ソードアート・オンライン IF(アイエフ) (イノウエ・ミウ)
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アインクラッド編(共通ルート)
プロローグ βテストでの出会い


SAOIFの小説が少ないから勢いで書いた。
何卒宜しくお願い致します。


※注意書き
・男主人公の名前はあくまで作者オリジナル(公式がデフォルト名発表しても変えない)
・オリキャラと原作キャラのカップリングあり(ただし、キリアスはそのままで)
・あくまでSAOのIFストーリーであって、まんまSAOIFの話ではない。よって、本家SAOIFに登場するリーファ、シノンらはしばらく登場しない
以上のことで不快に思われる方はご覧にならないことをお勧めします。


ソードアート・オンライン βテスト版最終日。

この日、多くのプレイヤーが迷宮区に入り込んでいた。βテスターの少年、ハルトもその一人だった。

別のVRゲームのリアルの姿をしたアバターをそのままコンバートしたため、現実世界と同じ顔をしている茶髪で黒い瞳を持つ彼は、βテスト最終日ということもあって、迷宮区を攻略していた。

 

「だいぶ奥まで来たな」

 

最初の頃は、初めてのVRMMOに苦戦したがβテストを通して、迷宮区のエネミーをソロで倒せるくらいまで上達したハルトは、呟きながら持っていた剣を収めた。

 

「(時間ももうないし、攻略はこの辺しておこう)」

 

βテストの時間は残りわずかとなり、残りの攻略は正式版で行おうと考えたハルトは来た道を戻ろうとすると

 

「あの!」

 

「ん?」

 

突然声を掛けられ、振り向くと、黒髪で翠色の瞳の少女がこちらを見ながら立っていた。

 

「はじめまして。私、コハルっていいます。突然で申し訳ないんですけど、私VRMMOにまだ慣れてなくて、最終日だから迷宮区に来て、何とかここまで来れたんですけど、中々上手くいかなくて、気づいたら、道に迷ってしまって・・・もしよろしければ、戦い方を教えてくれませんか?」

 

コハルの言葉にハルトは考えたが、迷宮区はもうほとんど攻略し、外に出ようと思ってたため、戻るついでに教えればいいかと結論付け、再びコハルの方を向いた。

 

「別に構わないよ。後、敬語もいらないから。僕はハルト。よろしく、コハル」

 

「っ!・・・よろしく!ハルト!」

 

 

 

 

「あ痛っ!」

 

迷宮区から出る最中、ハルトはコハルに戦い方を教えていたが、予想以上に動けず、本日何度目か分からない尻餅を付いたコハルにハルトは「はぁ~」とため息を出す。

 

「いい、ソードスキルで大事なのはモーション。例えるなら体制を整えて武器にスキルが溜まったのを感じて、一気に放つ」

 

そう言いながらハルトはコハルが戦っていたコボルトを剣で切り裂くとコボルトはそのまま四散した。

 

「ほら、簡単でしょ」

 

「いや、そう簡単にできないよ!」

 

特に苦戦することなくコボルトを倒したハルトに思わずツッコミをいれる。

 

「まぁ、外に出たらここよりも弱いエネミーでまた教えるから、さっさと外に出よう」

 

ハルトの言葉に従い、立ち上がるコハルだったが

 

「ん?・・・まずいな」

 

「え?」

 

突然呟いたのハルトの言葉に戸惑うコハルだが、周りを見れば、その意味を理解した。

二人の周りには先程のコボルトが複数いて、二人を囲むように立っていた。

 

「(どうする、僕一人なら隙をついて突破できるけど・・・)」

 

ハルトはどうすれば二人でこの状況を打破できるか考えた。

見捨てるという選択肢もあったが、まだ戦い方を教えてほしいというコハルの願いを果たしてないし、女子を見捨てて一人逃げるというのは性に合わない。

 

「来るよ!ハルト」

 

「くっ!」

 

考えている内にコボルト達が襲い掛かってきた。

ハルトは考えるのやめてコボルト達と戦おうと動いたが

 

「なっ!?」

 

目の前で起きた光景に思わず立ち止まった。

ハルトの目の前にいた3体のコボルト達が後ろから振られた大剣をくらい、そのままポリゴン状に四散したからだ。

ハルトはコボルトを倒した人物を見てみると、そこにはハルトよりも少し年上の黒髪で目つきが鋭い青年がいた。

突然起きた光景に呆然としていると残りのコボルト達が二人を無視して青年に襲い掛かった。

 

「あ、危ない!」

 

声を上げるコハルだが、青年は気にしてないと言わんばかりに、一体のコボルトの攻撃をかわし、ソードスキルを発動させた大剣を振るうと、複数のコボルトが切り裂かれ、ポリゴン状に四散した。

それらの行程を何回か行い、あっという間にコボルト達は全滅した。

 

「「・・・」」

 

呆然としている二人をよそに大剣を背中に仕舞い、何事もなかったかのように先に進んだが、コハルがお礼を言うべく、青年を呼び止める。

 

「あのっ!」

 

「・・・あぁ?」

 

コハルに呼び止められ、こちらに振り向く青年。

鋭い目つきに思わずビクッとなったコハルだがしっかりと青年を見てお礼を言った。

 

「助けてくれて、ありがとうございました!」

 

それに対して青年は、特に表情を変えることなく淡々と言う。

 

「助けたつもりはねぇ。コボルト共が道塞いで邪魔だったから倒して、ついでにお前らが助かった。そんだけだ」

 

そう言いながら、青年は迷宮区の奥に消えていった。

しばらくの間、青年が通っていった道を見ていたが、ハルトが口を開いた。

 

「また囲まれない内に外に出よう」

 

「う、うん」

 

二人は気を取り直して迷宮区の出口を目指すのであった。

 

 

 

 

迷宮区を出た二人は草原で初心者でも簡単に倒せるイノシシ型のエネミーと戦っていた。

迷宮区の時は尻餅ばっかりついていたコハルも、だいぶ戦えるようになっていた。

 

「コハル!そっちに行ったよ!」

 

「やぁ!」

 

コハルの短剣がイノシシを切りつけるとイノシシは四散した。

 

「やった!ねぇ、今の良かったよね!」

 

「そうだね。スイッチの仕組みも分かったみたいだし、弱いエネミーならきちんと戦えているね。後、尻餅付かなくなってきたかな」

 

「もう!それは言わないでよ」

 

そんな風なやり取りをしていると、アナウンスが流れた。βテスト終了のお知らせだった。

 

「ねぇ、ハルト」

 

「何?」

 

空は夕暮れで辺りが赤く染まる中コハルは呟いた。

 

「正式版でも一緒にプレイしてくれる?」

 

「うん、いいよ」

 

「本当!よかった」

 

そう言うと、コハルは夕暮れを背景にしながら、ハルトに背中を向け、顔をハルトの方に向けながら言った。

 

「またね」

 

その直後、ハルトの視界が真っ白に染まった。

 

 

 

 

ふと、目を覚ますとそこは自分の部屋だった。ベットから起き上がり窓の外を見る。仮想空間と同じ夕暮れの空だった。頭にかぶってたナーブギアを見ると、コハルの言葉を思い出した。

 

「またね、か・・・」

 

この時に感じた気持ちが何なのか、ハルトには分からなかった。だが、少なくとも悪い気分ではないということだけは理解した。

ハルトは夕食までに疲れを癒すため、もう一度ベットに寝転がった。




・ハルト
この小説の主人公。イメージはSAOIF男主人公。本家では公式サイトや漫画に描かれているのに名前やスキルどころかディアベルを助けるところしか一枚絵をもらえてない可哀想な人

・コハル
この小説及びSAOIFのヒロイン。アプリキャラにしては人気があり、SAOゲームファンクラブβeater's cafeで紹介かつ誕生日を祝われている。作者のSAO推しキャラ3位。

・大剣
SAOIFに実装されてない武器。


主人公の口調漫画だと俺系男子だけど、ゲームの選択肢だと俺系男子の口調がなさすぎるのでゲームに合わせて僕系男子にしてます。


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ep.1 始まりの世界

結構時間がかかった。

ハーメルンで投稿している人達の偉大さを感じた作者。


SAO正式版開始日。

 

「リンクスタート!」

 

自宅のベットの上でナーブギアを付けて、仮想世界にダイブするための合言葉を言うと、βテストの時と同じ、体が仮想世界へ移行される感覚を感じた。

しばらくの間、真っ黒の世界が続いたが、意識が戻るのを感じながら目を開けると、あの時と同じ《はじまりの街》の景色がハルトの目の前に広がっていた。

 

「戻って来たんだ、この世界に」

 

じわじわと喜びの感情が湧いてきたハルトだったが、すぐにコハルを探すことに気持ちを切り替えた。

辺りを見渡してみると、βテストの時以上の人がいたが、よくよく考えるとこの中から一人のプレイヤーを探すのは至難の業だ。

ハルトもこの状況に気づき、頭を抱えた。

 

「(そういえばどこで待ち合わせするか決めてなかったな・・・仕方ない、地道に探すしかないか)」

 

そう考えながら、ハルトはコハルを探すべく《はじまりの街》を歩き始めた。

《はじまりの街》には人がたくさんいて、見つけるのに結構時間がかかるかもしれないという不安もあったが、そんな不安はすぐに解消された。

広場の噴水の横にあの時と変わらず黒髪で翠色の瞳の少女が立っていたからだ。

 

「コハル!」

 

「あ!ハルト!」

 

コハルの下にハルトは駆け足で駆け寄った。

 

「よかった、すぐに見つかって。待ち合わせ場所決めておけばよかったね」

 

「うん、そうだね」

 

そんな感じの会話をしているとコハルは両手を合わせてきた。

 

「お願いがあるんだけど、また戦い方を教えて欲しいんだけどいいかな?」

 

「構わないよ。時間はたっぷりあるし、少しずつマスターしていこう」

 

「うん!」

 

二人は早速《原初の平原》へやって来て、βテストの時に最後に戦ったイノシシのエネミーと戦っていた。

ハルトの方は最初こそはうまく立ち回れていなかったが、徐々に感覚思い出していき、イノシシを次々と倒していった。

 

「あ痛!」

 

一方コハルはというと、βテストの時みたく上手く戦えずに、未だに尻餅を付いていた。

そんなコハルの様子に、ハルトはβテストの時と同じ感じのため息を吐いた。

 

「仮想世界なんだから痛みは感じないよ。まぁ、結構時間空いてから感覚を忘れているみたいだし、とりあえず、またモーションの練習からしてみよう」

 

ハルトの提案にコハルは頷き、二人でモーションの練習をしていると

 

「よう!お二人さん。初日から仲いいねぇ」

 

声を掛けられ、振り返ると紫の髪にバンダナを付けた男がいた。

 

「俺はクライン。よろしくな!」

 

「ハルトです。よろしく」

 

「コハルです。よろしくお願いします!」

 

一通り挨拶をし終えると、クラインが提案してきた。

 

「見た感じ、戦いの特訓をしてるみたいだな。ハルトは問題ねぇけど、コハルはモーションの基本がなってねぇな。ここは一つキリト先生にご教示お願いしたらどうだ?」

 

「「キリト先生?」」

 

クラインに案内され、付いてくと、その先に黒髪で若干イケメンの男がいた。

話を聞くとクラインはこの男キリトに戦い方を教えてもらい、一通りソードスキルの練習をするべくエネミーを探していたところ二人を見つけたという。

軽く自己紹介を済ませたところで、クラインが二人のことをキリトに話した。

 

「というわけでキリト先生。二人に戦い方を教えてやってくれねぇか。特にコハルはモーションすらまともにできねぇみたいだしな」

 

「あの、私からもお願いします」

 

クラインとコハルの言葉にキリトは仕方ないなという表情をしながらコハルの方を向いた。

 

「それじゃあ、コハル。準備はいいか?」

 

「は、はい!」

 

コハルがキリトに戦い方を教えてもらっている間、ハルトとクラインはソードスキルの練習もかねてイノシシを倒したりしながら時間を潰していた。

結構な時間が経ち、夕暮れで辺りが赤く染まった頃、クラインが口を開いた。

 

「そろそろ落ちるわ。5時半に熱々のピザを予約してるしな。お前らはどうするんだ?」

 

「俺はもう少し狩りを続けるよ」

 

「私とハルトはキリトさんに教わったことを復習してから落ちます」

 

自身の問いに答えたキリトとコハルを見て、クラインは笑みを浮かべた。

 

「そっか。それじゃあまたな、キリト。今日は色々とありがとな。二人もまた会えたら一緒に狩りやクエストをやろうな」

 

「ああ、また会おうぜ」

 

「私もありがとうございました。これでもう尻餅を付かずに済みます」

 

「僕からもお礼を言います」

 

ログアウトするべくメニュー画面を開いたクラインと別の場所に移動しようしたキリトを見て、キリトから教わったことを復習するために狩り場に戻ろうとした二人だったが

 

「あれ?ログアウトのボタンがねぇな」

 

「「「え?」」」

 

クラインの発した言葉に思わず立ち止まる三人。

 

「そんなはずないだろ。ほら、ここに」

 

クラインの下に駆け寄りながらメニュー画面を開いたキリトだが

 

「あれ?本当に無いな」

 

キリトの言葉に再度驚くハルトとコハル。

それと同時に、ハルトに一つの不安が生まれた。

 

「ねぇ、それってつまり・・・」

 

ハルトが感じた不安。ログアウトすることができないということをキリトに聞こうとした瞬間

 

ゴーン、ゴーン

 

「な、何!?」

 

「これは・・・鐘の音?」

 

コハルの疑問にハルトが答えた直後

 

「「「「!?」」」」

 

彼らは突然転移され、辺りには静寂だけが残った。

 

 

 

 

気づいたら始まりの町の転移門前にいた。

ハルト達だけではない。SAOをプレイしている全プレイヤーであろう数がそこにいた。

けれども、みな突然の強制転移に不安気な表情をしている。

すると、空にWARNINGの文字が浮かび上がった。

突然の出来事にプレイヤー達は驚きながら空を見上げると、WARNINGの文字は突如形を変えていき、赤いローブ着た人らしきものに姿を変えた。

 

「プレイヤーの諸君。私の世界へようこそ」

 

突然放たれた男の声に誰もが驚く中、ローブの男らしきものは言葉を続けた。

 

「私の名は茅場晶彦。この世界の支配者だ」

 

男の名を聞いて、辺りがざわめき始めた。

茅場晶彦。その人物は天才的な量子物理学者であり、このソードアート・オンライン及び仮想世界そのものを作り上げた人物である。

 

「プレイヤーの諸君は既にメインメニューにログアウトのボタンがないことに気づいているだろう。しかし、これはゲームの不具合ではなく、ソードアート・オンライン本来の仕様である。もし、外部からナーブギアの停止が試みられた場合、諸君らの脳はナーブギアによって破壊されるだろう」

 

ハルトは次から次へと放たれる茅場の言葉に頭が追いつけなかった。

ログアウトのボタンがない。ソードアート・オンライン本来の仕様。ナーブギアによる脳の破壊。どれも馬鹿げている。

だが、茅場が一部のプレイヤー達がナーブギアによって死亡したニュースの映像を見せられ、ハルトの思考は現実に引き戻された。

 

「諸君らがここから解放される条件はただ一つ。一層から百層までのボスを倒し、このゲームをクリアすることだ」

 

「なっ!?」

 

ハルトは茅場の正気を疑った。こんな状況の中、吞気に遊べと言いたいのか。

 

「ただし、充分に理解してほしい。諸君らにとってソードアート・オンラインはもはやゲームではなく、もう一つの現実であると。ヒットポイントがゼロになったら諸君らの脳はナーブギアによって破壊されるだろう。最後に諸君らにプレゼントを送ろう。アイテムストレージを開きたまえ」

 

様々な疑問が残っているが、ひとまず言われた通りにアイテムストレージを開いた。

中に入ってたのは手鏡だった。

戸惑いながらも手鏡を取り出し右手に置くと手鏡が急に光りだした。

 

「!?」

 

突然光りだし思わず目をつぶった。

やがて光がやみ、目を開いた。体は特に変化なく、顔も現実と同じ顔だった。

 

「ハルト、大丈夫?」

 

コハルが心配そうにハルトを見てきた。

コハルにも特に変化はなく、その様子にハルトは安堵した。

コハルの安全を確認したハルトはキリトとクラインの様子を確認するべく、二人の方を振り向いた。

 

「二人とも、だいじょ・・・誰?」

 

だが、そこにいたのは先程よりも少し背が縮み若干童顔の少年と、顔とバンダナは変わっていないが髪が茶色で短くなっている男が互いを見合っていた。

 

「え?二人ともそのアバターは?」

 

「ああ、これは俺のリアルの姿だ」

 

「俺も同じだ」

 

コハルの問いに答えるキリトとクライン。

二人の話を聞くと、リアルの姿のアバターになった理由はナーブギアを装着する前に行われた身体検査を元に作られたリアルの体をしたアバターに茅場が強制的に変えたかららしい。まるでここがもう一つの現実であるということを認識させるかのように。

ちなみに、コハルの姿がそんなに変わらなかったのはハルトと同じく前のゲームで作った自身のリアルの姿をしたアバターをそのままコンバートしたからである。

 

「しかし、なんでこんなことに・・・」

 

一通り話をした所でクラインが疑問を言う。

それは、全プレイヤー達が思っていることであり、その答えを知るべくプレイヤー達はこの騒動を引き起こした元凶を再度見た。

 

「諸君らは今、疑問に思っているだろう。なぜ、私がこのようなことをしたのかと。答えは一つ、私の目的はこの世界を作り、鑑賞するためだけだからだ。そして、全ては達成した・・・。以上でソードアート・オンラインのチュートリアルを終了する。諸君らの健闘を祈る」

 

その言葉を最後にローブの男は消え、辺りには静寂だけが残った。

 

「(これは・・・現実だ)」

 

まだ頭が追いついていないがこれだけは理解できた。

この世界で死ぬと現実世界でも死ぬ。

ハルトは冷静になり周りを見渡す。すると、先程までの静寂が嘘かのようにプレイヤー達の怒り、あるいは悲しみの声が辺りに響き渡っていた。

 

「い、嫌っ!」

 

「こんなの嘘だよ・・・お母さん・・・」

 

「・・・・・・」

 

ある者は信じ難い現実に絶望し

 

「クライン。こっちだ!」

 

「え!?お、おいキリト!?」

 

また、ある者はいち早く状況を理解し、行動していた。

そんな中、ハルトはコハルを探していた。すると、膝から崩れ落ちているコハルを見つけた。

 

「コハル!」

 

すぐさまコハルの下に駆け寄る。

だが、彼女もまた受け入れがたい現実に絶望しており、目から涙を流していた。

 

「私たち、帰れないの・・・?。閉じ込められちゃったの・・・?」

 

涙を流しながら、こちらに縋るように話しかけるコハル。

そんなコハルの様子を見て、ハルトはなるべく気持ちを冷静に保ちながら彼女の肩に手を置いた。

 

「ひとまず落ち着ける所まで行こう」

 

 

 

 

「落ち着いた?」

 

「うん・・・」

 

広場から離れた二人は人がいないベンチに移動していた。

道中コハルの悲痛な声が何回も聞こえ、ベンチに座ってからも彼女は泣いていた。

ハルトは特に慰めの言葉を言わずただ黙って、けれども、離れることはせずコハルを見守っていた。

そして、ある程度コハルが落ち着いた所で話しかけた。

 

「ごめんなさい。こんな時、しっかりしなきゃいけないのに・・・」

 

「こんな状況だから仕方ないよ。迷惑なんて思ってないよ」

 

「・・・ありがとう、ハルト」

 

互いの顔を見て笑い合う二人。

 

「こんな時に人助けとは余裕だナ」

 

「!? 誰?」

 

急に話しかけられ、警戒するハルト。

声がした方を見れば、フードを被った金髪の女性がいた。

 

「オレっちの名はアルゴ。まぁ、そう警戒するナ」

 

少なくとも悪い人ではないと感じたハルトは警戒心を解いた。

それを感じ取ったアルゴは二人の方に近づいてきた。

 

「私たち、これからどうすればいいのかな・・・外から助けは来ないんでしょうか?」

 

「その可能性は低いナ。ナーブギアを無理やり外そうとして死亡した例もあるしナ。それより、これからどうするんダ。いつか必ず助けが来ると信じて始まりの町に居続けるカ、前に進むカ」

 

コハルの問いに答えると今度はアルゴから二人に問いかけられた。

アルゴは真剣な眼差しでハルトを見て、コハルもハルトに判断を委ねるのかハルトの方を見ていた。

ハルトの答えは既に決まっていた。

 

「僕たちは前に進みたい。このまま何もせず《はじまりの街》で腐るつもりはありません。教えてください。どうすれば前に進めますか?」

 

ハルトの答えにアルゴは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

翌日、二人は《原初の平原》にやってきた。

アルゴの言ったことはこうだ。

前に進むためにまずは金を貯めること。そのためには稼ぎがいいクエストをクリアすること。

特別サービスだと言って稼ぎのいいクエストをいくつか紹介してもらった二人は早速クエストに挑んだが

 

「助けてくれぇーーー!」

 

他のプレイヤーの悲鳴を聞いて立ち止まるコハル。

見るとオオカミのエネミーに苦戦しているプレイヤーがいた。

このオオカミは素早いが攻撃力が低く、落ち着いて戦えば倒せるエネミーだ。

だが、βテスト及びキリト達との練習で戦い慣れている二人ならまだしも、慣れてないプレイヤーにとっては苦戦を強いるエネミーだった。

 

「ガァッ・・・!」

 

オオカミの攻撃でプレイヤーの体はポリゴン状に四散した。

それを見たコハルは恐怖で動けなくなった。

 

「ああ・・・ああっ!」

 

声を上げようとしても上手く出せず、一体のオオカミがコハルに向かって飛びかかる。

 

「させるか!」

 

が、ハルトが放ったソードスキル<レイジ・スパイク>により、飛びかったオオカミは吹き飛ばされ、そのままポリゴン状に四散した。

オオカミを倒したハルトはコハルの手を掴み、エネミーがいない場所に避難した。

 

「さっきのプレイヤーさん、本当に死んじゃったのかな」

 

「分からない。けど、ログアウトできない状況を考えると恐らく・・・」

 

安全な場所に避難した二人はそのまま会話をしていた。

 

「血も出ないし怪我もしてないのに・・・あんな風に消えていくなんて・・・」

 

未だに涙を流しながらコハルが喋る。

コハルの言葉を聞いてハルトはやるせない気持ちだった。

血も出てないのにあんな普通に出てくるエネミーと同じ感じで死ぬなんて、あんなのは人の死に方じゃない。何より、あの場で何もできなかった自分が許せなかった。

しばらく黙っていた二人だが、コハルが話しかけてきた。

 

「ハルトはその・・・大丈夫なの?怖くないの?」

 

「正直に言えば怖い。けれども、この世界には絶対に負けたくない。だから・・・」

 

そう答えるとハルトはコハルに手を伸ばした。

 

「強くなろうコハル。この世界で最後まで生き抜くために!」

 

「でも私、ハルトみたいに強くなれないよ・・・ハルトの足を引っ張っちゃうよ・・・」

 

そう言いながら顔を俯くコハル。そんなコハルの様子を見てハルトは言葉を続けた。

 

「そんなことないよ。いつか君は絶対に強くなれる。それに、その・・・今この世界で信用できるのはコハルしかいないと思っているし」

 

「ハルト・・・うん!私、強くなって見せる。ハルトに負けないくらい!」

 

そう言いながら、ハルトから差し出された手を握った。

仮想世界で突如始まったデスゲーム。

けれども、少年と少女は絶望することなく、一つの決意を胸にこの世界へ挑むのであった。

 

「(僕は強くなる!)」

 

「(私は強くなる!)」

 

「「(君と一緒に!!)」」




・クライン
SAOでキリトが最初に出会う男。頭に巻いているバンダナが特徴的だが、映画を見て取った方がイケメンになるんじゃないかと思っている。

・キリト
SAOの主人公。チートじみたゲームスキルを兼ね備えて様々な事件を解決している。IFでも活躍しており、この小説でも結構活躍させる予定。

・茅場晶彦
SAOを作ったヤベー奴。正直キリトよりも仮想世界やSAOを作った茅場の方がやばいんじゃないかと作者は思っている。

・「い、嫌っ!」

 「こんなの嘘だよ・・・お母さん・・・」

 「・・・・・・」
上から順にシリカ、サチ、リズベット。アニメとIF本編を基に考えた。

・アルゴ
SAOで情報屋をしていてIFでも密かに活躍している。

・<レイジ・スパイク>
星3の片手直剣スキル。攻撃力もそこそこある上、遠くに移動できる便利なスキル。


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ep.2 トゲトゲ頭と内気な少女

タイトル通り、ヤツが登場します。



デスゲームが開始されてから三週間近くが経った。

二人は日々クエストをこなし、時には困っている人を助けたりしながら過ごしていた。

戦闘に関してはハルトの方は片手直剣だけでなく、槍や片手棍などの武器に手を付け、いつどんな敵がきても対処できるようタイプの違う武器を使いこなしながら熟練度を上げていき、コハルは恐怖で動けなくなることや前みたいに尻餅を付くこともなく、着実に成長していた。

そんな彼らは、今日もクエストをクリアしていきながら、困っている人の依頼を受けていた。

 

「言われた素材、集めてきたよ」

 

「おお!ありがとう」

 

「ハーイ!これが報酬で~す」

 

ハルトの報告に喜ぶオネェ口調の男と小太りの男。

この二人は、先程ハルト達に依頼をしてきた二人であり、素材集めのクエストをしていたが素材の一つが結構遠くのフィールドのエネミーからドロップするものであり、今の自分たちでは無理だと悩んでたところ、通りかかったハルト達の強者の風貌を感じて依頼してきたという。

 

「お二人さん、これからどうするんだい?」

 

「もし、よければ俺たちと・・・」

 

「アカン!」

 

どさくさに紛れてハルト達をスカウトしようとした二人組の声が、ドスの効いた男の声に遮られた。

全員が声がした方を振り向くと、茶色のトゲトゲ頭の男がいた。

 

「ワイはキバオウっちゅうもんや。そこのジブンら、こんな腰抜けどもとつるんどったら一生この町から出られんぞ」

 

突然現れた男のあんまりな物言いに反論する二人組。

 

「失礼な奴だな」

 

「俺たちだってここから出る覚悟を固めるつぅの」

 

「覚悟だけなら誰でもできるわ!とっとと実行せんかい!」

 

「「ひぃ・・・」」

 

しかし、男のドスの効いた言葉に怯えてしまった。

キバオウと名乗った男は用済みと言わんばかりの表情で二人組を見た後、ハルト達に話しかけてきた。

 

「ワイは今、ボスに挑んでフロアを突破できる連中を集めとる。そのためには、少しでも戦力の底上げが必要になる。どうや、こんな腰抜け連中なんか放っといてワイらと組んでボス攻略を目指さんか?」

 

キバオウの言っていることは間違いないではない。

どの道、自分たちはゲームクリアのために百層まで登る必要がある。ボスの攻略に専念することは重要なことだ。

だが、その過程で困っている人を見捨てるような選択肢はハルト達にはなかった。

 

「キバオウさん、あなたの気持ちは分かります。こんな状況だからこそみんなで力を合わせるの大切なことです。でも、その過程で弱い人を切り捨てるような選択はしたくはないです」

 

「私もハルトと同じ答えです」

 

ハルトとコハルの答えを聞いたキバオウは特に落胆することもなく、真顔で二人を見た。

 

「そっか。腑抜けた連中や・・・まぁ、腰抜け連中よりかは百倍ましか」

 

そう言うとキバオウは後ろに振り向いた。

 

「ほんなまたな。次に会う時はボス攻略会議でな」

 

そう言いながらキバオウは去っていった。

それと同時に二人組が申し訳なさそうな表情でハルトに謝った。

 

「ごめんな・・・俺たちのために」

 

「別にあんた達のために言ったんじゃない。僕らは僕らなりのやり方でこのゲームをクリアしようとしていることをあの人に言っただけ」

 

「それでも、ありがとう。あのさ、俺たちも死なない程度にクリアを目指して頑張るからさ、その・・・死なないでくれよ」

 

「勿論!それじゃあ、僕らはこの辺で」

 

「また会いましょう。お二人共」

 

二人組に別れを告げながら、ハルト達は去っていった。

 

 

 

 

あれから更に数日経ったある日。

ハルト達はいつものようにクエストを受けており、NPCに必要な素材を受け渡していた。

 

「よし!報告完了!」

 

「これからどうし・・・」

 

ぐっ~~~

 

コハルが次の予定を聞こうとした瞬間、彼女の腹から音がなった。

二人の間に微妙な空気が漂う。

 

「そ、そういえば、もう昼か。うん!お腹も減るよね!」

 

ハルトが空気を変えようと何かと喋っているが、当の腹を鳴らした本人はというと

 

「なんで仮想世界なのにお腹すくの!すっごく意地悪な仕組みだよね!」

 

「ハハハ・・・」

 

顔を真っ赤にしながら文句を言うコハルに対して、ハルトは苦笑いで返した。

 

「フフフ」

 

このままだと目立ってしまうので、何とかコハルを落ち着かせようと考えていると、ふと笑い声が聞こえた。

話をやめ、声がした方を見ると、噴水に座っている女の子がいた。

 

「笑ってしまってごめんなさい。私はサチ。君たちが楽しそうに話してたからなんだか嬉しくなっちゃって。モンスターやクエストじゃない話を聞くと落ち着くんだ」

 

そう言いながら、笑みを浮かべるサチ。

コハルはサチの横に座るとサチに話しかけた。

 

「私はコハル。それと、こっちはハルト、よろしくね。ところでサチは一人なの?」

 

「ううん。同じ高校の友達と一緒だよ。今は別行動だけどね・・・ね、少しお話ししてもいいかな?コハルって結構噂になっているんだよ」

 

「私が?どうして?」

 

「私たちと同じぐらいの女の子なのに、前線で頑張ってるすごい子がいるって」

 

「な、なんだか照れるな」

 

そう言いながらコハルは満更でもなさそうに頬に手を当てる。

 

「そうだ。これよかったら食べて。皆の分買っておいたんだけど、消滅しそうだから」

 

そう言うとサチは包みを二人に渡した。包みを開けると中身はサンドイッチだった。

 

「っ!おいしい!」

 

「うん、中々いけるね」

 

美味しそうにサンドイッチを食べる二人をサチは嬉しそうに見ていた。

サンドイッチを食べながらハルトは一つ疑問に思ったことを言う。

 

「そう言えば、どうしてサチは友達と一緒に行かなかったの?」

 

「・・・私、怖がりだから、圏外に出ただけで足がすくんじゃって・・・それなら、敵と距離が取れる長槍を買う為に皆が私のために稼ぎに行ってくれてるんだ。私、みんなに迷惑ばっかりかけてるのに・・・」

 

小さな声でゆっくりと語るサチの表情が暗くなった。

そんなサチを見かねたのか、コハルは立ち上がると、真剣な眼差しでサチを見た。

 

「怖いのは当たり前だよ!少しずつ頑張ればいいんだよ!」

 

「コハルも怖いの?」

 

「今でもすっごく怖い。でも、仲間がいるから頑張れる」

 

「・・・そうだよね。仲間がいれば私もいつかは・・・頑張れる気がしてきたよ」

 

少しだけ笑顔が戻ったサチを見ると、コハルは何か思い付いたのか手のひらを叩いた。

 

「そうだ!初めて会うエネミーの行動が分かったら、戦いやすいんじゃない?私達で調べてくるよ!」

 

「え?・・・いいの?」

 

サチは申し訳なさそうに聞き返した。

その隣で、ハルトはコハルの予想外の言葉に戸惑いながらも、コハルに話しかける。

 

「ちょ、コハル。勝手に話を進めないでくれ」

 

「サンドイッチのお礼だよ」

 

そう言い返したコハルにやれやれと感じながらも、ハルトはフィールドに向かうべく立ち上がった。 

 

 

 

 

「そう言えば、一つ気になったんだけどさ」

 

「ん?」

 

エネミーを調べるため二人は《原初の草原》の更に先の《探求の草原》でサチ達が会ったことのなさそうなエネミーを調べ、記録していたところでコハルが話しかけてきた。

 

「ソードスキルには属性もあるって本当?」

 

「あー・・・うん、本当だよ」

 

コハルの質問に答えるハルト。

 

「正確に言えば、あるものとないものがあるかな。例えば、この片手直剣のスキル。<ファイア・スラント>は火属性のスキルを持っているよ。ほら、スキル名の横に火のマークがあるよね」

 

そう言いながら、ハルトは覚えているソードスキル一覧をコハルに見せる。

 

「本当だ。でも、属性って戦いに関係あるの?」

 

「勿論あるさ。今はまだ少ないけど、これから色んな属性を持つエネミーが現れた時、そのエネミーに有効な属性のソードスキルを当てれば、ダメージが大きくなったりするよ」

 

そう言いながら、周りを見渡していると一体のネペント系のエネミーがいた。

 

「おぉ、ちょうどいいとこ所に。あいつのゲージの横に火のマークがあるよね。あれが、あのエネミーの弱点の属性だよ。さっきは剣4、5発で倒せたけど、有効な属性のソードスキルを当てれば――」

 

コハルに説明しながら、ハルトはネペントの攻撃を躱して、<ファイア・スラント>を発動してネペントを切り裂くと、ネペントはポリゴン状に四散した。

「おー!」と言いながら、コハルはネペントを一撃で倒したハルトに拍手をするが、一つ気になることがあった。

 

「でも、ソードスキルってレベルと武器の熟練度を上げないと増えないよね。私は短剣とレイピアしか鍛えてないけど、まだ属性のあるソードスキルは手に入らないよ」

 

「うーん、実を言うと僕もまだ属性のあるスキルはこれ一つしかないんだ。スキルを手に入れるにはひたすら鍛えるしかないし、βテストの時に上の層に行った人なら何か知っていると思うけど・・・」

 

言葉を詰まらせるハルト。実際、彼はまだ火属性しか持っておらず、他にどんな属性があるのかまだ知らない。

しばらく沈黙が続いたが、気を取り直して調査を再開した。

 

 

 

 

数時間後、ハルト達はサチが待つ《はじまりの街》の噴水広場に戻ると、早速レポートを渡した。

 

「うわぁ!これだけ詳しく調べてもらったら、きっとみんな喜ぶよ。本当にありがとう!コハル!ハルト!」

 

「役に立ちそうで何よりだよ」

 

「うん!喜んでもらえてよかった!」

 

お礼を言うサチに笑いながら返す二人。

そんな二人に声を掛ける者がいた。

 

「そこのキミ達」

 

「ん?」

 

声を掛けられ、振り向くと、青髪の青年が立っていた。

 

「キミ達は自分達で得た情報を公正に他のプレイヤーに伝えようとしている。とても素晴らしいことだよ。おっと、俺はディアベル。以後よろしく!」

 

「僕はハルト。こっちはコハル。こちらこそよろしく」

 

「コハルです。よろしくお願いします」

 

「うん、よろしく。この世界では知識が命を救うことが多い。これからも皆を助けてくれ。後、今はフロアボスに挑戦する為のメンバーを集めているんだ。上の層に挑戦する意志があるなら明日《トールバーナ》の街に来てくれ。期待して待ってるよ」

 

そう言うと、ディアベルは去っていった。

ハルトは去っていくディアベルを見つめながら彼の言ってたことを思い出す。

フロアボスの攻略。キバオウも言っていたが、それは次の層に進むために必要な攻略であり、このSAOをクリアするのに欠かせないことである。

無論、今までのエネミーと各が違う。最悪死ぬこともある。

それでも、二人は決意を胸に、ディアベルが言ってた《トールバーナ》に向かおうとした。

 

「行こうコハル。ボスを倒しに」

 

「わかった。ハルトが行くなら私も行く」

 

ハルトとコハルは頷き合う。

そんな二人の様子を見ていたサチが口を開く。

 

「二人とも、ボス攻略に行くなら絶対に生き延びてまた会おうね」

 

「うん!約束する!」

 

そうして、二人はトールバーナに向かった。




・オネェ口調の男と小太りの男
アニメ一話に登場した元イケメンと女の子の二人組。その後、アニメや映画で所々登場し、IFでも時々登場している。

・キバオウ
みんなお馴染み「なんでや!」の人。SAOIFではボス攻略を一緒に行った主人公にお礼を言ったり、原作で騙した人物のしていることを口悪くも応援したりするツンデレっぷりを発揮している。

・サチ
本編では悲劇のヒロインで有名なキャラ。他のSAOのゲームだと彼女のスキルは少ないがSAOIFだと彼女の色々なスキルが登場し、その一つ一つが割と強めの性能を持っている。

・属性
SAOIF本編でもある設定をそのまま活用しています。

・<ファイア・スラント>
序盤に手に入る片手直剣のスキル。割とお世話になった人もいるかもしれない。

・ソードスキルと熟練度
この世界では当然ガチャでソードスキルは手に入らず、武器の熟練度を鍛えないとソードスキルは手に入らない仕組みになっております。(初期の星4スキルなら低くても手に入ります)

・ディアベル
声が勇者王あるいは盟主王で有名な自称騎士。アニメ、プログレッシブ漫画版だと普通の好青年だが、小説だとキリトにボスのラストアタックボーナスを取らせまいと色々と策を立てる腹黒い一面がある。




戦闘が少ないと割と早く書ける。
次回は攻略会議です。オリキャラも複数登場します。
今日のアップデートでブライダルイベントの復興が開催されるので少し遅くなるかもしれませんがこの小説をご覧になっている方。ぜひ、楽しみにしてください。


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ep.3 ボス攻略会議

お気に入り登録者と投票者が一人減った悲しみに耐えながら投稿しました。

ボス攻略会議編です。オリキャラが多数登場します。



第一層 《トルバーナ》

このデスゲームが始まって1ヶ月が経過した。しかし、未だに第二層には到達できず、その間に2000人のプレイヤーが死んだ。こんな絶望的な状況の中、第一層ボス攻略会議がここ、《トルバーナ》で行われることとなった。

街の中心に位置する広場には、石積みによって造られた半円形の舞台のようなものが設置されている。

客席へと腰掛けたハルトとコハルは周りを見渡す。

 

「・・・以外と集まるもんだね」

 

「そうだね。でも、こんなに強そうな人達の中に私なんかがいて大丈夫なのかな・・・」

 

「大丈夫だよ。今のコハルは一生懸命努力して強くなってきてるから。自信を持っていいと思うよ」

 

「そっか・・・ありがとう、ハルト」

 

とはいえ視線の先には、二人と同じように石積みの客席へと腰掛ける数十名のプレイヤー達。

身に着けている装備を見るだけでも、レベルが高いプレイヤーたちだということが分かる。間違いなく現時点では彼らがゲーム内のトッププレイヤーだろう。

 

「ん?あれは・・・」

 

ハルトは客席に座っている二人のプレイヤーを見た。

フードを被っている人物は分からなかったが、隣に座っている少年には見覚えがあった。

 

「(あれは・・・キリトさん?)」

 

《はじまりの街》でクラインと共に姿を消したキリトが座っていた。

おそらく、彼もボス攻略会議のことを聞いてここに来たのだろう。

 

「はーい!それじゃあそろそろ始めさせてもらいます!」

 

そんなことを思っていると、聞き覚えのある声が聞こえた。

広場の中央を見ると、昨日ハルト達にボス攻略会議のことを教えてくれた青年、ディアベルがいた。

 

「俺はディアベル!職業は、気持ち的にナイトやってます!」

 

ディアベルが冗談混じりに自己紹介をすると、周りから「本当は勇者って言いたいんだろ」など笑い声やからかいの声が上がった。

ディアベルは両手を短く上げて、皆を制止させると、穏やかな表情から真剣な表情に変わった。

 

「今日俺たちのパーティーが遂にあの塔の最上階でボスの部屋を発見した」

 

その言葉を聞いて、この場にいるプレイヤー達はざわめく。

 

「俺たちはボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームもいつかきっとクリア出来るってことを《はじまりの街》で待ってる皆に伝えなきゃならない。それが、今この場所にいる俺たちの義務なんだ!そうだろ皆!」

 

ディアベルがこの場にいる全員に問いかけると、プレイヤー達から拍手が上がり、中には口笛をするプレイヤーもいた。

ハルトも例外ではなく、ディアベルの心意気に感心し、拍手を送っていた。

 

「それじゃあ、早速だけどボス攻略会議を始めさせてもらう。まずは――」

 

「ちょお、待ってんか!!」

 

ディアベルの話を遮り、広場の中央に1人のプレイヤーが躍り出た。

そのプレイヤーは、先日ハルト達に自分と手を組まないかと提案してきた男、キバオウだった。

 

「ワイはキバオウってモンや!会議を始める前に、これだけは言っとかなあかんことがある!こん中に、今まで死んでった2000人に詫びィいれなあかん奴らがおるはずや!」

 

キバオウの言葉に周りは静まり返る。

ハルトも当然静かになる。何せ、自分とコハルはキバオウの言っている詫びをいれなければならない奴らに含まれているからである。

 

「キバオウさん、君の言う奴らとは元βテスターの人達のことかな?」

 

「決まっとるやないか!」

 

ディアベルの問いに、苛立ちを隠し切れてない表情で答えるキバオウ。

 

「β上がり共はこんクソゲームが始まったその日に、ビギナーを見捨てて消えおった。奴らはうまい狩場やらボロいクエストを独り占めして、自分らだけポンポン強なって、その後もずーっと知らんぷりや。こん中にもおるはずやで!β上がりの奴らが!そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれん!」

 

「ひ、酷い・・・!私たちだってβテスターだけど、そんな事してないのに・・・私、文句言ってくる!」

 

「ダメだ」

 

キバオウの言葉に納得できなかったのか、立ち上がろうとするコハルの腕を掴みながら制止するハルト。

 

「そんな事をすればあの人の思う壺だ。ここは堪えるしかない」

 

「でも・・・」

 

コハルは悔しそうにキバオウを見つめる。コハルの気持ちは分かる。ハルトも文句を言ってやりたいと思っているが、それを理由に自分たちに危害を加えてくる危険があるかもしれないからだ。

しばらく、沈黙が続く中、一人のプレイヤーの声が上がった。

 

「おい、キバオウって奴」

 

新たに前に出てきたのは、片手直剣を背中に収めたハルトと同い年くらいの黒髪の少年だった。

それに続くように、二人の少年たちが前に出てくる。二人共、一番前に出てる少年と同い年くらいであろう。

黒髪の少年が話し始める。

 

「俺はギルド紅の狼のリーダー、トウガ。さっきからお前の話を聞いているが、お前は何を言っているんだ?」

 

「なんやと!?」

 

トウガはキバオウは睨み付けるように見る。

 

「俺から見ればお前は、2000人のプレイヤーが死んだのも、攻略が進まないのも、一方的に元βテスターたちのせいにして、挙句それを理由に元βテスターから金やらアイテム強引に奪い取って、自分だけ楽をしたいだけにしか見えんぞ。ここはボス攻略会議で、皆真剣にボス攻略に挑もうとしているんだ。死ぬ覚悟もなしにただ金やアイテムを奪い取ろうとしに来たんだったら、とっととここから消えるんだな」

 

「なっ!?このガキっ!!」

 

キバオウは怒りを含んだ声を上げ、今すぐにトウガとケンカを始めそうな雰囲気となる。

 

「発言いいか?」

 

そんな雰囲気を遮るかのように、新たに一人の男が声を上げた。

皆が声をした方を向くと、両手斧を背負った茶色の肌でスキンヘッドの男が前に出てきた。

 

「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、つまり、あんたが言いたいことは、今まで多くのプレイヤーたちが死んでいったのは元βテスター達のせいで、その責任をとってこの場で謝罪と賠償をしろ、ということか?」

 

「そ、そうや!」

 

「そうか。じゃあ、キバオウさん、あんたはこれを知っているか?」

 

そう言って、エギルがストレージから取り出したのは、ハルト達も良く知っているアルゴの攻略本だった。エギルの強面に若干萎縮しつつもキバオウはそれに答える。

 

「道具屋で配っとるガイドブックやろ。それがどないしたんや?」

 

エギルは広場の中央まで移動し、全員に見えるよう本を掲げる。

 

「これを配布していたのは元βテスター達だ」

 

エギルの言葉にプレイヤー達がざわめきだし、キバオウが「ぐっ」と言いながらエギルを睨む。

 

「いいか、情報は誰にでも手に入れられたんだ。なのにたくさんのプレイヤーが死んだ。それは、彼らがSAOというゲームを他のVRMMOのゲームと同じように考え、退くべきタイミングを誤ったからだと思っている。その失敗を踏まえて、どうボスに挑むべきなのか。そんな話が出来ると思って、俺はここに来たんだがな」

 

エギルの言葉は的確で、キバオウは食いつく隙すらなかった。

更に、エギルに続いてもう一人の人物が声を上げた。

 

「俺からもいいかぁ」

 

声がした方に向くと、白髪の青年がエギルとキバオウの方に向かって歩いていた。

だが、その青年はこの場にいる誰よりも異質だった。

真剣な表情をせず、笑みを浮かべていたが、その笑みはディアベルのような穏やかさは感じず、不気味で狂気を感じるそんな笑みだった。

そんな青年の異質な雰囲気に、この場にいる全員が飲まれそうになる中、青年は口を開いた。

 

「俺はザントだ。そこのエギルっておっさんの説明に一つ付け加えたいことがあるんだが、その前にトゲ頭。テメェに一つ質問する。2000人死んだって、テメェは言っているが、その死んだ2000人の中に元βテスターがいるってことは考えていねぇのか?」

 

ザントの言葉に「と、トゲ頭・・・」と若干怒りを感じながらも質問に答えるキバオウ。

 

「そんなん、一人もいないに決まってるやないか!奴らはこんクソゲームが始まる前からここで戦ってたんやで。いわば、こんクソゲームの経験者や!そないな奴らがビギナー共と違って簡単に死ぬわけが――「アホか、テメェは?」なんやと!」

 

怒り狂うキバオウを無視しながら、ザントはストレージから一つの攻略本を取り出した。

 

「これは、この世界で最初に配布されたβテストの情報を元に作られた攻略本だ。ご丁寧に”この情報はβテストの情報です”ってお墨付きのな。んで、今このおっさんが持っている攻略本はこの攻略本の改訂版だ」

 

そう言いながら、ザントはエギルの持っている攻略本を「借りるぞ」と言いながら取り上げると、片手で本を広げ、もう一つの本も広げるとディアベルに広げた本のページを見せた。

 

「どちらも同じエネミーのデータが乗っているページだ。ナイトさん。このページの内容をよく見比べてみろ」

 

言われるがままに、ディアベルは二つの攻略本を見比べる。

すると、ディアベルの顔が驚愕の表情に変わった。

 

「っ!?これは!改訂版のエネミーのステータスがβテストの情報より高い!」

 

そのディアベルの言葉に誰もが驚いた。

 

「せやからなんや!ステータスが違ってたら、奴らが簡単に死ぬと思っておるんか!?」

 

「思ってんに決まってんだろうが。馬鹿が」

 

未だザントに怒りを露にしながら問いかけるキバオウに、悪態付きながら返すザント。

 

「例えばトゲ頭。テメェが元βテスターでβテストの時に攻撃力が1だったエネミーからダメージを食らった時、攻撃力が4になってたらテメェはどうする?」

 

「そんなん、焦るに決まっとるやないか」

 

「そうだ、焦るよな。自分の命が掛かっていれば尚更。だが、ここはSAOだ。RPGみたいに敵は待ってくれない。この意味が分かるよな?」

 

その言葉を聞いてキバオウははっとした。

普通のRPGなら予想外のことが起きても、その場で考え、対策を取る時間はいくらでもある。だが、SAOみたいにフィールドのエネミーとその場で戦うゲームなら、予想外のことが起きると、その場ですぐに考え、行動できる技術が必要だ。

ましてや、HPがゼロになれば本当に死ぬような状況で予想外のことが起きても、落ち着いて行動しろというのは、いくら元βテスターでも非常に困難なことだ。

 

「まぁ、流石にこれだけで、全ての元βテスター達が死ぬとは思えねぇがな。元βテスターのメリットが経験だとしたら、デメリットはβテストとの違いに気づけず、ここは前に来たから大丈夫って楽観的になっちまうことだな。一方で、ビギナーのデメリットは確かに経験がないことだが、メリットは楽観的にならず、情報を頼りに慎重に行動できることだ。そう考えたら、元βテスターとビギナーの差なんてちっぽけなもんだ」

 

改訂版の攻略本をエギルに返しながら、狂気の笑みから真剣な表情に切り替わったザントは正面からキバオウを見る。

 

「とりあえず、一通り説明したが、俺の言いてぇことはただ一つだ・・・うまい狩場やらボロいクエストを独り占めしてる奴らより、大した差もないのに元βテスター共から金やアイテムを奪い取ろうとしてるテメェが一番汚ねぇんだよ」

 

ザントの言葉に、キバオウは反論できず、忌々し気に睨むだけであった。

自分のやろうとしていることの愚かさ。攻略本を作ったのは元βテスター達。自分たちビギナーと元βテスターの違い。それら全てを指摘され、場はすっかりキバオウにとって不利な状況であった。

キバオウが言葉を詰まらせていると、ディアベルが彼の肩に手を置いた。

 

「キバオウさん。君の言うことは分かるよ。でも、今は前を見るべきだろう。ここで元βテスター達を排除して、結果的に攻略が失敗したら、元も子もないじゃないか」

 

ディアベルはキバオウを論すると、今度は周りを見た。

 

「皆それぞれ思うところはあるかもしれない。けれど、今はこの第一層を突破するのに集中してほしい。もし、元βテスターの人たちとは戦えないって人は残念だけど抜けてもらうよ。ボスを攻略する際にチームワークを崩したくないしね」

 

ディアベルは周りを見渡した後、最後にキバオウを真剣な表情で見つめた。

キバオウはディアベルを睨み付けていたが、「ふん!」と言いながら元の場所に戻った。

それを見たトウガ、エギル、ザントもそれぞれ元の場所に戻った。

 

「それじゃ、続けたいと思います。まずは、最低6人パーティーを作ってください」

 

「っ!?・・・まずいな」

 

βテスターの問題が何事もなく解決した矢先、またもやハルト達にピンチが訪れた。

この世界でまともに会話した人物が少ない二人にとって、いきなり後4人の人間を集めてパーティーを組むのは至難の業だ。

どうしようかと悩んでいると、同じようにパーティーを組む相手がいなく、焦っているキリトを見た。

 

「! そうだ!」

 

「ちょっと!ハルト!?」

 

コハルの腕を無理やり掴みながら、ハルトはキリトの方に向かう。

そして、キリトが隣に座っていたフードを被っている人物とパーティー申請を申し込んでいるところに声を掛ける。

 

「えっと・・・キリト・・・さん」

 

「っ!?君たちは・・・ハルトにコハルか!」

 

「え!?キリトさんも参加してたんですか!?」

 

あの時、《はじまりの街》でクライン同様、置いていってしまった二人を見て、驚くキリト。

一方、コハルも、あの日自分に戦い方を教えてくれた人物が会議に参加していたことに気づいて驚いていた。

 

「・・・この人たちは?」

 

「あぁ・・・前に一回だけ出会って、彼らに戦い方を教えたんだ」

 

フードの人物の質問にキリトが答えると、フードの人物は「そう・・・」とだけ言い、目線を広場の方に向けた。声の質からして、おそらく女性だろうか。

 

「ところで、僕たちもキリトさんのパーティーに加えてもいいですか?その・・・あまり知っている人がいなくて、困っているんですよ」

 

「!? 勿論、大歓迎さ!細剣使い(フェンサー)さんもいいよな?」

 

「別に・・・足を引っ張らなければ、それでいいけど・・・」

 

「なら、決まりだな。それと、さん付けも敬語もいらないぞ。年は同じっぽいしな。よろしく、二人共」

 

「こちらこそ。よろしく、キリト」

 

「よろしくお願いします。キリトさん」

 

 

 

 

「やぁ、君たち!中央から見えてたよ。参加してくれてありがとう!」

 

一通り会議が行われ、ある程度のことが決まったら解散され、プレイヤー達は散らばり始めた。

ハルトとコハルも明日の準備をしようと、移動し始めたところにディアベルから声を掛けられた。

 

「早速で悪いんだけど、君に少し頼みたい事があるんだ」

 

「私にですか?」

 

「あぁ。実は今、回復系のアイテムの支給用の資金調達をしているんだ。その手伝いをお願いしたい。いいかな?」

 

「私は構いませんけど・・・」

 

コハルはハルトの方を見る。

 

「彼には少し話したいことがあるんだ。なに、話が終われば彼もすぐに向かわせるさ」

 

「・・・分かりました。それじゃあ、またね、ハルト」

 

ディアベルの言葉に納得したコハルは、ハルトの方を向きながら去っていった。

去っていったコハルを見届けると、ディアベルは真剣な表情でハルトを見た。

 

「それで、話ってなんですか?」

 

「・・・単刀直入に聞くよ。君とコハルさんは元βテスターかい?」

 

「!? なぜそれを・・・!?」

 

ディアベルが発した言葉にハルトは動揺した。

何せ、彼とはつい昨日会ったばかりで、そんなに話をすることもなかった。

なのに、今目の前にいる人物は、自分たちが元βテスターであることを言い当てた。

警戒心を強くするハルトを見て感じたからなのか、ディアベルは少し表情を緩めた。

 

「別に大したことではないよ。ただ、キバオウさんが喋っていた時に、君たちの様子を見て、そう思っただけだよ」

 

「そう・・・ですか」

 

迂闊だったとハルトは思った。

確かにあの時、キバオウの物言いに抗議しようとしたコハルとそれを止めたハルトだったが、そんなに目立つことはなかった。

だが、目の前にいる騎士は、そんな二人のやり取りをただ一人見ていて、彼らが元βテスターだと見抜いたのだろう。

 

「・・・言わなくていいんですか?僕らが元βテスターだということ」

 

「そのつもりはないよ・・・俺にそんな資格はない」

 

ディアベルは再び真剣な表情になると、ハルトに自身のことについて話し始めた。

 

「実は、俺も元βテスターなんだ。第二層より上の景色を見てきたよ。あの日、デスゲームが始まった時、俺は真っ先にうまい狩り場やボロいクエストで自分のためだけに自分を強化していたよ。そして、気づいたら犠牲者が2000人も出たことを知った時、すごく後悔したよ。もし、自分が他の人たちを助けるために動いていたら、犠牲者は減っていたかもしれない。だからこそ、もう二度と後悔しないために、βテストで得た知識を生かしていきながら、誰も犠牲者を出さないで第一層を突破するために今回のボス攻略のリーダーになったんだ」

 

ディアベルの言葉一つ一つに彼がこの世界で感じた後悔やら罪悪感が感じられた。きっと、彼もこの世界で彼なりのやり方で生き抜き、今でも自分のしていることが正しいことなのか、間違っていることなのか、その狭間に苦しんでいるのだろう。

 

「君にもこの先、みんなを助け出す為に、攻略の手伝いをしてもらいたいって思っている。どうか、考えてほしい」

 

そう言うと、ディアベルは立ち去っていった。

ハルトはコハルのところに向かう最中でも、ディアベルが話したことが頭から離れなかった。

少なくとも、今の自分では答えは出せない。今の自分ではあまりにも弱すぎる。

確かにこの世界には、会議中のキバオウの言っていたうまい狩り場やボロいクエストを独り占めするプレイヤーも居れば、エギルやザントの言っていた他人の為に行動しようとしているプレイヤーもいる。

 

「あ、ハルト!ディアベルさんとの話って、何の話だったの?」

 

「・・・ごめん。今はまだ秘密。話せる時が来たら話すよ」

 

「えー、男同士の秘密!?」

 

ぶーたれるコハルを見つめながらハルトは小さく笑う。

今のハルトには、コハルを守って生き抜くことで精一杯だった。




・エギル
安く売って、安く買い取るで有名なお方。見た目通りマッチョなキャラであり、IFのイベントではほとんどギャグキャラになる。まぐろ。

・トウガ
オリキャラの一人。イメージは「インフィニティト・ストラトス」の織斑一夏をキリト風にした感じ。CVは福山潤。普段は穏やかな雰囲気の少年だか、時には頑固になり、自分の信念を曲げない心を持っている。ギルドリーダーということもあって、指揮能力も高い

・「紅の狼」
トウガをリーダーとしたオリジナルギルド。メンバーは五人で全員幼馴染。

・ザント
オリキャラの一人。イメージは顔が「機動戦士ガンダムOOF」のフォン・スパークで髪型が「鬼滅の刃」の不死川実弥みたいな感じ。CVは岡本信彦。顔が悪人顔であり、普段から笑みを浮かべているが、鋭い洞察力を持っていて掴みどころがない人物。

・改訂版の攻略本
あくまで、この「ソードアート・オンライン IF」での設定です。本編でアルゴが改訂版を出したのかは分かりません。

・フードの女性
一体、何者ナンダ。


気づいたら7000文字以上超えてた・・・
本来なら「紅の狼」のメンバー紹介までいきたかったけど、文字数があまりにも多いので次回の最初に紹介します。
ということで次回は「紅の狼」のメンバー紹介&第一層ボス攻略!
お楽しみに

P.S 最近バンドリとツイッター始めました。詳細は私のプロフィールで。


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ep.4 第一層ボス攻略

SAOIFとバンドリのイベントをやりながら書いたボス攻略編with「紅の狼」紹介です。




ディアベルから頼まれた依頼を一通りこなしたハルトとコハルは、宿にチェックインを済ませたら、《トルバーナ》の街を歩いていた。

街中は明日のボス攻略に参加するプレイヤーばかりで、(みな)それぞれ、話したり、食事をしたりする者、パーティーでスイッチ等の練習する者で溢れていた。

 

「うん?あの人は・・・」

 

街中を歩いていたハルト達は、ふと目に付いたある人物を見て、足を止める。

その人物とは、先の攻略会議で真っ先にキバオウのしようとしたことを真っ先に止めようとした人物であり、彼の他にも3人の人物が立っていた。

 

「あのー、すみません」

 

「ん?あんた達は・・・」

 

ハルトに声を掛けられ、振り向く少年たち。

視線の先には、最初にキバオウに異議を唱えた人物トウガの他に、茶髪の少年と黒髪で穏やかな雰囲気の少年。そして、キバオウに元βテスターとビギナーの違いを唱えた青年ザントがいた。

 

「初めまして、僕はハルト。こっちはコハルって言います。あなた達、先程の会議でキバオウさんに異議を唱えてた人たちですよね?」

 

「だったら、なんだってんだぁ?」

 

キバオウをかばっていると感じたのか、敵意を出してきたザントを見て、慌てて誤解を解こうとするハルト。

 

「誤解しないでください。ただ、あの人のしようとしたことを止めてくれたお礼を言いたいだけです」

 

「なるほど・・・確かにあのまま止めなければ、元βテスターはビギナー達から批判の的になってただろうしな。おっと、自己紹介がまだだったな。俺はトウガ。ギルド紅の狼のギルドリーダーだ。それと、こっちの二人は・・・」

 

「ソウゴだ。まぁ、よろしくな。んで、こっちの見た目がひ弱そうで実はかなり強いのがコノハだ」

 

「ひ弱そうって・・・初めまして、コノハです。よろしくお願いします」

 

ソウゴとコノハと握手するハルトとコハル。

 

「他にも後、二人いるんだけど、俺たちと違って、まだSAOに慣れていないから、今回のボス攻略には参加しないで別の街に待機させているんだ」

 

二人の少年を紹介したトウガは、ザントの方に顔を向けた。

 

「最後にギルドのメンバーじゃないけど、今回のボス攻略で俺たちとパーティーを組むことになった・・・」

 

「ザントだ。まっ、ボチボチやるさ」

 

そう言いながら、ハルトとコハルに握手するザント。

 

「・・・あれ?」

 

ザントの手を握ったコハルが、不思議そうな顔をしながらザントを見た。

 

「なんかザントさんって、どこかで見たことあるような・・・」

 

「あぁ?何言ってんだお前。お前と会ったことなんて・・・いや、待てよ・・・」

 

コハルの言葉に怪訝そうな顔をしてたが、何か思い出したのか表情を変えた。

 

「あぁ、あの時のカップルか」

 

「「カップル!?」」

 

ザントのカップル発言により、顔を赤くするハルトとコハル。その後ろではトウガとソウゴが面白そうな表情で見ており、何故かコノハも顔を赤くしていた。

 

「か、カップルって・・・ゴホンっ!そ、そんなことよりも、あなただったんですね。βテストの時にわ「わぁーー!コハル、ストップ!」むぐぅ!?」

 

顔を赤くしながらも続きを喋り始めたコハルだが、ある一言を出したことで、ハルトに口を抑えられた。

コハルの口を抑えながら、ハルトはかなり焦った表情でトウガ達を見たが、彼らはというと

 

「別に俺たちは気にしてないから安心してくれ。ザントからもさっき元βテスターだって、教えてもらったし、あいつ(キバオウ)みたいに元βテスターを嫌っている奴なんて、ほんの一部さ」

 

その言葉を聞いて二人は安堵した。よくよく考えたら、そんな考えの持ち主なら、攻略会議の際に真っ先にキバオウがしようとしたことを否定しないだろう。

そんな感じのことをトウガに言うと

 

「まぁ、この世界には色んな人がいるしな。けど、ああいうのは良くないと思ったから、同じビギナーとして注意したんだけど・・・」

 

「気にすんなよトウガ。あいつらは自分たちの弱いところを否定して、他人のせいにしてるだけだしな」

 

「そ、ソウゴ君。流石にそれは言い過ぎだよ・・・」

 

場が少し暗くなる。

 

「と、ところで、ザントさんってβテストでは黒髪じゃなかったですか?」

 

場の空気を変えるべく、ハルトがザントに質問した。

 

「あぁ、元のアバターがそうだったな」

 

「元のアバター・・・ということは、この白い髪がリアルの髪型なんですか?」

 

「そうだが、なんか問題でもあんのかよ?」

 

「い、いいえ!特に問題ありません」

 

そんな感じのやり取りをした後、ハルト達は彼らと別れた。

 

「この世界にも色んな人がいるんだね」

 

「うん、そうだね・・・」

 

コハルの言葉に、歯切れ悪く返すハルト。

昨日、今日とで多くの人と出会い、どのプレイヤーもそれぞれの信念を持っていることを知ったハルト。

どれが正しくて、どれが間違っているのかは、まだ分からない。

だが、今はまず目の前の目標だと結論付けたハルトは、明日のボス攻略に備えるべく宿に戻った。

 

 

 

 

翌日。《探求の草原》

攻略組はディアベルに先導されながら、プレイヤー達は迷宮区に向かうべく、フィールドを移動していた。

 

「スイッチだ!ハルト!」

 

「ハァーーー!」

 

キリトに言われるがままにスイッチを発動して、前方のネペントを切り裂き、四散させる。

ふと、隣を見ると

 

「す、スイッチ!」

 

「・・・」

 

コハルの掛け声と共にレイピアでオオカミのエネミーを突き飛ばし、そのままポリゴン状に四散させるフードの女性。

 

「す、すごいね、あの人・・・」

 

「うん、早さだけじゃない。ブレがなく、正確にエネミーの弱点を付いている様子から、細剣(レイピア)の熟練度がかなり高いと思う。でも、そんなすごい人なら有名になってもおかしくないはず・・・」

 

フードの女性のスキルの高さに思わず感心するコハルと、高いスキルを持っていながら、最前線で有名になっていないことに疑問を持つハルト。

 

「中々やるだろ、あのフェンサーさん」

 

そんな二人に声を掛けるキリト。

 

「ねぇ、キリト。あんなにすごい人なのに、僕らはあの人のことを聞いたことがないんだ。どうして、今まで噂とかにならなかったのか知ってる?」

 

「まぁ・・・あのフェンサーさん、毎日のように迷宮区に潜り込んでいて、最低でも三日も潜り込んでたって話だよ」

 

「「三日!?」」

 

キリトの言葉に驚く二人。

迷宮区に三日も潜り込むなんて、正気の沙汰じゃない。攻略を進めていけば、途中でポーションが切れそうになったり、疲れが溜まったりするから、普通は数時間経てば街に戻り、迷宮区に籠るというのは、三日どころか一日以上籠ることすら至難の業だ。

 

「まぁ、流石に疲れが溜まってたのか、俺が見つけた時には倒れてな。そのままにしておくわけにもいかなかったから、俺が迷宮区の外まで運んで、ボス攻略会議のことを教えて、今ここにいるって感じかな」

 

キリトがフードの女性のことについて話していると

 

「何をしているの?もう皆、先に行ってるわよ」

 

フードの女性がそう言い、そのまま攻略組の方に向かった。

 

「ひとまず、話は後だ。行こうぜ」

 

ハルトとコハルもキリトの言葉に従い、攻略組の後を追うのだった。

 

 

 

 

その後、何とか迷宮区にたどり着き、迷宮区でも難なく突破した攻略組はついにボス部屋の前にたどり着いた。

巨大な扉を前に、ディアベルを中心にプレイヤー達が集合する。

ディアベルはプレイヤー達の顔を見回すと、真剣な表情で口を開いた。

 

「俺から言うことは1つだけだ・・・勝とうぜ!」

 

『おお!!!』

 

ディアベルが先陣を切ってボス部屋に入り、それにプレイヤー達が続いた。

ボス部屋の中は暗く、大広間だった。プレイヤー全員が立ち回るにも十分な広さである。

プレイヤー達が扉をくぐると、部屋に明かりが灯り、大広間最奥の玉座に腰掛けていたボス《イルファング・ザ・コボルドロード》が立ち上がった。

通常のコボルトの何十倍はあろうかという巨大なコボルト。右手に巨大斧、左手に盾を携えている。通常のコボルトより赤く、太っているかのように見える体は、筋肉の塊そのもので、その筋力でボスは巨大な斧を楽々と担ぎ上げる。

続いてボスの前にコボルド(センチネル)が数体ポップする。

 

「総員!突撃ぃーーー!!」

 

『うおーーー!!!』

 

ディアベルの掛け声と共に、プレイヤー達が一斉にボスに向かっていく。

キリトとフードの女性も後に続く。

 

「スイッチ!」

 

「やぁーーー!」

 

キリトの掛け声と共にレイピアでコボルドを突き飛ばし、そのまま四散させるフードの女性。

 

「コハル!僕たちも。スイッチ!」

 

「任せて!」

 

ハルトの掛け声と共に、コハルは短剣でコボルドを切り裂き、そのまま四散させる。

センチネル担当であるキリト達のパーティーは順調にコボルドを倒していった。

一方、ボス担当の方も攻略は順調だった。

 

「A隊、下がれ!B隊、前へ!」

 

ディアベルの的確な指示の下、攻略組は攻撃、防御を繰り返し、順調に《イルファング・ザ・コボルドロード》のHPを削っていた。

 

「次!H隊、前へ!」

 

ディアベルの掛け声と共に前に出てきたのは、「紅の狼」の三人とザントだった。

トウガは右手に片手直剣、左手に盾。ソウゴは両手に槍。コノハは右手に短剣。ザントは右手に片手直剣を持ちながらボスの前に立った。

 

「連携を崩すなよ。ボスの持っている斧は強力だが、避けることも防御することもできない攻撃ではない。隙を見つつ、攻撃しろ」

 

「「了解!!」」

 

トウガの指示に従い、行動し始める「紅の狼」の二人。

《イルファング・ザ・コボルドロード》がトウガ達に向かって斧を振り下ろすが

 

「ふんっ!」

 

トウガが左手に持っている盾で防ぐ。

その隙に、ソウゴとコノハがそれぞれ左右から

 

「はぁ!」

 

「やぁーーー!」

 

持っている武器で《イルファング・ザ・コボルドロード》の両足を攻撃する。

両足を攻撃され、体制を崩した《イルファング・ザ・コボルドロード》。

 

「ザント!」

 

「任せろぉ!」

 

その隙を付いて、トウガとザントは同時に剣を振り、《イルファング・ザ・コボルドロード》に攻撃した。

攻撃された《イルファング・ザ・コボルドロード》は、そのまま後ろへ押し出され、HPのゲージが残り一本になった。

 

いける!

 

誰もがそう思った瞬間、《イルファング・ザ・コボルドロード》は突然、雄叫びを上げ、持っていた巨大斧と盾を捨てた。

事前情報では《イルファング・ザ・コボルドロード》はHPをある程度削ると武器を曲刀(タルワール)に変えてくると説明されていたので、おそらく武器を変えるモーションを行っているのだろう。

 

「よし!H隊、後退!C隊、前へ。俺も出る!」

 

ディアベルがH隊を後退させて、自身の隊のメンバーと共に自ら前に出た。

そんな中、《イルファング・ザ・コボルドロード》は背中にあった武器を引き抜いた。

 

「「「「!?」」」」

 

この時、《イルファング・ザ・コボルドロード》が引き抜いた武器を見て、違和感を感じたものがこの場に四人いた。

 

「(あれは・・・本当にタルワールなのか?)」

 

一人目はハルト。遠くてよく見えないが、曲刀にしてはやけに細いと感じた。

 

「(タルワールって確か、イスラム圏の・・・だが、あれは・・・)」

 

二人目はトウガ。自分の知っている曲刀と若干違っている。

 

「(あの刀・・・どっかで見覚えあるぞ・・・)」

 

三人目はザント。《イルファング・ザ・コボルドロード》が持っている刀を見て、どこかで見たことがあると思っていた。

三人がそれぞれ感じた違和感に膠着している中、ディアベルが仕掛けたが

 

「だめだ!全力で後ろに飛べ!」

 

四人目の違和感を感じた人物、キリトがディアベルに向かって叫んだ。

だが、ディアベルが後退する前に《イルファング・ザ・コボルドロード》が素早い動きでディアベルに近づき、持っていた刀、野太刀でディアベルを切り裂いた。

 

「ぐぁーーー!」

 

切りつけられたディアベルが後ろに吹き飛ばされ、更に追撃を掛けるように《イルファング・ザ・コボルドロード》がディアベルに向かってきた。

 

「!!」

 

「あ、ハルト!!」

 

ハルトは咄嗟に飛び出した。

後ろからコハルの声が聞こえた気がしたが、ハルトはそれに構わず、ディアベルの方へ走った。

《イルファング・ザ・コボルドロード》が倒れているディアベルに迫り、追撃を行おうと野太刀を振り下ろした瞬間

 

「させるかーーー!」

 

ハルトがディアベルの前に出て、野太刀を剣で受け止めた。

 

「うおーーー!」

 

一歩遅れて、キリトも前に出て野太刀を剣で突き上げた。

武器を突き上げられた《イルファング・ザ・コボルドロード》は後ろに後退し、その隙に二人はディアベルをを安全な場所に移動させた。

 

「ディアベル。何故、あんな無茶を?」

 

安全な場所に移動したキリトがディアベルに問う。

 

「お前も・・・元βテスターなら分かるだろ・・・」

 

「!?・・・ボスのLA(ラストアタック)ボーナスか・・・」

 

LAボーナス。それはエネミーに止めを刺したプレイヤーが稀に貰えるもので、貰えるものは大量のコルやレアな武器などがある。

 

「俺は、攻略組のリーダーだ・・・みんなを守っていくには知識だけじゃダメなんだ・・・俺自身も強くなれないと、この先・・・誰も守ることができない・・・だから・・・俺は・・・」

 

「ディアベルさん・・・」

 

ディアベルの言葉には一つ一つ悔しさが含まれているのをハルトは感じた。

リーダーとして、元βテスターとして自分の責務を全うすべく、彼はボスのLAボーナスを取りにいったのだろう。

だが、結果はこの通り。自身は危うく死に掛け、周りもリーダーが倒されてパニックに陥っている。状況は最悪だった。

 

「頼む・・・二人共・・・ボスを倒してくれ・・・俺はまだ動けない。くそ!」

 

HPこそゼロにはなっていないが、スタンの状態になったディアベルを見て、二人は立ち上がった。

 

「行こう・・・ボスを倒しに!」

 

「ああ!」

 

ハルトの言葉に答えるキリト。更にそこに

 

「私も一緒に行くわ。あなたのパートナーだから」

 

フードの女性がそう言いながら、フードを引き剝がした。

その人物はやはり女性。いや、正確にいえば少女であった。

栗色のロングヘアーを持つ美しい少女にキリト達は目を奪われていたが、すぐに前を向いた。

 

「よし、行こう!」

 

三人は《イルファング・ザ・コボルドロード》に向かって走り出した。

《イルファング・ザ・コボルドロード》はこちらに向かってくる三人を見ると、「グォォォーーー!」と吠えながら、野太刀を三人に向けて振り下ろしたが

 

「ふん!」

 

キリトが剣で《イルファング・ザ・コボルドロード》の攻撃を防いだ。

その隙を付いて、ハルトと少女が《イルファング・ザ・コボルドロード》に攻撃した。

しばらくは、その工程の繰り返しだったが、ピンチは突然起きた。

《イルファング・ザ・コボルドロード》の攻撃を防いでいたキリトだったが、《イルファング・ザ・コボルドロード》の上かと思いきや、下から上に切りつけるフェイント攻撃に対応できず、攻撃をまともにくらい、後方に飛ばされた。

 

「あっ!」

 

吹き飛ばされたキリトを見て、一瞬目を逸らす少女。

その隙を付いて、《イルファング・ザ・コボルドロード》が少女に向けて野太刀を振り下ろしたが

 

「おおーーー!」

 

雄叫びと共にエギルが両手斧で攻撃を防いだ。

 

「回復し終えるまで、俺たちが支える!これ以上、あんたらだけに負担をかけさせるわけにはいかねぇ!」

 

エギルの言葉を聞いてキリトの方に向かう少女。

少女に回復してもらいながら、キリトは《イルファング・ザ・コボルドロード》の前に立っているエギル達に大声で叫んだ。

 

「ボスは全方位攻撃を使う!囲まないで正面から受け止めて攻撃するんだ!」

 

『おう!分かった!』

 

キリトの忠告に返事で返すエギル達。

一方、キリトの忠告を聞いたトウガに一つの考えが浮かんだ。

 

「あのボスの全方位攻撃とやら。彼の言葉を聞くとおそらく、強力な技だろう。だとすると・・・」

 

そう考えていたトウガだったが、《イルファング・ザ・コボルドロード》が今までとは違うモーションをした。

それを見たトウガは咄嗟に動き出した直後、《イルファング・ザ・コボルドロード》がエギル達に全方位攻撃を放った。

全方位攻撃によりエギル達は吹き飛ばされたが、《イルファング・ザ・コボルドロード》も動きが鈍った。

 

「やっぱり、強力な攻撃をするとその分、隙ができるよな!」

 

その隙を付いて、トウガが<レイジ・スパイク>で攻撃をした。

 

「うおーーー!」

 

「やぁーーー!」

 

更に、ソウゴが<コンヴァージング・スタブ>。コノハが<カーヴ>で《イルファング・ザ・コボルドロード》に攻撃する。

三人の攻撃により、怯んだ《イルファング・ザ・コボルドロード》を見て、ハルトは今自分が持っているソードスキルの中で一番強力なソードスキル<ヴォーパル・ビート>を放った。

 

「はぁーーー!」

 

強力な五連撃のソードスキルが《イルファング・ザ・コボルドロード》のHPを削る。

HPはゼロになっていないが、これだけ削れていればハルトにとって十分だった。

 

「今だ!二人共!」

 

ハルトの言葉と共に前に出るキリトと少女。

 

「アスナ、頼む!一瞬でいい!」

 

キリトの掛け声に少女アスナは《イルファング・ザ・コボルドロード》が野太刀を振り下ろす前にレイピアで《イルファング・ザ・コボルドロード》を突き刺した。

 

「うおーーー!」

 

続いてキリトが叫び声と共に、剣で《イルファング・ザ・コボルドロード》の体を一気に切り裂いた。

キリトの攻撃をくらい跳ね上がった《イルファング・ザ・コボルドロード》はそのまま地面に倒れ、その体をポリゴン状に四散させた。

辺りが暗くなり、センチネルもポップしなくなったことで静寂が続いたが

 

『うおーーー!勝ったぁーーー!』

 

《イルファング・ザ・コボルドロード》が四散したことで無事にボスを倒したと察したプレイヤー達は勝利の雄叫びを上げた。

 

「お疲れ様」

 

「やったね、キリト」

 

疲れが溜まったのかその場に座り込んだキリトに声を掛けるアスナとハルト。

二人の言葉を聞いて立ち上がったキリトに、エギルとディアベルが声を掛ける。

 

「コングラチュレーション。見事な戦いだった」

 

「ありがとう、キリトさん。ボスを倒してくれて」

 

「いや・・・」

 

ぶっきらぼうに言いながらも、ディアベルが差し伸べた手を握り返そうとした瞬間

 

「なんでだよ!!」

 

突然鳴り響いた叫び声でその場にいる誰もが静まり返った。

 

「なんで、ディアベルさんを見殺しにしようとしたんだ!」

 

そう叫んだのは、ディアベルと同じ隊のメンバーの一人であり、彼の背後にも仲間がいたが、全員憎らし気にキリトを見ていた。

 

「待ってください!キリトさんはハルトと一緒にディアベルさんを助けようとしてたんですよ!何もそこまで言うことないじゃないですか!」

 

「それは結果の話だろ!現にそいつはボスのソードスキルを知っていた。最初から伝えていれば、ディアベルさんが危険な目に合うこともなかった!」

 

コハルがキリトを庇おうと抗議したが、相手はそれを聞いてはくれない。

彼の言葉に周りがざわめき始める中、一人のプレイヤーが口を開いた。

 

「オレ、俺知ってる!こいつ元βテスターだ!だから、ボスの攻撃を知ってたんだ!知ってた上で隠してたんだ!自分がボスのLAを取るために!」

 

「馬鹿かテメェは?」

 

プレイヤーの言ったことを否定したのはザントだった。

 

「ボスの情報はβテストの情報って攻略会議で確認しただろ。こいつが元βテスターだったら、その知識は攻略本と同じだろ。んで、こいつがあの武器の対策を知っていたのは、似たようななエネミーを上で見たからだろ」

 

「それは・・・あ、あの情報そのものが嘘だったんだ!あの鼠だって元βテスターだ!タダで本当のことを教えるわけないだろ!」

 

その言葉が響いた直後、周りから「マジかよ・・・」「俺たちは騙されてたのか・・・」「くそ!出てこい、、元βテスター!」など元βテスターに対する敵意が漂った。

ザントはそんな彼らの様子を見て「猿どもが・・・」と悪態づいた。

ハルトは焦っていた。この状況をどうにかしないと、このままでは元βテスター全員がビギナー達の糾弾の対象になりかねない。

 

「あんたね・・・」

 

「やめるんだ皆。彼は・・・」

 

同じことを思ったのか、アスナとディアベルが前に出て口を開いたが、キリトが両手で制した。

 

「元βテスターの連中と俺を一緒にしないでくれるか」

 

その言葉に、誰もがキリトの方を向いた。

 

「確かに、βテスターの連中は千人いたが、それらのほとんどは素人だったよ。でも、俺は違う」

 

キリトは冷ややかな笑みを浮かべた。

 

「俺はβテストで誰も到達できなかった層まで登った。ボスの攻撃を知っていたのもザントの言う通り上の層で同じ武器を使うエネミーと戦ったからだ」

 

「なんだよそれ・・・もう、チートだろ、そんなの・・・」

 

一人のプレイヤーの言葉に周りから「チーターだ」やらの声が聞こえたが、聞こえた声の一つ、'ビーター'という言葉に反応するキリト。

 

「いいね、ビーター。気に入ったよ、俺は今日からビーターだ!」

 

そう言いながら、キリトは《イルファング・ザ・コボルドロード》からドロップした黒コートを装備した。

 

「二層の門は俺がアクティベートしてやる。死ぬ覚悟があるやつだけ付いてくるんだな」

 

その言葉を最後に、キリトはボス部屋奥の扉を押し開け、そのまま奥に消えていった。

辺りにまたもや静寂が続いた。

 

「キリトさん。なんで、あんなことを・・・」

 

「・・・キリトは僕たちを。いや、全ての元βテスターの人たちを守るために、自分が悪者になるようなことをしたんだ。ビギナー達の憎しみを他の元βテスター達に向けさせないために・・・」

 

キリトのしたことは、ハルトにはお見通しだった。

彼はビギナー達の憎しみを自分一人が受け止めることで、他の元βテスター達への憎しみを少しでも和らげようとした。

そんなキリトの決意に沈黙が続いたが、二人の隣にいたアスナがゆっくりと口を開いた。

 

「・・・私、彼を追いかけるわ。まだお礼を言ってないし」

 

アスナが二人に向かって呟いた。

すると、それを聞いたエギルが近づいてき、アスナにキリトへの伝言を頼む。

 

「俺から伝言頼む。次のボスも一緒に攻略しようぜって」

 

「僕らからもお願いします。また一緒に戦おう。それと、困ったときはいつでも頼ってくれって」

 

「分かったわ。しっかり伝えるから」

 

エギルとハルト達の伝言を聞いたアスナはキリトを追いかけようとしたが、またもやアスナに声を掛ける者がいた。

 

「ちょい待ってんか」

 

後ろから聞こえた制止に足を止め、振り返るとキバオウがいた。

 

「その・・・ワイからも・・・伝言頼む。今日は自分らに助けてもらたけど、ワイはやっぱり認められん。ワイはワイのやり方でクリアを目指したるって」

 

そう言うと、キバオウはディアベルのところに戻った。

 

「・・・分かったわ」

 

キバオウの伝言を聞いたアスナは、今度こそキリトを追いかけるべく扉の奥に消えていった。

 

「さて・・・問題はこれだけじゃないな」

 

エギルが呟きながら、ディアベル達が集まっている方を向く。

 

「な、なんでだよ、ディアベルさん!なんでリーダーを降りるんだよ!?」

 

「すまない、俺にはもう皆を導く資格はない」

 

ディアベルのリーダー降板の宣言に最初にキリトを糾弾した人物は叫ぶ。

 

「俺は俺の身勝手な行動のせいで、皆に迷惑をかけてしまった。その上、俺は欲を優先してボスのLAを取ろうと迂闊に前に出てしまった」

 

「それは・・・そもそも、あのビーターが・・・」

 

「結果的に、俺が皆よりも自分のことを優先した事実には変わりないよ」

 

ディアベルの言葉に俯く男。

すると、彼と入れ替わるように、キバオウがディアベルに問い掛ける。

 

「それじゃ、これから誰があんさんの変わりに攻略組のリーダーになるんや?」

 

「・・・リーダーはリンド。それと、キバオウさんの二人に任せたい。だが、その上で頼みたいことがある」

 

ディアベルは真剣な表情でキリトを糾弾したリンドとキバオウを見て話した。

 

「この先もキリトさんの力を借りることは必ず出てくる。その時に、彼を糾弾せずにきちんと受け入れてほしい」

 

「!? ディアベルさん、それは・・・」

 

「彼の戦力は貴重だ。この先、皆で生き残るためにも・・・頼む!」

 

ディアベルの願いを聞いたリンドとキバオウは、しばらく無言だったが、それぞれの答えを言った。

 

「分かった。ディアベルさんがそう言うなら・・・」

 

「ワイらはあんさんが戻ってくるのを待っとる。それまでにリーダーの役目は預からせておくわ」

 

二人の言葉にディアベルは「ありがとう」と言うと、そのままボス部屋の入口から出ていった。

それに続いて、キバオウ達も部屋から出始めた。

 

「俺も仲間のところに戻る・・・そのー、あまり気に病むな」

 

エギルが仲間と共に部屋を出る。

 

「・・・俺たちも出よう。二人にもボスを倒したことを報告しないと」

 

「そうだな・・・あまり、気持ち良くねぇけどな」

 

「うん・・・」

 

「・・・」

 

エギル達に続いて、「紅の狼」の面々とザントも部屋から出て、部屋に残ったのはハルトとコハルの二人だけとなった。

 

「僕らも出よう、コハ「(どさっ!)」・・・ル?」

 

部屋から出ようとコハルに呼びかけようとしたハルトだが、コハルがいきなり抱きついてきて困惑する。

 

「ごめんね、ハルト。君がディアベルさんを助けようとした時、私は足がすくんで動けなかった」

 

コハルは涙を流しながら、話を続けてた。

 

「もし、私が動けなかったせいで、仲間が・・・君が死んでしまったら・・・私・・・」

 

「コハル・・・」

 

コハルの気持ちは痛いほど分かった。

自分も、もし自分のせいで誰かが死ぬようなことがあれば、一生後悔するだろう。先程、自分のことだけを優先して後悔したディアベルみたいに・・・

 

「私、もっと強くなりたい!キリトさんやアスナさん。紅の狼の皆やザントさんみたいに!」

 

「うん、そうだね・・・強くなろう。あの人たちに負けないくらい」

 

自分たちが憧れている人たちを超える。

このデスゲームの世界で、少年と少女はまた新たなる目標を見つけた。

こうして、SAO初のボス攻略は代償はあったものの、死者ゼロで攻略することができた。




・ソウゴ
オリキャラの一人。イメージは「機動戦士ガンダムSeedDestiny」のシン・アスカの髪を茶色にして、目つきを「ガンダムビルドファイターズ」のレイジにした感じ。CV鈴村健一。目つきが鋭く、近寄りがたい雰囲気を持つが、ギルドの仲間たちには優しく、思いやりのある少年。

・コノハ
オリキャラの一人。イメージは黒髪に黒目と、どこにでもいそうななろう系主人公の感じ。(一番近いのは「ありふれた職業で世界最強」の南雲ハジメ覚醒前)CVは下野紘。内気な性格の少年で、ギルドのメンバーが揉め事を起こそうとしても、止められずにオドオドするタイプ。

・<コンヴァージング・スタブ>
槍の星3スキル。前方の敵に突きをするスキルで、槍の星4が少なければ、使うこともある。

・<カーヴ>
短剣の星1のスキル。短剣をただ振るだけ。クエストをこなせば簡単に手に入る。

・<ヴォーパル・ビート>
初期の片手直剣の星4スキル。五連撃のスキルで威力は高いがその分、隙が大きい。

・「なんでだよ!!」
「なんでや!」だと思った?残念!「なんでだよ!!」でした!

・キリトビーター化
どの世界でも彼がビーターになる運命は変えられない。

・ディアベル攻略組、脱退
当日、このシーンを見た時、こうきたかーと思わず感心してしまった。


文字数10000越え。ホワァ!!?
やはり、戦闘シーンがあるととめっちゃ長くなる・・・
次回は第二層編。プログレッシブの内容とSAOIFのストーリーが混ざったストーリーになっております。(当然、SAOIFで登場しなかったあの鍛冶屋も登場します)
ぜひ、楽しみにしてください。


※誤字報告&謝罪
ep.2の話の途中で別の小説を読みながら執筆したせいなのかハルトの名前が私の読んでいた小説(同じSAOの二次小説)の主人公の名前になっており挙句、内容もその小説の話と似たような内容になってしまい、その小説の作者及びその小説を読んだことのある読者に困惑や不快な思いをさせてしまったことを謝罪します。もし、ご要望があれば、すぐさま書き直しますので、何卒、メッセージを送ってください。


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ep.5 《自然洞窟》を抜けた先へ

今回から第二層編です。
タイトル。最初、”特別なスキルを手に入れろ”だったんですが、SAOIF要素も入れた方がいいと思い、こんな感じにしました。


第一層フロアボス攻略から数日後。ハルトとコハルは第二層へと訪れていた。

転移門の周りには辺り一面、砂漠が広がっていて、所々に枯れ草が生えている。

まるでサバンナのようなフィールドの所々には牛のエネミーが歩いていた。

 

「見て、ハルト。あそこに牛がいっぱいいるよ。モーモー天国だね!」

 

「そうだね。でも、その牛たちエネミーだからね」

 

牛のエネミーがたくさんいることに目を輝かせているコハルと、それを見て呆れるハルト。

第二層に入っても二人は平常運転だった。

 

「ニァハハハ!相変わらず元気そうじゃないカ。お二人さん」

 

二人が話していると、後ろから声を掛けられ、振り向くと、アルゴがいた。

最初にあった時と違って、左右の頬に三本の髭らしきものを付けていた彼女は陽気な笑みを二人に向けていた。

 

「あ、アルゴさん!?びっくりした・・・」

 

「全く、最初に会った時といい、今といい、相変わらず神出鬼没ですね」

 

「ニァハハハ!こうでもない限り、情報屋なんて仕事はやってられないからナ!」

 

驚いているコハルと苦笑いしながら話すハルトに、陽気に返すアルゴ。

 

「第一層が突破されたと聞いてナ。情報を得るべくフィールドを探索してたんダ。そうしてたら、二人が二層に入ってきたの見て声を掛けたんダ」

 

「そうですか。せっかくだから二層についての情報とかあったりしません?」

 

ハルトが二層についての情報がないか質問すると、アルゴはニィーと笑う。

 

「本来なら数万コルとるところだガ、第一層のボス攻略に貢献したみたいだしナ。特別にタダにしといてやるヨ・・・ここより少し先の《枯燥の草原》にある《自然洞窟》を抜けた先に特別なスキルが貰えるんダ」

 

「特別なスキル?それってどういうスキル?」

 

「それは着いてからのお楽しみということデ。ちなみにキー坊も少し前にそのスキルをゲットしたゾ」

 

「キー坊って・・・キリトのこと?」

 

その話を聞いて、ハルトは少し興味を持った。

元βテスターであり第一層ボス攻略の際にビーターと呼ばれるになったキリト。そんな彼が取りに行くということは、そのスキルは戦闘で役に立つスキルなのだろう。

 

「コハル、君はどうする?」

 

「ハルトが行くなら私も行く。それにキリトさんが取りにいったスキル。私も興味あるし」

 

コハルの返事を聞き、ハルトはスキルの情報をくれたアルゴにお礼を言った。

 

「情報、ありがとうございます。その《自然洞窟》に行ってみます」

 

「気を付けろヨ。オレッチは二層の情報について集めておくから」

 

「はい」と返事をしたハルトは《自然洞窟》に向かおうとしたが、その前にコハルがアルゴに問い掛ける。

 

「あの、私からも一ついいですか?」

 

「ん?なんダ?」

 

アルゴはまだ何かあるのかと思いながらコハルを見る。

 

「・・・その髭の理由。教えてくれませんか?」

 

「トップシークレットダ。結構高いゾ」

 

 

 

 

《自然洞窟》の中は薄暗く、エネミーは蜂、コウモリ、鼠など様々な種類が洞窟のあちこちに潜んでいた。

洞窟内を警戒しながら歩く二人に一体のコウモリが迫ってきたが

 

「はぁ!」

 

ハルトがレイピアでコウモリを突き飛ばし、そのままポリゴン状に四散させる。

 

「すごいねハルト。細剣の熟練度また上がってる」

 

「まぁ、ここに来る前に少し上げていたからね。いつ、どんな敵が来ても、それぞれのエネミーの武器の属性に有効な武器で攻撃できるように」

 

そう言いながら、レイピアを腰に収めるハルト。

 

「ねぇ、ハルトってどのくらいの武器を鍛えているの?私は動きやすいから比較的軽い細剣や短剣を鍛えているけど」

 

「そうだね・・・全部で五つかな」

 

「五つ!?」

 

ハルトの言葉に驚くコハル。

 

「具体的に言えば、片手直剣、細剣、片手棍、槍、斧だけど・・・」

 

「そ、そんなに鍛えていて、武器の熟練度とか低かったりしないの?」

 

コハルの疑問に、特に表情を変えることなく答えるハルト。

 

「まぁ、一つの武器に熟練度を注いでいる人たちに比べたら低いと思うよ。でも、僕は一つの武器でやっていくスタイルより、複数の武器を使って臨機応変に対応しながら戦うスタイルの方が自分にむいているから」

 

「そうなんだ・・・あ!でも、いきなり自分の持っている武器の属性が弱点じゃないエネミーが出てきたらどう対処するの?・・・まさか、一々メニューを開いて持っている武器を交換するって言うんじゃ・・・」

 

「そんなことをしていれば、エネミーに隙を突かれて最悪ゲームオーバーだよ。そういう時はクイックチェンジを使うんだ。こんな風に今持っている武器とストレージにある武器をその場で入れ替えることができるよ」

 

そう言いながら、クイックチェンジで持っていたレイピアを一瞬で片手棍に変え、それをコハルに見せるハルト。

コハルが「おー」と言ってハルトを褒める中、ハルトは両手をパン!と叩いて

 

「よし!一通り説明したし、またエネミーが来る前に、さっさと洞窟を抜けちゃおう」

 

二人は《自然洞窟》を抜けるため、歩き始めた。

 

 

 

 

《自然洞窟》を抜けた先は、険しい上り坂だった。

林の中に存在している一本道をハルト達は林の中にいるエネミーを警戒しながら、坂道を歩いていく。

 

「いつまで続くの?この坂道・・・」

 

コハルが愚痴を吐いている。

それもそうだ。なにせ二人は《自然洞窟》を抜けてから30分以上この坂道を歩いている。《自然洞窟》でエネミーと戦い続けていた二人にとって、この坂道を歩き続けることは非常に大変であった。

 

「ん?あれは・・・人影?」

 

ふと、正面から迫っている人影に足を止めるハルト。

人影は二人の方に近づいてき、ある程度近づいたら、顔がはっきりと見えた。

 

「ああっ!あなたは・・・ザントさん!」

 

「あぁ?・・・なんだテメェらか」

 

そこにいたのは、βテストの時に助けてもらい、第一層ボス攻略の時に共に戦った青年の姿だった。

二人に気づいたザントは、名前を呼んだコハルに反応しつつも、特に表情を変えることなく二人を見る。

 

「もしかして、ザントさんも特別なスキルを手に入れる為にここへ?」

 

「あぁ、そうだ。さっき手に入れて、今下山しているところだ。幸運だったなテメェら。もう少し早く着いてたら、ぶっ殺してたからな」

 

「「ぶ、ぶっ殺・・・」」

 

ザントの過激な発言に引く二人。

彼がここまで言うなんて、一体どのようなスキルなのだろうか。

ザントと別れた二人はどんなことをされるのか少し不安になりながらも、坂道を歩き続けた。

 

「あれは・・・岩?」

 

ある程度坂道を進んでいると、広々とした場所に出た。その場所の所々に巨大な岩が置いてある。

 

「見てハルト。あの岩におじいさんが座っているよ」

 

コハルが指を指した方を見れば、筋肉が目立つスキンヘッドの老人が座禅を組んでいた。その老人の頭上にはクエストを行うための!のマークがある。

立っていても何も起こらないので、二人が老人の方に寄ると、老人が二人の方を向いて話し始めた。

 

「入門希望者か?我が試練を達成すれば、我が秘技<体術>を汝らに授けよう。修行の道は険しいぞ?覚悟はあるか?」

 

一通り話を終えたら、二人の目の前にyesかnoの選択肢が描かれているメッセージウィンドウが現れた。

互いに向き合い頷いた二人は、yesのボタンを押した。

 

「よかろう。汝らに与える試練はただ一つ。拳のみでこの大岩を割るのだ」

 

「「・・・え?」」

 

老人の予想外の発言に放心する二人。

しばらくして冷静さを取り戻したハルトが岩の強度を確認すべく、岩を軽く叩いてみたが

 

「この強度・・・おそらく、破壊不能の一歩手前はある」

 

「えぇ!?」

 

ハルトの発言に驚くコハル。

未だに慌てている二人に対して、老人は無情にも言葉を進める。

 

「ちなみに汝らが試練をクリアするまでは汝らの武器は預かっておく」

 

そう言いながら、素早い動きで二人の武器を取り上げていく。

 

「あぁ!私の武器が!返してください!素手だけであの岩を破壊するなんて私には無理ですよ!」

 

コハルが武器を取り返そうと老人を追いかけるが、奪った本人は華麗な動きでコハルを躱している。

 

「逃げるのか?」

 

老人を追いかけてたコハルだが、彼の放った一言に足を止めた。

 

「所詮は女子。我が試練をクリアするのは、ちと難しかったようじゃな・・・それなら」

 

そう言うと、老人はコハルに近づき

 

「ワシがもっと有用な<体術>を伝授してやろう」

 

コハルの防具の隙間に指を入れ、立派に育っている彼女の膨らみを指で押した。

 

「!!!!」

 

コハルはすぐさま反応し、老人にビンタしたが、老人はそれを躱しニヤァと笑みを浮かべていた。

ビンタを躱されたコハルは、そのまま動かず黙り込んでいたが、冷たい声でゆっくりと口を開く。

 

「・・・ハルト」

 

「な、何?・・・」

 

一部始終見ていたハルトだが、いつもと違うコハルの様子に少し怯える。

 

「・・・絶対にクリアしよう」

 

「う、うん、そうだね・・・」

 

コハルの顔は笑顔だったが、その裏に怒りが湧いているのを感じたハルトは、特に反論せず頷いた。

二人のやり取りを見ていた老人が再び口を開く。

 

「一つ言っておくが、この岩を割るまで山を下りることは許さん。汝らにはその証を与えよう」

 

そう言いながら、右手に筆を持ち出した老人は目にも止まらないスピードで、ハルトとコハルの顔に落書きをし始めた。

 

「うわっ!?」

 

「な、何!?」

 

老人の奇行に思わず目を瞑ったハルトとコハルだが、落書きが止むと目を見開き、互いの顔を見た。

 

「あっ!ハルト、君の顔に三本の髭が付いてるよ!」

 

「え、嘘!?・・・ていうか、コハルの顔にも付いてるよ!」

 

二人の顔にはアルゴが付けているような髭を描かれていた。

 

「それは汝らが試練クリアするまだ消すことができない。信じているぞ」

 

そう言うと、老人は先程座っていた岩にもう一度座り始めた。

二人は互いに顔を見合わせず、黙って岩を見つめていた。

 

「・・・ザントさんがあんな発言をした理由、分かったよ」

 

「うん・・・そうだね・・・」

 

ハルトの言葉に共感するコハル。

二人は見た目が悪人ずらのザントの顔に髭が付く姿を想像したが、たぶん、想像しただけでも彼に斬られかねないので、すぐに想像することをやめ、それぞれの岩を破壊し始めた。

 

 

 

 

あれから三日後。

コハルの方はようやく岩にひびが入り始め、ハルトの方は半分以上ひび割れていた。

もう少しで壊せそうなハルトは、この三日間で培ってきたコツを思い出した。

 

「ふぅー・・・(やみくもに殴ってもだめだ。なるべくひびが目立っている箇所に全神経を集中させながら手に力を込めて・・・)」

 

ハルトは深呼吸したら目を瞑り、右手に力を込め

 

「(一気に当てる!)」

 

ひびが目立っている箇所を思いっきり殴りつけた。

すると、岩はひびを大きくしたと思ったら、二つに割れた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・や、やったー・・・」

 

見事、岩を割ることができたハルトはその場に座り込む。

そこに老人がやってきて、ハルトに話しかける。

 

「見事じゃ。汝に我が秘技<体術>を授けよう」

 

老人がそう言った途端、ハルトの目の前に<体術>を取得しましたと描かれているメッセージウィンドウが現れ、メニューのスキル一覧を確認すると<体術>が追加された。ついでに顔の髭を消えていた。

無事<体術>スキルを手に入れたハルトは、コハルが割るのを待とうとしたが、ふとウィンドウを開くと、自身のフレンド一覧に手紙のマークが付いているのに気づいた。

 

「ん?メッセージが届いてる」

 

差出人はトウガからだった。

第一層のボス攻略後、「紅の狼」のメンバーとフレンド登録したが、そのリーダーからのメッセージに、ハルトはどんな内容かなと疑問に思いながらも、メッセージを開いた。

内容は明日、攻略組が《枯燥の草原》のフィールドボスを討伐しようとしている情報だった。

メッセージを見終えたハルトは悩んだ。

 

「(フィールドのボスということは、二層のボスに繋がる何かが手に入るかもしれない。今から山を下りれば明日までには間に合うかもしれない。けど、それだとコハルを置いていくことになる・・・)」

 

攻略を優先すべきか、コハルが終わるのを待つべきかハルトは悩んだ。

すると、ハルトが悩んでいるのを感じたのか、コハルが笑顔で話しかける。

 

「行ってハルト。私は大丈夫だから。攻略組の人たちを助けてあげて」

 

ハルトに向かって、自分は大丈夫だと言った。

それを見たハルトは、しばらく悩んだが、決心した表情でコハルに言う。

 

「・・・攻略が終われば、必ず迎えにいく。だから、ここで待ってて」

 

「うん!」

 

コハルの返事を聞いたハルトは《枯燥の草原》に向かうべく、山を下りた。




・武器の属性
こちらもSAOIFを基準としています。

・ハルトの戦闘スタイル
実はSAOIFをプレイしている作者と同じスタイルです。

・エロ老人
プログレッシブ小説版だと普通の師匠キャラなのに、漫画版どうしてコウナッタ?

・髭が描かれているザント
想像してみてください。フォン・スパークみたいな悪人顔をしている奴の頬に髭が付いている姿を。

・体術スキル
SAO本編でも登場する特殊スキル。SAOIFでスティラ(SAOIFオリジナルキャラ)が使った時はマジでびっくりした。


ブライダルイベント(アンコール)をやって思ったこと
コハルは神。異論は認めん!

ということで、第二層編。最初はSAOIFの展開でありつつ、プログレッシブで登場する<体術>を手に入れるという流れでした。
次回もSAOIF、プログレッシブを混ぜたような展開になり、プログレッシブに登場するあの鍛冶屋やあのギルドも登場します。
お楽しみに。


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ep.6 SAO初のプレイヤー鍛冶屋

二層編、続きです。
プログレッシブキャラが登場します。


山を下り、《自然洞窟》を抜けたハルトは、トウガがメッセージで送ったフィールドボスの攻略が行われる場所に向かっていた。

攻略が行われる場所に何とかたどり着いたが、周りの雰囲気が殺伐としていた。

何事かと思いつつ、ハルトは端っこにいた「紅の狼」のリーダートウガに話しかける。

 

「ねぇ、トウガ。なんか攻略組の人たち凄い殺伐としているけど、何があったの?」

 

「!?・・・久しぶりだな、ハルト。そのことを話す前に、お前は今の攻略組がどんな状況か知ってるか?」

 

トウガの質問に対し、首を横に振るハルト。

ここ数日、武器の熟練度を鍛えてり、<体術>を手に入るクエストをしていたハルトとコハルは、攻略組の情報については何も知らないでいた。

 

「落ち着いて聞け。今、攻略組は二つのグループに分断しているんだ」

 

「えぇ!?」

 

トウガの言葉を聞いて驚くハルト。

彼の話によれば、ディアベルが抜けた後、攻略組はリンドの「ドラゴンナイツ」とキバオウの「アインクラッド解放隊」の二つに分かれてしまい、その二派は互いにいがみ合っているという。

 

「なるほど、だからあんな殺伐とした空気に・・・しかし、どうしてこんなことに?」

 

「それは俺たちにも分からない。ただ、一つだけ言えることがある。このままこの流れが続くと、必ずボス攻略で多数の死者が出かねないことだ」

 

「たく・・・くだらない意地を張る暇があるなら、少しは連携を取れるようにしやがれってんだ」

 

トウガが最悪の未来を予想し、その隣でソウゴが攻略組に対して悪態付く。

 

「とにかく、今は目の前のフィールドボスからだ。攻略組以外は取り巻きの蜂を担当することになっているが、注意しながら取り組んでいこう」

 

そう言いながら、トウガ達は攻略組の方へ向かっていった。

ハルトも攻略組の方に向かおうとしたその時、攻略組から少し離れた場所に座っている一人の少女に目が入った。

彼女は第一層のボス攻略でキリトと共にボス攻略に貢献した少女であり、名前は確かアスナと言った。

 

「確か、アスナ・・・さん、だっけ?」

 

「!? 君は確か、一層のボス攻略の時にパーティーを組んだ・・・」

 

ハルトに声を掛けられ、振り向くアスナ。

ハルトの顔を見たアスナは思い出したかのような表情をした後、ハルトに話しかける。

 

「久しぶりね。ボス攻略の時はキリト君共々お世話になったわ。後、呼び捨てでいいわよ。ところで、あなたの隣いた・・・コハルだっけ?あの子は来てないの?」

 

「えぇっと・・・コハルは今、別の用事があって、ここには来れなかったんだ」

 

アスナの質問に戸惑いながらも返すハルト。

戸惑っているハルトを見たアスナは、多少怪しんだが、特に追求したりすることはせず、もう一つの質問を投げる。

 

「それで、ハルト君。私に何か用?」

 

「いや・・・その・・・もし、パーティーを組む人がいなければ、僕とパーティーを組んでくれないかなぁなんて・・・ほら!僕らは取り巻き担当だし、パーティーを組むのに丁度いいかなぁと思って・・・」

 

この世界に来てまともに話した女子はコハルしかいないハルトは、他の女子と話すことに少し緊張していた。

緊張しながらも話しかけた目的を話すハルトを見て、アスナは特に嫌な顔をせず、口を開いた。

 

「いいわよ、一人よりも二人で戦った方が効率いいと思うし・・・その前に」

 

アスナは喋りながら、草木に手を突っ込み、何か引っ張り出した。

 

「覗き見した罰として、この人も加えても構わないかしら?」

 

「ちょっ!いつの間に気づいたんだ・・・」

 

アスナに引っ張り出されたキリトは困惑しながらアスナを見ていた。

 

『!? ビーター・・・』

 

引っ張り出されたキリトを見て、一気に周りから敵意の視線がキリトに向けられた。

アスナはそんな視線を気にともせず、リンドに向かって喋る。

 

「蜂担当一人追加。あなた達がきちんと戦っている間は、フィールドボスには手を出させないわ」

 

アスナの言葉を聞いたリンドは、憎らし気にキリトを見たが

 

「・・・余計なことはするなよ」

 

そう言いながら、去っていった。

リンドが去っても、周りから敵意の視線で見られている中、キリトが話しかける。

 

「その・・・ごめん。やっぱり、小心者の俺が君たちと組むのは・・・」

 

「見くびらないで」

 

キリトの謝罪を制止させるアスナ。

 

「他人にどう思われようとも、あなたの仲間と思われるのが嫌だったら最初から引きずりだそうとしないわ。あなたがSAOのプロなら、こっちは心理戦のプロよ。顔色を読むくらい朝飯前だわ」

 

キリトとに向かって堂々と話すアスナ。そこにハルトも話しかける。

 

「周りから悪のビーターて言われても、僕にとってキリト。君は一緒にこのゲームのクリアを目指している仲間であって友達だ。それを忘れないでくれ」

 

堂々と友達宣言をしたハルトを見て、キリトは微笑みながら

 

「ありがとう。二人共」

 

自身を受け入れてくれた二人に感謝した。

 

「ところで、攻略組の中に見ない顔がいくつかあるな?」

 

キリトは攻略組に混ざっている五人組を見ながら話す。

 

「確か・・・最近、前線で見かけるようになったギルドらしいわ。レベルはそんなに高くないけど、装備が良くて硬いのよね。いいタンクになると思うわ」

 

アスナが五人組について説明する。

説明を聞いてたハルトは少し興味を持ちながら五人組を見た。

ここ数日、攻略組に関する情報を知らなかったハルトだが、自分たちの知らないところで新しい戦力。しかも、タンクの役が増えることは非常に喜ばしいことだと思う。

ハルトは五人組を見終えると、アスナに彼らの名を聞いた。

 

「ねぇ、アスナ。あの人たちのギルド名って知ってる?」

 

すると、アスナは少し戸惑いながら質問に答えた。

 

「れ、レジェンド・ブレイブス・・・」

 

「「ぶふっ」」

 

ギルド名を聞いたハルトとキリトは思わず吹きかけた。

 

「確かメンバーは・・・ベオウルフさん、クーフーリンさん・・・あ、あそこにいるのがリーダーのオルランドさんよ」

 

次から次へと出てくる伝説の勇者の名前に、笑いを耐えながらハルト達はオルランドを見た。

彼は武器の強化を依頼してたらしく、強化に成功したのか鍛冶屋の背中を嬉しそうな表情で叩いていた。

一通りのやり取りを見ていたハルトだが、ふと疑問に思った。オルランドではなく、彼の武器を強化した鍛冶屋に。

 

「あの鍛冶屋。見た感じNPCじゃないけど、もしかしてプレイヤー?」

 

「あぁ、ここ最近プレイヤーの鍛冶屋が現れたんだ。中々いい腕をしてると評判らしいぜ」

 

ハルトの疑問に答えるキリト。

鍛冶屋はオルランドに差し出された手を握り返しながらネズハと名乗った。

オルランドが成功したのを見たからなのか、プレイヤー達が次から次へと強化の依頼を申し込んでいた。

 

「大人気だね」

 

「そうだな。よく考えたら、上客捕まえれるチャンスだもんな。危険をおしても最前線に来るか」

 

ハルトとキリトがネズハに対しての印象を述べていると、キバオウから攻略を始める合図が出た。

プレイヤー達はそれに従い、フィールドに向かっていく中、ネズハは一人座っていた。

 

「鍛冶屋のお兄さんは参加しないのか?」

 

「えぇ、僕、戦闘は苦手でして・・・」

 

キリトの質問に申し訳なさそうな表情で答えるネズハ。

 

「すみません。皆さん命懸けで戦っているのに・・・」

 

「仕方ないですよ。こんな状況だからこそ、自分にできることを精一杯やりましょう」

 

「それに、鍛冶屋だって立派な戦力さ。今度、俺の剣も強化してくれ」

 

ネズハに対してフォローするハルトとキリト。

ネズハは笑みを浮かべていたが、一瞬暗い表情をしたことに二人は気づかなかった。

 

 

 

 

「はぁーーー!」

 

ハルトが<シューティングスター>を蜂に向けて放つと、蜂はポリゴン状に四散した。

 

「これで17!」

 

「やるな!ハルト。俺も17だ!」

 

ハルトを見ながら、蜂を倒していくキリト。

 

「18」

 

その隣では、アスナが<シューティングスター>で蜂を倒し、アスナの倒した数は18となった。

そんなアスナの様子に、キリトは悔しそうな表情をしたが、ハルトは彼女のスキルの高さに驚かされた。

 

「(同じ<シューティングスター>なのに、威力が違いすぎる。彼女の細剣の熟練度はどれだけ高いんだ・・・)」

 

アスナの技術の高さに、少し感心しながらもハルトは蜂退治に専念する。

すると、キリトが<体術>を使って、蜂を一体倒した。

その様子を見ていたアスナが、二人の方に近づき、話しかける。

 

「ねぇ、二人共知っている?少し先の街のレストランにあるケーキについて」

 

「あぁ、高いけどめちゃくちゃ美味いやつか。何、奢ってくれるのか?」

 

「えぇ・・・倒した数が一番少なかった人がね!」

 

そう言いながら、次々と蜂を倒していくアスナ。

それを見た二人も、あんな高いケーキを一人で払うのは嫌だと思いながら、次々と蜂を倒していった。

しばらく倒していると、一体の蜂がフィールドのボスである巨大な牛に針を刺した。

その途端、牛は刺された痛みによるせいなのか、突如暴れ始めた。

攻略組のプレイヤー達は突然暴れた牛に対処することができず、あちこち動き回っている。

それを見かねたキリトは、二人に話しかける。

 

「二人共!勝負はお預けだ!牛行くぞ!」

 

キリトの言葉を聞いた二人は一度攻略組の方を見て、パニックになっているを確認したら、蜂を倒すのを中断してキリトと共に牛の方に向かった。

攻略組は突然の出来事にパニックになっていたが、複数の人物だけが堂々と暴れている牛の正面に立っていた。

その人物たちは「レジェンド・ブレイブス」の面々だった。

彼らは襲ってくる牛の攻撃を正面から受け止めた。

 

「グッジョブ!スイッチ!」

 

「かたじけない!」

 

その隙にキリト達が牛に攻撃し、こちらにヘイトを向かせた。

こちらに迫ってくる牛を前にキリトが話しかける。

 

「いいか二人共。あいつの弱点は頭だ。だが、今は頭を狙わず前足を攻撃してダウンさせてくれ。その隙に俺が頭を攻撃して仕留める」

 

「「了解!」」

 

キリトの指示に従い行動を開始するハルトとアスナ。

牛が正面から突進してくるのを回避して、左右からレイピアで攻撃する。

牛のHPは削れ、動きは鈍ったが

 

「くっ!?」

 

「ブレた!?ごめんなさい!」

 

ダウンまでには至らなかった。

ダウンできなかったことを謝罪するアスナに対し、キリトは「大丈夫」と言いながら、牛目掛けてジャンプした。

 

「だめよ!それじゃあ届かない!」

 

アスナが悲鳴に似たような声を上げたが、空中にいるキリトは剣を前に突き出すと

 

「うおーーー!」

 

空中で<レイジ・スパイク>を発動させ、牛の頭に剣を突き刺した。

頭を刺された牛は、そのまま断末魔に似た悲鳴を上げながらポリゴン状に四散した。

キリトのしたことを呆然と見ていた二人に、キリトは笑みを浮かべる。

 

「空中ソードスキル。<体術>を応用したスキルだ」

 

呆然している二人に説明しながら、キリトはストレージを開き、ボスのLBについて確認し始めた。

その時、一体の蜂がキリトに迫ってきた。

キリト自身にはダメージはなかったが、蜂の攻撃によりキリトが持っていた剣が弾き飛ばさた。

 

「あ、ああっ!?」

 

アスナが懸命に追いかけたが、剣は近くにあった谷に落ちていった。

 

「どうすのよ!?剣、落ちたわよ!」

 

「まぁ、大丈夫。ちゃんと回収するから」

 

落ち着いている様子のキリトに向けて、どうやって!?って顔をするアスナ。

それに対し、今度はハルトがキリトに話しかける。

 

「もしかして、《全アイテムオブジェクト化》コマンドを使うの?」

 

「あぁ、そうだよ。でも、ここじゃ人も多いし、例のレストランで使うよ」

 

自分にとって訳の分からない会話をする二人を見ていたアスナは、多少納得していなかったが、納得したかのように口を開く。

 

「分かったわ。その代わりに色々なことを話してもらうから・・・ケーキを食べながら、ね?」

 

やたら、腹黒い笑みを浮かべてアスナに、二人は何も言わず、街のレストランに向かった。

ちなみに賭けは、一位はアスナだったが、キリトとハルトの倒した数が同じだったため、半分ずつ支払う形になった。

 

 

 

 

レストランに着いたら、キリトは一通り説明をした。

《全アイテムオブジェクト化》。手順はややこしいが、使えば自分が持っている全てのアイテムをストレージから取り出すことができるコマンド。たとえ武器を無くしても、このコマンドを使えば、自分の手元に全アイテムごと武器がオブジェクト化される。

キリトはそれを使い、無事に剣を自分の手元に取り戻した。

その説明の最中、アスナが自分の剣と分かれるのは嫌だ。という展開になったが、武器の継承をすれば、その剣の魂は新しい剣に引き継がれると説明したら、納得してもらえた。

一通り説明し終えたら、三人はレストランを出た。

ちなみにケーキは最初はアスナが9/10、キリトとハルトで1/10という配分になっていたが、それに対して、二人は猛抗議。蹴られながらも(キリトのみ)何とか二人で1/4は貰えた。

 

「おいしかった・・・」

 

「βテストの時よりうまかったな」

 

「うん、そうだね」

 

レストランを出たアスナは幸せそうな表情になっており、その隣で二人がβテストの時と味が違うことを話し合っていた。

その後、ケーキを食べたことによって付けられた《幸運値上昇》のバフをどう活用するか相談した結果、アスナの武器の強化に使うこと決めた三人は街の広場にいるであろうSAO初のプレイヤー鍛冶屋ネズハの下に向かった。

 

「こんばんは!」

 

「!? い、いらっしゃい!お買い物ですか?それともメンテですか?」

 

「武器の強化をお願いします!素材は上限まで!」

 

バフの時間が切れる前に強化しようと、焦りながらも強化を依頼するアスナ。

対するネズハは、アスナの勢いに押されながらも、一通りの工程をこなしていく。

やがて、準備を終え、武器と素材を渡されたネズハは作業を始めた。

素材を炉に入れると炉が青白く光り、そこにオブジェクト化したレイピアを炉の上に置く。

しばらくの間見守っていた三人だが

 

「「!? あ、アスナ!?」」

 

アスナは左右にいたキリトとハルトの指を握りしめた。

突然の行動に二人が驚いている中、アスナが喋る。

 

「二人の幸運も貸して」

 

二人は何とも言えない気持ちのまま黙ってネズハの方を見た。

彼は炉と同じくらい青白くなったレイピアを持つと、石の台にレイピアを置き、左手で抑えながら右手に持っていたハンマーで叩き始めた。

ある程度の回数を叩き、台に置かれたレイピアが光り輝いたその瞬間

 

ぽきん

 

レイピアは儚い音を放ちながら、粉々に砕かれた。

 

「・・・ぽきん?」

 

その瞬間、アスナの世界が真っ黒に染まった。

 

 

 

 

「すみません!手数料はお返ししますので!」

 

突然、起きた出来事に何が起きたのか分からないまま、三人はただ呆然とこちらに謝り続けるネズハを見る。

しばらく呆然としていたが、いち早く回復したキリトがネズハに詰め寄る。

 

「待ってくれ!強化失敗した時のペナルティって数値が下がるだけじゃないか!武器が壊れるなんておかしい!説明してくれ!」

 

ネズハの胸ぐらを掴みながら、説明を要求するキリト。

呆然としていたハルトだったが、キリトがネズハの胸ぐらを掴んでいるのを見て、慌てながらも彼の肩に手を置いて落ち着かせると、ネズハの方を向いて冷静に言葉を発した。

 

「僕、元βテスターなんだけど、強化失敗した時のペナルティは武器の性能が下がるだけなんだ。これは、βテストの時に何回も試されていて検証済みなんだ」

 

βテストの話を出しつつも、ネズハに武器が壊れた理由を問う。

それを聞いたネズハは、視線を少し下に向けながら話す。

 

「その・・・正式版で、もう一つ追加されたんだと思います。前にも同じことがあって・・・確率は凄く低いとは思うんですけど・・・」

 

そう言われると、キリトとハルトは引き下がった。

彼の言う通り、β版と正式版の違いはまだはっきりされてないことが多すぎる。もし、彼が言っていることが嘘ならば、彼は誰も知らないスキルで武器を壊したことになる。

 

「本当にすみませんでした!!」

 

ネズハの謝罪を最後に二人はこれ以上追求せず、未だ後ろで呆然としているアスナを連れて宿屋に向かった。

宿屋に着くとキリトは

 

「アスナを部屋まで連れていくから待っててくれ」

 

と言いながら、アスナと共に二階へ上がった。

しばらくすると、キリトが降りてきた。

 

「終わった?」

 

「あぁ・・・ハルト、ちょっとついてきてくれるか」

 

そう言うと、キリトは宿屋から出て、ハルトも慌ててキリトの後を追う。

二人が向かったのは、ひとけのない裏路地だった。

キリトが何故こんなところに連れてきたのか疑問に思っているハルトだが、後ろから声を掛けられる。

 

「よぉ、来たカ」

 

声がした方に振り向くと、アルゴが立っていた。

 

「アルゴ。前に依頼していたことなんだけど」

 

「ばっちりサ。この短時間で既に七件も武器が強化失敗で失われる事件が発生している」

 

「!? やっぱりか・・・」

 

アルゴの言葉に納得したかのように言うキリト。

それに対して、ハルトは状況が追いつけていなかった。

 

「ちょっと待って!つまり、アスナみたいに強化失敗で武器を失う事件が七つもあるってこと?けど、それっていくら低確率でも異常過ぎる!」

 

「そうダ。そもそも強化失敗のペナルティに武器が破壊されるなんて存在しないんだ。武器の強化で武器が破壊される条件はただ一つ。強化する武器の強化上限回数に達していることダ」

 

「「なっ!?」」

 

アルゴの言葉を聞いて驚く二人。

彼女の言っていることが本当なら、ネズハはあの強化の過程でアスナの武器を強化上限回数に達している武器とすり替えたことになる。

だが、彼は武器をすり替える素振りなんて一回もしていなかった。

そのことをアルゴに伝えると、彼女は真剣な表情で二人に問う。

 

「思い出すんダ。強化の最中にすり替えられるタイミングはなかったカ?」

 

「強化の最中・・・はっ!」

 

キリトが何か思い出したかのような顔をした途端、走り出した。

 

「ちょっ、キリト!?」

 

ハルトが慌てて追いかけようとしたが、その前にアルゴが再び声を掛ける。

 

「ちょっと待っタ!お前に頼みたいことがあるんダ」

 

アルゴに制止され、立ち止まるハルト。

アルゴはこちらを向きながら、真剣な表情で話す。

 

「オレッチが二層の調査をしていたのは知ってるよナ。その調査で二層のボスに関する情報が手に入ったんダ。その情報がある場所は<体術>が手に入る場所なんダ」

 

アルゴの話を聞いてハルトは驚いた。

なにせ、先日まで自分が時間を掛けて岩を壊した場所には、巨大な岩が複数と老人が一人いるだけで辺りにボスの情報らしきものはなかったはずだ。

 

「んで、頼みってのハ、明日オレッチと一緒にもう一度、<体術>が手に入る場所に来て、一緒に調査して欲しいんダ」

 

「・・・構わないよ。どの道、明日そこに行ってコハルを迎えにいくつもりだったし」

 

断る理由はなかったため、アルゴの頼みを承諾するハルト。

すると、彼女は笑みを浮かべ

 

「よろしくナ、ハル坊!」

 

「ハル坊!?」

 

キリトみたいに、独特なあだ名をハルトに付けた。

 

 

 

 

アルゴと話し終え、アスナの部屋に向かった二人。

そこで見た光景は・・・

 

「んんっ・・・!」

 

「はっ!」

 

顔中クリームまみれのアスナと、汗を大量に流しながらこちらを見ているキリト。

二人の間に何が起きたのか分からないが、どこからどう見ても事案案件だった。

 

「はワワ・・・」

 

「キリト・・・まさか、そんな趣味が・・・」

 

「違う!誤解だ!」

 

慌てるアルゴと、自身に変な趣味の持ち主と認識し始めたハルトの誤解を解こうとするキリト。

アスナの武器は壊れていなかったこと。武器を取り返すために《全アイテムオブジェクト化》コマンドを使い武器を取り返したこと。アスナを落ち着かせるために買った饅頭の中身がクリームだと知らず、勢い良く潰したらクリームが飛び出てクリームまみれになったこと。

一通り説明し終え、何とか誤解を解けたところで、アルゴがベットにうつ伏せになっているアスナを抱きしめながら話す。

 

「これからどうする?アーちゃんの剣が騙し取られた事実がある以上、被害が大きくなる前に公表すべきなんじゃないカ?」

 

「いや、ここは慎重にいった方がいいと思う。アスナみたいなことが複数起きているということは、彼は他のプレイヤーの武器も騙し取っているということになる」

 

アルゴの提案を否定するハルト。

そこにキリトもハルトをフォローするかのように話す。

 

「そうだな。奪った武器をそのままにしているならまだしも、換金とかしていると、その武器は永遠に失われることになる」

 

「そうなれば、武器を奪われたプレイヤーの怒りを抑えるのは難しいナ。このSAOではカーソルが緑のままだと、罰することはできないからナ」

 

「いや、あるだろ。カーソルが緑でも誰もが思いつく罰が」

 

キリトの言葉に場が一気に暗くなる。

ハルトとアルゴはキリトが言った罰のことを理解していたからだ。

 

「・・・PKカ」

 

暗い雰囲気の中、アルゴが罰の名を言う。

すると、三人の話を聞いてたのか、アスナが顔を上げ、怯えた表情を三人に向けた。

 

「・・・PKって・・・何?」

 

アスナの質問に、三人は顔を見合わせると、代表してキリトが答える。

 

「プレイヤーキル。プレイヤーがプレイヤーを殺すこと。つまり、ネズハを処刑することだよ」

 

キリトの言葉を聞いて、アスナは驚き、ベットから飛び上がる。

 

「そんな!だって、今のSAOでそんなことしたらそれって・・・人殺し・・・」

 

「そうだ。だから絶対に避けなきゃいけない」

 

「そのために、まずは真相を知らないと。彼の動機や詐欺のトリック。それらを知った上で、PKじゃない別の方法で償いをさせよう」

 

キリトとハルトがネズハを死なせずに事件を解決することを決意し、アルゴもそれに賛同した中、ただ一人アスナだけは浮かない顔をしていた。

 

「でも私、あの人が好きでこんなことをしているとは思えないの」

 

「確かに気弱そうな人だけど、彼の罪はもう確定していると思う。それとも、彼に対して、何か庇う理由があるのか?」

 

キリトの問いにアスナは答えなかったが、ストレージから一本のナイフらしきものを取り出した。

 

「アルゴさん。調査のついでにこれについて調べてくれないかしら?」

 

「これは・・・投擲用のナイフカ?」

 

何故そんなものを調べるのか。

三人はそう思いながらアスナを見ていたが、アスナは何も言わず、黙って投擲用のナイフを見続けていた。




・アスナのオリキャラ達の呼び方
基本的にザント以外は君付けで呼びます。(ザントみたいに年上にはさん付けで呼ぶ)

・リンド
プログレッシブのキャラでキリトを糾弾した(アニメだとキバオウのシーン)男。小説版及びSAOIFだと中々のイケメンだが、漫画版だと少しBS。

・「レジェンド・ブレイブス」
プログレッシブに登場するギルド。こちらも小説版と漫画版とで印象が変わるギルド(特にオルランド)。

・ネズハ
プログレッシブのキャラでSAO初のプレイヤー鍛冶屋でもあるが・・・

・<シューティングスター>
細剣の星3スキル。威力もそこそこで移動もできる。簡単にいえば、<レイジ・スパイク>の細剣版。

・強化失敗のペナルティ
SAOIFは強化失敗がないから凄くいいよね!(覚醒から目を逸らしながら)

・アルゴのオリキャラ達のあだ名
おそらく、ザント以外は○○坊、あるいは○ー坊になる。

・投擲用のナイフ
アスナがナイフを拾った時のエピソードは書くつもりはないので、知りたければプログレッシブ漫画版へ。


すげぇ文字数・・・
少し書きすぎた感はあるが、特に問題ないだろう。
次回で二層の話を終わらせ、ボス攻略に入りたいと思います。


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ep.7 第三のボスと鍛冶屋の真実

二層の話続きです。


朝日が昇り、山の奥の広場が陽の光に照らされている中、コハルは未だに岩を殴り続けていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

息切れしながらも、着実に岩を破壊していくコハル。

岩はひびが目立つようになり、もう少しで割れそうだった。

 

「ふぅー・・・」

 

手を握りしめ目を瞑りながら深呼吸をしたら、コハルは目を見開き

 

「やぁーーー!」

 

岩に向けて思いっきり拳を振るった。

すると、岩はひびを更に大きくし、真っ二つに割れた。

 

「や、やった・・・」

 

コハルはその場に倒れこみながらも笑顔を浮かべた。

そんなコハルの前に、老人が近づき話しかける。

 

「見事じゃ。汝に我が秘技<体術>を授けよう」

 

コハルの目の前にはハルトの時みたいに<体術>を取得しましたと描かれているメッセージウィンドウが表示された。

スキルを獲得したコハルは起き上がると、その場に座り込んだ。

 

「(ハルトに待っててって言われてたし、このままここで待とう)」

 

そう思ったコハルは、せめてクエストをクリアした報告をしようとハルトにメッセージを送ろうとした瞬間

 

「おーい!コハルー!」

 

いつも傍で聞いているパートナーの声が聞こえた。

コハルはその声を聞いて笑顔になりながら、声が聞こえて方を振り返った。

そこに映った光景はというと・・・

 

「「ハァ!ハァ!ハァ!」」

 

「ブオーーー!!」

 

こちらに向かって走ってくるハルトとアルゴ。

その後ろには一体の牛が雄叫びを上げながら二人を追いかけていた。

 

「えぇーーーーーー!!?」

 

予想外の光景にコハルは思わず驚きの声を上げた。

 

 

 

 

ネズハの件から翌日。

ハルトとアルゴは<体術>を獲得できる山の広場に向かっていた。

《自然洞窟》を進む中、アルゴは様々な説明をした。

 

「オレッチが情報を集めている最中、第二層のボスに関する情報が貰えるクエストがあってナ。そのクエストをクリアしたらNPCが『洞窟を抜けた先にある山の広場にある仙人が座りし大岩砕かれたとき、新たな真実が分かるだろう』て言ったんダ」

 

「大体のことは分かった。けど、仙人が座っている大岩を砕くって結構時間が掛かりそうだよ。ただでさえ、岩を砕くだけで三日ぐらい掛かったし」

 

納得した様子のハルトだが、大岩を砕くことになると聞いて、結構時間が掛かると思い、不安になっていた。

そんなハルトの様子を見て、アルゴは笑みを浮かべながら話す。

 

「まっ、そこら辺は裏技を使うつもりだがら大丈夫サ。おっと、そろそろ出口だな」

 

アルゴの言う裏技に疑問を感じながらもハルト達は《自然洞窟》を抜けた。

山道を歩いていたが、しばらく歩くとアルゴが足を止めた。

 

「ハル坊。ここから先は広場に向かって全力疾走ダ。もし、途中で走るのやめたら・・・死ぬゾ」

 

「え?」

 

突然アルゴから発せられた死亡発言に言葉を失うハルト。

どういう意味か問おうとする前に、アルゴは道に落ちていた石ころを拾い、道脇に投げた。

アルゴが投げた石ころはそのまま林の中に入り

 

「ヴオっ!?」

 

林の中にいた牛の頭に当たった。

牛は石を当てられた痛みに耐えながらも、石が投げつけられた方向。アルゴとハルトの方を見る。

怒りの表情で二人を見た牛は、徐々に二人の方に近づいてき

 

「ヴオーーー!!」

 

「よし、逃げるゾ!ハル坊!」

 

「えぇーーーーーー!?」

 

 

 

 

「というわけで、あの後、僕たちは十分くらい走って、ここにたどり着いたんだ」

 

「そして、アルゴさんの裏技。牛の突進を利用して岩を砕くを使って、おじいさんが座っていた岩を割ったと。何というか・・・めちゃくちゃだね」

 

ハルトからここに来るまでの経緯を聞いて呆れるコハル。

現在三人は老人が座っていた岩を砕いたことで現れた地下への階段を下っている。

ちなみに、岩を砕くために利用した牛は、突進で岩を砕いた後、衝撃でダウンしてたところをハルトによって倒された。

しばらく階段を下りていると、三人は一枚の壁画を見つけた。

その壁画には二体のミノタウロスのような絵が描かれており、その上には下の二体よりも大きいミノタウロスのような絵が描かれていた。

この三体のミノタウロスの絵が何を示すのかはハルトとコハルには分からなかった。

しかし、アルゴだけは驚いた表情で壁画を見ていた。

 

「これは間違いない。ここに描かれているのはこのフロアのボスダ」

 

「「えぇ!?」」

 

アルゴの発言に驚くハルトとコハル。

彼女の話を聞くと、ここに描かれているミノタウロスの内、下の二体はβテストの時のボス《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》と取り巻きの《ナト・ザ・カーネルトーラス》であるということ。

どちらも巨大なハンマーを持っており、まともに食らえば、スタンして二発目の攻撃で麻痺して三発目でそのまま・・・

きちんと、モーションを見極めれば対処できるボスであることを説明された。

 

「あの二体がβテストの時の第二層のボスだということは分かりました。それじゃあ、その二体の上に描かれているのって?」

 

「おそらく、オレッチの知らない第三のボス。すなわち・・・」

 

「βテストとの変更点。ということか・・・」

 

コハルの疑問にアルゴが説明し、ハルトが結論付ける。

βテストとの変更点。それは第一層のボスの武器がタルワールから野太刀へ変わっていた時と同じであり、この第二層のボスにもβテストとの変更点があるのだろう。

この壁画を見る限り、第二層のボスは二体ではなく、上の巨大なミノタウロスを含めた三体ということだろう。

 

「見て!壁画の下に何か書いてあるよ」

 

コハルが壁画の下に書かれている文字を見つけた。

 

『王の眼に光が宿る時、雷光の息吹が全てを打ち倒す』

 

「雷光の息吹ってどういう意味なんだろう?」

 

「おそらく、ブレス攻撃だと思う。まともに食らえば一発で麻痺だ」

 

「王の眼に光が宿る時。ってことは、ブレス攻撃の直前に目が光るんだろうナ」

 

コハルの疑問に再度答えるハルトとアルゴ。

ブレス攻撃は放たれたら遠くまで一直線に攻撃する遠隔攻撃だ。

発射の速度は速く、事前に発射のモーションを知らなければ、回避するのは非常に困難である。

 

「とりあえず、このことを攻略組にも伝えよう」

 

「頼んだゾ。オレッチはもう少し、ボスに関する情報を集めているよ」

 

 

 

 

「とまぁ、これが話の内容の全てです」

 

キバオウとリンドをメッセージで《枯燥の草原》に呼んだハルトは、彼らに一通りの説明をした。

 

「大体は分かったわ。βテストと違ってボスが三体いて、特にブレス攻撃をする奴は目が光るタイミングで回避しろちゅうこともな」

 

「とりあえず、俺たちはこの情報を参考にボス攻略の会議を行うことにするよ」

 

説明をし、彼らに納得して貰えたことに安堵するハルトとコハル。

キバオウとリンドが去ったのを見て、コハルが口を開いた。

 

「どうして、同じ攻略組の人たちはが仲良くできないんだろう。この世界に閉じ込められたのは皆同じなのに・・・」

 

コハルの言葉にハルトは答えることができなかった。

ハルトもまた、攻略組が二つに分かれてしまったのか理解できていなかったからだ。

考えはそれぞれ違うけど、皆このゲームをクリアするために戦っているのに、何故こうもバラバラになってしまったのか。

 

「ディアベルさんがいれば、分裂せずに済んだのかな?迷いのない真っ直ぐな人だったし」

 

「コハル。ディアベルさんにも悩みはあったよ」

 

「そうなの?みんな色々なことを考えて抱えてて、それでも前に向かっていくことが本当に強い人なのかなって。あなたを見ているとそんな風に思うよ」

 

コハルの言葉に、またもや言葉を詰まらせるハルト。

ハルトは自分のことを強いと思ったことは一度もない。現に自分は目の前で死んだプレイヤーを助けることはできなかったし、ディアベルの時だって、あの後キリトが駆けつけていなければ自分はディアベルと共に死んでいたかもしれない。

自分一人では守れないものが多すぎる。ハルトはこの世界に来て嫌というほど実感させられた。

そんな自分が強いとはとても言い切れなかった。

だか、ここで自身の強さを否定してしまえば、目の前にいるコハルを不安にさせてしまうかもしれない。

 

「・・・この層も必ず突破しよう」

 

「うん、あなたと一緒にまた新しい景色を見たいから頑張るよ」

 

だからハルトは、話題を変えることで自身の強さを誤魔化した。

 

 

 

 

数日後、キリトからメッセージが届いた。

内容は詐欺のトリックが分かったから来てほしいということ。

ハルトはコハルに事情を説明し、一人でキリトが指定した場所に向かった。

指定された建物に入ると、中にはアスナとアルゴがいた。

 

「よっ!数日ぶりだナ」

 

「久しぶり。それで詐欺のトリックが分かったって」

 

「それに関しては、今からキリト君が実際に見せるわ」

 

そう言いながら、アスナは窓の外を覗いた。

窓の外には、店を開いているネズハの姿があった。

道端にカーペットを敷いてそこにいくつかの商品が置かれている。

そこに一人のプレイヤーが姿を現した。

全身防具に覆われていて顔が見えないプレイヤーはネズハに武器の強化を依頼した。

 

「あの人は?」

 

「あれはキリト君よ。今は変装しているけど」

 

ハルトの質問に答えるアスナ。

おそらく、一度顔を見ているから警戒されないために変装をしているのだろう。

変装しているキリトについて話していると、ネズハが強化をし始めた。

 

「いいカ、絶対に武器を見ていろヨ。素材を入れた時の炉の光は思わず見入っちゃうけど、見逃しちゃだめだヨ」

 

アルゴの忠告を聞いて頷く二人。

ネズハが素材を炉に入れた次の瞬間

 

「っ!」

 

「アルゴさん、今!」

 

「入れ替わったナ」

 

ネズハは左手に持っていた武器をクイックチェンジで同じような武器と入れ替えた。

クイックチェンジの動作は店に置かれている商品の後ろでひっそりと行われていた。更に、クイックチェンジを行う前にプレイヤーの目線は青白く光る炉に持っていかれるため、クイックチェンジをしたことがばれることはない。

 

「そういうことか。となるとあの武器は・・・」

 

「ハルト君の予想通り、あの剣は強化上限回数がゼロの武器よ。そして、上限がゼロの武器は強化すると必ず失敗する。そのペナルティは・・・」

 

アスナがその言葉を言う前に、強化しようとした剣が四散したことで示された。

 

「詐欺のトリックは分かった。けど、彼の動機は?」

 

「そのことに関しては場所を変えるから、移動しながら話すわ」

 

アスナの言葉を聞きながらハルトはもう一度窓の外を見た。

そこには変装を解いて正体を現したキリトと、キリトを見て驚愕の表情をするネズハの姿があった。

 

 

 

 

場所を移したハルト達はネズハから様々なことを聞いた。

ネズハの話によると、騙し取った武器は全部換金して、換金したコルは飲み食いや高級宿に使ってほとんど残ってないと。

申し訳なさそうな表情をしながら椅子に座るネズハを、四人は黙って見続けていたが、アスナが一本の投擲用のナイフを取り出した。

 

「これは前にフィールドで偶然会った剣士の忘れ物。アルゴさんに調べてもらったけど、この武器はどこのお店にも売ってない。つまり、持ち主は作り主。そして、今のSAOでこういうのを作れるのは、SAOで一人しかいないプレイヤーの鍛冶屋のあなただけよ」

 

アスナの言葉に言葉を詰まらせるネズハ。更にキリトが追撃を駆ける。

 

「飲み食いなどで使ったというのも嘘だろ。俺たちはアルゴに頼んで君の生活を調べたんだ。その上で君の質素な生活と稼いでいるコルを比べてみたんだが、君はプレイヤーの鍛冶屋として稼いでいる上、強化詐欺も行っている。計算が全く合わない・・・俺たちは今こう疑っている。君は稼いだコルを誰かに貢いでいるんじゃないかって」

 

キリトの言葉を聞いたネズハは、焦りながらも誤魔化し続ける。

 

「そ、そんな!一体誰に何の根拠があって・・・」

 

Nezha(ナーザ)

 

「!?」

 

誤魔化してたネズハだが、ハルトが発した名前に驚愕の表情をする。

こっちを向いてネズハを見ながら、ハルトは言葉を続ける。

 

「君の本当の名前だ。『ネズハ』じゃなくて『ナーザ』。『ナタク』って呼ぶこともあるけど、中国の小説に出てくる少年の神」

 

「あぁ、オルランドやベオウルフに引けを取らない」

 

「「「「レジェンド・ブレイブス(伝説の勇者)!」」」」

 

四人から発せられた「レジェンド・ブレイブス」の名を聞いて、下に俯くネズハ。

キリトは机をバンと叩きながらネズハを問い詰める。

 

「正直に話してくれ!君たちは何故こんなことができるんだ?もし、今のペースでいけば、レジェンド・ブレイブスは攻略組すらも超えるほど強くなる。悪事を厭わない集団がだ!そんな奴らが圏外で襲われても返り討ちにしてしまえばいいと開きっ!?」

 

「落ち着くんだキリト。ネズハが困っている」

 

ネズハに詰め寄ってたキリトの頭を叩くハルト。

キリトが何するんだ的な表情でハルトを見たが、ハルトの言葉を聞いてネズハの方を見る。

ネズハは震えながら何かに耐えているような表情をしていた。

その表情を見て、冷静さを取り戻したキリト。代わりにアスナがネズハの前に立って投擲用のナイフを持った右手を差し出す。

 

「取って」

 

アスナに言われるがままに右手の投擲用ナイフを取ろうとするネズハ。

しかし、手にナイフが届く直前に彼はナイフを取る動作をした。

 

「やっぱり、あなた片目が・・・」

 

「見えないわけじゃないんです。ただ、ナーブギアを被ると、遠近感が分からなくなるんです・・・」

 

「FNCか!」

 

ネズハの言葉に反応するキリト。

FNC(フルダイブ不適合)。フルダイブマシンと脳とのやり取りの際にごく稀に起きる接続障害。

五感が上手く機能しなかったり、最悪の場合ダイブすることができないこともある。

ネズハの場合は両目視機能不全。目が見えても奥行きを判別することができない。

一通り説明を終えたところで、アスナが口を開いた。

 

「これは私の予想だけど、ブレイブスの人たちはこの人を見捨てなかったのよ」

 

「!?」

 

アスナ言葉にネズハは再び下に俯く。

しかし、先程の表情はしておらず、目元にうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「SAOが開始された直後、プレイヤー達がリソースを奪い合っていた頃、彼らはハンデを抱えた仲間のカバーを優先していたんだと思う。あなたの<投剣>スキル、第二層で通用するレベルまで高めるのは凄く大変だったんじゃないかしら?」

 

「そっか・・・弓があれば遠近感を無視して高いダメージを与えることができるけど、第二層ではまだ弓が手に入らないから、<投剣>スキルがないと戦うのは厳しい。そして、<投剣>スキルを高めるために足止めを食らっていれば、出遅れるのも当然か・・・」

 

「それが本当なら凄いよ・・・俺には絶対マネできない」

 

「どう、間違ってる?」

 

ハルトとキリトが話している中、アスナはネズハに自分たちの考えていることが合っているのか問う。

ネズハは両手で顔を隠し震えていたが、やがて震えが止まり、椅子から立ち上がった。

 

「おっしゃる通りです。僕はレジェンド・ブレイブスの、仲間の情けに縋りついて、皆の夢を台無しにしてしまった!」

 

ネズハは眼に涙を溜め、悔しそうな表情で話した。

 

「レジェンド・ブレイブスは何年も前から活動してきたチームです。色々なゲームで常に一位を取っていた最高のチームです。SAOが発表されたら、そりゃもう意気込んでいましたよ。メンバー六人でアインクラッドでてっぺんを取って、本物のヒーローになるんだって。なのに!僕のFNC判定で全てが狂ってしまった!」

 

ネズハは窓を思いっきり開けながら叫んだ。

 

「あの日以来、散々皆を修行に付き合わせてしまいました。不満を漏らす仲間もいました。けれども、オルランドさんは決して僕を見捨てようとはしなかった!」

 

ネズハは自身の手に持っている投擲用のナイフを見ると、弱々しく喋った。

 

「結局、どんなに<投剣>スキルを極めても使い物にならないことに気づいて、戦闘職を諦めた頃には最前線からの遅れは取り返しのつかないほどになってました・・・そんな時です。あいつが声を掛けてきたのは」

 

「あいつって?」

 

アスナが突如現れた謎の人物について問いかける。

ネズハの話によれば、話し合いが終わって酒場から出ようとしたネズハ達を引き留め、ネズハに強化詐欺の仕方を教えた男がいたという。

その男は黒ポンチョに覆われてて顔は見えなかったが、喋り方が独特で綺麗な笑い方をしていたという。

四人が黒ポンチョ男について考える中、ネズハは大声で叫んだ。

 

「でも、勘違いしないでください!全部僕が!僕自身の為に勝手にやったことなんです!だから!・・・どうかこれで・・・」

 

そう言うとネズハはバルコニーに出て四人の顔を見た。そして・・・

 

『!!』

 

そのまま飛び降りた。

 

「(これでいい・・・これで全て終わる・・・)」

 

ネズハが死を覚悟し、目を瞑ったその瞬間

 

がしっ!

 

「!?」

 

突然、右足を掴まれ、目を見開くと自身の右足を掴んでいるハルトがいた。

 

「うおーーー!」

 

ハルトはそのままネズハを引き上げ、引き上げられたネズハは転がりながら部屋に戻された。

 

「な、何するんですか!?」

 

ネズハはその場に座り込みながら自身を助けたハルトを睨んだが、ハルトはネズハの方に近寄り彼の頬を叩いた。

 

「逃げるな」

 

ネズハを叩いた後、ハルトは小さく呟く。

頬を抑えながらこちらを見るネズハをよそに、ハルトは言葉を続ける。

 

「この世界には、戦えなくて毎日始まりの町で怯え続けている人だっているんだ。君はFNCのリスクを背負っていても、レジェンド・ブレイブスの人たちと一緒にてっぺんを取りたい。その思いで今日まで戦ってきたんだろ。だったら、逃げないできちんと自分の罪と向き合うんだ」

 

「!? あなたに何が分かるっていうんですか!僕がこの世界で味わった苦しみが!仲間の為に何か役に立ちたいと思っても、何もできない悔しさが!」

 

「分かりたくないよ。そんな思いをした結果がこれなんだから」

 

ネズハの気持ちを否定するハルト。

こちらを睨み続けるネズハをよそにハルトは言葉を続ける。

 

「そもそも、レジェンド・ブレイブスの人たちがなんで君を追い出そうとしなかったのか考えたことある?」

 

「そ、それは・・・」

 

突然の質問に言葉を詰まらせるネズハ。

ネズハは今までいつ追い出されるのかは考えたことはあったが、厄介者でしかない自分が未だに追い出されない理由は考えたことなかった。

 

「そんなの決まっている。あの人たちも君と同じで、メンバー全員で勇者になりたいと思っているからだ!その夢を叶える為にも、レジェンド・ブレイブスは一人も欠けちゃいけないんだ!だから、どんなに辛くても、あの人たちは君を追い出そうとしなかった。そうじゃないのか!?」

 

「!?」

 

ハルトの言葉を聞いて、ネズハは一つの光景を思い出した。

それはSAOにダイブする前の日、現実世界でメンバー全員集まって、必ずSAOでトップに立って、勇者になろうって誓い合ったあの日の光景が。

ネズハの目元に涙が浮かぶ。そこにアスナも声を掛ける。

 

「大切な仲間に迷惑をかけたくないって気持ちはよく分かるけど、あなたは本当にそれでいいの?憐れまれたまま見返すことなく終わっていいの?」

 

アスナはネズハを見て、真剣な表情で言葉を発した。

 

「死にたいなら、勇者として死になさい!」

 

アスナがそう言った直後

 

「うぅ、うあぁぁぁ・・・」

 

ネズハはそのまま顔を下に向け泣き崩れた。

 

「キリト君、お願い・・・」

 

「頼むよ・・・」

 

二人の何とかして欲しいという願いを聞いて、キリトはネズハに近寄る。

 

「遠距離攻撃ができる武器なら、遠近感がなくてもシステムアシストで上手く攻撃することができる。そこで、君が取るべき道は二つだ。一つは弓が実装されるまで待ち続けるか。その場合、攻略組からの遅れは大変なことになるだろう・・・もう一つは<投剣>スキルを極めるか。君の<投剣>スキルは中々のものだと聞いている。だから、極め続けば・・・」

 

「分かってます!でも、あんな一発の威力が弱い武器、実践じゃなんの役にも立ちませんよ!弾数が無制限じゃない限り!」

 

「そうだ。弓だろうと投擲武器だろうと、遠距離攻撃ができる武器は弾数に限りがある。弾数が無制限なんて、そんなチート武器は存在しない。だが、戻ってくるものならある」

 

そう言いながら、キリトは自身のストレージから一つのアイテムを取り戻した。

それは、先のフィールドボス戦でボスのLAでドロップした武器、チャクラムだった。

 

「これを使うためには、あるスキルが必要になる・・・ネズハ、スキルスロットに空きはあるか?」

 

「あ、ありません」

 

「では、質問を変えよう」

 

こちらを見上げるネズハにキリトは意を決して言った。

 

「鍛冶スキルを捨てる覚悟はあるか?」

 

 

 

 

ネズハの件から翌日。

ハルトはコハルと共にフィールドに出ていた。

その道中、ハルトは昨日起きたことをコハルに話した。

 

「そんなことがあったんだ・・・」

 

話を聞いてどこかやるせない表情をするコハル。

 

「私、あの人の気持ちが少し分かる気がする。やり方はダメだけど、自分の仲間のために力になりたいって気持ちは、誰にでも持っていると思うんだ」

 

「うん、ネズハも詐欺を行った動機は、その気持ちから来ていたのかもしれない・・・」

 

コハルの言葉に共感するハルト。

彼が詐欺を行ったのも、自分のせいで迷惑を掛けている「レジェンド・ブレイブス」の面々に少しでも力になりたいっという気持ちがあったからこそ、悪いことだと分かった上で行っていたのだろう。

 

「とりあえず、後はキリトに任せよう。キリトは僕らより数倍も、この世界の知識を持っているんだ。きっと、ネズハのことを助けてくれるはずだ」

 

「そうだね、私たちは私たちで今できることを精一杯やろう」

 

その言葉を最後に二人は攻略を再開した。

様々な思惑の中、第二層ボス攻略の日は着実に迫っていた。




・ボスの情報を知った攻略組
SAOIF通り、彼らにはボスが三体いることを知った上でボス攻略に挑んでもらいたいと思います。

・目の前で死んだプレイヤー
詳しくはep.1を。

・見捨てなかった「レジェンド・ブレイブス」
このシーンを見た時、私の中で「レジェンド・ブレイブス」の面々に対する株が爆上がりしました。

・弓
SAOIFに登場する武器の一つ。この世界では始まりの町では手に入らず、何層か突破しないと手に入れることができない仕組みです。


(SAOIF生放送を見て思ったこと)
・1000万ダウンロード突破おめでとう!
・レイン誕生日ガチャのレイン可愛い(引くとは言ってない)
・アシストキャラにアリス参戦!・・・えぇ~(既に片手直剣が三人もいることを思いながら)


アシストキャラで片手直剣使いが四人になる件について
せめて、リーファを斧に変えて欲しいよねぇ~
ということで第二層編、一通り終わり、後はボス攻略だけです。
情報を知った上でどうボス攻略に挑むのか。お楽しみに。


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ep.8 第二層ボス攻略(前編)

第二層ボス戦です。
長くなりそうなので前編、後編に分けました。


第二層迷宮区最深部

ここには多くのプレイヤーが集まっていた。

今回のボス攻略のリーダーとなったリンドが周りを見ながら大声で言う。

 

「注目!今回のボス攻略のリーダーに選ばれたドラゴンナイツのリーダーリンドだ。皆、よろしくな!皆のおかげで、第一層突破から十日でボス部屋までたどり着けたよ。この調子で第二層のボスも倒して、三層に行こうぜ!」

 

リンドの言葉に、周りから『おーーー!』と叫び声が聞こえる。

その様子を、ハルト達は後ろから見ていた。

 

「リンドさん、凄い人気だね」

 

「うん、格好もなんかディアベルさんぽいっし」

 

「というか、ディアベルの格好のまんまだろ」

 

「喋り方もディアベルさんに寄せて来てるわね」

 

四者それぞれリンドに対しての印象を述べる。

すると、後ろから声を掛けられる。

 

「よっ!第一層のボス攻略では世話になったな」

 

声を掛けられ、四人が振り返るとエギルが立っていた。

 

「エギルさん!お久しぶりです」

 

「久しぶりだな。ところで、俺たちのパーティーは今四人なんだが、四人共俺たちのパーティーに入らないか?」

 

「え?それはありがたいけど・・・」

 

エギルからの誘いに戸惑うキリトだが

 

「あんたのことをビーターと言って非難している奴らなんてごく一部さ。寧ろあんたがいれば百人力さ」

 

「・・・それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

そう言いながら、キリトはエギルから差し出された手を握り返した。

続けてアスナも握手し、ハルトとコハルも握手しようと手を出そうとした時

 

「ちょっと待ってくれ」

 

呼び止められ、振り向くと「紅の狼」の面々とザントがいた。

 

「俺たちのパーティーも、今四人しかいないんだ。そこで、エギルさんには悪いけど、ハルトとコハルを俺たちのパーティーに入れてもいいか?」

 

トウガがエギル達に向かって、ハルトとコハルを自分たちのパーティーに入れて欲しいと頼む。

エギルはトウガ達を見た後、ハルトとコハルを見て、もう一度トウガ達を見ると仕方ないといった表情で話す。

 

「分かった。それじゃあ、二人は向こうのパーティーに入ってくれ」

 

「分かったよ。よろしく、トウガ」

 

「よろしくお願いします。トウガさん」

 

「あぁ、二人共、よろしく頼む」

 

そう言いながら、トウガと握手するハルトとコハル。

すると、トウガが何か思い出したかのように喋り出す。

 

「そういえば、知っているか?最近プレイヤーの鍛冶屋が現れたのを」

 

トウガから発せられた言葉に、真実を知っている四人は一瞬ビクッとした。

ハルトが我に返り、トウガに問いだす。

 

「えっと、トウガ達はそのプレイヤーの鍛冶屋に武器の強化を依頼したの?」

 

「いや、してないぞ。なんでも、その鍛冶屋、腕はいいが何回か失敗してプレイヤーの武器を壊してしまうという噂を聞いてな。万が一壊れたら大変だから、俺も仲間たちもNPCの鍛冶屋に武器強化を依頼してたよ」

 

「そ、そうなんだ・・・」

 

トウガの言葉に安堵する四人。

 

「ところで、俺たちの担当は?」

 

話題を変えるかのようにキリトが周りに質問する。

 

「取り巻きの担当だとさ。ボスはアインクラッド解放隊とドラゴンナイツに独占されている」

 

「ちなみに、三体目のボスが出現したら、奴らは三体目に切り替えて、俺たちは《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》も担当になるぞ」

 

「なっ!?βテストで苦戦した《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》と戦えってか!それに取り巻きって《ナト・ザ・カーネルトーラス》のことか!?あれは中ボスクラスだぞ!そいつらをたった三隊で倒せってか!」

 

エギルとトウガから発せられた攻略組の無茶ぶりに文句を言うキリト。

攻略組の無茶ぶりを聞いてアスナとコハルも文句を言いたげな表情をするが、「紅の狼」の面々と彼らの隣にいたザントはというと

 

「なに、奴らよりも速く取り巻きとボスを倒して、ついでに三体目も倒せばいい話だ」

 

「そして、後悔させてやるよ。俺たちからLAを遠ざけようとしたことを」

 

「くくくっ、あいつらの焦る顔が目に浮かぶぜ」

 

「三人共、なんか怖いよ・・・」

 

トウガ、ソウゴ、ザントの三人のブラックな会話に怯えるコノハ。

ソウゴとザントはともかく、普段穏やかな雰囲気を持つトウガに、こんな腹黒い一面があることを知り、ドン引きするハルト達であった。

そんな彼らの下に一人の男が近づいてきた。

 

「失礼、《ナト大佐》担当のH隊とI隊は卿らであろう。よろしく頼む」

 

そう言いながらやってきたのはG隊であり「レジェンド・ブレイブス」のリーダー、オルランドであった。

オルランドはそれぞれのパーティーのリーダーであるエギルとトウガに握手を求めた。

 

「あぁ、こちらこそよろしく頼む」

 

「紅の狼リーダー、トウガだ。よろしく頼む、オルランドさん」

 

二人がオルランドと握手をすると、今度はキリトの方に近づいてき、彼に話しかける。

 

「黒衣の剣士殿。先だってのフィールドボス戦は見事であった。既に二つ名を貰っていると聞いている。由来は承知しておらぬが確かび・・・」

 

「ブラッキー」

 

自身の悪名を口に出されそうになり焦ったキリトだが、オルランドからビーターの名が出される前にエギルが遮った。

 

「俺たちはそう呼んでいる」

 

「・・・成程、よろしく頼む、ブラッキー殿」

 

エギルを見て、なにか察したオルランドはブラッキーと呼びながらキリトに握手を求めた。

差し出された手をキリトは戸惑いながらも握り返した。

その横では

 

『ふ、ブラッキー・・・』

 

必死に笑いを耐えているハルト達の姿があった。

そんな様子のハルト達をよそに、リンド達はそれぞれの担当調整とボスのスキル確認を行っていた。

そして、確認を終えると、リンドは扉の方を向いて口を開いた。

 

「ではっ、今こそ開けよう。俺たちの勝利の扉を!」

 

リンドの手が扉にかかり開かれようとしたが

 

「待て」

 

「!?・・・なんだ?」

 

扉を開けようとしたリンドをトウガが引き留めた。

 

「今回の作戦、攻略本の内容を前提にし過ぎてないか?情報ではβテストと違ってもう一体。それも遠距離攻撃ができるボスだと聞いている。βテストとの違いがある点も含めて、予想外のことに対する対策を取る必要があるんじゃないか?」

 

「もちろんだ。第一層の過ちを繰り返すつもりはない」

 

トウガの問いかけに、リンドは頷きながら答える。

その横で、今度はエギルが口を開いた。

 

「なら、撤退の基準を決めておくべきだろう。初回の挑戦で事前情報との相違点が確認できた時点で即時撤退。戦術を練り直してから、再度挑戦。それでいいな?」

 

「あぁ、それでいこう。では――」

 

「ちょお待ってんか!」

 

エギルの案をリンドが受け入れ、改めてボス戦へと望む・・・ことはなく、今度はキバオウがリンドを引き止める。

 

「今度はなんだ!」

 

またも扉を開けるのを遮られ、若干苛立ちの表情でキバオウを見るリンド。

 

「攻略本だよりは確かに危険や。ゆうたら悪いが、あれを書いたのはボス部屋にも入ったことのない情報屋やからな。それに、三体目の情報もどこまでホントか分からん・・・せやから」

 

そう言いながら、キバオウはキリトの方を見た。

 

「この場に一人。ボスと戦ったことのある奴から話を聞かん手はないわな」

 

βテスターを毛嫌いするキバオウからの意外な発言に警戒しながらも、キリトは答える。

 

「・・・攻撃パターンは基本的に雑魚トーラスと一緒だった。ただ、デバフが二重に付与される攻撃だけは絶対に避けてくれ。もし、まともに食らえば、一発目でスタンして、二発目で麻痺。そして三発目でそのまま・・・ともかく、まともに食らわなければ問題なく倒せるだろう」

 

それ以上のことは言わなくても分かると思い、話の内容を三体目のボスに変える。

 

「だが、三体目のボスに関しては、俺も見てないから分からない。けど、ブレス攻撃をしてくるなら、きちんとモーションを見て回避してくれ。もし、情報通り麻痺が付与される攻撃なら、動けない所を攻撃されてそのまま・・・」

 

死ぬ。という言葉を危うく飲み込み、キリトは話は終わったという目線をキバオウに向ける。

キリトの目線で話は終わったと察したキバオウは頷きながら喋る。

 

「気をつけるべきことは、二発目は絶対回避することとブレス攻撃やな。ほな、始めようか」

 

「ちょっ、勝手に開けるな!それじゃあ、行くぞ皆!」

 

キバオウが扉を開けるのを見て、慌てながらもリンドも部屋の中に入った。

それに続いて、プレイヤー達が一斉に入り込む。

部屋の中は一層と違って、周りが紫の壁で覆われている円形の部屋だった。

そこにいたのは、オレンジの体に巨大なハンマーを持っている《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》と、青い体に《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》ほどじゃないがこれまた巨大なハンマーを持っている《ナト・ザ・カーネルトーラス》の二体の巨大なミノタウロスだった。

攻略組は二体の巨大なミノタウロスに怯むも、すぐさま立て直し、それぞれの担当のミノタウロスを相手する。

 

「攻撃来るぞ!」

 

キリトの指示に従い、防御するエギル達H隊のメンバー。

《ナト・ザ・カーネルトーラス》の攻撃を防いだエギル達は後ろに下がり

 

「スイッチ!」

 

「任せて!」

 

代わりにアスナが前に出て攻撃した。

《ナト・ザ・カーネルトーラス》のHPバーが削られたことで

 

「交代!I隊!」

 

「よし、行くぞ!」

 

キリトの掛け声と共に前に出るトウガ。

《ナト・ザ・カーネルトーラス》がトウガに向けてハンマーを振り下ろしたが

 

「ふんっ!」

 

トウガが盾でしっかり防御する。

 

「おらよっ!」

 

更にザントが剣でハンマーを跳ね上げる。

その隙をついてソウゴとコノハが《ナト・ザ・カーネルトーラス》の足を攻撃する。

 

「スイッチ!」

 

「了解、コハル!」

 

「任せて!」

 

コノハの掛け声と共に前に出たハルトとコハルは、それぞれ<レイジ・スパイク>と<ミラージュ・スラスト>で攻撃する。

強力なソードスキルを食らった《ナト・ザ・カーネルトーラス》は、HPを半分以上削られながらも体制を立て直した。

 

「交代!G隊!」

 

「任せよ!突撃ぃ!」

 

G隊と交代して後ろに下がるI隊。

G隊こと「レジェンド・ブレイブス」の面々は、しっかりと連携しながら《ナト・ザ・カーネルトーラス》のHPを削っていた。

 

「あいつら、ナリだけじゃないな。こっちも負けてられないな」

 

「あぁ。だが、今問題があるのは、俺たちじゃなく本隊だ」

 

キリトが攻略組の方を見ると、《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》のハンマー攻撃に苦戦している攻略組の姿があった。

中には攻撃をまともに食らい、麻痺しているプレイヤーもいた。

 

「あれ、大丈夫か?」

 

「タイミングは掴めてきてはいるけど、これ以上、麻痺者が出たら撤退できなくなるな・・・」

 

キリトが不安そうな表情をしながら言う。

今のところβテストとの変更点はないが、結構苦戦している上、まだ三体目のボスが出てない。もし、麻痺者が更に出た状態で三体目のボスに挑むことになれば、撤退するどころか全滅する可能性がある。

そう思ったハルトはキリトに提案した。

 

「・・・僕、リンドさんに仕切り直しを提案してくる」

 

「そうだな、三体目がまだ出てない以上、この状態で続けるのは危険すぎる」

 

キリトがハルトの提案を受け入れると、今度はI隊の方を見る。

 

「・・・正直、後少しで倒せそうなのに撤退するのは癪だが、全滅するよりかはマシか」

 

「ここは私たちに任せて行って」

 

トウガとコハルから許可をもらったハルトは、リンドの方に向かって走り出す。

 

「リンドさん!これ以上、麻痺者が出たら撤退できなくなる。ここは一旦退いて仕切り直そう!」

 

ハルトに気付いたリンドは、ハルトの提案を聞いてもすぐには了承せず、戸惑いの表情を向ける。

 

「しかし、ボスのHPはもう半分なんだ。ここで撤退するなんて・・・」

 

「確かに惜しくはあります。けど、もしこの状態で三体目が出たら・・・」

 

「ぐっ・・・」

 

ハルトの言葉を聞いてリンドは悩んだ。

《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》のHPは残り半分だ。

この調子でいけば倒せるかもしれないが、麻痺者が複数いる中で、もし三体目が出現したら、撤退はおろか最悪の場合、全滅する可能性もある。

続行するか、撤退するか悩んでいると、以外な人物から声が掛かった。

 

「あと一人麻痺者が出るまでやってみぃひんか?」

 

声を掛けられた方に振り向くと、真剣な表情をしているキバオウがいた。

 

「確かにこの状態で三体目が出るのは危険や。けど、皆タイミングを掴んできとる。集中もしてきとるし、士気も高い。回復や麻痺用のポーションも結構使っとる。損するのは嫌いやねん」

 

キバオウの意見を聞いたリンドは、しばらく沈黙していたが

 

「・・・分かった。それでいこう。提案、感謝する」

 

キバオウの提案を受け入れた。

ハルトもそんな二人の様子を見て、ため息をつきながらも

 

「分かりました。けど、続行するって言ったのはそっちですから、やられても文句言わないでくださいよ」

 

「分かっとるわ!」

 

「そっちも気をつけろよ」

 

皮肉めいた言葉を返しながら元の場所に戻った。

キリト達に向こうで起きたことを話すと、浮かない表情をしながらも頷いた。

 

「ひとまず、こっちを片付けよう。もうHPは1/4だし、一気にケリをつける!H隊、前に出るぞ!」

 

キリトの掛け声に反応し、G隊と交代で前に出るH隊の面々。

《ナト・ザ・カーネルトーラス》の攻撃を躱すとアスナが<シューティングスター>、エギルが<ワール・ウインド>で攻撃する。

 

「スイッチ!これで決める!」

 

攻撃され、ダウンした隙をついてキリトが<ヴォーパル・ビート>で追撃する。

強力なソードスキルを食らった《ナト・ザ・カーネルトーラス》はそのまま雄叫びを上げながらポリゴン状に四散した。

 

「よし、一体撃破!」

 

《ナト・ザ・カーネルトーラス》を倒したことでガッツポーズをしながら喜ぶキリトとアスナやエギル達。

その様子をトウガ達が見ていたが

 

「なぁ、二人共」

 

トウガがソウゴとザントに声を掛ける。

二人がトウガを向く中、トウガは話を続ける。

 

「このまま、無事に攻略できても、なにも戦果なしってのは面白くないよな」

 

「そりゃそうだが・・・」

 

ソウゴが言葉を返すと、トウガはニヤリと笑いながら、苦戦しながらも《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》と戦っている攻略組を見る。

その行動に何か察したのか、ソウゴとザントも笑みを浮かべた。

 

「あれ(《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》)のLA、取るか?」

 

「「乗った!」」

 

「ちょっ、トウガ君!?」

 

「トウガさん!?」

 

コノハとコハルの驚き声を無視しながら、三人は《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》に向かう。

 

「全員、回避ぃーーー!」

 

リンドの声をよそに《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》は攻略組に向けてハンマーを振り下ろしたが、地面に当たる直前にトウガの盾で防がれる。

 

「なっ!?君たち、何しにここに!?」

 

「何をしにだと?決まっている!」

 

トウガが笑みを浮かべると同時に、ソウゴとザントがそれぞれ《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》に向かいながら叫ぶ。

 

「「救援に来てやったんだよ!!」」

 

そう言いながら、それぞれの武器で攻撃する。

攻撃を食らい、膝を付く《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》。

その隙にトウガは《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》に向かってジャンプした。

 

「やっちまえ!トウガ!」

 

ソウゴの叫び声と共にトウガは空中で剣を両手で持ち、《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》の頭に目掛けて剣を刺した。

《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》は「ヴォっ!?」と声を上げたが、そのままポリゴン状に四散した。

 

「ナイスだトウガ」

 

「ふっ、当然だ」

 

《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》を倒したことで、トウガはソウゴとハイタッチをした。

一方、攻略組は助けてもらったもののLAを取られたことで、何とも言えない表情をしていたが、無事に死者を出すことなくボスを倒せたことに安堵した。

 

「ひとまず、二体共無事に倒せたな。だが、情報通りならこの後・・・」

 

リンドがそう言った瞬間

 

『!?』

 

突然、部屋の奥から光が現れた。

その光は徐々に姿を変え、人型の形となっていく。

やがて、光が消え、そこに現れたのは巨大なミノタウロスだった。

そのミノタウロスは先程の二体よりも遥かに大きく、黒い体に頭には王冠。そして、《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》よりも大きい巨大なハンマーを持っていた。

巨大ミノタウロスの頭上にHPバーとウィンドウが表示される。

 

《アステリオス・ザ・トーラスキング》

 

攻略組の面々が新たに出てきたボスに啞然としてる中、王は雄叫びを上げた。




・<ミラージュ・スラスト>
細剣の星3スキル。細剣のスキルだが、斬属性を持っており、近くの敵を薙ぎ払うような攻撃をする。

・<ワール・ウインド>
斧の星3スキル。こちらもまた斧のスキルだが、斬属性を持っており、自身の周りを斧で振り回す攻撃をする。

・《アステリオス・ザ・トーラスキング》出現
この小説では、二体を倒した後に出現ということにしました。


本当は一話で終わらせようとしましたが、《アステリオス・ザ・トーラスキング》戦やこの後の展開も書くと文字数があまりにも長くなるので、前編、後編に分けました。
また、第二層ボス戦は最初はSAOIFみたいに一体ずつ倒していく展開にしようかと思いましたが、展開が中々思いつかず、かと言ってまんまプログレッシブみたいな展開になっても面白みがないと悩んだ結果、二つを合わせて最初に大佐と将軍と戦い、二体を倒したら王と戦うという展開にしてみました。
ということで、次回、《アステリオス・ザ・トーラスキング》戦です。お楽しみに。


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ep.9 第二層ボス攻略(後編)

第二層ボス攻略、後編。
《アステリオス・ザ・トーラスキング》戦です。



「全軍!体制を立て直せ!近くに麻痺している人がいれば、安全な場所に運んでくれ!それ以外はボスを迎え撃つぞ!」

 

三体目のボスに誰もが啞然としている中、いち早く我に返ったリンドが周りに指示を出す。

リンドの指示を聞いて、状況を理解し、次々と動き出す攻略組。

麻痺した人を運ぶ者、ボスに挑む者など、事前に三体目が出るのを知っていたおかげで冷静に行動できていた。

 

「俺たちも行くぞ!」

 

無論、キリト達も三体目が出ることは知っていたので、慌てることなく《アステリオス・ザ・トーラスキング》に向かう。

《アステリオス・ザ・トーラスキング》は自身に迫ってくる攻略組の面々を見ると、手に持っていた巨大なハンマーを上に上げた。

 

「か、回避ぃーーー!」

 

リンドの声を聞いて、ハンマーを回避しようとする攻略組に向けて、《アステリオス・ザ・トーラスキング》は思いっきりハンマーを振り下ろした。

威力もそうだが、攻撃範囲も先程の二体とは桁違いであり、回避できなかった者は高いダメージとスタン、或いは麻痺のデバフが付与された。

 

「怯むな!攻撃した隙をついて周りから攻撃しろーーー!」

 

一人のプレイヤーがそう言い、プレイヤー達が《アステリオス・ザ・トーラスキング》を囲む。

プレイヤー達が各ソードスキルで攻撃しようとした瞬間、《アステリオス・ザ・トーラスキング》が両手を上げ

 

『!?』

 

《アステリオス・ザ・トーラスキング》の周りに雷が落ち、囲んでいたプレイヤー達は雷によるダメージを食らい、麻痺が付与される。

 

「くっ、一旦下がるぞ!」

 

プレイヤー達が麻痺したのを見て、一旦距離を取ろうとする二人のプレイヤー。

《アステリオス・ザ・トーラスキング》は後ろに下がろうとしているプレイヤーを見つけると、両目を光らせる。

 

「避けろ!ブレス攻撃が来るぞ!」

 

事前情報により、目が光るとブレス攻撃をすると知っていたキリトは後退している二人のプレイヤーに向かって叫ぶ。

二人のプレイヤーもそれを知っていて、慌てて横に避けようとするが

 

「「ぐはっ!?」」

 

避けきる前にブレスが放たれ、攻撃を食らった二人のプレイヤーは高いダメージと麻痺が付与された。

あっという間に複数の麻痺者が出たことに、誰もが立ちつくしてしまう。

 

「(近づけば巨大ハンマー。囲めば麻痺付きの全方位攻撃。距離を取ればブレス攻撃。くっ、隙がなさすぎる・・・!)」

 

《アステリオス・ザ・トーラスキング》の攻撃パターンをトウガは冷静に分析したが、どの攻撃にも隙がなく、強力なソードスキルを当てることができないことに顔をしかめる。

 

「くっ!」

 

「あ、アスナ!?」

 

状況を打開すべく、アスナはキリトの制止を聞かず、《アステリオス・ザ・トーラスキング》に攻撃する。

攻撃された《アステリオス・ザ・トーラスキング》はアスナの方を向き、ハンマーを振り下ろすが、アスナはそれを躱す。

 

「(予想通り。こんな風に近づきながら攻撃すれば、ボスは遠距離攻撃をしてこない!少しの間だけでいい。攻略組の人たちの麻痺が回復するまで、私が時間を稼ぐ!)」

 

そう考えたアスナは次々と繰り出される《アステリオス・ザ・トーラスキング》のハンマーを躱していきながら、《アステリオス・ザ・トーラスキング》に少しずつ攻撃していく。

しかし、勇気と無謀は違う。

アスナが次の攻撃を繰り出そうとした直後、《アステリオス・ザ・トーラスキング》はハンマーを持ってない方の手で空中に飛んでいたアスナをはたき落とした。

 

「がっ!?」

 

下にはたき落とされたアスナは、起き上がろうとしたが、体が動かない。

アスナははたき落とされた衝撃でスタン状態になっていた。

《アステリオス・ザ・トーラスキング》はその隙を逃さず、目を光らせる。アスナに向けてブレス攻撃をするつもりなのだろう。

 

「まずい!」

 

「アスナ!避けて!」

 

ハルトとコハルが叫ぶも、アスナはスタンしていて動けない。

《アステリオス・ザ・トーラスキング》がアスナに向けてブレスを放とうとした直後

 

「うおーーー!」

 

横からキリトが飛び出して来て、アスナを抱え、ブレス攻撃を回避しようとした。

しかし、避けきる前にブレスが放たれて、キリトは攻撃を食らい、アスナと共に麻痺が付与された。

 

「・・・なんで来たの?」

 

「・・・分からない」

 

キリトの言葉を聞いたアスナは、キリトに向かって微笑んだ。

そんな様子の二人であったが、無情にも《アステリオス・ザ・トーラスキング》は二人目掛けてハンマーを振り下ろす。

 

「「はぁーーー!」」

 

だが、ハルトとコハルがそれぞれの武器で攻撃を受け止める。

その様子を見ていたキリトは、二人に向かって叫ぶ。

 

「ダメだ二人共!二人の装備じゃ、こいつの攻撃を防ぐことはできない!押し潰されるぞ!」

 

キリトの言葉通り、二人の武器は片手直剣とレイピア。対する《アステリオス・ザ・トーラスキング》の武器は巨大ハンマー。

徐々に押し返されて、HPが減っていく二人。

 

「うおーーー!」

 

すると、叫び声と共にトウガが盾をハンマー目掛けて叩きつける。

叩きつけられたことにより、ハンマーが上に押し出され、後退する《アステリオス・ザ・トーラスキング》。

しかし、またもや目が光り出す。ブレス攻撃のモーションだ。

この時、ハルト達は窮地に立たされていた。

放たれようとしている《アステリオス・ザ・トーラスキング》のブレス攻撃。避けることだけなら簡単だ。しかし、自分たちの後ろにはキリト達がいて、二人は麻痺で動けないため、攻撃を回避することができない。

二人を抱えながら避けようとしても、その前に攻撃されて自分たちも攻撃を食らい麻痺状態になってしまう。

絶体絶命だった。

周りは麻痺したプレイヤー達を安全な場所に運ぶのに精一杯で、こちらに向かおうしている人はいない。

いや、一人だけこちらに向かおうとしている男がいた。

その男はオルランド。

彼は仲間に抑えられながらも懸命にこちらに向かおうとしていた。

 

「無茶です!オルランドさん!」

 

「無茶で結構!戦友たちと姫君たちの盾になって倒れるなら本望!真の勇者なら今征かんでなんとする!!」

 

オルランドの決死の叫びが部屋中に響き渡った直後

 

「その通りです!」

 

オルランドの叫びに答えるかのように、一人の男の声が響いた。

その直後、ボス部屋に光る何かが飛んでいた。

光る何かは弧を描くように進み、ブレス攻撃をしようとした《アステリオス・ザ・トーラスキング》の頭に当たった。

その途端、《アステリオス・ザ・トーラスキング》は頭を抑えながら苦しみだす。

 

「あれは・・・チャクラム!?」

 

キリトが光る何かの正体に気付いた。

プレイヤー達は何が起きたのか分からないまま黙って《アステリオス・ザ・トーラスキング》を見てる中、チャクラムは投げたと思われる持ち主の手に戻った。

その人物は・・・

 

「すみません、遅くなりました!」

 

SAO初のプレイヤーの鍛冶屋であるネズハであった。

突然現れた鍛冶屋を前に、攻略組が呆然としてる中、ネズハはハルト達の方を向いた。

 

「ハルトさん達はお二人を安全な所へ移動させてください。ボスは僕が止めます」

 

 

 

 

ネズハと一緒にボス部屋まで駆けつけてきたアルゴの話によるとこうだ。

あの後、キリトはネズハにチャクラムを使えるようになるための条件。<体術>スキルの取得を達成させるため、例の<体術>スキルを獲得できる山の広場に向かった。

《自然洞窟》を抜けた辺りでキリト達と別れたネズハは、山道を進み広場にたどり着いたという。

そこで、クエストを受けて、三日ぐらいたったある日。丁度ボス攻略が始まった頃に突然、牛と共にアルゴが現れた。

アルゴの話は、三体目のボス《アステリオス・ザ・トーラスキング》の弱点はブレスを放つ直前に頭を攻撃することで、それができる武器はチャクラムしかなく、現時点でチャクラムを使える可能性のあるプレイヤーは<投剣>スキルの熟練度が高く、<体術>スキルを手に入れようとしているネズハしかいないという。

それを聞いたネズハは、すぐさま裏技を使って岩を壊し、<体術>スキルを手に入れた。

そして、大急ぎでボス部屋まで駆けつけて、今に至るという。

安全な場所でHPと麻痺を回復しているハルト達は、アルゴの話を聞きながら《アステリオス・ザ・トーラスキング》と戦っている麻痺していない攻略組、「レジェンド・ブレイブス」、キリトとアスナを除くH隊、「紅の狼」とザントを見る。

ネズハのおかげで、ブレス攻撃が来なくなり《アステリオス・ザ・トーラスキング》に高いダメージを与えれるようになったが、巨大ハンマーと麻痺付きの全方位攻撃がなくなったわけではなく、未だに苦戦を強いられている。

未だに戦局を保っているのは、現時点で最高級の装備をしている「レジェンド・ブレイブス」のおかげであった。

その様子を黙って見ていたハルト達であったが

 

「・・・ハルト」

 

「・・・何?」

 

座りながら、キリトは隣に座っているハルトに声を掛ける。

 

「お前・・・<体術>スキル持ってるんだよな?」

 

「・・・持ってるよ」

 

アルゴから聞いたのか、自分が<体術>スキルを持っているのをキリトは何故知っているのか疑問に思ったが、ひとまず質問に答えると、キリトは笑みを浮かべながら、ハルトの方を向いた。

 

「頼みがある」

 

ハルト達がそんなやり取りをしている中、エギルから声が掛かる。

 

「おい、四人共!もう回復したんだったら、手を貸してくれ!」

 

エギルの言葉に頷きながら、立ち上がるハルト達。

 

「よし!それじゃあ作戦通りに行くぞ!」

 

「うん。でも、できるかな・・・」

 

「大丈夫さ!俺もできたんだ。お前もできる」

 

「・・・ありがとう。やってみせる!」

 

「あぁ!アスナとコハルもサポート頼むな」

 

「正直言って、少し納得できない部分もあるけど、任せてちょうだい!」

 

「サポートは私たちに任せて、しっかり決めてください!」

 

一通り会話し終えたところで、四人は《アステリオス・ザ・トーラスキング》に向けて走り出す。

一方、攻略組の方では《アステリオス・ザ・トーラスキング》相手に奮闘していた。

すると、《アステリオス・ザ・トーラスキング》のハンマーがネズハ目掛けて振り下ろされた。

突然の攻撃にネズハは立ちつくしていたが、攻撃が当たる直前に「レジェンド・ブレイブス」の面々が前に出て、攻撃を受け止める。

さらに、エギルやトウガなどといったタンク担当のプレイヤーも続々と集まる。

まだ、回復しきってないのに助太刀してくれたプレイヤー達に驚くオルランドだが

 

「あんた達のガッツを見て、俺たちだけ休んでいるわけにはいかないだろ!」

 

「手伝わせてもらうぜ!オルランドさん!」

 

トウガとエギルが笑みを浮かべながら言うと、オルランドも笑みを浮かべて、大声で叫ぶ。

 

「ハハハっ!ここは勇者だらけであるな!ならば、押し返すぞ!」

 

『おう!』

 

オルランドの叫び声に応えながら、彼らは一斉に《アステリオス・ザ・トーラスキング》のハンマーを押し返した。

急激に押し返されたことで、ハンマーが上へ上がり、のけぞる《アステリオス・ザ・トーラスキング》。

その隙をついてハルト達が《アステリオス・ザ・トーラスキング》に向かって走り出す。

 

「ブラッキー殿!」

 

「やっちまえ!」

 

オルランドとエギルの声に応えながら、それぞれの武器を構えるハルト達。

まず、アスナとコハルがレイピアを持ち出し、地面を蹴ってジャンプすると、《アステリオス・ザ・トーラスキング》の頭目掛けて、<シューティングスター>を発動させる。

レイピアの鋭い一撃が《アステリオス・ザ・トーラスキング》の頭に刺さるが、HPはゼロにならない。

しかし、弱点を突かれた《アステリオス・ザ・トーラスキング》は両手で頭を抑えながらダウンした。

 

「キリト君!」

 

「ハルト!」

 

それぞれのパートナーの声に応えながら、ジャンプをして先程の攻撃でダウンした《アステリオス・ザ・トーラスキング》に近くハルトとキリト。

空中でしっかりとモーションを行い、そして・・・

 

「「いっけーーー!!」」

 

二人同時に空中で<レイジ・スパイク>を放った。

ソードスキルによって放たれた剣は、そのまま真っ直ぐ進み、《アステリオス・ザ・トーラスキング》の頭を突き刺した。

《アステリオス・ザ・トーラスキング》は頭を抑えながら大声を上げたが、頭の王冠が割れ、ポリゴン状に四散した。

 

「勝った・・・犠牲者もゼロ、完全勝利だぁーーー!!」

 

両手を上げて喜びを露わにするリンド。キバオウもまた、同じパーティーメンバーと喜びを分かち合う。

共に戦ったエギル達や「紅の狼」、「レジェンド・ブレイブス」の面々からも笑みが浮かんでいる。

プレイヤー達が雄叫びを上げる中、ハルトとキリトは互いのパートナーと目を見合わせる。

そして、互いに笑みを浮かべると口を開き

 

「「お疲れ(さま)」」

 

「「お疲れ(さま)」」

 

武器をしまい、拳を合わせた。

 

「皆さん!」

 

それぞれ喜びを分かち合っていると、四人に声を掛ける者がいて、振り向くと、ネズハが手を振りながらこちらに向かっていた。

 

「皆さんのおかげで、僕はやっとなりたかったものになれました。僕の背中を押してくれて、ありがとうございました!」

 

「や、やめろよ仰々しい」

 

お礼を言うネズハに対し、照れくさそうに返すキリト。

 

「これでもう・・・」

 

ネズハが何か言いかけたが、そこにエギルが声を掛ける。

 

「おつかれさん、コングラチュレーション!・・・だけで、済ませたかったが・・・」

 

エギルはこちらに歩み寄ってきて称賛の声を掛けてきたが、途端にエギルの表情と声質が変わる。

更に、エギルの背後には表情を険しくしてネズハを睨むプレイヤー達が立っていた。

エギルはそんなプレイヤー達を連れてネズハの前に立ち、口を開く。

 

「あんた、少し前まで鍛冶屋だったよな?」

 

「・・・はい」

 

エギルの質問に真剣な表情で答えるネズハ。

 

「何で戦闘職に転職したんだ?そんなレア武器まで手に入れて・・・鍛冶屋というのはそんなに儲かるのか?」

 

「!? (まさか!)」

 

この会話でキリトは悟った。戦闘中、疑問に思っていたこと。エギルが一層のボス攻略時と違って、弱い装備で戦っていたこと。それは、強化詐欺の被害に遭ったからなのだと気づいた。

 

「あんた知らないだろ。あんたに強化を依頼した剣が破壊されてから、俺と仲間たちがどれだけ苦労したか」

 

「やめろ。別に恨み言を言いたいわけじゃないんだ。ただどうも皆、俺と同じ経験をしていて、俺と同じ懸念を持っているようでな」

 

ネズハに詰め寄ろうとするプレイヤーを宥めてから、エギルは言葉を続けた。

 

「(まずい!)」

 

このままでは、ネズハの公開裁判が始まる。

そして、もし死刑という事になれば・・・

 

「聞いてくれ!このチャクラムは俺が」

 

すぐにキリトはネズハを庇おうと行動した。

しかし、ネズハはキリトの行動を止めた。

 

「いいんです、キリトさん・・・皆さんの、お察しの通りです」

 

「!?」

 

キリトはネズハが口にした言葉を耳にして目を見開く。

ネズハは膝を折って地面に着き、両手を床に着いて頭を下げる。

 

「僕が皆さんの武器をエンド品とすり替えて、騙し取りました」

 

「・・・それをコルに換えたのか?」

 

「はい、全て」

 

「・・・コルでの弁償は可能か?」

 

「できません。換金したコルは全て高級レストランの飲み食いとか、高級宿屋とかで残らず使ってしまいました」

 

すると、我慢の限界だったのか、後ろにいた一人のプレイヤーがネズハに詰め寄り、胸倉を掴んだ。

 

「お前ぇーーー!!分かってんのか!?大事に育てた剣を失くして、俺と仲間たちがどんな思いしたのか!」

 

「俺だって、もう最前線にいられないと思って・・・でも、仲間たちが武器の強化素材集めとか手伝ってくれて・・・迷惑かけまくってよ・・・」

 

「分かってんのか!?お前が俺たち攻略組からどれだけのモンを奪ったのか!・・・そんな俺たちが大切に育てた武器を、高級レストランの飲み食いに使っただぁ!?高い宿屋に使っただぁ!?挙句の果てに自分はレア武器を使って、ボス戦でヒーロー気取りかよ!」

 

武器を失ったプレイヤー達の悲鳴にも似た罵声がネズハに浴びせられる。

 

「・・・私、行ってくる!」

 

「待って、コハル!・・・大丈夫だから」

 

ネズハに罵声を浴びせているプレイヤー達の下に向かおうとしたコハルを止めるハルト。

コハルはハルトの方を向いて、どうして止めるの!?的な表情をしたが、彼の優し気な笑みと「大丈夫」という言葉を聞いて、ネズハの方を向いた。

すると、ネズハの胸倉を掴んでいたプレイヤーが震えながら口を開いた。

 

「やっちゃダメだけどよぉ・・・俺は今すぐあんたをたたっ斬りたくてしょうがねぇんだ!」

 

「・・・分かります。覚悟の上です。恨みもしません。どうか、皆さんのお気の済むように」

 

ネズハがそう言った直後、ネズハの胸倉を掴んでいたプレイヤーが、ネズハの頭を掴みだす。

更に、他のプレイヤー達もネズハを囲んで、怒りをネズハにぶちまける。

そして、一人のプレイヤーが鞘を掴み剣を引き抜こうとしたその時

 

「待たれよ」

 

声を掛けられ振り向くと、「レジェンド・ブレイブス」の面々が剣を抜いて、床に土下座をし続けているネズハに歩み寄っていた。

 

「(やっぱり、あいつらが黒幕で、この場でトカゲの尻尾を切るつもりか!?)」

 

キリトがネズハに歩み寄るオルランドを見てそう考える。

そんなことを考えていると、オルランドはネズハの隣に立ち、この場にいる全員に聞こえる声でゆっくりと口を開く。

 

「この者は・・・いや」

 

言い直しながら、「レジェンド・ブレイブス」の面々は床に剣を置き、頭に被っていた兜を脱いだ。そして・・・

 

「こいつは、俺達の仲間です」

 

「レジェンド・ブレイブス」の面々が床に剣と脱いだ兜を置いて、土下座しているネズハの隣に一列に並び、膝を床に着け、ネズハと同じように手を付けて頭を下げた。

 

「こいつに強化詐欺をさせてたのは、俺達です」

 

 

 

 

「レジェンド・ブレイブス」の面々が、ネズハと一緒に地に膝を着けている光景を、プレイヤー達は呆然と眺めている中、リンドが彼らの前に出た。

リンドは「レジェンド・ブレイブス」の面々に話を聞き、どんな形で彼らに償わせるか考えていると、彼に向けてトウガが発言をした。

 

「ブレイブスの人たちの装備。換金すれば、被害にあったプレイヤー達の被害額を上回るんじゃないか?」

 

リンドはトウガの言葉を聞いて少し考えた。

彼らの装備は現時点で一番強力な装備だ。もし、そんな装備をコルに変えれば、多額のコルが手に入り、詐欺の被害にあったプレイヤー達にきちんと弁償できるかもしれない。

そう考えたリンドは、そのことを「レジェンド・ブレイブス」の面々と被害にあったプレイヤー達に伝えると、どちらも納得してくれた。

そんな感じで、強化詐欺の件は誰も死者を出すことなく、収まりそうだとと誰もがそう思ったその時

 

「そんなんで許されるわけねぇだろ!」

 

ボス部屋の中に、一人のプレイヤーの怒声が響き渡る。

他のプレイヤー達はこの場の雰囲気に合わない怒声を放ったプレイヤーを見る。

そのプレイヤーは黒いローブを被って顔が見えなかった。

 

「金銭的な損害は、そいつらのご立派な装備を売り払えば弁償できるだろうよ!けどなぁ!どれだけコルを積んでも、死んだ人間は帰ってこねぇんだよ!」

 

『!?』

 

プレイヤー達の目が一斉に大きく開かれる。

今までのやり取りを表情を変えることなく黙って聞いていたハルトやアスナ、「紅の狼」の面々も驚愕の表情で黒ローブの男を見る。

 

「オレ、俺知ってる!そいつに騙し取られたプレイヤーは他にもたくさんいる!その中の一人が、店売りの安物で狩りに出て・・・今まで倒せてた雑魚Mobに殺されちまったんだ!!」

 

土下座していたネズハと「レジェンド・ブレイブス」の面々が、呆然としながら怒鳴るプレイヤーを見上げる。

ハルトやコハル、キリトにアスナ、「紅の狼」の面々、他のプレイヤー達も怒鳴り続けるプレイヤーを呆然と見つめる。

 

「それが金で償えるわけねぇよなぁ!?」

 

黒ローブの男は、まるで止めを刺すかのように言い放つ。

その途端、周りから騒めきの声が立ち上がる。

 

「ひ、人が死んだ・・・?」

 

「な、なんてこった。それじゃ、これって・・・」

 

プレイヤー達の騒めきは次第に大きくなっていき、やがて、ある言葉を導き出す。

 

「間接的な・・・PK・・・?」

 

'PK'

 

その言葉が出てきてから、流れはあっという間だった。

 

「おい!さすがにそれはやべぇだろ!第一層の時とはワケが違うんだぞ!?」

 

「今回は犯人が分かっていて、罪も認めてるって事は・・・」

 

「おい馬鹿!何言ってんだ!」

 

強化詐欺を行ったネズハと、それをやらせたと言う「レジェンド・ブレイブス」。

彼らが間接的なPKを行ったのは、もはや決定的だった。

 

「責任取れよ、人殺し」

 

一人のプレイヤーによって放たれた人殺しという言葉。

それによって、プレイヤー達の怒りのボルテージが最大になった。

プレイヤー達の怒り満ちた叫び声が部屋中に響き渡る。

 

「そうだ!」

 

「死んだ奴に謝って来い!」

 

「命で償え!このクソ詐欺師共!」

 

「殺せ!」

 

大勢のプレイヤー達が叫び声と共にネズハと「レジェンド・ブレイブス」の面々を囲み、ボス部屋の中央へと連行していく。

ハルト達はその光景を黙って見ることしかできなかった。

コハルはこの光景に恐怖を感じたのか、涙目でハルトの腕を掴む。

キリトやアスナ、エギル達H隊や「紅の狼」の面々、一部のプレイヤー達もどうすることができず、ネズハ達を処刑してやろうと意気込むプレイヤー達を眺めていた。

誰もが諦め、ネズハ達が処刑されそうになったその時

 

キン!!

 

金属音が部屋中に鳴り響いた。

その音を聞いて、プレイヤー達は驚きながら、金属音が鳴った場所を見る。

そこにいたのは、今までのやり取りを怒りもしなければ、驚きもせず、ただ黙ってこの光景を見ていたプレイヤー、ザントであった。

彼は片手に剣を持っており、剣先が床に着いていた。

先程の金属音は、彼が剣を思いっきり床に叩いたから鳴った音だろう。

ザントはプレイヤー達の視線を気にすることなくネズハと「レジェンド・ブレイブス」の面々の方に歩み寄る。

そして、彼らの前に立ち止まる・・・ことはなく、更に歩みを進め、一人のプレイヤー、この状況を作った元凶である黒ローブの男の前に立ち止まった。

 

「な、何の用だよ?」

 

黒ローブの男がザントに向かってそう言った直後、ザントは持っていた剣で黒ローブの男を斬った。

 

『!?』

 

突然のザントの奇行に誰もが目を見開く。

そんな中、ザントは剣を鞘にしまい、回復ポーションを取り出すと、左手で黒ローブの男の頭を掴み、ポーションを無理やり飲ませた。

 

「ぶはっ!何しやがる!?」

 

ポーションでザントによって削れたHPを回復した黒ローブの男は、ザントの手を振り払いザントを睨む。

ザントは黒ローブの男の言葉を無視し、周りを見ながら、自身の頭の上にあるオレンジ色のカーソルを指差す。

 

「このカーソルがオレンジになる条件。それは、圏外での犯罪行為。すなわち、窃盗や強盗、プレイヤーへの攻撃及びプレイヤーの殺害だ。そして、オレンジになった者はグリーンに戻すためのクエストをクリアするまで、圏内に入ることも三層に行くこともできねぇ。その意味が分からないほど馬鹿じゃねぇよなぁ?」

 

ザントの言葉に、ネズハ達を処刑しようとしていたプレイヤー達はハッ!とした。

もしここで彼らを処刑すれば、処刑したプレイヤーはオレンジプレイヤーになるだろう。

そうなれば、自分はカーソルをグリーンにするまで攻略に参加できなくなるなるし、最前線からどんどんかけ離れてしまう。

先程までの怒りの表情がなくなり、ザントの方を見続けるプレイヤー達に、ザントはある言葉を含めて喋る。

 

「さぁ、選べ。首は全部で六つだ。この中で、こいつらと同じ《人殺し》という二つ名付きのオレンジプレイヤーになりたい猿はどこのどいつだぁ?」

 

ザントの人殺しという言葉に、プレイヤー達は悔しそうな表情になる。

彼ら(ネズハ達)は人殺しをした悪だ。ならば、殺して償わせるべきだ。

しかし、彼らを殺せば、今度は自分が人殺しになってしまう。

頭が冷えたことで、その事実に気付いたプレイヤー達は怒りはあるもの、どう裁けばいいのか分からず、悔しそうにネズハ達を見る。

 

「誰も手を出す必要はない」

 

プレイヤー達が悔しそうな表情をしていると、リンドが声を上げながら歩いていた。

リンドはしばらく歩くと立ち止まり、「レジェンド・ブレイブス」のリーダーであるオルランドの前に立つ。

 

「オルランドさん・・・リーダーならば、自らの刃でけじめをつけるんだ」

 

リンドは一本の剣をオブジェクト化させると、オルランドの目の前に突き刺して言う。

先程プレイヤー達を黙らせたザントも、リンドの行動を止める素振りは見せず、黙ってリンドを見ていた。

そんな中、オルランドはリンドが床に刺した剣の柄を掴んで・・・コハルが止めようとしたが、先程のように腕をハルトに掴まれる。

 

「ハルト!?」

 

「・・・」

 

またもや、どうして止めるの!?的な表情をしたコハルだが、ハルトは先程までの優し気な笑みではなく、真剣に、けれども、どこかリンドを信じているかのような表情でリンドを見ていた。

オルランドは剣を持つと、ネズハに向かって誇らしげに笑みを浮かべた。

 

「ナーザ。そして、レジェンド・ブレイブスの皆。最後に六人で戦えて良かった・・・さらばだ!」

 

そう言いながら、自身の腹に剣を刺した。

鎧を装備してないため、オルランドのHPは急速に減り続けている。

キリトがプレイヤー達を掻き分けて、未だ剣を刺し続けるオルランドを止めようとするが、プレイヤー達が多くて、中々進むことができない。

オルランドのHPが残りわずかとなり、その命を散らしかけたその時

 

「・・・もういい、覚悟は伝わった」

 

リンドが自身の剣でオルランドが持っていた剣を弾き飛ばした。

それを見て、安堵の空気がプレイヤー達に流れる中、リンドに向かって口を開くプレイヤーがいた。

あの場で人が死んだと堂々と言った黒ローブの男である。

 

「いいのかよ!?そんなんじゃあ、死んだ奴が浮かばれな――」

 

「何を言っている」

 

リンドは黒ローブの男の言葉を遮って、笑みを浮かべながら「レジェンド・ブレイブス」の方を向く。

 

「強化詐欺の首謀者。オルランドはたった今死んだ!もし、生まれ変わって、一からやり直すなら、死ぬ気で追いついてこい!待ってはやらないが、攻略組は勇者を歓迎する!」

 

どこか、かっこつけているような感じで言ったリンド。

 

「ぶふっ!ブハハハハハ!!」

 

その様子を見ていたキバオウが大声で笑い出し、それにつられ、他のプレイヤー達も笑い出した。中には、先程までネズハ達を殺そうとしていたプレイヤー達も含まれていた。

 

「な、なんで笑ってんだよお前ら・・・」

 

「おい、お前」

 

状況が理解できない表情をしていた黒ローブの男だが、若干怒りが含まれた声を掛けられ、振り向くと、トウガが後ろに「紅の狼」の面々を連れながら立っていた。

トウガはこの場で笑っているプレイヤー達と違い、怒りに満ちた顔で黒ローブの男に話しかける。

 

「お前はさっき、強化詐欺が原因でプレイヤーが死んだと言ったな?」

 

突然の質問に黒ローブの男は戸惑いながらも返す。

 

「あ、あぁそうだ!あいつらが強化詐欺なんてしなければ、死人が出ることはなかった!だから――」

 

「なら聞くが、そいつの名前は知っているのか?名前だけじゃない。そいつの元の装備や死んだ時に使った装備。そいつの死んだ場所。レジェンド・ブレイブスは攻略組をターゲットにしていた。なら、同じ攻略組であり、その上、あの場で堂々と宣言したんだ。知っていて当然だろうな?」

 

黒ローブの男の言葉を遮り、更に質問をするトウガ。

すると、黒ローブの男は先程までの勢いが弱まり、口ごもりながら答える。

 

「え、えぇっと・・・俺も噂で聞いたことだから、そこまで詳しく・・・!?」

 

質問に答えていた黒ローブの男だが、突如トウガに胸倉を掴まれる。

トウガの表情は先程よりも更に怒りに満ちていて、細めていた眼を見開き、今でも黒ローブの男を殴りかねない表情をしていた。

 

「貴様・・・!よくもまぁ、そんな不確定な情報をこの場で流そうと思ったな!貴様の馬鹿な行いのせいで、この世界から六人もの命が消えるところだったんだぞ!」

 

トウガの怒り声を聞いて、再び静かになるボス部屋。

ソウゴとコノハ、駆け寄ってきたリンドが慌てて二人を引き剝がす。

リンドは「ゴホン」と咳払いすると、周りを見渡しながら言う。

 

「取り敢えず、死亡者の有無と強化詐欺との因果関係が判明するまで、俺がこの問題を預かる。それでいいな!?」

 

リンドの言葉に頷くプレイヤー達。

トウガも黒ローブの男を睨んでいたが、納得したかのように頷いた。

その後、プレイヤー達によるオークションが始まった。

アルゴとキバオウを筆頭に、場は大盛り上がりであった。

 

 

 

 

「取り敢えず、最悪の事態は避けられて良かったよ」

 

第三層に続く階段を上る最中に、ハルトが喋り出す。

リンドに三層のアクティベートを頼まれた、ハルト、コハル、キリト、アスナの四人は話しながら階段を上っていた。

 

「それにしても、エギルさんやトウガさんが強化詐欺のことを知っていたことには驚いたよ」

 

「全くだ!トウガの奴。俺たちが強化詐欺のことを知っていた上であんな質問したな・・・」

 

コハルがそう言うと、キリトはトウガがボス攻略前に質問したことを思い出し、複雑な表情で言う。

二人共、詐欺のことを知っていたからこそ、先頭に立ってネズハを問い詰めたり、罰を提案したりしたのだろう。

二人は装備の売却額の分配やLAで得たアイテムやコルの分配などで、ボス部屋に残った。

 

「エギルさんとトウガもそうだけど、あの場を治めてくれたザントさんにも感謝しないと」

 

「・・・そうだね」

 

ハルトとコハルは自身がオレンジになりながらも、「レジェンド・ブレイブス」の面々を守ったザントを思い浮かべる。

あの後、二人はボス部屋の入口から出ようとしたザントに「レジェンド・ブレイブス」の面々を守ってくれたお礼を言おうとした。

すると、ザントは「あいつら(「レジェンド・ブレイブス」)を庇った訳じゃねぇ。ぎぁぎぁ喚き続ける猿共がうるせぇから、鎮静剤を与えてやっただけだ」と言いながら、部屋を出た。何とも彼らしい理由だった。

 

「ところで、結局どうだったんだ?」

 

キリトがアスナに質問する。

どうだったんだ、とういうのは無論「レジェンド・ブレイブス」がネズハに強化詐欺を強要させていたかのことである。

 

「うーん、私もホントかどうか分からないけど、最初はオルランドさん以外の五人で始めたことなんだと思う」

 

キリトの質問に答えるアスナ。

 

「でも、アルゴさんがオルランドさんとコンタクトを取った時には、彼は気づいていたみたいなの。けど、五人のリーダーの役に立ちたいていう思いに足元を掬われたんじゃないかしら」

 

アスナがオルランドを持ち上げるような感じで答える。

それを聞いていたハルトも口を開く。

 

「それに、フィールドのボスの時もあの人はネズハを出張させた上に、客の振りまでして店を繫盛させようとしてた。子供っぽくて、暑苦しいところもある。けれども、仲間を大切にしようとする思いは人一倍ある。そんな人だと僕は思ったよ」

 

「うん、今日のボス攻略で私もそう思った・・・素敵な人だね」

 

ハルトの言葉に共感するコハル。

キリトも三人の言葉を聞いて、これ以上の詮索はタブーだと思い、何も言わなかった。

 

「ところで三体目のボスのLAボーナスって、どんなのかしら?」

 

そう言いながら、アスナはキリトに向かって聞く。

キリトは慌てながらも首を横に振る。

 

「いや、俺は取ってないぞ!俺と同時にアタックしたのは・・・」

 

そう言いながら、ハルトの方を向くキリト。アスナとコハルもハルトの方を向いた。

対するハルトは少し口ごもりながらも口を開く。

 

「そのー、実は僕も持ってないんだ」

 

「「「はぁー!?」」」

 

三人の声が階段中に響き渡る。

 

「お前も持ってないなら、ボスのLAはどこに行ったんだよ!?」

 

キリトが詰め寄りながら聞いてくる。

ハルトは三人の視線に気圧されそうになったが、両手をパンッ!と合わせて、申し訳ない表情で言う。

 

「ごめん!それは秘密!」

 

そう言いながら、早足で階段を駆け上がった。

 

「あ、待ちやがれ!」

 

「やっぱり、取ってたのね!待ちなさい!」

 

「勿体ぶらないで教えてよ!」

 

後ろからキリト、アスナ、コハルの追いかける声が聞こえる。

ハルトは歩きながら、後ろを向いて、三人の様子を見たら、更に下のボス部屋の方を見た。

ハルトは確かにLAを取った。しかし、持ってないのは、第二層ボス攻略の真のMVPに譲ったからである。

未だにボス部屋にいると思われるそのプレイヤーと彼の所属するギルドに向かって、ハルトは心の中で呟いた。

 

「(待っているよ、伝説の勇者・・・)」

 

願わくばもう一度彼らと共に戦いたい。不器用だけど、一人一人が仲間のことを思い合っている最高のギルドの人たちと。

そんな思いを抱きながら、少年は新たな地へと足を踏み入れるのであった。




・隙がない《アステリオス・ザ・トーラスキング》
初見時、作者が感じた印象(なお、戦い続けるとめちゃくちゃ隙があった)。

・チャクラム
残弾数がないことで有名な投擲武器。正直これがなければ、原作の第二層ボスはマジで詰むと思う。

・黒ローブの男
プログレッシブでも「オレ、俺知ってる!」で有名なお方。一体何者ナンダ?

・プレイヤーを斬るザント
彼はこれからもこんなクレイジーキャラで行きたいと思います。(まあ、斬った相手が相手なんで、一部の読者にとっては、むしろ、よくやった的な展開かもしれませんが)

・笑い出すプレイヤー達
当時、このシーンを見た時の作者の感想
「えぇ・・・(困惑)」

・キレるトウガ
そりゃ、場が上手く収まりそうな時に火に油を注ぐようなことすれば、キレるよな。


前編、後編に分けた意味ねぇ~(文字数を見ながら)
ということで、以上、第二層編でした。
最初はボス攻略も含めて三話で終わらせる予定でしたが、色々書いていくと楽しくなり、五話までかかりました。
次回からは第三層・・・ではなく第五層編となります。
三、四層をやらない理由はただ一つ。キズメルのストーリー長い上、ややこしい設定が多いから書きづらい。
ということで、次回は第五層編。新たなキャラは勿論。あの男の再登場もあります。
こんな小説ですが、これからも何卒宜しくお願い致します。


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ep.10 遺跡の奥の少女

アンコールイベントでニシダさんのカッコよさに見惚れながら書きました。
第五層編です。



三層、四層での激闘を超え、第五層へたどり着いたハルトとコハル。

転移門の周りを見渡して見ると、今までのフロアと違い、辺りは薄暗く、所々に石造りの建物が建ってある。

 

「なんか、今までのフロアとは随分違う雰囲気だね」

 

「うん。薄暗いってだけじゃない。辺りにある石造りの建物。遺跡っぽいものが結構ある」

 

辺りを見渡しながら、五層の印象を喋るハルト達。

 

「そりゃ五層のテーマは《遺跡》。忘れられた都だからナ」

 

聞き覚えのある声を掛けられ、振り向くとアルゴがいた。

 

「やっぱり、アルゴさんか。一度情報屋から忍者にでも転職したらどうです?」

 

「その予定はないナ。忍者にはいい思い出ないしナ。さて、いきなりだけど調査の手伝いを頼めないカ?」

 

「ホントにいきなりですね。まぁ、いいけど」

 

会ってすぐに依頼をするアルゴのマイペースさに呆れながらも、依頼を受けるハルト。

ハルト達が依頼を受けることを確認したアルゴは、ストレージから二つのブルーベリータルトを取り出すと、ハルト達に渡した。

 

「これは・・・ブルーベリータルトかな?甘酸っぱくて美味しいです」

 

コハルがタルトを食べながら、タルトの感想を言う。

二人がタルトを食べきったところで、アルゴが口を開く。

 

「それじゃあ、辺りを見渡してみナ」

 

言われるがまま辺りを見渡す二人。

すると、今まで見えてなかった光っているものが、あちこちにあった。

ハルトは身近に落ちていた光っているものを拾う。

 

「これは・・・銅貨?」

 

「そいつは《カルルコイン》。銅貨は10コル相当だけど、銀貨や金貨、宝石なども拾えるゾ」

 

「宝石・・・」

 

宝石が拾えると聞いた瞬間、コハルから笑みが浮かんだ。

 

「五層は忘れられた都ということもあって、そこら辺に小さい遺物がたくさん落ちてるんダ」

 

「成程」と納得したように頷く二人。

しかし、コハルがある疑問をアルゴに言う。

 

「でも、さっきまで何も見えなかったのに、どうして急に光り出したんでしょうか?」

 

「それは、お前たちがさっき食べたブルーベリータルトのおかげダ。さっき食べたブルーベリータルトには、遺物を発見できるバフ効果があるんダ」

 

アルゴの説明を聞いて、納得したコハル。

 

「それで依頼なんだけど、二人にはバフの効果が切れるまで、遺物拾いをして欲しいんダ。そして、手に入った遺物をオレッチに報告してくれ。報酬はこの情報料のチャラに、拾った遺物が丸ごと手に入るでどうダ?」

 

「そんな美味しい話があるの・・・?」

 

アルゴの提案に若干警戒しながら言うハルト。

アルゴはこれでも一流の情報屋だ。しかし、いくらなんでも情報をタダにする上、拾った遺物を全部自分たちの物にできるなんて、サービスにしては結構多すぎる。

ハルトの警戒心を感じたのか、アルゴは笑いながら言う。

 

「ニャハハハ!ハル坊はそうじゃないとナ!βテストの時もこのフィールドに遺物はたくさんあったんダ。けど、近くのフィールドでは、価値の安い物しか拾えなかったんダ。逆に奥のフィールドだと、高価な遺物が拾えるから・・・」

 

「エネミーがあちこちにいる中で遺物拾いをしろと?」

 

「正解ダ!まっ、お前らのレベルなら、このフィールドのエネミーは楽勝だロ?タルトの代金は負けといてやるから頼んだゾ」

 

そう言うと、アルゴは去っていった。

 

「やろう、ハルト!」

 

「こ、コハルが燃えている・・・」

 

いつもより元気強く喋るコハルに、若干ドン引きするハルト。

 

「だって!宝石だよ!宝石!キラキラしたものって見てるだけで楽しいでしょ?さぁ!行こう!」

 

そう言いながら、コハルは早足でフィールドを捜索し始めた。

男である自分にとって、キラキラしたものを見ても、そこまで楽しめないよと心の中で思いながらも、ハルトはコハルの後を付いていった。

 

 

 

 

「見てハルト!宝石だよ!キラキラしてて、凄く綺麗・・・」

 

「う、うん、そうだね・・・」

 

遺物拾いにすっかり夢中になっているコハル。今まで見たこともないコハルの笑顔に、ハルトは戸惑いながらも喋る。

すると、そこに一人の男が声を掛けた。

 

「よぉ!オメェら、久しぶりだな!」

 

声を掛けられ、振り向くと、《はじまりの街》で一緒にキリトから戦い方を教わり、デスゲームの始まりと同時にはぐれて以降、会うことがなかったクラインがいた。

 

「クラインさん!お久しぶりです!」

 

「久しぶりです。あの後、行方が分からなかったけど、無事だったんですね」

 

「おうよ!あの後、一緒にプレイしてた仲間たちと合流しようとしてな。悪かったな。何の連絡もなくて」

 

申し訳なそうな表情で喋るクラインに対して、気にしないでと首を振りながら言う二人。

何気ない会話をしていた三人だが、突然クラインが真剣な表情で言う。

 

「・・・ところで、知ってるか?このフロアには出るらしいぞ・・・」

 

ハルトはクラインの「出る」の意味が分からず、少し悩んだが、少し不気味な雰囲気を持つこの層から一つの答えを導き出した。

 

「もしかして、オバケ?」

 

「クラインさんはオバケが苦手なんですか?」

 

「いや、そういうわけじゃねぇ。モンスターなら攻撃すれば倒せるだろ。でもよ、本物が出たら、倒せるかどうか分からねぇだろ」

 

クラインの言葉を聞いて、顔をしかめるハルト。

このSAOで倒せないエネミーが現れるとなると、そいつはよっぽど強いのか。或いはシステム的バクなのか。

どちらにせよ、詳しく調べる必要があると思ったハルトは、クラインに幽霊についての情報を聞いてみる。

 

「実際に見たって奴の情報なんだけどよ。暗い顔をした男がこっちを見たと思ったら、急に姿を消したって震えながら話してたんだ」

 

「暗い男の人?モンスターと間違えたんじゃ・・・」

 

コハルの言葉をクラインは、首を横に振りながら否定する。

 

「あいつは俺たちのギルド風林火山とはライバルみたいなギルドのリーダーだ。今更、アンデッド如きにビビりはしねぇよ」

 

アンデッドではないとすると、暗い男の正体はNPC。或いはプレイヤーだろうか。

しかし、NPCなら幽霊みたいなのはいるかもしれないからまだ分かるが、プレイヤーとなると、そのプレイヤーはどんな方法で消えるのかが疑問に残る。

コハルとクラインが話している横で、ハルトがそんなことを考えていると、声を掛けられた。

 

「その情報。詳しく聞かせてくれないカ?」

 

「うお!?なんだ情報屋じゃねか」

 

後ろからアルゴに声を掛けられ、驚くクライン。

アルゴの登場に驚きながらも、クラインはさっき話したことをアルゴにも話した。

 

「成程、調査するには充分な情報だナ」

 

「幽霊がいるかどうか調べるんですか?」

 

一通り聞いて、納得したかのように頷いたアルゴに幽霊について調査するのか質問するコハル。

 

「違うヨ。幽霊の存在がこのフロアを攻略する鍵になるかもしれないんダ」

 

「!? どういうことだぁ?」

 

幽霊が何故五層を攻略する鍵になるのか。

そう思いながら、クラインはアルゴに問い掛ける。

 

「二人は知っているだロ。エルフクエストを通して、エルフにはマントで姿を隠す奴がいることを」

 

「そうか!幽霊が消えた理由は、何らかの姿を隠せるアイテムを装備しているからか!」

 

アルゴの言葉で、プレイヤーが姿を消す方法を知り、納得したかのように喋るハルト。

二人は三層にいた時にエルフクエストを受けた。

そのクエストで出会ったエルフ、キズメルと共にエルフの戦争に巻き込まれてしまう。

クエストを攻略していく中、二人は姿を消すことができるマントを装備したエルフと戦い、苦戦を強いられたが、何とか勝利することができた。

そのこともあってか、ハルトは幽霊は何らかのアイテムを使って、他のプレイヤーに見つかる前に姿を消したという結論に至った。

しかし、アルゴはハルトのその結論に、少し微妙な顔をしながら口を開く。

 

「確かにハル坊の言う通り、恐らく幽霊と思わしきプレイヤーは何らかのアイテムで姿を隠したんだと思うんダ。けどナ、姿を消せるアイテムはβテストだと第五層やそれ以降で手に入るって聞いたことがないんダ。もし、幽霊が誰も知らない方法で姿を消せるアイテムを手に入れたなら、そのアイテムはボス攻略の鍵になるかもしれないんダ」

 

アルゴは幽霊の存在が攻略の鍵になる理由を話した。

それを聞いたクラインは、テンションを上げながら喋る。

 

「そういうことなら、このクライン様に任せておけ!」

 

「期待しているヨ。そうだ!二人共、遺物はどうだったんダ?」

 

クラインに期待の言葉を送ったアルゴは、二人に依頼のことについて聞いた。

コハルは二人で拾った遺物をアルゴに見せた。

 

「成程ナ。鑑定NPCに見せてくるから、ちょっと待ってナ」

 

そう言うと、アルゴは近くにいた鑑定NPCの下に向かい、しばらくすると、戻ってきた。

 

「おまたせ!全部で13070コルダ。中々の成績だナ。一応全て換金することはできるけど、宝石とかはどうするんダ?」

 

アルゴにそう言われたハルトは少し考えた。

確かにこのまま換金してしまえば、それなりのコルが貰える。しかし、ハルトは先程見た一つの光景を思い出した。

それは、宝石を見つけた時のコハルの笑顔。今まで何回か笑顔を見たことはあるが、あんなに嬉しそうに笑っている笑顔をハルトは見たことがなかった。

悩みに悩んだ末、ハルトが出した答えは・・・

 

「・・・換金するのはコインだけにして、宝石はコハルにあげるよ」

 

「え!?」

 

ハルトの答えを聞いて驚いたコハルは、首を横に振りながら喋る。

 

「い、いいよ、持っていたって使い道はないし、換金した方が役に立つと思うし・・・ほ、本当にいいの?」

 

遠慮していたコハルだが、最後には貰っていいのかと聞いてくる。

そんなコハルに対して、ハルトは微笑むと右手に宝石を持ちながら、左手でコハルの右手を掴み、宝石を手のひらに乗せた。

 

「コハル、これを見つけた時、すごく嬉しそうだったよね。だから、きっとこの宝石を大切にしてくれると思うんだ。それに、宝石もコハルに大切にしてもらえると、きっと喜ぶと思うよ」

 

「ハルト・・・」

 

ハルトの言葉を聞き、コハルは自身の手に持ってある宝石を見て、もう一度ハルトを見ると、笑顔になり

 

「ありがとう。大切にするね」

 

そう言いながら、自身のストレージに宝石をしまった。

二人がいい雰囲気の中、この光景を一部始終見ていたアルゴとクラインは

 

「ヒュー、若いていいナ」

 

「ちきしょう、羨ましいぜハルトの奴・・・」

 

温かい目と羨望の目で見守っていた。

 

 

 

 

その後のアルゴの話によると、幽霊は主に二つの場所に出現するとの情報があり、ハルト達は幽霊が出現する場所の一つ。《荒廃の遺跡群》に存在するダンジョン《地下墓地》へ向かった。

《地下墓地》は名前の通り、どこかおどろおどろしい雰囲気が感じられる場所であり、アンデッド系のエネミーがそこら中にいた。

 

「はぁ!」

 

ハルトが片手棍で女性のアンデッドの頭を叩くと、アンデッドはポリゴン状に四散した。

この女性のアンデッドエネミーは姿を消し、プレイヤーの隙を付いて攻撃してくるが、攻撃する時にできる隙が大きいから、攻撃を上手く躱しさえすれば、容易に倒せるエネミーであった。

何体目かも分からない数を倒したハルトは片手棍をしまいながら、「ふぅー」と息を付く。

 

「幽霊さん、こんな危険な場所で何してるんだろう?」

 

隣で短剣をしまいながらコハルが喋った。

 

「おそらく、レベル上げなんじゃないかな。ここのエネミーは強いのばっかだし」

 

「もっと強くなりたいって思っている人なのかな。でも、尚更一人してはいけないと思うの。たった一人で頑張るのは、辛くて寂しいと思うし・・・」

 

コハルは下に俯きながら、不安そうな表情で言うと、ハルトの方を向いた。

 

「必ず見つけようね、ハルト!」

 

元気そうに言うコハルを見て、ハルトは笑みを浮かべながら頷いた。

一通り会話し、探索を再開しようとしたその時

 

キン!

