え、そして次には新しい朝日が世界を照らす。

 

 

 数日前に嵐で荒らされた山を勇気づけるように差し込む陽の光の中、“彼”とガラガラは静かに黙祷していた。

 場所は出来るだけ足場の安定した山の中、出来れば故郷の土に還してやりたいが、それまで体が保たないだろうし。何より人間の住む場所からかなり離れた場所だ。現地の人間でも殆ど立ち入らない様な場所の此処へ、来るかも分からない捜索隊が探しに来るまで野ざらしにし続けるわけにはいかない。

 だから骸は死したその地の土の中へと埋めていく。それが死者への供養となるのならば。

 

 (しつら)えた簡素な墓の下には、“彼”にとっては自分を活かした恩人にして今の自分を形作るに至った遺伝子の提供者。ガラガラにとっては、生まれた時から一緒にいた種族は違えど胸を張って誇れる父親が丁重に葬られている。

 せめてもの墓標代わりにと縦長の岩を地面深くまで差し込んだそれには、墓の主が身に着けていたコートがかけられていた。他にも手分けして探して見つけた遺品も添えられてある。

 その中には、ガラガラの入っていたモンスターボールも納められていた。もう、その中にガラガラが入る事は無い。

 

 

 静かな時の流れの中で死を弔っていた彼らは目を開ける。

 これから先、彼らの見る世界は大きく変わる。

 

「君ハ、コレカラドウスルンダ」

 

 応急処置を済ませた“彼”の体は今も白い硬質物が砕けて痛々しくはあるが、体を動かす分には支障が無い程度には回復した様だ。 

 自分よりも80センチ近く小さなガラガラを見下ろしながら問い掛ける。

 

「……父さんの故郷に行く」

 

 人間達がカントー地方と呼んでいる其処へは、何やら個人的に思う事があるらしい。ガラガラは父の墓を見つめながら淡々と答えた。

 

 今まではガラガラの父と言うトレーナーと共に歩いて来た旅路だったが、これからは一匹のポケモンとして生きていくのだ。野生に帰化すると言っても良い。その道は、決して優しい物ではないだろう。

 

「一人デカ?」

 

「お前の助けは要らない」

 

 その旅に“彼”は同行しない。何よりガラガラがそれを決して受け入れはしなかった。

 

「見逃しはしたが、お前は父さんの仇だ。そんなお前と、誰が一緒に行くものか」とは“彼”が訊ねた時に憎々しげに答えたガラガラの弁だ。生きろと告げた矢先に、自由を束縛するつもりはないらしい。

 

 

 やる事は全て済ませたと言わんばかりにガラガラが黙したままその場から離れていく。道とも言えない山道を下って行く後ろ姿を“彼”も静かに見送った。

 

 途中何度も立ち止まって墓のある方角を見返して来る。突然の死に分かれに、未練はそう簡単には断ち切れないのだろう。

 

 程なくして、ガラガラが見えなくなったその場に用の無くなった“彼”も出発の準備に入るが、その前に墓石にそっと右手を置いて、墓の主に語り掛けた。

 

 

「……マタ、来ル。“貴方達”ノ事ハ、決シテ忘レナイ」

 

 

 “死を忘れるな”

 “彼”が生まれて初めて自分の意思で学んだ言葉だった。

 これもまた、死者の記憶を言葉にしただけに過ぎない。

 

 だが、いつか必ず自分の言葉で語れる様になったその時は、また会いに来よう。

 

 墓石から名残惜しげに手を離した“彼”の体が宙へ舞い上がる。

 高度を上げ、ガラガラが行っていたように暫く小さくなっていく墓を見降ろしていた“彼”は空を見上げた。

 

 日差しの強さに、ふと目を細めた。

 はて、太陽の光とは此処まで眩しいものだっただろうか?

 

 受け継がれた二つの記憶と比べても、何か違和感を覚えた“彼”だが、ああと納得した。

 これが自分の感性という奴なのだろう。“水晶体の自分”の記憶では無く、“人間の自分”のものでもない。自分という個が感じたものなのだ。

 それが“彼”には少し嬉しく思えた。

 

 

(私ハ、知ラナイ事ガ多過ギル。見ナケレバイケナイモノモ沢山アル)

 

 

 百聞は一見にしかずという言葉があるが、まさにその通りなのだろう。

 受け継がれた記憶は結局は他人のものだ。本棚にしまわれた本に過ぎない。今の“彼”は、それを現実と照らし合わせながら認識しているだけなのだ。それだけでは、本当の意味で知っているとは言い難い。

 

 

 この広い世界を知ろうとしたら、果たしてどれだけの年月を要するのだろうか。

 全てを知りたいとは“彼”も流石に思ってはいない。ただ、それだけ自分の目の前に広がる世界の大きさに、言い知れぬ疼きを胸から感じたのだ。

 

 

(ソウカ、コレガ胸ガ高鳴ルトイウコトカ)

 

 また一つ、新たな発見をした。

 

 彼はそう思うと、いてもたってもいられなくなり、可能な限り速度を上げて飛翔を開始した。

 風が鋭い音を立てている。空に浮かぶ無数の雲が目まぐるしく自分の遥か後ろへ通り抜けていく。一瞬だが、空を飛んでいたポケモンが何事かと此方を仰天した表情で見ていた。

 

 

 行先は決めていない。ただ、今は全力で飛び続けたかった。

 何処までも飛んで、そして飛ぶ事に疲れ果てた時は、何処かの草原に体を横たわらせ、目一杯体を休めてみたい。

 

 全てはこれからだ。

 何せ、自分は生きているのだ。それを、可能な限り謳歌してみたいのだ。

 生かしてくれた二つの命の為に、そして、生きろ告げた一匹のポケモンの為に。

 

 

 未だ名前の無い人型の異形は何かに突き動かされるように、地平線の彼方へ向けて飛び続けた。




――――――――――――――――――――――――――――――
◆後書き

 投稿前の確認で拙作を読み直して思いました。
 恐らく読者諸兄の方々も同じ想いなのやもしれません。


『これポケモンじゃなくね!?』

 
 自分の描いているポケモン像とは何かが違う様な気がする。

 ちなみに此処で言うのも何ですが、主人公の元となったポケモンは某裂空の訪問者さんです。
 神話系のポケモンも素敵ですが、初期の遺伝子ポケモンといったSF色の強いポケモンも大いにロマンがあると思います。

 最初冗談半分で考えた時は宇宙人ジョー○ズの地球探査シリーズの様に、地球にやって来た某DNAポケモンが人間社会に溶け込んで(本人は溶け込んでいるつもり)、地球人類を観察していく中で騒動を起こすと言うコメディーものにしようとしていましたのに、なんでこんなことになったんでしょうね?

 かがくのちからってすげーけど、いのちのちからもすげー!