 

突然、奥の方から金属音が聞こえた。

 

「!? 誰か戦っている!」

 

「もしかしたら、幽霊かもしれない。行こう!」

 

ハルトがそう言うと、二人は奥に向かって走り出す。

しばらく走っていると、広い部屋に出た。そこにいたのは・・・

 

「ヤァ!」

 

片手棍を振りながら、周りのエネミーを倒す全身鎧のプレイヤーと、短剣を構えながら、周りのエネミーに応戦している幼い少女がいた。

二人共中々の手練れだが、エネミーも集団で迫っていることもあり、苦戦を強いられている。

 

「あれは!?」

 

「行こう!」

 

そう言いながら、ハルトは走り出すと、鎧のプレイヤーの前にいたアンデッドのエネミーに向かって棍を振り下ろした。

突然現れたハルトに鎧のプレイヤーは声を上げる。

 

「き、君たちは?」

 

「手伝います!あなたはその子を守ってください!」

 

「助かる。そちらは任せたぞ!」

 

二人の加勢によって、周りのエネミーはあっという間に倒されていった。

エネミーがいなくなったところで、コハルが二人に話しかける。

 

「二人共、大丈夫ですか?」

 

コハルの心配の声に、鎧のプレイヤーは特に何ともない様子で返す。

 

「おかげさまで大丈夫だ。礼を言う・・・助けてもらった上に図々しい頼みですまないが、この子を安全な場所まで送り届けてくれないか?仲間と待ち合わせしてるけど、予定より大分過ぎてしまってな。心配していると思うんだ」

 

礼を言いながらも、二人に頼み事をする鎧のプレイヤー。

頭にメットを被っているからなのか、やたら低い声である。

 

「あなた達は仲間じゃないんですか?」

 

「ここでたまたま会っただけだよ。自己紹介がまだだったな。私はリーテン。あなた達は?」

 

リーテンと名乗ったプレイヤーに、名前を名乗るハルトとコハル。

二人の名前を聞くと、リーテンは納得したかのように頷きながら喋る。

 

「成程、噂に聞く二人組か・・・道理で強いわけだ」

 

「噂って・・・私たちの名前って、広まっているんですか?」

 

コハルの質問に対して、リーテンは首を横に振りながら答える。

 

「いや、私はALSに所属しているから知っている。一般プレイヤーにとっては、知名度は低いだろう」

 

そう言うと、リーテンは少女の方を向く。

 

「さて、君の名前は?」

 

「・・・マテル」

 

無表情のまま茶髪で髪型がサイドテールの少女、マテルは名乗った。

 

「マテル、今後はできるだけパーティーを組んで行動した方がいい。五層にいるってことは、それなりの実力があるのかもしれないけど、この世界で一人でいると、ピンチになった時に誰も助けることができない。いいね?」

 

マテルに向かって注意するように言うと、リーテンは再び二人の方を向いた。

 

「マテルちゃんのことはこちらに任せてください。リーテンさんもお気をつけて」

 

「ありがとう。いつかお礼をさせてください」

 

そう言いながら、リーテンは去っていった。

リーテンが去ったのを見届けると、ハルトとコハルはマテルの方を向いた。

 

「えっと・・・マテルちゃん。ここは危ないから、お姉さん達と街に戻ろう」

 

「問題ないの。囲まれなければどうにでもなるの」

 

マテルを連れていこうとしたコハルだったが、予想外の返事に戸惑いながらも言葉を続ける。

 

「・・・普通のゲームなら失敗してもいいけど、SAOはデスゲームなの。リーテンさんも言ってたけど、もし、リーテンさんや私たちがいなかったら、マテルちゃんはどうなってたか分からないんだよ」

 

「それが私を保護する理由?」

 

「え?」

 

またもや、予想外の言葉に固まってしまうコハル。

ハルトは二人のやり取りを聞きながら、マテルの方を向いた。

なんとなくだが、この子は前にキリトから聞いた迷宮区に三日間も籠っていた頃のアスナに似ている。

他の人の助けを借りず、ただ一人でひたすらに強くなろうとしている。

しかし、リーテンも言っていたが、SAOで一人でいることは危険すぎるので、ハルトも何らかのフォローを入れようと考えていると、マテルが口を開く。

 

「私は一人に慣れているから大丈夫。あなた達には関係ないことなの」

 

「・・・関係ならあるよ。私たちはもう、マテルちゃんと知り合っている。だからこそ、危ない目に合わせたくない」

 

「つまり、あなた達は私を保護して、生き延びさせた。という安心感を得たい。ということなの?」

 

マテルの言葉を聞いて、随分疑い深い子だなと思うハルト。

そんな疑い深いマテルの言葉に、コハルは先程と違って動じず、冷静になりながら返す。

 

「そうだね。マテルちゃんのためじゃなく、私たちが安心したいからかもしれないね」

 

予想外の言葉だったのか、無表情のマテルの目が少しだけ見開く。

そんな様子のマテルに対して、コハルは「でもね」と言葉を続ける。

 

「もし、自分の手の届く範囲にいる人を助けることができなかったら、私は自分を許せなくなる。そんな風に後悔したくないの」

 

コハルの言葉を聞いて、ハルトはあの日、目の前にいて助けることができなかったプレイヤーのことを思い出す。

きっと、コハルもあのプレイヤーを助けることができなかったことを後悔しているのだろう。だからこそ、今目の前にいる少女を助けたい。たとえ拒まれても、後悔はしたくないから。

マテルはそんなコハルの心情を感じたのか、「そう・・・」と小さく吐くと無表情に、けれども、コハルの目をしっかり見ながら喋る。

 

「あなたの考えは分かったの。だけど、一緒にはいけない」

 

「・・・どうして?信用できないから?」

 

考えを理解した上で断ったマテルにコハルは理由を聞く。

 

「あなた達が悪い人ではないのは分かったの。だけど、今の私にはここでするべきことがある・・・私のことを気にしてくれたのはありがとうなの。これを受け取って、私からのお礼なの」

 

そう言いながら、マテルはコハルにいくつかのアイテムやコルを渡した。

 

「お礼なんて・・・マテルちゃんもプレイヤーなんだから、大事にしないと」

 

「私がそれに見出した価値は、あなた達に渡すことなの。だから、あるべき場所に置いただけ」

 

そう言うと、マテルは後ろを向いた。

 

「・・・もう行くの。また、会えるかもしれないなの」

 

そう言いながら、マテルは歩いた。

その途中、マテルの姿が急に消えた。

 

「消えた!?」

 

「ううん、壁際に何か仕掛けがある」

 

そう言いながら、コハルは壁際に寄り、ハルトも後に続く。

正面からは壁にしか見えない場所に深い段差があった。おそらく、マテルはそこから下に飛び降りたのだろう。

 

「・・・マテルちゃん、独特っていうか変わった雰囲気の子だったよね」

 

「確かに落ち着いているようだったけど、何処か他人と距離を置いているような感じだったね」

 

「うん、けど、悪い子ではないと思うんだ。きちんと一人でいたい理由を話してくれて、お礼も言ってたし」

 

そう言いながら、コハルはマテルが飛び降りたと思われる深い段差を見つめる。

段差の奥にはマテルと思わしき足音が聞こえた。

しばらく、段差を見続けてた二人だが、探索を再開するべくハルトが口を開いた。

 

「取り敢えず、探索を再開しよう。幽霊は男だって聞いたし、もしかしたら、幽霊の他にも何か攻略の鍵になるものが見つかるかもしれない」

 

ハルトの言葉に頷くコハル。

予想外の出会いがあったが、二人は幽霊の正体を突き止めるべく、探索を再開した。




・忍者にいい思い出がないアルゴ
詳しくは、小説版プログレッシブへ。

・再び登場クライン
SAOIFだと、五層で再登場するので、この話でも再登場させました。

・キズメル
プログレッシブのキャラ。SAOIFにも登場するエルフであり、ストーリーにも結構絡んだりする。

・リーテン
プログレッシブのキャラ。全身鎧に覆われていて、見た感じ男っぽいが・・・

・マテル
SAOIFのオリキャラ。普段は無表情でミステリアスな雰囲気を持つ少女だが、プレミアと似たようなキャラのせいなのか、そんなにスキルレコードは出てない。


プレミアとマテルが似てると思うのは、作者だけだろうか・・・
五層編。ひとまず、書き終わりました。
次回、五層編続きです。
色んなキャラが登場し、あの男の再登場もあります。お楽しみに。
※投稿スピードについてお知らせがあります。詳しくは私のマイページにある活動報告一覧まで。


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ep.11 集結する者達

第五層編続きです。
先に言っておきますが、SAOIFのエルフ関連のストーリーは簡単に済ませる予定ですので、この話でも、文章だけで済ましてます。エルフクエストのことを詳しく知りたければ、ぜひSAOIFをプレイしてみてください


マテルと別れた後、二人は更に奥へと進んだ。

その途中、一体のファールンエルフに襲われ、そのファールンエルフは一度倒したと思われたが、急に立ち上がり、もう一度襲い掛かった。

しかし、キズメルの助太刀もあり、何とか撃退に成功する。

その後、キズメルから先程のファールンエルフの不死の謎が《地下墓地》にあることを聞いたハルト達は、幽霊の謎を兼ねて、エルフクエストを攻略するべく、キズメルと共に行動した。

更に奥深く進んだ三人は、先程戦ったエルフともう一体のエルフが会話をしている所を見た。

彼らの話によれば、《地下墓地》の各場所に爆弾を仕掛けおり、爆弾で遺跡を破壊してキズメル達の拠点を崩すという計画を立てているとのこと。

それを知ったハルト達は彼らの計画を阻止するべく行動した。

キズメルや彼女の仲間の協力もあり、ハルト達は不死の謎を解いて、無事二体のファールンエルフを倒した、

計画を阻止したハルトとコハルは、《地下墓地》から出て、キズメルから第五層のボスの特徴について教えてもらった。

第五層のボスは生きる石像であり、まともに攻撃を食らえば危険だから、防御と回避に専念しろと。

一通り説明をし終えたら、キズメルは仲間と共に去っていった。

エルフクエストはクリアしたが、まだ幽霊の謎を解いてないため、もう一度《地下墓地》に行こうとしたところにアルゴからメールが届いた。

内容は『幽霊の正体が分かったから転移門まで来てくれ』とのこと。

現在二人はアルゴ達と合流するべく、フィールドを歩いている最中であった。

 

「幽霊さん、どんな人なんだろう?」

 

「凄腕のソロプレイヤーかもしれないし、或いは・・・どちらにせよ、行ってみないと分からないね」

 

そんな何気ない会話をしながら、二人は転移門へ向かう。

転移門にたどり着くと、ハルト達とは別々に調査をしていたアルゴとクラインがいた。

 

「オ、来たナ」

 

「よぉ!待ってたぜ。そっちもなんかあった的な顔をしてるな。まずはそっちの話を聞かせてくれないか?」

 

「あ、はい。実は・・・」

 

クラインの質問に答えるべく、ハルトは《地下墓地》で起きた出来事について話した。

一通り話すと、アルゴは顎に手を当てながら喋る。

 

「成程ナ。五層のボスが生きる石像なのは、βテストと同じだナ。第五層のボスは巨大ゴーレムだヨ。とにかくでかい上、防御力がやたら高くて、βテストだと百人近くのプレイヤーが参加して、ようやく倒したんダ」

 

百人という凄まじい数に、三人の表情が険しくなる。

 

「マジかよ。百人で戦ったってことは、その分死んだ数も多いってことじゃねぇか。今のSAOじゃ相当の強敵だぜ」

 

「そうだね。攻撃を回避するだけじゃない。防御を担当するタンクの役割りも重要になるだろうし」

 

「それに、これらは全てβテストの情報ダ。向こうの攻撃パターンや出現する敵とか、βテストとどう変わっているかは、今のところ直接見ないと分からないナ」

 

「ALSとDKBの人たちにも、この情報を伝えないといけませんね」

 

各々が、ボス攻略について喋る中、コハルの言葉にアルゴが反応する。

 

「そのことなんだけどサ。幽霊から直接、話を聞いた方がいいだろうナ」

 

「「えぇ!?」」

 

幽霊から話を聞くということに、疑問の声が上がるハルトとコハル。

どういうことか聞こうと思ったその時

 

「まだ幽霊じゃないよ。君たちにとっては似たようなものかもしれないけどな」

 

突然爽やかな男の声が聞こえ、声が聞こえた方に振り向く。そこにいたのは・・・

 

「久しぶりだね。ハルト、コハル」

 

「「ディアベルさん!」」

 

かつて攻略組のリーダーを務めており、自身の身勝手な行動で周りを危険にさらしてしまった責任をとるためにリーダーを降りた青年、ディアベルがいた。

久しぶりの再会にハルトとコハルはディアベルの方に詰め寄る。

 

「久しぶりです!あの後、どこに行ってたんですか!?それに幽霊の正体ってディアベルさんなんですか!?」

 

「お、落ち着いてコハル。ディアベルさんも困ってるから・・・積もる話もいっぱいあるけど、きちんと説明してくれますよね?」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

ハルトの問いに真剣な表情で答えたディアベルは、二人を見ながら話し始める。

 

「あの後、俺は第一層に留まっていたんだ。その間に君たちの活躍を聞いたよ。決して楽な道ではなかったこともね」

 

「・・・それを知っていて、なんで戻ろうとしなかったんだ?」

 

ディアベルの言葉にクラインが若干怒りが含まれている表情で言う。

 

「あんたが抜けた後、攻略組は二つに分かれちまった。しかも、互いに攻略の主導権を握ろうとし合っていて、仲が悪いって聞いている。キリトやハルト達が支えているおかげで、何とか攻略が進んでいるけど、いつ取り返しのつかないことが起こるか分かったもんじゃないぜ」

 

「・・・分かっている。だからこそ、こうして前線に戻ってきたんだ」

 

クラインの目をきちんと見ながら、真剣な表情でディアベルは言った。

そんなディアベルに対して、アルゴが質問する。

 

「それなら、なんでコソコソとしてたんダ?」

 

確かにその通りである。前線に戻るつもりなら、わざわざ幽霊の噂を作らなくても、堂々と攻略組に復帰するっと宣言すればいいもの、何故ディアベルは攻略組には戻らず、未だに一人でいるのか。

ハルトがそんなことを考えている中、ディアベルがアルゴの質問に答える。

 

「・・・今から言うことは、俺の仲間から聞いたことだ。彼はALSに所属していて、ある一つの情報。それも、幹部しか知らない情報を俺に教えてくれたんだ。けれども、その情報はとんでもないものだったんだ。もし、漏れてしまうと、必ず二つのギルドは争い合ってしまうほどのね」

 

ディアベルの言葉に驚愕する四人。

ギルド同士が争い合ってしまうほどの事態。そんなどんでもないようなことを起こしてしまうほどの何かが、この五層にあるということだ。

 

「だから、俺に情報が渡ったということを知られないために、今日まで姿を隠していたんだけど、まさか幽霊なんて噂になっていたとはね」

 

最後は少し笑みを浮かべながら喋ったものの、途中の話のインパクトが強すぎて、未だ呆然としている四人。

いち早く我に返ったアルゴが、一旦話題を変えるべく、ある事について聞いた。

 

「一つ聞きたいんだけど、身を隠してた時に何か姿を消すアイテムとか持っていなかったのカ?」

 

「まさか、そんな便利なアイテムがあれば、人目を避ける必要がないよ」

 

どうやら、エルフみたいに姿を消すアイテムを持っていなかったようだ。

一通り落ち着いたところでハルトが、どんでもない情報について聞く。

 

「それで、そのとんでもない情報って何なんですか?」

 

「詳しくは言えないけど、それは第五層のボスを倒せば手に入るものなんだ。ただし、ALSとDKBどちらが先に倒しても、二つのギルドの仲が修復不可能になるだろう。最悪の場合、戦争になるかもしれない・・・」

 

戦争という言葉にまたもや驚愕する四人。

 

「戦争って、んな馬鹿な・・・」

 

「ありえなくはないな。ここはもうオレッチ達にとってもう一つの現実ダ。モンスターとの戦いが日常になる分、いつ不満が爆発するか分からないからナ」

 

「実際に第二層のボス攻略の時も、あるギルドの人たちを殺そうとしたプレイヤー達もいたからね」

 

「マジかよ・・・」

 

プレイヤーがプレイヤーを殺そうとしたっという事実に驚くクライン。

あの時、ザントとリンドの機転が利いた行動がなければ、ネズハ達「レジェンド・ブレイブス」の面々は、あの場で処刑されてたかもしれない。

ただでさえ、仲が悪いというのに、もしプレイヤー達の不満や怒りが爆発するような出来事が起これば、最悪戦争になり、多くの命が失われてしまうだろう。

 

「だからこそ、最悪の事態を避けるために、俺と一緒に五層のボスを攻略してほしい」

 

ディアベルが頭を下げながら、ハルト達に頼む。

 

「待てよ!βテストだと百人掛かりでようやく倒したボスなんだろ。それをたった五人ぽっちで倒せるわけないだろ!」

 

クラインが反論するが、ディアベルは首を横に振りながら、クラインをしっかり見据えて言う。

 

「流石に五人だけで戦わないよ。何人か助っ人を頼むつもりだ」

 

そんなディアベルに対して、クラインはため息を吐きながら喋る。

 

「分かったよ。攻略組が戦争なんて事になったら、大変だからな」

 

「ありがとう。早速で悪いけど、迷宮区に行くためには、巨大な迷路を突破しないといけないけど、あるクエストをクリアすれば、NPCが迷宮区まで案内してくれるんだ。クラインさんは俺と一緒に行動してそのクエストを攻略するのを手伝ってほしい」

 

ディアベルの言葉に頷くクライン。

それを見たディアベルは、今度はハルト達の方を向いた。

 

「ハルトとコハルには《崩塔の遺跡群》に行って、あるアイテムを入手してきてほしい。このコインを《崩塔の遺跡群》にある噴水に投げ込むと手に入るはずだから」

 

そう言いながら、ディアベルは一枚のコインをハルトに渡す。

 

「アルゴさんはボスの事やボスを倒した時に手に入るアイテムについて調査をしてくれないかな。それと、一緒に戦ってくれる人たちも探してくれたらありがたいんだけど・・・」

 

「任せロ。ボスの詳しい情報や手に入るアイテム。攻略組以外でボス攻略に参加してくれる奴を探してくるヨ」

 

アルゴの言葉を聞いて、ディアベルは笑みを浮かべながら喋る。

 

「それじゃあ、一旦ここで別れよう。クエストをクリアすれば、また連絡するよ」

 

その言葉を最後にハルト達は、それぞれの役割を果たすべく別れた。

 

 

 

 

数日後、ハルト達はディアベルの言われた通りにコインを泉に投げ込むと、その瞬間、複数のエネミーに襲われたが、無事倒し、アイテムを入手することができた。

その後、ディアベルからメッセージが届き、巨大迷路前まで来てほしいと指示された。

その指示に従い、ハルト達は巨大迷路前にたどり着くと、ディアベルとクラインがいた。

 

「やぁ、待ってたよ。それで、アイテムは無事ゲットできたかい?」

 

ハルトはディアベルにゲットしたアイテムを渡す。

 

「ありがとう。俺はこれをNPCに渡してくるよ」

 

そう言うと、ディアベルは向こう側にいるNPCの方に向かった。

その背中を見ながら、クラインがポツリと吐く。

 

「あいつスゲーよな。指示がテキパキしてて、戦い方もうめぇ。レベルも五層のレベルに通用するくらいあったし、とてもじゃねぇけど、噂されてた『ボス攻略で死にかけたから、ビビッちまって攻略組から逃げ出した奴』とは思えねぇんだ」

 

「待って、何その噂は?」

 

クラインから発せられたディアベルの噂について、ハルトは少し驚きながらも聞いた。

 

「正確には攻略組の端っこにいる奴らが言ってたんだ。『責任を取るって言っておきながら、ホントはただ逃げただけだろ』って」

 

「・・・あの人の苦労も知らないで、よくもまぁ・・・」

 

ディアベルのあんまりな評価に、ハルトが怒りを露わにしていると、戻ってきたディアベルから声を掛けられた。

 

「彼らは正しいよ。現に俺は責任を取るって言いながら、それを言い訳にして、ずっと、下の層に居続けていたんだから」

 

「ディアベルさん・・・」

 

ディアベルの言葉を聞き、コハルが心配そうに声を掛ける。

そんなコハルに対して、ディアベルは笑みを浮かべると、続きを話した。

 

「あの後、俺は低層のプレイヤー達に効率のいい狩り場やクエストを教えたり、レベル上げを手伝ったりしてたんだ。教えてからしばらくすると、彼らは攻略組に憧れていて、『いつか攻略組の一員になるんだ』って意気込んでいたよ。俺はそこから逃げ出したプレイヤーなのに・・・」

 

「それの何が悪いんですか?」

 

「コハル?」

 

コハルが自身のことを肯定したことに目を丸くするディアベル。

 

「私だって、もしハルトと出会っていなければ、何を目標にして頑張っていけばいいのか分からず、今でも《はじまりの街》に籠ってたかもしれません。ディアベルさんが教えてた低層プレイヤーの人たちも、ディアベルさんに教えられて、攻略組という目標が見つかって嬉しかったはずです」

 

コハルの言葉を笑みを浮かべながら聞くハルト。

彼女の言う通り、デスゲームが始まった当時、二人は生き残ることだけを考えながら、行動していた。

しかし、この世界で生きていくうちに、大切なパートナー、友達や信頼できる仲間がたくさんでき、この人たちと一緒に生きていたい、負けたくないという目標が、この世界で生きるための原動力となっていた。

コハルの言葉にディアベルは呆然としていると、クラインが話しかける。

 

「あんたは前線を離れている間も、ゲームクリアのために自分を強化してたんだろ。もし、ホントに逃げ出したなら、ここに戻ってこねぇ。そうだろ?」

 

クラインの言葉にディアベルは笑みを浮かべる。

 

「そうだな。このゲームをクリアするためにも、ギルド同士の衝突を避けなければならない。そのためにも、五層の初回クリアボーナスアイテムを獲得しなければいけない」

 

「「「初回クリアボーナスアイテム?」」」

 

ディアベルの言葉に首をかしげる三人。

どういうことか聞こうと思った時、アルゴが現れた。

 

「そのアイテム、ギルドフラッグだろ?」

 

「ギルドフラッグ?なんだそりゃ?旗か?」

 

クラインが疑問の声を上げる。

一方でディアベルは驚きながらも、冷静になりながらアルゴに問う。

 

「驚いたな。どこでその情報を知ったんだい?」

 

「なに、この件の協力者候補からだヨ」

 

「協力者・・・成程、彼か・・・」

 

納得したかのように頷くディアベル。

一方、状況を理解出来てないクラインがディアベルに問う。

 

「おいおい、二人だけで納得しないで、俺たちにも教えてくれ」

 

「あぁ、すまない。まずはギルドフラッグについて説明しよう。それはβテストの時に五層のボスからドロップしたアイテムで、攻撃力は低いけど、それを地面に突き立てると、半径十五メートル以内にいるギルドメンバー全員にステータスを上昇させるバフがかかるんだ」

 

「なんだと!?全員にバフだと!?ヤバすぎるだろ!」

 

クラインが目を見開き、大声で叫ぶ。

 

「しかも、人数制限がないから、範囲内にいるギルドメンバー全員にバフが付く激ヤバアイテムだナ。更に最悪な事にそいつの情報を手に入れたALSが、DKBにフラッグを取られまいために、ボス攻略の準備を急いでいるって話ダ。おそらく、今日の夜にでもボス攻略に挑むつもりダ」

 

「アルゴさんの言う通りだ。俺にこのことを教えてくれたALSの幹部は『自分じゃキバオウさんを止めることはできない』って言ってたよ」

 

「おいおい、ALSのリーダーは、ALSがギルドフラッグを手に入れることの意味を分かってんのか?」

 

「・・・彼も迷っていたんだ。ギルドフラッグは今は互角のALSとDKBのバランスを確実に崩すからね」

 

ディアベルは一瞬俯いたが、顔を上げると静かに話す。

 

「ALSは全プレイヤーに情報やアイテムを公平に分配すべし。という理想を掲げている。それに対して、DKBはトッププレイヤー達が、後に続く者たちの希望の象徴になるべし。の理念を掲げている・・・どちらも、俺が掲げていた理想だ。それがこうも分裂するなんて思ってなかったよ・・・」

 

「だから」と、ディアベルは真剣な表情になり

 

「俺がまいた種だ。共倒れになんか絶対にさせない」

 

自身のするべきことをはっきりと言った。

ディアベルの決意を聞き、クラインは笑みを浮かべながら言う。

 

「ギルドフラッグをあんたが手に入れたら、あんたが二つのギルドを融合することに反対する奴はいねぇだろうな」

 

クラインがそう言うと、ディアベルは手を叩いた。

 

「それじゃ、先に迷宮区に向かおう。協力者のこととかは、着いてから話すよ」

 

 

 

 

NPCに案内され、迷宮区前へたどり着いたハルト達は、五層のボスについて話し合っていた。

 

「五層のボスは巨大ゴーレムだ。ボスは主にパンチや踏み付けなどの物理攻撃を行うんだ」

 

「一発が凄く強烈だからナ。モーションを見て、しっかり回避。或いは防御しないとナ。何人かタンク役が欲しいけど・・・まぁ、そこら辺は助っ人に期待だナ」

 

ディアベルとアルゴがボスの説明をする中、コハルが助っ人のことについて聞く。

 

「助っ人の人たちは、まだ来てないみたいですね」

 

「安心しろ。そろそろだと思うんだが・・・お、来たナ」

 

アルゴがそう言うと、二人の男女がこちらに向かって歩いて来た。

その人物はキリトとアスナ。その後ろにはエギル軍団。更にリーテンと一人の男もいた。

 

「良かった。間に合ったみたいね」

 

「あんたは絶対に戻ってくると思ってたよ、ディアベル」

 

「明日には、あんたが再起したってニュースが攻略組に広まるだろうな」

 

キリトとアスナ、エギルが四人に話しかけた。

そんな中、クラインがキリトを見て、話しかける。

 

「よぉ!キリト!久しぶりだな!ビーターの悪名は聞いてるぜ」

 

「あ、あぁ・・・」

 

話しかけてきたクラインに対して、キリトは複雑そうな様子で返す。

この二人はデスゲームが開始してすぐ、キリトはクラインを連れて行こうとしたが、クラインは仲間たちを置いていけないっという理由で拒否。結果、キリトは初心者であるクラインを置いて行ってしまった。

そのことをキリトは後悔していたため、こうして再会しても、ぎこちない気持ちであった。

 

「クライン、その・・・」

 

「いやー俺もイカス二つ名の一つや二つ考えとけば良かったぜ。例えば、クリムゾンブレイバークライン!とか、紅蓮のサムライ!とか・・・」

 

「ダサいナ」

 

「すみません。凄くかっこ悪いです」

 

「そりゃないぜ、女性陣・・・」

 

アルゴとコハルのあんまりな評価に落ち込むクライン。

そんなクラインなりの気遣いを見て、キリトは大声で笑った。

 

「ハハハ!お前は変わらないなクライン」

 

キリト達がそんなやり取りをしている中、ハルトはリーテンと隣にいる男性プレイヤーに話しかける。

 

「リーテンさん。ALSのあなたがなんでここに?それに隣の人は?」

 

「ディアベルさんがボスに挑もうとしていることは、キリトさんとアスナさんに聞いたんだ。私も攻略組同士の争いは避けたい。だからこそ、こうして参加しに来たんだ。無論、隣にいる彼も同じ気持ちだよ」

 

そう言いながら、リーテンは隣にいる男性プレイヤーを見る。

男性はリーテンの目線を見て頷きながら、ハルトの前に出た。

 

「まぁ、ボス攻略で何度もあってるけど、改めて・・・俺の名前はシヴァタ。DKBの幹部プレイヤーだ。お前たちのことは、りっ・・・リーテンから聞いている。よろしくなハルト」

 

そう言いながら、握手を求めてきたシヴァタの手をハルトは握り返した。

 

「ところで、マテルはどうなったんだ?あなた達に押し付ける形で別れてしまって、本当に申し訳なかった」

 

リーテンがマテルについて聞くと、いつの間にかハルトの横に立っていたコハルがあの後の出来事を話す。

 

「マテルちゃんがどうなったか、私たちにも分からないです。でも、無事に脱出できたと思います」

 

「それなら良かった。あれからどうなったのか、ずっと気掛かりだったの・・・」

 

「え?」

 

突然リーテンから吐かれた女性口調に戸惑うコハル。

対するリーテンは慌てながらも、誤魔化そうとしたが、そこにアスナが割り込んできた。

 

「大丈夫よリーテンさん。この人たちはあなたが何者でも、あなたの実力をしっかり見てくれるわ」

 

「・・・そうですね」

 

そう言うと、リーテンは被っていたメットを脱いだ。

その中からは、オレンジ色の髪をした少女の顔が現れた。

 

「改めて、リーテンです。よろしくお願いします」

 

先程までの低い声と違って、可愛らしい声でリーテンは喋った。

 

「お、女の子だったんだ・・・ごめん、男だと思ってた」

 

「すみません。全然気づきませんでした」

 

すっかり男だと思っていたハルトとコハルは、慌ててリーテンに謝った。

 

「謝らないでください。隠してたのは私ですし・・・私、VRMMOは始めてだったんですけど、他のゲームでもタンク役をしてたから、SAOでもタンク役で行こうと思ってたんです。けれども、女の子のタンクは信用できないって言われて、中々パーティーに入れてもらえなかったんです」

 

「ホント、性別なんて戦闘能力には何も関係ないのにね」

 

アスナが少し呆れたように言った。

そんなアスナの様子に苦笑いしながらも、リーテンは言葉を続ける。

 

「友達の力を借りて、何とか装備を整えた私は、ALSにスカウトされてからも、こうして性別を隠しているんです」

 

苦笑しながらも自身の経歴を説明し終えたリーテン。

すると、シヴァタが険しい表情でハルト達に向かって喋る。

 

「このことは誰にも言うなよ。もし、りっちゃんの秘密がバレたら、ALSに居られなくなるかもしれないからな」

 

低い声で念押しするシヴァタ。一方、ハルトとコハルはシヴァタから発せられたある言葉が気になった。

 

「「りっちゃん?」」

 

ハルトとコハルが首を傾げる中、シヴァタはしまったという表情をする。隣にいるリーテンも心なしか少し慌てている様子。

 

「二人共、こっち」

 

アスナが二人を少し離れた場所に誘導すると、リーテンとシヴァタに聞こえないよう小声で喋る。

 

「あの二人はね、そういう関係なのよ」

 

「あぁ、成程・・・」

 

「羨ましいですね・・・」

 

アスナからリーテンとシヴァタの秘密を聞いた二人は、温かい目でリーテンとシヴァタを見守った。

 

「おい!お前ら!なんだその目は!?絶対に誰にも言うなよ!」

 

シヴァタは未だにこちらを見守っている二人に対して、思いっきり叫んだ。

一方、リーテンの存在に気付いたクラインが、リーテンがシヴァタといい感じの雰囲気になっているのを見て、キリトに話しかける。

 

「なぁ、キリト。あの二人なんかいい感じなんだけど、もしかして・・・」

 

「あぁ、お前の言う通りだよ」

 

キリトが少し笑みを浮かべながら言うと、クラインは急に叫び出した。

 

「なんだよ!つまりリア充じゃねぇか!なんで、俺の周りにはリア充が集まるんだ!?」

 

「知らねぇよ。お前、ホントめんどくさいな・・・」

 

クラインが悔しそうに叫び、キリトが呆れたように言う。

そんな二人のやり取りを聞いてたリーテンとシヴァタは、顔を赤くしていた。

その様子を見ていたディアベルは、手を叩きながらハルト達に向かって喋る。

 

「よし、一通り助っ人の方も揃ったし、そろそろ・・・」

 

「待ってくれ。まだ、助っ人はいっぱいいるぞ」

 

キリトがそう言うと同時に、向こうから声が聞こえた。

 

「おーい、皆さん!」

 

「久しぶりであるな!戦友たちよ!」

 

そこに現れたのは、第二層ボス攻略以降、攻略組から外れたはずのネズハと「レジェンド・ブレイブス」の五人。いや、六人がこっちに向かってきた。

 

「久しぶり、ネズハ!・・・じゃなくて、ナーザ」

 

「ネズハでいいですよ。お久しぶりです、ハルトさん。また、一緒に戦えて嬉しいです」

 

互いに握手するハルトとネズハ。

握手をし終えたら、今度はオルランドの方を向く。

 

「オルランドさんもお久しぶりです。それと、今回のボス攻略に参加してくれてありがとうございます」

 

「なに、ハルト殿たちには恩がある。それを返しに来たまでである」

 

そう言うと、今度はディアベルの方を向き、右手を差し出す。

 

「今回のボス攻略。聞けば、貴殿が計画したと聞いている。微力ではあるが、力添え致す」

 

「感謝する。オルランドさん」

 

オルランドから差し出された手を握り返したディアベル。

そんなやり取りをしていると

 

「どうやら、間に合ったようだな」

 

「トウガ!・・・ん?そっち二人は・・・?」

 

聞き覚えのある声が聞こえて、振り向くとトウガを始めとする「紅の狼」の面々がいた。

だが、いつもと違って、ソウゴとコノハの他に見慣れない二人がいることにハルト達は疑問に思った。

 

「紹介がまだだったな。この二人は今まで戦いに慣れてなくて、ボス攻略には参加させてなかったが、大分形になったし、この状況だから戦力は少しでもあった方がいいと思って、参加させることにしたんだ」

 

トウガがそう言うと、見慣れない二人が前に出て喋る。

 

「よっ、初めまして!俺の名はカズヤだ!まぁ、一緒に頑張ろうぜ!」

 

カズヤがテンション高く自己紹介すると、今度は隣にいた他のメンバーより少し背が小さい少年が喋る。

 

「は、初めましてっす。お、俺の名前はレイスっす。他の皆さんと一歳年下だけど、精一杯頑張るっす!」

 

緊張気味ではあるが、しっかり自己紹介をするレイス。

そんな感じで、「紅の狼」の面々と話していると、またもや、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「なんだよ、もう結構集まってんじゃねぇか」

 

こちらも聞き覚えのある声だが、トウガと違って、二層のボス攻略以降、聞いていない口調が悪い声。

声が聞こえた方を振り向くと、第二層のボス攻略以降、一切姿を見ていない人物、ザントがいた。

こちらに近づくザントに、キリトが声を掛ける。

 

「久しぶりだな、ザント。この様子だと、カーソルはグリーンに戻ったようだな。おまけに、背中にやばそうな両手剣も担いでるし」

 

「久しぶりだなぁ。テメェからフラッグの事やボス攻略の話を聞いた時は、正気を疑ったが、この様子だと、どうやらマジ見てぇだな」

 

ザントは辺りを見渡しながらキリトに話しかけた。

一方、二人のやり取りを見ていたクラインがハルトに小さく呟く。

 

「おい、ハルト!あいつも攻略組なのか!?めちゃくちゃ悪人ずらだぞ!」

 

「ハハハ・・・大丈夫ですよ。見た目は悪人ですけど、いい人ですから・・・」

 

「おいゴラァ!!そこ聞こえてっぞ!!」

 

「「す、すいませんでした!!」」

 

ザントの怒り声にビビり、慌てて謝罪したハルトとクライン。その様子を周りは苦笑いしながら見ていた。

そんな中、ただ一人黙っていたアルゴが全員に話しかける。

 

「盛り上がっているところ悪いけど、早く出発しないとALSに追いつかれるゾ」

 

「そうだな。それじゃあ、一発頼むぜリーダー」

 

クラインの言葉にディアベルが頷くと、咳払いしながら喋る。

 

「まずは、ありがとう。こんな無茶な作戦に参加してくれて。相手は巨大ゴーレム。こんな少数の部隊で万全の体制とはいえない。それでも、目的を同じくして集まってくれた仲間たちとなら、必ず勝てる!ギルドフラッグを争いの火種にさせないために。今も下で待ってくれている大勢のプレイヤー達のために・・・」

 

ディアベルは辺りを見渡すと、大きく息を吸い、叫んだ。

 

「勝とうぜ!!」

 

『おぉっ!!』

 

全員がディアベルの叫びに応えた。

そして、今回限りの攻略組は、ボスが待ち構えている迷宮区へ突入した。




・再登場、ディアベル
この再登場のシーンを見て、思わず「うおーー!」と声を上げました。

・シヴァタ
プログレッシブのキャラ。SAOIFだと、大分後に登場しますが、この小説では、リーテンと共にボス攻略に参戦します。

・リーテンの正体
男かと思いきや、実は女だったと。ただ、所々に女性口調が入ってたから、プログレッシブ知らない人でも、初見時に女性だと気づいた人も少なくない。

・キリト&アスナ
二人の行動についてはプログレッシブ本編で

・「レジェンド・ブレイブス」
まさかの、五層で再登場。ネズハに加えて彼らもボス攻略に参戦します。

・カズヤ
オリキャラの一人。イメージは見た目は「ガンダムビルドダイバーズRe:RISE」のカザミのリアルの姿みたいな感じ。CVは小林裕介。豪快な性格だが、情に厚く「紅の狼」のメンバーや親しい人のことを大切に思っている。

・レイス
オリキャラの一人。イメージは「約束のネバーランド」のエマの性別を男にして、髪を黒くした感じ。CVは伊勢茉莉也。語尾に「っす」を付けており、他のメンバーより一つ年下で、幼馴染であると同時に弟分として可愛がられている。


メンバー:SAOIF主人公(ハルト)、コハル、キリト、アスナ、アルゴ、ディアベル、クライン、リーテン、シヴァタ、ザント、エギル軍団(四人)、「レジェンド・ブレイブス(六人)」、「紅の狼(五人)」計25人
うん、勝ったな。
次回、ボス攻略です。
原作やSAOIFよりも多い人数でどう戦うのか、お楽しみに。


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ep.12 第五層ボス攻略

五層ボス戦です。
攻略後にも少しお話があります。


第五層迷宮区

本来なら、攻略組がボス攻略のために足を踏み入れるこの場所に、一つのレイドパーティーが足を踏み入れていた。

彼らは二つのギルドの争いを阻止するという目的のために、即席で作られたパーティーである。

本来なら、そんな即席パーティーでは、チームワークが上手く取れず、攻略するのは非常に困難であるはずだが、彼らは特に苦戦することなく、スムーズに迷宮区を進んでいた。

その訳はというと・・・

 

「攻撃モーション入った!タンク隊、前へ!相手は攻撃してからの隙が大きいから、防御した後にスイッチで弱点を攻撃!」

 

『了解!』

 

指揮官(ディアベル)が優秀であったからだ。

一体一体のエネミーの動きを把握しているため、どのタイミングで防御し、そこから攻撃するのかを一つ一つ丁寧に指示してくれるため、即席パーティーであるにも関わらず、非常にいい連携を取れていた。

 

「見事な連携である。即席パーティーであそこまで上手く連携ができるとは」

 

「あぁ、ギルドリーダーを務める者として、彼の指揮は参考になるよ」

 

互いにギルドリーダーを務めているオルランドとトウガは、ディアベルの指揮能力に感心しながら、迷宮区を進んでいた。

そんな感じで、次々とエネミーを倒していき、遂にボス部屋前まで辿り着いた。

全員がボス部屋の扉の前に立ち止まる中、ディアベルが皆に声を掛ける。

 

「全員、無事に揃っているな?俺とリーテンさんとオルランドさんとトウガがタンク役として囮になる。皆はその隙に攻撃して欲しいけど、全ての攻撃を防ぎきれるとは限らない。くれぐれも出過ぎないように注意してくれ」

 

ディアベルの言葉に全員が頷く。

 

「よっしゃー!クライン様の初のボス戦。気合い入れて行くぜ!」

 

「気合い入れるのはいいけど、途中でへばるなよ」

 

「遂にSAO初のボス戦!やってやろうじゃねぇか!」

 

「お、俺も足引っ張らないように頑張るっす!」

 

「フッ、張り切るのはいいが、周りに注意しながら戦えよ」

 

始めてのボス戦に気合い十分の者たちと、それらに苦笑いしながら注意を施す者たち。

そんな周りの様子を見て、大丈夫そうだなと思ったディアベルは、ボス部屋の扉の前に立ち

 

「準備万全だな。よし、行こう!」

 

そう言いながら、扉を開いた。

それに続いて、他のメンバーも次々と部屋の中に入り込む。

部屋の中は暗く、ボスの姿が見当たらない。

 

「皆はここで待ってくレ。オレッチが部屋の奥に行ってみル」

 

アルゴが真剣な表情で周りに言うと、部屋の奥に足を踏み入れたその時

 

「!? 戻れ、アルゴ!」

 

キリトが叫ぶと同時に辺りが明るくなり

 

ブー、ブー

 

「!? トラップだ!」

 

部屋中にサイレンの音が鳴り響き、それの正体を察したディアベルが周りに注意を呼びかける。

やがて、サイレンが鳴り終えると、部屋の奥から、巨大ゴーレムの顔らしきものが出現し、その上には《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》と表示されていた。

それと同時に、部屋のあちこちにゴーレムが出現した。

 

「まずい!囲まれた!」

 

「おそらく、大人数を前提とした仕掛けだナ。こんな仕掛け、βテストにはなかったゾ」

 

エギルが焦りながら叫び、アルゴは冷静さを保ちながら状況を分析した。

 

「全員落ち着くんだ!中央に固まって一体ずつ片付けるんだ!」

 

ディアベルが大声で周りに向かって指示する。

ディアベルの指示通り、中央に集まろうとしたが

 

「!? ハルト、下だ!」

 

ハルトの足元に円が描かれ、それに気づいたキリトが、ハルトに向かって叫ぶ。

キリトの声に反応したハルトは、すぐさま横に跳んだ。

すると、先程ハルトがいた円から巨大な石の手が伸び上がった。

 

「手!?」

 

「あれは!?巨大ゴーレムの・・・ボスの体の一部か!」

 

キリトが手の正体に気づいた。

五層のボスはこの部屋全体を使って攻撃してくるのだろう。

ボスの攻撃パターンに気付いたハルト達は、床から這い出てくる巨大な手に注意しながら、大量のゴーレムと戦っていたが

 

「!? シバ!」

 

「うお!?いつの間に・・・」

 

巨大な手を避けるのに専念してたシヴァタにゴーレムが攻撃してきたが、リーテンがそれを防ぐ。

 

「!? 避けろレイス!ぐぁ!?」

 

「うわぁ!?な、何すか・・・!?っ!?ソウゴさん!」

 

「大丈夫か!?ソウゴ!」

 

「大丈夫・・・とは言えないな・・・」

 

ゴーレムを相手していたレイスの足元に円が出現し、ソウゴがレイスを押すように円から退かしたが、ソウゴ自身、回避に間に合わず、結構なダメージを食らう。

ゴーレムを相手すれば、巨大ゴーレムの手に。巨大ゴーレムを相手すれば、複数のゴーレムに。

一向に《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》に攻撃することができず、状況は最悪だった。

 

「くそ!このままじぁ、押し切られる!ボスは俺が引き受ける!皆はその間にゴーレム達を倒してくれ!」

 

「無茶だキリト!僕も・・・」

 

「ダメだ!お前やディアベルはこれからの攻略に必要な人間だ!無事に攻略することだけ考えるんだ!俺は悪名高いビーターだから問題ない」

 

そう言いながら、キリトは単身《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》に近づこうとしたが、下から伸びてくる腕攻撃に翻弄されて、中々辿り着けない。

 

「どうしようハルト、このままじぁ!」

 

隣で叫ぶコハルの声にハルトは、答えることができずにいた。

このままこの状況が続けば、先にこっちが全滅してしまう。何とか打開しようとしても、いい案が中々思いつかない。

絶体絶命の状況の中、ディアベルがある物を見つける。

 

「アルゴさん。あそこの小さい部屋にあのレバー、βテストの時はなかったはずだ。何か分かるかい?」

 

「あ、あれは・・・他のダンジョンで見たけど確か、あのレバーを引くと階段部屋が出てきて、その先は床が開いて下に落ちるトラップだと思ウ」

 

「下に落ちる・・・そうだ!」

 

アルゴの説明を聞いたディアベルは、何か閃いたのか、周りに向かって大声で叫ぶ。

 

「皆!雑魚ゴーレムのヘイトを俺に引き付けてくれ!あの部屋に誘い込んであいつらを下に落とす!」

 

ディアベルの提案に皆が頷くと、それぞれの武器で攻撃していきながら、ヘイトをディアベルに向けた。

ディアベルはヘイトを向けられたゴーレム達の攻撃を防御していきながら、部屋に次々とゴーレム達を誘い込む。

 

「よし!半分以上は誘い込んだぞ!」

 

「後はギミックを起動させれば・・・」

 

未だにゴーレムのヘイトを向けているハルトに、ディアベルが話しかける。

 

「ハルト。頼みがある」

 

「頼み?」

 

突然のディアベルからの頼み事にハルトは立ち止まる。

すると、彼は衝撃的な言葉を発した。

 

「今までボス攻略を支えてきたのは君たちだ。もし、俺が戻ってこられなくなっても、今までと同じように戦ってほしい」

 

ディアベルの言葉にハルトは、訳が分からず固まる。

戻ってこられない、今までと同じように、何を言っているんだ。

これからこの状況を打開した後にボスを倒して、ギルドフラッグを手に入れ、攻略組をもう一度一つにする。それが、あの人の立てていた計画のはず。

言葉の意味が分からず、固まるハルトの横で、二人の会話を聞いていたアルゴが何か察したように低い声で喋る。

 

「まさか・・・仕掛けは、部屋の内側しか操作できないのカ・・・?」

 

アルゴの言葉に、ディアベル以外の全員が驚きの表情になる。

 

「ダメだディアベル!よせ!」

 

キリトがディアベルの下に近づこうとしたが、残っているゴーレムが邪魔で近づけない。

キリトがゴーレムの一体を倒したのを見て、ディアベルは安心したかのように微笑むと、部屋の内側にあったレバーを引いた。

その途端、彼のいた部屋の床が開いた。

 

「キリトさん、ハルト。後は頼む。ボスを倒してくれ・・・」

 

そう言いながら、ディアベルはそのまま穴に落ちていった。大量のゴーレムと共に・・・

同時に先程まであった部屋は、入口が閉じ、何の痕跡もない壁となった。

 

「そんな、ディアベルさん・・・」

 

コハルが絶望の声を上げる。他のメンバーもコハルと同じ気持ちなのか、黙って部屋があった場所を見続けていたが

 

「まだ、終わってないぞ!!」

 

突如、部屋中に鳴り響いた野太い声に誰もが反応し、声の主であるオルランドの方を向いた。

 

「戦いはまだ続いているぞ!我らがここに来た理由はただ一つ!ボスを倒すためだ!!なら、今ここで命を懸けた勇者の思いを踏みにじるでない!!」

 

「戦え!!」と叫ぶオルランドの熱い想いに、ハルト達は目を覚ました。

 

「ボスが攻撃してきたら、攻撃を回避しつつ隙を付いて攻撃してくれ!」

 

「周りの雑魚ゴーレムは俺たちに任せろ!」

 

キリトとエギルの言葉にハルト達は一斉に動き出した。

周りのゴーレム達は、エギル軍団が処理しており、残りのメンバーは《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》と戦っていた。

部屋そのものを使った変芸自在の攻撃に苦戦していたが

 

「下から来るぞ!避けろ!」

 

「ヤァーーー!」

 

他のメンバーが床に描かれている円を見て、攻撃がくるの知らせながら、戦っていたため、全員まともにダメージを食らうことなく、着実に《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》にダメージを与えていた。

すると、またもや床に円が描かれる。

次に狙われたのはザントだ。

 

「避けろ!ザント!」

 

キリトがザントに向かって叫ぶが、対するザントは笑みを浮かべ

 

「避ける必要はねぇ!」

 

そう言いながら、両手剣を構え、<オブス・ストライク>で一気に《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》の方に移動し、大ダメージを与えた。

すると、《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》は笑い声を上げると、今まで分裂していた手足がくっつき、一体の巨大ゴーレムとなった。

 

「ここから先はおそらくβテストと同じだ!攻撃が非常に強力だから、タンクが防御してその隙に攻撃!これで行くぞ!」

 

キリトの指示に頷くハルト達。

《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》が右手をキリト目掛けて振り下ろしたが

 

『おぉーーー!!!』

 

トウガ、リーテン、ネズハ以外の「レジェンド・ブレイブス」の面々が盾で防ぐ。

その隙を付いて、シヴァタとカズヤが<レイジ・スパイク>で《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》の右腕を攻撃する。

 

「「うおーーー!!」」

 

二人のソードスキルでHPが削れ、残り1/4になっていた。

 

「よし、一気に決めるぞ!」

 

「分かったわ。コハル!」

 

「任せて、アスナ!」

 

アスナの声に反応したコハルは、彼女と共に《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》に近づき

 

「「ヤァーーー!!」」

 

二人揃って<シャーティング・スター>で《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》に攻撃した。

その間にハルトとキリトも《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》に向かって走り出す。

 

「キリト!今回のLAは譲るよ!その代わり、派手に決めてくれ!」

 

「あぁ!そうさせてもらうぜ!」

 

《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》に向かって走り出す二人に《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》は腕を回して攻撃してきたが

 

「「はぁ!」」

 

二人はそれをジャンプして躱す。

攻撃により隙ができた《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》に、ハルトは着地すると

 

「いっけーーー!」

 

<ヴォーパル・ビート>で《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》のHPを削る。

その隙にキリトも《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》の懐に着地し

 

「終わりだぁーーー!!」

 

叫び声と共に<ポブライズ・ビート>で《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》に攻撃すると、《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》は雄叫びと共に、その体をポリゴン状に四散させた。

 

「終わった・・・のカ?」

 

静寂と化した部屋にアルゴが呟く。

その一言をきっかけに辺りが次々と歓声に包まれる。

 

「うおーーー!!やったぜ!」

 

「勝った・・・勝ったぞ!」

 

クラインとエギルが勝利を嚙みしめており、他のメンバーも勝利の歓声を上げていた。

 

「お疲れ様、キリト君」

 

「いい戦いぶりだったよ」

 

アスナとハルトがキリトの方に駆け寄り、片膝を付いていたキリトにアスナが手を差し伸べる。

アスナの手を握り、引っ張ってもらいながら立ち上がったキリトは、そのまま周りに向かって話し始めた。

 

「みんなお疲れ様。おかげでこいつが手に入ったよ」

 

そう言うと、キリトはストレージから一本の白い旗を取り出した。

 

「これが、五層ボスの初回クリアボーナスで手に入るアイテム。名前は《フラッグ・オブ・ヴァラー》。本来なら、ディアベルが手に入るべきアイテムだったが・・・」

 

キリトのその言葉に、辺りが一斉に静かになる。

元々はディアベルがフラッグを手に入れ、ALSとDKBを融合させるという計画であった。

しかし、肝心のディアベルがボス攻略の最中、行方不明になるという事態に見舞われ、今キリトが持っているフラッグは、ギルド同士のバランスを崩しかねない最悪のアイテムと化した。

 

「くそ!どうしてだディアベル。あんたが、みんなの希望に・・・攻略組を率いるんじゃなかったのか!」

 

「キリト君・・・」

 

悔しそうに喋るキリトに、アスナが心配そうに声を掛ける。

他のメンバーもボス攻略の代わりにディアベルという大きな代償を払ってしまったことに、浮かない顔をしていた。

 

「・・・俺はあいつとは少ししか一緒にいなかったから、友達になる暇もなかった」

 

暗い雰囲気の中、クラインがそう呟いた。

 

「それでも、あいつが信念のためにああしたんだってことは分かるぜ。それに、もしかしたら、生きてるって可能性も・・・」

 

「!?・・・確かに、なくはないかもしれない・・・」

 

ハルトの言葉に皆が驚く中、ハルトは自身のフレンドリストのディアベルの名前の部分を見せた。

ディアベルの名前は連絡不可能のグレーになっていた。

 

「あの人は行方不明になっているだけで、きっと生きてるはず」

 

「・・・そうだな。彼は俺たちを先に進ませてくれた。なら、俺たちがやるべきことはただ一つ。彼が戻ってくるのを信じて、先に進み続けることだ」

 

キリトの言葉にこの場にいる全員が頷いた。

ディアベルの生存を信じ、先に進む。この場にいる誰もが、そう決意した。

 

「ところで、フラッグは誰が・・・」

 

キリトが誰かにフラッグを預けようとしたが、その前にクラインが口を開く。

 

「それはお前が持ってる方がいいぜ」

 

「うむ!キリト殿なら、任せて安心だろう」

 

「俺はギルドのリーダーだからな。持っていたら、余計な欲が出ちまう」

 

「それに、ALSとDKBでもないギルドが、こいつを持っていることがバレたら、最悪リンチだ」

 

「私はそもそも、フラッグをALSが独占させないために来たんです。持って帰るわけにはいきません」

 

「逆にDKBの俺も、持って帰るわけにはいかないな」

 

「存在自体が激ヤバアイテムだから、一番安全な保管場所はキー坊のストレージの中だナ」

 

皆それぞれ、キリトが持つべきだと主張した。

 

「・・・分かった。これは俺が預かっておくよ」

 

そう言うと、キリトはフラッグを自身のストレージにしまった。

少しだけ、部屋の雰囲気が穏やかになったところで、アルゴが周りに声を掛ける。

 

「さて、オレッチはそろそろ行くゾ。それと、もうじきALSがここに来ると思ウ。皆、先に戻っておいた方がいいゾ」

 

そう言いながら、アルゴは部屋を出て、六層に向かった。

それを見て、他のメンバーも次々と動き出す。

 

「僕たちもそろそろ行きます」

 

「また会おう!戦友たちよ!」

 

「私とシバも先に六層に入ってから、転移門で五層にいるそれぞれの仲間たちと合流します」

 

「それじゃ、またな!お疲れさん!」

 

「俺たちは一足先に六層を探索してよう・・・あまり、気に病むなよ」

 

「俺は一旦五層に戻る。じゃあな」

 

「レジェンド・ブレイブス」が、リーテンが、シヴァタが、「紅の狼」が、ザントが、続々と部屋を出て、六層に向かった。

 

「俺も行くぜ、風林火山の仲間たちにも俺の武勇伝を話してやらねぇとな」

 

「俺も行く。お前たちはどうするんだ?」

 

エギルはハルトの方を見ながら問いかけた。

 

「・・・僕はもう少しここに残る。コハルは?」

 

「・・・ハルトが残るなら、私も残るよ」

 

二人の決意を聞き、エギルは何か察したように「そうか・・・」と吐いたが、これ以上は何も聞かずに、クラインと共に部屋を出た。

残ったのはハルト、コハル、キリト、アスナの四人。

 

「・・・まだ行かないのか?」

 

キリトが残っている三人に問いかける。

 

「ALSの人たちにギルドフラッグのことを話すんでしょ。どうせ暇だから付き合ってあげるわよ」

 

「ディアベルさんのことも、私たちがいた方が話しやすいですよね?」

 

「それに、僕らは悪名高いビーターと違って、攻略組の人たちからはあまり敵視されてないから、穏便に済ませれると思うよ」

 

「・・・はぁ、ありがとう。でも、向こうを刺激しないように頼むよ」

 

三人の言葉に呆れながらも、感謝と要望を伝えた。

 

 

 

 

「事情は分かったわ。納得はしてへんけどな」

 

数分後、ハルト達はボス部屋に入って来たキバオウ達に一通り(一緒に戦ったメンバーのことは除いて)のことを説明した。

 

「そんで、ディアベルはんを犠牲にしてまで手に入れたギルドフラッグ。ギルドにそっぽ向けとるあんたが、そいつを持ってどうするつもりや?」

 

若干トゲのあるキバオウの言葉にコハルとアスナが顔をしかめたが、キリトはフラッグをストレージから出しながら、堂々と話した。

 

「このフラッグをあんたの管理に委ねるつもりがないわけじゃない。でも、条件がある」

 

「なんや?」

 

「今後、エネミーからギルドフラッグがもう一つドロップした時、一つをALS。もう一つをDKBに無償譲渡する。もしくは、ALSとDKBが合併して、新ギルドができたら即座にこれを渡す」

 

キリトが出した条件に静寂が続いたが、それは、ほんの数秒で途切れた。

 

「できるわけねぇだろ!」

 

「あんなエリート面している奴らと仲良しごっこしろだと!?冗談じゃねぇ!」

 

「あいつらにも聞いてみろ!頭おかしいんじゃねぇかって笑われるぞ!」

 

プレイヤー達からの罵声が一斉にキリトに向けられる。

キリトがそんな彼らの罵声を無言で受け止めている中、ハルトはプレイヤー達の様子を見て、聞こえないように小さくため息を吐いた。

彼らはギルドフラッグの恐ろしいさをまるっきり分かってない。このアイテムが戦争の引き金になり、もし引かれたら、大勢のプレイヤーの命が消えることを。いや、もしかしたら、彼らは下に何千というプレイヤーがいるのを忘れて、この世界を普通のゲームだと認識してしまっているのではないだろうか。ゲームによくある、相手に負けたくないという気持ちのみを持って。

そんな風に考えていると、一人のプレイヤーが前に出る。

 

「俺、俺知ってる!そいつらは最初からディアベルさんを利用して、フラッグをパクって自分たちで真ギルドを作るつもりなんだ!」

 

「「!?」」

 

突然現れた男のあまりにも言いがかりな発言にコハルとアスナは絶句したが、ハルトは冷静に叫んだ男を分析した。

あの男は第一層の時にキリトをβテスターだと暴露し、第二層では「レジェンド・ブレイブス」の強化詐欺で曖昧な情報にも拘わらず、死人が出たと堂々と宣言した。

男は二層の時と違って、両目と口のところに穴が開いたレザーマスクを装備していた。二層の時もそうだったが、まるで、自分の顔が見られたら困ると言わんばかりに・・・

 

「こんな奴らの言うことなんて聞く必要ないっすよ。こいつらはディアベルさんを殺してギルドフラッグを奪った奴らなんすから」

 

「なんですって!?」

 

もはや、言いがかりを超えているような発言に、アスナが怒り声で反応する。

 

「こいつらは四人。こっちは大勢いるんだ。どうとでも・・・」

 

「このドアホウ!!」

 

キバオウの怒鳴り声が部屋中に響いた。

それと同時に、キバオウは男の胸倉を掴んだ。

 

「なんぼ重要なアイテムゆうても、それを手に入るために他のプレイヤーに剣を向けたら、ワイらはただの犯罪集団や!ALSはそんなことをするために存在するんやない!!」

 

そう言いながら、キバオウは男を力強く引き離すと、キリト達の方を向き、頭を下げた。

 

「つまらんことを聞かせてすまなかった。けど、こいつらだって攻略を共にする仲間や。アイテム欲しさに他人を見殺しにする奴らやないと見込んだから、ディアベルはんもこいつらを信じて組んだんや。DKBにはこっちから話を通しておくわ・・・合併は望み薄やろうけどな」

 

キバオウの言葉に、後ろにいるメンバー達も渋々納得した様子で黙った。

キバオウは後ろを向き

 

「ほな、帰るわ」

 

そう言うと、入口の方から出ようとしたキバオウ達だったが、ハルトが声を掛ける。

 

「待ってください。六層の転移門は既にアクティベートされているから、五層の圏内に戻るつもりなら、そっちから行って、五層の転移門で降りた方が早いですよ」

 

「そうか」

 

キバオウ達は反転し、向こう側の出口に向かおうとしたが、ハルトの前を通り過ぎようとした時、ハルトは「それと」と言い、キバオウの足を止めた。

 

「僕のフレンドリストにあるディアベルさんの名前は連絡不可能のグレーになっていました。今は連絡が取れないけど、あの人は生きてるはずです。そして、必ず戻ってくるはずです」

 

「そうか」

 

キバオウは目を瞑りながら立ち止まっていたが、やがて、目を見開くとハルトの肩に手を置いた。

 

「ディアベルはんの気持ち。裏切るんやないぞ」

 

「!?・・・はい」

 

ハルトの返事を確認したキバオウは今度こそ部屋を出た。

やがて、ALS全員が部屋を出て、辺りが静かになると、キリトは「はー」とため息を吐いた。

 

「ひとまず、考えた中では、マシな結末になったな」

 

「アスナが剣を抜くかと思って、ひやひやしちゃったよ・・・」

 

「コハルこそ、身構えてたじゃない」

 

互いに見つめ合いながら笑い合うコハルとアスナ。

いつの間に二人はこんなに仲良くなったんだろうと、ハルトとキリトは思った。

 

「・・・お疲れ様、キリト君」

 

「なんだよ、改まって・・・」

 

突然言われた、アスナからの労いの言葉に少し戸惑うキリト。

 

「言いたくなっただけよ・・・ねぇ、コハル。私たちはここでもう少し休憩していくから、先に帰っていいわよ」

 

「え?・・・うん、分かったよ。行こう、ハルト」

 

アスナの言葉に一瞬戸惑ったが、何かを察したコハルはハルトに声を掛けると、出口に向かった。

 

「それじゃ、僕らは先に帰るから・・・」

 

「また会おうね、アスナ、キリトさん」

 

「ああ、またな」

 

キリトの言葉を最後に二人は部屋を出て、六層へ続く階段を上り始める。

その途中、コハルがハルトに声を掛ける。

 

「・・・アスナ、凄く辛そうだったね・・・」

 

「無理もないさ、上手くいけばキリトはビーターから解放されてたし・・・」

 

そう言いながら、ハルトは顔を下に向ける。

 

「ディアベルさんだって、皆のために頑張ってたのに、どうしてこんなことに・・・!」

 

「・・・ハルト、自分を責めないで前を向いて。あなたは精一杯できることをやったんだから」

 

握り拳を作りながら、先のボス攻略であの場でディアベルを犠牲にするような手しか使うことができなかったことを後悔しているハルトに、コハルはそっと声を掛けた。

 

「いつだって、私にたくさんの勇気をくれるあなたは、私にとってヒーローなんだよ・・・だからね、一人で抱え込まないで、たまには私に頼ってね。私はいつだって、あなたの味方でいるから」

 

「コハル・・・」

 

ハルトの手を両手で握りしめて、真っ直ぐ見つめながら、微笑むコハル。

そんなコハルに対して、ハルトは微笑み返し

 

「ありがとう」

 

彼女の手を両手でそっと握り返しながら、精一杯の感謝の気持ちを伝えた。

 

 

 

 

ボス攻略を終えて、ハルト達と別れたキリトとアスナは、現在、圏内の中にある古城のテラスで食事を取っていた。

飲み物を買ってくるっという理由でキリトはアスナと一旦別れて、古城の中を歩いていた。

その時、キリトの背中に何か尖ったものが突き付けられる。

 

「イッツ・ショータイム」

 

それと同時に、キリトにとって聞き覚えのない男の低い声が聞こえた。

 

「・・・誰だ?」

 

極力冷静さを保ちながら、何とかこの状況を切り抜けようと考えたキリトだったが

 

「動かないほうがいいぜ。このナイフには麻痺毒が仕組まれているからな」

 

「!?」

 

男の言葉に絶句するキリト。

βテストでは、プレイヤーのスキルで何らかの毒を作れるスキルなんて存在しなかったはず。

だが、これはβテストの知識であって、今のSAOには何があるのか分からない。

もし、男の言葉の通りなら、ナイフが刺さると、キリトはしばらく麻痺して動けなくなるだろう。

ここが圏外であれば・・・

 

「ふん、ここは圏内だ。いくら麻痺毒を付与してあっても、何の意味がないぜ」

 

少し笑みを浮かべながら言うキリトに対して、男は呆れたようにキリトの言葉を否定した。

 

「おいおい、しっかりしてくれよ。圏内なのは城の中庭まで。城内は圏外だろ」

 

「なっ!?」

 

男の言葉に、またもや絶句するキリト。

確かに見た目はダンジョンぽい古城だが、エネミーは出現しなかったはず。

しかし、表示を見落として圏外に出てしまったっということも否定できない。何より、ここが圏外なら、男が持っているナイフに刺されたら麻痺状態になり、その間、何をされるのか分かったもんじゃない。

何とかこの場を切り抜けようと考えていると、新たに声が聞こえた。

 

「なら、試してみるかぁ?お前の首が飛んでも死なないかどうか」

 

「!?」

 

男の驚きの声が聞こえる。それと同時に、キリトは新しく聞こえた声の人物を知っているため、少しだけ安堵した。

声の主はおそらくザント。そして、彼は今、自分の後ろにいる男に何らかの事をしているのだろう。

キリトの予想通り、声の主であるザントは、キリトの後ろにいた黒ポンチョの男の首に横から剣先を突き付けていた。

首筋に剣先が突き付けられているにも拘わらず、男は低い声で笑いだす。

 

「ハハハ!こいつは驚いた。ここでまさかのサプライズゥゲストの登場とはなぁ」

 

そんな風に言いながら、笑っていた男だが、ふいに笑い声が止んだと思ったその瞬間、男はキリトに突き立ていたナイフをザント目掛けて振・・・る前に動きを予測していたザントによって、首を斬られた。

 

「!?」

 

当然、圏内のためHPは減ってないが、首を斬られたこともあり、思わず横に飛んだ男は切られた箇所に手を当てた。

その隙にキリトは振り向き、男の方を見る。

男は黒いポンチョを身にまとっていて、フードを深く下ろしているため、顔は見えないが、只者ではないと感じた。

黒ポンチョ男は自身の首筋に手を当てながら、またもや笑い出す。

 

「ハハハ!圏内とはいえ、まさか本当に斬りやがるとはなぁ!テメェ、相当クレイジィーな野郎だぜ!」

 

「安心しろ。自覚はしている」

 

互いに笑みを浮かべながら、見つめ合っていた二人だが

 

「今日はこのくらいにしといてやるよ。また会おうぜ、ブラッキーさん、クレイジー野郎」

 

「ま、待て!」

 

去ろうとした黒ポンチョ男を追いかけようとしたキリトだが、黒ポンチョ男の手から一つの球体が投げられ、それは瞬時に破裂し、大量の煙が辺りを満たした。

 

「くっ!?」

 

キリトは驚きながらも、即座に剣を振り回し煙幕を払ったが、黒ポンチョ男はどこにもいなかった。

静寂と化した城内を突っ立っている中、ザントが声を掛ける。

 

「あの野郎、強化詐欺の真犯人だな」

 

「・・・おそらく」

 

ザントの問いに、ぎこちない様子で答えるキリト。

それ以降、彼らは何も喋らず、キリトはアスナの下に。ザントは暗いフィールドの中へ消えていった。




・<オブス・ストライク>
オリジナルスキル。SAOIF基準だと、両手剣の星3くらい。両手剣を持ちながら相手に向かって突進する。

・<ポブライズ・ビート>
片手直剣の星4スキル。土属性を持っているが、単体攻撃の上に隙も大きいから、スキルが揃っていれば、使うことはほとんどない。

・ディアベル離脱
なお、SAOIFだとこれ以降、一回も登場しません。(竹内P(SAOIFプロデューサー)はそのうち登場するって言ってたけど、いつになるのかな・・・)

・《フラッグ・オブ・ヴァラー》
本文でも説明した通り、ギルドの力を一気に傾けることができるヤベーアイテム。

・遭遇、SAOのヤベー奴とオリキャラのヤベー奴
ある意味、五層編で一番やりたかったネタかもしれない。


SAO_UW13話を見て、思ったこと
・シノンさんあざとい
・リーファはエロ要因です
・豚君かっけー


ということで、五層編、無事に終わりました。
いやー学校が対面授業になって、書く暇が少なくなってしまったけど、何とか書ききれました。
次回は七層編・・・といきたいところですが、ここで二つほど番外編の話を入れたいと思います。
記念すべき番外編初のお話は正月イベントの話です。
お楽しみに。


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おせちを手に入れろ!

予告通り、正月イベントのお話です。
時期としては、五層攻略後です。
このイベントストーリーを覚えている人ってどのくらいいるんだろう。


正月。それは新しい年を祝う日本の伝統的な文化であり、それに因んだ様々な行事が行われている。

無論、SAO内でも攻略組を中心に多くのプレイヤー達が年明けを祝っていた。

そして、この二人もまた、正月を満喫していた。

 

「初日の出、凄かったね」

 

「うん、仮想世界なのにリアルと変わらないとても綺麗な日の出だったよ」

 

ハルトとコハルは現在、二層の初日の出が見れる絶景スポットに来ており、仮想世界の初日の出を見ていた。

仮想世界の初日の出の感想を楽しそうに言い合っていると、ハルトから一通のメッセージが届く。

差出人はクラインからであった。

 

「クラインさんからだ。えっと・・・『頼みたい事がある。すぐに《はじまりの街》の広場まで来てくれ』・・・だって」

 

「頼みたい事って何だろうね?行ってみよう」

 

コハルの言葉に頷いたハルトは、クラインの下へ向かうのであった。

 

 

 

 

「よぉ!あけましておめでとうさん!」

 

「あけましておめでとう」

 

「今年もよろしくお願いします、クラインさん」

 

こちらに向かってくる二人を見つけたクラインは、二人に新年の挨拶をして、二人も新年の挨拶で返した。

 

「さて、後はあの二人だが・・・おっ!来た来た」

 

クラインが振り向いた方を向くと、キリトとアスナがこちらに向かって歩いて来た。

 

「二人共、あけましておめでとう」

 

「あぁ、あけましておめでとう」

 

「今年もよろしくね」

 

互いに新年の挨拶をし合うと、キリトはクラインに話しかける。

 

「ところで、新年早々ハルト達まで呼び出して何をする気だ?クライン」

 

キリトが呼び出した理由を聞くと、クラインは笑みを浮かべながら話し始めた。

 

「フフフ・・・お前たち。SAOで今、正月のイベントが発生しているのを聞いているか?」

 

「あぁ、アルゴから少し聞いたよ」

 

キリトの言葉に他の三人も「うんうん」と頷く。

ちなみに、初日の出の絶景スポットもアルゴの情報である。

四人の反応を見て、クラインは更に笑顔になりながら話を続けた。

 

「なら、話しは早い!俺はその正月イベントに関して凄い情報を手に入れたんだ!」

 

「「「「凄い情報!?」」」」

 

クラインの言葉に四人は驚いた。

クラインがあそこまでテンション高く喋っていることは、何かとんでもないアイテムとかが手に入るクエストだろうか。

四人が興味深そうな顔でクラインを見る中、クラインは「フフフ・・・」と笑いながら凄い情報について話す。

 

「正月クエストの中でまだ誰もクリアできてないクエストがあってよ・・・」

 

「「「「それで!?」」」」

 

「その報酬がなんと、おせちなんだぜ!だから、皆でクリアしてどんちゃん騒ぎしようぜ!」

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

しばらく沈黙が続いたが、四人は互いに顔を見合わせると、クラインに向かって一言。

 

「「「「帰る」」」」

 

「えっ!?ちょっと待てお前ら!」

 

帰ろうとした四人をクラインは必死になって止めた。

足を止めた四人だが、先程と違って呆れ、或いはめんどくさそうな表情でクラインを見る。

 

「なんで、俺たちがお前の酒のアテをゲットしないといけないんだよ・・・」

 

「そうよ。それになんで、報酬がおせちだって分かるの?」

 

アスナの質問に、クラインは焦りながら答える。

 

「クエストクリアのために必要な素材がおせちの食材なんだ!もし、このクエストが誰かが一回でもクリアして、消えてしまうクエストだったら、最初にクリアした奴しか報酬を手に入れることができないだろ!?だから、おせちを食いたい奴らは我先にとクエストを進めている状況なんだ!このままだと先を越されちまう!」

 

クラインは必死になって喋りながら両手をパンッと合わせて、四人に懇願する。

 

「頼む!この通りだ!せっかくの正月、美味いおせちをつまみにビールを飲ませてくれ!」

 

「結局、飲みたいだけじゃないか・・・」

 

「そうだね・・・どうしようか・・・」

 

キリトが呆れながら言い、その隣でハルトはクラインの手伝いをするべきか考えていると、アルゴが喋りながら、こちらに向かって歩いて来た。

 

「クラインの言っているクエストは、君たちレベルじゃないと、攻略するのは難しいだろうナ」

 

「!? アルゴさん。あけましておめでとう」

 

「あけおめ、ことよろダ」

 

アスナの新年の挨拶を省略しながら返すアルゴ。

彼女が新年の挨拶を言ったところで、キリトがアルゴに問う。

 

「えっと・・・アルゴ。つまり、クラインを手伝えって言っているのか?」

 

「そうダ。他のプレイヤーのためにも、全貌が明らかでないクエストは、一刻も早くクリアして欲しいんダ」

 

アルゴから言われた'他のプレイヤーのため'の言葉にキリトは「ハァー」とため息をついた。

 

「分かったよ。アルゴにそう言われると断れないな」

 

「そうね。他のプレイヤーの為になるならいっか」

 

「ハルト、私たちはどうする?」

 

「勿論手伝うよ。他のプレイヤーの為になるなら、真剣にやらないと」

 

クエストを受けることを決めた四人は、クラインの方を向くと、クラインは先程以上に上機嫌になりながら、クエストについて話し始めた。

 

「よっしゃーーー!!それじゃあ、早速行動開始と行くか。クエストNPCはフィールドの中にいるから、キリトとアスナは俺と一緒にそのNPCの下に向かう。ハルト達はその間、《霜降り肉》って食材を10個集めてくれ。その食材、ドロップ率が低いみたいなんだけど・・・まっ、いっちょ頼むぜ」

 

クラインの説明に頷きながら、ハルト達はおせちを手に入れるべく、行動を開始した。

 

 

 

 

ハルト達は現在、二層のとあるフィールドに来ていた。

既に五層レベルにまで到達している二人にとって、二層のエネミーは敵ではない。

しかし、二人の表情は優れていなかった。

 

「いつまで続くのこれ・・・」

 

コハルが疲れているような声で愚痴る。

フィールドに辿り着いた二人は、《霜降り肉》を手に入れるためにエネミーを狩り続けていたが、ドロップ率があまりにも低く、20体ぐらい倒しても、4個しかドロップできていない状態であった。

いくら二層のエネミーとはいえ、流石に20体も戦い続ければ疲れも溜まり、二人はフィールドの大岩に座りながら休憩していた。

 

「おい!お前たち!」

 

休憩していた二人であったが、突然声を掛けられ、振り向くとエギルがいた。

 

「ハッピーニューイヤー。どうしたんだ?正月早々浮かない顔しやがって」

 

「あけましておめでとうございます、エギルさん。実は・・・」

 

新年の挨拶をしながら、コハルはエギルにクエストのことについて説明した。

 

「なるほど。お前たちもそのクエストを受けていたのか」

 

「え?エギルさんも?」

 

「あぁ、仲間の一人が結構なグルメでな。そいつが気になっていたから受けてみたんだが、食材が全然集まらなくてよ・・・」

 

エギルが困ったような顔で話した。

一方、ハルトはエギルの話を聞いて、何か思いついたのか、笑みを浮かべながらエギルに話しかける。

 

「エギルさん。ここは一つ手を組みませんか?」

 

「手を組む・・・そうだな、こういうクエストは手分けするのが一番だ。お前たち、《霜降り肉》は今どのくらい集まっているんだ?」

 

エギルに《霜降り肉》の数を問われ、ハルトはドロップした《霜降り肉》をエギルに見せた。

 

「これは・・・俺が集めたのと合わせると丁度10個になるな」

 

「やったー!早速クラインさんに報告しよう。確か、《はじまりの街》の転移門前で待っているって言ってたよ」

 

コハルの言葉にハルトとエギルが頷きながら、三人はクラインの下に向かった。

 

 

 

 

《はじまりの街》の転移門前に向かったハルト達は、同じく転移門前で待っていたクライン達を見つけた。

 

「お!おーい、こっちだ」

 

クラインが三人に声を掛け、ハルト達はクラインの下に向かう。

 

「クラインさん、頼まれた食材集めてきたよ」

 

「おおー!助かったぜ。てか、エギルも一緒だったのか?」

 

「たまたま俺も同じクエストを受けていてな。一緒に行うことにしたんだ」

 

エギルの言葉に「ふーん」と返しながら、クラインはハルトから食材を受け取った。

 

「よし!これで食材も揃ったし、早速例のNPCの下に行こうぜ!」

 

そう言うと、クラインは上機嫌になりながら歩き出し、ハルト達も互いに顔を見合わせながら、やれやれっといった感じでクラインの後をついて行った。

しばらく歩いたが、クラインは未だに上機嫌になりながら歩いている。

 

「本当に報酬がおせちかどうなのか分からないのに上機嫌ねぇ・・・」

 

「あのプラス思考は見習いたいぜ」

 

そんなクラインの様子を呆れながら見つめるキリトとアスナ。

 

「うわぁーーー!!なんだこいつ!?」

 

『!?』

 

突如クラインの悲鳴が聞こえ、驚きながらもクラインの下に向かう。

 

「で、でかすぎだろ、この犬!」

 

そこにいたのは、普通の犬よりも数倍でかい巨大な白い犬のエネミーが、フィールドのあちこちにいた。

そこらじゅうに巨大な犬がいる光景を見て、エギルが思い出したかのように声を上げる。

 

「こいつは確か、正月イベント限定で出てくるっていうエネミーじゃねぇか!」

 

「あぁ、季節限定だから流石に俺も見たことないけど・・・とりあえず、倒すぞ!」

 

キリトの言葉に頷き、ハルト達はフィールドにいる巨大な犬の軍団を倒すべく、バラバラに散らばる。

犬自体はそこまで強くなく、攻略組であるハルト達は勿論。攻略組になり立てのクラインでも苦戦することなく倒せるレベルだった。

しかし、問題はその数だった。

 

「だぁー!どんだけいるんだよ!」

 

クラインが槍を振りながら愚痴る。

フィールドにはあちこちにいる巨大な犬が次から次へと迫っており、クラインにとっては対処しずらい状況であった。

次第にクラインの反応が鈍くなり、隙ができる。

その隙を狙ったかのように、一体の犬がクラインの背後に飛びかかった。

 

「!? クライン、後ろだ!」

 

キリトが大声で叫ぶが、犬は既にクラインの手前まで来ており、そのまま攻撃が当たると思ったその時

 

「ガウゥ!?」

 

突然横から攻撃され、巨大な犬は驚きの声を上げると同時に体を大きく吹き飛ばされ、そのままポリゴン状に四散した。

遅れてクラインが振り返ると、槍を持っているソウゴがいた。

 

「ちゃんと周りも見とけよ、おっさん」

 

「お前は!?紅の狼の・・・って!?誰がおっさんだ!」

 

おっさん呼ばわりされてキレるクライン。

 

「ハァ!」

 

更に、二人の近くにいた犬が突然倒されて、声がした方へ振り向くと、トウガがいた。

しかし、いつもの片手直剣と盾のスタイルではなく、右手に短剣のみを装備していた。

 

「トウガ!どうして君たちがここに・・・?」

 

「話は後だ。ひとまず、残りの連中を片付けるぞ」

 

ハルトの質問に手短く返したトウガは、そのまま別の犬の方に向かった。

トウガとソウゴの介入もあり、ハルト達はあっという間にフィールドにいた全ての犬を倒した。

辺りに犬がいないことを確認し、落ち着いたところでクラインが喋り始める。

 

「フゥー、一時はどうなるかと思ったけど、助かったぜ!それじゃあ、俺は納品に行ってくるぜ!」

 

そう言うと、クラインはNPCの下に走っていた。

 

「全く、ホント元気な奴だな・・・」

 

「そうだね・・・ありがとうトウガ、おかげで助かったよ。けど、なんでここに?トウガ達もおせちを狙っているの?」

 

トウガにお礼を言いつつ、ここにいる理由を問いだすハルト。

対するトウガは、一瞬「おせち?」っと首を傾げたが、すぐに首を横に振りながら否定した。

 

「違うさ。俺たちがここに来たのは、絵馬集めのためだ」

 

『絵馬集め?』

 

トウガの言葉に疑問の声を出すハルト達。

 

「そうだ。今、倒したエネミーからドロップする絵馬をたくさん集めると、《はじまりの街》にいる晴着を着たNPCから、色んなアイテムと交換してくれるんだ」

 

「成程・・・」

 

トウガの説明を聞いて、ハルトは納得したかのように頷いた。

すると、今度はトウガが質問してきた。

 

「ところで、お前たちはなんでここにいるんだ?見た感じ絵馬集めが目的じゃなさそうだし、さっきのおせちって言葉は・・・」

 

「あ、うん。実は・・・」

 

ハルトは今自分たちがおせちを手に入れるクエストを受けていることをトウガに説明した。

一通りの説明を聞いて、トウガは納得したかのように頷いた。

 

「お、おぉーーー!!!」

 

すると、向こうからクラインの喜びの声が聞こえてきた。

 

「あいつ、スゲー喜んでないか?」

 

「噓でしょ・・・!?」

 

キリトとアスナが疑問と驚きの声を上げる中、クラインが手に重箱を持ちながら、こちらに向かって走ってきた。

 

「ほら見ろ!!言っただろ、報酬は豪華なおせちだって!!」

 

そう言いながら、クラインは重箱を開け、中に入っている豪華なおせち料理をハルト達に見せる。

 

「凄い・・・本当に豪華だな・・・」

 

「せっかくですし、街に戻って、みんなで食べませんか?」

 

「そうだな。クラインに独り占めさせるわけにはいかないな」

 

「分かってるよそんなことぁ・・・チィ、信頼されてないな俺・・・」

 

コハルとキリトのやり取りを聞いて、落ち込むクライン。

 

「トウガ達も一緒に食べない?」

 

一方、ハルトはトウガの方を見て、一緒におせち料理を食べないか誘う。

 

「・・・いいのか?」

 

「勿論!」

 

そう言うと、ハルトはクラインの方を見る。

ハルトの目を見て、察したクラインは上機嫌になりながら答える。

 

「応よ!せっかくだから、いっぱい人を集めて、皆でどんちゃん騒ぎしようぜ!」

 

クラインの言葉を聞いて、コハルが反応する。

 

「じゃあ、私はお友達を誘って来ますね」

 

「あぁ、頼むよ。ハルトは俺と一緒に空き家を探すのを手伝ってくれるか?」

 

「分かった。それじゃあ、行動開始だ!」

 

ハルトがそう言うと、それぞれが己の役割を果たすため、行動を開始した。

 

 

 

 

「それじゃ、皆の衆!改めて、あけましておめでとう!乾杯!」

 

『乾杯!!!』

 

クラインの掛け声に反応しながら、ハルト達はグラスを打ち付け合った。

宴会にはクエストに参加した面子は勿論、残りの「紅の狼」のメンバーにエギル軍団。更には、サチやリズベットといったハルトとコハルの友達までもが参加していた。

 

「良かったのかな?私、クエストに参加してないのにおせち貰っちゃって・・・」

 

「いいのよ!貰えるモンは貰っとかなくっちぁ!」

 

「そうだよ。それに・・・」

 

リズベットが上機嫌に喋り、その横でコノハがサチに向かって話しかける。

 

「正月は皆でお祝いする行事だから、クエストやったやってない関係無しに皆で楽しもうよ、サチ」

 

「コノハ・・・うん、そうだね」

 

互いに笑い合うサチとコノハ。

 

「「「「(あいつ(コノハさん)、いつの間にあの子と仲良くなったん(すか?)だ?)」」」」

 

一方、一部始終見ていた他の「紅の狼」のメンバーは、自分たちの知らない所でコノハが、知らない女子と楽しそうに会話していることに動揺していた。

そんな彼らをよそに、ハルト達も宴会を楽しんでいた。

 

「そういえば、キバオウやザントは来なかったのか?」

 

「あぁ、誘ったんだが、キバオウさんは『なんで正月からビーターとおせち食べなあかんね!』って。ザントの奴は『興味ねぇ』って言われて断られちまった」

 

「あー、確かにあの二人ならそんな風に言いそう・・・」

 

自身を毛嫌い(最近は少し弱まった)しているキバオウ。基本的に自分と同じソロプレイヤーでボス攻略以外では、団体行動をしないイメージがあるザント。

エギルの言葉を聞いてキリトは、二人がそんな風に言いながら、誘いを断る姿を想像した。

 

「あ!そうそう、人数が多いから、おせちが足りなくなると思って、これを作ったの」

 

そう言いながら、アスナは台所から中に餅や色んな具材が入っているいくつかのお椀をお盆に乗せながら持ってきて、テーブルの上に置いた。

 

「これは・・・お雑煮か!?」

 

「正確に言えばお雑煮もどきね。お醬油などの調味料が無かったから作るのが大変だったけど、そこら辺はコハルと二人で相談しながら、似た味を再現したわ」

 

「コハルと・・・?」

 

アスナの言葉に反応したハルトは、コハルの方を見る。

すると、彼女は顔を赤くしながら、ハルトに向かって微笑んだ。

コハルの笑みが気になったが、ひとまず、アスナから渡されたお雑煮を一口食べてみた。

その瞬間、ハルトは驚き、思わず目を見開いた。

餅もそうだが、具材の一つ一つに味が染み込んでおり、汁も醬油が効いていて、素直に美味しいと感じた。

キリトとエギルも美味しいと感じたのか、箸を進めながらアスナとコハルの方を見た。

 

「こりゃあスゲーな。味も雑煮そのものだぞ」

 

「あぁ、ありがとう、アスナ、コハル」

 

「フフフ、どういたしまして」

 

「代わりに今度ランチを一回おごってよね」

 

素直に返すコハルに対して、ランチをおごってくれっと懇願するアスナに、キリトはため息をつきながらも了承した。

 

「おーい、キリの字ぃ~。ちゃんと食っているか~?」

 

「うわ、酔ってる!?SAOはアルコールで酔うことなんてないのに・・・」

 

仮想世界であるにも関わらず、酔っているクラインにドン引きするアスナ。

 

「安心しろ。おせちの他にアスナとコハルお手製のお雑煮も頂いているよ」

 

「なに!?アスナとコハルのお手製お雑煮だと!?おい、アスナ!俺にも一つくれ!」

 

「はいはい・・・」

 

二人お手製のお雑煮にテンションが更に上がったクラインに対して、キリトとアスナは苦笑いした。

そんな彼らの様子をお雑煮を食べながら見ていたハルトとコハルだったが、コハルがふと笑い出す。

 

「フフフ、最初はどうなるかと思ったけど、楽しかったね」

 

「そうだね。仮想世界の世界の正月なんて始めてだから、どうなるかと思ってたけど、それなりに充実した正月を過ごせて良かったよ」

 

「うん・・・ねぇ、いつか、現実世界でもみんなと一緒に食べれたらいいね」

 

コハルの呟きにハルトは、笑みを浮かべながら頷いた。

いつか、ここにいるみんなで現実世界でも正月を過ごせれることを夢見ながら、彼らは仮想世界での正月を満喫した。




・絵馬集め
当時の作者にとっては、装備があまり整っていないため、かなり苦戦しました。

・リズベット登場
本編に先駆けて登場。実は四層の時にハルト達と出会って、友達になっています。

・いつの間にか仲良くなっているコノハとサチ
このことに関しては、次の番外編で書く予定です。

・コハルの料理スキル
SAOIFでは、詳しく描写されていないが、この小説では、アスナよりちょっと低いレベルです。


SAO_UW14話を見て、思ったこと
・団長ぉーーー!!!(興奮)
・団長ぉ・・・
・団長ぉーーー!!!(号泣)


記念すべき番外編、何とか書きました。
当時の正月イベントの絵馬集めは、マジで難しかったです。
次回もまた番外編です。あとがきで書いてあったように、コノハとサチの出会いの話を書きます。


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迷子の黒猫と内気な木ノ葉

番外編です。
内容としてはキャラクエストの内容となっています。


「ハッ!ハッ!ハッ!」

 

第五層《荒廃の遺跡群》。

今現在、このフィールドで一人の少女が走り回っていた。

立ち止まり、辺りにエネミーがいないことを確認すると少女、サチはその場に座り込んだ。

 

「どうしてこんなことに・・・」

 

座り込んだままサチは、弱々しく呟いた。

きっかけは、第五層がほとんど攻略されたと聞いたこと。

それを聞いた「月夜の黒猫団」は、探索してみようという話になり、第五層に来たのはいいが、第五層の薄暗い雰囲気にサチは慣れず、先を行く他の仲間たちの姿がだんだん見えなくなり、気付いたらサチ一人になっていた。

 

「とにかく、一旦落ち着こう・・・」

 

フィールドの端っこに座り、休憩しようと思ったサチだったが

 

「オォーーー・・・」

 

「ひっ!?」

 

いつの間にか、前方にゾンビ系のエネミーが立っていた。

突然現れたエネミーにサチは、槍を持つことも忘れて、震えていた。

 

「嫌・・・来ないで・・・」

 

必死に願うものの、エネミーはそんなサチの願いも虚しくどんどん近づいてき、遂に攻撃範囲内にまで迫ってきた。

 

「(ああ・・・私、ここで死ぬんだ・・・)」

 

己の死を覚悟し、虚ろな目で自身を攻撃しようとしているエネミーを見るサチ。

エネミーがサチに向かって、手を振り下ろしたその時

 

「オォ!?」

 

「・・・え?」

 

自身の前に立っていたエネミーが、突然驚きの声を上げ、体をポリゴン状に四散させた。

それと同時に、エネミーが立っていた場所に短剣を持った一人の男の子の姿があった。

その子は、自身と同じくらいの年齢っぽい感じで、穏やかな雰囲気に若干子供っぽさを感じるような少年だった。

未だに呆然としているサチに少年は、短剣を腰にある鞘に仕舞いサチの方に歩み寄ると

 

「あ、あのー・・・大丈夫・・・ですか?・・・」

 

少しおどおどしながら、サチに声を掛けた。

 

 

 

 

「紅の狼」は現在、五層のフィールドを攻略していた。

その最中、とあるクエストを受けて、そのクエストは各エネミーからドロップする三つのアイテムを集めるクエストだったが、それらのエネミーが別々の場所にいることが判明。

そこで、「紅の狼」はそれぞれ、トウガ・カズヤペア、ソウゴ・レイスペア、そして、コノハ一人の三組に分けてアイテムを集めることにした。

普段から戦い慣れているコノハは、特に苦戦することなく、アイテムを集め終えて、集合場所に戻ろうとしていたが、その途中、ゾンビ系のエネミーに襲われそうになっている少女を見つけた。

そして、その少女を助け、今に至る。

 

「あ、あのー・・・大丈夫・・・ですか?・・・」

 

元々コミュ障であり、普段からメンバー以外とは話慣れておらず知らない人、ましてや自分と同い年くらいの女子と話すことは、コノハにとって至難の業であった。

そんなコノハの内心を知らず、サチは

 

「は、はい・・・助けてくれてありがとうございます・・・」

 

コノハにお礼を言いながら、立ち上がった。

ある程度落ち着きを取り戻したサチは、コノハの顔を見る。

ショートヘアーの黒髪にどこか可愛らしさを感じる。そんな印象だった。

サチがそんな風に思っていると、コノハが話しかけた。

 

「突然すみません・・・あなたはどうしてこんなところにいたんですか?」

 

「あ、はい。実は・・・」

 

コノハの質問にサチは、ゆっくりと答え始める。

ギルドのみんなと一緒に来たけど、途中ではぐれてしまったこと。仲間たちが中々見つからず、一人フィールドを走り回っていたこと。

ある程度のことを話すとコノハは、「そう・・・」っと言いながら、顎に手を当てていたが

 

「そのギルドの人達と、連絡は取れているの?」

 

「ううん。メッセージをさっき送ったんだけど反応がないの・・・もしかしたら、みんなも同じように迷ってて、メッセージに気付いてないのかも」

 

下に俯きながら話していたサチだが、顔を上げてコノハの方を見ると

 

「あの・・・出会っていきなりで申し訳ないんですけど、私を転移門の近くまで送ってくれませんか?・・・その・・・私、あまり戦えなくて・・・このフィールドのモンスター、みんな幽霊ばっかりだから・・・怖くて・・・」

 

必死そうに頼むサチにコノハは、顎に手を当てながら考える。

自分も今、待ち合わせの最中だ。長くなれば、みんな心配するだろう。

けれども、困っている人を見過ごすことはできないし、先程の光景を見ていて、如何に彼女が戦い慣れておらず、五層のエネミーが苦手であることが分かる。

もし、彼女の頼みを断れば、彼女はまた危険な目に合うかもしれない。

トウガ達には遅くなるっとメッセージを送ろう。そう考えたコノハはサチの方を見て、笑みを浮かべながら喋り始める。

 

「いいですよ。少し待ってください。今、仲間たちにメッセージを送りますから」

 

コノハの言葉にサチが笑顔になる中、コノハはメニューを開いて、トウガ達にメッセージを送った。

メッセージを送り終えると、コノハはサチの方を向いて

 

「それじゃあ、行きましょう。僕はコノハ。えぇっと・・・」

 

「私はサチ。よろしくね」

 

 

 

 

「それじゃあ、コノハもハルトとコハルの友達なの!?」

 

「う、うん・・・一緒にボス攻略にも参加したりしているよ」

 

いつの間にか、敬語じゃなくなったサチの言葉にコノハは、おどおどしながらも答える。

 

「そっか・・・二人は凄いね。今でも必死に戦っていて・・・私もみんなの役に立ちたいっと思っても、怖くて体が動かない時があるんだ・・・」

 

弱々しく喋りながらサチは、自身のことを語り始める。

 

「私のギルド「月夜の黒猫団」って言って、同じ高校のパソコン研究会のメンバーで結成されたギルドなんだけど、みんな攻略組に参加したいと思っていて、必死に強くなろうとしているんだ・・・でも、私、怖がりだから、いつもみんなの足を引っ張ってしまうんだ・・・」

 

「・・・サチさんの気持ち、少し分かる気がする。僕も同じだったから・・・」

 

コノハの言葉にサチは、驚きながらコノハの方を向いた。

 

「コノハも昔は戦えなかったの?」

 

「うん、デスゲームが始まった時、最初は現実を受け入れられなくて、ずっと泣いていたよ・・・しばらくして、みんなこの世界を出ようと武器を取り始めて、僕も少しでもみんなの役に立とうとフィールドに出たんだけど、もし、この世界で死んだら現実でも死ぬっと思うと中々戦う勇気が出なくて・・・」

 

どこか悲哀そうな表情で語るコノハだが、「でも」っと言いながら

 

「そんな時、僕たちのリーダー、トウガ君が言ったんだ。「戦えなくてもいい。けど、この世界で後悔するようなことはしないでくれ。今、俺たちに必要なのは戦う勇気じゃない、この世界に立ち向かう勇気だ」って」

 

「立ち向かう勇気・・・」

 

「そう、立ち向かう勇気。その以来、エネミーを前にしても自然に体が動くようになったんだ。もちろん、今でも怖いと思うことはあるよ。でも、何もしないでいつの間にかみんながいなくなったしまう方がもっと怖い。そう思うと、勇気が出てくるんだ。この世界に立ち向かおう、この世界にだけは負けたくないって」

 

コノハの言葉の一つ一つに、彼のこの世界での決意をサチは感じた。

 

「強いねコノハは・・・小さい頃に通学中に毎朝会う野良猫がいたの。人懐っこくて、毎日なでなでしてたんだけど、ある日、急にいなくなったの。後から聞いたら、交通事故にあって天国に行っちゃったんだ・・・」

 

自身の過去を語り始めるサチをコノハは、黙って見た。

 

「当たり前だけど、その猫とはもう二度と会えなくて、いなくなるってこういう事なのかな、って思ったんだ・・・だから、さっきコノハに助けてもらうまで、私もあの猫みたいにいなくなっちゃうのかな、って思っちゃった・・・」

 

下に俯きながら話していたサチだが、「でもね」っと言いながら上を見上げる。

 

「コノハに助けてもらった時、いなくならなくて良かったって、すっごく安心したんだ」

 

「サチさん・・・」

 

サチの笑顔を見たコノハは、改めて助けることができた良かったっと安堵した。

 

「それに、声を掛けてくれた時のコノハは、神様みたいに見えたんだよ!」

 

「・・・大袈裟だよ・・・」

 

顔を赤くしながら、どこか照れくさそうに呟いたコノハだったが

 

「!?下がってサチさん!!」

 

「きゃっ!!も、モンスター・・・」

 

突如サチの後ろに現れたエネミーに気が付き、慌ててサチに向かってきた攻撃を防いだ。

辺りを見渡してみると、いつの間にか二人の周りにはいくつかエネミーがいた。

 

「戦おう!サチさん!」

 

コノハが短剣を持ちながらサチに呼びかけるが、サチは背中にある槍を持たず

 

「だ、ダメ・・・体が・・・動かないの・・・怖くて・・・」

 

震えながら、その場に突っ立っていた。

そんなサチの様子にコノハは大声で叫んだ。

 

「大丈夫!あなたは絶対に生き残れる!!言いましたよね!大切なのは戦う勇気じゃない、立ち向かう勇気だって。だから!どんなに怖くても、諦めることはしないでください!!」

 

「!!」

 

コノハの言葉を聞いたサチは、未だに震えていたが手に槍を持ち

 

「うん、怖がってばかりじゃダメだよね。私、頑張るね。そして、絶対に生きてみんなのところに帰ってみせるよ!」

 

力強く喋りながら、槍を構えた。

サチの決意を聞いたコノハは笑みを浮かべると

 

「それじゃあ、僕が前に出て、敵にヘイトを向けるので、その隙に槍で攻撃してください」

 

「う、うん!」

 

サチに指示を出しながら、前方にいるゾンビ系のエネミーに向かって走り出すと

 

「やぁーーー!」

 

<スライス>で攻撃をした。

ゾンビは攻撃されたことで、攻撃した人物であるコノハの方を見たが

 

「スイッチ、サチさん!」

 

「こ、これで!」

 

ゾンビの後ろに近づいてきたサチが<ウィンド・シャフト>で攻撃をするとゾンビは、そのままポリゴン状に四散した。

 

「ナイスです、サチさん!この調子で行きましょう!」

 

「うん、任せて!」

 

そんな感じで二人は、連携していきながら次々とエネミーを倒していったがエネミーの数が多くて、中々終わりが見えないでいた。

そして、いつの間にか、二人の距離がたいぶ離れてしまった時

 

「オォーーー・・・」

 

「ひっ!?」

 

一体のエネミーがサチの方に近づいてきた。

 

「しまった、サチさん!」

 

コノハが慌てて向かおうとしたが、周りのエネミーに阻まれて来ることができない。

 

「ああ・・・ああぁ・・・」

 

先程と同じように、エネミーを前に震えるサチ。

このまま何もできずに、いなくなってしまうっと思ったその時、ふと、コノハの言葉を思い出した。

 

’大切なのは戦う勇気じゃない。立ち向かう勇気’

 

「はっ!(そうだ・・・私はこの世界に来てからずっと逃げていた。でも、ここで立ち向かわないと、私は前に進めない。SAOとも向き合えない・・・だから・・・)」

 

エネミーがサチに向かって攻撃したその時、サチは持っていた槍でモーションをし

 

「(絶対に逃げない!)やぁーーー!」

 

<コンヴァージング・スタブ>でエネミーに向かって攻撃した。

サチに攻撃が届く前に、強力なソードスキルの一撃を食らったエネミーは、後ろに跳び

 

「はぁ!」

 

その後ろから、コノハに短剣で斬られ、四散した。

エネミーが倒したのを確認したコノハは、そのままサチの手を掴み

 

「一気に突破します!こっちです!」

 

「う、うん!」

 

包囲網を突破し、転移門まで走った。

 

 

 

 

「なんとか、なりましたね・・・」

 

転移門の近くにたどり着いたコノハは、疲れたように話し始める。

一方、サチは申し訳そうな顔をしながら

 

「ごめんなさい、足を引っ張っちゃって・・・」

 

「そんなことですよ。スイッチのタイミングを合わせてくれたし、隙をついて攻撃してくれたおかげで、とても助かりました」

 

そんな感じでコノハはサチをフォローすると、サチは「そ、そうかな・・・」っとどこか嬉しそうに喋った。

 

「それに、最後の攻撃、中々良かったです」

 

「・・・実は、最初はいなくなるんじゃないかって思って動けなかったんだ。でも、コノハの言葉を思い出して、きちんと立ち向かわないと変われない、逃げちゃだめだって思って、一心不乱に攻撃したら、上手くいって良かったよ。ありがとう、コノハ。私、少しはこの世界に立ち向かう勇気を持てるようになったよ」

 

「・・・お役に立てて何よりです、サチさん」

 

お礼を言うサチに、笑みを浮かべながら返したコノハだったが

 

「ところで、別に敬語で喋らなくていいよ。後、名前もサチって呼んで欲しいな・・・」

 

「えぇ!?」

 

突然のサチの頼みにコノハは、慌てながら首を横に振る。

 

「だ、ダメですよ!サチさんは高校生で、僕はまだ中学生ですよ。いくらゲームの中とはいえ、先輩にため口はできませんよ!」

 

「大丈夫だよ。年もそんなに変わらないし、コノハ、すっごく頼りになるから」

 

頼りになるっと言う言葉を聞いて、少し顔を赤くしたコノハ

今まで年上の女子にそんなことを言われたことはなかったため、恥ずかしかった。

そんなコノハの様子にサチは、困ったような表情で再度頼み込む。

 

「ダメ、かな?」

 

「わ、分かったよ・・・」

 

観念したコノハは、「ふぅー」と深呼吸をすると

 

「サチ・・・」

 

そっとサチの名前を呼んだ。

何とも言えない空気が二人の間に広がったが

 

「ご、ごめん・・・やっぱり、恥ずかしい・・・」

 

「え!?い、いや・・・私の方こそ無理言ってごめんなさい・・・」

 

どこか羞恥心に見舞われたコノハは、顔を赤くしながら謝った。

対するサチも自分から呼び捨てにするように言っておいて、何故か顔を赤くしながら謝ったが、やがて、二人は互いの赤くなっている顔を見合わせると

 

「「フフフッ!!」」

 

互いに笑い合った。

 

「ねぇ、コノハ」

 

互いの笑いが止んだところでふと、サチが話しかけてきた。

 

「あの時コノハが言ってくれたよね。「大切なのは戦う勇気じゃない。立ち向かう勇気」って、それを聞いて、絶対に生き残ってみせるって思ったら、自然と勇気が出たんだ」

 

そう言いながら、サチは笑顔になり

 

「助けてくれてありがとう、コノハ」

 

コノハに向かってお礼を言うと、転移門に向かって去っていった。

やがて、サチの姿が見えなくなり、薄暗い光景だけが残ったが

 

「・・・僕も帰ろう」

 

とりあえず、今日のことはみんなには内緒にしよう。

そう思いながら、コノハは今頃みんなが待っているであろう場所に戻るのであった。




・実は高校生のサチ
本編でもキリトより年上という事実。

・<スライス>
短剣の星3スキル。中々の強さで、星4が揃ってなければ、使うこともある。

・<ウィンド・シャフト>
槍の星1スキル。星1ということもあって、簡単に手に入る。

・呼び捨てで呼んで欲しいサチ
まぁ、キリトも呼び捨てで呼んでたし、サチがそんな風に思っても違和感ないよね。


SAO_UW15話を見て思ったこと
・お前ら結婚しろ
・サトライザーの変態っぷりパネェ・・・
・韓国の人ガンバ!


番外編何とか書き終えました。
こんな感じで、これからも番外編はイベントストーリー、或いは、オリキャラと原作キャラの話を書いていきたいと思います。
次回は七層編です。
あの吟遊詩人が登場します。お楽しみに。


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ep.13 謎の吟遊詩人

七層編です。
ユウキやリーファがいないため、SAOIFと内容が若干変化しています。



六層での激闘を制したハルト達は七層へ降りた立った。

辺りは木々が生い茂ており、空を見上げると雨が降り注いでいた。

 

「随分と雨が降るね」

 

「SAOの中って雨に降られて風邪をひいたりするのかな?」

 

「うーん、体温の低下で状態異常になることなんてなかったし、心配ないと思うよ」

 

そもそも、SAO内で風邪を引くことなんてあるのか。

そんな風に思っていると、声を掛けられる。

 

「よう、久しぶりだな。第六層のボス攻略では大活躍だったそうじゃないか」

 

「エギルさん!こんにちは。大活躍だったなんて、そんなことないですよ。何もかも上手くいった訳じゃないですし・・・」

 

こちらに声を掛けてきたエギルに返事したコハルだったが、表情を暗くする。

ハルトもまた、背中に背負っている片手直剣に手を当てながら、暗い表情をしていた。

 

「ああ、聞いたぜ。色々あったみたいだな。だが、お前らはよく戦った。それは誇っていい事実だ」

 

表情を暗くした二人にエギルがフォローを入れる。

ここで、第六層のボス攻略で何があったのか説明しよう。

六層の攻略を順調に進めていたハルト達は、エルフクエストの報酬に《精霊錫》というアイテムを手に入れた。

その《精霊錫》を使ってハルトは、一緒にクエストを攻略したリズベットに剣の作成を依頼し、ハルトは新しい剣を手に入れた。

新しい剣でボス攻略に挑んだハルト達は、何とか六層のボスを攻略をしたが、一つ問題が発生した。

なんと、ALSの例の男(オレ、俺知ってる!の人)が、自分たちがボス攻略に苦戦したのは、五層の時にフラッグを渡さなかったハルト達のせいだっと文句をいい、ハルトに対しても、倒せたのもハルトがレア武器を手に入れたからだろ、特別な報酬を貰っていい気になりやがってっと言い、ハルトを非難した。

当然、アスナやコハルは反論したが、男は言いがかリを超えるような発言を次々とし、場はヒートアップしていった。

そんな時、キリトが自身の持っている《精霊錫》を攻略組に渡すと提案し、更に次の七層のボス攻略にキリトは参加しないということでこの場は丸く収まった。

だが、場を収めるためにキリトを犠牲にしてしまったハルト、コハル、アスナはやるせない気持ちのまま、ボス部屋を出た。

 

「どんなことがあっても、お前たちはお前たちの信じる道を選んだんだ。なら、前を見ろ。その剣を作った奴だって、お前たちをこんな風にさせるために作ったわけじゃないんだから」

 

「・・・ありがとう、エギルさん」

 

エギルの気遣いに礼を言うハルト。すると、新たに声を掛けられる。

 

「どちらにせよ、今のALSとDKBの関係はあまり良くないんだ」

 

声がした方を向くと、五層のボス攻略で共に戦ったDKBの幹部、シヴァタであった。

 

「シヴァタ!久しぶり」

 

「ああ、第五層のボス攻略以来だな」

 

「私もいますよ」

 

「その声はリーテンさん!でも、どこに?」

 

シヴァタに続いてリーテンの声が聞こえたが、姿が見えず、コハルが疑問の声を出すと

 

「ここです!いくら二人が大きいからといって、影に隠れるほど小さいつもりはありませんよ!」

 

二人の後ろからリーテンがひょっこり現れた。

久しぶりに再会した友達に喜ぶハルトとコハルであったが、すぐさま、シヴァタの言っていたことについて聞く。

 

「ところでシヴァタ。ALSとDKBの関係が良くないってどういうこと?確かに第六層のボス攻略の後にもめたけど」

 

「ああそうだな。お前たち、第六層のエルフクエストで手に入る《精霊錫》てアイテムは知っているよな?」

 

シヴァタの質問に頷くハルト。自身の剣を作る際に素材として使ったから、忘れるはずがない。

そして、キリトが二つのギルドの衝突を抑えるため、譲ったことも・・・

 

「実はそのアイテムはある条件を満たさないと手に入らないアイテムでな。しかも、一度クエストをクリアすると、同じクエストを受けることができないから、二度手に入らないんだ。だから、キリトが譲った《精霊錫》はとても貴重なアイテムで、どう使うか二つのギルドで話し合ったけど、結構揉めちまってよ・・・」

 

「そもそも、二つのギルドが一つのアイテムを分け合うのは無理がありますからね」

 

「しかも、インゴットしようにも、七層のNPC鍛冶屋だと扱えねぇみたいでな」

 

シヴァタの説明にリーテンとエギルが付け足すように喋った。

 

「NPCじゃ扱えないってことは、プレイヤーの鍛冶屋なら可能ってこと?実際、リズベットはこの剣を作ることができたし・・・」

 

「え!?リズベットさんが!?」

 

「ほう、その剣はスミスの嬢ちゃんが作ったのか・・・腕を上げたな」

 

ハルトから発せられたリズベットの言葉に反応したリーテンとエギル。二人共、リズベットと面識があるのだろうか。

そんなことを思っている中、リーテンが「ですが」と話し始める。

 

「もし、鍛冶屋のプレイヤーが《精霊錫》を使って、武器を作るのを失敗したら、そのプレイヤーは二つのギルドから責められることになります」

 

「成功したらしたらで、どっちのギルドが使うかで揉めちまうしな。状況は最悪だ」

 

シヴァタが悪態づきながら喋った。

失敗しても成功しても二つのギルドの仲を修復するのはほぼ不可能な状況であった。

 

「そこで解決するのがコルだ」

 

「「コル?」」

 

エギルの言葉に二人が疑問を漏らす中、リーテンが説明する。

 

「話し合いの結果、二つのギルドが共同でオークションを開催して、それで手に入ったお金を山分けしようということになったんです」

 

「《精霊錫》の他に二つのギルドで余っている武器や装備も一緒に売り出すから、たくさんのコルが手に入るぜ」

 

「勿論、目玉商品は《精霊錫》だが、さっきシヴァタが言った通り、特定の条件を満たさないと手に入らない貴重なアイテムだから、白熱すると思うぜ」

 

三人の説明に納得したかのように頷いたハルトとコハル。

 

「正直、いきさつを考えると複雑ですけど、オークションが盛り上がるのはいいことですよね?」

 

「それは勿論。お金がたくさん入りますし、二つのギルドにとってもいいことだと思います。でも、キリトから奪い取った物を当然のようにするのは良くないと思います。だから、私は正々堂々とオークションを勝ち取って、《精霊錫》をキリトさんにお返ししたいと思っています」

 

「けどよ、ALSのりっちゃんが表立って動くのはマズいし、DKBの俺も同じだ」

 

「そこで、代理人として俺が出ることにしたんだ」

 

そう言って前に出るエギル。

ある程度は理解した二人だったが、一つだけ不安要素があった。

 

「エギルさんがオークションに出るのは分かりました。でも、目玉商品なら、きっと高価が付きますよね?そんな大金、準備できているんですか?」

 

コハルの質問は最もだ。

目玉商品ということは、それなりの値段が来るはずだ。

たとえ、《精霊錫》を狙っていたとしても、買えなければ意味がない。

コハルの質問にリーテンが答える。

 

「そこら辺は大丈夫です。返還に賛同してくれた私とシヴァの仲間から資金を工面しました。後はエギルさんが出資してくれるみたいです」

 

「まあ、俺はそろそろ商売人を始めるつもりでな。その第一歩として《精霊錫》を競り落としたっていう実績を手に入れるために、キリトに返す前に二週間くらいレンタルさせて貰うことで取引しただけだ」

 

「・・・ちゃっかりしてるね」

 

出資してくれたと聞いて、いいとこあるじゃんと思っていたハルトの目が呆れに変わった。

 

「とまぁ、この二人とはこういう事情で一緒に行動しててな。どうだ?お前らにも見返りを用意するから、資金集めに手伝って欲しいんだが」

 

エギルの申し出に断る理由なんてなかった。

キリトは自身を犠牲にしてまで、自分を助けてくれた。なら、今度は自分がキリトを助ける番だ。

エギルの申し出に頷くと、エギルは一つ依頼した。

 

「それじゃあ、ここいらに出るエネミーからドロップする素材を20個ぐらい集めてくれ。俺たちもその間、クエストで資金を集めているからよ。頼んだぜ」

 

 

 

 

フィールドに出た二人はしばらくエネミーを狩って、素材集めをしていた。

 

「13、14、15・・・後、5つだよコハル」

 

「うん・・・」

 

どこかぎこちない様子で返事するコハル。

先程から、元気がない様子のコハルにハルトが声を掛ける。

 

「どうして二つのギルドは仲良くできないんだろう。そう思っているコハルの気持ち、少し分かるよ。でも、エギルさんも言ってたけど、今は前に進まないと」

 

「うん、分かっている。でもね、最近思うんだ。あの人たちは、この世界に囚われていることを忘れてしまっているんじゃないかって・・・」

 

コハルの言葉にハルトは、返すことができなかった。

最近の攻略組の行動はどこか過激なところが多い。

ALSはギルドフラッグを独占しようと、DKBに内緒でボス攻略に挑んだり、DKBにも最近、他のプレイヤーに過激な行動をする輩が増えているとシヴァタから聞いている。

今回のことも、キリトから奪い取った上、どちらが《精霊錫》を手に入れるのか揉めてしまい、最終的にはオークションという形で収まったが、未だに仲は良くない。

そんな両ギルドの関係で悩んでいると新たに声を掛けられる。

 

「よぉ、久しぶりだな」

 

「!?ザントさん!五層以来ですね!」

 

二人に声を掛けた人物、ザントは二人の方に歩み寄ってきた。

ザントに反応したコハルやそれを見ていたハルトも少し表情が緩んだが

 

「どうしたんだぁ?馬鹿みてぇに考えているような顔してよぉ?」

 

ザントの言葉に思わず、下に俯いてしまうハルトとコハル。

やがて、顔を上げた二人は、ザントにある程度の出来事を話した。

 

「なるほどなぁ、俺が参加してねぇ時に・・・ただの馬鹿かと思ってたが、多少の知恵はあるようだなぁそいつ」

 

両手剣の熟練度上げのために、六層のボス攻略に参加していなかったザントは、その時の出来事を聞いて、その出来事を引き起こした例の男に対して、自分がいない時に問題を起こしたことに笑みを浮かべながら賞賛していた。

 

「んで、キリトから奪い取った《精霊錫》ってアイテムを猿共から取り返すために、てめえらはコルを稼いでいるっと」

 

「ま、まぁ、そんな感じです」

 

若干トゲのある言い方に少し戸惑いつつ、言葉を返したハルト。

すると、コハルがザントに懇願する。

 

「あの!私たち《精霊錫》を必ず取り返せないといけないんです。力を貸してくれませんか?」

 

「てめぇらにか?力を貸して、俺に何の得があるんだ?」

 

ザントの言葉に言葉を詰まらせるコハル。

報酬になりそうなアイテムは持ってないし、コルも自分たちの持ち金が今のところ少ないため、大した金額を出すこともできない。

けれども、コハルは真剣な表情で頭を下げると再度、懇願した。

 

「身勝手なお願いだと分かっています。大したお礼も出すことはできません。けど、六層の時、私たちはキリトさんに守られました。だから!《精霊錫》を必ず取り返して、六層の時に守ってくれたキリトさんに恩返しがしたいんです!お願いします!」

 

「僕からもお願いします」

 

コハルに続いてハルトも頭を下げる。

それを見たザントは、「はぁー」とため息を吐くと

 

「仕方ねえ。手を貸してやるよ」

 

「!?ありがとうございます!」

 

ザントの肯定の言葉にコハルは、笑顔になりながらお礼を言った。

それに対してザントは

 

「勘違いするなよ。その《精霊錫》ってアイテム、よほどレアなんだろ。雑魚共に渡すぐらいなら、強ぇ奴に渡した方が攻略が進むと思ったからだ」

 

どこかツンデレみたいな発言をして、それに対して笑顔で返すハルトとコハルであった。

そんな二人の様子をよそに先に進もうとしたザントだったが

 

「さてと、そんじゃあ、早速行こうかぁ・・・といきてぇところだが・・・」

 

ふいに両手剣を取り出し

 

「出てこいよ。盗み聞きとは随分と趣味が悪ぃことしやがって」

 

近くの木に向かって、剣を向けながら喋った。

すると、木の影から一人の男が姿を現した。

 

「驚いたよ。気配は隠していたつもりなんだけど」

 

赤い髪に整った顔つきで絵に描いたイケメンのような青年だった。

 

「あのーあなたは?」

 

「僕はリュール。吟遊詩人さ」

 

「詩人だぁ?ただの詩人がそんな高い<隠蔽>スキルを持っているわけねぇだろ」

 

リュールと名乗る青年に未だに警戒しながら、真面目な表情で問うザント。

そんなザントに対してリュールは、表情を変えずに喋り始める。

 

「なぁーに、僕は臆病だからね。不要な戦いを避けるために<隠蔽>スキルを極めているだけだよ。君たちのことは知っているよ、ハルトにコハル。そして、噂の《狂剣士(きょうけんし)》君」

 

「「《狂剣士》?」」

 

《狂剣士》の言葉に疑問に思った二人は、ザントの方を向くと

 

「下の雑魚共が勝手に付けた二つ名だ。別になんて呼ばれようが興味ねぇよ」

 

興味なさそうな雰囲気で答えた。

しかし、未だに剣を降ろすことなく、更に問いだす。

 

「んで、隠れることしか能のねぇてめえは、何でこいつら二人の名前を知ってんだ?」

 

ザントの質問は最もだ。

自分たちは彼と会うのは始めてで、名前すらも教えていない。

それなのに、何故、彼は自分たちの名前を知っているのだろうか。

そんな疑問が頭に浮かぶ中、リュールが答える。

 

「君たちの活躍は下で結構聞いているからね。特にハルトとコハル。二人の顔は写真でも見たことあるから、すぐに分かったよ」

 

「写真!?そんなものがあるんですか!?」

 

リュールの言葉にコハルが、驚きながら反応する。

デスゲームが始まってから、写真を取ったことは一度もなかったから、写真が出回っているという事実にハルトも反応はしなかったが、内心は驚いていた。

そんな二人を他所にザントは、笑みを浮かべながら思い出したかのように喋った。

 

「そう言えば、何回か俺の後ろをつけてる馬鹿がいたな。まぁ、捕まえて、少しばかりOHANASHIしてやったら、面白れぇ表情をしながら逃げていったがな」

 

「・・・なるほど。君の写真がなかった理由が分かったよ・・・」

 

ザントの言葉を聞いて、少しドン引きしながらも納得したリュールは、咳払いしながら続きを喋る。

 

「とにかく、君たちには熱狂的なファンがいて、静止画を残すことができる《記録結晶》で隠し撮りされてた君たちの顔を見たから、僕は君たちのことを知っていたんだ」

 

リュールの説明に納得した二人だが、表情は未だにすぐれない。

 

「・・・隠し撮りされているなんて、気分が良くないです・・・」

 

「ボスを倒して人気者になるのは嫌なのかい?世界を救ったヒーローとして賛辞を浴びたくないのかい?」

 

「くっだらね。雑魚共に賞賛されても、一ミリも嬉しかねぇよ」

 

どこか小馬鹿にしながら、興味なさそうに吐くザント。

そんなザントに少し顔を歪めたリュールは、ハルトの方を見るとハルトは、真剣な表情で答える。

 

「・・・一つ言いますけど、僕らは誰かに褒めて貰うために戦っているわけじゃない。後悔しないために戦っているんだ」

 

ハルトの真剣な答えにリュールは、「へえー」と笑みを浮かべると

 

「・・・君たちなら、僕の期待に答えられそうだ。・・・これからの活躍を楽しみにしているよ。それじゃ、また会おう。・・・すぐにね」

 

そう言いながら、森の奥へと消えていった。

 

「何だったんだ、あいつ・・・」

 

どこか気に入らない表情でそう吐くザント。

その隣でコハルが、ショックを受けたような表情で喋る。

 

「私たちの写真が知らない人たちに出回っているなんて・・・」

 

「リアルだったら、犯罪だよ、全く・・・」

 

ハルトもまた、隠し撮りされているという事実に怒りを感じていた。

いくら、ゲームの中といい、やっていい事と悪い事がある。

二人が隠し撮りのことに悩んでいる中、ザントが話しかける。

 

「今はとりあえず、目の前のことに集中しろ。隠し撮りなんてしてる馬鹿なんざ、後でいくらでもボコれるだろ」

 

そう言いながら、先に進むザント。

それを見た二人も、今はオークションに勝つべく、クエストを再開するのであった。

 

 

 

 

「なるほど、そんなことが・・・」

 

エギル達と合流したハルトは先程の出来事を話した。

 

「女の子の写真を隠し撮りして見せびらかすなんて、人として信じられません!もし、見かけたら抗議します!」

 

女子であるリーテンは、隠し撮りされているという事実に腹を立てていた。

 

「とりあえず、今はオークションに集中しようぜ。集めたアイテムを換金してくるから、少し待ってくれ」

 

ひとまず、オークションに専念することにしたエギルは、渡されたアイテムを換金するべく、NPCの所に向かった。

しばらくすると、エギルが戻ってきて、手に入れたコルを見せた。

 

「やっぱり、これだけの人数がいると、効率がいいですね!これなら、《精霊錫》を競り落とせそうですね」

 

手に入れたコルの金額に喜ぶリーテンに対して、エギルはあまり浮かない表情で返す。

 

「それで上手くいけばいいんだが、今回のALSとDKBの共同開催を甘く見ない方がいいぜ」

 

「共同開催だと何か問題があるんですか?」

 

コハルの質問にエギルは、腕を組みながら答える。

 

「今回のオークション。NPCでも扱えない《精霊錫》を公平に扱えないから、開催された。だが、プレイヤーの中には、十分な鍛冶スキルを持っている奴もいるはずだ。《精霊錫》を手に入れた奴がボス攻略までに強力な武器を手に入れないって保証はどこにもない」

 

「そうか!今回のオークションはALSとDKBは参加してはいけないってルールがないから、もし、どちらかのプレイヤーが手に入れて強力な武器を作成できたら、そのギルドは有利になってしまう」

 

「それに、共同開催だからな。たとえ、大量のコルをつぎ込んでも、どちらかに所属していれば、半額は戻ってくるから、みんな、かなりつぎ込んでくると思うぜ」

 

エギルの説明に補足するハルトとシヴァタ。

二人の説明を聞き、リーテンが浮かない表情で喋る。

 

「実は、今のALSの状況はあまり良くないんです。五層でギルドフラッグを手に入れることができなかったのは、最精鋭部隊が弱腰だからって批難する人たちがいて・・・」

 

「まさか・・・強引に奪い取るべきだって意見が・・・」

 

コハルの言葉に頷くリーテン。

その横でシヴァタが付け足すように喋る。

 

「DKBも似たような考えの奴らがいっぱいいやがる。特に第五層でALSに出し抜かれたことで、今回のオークションはガチでくると思うぜ。《精霊錫》を競り落としてALSを出し抜こうって理由でな・・・」

 

「マジかよ・・・SAOがゲームである以上、トッププレイヤーやトップギルドになりたいって気持ちはゲーマーの本能とはいえ、流石に限度を超えてるぞ」

 

「フロアボスを倒すことよりも、相手より上に立つことを目標になっているんですね・・・」

 

リーテンの言葉で場は一気に沈黙と化したが

 

「くっだらね」

 

それを破るかのようにザントが喋った。

 

「結局はまともに戦いもしねぇ雑魚共がイキがってるだけじゃねか。マジでくだらねぇー。つか、オークションなんていらねぇだろ。その雑魚共がいる限り、二つのギルドが仲良しごっこの関係になるなんざ百パーセントありえねぇだろ」

 

どこか憐れんでいる感じで喋るザントにリーテンが、焦りながら話しかける。

 

「で、でも!ザントさんは手伝ってくれたじゃないですか!」

 

「勘違いするなよ。お前らのためでも、あの雑魚共のためじゃねぇ。あいつらを図に乗らせれば、この先の攻略なんて一生できなくなるからな。ましてや、人のアイテムを奪っておいて、自滅し合っている救いようのねぇ馬鹿集団を助けるなんざ反吐が出る」

 

相変わらず攻略組を馬鹿にしながら喋るザントにシヴァタが反応する

 

「おい、流石に言い過ぎなんじゃないか。確かに今回の一連の原因は俺たち攻略組にあるけど、あいつらだって好きであんなことをした訳じゃ・・・」

 

「ああ。馬鹿を馬鹿て言って何が悪ぃんだ?救いようのねぇ奴らを擁護したところで、それは結局、てめえの自己満足だろうが」

 

「な!?」

 

「俺はな、'個'では弱ぇくせに'団'になると、自分は強い団に所属している。だから、強いなんて言う奴が死ぬほど嫌いなんだよ。てめえらはどうなんだ?弱ぇくせに口だけはいっちょ前の雑魚が自分の前に現れてみろ。反吐が出るだろ?」

 

『・・・・・・』

 

ザントの言葉に何も言い返せずにいると

 

「そこまでにしておけ。この世界には色んな人間がいて、全員が同じ考えを持っているわけじゃないんだ」

 

エギルがザントを止めた。エギルを見たザントは、これ以上は話す必要ない的な顔で黙り込んだ。

ザントが喋るの止めたのを確認するとエギルは、ハルト達の方を向いて喋り始める。

 

「みんな、それぞれ思うところはあるかもしれない。けどよ、少なくとも同じ目的でここにいるのは確かだ。なら、喧嘩する暇があるなら、オークションに向けて少しでもコルを稼ぐ。そうだろ?」

 

エギルの言葉に頷くハルト達。

 

「それじゃあ、行動再開と行こうぜ。俺たちはもっと効率のいいクエストがないか調べてくるから、お前らは引き続き同じクエストをやっておいてくれ」

 

エギルの言葉を最後にハルト達は、行動を再開した。

 

 

 

 

「これで、全部だね」

 

「エギルさんに報告しよう」

 

一通り素材を集めたハルト達。

エギル達のところに向かおうとしたその時、誰かが言い争っている声が聞こえた。

声の正体はALSの男とDKBの女であった。

 

「ALSとDKBの人が喧嘩しているよ。どうしたんだろう・・・」

 

コハルがそんな疑問を言うと

 

「大変なことになりました・・・」

 

リーテンが困ったような顔をしながら呟いた。隣にいるシヴァタやエギルも同様だった。

 

「何が起きたの?」

 

「はい。実はあの人たち、アルゴさんの攻略本を買ったんです」

 

「アルゴはコルさえ払えば、情報を渡すからな・・・」

 

ハルトの問いにリーテンとシヴァタが困ったように答える。

この調子でいけば、この辺の狩り場は攻略組に独占されるとのこと。

 

「仕方ねぇ、この辺のクエストは諦めて、別の場所を探すしかねぇな」

 

エギルが渋々言う。

下手に攻略組と騒ぎを起こせば、攻略どころか最悪、攻略組を敵に回してしまうかもしれない。

そう考えたハルト達は移動しようとしたが

 

「あれ?ザントさんは?」

 

コハルがザントがいないことに気付き、それに気付いたハルト達も辺りを見渡していると

 

「おい、邪魔だ雑魚共」

 

「「!?」」

 

いつの間にか、言い争っていたALSとDKBのプレイヤーのところにいて、場所を退くように威圧していた。

殺気をも含まれている威圧に二人共、ビクッとなったが、すぐにDKBの女が言い返す。

 

「な、何なのよあんた!いきなり出てきておいて、邪魔だなんて!私は・・・」

 

「おい、馬鹿!こいつ《狂剣士》だ!」

 

「!?」

 

ザントに文句を言っていたプレイヤーだったが、隣にいたALSのプレイヤーから放たれた《狂剣士》の言葉に言葉を止める。

女は第二層のボス攻略に参加していなかったため、噂でしか聞いていないが、《狂剣士》とは言葉通り狂ったような戦いをする剣士であり、平然とプレイヤーを斬るという。

そんな、危険人物に等しい剣士が今、目の前いる。しかも、殺気を出して。

さっきまで、威勢よく喋っていた女は、恐怖ですっかり固まってしまった。男の方も同じように固まっている。

そんな彼らにザントは更に殺気を出し

 

「ここは、フィールドだ。戦う気もなく、ただ、ベラベラとうるせぇ雑音を流し続けてんじゃねよ。これ以上、雑音を流し続けるつもりってなら」

 

そう言いながら、背中の両手剣に手をかけ

 

「この場でエネミーごとてめぇらをぶった斬ってやろうか!あぁ!」

 

「「ヒイイイーーー!!」」

 

先程まで喧嘩していた男女は、恐怖で逃げ出した。

 

「チッ、口だけの雑魚が・・・」

 

逃げていく様子を眺めながら吐くザント。

すると、一部始終見ていたハルト達が近づいてき、エギルが戸惑った表情でザントに話しかける。

 

「おい、ザント。流石にそれはマズイだろ。下手に攻略組と揉め事を起こしたら・・・」

 

「さっきも言っただろ。俺は弱ぇくせに、口だけはいっちょ前の奴は嫌いだって。あんな雑魚共にイキられるぐらいなら、この場で消した方がマシだ」

 

「ザントさん・・・」

 

ザントの言葉に不安そうな表情で見るコハル。

そんなコハルの様子にザントは、舌打ちすると歩き始めた。

 

「お前らとは、一旦別れた方がいい。俺と一緒にいたんじゃ、お前らに迷惑がかかる。この辺のクエストは俺がやっといてやるよ。お前らは別の方法でコルを集めておけ」

 

そう言いながら、ザントは去っていった。

 

『・・・・・・』

 

残ったハルト達はザントが去っていった方向を黙って見続けていたが

 

「なるほど、噂通りの狂いっぷりだね」

 

『!?』

 

新たに聞こえてきた声に反応し、振り向くと先程の青年、リュールがいた。

 

「やぁ、騒がしいと思って来てみれば、早速の再会だね」

 

「あなたはさっきの・・・リュールさん」

 

「あなたが隠し撮りしていた人ですか?」

 

こちらに話しかけてきたリュールに普通に対応するコハルに対し、先程の隠し撮りのこともあってか、警戒心を持ちながら問いかけるリーテン。

 

「誤解しないでくれ。僕はその写真を見たことがあるだけだよ。それに、いくら僕がロマンを追い求める人間でも、会ったことのないプレイヤーの隠し撮りなんてできないよ」

 

どこか軽い感じで答えるリュール。

そんなリュールの態度がお気に召さなかったのか、エギルが少し怒気を含んだ表情で話しかける。

 

「・・・見ての通り、この辺りは殺気立った連中が多い。観光のつもりならやめておいたほうがいいぞ」

 

「ご忠告、感謝するよ。でも、僕は安全地帯から見学する観光客と違って、このフィールドを一人で回れるくらいのレベルはある。それに、多少のリスクを背負わないと見れない物もあるしね」

 

エギルの怒気を浴びても、変わらない様子で答えたリュールは、何か思い出したかのように話題を変え始める。

 

「ところで、君たちは今、コルが必要なんだよね?それなら、いい情報があるよ。《立ち枯れの森》であるクエストを受けることができるエルフの賢者がいるんだ」

 

「エルフの賢者・・・ということは、エルフクエストに関係が」

 

「なるほど、君たちは六層までのエルフクエストを進めているのか。だったら、行ってみた方がいいと思うよ。そのクエストで手に入る《探求者の証》は売れば、結構なコルになると聞いている」

 

「あくまでもβテストの情報だけどね」。そう言いながら、笑みを浮かべるリュール。

そんなリュールに未だに今度はシヴァタが、警戒心を持ちながら聞き出す。

 

「・・・随分と俺らにとって都合がいい情報だな。でもよ、それはβテストの情報で、あんたもただ聞いただけだろ。実際にそのクエストがあるって確証はあるのかよ?」

 

「ないね。でも、君たちに嘘をついて、僕になんの得があるんだい?むしろ、こうして君たちに協力することが僕自身のためでもあるんだ」

 

「何?」

 

僕自身のためっと聞いて更に警戒するシヴァタ。

すると、リュールは両手を広げて語り出す。

 

「君たち二人にはさっき言ったけど、僕は吟遊詩人。いつか本物の勇者をこの目で見て、その活躍を人々に伝える。それが僕の夢なのさ」

 

「・・・あなたは、このデスゲームでも夢を持っているんですね」

 

リュールの言葉に口を開いたのは、リーテンであった。

 

「不服かい?」

 

「いいえ、私にも、タンクになりたいって夢がありまして、それを叶えることができた自分を誇りに思っています。このデスゲームで夢や目標を持つことは、この世界を生きる上で大切なことだと、私は思っています」

 

真面目な表情で夢を持つことは大事だと語るリーテンだが、「ですが」っと喋るとリュールに問いだす。

 

「あなたにとって『本物の勇者』とは、どんな人ですか?」

 

「そうだね・・・逆に聞くけど、今、この七層でみんなを勇気付けられるカリスマ性のある人はいるのかい?」

 

リュールからの質問にハルト達は答えられずにいた。

五層の時に一人だけ、それが可能であろうプレイヤーがいたが、彼は今現在、行方不明になっており、どこにいるのか分からない。

質問に答えられずにいると、リュールは少し落胆した表情になると

 

「やれやれ、君たちは勇者になる気があるのかい?」

 

「おい、いい加減にしろ。俺たちをからかって遊びたいなら、他所でやれ」

 

エギルがかなり怒気を含んだ表情で喋った。

 

「ふざけているように見えたなら謝るよ。何せ夢の話なんて普段は他人にしないからね。でもね、僕は、今、最前線で戦っている君たちの勇姿を下の層にいる人たちに伝えたい。そのためには、記録よりも実際に見たという記憶が欲しいんだ。ここで生きている人たちの軌跡をね。その物語の中心には、最前線でボスを倒し続けて、このゲームをクリアしてくれる英雄が必要なんだ。だから、今、最前線で戦っている君たちは、僕にとって勇者候補なのさ」

 

謝りながらも、自身の夢を語るリュールに誰も文句は言わなかった。

自身の夢を語り終えたリュールは、改めてハルト達の方を見て喋り出す。

 

「これが、君たちに情報を与えることで僕が得られる利益さ」

 

「・・・どうします、ハルトさん」

 

リーテンが信じるかどうか、ハルトに問いだす。

リュールの話を黙って聞いていたハルトは悩んだ。

彼が吟遊詩人というのは間違いないし、彼が自分自身のために情報を伝えたのも事実だろう。

けれど、彼の目的が本当にそれだけなのかってなると不明だ。

悩んだが、現状手がかりがない以上、彼の情報を信じるしかないと考えたハルトは周りを見ながら答える。

 

「行くよ。今の僕らには、他に手がかりがない以上、それに賭けるしかない」

 

「そうだね、少しでも可能性があるのなら、私もそれに賭けたい」

 

ハルトに続いて、コハルも決意する。

それを見たエギルは、仕方ない的な表情をすると

 

「分かったよ。俺らは別の方法で稼ぐ手段を探しているから、そっちの方は頼んでいいか?」

 

「はい!」

 

「任せて。必ず、成果を上げて来ます」

 

エギルの言葉に決意を固めて返した二人。

それを見たリュールは、笑みを浮かべるとエギルに話しかける。

 

「それなら、君たちにはいくつか効率のいいクエストを紹介するよ」

 

「ホントか!?」

 

リュールの言葉にエギルが反応する。

その後ろで、シヴァタとリーテンが二人に話しかける。

 

「俺たちはここであいつの話を聞いている。お前たちは先に行ってくれ」

 

「私たちもきちんと稼ぎますので、しばらくしたら合流しましょう」

 

「分かった。それじゃあ、僕らは行くよ」

 

「また後で会いましょう。エギルさんもまた後で」

 

二人に挨拶し、エギルにも声を掛けたハルトとコハルは、《立ち枯れの森》に向かおうとしたが

 

「期待しているよ。僕の中では、君たちも勇者候補だからね」

 

リュールが声を掛けきた。

それに対して、コハルは苦笑いし、ハルトに至っては無視していた。

四人と別れて、しばらくたった頃、ハルトが口を開いた。

 

「・・・僕、あの人のことは好きになれない」

 

「ハハハ・・・私も・・・」

 

リュールに対して、低い評価を下しながら、《立ち枯れの森》にへと向かうのであった。

 

 

 

 

第七層《立ち枯れの森》

先程の緑が生い茂るフィールドと違い、辺りは枯れ木ばかりで、名前通りのフィールドであった。

そんな、フィールドを進んでいくと、誰かの話し声が聞こえてきた。

 

「・・・ちゅうわけや。フロアボスの参加は控えてくれんか」

 

「ああ、構わない。俺もそのつもりで宣言したしな」

 

声の主はキバオウで、彼はキリトとアスナにキリトのフロアボスの参加を控えて欲しいと頼んでいた。

キリトも第六層で宣言したことだから、特に慌てることなく承諾したが、隣にいるアスナが不機嫌に喋る。

 

「それで、私たちに何の用?まさか、私たちが第七層のクエストをするのも、止めて欲しいって言うつもりじゃないでしょうね?」

 

「ワイもそこまで言わん。ただ、五層の時、ジブンらが抜け駆けしてくれたせいで、一部の連中が動揺しとるんや。中には、強硬路線を取るための新しいギルドを作ろちゅう動きも出とる」

 

「呆れた・・・何のために戦っているのよ・・・」

 

キバオウの言葉にアスナが、呆れたように返した。

 

「返す言葉もないわ。ワイら攻略組の目的はあくまでも百層の突破や。ここいらで、ワイらの力を合わせて、結束を取り戻さないと、一生百層にたどり着けられん」

 

「そんなの勝手な言い分だわ」

 

「いや、あんたらが確実にボスを倒してくれるなら、俺は構わないさ」

 

未だにキバオウを非難するアスナをキリトが制止した。

 

「フロアボスは一人では、絶対に攻略できない。そのためには、みんなを引っ張ってくれる強いリーダーが必要なんだ。いてくれるだけで安心できる、そんなリーダーが」

 

「・・・ワイはALSのリーダーや。少なくとも、あいつらに対しては、責任がある。せやから・・・」

 

キバオウの言葉にキリトは分かっているという感じで頷くと、アスナの方を見る。

 

「アスナ。君もボス攻略に必要な人間だ。だから、これ以上は俺に付き合う必要は・・・」

 

「だとしても、今はあなたと一緒に行く。クエストだって、まだ途中だし、中途半端にはできないわ」

 

アスナの決意を聞いて、キリトはやれやれといった感じで微笑んだ。

 

「とりま、クエストはやるなとは言わんから、ジブンらはジブンらで行動しといてくれ。・・・一つ言わせてくれんか。六層の時、本来ならワイがあの場を収めるべきだったのに、何もできなくてすまんかった」

 

そう言いながら、キバオウは去っていき、キリトとアスナもどこかに行ってしまった。

三人がいた場所を黙って見続けるハルトとコハル。

 

「・・・リーテンさんも言ってたけど、今のALSは大分追い込まれているみたいだね・・・」

 

「うん。それこそ、他人を傷つけることも厭わないくらいに・・・」

 

三人の会話を聞いて、今のALSの現状を改めて思い知ったハルトとコハル。

しばらく、沈黙が続いたが、コハルが口を開いた。

 

「でも、こんなのは絶対に間違ってるよ。人を傷つけてまで、攻略を優先するなんて・・・」

 

「そうだね。だから、必ずオークションは勝ってみせる」

 

そう決意した二人の下に声が掛けられる。

 

「久しぶりだな、お前たち」

 

声を掛けられ、振り向くと「紅の狼」の面々がいた。

 

「トウガさん!久しぶりです!」

 

「トウガ!五層のボス攻略以来だね」

 

「ああ、そうだな。ボス攻略の時は世話になったな」

 

久しぶりの再会に喜ぶハルトとコハル。

「紅の狼」の面々も、ザントと同じく、六層のボス攻略に参加していなかったため、あの出来事は知りもしない。

ところが、トウガは普通に挨拶したが、他の四人は挨拶はせず、不機嫌な様子であった。しかし、それらはハルト達二人にではなく、別の場所に向けているようであった。

 

「ところで、トウガ。他の四人はなんか不機嫌に見えるんだけど、どうしてなの?」

 

「ああ、実は・・・」

 

彼らの様子に気になったハルトは、トウガに聞くとトウガは、ここまでの経緯を話し始める。

第七層に来た「紅の狼」は、六層での遅れを取り戻すために、ちょうどいい狩り場を見つけて、そこでレベル上げやコル集めをしていた。

ところが、不意にALSの軍団がやってきて、ここはALSの狩り場だ。攻略組でない奴らはさっさと場を明け渡せっと要求してきた。

当然、そんな理不尽な要求を呑むはずもなく、トウガ達は否定し続いてが、向こう側も中々引かず、遂には鞘に手を当ててきた。

その行いを見て、流石にマズいと思ったトウガは、渋々狩り場を明け渡した。

ALSの横暴とも言える行いに、ソウゴとカズヤは未だに怒りを露わにしており、穏健派のコノハとレイスですら、不愉快な気持ちであった。

 

「ということなんだ」

 

「そんな・・・」

 

「事態はそこまで深刻になっているのか・・・」

 

「ん?何か知っているのか?」

 

ALSの横暴な行いについて、何か知っているような発言をした二人にトウガは問いかける。

二人は互いに顔を見合わせ、彼らになら話しても大丈夫だと思い、六層での出来事やオークションについて説明した。

すると、トウガは深刻な表情になった。

 

「そうか・・・最近、何もトラブルがないと思ってたら・・・」

 

「チッ、他人のアイテムを強引に奪っておいてこれか・・・口だけが達者の雑魚共が・・・」

 

呆れたように喋るトウガに対して、攻略組に暴言を吐くソウゴ。

他の三人も攻略組の強盗まがいの行為に怒りを露わにしていた。

 

「攻略組がそんなことをするなんて・・・」

 

「あいつら、ここから出る気あんのかよ・・・」

 

「卑怯っす!キリトさんが苦労して手に入れたアイテムを奪ったあげく、オークションの商品にするなんて!」

 

それぞれ、怒りや不安の声を出し、その様子を見て、ハルトとコハルも不安げな表情になる。

場はすっかり暗い雰囲気になっていた。

流石にこのままの雰囲気で話し続けるのは良くないと思ったトウガは、ひとまず、場の雰囲気を変えるべく、ハルト達に質問する。

 

「そう言えば、お前たちはどうしてこんなところにいるんだ?」

 

「あ、はい。実は私たち、あるNPCを探しているんです」

 

トウガの質問に答えるコハル。

それから、コハルはある程度の事をトウガ達に話した。

話しを聞いたトウガは、「なるほど」っと頷くと、ハルトがトウガに向かって

 

「良かったら、トウガ達も一緒に来ない?」

 

「何?」

 

ハルトの提案に少し考えたトウガだったが

 

「構わない。どうせ他にやることがないし、一緒にエルフクエストを進めるのも悪くない。お前たちもそれでいいよな?」

 

トウガが他の四人に聞くと、四人共頷いた。

トウガ達と一緒に行動できることに二人は、笑顔を浮かべ

 

「よろしくお願いします。トウガさん達がいてくれたら百人力です」

 

「それじゃあ、早速そのNPCの所に行こう。五人共、よろしく!」

 

「こちらこそ。期待に応えれるよう精進しよう」

 

先程までの暗い雰囲気はすっかり無くなり、ハルトとコハル、「紅の狼」の面々は森の奥へと進むのであった。




・六層での《精霊錫》の行方
SAOIFだとユウキの剣の作成に使われましたが、ユウキがいないので、主人公の片手直剣の作成に使われました。

・リズベットと面識があるリーテン
簡単に言えば、ep.11で書いてあった友達がリズベットです。

・ツンデレザント(イメージCV 岡本信彦)
岡本キャラってツンデレが多いよね。

・リュール
SAOIFのオリキャラ。吟遊詩人で、ミステリアスなキャラだが、知名度は低く、マテルと違って未だに星4スキルがない。イケメン、吟遊詩人・・・アイマスかな?

・《狂剣士》
ザントの二つ名。最初は《狂剣士》と書いてバーサーカーにしようとしたが、某閃光の二つ名と少し被るので、そのまま読ませた。


SAO_UW16話を見て思ったこと
・サトライザー・・・変態(わいせつ行為)、サイコパス
・柳井・・・変態(アドミちゃん)、サイコパス
・PoH・・・変態(ホモ)、サイコパス
全員、変態とサイコパスしかいねぇー


テストのため、執筆が遅れましたが、何とか書きました。
ユウキやリーファがいないため、SAOIFとの変更点とか、考えるのに結構苦戦しました。
次回、オークション開催です。


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ep.14 オークション開催!《精霊錫》は誰の手に? 

オークション開催です。
今回の話ではあるキャラがキレます。

※次の番外編はどのストーリーが見たいのか、アンケートを取っていますので、みなさん、遠慮しないでどんどん答えてください。


「紅の狼」の面々と再会したハルトたちは、彼らと共に七層のエルフクエストを行った。

激闘の末、何とかクリアできたハルト達は、キズメルから七層のボスについて聞いた。

七層のボスは悪意の化身たる妖精で、ダメージを与えても徐々に回復してしまう自動回復を持っていて、倒すためには、回復する隙を与えない連携攻撃。言わば、攻略組が協力し合って、ダメージを与え続けないといけないという。

それを聞いて、今の攻略組の現状が良くないことを知っているハルト達は顔をしかめたが、キズメルは更に続けた。

そのボスはダメージを与え続けると、ダメージが一切受けなくなる状態になり、倒すためには、無敵状態になる一瞬の隙を付いて《滅却の結晶》というアイテムを使って、無敵状態になるのを阻止するとのこと。

そのことを説明しながらキズメルは、《滅却の結晶》をハルトに渡すと一足先に八層へ向かっていった。

ちなみに《探求者の証》というアイテムは、道中の《地下迷宮》で拾った石のことであり、高く売れるとのことで、ハルト達はそれを売って多額のコルを手に入れた。最もその石は、少し特徴的であったが・・・

そんなこんなで今現在、ハルト達はオークション会場へと向かっていた。

 

「もう少しでオークションが開催させる圏内に着くようだな」

 

七層のマップを見ながらそう呟くトウガ。

すると、圏内の入り口付近にエギル達がこちらを待っているかのように立っていた。

 

「よう、お疲れさん。どうやら、上手くいったみたいだな。それにお前らまでいたとは」

 

「久しぶりだなエギル。事情はハルトから聞いている。オークションのことも俺たちの知らない所で攻略組が暴走していることもな」

 

トウガの言葉に、攻略組の主力ギルドに所属しているリーテンとシヴァタは、顔をしかめた。

先程のザントの言葉もあってか、二人共、今の自分たちのギルドの状況にかなり思い悩んでいた。

 

「・・・幻滅したか?攻略組に」

 

「ああ、そうだな。他人のアイテムを奪った挙句、揉め事を起こそうとしたり、オークションを勝ち取るために強盗紛いのことまでしていたからな。幻滅しない方がおかしいだろ」

 

シヴァタの質問に呆れたように返すトウガ。

そんなトウガの様子に、二人は顔を俯いていたが

 

「だからこそ、これ以上攻略組を暴走させないために、このオークション、必ず勝つ。そうだろ?」

 

「!・・・ああ、そうだな」

 

「必ず勝ちましょう」

 

トウガの勝つという思いに応えた二人。

その様子を見ていたエギルは、咳払いするとハルト達に向けて喋り始める。

 

「よし、それじゃあ、早速オークション会場に行こう・・・と言いてぇが、一つ問題が発生したんだ」

 

「問題?」

 

コハルが疑問の声を出す中、エギルは言葉を続ける。

 

「お前らがやったエルフクエスト。あいつらもやっていたみたいなんだが、人海戦術で数をこなしていたらしいんだ。だから、今の俺たちの資金で戦えるかどうか・・・」

 

「でも、エルフクエストを進めているプレイヤーなら、報酬はずっといいものになるってリュールさんが言ってましたよね?」

 

コハルがそう言う中、トウガが何か思い出したかのように喋る。

 

「そのいいものってもしかして、《滅却の結晶》のことじゃないか?」

 

「なんだ?そのアイテムは?」

 

自身の知らないアイテムに疑問の声を出したエギルに、ハルトは《滅却の結晶》について説明した。

 

「マジかよ・・・こりぁインゴットどころの騒ぎじゃねぇぞ・・・」

 

「ボスに影響するアイテムとなると、進行度にバラつきがあるキャンペーンクエストだけの報酬だとは考えられませんね」

 

「同感だ。むしろ、キャンペーンクエストにかかりきりで、ボス攻略には手つかずのプレイヤー向けのフォローになる報酬だったんじゃないか?」

 

《滅却の結晶》について、エギル、リーテン、シヴァタの三人が様々な考察をする中、コハルが一つ提案した。

 

「あの・・・この《滅却の結晶》を《精霊錫》の代金にできないでしょうか?攻略会議に参加する人たちが集まっているならボス攻略に必須のアイテムは大きな切り札に「やめておいた方がいいと思う」・・・え?」

 

コハルの提案は、ハルトによって遮られた。

 

「ハルトの言う通りだ。そもそもキリトが攻略組から巻き上げられた《精霊錫》ってアイテムを取り返すためにオークションに参加するんだろ?なのに、ここでボス攻略に必要なアイテムを出してみろ。キリトの二の前になるだけだぞ」

 

ハルトに続いて、トウガもフォローするかのように反対する。

二人の反対の言葉を聞いて、コハルは納得したかのように頷いた。

 

「そういうことで、私たちは今あるコルだけで戦いましょう」

 

「はい!あ、忘れてました。はい、エギルさん。《探求者の証》のコルです」

 

「おう、ありがとよ」

 

コハルから大量のコルを受け取ったエギル。更に

 

「「紅の狼」からも出そう。《探求者の証》のコル。それと、少ないがこれも」

 

そう言いながら、トウガは《探求者の証》のコルに、いくつかのコルもエギルに渡した。

 

「お、おう・・・ありがてぇけどよ、お前らのギルドは・・・」

 

「問題ない。エルフクエストで、いくらかのコルが手に入ったし、ギルドの資金面に関しての心配事は無用だ」

 

トウガの言葉を聞いて、エギルは「ありがとよ」と言いながら、コルを受け取ると

 

「そろそろ始まる頃だ。必ず勝つぞ!」

 

『おーーー!!』

 

気合を入れながら、オークション会場へ向かった。

 

 

 

 

会場は既に人でいっぱいであった。

みな、オークションに気合を入れているのか、真剣な表情でオークションの開催を待っていた。

 

「凄い熱気だね・・・何十人くらいいるんだ?」

 

「ALSとDKBの主力メンバーはみんな集合してるみたいですね」

 

ハルトとリーテンが会場の雰囲気について喋る。

すると、キバオウが正面に立ち、会場全体に向けて

 

「このオークションでギルドが得た利益は一コル残さずボス攻略に役立てること約束する。つまり!高値が付けば付くほどクリアが早まるっちゅうことや。全員!遠慮せずバンバン入礼してくれ!」

 

『オオオォーーーー!!!』

 

キバオウの言葉に会場中が歓声で響き渡った。

 

「あそこまでいくと清々しいな」

 

「最初は手に入れにくい素材やレア装備などが出品されて、《精霊錫》は恐らく最後に出すでしょう」

 

「全ては最後の宝を輝かせるための前座。場が盛り上がったところで満を持して登場。というわけだね」

 

『!?』

 

最後に聞こえた声に思わず反応し、振り向くとリュールがいた。

 

「・・・知り合いか?」

 

「まあね、吟遊詩人らしいよ・・・何でいるの?」

 

リュールと面識がないトウガに軽く説明すると、ハルトは攻略組でないリュールがここにいる理由を問う。

 

「それは勿論、面白そうな集まりは見ておきたいからね」

 

「面白そうって・・・攻略会議も見学するつもり?」

 

「そうさせてもらうよ。僕の歌い継ぐ物語の芽吹きを見逃してしまわないようにね」

 

ハルトの問いに、どこかギザな感じで答えるリュール。

そんなリュールの態度が気に入らなかったのか、ソウゴが苛立った様子で話しかける。

 

「おい、吟遊詩人。攻略会議に参加するつもりなら、そんなふざけた考えで参加するのは、止めたほうがいいぜ。ただでさえ、今の攻略組は危ないところがあるしな」

 

「無論、僕の考えが理解できずに立ち去れって言われたら、速やかに立ち去るよ。何せ、今の僕じゃ舞台に上がることはできないからね」

 

「要は雑魚なだけじゃねか」

 

ソウゴの忠告に相変わらずキザな感じで答えていたリュールだが、新たに聞こえた声により遮られた。

声が聞こえた方に振り向くと、先に会場に入っていたザントがいた。

いきなり、雑魚と言わせて、流石のリュールも顔をしかめながら話しかける。

 

「君はもう少し言葉を選んでくれないかな。流石に傷つくよ」

 

「事実だろうが。どんなにクセェ言葉で語ったところで、てめえが隠れることしか能のねぇ雑魚には変わりねぇだろ」

 

「・・・どうやら、君とは仲良くできそうにないね」

 

「ケッ、俺は弱ぇ奴には興味ねぇよ」

 

それを最後に互いに顔を合わせず、オークションに目を向けるザントとリュール。

その様子にハルト達は、ため息を吐きながらオークションを見守るのであった。

オークションは順調に進み、大いに盛り上がったところで、遂に最後の商品が登場した。

 

「泣いても笑ってもこれで最後!エルフの匠が錬成した最高級素材。《精霊錫》です!」

 

司会の言葉に場は更に盛り上がる。

 

「それでは、200コルからスタートします!」

 

それを筆頭に次々と金額が出されていく。金額は徐々に高くなっていき遂には、10万をも超えてきた。

 

「どんどん高くなっていくよ・・・」

 

「大丈夫だ。・・・よし、今だ!」

 

コハルが心配の声を上げる中、エギルは状況を見極めており、女性プレイヤーが20万を出したところで、名乗り出た。

 

「22万!」

 

「2、23万!」

 

「25万!」

 

「くっ!・・・ごめん、みんな・・・」

 

エギルが出した金額に女性プレイヤーが折れたが

 

「まだだ!26万!」

 

新たに声を上げたALSの男が声を上げる。更にDKBの男も負けじと金額を出してきた。

未だ続く接戦を見届けている中、コハルがリーテンに質問する。

 

「リーテンさん。どれくらい集まったんですか?」

 

「44万弱ですね・・・元々の手持ちとみなさんが稼いでくれたお金を合わせて、余裕ができると思ってたんですけど・・・」

 

そう言いながら、不安そうな表情でオークションの様子を見守るリーテン。

すると、シヴァタがリーテンの隣に立ち

 

「大丈夫だよりっちゃん。あれだけ苦労したんだから・・・」

 

「シヴァ・・・うん、そうだね」

 

シヴァタの慰めの言葉に少し笑顔になったリーテンは、改めて、オークションへ目を向けた。

 

「40万!」

 

「41万!」

 

そんな中、オークションは遂に40万まで到達していた。

未だに粘り続けるDKBの男に負けじと金額を出していくエギルであったが

 

「負けるかよ!45万!」

 

ALSの男が新たに出した金額に二人の顔が険しくなった。

 

「なっ!?」

 

「そんな!・・・」

 

エギルが持っている金額が44万弱と聞いていたハルトとコハルが声を上げる。

他のメンバーも驚きと悔しさの表情へとなっていた。

 

「4、45万です。他にいませんか?」

 

司会が周りを見渡しながら問うが、誰も手を上げる者がいない。

その様子を見て、ALSの男が笑みを浮かべ、勝ったと思い込んだその時

 

「バーカ。まだ、終わってねぇんだよ」

 

ザントが笑みを浮かべながら、誰にも聞こえないよう小声で呟き、その隣で

 

「50万!」

 

新たにフードを被った女性。アスナが声を上げた。

 

「ハアッ!?」

 

「私は50万から始めるけど・・・まだ、やるの?」

 

驚きの声を上げるALSの男に、アスナは容赦なく問いかける。

 

「くっ・・・降参だ・・・」

 

50万の大金を出されて、ALSの男は遂に降参した。

 

「5、50万!50万出ました!他にいませんか!?・・・では、そちらの女性が落札です!」

 

50万という大金で落札されたことで、場は一気に盛り上がった。

そんな中、ハルト達は50万という大金を持っていたアスナに驚いたと同時に、どうやって、あんなにもの大金を手に入れたことに疑問に思っていたが

 

「それでは、これでオークションを終了します。2時間後、ここでボス攻略会場が行われますので、ボス攻略に参加する方はここに集まってください」

 

司会から終了のお知らせが聞こえたので、攻略会議までの間に問いだそうと決め込むハルト達であった。

 

 

 

 

「アスナ!びっくりしたよ。50万なんて大金、よく出せたね」

 

「フフフ、アルゴさんからオークションの事を聞いて、あっちこっち走り回って集めたのよ」

 

攻略会議が始まる間、アスナの下に向かったハルト達。

コハルが上機嫌に質問するのに対して、ごく普通に返したアスナ。

 

「流石です!キリトさんのパートナーとして負けられない戦いだったんですね!」

 

「・・・別にキリト君のためじゃないわ」

 

上機嫌に喋るリーテンに、真剣な表情で返すアスナ。

 

「私はただ、あの時何もできなかった自分にけじめを付けただけ。これで誰も文句ないでしょ」

 

「・・・そうだな。アスナ、お前は正々堂々と戦って、そして勝った。それがお前の事実だ」

 

アスナの決意に笑みを浮かべながら返したトウガ。

その横でエギルが心配そうな表情で問いだす。

 

「しかし、50万ていうことは、ほとんどの財産が消えちまったんじゃねぇのか?」

 

「それなら大丈夫よ。ザントさんが20万くらい出してくれたから、まだまだ余裕よ」

 

「何!?ザントだと!?」

 

自身にコルを渡したはずのザントが、アスナにもコルを渡していた事実に驚愕するエギル。

そんなエギルを他所にザントは、笑みを浮かべながら

 

「お前らと別れた後、アスナと会ってな。しかも、コルの所持数がお前らよりも遥かに多かったから、少しでも勝率を上げとくために、クエストやらエネミーをぶっ倒して手に入れたコルを、お前らより少し多く渡しただけだ」

 

「何が少し多くだ!5万だけって、どうも少ねぇなと思ってたら!」

 

ザントの別れた後の経緯を聞いて、エギルはすっかり怒り心頭であった。

そんなエギルを苦笑いしながら見るハルト達であった。

 

「とりあえず、オークションも無事に終わったし、後はフロアボスだけね」

 

「ボス攻略に参加するんだね!アスナがいたら百人力だよ!」

 

「安心したよ。麗しのフェンサーを欠けた戦いは華やかさが足りないからね」

 

「え?・・・」

 

リュールがこちらに寄ってきながら話しかける。

リュールを知らないアスナは、知らない人がいきなり自身に声を掛けたことに戸惑っていたが、それ以外はどこか迷惑そうな表情でリュールを見る。

 

「フロアボスと剣を交えることはできないが、君たちの旅の無事を祈っているよ。それじゃあ、またね」

 

それだけ言うと、リュールは去っていった。

 

「今の人・・・誰?」

 

「ただの雑魚だ。忘れておけ」

 

「気にしない方がいいよ」

 

「・・・よく分からないけど、あの人とは仲良くなりたくはないわ」

 

アスナの質問に軽い感じで返すザントとハルト。

アスナもいきなりキザなセリフで話しかけられたからか、印象は良くなかった。

その後、アスナが競り落とした《精霊錫》を、エギルが20万でレンタルさせて欲しいと頼んだり、外に出たハルトとコハルにキリトがクエストの手伝いをして欲しいと頼み、それを引き受けてフィールドで狩りをしたりしながら、あっという間に2時間が過ぎた。

 

 

 

 

「なるほどな。ボスには再生能力があるから、攻略組が連携して絶え間なく、攻撃を浴びせる必要があるっちゅうわけか」

 

攻略会議が始めり、エルフクエストで手に入れたボスの情報をキバオウに話すと、納得したかのように頷いた。

ハルトの隣でコハルも更なるボスの情報について説明する。

 

「それと、ボスに有効な消費アイテムを使うタイミングも、連携が重要になると思います」

 

「その《滅却の結晶》ちゅうアイテムはジブンらしか持ってないんか?」

 

キバオウの質問にアスナが答える。

 

「私とハルト君の二つしかないみたいね。一つでもあれば有効だけど、スペアがあると思ってくれたらいいわ」

 

「でも、無駄遣いはできない」

 

「ええ、タイミングは慎重に見極めましょう」

 

「なら、話は簡単やな。レイドパーティーを率いる司令塔を立てて、全員がその指示に合わせて動けばいいんやな」

 

アスナとハルトの話を聞いていたキバオウが、ボス攻略の方針を決めた。

すると、リンドがキバオウに近づいてきて

 

「キバオウさん、意見をいいか?司令塔の役目は俺たちDKBに一任させて欲しい」

 

「ほう?」

 

リンドの発言に場が一気にざわつき始める。

そんな中、キバオウはリンドに司令塔を一任させて欲しい理由を聞く。

 

「理由を言ってみぃ。この場にいる全員を納得させられる根拠があるんやったらな」

 

「DKBとALSは今や、どちらもボス攻略に欠かせない二大ギルドに成長した。それは、今、この場にいる人たちの共通の認識でもあるはずだ」

 

リンドの言葉にキバオウは頷きながら、顔で続きを言うよう施す。

 

「攻略組が二つに別れて以降、ボス攻略で犠牲者を出さずに済んだのは、紛れもなく俺たち攻略組の実力があってこそだ。けど、危ない場面もいくつかあった。それは、俺たちDKBとALSにの間に信頼関係がなかったからだと思っている。二人のリーダーがいる状態で一丸となって戦う。これの難しさはキバオウさん、あんたも実際に感じたはずだ」

 

「・・・否定はできへんが、ジブンの腹の底は読めたわ・・・ここでDKBが将来的にALSを吸収合併できるかどうか試しておこうちゅうことやろ?」

 

キバオウの問いに、リンドは否定することなく頷いた。

五層でキリトがギルドフラッグを攻略組に渡すために出した条件の一つが二つのギルドの合併だ。

リンドはここでALSをDKBに吸収合併させて、将来、強くなるであろうボスに備えて、攻略組の戦力を上げていく算段だろう。

 

「これから先、攻略はもっと厳しくなっていくはずだ。今回みたいに絶え間ない連携が必要なボスを相手にするなら、一人のリーダーが大型ギルドを指示しながら挑んだ方が意思統一が取れやすくて倒しやすいんだ。頼む、同じ攻略組の仲間であるALSを除け者にするようなことはしたくない。今回はこっちの指示に従って欲しい」

 

「・・・リンドはんの言っていることは理解できたわ・・・けどな、それやったら、ウチが指令を出しても同じちゃうんか?」

 

「ぐっ」

 

懇願するリンドを容赦なく突き返したキバオウだったが

 

「・・・五層で俺たちを出し抜いて、ギルドフラッグを手に入れようとしたあんたがそれを言うのか?」

 

リンドが侮蔑の眼差しで返し、それを遠くから見ていたザントは呆れたように頭に手を当てた。

ただでさえ、雰囲気が良くないというのに、ここでそんな発言をしてしまえば

 

「なんだと!?・・・キバオウさん!こいつの言うことなんか聞く必要ないっすよ!さっき《精霊錫》競り落としたビーターの連れだって、一人で50万なんて大金を用意できるはずがない!きっと、DKBの連中と繋がっていたに違いないっす!」

 

「なにを言っているのよ!それこそ、そっちだって、キバオウがビーターとコソコソ話していたのを私、見てたわよ!きっと、うちを乗っ取ろうとする算段を考えてたに違いないわ!」

 

「そんなん根も葉もない言いがかりや!」

 

案の定、揉めることとなってしまった。

 

「そんな・・・そんなのだめだよ・・・」

 

「どうしようハルト・・・とてもボス戦にいける雰囲気じゃ・・・」

 

ハルトは揉めてしまった攻略組をどうにか落ち着かせようと考えた。

攻略会議で揉めることは、今回に限ったことじゃない。今まではボス攻略会議のたびに毎回、どちらかが主導権を握るかで揉めて、最終的にキバオウとリンドがそれぞれのギルドを指示していきながら、ボスを倒してきた。

しかし、今回は今までとは訳が違う。

絶え間ない連携が必要という条件の中、攻略中に揉めたりしたら、攻略は絶対に失敗する。

どうにかして、この状況を何とかしなければならない。と考えている中、一人のプレイヤーが前に出た。

 

「発言いいか?」

 

先程まで言い合いをしていたプレイヤー達は一斉に、声を上げた人物、トウガの方を見た。

 

「そんなに連携が必要だというのなら、今回のボス攻略はALSとDKB、どちらのギルドにも所属してない俺たちだけで行かせてもらう。今のお前らを行かせたところで無駄死にするだけだ」

 

ボス攻略には二つのギルドに所属していない者たちだけで行く。攻略組にとって、馬鹿げている発言を真剣な表情で発言したトウガ

当然、そんな提案を攻略組が認めるはずもなく

 

「何言ってんだお前。さっきまで話、聞いていなかったのか?」

 

「ホントッ有り得ないわ。所詮は攻略組に属していない、攻略する気のない人間の発言ね」

 

「・・・」

 

先程までの言い争いが嘘のようにALSとDKBのプレイヤーはトウガを罵倒し始めた。

トウガは黙って聞いているが、罵倒が止むことはない。

 

「何も分かっていないみたいだから教えてやるよ。いいか、今回のボスは絶え間ない連携が必要なんだ」

 

「そうよ。連携が必要だって言うのに、攻略する気のない人間を集めただけで、連携が取れるわけないじゃないの?」

 

「何だったら・・・!?」

 

「ひっ!?」

 

トウガを罵倒し続けていたプレイヤー達が急に言葉を止めた。なぜなら

 

「何も分かっていないのはお前らの方だろうが・・・」

 

黙って聞いていたトウガが、先程までと違って、物凄い怒気を含んでいたからだ。

そのトウガの様子に周りのプレイヤー達は圧倒されていた。

少なくともこんな圧力。とてもではないが、子供が出せるものではない。

 

「まずはALSのお前。先程までのお前の発言を聞いていたが、よくもまあ、その程度の思考でボス攻略に参加しようと思ったな」

 

「な、何!?」

 

「そして、DKBのお前。何故、二つギルドに所属していない俺たちだけでは大した連携が取れないと思ったんだ?」

 

「そ、そんなの決まっているじゃない!どちらにも所属していないということは、今までろくにボス攻略に参加していない弱いプレイヤーていうこと・・・」

 

「言っておくが、俺たち「紅の狼」は一層からほとんどのボス攻略に参加しているし、こっちのハルトとコハル、それにアスナは今のところ全ての階層のボスと戦っている。だから、互いの戦闘スタイルは知り尽くしているし、何回かパーティーを組んで戦ったこともある。これを聞いてなお、俺たちが弱いと思えるのか?」

 

「そ、それは・・・」

 

トウガの言葉を聞いて、言葉に詰まる女性。

この女性プレイヤーは今回が初のボス攻略であるため、あまり噂が流れていない「紅の狼」やエギルのことは知らなかったし、ハルトとコハル、アスナのことは知っていても、噂でしか聞いたことがなかったため、あまり認識がなく、何回もボス攻略に参加しいているという事実を聞いて驚いていた。

そんな女性の様子に、男が煽るように話しかける。

 

「そんなことも知らないとは、所詮口先だけのギルドだな」

 

「っ!?な、なによ!そっちこそ、有利になったからって偉そうにして!」

 

「なんだと!?」

 

「なによ!?」

 

また、喧嘩をし始めた男と女。

そんな二人の様子にトウガはとうとう・・・

 

「いい加減にしやがれ!ゴミ虫共!」

 

キレ始めて、喧嘩をしている二人に暴言を吐いた。

先程までと違って口調が明らかに変わったトウガに間近で聞いた二人は「ひっ」と声を上げ、周りのプレイヤー達もいつもと様子が違うトウガに困惑、或いはビビッていた。

 

「てめえらは一体、何していやがる!!ここは攻略会議だぞ!それなのにくだらねぇことで喧嘩しやがって!攻略する気がないなら帰りやがれ!!」

 

「な、何なのあんた!?いきなり出てきて・・・」

 

「これは、ALSとDKBの問題だ。部外者はひっこ「ざけんじぁねぇ!!」ひっ!」

 

何とか言い返してきた二人だったが、トウガの乱雑な言葉に、またもやビビッてしまう。

 

「ALS、DKBの問題だぁ?攻略組全体の問題だろうが!俺らが今やるべきことは、ALS、DKBのどちらが指揮を執るかじゃなく、攻略組の誰が全体の指揮を執って、その上で、どうボスを倒すのか決めるために会議をしてるんだろうが!特にALSのお前!さっきも言ったが、そんな欲やくだらねぇ対立心や嫉妬にまみれた思考でよくもまあ、会議に参加しようと思ったな!ボス攻略は遊びじゃねぇんだよ!!」

 

完全にビビッてしまった二人に、トウガは机をバンッ!と叩きながら続ける。

 

「そもそも!お前らのやり方に反対してもなお、俺たちがボス攻略に参加していることの意味をてめえらは考えたことあんのかよ!」

 

「し、知らないわよ・・・」

 

「決まってんだろ!俺らの後ろには戦いたくても戦えないプレイヤーが何千人もいる!そんな人たちのために少しでも協力し合って、このSAOをクリアすることが、戦うことができる俺たち攻略組の義務だろうが!!」

 

トウガの言葉にこの場にいるALS、DKBの全員がハッとした表情になる。

彼らは思い出したのだろう。このゲームに閉じ込められているのは、自分たちだけではないということを。

 

「俺たちはそんな人たちの思いを背負って戦っているってのに、てめえらはなんだ!くだらねぇことで毎回毎回揉めやがって!挙句の果てに他人のアイテムを奪ったり、利益のために他人を傷つけることばっかりしやがって!ふざけんじゃねぇ!!そんなてめえらが攻略組なんて名乗ってんじゃねぇよ!!」

 

トウガが「ハァ、ハァ」息を切らす中、攻略組はトウガの気迫に圧倒されて、何も言えずにいた。

怒りを全てぶちまけたことで、ある程度冷静になったトウガは言葉を続ける。

 

「今回のボス攻略会議。キリトが抜けた分、どう埋め合わせをするのか。俺はこの会議で聞けると思っていたが、いざ来てみれば、まともに話を進めることすらできない挙句、俺たちトッププレイヤーは色んな物を背負っている。その自覚すらもなかった事実・・・はっきり言って失望したぞ。ALS、DKB二つのギルドに対してでない。攻略組全体に対してだ」

 

トウガが告げた攻略組全体に対しての失望にこの場にいるほとんどが顔を俯けた。

思い出されてしまったのだ。自分たち攻略組が、ただ、ボスを倒すためだけに存在しているのではないということを。

会議の場はすっかり暗くなり、静寂が続いたが

 

「クールダウンしたところで一つ提案がある」

 

エギルが前に出てきて、意見を出してきた。

 

「今回ボスの情報を手に入れたのはハルトだ。しかも、攻略に必要なアイテムも持っている。六層でも、こいつがいなければ、攻略はできても、犠牲者が出たはずだ」

 

エギルの言葉に、ある程度落ち着きを取り戻した攻略組は、ハルトの方を見る。

六層のボス攻略の時、自分たちはレア武器を手に入れた彼を中傷するようなことをした。しかし、エギルの言う通り、彼がいなければ、犠牲者が出ていたかもしれない。

攻略組が六層での出来事を思い出し、深く考えている中、エギルはハルトにとって、衝撃の一言を話す。

 

「その功績も踏まえて、今回のリーダーはハルトにしてみねぇか?」

 

「え?・・・えぇーーー!?」

 

エギルから発せられた衝撃発言に、ハルトは驚きの声を上げた。

しばらく固まっていたハルトだったが、慌てながらリーダーになることを反対する。

 

「ちょっと、待って!いきなりリーダーをやれって言われても、無理だよ!僕には誰かに指示を出しながら戦ったことなんてないし、中立の人間だったら、エギルさんやトウガでもいいはずだ!?」

 

「おいおい、それを言ったら、俺らだって、いきなり全体の指揮を執れって言われても難しいぜ」

 

「それに俺たちは、ギルドリーダーでもあるんだ。自分たちのギルドをすっぽかして、全体の指示を出せなんて無理な話だ。だから、中立の人間でリーダーになるのに最適なのは、どこのギルドにも所属していないソロプレイヤーなんだ。その中で一番、適しているのはお前だろ?」

 

エギルとトウガの言葉に、言葉を詰まらせるハルト。

彼らの言う通り、彼らには自分たちのギルドがある以上、そっちの指揮を優先するだろう。当然、ギルドに所属しているソウゴ達も論外。

そうなると、トウガの言う通り、リーダーに適しているのはソロプレイヤーになるが、ザントは指揮なんてまず、しなさそうだし、アスナは普段、キリトと一緒にいることで攻略組からは敵視されている。残りは自分とコハルになり、実力が高い自分が選ばれたいうことだろう。

しかし、そうなると、キバオウとリンドが何と言うか。

そう思いながら、ハルトは二人の方を見たが

 

「しゃあないか・・・今回ばかりは主戦力が分裂するわけにはいかんし、指揮能力に関してはワイらより劣っとるが、中立の人間が指揮するのも悪くないかもしれへんな」

 

「同感だ。それに彼は、かなりの実力者だ。中立の人間とはいえ彼は十分、信頼に値する」

 

なんと、攻略組のギルドリーダーである二人が、ハルトがリーダーになることを賛成した。

それでも、何とか降りようと考えていたハルトだったが

 

「ハルト。いつも通り、落ち着いてやれば大丈夫だよ」

 

「コハル・・・」

 

いつも身近にいてくれるパートナーまでもが、自身がリーダーになることを薦めた。

コハルの言葉を聞いて、ハルトはエギルやトウガ、キバオウやリンドを見る。

こんなにも多くのギルドリーダーの人たちが自分がリーダーになることを薦めているのに、自分が断る訳にはいかない。

ハルトは一度、目を瞑り、数秒後に見開くと

 

「分かりました。精一杯やってみせます!」

 

リーダーになることを決心した。

その様子に、どちらにも所属していないメンバー達は笑みを浮かべ、ALS、DKBの面々も一部を除いて頷いた。

 

「ほんじゃ、仕切り直しや。頼んだで、リーダー!」

 

「はい!」

 

その後、ハルト主導の下、攻略会議は順調に行われた。

 

 

 

 

「一時はどうなるかと思いましたが、一番いい形に落ち着いて本当に良かったです。これもトウガさんのおかげでですね。怒鳴り声には流石に驚きましたけど」

 

攻略会議を終え、七層の迷宮区へ向かう途中にリーテンが、先程の攻略会議の様子を振り返った。

リーテンの言葉に、トウガは先程の事を思い出したのか、少し控えめに喋る。

 

「・・・俺はただ、くだらないことで喧嘩しているあいつらに一発言ってやっただけだ」

 

「の割には、随分と感情が剝き出しだったな。ゴミ虫なんて言葉まで使いやがって、てめえらしくねぇ」

 

トウガの隣を歩いているザントが、普段と様子が違っていたトウガを不思議そうに見る。

すると、ソウゴが後ろから話し始めた。

 

「まぁ、トウガがあんな風に感情を剝き出してキレることは、何回かあったからな」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。今回の件で一番キレていたのはあいつだ。あいつは昔から、キレたりすると、あんな風に感情を剝き出して暴言を吐いたりしてな。普段はおとなしいし、成績もかなりいいから、周りからも頭がいい無愛想な奴って言われがちだが、俺らから見れば、あいつは怒る時や泣く時、共に笑い合う時も感情を剝き出して行っているだけのただの幼馴染に過ぎねぇよ」

 

「それに、確かにあんな暴言を吐かれたら、怖いって思うかもしれないけど、それと同時に頼もしく思うんだ」

 

「頼もしく?」

 

コハルが疑問の声を出す中、ソウゴの隣で喋っていたコノハが続きを言う。

 

「うん。だって、トウガ君が感情を剝き出して怒る時は、必ず誰かのためって決まっているもん。さっきだって、あのまま攻略会議が進んでたら、ボス攻略が失敗して大勢の人が死んじゃいそうだったから、そうならないようにあんな風に怒ってまで、止めようとした。そうでしょ?」

 

「・・・そんなんじゃない。あいつらがいつまでたってもくだらないことで言い争っていたから、苛立って、つい、ムキになっただけだ」

 

コノハの言葉を否定したトウガだったが、心なしか頬が少し赤く染まっていた。

その様子にハルト達は、特に追求はせず、笑みを浮かべながら、トウガを見守るのであった。

「紅の狼」リーダー、トウガ。

攻略組からは、子供でありながら、高い指揮能力や評価されて、冷静かつ無愛想と言われがちだが、実際は、笑う時は笑い、怒る時は少し汚い言葉で怒る。けれども、それは誰かのためにという思いがある。

そんな友の新しい一面を知ったハルトは、第七層のボスを倒すべく、迷宮区へと向かった。




・特徴的な石
これに関しての説明は控えておきます。どんな石なのか、自分自身で確かめてください。

・久しぶり登場。フードを被ったアスナ
正体を隠すために、久しぶりにフードを被って、オークションに挑む!(なお、顔見知りには普通にばれる模様)

・お前らより少し多く渡した
渡した金額 エギル:5万
      アスナ:20万

・トウガブチギレ
感情を全てさらけ出したせいで、もの凄く口が悪くなりました。
※トウガのブチギレシーンはグラブルのあるキャラを参考にしました(ヒント:トウガのイメージCV福山潤)


SAO_UW17話を見て思ったこと
・エイジッーーー!ユナァーーー!
・少年期のPoHの声、ザントじゃん!?
・おや、キリトの様子が・・・


ということで、オークション回。別名トウガ、ブチギレて別キャラになる回は以上となります。
普段は冷静でクールなキャラで書いていたので、ブチギレシーンは一つ一つの口調を変えていかないといけなかったので苦労しました。(SAOIFだとリーファのシーンを如何に上手く修正することも含めて)
次回は七層のボス攻略となり、その次は番外編と予定です。

※今現在、番外編でどのイベントストーリーが読みたいのか、アンケートを取っていますので、もし、見たいなと思うものがあれば、遠慮せず、アンケートに答えてください。


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ep.15 第七層ボス攻略

今週のSAO、マジで最高だった。おかげで、モチベーションが上がり、早く投稿することができました。

第七層ボス攻略です。


第七層迷宮区ボス部屋前

迷宮区を難なく突破したハルト達、攻略組はついにボス部屋の目の前にたどり着いた。

 

「ALS、準備完了や!」

 

「DKBもいつでも行ける。号令頼んだぞ、リーダー」

 

キバオウとリンド、二人のギルドリーダーから準備完了の合図を聞いたハルトは、目の前の扉に立ち

 

「行こう!」

 

と言いながら、扉に手をかけようとしたら

 

’ギィーーー’

 

扉が勝手に開いた。

呆然としていたハルト達であったが、気を取り直して攻略組全員が一斉に部屋の奥になだれ込んだ。

ボス部屋の中は天井に夜空が浮かび上がっているが、壁の背景には石造りの柱などが立っており、どこか中世ヨーロッパのコロシアムを感じさせるような雰囲気だった。

その雰囲気に誰もが飲まれていると、部屋の中心が突如光り出し、それはたちまち姿を変えた。

どこか、トロールを思わせるそいつは、緑の巨体に、太っているように見える体は全て筋肉であり、その筋力で右手に巨大な片手棍を軽々と持ちながら、間抜けそうな顔で佇んでいる。

その巨大トロールの上に、いつも通りボスの名前が表示される。

《トール・ジ・アノーイング・トロール》。それがこの巨大トロールの名前だ。

ボスの迫力に後方にいる攻略組が圧倒される中、ハルトはHPバーの隣にあるボスの弱点のタイプを確認すると、クイックチェンジで武器を片手棍に変え

 

「総員!戦闘開始!打ち合わせ通り、タンク隊は前に出て、ボスの攻撃を受け止めながらヘイトを集めて!その隙にアタッカーが攻撃!」

 

『おおっ!!』

 

ハルトの指示に従い、散らばる攻略組。

こちらの存在に気付いた《トール・ジ・アノーイング・トロール》は正面にいるハルトを含む複数のプレイヤーに向けて、巨大な片手棍を振り上げたが

 

「カズヤ!」

 

「応!」

 

タンク隊のトウガとカズヤが振り下ろされた棍を盾で防いだ。

 

「オラァッよ!」

 

「ヤァ!」

 

その隙にザントが両手剣で《トール・ジ・アノーイング・トロール》の巨体を斬る。

それに続いて、アスナもレイピアで巨体を突き刺す。

強力な攻撃を食らった《トール・ジ・アノーイング・トロール》はヘイトを二人に向け、二人目掛けて棍を振り下ろしたが

 

「回避ッ!」

 

「へッ、遅ぇ!」

 

食らったらひとたまりもない攻撃を、軽々と回避し続ける二人。

 

「ALS!攻撃開始や!」

 

「DKB!前に出るぞ!」

 

そこにキバオウ率いるALSのアタッカー達が前に出て、《トール・ジ・アノーイング・トロール》に攻撃していく。更にリンド率いるDKBのアタッカー達も攻撃に参加する。

再生する隙も与えない連携攻撃を次々と食らっていく《トール・ジ・アノーイング・トロール》はこの状況を何とかしようと、薙ぎ払うかのように横から棍を振るが

 

「させるかよ!」

 

「みんなはやらせない!」

 

タンク隊のエギルとリーテンに防がれた。

攻略は順調だった。

タンク隊が《トール・ジ・アノーイング・トロール》の攻撃を受け止めて、その隙にアタッカーが攻撃しつつ、回避に専念。

リーダーが一人しかいないことで、皆、ハルトの指示に文句を言うことなく、素早く行動していて、着実にダメージを与えていった。

すると、《トール・ジ・アノーイング・トロール》のHPが半分になったところで、《トール・ジ・アノーイング・トロール》は突然、雄叫びを上げた。

何事かと、攻略組が警戒しながら見ていると、《トール・ジ・アノーイング・トロール》の体が真っ赤に染められ、HPバーの横に攻撃力上昇のバフが付与されていた。

 

「!?気を付けて!攻撃力上昇のバフが付与されている!タンク隊は引き続き攻撃を受け止めて!ただし、攻撃力が上がっているはずだから、HPが半分以下になったら他の人と交代して回復に専念!その隙アタッカーは回避に専念しながら攻撃!」

 

《トール・ジ・アノーイング・トロール》に変化が起きても、冷静に状況を見極めながら指示を出すハルトとそれに従う攻略組。

先程と同じように、タンクが攻撃を受け止めて、その隙にアタッカーが攻撃してダメージを与えていく。

攻撃パターンは先程と変わらなかったが、攻撃力が上がった分、タンク隊の消耗が激しい。

攻撃を受け続けてHPが半分以下になったトウガとカズヤは他のタンク隊にタンクを任せると、仲間たちのところに戻った。

 

「状況はどうだ?」

 

「まずまずだ。俺たちが攻撃を防いでいる間、アタッカーが攻撃し続けているが、この調子だとボスを倒しきる前にタンクが全滅し兼ねない」

 

ソウゴの問いに、回復しながら冷静に状況を分析しているトウガ。

この調子で行けば、タンクの回復が間に合わない。そうなれば、ボスのヘイトがアタッカーに向く。

軽装備のアタッカーが攻撃力が上がった《トール・ジ・アノーイング・トロール》の攻撃を食らえば、どうなるか分かったもんじゃない。

 

「(タンクが全滅する前に、何とか強力なソードスキルで削り切りたいところだが、今のままじゃあ無理だ。後二人、いや、一人でもいいから、強力なアタッカーが欲しいところだが・・・)」

 

そんなことを考えていると

 

「もういいんじゃないか?」

 

ソウゴが隣から話しかけてきた。

 

「いいって何がだ?」

 

「惚けんなよ。お前、そろそろあっち側に立ちたいって思ってんだろ?」

 

すっぽかしているトウガを、ソウゴは真剣な表情で問う。

その問いにトウガは無言であったが、ソウゴは言葉を続ける。

 

「お前がタンクになったのも、俺たちのためだってことは、みんな分かっている。けどよ、自惚れるつもりはねぇが、もう、みんながお前に守ってもらうほど弱くねぇことは、この場で誰よりも俺たちのことを見てきたお前が一番理解しているはずだ」

 

「・・・」

 

ソウゴの言葉に、トウガは何も返せずにいた。

すると、カズヤが大声を出した。

 

「だぁー!もう、しゃらくせぇ!いいから行きやがれってんだ!タンクなら、もう、俺一人で十分だ!お前言ったよな?SAOは遊びじゃねぇって。けどよ、ゲームではあるだろ?だったら、お前自身のやりてぇことをやんねぇでどうするんだ!?」

 

「カズヤ・・・」

 

真剣な表情で自身に問いかけるように喋ったカズヤを静かに見るトウガ。

そこにレイスとコノハも喋り出す。

 

「行ってくださいトウガさん!俺たちがこうして戦えるようになったのも、トウガさんのおかげっす!」

 

「僕らはもう大丈夫。君にたくさんの勇気を貰ったから」

 

「だから!」とコノハは息を吸って大声で叫んだ。

 

「行って、リーダー!君が僕らを助けてくれたように、今度は僕らが!君のなすべきことを果たすために、全力で君をサポートする!」

 

「!?」

 

コノハの言葉にハッとしたトウガはソウゴ達に笑みを浮かべると

 

「ありがとう、みんな」

 

お礼を言いながら、ハルトの方へ走っていった。

仲間たちに見送られながらトウガは、指揮に集中しているハルトに声を掛ける。

 

「ハルト、一ついいか?」

 

トウガに声を掛けられ、《トール・ジ・アノーイング・トロール》の方を警戒しながら、振り向くハルト。

すると、彼からハルトにとって、理解できない一言が伝えられた。

 

「今から俺はタンクを捨てる」

 

「え?」

 

タンクであるトウガがタンクを捨てる。

その意味が分からず、問いだそうとしたハルトだったが、トウガはクイックチェンジで持っている武器を剣と盾から、短剣のみに変えると、《トール・ジ・アノーイング・トロール》に向かって飛び出した。

 

「ちょっ、トウガ!?」

 

ハルトが驚きの声を上げる中、トウガは真っ直ぐ《トール・ジ・アノーイング・トロール》の方に近づいていき

 

「ハッ!」

 

<ミスティ・エッジ>で攻撃しながら、《トール・ジ・アノーイング・トロール》の後ろへ移動した。

驚異的な速さで体を切り刻まれた《トール・ジ・アノーイング・トロール》は一瞬、何が起きたのか分からない的な表情をしていたが、後ろを向き、自身を斬ったと思わしき人物を見つけると、後ろにいるトウガ目掛けて巨大な片手棍を持っていない左手で拳を振り下ろしたが

 

「遅い」

 

拳がトウガに当たる直前にトウガはジャンプして躱し、更に《トール・ジ・アノーイング・トロール》の拳が振り下ろされた腕に足を着地させると、またジャンプして、今度は《トール・ジ・アノーイング・トロール》の体に目掛けて跳び、空中で<スライス>を発動させて、その巨体を切り刻んだ。

二度も自身の体に傷を付けられた《トール・ジ・アノーイング・トロール》はその人物を憎らし気に見ながら攻撃するも、トウガはその驚異的なスピードで全て回避しながら攻撃していき、着実にダメージを与えていった。

 

「す、凄い・・・」

 

「なんか、いつものトウガさんと違うね・・・」

 

普段知っているタンクのトウガと違って、素早い動きで敵の攻撃を回避しながら強力なソードスキルを何発も撃っているトウガの戦闘スタイルに圧倒されていたハルトとコハル。

 

「あれが、トウガ本来の戦闘スタイルだ」

 

呆然と見ている二人に、ソウゴがハルトの隣でそう呟いた。

 

「本来の戦闘スタイル?」

 

「ああ。あいつは昔からどのゲームでも、指示を出しながら、攻撃して素早く攻撃を躱す、ヒット&アウェイスタイルなんだが、SAOがデスゲームだと分かって以降、俺たちがSAOに慣れるまで、タンクをしてたんだ」

 

「元々は俺がタンク役だったけどよ、どうも上手くいかなくてな。そしたら、ある日、あいつが俺が慣れるまで、自分がタンクをやるって言ってきたんだよ。当然、最初はみんな止めたけどよ、いざやってみたら、マジでタンクをしていやがるから、すげぇよ、あいつは」

 

ソウゴの隣でカズヤも自慢げにトウガを評価する。

 

「けど、私たちと一緒に行動した時もトウガさんはずっとタンクでしたよね?なのに、あそこまで、短剣の熟練度が高いということは・・・」

 

「コハルの想像通りだ。あいつは普段は片手直剣と盾の熟練度を上げていたが、密かに短剣の熟練度も上げてたんだ」

 

それを聞いたハルトとコハルは驚いた。

武器の熟練度を上げることが容易でないことは、自分たちだって実際に経験している。

しかし、ソウゴの話が本当なら、ただでさえ、タンクのスキルが高いというのに、それ以上に短剣の熟練度を、トウガは自分たちの知らない所で上げていたことになる。

トウガの新たな事実に驚いていると、カズヤが頭に手を当てながら話し出す。

 

「まあ、要するに・・・アタッカーになった時のあいつは、マジで強ぇぜ」

 

自分たちのリーダーを自慢げに語ったカズヤは、《トール・ジ・アノーイング・トロール》の方を見る。

向こうでは、攻略組が奮戦している中、トウガが跳んで、《トール・ジ・アノーイング・トロール》の顔面に短剣を突き刺した。

すると、《トール・ジ・アノーイング・トロール》が突然動きを止めた。

 

「動きを止めたで!」

 

「今だハルト!《滅却の結晶》を使え!」

 

トウガの叫び声に応じて、ハルトはストレージから《滅却の結晶》を取り出し

 

「いっけーーー!」

 

《トール・ジ・アノーイング・トロール》に《滅却の結晶》を掲げると、《滅却の結晶》が光り出し、その光を浴びた《トール・ジ・アノーイング・トロール》は雄叫びを上げながら苦しみ出した。

 

「総員、一斉攻撃!」

 

『うおぉーーー!!!』

 

ハルトの掛け声に続いて、攻略組は一斉に《トール・ジ・アノーイング・トロール》に攻撃した。

全方位から強烈なソードスキルを食らった《トール・ジ・アノーイング・トロール》は、床に膝を付けた。HPバーを見てみるとゲージがどんどん減っていく。

 

「やったか?」

 

キバオウが小さく呟く。他のプレイヤー達もHPが減っていく《トール・ジ・アノーイング・トロール》を安堵の表情で見ていたが

 

「ゴオォーーー!」

 

「いや!?再生したぞ!」

 

見る見るうちに減ってきていた《トール・ジ・アノーイング・トロール》のHPが突然増えた。いや、回復し始めた。

 

「そんな!無敵状態は解除したはずなのに」

 

リーテンが悲鳴に似たような声を上げる中、《トール・ジ・アノーイング・トロール》は棍を上に振り上げた。

 

「マズい!大技が来るわよ!」

 

アスナが攻略組の面々に向かって叫ぶが、《トール・ジ・アノーイング・トロール》は振り上げた棍をDKBの面々に向けて振り下ろした。

 

『うわぁーーー!!』

 

未だに攻撃力上昇バフが付与されている強力な攻撃を食らったDKBの大半が吹き飛ばされ、大ダメージを食らったプレイヤーも少なくはなかった。

 

「くそ!DKBの陣形が崩された!」

 

「誰かフォローしないと!」

 

エギルとコハルが声を上げる中、ハルトは焦りつつも冷静さを保ちながら攻略組に指示する。

 

「重装備のタンクはすぐに倒れた人たちのカバーを!」

 

「私が行きます!」

 

ハルトの指示に真っ先に答えたリーテンが前に出た。

《トール・ジ・アノーイング・トロール》がもう一度、棍を振り上げて、倒れているリンドやシヴァタを含むDKBの主力部隊に攻撃しようとしたが

 

「させるかーーー!」

 

リーテンが盾で《トール・ジ・アノーイング・トロール》の攻撃を防いだ。

 

「皆さん!今のうちに体制を立て直してください!」

 

「よし!DKBは倒れている仲間の回復を!その間、ALSはDKBの人たちが回復し終えるまでボスの注意を引き付けて!もう一度、削り切る!」

 

「よ、よし!みんなの回復を急げ!主力部隊が回復しだい加勢するぞ!」

 

「よっしゃー!行くでALS!もういっぺん削り切ってやらぁ!」

 

ハルトの指示に従い、再度《トール・ジ・アノーイング・トロール》に攻撃し始めた攻略組。

そんな中、トウガは別のことを考えていた。

 

「(あのボス・・・キズメルは無敵状態を解除するために《滅却の結晶》が必要だと言っていたが、解除しても再生能力がある以上、削り切れない・・・何かあるはずだ。無敵状態の他に再生能力も解除する何かが・・・まさか!?)」

 

《トール・ジ・アノーイング・トロール》について考察していたトウガは、何か閃いたようだが

 

「ボスの動きが止まった!」

 

ハルトの言葉に我に返り、様子を見てみると先程と同じように動きを止めた《トール・ジ・アノーイング・トロール》の姿があった。

 

「今だアスナ!《滅却の結晶》を!」

 

「了解!」

 

アスナが《滅却の結晶》をストレージから出す中、トウガは迷っていた。

 

「(どうする・・・もし、俺の想像通りなら、このままだと、失敗する・・・アスナが《滅却の結晶》を使うタイミングであれを使えば、あのボスを倒せるはずだ・・・だが、もし、そうじゃなかったら・・・)」

 

自身の考察が合っているのかどうか。その瀬戸際にトウガは悩んでいたが

 

「!?」

 

突如、後ろから声が聞こえた。しかし、振り向いても誰もいない。

だが、その声は聞き覚えのある声で、はっきりとこう言った。

 

「今、お前の考えていることは、俺の知っていることと同じだ」と。

 

その言葉を聞いたトウガは、笑みを浮かべると、ストレージを開いた。

一方、アスナはストレージから《滅却の結晶》を取り出し

 

「これでどう!」

 

《トール・ジ・アノーイング・トロール》に《滅却の結晶》を掲げると、先程と同様、《滅却の結晶》は光り出し、《トール・ジ・アノーイング・トロール》は苦しみ出した。

これを見たハルトは先程と同様、いや、もっと強力なソードスキルで攻略組全員で攻撃し続けようと考えた。

 

「よし!総員、こう「まだ、するな!」・・・え?」

 

だからこそ、トウガが指示を制止させた意図が読めなかった。

ハルトを制止させたトウガは、そのまま《トール・ジ・アノーイング・トロール》に近づいた。左手に《滅却の結晶》を持ちながら

 

「これでどうだ!?」

 

そうして、ハルトやアスナ同様、《トール・ジ・アノーイング・トロール》に向けて《滅却の結晶》を掲げると、《滅却の結晶》は光り出し、その光を浴びた《トール・ジ・アノーイング・トロール》は特に変わらず、苦しんでいた。

 

「今だハルト!攻撃指示を!」

 

「う、うん。総員、一斉攻撃!」

 

『お、うおぉーーー!!!』

 

他の攻略組の面々も、トウガの奇行を呆然と見ていたが、リーダーの掛け声に我に返り、先程と同様《トール・ジ・アノーイング・トロール》に向かって一斉攻撃を仕掛けた。

攻撃を食らい続けた《トール・ジ・アノーイング・トロール》は、先程みたいに膝は付かなかったものの、怯んでおり、HPが回復することはなかった。

それを見たハルトは、一気に決めようと考えると、《トール・ジ・アノーイング・トロール》に向かって走りながら、隣を走っているトウガに声を掛ける。

 

「トウガ!僕があいつに刻印を付与させる!止めは任せた!」

 

「任せろ!」

 

トウガの返事を聞きながら、ハルトは《トール・ジ・アノーイング・トロール》目掛けて跳ぶと、片手棍を両手で握りしめ

 

「いっけーーー!!」

 

《トール・ジ・アノーイング・トロール》の頭目掛けて、<ウォータリング・フォール>で攻撃した。

頭を直接叩かれた《トール・ジ・アノーイング・トロール》は頭を抑えながら苦しみ出す。HPバーの隣に刻印のデバフが付いている状態で。

そして、ハルトが地面に着地すると同時に、トウガはそのままジャンプして《トール・ジ・アノーイング・トロール》に向かって跳ぶと

 

「終わりだ!!」

 

叫び声と共に空中で<ダーク・コンヴァージ>を発動させて、《トール・ジ・アノーイング・トロール》の体を斬った。

斬られた《トール・ジ・アノーイング・トロール》は雄叫びを上げていたが、トウガが着地すると同時にその体をポリゴン状に四散させた。

ボスが倒されてことで静寂と化したボス部屋。それと同時に攻略組の勝利の雄叫びが部屋中に鳴り響いた。

 

「ふぅー・・・」

 

無事にボスを倒してことで、ほっとしたようにため息を吐いたトウガ。

 

「お疲れ、トウガ」

 

そこにハルトや仲間たちが駆けつけてきて、彼らに気付いたトウガは、近づいていきハルトとハイタッチをした。

 

「コングラチュレーション。ナイス一撃だったぜトウガ。今回のMVPはお前だな。ただ、一つ聞きてぇんだけどよ、ボスが二回目の無敵状態になった時、どうしてお前はアスナの後に《滅却の結晶》を使ったんだ?」

 

トウガを賞賛したエギルだったが、トウガがしたことについて問いだす。

対するトウガは特に慌てることなく質問に答える。

 

「ああ、あのボスは確かに《滅却の結晶》を使えば、無敵状態は解除されたが、回復し出したから、無敵状態と同時に再生能力も解除する必要があると思ってな。だから、無敵状態が解除されたタイミングで《滅却の結晶》を使ったんだ」

 

「必要があると思ったって・・・大胆な奴だ、お前は」

 

咄嗟の判断でぶっつけ本番の行動をしたギルドリーダーにソウゴは呆れたように吐いた。

 

「・・・まぁ、俺と同じようにボスのからくりを知っていた奴が一人いたみたいだったしな」

 

「え?・・・誰もいませんけど?」

 

「いや、知らなくていいことだ・・・」

 

トウガは誰もいない空間に目を向けて、それに釣られて周りもトウガが見ている方を見たが、誰もいない。コハルが疑問の声を出したが、トウガは特に気にせず視線を元に戻した。

 

「それはそうと、何でトウガ君は《滅却の結晶》を持ってたの?それに、持っていたのなら、どうして攻略会議の時に言わなかったの?」

 

「ああ、オークション前にハルト達とエルフクエストをやっていたんだが、俺たちはハルト達と一緒に行動しただけで、パーティーを組んでいなかったんだ。そのせいで、システムは俺たちとハルト達はそれぞれ別々でクエストを攻略していると判断したみたいでな。ハルトが《滅却の結晶》をキズメルから貰った時に俺のストレージにもいつの間にか《滅却の結晶》が入っていたんだ。攻略会議で言わなかったのは、二つもあるなら、これは本当にヤバくなった時に使えばいいなと思って隠していただけさ。まさか、本当に使うことになるとは思っていなかったがな」

 

「人生、何が起こるか分からないな」とどこ吹く風のように喋るトウガを、ハルト達は呆れた様子で見ていた。

 

「ハルト」

 

トウガに呆れていると、新たに声を掛けられ、振り向くとキバオウとリンドがいた。

 

「今日はお疲れ。犠牲者を出さずにボスを攻略できたのも君のおかげだ」

 

「ワイらを信じてオークションに参加してくれたプレイヤー達にも面目が立った・・・おおきにな」

 

そう言うと、今度はトウガの方に向いた。

タンクであるはずの自分がアタッカーになったことや自分たちの知らないところで《滅却の結晶》を持っていたことなどを追求するつもりなのかと、少し警戒するトウガであったが

 

「あんたにも礼を言わないとな。ありがとうトウガ。あの時、君が一発怒ってくれなかったら、どうなっていたか分からなかった」

 

「あんさんには聞きたいこともあるけど、攻略会議の時に場を収めたくれたし、あいつらにワイらが存在することの意味を思い出させてくれたから、聞かんことでチャラにするわ・・・おおきにな」

 

意外と素直にお礼を言われたため、当の本人は

 

「あんたら・・・お礼、言えたんだな」

 

「一言余計や!」

 

「それくらい言えるわ!」

 

もの凄く失礼な返事をしたために、二人からツッコまれるのであった。

ツッコミを入れた二人は「ゴホン」咳払いしながら気を取り直すと

 

「それじゃあ、俺たちは八層のアクティベートをしていくよ」

 

「先に上で待っとるわ」

 

そう言いながら、キバオウとリンドはそれぞれギルドの面々を引き連れて、八層に向かった。

ボス部屋に残ったのは、中立の人間のみとなった。

 

「みんなはこれからどうするの?」

 

ハルトがこれからどうするのかを周りに聞き出すと

 

「俺は町に戻る。アスナやエギルに貸した分のコルを取り戻す」

 

「俺たちも戻って、ボス攻略でドロップしたアイテムやコルの整理をする。特に今回はLAボーナスもあるから、はかどりそうだ」

 

「俺も戻るぜ。アスナから借りたインゴットを陳列して客寄せ集めに使うつもりだ」

 

「私も戻るわ。今日のボス戦の成果をキリト君やアルゴさんに報告するから」

 

「みんな戻るんだね・・・僕らはどうするコハル?」

 

周りが町に戻る中、コハルに町に戻るか、八層に向かうか聞くと

 

「私たちも戻ろうよ。今日のボス攻略でハルトも疲れてるでしょ?」

 

「そうだね。・・・リーダーはこれで勘弁して欲しいよ・・・」

 

どこか疲れている様子で、そう呟いたハルトは息を吸い、笑顔で周りを見た。

 

「帰ろうみんな!」

 

こうして、第七層の激闘を制した少年たちは、それぞれの場所へ戻るのであった。




・<ミスティ・エッジ>
短剣の星3スキル。星3故にガチャで手に入りやすく、短剣スキルが揃ってなければ、使うことがある。

・トウガ本来の戦闘スタイル
タンク役だと思っていたが、実はヒット&アウェイ系のアタッカーでした。

・<ウォータリング・フォール>
片手棍の星4スキル。強力な一撃に加えて、次に与えるダメージが二倍になる刻印というデバフを付与させることができる。

・<ダーク・コンヴァージ>
短剣の星4スキル。単発攻撃であるため、膠着も少ないが、敵の毒状態を解除してしまうというデメリットがある。

・ボスのからくりを知っていた奴
これに関しても、SAOIFで分かるので、ぜひ、皆さんでプレイして頂いて、確かめることをお勧めします。


SAO_UW18話を見て思ったこと
・ただこの一言です・・・SAO最高!!


ということで七層編は以上となります。
リーファがいない分、オリキャラでどう補っていくかで、苦戦しましたが、何とかボス戦まで書ききることができました。
さて、ここで番外編を書きたいと思いますが、アンケートの結果、バレンタインとブライダルがほぼ同じということで、次回はバレンタイン(一年目)の話でその次がブライダル(一年目)の話にします。
また、サマーイベントの話も、二つの番外編が終わった後に書く予定の十層編の後に書くつもりですので、楽しみにしてください。


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女達の戦い!ショコラの道は甘くない

他のSAOIFのバレンタインイベントって、アリシゼーションのキャラが出るから、これしか書きやすいストーリーがないじゃん!と思いながら、書きました。

時系列としては、八層の攻略が進む前辺りです。


「決戦の時は来た!!」

 

始まりの町の転移門前の広場で大声で叫ぶクラインに、何事かといった様子で見るハルトとコハル。

ハルト達に気付いたクラインは、こちらに向かって来ると真剣な表情で語り出す。

 

「時は慶長五年、九月。数で圧倒する徳川軍と誇り高き豊臣軍は関ヶ原で激闘を繰り広げた。あれから、400年もの時が流れた今!アインクラッドにいる男たちは死して屍拾うもの無き合戦を繰り広げている!見える、見えるぜぇ・・・町に溢れかえっている茶色い甘みを抱えている女子たち。希望と紙一重の絶望、選ばれし男たちの栄光と選ばれぬ男たちの悲哀・・・その先にある見果てぬ夢。俺たちの輝かしきエルドラドが・・・」

 

「何言ってるのか分かる?」

 

「さぁ・・・おかしな物でも食べたのかな・・・」

 

訳の分からない事を語るクラインの言葉の意味が理解できず、ハルト達はその場から立ち去ろうとしたが

 

「ちょっと待て!てめえら!今日が何の日か分かってんのか!?」

 

クラインに呼び止められてめんどくさそうな表情をしながら振り向いたハルト達だが、何の日かと言われて、少し考えていたら思い出したかのように喋り出した。

 

「そういえば、今日はバレンタインか」

 

「そう!遂に始まっちまったんだよ!バレンタインイベントって奴がよう!」

 

「確かに。辺りにチョコレートをテーマにした飾り付けがされていますね。それにイベント専用のクエストもあるみたいですし」

 

クラインの言葉を聞いて、コハルが辺りを見渡しながらそう吐くが、少し暗い表情で喋り出す。

 

「でも、アインクラッドにバレンタインデーってあるのかな?・・・」

 

「お前は随分と悲哀だな・・・この手のイベントは楽しんだ者勝ちだ」

 

「・・・そうですね」

 

クラインの言葉に小さく微笑んだコハル。

 

「そんじゃ、俺はクエストを進めていくぜ!お前らもクエストをやりたけりぁあの人だかりの中心にいるNPCに話しかけてみな。じゃあな。いい、バレンタインにしろよ!・・・グフフフ・・・一人、クエストを華麗に進めていく俺を見て惚れてしまった女の子たちからチョコを貰えたりして・・・フハハハハハハ!!」

 

話を終えたクラインはハルト達に労いの言葉を送りながら去っていったが、その途中、一人、高笑いし始めたクラインに、ドン引きするハルト達であった。

 

「とりあえず、人だかりの中心にいるあのNPCに話しかけよう・・・と行きたいけど・・・あの人だかり・・・女の子しかいない!?」

 

気を取り直してクエストを受けようとしたハルトであったが、人だかりが全員、女子であることに驚くのであった。

 

「確かに女の子しかいないね」

 

「SAOの全女性プレイヤー達が集まっててもおかしくないね」

 

「こんなに女の子が集まることなんて、滅多にないんじゃないかしら」

 

「目的はみんな同じってことね」

 

「みんな!?」

 

ハルトの隣で喋っていたコハルだったが、話しかけてきたサチ、リズベット、アスナの同じ女子のプレイヤー達の存在に気付いて驚いた。

 

「みんなもバレンタインイベントに参加するの?」

 

「そらゃあ、期間限定イベントを見逃すだなんて、ゲーマーの名折れだからね」

 

「私もレベルが低くても気軽に楽しめて、チョコも貰えるイベントって聞いたから、やってみようかなって思って・・・」

 

「ほほーう・・・本当にそれだけかな?」

 

サチの言葉にリズベットが嫌な笑みを浮かべながらサチに近づいていく。

 

「な、何?」

 

「ホ・ン・トはぁ~気になるあの子にチョコをあげたいんじゃないの?」

 

「!?」

 

気になるあの子というのは、コノハのことである。

正月の時、二人が仲良く微笑み合うあの場面を見ていたリズベットは、サチがコノハにチョコをあげる為にイベントに参加しているのだと予想していた。

そんなリズベットの言葉に、サチは顔を赤くしていた。

そんな二人の様子を見て、アスナは微笑みながら二人に話しかける。

 

「フフッ、ここにいる女子はバレンタインに特別な思い入れがある人が大半なんじゃないかしら」

 

「ほほーう?アスナにはイベントに参加するト・ク・ベ・ツな理由がおありかな~?」

 

「・・・高難易度クエストが用意されているって噂があるのよ。挑戦したくなるでしょ?」

 

「それホント!?もっと詳しく教えて!」

 

「(上手く誤魔化したね。アスナ)」

 

今度はアスナを標的にしたリズベットだったが、アスナの繊細な話術に流されてしまい、その様子を見ていたコハルは苦笑いしていた。

 

「さて、お喋りはこのくらいにしといて、あたしはそろそろクエストをこなしに行くわ」

 

一通り話したところで、リズベットがそう言いながら、NPCの所に向かった。

その言葉を筆頭にアスナとサチもクエストを受けるため、NPCの所に向かった。

残ったハルトとコハルはその場に立ち止まっていたが

 

「ねぇ、ハルト。お願いがあるんだけど、このクエスト。私、一人で受けていい?」

 

「コハル!?」

 

コハルの突然のお願いに驚くハルト。

 

「ごめんね。急にこんなお願いして・・・でもね、さっきアスナ達の話を聞いて思ったんだ。理由や事情は様々だけど、みんな、大切な誰かに自分の作ったチョコを食べて欲しいという思いは同じなんだと思うの。私も、大切な人のためにチョコを作りたい。けど、そのためには、私自身が困難を乗り越えないとダメなの。あなたに頼ってばかりじゃ、私は自信を持ってチョコを渡すことができない」

 

「コハル・・・」

 

コハルの決意を聞いたハルトは迷っていた。

女の子たちが真剣に挑んでいる理由。それは、それぞれの大切な人に困難を乗り越えた先にある最高のチョコを食べて欲しいため。

コハルもまた、己の困難を乗り越えて、最高のチョコを作ろうとしていた。

けれど、もし、自分の知らない所で彼女が危険な目にあったしまえば・・・

ハルトの考えていることを感じ取ったのか、コハルは少し微笑みながら

 

「大丈夫。私は攻略組だよ。それに、これくらいの事を一人でもできるようにならないと、あなたのパートナーを名乗れないよ。だから、あなたも、あなたのパートナーを信じて」

 

「・・・分かった。僕も君を。僕のパートナーを信じるよ」

 

ようやく折れたハルトに、コハルは「ありがとう」とお礼を言うと、待ち合わせ場所を始まりの町の噴水広場に指定して、ハルトと別れるのであった。

 

 

 

 

NPCの菓子職人クロードの話によるとこうだ。

この季節に取れる《カカワピース》というチョコレートの材料が足りないから、フィールドにいるエネミーから《カカワピース》を集めてきて欲しいとのこと。

フィールドを駆け巡り、指定された数を集めてきたコハルだったが、今度はチョコレートの味、香り、食感を決めるための三つの素材を集めてきて欲しいとのこと。

順番に素材を集めていこうとしたコハルは、途中、アスナ、リズベットと再会した際、リズベットから「最近ハルトとはどう?」と質問されて、顔を赤くしたり、別の素材を集めている最中に、大勢のエネミーに追われてピンチになっていたサチを助け、その後、誰に渡すかで、サチが黒猫団の面々とコノハに渡そうって話でコノハとの出会いの話を聞いたりしながら、順調に三つの素材を集めた。

素材を渡したら、最後に仕上げとして《高揚の密》を集めて欲しいと頼まれたが、話の途中で出てきたクロードの「究極のチョコレートを手に入れるかもしれない」という言葉に疑問を持ったコハルは、丁度、最後の素材集めのところまでいったアスナ、リズベット、サチと再会し、互いの情報を共有し合うのであった。

 

「つまり、クエストの進み具合はみんな同じくらいなのね」

 

アスナの言葉に頷くコハル達。

 

「後は、仕上げの素材だけど、やっぱり、究極のチョコレートについて気になるよね」

 

コハルがそんな風に喋る中、リズベットが少し疑問に満ちた表情で喋り出す。

 

「そもそもの話なんだけどさ。これって、バレンタインのイベントでしょ?依頼人が菓子職人なのに、内容がチョコレート作りだとすると、違和感があるのよ」

 

「違和感?・・・確かに、お菓子作りのためにモンスターを倒すのは、不思議に感じたけど・・・」

 

「のんのん。私が言いたいのは、リアルのバレンタインなら必ずあるものがないってことよ」

 

サチの言葉を否定すると、リズベットはリアルのバレンタインの話を持ち出しながら、問いだす。

 

「もしかして・・・手作り?」

 

「チョコレートの材料自体が手に入らない?」

 

コハルとアスナの言葉に、リズベットはうんうんと頷いた。

 

「依頼人が自分の調理スキルを自慢してくるくせに、プレイヤーは彼のために素材を集めだけで、手作りチョコが用意できないことなんてある?」

 

「そうね・・・でも、プレイヤーがチョコレートのレシピを編み出したなんて話は聞いたことないわ。クエストで集めた《カカワピース》も、どう見てもチョコレートの精製前の原料だし・・・」

 

手作りのチョコレートが作れないことに悩んでいた四人であったが

 

「・・・クロードさんに聞いてみようよ」

 

コハルがふと口を開いた。

 

「そうね。究極のチョコレートについて、何か知っている素振りもしていたしね」

 

コハルの提案をアスナが受け入れ、二人も賛成したかのように頷いた。

早速、四人はクロードに話しかける。

 

「おや、《高揚の密》はもう集めたのですか・・・」

 

「クロードさん。手作りチョコの作り方を教えてくれませんか?」

 

「あんた言ってたわよね?『今の私たちなら究極のチョコレートを手に入れれるかもしれない』って」

 

「そ、それは・・・」

 

すると、クロードは困ったような表情をしたが

 

「・・・あなた方にはそれほどの覚悟があるのですか?」

 

真剣な表情で問いかけるクロードに対して、力強く頷くコハル達。

 

「・・・分かりました。全てをお話ししましょう。」

 

コハル達の決意を見て、観念したかのようにクロードは究極のチョコレートについて語り出す。

 

「皆さんが倒していったモンスター《ショコラ・モンスター》。実は彼らはごく普通のモンスターなんですが、この季節になると、ある存在によって染められてしまうのです。《カカワピース》の原料をモンスターに与え、体内で《カカワピース》に変えることで、それを自身の餌にする恐るべきモンスター・・・《ショコラティエ・ハートシーカ》に!」

 

「恐らく・・・今回のイベントボスはそいつね」

 

クロードの話を聞いてたリズベットが、正月イベントでもイベントボスがいたことを思い出しながら、クロードの言った《ショコラティエ・ハートシーカ》がバレンタインイベントのボスだと予想した。

その隣で、アスナがボスについて、クロードに質問する。

 

「そのボスって強いんですか?」

 

「《ショコラティエ・ハートシーカ》とは、この大地に魔力が存在していた頃、とある宮廷料理人が、禁忌の魔法に手を出して、それに飲まれて魔物化した存在です。それが、何百年も経って尚、その力は増していると言われております」

 

クロードの説明を聞いて、顔をしかめるコハル達だが、そんなコハル達にクロードは「しかし」と言葉を続ける。

 

「その身に宿した魔力の塊は、年を重ねたことで純粋な結晶と化し、それを手に入れた者に大いなる力をもたらします。それこそが《ショコラオーブ》。そして、それを錬成して作った魔法器具、《ショコラティエ・ボウル》は凄まじい力を発揮します」

 

そう言うと、少し口ごもりながらも、クロードは真剣な表情で語る。

 

「その力とは、どんなに調理スキルが低い者。それこそ、生まれて一度も料理をしたことない者でも、美味しいお菓子が作れるという」

 

クロードの説明を聞いて、コハル達は驚いた。

何せ、生まれて一度も料理をしたことない者でも、美味しいお菓子が作れるということは、その《ショコラティエ・ボウル》は余程チートなアイテムであると言える。もっとも、デスゲームであるSAOでは、あまり意味はないが・・・

そんなことを思っている中、クロードは下に俯いた。

 

「少なくとも、あの味はワタクシがどんなに技術を磨いても、一生超えることができない!究極のチョコレートとは、ワタクシにとって敗北の味でもあるんです」

 

「それで話したくなかったんですね。自分の作るチョコレートよりも美味しいものができると思ったから」

 

コハルが納得したかのように言うが、クロードは首を横に振る。

 

「勿論それもありますが、あなた方が心配なのです。先程もおっしゃいましたが、彼らはとても強い。しかも、戦う者にはある資格が求められます」

 

「資格?」

 

「はい、愛情でも友情でも構いません。心を通じ合わせた二人一組の挑戦者たちの熱い絆が、彼らを呼び寄せるのです」

 

心を通じ合わせた二人一組の挑戦者の言葉に、思い悩む四人。

そんな四人の様子をよそに、クロードは真剣な表情で問いだす。

 

「あなた方には二つの選択肢があります。《ショコラオーブ》を諦めてワタクシに全て任せて最高のチョコレートを手にするか、《ショコラティエ・ハートシーカ》を倒して究極のチョコレートを作るか」

 

クロードに選択を強いられた四人は、一旦相談すべくクロードから離れた。

 

「何だか頭がこんがらがってきたわ」

 

クロードの説明を一通り聞いたリズベットが頭を抑えながら喋った。

 

「情報を整理しますね。チョコレートを手作りするためには、心を通じ合わせた二人一組のパーティーを組んで、イベントボスを倒さないといけない。もし、挑戦しないなら、クロードさんにチョコレートを作ってもらう」

 

「二人だけでボスと戦う・・・手作りするにはそれしかないんだよね・・・」

 

コハルが情報を整理し、その横でサチが不安げな表情で喋る。

すると、アスナが真剣な表情をしながら

 

「・・・みんなは、どうするの?」

 

他の三人にボスに挑戦するのか聞いてきた。

しばらく、思い悩んでいた三人だったが、ふとコハルが口を開いた。

 

「・・・私は挑戦したい。ここまで頑張ってきたんだから諦めたくない」

 

「そうね。それに、目の前に高難度のクエストがあって、挑まないMMOプレイヤーはいないわ。あたし達なら何とかなるわよ」

 

「・・・私も・・・やれるだけやってみたい。ここで逃げたら、きっと後悔すると思う」

 

「決まりね」

 

三人の決意を聞いて、アスナは決まりだといった表情で笑った。

ボスに挑戦すると決まったところで、サチが不安げな表情で喋り出す。

 

「でも・・・まずはボスの情報が欲しいかな・・・」

 

「なら、まずはアスナとコハルで行けばいいじゃない」

 

リズベットがアスナとコハルで行くように提案してきた。

それに対して、二人は互いの顔を見合わせると

 

「そうね。この手の偵察なら、攻略組である私たちがさっきに行ったほうがいいわよね」

 

「それに、アスナとはフロアボスの時や攻略の時に何回も連携しているから大丈夫だよ」

 

笑みを浮かべながら、賛成した。

 

「それじゃあ、私はサチと組むことになるわね」

 

「う、うん・・・でも、上手くやれるかな・・・」

 

未だ不安そうな表情をしているサチに、リズベットは力強くサチの肩を叩いた。

 

「大丈夫よ。理由は違えど、ここにいるみんなは同じ目的でここにいる。それに、こうしてクエストを乗り越えてきた仲間なんだし、自信持ちなさいよ」

 

「リズベットさん・・・ありがとう。私、頑張ります!」

 

リズベットの励ましに、力強く頷いたサチ

 

「それじゃあ、あたし達はここで待っているから」

 

「頑張ってね、二人共」

 

リズベットとサチに見送られながら、二人はクロードの所に向かった。

 

 

 

 

クロードに案内されたフィールドは辺り一面にお菓子の壁や床で満たされていた。

 

「何だか、お菓子の家みたいだね」

 

コハルが辺りを見渡しながら、フィールドの印象を言う。

すると、突然、光が現れて、それはたちまちを変えて茶色いクマになった。

そのクマは少し大きいが、頭にシルクハットのような物を被っており、背中にはチョコレートクリームみたいなのが乗っていた。

 

「コハル!」

 

アスナが掛け声を言うと同時に、クマが二人に向かって突進してきたが、それぞれ左右に避けた二人。

躱されたことで、動きを止めたクマに、アスナがレイピアで攻撃しようとしたが

 

「グオォ!」

 

「キャ!?」

 

クマがどこから持ち出したのか分からないカカオ豆擬きをアスナに向けて投げつけた。咄嗟の攻撃に何とか反応して避けたアスナ。

 

「アスナ!?」

 

その光景を見ていたコハルは、思わず声を上げたが、クマはコハルの方を向くと

 

「キャ!?あ痛!」

 

今度は自信の巨体ごとジャンプすると、コハルを押し潰すかのように飛び込んだ。

慌てて躱したコハルだったが、地面に着地した時の衝撃に巻き込まれ尻餅を着いた。

しかし、クマは先程の攻撃の際に腹から着地したことで、隙ができた。

その隙を逃さず

 

「ヤァーーー!」

 

「グオォ!?」

 

アスナがレイピアで攻撃した。

攻撃されたクマは、慌てながらも二人から距離を取った。

その隙にアスナがコハルに話しかける。

 

「ボスがあの攻撃をしたタイミングを狙いましょう」

 

「分かった。それじゃあ、なるべく遠くに引き付けるね」

 

さっきの攻撃は、自分が少し遠くにいたら行われた。

なら、同じように距離を取れば、さっきの攻撃してくるだろう。

そう考えたコハルはクマの方を向くと

 

「おーい!クマさん!こっちだよー!」

 

クマに向かった声を掛けた。

その行動が功を奏したのか、クマは先程と同じようにコハル目掛けて飛び込んだが、今度はスムーズに避けるコハル。

クマは先程と同様、腹から着地したことで、隙ができ、その隙にアスナとコハルがレイピアを構えて

 

「「ヤァーーー!」」

 

<シューティング・スター>で攻撃した。

強力なソードスキルで攻撃されたクマは、その巨体を跳ね上がらせた。

その隙に丸出しになった腹部分を

 

「これで!」

 

「終わりよ!」

 

<ライジング・エイガー>で切り裂いた。

腹部分を切り裂かれたクマは雄叫びを上げたら、前から倒れてポリゴン状に四散した。

 

「二人で倒せた・・・良かった・・・」

 

「お疲れ様コハル。《ショコラオーブ》も手に入ったし、みんなに胸張って報告できるわね」

 

ボスを倒したことに安堵するコハルと、その隣で笑顔で話しかけるアスナ。

 

「アスナもお疲れ様。これで、胸を張ってキリトさんにチョコレートを贈れますね」

 

「ええ、そうね・・・って、どうしてキリト君が出てくるのよ!?」

 

コハルから出てきたキリトの言葉に、慌てて反応するアスナ。

若干顔が赤くなっているアスナに、コハルは笑みを浮かべながら続ける。

 

「このクエストだって、キリトさんにチョコレートを渡したいから受けたんでしょ?」

 

「ち、違うわよ!?さっきも言ったけど、高難易度クエストが用意されているって噂に興味を持っただけで、別にキリト君のために受けたわけじゃないわよ!」

 

「フフフ・・・アスナ、顔真っ赤かだよ」

 

慌てて否定したアスナだったが、アスナの顔が赤くなっていることに気付いたコハルは笑みを浮かべながら指摘した。

アスナは恥ずかしながらコハルを睨んでいたが

 

「そういうコハルこそ、ハルト君にチョコレートを渡したいからクエストを受けたんじゃないの?」

 

言われっぱなしだと面白くないと思ったアスナはコハルに反撃しようとしたが

 

「そうだよ。私はハルトに最高のチョコレートを食べて欲しいから、クエストを受けたんだよ」

 

「え!?」

 

予想外の反応に思わず固まるアスナ。

 

「ハルトだけじゃない。キリトさんやザントさん。私がこの世界でお世話になった人たちに感謝を伝えたいと思ったから」

 

「コハル・・・フフッ、素敵な理由ね。まぁ、私もそういう感謝の気持ちを伝えたいと思って渡すつもりだけどね。キリト君だけじゃない。ハルト君やザントさんとか・・・」

 

コハルの気持ちを聞いたアスナは、笑みを浮かべながら自身の思いを語った。

しばらくの間、微笑み合っていた二人であったが

 

「戻ろう!アスナ」

 

「ええ!みんなにもきちんと報告しないとね」

 

そう言うと、二人はリズベット達が待っている場所まで戻るのであった。

 

 

 

 

無事戻ってきたコハルとアスナは、リズベット達にボスの特徴を教えた。それを聞いたリズベット達も挑戦して、難なくクリアすることができた。

その後、四人は手に入れた《ショコラオーブ》をクロードに渡すと、クロードは《ショコラティエ・ボウル》を作るために、どこかへ行ってしまったが、数分後に戻ってきた。

 

「完成しました。後はこちらの素材をボウルに入れるだけで、思うがままのチョコレートを作ることができますよ」

 

そう言いながら、クロードは四人に《ショコラティエ・ボウル》を渡した。

 

「クロードさんは使わないんですか?」

 

「使いませんとも。あなた方の絆の強さ。信じあう心が悪しき者を打倒する姿を見て、目が覚めました。ワタクシに足りてなかったもの。それは、自分自身の力の信頼。・・・今まで幾度も修行し、積み重ねてきた調理スキルこそが、ワタクシ自身の才能と努力・・・しかし!魔力が込められているボウルというのは・・・」

 

「あのー、クロードさん。長くなりそうなので、適当に切り上げてくれませんか?」

 

「失礼ですよ、君」

 

長々と語り出したクロードにダメ出ししたリズベットを、どこか悲哀に満ちた表情で見つめたクロードは「ゴホンッ!」と咳払いすると

 

「とにかく、より高い理想を目指して頑張ります!ということです」

 

高々に宣言した。

クロードの宣言に苦笑いしていたコハル達をよそに、クロードはお辞儀よく礼をすると

 

「それでは皆さん。究極のチョコレートをお楽しみください!」

 

そう言いながら、クロードは去っていった。

コハル達はしばらくの間、去っていったクロード達を黙って見ていたが

 

「作ろうみんな!究極のチョコレートを!」

 

「「「おおーーー!!」」」

 

コハルの掛け声に力強く反応した三人。

その後、彼女たちは借り家のキッチンで究極のチョコレートを作るのであった。

 

 

 

 

コハル達がクエストを受けて、随分と時間が立ち、日もすっかり暮れていた。

それでも、ハルトはこの夜の町で、パートナーの帰りを待ち続けていた。

その時、向こうから自身を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おーい、ハルト!」

 

その声を聞いて、ハルトは安堵した。

あまりにも遅かったから、メッセージを送ろうとも考えていたが、昼の彼女の言葉を信じ続けようと決めていたハルトは、無事戻ってきたコハルの下へ走っていく。

 

「ごめんね、心配かけちゃって・・・」

 

「ううん、無事に戻ってきて何よりだよ・・・それで、その包みは?・・・」

 

コハルの右手に持っている包みに気付いたハルトはそのことについて聞くと、コハルは「あ!」と驚いた表情になったが、「ゴホン!」と咳払いすると、顔を赤くしながら、その包みをハルトの前に差し出した。

 

「私の気持ちです!受け取ってください!」

 

恥ずかしながらも、ハルトにチョコレートを渡すコハルを見たハルトは

 

「ありがとう」

 

笑みを浮かべながらチョコレートを受け取った。

チョコレートを受け取ったハルトはどんなチョコレートなのか、興味深々な表情で箱を見て、それを見ていたコハルは小さく微笑むと

 

「私、あなたに出会えて良かった」

 

「え?」

 

突然の言葉にハルトは驚く中、コハルは言葉を続ける。

 

「もし、あの日、あなたに出会えていなかったら、私はログインしていなかったと思う。あの日、あなたが戦い方を教えてくれて、私はここにいていいんだってそう思えたの。だから、私がこうしてここにいるのも、あなたが傍にいてくれたおかげ」

 

「コハル・・・」

 

未だに某けているハルトに、コハルは「だから」と息を吸うと

 

「これからも、ずっと傍にいてくれる?」

 

「!?・・・勿論!約束するよ」

 

コハルの願いを伝えられたハルトは彼女の手を握りしめながら約束した。

互いの手を握りしめ合いながら、見つめ会っていたハルトとコハルだったが

 

「それじゃあ、宿に戻って一緒に食べよう」

 

「え?」

 

ハルトの言葉に今度はコハルが驚いた。

 

「せっかくコハルが作ってくれたんだからさ、一人よりも二人で食べた方が美味しいはずだよ!」

 

「ハルト・・・うん!一緒に食べよう!」

 

笑顔で語るハルトに対して、コハルもまた笑顔で返した。

こうして二人は宿に向かった。互いの手をつなぎながら・・・

夜道を歩く二人の間には、僅かだがそこに'愛'があった。

 

 

 

 

<オマケ>

それぞれのバレンタイン

 

・キリトの場合

「たく、アスナの奴・・・もう少し、まともに渡せないのかよ・・・アムッ・・・結構、美味いなこのチョコ・・・」

 

 

 

 

・「紅の狼」の場合

「なんか、町に出たら、女性プレイヤーから大量のチョコを貰ったんだが」

 

「ああ、俺もこっちによってかかってきた女共から貰った」

 

「マジかよてめえら!仮想世界でも貰えるなんて、どんなチート使ってんだよ!俺なんて一個も・・・」

 

「大丈夫っすよ!カズヤさんは男前だから、来年は貰えるっすよ!」

 

「可愛いって理由で何個も貰ってるてめえに慰められても嬉しくねぇよ!」

 

「コノハは貰ったのか?」

 

「え!?う、うん。一応は・・・ね」

 

 

 

 

・ザントの場合

「・・・悪くねぇ」

 

 

 

 

・クラインの場合

「よっしゃー!チョコを作れたぞ!・・・自分へのご褒美だぁ・・・ハハハ・・・ちくしょーーーーーー!!!!!!」




・主人公(ハルト)不在
SAOIFだと、当然、一緒に行動しますが、今回はお留守番とさせて頂きました。

・クロード
このイベントのみに登場するNPC。NPCでありながら、感情豊かなお人。

・<ライジング・エイガー>
細剣の星4スキル。季節限定スキルでもあり、それなりの威力も持っているが、最近は使っている人は見かけない。

・お世話になった人たち
「紅の狼」の面々「・・・・・・」(彼らを入れなかったのは、コハルの中では彼らはハルトの友達という認識で、お世話になったという認識がなかったからです。また、アスナも何回かパーティーを組んで戦ったハルトや七層でコル集めを手伝ってもらったザントと違って、「紅の狼」の面々は現段階では共にSAOを攻略する仲間だとしか思ってないからです)


バレンタインでチョコを貰った数
ハルト・・・4個(コハル、アスナ、サチ、リズベット)

キリト・・・2個(アスナ、コハル)

トウガ・・・大量(大勢の女性プレイヤー達)

ソウゴ・・・大量(大勢の女性プレイヤー達)

レイス・・・大量(大勢の女性プレイヤー達)

コノハ・・・1個(サチ)

ザント・・・2個(アスナ、コハル)




カズヤ、クライン・・・0個


カズヤ、クライン。お前らは泣いていい・・・
ということで、以上バレンタインストーリーでした。
SAOIFと違って、主人公(ハルト)がいないストーリーにしてみましたが、どうだったでしょうか?
次回はブライダル一年目(サプライズ・ウェディング)のイベントストーリーの話になります。


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サプライズ・ウェディング

2018年6月、スキルレコードにウェディングコハルが登場した時の作者

「ゴフッ!」

2019年6月、イベントストーリーでウェディングコハルの一枚絵を見た時の作者

「グハッ!」

ということで、毎年、作者を殺してきたストーリー。ブライダルイベント(一年目)編です。

時系列としては、九層の攻略が終わった後です。



六月の花嫁ことジューンブライド。

それは六月に結婚式を挙げると、一生涯にわたって幸せな結婚生活を送ることができるという。正に女子にとって憧れのウェディングである。

それにちなんで、ここアインクラッドでも、六月にウェディングに関するイベント。ブライダルイベントが行われていた。

 

「見てハルト!あそこに白いドレスを着た美人さんがいるよ!」

 

コハルもまた女子ゆえか、このイベントにテンション高く参加していた。

コハルが指を指した先には白いドレスを着た女性が立っている。

 

「上に!マークがある。ということは、あの人がクエスト専用NPCかな?」

 

「ジュリーって書いてあるよ。あの人の名前みたい。クエストを受けたら、私たちも結婚式に参加できるのかな?行ってみようよ!」

 

「あ!?待ってコハル!」

 

クエストNPCの下にダッシュで向かうコハルを慌てて追いかけるハルト

NPCの女性に近づいたコハルはそのまま話しかける。

 

「あ、あの!ご結婚おめでとうございます!」

 

女性は純白のウェディングドレスを着ていて、花嫁だと思ったコハルは少し緊張気味にお祝いの言葉をかけた。

しかし、女性はコハルのお祝いの言葉に反応せず、その場に泣き崩れた。

 

「ううっ・・・助けて・・・私、もうダメかも・・・」

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

突然、泣き出した女性に、コハルは慌てながらも泣き出した理由を問う。

 

「私、今日の式に出られないの・・・」

 

「なんでですか!?ジュリーさんは花嫁さんなんですよね?」

 

「ええ・・・でも、今日になって彼の様子がおかしくなって・・・」

 

「彼?・・・もしかして、新郎のことですか?」

 

ハルトの質問にコクリと頷いたジュリー。

その隣でコハルが不安そうな表情で問いだす。

 

「でも、そうなると式はどうなるんですか?」

 

「・・・式自体はもう中止にできないのよ・・・だから、私の代わりに花嫁として出てくれる人を探しているわ。ただし、条件があって・・・強い冒険者であること。それを満たせる花嫁代理を探してくれないかしら?」

 

強い冒険者を探して欲しい。それも花嫁代理ということは女性限定だろう。

ハルトがそんなことを思っている中、コハルが更に問いだす。

 

「あの、式が中止になったら、ジュリーさんの婚約も破棄されるんですか?」

 

「いいえ、私は彼と入籍するつもりよ。彼とは幼馴染で、今まで辛いことや苦しいことが何回もあったけど、全部乗り越えてきたわ。私は何があっても彼を愛し続けるって決めたから」

 

「そこまで強い思いが・・・」

 

ジュリーの思いを真剣な表情で聞いたコハル。

 

「花嫁代理として強い冒険者を連れてきて」

 

「分かりました!」

 

クエストを受注した二人は、情報を整理すべく、広場に向かった。

 

「どう思うコハル?一応クエストは進んだみたいだけど・・・」

 

「うん。なんでジュリーさんは相手のことを愛しているのに、式に出られないんだろう・・・」

 

「やっぱりそう思うよね。さっきの話に式に出られない理由は話してなかったし、明らかに不自然なんだ・・・何か裏があると思う」

 

クエストについて、色々と考察し合う二人だが、中々いい答えが見つからない。

やがて、痺れを切らしたコハルがパンッと両手を叩き

 

「とにかく!クエストが始まったから、強い冒険者を探そう!・・・強い冒険者ってことはプレイヤーの中から探せってことかな?・・・」

 

そう言いながら、コハルは花嫁代理を探すべくフィールドを回るのであった。

 

「・・・(ジィー)」

 

ハルトが自身を見つめていることに気付かないまま。

 

 

 

 

花嫁代理を探すために、イベント専用フィールドを歩き回っていたハルトとコハル。

その途中、何人か知り合いにも会い、花嫁代理をやらないか頼んだが

 

・アスナの場合

「そうね・・・手伝ってあげたいけど、今、別のクエストをやっているところだから、すぐにはできないわ。それに、花嫁代理になるということは、相手の人と・・・」

 

 

 

 

・サチ&リズベットの場合

「うーん、ウェディングドレスには興味あるけど、今から仕立てを頼まれている装備の素材集めをしに行かなくちゃいけないの」

 

「私も仲間が戻ってきた時に、ここにいないと心配させちゃうと思うから・・・ごめんね」

 

 

 

 

・アルゴ&???の場合

「ごめんなさい。今のあたしじゃ力不足かと・・・」

 

「オレッチも情報屋の仕事があるから無理だナ」

 

 

 

 

・「紅の狼」の場合

「花嫁をやれ以前に俺ら'男'だからな。嫁もクソもないからな」

 

「・・・コノハかレイスを女装させれば、ワンチャン・・・」

 

「「嫌だからね(っすよ)!?」」

 

 

 

 

それぞれ事情や理由があったため、断られてしまった。

 

「うーん、中々花嫁代理が見つからないね。どうしよう・・・」

 

花嫁代理が見つからず、途方に暮れるコハル。

そんなコハルをよそに、ハルトはコハルをジィーと見つめていた。

 

「・・・もう見つけたよ」

 

「え!?誰?」

 

ハルトが花嫁代理を見つけたと言い、コハルは驚きながらも誰なのか聞く。

すると、ハルトは指を上げると

 

「ここにいる」

 

コハルに突き刺した。

 

「え!?も、もしかして私!?」

 

一方、花嫁代理に指名されたコハルは慌てたが

 

「うーん、でも、もう時間がないし・・・やるしかないか・・・」

 

冷静に状況を考えた後、すんなりと引き受けた。

花嫁代理が見つかったところで、ハルトは動き出すと

 

「それじゃあ、花嫁代理も決まったし、早速ジュリーさんに報告しよう」

 

「うん・・・ウェディングドレスかぁ・・・」

 

ジュリーの所に向かい、コハルもそれに続くが、憧れのウェディングドレスを自分が着ることに、少し思いにふけていた。

 

 

 

 

「ジュリーさん!花嫁代理、見つかりました!」

 

「!?本当ですか!?」

 

「はい!・・・私が花嫁代理になります!」

 

ジュリーの前に出て、コハルが力強く宣言した。

 

「そう、あなたが・・・ごめんなさい。こんな形でウェディングドレスを着ることになって・・・本当は避けたかったでしょう?」

 

「いえ、お困りのようですし、私でよければ力になります」

 

申し訳なさそうに謝るジュリーに、気にしてないような感じで喋るコハル。

 

「それじゃあ、準備ができたら声を掛けてちょうだい。式場まで案内するわ」

 

そう言った後、ジュリーは喋らなくなり、クエストの進行状況を見ると、"花嫁代理として結婚式に参加せよ"と書いてあった。

 

「ねぇ、ハルト。やっぱり、このクエストの内容、不自然だと思うの。ジュリーさんが花嫁代理を探している理由を頑なに教えないわけ・・・ハルトはどう思う?」

 

「そうだね。少なくとも、新郎に何かあったのは間違いないと思う。でも、様子がおかしくなったってだけで、新郎のこともまだ謎だらけの所があるし・・・」

 

クエストを進める前に、もう一度、クエストの考察をし始めたハルトとコハルだったが、やはり、いい答えや考えは出てこない。

そんな二人にある人物が話しかけてきた。

 

「やあ、ハルトにコハル。ちょっといいか?」

 

「キリト!どうかしたの?」

 

声を掛けてきた人物。キリトに反応したハルト。

 

「いや、アスナからあの花嫁のクエストを受けていると聞いてな。ちょっとアドバイスをしておこうと思ってな」

 

「「アドバイス?」」

 

「ああ。詳しい話は歩きながらしよう。ついてくれ」

 

そう言いながら、歩き出したキリト。

ハルトとコハルもアドバイスと聞いて、クエストクリアのヒントになると思い、キリトについて行った。

 

 

 

 

キリトが向かった先は、ごく普通の平原のフィールドだった。

キリトの話によれば、ここら辺に期間限定で出現するエネミー、《クリーミー・カウ》からドロップされる投擲アイテム、《純白のクリームパイ》がクエスト攻略に役立つということだ。

それを聞いた二人は、早速、そこら辺の《クリーミー・カウ》を倒していき、《純白のクリームパイ》を手に入れた。

そして、ジュリーがいる場所へ戻ってきた。

 

「いよいよだね」

 

「うん・・・やっぱり、緊張するな。ウェディングドレスなんて、もっと先の将来で着ると思ってたし・・・」

 

「それだけじゃないよね?」

 

未だに緊張しているコハルだが、ハルトは他にも緊張している理由があると更に問いだす。

 

「うん・・・ジュリーさんの気持ちを思うと、本当にこれで良かったのかなって・・・ジュリーさんがアインクラッドの住人・・・NPCだってことは分かっている。それでも、私はジュリーさんに幸せになってもらいたい」

 

「・・・コハルの気持ちは分かるよ。でも、今は目の前のことに集中しよう。それに、クエストはまだ終わってないし、もしかしたら、ジュリーさんが幸せになれる方法も見つかるはず」

 

そう言いながら、ハルトはコハルの肩を叩くと、コハルは「そうだね」と言い

 

「それじゃあ、ジュリーさんに話しかけよう」

 

決意に満ちた表情でジュリーに話しかけた。

 

「ありがとう、二人共。さあ、結婚式会場へ向かいましょう」

 

話しかけられたジュリーは、早速、二人をフィールドの奥にある式場へ案内した。

式場の中は、本格的な教会であり、奥には立派なチャペルがあった。

 

「ここが結婚式場・・・町の教会みたいだね」

 

コハルが辺りを見渡しながら、式場の印象を喋る。

 

「それじゃあ、コハルは着換えの準備があるから、私についてきて」

 

「分かりました。・・・じゃあ、行ってくるね!」

 

ジュリーに言われ、コハルはウェディングドレスに着替えるべく、ジュリーと共に別室へ向かった。

式場にはハルト一人が残されたが

 

「よっ、いよいよだな。このクエストはここからが本番なんだ」

 

ついてきたキリトがハルトに話しかけた。

 

「単刀直入に言うと、誓いのキス直前で結婚式を止めるんだ」

 

「・・・え?」

 

結婚式を止める。一般のプレイヤーなら、普通に考えたらそこに反応するだろう。

しかし、ハルトにはそれ以上の衝撃的な言葉が聞こえた。

 

「誓いの・・・キス?」

 

ハルトは花嫁代理にコハルを指名した自身の行動を後悔した。

 

「(そうだった!忘れてたぁーーー!結婚式といえば、これがあったんだぁーーー!いや、でも、あくまで花嫁代理だし、誓いのキスまでは流石にしないはず・・・でも、もし本当に誓いのキスをすることになったら・・・ってなんで僕はこんなに悩んでいるんだ!?そもそも、コハルとはそういう関係じゃないし!そう!パートナー!コハルとはパートナーの関係!・・・ってそもそもパートナーの関係って・・・)」

 

「お、おい!ハルト!大丈夫か!?」

 

「ハッ!」

 

頭を抱えながら首を振り続けていたハルトに、キリトが心配の声を掛けた。

キリトの声に気付いたハルトはハッとした表情になると、すぐに落ち着いて、キリトに続きを促した。

 

「そ、それでだな。式を止めるためには、さっき手に入れた《純白のクリームパイ》を使うんだ。だから、ストレージから出して準備しておくといい」

 

キリトの説明を聞いたハルトは頷いた。

そうこうしているうちに、式場にはいつの間に人が集まっていた。

 

「そろそろ始まるな。俺たちも座ろうぜ」

 

「う、うん」

 

ハルトとキリトは最前列に座った。

しばらく、時間が経つと、式場入り口の扉が開き、そこから現れたのはタキシードを着た新郎と

 

「!」

 

純白のウェディングドレスに身を包んだコハルであった。

前の方にスカートがないため、足元が見えており、頭には顔が覆い被さるほどのベールを被っていた。

そんな普段と違うコハルに、ハルトは先程のモヤモヤなんかすっかり忘れて見惚れていた。

花嫁と化したコハルはハルト達に気が付くと、コクリと頷いたが、奥へ進んでいった。

やがて、二人は神父の所に到着して、誓いの言葉が始まろうとしていた。

 

「さあ、式を止めるのはもうすぐだぞ」

 

キリトに声を掛けられ、ハルトは何故かフロアボスなみの緊張感を持っていた。

 

「(そうだ。もし、《純白のクリームパイ》を当てれなかったらコハルはあの人と・・・いや、別にコハルが誰とキスしようが僕には関係ないことだし・・・関係ない・・・)」

 

未だに心の中のモヤモヤと格闘しているハルトをよそに、神父が誓いの言葉を喋り出した。

 

「病める時も、健やかな時も、共に助け合い、愛し合うことを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

誓いの言葉に応えるコハル。

それを聞いた神父は誓いのキスの言葉を喋り出す。

 

「それでは、誓いのキスを・・・」

 

「今だ!ハルト!」

 

キリトの言葉と共に、決意に満ちた表情をしたハルトがストレージから取り出した《純白のクリームパイ》を

 

「ヤァーーー!(関係なくない!)」

 

新郎に向けて、力いっぱい投げつけた。

投げつけられた《純白のクリームパイ》は、そのまま真っ直ぐに進み

 

「!」

 

見事、新郎の顔面に当たった。

突然、《純白のクリームパイ》が新郎の顔面に当たったことで、コハルは驚いたが、ハルトがまるでコハルを新郎から守るかのように新郎の前に立ちふさがり

 

「悪いけど、彼女は僕のパートナーだから。そう簡単に渡すつもりはないよ」

 

新郎に向けてそう宣言した。

一方、《純白のクリームパイ》を顔面に当てられた新郎は

 

「ヴヴヴ・・・」

 

突然、苦しみだした次の瞬間

 

「ヴァァァン!!!」

 

雄叫びと共に姿をモンスターに変えた。

 

「グッジョブ、ハルト!作戦は成功だ!」

 

新郎がモンスターに姿を変えたことで、どうすればいいのか分からないハルトの下に駆けつけたキリトが状況を説明し始める。

 

「新郎はあのモンスターに取りつかれていたんだ!倒して正気を取り戻すんだ!」

 

「!?・・・なるほど・・・こんなモンスターになっていれば、そりぁ、恐ろしくて教えたくもないか・・・」

 

キリトの説明にジュリーが花嫁代理を探している理由を言わなかったわけを知ったハルトは、ひとまず、あのモンスターを倒すべく、ストレージからレイピアを取り出す。

 

「ハルト!どういうこと!?」

 

そこにコハルが駆けつけた。ただし、ウェディングドレス姿ではなく、いつもの装備で

 

「新郎さんがモンスターになっちゃった!衣装もいつの間にか解除されちゃったの!」

 

「説明は後!今は新郎を追いかけよう!」

 

コハルの問いを軽く流しながら、ハルトは式場から出た。

コハルも慌てながら外に出て、キリトも出ようとしたが

 

「くっ!やっぱりか・・・俺はクエストを受けてないから、この先は力になれない!・・・頑張れよ」

 

式場から出れず、ハルトとコハルに激励の言葉を送った。

それを見たハルト達は目線で分かったっと答えながら新郎の所に向かった。

式場を出て、広場の所に新郎はいた。

しかし、人間の形はすっかりなく、巨大なゾンビ系エネミーと化していた。

そのエネミーの隣に《リグレット・アミー》と名前が描かれている。

 

「コハル!」

 

ハルトが声と共にレイピアを構える。コハルもハルトに名前を呼ばれて、それに応えるかのように短剣を構えた。

すると、こちらに気が付いた《リグレット・アミー》が二人に襲い掛かる。

 

「回避ッ!」

 

「う、うん!」

 

《リグレット・アミー》から振り下ろされた腕攻撃を難なく回避する二人。

すると、ある程度距離を取ったハルトを《リグレット・アミー》はジィーと見つめた次の瞬間

 

「!?ハルト危ない!」

 

「!?」

 

コハルの叫びと同時に、自身の足元に攻撃範囲の円が表示されていることに気付いた。

ハルトは慌てて円から出ようとしたが、その瞬間、下から紫の煙のようなものが吹き出し

 

「ガッ!?」

 

「ハルト!?」

 

煙攻撃をもろに食らったハルトは、その場に膝をついてしまった。

コハルが慌てて駆け寄り様子を見てみると、ハルトは苦しそうな表情をしており、HPの横には毒のデバフが付与されていた。

 

「これって・・・」

 

「おそらく、毒攻撃だ・・・解毒用のポーションを何個か持ってきておいて正解だったよ・・・」

 

そう言いながら、解毒用ポーションを飲むと、立ち上がり毒のデバフも消えていた。

立ち上がったハルトはこちらを見続けている《リグレット・アミー》を見て、隣にいるコハルに語りかける。

 

「さっきの煙攻撃の発動条件。おそらく、遠くにいると発動すると思うから、なるべく近づいて戦おう」

 

「う、うん」

 

ハルトの作戦に頷くコハル。

その後、作戦通りに《リグレット・アミー》に離れすぎないよう近くで戦い続けた結果、ハルトの読み通り煙攻撃はしてこなくなったが

 

「くっ!」

 

「しつこい!」

 

《リグレット・アミー》自体が弱いわけではない。

何回も続く腕攻撃に翻弄され続けているハルトとコハル。

このままだとマズいと思ったハルトは、一旦、《リグレット・アミー》の反応圏外まで離れ、対策をとった。

 

「このままだと埒が明かない・・・何とか隙を見つけて、強力なソードスキルを当てないと」

 

「それなんだけどさ・・・さっきの毒攻撃の時、ボスの動きが止まったんだ。それを上手く使えば・・・」

 

「!?それだ!」

 

ふと発言したコハルの言葉に、ハルトは大きく反応し、一つの作戦を立てた。

作戦はこうだ。まず、わざと《リグレット・アミー》の煙攻撃を発動させる。

その時に動きを止めた《リグレット・アミー》にソードスキルで攻撃し、ピヨったところを煙攻撃を回避したもう一人が止めを刺す。

しかし、この作戦は囮とラストアタックを上手く決めれるのかが鍵となる。

 

「私にやらせて」

 

だから、コハルがその役目をやりたいと言った時は、ハルトは慌てて拒否した。

 

「ダメだ!囮をやるということはその分、危険がある。万が一、失敗したら・・・」

 

「分かってる。でも、私はこれ以上、あなたを危険な目に合わせたくない!さっきあなたがダメージを食らった時、私は何もできなかった・・・あなたにもしものことがあった時、私が動けなかったら・・・あなたが死んでしまったら私は・・・」

 

「コハル・・・分かった。頼んだよ相棒!」

 

コハルの囮とラストアタックの役目を許可したハルトは、フィールドの横に動き出した。

その隙にコハルは《リグレット・アミー》の反応圏内に入った瞬間

 

「!?回避ッ!」

 

《リグレット・アミー》がこちらを見つめ、それと同時に足元に攻撃範囲の円が表示されたのを確認しながら、円から離れる。

その隙に動きを止めた《リグレット・アミー》を後ろに回り込んだハルトがレイピアで攻撃する。

《リグレット・アミー》はハルトの気配を感じ取ったのか、咄嗟に後ろを向きながら腕を振り下ろそうとしたが

 

「遅い!」

 

それよりも早く、ハルトの<セレリティ・ヒット>が《リグレット・アミー》の体を突き刺した。

強力なソードスキルにより、膝を付く《リグレット・アミー》。その隙を狙って

 

「これで終わり!」

 

今度はコハルが<デット・リーフ>で攻撃した。

二発もの強力なソードスキルを食らった《リグレット・アミー》は前から倒れるとポリゴン状に四散した。

その四散した場所から、一人の男が倒れていた。

 

「うう・・・こ、ここは?」

 

倒れていたのは新郎だった。

意識を取り戻した新郎の下にジュリーが駆け寄る。

 

「大丈夫!?」

 

「あれ?・・・もう式が始まっているのか!?いつの間に・・・」

 

「ああ、神様!・・・良かった、正気を取り戻したのね!」

 

正気を取り戻した新郎にジュリーは涙を流した。

その様子をハルトとコハル、駆け付けたキリトが見ていた。

 

「良かった・・・新郎さん、気を取り戻したみたいだよ」

 

「情報通り、あのモンスターは弱体化してたみたいだったな」

 

「ん?どういうこと?」

 

キリトの言葉にハルトが問いかける。

 

「あのモンスターは新郎が取り付いていたのは知っているだろ。もし、あのまま式が進めば、結婚式が中断されて、ボスとの強制戦闘になっていたんだ。しかも、攻撃力上昇のバフ付きで。でも、さっき誓いのキスの直前でハルトが式を止めたから、あのボスは弱体化したんだ」

 

「なるほど・・・つまり、あのまま止めてなかったら、僕たちは強い状態のあのボスと戦うことになったってこと?」

 

「そういうことだ。ちなみに、その中断のことなんだけど、誓いのキスの直前に新郎にベールをめくられて、それで花嫁代理がバレて結婚式が中断になるんだ。だから、コハルが誓いのキスをすることなんてなかったから安心していいぞハルト」

 

「な!?それを早く言ってくれ!」

 

「え!?ハルト・・・式の最中にそんな心配をしてくれたの?」

 

「あ、いや・・・それは・・・その・・・」

 

コハルの問いに、顔を赤くしながら口ごもってしまったハルト。その様子をキリトがニヤニヤしながら見守っていた。

やがて、二人はキリトと別れ、クエストを進めるのであった。

 

 

 

 

《リグレット・アミー》を倒した後、ジュリーはもう一度、結婚式をやり直すことになった。

ハルトとコハルもジュリーの結婚式に参加するのであった。

 

「次はブーケトスなの。コハルもぜひ、参加してちょうだい」

 

「ブーケトス!まるでドラマみたい!」

 

ブーケトスが行われると聞いて、テンションが上がるコハル。

ジュリーの周りには、他の式の出席者たちも、まだかまだかとブーケトスの時を待っていた。

 

「みんな、準備はいいかしら?行くわよー!えいっ!」

 

ジュリーは周りの様子を確認したら、持っていたブーケを力いっぱい上にあげた。

上に飛んだブーケは、重力によって少しずつ下に落ちてき

 

「あ!・・・」

 

コハルの手にすぽりと収まった。

 

「ナイスキャッチ、コハル!」

 

「アワワワ・・・受け取っちゃった・・・」

 

ブーケを偶然にもキャッチしたコハルは、ハルトの言葉や周りの歓声すら聞こえないくらい慌ててた。

顔を赤くしながら慌てているコハルの下にジュリーが微笑みながら近づいた。

 

「おめでとうコハル。あなたには特にお世話になったものね。受け取ってくれて嬉しいわ。きっとあなたにも素敵な人が現れると思うわ」

 

「ジュリーさん・・・ありがとうございます!」

 

ジュリーの言葉にコハルは力強く感謝した。

一方、素敵な人の部分でジュリーにチラ見されたハルトは、顔を赤くながら小さく驚いたが、ジュリーに微笑み返した。

すると、周りから「ハッピーウェディング!」と祝福の言葉が次々と聞こえてきた。

 

「コハル、僕たちも言おう!」

 

「そうだね!・・・せーのっ!」

 

「「ハッピーウェディング!!」」

 

 

 

 

その後、式は無事に終わり、ジュリーと別れたハルトとコハルは広場にいた。

 

「ねぇハルト。ブライダルイベント、最後はジュリーさんも新郎さんも凄く輝いていたよね?私もちょっとの間だったけど、ウェディングドレスを着られたから楽しかったな」

 

「そうだね。ジュリーさんもそうだけど、コハルのウェディングドレス姿とても可愛かったよ。でも、コハルが花嫁代理として結婚式に出た時は少し焦ったよ」

 

「焦った?」

 

ハルトの言葉に疑問に思うコハル。

 

「だって、あのまま式が進めば、コハルは誓いのキスをすることになったじゃん。その時、なんでだか分からないけど、少しモヤモヤしたんだ。それで、誓いのキスだけは絶対にさせない!って気持ちでパイを投げて、新郎に当たった時はホッとしたんだ。上手く新郎に当てれたことじゃなくて、コハルが誓いのキスをするのを防げたことに」

 

「ハルト・・・」

 

ハルトの思いをコハルは真剣な表情で聞いていたが、笑みを浮かべると

 

「実は私、式の途中で誓いのキスがあることに気付いたんだ。でも、式の途中だし、クエストに集中しなきゃって思って・・・」

 

コハルは一旦、言葉を止めて、「でもね」と言いながら言葉を続ける。

 

「不自然とキスされる実感は湧かなかったんだ・・・だって、ハルトが助けてくれるって信じてたから」

 

「コハル・・・ありがとう」

 

コハルの気持ちを聞いたハルトは、自分を信じてくれたパートナーに礼を言った。

そんな会話をしながら、イベント専用フィールドを歩き回っていると、でっかい金色の鐘が置いてあった。

 

「見てハルト!大きい鐘だね!」

 

「そうだね・・・せっかくだから、鳴らしてみようよ!」

 

ハルトの提案にコハルが頷いて賛成すると、二人は鐘の紐をそれぞれの手を重ね合わせるように持つと、力強く引いた。

 

「「ハッピーウェディング!!」」

 

二人の鳴らした幸せの鐘はフィールド中に響き渡るのであった。




・ジュリー
このイベントのみ登場するNPC。NPCの割には顔が整っていると作者は思う。

・???
謎のDEBANさん。

・コハルのドレス姿について
アバターの白いウェディングドレスに、顔が隠れるくらいのベールを被っています。

・<セレリティ・ヒット>
細剣の星4スキル。ブライダル限定スキルで、スイッチでのダメージを増やしてくれる。

・<デット・リーフ>
短剣の星4スキル。こちらもブライダル限定スキルで、単発攻撃のスキルでスイッチゲージの増加量を増やしてくれる。

・ブーケトスをキャッチしたコハル
なお、スキルレコードだと自身がブーケトスします。


SAO_UW19話を見て思ったこと
・ユウキ・・・ユージオ・・・お前ら最高
・黒の剣士、完全復活!
・PoHの木・・・なんかやだな


以上、ブライダルイベント(一年目)でした。
当時、このイベントでウェディングコハルの立ち絵がなかったのは、非常に残念だったけど、そんな我々の願望を翌年に叶えてくれた運営はマジ神。
次回は十層編となります。
新たなキャラやオリキャラのパワーアップなど、見どころ満載のストーリーを書いていきたいと思いますので、楽しみにしてください。


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ep.16 白銀の獣

十層編です。
新しいキャラが複数登場します。

※追記
妹に反応したハルトのシーンを少し変えました




第十層。

辺り一面に木造の建物が並んでおり、どこか江戸の町を思い浮かべる雰囲気だった。

 

「なんか、今までの雰囲気と全然違いますね・・・」

 

「そりぁ、この十層のテーマは和風だからナ」

 

周りを見渡すコハルの隣でアルゴが説明する。

 

「オレッチのオススメはこの辺りの和スイーツ食べ歩きだナ」

 

「和スイーツ・・・なるほど、強敵ですね」

 

和スイーツと聞いてテンションを上げるコハル。

その隣でハルトがアルゴに話しかける。

 

「和スイーツはさておき、確か十層はβテストでは突破できなかったんだよね」

 

「ハル坊の言う通り、βテストは十層攻略の途中で終わったから、フロアボスの情報とかは全くないナ。一応オロチ系。蛇人間型モンスターだろうと予想されてたけど・・・これに関しては地道に集めるしかないナ・・・」

 

アルゴが困ったような表情で喋っていたが、パンッ!と両手を叩いて、早速、二人に依頼をした。

 

「と、いうわけで!久々に基本のキの字。モンスターの調査を依頼しようカ!とりあえず、《夜藤の河原》にいるモンスターを倒していって、どんな感じだったか報告してくレ。集合場所はそうだナ・・・」

 

しばらく悩んだ後、アルゴは口を開く。

 

「実は今、別の依頼を受けていてナ。そいつに報告をする場所が《夜藤の河原》の東にある小さな祠の前なんダ。だから、お前たちも調査が終わったらそこに集合してくレ」

 

「私たちは構いませんけど、アルゴさんに依頼をした人は・・・」

 

「大丈夫。そいつはお前らのことを知っているから、お前らがいても嫌な顔はしないと思うゾ」

 

自分たちの知っている人が気になったが、アルゴの口ぶりから問題なさそうだったから、依頼を受けることにしたハルトとコハル。

それを確認したアルゴは

 

「それじゃ、頼んだゾ」

 

二人に一言言いながら、去っていた。

 

 

 

 

アルゴの依頼を引き受けたハルト達は、《夜藤の河原》にいるエネミーを倒していきながら、調査をしていた。

 

「中々強かったね」

 

「そうだね。他の層にも似たようなエネミーもいたけど、強さは全然違う。調査して得た情報を少しでも早く他のプレイヤーにも伝えないと」

 

一通り調査をした二人は、アルゴに言われたフィールドの東にある小さな祠を目指し歩いていた。

やがて、二人の目の前に階段が現れ、それを上りきると小さな祠が見えた。

 

「あった!祠ってこれのことだよね。アルゴさんや依頼主さんよりも早く着いちゃったね」

 

「とりあえず、二人が来るまでここで待ってよう」

 

「うん。・・・それにしても、凄く綺麗な景色だね」

 

そう言いながら、コハルは祠のある高台から下の景色を見る。

確かに、ここのフィールドには強いエネミーがいっぱいいたが、こうして高い所から見渡すとどこか幻想的な雰囲気を感じる。

辺りにたくさん生えている紫や青の光を放つ木。橋の下を流れる川の音。夜を照らしている三日月。

正に、風情があるっと言える景色だった。

そんな景色を眺めていると

 

「綺麗で懐かしい光景・・・あなたにとって、ここはそう見えるの?」

 

後ろから声を掛けられ、振り向くとマテルがいた。

 

「マテルちゃん!良かった・・・やっと会えた!」

 

「こんにちはなの。あなた達はいつも一緒なのね」

 

「そういうマテルは、相変わらず一人じゃないか。もし、困っていることがあれば、いつでも手伝うよ?」

 

相変わらず一人のマテルに、ハルトは少し心配そうな表情をしながら言ったが

 

「今は一人の方が効率的に動けるの・・・でも、心配してくれてありがとうなの」

 

一緒に行動することを断ったが、心配してくれた二人に礼を言った。

そこに、新たな人物がやって来た。

 

「ん?ハルトにコハルじゃねえか」

 

「ザントさん!お久しぶり・・・」

 

九層のボス攻略以来、久しぶりに再会したザントに声を上げながら振り向いたコハルだったが・・・

 

「久しぶりだなぁ。あれから随分と強くなったみてぇだが・・・」

 

初期装備の時と違い、下は普通の黒いズボンだったが、上はへそが出ている黒い服を着て、右腕の上の部分にトロールの骸骨のアクセサリーが付いており、おまけに背中には両手剣を背負っていて、如何にも顔に見合ったファンキーな装備であった。

 

「あぁ?なんだよ、人のことをジロジロ見やがって?」

 

そんなザントの新装備にコハルや、振り向いたハルトも中々強面に見合ったザントの姿に言葉が出なかったが、ザントから声を掛けられて「なんでもないです!」と言いながらとりあえず誤魔化した。

 

「まぁいい。・・・んで、そのクソガキは誰だ。見るからに弱そうだが」

 

「ザントさん!失礼ですよ!この子はマテルちゃん。これでも、今まで一人で行動してきたんですよ」

 

ザントの言い方に、少し怒りながらマテルを紹介するコハル。

マテルのことを聞いたザントは、「へぇー」と言いながらマテルの方に歩み寄る。

 

「ザントだ。こいつらとは・・・ただの知り合いだ」

 

「マテルなの。・・・あなたは・・・他の人たちと行動することが嫌いなの?」

 

合って早々、自身の本質を見抜いたマテルに、ザントは興味深そうにマテルを見る。

端から見れば、強面の男が幼女に言い寄っているという、事案ギリギリの光景の中、二人は会話を続ける。

 

「まぁ正解だ。正確に言えば、弱い奴らと行動するのが嫌いだ。・・・俺の本質を見抜くとはぁてめえ、只者じゃねえな?」

 

「見た感じあなたも私と同じ、効率的に行動をする人だと思ったの。でも、私を見ているあなたの目を見た時、あなたからは私を嫌っているように感じたの。・・・さっきより少し敵意はなくなったけど」

 

「なるほどな・・・少なくとも、そこいらの雑魚共よりはマシなようだな」

 

先程まで見た目で弱い奴認定していたマテルに対しての評価が少し変わったザントは、二人のやり取りを呆然と見ていたハルトとコハルに話しかけた。

 

「ところで、てめえらは、なんでここにいるんだ?見たところデートでもなさそうだし・・・攻略か?」

 

「いいえ、実は待ち合わせをしてるんです」

 

そう言うと、自分たちが受けた依頼について一通り説明するハルト

説明を聞いたザントは、「なるほどな」と頷いていたが、めんどくさそうな表情になり

 

「その依頼主、俺だ」

 

「「え!?」」

 

まさかの依頼主の正体がザントだった事実に驚くハルトとコハル。

 

「俺は今、アルゴの野郎にあるクエストについて調べてもらっている。βテストの時、そのクエストをクリアすれば強力な両手剣を貰えるって聞いてな。だが、あくまでβテストの情報だから、こうして、クエストがあんのかどうか調べてもらってんだ」

 

説明を聞いて納得したかのように頷いたハルトとコハル。

対するザントは、自身の依頼とハルト達に要求した依頼の集合場所を同じにしたアルゴに、少し呆れた表情をしていた。

すると、三人の話を黙って聞いていたマテルが話題を変えるかのように話しかけた。

 

「ところで、この祠には何が祀られているのか知ってる?」

 

「土地の神だろ。NPCがたまに供え物を持ってくるぜ」

 

「そう。例えば、この祠。貼ってあるお札を剝がすと中には宝玉が手に入るの・・・やってみる?」

 

説明しながら、マテルはお札を剝がすのか三人に聞いてきた。

 

「NPCって言っても、この土地に住んでいる人にとっては大事なお供え物なんだよね。持って帰るのは可哀想だよ」

 

「・・・持ち去ることに関して、ペナルティは存在しないのに?」

 

「こういうのは気持ちの問題だもの」

 

中の物を持っていくことを拒否するコハル。

するとそこに

 

「あの~すみません。話を聞いていたのですが・・・」

 

一人の男性プレイヤーが話しかけてきた。

 

「その中にある宝玉、手に入れるつもりがないなら俺が貰っていいかな?」

 

男は祠に指を指しながら、ハルト達に聞いてきた。

それに対して、ハルト達は

 

「申し訳ないですけど、この中にある物はこの土地の神様を祀っている人たちの願いが込められています。安易な気持ちで持っていったらダメですよ」

 

男の方を向いて持ち去ることを否定した。

ハルトの言葉に、男は顔をしかめながらも喋る。

 

「祀っている人たちって言ってもNPCだろ?システム上のペナルティも存在しないみたいだし、いいじゃないか。せっかく十層まで上がって来たんだしさ、その記念品が欲しかったんだ。悪いけど、貰っていくよ」

 

そう言いながら、祠に手をかけようとしたその時

 

バシッ!

 

「てめえ・・・今、なんて言った?・・・」

 

「ひっ!?」

 

伸ばしていた腕を掴まれ、掴まれている方を見ると、怒りに満ちているザントがいた。

 

「十層へ上がった記念品だぁ?大した目的も攻略する気もなく、ただ、観光のつもりで来たってぇのかてめえは!?そんな中途半端な覚悟しかねぇ奴が十層に来てんじゃねぇ!!」

 

「ヒィーーー!」

 

ザントの怒声に、男は悲鳴を上げながら去っていた。

 

「ちっ!何が記念品だ。クソが・・・」

 

その様子を憎らし気に見つめていたザント。

その隣でマテルが問いだす。

 

「どうして・・・そこまでして、祠の中にある宝玉を守る理由が・・・」

 

「勘違いすんなよ。俺はただ、観光気取りで十層に来てたあの雑魚にイラついただけだ。別に神を祀っているNPCのためじゃねぇ」

 

ザントの答えを聞いたマテルは、まだ、答えを聞いてないハルトの方を見る。

マテルの視線に気付いたハルトは、微笑みながら答える

 

「NPCであってもこの世界の住人だからね。価値があるない以前に、大切なお供え物だったら持っていけないよ」

 

ハルトの答えを聞いたマテルは無言であったが、しばらくすると口を開いた。

 

「そう・・・あなた達もアインクラッドの住人なのね」

 

「ここにいる間は誰だってそうだよ。いつかは本当の家に帰るけど・・・それまでは、ね」

 

「だからこそ、今はこの世界で生きている一人の人間として、精一杯生きないと」

 

「まぁ、ようは、どこの世界だろうと自分を見失うなってことだ」

 

「・・・話せて良かったの・・・じゃあ、またね」

 

そう言うと、マテルは階段を降りて去っていた。

 

「・・・マテルちゃんからまたねって言ってくれたの初めてだよね!フフフ、嬉しいな」

 

「随分とお気に入りだな、あのガキ」

 

嬉しそうに微笑むコハルに、ザントが問う。

 

「もし、妹がいたらあんな感じかなって、どうしても気になっちゃうんだ」

 

「そうかよ・・・よく分かんね」

 

コハルの言葉について考えていたザントだったが、理解できない的な表情で返すのであった。

 

「そっかー・・・コハルはいいお姉ちゃんになれそうだね」

 

「お姉ちゃんだなんて、そんな・・・」

 

ハルトの言葉に照れくさそうにするコハル。

故に気付けなかった。喋っている時にハルトが少し複雑な表情をしていたことに。

 

「あ!アルゴさんが来たよ!」

 

階段を上ってこちらに近づいてくるアルゴに、コハルが気付いた。

 

「ヨ!調査はどうだっタ?」

 

来て早々、調査について聞いてきたアルゴに、ハルト達は調査結果を報告した。

 

「なるほど・・・オレッチが調べた情報と合ってるナ。情報の信頼性は大事だからナ。裏取りを手伝ってくれるのは助かるヨ。ありがとナ!」

 

調査結果を確認したアルゴは二人にお礼を言うと、ザントの方を見る。

 

「それで、ザントの依頼なんだけど・・・一つ、厄介なことになりそうダ」

 

「厄介なことだぁ?」

 

アルゴの言葉に、顔をしかめるザント。

 

「そのことについては、まだ調べ終えてないんダ。だから、もうしばらく待ってくれないカ?」

 

「ちっ・・・分かった」

 

舌打ちしながらも了承したザント。

すると、アルゴは手を叩き

 

「さて!それじゃあ、もう一つ調査を頼みたいけどいいカ?」

 

「いいですよ。それで、何を調査すればいいですか?」

 

「《夕映の竹林》っていうフィールドに、黒い狛犬を一定の数倒すって条件を満たすと出現する白い狛犬のエネミーについてダ。見た目はこの辺りの白い狛犬と同じだけど、レベルや強さは桁違いのはずダ。早く攻略本に載せたいけど、ザントの件もあるから検証の時間がないんダ。だから、代わりに調査してくれないカ?」

 

アルゴの新たな依頼に二人は嫌な顔をせず引き受けた。

 

「よし!それじゃあ、頼んだゾ!・・・ザントもナ!」

 

何故かザントも含まれていることに、本人から抗議が入る。

 

「おい!なんで俺までやんねぇといけねぇんだ!?」

 

「もし、手伝ってくれたら、情報料はタダにするゾ」

 

アルゴの返しに、「ぐっ!?」と顔をしかめたザント。

嫌な笑みを浮かべるアルゴを睨んでいたザントだったが

 

「・・・てめえ・・・ろくな死に方しねぇぞ・・・」

 

「ニャハハハッ!これでも伊達に情報屋をやってないゼ」

 

「・・・なんか、ザントさんがあんな表情するのって見たことないね」

 

「こういう時のアルゴさんの交渉術はホントっ恐ろしいと思うよ・・・敵に回したくないな・・・」

 

普段、他人の言うことをあまり聞かないザントが、あそこまで振り回されている光景に、二人はアルゴの交渉の上手さと腹黒さに尊敬と恐怖を抱いた。

 

 

 

 

「わぁー・・・《夜藤の河原》とは随分違うけど、ここもいい雰囲気の場所だね」

 

「そうだね・・・エネミーがいなかったら散歩したくなるよ」

 

「てめぇら周りを警戒しろ。観光しに来た訳じゃねぇんだぞ・・・ん?・・・誰だ?」

 

辺りを見渡しながら歩き続ける三人は、何やらあちこち探し回っている女性を見つけた。

すると当然、三人に気付いた女性に話しかけられた。

 

「あ、あの!すみません!」

 

「きゃ!?」

 

「あ、驚かせてすみません。実は・・・」

 

勢い良く話しかけられたことでコハルは驚き、話しかけてきた女性は謝りながら話しかけた理由を話し始めた。

彼女の名前はユリエール。ギルド「MMOトゥデイ」のサブリーダーである彼女は、リーダーのシンカーを探していた。

その途中、足を滑らせ斜面を落ちてしまい、気付いた時には迷子になっていた。

なんとか、仲間と連絡を取ろうと、連絡が取れる場所を探していたが、中々見つからず、そんな時ハルト達を見つけたのだという。

困っているユリエールを見て、ハルト達はシンカー探しに協力しながら(ザントはめんどくさそうな表情をしていたが)、ユリエールと共に先に進んだ。

道中、フィールドにいる黒い狛犬たちを倒したり、シンカーの話で盛り上がったり、「MMOトゥデイ」の活動について聞いたりしながら、先に進んでいくと、広い空間に出た。

その時、白い狛犬が複数の黒い狛犬と共に出現し、ハルト達に襲い掛かった。

周りの黒い狛犬をザントとユリエールが対処し、ハルトとコハルは白い狛犬と戦った。

情報通り、レベルが高く、普通の白い狛犬と桁違いの強さだったが、激闘の末、何とか倒せたハルトとコハルであった。

 

「ユリエールさん!大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫です。ザントさんがカバーしてくれたおかげで、この通り、無傷でした」

 

「無傷だったのは、あんたが状況をしっかり見て、俺の邪魔をしなかったからだ。少なくとも、状況を理解できずに、ただ、無駄に突っ込む猿よりかは100倍マシだったぜ」

 

ユリエールの言葉に、相変わらず、弱いプレイヤーを罵倒しながら喋るザント。

 

「それじゃあ、先に進んで・・・」

 

改めてシンカーを探そうとコハルが口を開いたその時

 

「ユリエール!」

 

ユリエールの名を呼ぶ叫び声が聞こえ、振り向くと、こちらに駆け寄ってきている一人の男性がいた。

 

「シンカー!どうしてここに?」

 

「僕のことはいいんだ。君が無事で本当に良かった・・・」

 

シンカーと言われた男性はユリエールの方に近づき、彼女の顔を見て安堵すると、今度はハルト達の方を見た。

 

「あなた方がユリエールをここまで連れてきてくださったんですね。ありがとうございます」

 

「あなたがシンカーさんですね。ユリエールさんから色々とお話を聞いています」

 

お礼を言ったシンカーに笑顔で対応するコハル。

すると、新たに二人の人物が現れた。

 

「どうやら、見つかったみたいだな」

 

「ほー、色々ねぇ・・・」

 

そこにいたのは、栗色の髪に背が小さい少年と、クラインがいた。

 

「あれクラインさん・・・と、誰ですか?」

 

「あー、俺の名前はシロコイだ。まあ、このフロアを探索していたら、たまたま、この二人と出会ってな。なんでも、人探しをしているみたいだったから、一緒に探していたんだ」

 

「へぇー、シロコイ君って言うんだ。凄いね。こんなに小さいのに十層を一人で探索できるなんて・・・でもね、危ないからなるべく一人で行動するのは避けた方がいいよ。シロコイ君はまだ小さいんだから・・・」

 

コハルが感心しながらも単独行動はなるべくしないよう注意する。

しかし、シロコイは体をプルプルと震わせており、その隣でシンカーが戸惑ったように喋る。

 

「あのー、すみません。・・・シロコイさんは・・・」

 

「俺、今年で19なんだけど」

 

「え!?」

 

目の前にいる幼く見える少年が、まさかの自分より年上という事実にコハルはその場で固まってしまった。

しばらく、呆然としてたコハルだったが、慌てて謝る。

 

「ご、ごめんなさい!年上だと知らないで、子供扱いしてしまって!」

 

「いや、気にしないでくれ。慣れている」

 

「・・・なんていうか・・・世界は広いですね」

 

「ああ、見た目はガキだってのによ」

 

気にしてない様子のシロコイ。その様子を見ていたハルトとザントは世界の広さを感じながら、シロコイを見ていた。

 

「色々と話してぇこともあるけど、とりあえず、外に出ようぜ。ここじゃ落ち着かねぇから」

 

一通り、自己紹介を済ませた所でクラインが言い、周りもそれに賛同して《夜藤の河原》に戻ろうとしたが

 

「!?・・・どうやら、まだ、終わってねぇ見てぇだな」

 

ザントが後ろを向きながら喋り、周りも後ろを見ると、そこには、人の下半身くらいの大きさの白銀の狼が刀を銜えながらこちらを睨んでいた。

 

「そんな!?アルゴさんの情報にはあんなモンスターはいなかったはずなのに!?」

 

「おそらく、正式版で追加されたエネミーだろうよ。しかも、この感じ・・・フィールドボスクラスか」

 

まさかのボス級のエネミーの登場に、それぞれ武器を構えるハルト達。

そんな中、狼はハルト達を・・・正確にはザントの方を見ていた。

それに気付いたザントは笑みを浮かべ

 

「てめぇら・・・手を出すな・・・俺がやる」

 

一人で戦うことを宣言した。

それに対して、コハルは慌てながら止めた。

 

「無茶ですよ!あのモンスターがどんな力を持っているのか分からないのに、一人で挑むなんて!私たちも戦います!」

 

「うるせぇ、奴の御指名は俺だ。喧嘩は買ったんだ。加勢なんてくだらねぇ恥を俺にかかせるんじゃねぇ」

 

コハルの援護をザントは容赦なく切り捨てると、両手剣を構え狼の方へ近づく。

両者、互いに睨み合っていたが、先に動いたのは狼だった。

 

「!?」

 

狼のあまりの速さに、ザントは驚きながらも、刀を両手剣で防いだ。

攻撃を防がれた狼は鍔迫り合いには持ち込まず、その場で一回転しながら後ろに下がったら、もう一度近づいてきた。

ザントはもう一度防ごうと両手剣を構えたが次の瞬間、狼は攻撃せず、素早い動きでザントの後ろに回り込んだ。

 

「!?(フェイントか!?)」

 

狼の意図を感じ取ったザントは慌てて後ろを向くが、防ぐ前に刀で斬られた

 

「ぐっ!?」

 

「ザントさん!」

 

思わず膝を付き、それを見たコハルが声を上げ、援護しようとハルト共に近づいたが

 

「来るんじゃねぇ!!」

 

ザントの叫び声に足を止めた。

ザントは両手剣を杖のように体を支えながら立ち上がると

 

「・・・面白れぇ」

 

笑顔で狼の方を見る。その狂気の笑顔にハルト達は息を吞む。

普段からザントは調子が良かったり、楽しんだりしている時に狂気の笑みを浮かべるが、あの笑顔は今まで見たどの笑顔よりも楽しんでおり、そして、狂気を感じる笑みだった。

 

「てめえ・・・俺と同じだな。強くなるために、色んなもん盗んで、自分を鍛えていく・・・俺もそうだぜ。色んな場所から、色んな技や技術、知識を盗んで強くなり続けようとしている・・・」

 

そう言いながら、両手剣を構え直し

 

「来いよ・・・てめえが人間から盗んで鍛え上げた技や知識を・・・俺に見せてみやがれ!」

 

その叫び声に応えるかのように、狼は「ヴォォォ!」と声を上げながら近づいてき、ザントに攻撃する。

ザントも両手剣で防ぎながら、狼の行動パターンを見極め、攻撃していく。

刀と両手剣が打ち合い続ける音が、フィールド中に響き渡る。

 

「スゲー・・・」

 

「動きが・・・見えない・・・」

 

シロコイとユリエールが声を漏らす。

今のザントと狼の攻防は、並大抵のプレイヤーは見えておらず、攻略組のハルトやコハルですら一瞬でも目を逸らしてしまえば、動きが追いつけないくらい、ザントと狼は激しい戦いを繰り広げていた。

そんな中、狼は何回かも分からない鍔迫り合いの末、一旦、後ろに下がろうと刀を下げらせ、体を上に上げたが、その際に隙だらけの腹が見えてしまった。

それを見たザントは

 

「戦いはなにも、剣だけじゃねぇ!」

 

そう言いながら、隙だらけの腹を足で蹴り上げた。

蹴り上げられた狼は、吹き飛ばされ地面に不安定な体制で着地したが、すぐに体勢を整え、一旦、動きを止めた。

それを見たザントも動きを止めた。

両者の間に静寂が流れる。しばらく、相手を見つめ続けていた次の瞬間、同時に動き出した。

それぞれ走り出しながら、相手の方に近づいていき、そして

 

「ヴォン!」

 

「オラッ!」

 

すれ違いざまに狼は刀の一撃。ザントは<ビースト・ランページ>を繰り出した。

両者の間にまたもや静寂が訪れる。

狼の方は無傷。ザントの体には刀に斬られた痕があった。

両者、体勢を整え、互いを見たが

 

パキーン!

 

「!?刀が・・・」

 

シンカーが驚いたように喋った。

すれ違った時のザントの強力な一撃が、狼が銜えていた刀を捉え破壊した。

しかし、武器を失ってなお、白銀の狼は戦い続けようと、ザントの方を睨んでいた。

ザントは無言で狼を見続けていたが、両手剣を背中にしまった。

 

「ザントさん!何を!?」

 

「決まってんだろ。こいつはもう武器がねぇ。なのに、こっちだけ武器を持ってても面白くねぇだろ。来いよ、強くなりてぇんなら俺を倒して証明して見せやがれ!」

 

ザントは叫び声と共に素手で狼に殴りかかった。

対する狼も己の牙でザント目掛けて嚙みついてきた。

 

「!?ちっ!」

 

素早い狼の嚙みつき攻撃に対応できず、ザントは殴りかかった腕を嚙まれたが

 

「甘ぇ!」

 

逆の腕で狼の脇腹にアッパーを繰り出した。

狼は上に吹き飛ばされたが、空中で体制を立て直すと今度は顔目掛けて嚙みつこうとしたが、ザントは咄嗟に両腕をクロスさせガードする。

そして、顔の代わりに両腕に嚙みついた狼を両腕を広げながら弾き飛ばし、バランスを崩して落ちていく狼に思いっ切り蹴りを入れ、向こうの岩に吹っ飛ばした。

蹴りのダメージと岩にぶつかった衝撃でダメージを食らった狼。対するザントも腕を嚙みつかれてダメージを負っていた。

しかし、ザントの表情は変わらず笑顔であった。

 

「いいぜ!もっとお前の力を見せてみやがれ!」

 

ダメージを負ってもなお、立ち上がる狼にザントは追撃しようと、狼に迫ったが

 

「!?」

 

ザントは動きを止めた。

狼に敵意がなくなったからである。

狼はゆっくりとザントの方へ歩み寄ると

 

「(すぅー)」

 

「お前・・・」

 

ザントの前で止まり、頭を下げた。

まるで、己の主を見つけたかのように

 

「・・・へっ、面白れぇ」

 

狼の行動を見て、察したザントは笑みを浮かべながら、自身に頭を下げている狼に問う。

 

「お前、俺と一緒に行きたいのか?・・・言っておくが、俺は弱ぇ奴が嫌いだ。お前が俺の足を引っ張ったり、ピンチになったりしても、俺は絶対に助けてやらねぇ。それでもいいのか?」

 

狼は何も言わず、コクリと頷いた。

それを見たザントは、狼に向かって力強く叫ぶ。

 

「いいぜ!お前は・・・ラピード!お前は今日から俺の相棒だ!強くなりてぇなら、しっかり俺についてこい!」

 

「ヴォン!」

 

ラピードは主人に応えるかのように吠えた。

ザントは用が済んだと言わんばかりの表情をしながら

 

「おい!終わったし、そろそろ行くぞ」

 

ハルト達に声を掛けたが

 

『・・・・・・』

 

ボス級のエネミーを戦ってテイムするという規格外のことをやらかしたザントを、ハルト達はただ呆然と見ているのであった。




・ザントの新装備
《トール・ジ・アノーイング・トロール》のアバター装備みたいな感じです。

・少し複雑な表情をしていたハルト
後のストーリーの伏線となります。

・ユリエール
ギルド「MMOトゥデイ」のサブリーダー。人がいいシンカーと違って、厳しいところもある。ちなみに本文中には描写されてないが、この時の髪の色は茶色である。

・シンカー
ギルド「MMOトゥデイ」のリーダー。人が良く、かなり面倒見がいいが、それ故に騙されやすい。

・シロコイ
オリキャラの一人。イメージは「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」のフィンみたいな見た目で、髪の色をアスナみたいな栗色にし、身長も149cmと一般男性よりかなり小さめ。CVは中村悠一。爽やかで活気のある人物だが、低身長のせいで、周りから子供扱いされることもある。

・<ビースト・ランページ>
オリジナルスキル。両手剣の星4くらいで、全体攻撃。両手剣を前方、扇形に思いっ切り振る。

・ラピード
オリジナルキャラもといオリジナルペット。白銀の毛に蒼い瞳を持つ狼。人間の下半身くらいの大きさで、その気になれば、人、一人乗せることができる。


ザント、ボス級のエネミーをテイム(物理)する!
茅場「・・・何これ?(困惑)」
ということで、十層編前半でした。
次回もオリジナルを混ぜつつ、SAOIFに沿ったストーリーを書いていきます。


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ep.17 蒼嵐

最新のアリシゼーションイベントストーリー、一枚絵が変態皇帝しかない件について
せめて、アリスやユージオとかの一枚絵欲しかったなぁ。
十層編、続きです。




アルゴは戦慄した。

普段から情報屋を営んでいる彼女はちょっとのことでは驚かない自信があった。

しかし、今、自分の目の前に写っている光景はちょっとどころのことではない。

調査から戻ってきたハルト達を見つけたアルゴは、三つのことを聞かされた。

まず一つ目は、人数が増えていること。これは別に気にしていない。ハルト達が色んなプレイヤーと顔見知りなのは、アルゴも知っていることで、たまたま、フィールドで出会って、彼らと一緒に行動したのだろう。

二つ目は、自分の知らないボス級のエネミーが出現したこと。自分のはあくまでもβテストの情報だったので、正式版で追加されたのだろう。せいぜい攻略本に書く内容が増えた程度で、これも、あまり驚きはしなかった。

しかし、問題だったのが三つ目。そのボス級のエネミーがザントによってテイムされていたことである。しかも、物理で。

それを聞いたアルゴはザントをUMAを見つけた様な目で見た。

いくらなんでも非常識すぎる。

従来のテイムと違って、殴り合いでボス級のエネミーをテイムした。だから、一緒に行動している。そんな非常識すぎる話を聞かされて、どう反応すればいいのかアルゴには分からなかった。

 

「アルゴさん、どうしたんですか?」

 

「いつまで腑抜けてんだ。こっちの事は話したし、さっさと、てめえの話も聞かせろ」

 

お前のせいだヨ!の言葉を必死に飲み込んだアルゴは、一旦、息を吸って落ち着くと、調査で得た情報を話し始めた。

 

「ザント。お前のやろうとしているクエスト、実は十層のボスに有効な武器が手に入る重要なクエストだったんダ」

 

「私も噂なら聞いたことがあります。確か、NPCの町娘が蛇神使いに攫われて、助けを求める父親が依頼人だと」

 

シンカーが付け足すように喋った。

 

「そう、最初は父親から簡単なお使いを頼まれて、その次からが本番なんダ。っで、オレッチはもう、そのクエストを受けているんダ。やってみるカ?」

 

説明の最後でザントにクエストを受けるのか問いかけるアルゴ。

それに対して、ザントは笑みを浮かべ

 

「当然だろ。強ぇ武器が手に入るなら、尚更やらねぇわけにはいかねぇなぁ」

 

クエストを受ける決意をした。

更に、その隣でクラインも

 

「俺も受けるぜ!攫われた娘さんを武士であるこの俺が助ける!熱い展開じぁねぇか!ハルト達もやるよな!?」

 

「勿論。重要なクエストなら尚更だよ」

 

「ボスの情報が貰えるかもしれないし、やって損はないよね」

 

「ここで会ったのも何かの縁だ。俺も参加するぜ」

 

クラインに続きハルト、コハル、シロコイも参加した。

更にシンカー、ユリエールも

 

「私たちも参加させて「ちょっと待て」・・・え?」

 

参加しようとしたが、ザントに止められた。

 

「はっきり言って、てめえら二人は足手まといになるだけだから止めておけ」

 

「・・・おいザント・・・それは流石に言い過ぎだろ。そりぁ、この二人は俺たちよりもレベルは低いけどよ。だからといって、参加まで断ることは・・・」

 

「おいおい、ここに戻る時もそこいらの雑魚よりかはマシだったが、邪魔だったのには変わりねぇだろ。十層攻略に関わる大事なクエストに足手まといを参加させねぇよ」

 

クラインが言い過ぎだと言うが、ザントはそれを容赦なく切り捨てる。

あんまりな言い方にコハルが前に出ようとしたが、その前にシンカーが口を開いた。

 

「確かに、あなた方攻略組にとって、中層ギルドである我々は邪魔な存在かもしれません。ですが、私にはやるべきことがあります。ギルドの資材が行き渡らず、今も尚、苦労をかけさせているユリエールや仲間たち。そして、始まりの町で我々を待ち続けている大勢のプレイヤーのために」

 

「へぇー、つまり、自分で戦うどころか、動こうともしないで、他人に縋り続ける雑魚のためってか?あんた、随分と大馬鹿だな。そんな奴らを助けた所で調子に乗らせるだけだぞ」

 

「ちょっと!ザントさん!」

 

下層プレイヤーを見下すような言い方に、コハルが注意する。

 

「おっしゃる通りだと思います」

 

「あぁ?」

 

ところが、シンカーはザントの言葉を肯定した。

 

「私は大馬鹿かもしれません。ギルドには始まりの町の人たちの面倒まで見る必要があるのかっと不安を持っているメンバーもいます。それでも、私は始まりの町の人たちを助けることを辞めるつもりはありません。だってそれが、私がこの世界でやりたいと決めたことですから」

 

シンカーの決意を真剣な表情で聞いていたザントは、「ハァー」とため息を出し

 

「・・・足手まといにならねぇなら勝手にしろ」

 

シンカーとユリエールの同行を許可したザントは視線でアルゴに合図した。

 

「決まりだナ。それじゃあ、装備を整え次第、この先の《滝見の渓谷》に集合ナ」

 

 

 

 

《滝見の渓谷》に集まったハルト達は早速、アルゴからクエストについて聞く。

 

「βテストだと、大蛇に攫われた町娘を救出するクエストは、娘は途中で死んでしまってナ。その後、娘の父親が敵討ちに乗り出し、プレイヤーはそれを手伝うことになル。そして・・・クエストをクリアしたら、その報酬として強力な両手剣が貰えるんダ。ところが、正式版だと町娘はプレイヤーの助けを拒んで、どっかに行っちゃうんダ。今は《滝見の渓谷》のどこかに逃げ込んだ町娘を探し出すってところからだナ」

 

「なら、さっさと、その町娘を探すぞ」

 

ザントの言葉に頷いたハルト達は、《滝見の渓谷》を歩きながら町娘らしき人物を探していた。

すると、崖の近くに一人佇んでいる着物を着た女性NPCがいた。

 

「見て、あんな所にNPCがいるよ。きっと町娘さんだよ」

 

「不安そうな様子ですね。慎重に近づきましょう」

 

ユリエールの言葉に従い、慎重に近づいていった。

すると、こちらに気付いた町娘は、こちらを睨みつけながら話しかけてきた。

 

「・・・父様に言われて追ってきたの?話すことなんてありません。どうか、そっとしておいて」

 

「取り付く島もないナー。どうすル?」

 

一向にこちらの話を聞きそうにない町娘に、アルゴが困った表情をしたが、クラインが前に出た。

 

「俺に任せておけ!ゴホン、お嬢さん。俺たちは怪しい者じゃない。千蛇城の支配から町を解放したいただの旅人だ。あんたが困っていることになっているらしいって噂を町で聞いてここまで来たんだ。良かったら話を聞かせてくれねぇかな」

 

「千蛇城の主を倒すと言うの?・・・でも、倒せるかどうか・・・」

 

「大丈夫だ!俺たちは今までも手強いモンスターと戦って生き延びてきたんだぜ。今更、蛇の化け物の一匹や二匹、どうってこたぁないさ」

 

「おかしな人ね・・・だけど、そうね・・・あなた達なら私の話を聞いてくれるかも・・・」

 

そう言うと、NPCの頭の上に!マークが表示された。クエスト進行マークだ。

 

「どうやら上手くいったみたいだナ。さて、何から聞こうカ・・・」

 

とアルゴが町娘から色々と聞き出そうとしたその時

 

「やっと見つけたぞ!あれがクエストNPCだな?」

 

突然、男の叫び声が聞こえ、振り向くとALSとDKBのプレイヤーがこちらに向かって走ってきた。

 

「おい、邪魔するなよ。こっちが先に見つけたんだぞ」

 

「そっちこそ邪魔しないでよ。優先度はあたし達の方が・・・あら、先に到着していたグループもいたみたい」

 

新しくきた二人に、町娘は目を見開いたまま固まってしまった。

 

「なあ、蛇クエの途中だろ?だったら、さっさと終わらせてくれよ。こっちも後がつっかえてるんだよ」

 

「ムッ、次はあたし達だからね。割り込まないでよ」

 

「父様は蛇神様の声を聞こうとしない・・・今、連れ戻されるわけにはいかないの。お願い、助けて・・・」

 

「お、おう!任せろ」

 

町娘に助けを求められたクラインは、町娘に言い寄ってきた二人組に話しかける。

 

「悪ぃが、この娘さんの件は俺たちが引き受けることになってんだ。今は引き下がっちゃくれねぇか?」

 

「何言ってんのよ、できるわけないでしょ。ボスクエなのよ」

 

「弱小ギルドがMVPでも狙ってんのかよ。部をわきまえろっての」

 

クラインの言葉に、何言ってんだこいつ的な感じで返す二人組。

しかし、彼らは気付かなかった。何処からか'プツン'と何かが切れる音が鳴ったことを

 

「落ち着いてください。こちらのお嬢さんは大勢の人間に取り囲まれるのが苦手みたいでね。私たちが話す間だけでも、少し遠ざかっていてくれませんか?」

 

「NPCにそんな判断できるかっての。そこまでして抜け駆けしたいのかよ」

 

'プツン'

 

シンカーが宥めるように喋るが、取り扱おうともしない二人組。

 

「NPCだってこの世界の住人だ!僕たちと同じように笑ったり、泣いたりもする!」

 

「あの!この人は本当に怖がっているんです!だから、お願いします」

 

「そう言われてもね・・・こっちだってギルドの威信が掛かってるのよ」

 

'プツン'

 

ハルトとコハルの言葉を困った表情で流すDKBの女性。

すると、ハルト達が揉めている間に、町娘はその場から離れようとしていたが

 

「あ!ちょっと、どこ行くの!?」

 

「何やってんだ!逃がすかよ!」

 

逃げ出そうとした町娘を二人組が取り押さえる。

 

「いや!離して!離してよ!!」

 

'プツン'

 

二人組は町娘を無理やり連れていこうとした。

それを見て、ハルト達は慌てて止めようとしたが、その前に彼らの下に一つの影が飛び出した。

 

「ヴォン!」

 

「うわ!?なんだこいつ!?」

 

突如、現れた白銀の狼に驚き、町娘を掴んでいた手を離すALSの男。

白銀の狼、ラピードは町娘を庇うように立つ。

 

「な、何なのよこいつ!?」

 

「邪魔するってんならお前を「黙れ三下共」」

 

『!?』

 

フィールド全体に響くような低く重みがある声が聞こえた。

誰もが声の主、ザントを向いたが、その表情はかつてないほど怒りに染まっていて、その表情を目の前で見ている二人組は勿論。横から見ていたハルト達も圧倒され動けずにいた。

そんなハルト達をよそに、ザントは静かに喋り始める。

 

「さっきから黙って聞いていりゃ、部をわきまえろ・・・ギルドの威信がかかっている・・・ギルドの名前を利用してイキがってるだけの雑魚共が!・・・七層の時、トウガの言葉で少しは知恵を持ったと思ったらこれかよ・・・」

 

そう言うと、ザントは背中の両手剣を取り出し

 

「やっぱり、猿にはその身で分からせるしか方法はねぇようだな!!!」

 

「「ヒィーーー!!??」」

 

「おいザント、止めろ!」

 

「流石にマズいですよそれは!」

 

二人組がザントの圧倒的な威圧に恐怖してる中、ハルト達が慌てて止める。

ザントは本気だった。本気で目の前の二人組を斬ろうとしている。

ハルト達は見たこともないザントの怒りにどうしたらいいのか分からず、止めることに専念していた。

 

「やめんかい!!」

 

フィールドに新たな怒声が響いた。

誰もが声がした方を振り向くと、怒りに満ちているキバオウがいた。

 

「DKBの奴はともかく、何やっとんやジブン」

 

「で、でも、こいつらが!」

 

「見たところ先に話しかけたのはハルト達やないか。そこを無理やり割り込んだ挙句NPCまで脅してどないすんねん」

 

「でも、俺は・・・剣を向けられて・・・」

 

「その剣を向けられる原因を作ったのはジブンやろ」

 

キバオウの言葉に俯いてしまうALSの男。

それをよそにキバオウはハルト達の方を向いて頭を下げた。

 

「すまんかった。ウチのもんが迷惑かけた。だがな、ザント。同じ攻略組として言っておくが、キレてたとはいえ流石にそれはやりすぎや。プレイヤーに剣を向けたらそいつはもうオレンジプレイヤーと変わらん」

 

「・・・雑魚共に舐められる嫌いだ・・・とは言え、流石にやりすぎたな」

 

キバオウの言葉で頭が冷えたザントは両手剣を背中に納めた。

 

「そんで、そこのねぇちゃんはどうするんや?このまま去るか?それともワイとデュエルするか?」

 

「・・・覚えておきなさいよ」

 

ザントの威圧に恐怖し、その場に座り込んでいたDKBの女性は立ち上がりキバオウをひと睨みすると去っていった。極力、ザントの方を見ないようにしながら。

キバオウはALSの男を下げらせると、改めてハルト達に詫びた。

 

「やれやれ・・・とんだ迷惑をかけてもうたな」

 

「ありがとうございます。あの場を仲裁してくれて」

 

「礼を言われる筋合いはないわ。もし、止めなければ最悪、死人が出たかもしれんしな・・・詫びと言っちゃなんやけど、このボスクエ、ジブンらに任せてもええか」

 

「詫びにしては随分と気前がいいじゃねぇか・・・予想はつくがな」

 

ザントがいつもの笑みを浮かべながらキバオウ向けて喋ると、キバオウは複雑な表情で語り出す。

 

「実はな、ボスクエをやったウチの連中は、みんなここであの町娘を見失っとるんや。今のあいつらと同じ結果やろ」

 

「大方、普通に近づいて逃げられたんだろうよ。考えもしないで、ただ、無駄に突っ走る猿共らしい結果だな」

 

「・・・言い方はともかく、ザントの言う通りや。せやけど、ジブンらはあの町娘と話せる所まで行った。なら、ジブンらに任せた方が効率的っちゅうもんや」

 

一通り説明を終えたキバオウはシンカーとシロコイの方を見た

 

「そっちの新顔もジブンらの仲間か?」

 

「私はギルドMTDのリーダー、シンカーと言います。キバオウさんのことは聞いていますよ」

 

「そうか・・・MTDの評判はワイもよく聞いとる。ALSで拾えなかった低層プレイヤーを使えるようになるまで面倒を見とる熱心なギルドやってな」

 

「ちなみに、俺もその使えるようになったプレイヤーの一人だ」

 

シロコイのまさかの事実にシンカー、ユリエールを除く全員が驚いた。

その隣でシンカーが口を開いた。

 

「当時、実力があっても身長のせいで、どこのギルドにも入れてもらえなかったシロコイさんを私たちのギルドで面倒を見てたんです。シロコイさんはギルドの手伝いをしながら、日々ソロでも最前線に通用するレベルまで上げてて、遂、最近ギルドを抜けて、最前線に来たという噂を聞いてたんですけど、まさかこんなにも早く再会できるなんて思ってませんでした」

 

「今の俺があるのは、あの日シンカーさんが拾ってくれたおかげだ」

 

「そうか・・・あんたとはその内ゆっくり話したいもんや」

 

そう言うと、キバオウは去っていった。

 

「さて、後は・・・」

 

「ひっ!」

 

トラブルがあったが無事解決したので、再び、情報を聞こうとラピードの後ろにいる町娘に歩み寄るザント。

しかし、町娘は先程の怒りに満ちたザントを見たからか、尻餅をつきながら怯えた表情でザントを見上げた。

怯える町娘の前に立ったザントは

 

「おら、立てるか?」

 

「え?・・・は、はい・・・」

 

町娘に右手を差し出した。雰囲気が先程と変わったザントに戸惑いながらも、町娘はザントの手を握りながら立ち上がった。

 

「悪かったな、さっきはビビらせちまって」

 

「い、いえ!・・・私の方こそ・・・助けてくれたのに、お礼も言わずあんな態度をとってしまって・・・」

 

怖がらせてしまったザントと、助けてもらったのにお礼も言わず怖がってしまった町娘は、互いに謝罪し、

 

「あの!・・・助けてくれてありがとうございました」

 

「気にすんな」

 

町娘は改めてザントにお礼を言い、それを軽く受け取ったザント。

 

「意外だな。お前が自分からそんなことをするなんて」

 

先程までと雰囲気が180度変わったザントと町娘のやり取りをハルト達は呆然と見てた中、シロコイが口を開いた。

 

「見た感じ、お前は弱者が嫌いな奴だと思ってたんだが、同じ弱者でも一般人、それもNPCにはそんな風に接するんだな」

 

「別に弱者でも、俺の嫌いな弱者は弱ぇままで居続ける奴と弱者のくせに自分は強い、特別なんだって勘違いしてやがる奴だ。同じ弱者でも、真剣に強くなろうとしてる奴やシンカー、あんたみたいに何かしらの信念を持って、それに向けて精一杯足掻き続ける奴は、俺にとっては、むしろ興味深けぇ存在だ」

 

そう言いながら、ザントは視線をハルト達に向ける。

 

「雑魚の屁理屈や戯言なんざ、いくらでも否定してやるよ。けどな、同じ雑魚であっても守るべき人間の声は否定はしねぇよ。少なくとも今は、俺にとって、こいつやお前らは一部を除いて雑魚であると同時に守るべき存在だからな」

 

「・・・不器用な人ですね」

 

シンカーの言葉に、ザントは「ふん」と鼻を鳴らすと、視線を町娘に戻して話を聞くのであった。

 

 

 

 

町娘の名前はハツ。彼女の話によると、十層迷宮区こと千蛇城は、元々はいい領主が治めていたが、悪い妖術使いに騙され、領主は化け物に姿を変えて、土地を守っていた蛇神様は民を守るために力を使い果たして弱っていた。

千蛇城の主こと十層のボスを倒せば、蛇神様の力が元に戻るが、待っている間にも蛇神様の力が減りつつあり、いつ消えてしまうのか分からない状態であった。

そこで、魔刀の魔力があれば、少しだけだが蛇神様の力が戻るらしいが、その魔刀は《夕映の竹林》の奥にいる、用心棒が姿を変えたと言われているオロチ人間が持っているとのこと。

それを聞いて、《夕映の竹林》に戻ったハルト達は魔刀を手に入れるべく奥へと進んでいった。

その途中、いくつものエネミーがいたが

 

「ハァー!」

 

次々と湧いてくるエネミーを倒していきながら、先に進んでいた。

 

「よっと」

 

シロコイの放った矢が数十メートル先のエネミーに当たり、ポリゴン状に四散した。

 

「凄いですね、シロコイさん。百発百中ですね」

 

「まあな、伊達に弓の熟練度は上げてないぜ」

 

コハルの言葉に、軽く返すシロコイ。

SAOでは滅多にいない弓使いであるシロコイは、次から次へとエネミーに矢を当てていった。

そんな会話をしながら、だいぶ奥まで進んだところでアルゴが口を開いた。

 

「挑む前に一旦、情報を整理するゾ。βテストと同じなら、相手は恐らく本来なら迷宮区レベルのボスだろうナ」

 

「フロアボス前の対策に打って付けですね」

 

「しかし、私たちがいてお邪魔にならなければいいんですが」

 

「今更かよ。あんたらは足手まといにならねぇつもりでここまで付いてきたんだろ。なら、もう少し自信持ちやがれ。そんな考えで一緒に戦われても邪魔なだけだ」

 

「そうですね。ありがとうございます」

 

ザントなりの気遣いにお礼を言ったシンカー。

 

「よっしゃー!行くぜ!」

 

クラインが気合いを入れながら先に進むと、一体の黒いオロチ人間とその周りに二体の普通のオロチ人間が現れた。

 

「あれがボスだな・・・」

 

一人だけ見た目が違うオロチ人間を見て、シロコイが吐く。

すると、こちらに気付いた黒いオロチ人間が

 

「カ・・・タナ・・・ワタサヌ・・・ワタサヌゾ!」

 

「うおっ!?喋るのかよ」

 

「かなり怒っているようですね。我々が刀を奪いに来たのだと判断したようです」

 

「来ますよ!」

 

「三体、一斉に来られたら溜まったもんじゃないな。それぞれ三手に別れて相手しよう!」

 

シロコイの提案に賛成したハルト達は、即興で相手するエネミーを決めると、それぞれ別れて、決められたエネミーと戦うのであった。

シンカー、ユリエール、ラピードペアは二体のオロチ人間の内、一体を相手していた。

 

「来るよ!ユリエール!」

 

「くっ!」

 

オロチ人間の刀をレイピアで受け止めるユリエール。

 

「ガウッ!」

 

その隙を付いて、ラピードがオロチ人間の腕に嚙みつきダメージを与える。

オロチ人間は嚙みついているラピードに刀を振り下ろしたが、当たる前に回避したラピードはシンカーとユリエールの下に戻る。

 

「凄いなこの子は」

 

「ザントさんが言ってた人間の技を盗んで強くなっているというのは間違っていないようね」

 

シンカーとユリエールがラピードを評価しながら、HPが半分以下になったオロチ人間を見る。

次で決めようと、互いの視線で合図した二人は動き出した。

 

「ウオオオーーー!」

 

シンカーがオロチ人間目掛けて斧の振るが、オロチ人間はそれを刀で受け止め膠着状態になる二人。

そこに、ラピードがオロチ人間の足に嚙みつき、オロチ人間は体勢を崩した。

 

「これで終わりです!」

 

その隙をユリエールが<シューティングスター>でオロチ人間の体を突き刺すと、そのまま四散した。

それと同時に、もう一体のオロチ人間と戦っていたアルゴ、クライン、シロコイペアも

 

「俺があいつの頭を射抜くから二人はその隙を作ってくれ」

 

「おう、任せろ!おりぁーーー!」

 

クラインが槍で攻撃しようとするが、それよりも早くオロチ人間は刀を振り

 

「おっと!油断大敵だゾ」

 

クラインに当たる前にアルゴが防いだ。

「悪ぃ!」とアルゴに言うと、気を取り直して、槍をオロチ人間の体に勢いよく突き刺したクライン。

勢いよく槍に突かれ、腹部分を押さえて足を地面に付きながら後ろに下がらさったオロチ人間は体勢を立て直し、前を見上げ・・・目を見開いた。

 

「チェックメイト」

 

そこには弓を構えていたシロコイがいた。

シロコイの放った矢は真っ直ぐに飛び、数十メートル先のオロチ人間の脳天に見事クリティカルヒットした。

脳天に矢が刺さったオロチ人間は何が起きたか分からない的な表情をしながら、体をポリゴン状に四散させた。

 

「ナイスショット!シロコイ!」

 

「当然だろ。俺は狙撃手。アタッカーやタンクの後ろから、隙を付いて敵を狙撃する・・・スナイパーだ!」

 

褒めてきたクラインに向かって、自慢げに語ったシロコイ。

そして、黒いオロチ人間担当のハルト、コハル、ザントペアはというと

 

「なるほどな、動きは他の奴よりも早ぇが見切れない早さじゃねぇな」

 

そう言いながら、刀の攻撃を躱すザント。

ある程度、オロチ人間の動きを理解したザントは、ハルトとコハルに指示する。

 

「ボスの攻撃は基本的に刀を振るだけみてぇだ。刀の振る早さは他のと少し早ぇが見切れない早さじゃねぇ。奴の攻撃を止めて、その隙に一気に腹を狙うぞ」

 

「「了解!」」

 

ザントの指示に応えた二人は走りながらオロチ人間の下に近づく。

そんな二人目掛けてオロチ人間は刀を振ったが

 

「ハッ!」

 

ハルトが槍を横にして防ぐ。

 

「ヤァーーー!」

 

その隙にコハルが刀を持っている腕目掛けてレイピアで攻撃すると、オロチ人間の腕が上に上がり、隙だらけの腹が見えた。

 

「ハルト!」

 

その隙を逃さずザントがハルトに声を掛けると同時に<オブス・ストライク>を発動させ、ハルトも槍を持ち直して<コンヴァージング・スタブ>でオロチ人間の腹を突き刺した。

二つの強力なソードスキルを食らったオロチ人間は後ろに吹き飛ばされるも、僅かなHPを残しつつ立ち上がり、ザントに向けて刀を構えながら迫ってきた。

ザントもまた、迫ってくるオロチ人間に向かって走り、二人が交差すると同時に互いの剣が振られ、互いに攻撃する前とは逆の位置で止まる二人。

しばらく静寂が続いたが、ザントは両手剣を背中にしまい

 

「てめえの敗因は一つ。攻撃に感情が混ざりすぎたことだ」

 

両手剣で体を大きく斬られたオロチ人間は、HPがゼロになり、前のめりに倒れた。

 

「終わったね、ハルト」

 

「中々、強敵だったよ・・・」

 

無事ボスを倒し、安堵するハルトとコハル。

 

「なんとかなりましたね・・・」

 

ハルト達の後ろからシンカー達がこちらにやって来た。

どうやら、向こうも無事倒したようだ。

 

「そんじゃ、ボスも倒したことだし、さっさと魔刀を・・・!?」

 

クラインが喋っている途中、倒れていたはずのオロチ人間が起き上がった。

 

「そんな!倒したはずなのに!・・・」

 

「待って、様子がおかしい・・・」

 

復活したオロチ人間にコハルが声を上げたが、その隣でハルトは冷静にオロチ人間を見ていた。

復活したと思われるオロチ人間は、頭を押さえながら苦しそうに喋り出した。

 

「オオ・・・シネヌ・・・コノ・・・ノロイガワガミヲ・・・カイホウシ・・・」

 

「攻撃してこない?・・・」

 

復活して尚、攻撃してこないオロチ人間にシンカーが疑問の声を出す。

苦しそうにしているオロチ人間に、コハルが恐る恐る声を掛けた。

 

「あの・・・どうしたんですか?」

 

「それがシガ・・・愚かダッタ・・・あれほど止められたノニ・・・魔刀に手をダシテ・・・」

 

「さては、あんた。魔刀に手を出した用心棒だな?」

 

オロチ人間の言葉を聞いて、クラインがある程度察したように喋った。

 

「呪イを解かねば、死ぬコともデキぬ・・・魔刀がこの身カラ離れテくれない・・・蛇神に・・・許しヲ・・・」

 

そう言って、オロチ人間は言葉を止めた。

ハルト達はどうするか悩んだ末、ハツに聞いてみることにした。

 

 

 

 

「・・・というわけなんです。蛇神様に呪いを解いてもらうようお願いできますか?」

 

ハツの所に戻ってきたら、コハルが早速、呪いの解き方について聞いてきた。

ハツは「蛇神様の声を聞いてみる」と言い、目を閉じて集中していたが、しばらくして口を開いた。

 

「《夜藤の河原》にある祠。そこに納められている宝玉を使えば、彼は元に戻る」

 

「宝玉・・・ああ、あれか・・・」

 

ザントは思い出したかのように喋った。

 

「宝玉ってあれだよね?マテルちゃんが言ってた」

 

「あの祠にある奴だろうな。取りに行って来る」

 

早速、宝玉を取りに行ったザント。

しばらくすると、右手に白い玉を持ちながら戻ってきた。

 

「おらよ。これでどうだ?」

 

「・・・これで間違いありません」

 

持ってきた宝玉が本物であるかどうかハツに確認したザントは、すぐさま、オロチ人間の所に戻った。

早速、宝玉を差し出すと、オロチ人間は涙を流した。それと同時に宝玉から光が放たれオロチ人間の体が光り始めた。

 

「ありがとう・・・これでやっと、彼女の下に行ける・・・強き者たちよ・・・どうか、あの千蛇城の主を倒して、平和を取り戻してくれ・・・」

 

一瞬、侍の生前の姿が見えたと思ったら、風と共に体をポリゴン状に四散させ、魔刀が地面に置かれていた。

ザントはそれを拾い、マジマジと見た。

 

「扱いきれなかった力に振り回されて身を滅ぼしちまった男の末路か・・・悲しいなぁ」

 

「どんな力でも、使いこなせなけりぁ人間ってのはすぐ化け物になっちまうもんさ。リアルでも仮想世界でもな」

 

クラインの呟きに軽く返しながら、ザントは魔刀をストレージにしまうとハツの所に戻るのであった。

 

 

 

 

「さ、おハツちゃん!この刀があれば、蛇神さんもしばらくは大丈夫なんだな?」

 

ハツの所に戻ったら、クラインが前に出て、ハツに魔刀を渡した。

ちなみに、ザントのストレージに入ってたはずなのに、何故クラインが魔刀を渡しているのかというと、侍として渡したいという名のただ単に自分が渡せばハツに褒められるかもしれないという理由でそれはもう必死に懇願してきて、ザントはめんどくさそうな表情をしながら渡す役目をクラインに譲った。

 

「ええ、人間にとって大きすぎる力でも、蛇神様なら上手く使えるはず」

 

ハツは笑みを浮かべながら言葉を返していったが、突然、ハッとした表情になると

 

「あ!蛇神様からあなた達に伝えたいことがあるみたい・・・「千蛇城の主は侍の長にして、あらゆる物を切り裂く、恐ろしい刀の使い手。その刀が生む風すら凶器となり蛇の毒を広く運ぶ。用心すべし」」

 

「ボスの情報、ありがとナ」

 

ボスの情報を話してくれたハツに、アルゴがお礼を言う。

すると、ハツはザントの方を見ると、ハツの手元が突然光り出し、その光は形を変えて一本の巨大な刀になった。

 

「それと、蛇神様があなたに「強き者よ。あなたに我が秘宝の一つ、《蒼嵐(そうらん)》を授けよう」だそうよ」

 

そう言いながら、巨大な刀をザントに渡した。

 

「こいつは・・・刀か?」

 

「いや、形は大太刀だが、こいつは両手剣に部類されていやがる」

 

そう言いながら、ザントは《蒼嵐》を鞘から取り出しその場で一振りすると、笑みを浮かべた。

 

「なるほど・・・中々いい刀じゃねぇか」

 

「貰っておく」とハツに言うと、《蒼嵐》を鞘に納め背中に背負った。

それを見たハツは笑みを浮かべ

 

「私は家に帰るわ。父様は分からずやだけど、私のことを心から思ってくれたんでしょう。これ以上、心配かけられないわ。これは少ないけど、お礼よ・・・あなた達の武運を祈っています」

 

そう言うと、ハツは去っていった。途中、こちらに幾度もなく振り返って手を振りながら。

 

「いいよなザントは。立派な刀を手に入れてよう」

 

「んだぁ?てめえは余程侍が好きなのか?」

 

「応ともよ!侍こそ正に俺の生き様よう!名だたる名刀、妖刀を使いこなしてこそ、真の侍ってもんよ!」

 

「そうかよ、精々頑張ることだな」

 

クラインの言葉を軽く流したザントは

 

「そんじゃ、報酬の山分けといこうぜ」

 

報酬の山分けをするべく、ハルト達を自身の周りに集めた。

一通り、報酬の山分けを終えると、シンカーがハルト達の方を見ながら口を開いた。

 

「私たちは仲間たちの所に戻ります」

 

「皆さんには大変お世話になりました。本当にありがとうございました」

 

シンカーの隣でユリエールもハルト達にお礼を言った。

 

「それにしてもハルトさん。中々様になってますね」

 

「そ、そうかな・・・」

 

シンカーは言葉に、初期装備からフード付きの緑コートに着替えたハルトは照れくさそうに返した。

クエストの報酬で手に入れた緑コート。話し合いの結果、ハルトの物になり、ハルトは早速、新装備を着るのであった。

 

「本当に色々とありがとうございました」

 

「フロアボスに参加できないのは、心苦しいのですが・・・」

 

申し訳なさそうに言うユリエールにコハルが口を開く。

 

「シンカーさん達は始まりの町にいる人たちや低層プレイヤーを支えています。それだって立派な戦いですよ」

 

「ああ。この世界じゃ生き延びることが何より大切だからな」

 

「あんた達が攻略組を裏で支えているおかげで俺みたいな中層プレイヤーが最前線に出ることができたんだ。感謝しているよ」

 

コハルに続いて、クラインとシロコイもシンカーとユリエールに言葉を発した。

 

「お前からも何か一言ないのカ?」

 

アルゴはそう言うと、ザントの方を見た。

ザントは「ハァー」とため息をつき

 

「・・・下の雑魚共。馬鹿なことさせねぇように、しっかり、抑えておけよ」

 

「はい・・・」

 

ザントらしい言葉に、シンカーは嫌な顔をせず返した。

 

「それでは皆さん、お気を付けて!」

 

「さようなら。いつかお礼させてくださいね」

 

そう言いながら、シンカーとユリエールは去っていった。

 

「それじゃあ、オレッチも戻るヨ。突破したら教えてくれよナ!」

 

アルゴも一言喋ると去っていった。

残ったのは、ハルト、コハル、ザント、ラピード、クライン、シロコイの五人となった。

 

「さて・・・後はボス攻略だけだな!」

 

「ああ!俺にとって初のボス戦・・・全力で援護するぜ」

 

「まぁ、精々死なねぇことだな」

 

「ヴォン!」

 

そう言いながら、十層迷宮区改め千蛇城に向かった三人と一匹。

 

「私たちも行こう!」

 

「うん。新しい装備も手に入ったし、気合い入れていこう!」

 

新たに装備を整えたハルトもコハルと共に千蛇城へ向かうのであった。




・アルゴは戦慄した
流石のアルゴもテイム(物理)に絶句してしまいました。

・ハツ
十層のみに登場するNPC。こちらもまた、NPCにしては中々の出来栄えだと私は思う。

・ザントブチギレ
七層でトウガの言葉があって尚、自分の目の前で雑魚共が弱いくせにエリート面するあまり、キレました。(なお、斬ろうとはしたが、流石に殺そうとはせず、二度と最前線に来られないようにしようとした模様)

・遭遇、キバオウとシンカー
後の騙す側と騙される側である。

・一部を除いて
ハルト、コハル、アルゴのことです。クラインとシロコイは強いと理解してますが、ザントの中では、まだ雑魚判定です。

・《蒼嵐》
大太刀の形をした両手剣。イメージは「テイルズオブベルセリア」のシグレが持っている大太刀《號嵐》。

・ハルトの新装備
アサシンアバターの緑バージョンを着ています。


SAO_UW20話を見て思ったこと
・サトライザー、アンチスパイラル化する
・みんなの思いが一つに!
・やっぱり、メインヒロインはユージオだった


ハルトとザント、パワーアップ。
新装備を手に入れ、万全の体勢でボスに挑む。
次回はボス攻略です。


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ep.18 第十層ボス攻略

十層ボス攻略です。



ハルト達が集合場所に着いた時には、もうほとんどのプレイヤーが集まっていた。

ALS、DKBの主力は勿論、アスナにエギル、七層の時にボス攻略に参加しなかったキリトもいた。

 

「お、来よったな」

 

こちらに気が付いたキバオウが声を掛ける。

 

「おかげさんでな。ボスの情報も持ってきたぜ」

 

「そいつは重畳や。ほな、会議を始めよか」

 

そう言うと、キバオウは会議場に行き、ハルト達も続いた。

会議はいつも通り進み、あっという間に終わった。

 

「結局、今回もギルド単位で固まって、それぞれのリーダーの指示で臨機応変に連携を取って動こうって話だね」

 

「聞こえはいいけど、ただの行き当たりばったりじゃない。こういうのは良くないわよ」

 

いつも通りの作戦に不安を口にするコハルとアスナ。

しかし、キリトは心配なそうに話した。

 

「そうでもないぜ。ボスの使う刀スキルは広範囲攻撃と直線上を斬り払う強力な貫通攻撃の組み合わせが予想される。少人数のグループに分かれてヒット&アウェイの波状攻撃を仕掛けていくのが有効なんじゃないかな」

 

「上手くハマればそれでいいんだろうけどな・・・」

 

キリトの説明を横で聞いてたエギルが不安そうな表情で喋る。

 

「要するに、誰かが斬り込んで、ボスを上手く引き付ければいいんだろ?」

 

「そういう事なら俺に任せろ!真のサムライロードになる男としちゃあ、邪道に満ちたボスを許しちゃおけねぇ!」

 

シロコイの言葉に、クラインが我先にと声を上げる。しかし、その隣で

 

「なら、俺も斬り込み部隊に参加してやるよ。こいつの性能も試してぇしな」

 

ザントが背中に背負っている《蒼嵐》を手に持ちながら斬り込みに名乗りを上げた。

 

「それはレア武器か?」

 

「ああ。ここのボスを倒すのに有効だって聞いているがな」

 

キリトの質問を手短に返すザント。

ちなみに、ラピードはというと、今はまだ、攻略組に知られるのは色々とマズいとアルゴから言われ、ザント自身も馬鹿正直に話したところであの猿共は信じないだろうと予想し、宿の部屋で留守番させている。

 

「ところで、ザントさんは兎も角、クラインさんもどうしてあんなに張り切っているのかしら?」

 

「それはNPC美女と生きて帰る約束をしたからだよ」

 

「そ、そうなのね・・・」

 

質問に答えたハルトの言葉を聞いて、アスナは少しドン引きしながらクラインを見た。

クラインは既に迷宮区の入り口前までに来ており

 

「行くぜ!者共ぉ!ついてこーい!」

 

我先にと迷宮区の中に入るのであった。

 

「あ、コラ!先陣を切るのはALSかDKBか決めとる最中なのに。ええい!ALS、ボスフロアに向かって前進や!」

 

中に入っいくクラインに気付いたキバオウも迷宮区へと入り、それを追うかのようにリンドも急ぎながらDKBの面々と共に迷宮区へと入った。

残ったハルト達もまた

 

「俺たちも早く行こうぜ」

 

「そうね、途中のモンスターにも注意しながら行きましょう。特にシロコイ君・・・じゃなくて、シロコイさんは今回が初めてのボス戦ですから、あまり無茶しないでください」

 

「おい、また君って言おうとしたな。何度も言うけど、俺は今年で19だからな」

 

君って言おうしたアスナにツッコむシロコイ。

会議前、シロコイと初対面だったキリトとアスナは、当然のようにシロコイを年下だと勘違いしており、年上だと発覚した時はUMAを見つけたかのような目でシロコイを見つめていた。

その後もキリトはある程度信じたが、アスナは未だに半信半疑であり何回か君呼びするのであった。

そんなこんなで何度目か分からない君呼びで少し不機嫌なシロコイにアスナは「アハハ・・・すみません」と苦笑いしながら謝り、周りはやれやれっといった様子で見守りながら迷宮区へと入った。

 

 

 

 

和式造りの城の中を順調に進んでいき、攻略組は無事ボス部屋前までたどり着いた。

 

「いよいよボスとの決戦だ!俺には聞こえるぜ。戦の始まりを告げる関の声、陣太鼓とほら貝の響きが!」

 

「張り切るのいいけど、あまり前に出過ぎるなよ。刀のソードスキルは型の見極めが大事だ」

 

張り切るクラインにキリトが忠告する。

 

「心配すんなって!俺はもう、このフロアのエネミー相手に刀スキルの研究はしつくしてきたんだよ」

 

笑みを浮かべながらそう言うと、クラインは扉の前に立ち

 

「ギルド、風林火山リーダー、紅き炎の侍クライン!侍の心を失った支配者に正義の刃を振るう者!ここがてめえのはか「長ぇんだよ。さっさと行くぞ」って、最後まで言わせろ!」

 

「あ、コラ!待たんかい!ええい!突撃や!」

 

扉の前で何やら喋り出し、一向に扉を開けないクラインに痺れを切らしたザントは、クラインを無視して扉を開け、部屋の中に入っていった。

クラインも締まらないまま部屋の中に入っていき、それを見たキバオウ達も中に入るのであった。

部屋の中は、周りは戦国でいう陣地みたいな感じの幕で覆われており、その奥には一台の玉座があった。

そして、その玉座には、頭に兜を被り鎧を身に着けている巨大なオロチ人間、《カガチ・ザ・サムライロード》が座っていた。

《カガチ・ザ・サムライロード》はこちらに気付くと、玉座から立ち上がり、腰に差していた巨大な刀を抜き

 

「オラッ!」

 

迫ってきているザント目掛けて、思いっきり刀を振った。対するザントも《蒼嵐》で巨大な刀を受け止めた。

刀と刀がぶつかり合う音が部屋中に響く。

ザントと《カガチ・ザ・サムライロード》の気迫に誰もが圧倒される中、ザントと《カガチ・ザ・サムライロード》の間には鍔迫り合い状態が続いていた。

 

「ウオーーー!」

 

そこにクラインが<コンヴァージング・スタブ>で隙だらけの《カガチ・ザ・サムライロード》に攻撃する。

槍の一撃を食らい後ろに下がる《カガチ・ザ・サムライロード》を見ながら、クラインはザントの隣に立ち

 

「おめぇにばっかりいい恰好はさせねぇぞ」

 

「へっ、足引っ張りやがったら承知しねぇぞ」

 

互いに軽口を叩きながら、《カガチ・ザ・サムライロード》に斬り込む二人。

その様子をハルト達は呆然としながら見ていた。

 

「す、凄い気合と斬り込みっぷりだな・・・」

 

「あのノリはどうかと思うけれど・・・」

 

自称'斬り込み隊'の二人の迫力に圧倒されるキリトと少し呆れたように喋るアスナ。

その隣でハルトが慌てながら喋り出す。

 

「とりあえず、僕らも行こう!流石に二人だけじゃボスの攻撃は捌ききれない!」

 

「そ、そうだな!エギルはクラインとザントのフォローを頼む」

 

「俺かよ!?」

 

「そういうのは得意だろ!行くぞ!」

 

キリトの合図と共に一斉に行動し始めるハルト達。

《カガチ・ザ・サムライロード》はもう一度ザント目掛けて刀を振ったが

 

「ウオーーー!」

 

駆け付けたエギルによって防がれる。

 

「スイッチだハルト!」

 

「任せて!」

 

その隙をキリトが<クロスネザー>、ハルトが<アサルト・ダイブ>で攻撃した。

ダメージを食らった《カガチ・ザ・サムライロード》は体勢を立て直しながら薙ぎ払うかのように刀を二人目掛けて振るが、それを回避するキリトとハルト。

 

「行くわよ、コハル!」

 

「ヤァーーー!」

 

そこにアスナとコハルがレイピアで《カガチ・ザ・サムライロード》の体を突き刺す。

更に追い打ちをかけるかのように弓を構えたシロコイが

 

「これでどうだ!?」

 

<ラージボア>で《カガチ・ザ・サムライロード》の背中目掛けて矢を放った。

六連発の矢の攻撃を背中に食らった《カガチ・ザ・サムライロード》は顔を歪めながら後ろに振り向く。

シロコイに気付いた《カガチ・ザ・サムライロード》の右腕が突如光り出し白い蛇に姿を変えた。

右腕に巻きついているかのような白蛇を気にせず、《カガチ・ザ・サムライロード》は右腕をシロコイ目掛けて突き出すと、巻きついていた白蛇がシロコイ目掛けて迫ってきた。

 

「うわっ!?・・・遠距離攻撃もできるのかよ・・・」

 

間一髪、白蛇を躱したシロコイは小さく吐いた。

それを見たキバオウは周りに向けて力強く叫ぶ。

 

「全員!ボスの遠距離攻撃にも気い付けろ!刀と遠距離攻撃に注意しつつ隙を付いて攻撃や!少しずつでいいから削り切るで!」

 

『了解!』

 

キバオウの指示に応えながら、攻略組は刀をタンクが防ぎつつ隙を付いて攻撃してはすぐに離れるヒット&アウェイ方式で順調にダメージを与えていった。

攻略組の奮闘により、《カガチ・ザ・サムライロード》のHPは半分を切った。

すると、《カガチ・ザ・サムライロード》の刀を持ってない方の手が光り出し、光が止むと手にはもう一本の刀が握られていた。

 

「なっ!?二刀流かよ!」

 

二刀になった《カガチ・ザ・サムライロード》にクラインが驚きの声を出す中、《カガチ・ザ・サムライロード》はタンク隊に向けて二刀による連続攻撃を放った。

 

『うわーーー!』

 

先程よりも過激な攻撃にタンク隊は耐えきれず大ダメージを食らってしまう。

 

「クソ!でたらめな攻撃力だな!」

 

急激に強化された《カガチ・ザ・サムライロード》にエギルが悪態ずく。

《カガチ・ザ・サムライロード》の強力な攻撃に、攻略組の隊列が崩れていく。

 

「つ、強ぇ・・・」

 

「勝てんのかよ、こんな化け物に」

 

タンク隊が敗れ隙が全く無くなった《カガチ・ザ・サムライロード》を前に、プレイヤー達の戦意が次々と喪失していく。

ハルト達も戦意こそ喪失していなかったが、どう対策すればいいのか分からず固まっていた。

しかし、この場にいる二人のプレイヤーだけが、未だ《カガチ・ザ・サムライロード》に向かって走っていた。

 

「ウオーーー!二刀あるからなんだってんだ!」

 

《カガチ・ザ・サムライロード》の連続攻撃を躱していきながら、槍で攻撃するクライン。

攻撃された《カガチ・ザ・サムライロード》はクライン目掛けて刀を振り下ろすが

 

「甘ぇ!」

 

ザントに防がれる。

何回かザントと刀同士で打ち合っていたが

 

「隙だらけだぜ!」

 

クラインが<アサルト・ダイブ>で隙だらけの《カガチ・ザ・サムライロード》に攻撃した。

《カガチ・ザ・サムライロード》が強化されて尚、二人の闘志は潰えていなかった。

そんな二人に感化されたかのようにハルト達も

 

「・・・俺たちも行くぞ!」

 

「応!いくらでも来やがれってんだ!」

 

キリトの言葉に、力強く応えるエギル。

それと同時にハルト達も再び攻撃に加わった。

迫りくる《カガチ・ザ・サムライロード》の連続攻撃をザントとエギルが受け止め、その隙を付いてハルト達が強力なソードスキルで《カガチ・ザ・サムライロード》のHPを削っていく。

そんな中、《カガチ・ザ・サムライロード》は遠くから援護しているシロコイに気付くと、《カガチ・ザ・サムライロード》はシロコイ目掛けて十字の斬撃を繰り出したが

 

「よっと」

 

縦の斬撃を体を捻らせて躱し、そのままジャンプして横の斬撃を躱すと、空中でソードスキルのモーションを取り

 

「持ってけ!」

 

空中で<シャドウ・スティッチ>を放ち、《カガチ・ザ・サムライロード》にダメージを与えた。

クラインとザントによって、ハルト達の闘志に火が付いた。

そして、その火は攻略組の面々にも

 

「やるな・・・こっちも負けてなれないな。DKB!攻撃をタンクが防ぎつつ、隙を見て少数で攻撃!遠距離攻撃に気を付けろよ!」

 

「オッシャー!ALSも負けてられんで!突撃や!」

 

未だ奮闘し続けるクラインとザントの姿に、火が付いた二大ギルドのリーダーは、それぞれのギルドの面々に指示を出した。

その指示に従い、攻略組の面々が一人また一人と活気を取り戻していきながら《カガチ・ザ・サムライロード》に攻撃していく。

そして、《カガチ・ザ・サムライロード》のHPは遂に1/4以下になった。

それでも、《カガチ・ザ・サムライロード》は未だに攻撃の手を緩めることはなかった。

 

「かぁー!しつけぇ!」

 

「ボスのHPは後ちょっとだってのによ!」

 

「なんとか、あいつの懐に入って、一気に削り切れないか・・・」

 

《カガチ・ザ・サムライロード》の過激な攻撃に何か対策を立てようとしたキリトだったが

 

「・・・面倒だ。一気に決めてやるよ!」

 

「おい、ザント!」

 

ザントが勝負を決めようとキリトの制止も聞かず前に出た。

ザントに気付いた《カガチ・ザ・サムライロード》は二刀の刀をザントの体目掛けて振ったが、ザントはそれを『蒼嵐』で受け止める。

二刀になり、攻撃のスピードが上がってきた《カガチ・ザ・サムライロード》の攻撃を次々と受け止め続けるザントだったが

 

「チィ!」

 

過激な連撃攻撃にザントの姿勢が崩れていき、僅かだが《蒼嵐》を持っていた手元がずれた。

そのチャンスを逃さぬと、《カガチ・ザ・サムライロード》はザント目掛けて刀を振った。

しかし、ザントは先程の連撃攻撃で崩した体勢を立て直しながら《蒼嵐》を構え直している最中であった。

この状態なら、防御も回避も間に合わないだろう。

 

「オラッ!」

 

故に、ザントの一手は攻撃だった。迫りくる刀を前にザントは《蒼嵐》を構え直すと、<オブス・ストライク>で一気に距離を詰める。

そして、ザントの体に刀が当たる寸前に、ザントの刃が《カガチ・ザ・サムライロード》の体を貫いた。

《カガチ・ザ・サムライロード》は怯みながらも刀を振ったが、そこにはザントの姿はなかった。

どこに行ったと《カガチ・ザ・サムライロード》は辺りを見渡し、ふと、上を見上げると、そこには笑みを浮かべているザントがいた。

 

「じゃあな。中々楽しかったぜ」

 

それと同時に『蒼嵐』で《カガチ・ザ・サムライロード》の体を上から一気に斬り下した。

上から斬られた《カガチ・ザ・サムライロード》は膝を付き、そのままポリゴン状に四散した。

周りから歓声が聞こえる中、ザントは静かに《蒼嵐》をしまう。

 

「やったな、ザント」

 

「全く・・・無茶しやがって」

 

シロコイとエギルがザントに声を掛ける。ハルト達もラストアタックを決めたザントの下に駆け付けた。

 

「たく、すげぇよお前は。見事な侍っぷりだったぜ」

 

「ああ、全くだ。ALSとDKBにはいいとこ取りをしたって睨まれてたけどな」

 

「フフフ、いつものことじゃない」

 

「でも、みんな、とても喜んでる」

 

「キバオウさんなんか胴上げされているね」

 

各々が喋る中、コハルが胴上げされているキバオウを見た。

 

「そりぁそうだろ。βテストでは誰も倒せなかったボスを倒したんだからな」

 

「ああ・・・ここから先は誰も知らない世界だ」

 

「そうね・・・キリト君、お疲れ様」

 

「?どうしたんだよ急に・・・」

 

いきなり労いの言葉をかけてきたアスナに疑問の声を出すキリト。

その横でクラインが笑みを浮かべながら説明する。

 

「そりぁ、βテストでたどり着けなかった層に入れば、おめぇはもう《汚いビーター》じゃなくて、ただのキリトだ」

 

「!・・・言っておくが、呼び名がなくなっても、俺はトップの座を譲るつもりはないぜ」

 

「へっ、俺の前で随分と威勢のいいことを言いやがるじゃねぇか。悪ぃが一番になんのは俺だ」

 

「ムッ、僕だって、負けるつもりはないよ」

 

互いに睨み合うハルト、キリト、ザント。

周りはそんな三人を呆れた表情で見るのであった。

 

「・・・キリト、ハルト」

 

「「ん?」」

 

睨み合っていた三人にクラインがキリトとハルトの名を呼んだ。

いきなり呼ばれたことに二人が疑問に思う中、クラインは真剣な表情で語り出す。

 

「これからどんなことがあっても、おめぇらは最前線にいろよ。おめぇら二人がいれば、この先、誰一人犠牲を出さずに百層まで行ける・・・そんな気がするんだ」

 

「クライン・・・」

 

「シンカー達、下の連中が折れずに頑張っていられるのは、おめぇらが戦い続けているからなんだ。それを忘れないでくれよ・・・ディアベルもそう願ってたしな」

 

クラインは、かつて五層で共に戦い、未だ行方不明になっているナイトの面影を思い浮かべながら、二人に自身の願いを告げた。

それを正面から聞いたハルトは

 

「・・・勿論だよ。これからもみんなで頑張っていくよ」

 

「そうね・・・私たちは進み続けましょう」

 

ハルトの隣でアスナもまた決意を新たにするのであった。

 

「よし!それじゃあ、十層突破の記念に祝杯でも挙げるか!お前らもどうだ?」

 

「お?酒か!?そりゃあ、ご相伴に預からねぇとなぁ!」

 

「お、俺は遠慮しとくよ。アルゴに突破したことを報告しないといけないし」

 

「そ、そうね、ごめんなさいエギルさん」

 

「付き合い悪ぃな・・・ハルト達はどうするんだ?」

 

「それはもちろ「ちょっと待て!ハルト!」ムグ!?」

 

「行こう」と言おうとした瞬間、キリトに口元を押さえられ、少し離れた場所に連れてこられるハルト。

 

「何するだよキリト!」

 

「悪い。でも、エギルんとこのアニキ軍団は飲みになると大暴れになるんだ」

 

「え?大暴れ?」

 

周りに聞こえないよう小さく吐くキリトの言葉に、疑問の声を出すハルト。

そこに、二人の下に駆け付けたアスナもキリトをフォローするかのように喋る。

 

「もし、参加したら、恐らく朝まで宴会になるわよ。肉にお酒、お酒と肉、また肉とお酒が途切れることなく続くのよ。だから、あまりお勧めしないわ」

 

「な、なるほど・・・」

 

アスナの説明で理解したハルトは、エギルの方に駆け寄ると

 

「すみません。僕らは先に十一層に行きます。コハルもそれでいいよね?」

 

「そうだね。行こう!この気持ちの熱さが消えないうちに!」

 

コハルが十一層に行くことに賛成したことで「ホッ」と安堵するハルト。

 

「よく言った!俺たちも後から必ず追いかけるぜ!」

 

「いいね、若いってのは。その気持ち、大事にしろよ」

 

「はい!お先に失礼します」

 

「宴会もほどほどにしとけよ」

 

そう言うと、四人は十一層に向かうのであった。

残ったのはシロコイとザントだが

 

「それで、お前らはどうするんだ?」

 

「せっかくだし、参加したいと思う。こういう交流もゲームの醍醐味だと俺は思うし」

 

「・・・弱ぇ奴らと関わんのはあまり好きじゃねぇ・・・けどまあ、お前らにはこいつ(『蒼嵐』)を手に入れんのに世話になったし、飲みに行くくらいなら付き合ってやるよ」

 

「よっしゃー!聞けば、お前らってまだ、成人してないんだっけか?」

 

「まあ、俺は今年で19だし」

 

「俺もだ。本来なら今頃、大学に入ってんだがな」

 

「なら、現実世界に帰った時に、しっかり酒が飲めるよう俺がお前らに酒の飲み方を伝授してやるよ!行こうぜ!」

 

テンションが高いクラインに他の三人は呆れながらも飲みに行くのであった。

こうして、十層のボス攻略は犠牲者ゼロで幕を閉じた。

余談だが、その日の夜、クライン達は十層の飲食店で明け方まで飲み食いし、その場で寝てしまった。その後、その飲食店に来た一部のプレイヤー達によると「朝方、飲食店で複数のオッサンとガラの悪そうな青年と小さい子供(19歳)がテーブルや床で寝ている奇妙な光景を見た」と何とも言えない気持ちで語るのであった。




・<クロスネザー>
片手直剣の星4スキル。単体攻撃だが膠着状態が短く威力も高い。

・<アサルト・ダイブ>
槍の星4スキル。槍なのに斬属性を持っており、前方に向けて槍を縦に振る。

・<ラージボア>
弓の星3スキル。初期の弓のスキルで、威力はあるが膠着状態が長い。

・<ダークネス・ブラスター>
オリジナルスキル。両手剣の星4スキルで闇属性。自分の周りを両手剣で力強く振る。

・<シャドウ・スティッチ>
弓の星3スキル。ガチャで手に入り、くせがあるが弓スキルが揃ってなければ使うことがある。


SAO_UW21話を見て思ったこと
・いい悪夢見ろよ、サトライザー
・ここぞとばかりに現れる茅場マジかっけー
・キリアスは正義


当時の《カガチ・ザ・サムライロード》はマジで強かった。
作者は回復が間に合わず、二回くらい死にました。
さて、十層編も無事に終えたところで、次回は番外編になります。
次回の話ではあのDEBANさんが遂に登場します。
お楽しみに。


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小さき少年少女の冒険

今回の話は原作キャラとオリキャラの話です。
原作キャラは前回、後書きでもあった通りあのDEBANさんですが、オリキャラは誰になるのか・・・
時系列は十層攻略の途中辺りです。


アインクラッド第八層

辺り一面、雪で覆われているこのフロアにポツンと屋敷が建っている。

その屋敷もまた八層のダンジョンの一つであり、多くのエネミーが潜んでいる。

そんな屋敷の中を一人の少女が歩いていた。

 

「だいぶ奥まで進んだねピナ」

 

「きゅる!」

 

栗色の髪をツインテールに纏めた少女、シリカは相棒であるピナに声を掛けると、青き小竜、ピナは元気よく声を上げた。

SAOで滅多にいないビーストテイマーのシリカは周りからパーティーの誘いを受けられることが何回もある。

しかし、あまりにも多くの誘いに疲れたシリカは気晴らしにこのダンジョンで狩りをしていた。

ある程度奥に進んだところでシリカは一息つこうと、その場で背伸びをしたその瞬間

 

キン!

 

「キシャーーー!」

 

「キャ!・・・な、何?」

 

突然の金属音とエネミーの声に驚くシリカ。

しばらくの間、廊下の向こう側から金属音とエネミーの声が聞こえてきたが、「キシャ!?」というエネミーの声を最後に何も聞こえなくなった。

何があったのだろうとシリカは警戒しながら廊下をゆっくり進んでいき、廊下の曲がり角を曲がったその瞬間、誰もいないはずの屋敷に短剣を持った少年がシリカの目の前にいた。

普通ならば他のプレイヤーだと思い、「はぁ~」とため息をつきながら安堵するだろうが、不気味な雰囲気の屋敷にいきなり短剣を持った少年が自分の目の前に現れたことと屋敷には自分以外の人はいないと思い込んでいたシリカは

 

「キャーーー!!」

 

「わぁーーー!!」

 

二人の少年少女の叫び声が屋敷に響いた。

 

 

 

 

九層のボス攻略以降、「紅の狼」のギルド資金はほとんど無い状態だった。

そこでトウガは十層の攻略を諦め、資金集めとレベル上げに集中することにした。

各々がクエストをこなしていく中、ある日、レイスが一人でクエストを受けたいと言ってきた。

普段からレイスを弟のように可愛がっているトウガ達はとても反対していたが、レイスの皆の役に立ちたいという思いを受け、八層までならと危なくなったらすぐに連絡するという条件で渋々一人での行動を許可した。

そんな感じで現在、レイスは一人でクエストをこなしていた。

クエストの内容は《魔女の館》の奥にいるボスエネミーの討伐とのこと。

クエストを受託したレイスは早速、《魔女の館》へと入っていったが、不気味な雰囲気に少しビビりながらも先へと進んでいった。

そして、ここら辺のエネミーを倒し、曲がり角を曲がろうとした瞬間、急に女の子が現れたと思ったら

 

「キャーーー!!」

 

「わぁーーー!!」

 

悲鳴を上げ、レイスもまた大声で驚くのであった。

 

「ごめんなさい。このダンジョンに人がいないと思って、つい驚いてしまって・・・」

 

「いえいえ!こちらこそ驚かせてしまってごめんなさいっす・・・君は?」

 

互いに謝罪し合いながら、レイスは少女の名前を尋ねた。

 

「あたし、シリカっていいます。この子は相棒のピナ」

 

「きゅる!」

 

「シリカちゃんすか、俺はレイスっす。よろしくっす、シリカちゃん」

 

名乗ってきたシリカとピナにレイスも自分の名前を名乗った。

 

「ところで、シリカちゃんはどうして一人でここにいるんすか?このダンジョンには八層の中でも強いモンスターがいっぱいいるから危ないっすよ」

 

「大丈夫です。このダンジョンはあたしがいつも狩り場に使っているから大体の場所は分かっています。レイスさんも狩りが目的でここに来たんですか?」

 

「違うっす。俺はあるエネミーを倒すためにここに来たっす。そのエネミーはこの屋敷のどこかにいるみたいっすから。それと敬語じゃなくていいっすよ。見た感じ年はそんなに変わらないみたいだし」

 

「そうですか。じゃあ・・・レイス君、でいいかな?」

 

少し恥ずかしながらもレイスを君付けで呼ぶシリカにレイスは笑みを浮かべながら頷いた。

 

「レイス君、よかったらここから先は二人で行動しない?そのー・・・さっきまであたしとピナだけだったから少し心細くて・・・」

 

「いいっすよ。俺もここに用があって来たっすから一緒に行動すれば安全っす!」

 

先程驚いてしまったからなのか、一緒に行動しようと頼むシリカにレイスは快く承諾した。

こうして、レイスはシリカと共に《魔女の館》の奥へと進むのであった。

 

 

 

 

「えっ!?それじゃあ、レイス君は攻略組の人なの!?」

 

「はいっす!ギルド、紅の狼のメンバーとして日々攻略に励んでいるっす」

 

《魔女の館》を進むレイスとシリカは現在、歩きながら話をしていた。

自分と同じくらいの少年が攻略組であることに驚くシリカ。

攻略組という言葉を聞いたシリカはふと、前に一緒にクエストを受けたことがある攻略組の二人のことを思い出し、レイスにその二人のことについて知っているかどうか問いだす。

 

「攻略組ということはレイス君、レイス君はハルトさんとコハルさんっていう人を知ってる?」

 

「ハルトさんとコハルさんっすか?勿論知ってるっす!あの二人は常に最前線にいてフロアボス攻略の常連っすよ。俺たちもお世話になったことがいっぱいあるっす」

 

「そうなんだ・・・やっぱり凄いな、あの人たちは・・・」

 

「シリカちゃんもお二人のことを知ってるんすか?」

 

「はい!前に八層を攻略してた時にお世話になりました」

 

シリカは嬉しそうに喋ると、ハルト達との出会いの話をレイスに話した。

第八層が開放されて間もない頃、フィールドでハルト達と出会い、一緒に戦った時の話を。

 

「今まであたしをパーティーに誘おうとした人たちはピナが目当てだったり、SAOで珍しいビーストテイマーのあたしと仲良くなりたいとか、そんな人ばっかりだったの。でも、ハルトさん達はそんな人たちと違って、ビーストテイマーがどうとか関係なくあたしやピナと仲良くしてくれたの。とても強くて、優しくて・・・あたしにとってハルトさん達は憧れの人たちです」

 

「そっか・・・あの人たちはめちゃくちゃいい人っすからね」

 

そう言いながら、レイスは自分たちと友達でもあるハルトとコハルの姿を思い浮かんだ。

ハルト達はめちゃくちゃお人好しだ。それは年下のレイスでも分かることだった。彼らが困っている人を放っておく姿なんて見たことがない。

八層でシリカを助けているハルト達を想像しているとシリカが話しかけてきた。

 

「もしよかったら、レイス君のギルドの話も聞いていいかな?」

 

「!?・・・勿論っす!俺たち紅の狼はリーダーであるトウガさんを筆頭に五人で結成された最強のギルドっす!」

 

レイスは先程まで想像していたハルト達のことを片隅に置き、「紅の狼」の話題に切り替えた。

先程までと違って意気揚々と話すレイスに戸惑いながらもシリカはギルドについて聞く。

 

「そ、そうなんだ・・・攻略組にいるってことはギルドの人たちは強いの?」

 

「当然っす!トウガさんは賢くて、ソウゴさんはクールで、カズヤさんはかっこよくて、コノハさんは優しくて、みんな、とっても強い最高のギルドっす!」

 

元気よく自分の仲間たちを自慢するレイスにシリカは笑みを浮かべた。

 

「フフフ、レイス君はトウガさん達のことが凄く好きなんだね」

 

「はいっす!みんな、俺の憧れの人たちっす!」

 

 

 

 

「スイッチっす!シリカちゃん!」

 

「ヤァーーー!」

 

レイスの掛け声と共にシリカが<スライス>で蜘蛛のエネミーに攻撃しポリゴン状に四散させる。

今現在、二人は辺りにいるエネミーを倒していきながらフィールドの奥へと進んでいった。そして、他の扉よりも一回り大きい扉の前までたどり着いた。

この先に何かある。そう感じ取った二人は警戒しながら扉を開け、広い部屋に出た。

その部屋の広間の中央には、背中から巨大な手が生えている黒猫が立っていた。

 

「あれがボスみたいっす」

 

部屋の中央にいる黒猫を見ながら小さく呟くレイス。

警戒しながらも二人は黒猫に近づいていくと

 

「!?回避っす!」

 

黒猫が攻撃モーションに入り、足元に攻撃範囲が表示されていることに気付いたレイスがシリカに向かって大声で叫ぶと共に横に逸れた。

大声に驚きながらも、シリカも横に逸れた直後、先程まで二人がいた場所に巨大な手が振り下ろされた。

 

「危なかったっす・・・」

 

あれをまともに食らえばやばかった。

そんなことを思いながらもレイスは短剣を構え黒猫に迫った。

レイスに気が付いた黒猫は先程振り下ろした巨大な手を元に戻すと、今度はレイス目掛けて薙ぎ払うかのように振った。

 

「レイス君、危ない!」

 

シリカがレイスに向かって叫ぶが、黒猫は未だこちらに向かって走っているレイスに攻撃した。

しかし、巨大な手がレイスに当たる直前にレイスは体を捻らせて躱すと、<ダーク・コンヴァージ>で攻撃した。

攻撃を食らった黒猫はもう一度、レイス目掛けて巨大な手を振り下ろしたが、今度は振り下ろさせる前に<ミスティ・エッジ>で黒猫の背後へ移動すると共にダメージを与える。

その後も黒猫はレイス目掛けて攻撃してくるが、レイスはそれを素早い動きで躱し続け、その隙を付いて黒猫にダメージを与えていた。

 

「トウガさん直伝、ヒット&アウェイ方式っす!当てれるもんなら当ててみやがれっす!」

 

レイスは七層のボス攻略でトウガがやったようにヒット&アウェイ方式で着実に黒猫のHPを削っていた。

 

「凄い・・・あんなに激しい攻撃を躱し続けているなんて・・・」

 

その様子を離れて見ていたシリカは次々と回避しながら黒猫にダメージを与えているレイスに見惚れていた。

 

「へへっ、この調子で削り切るっす!」

 

数回くらいソードスキルで攻撃したレイスは笑みを浮かべながら黒猫に迫った。

その直後、すっかり慢心していたレイスの死角から巨大な手が迫ってきた。

攻撃に気付いたが回避が間に合わないと思ったレイスは短剣を前に出しガードしたが、小柄なレイスに比べて巨大な手の方が圧倒的に力が強く、巨大な手の攻撃を辛うじて防ぐも手のパワーに耐え切れずレイスはそのまま吹き飛ばされしまう。

 

「レイス君!」

 

「いててて、油断したっす・・・」

 

吹き飛ばされたレイスの下に慌てて駆け寄ったシリカに対して、レイスは苦笑いしながら立ち上がった。

特に何ともなさそうなレイスに安堵するシリカ。

 

「きゅる」

 

すると、ピナがレイスのHPを回復させた。

 

「おおー、ありがとうっす、ピナ」

 

レイスがピナにお礼を言うと、ピナは「きゅるる!」と嬉しそうに声を上げた。

回復したレイスはすぐに体勢を立て直して、隣で心配そうな表情をしているシリカに向けて指示する。

 

「あいつの攻撃パターンは大体読めたっす。俺が動き回って相手を翻弄するからシリカちゃんはその隙を付いてソードスキルで攻撃っす!」

 

「う、うん!・・・レイス君、本当に大丈夫?」

 

「大丈夫っす!これくらいのダメージで弱音を吐いていたら攻略組なんて名乗れないっすよ。それじゃあ、行くっす!」

 

そう言うと、レイスは黒猫に向かって走り出した。

黒猫は巨大な手をレイス目掛けて振り下ろしたが

 

「その攻撃は、もう見切ったっす」

 

攻撃を見切ったレイスは先程までと違って油断せずに黒猫の攻撃を躱した。

先程と同様、次々と振り下ろさせる巨大な手を素早い動きで躱していくレイス。

痺れを切らした黒猫は巨大な手を大きく振りかぶって部屋に入った時と同じようにレイスに向けて振り下ろした。

 

「今っす!」

 

「ヤァーーー!」

 

強力な攻撃を躱したレイスはシリカに指示する。それと同時にシリカは隙だらけの黒猫に<デッド・ウェッジ>で攻撃した。

黒猫は<デッド・ウェッジ>の効果である毒状態が付与されており、弱々しく立っていた。

 

「これで終わりっす!」

 

レイスは毒状態で弱っている黒猫に止めの<ダーク・コンヴァージ>を放つと、黒猫は「ニャー・・・」と弱々しく泣き、そのまま倒れポリゴン状に四散した。

 

「「やった(っす!)ー!」」

 

強敵を無事倒せた二人はその場でハイタッチをするのであった。

 

 

 

 

屋敷から出た二人は八層のフィールドに戻ってきた。

 

「はぁ~、スッキリした。ありがとう、レイス君」

 

「いやいや、こちらこそクエストに付き合ってくれてありがとうっす!」

 

互いにお礼を言い合うレイスとシリカ。

 

「正直に言えば、今までトウガさん達と一緒にいたから、いざ一人でいるとやっぱり不安に思ったりしたっす。でも、シリカちゃんに出会えて友達になれて良かったっす!」

 

「フフフ、私もレイス君と友達になれて嬉しいよ・・・レイス君はこれからどうするの?」

 

「俺はトウガさん達の所に戻るっす。クエストの報酬を渡すこともそうすけど、次の層の攻略の準備もしないといけないっすから」

 

「そうなんだ・・・」

 

レイスの言葉に、どこか暗い表情になるシリカ。

 

「あたし、レベルが低くて、とてもじゃないけど最前線で戦うことなんてできないよ。前に八層に来た時もハルトさん達に助けてもらってばっかりだったの・・・お二人はとても強いのに私は足を引っ張るばかりで・・・」

 

「シリカちゃん・・・」

 

「ダメだよね・・・自分は何もできなくて、そんな風に人に頼りきってばっかりなのは「そんなことないっす!」・・・え?」

 

俯きながら自分の気持ちを喋っていたシリカだったが、レイスによって遮られた。

ポカンとしているシリカをよそにレイスは勢いよく喋り出す。

 

「そんな風に思うのは仕方ないっすよ。だって、もし死んじゃったら本当に死んじゃうから。だから、他の人たちに頼ることは悪いことなんかじゃないっす!」

 

「レイス君・・・」

 

「俺だって最初の頃は始まりの町に籠ってたっす。どうせ戦わなくても誰かがこのゲームをクリアしてくれると思って。でも、トウガさんは違ったっす。あの人はデスゲームが開始されてから真っ先に戦う道を選んだっす。そうして、トウガさんに感化されるように一人、また一人と剣を取るようになり始めて、ギルドの皆が一生懸命戦っているのに、自分だけ籠り続けるのは良くないと思って俺はあの日、戦おうって決めたっす」

 

「そう・・・強いねレイス君は・・・私もレイス君みたいに戦える勇気があれば・・・」

 

「シリカちゃん。この世界で必要なのは戦う勇気じゃなくて、立ち向かう勇気っす」

 

「立ち向かう勇気?」

 

「そうっす。どんなに辛いことでも、苦しいことでも最後まで諦めないで立ち向かう、そんな勇気っす。俺も辛いことや苦しいことが起きるとこの言葉を思い出すんす。そうしたら、不思議と力が湧いてくるんす。戦う力じゃなくて、最後まで諦めずに生きようとする力が・・・戦う力なんて持っていなくても、人は生きていけるっす。でも、どんなことでも諦めてしまえば終わりっす」

 

「トウガさんの受け売りっすけどね」っとどこか照れくさそうに言ったレイスにシリカ笑みを浮かべると

 

「ありがとう」

 

レイスにお礼を言ったが

 

「レイス君」

 

ふと、レイスの名前を呼び

 

「あたし!もっともっと強くなるから!たとえ、レイス君や攻略組の人たちに追いつけなくても、一人のプレイヤーとして精一杯生きてみせるから!」

 

レイスに向けて力強く言うと、「またね」と言いながら向こうに走っていった。

ある程度離れたシリカであったが、突然、レイスの方に振り向き

 

「レイス君!また一緒に狩りに行こうね!」

 

大声でそう言うと、今度こそ去っていった。

 

「シリカちゃん、か・・・」

 

残ったレイスは先程まで一緒に狩りをした少女のことを思い浮かべた。

今まで、年上の女性プレイヤーとは何回か話したことがあるが、自身と同い年くらいの女の子と話し、友達になったことは始めてだった。

 

「・・・可愛かったっす」

 

今まで出会った女性プレイヤーはどれも綺麗に部類されていたレイスにとって、シリカは純粋に可愛いと思える少女であった。

次に彼女に会った時、今日よりももっとかっこいいって思える男になりたい。

そんなことを思いながらレイスは仲間たちの所に戻るのであった。




・シリカ
DEBANさんや???(サプライズ・ウェディング参照)など、名前を隠し続けられてきた彼女だが、遂に登場しました。SAOIFでも登場し、時には最新階層に足を運んだりなど原作以上に度胸がある。

・ピナ
シリカの相棒。物理ではなく従来のテイムの仕方でテイムされているのでご安心を。

・お世話になったシリカ
詳しくはSAOIF、八層のストーリーで

・<デッド・ウェッジ>
短剣の星4スキル。強力な攻撃に加えて、一定の確率で敵に毒を付与することができる。(ちなみに<ダーク・コンヴァージ>との相性は最悪。詳しくはep.15の後書きで)


SAO_UW22話を見て思ったこと
・制服アリス可愛い
・全身オレンジコーデの菊岡さんマジ草
・現実世界に帰ってきたキリトの下に真っ先に駆け寄るアリスすこ


ため口のシリカって中々見ないから書きずらいと思うのは私だけだろうか。
ということで、以上、シリカとレイスのお話でした。
これで「紅の狼」の面々の内、二人が原作キャラとフラグを立てました。
さて、シリカも出たことで次回はSAOIFの毎年恒例、スイカパニック(サマーイベント一年目)です。


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スイカパニック!

当時、水着コハル(アビリティVer)のスキルレコードが出た時の作者の反応

「いや、おま誰っ!?(可愛い)」

ということで、今やSAOIF毎年恒例のスイカパニック(サマーイベント一年目)編です。
時系列は十一層攻略後ぐらいです。


春が過ぎ、夏がやってきたこの頃、アインクラッドでは夏専用のビーチエリアが開放されていた。

 

「キリト君!もうちょっと右!」

 

「こ、この辺か?」

 

「ぐぬぬ・・・」

 

目隠しをしながら棒を持って歩くキリトにアスナが指示をする。

ビーチエリアに来たハルト達は知り合いを集めてスイカ割りをしていた。

 

「キリト君!頑張って!」

 

「頑張ってください!キリトさん!」

 

「よし!これでどうだ!?」

 

サチとシリカの声援を受けながらキリトは思いっきり棒を振った。

しかし、棒はスイカに当たらず、思いっきり地面を叩いた。

 

「ああ~惜しい!もうちょっとで命中したのに・・・」

 

「いくらキリト君でも、SAOで目隠しして私たちの声だけを頼りにスイカを割るのは難しかったみたいね」

 

「いやぁ~アハハ・・・」

 

「ぐぬぬぬぬ・・・!」

 

コハルが悔しそうな表情をしてる中、アスナは喋りながらキリトの方に歩み寄り、それに対して苦笑いで返すキリト。

 

「それじゃあ、次は僕の番だね。キリトに悪いけど、一発で当ててみせるよ」

 

「あら、頼もしいわね。まっ、頑張りなさいよ」

 

そう言いながら、ハルトはキリトから棒を受け取った。

リズベットの声援を受けながら、ハルトは棒を持って指定の位置に向かおうとしたその時

 

「納得いかねーーー!!!」

 

今までの様子を苦虫を嚙み潰したような表情で睨み付けていたクラインが大声で叫んだ。

突然の大声に全員がクラインの方を向いた。

 

「い、いきなりなんだよ、クライン・・・」

 

「そうよ、ビックリしたじゃない!」

 

「なんで・・・」

 

キリトとアスナが突然の大声について問うが、クラインは小さく喋りながら俯くと

 

「なんで、水着じゃねぇんだ!!!浜辺でスイカ割りときたら普通は水着だろ!!!」

 

顔を上げながら大声でそう叫んだ。

下心まる出しの言葉に、ハルト達は呆れながらクラインを見た。

 

「もう少しオブラートに包んでくれないか、クライン」

 

「そうよ、せっかくエギルさんがこのスイカを仕入れてくれたんだし、みんなでスイカ割りで遊べたらそれでいいじゃない」

 

呆れながらクラインに向かって喋るキリトとアスナ。

その隣でリズベット達が

 

「でも、これだけ広い浜辺に来たんだし、水着を着ないと勿体無いわね」

 

「そうだね・・・この中で水着装備を持っている人っている?」

 

「私は・・・持ってないかな」

 

「同じくです・・・お二人は持っているんですか?」

 

「私たちも持ってないよね。せっかく来たんだから着てみたいけど・・・」

 

そんな会話をしていると

 

「それなら、打って付けのクエストがあるゾ」

 

そう言いながら、声を掛けてきたのはアルゴだった。

 

「マジか!その情報を売ってくれ、アルゴ!」

 

アルゴの言葉に反応したクラインはクエストの情報についてアルゴに聞き出した。

 

「ンー本来ならそこそこの金額で売る情報だけど、いつもお前たちには情報を集めてもらっているから特別に安くしとくヨ」

 

「やったー!アルゴさん、早速その情報について教えてくれますか?」

 

コハルの言葉に、アルゴは「ゴホンっ!」と咳払いするとクエストについて話した。

アルゴの情報によると、この先にいるNPCに話しかけるとクエストを受注することができると。

詳しい内容は明かされてないが、報酬として手に入る水着装備は水場で重みを感じにくくなり、防御力も割とあるらしいとのこと。

クラインやハルト達は勿論、攻略重視のキリトも今後の攻略に役に立つかもしれないっとのことでこのクエストを受けることにした。

ある程度、予定が決まったところでクラインがハルト達に向けて声を上げる。

 

「おっしゃあ!みんなで水着を手に入れようぜ!」

 

「そうと決まれば早速そのNPCの所に行きましょう!」

 

クラインの言葉に賛同するかのようにリズベットも声を上げながらクエストNPCの所に向かおうとしたが、アルゴに呼び止められる。

 

「まあ、待テ。未知のクエストだから助っ人も呼んだんダ」

 

「助っ人?」

 

キリトが助っ人について問いだそうとしたその時

 

「おーい!」

 

「あ!シロコイさん!」

 

シロコイが手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。

それに対して、コハルが笑顔で反応した。

 

「えぇっと・・・お知り合いですか?」

 

一方、シロコイと初めて会うシリカはコハルに自分と同じくらいの身長の少年について聞く。

 

「うん、シロコイさんって言って最前線で活躍しているソロプレイヤーだよ」

 

「へぇー、凄いねシロコイ君。年はあたしとそんなに変わらないのにレイス君と同じ攻略組なんだ」

 

「シリカちゃん!シロコイさんは19歳だよ!」

 

「え!?ご、ごめんなさい!」

 

「ハハハ・・・慣れているから大丈夫だ」

 

低身長で同い年だと思い込んでいたシリカは慌てて謝罪した。

それに対して、シロコイはどこか悲哀に満ちた表情で返すのであった。

 

「助っ人はシロコイだけか?」

 

「いや、もう一人いるゾ」

 

キリトの質問にアルゴが答えたその時

 

「おい、どういうことだぁ?」

 

聞き覚えのある男の低い声が聞こえ、振り向くと不機嫌な様子のザントと相棒のラピードがいた。

 

「アルゴ、俺は攻略に関する大事なクエストだから手伝ってくれって言われて来たんだが・・・それがこんなくだらねぇクエストとはどういう事だぁ!」

 

「「ひっ!?」」

 

ザントの強面とその不機嫌な様子から放たれる威圧感に恐怖するサチとシリカ。

最前線に来てない二人にとって、初めて見るザントの強面はそこいらのエネミーよりおっかなかった。

不機嫌な様子のザントをよそに平然と話し始めるアルゴ。

 

「別に嘘は言ってないゾ。クエストの報酬で手に入る水着は今後の攻略に使えるかもしれないから取っておいて損はしないサ。それに季節限定クエストもバカにできないゼ。何せボス級のエネミーとも戦ったりできるしナ」

 

アルゴの言葉に、「何?」と言いながら考え込むザント。

しばらく考え込んでいたが、辺りを見渡すとゆっくりと口を開いた。

 

「・・・強ぇ奴と戦えるんだったらクエストを受けてやっても構わねぇ。だがな、条件がある」

 

そう言うと、ザントはリズベットとその隣にいるサチとシリカの方を見て

 

「そこの鍛冶屋はまだいい・・・だが、その隣にいる女二人は俺と行動するな。はっきり言って邪魔だ」

 

「「え・・・?」」

 

容赦なく邪魔者扱いされて思わず声を出すサチとシリカ。

 

「ちょっと!なんでサチとシリカを連れていったらダメなのよ!?」

 

「決まってんだろ。そこの二人、如何にも行きたくねぇって顔をしていやがるからだ」

 

「「!?」」

 

リズベットの問いに答えたザントのサチとシリカを連れて行けない理由を聞いたハルト達は驚いた表情でサチとシリカを見た。

対するサチとシリカは図星だったのか、何も言い返せずに黙って俯いていた。

 

「ザントさん。確かに二人は私たちと違ってレベルも低いし足を引っ張るかもしれません。でも、だからと言って、何も二人を邪魔者扱いすることは」

 

「アホか。わざわざ役立たずを連れて何になるってんだ?クエストを受けるか受けないか。そんな判断すらもできねぇ中途半端な奴を連れたところでお荷物になるだけだろうが」

 

二人を庇おうとしたアスナの言葉をザントは容赦なく切り捨てる。

 

「まっ、俺と組みたけりゃそれ相応の強さを持つことだな。中途半端な雑魚を連れるくらいなら、一人でクエストを受けた方がマシだ」

 

何もかも中途半端な奴は必要ない。そう言いながら去ろうとするザント。

そんなザントの言葉を聞いていたサチとシリカは

 

「私、お留守番してる・・・」

 

「あたしもです・・・このメンバーの中で戦うのはちょっと・・・」

 

「ちょっと、二人共!?」

 

二人共、ザントの言葉を聞いてすっかり自信を無くしていた。

アスナとリズベットは去ろうとしているザントの背中を睨み、コハルがシリカとサチを何とか呼び止めようと必死に考えていた。

場の雰囲気が悪くなり、事の発端の原因であるアルゴが仲裁しようと前に出たが

 

「待て、ザント」

 

「・・・あぁ?」

 

シロコイがザントを呼び止めた。

ザントは立ち止まり不機嫌な様子でシロコイに振り向く中、シロコイは真剣な表情で喋り出した。

 

「お前が弱者を嫌っているのは分かる。強者であるお前にとって弱者は邪魔でしかないのかもしれない。けどな、弱者を助けることもまた強者の務めなんじゃないか?」

 

「・・・俺は強者だから救いようのねぇ弱者のために戦えってか?」

 

「そこまで言わないさ。でも、お前が言う弱者のために戦うこととプレイヤー同士助け合いながら戦うことは同じではないだろ?」

 

「・・・・・・」

 

シロコイの言葉に黙り込むザント。

 

「それに、ここは俺らにとって現実であると同時にゲームの世界でもあるんだ。確かにここにいるメンバーは強者と弱者に分かれている。でも、せっかくのイベントなんだ。強い弱い関係なく楽しまないとだめだろ?」

 

そう言いながら、シロコイはシリカとサチの方を見た。

二人共、先程よりかは自信を持ったが、それでもまだ、行くかどうか迷っていた。

そこにキリトもフォローに入る。

 

「大丈夫だ。これだけの人数がいれば、何があってもカバーできる。心配しなくていい」

 

キリトのフォローによって、サチとシリカは真剣な表情になり

 

「・・・ありがとう。足を引っ張らないように頑張るね!」

 

「はい!日々のレベル上げの成果を見せないと!」

 

そう決意するのであった。

二人の決意を聞いてハルト達は笑顔で応える中、シロコイはザントにお前はどうするんだ的な表情を向けた。

それに気付いたザントは「はぁ~」とため息をつくと

 

「・・・足だけは引っ張るんじゃねぇぞ」

 

サチとシリカの同行を許可した。

そんな不器用な主にラピードは目をつむり、やれやれと首を横に振るのであった。

 

 

 

 

アルゴの情報通り、少し歩いた先にいたNPCからクエストを受注したハルト達。

NPCによると、大昔にこの浜辺を荒らしていた海賊を《浜辺の精霊》が壊滅させ、それ以来、《浜辺の精霊》はこの浜辺にいる人間を海賊と勘違いして襲い掛かってくるのだという。

NPCは最後に波打ち際には近づくなと警告し、それを聞いたハルト達は波打ち際に行けば《浜辺の精霊》と戦えると推理し、波打ち際に向かった。

 

「波打ち際に来たのはいいが・・・特に何もないな」

 

波打ち際に到着したが、何も起きないことにシロコイが周りを見渡しながら警戒していると

 

「!?・・・これは!?」

 

「モンスターがポップするわ!」

 

「総員、戦闘準備!」

 

ハルト達の周りに突如エネミーが出現する光が複数現れた。

キリトの掛け声と共に各々がそれぞれの武器を構えて迎え撃とうとしていると光が消え、そこに現れたのは・・・

 

「って・・・ええっ!?」

 

「これって・・・」

 

「スイカ!?」

 

光の中から現れたのはスイカだった。勿論、ただのスイカではなく、大きさはそれぞれ違っているが、全てのスイカには顔らしきものがついていた。

予想だにしなかった《浜辺の精霊》の正体にキリト、アスナ、ハルトが声を上げながら驚いたが、スイカ軍団はハルト達を見つけると一斉に襲い掛かってきた。

 

「みんな、手分けして倒そう!」

 

キリトの指示に従い、ハルト達は散開して迎え撃つ。

スイカ自体はそこまで強くなく、攻略組であるハルト達は勿論

 

「ヤァーーー!」

 

「えい!」

 

中層プレイヤーであるサチとシリカでも容易に倒せる相手だった。

ある程度倒したところで辺りを見渡すと、スイカ達はいつの間にか一ヶ所に集まっていた。

 

「よし、一ヶ所に集まったし、一気に決めるか」

 

そう言うと、シロコイは弓を構えながら後ろに跳び

 

「よっと!」

 

<サマー・イエーガー>で集まっていたスイカの軍団を射抜いた。

 

「ふぅー、ひとまず片付いたみたいだが・・・」

 

「これで、全部・・・でしょうか?」

 

「なんか思ったよりあっけなかった気がする」

 

周りにいたスイカ軍団を倒したが、あまりにもあっけなく倒せたことに疑問を抱くシロコイ、シリカ、サチ。

ハルト達もまた、あっけなく終わったことに疑問を抱いていた。

 

「たく、もう終わりかよ。つまんねえ」

 

「まあ、あたし達の力が凄かったってことじゃない?これで水着装備が手に入るんだし儲けものね!」

 

一方、つまらなそうな表情をしているザントと楽に終えたことに喜ぶリズベット。しかし、その横でクラインが不安そうな表情で二人に話しかける。

 

「でもよ、まだクエストクリアのエフェクトも表示されてなけりゃ報酬の水着もストレージに格納されてないんだぜ」

 

クラインがそう言った直後

 

ズシーン、ズシーン

 

「ん?なんか急に暗くなったぞ?」

 

「ひっ!クライン!上・・・上、見て!」

 

「あぁ?上だって・・・いっ!?」

 

地響きと共にクラインの上に影が差し込んだ。

クラインは何が起きたのか分からなかったが、リズベットの言葉に従い上を見上げると

 

「ウォォォン!!」

 

そこには全身スイカ色の巨大なエネミーがいた。

手足が丸く、先程のスイカと同じような顔をしているそいつは、まじまじとクラインを見つめていると、丸い右手を振り上げて

 

「うおっ!?あっぶね!」

 

クライン目掛けて振り下ろしたが、クラインはギリギリ回避した。

 

「コハル!」

 

「任せて!」

 

いち早く状況を掴んだハルトは目の前のボスを倒すべく、コハルに声を掛け、彼女と共に巨大スイカに接近した。

二人に気付いた巨大スイカは二人に向かって殴り掛かったが、巨大な手を二人は跳んで躱すと

 

「ハァーーー!」

 

「ヤァーーー!」

 

持っている武器で巨大スイカの体を斬った。

 

「俺たちも行くぞ!」

 

そこにキリト達も参戦しようと巨大スイカに近づいたが、キリト達に気付いた巨大スイカは頭を下げると何かがガトリングみたいに飛び出したきた。

 

「キャ!?」

 

「スイカ!?」

 

突然の攻撃に小さく悲鳴を上げるサチと飛び出てきた玉の正体が粉々になったスイカの破片であること驚くリズベット。

遠距離攻撃を受け一旦下がるキリト達。

 

「スイカの種じゃなくてスイカが飛び出るなんて聞いたことがないわね」

 

「食べ物を粗末にするなんて、罰当たりにも程があるぞ」

 

アスナとキリトがそう言いながらも、冷静に巨大スイカを分析した。

遠距離攻撃を使うのは驚いたが、巨大な手と遠距離攻撃に気を付ければ、倒せない相手ではない。そう判断したアスナはキリトの方を見た。

彼も同じことを考えていたのか、こちらの視線に気付くと頷きながら、みんなに向かって声を上げた。

 

「ボスの拳に気を付ければ苦戦する相手じゃない!もし、ボスがしゃがんだら遠距離攻撃が来るから回避に専念!」

 

『了解!』

 

キリトの指示にハルト達は返事一つで応えながら、巨大スイカを迎え撃つ。

巨大スイカはキリトの推測通り、拳で殴るか遠距離攻撃の二つしかしてこなかった。

初めは翻弄されてたサチやシリカも徐々に対応できるようになり、順調に攻撃していった。

そして、巨大スイカのHPが1/4以下になったところで

 

「一気に決めるわ!」

 

アスナが仕留めべく巨大スイカに接近した。

近づいてくるアスナを見て巨大スイカは遠距離攻撃の体勢になるが

 

「させるかよ!」

 

シロコイが矢を放ち巨大スイカの目の部分に当たり、巨大スイカは目を押さえながら怯んだ。

その隙にアスナが

 

「ヤァーーー!」

 

<ココナツ・パラダイス>で巨大スイカに攻撃した。

HPはゼロにならなかったものの、アスナは巨大スイカに迫っているザントに「スイッチ!」と言うとザントは

 

「さぁ、スイカ割りの時間だぁ!」

 

笑みを浮かべながら、両手剣ソードスキル<ロスト・ブルースカイ>のモーションを発動させた。ザントはこちらに気付き、迫りくる巨大スイカ目掛けて大太刀を上に放り投げた。

 

「ヴォ!?」

 

空中で縦に回転した大太刀の刃に斬り上げられ怯む巨大スイカ。

その隙にザントは上に飛び、大太刀を掴んで構えると

 

「ぶった切るっ!」

 

そのまま一気に巨大スイカの体を上から斬り下した。

巨大スイカが雄叫びを上げながらポリゴン状に四散していく中、ザントは大太刀をしまい

 

「へっ、つまらねぇもんを斬っちまったな」

 

何故かドヤ顔になりながらそう呟くのであった。

そんなザントの様子をハルト達は後ろで見ながら思った。

何だかんだ言って一番楽しんでいるのはこいつじゃね?、と。

 

 

 

 

クエストをクリアし、無事に水着装備を手に入れたハルト達は元の場所に戻った。

 

「それじゃあ、みなさーん!早速、水着装備を装備してみましょう~!」

 

「生き生きしてんなクラインの奴」

 

「ええ、あんな笑顔のクラインさんは初めて見たわ」

 

「「アハハ・・・」」

 

テンションが高く言葉もおかしくなっているクラインを見て呆れるキリトとアスナ、苦笑いするハルトとコハル。

 

「さて、それじゃあ、俺たちも装備しようぜ」

 

キリトの言葉に頷いたハルト達はストレージを開いて水着を装備するのであった。

 

 

 

 

「みんな元気だなぁ~クエストの後だってのに、あんなにはしゃいでさ」

 

そう言いながら、黒の海パンを履いているキリトは向こうではしゃいでいる女性陣を見た。

 

「何言ってやがるキリの字。見ろ、この絶景を」

 

「確かに絶景って言えば絶景だね」

 

「ただ、女共が馬鹿騒ぎしてるだけだろ」

 

赤い海パンを履いているクラインがテンション高く喋り、その横で緑の海パンを履いているハルトがクラインに共感するかのように頷くが、キリトと同じく黒の海パンに、上には黒の半袖ラッシュガードをファスナーを閉めないで着ているザントは興味なさそうに喋った。

夏の海を水着で駆け回る少女たちの姿は正に絵になる光景であるが、そう言うのに興味がないザントにとっては退屈な時間に過ぎなかった。

するとそこに、緑の水着に緑と白のミニパレオを腰に巻いてセミロングストレートの髪を後ろに束ねたコハルと白の水着に白のミニパレオを腰に巻いてロングヘアを後ろに束ねているアスナがやって来た。

 

「ねぇ、ハルト!せっかく水着に着替えたんだし、私たちも海で遊ぼうよ!」

 

「キリト君、今、向こうの浜辺でビーチバレーをしているんだけど、人数が足りないから一緒に来てくれる?」

 

そう言いながら、コハルとアスナはそれぞれのパートナーの手を掴んだ。

 

「うわぁ!?コハル落ち着いて!」

 

「おい、アスナ!?分かったから引っ張るな!」

 

手を掴まれた二人は慌てながらそれぞれの場所に移動する。

ハルトとキリトはそれぞれのパートナーに連れていかれるのであった。

 

「はぁ~いいよなぁ、若いってのは・・・」

 

一人取り残されたクラインは悲哀に満ちた表情で隣にいるザントに話しかけた。

対するザントは興味なさそうに浜辺で遊んでいるハルト達を見ていた。

 

「たく、何が楽しくてあんなにはしゃいでやがるのやら・・・」

 

「おいおい、あんな絶景を見ても何にもときめかないなんてよう・・・ハッ!まさか、お前ってそっちの趣味が「(シャキン)」はい、何でもありません」

 

首筋に大太刀を当てられたクラインは冷や汗をかきながら否定した。

無言で大太刀を鞘に収めたザントは水着に着替えて以降、黙って立ち続けているシロコイの方を見る。

そこにいたのは・・・オレンジの海パンに浮き輪を持っているシロコイだった。

 

「いや、なんでだよ!!」

 

しばらく無言で立ち続けていたシロコイだったが、ザントの目線に気付くと持っていた浮き輪を地面に放り投げた。

 

「どうしたんだ?黙ったり騒いだり忙しい奴だな」

 

「うるせぇーーー!なんで俺だけ浮き輪付きなんだよ!あれか!?俺は低身長の子供だからサービスで浮き輪付きってか!?そんなサービスいらねぇんだよ!後、俺は一応は子供だけど後一年で大人なんだよ!分かったか!?この野郎!」

 

「誰に向かって言ってんだよ・・・」

 

急に何処かに向けて叫び出したシロコイをザントは少しドン引きしながら見ていた。

そこにクラインがシロコイに近付き

 

「シロコイ・・・様になってるぜ!」

 

「やかましい!」

 

「ふべぇ!?」

 

シロコイはクラインをジャンピングアッパーで吹っ飛ばした。

「なんで俺だけ・・・」と未だブツブツ言い続けているシロコイを見ながらザントはめんどくさそうにため息をつくとラピードに、吹っ飛ばされたクラインの回収を頼んだ。

しばらくしたら、ラピードの上でのびているクラインが運び込まれた。

 

「おい起きろ。いつまでのびてんだ?」

 

「ううぅ・・・悪ぃな。助かったぜ」

 

「気にすんな。んで?俺らはこのままこいつらのお守りか?」

 

向こうで遊んでいるハルト達を見ながらクラインに聞く。

 

「まさか!この光景を記録しとかねぇと勿体無いだろ!」

 

「どうやって記録すんだよ?・・・心のシャッターでも切るってか?」

 

「へへっ、こんな事もあろうかとこれを用意しといたんだよ!」

 

そう言いながら、クラインがストレージから取り出したのは《記録結晶》だった。

 

「はぁ~、そんなんだからてめえは一人身なんだよ」

 

「やかましいわ!おめぇだって一人身だろうが!この日の為にストレージの奥底にしまっておいたんだよ。どうだ?おめぇも一枚記念に」

 

「興味ねぇ」

 

一言で断ったザントに愛想のねぇ奴だな的な表情を向けると、クラインは向こうで遊んでいるコハル達に声を掛ける。

 

「みなさ~ん!、写真を撮りますよ!」

 

クラインの言葉を聞いて、一斉に集まり出したコハル達(ハルトとキリトは遠慮した)は写真を撮るべく、それぞれ適当な場所に付いた。

コハル達が写真を撮る準備を完了するとクラインは元気よく喋った。

 

「はい!皆さんこっち向いて~いち、たす、いちは~?」

 

『にっ!』

 

その言葉と共に

 

パシャ!

 

夏の思い出の一枚が撮られるのであった。




・<サマー・イエーガー>
オリジナルスキル。SAOIFだと弓の星4。後ろに下がりながら右斜め、真ん中、左斜めと三方向に矢を放つソードスキル。攻撃範囲にビーチの絵が描かれる。スキルレコードのイメージ絵は昼の海を浮き輪を使って泳いでいる水着シロコイ(19歳)。

・<ココナツ・パラダイス>
細剣の星4スキル。サマー限定のスキルで高いダメージの他にクリティカルダメージを上げてくれる。サマー限定だから攻撃範囲にビーチの絵が描かれる。

・<ロスト・ブルースカイ>
オリジナルスキル。SAOIFだと両手剣の星4。両手剣を上に放り投げ、空中で掴むと一気に斬り下ろすソードスキル。こちらも攻撃範囲にビーチの絵が描かれる。スキルレコードのイメージ絵は夜のビーチの浜辺でラピードの背中に座り込んでいる水着ザント。

・男性陣の水着について
キリトとクラインは立ち絵と同じ水着。ハルトは緑の海パンのみ。ザントはアバターの黒い海パンに、上もアバターの黒の半袖ラッシュガードも着ています。シロコイはオレンジの海パンに浮き輪を着けています。

・女性陣の水着について
全員、スイカパニックの一枚絵へと同じ水着です。


SAO_UW23話を見て思ったこと
・何この子(アリス)、超可愛い
・キリトのお父さん以外とイケメン
・キリト、ユージオ、アリスで始まり、この三人で終わるアリシゼーションは神


夏休み終わったら投稿がめちゃくちゃ長くなった。
これからも投稿が遅れますが、どうか長々とお待ちして頂けると幸いです。
次回は一気に飛んで十四層編になります。
理由は十一~十二層ではあの団長が登場しますが特にイベントがない(十二層に至ってはリーファ関連が多すぎる)し、十三層ではあの二人が出ますが、後のオーディナルスケール編で書きたいと思っていますので、十四層にしました。
ということで、次回、十四層編。新キャラも出ます。


<オマケ>
プログレッシブアニメ化来たぁーーーーーー!!!
どこまでやるんだろうか?個人的に一番楽しみなのは二層のネズハと「レジェンド・ブレイブス」の話です。


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ep.19 赤銀の魔女

十四層編はボス攻略も含めて四話になりそうです。


攻略も大分進み、十四層の地へ足を踏み入れたハルト、コハル、キリト、アスナの四人。

転移門の周りには草木が生い茂っており、自然豊かな場所であった。

 

「森の匂い・・・久しぶりに嗅いだ気がするわ」

 

赤ずきんフード付きの軽装備から肩が露出している赤と白の防具を装備しているアスナは周りの景色を見ながら呟く。

 

「何だかホッとするね。十三層が火山だったからかな?」

 

その隣で赤緑の初期装備から下はブラウンのショートパンツ、上は赤コートに胸部にアーマーを装備しているコハルが疑問の声を上げる。

 

「森の匂いを作る成分はフォトンチッドだっけ?アインクラッドの森に含まれているかは知らないけど」

 

そんな二人の話を聞いていた一層のLAボーナスで手に入れた黒コートから黒のTシャツに白いラインがいくつか描かれている黒コートを装備している全身黒コーデのキリトが森の匂いについて話した。

十三層までの激闘の中で、彼らもハルトみたいに装備を新しくした。

 

「流石に成分までは含まれていないと思うけど、自然豊かな場所なのは間違いないね。聞けばこのフィールドは《囁きの渓流》って言うらしいよ」

 

そして、三人の会話を聞きながら、十層以降、緑のフード付きコートを装備し続けているハルトが辺りを見渡しながら喋った。

 

「囁きって言うことは何か聞こえるのかしら?」

 

「川の音が聞こえるよ!渓流って言うくらいだもん、きっと綺麗な水が流れているんだよ」

 

「水の美味い所は酒も美味いって聞いたことがあるな。クラインとエギルが喜びそうだな」

 

「まあ、この辺りにそんな店はないと思うけどね」

 

そんな他愛のない会話をしていると

 

「あぁ・・・薬師様のおっしゃられた通りだ。旅人が現れた!」

 

四人の目の前に、頭の上に!マークが表示されているNPCが現れた。

 

「あのー、どうしたんですか?」

 

「ああ、驚かせてすまない。俺はこの辺りで病人の治療にあたっている薬師様の弟子だ。薬師様が『門より来る旅人の中で最初の者たちこそ大いなる力を持っているだろう』とおっしゃってたから、門の入口で待っていた甲斐があったよ」

 

コハルの問いに答える薬師の弟子。

その隣で、今度はアスナが弟子に質問した。

 

「そのお弟子さんが私たちに何の用ですか?」

 

「ああ・・・今、薬師様は森の精霊に祈りを捧げる儀式を取り仕切っていてね。君たちにはその儀式を行う手伝いをしてほしいんだ」

 

「「「「儀式?」」」」

 

何の儀式だろうと、四人は疑問の声を上げた。

 

「まずは、この先の西の方まで来てくれ。詳しい話はそこでするよ」

 

そう言うと、弟子はフィールドの奥へ進んでいった。

残されたハルト達も、出発する前にきちんと下準備をしてから、《囁きの渓流》を進むのであった。

 

 

 

 

「そろそろ指定された場所にたどり着くけど・・・お弟子さんは?」

 

薬師の弟子を追って、フィールドの奥に進んだ四人。

そろそろ指定された場所に着くのに、姿が見えない弟子に疑問の声を上げるアスナ。

すると、何処からか声が聞こえ、四人が声がした方に振り向くとそこには

 

「た、助けてくれ!」

 

弟子がこちらに向かって走ってきて、その後ろから大量のキノコ型のエネミーが迫ってきた。

 

「どうやら、僕らより先にエネミーの歓迎を受けたみたいだね」

 

「キノコモンスターがいっぱい!?」

 

「キノコに好かれる体質なのかしら?なんにせよ、戦うしかないわね」

 

「こっちの戦力は十分だ。行くぞ!」

 

それぞれ武器を構え、迫りくるキノコ軍団に応戦し始める四人。

キノコ自体はそれほど大したことがなかったが

 

「くっ、数が多すぎる!」

 

「お弟子さんはいつの間にか逃げているし・・・」

 

今の状況に悪態づくキリトとアスナ。

キノコ軍団の数の多さに、四人は苦戦を強いられていた。

そこに、追い打ちを掛けるかのように

 

「ゲホッ、ゲホッ、なにこれ!?」

 

「キノコの胞子!?みんな息を止めて!毒かもしれないわ!」

 

突如、周りに大量の胞子が捲かれた。

アスナが胞子に気付いて、息を止めるよう三人に指示したが

 

「マズい!今の胞子の匂いに釣られて敵がどんどんこっちに来ている!」

 

キリトが焦りながら声を上げ、周りを見ると匂いに釣られキノコ型のエネミーが次々と集まってきた。

 

「ここにいたら囲まれるぞ!走れ!」

 

キリトの指示に従い、囲まれる前に走り出して囲まれるのを防ぐ四人。

走りながら、ハルトは三人に提案した。

 

「二手に別れて倒そう!このまま四人で戦っても、さっきみたいに数で押しつぶされるだけだ!」

 

「分かったわ!後で会いましょう!」

 

「気を付けろよ!」

 

そう言いながら、キリトとアスナは別の道に走っていった。

半分程はキリト達の方に向かったが、残りの半分は未だにハルトとコハルを追いかけていた。

 

「どうするのハルト!?」

 

「・・・ここから西にある広い場所まで移動して奴らを迎え撃つ!行こう!」

 

そう言いながら、進路を西に変更し、走り続けるハルトとコハル。

やがて、草木がない広い場所に出た二人は武器を構え直して

 

「ここなら、広いし存分に力を発揮できる。行くよ、コハル!」

 

後ろから迫ってきているキノコ軍団を迎え撃とうとしたが

 

「ハルト!前、前を見て!」

 

「ん?・・・なっ!?」

 

コハルの慌てている声が聞こえ、彼女が指を指している方を見ると、前方からキノコ軍団が迫ってきていた。

 

「(マズい!このまま挟まれたりしたら・・・)」

 

ハルトが最悪の結末を想像している中、コハルが小さく呟く。

 

「まさか、先回り「先回りされましたの!?」・・・え?」

 

喋ろうとしたその時、少女の焦り声が自分が言おうとした事と重なり、思わず疑問の声を上げたコハル。

声がした方を見ると、そこには赤いコートを着た銀髪ツインテールの少女がいた。

 

「・・・ということではありませんのね。あなた達があのエネミーの群れを連れてきてしまったのでしょう?」

 

「なっ!?・・・そっちだって、向こうにいるエネミーの群れを連れているじゃないか?」

 

お嬢様口調で喋る少女にハルトは顔をしかめながらも言い返した。

その隣でコハルが少女に問いかける。

 

「もしかして、私たちみたいに胞子で集まったエネミーから逃げてたんですか?」

 

「いいえ、逃げてなどいませんわ。有利な地形に移動しただけですわ。まさか、同じような方達と衝突するとは思いませんでしたけど・・・」

 

そう言うと、少女は鞘から赤い剣を取り出すとハルト達に向かって喋った。

 

「仕方ありませんわね。ここを(わたくし)たちの戦場といたしましょう。あなた方、お覚悟はよろしくて?」

 

「当然!元よりこっちは最初からそのつもりだ!」

 

そう言いながら、ハルトは剣を構えると自身の前にいたキノコに<レイジ・スパイク>をお見舞いした。

それが戦闘の引き金となり、ハルト達は自分たちの周りを囲っているキノコ軍団と戦い始めた。

 

「ハァーーー!」

 

ハルトの<レイジ・スパイク>の一撃が、彼の前にいたキノコとその後ろにいたキノコの体を貫きポリゴン状に四散させる。

先程と違って場所が広くなった為に、胞子が辺りを覆うこともそれによって他のエネミーがこっちに寄ることもなく、ハルトは次々とキノコ型エネミーを倒していった。

ある程度キノコ型エネミーを倒していったハルトは、ふと、向こうで戦っている銀髪の少女を見た。

少女はHPが少し減っていたが、特に苦戦する様子はなく次々とキノコ型エネミーを倒していき、それを見てハルトは安堵した。

しかし、次に少女が見せた光景によって彼の表情は驚きに変わることになる。

 

「そこですわ!」

 

少女の剣が一体のキノコの体を切り裂きポリゴン状に四散させた。

その時、少女のHPが先程倒したキノコの残っていたHP分増えた。

 

「(!?、HPを吸収した!?)」

 

スキルやポーションでHPが回復したのではなく、敵のHPを吸収して回復する現象を目撃してハルトは驚いたが、今は目の前の敵に専念すべく、剣を構え直した。

そして、戦い続けた結果、辺りを囲っていたキノコ軍団は全滅した。

 

「ふぅー、最前線と言えどこの程度、大したことがないですわね」

 

キノコ軍団を全て倒したのを確認すると、銀髪の少女は赤い剣を鞘にしまう。

そこに、ハルトが冷静に問いかける。

 

「少しいいかな?」

 

「?・・・何ですの?」

 

「さっき、戦っている時にエネミーのHPを吸収して回復してたよね?」

 

「まあ!その目は節穴ではございませんでしたのね!」

 

どこか感心するような表情で返したサーニャは姿勢を正すと二人の方を向いた。

 

「お話しをする前に名乗りましょう。(わたくし)の名はサーニャ。以後、お見知りおきくださいませ」

 

「私はコハルです」

 

「ハルトです。よろしく、サーニャ」

 

「・・・出会って早々呼び捨てで呼ばないでくださる」

 

「あっ!・・・ダメだった?」

 

「・・・構いませんわ。年はそんなに変わらなさそうですし」

 

少し戸惑いながらも聞いてきたハルトに、サーニャは呆れながらもハルトに呼び捨てで呼ぶことを許可した。

 

「ところで提案があるのですけれど、先程のように度々エネミーに囲まれて足止めをされていては探索が進まないでしょう?そこで、腕の立つ護衛が必要ですの。あなた方なら信頼ができますわ。ご同行願えて?」

 

「・・・要はパーティーの誘い?」

 

「そう受け取ってくれて構いませんわ。返答は?」

 

自身とパーティーを組んでほしいと頼むサーニャ。

 

「よろしくって!・・・じゃなくて、OKです!ハルトもいいよね?」

 

「別に構わないけど、僕らは今、クエストの途中なんだけど・・・」

 

それに対して、コハルはOKしたが、ハルトはクエストの途中に、クエストの内容を知らないサーニャを連れていって彼女に迷惑が掛かるんじゃないかと少し不安そうな表情をした。

それを感じ取ったのか、サーニャが口を開く。

 

「お手伝い致しますわ。何せ腕試しに来た途端に胞子を浴びてクエストを受けれませんでしたもの」

 

サーニャの言葉を聞いて、ハルト達は彼女と一緒にクエストを進めることにした。

彼女にクエストについて説明し、サーニャを加えた三人で薬師の弟子を探そうとしたその時

 

「そのクエスト、俺も混ぜてもいいか?」

 

三人がいる近くの木の上からか声が聞こえ、上を見上げると弓を持っているシロコイがいた。

 

「シロコイさん!お久しぶりです!」

 

「ああ、久しぶりだな。十層以来か」

 

木から降りたシロコイはこちらに話しかけてきたコハルに笑みを浮かべながら言葉を返した。

 

「あら、シロコイじゃありませんの」

 

その隣でサーニャは知り合いかのようにシロコイに話しかけた。

サーニャに話しかけられたシロコイは小さく驚きながらもサーニャと話しする。

 

「もしかして、サーニャか?久しぶりだな。いつもは中層で活動している君が最前線に来るなんて」

 

「そういうあなたこそ、MTDを抜けたと思ったら、最前線に来るなんて。小さいあなたには危ないですわよ」

 

「・・・サーニャ、それはあまり言わないでくれ。小さかろうが、持ち前の弓の技術と回避テクニックで補えるから問題はない。君こそ普段最前線に来てないんだし危なくないか?」

 

「心配はご無用ですわ。私には魔剣がありますの。そこいらのエネミーなんて敵じゃありませんの」

 

まるで知り合いかのように話をするシロコイとサーニャ。

 

「えっと・・・二人は知り合いなの?」

 

「ん?ああ、俺がまだMTDにいた頃、たまたまフィールドで会ってな。そこでMTDの仕事を手伝ってもらったんだ」

 

ハルトの質問にシロコイは少し微笑みながら答えた。

すると、今度はサーニャが不思議そうな表情をシロコイに向けながら問いかける。

 

「それにしても、知り合いとはいえ、普段、自分からパーティーに入ろうとしないあなたが自らパーティーに入ろうとするなんて。何かおありですの?」

 

「勿論だ」

 

シロコイは一つ返事で答えると、真剣な表情で喋り始めた。

 

「さっき、お前たちの戦いを少し見てたけど、あれだけの数を相手してたんだ。このクエスト、相当な規模になると思うな。おそらくだけど、十四層のフロアボス攻略のヒントにもなるかもしれない。そういう大事なクエストは一人よりも複数でやっておいて損はないだろ・・・十三層の悲劇もあったしな」

 

シロコイが最後に放った言葉に、顔を暗くするハルトとコハル。

十三層の悲劇とは、十三層のフロアボス戦で初めてフロアボス攻略中に死者が出たことである。

今まで危ない場面には何回か出くわしたが、死者が出ることは一回もなかった。だからこそ、フロアボス攻略中に初めての死者が出たという事実は、攻略組の心身にダメージを与え、中には攻略組に対して不満を言う者もいた。

その悲劇を踏まえ、現在、ALSとDKBは弔いの会が開かれており、攻略に遅れていた。

 

「今現状、ALSとDKBはまともに動くことはできない。だから、今は俺たちができることを精一杯やる。そうだろ?」

 

「!?・・・そうですね。今、僕らが止まるわけには行きませんよね」

 

「はい!精一杯頑張りましょう!」

 

シロコイの言葉を聞いて、改めて決意を固めるハルトとコハル。

 

「それよりも早く安全地帯まで移動しましょう。ここにいては、またキノコが湧いてきそうですわ」

 

「そうだね。それに、もしかしたら、薬師の弟子も安全地帯に戻ってるかもしれないし」

 

「安全地帯ならお弟子さんにも会えそうだし、ゆっくり話ができるね」

 

「決まりだな。さっさと行こうぜ」

 

「三人共、エスコート、よろしくお願いいたしますわね」

 

一通り話をし終えると、ハルト達は最初に薬師の弟子がいた場所まで戻るのであった。

 

 

 

 

その後、ハルトの予想通り、安全地帯に戻っていた薬師の弟子から、儀式に必要な素材を集めて《憂愁の渓流》にいる薬師に届けてほしいと頼まれた。

ハルト達は早速、《憂愁の渓流》のエネミーを倒しながらドロップした素材を集めていき、一定の数を集めたら《憂愁の渓流》の安全地帯にいた薬師に素材を渡した。

そして、薬師から今度は先程戦ったキノコ軍団の親玉の討伐を依頼されたが

 

「すぐにでも行ってもらいたいのですが、親玉がいる《瞑想の森》を開くのには少々時間が掛かるのです。ですから、森を開くまでの間、戦いの準備を整えておいてください」

 

親玉がいる《瞑想の森》には入れない為、薬師が森を開くまで待機してほしいと命じられた。

薬師の下を離れたところでシロコイが口を開いた。

 

「ハルト達はどうするんだ?ここら辺でも探索するのか?」

 

シロコイが二人にこれからの予定を聞いたその時

 

「このメッセージ・・・マテルちゃんからだよ!」

 

「本当!?」

 

コハルが声を上げ、それを聞いたハルトも驚いた。

 

「マテル?・・・誰だそいつは?」

 

「お友達ですの?」

 

一方、マテルのことを知らないサーニャとシロコイはマテルについて聞いた。

 

「はい!ずっとソロでやっている子なんです!」

 

「へぇー、そいつは興味深いな」

 

「マテルから連絡が来るなんて初めてだよ。なんて書かれているの?」

 

シロコイが自分と同じソロプレイヤーに興味を持つ中、ハルトはコハルにメッセージの内容について聞いた。

 

「えっと・・・今、十四層に来てるから、もし私たちが自由に動けるなら会いたいって」

 

メッセージの内容を確認したコハル。それを聞いたサーニャが口を開く。

 

「なら、次の行動は決まりですわね。早速、マテルさんに会いに行きましょう」

 

サーニャの言葉に頷きながら、ハルト達はマテルがいる場所へ向かった。

 

 

 

 

「マテルちゃん!来たよ!」

 

「見れば分かるの。元気そうで何よりなの」

 

久しぶりの再会に会話を弾ませるコハルとマテル。

一方でシロコイとサーニャの反応はそれぞれだった。

 

「驚いたな・・・俺と同じソロで最前線にいるプレイヤーって聞いて、どんな奴だろうと思っていたら、こんな小さい子が・・・」

 

そんな風に驚きながらもまじまじとマテルを見つめているシロコイに対して、サーニャはというと

 

「マテルって(チラッ)・・・子供じゃないですの!」

 

「おい、何故、一瞬俺を見た?」

 

マテルの正体に驚いたサーニャであったが、何故か一瞬だけシロコイをチラ見し、それに対してシロコイは顔をしかめながら突っ込んだ。

顔をしかめながらもシロコイはマテルを、正確には彼女の体を上から下まで見て

 

「・・・よし(グッ)」

 

「?・・・そのガッツポーズは何?」

 

「なに、自分より背が小さい最前線の人との出会いに喜びを感じているだけだ」

 

小さくガッツポーズした。

今までSAOで(番外編のシリカを除いて)最前線に来ているプレイヤーの中で自分より身長が低い人間は見たことがなかったシロコイ。しかし、ここへ来て初めて自分より身長が低い最前線のプレイヤーに出会えたことにシロコイは喜びを露にした。

マテルからすれば完全に失礼極まりない行為であったが、当の本人はガッツポーズの理由を聞いたら「そう」と一言だけ返すと視線をサーニャの方に移した。

 

「そ・れ・よ・り!何故子供が一人で最前線に来ていますの!?それもたった一人で!」

 

「子供かどうかは関係ないの。この世界で必要なのはスキルとレベル」

 

「見た目によらずたくましいな」

 

シロコイがマテルを評価する中、二人の会話は続く。

 

「私には目的があって一人で行動しているの。そのために、ちゃんと強くなっている。だから平気なの」

 

「私はマテルちゃんには一緒に行動して欲しいけど、ホントに強いですよ」

 

コハルがマテルをフォローするかのように喋ったが

 

「いいえ、いけませんわ。この子は早急に保護されるべきですわ。たとえ、腕が立っても、子供が一人っきりで彷徨うなんて間違っていますわ」

 

「・・・彷徨っていないの」

 

「なくても!あなたには《ホーム》が必要ですわ。一緒にいらしてくださいませ!」

 

そう言うと、サーニャはマテルの手を強引に掴み、何処か走り去っていった。

 

「「「・・・・・・」」」

 

あっという間の行動にハルト達はしばらくの間、呆然としていたが

 

「「マテル(ちゃん)が誘拐された!?」」

 

「急いで追いかけるぞ!」

 

慌ててサーニャを追いかけるのであった。




・コハル、キリト、アスナの新装備
三人共、一周年キービジュアルの装備に進化しました。

・サーニャ
SAOIFオリキャラ。お嬢様口調で敵のHPを吸収できる魔剣の使い手。そこそこ人気があり、スキルレコードもマテルやリュールに比べればかなりある。

・十三層の悲劇
詳しくはSAOIFで

・「・・・よし(グッ)」
身長の話になれば若干腹黒くなるシロコイでした。


ここ最近、忙しかったけど、何とか書けました。
次回も十四層編、続きです。
時間が掛かるかもしれませんが、なるべく早めに更新致しますのでお楽しみに。


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ep.20 束の間の安らぎと巨大キノコ 

マテルを連れ去ったサーニャを追いかけていたハルト達は気付いたら始まりの町にいた。

 

「サーニャさんを追いかけてたら始まりの町に来ちゃったけど・・・」

 

「始まりの町・・・マテル・・・まさか!?」

 

「シロコイさん、何か心当たりでもあるんですか?」

 

コハルが一人呟くが、その隣でシロコイが何か気付いたかのように声を出し、何か心当たりがあるのか聞いた。

 

「ああ、俺の予想通りだと彼女たちはあそこに向かっているはずだ。ついてきてくれ」

 

そう言うと、シロコイは走り出し、二人も後に続いた。

やがて三人は一つの建物の前まで来た。そこにはサーニャとマテル。そして、マテルよりも幼そうな一人の少女がいた。

 

「あ!ニャーお姉ちゃんだ!」

 

「ごきげんよう、ミナ。元気そうで何よりですわ」

 

「うん!今日、ギンとケインと一緒にワーム狩りをしてきたんだ!」

 

ミナと言う少女と何気ない会話をするサーニャ。

そこに、新たな声がサーニャに掛かる。

 

「ニャーお姉ちゃん、おかえりなさい!・・・ん?ねぇねぇ、その子は誰?」

 

「・・・マテルなの」

 

「新しいお友達だね!あたし達より、ちょっぴりお姉さんかな?」

 

「そっかぁー、よろしくね!」

 

ケインと呼ばれた糸目の少年がマテルについて尋ねた。マテルが名前を言うと、ケインは隣で聞いてたミナと共に元気よくマテルに挨拶した。

 

「ミナ、ケイン。サーシャに知らせてきてくださる」

 

「「はーい!」」

 

サーニャが二人に向かって言うと、二人は元気よく返事をし、奥の建物の中に入っていった。

 

「ハハハ!相変わらず元気があっていいな」

 

そんな幼い少年少女のやり取りをシロコイは微笑みながら見守っていたが、ハルトとコハルはこの状況についてこれず、呆然と立ち竦んでいた。

呆然と見続けるハルトとコハルだが、シロコイは特に気にせずサーニャに話しかける。

 

「やはり、ここにいたか・・・」

 

「サーニャさん、今の子たちは?」

 

「来れば分かりますわ。こちらにいらしてくださいませ」

 

コハルの問いに答えながらサーニャは四人を建物の中に案内した。

 

 

 

 

建物の中はごく普通の木造建築物で、ハルト達がいる部屋には複数のテーブルに椅子と奥の方にキッチンがあるくらいだった。

しかし、部屋には複数の子供たちが追いかけっこなどで遊んでいて、その様子をハルト達は複数置かれてある椅子に座りながら見ていると、一人の女性が部屋に入ってきた。

 

「久しぶりね、サーニャ。ごめんね、待たせちゃって」

 

「構わないですわ。子供たちの様子はどうですの?」

 

「フフフ、みんなとても元気よ」

 

「それは良かった。ここ最近、ここに来る機会がなかったから心配してたけど、みんな元気そうで何よりです。お久しぶりですね、サーシャさん」

 

「シロコイさんも元気そうで良かったわ。MTDを辞めたって聞いた時は心配してたから」

 

サーシャと呼ばれた女性と親しそうに会話するサーニャとシロコイ。

サーシャはハルト達の方に気付くと二人の名前を尋ねる。

 

「えぇっと、それで・・・そちらの方達は?」

 

「僕はハルト、隣に座っているのは・・・」

 

「コハルです。よろしくお願いします」

 

「ハルトさんにコハルさんですね。私はサーシャ、この始まりの町で暮らしています」

 

二人の名前を尋ねたサーシャは自身の自己紹介をした。

 

「ところでサーシャさん、先程の子供たちはいったい・・・?」

 

「・・・今、この町で暮らしている小学生から中学生ぐらいのプレイヤーほぼ全員だと思います」

 

ハルトの質問にサーシャは暗い表情で答える。

 

「彼らはこのゲームが始まった時、パニックを起こして、精神的に問題を抱えていました。無理もないですよね。まだまだ子供なのに二度と現実世界に帰れないって言われてしまったんですから」

 

「子供たちだけじゃない。この世界には精神的な問題を抱えて始まりの町に居続けるプレイヤーはいっぱいいる。MTDはそんなプレイヤーの為に少しでも力になろうと日々活動しているのは知っているだろ?その活動の一つに、この施設の支援をしているんだ。だから、元MTDの俺はサーシャさんとは多少の縁があるんだ」

 

シロコイは分かった?的な表情をハルトとコハルに向けると、二人は頷いた。

それを見たシロコイはサーシャに続きをと目線で語ると、サーシャは話の続きを語り出した。

 

「私、最初の頃は攻略組の人達みたいにゲームクリアを目指そうと思ってフィールドでレベル上げをしていたんですけど、ある日、始まりの町で無気力に座り込んでいる子を見つけて・・・どうしても放っておけなくて一緒に暮らし始めたんです。それで、他にも同じような子供たちがいると思ったら居ても立っても居られなくなってしまって・・・気付いたら町中の子供たちに声を掛けて集めて、今はここでみんなのお世話をしているんです」

 

「サーシャはとてもいい先生ですわ。面倒見が良くて子供たちにも慕われておりますのよ」

 

「いえいえ、とんでもない。むしろ、子供たちに励ましてもらったり教えられることの方が多いぐらいですよ」

 

サーニャの言葉を照れくさそうに返すと、サーシャはマテルを見た。

 

「あなたがマテルちゃんね。上の層で戦っていたっていう話は聞いたわ」

 

「そう、適応して町を出ていった子供なの。だから、ここで世話になる必要はないの」

 

「それでも、もしもの時に頼れる場所があると心強いでしょ。マテルちゃんは最前線で戦える力を持っていて、自分で生活できて、コハルさんみたいに頼れる人いる。そうなのね?」

 

「・・・そうなの」

 

「うん、マテルちゃんが大丈夫なのは分かった。だけど、困ったことがあったら、誰かとお喋りしたいなって気分になったらいつでもここに来てね」

 

「・・・覚えておくの。それより・・・」

 

そう言いながら、マテルは部屋の入口の方を見ると

 

「さっきから覗いている子たちがいるの」

 

入口から覗き見している三人の子供がいた。

 

「見つかった!」

 

「もう!前に出過ぎるからよ!」

 

「わわ、押さないで!」

 

覗いていたのは先程のミナとケイン、そして活気のある少年だった。

 

「こら!小さい子たちを見ててって言ったでしょ!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「大丈夫だよ。今はあの人たちも来ているし」

 

「ん?あの人たち?」

 

サーシャと子供たちのやり取りを聞いている中で、あの人たちという言葉に疑問の声を出すシロコイ。

自分たちの他にここに来ている人がいるのかと、そう思っていると

 

「あ!いたっす!コノハさん、こっちっす!」

 

「やっと見つけた・・・三人共、あまりお客さんに迷惑を掛けちゃダメだよ・・・って、ハルトさんにコハルさん!?」

 

「え!?コノハさんにレイス君!?」

 

「二人共、何でここに!?」

 

部屋に入ってきたのは、ギルド「紅の狼」のメンバーであり、防具を付けておらず私服姿のコノハとレイスであった。

予想外の二人の登場に驚きの声を上げるハルトとコハル。攻略組として最前線で活動しているはずの彼らが何故ここにいるのか。

そんなことを思っているとサーシャが話し始める。

 

「お二人には前にフィールドで危なくなった子供たちを助けてもらって、お礼に昼食をご馳走したんです。それ以降、こうして遊びに来ては子供たちの面倒を見てくれるんです」

 

「なるほど・・・」

 

「そうなんだ。フフフ、二人共優しいね」

 

「それにしても、コノハとレイスが攻略組なのは知っていましたが、まさか、あなた達とも知り合いだったなんて・・・ホント、この世界は驚きだらけですわね」

 

「全くだ。世界というのは意外と狭いものだな」

 

サーシャが説明すると、納得したかのように頷いたハルトとコハル。

その横でサーニャとシロコイが世界の狭さを感じるのであった。

 

「なあなあ、そいつ・・・マテルは最前線から来たってホント?」

 

コノハ達の話にひと段落ついたところで、活気がありそうな少年、ギンがマテルに話しかけてきた。

 

「・・・本当なの」

 

「すっげー!じゃあさ!武器とか見せてくれよ!」

 

「僕も見たいな」

 

「あたしもー!」

 

「・・・構わないの」

 

「やった!ワーム狩りで稼いだ金で美味いパンとスープを買ってきてるからさ、歓迎してやるよ!」

 

「こっちに来て!みんなを紹介するね!」

 

子供たちはマテルの手を掴むと、あっという間に部屋から出ていった。

その様子を見てたコノハはレイスの方を向き

 

「レイス、悪いんだけどあの子たちがマテルって子に何かやらかさないよう、様子を見に行ってくれない?」

 

「了解っす!こら~チビ達、待てっす!」

 

レイスに向かって指示すると、レイスは子供たちの方へ走っていった。

残ったコノハはサーシャに向かって頭を下げる。

 

「すみません、サーシャさん」

 

「いえいえ、こちらこそ、こうして手伝ってもらって申し訳ないです」

 

「気にしないでください。僕やレイスも好きで手伝っていますし」

 

コノハとサーシャが互いに頭を下げ謝り合う。

すると、部屋にいた子供たちがこちらに近づいてくると、

 

「ニャーお姉ちゃん!こっち来てよー!」

 

「あら、呼ばれてしまいましたわ。少し失礼いたしますわね」

 

サーニャのことを呼び、それに応じたサーニャは子供たちの所へ向かうと、小さい子供たちと追いかけっこで遊び始めた。

子供たちと遊んでいるサーニャの表情は、いつもの冷静でツンとした様子は感じられない程、とても楽しそうであった。

 

「サーニャ、とても楽しそう」

 

「うん、普段は厳しくて少し近寄りがたいイメージがあるけど、根はとても優しい人だよ」

 

楽しそうに遊んでいるサーニャを眺めながら、ハルトとコノハは喋った。

 

「・・・サーニャには色々と助けてもらっているんです。度々ここに来てはアイテムやコルの援助をしてくれるんです。攻略組を目指しているなら、まずは自分の装備を充実しなきゃダメだよって何回も言っているんだけど、子供たちの自立に投資しているだけだからって・・・何も言わないけど、きっとそのせいで中々攻略組に追いつけなかったのに・・・魔剣を手に入れてからは、他のプレイヤーから妬まれているのに、彼女は何も言わずに援助を続けているわ」

 

サーシャは暗い表情になりながら喋ったが、ハルト達はサーシャの言葉のある部分が気になった。

 

「サーニャさんの剣・・・詳しい事は分からないけど、確か敵のHPを吸収できる特殊スキルが付属されているよね」

 

「うん、特にHPが高いボスや大量のエネミーに囲まれた時のアドバンテージは凄く高いと思うな」

 

サーニャの魔剣について述べるコハルとハルトであったが

 

「でも、どんなに凄い剣を持っていても、それだけで彼女を妬んでいい理由にはならないよ」

 

「ああ、ハルトの言う通りだ」

 

ハルトの言葉に、シロコイは賛同しながら頷き

 

「それに、彼女が強いのは魔剣のおかげだって言う馬鹿なプレイヤーもいるけど、その魔剣をあそこまで使いこなせたのは、紛れもなく彼女自身の実力だ」

 

サーニャの実力を高く評価した。

それを聞いてハルト達は笑みを浮かべていたが、ふと、ハルトがシロコイに聞いてきた。

 

「ところで、気になったんですけど、サーニャを追いかけている時、どうしてサーニャがここに来てるって分かったんですか?一回しか会ったことがないサーニャの向かっている場所を予想して当てれるって、相当彼女の事を知っていないとできないと思いますよ」

 

言われてみればそうだ。シロコイはサーニャと一回しか会ってないのに、マテルを連れていかれた時に彼はここに来ると予想し、それを当てて見せた。いくらシロコイは頭が良さそうとはいえ、流石に一回しか会ったことのない人間の行動を読むのは至難の業だ。

すると、シロコイは突如顔をしかめながらゆっくりと口を開いた。

 

「・・・初めて彼女と出会った時、小さい子供だと思われてここに連れてこられそうになった」

 

「「「あっ」」」

 

ポツリと呟いたシロコイの言葉に、思わず声を漏らしたハルト、コハル、サーシャ。

コノハだけが状況を読み込めず急にどんよりとした空気に「えっ!?えっ!?」と戸惑っている中

 

「ま、まぁ仕方ないですよ!サーニャだって悪気があった訳じゃないし、フィールドでこんなに背の低い人を見かけたら誰だって心配しますよ!」

 

「そ、そうですよ!確かに小さい子だと間違われてもおかしくないですけど、シロコイさんは立派な年上です!」

 

「そ、そうね!よく子供たちと一緒に遊んでいる様子を見てると、本当に19歳?って思うことがありますけど、子供たちと遊んでくれたり効率のいいレベル上げの仕方などを優しく教えてくれるシロコイさんの姿はまさしく大人だわ!」

 

「お前たち・・・フォローする気ないだろ・・・」

 

三人が必死にフォローするも、シロコイにとっては追い打ち同然であり、その場で鬱状態になるのであった。

ちなみに、その後サーニャに連れていかれそうになったシロコイは自身の歳を明かすもサーニャは信じず、その場で口論となり、駆けつけてきたシンカーによって誤解は解け、サーニャは勘違いしてしまったお詫びにMTDの仕事を手伝うのであった。

 

「あの時はあなたの話をしっかり聞かずに連れていこうとしましたし、私も反省しておりますわ」

 

シロコイが鬱状態になっている中、いつの間にか戻ってきたサーニャが喋った。

そこに先程部屋を出ていった子供たちとマテルが戻ってきた。

 

「先生!マテルって凄ぇんだ!」

 

「あたし達のレベルに合わせて安全にコルと経験値を稼げる場所をたくさん教えてくれたの!」

 

「むぅー・・・」

 

「どうしたの、レイス?」

 

子供たちが機嫌良くマテルの事を話す中、レイスはマテルを睨むと、マテルに向かって指を指して宣言した。

 

「これで勝ったと思わないことっす!実践では俺の方が上っすからね!」

 

おそらく、自分の知らない情報を持ち、あっという間に子供たちの人気者になったマテルに嫉妬したのだろう。

コノハはそんなことを思いながら悔しそうな顔をしているレイスに「アハハ・・・」と苦笑いした。

そんなレイスの宣言に対してマテルは「覚えておくの」と返すのであった。

すると、シロコイがマテルに話しかける。

 

「マテル。君は数々のクエストの内容や効率のいい狩り場の情報にやたら詳しいけど、ひょっとして君は今まで行った場所やクエストの内容を全て暗記しているのか?」

 

「淑女のたしなみなの・・・大体のことは忘れないの」

 

「・・・本当に凄いな。今まで行った場所ならまだしも、そこにいるエネミーのレベルや手に入る経験値、更にはその場所で受注できるクエストの内容を全て覚えるなんて中々できないぞ」

 

「ええ、どうやら私はこの子を見くびっていたようですわ」

 

シロコイに賛同するかのようにサーニャもマテルを高く評価する。

 

「マテル、あなたは自分の身を守ることができるし、リスク管理もしっかりできるのですね」

 

「それほどでも・・・あるの」

 

「では、コハルを呼び出したのはどういう要件でしたの?」

 

「・・・十四層のダンジョンには巨大なキノコ型モンスターがいるの。その討伐クエストを請け負っているなら手伝いたかったの」

 

「えぇ!?私たちそのダンジョンに行くところだったんだよ!」

 

「グッドタイミングなの」

 

まさかの目的が一致したことに驚くコハル。

それを聞いたシロコイはハルト達に向けて喋った。

 

「決まりだな。マテルも連れて五人で巨大キノコに挑む。異論はないか?」

 

「ありませんわ。彼女は十四層をソロで歩き回れる実力はあるんですもの」

 

シロコイの提案にサーニャも賛成し、五人で討伐クエストを受けようと思った時

 

「あのー・・・もし、良ければなんだけど、僕たちも一緒に行ってもいいかな?」

 

コノハがおずおずと手を上げながら聞いてきた。

それに対して、シロコイは顎に手を当て、考えながらコノハに話しかける。

 

「・・・まあ、攻略組にいるってことは実力はあると思うし、別に構わないけど・・・どうして一緒に行きたいんだ?」

 

「うん。さっき僕たちのギルドリーダー、トウガ君からメッセージが来てね。トウガ君たちも今、十四層で儀式に関するクエストを受けているみたいなんだ。それで、さっきハルトさんから聞いた討伐クエストのことをトウガ君に送ったら、『ハルト達の手伝いをしてくれ』って返って来たんだ」

 

「手伝いをしてくれって、何か理由でもあるのか?」

 

「それは分からない。でも、トウガ君は考えなしでこんなことは言わない。きっと何か理由はあると思う」

 

きっぱりと言うコノハ。

それを見たシロコイはハルトの意見を聞くべく彼に話しかける。

 

「どうする、ハルト?」

 

「・・・連れていこう。戦力は少しでも増えた方がいいと思うし、トウガはギルドリーダーを務めているだけあって、それなりに賢いし、手伝えって命令したのにもきっと何らかの理由があると思う」

 

「そうだね。それに、トウガさんが受けているクエストと私たちが受けているクエストは、どっちも儀式に関係あるかもしれないし」

 

「そうか・・・なら、俺も連れていくことに異論はない。サーニャとマテルもそれでいいか?」

 

「構いませんわ。お二人は攻略組ですもの。戦力としては申し分ないですわ」

 

「戦力になるなら問題ないの」

 

「・・・皆さん、ありがとうございます」

 

「足手まといにならないよう精一杯頑張るっす!」

 

二人の同行も決まり、ひとまずはハルト達の今後の予定は決まった。

話を終えたと察したサーシャはパン!と手を叩き

 

「話は終わったみたいね。それじゃあ、みんな席について!新しいお友達の歓迎と応援の会を開きます!」

 

周りで遊んでいる子供たちに向けてそう言うと、子供たちは一斉に席についた。

 

「私たちには見送ることしかできないけど、お昼ご飯ぐらいはご馳走させてください」

 

「やったっす!サーシャさんのご飯を久しぶりに食べれるっす!」

 

「ちょっとレイス!?わざわざすみません、サーシャさん」

 

「ウフフ・・・気にしないで遠慮なく食べてくださいね」

 

サーシャのご飯を食べれることに喜ぶレイスを見ながら、サーシャに頭を下げて謝るコノハ。それに対して、優しく微笑むサーシャであった。

 

 

 

 

昼食後、十四層に出発するハルト達をサーシャや子供たちが見送っていた。

 

「サーシャ、生活費の為にダンジョンに行くのもほどほどにね。無理は禁物ですわよ」

 

「分かっているわ。あなたこそ気を付けていってらっしゃい」

 

サーシャはサーニャにそう言うと、今度はシロコイの方を見る。

 

「シロコイさんも、無茶しないように気を付けてね。時間があったらいつでも遊びに来てくださいね」

 

「勿論です、サーシャさん」

 

シロコイの返事を聞いたサーシャは最後に私服から紺色のコートに着替えたコノハと強化はされているが見た目は初期装備のままのレイスの方を見て

 

「二人も、まだまだ子供なんだから、くれぐれも無茶しないように」

 

「はい。サーシャさんもどうかお元気で」

 

「また遊びに来るっす!」

 

二人の返事を聞き終えると、サーシャは子供たちと一緒に手を振りながら見送るのであった。

 

「みんな!元気でなぁー!」

 

ダフストレーチ(また会いましょう)!サーシャ!」

 

シロコイとサーニャが大声で返しながら、ハルト達は十四層に戻るのであった。

 

 

 

 

薬師の所に戻ってきたハルト達は彼に話しかけると、《瞑想の森》の入口へ案内された。

ハルト達は森に入る前に薬師から示された道に従い、森に潜んでいるエネミーを倒していきながら《瞑想の森》を進んでいた。

しばらく歩いていると、森林から広い平地へ出た。

辺りには巨大な木が一本だけ佇んでいたが、その周りには巨大キノコが胞子をばら撒いていた。

 

「大きなキノコ!あれがボスだよ、きっと!」

 

「周りにモンスターを待らせて・・・斬りがいがありますわね」

 

「張り切るのはいいけど、やられるなよ!行くぞ!」

 

シロコイの叫び共に、各自、散開して巨大キノコに迫る。

すると、巨大キノコは体を縮めこむと、大量の胞子が体中から撒かれた。

 

「!? 離れろ!」

 

シロコイがいち早く気付き、ハルト達は巨大キノコから距離を取る。

ハルト達が距離を取り終えると、巨大キノコの周りには、大量の胞子で覆われていた。

 

「胞子!?」

 

「恐らく毒付きのね。全く、小さいのでも厄介なのに、あんな巨体から胞子が撒かれたらたまったもんじゃない」

 

「ですが、動きは止まりましたわ。胞子も風で大分流されましたし、今がチャンスですわ!」

 

「先手必勝なの」

 

動きが止まったのを気にサーニャとマテルが攻撃を仕掛けるが

 

「キシャーーー!」

 

「あうっ!」

 

「うっ!」

 

巨大キノコが自身の上半身を振り回し、サーニャとマテルを吹き飛ばした。

何とか防御に成功したサーニャとマテルだが、飛ばされた衝撃と、二人共軽装備の為、多少のダメージを負った。

その隙に巨大キノコは先程と同様、体を縮めこみ胞子を撒く体制に入ったが

 

「ハァ!」

 

そうはさせまいと、シロコイが矢を放ち、巨大キノコに刺さった。

すると、巨大キノコは胞子を撒くことなく、その場で怯み始めた。

それを見たハルトが剣で巨大キノコに攻撃すると、巨大キノコはダメージを負った。しかし、怯みから回復した巨大キノコはハルト目掛けて上半身を振り回したが、ハルトは危なく回避すると、コハル達の所に戻る。

その横では、先程までの光景を見て冷静に分析したシロコイが、そこから生み出した己の策をハルト達に伝える。

 

「俺が奴の胞子攻撃を抑える。その隙に二人程、巨大キノコのHPを削ってくれ。残りは周りのキノコを何とかしてくれ」

 

「なら、キノコ型エネミーと何回か戦ったことがある僕とコハルとサーニャ、それとマテルで周りのエネミーを何とかするから、コノハとレイスでシロコイさんと一緒に巨大キノコを倒してくれ!」

 

「お待ちなさい!私もボスを担当いたしますわ!やられっぱなしでは終わりませんわ!」

 

「さっきみたいに胞子が撒かれたら迂闊に近づけないだろ!そうなったら、《フィンスタニス》の効果は長く続かない!そうだろ!?」

 

「っ!?・・・分かりましたわ。ボスは任せましたわよ、コノハ、レイス!」

 

「任せてください!」

 

「やるっす!」

 

シロコイの指示に従い、ハルト、コハル、マテル、サーニャの四人は周りのキノコを担当することになった。

攻略組であるハルトとコハル、それに近い実力を持っているマテルは迫りくるキノコ達を次々と倒していき、サーニャも

 

「遅いですわ!」

 

特に苦戦することなく、次々と敵を倒しては敵から吸収したHPで回復していた。

すると、後ろからサーニャに向かって迫ってくるキノコがいた。

迫りくるキノコに気付いたサーニャは迎撃しようとしたが

 