 あとこの小説は続きます。一応、原作には絡ませるつもりです。

 時系列ですって? おっとここにタイムマシンが(ラリッた眼で目覚まし時計を撫で回しながら

 拙作を読んで思う事がありましたらご感想をお聞かせください。


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第2話

◆前書き

 二万文字近くありますので、読む際はお気を付けください。

 ※今回結構ぶっ飛んだキャラが出ます。

――――――――――――――――――――――――――――――


 出会いとは、何時だって偶然で、突然ある。

 

 

 

 

 

 潮風が運ぶ磯の香りが妙にくすぐったい。

 

 此処は広い海に点在する無人島の一つ。面積は決して小さくもなく、広大というにはいささか面積が足りない、人間の大人が歩けば1日で一周出来る程度の島だった。

 もしも世界地図があるのならば、その島は丁度南側に位置しているのが分かるだろうが、“彼”はそんなことまで知る由もない。

 

 

 ほぼ一日近く力の限り空を飛び続けた“彼”であったが、その体力は無限ではない。次第に空を飛ぶために使っていた力が徐々に弱まり、“彼”自身も疲労感を強めていった。

 そんな彼が羽休めの場所として見つけたのがこの無人島だ。海岸へ降り立つや否や、“彼”は砂浜に身を投げ出してぼんやりと空を見上げていた。

 

 

 砂浜に優しく流れるさざ波の音、見上げる空には照り付ける様な太陽の光とは別に、カモメの様な鳥ポケモン達が風に揺られて優雅に飛んでいるのが視界の端に見えた。

 

 青い海、白い雲、眩しい太陽。

 程良い疲労感も相まって、目をつぶってしまえばそのまま眠りについてしまえる位居心地の良い環境だ。

 

 その心地よさに身を預けていた“彼”は、ふとガラガラの事を思い出した。

 一応ケリはついたものの、それでも良いとはいえない別れの仕方をしてしまったあのガラガラの旅路に“彼”は一抹の不安を覚えた。

 

(無事ニカントー地方へ着ケルダロウカ)

 

 幸い別れた山からカントーまでは、陸続きだというのは受け継いだ人間の記憶から分かっている。南西寄りに進んで行けば辿りつくだろうが、その先に待ち受ける困難を思うと、ガラガラには色々と負い目を持つだけに無事に目的地へ辿り着いて欲しいと願ってしまう。

 ガラガラは“彼”の事を嫌っているが、“彼”はガラガラの事を嫌ってはいない。ガラガラのトレーナーの記憶を受け継いでいる事もあってか、むしろ親心にも似た気持ちが芽生えてしまっている。

 

 

 とは言え、あのガラガラならば大丈夫だろうと言う信頼もあった。

 これもまた“人間の自分”の記憶から分かった事だが、どうやら普通に鍛えただけではないらしく、一人で生きていく術は可能な限り教え込んでいた様だ。

 つい先日、酷い手傷を負わされた後に手慣れた手つきできずぐすりを使って治療してくれた時の所作もその教えの賜物という事だろう。

 意外と此方が心配しているよりもあっと言う間に着ける可能性だってありそうだ。

 

 ほとぼりが冷めたら会いに行ってみようか。

 直接会う必要はない。ただ、元気なのか様子をそっと見れればそれで良い。

 傷心中の相手にずけずけと顔を出せるほど“彼は”無神経にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 日光で熱された砂浜に身を預けてからおよそ2時間程度経った頃だろうか。

 目を閉じて静かな時間を過ごしていた“彼”の元へ来訪者がやって来た。

 

 

 空から聞こえるのは鳥の羽ばたく音。それに気付いた“彼”が目を開くと、見た事の無いポケモンが目の前にいた。

 

 くちばしの大きなポケモンだ。巨大なくちばしは胴体と一体化しており、かなりの量を含む事が出来そうなその姿は丸みを帯びたペリカンという表現がぴったりなポケモンだった。 

 マイナスネジ模様の特徴的な瞳は何を考えているのか読み取る事が出来ず、砂浜に降りたままジッとこちらを見て動く気配が無い。

 

 

 

 

 

「波打ち際で黄昏(たそがれ)ちゃってるそこの君、一人さびしく空を見上げてどうしたんだい?」

 

 小さな子供独特の、キーの高い声だ。ペリカンの様なポケモンから声が聞こえてきた。

 しかしよく見たら、ペリカンの様なポケモンは口を動かしていない。此方を見つめたままだが、口が一切開いていないのだ。

 テレパシーで話しかけているのかと思ったが、声は音として認識できる。ならばこの声は何処から聞こえてくるのか? その答えは、ペリカンの様なポケモンの口の中にあった。

 

 

「ん、んー。このまま話すのは失礼だな。ちょいと君、僕を外に出して…………おいおいおい何で飲み込もうとするんだよ吐きだしなさい。ペッしなさいぺっ。……いやだから飲み込んじゃ駄目だって――」

 

 大きなくちばしの中で何かが声を発している。ペリカンの様なポケモンと何か揉めているらしく、くちばしの中で暴れ回っているが、ペリカンの様なポケモンは我関せずと言わんばかりに澄まし顔で全く動じない。

 

 

 だが突然、ペリカンの様なポケモンの体中から黄色い煙が噴き上がった。

 口の隙間や鼻、耳、その他ペリカンの様なポケモンの穴という穴から煙が立ち上るやペリカンの様なポケモンはぐりんと白眼を剥いてその場に倒れてしまった。時折激しく痙攣しているので、死んではいないようだ。

 その拍子にくちばしが大きく開き、より一層黄色い煙が中から噴き出ては空へ立ち昇ってゆく。

 

 

「まったくこの食いしん坊さんめ。暴飲暴食は体に毒だと言うのに、身の丈に合わないものを口にするからそうなるんだ。世の常だね」

 

 

 煙に紛れて現れたのはソフトボールサイズの小さな影。

 

 出てきた声の主は一言で表すのなら、二足歩行のつぼみと言った容貌をしていた。

 丸い緑色の胴体の両側から延びた2本の蔓状の器官が頭の上で絡みあい、丸くて黄色い顔は柔和な顔立ちをしており、首周りに位置する個所には赤ん坊の前掛けの様な葉っぱが付いている。

 煙で粉っぽくなったくちばしの中からちょこちょこと小さな足を動かして出てくる姿はとても愛らしい。見た者はその姿に何か心ときめくものを感じるやもしれない。

 

  

 

「やあやあこんにちわ。だがその前に――――フ○ック! 危うくテメエのクソになる所だっただろうが!! おつむの中身どうなってやがる? たべのこしのカスでも詰まってんのか!?」

 

 可愛らしい足取りで現れるが突如一転。一体あの小さな体のどこから発しているのか、可愛らしい声なのにドスの利いた声で叫ぶつぼみのようなポケモンは先の煙で失神したペリカンの様なポケモンに「このダボが! チキンが! ドグサレが!」と悪態をつきながら丸い腹を蹴りつけているが、体が小さい所為かぺちっぺちっと情けない音を立てているだけで特にダメージらしいものは与えていない。

 

 

 突然の状況に追い付けていない“彼”はどうしたものかと事態を静観していたら、つぼみの様なポケモンは気が済んだらしく、息を弾ませて振り返った。まるで軽くスポーツで汗を流してきましたと言わんばかりにその可愛らしい黄色い丸顔には、さわやかに汗をかきながらも穏やかな表情を浮かべていた。

 砂浜の風景と合わさって一つの絵になる光景だが、その背後に横たわるペリカンの様なポケモンの様子がそれを壊しているのは言わずもがな。

 

 

「ヘーイ待たせたねミスター!」

 

「君ハ……」

 

 先程見た変貌ぶりと今の発言をひとまず無視して、体をおこした“彼”は小さな来訪者に応対する。

 

「“君は一体何者カッ”! 良い質問ですね、実にグレート。そんな問い掛けに答えてやるたくなるのがこのボクな訳でして」

 

 一匹勝手に盛り上がっているつぼみの様なポケモンだったが、右脚をちょんと前に出すと小さな体を低く屈めて名乗り出した。

 

 

「お控えなすってぇ、お控えなすってぇ。生まれは北国の親知らず、風の吹くまま旅するケチな根なし草、フーテンのスボミーとはあっしの事でござんす」

 