「ヤァ!」

 

「なっ!?」

 

ハルトがサーニャを守るかのように前に出て、サーニャに迫ってきたキノコ目掛けて剣を振り、ポリゴン状に四散させた。

サーニャが啞然とハルトを見ていたが、ハルトはそんなサーニャの視線に気付かず

 

「よし、次!」

 

敵を倒したが決して喜びはぜずに、ハルトは狙いを次のキノコへと定め、次々とキノコを倒していった。

 

「・・・・・・」

 

そんなハルトをサーニャは睨みながらも目の前のキノコを倒していった。

ハルト達が周りのキノコを引き受けている一方、巨大キノコ担当のチームはというと

 

「ヤァーーー!」

 

「食らえっす!」

 

コノハとレイスの素早い攻撃で着実にダメージを与えていた。

ダメージを食らった巨大キノコは何回目かの胞子を放とうと体を縮めこませたが

 

「そこだ!」

 

シロコイの矢によって、胞子を出す前に矢の攻撃を食らって怯んでしまい、その隙にコノハとレイスがソードスキルで攻撃した。

そんな戦法を何回か繰り返し続けていると

 

「キシャーーー!」

 

「うわっす!」

 

急激に速くなった巨大キノコの攻撃にレイスは回避しきれずに飛ばされてしまう。

 

「おっと!油断大敵だよ、レイス」

 

「す、すみません、コノハさん」

 

そこにコノハが前に出て、飛ばされたレイスを受け止めた。

 

「あのボス、急に動きが速くなりましたね」

 

「恐らく、HPをかなり削ったことで素早さが上がったんだろう」

 

コノハの隣でシロコイが喋りながら、向こうで戦っているハルト達の方を見た。

全員、ダメージは少ないが、増え続けていくキノコに苦い顔を浮かべながら戦い続けていた。

 

「・・・これ以上、時間は掛けていられない。HPは後少し・・・一気に決めるぞ!」

 

「「はい(っす)!」」

 

これ以上、ハルト達に負担を掛けさせるわけにはいかない。そう考えたシロコイは大声で二人に向かって叫び、二人も返事で応えた。

ケリをつけるべく、三人は走って巨大キノコに接近するが、巨大キノコは三人をまとめて倒そうと先程よりも速めに胞子を撒く体制に入った。

 

「マズいっす!このままじゃあ、攻撃する前に胞子を撒かれるっす!」

 

「問題ない。例え、胞子を撒いても・・・」

 

レイスが声を上げたが、シロコイは特に焦らず弓を構えると

 

「巻き終わるまでの間も無防備だろうっよ!」

 

胞子を撒き始めた巨大キノコに<ラージボア>で攻撃すると、巨大キノコは先程と同じように怯んだ。

 

「今だ!これで決めてみせる!」

 

巨大キノコが怯んでいる隙に、コノハは巨大キノコの下に走り出し、短剣で下から右斜め上に斬り上げた。

斬られた巨大キノコは即座に毒胞子を撒いたが、コノハは上に飛んで胞子から逃れた。

そして、巨大キノコの後ろに着地すると、隙だらけの背中を上から左斜め下に斬った。

コノハが短剣をしまうと同時に、Xの字に斬られた巨大キノコは地面に倒れ込むとポリゴン状に四散した。

同時に周りのキノコ達も全て消え、巨大キノコが倒されたことに気付いたサーニャが巨大キノコを倒したコノハを称賛した。

 

マラジェッツ(凄いですわ)、コノハ!素晴らしい戦いぶりでしたわね」

 

「あ、ありがとうございます。サーニャさん・・・」

 

「流石はコノハさんっす!ここぞという時に頼りになるっす!」

 

「あなたは迂闊でしたわよ!もっと、慎重に行動なさい!」

 

「は、はいっす・・・」

 

「アハハ・・・シロコイさんもマテルちゃんもお疲れ様」

 

「ああ、お疲れさん」

 

コハルからの労いの言葉にシロコイが返す中、マテルはというとサーニャの剣を見ていた。

 

「サーニャの赤い剣・・・《フィンスタニス》は斬った相手のHPを吸収して使い手を回復させる。そして、一定の時間内に攻撃し続ければ、攻撃力が上がる特性を持つ・・・合ってる?」

 

「・・・まさか、シロコイやハルトの他に、一発で《フィンスタニス》の特性を見破る者がいるなんて・・・マテル、あなたのおっしゃる通りですわ。《フィンスタニス》は敵の命を力に変える剣ですわ」

 

マテルの洞察力に内心では驚きつつ、サーニャは冷静に答えた。

 

「戦いの最中に回復できる剣かぁ・・・ポーションやスキルを持っていなくても、回復できるからボス攻略などの長期戦には打って付けだね」

 

「確かに・・・攻略組にとっては、大きなアドバンテージになるね」

 

《フィンスタニス》の性能を改めて称賛するハルトとコハル。

すると、二人の会話を聞いていたサーニャが警戒するかのように二人を睨む。

 

「まさか、あなた達もこの剣の譲渡を要求するんですの?」

 

「まさか。それはもうサーニャの剣だよ」

 

「その剣はただの武器じゃない。サーニャさんの相棒なんですよね?」

 

コハルの言葉に、サーニャはコクリと頷く。

 

「なら、譲れなんて言えませんよ。サーニャさんがこの剣を大切にしている思いが込められていますから」

 

「ええ、《フィンスタニス》は今や私の半身ですわ。それに、誰よりも使いこなしている自信がありますの」

 

自信あり気に言うサーニャ。その隣でシロコイが説明する。

 

「《フィンスタニス》は攻撃が少しでも途切れてしまうと、攻撃力が基準に戻ってしまうからな。絶え間ずに攻撃し続けることができる技術が必要なんだ。例え1%の奇跡が起きてサーニャが魔剣を渡したとしても、使いこなすには相当な技術と時間が必要になるだろうな」

 

「ええ、それを分かっていない愚か者たちには絶対に渡しませんわ。ましてや、私が魔剣を他人に渡すことなんて1%もありませんわ」

 

「愚か者たち・・・それは、今まであなたから剣を奪おうとした人たちなの?」

 

「マテルは子供なのに鋭いですわね・・・いえ、子供だからこそ遠慮がないのかしら」

 

どこか困ったようにマテルを見ながらもサーニャは言葉を続ける。

 

「売ってほしいという方達は大勢おりましたわ。中には、どうしても断るというのなら・・・と言って、私に剣を向けた方もいました」

 

「PKをけしかけられたんですか!?」

 

「軽い脅しのつもりだったのでしょうね。それなりの期間、パーティーを組んでいた方なので信頼していたのですけど・・・」

 

「ど、どうやって切り抜けたんですか・・・?」

 

コハルが恐る恐る聞くと、サーニャはニヤッと笑みを浮かべた。

それは、ザントの狂気を感じる笑みと違い、小さく、けれども、どこか冷たさを感じる。そんな笑みだった。

 

「笑って剣を突き付けてやりましたわ。『代償にあなたの命を貰いますけどよろしくて?』と・・・」

 

冷たい微笑みを浮かべるサーニャにハルト達は何も言えないでいる中、シロコイが真剣な表情で喋った。

 

「・・・サーニャ、分かっていると思うけど」

 

「ええ、この世界で他人に剣を向けることの意味くらい私も承知しておりますわ。冗談でそんなことをしたと思われるのでしたら、それこそ、私への侮辱でしてよ」

 

「・・・分かっているならいい」

 

「それより・・・ハルト。どういうおつもりですの?」

 

「どういうつもりって・・・何のこと?」

 

シロコイとの会話を終えたサーニャはハルトを睨んだ。

一方、睨み付けられたハルトは惚けるかのように返した。

 

「先程の戦いで私を庇うかのように動いていたでしょう?私をか弱いプレイヤーだと思っていらっしゃるの?」

 

「うーん、別にそんなつもりはなかったんだけどな・・・」

 

困ったように頭に手を当てながら喋るハルト。

すると、その隣でコハルがフォローするかのように声を上げる。

 

「あの!サーニャさん!ハルトはサーニャさんを邪魔するつもりも弱いと思っているつもりもないんです。ただ、ずっと私と一緒に戦っていたから、パートナーをフォローする動きが癖になっているだけなんです」

 

「それはお互い様だよ。コハルにだって、いつも助けてもらってるし」

 

「・・・私には《フィンスタニス》がありますの。無用な気遣いはかえって邪魔でしてよ」

 

「それでも、ハルトは目の前で人が傷つくことを放ってはおけないんです」

 

「それはコハルも同じなの。サーニャが魔剣を持っていなくても力になろうとするの」

 

「だね」

 

「ちょっと、二人共!?」

 

マテルとハルトに対して顔を赤めるコハル。

その様子を黙って見ているサーニャにシロコイが話しかける。

 

「諦めろサーニャ。こいつらのお人好しっぷりは、もはや病気レベルだ。お前が辞めろと言ったくらいでこいつらは止まらないぜ」

 

「お二人は超が付くほどのお人好しっすからね。まっ、だからこそ、俺はお二人の事は好きだし、トウガさんも友と読んで信頼しているんっす」

 

「だね。僕も二人の事は好きだし、トウガ君たちもそう。僕たちにとって二人は大切な仲間であって友達なんだ」

 

「・・・そう。サーシャみたいなお人好しが他にもいたんですのね」

 

シロコイに続き、レイスとコノハの言葉を聞いて、どこか呆れるように喋ったサーニャは後ろに振り向き

 

「さ、外に出ましょう。ここにいたら、キノコが体から生えてきそうですわ」

 

《瞑想の森》から出ようと来た道を歩き始めた。

その様子を見ていたハルト達もやれやれと笑みを浮かべながら戻るのであった。

 

 

 

 

《瞑想の森》を出たハルト達は森の入口に佇んでいた。

 

「後は薬師さんにドロップした素材を渡すだけだよね?」

 

「うん、早速渡しに行こう」

 

コノハとハルトが喋り、他の皆も薬師の所に行こうとしたが

 

「あなた方を見ていると昔の事を思い出しますわ」

 

ふと、サーニャが喋り出し、それから、彼女は自身の過去を明かした。

ロシア生まれのサーニャには、幼い頃、引っ込み思案だったサーニャに声を掛け手を差し伸べてくれた友達がいたと。しかし、ある日、その友達は引っ越してしまい、行方が分からなくなってしまった。サーニャはその友達の母親が日本人だというのを頼りに日本へ留学してきたのだと。日本語も友達と再会した時に驚かせたくて勉強したと。

サーニャの過去を黙って聞いていたハルト達だったが、ふと、ハルトがサーニャに問う。

 

「ねぇ、サーニャ。もしかして、そのお嬢様口調って・・・?」

 

「? 女性が使う丁寧な言葉のはずですわ。間違っておりまして?」

 

「そりゃあ、どっからどう見てもむぐ!?」

 

「いいえ!間違っていないと思いますよ!そうですよね、皆さん!?」

 

「あ、はい!その・・・とても優雅だと思います」

 

「心意気はいいと思うの」

 

レイスの口元を押さえながら必死に喋るコノハ。コハルとマテルも口を合わせた。

一方、当の本人が「そ、そうですの」と戸惑いながらも返す中、シロコイはサーニャに変な知識を教えた奴は誰だよ、と思いながら頭を抱えるのであった。

 

「その剣は手放さないほうがいいの。きっと、他の誰よりもあなたに相応しいの」

 

「私もそう思いますわ。ありがとう、マテル」

 

「礼はいいの」

 

マテルがサーニャに向かって喋り出し、マテルに感謝の気持ちを言うサーニャ。

すると、マテルはこの場から去ろうとした。

 

「それじゃ、この辺で」

 

「えっ!?もう行っちゃうの!?クエストもまだ途中なのに・・・」

 

「ダンジョンに行くのが目的でクエストが目的ではなかったの」

 

「そう、なんだ・・・」

 

残念そうな表情になるコハルにマテルは言葉を続ける。

 

「・・・また連絡するの」

 

「!? うん!また会おうね!」

 

「サーシャのホームにいつでもいらっしゃいましてね。ごきげんよう、マテル」

 

「ごきげんようなの」

 

サーニャみたくお嬢様口調で返しながらマテルは去っていった。

 

「不思議な子でしたわ。話すつもりのなかったことまで遂、口を滑らせてしまいましたわ」

 

「うん、僕も初めて会ったけど、不思議な子ではあるけど優しい子でもあると思うなぁ。子供たちにも優しくしてくれたし」

 

「・・・とってもいい子っすね。チビ達に人気だったのは、ちょっと悔しかったっすけど」

 

サーニャ、コノハ、レイスの三人がそれぞれマテルに対する印象を述べながらマテルが去った方を見続けていた。

そんな彼らに向かって、ハルトは両手をパンッと叩くと

 

「それじゃあ、薬師の所に行こう!」

 

仲間たちと共に薬師の所に向かうのであった。

 

「・・・・・・」

 

そんな中、シロコイはただ一人考え事をしていた。

本来、巨大キノコ討伐のクエストはあくまで儀式を行うために必要なクエストの一つだ。そして、《瞑想の森》は討伐クエストをクリアする為に攻略する必要があるダンジョンにすぎない。

しかし、彼女は攻略ではなく、ダンジョンそのものに用があると言っていた。

なら、彼女は何故ダンジョンだけに用があったのか。彼女にはレアなアイテムなどはドロップせず、巨大キノコ以外に特に珍しいエネミーもいなかった。しかも、討伐の報酬も受け取らずに去っていった。

彼女の目的は何だったのか。自分たちの知らない所であのダンジョンに彼女の目的を果たす何かがあっただろうか。

 

「彼女は一体何者なんだ・・・」

 

シロコイの小さな呟きはハルト達には聞こえず、風の音と共に消えていった。




・ギン、ミナ、ケイン
左から順にクソガキ、幼女、糸目。以上。

・サーシャ
SAOのプレイヤーの一人で、SAOに迷い込んだ子供たちを保護して、その世話をしたりしている非常にいい人。

・「小さい子供だと思われてここに連れてこられそうになった」
サーニャ、誘拐の前科あり。尚、被害者は19歳の模様。

・コノハの新装備
防具の上にキリトみたいなコートを羽織っている。コートの色は紺色。

・《フィンスタニス》
本文でもあった通り敵のHPを吸収して回復することができるチート武器。SAOIFでは実装されてない。というより、今の現状、特定のスキルレコードやスキルとかでポーションを使わずに回復できるから、そんなに重要な武器でないと思う

・「彼女は一体何者なんだ・・・」
ホントっ何者なんでしょうねぇ。運営は未だに教えてくれないし。


久しぶりに文字数10000を超えた。10000文字以上書くのにスゲー時間が掛かった。
次回で攻略パートは終わり、ボス戦に入ります。


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ep.21 復活の勇者

タイトルを見て、誰が登場するのか察した人は少なくないかもしれない。


薬師の所に戻ったハルト達は、巨大キノコからドロップした素材を渡した。

 

「これで儀式の準備は整いました。後は・・・」

 

「待ってくれ。まだあるのか?」

 

薬師の言葉に、シロコイが疑問の声を上げる。

 

「はい、これはとても複雑な儀式なのです。最初にこの地へやって来たあなた方には特に重要な準備をお任せしました。そして、後から来た旅人の方々には、多くの手が必要な下準備を任せております。それに関しては、おそらく、弟子によって手配されているでしょう」

 

「なるほどな。やはり、俺たちはお前たちの露払いだったようだな」

 

薬師が説明している最中、聞き覚えのある声が聞こえ、振り向くと、残りの「紅の狼」の面々がいた。

しかし、カズヤの装備は変わっていないが、トウガは青のラインが描かれている黒ズボンに白の半袖の上に胸部アーマーを、ソウゴは甲冑っぽい赤の鎧を着ており何処か武士を感じる装備と二人も装備を新しくしていた。

 

「トウガ君!来てたんだね!」

 

「トウガさん!それにソウゴさんとカズヤさんも!」

 

「お前たち、きちんと戦えたか?ハルト達に迷惑をかけなかったか?」

 

「大丈夫だよトウガ。二人には色々と助けられたよ」

 

「そうか、それは何よりだ。二人共、よくやったな」

 

トウガからの労いの言葉に、コノハとレイスは照れくさそうに微笑んだ。

そんな二人に笑みを浮かべながら、トウガはシロコイとサーニャの方を向く。

 

「お前たちのことはコノハとレイスから聞いている。俺はトウガ。紅の狼のリーダーだ」

 

「シロコイだ。よろしく」

 

「サーニャですわ。あなたの事は二人からお聞きしておりますわ。二人にはサーシャの手伝いをさせておいて、自分は最前線を攻略。ギルドリーダーとしてどうかと思いましてよ?」

 

「・・・生意気だな。つい最近、最前線に来た分際で・・・」

 

初対面にも関わらずトウガをダメ出しするサーニャに、ソウゴが反応するも、トウガがそれを制した。

 

「そう思われても仕方ないさ。二人が一層で頑張っている間、俺たちは最前線を攻略してたんだ。二人をのけ者にしたと思われて当然だ」

 

「サーニャさん。あまりトウガ君を責めないでください。トウガ君はいつも僕たちがサーシャさんの手伝いをしたいって言ったら、許可してくれるだけじゃなく、サーシャさんの手伝いをして攻略やレベル上げが遅れた分、僕たちが他のみんなに追いつける様に色々と計画を立てたりしてくれているんだ」

 

「・・・そこまで言うのなら、ここは引きますわ。改めて、私はサーニャ。以後お見知りおきくださいませ」

 

コノハのフォローもあり、ひとまずは納得したサーニャは改めて自己紹介をした。

 

「今度は俺たちだな。俺はトウガ。後ろにいる二人が・・・」

 

「・・・ソウゴだ」

 

「俺はカズヤだ!よろしくな!」

 

「お前たちと一緒に行動したコノハとレイスを含めて、俺たち五人はギルド、紅の狼のメンバーだ」

 

トウガ達「紅の狼」の面々も自己紹介を済ませた。

一通り自己紹介を終えたところで、シロコイが口を開く。

 

「ところで、さっき言った露払いって・・・」

 

「ああ、そうだ。忘れてた。薬師、あんたの弟子から言われてきた素材を持ってきたぞ」

 

シロコイの問いに答えながら、トウガは薬師に素材を渡した。

 

「ありがとうございます。これで儀式を行えます」

 

「そうか・・・どうやら、俺たちで最後だったみたいだな」

 

「? どういうことだ?」

 

「一番最初に十四層に来たお前たちは巨大キノコ討伐のクエストをしただろ。だが、後から来たプレイヤー達は集める素材はそれぞれ違ったが、共通して薬師の弟子から儀式に必要な素材集めのクエストを受注してたんだ。そして、巨大キノコを最初に来たプレイヤーが討伐して、素材集めクエストを後から来たプレイヤー達が一定の数こなすことで、初めてこの儀式のクエストは進むんだ。俺たちはその素材集めクエストのクリアに必要な数の最後の組だったっということだ」

 

トウガの説明に納得するハルト達。

ハルト達がサーシャの所に行っている間、彼らは三人で情報収集しながら素材集めをしていたのだろう。コノハとレイスのことに関しても、巨大キノコ自身、相当手強いボスだと予想して、二人をこちら側に置いたのだろう。

そして、巨大キノコを討伐し、儀式に必要な素材を全て集めきったことで、儀式を行う準備ができたと。

そんなことを思っていると薬師が口を開いた。

トウガの予想通り、既に儀式の準備が完了している。儀式は集めた素材を融合して作った香で森の王の力を治めるとのこと。その最中に香の匂いに反応して魔物たちが暴れ出してしまう。

そこで、儀式が終わるまでの間、ハルト達には暴れている魔物基エネミーを止めてほしいとのこと。

弟子が《憂愁の渓流》に魔物を誘導しているはずだから、そこに行ってほしいと。

やることが決まったところで、トウガが口を開いた。

 

「決まりだな。早速、《憂愁の渓流》で待っている弟子の所に行くぞ」

 

「あなた方も付いてくるおつもりですの?」

 

「当然だろ。俺たちは攻略組だ。最前線を攻略しないで何を攻略するんだ?それに、お前たちにはコノハとレイスが世話になったしな。行くぞ、ハルト、コハル、サーニャ、シロコイ」

 

「あなたも呼び捨てですわね・・・全く、最近の殿方はデリカシーというものがないのかしら・・・」

 

サーニャが呆れながら呟く中、シロコイは顔をしかめながらトウガに問いかける。

 

「・・・一応聞いておくけどお前、俺を何歳だと思っている?」

 

「? 12か13ぐらいじゃないのか?」

 

「俺・・・19だぞ」

 

「え?」

 

 

 

 

《憂愁の渓流》をしばらく進んでいると、地響きが聞こえてきた。

 

「・・・お出ましのようだな」

 

トウガがそう吐くと同時に、前方から大量のエネミーの群れと薬師の弟子がこちらに向かってきた。

 

「おーい!後は頼むぞー!」

 

「あれを全部倒すのかよ!?」

 

エネミーの数の多さに声を上げるカズヤ。

 

「あれくらいなら行けますわよね?」

 

「ふん、当然だ。お前の方こそ、大口を叩いたからには足引っ張るなよ」

 

「待って!何か大きな音が聞こえてこない・・・?」

 

やる気満々のサーニャとトウガだが、そんな二人にコハルが疑問の声を上げる。

すると、エネミーの群れの後ろに続いて巨大な亀のエネミーが近づいてきた。

 

「どうやら一筋縄ではいかなそうだな」

 

「上等!」

 

トウガの声にソウゴが応えながら、「紅の狼」の面々は巨大亀の方に向かった。

 

「張り切っているな、あいつら。俺たちは周りのエネミーをなんとかするぞ!」

 

シロコイの言葉に頷きながら、ハルト達は大量のエネミーを倒していく。

周りのエネミーはそれほど強くなく、先程と同様、特に苦戦することなく倒していった。

そんな中、サーニャの後ろから一体の虫型エネミーがサーニャ目掛けて突進してきた。

気配を感じたサーニャはエネミーには反応したものの、ここまで近づかれては防御も回避も間に合わない。

 

「させるかっ!」

 

だが、虫型エネミーはサーニャへの突進を成功させる前に横からやって来たハルトによって体を斬られポリゴン状に四散した。

 

「大丈夫、サーニャ?」

 

「心配ご無用ですわ・・・とは言え、助けてくださり感謝いたしますわ」

 

強気に返したものの、少し間を開けて礼を言うサーニャ。

サーニャの無事を確認したハルトはすぐさま、次のエネミーに目標を定め、周りのフォローをしながら次々と倒していった。

 

「・・・・・・」

 

だが、ハルトは気付かなかった。戦っている最中、コハルがずっと不安気な表情で自分を見ていたことに。

一方、巨大亀を相手にしている「紅の狼」の面々は

 

「オラッ!」

 

巨大亀の突進を盾で防ぐカズヤ。

巨大亀が膠着状態になっている隙にトウガ、コノハ、レイスの短剣使い三人が素早い動きで巨大亀に迫り攻撃したが

 

「くっ!」

 

「流石に硬いか」

 

甲羅で防がれ攻撃が全く通らない状況に苦い顔をするコノハとトウガ。

その隙に膠着状態から回復した巨大亀はその巨体を揺らし辺りに毒の胞子を噴出した。

 

「うわっと!?こいつも毒か!」

 

慌てて回避に成功し、巨大亀から距離を取るカズヤ。

 

「ちっ、甲羅で防がれるせいでダメージがほとんど入られねぇな」

 

「なんとか、甲羅に覆われていない部分を攻撃できればいいんだが・・・」

 

毒を吸わないよう巨大亀から距離を取り、策を考えていたトウガとソウゴだったが

 

「ソウゴ、お前に頼みたいことがある」

 

「・・・なんだ?」

 

突然、トウガに頼み事をされ、トウガの方を向くソウゴ。

トウガはソウゴに近づき耳打ちする。やがて、二人は笑みを浮かべ

 

「できるか?」

 

「当然だ」

 

何やら巨大亀を倒す算段がついたトウガとソウゴ。

その間、巨大亀は先程の突進をもう一度トウガ達にしてきたが

 

「させるかよ!」

 

カズヤが再び防ぐ。

 

「押さえてろ!カズヤ!」

 

巨大亀の突進をカズヤが防ぎ、動きが止まる巨大亀。

そこにソウゴが駆けつけ、槍を巨大亀の首の下に置くようにかざすと

 

「うぉーーー!!」

 

思いっきり槍を上に上げた。

槍に首が置かれていた巨大亀は、力強く振り上げられた槍の力により、その巨体ごと空中に上げられ、裏側にひっくり返った。

甲羅が地面に着いてしまい、元に戻ろうと必死に手足を動かす巨大亀。

その隙をトウガ達は見逃すはずもなく

 

「ヤァ!」

 

「隙だらけっす!」

 

コノハとレイスの攻撃が巨大亀のHPを減らす。

そこに、上に跳んだトウガが短剣を構え

 

「そこなら防御はできないだろ?」

 

そう言いながら、トウガは丸出しになっている巨大亀の腹を十字に切り裂いた。

巨大亀がポリゴン状に四散する中、トウガは短剣をしまうと仲間たちの所に戻る。

 

「これで全部みたいだな」

 

「皆さん、ご無事ですわね?よろしゅうございました」

 

サーニャが周りに労い言葉を掛ける。

そこに、弟子が近づいてきた。

 

「いやー、流石は旅人だ。俺の見込んだ通り、いい腕だったな!」

 

「あのー、儀式は無事に終わったんですか?」

 

「ああ!薬師様がお礼を用意しているはずだから会いに行ってやってくれ」

 

コハルの問いに答えると、弟子は去っていった。

ハルト達もまた、薬師の所に戻るのであった。

 

 

 

 

薬師の所に戻ったハルト達は、薬師から儀式の意味と十四層のボスについて聞いた。

森の王こと第十四層フロアボスは強力な力を持っており、その力を治める為に儀式が必要だったと。

儀式によって弱体化したと思われるボスは、巨大な剣を持っており、その刃に触れた者を動けなくしてしまうと。

そのことを伝えると、薬師はハルト達に報酬を渡して去っていった。

 

「触れた者を動けなくするか・・・おそらくスタン攻撃だろうな」

 

「これはいい情報が手に入ったな。よし、この情報を下にフロアボスに挑もう」

 

「あら?あなた方もフロアボス攻略に参加するおつもりですの?やる気があるのはいいですけど、あまり浮かれていると死にますわよ?」

 

「よく言うぜ。先の戦いで雑魚相手に手一杯だった奴が」

 

フロアボスに挑む気のトウガに釘を刺すサーニャだったが、逆にソウゴから釘を刺されソウゴを睨んだ。

ソウゴも敵意を出してサーニャを睨んだが、またもやトウガが制した。

 

「参加するつもりも何も、俺たちはフロアボスの常連だぞ。それに、十三層の事もあったんだ。前回参加できなかった分、今回の攻略で補ってみせるさ」

 

「・・・まあ、ついていきたければ、ご自由にどうぞですわ」

 

「てめぇはもっと素直に他人にものを頼めねぇのかよ」

 

相変わらずツンとした態度で喋るサーニャにソウゴが悪態ついた。

その横で、ハルトとコハルが苦笑いしながら話していたが

 

「相変わらずだね、サーニャは。コハルも当然参加するよね?」

 

「もちろん、私もついていくよ。だって、私はあなたのパートナーだから・・・だけど・・・」

 

「ん?どうしたの?」

 

喋っている途中で言い淀んだコハルに、ハルトは疑問の声を出したが

 

「何でもないよ!行こう!」

 

そう言いながら、コハルは走っていった。

 

「・・・あいつ、なんか様子が変だったけど、何かあったのか、ハルト?」

 

「いや、特には・・・喧嘩とかもしてないし・・・」

 

いつもと様子が違うコハルに、トウガとハルトが疑問に思っていると

 

「あまり詮索なさらない方がよろしいですわよ。乙女には誰にも明かせない秘密の一つや二つありますもの」

 

二人に向かって忠告しながら、サーニャもコハルの後に続いた。

 

「サーニャの奴もああ言っているし、ひとまずは辞めておこう。でも、ハルト。いつかは、きちんと話を聞いた方がいいと思うぞ。何かあった時に後悔してからじゃ遅いからな」

 

「・・・分かっている」

 

トウガとハルトも、ひとまずは保留という形で決めると、攻略会議の場に向かうのであった。

 

 

 

 

会議の場には既にALSとDKBの主力が集まっていた。

皆、前回の事もあったからか、いつも以上に緊張感が高まっていた。

 

「キリトさん達と血盟騎士団の人たちは、まだ来てないね」

 

「これが攻略組ですのね・・・参加資格が得られるよう、腕を磨いてきましたが、少し不安ですわ」

 

少し不安そうな表情になるサーニャ。

 

「全く、あれだけ俺に嚙みついたのに、今更自身を無くしてどうする。少なくともお前はあいつら(ALSとDKB)より強い。それは、フロアボス攻略の常連である俺が保証する」

 

「あら、あなたに保証されていただく必要はなくてよ。私は私の力で攻略組に実力を認めさせてみせますわ」

 

「そうか。まっ、参加できるよう頑張ることだな」

 

「言われなくともですわ・・・あなたも不思議な人ですわね。大抵の人なら、とっくに私の態度に腹を立てて構わなくなっている頃合いですわよ」

 

トウガのフォローに対して冷たく返しても、未だに凛とした態度で話すトウガに、サーニャは何処か呆れるように微笑みながら、トウガの後に続いた。

その様子をシロコイ達はやれやれといった感じで見守っていた。

 

「サーニャも素直じゃないな。それにしても彼、サーニャの物言いに全然動じないな」

 

「基本的にあいつはちょっとのことじゃ、それこそ、自分の悪口とか言われてもキレたりしねぇよ」

 

「なるほどな。サーニャもなんだかんだ言って、彼のことを信頼しているしな」

 

「・・・まあ、実力はともかく、あいつの態度に関しては、俺はあまり好きになれねぇな」

 

「そうか?ツンツン少女も悪くないと俺は思うぜ!」

 

「それはお前だけだ。バレンタインでチョコを貰った数、未だに0野郎」

 

「ボス戦前に傷を抉ってんじゃねぇよ!」

 

ソウゴのあんまりな物言いにキレるカズヤ。

そんなやり取りをしながら、ハルト達はボス攻略会議に参加するのであった。

 

 

 

 

「なるほど、スタンか・・・状態異常の中でも極めつけに厄介だな。ポーションでは回復できないし、攻撃の前兆を見切って回避するのがベストだな」

 

ハルト達が持ってきたボスの情報を聞いて、最善の策を立てるリンド。

すると、その隣でキバオウがサーニャの方を向き

 

「ジブン、サーニャとか言うたな」

 

「ええ、それが何か?」

 

キバオウの問いにサーニャが答えると、キバオウは目線をサーニャの持っている《フィンスタニス》に向けた。

 

「ジブンの持っとる赤い剣、噂の魔剣ちゃうか?」

 

「!? 敵のHPを吸収することができるユニーク武器か!?」

 

キバオウの言葉にリンドが過激に反応する。

噂の魔剣に周りがざわめく中、キバオウが声を上げた。

 

言い値(言った値)の分だけコルを積むからワシらに譲ってくれ!・・・ちゅうたら?」

 

「お断りいたしますわ。お金で売り渡す気などありませんの」

 

きっぱりと断るサーニャ。キバオウも分かっていたと言わんばかりに頷くと、今度はリンドが話しかける。

 

「君の気持ちは分かるよ。だが、その武器は現時点でアインクラッドにただ一本存在する貴重なユニーク武器なんだ。どこで手に入れたのか。それだけでも教えてくれないか?・・・この場を収める為にも・・・頼む」

 

頭を下げて頼むリンド。周りからサーニャに嫉妬の目線が向けられている。

そんな視線を気にともせず、サーニャはリンドの問いに答える。

 

「いいでしょう。お教えいたしますわ。この剣はシュルーマンを倒した時にドロップいたしましたの」

 

「!?・・・つまり、モンスターから盗まれたものだったのか?」

 

「そのようですわね。きっと、元はどなたかの持ち物だったのでしょうね。もし、持ち主が現れたのら、すぐにでも返すつもりでしたのけど・・・」

 

サーニャの言葉に驚くリンド。

サーニャの話が本当なら、彼女はどこにでもいるような雑魚エネミーのシュルーマンから、それも、ユニーク武器というレア武器よりも更にレアな武器をドロップしたことになる。

貴重なユニーク武器の手に入れ方が、そんな一生分の幸運を全て使ったような話であったことを、リンドは予想していなかった。

最も、彼女が今日まで魔剣を持ち続けているのは、持ち主がまだ見つかっていないか、あるいは・・・

ひとまず、サーニャの説明を聞いて納得したリンド。しかし、周りはあまり納得しておらず、未だにサーニャを睨んでいた。そんな中

 

「なんだよそれ・・・汚ねぇぞ!ネコババじゃねぇか!」

 

一人の男がサーニャに向かって叫び出し、全員が声がした方を見ると、そこにいたのは、これまでに幾度も攻略組の揉め事の発端になったであろう黒のレザーマスクの男だった。

その男に伝染されたかのように、今度はサーニャに嫉妬の目線を向けていたDKBの男が叫び出す。

 

「死んだ人から奪い取った武器を使って、強くなって・・・それで、いい気になってたのかよ!?」

 

「み、見殺しにしたんだ!元の持ち主にMPKを仕掛けて・・・それで奪い取ったんだ!」

 

男の言葉に乗せるように、レザーマスクの男が更にサーニャに向かって叫ぶ。

すると、今まで無表情で流していたサーニャの表情が怒りに染まった。

 

「・・・今、発言をしたのはどなたですの?私を人殺しだとおっしゃいましたわね。あまりに愚劣な濡れ衣ですわ」

 

言葉の一つ一つに怒りを含ませゆっくりと問いかけるサーニャ。

しかし、それに答える者は当然いない。その代わりに

 

「お前、何が目的だ?」

 

「何・・・!?」

 

この空気を作った黒のレーザーマスク男に、トウガが真剣な表情で問いかけた。

しかし、その表情には若干の怒りが含まれていて、下手に刺激すると、七層の時みたくキレかねない状態であった。

極力冷静さを保ちながらトウガは、疑問の声を出した男に更に問いかける。

 

「これまで、攻略組の間には幾度もなく揉め事が起きていた。だが、その発端になっていたのはいつもお前の発言だった。それも、一層の時からずっとだ。まるで、俺たちが仲違いするのを望むかのようにだ。答えろ。攻略組を仲違いさせようとて、一人のプレイヤーを大勢で責めさせようとして、挙句の果てには人殺しをさせようとして・・・お前は何を企んでいる?」

 

「うっ・・・!」

 

男はトウガの怒気に圧倒されそうになったが

 

「う、うるさい!何が企んでいるだ!下手な言い訳をして結局はそいつを庇っているだけじゃねぇか!所詮、ビーターとつるむ奴らは全員グルってことかよ!」

 

『!?』

 

男の言葉にトウガ及びキリトと親しみのあるハルト達全員の目が見開く。

 

「いい加減にせい!!さっきから証拠もない中傷を次から次へと、見苦しいぞ!!」

 

男の過激な発言に黙って聞いていたキバオウがキレた。

しかし、男は黙ることはなく、今度はキバオウに目線を向くと

 

「キバオウさん!あんたもだ!ビーターの連中と馴れ合って、腑抜けちまって・・・それで、みんなが死んだんだ!」

 

憎しみの籠った声でキバオウを批判した。

更に傍で聞いていたプレイヤー達も

 

「あーあ、リーダーがしっかりしてなかったから、ボス戦で犠牲者が出たんだ・・・」

 

「MPKの奴に毅然とした態度も取れないなんて幻滅だよ」

 

ALS、DKB関係なく、その場にいたほとんどのプレイヤーが自分たちのリーダーに文句、或いは罵倒した。

 

「ハルト・・・オレンジカーソルになったらごめんね・・・私、こんなの許せない!」

 

「ダメだコハル・・・!気持ちは分かるけど、それだけは辞めてくれ・・・!」

 

腰に装備してある短剣を引き抜こうとし、今にでも攻略組に飛び出しかねないコハルと、それを宥めながら自身の怒りも必死に抑えるハルト。更にその横では

 

「・・・すまない、ソウゴ、カズヤ。俺は今、あのゴミ虫共を切り刻んでやりたい!」

 

「奇遇だな・・・俺も今すぐにでも、あいつらの喉に槍をぶっ刺して、黙らせてやりてぇと思っている」

 

「気持ちは分かるが、落ち着け二人共・・・!」

 

こちらでもまた、怒りを抑えながらも、すぐにでも攻略組に襲い掛からんとしている表情のトウガとソウゴに、そんな二人の肩を両手で抑えながら自身の怒りも必死に抑えているカズヤがいた。

そんな必死に怒りを抑えているハルト達をよそに、コノハとレイスが必死にサーニャの無実を訴える。

 

「いい加減にしてください!僕たちはサーニャさんと何回かパーティーを組んで戦った事があるから分かります。彼女はそんなことをする人じゃない!!」

 

「そうっすよ!大体、サーニャさんがMPKの犯人だったら、シュルーマンから手に入れたって馬鹿正直に言うわけないじゃないすか!なんの根拠もないのに決めつけるな!!」

 

大声で叫び、必死に無実を訴える二人だが、プレイヤー達は二人の声を聞く気もない。

ハルト達の怒りが限界を達し、リンドがひとまず、落ち着かせようと、大声で叫ぼうとしたその時

 

「カァーツ!!!」

 

男の野太い叫び声がフィールド中に響き渡った。

 

「攻略組であろう者達が、女子(おなご)を複数で囲って責め立てるとは何事か!?」

 

突然の男の叫び声に誰もが振り向くと、そこにいたのは

 

『レジェンド・ブレイブス!?』

 

かつて、二層で強化詐欺のことがバレ、一からやり直していたはずの彼らがいた。

ネズハを含む六人の勇者たちは、会議の場に堂々と歩み寄る。

予想だにしてない人物達の登場に周りが困惑する中、黒のレザーマスク男が叫んだ。

 

「なんでお前らがこんな所にいるんだよ!?お前らには関係ないだろうが!引っ込んでろ!この犯罪者集団が!」

 

「貴卿の言う通りだ。一度は大勢の者たちを不幸にし、地に落ちた我らだ。どんな風に言われようと仕方のないことだと思っている」

 

男の言葉をすんなりと受け止めた「レジェンド・ブレイブス」のリーダー、オルランドは大声で周りに向かって叫び出す。

 

「だが、どれほどの咎めを受けようと、罪を受け入れ、この世界で生きし一人の勇者として戦い続けることを我らは再び誓った!だからこそ、こうして最前線へと戻ってきたのだ!そして、そこの姫君もまた、この世界から脱出するべく、死をも覚悟してボスに挑もうとしている。それを武器が他より優れているからとの理由で責め立てるなど言語道断!!」

 

オルランドの豪快な剣幕に圧倒される攻略組の面々。

更に、今までのやり取りを黙って聞いていたシロコイが声を上げる。

 

「彼の言う通りだ!俺たちの敵はサーニャではない!ボスだ!そして、このデスゲームを作り、大勢の人たちを不幸にした人物、茅場晶彦だ!」

 

「そん通りや!サーニャはんは戦う意思を持って、ここに来とる。それでいいやろうが!妙な勘繰りは捨てて、武器に頼らなくともボスに勝てるっちゅうことを見せたれや!」

 

「ああ、俺たちの最大の武器は今まで積み上げてきた時間、そして、団結力だ。みんなで力を合わせてこの場を乗り切るんだ!」

 

シロコイに続いてキバオウとリンドも周りに向かって叫ぶ。辺りは大分落ち着いてきたが、それでも、一部のプレイヤーは不安な表情になっていた。

しかし、先程までのギスギスとした雰囲気は無くなり、攻略会議はスムーズに進むのであった。

 

 

 

 

トラブルがあったものの、一通り攻略会議を終わらせることができた。

 

「ありがとう、皆さん。庇ってくださって・・・」

 

「気にするな。俺たちは思ったことを言っただけだ・・・最も、一番の決め手は彼の啖呵だったけどな」

 

礼を言うサーニャに対し、シロコイは微笑みながら「レジェンド・ブレイブス」の方を見た。

向こうでは、ネズハとハルト、途中で合流したキリトとアスナが楽しそうに話していた。

 

「お久しぶりです、皆さん。こうして、また一緒に戦えて嬉しいです」

 

「僕もだよ、ネズハ。もう一度君たちと一緒に戦える日をずっと待っていた」

 

「そうだな。それにしても、いい啖呵だったぜ、オルランド」

 

「ワハハハ!我ながら、見事だっただろう?」

 

豪快に高笑いするオルランドに苦笑するハルト達。

 

「それにしても、今回は血盟騎士団の人たちは来てないの?」

 

そう言いながら、アスナが周りを見渡すが、その横でキリトが答えた。

 

「そうみたいだな。攻略組も血盟騎士団が来ることを期待してたみたいだったけど・・・」

 

キリトの言葉を聞きながら、ハルトは少し前までの攻略会議の様子を思い出していた。

スムーズに進んでいた攻略会議だったが、「血盟騎士団」が来ないと分かった時の攻略組の様子は酷いものだった。会議に参加していたほとんどのプレイヤーの顔が絶望に染まり、戦う前から諦めている感じの雰囲気だったのが、今でも目に焼き付いてくる。

少し場の雰囲気が暗くなったが、オルランドが声を上げる。

 

「心配ご無用!ここには騎士団はいなくとも伝説の勇者がいる。生まれ変わった我らの力、存分にお見せしよう!」

 

「ふっ、頼りにしているぞ。ボス部屋までも油断せずに行こうぜ」

 

キリトが周りに向かってそう言う。

この場にいる全員の気持ちは一つだった。誰も死なない、死なせない。

そう決心しながら、ハルト達は迷宮区へと向かった。




・トウガの新装備
下は《ザ・ストームグリフォン》のアバター衣装ですが、上は十二層で手に入る防具です。

・ソウゴの新装備
上下、士魂アバターの赤色バージョンです。

・「俺・・・19だぞ」
安定のシロコイ

・復活の「レジェンド・ブレイブス(伝説の勇者達)
ということで、「血盟騎士団」の代わりに彼らが来てくれました。

・「血盟騎士団」
本文中にさり気なく登場していますが、大体、十二層辺りから攻略組入りしてます。(今回は不参加ですが)


バンドリの方も書いてたから、めっちゃ遅くなった。
それと、予め言っておきますが、本編では少しいい感じでしたが、トウガのヒロインはサーニャではありません。
次回は第十四層、ボス攻略となります。


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ep.22 第十四層ボス攻略

みんなのトラウマ、チーフテンの登場だ。


第十四層迷宮区ボス部屋前

いつも通り、ここにはボスに挑むべく、大勢のプレイヤー達が佇んでいた。

しかし、ボスに挑むにしては、その表情はいつもより険しく、どこかピリピリしていた。

その理由はというと

 

「やはり、血盟騎士団が抜けた穴はでかいか・・・」

 

辺りを見渡しながらハルトは呟いた。

十二層の時、ギルド初のボス戦でありながらも、一人一人が高い戦闘能力を持って攻略に貢献し、十三層の時には、死人が出てパニックになっていた攻略組を「血盟騎士団」団長のヒースクリフが、高度な指揮能力とカリスマ性で立て直した。

そんな二層だけで大きな功績を残した「血盟騎士団」は攻略組の期待の星と化していた。

だからこそ、今回も「血盟騎士団」がいれば大丈夫だと思っていた攻略組にとって、「血盟騎士団」がいないという事実は攻略組の今後を左右する大きなプレッシャーとなっていた。

 

「ええ。一見、立派な演説に見えるけど、みんな何処かピリピリしてるわね」

 

「みんな、ヒースクリフさんが来てくれることを期待してたみたいだったから・・・」

 

アスナとコハルが、向こうで攻略組の士気を上げるべく演説をしているキバオウとリンドを見る。

場は見た感じ士気が高まっているように見えるが、士気の他に緊張感も高まっており、どこか不穏な空気を感じる状態だった。

その光景を、三人は不安な表情で見守る中、横からキリトが口を開いた。

 

「・・・それを見越しての不参加かもしれないな」

 

「どういうこと?」

 

キリトの言葉にアスナが疑問の声を上げる。

 

「末端は揺れているとはいえ、今のところ、攻略組のトップはALSとDKBの二大ギルドだろ。その事実を崩さない為に、ヒースクリフは今回のボス攻略に血盟騎士団を参加させなかったんじゃないか?」

 

「どうかしら・・・あの人って、普段から何考えているのか全然分からないのよね・・・」

 

キリトの意見を聞いても、あまり納得してないように喋るアスナ。

すると、トウガが四人に話しかけてきた。

 

「お前たち、今はボスに集中しろ。その男が、どのような思惑でSAOを攻略しているのかは知らないが、俺たちがやることは変わらない。誰一人、犠牲者を出すことなくボスを倒す。そうだろ?」

 

そう言うと同時に、ボス部屋の扉が開き、リンドの「突撃!」の声と共に一斉に部屋に入る攻略組の面々。

それを見たハルト達も、慌てながらボス部屋に入った。

部屋は、周りは緑で生い茂っているが、その所々には、遺跡のような石造りの建造物が置かれていた。

攻略組全員が入り終わると同時に、その部屋の中心に一体のエネミーが出現した。

見た目、馬みたいな形をしているが、上半身は人間の体。しかし、その頭には鹿の角のようなものが生えており、右手に巨大な剣を持っていた。

そんなケンタウロス擬きの上に、いつも通り名前が表示される。

《フォルス・ザ・セントールチーフテン》。それが、このケンタウロス擬きの名前だ。

 

「思ったよりでかいな・・・」

 

見上げながらシロコイが呟く。

それを聞いたサーニャは笑みを浮かべると

 

「大きい?結構でしてよ。魔剣の攻撃がよく当たりそうですわ」

 

そう言いながら、《フィンスタニス》を構える。

その横で、トウガも笑みを浮かべながら短剣を取り出し、クルクル回転させてから構える。

 

「大きい分、隙はたくさんありそうだな。一片たりとも見逃さん」

 

正史世界(SAOIF)だとリーファの立ち位置にいる少年(トウガ)は目の前の敵を好戦的に見据えた。

その後ろでコハルが

 

「みんな。スタン攻撃には気を付けてね」

 

周りに警戒するよう告げた。

各々が一歩も動かず、警戒していると、最初に動いたのは《フォルス・ザ・セントールチーフテン》の方だった。

攻略組の存在に気付いた《フォルス・ザ・セントールチーフテン》は持っている巨大な剣を思いっきり振り上げ、攻略組目掛けて振り下ろした。

 

「散開!!」

 

まともに食らえばスタンし兼ねない攻撃に、リンドは咄嗟の判断で全員に避けるよう指示を出したが

 

「征くぞ!レジェンド・ブレイブス!!」

 

「「「「うおおおーーー!!!」」」」

 

オルランドの大声と共にネズハ以外の「レジェンド・ブレイブス」の面々が前に出て、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》の一撃を正面から受け止めた。

 

「うっそぉー・・・」

 

「ハハハ!やるじゃないか!」

 

キリトが目を見開きながら驚き、シロコイが笑いながら称賛した。

正面から受け止めたことによって、互いに膠着状態になる「レジェンド・ブレイブス」の面々と《フォルス・ザ・セントールチーフテン》。その隙をトウガは見逃しはぜず

 

「ハァーーー!」

 

《フォルス・ザ・セントール・チーフテン》目掛けて跳びながら攻撃した。

 

「あなたばかりにいい恰好はさせませんわ!」

 

それに続くように、サーニャが《フォルス・ザ・セントールチーフテン》に近づいていく。

サーニャに気付いた《フォルス・ザ・セントールチーフテン》はサーニャ目掛けて剣を振り下ろすが、サーニャは<レイジ・スパイク>で素早く前方に移動するとともに回避し、同時に《フォルス・ザ・セントールチーフテン》目掛けて《フィンスタニス》を突き刺してダメージを与えた。

それを筆頭に他の面々も続々と動き出し、スタンに気を付けながら攻撃していく。

 

「よし、俺たちも行くぞ、ネズハ!」

 

「は、はい!」

 

シロコイの言葉に返事しながらネズハが取り出したのは

 

「弓!?」

 

チャクラムではなく、弓であった。

弓を取り出したネズハに驚いたハルト達だが、すぐにキリトが納得したかのように声を上げた。

 

「そうか!遠近感が掴めなくても、弓なら遠近感なんて関係ないし、威力も申し分ない」

 

チャクラムは元々、第二層でボスエネミーからドロップしたアイテムだ。弓や投剣と違って、弾数がないメリットがあるものの、今はもう第十四層。

とてもではないが、二層で手に入れた武器では通じないだろう。

だからこそ、ネズハは弓を使っている。矢の制限はあるものの、威力は投剣やチャクラムよりも倍近く高い武器を。

ネズハはゆっくりと弓を構えながら集中し、矢を放った。

放たれた矢は真っ直ぐに飛び、見事《フォルス・ザ・セントールチーフテン》の体に命中した。

 

「や、やった!」

 

「ナイスショット!この調子で行くぞ!」

 

喜ぶネズハを褒めるシロコイ。

攻略は極めて順調だった。

《フォルス・ザ・セントールチーフテン》の攻撃によってスタンしてしまったプレイヤーがいても、他のプレイヤーがカバーして、動けるようになるまで支えていた。

また、攻撃の大半を「レジェンド・ブレイブス」の面々が受け止めてくれて、最初は彼らに嫌悪を抱いていた攻略組の面々も、徐々に彼らを信頼していき、攻撃に専念するようになった。

 

「よし、このまま行けば・・・」

 

《フォルス・ザ・セントールチーフテン》のHPが半分を切り、犠牲者を出さずに倒せると安心しきっていたリンドだったが

 

「ブォーーー!!!」

 

突如、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》は部屋全体を震わせる雄叫びを上げた。

それと同時にフィールドの脇に四つの結晶が出現した。

 

「な、何が起きたの・・・?」

 

「分からない・・・でも、警戒した方がいい」

 

突然の咆哮に警戒するコハルとハルト。

他の面々も《フォルス・ザ・セントールチーフテン》の奇妙な行動に警戒している中、サーニャが《フォルス・ザ・セントールチーフテン》に接近し、一太刀与えたが

 

「!? 効いてない!?」

 

HPが減らず、平然とした様子で立っている《フォルス・ザ・セントールチーフテン》に驚愕の表情を向けるサーニャ。

その隙を狙って《フォルス・ザ・セントールチーフテン》がサーニャ目掛けて剣を振り下ろしたが、すぐに立て直し、冷静に回避するサーニャ。

体勢を立て直し、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》を正面から見据え

 

「なっ!?」

 

目を見開いた。いや、サーニャだけでなく、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》を見たプレイヤー達が一人、また一人と。

誰もが驚愕の表情でその場所を見る。

普段なら毒や火傷などのデバフが表示されるであろうHPバーの横。そこに描いてあったのは

 

「これは!?防御力アップのバフだと!?」

 

リンドが信じられないと言わんばかりに叫ぶ。

それはこの場にいる全員も同じ気持ちだった。何せ、今までのフロアボス戦でボスに防御力アップのバフ、しかも、攻撃が全く効かないほどのバフが付与されることなんて無かったからだ。

ここへ来て新しいギミックに戸惑いながらも、攻略組は懸命に攻撃し続ける。

しかし、懸命に攻撃し続けるが、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》にダメージを与えることができず、体力だけが消耗されていく。

 

「マズいぞ!このままだと回復が間に合わない!」

 

キリトが焦りながら喋る。

このまま長期戦になってしまうと、回復が間に合わなくなり、死人を出すどころか、全滅し兼ねない。

打開策を考えていた攻略組だったが、ふと、シロコイが先程出現した結晶に目を向けた。

 

「あの結晶・・・まさか!」

 

何かに気付いたシロコイは、すぐさま弓を構え、結晶に向かって矢を放ち、矢は結晶に当たった。

すると、結晶の上に表示されていたHPバーが僅かだが減った。

からくりに気付いたシロコイは、すぐさま、この場にいる全員に向かって叫ぶ。

 

「全員!フィールドの脇にある結晶を破壊しろ!ボスの防御力が上がった原因は恐らくそれだ!」

 

シロコイの言葉に従い、攻略組は結晶を破壊するべく動き出した。

しかし、それを見逃すほど《フォルス・ザ・セントールチーフテン》は甘くはない。

《フォルス・ザ・セントールチーフテン》は結晶の一つに近づいてきているプレイヤーに向かって斬撃を放つ。

 

「させん!」

 

だが、斬撃がそのプレイヤーに当たる前にオルランドが防いだ。

 

「あ、あんた!?」

 

「我に構うな!征けぇい!」

 

防御したがHPがかなり削れたオルランドに庇われたプレイヤーが声を上げるが、オルランドは心配無用と言わんばかりに叫んだ。

それを見たプレイヤー達は好機と言わんばかりに一人、また一人と結晶破壊に励んだ。

その間、「レジェンド・ブレイブス」の面々はひたすらに《フォルス・ザ・セントールチーフテン》の攻撃を防いでいたが、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》の過激な攻撃により徐々にHPを削られていった。

 

「無茶だ!もういい、下がれ!」

 

リンドが下がるよう「レジェンド・ブレイブス」の面々に向かって叫ぶが、五人は引く様子はなく

 

「無茶で結構!一度は人の道を踏み外した身。大勢の者達の思いを背負い、戦い抜いてきた勇者たちの為に死せるというのなら本望!」

 

自分たちの胸の内を叫びながら、ただひたすらに攻撃を防いでいた。

その時、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》に迫る黒い影が現れ、持っている剣で攻撃すると《フォルス・ザ・セントールチーフテン》は一瞬怯んだ。

その隙に、影の正体キリトは、何が起きたのかと啞然としてるオルランドの正面に立つと怒鳴った。

 

「バカ野郎!死ぬことは償いでも何でもないんだぞ!あんたらに武器を奪われた連中が、あんたらが死んだと聞いて喜ぶと思うか!?」

 

更に、駆けつけてきたアスナとハルトも、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》に応戦しながら、オルランドに向かって叫ぶ。

 

「あなた、言ったわよね!強化詐欺で大切な武器を奪ってしまった人たちに償いをしたいって。だけど、あなたが今やろうとしていることは、償いでもなければあなた自身への贖罪でもないわ!自分の罪から逃げているだけよ!」

 

「そうだ!あなたは生きるべきだ!死ぬことで、自分の犯した罪から逃げようとするなんて・・・そんなのは勇者じゃない!」

 

「!?」

 

自分たちを守るべく戦う戦友たちの 責を受けて

 

「・・・すまない。俺はまた過ちを繰り返すところだった・・・レジェンド・ブレイブス!一旦下がって回復するぞ!」

 

オルランドは本来の口調に戻りながら仲間たちと共に下がった。

そうしている間に、攻略組の奮闘により結晶を三つ破壊することに成功し、後一つとなったが

 

「ブォーーー!!!」

 

「クソ!流石に守りが固い!」

 

「他の三つが破壊された以上、向こうも後一つを守るのに必死なんだろうよ」

 

後一つだというのに、結晶に近づくことができない状況に悪態つくトウガとソウゴ。

守るべき結晶が後一つとなったことで、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》も必死に守っている。

何とか近づこうとするも、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》の過激な攻撃により、攻略組は結晶に近づくことすらままならない。

しかし、遠距離からの攻撃ならば話は別だ。

 

「全員、離れろ!大技を出すぞ!」

 

SAOで数少ない弓使いであるシロコイは、結晶破壊に奮闘している攻略組に結晶から離れるよう叫ぶ。

言われた攻略組の面々は一瞬戸惑うものの、大技と聞いてすぐに離れた。

離れたの確認したシロコイは、弓を結晶にではなく上に向けるように構え

 

「行っけーーー!!!」

 

そのまま矢を放った。

矢は遥か上空へと高く飛び、人の目では見えない場所まで飛んだと思った次の瞬間、無数の矢が一斉に降り注いだ。

<サジッタ・レイン>。それが、シロコイの放った弓のソードスキルだ。

雨のように降り注ぐ矢は、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》をも巻き込み、結晶にダメージを与えていったが

 

「くっ!削り切れないか!」

 

結晶のHPは僅かに残っていた。

このままでは、次の矢を放つのに時間が掛かってしまう。そうなれば、準備するまでの間、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》の過激な攻撃を耐えなければならない。

今は回復し終えた「レジェンド・ブレイブス」の面々を中心に何とか耐え凌いでいるが、いつまでもつかは分からない。

すぐにでも結晶を破壊したいところだが、現状レイドメンバーで遠距離攻撃ができるプレイヤーはシロコイしかいない。

 

「・・・っ!」

 

いや、もう一人いた。

六人目の「レジェンド・ブレイブス」のメンバー、ネズハは弓を構えながら奥にある結晶を見据えていた。

しかし、ネズハの顔色は悪く、弓を持っている手は震えていた。その訳は

 

「(これを外せば、皆さんは・・・)」

 

ここで外してしまえば、仲間たちは、攻略組は更なる窮地へと陥ってしまう。

今まで感じたことのないプレッシャーにネズハは飲まれそうになったが、ふと、「レジェンド・ブレイブス」の面々とハルト達の顔を思い浮かんだ。

彼らはFNCを抱えていた自分を決して見捨てはせず、自分にやり直す機会を、勇者として生きる希望を与えてくれた。そして、自分を守ってくれた。罪を一緒に背負うと言ってくれた。

ならば、今度は自分が彼らを守る番だ。

 

「フゥー・・・」

 

いつの間にか手の震えが消え、呼吸を整えながら<シャドウ・スティッチ>のモーションを取り

 

「いっけーーー!!!」

 

叫び声と共に渾身の一撃を放った。

ネズハの放った光り輝く矢は真っ直ぐに結晶を捉え、見事命中した。

結晶は崩れていきながらポリゴン状に四散する。

その途端、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》は突如苦しみだし、HPバーの横に表示されていた防御力アップのバフは無くなっていた。

 

「今だ!全軍、突撃!」

 

「おっしゃ!ここで決めるぞ!」

 

『うおおおーーー!!!』

 

攻撃が効くようになればこちらのもの。

リンドとキバオウの叫びと共に攻略組全員が再び攻撃に移り出した。

バフが無くなった《フォルス・ザ・セントールチーフテン》の攻撃パターンは特に変わらず、攻撃パターンをほとんど見切った攻略組は先程のように次々とダメージを与えていった。

HPはほとんどなくなり、後少しというところでトウガが仕掛けた。

 

「これで終わらせる!」

 

そう言いながら、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》目掛けて走り、勢いよくジャンプして空中に跳んだ。

対して、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》は空中なら避けれまいとトウガに向けて剣を振るったが、トウガはそれを体を捻らせて躱すと

 

「ハァーーー!」

 

空中で<サーペント>を発動し、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》の体を切り刻んだ。

しかし、トウガの放った<サーペント>では、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》のHPを削り切ることはできなかった。

倒しきれなかった《フォルス・ザ・セントールチーフテン》を見つめるトウガ。

だが、その表情に焦りはなく

 

「止めは任せるぞ」

 

パニャートナ(了解)

 

着地する直前に空中ですれ違ったサーニャに声をかけた。

入れ替わるようにサーニャが《フォルス・ザ・セントールチーフテン》を切り刻む。

一撃、二撃、三撃と、たゆまずダメージを与え続けることで徐々に攻撃力が上がっていき

 

「これで終わりですわ!」

 

《フィンスタニス》の効果によって最大まで強化された<ダークネス・フロウ>を《フォルス・ザ・セントールチーフテン》にぶつけた。

《フォルス・ザ・セントールチーフテン》のHPはゼロになり、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》は雄叫びと共にポリゴン状に四散した。

 

「お疲れ様、なんとか犠牲者を出さないで倒せたな」

 

辺りが歓声に包まれる中、シロコイはサーニャに向けて喋った。

 

「ええ、危ない場面も何箇所かありましたけれど、あのお方たちのおかげですわね」

 

そう言いながら、サーニャは向こうでハルト、キリト、アスナの三人と喜んでいる「レジェンド・ブレイブス」の面々を見た。

 

「ハルト殿、キリト殿、アスナ殿。この度のボス戦。一度は地に落ちた我らに力添えなさってくれて、誠に感謝する」

 

頭を下げてきたオルランドにキリトが言葉を返す。

 

「礼を言うのはこっちさ。あんた達がボスの攻撃を防いでくれたおかげで、俺たちはスムーズに攻撃することができた。ネズハも、お前のあの一撃、最高だったぜ」

 

「ありがとうございます。これで僕も、ようやくレジェンド・ブレイブスの一員になれた気がします」

 

自身の持っている弓を見つめながら呟くネズハ。

すると、オルランドがきょとんとした顔でネズハを見た。

 

「何を言っている?ナーザ、貴卿はあの日、アインクラッドで本物の勇者になろうと六人で誓い合った時から既に伝説の勇者(レジェンド・ブレイブス)の一人であろう」

 

「そうだぜ、ようやくなんかじゃない。お前は最初からレジェンド・ブレイブスのメンバーだったんだ」

 

「そうよ。これは、あなた自身が努力して掴み取った結果なんだから」

 

「だから、これからは胸を張って、自分が伝説の勇者(レジェンド・ブレイブス)の一人であることを名乗ってほしいんだ、ネズハ。いや・・・ナーザ」

 

「オルランドさん、皆さん・・・ありがとうございます!」

 

FNCを抱え、足手纏い同然の自分を見捨てなかった仲間たち。自分にやり直すきっかけを作ってくれたハルト、キリト、アスナ。

伝説の勇者の名を取り戻した少年は目に涙を溜めながら、彼らに深々と頭を下げ、感謝を伝えた。

 

「ところで、サーニャ殿を人殺しと愚弄したあの者の姿が見えんようだが・・・」

 

オルランドが辺りを見渡しながら言う。

しかし、いくら探しても、サーニャを人殺しと呼んだ黒のレザーマスク男はいなかった。

 

「いないっていうことは、彼はレイドメンバーには選ばれなかったみたいだな」

 

「所詮は口だけ達者な小物ってことか」

 

「声だけが大きいだけの不届き者に実力が備わっていなくとも、なんの不思議もありませんわ」

 

シロコイが呟き、ソウゴとサーニャは黒のレザーマスク男を罵倒した。

 

「さて、私は一旦サーシャのホームに戻りますわ」

 

「そうだな・・・俺も久しぶりにシンカーさん達に顔を出すか」

 

サーニャとシロコイがそう言うと、二人はハルトとコハル、それに「紅の狼」の面々の方を向き

 

「ハルト、コハル、コノハ、レイス、そして、トウガ及び残りの紅の狼の皆さん。この度はお世話になりましたわ。ダフストレーチ(また会いましょう)

 

「君たちとまた一緒に戦える日を楽しみにしてるよ。それじゃ!」

 

別れの挨拶を言うと、二人はボス部屋から出ていった。

 

「では、我らも戻るとしよう。貴卿らと共に戦えて良かった。また会おう!戦友たちよ!」

 

「皆さん、お元気で」

 

そう言いながら、「レジェンド・ブレイブス」の面々も部屋から出ていった。

やがて、攻略組の面々も一足先に十五層に上がり、残ったメンバーも出ていこうとしたが

 

「待て」

 

トウガが呼び止めた。

ボスは攻略したにも関わらず表情が険しいトウガに、ハルト達が疑問に思う中

 

「悪いがハルト、キリト。お前たち二人は残ってくれないか?大事な話があるんだ」

 

トウガはハルトとキリトを真剣な表情で見ながら言った。

それに対して、アスナが少し不満気な表情になりながらトウガに問う。

 

「大事な話って・・・それは私たちが聞いてはいけない内容なの?」

 

「・・・すまないが、それは言えない。だが、二人を危険な目に合わせるとか、そういう話ではない。頼む」

 

頭を下げるトウガ。

 

「・・・分かったわ。そこまで言うんだったら、トウガ君を信じるわ」

 

「先に十五層で待ってるから」

 

そう言いながら、アスナとコハルはそれぞれのパートナーを残し、十五層へと上がっていった。

 

 

 

 

他のメンバーは既に部屋から出ており、ボス部屋に残っているのはハルト、キリト、トウガの三人だけだった。

 

「それで、話ってのはなんだよ、トウガ?」

 

キリトがトウガに用件を聞く。

 

「・・・お前たちも気付いているだろ。俺たちの敵はフロアボスや茅場晶彦だけじゃないことを」

 

「「・・・・・・」」

 

トウガの言葉に二人は返せずにいた。

二人共、トウガの言っていることが理解できたからである。

 

「プレイヤー同士の不安や怒りを煽り、互いに憎しみ合わせ、殺し合わせる。そんな奴らがこのSAOにいる・・・俺自身、確証はまだないから、あまり強く言えないが・・・」

 

黙っている二人をよそにトウガは言葉を続ける。

 

「この話をお前たち二人だけに言ったのは、お前たちも俺と同じようなことを考えていると思ったのと、このことを他の連中には話さないと思ったからだ」

 

二人は優しすぎる。きっと、アスナやコハルに心配、或いは危険な目に合わせないために隠すだろう。

トウガの予想通り、二人は顔をしかめながらトウガを見た。

 

「とりあえず、今は一つだけ忠告しておく。お前たち、ジョーというプレイヤーに気を付けろ」

 

「ジョー・・・ALSの黒レザーマスク男か・・・」

 

「ああ。これまで、幾度もなく攻略組同士での揉め事は起きてきたが、そのほとんどが奴の発した過激な発言から始まっている。俺も最初は偶然かと思っていたが、いくらなんでも回数が多すぎる」

 

トウガの言葉を聞きながら、二人はこれまでジョーの行ってきた事を思い返した。

一層の時、キリトを糾弾し、《ビーター》を名乗るきっかけを作る。二層の時、ネズハ及び「レジェンド・ブレイブス」が行った強化詐欺で何の証拠もないのに死人が出たと発言。五層の時、ギルドフラッグを手に入れたハルト達四人からフラッグを奪い取ろうと提案。六層の時、ハルトが苦労して手に入れた《精霊錫》で作った武器で戦ったことを非難。七層の時、オークションで《精霊錫》をアスナがDKBと連携して落札したと非難。そして、今日のボス戦前に、サーニャを人殺しと呼び糾弾。

これまでのジョーの行動は、その全てが攻略組の不安や怒りを奮い立たせるものばかりだった。それこそ、攻略組同士の衝突を望むかのように・・・

 

「トウガは・・・ジョーが攻略組同士に亀裂を生もうとしている奴らの仲間だと思っているのか?」

 

「ああ。だが、下手に奴を糾弾しても、さっきの俺みたいに逆にこちらが糾弾されて終わりだ。奴はALSの最古参プレイヤーだ。発言力は他のプレイヤーよりも大きいし、周りも奴を信頼している」

 

キリトの問いに一つ返事で答えながら、トウガは下手に手を出すなと二人に忠告する。

ジョーは攻略組の要になっている二大ギルドの一つ、ALS所属。対して、自分たちはソロ、或いは少数ギルドの人間。どちらの発言を信じるかは明らかだ。

トウガはそれを先程経験したからか、より真剣な表情で語る。

 

「とにかく、決定的な証拠がない以上、こちらも下手に動くことはできない。だが、警戒は怠るなよ。油断してたら、隙をつかれて寝首を搔かれるぞ・・・話は終わりだ。これを聞いてどう思うかはお前たち次第だ」

 

そう言うと、トウガはボス部屋から出ていった。

残ったハルトとキリトも、胸の内にある不安を残したまま、ボス部屋から出るのであった。




正史世界(SAOIF)だとリーファの立ち位置にいる少年(トウガ)
あの一枚絵にいるリーファの代わりに、一夏をキリト風にした黒髪のクール系男子(CV:福山潤)がいると思ってください。

・結晶破壊
十四層ボス、《フォルス・ザ・セントールチーフテン》一番の難所。ん?結晶は復活しないのかって?ハッハッハッ・・・マジでやろうとしたら死人出ますよ?

・<サジッタ・レイン>
弓の星3スキル。指定したターゲットに矢の雨を降らせる。

・<サーペント>
短剣の星4スキル。<ミスティ・エッジ>みたく移動しながら攻撃できる。

・<ダークネス・フロウ>
片手直剣の星4スキル。スイッチで使用すれば、回復することができる。雄一の欠点は単体攻撃であること。

・伝説の勇者の名を取り戻した少年
これからはネズハではなく、ナーザになります。

・ジョー
みんなお馴染み「オレ、俺知ってる!」の人。今回でようやく名前が出たが、果たして彼は敵か味方か・・・


以上、十四層編でした。
当時の《フォルス・ザ・セントールチーフテン》は難しいというよりめんどくさいって印象の方が強かった。
次回は番外編を挟まず、二十層編へ入ります。
新キャラも登場しますのでお楽しみに。


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ep.23 不穏な影

二十層編です。何話構成になるだろうか。


十四層の攻略を終えたハルト達は、その後、順調に攻略を進めていき、二十層へと辿り着いた。

 

「遂に二十層まで来たんだ・・・攻略も気づけばもう1/5が終わったんだね」

 

「逆に言えば、まだ、4/5もあるんだ。気を引き締めていこう」

 

「そうだね。こういう時こそ油断しないようにしないと」

 

気を引き締めて二十層への一歩を踏み出すハルトとコハル。

 

「おう!久しぶりだなお前ら」

 

そこにクラインが声を掛けてきた。

 

「久しぶり。クラインも相変わらずしぶといね」

 

「応ともよ!俺だけじゃねぇ。風林火山のみんなも誰一人欠けずにここまで来れた。けど、油断は禁物だぜ。階層を上がるごとに敵も強くなってきているし、こういう時だからこそ、気ぃ引き締めていかねぇとな」

 

「クラインにしては珍しく慎重だね」

 

「珍しくは余計だろ!」

 

何気ない会話をするハルトとクライン。

 

「まあ、確かにクラインにしてはいつになく慎重だな」

 

そんな彼らの下にエギルがやって来た。

 

「エギルの旦那!?あんたも来てたのか!」

 

「ああ、お前たちよりも一足早くにな。二十層でもよろしく頼む」

 

「はい!こちらこそよろしくお願いします!」

 

「エギルさんが居れば心強いです」

 

そう言いながら、ハルトとコハルはエギルから差し出された手を握り返した。

すると、クラインが少し怪訝そうな表情をしながらハルトに問いかける。

 

「なあ、ハルト。最近、俺に対しての扱いが雑になってないか?いつの間にか敬語も使わなくなったし」

 

「いや~・・・エギルさんって如何にも頼れる兄貴分って感じだし、大人の男性として接することができるけど、クラインって大人って言うより女性好きのゲーム友達?って感じがするんだ」

 

「トホホ・・・そりゃないぜ・・・俺だって、立派な大人だっつうの」

 

ハルトの発した理由にぶぅたれるクラインであった。

一通り会話をしたところで、話題は今の状況について話された。

 

「さて、先程クラインが言ってたが、モンスターが強くなってきていることにも注意しないといけないが、今はそれ以外にも厄介な問題が発生しているのはお前たちも知っているだろ?」

 

エギルの言葉にハルト達は表情を険しくする。

厄介な問題。それは、今の攻略組の現状だ。

ここ最近、攻略は順調に進んでおり、早ければ二週間でフロアを突破してしまうくらいだ。

しかし、一見順調そうに見えるが、この状況はALSとDKB二つのギルドのいがみ合いによって生まれたものである。

更に言えば、ここ最近の両ギルドには過激な行動をするプレイヤーが多い。効率の良い狩り場から他のプレイヤー及びギルドを追い出したり、攻略の情報すらも相手ギルドには開示せず出し抜こうと考えているプレイヤーも少なくない。

そんな両ギルドの現状に、ハルトやキリトなどの中立プレイヤーはこの状況を危惧しており、「風林火山」などの中層ギルドの面々は攻略組の邪魔をしないようにと効率の悪い狩り場で互いに譲り合いながらレベル上げをしないといけない状態になっている。

そんな危機的状況を何とかできないだろうかとハルト達が話し合っていると

 

「悪ぃ、仲間からのメッセージだ」

 

クラインが仲間からメッセージを受け取り、ハルト達から少し離れた場所でメッセージを読んでいたが

 

「何ぃ!?」

 

突然大声を出し、しばらくすると険しい表情をしながら戻ってきた。

 

「・・・お前ら。落ち着いて聞いてくれ・・・リンドが行方不明になった」

 

「「!?」」

 

「・・・そいつは穏やかじゃねぇな」

 

クラインから発せられた言葉に驚愕するハルトとコハル、内心では驚きつつも冷静に返すエギル。

「風林火山」の仲間から送られてきたメッセージによると、今から二日前、リンドのパーティーが攻略中に突如消息不明となった。

ギルドリーダーはリンドのままであるから生きてはいるみたいだが、見つからない上メッセージも送れない状態になっている。

それだけなら良かったものの、これが原因でALSとDKBの対立がより激しくなってしまった。

DKB側はリンドが行方不明になったのはALSが嵌めたからだと、何の証拠もないのに決めつけ、ALS側は否定しつつも、リンドの失態を自分たちのせいにしていると、DKBを非難している。

そんなこんなで、今現在ALSとDKBは一触即発の空気となっているのだと。

 

「そんなことになっていたなんて・・・ALSとDKBを止めよう。手遅れになる前に」

 

「そうだね!クラインさん、エギルさん。私たちも行きます!」

 

「へへっ!そう言うと思ったぜ!」

 

「よし、行くか!」

 

ハルトとコハルの決意を聞いて、クラインとエギルは笑みを浮かべた。

コハルが張り切りながら、フィールドの奥に進もうとしたが

 

「!? 止まれ!!」

 

「コハル!」

 

「え?・・・キャ!」

 

コハルの横から突如鎌のようなものが迫り、コハルの体を切り裂く直前にハルトが咄嗟に前に出て剣で受け止めた。

ハルトはコハルを奇襲した者の正体を見るべく顔を襲撃者の方に向けると、そこにいたのは巨大なカマキリであった。

 

「あ、ありがとう、ハルト・・・」

 

「安心するのはまだ早いよ」

 

コハルはハルトに礼を言うが、ハルトの表情は未だ優れず、前の方を見ると先程の巨大カマキリが複数出現した。

 

「随分と熱烈な歓迎だな!」

 

「マズいな。これじゃ逃げられそうにないな」

 

「なら、やるべきことは一つだろ!」

 

「そうだね。突破しよう!」

 

クラインとエギルが会話し、ハルトの掛け声と共に四人は巨大カマキリを次々と倒していった。

やがて、最後の一体が倒れてところで、クラインは「ふぅー」と息を付き、ハルトとエギルもひとまずは何とかなったと安堵した。

 

「・・・・・・」

 

そんな中、コハルだけが浮かない顔をしていた。

 

「どうしたの、コハル?」

 

「!? な、何でもないよ!急ごう!」

 

ハルトに声を掛けられたコハルはすぐに笑顔になり、先を急ごうと歩き始めた。

しかし、ハルトは今がチャンスだと思い、十四層からずっと抱いていた事を思いっ切り聞くことにした。

 

「・・・コハル。最近、様子がおかしくない?」

 

「え?」

 

予想だにしなかったのか、コハルはその場で立ち止まりハルトの方を見る。

 

「ここ最近、何かあればさっきみたいに不安気な表情をしているじゃないか。もし、何か悩みがあれば、相談してほしいんだ。勿論、コハルにも話せないことはあると思う。それでも、知ることよりも、君が悩んでいることを知らないでいる方が僕は辛い」

 

「ハルト・・・」

 

ハルトの言葉に一瞬悲し気な表情になるコハルだったが、すぐに笑みを浮かべ

 

「大丈夫だよ。攻略組の人たちの事で、少し悩んでただけだから。それよりも、先を急ごう。攻略組同士が衝突してしまう前に止めないと」

 

「・・・・・・」

 

そう言いながら、再び歩き始めた。

必死に隠すコハルに、ハルトは何も言えず辛そうにコハルの背中を見つめていたが

 

「一ついいか、コハル?」

 

二人のやり取りを黙って聞いていたエギルがコハルに声を掛け、コハルは再び足を止めた。

 

「お前が何か不満を抱えていても、お前が話したくないのならそれでいい。それはお前だけが持っているものであって、俺やハルトもそれを聞く権利はない」

 

エギルは真剣な表情で喋り「けどよ」と言うと、コハルを見据えて喋った。

 

「俺たちは同じ日にSAOを始めたプレイヤーで、同じ目的を持つ仲間だ。上下関係なんて一切ない。だが、本当に辛い時があったら、遠慮なんてしないで言ってくれ」

 

「でも・・・」

 

「でもも何もないさ。それが、俺たち’大人’の仕事だ」

 

エギルの言葉に何も返さず黙ってしまうコハル。

そこにクラインが喋り出した。

 

「まあ、俺もエギルも一応は大人だからな。自分で言うのもなんだけでどよ、お前らよりも長く生きているし、社会の荒波にも飲まれたこともある。だから、お前の・・・お前たちの辛いって気持ちを受け止めてやることぐらいはできる」

 

「クラインさん・・・」

 

「社会人、なめんなよ」

 

ニィと歯をむき出しドヤ顔で言うクライン。

すると、コハルが少しだけクスッと笑った気がした。

なので、ハルトが更に笑わせようとクラインに向かって喋る。

 

「クライン・・・なんてカッコイイおっさんなんだ・・・」

 

「やかましいわ!俺はまだ20代じゃ!」

 

「アハハハハ!あ、・・・ごめんなさい・・・」

 

ハルトのボケとクラインのツッコミに思わず笑ってしまったコハル。

慌てて笑ってしまったことを謝るが、それに対してハルトとクラインは優しく微笑み

 

「やっと笑ったね」

 

「ああ、ちゃんと笑えるじゃねぇか」

 

コハルが笑ってくれたことに安堵した。

そんな二人を見て、コハルは少し顔を赤くしながら二人を睨んだ。

 

「まあ、俺はまだ20代なんだけどよ。それでも、大人になるまでの間には、折れちまう人間も一人や二人はいるんだよ」

 

「・・・ああ、そうだな」

 

「折れる?」

 

ハルトの疑問にエギルは真剣に答える。

 

「挫折しちまったんだよ。弱音を吐けなかったからな。折れちまった本人は勿論。何も話してもらえなかった方も辛い。ハルトもさっき言ったが、弱音を吐けてもらえないってのはな、それはそれで凄く辛いもんなんだよ。お前たち二人にはそうなって欲しくない」

 

「・・・はい」

 

「約束します。エギルさん」

 

二人の返事を聞いたエギルは満足そうに笑みを浮かべた。

 

「よし!だいぶ時間を食っちまったし、そろそろ行くか!」

 

クラインがそう言うと、ハルト達は攻略組が揉めていると思わしき場所へ急ぐのであった。

未だに表情が優れないコハルだが、先程よりかは少しだけ表情が緩んだ気がした。

 

 

 

 

《残照の森》へ入ったハルト達は一つの人だかりを発見した。

そこには、情報通りALSとDKBの集団が互いに敵意を出しながら睨み合っていた。

しかし、彼らとは別に、人だかりの中にはもう一人の人物がいた。それは

 

「あそこにいるのって・・・サーニャさん!?でも、どうして?」

 

「もしかして、巻き込まれたかもしれない。早く行こう」

 

コハルの疑問にハルトが答えながら、一行は睨み合っている現場へと急ぐ。

一方、未だにALSとDKBが睨み合っている状態の中、サーニャが口を開く。

 

「ここで仲間割れをして、リンドさんが戻ってくるのなら、どうぞ勝手になさればよろしくてよ。ですが、今優先すべきことは、行方不明になっている方達の捜索ではなくて?」

 

睨み合っている攻略組に向かってサーニャが言うが

 

「しかし、リンドさんを嵌めた奴らを放っておくわけにはいかない!」

 

「だから、何回も言ってるだろ!俺たちはそんなことはしてねぇ!お前らのリーダーがドジ踏んでピンチになっているだけだろ!それを棚に上げて責任転嫁とは、DKBも墜ちるところまで堕ちたな!」

 

両者は止まらず、口論は激しくなるばかりである。

そんな中、遂にDKBの一人が鞘に手を当てた。

 

「もう我慢ならん!今ここでこいつを叩き斬る!たとえ、オレンジプレイヤーになろうとな!」

 

「やってみろよ。俺だって攻略組の端くれだ。そんななまくらに負けるかよ!尤も、なまくらはその剣よりもお前らのリーダーみたいだがな!」

 

「!? 貴様っ!!」

 

罵倒しながらALSの男は鞘から剣を抜き、それに反応したDKBの男も剣を抜いた。

すぐにでもプレイヤー同士の戦闘になり兼ねない雰囲気の中、コハルが必死に声を上げる。

 

「ダメっ!今はこんなところで争っている場合じゃないですよ!」

 

コハルの制止によってハルト達の存在に気付いた二人だが

 

「うるせぇ!」

 

「部外者は引っ込んでろ!」

 

コハルの制止を聞こうとはせず、剣を振り上げた。

 

「いい加減になさい!その軽はずみな行動が取り返しのつかないことになりますのよ!それとも、面子がそんなに大事ですの!?無益な争いをした挙句、人の命を奪ってまで守るものだと!?」

 

互いの剣が当たる直前にサーニャの制止によって、二人は振り上げた剣を下ろしたが

 

「・・・人の命を奪って手に入れた名誉を振り回している奴が、よく言えたな」

 

「かっこよく立ち回った上に説教かよ。盗品片手にいい御身分だな」

 

剣はしまわず、サーニャに対して敵意剝き出しに喋った。

未だに剣をしまわない二人を、ひとまず落ち着かせようと、クラインとエギルが男たちを後ろから押さえようとしたその時

 

「おい邪魔だ。どけ」

 

突然、この場にいる全員に向かって声を掛けられ、誰もが声がした方を振り向く。

そこにいたのは、ザントのペットもとい相棒のラピードと、その上に腕を組みながら座っているザントがかなり不機嫌な様子で見ていた。

 

「《狂狼(ヴォルフガング)》・・・!?」

 

ALS、DKB関係なく、攻略組の目線がサーニャ以上に敵意に満ちた。

それもそのはず。ここ最近、過激な行動が目立つようになってきている攻略組だが、この男を相手にすると違ってくる。

この男がいる狩り場を占領しようとしても、無言の威圧、或いは「いつからここはてめえらの狩り場になったんだ?」と正論をぶちかまされ、一部のプレイヤーが逆ギレして剣を向けようとしたら、本当に斬られたりなど、危険人物という印象がALS、DKB関係なく攻略組に広がっている。おまけに、本人も化け物じみた強さを持っているせいで、攻略組も下手に手を出すことができない。それ故にザントは、攻略組からはキリト以上に嫌われる存在となった。

尤も、ハルト達中立のプレイヤーから見れば、完全に攻略組の自業自得であり、先に手を出した癖にザントを危険人物扱いする攻略組のやっていることは八つ当たりにしか過ぎない。

尚、本人は「雑魚共の敵意なんざ一ミリも痒くねぇ」と全く気にしていない。

ちなみに、剣だけじゃなく、体術やフィールドに置かれてある岩や木々などを利用したりなどあらゆる場所に適した動きをし、野生を解き放っている獣じみた戦い方をするザントに付けられた新しい二つ名が《狂狼(ヴォルフガング)》だ。

 

「ここはフィールド、それも道のど真ん中だ。喧嘩するってなら他所でやれ」

 

「う、うるせぇ!お前には関係ないだろ!」

 

「そうだ!これは俺たちの問題だ!部外者は引っ込んでろ!」

 

「あぁ!?なんで俺が猿共のくだらねぇ喧嘩にいちいち首をつっこまけりゃいけねぇんだ。こんな道のど真ん中で馬鹿騒ぎしているせいで、こちとら通れねぇんだよ。どけって言ってんだから、さっさとどけ。猿ってのは、人間に迷惑をかけなきゃ気が済まねぇってか!」

 

相変わらず他人を見下すような言い方に、攻略組の怒りが一気に上昇した。

そんな彼らに、ザントは笑みを浮かべた。強敵と戦っている時の好戦的な笑みでなく、人を嘲笑うような笑みに。

 

「まあ、知能が低いてめえら猿共には、人間に迷惑をかけているってことも分からねぇか。猿にでも分かる会話をしてぇけど、俺って猿の事はあまり詳しくねぇんだよな。いや~悪ぃ悪ぃ」

 

攻略組の怒りのボルテージが一気に上昇していく。

 

「あぁん?どうしたんだ、そんな間抜けっ面してよぉ?もしかして、俺の言っていることが分からないってか?あ、分かるわけねぇよなぁ!なんたって猿だもんなぁ!人間の言葉なんて分かるわけねぇよなぁ!」

 

「「・・・死ね!」」

 

遂に我慢できず、先程まで言い争っていたALSとDKBのプレイヤーがザントに襲い掛かった。

遅れてハルト達が止めようとしたが間に合わず、二人がザントに近づいてきたその時

 

「「!?」」

 

襲い掛かってきた二人が急に足を止めた。

緑色の何かが彼らの間を通ったと思った次の瞬間、後ろにあった森の木の一つが真っ二つに切れた。

地面には何か細く削れているような跡があり、それを見たハルトを含む一部のプレイヤー達は先程の一瞬で何が起きたのかに気付いた。

両手剣ソードスキル<ウイング・デストラクション>。SAOでかなり珍しい斬撃を飛ばして遠くからの敵をも攻撃することができるソードスキル。

ザントはそれを常人では見えない速さで発動させ、自身に襲い掛かってきた二人に当たるすれすれの場所へ斬撃を放ったのである。

誰もがザントの行った神業に呆然とする中、ザントは片手で自身のもう一つの相棒《蒼嵐》を自身に襲い掛かってきた二人に向けながら静かに口を開いた。

 

「・・・別に、てめえら猿共が何人死のうが、勝手に自滅し合おうが、俺にとっちゃどうでもいい。だが、殺るってんなら容赦しねぇ。何せ自分の命が狙われるからな。誰一人生き残れると思うなよ」

 

ザントから放たれる圧。それを感じた者達は誰もが戦慄した。

それは敵意なんて生易しいものではない。殺意。それも、見た者全てが恐怖するであろうくらいの本物の殺意。

圧倒的強者から放たれる殺意に、先程襲い掛かった二人、それを見ていた残りのALS、DKBの面々が一斉に尻餅を付け、怯えながらザントに道を譲るよう横に退いた。唯一、正面から殺意を受けても顔をしかめるだけで済んだハルト達は大したものだろう。

ザントは《蒼嵐》をしまい、最初っからそうしやがれって表情をしながら、ラピードに「進め」と指示を出すと、ラピードは空いた道を進んだが、途中で止まり、ザントは後ろを振り向いた。

 

「・・・てめえら猿共に一つアドバイスをしてやるよ。まともな思考や行動力がねぇ上、他人に剣を向ける覚悟もねぇ猿なんざ、はっきり言って攻略組に向いてねぇから、今すぐ退団して猿山(始まりの町)に帰ることを勧めるぜ」

 

『!?』

 

それを聞いたALSとDKBの面々全員がザントを憎らし気に睨むも、本人は既に眼中にないといった感じで奥に進んでいった。

残されたALSとDKBの面々は未だ尻餅が付いた状態でザントが去っていった方を睨んでいたが、やがて、全員が悔しそうに俯いた。

本物の殺意をその身で味わった彼らは、人に剣を向けることの意味を。その恐怖を思い知らされたのである。

すっかり生気が無くなったALSとDKBの面々に、ハルト達はどう声を掛ければいいのか戸惑っていると、クラインが先程、ザントに襲い掛かった二人の内DKBの男に声を掛けた。

 

「・・・一ついいか?」

 

「・・・何だよ?」

 

「ザントの言葉にキレる気持ちは分からなくもねぇ。俺だってあんな風に馬鹿にされれば、ついカッとなっちまうさ。でもよ、だからといって、相手に剣を向けて斬りかかるのは間違っているだろ」

 

「・・・あいつに肩入れするってかよ。所詮、ビーターとつるんでいる奴らは似た者同士ってことかよ」

 

やけくそ気味に喋るDKBの男に、クラインはその男の肩を掴み自分に顔を向けさせた。

 

「あの日、茅場晶彦が言った通り、このSAOはゲーム。それもVRMMOに違い

 

この後、クラインとエギルが猿共(攻略組)に素晴らしいお説教をかましますが、結構長くなるんで、ここはカットさせて頂きます。気になる方はSAOIFを実際にプレイしてお楽しみください。

 

「「いや、なんでだよ!!??」」

 

「ふ、二人共、どうしたんですか?」

 

どこからか電波を受信したクラインとエギルは運営(作者)に向かって叫ぶが、ハルト達にとっては、誰もいない場所に突然叫び出したようにしか見えなかった。

 

 

 

 

あの後、なんやかんやあって、リンドの捜索をハルト達が行うことになった。

攻略組の面々と別れたハルト達はこれからの予定を話し合っていた。

 

「とりあえず、最悪の事態は避けれたな」

 

エギルがホッとしたかのように口を開く。

 

「クラインもエギルさんも凄くかっこよかったよ。流石、大人だね」

 

「ええ、見事な立ち振る舞いでしたわ。後は、あの場の雰囲気を一変させたあのお方にも感謝致しませんと」

 

「・・・まあ、あいつのおかげで衝突が収まったってのはあるけどよ・・・」

 

クラインが複雑な表情をしながら喋る。

実際にあの場を収める決め手となったのはクラインとエギルだが、攻略組同士の衝突を押さえたのは、ザントである。

しかし、クライン達と違って、そのやり方は言葉での説得ではなく、力での解決であること。

一方的に相手を殺気で黙らせるやり方も、あの場を収める為の一つの方法だったのかもしれない。それでも、クラインは力で解決しようとしたザントのやり方にあまりいい顔はできなかった。

 

「正直に言いますと、私はあのお方の他人を見下すような姿勢は嫌いですわ。力があっても、他人を脅かす為に使ってしまえば、それはもう、暴力と変わりありませんもの。それよりも、今はリンドさんを探しましょう」

 

「探しましょうつっても、アテはあんのかよ?」

 

サーニャの言葉にクラインは疑問を述べるが、サーニャは得意げに笑みを浮かべる。

 

「勿論、情報屋ですわ。今のやり取りの間に、メッセージを送っておりましたの」

 

「というわけで、この件、手伝わせてもらうヨ」

 

「うおっ!?アルゴじゃねぇか!」

 

突然現れたアルゴに驚くクライン。更に

 

「私もいます」

 

「リーテンさん!お久しぶりです!」

 

その横からリーテンが姿を現し、コハルが元気よく挨拶をした。

アルゴとリーテンの話によると、アルゴは行方不明になったリンドのことについて調査をし、その途中でリーテンと会った。

リーテンもリンドの行方を。正確にはリンドと共に行方不明になったプレイヤーの一人であるシヴァタを探しており、二人は情報を共有した。

その結果、リーテンが二十層で手に入れたお守りの木の実によってリンド達がいる場所を掴むことができた。

リーテンが手に入れた木の実は二つセットのアイテムで、持っていれば離れている所でも信号を送って相手に自分の状況を伝えることができるいわゆる通信アイテムであった。

リーテンはそれを使ってもう片方の木の実を持っているシヴァタにどこにいるのかと通信すると、シヴァタから《残照の森》の南にあるダンジョン、《闘儀の回廊》の奥にいるとの返信が来た。

しかし、その返信の直後、シヴァタとの通信が途絶え、リーテンが焦っている時にサーニャから依頼が来て今に至る。

 

「他の連中には内密に主力部隊だけで行ったって・・・そのダンジョンには何か特別なクエストでもあるのかよ?」

 

「大方、回数制限のあるクエストかもしれないな。んで、報酬にレアなアイテムを手に入れることができるとかだろうな」

 

「おいおい、確かに他の連中には内密にしてまで行きたくなるのも分かるけどよ、死んじまったら意味ねぇだろ」

 

リンドが他のギルドメンバーには内密にしてまでとった行動に呆れるクライン。

その横でエギルがクラインに話しかける。

 

「クライン。お前のところからは何人出せる?」

 

「全員行けるが、今は別のクエストをやっている」

 

「俺のところもだ。戻ってくるまでに時間がかかりそうだ」

 

「それじゃあ、クラインとエギルさんは他のメンバーとの合流を。僕らで先行して、そのダンジョンに向かおう。いいよね?二人共」

 

「うん!」

 

「よろしくてよ!」

 

全員で話して、一通りの方針が決まったハルト達。

 

「それじゃあ、オレッチが案内すル。急ぐゾ」

 

こうして、リンドを探すべく、それぞれのギルドの仲間たちを待つクラインとエギル。リンドが行方不明になったダンジョンに先行するハルト、コハル、サーニャ、リーテン、アルゴの組に分かれて行動するのであった。

 

 

 

 

《闘儀の回廊》へ入ったハルト達は、フィールドのエネミーを倒していきながら、順調に奥へと進んでいた。

 

「確かこの辺だったはずだけどナー・・・見つからないナ」

 

そう言いながら、行き止まりである壁の前に立つアルゴ。

シヴァタの木の実から特定した座標を基にハルト達は進んでいたが、肝心のリンド達がいる部屋は見つかっていない。

 

「いったい、どういうことだろう・・・?」

 

この場にいる全員の疑問を代表してハルトが言った。

リンド達がいるはずの部屋の座標はこの壁の向こうを差していた。何処かに隠し通路があるのか。或いは、特定のクエストを受けている必要があるのか。

どうすればいいのか思案していたハルト達だったが、それは、行き止まりの壁から掛けられた声により中断された。

 

「あれ?ハルトにコハル」

 

「お前たち、どうしてここに?」

 

「サチにトウガさん!?い、今どこから来たの!?」

 

壁から這い出てくるかのようにサチとトウガが現れ、驚愕するコハル。

更に、彼らのギルドメンバー「月夜の黒猫団」と「紅の狼」の面々も続々と壁から這い出てくるように姿を現した。

 

「どこからって、そこにある通路から歩いて来たが・・・」

 

「え?・・・何もないけど」

 

「なんだと?そこにある通路の奥にボス部屋の扉があるはずだが・・・もしかして、見えないのか?」

 

ハルトの言葉を聞いたトウガは喋りながら考えて一つの結論に辿り着いた。

頷くハルトを見たトウガは自身の考えが当たったと思いながら、ハルト達にこれまでの経緯を説明する。

 

「俺たちは二十層に来た後、彼女たちと会って、一緒にクエストを受けていたんだ。それで、ある程度進めることができたんだが、そのクエストには続きがあってな。この先にいるボスを倒すんだが、そのボスが中々手強いみたいでな。今のままじゃ攻略するのは難しいと思って引き返すことにしたんだ。ハルト達にこの先の道が見えないのは、おそらく、そのクエストを受けてないからだろう」

 

トウガの説明を聞いて、この先が行き止まりであることに納得するハルト達だが、ふとサーニャが問いかける。

 

「ちょっとよろしいかしら?あなた達が受けたクエストはそのボスを倒せば終わりですの?」

 

「そうだと思う。クエストNPCが最初に言ってたの。『試練を超えた者だけが真なる脅威に挑むことができるだろう』って。だから、クエストの最後に強いボスと戦うことになると思ったんだ」

 

「俺らだけなら問題ないかもしれないが、こいつらをカバーしながらじゃ流石に厳しいと思って、この先のボスに挑むのは辞めることにしたんだ」

 

サーニャの問いに答えたサチとトウガ。サーニャは納得したかのように頷いた。

 

「じゃあ、リンドさん達はそのボス部屋の中に閉じ込められているのかも」

 

「ん?どういうことだ?」

 

リーテンの言葉の意味について問いかけるトウガ。

ハルトはトウガ達にリンドが行方不明になっていることを踏まえて説明した。

 

「そうか・・・そんなことになっていたなんて・・・」

 

今の状況を聞いて、トウガは表情を険しくした。

すると、「月夜の黒猫団」のリーダー、ケイタが慌てながら

 

「そんな!だったら、すぐにでも助けに行かないと!」

 

ハルト達には見えない、ボス部屋に向かおうとしたが

 

「やめておけ。さっきも言ったが、お前たちじゃまだ無理だ。相手は攻略組のリーダーであるリンドが率いるパーティーですらピンチになるくらいの敵だ。中層プレイヤーのお前たちが行ったところで足を引っ張るだけだ」

 

トウガに制止され、足を止めて悔しそうな表情になるケイタ。

 

「でも!」

 

「いいから黙って引き返しやがれ。てめえらがいても足手まといだから邪魔なんだよ」

 

尚も反論しようとしたケイタだったが、ソウゴの言葉によって遮られる。

足手まといと言われ、ケイタ及びサチ以外の黒猫団の面々はソウゴを睨んだ。

 

「・・・おい、あんた。いくら攻略組の一員だからって流石に横暴なんじゃないか?俺らだって必死に攻略しているんだぞ」

 

「はっ!俺らに散々フォローされまくってた奴らが何言ってんだか。必死に攻略する前に、まずは自分たちの実力を知りやがれ。俺らがいなかったら、今頃てめえらは一人残らず死んでたかもな」

 

そんなことはない!と返そうとしたケイタだったが、ここに来るまでの間「紅の狼」に助けられっぱなしだったのを思い出して言葉を詰まらせた。

レベルも上がり、今の自分たちなら最前線でも通用すると思い、最前線に来た「月夜の黒猫団」だったが、結果はこの通り。

トウガの指揮能力にヒットアンドアウェイを用いた戦法。ソウゴの無駄な動きが一切ない槍捌き。カズヤのタンクとしての実力。コノハとレイスの巧みな連携。全てにおいて彼らは自分たちより上だった。

攻略に貢献するどころか、トッププレイヤー達の足を引っ張るばかり。自分たちが如何に無力なのかを思い知らされた。

 

「このSAOに絶対大丈夫なんてもんはねぇよ。ましてや、最前線なら尚更だ。レベルがだいぶ上がった。だから、もっと上で腕試ししよう・・・最前線でそんな考えを持っていると・・・死ぬぞ」

 

ソウゴの言葉にサチ以外の黒猫団の面々は苦虫を嚙み潰したような表情をしながら俯いた。

だいぶ、実力が上がってきた「月夜の黒猫団」だが、最前線で戦うことの意味は彼らにとっては重すぎた。

そんな黒猫団の面々をよそに、コノハがサチに謝る。

 

「ごめんね、サチ。ソウゴ君も悪気があって言ったわけじゃないんだ。実際に油断や慢心が原因で死んでしまった人がいるし、サチ達にはそんな風になって欲しくないんだ」

 

「大丈夫だよ、コノハ。みんな、ちゃんと分かっているから。それに、紅の狼の皆さんのおかげでここまで来ることができたし、私たちにとっても、最前線の実力を知るいい経験になれたよ」

 

サチの言葉にコノハは笑みを浮かべながら「ありがとう」と返した。

ホントっいつの間に仲良くなったんだろうこの二人、とハルトとコハルが思っている中、アルゴが口を開いた。

 

「ひとまず、オレッチはトウガ達が受けたクエストを調べて、行けそうならそのままクエストを進めようと思ウ。その間、ハルト達はクエストに必要なアイテムを集めておいてくレ」

 

「それなら、今の内にクエストNPCの場所。それと、クエスト進行に必要なアイテムをお前たちに言っておく」

 

「言っておくって・・・覚えているのカ?」

 

「ああ、大体はな」

 

そう言いながら、トウガはクエストNPCの場所とクエスト進行に必要なアイテムを話した。

NPCの場所を聞いたアルゴは一足先にそのNPCがいる場所に向かった。ハルト達もクエスト進行に必要なアイテム集めの為、一旦外に出ることになった。

 

「俺たちはもう少しこのダンジョンを回った後、こいつらを転移門まで送ってくる。悪いが、お前たちの手伝いをできるのはもう少し先になりそうだ」

 

「気を付けてね、二人共」

 

「分かった。サチとトウガさん達も気を付けて」

 

コハルがそう言うと、ハルト達はダンジョンから出ようとしたが、その前にトウガがハルトを呼び止める。

 

「ハルト。あの後、コハルから何か聞いたか?」

 

「・・・最近、様子がおかしいと思うんだって聞いた。でも、はぐらかされたよ」

 

「そうか・・・少なくとも、何かあるのは間違いないな。ちゃんと見てやれよ。いつもあいつと一緒にいるのはお前だけだからな」

 

「・・・・・・」

 

十四層で保留にしてたコハルの事の進展を尋ねたトウガは、何かあると確信すると同時に再度ハルトに忠告した。

それに対して、ハルトは返事を返すことができず、先に進んだコハル達の後に続くのであった。

 

 

 

 

ハルト達が《闘儀の回廊》から出ている頃、《残照の森》北部では

 

「ちっ、手間取らせやがって・・・」

 

ザントは苛立った様子で《黒鉄宮》繋がるゲートを睨む。

現在、ここにいるのはザント、ラピード、シロコイ、キリト、アスナ、そしてキバオウ含むALSのプレイヤー数名。

事の発端は、キリトとアスナがオレンジプレイヤーの集団に襲われたことだ。

人間、それも集団相手に苦戦を強いられていたキリトとアスナだったが、オレンジプレイヤーの動向を追っていたザントとシロコイ。更に、偶然通りかかったALSの面々と協力し、無力化に成功。

逃げようとしたオレンジプレイヤー達だったが、ラピードが回り込んでいて威嚇。怯んでいる隙に、ザントが《黒鉄宮》へ繋がる回廊結晶を使用。オレンジプレイヤー達は一人残らず《黒鉄宮》行きとなった。

しかし、事態がひと段落したにも関わらず、ザントはかなり不機嫌だった。

その理由をシロコイが問いだす。

 

「随分と機嫌が悪いな。少しは落ち着いたらどうだ?」

 

「そいつは無理だな。何せこちとら、ウジ虫数匹探すのに時間が掛かっちまったせいで、猿共のくだらねぇ喧嘩に巻き込まれたんだよ」

 

「そいつは悪かった。ワイからも言っておくわ」

 

キバオウが頭を下げて謝罪するが、ザントの表情は変わらず

 

「謝るくらいなら、そいつらを今すぐ退団させろ。弱ぇくせに口だけは達者。しかも、何の覚悟もねぇくせに、他人に剣を向けることしかできねぇ奴なんざ置いたところで、この先、無駄死にするだけだぞ」

 

ザントの言葉に言葉を詰まらせるキバオウ。

周りにいるALSの面々の敵意がザントに向けられたが、ザントは無視した。

そんな中、キリトとアスナが周りにいるプレイヤー達に謝った。

 

「・・・ごめん。俺達のせいで二人を・・・ALSのみんなを危険な目に・・・」

 

「てめえが謝ってどうすんだ?連中の狙いがてめえら二人だったとは限らねぇだろ」

 

「せや。もしかしたら、うちの連中が狙いだったかもしれへんしな」

 

「・・・それでも、俺たちがみんなを巻き込んだのには変わりない」

 

未だ頭を下げるキリトに、ザントは「はぁ~」とため息をつけながら喋る。

 

「だから、謝るなっつってんだろ。あの程度の雑魚なんざ、俺らの敵ですらねぇ。それとも、自分は最強で俺らは雑魚だから、危険な目に合うのは自分だけの特権とでも思ってんのか?」

 

「!? いや、そんなつもりは!」

 

「そもそも、俺らは巻き込まれたつもりはねぇ。俺とシロコイは元々ウジ虫共の動向を探ってたんだ。最近、ここから辺でオレンジ共がはしゃぎ回っているって噂を聞いてな」

 

「噂だけだったら良かったんだけど、こうも表沙汰になるなんて。こうなってしまったら、彼らの存在は無視できなくなったな」

 

困ったような表情をしながら顎に手を当てオレンジプレイヤーの目的を考えるシロコイ。

すると、ザントはラピードの上に乗るとシロコイに向かって喋る。

 

「さっさと行くぞ。《黒鉄宮》に送ったウジ虫共の話によると、ウジ虫の本隊はここから南のダンジョンに向かっているみてぇだ。しかも、ハルトの野郎もそこにいるみてぇだぜ」

 

「なんだって!?それを早く言ってくれ!くっ、ハルト達が危ない!」

 

シロコイは焦りながらラピードに乗り、キリト達に向かって指示した。

 

「俺たちは、南の方に向かったオレンジプレイヤーの動向を追う。キリトとアスナ、それとキバオウ達はオレンジプレイヤーのことをDKBの人達に伝えてくれるか?」

 

「待ってくれ!ハルト達が危ないんだったら俺も一緒に!」

 

「ダメだ。ただでさえ、二つのギルドは仲が悪い上、DKB側はリーダーが行方不明で冷静さを失っているんだ。きちんと話を聞いてもらう為には、最初にオレンジプレイヤーと居合わせた二人の証言が必要なんだ」

 

「・・・キリト君。ここは二人に任せましょう。私たちは私たちでできることをしましょう」

 

「しかし!・・・っ!?」

 

シロコイの意見に賛成したアスナに、キリトが声を掛け・・・口を止めた。

アスナの両手は震えていた。きっとアスナもコハルを、この世界で出会った友達を助けたいのだろう。それでも、必死に耐えていた。それに、シロコイの言う通りDKBが話を聞かない可能性がある。信じてもらう為には襲われたという事実を持っている自分たちの証言が必要だ。

アスナの気持ちを理解したキリトは渋々シロコイの指示に従うことにした。

 

「・・・分かった。ここは二人に任せるよ。ハルト達を・・・俺達の友達を助けてくれ」

 

「勿論だ。行こう」

 

「走れ、ラピード」

 

「ヴォン!」

 

ラピードはザントとシロコイを乗せて《残照の森》の南の方へ走っていった。

 

「頼んだぞ、二人共」

 

「お願い・・・無事でいて」

 

二人が去った方を見つめるキリトとアスナは友の無事を祈ることしかできなかった。




・《狂狼(ヴォルフガング)
ザントの新しい二つ名。狂暴な性格に常識外れの強さを兼ね備えている故、考えた結果、このような二つ名になった・・・正直に言うと痛いと思っている。

・<ウイング・デストラクション>
オリジナルスキル。SAOIFだと両手剣の星4。斬撃を飛ばせるソードスキルで遠距離からも攻撃することができる。

・使ってみた特殊タグ
小説の書き方にも大分慣れてきたんで、ちょっと使ってみました。これ以降は使わないと思う・・・たぶん。

・ケイタ
「月夜の黒猫団」のリーダー。一言で言えば、キリトに恨み言を残した人。

・《黒鉄宮》
知っている人も多いかもしれないが一応。一層にあるSAOで犯罪を犯した者を閉じ込めておく牢獄。プレイヤーの生死が確認できる《生命の碑》もここにある。


結構書いたけど、これでもまだ、二十層編の半分にもいってないです。
SAOIFでも二十層からストーリーがかなり長くなっている気がする。
次回、いよいよオレンジプレイヤーとの直接対決。お楽しみに。


<オマケ>
プログレッシブ、まさかの劇場版だと!!??
作画もめっちゃ綺麗だし、これは絶対に見に行く!


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ep.24 夕暮れの激闘(前編)

長くなりそうなので前編、後編に分けました。


《闘儀の回廊》から出たハルト達。気づいたら、空は夕暮れで辺りは真っ赤に染まっていた。

 

「早くトウガさんに言われたアイテムを集めないと」

 

クエストを進める為にトウガから言われたアイテムを集めようと、ハルト達は指定されたアイテムがドロップするエネミーがいるフィールドに向かって走っていたが

 

「・・・っ!?」

 

スッ

 

「? どうしたのハルト?」

 

「何をなさっておりますの?」

 

突然ハルトが隣を走っていたコハルの前に片手を出し停止させる。

ハルトの奇行に戸惑うコハル達。しかし、その答えは木々の影から現れた存在によって明かされる。

 

「困るな。邪魔な、風紀委員が、自滅して、くれそうな、時に、助けに、行かれたら、せっかくの、計画が、台無しだ」

 

木々の影から現れたのは、体全体をローブで覆い、顔をローブに付いてあるフードで隠して、途切れ途切れに言葉を繋いでいる不気味な男だった。

突然現れた不気味な男に、警戒するハルト達。

 

「《黒の剣士》は、あちらに、譲ったが、トッププレイヤー、二人の装備に、噂の魔剣も、手に入る。いい仕事を、もらった、ものだ。それでは、お休みして、もらおうか」

 

男の右手には槍が持たれており、男の上に表示されているカーソルを見た途端、ハルト達は一気に警戒を上げた。

 

「まさか・・・この人って!?」

 

「オレンジプレイヤー・・・!」

 

男の上に表示されているカーソルはオレンジ色だった。

カーソルがオレンジになる条件。それは、圏外で犯罪行為を行うことである。

故に今、目の前にいる男は、犯罪を犯したオレンジプレイヤーであることが言える。

オレンジプレイヤー相手に冷静に戦えるのか。いや、それ以前に自分は人に剣を向けることができるのかとハルトが思っていると、サーニャがハルトに話しかける。

 

「・・・ハルト。差し出がましいとは思いますけど、申し上げておきますわ。このお方はNPCではございません。血の通った人間ですわ。ですが、あなた自身やあなたの大切な人を守る為には決断が必要な時もあるのではなくて?」

 

「・・・サーニャは・・・?」

 

「心配ご無用ですわ。あなたと初めてお会いした頃に申し上げた通り、既に覚悟は決まっておりますわ!」

 

そう言うと同時に、サーニャは男に向かって斬りかかった。

対する男は槍でサーニャの攻撃を防ぎ、鍔迫り合いへと持ち込む。

 

「武器は、それほど、興味ないが、レアなら、コレクションに、加えて、やっても、いい」

 

「お喋りをする余裕なんて、ないと思いなさい!」

 

男の余裕そうな態度に腹を立てたサーニャは《フィンスタニス》を槍ごと押し上げ、男の腕が上に上がり、まる見えになった男の腹目掛けて《フィンスタニス》を振ったが、男は後ろに下がることで躱した。

しかし、それっきりで男が動く気配はなく、異変に気付いたサーニャが警戒しながらも男に問う。

 

「いかがなさいました?トッププレイヤー二人の装備に私の魔剣も手に入るとおっしゃった割には、随分と苦戦なさっていますわね。掠り傷の一つも負わないようお気を付けあそばせ。ひとたび傷を付ければ、あなたは更に不利になりますわよ」

 

何処か余裕を持って、男に忠告するサーニャ。

対する男は、サーニャの言葉には反応せず己の槍を見た。

 

「やはり、刺突武器は、エストックに、限る。槍も、悪くないが、不慣れな武器を、いきなり、使うものでは、ないな」

 

「何をおっしゃっておりますの?」

 

男の発している言葉にサーニャは警戒するが

 

「!? 後ろだ!サーニャ!」

 

「え?・・・あうっ!?」

 

男に警戒し過ぎたせいか、自分に近づいてきている人物の接近に気付かず、いち早く接近に気付いたハルトが呼びかける頃には、サーニャはナイフのような物で斬られた。

 

「サーニャさん!?」

 

「隙だらけだぜ、お嬢ちゃん」

 

「え?きゃ!?」

 

更に、サーニャが斬られたことに動揺したコハルも、動揺した隙を付かれ斬られた。

 

「二人共!」

 

一歩遅れてハルトが二人を斬った男に剣を振ったが、男はそれを躱すと槍使いの男の隣に立った。

突如現れた男は、隣にいる槍使いと同じようなフードつきローブを羽織っており、その手にはコハルとサーニャを斬ったと思われるナイフが握られていた。

新たに現れたオレンジプレイヤーに警戒しながらも、ハルトは二人の安否を確かめる。

 

「大丈夫?二人共」

 

「大丈夫!ちょっと掠っただけだから」

 

「ええ、私も平気ですわよ。この程度、ほんの掠り傷ですわ」

 

特に異常が無さそうな二人にホッとするハルトだったが

 

「あるよ!策、あるよ!」

 

ナイフ使いの突然の大声により、再度、警戒する。

 

「何ですの?言いたいことがあるのならはっきりおっしゃったらどうかしら」

 

「掠り傷の一つも負わないようお気を付けあそばせ。ひとたび傷を付ければ、あなたは更に不利になりますわよ」

 

ナイフ使いの余裕な態度にサーニャは詰め寄るが、ナイフ使いは笑顔で先程サーニャが言ったことを口調ごと真似して言った。

それに腹を立てたサーニャが更に詰め寄ろうとしたが

 

「っ!? か、体が・・・!?」

 

「サーニャさん!?どうしたの!?いったい何が・・・っ!?な、なにこれ・・・体が・・・」

 

突如地面に倒れ、コハルも同様に地面に倒れた。

突然倒れた二人にハルトは混乱したが、二人のHPバーに表示されているものを見て目を見開いた。

 

「これは・・・麻痺毒か!?」

 

「せいかーい!」

 

ハルトの呟きにナイフ使い改め毒ナイフ使いが高い声で叫ぶ。

やられた、と苦虫を嚙み潰したような顔をするハルトに、毒ナイフ使いは笑みを浮かべながら喋り出す。

 

「SAOってのはな、スキルや熟練度を上げてくとこんなこともできるようになるんだぜ。まあ、そこにいる全身鎧野郎は斬ろうにも斬れなさそうだし、あんたは、そこに倒れている二人より全然隙がなかったぜ・・・俺ならばの話だがな」

 

「何!?」

 

どういう意味かと、ハルトが警戒した直後

 

ブンッ!

 

「なっ!?くっ!」

 

茂みから新たにローブを羽織った男がハルトに急接近し、ハルト目掛けて剣を振り下したが、ハルトは咄嗟に剣を前に出し男の攻撃を防いだ。

 

「ひゅ~、まさかサブヘッドの奇襲も通用しねぇとは。やはり、仕掛けておかないで正解だったぜ」

 

毒ナイフ使いが感心している中、ハルトは鍔迫り合いに持ち込みながら目の前にいる男を見る。

他のオレンジプレイヤー同様、顔はフードに隠れて見えないが、フードの隙間から薄っすらと白い髪が見えた。

 

「・・・お前、この中で一番強いな」

 

「お前は・・・!」

 

鍔迫り合いの中、話しかけてきた男をハルトは睨み付ける。

 

「だが、俺の敵ではないな」

 

「ぐっ!?」

 

急激に男の剣の押す力が強くなり、ハルトは剣を上に押し出され腕が上に上がってしまう。

その隙を付いて白髪の男はハルトの腹に蹴りを入れる。

強烈な蹴りに飛ばされるも、何とか体制を立て直して前を見るが、ハルトの正面にいた男の姿が見当たらない。

どこにいった、と警戒していると後ろから人の気配がした。

 

「!? 後ろか!」

 

キンッ!

 

「ほう・・・」

 

ハルトは咄嗟に体を後ろに回し攻撃を防いだ。

後ろからの攻撃を防いだハルトに、男は感心しながらハルトから距離を取った。

 

「ひゅ~、やるぅ~。さて・・・そんじゃ、本格的に狩りを始めるとしますか」

 

毒ナイフ使いの言葉と共に、ローブを羽織った男たちが次々と茂みから現れた。全員、フードで顔を隠しているが、フードの隙間から見える口元で嫌な笑みを浮かべていた。

ハルトとリーテンが迎え撃つべく武器を構える。

 

「ヘッド!指示、お願いしやぁす!」

 

毒ナイフ使いが後ろを向いて喋ると、一番後ろにいた男が静かに口を開いた。

 

「殺せ」

 

その簡潔な言葉が引き金となり、オレンジプレイヤー達は一斉に動き出した。

その内、二人の男がハルトに近づこうとしたが、その前にサブヘッドと呼ばれた男に制止させられる。

 

「どけ、こいつの相手は俺がする」

 

「え!?けどよ、サブヘッド!」

 

「聞こえなかったか?・・・どけ」

 

男から放たれた威圧に仲間の二人はビビりながらヘッドと呼ばれた男に目線を向ける。

目線の意味を察した男は「はぁ~」とため息をつきながら周りの部下たちに指示を出す。

 

「好きにしろ。てめえらは手を出すなり、待機するなり好きにしておけ。残りはあの鎧野郎の相手。てめえら二人(槍使いと毒ナイフ使い)はそこで倒れている女二人を見張っておけ」

 

「・・・了解」

 

自分たちも戦いたかったのか、男二人は不本意な顔をしながらもサブヘッドの戦いを見守ることにした。

一方、ハルトは白髪の男と剣で打ち合っていた。

白髪の男は表情に何の変化はないが、ハルトは少し険しい表情だ。

男の攻撃は、今までの敵と違って一撃一撃が全て鋭く、少しでも目を放してしまえばあっという間に斬られると思うくらい速かった。

このまま打ち合っていても埒が明かないと感じたハルトは剣を構え直すと男目掛けて突こうとした。

白髪の男は剣を前に出して防ごうとしたが

 

「っ!?」

 

剣で突こうとした瞬間、ハルトはクイックチェンジで武器を剣からメイスに変えて、メイスで男の剣目掛けて突いた。

メイスの一撃を剣で受け止めるが、その衝撃によって、白髪の男は足を地面に付けながら後ろに下がる。

 

「・・・なるほど。同じ片手のみで使える武器でも、斬属性より打属性の方がパワーはあるな」

 

白髪の男は何処か納得しながら喋るが

 

「だが、パワーはあっても、速度がないだろう」

 

そう言いながら、クイックチェンジで武器を剣からレイピアに切り替えた。

ハルトが警戒する中、白髪の男はレイピアを構えた次の瞬間、凄まじい速度でハルトに迫り<ブルー・スター>を繰り出した。

<ブルー・スター>のモーションをしっかり見ていたハルトはどのタイミングでソードスキルが発動されるのか予想していた。予想してなかったのは

 

「っ!?」

 

その速さである。

驚異的な移動速度に驚きつつも咄嗟に体を捻らして躱したが、ハルトの体には僅かな切り傷が刻まれていた。

先程の<ブルー・スター>の移動速度。下手すれば、アスナと同等の速さであるかもしれない。

それと同時にハルトは気が付いた。目の前にいる男は自分と同じ戦闘スタイルだということに。

 

「《全属性使い》(オールラウンダー)・・・!」

 

全属性使い》(オールラウンダー)とは、斬、突、打の三つの属性を持つ武器全てを使いこなすプレイヤーのことである。

プレイヤーは本来、手に持つ武器とクイックチェンジ用の二つしか武器を装備することができず、最低でも二種類の属性の武器しか装備することができない。

故に、三種類もの属性を持つ武器を全て使っているプレイヤーは数少ない。

いたとしても、強化や熟練度を上げるのに苦労したりなど、デメリットも大きい。

ハルトはそこら辺のデメリットを、アルゴから教えてもらった熟練度やコルをたくさん貰えるクエストで、効率良く強化していくことで補っている。また、本人の実力もあり、攻略組。いや、トッププレイヤーで唯一の《全属性使い》(オールラウンダー)として名を上げている。

だからこそ、目の前にいる男が自分と同じ《全属性使い》(オールラウンダー)。それも、かなりの実力者であることに驚いていた。

 

「何を驚いている?お前がそうであるように、俺もまた、《全属性使い》(オールラウンダー)であることには何の不思議はないだろう?」

 

対する白髪の男は当たり前であるかののように喋った。

ならばとハルトは<ヴォーパル・ビート>のモーションをすると

 

「ハッ!」

 

地面に目掛けて<ヴォーパル・ビート>を繰り出し、その衝撃で生まれた砂塵に辺りは包まれる。

一方、視界が奪われたにも関わらず白髪の男は冷静だった。

 

「(ふん、目くらましのつもりか・・・)」

 

心の中でそう呟いたが、その隙を付いて討ち取ってやれる程自分は甘くはない。

しかし、次のハルトの行動は予想してなかった。

 

「何っ!?」

 

ある程度砂塵が晴れて視界が見えるようになった途端、ハルトは自身の武器であるメイスを白髪の男目掛けて投げつけた。

突然投げられたメイスに驚きつつも、白髪の男は咄嗟にレイピアを振り上げて、メイスを上に弾き飛ばした。

 

「自分の武器を投げるとは・・・!っ!?奴はどこに行った!?」

 

何とか攻撃を食らわずに済んだ白髪の男はまたもや驚愕した。

先程まで正面にいたはずのハルトの姿が見えなかったからである。

どこに行った?と前後左右見渡してもどこにもいない。下にもおらず、残りは上かと上を見上げると

 

「うおーーー!!」

 

そこには、先程白髪の男が上に弾き飛ばしたメイスを持ったハルトがいた。

そして、落下と共に棍を地面に叩きつけるように振る片手棍のソードスキル、<アビス・インパクト>でメイスを男の右肩目掛けて振り下ろした。

 

「ぐっ!?」

 

白髪の男もこの攻撃には対応できず、右肩に強力なソードスキルの一撃を食らってしまう。

白髪の男はハルトから距離を取って左手で右肩を押さえながら口を開く。

 

「・・・どうやら、俺はお前の力を見くびっていたようだな」

 

「これでも、一応はトッププレイヤーを名乗っているつもりだから」

 

「そのようだな・・・だから、ここからは俺も本気でやらせてもらおう」

 

男の纏う殺気が周囲を飲み込む。先程までの生易しいのとは違う、目の前の相手を殺すという意思がある本物の殺気。

それを感じたハルトは極力冷静さを保ちながらメイスを構え直した。

 

「はーい!ちゅうもーく!」

 

その時、先程の毒ナイフ使いの陽気な声が聞こえ、ハルトと白髪の男が振り向くとそこには

 

「いや・・・やめて・・・」

 

「ぐっ・・・卑劣な・・・」

 

「動くなよ~動いたら首をカッ斬っちまうぜ~」

 

「まるで、魔女に、買われている、子猫、だな」

 

毒ナイフ使いがコハルの首に、槍使いがサーニャの首にそれぞれの武器を突き付けた。

その光景を見てハルトはすぐに理解した。二人は完璧な人質であった。

 

「卑怯な・・・!」

 

ハルトが怒りを露わにするが、手を出すことができず、悔しそうな顔で人質になっているコハルとサーニャを見つめる。

一方、仲間たちのやっている事を黙って見ていた白髪の男は

 

「ふん、余計なことを・・・」

 

何処か呆れるように呟くと、再度ハルトの方を見た。

 

「さぁ、どうする?翠の剣士。貴様が少しでも動けば俺の仲間たちはすぐにでも貴様の仲間の首を狩るつもりだ。それとも、無能二人を見捨てて俺と続きをするか?」

 

手を広げながらハルトに問いかける。

男の問いにハルトは、白髪の男と人質になっているコハル達を交互に見たが、やがて、武器をストレージにしまうと頭を下げ、両手と額を地面に付けた。

 

「・・・僕の事は好きにしてくれても構いません。でも、二人の事は傷つないでください」

 

それは必死の土下座だった。己のプライドを捨ててでも、ハルトはコハルとサーニャの命を選んだ。

ハルトの土下座に目を見開くコハルとサーニャ。対する槍使いは無表情だが、毒ナイフ使いは「おお~」と興味深そうに笑っている。

そんな中、白髪の男は無言でハルトを見続けていたが、後ろに待機させていた仲間を手で招き寄せた。

そして、仲間二人が男の隣に立つと静かに口を開く。

 

「殺れ」

 

「「ラジャー♪」」

 

一言だけ述べられた指示を理解した二人は、待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべ

 

「がはっ!?」

 

土下座しているハルトの腹を思いっ切り蹴り上げた。

 

「ハルトさん!?ぐっ!」

 

「おっと、行かせないぜ」

 

リーテンがハルトを助けに行こうとしたが、他のオレンジプレイヤーに阻まれる。

そうしている間にも、ハルトは抵抗することもなく男たちに殴られていき、徐々にHPが減っていく。

 

「ヒャッハー!!いいねぇ!人間サンドバッグってのはよぉ!!」

 

「一度言ってみたかったんだよな~!こうして、拳を握って・・・歯を食いしばれ!!」

 

「ぐふっ!ガハッ!?」

 

一方的に痛めつけられるハルト。

その光景は正に惨いという言葉が似合う光景だった。

 

「やめて・・・やめてよ!こんなの、ひどすぎる!」

 

「よくもまあ、こんな非道を平気で行えますわね!恥を知りなさい!」

 

「何言ってんだ?こいつは自分の意思でサンドバッグになることを選んだぜ。それによう、好きにしてくださいって言ってんだから、好きにさせているだけだぜ」

 

コハルとサーニャがやめさせるよう必死に懇願するも、毒ナイフ使いは止める気配はなく、笑いながらハルトが痛めつけられていく様を見ていた。

ハルトへの暴行は殴る蹴るだけには収まらず、次第には棍やレイピアなどで殴ったり刺したりなど、もはや過激を通り越して残虐と化していた。

 

「もういいよ!ハルト!ハルトが本気で戦えば、そんな奴らになんか負けたりしないんでしょ!?私は大丈夫だから、お願い!戦ってよ!」

 

コハルが泣きそうな顔でハルトに向かって叫ぶが、ハルトは笑いながら大丈夫だと返す。

やがて、ハルトのHPがレッドに達した時

 

「どけ、止めは俺がやる」

 

白髪の男が仲間二人を制止させた。

二人は物足りない顔をしながらも渋々指示に従い攻撃を止めるが、代わりにハルトの前に出た白髪の男はハルトの首を掴み体ごと上に持ち上げた。

 

「あぐっ・・・!」

 

「翠の剣士よ。冥土の土産に一つ教えてやろう。お前が我々に敗れた理由を」

 

人質を使っておいて何を。とハルトは思ったが

 

「お前が敗れた理由はただ一つ。弱い仲間を持ったからだ」

 

「「!?」」

 

男の言葉にハルトだけでなくコハルも目を見開いた。

ハルトは即座に反論しようとしたが、上手く声が出ない。

それは首を締め付けられて声が出ないせいなのか、それとも心では否定しても言葉では否定しきれないからなのか。

そんなハルトを見て、男は興味を無くしたかのように左手でハルトの首を押さえながら右手に持っているレイピアをハルトに突き付けた。

 

「それでは、そろそろご退場願おう。来世では無能に巡り合わないことを祈りながら・・・逝け!」

 

「やめてーーー!!!」

 

コハルの決死の叫びも空しく、男のレイピアがハルトの首を貫こうとしたその時

 

グサッ!

 

「何っ・・・!?」

 

レイピアを持っている右手に突如強い衝撃を受け、男の手元にあったレイピアが男の手元から外れ、外れたレイピアは空高く舞い、フィールドに突き刺さった。

己の身に起きた異変に気付き、白髪の男は咄嗟にハルトの首を掴んでいた左手を放し、距離を取りながら自身の右手を見る。

すると、右手には一本の矢が刺さっていた。

男は理解した。先程自分の手元からレイピアが外れたのは、己の手に矢が当たった衝撃でレイピアが手元からずれたからなのだと。

 

「あん?」

 

「何が、起きた?」

 

一方、止めを刺すと思われたサブリーダーが突如ハルトから距離を取ったのを見て、不思議がる毒ナイフ使いと槍使い。

故に、森の茂みから己に接近している存在に気が付かなかった。

 

「「うおおおーーー!!!」」

 

「ぐはっ!?」

 

「ぐぉ!?」

 

叫び声と共に短剣と槍の強力なソードスキルが二人組を吹き飛ばした。

コハルとサーニャは目を見開きながら、自分たちを助けてくれたと思わしき二人の少年の背中を見つめている中、二人はコハル達の方を振り向いた。

 

「無事か!?二人共!」

 

「まだ首はあるみてぇだな。まあ、コハルはともかく、銀髪はなくても良かったけどな」

 

「トウガさん!ソウゴさん!」

 

「あなた方!どうしてここに!?」

 

コハルとサーニャを助けた人物の正体は先程まで《闘儀の回廊》にいたはずの「紅の狼」トウガとソウゴだった。

ダンジョンにいたはずの彼らが何故ここにいるのかとサーニャの問いにトウガが答える。

 

「あの後、《闘儀の回廊》を出た俺たちは、黒猫団の面々を転移門に送っている途中にシロコイ達と会ってな。そこで、お前たちがオレンジプレイヤーの集団に狙われていると聞いて駆けつけてきたんだ」

 

「黒猫団の奴らは、どうせ来ても役に立たねぇから先に転移門に向かわせて帰らしたから安心しろ。今、いるのは、俺たちとシロコイ。後は・・・」

 

キンッ!

 

ソウゴが説明している中、リーテンが戦っている方から何やら金属音が聞こえ、そちらに顔を向けると、そこには

 

「クソっ!なんだこいつ!?」

 

「攻撃が全然入らねぇ!」

 

「ハッハッハッ!この程度で俺を止められると思うなよ!!」

 

「あ、暑苦しい・・・」

 

高笑いしながらもオレンジプレイヤーの攻撃を次々と防御していき、完全に調子に乗っているカズヤと、そんなカズヤに若干引いているリーテンの姿が見えた。

一方、ハルトの方でも、ハルトから距離を取り、突然自身に向けて放たれた矢の攻撃に警戒する白髪の男。

すると、矢が放たれたと思われる茂みの方向から一人の少年。いや、見た目少年、中身青年のシロコイが現れた。

ハルトを庇うかのように、シロコイがハルトの前に立ちながらハルトに話しかける。

 

「待たせてすまない、ハルト」

 

「すみません、シロコイさん。助けてもらった上、この状況で言うべきではないと思うんですけど言います。待ってませんよ?」

 

「大丈夫ですか?ハルトさん」

 

「これで回復するっす」

 

「コノハ、レイス。君たちも来たんだね」

 

シロコイの言葉にツッコミつつも、レイスから手渡された回復ポーションを飲みギリギリ残っていたHPを回復するハルト。

 

「皆さん・・・私たちを助ける為に・・・」

 

「ふっ、当然だろ。俺たちはこの世界で出会った仲間であって、友達だからな。友を助けるのに理由なんていらないさ」

 

「つぅ訳で、後は俺らに任せてテメェらは麻痺が回復するまで休んどけ。特に銀髪は寝ている間に、まともな感謝の言葉でも考えてろ」

 

「ええ、悔しいですけれど、動けない状態では何もできませんわ。ここは、あなた方に任せますわ・・・あなた、後で覚えてなさい」

 

「やるか?銀髪」

 

「喧嘩なら後にしろ。今は、こいつらが先だ」

 

サーニャに喧嘩を売っていたソウゴだが、トウガの言葉で止める。

二人は目線を先程吹き飛ばした男たちの方に向けながら話す。

 

「どっちにする?」

 

「・・・短剣の方をやる。相手が麻痺毒を持っている以上、リーチが長いこちらの方が有利だ」

 

「そうか。なら、俺は槍使いだな。麻痺毒に気を付けろよ」

 

互いの戦う相手が決まったところでトウガとソウゴは武器を構える。

対する立ち上がった二人組はトウガとソウゴを睨み付ける。

 

「ああ~せっかくいいところだったってぇのに邪魔しやがって・・・これはぶち殺し確定だな」

 

「俺たちの、姿を、見た者は、生かして、帰さん」

 

殺意むき出しに喋る二人組に、トウガとソウゴは特に反応はぜず無言で見続ける。

しばらく、静寂が続いたが、先に動いたのは毒ナイフ使いからだった。

 

「シャァーーー!!」

 

奇声を上げながら、トウガ目掛けて毒ナイフを振ったが

 

「攻撃を仕掛けている人間の見た目に反しては中々無駄のない動きだが、見切れない速さではないな」

 

キンっ!

 

トウガは冷静に分析しながら短剣で受け止めた。

 

「隙、だらけ、だ」

 

その隙を付いて、槍使いがトウガの後ろから槍を突き刺そうとしたが

 

「ふんっ!」

 

「何っ!?」

 

トウガは槍の刃の部分を掴む事で自身への攻撃を防いだ。

 

「防御と言っても、何も武器だけで防ぐことが防御では無いだろ」

 

その程度も知らないのか?と言いたげな顔でトウガが言う。

その隙にソウゴが毒ナイフ使いに近づき、そのままジャンプすると

 

「おらっ!」

 

「ふべっ!」

 

毒ナイフ使いの顔面に強烈なジャンピングキックを入れ、そのまま吹き飛ばした。

 

「後は任せた」

 

「そっちも、うっかりやられんじゃねぇぞ」

 

一言だけ言葉を交わすと、ソウゴは先程吹き飛ばした毒ナイフ使いの追撃に向かった。

孤立したエストック使いは飛ばされた毒ナイフ使いを追いかけようとしたが

 

「悪いが、お前の相手は俺だ」

 

トウガが前に立ちはだかり、行かせないと決め込んでいた。

対する槍使いは特に焦った様子もなく

 

「作戦、変更、だ。お前を、殺してから、あの、男も、殺す」

 

そう言うと、男の持っていた槍が手元から消え、代わりに一本の細剣が男の手元に現れた。

 

「これは、レイピア・・・?いや、エストックか!?」

 

「正解、だ」

 

そう言った次の瞬間

 

「っ!?」

 

槍使い改めエストック使いの姿が消えたと思ったら、トウガ目掛けてエストックで突いてきた。

トウガは咄嗟に短剣を前に出し、自身を貫こうとしたエストックを防いだ。

 

「い、今・・・何が起きたの?」

 

「動きが・・・全く見えませんでしたわ」

 

先程の光景を倒れながら見ていたコハルとサーニャは何が起きたのかと呆気にとられていた。

 

「ほう、この、攻撃を、防ぐ、とは。だが、次は、どうだ?」

 

感心しながらエストック使いは次の攻撃を繰り出し、トウガはそれを防ぎながら自身も短剣を振り下ろして反撃していく。

トウガとエストック使いは、短剣とエストックで激しい剣戟を繰り広げていた。

目にも止まらぬ速さで剣戟を繰り広げる二人に、コハルとサーニャが圧倒されている中、何度目か分からない鍔迫り合いの最中、エストック使いが口を開く。

 

「どうした?防ぐ、だけで、精一杯、か?」

 

「・・・・・・」

 

エストックの使いの言葉にトウガは無言のまま短剣に力を入れる。

しばらく鍔迫り合いが続いていたが、エストック使いは力を入れていたエストックをふと後ろに下げる。そして、エストックをトウガ目掛けて突いたが、トウガはそれを予想してたかのように突きをしゃがんで回避すると

 

「お前のエストックは速いが、攻撃パターンやお前の動きを見切ってしまえば、どうということはない!」

 

そう言いながら、短剣で斬り上げた。

エストック使いは体を後ろに曲げることで攻撃を躱したが、その時、一瞬だけフードの奥に隠れていた顔が見えた。

 

「・・・赤目?」

 

それは、仮面の下で薄っすらと光り輝く赤色の目だった。その目には美しさはなく、おぞましい。けれども、何処か惹かれような何かを感じるものだった。

光り輝く赤色の目に見惚れ、思考が一瞬だけ鈍くなるトウガ。

その一瞬がトウガの反応を遅らせた。

 

「対応が、遅れたな」

 

エストック使いはその一瞬の隙を見逃さず、<スター・スプラッシュ>のモーションに入っていた。

 

「マズい!」

 

トウガは咄嗟に回避しようとしたが、八連撃もあるこのソードスキルの連撃を全て避けきるのは困難であり、エストック使いから繰り出された<スター・スプラッシュ>を全て避けきることはできず、何箇所かエストックによって体を貫かれた。

 

「ぐっ・・・!」

 

強力なソードスキルを食らい、その場に膝を付くトウガ。

すると、エストック使いがトウガに向かってエストックを突き付けながら喋った。

 

「一対一、なら、俺に、勝てると、思ったか?そう簡単に、俺を、出し抜けれると、思うな」

 

「そんな・・・トウガさんが一方的に押されているなんて・・・」

 

「先程、私と戦った時は手加減されておりましたのね・・・」

 

コハルが信じられないといった顔をし、サーニャが先程まで自分と戦ってた時に手加減されてたことに気付き苦渋の表情をしていた。

しかし、トウガは顔色を変えることはなく

 

「・・・確かにお前は強い。悔しいが、お前の実力は攻略組にも匹敵する。だが!その程度で絶望してやれる程俺は弱くないぞ!」

 

そう言いながら、エストック使いに斬りかかった。

再び剣戟を繰り広げる両者だったが

 

「(くっ、隙がなさすぎる!)」

 

エストック使いは槍の時と違って相当な手練れであり、男から繰り出される素早い攻撃に、トウガはソードスキルを発動させる暇もなく防戦一方であった。

 

「どうした?先程、までの、威勢は、何処に、いった?」

 

「ちっ、抜かせ!」

 

言葉では強気になっているトウガだが、実際はかなり焦っていた。

 

「(このままでは、奴のエストックに押し切られて終わりだ。強力なソードスキルを繰り出そうにも、奴のエストックが速すぎてスキルを出す暇がない。何とか奴がソードスキルを発動させる前にこちらからソードスキルで決めれればいいが、今の俺には、奴のエストックよりも早くソードスキルを発動させる技術は・・・)」

 

剣戟を繰り広げながら、打開策を考えていたトウガだったが

 

「(待てよ・・・この間、習得したあれなら行けるかもしれない)」

 

何か掴んだのか、その場で立ち止まり、エストック使いを正面から見据えた。

それを好機だと思ったエストック使いは、トウガに近づきながらの<スター・スプラッシュ>のモーションをし

 

「終わり、だ」

 

<スター・スプラッシュ>を放とうとした瞬間

 

「今だ!」

 

トウガはソードスキルが放たれるタイミングでジャンプし、<スター・スプラッシュ>を躱した。

すると、トウガは跳んでいる最中に空中で短剣を三振り程振った。

一方、自身のソードスキルを躱されたエストック使いは空中にいるトウガを見ると鼻を鳴らした。

 

「ふん、空中に、跳んだ、からと、いって、俺の、攻撃から、逃れられると、思うな」

 

「お前の攻撃?もう避ける必要なんてないぞ」

 

「なに?・・・大口を、叩けるのも、今の内だ!」

 

トウガの言葉の意味を理解できなかったものの、エストック使いはトウガの着地した瞬間を狙おうとエストックを構えながらトウガに迫ってきた。

対するトウガは、特に焦った様子もなくニヤッと笑みを浮かべると

 

「なぜなら・・・お前は既に俺の攻撃範囲内(テリトリー)だ」

 

そう言いながら、着地と同時に短剣を振った次の瞬間

 

「ぐぉ!?」

 

トウガの近くまで迫ってきていたエストック使いが突然何かに斬られたかのような声を出し、動きを止めるとその場に膝を付いた。

トウガに近づいた瞬間斬られた様な感覚を身に感じたエストック使いは己の体を見てみると、案の定斬られたような跡があった。

あの一瞬で何が起きたのか。エストック使いやそれを見ていたコハルとサーニャも驚きながらトウガを見る。

一方、謎の攻撃を仕掛けた張本人(トウガ)はHPが半分以下になったエストック使いのHPバーを見つめると、独り言のように呟いた。

 

「HPバーには特に何もないな。やはり、そう簡単には麻痺らないか・・・熟練度とかをもっと上げれば麻痺を付与できる確率も上がるか?」

 

短剣ソードスキル<ラジオナイフ>。全方位攻撃を持つこのソードスキルは食らえば大ダメージは勿論のこと。低確率で相手を麻痺らせることができるソードスキルである。

しかし、それを発動させるモーションは極めて難しく、空中で三回素振りをした後、着地と同時に最後の一振りをしないと発動しない。

トウガが<スター・スプラッシュ>を空中に跳んで避けたのには二つの理由があった。一つは攻撃を回避するため。もう一つは<ラジオナイフ>でエストック使いにカウンター攻撃を仕掛ける為であった。

膝を付きながらトウガを見上げるエストック使いに、トウガは先程エストック使いがやった時と同じように短剣を向けながら宣言した。

 

「俺一人なら余裕だと思っていただろ?悪いが、こちらも毎日メンバー同士で一対一のデュエルをしていてな。そう簡単に俺を出し抜けれると思うなよ」




・「あるよ!策、あるよ!」
謎のブラックさん「無いよ!剣、無いよ!」

・白髪の男
オリキャラの一人。顔はまだフードに隠れて見えないが、隙間から薄っすらと白髪が見えている。CVは神谷浩史。オレンジ集団並びに後の「ラフィン・コフィン」サブリーダーで、その実力もハルトと同じくらいの強さを持っている。※一応言っておきますがテュフォン(SAOIFオリキャラ)ではありません。

・<ブルー・スター>
細剣の星4スキル。攻撃しながら前方に移動できるスキル。簡単に言えば、<シューティングスター>の星4バージョン。

・《全属性使い》(オールラウンダー)
文字通り(作者命名)、SAO及びSAOIFで三つの属性武器全てを使いこなせるプレイヤー。ハルトは片手直剣、細剣、槍、片手棍、斧の五つの武器を鍛えています。ちなみに作者はこの五つに加えて短剣も鍛えています。割と大変。


・<アビス・インパクト>
オリジナルスキル。SAOIFだと片手棍の星4。空中に空高く跳び、落下と共に棍を地面に叩きつけるように片手で振り下ろすソードスキル。自分の前方にいる敵を円形の範囲で攻撃でき、威力も中々ある。

・<ラジオナイフ>
オリジナルスキル。SAOIFだと短剣の星4。自分の周りにいる敵を攻撃することができる全方位攻撃を持つソードスキルで、低確率で相手を麻痺らせることができる。ただし、麻痺は人間のみにしか発動されないので、エネミーにやっても麻痺らない。


オレンジプレイヤー戦、前半戦終了!
終始戦闘シーンとなると、やっぱり時間が掛かるな。
次回、ソウゴVS毒ナイフ使い。ハルト&シロコイVS白髪の男。そして、あいつとあいつが遂に再会する!


<オマケ>
現在、SAOIF三周年前ということで、カウントダウンに合わせて『ソードアート・オンライン IF』のオリキャラを一日ごとに紹介しています。興味がある方はこちらのリンクからご覧ください。


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ep.25 夕暮れの激闘(後編)

何とかSAOIF三周年前に間に合った。
オレンジプレイヤー戦、後編。


「ヒャッハー!どうした!?避けるだけで終わりか!?もっと攻めて来いよぉ!」

 

「・・・・・・」

 

毒ナイフ使いが何やら叫んでいるがソウゴは無視する。

こんな安い挑発に乗ってやる程ソウゴは馬鹿でない。

ただでさえ、一発でも食らえばアウトの攻撃を一瞬の油断で食らってやるなんて、こんなにもマヌケなことはない。

一撃一撃を避けたり防いだりしながらソウゴは毒ナイフ使いを観察していく。

 

「(奇声を発している割には動き自体に無駄がない。相当な数を殺っている見てぇだが、攻略組でもない奴がここまで動けるようになんのか?)」

 

この男の場合、対人戦になっても、あの毒ナイフで当てさえすれば戦闘もクソもない。麻痺毒で動けなくした後はいたぶるか首を斬るかの二択だ。

にもかかわらず、この毒ナイフ使いは攻略組でないのに相当対人戦慣れしていることにソウゴは疑問に思った。

仲間たちとデュエルして鍛えたからなのか。それとも、クエストなどで人型のエネミーと戦いながら鍛えたのか。それとも、普段は毒ナイフを使わないで戦っているからなのか。

様々な考察を立てていたソウゴだったが、その最中もう一つ疑問が浮かび上がった。

 

「(こいつの声・・・どっかで聞いたことがあるような・・・)」

 

聞いているだけで耳障りと思えてしまう馬鹿みたいに高い声。

ソウゴはそれをどこか聞いたことがあるように感じた。それも一回だけじゃない。

どこだ。いったいどこで聞いたことがある、とアインクラッドに来てから今まで行ったことのある場所を思い出しながら考えていたソウゴだったが

 

「っ!?」

 

「くぅ~惜しいぃ~!もう少しで楽になれたってのによぉ~!」

 

いつの間にか隙ができてしまったのか、ナイフが当たる直前の所で何とか防いだ。

 

「(今はそんなことを考えている暇はねぇな)」

 

相手は相当な手練れだ。

そんな相手とライフ1で戦うクソゲーの中、他の事を考えている余裕はない。

自身の考察を一旦記憶の片隅に置いて、再度、戦いに集中する。

そんな冷静なソウゴとは違い、毒ナイフ使いは表面は笑っているが、内心かなり苛立っていた。

 

「(ちっ、ちょろちょろとしぶといガキだな)」

 

今まで、この毒ナイフを食らった者は一人たりとも動けなくなり、色んな物を奪った後にジ・エンドしてきた。

一撃でも当ててしまえばこちらの勝ちなのに、目の前にいる名も知れぬガキに一撃も食らわせずにいる。

その事実が毒ナイフ使いの苛立ちを更に加速させる。

 

「(さっさとくたばっちまえよ。お前を人質にしちまえば、ショータイムの続きができるってのによぉ)」

 

戦闘が長引くごとに湧いてくるイライラを押さえながら戦っていた毒ナイフ使いだったが、遂に限界がきた。

ふと、攻撃を止め、毒ナイフ使いはその場に立ち止まった。

先程まで攻めてばかりだった毒ナイフ使いの急激な変化にソウゴは警戒する。

 

「あーあ、ちまちま攻撃してんのも飽きてきたな。そろそろ決めてやるよ!俺の最強っの必殺技でな!」

 

「(・・・何をする気だ?)」

 

何をするのか分からないが、先程と違って明らかに雰囲気が変わった毒ナイフ使いに警戒するソウゴ。

すると、毒ナイフ使いはソウゴに急接近しながら<サーペント>のモーションを始めた。

来るっと予想し、ソウゴは咄嗟に槍を構え防御の体勢をするが、次の瞬間、毒ナイフ使いの姿が消えた。

 

「フェイント!?っ!?奴はどこに行った!?」

 

繰り出されようとしてた<サーペント>はフェイクであり、防ぐのに集中していたソウゴは対応に遅れ、毒ナイフ使いの姿を見失った。

辺りを見渡すソウゴ。その後ろから

 

「あばよ!シャァーーー!!」

 

勝利を確信した毒ナイフ使いは奇声を上げながらナイフをソウゴに振った。

一方、奇声のおかげで後ろに毒ナイフ使いがいる事に気付いたソウゴだったが、気付いたにも関わらず一歩も動かないで小さく呟く。

 

「ああ・・・」

 

毒ナイフがソウゴの首筋に迫る。

 

「てめぇがな」

 

その直後

 

「うぶっ!?」

 

毒ナイフ使いは突如腹に衝撃がきて思わず声を出した。

後ろからの攻撃を予測していたソウゴは槍を後ろに突き、柄の部分で男の腹に突いたのである。

毒ナイフ使いが腹を押さえながら怯んでいる隙に

 

「消えろ」

 

「ぐぇ!?」

 

<ワイルド・ゲットリド>で毒ナイフ使いを吹き飛ばした。

毒ナイフ使いは物凄いスピードで後ろに飛んでいき、やがて、森の木に背中から激突した。

その様子を眺めながらソウゴは呟いた。

 

「なめんなよ。戦いの最中に奇声を上げる馬鹿に一撃でも貰われたら、うちのリーダー(トウガ)に合わせる顔がねぇんだよ」

 

ましてや、こっちはてめぇが声を上げるまで後ろにいたことに気が付かなかったのに。こいつ、実は馬鹿なんじゃねぇ?とソウゴは思った。

 

 

 

 

トウガとソウゴが戦っている一方、ハルトとシロコイは白髪の男と睨み合っていた。

コノハとレイスをリーテンの方に向かわせて、一触即発の状態の中、ハルトは隣にいるシロコイに話しかける。

 

「気を付けてください、シロコイさん。あのオレンジプレイヤー、《全属性使い(オールラウンダー)》です」

 

「《全属性使い(オールラウンダー)》か・・・そうなると、大抵の武器は対策されていそうだな。ハルト、お前はあいつと戦ってみてどう思った?」

 

「・・・強いと思いました。《全属性使い(オールラウンダー)》としてだけじゃない。純粋な剣の腕でも、あのオレンジプレイヤーは攻略組。いや、トッププレイヤーにも匹敵する実力です」

 

ハルトの説明を聞いて、シロコイは厄介そうに顔をしかめながら目線を白髪の男の方に向けた。

トッププレイヤーとなると下手な小細工は通用しなさそうだ。

ならば、やるべき事は一つ。狙撃手として味方を援護するのみ。

 

「・・・まだ戦えるか?ハルト」

 

「勿論。こんなことで根を上げている暇なんてないですよ」

 

「よし、作戦はシンプル。お前がアタッカーで俺が援護。いいな?」

 

シロコイの言葉に頷くと、ハルトは前に出た。

一方、白髪の男は警戒しながらシロコイを見ていた。

 

「(あの距離から俺の手をピンポイントに射抜く技術。あの弓使い、相当な腕を持っている)」

 

かなり離れた距離で自身の手に当てたことを評価しつつも、その弓の腕前に警戒していた。

 

「ハァーーー!」

 

「!?」

 

そして、目線をハルトに戻すと、こちらに迫ってきているハルトがいた。

両者、クイックチェンジで互いの武器を片手直剣に戻し、剣で打ち合う。

最初は防ぐだけで精一杯だったハルトも、反撃したりなど徐々に男の剣に食らいついていく。

次第に自分の剣に追いついてきたハルトを白髪の男は心の中で評価する。

 

「(あの翠の剣士も戦いの最中にどんどん成長している。早々に消さないとマズイな・・・)」

 

それと同時に、放置しておけば、将来自分たちに取って危険な存在になるだろうと危惧した。

戦いはハルト達の方が優勢だった。

ハルト自身も戦っていく内にどんどん白髪の男の剣に食らいついていくようになり、徐々に白髪の男を追い詰めていく。

更には

 

「っ!?」

 

キンッ!

 

シロコイの矢を咄嗟に剣を前に出して防ぐ。

一見、簡単そうに防いだがそうではない。シロコイの発射タイミングはほぼ完璧とも言えるものだった。一般のプレイヤーなら矢に気付いても、それを防ぐことは困難だろう。

しかし、白髪の男は驚異的な反射神経で自身を貫こうする矢を次々と避けたり防いだりしていた。

それでも、向こうは一人でこちらは二人。ハルト達が優勢であることには変わらない。

 

「(翠の剣士の方もだんだん俺の剣についてきているが、一番厄介なのは弓使いの援護だな)」

 

白髪の男は戦いながらも状況を観察していき、どちらが厄介かを考えた結果

 

「(ならば・・・やるべき事はただ一つ。先にあの弓使いを消す!)」

 

白髪の男は標的をハルトからシロコイに変えた。

何回か剣を打ち合い、再び鍔迫り合いになった時、白髪の男はハルトに向かって小さく呟く。

 

「悪いが、お前は後回しだ」

 

「何!?くっ!」

 

男の言葉に驚くハルトだったが、次の瞬間、蹴りが迫り、剣を前に出して防ぐも、その衝撃で後ろまで下がってしまう。

その隙をついて白髪の男はシロコイに迫る。

 

「!? 奴の狙いはシロコイさんか!?」

 

「くっ!」

 

ハルトが男の目的に気付き、シロコイは少し焦りながらも矢を放つが、白髪の男はそれを躱す。

やがて、剣が届く距離までシロコイに近づくと、白髪の男は剣を上げ

 

「弓使いなど近づいてしまえば、所詮はただの動かない的だ」

 

そう言いながら、シロコイに向けて剣を振り下ろす。

取った!と思った白髪の男だったが、次の瞬間

 

キン!

 

金属音と共にその表情は驚愕に染まった。

確実に決まったと思っていた自身の攻撃をシロコイがある物で受け止めたからである。

シロコイが持っている物に白髪の男だけでなく、ハルトも驚いていた。彼と付き合いの長いサーニャですら驚愕の表情だ。

それもそのはず。弓使いであるはずのシロコイが本来なら使うはずのない物を彼は使い慣れているかのように男の剣を受け止めたからである。

鍔迫り合いとなり、白髪の男がそれを啞然と見つめる中、シロコイは小さく呟いた。

 

「誰が近づいてしまえばただの動かない的だ。こちとら、当たらない矢をぶっ放し続けたおかげで、ちょうどイライラが溜まってたところだったんだよ・・・」

 

先程の穏やか雰囲気はなく、自身を正面から見据える笑みに得体の知れない何かを感じた白髪の男は、後ろに跳びシロコイから離れる。

啞然とそれを見つめる白髪の男をよそに、シロコイは右手に持っている物を男に向けながら宣言した。

 

「ぶった切るぞ、クソ野郎」

 

シロコイの持っている片手直剣は夕暮れの光によって光り輝いていた。

 

 

 

 

「どうなっているんだ・・・?」

 

先程ハルトを痛めつけていた男たちは困惑していた。

先程まで自分たちはショータイム(処刑)をする余裕があったりなど、この仕事も楽に済ませられると思っていた。

なのに、今はこちらが不利になっている。

自分たちよりも圧倒的な強さを持つ幹部は新たにやって来た二人組のガキに苦戦させられていて、サブリーダーも一時は優勢だったが、弓使いのガキ(19歳)が剣を使い始めた上、かなりの手練れであることで一気に逆転されている。

どうにか流れをもう一度自分たちに向けれないかと、男たちは周囲を見渡すと、先程までトウガ達がいた所に取り残されたコハルとサーニャが未だ麻痺が回復してない状態で倒れていた。

そうだ。彼女たちをもう一度人質にしてしまえばいい。そうなれば、今は調子に乗っているガキ共も一斉に動かないサンドバッグになるだろう。

互いに顔を見合わせて頷き、コハルとサーニャに近づこうとしたその時

 

「ヴォッン!」

 

「うわっ!?なんだ、こいつ!?」

 

森の茂みから突如現れた白銀の狼、ラピードに驚く男たち。

何故、安全地帯にエネミーが?と思いながらもさっさと倒してしまおうと剣を取り出すと、今度は男の声が後ろから聞こえてきた。

 

「寝てろ」

 

「え?がっ!?」

 

声を漏らした次の瞬間、男たちは先程自分たちの後ろから声を掛けた人物、ザントに頭を掴まれ、互いの頭を思いっ切りぶつけられて仲良く気を失った。

その隙にザントがサーニャに近づき彼女を肩に乗せて担ぐと気絶している男たちから離れた場所まで移動する。ラピードもコハルに近づき彼女を自分の背の上に乗せると、ザントの下に戻った。

 

「ザントさん!?どうしてここに?」

 

「・・・てめぇらがまた人質になったら振り出しに戻るだろうが。だから、すぐに姿を現したあいつらと違って森の茂みに隠れてて、てめぇらを救出するチャンスを狙ってたんだよ」

 

「それよりも、いつまで担いでおりますの?早く降ろ「おらよ」きゃ!?」

 

降ろすよう指示するサーニャだったが、言い終える前に雑に降ろされて背中から地面に着地した。

サーニャは背中を押さえながら、雑に降ろしたザントを睨み付けた。

その視線を特に気にもせず、ザントは他のオレンジプレイヤーと戦っているハルト達を見た。

 

「どうやら全員、順調見てぇだな。後は・・・っ!?」

 

その時、ザントは視線を。それも、身に覚えのあるかなり殺気が含まれている視線を感じた。視線がした方に振り向くと、オレンジプレイヤーのリーダーと思わしき男がいた。

その男は自分を見つめていた。そして、再会を喜ぶかのように笑っていた。

ザントは確信した。間違いない。あの時の男だ。

五層の頃、圏内を歩いていたザントは、キリトと彼の後ろにいる黒ポンチョを着ている男を見つけた。そして、黒ポンチョ男から他のプレイヤーとは違うただならぬ何かを感じ、思わずちょっかいを出してしまった。その際、男は自身に向かって短剣を振り下ろす直前、咄嗟に漏れ出た殺気に反応し、ザントは剣を振って首筋を斬った。

その男が今、自分を見ている。それも、あたかも殺気を出して自分を誘っているかのように。

一瞬で理解した。あれは、俺の敵だ。

 

「・・・ラピード。こいつらを見てろ」

 

「ヴォン!」

 

相棒の返事を確認したザントは背中に背負っている《蒼嵐》を抜いた次の瞬間、物凄いスピードで黒ポンチョ男に接近した。

一方、黒ポンチョ男もザントが接近してくるのを予想してたのか、笑みを浮かべながら腰から四角い包丁のような短剣を取り出した。

そして、互いの武器を目の前にいる敵に目掛けて思いっ切り振り

 

キン!!

 

大太刀と短剣がぶつかり合い、剣戟がフィールド中に響き渡った。

 

「よぉ、久しぶりだな」

 

鍔迫り合いの中、ザントが好戦的な笑みを浮かべながら話しかける。

対する黒ポンチョ男も同じように笑みを浮かべる。

 

「ああ、ずっと会いたかったぜ。クレイジー野郎。いや、今は狼って呼んだ方がいいか?」

 

「好きにしろ。そんな二つ名なんざ興味ねぇし、てめぇの存在も記憶の片隅程度にしか入れてねぇ。とっとと消えろ」

 

「そう固いこと言うなよ。俺に初めてを入れやがったんだからよう。きちんと責任取れよ」

 

いい加減、黒ポンチョ男の存在が鬱陶しくなったザントは鍔迫り合いを解除して距離を取る。

互いに距離を取ったところで、黒ポンチョ男は両手を高く上げ、高らかに叫んだ。

 

「さぁ!始めようぜ!最高の殺し合いをよぉ!イッツ・ショー・タァーイム!!」

 

「何がショータイムだ。そんな時間なんて一秒も与えねぇよ!」

 

そう言いながら、ザントは<ウイング・デストラクション>を繰り出した。

大地を抉り、木々をもなぎ倒す斬撃を黒ポンチョ男は体を捻らせて躱すと、そのままザントに近づき短剣を振る。

ザントはそれを躱すと《蒼嵐》を横に振り、カウンターを仕掛けるが、黒ポンチョ男はそれを上にジャンプして躱し、そのまま木の枝の上に立った。

 

「ハハッ!今なら土下座すれば降りてやるぜ」

 

「その必要はねぇよ。俺が引きずり降ろしてやるからよ!」

 

軽口を叩き合いながら、ザントは<ウイング・デストラクション>を繰り出す。黒ポンチョ男は上に跳んで避けたが、立っていた木が斬れた。

上に跳んだ黒ポンチョ男は、そのままこちらを見上げているザント目掛けて短剣を振り下ろす。ザントは《蒼嵐》を前に出して短剣を受け止めると、そのまま押し出して、黒ポンチョ男を後ろに飛ばした。

その間にも、ザントはすぐに次の攻撃を仕掛ける。

地面に向けて《蒼嵐》を振る。それによって地面がめくれ上がり、土や石が飛び散る。その破片の一つをザントは左手で掴むと、黒ポンチョ男目掛けて投げつけた。

空中で体勢を整えながら着地した黒ポンチョ男はその直後、自身の視界から高速で迫る石の破片を前に、咄嗟に短剣を前に出して防ぐ。

 

「!? 野郎!どこに!?」

 

しかし、次に正面を向いた時には男の視界にザントの姿は見えなかった。

突然消えたザントに黒ポンチョ男は困惑しているが、その後ろで、破片を投げたと同時に黒ポンチョ男の後ろに回り込んでいたザントが

 

「(へっ、マヌケが)」

 

心の中で罵倒しながら、ザントは《蒼嵐》を黒ポンチョ男に突き刺そうとしたその時

 

「なーんてな」

 

「!?」

 

突然殺気を感じ、攻撃はせず、後ろに退いた。

すると、先程までザントがいた場所に短剣が横に振られた。

黒ポンチョ男が残念そうに「ちっ」と舌打ちする。その様子を眺めていたザントは冷や汗をかきながら呟く。

 

「・・・あのまま攻撃してたらやばかったな・・・」

 

もし、あのまま攻撃を仕掛けていたら、攻撃が当たる前に男の短剣に首を斬られてたであろう。

相手の視界を一瞬だけ奪い、その隙に回り込んで一撃っと行きたかったが、黒ポンチョ男はそうすることを分かっていたかのように対応してきた。

戦って数分しか経ってないが、ザントは理解した。

この男は強い、と。

 

「まさか、今の躱すとはな。やはり、お前を狩るのは一筋縄ではいかねぇみたいだな!」

 

「へっ、言ってろ!三下ぁ!」

 

二人は再び剣戟を鳴らし合う。

剣だけじゃなく、拳や蹴りなど体術を使ったりなど、激しい激闘を繰り広げていた。

そんな中、二人は互いの共通点を見つけた。

一見、激しい激闘を繰り広げているように見える。

しかし、この戦いでは、二人共も首や目などといった人間の急所であろう部分しか狙っていない。

戦っている最中で互いの共通点を見つけた二人は心の中で一つの確信にたどり着いた。

 

「(間違いねぇ)」

 

「(こいつ、知っていやがる)」

 

「「(人間の殺し方を!)」」

 

何度目かの鍔迫り合いを解除し、互いに距離を取る。

しかし、次の攻撃を仕掛けようとしたザントは少し怪訝そうな顔をした。

黒ポンチョ男の戦意が少し緩んだからである。

いや、この男がそう簡単に退くはずがない。戦意が緩んでも心の奥底に潜んでいるであろう殺意に警戒するザント。

そんなザントに対して、黒ポンチョ男は予想だにしていなかったであろう質問をした。

 

「お前・・・俺たちの下に来ないか?」

 

「・・・は?」

 

予想外の質問に思わず声を漏らすザント。

何故、自分がいきなりオレンジプレイヤーにスカウトされているのだろうと。黒ポンチョ男の意図が読めず疑問に思った。

 

「その凶暴な性格に獣のような戦いっぷり!その上、人間の殺し方も知っている!お前はこんなくだらねぇ猿共と一緒にいていい存在じゃない!俺たちと一緒にその殺戮のセンスを開花させるべきだ!」

 

そんなザントの疑問を黒ポンチョ男が答えた。

周りがザントが何と答えるのか、緊迫とした表情で見る。もし、この場で黒ポンチョ男の提案を飲み込む。それは同時にこの青年が敵に回る瞬間だ。そうなれば、自分たちは絶対に無事じゃ済まない。

数々の不安や緊迫感がフィールドを満たす中、質問された本人は

 

「はぁ?なんで俺が影に隠れてこそこそとくだらねぇ手を使わなければ、自分の存在すらも示すことができねぇウジ虫共と組まなきゃいけねぇんだ?」

 

「は?」

 

あっさりと答えたザントに、今度は黒ポンチョ男が惚けた。

そんな黒ポンチョ男をよそにザントは言葉を続ける。

 

「お前、俺と戦い方が似ていれば、俺がてめぇに付いていくのでも思ってたのか?バッカじゃねぇの!?誰が好んで存在自体が鬱陶しいだけのウジ虫共の巣窟に行くかよ」

 

あたかも当然のように言葉を発していくザント。

 

「それによ、俺はここを気に入ってんだ。一見、くだらねぇ猿しかいねぇ動物園に見えるが、その中には、ハルト、キリト、アスナ、トウガ、シロコイ・・・俺を滾らせてくれる強者がわんさかいやがる。少なくとも、ウジ虫共のたまり場よりかは100倍マシだな」

 

「・・・俺らの所に行けば、てめぇを滾らせる奴らと戦えるんだぜ」

 

「ハッ!何も分かっちゃいねぇな。俺を滾らせてくれる瞬間は何も強ぇ奴と戦うことだけじゃね。強者同士で手を組んで強大な敵を超えていく。その瞬間こそが、俺を最高に滾らせてくれる瞬間だ」

 

ザントの言葉にハルトとシロコイはザントらしいと微笑み、トウガはうんうんと頷き、ソウゴは自分が入っていないことに少し不満な表情をした。

結局の所、この男もまた、この世界で生きているゲーマーの一人なのだろう。

 

「つっう訳だ。ウジ虫共の巣窟なんざ俺はゴメンだ。分かったか?ウジ虫」

 

ザントは自分がお前らの仲間入りするなど絶対に有り得ない、と堂々と黒ポンチョ男に向かって宣言した。

それに対して、黒ポンチョ男は無言だったが、やがて高笑いをした。

 

「ハハハハハ!ウジ虫共の巣窟より動物園の方がマシってか!?なるほどな!まっ、そんな風に断られる事は予想してたぜ・・・けどよ、安心したぜ・・・」

 

高笑いが止み、男の声がだんだんと小さくなった次の瞬間

 

「これで心置きなく、てめぇをぶっ殺す事ができるからなぁ!!」

 

今まで心の奥底に隠していた殺意を全てザントにぶつけた。

対するザントも

 

「やってみろよ。ウジ虫共のリーダーなんぞに簡単に負けてやれる程、俺は弱くねぇぞ!!」

 

こちらも殺意を思いっ切り出し、黒ポンチョ男にぶつけた。

殺意と殺意がぶつかり合う。

圧倒的な殺意と殺意のぶつかり合いに誰もが圧倒される中、動いたのは同時だった。

 

キーーーン!!!

 

先程以上の剣戟がフィールド中に響く。

それが再開の合図となり、ザントと黒ポンチョ男は再び剣戟を繰り広げる。

死闘。その言葉が似合うくらい殺意を剝き出しながら戦うザントと黒ポンチョ男の姿に戦っている者もそうでない者もただ黙ってその死闘を見据える。

そして、何度目かの打ち合いの際に戦況が動き出した。

 

「あぁ?」

 

短剣と大太刀がぶつかり合い、ほんの僅か膠着状態になる隙を付いて黒ポンチョ男が下から蹴り上げを繰り出した。

そして、男の蹴り上げがザントの手元に当たり、手に持っていた《蒼嵐》が上に上げられた。

ニヤッと笑いながら黒ポンチョ男は追加の蹴りを入れ、ザントは咄嗟に腕をクロスさせて防ぐも、強力な蹴りによって後ろへ飛ばされ、木に背中から激突した。

それを好機と見た黒ポンチョ男は追撃をかけるべくザントに接近する。

ザントは今、武器を持っておらず、防ぐすべがない。

男は笑みを浮かべながらザントに向けて短剣を振り下ろそうとした次の瞬間

 

グサッ!

 

「っ!?」

 

ザントの右手から突如片手直剣が出現し、男の右肩に突き刺した。

自身の肩に刺さっている剣を見ながら驚く黒ポンチョ男。

仕掛けは簡単。男がザントに接近した瞬間、ザントはクイックチェンジでストックしてある片手直剣を取り出し、それを男の右肩部分に刺しただけ。

先程まで優越感に浸っていた黒ポンチョ男はそのことに気付かず困惑している隙を付いて、ザントは剣を持っていない左手で男の顔面を思いっ切り殴った。

思いっ切り殴られて後ろに吹き飛び、そのまま地面に転がっていく黒ポンチョ男。

その隙にザントは片手直剣をしまうと、先程上げられた《蒼嵐》が下に落ちてきて地面に突き刺さった。それを抜くと、すぐさま追撃をかけるべく黒ポンチョ男に接近する。

対する黒ポンチョ男も転がりながらも体勢を立て直し、顔を上げると、こちらに向かって接近して来るザントを見て笑みを浮かべ、短剣を構えながらザントに接近した。

両者、猛スピードで迫り、互いに剣を振るう。

 

カキーーーーーン!!!

 

今まで一番大きい剣戟がフィールド中に響いた。

その衝撃により、周りの地面が崩れ、そこから砂塵が舞い上がり、フィールドに置いてある木々が次々と倒れていく。

この場にいる誰もが戦いを中断して、この光景を啞然と見つめる中、砂塵の中にいるザントは静かに息を研ぎ澄ませ、『蒼嵐』を構えながら走る。

いる。あの奥から近づいてきている。俺の敵が。

砂塵の影からそれぞれの敵の姿を見据えた両者は互いの笑い顔を見つめ

 

「へっ」

 

「ハハッ♪」

 

その瞬間、砂塵の中から豪快な轟音が鳴り響き、二人の周りを包んでいた砂塵が一気に散っていく。

もはや、人間同士の戦いではない、と思うくらいの光景に誰もが戦慄する中、やがて砂煙が晴れ、二人の姿が露わになる。

ザントには脇腹を斬られた跡が。対するポンチョ男も右肩から体へと真っ直ぐに斬られた跡が刻まれていた。

両者一歩も動かず、互いの姿を見つ合う。

 

「くくくっ・・・アハハっ・・・!アハハハハハハハっ!!!」

 

しばらく静寂が続いていたが、黒ポンチョ男はフィールド全体に響くよう高笑いした。

 

「いいね!!最高だなぁ!!もっとだ!もっと楽しもうぜ!!最高の殺し合いって奴をよぉーーー!!!」

 

黒ポンチョ男の叫び声がフィールド中に響き渡る。

ザントはそんな声を気にともせず、次の攻撃を仕掛けようと《蒼嵐》を構えたその時

 

「そこまでだ!!」

 

フィールドに一人の男の叫び声が響き、ここにいる全員が声がした方に振り向くと、そこには、クラインがいた。

 

「悪ぃ、風林火山のみんなを集めるのに時間が掛かっちまった。けど、俺たちがいりゃ、もう大丈夫だ」

 

「どうする?人数的にはこちらが圧倒的に有利だ。退くというのなら見逃してやっても構わない。それとも、俺たちも相手になってやろうか?」

 

更にクラインの後ろからエギルが現れ、彼の仲間や「風林火山」の面々も続々と現れた。

一人一人実力はそこそこだが、数は多く、このまま戦えばオレンジプレイヤー達はあっという間に取り押さえられるだろう。

完全にこちらが不利だと状況を確認した黒ポンチョ男はクライン達の方を見て、もう一度ザントを見たが「ちっ」と残念そうに舌打ちすると、部下たちに聞こえるよう大声で指示する。

 

「・・・撤退だ!獲物は一人も仕留められなかったが、当初の目的は既に達成した」

 

「ヘッド!?けどよ・・・!」

 

「撤退だ。何度も同じことを言わせんな。時間は十分稼いだし、今から助けに行っても間に合いはしねぇよ」

 

仲間の異議を軽く流した黒ポンチョ男はザントの方を見ると

 

「あばよ、狼。また、殺し合える日を楽しみにしてるぜ」

 

そう言うと同時に黒い球体を地面に投げた。仲間たちも同じように黒い球体を投げる。

 

「潮時か・・・また会おう、翠の剣士よ」

 

白髪の男もまた、ハルトに向かって一言言うと黒い球体を地面に投げる。

その瞬間、黒い球体は破裂し、フィールドは大量の煙に包まれた。

ザントは前にも同じようなことがあったと思いながら、五層の時同様、一振りして煙幕を払うが、既にオレンジプレイヤー達の姿はどこにも見当たらなかった。

 

「ちっ、逃がしたか・・・」

 

逃げられたと察したザントは舌打ちしながら《蒼嵐》を背中にしまう。

 

「時間を稼いだって・・・まさか!シバはもう・・・!」

 

「落ち着け。木の実をよく見てみろ」

 

既に手遅れだと思い込み絶望するリーテンをエギルが落ち着かせる。

リーテンは言われた通りに木の実を確認すると、木の実は青白い輝きを放っていた。

 

「光って・・・いる・・・?」

 

「生きているって証拠だろ」

 

エギルの言葉にホッとするリーテン。

 

「ひとまず、俺たちが案内するから、クエスト進行に必要なアイテムを集めに行こう。連中の目的が時間稼ぎだとしたら、そう時間はないはずだ。手遅れになる前に何としても助けだすぞ」

 

トウガが周りに向かって喋り、ハルト達も賛同する。

人数も増え、アイテム集めを再開しようとしたその時

 

「無様だな」

 

ザントが冷めた目をしながら、コハルとサーニャに向けて言った。

 

「威勢よく挑んだはいいが、返り討ちに合い、更には人質として利用される。ハッ!実に無様だな。俺だったら恥ずかしくて死にたくなるぜ!」

 

「何ですの。言いたいことがあるのらはっきりとおっしゃったらいかが?」

 

言いたい放題言うザントに、サーニャが食ってかかる。

すると、ザントはこちらに寄ってくるサーニャの顔を見ると「ぶふっ!」と吹き出し

 

「悪ぃ。言いたいことを言えってな。じゃあ言ってやるよ。自分なら勝てると思い、果敢に挑むも相手は予想以上に強くて返り討ち。勇気と無謀を履き違える。オマケに俺たちが戦っている間は、うっかり麻痺を食らって石像見てぇに動けず、挙句の果てに、人質になりハルト殺人未遂の原因になる。くっくっくっ・・・」

 

必死に笑いを押さえていたザントだったが

 

「アギャギャギャ!滑稽だな!レア武器を持っている自分は強いと勘違いして強敵に挑むも返り討ちに合う。相手との力の差も測れない雑魚に相応しい無様な姿だな!」

 

耐えきれれず、腹を押さえながら高笑いした。

それに腹を立てたサーニャが静かに怒りながらザントに詰め寄る。

 

「何がおかしいんですの・・・あなたはそうやって他人を見下して何が楽しいんですの!?確かに私たちの・・・私の油断のせいでハルトは死に掛けましたわ。ですが、誰かの失態を!苦しみを嘲笑う権利などあなたになど!ましてや、誰にもありませんわ!!」

 

「おいおい、その油断一つで人一人殺そうとした無能が何ほざいているんだぁ?こんな自分と相手の力の差も測れず、強者の足を引っ張るだけの無能が俺たちと同じ攻略組を名乗っていやがるんだぜ!これを笑わずにしていられるかよ!」

 

未だにサーニャを嘲笑い続けるザント。

そんなザントをも見て、今でも剣を抜かんとしている表情のサーニャだが、その前にコハルがザントの前に出る。

 

「いい加減にしてください!ザントさん!確かに私たちは無謀だったかもしれません。私たちのせいで、ハルトを・・・みんなの足を引っ張ってしまいした。でも!だからといって、責めるならまだしも、それを笑って馬鹿にするなんて間違っています!」

 

「ああっ!?使えねぇマヌケを笑って何が悪ぃんだ。こんな口だけの雑魚が攻略組にいるから俺らトッププレイヤーが三下共に嘗められちまうし勘弁してほしいぜ。つか・・・」

 

コハルの言葉にも、ザントは笑いながら返していたが、急に真顔になると

 

「お前・・・誰だ?」

 

「・・・え?」

 

コハルは何を言われたのか分からず、小さく声を漏らした。

コハルを見据えるザントの目は氷のように冷たかった。




・<ワイルド・ゲットリド>
オリジナルスキル。SAOIFだと槍の星4スキル。槍を横に振って相手を薙ぎ払うソードスキル。土属性を持っていて、全体攻撃もできる。

・シロコイ抜刀!
アーチャーが弓を使うわけないだろ!×
アーチャーが弓だけ使うわけないだろ!○

・再会!SAOのヤベー奴とオリキャラのヤベー奴
実に十五層ぶりの再会。

・「俺に初めてを入れやがったんだからよう。きちんと責任取れよ」
ここだけ聞くとヤバいセリフにしか見えない。

・ザントがラフコフに寝返らない理由
弱者嫌いのザントは、オレンジプレイヤーは下らない小細工をしないと人一人殺すこともできない弱者という印象で攻略組同様、毛嫌いしているからです。そもそも、ザントの性格上、誰かに命令されても基本は従いませんからね。

・「お前・・・誰だ?」
勿論、ザントが記憶喪失になった訳ではありません。


SAOIF三周年直前生放送の感想
・お金くばりおじさん(竹内P)大好き!
・MODスキルヤベー
・キービジュアル神すぎる。(主人公は?というツッコミをしてはいけない)


いや~オレンジプレイヤーは強敵でしたね~
謎の黒ポンチョ男が原作以上にはっちゃけてた気がする。
次回!コハル、フルボッコにされる!(主にザントのせいで)
次回でボス戦前まで行けるかな・・・


<オマケ>
三周年直前のオリキャラ紹介まだ続いています。興味がある方はこちらからどうぞ。


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ep.26 本心

SAOIF三周年おめでとう!四周年まで止まるんじゃねぇそ(三年前のネタ)
今回の話は、前半はコハルフルボッコ注意報。後半は砂糖注意報(自分で言うのもなんですが、量は微量)となっております。


ザントの発言にコハルは目を見開きながら戸惑う。

そんな中、クラインが怪訝そうな表情で喋る。

 

「何言ってんだよザント。どっからどう見たってコハルだろうが」

 

「は?俺の知っているコハルは、こんな生気のねぇ顔はしてねぇだろうが」

 

「!?」

 

ザントの言葉にクラインは訳が分からないって表情になる一方、驚愕の表情でザントを見るコハル。

 

「生気がねぇってどういうことだよ?」

 

「言葉通りの意味だ。色々ありすぎて何したらいいか分からねぇって面してんだよ」

 

そう言いながら、ザントは冷めた目でコハルを見る。

 

「別にてめぇが何を抱えていようが俺には知ったこっちゃねぇ。だが、そいつが少しでも、戦いに支障を来たすなら、すぐにでも最前線から出やがれ」

 

「!? 大丈夫です!私はきちんと戦えます!」

 

ザントの言葉に慌てて返すコハル。

 

「確かに私は足を引っ張ってしまいました。でも!こんなことで落ち込んでなんかいられません!私たちにはやるべき事が・・・」

 

「んで?それが何の役に立った?」

 

「え?」

 

「それを持って戦った結果、てめぇはどうなった!?目の前の敵に手も足も出ず、一方的にやられた挙句、強者の足を引っ張っただけだろうが!そんなもんを持っただけで強くなれるとでも思ってんのか!?」

 

「!?」

 

「口だったらいくらでも戯言を言える。けどな、それを達成させんのには言葉だけじゃなく、てめぇ自身が強くなっていかねぇと叶えられねぇだろうが!ましてやてめぇの場合は、てめぇの弱ぇ部分をてめぇの目標やら信念とかやらで隠しているだけだろうが!周りに隠してまでそんなもんを抱えて戦うくらいなら、いっそ戦うことなんざ止めちまえ!」

 

ザントは苛立ちながらコハルに向かって叫ぶ。

その目には見下すようなものは無かった。だが、怒りと幻滅が含まれている。

 

「そもそも、ずっと気になっていたけどよぉ。てめぇ、何のために戦ってんだ?」

 

「そ、それは・・・!皆を・・・ハルトを守る為に・・・」

 

「はっ!今のてめぇには何も守るもんがねぇだろ!今のてめぇはハルトに取って重荷しかならない存在。ハルトのお荷物だろうが!」

 

「!?」

 

コハルの中で何かが壊れる音がした。

 

「私が・・・ハルトのお荷物・・・?」

 

「ああ、てめぇはハルトのお荷物。いいや、自分を助けようとした主人公(ハルト)が目の前で殺されるのをただ見て泣き叫ぶだけの無能なヒロインだろうが!ざけんな。悲劇のヒロインごっこがしたけりゃ他所でやれ!」

 

ザントは容赦なく罵声を浴びせる。コハルの目から光が消えていく。

 

「いい加減にしろザント。確かにコハルは何か抱えていた。それを誰にも言わないで一人で抱えていた結果、あんな事が起きちまった。だが、それを責めるならまだしも、汚い言葉で相手の心を傷つけるような真似はこれ以上するな」

 

これ以上、見ちゃいられないと思ったエギルがザントに注意する。

しかし、ザントは止まらず、今度はハルトに向かって喋る。

 

「ハルト。てめぇはどうなんだよ?」

 

「え?」

 

「おい、ザント!」

 

突然自分に話を振ってきたザントに戸惑うハルト。

エギルが叫ぶも、ザントはハルトに話し続ける。

 

「仮にもお前のパートナーを名乗る女がこんな無能なんだぜ。無能を隣に置いといてお前はどう思ってんだ?お前の隣にはお荷物なんて必要ねぇよな!?」

 

「!・・・っ!?」

 

すぐにでも反論しようとしたハルトだったが、口を開こうとした瞬間、あの白髪の男の言葉が耳に入ってきた。

 

『お前が負けた理由はただ一つ。弱い仲間を持ったからだ』

 

「!?」

 

その言葉が、ハルトの開きかかった口を閉じた。

 

「ハル・・・ト?」

 

「おい、ハルト!なんか言えよ!」

 

コハルがいつまで経っても何も言い返さないパートナーの名を小さく呼び、クラインがハルトに向かって叫ぶが、ハルトは何も言えずにいた。

口を開こうとするごとにあの白髪の男の言葉が耳に入ってくる。

中々返せずにいるハルト見て、ザントは当然だと言わんばかりに口を開いた。

 

「そりゃ否定できないで当然だな。お前は既にトッププレイヤーの一人として名を上げている。そんなお前の隣に立つ女が、肝心な時に何の役にも立たねぇ無能であることなんざ、他ならぬトッププレイヤーのお前が認めるはずがねぇ!」

 

大声で叫んだ後、ザントはハルトに向かってその言葉を告げた。

 

雑魚(コハル)強者(ハルト)の隣に立つ資格なんてねぇもんな」

 

「!?」

 

「あ!コハルさん!」

 

その瞬間、コハルは突如走り出し何処かへ行ってしまった。

 

「ザント、てめぇ!」

 

クラインがザントに詰め寄る。

 

「なんだ?俺はあいつの本性を曝け出してやっただけだぜ。ムカつくんだよ。自分の弱ぇ部分を認めねぇで上目っ面でヘラヘラしやがって」

 

「だからって、あんな風に言うことはねぇだろうが!」

 

「止めろクライン。ザントの言っている事は正しい」

 

「なっ!?他人を傷つける奴の言っていることが正しいってか!?」

 

「勿論、言っていること全てが正しい訳じゃないさ。どんなことであっても他人を貶すような事は間違っている」

 

クラインを制止させたシロコイは真剣な表情で喋る。

 

「だが、ザントの言う通り、どんなに勇敢であろうと、誰かを思う気持ちがあっても、結局はそれに見合った実力がなければ何もかも失うだけだ」

 

そう言いながら、シロコイはサーニャに話しかける。

 

「サーニャ。聞けばオレンジプレイヤーに一番初めに仕掛けたのは君だったんだよな?君の覚悟は理解しているし、君が生半可な気持ちで彼らに剣を向けたつもりはなかったのも承知の上だ。それでも、敗れてしまえば人はそれで終わりだ。ましてや、死んだらやり直しが効かないここ(現実)なら尚更だ・・・気持ちだけじゃ、何も守れないぞ」

 

「・・・・・・」

 

シロコイの言葉に悔しそうに俯くサーニャ。

シロコイはザントに顔を向け、互いに頷くと、ザントと共にラピードの背中に乗った。

 

「悪いけど、俺たちはこのことをALSとDKBに報告しに行くから皆の力にはなれない。だから、リンドの事は皆に任せるよ」

 

そう言うと、ラピードは走り出し、二人は去っていった。

残った面々はこの暗い雰囲気の中、何も言えずその場に立ち止まっていたが

 

「いつまで暗くなっているんだ。時間がない以上、今はリンド救出に専念するべきだろ」

 

「・・・そうだな。予想外の事が起きちまったが、今はやるべき事をやらねぇとな」

 

トウガの言葉にエギルが賛同し、他の面々も浮かない顔をしながらもリンド救出に動き出そうとする。しかし、ハルトだけが動かずその場に立ち止まっていた。

 

「・・・・・・」

 

考えている事は言わずと知れた。

コハルを追いかけるべきか。それとも、このまま彼女を置いていくべきか。

彼女のパートナーであるのなら、普通は追いかけるべきだろう。しかし、先程の白髪の男が言った言葉がハルトの足を阻む。コハルのパートナーと言っておきながら、心のどこかでは彼女のことを必要ないと思っているのではないかと。

分からない。自分はコハルをどう思っているのか。崩れ落ちていく。コハルと過ごしてきた日々が。

周りもそれを察し、けれども、どう声を掛けてやればいいのか分からなかった。

 

「一ついいか、ハルト?」

 

その時、エギルがハルトの前に立ち、話しかけた。

 

「お前がコハルの事を役に立たないパートナーだと思っているのなら、俺は探しに行かなくてもいいと思っている」

 

「おい、エギル!」

 

クラインが怒鳴るも、エギルは無視してハルトに向かって喋り続ける。

 

「だが、もしお前が少しでもコハルの事を大切なパートナーだと思っているのなら、すぐにでも迎えに行ってやるべきだとも俺は思っている」

 

エギルはコハルを探しに行く事を否定も肯定もしなかった。

 

「確かに、今のお前たちの間にはかなりの実力の差がある。今のお前に取ってコハルは足手まといな存在なのかもしれない。けどな、お前にとってコハルはただのパートナーなのか?これまでどんな困難も一緒に乗り越えてきた相棒をお前は簡単に捨てちまうのか?どっちを選ぶかはお前の自由だ。それでも、悔いの残る選択はするな」

 

エギルの言葉にハルトはハッとした。コハルはただのパートナーなのかって。

違う。彼女はいつも自分を支えてくれた。難しいクエストも一緒にクリアしてきたし、レベル上げも手伝ってくれた。自分が攻略組の事とかで悩んでいる時にはいつも隣にいてくれた。何より・・・

 

『(僕は強くなる!)』

 

『(私は強くなる!)』

 

『『(君と一緒に!)』』

 

SAOが始まったあの日、彼女と約束した。一緒に強くなろうって。その始まりの日からハルトにとってコハルは既にかけがえのない存在になっていた。

けれでも、何時しか自分はその約束すらも忘れてしまい、いつの間にか彼女よりも先へ、一人高みへと登っていた。彼女を置いていってしまっていた。

ならば、自分がやるべき事はただ一つ。

 

「・・・ごめん、みんな。僕、やらなくちゃいけない事がある」

 

その言葉に全員が笑みを浮かべた。

 

「そうか。クエストは俺たちが進めておく。お前は、きちんと自分の果たすべきことを果たせ」

 

「・・・ありがとう」

 

トウガの気遣いに感謝しながら、ハルトはコハルを探すべく走り出した。

 

 

 

 

コハルがいた場所は意外にも近かった。

《残照の森》を出て、《供儀の丘陵》の転移門の近くにある安全地帯に一人ポツンと座り込んでいた。

ハルトがコハルに近づくと彼女から声を掛けられる。

 

「・・・なんで、追いかけてきたの・・・?」

 

「・・・分からない。でも、ここで追いかけないと、きっと後悔すると思ったから」

 

ハルトの方を見ず、後ろ向きに喋るコハルにハルトはきちんと正面から彼女の背中を見据えて喋った。

しばらく静寂が続いたが、コハルが小さく口を開く。

 

「・・・私、ずっと思ってたの。いつも君の隣にいるけど、心の何処かでは本当に君の隣に立つ資格はあるのかなって。でも、それを言ってしまえば、君を心配させてしまう。君は絶対に今以上に無茶をしてしまう。だから、ずっと心の中にしまっていたの。誰にも知られたくない私だけの本当の気持ちを。ザントさんはそれが許せなかったんだと思う。自分の心に鍵を掛けて自分を偽ったまま戦ってた事に。その結果、私は大切な人を失うところだった」

 

「・・・・・・」

 

コハルの呟きに何も言わずただ黙って聞くハルト。

すると、コハルは立ち上がった。けれども、ハルトの方を見ずに喋る。

 

「ねぇ、ハルト。私たち、コンビを解散しよう」

 

「・・・理由を聞いてもいい?」

 

ハルトは特に顔色を変えずに問う。

 

「私があなたの隣にいたら、いつか死なせてしまう。今日だって、ハルトが一方的に殴られていたのに、私は何もできなかった。私はあなたに死んで欲しくない」

 

そう言いながら、振り返るコハル。

けれども、その瞳には光はなく、虚ろな目でハルトを見た。

 

「だから、コンビを組むのはこれでおしまい。大丈夫、あなたがいなくても、私は一人でやっていけるから」

 

そう言うと、顔を俯かせながら歩き出した。

これでいい。弱いパートナーがいなくなれば、彼は死なないで済む。私という荷物が無くなった彼は他の仲間たちと一緒に、より一段と強くなれる。私はそれを眺めているだけでいいだろう。

そう思いながら、ハルトの前を通ろうとした次の瞬間

 

パシッ!

 

突然音が鳴り響き、同時に自分の頬に何か衝撃が起きたのに気付いたコハル。

しばらく呆然としていたがコハルは理解した。自分はハルトに平手打ちされたのだと。

いきなり頬を打たれたことにコハルが困惑する中、ハルトはゆっくりと口を開いた。

 

「・・・本心を言って」

 

「え・・・?」

 

何を言っているのか?そう思いながらもコハルはゆっくりと口を開く。

 

「・・・本心も何も、今のは私が思っていることを言っただけだよ」

 

「じゃあ、どうして君は今泣いているの?」

 

「!?」

 

コハルは驚愕の表情をハルトに向ける。

 

「僕はザントさんみたいに洞察力は良くないから人の考えている事はあまり分からない。でも、今君が泣いているのは分かったよ。だから、一人で抱え込まないで。辛い時はきちんと辛いって言って。僕じゃあまり力になれないかもしれない。それでも、君の辛いって気持ちを受け止めさせて」

 

「!?」

 

そう言いながら、ハルトはコハルを優しく抱きしめた。

コハルはしばらく無言のままだったが、けれでも、徐々に目から涙を流していき、ハルトを抱きしめ返し、胸に顔を当てた。

 

「私は・・・!ハルトと一緒にいたい!!どんなに辛くても苦しくても君の傍にいたい!!でも!今の私じゃ、君の足手まといになっちゃう!君を死なせてしまう!嫌だ!私は君に死んで欲しくない!!だって君は!この世界で出会ったたった一人の大切な人だから!!」

 

限界だった。自身の心を守っていた最後の防波堤が崩れ落ち、コハルは大量の涙を流しながら、ハルトに自身の本当の気持ちを叫ぶ。

 

「色々な事がありすぎて、私はもう、どうしたらいいのか分からないよ!君と一緒にいれば、君を危険な目に合わせてしまう!大切な人の隣にいたいって思うことは悪いことなの!?強くなければ、誰かを守ろうとすることもしちゃいけないの!?教えてよ!ハルト!!」

 

「・・・やっと言ってくれたね」

 

コハルの本心を聞けて、ハルトは安堵の表情を向ける。

 

「大切な人と一緒にいたい。それは僕も同じだよ。あの日、二人で一緒に強くなろうって誓い合った時から僕にとって君は大切な人」

 

βテストで出会い、デスゲームが始まったあの日から二人で強くなろうと誓い合った。その日からハルトにとってコハルはパートナーである以前に大切な人であった。

 

「でも、あの男やザントさんから君の事は必要ないって言われた時、何も言い返せなかった自分が。約束を忘れていた自分が凄く悔しかった。僕が強くなれたのは、君が傍にいて支えてくれたからなのに、僕は君を支えることすらもできなかった」

 

けれども、何処からか狂い始めて、気付いたら自分はコハルよりも上へ。SAOの頂点に位置するであろうトッププレイヤーの一人として名を上げていた。

そんなトッププレイヤーの相棒がこんな何の取り柄もない少女で大丈夫なのか、と言う者がいるかもしれない。ハルトよりも弱いことをいいことに、また卑劣な手で二人に襲い掛かる者が現れるかもしれない。

それでも・・・

 

「それでも、僕は君の隣にいたい。周りがそれを否定しても、この世界で出会えた一番大切な人の隣に。これはトッププレイヤーのハルトとしてじゃない。君のパートナーとしての僕の気持ち」

 

己の本当の気持ちをハルトは目の前にいる大切な人(コハル)に伝えた。

 

「戻って来て、コハル。僕の隣には君が必要なんだ」

 

「でも、今の私じゃハルトの足手まといに・・・」

 

そんなコハルの不安に対して、ハルトは優しく微笑む。

 

「だったら、強くなればいいじゃないか。足手まといだと思うなら今よりももっと」

 

「・・・無理だよ。私は、ハルトみたいに強くはなれない」

 

「一度だけで無理だったら何度だって強くなればいい。ここで生きている限り僕たちは何度だって強くなれる。何度だってやり直すことができる」

 

そう言いながら、ハルトはコハルに手を差し伸べる。

 

「もう一度強くなろう、コハル。もし、君がまた折れそうになっても、僕は絶対に君を置いていったりはしない。いつだって君の傍にいる」

 

「でも・・・強くなっても、私はまた君を・・・」

 

死なせてしまう。その言葉が出る前に、ハルトは微笑みながらコハルの手を握った。

 

「大丈夫だよ。だって、僕は信じているから。君が僕を守ってくれることを。だから、君も信じて。君は必ず、僕が守ることを」

 

「!?」

 

ハルトの言葉にコハルは驚愕した。

ついさっきまで自分を守っていた少年が自分が己を守ってくれると信頼していることに。

正直に言うと、まだ迷っている。またハルトを死なせてしまうようなことが起きるかもしれない。

けれども、それは自身の手を包むハルトの両手の温かさによって消え、同時に彼女の心には新しい決意が生まれた。

 

「・・・うん!私、強くなるよ!君を守れるように!胸を張って君の隣に立てるように!」

 

大切な人に守られるだけじゃない。自分が大切な人を守られるくらい強くなる。その顔には既に迷いはなく、その表情は新しい決意へと満ちていた。

二人の新しい決意を祝福するかのように、夕焼けが二人を赤く照らしていた。

 

 

 

 

コハルが泣き止んで、すぐにトウガからアイテムを集め終えたとメッセージが来た。

一足先にリンド救出へと向かったトウガ達を追いかけるべく、今現在二人は《闘儀の回廊》の奥へと走っていた。

幸い、サーニャ達とパーティーを組んだままだったので、サーニャ達がクエストを進めたことで先程まで行き止まりだった場所に通路ができていた。

その奥に扉があり、扉を開けると、部屋全体が揺れていて、天井が今にも落ちてきそうな雰囲気だった。

その天井に警戒しながらも、部屋の奥に扉があり、開くとそこには、宙に浮いており、青い鉱石の目を持った巨大ゴーレムのようなエネミーとサーニャやトウガ達、更には行方不明になっていたリンド達DKBの面々が巨大ゴーレムと戦っていた。

ハルトとコハルはすぐさま部屋に入り、一番近くにいたエギルの下に駆け寄る。

二人の存在に気付いたエギルは少し驚きつつも、目線をゴーレムに向けたまま小さく口を開いた。

 

「・・・ケリは着いたのか?」

 

「うん。おかげで、大事な事を思い出せたよ」

 

「私たちは、本当の意味でお互いを信頼し合っていませんでした。今までは困ったことがあればお互いに助け合うって感じで、私たちは個人で強くなっていきました。だから、気付いたらいつの間にかハルトは上に行ってしまって、私はそれに追いつけなくなっていました。でも、今なら分かります。私たちはお互いを信じ合って、助け合える事ができるようになってから、初めてパートナーって呼び合えるんだって」

 

「だから」と決意に満ちた表情でコハルは自身の決意を喋った。

 

「私たちは二人で支え合いながら、強くなっていきます。互いに遠くへ行かないように。二度と離れてしまわないように」

 

「そうか・・・それが、お前たちが導き出した答えなんだな」

 

エギルの言葉に頷くと、ハルトは現状確認をする。

 

「今の状況の説明、お願いできます?」

 

「勿論だ」

 

エギルはハルト達がいなくなった後のことを話し始めた。

あの後、クエストを受注したアルゴと合流して、クエスト進行に必要なアイテムを集めた。そして、一通り集め終えたら、NPCからこのダンジョンのボスの事について教えてもらい、すぐに向かった。

先程まで壁だった場所も、クエストを進めたことで道ができ、その奥の扉に入った途端、天井が揺れ始めた。

アルゴ曰く、これはトラップの一種であり、このエリアは待機部屋とその先のボス部屋の二つに分かれている。しかし、待機部屋に入った途端、天井落下のトラップが作動し、プレイヤー達は引き返すかボスに挑むかの選択を強いられることになる。もし、戦うことを選ぶと、強力なボスに加えて、戦っている最中でも待機部屋の天井は落下していき、やがて天井が全て落下すると、待機部屋にはボスを倒すまで戻れなくなるという仕組みである。

それを理解したエギル達はボスに挑むことをリンドに薦めた人物に怒りながらも、奥のボス部屋に入り、今はリンド達と共にボスを倒すべく奮闘している。

 

「今は何故だか知らねぇけど待機部屋の天井が落下しねぇんだ。けど、いつ落下するのか分からねぇ以上、あまり長居はできねぇって状況だ」

 

「なるほど。よく分かりました」

 

エギルの説明を聞いて一通り理解したハルトとコハルは巨大ゴーレムとそいつと戦っているリンド達を見つめる。

 

「・・・やれそうか?」

 

「大丈夫です!行こう!ハルト!」

 

コハルは力強く自身のパートナーに向かって叫び、ハルトは首を縦に振って答えながらストレージから斧を取り出すと、二人は巨大ゴーレムに向かって走った。

一方、巨大ゴーレムと戦っているトウガ達は苦戦しているのか、険しい表情で戦っていた。

そんな中、巨大ゴーレムの攻撃を防ごうと、リーテンやシヴァタなどのタンク隊が巨大ゴーレムの前に出たその時

 

「「ハァーーー!!」」

 

後ろから斧と短剣の一撃が巨大ゴーレムの体を斬った。

正面にいたタンク隊と攻撃を仕掛けようとしたトウガ達は突然の叫び声と共に巨大ゴーレムが斧と短剣で斬られたことに驚いたが、後ろから攻撃を仕掛けた人物が誰か分かると、驚きつつも安堵の表情を向けた。

 

「ハルト!それにコハル!?」

 

「もう、大丈夫なんだな?」

 

「はい!」

 

トウガの問いに力強く返事するコハル。その目には、既に迷いは無かった。

 

「そうか。なら、さっさとあいつを倒すぞ!」

 

トウガがそう言うと、再び巨大ゴーレムに目線を向ける。

巨大ゴーレムの攻撃パターンは少し複雑であり、腕は石造りだけれでも、体と繋がっておらず宙に浮いており、その腕からレーザーを出したり、腕自体を振り下ろしたりしていき、まともに食らうとかなりダメージが出る攻撃ばっかりだった。オマケに攻撃のモーションが短すぎて、目を少しでも離すとレーザーに撃たれたりなど、非常に厄介なボスだった。

リンド達DKBの面々もその複雑な攻撃に最初は苦戦していたが、何回も待機部屋に戻っては作戦を立て直して挑んだりしていきながら、徐々に攻撃パターンを見切れるようになってきた。

それでも、HPを削り切る為の火力が足りなかったが、トウガ達が援軍として来てくれて、遅れてハルト達も合流したことで順調にHPを削っていった。

その中で、特に目立っていたのはサーニャだった。

 

「そこですわ!」

 

巨大ゴーレムをしっかり観察していきながら、着実にダメージを与えると共に、《フィンスタニス》の攻撃力を上げている。

少なくとも、今までみたく敵に《フィンスタニス》を当てればいいやの《フィンスタニス》に頼りがちな戦い方だったサーニャとは違う。焦らず、相手の攻撃をきちんと見極めて、隙をついて攻撃し、ゆっくりと着実に《フィンスタニス》の効果を上げていった。

その様子を戦いながら見ていたトウガはというと

 

「(完全にザントの言葉に影響されているな・・・)」

 

そう思いながら、先程サーニャを罵倒したザントを思い出した。

見た目ではかなり怒りを燃やしており、素材集めの時も罵倒されたことをかなり根に持っていたサーニャだったが、戦っている時は真剣で、油断などそういう素振りは一切見せなかった。それと、心なしか剣の腕も少し上がっているように見えた。

もしかしたら、彼女を剣の力だけに頼らず、しっかりと状況を見て冷静に行動できる強いプレイヤーにする為にわざと彼女を罵倒したのではないかとトウガは一瞬だけ考えていたが

 

「(いや、考えすぎだな・・・)」

 

あの男はそんな善意とかで動く人間でない。強い人間には純粋に評価し、弱い人間に対しては罵倒する。ただ、それだけの男だ。

そして、普通のプレイヤーならサーニャと違って、ザントの罵倒をただの罵倒だと思い、怒るか、落ち込むかの二択だろう。

すぐに自身の考えていた事を忘れさせると、トウガは再び戦いに集中した。

見ると、巨大ゴーレムのHPは残り僅かとなり、スイッチを上手く使えば削り切れるくらいであった。

 

「HPは後少し・・・スイッチで一気に削り切るぞ!」

 

「オッシャー!これで決めてやらぁ!」

 

エギルの叫び声と共に、まずはクラインが先陣を切る。それに続いてトウガ、エギル、コハルと次々とスイッチでダメージを与え

 

「うおーーー!」

 

ハルトの<エアリアル・スワッター>が巨大ゴーレムにダメージを与えると

 

「サーニャ!」

 

「これで終わりですわ!ダスビダーニャ(さようなら)!」

 

サーニャが止めの<ダークネス・フロウ>を繰り出した。

巨大ゴーレムのHPはどんどん減っていき、やがてHPがゼロになると、ポリゴン状に四散した。

サーニャが「フゥー」と息を吐きながら《フィンスタニス》をしまうと、ハルト達がやって来た。

 

「お疲れ様、サーニャ」

 

「やったな、サーニャ」

 

「よっしゃー!サーニャっちならやってくれると信じてたぜ!」

 

「サーニャさん!かっこよかったです!」

 

「これで、オレンジプレイヤーの件での失態はチャラにできたな」

 

「人質にされることしか能のない口だけ達者な銀髪だと思ってたが、やりゃあできんじゃん」

 

「何だか照れますわね・・・まあ、悪くはありませんわ。ですが、ソウゴ!あなたの一言は余計でしてよ!」

 

各々がサーニャに労いの言葉を掛け、サーニャ自身も照れくさそうに微笑みながら受け取った。ただし、嫌味満載のソウゴの言葉には怒りながら返した。

すると、そこにリンドがやってきて

 

「皆、お疲れ様。それと、ありがとう」

 

そう言いながら、リンドはハルト達に頭を下げた。

 

「そう言えば、今更ですけど、どうしてあの天井は途中で止まっていたんですの?」

 

「ああ、そのことなんだけど、それはシヴァタのおかげなんだ」

 

リンドは待機部屋の天井の一角を指差す。そこには、侵入者を潰す為の仕掛けと、その間に木の実のような物が青い輝きを放ちながら挟まれていた。

それを見たハルト達は納得し、リーテンに至っては嬉しそうに微笑みながら自身の持っている木の実を握りしめた。

 

「なるほどナ。リンド達を探すのに役に立ったお守りをシヴァタは天井の仕掛けにかませていたんだナ。それがつっかえ棒みたいになって天井が動かなかったわけだナ」

 

「ちょっと待ってくれ!あの木の実は通信機能の他にそんな使い方ができるのか!?」

 

「ああ、あれは通信機能の他にもう一つスゴイ機能があるんダ。それが、耐久度が脅威の999ダ!」

 

「!? マジか・・・確かにそれなら天井を押さえれるな」

 

アルゴの説明を聞いて驚きながら納得するトウガ。

見た目どんなに小さなアイテムでも、SAOのアイテムには必ず耐久度が存在する。どんな使い方をしても、耐久度が0になったアイテムは必ず消える。逆に言えば、耐久度させ残っていれば、どんなアイテムでも存在し続ける。

シヴァタはその特性を利用し、天井の一角に木の実を入れて天井の落下を防いだ。ついでに言うと、木の実は圧力がかかれば光り続けるので、持ち主であるシヴァタが死なない限りずっと光り続けており、そのおかげでリーテンはシヴァタの無事と場所を知ることができ、急いで救出に向かうことができた。

 

「シヴァタさんとリーテンさん、二人の絆が皆の命を救ったんですね!凄くロマンチックですね!」

 

「ああ、そうだナ。でも、耐久度が999でもいずれは0になる以上ゆっくりとしていられないナ。すぐにここから出るゾ」

 

アルゴの言葉を聞いてハルト達は急いで待機部屋から出た。

しばらくすると、待機部屋の天井が下に落ち、凄まじい轟音と衝撃が《闘儀の回廊》を震わせた。

 

「すまない、みんな。俺のせいでみんなに大変な迷惑をかけてしまった」

 

部屋から出ると、リンドがこの場にいる全員に頭を下げて謝罪した。

 

「起きてしまった事は仕方ありませんわ。それよりも、どうしてこのようなことをなさったのか説明していただけるかしら?」

 

「・・・恥ずかしい話なんだが、クエストの報酬で手に入る多額のコルと二十層の中で一番ランクが高い素材。それが欲しかったんだ」

 

「その気持ちは分からなくもありませんけど、命と引き換えにする程のことではありませんわよ」

 

「・・・返す言葉も無いよ」

 

サーニャとの会話で改めて謝罪するリンド。

その横でトウガがリンドに問いかける。

 

「一ついいか?あんたらはそのクエストの情報をどこで手に入れたんだ?」

 

「食事をしている最中にいきなり話しかけてきた奴がいてな。なんか、やたらと愛想が良くて、俺がDKBのリーダーであることを知ると、大袈裟に感激してな。このクエストのことを教えてくれたんだ。少しレベルが高いけどDKBの精鋭なら大丈夫。まだALSには知られてないから少人数で行った方がいいって薦められてみたはいいけど、結果はこの様だよ」

 

「・・・そいつの特徴は?」

 

「確か・・・フードを目深まで被っていて、明るい奴って印象だったな」

 

「・・・確定だな」

 

「ん?どいうことだよ?」

 

リンドとやり取りを得て、一人納得したトウガに疑問の声を出すシヴァタ。

トウガはオレンジプレイヤーの事も踏まえてリンド達DKBの面々に一通り説明した。

 

「そんなことが・・・」

 

「言っている事が本当だとすれば、そいつらはALSとDKBの対立を煽って戦争に持っていこうとしてたのか・・・しかし、何のために・・・?」

 

説明を聞き終えると、シヴァタは怪訝な表情に。リンドはオレンジプレイヤーの目的について色々と考えていた。

それは、ハルト達も同じであり、オレンジプレイヤーの目的について考えていたが

 

「今は連中の動機を考えるより、当面の対策を立てる方を優先するべきだろう」

 

エギルの言葉によって一旦オレンジプレイヤーの目的から当面の対策について考えることにした。

 

「とりあえず、俺たちはDKB。それとALSの面々に行方不明になった事も踏まえて事情を説明しに行くよ」

 

「それなら、私も同行させてください。私がALS側の証人として説明の場に立つことでリンドさん達が疑われる可能性が少しでも減るかもしれません」

 

「助かるよ。是非、一緒に来てくれ」

 

一緒に説明の場に立ってくれるリーテンに礼を言うと、リンドは改めてハルト達に謝罪と礼を言い、この場から去っていった。

 

「ハルト達はどうする?」

 

「ひとまず、トウガやアルゴさんが進めていたクエストを終わらせよう」

 

ハルト達もまた、クエストを終わらせるべく《闘儀の回廊》から出た。

 

 

 

 

外は既に夜になっており、辺りはすっかり暗くなっていた。

そんな中、ハルト達はクエストを受注したNPCの所に向かい、ボスを討伐した事を話すと、クエストクリアの報酬として多額のコルと

 

「これは・・・ベルトカ?」

 

色が青と赤に分かれている一本のベルトが渡された。

 

「これは、サーニャが使いなヨ。あの戦いでラストアタックを決めたのはサーニャだしナ。皆も異論はないカ?」

 

アルゴがサーニャにベルトを渡しながらハルト達に問う。ハルト達は首を縦に振って答えた。

 

「では、お言葉に甘えさせていただきますわ」

 

そう言いながら、ベルトを装着するサーニャ。

 

「どうダ?何かヤバいバフやスキルがあるのカ?」

 

「・・・いえ、特に変化はありませんわ」

 

「なんだと!?あんなに苦労したってのに、まさかのハズレアイテムかよ!」

 

苦労したにも関わらず、手に入った装備が特に何の変哲もない装備であることにクラインが落胆するが

 

「別に装備したからといって、その効果が今、発動されるとは限らないだろ」

 

「そうだな。もしかしたら、二十層のフロアボスと戦っている時に何らかの効果が発動されるかもしれないしな」

 

その横でトウガとエギルがベルトの特性を考察しながら喋った。

 

「どちらにせよ、今日はもう遅いし、これで解散だナ。皆、お疲れ!フロアボス戦も頑張れヨ!」

 

そう言うと、アルゴは去っていった。

 

「そうだな。今日は色々あったが、皆、無事で良かったぜ!じゃあな!フロアボスには参加できねぇけどよ、応援しているぜ!」

 

「やれやれ、相変わらずあいつは元気だな。それじゃあ俺たちも行くぜ・・・ハルト、コハル。もし、何か少しでも悩みとかを抱えていたら折れる前にいつでも相談してくれ。俺たちは仲間だからな」

 

「そういう事だ。俺たちも友達としてお前たちの愚痴の一つや二つは聞いてやるよ。それじゃあ、フロアボス戦でまた会おう・・・もう見失うなよ」

 

「色々とありましたけど、今回は私にとってもいい経験になりましたわ。二人共、フロアボスの攻略でまたお会いしましょう。それと・・・もし、またあなた方が何か抱えていましたら、今度は私にも教えてくれませんか。私にとってあなた方は信頼できるお方であって、友でもありますから」

 

アルゴに続いてクライン、エギル、トウガ、サーニャもハルトとコハルに一言言うと、各ギルドの仲間たちと共に去っていった。

フィールドにはハルトとコハルだけが残っていた。

しばらく静寂が続いたが、ふとコハルが口を開いた。

 

「・・・今日は色々あったね」

 

「・・・そうだね」

 

「リンドさん達が行方不明になって、オレンジプレイヤーの人達に襲われて、色々な人に助けられて、でも、ザントさんには自分の心を偽るなって言われて、私が抱えていた不安や恐怖を君にぶつけた・・・」

 

コハルは今日の出来事を振り返った。

最初はリンドが行方不明になった事から始まり、攻略組同士のいざこざに巻き込まれたり、ハルトが目の前で殺されそうになったり、ザントに罵倒されたりなど、散々な目にあったとしか言えない日だった。

でも、悪いことだけではない。ザントに罵倒されたからこそ、自身の本心を大切な人に受け止めてもらえたし、ハルトが殺されそうになったからこそ、彼に守られるだけじゃなく、彼を守れるくらい強くなろう、という決意が生まれた。

 

「ねぇ、ハルト。あの時、君がオレンジプレイヤーの人に殺されそうになった時、私・・・怖かったんだ。君が死んでしまうこともそうだけど、あの場で何もできなかった私自身に。もう、あんな思いはしたくない」

 

「だから」とコハルは正面からハルトの顔を真剣な表情で見据えて

 

「私は必ず強くなるから!もう二度と君が遠くへ行かないように!君を守れるくらいに強くなるから!」

 

「うん・・・僕も強くなるよ。もう二度と君を悲しませたりしない」

 

互いのパートナーの顔を見据えながら、己の新たな決意を伝える。

しばらく互いの顔を見つめ合っていた二人だったが、やがてハルトが優しく微笑みながらコハルの手を握る。

 

「帰ろう、コハル」

 

「うん!」

 

二人は互いの手をつなぎながら、二十層の圏内へと向かった。

こうして、パートナーとしての絆を取り戻した少年と少女は新たな決意を胸に進むのであった。

余談だが、宿に着いた後、いつもなら別々の部屋で寝っている二人だが、コハルが今日は一緒に寝たいと言い、ハルトも特に断る理由が無かった為、同じベッドで二人で寝ることになったが、同年代の異性と同じベッドで寝ることは二人共始めてであり、コハルは勿論のこと、普段こういう事にはあまり関心がないハルトも珍しく緊張しており、結果、二人が完全に眠るのにかなり時間が掛かった。




・「気持ちだけじゃ、何も守れないぞ」
・悔しそうに俯くサーニャ
サーニャ!サラッと流れ弾を食らう! 

・《フィンスタニス》に頼りがちな戦い方だったサーニャとは違う
前回のザントの罵倒とシロコイの流れ弾の結果、彼女も少し覚醒しました。

・<エアリアル・スワッター>
斧の星4スキル。モーションも短く、条件付きだがクリティカル率を上昇させることができる。

・「フロアボスには参加できねぇけどよ、・・・」
ということで、二十層編でのクライン(ついでにエギル)の出番はこれで終わりです。
クライン「なんでや!」本家だと今回の事件の功労者としてボス攻略に参加できたが、この時空だと、功労者の座をシロコイとザントに奪われたので不参加
シロコイ、ザント「「悪いな、クライン」」今回の事件の功労者としてボス攻略に参加(そもそも功労者じゃなくても、選ばれる可能性大の人達)

・同じベッドで寝るハルトとコハル
ようやく、入り口へと至りました。(何のとは言いませんが)


パートナー=恋人未満
鈍感だけども時より爆弾発言をするSAOIF主人公(ハルト)と、そんな主人公に振り回されつつも、まんざらでもない様子のコハル。キリアスとはまた違う良さがあるSAOIF主人公(ハルト)とコハルのカップリングは、私はかなり好きです。
ここまで長くなりましたが、次回はいよいよ第二十層ボス攻略。


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ep.27 第二十層ボス攻略

最近、自分の他にもSAOIFの小説を書いている人を見つけて、しかもお気に入りが1000以上もあって驚いたイノウエ・ミウです。
第二十層ボス戦です。


リンド救出から数日後、迷宮区前には攻略組の面々が集まっていた。

そこにいたのは、二大ギルドのリーダー及び数十名のALSとDKBのプレイヤー。二大ギルドに属さない中立プレイヤーのハルト、コハル、キリト、アスナ、サーニャ、ザント、シロコイ、「紅の狼」の面々である。

彼らはボス攻略会議を始める前に、ある話題について話し合っていた。

その話題とは、DKBのリーダー、リンドが行方不明になっていたこと。そして、リンド並びにハルト達中立プレイヤーの抹殺を企もうとしていた複数のオレンジプレイヤーの存在のことである。

 

「話はよう分かった」

 

リンドからこの間起きたことを一通り説明されたキバオウは納得した顔をリンドに向けた。

 

「リーテンちゅう証人もおるし、ジブンらが噓ついているって言うつもりはあらへん。せやけど、こっちはいらん疑いをかけられたせいで特に下の連中の腹の虫が治まっとらん。ワイらを対立させようとしとる連中の思うつぼにならん為にもワイらには協定が必要やと思う」

 

「確かに協定は必要だろう。だけど、今すぐに、というわけにはいかないだろうな」

 

「それはワイも分かっとる。せやけど、これ以上オレンジ・・・いや、レッドプレイヤーの連中を放っておくわけにはいかん。そうやろ、キリト」

 

リンドとの会話の途中、キバオウはキリトに目線を送った。

 

「ああ、そうだな。それと、改めて助かったよ。あの時、あんたらやザント達と合流できたのは幸いだったよ」

 

「気にせんでええ。寧ろ礼を言うのはワイらの方や」

 

「何かあったんですか?」

 

コハルが何かあったのかキリトに聞くと、キリトはハルト達と同じく自分たちがレッドプレイヤーの集団に襲われたことを説明した。

ハルト達と違って実力者はいなかったが、その分数が多く苦戦したが、たまたま現場の近くにいたALSの面々とレッドプレイヤーの動向を探っていたザントとシロコイが加勢してくれたおかげで無力化に成功し、いくらか尋問した後に《黒鉄宮》に送った。

 

「その後、連中の主力がハルト達の方に向かっているって聞いてな。俺とアスナはこのことをDKBに伝えに行かないとダメだったから、代わりにザントとシロコイが救援に向かったんだ」

 

「その途中、紅の狼の皆を見つけて、事情を話したら一緒に助けに行こうってなったんだ。後はハルト達も知っての通り、ハルトが死ぬギリギリのタイミングで何とか間に合うことができて本当に良かったよ」

 

キリトの説明の途中でシロコイが補足しながら安堵した表情をハルト達に向けた。

 

「ひとまず、話をまとめようか。連中が狙った相手からして、おそらく連中は百層攻略に欠かせないもんをターゲットにしとる。二大ギルドDKBのリーダーを務めとるリンドはん、キリト達二人にハルトと言ったトッププレイヤー」

 

「・・・奴らの計画を阻止できて本当に良かった。もし、成功したと思うとゾッとするな」

 

「ああ、攻略組は確実に崩壊しただろうな」

 

トウガとソウゴはレッドプレイヤーの計画の成功。すなわち、リンド並びにハルト達の死亡という最悪の結末を想像しながら喋った。

二大ギルドのリーダーの一人とトッププレイヤー数名を失った攻略組は怒りと絶望に飲まれ、無益な争いを繰り広げてしまうだろう。そうなってしまえば、名のある実力者たちは次々と無意味な死を遂げ、攻略組という組織は崩壊し、百層突破にかなり遠のいてしまう。いや、一生突破できないかもしれない。

 

「連中が何のためにそないなことをするのかは今の時点ではよう分からん。まっ、人殺しを楽しむような輩のことなんざ分かりとうないけどな」

 

キバオウが腕を組みながら呟く。

その隣でキリトが今の現状をまとめる。

 

「今の時点で分かっていることとすれば奴らは少なくとも二つ。或いはそれ以上の部隊を動かすことができるギルド。そう考えた方が自然だ」

 

「だろうな。俺らでウジ虫共を十匹ぐらいブタ箱に放り込んだが、あの戦力からして部隊を二つ以上分けれることは可能だな。特にリーダーとサブリーダーと思わしき野郎の実力は下手すりゃトッププレイヤーと同じレベルの強さを持っていやがる」

 

「!? それはホンマかいな・・・?」

 

「ああ、多分一人だけでも猿十匹分の戦力になるだろうよ」

 

ザントの言葉を聞いて、周りのプレイヤー達は戦慄した。

何せ、身近にいるトッププレイヤーですら自分たちからすれば化け物に等しいのに、それがレッドプレイヤーという最悪の集団の中に攻略組一般プレイヤー十人分の強さを誇る化け物が二人もいるという。

そんな非常な現実から真っ先に回復したキバオウは「ゴホン!」と咳払いすると、今後の対策を練る。

 

「今んところ、連中の規模も目的もよう分かっとらん。ひとまず、自警団の働きを強化するわ。他のギルドとも連携して対抗できるようにする。今はそれしかできへんやろ」

 

「ああ、俺たちも強力する」

 

「後は・・・もし、また根も葉もない噂が流れれば、疑心暗鬼にならず、情報屋として信用のあるアルゴはんを通じて事実確認をしてもらう。ワイからは以上や。もし、異論が無いんやったらそのままフロアボス攻略会議に移行する」

 

キバオウの言葉に誰も反論せず、そのまま攻略会議へと移行するのであった。

 

 

 

 

攻略会議は順調に終わり攻略を始めるまでの間、参加するプレイヤー達は休憩を命じられた。だが、休憩している攻略組の空気は何処か気まずいものだった。

 

「やっぱり、こうなるか・・・」

 

「仕方ないさ。レッドプレイヤーに騙されていたとはいえ、結構揉めていたからな」

 

そう言いながら、ハルトとキリトは休憩している攻略組の面々を見る。どのプレイヤーもそれぞれのギルドの面々をちらりと見るだけで、話しかけようとしても中々話しかけることができず、気まずそうにしながら休憩していた。

そんな中、ふと目線を向けると、他のプレイヤー達よりも明らかに暗い雰囲気の二人組がいた。

彼らは数日前に揉めた末に剣を抜いたALSとDKBのプレイヤーだ。サーニャ、ザント、クラインのおかげで彼らが剣を混じ合うことはなかったが、一歩間違えれば彼らはレッドプレイヤーになっていたかもしれない。

そんな彼らは現在、互いの姿を見つめ合っては何も話さず、この世の終わりのような顔をしながらただ黙っていた。

その光景を見て胸が痛んだが自分たちではどうにもならないと思ったハルトとキリトは逃げるように目線を他の場所に向けた。

すると、コハル、サーニャ、リーテンの三人が何やら話している様子が窺えた。

 

「もしよろしければ、話して頂いてもよろしくて?そこまで思い詰めた顔をされると、気になってしまいますわ」

 

「そうですよ。せっかくシヴァタさんが助かったのにリーテンさんずっと悲しそうな顔をして・・・」

 

二人から詰め寄られたリーテンは観念したかのように話し出す。

 

「怖いんです。もう、シバと一緒に戦えなくなる気がして・・・ギルド同士のいがみ合いは日に日に増しています。これから先、ALSの私はDKBのシバと一緒にいたら・・・」

 

もし、ALSリーテンがDKBシヴァタと一緒にいる所を見られたら、そのことを糾弾されるかもしれない。最悪の場合、リーテンとシヴァタは攻略組を追い出される可能性がある。

 

「だからといって、ALSを裏切ることなんて私には・・・」

 

シヴァタとは一緒にいたい。けれども、仲間たちは裏切りたくない。

シヴァタを選ぶかALSを選ぶか。リーテンはその選択に悩んでいた。

 

「分かるよリーテンさん。私も怖かったから・・・」

 

リーテンの気持ちを聞いて、何やら言いかけるコハル。

 

「よお、雑魚野郎」

 

すると、三人の下にザントが見下すような笑みを浮かべながらやって来た。

この間のこともあり、警戒するサーニャとリーテンを余所にザントは口を開いた。

 

「あんだけ無様な姿を見せても今回のボス攻略に参加する見てぇだな。それとも、またテメェご自慢の自称パートナー様が守ってくれると思ってんじゃねぇだろうな?」

 

「ザントさんの言う通りだと思います」

 

「・・・ああ?」

 

ところが、コハルはザントの言葉を否定せず正面から受け止めた。

 

「今まで私はハルトのパートナーって言っておきながら心の何処かでは彼のパートナーを名乗っていいのか不安でした・・・彼が遠くに行ってしまうことが怖かった。でも、気付いたんです。本当に怖かったのは彼に置いていかれることじゃなく、彼を信じられなくなることなんだって。だから、私は強くなります。守られるだけの私じゃない。彼を守れるくらいに強く。二度と離れてしまわないように」

 

「・・・へっ」

 

この間までとは違う。隠しているものなんて一切ないコハルの決意を正面から受け止めたザントは、先程までの見下すような笑みでなく何処か満足気に笑うと後ろを向き

 

「そう言うのは口じゃなく実力で示しやがれ。また情けねぇ姿を晒したら無能ヒロインって呼んでやるよ」

 

そう言いながら、向こう側へ去っていった。

 

「全く、あのお方はあんな下品な言葉しか喋れないのかしら?」

 

「そう言っている割にはサーニャさん、ザントさんに色々言われた後、真剣にザントさんの言葉を意識してましたよね?」

 

リーテンの言葉に「うっ!」と言葉に詰まるサーニャ。

リーテンの言っていることは嘘でない。馬鹿にされたことに対してはサーニャ自身とても腹を立てていたが、実際あの罵倒があったからこそ彼女は自分の戦闘スタイルを見直し、《フィンスタニス》頼りだった戦闘スタイルを改善するようになった。

 

「まあ、あのお方の言葉のおかげで私も更に強くなることができましたし、感謝の気持ちなら少しはありますわ・・・認めたくはありませんけれど・・・ゴホンッ!それよりも、リーテンさん。これをお持ちになってくださいませ」

 

サーニャがストレージから取り出したのは一本のベルトだった。

 

「これは確か・・・あのクエストの報酬の・・・でも、これはサーニャさんがボスを倒して手に入れた物です。貰うわけには・・・」

 

「確かに止めを刺したのは私でした。ですが、あの状況で誰一人も犠牲者を出さずに済んだのはあなたのお守り・・・いいえ、あなたとシヴァタさんの絆のおかげですわ。ならば、二人の絆の勝利である以上、これはあなたが持つべきですわ」

 

そう言いながら、サーニャはベルトを半分に割った。

 

「あれから、このベルトについて色々調べてみましたけどこのベルト、二つに分けられるデザインですの。お守りが片方だけになってしまったのですから今度はこれを二人で分け合うといいですわ」

 

「でも・・・攻略上、重要になりそうなアイテムを敵対しているギルドに渡すのは・・・」

 

「あなた方の結びつきには、ギルドの垣根なんて関係ないでしょう!このベルトはあなた方が勝ち取った絆の証ですわ!」

 

サーニャは半ば強引にベルトをリーテンに渡した。

すると、向こうでリンドとキバオウが休憩していたプレイヤー達に出発すると喋り、続々と集まるプレイヤー達。

 

「そろそろ時間ですわ。さぁ、行きましょう」

 

サーニャがそう言うと、三人は迷宮区へ向かおうとしている攻略組の後に続いた。

 

「・・・こっちは大丈夫みたいだな」

 

「だね」

 

キリトとハルトも特に異常が無さそうな三人を見て安堵しながら迷宮区に向かうのであった。

 

 

 

 

迷宮区を難なく進んでいき、ボス部屋前までたどり着いた攻略組。

攻略を始める前にキリトがボスの情報を確認するべく、攻略組に向かってボスの情報を話していた。

 

「今回のフロアボスは《ザ・ワンアイド・ビースト》。情報から察するに近距離や遠距離もいけて、途中で何らかのデバフをかけてくるみたいだ。後は防御が固いから強力なソードスキルを当てないとダメージはほとんど通らないと思った方がいい」

 

「今のよう聞いたか!?今回のボスは攻守、近遠共に隙がないごっつい相手や!気合い入れて行くで!」

 

「皆、それぞれ思うところがあるかもしれない。でも、今はギルドがどうのこうの関係なくフロアボスを倒すことに集中してくれ。勝とうぜ!」

 

『うおおおーーー!!!』

 

一斉に雄叫びを上げる攻略組。

その様子をキリトは何処か嬉しそうに見ていた。

 

「随分、楽しそうね」

 

「まあ、こういうのは嫌いじゃないし。それに・・・ここにいる皆は根っからのゲーマーだ。もしかしたら、ボスと戦っている間はしがらみとか忘れられるかもしれない。今はそれを信じよう」

 

「うん!キリト君、今回も勝とうね」

 

キリトとアスナが話している頃、リーテンはこっそりとシヴァタの方に近づき

 

「シバ・・・これを持っていて・・・」

 

「これって・・・!?確か、あのクエストの報酬の・・・」

 

「サーニャさんから貰ったの・・・ねぇ、シバ。これが終わった後、ギルド同士の仲がどうなるかは分からない。でも、また一緒に戦える日が来るって私は信じている。だから、その時が来るまで絶対に生き延びよう」

 

「そうだな。俺も信じているよ。いつか、しがらみとか関係なくりっちゃん達と一緒に戦える日が来ることを」

 

シヴァタに青色の方のベルトを渡しながら必ず生き延びると決意する。

また、更に別の場所では

 

「ここの攻略もいよいよ大詰めだね」

 

「今回も勝って、必ず生き残ろう、コハル」

 

「うん!(ハルト・・・あなたは私が守ってみせる!)」

 

いつも通りのやり取りをしつつ、ハルトを守ろうと心の中で決心するコハル。

やがて、キバオウとリンドが同時に扉を押すと扉が開き、攻略組は一斉に部屋の中に入った。

部屋の中は、周りの景色は何処か薄暗く、薄っすらと木が見える。

その部屋の中心にいつも通りボスが出現する。

見た目は全身真っ黒の巨大なゴリラみたいな怪物で、如何にも凶暴な顔つきをしている額には緑の宝石のような物が付いていた。その巨大な右手には魔法使いの杖のような片手棍を持っており、まともに食らえばあっという間にHPがゼロになるだろう。

そのボスの上に《ザ・ワンアイド・ビースト》とキリトが言った通りの名前が表示された。

 

「全員、散開!作戦通りに行くぞ!」

 

リンドの指示通り散開する攻略組。

《ザ・ワンアイド・ビースト》が散開する攻略組の一団に向けて杖を振り下したが

 

「させません!」

 

「やらせるかよ!」

 

リーテンとシヴァタがそれを防ぐ。

その隙にアタッカーが攻撃を仕掛けていく。

 

「スイッチ!」

 

「了解!」

 

キリトとハルトのスイッチ攻撃が《ザ・ワンアイド・ビースト》にダメージを与える。

 

「グオオオーーー!!」

 

キン!

 

「おっと!何もタンクはあいつらだけじゃないぜ!」

 

すぐさま、《ザ・ワンアイド・ビースト》は自身に攻撃をしたキリトに杖を振り下ろしたが、それをカズヤが防いだ。

攻撃こそ強力だが、タンクが全て防いでくれるおかげでアタッカーは安全に攻撃できた。更に

 

「あの宝石、怪しいな・・・よっと!」

 

攻略組唯一の弓使いのシロコイは《ザ・ワンアイド・ビースト》の額に付いている緑の宝石に矢を放ち、見事命中した。

すると、《ザ・ワンアイド・ビースト》は頭を押さえながら苦しんだ。HPもそれなりに減っていた。

 

「どうやら、あの額にある緑色の宝石は弱点みたいだな」

 

《ザ・ワンアイド・ビースト》の弱点を見つけ、攻略組はそこに攻撃を集中させることで着実にダメージを与えていった。

 

「よし!このまま押し切って・・・」

 

攻略組の一人が呟く。《ザ・ワンアイド・ビースト》のHPが半分以下になり、順調に進んでいると誰もが思ったその時

 

「グオオオーーー!!!」

 

《ザ・ワンアイド・ビースト》が突如雄叫びを上げた。

フィールド中に《ザ・ワンアイド・ビースト》の雄叫びに誰もが怯む。やがて雄叫びが止むと、何事も無かったかのようにその場に佇む《ザ・ワンアイド・ビースト》。

 

「な、何が起こったんだ・・・?」

 

キリトが呟きながら周りを見渡す。

見たところ《ザ・ワンアイド・ビースト》に変化はなく、攻略組にも特に異常はない。

 

「へっ!叫んだからなんだ!んなことでビビッてられるかよ!」

 

いち早く復帰したカズヤが《ザ・ワンアイド・ビースト》に向かって突っ込む。

 

「!? ダメだ、カズヤ!戻れ!」

 

何か異変に気付いたトウガが叫びながら制止するも、既にカズヤは《ザ・ワンアイド・ビースト》の目の前に来ており、《ザ・ワンアイド・ビースト》の攻撃をさっきまでと同じように防ごうとしたが

 

「!? うおっ!!」

 

さっきまでと違って、《ザ・ワンアイド・ビースト》の攻撃を防ぐも物凄い勢いで飛ばされたカズヤ。

 

「カズヤ君!?」

 

吹き飛ばされたカズヤにコノハが驚きながらも、カズヤの安否を確かめるべくカズヤの所に向かったが、彼のHPバーを見て目を見開いた。

 

「これは・・・!?防御ダウンのデバフがかかっている!?」

 

『!?』

 

コノハの言葉に誰もが驚愕の表情をする。

カズヤのHPはポーションで回復したから先程まで満タンだったのが一気に半分も減らされていた。更にHPバーの隣には防御ダウンのデバフが付与されている。

カズヤだけでない。この場にいる全てのプレイヤーに防御ダウンのデバフが付与されていた。

 

「嘘だろ・・・タンクでもHPが半分以上減らされるって・・・」

 

「勝てっこねぇよ・・・あんな化け物に!」

 

「だ、誰か!助けてくれ!」

 

一撃でタンクのHPが半分も減らされた事実に攻略組の面々が次々と恐怖に飲まれていき、誰もが隊列や作戦を無視して逃げ惑う。

 

「アカン!ここは落ち着くんや!ここで慌てたら、それこそボスの思うつぼや!落ち着いて互いにカバーし合うんや!」

 

「クソ!頼む皆!言うことを聞いてくれ!」

 

両ギルドのリーダーが必死に叫ぶが、恐怖に飲まれた攻略組の面々の耳には届かず、ただ泣き叫んでは逃げ惑うばかりであった。

 

「!? 危ねぇ!」

 

そんな中、攻略組の一人が《ザ・ワンアイド・ビースト》に狙われ、それに気付いたシヴァタが咄嗟にそのプレイヤーを突き飛ばした。

しかし、庇う事に集中し過ぎたあまり、シヴァタ自身の防御が間に合わない。今のシヴァタのHPはカズヤと違って半分もない。防御してでもHPを半分も削られる攻撃を防御なしでは一撃でHPがゼロになるだろう。目の前にいる《ザ・ワンアイド・ビースト》が杖を振るい、シヴァタが死を覚悟し目を瞑ったその時

 

キン!

 

リーテンが前に出て杖を受け止めた。

 

「シバ、逃げて!」

 

「りっちゃん!?・・・くっ!うおーーー!!」

 

リーテンが逃げるよう《ザ・ワンアイド・ビースト》の攻撃を受け止めながらシヴァタに向かって叫んだが、目の前で自分を守ってくれている恋人を見捨てる程シヴァタは腐っていない。

リーテンの隣に立ち、攻撃を押し返そうとするシヴァタ。

だが、カズヤと同様二人にも防御ダウンのデバフがかかっており、《ザ・ワンアイド・ビースト》の強烈な一撃は二人掛かりでも防ぎきることはできない。

《ザ・ワンアイド・ビースト》の強烈な一撃により、二人は吹き飛ばされ地面に転がされた。

誰もが死んだと思い、絶望の表情になるが

 

「うう・・・あれ?私・・・生きている?」

 

「だ、大丈夫か?りっちゃん。俺も・・・何とか無事だ」

 

ゆっくりとだが立ち上がり、互いの安否を確認するリーテンとシヴァタ。

周りのプレイヤーも二人の無事な様子に安堵したが、同時にHPが半分しか無かった二人が防御したとはいえ、防御しても半分以上削られる《ザ・ワンアイド・ビースト》の攻撃を食らって何故HPがゼロにならなかったのか疑問に思った。

 

「そうか!あのベルトの効果か!二人が装備しているそのベルト。おそらく、このボス攻略の時だけ装備すれば、デバフを上回る防御力アップのバフが付与されるんだ!」

 

トウガがベルトの効果に気付いた。

あのベルトは今までのボス同様、ボス攻略でしか発揮されないアイテムの一つであった。だから、あの場所でサーニャが装備しても何も変化が起きなかったのだ。

そして、その効果は防御力を大きく上昇させるものであり、それを装備しているリーテンとシヴァタはデバフの効果が解除され、更に防御力アップのバフが付与されたのである。

 

「ここは私たちがタンクを務めます!敵の攻撃は私たちで引き付けますので、皆さんはその間に攻撃してください!」

 

リーテンは周りにいる攻略組に向かって指示するが

 

「で、できるわけねぇだろ!あいつの攻撃を一撃でも食らったら死んじまうんだぞ!」

 

「そ、そうだ!あんたらはデバフの効果が軽減されてるからいいけど、俺らにはデバフが付いたままなんだぞ!」

 

「嫌だ!俺はまだ死にたくねぇよ!」

 

一度身に染みた恐怖からは中々解放されず、攻略組は未だに泣き叫んでは逃げ惑い続ける。

 

「!? 皆さん!大丈夫ですから!私たちが引き付けている間、皆さんには絶対に攻撃を向けさせません!だからお願い!話を聞いて!」

 

「皆!頼むからりっちゃんの指示に従ってくれ!」

 

リーテンとシヴァタが必死になって叫ぶが、やはり攻略組の耳には届かない。

フィールドは既に死という名の恐怖に飲まれていた。

 

「(やっぱりダメなのか!?犠牲者を出さずにボスを倒すことなんて、俺たちには無理なのか!?)」

 

この状況を見て、キリトが苦虫を嚙み潰したような顔をする。

ハルト達やキバオウとリンドも苦し気な顔でこの地獄絵図を見つめる。誰もが、犠牲者を出さずにボスを攻略をするのを諦めかけたその時

 

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!!猿共!!!」

 

一人の男の怒声がフィールド中に響き渡った。

先程まで悲鳴を上げ続けていたプレイヤーも、犠牲者を出さずに攻略することを諦めかけていたプレイヤーも一斉に怒声を上げた人物の方を向く。

 

「普段は攻略組の地位を利用してイキがってる癖に、いざボス攻略となったらピーピーガキ見てぇに喚きやがって!そんなに死ぬのが嫌なら攻略組なんて辞めて猿山(始まりの町)に帰りやがれ!!」

 

怒声を上げた人物、ザントは二十層までに溜め込んでいた苛立ちを発散させるかのように叫ぶ。

 

「いいか!俺はテメェら猿共が死ぬほど嫌いだ!!弱ぇ癖に地位だけを利用して更に弱ぇ奴らを虐げて優越感を得る!そして!いざとなっても何にも役に立たないでただ逃げ回るだけ!テメェらは強者の足を引っ張り、嫉妬することしかできないクソ見てぇな存在だ!!けどな!そんなクソ見てぇに使えねぇテメェらでもあいつに攻撃すりゃ、ほんの僅かでも役に立つことができんだよ!!強者の足を引っ張り、ただその背中を見続けて嫉妬するくらいだったら・・・」

 

ザントは周りで呆然と自分を見ている攻略組に向かって思いっ切り叫んだ。

 

「せめて、こんな状況でも生きようと足掻いている強者に一泡吹かせることぐらいはしやがれ!!」

 

『!?』

 

ザントの怒号に息を吞んだ攻略組の面々だったが、やがて一人が叫んだ。

 

「うおーーー!!やってやる!」

 

「見せてやるよ!攻略組の意地ってもんをよ!」

 

「ああ、そうだ!畜生!あの狼野郎!言いたい放題言いやがって!いつか絶対にぎゃふんって言わせてやる!」

 

「笑わせんじゃねぇぞ雑魚共!テメェらが俺に追い抜こうなんざ十年早ぇんだよ!」

 

『うおおおーーー!!!』

 

ザントを筆頭に先程まで恐怖に飲まれていた攻略組の面々が一斉に吠える。

 

「あいつ・・・俺たちも行くぞ!」

 

「せや・・・!聞こえるか攻略組!リーテンとシヴァタをタンクとし、ボスの攻撃に当たらないよう隙を付いて攻撃!ここが正念場や!一気に決めるで!」

 

ザントのによって戦意を回復した攻略組はリーテンとシヴァタをタンク役として、少しずつ《ザ・ワンアイド・ビースト》にダメージを与えていった。

《ザ・ワンアイド・ビースト》もまた、HPを削られながらも一人でも多くの犠牲者を出そうと攻撃をし続けてた。

戦いは最終局面へと移っていた。

《ザ・ワンアイド・ビースト》のHPは既に1/4を切り、リーテンとシヴァタのHPもほとんどなく耐えれるとしたら精々一撃が限界だった。

 

「クソ!このままだとチリ貧だ!」

 

「一旦、お二人には下がって頂くべきですわ!このままでは持ちませんわよ!」

 

「だが、二人が下がればボスの目は他のプレイヤーに向く。そうなってしまえば・・・」

 

確実に犠牲者が出る。その言葉を言う前にトウガは出掛かった言葉を飲み込んだ。

バフが付与されていない他のプレイヤーが攻撃を食らえば確実にHPがゼロになるのは、誰の目から見ても明らかだった。

 

「俺たちの勝利条件は誰も犠牲になることなくボスを倒すこと。だが、タンクを務めるリーテンとシヴァタが攻撃を受けられるのは後一回が限界」

 

「でも、二人を下がらせたら、代わりに狙われた誰かが犠牲になるかもしれない・・・」

 

キリトとアスナが状況を確認するも、現時点で犠牲者を出さずに攻略できる効率のいい案は思い浮かばない。

 

「キリト。俺たちの一斉攻撃であいつのHPを削り切れるのは可能だと思うか?」

 

「微妙なところだ。こんだけ攻撃を与えてもHPが全然減らないとなると、相当強力なソードスキルで攻撃しないと耐えられるかもしれない」

 

「問題はそこだけじゃねぇだろ。一斉攻撃を仕掛けるにしても、あいつの動きを止めねぇと一斉攻撃なんてできねぇだろ」

 

「ああ、ザントの言う通り一斉攻撃を仕掛けるならタンク二人がボスの動きを。それも結構な時間止めないとダメだな」

 

「つまり、奴を倒しきる為には、奴の動きを長時間止めて且つ奴の残りHPを削り切れる強力なソードスキルを打つ必要があると?」

 

「・・・たった一回のチャンスで奴のHPを上回る方法。それができないと確実に犠牲者が出る」

 

キリトの言葉に誰もが暗い顔をする。

ボスの動きを長時間止める。一斉に攻撃を仕掛ける。強力なソードスキルを放つ。それら全てを一回で成功させて且つ犠牲者をゼロにする方法。急がないといけないが、条件が厳しく中々成功させる良い案が思い浮かばない。

 

「ハルト・・・本当に方法はないのかな・・・?」

 

コハルが縋る思いでハルトに聞く。

ハルトもまた、頭をフル回転させて犠牲者を出さずにボスを倒しきる方法を考えていた。

 

「(本当にないのか!?いや、あるはずだ!犠牲者を出さずにボスを倒しきる方法が!考えろ!考えるんだ!)」

 

そして

 

「!?・・・ある。一つだけ、方法がある!」

 

「!? ホントか!?それ!」

 

キリトが驚いたようにハルトを見る。周りのプレイヤー達も一斉にハルトの方へ向いた。

 

「正直言って、上手くいくかどうかは分からないけど・・・」

 

そう言いながら、ハルトは作戦を伝えた。

 

「確かに・・・これなら可能性はあるな。俺はこれに賭けるよ」

 

「私もよ、キリト君」

 

「俺も賛成だ。時間がない今、これに賭けるしかない」

 

「こういう部の悪い賭けは嫌いじゃねぇ。乗った」

 

「だな。見せてやろうじゃん!奇跡って奴を!」

 

キリトを筆頭にアスナ、トウガ、ザント、シロコイと次々と賛成する。

 

「私たちも参加します」

 

「ここまで来たんだ。俺たちの命も預けるよ」

 

更にリーテンとシヴァタが賛成したことで周りにいた攻略組の面々も賛成し始めた。

 

「皆さん正気ですの?失敗したら自分たちが確実に死ぬんですのよ?止めましょう・・・以前の私だったらこう言って反対してましたけど、あなた方のお人好しっぷりに私も当てられましたわ」

 

サーニャもまた、何処か呆れるように喋りながら賛成した。

 

「やろうよ、ハルト!全員で次の層に行く為に!」

 

最後に自身のパートナーの賛成の声を聞くと、ハルト達は作戦を実行する為、指定の位置に付いた。

一方、《ザ・ワンアイド・ビースト》もまた、攻略組が準備し終わるまで待ち構えており、リーテンとシヴァタが《ザ・ワンアイド・ビースト》の正面に立つと動き出した。

《ザ・ワンアイド・ビースト》は両手で杖を持ち思いっ切り杖を振り下ろしたが、それをリーテンとシヴァタが盾で防ぐ。

その次の瞬間、二人は装備を捨てて《ザ・ワンアイド・ビースト》が杖を上げる前に《ザ・ワンアイド・ビースト》の両腕を掴んだ。

 

「今だ!」

 

二人がボスを抑え込んでいるうちにキリトの掛け声と共に攻略組が一斉に動き出す。

 

「頼んだぜ皆・・・いっけーーー!!」

 

シロコイが放った<アクア・スティッチ>が《ザ・ワンアイド・ビースト》の額の宝石に命中する。

それが合図となり、キリトを始めとしたアタッカーが一斉攻撃を仕掛ける。

 

「そこだ!」

 

「終わりよ!」

 

「ハッ!」

 

「消えろ」

 

「ヤァ!」

 

「おらっ!」

 

「行くっす!」

 

ダスビダーニャ(さようなら)!」

 

キリトが、アスナが、トウガが、ソウゴが、コノハが、カズヤが、レイスが、サーニャが・・・攻略組のほとんどのプレイヤーが次々と攻撃し、《ザ・ワンアイド・ビースト》にダメージを与えていった。

 

「スイッチ任せたぜ!ハルト!」

 

「はい!」

 

そして、止めを刺すべくザントとハルトが動き出した。

 

「!? ダメだ止められない!」

 

「後少しなのに・・・!きゃ!?」

 

しかし、《ザ・ワンアイド・ビースト》が強靭な力でリーテンとシヴァタを振りほどき、そのまま自身に近づいてきているザントとハルトに向けて杖を振り上げた。

ザントは「ちっ」と舌打ちしながら、せめて攻撃を軽減させようと《蒼嵐》を上にかざして攻撃を防ごうとしたその時

 

「「うおおおーーー!!」」

 

ALSとDKBの二人組が《ザ・ワンアイド・ビースト》が杖を振り下ろす直前に足を押さえて《ザ・ワンアイド・ビースト》の動きを止めた。

あの二人組はリンド救出の際に互いに剣を向けたり、ボス攻略が始まる前や防御ダウンのデバフが付いた時にこの世の終わりみたいな顔をしていた二人組だ。

かつて互いに剣を向けるくらいいがみ合っていた二人組だが、今この瞬間だけは力を合わせて強大な敵に立ち向かっていた。

 

「よせ!今すぐ離れるんだ!今のあんたらのHPだと一発でもまともに食らえば終わりだ!」

 

キリトが二人組に向かって叫んだが、それでも二人組は《ザ・ワンアイド・ビースト》の足を押さえていた。

 

「俺たちのことは気にするな!」

 

「今はこいつを!早く!」

 

そんな二人組の決死の叫び声を聞いたザントは

 

「へっ!いい吠えっぷりじゃねぇか!」

 

何処か嬉しそうに笑みを浮かべながら《ザ・ワンアイド・ビースト》に近づき、<ビースト・ランページ>で攻撃した。そして、そのまま後ろに下がると

 

「やっちまえ!ハルト!」

 

止めを刺すようにとハルトに向かって叫んだ。

ハルトがスキルのモーションをし、《ザ・ワンアイド・ビースト》に向かって全力の一撃を放とうとしたが

 

「グオオオーーー!!」」

 

「「うわぁぁーーー!!」」

 

《ザ・ワンアイド・ビースト》が思いっ切り足を振り回し、足にしがみついていた二人を引き剝がした。

そして、そのまま杖を上に上げて目線を自身に近づいているハルトに向けた。

 

「マズい!このままだと直撃するぞ!」

 

「避けろ!ハルト!」

 

《ザ・ワンアイド・ビースト》の行動を察し、キリトとトウガが叫ぶが、既に《ザ・ワンアイド・ビースト》は杖をハルトに向けて振り下ろそうとしてた。

このタイミングでは防御も回避も間に合わない。援護しようにも距離があって届かない。

それでも、この場にいる誰もがハルトを救おうと動いた・・・だからこそ、誰よりも早く動いていた彼女の存在にハルト以外のプレイヤーは気が付かなかった。

 

 

 

 

「(ずっと思っていた。彼は私の事をどう思っているのかな?私の存在が彼の足かせになっているんじゃないかなって)」

 

「(心の奥で悩んでいた。いつも自分の隣にいてくれる彼女を自分は本当に信用しているのかって)」

 

少女は悩んだ。いつの日か自分の存在が彼を殺してしまうのはないかと。

少年は悩んだ。トッププレイヤーとして名乗りを上げた自分は彼女を必要としているのかと。

互いに悩み、その気持ちを心の奥に隠し続けた結果、二人は一度離れ離れになってしまった。

 

「(互いに思い悩んだ結果、私たちは離れ離れになってしまった。でも、離れ離れになった今だからこそ分かる)」

 

「(僕は彼女の隣にいたい。どんなに不格好だろうと、大切な人の傍にいること。ただ、それだけだった)」

 

二人の時間を動かしていた歯車が狂い、一度離れ離れになったからこそ、二人は本当の気持ちを理解した。大切な人の傍にいたい。たったそれだけのことを。

 

「(だから、今なら胸を張って言える!)」

 

「(僕は!)」

 

「(私は!)」

 

「「信じられている!!」」

 

《ザ・ワンアイド・ビースト》がハルト目掛けて杖を振り下ろそうとしたその時、《ザ・ワンアイド・ビースト》の死角からコハルの<フォトンファング>が《ザ・ワンアイド・ビースト》の体を切り刻んだ。

強力なソードスキルを食らい、思わず怯む《ザ・ワンアイド・ビースト》。その隙にコハルはハルトに向けて叫んだ。

 

「お願い!ハルト!」

 

その叫び声に応えるかのように、ハルトは<レイジ・スパイク>で《ザ・ワンアイド・ビースト》に突進する。

そして、《ザ・ワンアイド・ビースト》にダメージを与えると体勢を整え、次のソードスキルを放とうとモーションをし、あるソードスキルで攻撃した。

 

「あれは!<ファイア・スラント>!?」

 

プレイヤーの誰かがそのソードスキルの名を叫ぶ。

<ファイア・スラント>は片手直剣の熟練度を少し上げるだけで習得できる簡単なソードスキルだ。威力も弱いし、とてもじゃないが《ザ・ワンアイド・ビースト》に止めを刺すのに打ってつけのソードスキルではない。

現に《ザ・ワンアイド・ビースト》のHPはほんの僅かしか減っておらず、ハルトの行動に誰もが驚きながらも疑問に思う。

しかし、キリトだけは違った。

 

「いや、違う!これは・・・!?」

 

ハルトの意図が理解したからこそ、彼は他のプレイヤーとは違う意味で驚いた。

ハルトは<ファイア・スラント>を繰り出すと、もう一回<ファイア・スラント>を繰り出した。

誰もがハルトの意図が読めず啞然と見守る中、キリトがそのスキルの名前を呟いた。

 

「バーストスキル・・・!」

 

キリトが呟くと同時にハルトの剣が赤く光り、まるで炎に包まれたかのように輝いた。

 

「いっけーーー!!」

 

そして、《ザ・ワンアイド・ビースト》目掛けてバーストスキル<クリムゾン・スクエア>を放った。

バーストスキルは普通のソードスキルと違い、特定の条件を満たすことで使えるようになる強力なソードスキル。ハルトが繰り出したバーストスキル、<クリムゾン・スクエア>は斬属性のソードスキル一回と火属性のソードスキル二回繰り出すことで発動できるバーストスキルである。ハルトが<レイジ・スパイク>の後に<ファイア・スラント>を二回繰り出したのも、斬属性を持つ<レイジ・スパイク>と膠着状態が短く火属性を持つ<ファイア・スラント>を二回繰り出すことで、バーストスキルの発動条件をスムーズに達成させる為であった。

炎を纏いし剣が一撃二撃と《ザ・ワンアイド・ビースト》の巨体を切り刻む。そして、最後の五連撃目でハルトは剣を両手に持ち直し

 

「僕たちは前に進むよ。今も・・・これからも」

 

《ザ・ワンアイド・ビースト》の額の宝石に向けて思いっ切り剣を振った。

すると、額にあった宝石は割れ、《ザ・ワンアイド・ビースト》は頭を押さえて苦しみながらポリゴン状に四散した。

 

「はぁ・・・はぁ・・・勝っ・・・た?」

 

「勝った!勝ったんだよ!私たち!」

 

息を上げながら周りを見渡すハルトにコハルが駆け寄る。

それと同時に場の緊張はほぐれ、あっという間に歓声へと変わった。

力を合わせて犠牲者を出すことなくボスを倒すこと。それが達成できたことで、場は攻略する前と違ってすっかり和らいでいた。

 

「お疲れ様。さっきは見事なコンビネーションだったぜ」

 

「お疲れ様。二人共かっこよかったわよ」

 

互いに喜び合っていたハルトとコハルの下にキリトとアスナが話しかける。

 

「ギルド同士で揉めているって聞いた時は心配だったけど、ここにいる皆が根っからのゲーマーで安心したよ。ゲーマー同士が分かり合う為には協力プレイが一番だからな」

 

「ALSとDKBの事なんだけど、今はあの人たちを信じてみましょ。それじゃあ、私とキリト君は一足先に二十一層に行ってるから。次の層でもよろしくね」

 

そう言うと、キリトとアスナは二十一層へと向かった。

ザントもまた、先に二十一層に向かった二人を見て、自身も二十一層に行こうとしたが

 

「待ってくれ!」

 

ザントを呼び止める声が聞こえ、振り向くと先程《ザ・ワンアイド・ビースト》の足を押さえてくれたALSとDKBの二人組がいた。

そして、ザントに斬りかかった二人組でもある。

 

「その・・・あの時は悪かったよ。ついカッとなって、あんたに斬りかかろうとして」

 

「それと、ありがとう。あんたやクラインって人がいなかったら俺たちは取り返しのつかないことをしていた」

 

「・・・低脳な猿共のやった事なんざ、覚えといても何の得しねぇから、忘れちまったよ」

 

謝罪とお礼を言われたにも関わらず、二人組を罵倒するかのように返したザント。

しかし、この間と違って二人組はカッとなることも斬りかかることもせず、正面からザントを見据えながら喋った。

 

「あの時、あんた達に色々言われた後、ずっと考えていたんだ。今の俺たちはどういう気持ちでVRMMOをプレイしているんだろうって。でも、今日のボス攻略で分かったんだ。俺たちはVRMMOが大好きなんだって。それこそ、誰にも負けないくらい」

 

「だから、俺たちは今よりももっと強くなる!いつかあんただって超えてみせるさ!」

 

ザントに向かって堂々と超える宣言する二人組。

二人組の顔を真剣な表情で見ていたザントだったが、後ろに振り向き

 

「笑わせんじゃねぇ。俺を超えるんだったら、まずはその猿見てぇな短気な性格をどうにかするんだな」

 

そう言い残すと、ザントは出口へと向かい、そのまま二十一層へ上がった。

 

「やれやれ、あいつも素直じゃないな・・・」

 

そう言いながら、シロコイもザントの後に続くように二十一層へ向かった。

その姿を見届けた二人組は再度「ありがとう」と言うと、それぞれのギルドの面々の所に戻った。

別の場所では、リーテンとシヴァタが見つめ合っていた。

 

「私・・・ずっと待ってるから!また一緒に戦える日が来る時も!いつかリアルで会える時も!だから・・・またね、シバ」

 

「ああ、俺もだ!・・・またな、りっちゃん」

 

そう言い残すと、二人もまた、それぞれのギルドの面々の所に戻る。

やがて、ALSとDKBも二十一層へ上がり

 

「それじゃあ、俺たちもそろそろ。またな、二人共」

 

「次のボス攻略でお会いしましょう。ダスビダーニャ(さようなら)

 

残った「紅の狼」の面々とサーニャもまた、二十一層へと向かった。

部屋に残ったのは、ハルトとコハルの二人だけだった。

 

「ハルト・・・私、今回も守られてばかりだった・・・」

 

ふと、コハルが小さく呟いた。

 

「そんなことはないよ。さっきだって、君に助けられたし・・・」

 

「守られてばかりだよ!」

 

否定しようとしたハルトだったが、大きく叫んだコハルによって遮られた。

驚きながらもコハルの顔を見る。すると、彼女は目元に涙を溜めながらこちらを見ていた。

 

「だって、この間レッドプレイヤーの人達に襲われた時も、シロコイさん達が来るのが後少しでも遅かったら、ハルトは殺されてた・・・嫌だよ。ハルトが死ぬなんて・・・何処か遠くに行っちゃうなんて・・・」

 

この層での出来事を得て、大切な人がいなくなるという最悪の結末にコハルは恐怖していた。

 

「大丈夫だよ。僕は絶対に死なない。どんな時でも、いつだって君の隣にいる」

 

「!?」

 

そんな不安気な様子のコハルにハルトは優しく微笑みながら彼女の手を握った。

コハルは驚きつつも、ゆっくりと口を開く。

 

「・・・本当にいいのかな?私は・・・君の隣にいてもいいのかな・・・?」

 

「良いも悪いも無いよ」

 

「だって」と言いながら、ハルトはコハルを抱きしめる。

 

「僕は、君のパートナーだから」

 

自身を抱きしめる彼の温もりから、彼の思いがしっかりと伝わった。もう二度と遠くへ行かないように。彼女から離れてしまわないように。

コハルは涙を流しながら、笑顔で抱きしめ返す。

 

「うん!守るから・・・今度は私が守るから」

 

やがて二人は抱擁を解き、互いの顔を見つめ合う。そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと目を瞑りながら顔を近づけ、互いの唇を重ね合わせた。

このアインクラッドで出会い、どんな困難も互いに支え合いながら乗り越えていき、遂に二十層を突破した二人。これからも、二人には様々な試練が訪れるだろう。それでも、彼らは乗り越えていくだろう。この世界で出会った仲間たちと共に。

今はただ、大切な人が傍にいることの幸せを感じる二人であった。




・<アクア・スティッチ>
弓の星4スキル。名前から分かる通り、水属性を持っている。また、命中させると攻撃力上昇のバフが付与される。

・<フォトンファング>
短剣の星4スキル。スキルを当てるごとにクリティカル率が上昇するバフが付与され、HIT数が多ければ、追加でダメージを与えることができる。

・<クリムゾン・スクエア>
片手直剣の星4スキルでバーストスキルでもある。一周年イベントで手に入るバーストスキルであり、バーストスキル初心者に取っては、かなりオススメのソードスキル。

・「僕は、君のパートナーだから」
書いてる時に思ったけど、SAOIFで主人公がコハルに向かってこんな風に言うシーンってあったけ?

・ハルト(SAOIF主人公)とコハルのキスシーン
誰か!誰か一枚絵を頼む!!(マジの懇願)



三周年記念パーティーの感想
・松岡さんと安元さんはっちゃけてるな~
・100%エギルLINEスタンプヤバすぎwww
・マグロスタンプはいつ実装されますか?










エギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギルエギル

三周年パーティーじゃなくてエギルパーティーじゃねぇか!


以上で二十層編終了となります。
ハルトとコハルはパートナー=恋人未満からパートナー=恋人に進化?しました。
最初は進化?させるつもりはなかったんですけど、三周年イベントでどっからどう見てもプロポーズにしか見えないやり取りを見て、もうここまでできているのなら、いっそのこと早めにくっつかせた方が今度の展開を書きやすくなるかなと思い、この結論に至りました。
次回は二十五層編・・・と行きたい所ですが、ここで一つ番外編を挟みます。
内容は次回までのお楽しみということで。(ヒント:二十~二十五層までの間と言えば?)
最後に一つ重大なお知らせを・・・


































この層以降、しばらくの間サーニャの出番はありません。


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ヌシを釣る意思

毎回思うけど、SAOIFのクリイベはどうして神っているのだろうか。ホント季節限定イベにもシナリオ再生機能付けて欲しいわ。

クリスマスと言えば何か・・・そう、釣り!(適当)
ということで、今回の番外編は釣りイベントの話です。そして、釣りと言えば当然あのキャラが登場します。

※この番外編は他の季節限定イベントの話と違って、サチやシリカの話同様、本編で起きた出来事となっております。時系列としては大体二十三か二十四層辺りを攻略してる最中です。


攻略も順調に進んでいるハルトとコハルは休憩がてらに二十二層へやって来た。

強いエネミーがおらず、フロアボスもそんなに強くなかったこの層は色んなプレイヤーにとって人気のフロアであった。

 

「二十二層・・・久しぶりだね・・・」

 

「うん。久しぶりに来たけど、何処も変わらないね・・・せっかく来たんだし、まだ探索してない所とか探索してみようよ!」

 

久しぶりの二十二層にテンションが高いコハル。

ハルトもまた、自然豊かなこの層を気に入っており、早速探索してみようと動いた直後

 

「おや?ここら辺では見ない顔ですな」

 

突然声を掛けられ、振り向くと眼鏡を掛けた老人がいた。

防具などは装備しておらず、見た感じどこにでもいそうなおじいちゃんって感じだ。

 

「あの~あなたは?」

 

「おっと失礼、申し遅れました。私はニシダといいます。ここでは釣り師。日本では東都高速線という会社の保安部長をしとりました。名刺が無くてすみませんな」

 

「こ、こちらこそ初めまして!私、コハルっていいます!それと、こっちは・・・」

 

「ハルトです」

 

「これはご丁寧にどうも」

 

互いに自己紹介をすると、ニシダさんは二人に問いかける。

 

「お二人は攻略組の方ですか?」

 

「え?はい、一応は・・・」

 

ハルトが質問に答えると、ニシダさんは顎に手を当てながら二人の顔を見つめる。

まじまじと見つめられ、二人が困惑していると、ニシダさんは顎から手を外して口を開いた。

 

「ふむ、これもいい機会ですかな・・・お二人共、もし良ければ私の釣りにちょっとだけ付き合ってくれませんか?」

 

「釣りですか・・・どうするハルト?」

 

「僕は構わないけど・・・すみません、ニシダさん。僕ら、釣りは初めてですけど大丈夫ですか?」

 

「そうでしたか。心配しなくとも大丈夫ですよ。私が手っ取り早く教えますよ」

 

「本当ですか?それならお付き合いします。よろしくお願いします、ニシダさん」

 

ニシダさんのご厚意に感謝するハルト。

こうして二人はニシダさんに教えてもらいながらSAO初の釣りをすることになった。

 

 

 

 

二十二層の広大な湖までやって来たハルト達。

ニシダさんから基本的な事を教えてもらい、近くの店で釣竿と餌を買ったハルトとコハルは早速釣りをすることになった。

 

「!? ここだ!」

 

釣竿がブルッと震え、思いっ切り釣竿を振り上げる。

すると、湖から釣竿の針金部分を銜えた小さめの魚が姿を現した。

 

「おお!さっさく釣れましたな!」

 

開始して早々魚を釣れたことにニシダさんが声を上げる。

 

「私も釣れました!」

 

「これはこれは!お二人共、中々筋がいい」

 

更にコハルも釣れたことで、ニシダさんは思わず感心した。

その後も、ニシダさんのアドバイスを聞きながら二人は次々と魚を釣っていき、夕方になる頃にはバケツは魚でいっぱいだった。

 

「どうですか?釣りは楽しんでいただけましたか?」

 

「はい!とっても楽しかったです!ハルトはどうだった?」

 

「勿論、楽しかったよ」

 

「それは良かった。そうだ!せっかく興味を持ってくれたついでに今度行われる釣り大会に参加してみてはいかがでしょうか?」

 

そう言いながら、ニシダさんはストレージから一枚の紙を取り出し、ハルトに渡した。

ハルトは渡された紙をコハルの方に近づけ、彼女と一緒に内容を見る。

そこに書いてあったのは、大会が行われる日付や場所、大会の優勝者に送られる賞品が描かれていたが

 

「ええ!?」

 

コハルがふと声を上げて驚いた。

 

「どうしたの?コハル」

 

「ごめん、急に大声を上げて・・・でもこれ、凄く似てて・・・」

 

「これって・・・確か、優勝したら貰えるブローチ?」

 

「うん。昔、ちっちゃかった頃に初めてのピアノの発表会の時にお母さんが私にくれたブローチがあって・・・そのブローチがこの優勝賞品のブローチとそっくりなの」

 

「ほう!凄い偶然もあるもんですな!」

 

思わぬ偶然にニシダさんが声を上げた。

ふと、コハルを見ると、彼女はまじまじと優勝賞品が描かれた紙を見つめていた。

 

「いいなぁ・・・」

 

「やっぱり欲しい?」

 

「うん、よく似たのをリアルでも使ってたし、それに・・・」

 

「それに?」

 

「ううん、なんでもない。今、使っているブローチも結構気に入ってるし。それよりも、釣り大会どうする?」

 

「せっかくだし、参加してみるよ」

 

何か上手くはぐらかされた気がするが、ハルトはコハルに参加することを伝えた。

 

「おお!これは嬉しいですな!早速、私の方からエントリーしておきます!」

 

「ハルトが参加するなら、私も参加してみようかな。よろしくお願いします、ニシダさん」

 

「こちらこそ!いやはや、これは楽しみになってきましたな!では、私はこれで。もし、釣りで困ったことがあれば、明日また誘ってくださいな」

 

嬉しそうにそう言うと、ニシダさんは二人に手を振りながら去っていった。

二人も、明日またニシダさんと釣りをしようと思いながら、圏内の宿屋に向かった。

 

 

 

 

翌日、ハルトとコハルは昨日フレンド登録したニシダさんにメッセージを送って呼び出し、昨日と同様釣りを楽しんでいた。

 

「一説には、水中に落としたスプーンを餌だと思って魚が食いついた、というがルアーの起源と言われましてな。魚というのは近くに落ちてきた物を金属だろうと餌だと思い込んで食いついてしまうんです」

 

「へぇー知りませんでした」

 

「他にも泳がせ釣りなんて方法もありましてな。生きた魚を餌にして大きな魚を釣り方法です」

 

「なるほど、勉強になります」

 

会話を弾ませながら釣りを楽しむ三人。

すると、コハルの釣竿がヒットした。

 

「また来た!せーのっ!」

 

釣竿を振り上げると、青い魚が姿を現した。

また一匹、魚が釣れて喜ぶコハル。

だが、その魚を見た時、ハルトはふと違和感を覚えた。

その魚は他の魚と違って小さい手足のようなものが付いており、何よりその魚の隣にはHPバーが表示されていた。

 

「!? 避けろ!コハル!」

 

「え?・・・きゃ!?」

 

コハルに向かって叫んだ直後、彼女が釣った魚もとい魚類型のエネミーがコハルに襲い掛かった。

コハルは咄嗟に体を捻らせて何とか躱すが

 

「あ!?」

 

突進してきた際にコハルの防具に付けてあったブローチが外れてしまい、宙へと舞ったブローチはそのまま湖へ落ちてしまった。

 

「うおおーーー!」

 

一歩遅れて、ハルトが<レイジ・スパイク>でエネミーに攻撃すると、そのままポリゴン状に四散した。

 

「大丈夫!?コハル!」

 

「お怪我はありませんか!?」

 

「うん、私は大丈夫。でも・・・」

 

そう言いながら、コハルはブローチが落ちていった湖を見つめる。

その表情は悲哀に満ちていた。

 

「申し訳ございません。私がごく稀にエネミーが釣れてしまうこともあると伝えておけば・・・」

 

「僕ももっと早く倒していれば・・・」

 

「いいのいいの!気にしないで!だって事故でしたし、エネミーが釣れるなんて誰も予想できませんよ。ハルトも君が助けてくれたおかげで怪我することがなかったし、結果オーライってことで」

 

謝るニシダさんとハルトをコハルは責めることなく笑顔で返した。

けれでも、コハルが正面上だけで笑顔を作っていることはハルトは勿論、会ってまだそんなに経ってないニシダさんでも分かった。

 

「でも、あれは大事な物だったんじゃ・・・」

 

「大丈夫だよ!どうせレアでもない安物だったし。だから!・・・気にしないで・・・大丈夫・・・だから・・・!」

 

必死に笑顔を作っていたコハルだったが、遂に耐え切れなくなり、その場で涙ぐむ。

 

「・・・あのブローチ、βテストの時、始まりの町でハルトに会う前にSAOで最初に買った物なんだ。雰囲気がお母さんから貰ったブローチと似てたから。それでね、それを付けていれば、自然と勇気をもらうんだ。おかげで、βテスト最終日に勇気を出して君に話しかけてみようって思えたの。正式版が始まってからは真っ先に同じお店に行って買ったんだ。あの時、ハルトに出会えたのも、ここまで一緒にこれたのも、あのお守りのおかげかもね。大事な時に勇気をくれるお守り。それがあれば頑張れる気がするんだ。だから・・・っ!・・・うぅ・・・!」

 

そうして、顔をくしゃくしゃにしながら泣き始めたコハル。

そんなコハルの様子に、ハルトは黙って彼女の頭を胸に寄せながら彼女を抱きしめ、右手で頭を撫でた。

しばらくの間、ハルトの胸で泣いていたコハルだったが、やがて泣き止み、もう大丈夫だといった様子でハルトの胸から離れると、ハルトは何やら決心した様子で口を開いた。

 

「・・・コハル、昨日言ってたよね?釣り大会の優勝賞品のブローチが欲しいって」

 

「う、うん・・・」

 

質問の意図が読めずコハルが戸惑う中、ハルトは一枚の紙、釣り大会のチラシをストレージから取り出してコハルに見せた。

ハルトの意図が読めたコハルだが、不安気な顔でハルトに言う。

 

「これは・・・でも・・・優勝しないと・・・」

 

「だから信じて。僕は絶対に優勝する。そして、君に必ずあのブローチをプレゼントしてみせる」

 

「・・・うん」

 

そう言いながら、コハルは両目に残っていた涙を払った。

 

「・・・話は全て聞かせてもらいました」

 

すると、今まで黙っていたニシダさんが口を開いた。

 

「ハルトさんの優勝するというその心意気に心打たれました。私もお二人の為に全力で力になりたいと思います」

 

「!?・・・ありがとうございます、ニシダさん」

 

ハルトは協力してくれるニシダさんに頭を下げて感謝した。

 

「とはいえ、大会には釣り自慢が出揃っています。今のままでは、そう簡単に優勝はできないでしょう。大会は大きさだけでなく、釣った魚の数や魚のレア度などでも審査しますからな。今のお二人の熟練度では、ベテランには敵わないでしょう」

 

「そんな・・・何とかならないんですか?」

 

今のままでは優勝できないと言われ、不安気な表情をしながら質問するコハル。

 

「ですが、100%優勝することができる方法なら一つだけあります。それはヌシを釣り上げることです」

 

「「ヌシ?」」

 

「ええ、この湖のヌシです。前に一度だけヒットしたんですが、私の力では取り込めずに逃げられてしまいまして」

 

「そんなに大物なんですか?」

 

「大きいなんてもんじゃありませんよ。あれはもはや怪物。そこいらにいるモンスターなんて比べ物になりません」

 

ニシダさんの口ぶりからして、そのヌシはボス級のエネミーなのだろう。

そこいらにいるモンスターと比べ物にならないなんて、一体どれほどの大物なのかとハルトが思っていると、ニシダさんから声を掛けられる。

 

「ところで、ハルトさん。筋力パラメータの方に自信は?」

 

「え?まあ、一応は・・・」

 

筋力パラメータに関しては、斧も使ったりするので充分にある。

 

「でしたら、ハルトさんなら釣れるかもしれません。ヌシを釣るのに大切なことは二つ。一つはヌシの力に耐えられる釣竿。もう一つはヌシが好む餌です」

 

そう言いながら、ニシダさんは一枚の紙を取り出した。

 

「ここに、釣竿と餌を作る為に必要なアイテムがメモされております。材料さえ手に入れば、後は私が仕入れてきます」

 

「ありがとうございます」

 

ハルトはニシダさんに感謝しながら紙を受け取った。

 

「それでは、さっさく行動開始と行きましょう」

 

ニシダさんの言葉を最後にハルト達はそれぞれ行動に移った。

そして、一日使ってハルトは何とかヌシを釣る為の釣竿と餌を手に入れることができた。

 

 

 

 

数日後、釣り大会当日

会場は人で賑わっており、皆、優勝を狙おうと張り切っていた。

 

「遂にこの日が来ましたな。準備はどうですか?」

 

「いつでも行けます」

 

「それは良かった。では、行きましょう」

 

ハルト達もまた、優勝を狙っており、決意に満ちた表情で会場へ向かう。

会場へ着いたら、司会から釣り大会のルールや優勝商品などの説明が行われ、それが終わると、参加者たちは一斉に釣りのポイントへ付く。

やがて、大会が始まり、参加者たちは次々と成果を上げていく。

 

「やったー!釣れた!」

 

それはコハルも例外でなく、次々と魚を釣り上げていた。

 

「もう少しで時間切れだよ。ハルトはどう?」

 

コハルが隣で釣っているハルトに話しかけ、彼のバケツの中身を見る。

 

「あ・・・」

 

思わず声を漏らしてしまうコハル。

ハルトのバケツに入っていたのは小さめな魚、数匹だけだった。

 

「く・・・!」

 

ハルトの顔を見てみると、彼はかなり焦った顔で釣竿を見つめていた。

優勝を狙っているハルトは中々大物が釣れず、どんどん焦りが溜まっていき、冷静さを失っていた。

 

「負けられない!僕は・・・!負けるわけにはいかないんだ!」

 

「ダメ!ハルト!」

 

力任せに思い切り釣竿を振ったハルト。しかし、焦りからか針はあらぬ方向へ飛び、ハルトのバケツを引っ掛けてしまう。

 

「マズい!」

 

慌てて気付くも、引っ掛かった針はバケツを横に倒してしまい、そこから溢れ出た魚たちが次々と湖へと流れていく。

ハルトがバケツを元に戻した時にはたった一匹しか残っていなかった。

 

「ハルト・・・」

 

「ここまでか・・・」

 

大物が釣れず、せっかく釣った魚もそのほとんどを逃がしてしまい、悔しそうに俯くハルト。

残り時間も僅かしかなく、諦めて棄権しようとしたその時

 

「諦めてしまうのですか?」

 

後ろから声を掛けられ、振り向くと真剣な表情をしているニシダさんがいた。

 

「別に諦めたり、見切りを付けたりすることは必ずしも悪いことじゃありません。これから先の人生でも、そういう決断が必要になる時があるでしょう・・・大切な事は見切りを付けて終わるのではなく、そこから、まだ何かできるか。それを見つけようとすることではありませんか?」

 

「っ!」

 

ニシダさんの言葉にハッとするハルト。

 

「諦めてしまえば0点で終わります。ですが、諦めずにまだ何かできることをすれば、たとえ100点で終わらなくとも0点ではなくなります・・・いけませんな。最近はどうも説教臭くなったようですな。まあ、ただの老い耄れの小言だと思っていただいて結構です」

 

途中から微笑みながら喋っていたニシダさんだったが、折れかけていたハルトの心を動かすには充分すぎる言葉だった。

ニシダさんの言葉で折れかけていた心に僅かな灯火が点いたハルト。

その横で今度はコハルが話しかける。

 

「あのね、ハルト。君が私の為にあのブローチをプレゼントをしようとしてくれる。その気持ちだけで充分だよ。だから・・・優勝にこだわらず、今は釣りを楽しもうよ!」

 

「コハル・・・ありがとう。もう大丈夫」

 

ただ純粋に釣りを楽しむこと。

最愛のパートナーの言葉でそれを思い出したハルトは完全に復活した。

 

「では・・・再開と行きましょうか。残り時間は僅かです。ですが、逆転のチャンスはまだ残っているでしょう」

 

そう言いながら、ニシダさんが元の場所に戻ろうとしたその時

 

「ん?・・・ああ!あれはまさか!?」

 

ニシダさんが見つめる先には、水面に何やら巨大な黒い影が浮かび上がっていた。

 

「間違いありません!ヌシです!あれはヌシです!」

 

「ハルト!早く竿を振って!逃げられちゃう!」

 

コハルに言われ、ハルトは急ぎ釣竿を振った。

しかし、影はいくら待っても釣り糸の方に寄ってくる気配がない。

 

「はて?どういうことでしょう・・・?」

 

ニシダさんが呟く。そうしている間にも、影は深海へ潜ろうとしてるからか、どんどん薄くなってきた。

何とかしないと、と思いながらヌシを釣る方法を冷静に考えていたハルトは、突如何か思いついたような顔をし

 

「そうか・・・そうだったんだ!」

 

ハルトはバケツからたった一匹残っていた魚を針に付けた。

 

「これって・・・泳がせ釣り?」

 

「どうやら、何かに気づいたようですな」

 

「確証はありません。でも、試してみる価値はあります。ここで何もしなければ0点で終わりですし」

 

そう言いながら、ハルトは思いっ切り釣竿を振った。

釣り糸は何の音も立てず、ただ静寂を保っていたが

 

ビクッ

 

「!? 来た!」

 

ヌシが掛かり、ハルトは思いっ切り釣竿を引き上げたが

 

「重すぎる・・・!」

 

ヌシの力は予想以上に強く、いくら釣竿を引っ張ってもビクともしない。

このままだと、竿ごと引っ張られる。そう思ったその時

 

「ハルトさん!ここが踏ん張り時ですぞ!」

 

後ろからニシダさんの声援が聞こえた。

更にニシダさんだけでなく、その様子を見ていた大会参加者からも「頑張れ!」などといった声援が次々と聞こえてきた。

 

「信じてる・・・勝って!ハルト!!」

 

「!? うおおーーー!!」

 

そして、最愛のパートナーの声援を受け、ハルトは叫び声と共に釣竿を思いっ切り引き上げた。

すると、釣り糸は勢いよく上に上がり、その先端には針を銜えているオレンジ色の巨大魚が姿を現した。

 

「やったー!釣れたよ!」

 

コハルが大声で喜ぶ。周りの参加者たちも「うおおーーー!!」と叫びながらハルトがヌシを釣り上げたことに喜んだ。

そんな中、釣り上げたヌシはそのまま地面に着地し、手足のような物で直立すると辺りを見渡す。

すると、ハルトと目が合い

 

「シャァーーー!!」

 

「これって・・・まさか・・・!?」

 

「完全に怒ってるね・・・!」

 

雄叫びを上げながらハルトを睨みつけた。

 

「大変ですぞ!早く逃げんと!」

 

ニシダさんが凄い形相をしながら叫ぶ。

それに合わせて、周りの参加者たちが次々とヌシから離れていく。

 

「コハル!君は参加者の避難誘導を!」

 

「うん、分かった!でも、ハルトは!?」

 

「僕は・・・ヌシを仕留める!」

 

ハルトは腰に刺していた鞘からレイピアを取り出すと、ヌシに目掛けて走った。

対するヌシもハルトに攻撃を仕掛けようとハルトに向かって走って来る。

 

「そこだ!」

 

ある程度近づいたところでハルトは<ブルー・スター>でヌシの体を突き、そこから更に<ミラージュ・スラスト>を二回発動させて追撃を掛ける。

対するヌシもタダでやられまいとハルトに向かって突進するが、ハルトは横に避けると体勢を整えて

 

「終わりだ!」

 

バーストスキル<オーガスト・イフ>でヌシの体を貫いた。

強力なソードスキルを横から食らい、ヌシは数メートル先まで飛ぶと、ズシーンと音を立てながら地面へ叩き付けられ、そのままピクリとも動かなくなった。

 

「ハルト!大丈夫!?」

 

「何とかね」

 

ハルトの無事な様子に安堵するコハル。避難していた参加者たちも次々と戻ってきた。

そして、全ての参加者が戻って来たところで、ちょうど時間切れとなった。

残り時間僅かというところで、ハルトはヌシを釣り上げるという奇跡を起こした。

 

 

 

 

「どうやら集計が終わったようですな」

 

途中トラブルがあったものの、何とか最後まで大会を行うことができた。

現在、大会運営によって釣った魚の集計が終わり、結果が発表されようとしていた。

 

「では、優勝者を発表します。優勝者は・・・ハルト選手です!」

 

ヌシという他の魚とは比べ物にならない大きさの魚を釣り上げたハルトは見事優勝を勝ち取った。

 

「おめでとう!やったね!」

 

「おめでとうございます、ハルトさん。初参加で優勝とは凄いもんですな!」

 

コハルとニシダさんが賞賛の言葉を送る。

周りの参加者たちも拍手でハルトの優勝を祝った。

 

「それでは、優勝したハルト選手にはこちらのブローチが送られます。どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

鳴り止まない拍手の中、ハルトは主催者からブローチを受け取った。

やがて大会が終わり、周りにいた参加者及び観客が次々と会場から去っていき、残ったのはハルト、コハル、ニシダさんの三人となった。

 

「はい、コハル。約束のプレゼントだよ」

 

「うん!本当にありがとう!ずっと大切にするね。それと、改めて・・・優勝おめでとう」

 

コハルはハルトから手渡された優勝賞品のブローチを笑顔で受け取った。

 

「それにしても、ヌシが大きいとは聞いてたけど、まさかあんなに大きかったなんて・・・」

 

そう言いながら、コハルは既に虫の息となったヌシを見つめる。

 

「・・・ん?・・・何だろう、あの光っているもの・・・」

 

すると、何やら発見したのかヌシに近づいていく。

ハルトとニシダさんも慌ててコハルの後に付いていく中、コハルはヌシの歯の部分を見つめ・・・

 

「え!嘘!?こんなことって・・・!」

 

声を上げて驚いた。

 

「ど、どうしたのコハル?何かあったの?」

 

「・・・ヌシの歯に挟まっているやつ・・・湖に落ちちゃった私のブローチだ・・・」

 

「え!?」

 

思わず驚くハルト。まさかあの時、湖に落ちたブローチをヌシが銜えていたなんて。

そういえば、ニシダさんが言っていた。魚というのは近くに落ちてきた物を金属だろうと餌だと思い込んで食いついてしまうと。

おそらく、ヌシはブローチを餌だと勘違いし、食いついた際に歯に引っ掛かってしまったのだろう。

ヌシはまるでコハルがブローチを発見してくれるのを待っていたかのように、その場でポリゴン状に四散した。

ヌシがいた場所には一つのブローチが落ちてあり、コハルはそれを拾って何も言わず見つめていたが、ハルトに近づいていき

 

「ねぇ、ハルト。これを受け取って」

 

そう言いながら、コハルはハルトに湖に落としてしまった方のブローチを渡した。

 

「これって!?ダメだよ。これはコハルの宝物なんだから。貰うわけにはいかないよ」

 

「確かにこのブローチは私にとって宝物だし、湖に落としちゃった時は凄く悲しかった。でもね、君が私の為に優勝しようと頑張ってた時、私、とっても嬉しかったんだ。優勝しようと頑張ってくれたこともそうだけど、私の思い出も守ろうとしてくれたことに」

 

「何より」と言いながら、コハルは先程渡されたブローチを装備の付けた。

 

「私にとって一番の宝物は大切な人と過ごした時間。これはその証。だから、君にも受け取って欲しいんだ。今日ここで二人で過ごした時間を。その証を」

 

「・・・・・・」

 

コハルの気持ちを黙って聞いていたハルトだったが

 

「ありがとう。大切にする」

 

笑顔でブローチを受け取り、コハル同様自身の装備に付けた。

二人の装備に付けられたブローチは太陽の光に照らされて光り輝いており、それは二人を繋ぐ絆の証のようであった。

 

「お揃いだね」

 

「うん、お揃いだね」

 

何処か照れくさそうに微笑むハルトとコハル。

しばらく見つめ合っていた二人だが、やがて互いの肩を掴み、そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~若いっていいですな~」

 

「「!!」」

 

顔を近づける前にニシダさんが微笑みながら口を開いた。

先程まで完全に二人だけの世界に入っていたハルトとコハルは顔を赤くしながらニシダさんの方に振り向いた。

 

「いやはや、若いとなるとこういう大人の階段というものを上りたくなる気持ちは分かります。ですが、そういうのはもっとロマンチックな場所でしといた方がいいですよ」

 

「す、すみませんでした・・・」

 

「いえいえ、私も若い時は妻と一緒にこういうのはしょっちゅうしたもんですよ」

 

「え?ニシダさん、奥さんがいるんですか!?」

 

「ええ、こんな私をいつも傍にいて支えてくれています。だからこそ、一刻も早く帰るべきなんですがね・・・」

 

そう言いながら、ニシダさんは少し暗い顔をした。

彼にもまた、リアルで待ってくれている人がいる。その人と再会するためには、少しでも早く攻略を進める必要がある。

けれども、彼は既に年を取っており、危険なフィールドでモンスターと戦うことは少し厳しい。

ならば、そんな人がいるという事実を知った上で自分たちがすることはただ一つ。

 

「あの!私、頑張りますから!ニシダさんみたいな人達が少しでも早く現実世界に帰れるように!」

 

「・・・ありがとう。でも、無理はしちゃいかん。真っ直ぐな決意もいいが、たまには息抜きも必要ですよ」

 

「分かっています。だから、またここに来ますよ。今度は友達も連れて」

 

「おおー!それはありがたいですな。これでまた釣り仲間が増えますな!」

 

「もう~ニシダさんったら!・・・フフフ・・・!」

 

「「「アハハハハハ!」」」

 

その場で笑い合う三人。

しばらくすると、三人は転移門前まで来た。

ニシダさんは二人の見送りという事で付いて来て、転移門にたどり着くと握手を求め、二人は握り返した。

 

「私にできることは見送ることだけですが、どうかお気を付けて」

 

「はい、ニシダさんもお元気で」

 

「いつかまた、一緒に釣りをしましょう」

 

「ええ、お二人のご武運を祈っております」

 

ニシダさんは握った手を離すと、こちらに向かって手を振りながら去っていった。

二人もまた、ニシダさんに向かって手を振り、やがて彼が見えなくなったのを確認すると、顔を見合わせて口を揃える。

 

「「転移!」」

 

その瞬間、二人の体は青い光に包まれ、二人は最前線へと戻るのであった。




・ニシダさん
作者がSAOのキャラの中で唯一さん付けで呼ぶお人。リアルでは東都高速線の保安部長を勤めている。デスゲームと化したSAOの中でも絶望したり《始まりの町》に籠ることなく、たまに上の階層へ上がって、いい釣りスポットを見つけては釣りを楽しむ非常に愉快な釣り師。アニメでの彼とキリアスのやり取りはマジで必見。SAOIFでも変わらずに釣りを楽しんでいるが、釣り大会で中々大物が釣れず、諦めかけた主人公に発破をかけたりなど、年征く老人として若者を導く姿勢が見られる。ちなみに、キバオウやディアベルのスキルレコードが未だに星2しかないのに、この二人を差し置いてニシダさんには星3スキルレコードが実装されている。流石ニシダさん。

・「諦めたら0点で終わるが、諦めなければ100点で終わらなくとも0点ではなくなる」
過去、ここまで格好いいことを言うニシダさんはいただろうか?

・ニシダさんの凄い形相
「なんですとーーー!!」と叫んでいるニシダさんを思い浮かべてください

・<オーガスト・イフ>
オリジナルスキル。SAOIFだと細剣の星4スキル。バーストスキルでもあり、水属性→突属性→突属性の順で攻撃すると発動できる。スキルレコードのイメージイラストは浜辺でスイカ割りをしている水着SAOIF主人公。

・ヌシを釣る
釣る×
釣って仕留める○
釣りとはいったい・・・


SAOIFのニシダさんがかっこよすぎる件について
というか、SAOIFのニシダさん、何気に原作以上の活躍をしてた気がする。
次回は二十五層編です。


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ep.28 クォーター・ポイント

今年最後の投稿となります。
二十五層編はボス攻略も含まれて二話のみとなっております。
まずは攻略パート。開始早々新キャラが登場します。


数多の激闘を乗り越えていき、遂にアインクラッドの1/4、二十五層へたどり着いたハルトとコハル。

アインクラッド全百層の内、三つしか存在しないクォーター・ポイントの一つでもあるこの層に対して、気を引き締めて攻略に挑む二人。

辺り一面、雪原のフィールドを進んでいる途中、アスナと会い、彼女から、今、攻略組が行っている迷宮区攻略に関してのクエストと、そのクエストの事でキリトからメッセージが届いたことを聞いた。

そして、彼女と共にキリトから指定された場所へ来たのだが・・・

 

「・・・それで、キリト君。どういうことか説明してもらおうかしら?」

 

「えぇっと、だな・・・」

 

笑顔。けれでも、その裏にかなり怒気を含みながら問いかけるアスナと、そんなアスナに圧倒されながらも何とか事情を説明しようとするキリト。

 

「ふむふむ。これが修羅場と言うものですね」

 

その横では、肩まで伸びている黒髪を三つ編みに纏めている女性が興味深そうに二人を見つめていた。

そんな三人の様子を部屋の隅で見ていたハルトとコハルは、ひとまず、アスナを落ち着かせると、キリトから事の経緯と呼び出した理由について聞いた。

黒髪の女性の名はスティラ。彼女は雪崩に巻き込まれそうになったところキリトに助けられた。

その直後、アルゴからキリトにメッセージが送られた。その内容は二十五層攻略に関わるクエストを手伝ってほしいとの事で、詳しい話は助っ人から聞いてくれと書かれていた。

メッセージを読んだキリトはアルゴが指定した場所へ向かったが、その途中、戦力は少しでもあった方がいいと思ったキリトはアスナにメッセージを送り、圏内のとある一軒家に呼び出したのだが・・・

 

「キリト君が私を呼んだ理由は分かったわ。でも、なんでスティラさんも一緒に連れてきたの!?」

 

「いや、だって・・・あのまま別れたら、また危険な目に合うかもしれないだろ?だから、圏内まで一緒に行動することになって・・・ついでに、人数は少しでも増えた方がいいかなって思って・・・」

 

「ついでにって・・・聞いた話、危険なクエストらしいけど大丈夫なの?」

 

アスナの問いに歯切れ悪く答えるキリトだが、アスナはあまり納得してない顔をする。

すると、横で聞いていたスティラが目をうっとりさせながらアスナに話しかける。

 

「分かります!これは嫉妬ですね!アスナさんはキリトさんを愛している!そうでしょう!」

 

「なななななな!何を言い出すんですか!?」

 

スティラの言葉に、アスナは顔を赤くする。

 

「え?それはないだろ?」

 

「どうしてキリト君が私のことを決めつけのよ!」

 

「・・・なんで、俺は怒られたんだ?」

 

突然怒られたことにキリトが疑問を浮かべる。

その間にもスティラはうっとりとした顔で妄想を進めていく。

 

「はぁ~素敵・・・!これがいわゆる、恋の揉め事ってやつですね!」

 

「違います!」

 

このままでは、アスナが恥ずかしさによって暴走し兼ねない為、そこら辺で止めようとコハルが口を開こうとしたその時

 

「何やってんだ?テメェら」

 

部屋のドアが開き、こちらの様子を怪訝そうな顔で見ているザントとラピードがいた。

 

「ザント?なんでここに・・・?もしかして、アルゴが言ってた助っ人って・・・」

 

「俺だろうな。たく、アルゴの野郎。ここから先は俺一人じゃ危ないからって理由で助っ人を呼んだのは別に構わねぇが、よりにもよってバカップル二組かよ」

 

「なんでザントさんは私とキリト君が付き合っている前提なんですか!?」

 

「おいおい、テメェらはいつも二人でいるだろ。そんだけ一緒にいりゃ、もう付き合っているも同然じゃねぇか」

 

「そりゃ、俺とアスナはよくコンビを組んでるけどよ、それだけで付き合っているって決めつけるのはどうかと思うぞ?ハルトもそう思うよな?」

 

キリトが同意を求めるかのようにハルトの方を向いたが

 

「「・・・・・・」」

 

ハルトは何も言わずにキリトから目を逸らした。コハルも同様に同意を求めてきたアスナの目線から目を逸らした。ついでに言うと、二人共顔が若干赤かった。

 

「ハルト・・・お前・・・!?」

 

「コハル・・・あなた、まさか・・・!?」

 

キリトとアスナが驚愕の表情でそれぞれの友の顔を見つめる。ザントはやっぱりかと言わんばかりの表情で二人を見ていた。あれだけいつも二人一緒に居るのに、寧ろそういう関係にならない方がおかしいだろう。

衝撃の事実にキリトとアスナが驚いていると、またもやスティラがトリップし始めた。

 

「はぁ~アインクラッドで出会った二人が、幾つもの困難を二人で乗り越えて、やがて恋に落ちる!なんてロマ「まあいい。フィールドでイチャイチャしねぇ限りは同行を認めてやるよ。とりあえず、テメェらをここに呼んだ訳を話しておく必要があるな。ここに来たってことは、既に例のクエストの事について知っているな?」ンチックなんでしょう!」

 

「は、はい(ザントさん、スティラさんのことに気づいているのかな・・・?)」

 

完全にスティラの存在を無視しているザントに、コハルは心の中で呟いた。

ザントの話によると、この二十五層で迷宮区攻略に必要なアイテムが手に入るとのことで、ザントはアルゴからそれに関するクエストの調査の依頼を受けた。

クエストを進めている最中、同じクエストを攻略していると思われるALSがダンジョン《旧刻の塔城》でピンチに陥っている場面に出くわし、彼らをその場で救出した。その後、助けたことを恩として、このクエストを自分に任せてほしいと提案した。当然、ALSは反発したが(主にジョーと名乗る黒レザーマスク男が)、先程ピンチになったことを踏まえた誠心誠意を込めたOHANASHIと報酬の半分をALSに渡すことを条件として下がらせることに成功した。

そして、《旧刻の塔城》も無事攻略し、クエストを進めたザントだったが、今度は《旧刻の塔城》の最上階にいるボスを倒すとのこと。

ザントは一度アルゴの所に行き、彼女に調査の中間報告を行った。そして、彼女から「これ以上、ソロで攻略するのはいくらザントでも危険ダ」との理由で、助っ人を用意するから彼らと一緒に攻略して欲しいと言われた。

ザント自身も《旧刻の塔城》での経験からクォーター・ポイントの難易度の高さをその身で味わった為、特に否定することなく、助っ人と合流するべくアルゴが指定した場所へ向かった。

 

「つー訳だ。んで、テメェら四人にはこれから俺と一緒にその城のてっぺんを目指してもらう。別に強制はしねぇ。来たい奴だけ名乗りを上げろ」

 

一通り説明を終えたザントは、ハルト達に来るか来ないかの選択を与えた。

そんな中、真っ先に手を上げたのはコハルだった。

 

「私は行ってみようかな。こういうのって、ちょっとでも面白そうだなって思ったら、なんでもやってみるといいと思うの」

 

「コハルの言う通りだ。RPGで塔と来れば、てっぺんを目指すって決まっているからな」

 

「そうね、私もそう思う」

 

「てっぺんまで行けば、どんな景色が見れるのかワクワクするしね」

 

コハルに続いてキリト、アスナ、ハルトと次々と参加を表明する。

ザントは決まったな、と言わんばかりの表情で口を開こうとしたその時、もう一人参加を希望する者が名乗りを上げた。

 

「私もご同行します。あの城のてっぺんには私も興味ありますし」

 

興味深そうにザントを見つめるにスティラ。

そこで、ようやくザントはスティラに目を向けた。

 

「待てや、妄想メルヘン女。何、勝手についていこうとしてんだ。俺が何時テメェの同行を許可した?」

 

「あら?私だけ仲間外れだなんて酷いですよ」

 

「俺からも頼めないか?彼女は一応二十五層をソロで攻略してたみたいだし、それなりに強いとは思うけど・・・」

 

キリトがスティラの同行を願うも、ザントは首を縦に振らず、代わりに人差し指を立ててキリトに向けた。

 

「一つ、俺は余程の事がない限り、初対面の人間とパーティーを組むつもりはねぇ。組んでも、相手の能力が分からなけりゃ連携がしづらくなるからな。二つ、攻略組でもなければ、中層ギルドにも所属してない無名のプレイヤー。そんな得体の知れない奴と組むつもりはねぇ」

 

中指、薬指と指を立てていきながら、ザントは三つの理由を話す。

 

「三つ、クォーター・ポイントをこんな軽装備で来る自殺願望者をパーティーに入れる馬鹿が何処にいる?」

 

ザントの言葉に、ハルト達は一斉にスティラを見る。

言われてみれば、彼女の見た目はレアな装備ではなく、何処にでも売ってそうな安物の防具。攻撃をまともに食らえば、HPはすぐゼロになるだろう。

そんな格好でクォーター・ポイントの二十五層に来れば、周りから変人と思われても何の不思議ではない。

 

「以上、三つの理由でこいつの同行は俺が認めねぇ。得体の知れない自殺願望者を連れていこうなんて馬鹿のすること――「つまり、私があなた方とご同行させていただくには、あなたに私の力を認めてもらう必要があるっと?」っ!?」

 

ザントは突如後ろに気配を感じ、その場で飛び退きながら後ろに振り向く。

すると、先程ザントがいた場所にスティラが微笑んでいた。

油断してた訳ではない。ただ、一瞬だけスティラから目を逸らした瞬間、後ろに回り込まれていた。

アインクラッドに来てから今まで後ろに、それもこんな近くにまで回り込まれることなんてなかった。だからこそ、目の前の女が自分の後ろに回り込んだことと、それに気付けなかった事に驚きを隠し切れないザント。そんなザントを、スティラはきょとんとした顔で見つめる。

 

「あら?どうしたんですか?そんな怖い顔をして。ひょっとして・・・私、何かやっちゃいましたか?」

 

「う、嘘・・・!?」

 

「いつの間に・・・!」

 

ハルト達もスティラがいつの間にかザントの後ろに回っていたことに驚愕する。

ザントは冷や汗をかきながら、スティラを警戒する。

 

「(何者だ?この女・・・)」

 

「それで、ザントさん。改めてお聞きしますが、あなた方に私もついて行っても構いませんか?」

 

そんなザントをよそに、スティラは微笑みながら問う。

スティラの底知れぬ何かを感じ取ったザントは険しい表情でスティラを睨んでいたが

 

「・・・好きにしろ」

 

最終的には彼女の実力を認め、同行を許可した。

 

 

 

 

《旧刻の塔城》へやって来たハルト達。

城の中は雪原フィールドということもあって、神秘的な城だった。

そんな城の中を進めていくと、大広間に出た。

円形となっている大広間には、上を見上げると地面からかなり離れている天井が見え、その端には螺旋状の階段が置かれていた。

そして、氷でできたゴーレムが複数、大広間を歩いている。

 

「どうやら、ただでは行かせてくれないみたいだな」

 

「さっさと倒して、上に上がるぞ」

 

キリトとザントが喋りながら剣を抜く。

ハルト達は先に進むべく、大広間にいる複数のゴーレムと交戦した。

ゴーレムは攻撃力は高いが足が遅い為、ハルト達は攻撃に注意しながら隙を付いて攻撃し、次々とゴーレムを倒していった。

そんな中、応戦していたスティラの背後に一体のゴーレムが拳を振り上げていた。

 

「スティラさん!危ない!」

 

「!?」

 

コハルの叫び声に反応しスティラは後ろを振り向いたが、その直後、ゴーレムの拳はスティラ目掛けて振り下ろされた。

スティラは特に防御や回避する動作をしておらず、誰もが当たるっと思い込んだその時

 

ズシン!

 

「は、外れた・・・?」

 

「助かりました。わぁ!拳が床にめり込んで抜けないみたいですね。コハルさん!今のうちですよ!」

 

「は、はい!ヤァーーー!」

 

拳はスティラに当たらず、彼女の横に振り下ろされて、そのまま地面にめり込んでしまった。

その隙にと、スティラの言葉で我に返ったコハルは短剣でゴーレムに攻撃すると、ゴーレムはそのままポリゴン状に四散した。

「ふぅー」と息を吐きながらコハルは辺りを見渡す。

大広間にはゴーレムの姿はなく、どうやらコハルが倒したので最後だったようだ。

 

「ひとまず片付いたみたいだな」

 

「また出てくるかもしれないし、先を急ぎましょう」

 

アスナの言葉に頷くとハルト達は螺旋階段へ向かう。

スティラもハルト達の後に続こうとしたが、その前にザントによって制止させられる。

 

「・・・テメェ、マジで何者だ?」

 

「ん?どうかしました?もしかして・・・愛の告白とか・・・?」

 

「妄想はいい。テメェ、どれだけ<体術>を鍛えていやがるんだ?」

 

「・・・レベルを上げてたら、いつの間にかこのスキルが使えるようになったんです。だから、せっかくだし使いこなせるようになってみようと思ったんですよ。まだまだ手探りなんですけどね」

 

「ざけんな。手探りの奴が拳が当たる直前にゴーレムの拳を殴って軌道を逸らす真似なんざできるわけねぇだろ。仮にできたとしても、それこそ相当<体術>の熟練度を上げてねぇと、あそこまで完璧に軌道を逸らすことなんざできねぇだろうが」

 

「うふふ、買い被りすぎですよ、ザントさん」

 

警戒しながらも探るように問い掛けるザントと自分のペースを崩さず終始笑みを浮かべながら答えるスティラ。

 

「おーい!二人共、早くこっち来いよ!」

 

すると、キリトがこちらを呼んでいる声が聞こえ、既にザントとスティラ以外のメンバーは螺旋階段前に来ていた。

 

「あの時はたまたま上手くいっただけですよ。それよりも、急ぎましょう。早く行かないと置いて行かれちゃいますよ」

 

「・・・ああ。ひとまずは、そう言うことにしといてやるよ」

 

クエストを進めることを優先したザントは、一旦話を切ると、彼女と共に螺旋階段に向かった。

螺旋階段は城のてっぺんまで続いており、コハルがてっぺんまで続く螺旋階段を見上げながらハルトに話しかける。

 

「見て、ハルト。てっぺんまで凄い高いよ。この階段を上っていくんだよね?なんか、リアルの非常階段を思い出したよ」

 

「確かに形は非常階段と似てるね。足を踏み外さないよう慎重に上ろう」

 

ハルトは周りに向かってそう言った。

すると、コハルは突然恥ずかしそうにしながらハルトに声を掛ける。

 

「・・・あのさ。私、しんがりでもいいかな?」

 

「別にいいけど・・・危険だよ?」

 

突然しんがりをやりたいと頼んできたコハルに、ハルトは少し不安気な表情で返した。

更にそれを聞いていたキリトとザントもコハルに声を掛ける。

 

「ハルトの言う通り、しんがりは危険だぞ。上っている間、何時エネミーが襲ってくるか分からないし、後ろから来たエネミーに真っ先に狙われる可能性だってあるぞ」

 

「テメェがやる気を出すのはテメェの勝手だが、勝手にやっといてピンチになるって展開は俺はゴメンだぜ」

 

二人共あまりオススメしないといった感じで喋る。

すると、コハルは顔を赤くしながら、ハルトの顔と自身の足元を交互に見ながら喋り出す。

 

「その・・・えっと・・・ね。これ・・・螺旋階段だし・・・しかも、かなり急だし・・・だから・・・その・・・」

 

何処か悩んでいるような素振りをしつつも、彼女は両手でスカートの裾を伸ばして、その先端を自身の膝に近づけようとした。

それを見たアスナは「あっ」と言いながら何かを察し、スティラも「あらあら」と手を顔に当てながら困ったような表情を浮かべた。

しかし、男三人の反応はというと

 

「「「??」」」

 

三人揃って訳が分からないって表情をしながら首を傾げた。

 

「まったくもう!!」

 

「三人共、いくら何でも鈍すぎるわよ・・・」

 

「あらあら、困りましたね・・・」

 

あまりにも鈍すぎる男三人にコハルはキレて、アスナとスティラは呆れた。

結局、しんがりは付き添いとしてラピードがコハルに付いておくことになり、男三人はコハルの行動の意味を最後まで理解できず、もやっとした気持ちのまま階段を上っていった。

 

 

 

 

螺旋階段を上り切り、城の最上階へたどり着いたハルト達。

 

「やっと最上階だね。ここにボスがいるはずなんだけど・・・あれ?」

 

「誰も・・・いない・・・?」

 

コハルが呟き、ハルトが辺りを見渡しながら警戒する。

最上階の部屋には人っ子一人もいなく、部屋には数々の家具や日用品だけ置かれていた。

 

「気ぃ引き締めろよテメェら。この部屋の何処かにボスが隠れているかもしれねぇからな」

 

ザントが険しい表情で喋りながら警戒したその時

 

「っ!?」

 

横から何かが近づいてくる気配を感じ、ザントは咄嗟に体を捻らす。その直後、ザントがいた場所に燭台が凄まじい速度で通りすぎ、そのまま壁に激突した。

 

「大丈夫ですか!ザントさん!いったい何処から攻撃が!?」

 

コハルがザントを心配しながら辺りを見渡すが、部屋にはボスらしき者の姿はなく、家具や日用品のみがただ静かに置かれている。

 

「遠隔操作・・・?いや、ちげぇな。SAOにそんなハイスペック機能があるはずねぇ。サイコキネシスなら部屋にボスが隠れていてもおかしくはねぇが・・・」

 

ザントがそう呟くと、今度はテーブルが彼に目掛けて物凄いスピードで迫ってきた。

ザントはそれを冷静に躱した直後

 

「っ!?」

 

キン!

 

背後から突如気配を感じ、咄嗟に反応して《蒼嵐》で防ぐ。

ザントを襲ったもの正体は先程壁に激突したはずの燭台だった。

 

「あれって、燭台!?でも、どうして・・・?」

 

「そうか・・・そうだったんだ!」

 

「え?何か分かったの?」

 

コハルが疑問の声を出す中、ハルトはボスの仕組みについて気づいた。

 

「ボスは始めから、この部屋にいたんだよ」

 

「え?でも、ボスの姿なんて何処にも・・・」

 

「・・・ポルターガイストだ」

 

ハルトの説明にキリトが補足する。

その直後、先程飛んできたはずのテーブルや燭台を含む部屋に置かれていた家具や日用品が一斉に浮かび上がる。

 

「おそらく、見えない何か・・・この部屋に隠れているボスがこの現象を引き起こしているんだと思う」

 

「そうなると、まずは本体を探す必要があるな。皆、注意しろよ。敵が見えない今、この部屋全体がボスだと思った方がいい」

 

「だろうね。とは言え、流石にこれだけの数を捌きながら本体を探せとなると、少し厳しいかな」

 

ハルトが難しい顔をしながら、一点に集まっている家具や日用品を見る。

すると、スティラが手を短く上げながら口を開いた。

 

「それでしたら、私がタンク役を務めます。専門ではありませんが、守りは得意な方です」

 

「スティラさん!?でも、そんな軽装備でタンクなんて無茶ですよ!」

 

「安心しろ。この女の場合、軽装備だろうと当たらなければ問題ないからな」

 

コハルがスティラを心配する一方、ザントは問題ないだろっといった顔でスティラを見た。

 

「ザントさんの言う通りです。何も受け止めるだけが防御ではありません。耐えるだけがタンクでもありません。耐えられないなら――」

 

そう言っていると、スティラに向かって燭台が迫ってきた。

コハルが「危ない!」と言いながらスティラに近づこうとした直後

 

「軌道を逸らしてしまえばいいのです」

 

スティラは目に見えない速さで燭台を殴り付け、彼女に向かって飛んできた軌道をずらした。

軌道をずらされた燭台はそのまま壁に激突した。

 

「え?・・・燭台の方がスティラさんを避けた・・・?」

 

「殴って軌道を変えたんだ。それもあんなに早く・・・!」

 

何が起こったのか分からずあたふたしているコハルにハルトがあの一瞬で何が起きたのか説明するが、その表情はとても険しかった。

何せ、飛んできた燭台の早さもそれなりに早かったのに、スティラはそれ以上の早さで一秒にも満たない時間の中で完璧に軌道を逸らしてみせたのだ。そんな神業を見せられて、ハルトは驚かずにはいられなかった。

 

「それ!もう一発!」

 

迫ってきたテーブルを今度は拳で殴り飛ばし、近くにあったタンスに当てるスティラ。

 

「凄い!今度は跳ね返して近くの敵に当てた!」

 

「・・・ねぇ、キリト君。<体術>って鍛えれば、あんなこともできるようになるの?」

 

「いや、<体術>であんなことができるなんて、聞いたことないぞ・・・!ある意味、ザントと同レベルの非常識な人だな・・・」

 

「なるほど、これがゴリラ女か・・・」

 

「ザ・ン・トさぁ~ん。世の中には言っていいことと悪いことがあるんですよぉ~」

 

「あ、ああ、悪かった。(なんだ!?この威圧感は!)」

 

スティラから放たれた謎の威圧に思わずたじろぐザント。

そんなザントには目にもくれず、スティラはパンッ!と手を叩く。

 

「さて、タンクは私が務めます!皆さんはその間にボスを倒してください!」

 

「あ、ああ!皆、行くぞ!」

 

キリトの言葉と共にハルト達は一斉に動き出す。

迫ってくる家具や日用品はスティラが受け流してくれて、その隙にハルト達は次々と家具や日用品に攻撃していき、ボスが纏っていると思わしき家具や日用品を全て引き剝がすことに成功した。

 

「よし!これでボスにダメージを与えることができるはずだ!また家具を纏う前に止めを刺すぞ!」

 

「そうね、キリト君。でも・・・ボスの姿が見えないから何処にいるのか分からないわ!」

 

「早く倒さないと、また家具を纏ってしまう!」

 

ハルト達が姿が見えない本体をどうしたら見つけることができるのか悩んでいると

 

「ヴォン!」

 

ラピードが突如何もない空間目掛けて飛び込んだ。

すると、ラピードは何かに嚙みついているかのように空中に浮いていたが、見えない何かによって飛ばされ、壁に激突した。

 

「どうしたの!?ラピード!」

 

「!? おらっ!」

 

コハルがラピードの行動の意図が理解できずに戸惑っている中、ザントは先程ラピードが飛び込んだ空間に<ウイング・ディストラクション>を放った。

斬撃は何もない空間を通り過ぎていき

 

ズバッ!

 

何かが斬れたような音が部屋中に響いた瞬間、宙に浮いてあった家具らは一斉にポリゴン状に四散した。

 

「読み通りだな」

 

「えっと・・・どういうことですか?」

 

「狼ってのは、嗅覚が人間の数万倍優れているんだよ。こういった見えない敵だろうと、匂いで居場所が分かっちまうんだよ」

 

「それで、ラピードが飛び込んだ場所に斬撃を放ったのか・・・何というか・・・お前は勿論だけど、ラピードもお前の相棒だけあって、めちゃくちゃだな・・・」

 

「フフフ、ありがとう、ラピード」

 

「クゥーン」

 

ザントの相棒だけあって非常に優秀なラピードにキリトは呆れ、アスナはボスを倒す決め手となったラピードにお礼を言いながら頭を撫でると、ラピードは嬉しそうにしながら目を細めた。

 

「ひとまず、ボスも倒せて全員無事に生き残れたし、一件落着だね」

 

「そうだね・・・ん?何かドロップしてある・・・?」

 

そう言いながら、ハルトはストレージから一本の短剣を取り出した。

 

「そのドロップアイテム、どんな効果があるの?」

 

「うーん・・・ステータスはかなり高めだけど、特にこれと言った特殊な効果はないみたい。二十層の時みたいに、フロアボスを攻略してる最中に効果が発揮されるかもしれないし・・・」

 

「随分と個性的な形をしてますね。短剣って言うより鍵みたいな感じですね」

 

ハルトとスティラが短剣を見つめながら様々な考察をしていると、ザントから声を掛けられる。

 

「この事に関しては後で考えておけ。とにかく、外に出たら、今日はこれで解散だ。攻略組によりゃ、数日後にフロアボス攻略をやるみてぇだから、参加してぇ奴は迷宮区前に集合な」

 

ザントの言葉に従い、ハルト達は最上階から螺旋階段で降り城の外に出た。

その後、クエストは無事クリアとなり、報酬を山分け(ALSに渡す分も含めて)したところで、それぞれ解散となった。

 

 

 

 

数日後、スティラとラピードを除くハルト一行が迷宮区前にたどり着くと、ALSとDKBが入口の前で何やら困った顔をしながら突っ立っていた。

すると、キバオウとリンドがこちらに近づいてきているハルト達に気づいた。

 

「なんや、ジブンらか。一応言っておくが、待っとったわけやないぞ。扉が凍り付いて開かん。そこの(ザント)が横槍を入れよったせいで迷宮区に関するクエストがご破算になったから、ここで足止めされてたんや」

 

「君たちはそのクエストを進めたんだろ?ここに入る手がかりは何かないのか?」

 

リンドから手がかりについて聞かれるが、手がかりと言える物がなく困った顔をするハルト達。

そんな中、ザントが口を開いた。

 

「ハルト。あの短剣を出せ」

 

「え?は、はい」

 

ハルトからクエスト報酬の短剣を受け取ったザントは、そのまま扉の前まで近づき、扉にあった鍵穴らしき部分に短剣を刺した。

すると、扉はゆっくりと音を立てながら開いた。

 

「おお!開きよったわ!」

 

キバオウが笑みを浮かべながら喋ると、ハルト達の方を向く。

 

「やれやれ、しゃあない。貸しを作るのは不本意や。ジブンらにもフロアボス攻略の参加を認めたるわ」

 

「ああ、彼らが参加してくれるのなら心強い。では、突入と行こう」

 

キバオウとリンドがそう言うと、迷宮区の中に入っていき、攻略組も後ろに続く。

 

あいつ(キバオウ)・・・サラッと俺らをのけ者にしようとしてたな」

 

「まあまあ、俺たちがあのクエストをクリアしたおかげで迷宮区の扉が開いたんだし、結果オーライってことで」

 

のけ者にされかけたことに不機嫌なザントをキリトが宥めながら、ハルト達も攻略組の後に続いた。

 

 

 

 

迷宮区の近くの丘で攻略組が迷宮区へ入っていく様子を二人組のプレイヤーが見つめていた。

 

「・・・予定とは随分と違っているようだな」

 

「うっ・・・!」

 

一人のプレイヤーの呟きにもう一人のプレイヤーが気まずそうに声を漏らす。

 

「迷宮区を開く扉の鍵を手に入れたALSが、そのまま抜け駆けしようと単独でフロアボスに挑むも返り討ちに合い、ALSは戦力を大幅に激減する。なのに何故、奴らはいつも通りフロアボスに挑もうとしているんだ?」

 

「すいません、サブヘッド・・・」

 

顔を覆い隠すレザーマスクを被った男は自身の組織のサブリーダーに謝罪する。

 

「どうも作戦を《狂狼(ヴォルフガング)》の奴に感づかれたみたいで・・・先導しようとしたんですけど邪魔されちまいまして・・・」

 

「ふん、たかが一人のプレイヤーに作戦を台無しされるとは、実に無様だな。だが、まあいい」

 

「ええ!?けどよ、このままじゃ、またいつもみたいに攻略されちまいますよ!」

 

「心配ない。既に第二の手は打ってある」

 

そう言いながら、レッドプレイヤー集団のサブリーダーである男は、フードの影から薄っすらと見える白髪を揺らしながら、攻略組が迷宮区へ入っていく様を見つめる。

 

「(今回のフロアボスはクォーターポイントのボス。かなりの強敵だと思われるが、果たして何人生き残れるか・・・)」

 

そんなことを思いながら見つめていると、迷宮区へ入ろうとするハルトの姿が目に映った。

男は一瞬驚いたが、すぐに頬を歪ませ口元に笑みを浮かべる。

まるで、獲物を見つけ歓喜を奮い立たせる獣のように

 

「簡単に死んでくれるなよ。貴様を殺すのはこの俺だ・・・!」




・スティラ
SAOIFのオリキャラ。見た感じうふふ系のお姉さんキャラだが、その見た目とは裏腹に物凄い<体術>の達人。尚、出番はこの話以降ない予定。

・「私、何かやっちゃいましたか?」
スティラは賢者の孫だった!?

・耐えれないなら軌道を逸らせばいい
何処ぞの赤い彗星「当たらなけばどうということはない」

・非常識な人達
ザント:フィールドボスを物理でテイム
スティラ:<体術>で攻撃の軌道をずらす

・有能狼『ラピード』
ザント「俺が育てた」


あまりにも短いですけど、以上で攻略パート終了です。
というか、二十五層のストーリーってシノンがメインだから、それを全て省くと結構短くなるんですよ。
ということで、新年最初の投稿は二十五層ボス攻略となります。
それでは皆さん、良いお年を!


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ep.29 第二十五層ボス攻略

新年あけましておめでとうございます。
今年はSAO編完結までを目標をしているイノウエ・ミウです。
こんな小説を見てくださっている読者の皆さん。今年もマイペースで投稿してくつもりですので、何卒よろしくお願い致します。
それでは、新年最初の話は第二十五層ボス攻略です。


迷宮区を難なく進んでいき、ボス部屋前までたどり着いた攻略組。

すると、ボス部屋前に人だかりが見えた。

 

「あれは・・・血盟騎士団?」

 

「紅の狼とレジェンド・ブレイブスの人達もいるよ」

 

見覚えのある集団にハルトとコハルが呟く。

フロアボス攻略の参加経験がある3ギルドがボス部屋前に溜まっていることに二人が疑問を浮かべる中、キリトがトウガに話しかける。

 

「よう、トウガ。元気そうだな。なんで、お前らは血盟騎士団とレジェンド・ブレイブスの人達と一緒にいるんだ?」

 

「ん?キリトか。出会って、早々質問するとは自己中にも程があるぞ。まあいい、俺らとレジェンド・ブレイブスの人達は血盟騎士団、いや、正確にはヒースクリフに頼まれて一緒に行動してたんだ。それで、本隊よりも一足早くボス部屋前にたどり着いたから、ここで待っていたんだ。もっとも、協定の結果、今回のフロアボス戦はALSが主体となって挑むから、ボス攻略が始まっても俺らはここで待機することになるけどな」

 

「なるほどな。それで、他のメンバーは不機嫌そうな顔をしているんだな」

 

「まぁな、ALSに何かあるまでは暇だからな。まぁ、何もなければ、それに越したことはないが・・・」

 

そう言いながら、戦闘準備をしているALSを見つめるトウガ。

そこにハルトとコハルが話しかける。

 

「久しぶり、トウガ」

 

「こんにちは、トウガさん」

 

「ハルト、コハル、久しぶりだな。元気そうでなりよりだ」

 

再会を喜び合いながら、会話を弾ませる三人。

すると、ハルトがある人物に目を向ける。

 

「あれって・・・ヒースクリフ?」

 

「ホントだ。ヒースクリフさんがフロアボス戦に参加するなんて珍しいね」

 

「二人もそう思うだろ。今まで、血盟騎士団がボス攻略に参加することは稀にあったが、本人が参加することなんてなかったからな」

 

「最後に参加したのは確か十三層だったよな。わざわざ、他ギルドであるトウガ達を集めて攻略しようしてたし、ここがクォーター・ポイントだから警戒しているのかもしれないな」

 

「血盟騎士団」団長、ヒースクリフ。

高い指揮能力と持ち前のカリスマ性を生かし、ギルド「血盟騎士団」を作り上げた人物。元々は少数しかいなかった「血盟騎士団」を攻略組に匹敵するレベルまで育て上げて、本人も高い戦闘力を持っており、その力は、ハルト、キリト、トウガ、ザントなどと言ったトッププレイヤーと同じレベルだと言っても過言ではない。

底知れぬ力を持っているであろうヒースクリフをハルト達は興味深そうに見つめていた。

 

「おいコラそこッ!いつまでも無駄話せえんで早よ来いや!だらだらしとると置いていくで!」

 

「ああ、悪い。じゃ、行ってくるぜ」

 

キバオウの怒鳴り声が聞こえ、振り向くと既にボス部屋の扉は開いており、ALSを中心とした攻略組が次々と部屋の中へなだれ込んでいた。

それに気づいたキリト達は、トウガに一言挨拶すると、ボス部屋に入っていった。

ボス部屋は背景に夜の雪原が映し出されており、薄暗い印象の部屋だった。

レイドメンバー全員が部屋の中に入った瞬間、部屋に入った全員が目を見開いた。

 

「あれが・・・クォーター・ポイントのボスか・・・!」

 

キバオウが薄っすらと声を漏らすが、その声は僅かに震えている。

それもそのはず、ボスの見た目は大人の身長の何十倍もあるであろう大きさで、体から生えている四本の手にはそれぞれ巨大な鎌、斧、鎖で繋がれた鉄球が左右に一つずつ持たれていた。

今まで戦ったボスの中で一番の大きさを持つであろうボスに誰もが圧倒される中、ボスの横にHPとボスの名前、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》と表示された。

 

「・・・クォーター・ポイントって言うだけあって、確かに今まで一番ごっつええ奴や。せやかて、ワイらもこん時の為に準備して来た!そうやろ!」

 

驚きから、いち早く回復したキバオウが後ろにいるALSの面々に向かって叫ぶと、面々は我に返り、『うおおーーー!!』と気合いの雄叫びを上げた。

 

「気合い入ってるな、キバオウの奴」

 

「ええ、私たちも行きましょう!」

 

「うん!必ず勝って、全員で生き残ろう!」

 

ハルト達もまた、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》を倒すべく動き出した。

《アスラ・ザ・エクスキューショナー》の攻撃は、その見た目通り威力はかなり高かったが

 

「四連撃が来るで!回避や!」

 

《アスラ・ザ・エクスキューショナー》のモーションを確認していきながら、強力な攻撃には回避、そうでない攻撃にはタンク隊が防御して、その隙にアタッカーが攻撃するという戦法で、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》のHPを着実に削っていった。

そんな中、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》の鎖鉄球がザント目掛けて振り下ろされた。

 

「ザントさん、危ない!」

 

アスナがザントに向かって叫ぶが、当の本人は特に慌てる様子もなく

 

「どんだけ強力だろうと、当たんなきゃ意味ねぇだろうが」

 

そう言いながら、迫りくる鉄球をザントは《蒼嵐》で横っ面に叩き付ける。

すると、弾かれた衝撃により鉄球は旋回し、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》目掛けて思いっ切りぶつかった。

 

『・・・・・・』

 

ザントの常識外れした技に、誰もが驚く中、キリトが真顔で話しかける。

 

「なぁ、ザント。さっきお前がやった<体術>って・・・」

 

「あのミステリアス女みてぇに鉄球の軌道を逸らしただけだ」

 

「そ、そうか・・・」

 

キリトはこれ以上ツッコまず、黙ってボス攻略を再開する。ツッコめば負けだと悟ったからである。

<体術>で攻撃の軌道を逸らしてみせたスティラもそうだが、それを簡単にやってみせたザントも十分常識外れしていた。

そんなことをしている内に、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》のHPが半分を切った。

 

「よし!ボスのHPが半分切ったで!ボスもさっきから情報通りの攻撃しかしてへん!勝てる!この戦い、ワイらが勝てるで!」

 

「(!? 情報通りだぁ・・・?)」

 

キバオウの発したある言葉に疑問を覚えるザント。

そんなザントをよそに、キリトはボスのHPを半分まで削り、少し慢心している感じのキバオウに注意する。

 

「キバオウ。今まではゲージがある程度削れたら、攻撃に変化が起きるボスが多くいた。それを忘れてないよな?」

 

「当ったり前や。そう何回も同じ失敗を繰り返すワイらとちゃう。敵のHPの残量とモーションの変化に注意するよう、皆にも言い聞かせとるわ。今まで大丈夫だった、だからこれからも大丈夫。そないな慢心で仲間を失うのはもううんざりや!」

 

「そうか・・・やっぱり、ALSのリーダーがあんたで正解だったよ」

 

キバオウとの会話で、キリトはキバオウがきちんとリーダーとしての責務を全うしていることに安心すると、持ち場に戻った。

すると、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》は巨大鎌と巨大斧を持っている二本の腕を上げた。

 

「二連撃来るで!タンク隊!」

 

キバオウの指示に従い、すぐさまタンク隊の3人が前に出る。

 

「こちとら攻撃パターンは既に見切っとるんや!タンク隊!さっきやった通りに受け止めるんや!」

 

「了解!ここで止めます!」

 

「任せてくれ!キバオウさんよぉ!」

 

「さっきと同じ攻撃とは、俺らも嘗められたもんだ!」

 

タンク隊は全く臆する《アスラ・ザ・エクスキューショナー》が繰り出す巨大鎌と巨大斧の二連撃を先程と同様、正面から受け止めようとした。

《アスラ・ザ・エクスキューショナー》には特に変化は見られない。攻撃力上昇のバフ等も付与されていない。

ボス攻略の為に準備を重ねてきた彼らなら先程と同様、受け止めることができる・・・はずだった・・・

 

「「「!?」」」

 

振り下ろされた二連撃を受け止めようとしたタンク隊の体が宙に浮いた。

 

「・・・なんや・・・?そないなことが・・・あってええんか・・・!?」

 

キバオウが信じられないといった顔で目の前の惨劇を見つめる。

先程までと同じ攻撃だと思っていた《アスラ・ザ・エクスキューショナー》の攻撃は数倍の威力を持っており、タンク隊の面々を一気に吹き飛ばして、半分くらいあったと思われるそのHPを全損させた。

 

「ジブンら!!」

 

我に返り、倒れた仲間たちの所へ走るキバオウ。

しかし、彼らの体は既に青白く光り輝いていた。

 

「キバオウ・・・さん・・・後は・・・頼みます・・・」

 

ALSの一人が小さく呟くとポリゴン状に四散する。

キバオウは倒れている他の二人に駆け寄るが、二人の体も青白く輝き始めた。

倒れている一人の下に駆け寄り顔を見下ろすが、その表情は絶望と後悔に満ちている。

 

「そんな顔するんじゃねぇよ。あんたはリーダーだろ・・・?」

 

「殺生な・・・ホンマに殺生な・・・ジブンらがこんなことになっているのに、どないな顔をせぇっちゅうねん・・・」

 

悲しみに満ちた顔でキバオウは己の判断が間違っていたことを後悔する。

すると、もう一人のプレイヤーがホッとした顔をしながらキバオウに話しかける。

 

「良かった・・・あなたは無事だったんだな・・・ほら・・・そんなところで座ってないで、早く指揮を取らないと・・・」

 

「何を言うとるんや!ジブンらを置いて行けるか!行くな・・・!行くんやない!!リーダー命令やぞ!リーダーの命令が聞けんのか!?」

 

キバオウが祈るよう必死に叫ぶが

 

「すまんな・・・けど・・・ありがとう・・・キバオウさん」

 

「最後にあんたと一緒に戦えて・・・楽しかった・・・ぜ・・・」

 

僅かな言葉を残し、二人もまた、ポリゴン状に四散した。

悲しみに沈み、先程までALSの一人が倒れてた場所にかがんだままキバオウは小さく呟く。

 

「ワイが・・・殺したんや・・・ワイのせいで・・・!」

 

「しっかりしろ、キバオウ!戦いはまだ終わってないぞ!」

 

キリトが悲しみに沈んでいるキバオウに向かって叫ぶ。

キリトの言う通り、戦いはまだ続いている。先程の光景によりALSはすっかり混乱していた。

 

「ガハッ!」

 

「うああーーー!!」

 

「や、やめてくれーーー!!」

 

その隙を逃さず、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》は次々とALSのプレイヤーをポリゴンに変えていった。

 

「くっ、流石に厳しいか!」

 

「このままだと、犠牲者が増える一方だよ!」

 

ハルト達やALSに所属してない面々が必死にカバーするも、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》の猛攻を押さえきることができず、次々とALSのプレイヤーが犠牲になっていく。

 

「クソ!キバオウ!これ以上の攻略はもう無理だ!ALSを撤退させてくれ!このままだと、全滅するぞ!」

 

一度身に染みた死への恐怖は、中々振り払うことはできず、死への恐怖に飲み込まれていくALSの姿を見て、これ以上の戦闘は無理だと判断したキリトはキバオウに撤退を促す。

しかし、キバオウはその言葉に答えず、ゆっくりと立ち上がると、キリッと目線を《アスラ・ザ・エクスキューショナー》の方に向ける。

 

「・・・おどれか・・・おどれがワイの大事な仲間たちを・・・!おどれかぁーーー!!!」

 

「!? よせ、キバオウ!」

 

怒りを露にしながら《アスラ・ザ・エクスキューショナー》に向かって突撃しようとしたキバオウをキリトが制止する。

 

「放せ、キリト!ここはワイの死に場所や!例え死んだとしても、あいつに一矢報いない限り、ワイは仲間たちに顔向けできへん!」

 

キバオウがそう言った直後

 

「死ぬことは、報いることじゃねぇだろうが!」

 

ザントがキバオウの胸ぐらを掴みながら叫んだ。

 

「あの雑魚共がテメェに死んで欲しくて命を懸けたと思ってんのか!?違うだろ!?タンク隊の奴らも、さっき死んでいった奴らもテメェを守る為に死んだんだよ!あいつらが、命を懸けてまで守ろうとしたもんをテメェ自身の手でぶっ壊してんじゃねぇ!もう、テメェ一人の命じゃねぇだろうが・・・!?」

 

「うぅ・・・!すまん・・・皆・・・ホンマにすまん・・・!」

 

ザントの言葉にキバオウは弱々しく膝を付いたが、ゆっくりと立ち上がると未だ混乱しているALSの面々に撤退を促した。

 

「・・・ワイらの完敗や。ALS!全員撤退や!外の連中と交代せえ!」

 

キバオウがそう叫ぶと残ったALSの面々は部屋の隅へ避難し、キバオウは部屋の外にいるヒースクリフ達に救援を要請しに行った。

 

 

 

 

「事情は理解した」

 

ボス部屋に入ってすぐに、ヒースクリフは辺りを見渡して状況を確認した。

 

「ALSが抜けた穴は我々で埋めよう。まずは一人でも多くのプレイヤーが生き残ることを考えるんだ」

 

「無論、我らレジェンド・ブレイブスも力を貸そう」

 

「まったく、あれだけ言いたい放題言ってたくせに、結局はこれか・・・」

 

「そう言ってやるな、ソウゴ。こうした事態に対応する為に俺たちはここにいるんだ」

 

「ああ、今こそプレイヤー同士一丸となって戦うべきだ」

 

各ギルドリーダーの会話後、攻略組は再び《アスラ・ザ・エクスキューショナー》に挑む。

ボス攻略を再開して、しばらく経ったが、戦局は攻略組側に向いていた。

ALSが抜けた穴を他のギルドの面々がカバーし、ALSがやられたこともあってか、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》の攻撃を迂闊に防御せず、腕一本の攻撃に対しては一人が防御して、四本まとめて攻撃してきたら回避に専念する戦法のおかげで、攻略組は犠牲者を出すことなく順調に《アスラ・ザ・エクスキューショナー》にダメージを与えていた。

その中でひときわ目立っていたのは「血盟騎士団」団長、ヒースクリフだった。

 

「KoBのメンバーは想定通りの陣形を維持。DKBと協力して攻撃を継続。常に多数で攻撃し続けろ。最低でも四人以上だ。四本腕による攻撃を一撃辺り一人で受け止めることができるよう、敵の狙いを分散し、ダメージを分担させるんだ。タンクはHPと防御が高い者から順に前へ。タンクが攻撃を受け止めている間にアタッカーは攻撃後の膠着状態を狙うんだ」

 

適切な指示を次々と出していきながら「血盟騎士団」を動かしていき、攻略組の損傷を最小限に抑えながら《アスラ・ザ・エクスキューショナー》にダメージを与えていた。

ヒースクリフの指揮もあり、士気が高まってきた攻略組。

しかし、こんな絶好調な状況にも関わらず、指揮をしているヒースクリフ本人はあまりいい顔をしなかった。

 

「(・・・KoBが助けに入ったことで最悪の状況から脱することはできたが・・・)」

 

浮かない顔で思案しながら、周りを見渡す。

すると、自分と同じような顔をしている人物。現時点で今の状況を最も理解しているであろう人物が二人も目に入った。

 

「(ほう・・・この中で状況を正しく理解している者が二人もいたか・・・どうやら、私の予想は正しかったようだな)」

 

自分と同じような事を考えている人物をヒースクリフは頭の中で考えていたが、それは彼の予想通りに的中した。

自分の勘の鋭さに思わず感心しながらも、ヒースクリフは自身と同じことを考えているであろう人物、アスナとザントの下に駆け寄った。

 

「一つ聞きたいことがある。アスナ君、ザント君、君たちは今の状況を見てどう思う?どうすれば、我々はこれ以上の犠牲者なしで勝てると思う?」

 

「!? ヒースクリフさん!・・・そうですね・・・」

 

突如声を掛けられたアスナは、声を掛けられた相手がヒースクリフだと分かり、一瞬驚いたが、すぐに険しい表情になりながらヒースクリフの問いに答える。

 

「今は皆のHPにもまだ余裕がありますが、じきにそれもジリ貧になると思います。そうなる前に、こちらの最高戦力を投入して短期決戦で押し切るしかありません」

 

「だろうな。このまま行きゃ、二十層の時みてぇに体力切れになんのがオチだ。んで、最高戦力と言ったが、具体的には誰を投入するんだ?」

 

二人のやり取りを聞いていたザントがアスナに問う。

その問いに対して、アスナは真剣な表情で答える。

 

「ヒースクリフさん、キリト君、トウガ君、ザントさん、そして・・・ハルト君です」

 

「・・・その理由は?」

 

今度はヒースクリフが聞いてくる。

 

「現状、攻略組・・・いいえ、全プレイヤーの中で最高クラスの防御力を持つヒースクリフさん。全プレイヤーの中で最高クラスのスピードを持つキリト君。全プレイヤーの中で最高クラスの瞬発力を持つトウガ君。全プレイヤーの中で最高クラスの攻撃力を持つザントさん。この四人が前に出ない理由はありません」

 

「ふむ、防御、スピード、回避、攻撃・・・それぞれの能力の中で最も優れているプレイヤーを選んだという訳か・・・」

 

「んで、ハルトを選んだ理由はなんだ?《全属性使い(オールラウンド)》って理由だけじゃなさそうだが・・・」

 

「勿論、《全属性使い(オールラウンド)》だからって理由もあります。彼は攻略組で唯一の《全属性使い(オールラウンド)》であり、色々な状況に応じた判断力が備われています。ですが、理由はそれだけではありません」

 

アスナは一呼吸入れると、真剣な表情で再度口を開いた。

 

「ハルト君はここに至るまで、いくつものフロアボス戦に居合わせてきました。それ以外でも、様々なピンチに見舞われてきましたが、彼はいつも生き残ってきました」

 

「なるほど。さしずめ、勝負強さと言ったところか」

 

アスナの説明を聞いて、納得したかのように頷くヒースクリフとザント。

ここに至るまでの間に、彼はいくつもの経験をし、強くなる為に様々な努力をしてきた。それらの経験と努力によって備えられた勝負強さこそ、他の四人にはない、ハルトの一番の強み。

そんなハルトの強みを、アスナはこの作戦に掛けるつもりなのだろう。

 

「すみません。重要な場面なのに、抽象的な説明しかできなくて・・・」

 

「いや、君の判断は正しいと私は思う。この世界がゲームである以上、勝負強さを持ち味とする者を選ぶのも上策だ」

 

「俺も異論はねぇ。こういう時だからこそ、力を最大限に発揮できる奴は貴重だし、俺らも安心して信頼できる。けどよ、問題はそれだけじゃねぇだろ?」

 

ハルトを加えることに異論はないザントだが、今度は別の問題についてアスナに問う。

アスナは再度険しい表情をしながら口を開く。

 

「ザントさんの言う通り、今言った五人で突撃しても、ボスのHPは削り切れません。削り切る為には、ここにいる全員でボスを追い込んで、最後に五人で止めを刺す必要があります。けど・・・今の戦力では犠牲者を出さずにボスのHPを削り切るのは難しいと思います」

 

「ほう。では、どうすれば削り切れると思う?」

 

「例えば・・・ここにいる全員。或いは、半数以上が同時に強化されるような事態。それこそ、規格外のバフが付与されることなんて――」

 

アスナが喋っている途中、今までのやり取りをこっそり聞いていたキリトが不意に口を開いた。

 

「・・・《フラッグ・オブ・ヴァラー》だ」

 

「え?」

 

「あのアイテムなら、全員とまではいかないけど、半数以上にバフを付与することができる!」

 

かつて五層のボス攻略で手に入れた《フラッグ・オブ・ヴァラー》。使用すれば、旗から半径までの範囲にいるプレイヤー全員に強力なバフが付与される。ただし、バフが付与されるのはフラッグを装備しているプレイヤーとそのプレイヤーが所属しているギルドのメンバーのみ。

元々はALSとDKB両ギルドを統合させる為にディアベルが手に入れるはずだったが、ボス攻略の最中にディアベルが行方不明になり、それ以来、キリトがずっと持ち続けていた。

 

「今、この場にいるレイドメンバーの中で一番数が多いギルドはKoBだ。《フラッグ・オブ・ヴァラー》の効果で彼らにバフを付与させれば、この戦況を覆せるかもしれない。けど、俺の一存では・・・」

 

《フラッグ・オブ・ヴァラー》を使用するに当たって一番最適なギルドは、今現在、ボス攻略に挑んでいるレイドメンバーの半数以上を占めている「血盟騎士団」だ。

しかし、キリトは《フラッグ・オブ・ヴァラー》をALSかDKBのどちらかに渡すに当たって、《フラッグ・オブ・ヴァラー》がもう一つドロップしたら。或いは、ALSとDKB二つのギルドが合併して新ギルドが結成された時に渡すことを条件としている。

故に《フラッグ・オブ・ヴァラー》を「血盟騎士団」が使用する為には、キリト一人の独断で決めることはできない。両ギルドのリーダーであるキバオウとリンドの承諾が必要になる。

 

「俺は構わない!今ここで使うべきだ!」

 

「ワイも異論はない!今一番大事なんは、SAO攻略に必要なモンらが無事生き残って、ここをクリアすることや!」

 

キリトの考えていたことを察したのか、リンドとキバオウが《フラッグ・オブ・ヴァラー》を「血盟騎士団」が使うことに異論はないとキリトに向かって叫んだ。

 

「リンド・・・キバオウ・・・ありがとう」

 

「気にするなや。それに、あん旗に関しては、これが一番平和的な解決方法かもしれへんしな。あん旗に相応しいのは、全プレイヤーの為に戦える奴ら・・・純粋に攻略の為だけに存在するギルドや」

 

そう言いながら、キバオウはヒースクリフの下に向かう。

 

「ヒースクリフはん。あん旗はジブンらに譲るわ。そん代わりに、仲間の仇を取ってや!」

 

「分かった。血盟騎士団の名に懸けて誓おう」

 

「おおきにな」

 

キバオウが頭を下げてヒースクリフ礼を言う。

それと同時にキリトがストレージから《フラッグ・オブ・ヴァラー》を取り出すと、ヒースクリフの前に立ち、リンドとキバオウがそれぞれキリトの隣に立った。

 

「アインクラッド解放隊リーダー、キバオウ!血盟騎士団の《フラッグ・オブ・ヴァラー》使用に異議なし!」

 

「ドラゴンナイツ・ブリゲードリーダー、リンド!同じく異議なし!」

 

「立会人、キリト。キバオウ、リンドの両名と同じく異議なし!」

 

三人がそう言うと、キリトはヒースクリフに《フラッグ・オブ・ヴァラー》を渡した。

 

「君たちの思い、確かに受け取った」

 

ヒースクリフが《フラッグ・オブ・ヴァラー》を受け取った。

すると、《フラッグ・オブ・ヴァラー》が突如光り出し、光りが収まると真っ白だった旗が赤く染まり、血盟騎士団の紋章が浮かび上がった。

ヒースクリフはそれを地面に突き立てると、「血盟騎士団」のメンバー全員に全ステータス上昇のバフが付与された。

 

「総員!突撃!」

 

ヒースクリフの叫び声と共に「血盟騎士団」の面々が一斉に《アスラ・ザ・エクスキューショナー》に攻撃を仕掛ける。

《フラッグ・オブ・ヴァラー》の効果によって強化された「血盟騎士団」は勢いに乗って《アスラ・ザ・エクスキューショナー》のHPを削っていく。

しかし、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》もまた、「血盟騎士団」の猛威に抵抗し、逆に「血盟騎士団」を圧倒していく。

戦いは五分五分と言ったところだった。

 

「皆さん、ここが勝負所です!大丈夫!きっと勝ち目はあります!このSAOや、それを作った茅場晶彦は私たちに理不尽を押し付けた存在かもしれません。けれど、ゲームということに対しての姿勢は、真摯さがあるように思えるんです。このゲームは・・・SAOは、厳しくはあっても、悪質なゲームではないはずです。私たちが諦めずに力を合わせて向き合えば、きっとクリアできるはずなんです!」

 

「彼女の言う通りだ。この層を突破し、いつか必ずこのゲームをクリアする為にも・・・彼女が考えた作戦を聞いて欲しい。説明してもらえるかな?アスナ君」

 

「は、はい!」

 

アスナの演説と彼女が考えた作戦を伝えると「血盟騎士団」が。いや、この場にいる全プレイヤーの士気が高まっていき、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》を圧倒していく。

 

「ハハハ・・・アスナ。君はやっぱり凄いよ・・・」

 

キリトはアスナに秘められた力を改めて評価しつつも、少し寂しそうな顔で見つめていた。

 

「(もう、俺が一緒にいる必要はないかな・・・)」

 

始めて出会った時と違って、自分が隣にいなくても彼女は自分の足で前に進むようになった。この世界に迷い込んだアスナ(少女)としてじゃなく、この世界で生きているアスナ(剣士)として

そんな嬉しくも少し寂しい感傷に浸っていると

 

「感心してる場合じゃねぇだろ。俺らがトリを務めんのを忘れた訳じゃねぇだろうな?」

 

ザントに声を掛けられ、振り向くと彼の他にハルトとトウガがいた。

 

「事情はザントから聞いている。ボスのHPがある程度減ったところで俺たちの一斉攻撃で一気に決める。で、いいか?」

 

「ああ、そんな感じだよ」

 

トウガの問いに答えながらキリトは《アスラ・ザ・エクスキューショナー》を見つめる。

《アスラ・ザ・エクスキューショナー》のHPは順調に削れていき、遂に1/4以下となったところで、フィールドに異変が起こった。

 

「ゴオオオーーー!!」

 

《アスラ・ザ・エクスキューショナー》が突如雄叫びを上げた。それと同時に先程まで薄暗かったフィールドが赤く染まった。まるで、追い詰められて尚、一人でも多くの敵を倒そうとする《アスラ・ザ・エクスキューショナー》の心情を表しているかのように。

 

「いよいよだな・・・」

 

張り詰めた空気の中、キリトがポツリと呟く。

攻略組が《アスラ・ザ・エクスキューショナー》のHPをある程度削ったところで、最高戦力の五人が一斉に攻撃して、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》のHPを削り切る。これが、アスナの立てた作戦の全容。

そして、その瞬間が今まさに来ようとしていた。

 

「いよいよ我々の出番だ。仕掛ける前に現状の確認をしておこう。今はKoBが引き受けているが、私たちがボスに有効打を与える為には――」

 

「奴の四連撃を凌ぐ必要がある。そうだな?」

 

ヒースクリフが言う前にトウガが答える。

 

「その通りだ。二つの刃物に鎖鉄球、計四つの武器による攻撃は射程、方位ともに隙がない。更には、攻防一対だ。あの四本腕から狙われたら最後、私の防御力によるガード、キリト君やトウガ君のスピードや瞬発力による回避、そのどちらも不可能だろう」

 

「・・・そうだな。だけど、これはゲームだ。なら、一か八かの賭けが必要な時もあるんじゃないか?」

 

ヒースクリフの言葉にキリトは微笑みながら返した。

ヒースクリフは少し目を見開いて驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「間違っていないよ、キリト君。さて、お喋りはそこまでにしておこうか。団員たちの体力も限界に近い、次の指示で団員たちに一斉攻撃を仕掛けさせる。団員たちによる一斉攻撃でボスが怯んだ隙に私たちで止めを刺す。チャンスは一度。私たち五人の内一人でも欠けてしまえば、ボスのHPを削り切ることはできないだろう。五人全員生還か全滅、二つに一つだ。タイミングは私に合わせろ」

 

四人が頷いたのを確認したヒースクリフは、最後の攻撃を仕掛けるべく、その隙を作ってもらう為に、「血盟騎士団」の団員に向かって大声で命令した。

 

「血盟騎士団!ボスのHPを削れ!総員!突撃!」

 

ヒースクリフの叫び声と共に、「血盟騎士団」が一斉に《アスラ・ザ・エクスキューショナー》に攻撃を仕掛けていく。

それに応じて、各ギルドのリーダーも大声でそれぞれのギルドメンバーに指示を出す。

 

「これで終わらせるぞ!DKB!突撃!」

 

「ドラゴンナイツ・ブリゲード」リーダー、リンドが。

 

「征くぞ、レジェンド・ブレイブス!我に続け!」

 

「レジェンド・ブレイブス」リーダー、オルランドが。

 

「これが最後の攻撃だ!必ず勝って全員で帰るぞ!突撃だ!」

 

「紅の狼」リーダー、トウガが。

各ギルドのリーダーの命令に応えるべく「血盟騎士団」同様、一斉攻撃を仕掛ける。

最後の一斉攻撃だけあって攻略組の勢いは今まで以上に凄まじく、攻略組の気迫に《アスラ・ザ・エクスキューショナー》は圧倒されていき、次第に体勢を崩し始めた。

その隙を狙ってたかのように、ヒースクリフが動き出す。

 

「今だ!」

 

ヒースクリフが先頭に立ち、《アスラ・ザ・エクスキューショナー》目掛けて剣を振り下ろした。

それに続いて、キリト、トウガ、ザントの三人も

 

「うおーーー!」

 

「終わりだ!」

 

「落ちろっ!」

 

片手直剣ソードスキル<ヴァリアント・フィスト>、短剣ソードスキル<カルネージ・サーペント>、両手剣ソードスキル<アルファ・ストライク>を同時に発動させた。

剣の五連撃が、短剣の連撃が、両手剣の強烈な一撃が《アスラ・ザ・エクスキューショナー》のHPを大きく削った。

 

「止めは頼むぞ、ハルト!」

 

そして、止め刺すべく、ハルトが動き出す。

キリトの叫び声と共にソードスキルのモーションに入ろうとしたその時、ハルトの目が見開かれた。

体勢を崩していたはずの《アスラ・ザ・エクスキューショナー》が、最後の力を振り絞り、右腕の鉄球をハルト目掛けて振り下ろした。

この距離からでは、防御も回避も間に合わない。今のハルトだったら、一撃でHPを全損するだろう。

 

「ハルト!」

 

「ハルト!」

 

「ハルト君!」

 

二人の友(キリトとトウガ)パートナーの親友(アスナ)の叫び声が聞こえた。

ちらっと声がした方に顔を向けると、三人共間に合わないと分かっていても、ハルトを助け出そうと動いていた。

皆が諦めず自分を助けようとしているのに自分が諦めるわけにはいかない。

諦めずに打開策を考えていると、ふと、ハルトの脳裏にある言葉が浮かんだ。

 

『受け止めるだけが防御ではありません。耐えるだけがタンクでもありません。耐えられないなら――軌道を逸らしてしまえばいいのです』

 

『どんだけ強力だろうと、当たんなきゃ意味ねぇだろうが』

 

そうだ。攻撃は何も防御や回避するだけじゃない。

ザントとスティラの言葉を思い出したハルトの取った行動は、防御の体勢でもなく、回避の体勢でもない。持っている剣を構えるだけだった。

ハルトに行動に誰もが驚く。けれども、誰もが信じた。これまで幾度も絶望的な状況で奇跡を見せてくれた彼なら今回もきっと乗り越えてくれるはず。

 

「・・・見せてもらうぞ、ハルト君」

 

「信じてる・・・ハルトなら・・・きっと・・・!」

 

ヒースクリフとコハルが真剣な表情で見つめる。

誰もが緊迫した空気の中で見つめる中、ハルトは剣を構えたまま、地面を蹴って空中へ跳び

 

「うおおーーー!!」

 

叫び声と共に迫りくる鉄球に強力な一撃を叩き込んだ。

すると、鉄球はハルトに直撃することなく、軌道を逸れてハルトの横を通り、そのまま何もない地面に激突した。

 

「なっ!?」

 

「上手い!」

 

「ほう・・・」

 

「やりゃ、できんじゃねぇか」

 

咄嗟の判断で成したハルトの神業に各々が驚愕、或いは称賛した。

ハルトは飛び上がった勢いで、そのまま《アスラ・ザ・エクスキューショナー》に近づき、空中で体勢を整えると

 

「いっけーーー!!」

 

<リボルビング・スパイク>で《アスラ・ザ・エクスキューショナー》の体を貫いた。

体を貫かれた《アスラ・ザ・エクスキューショナー》は、雄叫びと共に体をポリゴン状に四散させた。

ポリゴンが部屋中に舞い、辺りに歓声が響き渡る中、キリトはキバオウと向き合っていた。

 

「終わったな」

 

「・・・せやな」

 

「・・・キバオウ」

 

キバオウの表情は何処かスッキリとした顔だったが、そこから何を思っているのかキリトは読み取れなかった。

仲間を失い、悔しい気持ちでいっぱいのはずのキバオウにどう声を掛ければいいか悩んでいると、ザントがキバオウに話しかけてきた。

 

「一つ聞かせろ。お前、さっきのボス攻略で情報通りに動いているって言ったよな?そのボスの情報、どこで手に入れた?」

 

「そういや・・・確か、圏内の店で攻略会議をしとった時に情報屋を名乗る奴から話しかけられてな。何でも、二十五層のボスは四連撃の攻撃が強力やけど、それ以外は大したことないから四連撃だけは回避に専念して、それ以外の攻撃は防御に専念して隙を付いて攻撃しろって・・・」

 

「「!?」」

 

キバオウの言葉に目を見開くザントとキリト。

キバオウも二人の行動を見て騙されたことを察したが、何処か虚しい笑みを浮かべながら続きを話す。

 

「ワイらも無名の情報屋やったから、最初はそこまで信用せんかった。けど、いざ攻略してみると、ボスは情報通り動いておったし、HPが半分以下になっても奇妙な行動は何一つしてこんかった。せやから・・・大丈夫やと・・・思ってたんやけどな・・・」

 

「キバオウ・・・」

 

「ちっ!まさか既に手を回していやがったとはな・・・!」

 

キリトが心配そうな表情でキバオウを見つめ、ザントは忌々しそうに呟いた。

情報屋というのは、おそらくオレンジ・・・いや、レッドプレイヤーだろう。予め、噓が混ざった情報を流し込ませ、最初は本当の情報で信頼させて安心しきったところで情報に無かったことが起こり、混乱させることで多数の犠牲者が出る。これが、キバオウに噓の情報を与えたレッドプレイヤーの考えたシナリオだろう。結果、ALSは主戦力の半数を失うことになった。

 

「・・・あんな態度だけ一人前のクソ共でも、同じ攻略組だ。死んじまったら、それはそれで胸糞悪りぃもんだな・・・テメェが会った情報屋については、俺がアルゴを通じて調べといてやるよ。じゃあな」

 

そう言うと、ザントは二十六層へ向かった。

 

「これからどうするんだ?キバオウ」

 

今度はキリトがキバオウに問いかける。

 

「・・・ワイは、しばらく最前線を離れるわ。今回の攻略でワイは大勢の仲間たちを見殺しにしてもうた。そんな大罪人がのうのうとリーダーなんてやっていい筈があらへん。ワイはワイのやり方で罪を償っていくわ」

 

「・・・・・・」

 

「そげいな顔すな。別に自分から命を投げ出して償おうとは思わん。もう、ワイ一人の命やない。そう教えてもろたからな・・・ほいなら、ワイはもう行くわ・・・今までおおきに、キリト」

 

キバオウはキリトに背中を向けると、残ったALSの面々と共に二十六層の階段ではなく、ボス部屋の入口から出ていった。

 

「・・・罪を背負って前に進む道でなく、罪を償う為に戻る道。それが、あの人の選んだ道なのね」

 

「そうだな・・・きっと戻ってくるはずさ、彼は」

 

そう言いながら、キリトとアスナはキバオウが出ていった方を険しい表情で見つめていると、ヒースクリフが二人に話しかける。

 

「君たちに一つ問おう。キリト君、アスナ君、我々KoBに加わってはくれないか?」

 

「「!?」」

 

突然のスカウトに驚く二人。

何故、という視線をヒースクリフに向けると、ヒースクリフはゆっくりと話し出す。

 

「無論、君たち二人の実力を見込んでだ。特にアスナ君、先程の戦いで君が見せてくれた戦略眼や指揮の手際は見事だった。君には、KoBの中でも隊長クラスの役割。そして、将来的にはKoBの副団長も務めてほしいと思っている」

 

「副団長ですか!?でも、私は・・・」

 

KoBの副団長を任せてほしいと思われるくらいヒースクリフに期待されているアスナだが、それでも彼女は悩んだ。

すると、意外な人物から援護射撃(ヒースクリフにとっての)が入る。

 

「いいんじゃないか?行けよ、アスナ」

 

「キリト君!?」

 

その人物は、今まさに自身の決断を悩ませている原因となっている人物、キリトだった。

 

「元々は君がふさわしい場所を見つけるまでの臨時パーティーだったんだ。組んでる時間は結構長くなったけど、ここら辺が潮時だろ?君は適材適所に収まって俺の無鉄砲さに振り回されることも無くなる。いい話じゃないか」

 

「キリト君、何言ってるの・・・?」

 

戸惑うアスナにキリトはアスナの顔を正面から見据え、真剣な表情で言葉を続ける。

 

「アスナ。俺はギルドに所属しないって前に言ったよな?俺は自分と自分の周りにいる人を助ける為にしか戦うことができない。でも、君は違う。君は大勢の人間を率いて、もっと多くの人を救う為に戦うことができる。その能力は百層を突破するために必要なんだ。頼む、多くのプレイヤーを救う為に・・・お前の力を純粋にSAOを攻略しているギルドで使ってくれ」

 

「・・・それが、キリト君の結論なんだね・・・分かった」

 

キリトの思いを聞いて決断したアスナは、キリトに背を向け、ヒースクリフの正面に立つと、スカウトの答えを告げた。

 

「ヒースクリフさん。私、血盟騎士団に入ります」

 

「感謝する、アスナ君。我々血盟騎士団は君を歓迎する」

 

二人はこれ以上、何も言葉を発することも互いの顔を見合うことも無かったが、ヒースクリフと共に離れていくにつれてアスナの肩が僅かに震えており、キリトはそれを気づいて気づかぬふりをした。

もし、指摘してしまえば、きっと彼女は足を止めてしまう。彼女が攻略組を率いる者の一人としてSAOを攻略していく為にも、キリトは何も言わず、黙って見送った。

やがて、アスナを含む「血盟騎士団」の面々が二十六層へ上がり、キリトは「血盟騎士団」が出ていった扉を見つめていると、ナーザとトウガが話しかけてきた。

 

「キリトさん・・・」

 

「これで良かったのか?」

 

「・・・いいんだ。遅かれ早かれ、こうなることは分かってたし・・・」

 

キリトがそう答えると、ナーザは何も言わず、トウガは「そうか・・・」と呟くと、それぞれのギルドの仲間たちと共に二十六層へ向かった。

 

「なんか・・・やり切れないね」

 

キリトもまた、二十六層へ向かい、その様子を眺めていたコハルが悔しそうに呟いた。

暗い顔をしているコハルに、ハルトは優しく微笑みながら話す。

 

「大丈夫だよ。別に二人が完全に離れ離れになった訳じゃないんだ。生きていれば、きっとまた会える。今は、前に進もう」

 

「うん。一緒に行こう、ハルト」

 

ハルトの言葉にコハルは気持ちを切り替えて、ハルトと共に歩き出す。

犠牲はあったものの、クォーター・ポイントを突破した二人は気持ちを切り替えて二十六層へと向かった。

 

 

 

 

「以上が、この層で起きた出来事ダ」

 

十層の城下町のひとけのない路地裏でアルゴが扉に背中を当てながら、扉の奥にいるであろう人物に二十五層で起きた出来事を報告した。

 

「ALSは壊滅までとはいかなかったけど、主戦力の半数が喪失。リーダーであるキバオウはその責任を取るため最前線から身を引いタ。しばらくは幹部同士で何とかギルドを保つらしいけど、どれくらいもつカ・・・」

 

アルゴがそう言うと、扉の奥から歯ぎしりの音が聞こえてきた。

建物の中にいる人物の心情を察したアルゴは、しばらくの間、何も言わなかったが、やがて、扉に付いてある小さめの窓からドサッと膨らみのある小袋が落ちてきた。

アルゴは落ちてきた小袋を確認し、もう一度扉の方を見ると、歯ぎしりの音は聞こえなった。

扉の奥にいるであろう人物はこれ以上何も言うことはなく、建物の入口から遠ざかる足音が微かに聞こえた。

アルゴもまた、小袋を手に取ると、建物から立ち去った。

 

「どうだったんだ?」

 

ある程度、路地裏を進むと、アルゴを待っていたザントが声を掛ける。

 

「一応報酬は貰えたヨ。今回の事に関しては、達成とは言えないけど、そこら辺はお咎めなしってことで――」

 

「そっちじゃねぇ。俺が聞きてぇのはあいつの様子だ」

 

ザントがそう言うと、アルゴはいつものマイペースな笑顔から難しい表情になりながら話す。

 

「結構悔しそうだったヨ。もし、立場が違っていれば、そうなっていたのは自分だったかもしれないしナ・・・」

 

「ちっ、そうかよ」

 

舌打ちしながら不機嫌そうに呟くザント。

そんなザントを見て、アルゴは心配そうな顔をしながら話しかける。

 

「そう怒ってやるなヨ。そりゃ、あいつが今、あんなことをやっているのは、お前にとっては不機嫌なこともかもしれないけど・・・」

 

「俺がムカついてんのはそこじゃねぇ。あいつが戻ってきた時、猿共から何言われるかは分かったもんじゃねぇが、それに対して、あいつがどう思っていようが俺には関係のねぇことだ。俺が言いてぇのは、あのウジ虫共に出し抜かれたことだ」

 

ザントは忌々しそうに喋った。

事の発端は、アルゴが先程の建物の中にいた人物から依頼されたことからだ。

依頼の内容は二十五層がクォーター・ポイントであることを利用して、レッドプレイヤー達が動き出すかもしれないから、それの調査をして欲しいとのこと。

依頼を受けたアルゴは、調査の途中で偶然居合わせたザントと協力しながら調査を進めると、迷宮区突破に関するクエストをALSが単独で攻略していることを耳にした。同じくクエストを進めていたザントは、ALSにレッドプレイヤーと繋がりがあるかもしれないプレイヤー、ジョーがいる事を思い出し、ジョーがまた良からぬ事を企んでいると思ったザントは、ALSが単独でクエストを攻略されるのを。強いて言えば、そのまま単独でボス攻略に挑もうとするのを阻止。

ボス攻略にはいつも通りALSとDKB、更には「血盟騎士団」を始めとする少数ギルドまでもが参加することになった。ALSが単独で挑む事態は避けられ、ひとまずは安心だとこの時のアルゴとザントはそう慢心しきっていた。

しかし、既に別の場所からALSに罠が仕掛けられており、結果、ALSは大打撃を受けることとなった。最悪の結果までとはいかなかったが、攻略組がダメージを負ったことには変わりない。

依頼をまともに達成することができず、何より、あのウジ虫共が自分より一歩上手だった事実にザントは怒りを抑えきれなかった。

 

「あまり気負いすぎるなヨ。焦ったところで良いことなんて何もないからナ。レッドプレイヤーの事に関して少しでも怪しいことがあれば、すぐオレッチに連絡してくレ」

 

「分かってら。そこら辺はキリトの野郎とも連携して上手くやっといてやるよ」

 

そう言うと、ザントは路地裏から出ていった。

レッドプレイヤーの闇が攻略組に迫る一方、それらを影から取り除く者達もまた、闇から攻略組を守る為に暗躍していた。




・ヒースクリフ
「血盟騎士団」団長を務めている。原作では、その高い指揮能力とカリスマ性で、結成当時は少数だった「血盟騎士団」を攻略組最大のギルドと言われるレベルまで育て上げたヤベー奴。本人もチートなみの防御力を持っている。

・「レジェンド・ブレイブス」再び参戦
SAOIF本編でのリーファの代理として登場させました。ただし、出番はそんなに無かった。

・《フラッグ・オブ・ヴァラー》
ここで五層のフラッグの話を回収した当時、運営の皆さんに思わず感心してしまった。

・<ヴァリアント・フィスト>
片手直剣の星4スキル。威力は中々あり、防御力アップのバフが付与されていると、クリティカル発生率が上がる。

・<カルネージ・サーペント>
オリジナルスキル。SAOIFだと短剣の星4。高速に移動しながら、範囲内にいる敵を切り刻んでいくスキル。

・<アルファ・ストライク>
オリジナルスキル。SAOIFだと両手剣の星4。敵一体に全力の一撃を放つ。単体攻撃だが、その分威力は高い。

・<リボルビング・スパイク>
オリジナルスキル。SAOIFだと片手直剣の星4。前に剣を構えて突進する。簡潔に言えば、<レイジ・スパイク>の上位版。

・キバオウ離脱
白髪の男が仕掛けた第二の策により、キバオウはここで離脱となります。彼が再登場する日は来るのか?


以上で二十五層編となります。
IFでもキバオウの運命は変えることができなかった。だが、あのナイトが生きているから、もしかしたら原作のようにはならないかもしれない・・・
そして、最後の謎の人物はいったい誰でしょうね~?
次回は番外編です。内容はクリスマスイベント(三年目)です。


<オマケ>
作中に登場するオリジナルソードスキルをSAOIF風にスキルレコード化しました。詳しくは、活動報告。或いは、こちらのリンクから。


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狼と雪うさぎのラストクリスマス(前編)

クリスマスイベント(三年目)です。
私的にSAOIFで一番好きなイベントストーリーです。
長くなったんで前編、後編に分けてます。


「・・・お願い」

 

暗い虚無の空間。光すらも届かず、ただ静寂のみが漂う世界。

そんな闇の中から誰かの声が聞こえるのをハルトは感じた。

 

「・・・お願い・・・誰か・・・助けて・・・」

 

「君は・・・?」

 

暗い闇の中から聞こえる声にハルトは問いかける。

すると、虚無の空間から突如景色が一変して、気づいたらハルトは雪原に立っていた。

辺りは木々で囲まれており、雪原の奥には一本の赤い木が立っている。

 

「!? ここは・・・?」

 

「ここは、まだ存在している場所。もうすぐ消えてしまうけど・・・」

 

驚きながらも問いかけるハルトに、声の主は縋るように喋る。

 

「お願い、どうか聞いてちょうだい。心残りがあるの。最後に一目だけ、あの素敵なクリスマスプレゼントを見てみたい」

 

すると、ハルトの目の前に突如光が集まり、ガラス細工でできた雪うさぎが姿を現した。

 

「ガラス細工の・・・雪うさぎ?」

 

「あなたにしか頼めないの。どうか、この導きに応じて、消えゆくモミの木の下へ。セキュリティ権限コード委譲、白き光の翼・・・」

 

「ま、待って!」

 

話についていけず、慌てて声の主を呼び止めるハルトだったが、声はだんだんと薄れていき次の瞬間、ハルトの視界は再び闇に染まった。

 

 

 

 

「はっ!」

 

次にハルトの視界が写した光景は、見慣れた宿の天井だった。

ゆっくりと起き上がり辺りを見渡しても特に変化はなく、閉じているカーテンから僅かな光が差し込んでいる。

 

「夢・・・?」

 

徐々に覚醒していく意識の中で呟くハルト。

変な夢だった。そんなことを思いながら、ハルトは身支度を整えるべくベッドから出た。

 

 

 

 

「――っていう夢を見たんだ」

 

ハルトは今日見た夢の内容をコハルとキリトに伝えた。

二人共、ハルトの話を聞いて難しそうな顔をしながら話し出す。

 

「それは、不思議な夢だな」

 

「でも、考えてみればVR空間で夢を見ること自体、ちょっと不思議だよね」

 

「言われてみれば、確かに」

 

「・・・ねぇ」

 

「そもそも、夢って何ですか?」

 

「脳学的には記憶の整理であり、精神活動――」

 

「ねぇ!!」

 

夢について話していた三人だったが、アスナの叫び声が聞こえ、慌てて振り向くと、ご機嫌ななめの様子のアスナが三人を睨んでいた。

 

「な、何だよ、アスナ・・・」

 

「何だよ、じゃないでしょう!キリト君、ここをどこだと思ってるの?」

 

「どこって・・・クリスマスのお祭り・・・」

 

「そう!お祭りだよ!こんなに賑やか会場にいるのに、どうしてそんな難しい顔をしてるのかな!?」

 

興奮気味に叫ぶアスナに少しドン引きする三人。

今日はクリスマスということもあって、期間限定でクリスマスイベントのフィールドが開かれていることを聞いたハルト達四人は、そのフィールドにある一軒家を借りてクリスマスパーティーを行うことにした。

食べ物や飾り付けに使う道具を一通り買っていたハルト達だったが、その途中でハルトが今朝見た夢の話をしだし、コハルとキリトも真剣になってハルトの話を聞く。

しかし、アスナだけは楽しいはずのクリスマス会場にいるにも関わらず、難しそうな顔をしながら話をしている三人に対して、お怒りモードであった。

 

「アハハハ・・・ごめんごめん。それで、俺たちの他に来れる奴はいないのか?」

 

「うーん、私の方で何人か誘ってみたんだけど、みんな用事があって、すぐには来れないみたい」

 

「そっか。俺の方でも一応何人かにメッセージを送ってみたけど・・・お!返信がいっぱい来た!えっと・・・クラインは『何がクリスマスじゃあい!』・・・あいつ、何があったんだ・・・?シロコイは『サーニャと買い物してるからすぐには行けない』。まぁ、それじゃあ仕方ないか。トウガ達は・・・お!期間限定のクエストをやっているみたいで、ドロップがめちゃくちゃ美味いって!俺たちも――」

 

「キーリートーくぅーん?」

 

「そうだな!無粋なクエストはやめて、今夜は楽しくパーティーしよう!」

 

メッセージを読んでいく内にゲーマー魂が湧いてきたキリトだったが、アスナによって二秒で鎮火された。

 

「他に誘える人はいないの?」

 

「うーん、後はあいつだけなんだけど・・・あいつがこの手のイベントに参加するとは思えないんだよなぁ・・・」

 

キリトは悩みながらも、その相手にメッセージを送ろうとしたその時

 

「おい!しっかりしろ!」

 

「ボロボロだぞ!何があったんだ!?」

 

近くから叫び声が聞こえ、声がした方を向くと、人だかりができていた。

 

「騒がしいわね?」

 

「あっちに人だかりができている。行ってみよう!」

 

コハルが人だかりに向かって走り出し、ハルト達も後に続く。

ハルト達は人だかりをかぎ分けながら中心へと進んでいく。すると、そこにいたのは

 

「うぅ・・・」

 

弱々しく呻き声を出しながら倒れているマテルがいた。

 

「マテルちゃん!?」

 

「ダメージを受けているじゃないか!」

 

「は、早くポーションを!」

 

アスナの言葉に従い、コハルはポーションを取り出しマテルに飲ませる。

すると、マテルは意識を取り戻し、辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「こ、ここは・・・」

 

「クリスマスイベントの会場だよ。それよりもマテルちゃん、その傷は――」

 

「助けて欲しいの!時間がないの!」

 

「え!?」

 

何があったのか事情を聞こうとしたコハルだったが、マテルが急に大声で助けてと叫び出したことで驚いてしまう。

更に、マテルの大声に反応して周りにいるプレイヤー達が何事かと騒ぎ始めてきた。

このままの状況で聞くのはマズイと思ったキリトは、場所を変えて事情を聞くことをハルト達に提案する。

 

「とりあえず、一旦場所を変えよう。ここじゃ人が多すぎる。人が少ない場所で事情を聞こう」

 

キリトの意見に頷き、ハルト達は人が少ない場所へ移動しようとしたが

 

「その話、俺にも詳しく聞かせろ」

 

「!? あなたは・・・!」

 

その前に声を掛けられ、振り向くと、そこには先程キリトがクリスマスパーティーに誘うか悩んでいた男、ザントがいた。

 

 

 

 

人がいない路地裏に移動したハルト達はマテルから事情を聞いた。

 

「話を整理すると、マテルちゃんが助けたい人は今、とても寒くて孤独な場所に閉じ込められているってことなのね?」

 

「そうなの」

 

「事情は分かったわ。だけど、マテルちゃん。その寒くて孤独な場所はどこの階層はどこにあるのかな?閉じ込められている人って誰のことかな?」

 

「・・・・・・」

 

アスナの問いに対して、何も答えず黙り込んでしまうマテル。

アスナが何かマズイことを聞いたかなって思いながら困っていると、今度はコハルが問いかける。

 

「ねぇ、マテルちゃん。助けたいその人は、マテルちゃんにとって大事な人なの?」

 

「目的を同じくする者なの」

 

「マテルちゃんは、どうしてボロボロになってまでその人を助けたいと思ったの?」

 

「それは・・・あれ?全然分からない。私、今・・・合理的じゃない・・・!」

 

今度は頭を抑えながら戸惑うマテル。

だんまりの次は戸惑う素振りを見せるマテルに、ハルト達は中々情報が引き出せないことに互いの顔を見合わせながら困り顔をする。

そんな中、ザントはただ一人「はぁ~」とため息をつきながらマテルに近づいた次の瞬間

 

「っ!?」

 

「ザントさん!?」

 

突如マテルの胸ぐらを掴み、そのまま自身の前に引き寄せる。

ハラスメントコードギリギリのザントの行いにハルト達が戸惑う中、ザントは静かに口を開く。

 

「論理的やらどうとかチンタラしてんじゃねぇよ・・・!助けて欲しいのか欲しくねぇのか、どっちなんだよ!?」

 

「!? ・・・助けて・・・欲しい・・・の・・・」

 

驚きながらも、縋るような目でザントを見つめるマテル。

そんなマテルをザントはジィーと見つめていたが

 

「最初っからそう言え、クソガキ」

 

乱暴にマテルから手を離すと、今度はハルト達を見ながら聞いてくる。

 

「んで、テメェらはどうするんだ?こいつは助けたい奴の名前もそいつがいる場所を教えようともしねぇ。はっきり言って怪しいが、こいつを信用するのかしねぇのか、さっさと選べ」

 

行くか行かないかの選択を問いかけるザント。

すると、コハルはハルトの顔を見ながら彼に話しかける。

 

「ハルト、私は・・・」

 

「・・・コハル、マテルを助けたいとは僕も思っている。でも、情報が少ない今、下手に動くのは危険なんじゃないかな?」

 

「でも・・・あの、ロボットみたいな性格だったマテルちゃんが人生で一番大切な物を見つけて・・・(うるうる)」

 

「分かった!一緒に行くから、そんな目で見ないでくれ!」

 

コハルと違って、マテルを助けることに少し抵抗があったハルトだったが、コハルの必死の訴えと涙目によって降参した。

ハルトの答えを聞いたコハルは涙目からパァーと笑顔になり

 

「ありがとう!ハルト、大好き!!」

 

嬉しそうにしながらハルトに抱きついた。

そんなコハルに、ハルトはやれやれと思いながらも少し嬉しそうに微笑んだ。

 

「勿論、私たちも行くわよね、キリト君?」

 

「まぁ、救出クエストの一環だと思って行けばいいけど・・・さっき、俺がクエストに行こうって言ったら――」

 

「ドロップ目当てのクエストと美しい友情で結ばれたクエストは全然違うよね!?」

 

「そうですね、はい」

 

アスナとキリトもまた、参加を決め込んだ。途中、キリトが何やら言おうとしたがアスナの気迫に押され素直に従った。

 

「ほら、行くぞ。さっさと案内しろ」

 

「!? うん・・・なの」

 

最後にザントの言葉を聞き、マテルは頷くと、案内すべく歩き出した。

しかし、クリスマス会場を出る直前に声を掛けられる。

 

「彼らをどこに連れていく気だい?マテル」

 

「リュールさん!」

 

声を掛けた人物はリュール。しかし、その表情にはいつものおちゃらけた雰囲気はなく、何処か怒っているかのようにマテルを見つめていた。

 

「やぁ、君たち。いつも美しい物語を紡いでくれてありがとう。でも、今回は駄作だ。これは紡いではいけない物語だ」

 

「・・・ごめんなさい。今は急いでて――」

 

「ここから先へ進むのは愚者の行いだ。見過ごすわけにはいかない」

 

今はリュールに構っている暇はなく、コハルは一言謝りながら先に進もうとしたが、その前に会場の出口を塞ぐように立つリュール。

そんなリュールに普段からリュールを嫌っているハルトは少し敵意を出しながら話しかける。

 

「悪いけど、僕たちは行かなくちゃいけないんだ。邪魔しないでくれるかな?」

 

「別に君たちの邪魔をするつもりはないよ。でも、マテル。君はここに残るんだ」

 

「嫌なの!」

 

リュールの言葉を必死に否定するマテル。

 

「・・・マテル、彼女はもう助からない」

 

「そんなの認めないの!」

 

「はぁ~、合理性を常に重んじる君がどうしてこんな真似に出るのだか、全く理解できないよ」

 

「うぅ・・・」

 

最初は強く反発したマテルだが、次第にリュールの言葉に押されていき、最終的には弱々しく呻き声を出した。

それに対して、ハルトが二人の間に割って入ろうとしたが、その前に動いた人物がリュールに声を掛ける。

 

「おい」

 

「ん?何だい――っ!?」

 

「こいつの道をテメェが決めんなよ」

 

いつの間にか、二人の間割って入ったザントが、《蒼嵐》をリュールの首筋に突き付けながら本気の殺気をリュールに向けた。

攻略組すらも尻餅をつかせるザントの殺気を正面から浴び、普段おちゃらけているリュールも流石に顔を引きつらせ、その場で固まる。

一歩でも動けば斬られる。勇者なんかとは違う圧倒的強者への恐怖をリュールは内心感じていた。

しばらくの間、沈黙が漂っていたが、ある程度時間が経ったことで落ち着きを取り戻したリュールは、やれやれといった感じで口を開く。

 

「・・・やれやれ、僕の負けだよ。この場は退散させてもらうよ」

 

「随分とあっさり引き下がるじゃねぇか」

 

「あんなのを正面から受ければ誰だって引き下がるさ。ただし、警告はさせてもらうよ。君たちが愚かにも向かおうとしている場所は、一度入ったら最後、何もかも失ってしまう狂った空間。何もできないことの無力さを思い知ってきたまえ」

 

「そうか。俺からも一言アドバイスしてやるよ。この世界全てがテメェのくだらねぇ夢物語だけで動くと思うなよ、雑魚」

 

ザントの言葉に顔をしかめながらも、リュールはその場から逃げるように去っていった。

リュールが去っていった方を見つめながら、ハルトが口を開く。

 

「いつになく嫌味満載でしたね」

 

「放っておけ。あんな妄想詩人(雑魚)に使ってやる時間なんざ一秒たりともねぇ。さっさと案内しろ。マテル」

 

「ザントさん、あまりそう言うことを言うもんじゃありませんよ。気持ちは分かりますけど・・・」

 

相変わらずリュールを雑に扱うザントにコハルが注意するが、彼女自身も先程の事があったからか、あまり否定はしなかった。

 

 

 

 

マテルに案内された場所は会場から少し離れた場所にあった転移門だった。

 

「こんな場所に転移門なんてあったっけ?」

 

見覚えのない転移門にキリトが疑問の声を上げたが、マテルは気にせず起動する。

すると、他の転移門と同様に転移され、次に写ったのは、周りが木々で囲まれている雪原だった。

 

「見たことがあるようでないような場所だな・・・」

 

キリトが警戒しながら辺りを見渡す。

見た感じ、フィールドにはいくつかエネミーがいるが、NPCらしき人は一人も見当たらない。

 

「まずは《虚無への灯火》を集めて欲しいの」

 

マテルに言われて、ハルト達は早速行動を開始する。

まず初めにハルト達はハルト&コハル、キリト&アスナ、ザント&マテルの3組のペアに分かれて、《虚無への灯火》を集めることにした。

数十分後、指定の数を集め終えた3組は転移門で合流した。

 

「集めた素材は何処かのNPCに持っていくのかしら?」

 

「持っていかないの。こうするの」

 

アスナの問いに答えながら、マテルは集めた《虚無への灯火》を重ね合わせて一つのキューブ状の何かを作り出した。

 

「そして、えいっ!するの」

 

作り出したキューブ状の物体をマテルは地面に叩き付けた。

すると、物体は地面に弾け飛び、謎の黒い穴に姿を変えた。

 

「これで完了なの」

 

「・・・キリトさん。これは大丈夫な穴ですか?」

 

「ごめん、俺にも分からない。こんな穴、俺も見たことない」

 

不安気に問いかけるコハルに、キリトはなるべく冷静さを保ちながら答える。

何せこの黒い穴の奥は真っ暗で何も見えず、穴の奥がどこに続いているのか全く検討が付かない。

コハルは未だ不安気な表情のまま、今度はマテルに問う。

 

「ね、ねぇ、マテルちゃん。この穴をどうするの?」

 

「落ちるの」

 

「落ちるの!?えっと、向こう側の地面はそんなに高くない所にあるんだよね?」

 

「正規の転移門じゃないし、出口に闇があれば存在が消滅するかもしれないの」

 

「・・・ねぇ、キリト。今、とんでもない言葉がいっぱい聞こえてきたんだけど、僕の気のせいかな?」

 

「残念ながら気のせいじゃないぞ。俺も今、ヤバい単語が次々と出てきて、どう反応すればいいのか困っている所だ」

 

痛みが感じない仮想空間であるのも関わらず、二人は頭が痛くなるような感覚を感じた。

正規の転移門じゃない、出口に闇、存在が消滅するかもしれない。次々と発せられるとんでも発言に、二人の思考は既に限界を超えてオーバーヒートしていた。

 

「さぁ、早く飛び降りるの」

 

「君、サラッとそれを言う度胸、凄いな」

 

キリトはマテルのマイペースさに思わず感心した。

早く飛び降りるようハルト達に勧めるマテルだが、先程のマテルの言葉を聞いたハルト達四人は飛び降りるのに躊躇していた。

どこに繋がっているのかも分からない上、入ったら死ぬかもしれないと言われて、素直に飛び降りる勇気は持ち合わせていない。

そんな中、一人表情を変えずに黙って聞いていたザントがマテルに話しかける。

 

「一つ聞かせろ。お前が助けたい奴は今、寒くて孤独な場所に閉じ込められているらしいな?」

 

「そうなの」

 

「なら、何故お前はそいつを助けようとする?あの雑魚詩人は事情を知っていながら、助けようとはしなかった。だが、お前は違う・・・助けを頼んだ人間に命を懸けるような真似をしてまでお前はそいつを助けようとしている。お前にとってそいつは俺らが命を懸けてまで助ける必要がある存在か?」

 

「・・・彼女は・・・この世界で生きるための技術を教えてくれた人。彼女のおかげで今の私が存在しているの」

 

「だから」とマテルは真剣な表情でザントを顔を見据えながら喋った。

 

「私は彼女を・・・ミューティを助けたい・・・!それこそ、あなた達の命を利用してでも・・・!」

 

「ミューティ・・・それが、お前が助けたい奴の名前か・・・」

 

マテルの決意を黙って聞いていたザントだったが、ふと口を開いた。

 

「一つ忠告しといてやる。俺はまだお前を信用してねぇが、こうして助けて欲しいと頼まれた以上、俺らにも通すべき筋がある・・・だが、もしお前がそいつを助けるという目的から少しでも外れた行動・・・ズバリ、俺らを裏切るような真似をすれば・・・」

 

喋り続けながら、ザントは背中の《蒼嵐》に手を掛け

 

「俺はお前の首を跳ね飛ばす・・・!」

 

「「「「!?」」」」

 

殺気を剝き出しにしながら《蒼嵐》の刃先をマテルの首筋に当てた。

ザントの殺気に背筋が凍るハルト達四人。アスナとコハルが何か言おうとしたが、上手く言葉が出ない。それほどまでに目の前にいる男の殺気は凄まじかった。

しかし、刃先を首に当てられているマテルは、リュールと違って臆することなく

 

「・・・覚えておくの」

 

一言だけザントに告げた。

 

「・・・・・・」

 

マテルの言葉を聞いたザントは、特に何も言わず無言で《蒼嵐》を背中にしまうと・・・黒い穴に飛び降りた。

 

「飛び降りた!?」

 

「えいっ!なの」

 

あっさりと穴に飛び降りたザントにコハルが驚く中、マテルも続けて飛び降りる。

 

「やれやれ、アスナ、行こうか」

 

「はぁ~ホントっしょうがないんだから・・・」

 

呆れながらもキリトとアスナも後に続く。

 

「・・・ハルト・・・」

 

「分かってる。離れないようにきちんと手を握ってて」

 

「うん!それじゃあ、せーのっ!」

 

残ったハルトとコハルも互いの手を握りしめながら二人同時に飛び込んだ。

 

 

 

 

「これは!?」

 

穴の深さは相当あったが、そんなことはどうでもいいと思えてしまう程、ハルトは目の前の光景に戦慄した。

フィールドは先程よりも暗い雪原だったが、その所々には黒い何かが雪原や周りの木などにへばりついていた。

 

「こんなの見たことがない。背景オブジェクトが異常をきたしているのか?」

 

「皆、危ないから触らないように」

 

キリトが黒い何かについて様々な考察をし、アスナはハルト達に向かって触れないよう注意した。

すると、ザントが顔を下に向けながら喋った。

 

「下を見てみろ」

 

ザントみたくハルト達は視線を下を向けると、巨大な足跡があった。

足跡は雪原の先の方まで続いており、これほど巨大な足跡となると、この先にいるのはおそらく・・・

 

「この先に、これほどの足跡を持つボスがいるってこった」

 

「・・・気を引き締めて行こう」

 

ザントの言葉を聞いて、キリトは注意しながら進むようハルト達に促した。

足跡を辿っていくと、そこにいたのは巨大なトナカイだった。

巨大トナカイからドロップできる、次のエリアに進むために必要なアイテムを手に入れる為、ハルト達は早速巨大トナカイと戦った。

正史世界(SAOIF)だと、某絶剣が真っ先に飛びかかったせいでチームワークが崩れ、倒すのに苦労したが、ここでは某絶剣の代わりの立ち位置にいる青年(ザント)が、某絶剣と違って巨大トナカイを冷静に分析しながら周りに合わせて戦った為、特に苦戦することなく倒すことができた。

 

「終わったな」

 

「おかしい・・・こんな簡単に倒せる相手じゃなかったはず・・・」

 

ザントがポリゴンになった巨大トナカイを見つめながら呟く中、キリトは何故だか分からないが少しもやっとした気持ちだった。

そんなキリトをよそに、ハルト達はドロップしたアイテムを確認する。

 

「えっと、名前は・・・《プレゼント・ピース》・・・」

 

「綺麗・・・薄く白みがかかってて・・・」

 

幻想的な輝きを放つガラス片の美しさに見惚れるコハル。

《プレゼント・ピース》を見つめていた二人だったが、ハルトがあることに気が付いた。

 

「(ん?このガラス・・・夢で見たあの雪うさぎに似てるな・・・)」

 

「どうしたの?ハルト」

 

「うん、実は・・・」

 

夢で見た雪うさぎに使われているガラスと《プレゼント・ピース》が似ていることをコハルに説明しようとしたハルトだったが、その前にマテルによって遮られる。

 

「それ!それが必要なの!」

 

「ああ、受け取ってくれ。けど、急いだ方がいいな。さっきよりも闇の浸食が進んでいる」

 

マテルに《プレゼント・ピース》を渡すと、辺りを見渡しながら喋るキリト。

雪原はさっきよりも闇で覆われており、この辺が闇で覆われるのも時間の問題だった。

 

「みんなこっちなの!ここにピースを集めれば・・・!」

 

マテルはハルト達を一本の木が立ってある所に集めると、ドロップした《プレゼント・ピース》をかざした。

すると、木の幹に小さな穴が現れた。

 

「これが次のエリアへの入口?」

 

コハルがマテルに向かって問うが、マテルは困惑した表情を浮かべながら穴を見つめる。

よく見ると、穴の前に文字を入力するためのウィンドウが表示されており、おそらく正しいキーワードを入力しないと起動しない仕組みなのだろう。

 

「マテルちゃん、ここには何を入力すればいいの?」

 

「・・・分からないの。前に彼女と来た時には、こんなの無かったの!」

 

「そんな・・・!」

 

「くっ、ここに来て・・・!」

 

ここへ来て、マテルすらも予想だにしてなかった事態が発生した。

この先に行くためには、正しいキーワードを入力しないと進むことができず、それは今まで案内して来たマテルですらも知らない単語である。更には、闇の浸食も徐々に広がってきており、とてもじゃないが今からキーワードを探す時間がない。つまり、完全に詰みであった。

万事休すかと思われたその時、ハルトがマテルに話しかける。

 

「ねぇ、マテル。ちょっといいかな?」

 

「・・・何なの?」

 

「《プレゼント・ピース》って集めれば一つのアイテムができたりする?例えば・・・ガラス細工でできた雪うさぎとか?」

 

「な!?」

 

「・・・ミューティがいる場所ってもみの木の下だよね?」

 

「ななな!!??」

 

次々と出されていく質問にマテルは動揺し始める。

その反応を見て、ハルトの予想が確信に変わった。ハルトは動揺しながらこちらを見上げているマテルに向かって笑みを浮かべた。

 

「分かったよ。この先に進むためのキーワード」

 

「なんで何もかも知っているの!?そ、それよりも!ここには何を入力すればいいの!?」

 

慌てながらも聞いてくるマテルに、ハルトはウィンドウの前にしゃがみ込むと今朝、夢で言われた言葉、'白き光の翼'と入力した。

すると、ウィンドウは消え、穴は正常にワープゲートの機能を作動し始めた。

 

「噓・・・どうしてなの・・・?」

 

信じられないといった感じでハルトに問いかけるマテル。

そんなマテルに対して、ハルトは一言で答える。

 

「ミューティが教えてくれた」

 

「それじゃ分からないの!合理的な説明を求めるの!」

 

ハルトの答えの意味が理解できず再度問いかけるマテルだが

 

「んなモンはどうだっていいだろ。今、やるべきことはここで合理的な説明を求めて時間を無駄にすることじゃねぇだろうが」

 

「・・・そうなの・・・一刻も早くミューティを助けないと!」

 

ザントの言葉で今はそれどころじゃない、と気持ちを切り替え、マテルはワープゲートに飛び込んだ。

ハルト達もまた、ワープゲートに飛び込み、次のエリアへと移動した。




・「何がクリスマスじゃあい!」
どう足掻こうと、星飛雄馬とクラインが毎年一人クリスマスになる運命は変わらない。

・シロコイ、サーニャと買い物
サラッとデートしてますが、実際はサーシャに買い出しを頼まれただけです。ちなみに、この光景を目撃したクラインは血涙を流し、《始まりの町》の広場のど真ん中で上の発言をしました。

・幼女の胸ぐらを掴む十九歳
事案かな?

・某絶剣
いったい、どこのゼッケンでしょうね~



後編に続く・・・


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狼と雪うさぎのラストクリスマス(後編)

この間の生放送で最新階層が公開されたけど、キバオウの新衣装に思わず吹き出してしまった。

クリスマスイベント(三年目)後編です。
今回の話では、あのオリキャラの過去が少し明かされます。


ワープゲートの先は雪原と同様、一部が闇に飲まれている氷の洞窟だった。

辺りを警戒しながら、キリトが呟く。

 

「やはり、ここも闇に浸食されているか・・・」

 

「浸食はどんどん進んでいくの。時間がないの。暴走しているモンスターを倒してピースを集めるの」

 

雪うさぎを作る為のピースを集めるべく、ハルト達は氷の洞窟を進んでいった。

途中、フィールドに潜んでいる数々のゴブリンを倒して、ゴブリンからドロップした《プレゼント・ピース》を集めながら、ハルト達は洞窟の奥へと進んでいく。

その最中、ザントはマテルに話しかける。

 

「・・・一つ教えろ。お前が助けようとしているミューティは今、どんな状態なんだ?」

 

「・・・もうそろそろだし、伝えておくの。この先にある、もみの木が立っているエリアで強いモンスターに襲われたの。そいつから攻撃を受けたミューティは傷口が黒くなって、徐々に消滅していったの」

 

「その黒い傷って・・・もしかして、闇の浸食?」

 

コハルの問いにマテルは頷く。

 

「その通りなの。私は、ミューティの傷を治すべく、色んな所を走り回っていたの。でも、ミューティがこう言ったの、『もう、時間がないから、せめて私の心残りを果たして欲しい』って・・・」

 

「心残りって?」

 

「ミューティが大切な人から貰ったクリスマスプレゼントなの。ミューティはこのエリアで集まる素材を使って同じ物を作ろうとしていたの」

 

「そのプレゼントに使われている素材って、《プレゼント・ピース》のこと?」

 

「そうなの。でも、ある日突然、モンスターに襲われて、ピースはほどんど奪われしまったの・・・プレゼントをミューティに渡すためには、もう一度ピースを集めて、一から作るしかないの」

 

「・・・私、ミューティさんの気持ち、分かるかも。その大切な人にも、同じプレゼントを渡したかったんじゃないかな?二人だけのお揃いのアイテムを・・・」

 

マテルの説明を一通り聞いたコハルは、釣り大会の時にハルトから貰ったブローチに手を当てた。ハルトもまた、コハルから貰ったブローチに手を当てる。

このお揃いのブローチは、二十二層で沢山の思い出を作ることができた二人の絆を繋ぐ証であった。

ミューティもまた、大切な人との思い出を繋ぐ証のようなものが欲しかったのだろう。たとえ、己の命が尽き果てようとも。

マテルは決意に満ちた表情で喋る。

 

「私は必ずミューティの心残りを果たすの。たとえ、ミューティが死の運命から逃れることができなくても」

 

「運命っか・・・」

 

すると、ザントが何か思うような顔をしながら小さく呟いた。

急に雰囲気が変わったザントに、皆、何事かと彼の方を向くと、ザントはゆっくりと口を開いた。

 

「俺は十五の頃に、親父を事故で失い、その三日後に母親を病で失った」

 

『!?』

 

突如話されたザントの家族の話にハルト達は絶句した。

今まで、リアルでの自分の事について他人に話すことがなかったザントが、いきなり自身の過去を語り出すとは思わなかった。何より、十五歳。つまり高校生、或いは高校受験を受ける歳に両親を一気に失ったという事実にハルト達は言葉を失った。

 

「親父は陸上自衛隊の人間だった。その強さは周りの部下や上司から化け物と言われるくらいの強さだった。俺も、親父とは何回か戦ったことがあるが一回も勝てなかった」

 

「お前が一回も!?」

 

キリトが信じらないっと言った感じの顔をする。

SAOでかなりの実力を持っている。というか、明らかに戦い慣れしているような動きをするザントを、キリトはリアルでも凄い運動神経がある奴だと思っていた。

しかし、その父親は、それ以上の強さを持つ化け物であった。

 

「だから、親父が死んだって聞かされた時は信じられないって思った。あんなに無敵だと思っていた人がこうも簡単に逝っちまったからよ」

 

『・・・・・・』

 

上を見上げながら語るザント。その表情から何を思っているのか分からず、ハルト達はただ黙っていることしかできなかった。

暗い空気が漂う中、ザントは突如ハルト達に問う。

 

「突然だが、お前らに一つ質問する。この世で一番強ぇ存在はなんだと思う?」

 

「つ、強い存在ですか・・・?えっと・・・ライオンとかでしょうか?」

 

「いや、俺はクマだと思うな。パワーもスピードもかなりあるって聞くし」

 

「うーん。でも、クマは陸でしか生活できないし、大きさでいったらクジラとかかな?」

 

「考えれば考える程、色々と思い浮かぶわね」

 

四人が地球最強の存在について色々と話し合っていると、ザントが口を開いた。

 

「俺は・・・自然だと思っている」

 

「自然、ですか?」

 

予想してなかった答えにハルト達が首を傾げる中、ザントは言葉を続ける。

 

「人間はどう足掻いても自然には絶対に勝てねぇ。何せ、人間自体が自然から生まれたようなもんだからな」

 

「そうですか・・・でも、それと先程の話に何の関係が・・・?」

 

「そうだな・・・親父が死んだ飛行機事故も、その日は何の変哲もない快晴な空だった。しかし、突如発生した雷雲と雷によって機体の一部が炎上。飛行機はそのまま墜落した」

 

「・・・思い出したわ。その事故、確か何年か前にニュースで見た気がするわ」

 

「うん、当時はかなり大きく取り上げられていたから、私も覚えているよ」

 

「僕も聞いたことがあるな」

 

「え?マジか!?一回も聞いたことがないぞ、そんな事故」

 

「それはキリト君だけでしょ。全くもう・・・」

 

他の三人が知っている一方、全く聞いたことがない様子のキリトにアスナは呆れた。

いくらゲーマーだからといって、流石に社会のことについて、こうも関心がないと、見ているこっちが心配になってくる。

 

「当時、飛行機の整備には特に異常が見当たらず、事故が起きる前までは快調に飛んでいたと聞いている。あの時の事故、俺は自然によって引き起こされたものだと思っている」

 

「自然によって?」

 

「ああ。あの日、飛行機が雷に当たって、そこから炎上して墜落したことも、全ては自然が定めた運命だったと、親父が死んだ今でも、そう思っちまうんだ」

 

「運命・・・」

 

運命、その言葉にハルト達は深く考えさせられた。

ザントの父親が事故で死んだのは、自然によって定められた運命だとザントは語った。

ならば、ミューティがこのまま死んでしまうこともまた、自然が定めた運命なのか。

すると、今までのやり取りを黙って聞いていたマテルが口を開いた。

 

「あなたのことは分かったの。でも、それは今ここで話すべきことなの?」

 

「そうだな・・・あぁ?」

 

ザントは歩いていた足をふと止めた。

前を見てみると、いつの間にか洞窟の最深部らしきエリアへとたどり着いており、そのエリアに巨大なゴブリンがいた。

 

「悪りぃが、この先の話はまた今度だ。今は、さっさとやるべきことを済ませるぞ」

 

ザントの言葉に頷きながらハルト達は一斉に武器を構えた。

巨大ゴブリンを難なく倒し、マテルは集めた《プレゼント・ピース》を使って、早速ミューティのプレゼントである雪うさぎを作り出した。

 

「これでピースは全部揃ったの。早速オブジェクト作成するの」

 

《プレゼント・ピース》が集まっていき、光を放ちながら一つのアイテムへと形成していく。やがて光が収まり、そこから現れたのは、ハルトが夢で見たガラス細工の雪うさぎそのものであった。

 

「間違いない。夢で見たのと同じ物だ」

 

「綺麗・・・」

 

光が反射して神秘的な輝きを放つ雪うさぎにコハルが見惚れる。

 

「早くミューティに届けるの!時間がないの!」

 

マテルの言葉によって我に返り、急いで氷の洞窟から出るべく、先程のワープゲートに向かった。

 

 

 

 

氷の洞窟から先程の闇のエリアに戻ってきたハルト達はフィールドを走っていた。

 

「どうか間に合って・・・お願いなの!」

 

祈るように先頭を走るマテル。その表情からは普段の冷静な様子は見受けられない。

必死に走り、やがて一つの転移門にたどり着いたのだが、その転移門を見てハルト達は目を見開いた。

 

「転移門にも闇の浸食が・・・門が機能しなくなっている!」

 

「そんな・・・!」

 

「遅かったか・・・!」

 

コハルとアスナ、ハルトが悲鳴に似た叫び声を上げた。

転移門は既に闇に覆われており、その機能を停止させていた。

 

「ミューティ・・・」

 

ここまで来たのに、最後の希望を奪われて膝から崩れ落ちるマテル。

ハルト達もまた、ミューティの願いを果たすことができず悔しそうに俯く中、ザントは崩れ落ちているマテルの横に移動するとゆっくりと口を開いた。

 

「・・・マテル・・・さっき言ったよな。人間はどれだけ強くなろうが、自然に勝つことはできねぇって」

 

「・・・それが・・・どうしたの・・・」

 

「運命もまた似たようなモンだ。どれだけ体を鍛えようが、人間はいつか必ず死ぬ。死の運命にだけは絶対に勝つことはできねぇ。けどな、勝つことは無理でも抗うことならできる・・・もし、ミューティが死ぬことが最初から決められた運命だとしたら、お前はそれを認めるか?」

 

「認めたく・・・ないの」

 

「そうか・・・運命ってのは、時に残酷な現実を告げるし、それを受け入れ、乗り越えない限り、人はいつまでたっても弱ぇままだ。けど、お前は抗う選択をした・・・だからよ・・・」

 

そう言いながら、ザントはゆっくりと背中の《蒼嵐》を引き抜くと

 

「俺も抗ってやろうじゃねぇか!その運命によぉ!」

 

叫びながら、転移門を覆っている闇に目掛けて《蒼嵐》を振った。

すると、闇は少しだけ周りに飛び散ったが

 

「ぐっ!?」

 

突如ザントは苦しそうに呻き声を上げた。

右腕を見てみると、闇のような物が彼の右腕を蝕んでいた。

 

「(なんだこいつは!?右腕が自分のものでなくなるようなこの感覚は!?)」

 

「ザントさん!離れてください!このままじゃ・・・!」

 

アスナが悲鳴のような叫び声を上げたが、ザントは苦しそうに唸りながらも足を踏ん張り

 

「なめんじゃ、ねぇーーー!」

 

雄叫びと共に《蒼嵐》が突如光り出し、彼の右腕を蝕んでいた闇が飛び散った。

 

「何が闇だ!!たかが一人の人間が作ったシステムなんぞに、この俺が飲まれるわけ――」

 

ザントは力強く叫びながら、《蒼嵐》を上に持ち上げ、<ホーリー・ロード>のモーションに入る。そして

 

「ねぇだろうが!!」

 

光り輝く《蒼嵐》の一撃が転移門の周りを纏っていた闇を打ち晴らした。

 

「今だ!!」

 

「!? 閉ざされた森へ!」

 

ザントの言葉で我に返ったマテルは闇が打ち晴らわれたことで機能が回復した転移門ですぐさまミューティがいると思わしきフィールド名を叫ぶ。

その瞬間、六人の体は光に包まれた。

 

 

 

 

「もう!無茶し過ぎですよ!」

 

「あのまま放っておいたら、全員に闇に飲まれて御陀仏だった。だから、反省してねぇし後悔もしてねぇ」

 

「だからって、あんな得体の知れない闇に突っ込んでいくことあります!?」

 

「まあまあ、みんな無事だったんだし、いいじゃないか」

 

あんな無茶をしてまで強引に道を切り開いたザントに、心配していたアスナは怒り心頭であり、キリトがそれを宥めていた。

次に転移した場所は木々が生い茂る雪原だった。辺りは夜空で暗く、生い茂る木々の奥には赤い光を放っている木が見えた。

ハルトはこの景色に見覚えがあった。

 

「ここって・・・夢で見た景色とそっくりだ」

 

「本当か!?となると、もしかしたらこのエリアの何処かにいるのかもしれないな」

 

「・・・きっと、この先にあるもみの木にいると思うの。付いてきて」

 

マテルが再び先頭に立ち、案内しようと歩き始めたその時

 

「っ!?止まれ!」

 

ザントが咄嗟にマテルの肩を掴んで制止させる。

その直後、空から何か落ちてくるような音が聞こえ、ハルト達は上を見上げると、暗闇の空に微かだが小さな影が見えた。

その影は徐々にこちらに近づいていき、ズドーン!!、と地面に着地すると

 

「ココロヲヨコセェーーー!!」

 

叫び声を上げながら、こちらを睨みつけた。

影の正体は、人間の数倍はありそうな高さに、右手には巨大斧、左手には巨大な袋を持っており、その巨体には何やらサンタの衣装のような物を着ていたが、その衣装の色は一般のサンタが着ている赤い衣装と違って、おどろおどろしい雰囲気を感じる真っ黒な衣装だった。

 

「サンタクロース・・・?」

 

「いや、あれはブラックサンタだな。ドイツで有名な黒いサンタ、クリスマスの時期にクソガキを攫って粛清する悪魔だ。日本で言うなまはげみてぇなもんだな」

 

ザントは説明しながら、巨大ブラックサンタを見つめる。

顔もクリスマスでよく見る優しい雰囲気を持つおじいさんではなく、如何にも悪魔という言葉が似合うおっかない顔だった。

 

「あいつがラスボスか?」

 

ブラックサンタを見上げながら、ザントはマテルに問う。

しかし、マテルはザントの問いに答える様子はなく、何やら恐怖しているかのように体を震わせていた。

 

「・・・不可能なの」

 

「あぁ?」

 

「ミューティが全く敵わなかった相手なの。それが、完全に暴走している・・・」

 

恐怖で体を震わせながらブラックサンタについて語るマテル。

そんなマテルを見て、ザントはめんどくさそうに「はぁ~」とため息を付いた。

 

「怖気づいたなら、下がってろ。戦いに足手纏いはいらね」

 

「そのレベルでは、絶対に倒せないの!」

 

「誰が決めたんだ?レベルが低けりゃ倒せないなんて言葉なんざ、アインクラッド。ましてや、リアルでも存在しねぇよ」

 

「それは・・・でも・・・」

 

未だ悩んでいるマテルにザントはビシッと指を突き付けた。

 

「いいか!俺はテメェに頼まれたから、ここまで付いてきてやったんだ。それを、途中でくだらねぇ理由をつけて諦めるくらいなら、最初っから俺らに助けてくれって頼んでんじゃねぇ!」

 

「・・・・・・」

 

顔を俯かせて黙り込むマテルに、ザントは「ちっ」と舌打ちしながらブラックサンタの前に出た。

 

「運命に抗う気がないなら、そこでじっとしてろ。俺はお前に頼まれた身だ。なら、最低限の義理くらいは果たしてやるよ」

 

そう言いながら、ザントはブラックサンタの方へ歩いて行った。

ハルト達も、一人顔を俯かせているマテルを心配そうな表情で見ながら後に続く。

 

「少し言い過ぎじゃないか?」

 

「その程度で折れるなら、あいつはそこまでだったってことだ。俺はテメェが決めたことを最後までやり通す奴には最低限の手助けはしてやるが、それを途中で折る奴なんざ助けたいとは思わねぇ」

 

キリトの言葉を軽く受け流すと、ザントはブラックサンタの方に歩み寄る。

ある程度、ブラックサンタに近づいたところで、ハルト達は一斉に武器を構えた。

ブラックサンタはハルト達が接近してきていることに気づくと

 

「ココロヲヨコセェーーー!!」

 

袋から紫のガスをハルト達に向けて噴出させた。

 

「回避!」

 

キリトの叫び声に従い、横に回避するハルト達。

その隙を逃さず、ブラックサンタはハルトに近づいていき

 

「ヨコセ!」

 

「くっ!」

 

ハルトに向かって巨大斧を振り下ろしたが、ハルトはそれを剣で防いだ。

それだけでは終わらずと、ブラックサンタは次々とハルトに向かって斧を振り下ろしていき、それを防いでいくハルト。

しかし、ハルトはタンクではない。防御することができても、HPは僅かに減っている。それが、何回も繰り返されれば、ハルトのHPはあっという間にゼロになるだろう。

 

「これ以上はやらせるかよ!」

 

これ以上、ハルトに攻撃を受け止めさせるのはマズいと思ったキリトは自身にヘイトを向けさせるべく、ブラックサンタに攻撃した。

 

「どうだ!?」

 

これでブラックサンタのヘイトは自分に向いたはず。

キリトの予想通り、ブラックサンタは動きを止めると、巨大斧を持っている右手を振り上げて

 

「ヨコセェーーー!!」

 

「うわっ!」

 

ハルトに向かって斧を振り下ろした。

 

「・・・え?」

 

思わず、疑問の声を漏らすキリト。

目の前にいるブラックサンタは先程から他のメンバーなど眼中にないと言わんばかりに、ハルトに襲い掛かっている。まるで、ハルトのみを狙っているかのように

 

「ヨコセッ!!」

 

「うわっ!また来た!」

 

「なぁ、さっきからやたらハルトが狙われていないか?」

 

「やっぱりそう思うよね。何か引き付けるアイテムとか持っているとかかな?」

 

キリト達がブラックサンタの特性に気づき、様々な考えを出し合っていた。

すると、ブラックサンタから発せられた言葉にキリトが反応した。

 

「ヨコセッ!!ココロヲヨコセェーーー!!」

 

「ココロ・・・そうか!あのボスはきっとハルトの持っている雪うさぎを狙っているんだ!」

 

「なるほど、それなら確かにハルトだけが狙われている理由になりますね」

 

キリトとコハルがハルトのみ狙われている理由が分かった頃、ハルトは未だに一人でブラックサンタと応戦していた。

流石に一人だけでは、ブラックサンタの強烈な攻撃に対応しきれず、ハルトは防戦一方だった。

何度もかの攻撃をまた防ぐべく、ハルトは剣を前に出したが、その前にザントがハルトの前に立ち、ブラックサンタの攻撃を防いだ。

 

「そう長々と防ぎ続けることはできねぇだろ?後ろに下がって回復してろ」

 

「!? 分かりました!」

 

ザントの指示に従い、ハルトは後退してポーションでHPを回復した。

ブラックサンタはハルトの方へ向かおうとしたが、その前にザントと戦線に復帰した三人がブラックサンタの正面に立った。

 

「残念ながら、あの雪うさぎは既にミューティのモンだ。欲しきりゃ、俺らを殺してからにしろ」

 

ザントが《蒼嵐》を肩に担ぎながらブラックサンタに向かってそう言い放つ。

ブラックサンタが「ヨコセーーー!!」と叫びながら攻撃体勢に入り、ザント達は応戦すべく武器を構えると、レイピアを構えたマテルがザントの隣に立った。

 

「私も・・・戦うの・・・!運命に抗ってみせるの!」

 

「!? へっ、行こうぜ!」

 

抗うことを選択したマテルにザントは小さく笑った。

戦いはザント達の方が優勢であった。ブラックサンタとのレベルの差を彼らは己の技と闘志、そして、運命に抗う気持ちの強さで補っていた。

余談だが、正史世界(SAOIF)だと某絶剣が戦っている途中、リアルの体が不調を起こしたせいで突如倒れてしまい、アスナ達がカバーする羽目になったが、某絶剣と違ってザントはリアルの体には特に異常がなく、逆に健康体どころか常人以上の身体能力が備わっている。更に彼には強敵と戦えば戦う程、己の闘志が極限にまで燃え上がっていく戦闘狂染みた性格がある。ブラックサンタと戦うにつれて、彼の動きはどんどん早くなっていき、次第にはブラックサンタと互角に渡り合うぐらいにまで早くなっていった。つまり、どういうことかと言うと・・・

 

「アギャギャギャ!その程度で俺を殺せると思うなよ!」

 

めちゃくちゃはっちゃけてた。

楽しそうに笑いながら、ブラックサンタの斧と打ち合っていくザント。おそらく、この中で一番楽しんでいるのは紛れもなくザントだろう。

そんなザントにハルト達は少しドン引きしながらも彼の援護に回り、ブラックサンタにダメージを与えていった。

しかし、ザントの力があっても、ブラックサンタとは互角に渡り合っているだけであって、決定打には至っていない。

この調子で戦っていれば、ザントのスタミナがいずれ尽きてしまうだろう。

ザントもそれを理解し、一旦打ち合いを切り上げると、ハルトの下に向かい

 

「一旦交代だ。作戦を立てるから、その間時間を稼げ」

 

「え!?ちょ、まっ!」

 

ほぼ強引にハルトと前衛を交代すると、自身はキリトとアスナの方へ向かった。

 

「ココロヲヨコセェーーー!!」

 

「くっ!しつこい!」

 

「ハルト!」

 

「加勢するの!」

 

ハルトが前にでたことで、ブラックサンタは案の定雪うさぎを持っているハルトを狙ってきた。

コハルとマテルも参戦し、三人でブラックサンタと応戦してる最中、ザントはHPを回復させているキリトとアスナと共に作戦を立てていた。

 

「それで、どうするんだ?このまま戦えば、スタミナ切れになるぞ」

 

「分かってるわ。けど、現状ボスの弱点らしき箇所なんて見つからないし、どうすればいいのかしら・・・」

 

作戦を立てようにも中々いい案が浮かばず、その場に立ちずさんでいた三人だったが

 

『心配ないわ。今、最後の力を使うから』

 

「「「!?」」」

 

フィールドに突如聞き覚えのない女性らしき声が聞こえた。

唐突に聞こえてきた知らぬ女性の声に誰もが驚くが、ハルトは違う意味で驚いた。

 

「これは・・・ミューティ?」

 

この声は夢で自身に語りかけてきた人物、ミューテの声であるとハルトは感じていた。

ミューティらしき女性の声は続いていく。

 

『妙なる静謐の光よ、混沌の闇を祓って!<ノーマライズコード・エンジェルフォール>!!』

 

システム的要素が混じった女性の言葉がフィールドに響いた次の瞬間

 

「!? こいつは・・・!」

 

ザントは《蒼嵐》が突如光り出したことに目を見開いた。

この光が何を示しているのかは分からない。けれど、一つだけ分かったことがあった。

こいつなら、やれるっと。

 

「テメェら!一瞬でいい!こいつの動きを止めろ!」

 

「!? 分かった!」

 

「任せて!」

 

ザントの指示に少し驚きつつも、キリトとアスナはブラックサンタと戦っているハルトとコハルに加勢する。

キリトとアスナが加勢したことで、戦況はハルト達の方に向いていた。

 

「オオオーーー!!」

 

「今だ!」

 

ブラックサンタの強力な一撃を躱した五人はそれぞれ強力なソードスキルをお見舞いした。

 

「オオ・・・ココロヲ・・・!ヲ・・・?」

 

怯んで尚、ブラックサンタは雪うさぎを奪おうとハルトに向かって手を伸ばしたが、その横で突如出現した光り輝く巨大な金色の刃に目を奪われた。

その光の刃の下には、光の刃を発生させている《蒼嵐》とその持ち主であるザントが両手で《蒼嵐》を頭上に上げながら<ホーリー・ロード>のモーションを取っていた。

 

「あれは!エ○スカ○バー!?」

 

「まさかSAOでかの有名な勝利の剣を見れるなんて思わなかったぜ!これで勝てる!」

 

「二人共、何言ってるの?」

 

「なんだと!?アスナ、お前まさか、あの某騎士王が使用する宝具を知らないのか!?」

 

「強大な敵をも一掃する必殺の一撃。それが、SAOで見れる日が来るなんて・・・胸が踊るよ・・・!」

 

「・・・分かる?」

 

「さぁ・・・」

 

ゲーマー魂を燃え上がらせながら興奮気味に語るハルトとキリトを冷めた目で見つめるアスナとコハル。

一方、ブラックサンタもまた、光り輝く巨大な金色の刃に目を奪われていた。

光り輝く刃にブラックサンタが見惚れる中、ザントは笑みを浮かべながら、《蒼嵐》を思いっ切り振り下ろした。

 

「悪りぃが、こっちにも譲れねぇもんがあるんだ。さっさと闇に帰ってろ」

 

「ギッ・・・!」

 

一瞬の出来事だった。

悲鳴すら上げることなく、ブラックサンタは巨大な光の刃に飲まれ・・・その体は一刀両断された。

フィールドに強い衝撃が伝わり、光が収まる頃には先程まで戦っていたフィールドには巨大な光の刃によって切り裂かれた地面が見え、その地面の上で縦半分に斬られたブラックサンタはポリゴン状に四散した。

その光景を見届けたザントは黙って《蒼嵐》を背中にしまうとハルト達の下に戻った。

 

「急いでミューティの所に行くの!」

 

邪魔者がいなくなり、マテルが奥にある赤いもみの木に向かって走り出し、ハルト達も後に続く。

赤いもみの木にたどり着くと、木の前に一人の女性が佇んでいた。

その女性は、神秘的な長髪の黒髪におっとりとした目。そして、体のあちこちに付いている黒い闇が女性の体を蝕んでいた。

ハルト達に気づいた女性は笑みを浮かべながら喋り出す。

 

「皆さん、よく来てくれましたね・・・」

 

「ミューティ!!」

 

マテルが険しい表情をしながらミューティの下に駆け寄る。

 

「マテル、皆を連れて来てくれてありがとう。大変だったでしょう?」

 

「ミューティ・・・体の闇が拡がっているの・・・」

 

「ええ、ここまでもっていられたのが奇跡だわ・・・」

 

そう言いながら、ミューティはハルトの方を見ると嬉しそうに微笑んだ。

 

「あなたがハルトね。導きに応じてくれて、感謝の言葉もないわ」

 

夢で伝えた通りに動いてくれたハルトに感謝を伝えるミューティ。

ハルトは何も言わずにミューティの前に出ると、ストレージからガラス細工の雪うさぎをミューティに渡した。

 

「・・・どうぞ、受け取ってください」

 

「それは・・・ガラスの雪うさぎ・・・」

 

ハルトから雪うさぎを受け取ったミューティは嬉しそうに微笑むと、今度は申し訳なさそうな表情になりながらハルトに謝罪した。

 

「ごめんなさい。こんなつまらない物のために命を懸けてもらって・・・」

 

「つまらない物なんかじゃない。これは、あなたの心ですよね?」

 

ハルトの言葉に、ミューティは少し悲しそうな顔をした。

 

「・・・これは、私の大切な思い出で、これを私にくれた人は、私の大切な人よ・・・」

 

悲しそうな顔で雪うさぎについて語るミューティ。

すると、マテルは拳を震わせて顔に怒りを表しながら喋った。

 

「でも、あいつはミューティを・・・!」

 

「その先は言わないで、マテル。あの人は高みを目指している。そのためには切り捨てなければいけないものもあったのよ」

 

「そんなの、合理的じゃないの・・・」

 

「合理的ってフレーズはもう忘れなさい。これからはあなたの心の思うがままに生きて」

 

怒りに震えているマテルの肩を掴み、優しく告げるミューティ。

すると、ミューティの体が突如光り出した。

 

「ミューティ・・・?」

 

「自分の感情をさらけ出してもいい。少し我が儘になってもいい・・・誰よりも人間らしく生きられるように・・・」

 

会話をしている間にも、ミューティの輝きは徐々に強くなっており、心なしか少し体が薄くなっている。

 

「ミューティ、消えているの!」

 

マテルがミューティの異変に気づいて叫ぶ。

ミューティの体は既に終わりを迎えようとして、その証に体が徐々に薄くなっている。

光り輝く己の体を気にせず、ミューティは胸に手を置き、優しく微笑んだ。

 

「お別れね。ありがとう、皆さん。こんなにも温かい気持ちで最後を迎えられるなんて・・・」

 

「ミューティ!!」

 

「生まれてきて良かった・・・本当に・・・よかっ・・・た・・・」

 

そしてミューティは・・・光の粒子となって消えていった。

その光は幻想的で美しく、天に向かって静かに昇っていった。まるで、ミューティの新たなる旅立ちを祈るかのように・・・

 

「・・・・・・」

 

「あばよ、ミューティ・・・」

 

マテルは黙ってミューティがいた場所を見つめ、ザントは目を瞑り、この世を去ったミューティに静かに黙禱を捧げた。

 

「・・・助けられなかったな」

 

「どうして・・・こんな・・・」

 

ハルト達がミューティを助けられなかったことに悲しむ中、ザントは何も言わずにミューティがいた場所を見つめ続けているマテルの隣に立つ。

 

「他人を思うことは悪りぃことじゃねぇ。だが、悲しむのはそこら辺にしとけ。あいつは最後に生まれてきて良かったって言ってただろ。あいつはこのアインクラッドで悔いのない生涯を送ることができて逝ったんだ。それを悲しむなんざ、自分の人生に満足して死んでいったあいつへの侮辱だ」

 

「・・・・・・」

 

厳しいように見えるが、いつまでも悲しんでいれば、マテルのために消えるその瞬間まで運命に抗い続けていたミューティが浮かばれない、というザントの不器用な優しさが込められていた。

ハルト達はそのザントの不器用な優しさを感じ取った故に何も言えずにいた。

しばらくの間、フィールドには静寂が漂っていたが、ふと、マテルが口を開いた。

 

「ねぇ、ザント。人間らしさって何?」

 

「さぁな、その答えは色んな奴が持ってんだ。どれが正解でどれが間違いなんざ、分かるわけねぇだろ」

 

「人間らしく生きて・・・そう言われたけど・・・分からないの・・・」

 

「それは、テメェ自身の足で見つけろ。テメェが人間らしく生きるための、テメェらしい答えをな」

 

「私らしい・・・答え・・・」

 

すると、マテルの目元からいくつもの水滴がポタポタと流れてきた

 

「・・・あれ・・・?目から・・・水?私は・・・泣けないのに・・・」

 

「泣きゃいいだろ」

 

「え?」

 

「人間ってのは泣ける生き物だからな。テメェが流しているそれも、人間の証だ」

 

「これも・・・人間の証・・・?」

 

「ああ、流せる内に流しておけ。俺みてぇに気づいたら泣くことができなくなる日が来るかもしれねぇしな」

 

そう言いながら、ザントはマテルの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。

 

「・・・人間は、大きくなれば泣けなくなるの?私も・・・いつかは泣けなくなるの?」

 

「さぁな。人間ってのは世の中に腐る程いるからな。この先テメェがどうなるか。それは・・・生きてみりゃ、分かるもんだ」

 

「生きて・・・みれば・・・うぅ・・・ミューティ・・・」

 

マテルはひたすらに泣き、ザントはそんなマテルの頭をがむしゃらに撫でた。

存在しないはずの雪原フィールドに、少女の泣き声と頭を乱雑に撫でる音がいつまでも響き渡っていた。

 

 

 

 

しばらくして、マテルが泣き止み

 

「もう大丈夫。いつまでも泣いていたらミューティに怒られるの。帰り道を案内するから付いてくるの」

 

と、ハルト達に向かって言いながら歩き出した。

そんなマテルの背中をコハルは不安気な表情で見つめていたが

 

「大丈夫だよ。マテルは僕らが思っている以上に強い子だし、いつかきっと見つかるはずさ。人間らしく生きる為の答えが」

 

「そうよ。それに、これから皆でクリスマスパーティーをするって時に、そんな顔してたら、パーティーが台無しになっちゃうわよ」

 

「うん・・・そうだね。帰ろう!《始まりの町》へ!」

 

ハルトとアスナの言葉で、コハルは元気を取り戻した。

三人はこれから行うクリスマスパーティーを楽しみにしながらマテルの後に付いていった。

一方、後ろではキリトとザントがミューティのことについて話していた。

 

「なぁ、ザント。ミューティって何者だったんだろうな?俺たちを助けてくれた時に発した言葉・・・あれは間違いなくプログラム的な単語だったし・・・」

 

「知るか、知りたきゃ茅場に聞け。一つ言えんのは・・・あいつは、この世界で生きていた。そんだけだ」

 

「・・・そうだな」

 

これ以上考えるのは良くないと思ったキリトは、考えるのを辞めた。

話題を切り上げ、二人は先頭ではしゃいでいるハルト達にやれやれっといった感じで見ながら、《始まりの町》に戻った。

 

 

 

 

《始まりの町》に戻ったハルト達は、一軒家を借りて、クリスマスパーティーをしていた。

あの後、ハルト達は用事があって来れなかった者達も無事に呼び出すことができ、今は部屋全体を使って総代に騒いでいた。

 

「おい、なんで俺まで参加させられてんだ?」

 

そんな中、頭にサンタの帽子をかぶっているザントが、かなり不機嫌な感じで呟く。

 

「何言ってるんですか。せっかくのクリスマスなんですから楽しまないとダメですよ」

 

「楽しむ必要なんざねぇ。そんなモンに参加するくらいならフィールドを回ってた方がマシだ」

 

「もう、こういうイベントの時くらいは息抜きしないと勿体ないですよ。ねっ、ラピード!」

 

「ヴォン!」

 

コハルはラピードに同意を求めるかのように聞くと、同じく頭にサンタの帽子をかぶったラピードは嬉しそうに吠える。

今回のクエストでのけ者にされたラピードは、最初は不機嫌だったが、今は楽しそうにパーティーに混ざっていた。

そんな能天気なペットにザントは顔をしかめた。

 

「ラピード、テメェ・・・」

 

「まあまあ、コハルの言う通り年に一度のクリスマスだし楽しまないと」

 

「よく言うぜ。さっきまで、あんなにクエストに行きたがってた奴がよう」

 

ザントの言葉に「うっ」と顔をしかめるキリト。

そんなキリトを無視し、別の場所に目線を移すとコハルとアスナ、それとマテルが写真を取ろうと集まっていた。

 

「せっかくだし、皆で写真を取りましょう!」

 

「いいね!それ!ほら、マテルちゃんも!」

 

「分かったの」

 

「ヴォン!」

 

「あ!ラピードも一緒に撮りたいの?それなら一緒に撮ろうよ!」

 

「それはいいわね!ほら!ザントさんも来てください!」

 

「おい!なんで俺まで撮らねぇといけねぇんだ!」

 

「ザントはラピードの相棒なんだから、一緒にいてやらないとラピードが可哀想なの」

 

「クゥーン・・・」

 

「ぐっ・・・だぁーーー!!分かったから、そんな目で俺を見るんじゃねぇ!!」

 

マテルの言葉とラピードのつぶらな瞳で見つめられて、鬱陶しそうに叫んだザントだったが

 

「(まぁ、こういうのも悪くねぇな・・・)」

 

心の何処かでそう思いながらも、ザントは写真を撮るべくコハル達の下に向かう。

聖夜に取れた一枚の写真。そこに写っていたのは、微笑む二人と一匹。無表情だが、何処か楽しそうにしている少女。そして、目線を少しずらし無愛想に顔をしかめる青年がいた。

 

~Happy Christmas For You~




・ザントの過去について
今明かせるのは、両親は既に他界していることだけです。

・ザントの父親の強さ
「暗殺教室」の烏間先生並みの強さに色んな国の武術の知識を兼ね備えています。

・<ホーリー・ロード>
オリジナルスキル。SAOIFだと両手剣の星4。名前の通り聖属性を持っている。イメージは灰色のサンタ衣装を着て、クリスマスの街並みを背景にしながら夜空を飛んでいるソリに座って、こちらに笑みを向けているザント。ちなみに、トナカイはトナカイコスのラピード。

・<ホーリー・ロード改>
<ホーリー・ロード>にミューティの力が加わったことで、かの有名なエ○スカ○バーみたいな斬撃を放つことができる。

・ミューティ
このイベントのみ登場するNPC?マテルとは知り合いみたいだが、セキュリティの権限コードを知っていることから、ユイちゃんみたいな特殊なAI(カーディナル関係の何か)かもしれない。ちなみに、彼女が消える場面で作者は号泣しました。

・あの人
高みを目指しているって意味では、個人的にテュフォンだと私は思っている。


このストーリーの何がいいというとユウキがホント神ってる。
だから、ユウキがいない分、書くのに物凄く苦労した。
次回は二十七層編です。
この二十七層編でまた一人、原作キャラがオリキャラとフラグを立てます。誰と誰がフラグを立てるのか・・・お楽しみに。


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ep.30 鍛冶の街

リアルの都合で更新がかなり遅れてしまった。
二十七層編です。今回の話はあの鍛冶師が登場します。(何気に本編初登場という事実)


とある圏内の一軒家。

SAOで数少ない鍛冶屋を営んでいる少女、リズベットは椅子に座って、依頼者が来るのを待っていた。

事の発端は、とあるプレイヤーがリズベットに武器作成の依頼をアルゴを通して知らされたことである。

何でも、その武器は今のNPCの鍛冶屋では作ることができず、鍛冶スキルが高いプレイヤーに頼まないと作ることができない代物だという。

どうしようかと悩んでた時に、ギルドの仲間からリズベットの事について聞いた依頼者が、依頼とその武器のことについて直接話しをするべく、アルゴを通じて、リズベットをこの一軒家に呼び出したのである。

こうして、依頼されたことはリズベットにとって嬉しい限りだが、依頼をこなすとなると真剣に挑まなければならない。

頼まれた依頼はしっかりこなす。プレイヤーの半身とも言える武器を鍛える職に就いているリズベットにとって、一つ一つの依頼には重大な責任が伴われている。

自分のミスでプレイヤーが死なないよう、常に最高の武器を鍛える。それが、鍛冶師の責務であると、リズベットは日々心に決め込みながらプレイヤーの武器を鍛えている。

待ち合わせの時間が刻一刻と迫り、ただ黙々と椅子に座っていると、家の扉が開かれた。

そこに入ってきたのは、甲冑のような赤い鎧を装備しており、歳は見た感じリズベットとそんなに変わらなそうな少年だった。

依頼者の顔をリズベットはまじまじと見つめる。

程々の長身に、濃い目の茶髪。目つきは鋭いが、中々整っている顔立ち。

 

「(ふ~ん、顔は中々イケてるじゃない・・・)」

 

少なくとも、イケメンの部類に入ると、心の中で思いながらリズベットは依頼者と思わしき少年に話しかけようとしたが

 

「すみません。家、間違いました」

 

「え!?ちょっと、待ちなさい!」

 

扉を閉めて、立ち去ろうとした依頼者と思わしき少年をリズベットが慌てて制止する。

 

「何、さり気なく出ようとしてるの!あんた、あたしに依頼してきた人でしょ!?」

 

「いや、俺が依頼しようとしたのはリズベットって言う鍛冶師で、お前みたいな如何にもそこら辺にいそうな小娘じゃ――」

 

「あたしが、そのリズベットよ!!」

 

「お前が?・・・あぁ、なるほど」

 

「気がついたみたいね。それじゃあ、早速だけど――」

 

「お前は本物が用意した偽物。所謂レプリカ、或いはホムンクルスか。どっからどう見ても鍛冶屋の恰好じゃねぇなと思っていたが、そうだったのか・・・」

 

「あたしは正真正銘の人間よ!!ていうか、そんなファンタスティックな物を作れるシステムがSAOにあるわけないでしょ!!」

 

なんなのこいつは!?出会って早々、この依頼者の第一印象はリズベットにとって、かなり悪いものだった。

しばらくの間、依頼者に振り回されていたリズベットだったが、10分くらい経った後に、ようやく鍛冶屋であることを理解してもらえると、依頼者から依頼について話された。

 

「お前が本物のリズベットだってのは分かった。さて、早速依頼について話すが、いいか?」

 

「あんた、この状況からいきなり依頼について話すなんて、いい度胸してるじゃない・・・まぁ、いいわ。それで、あんたが作って欲しい武器ってどんなの?」

 

自由奔放な依頼者に一瞬イラッとしたが、リズベットは依頼について尋ねた。

 

「俺が作って欲しい武器・・・それは刀だ」

 

「刀?」

 

「ああ、刀だ」

 

そう言いながら、依頼者はストレージからインゴットを取り出しリズベットに見せた。

 

「俺が出せるのはこれくらいだが、他にも何か必要な物はあったりするか?」

 

「そうね・・・この素材なら、作れなくはないけど・・・成功しても、正直いまいちな性能になると思うわ。何かレアな素材があれば、もっと強力な刀を作れるかもしれないけど・・・」

 

出されたインゴットをじっくりと観察していきながら、色々と考えていたリズベットだったが、ふと、何日か前に開放された最新階層の話を思い出した。

 

「そう言えば、つい最近、第二十七層が開放されたらしいわよね。そこなら、ちょうどいい素材が見つかるんじゃないかしら?」

 

「二十七層?なんでだ?」

 

「二十七層のテーマは洞窟。しかも、ただの洞窟じゃなくて、坑道だって話なのよ。そこなら、すっごいレアな素材とか見つかるかもしれないわよ」

 

リズベットから二十七層のことについて聞いた依頼者は腕を組んで考えていたが

 

「そうか・・・なら、俺は今から二十七層に行ってきて、そいつを取ってくる。後日、連絡するから、それまで待っててくれ」

 

そう言うと、依頼者は席を立ち、家から出ようとしたが、またしてもリズベットが制止した。

 

「待ちなさいよ。あたしも一緒に行くわ」

 

「・・・は?」

 

「さっきも言ったけど、二十七層のテーマは洞窟であって、坑道でもあるの。レアな素材もたくさん手に入るって噂だし、鍛冶師としては見過ごせないのよ」

 

そう言いながら、リズベットはにぃと笑みを浮かべる。

しかし、その直後に発せられた依頼者の言葉によって、その笑みは消え失せた。

 

「やめておけ。お前みたいなひ弱な女が俺に付いて行ったところで、邪魔になるだけだ」

 

「(カチーン)」

 

リズベットは激怒した。

初対面とはいえ、見た目だけで邪魔者扱いするなんていくらなんでもひどすぎる。

必ず、目の前にいる生意気な依頼者にギャフン!と言わせてやるとリズベットは決意した。

 

「ひ弱ね・・・言ってくれるじゃないの・・・!こう見えて、あたしはマスターメイサーなの!いいわ!見てなさい、すぐにあたしの実力を分からせてやるわ。それで、そのひ弱って言葉を訂正させてやるんだから!」

 

ビシッと依頼者に向かって指を指しながらリズベットは宣言した。

そんなリズベットを見て、依頼者は「はぁ~」とめんどくさそうにため息をついた。

この調子だと断り続けても付いてきそうだと察した依頼者は仕方ないっといった感じで口を開く。

 

「仕方ねぇな。付いて来たければ勝手にしろ。その代わり、お前は俺が依頼した身だ。勝手に行って、勝手に死なれたら許さないからな」

 

「分かってるわよ。依頼者の依頼も果たせないまま死んでたまるもんですか」

 

依頼者の忠告に強気で返すと、リズベットは椅子から立ち上がった。

 

「さて、それじゃあ早速行きましょうか!・・・と、その前に、あんたの名前を教えてくれない?これからパーティーを組むんだし、名前を知っておいた方が何かと便利でしょ?」

 

「ん?あぁ、そうだな・・・」

 

依頼者は一度一息ついて、リズベットに向かって自身の名を告げた。

 

「俺はソウゴ。ギルド、紅の狼のメンバーだ」

 

 

 

 

二十六層を突破し、二十七層へやって来たハルトとコハル。

 

「ここが二十七層・・・今回は、何とか犠牲者無しで突破できたね」

 

そう言いながら、コハルは辺りを見渡す。

テーマが洞窟、それも坑道と言うだけあって、周りには様々な岩石やトロッコの線路のような物が置かれている。更に、陽の光が届いておらず、街灯のみが二十七層のフィールドを照らしていた。

 

「気を引き締めておけよ二人共。さっき言った通り、ここの層のクエストは少し特殊なんだからヨ」

 

二人の隣でアルゴが真剣な表情で呟く。

ここで、アルゴの言う特殊なクエストについて説明しておこう。

この二十七層には、三つの鍛冶屋の流派が存在し、互いに火花を散らし合っている。

クエストを受注するプレイヤーは、三つある内の一つの流派に属して、その流派を勝たせる為に鍛冶師の依頼を一つ一つこなしていく必要がある。それが、この特殊クエストの主な内容である。

そして、無事クエストをクリアできたら、《業物》と呼ばれる武器をその流派の頭領に作ってもらうことができる。

しかし、このクエストは一度受注してしまうと、属した流派以外の店は使えず、一度決めた流派は変えることができないというデメリットがある。更に、どれか一つの流派が《業物》を作ってしまうと、他の流派の鍛冶屋は店じまいをしてしまう。ズバリ、一人のプレイヤーがクエストをクリアしてしまうと、他のプレイヤーは最初に《業物》を作った流派以外の店が全て使えなくなってしまうというトンデモ仕様になっている。

そして、運命のいたずらか、現在ALS、DKBの二大ギルドがそれぞれ別々の流派でそのクエストを受注しており、どちらが先に《業物》を完成させて優位に立てるかで競い合っている。

二十七層へ来たハルト達は圏内にいるクエストNPCに話しかけ、クエストを受注しようとしたところアルゴに止められた。そして、彼女から一通り説明を聞いて、今やトッププレイヤーの二人が、どちらか一方の流派に属したとなれば、属さなかった方のギルドから睨まれ、ギルド間のパワーバランスを崩しかねないと言われた二人は、そのクエストを受けることを断念し、そのままフィールドに出て、冒頭のセリフに至る。

そして現在、三人は二十七層を回りながらレベリングしていた。

 

「うん?あれって・・・」

 

すると、前の方に見知っている二人の姿が見えた。

一人はピンク色のエプロンドレスを着ており、右手に片手棍を持っている少女。もう一人は槍を背中に背負っている少年。

滅多に見ないであろう組み合わせに疑問を抱きながら、ハルト達はその二人に話しかける。

 

「こんにちは!リズベットさん!ソウゴさん!」

 

「あら~!ハルトにコハルじゃない!久しぶり!」

 

「お前らか・・・相変わらず、二人一緒だな」

 

互いに挨拶を済ませると、コハルはリズベットとソウゴが一緒にいる訳を問う。

 

「それにしても、珍しい組み合わせですね。お二人はどうして一緒にいるんですか?」

 

「あぁ、俺はこいつに刀の作成を依頼したんだが、それを作るための素材がこの層で手に入るって聞いてな」

 

「この層のテーマって洞窟、それも、坑道でしょ。レアな素材も手に入るし、鍛冶師として見過ごせないのよ。それで、パーティーを組めば、協力しながらレアな素材がたくさん手に入るし、こいつの刀の素材もその場で確認できるってわけよ」

 

「つか、お前ら、この女と知り合いだったのか?」

 

「そう言うあんたこそ、二人のことを知ってるみたいじゃない?」

 

「知ってるも何も、俺は攻略組だ。お前と違って、最前線に居れば飽きるほど見らさる」

 

「ふーん・・・まあ、それもそっか」

 

「お前の方こそ、こいつらとは、どういった関係なんだ?」

 

「あたし?あたしは二人とは友達よ。一緒にクエストもしたし、ハルトの武器を作ってやったりしたわ」

 

「そっか・・・なんというか・・・底知れないな。お前ら二人の人脈」

 

「確かに・・・言われてみれば、私達って色んな人と出会っているよね?」

 

「きっと、これからも色んな人と出会っていくんだろうなぁ・・・」

 

他愛のない会話を弾ませていく四人だったが、一人蚊帳の外にいたアルゴがジト目で話しかける。

 

「あの~、そろそろ話を進めてもいいかナ~?」

 

「ん?あぁ、アルゴか。いたのか?」

 

「最初っからいたよ!まったく、おねぇさんをほったらかして、四人で楽しそうにおしゃべりするなんて酷いゼ」

 

「悪かったよ。んで、お前はいったい何の用で来たんだ?」

 

アルゴの存在に気づいたソウゴは、気づかなかった事に謝罪しながらも素っ気ない態度でアルゴに問いかける。

すると、アルゴは暫し考えるような素振りをした後、口を開いた。

 

「そのことに関しては、歩きながら話そウ。月夜の黒猫団が近くに来てるみたいでネ。悪いけど、探すのを手伝ってくれないカ?」

 

「・・・俺は別に構わねぇが、お前はどうなんだ?」

 

「あたしも大丈夫よ。さっさと見つけちゃいましょ!」

 

「悪いネ、二人共。急ぐヨ!」

 

二人の返答を聞くと、アルゴは先頭に立ち、急ぐようハルト達に促した。

 

 

 

 

しばらく歩いていると、戦闘の音が聞こえてきた。

 

「あれって・・・サチ!?」

 

フィールドの奥で、サチ及び「月夜の黒猫団」の面々がエネミーの集団と戦っている様子が見られた。

しかし、メンバー全員の顔色は険しく、このままだと全滅し兼ねない感じだった。

 

「嫌・・・来ないで・・・!」

 

そんな中、迫りくるエネミーを怯えながら必死に捌いているサチの姿が目に映った。

 

「ちっ!」

 

見かねたソウゴは真っ先に飛び出し、二人の間に入ると、持っている槍でエネミーを突き、ポリゴンに変えた。

 

「そ、ソウゴさん!?」

 

「槍使いはリーチが長い分、接近されると弱い。だから、ある程度距離を保ちながら、相手の隙をついて一気にぶっ刺せ。そう教えたはずだぞ?サチ」

 

驚くサチをよそに、冷たく言い放つソウゴ。

そこに、ハルトが駆けつけて、サチの隣に立った。

 

「大丈夫?サチ」

 

「は、ハルト・・・!」

 

「力を貸して!一緒にここを切り抜けよう!」

 

「う、うん!」

 

サチはハルトの言葉に頷くと、気を取り直して槍を構えた。

その後、ハルト達の援護もあり、エネミーの集団を全て倒すことができた。

 

「お疲れサチ。なんか、前よりも更に強くなったね?」

 

「そ、そんな・・・!ハルト達の方がまだ強いよ・・・槍だって・・・ソウゴさんの方が・・・」

 

サチを褒めるハルトに対して、サチは遠慮しがちに喋っていると、横からソウゴが話しかけてきた。

 

「確かにまだまだだな。戦ってる時もかなり怯えてたし、そのせいで、敵にあんな近くにまで接近されてたからな。そこら辺の克服も踏まえて、鍛えていく必要があるな」

 

「は、はい・・・ありがとうございます・・・せんせ・・・じゃなくて、ソウゴさん」

 

「・・・先生って呼ぼうとするな・・・たく、ホントっめんどくせぇ」

 

そう言いながら、悪態づいたソウゴだったが、今のやり取りを見ていたハルトとコハルはそれどころじゃなかった。

何せ内気なサチが、少し近寄りがたいイメージのあるソウゴと、臆することなく普通に会話をしていたのだから。しかも、先生って・・・

コノハと親しいのは知っていたが、ソウゴとも親し気に話しているサチを見て、コハルはおずおずと問いかける。

 

「あの~、やけに親し気に話しているんですけど、サチとソウゴさんって、どんな関係なんですか?」

 

「ん?あぁ、一言で言えば師弟だ」

 

「師弟?もしかして、同じ槍使いとして、とかですか?」

 

「まぁな、俺たちがこいつらとたまにパーティーを組んで行動しているのは、お前らも知ってるだろ?それで、ある日こいつから槍の扱い方を教えてくださいって頼まれたんだよ。正直、めんどくさかったが、コノハやトウガの野郎も教えてやってくれないか?って頼んできてよ。仕方なく師事してやってんだよ」

 

「おかげで、前よりかは上手く槍を扱えるようになったし、モンスターを相手にしても、少しだけ怖くは無くなったんだよ」

 

自慢げに言うサチに、コハルは安心感と彼女を鍛えてくれたソウゴに感謝した。

初めの頃は、あんなにも戦うことに怯えていたのに、今では生き生きとこの世界で生きている。それは彼女の友達として凄く嬉しいことであった。

一方、ソウゴはサチから目線を外すと、今度はアルゴに向けた。

 

「それで、わざわざこいつらまで集めておいて、俺らにいったい何の用があるんだ?」

 

「まぁ、そう焦らさんナ。他のメンバーも集まったみたいだし、早速話すヨ」

 

アルゴはハルト達の時と同様、クエストの事をリズベット達に説明した。

 

「事情は分かったわ。でも、特定のギルドを贔屓にしないのはいいけど、このクエストをこのまま放っておくわけにもいかないんじゃないかしら?」

 

「・・・それはその通りだナ・・・ひとまず焦って決めずに、じっくりと考えればイイ」

 

「それじゃ、手を動かしながら考えることにするわ。とりあえず、素材集めとレベリングの続きといきましょ。そうだ!何ならあんた達も一緒にどう?」

 

ひとまずは保留ていうことにしたリズベットは、狩りの続きをやるついでに、ハルト達と「月夜の黒猫団」の面々を誘った。

その隣でソウゴがリズベットをジト目で睨んだ。

 

「おい、何勝手に決めてんだ?」

 

「いいじゃない!人数が多けりぁ、素材だって沢山手に入るし!」

 

「・・・なんて言うか・・・自由な女だな」

 

リズベットの強引さに呆れるソウゴをよそに、リズベットはどうするの?って目線をハルト達に向けながら聞いた。

 

「勿論、構わないよ」

 

「お邪魔じゃなければ・・・いいかな」

 

「決まりね。それじゃあ、先に進みましょ!」

 

 

 

 

「月夜の黒猫団」の面々と合流したハルト達は、フィールドを探索していた。

 

「これで!」

 

サチが止めの一撃を放つと、コウモリ型のエネミーはポリゴン状に四散した。

その様子を見てたリズベットは、サチを称賛する。

 

「お!サチ、あんたやるじゃん!」

 

「そんな・・・!偶然だよ・・・ソウゴさんみたいに、もっと上手くやれるようにならないと・・・」

 

「そうだな。確かにいい一撃だったが、踏み込みに隙がありすぎるし、顔に恐怖が残っているな。素早い敵が相手なら、槍を当てる前に攻撃されるぞ」

 

「あんたねぇ・・・怖いのは誰だってそうだし、もう少し優しい言葉を掛けてやりなさいよ」

 

「優しくし過ぎた結果、死んでしまったら元も子もねぇだろ。最前線で戦うつもりなら、恐怖なんて無くせ。でないと・・・いつか死ぬぞ」

 

サチに冷たい評価を下すソウゴをリズベットは非難めいた視線で睨んだが、彼の言っている事にも一理あるので「そりゃそうだけど・・・」と難しい顔をした。

すると、向こうの方から黒猫団の面々の騒ぎ声が聞こえ、三人はそちらを見た。

 

「見ろよ!宝箱(トレジャーボックス)だ!さっきの奴からドロップしたんだよ。早速開けてみようぜ!」

 

黒猫団の一人、ダッカーが手に持った宝箱を開けようとしたが

 

「!? そいつを開けるな!!」

 

「え?」

 

ソウゴが突如大声で叫びながら止めようとするも、ダッカーは既に宝箱に手を掛け、そのまま開けてしまった。その次の瞬間

 

ブー!ブー!ブー!