 可愛い体に渋みを乗せたその仕草が妙に板についていた。

 

 一瞬、何が何だか分からずポカンとしていた“彼”だったが、相手なりに礼儀を尽くしてくれたので自分も名乗ろうとするが、名乗るべき名前を持たない事に改めて気付いた。

 

「スマナイガ、私ハ君ノ様ニ名乗ル名前ガ無イ」

 

「ウップス! 相手が名乗れないのは予想外。でももっと予想外なのは慣れない名乗りをしちゃった自分。恥ずかしくって花が咲いちゃいそう!」

 

 イェーイなんて言いながら砂浜の上を派手に転げ回り始めたつぼみの様なポケモンことスボミー、恥ずかしさを紛らわそうとしているのだろうか。

 

 そんなスボミーを眺めていた“彼”は、人間の記憶の中にあるポケモンの種類からスボミーに該当するものを検索していたが、全く見当たらなかった。

 場所が変われば違う種類のポケモンもいるのだろう。この島に辿りつく前にも色々と見た事の無いポケモンを見かけていたので、その考えは間違いではないと思う。

 

 

 

「でも名前が無いなんて驚き。何か訳でもあるの?」

 

 気を取り直したスボミーがぴょんぴょん跳ねながら体に付着した砂を落としてそう訊いて来る。

 体の構造上、手が無いのでそうせざるを得ないのだが、当のスボミーは特に不満には思っていない様だった。

 それに、口調も最初に比べると少し落ち着いた様に思える。

 

「単ニ名ヲ付ケテクレル相手ガイナカッタダケダ」

 

「種族名とかはあるんじゃないの? ボクもそのクチ」

 

 そういわれて自分の種族が何かと“彼”は悩む。人間を自称するつもりは無いが、かといって“水晶体の自分”の種族を名乗るのも躊躇われる。そもそも教えたとしても理解できないだろう。

 

 試しに“彼”はスボミーに“水晶の自分”としての種族を名乗ってみた。

 

「★●■▼〓」

 

「にゃ、にゃるほどぽてとちっぷ?」

 

「……イヤ、分カラナイノナラ良い」

 

 “彼”が発した電子音の様な音にスボミーが首を傾げた。

 

 今の発音が理解できないのなら言っても無駄だろう。

 何せ今“彼”が口にした理解できない音は、“水晶体の自分”の種族の言葉を無理やり音に変換したもので、いわば地球外の言語だ。

 

 そもそも、“水晶体の自分”は声という音を介したコミュニケーションを本来行わない種族だ。

 同族間でのやり取りの際は、特殊な光を出し合う事で成立するのだから、それを言葉に変えただけでは分かる筈が無い。

 

 しかし、名前が大事だと言うのは“彼”自身も身を以て知った。

 こうして誰かと話をする際、名前が無いと言うのはとても不便だ。いずれは解決しておかないといけない課題だなと記憶に書き留めていた彼にスボミーが訊ねて来た。

 

 

「ところで君、こんな島で何してたんだい? あそこで転がっている馬鹿に運んでもらいながらこの島に来たら、君を見つけたんで声をかけてみたんだ」

 

 

 馬鹿とは先程スボミーの発したと思われる黄色い粉で倒れたペリカンの様なポケモンの事か。

 ちらりと“彼”がそちらへ視線を向けると、さっきまで空を飛んでいたカモメの様なポケモンが数羽降り立ち、ペリカンの様なポケモンの近くで何か話しかけていた。――――慰めているのだろうか。

 

 視線をスボミーに戻した“彼”は問いに応える。

 

「飛ビ疲レタカラ休ンデイタンダ、疲レガ取レタラマタ何処カヘ行ク」

 

「ほほぉ、まるで渡り鳥みたいな事を言うね」

 

 証拠という訳ではないが、“彼”はスボミーの前で空を重力を無視して軽やかに飛んで見せると、スボミーが飛び跳ねて感嘆の声を上げた。

 

「ブラーボー! そうやって自由に色んな所を旅しているのかい?」

 

「イヤ、マダ何処ヘ向カエバ良イノカモ決メテイナイ」

 

「ああ、こうも世界が広いと目移りもするよね。ボクもそうさ」

 

 そこからスボミーが話してくれた内容からするに、スボミーは北国で生まれたポケモンらしく、人間の文化に興味を持ち、噂に聞く外国に行くために旅をしているそうだ。当初は外国行きの人間の船に忍び込むつもりだったのだが、船を間違えてホウエンという全く別の地方へ来てしまったので、こうして色々なポケモンや乗り物を経由して向かっているのが今の状況との事。

 地元の同族達からは大反対を受けたらしいが、それを押し退けてここまで来ていると言う。

 

「ソンナ小サナ体デ、ヨク旅ヲシヨウト決意シタナ」

 

 “彼”は純粋にスボミーが旅をする姿に感心した。小さな体でこの大きな世界を渡ろうとするその勇気は並大抵のものではない。

 

「体の大きさではないのだよミスター。ささやかな知恵とちょいとした度胸さえあれば……意外とどうにでもなってしまったんだけどどうしよう」

 

「ドウ、ト言ワレテモ」

 

 突然振られた質問に“彼”は答える事が出来ず、微妙な気持ちになった。

 とはいえ、此処まであのペリカンの様なポケモンに運ばれて来たのだからバイタリティの高さは確かなのだろう。少なくともこの短時間で見たこのスボミーの性格的にそれは間違いなさそうだというのは“彼”も確信できた。

 

 

 と、其処で“彼”はある事に気付いた。

 

「君ハアノ鳥ポケモンニ乗ッテ来タノナラ、ドウスルンダ? アレデハ暫ク飛ベナイゾ」

 

 再び視線をペリカンの様なポケモンにやると、周りで群がっていたカモメの様なポケモン達が口から大量の水を放射して弱めに浴びせていた。気付け代わりなのだろうか。

 体に水をかけられているが、未だに全身をけいれんさせたまま砂浜に体を横たえているので回復は当分先になるだろうと予測される。

 が、しかしスボミーはその事については特に気にしてはいない様子だった。

 

「ノープロブレムだよミスター。つい先ほど頼もしい相手を見つけたからね。あそこの彼はこのビーチで暫くのんびりしてりゃ良いのさ」

 

「……何時ノ間ニ見ツケタンダ」

 

「ジー」

 

「ウン?」

 

「ジー」

 

「……マサカ」

 

「Gー」

 

「私、ナノカ?」

 

 先程からひっきりなしに向けられて来る期待の眼差しの意味を“彼”は読み取った。

 確かに空を飛べるし、スボミー程度の大きさのポケモンならば運ぶのなんて大した事ではない。

 大した事ではないのだが、突然の抜擢に“彼”はほんの少し困惑していた。

 

「さあ、今こそ君の徳が試される時! ――尚、選択肢を間違えますと漏れなく切ないイベントが待っておりますのでご注意ください」

 

 良く分からない捕捉を付け加えられながら選択を迫られた“彼”ではあるが、答えを出すのにそう時間はかからなかった。

 

「……分カッタ」

 

「チッチッチッチッチ残り20秒って早っ!? 即答!? 出来る奴は違うってか!? 流石でゲスなぁ社長、即日即断弊社とのお取引誠にありがとうございますでゲスはい」

 

「サッキカラ思ッテイタンダガ……君ノ精神構造ハ随分ト個性的ダナ」

 

「いつもお日様を浴びているからね」

 

「――――」

 