 

「な、何!このやかましい音!?」

 

「ちっ!遅かったか・・・!」

 

フィールドに突如鳴り響いたブザー音にリズベットは驚き、ソウゴは苦い顔をした。

すると、ブザー音に反応して、近くにいたエネミーが続々と集まってきた。

 

「こ、こんなにたくさん・・・」

 

「・・・アラームトラップダ。この音を聞きつけて、大量のMobが押し寄せてくるんダ!」

 

アルゴの言葉通り、エネミーは次々と集まってき、気づいたら囲まれていた。

エネミーの軍団に応戦すべく、ハルト達はそれぞれの武器を構える。

そんな中、ソウゴは静かに喋り出す。

 

「お前ら、少しの間敵を引き付けろ。その間に、俺はあの宝箱の方に行って、トラップを解除する」

 

「持ってるのカ?<解除>スキルヲ?」

 

「ああ。熟練度は低いが、あの程度のトラップなら解除するのは造作もない」

 

「よし・・・オレッチ達で周りのMobをおびき寄せておくから、その間にトラップを解除してくレ!」

 

作戦が決まり、ハルト達はエネミーに攻撃を仕掛けて、ヘイトをこちらに向けながら応戦した。

その隙をついて包囲網を突破したソウゴは、宝箱に近づきトラップ解除に努めていた。

しばらく戦闘が続いていたが、無限に湧いてくるエネミーと違い、ハルト達の体力には限界があり、特に中層ギルドの「月夜の黒猫団」の面々は、ほとんど限界に近い状態だった。

 

「まだカ!?ソウゴ!」

 

「もう少し耐えろ!後、少しで・・・!」

 

声を張りながら慎重にトラップ解除をしていくソウゴ。

すると、サチの背後から一体のゴーレムが腕を上げながらサチに迫ってきた。

 

「サチ!危ない!」

 

「え?」

 

ケイタがサチに向かって叫ぶが、サチの背後には既にゴーレムが攻撃しようと、腕を振り下ろした。

 

「サチ!」

 

「きゃ!?」

 

ハルトが咄嗟にサチを突き飛ばし、ゴーレムの腕を剣で受け止めたが

 

「がはっ!」

 

その後ろから、小さめのエネミーが持っていたツルハシを振り下ろし、ハルトは攻撃をもろに受けた。

攻撃を受けたハルトは、HPがイエローまで減り、その衝撃から地面に倒れた。

そこに更なる追撃を掛けようと、エネミー達が一斉にハルトに迫ってきた。

 

「ハルト!いや!死なないでぇ!!」

 

コハルの悲鳴が聞こえる中、ハルトは意識が朦朧としてきた。

サチ達がハルトを助けようとするが、圧倒的にエネミーの攻撃が届く方が早い。

 

「ごめん、コハル・・・みんな・・・後は・・・頼んだ・・・よ」

 

ここまでかと、後のことを仲間たちに託し、ハルトはそっと目を閉じる・・・

 

「なに寝ようとしてんだ、アホ」

 

「え?」

 

間一髪、ソウゴの<ワイルド・ゲットリド>が周りのエネミーを薙ぎ払い、その光景が薄っすらと見えたハルトは閉じかけた目を思いっ切り見開いた。

トラップを解除してたはずのソウゴが何故自分の目の前にいるのか理解できず、ハルトは困惑する。

 

「な、なんで・・・?」

 

「・・・テメェに死なれたら、リーダー(トウガ)に合わせる顔がねぇんだよ。早く下がって回復しろ!」

 

驚きのあまり、先程まで朦朧としていた意識が一瞬で回復したハルトは、ソウゴの言葉に従い、エネミーが倒されたことで薄くなった包囲網を抜け出し、ポーションでHPを回復した。

 

「大丈夫!ハルト!?」

 

「うん、何とか。でも・・・」

 

ハルトが不安気な顔で先程まで自身がいた場所を見ると、今度はソウゴが複数のエネミーに囲まれていた。

 

「ちっ!流石に多いか・・・!」

 

悪態付きながらも、何とかこの状況を打破しようと、戦いながら考えていると、周囲を囲んでいたエネミー達が一斉に襲い掛かった。

 

「ちっ!」

 

こうも囲まれた状態だと先程みたいに薙ぎ払うのは難しいが、一か八かやってみようとソウゴの槍を握る力が強くなり始めたその時

 

「跳べ!ソウゴ!」

 

「!?」

 

突如自分を呼ぶ声が聞こえ、ソウゴは声に従い、空中に飛んだ。

その直後、ソウゴがいた場所に一人の少年が着地し、その瞬間、周りのエネミーはその場に倒れ、一斉にポリゴンと化した。

 

「危機一髪だったな、ソウゴ」

 

「トウガ・・・来てたのか」

 

着地の瞬間に<ラジオナイフ>を発動させ、周りのエネミーを一掃したトウガはソウゴの無事を確認する。

更に、向こうの方からこちらに向かって迫って来ている集団が見え、その集団の中にはギルドメンバーのコノハ、カズヤ、レイスの三人の姿が見られた。

 

「A隊は全員突撃してください!Mobを掃討しつつ、あの人達の救助を!」

 

『うおぉーーー!!!』

 

少女の声と、大勢の人間の叫び声が聞こえる。叫び声を発している集団の正体は「血盟騎士団」の面々だった。

叫び声と共に「血盟騎士団」は集まってくるエネミーを次々と倒していく。

その先頭に立ち、指揮を執っていたのは、二十五層のボス攻略後に「血盟騎士団」に入ったアスナだった。

 

「あ、アスナ!?どうして、トウガさん達と一緒に・・・?」

 

コハルが驚きながらも、「血盟騎士団」と「紅の狼」の面々が一緒にいる理由をアスナに問う。

それに対し、アスナは焦っているような声で返した。

 

「話は後!早くトラップを!」

 

「そうだな・・・ソウゴ!」

 

「了解、リーダー」

 

自身の名を呼ぶトウガの声に、一つ返事で返すと、ソウゴは再度宝箱の方に向かい、解除の続きを始めた。

 

「後は、こうして・・・どうだ・・・!?」

 

解除処理を終え、最後にウィンドウのボタンを押したソウゴ。

すると、フィールド中に鳴り響いていたブザー音は、ゆっくりと止まった。

 

「ふぅー・・・」

 

「お疲れ、ソウゴ」

 

解除に成功し、その場に座り込んだソウゴにトウガが近づき、労いの言葉を掛けた。

一方で、ハルトとコハルは、久しぶりに再会したアスナと話していた。

 

「間に合って良かったわ。あなた達が無事で何よりよ」

 

「ありがとう!アスナ達が来てくれなかったら――」

 

コハルが言いかけたその時、ハルトはアスナの服装の変化に気が付いた。

二十五層までの時と違って、「血盟騎士団」の隊服と思わしき赤と白の防具を見事に着こなしていた。

 

「アスナ・・・その服・・・」

 

「えぇ、二十六層では、色々と忙しかったから、この服装で攻略に出るのは今日が初めてなの」

 

「似合ってるよ、アスナ。凄くかっこいい。そのレイピアも新しくしたんだ?」

 

コハルは服装についての感想を述べながら目線を腰に付いてあるレイピアに向けた。

 

「ありがとう、コハル。これ、団長がくれたの。入団祝いってことでね」

 

「でも・・・前に使ってたやつ。随分大事にしてたじゃない。キリトさんと一緒に作ったやつで、確か――」

 

「いいの。もう、私には新しい剣があるから。血盟騎士団の副団長として、今の私が振るうべき剣はこれよ」

 

今のアスナは「血盟騎士団」副団長であり続ける為に、キリトの事を遠ざけようとしている。それこそ、今までキリトと作ってきた思い出すらも簡単に捨ててしまいそうな勢いで。

 

「・・・・・・」

 

そんなアスナの頑な決意にコハルは何も言い返せなかった。

二人の間に気まずい空気が流れる一方、トウガ達「紅の狼」の面々は現状確認をしていた。

 

「ところで、いったい何があったんだ?」

 

「その件に関してはオレッチから説明する。今回は事がことなだけに、特別にサービスしとくヨ」

 

トウガの問いかけにアルゴは例のクエストの事も含めて説明した。

 

「なるほど・・・助かったわ、アルゴさん。そうなってくると、このクエストは無視できなくなるわね・・・」

 

アスナは顔を俯かせながら暫し考えていたが、しばらくして顔を上げた。

 

「KobはALSとDKBのどちらも接触してない流派。そこで、そのクエストを進めることにします。その上で、ハルト君達と紅の狼の皆さんを協力者という形で迎えることにします」

 

「ふむ・・・確かに、これならばパワーバランスも丁度よくなるし、二大ギルドも文句は言わないだろうナ。お前たちはどうするんダ」

 

「僕たちは構わないよ。アスナ達と一緒なら心強いよ」

 

「こちらも問題はない。Kobは今や攻略に欠かせないギルドの一つだ。俺たちみたいな少数ギルドよりもKobが利を得た方が何事もなく済むだろうし、今後の攻略にも影響するはずだ」

 

「決まりね。この層でもよろしくね。ハルト君、コハル。それと、紅の狼の皆さん」

 

「よろしく頼む・・・というわけだ。ソウゴ、お前もこちらと合流して――」

 

自分たちと合流するようトウガがソウゴに向かって言うが

 

「いや、俺はこのままこいつらと行動する」

 

「・・・理由を聞いてもいいか?」

 

ソウゴの言葉に対して特に驚きはせず、トウガはハルト達と一緒に行動する理由について聞く。

 

「俺は今、こいつに刀を作ってもらっている。こいつは鍛冶屋だ。一緒に行動すれば、どれが一番いい素材なのか、直接見てもらって確かめることができる。何より・・・こいつが死ねば、刀を作ることができなくなるからな」

 

そう言いながら、ソウゴはリズベットの方を向いた瞬間、この場にいる全員を驚かせるトンデモ発言をした。

 

「だからこそ、依頼が終わるまでの間、俺にはこいつを守る義務がある。俺の信念に懸けて、こいつは・・・俺が必ず守る」

 

「!?」

 

ソウゴから発せられたイケメン発言(爆弾発言)にリズベットは思わず顔を赤く染める。

 

「(ソウゴ・・・その発言は色々と誤解を生じかねないぞ・・・)」

 

ソウゴのイケメン発言(爆弾発言)に対して、心の中でそう呟くトウガ。

トウガの予想通り、女性陣や他のメンバー達は何やらこそこそと盛り上がっていた。

 

「あらあら・・・これは・・・」

 

「ソウゴさん・・・意外と大胆・・・!」

 

「ソウゴ・・・まさか、お前もか・・・!?」

 

アスナとコハルは顔を少し赤くしながら、何やらラブコメな展開になりそうな雰囲気を感じ取り、カズヤは、自身のギルドメンバーが、またもや見知らぬ女性とフラグを立てていた事実にショックを受けていた。

そんな彼らをよそに、トウガは発言はともかく理由としては的を得ているので、ソウゴの別行動を了承した。

 

「分かった。なら、お前はハルト達と行動しろ。その代わり、そいつをしっかり守ってやれよ」

 

「了解。つーわけだ。しばらくの間、よろしく頼むぜ」

 

「え、えぇ・・・よろしく頼む・・・わ」

 

イケメン発言(爆弾発言)(発言した本人は自覚なし)をしたにもかかわらず、平然としてるソウゴにリズベットは未だ顔が赤いまま返した。

その横で、アルゴがアスナに話しかける。

 

「オレッチはちょいと野暮用があるから、ここで抜けさせてもらうヨ」

 

「分かりました。それじゃあ、早速行動開始と行きましょ。まずは――」

 

アスナが次々と指示を出していき、ハルト達はそれに従い、それぞれ行動を開始した。

 

 

 

 

ハルト達がクエストを進めている頃、二十七層のとある一軒家に三人のプレイヤーが集まっていた。

 

「まいド。頼まれてた件、きっちり裏が取れたヨ」

 

「すまないな。情報のことになると、いつもお前に頼ってばっかで」

 

「ニャハハハ!いいってことヨ!それがオネーサンの仕事だからネ!」

 

アルゴは豪快に笑うと、表情を変えて、調査結果を向かい側の椅子に座っているキリトに話した。

 

「キー坊の読み通り、やっぱり二十五層のボスが途中でパワーアップするギミックは抜き打ちなんかじゃなかっタ。きちんと事前情報が貰えるボスクエも存在してタ。となると・・・ボスクエをクリアして、それを知りながらも――」

 

「その情報をわざと隠蔽した・・・そして、別の奴が噓の情報をキバオウに流した。それも、少し本当の情報を混ぜることで、本物の情報だと信用させるために・・・」

 

「別の奴ってのは、その情報屋だろうな。んで、本物の情報を隠蔽して、ALS単騎でボスに挑もうとさせたのはあいつだな」

 

キリトの隣で二人のやり取りを黙って聞いていたザントが腕を組みながら呟く。

 

「ここまで来れば、もう分かったも同然だ。二十五層の出来事は事故なんかじゃない。仕組まれた事件だっタ!」

 

アルゴはきっぱりと宣言した。

 

「後は犯人を洗い出すだけだが・・・情報屋の方は、もう既に勘付いてると思う」

 

「うーん、そうなると、探し出すのはちょっと難しいかナ・・・」

 

「いや、もう一人いるだろ?二十五層で同じようなことを。いや、それ以上の事件を起こそうとした奴が」

 

「十中八九、情報屋とそいつは奴らの仲間だろうな。まぁ、情報屋はともかく、あの野郎に関しては既に追い詰める準備はできているがな」

 

「本当か?それなら話は早い」

 

「ああ。プレイヤーが集まる時を狙って、大衆の前で化けの皮を剥がさせル!決まりだナ」

 

一通りの作戦が決まると、キリトは椅子から立ち上がり、アルゴとザントも動き出した。

 

「それじゃあ、行こうカ」

 

「ああ、これ以上、奴らの思い通りにはさせない」

 

「二十五層では奴らにやられたからな。その借りを返してやるよ」

 

三者それぞれ言いながら、三人は部屋を出た。

彼らが向かう先は果たして何処か・・・それは、彼らのみが知る。




・リズベット
今まで番外編のみ登場してましたが、ようやく本編初登場です。ちなみに、この時のリズベットの髪の色は、まだ茶色です。服装はSAOIF一周年キービジュアルのものとなっております。

・刀
こちらの武器も両手剣同様、SAOIFでは実装されてない武器となっております。その為、ソードスキルもほとんどオリジナルスキルになる予定。

・サチ、ソウゴに弟子入り
まさかの弟子入り。サチが原作よりどんどん強くなっていくぅ!(ちなみに、フラグは既にコノハと立てているので、ソウゴとのフラグは立ちません)

・サチ微強化
同時に生存フラグも立てていくぅ!

・ダッカー
一言で言えば、アニメで宝箱(トレジャーボックス)を見つけ、罠かどうかも確認せず、真っ先に近づいた人。

イケメン発言(爆弾発言)
言われたら恥ずかしい。けれども、嬉しい。しかし、言った本人は、そういう発言だったという自覚なし・・・どっかのワンサマーかな?

・「ソウゴ・・・まさか、お前もか・・・!?」
後の二人は、果たしてフラグを立てることはできるかな?


二十七層編スタート。今回もまた長くなりそうだ。
そして、本文を見て既に察している方も多いかもしれませんが、今回の話でフラグを立てるのはリズベットです。お相手は毒舌クール系男子のソウゴ。
次回もまた、主にこの二人関係の話になると思います。お楽しみに。


<オマケ>
コハル、メモデフ参戦おめでとう!作者はメモデフやってないけどね!


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ep.31 戦う理由

四十七層の再現度高すぎぃ!!
二十七層編続きです。途中、砂糖注意報あり。読む前にブラックコーヒーの用意を。


アスナから指示されたことを一通りこなしたハルト達四人は、現在、圏内にある一軒の武具店にいた。

 

「ありがとうございましたー!またのお越しを!」

 

つい先程、店を出ていったプレイヤーを笑顔で見送るコハル。

しかし、その直後にプルプルと体を震わせた。

 

「・・・町のクエストだから、戦闘とかないと思ってたし、走り回ったりしなければいいなって思ってたけど・・・」

 

「まあまあ、そんなこと言わなさんな。似合ってるわよ。かなりね」

 

感情を押し殺すような小さい声で呟くコハルをリズベットが宥める。

しかし、リズベットの言葉によって、コハルの感情を押さえていたものが一気に溢れ出し

 

「だからって、こんな恰好!」

 

コハルは店中に響くような声で叫んだ。

コハルが今着ている服装は可愛らしいメイド服であった。

何故、コハルがメイド服を着ながら接客をしているのかというと、時は少し遡り、「血盟騎士団」がクエストを受注したことをアスナから聞いたことから始まる。

アスナの指示に従い、ハルト達はフィールドでクエスト進行に必要な素材を集めながら、順調にクエストを進めていった。

そんな中、次の指示が『その流派に関係する武器屋の売上を一定の数上げろ』と出された。

当然、売上を上げるとなると、客をより多く店に寄せ付ける必要があるが、そこでリズベットが提案したのが、可愛い子で客引き作戦である。

その内容はというと、男なら誰もが惹かれるであろうメイド服(リズベットが用意した)で接客し、客引き(主に男性プレイヤー)しようという魂胆であり、その役目にコハルが選ばれた。というか、リズベットは接客の他にも店の武器の仕入をしなければならなく、ハルトとソウゴは、そもそも可愛いとは無縁&男である為メイド服が着れないので、消去法でコハルとなっただけである。

話し合いの結果、リズベットが武器の仕入、コハルが接客。そして、やることがない男子二人はというと

 

「へぇー、砂糖を入れてないのに意外と甘味があるね」

 

「中々いけるじゃねぇか。今度、自力で作れるかどうか試してみるか」

 

店のテーブル席で優雅にティータイムしてた。

そんな二人をよそに、コハルとリズベットのやり取りは続く。

 

「あのね、武器屋の店先で、そういうカッコをしている女の子がいる店って売上が上がるのよ。これ、経験談だから本当よ」

 

「(経験談ってことは、その恰好・・・やはり、男捕まえる為に着てたってことか・・・)」

 

紅茶を飲みながら脳内でリズベットの服装について思案していたソウゴだったが

 

「・・・今なんか失礼なこと考えてなかった?」

 

「・・・気のせいだ」

 

リズベットがなにやら勘付いたことで、思考を停止させた。

そんなソウゴをリズベットは怪し気に睨んでいたが、まあいいかっと言わんばかりの顔をすると視線をコハルの方に戻した。

 

「結果的に売上も上がってるんだし、文句言わないの。ハルトはどうなのよ?コハル、可愛いでしょ?」

 

そう言いながら、リズベットはソウゴと一緒に紅茶を飲んでいるハルトに問いかけた。

 

「それはもちろん、とっても可愛いよ」

 

「あう・・・そんな笑顔で見ないでよ・・・でも・・・その・・・ありがと」

 

笑顔で答えたハルトの言葉にコハルは顔を赤らめながらもまんざらでもないっといった感じで返した。心なしか、二人の間に若干桃色の空気が漂っている。

 

「? 気のせいか?なんだか、紅茶が急に甘くなったんだが・・・」

 

「あんた達は今日も平常運転ね。安心したわ」

 

ソウゴは顔をしかめながら手に持っている紅茶を見つめ、リズベットは相変わらず平常運転のリア充(二人)のやり取りに安心感を持った。

その後も、コハルとリズベットの二人で接客しながら店の売上を上げていたが、しばらくするとクエストログに変化が起きた。

 

「あ、クエストが進行しましたって出たよ」

 

「お!おめでとさん。ノルマクリア達成ね」

 

「ふぅー、やっと終わった・・・後は店長さんに報告するだけだね」

 

コハルがようやくメイド服から解放されると言わんばかりの顔で喋る。

クエストが進行したハルト達は、ハルト達に留守を任せて何処かに行った店の店長に報告するべく、店長が向かったと思わしき場所へ向かう。

フィールドをしばらく進んでいくと、店長が見つかったが

 

「あの人!最初にクエストを受けた時にお話した人だよ!」

 

「思いのほか早く見つかったわね・・・まあ、Mobに襲われているなんて予想してなかったけどね!」

 

エネミーに襲われており、危機的な状況に陥っていた。

すぐさま、エネミーを全て倒し、店長を救出したハルト達。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「うぅ・・・助かった。ありがとう」

 

コハルが店長の安否を確認する。

何箇所か切り傷が付けられているが、致命傷には至ってなかった。

 

「良かった・・・店長さんが無事で安心しましたよ」

 

「あなた方が来てくれなければ、危ないところだった。私としたことが、襲われたとはいえ、魔物の縄張りに入ってしまうとはうっかりしてたよ」

 

「ちょっと待て、襲われただと?魔物にか?」

 

聞き捨てならぬ単語が聞こえ、ソウゴが真剣な表情で問いかける。

 

「いや、あなた方と同じ、旅の者らしき人達だったよ。『聞いた通りにやってみようぜ』だの『本当に攻撃できたぜ』だの訳の分からないことを口走っておったよ」

 

『!?』

 

店長の言葉に全員が目を見開いた。

しばらくして店長と別れた後、ハルト達は店長を襲った旅の者と思わしきSAOプレイヤーについて話し合っていた。

 

「どう思う、ハルト?」

 

「・・・恐らくだけど、あれは本来のクエストの流れじゃないと思う」

 

「あたしもそう思ったわ。店長さんが言ってた旅の者。これはSAO全プレイヤーに当てはまる共通の呼び方だと思うわ。でもって、そのプレイヤーは店長さんを攻撃したのよ。殺そうとしたのか、遊び半分に攻撃しようとしたかは分からないけど、襲ったことは事実だと思う。それで、慌てて逃げた店長さんは誤ってMobの行動指定エリア。所謂魔物の縄張りに入ってしまったっというわけよ」

 

リズベットは一つ一つ丁寧に店長の身に起きた出来事を推理した。

 

「そんな!もし、店長さんが殺されてたら・・・!」

 

「やったことがねぇから分からないが、NPC・・・店長がリポップする可能性は限りなくゼロに近い・・・そうなれば、クエストは失敗しただろうな」

 

「もしそうなら、イタズラじゃすまないですよ!ただでさえ、NPCに攻撃するなんて、いけないことなのに!」

 

コハルが怒った様子で話す中、ソウゴは冷静に犯人について推理した。

 

「襲った奴らは単なる馬鹿か・・・それとも、あいつらの手先か・・・」

 

「あいつらって・・・まさか!?」

 

「? 誰のことよ?」

 

この場で唯一、オレンジプレイヤーの集団(あいつら)について知らないリズベットに、ハルト達は二十層でオレンジプレイヤーの集団に襲われたことも踏まえて説明した。

 

「そんな奴らがいるなんて・・・皆、辛いことがあっても、この世界で精一杯生きようとしてるのに・・・!許せないわ・・・!」

 

遊び感覚で他者を貶めようとしているオレンジプレイヤーの集団に怒りを露わにするリズベット。

そんな彼女の肩に手を置き、窘めるような顔でソウゴが口を開いた。

 

「ひとまず、街に戻るぞ。本当にあいつらが関係しているのか分からねぇ以上、無暗に捜索するのはリスクが高すぎる。決められたクエストはクリアしたんだ。今日はもう遅ぇし、ゆっくり休んどけ」

 

手掛かりがない以上、ハルト達はソウゴの言葉に従い、圏内に戻った。

 

 

 

 

圏内に戻ってきたハルト達は、今日はもう遅いからっとの理由で休むことにし、明日アスナに報告しようと決めた。

 

「それじゃあ、あたしとソウゴは、今日手に入れた素材をこれから整理しなくちゃならないから、先に宿に行ってるわ」

 

「お前ら、圏内だろうと気ぃ張っとけよ。このクエストにあいつらが関わっているとなると、ただで終わるとは思えねぇからな。じゃあな」

 

「はい、お二人も気を付けて」

 

「また明日」

 

お互い挨拶を済ませるとソウゴとリズベットは去っていった。

 

「後は若いお二人で・・・」

 

「お邪魔虫は退散するとしますか」

 

途中、ハルトとコハルの方をチラ見しながら、微笑ましい笑みを二人に向けていたが、二人がそれに気付くことは無かった。

ソウゴとリズベットが去ったのを見届けると、コハルが口を開いた。

 

「どうする?今日はもう宿に戻って休む?」

 

「うーん、どうしようかな・・・」

 

コハルの問いにハルトは腕を組みながら考えていると

 

「あれ?ハルトさんにコハルさん?」

 

「よっ!奇遇だな」

 

「リーテンさん!シヴァタさん!」

 

リーテンとシヴァタが二人に声を掛けてきた。

 

「奇遇ですね。お二人も例のクエストを?」

 

「はい、与えられた内容を丁度終えて、今は休んでいるところです」

 

「そうなんですか。私たちも分担された分を一通り終わらせたので、こうして、シヴァと一緒に街を歩き回っているんです」

 

「私たちって・・・シヴァタと一緒に行動してたの!?」

 

リーテンから聞き捨てならない言葉が発せられ、思わず声を上げるハルト。

三人から人差し指を口の前に出しながら「シィー」と注意され、慌てて冷静さを取り戻すと、今度は不安気な顔でリーテンに問う。

 

「そんなことして大丈夫なんですか?」

 

「・・・仲間たちに知られたら、ただじゃ済まないと思います。ハルトさん達じゃなきゃ話したりしません」

 

「今回のクエストはただの武器獲得クエストじゃないからな。なんて言うか・・・鍛冶師たちの流派を使ったギルド同士での競争・・・いや、あれはもはや戦争だぜ」

 

不安気な顔で二大ギルドの現状を語り始めるリーテンとシヴァタ。

 

「二十五層での一件以来、ALSの皆は損害を埋めようと焦っているんです。仲間をこんな風に言いたくないですけど・・・怖くて・・・」

 

「怖いってんなら、DKBも同じだよ。ここぞとばかりにALSを引き離そうと、より一層勢力を強めようとしているんだ。キバオウ不在の今だからこそって理由で息を巻いててさ。暴走しないようリンさんが押さえているけど、持て余し気味でな・・・」

 

どちらか一方しかクリアできないクエストだからこそ、ALSは名誉挽回の為に、DKBはALSを引き離す為に殺伐とした空気の中でクエストを進めている。その現状に恐怖を覚えるリーテンとシヴァタ。

二人の話を聞き、二大ギルドの現状に深刻な顔をするハルトとコハルだったが、ふとハルトが思い出したかのように口を開いた。

 

「そう言えば、キバオウは?」

 

「今は拠点で休んでもらっています。あんな事があった後だったから、無理にでも出てくるかと思って心配してたんですけど、『ここはケジメを付ける為にも謹慎させてくれんか』って言ってくれたから、ちょっとホッとしてるんです」

 

「そう・・・なら、あの人が戻ってきたら、その時はきちんと迎えて上げてください」

 

「ハルトさん・・・はい、そうですね」

 

そう言うと、リーテンは少しだけ笑顔になった。

その様子を見たシヴァタもホッとした表情になるとパンッ!と両手を叩いた。

 

「よし!りっちゃんも元気になったことだし、そろそろ戻ろっか!そうだ!お前ら、せっかくここに来たんだから、屋台に行ってみたらどうだ?」

 

「屋台?」

 

知らない店の名前に疑問の声を上げるハルト。

 

「特定の時間に開かれるごはん屋のことです。私たちは別々の流派だから同じ店には入れませんけど、この屋台だけは、流派関係なく誰でも利用できるお店なんです」

 

そう言いながら、リーテンは屋台の場所が記されている地図のデータをハルト達に渡した。

 

「この時間帯なら、まだ開いてると思いますけど、急いだ方がいいですよ」

 

「それじゃあ、俺たちはこれで。屋台、楽しんどけよ」

 

そう言うと、リーテンとシヴァタは去っていった。

 

「ねぇ、ハルト。私たちも屋台に行ってみようよ」

 

コハルの言葉に頷くと、二人は屋台へと向かった。

リーテンから記された場所へたどり着くと、地図の通り屋台が置いてあった。

 

「いらっしゃい!食ってきな!お二人さん!」

 

「はい!二人分、お願いします!」

 

活気のいい男の言葉にコハルは力強く返した。

 

「はいよ!二人分おまち!」

 

数分後、特製ソースがたっぷりと絡められた炒め飯が二人分出された。

料理を受け取った二人は、近くのベンチに座って食べ始める。

 

「いただきます・・・っ!これは・・・!」

 

「美味しいね。アインクラッドの料理では珍しい、濃い目で大味な味付け・・・結構好きかも」

 

「そうだね・・・んんっ?」

 

料理の感想を言い合ってた二人だったが、ふと、コハルの方へ振り向いたハルトは彼女の顔を見つめ、何かに気づいた。

そんなハルトの視線に気づき、コハルは疑問の声を上げる。

 

「どうしたの?」

 

「・・・口元にソースついてるよ。取ってあげるからじっとしてて」

 

そう言うと、ハルトはコハルの口元についていたソースを指で拭き取ると、指についたソースを舐めた。

 

「あうう・・・」

 

「あ!・・・ご、ごめん、嫌だった?」

 

「う、ううん!驚いたけど、ありがとう・・・」

 

恋人っぽいやり取りを実際にやられ、コハルは顔を赤くする。

ハルトもまた、勢いでやってしまった自分の行いに気づいて顔を赤くした。

二十層で互いの思いに気づき、恋人同士(まだ一部にしか知られていない)になった二人だが、こういったやり取りには慣れておらず、未だに羞恥心を感じるのであった。

その後、羞恥心から回復した二人は宿に戻る前に街を回ってみることにした。

道中、店で珍しい装備やアクセサリーなどを買ったりなど色々と楽しみながら、二十七層の街を回るハルトとコハルであった。

余談だが、二人のやり取りを見ていた周りのプレイヤー達の反応はというと

 

『(畜生!!リア充爆発しやがれ!!)』

 

ALS、DKB関係なく、この場にいた非リア充全員が血の涙を流しながら、心の中でリア充への憎しみを嘆くのであった。

 

 

 

 

ハルト達と別れたソウゴとリズベットは圏内にある一軒家に。正確には、ソウゴが借りている部屋があるキッチン付きの一軒家で武器の作成について話し合っていた。

 

「さて、今日ドロップした素材を使うとなると・・・こんな感じになるかしら?」

 

ドロップした素材を取り出し、机に並べながら、最高の刀を作れる素材を選別していくリズベット。

ソウゴが腕を組みながら見守る中、リズベットは素材を整理し終わると、一つのインゴットをソウゴに見せた。

 

「とりあえず、今の段階で最高の刀を作るってなら、あたしの見立だとこの素材が一番ね。後は刀を渡す予定日を決めるだけね。この調子でいけば、ボス戦前までにはできるとは思うんだけど・・・」

 

「例のクエストもあるから、そっちが優先になるんだろ?」

 

ソウゴの言葉にリズベットは頷く。

鍛冶師のクエストは他のクエストと違い、攻略に必要な武器が手に入れるかもしれない大事なクエストだ。

「血盟騎士団」が受注した流派に所属している身としては当然、そちらの方が優先になるだろう。

 

「別に構わねぇよ。このクエストは二十七層を攻略するために必要なクエストだ。一人の我儘でクエストの進行を遅らせるわけにはいかないだろ」

 

「・・・ごめんなさい。でも、ありがとう。それじゃあ、一通り決まったことだし、あたしはそろそろ行くから」

 

そう言って席を立とうとしたリズベットだったが、その前にソウゴが制止した。

 

「待て。今日お前には色々と世話になったからよ。帰る前に一つ礼をさせてくれねぇか?」

 

「お礼?もしかして・・・夜のお相手とか!?」

 

「アホ、そんなんじゃねぇ。ただ・・・お前に一つご馳走させてくれないか?」

 

「ご馳走?」

 

疑問に思っているリズベットを尻目に、ソウゴは装備を外すと、ストレージを開き、普段着にエプロンを着用した恰好に着替えた。

その姿を見て、リズベットはソウゴのやろうとしていることを察した。

 

「あんた、料理作れるの!?」

 

「あぁ、家が食堂でな。現実世界に帰った時、腕を鈍らせない為に<料理>スキルをそこそこ鍛えてあんだよ。ちなみに、メンバーの飯も毎日俺が作ってるぜ」

 

そう言いながら、ソウゴは料理を始めた。

食材を切り、切った食材を沸騰したお湯が入ってる鍋に入れ、そこに黄色味が混ざった茶色い塊を入れると、香ばしい匂いが部屋中に漂った。

この匂いから、リズベットはソウゴが作ろうとしている料理が分かった。

 

「この匂い・・・もしかして、カレーライス!?」

 

「正確にはライスがないただのカレーだ。米はまだ作れねぇから、パンでいいか?」

 

「え、えぇ・・・構わないわ」

 

まさかSAOでカレーが食べれると思わなかったリズベットは、久しぶりに食べれる料理への嬉しさよりも、それをいとも簡単に作っているソウゴの凄さに、あっけにとられていた。

そんなリズベットをよそに、ソウゴができたカレーを皿に装い、別の皿にパンを二つ乗せると、リズベットの下へ持っていく。

 

「ほら、食え」

 

出されたカレーをリズベットは見つめる。

薄茶色のルーに肉やじゃがいも、玉ねぎ、人参などといった定番の具材。カレー本来のスパイシーな香りに、リズベットはゴクリと喉を鳴らした。

いつまでも睨めっこしている訳にはいかず、リズベットはスプーンを手に取り、カレーを口に入れた。

 

「!? 美味しい・・・」

 

思わず、口から声を漏らしてしまう。

野菜と肉の旨味がルーに絡み合い、カレー本来の旨味とスパイシーな味わいが体中に伝わるのを感じた。

その後、あまりにも美味しかった故にリズベットはあっという間にカレーとパンを完食し、今はソウゴから出された紅茶を堪能していた。

 

「紅茶までホントっ美味しいわね。あんた、将来いい嫁になれるわよ」

 

「コックって言え。一応将来は家の食堂を継ぐつもりだからな」

 

食後のティータイムをゆったりと過ごしていた二人だったが、ふとリズベットが真剣な表情で問いだす。

 

「ねぇ、ちょっと聞いていいかしら?あんたって、どうして最前線で戦おうって思ったの?」

 

「どうしてか・・・そういや、考えたことなかったな」

 

「・・・はっ!?」

 

「デスゲームが始まった、百層行かねぇと出ることができない、だから戦おうってことぐらいしか考えてねぇ」

 

「えっと・・・生き残るためにとか・・・そういったことを思ったことは・・・」

 

「ない」

 

きっぱりと言ったその言葉に、リズベットは暫し呆然としていたが、テーブルに頬杖をつけながらゆっくりと口を開いた。

 

「なんて言うか・・・あんたって、意外と適当?」

 

「適当もなにも、俺は当たり前のことを言っただけだ。ここから出る為に、仲間達と一緒に攻略する。戦う理由なんて、それだけあれば充分だろ?」

 

「そりゃそうかもしれないけど・・・」

 

未だ納得していない様子のリズベット。

そんな彼女に対して、ソウゴは少し考え込む素振りをしていたが、突然何か思い当たった顔をしながら口を開いた。

 

「まぁ、強いて言うならば・・・俺たちの居場所を守る為ってか」

 

「俺たち?それって、あんたが所属しているギルドのこと?」

 

「あぁ、リアルではよく一緒に行動したりする仲だ」

 

そう言いながら、ソウゴは顔を上に上げ、暫し天井を見つめていたが、顔を下げて目線をリズベットの方に戻した。

 

「俺がリアルであいつらに出会ったのは小5の時だった。それまでの俺は基本的に他人と関わることはしなかった」

 

「確かにあんたって、そう言うのが嫌いそうな顔してるもんね」

 

何気に失礼なことを言うリズベットだが、ソウゴは気にしない。

 

「あれは家庭科の調理実習の時だった。俺たちの班は順調に進んでいて、このまま失敗することなく終わると思ってた時に、別の班からガシャン!って音がしてな。見てみると、当時の悪ガ・・・ゴミ屑が一足先にその班が完成した料理を断りもなくつまみ食いした挙句、不味いって言って、料理が入った皿を床に投げ捨てやがった」

 

「なんて奴なの!せっかく一生懸命に作った料理を!」

 

「だろ?だから、俺はそいつをフルボッコにした」

 

「え?」

 

「食い物を粗末にする奴なんざ、ゴミ同然だ。全員死ねばいい。まぁ、そこは置いといて、問題なのは、その後だ」

 

「・・・なんか、あんたの黒い部分が出てきたけど・・・まあいいわ。それで、その後どうなったの?」

 

途中、明らかに聞いてはいけない言葉が出てきたが、気を取り直してリズベットは続きを促した。

 

「後日、複数のゴミ屑共が俺の前に現れてな。何でも、俺らのダチを傷つけられたから、その報復をしに来たってな」

 

「そんな!結果的にあんたが傷つけたとはいえ、元はと言えば、そいつが料理を粗末にしたからじゃない!」

 

「向こうにとっちゃ、そんなことは関係ないみてぇだった。ゴミはゴミと惹かれ合うとはよく言ったもんだ。俺もただでやられるつもりはねぇし、応戦したはいいが、数が多くてな。途中から全然歯が立たねぇで何回も殴られたぜ」

 

リンチとも言える行いは続き、仲間の一人が「俺らのダチに手ぇ出してんじゃねぇ!」って言ったその時

 

『なら、お前らが俺の友達に手を出しても、文句は言わないよな?』

 

その言葉と共に、仲間の一人が殴り飛ばされ、誰もが仲間を殴ったと思わしき人物の方へ振り向くと――

 

「そこにいたのは、調理実習で俺と一緒の班だったトウガだった。トウガが来てくれたおかげで形勢は逆転。俺はトウガの野郎と一緒にゴミ屑共を一人残らず病院送りにした」

 

「・・・・・・」

 

「その後は、仕掛けたのは向こうとはいえ、病院送りにする程の大怪我を負わせた俺とトウガは一週間の停学処分。その期間中、俺はトウガの家を訪れた」

 

そして、問いかけた。「なんであの時、俺を助けたのか」って。それに対する答えが――

 

『友達を助けるのに理由なんているのか?』

 

そう言いながら、トウガは笑っていた。

 

「それを聞いた俺は、人生で始めて大声で笑ったよ。たかが、数時間程度しか絡まなかったってのに、あいつは俺のことを友達と呼んだ・・・馬鹿だって思っちまった」

 

「・・・そんなこと言うもんじゃないの。あんたにとっては、その数時間は大したものじゃなかったのかもしれないけど、そいつにとっては、あんたの事を友達だって言えるくらい大切な時間だったってことでしょ?」

 

「・・・かもな。その後、俺はあいつの友達を紹介されてな。その時、紹介された奴らが――」

 

「あんたのギルドの仲間ね」

 

リズベットの言葉に頷いたソウゴ。

 

「紹介された時、俺はまた驚いたぜ。何せ、クラスじゃ成績、スポーツ共に優秀なあいつの友達が、女好きの脳金、引っ込み思案、年下って、優等生が友達になるような面子じゃねぇだろ」

 

クラスでは成績、スポーツ共に万能であり、優等生とも言えるトウガにはきっと友達が多く、それも優等生みたいな奴ばかりだと思っていた。

しかし、トウガが友達と呼んでいる人間は意外と少なく、優等生どころか、それぞれ個性溢れる面々ばっかであった。

クラスでのトウガの評判を知っているソウゴにとって、これは予想外の出来事であった。けれども・・・

 

「あいつらは、俺のことを友達として受け入れてくれた。今まで一人で生きてきた俺のことを・・・」

 

それは、一人孤独に生きてきたソウゴにとって、始めてできた居場所であった。

それ以来、ソウゴは彼らとつるむようになった。何する時も五人一緒に行動し、五人で馬鹿騒ぎし合った。

何時しかソウゴにとって、そこは心を許せるかけがえのない居場所になっていた。

 

「俺はこれからも、俺を受け入れ、友と呼んでくれた居場所を守り続ける。それが例え、仮想世界だろうと変わりはしねぇ・・・これが、今の俺の戦う理由だ」

 

「そう・・・あんたにも色々あるってわけね。あんたのこと、少しだけ知れて良かったわ。じゃあ、あたしはこれで――」

 

そう言いながら、リズベットは席を立ち、外に出ようとしたが、ドアノブに手を掛けるとピタッと止まり、ソウゴの方へ振り向いた。

 

「ねぇ、ソウゴ。あんた、言ってたわよね。あたしのことは必ず俺が守るって。ここに来るまでの間、あんなにも真剣になって守るって言われたことなんて無かった。だからね・・・あたし、すっごく嬉しかった。じゃあね!」

 

少し照れくさそうにしながらも笑顔でそう言うと、リズベットは外に出ていった。

残されたソウゴは、リズベットが言ったことを思い返す。

 

「真剣もなにも、あいつが死ねば刀作れなくなるし、俺は当たり前のことを言っただけなんだが・・・何が嬉しかったんだあいつ?」

 

残念なことに、鈍感なソウゴには、守ると言われたリズベットが何故嬉しかったのかが分からず、複雑な気持ちになったので、街を歩いて気分転換しようとソウゴは家の外に出るのであった。

 

 

 

 

二十七層の街並みを探索していたハルトとコハルは気づいたら街の裏路地を歩いていた。

 

「街が明るかった分、ここは少し暗いね」

 

辺りを見渡しながら歩いているハルトだったが、その後ろでコハルが急に足を止めた。

 

「コハル?」

 

ハルトが後ろに振り向きながら疑問に思う中、コハルは口を開いた。

 

「・・・今日、トラップで沢山のMobに襲われた時、もし、助けるのが少しでも遅かったらハルトは死んでた・・・」

 

「ああー、あれは危なかったね。でも、助かったんだし、気にすることは――」

 

「気にするよ!!」

 

大声で叫んだ途端、コハルはハルトに抱きついた。

突然抱きつかれて戸惑うハルトをよそにコハルはゆっくりと口を開く。

 

「誰かのために一生懸命になれるハルトのこと、私はとっても好きだよ。でも、少しは周りのことも考えてよ!」

 

「・・・・・・」

 

「お願いだから・・・私の下からいなくならないでよ・・・」

 

二十層でハルトが死に掛ける場面に直面したコハルは自分の想いに、自分にとって彼はかけがえのない存在であることに気づいた。だからこそ、先程大切な人がいなくなるという恐怖を再び味わった彼女は、こうして大切な人が何処かへ行かないよう必死に引き止めていた。

コハルの不安、そして願いを感じ取ったハルトは、涙を流しながらこちらを見つめる彼女に優しい声で呟く。

 

「ごめん。でも、これだけは約束する。僕は絶対に君を一人にしない」

 

「・・・噓、信じられないよ」

 

「噓なんかじゃない。この約束を噓なんかにはさせたりしない」

 

「・・・じゃあ、信じさせて」

 

「え?」

 

「絶対に死なないって、私を一人にしないって約束できるものを私に頂戴・・・」

 

潤んだ目でこちらを見つめるコハルにハルトは思わずドキッとした。

けれども、すぐさま冷静さを取り戻し、決意に満ちた顔で両手をコハルの背中に回し彼女を抱き寄せる。

コハルもまた、特に抵抗したりせず、ハルト同様彼の背中に手を当て抱きしめた。そして・・・

 

「ん・・・」

 

お互い、目を瞑りながらゆっくりと顔を近づけ唇を重ね合わせた。

口付けは心を通わせる儀式である。

互いの体を抱きしめ合い、思いを相手に伝えていく。離れてしまわないように。何処にも行ってしまわないように。

長い間唇を重ねていた二人だが、やがて儀式が終わったかのようにゆっくりと顔を離れると、お互い見つめ合う。

 

「・・・これからも、一緒にいてくれる?」

 

頬を赤く染めながら笑顔で言うコハル。

 

「勿論だよ。何があっても、僕は絶対に君の下からいなくならない」

 

それに対して、ハルトはコハル同様頬を赤く染めながら自身の額を彼女の額に付け合わせた。

しかし、二人は気づいていなかった。完全に二人っきりだと思っていたこの場所に、もう一人いたことに。

 

 

 

 

リズベットと別れたソウゴは、現在二十七層の圏内の街を歩いていた。

街並みは、鍛冶がテーマなだけあって、それにちなんだ武具店や食い物の屋台などが置かれ、とても賑わっていた。

 

「悪くねぇ味だ」

 

先程、店で購入した串焼きを食べながら歩き回っていると

 

「ん?なんだ、この歌・・・?」

 

どことなく綺麗な歌声が聞こえ、声が聞こえた方に視線を向けると、そこは路地裏だった。

こんな路地裏で歌う物好きは誰だろう、と気になったソウゴは、歌声に導かれ、路地裏の奥へと進んでいく。その先には床に座り込みながら小さく歌うサチの姿があった。

 

「(何してんだ、あいつ?けど、まぁ・・・悪くない歌だな)」

 

何故サチが歌っているのか分からないが、聞いてて気分は悪くないので、ソウゴは歌い終えるまで見守ることにした。

やがて、サチが歌い終えると、ソウゴは遠慮なしに話しかける。

 

「こんな所で歌の練習とは、随分と変わった趣味してるじゃねぇか」

 

「!?・・・ソウゴさん?もしかして・・・聞いてました?」

 

「ああ。そのまま声を掛けてやっても良かったが、中々悪くない歌声だったからな。思わず、聞き惚れた」

 

「そうですか・・・そう言っていただけると嬉しいです」

 

そう言いながら、サチは少し恥ずかしそうにしながら視線を持っている結晶に移す。

 

「そいつで、記録してたのか?」

 

「はい、《録音クリスタル》って言います。この層はこういった結晶やクリスタルがよくドロップされるんです」

 

「なるほどな・・・んで、そいつで自分の歌を録音してたと?」

 

「いえ、歌は録音できる時間がかなり余ってたから、あくまでオマケみたいなもので・・・」

 

そう言っているサチの顔は少し暗くなった。

ソウゴはその変化に気づき、目を細める。

 

「メッセージを残してたんです・・・もし、私が消えちゃった時の為に、私のことを皆に忘れてもらわないように」

 

「・・・コノハが悲しむぞ」

 

簡潔に告げられたその言葉に、サチは一瞬ハッとなったが、すぐさま暗い顔に戻りながら口を開いた。

 

「ソウゴさん、私を鍛え始めた日からずっと言ってましたよね?戦いに恐怖を持ち込むなって」

 

「ああ。それを持てば、いつか必ず死ぬからな。SAOでは臨機応変に対応した判断力が大切だ。恐怖はそれを鈍らせるのに打ってつけだからな」

 

「あくまで、俺個人の考えだけどよ」っと付け足すソウゴ。

 

「あの日以来、レベルも槍の熟練度も上がって、前よりも強くなりました。それでも、たまにモンスターと戦ってる時に怖いって感じちゃうんです。それで、考えちゃうんです。この世界でずっと生きてく為にはどんなに強くなっても、本人に生きようって意思がなければダメなんだって・・・」

 

サチの《録音クリスタル》を握る力が強くなる。

 

「おかしいですよね?コノハやソウゴさん達からも、例え戦えなくても、最後まで生きることを諦めないでって言われてるのに、こうやって、自分が死んでしまうことを前提として考えるなんて・・・」

 

サチの言葉に対して、ソウゴは何も言わずに上を向き、夜空を見上げていたが、しばらく経つと上を見上げたままゆっくりと口を開いた。

 

「そうだな。お前のやろうとしてることは、お前を思ってくれている奴らの思いを踏みにじっているようなもんだからな」

 

「!?・・・そう、ですよね」

 

「お前がそんなんだったら、わざわざ自分のレベリングの時間を省いてまで鍛えてやってる俺が馬鹿見てぇじゃねぇか。コノハの野郎だって、お前にそんなことをやらせる為にあんなことを言ったわけじゃねぇ」

 

「分かってます。でも・・・私は、そんな風に思える程、強くは・・・」

 

未だネガティブに考えるサチに、ソウゴは「はぁ~」とめんどくさそうにため息を付いた。

 

「お前は自分を過小評価し過ぎだ。少なくとも、お前は前よりも強くなっている。そうじゃなかったら、最前線にまで来れる訳ねぇだろ?」

 

「・・・・・・」

 

「お前がこうして最前線まで来れたのはお前自身の力か?違うだろ。お前のギルドの仲間や俺たち、それにハルトとコハル。お前がアインクラッドで出会った奴らと積み重ねた経験や記憶があったからだろうが」

 

「あ・・・!」

 

サチがハッとした表情を浮かべた。

 

「もう一度言うが、今のお前は、お前を思ってくれている奴らの思いを踏みにじっているだけだ。お前が死ぬのはお前の勝手だが、お前を思ってくれている奴は沢山いるんだ。そいつらを悲しませるようなことはするな」

 

最後は真剣な表情で、サチの顔を正面から見ながらきっぱりと言った。

それに対して、サチは《記録結晶》をまじまじと見つめていたが、ウィンドウを開き、先程記録したメッセージと歌のデータを削除すると、さっきまでの暗い顔と違って、キリッとした表情で顔を上げた。

 

「ソウゴさん・・・私、もう一度考えてみます。私が死ぬことじゃない、皆で生き残るためのことを」

 

「ああ、頑張れよ」

 

サチの決意をしっかりと聞いたソウゴは、話は終わりだと言わんばかりに再び路地裏を歩き出した。

 

「まぁ、俺らのギルドには、後先考えずに突っ込んでくカズヤ(脳筋)がいるんだ。そいつみたいに気楽になるってのも、ある意味恐怖を無くする一つの案みてぇなもん――」

 

そして、曲がり角を曲がろうとした途端、ソウゴはピタッと足を止めた。

 

「あのー・・・どうしたんですか?」

 

後ろでサチが聞いてくるが、今のソウゴはそれどころじゃなかった。

何故なら・・・ついさっき別れたはずのハルトとコハル(リア充)のキスシーンを目撃してしまったからである。

お互いの体を抱きしめ合いながら幸せそうに愛し合う二人。二人共、目を瞑っているためソウゴの存在には気づいていないようだ。

明らかに見てはいけない光景を見てしまったソウゴは思考が一瞬停止するも、すぐに再生し、すぐさま行動に移した。

 

バシッ!

 

「え?ちょっと、ソウゴさん・・・!?」

 

「コノサキハドウヤライキドマリノヨウダ。ヒキカエスゾ」

 

サチの手を半ば強引に掴み、ソウゴは来た道を引き返した。

 

「(後日、何かあった時、このネタで脅してやろ)」

 

心の中であくどい計画を立て、腹黒い笑みを浮かべながら。




・メイド服コハル
これだけ言おう。超可愛い。

・恋人同士(まだ一部にしか知られていない)
知っているのはキリト、アスナ、ザント、アルゴ、スティラの五人です。ちなみに、何故アルゴが知っているのかというと、どっかの狼がうっかり口を滑らしたからだという。

・鈍感ソウゴ
普段から「紅の狼」の面々以外とはろくに会話してない為、こういったことには鈍いソウゴであった。

・リア充のキスシーンを目撃
もし作者が実際に現場を目撃したら、ソウゴみたく見なかったことにして去ります。そして、後日このネタで思いっ切りいじってやります。


リア充のイチャイチャを目撃したらクールに去るに限るぜ!
次回で攻略パートが終わってボス戦に入る予定です。


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ep.32 暴かれた真実

これで攻略パートは終わり


数日後、ハルト達はアスナから呼び出され、クエストの更新情報について聞かされた。

内容は《業物》を作り上げる最後の仕上げとして《名工の秘房》という場所へ向かい、そこで作業に取り掛かるのだという。

《名工の秘房》へ向かうメンバーは、ハルト達四人に残りの「紅の狼」の面々、アスナを含む「血盟騎士団」の面々。そして、「血盟騎士団」がクエストを受注している流派の頭領。

《業物》を作り上げる為、《名工の秘房》を攻略するハルト達。

難なく《名工の秘房》を進んでいたハルト達だったが、歩いている途中でふと頭領が口を開いた。

 

「本音を言えば、奴らとは修行時代を共にした仲。できれば、競うことはすれど、争いたくはない。しかし、今更引っ込むことはできなくなってしまった。弟子たち同士で火花を散らし合う日々が度々増えていってな。もはや、頭領同士で手打ちにしたいなどとは到底言えぬ・・・」

 

「リーダーが戦いを望んでいないが、下が対抗心を燃やしているせいで争いの火種を大きくしてしまうか・・・」

 

「ALSとDKBじゃねぇか」

 

頭領の話を聞いたトウガとソウゴがそう述べる。

その横でコハルが二人の言葉に賛同するかのように呟く。

 

「そうですね。キバオウさんやリンドさんも本心では争いたいわけじゃないんだと思います」

 

「コハルの言う通りだと思うわ」

 

先頭を歩いていたアスナが首を後ろに向けながら喋り出す。

 

「だからこそ、ここの攻略を急ぐ必要があるわ。二大ギルドの間に決定的な事件が起きる前に、この層をクリアしてしまえば、少なくとも今回の対立からは脱することができるはずだから」

 

そう言いながら、先へ進んでいくハルト達。

やがて、他の場所よりも一回り広いフロアへたどり着き、そこには二大ギルドの面々がいた。

 

「アスナさん!?それにKoBの皆さんまで!」

 

「なるほど・・・アスナさん、どうやらそちらも《業物》を完成させに来たようだね」

 

驚くリーテンに対して、「血盟騎士団」がここに来た訳を察し納得するリンド。

その直後、フロア全体に一体のエネミーがポップされた音が鳴り響いた。

全員が音がした方に振り向くと、そこには人の体をしているが腕が鳥の翼になっている女性、ハーピーのようなエネミーがいた。

 

「この魔物は我が師が去った後、ここに入り込んだのだ。旅の者よ、気をつけるのだ。こやつはさっきまでの魔物とはひと味違うぞ」

 

「どうやら、積もる話は後にした方が良さそうね。総員!戦闘準備!ALSとDKBの皆さんも、今は攻略が優先です。協力してボスを倒しましょう」

 

「分かった。今は一時休戦と行こう」

 

「聞いての通りだ!DKBとは対立してる状態だが、今はそのことを一旦忘れて、協力して奴を倒すぞ!」

 

アスナの提案に乗っかって、リンドとリーテンがそれぞれのギルドの面々に向かってそう言うと、フロアボスの時と同様、両ギルドは協力し合いながらハーピーへ挑んだ。

攻略組の猛攻にハーピーは押されていき、そう時間が掛からずにハーピーを倒すことができた。

 

「まさか、あの魔物を倒してしまうとは・・・」

 

そう言いながら、頭領はアスナに近づき口を開いた。

 

「これで、ここの設備も使えるようになるだろう。だが、その前にやるべきことがある・・・」

 

アスナにそう告げると、頭領は歩き出した。見れば、他の頭領も歩き出している。

そして、お互い向かい合うと、「血盟騎士団」の方の頭領が口を開いた。

 

「ここで我ら頭領が揃ったのも良い機会。今すぐにとはいかんが、これを気に、我らの雪解けのきっかけにしても良かろう」

 

「これって・・・もしかして、和解イベント?」

 

「たぶん、頭領が三人揃ったから、それがトリガーになったんだよ」

 

「うん!元は一緒に修行した仲間なんだし、きっと大丈夫だよ!」

 

リズベット、ハルト、コハルの順番に喋りながら、和解イベントを見守ろうとしたその時だった。

 

プシューー

 

「な、何!?」

 

「これは・・・煙幕だ!」

 

突如フロア全体に煙が立ちこもり、混乱し始める攻略組。

 

「みんな迂闊に動かないで!むやみに武器を振り回すと同士討ちになるわ!」

 

アスナが周りに向かってそう言うと、混乱から徐々に収まり始めた攻略組だったが

 

「ぐあっ!」

 

突然、頭領のうめき声が聞こえた。

更に、他の頭領からも似たようなうめき声が聞こえてきた。

 

「!? そこか!」

 

ハルトが煙幕の中から人の気配を察知し、その場で剣を振るう。

すると、煙幕からフードを被ったプレイヤーが露わになった。

その一方で、コハルが頭領に駆け寄り安否を確かめる。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「だ、大丈夫だ。だが、《業物》を・・・」

 

頭領が小さく呟く。よく見ると、彼の手に《業物》はなかった。

他の頭領も同様に《業物》を奪われていた。

 

「無事に奪えたか?」

 

「ああ、この通り」

 

「よし、脱出するぞ」

 

襲撃者たちの会話が聞こえる中、リズベットが襲撃者たちの目的を理解した。

 

「いけない!頭領さん達を襲った人達を急いで追いかけて!こいつらの狙いは《業物》を奪って、クエストをクリアできなくさせる・・・違う、二十七層を攻略させない気なんだわ!」

 

リズベットの言葉を聞いた誰もが慌てて襲撃者を追いかける。

だが、辺りは未だ煙幕に包まれており、中々襲撃者の姿が見当たらない。

 

「そんな・・・!せっかくみんなで力を合わせたのに・・・誰か・・・!」

 

アスナが縋るような声で呟いたその時

 

「がはっ!」

 

「ゴフッ!」

 

「ぐはっ!」

 

ドサッ!

 

襲撃者と思わしき三人が突如呻き声を上げ、その場に倒れたような音が響いた。

やがて煙幕が晴れ、襲撃者が倒れたと思わしき方へ向くと、そこには三つの人影がいた。

 

「何か仕掛けてくるとしたら、このタイミングだとは思ってたけど、その通りだったよ」

 

「雑魚にしちゃ中々考えたが、詰めが甘かったな」

 

「まったくダ。出口が一つしかないこのエリアで仕掛けるなんて、ちょいと・・・てか、かなりお粗末だナ」

 

「キリト君!ザントさん!アルゴさん!」

 

襲撃者を気絶させたキリト、ザント、アルゴの三人にアスナが叫ぶ。

 

「大丈夫か?アスナ」

 

「私は大丈夫。それよりも《業物》は?」

 

「分かってる。こいつは返してもらうぜ」

 

そう言いながら、襲撃者が手に持っていた《業物》を奪い返すキリト。

その様子にホッとするアスナだが、ある疑問が一つ思い浮かんだ。

 

「良かった。ひとまず、これで一安心だね。ところで、キリト君。この人達、《業物》を狙ってたみたいだけど、何処から情報が漏れたのかな?」

 

「ああ、それは――」

 

キリトが言いかけたその時

 

「俺!俺知ってる!」

 

聞き覚えのある声が聞こえ、振り向くと、やはりと言うべきかジョーがいた。

 

「そいつらの顔、俺知ってる!そいつら三人共、DKBのメンバーだ!リンドと話している所を見たことあるぞ!」

 

「でたらめだ!俺はこんな連中知らない!」

 

覚えのないことを言われ、慌てて否定するリンド。

しかし、ジョーは止まらない。

 

「噓だ!《黒の剣士》と《狂狼(ヴォルフガング)》と《鼠》に邪魔されたけど、DKB以外の頭領を殺して、《業物》も奪う!そうやって、DKBの独占状態にするつもりなんだ!もし、そうなれば、DKB以外はポーション一つも買えないし、頭領や《業物》もないから、二度と解禁できない!ルールの抜け穴を使った卑怯で卑劣な罠だ!」

 

「DKBめ!とうとう手段を選ばなくなったか!まさか、ここまで非道な連中だったとはな!」

 

「なんだと!ろくな証拠もないくせに勝手なことを!」

 

ジョーの言葉に攻略組は一気に険悪ムードになった。

その様子を見てたソウゴが小さい声でトウガに話しかける。

 

「トウガ・・・野郎の声、どっかで聞いたことあるだろ?」

 

「ああ・・・あいつは間違いなくあの時の奴だ・・・!だが、あいつの正体を暴く為の証拠が今の俺たちにはない・・・」

 

悔しそうにしながら、ジョーを見つめるトウガ。

場は徐々にヒートアップし、両者互いに剣を抜きかねない雰囲気になりかけたその時

 

「ククク・・・アギャギャギャギャ!!」

 

突如フィールドに高笑いが聞こえ、誰もが笑い声がした方へ振り向くと、そこには腹を抱えながら思いっ切り笑っているザントがいた。

それに対して、ジョーが反応する。

 

「な、なんだよ!何がおかしいんだよ!?」

 

「イヤー、悪ぃ悪ぃ。なんたって、あまりにも矛盾点が多すぎる下手くそな煽りな上、それをいとも簡単に信じる猿共の姿が滑稽過ぎてよぉ、ブフゥ!・・・つい笑っちまったぜ」

 

相変わらず攻略組を馬鹿にしながら嘲笑うザント。しかし、今この瞬間だけザントのそれは、ハルト達にとっては頼もしいものであった。

 

「まず第一に、どうしてこいつらがDKBのメンバーだって言える?」

 

「それはさっき言っただろ!俺はこいつらの顔を見たことが――」

 

「こいつらのHPバーにはDKBのマークじゃなく、別のギルドのマークが表示されてるのにか?」

 

『!?』

 

その言葉に誰もが、倒れている襲撃者たちのHPバーを見ると、ザントの言う通り、彼らはDKBに所属しておらず、バーには別のギルドのマークが表示されていた。

にも拘らず、先程DKBメンバーだと言ったジョーの発言には大きな矛盾がある。

その事実に攻略組は一斉にジョーに目線を向け、ジョーは口ごもったが、強気に反論する。

 

「そ、それだったら、こいつらは実は他のギルドで、リンドに依頼されたんだ!高額のコルと引き換えに――」

 

「おいおい、聞けば二十七層は両ギルド攻略に力を注ぎ、それに関するギルド金も全部攻略に使ってるみてぇじゃねぇか。そこいらのギルドの為に渡してやるコルなんざ、そう簡単に用意できるわけねぇだろ。そもそもテメェ、襲撃者(あの馬鹿共)のことをDKBのメンバーだって自身満々に言ったのに、なんで急に他ギルドの連中になったんだ?」

 

「うっ!?それは・・・」

 

再度口ずさむジョー。

すると、好機とばかりにキリトが口を開いた。

 

「お前はそうやって、人を煽り続けていたんだ。第一層で俺をビーターにするためにやった時のように・・・第二十五層でALSを半壊させた時のようにな!」

 

『!?』

 

キリトの言葉に驚愕する攻略組。特にALSの面々は信じられないっといった表情でジョーを見つめる。

そのことに関して、代表するかのようにリーテンが問いかける。

 

「ど、どういうことですか!?」

 

「あの時、ALSは踊起になっていたんだ。独力でクォーター・ポイントを攻略できれば、その発言力と影響力を確たるものにできる。だから、戦闘は勿論のこと、情報に関してもアルゴを頼らず、自分たちで集めていたんだ。情報収集部隊まで用意してな」

 

「確かにそうだが・・・それとジョーに何の関係が――あ!」

 

「ああ、ボスの攻撃変化に関する情報。最重要情報が出るボスクエ攻略の担当を自ら買って出た上で、わざと黙っていた奴がいる。更に、そこで手に入れた情報を利用し、キバオウに迷宮区解放の鍵を手に入れる為のクエストを薦め、ALS単独でボスに挑ませようとした奴。それがお前だ!ジョー!お前とアインクラッドで暗躍する扇動PK集団、お前の背後にいる奴らの企みだ!」

 

キリトの言葉にジョーは一瞬怯むも、すぐに反論する。

 

「言いがかりだ!むしろ、怪しいのはそっちだろ!何せお前は《汚いビーター》だからな!第一、証拠はあんのかよ!?証拠も無いのに人をPK呼ばわりしやがって!相変わらずビーターのやり方は悪どいな!」

 

「確かに証拠がないよな」

 

「いきなり扇動PKって言われてもな・・・」

 

攻略組の面々は困惑しながらもジョーの言葉に納得している雰囲気だ。

対して、キリトは特に反論してくる様子はない。

その様子を見たジョーは更に強気になって追撃する。

 

「オラオラ、どうした!?証拠を出してみろよ!そんなものがあればの話だがよ!それも無しにPK呼ばわりなんざ――「あるぜ、お望みの証拠がよ」なんだと!?」

 

ジョーの言葉を遮ったのは、未だ楽しそうに笑っているザントだった。

ザントはフィールドの出口に向かって手招きする。すると、フィールドに一人の少女が入ってきた。

その人物が誰なのかハッキリすると、コハルが驚愕した。

 

「サチ!なんでここに!?」

 

「証拠なら・・・あります。私が持ってます」

 

「なんだとゴラッ!そんなもん、あるわきゃねぇだろ!適当なこと言ってるとぶち殺――」

 

「黙れ」

 

「ぐえっ!」

 

サチの言葉を遮ろうと罵声を浴びせていたジョーだったが、ザントの蹴りが顔面にクリティカルヒットし、背中から倒れ、強制的に黙らせられた。

ザントはサチに目線を向けると、サチは頷き、ストレージから一つの結晶を取り出した。

すると、結晶から突如声が発せられる。

 

『いいか?もう一度、段取りを確認すっからよ。《業物》と頭領が揃ったところで、コルで釣ったマヌケ共を突っ込ませる。で、そいつらに頭領全員をぶっ殺させて、《業物》もDKB以外の物をぶっ壊す。そうすりゃDKB以外はクエストをクリアすることができず、場は騒然。そこに、俺が『俺!俺知ってる!』って寸法よ!』

 

『了解した。相変わらずえげつないことをする奴だ。影響範囲だけで言ったら、二十五層の時以上だな』

 

『二十五層の時はまぁ、本来ならあのまま単独でボスに挑むように誘導するはずだったんだけどよ、途中で狼野郎に邪魔されちまったんだよ。けど、サブヘッドが気ぃ利かせてくれたみたいでな。帰った時に見たあのキバオウの顔、見物(みもの)だったぜ』

 

「っ!?」

 

「《録音クリスタル》って便利なもんだな。雑音も無く、はっきりと記録することができるんだからな。この声、この口癖、こんな喋り方をする奴は一人しかいない。『俺、俺知ってる』が口癖の思い当たる奴が一人なっ!」

 

「この会話の記録を手に入れることができたのは、嬉しい誤算だったぜ。ご丁寧にテメェの口癖を言ってくれたお陰でこっちも特定すんのにそんなに時間が掛からなかったからな」

 

クリスタルから発せられる会話を聞いて驚くジョーに対して、笑みを浮かべながら言うキリトとザント。

ジョーは一瞬動揺したものの、すぐに強気になって反論する。

 

「デタラメだ!こいつらは俺を嵌めようとしてる!だいたい、SAOには何人のプレイヤーがいると思ってんだ!そりゃあ、多少は減ったけど、それでも、まだ5000人以上もいるんだぞ!声が似ているからって理由で俺を犯人だと決めつけ――」

 

「だから言っただろ。こいつを手に入れることができたのは嬉しい誤算だったって」

 

「なんだと!?」

 

「俺は証拠が一つだけしかないとは言ってないぜ。これでも俺は、俺が用意したモンだけだと、猿共がテメェへの疑心は持っても、テメェお得意の勢いで乗り切られるんじゃないかって心配してたんだよ。だから、こいつがこの証拠を持って来てくれたのは、俺にとっちゃ嬉しい誤算だったぜ。おかげで、テメェに疑心を植え付けることができたんだからよぉ」

 

そう言いながら、ザントは左手を自分の顔の横に持っていくと

 

「これで止めだ」

 

パチン!っと指を鳴らした。

その直後、フィールドに足音が聞こえ、攻略組が足音がした方に振り向くと、このフロアに入ってきたラピードの姿が見えた。

しかし、口にはサチが持っているやつと同じような《録音クリスタル》が銜えられていた。

その銜えられた《録音クリスタル》から声が発せられる。

 

『これで、ALSはしばらくの間、まともに動くことはできまい』

 

『そうっすね!いやーそれにしても、あんな仕掛けをしてたなんて、サブヘッドも中々えげつねぇこと考えますね!』

 

『フン、予想外のことに対応しておくのは当然ことだろ。人間は一度真を得ると、心の中に安心感を持ち、必ず気が緩む。そして、それが偽だと気づいた時には既に遅く、為すすべも無く崩れていく・・・当面は連中にこれといった衝突は無さそうだな。両ギルドに何らかの動きがあるまでは、仕掛けずに待機しておけ、ジョニー・・・いや、'ジョー'』

 

『了解!』

 

会話はここで終わっており、その会話を聞いたジョーが先程以上に動揺しているが見られた。

すると、録音の内容を一部聞いていたALSのプレイヤー達が動揺しながら喋り出した。

 

「お、おい、今の声って・・・」

 

「間違いねぇ。二十五層で俺らに噓の情報を言いやがった情報屋だ!」

 

「ホントか!?それは!」

 

その言葉に、リーテンをはじめとするALSの面々が驚愕する。

 

「こいつは、二十五層のボスを攻略した後、テメェの後ろにラピードを付かせた時に録ったモンだ。テメェがウジ虫共の仲間だってのは既に目星を付けていたが、何せ証拠が無かったからな。だから、決定的な証拠を手に入れる為に、《録音クリスタル》を使って、テメェとウジ虫が裏で会話するところを記録しようとしたんだよ。けど、俺が直接録ろうとしても、遠すぎると上手く録れねぇし、近過ぎたら見つかるリスクがあった。だから、俺はラピードに《録音クリスタル》の使い方を学ばせ、テメェがウジ虫と裏でやり取りしてる所を記録させてたんだよ。テメェも充分警戒してた見てぇだが、そりゃ気づくわけねぇよな。何せラピードの見た目はそこらにいる少し図体がでけぇ狼系のMobと変わらねぇからなぁ!」

 

「ぐっ・・・!」

 

楽しみに笑みを浮かべながら説明するザントをジョーは憎らし気に見た。

そして、止めを刺すかのようにキリトが口を開く。

 

「この声、この口癖、こんな喋り方をする'ジョー'は一人しかいない。『俺、俺知ってる』が口癖の思い当たる'ジョー'が一人なっ!そして、共犯者と思わしき情報屋の男との会話の記録・・・これらのことから導き出される答えはただ一つ!二十五層でALSを壊滅させようと陥れ、二十七層で中層プレイヤーを利用し、《業物》を盗ませて、ALSとDKBとの戦争を引き起こそうとした扇動PKの犯人・・・それはお前だ!ジョー!!」

 

力強く叫びながら、ビシッとジョーに向かって指を刺すキリト。

対して、指を刺されたジョーは下に俯きながら体を震わせて

 

「ぐっ・・・!クソ!クソがぁーーーーーー!!!」

 

フロアに響くような大声で悔しそうに叫んだ。

 

「まさか扇動PKの首謀者がお前だったとはな、ジョー」

 

そこにリーテンがジョーに向かって静かに歩き出す。フルアーマーの鎧ごしに怒りを湧き上がらせながら。

 

「大人しくしろジョー。ここにはALSだけでなく、DKBやKoBもいる。お前に逃げ道なんてないぞ」

 

リーテンの言う通り、ここには二大ギルドの面々に加えて、攻略ギルドのKoBや「紅の狼」、キリトやハルトなどといったトッププレイヤーが出揃っている。そこから一人で逃げ切るなど不可能である。

しかし、こんな状況にも関わらず、ジョーは静かに笑い出した。

 

「ククク・・・アッハッハッハッ!!あるよ!逃げ道あるよ!」

 

「!? この馬鹿みてぇな高い笑い声・・・テメェ・・・!やっぱり、あの時の毒ナイフ野郎か!」

 

「ピンポーン!」

 

ジョーの笑い声を聞き、二十層でオレンジプレイヤーの集団に襲われた時、自身と戦った毒ナイフ使いだと確信したソウゴ。

対するジョーはソウゴの問いに対して上機嫌に返すと、懐から結晶を取り出した。

その結晶を見たリーテンが大きく反応する。

 

「あれは!《転移結晶》!?しまった!」

 

「結晶系アイテムが出やすい層で助かったぜ!あばよ!マヌケ共!」

 

ジョーは《転移結晶》を掲げ、攻略組の面々を嘲笑いながら転移しようとしたが

 

スバッ!

 

「何っ!?」

 

「何処に逃げるつもりかは知らねぇが、俺がそれを黙って見逃すとでも思ったか?」

 

ジョーがこの場から逃げる手段を予め用意していることを予測していたザントによって、掲げていた《転移結晶》は真っ二つに斬られ、その効果を発揮する前にポリゴンと化した。

用意してあった逃げ道を失い、戸惑うジョー。その隙にザントはジョーの後頭部を掴み、地面に叩き付けた。

 

「ふべっ!」

 

顔面を思いっ切り地面に叩き付けられ、マヌケな声を出すジョー。

ザントはそのままジョーの体を右足で踏むと、ジョーの両腕をもう片方の腕で後ろに回し、後頭部を掴んでいた腕を引っ張り、ジョーが付けてた黒レザーマスクを剝ぎ取った。

そこに現れたのは、灰色の髪に目つきが悪い、というか半分死んでいる男の顔だった。

 

「へっ!中身はかなりマヌケだったが、どうやら、見た目も同じくらいマヌケ面みてぇだな」

 

「テメェ・・・!」

 

押さえつけながら自身をコケにしているザントを殺意の籠った目で睨むジョー。

それに対してザントは、既に興味ないっといった感じで顔を逸らすと、どうするんだ?って視線をリンドに向けた。

 

「・・・連行しよう。彼には色々と聞きたいことが山ほどある」

 

リンドの言葉に「了解」と頷くと、ザントはジョーの両腕を持ち上げ、立たせようとしたその時

 

「!? 避けろ!ザント!」

 

キリトの叫び声が響き渡り、それに反応したザントはジョーの手を放し、咄嗟にその場から飛び退いた。その直後

 

ドーン!!

 

先程までザントがいた場所に突如衝撃が迸った。

フロア全体が砂塵に飲まれ、何が起きたのかと困惑する攻略組。

やがて煙が晴れると、そこにいたのはジョーからすれすれの場所で突き刺さっている斧と人影だった。

 

「・・・作戦は失敗し、攻略組に正体を知られる。挙句、逃げることすらもできないとは・・・滑稽だな、ジョニー」

 

「さ、サブヘッド・・・」

 

男の言葉にジョー改めジョニーは申し訳なさそうに返した。

男の格好は黒ポンチョに顔が隠れるくらいのフードを被っている。しかし、フードの影から薄っすらとだが、白い髪の毛が見える。

その男の正体に、彼を見たことがある者は驚き、その中でも特に反応したのが、かつてこの男と本物の殺し合いをしたハルトだった。

 

「お前は・・・!あの時の!」

 

「また、会ったな。翠の剣士・・・いや、ハルト」

 

ハルトの言葉に白髪の男は静かに返す。

すると、今度は一人のALSのプレイヤーが反応した。

 

「その声・・・間違いねぇ!二十五層で俺らに噓の情報を教えやがった奴だ!」

 

「ホントか!?それは!」

 

その言葉にリーテンが驚く。二十五層での悲劇が起きた原因は知っていたが、その要因が目の前にいる男であることに驚愕し、同時に仲間たちを間接的に殺したこの男にリーテンは怒りを感じた。

しかし、白髪の男は先程発言した人物を何処か憐れむように見ながら喋る。

 

「何を言っている。俺は噓の情報を教えてはいない。もっとも、HPを半分切ったら、ボスの攻撃力が急激に上がることを言い忘れていたがな。二十五層でALSが半壊したのは、貴様らが情報の真意を確かめずに、ボスに挑んだ結果だろう?」

 

「なんだと!?」

 

男の物言いに吠えるALSの男。

その様子を見て、白髪の男は「フン」と興味を無くすと、周りを見渡しながら喋る。

 

「どの道、作戦が失敗した以上、もうここには用はない。悪いが、種明かしはこの辺にして、我々はそろそろ退場させて――」

 

「だから、俺がそれを許すとでも思ってんのか?」

 

白髪の男が言い切る前にザントが《蒼嵐》を構えながら迫ってきた。

それに対して、白髪の男は地面に突き刺さっていた斧で《蒼嵐》を受け止めた。

その背後から、キリトとトウガがそれぞれの武器を構えながら迫るが

 

「フッ!」

 

「!? ちっ!」

 

斧に押し返されて、後ろに飛ぶザント。

その間に、白髪の男は斧を持ち直すと、後ろに迫っているキリトとトウガの方へ体を捻らせながら

 

「ハァ!」

 

「うわっ!?」

 

「くっ!?」

 

斧を二人目掛けて横に振り、直撃はしなかったものの、斧を振るうパワーから生み出された風圧によって、二人は後ろに飛ばされた。

直後、白髪の男は横から気配を感じた。

 

「ハァーーー!」

 

振り向くと、既に白髪の男の目の前に接近していたハルトが、レイピアを構えて白髪の男に攻撃しようとしていた。

白髪の男は咄嗟に顔を逸らすことで何とか回避したが

 

「!?」

 

レイピアの風圧によって、被っていたフードが外れ、男の顔が露わになった。

 

『!?』

 

その顔を見た全員が一斉に目を見開いた。

なぜなら、雪のように白い髪の毛と血のように赤い瞳。それらを除けば

 

「ハ・・・ルト・・・?」

 

ハルトと瓜二つと言える顔であったからだ。

フードから露わになったその顔に、誰もが動きを止めていると、ハルト似の男が口を開いた。

 

「どうした?そんなに人の顔をじろじろと見つめて・・・先程までの威勢は何処にいったんだ?」

 

「・・・お前は・・・誰、なんだ・・・!?」

 

恐る恐る目の前にいる自分そっくりの男に問いかけるハルト。

対するハルト似の男は、少し考えるような素振りをした後、笑みを浮かべながら答える。

 

「そうだな・・・春を殺すことを使命とする者っとでも言っておくか・・・」

 

「春を・・・殺すこと?」

 

男の言っていることが分からず、困惑するハルト。

そんなハルトの様子を見たハルト似の男は何処か困ったように口を開いた。

 

「やれやれ、まだ正体を明かすつもりはなかったが・・・こうなってしまえば仕方がない。では、これでお開きとしよう」

 

「!? ま、待て!」

 

左手に《転移結晶》を掲げて逃げようとする男をハルト達は止めようと男に駆け寄るが、男はもう片方の手でストレージから黒い物体を取り出すと、地面目掛けて投げた。

おそらく煙幕を張って、こちらの視界が見えない内に転移するつもりだろう。そうはさせまいと、ハルトは煙幕を払おうとレイピアを構え・・・それが間違いだったと、すぐに気づいた。

 

「うっ!これは!?」

 

「《閃光弾(フラッシュ)》か!?」

 

キリトが腕で顔を覆い隠しながら、その黒い物体の正体を当てた。

その名前通り、突如眩い光がフィールド全体を照らし、全員が腕で目元を覆い隠す。

フィールドが眩い光に包まれていく中、ハルトの耳に男の言葉が微かに響いた。

 

『俺の名前はハルファス。春を殺す者。また会おう、ハルト』

 

「!?」

 

その言葉が耳に響いた直後、光が止み、そこにはハルト似の男もジョーもいなかった。

 

「クソ!逃げられたか・・・!」

 

「何はともあれ、全面戦争は避けられた、ということか・・・」

 

キリトが悔しそうに叫び、その横で最悪の事態を避けられたことにリンドがホッとしながら呟いた。

 

「キリトさん、さっきは助かった。それで、連中から奪い返してくれた《業物》、そろそろ俺たちに返してくれないか?」

 

「そうね。キリト君、お願い」

 

リンドとアスナが先程キリト達が奪い返してくれた《業物》を返すようキリトに言ったが

 

「・・・悪いけど、それはできない」

 

そう言いながら、キリトはフィールドの端にあった溶岩の溜まり、古代の溶鉱炉へ三本の《業物》を投げ入れた。

 

「あ!」

 

「なっ!?」

 

「そんな!」

 

キリトの奇行に思わず声を漏らすリーテン、リンド、アスナ。

攻略組の面々が一斉にキリトを見た。その眼差しにはいくらか敵意が含まれている。

 

「キリトさん、どういうつもりだ・・・!」

 

「待って!炉の中を見て!」

 

リンドが怒りながらキリトを睨んだが、それをリズベットが制止し、溶鉱炉を見るよう促す。

リズベットの言葉に誰もが溶鉱炉の中を見ると、そこには三つのインゴットがあった。

 

「これは・・・インゴット!?」

 

「あたしも見たことがないわ。こんなインゴット。三つの《業物》が溶けたから三つ分あるわ」

 

そう言いながら、リズベットはインゴットを溶鉱炉から取り出した(耐熱用の手袋を装着して)。

 

「キリトさん、このことを知っていたんですか?」

 

リーテンがキリトに向かってそう問いだす。周りのプレイヤー達もキリトを見つめる。

 

「色々と聞きたいことがあるけど、ひとまず街へ戻りましょう。さっき襲撃してきた人達のこともあるし」

 

このままだと、色々とごちゃごちゃになって整理がつかなくなると思ったアスナが、周りに向かってそう提案すると、全員が異議なしといった感じで頷いた。

 

 

 

 

圏内に戻った攻略組は、一通り情報を整理することにした。

先程、襲撃してきたプレイヤー達を捕え、事情を聞くと、彼らは中層プレイヤーであり、攻略組に追いつけず困っていたところ、黒ポンチョの男から例の襲撃計画について話され、知らず知らずのうちに従ってしまったのだという。

黒ポンチョ男の手口の危険性は、特に騙されたことがあるリンドが熟知しており、オレンジプレイヤーの集団とは無関係であることと、彼らもまたオレンジプレイヤーの被害者であったので、結果襲撃者たちは今回の件ではお咎めなしということになった。

《業物》のクエストに関しては、このまま《業物》を完成させても、《業物》は大した能力もない武器になっていたらしく、この武器でフロアボスに挑んでも倒すのはほぼ不可能だと、事前に情報を集めていたキリト達が独断で判断したのが、《業物》インゴット化である。

無断でインゴットにしたことには、流石に攻略組の面々も顔をしかめていたが、きちんと事前に情報を集めていたことと、キリトの言う通り、もし《業物》が完成した状態でフロアボスに挑んでも欠陥を抱えた状態で戦うと、それが大きな落とし穴になる。何より、両ギルドが緊張状態の中、《業物》を完成させたギルドが欠陥品を抱えたまま、先走ってフロアボスに挑むことがあった為、一応は納得してもらえた。

そして、三つのインゴットに関しては、それぞれのギルドで持つことになった。

取っておくもよし、武器の強化に使うもよし、使い方はそれぞれのギルドで決めることになった。

今後のことについては、フロアボス戦前までに、装備の強化や充分なレベリングを済ませ、万全の状態で挑むという方針になった。

各ギルドごとに、利用する狩り場を分け、平等に強化していく形に治まったところで会議は終了となり、ALSとDKBはそれぞれの狩り場に向かい、今回の件で色んな意味で騒がせたキリト達三人も、会議終了後に去っていった。

そして、現在。ハルト達と「血盟騎士団」の面々は再度、《名工の秘房》へ向かい、そこで装備の強化やレベリングをすることになった。

 

「・・・・・・」

 

その移動の最中。というより、情報を整理するため圏内に戻ろうとした時以降、ハルトの表情は一向にすぐれなかった。

 

「ハルト・・・」

 

「やっぱり、気になるのか?あの男のこと」

 

コハルが不安そうな表情で見つめ、その横でトウガが問いかける。

気になると言うのは、無論、白髪の男の素顔に関してだろう。

 

「気にならないって言えば噓になる。ただ・・・」

 

トウガの問いに対して、何処か曖昧に答えるハルト。

すると、今度はソウゴが問いかける。

 

「テメェの家族や親族とかってぇのは?」

 

「・・・僕の家族は父さんと母さん、後は・・・弟が一人・・・」

 

「え?ハルト、弟がいたの!?」

 

「うん、言ってなかったっけ?」

 

「聞いたことないよ!そんなの!」

 

少し怒り気に言うコハルに「ごめん、ごめん」と苦笑いしながら謝っていたハルトだったが、一瞬だけ暗い顔をしたのをトウガは見逃さなかった。

それは、さっきのハルト似の男に対してのものじゃない。先程言った弟のことに対してだとトウガは感じた。

 

「(やれやれ、サチの悩みが解決したと思ったら、今度はハルトの方か・・・)」

 

心の中でそう呟きながら、少し前までの出来事を思い出すトウガ。

ここで、一旦圏内に戻った後、再度《名工の秘房》に行こうとした時に起きたサチと「紅の狼」との会話を見せよう。

 

『まさか、あの時サチが出てくるなんて思わなかったよ。それにしても、よく録音できたね?』

 

『実は、ソウゴさんと別れた後、たまたま路地裏であの人達の会話が聞こえて・・・怖かったんだけど、録音しないとって思って・・・ごめんね、せっかくソウゴさんに励ましてもらったのに、臆病なままで全然変われてなくて・・・』

 

『そんなことないよ!あの状況なら逃げることだって、黙ってやり過ごしたりすることだってできたはずなのに、自分の意志で録音しようって思ったんだよね?それって、凄いことだよ!それができるくらいサチが変われてるってことだよ!』

 

『コノハの言う通りだ。おかげで、あいつらの計画を阻止したついでに、化けの皮を剝がすことができた。お前のお手柄だ、サチ』

 

『そうだよ!だからもう、自分が死んでもいいなんてことは考えないで。頑張って生きていれば、今みたいにきっと強くなれるから!』

 

『!?・・・うん、今すぐフロアボス攻略ってわけにはいかないけど、黒猫団の皆と頑張って、すぐに追いつくから、待っててね!』

 

そう言いながら、お互い微笑むコノハとサチ。

その様子を温かい眼で見守るトウガ達。ただし、カズヤだけは「昨日はソウゴ。そんで、今日はお前か、コノハ・・・リア充爆発しろ畜生」と小さく呟きながら嫉妬の眼差しで見つめていた。

少し前の出来事を思い出しながら、トウガは再度ハルトに問いだす。

 

「家族はともかく、他に何か思い当たる事とかはないのか?例えば、遠い親戚とか・・・」

 

「・・・・・・」

 

トウガの問いに対して、暗い表情のまま一向に答える気配のないハルト。

ホントっどうしたもんだっとトウガが考えた時

 

「別に深く考える必要なんてないんじゃない?」

 

そう言いながら、こちらを向いたのはリズベットだった。

 

「顔が誰に似てようが、あんたはあんたでしょ。ここにいるあんたは、人を平気で貶めるオレンジプレイヤーなんかじゃない。攻略組の一人であたしの友達のハルトでしょ。ほら、いつまでもそんな顔してたんじゃ、レベリングに集中できないでしょ!もっとシャキッとしなさい!」

 

「・・・そうだね。ありがとう、リズベット」

 

リズベットに向かって微笑むハルト。そこには、先程までの暗い表情はすっかり無くなっていた。

その後、先程の巨大な溶鉱炉が置かれたあるエリアに辿り着いたハルト達は、手に入れたインゴットの使い道について話し合うこととなった。

何せ、手に入れたインゴットでは溶鉱炉にセットしても、武器を作ることができなかったからである。

そこでリズベットが提案したのがインゴットの武器継承である。手に入れたインゴットを添加剤として、素体となる武器のパラメータに付与させることで、《業物》の力を元の武器で存分に発揮できるのだという。

二十七層のテーマが鍛冶であることを基に閃いたリズベットの提案を反対する者はいなかった。

そこで、今度は誰の武器を強化するのか話し合うことになった。

 

「さてと、使い道も決まったことだし、誰がどう使うか決めないとね」

 

「そうですね。誰か使いたい人、それか、この人が使うべきだと思う方はいませんか?」

 

アスナが周りに向かってそう尋ねると、ハルトが手を上げた。

これまで幾度も危機を乗り越えてきた彼なら丁度いい人材だろうと、手を上げたハルトを見てそう思ったアスナ。

しかし、次に彼から発せられた言葉はアスナにとって意外なものだった。

 

「僕はアスナが使うべきだと思うな」

 

「あたしも賛成よ。このインゴットはKoBの財産なんだし、現場のリーダーでギルドの中で一番強いアスナが使うべきだと思うわ」

 

ハルトから発せられた言葉は志願ではなく、自身も推薦する言葉だった。

更に、リズベットも彼の意見に賛同した。

 

「二人共・・・皆さんはそれで構いませんか?」

 

アスナは自分を推薦した二人に驚きつつ、周りに異論はないか聞いた。

 

「構わないさ。今の状況でこのインゴットを使うのに相応しい人間はアスナ、お前ただ一人だ」

 

トウガを筆頭に、この場にいる全員が賛成した。

 

「ありがとうございます。では、私が使わせてもらいます」

 

「そうと決まれば、あたしたちは二人で打ち合わせね。ほら、みんなはレベリング頑張って!」

 

インゴットで強化した武器をアスナが使用することに決まり、リズベットは周りに向かってレベリングをするよう促す。

リズベットの言葉に、この場にいた全員が移動し始めたが、リズベットはある人物に声を掛けた。

 

「ちょっといいかしら?ソウゴ」

 

「なんだよ?」

 

エネミーがいる場所へ移動し始めたソウゴをリズベットが呼び止める。

リズベットはアスナの武器強化が優先になったことで、ソウゴの刀制作が後になることに謝罪した。

 

「そういう訳だから、あんたの刀はたぶん、フロアボスが攻略された頃に完成すると思うわ。本当はボス戦前に完成させたかったけど・・・ごめんなさい」

 

「謝んな。こうなることは予想してた。別に刀がないからって戦えねぇわけじゃないんだ」

 

「でも・・・あんたはあたしを信用して依頼してくれたのに、依頼者の依頼も満足に果たせないまま、送ることしかできないなんて・・・!」

 

そう言いながら、悔しそうに俯くリズベット。

そんな彼女を見つめ、ソウゴはしばらく無言だったが、ふと口を開いた。

 

「リズベット、昨日俺が言った、俺自身の戦う理由の話を覚えているよな?」

 

「確か、あんたやあんたの仲間たちの居場所を守るためだったかしら?」

 

「そうだ。お前が鍛冶師として戦う理由があるように、俺にも、あいつらの居場所を守りたいって思いがある」

 

「だから――」とソウゴは真剣な表情でリズベットに言った。

 

「お前も、お前の信じる信念に従って戦え」

 

「!?・・・当たり前でしょ!それに、まだ間に合わないと決まったわけじゃないんだからね!見てなさい!ボス戦前までに絶対にあんたの刀を完成させてやるんだから!」

 

リズベットの力強い返事を聞くと、ソウゴは「フッ」と小さく笑みを浮かべながら、仲間たちの所へ戻った。

その後、ハルト達はボス戦に備え、《名工の秘房》で己を鍛えていった。

 

 

 

 

一週間後、DKBの一部が先走って迷宮区へ行ってしまったという報せが入り、ハルト達はリンド含む残りのDKBの部隊とALSと共に急いで迷宮区へと向かった。




・ラピードに《結晶クリスタル》の使い方を学ばせる
さり気なく言ってますが、かなりのトンデモ発言となっております。そして、使い方を覚え、ジョーの会話を記録したラピードも充分ヤベー奴です。

・ジョーの正体
衝撃の事実その1・・・でもないな。気づいていた人、大多数だし。

・白髪の男、ハルトそっくり
衝撃の事実その2。ハルトよりも少し背高く、髪の色を白にして、目の瞳が赤いハルト(SAOIF主人公)だと思ってください。

・ハルファス
白髪の男改め、後の「ラフィン・コフィン」サブリーダー。春を殺す者を己の使命として動いている。CVは神谷浩史。見た目は上記通りハルト(SAOIF主人公)似。

・ハルト、弟がいた
衝撃の事実その3。少しネタバレになりますが、弟もその内出す予定です。ちなみに、十層(ep.16)で妹ネタを出された時にハルトが一瞬暗い顔をしたのはこれが原因です。


今回の話で衝撃の事実が次々と暴かれました。
これらのことに関しては、今後明かされていくでしょう。
次回、二十七層ボス攻略。


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ep.33 第二十七層ボス攻略

SAOIFでも刀実装されないかな~
二十七層ボス攻略です。


DKBの一部隊が単独でフロアボスに挑みに行ったと聞かされたハルト達は現在ALSと残りのDKBの面々、「血盟騎士団」と「紅の狼」と共に、迷宮区を走りながら進んでいた。

フィールドにいたエネミーとの戦闘を避けながら走ったお陰で、普通に攻略するよりも早く、ボス部屋に到着することができた。

ボス部屋の扉はすでに開いており、部屋では先走ったDKBの面々がボスと思わしき巨大エネミーと戦っている姿が見受けられた。

 

「皆さん!大丈夫ですか!?」

 

アスナがボスと戦っている最中のDKBの面々に声を掛ける。

すると、一部のメンバーがこちらに気づいて、驚愕の表情を向けた。

 

「KoBの副団長!?ということは本隊が来たのか!」

 

「来たところで悪いけど、もう俺たちだけで倒せそうだ!リンドさんの言ってた通り、こいつは正攻法だけの脳筋野郎だぜ!」

 

「パターンもここ最近のボスと違って単調だ。ヘンテコな攻撃をするわけでもねぇし、このまま押し切ってやるぜ!」

 

「あいつら・・・!」

 

待機命令を無視し、リンドの許可も無く独断でボスに挑んだにも関わらず、これっぽちも反省してない様子のギルドメンバーにリンドがキレかけるが、アスナが「まあまあ」と宥める。

更に、この光景を見て、キレかけている者達がもう一組いた。

 

「・・・トウガ。俺、あいつらを助ける気なんて元々無かったが、今のを見て、完全に無くしちまったぜ」

 

「奇遇だな。いっそのこと、そのまま'あれら'だけで戦わせて、死なせてやった方が今後の攻略を楽に進めることができるかもしれないな」

 

「馬鹿なこと言ってないで、早く加勢するわよ!全隊!攻撃開始!」

 

加勢したくないって顔をしているソウゴとトウガをアスナが宥めると、「血盟騎士団」に向かって指示を飛ばした。

リンドとリーテンもまた、ギルドメンバーに指示を出し、ボスと戦っているDKBに加勢し始めた。

今回のボスは《ダロス・ザ・クロスギガス》。数十メートルの巨体に首元から頭が二つ生えて、更に腕も左右二本ずつ生えており、それぞれの手には巨大ハンマーと鎖付き鉄球が左右対称に握られている。

《ダロス・ザ・クロスギガス》の攻撃は先程のDKBのプレイヤーの言葉の通り、両手に持っている巨大ハンマー、或いは鎖付き鉄球を振り下ろす攻撃しかせず、これといった変化も仕掛けもない。

攻略組は事前に情報を集め、このことを既に知っていた為、合流してからは勿論のこと、単独で挑んでいたDKBの面々だけでも互角に戦うことができた。

しかし、当然ながらフロアボス戦はそんなに甘くはない。

 

「うわぁーーー!!」

 

「おい!大丈夫か!?うわぁ!?」

 

一人のDKBプレイヤーが突如上から降ってきた電撃を食らい、安否を確かめようと駆けつけた別のDKBプレイヤーの足元に突如炎が広がり、慌てて炎の床から足を退いた。

 

「これは!トラップか!?」

 

「ええ。おそらく、この部屋全体に仕掛けられたものです」

 

リンドとアスナが今回のボスの仕組みに理解したように口を開いた。

今回のボス《ダロス・ザ・クロスギガス》は、特殊な強化や攻撃をしてこない。その代わり、ボス部屋全体がトラップまみれの魔境と化していた。

 

「おそらく、この罠はあのボスを部屋に出さない為に仕掛けられたもので、俺たちはそれに巻き込まれていると考えた方がいいな」

 

「リンドさんの言う通りだと思います。ボスクエでNPCがボスの能力や仕組みについて話して、トラップに関する情報を一切話さなかったのは、このボスのギミックではなかったからだと考えられます。トラップを重視したこの層ならではの盲点でした。でも、今からでも遅くはありません。ギミックに気づくことができれば、いくらでも立て直すことはできます」

 

そう言うと、アスナはトラップに悪戦苦闘中の攻略組に向かって思いっ切り声を上げた。

 

「落ち着いて!皆さんなら大丈夫です!確かにトラップは驚異ですが、今回よりも、もっと厄介なギミックを持つボスだって、皆さんは攻略してこられたんです。今回だって、必ず攻略できます!だから、皆さん落ち着いて、集中していきましょう!」

 

『ウオーーー!!』

 

アスナの言葉に攻略組が雄叫びを上げた。

 

「凄いなアスナは・・・少なくとも、俺にはあんな風に全体をまとめることなんてできないな」

 

その様子を見ていたトウガはアスナのリーダーシップの高さやカリスマ性に感心しながら、《ダロス・ザ・クロスギガス》に応戦する。

アスナの鼓舞もあって、攻略組の士気も高まり、順調に《ダロス・ザ・クロスギガス》のHPを削っていく。

 

「もう少しです!皆さん、頑張って――っ!?」

 

《ダロス・ザ・クロスギガス》のHPが残り1/4程度になり、ラストスパートを掛けるべく、アスナが攻略組に向かって叫ぼうとしたその時

 

「武器が・・・急に重く・・・!?ダメ・・・!このままじゃ、腕が・・・!」

 

手に持っているレイピアが急に重くなるのを感じ、下がった腕を上げようと苦し気に声を上げるアスナ。

周りを見ると、他のプレイヤーもアスナ同様苦し気に声を上げている。特に重装備のタンク、または斧などといった重さがある武器を使っているプレイヤー程苦しそうな顔をしている。

 

「皆、武器から手を離すな!何故だか分からないが、一度床に落とすと、とてもじゃないが拾えなくなる!」

 

リンドの言葉に皆、武器を落とさぬよう必死に持ち上げようとする。

無論、ハルト達も突如重くなった自身の武器を苦し気な顔をしながら必死に持ち上げる。

 

「うぅ・・・何なの、これ?・・・どうして・・・?」

 

「・・・おそらく磁力だと思う」

 

苦し気に己のレイピアを持ち上げようとしてるコハルの隣でコハル同様必死に片手棍を持ち上げながら、何やら感ずいたように発したハルト。

すると、あまり苦しんでなさそうな様子のトウガが二人に近づきながら喋り出す。

 

「ハルトの言う通り、おそらく装備の金属部位に反応していると俺も思っている。しかも、この層は鉱石などの金属が集め放題のボーナスステージみたいなものだからな。どいつもこいつも手に入れた鉱石で装備を強化したせいで、金属ゼロの装備をしてる奴がほとんどいない。その上、武器もほとんどが金属でできてるせいで、まともに動けるのは、俺やコノハみたいな軽装備プレイヤーぐらいだな」

 

これが、二十七層ボス《ダロス・ザ・クロスギガス》の最後の難関、磁力トラップである。

《ダロス・ザ・クロスギガス》のHPを3/4まで減らすと、部屋の床に強力な磁力が働き、重装備プレイヤーは磁力に引っ張られ、武器を持つことはおろか、身動きすらも取れなくなってしまう。

軽装備プレイヤーも多少は動けても、武器が金属でできているせいで武器が床の磁力に引っ張られ、一度手放してしまうと拾うのは困難である。

唯一まともに動けるプレイヤーはトウガをはじめとする金属が含まれていない装備を着て且つ短剣など重さがそんなに無い武器を持つプレイヤー、防御ではなく回避に専念し、隙を付いて攻撃するヒット&アウェイスタイルのプレイヤーしかいない。

 

「そうと決まれば話が早い!りっちゃん!フルブレをストレージにしまうんだ!シャツ一枚になれば、重さから解放されるはず――」

 

「よせ!俺みたいに回避が得意な奴ならともかく、タンクのお前たち二人が装備を外しても、奴(《ダロス・ザ・クロスギガス》)の餌食になるだけだ!」

 

トウガの言葉を聞き、リーテンに装備を外すように言ったシヴァタをトウガが慌てて制止する。

 

「タンクは俺たち軽装備プレイヤーが引き受ける!皆は奴が攻撃した瞬間を狙って攻撃するんだ!」

 

シヴァタを制止したトウガは、攻略組に向かって指示すると、自身は《ダロス・ザ・クロスギガス》を引き付けるべく、《ダロス・ザ・クロスギガス》に向かって走り出す。

トウガに気づいた《ダロス・ザ・クロスギガス》は自身の武器も磁力によって重くなっているにも関わらず、その尋常な怪力で鎖付き鉄球を持つ両腕を無理矢理振り上げて、トウガ目掛けて振り下ろした。

トウガは持ち前の回避力で鎖付き鉄球を躱すと、「今だ!」と攻略組に向かって叫ぶ。

それと同時に、複数のプレイヤーが《ダロス・ザ・クロスギガス》に攻撃を仕掛け、次の攻撃に備えるためにすぐさま後ろに下がろうとしたが

 

「クソ!装備が重くて上手く下がれねぇ!」

 

一人のプレイヤーが金属が沢山含まれている装備のせいで、上手く撤退できずにいた。

そうしてる間にも、《ダロス・ザ・クロスギガス》は両腕を振り上げて、そのプレイヤー目掛けてハンマーを振り下ろした。

 

「くっ!させるか!」

 

トウガが咄嗟に手を掴み、ハンマーの範囲から退避させようとしたが、金属装備と磁力トラップのせいで思った以上に動かすことができない。

 

「うわぁ!」

 

「ぐっ!」

 

直撃はしなかったが、巨大ハンマーの余波に飛ばされ、金属装備のプレイヤーはそんなに減ってないが、軽装備であるトウガはHPが一気に半分近くにまで減った。

 

「ちっ・・・!(俺たち軽装備プレイヤーが何とか戦線を保っているが、この調子で戦ってたら、こちらの体力が持たないぞ・・・!)」

 

何とか立ち上がり、HPを回復しながら悪態付くトウガ。

攻略組は基本的に攻撃、或いは防御を重視したプレイヤーが多く、そのほとんどが金属でできた装備を着ている。逆に回避を重視している軽装備プレイヤーは極めて少ない。

しかし、今はほとんどのプレイヤーが磁力によって、まともに動くことすらもできず、唯一まともに動ける軽装備プレイヤーは、少ない人数でタンク及び他のプレイヤーのフォローをしなければならない状況になっている。

このまま戦えば、タンク役である軽装備プレイヤー達の体力に限界が来て、戦局が崩壊するのも時間の問題だろう。

 

「このままじゃ全滅しちゃう。どうすれば・・・どうすればいいの・・・?」

 

アスナがこの状況を何とか変えようと頭を悩ませてたその時

 

「お待たせ!」

 

アスナに向かって叫ぶ声が聞こえ、彼女が声がした方へ振り向くと、そこにいたのは右手にレイピアを持ったリズベットであった。

 

「リズベットさん!?」

 

「他の誰でもない、あんたの剣よ!受け取って!」

 

そう言うと、リズベットは持っていたレイピアをアスナ目掛けて投げつけた。

 

「ダメ!今投げちゃ――え?」

 

磁力が働いているこの部屋で武器を投げても、途中で地面に引きつけられてしまう。そう思ってたアスナの表情が驚きに変わった。

リズベットが投げたレイピアは、磁力なんて初めから無かったかのように宙に舞い、アスナの手元にきっちりと納まった。

 

「どういうこと・・・?」

 

「これこそが、かつてここに封印された怪物・・・この層のボスが眠っていた封印の間に張られた結界の中を物ともせずに振るうことができた、本物の伝説の武器よ。あんたの思い出や強さの形がきっちりと詰まった、世界にたった一つだけの武器よ!」

 

そのリズベットの言葉に、アスナは一週間前に彼女と会話した出来事を思い出した。

 

 

 

 

一週間前、アスナとリズベットが武器の継承について打ち合わせしてた時

 

「で、あんた、このままでいいわけ?」

 

「え?このままで・・・ですか?」

 

「惚けないの。こうでもしないと、あんた本音言えないでしょ・・・キリト、だったけ?ずっと組んでた相手なんでしょ?なのに、お互いに避けてるのがあからさまよ」

 

リズベットの言葉に一瞬動揺したアスナだが、すぐさま切り替え、正面からリズベットを見据えて喋る。

 

「・・・あの人のことは、もう過去のことです。私の中では既に吹っ切れてるので大丈夫です」

 

「ふーん・・・まあ、いいわ。それよりも、さっさと素体とする武器を決めちゃいましょ。インゴットは強化後の伸び率が凄いと思うから、この先ずっと使い続けることを前提に、素体となる武器を選んで」

 

「分かりました。現状ある装備だと・・・こんな感じでしょうか」

 

「へぇー、やっぱりいい装備を揃えてるのね・・・ん?ねぇ、これなんかいいんじゃないの?名前は・・・《シバルリック・レイピア》。かなり強化されてるし、余程大切に使われてたのね」

 

興味深そうに《シバルリック・レイピア》を見つめていたリズベットだが、その隣でアスナが焦った様子で《シバルリック・レイピア》をストレージにしまおうとした。

 

「ダメです!他の装備を選びますから少し待ってください。あらかた整理した筈なのに、まだ残っていたなんて・・・!」

 

「ちょっと、あんた!何やってんのよ!やめなさいって!」

 

リズベットがアスナの腕を掴み、止めようとするが、アスナは抵抗する。

 

「放してください!捨てたりはしません!インゴットに戻して、心材という形で再利用するだけです!」

 

「やめときなさいよ・・・不用品を整理するのはいいことだけど、本当に大切なものをその時の勢いで処分したら、後できっと後悔するよ」

 

「!?」

 

リズベットの言葉にアスナは手を止めた。

《シバルリック・レイピア》はアスナがアインクラッドで最初に手に入れた武器、《ウインド・フルーレ》の魂(武器継承)が宿った武器だ。

アスナは「血盟騎士団」に入る前までに、幾度もの困難を《ウインド・フルーレ》の魂が宿った武器と共に乗り越えてきた。

そして、その隣にはいつもキリトがいてくれた・・・

己の使命と思い出との瀬戸際で未だに悩んでいるアスナにリズベットは彼女に向かって優しく声を掛けた。

 

「・・・あのさ、立場や責任があっても、別に無理して過去や思い出を吹っ切る必要はないと思うわ。あんたの知識や技術。今のあんたを作ってるものって、キリトと過ごした時間なわけでしょ」

 

「・・・・・・」

 

「人ってさ、インゴットみたいなものだと思うのよ。どんな時間を過ごしたかで、どう叩かれたからで強さとか形とか、できることが変わるじゃない・・・これは、あくまであんた達の事を噂程度で聞いたあたしの想像なんだけど・・・キリトもさ、きっとこのインゴットみたいに誰かをより強く輝かせる為に、自分の力を使おうとして、そのために頑張ったんだと思う。あいつの見つけた'強さの形'がそれだっただけで、決してあんたと離れたかったわけじゃないよ」

 

「キリト君・・・!」

 

アスナは《シバルリック・レイピア》を自身の胸に抱き寄せた。

めいいっぱい抱きしめ、しばらくして腕を下ろすと、決心した顔で口を開いた。

 

「ありがとう。リズベットさんのお陰で大切なものを捨ててしまわずに済みました。素体、これにします。この子を・・・よろしくお願いします」

 

「分かったわ。任しといて、少し時間が掛かると思うけど、ボス戦前には必ず渡すから」

 

そう言うと、リズベットはアスナから《シバルリック・レイピア》を受け取り、作業を開始した。

 

 

 

 

「・・・リズベットさん、別に過去や思い出を吹っ切る必要はないんでしたよね・・・」

 

一週間前に会話したリズベットとの出来事を思い出しながら、アスナはストレージを開くと、その瞬間、彼女の服装が「血盟騎士団」の隊服から一層の頃から着ていた赤いフードが付いている初期装備。赤ずきん装備へと変わった。

赤ずきん装備へ切り替えたアスナは攻略組全体へ指示を出す。

 

「回避に優れている人達はそのままボスの注意を引き付けてください!その間に装備が軽い人を中心にボスに攻撃してください!ボスのHPは後少しです。皆さん、最後まで落ち着いて、着実に削っていきましょう!」

 

アスナの鼓舞によって、崩れかけていた攻略組の士気は勢いを取り戻した。また、磁力トラップを物ともしない伝説の武具を手に入れたアスナがタンク役及びアタッカーに加わったことにより、攻略組は先程よりもスムーズに動けるようになり、着実に《ダロス・ザ・クロスギガス》のHPを削っていった。

それでも、軽装備プレイヤーは普段と違って、ボスのヘイトを集めるタンク役に慣れておらず、次第に疲れが見え始めてきた。

 

「くっ!流石にちょっと厳しいかも・・・!」

 

「できれば後一人、タンクが欲しいところだが・・・」

 

そう言いながら、戦局を見渡すアスナとトウガの二人には若干の疲れが見える。

その横でソウゴが槍を重たそうに持ちながら悪態付いた。

 

「クソ!せめて刀があれば、こんな重い槍を持たずに済むってぇのに!」

 

「刀・・・そうだったわ!」

 

ソウゴの言葉を聞いたリズベットがストレージを開くと、そこから刀を取り出し、投げる・・・ことは磁力のせいでできないため、手渡しするべくソウゴの方へ走り出した。

 

「受け取ってソウゴ!あんたの刀よ!」

 

「完成したのか!?ありがたい!」

 

駆け寄ってきたリズベットから刀を貰おうとソウゴが彼女に近づいたその時、ソウゴの視界に《ダロス・ザ・クロスギガス》がリズベット目掛けてハンマーを振り下ろそうとしている様子が見受けられた。

 

「ちっ!」

 

「きゃ!?」

 

ソウゴは近づいてきたリズベットを咄嗟に手で押し飛ばした。その拍子に彼女の手から刀が外れ、ソウゴの近くに落ちた。

それを確認したソウゴは姿勢を低くして、下に落ちた刀を拾おうとした直後

 

ズドーン!!

 

彼のいた場所に《ダロス・ザ・クロスギガス》のハンマーが振り下ろされた。

突然の出来事に誰も声を発することができず、ボス部屋に静寂が漂う中、ゆっくりとハンマーが上げられる。

そこに残っていたのは・・・ソウゴが身に着けていた赤い甲冑が粉々になり、ポリゴン状に四散した光景だった。

 

「まさか・・・!?」

 

「そんな・・・!」

 

「・・・・・・」

 

アスナとリズベットが悲鳴に似たような声を上げ、トウガはその光景を黙って見つめていた。

トウガ以外の誰もが絶望的な表情でポリゴンと化した甲冑を見つめていたその時

 

「ヴォ!?」

 

《ダロス・ザ・クロスギガス》の左側の顔の右目に突如刀が刺さった。

トウガは小さく微笑みながら《ダロス・ザ・クロスギガス》の頭上を見上げた。

 

「フッ・・・しぶとい奴だよ、お前は」

 

「随分暴れてくれたな、ダブルハゲ」

 

そして、その頭上には甲冑を外しているソウゴが《ダロス・ザ・クロスギガス》に刺さっている刀を手に持ちながら立っていた。

 

「ソウゴ!無事だったのね!」

 

「ああ、後一秒遅けりゃ潰れてた」

 

安堵の表情で声を上げたリズベットに相変わらず無愛想な顔で返すソウゴ。

ハンマーが振り下ろされる直前に甲冑が重くて動きづらかったソウゴは、咄嗟に甲冑を半ば強引に外し、刀を手にした途端に上へ跳んで攻撃を回避していた。

ソウゴは突き刺している刀を抜くと、頭から飛び降り、正面から《ダロス・ザ・クロスギガス》を見据えた。

目に刀を刺された《ダロス・ザ・クロスギガス》は刺された部分を押さえ、「ヴォーーー!!」と雄叫びを上げながらソウゴを睨むと、両腕のハンマーを振り下ろしてきた。

 

「たく、頭が二つあるせいで、うるささも二倍だな」

 

対するソウゴは、何処か鬱陶しそうな顔をしながら勢いよく跳び、《ダロス・ザ・クロスギガス》のハンマー攻撃を躱すと

 

「大人しくしてろ。でないと・・・テメェのハゲ頭を上手く料理できねぇだろうが」

 

《ダロス・ザ・クロスギガス》の両方の頭を刀で斬り刻んだ。

 

「す、凄い・・・」

 

「始めて使う武器の筈のなのにソウゴさん、使いこなしてる・・・」

 

使ったことのない筈の武器を手に入れてすぐに使いこなしているソウゴに圧倒されるハルトとコハル。

 

「そう言えば、お前たちには言ってなかったな」

 

その横でトウガが小さく笑みを浮かべながら話す。

 

「あいつの家、実は戦国時代に名を上げていた武士の家系なんだよ」

 

「はぁ!?それってつまり、侍の子孫!?」

 

「ああ、それであいつは小さい頃から、あいつの祖父の家で刀の構えや振り方について教わっていたんだ。だからこそ、SAOで始めて使う刀であっても、リアルで刀を使いこなしているあいつなら、ソードスキル発動に必要なモーションをほぼ完璧にこなすことができる」

 

「いや、だからといって、手に入れてすぐの武器を使いこなすなんて、できるわけ――」

 

「いや、SAOはモーションでソードスキルを発動させるんだ。リアルで培った経験がそのままゲーム内で反映されてもおかしくはないさ。それよりも、俺たちも早く加勢するぞ。いつまでもソウゴに任せっ切りなわけにはいかないからな」

 

リズベットは未だ納得してない顔をするが、トウガの言う通り、いつまでもソウゴ一人に《ダロス・ザ・クロスギガス》の相手をさせるわけにはいかないので、メイスを取り出し、攻撃に加わった。

タンク役をトウガやソウゴ、赤ずきん装備に着替えたアスナをはじめとする回避特価型の軽装備プレイヤーが引き受けてくれたお陰で、遂に《ダロス・ザ・クロスギガス》のHPをレッドまで削り切った攻略組。

 

「後、一撃!」

 

「これで終わらせるぞ!ソウゴ!」

 

「ok、止めは任せろ」

 

アスナの言葉と同時にトウガが《ダロス・ザ・クロスギガス》の足元に攻撃し体勢を崩す。

そして、既に攻撃体勢に入っているソウゴに止めの指示を出した。

 

「これで止めを刺す」

 

そう言うと、ソウゴは刀を鞘に戻し、腰に鞘を当てながら構えると、そのままの姿勢で《ダロス・ザ・クロスギガス》の首元の宝石目掛けて跳びかかった。

 

「ヴォーーー!!」

 

体勢を崩した《ダロス・ザ・クロスギガス》はこちらに迫ってきているソウゴを叩き落とそうと、ハンマーを持っている左腕を振り上げる。対するソウゴも構えを崩すことなく、《ダロス・ザ・クロスギガス》に接近し、そして――

 

「――っ!」

 

それは一瞬の出来事だった。

両者が交差し合う瞬間、何が起きたのか誰にも分からず、気づいたらソウゴは刀を抜いたまま後ろに着地し、《ダロス・ザ・クロスギガス》は左腕を振り下ろしていた。

誰もが事の結末を見守る中、ソウゴは左手で鞘を持つとゆっくりと刀を鞘に戻した。その直後

 

「ヴォ!?」

 

首元にあった宝石が真っ二つに斬られ、《ダロス・ザ・クロスギガス》も上半身が真っ二つになりポリゴン状に四散した。

居合斬りのソードスキル<(せい)(りゅう)(ざん)>。ソウゴが放った居合の一撃は、すれ違う瞬間に見事《ダロス・ザ・クロスギガス》の首元を捉え、弱点である宝石ごと真っ二つに斬った。

 

『勝ったーーー!!』

 

犠牲者無しの勝利に喜びの声を上げる攻略組。

 

「お疲れ、ソウゴ」

 

「ああ、キッチリ決めてやったぜ、リーダー」

 

互いに一言掛け合い、パン!とハイタッチするトウガとソウゴ。

その横でアスナがリズベットに歩み寄り、話しかけた。

 

「リズベットさん!さっきはありがとうございました!でも、どうしてここに・・・?」

 

「あんた達が行った後、とあるおせっかいな奴がやって来てね。『ボス戦にはその武器が絶対に必要だから急いで持っていってくれ』って頼まれたわけ。丁度その時、ソウゴの刀もギリギリ完成することができたし、正に一石二鳥ね!」

 

「完成することができたって、この一週間でアスナの武器だけじゃなく、俺の刀も作ったのか?」

 

「あったりまえでしょ!あたしは鍛冶師(スミス)。装備を必要としている人がいれば、どんなに難しい作業でもこなして、一刻も早く届けてやるのが筋ってモンよ!」

 

そう言いながら、ソウゴに向けて笑みを浮かべるリズベット。

ソウゴはしばらくの間自身の刀を見つめていたが、やがてリズベットに向かって頭を下げた。

 

「ありがとよ、リズベット。お前は俺にとって最高の鍛冶師(スミス)だ。この恩は絶対に忘れない」

 

「気になさんな。その代わり、またうちに依頼しに来なさいよね」

 

頭を下げ、感謝を述べるソウゴをリズベットはリピーター狙いの発言をしながらウィンクで返した。

すると、アスナがリズベットをスカウトしようと彼女に話しかけた。

 

「・・・リズベットさん。KoBの専属スミスになってもらえませんか?」

 

「・・・気持ちは嬉しいけど、やめとくわ。あたし、自分のお店持ちたいし、組織に属するのって、なんか堅苦しそうだから」

 

「そうですか・・・」

 

スカウトを断られ、少し残念そうな顔をするアスナ。

 

「でも、友達としてならいいわよ。なってあげるわよ。あんたの専属スミスに!」

 

「リズベットさん・・・ありがとうございます!これからよろしくお願いしますね」

 

「違うでしょ。あたしはあんたの友達として専属スミスになったのよ」

 

「!?」

 

リズベットの言葉にアスナは一瞬ハッとした表情になったが

 

「うん!これからよろしくね、リズ!」

 

友達になった自身の専属スミスに笑顔で応えた。

その笑顔はキリトと別れて以来、久しぶりに見せた彼女の最高の笑顔だった。

その後、彼女は「血盟騎士団」の面々(ついでにハルトとコハルも)と共に二十八層へ向かい、それを見届けたリズベットも二十七層の圏内に戻ろうとした時、ソウゴがおずおずと話しかけてきた。

 

「あぁ・・・一ついいか?その・・・だな、今まで出会った鍛冶屋の中で、お前は腕がいいし、信用できる・・・だから・・・」

 

「もう!勿体ぶってないで、さっさと言いたいこと言いなさいよ!」

 

リズベットの強気な姿勢に思わず怯むも、ソウゴは意を決したように言った。

 

「お前を・・・アスナみたく、俺の専属スミスにして欲しい」

 

「・・・最初っからそう言いなさいよ。ほら!あたしの専属スミスになるんだったら、あんたもアスナみたいにリズって呼びなさい!」

 

「あ、あぁ、分かった」

 

リズベットの豪快な姿勢に押されながらも、ソウゴはリズって呼ぼうとしたが

 

「あー・・・あ・・・?」

 

口を開こうとした瞬間、何故か声が出ず、何やら戸惑っている様子のソウゴ。

いつまでリズって言う気配がなく、リズベットが怪訝そうな顔をしたその時、ソウゴは突如地面に膝を付き、更に両腕も地面に付けながら頭を下げた。

 

「すんません。やっぱり、リズベットって呼ばせてください」

 

「ソウゴが土下座しただと!?」

 

滅多に、というか始めて見たソウゴの土下座にトウガは思わず叫んだ。

対する頭を下げられたリズベットは、戸惑いながらも「べ、別にいいわよ・・・!」と言いながらソウゴに頭を上げるよう促した。

ソウゴは頭を上げ、立ち上がりながら先程感じた不思議な感覚について考えた。あの時、彼女のことをリズって呼ぼうとした瞬間、自分は何故、あそこまで差恥感を感じたのかと。

理由については良く分からなかったが、なんにせよ、これで用は済んだと、ソウゴは思考を切り替えて仲間たちの所へ戻ろうとしたが、リズベットに肩を掴まれ制止させられた。

 

「それじゃあ、あんたの専属スミスとして、早速だけど・・・あんたの防具を作るから、それに必要な素材を取りに行くわよ!」

 

「・・・は?」

 

リズベットが言ったことが理解できず、ソウゴは疑問の声を上げる。

 

「は?じゃないでしょ。あんた、そんな軽装備でこのまま戦ってたら死ぬわよ。あんたの友達として専属スミスになったんだし、友達をそんな状態で最前線に送らせるわけにはいかないでしょ?」

 

「待て待て待て、いくらなんでも急過ぎねぇか!?確かに、こんな軽装備でフィールドを歩くのは良くねぇが、専属スミスになってからの展開が早すぎて心の準備ってモンが・・・第一勝手に行動することをトウガが許可してくれるかどうか・・・」

 

確かにボス攻略の途中で甲冑が壊れた為、今のソウゴの装備は金属が一切含まれていない軽装備となっているが、流石にボス戦が終わってすぐに素材集めは少しきつすぎる。

ソウゴは急過ぎる展開に戸惑いつつも、何とかこの場を凌ごうとしたが、ソウゴの言葉を聞いたリズベットがギルドリーダーのトウガに彼を連れていってもいいか許可を取ろうとした。

 

「ねぇ、あんたとこのロクでなし。特別に安い価格で防具作ってあげるから、しばらく借りてもいいかしら?」

 

「そうだな。どの道、こんな装備で最前線に出すわけにはいかないし、物のついでだ。思う存分使ってやってくれ」

 

「トウガ!コノヤローーー!!!」

 

ギルドリーダー(トウガ)の裏切りに思わず叫ぶソウゴ。

 

「ほら!リーダーからの許可も取ったことだし、早速行くわよ!」

 

そう言うと、リズベットはソウゴの服の襟を掴み、そのまま引っ張りながら部屋の出口に向かった。

その姿は某任○堂オールスターゲームXの○空の使者でDDKに無理やり引っ張られるFXやそうめんの姿を連想させた。

 

「あー・・・もう、どうにでもなれ・・・」

 

引っ張られていくソウゴは半ば諦めの表情でリズベットに連れて行かれるのであった。




・'あれら'
もはや人扱いしないトウガ

・<静流斬>
オリジナルスキル。SAOIFだと刀の星4スキル。本編でも描かれてた通り、居合斬りのソードスキル。

・某任○堂オールスターゲームX
発売から既に13年も経っている驚愕の事実。作者の中では一番に好きなシリーズでもある。


以上で二十七層編終了となります。
この後の番外編ですが、アンケートの結果、キリトさんランドとカオスランドが同率でしたが、ここはカオスランドにさせていただけます。それと、ブライダルイベント(二年目)のストーリーを基にした現状カップリング確認回の二本立てとなります。
というわけで次回、アリスランド(エイプリルフールイベント)をモチーフにしたストーリー、カオスランドをお送りします。


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カオスランド(前編)

お前もカオスにならないか?
この話を書くためだけにタグにクロスオーバーを追加する作者


とある圏内の酒場

ここにハルトとコハルはDKBリーダー、リンドに呼び出されていた。

 

「街中で行方不明者続出ですか?」

 

「ああ、この階層の街中で次々と行方不明者が出ているんだ。圏外ならともかく圏内となると事情が違ってくる。メッセージも届かないし、一応《黒鉄宮》の石碑も確認したが、行方不明者の中で横線が引かれた者は一人もいなかったよ」

 

リンドは今起きている出来事を一通り説明した。

圏内での神隠し事件。この層の街中で次々と行方不明者が続出しているという。

最初は普通の一般プレイヤーが消える程度で、そこまで話題にはならなかったが、トウガやザントといったトッププレイヤーをはじめとする実力者たちが次々と姿を消してき、遂には二大ギルドのリーダーの一人、キバオウまでもが行方不明になった。

事態を重く見たリンドは現在、トッププレイヤーであるハルトとコハルの二人に神隠しについて調査を依頼している。

リンドの説明を聞いて、ただ事ではないと感じた二人は早速神隠しについて調査することにした。

 

「ここが問題の市街地だね」

 

そう言いながら、コハルは神隠しが起こっている街中を見渡す。

見た感じ、これといった怪しいものは見つかっていない。

 

「とりあえず、ここら辺の聞き込みから始めよう」

 

「うん、住民に聞けば、何か分かるかもしれないしね」

 

二人は辺りの住民に神隠しについて聞き込みを始めた。

しばらく聞き込みをしていると、路地裏に辿り着いた。

 

「ん?何か聞こえてこない?」

 

二人に近づいてくる足音が聞こえ、コハルは足音がする方へ向いた。

ハルトも同じように振り向くと、そこにいたのは一人の女性だった。

 

「あのー、何か用ですか?」

 

「待って、何か様子がおかしい」

 

女性に近づこうとしたコハルをハルトが庇うように手で制した。

すると、二人を黙って見つめていた女性が口を開いた。

 

「タイプ:天然、遊び心カウンター62334、非常に適任」

 

「はい・・・?」

 

「タイプ:のんびり、遊び心カウンター23988、まあまあ適任」

 

「えっと・・・何か変?」

 

女性のわけ分からない言葉にキョトンとするハルトとコハル。

すると、女性は突如右手を開いて二人に向けた。

 

「喜びなさい、俗物。あなた方は《カオスランド》のゲストに選ばれました。それでは、転送開始」

 

「!? コハル!」

 

「きゃーーー!」

 

嫌な予感がしたハルトはコハルの手を掴み、距離を取ろうとしたが、直後、女性の右手から放たれた眩い光に二人は呑まれた。

そして、光が収まると、そこには誰もいなくなり、静寂だけが残った。

 

 

 

 

気がついたら、二人は見知らぬ場所にいた。

周りはどれもファンタジックな雰囲気を感じる建物ばかり建てられており、何処か遊園地を思わせるような場所だった。

 

「《カオスランド》におかえりなさいだにゃ~!」

 

見知らぬ景色に困惑していると、二人に声を掛ける者が現れた。

声がした方へ振り向くと、頭に猫耳を付けたメイドがいた。

 

「えっと・・・どなたですか?」

 

「にゃはマスターから《カオスライズNo.21》って呼ばれているにゃ」

 

「カオス・・・ライズ?」

 

「《カオスライズ》は生きている中でカオスのみを楽しむために作られた存在だにゃ。にゃはスペックが低いから、遊園地を猫耳メイド服で案内をするっていうカオス度が低いことしかできないけど、上位《カオスライズ》には、目を光らせて、その目を見た人間を操って、あんなことやこんなことをする個体や、架空の女を探し続けている個体や、矢で何回も打たれても、謎のポーズを取りながら倒れると復活する個体もいるんだにゃ」

 

「すみません、ちょっと意味が分からないです」

 

コハルが半ば疲れた様子で言うと、《カオスライズ》は向こうに立てられている立て看板を指差した。

二人はその看板の所へ向かう。そこに書かれていたのは――

 

『《カオスランド》圏内でカオスを楽しまない者は、原則的にカオス目録違反です』

 

「・・・なにこれ?」

 

コハルは再度疲れた様子で小さく呟いた。

その横でハルトはまじまじと看板を見つめていたが、パンッと両手を叩いて口を開いた。

 

「よし!それじゃあ、早速ここら辺を探索しよう。ひとまず、コハルはさっきの人みたいに猫耳メイド服に着替えて――」

 

「ちょっと待って!なんで、さっきの人が着てたメイド服に着替えないといけないの!?あの服を着ながら歩き回るなんて、流石に恥ずかしいよ!」

 

ハルトから発せられたトンデモ発言に物凄く反応するコハル。

対するハルトは、首を傾げながら喋る。

 

「なんで?ここはカオスを楽しまないと、カオス目録違反として罰せられるんでしょ?だったら、探索しながらカオスを楽しんでいかないと」

 

「いや、探索するのはまだいいとして、カオスを楽しむって何!?そもそもカオスになるってことからして意味が分からないよ!」

 

訳が分からない(コハルにとって)ことを言い出したパートナーにツッコミを入れるコハル。

すると、突如二人の目の前に先が見えない黒い穴のようなものが現れた。

突然現れた謎の穴に警戒してると、穴の奥からこちらに近づいてきている影が見えた。

 

シュッ!

 

「キバオウ!」

 

その黒い穴からはキバオウ――

 

「――の顔だけ!?」

 

の顔だけ現れた。

突如現れた顔だけキバオウに戸惑う中、顔面キバオウは二人の方を見つめながら、何やら呟く。

 

「シンギュラー、ユニット、デデ・・・ちゃう。えっと・・・せや、デティクテッドや。デティクテッド、アイディ、トレーシング、コーデネート、フィクスト、レポート、コンプリート・・・チクっといたで」

 

「誰に?」

 

ハルトの質問の答えは、突如二人の周りにポップした複数の女性によって明かされた。

 

「カオス目録違反を確認。カオスを楽しんでいない者たちがいる模様。違反者として認識します」

 

「「違反者・即・滅砕!!!」」

 

一人の女性がそう言うと、残りの女性二人が謎の掛け声と共に襲ってきた。

 

「これって・・・もしかして!?」

 

「戦闘準備!構えて、コハル!」

 

「わあああ!やっぱり!?」

 

ハルト達は咄嗟に武器を構え、応戦する。

エネミーを思わしき女性は、そんなに強くはなく、落ち着いて戦えば簡単に倒せる相手である。

しかし、戦っている二人の顔はあまりよくない。

 

「ダメ!倒しても倒しても、どんどん増えてくるよ!」

 

「流石にキリがないな・・・ここは一旦退いた方が良さそうかも・・・」

 

その理由は、いくら倒しても、人型エネミーの数は減るどころか増え続けているからである。

このまま倒し続けてもキリがないと思った二人は一度退こうと考え始めたその時

 

「こっちダ!」

 

二人を呼ぶ声が聞こえ、声がした方に振り向くと、アルゴがいた。

 

「アルゴさん!」

 

「食らエ!ECMグレネード!」

 

アルゴはグレネードのようなものを人型エネミーの集団に目掛けて投げつけると、グレネードから大量の煙が吹き出した。

すると、人型エネミーは突如動きを止め、次々とその場に膝をついた。

 

「今のうちダ!逃げるゾ!」

 

「は、はい!」

 

アルゴに言われ、二人は走り出し、その場から退いた。

しばらくの間、走り続けて、追手が来てないのを確認すると、アルゴを含む三人はホッと息を吐いた。

 

「追手は捲いたナ。休んでいいゾ」

 

「ハァ、ハァ・・・助けていただいて、ありがとうございます」

 

呼吸を整えながら、アルゴにお礼を言うコハル。

その隣でハルトがアルゴに問う。

 

「アルゴって、いつからここにいたの?」

 

「そうだナ・・・ざっと、二日くらいかナ。色々と聞きたいことがあると思うから、ひとまず、オレッチが二日間ここにいて得た情報を説明するヨ。勿論、料金はタダにしとくゼ。状況が状況だしナ」

 

そう言うと、アルゴは今ここで起きていることについて説明し始めた。

ここ、《カオスランド》では、ありとあらゆる常識を覆したカオスによるカオスのための楽園であり、カオスに関する決まり事、所謂禁忌目録みたいなものが存在している。

もし、それを破り、先程の人型エネミーとの戦いに敗れ、捕まってしまうと、《カオスライズ》というカオスであり続ける存在。アルゴ曰く、黒歴史とも言える恥ずかしい人格になってしまうとのこと。

 

「今のところ、あまり有力な情報は掴めてないけど、さっき、メイド服の《カオスライズ》が言ってたマスターって単語。もしかしたら、ここから出る方法をそのマスターって奴が知っているのかもしれないけド・・・」

 

アルゴは少し言い淀んだが、意を決するかのように喋った。

 

「そのボスを倒そうとしたトウガ達は、みんな返り討ちにあって、《カオスライズ》にされたんダ・・・」

 

「トウガさん達が!?」

 

「なるほど・・・ここ最近、トウガや他の皆との連絡が取れなかったのは、皆ここに来て、《カオスライズ》にされてたってことか・・・」

 

コハルが驚き、ハルトが納得したかのように一人呟く。

ここ最近、プレイヤーが行方不明になる事件の真相は、皆ここに連れて来られて、《カオスライズ》にされてたからである。

 

「今のオレッチ達にできることは、プレイヤーの《カオスライズ》化を引き起こしている原因を突き止めて、無事に元の世界へ帰ることだナ」

 

「うーん・・・そうなると、少しでも味方を増やしておきたいかな」

 

「そうだね。皆を元に戻しながら、この事件の黒幕を暴き出そう」

 

「簡単に言うけど、《カオスライズ》にされた人間は、話の通じる相手じゃないゾ。いったい、どうやって元に戻すつもりなんダ?」

 

アルゴが険しい表情をしながら警告する。

それに対して、ハルトはきっぱりとした顔で言う。

 

「勿論、説得するよ。話が通じないんだったら、通じるまで何度でも」

 

「・・・できるとは思えなイ。けど・・・ハル坊の自信に賭けてみるカ」

 

アルゴは後ろに回り、顔を後ろにいるハルトに向けた。

 

「それじゃあ、さっさと行こうゼ。案内するから、ついてきてくレ」

 

そう言うと、アルゴは歩き出し、二人も後に続いた。

 

 

 

 

「トウガがいるのはこの屋敷、《ウィアード・スクエア》の中ダ」

 

アルゴが目の前に立ってある屋敷を見上げながら喋る。

ハルト達は辺りに《カオスライズ》がいないか、警戒しながら屋敷の中に入っていく。

屋敷の中は薄暗く、けれども何処かメルヘンチックな雰囲気を感じた。

そんな屋敷を進んでいくと、広間の中央に『可愛くない禁止』と書かれている立て看板が立てられていた。

 

「わー・・・凄く嫌な予感がします・・・」

 

「可愛いを楽しめってことかな?」

 

コハルがめんどくさそうな表情で看板を見つめ、ハルトが看板を見ながら思案していると、三人に声を掛ける者が現れた。

 

「よお!お前らも猫耳メイドちゃんに惹かれて、ここに来たのか?」

 

「クライン!!」

 

声を掛けてきたのはクライン。

久しぶりに見たクラインに安堵するハルト。

 

「うわー・・・嫌な予感がすル・・・」

 

そんなハルトとは対象に、冷めた目でクラインを見つめるアルゴ。

 

「どうしたんだよ?そんなギャグで滑った芸人を見るような目で人のことを見つめてよぉ」

 

「・・・別に、ただオチが見えただけダ」

 

「はぁ!?オチってなんだよ!」

 

冷めた目で自分を見つめるアルゴにクラインが更なる理由を問いだそうとしたその時

 

「ジジ・・・ジジジジジジ・・・」

 

「キバオウ!?また来た!」

 

またもやキバオウが顔面のみで現れ、ノイズ混じりの声で何やら言おうとした。

 

「シンギュラー、ユニット、デティクテッド・・・なんやったけ?」

 

「・・・アイディ」

 

何やら忘れていたようなので、ハルトがフォローした。

 

「せやった!アイディ、トレーシング、コーデネート、フィクスト、レポート、コンプリート――」

 

「アッハッハッハ!なんだ、このキバオウ。顔だけじゃねぇか」

 

クラインが笑いながら、未だシステムコールを唱えているキバオウのほっぺたを両手でつねる。

 

「あ、コラ!ほっぺをつまむなや!」

 

「顔だけになっても偉そうだな」

 

「・・・チクっといたで」

 

「誰にだ?」

 

顔面キバオウのほっぺをつまみながら、疑問の声を上げるクライン。

すると、クラインの周りに複数の猫耳メイドが現れた。

 

「カオス目録違反を確認。可愛くない者がいる模様。違反者として認識します」

 

「「違反者・即・滅砕!!!」」

 

先程と同様、謎の掛け声と共にメイド達は一斉にクラインに襲い掛かった。

 

「ちょ、可愛くない者って俺のことか!?って、うわぁぁーーー!!」

 

「クラインさんが襲われちゃった!早く助けないと《カオスライズ》にされちゃいます!」

 

襲われるクラインを見て、コハルが助けようって視線を二人に向けたが

 

「面白いから、そのままデ」

 

「右に同じ」

 

「えぇーーー!?」

 

まさかの放置という二人の選択に驚くコハル。

そうこうしているうちに、クラインの周りにいた猫耳メイドは離れていった。

一方、囲まれていたクラインはというと、いつの間にか床に座り込んでおり、言葉も発さずに黙っていたが、いきなり仰向けに倒れ

 

「ばぶぅばぶぅばぶぅ!アパパパ☆」

 

何処から取り出したのか、おしゃぶりを口に銜えながら無我夢中で手足を動かし、その場で赤ちゃんプレイをし始めた。

 

「これはひどい・・・」

 

「これが《カオスライズ》の恐ろしさダ。お前たちも油断してると、こんな風にされちまうゾ」

 

「自分がこうなったと思うと、ゾッとしますね」

 

おっさんの赤ちゃんプレイを見せられ、ドン引きするハルトとコハル。

 

「フハハハハハ!!」

 

「え?こ、この声は!?」

 

すると、何処から高笑いが聞こえ、聞き覚えのある声にコハルが反応した。

その直後、屋敷の階段から足音が聞こえ、ハルト達が振り向くと、そこには

 

「カオスが全てのこの楽園でカオスにならない愚か者共よ!この私、トウーガ・ブリタニアが貴様らをカオスにしてくれよう!」

 

全身スーツマントに黒仮面を付けているトウガと思わしき少年と

 

「フフッ、素敵なドレスを着ただけでこの可愛いさ・・・ああ!僕はなんて罪深いんだろう!」

 

水色のドレスを着て、優雅に紅茶を飲んでいるコノハがいた。

 

「・・・えっと・・・二人共、なんかものすごーく人格が歪んでません?ていうか、もはや別人になってません!?」

 

「別人になってる分、厄介度がかなり増してるナ。ところで、《カオスライズ》になった連中を説得してみせるって、どっかの誰かさんが言ってたけド・・・」

 

「ごめん、無理」

 

「諦めるの早すぎぃ!?」

 

あれほど説得する気満々だったハルトだが、先程カオス化したクラインともはや別人と化したトウガとコノハを見て、そのやる気は一瞬で消し飛んだ。

 

「まあ、こうなることは分かってたことダ・・・こうなったら、プランBで行くゾ」

 

「どうするんですか?」

 

「物理ダメージで説得すル」

 

「・・・力尽くってことですね」

 

「よし、乗った」

 

「気持ちの切り替えが早すぎるよ!」

 

先程まで説得モードだったのに、一瞬で戦闘態勢に入ったハルトにコハルがツッコむ。

しかし、ハルト達が戦闘態勢に入ったのを見たトウガは、突如バッと両腕を広げた。

 

「フッ、そう簡単に私を倒せると思うな。トウーガ・ブリタニアが命じる!貴様たちは・・・カオスになれ!!」

 

その直後、仮面の一部分が開き、そこから見えたトウガの目が赤く輝いた。

 

「うわぁーーー!!」

 

光り輝く赤い目に成すすべも無く、ハルトは自分の顔を両腕で覆い隠すことぐらいしか抵抗できなかった。

随分光っていたが、やがて光が止まり、ハルトは恐る恐る己の体を見た。

 

「うぅ・・・あれ?何も起きてない・・・?」

 

見た感じ、体が大きくなったりなど異常は見られず、精神面に関しても特におかしいところは見当たらない。

精神共に異常が無い自分の姿にホッとしながら、ハルトはアルゴの方を見た。

 

「・・・え?」

 

そして絶句した。

 

「ん?どうしタ?」

 

なぜなら・・・彼女の姿は二つ名の《鼠》そのものと化していたからだ。

 

「えぇーーーーーー!!?」

 

「どうしたんだヨ?さっきから人の体をジロジロと見つめテ」

 

驚くハルトをよそに、疑問の声を上げながらハルトを見上げる黄色いネズミ姿のアルゴ。

 

「大変だコハル!アルゴが本物のネズミに――っ!?」

 

そして今度はコハルの姿を見て、またしても言葉を失ってしまう。

 

「ちょっと黙ってて。今いちごタルトを食べてる途中だから」

 

コハルは無表情で何処から出してきたのか分からない大量のいちごタルトを食べていた。

その目にはいちごタルトにしか目が無く、ハルトのことなど眼中に無いように無我夢中でいちごタルトを食べるコハル。

 

「バブー、バブー!」

 

そして、相も変わらずベビープレイをしているクライン。

屋敷に入ってから僅か数分で、この屋敷は、猫耳メイド数名、女装男子、全身黒マントの仮面の男、黄色のネズミ、いちごタルトを夢中で食べる少女、ベビープレイをするおっさんが集うカオスな場と化した。

 

「残酷だ・・・この世界は・・・!」

 

このどうしようもない状況にハルトは膝から崩れ落ちる。

すると、ネズミと化したアルゴがハルトに話しかけてきた。

 

「しっかりしろハル坊!今、この状況を何とかできるのはお前だけダ!」

 

「え?アルゴ、もしかして自我はあるの?」

 

「何言ってるんダ。オレッチは最初っからオレッチのままだぞ」

 

どうやら、カオス化しても目的は忘れていない様子のアルゴ。

それを見たハルトは自分のやるべきことを思い出し、体をトウガの方へ向けた。

 

「トウガ、悪いけど、少しの間だけ痛い目にあってもらうよ」

 

「ふっ、いいだろう!貴様はこの俺が直々に仕留めてやろう!さぁ、かかってくるがいい!」

 

そう言うと、トウガはハルトに向かって走り出した。

対するハルトは迎え撃とうと、拳を構える。しかし、こちらに迫ってくるトウガを見て、違和感を感じた。

 

「(あれ?なんか、動き遅くない?)」

 

それは、トウガの移動速度である。

普段は攻略組一のスピードを持つトウガだが、このトウガは攻撃を回避するスピード以前にこちらに迫ってきている速度が圧倒的に遅かった。

そのため、トウガが放った(へなちょこ)パンチを簡単に躱したハルトはカウンターに、トウガが付けている仮面ごと彼の顔を思いっ切り殴った。

 

「ぐぁーーー!!」

 

すると、トウガは思いっ切り宙を舞いながら地面に激突すると、そのまま倒れてしまった。

 

「え?」

 

一発でノックアウトされたトウガに再度困惑するハルト。

ハルトは知らないが、カオス化したトウガのステータスは本来のステータスよりも遥かに下がっており、数百メートル走っただけでばててしまう程のクソ雑魚ステータスと化している。

そのため、普段なら攻略組で一番の瞬発力を持っているトウガでも、弱体化したステータスのせいで、いつもの何倍もの力が発揮できず、トッププレイヤーのハルトの前では、一瞬で倒されてしまうくらい弱くなっていた。

 

「ば、馬鹿な・・・この俺が・・・!」

 

「えぇ・・・」

 

「俺は・・・世界を、壊し・・・世界を・・・創る・・・」

 

そう言うと、トウガは動かなくなってしまった。

あっさりとついてしまった勝負に困惑するハルトだが、カオス化しているのはトウガだけじゃないことに気づき、すぐさまコノハの方へ向かう。

ハルトの接近に気づいたコノハは、己の体を抱き、何故か恍惚の顔で震え始めた。

 

「ああ、僕を倒して、あれやこれやする気なんだね・・・?」

 

「え?いや、そんなつもりは・・・」

 

「・・・(ポッ)」

 

「頬を赤らめないでくれない!?」

 

何やら新しい世界の扉を開こうとしているコノハにハルトが慌てて制止する。

すると、ネズミと化したアルゴがハルトの足をツンツンとつついた。

ハルトが下を見下ろすと、アルゴの手にスプレーのような物が持たれていた。

 

「ハル坊、これを使エ。《カオスライズ》にされた人間を元に戻すクスリダ」

 

「いや、あったんかい」

 

元に戻す手段があっさりと見つかり、思わず関西弁でツッコむハルト。

その後、アルゴからスプレーを渡されたハルトは、トウガとコノハ、コハルやクラインといった《カオスライズ》にされたプレイヤーをスプレーを使って元に戻すことができた。

 

「・・・ん?俺は今まで何を・・・?確か、複数の猫耳メイドちゃんに襲われて、その後・・・何してたっけな・・・」

 

「あれ?私・・・確か、トウガさんの目が赤く光ったと思ったら・・・あれ?なんでだろう・・・その後の記憶が全然思い出せない・・・」

 

「・・・思い出さない方がいいと思うよ」

 

「うぅ・・・俺は・・・確か、ここで猫耳メイドに会ったと思ったら、急に眠くなって・・・」

 

「あれ・・・?確か、僕はトウガ君と一緒にここに来て、それで・・・」

 

「どうやら二人も目が覚めたみたいだナ」

 

スプレーを使った後、アルゴ以外の四人は倒れたが、しばらくすると目を覚まし、カオス化されたことを忘れているのか、ぼやけた顔で辺りを見渡す。

アルゴは事情を知らないトウガとコノハに今の現状について説明した。

 

「なるほど・・・そういうことなら、俺たちも手を貸さないわけにいかないな」

 

「その《カオスライズ》にされた人達を元に戻す作業。僕たちも手伝うよ」

 

「よし、この調子で他の皆も元に戻そう」

 

二人がついてくることを確認したハルト達は次なる目的地へと向かうのであった。

 

 

 

 

「ここから先は《オリエンタル・スクエア》ダ」

 

「なんか、十層の街を思い出すね」

 

そう言いながら、コハルは辺り一面和風尽くしの建物を見渡す。

次なるエリア、《オリエンタル・スクエア》は十層の圏内みたく、和風の建物ばかりが立ち並ぶ和の街だった。

街中には着物姿の《カオスライズ》があちこちにおり、普通に生活している様子が見受けられる。

街並みを見渡していたハルト達だが、コハルが着物の女性の隣に座っている人物に反応した。

 

「あれって・・・エギルさん!」

 

白い肌が多いこの街で黒人であるエギルは異質な存在感を放っていた。

エギルに気づいたハルト達は彼の下に駆け寄ると、エギルはハルト達に気づいて、こちらに顔を向けた。

 

「よぉ、お前ら。よくここまで無事に辿り着けたな」

 

エギルと合流したハルト達は、ひとまず彼が休んでいたお茶屋で休憩することにした。

各々が注文をし、頼んだ菓子が来るまで待っている間、コハルがある看板を見つけた。

 

「ん?なんだろう、この看板?えっと・・・横文字禁止?」

 

「それって、カタ――」

 

「それ以上、喋るんじゃない!」

 

ハルトが'カタカナ'と言おうとした瞬間、キリトが物凄い剣幕で言葉を発するのを制止した。

物凄い剣幕で制止したキリトにトウガが問いかける。

 

「どうしたんだ?キリト。何か言ってはいけない言葉でもあったのか?」

 

「このエ・・・区間は、一番危険な場所だ。一言でも外来語を使えば、カオ――違反となり、洗脳されて、恥ずかしい自分にされてしまうんだ。もし、少しでも口を滑らして、カタ――外来語を使えば終わりだ」

 

「そ、そうだったんだ。危なかった・・・」

 

危なくカオス化するところだったハルトはホッと安堵した。

ちょうどそこへ、店の店員が、頼んだ茶菓子を運んできた。

 

「注文の品、お待ちしましたえ」

 

「おーい、この'スープ'、おかわりを頼めるか?」

 

『あっ』

 

エギルが発した外来語に全員が反応する。

しかし、時すでに遅し。またもや、顔だけキバオウが現れ

 

「シン――」

 

「横文字禁止どすえ」

 

「・・・以下省略や」

 

「それでいいんだ・・・」

 

横文字禁止の為、システムコールを省略したキバオウにハルトが呟く。

その間にも、いつの間にか現れた着物の姿の《カオスライズ》がエギルを囲み、何やらし始めた。

 

「うわああーーー!!」

 

「エギルさんが襲われちゃった!助けないと!」

 

「面白いから、そのままデ」

 

「右に同じ」

 

「お前ら鬼か」

 

またもや静観を決め込んだアルゴとハルトにトウガが呆れるように呟いた。

しばらくすると、周りにいた《カオスライズ》はいなくなり、囲まれていたエギルはというと

 

「へい!らっしゃい!」

 

いつの間にか頭にねじり鉢巻きを巻き締めて、その場でマグロの解体ショーを始めた。

本場の職人の如く、本格的にマグロを解体していくエギル。その様子を呆然と眺めていたハルト達だったが、キリトが口を開いた。

 

「・・・注目が向こうに集まっている内にこの店を離脱しようぜ」

 

「そ、そうだね・・・」

 

キリトの提案に誰もが賛同し、全員が店から離れようとしたその時

 

「カンロジ?カンロジなのか!?」

 

「え?」

 

コハルに向けて声を掛けられ、声がした方へ向くと、そこには口元に包帯のようなものを巻き、白黒の羽織を着ているソウゴが驚愕の表情でコハルを見ていた。

 

「カンロジ、どうしてここに?一人で逃げ出してきたのか?」

 

「えっと・・・ソウゴさん、ですよね?どうしたんですか?なんか、ちょっと怖いですよ!後、カンロジって誰ですか!?」

 

訳が分からないことを言いながら近づいてくるソウゴに、コハルが困惑していると

 

「ヴっ!?」

 

トウガがソウゴに近づき、無言で腹パンした。

 

「彼女はカンロジではない」

 

トウガが静かにそう言うと、ソウゴはそのままうつ伏せに倒れた。

 

「今のうちにと・・・」

 

その隙にハルトが駆け寄り、ソウゴに正気剤をかけると

 

「うぅ・・・ここは、どこだ?」

 

トウガ達と同様、ソウゴは元の姿に戻ると同時に顔を上げた。

状況が理解できず、困惑しながら辺りを見渡すソウゴにトウガが説明する。

 

「事情は分かった。そうと決まれば、さっさと黒幕を倒しに行くぞ」

 

無事にソウゴを元に戻すことに成功し、ハルト達は《オリエンタル・スクエア》を抜け出して、次なる目的地へ向かおうとしたが

 

「あれ?そう言えば、エギルさんは?」

 

『あっ』

 

エギルを置いてけぼりにしていたハルト達は慌てて彼を回収しに戻るのであった。




・顔面キバオウ
エイプリルフールイベントで毎年運営のおもちゃにされるキバオウ。今年はどんなキバオウが見れるのだろうか。

・トウーガ・ブリタニア
元ネタは「コードギアス」のルルーシュことゼロ。ギアスに関してはカオス化のせい、とだけ言っておきます。

・いちごタルトを大量に食べるコハル
元ネタは「ロクでなし魔術講師と禁忌目録」のリィエル・レイフォード。つまり、中の人ネタです。

・マグロを解体するエギル
もはや何も語るまい。

・「彼女はカンロジではない」
・無言の腹パン
妹と親友と故郷を失って、笑顔にさせられた黒咲さんはマジで泣いていい。


次回に続く・・・


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カオスランド(後編)

一週間以上掛かると思った?四日で済んじゃうんだなこれが!(ある程度、書いてから前編、後編に分けたので、早めに投稿できました)
プログレッシブ新PVに出てきた新キャラ、途中で死にそうって思ったのは作者だけだろうか?
カオスランド後編です。


「次のエリアは《ヒットマン・スクエア》ダ。ここは《カオスライズ》も少ないし、すぐに突破できると思うナ」

 

そう言いながら、アルゴは誰もいない街並みを見渡す。

《ヒットマン・スクエア》は他のエリアを違って、現代風の建物ばかりが並んだ現実世界の都会みたいな感じのエリアだった。

そんな現実世界の懐かしさを感じるエリアを難なく進んでいくと、通りかかった建物の中から声が聞こえてきた。

 

「なんか静かっすね~町の中には《カオスライズ》は見当たらないし、《オリエンタル・スクエア》とはえらい違いだ」

 

「ああ、《カオスランド》の戦力は軒並み向こうに回してんのかもな」

 

声がした方へ振り向くと、赤いスーツを着たカズヤと緑のジャケットを羽織っているレイスが会話しながら、建物の外へ出ようとしていた。

 

「まっ!そんなのもう関係ないっすけどね!」

 

「上機嫌だな」

 

「そりゃそっすよ。みんな助かるし、タカキも頑張ってたし、俺も頑張らないと」

 

「ああ、俺たちが今まで積み上げてきたものは、全部無駄じゃなかった。これからも、俺たちが立ち止まらない限り、道は続く・・・」

 

そして、彼らが外に出たその時

 

シュッ!

 

「っ!?」

 

唐突にポップしてきたヒットマン・・・の恰好をした複数の《カオスライズ》が銃・・・ではなく弓矢を構え、二人目掛けて矢を放った。

カズヤは咄嗟にレイスを自分の体に覆い被せるようにして庇う。丸見えとなったその背中に矢が次々と刺さっていく。

 

「団長?何やってんだよ!団長ぉ!!」

 

「ヴぅ!?ヴァーーーーーー!!」

 

レイスの叫び声が響く中、カズヤは拳銃・・・は無いので、ストレージから盾を取り出し、《カオスライズ》へ突っ込んでいった。

盾を前に出しながら突っ込んでいる為、矢は次々と盾に跳ね返されていく。カズヤはそのまま《カオスライズ》の方まで突っ込んでいき、その勢いで《カオスライズ》達をボウリングみたいに吹き飛ばした。

飛ばされた《カオスライズ》達がポリゴン状に四散していく中、カズヤは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「なんだよ・・・結構当たんじゃねぇか・・・」

 

「だ、団長・・・?」

 

ふらつきながらも堂々としているカズヤの後ろ姿を見ながら、いつの間にかカズヤに近づいてきたレイスが膝を付き、震えながら声を出す。

 

「ああ・・・あああ・・・!」

 

「なんて声、出してやがる・・・レイスぅ・・・!」

 

「だって・・・だって!」

 

すると、辺り一帯に突如ピアノのような音色が鳴り始めた。

 

「これって・・・ピアノの音?」

 

「これは・・・どっかで聞いたことがあるような、ないような・・・」

 

「とりあえず、今のうちに二人を戻そっか」

 

ピアノの音色と突如始まった謎劇場に皆が困惑する中、一人マイペースなハルトは正気剤を取り出し、二人にかけた。

しかし、二人はトウガ達の時と違って、何故か倒れず、そのまま続けていく。

 

「俺は・・・紅の狼団長、カズヤ・イツカだぞぉ・・・こんくれぇなんてことはねぇ・・・!」

 

「いや、何勝手に団長に昇格してるんだ?紅の狼の団長は一応俺だからな」

 

カズヤの言葉にトウガがツッコんだ。

 

「そんな・・・俺なんかのために・・・!」

 

「団員を守んのは俺の仕事だ・・・!」

 

「でも・・・!」

 

「いいから行くぞ!」

 

泣きながら喋るレイスの声に力強く返しながらカズヤはゆっくりと歩き出す。

辿り着く場所なんていらない。ただ進み続けるために・・・

 

「俺は止まんねぇからよ。お前らが止まんねぇ限り、その先に俺はいるぞ!」

 

そう言った途端、カズヤはうつ伏せに倒れ、人差し指を指した左手を上に上げた。

 

「だからよ・・・止まるんじゃねぇぞ・・・」

 

そして、そのまま動かなくなってしまった。

レイスもまた、泣いている最中に、正気剤が効いてきたのか、その場に倒れた。

謎劇場が終え、すっかり観客の立ち位置で見ていたハルト達は突然始まった謎劇場にどう反応すればいいのか分からなかった。

 

「えっと・・・なにこれ?」

 

コハルが代表して疑問の声を上げる。他の面々も同様に困惑の表情をする。

しかし、ハルト、トウガ、ソウゴの三人だけは真顔で見つめていると思いきや、ふとトウガが口を開いた。

 

「・・・このアニメ、一期はあんなに良かったのに二期で一気に株落としたよな」

 

「ああ、特に二期後半のダインスレイブゲーは当時見てて、マジでムカついた」

 

「僕は中の人がユ○ジオの声をやっているキャラがしぶとく生き残った挙句、最終回で死んだところかな。あんなに改心する素振りをしといて結局死ぬなら、兄貴が特攻した時に一緒に死んどけよって思ったね」

 

「分かるぞ、その気持ち。でも、一番はやはり、主役級のキャラが通りすがりのヒットマンに突然襲われて死ぬシーンだろ。死なせるのは別に構わないが、作品がガンダムなんだし、せめて戦場で死なせてやれよって思ったな」

 

「ホントっそれな。シノも言ってたしな。『死ぬならせめて、戦いの中で銃口に向かって死んでこい』って」

 

「それはシノじゃなくシノ○のセリフだろ」

 

「どっちも微妙に違うと思うけど・・・」

 

「そもそも誰なんですか?その二人」

 

先程から繰り出される三人の話についていけなくなったコハルは一言だけ喋ると、カズヤとレイスの方へ向かった。

 

「つって・・・あぁ?ここどこだ?」

 

「俺たち・・・いったい何を・・・?」

 

「良かった。二人共、元に戻ったんですね」

 

安堵してるコハルに困惑するカズヤとレイス。そこにアルゴが事情を説明すると、二人は少し顔をしかめながら喋った。

 

「・・・その黒幕。もしかしたら、知ってるかもしれねぇ」

 

「!? 本当ですか!?」

 

「はい、確か、俺たちが皆と分かれて行動してた時に、路地裏で何やらコソコソと話している声が聞こえてきてっすね。なんか『《カオスライズ》も順調に集まってますね。これで、計画は最終段階を迎えました』って言ってたっすよ」

 

カズヤとレイスの言葉を聞いて、色々と思案するコハル達。

 

「計画・・・いったいなんだろう?なにか、とんでもないことが起こりそうな予感がする」

 

「ひとまず、その黒幕って奴を探そうゼ。もしかしたら、まだ遠くには行ってないはずダ」

 

「おう、それなら俺が案内してやるよ」

 

「助かるよ。それと・・・そこの三人、いつまでもオルフェンズ雑談してないでさっさと行くぞ」

 

今だにオルフェンズ雑談をしているハルト達三人にキリトがしかるように言った。

一行はカズヤの案内の下、事件の黒幕がいると思わしき場所へ移動した。

 

 

 

 

「ごくごく、うんめぇ~!やめられへんわ~」

 

『・・・・・・』

 

カズヤに案内されて《セントラル・スクエア》にやって来たハルト達は無我夢中で水道の蛇口に口をつけて何かを飲んでいるキバオウに絶句していた。

そんなキバオウの隣に立て看板が立てられている。

 

『元老院印の栄養ドリンクは一回チクるごとに一口飲めます』

 

「なんでやねん」

 

訳が分からなすぎて、またもや関西弁でツッコむハルト。

すると、こちらに気づいたキバオウが驚愕の表情を向けた。

 

「なっ!?ジブンら、チクっといた筈や!」

 

「うん、チクられて襲われたよ」

 

「だったら無事なわけないやん!《カオスランド》では、上位《カオスライズ》は無敵なんや!」

 

「そうだよ。まあ、勝ったというより、ギャグ補正が強すぎたというべきか・・・」

 

「何を訳が分からんことを言っとるんや!大体、ジブンらの中に上位の《カオスライズ》が――」

 

キバオウが何やら言おうとしたその時、再び複数の《カオスライズ》が現れた。

 

「カオス目録違反を確認。真実を喋りすぎた者がいる模様。違反者として認識します」

 

「「違反者・即・滅砕!!!」」

 

「え?ちょ、ワイまだチクって――ぐあああーーー!!」

 

キバオウもまた、クラインやエギル同様、《カオスライズ》に襲われた。

 

「キバオウさんが襲われます!助けなきゃ!」

 

「面白いからこのままデ」

 

「右におな・・・ん?」

 

先程と同様、静観を決め込んだアルゴとハルトだが、ハルトが異変に気づき、アルゴを。正確にはコハルの腕を掴み、助けに行くのを止めようとしているアルゴを見つめた。

クラインの時もエギルの時も、助けに行こうとしたコハルに対して、静観を決め込んでいたアルゴだったが、腕を掴んでまで止めようとはしなかった。しかも、クライン達の時は興味深そうに笑いながら見ていたというのに、今のアルゴはコハルを行かせまいといった真剣な表情で止めている。

何故キバオウの時だけあんなに必死になって止めようとしているのか。キバオウが先程言おうとしてたことに何か秘密があるのか。

急に浮かび上がった疑問について考えていると、襲われているキバオウから僅かな言葉が漏れ出した。

 

「この中に裏切り者がおる。気ぃつけや・・・」

 

そう言った直後、キバオウは《カオスライズ》達に連れ去られてしまった。

その様子を黙って眺めていたアルゴが口を開く。

 

「裏切り者かァ、それは・・・」

 

「君のことだよね?アルゴ」

 

アルゴが言い切る前にハルトがアルゴのことを裏切り者だと言った。

 

「え?ハルト・・・?」

 

突然、アルゴを裏切り者呼ばわりするハルトにコハルが困惑する。

一方、裏切り者と言われたアルゴはというと

 

「フフッ、アハハハハハ!!」

 

突然、大声で笑い出したと思った次の瞬間、彼女の体が光に包まれた。

その光は姿を変えながら、徐々に大きくなっていき、やがて光が止むと、黄金色の巨大ゴーレムが姿を現した。

 

『これは愉快ね。いつから気づいたのかしら?』

 

見た目には似合わない女性らしい声で問いかけるゴーレムにハルトは特に驚いた様子もなく答える。

 

「グレネードを使った時と正気剤を取り出した時かな?後、《カオスライズ》にされても正気を保っていた時だね。特に《カオスライズ》に関しては、あれだけ自分を失うって言ってたのに、他の皆が正気を失っている中でアルゴ一人だけが正気を保っていたんだ。正直言って、かなり怪しかったよ」

 

『なるほど・・・人の言ったことをあっさりと真に受けるアホだと思っていたけど、中々鋭い勘を持ってるじゃない』

 

そう言うと、巨大ゴーレムの周りに複数の《カオスライズ》が現れ、ハルト達を囲むように位置付いた。

 

「くっ、囲まれた・・・!」

 

「うん・・・でも、さっきと違って、今はこんなにも味方がいるんだ。きっと、大丈夫さ」

 

焦るコハルと違い、心に余裕を持ちながら剣を構えるハルト。

しかし、ゴーレムは何処か楽しんでいるかのような声で喋り出した。

 

『そうかしらね。さっき、あなた達が戦ってた《カオスライズ》、あれでも本来の力の30%も出していないのよ。なんてったって、この子達を指揮しているのは、この私だもの。加減の操作なんてお手の物よ。さぁ、私の充実な(しもべ)たちよ!やってしまいなさい!』

 

ゴーレムがそう言った途端、周りにいた《カオスライズ》達は一斉に襲い掛かった。

 

「なっ!?」

 

「くっ!」

 

「っ!?」

 

ハルト、キリト、トウガの三人は驚異的なスピードに驚きつつも何とか防いだが、それ以外の面々は対処することができず、攻撃を食らってしまった。

すると、攻撃を食らった面々が次々とその場に倒れた。

 

「!? どうした皆!」

 

「これは・・・麻痺毒か!?」

 

キリトとトウガが声を上げる中、巨大ゴーレムは胸を張るように立ち

 

『さぁ、あなた達も私の充実な(しもべ)になりなさい!カオスレーザー!!』

 

胸部からレーザーのようなものを放ち、それは麻痺毒で倒れている者たちに直撃した。

 

「しまった!」

 

「くっ!皆は無事か!?」

 

攻撃をもろに食らってしまった彼らの安否を確かめるべく駆けつけるキリトとトウガ。

しかし、二人が駆けつける前に全員が立ち上がったと思った次の瞬間

 

「モグモグモグモグ」

 

「ばぶばぶ、アパパパ☆」

 

「儚い・・・!」

 

「へい!らっしゃい!」

 

「カンロジぃ!カンロジはどこだぁーーー!!」

 

「止まるんじゃねぇぞ・・・」

 

「車の用意できました!」

 

再び《カオスライズ》なってしまい、その場でやりたい放題し始めた。

 

「こ、これが《カオスライズ》か・・・聞いた話と実際に見たとじゃ、全然印象が違うな」

 

「・・・俺も少し前までは、あんな風になっていたのか・・・」

 

実際にカオス化する現場を目撃してしまい、戦慄するキリトとトウガ。

 

『さぁ!残りの者たちも始末しなさい!』

 

そこへ再度巨大ゴーレムの声が響き渡り、それに伴い《カオスライズ》達は再びハルト達に襲い掛かる。

ハルト達は強化された《カオスライズ》に対して何の対策もなく、そのことに焦りつつも応戦しようする。そんなハルト達に向かって、《カオスライズ》が一斉に跳び上がったその時、空中に巨大な斬撃が迸った。

 

『!?』

 

《カオスライズ》達は突如飛んできた斬撃を避けることができず、体を真っ二つに斬られた。

 

『な、何が起こった!?』

 

巨大ゴーレムが残骸と化した《カオスライズ》を見つめながら戸惑う。

そこに、一つの人影が現れた。

 

「よぉ、なんか面白れぇことしてんじゃねぇか」

 

「ザント!お前も来てたのか・・・え?」

 

「どうやら、間に合いましたね」

 

「その声・・・もしかして、マテル!?君もここに・・・ん?ましたね?」

 

自分たちの窮地を救ってくれた人物がザントであることを認識したキリトが彼の姿を見て、思わず声を漏らす。

その後ろで、マテルと思わしき声が聞こえたが、彼女の口調がいつもと違っていることに気づいたハルトは、声がした方へ振り向く。

そこにいたのは、首回りにふさふさの獣毛がついている灰色の革ジャンを胸元を開けて着ているザントと近未来的な雰囲気を感じる黒い半袖に黒のスカートを履いているマテルだった。

そして、ザントの頭には獣耳、マテルの頭には猫耳が付いており、更にザントには狼、マテルには猫と動物の尻尾が二人の後ろに付いていた。

 

「なぁ、ザント。お前、もしかして、ここに来る前に《カオスライズ》・・・さっきお前が倒した奴らに捕まって、色々されたりしてないよな・・・?」

 

「何言ってんだ?俺がこんな人形共に負けるわけねぇだろ。数が多かろうが、一体一体が雑魚すぎて話にならねぇぜ」

 

「・・・なんか、いつものザントと変わらないな。本当に《カオスライズ》になってるのか?」

 

《カオスライズ》になってないかキリトがおずおずと聞き出すが、普段と変わらない様子のザントに困惑した。

その隣で、今度はハルトが問いかける。

 

「ねぇ、ザント。ザントがいつも連れている狼の名前って何?」

 

「あぁ?んなの、ラピードに決まってんだろ」

 

「じゃあ、ザントがいつも使っている大太刀の名前は?」

 

「《蒼嵐》だが、どうしたんだよ?」

 

「じゃあ、前に圏内で性格が危うい女性プレイヤーから『斬ってください』って言われた時、最初に斬った体の部位はどこ?」

 

「そいつは確か、けつ――って、何言わせようとしてんだゴラッ!」

 

「どうやら、本物みたいだよ」

 

いくらか質問して、本物のザントだと認識し出したハルト。

しかし、キリトとトウガは未だ納得してない様子。

 

「・・・どう思う?」

 

「とりあえず、二人共カオス化しても、精神はカオス前とそんなに変わらなかったってことにしておこうぜ」

 

ひとまず、そういうことにしといた二人は、考えるのをやめて、目の前にいる巨大ゴーレムに目線を向ける。

 

「さて、後はこいつだけだが、どうやって倒すか・・・」

 

「迂闊に近づけば、《カオスライズ》にされるかもしれないしな」

 

巨大ゴーレムの対策について二人が頭を悩ませていると、その隣でマテルが口を開いた。

 

「心配いりません。あの敵にどれだけ近づこうが攻撃されようが、ハルトだけは攻撃を食らっても《カオスライズ》にはされません」

 

「え?僕?」

 

マテルから発せられた言葉に驚くハルト。

何故、自分だけが?と思っていると、その隣でマテルが説明し出す。

 

「彼はある理由によって、どんなに体をいじられようが、カオス化することは絶対にありません」

 

「とある理由って何?」

 

「正直に言えば、これを伝えることはハルトにとって残酷な真実になるかもしれません。しかし、今自分がどういう状態に陥っているのかを教えてやる事もハルトのためになるはずです」

 

「え、ちょっと本当に何?僕にとって残酷な真実っていったい何!?今の僕、なんか結構ヤバい状態になってるの!?」

 

深刻な顔で告げるマテルにハルトが困惑する中、マテルはその真実を告げた。

 

「ハルトがカオス化しない理由。それは・・・ハルトには'中の人'がいないからです」

 

「えぇ!?何その理由!?」

 

マテルから発せられた驚愕の真実にハルトは驚かずにはいられなかった。

 

「そういやぁ、俺らには中の人がいるが、お前だけ中の人について運営(作者)から紹介されたことは無かったなぁ」

 

「いや、確かに本家SAOIFの僕の声は色んな声優さんがやってるから、中の人が決められないって気持ちは分かるけど!」

 

「そもそも、俺ら二次創作のオリキャラと違って、お前・・・半分はそっち(原作)サイドのキャラだろ。何食わぬ顔でこっち(二次創作)側にいるけどよぉ、お前の設定や容姿は向こう(SAOIF開発チーム)が作った公式設定を参考に作ってるから、地質お前のことをオリキャラとして捉えていいのか、原作キャラとして捉えていいのか、運営(作者)自身も曖昧になってきてんだよ」

 

「そこはオリキャラとして捉えようよ!そりゃ、SAOIF側の僕は、性別の問題もあって、キャラが曖昧だけど・・・一応ここの僕は僕口調の天然キャラって設定なんだよ!」

 

ザントの言葉に猛烈に抗議するハルト。

すると、横から聞いてたトウガとキリトが何か思い出したような顔をしながら話し始めた。

 

「そう言えば、そっち(SAOIF)側のお前は、中の人どころか、容姿すらも曖昧な所がある気がするな。一応公式サイトにお前の容姿が載ってるけど、本家SAOIFの主人公自体がギャルゲーの主人公みたな要素があるせいで、第一層のボス戦以降一枚絵に出してもらえてなかったな」

 

「しかも、スキルレコードすらも未だに出されていない」

 

「挙句の果てに、βeater's cafe2021で行われたオリジナルスキルレコード募集で、運営(作者)お前(SAOIF主人公)のスキルレコードを作って応募したけど、発表の時に全然紹介してもらえなかったしな」

 

「スキルレコードに関しては運営(作者)の他にも何人かお前(SAOIF主人公)のやつを作って応募してくれた奴がいたのに・・・どんまい(憐れみの目)」

 

「やめてくれ!!これ以上、残酷な事実を告げないでくれ!!」

 

トウガとキリトから聞かされた非常な現実にハルトは耳を押さえながらしゃがみ込んだ。

 

「なんてことだ・・・僕はSAOIF開発チームの人達にとって、こんなにもちっぽけな存在だったのか・・・」

 

「諦めるのはまだ早いです」

 

落ち込んでいるハルトにマテルが声を掛ける。

 

「この小説でハルトが活躍するシーンを読者に見せれば、SAOIF民が増えて、きっとSAOIF主人公のスキルレコード化を望む声が大きくなると思われます」

 

「!?・・・そっか・・・そうだね。僕というSAOIF主人公がこの小説で活躍することで、本家の僕のことを皆に知ってもらえれば、スキルレコードの実装も無くはないかもしれない!」

 

そう言うと、ハルトは立ち上がり、正面に立った。

 

「そうと決まれば、やることはただ一つ。ここでお前を倒す!そして・・・SAOIFのスキルレコード化を勝ち取ってみせる!」

 

「いやー・・・この話で活躍したからといって、そう簡単にスキルレコード化はしないと思うけど・・・」

 

「そう言ってやるな。完全に二次創作のキャラである俺と違って、ハルトはSAOIF主人公というキャラから生まれたキャラであり、元々はSAOIF主人公という一人のキャラなんだ。竹内Pも生放送で紹介されなかった作品も含めてスキルレコード化を検討していくって言ってたし、SAOIF主人公のスキルレコードもいつか実装されるかもしれないな」

 

「その時は・・・温かく迎えてやるか」

 

キリトとトウガが何やら言っているが、今のハルトには目の前の敵にしか目が行ってない。

目の前には自分の背よりも遥かに大きい巨大ゴーレム。そんな強大な敵に臆することなく、ハルトは剣を構えながら宙に跳び

 

「竹内さん!僕に素敵なボイスと一枚絵!それとスキルレコードをお願いしまーーーす!!!」

 

叫び声と共に渾身の一撃を巨大ゴーレムにぶつけた。

その直後、斬りつけた部分から眩い光が溢れ出し、ハルトの目の前は眩い光に吞まれた。

 

 

 

 

「うぅ・・・ここは・・・?」

 

未だ覚めない目をこすりながら、ハルトは辺りを見渡す。

そこは、とある宿の一室であって、部屋の中にある大きいテーブルの上には食べ残しの料理とボードゲームや数冊の本が散らばっていた。

そして、床にはキリトやトウガなどといったハルトの知り合いが気持ち良さそうに眠っていた。

ハルトは未だおぼつかない頭で状況を整理する。

 

「(僕は確か、カオスランドという場所で巨大ゴーレムと戦っていたはず・・・)」

 

段々と思い出していき、ひとまずベットから出ようと足を床に付けたその時

 

「あっ、起きたんだね。おはよう、ハルト」

 

部屋の椅子に座っていたコハルがハルトに朝の挨拶をした。

ハルトは「おはよう」と挨拶を返すと、自分たちは何をしていたのかコハルに問いかける。

 

「忘れたの?第一回《始まりの町》即売会記念パーティーだよ。ほら、そこにあるボードゲーム。確か、タイトルがタイムトラベルAI戦争。未来から来たAIの地球侵略を阻止するためにプレイヤー達は三つのエリアで色んな効果があるスキルレコードって言うアイテムを集めながら自分を強化して、最後にAIを皆で協力して倒すってゲーム。ハルトなんて、スキルレコードが一個も来なくて、すぐにやられちゃったじゃん」

 

コハルの説明を聞いて、ハルトの頭の中にある情報が一気に整理ささった。

先程、自分が見ていたものは全て、このゲームを題材とした夢であること。だからこそ、ゲームに出てきた単語が夢の中でも出てきて、経緯は少し違えど、AIの侵略を阻止するために三つのエリアを回って、最後にAIを倒すというシナリオは、あの夢で体験したことそのものであった。

頭の中にあった疑問が一気に解消され、ハルトは納得したかのように微笑んだ。

 

「そっか・・・だから・・・」

 

「何の話?」

 

「・・・夢の話だよ」

 

「アハハ、変な夢を見たんだね。朝食の準備をしてくるから、その間に皆を起こしておいてね」

 

そう言うと、コハルは部屋を出て、下に降りていった。

残ったハルトは朝食ができるまでに未だ寝ているキリト達を起こすのであった。

こうしてまた、彼らの新しい一日が始まる。




・「だからよ・・・止まるんじゃねぇぞ・・・」
※CVは小林裕介さん(スバルボイス)です。

・シノとシノ○
オルガ「シノォーーーーーー!!!」
キリト「シノォーーーーーー○!!!」

・カオス化してもそんなに変わらないザント
ザントの性格自体がダンまちのベートを戦闘狂にしたようなもんだからね。

・中の人がいないハルト
個人的にはグランボイスの小野友樹さんかルフレ(♂)ボイスの細谷佳正さんがいいと思っている。SAOIFの主人公ボイスだと、どれも僕口調のハルトに合わなそうだし。そもそも中の人分からないし。

・夢オチ
ですよね~


βeater's cafe2021で行われたオリジナルスキルレコード募集で、作者がSAOIF主人公のスキルレコードを作って応募したけど、発表の時に全然紹介してもらえなかった時の作者の心情
作者「絵心が欲しい・・・」


今回カオス化したキャラのまとめ(☆は中の人ネタ)
・コハル→リィエル・レイフォード☆
・アルゴ→黄色いネズミ
・クライン→赤ちゃん
・トウガ→ルルーシュ・ブリタニア(ゼロ)☆
・コノハ→お嬢様
・エギル→魚屋の大将
・ソウゴ→伊黒小芭内☆&黒咲隼
・カズヤ→オルガ・イツカ
・レイス→ライド・マッス
・ザント→ベート・ローガ☆
・マテル→ハナヨ
皆はどれが好きかな?


次回はブライダルイベント改め現状カップリング確認回


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花嫁衣装は笑顔と共に

ブライダルイベントと言う名の現状カップリング確認回です。
皆さん、念のためブラックコーヒーのご用意を


「この教会でクエストを受けられるみたいよ」

 

そう言いながら、リズベットは目の前にある教会を見上げる。

 

「どんなクエストなんでしょうか?」

 

「確か、テーマがジューンブライドだったよね?結婚式とか・・・ウェディングドレスに関するクエストかな?」

 

「ウェディングドレスかぁ・・・私、着たことがないから楽しみだな。どんな感じなんだろう」

 

「あたしもないわよ。ていうか、ここにいる全員、着たことなんてないでしょ?」

 

リズベットの後ろからシリカ、サチ、コハルの三人がやってきて、話しながら教会を見上げる。

 

「あーあ・・・折角の休みだってのに、よりによってこいつらのお供かよ」

 

「まあまあソウゴ君、こういう季節限定のクエストも悪くないと思うよ」

 

「そうっすよ!期間限定ですし、楽しめる内に楽しまないとダメっす!」

 

「レイスの言う通りだね。そう言えば、カズヤは?」

 

「俺達よりも早くにホームから出ていった。何でも『これからクラインさん達と一緒に綺麗な花嫁さんを見に行ってくるぜ!』って言いながら、張り切って出ていったよ」

 

その後ろでカズヤを除く「紅の狼」の面々とハルトが会話していた。

すると、彼らの後ろから一人の女性が話しかけてきた。

 

「あのー・・・すみません」

 

「!? 誰だ!」

 

「失礼いたしました。私はトロイメライと申します。あなた達がこのクローゼットに封印されているドレスを解放してくれるお方ですか?」

 

「何?」

 

「ちょっとストップソウゴ!とりあえず、一旦刀から手を下ろしなさい。この人、クエスト開始のNPCじゃない?ほら、頭の上に!マークが出てるわ」

 

訳が分からないことを言われ、刀に手を当てながら警戒してたソウゴをリズベットが制止すると、同時に彼女の頭上にある!マークを指差した。

トロイメライの話によると、フィールドに置かれてある巨大クローゼットにはドレスが封印されており、封印を解くためには、同じくクローゼットの中にあるアイテムが必要だということ。クローゼットの中は異空間になっており、アイテムは中にいる魔物から手に入れることができる。

一通り話を聞いて、理解したハルト達は早速言われたアイテムを手に入れる為、クローゼットの手前に置いてある三段の階段を上り、クローゼットの扉を開けた。

 

「中は真っ暗だな。それじゃあ、俺から先に行くぞ」

 

トウガが先頭に立ち、奥を見据えながらクローゼットの中に入ろうとしたその時

 

バン!

 

「グアッ!?」

 

ドタッ!バタッ!

 

激しい音を立てながら止まったと思いきや、クローゼットの手前に置いてあった三段の階段から崩れ落ちた。

 

「・・・ギャグをやれって言った覚えはねぇぞ」

 

「やるわけねぇだろ!ボケっ!!・・・何だったんだ?見えない壁にでもぶつかったような感覚だったが・・・」

 

ソウゴの言葉に一瞬粗い口調になりつつも、すぐ冷静になり、元の口調で先程自分の身に起きた出来事について思案するトウガ。

すると、トロイメライがおずおずと喋り出した。

 

「すみません、言い忘れていたのですが、このクローゼットの中には二人の組、それも男女のペアで同時に足を踏み入れないと入れないんです」

 

「・・・先に言え」

 

若干怒りを感じたトウガだが、失敗することは誰にだってあるし、いちいちキレてたらキリがないので、何とか怒りを治める。

 

「うーん、男女のペアってことは、きちんと戦力を考えて、順番を決めた方が良さそうね」

 

「あぁ、個人の力だけじゃなく、誰となら上手く連携できるとか、それらのことも考えた上で決めとく必要があるな」

 

リズベットとソウゴの言葉に頷き、ハルト達は一緒に行動するペアについて話し合った。

十分後、ペアが決まったハルト達は再びクローゼットの前に立った。

 

「それじゃあ、あたし達から行くわよ」

 

「やれやれ、ようやく出発だな」

 

話し合いの結果、一番先に出発することになったソウゴ&リズベットペア。

 

「いよいよ、出発だね。緊張してきた・・・」

 

「フフッ、そんなに不安にならなくても大丈夫だよ。ほら、リラックス、リラックス」

 

二番目に出発することになったコノハ&サチペア。

 

「私、思ったんだけど、どうしてペアで行く必要があるのかな?封印と関係あるのかな?」

 

「うーん・・・まあ、行ってみれば分かるっすよ」

 

三番目に出発することになったレイス&シリカペア。

 

「結局、いつも通りになったね」

 

「うん、いつも通りよろしくね、ハルト」

 

一番最後に出発することになったハルト&コハルペア。

 

「・・・・・・」

 

そして、一人余ったためにクエストに参加することができなくなったトウガは、脇で成り行きを見守ってた。

 

「ああ・・・なんか悪いな」

 

「いや、仕方ないさ。今から他の女性プレイヤーを呼び出す時間もないし、俺はこのクエストの成り行きを見守ることにするよ」

 

申し訳なさそうにしているソウゴに対して、微笑みながら返すトウガ。

それを見て、大丈夫そうだと感じたソウゴは視線を先が真っ暗なクローゼットの中に移した。

 

「そんじゃ、行くとしますか」

 

そう言うと、ソウゴとリズベットはクローゼットの中へ入っていった。

他の面々も後に続き、クローゼットの中にあるアイテムを集めにいった。

 

 

 

 

「よっと、あれ?みんなは?」

 

「まだ誰もいないね。私たちが一番乗りだね」

 

クローゼットの中から一番最初に出てきたのは、ハルト&コハルペアだった。

二人は集めたアイテムをトロイメライに渡した。

 

「《白い糸》・・・確かに受け取りました。次は《黒い糸》を集めて来てください」

 

「《黒い糸》ですか?」

 

「はい、それがあれば、ドレスの封印を解くことが可能でしょう」

 

トロイメライから話を聞いた二人はトウガの下へ行き、三人でクエストについて話をする。

 

「中はどんな感じだったんだ?」

 

「洞窟みたいな感じだったよ。エネミーはそんなに強くなかったし、たぶん、次のアイテムも同じエネミーからドロップされるとは思うけど・・・」

 

「次の《黒い糸》って何に使うんだろうね」

 

クエストについて話していると、クローゼットの入口が光り出した。

 

「な、何!?」

 

「ああ、おそらく誰かが戻ってきたんだろう。お前たちが戻ってくる時もあんな風に光ってたしな」

 

驚くコハルの横で冷静に説明するトウガ。

その言葉通り、光っているクローゼットの中からソウゴとリズベットが出てきた。

 

「あ!ハルトにコハル。もう帰ってきたのね」

 

「流石、熟年夫婦。連携もバッチリみたいだな」

 

「ちょっとソウゴさん!熟年夫婦って何ですか!?私たちはまだそんな関係じゃ――」

 

「ほう、まだってことは、なる予定はあるということか?」

 

「オホホホッ、若いっていいわね~」

 

「あうぅ・・・」

 

「・・・悪いな、うちのソウゴが」

 

「気にしないで、もう慣れてるから・・・二十七層以降、事あるごとにあんな風にからかってくるからね。アハハ・・・」

 

「・・・本当にすまん」

 

ソウゴとリズベットにからかわれ、顔を赤くするコハル。その隣で少し疲れ気味で話すハルトを見て申し訳なさそうにしながら謝るトウガ。

二十七層の例のシーンを見られて以降、ソウゴは周りに広めない代わりに二人をこのネタでからかい続けることを決め込み、今日みたく隙があれば、こんな風にからかってくる時がある。お陰でハルトは普段よりも疲労が溜まっているのだという。

そんなハルトにトウガは心の中で再度謝った。

しばらくすると、残りのペアも無事に戻ってきた。

 

「今度は《黒い糸》を集めるんですね」

 

「ドレスの封印を解くためって言うけど、なんで糸が必要なんだろう?」

 

「ドレスを作るってなら、分かるけどね。布系の装備って糸で作られてるのが多いし」

 

「でも、ドレスの封印を解くために、わざわざ新しいドレスを作る必要ってあるんでしょうか?」

 

次の内容について聞かされ、それぞれ思案し合うサチ、シリカ、リズベットの三人。

 

「考察はそこまでにしとけ。どうせ進めてたら、そのうち分かるだろ」

 

「ソウゴ君の言う通りだね。とにかく今は《黒い糸》を集めてみようよ」

 

「・・・それもそうね。それじゃあ、集め終えたら、またここで作戦会議ってことで、みんなよろしく!」

 

ソウゴとコノハの言葉により、ハルト達は一旦考えるのを止め、《黒い糸》を手に入れる為、再度クローゼットの中へ入った。

 

 

 

 

ハルト達がクローゼットから出ると、既にソウゴ&リズベットペアがトロイメライに《黒い糸》を渡していた。

 

「あ!来たのねあんた達。今回はあたし達の方が早かったわね」

 

「俺らも今来たところだけどな」

 

そんな二人の会話を耳にしながら、ハルトは《黒い糸》をトロイメライに渡した。

その後、コノハとレイスの二組も無事に戻ってき、《黒い糸》を渡した。

 

「ありがとうございます、皆さん。これで、衣装を作ることができます」

 

「衣装を作るって、やっぱりドレスを作るんですか?」

 

コノハが疑問を述べると、トロイメライは首を横に振った。

 

「いいえ、ドレスはクローゼットに封印されていますので、作るのは・・・」

 

そう言いながら、トロイメライは渡した《白い糸》と《黒い糸》を両手に合わせると、合わさった《白い糸》と《黒い糸》は姿を変えて、一つの服になった。

 

「これって・・・タキシード!?」

 

「どうぞ」

 

「あ、どうも・・・」

 

ハルトは驚きながら、トロイメライから白いタキシードを受け取る。

トロイメライは同じように、集めた《白い糸》と《黒い糸》からそれぞれ色の違うタキシードを作り出し、ソウゴ、コノハ、レイスの三人に渡した。

 

「タキシードねぇ。まっ、結婚式には必要な衣装だけど・・・」

 

「これは予想外でしたね」

 

「つか、俺のタキシードの色赤だぞ。白と黒の糸からなんで赤のタキシードができるんだよ」

 

「ソウゴさん、これに関してはツッコまない方がいいと思うっすよ」

 

手渡されたタキシードを見ながら、それぞれ言い合うハルト達。

すると、トロイメライから封印されているドレスの来歴について聞かされた。

クローゼットの中に封印されたドレスは、着る人が現れずに役目を終えてしまったドレスであり、忘れ去られたドレスの無念の思いや悲しみが、いつしか封印という形になってしまった。

そして、その封印を解くためには、タキシードを着た花婿が必要であるということ。

 

「このクローゼットの奥底。ダンジョンの最奥にはドレスが入ったクローゼットがあります」

 

「クローゼットの中にクローゼットがあるんですか?」

 

「まるでマトリョーシカだな」

 

トロイメライの言葉に反応するコノハとソウゴ。

トロイメライはコノハの問いに答えるかのように続きを喋る。

 

「そうです。それこそが封印の化身。ドレスを隠す、悲しみの砦です。そして、タキシードを着た花婿とドレスを着た花嫁。それと介添人が揃えば、封印が解かれる筈です。介添人は私が務めさせていただきます」

 

「・・・ちょっと待て」

 

話していたトロイメライの言葉をソウゴが制止させる。

 

「つまり、ドレスの封印を解くためには結婚式擬きをしなきゃダメで、その花婿と花嫁役を俺らがやれってことか?」

 

「はい、その通りです」

 

ソウゴの問いに平然と答えるトロイメライ。

それを聞いたハルト達は気難しそうな顔をし始めた。

 

「・・・そりゃ、ジューンブライドと言ったらウェディングドレスであって、ウェディングドレスと言ったら結婚式だけどさぁ・・・」

 

「ドレスを着れるのは嬉しいんですけど、いきなり結婚式をやれって言われると・・・」

 

「心の準備が、ね・・・」

 

何処か浮かない顔をしながら呟くリズベット、シリカ、サチの三人。

すると、トロイメライは悲しそうな顔をしながら下に俯いた。

 

「あのドレスは・・・いえ、この世の全ての衣装は着るために作られています。着てくれる主人を失ったドレス程哀れなものはありません。どうか、哀れなドレスに袖を通して、無用とされたものの悲しみを救ってくれませんか?」

 

「・・・なんなら、この後の内容は僕たちだけで進めようか?僕とコハルは、まぁ・・・一応はそう言う関係だし、恥ずかしさはあるけど、やりたくないって気持ちは無いし・・・コハルはどう?」

 

「うん、私も大丈夫だよ。リズベットさん達はどうします?別に無理にやらなくても、私は問題ありません」

 

コハルの言葉にリズベット達は更に悩み続ける。

 

「・・・少し相談させてくれませんか?」

 

時間がかかりそうだったから、トロイメライから少し離れた所で話し合うことにした。

 

「正直に言うと、あたしはこのまま続けたいって思ってる。ウェディングドレスにも興味はあるけど、それ以上にクエストを途中でやめることなんてしたくない。でも・・・いくら疑似的とはいえ、こっちの我儘で無理矢理結婚式をさせられて相手がどう思うのかって思うと少し不安で・・・」

 

「「・・・・・・」」

 

不安気な顔で語るリズベット。サチとシリカも言葉を発しなかったが、同じ気持ちだった。

彼女たちの意図を理解し、ソウゴ達も何も言わずに黙り込む。

長々と時間が経ったが、最初に口を開いたのはソウゴだった。

 

「お前のやりたいようにやりゃいいんじゃね?」

 

「え?」

 

「結婚だどうとか関係なく、今お前がやりたいと思う道を選べばいいだろ。それに対して俺は別にお前を恨んだりはしねぇよ」

 

「・・・ありがとう。それじゃあ、改めて・・・最後までよろしく頼むわよ、ソウゴ」

 

「ああ、それに一度乗り込んだ船だ。それを途中で降りるなんざ、俺だってごめんだ」

 

リズベットの決意を聞いて、ソウゴは小さく微笑んだ。

更に、サチとシリカも覚悟を決めたような顔をしながら、それぞれのパートナーの方へ向いた。

 

「私も最後までクエストを続けるよ。だから・・・その・・・最後までよろしくお願いします!」

 

「うん、こちらこそよろしくね」

 

「頑張ろうね、レイス君」

 

「勿論っす!いつでも胸を貸すっすよ」

 

三組共、クエストを続行することを決めた。

それを確認したコハルはトロイメライの下へ向かい、クエストを続行することを伝えた。

 

「お待たせしてごめんなさい。準備もできたし、早くドレスを解放しに行きましょう」

 

「それでは、クローゼットを開きます。皆様、中にお入りください」

 

トロイメライの言葉と共に、再度クローゼット扉が開き、ハルト達は意を決して中に入っていった。

 

 

 

 

「ここが、ドレスを封印している魔物がいる場所だね」

 

クローゼットの中、洞窟のようなダンジョンを先程よりも奥に進んだ場所でコハルが辺りを見渡しながら喋る。

すると、エリアの中心に眩い光が放ち、そこから一体の巨大エネミーがポップされた。

そのエネミーの見た目は巨大なヤドカリだが、体を中に入れている貝殻が巨大なクローゼットになっていた。

 

「あれが、ドレスを守る魔物・・・ヤドカリみたいな見た目をしてるね」

 

「あの、巨大なハサミが厄介そうだな・・・気をつけて行こう!」

 

二人は武器を構え、巨大ヤドカリに接近する。

すると、こちらの接近に気がついた巨大ヤドカリが巨大バサミで二人を切り刻もうとした。

二人は巨大バサミを難なく躱し、その隙を付いてコハルが短剣でハサミに攻撃するが

 

キン!

 

「くっ!やっぱり固い!」

 

鉄並みの固さを持つハサミに短剣がはじかれてしまい、顔をしかめるコハル。

 

「だったら、固くない箇所を狙えば・・・!」

 

そう言いながら、ハルトは迫ってくる巨大バサミをしゃがみ込んで躱し、その勢いのまま、ヤドカリの腹の下に滑り込むと、腹部目掛けて剣を振った。

すると、巨大ヤドカリは苦しそうに声を上げた。HPバーを見てみると先程よりもHPが削れている。

 

「よし!これで行ける!」

 

弱点を見つけた二人は、ハサミの攻撃を躱していきながら腹部を攻撃して、順調に巨大ヤドカリのHPを削っていった。

そして、巨大ヤドカリのHPが1/4以下になった時、ハルトが止めを刺すべく動いた。

 

「これで決める!」

 

殻で覆われている部分を<ファイア・スラント>で二回攻撃すると、迫りくる巨大バサミを跳んで躱す。

そのまま空中で武器を片手棍に変えると、頭上目掛けて<ウォータリング・フォール>で攻撃する。すると、頭に強烈な一撃を食らった巨大ヤドカリが怯んだ。

その隙に、巨大ヤドカリの腹部に近づき

 

「いっけぇーーー!!」

 

渾身の叫びと共にバーストスキル、<ブレイジング・ベル>を腹部目掛けて放った。

ハルトの放った一撃は、巨大ヤドカリの体を大きくのけぞらせ、大ダメージを与えた。

しかし、HPは僅かに残っていた。

 

「もう、しつこい!これで終わりよ!」

 

そこにコハルが追撃した。

コハルの声と共に放たれた<ブレイジング・ベル>によって、巨大ヤドカリは今度こそポリゴン状に四散した。

フィールドには巨大ヤドカリが入っていた巨大なクローゼットが残った。

すると、巨大クローゼットの扉が勢いよく開き、そこからクリーム色のドレスが出てき、コハルの手元に収まった。

 

「これが、封印されていたウェディングドレス・・・」

 

「綺麗なドレスだね」

 

「うん、持ち主さんはきっと着るのを楽しみにしてたんだろうね・・・」

 

何処か暗い表情で自分の手元に置いてあるクリーム色のウェディングドレスを見つめるコハル。

そんな彼女の姿を見たハルトは、話題をドレスのことから儀式のことに変えようと彼女に話しかけた。

 

「これで後は教会に戻って、ドレスを解放する儀式をするだけだね」

 

「うん・・・一つ思ったんだけど、この儀式って本当に結婚したことになるのかな?例えば・・・結婚システムが勝手に発動しちゃうとか・・・」

 

「いや、確かトロイメライさんは『儀式はあくまで儀式です。花婿と花嫁らしく仲良く衣装を着てくだされば、ドレスは無事に解放されるでしょう』って言ってたから、システム的な結婚にはならないと思うよ」

 

「そう・・・でも、やっぱり緊張するな・・・儀式とは言え・・・その・・・結婚式をするのは・・・ほら・・・まだ早いかなぁ・・・って思ってたし・・・」

 

「まあ・・・そこは・・・頑張ろう・・・うん」

 

会話をしていく内に顔を赤くしていくハルトとコハル。

これ以上いると、差恥感に吞まれそうだったので、二人は急いでクローゼットから出た。

 

 

 

クローゼットから出ると、トロイメライ(とトウガ)しかいなく、他の面々はまだ来てない様子だった。

 

「ドレスを取り戻したようですね。これで後は儀式をするだけ――」

 

「その前に一つ聞いていいですか?トロイメライさん」

 

トロイメライが何やら喋っていたが、それをコハルが制止し、真剣な表情でトロイメライに問いかけた。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「私たちが手に入れたドレス。確か、着る主人を失ったって言ってましたよね。その主人って・・・トロイメライさんなんですか?」

 

「・・・その質問にはお答えできません。皆さんには、気持ちよくドレスを着てほしいですから」

 

「そっか・・・もし、私が持ち主さんの代わりにドレスを着たら・・・持ち主さんは喜んでくれると思いますか?」

 

「ええ、それは間違いありません。持ち主も・・・着られたドレスもきっと喜ぶと思います」

 

「うん・・・そうだったら、私も嬉しいです」

 

二人が会話をし終えると同時にソウゴ達が戻ってきた。

 

「どうやら、皆さん無事に戻ってきたようですね。それでは、教会の中へ入りましょう」

 

トロイメライは全員揃ったのを確認すると、ハルト達をフィールドにある教会へ案内した。

教会の中はこれまた広く、建物のあちこちに豪華な物が置かれていた。

ハルト達は教会のチャペルに案内されると、トロイメライがハルト達を見ながら口を開いた。

 

「皆さん、お揃いですね。それでは、儀式を始めましょう」

 

「つ、ついに本番ですね!」

 

「シリカちゃん、大丈夫だから落ち着いて。私も緊張してきちゃったけど・・・」

 

「そうよね・・・儀式とはいえ、結婚だもんね」

 

何処か緊張気味にチャペルを見渡すシリカ、サチ、リズベットの三人。

 

「別にシステム的な結婚じゃねぇし、そこまで緊張することねぇだろ」

 

「あんた、何も分かってないわね。女の子にとって、結婚は一生に一度の一大イベントなのよ!」

 

「分かったから、顔近づけんな。暑苦しい」

 

「なんですって!」

 

「り、リズさん!落ち着いてください!」

 

「・・・一応緊張は解けたみたいだね」

 

「そうだね」

 

ソウゴの物言いにリズベットが嚙みつき、シリカが宥める。その様子を見て、リズベットの緊張が少し解けたことに安堵するコノハとサチ。

 

「あのー・・・そろそろ着替えて欲しいんですけど・・・」

 

「そ、そうね。ごめんなさい」

 

トロイメライに言われ、リズベットはソウゴに嚙みつくのをやめると、ストレージを開いた。

 

「それじゃあ、ドレスを装備して・・・」

 

「僕もタキシードに着替えないと・・・」

 

ハルトとコハル、他の面々もストレージを開き、着替えようとしたその時

 

「待て!!お前ら、一緒の場所で着替えるつもりか!?」

 

『あ・・・』

 

この場でただ一人クエストを受けていないトウガが慌てて制止した。

先程まで緊張感に包まれてたために、誰もが一番大事なことを忘れていた。

 

「で、では、花嫁の皆さんは控室で着替えましょう。案内しますので、ついてきてください」

 

トロイメライに案内され、コハル達はチャペルから出た。

 

「・・・俺たちもさっさと着替えようぜ」

 

「そ、そうだね!それじゃあ、ストレージを開いてと・・・」

 

残ったハルト達は気を取り直してタキシードに着替え始めた。

 

 

 

 

「着てみたはいいけど、やっぱり、落ち着かないなぁ」

 

何処か照れくさそうにしながら、白のタキシードを着てるハルト。

 

「うん、こういう衣装って滅多に着ないもんね」

 

同じく、少し照れくさそうにしながら、黒のシャツの上に白のジャケットを羽織ったタキシードを着てるコノハ。

 

「ちっ、着づれぇな」

 

そんな二人と違って、鬱陶しそうに赤のタキシードを着てるソウゴ。

 

「へへっ、どうすかトウガさん。似合ってるすか?」

 

白のタキシードを着て、首元に黒の蝶ネクタイを締めた自分の姿をトウガに見せつけるレイス。

 

「ああ、似合ってるぞ、レイス」

 

そして、結婚(儀式)する相手がおらず、普段と変わらない装備のままのトウガ――「殺すぞ?」・・・サーセン。

 

「そう言えば、ソウゴ君がスーツを着ている姿なんて見たことがないな。小学校の卒業式や中学の入学式の時も袴で出席してたよね?」

 

「そう言えばそうだな。初詣の時も俺たちが私服で来てる中、一人だけ袴だったよな」

 

「うちは侍の家系だからな。こういうめでたい行事ではいつも和服で祝うんだよ」

 

こんな感じで、会話を弾ませていると

 

ガチャ

 

「あ、コハル、着替えが終わったんだね――っ!?」

 

チャペルの扉が開き、コハル達が来たのかとハルト達は扉の方へ目線を向け、そして絶句した。

扉を開けて入ってきたコハル達は、それぞれのウェディングドレスに身を包んでおり、そのドレスの一つ一つがコハル達の可愛さや普段では見れない美しさや可憐さを引き出していた。

そんな普段とは違うコハル達の姿にハルト達が見惚れている中、コハル達はそれぞれのパートナーの下へ歩み寄る。

 

「ど、どうかな?私のドレス姿・・・に、似合ってないかな・・・?」

 

「そんなことはないよ。凄く綺麗だよ」

 

「あ、ありがとう。お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいな・・・」

 

「お世辞なんかじゃない。心からの気持ちだよ」

 

お互い恥ずかしがりながらも、それぞれ感想を言い合うコノハとサチ。

サチのドレスは、少し緑身が混ざった白いドレスであり、頭に付けてある花飾りやベールを踏まえて、神秘的な雰囲気を感じる。

 

「うわぁ~シリカちゃん、すっごく可愛いっす!」

 

「えへへ、ありがとう。レイス君もとってもカッコイイよ」

 

素直に褒められ、照れくさそうにしながらレイスのタキシード姿をカッコイイと言ったシリカ。

シリカのドレスは、四人の中で唯一のミニスカドレスであり、ドレスの腰についてあるリボンや彼女のツインテールを纏めてある花の髪飾りが、小柄で可愛らしいシリカに合ったアクセサリーとなっていた。

 

「どうよ、ソウゴ。あたしのドレス姿は?」

 

「・・・そうだな。馬子にも衣装って言うしな」

 

「ちょ、それどういう意味よ!」

 

「ふっ、冗談だ。まぁ、いつもの十倍は綺麗だと思うぜ」

 

「なっ!?・・・最初っからそう言いなさいよね。たく・・・」

 

最初は冗談を言われ、嚙みついてきたリズベットだが、その後綺麗と言われ、照れくさそうに顔を赤らめた。

リズベットのドレスは、ピンクと白の生地で作られたドレスであり、白いグローブやベールを踏まえて、髪がピンクのリズベットに見合ったドレスとなっている。

 

「ハルト、どうかな?私のドレス姿・・・似合ってる?」

 

「勿論、似合ってるよ」

 

「ありがとう!ハルトもカッコイイね」

 

こちらもお互いの姿に対して、褒め合っているハルトとコハル。

コハルのドレスは、ボリュームのあるクリーム色のドレスであり、ドレスの胸元やスカートの所々に青薔薇が付いている。また、ドレスと同じ色のグローブやセミロングの髪を纏めた頭にクリーム色のベールを付けており、ドレスの魅力さと、それを着てるコハルの可愛さをより一層引き出していた。

とまぁ、こんな感じで四者それぞれドレスやタキシードの感想を言い合っており、中々動く気配がない。心なしか、彼らの周りに桃色の空間が漂っている。

 

「君たち、さっさとクエストを進めてくれないかな!?」

 

そのため、一人取り残されたトウガが(何故か泣きそうな顔をしながら)大声でクエストを進めるよう叫ぶと、リア充達は我に返った。

 

「それでは皆さん、これより、儀式を行います。そちらの方に並んでください」

 

トロイメライに言われ、ハルト達はトロイメライの前に並んだ。(向かう際、花婿(ハルト達)花嫁(コハル達)の手を繋ぎ、エスコートしてたが、このシーンは省略させていただく)

ハルト達が横一列に並んだの確認したトロイメライは神父のように誓いの言葉を述べる。

 

「あなた方は、病める時も、健やかなる時も・・・――共に歩み、愛し合うことを誓いますか?」

 

「「「「「「誓います」」」」」」

 

「誓う」(←ソウゴ)

 

「誓うっす」(←レイス)

 

ハルト達が誓いの言葉に応えたその時、トロイメライの体が光り出し、その体に純白のウェディングドレスが纏った。

 

「トロイメライさんの体にドレスが・・・!?」

 

「・・・やっぱり、ドレスの持ち主はあなただったんですね」

 

コノハが驚き、コハルが悲しそうな顔で呟いた。

その呟きに答えるかのように、トロイメライはコハルに向けて微笑んだ。

 

「ええ、遠い遠い昔・・・あの日、なんで着ることができなかったのかも思い出せないくらい昔の話です。だけど、あなた達のおかげで報われることができました。私も、このドレスも・・・」

 

そう呟くトロイメライの体が薄く光り出し、その体は徐々に透け始めた。

 

「こんなにも晴れやかな気持ちで着られるなんて・・・待ち続けて良かった・・・ありがとう。あなた達のおかげで、私は幸せな気持ちで旅立つことができます」

 

そう言うと、トロイメライは顔を上に向ける。

 

「今行くわね、あなた・・・」

 

その頬に一滴の涙を流した瞬間、トロイメライは淡い光と共に消えていった。

 

「消えちゃった・・・」

 

「未練が晴れて成仏したんすね・・・」

 

そう呟くシリカとレイスは暗い顔でトロイメライがいた場所を見つめた。

 

「なんにせよ、これでクエストクリアってわけね」

 

「ああ・・・久しぶりに疲れた・・・特に最後」

 

「結婚式って聞いたから、結構緊張したけど、いざ終わるとホッとするね」

 

「フフフ、私も緊張したけど、最後までやっておいて良かったよ」

 

その横で、クエストの感想について述べ合うリズベット、ソウゴ、コノハ、サチ。

すると、今までの成り行きを黙って見守ってたトウガが、ハルト達に近づきながら口を開いた。

 

「どうやら、クエストは無事クリアしたみたいだな。よし、皆結構疲れてるだろうし、今日はこのまま解散――」

 

「せっかくだし、皆で記念撮影しましょうよ!」

 

仲間たちと一緒に帰ろうとしたトウガだが、リズベットが割り込んできた言葉に、思わず「え?」と声を漏らした。

そんなトウガをよそに、ハルト達はリズベットの提案に賛成した。

 

「いいですね!ドレスやタキシードはイベントが終わるまでにストレージの中に残るみたいですし!」

 

「そうだね。それに、こんな衣装、滅多に着ることなんてないし、いい思い出になると思うよ」

 

「思い出か・・・うん!とっても素敵だね!」

 

「そうっすね!俺も賛成っす!」

 

「お前ら。ちょ、まっ――」

 

シリカ、ハルト、コハル、レイス・・・他の面々が次々と撮影する気満々になり始め、トウガは慌てて制止しようとする。

しかし、ハルト達は止まらない。

 

「よし!それじゃあ、さっさと行きましょ!」

 

「たく、しょうがねぇなぁ・・・」

 

リズベットに手を引っ張られ、文句を言いつつも仕方ないって顔をしながら後に続くソウゴ。

 

「俺たちも行くっす!」

 

「あ!レイス君、待ってよー!」

 

「僕たちも行こっか?」

 

「うん、エスコートよろしくね?コノハ」

 

「私たちは、どこで撮ろっか?」

 

「そうだね・・・教会の近くにあった林の中とか・・・」

 

残りの面々も記念撮影をしに、次々と教会を出ていった。

そして、教会には非リア充(トウガ)だけが残った。

 

 

 

 

その後、ハルト達はイベント期間中、フィールドに残っているクローゼットの中に入って、中にいるエネミーを狩ったり、たまに、手に入れたドレスやタキシードに着替えて、フィールドのあちこちで写真を撮ったりなど、イベントが終わる瞬間まで楽しんでいた。

最後にその一部始終をお見せしよう。

 

 

 

 

「えっと、もうちょっと近づいてもいいかな?」

 

「うん・・・この辺でいいと思う」

 

フィールドの林で、お互い近づき、恥ずかしそうに頬を赤らめながら撮影するコノハ&サチペア。

 

 

 

 

「それじゃあ、撮るっすよ!」

 

「う、うん!せーのっ!」

 

「「ピース!!」」

 

教会を背景に、カメラ(記録結晶)に向けてピースするレイス&シリカペア。

 

 

 

 

「毎回同じポーズで撮るのも飽きてきたな・・・お、そうだ。よっと!」

 

「ちょ!何やってんのよ、あんた!?」

 

「ん?嫌だったか?」

 

「あ、いや・・・別に嫌とは言ってないし・・・できれば、そのままでいてちょうだい・・・」

 

フィールドにある少し高めの丘で、特に恥ずかしがる様子もなくリズベットをお姫様だっこするソウゴと恥ずかしそうにしながらもまんざらでもない様子でだっこされるリズベット。

 

 

 

 

「・・・病める時も、健やかなる時も、私を愛し、一緒に歩んでくれることを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

「では、誓いのキスを・・・」

 

教会のチャペルを利用し、誓いの言葉や誓いのキスをしたりなど、結婚式の予行練習(あくまで予行練習)を行っているハルト&コハルペア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も風が気持ちいいなぁ・・・」

 

一人孤独にフィールドのベンチに座りながら風を感じるトウガであった。




・トロイメライ
このイベント限定のNPC。これ以上語ることは・・・無いな。

・例のシーン
詳しくはep.31で。

・<ブレイジング・ベル>
オリジナルスキル。SAOIFだと片手棍の星4スキル。バーストスキルである。イメージイラストはアバターの白タキシードを着て、こちらに向けて手を差し伸べているハルト(SAOIF主人公)進化させると、その手を握っているコハル(ウェディングVer)の手が映し出される。

・<ブレイジング・コード>
オリジナルスキル。SAOIFだと短剣の星4スキル。覚醒スキルである。イメージイラストは【ブーケトス】とは違った白いウェディングドレスを着て、こちらに向けて手を差し伸べているコハル。進化させると、その手を握っているハルト(ウェディングVer)の手が映し出される。

・男性陣のタキシードについて
ハルトはアバターの白タキシード、ソウゴはアバターの赤タキシード。コノハはスキルレコード【ブライド・グルーム】でキリトが着てたタキシード。レイスは本家ブライダルイベントでシノンやユウキが着てたタキシード。

・女性陣のドレスについて
コハルとシリカはスキルレコード及びイベントストーリーで着てたドレス。サチはメモデフの【清純な花嫁】で着てたドレス。リズベットはコードレジスタの【スナッズブライド】で着てたドレス。

・一人風を感じるトウガ
強く生きろ


トウガぁ・・・(憐れみ)
作者の中でかなり好きなストーリー。というか皆可愛すぎる。主にコハルとか!コハルとか!!コハルとか!!!(コハル推し魂の叫び)
そして、次回はまたもや番外編。
内容は・・・『そーどあーと・おふらいん いふ』。お楽しみに。


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そーどあーと・おふらいん いふ SAO編その1

ここの所、番外編ばっかりだけど許してくれたまえ。
今回と次回は『そーどあーと・おふらいん いふ』となります。何卒宜しくお願い致します。


「皆さん、こんにちは!そーどあーと・おふらいん いふにようこそ!司会のコハルです!」

 

「解説のハルトです」

 

「司会補佐のアスナです」

 

「解説補佐のキリトです」

 

「この番組では、アインクラッドのあらゆる出来事を皆さんにお伝えする情報バラエティー番組です。今回は記念すべき第一回目ということで、原作ソードアート・オンライン主人公のキリトさんとメインヒロインのアスナに補佐という形で出演していただいております」

 

「精一杯サポートするわね」

 

「大変かもしれないけど、しっかりやれよ二人共」

 

「ありがとう。頑張るよ」

 

「それでは、早速本日のゲストに登場していただきましょう。本日のゲストこの方です。どうぞ!」

 

シュッ!

 

「アインクラッドで無双の強さを誇り、《狂狼(ヴォルフガング)》の二つ名を持つ両手剣使い、ザントさんです」

 

「ザントだ。それ以上もそれ以下も語ることはねぇ」

 

「おいおい、せっかくゲストとして呼ばれたのに随分機嫌が悪いな」

 

「無理矢理連れて来られて、ここにいてただトークしてろって言われりゃ、そりゃ不機嫌になるだろうが」

 

「かと言って、こんな不機嫌そうな顔のままテレビに映せば、番組的に良くないな。どうすれば機嫌が良くなるんだ?」

 

「そうだな・・・(シュッ!)」

 

キン!

 

「うおっ!?」

 

ザントの攻撃を咄嗟に防ぐキリト

 

「俺の機嫌が直るまでに、ちょっくら相手になれよ!」

 

「ちょ!今、生放送中だぞ!いきなり斬ってくる奴があるか!?」

 

「知るかよ!ほら、どうしたぁ!?ぼさっとしてると、あっという間に斬られるぜ!」

 

「くっ!流石に手強い!」

 

「キリト!加勢するよ!」

 

「ハハッ!いいぜ、二人まとめてかかってこいよ!」

 

「コハル!二人がザントさんを止めている間に早く進めて!」

 

「そ、それでは、まず初めにプレイバックのコーナーから初めていきたいと思います。どうぞ!」

 

 

 

 

プレイバックコーナー

 

「このコーナーでは、『ソードアート・オンライン IF』から、いくつかのシーンをセレクトして解説していくコーナーです」

 

「毎度お馴染みのコーナーだな」

 

「ちっ!・・・覚えてろよ、テメェら」

 

「何とか落ち着いたみたいだな。放送中にこんな戦いをするなんて前代未聞だぞ」

 

「キリトはこんな激しい戦いをそーどあーと・おふらいんの方でも毎回やってたんだね」

 

「いや、そーどあーと・おふらいんでも、こんなことは滅多に無いからな!」

 

「それでは、ザントさんも落ち着いたので早速始めましょう。まずは、プロローグより、このシーンです。どうぞ」

 

「ちなみに、プレイバックのシーンでは、本編に書かれていた文はほとんど省いて、会話文だけでお送りしています。もし会話だけでは分かりにくいって人は実際に本編を見てください」

 

 

 

 

プロローグ βテストでの出会い

 

「あのっ!」

 

「ん?」

 

突然声を掛けられ振り向くと、黒髪で翠色の瞳の少女がこちらを見ながら立っていた。

 

「はじめまして。私、コハルていいます。突然で申し訳ないんですけど、私VRMMOにまだ慣れてなくて、最終日だから迷宮区に来て何とかここまで来れたんですけど、道に迷ってしまって・・・もしよろしければ、戦い方を教えてくれませんか」

 

「別に構わないよ。後、敬語もいらないから。僕はハルト。よろしく、コハル」

 

「っ!・・・よろしく!ハルト!」

 

 

 

 

「これは、僕がコハルと最初に出会った時だね」

 

「へぇー、二人はこんな風に出会ったのね。何だか運命的だわ」

 

「そうかもしれないね。今の私があるのは、あの時、ハルトに出会えたからだと思う」

 

「それはこっちのセリフだよ。君と出会えて、いつも隣にいてくれたからこそ、僕はここまで辿り着くことができたんだ」

 

「ハルト・・・ありがとう。これからもよろしくね!」

 

「フフッ、仲が良くて何よりね」

 

「ああ、羨ましいぜ」

 

「つか、テメェら二人(キリアス)も充分運命的な出会いをしてるだろ」

 

「ちょっとザントさん!何言ってるんですか!?私は別にキリト君と、そこまで運命的って言える程の出会いはしてません!」

 

「怪しいな・・・キリト、お前とアスナの出会いはどんな感じだったんだ?」

 

「確か、アスナが一層の迷宮区で死に掛けてた所を俺が助けたんだ」

 

「・・・充分運命的じゃねぇか」

 

「キリト君!!」

 

「うわぁ、アスナの顔、どんどん真っ赤になってる」

 

「アスナの顔が真っ赤になりすぎて、放送事故すれすれの顔になる前に次行ってみましょう。続いては、ep.3より、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

ep.3 ボス攻略会議

 

「おい、キバオウって奴」

 

新たに前に出てきたのは、片手直剣を背中に収めた黒髪の髪をしたハルトと同い年くらいの少年だった。

それに続くように、複数人の少年たちが前にでて出てきた。

 

「俺はギルド「紅の狼」のリーダー、トウガ。さっきからお前の話を聞いているが、お前は何を言っているんだ?」

 

「なんやと!?」

 

「俺から見ればお前は、2000人のプレイヤーが死んだのも攻略が進まないのも一方的に元βテスターたちのせいにして、挙句、それを理由に元βテスターから金やらアイテム強引に奪い取って自分だけ楽をしたいだけだろ?ここはボス攻略会議でみんな真剣にボス攻略に挑もうとしているんだ。死ぬ覚悟もなしにただ金やアイテムを奪い取ろうとしに来たんだったら、とっとと、ここから消えるんだな」

 

「なっ!?このガキっ!!」

 

 

 

 

「これは、トウガさんの初登場シーンですね」

 

「キバオウ相手にあそこまで言い切るなんて、流石だな」

 

「別に普通だろ。テメェの言いたいことを正面から言っただけだ。テメェの言いたいことも言えず、ただうだうだしてる奴より千倍マシだ」

 

「フフッ、ある意味キリト君とは正反対ね」

 

「おい、アスナ!どういう意味だそれは!?」

 

「では、次はep.7より、このシーンです。どうぞ」

 

「おい!俺の疑問は無視か!?」

 

 

 

 

ep.7 第三のボスと鍛冶屋の真実

 

「やぁーーー!」

 

岩が割れた

 

「や、やった・・・」

 

「見事じゃ。汝に我が秘技<体術>を授けよう」

 

その場に座り込むコハル

 

「(ハルトに待っててって言われてたし、このままここで待とう)」

 

「おーい、コハル!」

 

声がした方へ振り向くと

 

「「ハァ、ハァ、ハァ」」

 

「ブオーーー!!」

 

「えええーーー!!?」

 

 

 

 

「ああ・・・このシーンは確か、アルゴに嵌められて、牛さんに追いかけられたシーンだね」

 

「アルゴの奴、相変わらずめちゃくちゃなことを考えるな」

 

「そうね。漫画版プログレッシブでも、いきなり牛に追いかけられてたからびっくりしたわ」

 

「あの鼠の性格がムカつくのはいつものことだろ?」

 

「でも、性格の割には、依頼した情報はきちんと集めてくれるし、それが攻略にも影響しているから、ホント憎めないよ」

 

「アルゴさんが寄せる信頼は絶大ですね。続いては、ep.10より、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

ep.10 遺跡の奥の少女

 

キン!

 

「!? 誰か戦っている!?」

 

「もしかしたら、幽霊かもしれない。行こう!」

 

二人は奥に向かって走り出す。そこにいたのは・・・

 

「ヤァ!」

 

片手棍を振りながら、周りのエネミーを倒す全身鎧のプレイヤーと、同じく短剣を構えながら周りのエネミーに応戦している幼い少女がいた。

 

「あれは!?」

 

「行こう!」

 

鎧のプレイヤーの前にいたアンデッドのエネミーに向かって棍を振り下ろすハルト。

 

「き、君たちは?」

 

「手伝います!あなたはその子を守ってください!」

 

「助かる。そちらは任せたぞ!」

 

 

 

 

「私達がリーテンさんとマテルちゃんに初めて会ったシーンだね」

 

「うぅ・・・相変わらず不気味なエリアね」

 

「そう言えば、アスナはお化けが苦手だったね」

 

「この時のアスナの怖がりっぷりはマジで必見だぜ。興味がある人は小説版プログレッシブ4巻を見てくれ」

 

「キリト君、どさくさに紛れて宣伝しないで!」

 

「悪い悪い。ところで、リーテンはともかく、マテルは何が目的でここに来たんだ?」

 

「それが、私たちも分からないんです。あの後、マテルちゃんは一人でどこか行っちゃったから・・・」

 

「今言えるのは、何らかの目的があって、色んな所を回っているくらいかな」

 

「・・・本当に彼女は何者なんだろうな。そこら辺はSAOIFをやっていれば分かってくるとは思うけど・・・」

 

「マテルちゃんの考察はこの辺にしておきましょう。それよりもコハル、早く次のシーンを見せないと」

 

「そうだね。次は、ep.14より、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

ep.14 オークション開催!《精霊錫》は誰の手に?

 

「いい加減にしやがれ!ゴミ虫共!てめえらは一体、何していやがる!!ここは攻略会議だぞ!それなのにくだらねぇことで喧嘩しやがって!攻略する気がないなら帰りやがれ!!」

 

「な、何なのあんた!?いきなり出てきて・・・」

 

「これは、ALSとDKBの問題だ。部外者はひっこ「ざけんじぁねぇ!!」ひっ!」

 

「ALS、DKBの問題だぁ?攻略組全体の問題だろうが!俺らが今やるべきことは、ALS、DKBのどちらが指揮を執るかじゃなく、攻略組の誰が全体の指揮を執って、その上で、どうボスを倒すのか決めるために会議をしてるんだろうが!特にALSのお前!さっきも言ったが、そんな欲やくだらねぇ対立心や嫉妬にまみれた思考でよくもまあ、会議に参加しようと思ったな!ボス攻略は遊びじゃねぇんだよ!!」

 

 

 

 

「これは確か、トウガさんマジギレの時ですね」

 

「この時のトウガ君、普段のクールな感じが微塵も無かったわね。当時、見ててびっくりしたわ」

 

「普段おとなしい奴程、キレると怖いとはよく言ったもんだ。まぁ、猿共の怯えた顔が滑稽すぎて俺は大満足だったがな」

 

「ちなみに、文だから分かりにくいけど、この時のトウガは、いつもの富樫勇太(ダークフレイムマスター時)ボイスじゃなくて、カトルボイスで喋ってるよ」

 

「トウガってボイスチェンジが激しい奴だよな。普段の時とキレてる時とで実際に比べてみると声が全然違うから、本当に同じ中の人がやってるのか分かりずらいよな」

 

「こうも違う声で切り替えていかなきゃいけないんだから中の人は大変そうだね」

 

「二人共、メタいわよ」

 

「アハハ・・・では、次はep.17より、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

ep.17 蒼嵐

 

「ヴォン!」

 

飛びかかるラピード

 

「うわ!?なんだこいつ!?」

 

「な、何なのよこいつ!?」

 

「邪魔するってんならお前を「黙れ三下共」」

 

『!?』 

 

「さっきから黙って聞いていりゃ、部をわきまえろ・・・ギルドの威信がかかっている・・・ギルドの名前を利用してイキがってるだけの雑魚共が!・・・七層の時、トウガの言葉で少しは知恵を持ったと思ったらこれかよ・・・やっぱり、猿にはその身で分からせるしか方法はねぇようだな!!!」

 

「「ヒィーーー!!??」」

 

 

 

 

「これもまたガチギレのシーンだね」

 

「この時のザントさんの殺気、やばかったですよね」

 

「ああ、トウガと違って、感情的になってない分、怖さも人一倍だな」

 

「こういうところも、ある意味ザントさんらしいって言えばらしいわね・・・」

 

「・・・・・・」

 

「でも、こうして話してみれば、そんなに悪い人ではなかったわね」

 

「そうね。困っていることがあれば、なんだかんだ言って手伝ってくれるし」

 

「最初は見た目が怖くて近寄りがたいイメージがあったけど、見た目と違って面倒見がいいところもあるからね・・・噂では、何人かの性格が危うい女性プレイヤーに『斬ってください』って懇願されてるみたいだし・・・」

 

「今ではすっかり、苦労人キャラと化してるな」

 

「・・・テメェら、俺のことをなんだと思ってんだ?」

 

「えっと・・・弱い人が嫌いな戦闘狂かな」

 

「ちょっと怖いけど、なんだかんだ言って優しい人」

 

「ツンデレ」

 

「最近、痛い二つ名を付けれたり、ドMに好かれたりと、色々と苦労してる奴」

 

「よし、テメェらが俺のことをどう思ってんのかよく分かった。特にキリト、お前後で楽屋な?」

 

「ひっ!」

 

「キリト・・・君と友達になれて良かったよ」

 

「頑張ってね、キリト君。明日までには骨を回収しておくわね」

 

「二人共!縁起でもないこと言わないでくれ!」

 

「アハハ・・・以上、プレイバックのコーナーでした」

 

 

 

 

「そろそろお別れの時間です。皆さん、記念すべき第一回目のそーどあーと・おふらいん いふ、いかがでしたか?」

 

「そうだな・・・それなりに上手く進めることはできてたと思うぞ」

 

「えぇ、初めてにしては中々上手くやれてたわね」

 

「ありがとう二人共。ザントさんはどうでしたか?」

 

「話してる間は退屈だったが、こいつらともやり合えたし、それなりには楽しめたかもな」

 

「お!また、ツンデレ発言来たな。やっぱり、ザントは強面の皮を被ったツン――」

 

「だが、キリト。お前は後で楽屋来い。何、ほんの少しOHANASHIするだけだ」

 

「キリト・・・骨は拾っておくよ」

 

「だから、縁起でもないこと言わないでくれ!」

 

「それでは皆さん!第二回でまたお会いしましょう」

 

「「「「バイバイ!!」」」」

 

「またな」(←ザント)




その2へ続く・・・


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そーどあーと・おふらいん いふ SAO編その2

そーどあーと・おふらいん いふ、その2
本編の最後に重大発表あるよ


「皆さん、こんにちは!そーどあーと・おふらいん いふにようこそ!司会のコハルです!」

 

「解説のハルトです」

 

「この番組は、アインクラッドのあらゆる出来事をお伝えする情報バラエティー番組です。今回も前回と同様に、アインクラッドで起きた様々な出来事を振り返っていきたいと思います」

 

「今回はあまり時間が無いので、さっさとゲストに登場していただきます」

 

「本日のゲストはこの方々です。どうぞ!」

 

シュッ!シュッ!

 

「まさか、俺たちがそーどあーと・おふらいん いふに出演できる日が来るとはな」

 

「原作じゃ絶対にありえねぇからな。二次創作ならではのできる芸当だぜ」

 

「ソウゴさん、メタい発言は控えてください。本日のゲストはギルド、紅の狼のリーダーであるトウガさんと、そのメンバーのソウゴさんです」

 

「トウガだ。今日はよろしく頼む」

 

「んまぁ、ボチボチやるぜ」

 

「お二人共、よろしくお願いします。紅の狼は確か、幼馴染五人で結成したギルドでしたよね?」

 

「ああ、俺たちは元々リアルでは友達同士で、よく五人で遊んだりしていたんだ。SAOを五人で始めたのも、前の日から決めていたことだったんだ。購入しようとした時、店はかなりの人だかりでな。五人分買えるかどうか心配だったんだが、何とか全員分買うことができたよ。まあ、苦労して買えたというのに実はデスゲームでした、なんてオチは予想できなかったがな」

 

「つか、初回一万人の中から俺ら全員がプレイできたって中々スゲーと思うぞ」

 

「確かに、一万個の中から一つ買えたことだけでも凄いけど、五人全員分のナーブギアを買うことができたって中々無いと思うな。そう言えば、クライン達の風林火山やオルランドさん達のレジェンド・ブレイブスもメンバーが全員いるってことは、全員がSAOを買うことができたってことになるね」

 

「そうだな。彼らもまた、そこら辺に関しての運は持ち合わせていたということになるな。何はともあれ、こうして五人揃ってSAOをプレイできたのは嬉しいと思っている。後はまあ、誰一人死なないようにSAOを攻略していくだけだ」

 

「フフッ、頑張ってください。それでは早速、プレイバックのコーナーから行ってみましょう」

 

 

 

 

プレイバックコーナー

 

「このコーナーでは、『ソードアート・オンライン IF』から、いくつかのシーンをセレクトして解説していくコーナーです。今回は第十四層から花嫁衣装は笑顔と共にまでの中から、いくつか解説していきたいと思います」

 

「ほう、花嫁衣装は笑顔と共にまでか。今回はかなり長くなりそうだな」

 

「つか、前回のおふらいんが短すぎたんだよ。一つの階層に対して、振り返りがワンシーンのみっていくらなんでも短すぎだろ」

 

「まあ、運営(作者)さんにとっても、初めてのおふらいんだったんだし、大目に見てやってください。まずは、ep.19より、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

ep.19 赤銀の魔女

 

「ここなら、広いし存分に力を発揮できる。行くよ、コハル!」

 

後ろから迫ってきているキノコ軍団を迎え撃とうとしたが

 

「ハルト!前、前を見て!」

 

「ん?・・・なっ!?」

 

コハルの慌てている声が聞こえ、彼女が指を指している方を見ると、前方からキノコ軍団が迫ってきていた。

 

「(マズい!このまま挟まれたりしたら・・・)」

 

「まさか、先回り「先回りされましたの!?」・・・え?」

 

声がした方を見ると、そこには赤いコートを着た銀髪ツインテールの少女がいた。

 

「・・・ということではありませんのね。あなた達があのエネミーの群れを連れてきてしまったのでしょう?」

 

「なっ!?・・・そっちだって、向こうにいるエネミーの群れを連れているじゃないか?」

 

「もしかして、私たちみたいに胞子で集まったエネミーから逃げてたんですか?」

 

「いいえ、逃げてなどいませんわ。有利な地形に移動しただけですわ。まさか、同じような方達と衝突するとは思いませんでしたけど・・・仕方ありませんわね。ここを(わたくし)たちの戦場といたしましょう。あなた方、お覚悟はよろしくて?」

 

 

 

 

「うわー、出た。この銀髪」

 

「ソウゴさん、明らかに不機嫌そうな顔をしましたね。彼女は第十四層で出会った魔剣《フィンスタニス》使いのサーニャさんです」

 

「魔剣《フィンスタニス》は、斬った相手のHPを吸い取って自分のHPを回復させることができるし、連続で攻撃し続ければ、攻撃力が上昇する能力を持っている。だが、逆に言えば、少しでも攻撃が途切れたら《フィンスタニス》の攻撃力は標準の値に戻ってしまうデメリットがある。それを踏まえた上で、あそこまで使いこなしているんだ。彼女の実力はかなり高いと思った方がいいだろうな」

 

「まぁ、腕は良いかもしれねぇが、性格はスゲーウザイけどな。二十層の時に至っては、でっけぇ態度を取った割には足引っ張ってたし」

 

「ソウゴ、二十層の事はサーニャだけじゃなく、コハルにとっても辛い出来事だったんだ、あまりその話はしないでくれるかな?」

 

「・・・悪かったよ」

 

「ハルト、私は気にしてないから大丈夫だよ。次は、ep.21より、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

ep.21 復活の勇者

 

「カァーツ!!!攻略組であろう者達が、女子(おなご)を複数で囲って責め立てるとは何事か!?」

 

突然の男の叫び声に誰もが振り向くと、そこにいたのは

 

『レジェンド・ブレイブス!?』

 

「なんでお前らがこんな所にいるんだよ!?お前らには関係ないだろうが!引っ込んでろ!この犯罪者集団が!」

 

「貴卿の言う通りだ。一度は大勢の者たちを不幸にし、地に落ちた我らだ。どんな風に言われようと仕方のないことだと思っている。だが、どれほどの咎めを受けようと、罪を受け入れ、この世界で生きし一人の勇者として戦い続けることを我らは再び誓った!だからこそ、こうして最前線へと戻ってきたのだ!そして、そこの姫君もまた、この世界から脱出するべく、死をも覚悟してボスに挑もうとしている。それを武器が他よりも優れているからとの理由で責め立てるなど言語道断!!」

 

 

 

 

「中々カッコイイ登場をしたじゃないか、オルランドさん」

 

「まさか、ここでレジェンド・ブレイブスが復活するとは誰も思っていなかっただろうよ」

 

「ちなみに運営(作者)さんの裏話によると、本来ならリーファが場を治めるこのシーンを誰が代わりに治めるのか、色々考えてたみたいだけど、中々いい案が思い浮かばなくて、執筆に苦戦してたんだってさ」

 

「確かに、俺が出ても、怒りで冷静な判断ができない状態では場を治めるのは難しいだろうし、ザントが行っても、治めるどころか状況を更に悪化させてしまうな」

 

「そこで、今までの内容を見返して、ふと、思いついたアイデアがレジェンド・ブレイブスの復活だったんだ。一度地に落ちた勇者たちが最前線に復帰すると同時に、バラバラになりかけていた攻略組を一つにするべく舞い戻ってきた」

 

「正にIFならではの展開だな」

 

「今ではレジェンド・ブレイブスの皆さんも立派な攻略組の一員ですね。次は、ep.24より、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

ep.24 夕暮れの激闘(前編)

 

「今だ!」

 

トウガはソードスキルが放たれるタイミングでジャンプし、<スター・スプラッシュ>を躱した。

すると、トウガは跳んでいる最中に空中で短剣を三振り程振った。

 

「ふん、空中に、跳んだ、からと、いって、俺の、攻撃から、逃れられると、思うな」

 

「お前の攻撃?もう避ける必要なんてないぞ」

 

「なに?・・・大口を、叩けるのも、今の内だ!」

 

「なぜなら・・・お前は既に俺の攻撃範囲内(テリトリー)だ」

 

そう言いながら、着地と同時に短剣を振った次の瞬間

 

「ぐぉ!?」

 

トウガの近くまで迫ってきていたエストック使いが突然何かに斬られたかのような声を出し、動きを止めるとその場に膝を付いた。

 

 

 

 

「このシーンは、トウガさんがオレンジプレイヤーの一人と戦っている時にトウガさんが発動させたソードスキルのシーンですね」

 

「トウガのこのソードスキル、凄いね。短剣を当ててないのにダメージを与えたよ」

 

「フフッ、短剣の中でもかなり特殊なソードスキル、<ラジオナイフ>。モーションは大変だが、発動させると、離れている敵にもダメージを与えることができる不可視の刃だ」

 

「ちなみに、ラジオナイフって言葉は日本語で電気メスという意味だぜ」

 

「相手を麻痺させることができるから、そんな名前が付いたんですね。続いては、ep.25より、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

ep.25 夕暮れの激闘(後編)

 

キーーーン!!!

 

先程以上の剣戟がフィールド中に響く。

それが再開の合図となり、ザントと黒ポンチョ男は再び剣戟を繰り広げる。

死闘。その言葉が似合うくらい殺意を剝き出しながら戦うザントと黒ポンチョ男の姿に戦っている者もそうでない者もただ黙ってその死闘を見据える。

そして、何度目かの打ち合いの際に戦況が動き出した。

 

「あぁ?」

 

短剣と大太刀がぶつかり合い、ほんの僅か膠着状態になる隙を付いて黒ポンチョ男が下から蹴り上げを繰り出した。

そして、男の蹴り上げがザントの手元に当たり、手に持っていた《蒼嵐》が上に上げられた。

ニヤッと笑いながら黒ポンチョ男は追加の蹴りを入れ、ザントは咄嗟に腕をクロスさせて防ぐも、強力な蹴りによって後ろへ飛ばされ、木に背中から激突した。

それを好機と見た黒ポンチョ男は追撃をかけるべくザントに接近する。

ザントは今、武器を持っておらず、防ぐすべがない。

男は笑みを浮かべながらザントに向けて短剣を振り下ろそうとした次の瞬間

 

グサッ!

 

「っ!?」

 

ザントの右手から突如片手直剣が出現し、男の右肩に突き刺した。

自身の肩に刺さっている剣を見ながら驚く黒ポンチョ男。

仕掛けは簡単。男がザントに接近した瞬間、ザントはクイックチェンジでストックしてある片手直剣を取り出し、それを男の右肩部分に刺しただけ。

先程まで優越感に浸っていた黒ポンチョ男はそのことに気付かず困惑している隙を付いて、ザントは剣を持っていない左手で男の顔面を思いっ切り殴った。

思いっ切り殴られて後ろに吹き飛び、そのまま地面に転がっていく黒ポンチョ男。

その隙にザントは片手直剣をしまうと、先程上げられた《蒼嵐》が下に落ちてきて地面に突き刺さった。それを抜くと、すぐさま追撃をかけるべく黒ポンチョ男に接近する。

対する黒ポンチョ男も転がりながらも体勢を立て直し、顔を上げると、こちらに向かって接近して来るザントを見て笑みを浮かべ、短剣を構えながらザントに接近した。

両者、猛スピードで迫り、互いに剣を振るう。

 

カキーーーーーン!!!

 

今まで一番大きい剣戟がフィールド中に響いた。

その衝撃により、周りの地面が崩れ、そこから砂塵が舞い上がり、フィールドに置いてある木々が次々と倒れていく。

砂塵の中にいるザントは静かに息を研ぎ澄ませ、『蒼嵐』を構えながら走る。

砂塵の影からそれぞれの敵の姿を見据えた両者は互いの笑い顔を見つめ

 

「へっ」

 

「ハハッ♪」

 

その瞬間、砂塵の中から豪快な轟音が鳴り響き、二人の周りを包んでいた砂塵が一気に散っていく。

 

 

 

 

「このシーンはザントさんとオレンジプレイヤーのリーダーと思わしき人との戦闘シーンですね」

 

「いつ見ても、この戦闘シーンはヤバいね」

 

「文字だけだから分かりずれぇけど、Fateのサーヴァント同士並みの戦いしてんな」

 

「あの男はいつか英霊召喚でもされるんじゃないか?というか、戦闘のレベルがヤバすぎて、これ本当にSAOか?って誰もが思うんじゃないか?」

 

「それを言ったら、そのザントさんと互角に戦ったオレンジプレイヤーのリーダーも凄いですよね。敵ですけど」

 

「いつか、こんな強敵とも戦えるように、僕たちももっと強くならないと。次は、ep.27より、このシーンです」

 

「ちょっと!それ、私の仕事!」

 

 

 

 

ep.27 第二十層ボス攻略

 

ハルトは<レイジ・スパイク>で《ザ・ワンアイド・ビースト》に突進する。

そして、《ザ・ワンアイド・ビースト》にダメージを与えると体勢を整え、次のソードスキルを放とうとモーションをし、あるソードスキルで攻撃した。

 

「あれは!<ファイア・スラント>!?」

 

「いや、違う!これは・・・!?」

 

キリトがそのスキルの名前を呟いた。

 

「バーストスキル・・・!」

 

キリトが呟くと同時にハルトの剣が赤く光り、まるで炎に包まれたかのように輝いた。

 

「いっけーーー!!」

 

《ザ・ワンアイド・ビースト》目掛けてバーストスキル<クリムゾン・スクエア>を放った。

炎を纏いし剣が一撃二撃と《ザ・ワンアイド・ビースト》の巨体を切り刻む。そして、最後の五連撃目でハルトは剣を両手に持ち直し

 

「僕たちは前に進むよ。今も・・・これからも」

 

《ザ・ワンアイド・ビースト》の額の宝石に向けて思いっ切り剣を振った。

すると、額にあった宝石は割れ、《ザ・ワンアイド・ビースト》は頭を押さえて苦しみながらポリゴン状に四散した。

 

 

 

 

「これは、二十層ボスに止めを刺すシーンか。ハルトが繰り出したこのスキル。普通のソードスキルとは違うのか?」

 

「うん、《バーストスキル》って言って、指定された特定のソードスキルを放つことで発動できる特殊なソードスキルだよ」

 

「条件を達成することは大変だが、その分普通のソードスキルよりも強力なソードスキルを相手に食らわせることができるという訳か・・・」

 

「けどよ、発動させるまでの間に何回か指定のソードスキルを打たないと発動できねぇんだろ?そう考えたら、効率かなり悪くね?」

 

「発動させるとしたら、ここぞという時・・・それこそ、さっきの映像みたいに相手に止めを刺す時だな」

 

「正に起死回生のソードスキルという訳ですね。続いては、同じくep.27より、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

ep.27 第二十層ボス攻略

 

「・・・本当にいいのかな?私は・・・君の隣にいてもいいのかな・・・?」

 

「良いも悪いも無いよ」

 

「だって」と言いながら、ハルトはコハルを抱きしめる。

 

「僕は、君のパートナーだから」

 

コハルは涙を流しながら、笑顔で抱きしめ返す。

 

「うん!守るから・・・今度は私が守るから」

 

やがて二人は抱擁を解き、互いの顔を見つめ合う。そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと目を瞑りながら顔を近づけ、互いのくち「「わあああぁぁぁーーー!!!」」

 

大声を上げながら、映像を停止させたハルトとコハル。

 

「ちょっと!なんでこのシーンを入れたんですか!?」

 

「絶対に入れないでくださいってあれほど言ったのに、ホントあの運営(作者)は油断も隙も無い!」

 

「・・・まさか、二十層の時から既にできていたとはな」

 

「やれやれ、リア充ってのは油断ならねぇな。つか、三周年イベントで実質プロポーズみてぇなことしてんのに、なんでSAOIFじゃ未だにキスシーンがねぇんだよ」

 

「確かに、三周年の時点であれだけのリア充っぷりを発揮してるのに、キスシーンの一つも無いのはおかしい。今年のブライダルイベントで結婚式を挙げるついでに、キスシーンの一枚絵が出ることに期待するしかないな」

 

「そんな期待しなくていいから!」

 

「もう!さっさと次行ってください!次は、ep.28より、このシーンです!」

 

 

 

 

ep.28 クォーター・ポイント

 

「それでしたら、私がタンク役を務めます。専門ではありませんが、守りは得意な方です」

 

「スティラさん!?でも、そんな軽装備でタンクなんて無茶ですよ!」

 

「安心しろ。この女の場合、軽装備だろうと当たらなければ問題ないからな」

 

「ザントさんの言う通りです。何も受け止めるだけが防御ではありません。耐えるだけがタンクでもありません。耐えられないなら――」

 

そう言っていると、スティラに向かって燭台が迫ってきた。

 

「軌道を逸らしてしまえばいいのです」

 

スティラは目に見えない速さで燭台を殴り付け、彼女に向かって飛んできた燭台の軌道をずらした。

軌道をずらされた燭台はそのまま壁に激突した。

 

 

 

 

「剣の世界なのに、拳一つで戦うとは・・・なんというか・・・ザントみたいな非常識なプレイヤーが他にいたんだな」

 

「茅場涙目案件ワロス」

 

「剣の世界とはいったい何だったんだ?」

 

「ある意味、'(けん)'の世界ではあるね」

 

「三人共、訳分からないこと言ってないで、次行きますよ。続いては、ep.31より、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

ep.31 戦う理由

 

「待て。今日お前には色々と世話になったからよ。帰る前に一つ礼をさせてくれねぇか?」

 

「お礼?もしかして・・・夜のお相手とか!?」

 

「アホ、そんなんじゃねぇ。ただ・・・お前に一つご馳走させてくれないか?」

 

「ご馳走?」

 

疑問に思っているリズベットを尻目に、ソウゴは装備を外すと、ストレージを開き、普段着にエプロンを着用した恰好に着替えた。

 

「あんた、料理作れるの!?」

 

「あぁ、家が食堂でな。現実世界に帰った時、腕を鈍らせない為に<料理>スキルをそこそこ鍛えてあんだよ。ちなみに、メンバーの飯も毎日俺が作ってるぜ」

 

そう言いながら、ソウゴは料理を始めた。

食材を切り、切った食材を沸騰したお湯が入ってる鍋に入れ、そこに黄色味が混ざった茶色い塊を入れると、香ばしい匂いが部屋中に漂った。

 

「この匂い・・・もしかして、カレーライス!?」

 

「正確にはライスがないただのカレーだ。米はまだ作れねぇから、パンでいいか?」

 

「え、えぇ・・・構わないわ」

 

ソウゴはできたカレーを皿に装い、別の皿にパンを二つ乗せると、リズベットの下へ持っていく。

 

「ほら、食え」

 

リズベットはスプーンを手に取り、カレーを口に入れた。

 

「!? 美味しい・・・」

 

思わず、口から声を漏らしてしまう。

野菜と肉の旨味がルーに絡み合い、カレー本来の旨味とスパイシーな味わいが体中に伝わるのを感じた。

 

 

 

 

「このシーンはソウゴさんがリズベットさんに料理を振る舞うシーンですね」

 

「へぇー、ソウゴって料理できたんだ。それも、かなり腕が良さそうだね」

 

「ソウゴの料理は中々美味いぞ。料理スキルの熟練度もかなり高いしな」

 

「まぁ、将来は一応コック志望だしよ。こういう時だからこそ、作れるようにしとかねぇと、現実世界に帰った時に腕が鈍っちまうだろ」

 

「ソウゴさんの料理に対する情熱、凄いですね。私も頑張らないと。続いては、ep.33より、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

ep.33 第二十七層ボス攻略

 

「ほら!リーダーからの許可も取ったことだし、早速行くわよ!」

 

そう言うと、リズベットはソウゴの服の襟を掴み、そのまま引っ張りながら部屋の出口に向かった。

その姿は某任○堂オールスターゲームXの○空の使者でDDKに無理やり引っ張られるFXやそうめんの姿を連想させた。

 

「あー・・・もう、どうにでもなれ・・・」

 

引っ張られていくソウゴは半ば諦めの表情でリズベットに連れて行かれるのであった。

 

 

 

 

「「「・・・・・・」」」

 

「・・・何故、このシーンを選んだ?」

 

「そ、ソウゴさん、顔が怖いです・・・」

 

「二十七層のボス戦では、俺が活躍するシーンが沢山あったはずだ。なのに、よりにもよって何故ギャグ要素が高いこのシーンを選んだ?言え

 

「ひっ!?」

 

「ソウゴ、この辺にしておけ。司会が怖がっているせいで先に進めん」

 

「・・・ちっ、分かったよ」

 

「うぅ・・・ソウゴさん。怒った時の顔、怖いですね。次は、カオスランドより、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

カオスランド(前編)

 

「カンロジ?カンロジなのか!?」

 

「え?」

 

そこには口元に包帯のようなものを巻き、白黒の羽織を着ているソウゴが驚愕の表情でコハルを見ていた。

 

「カンロジ、どうしてここに?一人で逃げ出してきたのか?」

 

「えっと・・・ソウゴさん、ですよね?どうしたんですか?なんか、ちょっと怖いですよ!後、カンロジって誰ですか!?」

 

訳が分からないことを言いながら近づいてくるソウゴに、コハルが困惑していると

 

「ヴっ!?」

 

トウガがソウゴに近づき、無言で腹パンした。

 

「彼女はカンロジではない」

 

トウガが静かにそう言うと、ソウゴはそのままうつ伏せに倒れた。

 

 

 

 

だから、何故俺の時だけギャグ要素の高いシーンを選ぶんだ?

 

「そそそ、そんなこと私に聞かれましても!」

 

「いいから落ち着け。これは番外編の話だ。本編では、お前が中の人ネタと黒咲さんのモノマネをしたことなんて、一度たりとも無いんだ」

 

「チキショー・・・あの運営(作者)、いつか絶対にぶった斬ってやる」

 

運営(作者)さん、超逃げてください。ソウゴが割とガチな顔で刀を研いでます」

 

運営(作者)さんの命運は如何に・・・最後は、花嫁衣装は笑顔と共にから、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

花嫁衣装は笑顔と共に

 

「ハルト、どうかな?私のドレス姿・・・似合ってる?」

 

「勿論、似合ってるよ」

 

「ありがとう!ハルトもカッコイイね」

 

お互いの姿に対して、褒め合うハルトとコハル。

 

 

 

 

「こ、これは・・・私とハルトの衣装合わせの時ですね」

 

「この時のコハル、可愛すぎて一瞬女神かと思ったよ」

 

「そ、そんな、女神だなんて・・・ハルトこそ、かっこよくて、思わず見惚れちゃった」

 

「おい、ゲスト差し置いてイチャつくな、腹立つ」

 

「つか、これ運営(作者)のお気に入りシーンだろ?コハル好きの運営(作者)が当時、可愛さのあまりに10秒くらいフリーズしたっていう」

 

「その後は、コハルの立ち絵と後に出てくる一枚絵のスクショを撮ったらしくてな。今でも運営(作者)のスマホの中に残っているみたいだぞ」

 

運営(作者)さんのコハル好きは中々ですね。まあ、だからといって、コハルは誰にも渡すつもりはないけどね」

 

「ハルト・・・!」

 

「ハイハイ、ごちそうさま。それで、もうこれで最後か?」

 

「いえ、後一つ残っています」

 

「そうなのか?さっきのシーン、割と終盤のシーンだったから、これで最後かと思っていたんだが・・・」

 

「それは見てからのお楽しみです。それでは行ってみましょう。ラストは、同じく花嫁衣装は笑顔と共により、このシーンです。どうぞ」

 

 

 

 

花嫁衣装は笑顔と共に

 

「今日も風が気持ちいいなぁ・・・」

 

一人孤独にフィールドのベンチに座りながら風を感じるトウガ。

 

 

 

 

「ぶっ殺してやる!あのクソ運営(作者)!!」

 

「うわぁ!トウガさんがご乱心だ!」

 

コハルが驚き、ソウゴが後ろからトウガを羽交い締めした。

 

「おい、少し落ち着けよ」

 

「うるせぇー!よりにもよって、なんでこのシーンを選んだ!?なんだよ、儀式って!?なんだよ、ブライダルイベントって!?誰もいないベンチに一人孤独に座って、リア充共のイチャイチャを見させられた俺の気持ちが分かるかゴラァ!!」

 

「トウガ・・・やっぱり、内心根に持っていたんだね。ん?なんか紙が落ちてる。えっと・・・『ここで、司会のコハルさんと解説のハルトさんにプレゼントがあります by運営』」

 

運営(作者)さんからのプレゼントってなんだろう?」

 

その時、二人の体が光り輝いた

 

「きゃ!」

 

「うわぁ!?」

 

光が止むと、二人は白いタキシードとクリーム色のウェディングドレスを着ていた。

 

「これって!?確か、花嫁衣装は笑顔と共にで着たタキシードだ」

 

「私もあのイベントで着たウェディングドレスに着替えてある!」

 

すると、それを見たトウガが動きを止めたと思いきや

 

「キエエエーーー!!」

 

「うわっ!?更に悪化した!」

 

「おそらく、あのイベントで見た二人のウェディング姿を再び見たことで、あの時の悪夢がより賢明に蘇って、精神崩壊しかけてんだろうよ」

 

「とりあえず、僕らはいつもの装備に着替えてくるから、その間にトウガを止めておいてね」

 

「以上!プレイバックのコーナーでした!それでは!」

 

「ちょ、俺はこのままか!?」

 

 

 

 

 

「すまない、少々取り乱してしまった」

 

「少々どころか、かなり暴れてたと思うけど・・・いえ、何でもないです」

 

「アハハ・・・さて、トウガさんも落ち着いたところで、そろそろ番組終了のお時間となりました。」

 

「もう、そんな時間か・・・今思えば、ここまで来るのに結構時間が掛かったね」

 

「そうだね。色々辛いこともあったけど、ここまで来れたのも皆のおかげだよ」

 

「いや、こちらこそ、お前たち二人に出会えてなかったら、今の俺たちはここにいなかっただろうな」

 

「まぁ、悪くない時間ではあったな」

 

「さて、ここで重大発表があります!」

 

「いきなりだな!?」

 

「え!?私、聞いてないよ!?」

 

「うん。だって、番組が終わるまで誰にも言うなって運営(作者)さんに言われてからね」

 

「ハルトだけに知らされてたってことか・・・いったい、どんな内容なんだ?」

 

「それは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――『ソードアート・オンライン IF』は今後、二つのルートに分岐して進めていきたいと思っています」

 

「はっ!?」

 

「なんだと!?」

 

「二つのルートに分岐ってどういうこと!?」

 

「それでは皆さん、また次回お会いしましょう。バイバイ!」

 

「おい!最後にとんでもない爆弾を置いて終わらせるな!」

 

「えぇっと!詳細はあとがきに書いてあると思うので、そちらをご覧になってください。それでは皆さん、今後も『ソードアート・オンライン IF』をよろしくお願いします」




オリジナルスキルレコード紹介、第二弾が完成しました。こちらのリンクから閲覧できます。


さて、最後の方でハルトも言っていましたが、『ソードアート・オンライン IF』は今後、原作の話に沿った原作ルートとSAOIFの話に沿ったSAOIFルートの二つの展開に分けて進んでいきたいと思います。
何故このような決断に至ったのかというと、元々は二十七層編終了後、赤鼻のトナカイなど原作の話を基準に進めていくつもりでした。しかし、SAOIFでストーリーを進め、その話を書いていく内に、ハルト達がSAOIFの世界でどのような物語を創っていくのか気になってしまい、かと言って原作の話も捨てがたいし、どうすればいいのか悩んでた時、『そうだ!二つのルートに分けて、両方書けばいいじゃないか』という考えが思い浮かび、この決断に至りました。

この二つのルートのそれぞれの違いは以下の通りです。
・原作、SAOIFルートでそれぞれ話の展開が変わっていく
・SAOIFのオリジナルキャラは原作ルートに登場しない
・SAOIF関係のストーリー(SAOIFのイベントストーリーなど)はSAOIFルートで書かれる
・今後執筆予定のフェアリーダンス編やファントム・バレット編は原作ルートの時系列となる
・アインクラッド編で登場予定が無かったリーファやシノンだが、もしかしたらSAOIFルートで登場するかもしれない

今後の予定は、しばらくの間は原作ルートを進めて行きます。SAOIFルートは時間がある時に逐次更新していきたいと思います。
突然の決断に戸惑う人もいるかもしれませんが、どうかこの『ソードアート・オンライン IF』を今後ともよろしくお願いいたします。


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アインクラッド編(原作ルート)
ep.34 月夜の黒猫団


待たせてしまって申し訳ございません。
ハイスクールD×Dにハマってしまい、そちらを優先してたら、すっかり6月になっていました。
原作ルート最初の話は赤鼻のトナカイです。サチ及び「月夜の黒猫団」の運命はどうなるのか・・・それでは、どうぞ!


二十七層攻略からしばらく経った日の夜。

アスナとコンビを解散して以降、ずっとソロで活動してたキリトはこの日、とあるギルドに誘われ、祝いの席に参加していた。

 

「それじゃあ!我らが恩人、キリトさんに乾杯!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

「か、乾杯・・・」

 

キリトが助けたギルド、「月夜の黒猫団」の明るい雰囲気に押されながらキリトはグラスを挙げた。

 

「いや~まさか、攻略組の有名なソロプレイヤー、キリトさんに助けてもらえるなんて、夢にも思っていなかったですよ」

 

「ホントだよ!レアってレベルじゃないよな!」

 

「えっと・・・君たちは俺のことを知っているのか?」

 

「はい!ハルトさん達や紅の狼の皆から聞いたんです。知り合いに、黒い服に片手直剣一本で戦う凄腕の剣士がいるって」

 

「ハハハ、凄腕ね・・・(あいつら、人のことをペラペラ喋りやがって・・・)」

 

あながち間違っていないが、人のことを勝手に話したハルトやトウガ達にキリトは心の中で悪態付いた。

そんなこと思っているキリトをよそに、ケイタの話は続く。

 

「俺たちは普段は前衛を一人だけにして、後は隙を付いて後ろで攻撃するスタイルで戦っているんだ。前までは前衛にサチも加えた編成で行こうと思ってたんだけど、前に一緒にパーティーを組んでくれた紅の狼のトウガから『サチは今のままの、相手の隙を付いて槍で攻撃するスタイルで戦った方がいいと俺は思う。彼女の槍の熟練度はかなり高いが、それ以外に関しては低すぎる。今から最前線に通用するレベルにまで上げるのは非現実的だ。何より、彼女の性格からして彼女に前衛は向いてない。無理にスタイルを変えるより、それ一つを上げることに集中した方が効率はいいと俺は思うな』って言われて、そのスタイルで戦ってみたら、戦闘がスムーズに進むようになってさ。今はそのスタイルで戦っているんだ」

 

「へぇー、そうなのか」

 

ケイタの話を聞いたキリトは、黒猫団の面々の性格や特性を見抜いた上で、彼らの戦闘スタイルを指摘したトウガの観察眼に感心していた。

すると、ケイタがおずおずとキリトに話しかけてきた。

 

「あの~キリトさん、一つお願いがあるんですけど、いいですか?」

 

「あぁ、いいぞ。後、キリトでいいし、敬語もいらないよ」

 

「そうか。じゃあさ、キリト。しばらくの間だけでいいから、僕たちのギルドに入ってくれないかな?」

 

その質問にキリトは目を見開いたが、平常心を取り戻しながら勧誘の理由を問う。

 

「理由を聞いていいかい?」

 

「俺たちも、いずれは攻略組と一緒に最前線で戦うことを目標にしてるんだけど、この通りまだまだ未熟な所が多くて・・・この間も最前線に来たのは良かったけど、結局足を引っ張っちゃってさ。だから、攻略組のソロプレイヤーであるキリトに、最前線に通用するレベルでいいから僕たちを鍛えて欲しいんだ」

 

ケイタの言葉を聞いて、キリトはしばらく考えていた。

彼らは自分の事は知っているが、自分がビーターと言われていた事は知らない。もし、自分がビーターだと知った時、彼らは自分を拒絶するのだろうか。そんな不安が頭によぎった。

けれども、攻略組入りする為に努力し続ける彼らの思いに応えてやりたいという気持ちも、キリトにはあった。

それに、しばらくの間だけでいいと言った。ならば、最前線に出ても死なないレベルにまで鍛え上げる時間は充分にあるか。そう思ったキリトはケイタに向けて口を開いた。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて入れてもらおうかな」

 

キリトがそう言うと、黒猫団の面々全員が笑顔になった。

 

 

 

 

別の日、キリトを含む黒猫団の面々はとある層の平原に来ていた。

 

「攻略組、第二十八層突破かぁ・・・凄いよな、二十七層が突破されて二週間しか経ってないのに、もう突破したんだな」

 

新聞の記事を読みながら、ケイタは感心しながら呟く。

 

「ねぇ、キリト。僕らと攻略組の違いってなんだと思う?」

 

「そうだな・・・情報力かな?あいつらはよく効率のいい狩り場とか独占したりするだろ・・・勿論、それだけじゃないと思うけど・・・」

 

そう答えるキリトに対して、ケイタは「うーん」と悩みながら言った。

 

「僕は意志力だと思うな。例えば、紅の狼の皆とかそうだろ」

 

「紅の狼かぁ・・・そう言えば、彼らも黒猫団と同じ五人編成のギルドだったな」

 

「でも、同じ少数ギルドなのに、彼らは攻略組の一員として常に最前線にいるだろ。何回か彼らとパーティーを組んだことあるけど、一人一人の強さは勿論、きちんと連携が取れていて、バランスがいいだろ。きっと、絶対にクリアするぞっていう、そう言った意志が強いからだと思うんだ」

 

「うーん・・・トウガ達ならまだしも、それ以外はな・・・」

 

特に最近のDKBは、前回の二十七層のボス攻略で一部のDKBプレイヤーが他のギルドを出し抜こうと単独でボスに挑んだりなど、やや暴走しがちなところがある。

もし、さっきのケイタの言葉をトウガ達が聞いたらなんて言うのだろうか。苦笑いして聞いているのか。それとも、真っ正面から否定するのか。

そんなことを思いながら、キリトはケイタの話を聞いてるのであった。

 

 

 

 

夜、キリトは黒猫団の面々にバレないよう、一人こっそりと宿から出た。

その訳はこっそりレベリングをするためである。

今は中層にいるが、いずれ最前線に戻った時に他の攻略組のプレイヤーに付いてこれないとなれば、キリトにとって溜まったもんじゃない。

いつものように圏内を出て、最近通っている狩り場に向かうキリト。すると、見覚えのある三人の人物を見つけ、足を止めた。

 

「ん?あれは・・・」

 

フィールドで戦っている少女とそれを見守っている二人の少年。三人共、キリトの知り合いであり、内一人は同じギルドのメンバーである。

 

「ヤァ!」

 

槍を持った少女、サチの放った一撃が辺りにいた複数のエネミーをポリゴンに変えた。

 

「ど、どうだったかな・・・?」

 

「・・・まだ、動きにぎこちないところがあるが、大分マシにはなったぞ」

 

サチに向かって答えるソウゴの評価を聞いて、サチは少しだけ笑みを浮かべた。

 

「やったね、サチ。ソウゴ君のマシはかなりいい方ってことだよ」

 

「勘違いすんな。前よりかは少し素早く動けるようになっただけで、まだまだな所はいっぱいあるんだよ。次はそこら辺を指導してやっから覚悟しとけ」

 

「はい、頑張ります」

 

好評なコノハに対して、厳しく評価するソウゴにサチは特に嫌な顔をせず素直に頷いた。

その様子を遠くから見ていたキリトは気になって三人に話しかけた。

 

「サチ、それにソウゴとコノハ。三人して何やってんだ?」

 

「き、キリト!?びっくりした・・・」

 

サチは驚いた様子でキリトを見て、隣でソウゴがキリトの質問に答える。

 

「俺は頭下げてまで強くなりたいって言ってきたこいつの面倒を見てんだよ。コノハはその付き添いだ。お前こそ、こんな夜遅くにまで何やってんだ?」

 

「俺はレベリングだよ。今は黒猫団の皆と一緒に戦ってるけど、いつか最前線に戻った時に、いつでも強敵と戦えるよう、きちんと強化しておかないといけないからな」

 

ソウゴにそう言ったキリトは、今度はサチにのみ質問する。

 

「それにしても、意外だったな。君がソウゴ達に頼んでまで強くなろうとしてたなんて。どうして、そこまでして強くなりたいと思ったんだ?」

 

「うん・・・」

 

キリトの問いに、サチは顔を少し俯かせながら喋る。

 

「今までの私は、いつか訪れるかもしれない死の恐怖に、ただ怯えてばかりで、いつ死んでもいいように、《録音クリスタル》に歌を記録したりしてたの。でも、コハルやコノハ達がどんなに辛くても、最後まで諦めないで生きようって勇気をくれた」

 

「だから」と、サチは真剣な表情でキリトを見据えながら喋る。

 

「私は強くなりたい。今はまだ、足を引っ張ってばかりだけど、いつか必ず、私に生きる勇気くれた人達に、その恩を返せるように」

 

「(へぇー)」

 

サチの真っ直ぐな瞳を見て、キリトは感心した。

正直、キリトは驚いていた。黒猫団の中で一番臆病そうに見える彼女がこうも強くなろうとしていた。

おそらく、コノハやソウゴ、ハルト達などの多くの人達との出会いが彼女に勇気を与えてくれたのだろう。

きっと彼女は・・・いや、黒猫団はこれからも強くなれる。いずれ、攻略組に仲間入りして、共にボス攻略に挑めるくらいまでに。その時が来るのを楽しみにしてようとキリトは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう・・・あの日が来るまでは・・・




・時系列
二十七層攻略からおよそ二週間程度経っている感じです。

・原作との違いその1
黒猫団の面々はハルト達や「紅の狼」を通して、キリトの事は少しだけ知っている(あくまで少しであって、キリトがビーターと呼ばれていた事は知らない)。

・原作との違いその2
サチが最初から槍使いとして活躍している(原作だと本人の意見も碌に聞かず、前衛を任されそうになり、そのせいでサチが脱走したが、この時空ではトウガの口添えもあって、サチが転職してない)。

・原作との違いその3
サチ強化。(下手すれば、黒猫団の前衛の人(名前忘れた)よりも強いかもしれない)


ようやく突入したアインクラッド編原作ルート。
基本的に原作に沿った話になりますが、一部オリジナル要素もあるのでお楽しみに。
次回はいよいよあの場面です。サチ及び黒猫団の運命は・・・!?


P.S 5月で『ソードアート・オンライン IF』一周年を迎えました。尚、この時期に作者は別作品の小説を執筆するという。


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ep.35 悪夢

お待たせして申し訳ございません。
プログレッシブの映画がだんだん近づくにつれて、私のSAO熱も徐々に燃え上がっています。


今回は例の場面です。先に言うと原作と多少展開が違います。
果たして、サチ及び黒猫団の運命は!?


サチの秘密を知った日から数か月経った今日、ケイタは念願のギルドホームを買うため、別行動を取ることになった。

その間、他の五人はギルドの資金を稼ぐべく、二十七層の迷宮区へ足を踏み入れていた。

 

「前に来た時はそこまで苦戦しなかったし、今回も楽に進めそうだな」

 

「油断するなよテツオ。ここの層はトラップにも注意しないといけないからな。特にササマル、お前は前科があるから気をつけろよ」

 

「分かってるよ。前に似たようなトラップに引っかかったし、そう何度も引っかからねぇよ」

 

元気そうに話す黒猫団の面々の様子を見て、キリトは安堵していた。

迷宮区に入った時ははまだ彼らには早いのではないかと不安に思っていたが、自分の予想以上に上手く連携しながら立ち回ってたり、かつてこの層に来た際に、トラップがフィールド中にたくさんあることを知ったらしく、トラップに引っかからないよう慎重に行動していた。

そんな感じに、攻略は順調に進んでおり、迷宮区の奥まで進んでいくと、ボス部屋までやって来た。

 

「ここってボス部屋だよな?」

 

「みたいだな。ここで攻略組はボスと・・・くぅー!俺たちも早く最前線で戦いたいぜ!」

 

いつか攻略組と一緒に戦う時を夢見て、キリト達は部屋から出ようとしたその時、入口の扉が突如バンッと音を立てながら勢いよく閉まった。

突然閉まった扉に驚く一同。しかし、そんな驚きを凌駕する出来事がすぐに起きた。

突如部屋が明るくなり、部屋の中心に一体のエネミーがリポップされた。

そのエネミーは数十メートルもある巨体に首が二つあって、腕が左右二本ずつあり、それぞれの手に巨大ハンマーと鎖付き鉄球が左右対称に握られていた。

 

「う、噓だろ・・・!」

 

「あれって・・・!まさかボス!?」

 

そう、リポップしたエネミーは、かつてこの部屋で攻略組と激闘を繰り広げた二十七層のボス《タロス・ザ・クロスギガス》だった。

 

「(フロアボスのリポップなんて聞いたことないぞ!いや、そんなことよりも、どうして今この状況でリポップしたんだ!?)」

 

キリトはかなり焦っていた。何故、攻略組が倒したはずのボスがリポップしたのか。よりにもよって、何故'今'なのか。

色々な感情がごちゃ混ぜになっているが、今はこの場から逃げることを優先すべく、黒猫団の面々に向けて叫んだ。

 

「全員!今すぐ部屋を出ろ!それか、《転移結晶》を使え!」

 

キリトに言われ、四人はすぐさま行動に移す。サチがストレージから《転移結晶》を取り出し、他の三人は閉まった入口の扉を開けようとしたが

 

「ダメだ!ビクともしねぇ!」

 

「《転移結晶》も使えない・・・!」

 

扉を押そうにも開く気配が無く、《転移結晶》を使おうとしても効果が発揮されない。

そうこうしているうちに、《タロス・ザ・クロスギガス》は五人の姿をを目に捉えると、「ヴォーーー!!」と雄叫びを上げながら、こちらに近づいてきた。

 

「各自散開しろ!二十七層のボスはハンマーや鉄球を振り下ろす単調な攻撃しかしてこない!しっかり攻撃パターンを見切って、回避に専念しつつ隙を付いて攻撃しろ!」

 

戦うしかないと結論付けたキリトの指示は早かった。

キリトの叫び声に反応した黒猫団の面々は、それぞれの武器を構え、《タロス・ザ・クロスギガス》に応戦し始めた。

幸い、ボス攻略の時にあった磁力のトラップが、今は作動していなかったため、キリト達は磁力に振り回されることなく動けていた。

そんな中、《タロス・ザ・クロスギガス》の右手に持っている巨大ハンマーが、ササマル目掛けて振り下ろされる。

 

「うわぁ!」

 

ササマルは何とか回避したものの、床に衝突したハンマーの衝撃に巻き込まれてしまい、床に転がった。

そんなササマルを見て、仕留めるチャンスと思ったのか、《タロス・ザ・クロスギガス》は立ち上がろうとしているササマルに向けて、左手に持っている巨大ハンマーを振り上げた。

 

「避けろササマル!」

 

キリトが叫びながら、ササマルの方へ走り出すが、その前に《タロス・ザ・クロスギガス》の巨大ハンマーが振り下ろされた。

 

「あ"ぁ!?」

 

回避が間に合わなかったササマルは、《タロス・ザ・クロスギガス》の巨大ハンマーに潰された。

ササマルが潰されたことに誰もが呆然とする中、《タロス・ザ・クロスギガス》がハンマーを持ち上げると、そこにいたのは、うつ伏せに倒れているササマルだった。

そして、数秒経たずして、ササマルの体はポリゴン状に四散した。

 

「ササマル!」

 

「チキショー!」

 

ササマルの死に、悔しがる黒猫団の面々。

 

「足を止めるな!止まったら死ぬぞ!」

 

そんな彼らに向かってキリトが叫ぶ。今は悲しんでいる暇はない。

黒猫団の面々は気持ちを切り替えて、再び《タロス・ザ・クロスギガス》と対峙する。

その後、ひたすらに攻撃し続け、《タロス・ザ・クロスギガス》のHPは半分になった。

 

「よし!このまま行けば・・・」

 

順調に事が進み、徐々に顔色が良くなっていくキリト。

だが、いくら昔のボスと言えど、《タロス・ザ・クロスギガス》はフロアボス。簡単に倒せる相手ではない。

 

「うわぁ!?」

 

《タロス・ザ・クロスギガス》の鎖付き鉄球を防御したテツオだが、鉄球の威力が凄まじく、防御したと同時にテツオの体がぐらつき、不安定な状態になる。

その隙を逃さず、《タロス・ザ・クロスギガス》は巨大ハンマーをテツオ目掛けて振り下ろした。

 

「ぐわぁーーー!!」

 

防御が間に合わなかったテツオは、ハンマーをもろに食らい、そのままポリゴン状に四散した。

 

「テツオ!グハッ!?」

 

散りゆくテツオの姿に目を取られたダッカーの背後に鎖付き鉄球が襲い掛かり、咄嗟のことで回避が間に合わなかったダッカーは部屋の端まで吹き飛ばされる。

そして、彼もまたポリゴン状に四散してしまった。

 

「あぁ・・・あぁ・・・!」

 

今まで一緒に助け合ってきた仲間たちが次々と死んでいった。そんな残酷な現実にサチは恐怖で立ち尽くすしかなかった。

だが、無情にも《タロス・ザ・クロスギガス》は、動けないサチを恰好の的だと思い、巨大ハンマーを振り上げる。

 

「サチ!避けろ!避けてくれ!!」

 

キリトが必死になって叫ぶも、今のサチに聞こえてる気配はない。

そして、立ち尽くすサチ目掛けてハンマーが振り下ろされたその時だった。

 

『どうか君も、この世界に負けないでほしいんだ。どんなに辛くても、最後まで生きることを諦めないで』

 

「!?」

 

サチの脳内に、前にコノハが言っていた言葉が聞こえてきた。

その瞬間、止まっていたサチの体が自然と動き出した。

 

「ヤァーーー!」

 

《タロス・ザ・クロスギガス》のハンマーが床に激突する瞬間、サチは咄嗟に体を捻らしてハンマーを躱し、その隙をついて槍を《タロス・ザ・クロスギガス》目掛けて突いた。

強力な槍の一撃を食らって怯む《タロス・ザ・クロスギガス》をよそに、サチは再度槍を構え、《タロス・ザ・クロスギガス》を見据える。

 

「私は・・・諦めない!何がなんでも、生き残ってみせる!」

 

迫りくる《タロス・ザ・クロスギガス》猛攻に、彼女はただひたすらに戦い続け、そして・・・

 

 

 

 

場所は変わって、第二十層にある「紅の狼」のギルドホーム。

自然豊かなこの場所に建っている二階建ての一軒家は、リーダーであるトウガが気に入ったこともあり、「紅の狼」のギルドホームとして成り立っていた。

そんなギルドホームの中で、「紅の狼」の面々は、次の攻略の為の作戦会議をギルドホームの会議室で行っていた。

 

「前回のボス攻略で、タンクを務めるカズヤのHPの減りが予想以上に早かったこと。レイスの動きや短剣の動きにブレが生じて、コノハとのタイミングがづれたこと。これら二つのことから、二人の装備をそろそろ最新の装備に切り替える必要があると俺は考えている。そこで、今回は階層攻略をしないで、二人の新しい装備を作ることとそれの強化を優先したいと思っている。これに関して、何か質問や意見はあるか?」

 

一通り説明したトウガは、他のメンバーに質問は無いか聞き出した。

誰も手を挙げたりする様子はなく、異論は無いということでトウガは話を続ける。

 

「よし、それじゃあ、明日から装備を作るのに必要なコルや素材集めをするつもりだ。詳しい話は明日また説明するから、今日はゆっくり休んでくれ。フィールドに出るのは禁止だが、街で十分に羽を伸ばしてきても構わない。それと、ソウゴ。お前は夜になる前に皆の夕食を作っておいてくれないか?」

 

「分かってら。それが俺の仕事だからな」

 

そう言うと、ソウゴは会議室から出て、キッチンへ向かった。

 

「俺たちはちょっくら街に出て、買い物に行こうぜレイス」

 

「はいっす!楽しみっすね、新装備!」

 

カズヤとレイスも外に出る準備をするべく、会議室から出た。

トウガは一人動く様子のないコノハに話しかける。

 

「お前はどこか行かないのか?」

 

「うん、今日は雨降ってるし、特に買う物もないから」

 

「そうか・・・なら、皆を待っている間、二人で話をしないか?先にお茶の用意をしてくるよ」

 

「分かった。それじゃあ、リビングで待ってるから」

 

そう言うと、コノハはリビングに向かい、トウガもお茶を入れるべく、キッチンに向かった。

コノハはリビングにある椅子に座りながらトウガを待っていると、数分後にカップを二つ持ったトウガがやって来た。

 

「すまない、待たせてしまった」

 

「大丈夫だよ。少ししか待ってないし」

 

そんなやり取りをしながら、トウガは紅茶が入ったカップをコノハに渡し、自身のカップもテーブルに置くと、彼と向かい合わせになるように座った。

二人は紅茶を堪能しながら、会話をする。

 

「そう言えば、最近サチとの特訓はどうなんだ?」

 

「順調かな。ソウゴ君もなんだかんだ言って、丁寧に教えてくれるし」

 

「そうか・・・それにしても、意外だったな。彼女から強くしてほしいと頼まれた時に、お前が真っ先に手を上げた時は」

 

トウガの言葉に、少し恥ずかしそうにしながら「うん」と頷いたコノハは、意を決した顔で語り出す。

 

「僕ってほら、昔っから臆病で人見知りな性格だし、このデスゲームが始まった頃も、戦おうとしても戦えなくて、ずっと宿屋で震えてたじゃん。でも、トウガ君があの時戦う勇気じゃなくて、最後まで生きることを諦めないで、どんな困難にも立ち向かう勇気を僕にくれたから、僕は今もこうして戦うことができるんだ」

 

「俺は別に、そんなものあげたつもりは無いんだが・・・」

 

「トウガ君には無くても、僕にはあるんだよ。それで、初めてサチと出会った時、あの時の僕と思い重ねたんだ。だからかな、放っては置けないって思っちゃったのは」

 

コノハは紅茶を一口飲み、真剣な表情で語る。

 

「こんな臆病な僕でも、最前線で戦うことができたんだ。だから、彼女にも伝えたいんだ。例え戦えなくなっても、最後まで生きることを諦めないこと。現実に立ち向かい続ける勇気を持ってほしい・・・そんな勇気を彼女に分けてあげたい・・・!」

 

「そうか・・・まっ、死なない程度に頑張れよ」

 

「うん」

 

トウガの言葉に頷きながら、紅茶をもう一口飲もうとしたその時

 

バン!

 

突如、玄関のドアが勢いよく開かれた音が聞こえ、顔を見合わせた二人は席を立って、リビングを出た。

途中でエプロンを着たソウゴと合流し、三人で玄関に向かっていると、「な、なんだ!?」「あ、あなたは!?」とカズヤとレイスの声が聞こえてきた。

聞こえてきた二人の声を気にしつつも、三人は玄関に辿り着いた。

 

「!? 君は・・・サチか!?」

 

玄関にいた知っている人物に、トウガが驚きの声を上げる。他の二人も、コノハは目を見開きながら驚いており、ソウゴは顔に出さなかったが、何故?と疑問符を浮かべていた。

玄関にいたのは、外の雨によって髪もずぶ濡れになっているサチだった。

サチの突然の来訪。しかも、ずぶ濡れになったり、「はぁ・・・はぁ・・・」と呼吸を整えていることから、ただ事ではない雰囲気を感じる中、サチはこちらを見つめているコノハを見つけると、彼の体に抱きついてきた。

 

「ちょ、え!?」

 

突然のサチの行動に、コノハ達が戸惑っていると、サチは大量の涙を流している顔を上げて叫んだ。

 

「死んじゃった・・・黒猫団の皆が死んじゃった!」

 

『!?』

 

サチから告げられた言葉に、コノハ達は驚愕の表情で絶句した。

 

 

 

 

サチの話によると、ケイタを除く「月夜の黒猫団」の面々はマイホームに置く家具等の資金を貯める為に、二十七層の迷宮区を攻略していた。

しかし、攻略の最中ボス部屋に入った途端に、なんと二十七層のフロアボス《タロス・ザ・クロスギガス》が再リポップしたのだ。キリト達は必死に応戦したが、黒猫団の面々はキリトとサチの二人を残して全滅してしまった。

生き残ったキリトとサチは失意にくれたまま、マイホームを買って、戻ってきたケイタに事の全てを伝えた。

ケイタはただ呆然と聞いていたが、やがてアインクラッドの中を囲む柵の上に上がると、キリトの方を向いて一言。

 

『ビーターのお前が、僕たちと関わる資格なんてなかったんだ!』

 

そう言い残し、二人が止める暇もなく、彼は浮遊城の外へ身を投げ出した・・・

 

「馬鹿野郎・・・!仲間を一人残して死ぬギルドリーダーがどこにいるんだ・・・!」

 

一通り説明を聞き、サチを二階にある空き部屋で眠らせた後、トウガはギルドメンバーの残して一人自殺したケイタに怒りを感じていた。

現在、「紅の狼」の面々は一階のリビングで五人用のテーブルを囲いながら話し合っていた。

 

「それで、これからあいつをどうするんだ?」

 

「え?俺たちの所に置いておくんじゃないんすか?」

 

ソウゴの言葉に、サチをギルドに置いておくつもりだったレイスが首を傾げた。

ソウゴは真剣な表情でトウガ達に向かって喋る。

 

「俺らは最前線で戦う攻略組の一員だ。強くなるために、日々レベリングに励んだり、攻略に必要な資金を集める中で、戦えないプレイヤー一人の世話なんて到底できねぇだろ。言っちゃ悪いが、戦える奴ならまだしも、戦えない奴は、俺らにとって邪魔でしかならないな」

 

「そうだな・・・ソウゴの言うことも一理ある。だが・・・ギルドメンバーを失い、心に傷を負った彼女をあのままにしておくわけにはいかないし、どうしたものか・・・」

 

サチの今後についてトウガが頭を悩ませていると、彼に声を掛ける者がいた。

 

「あの・・・僕に考えがあるんだけどいいかな?」

 

そう言って、おずおずと手を上げたのはコノハだった。

 

「何かいい考えがあるのか?」

 

「うん、明日彼女をあそこに連れていこうと思うんだ」

 

コノハから発せられた'あそこ'にトウガは頭を悩ませていたが、納得した顔でコノハに向けて言った。

 

「分かった。この件はお前に任せる。それでいいか?」

 

「うん、ありがとう」

 

サチの事を任せたトウガに、コノハは礼を言った。

仲間を失い、心に傷を負った彼女に、コノハは何をするのだろうか。




・復活の《タロス・ザ・クロスギガス》
ここら辺はSAOIFの要素を持っていきました。正直、共通ルートで一度二十七層に来た(しかも、似たようなトラップに引っかかった)黒猫団があのトラップに引っかかるとは思えないし、引っかかっても、原作より少しパワーアップしてる彼らでは、原作のトラップ程度ではピンチにならないので。

・ケイタ死亡
仲間を大半失った彼は、結局その悲しみに耐えられませんでした。

・あそこ
ヒント:'あそこ'にはコノハとサチの他にレイスも行く予定です。


ということで、以上が黒猫団の結末です。
大抵のSAO二次創作では、黒猫団のピンチにオリキャラが介入してサチや他の黒猫団の面々を救う展開が多いですが、この小説ではサチが周りより強くなりすぎた故に、サチ以外の全員が死亡という結果となりました(コノハの介入を期待してた皆さん、申し訳ございません)。強すぎるっていうのも辛いものですね。
次回はサチのケア回となります。心に傷を負ったサチにコノハは何をするのでしょうか?お楽しみに。

P.S. 現在、一話から順に読み返しながら、一部修正していますので、少し時間が掛かりますが、気長に待っていただければ幸いです。


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ep.36 生きるということ

トウガの容姿って一夏とキリトを合わせた感じなんだけど、その容姿で最近思い浮かんだキャラが「精霊幻想記」のリオ君だった。


ハイ魂(ハイスクールD×D 銀ノ魂を宿し侍)でのリハビリによってスランプを乗り越え、ようやく投稿できました。
今回はサチのケア回です。


翌日、コノハはレイス、そしてサチを連れて《はじまりの街》へやって来た。

目的は心傷ついたサチをとある場所に連れてきて、生きる気力を取り戻すためである。

しばらく歩き、目的地である教会の前に立つと、コノハは扉をノックする。すると、そう時間が経たずに扉が開かれた。

 

「こんにちは、サーシャさん」

 

「こんにちはっす!」

 

「いらっしゃい、コノハ君、レイス君」

 

挨拶する二人を、教会の主であるサーシャは笑顔で出迎えた。

 

「それで、確かサチさんだっけ?」

 

「は、はい。合っています」

 

サーシャは二人の後ろにいたサチに声を掛けると、険しい顔で言った。

 

「事情はコノハ君から聞いてるわ・・・辛いでしょう?」

 

「・・・はい」

 

「こんな場所でも、あなたが少しでも元気になってくれたら嬉しいわ。ここは、そういう子供たちを保護する場所だから」

 

そう言うと、サーシャは三人を教会の中に入れた。

中に入ったコノハ達を真っ先に出迎えたのは、年長の子供たちだった。

 

「あ!兄ちゃん達いらっしゃい!」

 

「久しぶり!今度はどんな所を冒険してきたの?」

 

「また上の層の話聞かせてよ!」

 

ギン、ミナ、ケインの三人がコノハとレイスの方に近づきながら元気よく話しかける。

 

「そう急がなくても、話なら後でいっぱい聞かせてあげるよ。とりあえず、他の皆も呼んできてくれるかな?」

 

「「「はーい!」」」

 

コノハがそう言うと、子供たちは奥の部屋の方へ走っていった。

一方、状況がいまいち吞み込めてないサチは、入口の方で呆然と突っ立ていた。そんな彼女の隣でサーシャが説明する。

 

「ここにいる子たちは皆、このゲームが始まってから精神的な問題を抱えていた子たちばかりなの。それを私が保護して、この教会でお世話しているんです」

 

「そ、そうなんですか・・・皆、私より年下なのに、たくましいですね」

 

そう言いながら、少しだけ下に俯くサチ。

そんな彼女を気にしつつも、コノハ達は奥の部屋に入る。

 

「お帰り!お兄ちゃん達!」

 

「また鬼ごっこで遊ぼう!」

 

「何かお土産ある?コノハお兄ちゃん」

 

部屋に入ったコノハ達に、子供たちが寄ってかかる。

コノハは子供たちの勢いに押されながらも、一人一人対応していると、一人の少年がサチの存在に気づいた。

 

「あれ?お姉ちゃん誰?」

 

「このお姉ちゃんはサチお姉ちゃん。ここに来たお客さんだよ。ほら、きちんと挨拶して」

 

「うん!よろしく!サチお姉ちゃん!」

 

「よ、よろしくね・・・」

 

サチはおどおどしながらも、少年に挨拶を返した。

すると、少年が突如閃いた顔をしながら周りにいる子供たちに向かって言った。

 

「そうだ!俺たちで教会の中を案内してあげようよ!」

 

「いいねそれ!ほら!お姉ちゃん、こっちだよ!」

 

「え、えぇっと・・・」

 

子供たちの勢いに押され、サチはたじろいでしまう。

そこに、コノハが声を掛ける。

 

「行ってあげて。子供たちも案内する気満々だし」

 

「う、うん・・・じゃあ、お願いするね」

 

「やったー!それじゃあ、早速案内するね!」

 

子供たちは喜びながらサチの手を引き、彼女と一緒に部屋を出ていった。

その様子を微笑みながら見守っていたコノハに、サーシャが声を掛ける。

 

「あの子、辛いでしょうね。今まで一緒だった仲間を失って、一人ぼっちになってしまって・・・」

 

「はい。だからこそ、あの子たちと触れ合って、それが少しでも彼女の生きる原動力になってほしいです」

 

戸惑いながらもまんざらでもない様子で子供たちに案内されるサチを見ながら、コノハは呟くのであった。

 

 

 

 

その日の夜、サチは眠れないでいた。

 

『あ"ぁ!?』

 

『ぐわぁーーー!!』

 

『グハッ!?』

 

「ハッ!・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

眠ろうとすると、散っていた仲間たちの姿が浮かび上がり、彼女の眠りを拒んでいた。

一向に覚めぬ悪夢にうなされていると、ふと部屋の扉が開いた。

 

「お邪魔するよ」

 

そう言いながら、部屋に入ってきたのはコノハだった。

サチは何も言わずに黙ったまま顔を俯かせる。そんな彼女の下に歩みながらコノハは口を開いた。

 

「様子が気になって、見に来たけど・・・やっぱり、眠れない?」

 

「うん・・・」

 

しばらくの間、お互い黙っていたが、ふとサチが口を開いた。

 

「私ね、ずっと思ってたんだ。なんで私はこの世界に来ちゃったんだろうって。私みたいな弱虫が来たところで、何の役にも立たない。ただ皆に迷惑を掛けるだけなのにって・・・」

 

「・・・・・・」

 

サチの呟きをコノハは黙って聞く。

 

「ここに連れて来た理由だって、私が最前線で戦えないから、迷惑だと思って連れて来たんだよね?」

 

その言葉に、コノハは一瞬だけ目を見開いたが、その直後に少し怒った顔で言った。

 

「それ、本気で言ってるなら僕怒るよ?」

 

予想外の言葉に、サチはきょとんとした顔になる。

 

「初めからそのつもりなら、僕は君をここになんか連れて来てないよ。君をここに連れて来たのは、君と同じような思いをしてる子達と触れ合って、見つけて欲しいって思ったんだ。今の君がこの世界でしたいことを」

 

「そんなの・・・もう無いよ」

 

「そんなことはない。生きている内は、やりたいことなんていくらでも見つかるよ」

 

そう言いながら、コノハはベットに腰を掛けた。

 

「別に、最前線で戦うことだけが戦いじゃないと思う。大切なのは、この世界で自分は何がしたいか・・・そう言った自分自身の意思を持ち続けること。この世界と戦うって事は、この世界で生きることそのものなんだと思うんだ。ここにいる子供たちは、それを知っている・・・いや、それを当たり前だと思って生きている」

 

「自分のしたいことが、この世界で生きること・・・それじゃあ、コノハのしたいことは何?」

 

「僕のしたいこと?それは・・・紅の狼の皆と一緒に、毎日楽しく過ごしたいんだ。リアルでも、仮想世界でも・・・そのためなら、僕はいくらだって強くなれる。ここで過ごした出来事全てが、僕の生きる理由だから」

 

そう言いながら、清々しい表情で語るコノハを見て、サチは彼のことを眩しく思えた。

彼は幼馴染である仲間たちと過ごし、そのために強くなることが彼の生きる理由であると言った。でも、自分には一緒に過ごしてきた仲間たちはもういない。一人ぼっちになった自分に、生きる理由なんて見つかるのだろうか。

そうは思いながらも口には出さず、俯いたままでいると、コノハがサチに問う。

 

「明日、子供たちと一緒にフィールドに出るんだよね?」

 

「う、うん・・・」

 

「そこで子供たちが戦う姿を見ながら、どうか見つけて欲しいんだ。今の君がこの世界で何がしたいのか・・・」

 

その言葉に、サチは少し迷いながらも頷いた。

それを見たコノハは、安心した様子でベットを立った。

 

「それじゃあ、僕もそろそろ寝るから」

 

「ま、待って!」

 

部屋に出ようとしたコノハを慌てて呼び止めるサチ。

呼び止められたコノハがこちらに振り向くと、彼女は少し恥ずかしそうにしながらゆっくりと言った。

 

「その・・・一つお願いがあるんだけど・・・一緒に寝てもいいかな?」

 

「えぇ!?」

 

「ごめんね。でも、今は・・・一人だと怖いから・・・」

 

サチのお願いに一瞬驚きつつも、その後の言葉を聞いて、コノハは思いとどまる。仲間を失い、一人になった孤独は、そう簡単に乗り越えられるものではない。

結果、コノハは少し恥ずかしそうにしながらも、彼女の隣で寝ることにした。

 

 

 

 

翌日、フィールドに向かったサチ達は、フィールドにいるエネミーと交戦していた。

 

「ヤァーーー!」

 

ギンの一撃がネペントを切り裂き、ポリゴン状に四散させる。

「やったー!」と喜びながら大はしゃぎする子供たちを見て、サチはふと頭に浮かんだ疑問を子供たちに投げかける。

 

「えっと・・・君たちは戦ったりすることが怖くないの?もしかしたら、死んじゃうかもしれないのに・・・」

 

サチの問いに、子供たちは少し考え込みながら答える。

 

「うーん、確かに初めて《はじまりの街》の外に出た時は、怖いって感じたけど・・・」

 

「先生が私たちを拾ってから、色んなお友達ができて、皆と一緒に遊んだり、外でモンスターを倒したりして」

 

「今じゃあ、毎日がとても楽しいよ」

 

「そう、なんだ・・・」

 

楽しそうに答える子供たちの姿を見て、サチは少しだけ顔を俯かせる。

そうこうしているうちに、サチ達はいつの間にか森林に入っていた。

森の中を順調に進んでいき、木々が少ない平地に出たその時、トラブルは突然起こった。

 

「ゴガァァァァ!!」

 

サチ達の前に現れたのは、滅多に現れることのないフィールドボス、《ジャイアント・アントロサウルス》だった。

子供たちは先程までの楽しそうな様子から一転して、《ジャイアント・アントロサウルス》の巨体を前にパニックになっていた。

 

「皆離れて!」

 

咄嗟にサチが前に出て、子供たちを守ろうとする。

 

「!?」

 

だが、槍を構えて、《ジャイアント・アントロサウルス》の正面に立ったサチの脳裏に、ふと二十七層で散っていった仲間たちの姿が浮かんだ。自分の目の前にいる《ジャイアント・アントロサウルス》が、あの時仲間たちを瞬く間に葬った《タロス・ザ・クロスギガス》の姿と重なった。

 

「(怖い・・・!足が動かない・・・!)」

 

その悪夢が、あの時に身に染みた恐怖が、彼女の体を制止させていた。

そうしてる間にも、目の前の脅威は着実に近づいて来ており、《ジャイアント・アントロサウルス》が彼女の前に立ったその時だった。

 

「やめろ!サチお姉ちゃんに近づくな!」

 

二人の間にギンが前に出て、まるでサチを庇うかのように、彼女の目の前に背中を見せ、《ジャイアント・アントロサウルス》に向けて剣を構えた。

ギンの足は震えているが、彼は決して引く様子がなく《ジャイアント・アントロサウルス》相手に正面から見据える。

 

「お姉ちゃんはとっても優しいんだよ!いじめちゃダメ!」

 

「そうだ!これ以上、お姉ちゃんをいじめたら許さないぞ!」

 

ケインとミナも勇敢に前に出て、サチを守ろうとする。

三人共、自分よりも大きい相手に対して、震えながらも勇敢に立っていた。

 

「(私、何やってるんだろ・・・?)」

 

自分よりも幼い子供たちが、怯えながらも自分を守ろうとしている光景に、サチは自身の情けなさを感じた。彼らは今、目の前に迫っている恐怖にも、勇敢に立ち向かおうとしている。なのに、自分はただ震えてばかりで、年端も行かない彼らに守られている。

何故、自分はこんなにも弱虫なんだろう。戦うことすらもできず、子供たちに守られている自分に、この世界で生きていく価値があるのだろうか。

そんなことを思ったサチだったが、ふとサチの脳裏に、昨日コノハが言っていた言葉が聞こえてきた。

 

『別に、最前線で戦うことだけが戦いじゃないと思う。大切なのは、この世界で自分は何がしたいか・・・そう言った自分自身の意思を持ち続けること。この世界と戦うって事は、この世界で生きることそのものなんだと思うんだ』

 

違う。価値なんて無くてもいい。今自分はここで生きている。そして、自分と同じように怖い思いをしている子供たちと出会い、何もかも無くした無価値な自分を、仲間として受け入れてくれた。

ならば、こんなにも弱虫な自分を受け入れてくれた子供たちの為に、今自分ができることがあるとしたらただ一つ。

その直後、止まっていたサチの足が再び動き出した。

 

「ヤァーーー!」

 

叫び声と共に振られた槍は、《ジャイアント・アントロサウルス》の両足を掠めた。

怯んだ《ジャイアント・アントロサウルス》は反撃にサチ目掛けて拳を振るうが、サチは上に跳んで躱し、そこから槍を振り下ろす。

 

「これで終わり!」

 

止めに槍を《ジャイアント・アントロサウルス》の腹に突き刺すと、《ジャイアント・アントロサウルス》はポリゴン状に四散した。

見事《ジャイアント・アントロサウルス》を倒したサチを、子供たちは暫し呆然としていたが、一斉に彼女に詰め寄る。

 

「スッゲー!サチお姉ちゃんカッケー!」

 

「ねぇねぇお姉ちゃん、今のどうやってやったの!?」

 

「教えて、サチお姉ちゃん!」

 

あっという間に子供たちに囲まれたサチは、戸惑いながらも彼らに、ここに来て以来見せることのなかったとびっきりの笑顔を向けた。その笑顔には既に恐怖は無く、あったのは新しい決意だった。

この子たちを守り、この世界が終わる最後まで、自分らしく胸を張って生きよう。そう決意するサチであった。

 

 

 

 

翌日、コノハとレイスはサーシャと子供たち。そして、ここでサーシャの手伝いをすることにしたサチに見送られていた。

 

「それじゃあ、サーシャさん。彼女のことをよろしくお願いします」

 

「えぇ、サチさんは責任を持ってうちの教会で預けるわ。だから、二人は気にしないで行ってらっしゃい。それと、体に気をつけることと無茶はしないこと。いいわね?」

 

「はい、またいつか必ず来ます」

 

「絶対元気な姿で来るっす。だから、楽しみにしてください」

 

「フフッ、よろしい」

 

二人に向かって微笑むと、サーシャは後ろに下がった。

代わりにサチが前に出て、意を決した顔で言う。

 

「私、頑張るから!辛いことがあっても、頑張ってこの世界で生きるから!だから、二人共絶対に死なないでね!」

 

「ありがとう、約束するよ」

 

「勿論っす!」

 

二人の返事を聞いて、サチは満足気に微笑むと、コノハの近くに歩み寄った。

そして、そのまま彼の顔に自分の顔を近づけ・・・コノハの頬にキスした。

頬とはいえ、突然キスされたことに驚くコノハをよそに、サチは少し恥ずかしそうにしながら小さい声で言った。

 

「・・・約束だから」

 

「う、うん・・・」

 

顔を赤らめながら何とか返事すると、サチは満足気に微笑みながらサーシャ達の所へ戻った。

呆然としていたコノハだったが、しばらく経つと我に返り、レイスに声を掛ける。

 

「そ、それじゃあ、行こうか!」

 

「は、はいっす!」

 

コノハに声を掛けられ、レイスも我に返る。

二人が「転移!」と言うと、二人の体は光に包まれて、そのまま二十層へ向かうのであった。

ちなみに、帰路に着く途中でコノハはレイスに、別れた時に起きた最後の出来事はトウガ達には絶対に言わないよう、念入りに忠告するのであった。




・連れてきた場所
コノハが連れて来た場所はサーシャの教会でした。実は十四層でコノハとサーシャに関わりを持たせたのは、このためであった。

・《ジャイアント・アントロサウルス》
劇場版プログレッシブで登場した青い奴。名前は裏攻略本(特典)に英語で書かれています。(ちなみに、英語で"Giant Anthrosaur"と書かれていた)

・頬にキス
最初は口にしようかと思ったんですが、サチはこういうのには少し初心な所がありそうなので、ランクダウンさせました。


(今更だが)劇場版SAOプログレッシブの感想
見る前:オリキャラなんていらんやろ
見た後:ミトいいわ~


ミト良かったわ~。正直、見る前はオリキャラいらないだろと思っていましたが、映画見た後は、すっかりミトの魅力に取り込まれてしまいました。来年の「冥き夕闇のスケルツォ」にもミトが登場するのか気になります!(ついでに、リーテンとシヴァタの声優も)
さて、話は本編に戻りますが、以上がサチの結末となりました。
彼女はサーシャと一緒に子供たちの面倒を見ることになりました。サチって案外こういう子供たちと一緒に遊んだり、教えたりする職が似合っていると思うんですよね。
さて、これにてサチの話は一件落着・・・と言うとでも思ったかぁーーーーーー!!
忘れていませんか皆さん。もう一人、心に傷を負った人物がいることを。そう!我らが原作主人公キリトさん!
次回!彼のケア回をなります。原作ではサチの手紙で立ち直った彼ですが、この小説では果たしてどうなるのか!?お楽しみに。


・ちょっとした㊙話その1
実は赤鼻のトナカイの話が予想以上に進まず、先にシリカの話を書き終えてしまった。そのため、次回が更新されたら、すぐに次の話が更新されると思ってください。


・ちょっとした㊙話その2
アインクラッド編SAOIFルートで、本家SAOIFの六十一層の話が神すぎたため、原作ルートを執筆していると共に、一足早く六十一層の話を執筆を進めている(ただし、SAOIFルートは原作ルートが終わった後に投稿する予定のため、公開は大分先になる。なるべく早く公開できるよう、原作ルートの執筆頑張らないと!)。
また、SAOIFルートでリーファ、シノン、ユウキの登場が確定しました。更新していく中で彼女たちも登場する予定(フラグを立てる相手も既に決定済み)ですので、逐次更新をお楽しみに。


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ep.37 悲しき決闘

・めちゃくちゃどうでもいい小話
最近、とある小説の影響(ヒント:私のお気に入り小説に入っている)でゆゆゆにハマっています。ちなみに、私の推しはそのっちです。


2023年12月24日。

この日はクリスマスイブで、街中はクリスマスで賑わっており、多くのプレイヤーが騒いでいる。

しかし、こんな日にも関わらず、賑わっている街中を暗い顔で歩いている一人のプレイヤーがいた。

そのプレイヤーは噴水広場のベンチに座り、時間が過ぎるの待つ。

すると、一人の女性がベンチの後ろに近づき、背中ごしに話しかけてきた。

 

「噂で聞いたゾ。随分無茶なレベル上げしてるじゃないカ」

 

「・・・新しい情報は無いのか?」

 

「金を取れる情報は無いナ」

 

「情報屋の名が泣くぜ」

 

ベンチを通して背中越しで会話するキリトとアルゴ。

アルゴはキリトの顔を見ないまま話を続ける。

 

「クリスマスイブ。つまり、今日の夜にイベントボス《背教者ニコラス》が、あるモミの木の下に出現すル。有力ギルドも血眼で探してるってサ」

 

「なら、早く行かないとな。蘇生アイテムは一つしかない。急がないと、他のギルドに取られる」

 

そう言って、ベンチを立ったキリトは、《背教者ニコラス》が出現すると思わしき場所へ向かおうと歩き出す。

そんな彼の背中に、アルゴが顔を険しくさせながら問い掛ける。

 

「お前・・・マジでソロで挑む気カ?」

 

「・・・さぁな」

 

「・・・死ぬゾ」

 

その言葉を聞いたキリトは、一瞬足を止めたが、すぐさま歩き出した。

 

 

 

 

SAOで死者が復活することは有り得ない。

だが、クリスマスイブの今夜のみに出現するフィールドボス《背教者ニコラス》は、倒したら死んだプレイヤーを蘇生することができるアイテムをドロップすると言われていた。

そんな噓かどうか分からない噂を信じながらキリトが向かったのは、三十五層にある《迷いの森》だった。

僅かな情報を頼りにフィールドボスがいると思わしき場所へ向かうキリト。

すると、前の方から複数人の足音が聞こえ、キリトは背中の剣に手を当てながら警戒する。

足音はだんだん近づいてきており、同時に薄っすらと複数の人影が見えた。その集団の先頭にいる人物がハッキリ見えた瞬間、キリトの目は見開かれた。

 

「やぁ、キリト。久しぶりだね」

 

「・・・ハルト」

 

予想外の人物の登場に驚きながらも、キリトは久しぶりに顔を見た友の名前を呼んだ。

 

 

 

 

キー坊を止めてほしい。数時間前にアルゴから頼まれたハルトは、コハルには内緒で三十五層の《迷いの森》を探索していた。その途中でクライン達「風林火山」の面々と遭遇し、彼らと一緒に行動することになった。

クライン達と一緒に《迷いの森》を探索して数時間後、ハルトは遂にキリトを見つけた。

 

「お前たちがここにいるってことは、お前たちも蘇生アイテムを手に入れようとしに来たのか?」

 

「違うよ。ここに来たのは、君を止めるためだよ、キリト」

 

「俺を止めるだと・・・?」

 

ハルトの言葉に目を細めるキリト。

 

「いったい何を止めるつもりだ?俺が《背教者ニコラス》にソロで挑むことか?それとも、俺に蘇生アイテムを取らせることか?」

 

「正解は前者だね。君が蘇生アイテムを取ることは止めはしない。でも、一人でボスに挑もうとするのは、流石に無謀過ぎると思うな」

 

「余計なお世話だ。相変わらず、お前のお人好しっぷりには呆れさせられるな。でも、これは俺一人でやらなきゃならない問題なんだ」

 

「うん、そう言うと思ったよ」

 

うんうんと頷きながら、ハルトはストレージからあるアイテムを取り出して、それをキリトに見せた。

その瞬間、キリトの目が見開かれた。

 

「!? それは・・・!」

 

「さっき、クライン達と一緒に倒した《背教者ニコラス》からドロップしたんだ。強さは中層のボスくらいだったから、そんなに苦戦はしなかったよ」

 

ハルトの手元にあったのは、まさしく今キリトが求めている蘇生アイテムだった。

それを見たキリトは、驚きながら蘇生アイテムを見つめていたが、突如背中にある剣に手を当てながら殺気を含んだ顔で口を開く。

 

「・・・そいつを俺によこせ。さもないと・・・!」

 

「おい、キリト!それは――」

 

キリトのしようとしてることを察したクラインが声を上げる。

無論、キリトも分かっていた。自分のやろうとしていることは完全な脅迫及び強奪。オレンジプレイヤーのやる事と同じ犯罪行為であることが。

 

「分かっているさ。それ(・・)がどういうことを意味するのか。でも、俺は何としてでも蘇生アイテムを手に入れる。例え、他のプレイヤーを殺すような事をしてでも・・・!」

 

しかし、それでもキリトは剣を抜いた。例え、罪を犯してでも叶えたい願いがあるから。

 

「・・・本気なんだね」

 

本気で実力行使で蘇生アイテムを奪い取ろうとするキリトを見て、ハルトは一つの提案をする。

 

「だったらこうしよう。僕とデュエルで戦って、勝ったらこの蘇生アイテムを君に渡す。それでどう?」

 

「・・・突拍子で思いついたって割には、随分落ち着いているな。こうなることを予想してたのか?」

 

「元々、君にソロで挑ませるのを防ぐために来たんだ。だったら、君がソロでボスに挑む前に、先にこっちでボスを倒しちゃおうって思ってね。そうすれば、君に無茶な事をさせないで済むしね」

 

そう言って、微笑むハルトに対して、キリトは呆れて言葉が出なかった。

初めて出会ってから一年以上経つというのに、未だこの少年のお人好しには慣れない。その上、無駄に賢く、こちらの思考を完璧に読んだ上で提案してくるから、余計に質が悪い。

そう思いながら、キリトは一歩前に出た。

それを見て、ハルトはウィンドウを開き、キリトにデュエルの申請をすると、後ろで事の成り行きを見守ってたクラインに声を掛けられる。

 

「ホントに大丈夫かよ?ハルト」

 

「大丈夫。勝負は一撃決着でいい?」

 

「構わない。行くぞ」

 

デュエルの申請を受諾したキリトは、すぐさま猛スピードでハルトに接近し、彼に向けて剣を振り下ろした。

それに対して、ハルトは即座に背中にある剣を抜いて、キリトの攻撃を防ぐ。

 

「いきなりだね。挨拶代わりにしては、少し過激過ぎないかな?」

 

「その余裕、すぐに崩してやるよ!」

 

強気になりながらも、キリトは剣を横に振るい、ハルトはそれを後ろに跳んで躱し、カウンターを仕掛けるが、それを防ぐキリト。

しばらくの間、剣戟が繰り広げられたが、キリトの剣を振るうスピードが上がっていき、ハルトは徐々に押されていった。

それもそのはず。《全属性使い(オールラウンダー)》のハルトは、あらゆる武器を使いこなしているが、様々な武器を鍛えている反面、それぞれの武器の強さを均等になるよう強化しているから、一つの武器のみを集中的に鍛えている相手とは相性が悪い。

そのため、レベルはほぼ同じの二人だが、二人が使用している片手直剣の熟練度は、キリトの方が上であるため、ハルトは苦戦を強いられていた。

 

「どうした!?俺を止めるって言った割には押されているな!」

 

「・・・やっぱり、片手直剣の腕と熟練度だけじゃ、君の方が上か・・・なら!」

 

単純な片手直剣の腕だけでは分が悪いと判断したハルトは、一度キリトから距離を取り、クイックチェンジで手持ちの武器を細剣に変えた。

 

「これなら君の速さに追いつける」

 

そう言いながら、ハルトは細剣で突き、それをキリトは防ぐ。

片手直剣よりも比較的軽い細剣に持ち替えたことで、剣を繰り出すスピードも互角になった。

再び激しい剣戟が繰り広げられ、何度目かの鍔迫り合いになった時、キリトが口を開いた。

 

「あの時、俺は黒猫団の皆を見殺しにして、サチを一人ぼっちにさせてしまった!だから、俺は必ず黒猫団の皆を生き返らせる!これ以上、サチを一人ぼっちにさせないために!」

 

「それが蘇生アイテムを手に入れようとしている理由か!?」

 

「そうだ!それこそが、俺のせいで何もかも失ってしまったサチへの贖罪だ!」

 

「違う!サチはそんなことを望んでなんかない!半年間、黒猫団の皆と一緒に過ごした君が、どうしてそれを分かってやらないんだ!」

 

「知った風な口を・・・聞くな!」

 

激情したキリトは、剣を両手に持って、ハルトに突進する。

対するハルトは、冷静にキリトの動きを観察すると、クイックチェンジで片手直剣に切り替え、突進するタイミングを見計らって剣を振り上げ、キリトが持っていた剣を弾き飛ばした。

 

「くっ!」

 

剣を後ろに弾き飛ばされたキリトだが、ハルトの追撃を回避しながら、剣が飛ばされた場所へ跳んだ。

そうはさせまいと、ハルトはキリトに接近する。

 

「(させない!これで決める!)」

 

止めを刺すべく、ハルトはクイックチェンジで再び細剣に切り替え、キリトを突こうとする。

その判断が間違いだったと気づいたのは、その直後だった。

剣が飛ばされた場所へ着地したキリトは、落ちている剣を拾った瞬間、腕を思いっきり振り上げた。

始めからハルトが細剣に切り替える瞬間を狙っていたかのように、キリトが振り上げた剣は、ハルトが持っている細剣を上に弾き飛ばした。

 

「しまっ――!」

 

今度は自分の武器を飛ばされて、思わず声を漏らすハルトだが、その直後、首筋に剣が向けられた。

正面にはキリトがいて、少しでも動けば刺すという意図が込められた顔をしながら口を開く。

 

「《全属性使い(オールラウンダー)》の弱点は、クイックチェンジで武器を切り替えようとする瞬間に、数秒のタイムラグができることだ。例え、攻撃速度が速い細剣で攻撃しようと、その切り替える数秒があれば、対処はできる。お前の手元に武器はもう無い。俺の勝ちだ」

 

「・・・だね」

 

ハルトは負けを認め、ストレージから蘇生アイテムを取り出した。

 

「約束はちゃんと守るよ。これが、君が欲しがっていた蘇生アイテムだ・・・君の望みが叶うかって言ったら、別だけどね」

 

そう言いながら、ハルトは蘇生アイテムをキリトに渡した。

ハルトの言葉に疑問を抱きながらも、キリトは渡された蘇生アイテムを手に持ち、説明が書かれたウィンドウを開く。

 

「っ!?」

 

そして絶句した。

 

『このアイテムのメニューから使用を選ぶか、手に保持して、蘇生プレイヤー名を発声する事で、対象プレイヤーが死亡してから、その効果光が完全に消滅するまでの間(10秒以内)ならば、対象プレイヤーを蘇生させる事ができます』

 

「これを読んだ時、僕もショックだったよ。でも、死んだ人間は生き返るはずがない。少し考えれば分かることだった」

 

そこに書いてあったのは、どんなに足搔いても、決して変えることのできない残酷な事実だった。

しばらく啞然としてたキリトだったが、突如大きな声で叫び出した。

 

「分かってた!死んだ人間を生き返らせる。そんな都合のいいアイテムが存在するはずが無いんだって!でも、少しでも可能性があるのなら、俺はこれをサチに渡して、少しでも彼女に償いをしたかった!」

 

キリトは嘆いた。自分と関わったせいで死んでしまったギルドの仲間たち。一人だけ生き残り、何もかも失ってしまった少女。それら全てが、自分のせいで起きてしまったその絶望と後悔を。

本当なら、一人ぼっちになったサチの傍にいるべきだった。でも、できなかった。'ビーター'である自分の傍にいたら、今度はサチが死ぬかもしれない。自分のせいで、また誰かが犠牲になってしまうのが怖かったから。

 

「俺は忘れていたんだ。自分が'汚いビーター'だってことを。それをいいことに、俺は黒猫団の皆に甘えて・・・そして、彼らを殺してしまった!俺が自分のことをビーターだと言ってれば、彼らを危険な目に合わせることも、一人生き残ったサチに辛い思いをさせることはなかった!あの日、黒猫団の皆じゃなく、俺が死んでいれば――っ!?」

 

感情を爆発させていたキリトだったが、彼の叫びを黙って聞いていたハルトに頬を殴られ、雪が積もる地面に倒れた。

呆然としながら顔を上げると、こちらを見下ろすハルトの姿が見えた。

 

「俺が死んでいれば?ふざけないで。君が死んでたら、それこそサチや黒猫団の皆は悲しんでたよ。自分の命が、黒猫団の皆よりも価値が無いって言うのなら、それは大間違いだ」

 

冷たく、けれども怒りを含んだ声で言いながら、ハルトはストレージから一つのアイテムを取り出し、呆然としているキリトに投げた。

キリトはそれをキャッチし、渡されたアイテムが何なのか確認する。投げ渡されたのは、《録音クリスタル》だった。

 

「それに録音されている言葉を聞くんだ。そして、確かめるんだ。一人だけ生き残ったサチが、君のことをどう思っているのか」

 

ハルトに再生するよう言われて、キリトは《録音クリスタル》を再生した。

 

『メリークリスマス。久しぶり、キリト。私は今、《はじまりの街》にある教会で、この世界に迷い込んじゃった身寄りのない子供たちのお世話をしています。色々大変だけど、それなりに楽しく過ごせているから心配しないで。それと・・・蘇生アイテムの事は聞いたよ。キリトが私の為に命懸けで取りに行こうとしていることも。私思うんだ。キリトは優しいから、きっと自分を責めて、今まで以上に無茶をすると思う。でも、私はそれを望みません。もしそれで、キリトが死んでしまったら、私だけじゃなく、キリトの周りにいる人達も悲しむから。これ以上、私みたいな想いをする人は見たくないから。きっと、ケイタ達もそれを望んでいないと思う。だから、どうかこれ以上自分を責めないで。これからも、誰かのために頑張れるキリトでいてください。私も頑張るから。最後までこの世界で生きて、自分がこの世界に来た意味を、私自身の答えを見つけるから』

 

メッセージはここで終わった。

 

「サチ・・・」

 

サチのメッセージを聞き終えたキリトは、《録音クリスタル》を強く握りしめながら涙を流していた。

ハルトが泣いているキリトに近づきながら呟く。

 

「サチはね、望んでいなかったんだ。罪滅ぼしの為に君が無茶することも、君が自分を責めることも。ただ、君に生きていて欲しいだけなんだ。それは僕も同じ・・・」

 

ハルトはキリトの前に立つと、苦しそうな顔で言う。

 

「君の気持ちが分かるなんて言うつもりは無い。でも、お願いだ。これ以上、この世界の犠牲にならないでくれ。死んだ人間は、もう二度と戻らないんだから・・・!」

 

「うぅ・・・!俺は・・・俺は・・・!」

 

キリトはその場で泣き続けて、ハルトとクライン達はキリトが泣き止むまで彼の傍にいた。

その後、泣き止んだキリトは、蘇生アイテムをハルトに返し、「もし、お前の身近にいる奴が死んだら、そいつに使ってやってくれ」と言い残して、《迷いの森》を去った。

その様子をハルトは無言で見守っていると、クラインが話しかける。

 

「もう、大丈夫なんだよな?キリトの奴・・・」

 

クラインが不安そうな表情で言う横で、ハルトは微笑みながら口を開いた。

 

「大丈夫さ。彼ならきっと、乗り越えられるさ」

 

ハルトは信じていた。キリトならきっと立ち上がれる。そして、いつかもう一度、彼と一緒に戦える日がやって来る。

そう信じながら、ハルトは夜が明けて、暗い《迷いの森》を照らす朝日を見つめた。




・キリト(原作主人公)VSハルト(SAOIF主人公)
何気に本家SAOIFでは未だに実現されていないという事実(まぁ、修行の一環で模擬戦みたいなことはしたことあるけど)

・キリトが蘇生アイテムを取ろうとした理由
原作ではサチが死に際に言った言葉を確かめるためでしたが、この小説では、一人ぼっちにしてしまったサチへの贖罪になっています。また、この小説ではサチが原作より逞しくなった為に、サチの脱走イベントが起きてないので、キリトはサチを守るという約束をしていません。


主人公(ハルト)、約一年ぶりの登場
マジで久しぶり過ぎるだろ・・・私がどれほど投稿を休んでいたのかが伺えますね。
少しネタバレになりますが、この後は原作のストーリーを基準に進めていくため、ハルトの出番はキリトや他のオリキャラ達と比べると少ないです。4周年経っても未だにスキレコや新規一枚絵が無いSAOIF主人公かよ・・・
次回はシリカ回です。前回も言いましたが、執筆は既に終えているので、明日投稿する予定です。


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ep.38 蘇生への道

今回はシリカの話になりますが、先に言っておきます。原作と違ってキリトは登場しません。代わりにレイスとあのキャラが登場します。


彼が弱者という存在を嫌いになったのは六歳くらいの頃だった。

理由はよく覚えていない。たまたま、弱者が弱者をいじめている現場を目撃したからなのか。或いは、強者である自分に言い寄ってくる弱者に嫌気が差したのか。

ただ言えるのは、弱者嫌いになった彼は、その日以降から暴力沙汰が絶えなくなり、事あるごとに彼は弱者という存在を殴っては罵倒していった。

そんな凶暴な性格を持つ彼から、クラスメイトや大人たちが離れるのは時間の問題だった。

いつの間にか、彼の周りには誰も集まってこず、彼はいつも一人で過ごしており、彼自身もその生活が当たり前だと思っていた。

そんなある日のこと。

 

『聞いたぞ隼人、また学校で暴力沙汰を起こしたそうだな?』

 

いつも通り、軍人である父と格闘技の稽古をしてる最中に、ふと父がそんなことを聞いてきた。

父の問いに少年は、だからどうした?と言わんばかりの顔で頷く。

その反応は予想していたのか、父は顔を険しくさせながら少年に言った。

 

『お前が弱い人間を嫌いなのは知っている。だが、その拳を無暗に振い、相手を傷つけるようなことがあれば、それはただの暴力だ』

 

少年の拳を受け止めながら、父親は少年に向かって真剣な表情で言う。

 

『いいか隼人、お前が手に入れた力や技術をどう使うかはお前の自由だ。だが、これだけは忘れるな。力というものは壊すためじゃなく守るためにある物だ。この先の人生で、お前が自分よりも弱い存在に会った時に、どれだけ相手を貶めようとも、お前にとって守るべき者達の声は拒絶するな』

 

少年は今でもその言葉の真意が理解できない。知っているであろう父はもうこの世にいない。

そして時が経ち、二十歳になって数ヶ月が経ったある日の今日、かつて少年だった青年はザントというプレイヤーネームで仮想世界の街中を歩いていた。

背中に大太刀を担ぎながら鋭い目つきで歩くその姿は、《狂狼(ヴォルフガング)》という二つ名で名を馳せているトッププレイヤーに相応しい姿だった。

そんな彼だったが、ふと聞こえてきた懇願の声に足を止めた。

 

「すみません!誰か私の願いを聞いてくれませんか!」

 

声がした方に振り向くと、鎧を着た男が土下座しながら道歩くプレイヤー達に懇願していた。

男の必死な様子から余程の事があったのだろう。しかし、彼の姿を見た多くのプレイヤーは、関わりたくないからなのか、彼を一目見ただけで素通りしていた。

ザントもまた、その内の一人のつもりでいた。

いい大人が道のど真ん中で土下座するなんて、何とも惨めでみっともない弱者の光景だ。そこまでする程、この男は今相当参っているのだろう。

だからといって、それを手伝ってやる義理は無い。そもそも、弱者が嫌いなザントにとって取るべき選択は、初めから男を罵倒するか無視するかの二択しか無かった。まぁ、屁理屈を述べて傲慢な振る舞いをする弱者ならともかく、周りにいる者達に必死に懇願する弱者に対して、流石のザントも罵倒しようと思わなかったため、今回は無視する方だった。

数秒でそう結論付けたザントは、男を無視して歩き出す。

 

「・・・・・・」

 

ふとお人好し夫婦(ハルトとコハル)の姿が脳裏に浮かんだザントは、歩いていた足を止める。

もし、彼らが同じような状況に遭遇したらどうするのか。100%声を掛けるだろう。そして、必ず首を突っ込むであろう。

そんな彼らが、今この場から去ろうとする自分を見て、何を思うか。きっと、助けてやってくれと懇願するだろう。その瞳に純粋な願いを込めながら。

そんな光景を想像してしまい、ザントは「はぁー」とため息を吐いた。

 

「(俺も甘くなっちまったもんだ・・・)」

 

自分とは全く縁のない弱者を助けようとするなどらしくない。心の中でそう思いながらも、ザントは今も道歩くプレイヤー達に懇願している男に近づき、声を掛ける。

 

「おい「あのー、すみません」お前・・・あぁ?「え?」」

 

声を掛けようとした途端、誰かの声と重なり、ザントはいつの間にか隣にいた人物を見る。

そこにいたのは、何度かパーティーを組んで、共に戦ったことのあるギルド「紅の狼」の最年少メンバー、レイスだった。

 

 

 

 

男の話によれば、男は自身が結成したギルド「シルバーフラグス」がオレンジプレイヤーのギルド「タイタンズハンド」に襲われて、リーダーである男以外のメンバーが殺されたのだと言う。

唯一生き残った男は、全財産を使って、《回廊結晶》を購入した。そして、「シルバーフラグス」の仲間たちを殺した「タイタンズハンド」のオレンジプレイヤー達を黒鉄宮に設定した《回廊結晶》で牢獄に送ってほしいとのこと。

それを聞いたザントは「殺してぇとは思わねぇのか?」と聞いたが、男はそれを望まず、生きて罪を償ってほしいと言った。

男の話を聞き終え、依頼を受けた二人は「タイタンズハンド」が主に活動していると聞かれている三十五層の《迷いの森》へとやって来た。

 

「うぅ・・・夜の森ってなんだか緊張するっす・・・」

 

「黙って前見てろ。暗い森の中ってのは、どこに敵が潜んでるのか分かりずれぇからよ。少しでも怪しい音が聞こえたら、すぐに剣を構えておけ」

 

夜になって、辺り一面暗くなった森の不気味な雰囲気に少し震えているレイスと、そんな彼に注意をして、周囲を警戒しながら歩くザント。

そんな感じで《迷いの森》を歩いていると、二人の耳に激しい戦闘音が聞こえてきた。

 

キン!

 

「「!?」」

 

両者顔を見合わせると、すぐさま金属音が聞こえた方へ走り出した。

森の中を走っていると、ゴリラのような巨体を持つモンスター《ドランクエイプ》と一人の少女が戦っている光景が見えた。

 

「あれって!?」

 

レイスは《ドランクエイプ》と戦っている少女を見て、大きく反応した。

《ドランクエイプ》と戦っていた少女は、SAOでは珍しいビーストテイマーのシリカであり、レイスの数少ない同い年の友達でもあった。

《ドランクエイプ》は持っている棍棒でシリカを吹き飛ばすと、追撃をかけるべく、木に激突し、地面に尻を付いたシリカ目掛けて棍棒を振り下ろした。しかし、棍棒はシリカに当たらず、彼女の目の前に突如現れた何かを吹き飛ばした。

シリカは焦りながら吹き飛ばされた何かの下に駆け寄り、それを腕の中に抱きしめながら、必死に声をあげていた。やがて、彼女の腕の中にいたものがポリゴン状に四散し、シリカはその光を呆然と見つめる。

しかし、彼女と戦っていた《ドランクエイプ》は、呆然と膝を付くシリカ目掛けて再び棍棒を振り下ろそうとしていた。

 

「させないっす!」

 

その巨体をレイスは、短剣で切り刻み、一瞬の内にポリゴン状に四散させた。

 

「オラッ!」

 

更に、後ろに控えていた二体の《ドランクエイプ》も、ザントの大太刀の一振りで、二体まとめてポリゴン状に四散した。

レイスは短剣をしまうと、涙目でこちらを見つめるシリカに話しかけた。

 

「久しぶりっすね。シリカちゃん」

 

「レイス、君・・・」

 

自身の名前を言うシリカの声はとても弱々しく、目元に涙を浮かべながら悲しんでいる様子だった。

そんなシリカを見て、首を傾げるレイスだったが、ピナの手に持っている青い羽根を見ると、何が起きたのかを察して、悲し気な顔で俯いた。

そんな二人を見て、ザントは仕方ねぇなって言わんばかりの顔で言った。

 

「そいつを助ける方法、一つだけあるぜ」

 

助けられると言うザントの言葉に、「「え?」」と声を漏らす二人であった。

 

 

 

 

SAOで珍しいビーストテイマーの少女シリカは、これ以上ない不運に見舞われていた。

ついさっきまで、とあるパーティーに入っていたシリカは、ちょっとした些細な事でパーティーのリーダーと揉めてしまい、パーティーを抜けたばかりだった。

パーティーを抜けたシリカは三十五層の《迷いの森》を歩いていたのだが、そこで不運にも《ドランクエイプ》の集団に出くわしてしまう。

シリカは必死に応戦してたが、複数いる《ドランクエイプ》の猛攻に防戦一方で、次々と回復アイテムを減らしていった。

そして、遂に手持ちの回復アイテムを使い切ってしまい、慌てたシリカの隙を付いて、一体の《ドランクエイプ》が棍棒を振った。

 

「キャーーー!!」

 

棍棒を食らったシリカは、後ろに吹き飛ばされて、木に激突した。

《ドランクエイプ》は追撃をかけようと、尻を付くシリカに向けて棍棒を振ろ下ろした。

 

「ピイーーー!」

 

だが、シリカに棍棒が当たる瞬間、彼女の使い魔であるピナが彼女を庇い、棍棒を食らったピナは吹き飛ばされた。

 

「ピナ!」

 

シリカは慌ててピナの下に駆け寄るも、ピナのHPは徐々に減っていき、やがてゼロになった。

その直後、ピナの体は青白く光り輝いた。

 

「ピナ!ピナぁ!!」

 

パリン!

 

シリカの必死の呼びかけも虚しく、ピナはポリゴン状に四散してしまった。

相棒の死に、膝を付いて悲しむシリカ。だが、《ドランクエイプ》はシリカに悲しむ暇すら与えようとせず、呆然と膝を付く彼女目掛けて棍棒を振り上げたその時

 

「させないっす!」

 

彼女にとって、聞き覚えのある男の子の声が聞こえたと同時に、目の前にいた《ドランクエイプ》が体に複数の斬撃を浴びながら、ポリゴン状に四散した。

更に、後ろに佇んでいた二体の《ドランクエイプ》が、木々の中から現れた青年の大太刀の一閃によって、二体まとめてポリゴン状に四散した。

 

「久しぶりっすね。シリカちゃん」

 

「レイス、君・・・」

 

そう言いながら、シリカの方に顔を向けたのは、この世界で唯一の同い年の友達であるレイスだった。

だが、シリカはその再会を素直に喜べなかった。何せ、ついさっき目の前で、これまで一緒にいてくれた相棒が死んだのだ。

ピナの死に悲しんでいたシリカだったが、レイスの隣にいた灰色の髪をした青年、ザントの言葉に驚かされた。

 

「そいつを助ける方法、一つだけあるぜ」

 

ピナを助ける方法がある。それを聞いた彼女の行動は早かった。

シリカはすぐさま、ピナの蘇生の事についてザントに聞き出すと、ピナが死んだ後に残ったピナの羽根、《ピナの心》というアイテムを、四十七層にある《思い出の丘》に持っていくと、ピナを蘇生できるのだという。

シリカは希望を見出した顔をしたが、偶然出会っただけの二人が、どうして助けてくれるのか聞いた。

 

「そんなの決まってるっす!友達が困っている時に助けるのが友達っす!」

 

「・・・ただの気まぐれだ」

 

レイスはともかく、ザントに関しては何とも言えない理由だった。

そんなこんなで、シリカも加えた三人は《迷いの森》を抜けて三十五層の主街区へとやって来た。

この街の宿屋で今後の予定について話をするために、三人が宿屋に向かっていると、彼らに話しかける者がいた。

 

「あら、シリカじゃない」

 

三人が声を掛けられた方に振り向くと、複数の人間が立っていた。その真ん中にいたのは、槍を持った赤髪の女性であり、先程声を掛けて来たのは、恐らく彼女だろう。

見知らぬ人物にレイスとザントは首を傾げるが、シリカは顔を下に俯かせる。何せ、彼女は少し前まで、自分が入っていたパーティーのリーダーなのだから。リーダーであるロザリアと揉めてしまったせいで、彼女のパーティーを抜けてしまい、それがピナの死に繋がってしまった。そのことに、シリカは後悔していた。

そんな彼女の心情を知りもせず、ロザリアは嫌な笑みを浮かべながらシリカに話しかける。

 

「生きて森から脱出できたんだ。良かったわね。あら?あのトカゲはどうしちゃったの?もしかして・・・」

 

「ピナは死にました。でも、絶対に生き返らせます!」

 

「へぇー、使い魔の蘇生させる・・・ってことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの?」

 

嫌味満載の笑みで聞いてくるロザリア。

そんな彼女の態度が気に食わなかったレイスは、シリカの前に出て威勢よく言った。

 

「できるっすよ!俺たちも一緒なんすから!」

 

レイスが言うと、ロザリアはレイスとその隣にいたザントに気づき、再び嫌味満載の笑みで口を開いた。

 

「あんたらもその子に誑し込まれた口?見た感じ、そんなに強そうじゃないけど・・・」

 

「ハッ!笑わせてくれるじゃねぇか。相手との力の差すらも図ることができない雑魚がよぉ」

 

「なんですって!?」

 

挑発するつもりだったロザリアだったが、逆にザントの挑発を受けて、彼に嚙みついた。何とも短気な女である。

ロザリアは自分を嘲笑っているザントを睨んでいたが

 

「フンッ!まぁいい。精々頑張ることだね」

 

そう言い残すと、パーティーメンバーと一緒に去っていった。

 

「どうして、あんな意地悪を言うのかな・・・」

 

「嫌な感じっす」

 

「・・・・・・」

 

シリカやレイスが不機嫌な様子で喋る中、ザントはジーとロザリア達が去っていく様を見つめていた。

 

 

 

 

宿屋に入り、チェックインを済ませると、三人は宿屋のレストランで食事を取っていた。

その間、ザントは二人にあることを話した。

 

「お前ら、MMOはSAOが初めてか?」

 

ザントの問いに頷く二人。

 

「人間ってのは、何らかのきっかけだけで変わっちまうもんだ。オンラインゲームも例外じゃねぇ。それに没頭しちまうと、人格が変わる奴は多い。強者になる奴もいりゃ、弱者になる奴もいる。俺らの頭にあるカーソルは、そいつを示す目印だ。普段はグリーンだが、他のプレイヤーを攻撃すりゃ、オレンジに変わる」

 

「それってつまり・・・!」

 

シリカは口から人殺しという言葉を出かけたが、慌てて口を閉じた。

 

「今までのゲームなら、ゲーム内で相手を殺そうがお遊びで済むだろうが、SAOは違う。HPがゼロになったら、現実世界でも死ぬ。それを知っていて尚、この世界には盗みや略奪、殺しに加えて、プレイヤー同士で殺し合いさせようとする奴らが多すぎる。レイス、最前線にいるテメェは特に心当たりあるよな?」

 

「それは・・・否定できないっすね」

 

ザントの言葉に、レイスは少し戸惑いながらも肯定した。

最前線にいる者達は、オレンジプレイヤー達の卑劣な行いを何度も見てきている。その一員であるレイスも例外ではない。特に二十層では、彼の身近にいる人達がオレンジプレイヤーの企みによって命を落としかけた。この時の出来事は、幼いレイスですらも深く記憶に残っており、オレンジプレイヤーという存在がどれだけ危険かを心に刻まれている。

レイスの隣でシリカが顔を少し俯かせながら口を開く。

 

「どうして、そんなことするんでしょうか?皆、いけないことだって分かっているはずなのに・・・」

 

「さぁな。こればかりは俺にも分かんね。ただ、一つ言えるとしたら、そいつらはこの世界に来たからこそ、変わっちまったって思っている。この世界は確かにゲームだが、同時にもう一つの現実でもあるからな。しかも、俺らがいる現実とは違って、この世界は痛みを感じねぇし、血も流れねぇから、'死'に対しての実感が湧かねぇ。実感が湧かねぇからこそ、何の躊躇も無く平気で殺せちまうモンだ・・・これはゲームであって遊びではない。あの日、茅場晶彦が言ってたことが、現実になってきていやがるな・・・」

 

そう言うと、ザントは上を向いたまま黙り込んでしまう。レイスもザントが言ってた言葉の意味を考えているようで、下を向いている。

場の空気に耐えられなくなったシリカは、思わず声を上げた。

 

「ザントさんは良い人です!だから、そんなに思い悩まないでください!」

 

なんとなく、ザントの心の闇を感じ取ったシリカは、彼を励ますかのように言いながら、真剣な表情でザントの顔を見た。

そんなシリカの言葉を受けたザントは、一瞬驚きながらも、すぐさまシリカに言葉を返した。

 

「言っとくが、俺はお人好しじゃないぜ。ましてや、赤の他人を助ける程な」

 

「でも、あなたはピナを助けようとしてくれています」

 

「・・・さっきも言ったが、お前の使い魔を助けようとしてるのは、俺の気まぐれだ。それに、もしかしたら、俺の本来の目的を達成できるかもしれないからな」

 

「本来の目的?それって・・・」

 

レイスが言おうとした直後、ザントが喋るなと視線でレイスに伝えると、レイスは慌てて口を閉じた。

ザントは一度上を見上げ、少し考え込むような間をおいてから、視線をシリカの方に戻した。

 

「一つだけ言っといてやるよ。もし、俺という人間を何らかの言葉で表すならこうだ・・・」

 

一度言葉を途切らせながら、ザントは冷たい微笑を向けながら言った。

 

「俺は・・・どうしようもねぇ悪党だ」

 

 

 

 

その後、食事を終えた三人は、ザントの部屋で明日のことについて話していた。

 

「お前ら、こいつを見てみろ」

 

そう言いながら、ザントはストレージから小さな水晶を取り出し、ボタンを押すと光が現れ、そこからホログラフィックが出現した。

 

「わぁー、綺麗」

 

「こいつは《ミラージュ・スフィア》つって、その階層の詳しいマップデータをホログラムで表示できるモンだ」

 

シリカは夢中で青い半透明の地図を覗き込んだ。

ザントは《ミラージュ・スフィア》を用いながら説明する。

 

「今映ってんのが四十七層のマップだ。そんで、こっちに《思い出の丘》があって、行くにはここの石橋を渡るんだが――っ!?」

 

説明してる最中、ザントは急に顔を扉の方に向けると、凄まじいスピードで椅子から立ち上がり、部屋の扉を勢いよく開けた。

廊下には人の姿は無い。しかし、耳をすませば、誰かが階段を素早く降りている足音が聞こえる。

 

「どうかしたんですか?」

 

「・・・どうやら、盗み聞きされてたみてぇだな」

 

ザントの言葉に驚くシリカとレイス。

 

「でも、ドア越しの声って、聞こえないはずじゃ・・・」

 

「<聞き耳>のスキルが高けりゃ、ドア越しでも聞こえるモンだ。どうやら、明日はただ蘇生しに行くだけじゃ済まねぇかもな」

 

ザントの言葉を聞いて、シリカは不安気な表情になり、そんな彼女をレイスが「大丈夫」とフォローした。

その後、ある程度ザントから話を聞き、各自部屋で休むことになった。




・ザントの本名
フルネームは私のツイッターに載ってます。去年の11月ぐらいにツイートしたので、見つけるのに少し時間は掛かりますが、興味のある方はどうぞ。

・キリト不在
ザント達の方が、依頼者に声を掛けた時間が一時間早かったため、今回はお休みとなります。

・ロザリア
嫌味なおばさんお姉さん。その正体は・・・


キリトがいないと言う原作とは少し違ったストーリーとなっております。
後編は明日投稿します。引き続き読んでいただけたら幸いです。


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ep.39 狼の怒り

翌日、ザント達は四十七層の街《フローリア》へ訪れていた。

別名フラワーガーデンとも言われているこの場所は、円形の広場を中心に、たくさんの花々が咲き誇っている。

 

「わぁー!夢の国みたい」

 

「そうっすね。花がたくさん咲いていて、とても綺麗な場所っす」

 

シリカとレイスはしゃがみながら辺り一面に咲き誇る花々に見惚れる。

そんな二人を遠目で見ながら、ザントは辺りを見渡す。

フィールドにいるプレイヤーの内、ほとんどが男女の二人組。手を繋いだり、腕を組んで談笑したりなど、完全にカップル(リア充)の溜まり場だった。当然、自身の正面にいるレイス、シリカのちびっ子コンビもそれに該当するだろう。

 

「・・・・・・」

 

普段からこういった恋愛事には、あまり関心の無いザントだが、こうも数多くのカップル(リア充)に囲まれると、流石に居心地が悪い。

やはり、自分にはこういう綺麗な場所よりも、強敵が数多く潜んでいるダンジョンの方がお似合いだ。

そんなことを思いながら、さっさとこの場から離れるべくザントは未だ花々を見つめている二人に声を掛けて、《思い出の丘》へと向かう。

広場を出て、街の南門をくぐると、ザントが二人に《転移結晶》を渡した。

 

「持っとけ。テメェらの実力なら、ここのエネミーは問題ねぇかもしれねぇが、万が一のことがある」

 

二人は多少戸惑ったが、《転移結晶》を受け取った。

それを確認すると、ザント達は《フローリア》を出発して、《思い出の丘》へと向かった。

 

 

 

 

《思い出の丘》に向かう途中で、何回か戦闘があったが、三人は何とか《思い出の丘》に辿り着くことができた。

 

「ここに蘇生の花が・・・?」

 

「あぁ。あの白い岩に近づいたら、《プネウマの花》って名前の花が生えてくるはずだ」

 

シリカはザントが指差した白い岩に向かって走り出すと、彼の言った通り《プネウマの花》が岩から生えた。

 

「これでピナが・・・」

 

「良かったっすね。シリカちゃん」

 

「うん!」

 

《プネウマの花》を手に取ったシリカは、レイスの言葉に嬉しそうな顔で頷いた。

その様子を微笑しながら眺めていたザントが、シリカに話しかける。

 

「後はこいつの中に溜まってる雫を羽に掛けりゃ蘇生できるが、ここは厄介なエネミーも多いからな。生き返らせるなら、街に戻ってからにしとけ」

 

「はい」

 

シリカは手に持った《プネウマの花》の花を見つめると、ザントとレイスに頭を下げた。

 

「ありがとう、レイス君!ピナを助けるのを手伝ってくれて。ザントさんも、ありがとうございました!」

 

「礼なら生き返らせてから言え。まだ終わったわけじゃねぇんだ」

 

「はい!」

 

無愛想に言うザントに、シリカは特に気を落とすことなく笑顔で返した。

 

 

 

 

帰り道では、ほとんどエネミーと出くわすことはなく、ザント達は順調に進んでいった。

だが、石橋を半分程渡った所で、ザントはレイスとシリカの前に手を出し、二人を庇うかのように前に出た。

 

「・・・出てこいよウジ虫共。昨日の盗み聞きといい、コソコソ隠れるのが好きみてぇだな」

 

そう言いながら、ザントは対岸にある木々を睨みつける。

すると、木々の影から武器を持った複数の人物が現れた。その内の一人は三人にとって見たことのある顔だった。

 

「ろ、ロザリアさん!なんで、ここに!?」

 

「あたしの<隠密(ハイディング)>を見破るなんて、随分高い<索敵>スキルを持ってるのね、灰色の剣士さん。まっ、それはいいわ。その様子じゃ、無事《プネウマの花》を入手できたみたいね。おめでとう・・・それじゃあ、その花を渡してちょうだい?」

 

ロザリアの言葉に一瞬理解が追いつかなかったシリカだが、すぐさま言葉を返した。

 

「な、何言ってるんですか!?」

 

「そうはいかねぇな。オレンジギルド、タイタンズハンドのリーダーさんよぉ」

 

「え!?じゃあ、この人が!?」

 

「・・・へぇー、まさかそこまで見抜いてたなんて・・・」

 

遮るように言ってきたザントの言葉にレイスは驚き、ロザリアは少し目を細めながら感心した様子で喋った。

一方、予想外の言葉が出されたシリカは、未だ理解が追いついておらず、不安気な顔でザントに問いかける。

 

「でも、ロザリアさんのカーソルはグリーンじゃ?」

 

「簡単なトリックだ。グリーンが獲物を見つけて、オレンジが待ち伏せているポイントまで誘導する。オレンジは常に警戒されるし、そもそも圏内に入れねぇからな」

 

「じゃあ、この二週間一緒のパーティーにいたのは・・・」

 

「そうよ。戦力を確認して、冒険でお金が溜まるのを待ってたの」

 

そう言いながら、舌なめずりするロザリアを見て、シリカは恐怖を感じた。

 

「一番楽しみな獲物だったあんたが抜けて残念だったけど、レアアイテムを取りに行くって言うじゃない。でも、そこまで分かっててその子に付き合うなんて、あんた達って馬鹿ぁ?それとも、本当に誑し込まれたってわけぇ?」

 

「なわけあるか。寧ろこっちがこいつを誑し込んでやったんだよ。俺の目的の為にな」

 

「何?」

 

ザントの言葉が予想外だったのか、ロザリアは目を丸くした。

 

「俺らはテメェを探してたんだよ。テメェ、10日前に三十八層でシルバーフラグスってギルドを襲ったよな。リーダー以外の4人が殺されたが・・・覚えてるか?」

 

「あぁ、あの貧乏な連中ね」

 

ザントの言葉を聞いて、ロザリアは思い出した様子で頷いた。

 

「リーダーだった野郎は、朝から晩まで最前線の転移門の広場で、泣きながら仇討ちをしてくれる奴を探してたんだよ。けどな、あいつはテメェらを殺すんじゃなく、牢獄に入れてくれって言ったんだぜ。本当は殺したい程憎いだろうに、その憎しみの感情を押さえてまで、あいつは殺して償わせる道じゃなく、生かして償わせる道を選んだんだ。そんな馬鹿なお人好しの気持ちがテメェに分かるか?」

 

「分かんないわよ。マジになっちゃってバカみたい。ここで人を殺したところで、本当にそいつが死ぬ証拠なんてないじゃない」

 

「・・・そうだな。俺も弱者の気持ちなんざ分からねぇ」

 

再び発せられた予想外の言葉に、またもやロザリアは目を丸くする。

 

「俺がそいつを見た時、スッゲーだせぇって思ったぜ。いい大人が鼻水たらしながら街のど真ん中で頭下げてんだ。みっともないったらありゃしねぇ」

 

「けどな」と言いながら、ザントは怒りが含まれた鋭い視線をロザリアにぶつけた。

 

「少なくとも、テメェらみてぇな他人から何もかも奪おうとするカス共よりかは何万倍もマシだ!だから、あいつの代わりに俺がケジメを付けてやるよ」

 

そう言いながら、ザントは一歩前に出た。

一人で相手するつもりだと察したレイスとシリカは、慌ててザントに声を掛ける。

 

「ザントさん!」

 

「一人じゃ危ないっすよ!」

 

「心配すんな。こんな雑魚共、武器が無かろうが倒せらぁ」

 

心配する二人をよそに、ザントは堂々と歩み寄る。

すると、ザントという名を聞いた「タイタンズハンド」の一人が目を見開き、慌てた様子で口を開いた。

 

「マズいっすよロザリアさん!あの灰色の髪に鋭い目!何より背中に背負っている大太刀!あいつ、《狂狼》だ!攻略組で最も危険なプレイヤーって言われている最強のソロプレイヤーだ!」

 

男の言葉に周りのプレイヤー達も慌て出す。

ロザリアも一瞬焦りを見せたが、強気になって言った。

 

「攻略組がこんな所にいるわけないじゃない!ほらっ!とっとと始末して、身ぐるみ剥いじゃいな!」

 

ロザリアの言葉によって、男たちは勢いを取り戻し、一斉にザントに襲い掛かった。

それに対して、ザントはというと・・・特に反撃する様子はなく、黙々と攻撃を受けていた。

 

「(た、助けなきゃ・・・!)」

 

怖い気持ちを押し殺しながらも、シリカはザントを助けようと腰にある短剣に手を掛けたが

 

「待ってシリカちゃん!」

 

「え?」

 

肩をレイスに掴まれ、顔をレイスの方に向けると、彼は驚いた顔で視線をザントの方に向いていた。

レイスに釣られて、シリカも視線をザントの方に向けると、衝撃の光景に目を見開いた。

今も尚斬られ続けているザントのHPは、全くと言っていい程減っていなかった。いや、減ってはいるが、数秒経つと、凄まじい量で回復していき、あっという間に満タンの状態に戻ってしまうのだ。

「タイタンズハンド」の面々も、この異常に気づき、息切れしながら戸惑いの顔を浮かべていた。

 

「あんたら何やってんだ!?さっさと殺しな!」

 

目の前にいる男を中々殺せないことに、ロザリアが苛立ち混じりの声で叫ぶが、ザントはそれを無視しながら解説する。

 

「10秒辺り400・・・それがテメェら雑魚共が俺に与えることのできるダメージだ。そして、 俺の<バトルヒーリング>による自動回復が10秒で800だ。つまり、テメェらがいくら俺に攻撃しようが、俺のHPがゼロになることは一生ねぇんだよ!」

 

「そ、そんなのありかよ・・・!」

 

「残念だったな。たかが1と2のレベルの違いだけでも、差ってモンは有り得ないくらい付いちまうんだ。まぁ、ひたすら格下の相手から奪ってきたテメェらには、一生分からねぇだろうがな」

 

そう言いながら、ザントはストレージから《回廊結晶》を取り出すと、その場で使用して、《黒鉄宮》行きのゲートを出現させた。

 

「こいつは俺たちに依頼した奴が全財産を使って買った《回廊結晶》だ。《黒鉄宮》の監獄エリアの出口に設定してある。テメェら全員、これでブタ箱まで飛んでもらおうじゃねぇか。無駄な抵抗は止めときな。俺とテメェらとの力の差は、さっきので十分理解しただろ?」

 

「くっ!グリーンのあたしを傷つければ、あんたがオレンジに――」

 

ロザリアがそう言った直後、ザントは猛スピードでロザリアに接近し、彼女の首を掴んで、そのまま上に上げた。

 

「あぐっ!」

 

「言っとくが、俺はソロだ。一日二日オレンジになろうが、どうってことねぇんだよ」

 

そう言っているザントの目は、激しい怒りに満ちていて、普段の人を嘲笑うような様子は一切無かった。

 

「お前さっき言ったよな?ここで死のうが、現実で本当に死ぬかどうか分からないって。だったら、テメェが死んで確かめてみろよ。ここで死ねば、次に目覚めるのはベットの上か閻魔の目の前かなぁ!」

 

そう言いながら、ザントが首を絞めている手の力を強くする。

徐々に減っていくHPバーが目に映ったロザリアは、今まで感じたことのなかった死の恐怖が頭によぎり、涙目になりながら懇願する。

 

「わ、分かった!分かったから、命だけは!」

 

「命だけは?・・・お前はそうやって命乞いをしてきた弱者を今まで何人殺してきた?自分よりも弱い人間からどれだけ奪ってきた?言ってみろよあ"ぁ!!」

 

既に自分のカーソルがグリーンからオレンジになっていることを気にともせず、彼は憤怒の表情で言葉を続けていく。

 

「お前ら弱者はいつだってそうだ。常に薄汚ねぇ手で強者にへばり込んで、そいつが弱くなったら、色んなモンを奪っていく・・・ふざけんな・・・!奪われた人間の痛みも知らねぇ奴が、命がどうとかほざいてんじゃねぇ!!」

 

首を締める手の力を強めながら吠えるザント。その顔には、怒りの他に、憎しみ、嫌悪などの不の感情が含まれていた。

やがてロザリアのHPがレッドに達し、その命を散らしかたその時

 

「・・・チッ」

 

ザントは舌打ちしながら《回廊結晶》を使用し、ゲートが開くと、そこにロザリアを放り投げた。

しばらくゲートを睨みつけていたザントだったが、その光景を呆然と見てたロザリアの手下たちに目を向けると、低い声で言った。

 

「・・・何してんだ?さっさと行きやがれ」

 

『ひ、ヒイイイイイ!!』

 

ザントの鋭い眼光に恐怖した手下たちは、その場から逃げるように次々とゲートの中へ入っていった。

やがて時間が経ち、ゲートが消えたのを確認したザントは、顔を二人の方に向けた。

 

「・・・俺が怖いか?」

 

「「・・・・・・」」

 

真剣な表情で言うザントに、何も言えずにいる二人。

怖くないって言えば嘘になる。ついさっきまで、目の前で人が殺されそうになったのだから。しかも、それを行ったのが、自分を助けてくれた人なのだから。

そして、レイスも同じ気持ちだった。ザントがプレイヤーに攻撃することは今回に限った話ではない。彼はよく攻略組のプレイヤー(不正な行いをしている者のみだが)を罵倒(或いは正論混じりの言葉)し、それに逆上して襲い掛かってきたプレイヤーに容赦なく刃を振るうことがある。それでも、相手を殺したりするようなことはせず、寧ろ殺さないよう加減するくらいだ。しかし、先程のザントは、明らかに殺す気で首を絞めており、その顔には激しい怒りや憎悪を感じた。自分の知らないザントの怖い部分を見せられたレイスは、何て言えばいいのか分からなかった。

何も言えずにいる二人に向かって、ザントは微笑しながら口を開いた。

 

「まっ、こんな悪党を前に怖くないって言う方が無理あるだろうな。今回の事だって、俺は連中をブタ箱に送るために、お前を利用したからな」

 

そう言いながら、ザントは後ろに振り向いた。

 

「どの道、俺はしばらくの間圏内には入れねぇし、後はお前ら二人で圏内に戻れ。来た道にこれといった手強いモンスターはいなかったし、余程ヘマしなけりゃ何とかなるだろ。じゃあな・・・」

 

「ザントさん!」

 

この場から去ろうとしたザントをシリカが大声で呼び止めた。

シリカの制止で足を止めたザントの背中に向かって、シリカは大声で喋った。

 

「あたし、信じてますから!ザントさんはあたしを助けてくれたって!ピナもきっと、あなたを信じてる!」

 

「・・・そうか」

 

そう呟くと、ザントは今度こそ去っていった。

シリカはザントが去っていった方向を真剣な表情で見つめる。

そんなシリカに向かって、レイスは彼が決して悪い人ではないことを必死に伝えようとする。

 

「あのー、シリカちゃん。ザントさんは・・・」

 

「分かってる。あの人は不器用だけど、誰かの為に怒れて、誰かを思いやることのできる優しい人。私はそう信じてるから」

 

そう言いながら、シリカはありがとう、と心の中でザントに感謝の気持ちを伝えた。

 

 

 

 

《フローリア》の街に戻った二人は、街の宿屋で話していた。

 

「レイス君はこれからどうするの?」

 

「そっすねー・・・まずはギルドホームに帰るっす。五日も戻ってなかったから、皆心配してると思うし。その後は、また最前線に戻ると思うっすよ」

 

「そう、なんだ・・・そうだよね。レイス君たちは攻略組で、常に最前線で戦っているんだし・・・あのね、レイス君。私・・・」

 

私も一緒に連れていって。シリカは目の前にいる少年にそう伝えたかったが、上手く口にすることができなかった。

今回の冒険で、シリカは思い知らされた。SAOというゲームの不条理さ、それによって歪んでしまった者達。そして、レイスやザントなどの最前線で戦う人間が、自分の知らない所でたくさんの苦難と戦っていることを。

そこに、自分が入れる隙なんて無い。自分みたいな弱い人間じゃ、また彼らに迷惑をかけてしまうかもしれない。

様々な感情がごちゃ混ぜになり、目元に涙が浮かんだその時、シリカの気持ちを察したレイスが、シリカの肩にポンッと手を置き、優しく微笑みながら口を開いた。

 

「そう気負う必要はないっすよ。例え離れていても、心はいつだって繋がっているっす。それに、友達にレベルの差なんて関係ないっす。もし、また困ったことが起きたら、いつでも呼ぶっす。俺は絶対にシリカちゃんの下に駆けつけるっす」

 

「レイス君・・・ありがとう。とっても嬉しい」

 

シリカは目元に浮かんでいた涙を拭うと、とびっきりの笑顔をレイスに見せた。

 

「さて、そろそろピナを生き返らせるっす。ピナもきっと、早く元の体に戻って、自由に飛びたいって思ってるかもしれないっすから」

 

「うん!」

 

シリカはピナを生き返らせるべく、《プネウマの花》から流れた一滴の雫を羽根に垂らした。

そして、無事生き返ったら、たった二日の間だったけど、一生忘れることのない思い出になったこの話を聞かせてあげようと思った。

この世界で出会えた大切な友達と不器用だけど誰かを思いやることができるお兄さんの話を。




以上でキリト不在のシリカ編でした。なんか、レイスよりもザントが活躍してた気がするが・・・まぁ、いいか!ここは一つ、レイスはシリカと年が近いし、心身ともにまだまだ未熟だったってことで大目に見てやってください。
さて、サチ、シリカと来たら次は当然リズベットです。ソウゴは勿論、キリトも登場するのでお楽しみに。


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ep.40 その温もりは偽物か否か

最近忙しくて執筆の時間が取れん・・・
今回はリズベットの話ですが、時系列は心の温度より少し後の話になっています。


これは、とある鍛冶師の少女と《黒の剣士》との出会いから少し後の物語である。

アインクラッド第四十八層に自分の店を持つ少女リズベットは、店の工房で作業に没頭してた。

SAOが始まって間もない頃に<鍛冶>スキルを取得したリズベットは、それ以来<鍛冶>スキルを鍛え続けていき、遂には自分の店、《リズベット武具店》の看板を掲げるまでに至った。

初めは女の鍛冶師(スミス)と言うこともあって、中々客が来なかったが、この世界で友達になった「血盟騎士団」副団長の尽力もあり、最近は客も増えて、店の売上も上がった。

リズベットにとって<鍛冶>スキルというものは、もはや無くてはならない存在となっていた。

工房で依頼者の武器を作っていたリズベットだったが、突然鳴り響いた来客用の鐘の音を耳にし、作業していた手を止める。

リズベットは作業を一旦中断し、鏡の前に立って身なりを整えると、来店したと思われる客を迎えるべく、工房を出る。

 

「よっ、久しぶりだな」

 

「あ、あんたは・・・!」

 

工房を出た自身を出迎えてくれた赤髪(・・)の少年にリズベットは驚く。

装備や髪の色は以前に会った時と変わっているが、そこにいるのは、紛れもなく彼女の専属スミスの一人である少年、ソウゴであった。

二十七層での出来事以来、中々会う機会がなく、久しぶりに再会した少年にリズベットは一瞬驚いたが、すぐさま平静を取り繕って、彼に話しかける。

 

「珍しいじゃない。最近、ここに顔を出してなかったのに」

 

「最近は攻略等で忙しくてな。それに、うちは少数ギルドだからな。効率の良いレベル上げやら資金の調達やらで、五人平等になるよう色々頭使いながら動かないといけねぇから大変なんだよ」

 

「そう・・・まっ、元気そうで何よりだわ」

 

ぶっきらぼうに言うリズベットだが、内心ではいつも通りのソウゴの姿にホッとしていた。

その感情を隠しながら、リズベットは来訪の目的を問う。

 

「それで、今日はどういう目的で来たの?まぁ、あんたの事だから、また新しい刀を作ってくれとかだと思うけど・・・」

 

「察しがいいな。そろそろ刀を新調しようと思ってな。俺が知ってる中で、最高の刀を作れるスミスはお前だけだからな」

 

「そ、そう、ありがと・・・それで、素材はどれにするの?」

 

照れくさそうにしながらも、リズベットは武器を作る素材についてソウゴに問い掛ける。

ソウゴはストレージからいくつかの素材を取り出し、リズベットに見せた。

 

「そうね・・・この素材だけだと、あまりいいものは作れないかな。作ったとしても、今攻略してる層から三層くらい上がった所で壊れると思うわ」

 

「なるほどな。なら、何処かいい素材が取れる場所はねぇのか?」

 

「それだったら、五十五層にある《竜地の雪山》にレアな鉱石やインゴットがいくつかあるから、案内してあげるわ」

 

「お前も行くのか?」

 

「勿論よ。こんな宝の山みたいな場所、何度来たって飽きないわ。それに、五十五層は前にも行ったことあるし、その時にマッピングも済ませてあるから、心配しなくても大丈夫よ」

 

「別に心配してるわけじゃねぇが・・・まっ、戦略は多いに越したことはねぇか」

 

渋々と言った様子だが、ソウゴはリズベットと一緒に行くことを決めた。

 

 

 

 

翌日、二人は五十五層の《竜地の雪山》へやって来た。

二人は上にコートを羽織り、岩陰などに隠れ潜んでいるモンスターに注意しながら雪原を歩いていると、リズベットが口を開く。

 

「ここに来ると、あいつとの出来事を思い出すわ」

 

「あいつ?」

 

「確か、キリトだったかしら?この間、あたしの店にやって来たんだけど、売り物の剣を壊すわ、あいつの武器を作るのに必要なインゴットを取りにここへ来たはいいんだけど、その後でっかいドラゴンに襲われた挙句、ドラゴンの巣穴に落ちて、そこで一夜過ごされるわで、大変だったのよ」

 

「そりゃ、災難だったな」

 

「それと、あいつの武器を作った後に、アスナが店に来たんだけど、ちょっといい感じの雰囲気だったわあいつら」

 

「それは分かる」

 

リズベットの言葉にうんうんと頷くソウゴ。最近はあまり二人でいるのを見かけないが、この二人が一緒に歩いているのを見ると、お似合いの二人だと思うことが度々ある。

そんなことを思いながら歩いていると、リズベットが向かっていた目的の場所へ着いた。

 

「ここよ。あたしが探していたインゴットが取れる場所は」

 

辿り着いたのは、大量の水晶があちこちに置かれているエリアだった。地面のほとんどが水晶に埋め尽くされて、まともな道が少ない。

そんな印象を抱きながらも、ソウゴは進んでいくと、巨大な穴が見えた。

 

「その縦穴の中にインゴットを生成するドラゴンがいるはずよ。そのドラゴンは夜行性で、今は昼間だから大丈夫だと思うけど・・・」

 

「ご丁寧な説明どうも。ところで・・・なんで水晶の陰に隠れてんだ?」

 

「万が一ドラゴンが起きても、襲われないように、あたしはこの水晶の陰に隠れてるから」

 

「サラッと人を囮にするとはぁ良い根性してんなお前」

 

「適切な防衛策と言いなさい。それに・・・前に来た時は、キリトに隠れてろって言われてたのに、あたしが不用意に出て来たせいで、大変な目にあったから・・・」

 

少し沈んだ顔で語るリズベットを見て、ソウゴはこれ以上何も言わず、穴に近づいていく。

 

「この縦穴の下を覗いてみて。そこにドラゴンが眠っているはずよ」

 

リズベットに言われて、ソウゴは穴の中を覗き込んだ。

穴は深さ五十メートル程あり、僅かに見える穴底には雪が降り積もっていた。

しかし、リズベットが言っていたドラゴンの姿は見つからなかった。

 

「おい、インゴットどころかドラゴンすら見当たらねぇぞ」

 

「そんな!前に来たときは、朝になったらここに戻ってきたのに!」

 

慌てた様子でリズベットも穴の中を覗き込む。

しかし、穴の中は変わらず、前に見たあの迫力のあるドラゴンの姿は見当たらなかった。

 

「おかしいわね。いったいどうなっているのよ・・・?」

 

「・・・ん?なんだあの足跡?」

 

困惑するリズベットの横で、ソウゴは辺りを見渡していると、人間のものとは思えないくらいの巨大な足跡を見つけた。

その巨大な足跡は、穴の近くから奥の方にまで続いていた。

正体不明の足跡に警戒する二人だが、他に手掛かりはないため、ひとまずその巨大な足跡を追うことにした。

その足跡を追っていると、二人の視界に洞窟が映った。足跡は洞窟の方まで続いている。

その時、洞窟の入口で誰かが倒れているのを見つけ、二人はすぐさま倒れている人物の方に駆けつける。

その人物は男性で、頭上に?マークが付いていることから、クエストNPCだと瞬時に理解したソウゴは、ひとまず男の安否を確かめるべく、体を揺すりながら声を掛ける。

 

「おい、あんた!しっかりしろ!すぐに回復を――」

 

「無駄だ。私はもう助からない。それよりも私の頼みを聞いてくれ・・・」

 

弱々しい様子で男は喋る。数日前、ここら辺に怪物が現れ、そいつはドラゴンの巣穴から卵を持ち去ってしまった。そのせいで、ドラゴンは怒り狂い、各地で暴れ回っている。

このままでは人里にも被害が出ると恐れた村の人々は、村の守備隊を派遣し、怪物から卵を取り返そうとした。しかし、怪物は想像以上に強くて、男以外の者達は皆怪物にやられてしまった。男は命からがら逃げ出して今に至ると言う。

一通り説明を終えた直後、ソウゴの目の前に『クエストを受諾しますか? Yes/No』と書かれたウィンドウが現れた。

 

「もしかして・・・この人はクエストNPC?」

 

「らしいな。見ろ、こいつの頭上に?マークが浮かんでいやがる。んで、どうする?」

 

「・・・受けましょう。ドラゴンが絡んでいるとしたら、このクエストをクリアしないと、目的のインゴットは取れないかもしれないし」

 

リズベットの言葉に頷くと、ソウゴはYesのボタンを押した。

直後、男は事切れて、そのままポリゴン状に四散した。

 

「・・・行きましょう。足跡は奥にも続いているわ」

 

「だな・・・」

 

男を救えなかしばらく進んでった悔しさを押し殺しながら、先に進むソウゴとリズベット。

足跡は洞窟の奥にも続いており、二人は警戒しながら洞窟へ入る。

そこから更に進むと、ソウゴの視界に怪物の姿が映った。

 

「あれが怪物か。ただのデカゴリラじゃねぇか」

 

そう呟きながら怪物を見つめていると、怪物はこちらに気づき、襲い掛かってきた。

ソウゴは特に焦ることなく、怪物のパンチを横に避けると、そこから腹に一太刀浴びせた。

 

「図体だけだな。これなら楽勝に下ろせる」

 

その言葉通り、ソウゴは苦戦することなく刀で怪物の体を斬り刻んでいった。

やがて怪物のHPはゼロになり、怪物はドサッと地面に倒れると、ポリゴン状に四散した。

ソウゴは刀を鞘にしまい、リズベットの下に戻ると、彼女の両手には白い卵が持ち上げられていた。

 

「卵、こっちで見つけておいたわ」

 

「OK、これで後は巣穴に持ってくだけだな」

 

任務完了と言わんばかりの様子で、ソウゴは洞窟から出ようとした。

しかし、洞窟の入口付近に近づいた所で、外の異変に気がついた。

 

ビュゥゥゥゥ

 

「あの音・・・まさか・・・!?」

 

「雪原のフィールドだ。当然と言やぁ当然かもしんねぇが・・・」

 

外から強い風の音が聞こえ、嫌な予感がするリズベットとソウゴ。

入口から外を見ると、案の定外は猛吹雪に見舞われて、視界が全く見えなかった。

 

「チッ、これじゃ先に進むのはムズイな」

 

「・・・仕方ないわね。ひとまず、吹雪が止むまでここでキャンプしましょう」

 

先に進めないと判断したリズベットの提案によって、二人は先程怪物がいた広い空間まで戻り、そこでキャンプすることにした。

ソウゴは行動開始と言わんばかりに、早速火を焚かせると、その上に三本の柱で支えられている鍋敷きと小さい鍋を置いた。

ストレージから携帯用のポットを取り出し、予め入れておいたお湯を鍋に注いで沸騰させる。同時に今度はコーンスープの素を取り出し、沸騰させているお湯の中に入れる。

しばらくすると、ソウゴは温められたスープを二つのカップに注ぎ、一つをリズベットに手渡した。

 

「飲め。寝る頃になれば更に冷えるだろうし、今のうちに体を温めておけよ」

 

「ありがとう・・・あったかい・・・」

 

コーンの甘味とスープの温もりが口内に広がり、体があったまるのを感じた。

スープを飲んだら、互いにベッドロールを取り出し、体を中に入れて横になった。

お互い一言も話さないまま時間が過ぎていると、ふとリズベットが口を開いた。

 

「・・・この間の夜もこんな感じだったわ。ドラゴンの巣穴に落ちて、こうして隣同士向かい合って、あいつと眠ったわ」

 

リズベットの声に反応したソウゴが寝ている体を動かして、リズベットの方に顔を向けると、彼女はこちらが向くことを予想していたのか、横向きになりながらソウゴに笑みを向けていた。

 

「あたしは、時々自分が分からなくなるの。SAOに来て、ここで毎日過ごしていくうちに、あたしの心の一部に乾きが生まれたの」

 

「乾き?」

 

「そう。決して濁せない心の乾き。あたしの本当の肉体は何処か別の所にあって、今仮想空間(ここ)にいるあたしは、幻だって感じてね。それでも、へっちゃらな顔で毎日を過ごしていたら・・・気づいたら、あたしの心は、あるべき温度を失っていたわ」

 

暗い顔で語るリズベットだったが、「でもね」と言いながら微笑んだ。

 

「あの日の夜に、あいつの手を握って感じた温もり。あれは本物だって思ったんだ。その時分かったの。現実も仮想空間も関係ない。例え、肉体が離れていても、あたしの心はいつだってここにあるんだって」

 

そう言いながら、微笑むリズベットだったが、再び暗い顔で語る。

 

「ただ一つだけ心残りがあるとしたら、あたしの求めている心の温度がまだ見つかっていないことね」

 

「・・・貪欲な女はモテねぇぞ」

 

「うっさい。あの日キリトから感じた温もりには、確かに心の温度は存在したわ。でも、ほんの少しだけ、あたしの求めているものとは違った気がしたの・・・」

 

「・・・・・・」

 

暗い顔で語るリズベットの言葉を黙って聞くソウゴ。

 

「ごめんなさい。こんな状況なのに、こんな自分勝手な話を聞かせちゃって。このクエストだって、元はと言えばあたしが引き受ける事を決めちゃって、あんたは巻き込まれただけなのに・・・」

 

「アホ、お前の意見を尊重して、クエストを受けたのは俺の意思だ。ハナから巻き込まれたなんて思っちゃいねぇよ。それに・・・こういう時だからこそ、思ってることは出しておけよ。後に溜め込んで、取り返しが付かなくなるよりマシだろ。俺程度でも、愚痴を聞く相手ぐらいにはなってやるよ」

 

「・・・あんたって、優しいね」

 

「優しい?俺がか?」

 

「そう。普段は無愛想な癖に、こういう時だけ気遣いが良いんだから・・・」

 

「俺は別にそういうつもりはねぇけど・・・まっ、リズベットがそう思うなら勝手に思ってな」

 

「コラそこ、また名前で呼んだわね。いい加減リズって呼びなさいよ」

 

「・・・そのうちな」

 

少し間を空けながら無愛想に答えるソウゴ。心なしか、少し照れくさそうにしてた気がした。

そんなソウゴに呆れ半分で微笑みながらも、リズベットは一つ彼にお願いする。

 

「ねぇ、手を握ってもいい?もしかしたら、あたしが求めている温もりが何なのか、今なら少し分かる気がするの」

 

「・・・好きにしろ」

 

無愛想ながらもソウゴから差し出された手を握るリズベット。

 

「・・・あったかいか?」

 

「えぇ・・・あったかいわ」

 

ソウゴの手から感じる温もりに、リズベットは中々手を離せずにいた。

しばらくの間握り続けていたリズベットだったが、長い時間握られて流石に気まずくなったのか、ソウゴが口を開いた。

 

「・・・そろそろ離せよ。流石に握られたままだと、気が散って寝れねぇ」

 

「そうするわ・・・おやすみ」

 

「あぁ、おやすみ」

 

その言葉を最後に、二人は深い眠りにつくのであった。

焚き火はいつの間にか風によって消えており、微かに聞こえる吹雪の音が静寂な洞窟に響いていた。

 

 

 

 

翌日、二人はほぼ同時に起床すると、外の様子を確認した。

吹雪はもう収まっていて、これを好機と判断した二人は、キャンプの道具を片付け、卵がストレージに入っていることを確認してから洞窟の外に出た。

向かう場所は、昨日行ったドラゴンの巣穴。来た道は覚えていたため、道に迷うことなく、ドラゴンの巣穴へ辿り着いた。

 

「後は卵をドラゴンに返せば、それでこのクエストはクリアみたいよ」

 

「つまり、卵を巣に置けばいいのか?」

 

「多分ね。あたし長めのロープ持ってるから、これで下に降りましょう」

 

そう言って、リズベットがストレージから長めのロープを取り出そうとしたその時だった。

 

「っ!?・・・リズベット、ちょっと隠れてろ」

 

「ちょ、どうしたのよ?」

 

突然険しい顔をしながら隠れろと言うソウゴに、リズベットが顔を顰めながら理由を問う。

その答えは、直後に聞こえてきた叫び声によって明かされた。

 

「グヴォォォォ!!」

 

「この声って・・・ドラゴン!?」

 

「らしいな。っ!?上だ!」

 

上を見上げると、上空から白いドラゴンがこちらに向かって急接近していた。

ソウゴは腰にある刀を抜いて戦闘態勢に入り、リズベットは昨日のように水晶の陰に隠れる。

その直後、ドラゴンは地面に降り立ち、ソウゴの前に立った。

 

「どうやら、怒り狂ってるのは本当みてぇだな。目がマジだ」

 

ソウゴの言う通り、目の前にいるドラゴンの瞳から尋常な量の殺意が放っており、このまま放っておけば、周りのもの全てを破壊せんとする勢いだった。

その勢いのまま、ドラゴンは右手の鉤爪をソウゴに振るう。

ソウゴは上にジャンプして、鉤爪を躱すと、ドラゴンの右腕目掛けて刀を振るおうとする。

 

「グヴォォォォ!!」

 

「うっ!」

 

しかし、ドラゴンは翼を羽ばたかせて突風を起こし、ソウゴは突然の突風に成す術もなく飛ばされて、受け身を取りながら地面に激突する。

更にドラゴンは追撃をかけようと、立ち上がろうとしてるソウゴ目掛けてブレスを放った。

 

「!? ヤベっ――!」

 

咄嗟のブレス攻撃に回避は無理だと判断したソウゴは、刀を前に出して、少しでも防ごうとする。

そのおかげで、HPこそは減ったが、状態異常の<凍傷>にはならずに済んだ。

 

「チッ、これじゃまともに振れねぇな・・・!」

 

しかし、刀を握っていた両手はカチコチに凍っていた。両手は刀の持ち手ごと凍っていて、両手が固定された状態では、刀を振るう事は困難だろう。

 

「ちょっと!腕が凍ってるけど大丈夫なの!?」

 

「馬鹿野郎!まだ出てくんな!」

 

両手を凍らされたソウゴを心配し、リズベットが水晶の陰から出てきたが、それに対してソウゴが叫んだ。

すると、ドラゴンは姿を現したリズベットを見つけると、標的を彼女に変えたのか、彼女に向かって猛スピードで迫った。

 

「きゃーーーーーー!!」

 

「させるか!」

 

迫りくるドラゴンを見て、悲鳴を上げるリズベットだったが、直後何者かの声と共に剣の一閃がドラゴンの体に浴びせられ、ドラゴンを怯ませた。

恐怖のあまり目を瞑っていたリズベットは恐る恐る目を開ける。そこには、数日前に剣のオーダーメイドを依頼してきた黒衣の剣士、キリトがいた。

 

「ちょ、あんた!なんでここに!?」

 

「話は後だ!それより、今はドラゴンを――!」

 

キリトが言おうとした瞬間、ドラゴンはキリトに目掛けてブレスを放つ。

キリトは体を捻らせてブレスを躱した。直後、ドラゴンの懐に両手が凍ったままのソウゴが接近し、

 

「さっきの仕返しだ」

 

両手に持った刀で縦一文字にドラゴンを斬った。

ソウゴの攻撃を食らったドラゴンは、怯みながらも翼を広げて上空へ飛ぶと、スゥーと冷気を口内に溜め込んでいた。

それを見たソウゴとキリトは、ドラゴンの行動を察して、険しい顔をする。

 

「チッ、どうやら最大火力で一気に俺らを愉快な氷像にするつもりらしいな」

 

「マズいな。何とか奴を下に引きずり落とさないと。このままじゃ、倒せない」

 

ドラゴンはこちらの攻撃が届かない場所まで飛び、最大火力のブレスで一気にケリをつけようとしていた。

二人はブレスで狙い撃ちにされる前に何とか倒せないか策を練っていると、そこにリズベットが待ったを掛ける。

 

「いいえ、倒す必要はないわ。あんた達、悪いけど、一回だけでいいからあいつのブレスを防いでくれる」

 

「無茶言うな。まぁ、出来なくはないと思うけど・・・」

 

「俺はいいぜ。客からの注文(オーダー)だ。たかがトカゲ一匹の吐息、余裕で調理してやるよ」

 

リズベットからの注文(オーダー)に、困った顔をするキリトと、両手を固めていた氷が溶けて、刀を肩に担ぎながら豪快に笑みを浮かべるソウゴ。

丁度その時、ドラゴンの方も溜め込みが終わり、最大火力のブレスを放とうとしていた。

そんなドラゴンの目の前に、ソウゴとキリトが立った瞬間、ドラゴンは先程とは桁違いのブレスを二人に向けて放った。

 

「「ウォォォォォォ!!」」

 

それと同時に、二人はブレスに向かって跳んで、それぞれの武器のソードスキルを発動させて、正面からブレスを斬り裂いた。

そのタイミングに合わせて、リズベットがドラゴンの真下に立ち、持っていた卵を上に掲げる。

 

「この馬鹿ドラゴン!その目を開いてよく見なさい!あんたがあたし達と戦う理由なんて、もう一つも残ってないのよ!」

 

そう言いながら、リズベットは卵を雪上に置き、そのまま卵から離れた。

それを見ていた二人も、彼女の後に続き、卵から離れる。

 

「・・・・・・」

 

その光景を黙って見てたドラゴンは、雪上に置いた卵を足で掴むと、リズベット達を襲うことなく、巣穴の中へ戻っていった。

 

「・・・卵は無事ドラゴンの巣に戻った。クエストクリアだ」

 

「良かった。ドラゴンの卵が戻ったことだし、これでインゴットの供給が元通りになるはずだ」

 

「? どういうことよ?」

 

リズベットが何故キリトがここにいるのかを含めて事情を聞き出す。

キリトから五十五層に来ていた理由を聞くと、何でもここ最近、インゴットの供給率が低下しており、その原因が五十五層にあることをエギルから聞いたキリトは、その調査の為に五十五層へやって来た。

調査を進めていく内に、ここ最近インゴットを生成するドラゴンが卵を奪われたせいで暴走し、あちこちで暴れ回っていることを知った。

それを聞いたキリトは、前にリズベットと一夜を過ごしたドラゴンの巣穴に向かっていると、ドラゴンと戦っているソウゴとリズベットを見つけ、ドラゴンに襲われそうになっているリズベットを見た瞬間、反射的に彼女を助けて今に至る。

そして、ソウゴ達が受けたクエストがインゴットを生成するドラゴンの暴走を止める=生成するインゴットの供給率が戻ると結論付けると、彼はそのまま去っていった。

その後、ロープを使って巣穴に入ったソウゴは、寝ているドラゴンを起こさないよう慎重に行動しながら目的のインゴットを無事手に入れ、現在はリズベットと一緒に転移門に向かって歩いていた。

 

「それで・・・お前が求めていた心の温度は取り戻せたのか?」

 

「・・・正直に言うと、あの時キリト(あいつ)から感じた温もりは、あたしが求めていたものとは違ったわ。空虚だった心はあいつが埋めてくれたけど、あたしはどうも足りないって思ったの。でもね・・・」

 

リズベットはソウゴに笑みを向けながら言葉を続ける。

 

「その足りなかった温度は、あんたが埋めてくれた。おかげでやっと見つけることができたわ。あたしが求めていた心の温度を」

 

「そうかい。まっ、力になれたなら、それに越したことはねぇな。必要な素材は無事手に入れたことだし、後はお前に任せるわ。とっとと帰ろうぜ、リズベット」

 

「・・・名前」

 

ジト目で睨んできたリズベットに、ソウゴは一瞬たじろいでしまうが、観念したかのようにため息を吐くと、少し照れくさそうに顔を背けながら口を開いた。

 

「・・・これでいいかよ、リズ」

 

「!? えぇ!」

 

ぶっきらぼうな態度だったけど、初めてあだ名で呼んでくれたことに、リズベットは喜びでいっぱいの気持ちになった。少なくとも、あだ名で呼んでもらえて、ここまで嬉しい気持ちになったことなんて、今までなかった。

そこで彼女は気がついた。あの日の夜、ソウゴの温かさから感じた心の温度の正体に。

あぁ、あたしは、こいつの事が好きなんだと。

 

 

 

 

《リズベット武具店》に戻ったリズベットは、工房でソウゴの刀を作っていた。

 

「(あの時、ソウゴから感じた温かさ。あれは偽物なんかじゃなかった。あの温かさこそが、あたしが求めていた好きの気持ち(心の温度)だった。満足のいく刀を作れたら、この気持ちを告白しよう)」

 

胸の奥底に宿る想いを抱きながら、真剣な表情でハンマーを振り下ろしていく。

やがて、ハンマーを指定の回数叩き終えると、インゴットは光り輝いて、一本の刀に形を変えた。

藍鼠色の刀身が光り輝いており、刃は切れ味抜群と言えるくらい鋭かった。

 

「刀の名前は《雪柱(ゆばしら)》。私は聞いたことないし、情報屋の名鑑にも載ってないはずよ。試してみて」

 

そう言いながら、リズベットは《雪柱》をソウゴに渡す。

ソウゴは渡された刀を片手に持つと、二、三回程素振りし、刀の感覚を確かめる。

 

「・・・悪くない軽さだ。その上、手にも馴染む。最高の刀だ」

 

そう言って、ソウゴは満足そうに笑みを浮かべた。

ご満悦な様子のソウゴを見て、リズベットは安堵の表情になった。

 

「良かった。今、刀に合う鞘を探してくるから、外の方で待っててちょうだい」

 

「分かった」

 

リズベットに言われて、ソウゴは工房を出た。

しばらくすると、リズベットが工房から出てきて、その手には鞘に収められた《雪柱》が握られていた。

 

「さて、後は金を払うだけだな。いくらだ?」

 

「・・・お金はいらないわ。その代わり・・・」

 

《雪柱》をソウゴに渡したリズベットは、緊張しながらソウゴの前に立つ。

頬が熱を帯び、自分の体が緊張に支配されているような感覚を感じながらも、リズベットは意を決した表情で自分の想いを伝えた。

 

「これから毎日、あんたの武器をメンテナンスしに来るし、あんたが攻略に出かけたら、絶対に見送るし、帰って来たら必ずあんたの事を迎えるわ。だから・・・あたしと付き合ってください!!」

 

それは、一度失った温度を取り戻し、自分の求めていた心の温度をようやく見つけることができた少女の真っ直ぐな告白だった。

そんな彼女の告白に対して、ソウゴの返事はというと・・・

 

「おう、いいぞ」

 

「え・・・?」

 

あっさりと返事を出したソウゴに、思わず面を食らうリズベット。

 

「ほ、ホントに?本当に付き合ってくれるの?」

 

「あぁ、構わないぜ」

 

笑みを浮かべながらそう言われて、リズベットは喜びでいっぱいになった。想いを無事伝えることができ、更に想いを伝えた相手からokを貰えた。

自分は今、人生で一番の幸せにいる。そう思った瞬間、ソウゴが口を開いた。

 

「んで、いつ付き合えばいいんだ?・・・買い物に」

 

「・・・は?」

 

ソウゴから発せられた言葉に、リズベットは自分でもびっくりするくらいのマヌケな声を出した。

そんな彼女を見て、ソウゴは首を傾げる。

 

「何マヌケな顔してんだ?付き合うって言ったら、普通買い物に一緒に行くことだろうが」

 

「えっと・・・なんで、そう思ったのかしら・・・?」

 

「そりゃお前、よくトウガと話している時に・・・」

 

※以下回想

 

『ソウゴ、ちょっと俺と付き合ってくれ(買い物に)』

 

『おう、いいぜ』

 

「――ってやり取りをするが、別に普通だろうが」

 

「・・・・・・」

 

リズベットは無言になりながら、顔を少し俯かせて、拳をプルプルと震わせていた。

いつまでも喋る気配の無いリズベットを見て、様子がおかしいと思ったソウゴが声を掛ける。

 

「おい、どうした?なんか言えよ?」

 

「・・・ば」

 

「ば?」

 

「馬鹿ぁー-----!!」

 

「オワッ!?」

 

リズベットが突如、ハンマーをソウゴの顔に目掛けて振るい、ソウゴは驚きながらも回避に成功すると、いきなりハンマーを振るってきた彼女に嚙みつく。

 

「テメェ!いきなり何しやがるんだ!当たったら、顔が凹むだろうが!」

 

「うっさい!今すぐ凹め!この馬鹿頭!人が一世一代の大勝負に出たってのに、乙女の心を踏みにじって!」

 

「一世一代の大勝負?それほどスゲー戦いだったか?さっきのドラゴン――」

 

「出ていけぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「ウォォォォォォ!!?」

 

リズベットは怒り狂いながら店にある商品をソウゴに投げつけて、ソウゴは大量に飛んでくる商品に驚きながら、言われた通り店を出ると、そのまま走り去ってしまった。

ソウゴが去って尚、リズベットは店の商品を投げ続けていたが、ソウゴの姿が完全に見えなくなると、今度は大声で叫んだ。

 

「何なのあいつ!普通、付き合ってを買い物に付き合ってと勘違いする!?何処の鈍感系主人公だ!」

 

鈍感なソウゴに対しての文句をひたすら言い続けていたリズベットだが、やがて「ぜぇー、ぜぇー」と息を整えると、ソウゴが走り去っていった方向に向かって思いっきり叫んだ。

 

「見てなさい、あの馬鹿!絶対!ぜぇーたいに!振り向かせてやるんだからーーーーーー!!」

 

大声で叫んでいるその顔は、怒っているとは思えないほど笑顔だった。

その顔に写っていたのは、叶わない恋に打ちひしがれた哀しみではなく、いつか必ずこの想いを届けてやると決めた少女の決意の表れだった。




・ソウゴ、赤髪と化する
五十層以降、ソウゴの髪の色は赤に染めています。また、恰好も士魂アバターではなく、攘夷戦争時代及び銀ノ魂編の高杉のような服装になっています(ただし、頭にハチマキは巻いていない)。

・リズベット、原作と違ってキリトに好意を抱かなかった
二十七層でソウゴと行動してる内に、彼のことを少しだけ意識してしまったので、原作のようなやり取りをしても、キリトに恋愛感情は持ちませんでした。逆に、今回似たようなことをソウゴとしたことで、彼への好意を自覚し出しました。

・《雪柱(ゆばしら)
イメージは「ワンピース」のゾロが使う刀《雪走(ゆばしり)

・付き合う=買い物
鈍感系ハーレム主人公あるある。


リズベット、告白するも、ソウゴが鈍感すぎて失敗する。ですが、原作と違ってチャンスはまだまだ沢山あるので、これから頑張って欲しいところです。


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ep.41 5人で「紅の狼」

今回からオリジナル回が続きます。


アインクラッド第四十七層《思い出の丘》

ここでは現在、フィールドボスと戦っている五人のプレイヤーがいた。

フィールドのボスである巨大蜘蛛は、その巨体を活かして目の前にいるプレイヤーに体当たりを仕掛ける。

 

「おらっ!」

 

だが、その巨大蜘蛛の突進を一回り大きい盾を持ったカズヤが防いだ。

お互いの力は五分であり、どちらも相手を押し倒そうと足に力を入れて地面に踏ん張っている。

 

「ウォォォォォォ!!」

 

カズヤは雄叫びを上げながら、腕や腰に力を込める。

そして、遂に均衡が崩れ、巨大蜘蛛がカズヤの盾に押され始めた。

このままではマズいと思ったのか、巨大蜘蛛は前足二本を動かして、カズヤに突き刺そうとしたが、その横から刀を持ったソウゴが接近する。

 

「フッ!」

 

ソウゴの一閃は、巨大蜘蛛の二本足を切り落とし、巨大蜘蛛を怯ませるには十分だった。

 

「ハッ!」

 

「そこっす!」

 

更に、青い戦闘服を着て、首に紺色のマフラーを巻いているコノハと赤い戦闘服にサスペンダー付きのズボンを履いたレイスが<サーペント>で巨大蜘蛛の残りの足を斬り、足を失った巨大蜘蛛は最早動かぬ的となった。

そこに、止めを刺すべく黒い戦闘服を着て、黒髪に青メッシュを付けた少年、トウガが空中に飛んで、上から巨大蜘蛛に接近する。

だが、巨大蜘蛛は最後の悪足搔きと言わんばかりに、トウガ目掛けて尻から糸を噴出した。

 

「甘いな」

 

その糸をトウガは空中で体を捻らせることで躱し、その勢いのまま巨大蜘蛛の体に向けて短剣を投げた。

トウガが投げた短剣は、見事真ん中にヒットし、巨大蜘蛛は呻き声を上げながらポリゴン状に四散した。

それを確認したトウガは、ウィンドウを開き、ドロップしたアイテムを確認する。

 

「目的のアイテムは・・・よし、ドロップしているな。帰るぞ、四人共」

 

目的のアイテムがドロップされているのを確認したら、トウガは四人に声を掛けて、そのままギルドホームへ帰還するのであった。

 

 

 

 

二十層のギルドホームへ戻ったトウガ達は、会議室で今日手に入れたコルやアイテムの分配と今後の予定について話し合っていた。

会議は特に揉めたりすることなく順調に進み、明日五十層の迷宮区で必要なアイテムを手に入れると予定を立てた所で会議は終了し、それぞれ自由に行動し始めた。

 

「フゥー」

 

そんな中、トウガは自身の部屋に入り、部屋のベットに腰をかけながら一息ついていた。

ギルドリーダーになって一年以上が経ったが、リーダーというものは未だに慣れたものではない。それこそ、振る舞う相手が普段から普通に過ごしてきた幼馴染たちであるとしたら尚更だ。

疲れている様子のトウガだったが、ふと部屋の扉が開いて、そちらに視線を向ける。

 

「よっ、今日も中々のリーダーぷりだったぜ」

 

そう言って、部屋に入ってきたのは、装備していた鎧を脱いで、普段着の恰好をしているカズヤだった。

こちらに笑みを向けるカズヤに、トウガも自然と笑みを浮かべながら言葉を返す。

 

「わざわざ人を労いにくる体力があるなら、リーダーを変わって欲しいんだがな」

 

「それは無理だな。この役割程、お前以外に適切な奴はいねぇからな」

 

「はぁー・・・全く、いったい俺の何処に、お前らみたいな癖のある奴らを纏める程のリーダーシップがあるのやら・・・」

 

やれやれと言わんばかりの顔で言いながらも、それほど嫌とは思っていないトウガ。

そんなトウガを横目で見たカズヤは、視線を窓の外に向けながら口を開いた。

 

「俺たち、随分高けぇ所まで来ちまったな」

 

「・・・そうだな」

 

「俺らが攻略の為に必死に作戦を練ったり、命懸けでモンスターと戦う毎日なんて、昔じゃ到底考えられなかったよな」

 

「ナーヴギアを手に入れた頃は、一番になるとかそう言った目標は無かったからな。ただ、この五人でいつも通り過ごせればいい。そう思っていたが、今じゃ毎日モンスターと戦うことが、俺たちのいつも通りの日常になっているんだ。とんだ笑い話だよ」

 

普通に生きていれば、過ごすはずのない日常に軽く苦笑するトウガ。

すると、カズヤがトウガの方に顔を向けながら彼に問う。

 

「なぁ、トウガ。お前、俺と初めて出会った時の事って覚えてるか?」

 

「どうしたんだ急に?」

 

「ちょっと聞きたくなったんだよ。こうも忙しいと、普段覚えていることが忘れちまうかもしれないだろ。んで、どうなんだよ?」

 

「・・・忘れてないさ。何せ、俺たち(・・・)の始まりだからな」

 

そう言いながら、トウガはカズヤと出会った時を思い出す。

幼い頃のトウガこと神宮寺統夜は、今と変わらない優秀な学力や抜群の運動神経はあっても、今のような穏やかさは一切無く、他人と極力関わろうとはしなかった。実家の事情(・・・・・)もあり、統夜と言う少年は父親の英才教育の下で氷のように冷たく冷徹な人間に育てられた。

そんな統夜に寄り添ってきたのが、当時小3だった頃、クラス替えで同じクラスになったカズヤこと小笠原和真だった。

最初こそは、しつこく絡んでくる和真に嫌気を差していた統夜だが、彼の寛大な心に触れていく内に、何時しか彼に心を許すようになり、統夜にとって和真は親友とも言える関係になっていた。

 

「あれから翔斗、連弥、総司ってダチが増えていって、それなりに面白れぇ毎日を過ごしていたら、ある日突然俺たちの日常がゲームの世界に変わっちまってよぉ。慣れるまで色々大変だったけど、俺たちは俺たちらしく変わんねぇ毎日を過ごしていたら、いつの間にか、たった五人ぽっちの中学生が、この世界にいる奴らの命運を握る攻略組の一員になってんだ。ホント、人生何が起きるか分かったモンじゃないぜ」

 

「そうだな。でも、ここまで紅の狼が名を馳せるようになったのは、他でもないお前のおかげだ」

 

「俺か?」

 

トウガの言葉に顔をキョトンとするカズヤ。

 

「お前と出会わなかったら、紅の狼は生まれなかった。SAOに入る前の日に、皆でギルド名を決めようとした時に、お前が名付けた'真紅の稲妻のように早く、獣の群れように強く固い絆を持つ'それが、俺たち紅の狼だ。ありがとう、紅の狼(俺たち)を生んでくれて」

 

「・・・そう正面から言われると、照れるじゃねぇか」

 

「だが、噓偽りの無い俺の本音だ。お前がいて、ソウゴにコノハにレイス、そして俺がいて、初めて俺たちは紅の狼(俺たち)になれる。俺たち五人が紅の狼でいられるのも、あの日お前がその名前を名付けてくれたおかげだ」

 

「そっか・・・ありがとよ」

 

照れくさそうに微笑みながら礼を言うと、カズヤはトウガの前に拳を突き付けてきた。

 

「これからもよろしく頼むぜ、相棒」

 

「フッ・・・あぁ、勿論だ」

 

お互い笑みを浮かべながら拳を合わせるトウガとカズヤ。

これからもこいつらと一緒にいつも通りの日常を過ごして行きたい。そのためには、早くこのゲームを終わらせよう。そう決意を新たにするトウガだった。

 

 

 

 

翌日、昨日会議で決めた通り、トウガ達「紅の狼」の五人は五十層の迷宮区へ来ていた。

 

「思ってたよりも早く進んだな」

 

「前に来た時にマッピングは済んでいるからな。道さえ間違わなければ迷うことはないだろう」

 

ボス攻略で一度来た時に、ほとんどのマッピングを済ませていたため、トウガ達は迷うことなく迷宮区の奥へと進んでいく。

そんな中、ふとトウガが足を止めた。

 

「? なんだ?」

 

「どうした?トウガ」

 

急に足を止めたトウガに、カズヤが声を掛ける。

 

「いや、何か音が聞こえたような気がするんだが・・・」

 

そう言いながら、辺りを見渡すトウガ。

しかし、周りにはソウゴ達しかおらず、トウガ達のいる場所も何処か変わった様子はない。

気のせいかと思い、先に進もうとしたその時だった。

 

「!? レイス!」

 

咄嗟にカズヤがレイスの横に立って、彼に襲い掛かってきたトリケラトプス型のエネミーの攻撃を防いだ。

すぐさま、トウガが足の止まったトリケラトプスの体を短剣のソードスキル<デッド・ウェッジ>で斬り刻むと、トリケラトプスはポリゴン状に四散した。

突然の出来事だったが、誰も怪我をしないで済んだことに安堵する五人だが、その表情はすぐさま驚きに変わった。

なぜなら、部屋の先にある通路から、大量のトリケラトプスがこちらに向かって突進して来ているのだから。

 

「モンスター!それも、こんなにたくさん!」

 

「考古学者が見りゃ狂喜乱舞しそうな光景だな・・・!」

 

驚くコノハの横で、冗談混じりの言葉を漏らすソウゴだが、その表情は優れない。

それもそのはず、突進してきているトリケラトプスは、数十体ぐらいいて、いくら「紅の狼」が最前線で活躍するギルドとは言え、これだけの数を相手するのは容易ではない。

 

「迎撃するぞ!」

 

それでも、トウガは迎え撃つべく、武器を構えながら突進してくるトリケラトプスの集団に突っ込んでいき、手前まで来たところでジャンプをして、トリケラトプスの群を飛び越えた。そして、着地と同時に<ラジオナイフ>で攻撃範囲内にいたトリケラトプスと全てポリゴンに変えた。

他の四人も武器を構えて、部屋に入ってきたトリケラトプスの集団と交戦し始める。

初めは余裕を持って戦っていた五人だったが、一向に減らない敵の数に、徐々に苦戦していった。

 

「全然減らないっす!」

 

「次々と湧いてきているな。しかも、こいつら妙に血の気が多いな。いくら理性の無い獣とは言え、こっちから仕掛けて無いのに、こうも興奮するもんなのか?」

 

次々とトリケラトプスを倒していきながらも、一向に減らない状況に疑問を持ち始めるソウゴ。

それはトウガも同じだった。

 

「(いったい何が起きているんだ?さっきの物音といい、突然襲い掛かってきた大量のモンスター・・・まるで、こうなるように誰かが意図的に仕組んでいる感じがする・・・)」

 

思考を巡らせながらも、次々と襲ってくるトリケラトプスを斬っていくトウガ。

その時、部屋の先にある通路の奥から、薄っすらと人影が見えた。

 

「!? そこか!」

 

トウガは腰に仕舞っている予備の短剣を人影が見えた方へ投げた。

短剣は壁の方に突き刺さり、その影に隠れていた黒ポンチョの人物の驚いた姿が見えた。

 

ダっ!

 

すると、気づかれた黒ポンチョの人物は、一目散に逃げ出した。

 

「逃がさん!」

 

「おい、トウガ!」

 

トウガは周囲にいるトリケラトプスを斬り刻むと、カズヤの制止も聞かず一目散に追いかける。

カズヤも慌ててトウガの後を追い、他の三人も出遅れつつも二人を追う。

トウガはひたすらに黒ポンチョの人物を追いかけて、曲がり角を曲がったその時だった。

 

「!?」

 

「トウガ!?」

 

足元の床が突如パカッと開き、そのことに気づいた時には、トウガは下へ落ちていった。

後ろから来たカズヤも、目の前にいたトウガが突然落ちたことに動揺したせいで、上手く止まることができず、そのまま奈落へ落ちていった。

残りの三人は距離があったおかげで、何とか落ちずに済んだが、トウガとカズヤが底が全く見えない奈落へ落ちたことで焦っていた。

 

「大変っす!トウガさんとカズヤさんが下に落ちちゃたっすよ!」

 

「くっ!すぐに二人の所に行くぞ!」

 

いち早く我に返ったソウゴは、コノハとレイスに指示を出しながら、下に落ちた二人を探すべく、その場から走り出した。

落ちた二人は無事なのか?落ちた先に、良からぬ事が起きなければいいが。そんな不安が頭によぎりながらも、ソウゴはトウガとカズヤを探すのであった。




・カズヤの新装備
五十層以降のカズヤは、「アンダーテール」のアンダインのような鎧を身に纏っている。

・コノハの新装備
五十層以降のコノハは、「テイルズオブシンフォニア ラタトクスの騎士」のエミルのような恰好をしている(コラそこ!中の人ネタって言わない!)。

・レイスの新装備
五十層以降のレイスは、「テイルズオブシンフォニア」のロイドのような恰好をしている。

・トウガの新装備
五十層以降のトウガは、「精霊幻想記」のリオ君みたいな黒い戦闘服を着て、黒髪に青メッシュを付けている。

・「紅の狼」の結成秘話
実はこれを考えたの三日前です。というより、この小説を書き始めた頃、ギルド名の由来なんて一切考えず、ただ適当に決めました(ポンコツ)


今回はトウガとカズヤの過去及び、「紅の狼」の結成秘話でした。
そして次回、衝撃の展開が・・・!

<オマケ>
最近、他の小説の作者さんが画像メーカーサイト、ピクルーでオリキャラの一枚絵を作っていたのを見て、私もピクルーで「紅の狼」五人のイメージ画像を作ってみました。
※各キャラごとに使用しているメーカーはそれぞれ違います。ですので、キャラのデザインとかに違和感を感じたりするかもしれませんが、ここはどうか温かい目で見守ってくれたら幸いです。

・トウガ/神宮寺統夜(使用メーカー:はりねず版男子メーカー)

【挿絵表示】

※五十層以降

【挿絵表示】


・ソウゴ/須野田総司(使用メーカー:ぬるメーカー)

【挿絵表示】

※五十層以降

【挿絵表示】


・コノハ/葉山翔斗(使用メーカー:少年少女好き?)

【挿絵表示】


・カズヤ/小笠原和真(使用メーカー:どこでも立ち絵メーカー)

【挿絵表示】


・レイス/藤井連弥(使用メーカー:きゅんショタメーカー)

【挿絵表示】


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ep.42 カズヤという漢の生き様

最近テストあったり、レポートを書いたり、ゆるキャン△の映画見たりなどで忙しい。こういう時、時間に余裕がある人が羨ましいです。


ソウゴ達が必死に探している一方、落とし穴に落ちた二人は、互いの安否を確認する。

 

「大丈夫か?カズヤ」

 

「なんとかな・・・大分深いとこに落ちたな」

 

トウガの無事を確認したカズヤは、辺りを見渡す。

二人がいる場所は薄暗い部屋の中であり、特に目立った物は置いてなかった。

落下によるダメージで減ったHPを回復した二人は、ひとまず出られる場所を探そうと動いたその時だった。

 

シュ!

 

「!?」

 

自身に目掛けて飛んできた矢をトウガは短剣で斬り落とした。しかし、その矢が囮だと気づいたのは、直後に再び矢を射る音が聞こえた時だった。

 

シュ!

 

「!? マズい!」

 

再び放たれた矢は、今度はトウガの足元に向かって飛び、一本目を防ぐ事に集中してたトウガは、咄嗟に飛んできた二本目には反応が遅れてしまい、右足に矢を食らってしまった。

そして、その矢が何なのか。それが分かったのは、自身の体が突如倒れて、動かなくなったと感じた時だった。

 

「グッ・・・!」

 

「トウガ!大丈夫か!?」

 

「大丈夫・・・いや、大丈夫じゃないな。狙ってたかのように放たれた麻痺毒付きの矢・・・この手を使う奴らと言ったら・・・!」

 

心配するカズヤの方を見ず、トウガは倒れたまま目線を矢が飛んできた方に向けた。

そこにいたのは、黒いポンチョに身を包んだ男だった。男の手には弓が握られていて、先程の矢はその弓を使って撃ったのだろう。

 

「どうやら、ここに、罠を仕掛けておいて、正解、だったな」

 

更に別の方向からも声が聞こえて、振り向いたら、そこには赤い眼が特徴的な仮面を付けた男と頭に黒いレザーマスクを被った男が佇んでいた。

トウガはその人物たちに見覚えがあった。いや、ありすぎた。二十層で彼らと遭遇して以来、今も尚、多くのプレイヤー達に恐怖を植え付けている最悪のレッドギルド。

 

「ラフィン・コフィン・・・!」

 

「久しいな。お前は、確か・・・トウガ、だったな」

 

二人いる男の内、かつて二十層でトウガと戦った赤い眼の仮面を被った男、ラフコフの幹部《赤眼のザザ》がトウガに向けて口を開いた。

トウガは《麻痺》で動けない体を動かそうとしながら、今までの状況を踏まえて推理した彼らの作戦を口にした。

 

「攻撃してないのに突然暴れ出したモンスターの群れ、こちらをおびき寄せるための囮。そして、釣った相手を落とし穴で落として、その先で待ち伏せ・・・全部お前たちの作戦通りってことか・・・?」

 

「その通り。お前は、俺たちの罠に、まんまと引っかかって、こんな無様を、晒す羽目に、なった」

 

ザザの言葉に、トウガは己の迂闊さを悔いた。

確かに、あの時は油断していたかもしれない。だが、それは言い訳にはならなかった。様子がおかしいと警戒して尚、迂闊に追いかけてしまった自分が悪いのだから。

 

「さて、お前には、二十層で斬られた、借りがある。俺の手で、直接殺してやりたい、ところだが・・・折角、仕掛けた罠を、全て使わないのは、勿体無い」

 

ザザがそう言った途端、ガタッと何らかの仕掛けが起動したような音が部屋に響いた。

 

「この迷宮区には、ゴーレムの研究を、してる施設が、存在していた。だが、研究は、失敗に終わり、ゴーレムは、そのまま放置された。そして、この部屋こそが、今もゴーレムが眠る、研究室だ」

 

そして、説明を終えた瞬間、部屋に明かりがついた。同時に部屋の隅に多数の水槽らしきものが立ち並んでいて、その中にはゴーレムが眠る様に佇んでいた。

そのゴーレムの目が一切に光り出した瞬間、部屋の水槽は次々と割れていき、中からゴーレムが次々と現れた。

現れたゴーレムの数は全部で20くらいおり、あっという間に二人を囲んだ。

 

「精々もがけ。イッツ・ショー・タイム」

 

そう言い残して、ザザは部屋から出ていき、他のラフコフの面々も後に続いて部屋から出た。

トウガはすぐにでも追いたかったが、動けない体に加えて、周りを囲む大量のゴーレム。絶体絶命としか言いようのない状況に、トウガは顔を顰める。

すると、カズヤが剣と盾を構えながら、トウガの前に立った。

 

「こいつらは俺が相手する。その間にお前はこのクソったれな状況を打開するための方法を考えてくれ」

 

「!? 無茶だ!これだけのゴーレムをお前一人で相手するなんて!」

 

「うるせぇ!無茶でも何でも、ここでやらなきゃ男が廃るだろ!」

 

制止しようとするトウガの言葉を遮ると、カズヤは一回深呼吸をして、全身に力を入れながら叫んだ。

 

「来やがれ石ころ共!カズヤ様の一世一代の大見せ場だぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

あらん限りの咆哮を上げながら、カズヤはゴーレムの群れへ突撃した。

ゴーレムの拳を盾で防ぎつつ、もう片方の手に持っている剣を振るって、二体のゴーレムをなぎ倒す。

当然、ゴーレム達はその隙を逃さず、数の差でカズヤを追い込んでいく。

 

「うぅ!」

 

何度か攻撃を防いでいたカズヤだったが、遂に体勢が崩されて、カズヤはゴーレムの拳を受ける。

それを筆頭に、カズヤはゴーレム達から体のあちこちに攻撃を受けてしまい、HPゲージが徐々に減っていく。

 

「ぐっ・・・負けるかよ!」

 

それでも、カズヤは諦めずに戦い続けた。自分の後ろにいる親友を守るために、ただひたすらに剣を振るい、盾で防いでいた。

しかし、ゴーレムの数が残り僅かとなったその時だった。

 

「!? ヤベッ!」

 

倒れているトウガの後ろから三体のゴーレムが迫っているのが見えた。

カズヤはすぐさま目の前にいるゴーレムを倒し、トウガの方へ走ろうとしたが、この距離では盾で防ぐには間に合わない。

 

「ウォォォォォォ!!」

 

故にカズヤは盾を捨てて、そのまま全力疾走でトウガの後ろに立つと、トウガに向けて振り下ろそうとしてたゴーレムの拳を正面から受けた。

 

「カズヤ!」

 

明らかに大ダメージであろう攻撃を食らい、背中から倒れそうになるカズヤを見て、トウガが声を上げる。

 

「甞めんじゃ、ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

しかし、カズヤは足を踏ん張りながら、気合と根性で体勢を整えると、剣を持つ手に力を込め、ソードスキルで一気に三体のゴーレムを蹴散らし、ポリゴンに変えた。

それを最後に、部屋にいたゴーレムは全て倒しきり、これで終わりだと思ったカズヤは、「ハァ、ハァ」と息を整えながら、トウガの方に顔を向ける。

既に麻痺は切れており、心配そうな表情でこちらを見上げるトウガに、カズヤは笑顔で応えた。

 

「へへっ、見たかよトウガ。俺の大活躍をよ」

 

「あぁ・・・大した奴だよ。お前は・・・」

 

笑みを浮かべながらこちらに手を差し伸べてきたカズヤに安堵しながらも、トウガは次の行動について考える。

ひとまずカズヤのHPを回復して、ソウゴ達と合流しよう。そして、早めに迷宮区を出よう。あまり長居すると、いつラフコフが襲ってくるか分からない。

そんなことを考えながら、体を起き上がらせて、カズヤから差し出された手を握ろうとし・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グサッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・え?」

 

トウガは何が起きたのか分からないって顔をしながら、カズヤを貫いている(・・・・・・・・)エストックを見つめた。

トウガの目の前には、目を見開いたまま自身の体を貫いているエストックを見つめるカズヤ。そして、そんなカズヤの後ろにザザが口元を歪ませていた。

ザザがカズヤの腹に刺さっているエストックを引き抜くと、カズヤは全身の力が抜けたかのように膝から崩れ落ち、そのまま正面にいるトウガの方へ前のめりになって倒れた。

トウガは前のめりに倒れたカズヤを抱きとめたが、未だ何が起きたのか分からず啞然としている。

そんなトウガに向けて、カズヤはゆっくりと口を開いた。

 

「トウ、ガ――っ!」

 

今にも消えそうな声で何かを伝えた瞬間、僅かに残っていたカズヤのHPがゼロになり、カズヤの体は徐々に青白い光を放ち、そして・・・

 

パリンッ!

 

ガラスが割れるような音と共に、カズヤはポリゴン状に四散した。

 

「カ、ズヤ?」

 

先程までふてぶてしく笑っていた親友が突如消え、トウガは思考を停止させてしまう。

 

「次は、お前だ」

 

そんなトウガに、無情にもザザはエストックをトウガに向けて、カズヤ同様彼の体に貫こうとする。

 

「ウォォォォォォ!!」

 

その時、叫び声と共にソウゴが迫り、ザザに斬りかかった。

ザザは咄嗟に横に跳んで刀を躱す。ソウゴは追撃することなく、トウガを庇う形で彼の前に立った。

しかし、その表情はとても険しく、何処か悔しさが混じっていた。

 

「チキショー・・・!すまねぇトウガ。後数秒早く見つけていればカズヤは・・・!」

 

「何言っているんだソウゴ?カズヤは・・・」

 

険しい顔で謝るソウゴだが、トウガは未だに現実を受け入れることができていない。

そこに遅れて来た・・・カズヤが死んだことを知らないコノハとレイスがやって来る。

 

「良かった!二人共、ここにいたんだね!」

 

「道が複雑だったから、遅くなっちゃったっす・・・あれ?トウガさんとソウゴさん。様子が・・・変っすよ?」

 

「ど、どうしたの二人共?そんな怖い顔をして・・・?そ、そうだ!カズヤは!?カズヤはどこに――」

 

「死んだぞ。お前たちが来る、ほんの、少し前にな」

 

困惑する二人に向けて、ザザが先程起きた事実を告げる。

初めは男の言っている事が理解できなかった二人だったが、時間が経つと徐々にその意味を理解し始め、二人は目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。

 

「そ、そんな!」

 

「噓だ!」

 

「噓ではない。お前たちの仲間は、たった今、死んだ。俺の手に、よってな」

 

「テメェ・・・!」

 

悲痛な顔をする二人を尻目に、あたかも当然のように話すザザをソウゴが鬼のような表情で睨む。

 

「フフフ・・・フハハハハハ!!!」

 

その時、呆然としていたトウガが突如狂ったように高笑いし、周りの視線が一斉に彼の方に向く。

 

「そうか・・・カズヤは死んだんだな。俺のせいで・・・」

 

「違う。お前は何も悪くない」

 

「いや、俺が悪い。俺が軽率な行動をしなければ、こんなことにはならなかった。だから・・・」

 

次の瞬間、トウガは立ち上がり、短剣を構えると、ザザに向かって叫んだ。

 

「お前をぶっ殺して、あの世のカズヤに詫び入れさせてやるよ!!」

 

激昂したトウガの瞳には、目の前にいる男を殺すという強い殺意が込められていた。

それを感じ取ったソウゴは、トウガを止めようとするが、それよりも先にトウガが動く。

一瞬にしてザザとの距離を詰め、短剣を下から上に振り上げようとした瞬間、ザザのエストックが素早く動き、トウガの腹を貫こうとしたが、トウガはその攻撃を体を捻ることで躱し、反撃でソードスキルを放つ。

しかし、ザザはそのソードスキルを後ろに跳んで躱すと、一旦距離を取り、楽しそうに笑いながら口を開く。

 

「いい殺気だ。さっきまで、死んでいた目に、凄まじい殺意が、込められている。だが、目的は、既に達した。これ以上、お前の相手を、する気はない」

 

そう言うと、ザザはトウガから視線を外して、別の方向へ走り出した。

ザザが走った先には、隠し口のような場所があった。一度退いた後、ザザはここから入って、カズヤを狙ったのだろう。

 

「逃げんじゃねぇぇぇ!!」

 

トウガは叫びながらザザを追いかけようとした。

しかし、ガタッと先程と同様何らかの仕掛けが作動したような音が部屋に響き、当時に、中から数体程のトリケラトプスが出てきた。

トリケラトプスは部屋に出てくるや否や、トウガに向かって突進してきた。

 

「邪魔だ!!」

 

トウガが向かってくるトリケラトプスを次々と薙ぎ払いながら先に進む。

しかし、ザザが通った隠し口の入口は、壁が下から上に上がることで徐々に閉まっていき、閉まりゆく入口の隙間から顔を覗かせたザザは、トウガに向かって微笑んだ。

 

「中々面白い、ショー、だった。また、会おう」

 

そう言い残した直後、入口は完全に閉じ、ザザの姿は見えなくなった。

それでも尚、トウガは壁の向こうにいるザザを殺そうと壁に向かって短剣を振る。

 

「クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!」

 

何度も何度も怒り任せに短剣を振り続けるトウガだが、自身の行く手を阻む壁は壊れる気配すら見せない。

やがて、手を止めたトウガは顔を上に向かせながらあらん限りの大声で叫んだ。

 

「チキショォォォォォォ!!!」

 

幼い頃から一緒にいた親友が死んだ悲しみ、親友を守れなかったことの悔しさ、親友を殺した者への怒り、その発端を作ってしまった自分自身への後悔、それらの感情が全て込まれた少年の悲痛な叫びが、部屋中に響き渡るのであった。




今回は特に解説するような事はありません。代わりに、映画ゆるキャン△の感想を3文にまとめました。


(SAO関係ないけど)映画ゆるキャン△を見た感想
・大人になっても皆変わらないなぁ
・しまりんの「考えとく」はいいよの略
・あおいちゃんのクラスの生徒になりたかった・・・


一体いつからオリキャラが一人も死なないと錯覚していた? by藍染惣右介 
ちなみに、作者のブリーチの知識は黒崎一護(←主人公)、朽木ルキア(←ヒロイン・・・なの?)、死神代行(←主人公の職業?)、藍染惣右介(←経緯は分からないけど裏切った人)だけです。にわかにすらなれない知識レベル乙。
そして、次回は原作で言うラフコフ討伐戦です。トウガは勿論、他のオリキャラ達にも注目です。


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ep.43 ラフィン・コフィン討伐戦前会議

前回の投稿で低評価(星3)を付けられてしまった・・・普段は気にしないけど、いざ付けられると、やはりくるものがあります・・・
さて、気を取り直して、今回の話はラフコフ討伐前の会議です。


「ラフィン・コフィン」通称ラフコフ。

そのギルドは、2024年の元日に結成を宣言し、それ以来多くのプレイヤーを恐怖に陥れた最悪の殺人ギルドである。

彼らの主な目的は、SAOを攻略することではない。SAOの攻略を邪魔することであり、そのためなら、人の命を奪うことすらも平気で行う。

彼らがまだギルドとして活動してない頃は、攻略組を中心に狙っていき、最悪の事態こそは避けられたが、彼らの毒牙に掛かって散った者は少なくない。

そして、日が経つに連れて、勢力はどんどん拡大していき、攻略組だけでなく、中層や下層にいる者達までも狙われるようになった。

アインクラッド全体に広がっていく悪夢に、多くの者達が恐怖するのであった。

だが、その悪夢も終わりが近づこうとしていた。

きっかけは、ある一人のプレイヤーがラフコフのアジトを情報屋に密告したことだ。

それを聞いた情報屋は、同じ情報屋の仲間たちを集めながら、そのプレイヤーが密告した場所について念入りに調べ、ついに、ラフコフのアジトを見つけることができた。

そして、ラフコフ討伐の為の会議が今日、「血盟騎士団」と「聖竜連合」を始めとした攻略組によって開かれようとしていた。

 

 

 

 

とある層にある大きな建物。

その建物の廊下を歩いている二人のプレイヤー、ハルトとコハルは歩きながら会話していた。

 

「聞いたコハル?今回の討伐作戦、攻略組だけでも50人以上は参加するらしいよ」

 

「うん、皆それだけラフコフを危険だと思っている証拠だね」

 

「・・・コハル、もう一度確認するけど、本当に君も参加するの?」

 

「心配しないで。怖くないって言えば噓になるけど、これ以上ラフコフの犯罪で犠牲者が増えるのを見過ごすことなんてできないから」

 

決意を固めながら歩くコハルを見て、ハルトはこれ以上何も言わなかった。

すると、会議室の入口で見覚えのある二人に出くわした。

 

「トウガ、それにソウゴ・・・」

 

「ハルト達か、久しぶりだな・・・」

 

「紅の狼」のリーダーであるトウガとメンバーの一人であるソウゴ。二人にとっては、久しぶりの再会だった。

しかし、久しぶりの再会にも関わらず、四人の表情は優れない。沈黙が続く中、最初に口を開いたのはコハルだった。

 

「ここに来たってことは、お二人も参加を?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「コノハさんとレイス君は?」

 

「・・・二人は優しすぎる。この作戦に参加したら、きっと心が壊れるかもしれない。本当は俺一人で行くつもりだったんだが・・・」

 

「流石にこいつ一人で背負わすわけにはいかねぇだろ。だから、俺も一緒に地獄へ落ちてやるって話だ。まっ、連中が大人しく降伏してくりゃ、それに越したはねぇがな」

 

トウガに続いて口を開くソウゴだが、淡々と喋るその顔の裏に激しい怨恨を感じた。

理由はハルト達も分かっていた。つい先日、「紅の狼」のメンバーであるカズヤが、ラフコフの魔の手にかかり、死亡した。

そして、トウガ達はその敵討ちの為に今回の作戦に参加しようとしていることも。

そんなのは間違っている。そう言いたかったハルトだが、小さい頃から共に過ごしてきた幼馴染を殺されたトウガ達の気持ちを思うと、言いたくても言えなかった。

 

「お前たちの言いたいことは分かる・・・カズヤの事だろ?」

 

「「!?」」

 

二人の顔を見て察したトウガは、真剣な表情で言う。

 

「あいつはちょっとうるさくて、暑苦しいと思ったこともあったが、とても良い奴だった。こんな俺とも、あいつは友達になってくれた」

 

「だったら――」

 

「だが、こうでもしない限り、大切な仲間を殺された俺たちの怒りが収まらないんだ・・・!ラフコフを討つ。この命に変えても・・・!」

 

「悪ぃがもう、理屈だけじゃ俺たちは止まれねぇんだよ。例えカズヤが、それを望んでいなくてもな」

 

そう言い残すと、二人は会議が行われる部屋へと入る。その背中には悲哀と憎悪が漂っていた。

そんな二人に、ハルト達は何て声をかけていいのか分からず、その場で黙り込んでいたが、二人の後に続いて部屋に入った。

二人が部屋に入ると、既に多くのプレイヤーが集まっていた。

「血盟騎士団」と「聖竜連合」の二大ギルドに、「風林火山」などの攻略組に属するギルド。そして、ハルトにコハル、キリトやザントを始めとするソロプレイヤー数人。

部屋に入ってから5分程待っていると、今回の討伐戦のリーダーを務める「聖竜連合」のシュミットが、集まっているプレイヤーの前に出た。

 

「これで全員集まったな・・・よし!改めて、今回のラフィン・コフィン討伐作戦を指揮することになったシュミットだ。よろしく頼む」

 

自己紹介を済ませると、シュミットは今回の討伐作戦について話を進めた。

最初に話題に挙がったのはラフコフのアジトについてだ。これに関しては、事前に情報屋が密告の内容を基に場所を特定しており、中層にある洞窟ダンジョンの奥地、そこの安全地帯を拠点にしている。

次にラフコフの中で特に注意すべき四人の人物について紹介された。

ラフコフのリーダーPoH。ヒースクリフと同じくらいの高いカリスマの持ち主で、その持ち前のカリスマ性を活かして、多くのプレイヤーを犯罪の道に引き込んだ。その上、戦闘の実力もトッププレイヤークラスで、攻略組でもまともに挑めば命は無いだろう。

最近では、《友切包丁(メイト・チョッパー)》というPKをするほど強化される特性を持つ武器を手に入れ、強さと狂気に磨きが掛かっている。

サブリーダーのハルファス。SAOプレイヤーの中でも数少ない《全属性使い(オールラウンダー)》の一人で、リーダーのPoHに引けを取らない強さを持つ。

何よりも、その容姿は髪と目の色以外がハルトと瓜二つだ。ハルファスの顔写真を見たハルトは、自分の鑑映しのような存在に思わず顔をしかめる。それに気づいたコハルがそっと彼の手を握ると、ハルトはコハルにしか聞こえない声で「ありがとう」と言った。

そして、ラフコフの幹部を務めるザザとジョニー・ブラック。どちらも攻略組に引けを取らない強さを持ち、よく二人で組んで行動している。

ザザの説明がされた瞬間、トウガは殺意の籠った目で不敵に笑うザザの写真を見つめていた。幸い、その目はソウゴ以外のプレイヤーには気づかれなかったが、隣でザザの写真を見つめるトウガの瞳には、カズヤを殺した男に対する殺意がハッキリと感じられた。

四人についての説明を終えた後、最後に今回の討伐戦の作戦内容についてシュミットから説明された。

作戦開始時間になったら、ラフコフのアジトに突入して、彼らに降伏を促す。その後は《回廊結晶》を使って、《黒鉄宮》へ連行するという算段だ。

 

「以上で本作戦の内容についての説明を終えるが・・・これらの説明を聞いて、何か質問のある者は?」

 

説明を終えたはシュミット、最後に質問が無いか辺りを見渡す。

すると、右手を軽く上げたトウガが、シュミットに問いかけた。

 

「奴らに降伏勧告するのは分かった。だが、奴らがそれに応じなかった場合はどうするんだ?」

 

トウガの質問に、場の空気が一気に重くなる。皆、それが何を意味するのか分かっているからだ。

トウガはそんな空気を気にともせずに言葉を続ける。

 

「ラフコフは他のオレンジギルドとは違う。殺人を楽しむレッドプレイヤーの集まりだ。もし、連中が降伏しないで、俺たちに襲い掛かったら、俺たちはどのように対処するんだ?まさか、黙って殺されろとは言わないだろうな?」

 

「・・・無論、その時はこちらも応戦するつもりだ。我々の実力を持って、できる限り奴らの戦意を削ぐつもりだ。それでも奴らが降伏しなかった場合は・・・」

 

その先の言葉をシュミットは言わなかった。不安をかき乱す必要はない。

その後、他に質問する者はいなく、明日のに作戦を開始することになって会議は終了した。

 

 

 

 

会議が終わった後、トウガとソウゴは主街区の宿屋にいた。

部屋の中でトウガは一人、装備やアイテムの確認をしたりと、討伐作戦の準備を黙々と進めていた。

そこに扉がノックされて、「入るぞ?」とソウゴの声が聞こえた。

「いいぞ」と言うと、扉が開かれて、ソウゴが部屋に入る。

すると、トウガはソウゴの背中に背負っている槍の存在に気づき、彼に問う。

 

「ソウゴ、その槍は?」

 

「この間ドロップしたやつだ。刀は全部、リズベット(俺の専属スミス)が作ったモンしかねぇからな。あいつが魂を込めて作ったモンを、あんな薄汚い野郎共の血で汚したくねぇ」

 

「そうか・・・」

 

「「・・・・・・」」

 

二人の間に沈黙が続く。

 

「・・・レイスには悪いことしちまったな」

 

「バレたら、後でみっちり怒られるだろうな・・・」

 

ソウゴの言葉に苦笑しながら、トウガは昨日の出来事を思い返した。

 

 

 

 

「なんでなんすか!」

 

二十層にある「紅の狼」のギルドホームの一室で怒声が響いた。

声の主はレイス。その正面には、真剣な表情で彼を見下ろすトウガがいて、そんな二人をソウゴとコノハが部屋の隅で見守っていた。

レイスは普段なら絶対に見せないであろう怒りに満ちた顔でトウガに詰め寄る。

 

「なんで、ラフコフの討伐に俺たちは参加しないんすか!?」

 

数日前、攻略組がラフコフ討伐の為の人員を集めている報せは、最前線で活躍している「紅の狼」にも届いていた。それを見たレイスは、我先にと参加を表明した。

しかし、それに待ったをかけたのは、ギルドリーダーであるトウガだった。

トウガは仲間たちに、討伐作戦には参加しないと伝えた。それに対して、レイスは異議を唱えていた。

こちらを睨みつけるレイスに対して、トウガは冷静に彼を諭す。

 

「今回の討伐戦は今までと違う。相手はモンスターじゃなくて、同じ人間だ。下手すれば、俺たちは人を殺すことになるかもしれない」

 

「だったら尚更行くべきじゃないっすか!あいつらはカズヤさんを殺した!その仇を討たないと――」

 

「レイス!」

 

トウガの大声で、ビクッと体を震わせるレイス。

 

「仇を討つ。そう言えば聞こえはいいかもしれない。だが、それを理由にあいつらの命を奪えば、俺たちはあいつらと同じ人殺しだ」

 

「でも!カズヤさんは、あいつらに・・・!」

 

「分かってくれレイス。カズヤだって、自分の仇討ちの為に、俺たちが人殺しになることを望んでないんだ」

 

「うぅ・・・うわぁーーー!」

 

悲痛な顔で説得するトウガの言葉を受けて、レイスは大声で泣き叫んだ。

その後、レイスは心を落ち着かせる為に、明日はコノハと一緒にサーシャの所へ遊びに行くことになり、その間、トウガとソウゴは数日間上の層でレベリングすることになった。表向きは・・・

 

「コノハ、後は頼む」

 

レイスと別れた後、トウガは後ろにいるコノハに言った。

トウガは行くつもりなのだ。例え、この手を汚すことになっても、小さい頃から過ごしてきた幼馴染の仇を討ちに。

だけど、その復讐に幼いレイスを巻き込むつもりはなかった。これは自分が背負うべき'業'なのだから。

そのことはコノハにも分かっていた。

 

「分かってる。僕もなるべく勘付かれないよう気をつけるから」

 

「・・・すまない」

 

申し訳なさそうに謝ったトウガは、そのまま歩みを進めたその時、後ろからコノハに肩を掴まれた。

肩を掴む力が強くなっているのを感じ、気になったトウガは彼の方を見る。

 

「コノハ・・・?」

 

「・・・死んだら、許さないから・・・!」

 

顔は俯いて見えなかったが、その声は震えていて、自分たちを置いて仇討ちに向かう事への怒りと無事に帰って来て欲しいというコノハの想いを感じた。

トウガは一瞬驚いたが、困ったように微笑みながら返した。

 

「コノハ・・・お前、怒らすと怖いな・・・」

 

 

 

 

「意外だったよ。普段は内気であまり喋らないコノハに、あんな一面があったなんて」

 

「あいつ、たまに思い切ったことをしやがるからな。なんだかんだ言って、あいつも肝っ玉が据わってるぜ」

 

ギルドホームでの出来事を思い出しながら、お互い笑みを浮かべ合う。こんな風に軽口を言い合う事で、少しだけ気持ちが楽になった。

少しだけ会話したら、ソウゴは表情を引き締めて部屋を出た。トウガもまた、部屋を出ようとしたが、ふと手に持った《蒼天刃(そうてんじん)》を見た。

この間のクエストの報酬で手に入れた短剣。そう、カズヤが死んだ次の日に手に入れたその短剣は、ある意味カズヤの形見とも言える物だった。

 

「(行ってくる、カズヤ・・・)」

 

改めて決意を固めたトウガは、集合場所へ向かうべく部屋の扉を開けた。




・コハル、原作ルート初登場
仮にもこの作品のヒロインなのに、原作ルートがあまりにも原作通りに進むせいで再登場に時間が掛かってしまった・・・

・シュミット
元「黄金林檎」のメンバーで、ギルド解散後は「聖竜連合」に入って、ディフェンダー隊のリーダーを務めた。マイナーなキャラだが、圏内事件、ラフコフ討伐戦、更にスカルリーパー戦にも参戦と出番が多い分、他のマイナーキャラよりかは知名度はあるかも?