 そう言う訳ではないだろう。決して。

 とはいえ、下手に突っ込むと底なし沼の様にずぶずぶと変な方向へ沈んでしまいそうなので、“彼”はそれ以上どうこう言うのは止めにした。

 

「連れてってくれるだけで良いんだ。短い付き合いだけど、一つ宜しく頼むよ」

 

「外国ニ行ク事ハ吝カデハナイ、コチラコソ宜シク頼ム」

 

 “彼”がスボミーの外国行きに付き合う気になったのは、単純に“彼”自身も外国に興味を持ったからだ。

 人間の記憶にもあまり無く、あったとしてもそれらは全て本やテレビなど何かを媒体にした上での情報でしか無い、まさしく未知の領域なのだ。それが彼の知的好奇心を大いに刺激した。

 

「ソレデドウスル、私ハ何時デモ構ワナイガ」

 

 話題を戻し、そう言って体を少し宙に浮かせる“彼”。

 

 砂浜で横になっていたおかげか体の疲れはすっかり無くなり、元気そのものと言った状態まで回復していた。今なら前よりもっと遠くへ飛べそうな気がした。

 

「ほほう、やる気に満ち溢れているねぇ。むっつり面の下は熱血火の玉ボーイってわけだ。いいぞぉ、我がスボミー海外派遣チームに相応しい気合いの入り様だ。……だがちょっと待って欲しい」

 

 しかしそれを意外な事にスボミーが止めた。

 そもそも何時からチームが結成したのだという言葉を“彼”はひとまず飲み込む事にして。

 

「まず我々はこの島でやらなければならない事がある」

 

 それは何だと思うね? 問われた“彼”は左腕の触手を何度かうねらせながら考えた結果、この島の探索でもするのだろうかと予想して答えたら、当たりの様だ。

 

「分かっているじゃあないか。そう、いわば冒険だよ。そこに水の中だろうが、草の中だろうが、それが例えあの娘のスカートの中だろうと、徹底的に冒険するぞ! ガッツリと!」

 

 恐れを知らない言葉は頼もしくもあり、同時に危険な臭いを漂わせていた。

 

 

 

 スボミーはペリカンの様なポケモンに乗ってこの島へ来る際、島の中央付近で何か強く光るものを見たらしい。

 湖に太陽の光でも映ったんじゃないのかと思いもしたが、それにしては光った場所は木が生え過ぎていて太陽の光を反射できる程の水が溜まっている様には思えなかった。 

 

「そこでわたくしことスボミーは、あそこに何か素敵な物があるんじゃなかろうかと推測致しまして、是非それをこの眼で拝んでみたいと思い立った次第でございますのよ奥さん」

 

「…………言イタイ事ハ分カッタ」

 

 “彼”自身急ぎの様があるわけでもないし、そういった些細な事でも興味を持てば取り組んでみるのも一つとしてスボミーの提案を呑む事にした。

 

 承諾を受けたスボミーは俄然やる気が出たらしく、飛び跳ねながら足をばたつかせてその気概を見せつけていた。

 

「うおぉぉぉ任せなさい! 委ねなさい! そして信じなさい! スリルと冒険がお手手つないでボクの事を待っとるだがやああぁぁ! 待っててボクのひと夏の思ひ出よおぉぉぉぉぉ!!」

 

 ちょこちょこと小さな足で島の内地へ走りだすスボミー。“彼”が声をかける暇すら与えずに小さな体格とは思えない敏速な動きで砂浜を駆け抜けていってしまい、どうしたものかと呆気にとられてしまった“彼”だったが、そのスボミーが叫びながら戻ってきてたのを眼にした。

 

 

「ぉぉぉぉおおおおって何してるんだい、君も来くるんだよ」

 

 戻って来るやスボミーは、頭の上で交差された新芽のような器官を“彼”の触手に絡めて引っ張っりだした。

 

 忙しい奴だと思いはしたが、“彼”はそれに気を悪くしたわけでもなく、ほんの僅かにその目を細め、スボミーに引っ張られるがままに島の中へと向かう。

 

 その様子は、子供に急かされてついて行く親の様であった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 島の中心部は中規模の森が広がっており、険しい山なども見当たらない。

 しかし動植物は豊富で、“彼”とスボミーが森の中を進む最中に見つけた木々には様々な木の実が成り、何度かポケモン達や動物とも出くわしてはすれ違って行った。

 

 

 “彼”の前をずんずん進むスボミーは、歩く最中歌を歌ったり冒険レポーターの真似事をして森の中の探検を満喫しており呑気なものだった。

 体が小さい所為か、偶に藪の中をそのまま進んでいたら岩や木にぶつかり、ふらついた足取りで出てきたりしているがそれも些細な事の様だ。

 スボミー自身は外見が小さく可愛らしい姿をしている為か森の中で出くわすポケモン達はスボミーを見つけても特に気にした様子でもないのだが、その後ろを通る“彼”を見つけるとそうもいかなくなる。

 

 出会う度にポケモン達は“彼”を見るたび怯えや警戒を見せてしまうのだ。おそらく自分の姿に原因があるのだろうと“彼”自身察してはいるのだが、自分の姿を完全に把握しきっていないため妙に歯痒い気分だった。話しかけても逃げられてしまうし、最悪勘違いして攻撃する者だっていたのだ。ならば下手に相手を刺激しない様にスボミーの後ろで静かについて行くのが最善と取ったのだ。

 

 とは言え、この探検に関しては“彼”なりに楽しんでいたりする。

 自身に受け継がれた人間の記憶が確かならば、“人間の自分”はトレーナーという立場を利用してへ旅を続けていたらしい。

 

 そんな男の遺伝子が流れている自分もそれに感化されてしまったのだろうか。

 自分のものではない記憶で一喜一憂するのに少しばかり抵抗を覚えてしまうが、拒絶するつもりはなかった。

 

 

 

 元気よくはしゃぎまわるスボミーと、静かに付いて行く“彼”。

 

 その有様は真逆。水と油の様にも見えるこの1匹と1体だが、お互いの性格がうまくかみ合っているのか、特にすれ違いをおこす事もなく森の中を順調に進んで行くが、それもとうとう終わりが見えてきた。

 

 中心部へ進むにつれて森の奥になだらかな坂道が見えてきた。林立する木々をかき分けながらその坂を登って行くと、途中に横穴があるのを見つけた。

 

 斜面を利用した洞窟だ。“彼”でも立ったまま余裕で入れるくらいの大きさはありそうだ

 

 

「ああっ、何と言う事でしょう。島の奥地で洞窟を発見。フフフ、燃えてきました。くさポケモンだけど」

 

 意気揚々と洞窟に近づいていくスボミーに付き添う“彼”は、辺りを見回して違和感に気付いてスボミーを呼び止めた。

 

「……チョット待ッテクレ」 

 

「うんむむむむ!? どうしたんだい隊員A、よもやここでトイレ休憩とか!? いけません! 花摘みは! だってボク植物だもの!」

 

「違ウ、アレヲ見ルンダ」

 

 

 呼び止めたスボミーに分かる様に右手で“彼”が指差す先には、いくつか切り株があった。しかも、丁度洞窟の回りだ。

  

 入口の回りだけ木が切られているので、其処だけ森の天井が所々空いている。そのおかげで太陽の光は洞窟の入り口を中心に何箇所か木漏れ日の様に射していた。

 

 “彼”が宙に浮いて切り株に近づき、顔を近づけてしげしげと見つめる。

 何らかの力でへし折れたものではなく、鋭利な刃物で切り落された様な綺麗な切断面を残している。自然に生まれたものとは思えない。

 切断面の汚れや、其処から生えてくる新芽の伸び具合などつぶさに観察して行く。

 

 

「……マダ新シイ、恐ラクコノ洞窟ニハ何カ住ンデイル」

 

「ほほう、成程。つまりは財宝を守るドラゴンがいる訳か」

 

 

 ドラゴンかどうかは定かではないが、入口が大きいため、結構大きめの生物が住んでいる可能性は高い。

 スボミーが空から見た光る物というものが、この洞窟と関係がある可能性も否定できない。

 

 

「ちわー! 新聞の集金に参りましたー!」

 

 洞窟の中へ入るか、入るまいかと“彼”が考えている間に、スボミーが声を張り上げて洞窟の中へ叫んでしまった。

 スボミーの声が洞窟の中へと響いて行く。

 “彼”はスボミーの無鉄砲な行動にポカンと呆けてしまったが、慌ててスボミーの元へと飛んで行った。

 

「何ヲシテイル」

 

「え? あ、ほら、中に誰かいないかなと」 

 

「凶暴ナ奴ダッタラドウスルツモリダ」

 

「なあに、このスボミーさんにドーンと任せなさい!」

 

「何ヲ根拠ニソンナ事ヲ……」

 

 

 

 その直後だ。

 ズウン、と何か重い物が洞窟の壁面にでもぶつかった様な音が、洞窟の奥から聞こえてきたのだ。

 

 そして次第に音はズシン、ズシンと連続した重い音となって、徐々に洞窟の外へと向かって行くのが分かった。

 

「ほーらお出でなすった。玄関まで応対に来る礼儀は知っている様だね」

 

「悠長ナ事ヲ言ッテイル暇ハ無イゾ。中カラ何カ出テクル」

 

 

 

 “彼”とスボミーは後ずさり、洞窟の入り口から距離をとって入口を注視する。

 

 重い足音が近づいて来ると、大きな影が洞窟の入り口手前で見えた。陽が射さない暗い場所の為、明確な姿までは見えなかった。

 

 

 最初に日光の下に晒されたのは、巨大な緑色の脚だ。三本の爪を持った太い足が大地に沈み込みそうな程に踏み込まれている。

 そして次に現れたのは、脚に負けない大きな胴体だ。脚と同じ緑色の胴体は分厚い鎧の様であり、どんな衝撃にも耐えてしまえそうなほどの頑強さを見るものに印象付ける。

 更に現れたのは、鋭く分厚い三本の爪を携えた腕だ。岩だろうがなんだろうが叩き壊せそうな力強さを醸し出すその手が洞窟の入口に手をかけている。

 

 徐々に露わになるその全貌。洞窟を出て、陽光の下にその全身が曝け出された。

 

 背面にびっしりと剣山のように鋭く分厚い背鰭が沢山飛び出ており、太く長い尻尾もある。

 

 2メートルにも達するその巨体は、まさしく怪獣という言葉が良く似合う。

 顔つきも体に劣らず凶暴そうな顔立ちをしており、口からはみ出た鋭い牙や頭部の後ろへ伸びる角など、獰猛さが見て取れる個所が沢山見受けられた。

 

 恐らくポケモン、なのだろう。こんな特徴の動物はそれ以外に見た事が無い。

 “彼”の記憶にもない大きなポケモンの顔は刃の様に鋭い目つき――――をしているのだが、目尻に涙を溜めながらしぱしぱと瞬かせていた。

 

 

「んんん…………何だぁ? お前さん達か? さっきの声は」

 

 

 ぐがあああと地鳴りの様な欠伸をしながら目をこするポケモン。欠伸の衝撃で周りの木が少し揺れるのだから、一体どんな肺活量をしているのだろうか。

 

 呑気なしぐさだが、その挙動の一つ一つに込められた力はかなりのものだ。体格と言い、もしこんなポケモンが暴れし出したら堪ったものではない。

 

 下手に刺激をしては不味い。そう思い立った“彼”は余計な事をしそうなスボミーに注意しようとしたら…………既にそこには居なく、あの大きなポケモンの前に堂々と相対していた。

 

 

「やあやあやあ! とうとう会えたな、財宝を守る凶悪なドラゴンめ!」

 

「……財宝ぉ?」

 

「ほーう? まだ白を切るつもりかぁぁぁぁあああああ!?」

 

「う、うおお? 何だこいつ!?」

 

 

 もの凄い勢いでスボミーが緑色の大きなポケモンの巨体を駆け昇り、首元まで辿りつくと、顔の前でぴょんぴょんと跳ね始めた。

 緑色の大きなポケモンはあれよあれよと自分の体を登って来るスボミーに驚き、ビックリした顔のままのけ反ってしまった。

 

「ええいの惚けるは止めたまえ! さあ吐け、吐くんだジョー! つべこべ言わずにとっとと吐け! さもなくば国家権力が君にある事無い事罪状をなすり付けて塗り付けて! こすり付けちゃったりなんかしてっ! おっかさんの飯が食えない所にご招待してやるぜ!?」

 

「え、は、いや、うぇ? 何何? 何の話? 何がどうなってんの?」

 

 大きな緑色のポケモンは状況について行けず困惑の極みに達し、近くにいた“彼”に助けを請うように視線を向けて来た。

 何と言うか、凶暴そうな見た目なので極めてシュールな光景だった。

 

 

 これは流石に気の毒だと思った彼もその願いに答え、スボミーを止めに入った。

 ねんりきを行使し、大きなポケモンから引き剥がして宙に浮かせるとじたばたと暴れ始めた。

 

「スボミー、止メナイカ。相手ガ困ッテイル」

 

「うおおぉぉこれはキャトルミューティション!? お尻の穴から臓物がー!? 優しくソフトに吸い取られてー!?」

 

「……何処デソンナ言葉ヲ覚エタンダ」

 

 

 自然界で暮らしていてはおよそ憶える事の無い言葉の数々に“彼”も困惑した。

 人間の文化に興味があるとは言っていたが、ちと偏り過ぎてはいないだろうか。

 

 

「な、なあ。さっきからこのちっこいのは何言ってるんだ?」

 

「気ニシナイ方ガ良イ、コノ子ノ話ヲ鵜呑ミニシテイタラ日ガ暮レテシマウ」

 

 

 “彼”がそう言うと緑色の大きなポケモンも「は、はあ」と一応は理解を示してくれた。

 出会った時から薄々と感付いていたが、どうもこの大きなポケモンは害意を持っていないらしい。外見とは裏腹に実は穏やかな種族だったりするのだろうか。尤も、個体差もあるため断言はできないが。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ふうん、光るもの……なあ?」

 

 スボミーを落ち着かせた“彼”ら前には、緑色の大きなポケモンが胡坐をかいて座っていた。どっかりと座りこんでいてもなお高さのある巨体とその風貌は迫力があり、ちょっとした小山の様にも見えた。

 

 互いに話し合える空気になった所で、“彼”はここに来た理由を緑色の大きなポケモンに伝える事にした。変に隠し立てして誤解が生まれるのも面白くなかったので、こう言うのは早い内に正直に話した方が良いと判断したのだ。

 その際知った事なのだが、彼の名はバンギラスというらしい。これは個体名ではなく、スボミーのように種族としての名称の様だ。

 

 訳を聞いたバンギラスも話を聞く気になった様で、“彼”の話を聞いてふんふんと巨体の割には小さめの腕を器用に組み、尻尾をしならせながら内容を吟味していた。

 バンギラスが顔を上げて“彼”とスボミーを見た。

 

「結論から言うと多分、ある。いや、あれしかない」

 

「アレ、トハ?」

 

「ああ、光るって言っても石とかじゃあないんだ。」

 

「石ジャナイ?」

 

「ううん何と言ったらいいのか……ちょっと待っててくれ、持ってくるから」

 

 

 そう言うと、バンギラスはその巨体を立ちあがらせて洞窟の中へと戻って行ってしまった。

 バンギラスの姿が見えなくなると、“彼”がスボミーに話しかけた。

 

 

「分カッテイタノカ。アノバンギラスニ害意ガ無イ事ガ」

 

「ボクの経験からすると」

 

 スボミーが此処に来て初めて静かな口調で説明する。

 

「本当に乱暴な奴はね、自分の縄張りを誇示する為に周りの木に傷をつけたり、滅茶苦茶に壊してしまうんだ。でも、あの洞窟の回りにはそれが無い。だから仮に誰かいたとしても、そんなに乱暴な奴じゃないってのは何となく予想出来たんだよ。入口の回りの切り株だって、何か目的があって切った様な感じだったしね」

 

 意外にもこのスボミーが冷静に相手を観察していた事に“彼”は驚いた。訳の分からない事を言ってはしゃぎ回る騒がしい奴という印象が強かったのだが、もしかしたら此方の方が素面なのやもしれない。

 

「ソレガ君ノ本性カ」

 

「本性だなんて、いやらしい言葉を言うじゃないか。ボクはありのままに生きているだけさ」

 

 スボミーは、普段からおだやかに笑みを浮かべている口を、いつもより釣り上げて“彼”に答えた。

 

 

 そして少し経つと、洞窟の中からバンギラスがのしのしと現れた。その両手に荷物を抱えて。

 それは、バンギラスが抱える程の大きさの長方形の木箱だった。

 

 “彼”とスボミーの前まで来ると、その荷物を地面に置いて見せた。

 

「恐らくおチビさんが見たのはこれの事だろう」

 

 そう言って、バンギラスが箱の蓋を開けた中に納められていたのは、紫色の布の包だった。

 布は経年劣化によるものか、元は鮮やかな色だったであろうが今ではくすんでしまい、生地もボロボロだった。

 バンギラスがそれを開てみせた中身を、“彼”とスボミーが覗きこむ。

 

 

「……鏡?」

 

 現れたのは人間の子供位ならば楽々と全身が写せる壁掛け式の大きな鏡だった。

 鏡面は未だに曇りは無く、縁の部分はきめ細やかな造形の成された美しい作りをしている。

 

 ほえーだの、はーだのと感嘆の声を漏らして見回すスボミーと、黙々と鏡を見つめる“彼”らの姿にバンギラスも気分を良くしたらしく、凶悪な顔に嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「どうだい、素晴らしいだろう?」

 

「ふむふむ、この甘いマスクが曇りなく写るのだからかなりの値打ち物ですな! こいつは良いお仕事をしてやがりますぜ!」

 

 スボミーが鏡の美しさを称賛し、“彼”も頷く事でそれに同調した。

 バンギラスの言う通り、確かにこれは素晴らしい物だろうと“彼”も何となく分かった。全体的に少し汚れてしまってはいるものの、人間の知識を持つ“彼”はそれを美しい鏡と認識していた。

 

 しかし、彼が今意識を向けているのは鏡の方では無く、鏡に映る自分自身の姿だった。

 

「……スマナイガ、鏡ヲ立テテミテハクレナイカ」

 

「ん? おぉ、良いとも」

 

 

 “彼”が鏡から視線を変えずにバンギラスに頼めば、快く引き受けてくれた。

 

 壊れない様に、そっと丁寧に立てたバンギラスに“彼”は礼を言うと、その鏡に写る自分を見た。

 

 その姿形は、“水晶体の自分”の体を基にしている様だが、一見するだけでは似ても似つかぬ別物になっていた。

 

 

 本来赤かった全身は、体の表面に骨の様な白い外殻が関節の動きを阻害しない様に張り付いており、その隙間から見える表皮は黒ずんだ血の様な色をしている。

 

 首から下は、丁度中心から左右それぞれ非対称の作りをしている。左半身は“水晶体の自分”の面影を残しつつも左肩からは一本の太く長い触手が伸びて、それの表面にも白い外殻が張り付く事でさながら棘の生えた背骨の様だ。逆に右半身は人間と同じ様に五本の指を備えた腕を持っており、指先は鋭く鉤爪の様になっていた。

 

 両の脚は指に当たる器官が無く、股関節から爪先へといくにつれて先細っている。違いがあるとすれば、左足は言うなれば柔軟性を持った円錐の様な形をしており、右足は角張った四角錐状になっているのだ。基となっている“水晶体の自分”は自由に空を飛べる種族だったので、そう言った器官を持つ必要性が少なかったのだろう。

 

 胸に納まった赤と青に色分けされた歪な形の水晶体は、その周りから伸び棘条の外殻が肋骨の様に組み合わさる事で、プロテクターの様に覆われていた。

 

 

 そして最後に、“彼”は両の触手と腕で自身の顔に触れた。

 

 

 頭部も御多分に漏れずその全てが外殻で覆われてしまい、胴体と同じ様に中心から左右非対称の造形となっている。

 左頭部は角張った器官が側頭部から横に伸びており、眼は外殻で表面の厚さがかさ増しした分、鋭い眼窩状のくぼみの中から三白眼じみた鋭い目が鋭いが覗いている。

 右頭部は、一言で言うのならば髑髏と言った風貌だった。角張った器官は無く、全体的に凹凸の少ないつるりとした表面をしている。口に当たる部分は開きこそしないが歯を模したスリットがあり、右の眼は眼窩の奥に左目と同様の鋭くもおぞましい目が鏡ごしの自分を睨み付けるように見ていた。

 

 

 

「コレガ、私ナノカ」

 

 

 顔面中央には縦に亀裂の様な溝が走り、“彼”がぽつりと呟いた時に其処から黒ずんだ赤い光が静かに明滅した。此処が“彼”の口に当たる部分なのだろうか。

 

 

 自身の全体像がはっきりした事で“彼”が抱いたのは、一言で言い表すのならばそれはまさしく“髑髏の怪物”だった。全身に張り付いた白い外殻は、よくよく見ればまるで生物の骨の様な付き方をしている上に、何より自身の顔の半分が人骨にそっくりな造形だ。“水晶体の自分”が、失った体を保全する為に人間の細胞を取り込んだ事が原因か。

 

 

 鏡に映る自分を見続けている“彼”の様子を不思議に思ったスボミーとバンギラス。スボミーが話しかけてきた。

 

「もしかして君、自分の顔を見た事が無かったりする?」

 

「アア、初メテダ。私ハ、コンナ姿ヲシテイタンダナ」

 

 鏡に映った“彼”は、表情を窺う事の出来ない顔をしている。

 生まれて初めて自分の姿を見ると言うのは、得も言われぬ気持ちになる様だ。“水晶体の自分”と同じ無くで、人間の自分の姿とも違う。

 

 だが、異質であるという自覚はあった。此処に来るまで数々の小さなポケモン達が自分を警戒したのはこの姿だからだろうと言う納得もできた。

 基になった種族のどちらでもないその突然変異した姿の異質さを、野生のポケモン達は本能で感じたのかもしれない。逆に、目の前のバンギラスの様な巨大な個体や、スボミーの様な変わり者は特に気にしている様子がないのは、力の有無や肝の据わり様が違うからだろうか。

 

 

「まあ、世の中には自分の顔を知らずに暮らしている奴もいるさ。どうだい? 自分の顔を見た感想は?」

 

 バンギラスは“彼”が自分の姿を見て単純に驚いているのだろうと思っての、悪意の無い質問だった。

 

「不思議ナ気分、トシカ言イ様ガナイナ。……ソンナ事ヨリ、コレハ人間ノ道具ダ。何故コノ島ニアルンダ?」

 

 “彼”は少なからずも動揺する自分に気付き、気持ちを切り替えて本題を口にした。

 

「あんた、これが人間の物だって分かるのか?」

 

「此処マデ細カク器用ニ作レルノハ人間クライダロウ」

 

 問題は、バンギラスが見せてくれた鏡だ。装飾部の精巧さ等からして、おいそれと手に入る代物ではないと “彼”は人間の記憶を頼りに予想した。

 知っていると答えれば、色々と話がややこしくなりそうだったのでそれらしい答えを返せばバンギラスも納得した。

 

「ふうん、そういうもんか。まあお察しの通り、これは人間の物さ。昔この島に流れて来た物なんだよ。一目見て綺麗だったから頂戴したってわけさ」

 

 バンギラスに話によれば、嵐があった次の朝、砂浜に打ち上げられていたと言う。其処から推測できるのは、過去にこの島の近くまで来た船が嵐に襲われ、その際積み荷が流されてしまったのだろう。その中にこの鏡も紛れこんでいたと言う事になる。

 

 其処まで話を聞いたスボミーが、バンギラスにもの申した。

 

「うんむむ? ちょっと待って、時に待って、そして待ちなさいバンちゃん」

 

「ば、バンちゃん? 俺の事?」

 

 突然振られたバンギラスがギョッとする。

 

「またまた惚けちゃって、同じ卵の殻を破ってこの世に生を受けたバースフレンドじゃないのよさ!」

 

 バンギギラスが「こいつどうすればいいの?」と言いたげな視線を“彼”に向ければ、「流シテ話ヲ進メルンダ」と首を横に振って返す。少なからずともスボミーの性格に動揺しているという共通点が彼らの心を通わせたのかもしれない。個の短いやり取りの中で彼らの言葉は確かに通じ合った。

 

「ま、まあいいや。なんだいおチビさん?」

 

「つまりボクが空から見た光って言うのは、この鏡に太陽に光が反射したものだと推理したんだけど?」

 

「だろうなあ。今日は洞窟の外で手入れしていたから、その時に見たんだろうさ。たまにいるんだよ、この森の上を飛んでいる奴らがこれの光に気付いて興味本位でやって来るんだ」

 

 

 「中には奪おうとする奴もいたけどな」と少し困った様に苦笑するバンギラス。そういう時は、やはりあの巨体から繰り出される攻撃で追い返すのだろうか。そうなったら、相手はひとたまりもないだろう。

 ちなみに、此処は木が陽の光を遮ってしまうので入口の近くの木を何本か切り倒し、其処から射し込む日光に当てながら手入れをしているとの事。あの切り株にはそういった理由があった様だ。

 

 

 光の正体を知れば、スボミーの反応も呆気ない物で、何度かあの眠たげな目をパチクリさせると「さよかさよか、これで世界の神秘がまた一つ暴かれたわけじゃのお」と相も変わらず妙な口調で納得していた。

 後で分かった事だが、このスボミーはその物の値打ち云々には興味は無く、それを見て感じた時に沸いて来る情動をこそ大切にしていた。故にそれを一人占めしようだとか、自分の物にしようだとかという考えは無い。

 

 “彼”も自分の姿を拝む機会を得たと言う意外な発見をしたため、島の散策は決して無駄ではなかった。

 

 

「バンちゃんバンちゃん、此処には君以外の同族はいないの?」

 

 鏡の一件が片付いて、バンギラスが用の無くなった鏡をまた丁寧に布に包んで木箱にしまう最中にスボミーが問い掛けた言葉だ。

 バンギラスはもうバンちゃん呼ばわりされた事については受け入れたらしく、特に気にした様子もなく作業中に手を止めてスボミーを見た。

 

「いいや、俺だけだよ……俺も小さい時にこの島に流れて来たんだ。もう大分昔の事だから、島に流される前はどんな暮らしをしていたかなんてのも憶えていない」

 

 つまり、このバンギラスの知っている世界は、この小さな島の中だけという事になる。

 それには“彼”が驚いた。これほど大きく立派なポケモンが、こんな孤島だけでしか生きていないとは。

 

 

 寂しいとは思わなかったのか、そう“彼”が訊ねればバンギラスはキョトンと呆けた顔をするが、次には笑っていた。

 

「寂しいだって? ハハハハ! 寂しいなんて思った事は無いさ。だって……おーい!」

 

 突然バンギラスが声をかけた。その相手は“彼”らではない。その背後に広がる茂みの方だ。

 

「こいつらは悪い奴らじゃないぞ、だからもう出てきても大丈夫だ」

 

 その言葉が投げかけられて数秒、茂みから多くのポケモン達が姿を現した。

 コラッタにマダツボミ、そしてモンジャラ等“彼”の記憶にもあるポケモン達だ。他にも二足歩行の青いサンショウウオの様なポケモンや、腹部に赤いギザギザ模様がある二足歩行のカメレオンの様なポケモンなど見た事の無い種類も見受けられた。

 最初に体の大きなポケモン達が顔を出し、互いに見合わせると茂みから現れ、その後をついて行くように小さなポケモン達が出てきた。

 通りすがった時には付いて来る素振りは無かった。あの後悟られない様に付けていたのか。

 

「昔この島に流された時、俺はこいつらの爺さんの世代に色々と面倒を見てもらってな、今は俺がその孫やひ孫達の面倒を見ているのさ」

 

 バンギラスの元に、隠れていたポケモン達が集まって行く。

 大きなポケモン達がバンギラスに話しかけ、小さなポケモンの中には平気でバンギラスの巨体に昇ってじゃれ付こうとする者がいる辺り、彼らに信頼されている事が窺えた。

 

 

「成程、確カニ寂シクハ無イナ」

 

 

 例え同族の群れがいなくとも、それが必ずしも孤独に直結するわけではない。

 多種多様なポケモン達に囲まれて、少し照れ臭そうにしているバンギラスの姿を見た“彼”、は自分でも言い表せない複雑な感情を込めてそう漏らした。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 太陽が空の頂から地平線へと傾き始めた午後、“彼”とスボミーはバンギラス達に浜辺まで見送られて旅立つ事にした。

 浜辺まで向かう道中、小さな子供のポケモン達はスボミーに話しかけてきたが、“彼”に対してはその外見と感情の読み取れない顔つきから怖がって距離を作ってしまっていた。逆に大きな大人のポケモン達は“彼”の理性に気付き、割と気安く話しかけてくる事がしばしば見受けられるという対照的な状況になっていた。

 

 

 浜辺に着いた時には未だあのペリカンの様なポケモンが波打ち際に転がされていたので、島の有志を募り体調の良くなるきのみを集め、それをしこたま口の中に詰め込んで飲み込ませた。

 バケツ3杯分はあるであろうその量を流し込んだのが原因か、顔面が赤くなったり青くなったりと忙しなく七色に変色して一瞬毒物でも紛れこませてしまったかと危惧したが、暫くすると元に戻り、体中の痺れも無くなりすっかり元気になっていた。

 元に戻ったところで“彼”がスボミーを飲み込もうとした理由を訊ねた所、「本能です、どうかご勘弁を」とポーカーフェイスを保ったまま手短な陳謝を述べた所、被害を受けた当のスボミーは再び怒りがぶり返したのか、「ブタ鳥が! ギャラドスに食われちまえ!」と罵倒を投げ付けては体から黄色い粉を吹かせながら追いかけていた。

 どうやらあの鳥ポケモンもかなり良い根性をしていたらしい。スボミーに追いかけられながらも「海の上とは時として残酷なものですが、またご縁がありましたらお会いしましょう。あ、それときのみをありがとうございます皆さん」と言葉を残して飛んで行ってしまった。礼儀があるのかないのか、良く分からないポケモンだった。同時に、スボミーの性格がますます分からなくなった“彼”だった。

 

 

 

「ココマデシテ貰ワナクテモ良カッタンダガ」

 

「皆、島の外から来る奴らに興味津々なのさ。大抵島じゃ見た事の無い連中ばかりがここに来るからね。それに、あんたなんて特に珍しい姿をしている」

 

 

 “彼”は左腕の触手をうねらせて自身の体を見降ろし、やはり自分の体は異端なのだろうかと思った。恥じるつもりは無いが、あまり他者から視線を浴びるのも如何なものかと考える。

 

 

「ヤハリ、私ノ姿ハ君カラ見テモ変ワッテイルノカ」

 

「まあ、初めてお目にかかるなあ。俺もこの島じゃあ変わっているって自覚があったが、あんたも中々のもんだと思うよ」

 

 バンギラスが大きな尻尾で軽く砂地をはたく。その衝撃で砂埃が舞い上がり、後ろにいたポケモン達の顔にかかり、咳き込みながらむせていた。「何するんだよー」と抗議するポケモン達に頭を掻きながら謝り、「でもまあ」と“彼”を見た後、砂浜の向こうに広がる海へ視線を向けた。

 

 

「この島の外には色んな奴らがいるらしいじゃないか。海を渡る途中でこの島へ休みに来る余所の連中の話を聞けば、島の外って言うのは俺なんかじゃ想像もつかない世界が沢山あるって言うのが何となく分かる。そう考えると、お前さんみたいな奴も沢山いるんだろうなあ」

 

 

 水平線の彼方へ視線を飛ばすバンギラスの気持ちは“彼”には分からない。だが目を細めるその様は、決して陽の光が眩しいからではないだろう事は察せた。

 

 

 

「おいチミタチっ、男同士のおしゃべりなんかしている場合じゃないぞ! ちょいとボクを助けたまへ!」

 

 

 はたと“彼”とバンギラスが気がつくと、スボミーが珍しく焦った声を上げていた。見てみれば、小さなポケモン達が何故かこぞってスボミーを追い掛けているではないか。この短い間に何があった。

 スボミーがあの穏やかな顔のまま汗を飛ばしながら全力疾走する姿は妙にシュールであるが、声の調子から本当に困っている様子が聞き取れた。

 

 この短い間に随分と親しくなったようだと感心するが、流石にスボミーをあのままにしておくわけにもいかない。そろそろ頃合いだろう。

 

 

「世話ニナッテシマッタナ」

 

「うん? ああ、かまやしないよ。また此処に来る機会があれば遊びに来ればいいさ」

 

 

 そう短いやり取りをした後、“彼”の体が宙に浮き上がる。バンギラスを含めた大きなポケモンはそれを見て驚くが、ここへ来る前に披露してみせたので混乱する事は無い。

 

 そのままスボミー達の所まで向かい、すれ違いざまにねんりきでスボミーを持ち上げてそのまま攫うように空へと飛びあがる。

 突然宙に浮かんで驚くスボミーだが、現状を確認するや眼下でポカンと見上げる小さなポケモン達へ、嘲笑う様に高笑いを始めた。

 

「ふははははっ、残念だったな君達! これも計算の内、最後に笑うのは何時だって賢い奴なのさ。だが憶えておけ! 今度会った時はこうはいかないぞ、次はボクがお前達を追い掛け回してやる番だ! それまで首でも洗ってろチクショーッ!」

 

 スボミーが小悪党じみた口上を述べているが、小さなポケモン達は「またあそぼーねー」なんて平和な言葉と共に手や尻尾、つるなんかを振ってくれる辺り、やはり仲が良かったのだろう。

 

 “彼”もバンギラス達に手を振り、彼らが振り返したのを見て島から飛び立った。ねんりきで浮かせたスボミーを連れ立って。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「うおわわわわー!? 早い、早すぎる! 風が語り掛けとるよこれー!? こいつぁR指定の速度ですぜブラザー!!」

 

 ご機嫌に絶叫しているスボミーをねんりきで近くに浮かばせて飛んでいる“彼”は今、海の上を戦闘機もかくやと言う速度で飛んでいた。そのスピードは凄まじく、海面近くを通り過ぎた際に海が少し割れてしまう程で、それを見たスボミーのテンションが更に上昇し、何やらディープなスラングと冒涜的な言辞をまき散らしている。これで平常運転なのだから驚きである。

 

 外国への方角を大凡見当づけて飛んでいる時にスボミーから「どれくらい早く飛べるの?」という素朴な疑問を受けたので、そのリクエストに応えているのだが、そこらへんの飛行機すらぶっちぎりで抜いてしまえるほどの速度を体感したスボミーからの感想は先の絶叫で以て返された。

 風を切る程の速度で空を飛んでも風の抵抗を感じさせないのは、ねんりきでスボミーの全身に風の影響を与えない様に調整をしているからだ。そうしなければ、今頃強烈な風圧をぶつけられてスボミー自身がどうなっていたの考えるとゾッとしてしまう。

 

 

 

 暫くその速度を保ったまま飛び続けていく“彼”。

 最初は騒いでいたスボミーも飽きたのか、今は黙り込んだまま“彼”のねんりきに身をまかせながら一緒に空を飛んでいる――――様に思えて良く見てみたら、すやすやと寝息を立てて爆睡していた。

 疲れていたのだろう。出会ってから始終あの勢いで動きまわっていたのだから無理もない。むしろ良くあの小さな体でこれだけはしゃげるのかと感心すらしてしまう。見た所、まだ子供らしいので、目一杯遊んだ後にぐっすり寝るのは当り前かと“彼”は納得した。

 

 

 

 

 スボミーが静かになった事で、“彼”の周囲に久方ぶりの沈黙が訪れた。風を切る音と波の音だけが聴覚器官に響くこの感覚が、“彼”には懐かしく感じてしまった。それだけあの島で過ごした時間が濃厚だったと言う事なのだろう。

 

 

 きっと、これからもこの様な出会いがあるのだろう。

 それが“彼”にとって良い事か、悪い事かまでは分からない。それこそ神のみぞ知る世界である。

 

 ただ今は、見つけた目的の為に精一杯やるだけだ。

 

 

 

 行く先は、まだ見ぬ外国。

 スボミーが言うには、人間達はその地を“イッシュ”と呼んでいるらしい。

 

 

 名前を持たない髑髏の怪物は、スボミーを伴いその地へ向かって飛び続けた。




――――――――――――――――――――――――――――――
◆後書き

スボミーみたいなふざけたキャラクターは初めて書くので、読む人にはどのように思われるのか不安に思いながらも投稿しました。

今作に出たスボミーはアレです。核の炎を耐え抜いた後に残った雑草の様な奴です。(?


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