・《蒼天刃(そうてんじん)
イメージは、「グランブルーファンタジー」に登場する短剣《四天刃・蒼天》


原作キャラを初め、主人公にSAOIFヒロイン、オリキャラ達をも巻き込んだラフコフ討伐戦、果たしてどうなる!?


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ep.44 ラフィン・コフィン討伐戦

ピクルーでザントのイメージ画像作ってるけど、中々上手くいかない。丁度いい不死川ヘアーが無いんじゃよ・・・


「ラフィン・コフィン」討伐作戦が始まろうとしていた同時刻。

第一層《はじまりの街》にある教会で、子供たちの元気な声が聞こえていた。

 

「わーい!」

 

「レイスお兄ちゃん!こっちだよ!」

 

「待てー!」

 

今朝方、コノハと共にサーシャが経営する教会へやって来たレイスは、子供たちと一緒に楽しく遊んでいた。

その様子を眺めながら、コノハはテーブルが置かれた椅子に座り、サーシャとサチの三人で会話していた。

 

「それじゃあ、トウガ君たちは、レイス君には内緒で、その犯罪ギルドの討伐に行ったのね」

 

「はい、カズヤ君の敵討ちにレイスを巻き込みたくない。トウガ君はそう言ってました」

 

コノハから事情を聞いたサーシャは暗い顔で、向こうで子供たちと楽しく遊んでいるレイスを見る。

コノハとレイスがここへ訪れた時、コノハから話があると言われたサーシャとサチは、子供たちの遊び相手をレイスに任せると、少し離れた場所へ移動し、彼から事情を聞かされた。

数日前、ギルドメンバーがとある犯罪ギルドに殺されたこと。その犯罪ギルドの討伐作戦にトウガとソウゴが参加すること。そして、そのことをレイスには内緒にしていること。

サーシャは複雑な気持ちで子供たちと遊ぶレイスを見守ってた。SAOに来る前から友達だった仲間を失って辛いだろうに、その気持ちを押し殺して子供たちと無邪気に遊ぶレイスを見て、胸が痛んだ。

その横でサチがコノハに問う。

 

「レイス君には内緒にしたいってことは分かったけど・・・コノハは本当にそれでいいの?」

 

「・・・うん。きっと、これが一番いいと思う。レイスには誰も傷つけることなく、真っ直ぐに生きて欲しいから」

 

そう言いながら、コノハは窓の外を見る。

外は雲一つない青空が広がっている。しかし、そんな青空ですら、コノハにとっては不安を煽る曇り空のように感じた。

変わらない青空を見つめながらコノハは願う。どうか、二人が無事に帰って来ますようにと。

 

 

 

 

コノハ達が一層で過ごしている一方、攻略組は緊迫した様子で中層にあるダンジョンを進んでいた。

ダンジョンに入ってから、かれこれ30分以上は進み続けており、ラフコフのアジトがあると思われる場所までやって来たところで、討伐隊のリーダーであるシュミットは振り向いて討伐隊に語る。

 

「もうじき、報告のあったラフィン・コフィンのアジトだが、突入の前にもう一度確認しておく。奴らはレッドプレイヤーだ。戦闘になったら俺たちの命を奪うことに何の躊躇もないだろう。だから、こっちも躊躇うな!迷ったらこっちが殺られるぞ」

 

シュミットの言葉に討伐隊は一気に緊張感に包まれる。相手がもし攻撃してきたら、こっちも応戦しなければならない。でなければ、自分たちが死ぬ。

しかし、気持ちで分かっていても、実際にそれを実行できる者がいるとしたら、それは数少ないだろう。

 

「だがまぁ、人数もレベルも俺たち攻略組の方が上だ。案外、戦闘にならないで降伏だけで終わることもあり得るかもな」

 

現に、シュミットがこの作戦の理想的な結末を語ると、討伐隊の大半が緩んだ空気となった。

その時、一部のプレイヤーの<索敵>スキルが反応し、その者たちは一斉に<索敵>スキルが反応した方へ振り向く。

 

「上だ!」

 

その内の一人であるキリトが声を上げながら背中の剣を抜くと同時に、上から降って来たラフコフのプレイヤー達が一斉に襲い掛かってきた。

その数は30を超え、少なくも見張りの人数では無かった。

 

「馬鹿な!作戦の情報が漏れていたというのか!?」

 

作戦が漏れて、待ち伏せされていた事に動揺するシュミットだが、すぐさま周りに戦闘開始の指示を出した。

 

「戦闘開始!こちらの戦略を持って、ラフコフを無力化する!」

 

シュミットの指示に、討伐隊は武器を手にして戦闘を開始した。

 

「行くよ、コハル!」

 

「任せて!」

 

無論、ハルトとコハルもいつも通り二人で連携しながら、ラフコフのプレイヤーを迎え撃つ。

こちらに襲い掛かってきたラフコフのプレイヤーの剣を自分の剣で防いだハルトは、手に力を込めて押し返すと、相手の体勢が崩れた隙を付いて、相手の持っている剣を弾き飛ばした。

持っている武器を失い、動揺するラフコフのプレイヤー。その隙を付いて、コハルが《麻痺》を付与させることができるソードスキルで、あまりダメージが入らない程度に軽く斬る。

斬られたラフコフのプレイヤーは状態異常に《麻痺》が付与され、そのまま地面に倒れて動けなくなった。

 

「よし!まずは一人!」

 

無力化に成功したハルトは周りを確認する。

最初こそ不意を突かれた討伐隊だが、そこから持ち直して、次々とラフコフのプレイヤー達を無力化している様子が見える。

この調子なら死者を出すことなくいける。そう思った次の瞬間だった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

一人のプレイヤーの悲鳴が響き渡り、悲鳴をした方に振り向くと討伐隊のプレイヤー3人が倒れており、彼らはポリゴン状に四散した。そして、彼らが倒れていた場所には、HPが既にレッドに達しているラフコフのプレイヤーが立っていた。

 

「まさか!?」

 

「くっ!恐れていたことが・・・!」

 

この討伐戦で一番恐れていたこと。死者が出てしまったことに、二人は顔を顰める。

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

更に別の場所では、討伐隊のプレイヤーがラフコフのプレイヤーに殺された。

これにより、討伐隊のほとんどが恐怖心に吞まれてしまい、まともに動けずにいた。

そんな中、討伐隊の一人が恐怖で動けない所をラフコフのプレイヤーが斬りかかった。

 

キンッ!

 

しかし、剣が振り下ろされる瞬間に、トウガが前に出て、《蒼天刃》で防いだ。

トウガはそのまま蹴りを入れて、ラフコフのプレイヤーを吹き飛ばすと、視線を恐怖で動けない討伐隊のプレイヤーに向けた。

 

「早く立て直せ。相手は待ってくれないぞ」

 

「ひ、ヒイイイイイ!!」

 

そう言われた討伐隊のプレイヤーは、一目散に二人から離れた。

それを確認したトウガは、再び視線をラフコフのプレイヤーの方に戻すと、彼はゆっくり立ち上がりながら不敵な笑みを浮かべていた。

 

「お前のHPはもう僅かだ。大人しく降伏しろ」

 

「へへっ、お前、あの時ザザさんが仕掛けたトラップに引っかかったマヌケなリーダーだな?」

 

「!?」

 

こちらを見つめるラフコフのプレイヤーに降伏を呼び掛けたトウガだったが、直後の彼の発言によって、表情が一気に険しくなった。

無理もないだろう。あの時、自分は迂闊にもラフコフの罠に引っかかってしまい、そのせいで大切な仲間を失ってしまったのだから。

あの時の後悔、怒り、そして憎悪。それらの感情が一気に蘇り、心の奥底に収めたはずの殺意が再びトウガの体中から湧き上がっていた。

そんなトウガの感情に気づかぬまま、ラフコフのプレイヤーは狂った笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「所詮はガキが作ったギルド。リーダーもそうだが、仲間も相当な馬鹿だったな。マヌケなリーダーなんて見捨てて、自分だけ逃げてりゃ、命を落とさずに済んだのによぉ」

 

「黙れ・・・」

 

「他の仲間もそうだ。必死こいて探したのに、結局間に合わなくて、仲間を死なせちまうんだ・・・いや、マヌケなリーダーが作ったギルドだ。そもそも本気で探してたのかすら怪しいな」

 

「黙れ・・・!」

 

「こんなマヌケなガキ共しかいないギルドの連中。俺でも簡単に殺せそうだぜ。お前をぶっ殺した後は、残ったお前の仲間たちもまとめて――」

 

ズバッ!

 

笑っていたラフコフのプレイヤーだったが、突如目の前にいたトウガが消えた事と、何かを斬った音が耳に入り、思わず目を丸くした。同時に、自分の右手首が宙を舞っているのが目に映った。

彼はすぐさま自分の右手首が無くなっている事に気づき、悲鳴を上げた。

 

「あぁーーー!!お、俺の手がぁ!」

 

顔を青ざめながら、ラフコフのプレイヤーはいつの間にか自分の後ろに移動しているトウガの方を見ると、彼の右手には普段彼が使用する《蒼天刃》が握られ、左手には水色の短剣《マグナ・フリューゲル》が握られていた。

トウガのユニークスキル<双剣>。短剣の熟練度を極限にまで高め、一度の連撃の速さが最も素早い者に与えられるスキル。同じようなスキルである<二刀流>とは違い、一撃の強さは<二刀流>の方が上だが、スキルを繰り出すスピードと最大で連撃できる回数はSAO一と言われている。

本来なら、このユニークスキルはここぞという時に使用しようとトウガはそう決めていた。しかし、このタイミングでそれを出したということは、先の発言がそれほど彼の逆鱗に触れたという証拠であった。

無論、そんな事情は知りもしないラフコフのプレイヤーは、次々と目に映る信じられない光景に困惑するばかり。

だけど、これだけは分かった。目の前にいる少年は確実に自分を殺そうとしている。

 

「ま、待てよ!あんたの仲間を殺すって言ったの。あれは言葉の綾ってやつだ!つい調子に乗って、別に本心で言った訳じゃないんだ!だから――」

 

本能的に命の危機を感じたラフコフのプレイヤーは、必死な表情で命乞いする。

そんな男の命乞いを耳ともせず、トウガはゆっくりと男に向かって歩みを進めた次の瞬間

 

「ウォォォォォォォォォ!!!」

 

激しい咆哮と共に、トウガは縦横無尽に動き回って、ラフコフのプレイヤーの体を滅多斬りにしていく。

男の悲鳴が響き渡るが、トウガはそんなものを気にともせず、男の体を斬り刻んでいく。

全身に加えて腕や足、耳、鼻、目・・・様々な箇所を斬り落としながらトウガは思う。

こんな人の命を何とも思わないゴミ虫共に大勢の人間の命が奪われた。こんな奴らにカズヤは、俺の親友は殺された。

抑えきれない感情を剝き出しながら、トウガはひたすらに斬り刻む。

気づいたら、ラフコフのプレイヤーは頭が胴体から離れ、その頭もバラバラに刻まれて、ポリゴンと化した。

 

「・・・・・・」

 

殺しを終えたトウガは、無言で佇んでいたが、その瞳に、こちらを見ながら震え上がっている他のラフコフのプレイヤーの姿が映った瞬間、トウガは次の獲物に向かって猛スピードで接近し、再び殺しを開始する。

いくつもの悲鳴が響き渡るが、トウガは無我夢中でラフコフのプレイヤーを次々と斬り刻んでいく。その殺戮が終わるのは、トウガ自身も分からなかった。

 

 

 

 

「オラ!」

 

「クソっ!すばしっこい奴だ!」

 

「さっさと死にやがれ!狼野郎!」

 

「・・・・・・」

 

次々と迫るラフコフのプレイヤー達の猛攻を無言で受け流しながら、ザントは戦況を確認する。

想定外の奇襲を受けた討伐隊だったが、戦況を立て直すまでにはそんなに時間はかからなかった。

討伐隊は実質、最前線で活躍する攻略組で構成された部隊だ。戦闘技術だけでなく、想定外の状況に対して、冷静に対応できる力を兼ね備えている。

だが、優勢であるかと言ったら、そうではなかった。

理由はただ一つ。攻略組には殺人をしたことがある者はいない。ましてや、オレンジにすらなった者も数少ない。

対して、ラフコフはメンバー全員が人の命を平気で奪う殺人者だ。そこに大きな意識の違いが生まれていた。

戦闘が始まる前に躊躇うなとは言われていた。しかし、それを実行に移せると言ったら容易ではない。ましてや、攻略組は日頃からモンスターやボスを相手しており、対人戦闘の経験がある者が少ない。だからこそ、誰もが人間相手に武器を振るうことを躊躇う。

 

「うわぁーーーーーー!!」

 

「や、やめてくれ!」

 

「た、助け――!がはぁ!」

 

自身が戦う横で、次々と討伐隊の悲鳴が聞こえてくる。

彼らもまた、人に武器を振るうことを躊躇してしまい、その隙を付かれて、殺されてしまった者達なのだろう。

ひたすら防御に専念していたザントだったが、五人目辺りの悲鳴が聞こえた瞬間、彼は動かしていた腕を下に降ろすと、何処か諦めた様子で口を開いた。

 

「はぁ~・・・心の奥底でほんの一ミリだけ期待はしてたが・・・やっぱ無理だな」

 

「何わけ分かんねぇこと言ってんだ!死にやがれ!」

 

一人のラフコフのプレイヤーがザントに向けて剣を振り下ろそうとした瞬間だった。ザントは自身の愛刀である巨大な黒刀《夜月(よなつき)》を神速の速さで振るい、まるで慣れているかのように男の首を鮮やかに斬った。

首を斬られた男は、何が起きたのか分からないって顔をしながら、胴体と共にポリゴンとなった。

ザントは顔を男がいた場所に向けながら口を開く。

 

「何が無理かって?決まってんだろ。人間が'ゴミ'と分かり合えることだよ」

 

そう言いながら、ザントは自身を見て震えている他のラフコフのプレイヤーに顔を向けた。

その瞳には、怒りや罪悪感、憎しみなどの負の感情は一切無かった。あるのはただ一つ。目の前にいる'ゴミ'を掃除するという意志だけだ。

 

「そんじゃ、久しぶりにするか。ゴミ掃除をな・・・!」

 

人がゴミと分かり合えることは不可能。

故にザントは感情を捨てた。嘗て社会のゴミを掃除してた(・・・・・・・・・・・・・)時と同じような目になりながら、自分に襲い掛かるゴミを掃除するために・・・

 

 

 

 

場は既に地獄と化していた。

あちこちでプレイヤーの悲鳴とポリゴンが砕ける音が響いている。それはラフコフの物なのか討伐隊の物なのか。それを判断できるプレイヤーは一人もいなかった。

そんな状況の中、ハルトはひたすらに剣を振り続けていた。

 

「ハァ、ハァ、(いつまで続くんだ?この戦いは・・・)」

 

息を切らしながらも、ハルトは攻撃の手を止めない。

止めれば一瞬にして殺される。それだけは嫌という程分かっていた。何より・・・

 

「あぁ・・・!あぁ・・・!!」

 

ハルトの後ろには、恐怖のあまり動けなくなったコハルがいた。

現在、討伐隊は二つの状態に分かれていた。何とか己の心を奮い立たせて、懸命に戦う者と恐怖に吞まれて動けない者。コハルは後者に該当する。

そのため、次々と襲い掛かってくるラフコフのプレイヤー相手に、ハルトは自分に襲い掛かる分の他に、恐怖で動けない彼女に襲い掛かる分も戦わないといけなかった。

別に、彼女や他の動けないプレイヤー達を責めるつもりはない。というか、できるはずがない。

同じ人間同士で殺し合い、敵味方関係なく次々と人が死んでいく。こんな光景を目にしたら、本来なら恐怖で動けないのが当たり前で、今も尚こうして戦っている自分が異常なのだから。

 

「死ねぇーーーーーー!!」

 

そんな中、一人のラフコフのプレイヤーがハルトに襲い掛かってきた。

ハルトは片手直剣で相手の剣を受け止めると、そのまま鍔迫り合いの状態になる。

 

「もう止すんだ!これ以上戦って、何の意味があるんだ!?」

 

ハルトは必死な様子で叫び、相手を説得しようとする。

しかし、相手は聞く耳を持たず、狂気に満ちた笑みを浮かべながら口を開く。

 

「意味なんてねぇよ!ただ楽しいからやってんだよ!」

 

「何を馬鹿な事を!この世界で死んだ人は現実でも死ぬんだぞ!」

 

「それがどうした!俺たちは殺人鬼だぜ?そんな綺麗事で止まるとでも思ってんじゃねよ!」

 

ラフコフのプレイヤーはハルトの言葉が気に食わなかったのか、怒声を上げると同時に、更に力を込めてきた。

ハルトは歯を食いしばりながらも耐えていたが、徐々に押されていく。

しかし、ラフコフのプレイヤーから放たれた次の一言で、事態が急変した。

 

「そんなに戦うのが嫌なら、俺が殺してやるよ!お前も!お前の後ろで震えている女もな!」

 

「!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、ハルトの中で何かが切れた。

同時に、ハルトの瞳から光が消え、まるで機械のように無表情になる。そして、ハルトは無言のまま剣を握る手に力を込めると、一気に押し返した。

 

「うぉっ!」

 

突然の力の変化に対応できなかったラフコフのプレイヤーは、思わず驚きの声を上げてしまう。

そんな彼に対して、ハルトは静かに口を開く。

 

「彼女を殺す・・・?そっか、それが君たちの'答え'なんだね」

 

そう呟き、殺気の籠った目でラフコフのプレイヤーを見つめる。

 

「ようやく分かったよ。君たちと分かり合えるのは不可能だ。なら、やるべきことはただ一つ」

 

静かに怒りを募らせるハルトを見て、ラフコフのプレイヤーはビクッと凍りついたかのように動けなくなる。

その隙をついて、ハルトはクイックチェンジで武器を片手直剣から斧に切り替えた。

 

バキンッ!!

 

そして、一瞬の速度で相手の懐に入り、斧のソードスキルでラフコフのプレイヤーが持っていた剣を破壊した。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

己の武器を破壊されたことに驚くラフコフのプレイヤー。

その間に、ハルトは武器を斧から片手直剣に戻し、ゆっくりとラフコフのプレイヤーに接近する。

 

「く、来るな!」

 

近づいてくるハルトに怯えたラフコフのプレイヤーは、咄嗟に隠し持っていた短剣でハルトに襲い掛かるが、ハルトは短剣が自身の体に刺さる前に、剣を下から上に振り上げて短剣を弾き飛ばした。

立て続けに武器を失い、混乱するラフコフのプレイヤー。そんな彼に向かって、ハルトは少しずつ近づいていく。

 

「ヒッ!」

 

ハルトから感じた冷たい殺気に、ラフコフのプレイヤーは恐怖に吞まれて、膝から崩れ落ちてしまう。

動こうにも恐怖で動けず、尻餅を付いたままラフコフのプレイヤーは、こちらに近づいてくるハルトに命乞いする。

 

「待ってくれ!俺が悪かった!だから、許してくれ!まだ死にたくない!!」

 

「死にたくない?そうだね。君に殺された人達も、きっとそう思ったはずだね。だから・・・」

 

剣を強く握りしめながら、ハルトは腰が引けて動けないラフコフのプレイヤーにソードスキルの連撃を放った。

HPはどんどん減っていき、強烈なソードスキルを食らったラフコフのプレイヤーは背中から倒れた。

彼のHPは既にレッドまで達しており、後一撃でも食らわせれば死ぬ(HPがゼロになる)といった状態だった。

ハルトは止めの一撃と言わんばかりに、両手で握りしめた剣を振り上げて――

 

「死ね」

 

冷たい目でラフコフのプレイヤーの腹に突き刺そうとしたその時だった。

 

「ダメェーーーーーー!!」

 

突如横からコハルの声が聞こえ、同時にハルトの横からコハルが彼に抱きつくかのようにしがみつき、ハルトがラフコフのプレイヤーを刺そうとするのを制止した。

コハルに抱きつかれた事で我に返ったハルトは、彼女の方に視線を向ける。

 

「大丈夫!私は大丈夫だから、ハルトだけは誰も殺さないで!」

 

声は震えて、目元には涙が溜まっていたが、それでも恐怖を押し殺し、必死になって叫ぶコハル。

 

「あ・・・!」

 

ハルトはそこで、ようやく自分のやろうとした事に気づいた。

先程まで人を殺すという行いを否定していたはずなのに、その自分が彼らと同じようなことをしようとした事実に、ハルトは激しい自己嫌悪に見舞われた。

ハルトは彼の殺気に当てられて気絶しているラフコフのプレイヤーから離れると、しがみついているコハルの肩に手を置いて謝る。

 

「ごめん!僕はもう少しでやっちゃいけない事をするところだった。本当にごめん!」

 

そう言いながら、頭を下げるハルト。

そんな彼に対して、コハルは首を横に振って優しく微笑む。

 

「ううん、いいよ。ハルトだって怖くて仕方がなかったんだよね?」

 

「!?・・・そっか、うん、そうだね。僕は怖かったんだ。目の前で誰かが死ぬことが。そして、それが原因で自分が人殺しになることが・・・ありがとうコハル。僕を助けてくれて」

 

自分が抱いていた恐怖、それに気づかせてくれたパートナーに、ハルトは微笑みながら礼を言った。

 

「お礼を言うのは私の方だよ。ハルトがいなければ、間違いなく殺されていたから。だから、護ってくれてありがとう」

 

ハルトから礼を言われたコハルもまた、嬉しそうに微笑みながら彼に感謝の気持ちを伝えた。

 

「全軍!直ちに戦闘を停止しろ!ラフコフは全員、一人残らず投降した!」

 

丁度その時、シュミットがフィールド全体に広がるような大声で叫び、それを聞いた討伐隊は、ようやくこの悪夢を終わらせることができたのだと安堵した。

ハルトとコハルもホッと安堵すると、戦闘で傷ついたHPを回復しながら辺りを見渡す。

既に他のプレイヤー達は、それぞれ武器を収め、戦いは終わったと安心していた。しかし、一部では何処か表情が暗い者達がいて、中には涙を流している者もいた。

恐らく、彼らは今回の件で仲間を殺された。或いは人を殺してしまった者達だとハルトは推測した。そして、心に傷を負った彼らに掛ける言葉は、今のハルトには無かった。

居たたまれない気持ちから逃げるように視線を変えると、ザザやジョニー・ブラックなどの幹部を含む投降したラフコフのプレイヤー達が次々と《回路結晶》で《黒鉄宮》に連行されていた。

そんな中、連行されるザザの視界に、暗い顔をしているトウガの姿が映った。

ザザはトウガの横を通り過ぎる際に、彼に話しかける。

 

「惜しかったな。もう少しで、俺を、殺せた。殺せなかったのは、お前の、怒りの奥底に、眠っていた、お前自身の、甘さだ」

 

「・・・お前は降伏した。これ以上、お前と戦っても意味がないと判断しただけだ」

 

戦いの際に、自身の目の前で降伏した仇敵に、トウガは極力冷静さを保ちながらそう伝える。

そんなトウガの言葉に対して、ザザは鼻で笑った。

 

「フッ、所詮は、口だけの、偽善者。いや、臆病者と、言うべきか」

 

「!? テメェ!」

 

ザザの言葉に激昂したトウガは、《蒼天刃》と《マグナ・フリューゲル》を腰から引き抜き、ザザへ斬りかかろうとする。

慌ててキリトとクラインがトウガの腕を片方ずつ掴み、彼を制止させる。

 

「止めろトウガ!」

 

「こいつらは降伏したんだ!これ以上、殺すな!」

 

「放せお前ら!クソっ!なんでだ!なんでカズヤは死んで、テメェみたいなゴミクズが生きているんだ!返せよ!カズヤを返せ!殺してやる!お前ら全員、殺してや――っ!?」

 

叫んでいたトウガの腹に突如衝撃が走ったのを感じ、首を少し下げると、自身の腹に腹パンしているソウゴがいた。

 

「もうよせ、トウガ。戦いは終わったんだ。これ以上、業を背負うな。こんなクズ共を何人殺したところで、カズヤはもう戻りはしねぇんだから・・・」

 

苦渋に満ちた顔で喋るソウゴの声が聞こえた直後、トウガは気を失い、気を失ったトウガをソウゴは肩に乗せて担いだ。

そして、そのまま一言も発することなく何処かへ去っていった。

それを見ていた者達は、悲哀に満ちた背中を前に何も言えず、去っていくソウゴ達を見送るのであった。

こうして、ラフコフは事実上壊滅し、SAO史上最悪の戦いは幕を閉じた。

しかし、攻略組がこの戦いで得たものは何一つ存在せず、一生消えることのない'傷跡'だけが刻まれた。




・《マグナ・フリューゲル》
イメージは、「グランブルーファンタジー」に登場する短剣《霧氷剣ぺルソス》

・ユニークスキル<双剣>
トウガのユニークスキル。簡単に言えば、短剣の二刀流。これキリトのユニークスキル<二刀流>と同じじゃね?と思う方もいるかもしれませんが、この作品では<二刀流>は片手直剣のみに使えるという設定となっています。

・怒り狂うトウガ
イメージとして『進撃の巨人 悔いなき選択』で巨人に仲間を殺されて、怒り狂いながら巨人を殺すリヴァイを想像してください。

・《夜月(よなつき)
イメージは、「ワンピース」のミホークが使用する黒刀《夜》。

・嘗て社会のゴミを掃除してたザント
またしても増えてしまったザントの属性。彼はいったいどれだけの秘密があるんでしょうね~?

・ハルト、キレる
普段は温厚な彼でも大切な人を殺すと言われたら、流石にキレました。殺しこそは未遂に終わりましたが、コハルがいなければ、確実に殺していたでしょう。

・トウガVSザザ
描写はしてませんでしたが、ハルトがキレてる裏で、トウガはザザと戦っていました。ザザを殺せなかったのは、シュミットが討伐戦が終わった事を言う直前(この時、既にジョニー・ブラックを含むほとんどのラフコフのプレイヤーが投降し、唯一投降していないのが、トウガと戦っていたザザだけだった)にザザが投降した事と、本文でザザが言ってた通り、怒り狂うトウガの奥底に残っていた'甘さ'があったからです。


ラフィン・コフィン討伐戦終了。作戦は成功したが、誰一人笑顔になれず・・・
次で「紅の狼」関連の話は終わりです。最後までお楽しみください。


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ep.45 断たれぬ絆

ラフィン・コフィン討伐戦から三日後。

アインクラッド第五十層にあるエギルの店の二階の部屋に、複数のプレイヤーが集まっていた。

 

「そっか。やっぱり、トウガはまだ立ち直れてないんだね・・・」

 

ソウゴから一通り説明を聞いたハルトは暗い顔で呟いた。

その隣で、コハルが暗い顔をしながら口を開く。

 

「あの時のトウガさん。とても怖かったよ。まるで人が変わったかのように、あんな方法で大勢の人を殺して・・・普段のトウガさんからはとても考えられません」

 

「あいつは俺の思ってた以上に、憎しみを抱えていた。それをあいつの傍に居ながら気づけなかったとは、我ながら情けねぇぜ」

 

「ソウゴ・・・」

 

悔いてる様子で喋るソウゴを、リズベットが心配そうな顔で見る。

今この部屋にいるのは、トウガとソウゴが去った後の出来事をソウゴに聞きに来たハルトとコハル、二人をここに呼び出したソウゴ。そして、たまたまエギルの店で素材を買いに来てたリズベットの四人だ。

ソウゴの話によると、討伐戦の後、トウガはギルドホームには戻らず、この間から取っていた宿の部屋に何日も閉じこもっている。食事こそは取っているが、その目に覇気は感じられず、何日も部屋の外に出ていないという。

 

「今はそっとするしかねぇだろうな。何せ、トウガにとってカズヤは、俺たちよりも遥かに特別な存在だったからな」

 

「特別な存在ですか?トウガさん、カズヤさんとそんなに仲が良かったんですか?」

 

「紅の狼」は幼馴染五人で結成しているからか、あまり喧嘩したことがなく、チームワークもバッチリ。だからこそ、五人の間にある絆に差は無く、五人平等だと思っていた。

故にトウガとカズヤ、この二人が他の三人よりも深い絆で結ばれていることにコハルは疑問を抱いた。

そんなコハルの疑問に、ソウゴが少し間をおいてから答える。

 

「・・・確かに、俺らはいつも五人一緒だった。だが、俺やコノハとレイスをいつも引っ張ってたのは、トウガかカズヤの二人だった。少なくとも、あの二人の間には、俺ら以上の絆で結ばれていただろうな。だからこそ、カズヤの死はあいつにとってドデケェショックだったと同時に、殺した奴(ザザ)に対しての憎しみはでかかっただろうな。けど、手下は殺せたが、肝心のカズヤを殺した奴を殺せなかった今、あいつは残った怒りや憎しみを何に向ければいいのか、分からなくなってるのかもしれねぇな」

 

そう言って、どこか悲しげに目を伏せるソウゴ。それに対して、ハルト達は何も言えずにいた。

しばらくして、ハルトとコハルは用事があるため、二人に一言言って部屋を出た。

すると、二人が部屋から出たのを見計らって、リズベットがソウゴに問い掛ける。

 

「んで、結局大丈夫なの?」

 

「大丈夫・・・とは言えねぇな。さっきも言ったが、トウガは一向に部屋から出る気はねぇし――」

 

「違うわよ。あたしが言いたいのはあんた自身のことよ」

 

「俺だと?」

 

「そうよ・・・あんた、平気そうにしてるみたいだけど、相当我慢してるじゃない。オレンジプレイヤーを・・・人を殺しちゃった事、結構キテるんでしょ?」

 

「・・・・・・」

 

ソウゴもまた、あの討伐戦でラフコフのプレイヤーを数名殺害していた。

カズヤの敵討ちと言えば聞こえはいいかもしれないが、自分が人を殺したことは紛れもない事実であり、ソウゴ自身にも深い罪悪感を与えているが、ソウゴはそれを一切表に出さず、普段通りに振る舞っていた。

リーダーであるトウガがあんな状態である今、自分までもが折れるわけにはいかなかった。そうしないと、ギルドの仲間や友人たちに要らぬ心配を掛けてしまうから。

故にソウゴは自分の本心を押し殺して、いつも通りの自分を振る舞っていた。

そんなソウゴの強がりを見抜いたリズベットは、真剣な表情でソウゴに問う。

 

「ねぇ、ソウゴ。前にあたしに言ってたわよね?抱えているものは出せる時に出した方がいいって。今がその時なんじゃないの?」

 

「それは・・・」

 

「ソウゴが抱えているもの、あたしが聞いたところで、どうにもならないのは分かってるわ。でも、誤魔化さないでよ。あたしも、ハルト達も、皆ソウゴの味方なんだから。少しくらい誰かに頼ったって、バチは当たらないはずよ」

 

真剣な表情で語るリズベットを見て、ソウゴは観念して自分の本心を話した。

 

「・・・昔、親父が言ってたんだ。料理人とって手は命より重いもんだ。何があっても絶対に汚すなってな。けど、トウガと初めて出会ったあの日に俺はその掟を破っちまった」

 

思い出すはトウガと初めて出会った家庭科の調理実習の時。ソウゴは食べ物を粗末にした者に怒り、その手を血で汚してしまった。

それ以来、ソウゴは自分の手を汚さぬよう、彼なりに努力してきた。特に、トウガや「紅の狼」の仲間たちとの出会いは、今まで孤高に生きてきたソウゴを変える一つのきっかけであったと言えるだろう。

 

「あいつらと出会って、この世界でお前やハルト達と出会って、少しは変わったと思ってたが・・・駄目だな。あの頃から俺は何一つ変わっちゃいなかった。結局俺の手は薄汚れたままだった・・・」

 

自分の両手を見つめて弱々しく呟くソウゴ。

そんなソウゴを見て、リズベットは優しく微笑みながらそっと彼の手を握った。

 

「・・・何すんだよ?」

 

「大丈夫。ソウゴの手はこんなにも温かい。きっと、あんたにだって温かくて優しい心を持ってるわ。だから、ソウゴが気に病む必要なんてないの。それにね――」

 

リズベットは一旦言葉を区切ると、満面の笑みを浮かべながらこう告げた。

 

「もし、自分の手が汚れていると思うなら、これから綺麗にしていけばいいだけじゃない。確かに、あんたは誰かの命を奪った。だったら、その分誰かを幸せにしなさい。そして、いつか現実世界に帰れたら、ソウゴがその手で大勢の人達を救ったことを誇ればいいのよ。それでも、辛くなったら・・・」

 

そう言いながら、リズベットは両手をソウゴの頭に回し、自身の胸に抱き寄せた

 

「あたしがこうしてあげるから。それで少しでも気が楽になるのなら、いくらでも貸してあげるわよ」

 

「!?」

 

突然の抱擁に驚くソウゴ。だが、不思議とその抱擁はとても温かく、心地良いと感じられた。

リズベットの胸から僅かに響く鼓動を感じながら、ソウゴはゆっくりと口を開く。

 

「・・・ハラスメント防止コードで訴えるぞ?」

 

「いや、普通逆でしょ。いいから黙って身を委ねてなさい」

 

「お前って、普段から男に対してこんなことしてんのか?」

 

「なわけないでしょ。今回だけよ。こんなことするのは。あたしの寛大な心に感謝しなさい」

 

優しく微笑むリズベットに、「うっせぇ・・・」と小さな声で呟くソウゴだが、抱擁に関しては抵抗することなく、リズベットが持つ温もりに身を委ね続けた。

涙を見せなかったのは、せめてもの意地だった。

 

 

 

 

「さてと、これからどうしたもんかね」

 

リズベットと別れた後、ソウゴはこれからの方針について色々と考えていた。

今現在、トウガは引きこもっていて、ギルドホームには帰れない状態。こんな状態で攻略に赴くのはまず無理だろう。

更に、数日前にコノハから《はじまりの街》のサーシャの教会にいたレイスがギルドホームに帰りたいと言い出したとメッセージが来た。

しかし、自分たちよりも先にレイスに帰られると、彼に黙ってラフコフ討伐戦に参加しに行った事がバレてしまう恐れがある。

何とかコノハが頑張って、サーシャの教会に滞在する日にちを延ばしているが、そろそろ限界が近づき、明日にはギルドホームに戻ると、つい先ほどコノハから連絡が来た。

トウガもそうだがレイスのことも何とかしないとならない。やるべき事が多い事実に、ソウゴは「はぁ~」とため息を付いた。

 

「よっ、待ってたゾ」

 

すると、歩いていた視線の先に、アルゴが待ち構えていたかのように立っていた。

 

「アルゴじゃねぇか。待ってたって、俺のことか?」

 

「まぁナ。というより、トウガに渡したい物があったんだが、ハル坊たちから事情を聞いたら、とても渡せる様子じゃなさそうだったからナ。お前に渡すことにしたんだヨ」

 

「そうかい。まっ、懸命な判断だな」

 

ソウゴがそう言うと、アルゴはストレージから一枚の手紙を取り出し、ソウゴに渡す。

 

「こいつは・・・手紙か?誰からのだ?」

 

「・・・こいつは、ある男からずっと預かっていたんダ。もし、自分に何かあったら、この手紙をトウガに渡してくれっテ」

 

アルゴの言葉を聞いて、ますます疑問を抱くソウゴだが、手紙を裏返しにした途端、紙に書かれていた人物の名前に目を見開いた。

その手紙は生前に残したカズヤからの手紙だった。

 

 

 

 

「紅の狼」がSAOにダイブする数日前。

 

『俺はさ、統夜。お前がリーダーになるべきだと思うんだ』

 

当時は世界初のフルダイブ型VRMMOの発表に世間は大いに盛り上がっていた。当然、統夜(トウガ)たち五人も、SAOをプレイすることを楽しみにしており、和真(カズヤ)の家でSAOの話題に花を咲かせていた。

そんな中、五人のギルドを作る中で、誰がリーダーになるのか話していたら、不意に和真がそう言ってきた。

何故自分がリーダーなのか理由を問う統夜に、和真はこう答えた。

 

『だってよ、お前って頭良いし、運動もできるだろ。その上、普段からめっちゃ落ち着いてるし、いざ困った時に皆を引っ張ってくれそうな気がしてよ』

 

『それだったら、和真にだって皆を引っ張っていける才能はあると思うぞ。お前のその前向きな性格に、俺たちは何度も救われている。そういう奴こそがリーダーになるべきだ』

 

『いやいや、俺は馬鹿だから、お前らにああだこうだ的確に指示することなんてできねぇよ。それによぉ・・・俺は思うんだ。統夜、お前はいずれSAOでいっちばん強ぇプレイヤーになれる。そうなりゃ、一番のお前が率いる俺たちのギルドはもう向かうところ敵なしってモンよぉ!』

 

『俺がか?流石にそれはないだろう・・・』

 

『いいや、絶対なるね。俺が保証するぜ』

 

そう言って、親指をグッと立てながらサムズアップする和真に、統夜は小さく微笑んだ。

本当は強い弱い関係なく、仮想世界でも五人でいつも通りの日常を過ごせればいいと思っていた統夜だったが、SAOのトップギルドになり、いつもと少し違った日常を五人で過ごすのも悪くない。そう思っていた。

 

「・・・・・・」

 

それも今はもう過去の話だ。

現在、トウガは中層にある宿の部屋で、一人覇気のない様子で座り込んでいた。

あの日以降、毎日ソウゴが部屋にやって来て、彼が作った食事が置かれ、それを食べる。それ以外では、基本的に部屋から出ることなく、機能を停止したロボットのように過ごしている。

ここ最近はまともな睡眠すらも取っていない。ベッドの上で横になってもすぐに目が覚めるからだ。

目を瞑れば、嫌でもあの時の光景を思い出す。

カズヤが死んだ。そして、自分は敵討ちの為に数人の人間の命を奪った。その事実は、想像以上に彼の心に深い傷を与えていた。

もう二度とあんな思いはしたくない。しかし、また同じ思いをしてしまうかもしれない。

ソウゴが、コノハが、レイスが、自分の周りにいる人達が殺され、その度に自分は復讐の鬼と化して、誰かの命を奪うかもしれない。その恐怖が彼を蝕んでいた。

 

「(カズヤ・・・俺はどうすればいい?)」

 

今は亡き友に、答えの出ない問いを何度も繰り返しながら、トウガはただじっと時間が過ぎるのを待っていた。

その時、部屋の扉が開いた。

 

「よう、相変わらず飯だけはちゃんと食ってるみたいだな」

 

そう言いながら、ソウゴが部屋に入って来て、空になっている皿やグラスが置かれているトレイを見つめる。

トウガが部屋に引きこもる様になってから、ソウゴは引きこもる彼に対して何も文句は言わず、毎日トウガの食事を作っては、こうして部屋を訪れて食事を渡し、食べ終わった食器を回収している。

なので、今回も食器を回収しにきたとトウガは思っていたが、ソウゴは予想に反してズボンのポケットから一枚の手紙を取り出した。

 

「さっき、アルゴに会って、手紙を渡された。お前宛だ」

 

「手紙だと・・・?」

 

「あぁ・・・カズヤからだ」

 

「!?」

 

カズヤからの手紙に、トウガは驚きながら、手紙を受け取った。

少しの間手紙を見つめていたトウガだったが、やがてゆっくりと立ち上がった。

 

「・・・少し外に出る。心配しなくても、そう遠くに行かないさ」

 

「分かった・・・あまり遠くに行くんじゃねぇぞ」

 

「・・・分かっている」

 

そう言うと、トウガは部屋を出て、そのまま宿の外に出た。

そして、街中を歩きながら、ソウゴから渡された手紙の便箋を開けて、手紙の内容を一通り目に通した。

 

『拝啓、トウガ様へ・・・って、こんな堅苦しいのは無しだな。でも、一瞬お前誰だよって思っただろ?まぁ、前置きはこの辺にして・・・よう、トウガ!この手紙を読んでいるってことは、たぶん俺がもうこの世にいないってことだ。そして、お前が酷く落ち込んでいることも容易に想像がつくぜ。けどよぉ、そんなこと気にすんなって!俺が死んだのは多分俺がドジったせいだし、お前が罪悪感を感じる必要なんかこれっぽっちもないんだぜ?寧ろ、お前には感謝してんだ。お前のおかげで俺はSAOの世界で生きる楽しみを知ることができた。おかげで毎日が退屈しねぇ日常だった。トウガ、俺はお前という生涯で最高の親友と出会うことができて、本当に幸せだった。だからよぉ・・・お前は俺の分まで生きて、必ずあいつらと一緒にSAO一のギルドになってくれ。それが、俺からの最後の願いだ。心配しなくても大丈夫だ。例え、離れ離れになっちまっても、俺たち五人の絆は絶対に断たれはしねぇからよ。それとな、もし俺が死んだら、今以上にレイスを気に掛けてくんねぇか?レイスは・・・いや、連弥は俺たちの仲間だけど、同時に弟みたいだなって思う時があるんだよ。だから、もし俺が死んだら、お前や総司、翔斗の三人であいつを守ってくれ。連弥はまだまだ弱虫で素直すぎる奴だけど、俺たちの弟だ。よろしく頼む・・・それじゃ、これで本当にお別れだな。後は頼んだぜ!俺たちのリーダー!』

 

手紙の内容はこれで全部だった。

 

「カズ、ヤ・・・!」

 

トウガは顔に涙を流しながら泣いていた。

いつの間にか、街のはずれにある海が良く見える丘の上に移動しており、その顔は誰にも見られることはなかったが、トウガは人目など気にせず泣き続けていた。

しばらく泣き続けていたトウガは、目元の涙を全て拭った。

そして、彼は決心する。もう二度と大切な仲間たちを失わせはしない。カズヤが望んでいたSAOで一番のギルドになるという夢を成し遂げると。

決意を新たにしたトウガは、その場から立ち去った。その足取りはとても軽く、迷いのないものだった。

 

 

 

 

翌日、トウガとソウゴは自分たちのギルドホームに戻ろうとしていた。

カズヤの手紙を読んだ後、すぐさまソウゴと合流し、ギルドホームに戻ることを決意したトウガ。

ソウゴもまた、先程まで死んでいたトウガの瞳に光が戻っていたから、特に反論はしなかった。寧ろ、いつものトウガが戻ってきた事に安堵し、彼を呼び戻してくれたカズヤに心の中で感謝した。

すると、ギルドホームの入り口にレイスが仁王立ちしながらこちらを睨んでいるのが見えた。その後ろには、気まずそうな顔をしているコノハもいた。

 

「レイス・・・?」

 

自分たちを待っていたのか。そう思っていた二人だったが、直後に発せられたレイスの発言は、二人にとって予想だにしないものだった。

 

「・・・二人共、俺に言うことがあるんじゃないんすか?」

 

「!?」

 

思いもしなかったレイスの発言に、トウガは静かに驚き、ソウゴは話したのか?と言いたげな視線をコノハに向けた。

そのソウゴの視線に気づいたレイスが再び口を開く。

 

「言っときますけど、コノハさんは何も話してないっすよ。俺だって、詳しい事は分かんないっす。でも、二人がレベリングに行っていない事だけは分かるっす」

 

「・・・気づいてたのか?」

 

「馬鹿にしないでください。俺だって、紅の狼の一員なんすから」

 

「そうか・・・」

 

今までは自分やカズヤの言うことは決して疑うことなく、純粋に従っていたレイスが、こうして自分自身で考え、自分の噓を見抜くまで成長したことに、少しだけ嬉しく思いながらも、トウガはもう誤魔化すのは無理だと判断し、本当のことを全て明かした。

自分とソウゴがカズヤの敵討ちの為に、討伐戦に参加したこと。二人が人を殺したこと。レイスに噓を付いてたこと。全てを包み隠さず、正直に伝えた。

しかし、トウガの話を最後まで聞いたレイスは、怒り出すことなく、ただ黙って聞いていた。

 

「そうだったんすか・・・でも、何で俺には嘘ついたんすか?」

 

「それは・・・お前に人殺しをさせたくなかったからだ。お前は俺たちより年下だし、俺たちと違って心優しい。何より、これは俺自身の贖罪だ。それにお前を巻き込みたくはなかったんだ」

 

「・・・そうやって、俺の知らない所で戦って、仮にもし自分が死んだら、俺やコノハさんにごめんの一言もなく消えるつもりだったんすね?」

 

「違う!そんなつもりは――っ!?」

 

レイスの言葉を否定しようとしたトウガだが、言い終わる前にレイスが彼の服に掴みかかった。

 

「ふざけるな!俺はあんたが戦うなら一緒に戦いたかった!例え人を殺すことになっても、少しでも役に立てるよう頑張りたかった!なのに、勝手に行って、俺たちを置いてけぼりにして、死ぬ覚悟までして・・・!何が巻き込みたくないだ!噓をつかれたまま残された方の気持ちも考えろよ!それでもしカズヤさんの時みたいにまた勝手にいなくなったら、俺たちはどうすればいいんだよ・・・!」

 

トウガの服をギュッと掴みながら叫ぶレイスの目からは涙が流れていた。

その言葉を聞きながら、トウガは心の中で深く後悔していた。

カズヤの手紙に書いてあった自分たちにとってレイスは弟みたいな存在であるということ。カズヤがそう思っていたように、自分もレイスの事を同じように思っていたという事に気づかされたのだ。そして、レイスもまた、自分たちの事を兄のように思っていたということを。

だからこそ、トウガはレイスに対して謝罪の言葉を口にした。

 

「すまなかったレイス。お前たちのことを考えていたつもりだったのに、逆にお前を傷つけてしまった」

 

「トウガさんが俺やコノハさんを巻き込みたくなかったのも分かるっす!でも、俺にとって、紅の狼はもう一つの家族みたいなものなんすよ!だから・・・ちゃんと傍にいてよ!俺を一人にしないでよ・・・!」

 

泣きじゃくるレイスに、トウガはそっと抱き寄せながら問う。

 

「俺が・・・俺なんかがお前たちと一緒にいてもいいのか?こんなにも弱い俺が、お前たちと家族みたいに接していて良いのか・・・?」

 

「当たり前じゃないっすか!だから、これからもずっと一緒にいよう。トウガ兄ちゃん(・・・・)

 

「!? あぁ・・・!約束だ。俺は絶対にお前たちを残して死なない。お前たちも必ず守ってみせる。これから先、何があっても、俺たち五人の絆は絶対に切れさせはしない」

 

そう言って、涙を流しながらレイスを力強く抱きしめるトウガ。そんな二人を見て、コノハもまた涙を流していた。ソウゴは後ろを向いていたが、顔の影に薄っすらとだが透明な雫が通っていた。

「紅の狼」。幼馴染五人で結成されたギルド。その絆はどんなことがあっても決して切れることはないだろう。

例えこの先、どんな困難が彼らに待ち受けようとも、断たれぬことのない絆がそこにあった。




・討伐戦時のソウゴ
トウガ程ではありませんが、ソウゴも討伐戦で怒りのままに戦い、ラフコフのプレイヤーを数名殺害しました。

・感情を高ぶらせるレイス
置いてけぼりされたことの怒り。自分の知らない所でまだ誰かがいなくなる恐怖。様々な感情が混ざり合った結果、いつもの口癖である~っすが無くなる程感情を高ぶらせました。口調の方もキレたらチンピラ口調になるトウガの影響により、若干荒くなっています。

・トウガ兄ちゃん
今までさん付けで呼んでいたトウガを'兄'として認識した瞬間です。同時にソウゴやコノハ、カズヤにも〇〇〇兄ちゃんと呼ぶようになりました。


紅の狼関連の話はこれで終わりです。
次回からは、というより、原作ルートはここからが本番です。今まで空気だったハルト&コハルをメインに進みます。
青眼の悪魔やユイの心などの原作の話は勿論、オリジナルストーリーもあるので、どうか彼らがSAOをクリアする最後までお付き合いください。


・ちょっとした小話その1
SAO、テイルズシリーズとのコラボおめでとう!SAOIFでもコラボイベントを楽しく遊ばせていただいております。
ちなみに、私の好きなテイルズキャラは、男性だとロイド、ユーリ、シグレ。女性だとカノンノシリーズ全員やベルベットです。


・ちょっとした小話その2
1の続きですが、もし「ソードアート・オンライン IF」のオリキャラ達がコラボ衣装のスキレコで登場したら、こんな感じになります。
・ハルト(SAOIF主人公):シング、またはアレン
・トウガ:ジュード(エクセリア版)、またはカイル
・ソウゴ:ガイ、またはセネル
・コノハ:ルカ、またはヒューバート
・カズヤ:ロニ、またはデゼル
・レイス:カロル、またはジーニアス
・ザント:ヴィシャス 、またはアイゼン
トウガとソウゴ、この二人の組み合わせの内一つ(カイルとセネル)は中の人繋がりです。また、同じ中の人繋がりで且つ性格も似ているコノハとエミルの組み合わせがない理由は、コノハの服装自体が既にエミルと似たような物(詳しくはep.41の後書きを)だからです。
他にも、このキャラはこのテイルズキャラの衣装が似合うと思うなどの意見がありましたら、感想欄にどうぞ。


※どうでもいい余談
上記に挙げられたアレンはテイルズオブリンク*1の主人公ですが、アレンも最初はデフォルト名が無く*2、SAOIF主人公と同じような扱いを受けてました(まぁ、それでも何回か一枚絵で登場してるから、4周年経っても未だに一枚絵が無いSAOIF主人公に比べたらマシなんですけどね)が、2周年辺りにアレンというデフォルト名が追加されて、そこから声優の追加、キービジュアルに載る、ガチャでの実装など主人公として目立つようになり、サービス終了してからも、他シリーズのアスタリアやレイズに参戦したりなど、きちんと一人のテイルズシリーズの主人公として扱われています。つまり、何が言いたいのかというと・・・SAOIFもアレンを見習って、SAOIF主人公の扱いを良くしてくれませんかね?

*1
テイルズシリーズのアプリゲームの一つ。サービス開始から4年近く提供していた。今も続いているアスタリアやレイズと比べたら少し劣るが、つい最近サービス終了したクレストリア(←約2年でサービス終了)やルミナリア(←約半年でサービス終了)に比べたら全然マシである

*2
元々リンク自体が主人公は君自身だ系のゲーム



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ep.46 ('ハル')の名を持ちし者達

アインクラッド編(原作ルート)後編。
最初は久しぶりの主人公(ハルト)回です。


ラフコフ討伐戦から数ヶ月が経った。

攻略組は討伐戦での傷が癒えて、最前線に復帰した者が増えていき、討伐戦で遅れていた攻略スピードも元通りになっていた。

「紅の狼」も最前線に復帰し、メンバーこそ四人になったが、カズヤがいなくなった分を互いにカバーし合い、順調にレベルアップしていた。

無論、ハルトとコハルの二人も、日々攻略に励んでいるが、今日は息抜きで中層にある海辺エリアに来ていた。

 

「海だぁーーー!」

 

緑色の水着を着て、海辺ではしゃぐコハルを見て、ハルトもまた水着を着ながら笑みを浮かべる。

ここ数日、攻略続きで疲れた体を休めるために、絶好の海水浴スポットと言われている海辺エリアに来たハルトとコハル。しかも、今は人が一人もいなく、二人だけの貸切状態であった。

 

「ほら、ハルト!せっかく海に来たんだし、思いっきり遊ぼうよ!」

 

「まあまあ、あまりはしゃいでいると・・・それ!」

 

「キャ!やったなー!それ!」

 

海に入りながら、お互いに水を掛け合うハルトとコハル。

他にも浅瀬で追いかけっこしたり、砂浜でお城を作ったりなど(水中で泳ぐとHPが減るため、海で泳ぐことはしなかった)、二人は思う存分海を堪能していた。

 

「ふぅー、疲れを癒す為に海に来たのはいいけど、少しはしゃぎすぎたかな」

 

思った以上にはしゃぎ、若干疲れた様子でハルトは、一度水分を取ろうと、予め敷いておいたブルーシート(隣にはビーチチェアーやパラソルが置いてある)に近づき、ブルーシートの上に置いてある飲み物を手に取り、中身を飲んだ。

 

「あれ?」

 

飲み物を元の場所に戻していると、ふとハルトの視界に身に覚えのない紙が置いてあるのが見えた。

 

「こんなところに紙なんて置いてあったけ・・・?」

 

疑問に思いながらも、ハルトは紙を拾うと、それに書かれている内容を見た。

 

『ラフコフは滅んだ。だが、俺とお前の戦いはまだ終わっていない。どちらが真の勝者か決着を付けよう。明日の0時に四十層の監獄エリアで待つ』

 

「こ、これって!?」

 

差出人は書いてなかったが、明らかに先の討伐戦で壊滅したラフコフ関連の物だと理解した。

 

「(どうして、こんな物がここにあるんだ?いや、それ以前にラフコフはあの日に壊滅したはずだ。いったい誰が・・・?)」

 

様々な疑問が浮かぶハルトだったが、あの時の出来事を思い返していく内に、それらの疑問を解消していく。

 

「(いや、違う。ラフコフは完全に壊滅したわけじゃない。あの時の討伐戦で逃げ延びたプレイヤーが二人いたはずだ。一人はラフコフのリーダーPoH。そして、もう一人はサブリーダーの・・・)」

 

「おーい!ハルトー!まだ掛かりそう?」

 

「あ!ごめん、すぐに行くよ」

 

色々考察していたが、ふと少し離れた場所にいるコハルに声を掛けられ、ハルトは考察を一旦中止して、コハルの下に戻った。

その後、日が暮れるまで海で遊んでいた二人だったが、ハルトはあの手紙に書かれていたことが気になって、遊ぶことに集中できなかった。

 

 

 

 

その夜、二人は借りているコテージで一夜を過ごしていた。

時間は既に夜の22時を回っていて、コハルは一日中海で遊んで疲れたのか、ベットの上でぐっすり眠っていた。

一方、ハルトもベットの上に横たわっているが、昼の手紙の事で眠れずにいた。

 

「(もし、差出人が僕の予想通りなら、'彼'は絶対に僕を狙っているはずだ。でも・・・)」

 

ハルトはその人物の誘いに乗るか迷っていた。

その人物がラフコフの生き残り。しかも、自分が予想している通りの人物だった場合、正直言って、勝てる確率は低い。下手すれば命を落とす可能性もある。

しかし、誘いに乗らなかった場合、その人物は必ず自分の周りの人間に手を掛けるだろう。

どうするべきか悩んでいる最中、ふと寝返りを打ち、顔を横に向けると、ハルトの視界に気持ち良さそうに眠っているコハルの寝顔が映った。

 

「コハル・・・」

 

幸せそうに眠るコハルの姿を見て、思わず彼女の名前を呟くハルト。

もし、誘いに乗らず、その人物の凶刃にコハルを巻き込むようなことになれば、自分は一生後悔するだろう。

 

「(そうだね・・・これは僕の問題だ。彼女を巻き込むわけにはいかない)」

 

決心したハルトは、ストレージを開くといつもの装備に着替え、武器やアイテムの確認をする。

そして、準備が完了したところで、視線をコハルの方に向ける。

 

「ごめん。朝になったら、いつも通り君の隣にいるから・・・」

 

今も寝ているコハルの頬を撫でながら彼女に謝ると、ハルトは部屋から出た。

 

 

 

 

ハルトが向かっていたのは、アインクラッド第四十層にある巨大な廃城の中にある監獄《不脱の監獄》だった。

監獄には多数のトラップが仕掛けられており、攻略当時はかなり苦しめられていたダンジョンだったが、ハルトはその時にトラップが仕掛けられている場所をマップにマーキングしていたため、トラップに引っかかる事なく、順調に進んでいた。

監獄の中を進んでいき、大広間に辿り着いた所で、ハルトの視界に部屋の中央で佇んでいる一人の人間の後ろ姿が映った。

ハルトは警戒しながらも、その人物に近づくと、男は口を開いた。

 

「待っていたぞ」

 

そう言って、ハルトの方に振り返った人物は、ハルトの予想通りの人物だった。

 

「僕をここに呼ぶためにわざわざ浜辺まで来て手紙を置いてくるなんて・・・仮にもラフコフのサブリーダーだった男の割には、意外と律儀だね。ハルファス」

 

ハルトは目の前で不敵な笑みを浮かべているハルファスに鋭い視線を向ける。

服装は相変わらず黒いポンチョを着ているが、フードは外しており、雪のように白い髪とウサギのように赤い眼以外はハルトと瓜二つのその顔が露わになっていた。

 

「ここに来たという事は、既に俺の目的が何なのか分かっているだろう?」

 

「その前に二つ聞かせてくれないかな?」

 

「構わん。どうせ、すぐに済むことだ」

 

ハルファスから許可を貰ったハルトは、ハルファスに質問した。

 

「一つ目、もし僕が君の誘いを断ってたら、君はどうしてたの?」

 

「決まっているだろう。お前の大事なコハル(パートナー)を捕らえて、お前をおびき寄せる為の餌にするつもりだった」

 

「やっぱり・・・」

 

ハルファスの言葉に納得しながら、ハルトは二つ目の質問を投げる。

 

「それじゃあ二つ目。君は・・・どうしてそこまでして僕に固執するの?」

 

さっきのは建前だったが、本音はこれだった。

ハルファスがここまで自分に執着する理由がいまいち分からないのだ。

強い相手と戦いたいだけなら、ハルトの他にもいっぱいいる。それなのに、ハルファスが自分だけに執着しているのには、他に何か理由があるはずだと考えていた。

そんなハルトの問いに、ハルファスは少し考える素振りをしながら答えた。

 

「それはだな・・・お前が俺と同じ'(ハル)'の名前を持っているからだ」

 

「春?」

 

ますます意味が分からなかった。

その'(ハル)'がいったい何を意味するのか。或いは、自分とハルファスの容姿がそっくりな理由にその'(ハル)'が関係しているのか。

そんなことを思っていると、ハルファスは背中にしまっている片手直剣を抜いた。

 

「・・・これ以上は知る必要はないだろう。後はお前が死ぬか俺が死ぬかのどちらかだ」

 

「そう・・・」

 

腑に落ちない部分も多少あるが、ハルトもまた片手直剣《フォルネウス》を引き抜いた。

 

「「・・・・・・」」

 

お互い無言のまま睨み合う二人だが、戦闘開始の合図はすぐに訪れた。

 

「「っ!!」」

 

同時に地面を蹴り、互いの武器をぶつけ合う二人。

二人は何度も武器を交え、互角の戦いを繰り広げていく。

 

「良い腕だ。前よりも更に剣の熟練度が上がっているじゃないか」

 

「そっちこそ!」

 

何度かの打ち合いの後、二人は一度距離を取った。

すると、ハルファスは不敵な笑みを浮かべる。

 

「だが、剣の腕が良いからと言って、それで倒せるとは思っていないだろうな?」

 

そう言いながら、ハルファスはクイックチェンジで手持ちの武器を片手直剣から斧に切り替え、ハルトに向けて斧を振るった。

ハルトは咄嗟に《フォルネウス》を正面に構えて防御するが、片手直剣よりも圧倒的に攻撃力が高い斧の力に耐え切れず、そのまま後ろに吹き飛ばされる。

 

「忘れたか?俺もお前と同じ《全属性使い(オールラウンダー)》だ。ただ馬鹿みたいに剣を打ち合うだけが俺の戦いではない」

 

「忘れてなんか、ないさ!」

 

何とか体勢を立て直すと、ハルトは猛スピードでハルファスに接近し、クイックチェンジで変更した細剣《ドミニオン》でソードスキル<スター・スプラッシュ>を放つ。

8連撃の強烈な突きをハルファスは何発か防いだが、全て防ぎきる事はできず、細剣の鋭い突きが数発体に打ち込まれた。

 

「面白い!」

 

しかし、ハルファスは楽しそうに笑うと、再び斧でハルトに攻撃を仕掛けてきた。

ハルトはそれを冷静に対処していき、隙を突いて《ドミニオン》で攻撃していく。

戦いは互角かと思われたが、そうではなかった。

 

「ぐっ!(なんて早さだ。細剣のスピードに追いつくなんて・・・!)」

 

「生憎、ソードスキルを発動しなければ、俺の斧は細剣さえも凌駕する。さぁ、追い抜いて見せろ!」

 

ハルファスの斧を振るう速度は、軽装備の《ドミニオン》の速度と互角に渡り合っていた。

こうなってしまえばパワーで劣る《ドミニオン》が勝てる見込みはなく、徐々にハルトの方が押されていく。

 

「(このまま戦っても、奴の斧の早さがこっちと互角な以上、一撃の力が少ない細剣で戦うのは不利だ。なら、まず狙うべきなのは・・・!)」

 

作戦を切り替えたハルトは、すぐさまクイックチェンジで《ドミニオン》から片手棍《アルバトロス》に変更すると、再びハルファスに接近する。

ハルファスはハルトの動きを見極めながら斧を横に振ったが、ハルトはそれを狙ってたかのように、斧が当たる手前でソードスキルを発動させた《アルバトロス》を振り下ろして斧の側面を叩いた。

すると、勢い良く叩かれたハルファスの斧はピリッと亀裂が入った。

 

「なるほど。狙いはこの斧か?」

 

「どうも君の斧は厄介だからね。先に破壊させてもらうよ」

 

そう言って、ハルトは再び《アルバトロス》を振り下ろして、ハルファスが持っていた斧を砕いた。

斧を破壊されたハルファスは、特に焦る様子もなく、クイックチェンジで手持ちの武器を再び片手直剣に切り替えると、ハルトに斬りかかる。

対するハルトも、クイックチェンジで再び《フォルネウス》に切り替えて、その攻撃を難なく受け止めると、今度はハルトの方からハルファスに斬りかかった。

ハルファスはハルトの攻撃を受け止めると、そのまま鍔迫り合いになる。

そして、次の瞬間には二人は互いの剣を弾いて距離を離すと、そこから激しい攻防が始まった。

互いに一歩も譲らず、剣技と剣技をぶつけ合う二人。

 

「僕は絶対にお前に負けない!ここでお前を捕らえて、このゲームも必ずクリアしてみせる!」

 

「必死だな。そこまでして、現実世界に帰りたいのか?」

 

「当たり前だ!」

 

一度距離を取ってから、ハルトはハルファスに向かって喋る。

 

「彼女と約束したから。必ず二人で生き残って、現実世界に帰ろうって。それに、僕にも現実世界で帰りを待っている人達がいるんだ。その人達の為にも、ここで歩みを止めるわけにはいかない」

 

「・・・フッフッフッ・・・フハハハハハ!!」

 

すると、ハルトの言葉を聞いたハルファスは、突如高笑いし出した。

その突然の行動に、ハルトが呆気に取られる中、ハルファスは言葉を続ける。

 

「笑わせるな。現実世界に帰ったお前を待つ者達は誰だ?血の繋がっていない(・・・・・・・・・)両親と弟だろう!」

 

「!? な、なんでお前がそれを!?」

 

「知っているのか?簡単なことだ。俺は全て(・・)を知っているからだ。お前が生まれてから記憶を失い(・・・・・)、あの家に引き取られる前の全てだ」

 

ハルファスの口から語られた言葉に、ハルトは動揺を隠せなかった。

ハルファスが言った事は、全て事実だった。加えて、ハルトはSAOに来てから己の過去をβテストの時からずっと一緒だったコハルを含め、誰にも話したことが無い。

それなのに、何故この男は誰も知らないはずの自分の過去を知っているのか。

動揺して動けずにいるハルトに、ハルファスは更に言葉を続けていく。

 

「だが、今はそんなことどうだっていい。仮にお前がこの世界から帰還した時、果たしてお前の家族はお前の生還を素直に喜ぶと思うか?特にお前を嫌悪する弟(・・・・・・・・)はどうだろうな?今頃、お前がこの世界で死んでくれるのを望んでいるんじゃないか?」

 

「違う!雪斗(ゆきと)はそんなこと――っ!?」

 

動揺するハルトの一瞬の隙を付いて、ハルファスの剣がハルトの《フォルネウス》を弾き飛ばした。

 

「しまっ――!」

 

「終わりだ」

 

ハルファスは剣を振り上げると、無防備になったハルトに向けて、渾身の一撃を放とうとしたその時だった。

 

「しゃがんで!ハルト!」

 

聞き覚えのある声が廃城に響き渡り、ハルトは声に従ってしゃがむ。

その直後、鎖で繋がれた巨大鉄球が二人に向かって飛んできた。

ハルトは声に従い、咄嗟にしゃがんでいたから鉄球には当たらなかった。

 

「なっ!?」

 

一方、ハルファスは驚きながらも剣を前に出してダメージを減らしていたが、衝撃までは軽減する事ができず、巨大鉄球によって飛ばされる。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

その先にいたのは、短剣を持ってハルファスに斬りかかろうとしているコハルだった。

先程コハルがやったことは至ってシンプル。わざとトラップを発動させて、巨大鉄球をハルファスにぶつけたのである。

 

「くっ!甞めるな!」

 

ハルファスはどうにか態勢を立て直し、コハルの奇襲を防いだ。

そして、反撃とばかりに短剣を押し返して、コハルの態勢を少しだけ崩させると、その勢いのまま彼女を斬るべく剣を振り上げる。

その一瞬の隙をハルトは見逃さなかった。

 

「させるか!」

 

ハルファスの注意がコハルに向いている隙を付いて、ハルトはハルファスの死角から《フォルネウス》を突き刺して、ハルファスが持っていた剣を弾き飛ばした。

そのままハルトは《フォルネウス》を構え直して、ソードスキル<ヴォーパル・ビート>を放った。

 

「ぐっ!」

 

五連撃のソードスキルは、ハルファスのHPをレッドまで削り、彼に膝を付かせた。

 

「勝負ありだね」

 

ハルトはこちらを見上げるハルファスに《フォルネウス》を突き付ける。

ハルファスは既にクイックチェンジにストックしてある武器を失い、新しい武器をストレージから出そうとしても、目の前にいるハルトがそれを許さないだろう。

自分の負けだと直感的に悟ったハルファスは、ハルトに悪態付く。

 

「・・・情けない奴だ。俺一人相手に女の力を使わないと倒せないとはな」

 

「悪いね。これが僕らの戦い方だから」

 

そう言いながら、ハルトはストレージから《黒鉄宮》に繋がる《転移結晶》を取り出した。

 

「止めは刺さないのか?」

 

「僕はお前を捕まえに来たんだ。殺しに来たわけじゃない」

 

「ハルトは貴方と違います。平気で人を殺すような事はしません。相手が凶悪な犯罪者でも誰も死なせたくない。それが、ハルトなんです」

 

止めを刺す気のないハルトに続いてコハルが真剣な表情で言う。

 

「フハハハハハ!!」

 

そんな二人の言葉に、ハルファスは再び高笑いし出した。

またもや高笑いするハルファスにハルトとコハルが警戒心を高める中、ハルファスは衝撃の事実を伝えた。

 

「凶悪な犯罪者だろうと誰も死なせたくないか・・・既に何百もの人間の命を奪って来た犯罪者が言う言葉じゃないなと思ってな」

 

「「!?」」

 

ハルファスの口から語られた衝撃的な言葉に、二人は目を大きく見開いた。

 

「お前は自分の罪を知らない。お前が生まれた理由も、お前自身の存在意義すらもな」

 

そう言いながら、ハルファスは後ろに振り向くと、ある場所に向かってゆっくり歩き出した。

呆然としてたハルトだったが、ハルファスが歩き出したのを見て我に返り、「待て!」とハルファスを追おうとしたが・・・

 

時枝(ときえだ)春斗(はると)

 

「!?」

 

突如ハルファスの口から現実世界(・・・・)の自分の名前を言われて、ハルトは驚きのあまりその場に固まってしまう。

そんなハルトに、ハルファスは彼の方に振り向きながら淡々と告げた。

 

「お前の欠けている記憶。それこそが、お前の罪だ。そして、それを知った時、果たしてお前はお前でいられるかな?」

 

喋り終えたハルファスは、満足そうに笑いながら両手を広げて、後ろから倒れた。

倒れた先にあるのは地面が見えない程深い穴。ハルファスの意図に気づいたハルトは、慌てて彼を止めようと声を掛ける。

 

「!? よせ!」

 

「また会おう、ハルト。次は、こことは違う別の世界でな」

 

そう言い残して、不気味な笑みと共に「ラフィン・コフィン」のサブリーダー、ハルファスは奈落の底へ落ちていった。

ハルファスが消えた後、コハルと二人でハルトはしばらくその場に立ち尽くしていた。

 

「ハルト、君は・・・」

 

「ごめん、僕にも分からないんだ。だけど、これだけは信じて欲しい。この先何があっても、僕は誰も傷つけたりはしない」

 

真剣な表情で語るハルトを見て、コハルは彼の顔をジーっと見つめた後に小さく微笑んだ。

 

「うん、信じるよ。だって、私はあなたのパートナーだから」

 

「ありがとう・・・」

 

「それよりも、他に言うことがあるんじゃないかな?」

 

コハルのその言葉に、ハルトはウッと顔を顰めると、相談もせず一人でハルファスの所に行った事を彼女に謝罪した。

 

「その・・・勝手に出ていってごめん。ところで、僕が隠してた事にいつ気づいたんだい?」

 

「海で遊んでいる最中だよ。だって、ハルト急に暗い顔になってたし、何処かソワソワしてる様子だったから、凄く怪しかったよ」

 

「そっか・・・やっぱり、君に隠し事はできないな」

 

「ホントだよ・・・」

 

そう言いながら、コハルはハルトに抱きついた

 

「・・・心配したんだから。ハルトがどこか遠くに行ってしまう気がして・・・」

 

「・・・大丈夫。僕はどこへも行かないさ」

 

そう言って、ハルトは優しく彼女の頭を撫でた。

それからしばらくして、二人は宿屋に戻ると、ベッドの上でお互いの体を密着させながら横になっていた。

 

「ねぇ、ハルト」

 

「・・・何?」

 

ハルトが尋ねると、彼女は彼の胸に埋めていた頭を上げて、上目遣いでこちらを見てきた。

 

「ハルトは・・・私のこと好き?」

 

その唐突な質問に、ハルトは優しく微笑みながら答える。

 

「勿論、好きだよ」

 

ハルトがそう答えると、コハルは嬉しそうな表情を浮かべ、再びハルトの胸の中に顔を埋めた。

 

「フフッ、嬉しいな」

 

そのまま彼女は幸せそうに目を瞑ると、やがて穏やかな寝息を立て始めた。

スヤスヤと眠る彼女を見て、ハルトもまた目を瞑る。

できれば、この時間がいつまで続きますように。そう願いながら、ハルトは眠りについた。

 

 

 

 

翌日、ハルトは一人、一層の《黒鉄宮》へ訪れていた。

昨夜の戦いで奈落に落ちたハルファス。あの高さから落ちてしまえば、いくら実力のあるプレイヤーだろうと生きているはずがない。

それでも、得体の知れない不安を感じたハルトは、こうしてハルファスの生死を確かめるべく、《黒鉄宮》の中に置いてある《生命の碑》に向かっていた。

《生命の碑》の前に立ったハルトは、一万人のプレイヤー達の名前が刻まれた碑を見る。

もし、あの戦いでハルファスが死んだのなら、彼の名前の文字に二本の線が引かれているはず。

そう思いながら、ハルトはHalphas(ハルファス)の名前を探そうと、イニシャルがHで始まるプレイヤーの名前を一通り目で追った。

 

「(え?)」

 

ハルトは目を見開き、その場に固まった。目をこすって、もう一度見ても何も変わらない。

その事実に、ハルトは背筋が凍るような怖気を覚えた。

本来なら生死問わず、この世界に閉じ込められた全プレイヤーの名前が刻まれているはずの《生命の碑》。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにHalphas(ハルファス)の名前は存在していなかった。




・'(ハル)'の名前を持つ者達
'ハル'トと'ハル'ファス。今後の重要ワードになる予感?(※コ'ハル'にも一応(ハル)の名前が付きますが、この二人の関係とは無関係です)

・《フォルネウス》、《ドミニオン》、《アルバトロス》
この回からのハルトの武器は全てルクスインテグラルシリーズ(SAOIFに登場する取得するのが非常に困難な武器)になっています。

・血の繋がっていない両親と嫌悪する弟
キリト同様、ハルトは養子です。また、下の子がいます。違うのは、あっちが妹(直葉)に対して、こっちは弟であるのと、向けられる感情が真逆であることです。

・記憶を失っているハルト
ハルトは生まれてから今の家に引き取られるまでの間の記憶を失っています。

時枝(ときえだ)春斗(はると)
遂に明かされたハルトのリアルネーム。名前はプレイヤーネームと同じです。


というわけで、衝撃な事実が連発で続いた回でした。
そして、少しネタバレになりますが、アインクラッド編(原作ルート)のハルファスの出番はこれで終わりです。奴の再登場はいつになるのやら・・・


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ep.47 決して変わることのない想い

今週遂に劇場版SAOプログレッシブ冥き夕闇のスケルツォが公開されました。
この話が投稿される頃には、作者も映画を見終えているでしょう。ちなみに、ネタバレ防止のため、映画の感想は次の話に書きます。


それは、突然とした出来事だった。

最新階層の攻略を終え、泊まっている宿屋に帰ろうとした時、ふとアスナから聞かれた。

 

「ねぇ、コハル。ずっと気になってたんだけど・・・ハルト君とはいつ結婚するの?」

 

「ふぇ!?」

 

突然とんでもないことを聞いてきた親友に、コハルは思わず顔を赤くする。

そんなコハルを微笑ましく見ながらアスナは言葉を続ける。

 

「ごめんね。突然こんなこと聞いて。でもね、もし迷ってるなら、思い切って結婚した方がいいと思うの。これから先、戦いはもっと過酷になっていくわ。どうなるかなんて、誰にも分からない。だからこそ、後悔しないように想いはちゃんと伝えないと」

 

「・・・でも、結婚って言っても、あくまでシステム的にだし、実感が湧かないっていうか・・・」

 

SAOの結婚はあくまでシステムとして成り立つものであり、実際に夫婦になるわけではない。そう分かっているからこそ、コハルは複雑な気持ちで悩んでいたが、ふと思ったことをアスナに告げた。

 

「ていうか、そう言うアスナも、いつキリトさんと結婚するの?」

 

「な、なんでいきなり私が結婚することになるのよ!しかも、そこでどうしてキリト君の名前が出てくるのよ!?」

 

コハルから思わぬ反撃をくらい、今度はアスナが顔を赤くする番になった。

その後、二人の会話は徐々にヒートアップしていき、挙句の果てにお互いの恥ずかしいところを言い合ったりなど、最早本来の話から脱線していた。

やがて、二人は同時にため息をつく。そして、お互いに顔を見合わせ、吹き出すように笑い出した。

ひとしきり笑った後、コハルはぽつりと言った。

 

「・・・ありがとね、アスナ」

 

その一言を聞き、アスナは優しく微笑みながら親友に激励を送った。

 

「うん、頑張ってね!」

 

 

 

 

一方、ハルトもまた、キリトに結婚の話題について振られていた。

 

「ところでハルト。コハルとはもう結婚したのか?」

 

「え?」

 

普段のキリトからは想像できないストレートな質問に、思考が停止するハルト。

 

「その様子だと、まだ結婚してないみたいだな。これから攻略はよりいっそう厳しくなると思うし、結婚すれば、互いのストレージを共有できるから、何かと便利になると思うぞ」

 

「・・・なんて言うか、君の考える結婚には、もっとロマンチックさとかは無いのかい?」

 

相変わらず平常運転のキリトを見て、あ、いつも通りだ、と心の中で安堵しながらも、ハルトは呆れるように返す。

それに対して、キリトは特に気にすることなく言葉を続ける。

 

「SAOの結婚なんてそんなもんだろ?あくまでシステム的に結婚するだけだし、実際に夫婦になるわけじゃないからな」

 

「それはまぁ・・・そうなのかもしれないけど・・・」

 

案外的を得ている言葉に、ハルトは強く反論できなかった。

キリトの言う通り、SAO(この世界)ではハルト達プレイヤーはあくまでもデータ上の存在に過ぎない。

仮にコハルと結婚したとしても、所詮はデータ上の繋がりでしかなく、そこに本物の愛という感情があるとは言えない。

 

「(でも、結婚か・・・)」

 

だからといって、それが嫌というわけではなく、寧ろ彼女と結婚できたら幸せだと思う自分がいることに気づき、ハルトは少しだけ恥ずかしくなった。

それらの思いが積み重なった結果、ハルトはゆっくりと自分の考えを言った。

 

「・・・とりあえず、考えておくよ」

 

「そうか。まっ、応援してるぜ。なんだかんだ言って、お前ら二人は初めて会った時からずっと二人でいるし、お似合いだと思うぜ」

 

そう言い残して、去っていくキリトを見て、ハルトは何とも言えない気持ちになっていた。

コハルの事は好きだ。願わくば彼女と共にこれからの人生を歩んでいきたい。

しかし、先日のハルファスとの戦いで、ハルファスが言っていた言葉が頭によぎる。

 

『お前は自分の罪を知らない。お前が生まれた理由も、お前自身の存在意義すらもな』

 

今の家に引き取られたのは6歳の頃だ。それ以前の記憶がハルトには無い。どこで産まれたのかもそうだが、今の家に引き取られるまでの間、誰とどこで過ごしていたのかも。

もし、ハルファスが言ってた通り、自分がたくさんの人の命を奪った最低な人間だった場合、果たして彼女は、今のままでいてくれるのだろうか。

そんな不安が残ったまま、ハルトは帰路へ付くのであった。

 

 

 

 

翌日、ハルト達の下にアルゴから一つの依頼が届いた。

内容は第四十七層に突如現れた塔について調べて欲しいとのこと。

アルゴによると、その塔の最上階には多くの花々が咲き誇る屋上庭園が存在している。そこにある花の一つ一つには様々な意味を持ち、贈った相手へ想いを伝える事ができると言われているらしい。

しかし、彼女の予想では、この塔の難易度はかなり高いらしく、中層のプレイヤーに調査させたら、最悪死ぬ恐れがあるため、二人に依頼して来た。

それを聞いたハルトは、その依頼を受けることにした。

装備やアイテムの確認をして、準備を終えたところで出発しようとするハルト。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 

「待って、ハルト」

 

しかし、出発しようとするハルトをコハルが呼び止めた。

 

「あのね・・・きっとこれから先、攻略はもっと激しいものになると思うの。もしかしたら、このゲームをクリアするまで生き残れないかもしれないし、途中で折れてしまうかもしれない。だけど・・・私はこの先に続く未来を信じていきたい。その気持ちを捨てたくない。だから――」

 

「コハル」

 

コハルの言葉を遮るように、ハルトが彼女の名前を呼んだ。

彼女が言おうとしている事は察した。けれど、それに対しての答えが、まだ出ていなかったからだ。

 

「その答えは、今はまだ待ってくれないかな?僕が何者なのか、それが分かったら、必ず伝えるから」

 

「・・・分かった。待ってるから」

 

そう言って、コハルは少しだけ寂しそうに笑った。

宿屋を出て、気まずい雰囲気を残しながらも、二人は転移門へ歩いていく。

転移門の前に立ったハルトとコハルは、それぞれ別のことを思っていた。

ハルトは果たして自分はコハルに相応しい存在であるかを。

一方で、コハルはハルトが自分のことを受け入れてくれるかどうかを。

それぞれの想いを抱きながら、二人は転移門に飛び込んだ。

 

 

 

 

転移してからしばらく歩いた後、二人が辿り着いた先は、巨大な塔だった。

塔の高さに圧倒されながらも入口の扉を開けて中に入ると、そこには一つの転移碑が置いてあった。

 

「どうやら、これで転移しながら上まで登るみたいだね」

 

そう言って、ハルトは転移碑に触れた。

次の瞬間、二人の体は青い光に包まれて、その場から消えた。

光が収まると、二人は広い部屋の中にいた。

すると、二人がここに来たのがトリガーであるかのように、ミミックが部屋中にポップし出した。

 

「敵が来た。行こう!」

 

「うん!」

 

二人は武器を構え、戦闘を開始した。

その後、出現したミミックを全て倒した二人は、いくつかの転移碑で転移したりしながら、塔を攻略していた。

しかし、進んでいくにつれて、敵の強さも上がっていき、苦戦する場面が増えてきた。

 

「くっ!なんて強さだ。アルゴの予想通り、中層のプレイヤーに調査を任せないで正解だった」

 

もし、攻略組以外のプレイヤーがこの塔の調査に来ていたら、恐らく死んでいただろう。それほどまでに、この塔のモンスター達は強かった。

そして、問題はそれだけじゃなかった。

 

「!? ハルト!」

 

「なっ!」

 

自分の横からモンスターが接近しているのに気づかず、ギリギリのタイミングで攻撃を防ぐハルト。コハルの声がなければ、今頃大ダメージを負っていた。

何とか敵を倒して、ひと段落ついた所で、コハルは心配そうな表情でハルトに話しかける。

 

「ねぇ、やっぱり無理してない?」

 

「え?」

 

「だって、さっきからハルト、敵の攻撃に対して反応が遅れてるよ・・・それも、段々増えてるし・・・」

 

コハルの言うように、ハルトの動きは最初と比べて明らかに鈍っていた。

その原因は分かっている。

 

「やっぱり、あの時言われたこと。まだ気にしてる?」

 

「・・・・・・」

 

コハルの言葉を聞いて、ハルトは黙り込む。

彼女の言っていることは図星であり、先日ハルファスに言われた言葉が頭から離れないでいた。

ハルファスの言葉が正しかった場合、ハルトが今までやってきた事は全て無意味なものになってしまう。

もし、自分が罪人だった場合、自分はコハルと一緒に居てはいけない。一緒に居ることで、彼女を傷つけてしまう可能性があるからだ。

それに、自分が罪人だと知ったら、コハルはきっとショックを受けるに違いない。もし、自分が犯罪者なら、彼女は自分を許せないかもしれない。

そんな不安がハルトの心に残り続けていた。

 

「ハルト」

 

「・・・何?」

 

「私はハルトの事が好きだよ」

 

突然の告白に驚くハルト。

そんな彼に、コハルは真剣な表情で彼に問う。

 

「あなたはどうなの?私のこと・・・好き?」

 

その問いは、ハルファスとの戦いの後、彼女が聞いてきたことだ。

あの時は、心に余裕を持ち、疲れが溜まっていたのもあって、素直に好きと伝えることができた。

しかし、今は状況が違う。

コハルの事が好きだという気持ちに変わりはない。けれど、本当にそれで良いのかと疑問が残る。

それはハルトにとって、とても重要なことだった。

コハルと共にこれからの人生を歩んでいくためにも、今の自分について知る必要がある。

 

「・・・ありがとう。僕のことを好きって言ってくれて。だけど、ごめん。今はまだ、本当の気持ちでそれに答えることはできない」

 

そう言いながら、ハルトはコハルの顔を見ないまま先へ進んだ。

コハルはそんなハルトの後ろ姿を潤んだ瞳で見つめながら彼に付いていく。

やがて、二人は巨大な扉の前に辿り着いた。

 

「どうやら、ここがボス部屋みたいだね」

 

「・・・そうだね」

 

二人はお互いの顔を見ることなく会話をする。まるで、お互いに相手の顔を見ることを恐れているかのように。

 

「・・・行こう」

 

ハルトは扉を開けて中に入る。

広い部屋の中には、巨大なびっくり箱が置いてあった。

二人は警戒しながら、巨大びっくり箱に近づくと、箱の蓋が勢い良く開き、中から四本の手を持った魔人が飛び出してきた。

 

「来るよ!」

 

「うん!」

 

二人は武器を構えて戦闘態勢に入った。

そんな二人に向けて魔人は拳を振るうが、二人はそれぞれ左右に分かれて避ける。

その後、魔人の攻撃を二人で捌きながら、隙を伺っていたが、中々チャンスが見つからない。

このままではジリ貧だと思ったその時、コハルの攻撃が敵の体勢を大きく崩した。

 

「今だよ!」

 

この機を逃すまいと、コハルはハルトに追撃を掛けるよう声を掛けるが、ハルトはその場から動こうとしない。それどころか、《フォルネウス》を構えたまま暗い顔で固まっていた。

 

「ハルト!」

 

「!?」

 

再度コハルが大声で叫ぶと、ハルトは我に返って、慌てて攻撃を仕掛けるが、既に魔人は体勢を立て直しており、彼の攻撃はあっさり避けられてしまった。

その後も、ハルトの動きは明らかにおかしくなっていった。

敵の攻撃に対しての反応が遅れたり、動きが止まったりすることが増えていき、遂には敵の攻撃を受けてダメージを受けた。

 

「ハルト!しっかりして!!」

 

コハルの叫び声が響き渡る。しかし、ハルトには届かない。

 

「ぐっ!(・・・分からない)」

 

魔人の攻撃を受けた衝撃によって、吹き飛ばされるハルト。

何とか起き上がり、再び魔人に向かって走り出す。

 

「ウォォォォォォ!!(分からない・・・!)」

 

しかし、威勢よく吠えたのはいいものの、結局攻撃を当てることはできず、逆に敵の攻撃でダメージを負ってしまう。

再び吹き飛ばされ、ゆっくり立ち上がるハルトだが、その表情は焦燥感に満ち溢れていた。

 

「僕は・・・何者なんだ・・・?」

 

ただ、その答えのみを求めて、ハルトは戦い続けた。

そして、何発か攻撃を食らったところで、遂にハルトの動きが止まってしまった。

その瞬間、敵はハルトに向けて手を伸ばし、彼に向けて魔法攻撃を発動する準備を始めた。

ハルトは必死に体を起き上がらせて、回避しようとするが、次の瞬間、魔人から黒い魔力弾がハルトに向けて放たれた。

ここまでかと諦めかけ、目を瞑ったハルトだったが・・・

 

「させない!」

 

間一髪の所でコハルが間に合い、ハルトを突き飛ばす事で、彼を窮地から救うことに成功した。

だが、代わりにコハルが敵の攻撃を受ける事になってしまった。

 

「うっ・・・!」

 

なんとか耐えるコハルだが、受けた傷はかなり深いようで、HPも減っている。

 

「コハルぅーーー!!」

 

そんなコハルの姿が目に映ったハルトは、今までおかしかったのが噓かのように、素早い動きで彼女を抱えると、フィールドの安全圏に避難した。

 

「これを!」

 

ハルトは慌てた様子で彼女にポーションを飲ませて、HPを回復させる。

 

「ありがとう・・・」

 

HPが回復したコハルは、ハルトに礼を言うが、先程のやり取りのせいなのか、少し気まずい雰囲気になる二人。

 

「コハル、僕は・・・」

 

何か言おうとするハルトだったが、直後コハルは彼の口を自分の唇で塞いだ。

突然の出来事に驚くハルトだったが、やがて受け入れてコハルを抱き締めると、そのまましばらく抱き合っていた。

しばらくして、コハルの口がハルトから離れる。

 

「・・・これが私の気持ちだよ。仮想世界であっても、決して変わることのない私の本当の気持ち」

 

コハルの言葉を聞いたハルトは、悲しげな表情を浮かべて俯いた。

 

「ごめん。でも、本当に分からないんだ。僕が何をしたのか、どんな罪を犯したのか」

 

ハルトの言う通り、彼自身は何も覚えていないのだ。

自分が一体どんな存在なのかすらも。

 

「私はそんなハルトも含めて好きだよ」

 

そう言って、コハルはハルトの手を優しく握ると、自分の胸にそっと当てた。

 

「私じゃ駄目かな?ハルトのことを一番理解している私が一緒に居ても、迷惑かな?」

 

「そんなことない。寧ろ、嬉しいくらいだ。だけど・・・」

 

「だけど?」

 

「コハルを幸せにしてあげられるか不安で仕方がないんだ」

 

そう言いながら、ハルトは自分の胸の内をコハルに話す。

 

「僕は生まれてから今の家に引き取られるまでの記憶がない。もし、ハルファスが言ってた通り、僕が昔大勢の人達を殺した殺人者だったら。もし、本当の僕が冷酷で非道な人間なら、君を傷つけるかもしれない。それが怖いんだ」

 

それらを全て話した後、ハルトはただひたすら地面を見つめていた。

そんな彼に、コハルは真剣な表情で口を開く。

 

「ハルトの気持ちは分かったよ。でも、私はハルトがどんな過去を持っていても受け入れるよ」

 

その一言に、ハルトは再び驚かされる。

 

「例えハルトが昔悪い事をしていたとしても、それでも私はハルトのことが好き。だって、私はあなたのパートナーだから」

 

コハルはハルトの手を握ると、優しく微笑みかけた。

 

「それに、私は知ってるから。ハルトが自分のことを分からなくても、ハルトはちゃんと誰かを助けている。ハルトは誰にでも優しくて、困っている人を放っておけない人だもん。きっと、ハルトがハルトである限り、ハルトはハルトのままでいると思う。だからね、もし記憶が戻ったら、私にも教えてね。ハルトの本当の姿を」

 

「コハル・・・」

 

ハルトは顔を上げてコハルの目を見る。

コハルの瞳は真っ直ぐにハルトのことを捉えていた。

 

「・・・そうだね。コハルの言う通りだ。僕は昔の僕を知らないし、過去の自分に戻ることはできない。でも、今の僕は僕のままでありたい。今のままの僕を受け入れてくれる人がいるのなら、その人とずっと共に歩んでいきたい。たとえ、その先に何があっても、僕はこの道を進んで行く。だから、コハル・・・これからも僕のパートナーでいてくれるかい?」

 

ハルトの問いに、コハルは満面の笑みを浮かべる。

 

「勿論!これからもよろしくね!」

 

コハルの返事を聞いて、嬉しそうに微笑んだハルトは、そのまま視線を魔人に向ける。

安全圏の外からこちらが来るのをジーっと待っている魔人を見据えながら、ハルトはコハルに声を掛ける。

 

「コハル・・・10秒だけ時間を稼いでくれないかな?」

 

「・・・分かった。10秒だね」

 

何の説明もない無茶なお願いだったが、コハルは理由を聞くことなく、魔人に攻撃を仕掛ける。

その間に、ハルトはストレージを開き、中の武器を整理しながら、'あるスキル'を発動する為の準備をしていた。

そして、言われた10秒が経ったところで、ハルトは走り出した。

 

「コハル!スイッチ!」

 

ハルトの声に従い、コハルは後ろに下がる。

《フォルネウス》を手に持ちながら、ハルトはソードスキル<ヴォーパル・ビート>を発動し、魔人にダメージを与える。

しかし、ハルトの攻撃はこれで終わりではなかった。

 

「コネクト!」

 

ハルトがそう叫んだ途端、彼の手持ちの武器が《フォルネウス》から槍《グリード》に切り替わった。

そして、手に持った《グリード》を構えて、ハルトは<ストーム・バウンサー>で魔人に攻撃する。

 

「もう一発!コネクト!」

 

更に今度は、《グリード》から斧《トワイライト》へ切り替わり、それと同時にハルトは地面を蹴って、高く跳んだ。

そのまま《トワイライト》を両手でしっかり持ち、斧のソードスキル<カイザー・ブロー>を発動させる。

 

「いっけぇーーーーーー!!」

 

勢い良く振り下ろされた《トワイライト》は、魔人の巨体を一刀両断した。

一刀両断された魔人は、そのままポリゴン状に四散した。

 

「凄いハルト!いつの間にこんな凄いスキルを覚えてたの!?」

 

「今のは僕のユニークスキル<コネクト>だよ。《全属性使い(オールラウンダー)》として、色々な武器を鍛えてたら、いつの間にかこのスキルが追加されてたんだ。解放条件は多分、あらゆる武器の熟練度を一定の数上げていることかな」

 

興奮気味に話しかけるコハルに、冷静に説明するハルト。

すると、部屋の奥にあった巨大な扉が開いた。

 

「行こう」

 

二人は扉を通り抜けて、先にあった階段を登っていく。

やがて、階段を登り切った先には、またもや巨大な扉があり、それを開けると、絶景が広がっていた。

 

「わぁー、凄い綺麗だね」

 

二人の視界には、それはもう美しく咲き誇る花々が映っていた。

辺り一面に咲く花々はとても美しく、更に夕焼けの光に照らされて、より一層幻想的な風景となっていた。

どうやら、ここがアルゴが言ってた屋上庭園のようだ。

幻想的な光景にコハルが見惚れる中、ハルトはある花を見つけると、その花が咲いている場所へ近づき、一本引っこ抜いた。

 

「やっと、手に入った・・・」

 

その黄色い花を見て、満足そうに微笑むと、ハルトはコハルの方を向いて彼女に話しかける。

 

「花の名前は《コトノハナ》。この花は嘗て人間とエルフが互いに想いを伝えるために、送り合っていた物なんだ。そして、この花の花言葉は'永久'。いつまでもあなたと一緒にいたいって意味を持つんだ」

 

「え・・・?」

 

ハルトの言葉を聞いたコハルは、顔を少しだけ赤くしながら驚く。ハルトの言っている事の意味が何となく理解できたからだ

そんな彼女の様子を見て、ハルトは優しく微笑む。

 

「コハル。僕はずっと不安だったんだ。自分が何者なのか。もし、それを知ってしまったら、僕という人間は今と違う存在になるかもしれない。でも、君はそんな僕を好きだって言ってくれた。パートナーって言ってくれた。そんな君だからこそ、この想いを伝える事ができる」

 

そう言って、ハルトは黄色い花束をコハルに差し出すと、真剣な表情で自分の想いを伝えた。

 

「僕も君が好きです。これから先、続いていく未来を君と一緒に過ごしたい。だから・・・コハル、僕と結婚してください」

 

コハルの返事は当然決まっていた。

 

「はい」

 

涙を流しながらも、コハルは最高の笑顔でその想いに応えるのであった。




・《グリード》、《トワイライト》
前回登場したルクスインテグラルシリーズの槍と斧。

・<ストーム・バウンサー>
槍の星4スキル。本来ならMODスキルなのだが、流石にそこまでは再現できないので、この小説ではそこそこ強いソードスキルという扱い。

・<カイザー・ブロー>
久しぶりに登場オリジナルソードスキル。SAOIFだと斧の星4MODスキルに値する。高く跳んだ後、一気に斧を振り下ろして相手を一刀両断する。

・ユニークスキル<コネクト>
ハルトのユニークスキル。本来ソードスキルを連続で発動する際、スキル発動後のクールタイムが存在し、次のスキルを発動するのに数秒のラグが生じるが、<コネクト>は最大3回までクールタイムを大幅に短縮し、連続でソードスキルを発動することができる。また、ソードスキル発動後、違う武器のソードスキルを発動させたい時に、自動で手元の武器をクイックチェンジで変えて、すぐさまその武器のソードスキルを発動することができる(例えば、片手直剣のソードスキル発動後、次は槍のソードスキルで攻撃したい時、クイックチェンジのワンタッチ操作をすることなく、手元の武器が槍に変わり、無駄な手間が無いまま槍のソードスキルを発動することができる)。そのため、非常に汎用性が高く、慣れるまで難しいユニークスキルになっている。
※SAOIFをやっている方ならご存知かもしれませんが、簡潔に言えばコネクトスキルです。この世界ではハルトのユニークスキルになっています。また、同じ武器のソードスキルじゃないと連結できないSAOIFのコネクトスキルと違って、それぞれ違う武器のソードスキルとも連結できるので、若干強くなっています。


ということで、遂にハルトとコハルがゴールインしました
次回は二人の結婚生活を書きます。更に新キャラの登場も!?


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ep.48 苗木の少女

2022年11月6日はSAO正式サービス開始日!
まさか、生きている内にこの日を迎える日が来るとは思っていませんでした。これからもSAOは永遠に不滅です!
今回の話で新キャラが登場します。察しの良い人なら、タイトルを見て、どんなキャラが登場するのか気づくはずです。


「ハッ、ハッ、ハッ」

 

乱れた呼吸の音が森の中に響く。

アインクラッド第六十一層。この層の特徴としてまず挙げられるのは、住みやすさだろう。

主街区《セルムブルク》を始め、層の至る所に人が住める住居が存在している。そのレパートリーの数々は多彩で、部屋が整っているけどお高い物件もあれば、《セルムブルク》から少し離れているがお手軽な価格で買える物件もある。それらの理由もあって、六十一層はSAOで最も住みやすい層とも言われている。

そんな夢のような層に存在する《セルムブルク》から少し離れた所にある森の中。

とても人が住めるような所ではない場所で、一人の少女が息を切らしながら走っていた。

少女は白いワンピースの上に黒い合羽のような物を着ていて、髪は染めているのか紫色のロングヘア。瞳の色は凛とした翠色で、エメラルドグリーンのように光り輝いていた。

少女は自分が何者なのか分からなかった。一つだけ分かるのは、自分が今危機に陥っていること。後ろから迫って来ているモンスターからひたすらに走って逃げている。逃げ惑う少女の瞳には、様々な感情が混ざっていた。恐怖、困惑、悲しみ。

少女は一人だった。気づいたらこの森の中にいて、右も左も分からないまま歩いていると、巨大なカマキリに出くわして、少女は「ここはどこ?」と尋ねたが、返ってきたのは、高い咆哮と巨大な鎌だった。合羽の一部を斬り裂かれた少女は、訳も分からないまま逃げた。

自分は誰なのか。何故今こうして逃げているのか。そもそも自分は何に対して逃げているのか。心の中で問おうとしても、その問いかけには誰も答えてくれず、少女はただひたすらに逃げ惑う。

 

「あ!」

 

ふと足元にあった蔓に足が引っかかり、少女は転んで地面に倒れ込んでしまう。

当然、その絶好のチャンスをモンスター(巨大カマキリ)が見逃すはずなく、少女が顔を上げた時には、既にその距離は目と鼻の先だった。

少女は恐怖でその場にへたり込み、涙を見せながら体を震わせるが、モンスターは少女の怯える姿を見ても躊躇う素振りは見せず、目の前にいる獲物を仕留めようと自分の武器である巨大鎌を動かす。

モンスターが巨大鎌を振り上げ、少女が目を瞑った瞬間、モンスターが突如呻き声を上げながらパリンッと消滅した。

いつまで経っても自分に攻撃が来ず、恐る恐る目を開けると、自分を襲おうとしてたモンスターの姿はなく、代わりに一つの人影が目に映った。

 

「・・・大丈夫?」

 

その影がこちらに振り向いた直後、少女は意識を失い、その場に倒れた。

少女が最後に見たのは、こちらに向かって優しく微笑む茶髪の人間の顔だった。

 

 

 

 

「ハルト、あなたはコハルを生涯の伴侶とし、病める時も健やかなる時も愛し続けることを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

神父の問いに、白いタキシードを着たハルトは答える。

それを確認した神父は、今度はハルトの隣にいるクリーム色のウェディングドレスを着たコハルに問う。

 

「コハル、あなたはハルトを生涯の伴侶とし、病める時も健やかなる時も愛し続けることを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

コハルもまた、同じように答える。

そして、お互い見つめ合うと、ハルトはコハルの手を取り、彼女の薬指に結婚指輪をはめた。

 

カラーン、カラーン

 

その途端、教会の鐘が鳴り響いた。まるで、二人の新たな門出を祝うかのように。

結婚に至るまで数々の強敵と戦い、どんな困難も共に乗り越えてきた二人だが、この日ばかりは祝福の鐘に包まれながら、幸せそうな表情を浮かべるのであった。

その後、結婚式を終え、いつもの装備に戻った二人は、圏内エリアを歩きながら結婚式の余韻に浸っていた。

 

「ありがとうハルト。こういう結婚式に憧れてたから、君と一緒にできて、すっごく嬉しい」

 

「僕も同じ気持ちだよ。まぁ、あれだけ立派な教会で式を挙げたから、値段は高かったけどね」

 

《セルムブルク》に建てられている結婚式場。その見た目は大聖堂のような造りであり、中も豪華な装飾が数々施されている。当然、そんな豪華な場所で式を挙げようとすれば、その分値段はかなり高くなる。

しかし、二人はお互いにクエストやボス攻略で貯めたお金を出し合い、無事結婚式を挙げることができた。

 

「フフッ、これだけ凄い結婚式だったんだし、リアルではもっと凄い結婚式にしようよ」

 

「そうだね。場所もそうだけど、皆も呼んで、盛大に祝ってもらおう」

 

現実世界でも結婚式を挙げる約束をしながら歩いていると、目的の場所に辿り着いた。

二人の目の前には、木造のログハウスがあった。

このログハウスもまた、二人でお金を出して買ったマイホームだ。

 

「わぁ!おしゃれな家だね!」

 

「ここが僕たちの新しい家だよ。主街区のホームはどれも高かったから、ちょっと遠いけど、値段がお得なこのログハウスを買い取ったんだ」

 

「へぇー、主街区のホームも良かったけど、ここも自然が豊かで素敵な場所だね」

 

この家の周辺は木々で覆われていて、草花や動物が生息していて、小鳥のさえずりが聞こえてくる。

ここら辺は《セルムブルク》から少し離れた場所にあり、モンスターも殆ど出現しない安全地帯でもある。

ちなみに、この家は貸別荘としても使われていて、レンタルすると、買取価格よりもかなりお得になるとのこと。ただし、一度買い取られると、持ち主がこの家を手放すまでレンタルできなくなるが・・・

 

「早く入ろうよ、ハルト」

 

「分かってる・・・お邪魔しまーす」

 

二人が家の中に入ると、そこには木製の床と壁が視界に入った。

靴を脱いで家に上がると、奥の方にはキッチンがあり、リビングには暖炉とソファーが設置してある。

他にも部屋がいくつかあり、寝室と書斎、ベランダもあるようだ。

 

「結構広いんだね。それに、家具も揃ってる。これなら、すぐに生活できそうだね」

 

「うん。後は配置かな?それと、ストレージにある物もいくつか家に置いておきたいし、少しずつでいいから整理していこう」

 

ハルトの言葉に、コハルは頷いた。

その後、コハルは中の家具などを整理したいと言い、ログハウスに残って作業することになった。

その間に、ハルトは外に出て、家の周りを探索しに行った。

そうしている内に、気づいたら森の中にいた。

森の中を歩いていると、ハルトはあるものを見つけて、少しだけ驚いた。

 

「《セルムブルク》から一番離れた場所に売られていた家はあの家だと思ってたけど、こんな森の中にも家があるなんて・・・」

 

森の深くに建てられている木造の建築物を見て、感心しながら呟くハルト。

流石SAOで最も住みやすい層と言われるだけある。そんなことを思っていると、不意に草木が激しく揺れる音が森の中に響いた。

 

「!?・・・何の音だ?」

 

一向に止まない音に警戒しながら、ハルトは森の中を進んでいると、衝撃の光景が目に入った。

 

「あれは!?」

 

ハルトの目の前には、尻餅を付きながら震えている紫色の髪をした少女と、その少女に今も斬りかかろう言わんばかりに鎌を振り上げている巨大カマキリがいた。

ハルトは咄嗟に《フォルネウス》を引き抜き、素早い動きで巨大カマキリの鎌を斬った。

そして、そのまま巨大カマキリの胴体に《フォルネウス》を突き刺すと、巨大カマキリは叫び声を上げながらポリゴン状に四散した。

 

「・・・大丈夫?」

 

《フォルネウス》をしまい、少女の方に顔を向けながら声を掛けるハルト。

その直後、少女が突然倒れた。

 

「ちょ、え!?た、大変だ・・・!」

 

ハルトは慌てながらも、倒れた少女を背中に背負うと、ログハウスへ一目散に駆け出した。

 

 

 

 

ログハウスへ戻ってきたハルトは、玄関のドアを思いっきり開ける。

 

「大変だコハル!女の子が森――でぇ!?」

 

勢い良く入ってきたハルトの視界に、驚きの光景が目に映った。

 

「え、えっと・・・おかえりなさい、あなた。ご飯にする?お風呂にする?それとも・・・ワ・タ・シ?」

 

ハルトの目の前にいたのは、メイド服を着たコハルが、顔を真っ赤にしながら立っていた。

恥ずかしさを我慢しながらも笑顔で出迎えたコハルに対して、ハルトの脳内は混乱していた。

何故、彼女はいきなりこんな恰好をして、こんな新婚ほやほやのプレイをしようと思ったのか。しかも、恥ずかしさを我慢してまで。

思考を停止しかけているハルトを見て、コハルは慌てて弁解する。

 

「ち、違うの!結婚したばかりの女の人は、家に帰ってきた旦那さんに、必ず裸エプロンでこんなやり取りをしなければならないってさっき言われて・・・!それで、流石に裸エプロンは恥ずかしいから、たまたまストレージに入ってたメイド服を代わりに使おうと思って・・・!」

 

「(なんで、たまたまでメイド服があったんだろう?)・・・ちなみに、そのやり取りは誰が教えたの?」

 

「えっと・・・ソウゴさん・・・」

 

「あのドS・・・ハッ!今はそんなこと言ってる場合じゃない!」

 

とりあえず、コハルに変な事を教えたソウゴには、「何やってんだお前!」と文句を言おうと決め込んだハルトは、今はそれどころじゃないと気持ちを切り替え、背中に背負っている少女を見せた。

それに気づいたコハルも、赤かった顔が一転して、驚愕の表情になる。

 

「え!?その子は・・・?」

 

「この近くの森でモンスターに襲われていたのを助けたんだ。でも、助けた後に倒れちゃって、流石に放っておけないから・・・」

 

ハルトの説明を聞いて、事情を理解したコハルは、すぐさまハルトを寝室まで案内し、二つあるベットの内の一つに少女を寝かせた。

少女は顔色が悪かった先程までとは違い、スヤスヤと眠っている。

少女を眺めていたハルトとコハルだったが、ハルトがあることに気づいた。

 

「・・・カーソルが無い」

 

「え?」

 

「もし、この子がNPCでも、頭の上にはカーソルがあるはずなんだ。でも、この子には、そのカーソルすらもない」

 

「それって、バクかもしれないってこと?」

 

「多分・・・今の所、クエストは発生していないし、もしかしたら、他に誰かと来ていて、その人とはぐれてしまった可能性もなくは無いかもしれない・・・」

 

二人の間に無言の時間が続いたが、コハルが不安そうな表情でハルトに問う。

 

「・・・目、覚めるよね?」

 

「うん、体が消滅していない以上、この子のHPはまだあるってことだよ。今日はもう遅いし、明日になればきっと・・・」

 

「そう、だね・・・」

 

そう言いながら、コハルはハルトの肩に寄りかかる。

ハルトは彼女を安心させるかのように、背中を優しく撫でた。

その後、二人はもう一つのベットを二人で使い、一緒に眠りについた。

 

 

 

 

そして、翌朝。

 

「ハルト!起きてハルト!」

 

「うーん、おはよう。どうしたの?」

 

こちらを呼ぶコハルの大声に叩き起こされ、ハルトは目を擦りながら彼女に近づく。

 

「!?」

 

すると、ベットに横たわりながらこちらを見つめる紫色の髪をした少女が見えて、一気に目が覚めた。

対するコハルは、安心したかのように少女をゆっくり起こしながら話しかける。

 

「良かった。目が覚めたんだね。自分の身に何が起きたのか分かる?」

 

「私は・・・森を、歩いて・・・そうしたら、大きな、目とあって、それで・・・っ!」

 

少女はその時のことを思い出したからなのか、顔を真っ青にする。

 

「わぁ!後は言わなくていいから!」

 

顔を真っ青にする少女を見て、これ以上は思い出させない方がいいと感じたコハルは、慌てながら少女の口を止める。

 

「ごめんね。辛いこと思い出させちゃって。あなたの名前を聞かせてくれないかな?」

 

「な、まえ?」

 

「そう、名前。自分の名前を言える?」

 

「なまえ・・・私の・・・?」

 

少女は少し戸惑う素振りを見せながらも、ゆっくりと口を開いて自分の名前を言った。

 

「ナエ・・・」

 

呟くように名前を言った少女ことナエ。

 

「ナエちゃんか・・・いい名前だね。ナエちゃんはどこから来たのか分かる?家族とか、他に一緒だった人はいない?」

 

そう問いかけるコハルだが、ナエは顔を少し俯かせながら答えた。

 

「・・・分からない」

 

「え?」

 

「気がついたら、森の中にいた。私、一人・・・」

 

「そっか・・・」

 

「(やっぱり、他のプレイヤーと一緒に来たってわけじゃなさそうだな)」

 

困った顔をするコハルの隣で、そんなことを思いつつも、ハルトはベットに座り、ナエに話しかける。

 

「ナエちゃん・・・いや、ナエって呼んでいいかな?」

 

ハルトの言葉に頷くナエ。

 

「とりあえず、僕たちも名前を言うよ。僕はハルト。こっちがコハル」

 

「ハ、ルト・・・コ、ハル・・・?」

 

「そうだよ」

 

「ハルト・・・ハルト・・・」

 

ナエはハルトの名前を呟きながら、ジーっと彼の顔を見つめていたが、しばらくして口を開いた。

 

「パパ」

 

「うぇ!?」

 

予想だにしなかった言葉で言われて、思わず変な声を出すハルト。

そんなハルトの様子を気にともせず、ナエは続けざまにハルトをパパと言う。

 

「パパ・・・ハルト、パパ」

 

「ちょ、ちょっと待って!?ナエ!」

 

「これはどういうことかな?ハルト」

 

肩に手を置かれたハルトが振り向くと、コハルが全く笑っていない笑みを浮かべていた。

 

「なんで、会って間もない女の子からハルトがパパって呼ばれているのかな~?もしかして、私の知らない所で、他の人とそういう関係になっていたのかな~?」

 

「誤解だよ!多分、森でナエを助けた時に、僕のことを父親だと勘違いしたんじゃないかな・・・?」

 

「むぅー」

 

頬を膨らませながら、ジト目でハルトを見つめるコハル。

すると、今度はナエの方に視線を向けて、勢い良く彼女に話しかける。

 

「ねぇねぇ、ナエちゃん!私のことはママって呼んでみて!?」

 

「・・・コハル?」

 

「な、ナエちゃーん!」

 

涙目になりながら声を上げるコハルだったが、ナエは無表情のまま首を傾げ、そのままハルトに視線を向ける。

 

「ハルトはハルトだから、パパ」

 

「え?あ、うん、まぁ、別に構わないけど・・・」

 

困惑しながらも了承したハルトに対して、コハルはガーン!という効果音が出そうなほど落ち込んでいた。

 

「(これはまた、大変なことになりそうだな・・・)」

 

これから訪れるかもしれない波乱の日々に、ため息を付きながらも、ハルトは今だにママと呼ばせようとしているコハルと、きょとんと首を傾げながら彼女を名前で呼ぶナエを微笑ましそうに見つめるのであった。




・《セルムブルク》の結婚式場
SAOIFをやっている人はご存知かと思いますが、二人(SAOIF主人公とコハル)が結婚式(体験)を挙げたあの結婚式場です。

・二人のマイホーム
こちらもSAOIFをやっている人はご存知かと思いますが、二人が一時期住んでいたあのログハウスです。SAOIFではレンタルでしたが、この作品では買い取っています。

・コハルが新婚ほやほやのプレイをしている一方、ソウゴ達はというと・・・
「フッ、俺からの結婚祝いだ。気に入ってくれや・・・」(←ゲス顔のソウゴ)

「「(うわぁ・・・)」」(←ドン引きするトウガとコノハ)

「?」(←何も知らないレイス)

・何やってんだお前
言われる前はそんなに気にしてなかったのに、このネタを知った後に例の予告を見たら、どう見てもウソップに言ってるようにしか見えなくなった。

・ナエ
六十一層の森の奥にいた少女。ハルトとコハルの娘に該当するキャラ。CVは長縄まりあ(「はたらく細胞」の血小板ボイス)


劇場版SAOプログレッシブ冥き夕闇のスケルツォの感想
・シヴァタとリーテンの声、めっちゃイメージ通り
・キバオウ、原作や漫画よりツンデレ度増してて草
・ミトがネズハの上位互換すぎる(というか、完全にチートだろあれ)


裸エプロンコハル、正直めっちゃ見たいです!
遂に登場しました。キリアスでいうユイちゃんポジのオリキャラ。
次回は引き続き、ハルトとコハル、ナエちゃんの親子三人の話になります。


<オマケ>
ザントと今回登場したナエちゃんのイメージ画像をピクルーで作りましたのでどうぞ。
・ザント/狡嚙隼人(使用メーカー:お隣男子メーカー)

【挿絵表示】


・ナエ(使用メーカー:YSDメーカー)

【挿絵表示】


※ザントの髪型、本来なら「鬼滅の刃」の不死川実弥みたいな感じにしたかったのですが、不死川の髪型があまりにも独特過ぎて、探しても見つかりませんでした。


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ep.49 ナエの冒険

あの後、ハルトとコハルがナエを連れてやって来た場所は第一層《はじまりの街》にあるサーシャが営む教会だった。

アインクラッドに迷い込んだ子供たちを日々保護している彼女なら、何か知っているのではないかと思い、訪ねたハルト達だったが、事情を説明した後に返ってきたサーシャの言葉は、それらの期待に応えられないものだった。

 

「ごめんなさい。ナエちゃん、だったわよね?この子は、ここの子供でもなければ、《はじまりの街》でも見かけたことはないわ」

 

「そうですか・・・」

 

サーシャの言葉を聞いて、残念そうに言いながら顔をナエがいる方に向けるコハル。その視線の先には、ナエが子供たちと楽しく遊んでいた。

それを見ていたサチが、ハルトとコハルの二人に問う。

 

「二人はナエちゃんを六十一層の森の中で見つけたんだよね?その時に、誰か他の人とかいたりしなかったの?」

 

「いや、倒れたナエを運ぶ時に、少し辺りを見渡したけど、人影は見えなかったよ。それに、大分前に攻略されたとは言え、六十一層はまだ攻略難易度が高い層だ。当然、レベルの高いモンスターだっていっぱいいる。攻略組ならともかく、低層や中層レベルのプレイヤーが、しかも子連れで行くなんて、ハッキリ言って、異常と言わざるを得ない」

 

「そうだよね。私も、そんな危険な場所に子供たちを連れていけないよ・・・」

 

「となると、ナエちゃんの保護者は攻略組?」

 

「或いは、本当に一人で六十一層に来て、そこで何らかの事故にあって、記憶を失ってしまったか・・・」

 

ナエについて様々な考察をするハルト、コハル、サチの三人。

すると、子供たちと遊んでいたナエが、ハルトとコハルに話しかけてきた。

 

「パパー、コハルー。一緒に遊ぼー」

 

「そうだよ!兄ちゃん達も一緒に遊ぼうぜ!」

 

子供たちも無邪気な様子で二人を遊びに誘う。

お互い顔を見合わせたハルトとコハルは、ひとまずナエの事を考えるのは止めにして、ナエや子供たちと時間いっぱい遊ぶのであった。

 

 

 

 

その帰り道、ハルト達は夕暮れの《セルムブルク》を歩いていた。

ナエは子供たちを遊んで疲れたのか、ハルトの背中におんぶされながら寝ていた。

スヤスヤと寝ているナエを見て、コハルが口を開く。

 

「ねぇ、ハルト。ナエちゃんのことなんだけど・・・」

 

「言いたいことは分かるよ。だけど、それじゃあ攻略はどうするつもり?ナエの面倒を見ながらじゃ、流石に難しいと思うよ」

 

「うん、分かってる。でも・・・」

 

コハルの言いたいことはハルトにも分かる。ナエは今、保護者もおらず、一人ぼっちの状態だ。当然、そんな彼女を見捨てることはできない。

けれども、自分たちは攻略組であり、常に危険と隣り合わせである。最近は強くて怖いモンスターも増えてきているし、そこにナエを連れていくことはできない。だからといって、ナエばっかりにかまって、攻略を疎かにするわけにはいかない。

二人は思い悩み、しばらく時間が経った後、ハルトがゆっくりと口を開いた。

 

「・・・明日、もう一度あの森に行ってみよう。もしかしたら、ナエの記憶を戻す手がかりが見つかるかもしれない。今後どうするか決めるのは、それからでも遅くないと思う」

 

ハルトの言葉に、コハルは弱々しくだが頷いた。

 

 

 

 

翌日、ハルトとコハルはナエを連れて、彼女を見つけた森の中を歩いていた。

 

「へぇー、主街区は賑やかだったけど、ここは自然で溢れているね」

 

「うん、森にはモンスターもいるから、気をつけて進もう・・・ナエ、何か思い出したかい?」

 

周りに注意しながら、ハルトは手をつないでいるナエに問いかけるが、ナエは首を横に振る。

 

「そう。もし、何か思い出したら、すぐに言ってね」

 

「・・・・・・」

 

自分が怖い目にあった森を歩いているからなのか、ナエは何処か不安そうな様子だった。

そんなナエに、ハルトは優しく言う。

 

「心配しなくても大丈夫だよ。またモンスターに襲われそうになっても、ちゃんと守ってあげるから」

 

「うん・・・ありがとう、パパ」

 

「むぅー・・・」

 

ナエの顔色が少しだけ良くなり、それに釣られてハルトも笑みを浮かべる一方、コハルは未だ名前で呼ばれる自分と違い、パパと呼ばれるハルトを見て、不満そうに頬を膨らませた。

そうして歩いていると、三人は森を抜けて、代わりに辺りが多くの崖に囲まれた岩場のエリアに辿り着いた。

 

「どうやら、森エリアはここまでみたいだね。ここから先は、この崖の下を歩くのか・・・」

 

「えっと、名前は・・・《潮騒の岩場》。日の光があまり届いていないし、はぐれないで行こう」

 

「うん・・・ナエ、行けるかい?」

 

ハルトの言葉にコクリと頷くナエ。

三人は足元に注意しながら岩場を進んでいく。

そうしている内に、岩場の周りが水で囲まれたエリアに辿り着いた。

 

「見て、ナエちゃん!あそこにでっかい滝があるよ!」

 

「滝・・・綺麗・・・!」

 

コハルが指を指す方向に視線を向けると、そこには巨大な滝があった。

ナエは滝を初めてみるのか、目を輝かせながら見ていた。

すると、岩場を囲んでいる水面から、パシャと音が聞こえてきた。

 

「おやぁ?珍しいじゃないか。こんなところに人間が来るなんて」

 

女性の声が下から聞こえ、ハルト達は驚きながらも岩場から水面を覗き込むと、一人の女性がこちらに顔を向けていた。

 

「よっと!」

 

女性は驚異的なジャンプ力で飛び、ハルト達がいる岩場に降り立った。

 

「!? ハルト!この人、足がヒレだよ!」

 

「ということは、人魚か・・・」

 

女性の足がヒレであることから、彼女が人魚だと見抜くハルトとコハル。

すると、人魚はコハルを見ながら不敵な笑みを浮かべた。

 

「あんた、中々いいもの持ってるじゃない。アタイに寄こしな!」

 

「きゃ!」

 

人魚はコハルに急接近し、彼女の薬指にはめていた指輪を奪った。

 

「あ!返して!」

 

「やなこった。この綺麗な物はアタイが気に入ったんだ。だから、アタイの物だ。そんじゃ!」

 

「逃がさない・・・!」

 

大切な指輪を奪われたコハルは、怒りながら人魚に細剣を突き刺そうとするが、人魚はそれをヒラリと躱すと、水面に飛び込み、そのまま泳いでいった。

 

「追えるもんなら追ってみな!言っとくが、水中だと人魚は人間の数倍速く泳げるんだぜ!」

 

その言葉通り、人魚は猛スピードで泳ぎ、あっという間にハルト達を突き放していく。

 

「どうしようハルト!このままじゃ、大切な指輪が・・・!」

 

「・・・コハル、悲しい?」

 

涙目になりながら焦るコハルを見て、ナエが少し悲しそうな表情で問いかける。

その問いに答えるように、ハルトが口を開く。

 

「そうだね。あの指輪はコハルにとって、とても大事なものだし、それを奪われてコハルは今、凄く悔しい気持ちになっていると思う。そして、それは僕も同じだ」

 

「パパも?」

 

「勿論さ。あの指輪は僕とコハルが結婚した時に、どんなことが起きてもずっと一緒にいようって誓った証なんだ。それをあんな風に奪われてしまったら、コハルはとても傷つくだろうし、僕だって許せないさ」

 

「うん。ナエも、パパと同じ気持ち」

 

ハルトの言葉を聞いて、ナエはコハルの手を握る。

そんな二人の姿を見て、コハルは涙を拭って微笑むと、自分の胸に手を当てた。

 

「ありがとう二人共。おかげで、落ち着いたよ」

 

「よし、それじゃあ、早く取り返そうか・・・って行きたいところだけど、ここは水場が多いフィールドだ。人魚である彼女とは違って、僕らはあんなに早く泳げないから、普通には追いつけないだろうね」

 

「そうだね・・・何とか、あの人魚を陸におびき寄せることができればいいんだけど・・・」

 

何か良い方法はないのかと考えていると、ハルトが何か思いついた。

 

「そうだ。この間手に入れたこのアイテムを使おう」

 

そう言って、ハルトはストレージからあるアイテムを取り出した。

 

 

 

 

十分後、水中にいた人魚は、ゆっくりと水面から顔を出して、辺りを確認する。

先程彼女がいた場所には、茶髪の男(ハルト)紫色の髪の少女(ナエ)。少し視線を変えると、違う岩場に黒髪の女(コハル)が立っていた。

 

「(なるほど、こっちにいると思わせて、向こうで待ち伏せしようってわけか・・・)これだから、単純な人間は。こんなモンにアタイが引っかかるとでも思ってんのかい?」

 

呆れるように呟きながら、人魚はハルトやコハルがいる場所とは違う方向に向かって泳ぎ、泳いだ先に辿り着いた岩場で休憩しようと、水中から飛んで陸に着陸する。

 

「今だ!」

 

次の瞬間、<隠密(ハイティング)>スキルで気配を消していたハルトが、休憩していた人魚に急接近し、彼女の首下に《フォルネウス》を突き付けた。

突然現れたハルトに、困惑する人魚。

 

「な、なんで!?あんたは向こうの方にいた筈じゃ・・・!」

 

「あぁ、あっちの僕ね。ナエ!解除していいよ!」

 

ハルトが向こうの岩場にいるナエに大声で言うと、ナエは彼女の隣で突っ立ているハルトの鼻を押す。

すると、彼の体は青白い光を立てながら徐々に縮み、最終的には小さな結晶となった。

 

「あれは《人形(ドール)クリスタル》って言って、本物そっくりの人形を作り出すことができるんだ。君がさっきまで認識してた僕は、《人形クリスタル》で作った僕そっくりの人形だよ」

 

視線を人魚の方に向けたまま、《人形(ドール)クリスタル》について解説するハルト。

そうしている内に、コハルとナエもこっちに来て、完全に逃げ場を失った人魚は、顔を青白くする。

そんな彼女に、ハルトは冷静に語りかける。

 

「これで僕たちの勝ちだね。さて、君をどうしようか・・・」

 

「ま、参った!指輪は帰すから、殺さないで!」

 

「どうする、ハルト?」

 

命乞いする人魚を見て、彼女をどうするのか、ハルトに聞くコハル。

しかし、ハルトが決断する前に、怯える人魚の顔をジーっと見つめていたナエが、彼女に向かってゆっくりと歩き出した。

 

「ナエちゃん!?危ないよ!」

 

コハルが慌ててナエに声を掛けるが、ナエはそれを聞かず、人魚に近づくと、彼女の頭にポンと手を置いた。

 

「人魚さん。もう、人の物を勝手に取っちゃ、メっですよ」

 

「!? うぅ・・・分かったよ。もう、悪いことは止めるよ・・・」

 

子供に論されたからなのか、人魚は顔を赤らめて恥ずかしそうにしながら、指輪をコハルに返した。

その様子を満足そうに見つめながら、ナエは人魚に再度話しかける。

 

「人魚さん、さっきの泳ぎ、すっごくかっこよかったです」

 

「え?」

 

「もし、またここに来たら、私に泳ぎ方を教えてください」

 

「・・・まぁ、あんたがいいなら、いつでも教えて上げるよ」

 

何処かまんざらでもない様子で言うと、人魚は水面に飛び込み、顔を出しながらハルト達に言った。

 

「それじゃあ、アタイはこれで。またね」

 

「バイバーイ」

 

こちらに手を振る人魚に、ナエも手を振り返しながら、去っていく人魚を見送った。

 

「良かったねナエ。友達ができて」

 

「はい!」

 

満面の笑みを浮かべるナエを見て、ハルト達も微笑んだ。

トラブルも無事解決し、ハルト達は先に進む。

 

「ん?あれって・・・湯気?」

 

「もしかして・・・!」

 

岩場を登っていたハルト達は、視線の先に湯気のようなものが見えた。

もしやと思い、ハルト達は早足でその場所に向かうと、驚きの光景が目に映った。

 

「こ、これは!?」

 

目の前には、岩場の隙間から流れている温水が溜まった自然から作られた池。

そう、日本人なら一度は目にするであろう天然の温泉だった。

 

「わぁ!ナエちゃん見て、温泉だよ温泉!」

 

「温泉・・・!大きい・・・!」

 

コハルは勿論、ナエも初めて見る温泉に興味津々で、キラキラした目をしながら見ていた。

 

「二人共。温泉もいいけど、こっちの景色も見てみなよ」

 

「「わぁー」」

 

コハルとナエは感嘆の声を上げる。

ここがゴールなのか、温泉の周りは広大な海の景色が広がり、丁度夕暮れ時なので、綺麗なオレンジ色に染まっている海が広がっていた。

 

「なんか、凄い場所に来たな・・・」

 

思わず呟いたハルトの言葉に、コハルとナエは大きく首を縦に振る。

 

「そうだ!せっかくこんな凄い温泉を見つけたんだし、入っていこうよ」

 

「いいね。ナエも一緒に入ろっか?」

 

「うん、私もパパとコハルと一緒に入りたい・・・」

 

意見が見事に一致した三人は、早速服を脱ぎ始める。

そして、ハルトは腰にタオルを。コハルとナエは体にタオルを巻いて、温泉に入った。

 

「フゥー、気持ちいいなぁ・・・」

 

「うん、疲れが一気に吹き飛ぶみたい・・・」

 

「みたいぃ・・・」

 

温泉にゆったり浸かりながら、心地よい感覚に浸る三人。

 

「今日は本当に色々あったね。ナエちゃんの記憶を探して、あちこち回っていたら、でっかい滝があって、そこから人魚が現れたと思ったら、大事な指輪を奪われて、何とか取り返したら、その人魚とナエちゃんがお友達になって、最後にこんな景色のいい温泉を見つけて・・・大波乱の一日だったよ」

 

「ホント、大冒険だったよ。ナエはどうだった?」

 

「ナエも楽しかった。冒険、また行きたいなぁ・・・」

 

ナエは思いよせるようにポツリと呟く。

そんなナエを見たコハルは、決心した顔で言う。

 

「私、決めたよ。ナエちゃんの記憶が戻るまで、私たちで面倒を見ることにする」

 

「いいのかい?攻略にあまり参加できなくなるけど・・・」

 

「勿論、攻略も大事だよ。私たちはフロントランナーで最前線にいるんだから。でもね、やっぱりナエちゃんを放って置けないよ。だって、記憶を失った状態で、知らない所に来て、一人ぼっちだなんて、寂しいから・・・」

 

「・・・そっか。なら、僕も反対しないよ。まぁ、攻略に行く際には、サーシャさんの所でナエを預けてもらうのもありだし、どうしても攻略に行けない日が続いたら、キリトやアスナには事情を話しておくよ」

 

「そうだね。二人なら、きっと納得してくれると思う」

 

ハルトの提案に同意すると、コハルはナエに話しかける。

 

「というわけでナエちゃん。これからもよろしくね」

 

「ナエ・・・一緒?」

 

「勿論!これからも一緒だよ!」

 

コハルはナエの体をギュウと抱きしめた。

ナエはしばらくの間目をパチクリさせていたが、やがて嬉しそうに微笑み、コハルの胸元に頬ずりをした。

 

「えへへ、ナエちゃん可愛い」

 

「ん・・・もっと撫でて・・・」

 

「フフッ、よしよし」

 

コハルは嬉しそうにナエの頭を優しく撫で、ナエもまた嬉しそうに顔を緩ませながら、されるがままになっていた。

すっかり仲良しになった二人を見て、ハルトもまた微笑みながら口を開いた。

 

「ハハッ、ひとまずコハルは、ママって呼ばれるようにしないとね」

 

「もぉー!一番気にしていること言わないでよ!」

 

ぷくっと頬を膨らませて抗議するコハルを見て、フフッと微笑んだハルトは、視線を夕暮れに染まった海に移した。

 

「そろそろ二年か・・・」

 

この世界に入って、そろそろ二年が経とうとしていた。

最初は戸惑う事ばかりだったけど、今では随分慣れてきたものだ。

だけど、油断はできない。敵は日に日に強くなっていき、油断していれば、あっという間にやられてしまう。

それでもハルトは、この世界に来て良かったと思っている。

なぜなら、こうして最愛の人に出会うことができたのだから。デスゲームであっても、自分と彼女を引き合わせてくれたのは、紛れもなくこのSAO(ソードアート・オンライン)だ。

それだけではない。この世界で知り合った人達が、仲間が、友達が、ハルトにとってかけがえのない存在になりつつある。

だから、少しでも早くこのゲームを終わらせて、現実世界に帰還したい。この世界でできた'(えにし)'をこの世界の中だけで終わらせたくない。

ハルトは夕暮れに染まる海を見つめながら、心の中で決意を新たにした。




・《人形(ドール)クリスタル》
プレイヤーの名前を言うと、その人物そっくりの等身大人形が作れるアイテム。鼻を押すと元に戻る。原作には出ないので、この作品オリジナル。


お気づきだろうか?さり気なく、混浴してますよこの家族・・・
ナエちゃんの話は、ここで一旦終了です。
次回からようやく原作の話に進めそうです。


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SAOIF5周年記念 フェアリィ・ダンス編先行公開

本日11月30日を持ちまして、SAOIFは5周年を迎えました。SAOのアプリゲームで5年も続いた作品は今まで無かったので、本当に凄いと思います。逆にアリブレは約3年でサービス終了・・・悲しいね、バ○ージ。
そこで、今回はSAOIF5周年を記念して、アインクラッド編原作ルートが終わったら執筆予定のフェアリィ・ダンス編の一部シーンを先行公開したいと思います。リーファは勿論、フェアリィ・ダンス編で登場予定の新キャラも登場するのでお楽しみに。


場所は変わって、シルフ領付近の森の上空。

この場所でシルフとサラマンダーの部隊で激しい戦闘が行われていた。

 

「ヤァ!」

 

金髪ポニーテールのシルフの少女リーファは、目の前の敵に向けて太刀を振り下ろす。

振り下ろした太刀がサラマンダーの男の体を斬り裂くと、その体は消滅して、小さな赤い火が残った。

この世界で死んだ者はポリゴンではなく、小さな残り火を残して消滅するのだ。

敵を一人倒したリーファだが、その表情は優れない。

なぜなら、自分たちが残り三人しかいないのに対して、敵はまだ多数いるからだ。

リーファは気を引き締めて、迫り来るサラマンダー達を迎え撃つべく太刀を構えると、横からサラマンダーが、こちらに剣を振り下ろしてきた。

 

「このっ!」

 

「うっ!」

 

間一髪、サラマンダーが振り下ろした剣を太刀で受け止めるリーファ。

しばらくの間、剣を打ち合い、鍔迫り合いの状態になる。

しかし、単純な力ならサラマンダーの方が上なのか、リーファは徐々に押されていった。

 

「(このままじゃ・・・!)」

 

やられる。そう思ったその時、天から一筋の流星が降り注いだ。

その流星は急速に下降していき、両手に持っていた二本の刀でリーファを襲っていたサラマンダーを一閃した。

二本の刀で体を真っ二つにされたサラマンダーのHPは、あっという間にゼロになり、その体は消滅して、赤い炎と化した。

サラマンダーを斬った流星は、空中で体勢を整えながらその場にとどまる。

流星の正体はシルフの少年だった。黄緑のジャケットの上に緑のフード付きマントを羽織り、雪のような冷たい雰囲気を持つシルフの少年だが、その髪の色は緑や黄色が多いシルフでは異色の白だった。

白髪の少年は宙に浮きながら、周りの様子を確認する。

 

「右に三人、左に四人か・・・」

 

左右からこちらに迫って来ているサラマンダーの部隊に、どう対処しようか考えていると、後ろから先程少年に助けられたリーファが声を掛けてきた。

 

「セツナ君!」

 

「・・・リーファ、二手に分かれるぞ。お前はレコンと一緒に右の三人を頼む。俺は左の四人を相手する。上手く撒けたら、シルフ領手前の森で合流するぞ」

 

「ちょ、セツナ君!?」

 

声を掛けてきたリーファに、ほぼ一方的に指示を出すと、白髪の少年セツナは羽を広げて、左の四人いるサラマンダー部隊の方へ飛んでいく。

こちらに接近してきているセツナの姿を確認したサラマンダーの部隊は、前衛の二人が前に出て、その後ろから後衛の二人が呪文を唱えて、火球を放った。

 

「フン、そんなもので・・・」

 

セツナは表情を変えぬまま、次々と放たれる火球を閃光のような速さで躱していく。

しかし、火球は飛行するセツナをしつこく追尾し、セツナが下の森に身を隠した瞬間、火球は一気に集まって、一つの大きな火球となり、そのまま森へぶつかる。

 

ドカーン!

 

巨大な火球が大爆発を起こし、森一帯が炎に包まれた。

 

「やったか!?」

 

そう言いながら、仕留めたと思い込んだ前衛の一人が、燃えている森を見つめる。

それが思い違いだと気づいたのは、もう一人が自分に向かって叫んだ時だった。

 

「後ろだ!」

 

仲間に言われて後ろに振り向くと、すぐ目の前に、セツナが二本の刀を構えながら、猛スピードでこちらに接近していた。

相手に防御する隙も与えず、セツナは体を横に回転させて、サラマンダーの男を斬る。

斬られたサラマンダーの男は、HPがゼロになったことで体が消滅し、残り火と化した。

一人倒したセツナは、飛行しながら体勢を整える。

 

「この野郎ぉ!」

 

「!?」

 

すると、セツナの背後から、もう一人のサラマンダーがランスで奇襲して来た。

セツナは咄嗟に刀を前に出して奇襲を防ぐが、しばらくの鍔迫り合いの後、サラマンダーは一瞬の隙を付いてランスを下から振り上げ、セツナが持っていた二本の刀を上に弾き飛ばした。

 

「ハハァ!今なら奴は丸ごし――」

 

「フッ!」

 

絶好のチャンスと言わんばかりにサラマンダーの男がランスを構えた瞬間、セツナは腰にしまっている二本のダガーを抜き、男の両目に向けて投げた。

 

「目がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ダガーが両目に突き刺さり、手で目元を押さえながらパニックになるサラマンダー。

その隙を逃さず、セツナは丁度手元に戻ってきた二本の刀を左右それぞれの手で掴むと、そのままサラマンダーに向けて振り下ろした。

Xの字に斬られたサラマンダーもまた、HPがゼロになり、残り火と化する。

 

「後二人か・・・」

 

そう言って、セツナは残り二人のサラマンダーに視線を向ける。

対するサラマンダー二人は、あっという間に仲間を二人倒した少年を警戒して、動けないでいる。

さっさと片付けてしまおうと、セツナが動き出そうとしたその時。

 

「――ぁぁぁぁぁぁ」

 

「ん?」

 

僅かだが、人の叫び声が聞こえてきて、セツナは動きを止める。

しかし、辺りを見渡しても、いるのはサラマンダーの二人だけだ。当然、その二人から発せられているものでもない。

 

「な、なんだ?」

 

「どこから・・・?」

 

サラマンダーの二人も、謎の声に気づき、キョロキョロと辺りを見渡す。

そうしてる間にも、叫び声は段々と大きくなっていく。

 

「――けてぇぇぇぇぇぇ!」

 

「・・・上か?」

 

声の発生源が上空にあると気づき、セツナは上を見上げる。

すると、満月の夜に僅かだが人の影が見えた。その影は、こちらに向かってどんどん近づいていた。

人影は徐々に大きくなっていき、月の光に照らされた瞬間、その正体が明らかになる。

 

「誰か助けてぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

それは自分と同じシルフと思わしき少女が悲鳴を上げながら、真っ逆さまに落ちている姿だった。

ALOの象徴とも言える羽も出さず、手足をバタつかせながら、ただ真っ逆さまに落ちていくシルフの少女を見つめながら、セツナはポツリと呟いた。

 

「なんだ、あれ・・・?」




先行公開はここまでです。続きはフェアリィ・ダンス編で。
オリキャラ、セツナの紹介はこちらからどうぞ。


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ep.50 穏やかな日常

メリークリスマス!私からのクリスマスプレゼントです。尚、これが今年最後の投稿になります。
今回でようやく原作の話に戻ります。やっと青眼の悪魔の話に入れる・・・


SAOが始まってから二年近くが経とうとしていた。

既に4000人以上のプレイヤーが亡くなり、日に日に強くなっていくエネミーやボスに苦戦を強いられている。

それでも、攻略組は諦めることなく、この世界から脱出する唯一の条件である百層クリアを目指して、日々攻略に励んでいる。

それは、ついこの間結婚したばかりのハルトも例外ではなく、攻略組の一員として、SAOクリアに奮起していた。

そんなハルトだが、今日は攻略に参加せず、五十層の主街区《アルゲート》に来ていた。

パートナーのコハルと娘であるナエを六十一層のマイホームに残し、《アルゲート》にやった来たハルトは、目的の場所に向かって街中を歩く。

そして、目的の店に辿り着くと、店の中に入った。

中に入ると、「いらっしゃい!」とエギルが景気よく挨拶してきたので、「こんにちは」と返すハルト。

 

「来たな、ハルト」

 

エギルと何気ない会話をしていると、ハルトをここに呼び出した人物、キリトが店の階段から降りてきた。

 

「キリト、僕をここに呼び出した理由は何?」

 

「まぁ、ひとまずは二階の部屋まで来てくれ。そこで説明するからさ」

 

キリトに案内されて、ハルトは階段を上り、二階の部屋に入る。

部屋に入ったら、キリトはアイテムストレージのウィンドウを開くと、指でウィンドウを動かしながらハルトにストレージの中身を見せる。

キリトのアイテムストレージを眺めていたハルトだが、あるアイテムを見た瞬間、驚愕の表情でそのアイテムを凝視した。

 

「こ、これって、S級食材《ラグーラビットの肉》じゃないか!」

 

取得率が極めて低いと言われているS級食材《ラグーラビットの肉》。ハルト自身も手に入れたことが一度もないため、初めて見るS級食材の存在に驚く。

 

「こんな凄い食材。どこで手に入れたんだい?」

 

「七十四層の迷宮区を攻略した帰りに、たまたま見つけて手に入れたんだ。けど、手に入れたはいいけど、俺って<料理>スキルが低いから、料理しようにも上手く作れないかもしれないんだ。ハルトは今、<料理>スキルはどれくらいなんだ?」

 

自分では上手く料理できないと悟ったキリトは、<料理>スキルが高い者に作らせようと思い、こうしてハルトを呼んだのだった。

 

「僕はそこそこ鍛えてはいるけど、焼く、煮るくらいしかできないかな」

 

「そうか。やっぱりそうだよな・・・」

 

「あ!そう言えば、コハルがつい最近<料理>スキルをコンプリートしたって言ってたよ」

 

「マジで!?」

 

思わぬ情報を耳にして、シェフ発見と言わんばかりの顔をするキリト。

 

「その<料理>スキルの高さを見込んで頼みがあるんだが、この食材を料理してくれるか?勿論、料理してくれたら、二人にも分けるつもりだ」

 

「本当かい?ちょっと待ってて。コハルにメッセージを送るから」

 

そう言って、コハルにメッセージを送るハルト。

すると、すぐに返信が来て、ハルトは返信内容を見る。

 

「料理するのは問題ないけど、《ラグーラビットの肉》をコハルともう一人・・・この間言ったナエにも分けてくれるならいいってさ」

 

「うーん・・・まぁ、食う奴が一人増えても問題は無いか・・・」

 

「分かった。それじゃあ、大丈夫って返信しておくから」

 

「頼んだよ・・・よし!」

 

メッセージを返すハルトの隣で、《ラグーラビットの肉》を美味しく頂けることが可能になり、思わずガッツポーズするキリト。

すると、エギルが部屋の中に入って来て、二人に声を掛ける。

 

「おい、お前ら。お前らに客が来てるぞ」

 

客の言葉に、疑問符を浮かべるハルトとキリトだが、ひとまず部屋から出る。

階段を降りて、店の入り口の方を見ると、護衛らしき男を引き連れているアスナがいた。

 

「こんにちは、キリト君、ハルト君」

 

「珍しいなアスナ。こんなゴミ溜めに顔を出すなんて」

 

「キリト、エギルに失礼だよ」

 

さり気なくエギルの店に毒を吐くキリトに、ハルトが呆れ半分で咎める。

 

「もうすぐボス攻略があるから、生きてるかどうか確認しに来たのよ。まっ、無事に生きてるみたいだし、その様子だと、問題はなさそうね。それよりも、ハルト君がここに来るなんて珍しいわね。何かあったの?」

 

来訪の目的を話したアスナは、普段あまり《アルゲート》に来ないハルトが、この店にいる理由を問う。

すると、キリトは不敵な笑みを浮かべながら、アイテムストレージのウィンドウを開いた。

 

「フッフッフッ、これを見ろ」

 

不敵な笑みを浮かべるキリトを怪訝に思いながらも、アスナはウィンドウに書かれたアイテムを見て、ハルト同様驚愕の表情になる。

 

「こ、これって!?」

 

「ついさっき、フィールドで手に入れたんだ。これから、ハルトの家に行って、コハルに料理してもらうのさ」

 

驚くアスナに向けて、自慢するかのように言うキリト。

一方アスナは、《ラグーラビットの肉》と書かれた文字を凝視しながら、「むぅー・・・」と唸っていたが、突如キリトに勢い良く頭を下げた。

 

「一生のお願いキリト君!そのお肉、私にも分けて!」

 

「えぇ!?」

 

いきなり分けて欲しいとお願いされて、キリトは心の中で焦った。

既にハルトとコハルとナエの三人に分ける約束をしてるのに、そこにアスナも加われば、自分が肉を食える量が少なくなる恐れがある。せっかくのS級食材を十分に味わえないかもしれない。

何とか上手い言い訳が無いか考えていたキリトだったが、ここで予想外の援護射撃がキリトを襲った。

 

「いいんじゃないかな?美味しい物は皆で食べた方が美味しいと思うし、アスナと一緒にご飯を食べるのは、久しぶりだしね」

 

「ちょ、おい!?」

 

予想外の援護射撃に、キリトは慌てながらも、ハルトを制止しようとする。

しかし、それよりも先に、アスナが満面の笑みを浮かべながら聞いた。

 

「ハルト君もそう言ってることだし、いいわよね?キリト君」

 

「うぅ・・・分かった」

 

「やったー!」

 

「良かったね。アスナ」

 

喜ぶアスナとそれを微笑ましく見つめるハルトの隣で、トホホと言わんばかりの顔をするキリト。

すると、今までの話を黙って聞いてたエギルが話しかけてきた。

 

「へぇー、S級食材の料理か。そいつはきっと美味いだろうな・・・なぁ、俺も食べに行ってもいいか?」

 

「勿論いい――むぐっ!?」

 

「悪いなエギル。この《ラグーラビットの肉》は5人前だから、お前の分はもう無いんだ。味が気になるなら、後で感想文を300字程度書いて送ってやるよ。それじゃあな」

 

エギルも誘おうとしたハルトの口元をキリトが片手で押さえた。

流石に6人となれば、肉を食える量が少なくなる。貴重なS級食材だからこそ、なるべくたくさんの量を食べたいという想いがあっての行動だった。

「そりゃないぜ」と落胆するエギルの声を尻目に、キリトはハルトとアスナを連れて店を出た。

そして、しばらく街中を歩いたところで、アスナは護衛と思わしき男に声を掛けた。

 

「今日はもう大丈夫です。お疲れ様」

 

「・・・アスナ様。百歩譲って、そちらの《全属性使い(オールラウンダー)》はいいとして、そこの素性の知れない者とまで一緒に行動しますか?」

 

そう問いながら、護衛の男は不満いっぱいの目でキリトを見つめていた。

そんな護衛の男をアスナは一瞬怪訝そうな顔で見つめるが、すぐさま顔を元に戻して口を開く。

 

「・・・素性はともかく、彼は腕だけなら確かよ。レベルもあなたより上だと思うわ」

 

「私がこんな奴に劣るだと・・・まさか《ビーター》!?」

 

ビーター。その言葉を聞いた途端、アスナの視線が鋭くなる。

そんなアスナの視線に気づかぬまま、護衛の男は感情を高ぶらせながら言葉を続ける。

 

「アスナ様!こいつは自分さえ良ければいいと思っている奴です!こんな奴と関わると碌なことになりませんよ!」

 

キリトと関わらせまいと言わんばかりの勢いで、アスナを説得しようとした護衛の男だったが、直後、彼の言葉を黙って聞いていたハルトがゆっくりと口を開いた。

 

「・・・取り消してくれるかい。今の言葉」

 

「何?」

 

怒気を含んだ声に、護衛の男は思わず言葉を止めて、こちらを睨み付けているハルトを見る。

 

「彼が《ビーター》の名前で呼ばれていたのは、かなり前の話だ。そんな古い悪名を今更持って来て、彼を貶めるような事をするなんて・・・攻略組として、恥ずかしくないのかい?」

 

「貴様・・・!」

 

護衛の男は怒りに満ちた顔で腰にある剣に手を当てる。対するハルトも視線を鋭くさせて、一触即発の空気になる。

 

「そこまでよ。ハルト君も気持ちは分からなくないけど、ひとまず抑えて」

 

見かねたアスナが二人の間に入った。

 

「とにかく、今日はここで帰りなさい。これは副団長命令よ」

 

護衛の男にそう言うと、アスナは「行きましょ」とキリトとハルトを連れて去っていった。

その光景を護衛の男は憎らし気に見つめるのであった。

 

 

 

 

六十一層にやって来たハルト達は、ハルトとコハルが住んでいるホームに向かっていた。

しかし、ハルトは先程の出来事をまだ引きずっているのか、未だに顔を顰めたまま歩いていた。

そんなハルトに、キリトが声を掛ける。

 

「そろそろ機嫌直せよ。俺が《ビーター》って呼ばれてたことは事実なんだし、お前がそこまで気にすることないだろ?」

 

「・・・一層のボス攻略からもう二年も経つのに、まだ君を悪いように言う人がいるんだ。君がどんな思いでその異名を背負っていたのかも知らないで・・・友達があんなこと言われて、怒るなって言われても、少なくとも僕にはできない」

 

「ごめんなさい。後で私から言っておくわ」

 

そう言うと、アスナは暗い顔のままポツリと話し出す。

 

「昔の血盟騎士団はもっと統率が取れていて、今日みたいに護衛を付けることなんて無かったわ。でも、最近は最強ギルドなんて言われて、ギルド自体がどんどんおかしくなっちゃって・・・」

 

暗い顔で呟いていたアスナだったが、すぐさま表情を取り繕い、二人に笑顔を向けた。

 

「まぁ、大したことじゃないから、あなた達が気にする必要はないわ。それよりハルト君。ハルト君が住んでる家まで後どのくらいなの?随分歩いたけど、もうすぐ主街区を抜けるわよ」

 

「僕たちの家は、主街区を抜けた所にあるんだ。だから、もう少しだけ歩くんだ」

 

「へぇー、そうなんだ。私が住んでいる場所がこの辺りだから、少し距離があるわね」

 

「その分、値段はここら辺の家より少し安かったけどね」

 

そんな会話をしながら歩いていると、主街区を抜けて、そこから更に数分歩いたところで、ハルトのホームに着いた。

 

「ここが僕たちが住んでいる家だよ」

 

「わぁー、素敵な場所ね」

 

「凄いな。これだけ立派な建物なのに、主街区のホームより安いのか・・・」

 

ログハウスを見て、感嘆の声を上げるキリトとアスナ。

そんな二人に微笑みながら、ハルトが玄関のドアを開けると、中から私服のコハルとナエが出迎えてくれた。

 

「ただいま、二人共」

 

「お帰り、ハルト」

 

「パパ、おかえりなさい。あれ?その人達は誰ですか?」

 

ハルトを出迎えたナエが、彼の後ろにいたキリトとアスナに気づいた。

 

「紹介するよ。こっちの黒い服の人がキリトで、その隣の白い服の人がアスナだ」

 

「初めまして、キリトさん、アスナさん。ナエです。よろしくお願いします」

 

「あ、あぁ、よろしく」

 

「よ、よろしくね、ナエちゃん」

 

挨拶してきたナエに、キリトとアスナは戸惑いながらも挨拶を返す。

互いに挨拶を済ませたら、今度はコハルがキリトとアスナに話しかける。

 

「お久しぶりです。キリトさん、アスナ」

 

「久しぶりだな。その様子だと、ハルトとは上手くやってそうだな」

 

「フフッ、最近はあまり顔を見かけなくなったけど、前よりも元気そうでなによりね。これも、ハルト君と結婚したからかしら?」

 

「も、もう、二人共・・・!」

 

二人にからかわれ、顔を赤くしながらも、コハルは二人を家の中に招いた。

そして、リビングに来たところで、キリトがコハルに話しかける。

 

「ところで、あの子が前に言ってたナエ、で良いんだよな?この辺りの森で見つけたって言ってたけど・・・」

 

「ごめんなさい。その話はまた後でします。それよりキリトさん、噂のS級食材は・・・」

 

「あぁ、そうだな。これだ」

 

「ふむふむ、なるほど・・・」

 

テーブルの上に置いた《ラグーラビットの肉》を見つめながら、顔に手を当てて考え込むコハル。

そんな彼女にアスナが声を掛ける。

 

「ねぇ、コハル。料理なんだけど、私も手伝っていいかしら?」

 

「え?うん、別に構わないけど、アスナって<料理>スキルはどれくらいなの?」

 

「フフッ、先日コンプリートしたわ」

 

「ま、マジかよ・・・!?コハルに続いてアスナまで・・・!」

 

「本当!?それなら、大歓迎だよ!着替える必要があると思うから、奥の寝室に案内するね」

 

驚くキリトをよそに、コハルは嬉しそうな顔でアスナを寝室に案内した。

女子二人が奥の部屋に行ってしまい、取り残される男子たち(&ナエ)。

 

「・・・女子って、どうしてこんなに料理にこだわるんだろうな?あんなスキル、ちょっと上げる程度で十分だろ」

 

「うーん、価値観の違いとかかな?ていうか、君はそのちょっとすらも上げてないだろ」

 

「ぐうの音もありません・・・」

 

ハルトに指摘されて、気まずそうに顔を逸らすキリト。

しばらくして、コハルとアスナが戻って来た。

 

「お待たせ、二人共」

 

二人に声を掛けながら、アスナは私服に着替えた姿を披露する。

 

「へぇー、似合ってるねアスナ。キリトもそう思う?」

 

「え?あ、あぁ、似合ってると、思うぞ・・・」

 

その姿を見て、笑顔で称賛するハルトに対して、キリトは若干頬を赤く染めながら褒めた。

そんな二人に微笑を返したアスナは、視線をコハルに移して問い掛ける。

 

「それで、作る料理はもう決まってるの?」

 

「うん、シチューにしようと思う。人数もいるし、シチューなら余計な手間を考えないで作れるし、たくさん食べれるからね。勿論、食材を持って来たのはキリトさんだから、リクエストがあれば、変えようと思ってるけど・・・」

 

「俺はどれでも構わないよ。元々、頼んでもらっている身だ。文句は言わないさ」

 

キリトから許可をもらい、コハルとアスナは早速調理を開始した。

二人共、<料理>スキルをコンプリートしてるだけあって、作業を分担しながら手際よく料理を進めている。

ちなみに、二人が料理してる間、私服に着替えたハルトとキリトは、ナエと一緒にトランプで遊んでいた。

やがて、シチューと付け合わせのサラダが完成し、コハルとアスナは作った料理を皿に盛りつけたら、テーブルの上に置いた。

 

「よし!これで完成!」

 

「皆、できたよー!」

 

コハルがハルト、キリト、ナエの三人に呼びかけると、三人はトランプを中止して、テーブルに置かれたシチューを目にする。

 

「おぉ・・・!これは美味そうだな」

 

「いい匂いです・・・!」

 

ゴロゴロと切り分けられた大きな肉が入ったシチューを見て、感嘆の声を上げるキリトとナエ。

五人は椅子に座り、それぞれの顔を見合わせた後に手を合わせる。

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

そう言うと、一斉にスプーンを手に取り、肉入りのシチューを口にする。

 

「(!?・・・お、美味しすぎる・・・!)」

 

一口入れた瞬間、とろりとしたシチューのソースが流れ込み、肉を一嚙みするごとに肉汁の旨味が口いっぱいに広がる。

あまりの美味しさに、ハルトは喋ることを忘れ、何度もスプーンを往復させる。

他の四人もハルトと同じ気持ちなのか、黙々と美味しそうに食べ進めていた。

そうした甲斐もあって、気づいたら、五人はあっという間にシチューと付け合わせのサラダを食べ切ってしまった。

 

「はぁ~、美味しかったぁ。S級食材なんて、初めて食べたわ。今まで頑張って生きて良かったぁ」

 

「そうだな。俺も同じ気持ちだよ」

 

満足そうに呟くアスナに共感するキリト。

すると、ナエがあくびをしながら眠たそうな顔をした。

 

「ふわぁ~、お腹いっぱい食べたら、何だか眠たくなってきました・・・」

 

「ナエちゃん、今日もいっぱい遊んだからね。先に寝よっか」

 

コハルがそう言うと、ナエは頷き、そのまま二人は寝室に向かった。

二人が寝室に入り、ハルト、キリト、アスナの三人になったところで、アスナがハルトに話しかける。

 

「ねぇ、ハルト君。あの子、この辺りの森で見つけたって言ってたけど、他に一緒だった人はいなかったの?例えば、親とかは・・・」

 

「残念だけど、彼女を見つけた時、周りに人の気配なんてこれっぽちも無かったよ。親を探すにしても、ナエ自身記憶を無くしているし、サーシャさんの所でも、ナエみたいな子を見たこと無いんだってさ」

 

「ただの迷子って訳でもなさそうだな。カーソルが無いってのも不自然だ。SAOなら、例えNPCであっても、カーソルはあるはずだ」

 

「バグだったら、まだ楽なんだけどなぁ・・・ナエに関しては、色々謎だらけだよ」

 

そう言って、困った顔をするハルト。

そこに、丁度コハルが寝室から戻って来た。

 

「お待たせ。ナエちゃんを寝かすのに、少し時間掛かっちゃった」

 

「コハル、事情は大方ハルト君から聞いたわ。あなた達が最近、攻略に顔を出せない日が続いている理由も」

 

「・・・ごめん。でも、私もハルトもナエちゃんを放っておけなくて・・・」

 

「分かってる。あなた達なら、放っておかないって思ったもの。そんな事情があるんじゃ、攻略に参加できない日が続いても仕方ないわよね。今後も余程の事が起きない限り、攻略に参加しなくても大丈夫よ。他の皆には、私が誤魔化しておくから」

 

「・・・ありがとう、アスナ」

 

こちらを気遣うアスナに、コハルはお礼を言った。

 

「それにしても、ホント不思議よね。この世界に来てから、二年が経つのに、なんだかこの世界で産まれて、ずっと過ごしてきた。そんな感じがする」

 

「・・・そうだな。俺も最近、現実世界の自分を忘れそうになることがあるんだ」

 

アスナの言葉に共感しながらキリトが喋る。

ハルトもまた、二人と同じ気持ちなのか、少し表情を暗くさせながら口を開いた。

 

「前にトウガが言ってたんだ。ゲームの中の世界で暮らすなんて、普通は有り得ないことだけど、最近はその有り得ない日常が、自分たちのいつも通りの日常になりかけているって」

 

「それって・・・SAOでの暮らしが、現実世界での暮らしそのものみたいになっているってこと?」

 

「うん。トウガだけじゃない。そんな風に思っている人が、最近増えてきているんだ」

 

「・・・皆、この世界に馴染んできているってことね」

 

アスナはそう言いながらも、強い意志を瞳に宿して言う。

 

「でも、私は帰りたい。やり残したこと、いっぱいあるし・・・」

 

「・・・うん、そうだね。僕もそう思う。現実世界に帰ったら、やらなきゃいけないこともあるし、知らなきゃいけないこともあるんだ。それに・・・」

 

ハルトは一旦言葉を区切り、真剣な表情で言った。

 

「もし無事に現実世界に帰れたら、僕はさ・・・コハルや皆に会いたいって思っているんだ」

 

「皆?それって、現実での俺やコハル達のことか?」

 

「うん。だって、せっかくこの世界で出会えて、友達になれたんだよ。現実に戻ったら、もう二度と会えないなんて嫌じゃないか。この世界で手に入れた絆を、この世界の中だけで終わらせたくない。これから先の未来にまで繋げていきたい」

 

「そうだな・・・俺にとって、お前はこの世界を通じて出会えた仲間でライバルだ。そして・・・大切な友人だと思っているよ。勿論、コハルもな」

 

「私も同じ気持ちよ。最初は一刻も早く現実世界に帰らなくちゃって毎日考えてた。でも、キリト君やコハル達と出会って、この人たちといつまでも一緒にいられたらいいなって思うようになったから」

 

「私もそう思う。現実世界に帰っても、ハルトやアスナ達と一緒にいたい」

 

ハルトの言葉に共感するように、キリト、アスナ、コハルの三人はそれぞれの想いを語った。

皆、自分と同じように考えており、それを嬉しく思ったハルトは微笑を浮かべた。

 

「皆、考えている事は一緒ってことか・・・」

 

「だな。俺らって案外、似てるのかもしれないな」

 

「それはないわ。少なくとも、キリト君と似るのだけは、勘弁してほしいわね」

 

「うん、それは私も分かる」

 

「おい!どういう意味だ!?お前ら!」

 

「フフッ、そのままの意味よ」

 

女子二人にツッコミを入れたキリトに、アスナは微笑みを返すと、何か決心した顔になりながら口を開いた。

 

「よし、決めたわ。明日、この四人で久しぶりにパーティー組みましょう」

 

「な、何ィ!?」

 

いきなりの提案に驚くキリト。

彼は二十五層でアスナと別れてから、ずっとソロで戦っており、誰かと共に戦うことはほとんど無かった。何より、「月夜の黒猫団」の件があってから、彼はパーティーそのものを敬遠していた。

だからこそ、突然のアスナの申し出は、今まで一人で戦い続けてきた彼にとって、衝撃的な出来事であった。

 

「ど、どうしたんだよ急に。俺たちとパーティーを組むって・・・」

 

「別に深い意味は無いわ。ただ、久しぶりにこの四人でパーティーを組んでみたいと思っただけよ」

 

「いいね!アスナとパーティーを組むの、久しぶりだから楽しみだよ!ハルトもそう思うよね?」

 

「そうだね。普段はギルドの仕事で忙しいから、一緒に戦う機会があまり無いし、アスナがいれば、百人力だから、こっちも大歓迎かな」

 

しかも、ハルトとコハルの二人は乗り気だった。

既に自分以外はパーティーを組む気満々で、キリトは更に焦り出す。

 

「ま、待ってくれ!アスナ、お前自分のギルドはどうするんだよ!?あの護衛は!?」

 

「うちはノルマとか特に無いし、彼は置いていくつもりよ」

 

「なっ!?じ、じゃ、二人はどうなんだよ!?ナエの面倒を見ないといけないから、攻略に参加できないだろ!」

 

「あぁ、それなら心配いらないよ。明日、サーシャさんの所に預けておくから」

 

次々と退路を塞がれて、逃げ場がなくなるキリト。

 

「それで、どうするの?後はキリト君だけだけど・・・」

 

アスナが最終確認するかのように問い掛ける。

最早選択肢が一つになったキリトは、一度心を落ち着かせ、冷静になったところで口を開いた。

 

「・・・足を引っ張らないなら、付いてきても――"ブンっ!"――いいっ!?」

 

瞬間、ナイフが物凄い速さでキリトの額に迫り、額を突き刺す数ミリ手前で止まった。心なしか、ナイフにはソードスキルのライトエフェクトが纏っているように見える。

キリトはおずおずと正面を見ると、アスナが手にナイフを持ちながら、こちらを睨みつけていた。

 

「わ、分かりました。参加します・・・」

 

「ウフッ」

 

素直に参加を了承したキリトの言葉を聞き、アスナは満足そうに笑った。

 

「「(アスナさん、怖ぁ・・・!)」」

 

その光景を間近で見ていたハルトとコハルの顔が引き攣っていたのは言うまでもないだろう。




・護衛の男
別名、クラディール。残念ながら、この先彼の出番は無いです。裏でひっそりと退場させる予定です。まぁ、クズだし、誰もこいつの出番なんて望んでないでしょう(笑)。


今回は《ラグーラビットの肉》の調理及びハルト、コハル、キリト、アスナの原作主人公&ヒロインとSAOIF主人公&ヒロイン四人による久しぶりの会話でした。
次回は七十四層攻略、ボス攻略からユニークスキル発動まで行けるといいな・・・


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ep.51 青眼の悪魔

あけましておめでとうございます!今年こそは原作ルート完結させるぞ!
というわけで、新年一発目は青眼の悪魔ですが、一話で収まり切れなかった・・・


翌日、ハルトとコハルはナエをサーシャの教会に預けた後、集合場所であるアインクラッド第七十四層の転移門前に向かうため、《はじまりの街》の転移門広場から転移してきた。

 

「転移完了っと・・・って、どうしたの二人共?」

 

転移した二人の視界に入ったのは、険しい表情をするキリトとアスナだった。

二人の存在に気づいたキリトが声を掛ける。

 

「あぁ、二人共。実は・・・」

 

キリトはハルト達が来る前の出来事を話した。

一足先に、集合場所である転移門前に来てたキリトは、アスナ達三人が来るのを待っていた。

そこに、アスナが慌てた様子で転移門から現れ(そこで、少しトラブルがあったが、そこは割愛させていただく)、直後、昨日アスナの後ろにいた護衛の男クラディールが彼女の後を追うように転移門から現れた。

話を聞くに、クラディールは護衛という任務を口実に、アスナの家の前で朝から張り込んでいたらしく、嫌がるアスナを無理矢理連れていこうとしたのだが、それをキリトが制止し、今日はアスナやハルト達と一緒に迷宮区を攻略することをクラディールに話した。

それに激情したクラディールは、口論の末、キリトに決闘を申し出て、キリトはその決闘を受けた。

結果はクラディールの武器を破壊したキリトの勝利。しかし、クラディールは結果を受け入れられず、武器を変えて、再びキリトに斬りかかったが、そこにアスナが割り込み、クラディールの武器を弾き飛ばした。

そして、クラディールに護衛の任務の解任と待機命令を告げると、クラディールは悔しそうな顔で転移門から転移した。

その直後、ハルト達が合流して今に至る。

 

「何それ?完全にストーカーじゃないですか!」

 

一通り話を聞いたコハルが、この場にいないクラディールに怒りを向けた。

それを見たアスナは、彼女を落ち着かせるように口を開く。

 

「まぁ、穏便に済んだし、あなた達が気にする必要はないわ」

 

「もう、アスナは甘いんだから。ちゃんと守ってあげないと駄目ですよ、キリトさん」

 

「な、なんで俺なんだ!?」

 

突然白羽の矢が立たれ、キリトは驚きの声を上げた。

そんなやり取りがあったが、ハルト達は気を取り直して、七十四層の迷宮区へ向かった。

 

 

 

 

その後、七十四層の迷宮区にやって来たハルト達は、順調に攻略を進めていた。

 

「アスナ!スイッチ!」

 

「任せて!」

 

騎士のような格好をした骸骨の攻撃を左右にステップして躱したコハルが、後ろに下がったタイミングを見計らって、アスナが前に出て、骸骨に<スター・スプラッシュ>を放つ。

 

「やっぱり、手練れがいると助かるな」

 

「同感。コハルは勿論だけど、アスナも中々いい動きをするじゃないか」

 

連携しながら骸骨と戦うコハルとアスナを見て、キリトとハルトはそう呟く。

 

「二人共、スイッチ行くよ!」

 

そう言いながら、アスナはレイピアの一撃を盾にぶつけて怯ませる。

その隙に、前に出たキリトが<バーチカル・スクエア>で攻撃し、骸骨の反撃を後ろに跳んで躱すと、入れ替えるように斧を持ったハルトが前に出て、<サージタル・ブラスト>で骸骨に止めを刺した。

 

「ナイス連携」

 

「そっちこそ。コハルとの連携、かなり良かったぜ」

 

「ありがとうキリトさん。最後にこの四人でパーティーを組んでから、かなり経つけど、息ピッタリだね、私たち」

 

「着実に成長してる証拠だよ。後、あの頃の感覚が残ってるってのもあると思う」

 

そんな感じで、迷宮区を進めていた四人だったが、ある程度進めたところで、アスナが何かを見つけた。

 

「見て、あれ・・・」

 

そう言って、アスナは通路の奥に指を指す。

アスナが指を刺した方に近づくと、そこにあったのは、巨大な扉だった。

重厚そうで、いかにもな感じの雰囲気を持つこの扉を見て、四人はこの先がボス部屋であると、瞬時に悟った。

 

「これって・・・ボス部屋だよね?」

 

「あぁ、間違いない」

 

「どうしようか?ボスを見るだけなら、問題ないと思うけど・・・」

 

ハルトがそう言うと、キリトは少し考えながら口を開いた。

 

「そうだな・・・ボスの姿を見るだけなら、特に危険は無さそうだし、姿を見るだけでも、ある程度の推測は立てられる」

 

「分かった。二人もそれでいい?」

 

「私は大丈夫よ」

 

「私も。一応《転移結晶》を持っておいた方がいいかもしれないね」

 

コハルの言葉に全員が頷き、それぞれ《転移結晶》を片手に握り締める。

そして、ハルトとキリトの二人が扉の前に立った。

 

「それじゃあ、ドアを開けたら部屋に入って、ボスが見えた瞬間に即撤退。これでいい?」

 

「OKだ。開けるぞ・・・」

 

ハルトは巨大扉の右側に手を付け、キリトが左側に手を付けたのを確認すると、お互い頷きながら扉を押した。

扉は徐々に開いていき、やがて完全に開き切ったところで止まった。

部屋の中は真っ暗だった。どこを見渡しても、光がある場所は無い。

 

「真っ暗だ。特に目立つ物も無さそうだね・・・」

 

「もう少し進めば、何か分かるか?」

 

「ちょ、進むの!?この暗闇の中を!」

 

「流石に危ないんじゃ・・・」

 

「大丈夫だって。何かあれば、走るか《転移結晶》で逃げればいいし」

 

「どのみち、ボスは部屋から出られないし、ギミックが発動する前に部屋を出てしまえば・・・っ!?何かいる・・・!」

 

ハルトがそう言った瞬間、部屋の隅に青い炎が灯った。

青い炎は次々と部屋の奥まで灯っていき、部屋全体に青い炎が灯った瞬間、中央に巨大な影が見えた。

そいつは、全長くらい4メートルの巨体で体付きも良く、頭には羊のような角が生えていて、瞳は周りの炎と同じような深い青だった。その右手には巨大な剣を持っている。

そして、その悪魔の頭上にHPバーと《ザ・グリーム・アイズ》の名前が表示された。

ボスの凄まじい威圧感に、ハルト達は圧倒されていると、《ザ・グリーム・アイズ》はハルト達を目で捉えた瞬間、右手の剣を持ちながら、物凄い勢いで迫ってきた。

 

「ガァァァァァァ!!」

 

「て、撤退ぃぃぃぃぃぃ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「「きゃーーーーーー!!」」

 

すぐさまハルトが撤退を促し、彼らは叫びながらボス部屋から全速力で逃げ出した。

 

 

 

 

「「「「ハァ、ハァ、ハァ・・・」」」」

 

無我夢中でボス部屋から脱出した四人は、迷宮区の安全圏で休んでいた。

 

「あれは苦労しそうだね」

 

「見た感じ、巨大な剣を持ってたけど、多分特殊攻撃とかもしてくるだろうね」

 

「前衛に堅い人を集めて、どんどんスイッチしていくしかなさそう」

 

「盾装備の奴が10人は欲しいな」

 

「盾装備ねぇ・・・」

 

アスナ、ハルト、コハル、キリトの順で口を開いたが、最後のキリトの言葉に、アスナが彼に意味ありげな視線を向けながら反応した。

 

「君、何か隠してるでしょ?」

 

「な、なんだよいきなり・・・」

 

「だって、普通片手剣の最大のメリットは、盾を持てる事じゃない?でも、キリト君が盾を持ってるの見たことがない」

 

「言われてみれば確かに。私やアスナは、盾を持てばレイピアや短剣のスピードが落ちるし、ハルトの場合はクイックチェンジで武器を入れ替える時に、余計な手間が掛かるからだけど・・・」

 

「他にも、スタイルを気にする人もいるみたいだけど、キリト君はそういうのを気にする人じゃないわ。リズに作ってもらった剣(ダークリパルサー)も未だに使ってないみたいだし、怪しいなぁ・・・」

 

そう言って、ジーっとキリトを見つめるアスナ。

その視線に何とか耐えながらも、黙秘を貫こうとしたキリトだったが、そこに別方向からの追撃が来た。

 

「もしかして、キリトはユニークスキルを持ってたりする?」

 

「いぃ!?」

 

「それホント!?」

 

ハルトがそう言うと、キリトは先程よりも大きく反応し、それを見たアスナが更に詰め寄る。

キリトはアスナからの視線を気にしながらも、ハルトにどうしてその考えに至ったのか理由を問う。

 

「なんで、そう思ったんだ?」

 

「キリトがそこまで隠したがるってことは、他のプレイヤーには絶対知られたくないもの。例えば、絶体絶命な状況をソロで乗り越えることができるスキルとか。というか、それぐらいじゃないと、キリトが隠したがる理由が思いつかない。それに、キリトはトッププレイヤーの一人だし、ユニークスキルくらい持っていても、別に不思議でもないさ。それで、結局の所どうなんだい?」

 

推理をしながら再度聞かれた問いに、キリトは気まずそうに顔を逸らしながら答えた。

 

「・・・ノーコメントとだけ言っておく」

 

どうやら、キリトは意地でも答えたくないようだ。

アスナはジーっとキリトを睨んでいたが、諦めたように口を開いた。

 

「まぁ、過剰なスキルの詮索はマナー違反だし、キリト君だって、何か理由があって隠してると思うから、今はこれ以上聞かないことにするわ」

 

「だね。アスナが詮索しないなら、僕もそうするよ」

 

アスナがそう言うと、ハルトもこれ以上詮索しないことにし、その様子を見たキリトはホッと安堵した。

 

「さて、ちょっと遅くなったけど、お昼にしよっか。コハル、あれを出しましょう」

 

「うん、分かった」

 

そう言って、アスナとコハルはストレージからバケットを取り出した。

それを見たキリトとハルトが驚きの声を上げる。

 

「もしかして、手作りか!?」

 

「そうよ。昨日、コハルと一緒に作っておいたの。はい、キリト君の分」

 

「そう言えば、昨日パーティーを組んだ後、二人で何か相談してたけど、これを作ってたのか・・・」

 

「そうだよ。パンに挟む物とか、アスナと一緒に決めてたの。はい、これはハルトの分ね」

 

キリトはアスナから、ハルトはコハルからサンドイッチを貰う。

サンドイッチを受け取ったキリトとハルトは、同時に齧り付いた。

 

「美味い・・・!」

 

「うん、それにこの味・・・なんだか現実世界でよく食べるファストフードの味みたいだ」

 

新鮮な野菜と少し大きめの肉に、甘辛いソースの味が口いっぱいに広がるのを感じた。

 

「大成功ね」

 

「うん、これも一年の修行と研鑽のお陰だね。苦労して作った甲斐があったよ・・・」

 

二人が手を止めることなく、サンドイッチに齧り付いていく様子を見て、アスナとコハルは嬉しそうに微笑んだ。

一旦手を止めたキリトが、サンドイッチについて問い出す。

 

「しかし、どうやってこの味を・・・?」

 

「アインクラッドで手に入る約百種類の調味料が、味覚再生エンジンに与えるパラメーターを全部解析して作ったのよ」

 

「これが、その作った物だよ。手を出して、ハルト」

 

そう言って、コハルは小瓶をストレージから取り出し、中身をハルトに差し出す。

ハルトは手の平に乗せられた紫の液体を舐めた。

 

「この味・・・もしかしてマヨネーズ?」

 

「正解。グログワの種とシュブルの葉、カリブ水を混ぜて作った物だよ」

 

「そして、こっちがアビルパ豆とサグの葉、ウーラフィッシュの骨を混ぜた物」

 

今度はアスナが別の小瓶を取り出し、キリトに差し出す。

出された液体を舐めたキリトは、驚愕の表情になる。

 

「この懐かしい味・・・醤油だ・・・!」

 

「サンドイッチのソースは、これで作ったのよ」

 

「凄いな・・・これを売り出したら、凄く儲かるぞ・・・」

 

キリトは感心した様子で呟いたが、すぐさま自分の言葉を訂正した。

 

「いや、やっぱり売るのは駄目だ」

 

「え?どうして・・・?」

 

「俺の分が無くなったら困る」

 

真面目な顔で言うキリトに、アスナは呆れ顔で口を開いた。

 

「もう、意地汚いなぁ・・・気が向いたら、また作ってあげるわよ・・・」

 

そう呟くアスナの表情は、何処か照れ顔を隠しているようであり、頬も若干赤くなっていた。

 

「これは・・・何やら良い雰囲気だね」

 

「フフッ、私たちはお邪魔だったかな?」

 

そして、その光景をハルトとコハルは微笑ましそうに見守ってた。

その時、フィールドの一部が突如歪み出し、そこから複数人のプレイヤー達がこのエリアに入ってきた。

その中で、会話しながら先頭を歩いていたのは、四人の知る人物たちだった。

 

「フゥー、ようやくゆっくり休めそうな場所に着いたな」

 

「そうだな。今のうちに皆の体力を回復させておこう。この先、何があるか分からないからな・・・ん?」

 

「どした?トウガ・・・お?」

 

そんな会話をしながら歩いてきたのは、クラインとトウガだった。後ろには、それぞれのギルドの仲間たちも一緒だ。

二人はハルト達に気づくと、彼らに声を掛ける。

 

「おぉー、キリト!それにアスナやハルト達も一緒じゃねぇか!」

 

「キリトとアスナはともかく、お前たち二人とは久しぶりだな。ハルト、コハル」

 

「久しぶり、トウガ。まぁ、ここ最近色々あってね・・・」

 

「そうか・・・何やら事情はありそうだが、特に問題が無いのなら、それでいい。何かあれば、いつでも連絡してくれ」

 

「ありがとう、トウガ。トウガ達はクライン達と一緒に攻略を?」

 

「いや、元々俺たち四人で攻略してたんだが、途中でクライン達と会ってな。せっかくだから、彼らと協力して攻略することにしたんだ」

 

「いやー、トウガ達がいてくれて助かったぜ。俺らだけだったら、途中でへばってたところだったぜ」

 

「オーバーな奴だ・・・」

 

そんな感じで、トウガ達と軽く話していると、不意に複数の足音が聞こえてきた。それも、ガシャ!と金属音のような音だった。

音がした方に振り向くと、黒の鎧を身に付けたプレイヤーの集団が歩いていた。

ハルト達はその集団に見覚えがあり、思わず目を丸くした。

 

「あれはアインクラッド解放軍?一層の《はじまりの街》を縄張りにしている奴らが何故ここに・・・?」

 

トウガの疑問は尤もだった。

「アインクラッド解放軍」。二十五層のボス攻略で半壊し、その後も勢力を立て直すことができず、最前線からの撤退を余儀なくされた「アインクラッド解放隊」略称ALSが新たに作り上げたギルド。

彼らは、主に一層の《はじまりの街》で活動しており、未だ《はじまりの街》に閉じこもっているプレイヤー達に、食料や生活品を配布しているらしいが、一方で悪い噂も絶えない。寧ろ、そっちの方が多い。

そんな彼らが、どうして最前線に出てきたのか。しかも、歩いている者達は、何処か疲弊しているように見える。

様々な疑問が浮かぶ中、軍の者達はどんどんこちらに近づいてくる。

やがて、先頭を歩いていたリーダーらしき男が「休め!」と言うと、後ろにいたプレイヤー達は一斉に座り込んだ。

一方、リーダーらしき男は、そのままハルト達に近づき、彼らに声を掛ける。

 

「私はアインクラッド解放軍のコーバッツ中佐だ」

 

「俺はキリト。ソロだ」

 

名前を名乗ったコーバッツに、キリトが代表して前に出る。

 

「君たちは、この先のマッピングは既に済ませているのかね?」

 

「あぁ、ボス部屋の前までな」

 

コーバッツの質問に答えるキリト。

直後、コーバッツは彼らにとんでもない要求をしてきた。

 

「ならば、そのデータを我々に提供してもらいたい」

 

「なんだと!?タダで渡せってのか!テメェ、マッピングするのがどれだけ大変か分かってんのか!」

 

「流石に横暴過ぎると思うぞ。ハルト達が苦労してマッピングしたデータを、火事場泥棒のように奪い取ろうとするとはな。軍はいつから強盗紛いの卑劣なギルドに成り下がったんだ?」

 

コーバッツのあまりにも自分勝手な要求に、クラインが怒りながら反論する。トウガもまた、内心怒っているが、低い声で極力冷静さを保つように言う。

しかし、そんな二人の声に対し、コーバッツは声を大きくしながら力強く言った。

 

「これは強盗などではない!我々は全てのプレイヤーに情報や資源を平等に分配し、秩序を維持すると共に、一刻も早くこの世界からプレイヤー全員を解放するために戦っているのだ!故に、諸君が我々に協力するのは当然の義務である!」

 

「当然の義務だって?ふざけないでください!あなた達が《はじまりの街》の人達に、どれだけ非道な行いをしているのか、知らないとは言わせませんよ!」

 

「そうっすよ!サーシャさんやチビ達にあんなに迷惑を掛けておいて、よくもまぁこの世界の人達を救うなんて言えたもんっすね!」

 

「《はじまりの街》で散々ぬるま湯に浸ってた奴らがよく言ったもんだぜ。その上、自分の思い通りにならなかったら、みっともなくキレ散らかす・・・汚ねぇ大人の良い見本だな」

 

そんなコーバッツの物言いに反応したのは、コノハ、レイス、ソウゴの三人だった。

特にコノハとレイスは、ここ最近サーシャやサチから、《はじまりの街》にいる軍の非道な行いを何度も耳にしており、普段の温厚な彼らからは想像できないような強い怒りを露わにしていた。

 

「貴様ら・・・!我らを侮辱するか・・・!」

 

激情したコーバッツは、腰にある剣に手を掛けようとする。

流石にここで彼らと戦闘になるのはマズいと、そう思ったキリトが口を開いた。

 

「よせ。ちゃんとデータは渡すから、その剣から手を放せ」

 

「おいおいキリト。流石に人が良すぎだろそりゃ!」

 

「良いんだ。どの道、この攻略が終わったら、データは公開するつもりだった」

 

キリトがそう言うと、クラインやトウガ達もそれ以上反論することはしなかった。

キリトはウィンドウを操作し、マッピングのデータをコーバッツに渡す。

 

「提供感謝する」

 

コーバッツはそれを一目通すと、キリトに一言礼を言って、休んでいる部下たちの所に戻った。

そんなコーバッツに、キリトが忠告した。

 

「ボスにちょっかいを出すつもりなら、止めておいた方がいいぜ」

 

それに対して、コーバッツは僅かに振り返りながら口を開く。

 

「それは私が判断する」

 

「!? さっきボス部屋を覗いてきたけど、生半可な人数でどうこうなる相手じゃない!あんたの仲間も疲弊してるじゃないか!?」

 

「私の部下は、この程度で音を上げるような軟弱者ではない!」

 

キリトの言葉を一蹴すると、未だ座り続けているプレイヤー達に怒鳴りつける。

 

「貴様ら、さっさと立てぇ!」

 

まだ疲労が抜けてない様子のプレイヤー達は、コーバッツの言葉に従って、よろよろと立ち上がる。

コーバッツは部下たちが立ち上がったのを確認すると、ボス部屋の方へ歩き出した。

 

「大丈夫なのかよ?あの連中」

 

クラインが彼らの背中を眺めながら呟く。

 

「ほっとけよ。ああいう連中は、所詮口だけだ。どうせ、ボスの部屋に入ったら、チビって、その場から逃げ出すに決まってんだろ」

 

「そうだな。あんな連中に、俺たちが義理を掛けてやる必要はない。それに、指揮官が無能じゃなければ、あの戦力でボスに挑もうだなんて馬鹿な真似はしないだろう・・・多分な」

 

放っておくべきだと言うソウゴとトウガだったが、トウガは先程のコーバッツの傲慢な態度を思い出し、少し不安な様子だった。

それは、キリトも同じであり、少し悩んだ後に口を開いた。

 

「一応、様子だけ見に行くか」

 

「・・・あの男は腐ってもレイドリーダーだ。流石に引き際を見極めるくらいの力はあると思うぞ?」

 

「俺もそう思うさ。でも、万が一もあるかもしれないだろ?」

 

「だね。何かあってからじゃ遅いからね。うん、僕も様子を見に行くべきだと思うな」

 

「全く・・・ハルトはそうだが、お前もとんだお人好しだな」

 

そう言って、困った笑みを浮かべるトウガだったが、一応は納得し、これ以上反論することはしなかった。他の者達も、やれやれといった様子だったが、反対することはなかった。

そして、キリト達は軍の者達を追いかけるべく、ボス部屋に向かって、歩き出すのであった。




・トラブル
トラブルについては、原作かアニメをどうぞ。キリアス好きには堪らない内容です。

・アスナとクライン
原作ではお互い初対面みたいな感じのアスナとクラインですが、この世界線では既に何回か会話して、五層やそれ以降のボス攻略でも一緒に戦っているので、友人とまではいきませんが、知り合いの攻略仲間みたいな認識になっています。故に、クラインは原作のような自己紹介はしてないです。無論、「風林火山」の面々も原作みたくアスナに詰め寄ることはしませんでした。

・コーバッツ
「アインクラッド解放軍」所属のプレイヤー。非常に自分勝手で、部下に対する気遣いや優しさゼロ。


ちなみに、最初はザントも参戦させる予定でしたが、コーバッツはザントが嫌悪する弱者のタイプに当てはまる人物であり、最悪《ザ・グリーム・アイズ》に斬られる前に、ザントに斬られる恐れがあったので、彼の出番はボツになりました。


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ep.52 ユニークスキル

SAOVSのオリヒロインのライラ。短剣の二刀流使いだから、戦闘スタイルがトウガと被ってるんですよね。もし、この二人が戦ったらどちらが勝つだろうか?
今回は青眼の悪魔後編。遂にキリトのあのスキルが登場!


ハルト達は先へ進んだ軍を追うため、敵を倒していきながら、ボス部屋までの道のりを進んでいた。

 

「随分進んだな。今の所、軍の奴らは見当たらないが・・・」

 

「もうアイテムとかで帰ったんじゃね?」

 

トウガとクラインがそう言うが、キリトは難しい顔をする。

先程のやり取りを見るからに、他のメンバーはともかく、リーダーの男(コーバッツ)は明らかにボスに挑もうとしてた。トウガとクラインも、口ではああ言っているが、軍が帰った可能性は低いと思っていた。

とりあえず、もう少しだけ進んでみようと、そう提案しようとしたその時。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

奥の方から男の悲鳴が聞こえた。

 

『!?』

 

「急ごう!」

 

「あ、おい!くっ・・・!邪魔だ!」

 

全員が驚く中、ハルトがいち早く駆け出し、それにコハル、キリト、アスナの三人が続く。トウガ達も後を追おうとしたが、直後敵がリポップした為、それの対処に当たった。

四人は全力疾走で走り、先程のボスの部屋まで辿り着いた。

既にボス部屋の扉は開かれ、中では軍が《ザ・グリーム・アイズ》と戦っていたが、その光景は最早戦闘とは言えず、《ザ・グリーム・アイズ》の一方的な蹂躙だった。

すぐさま《転移結晶》を使うよう、キリトが大声で叫ぶ。

 

「何をしている!?早く《転移結晶》で脱出しろ!」

 

「そ、それが!結晶が使えない!」

 

「!? まさか、結晶無効化空間か!?」

 

一人のプレイヤーの言葉に、ハルト達は驚愕の表情になる。今までのボス戦では、このようなギミックは無かったからである。

どうすればいいのか悩んでいると、ハルト達の耳にコーバッツの大声が響いた。

 

「我々解放軍に撤退の二文字は無い!戦え!戦うんだ!!」

 

「馬鹿野郎・・・!」

 

こんな状況でもボスと戦おうとするコーバッツに、キリトが悪態付く。

そこに、トウガ達が遅れてやって来た。

 

「状況は!?」

 

「最悪と言っていい。軍の奴らは既に疲弊して碌に動けないし、ここでは《転移結晶》も使えない。俺たちが斬り込めば、退路は開けるかもしれないが・・・」

 

「俺たちがやられる危険がある、か・・・」

 

トウガの呟きに、キリトは悔し気な顔で頷く。

その間にも、《ザ・グリーム・アイズ》は突撃してくる軍にブレス攻撃を浴びせる。

ブレス攻撃に軍は怯み、更なる追撃を掛けようと、《ザ・グリーム・アイズ》は剣を振り上げる。

その瞬間、無言を貫いていたハルトが動き出した。

 

「・・・ごめんキリト。僕、もう我慢できない・・・!」

 

「お、おい!」

 

「ハルト!」

 

キリトとコハルの驚きの声が聞こえるが、ハルトは片手直剣のソードスキル<ヴォーパル・ストライク>で、《ザ・グリーム・アイズ》に突進して怯ませる。

しかし、ハルトの攻撃はこれで終わらなかった。

 

「コネクト!」

 

そのままユニークスキル<コネクト>を発動させ、細剣、更に片手棍と切り替えながら、それらの武器のソードスキルで攻撃し、《ザ・グリーム・アイズ》にダメージを与えた。

 

「なんだあのスキルは!?」

 

キリトが驚きの声を上げる。アスナ達も驚愕の表情でハルトを見た。

《ザ・グリーム・アイズ》が怯んでいる隙に、ハルトは突撃をしようとした軍の者達に近づき、彼らに向かって大声で叫ぶ。

 

「早く逃げるんだ!」

 

「あ、ありがとう。逃げろぉ!」

 

「ヒイイイ!もう嫌だぁーーーーーー!!」

 

ハルトに言われて、《ザ・グリーム・アイズ》に突撃しようとした者達は、突撃命令を放棄し、一目散に逃げ出した。

《ザ・グリーム・アイズ》のヘイトは、既にハルトの方に向いており、軍を襲う様子がないことに安堵しながら、ハルトは《ザ・グリーム・アイズ》と対峙する。

しかし、ここで予想外の事が起きた。

 

「えぇい!腑抜け共め!私一人でも、戦ってみせるぞ!」

 

「!? 止めろ!」

 

なんとコーバッツが前に出てきて、《ザ・グリーム・アイズ》に突撃したのだ。

ハルトが止めようとするも、それよりも早くこちらに近づいてくるコーバッツに気がついた《ザ・グリーム・アイズ》は、ハエを振り払うかのように巨大な剣を振り上げて、コーバッツを遠くに吹き飛ばした。

吹き飛ばされたコーバッツは、キリトの目の前に落下した。

顔を覆っていた鉄兜が壊れて、コーバッツの顔が露わになる。その顔は現実を認めらないと言わんばかりの絶望の表情だった。

 

「お、おい!」

 

「・・・有り得ない」

 

そう言い残して、コーバッツはパリンっと儚い音と共にポリゴン状に四散した。

 

「そんな・・・!」

 

「くっ!俺たちも行くぞ!これ以上、ハルト一人に任せられん!」

 

コーバッツの死に、アスナが悲痛の声を上げて、トウガがこれ以上犠牲者を出すまいと、大声で指示を出した。

 

「指揮は俺が執る!キリトとコハルとアスナ、それとクラインは俺と一緒にハルトの援護!それ以外は軍の救助を!これ以上、この戦いから死者を出すな!」

 

トウガの指示に従い、彼に呼ばれた者達は、前に出て《ザ・グリーム・アイズ》に応戦する。その間、他の面々は疲弊している軍の救助に当たった。

救助自体は人数が多いこともあり、スムーズに進んでいたが、問題は《ザ・グリーム・アイズ》と戦っている前衛の方だった。

 

「!? きゃ!」

 

「アスナ!うっ!」

 

《ザ・グリーム・アイズ》の拳に殴られ、遠くに飛ばされるアスナ。

それを心配するコハルだったが、直後に《ザ・グリーム・アイズ》の剣が襲い掛かり、直撃は避けたが、かなりのダメージが入り、HPを半分以上も削られた。

 

「無理に攻撃を仕掛けるな!最悪、引き付けるだけでいい!」

 

トウガはダメージを食らったアスナ達にそう言うが、彼自身この状況に焦りを感じていた。

《ザ・グリーム・アイズ》の攻撃を上手くいなしながら、トウガは一旦後ろに下がり、ポーションでHPを回復させているハルトに声を掛ける。

 

「ハルト。この戦い、勝機はあると思うか?」

 

「・・・正直、難しいと思う。あのボスは攻撃の早さも厄介だけど、一番厄介なのは攻撃力だ。長期的に戦ってたら、こっちの体力が持たない。倒すなら短期決戦が望ましいけど、さっき見せた僕の<コネクト>は、あのボス相手に両手の武器は隙を与えすぎる。だからといって、片手の武器だけじゃ、HPバーを一本削ることしかできない」

 

「そうか。俺も<双剣>のとっておきがあるが、それだけで、あのボスを倒すことは不可能だ。後一つ、この状況を打開できる強力なスキルがあればいいんだが・・・クソっ!見捨てるしかないのか・・・?」

 

己の武器を見つめながら、トウガは悔し気な顔で俯く。

しかし、二人の話を横で聞いてたキリトは、ある迷いが生じ出した。

 

「(確かに、トウガの言う通りだ。だけど、ここで俺があれを使えば・・・だが・・・!)」

 

彼は持っているのだ。この絶望的な状況を打開できるかもしれない強力なスキルというものを。

だが、それを晒すことは、自分が《ビーター》と呼ばれていた頃に戻ってしまうのではないかという恐れが、キリトの中にあった。

複数の人間の命か自分の名誉か。

どちらを選ぶか苦悩するキリトの迷いを断ち切ったのは、ふと脳裏に浮かんだ二十七層で「月夜の黒猫団」の面々がボスによって次々と殺されていく光景だった。

 

「(もう迷っている場合じゃない!)・・・ハルト、トウガ。十秒だけ時間を稼いでくれ」

 

「「!?・・・分かった」」

 

決意に満ちたキリトの顔を見て、何かを察したハルトとトウガは、特に理由を聞くことなく、《ザ・グリーム・アイズ》に向かって走り出した。

 

「下がれ!三人共!」

 

「応!分かった!」

 

クラインが力強く返事し、アスナとコハルも後ろに下がる。

 

「タイミングはそっちに合わせる。思う存分やれ!」

 

「当然!」

 

そう言って、ハルトは手に持つ《ドミニオン》を構えながら、《ザ・グリーム・アイズ》に向かって突進し、<シューティング・スター>を放つ。

同時に、トウガは神速の速さで両手に持つ《蒼天刃》と《マグナ・フリューゲル》を振り、《ザ・グリーム・アイズ》に六連撃の斬撃を与える。

 

「コネクト!」

 

<コネクト>によって、瞬時に《アルバトロス》に切り替えたハルトは、地面を大きく蹴って跳び、<アビス・インパクト>で《ザ・グリーム・アイズ》の頭に《アルバトロス》を叩きつける。直後、トウガは《ザ・グリーム・アイズ》の体を蹴って、その場から離れると同時に両手をクロスさせる。

そして、ハルトが武器を《フォルネウス》に変えて、一度《ザ・グリーム・アイズ》から距離を取ると、そこから急接近してソードスキル<バックドラフト>を発動させると同時に、トウガはクロスさせた両腕を広げた。

 

「<メメント・モリ>」

 

炎を思わせるエフェクトを纏いし剣と、先程トウガがいた場所から新たに刻まれた六連撃の斬撃が《ザ・グリーム・アイズ》に襲い掛かる。

どちらも強力なソードスキルであり、《ザ・グリーム・アイズ》のHPを大きく減らしたが、HPバーの色がレッドになったところで止まってしまう。

ユニークスキル持ち二人の攻撃を持っても、倒し切ることはできなかった。しかし、それは二人も想定内だった。

 

「よし!スイッチ!」

 

準備を終えたキリトが、二人に向けて叫ぶと同時に、《ザ・グリーム・アイズ》に攻撃を仕掛ける。

右手に《エリュシデータ》。そして、左手に《ダークリパルサー》を持って、キリトはそのソードスキルの名前を呟いた。

 

「<スターバースト・ストリーム>」

 

瞬間、両手に握られた二本の剣は光り輝き、キリトは《ザ・グリーム・アイズ》に向けて剣を振った。

それも一撃だけでなく、二撃目、三撃目と何度も腕を振りながら、《ザ・グリーム・アイズ》に攻撃していく。

 

「(早く!もっと早く!)」

 

剣を振るうスピードは徐々に速くなっていき、尋常じゃないスピードに誰もが圧倒されている。

攻撃の隙をついて反撃する《ザ・グリーム・アイズ》の剣が体に掠っても、キリトは無我夢中で剣を振るい続ける。

そして、最後の一撃が《ザ・グリーム・アイズ》の胸を貫くと、《ザ・グリーム・アイズ》はポリゴン状に四散した。

 

「終わった、のか・・・?」

 

そう呟いた直後、キリトは糸が切れた人形のように、その場に倒れ込んだ。

 

「キリト君!」

 

アスナが真っ先に駆け寄り、キリトの安否を確認する。

HPはゼロになっていないが、それに近い状態であり、キリトのHPバーを見たトウガが口を開く。

 

「ギリギリじゃないか。すぐに回復を!」

 

「分かってる!これを!」

 

そう言って、ハルトが取り出したのは、回復用のポーションだった。この部屋が結晶無効化空間である以上、HPを回復させる方法はポーションしかない。

ポーションを受け取ったアスナは、キリトに飲ませると、彼のHPは徐々に回復していった。

そして、数秒経つと、キリトはゆっくりと目を開けた。

 

「う、うぅ・・・」

 

「キリト君!」

 

意識が朦朧としながらも自分の体を起こすキリト。

そんなキリトに向かって、アスナは勢い良く抱きついた。

 

「馬鹿!あんな無茶して・・・!」

 

「・・・そんなに締め付けると、俺のHPが無くなるぞ」

 

涙声になりながら自身を抱きしめるアスナに、キリトは優しく声を掛ける。

ふと顔を上げると、ハルト達が安堵の表情で見つめており、最初に口を開いたのはトウガだった。

 

「大した奴だよお前は。あの状況で全員脱出させるどころか、ボスを倒してしまうとはな」

 

「軍の中に犠牲者は?」

 

「・・・死んだのはレイドリーダーの男一人だ。もし、助けるのが遅れてたら、後二人は死んでただろうな」

 

軍の者達を助ける中で、HPがギリギリだった者が二人いたことを思い出しながらトウガが言う。

もし、ハルトが行動するのが少しでも遅れていたら、彼らもコーバッツと同じ道を辿っていただろう。

トウガの言葉を聞いたキリトは、暗い表情で口を開いた。

 

「・・・最後にボス攻略で犠牲者が出たのは、六十七層の時だったな」

 

「こんなの攻略と言えねぇだろ。クソっ!コーバッツの野郎、勝手なことした挙句、一人だけ死んじまいやがって・・・!」

 

「あいつはどうしようもないクズだったが、死なれたら流石に目覚めが悪いな・・・」

 

キリトの言葉に、クラインとトウガは悲痛な表情をする。

暗い雰囲気を変えようと、クラインが未知のスキルを使ったキリトとハルトに問う。

 

「それよりよ。オメェら二人、さっきのスキルは何だったんだ?武器を何回も変えたり、剣を二本使ったりしてよぉ。あんなスキル、見たことねぇぞ」

 

「・・・ユニークスキル<コネクト>。各武器のソードスキルをクールタイム無しで連続で出すことができるスキルだよ。出現条件はおそらく、全ての武器の熟練度を一定以上上げていることだと思う。《全属性使い(オールラウンダー)》だからこそ手に入れられるスキルと言ったところかな」

 

「同じくユニークスキル<二刀流>だ。半年くらい前に、こいつの名前が俺のスキルウィンドウに載ってたんだ。でも、こんなスキル、誰かに知られたら・・・」

 

「まぁ、隠したくはなるか・・・俺自身、<双剣>はあまり人前では見せたくないしな」

 

キリトの気持ちにトウガが共感する。

強い力というものは、それ相応のリスクを伴う。その力が強力であればある程、それを知られれば、周りの人間から恐れられ、妬まれるのだ。特に嫉妬深いネットゲーマなら尚更だ。

クライン自身も、そこら辺は理解している為、深くは追求しなかった。

 

「そうか。となると、この場には、ユニークスキル持ちが三人もいたってことになるな。そう思うと、ある意味幸運だったかもしんねぇな。なんたって、こんな少ない人数でボスを倒すことができたからな。それに・・・いいモンも見れたしな」

 

そう言いながら、クラインは何処か嫌らしい目でキリトを。正確には、キリトと未だ彼に抱きついているアスナを見た。

 

「まっ、苦労も修行の内だ。頑張りたまえ若者たちよ」

 

「勝手なことを・・・」

 

こちらをからかっているかのようなクラインの言葉に、キリトは軽く悪態付いた。

そんなクラインの隣で、トウガがキリトに問う。

 

「転移門のアクティベート、お前らが行くか?」

 

「そっちに任せるよ。俺はもうへとへとだ」

 

「僕もだよ。帰りは《転移結晶》で帰るよ」

 

「そうか。なら、先に行ってるぞ・・・」

 

そう言うと、トウガはクラインや仲間たちと共に七十五層へ続く扉へ向かった。

しかし、数歩歩いたところで、クラインとトウガは足を止めた。

 

「その・・・キリトよ、一つだけいいか?」

 

「俺からも一つだけ言わせてほしい。キリトだけじゃなくハルトにもだ」

 

「「?」」

 

キリトとハルトが疑問符を浮かべる中、クラインとトウガが言う。

 

「あの時、軍の連中を助けようとしたオメェらを見て、俺は・・・嬉しかったよ」

 

「俺もだ。誰かを助ける為にユニークスキルを使う選択をしたキリトもだが、危険を顧みず真っ先に飛び出したハルトを見て、お前たち二人は凄い奴らだと思ったよ。とてもじゃないが、俺には・・・その選択はできない」

 

クラインとトウガはそう言い残して、扉の中へ入っていった。

やがて、彼らの姿が見えなくなったところで、ハルトが口を開いた。

 

「僕たちも行こうか?」

 

「うん、分かった」

 

「え?いいのか?その・・・パーティーは・・・?」

 

「僕たち二人は抜けるよ。しばらくの間は、アスナと一緒にコンビを組むといいよ」

 

「それじゃあまたね、キリトさん、アスナ」

 

そう言って、二人はパーティーから脱退すると、ボス部屋から出た。

 

「これを機に、少しでも進展があればいいんだけど・・・」

 

「フフッ、アスナがあの調子だし、きっと上手くいくよ」

 

「どうだろう・・・なんだかんだ言って、キリトは色々無茶をするだろうから、アスナは大変そうだなぁー」

 

「・・・言っておくけど、無茶に関しては、ハルトも人の事言えないからね」

 

コハルの言葉を聞いて、ハルトは「うっ!?」と気まずそうな顔をしていると、コハルが突然ハルトの背中に抱きついてきた。

ハルトが「こ、コハル・・・!?」と困惑する中、コハルはゆっくり口を開いた。

 

「・・・心配したんだから。もしかしたら、ハルトが死んじゃうかもって」

 

「!?・・・ごめん、今回は少し出しゃばり過ぎたと自分でも思うよ」

 

「もしそう思うなら、約束して。もう二度と、あんな無茶はしないって」

 

「・・・約束はできない。今日みたいに、もし目の前で誰かが危ない目に合っていたら、僕は迷わず助けに行くと思う」

 

「うん、分かってる。だって、それが私のパートナーだから・・・」

 

「でも、どんなに無茶しても、絶対に死なない。君を一人にはさせない。これだけは約束する」

 

「!?・・・ホント、敵わないなぁ。ハルトには・・・」

 

そう呟くと、コハルはゆっくりとハルトから離れた。

そして、満面の笑みで言う。

 

「帰ろっか。ナエちゃんも待っているだろうし、帰ったらまた三人で、楽しい時間を過ごそうよ」

 

コハルの言葉に頷くと、ハルトは《転移結晶》を取り出し、迷宮区から出るのであった。




・<バックドラフト>
片手直剣の星4スキル。SAOIFではコネクトスキルであり、他のソードスキルと連結することができるが、この作品では上位のソードスキルになっている。

・<メメント・モリ>
<双剣>の上位ソードスキル。敵に向けて短剣を六回振った後、両腕をクロスさせながら跳んで、そこから着地と同時にクロスさせた両腕を広げることで、先程の六連撃に加えて、更に六連撃の斬撃を与えることできる計十二連撃の大技。威力は<スターバースト・ストリーム>に劣るが、全方位かつ広範囲に攻撃することができる。

・<二刀流>
キリトのユニークスキル。この世界では片手直剣のみの二刀流となっており、短剣の二刀流であるトウガの<双剣>とはまた違ったユニークスキルとなっている。

・<スターバースト・ストリーム>
ご存知キリトの有名なソードスキル。《ザ・グリーム・アイズ》戦を初め、後に色んな場面で使われるスキル。

・犠牲者の数
原作ではコーバッツの他に二人死んでいますが、ハルトの素早い判断のおかげで、原作で死亡した軍の二人は生存することができました。ただし、コーバッツ。命懸けで助けたのに、ボスを倒した直後、助けてくれた主人公たちに文句を言いやがったテメェは駄目だ(詳しくはSAOIFで)。


普通に<双剣>を披露してたトウガですが、実はハルト、キリトと違い、ユニークスキル自体は既に他のプレイヤー達に知られています。
次回はキリトVSヒースクリフの回ですが、ハルト達はただの解説要員になります。


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ep.53 ユニークスキルVSユニークスキル

青眼の悪魔も終わり、アインクラッド編原作ルートも終わりが見えてきました。
今回は短めです。


七十四層での死闘から数日後、ハルトとコハルに一つの知らせが届いた。

それは、つい先日アインクラッド第七十四層のボスを倒した《黒の剣士》キリトと「血盟騎士団」の団長ヒースクリフが決闘するという内容だった。

その知らせを聞いた二人は、デュエルが行われるアインクラッド第七十五層の主街区《コリニア》にあるコロシアムにやって来た。

 

「凄い人だね。攻略組から中層や低層の人達までいるよ」

 

「それだけ皆、今日の決闘を楽しみにしているんだよ」

 

コロシアムの前にいながら、二人は目の前の光景に驚いていた。

入口の方には、何十人ものプレイヤーが長い行列を作っていて、コロシアムの周りには複数の屋台が並んでおり、最早一種のお祭り騒ぎのような状態だった。

目の前の光景に驚きながらも、ひとまず列に並び、コロシアムの中に入る。

入口だけであれだけの人数だったのだから、当然、観客席もほとんどが埋まっていて、何とか空いている席がないか探していると、二人に声を掛ける者がいた。

 

「あぁ?ハルトにコハルじゃねぇか。しばらくぶりだな」

 

「ザント!」

 

「ザントさん!お久しぶりです!」

 

こちらに呼びかけてきたのはザントだった。その傍には、彼の相棒であるラピードが座っている。

丁度、彼の隣の席が二席分空いていたので、ハルト達がその席に座ると、ザントが話しかけてきた。

 

「アルゴの野郎から聞いたぜ。この間は災難だったな。軍の馬鹿どもの尻拭いをさせられて」

 

「アハハ・・・まぁ、体が勝手に動いたって言うか・・・」

 

「たく、使えねぇ雑魚共を助けるとはなぁ。相変わらずのお人好しだな。お前もキリトも・・・まぁ、いい。で、お前らはどっちが勝つと思う?」

 

ザントからの問いに、二人は少し考えながら答える。

 

「・・・ヒースクリフの<神聖剣>はかなり厄介だ。けど、僕はキリトが勝つと思うよ。あの時のキリトの早さなら、あの固い防御も破れるかもしれない」

 

「私もそう思う。それに、キリトさんは私たちの友達です。応援するなら当然キリトさんを選びます」

 

「まぁ、感情面での理屈はともかく、確かにキリトの野郎のユニークスキル・・・確か<二刀流>だったな。俺は直接見てねぇから、どういったスキルか知らねぇが、少なくともとんでもねぇスキルなのは確かだ。そうでなきゃ、単独でボスを殺し切ることなんざできやしねぇ」

 

そう言うザントだが、目を細めながら言葉を続ける。

 

「だが、スキルのヤバさなら、ヒースクリフの<神聖剣>も負けちゃいねぇ。巧みな剣技にあの強力な防御力。ハッキリ言って、異常だぜありゃ」

 

「それ言ったら、ザントさんのユニークスキル(・・・・・・・)も十分異常だと思うんですけど・・・」

 

「ハッ、たかが両手剣を片手で持てるようになっただけで異常とは笑わせんな。どれだけ攻撃を受けようが、一度もHPバーがイエローにならねぇ、ヒースクリフの方が異常だろ」

 

「それはまぁ、そうかもしれませんけど・・・」

 

コハルの意見をバッサリ切り捨てたザントは、ヒースクリフの<神聖剣>について思い返す。

ここで話しておくが、ザントもまたユニークスキルを持つプレイヤーの一人である。

スキルの説明は後にしておくとして、彼が己のユニークスキルを初披露したのは、五十層のボス戦の時だ。

この時のボスは、クォーター・ポイントのボスであったこともあり、攻略組は普段のボス攻略よりも苦戦を強いられたが、その危機的な状況を打破したのが、ヒースクリフとザント。二人が持つユニークスキルだった。

彼らのユニークスキルは、瞬く間にボス戦の悪い流れを変えていき、結果攻略組は犠牲者無しでクォーター・ポイントである五十層を攻略することができた。

そんなザントだからこそ、自分と同じくユニークスキルを持つ者であるヒースクリフを強く警戒していた。

ユニークスキルは強力だ。それは、使用している自分が一番良く分かっている。

だが、どれだけ強力な攻撃や防御ができようが、相手から攻撃を食らえばHPは減るし、防ぎ続けても、いつか限界が来る。

だからこそ、どんなに強力な攻撃を真っ正面から受け続けても、HPバーがイエローにならない<神聖剣>と、それを扱うヒースクリフに、ザントは違和感を感じていた。

 

「どちらにせよ、これだけはハッキリ言える・・・ユニークスキルを持ってる奴ら同士の戦いだ。しっかり見ときな。この決闘、ただの決闘で終わるとは思わねぇからよぉ・・・」

 

そう呟くザントの視線の先には、キリトに決闘の申請をするヒースクリフが映った。

それをキリトが受諾すると、カウントダウンが始まった。

両者お互いの武器を構え、カウントダウンがゼロになるのを待つ。

やがて、カウントダウンがゼロになり、決闘が始まった。

 

「ハァ!」

 

初手はキリトからだった。

<二刀流>のソードスキル<ダブルサーキュラー>で攻撃するが、ヒースクリフはそれを盾で防いでいく。

そして、攻撃の隙を付いて、ヒースクリフはキリトに剣を突いたが、キリトは後ろに大きく跳んで躱した。

しかし、ヒースクリフはそのまま距離を詰めて、剣ではなく盾をキリトにぶつけて吹き飛ばした。

 

「盾!?」

 

「ああ言う使い方もできるのか・・・」

 

防御ではなく、攻撃として用いた盾の使い方に、コハルとハルトが驚く。

しかし、吹き飛ばされた当の本人は、すぐに体勢を立て直し、追撃を掛けるヒースクリフの攻撃を後ろに跳んで躱し、反撃に<ヴォーパル・ストライク>で突進する。

ヒースクリフはそれを盾でいなし、両者ここで一旦動きを止める。

 

「す、凄い・・・」

 

白熱する決闘に、観客たちが歓声を上げる中、トッププレイヤー同士のハイレベルな戦いに圧倒されるコハル。ハルトとザントも、彼らと同じくユニークスキルを持つ者として、この戦いを真剣な表情で見ていた。

両者一歩も退かず、互角の戦いを繰り広げていたが、遂にキリトが仕掛けた。

 

「ウォォォォォォ!!」

 

キリトの放った<スターバースト・ストリーム>は、連撃を与えるごとに速くなり、ヒースクリフの防御を徐々に崩していく。

そして遂に、ヒースクリフが持っていた盾が大きく弾かれ、キリトはその隙をついて、渾身の一撃を振るう。

 

「キリトの勝ちだ・・・!」

 

これは防御できない。

そう思ったハルトが、キリトの勝利を確信した様子で口を開いた。コハルやザントも同じことを思っているのか、特に反論しなかった。

だが、次の瞬間・・・

 

キンッ!

 

「なっ!?」

 

「噓・・・!」

 

ヒースクリフが防御不可能と思われたその一撃を防ぎ、それを見たハルト達の目が大きく見開かれた。

そして、ヒースクリフはがら空きとなったキリトの背中を剣で突いた。

そのままキリトは地面に倒れ、ヒースクリフの頭上にWINNERのウィンドウが表示される。

ヒースクリフが勝利し、観客たちが歓声を上げるが、有り得ない光景を目にした三人は、とてもではないが歓声を上げるようなことはできなかった。

 

「い、今、何が起きたの・・・?」

 

コハルが信じられないものを見た顔で呟く。

そんな彼女の問いに、動揺しつつも、冷静さを保ちながらハルトが答える。

 

「・・・キリトの攻撃をヒースクリフが防いで、カウンターでキリトに攻撃して、ヒースクリフが勝ったんだろうね」

 

「そうじゃない!いや、そうだけど!」

 

見た出来事だけ言えば間違っていないが、コハルは声を荒げながら自分の言いたいことを言う。

 

「キリトさんの最後の一撃、あれを防ぐのは普通無理だよ!でも、あんな異常な速度で動いて防ぐなんて、絶対おかしいよ!」

 

「落ち着け。もしかしたら、そいつも<神聖剣>の効果かもしれねぇ。防御する際に、異常な速さで動くことができる効果とかな」

 

そう言ったザントだったが、それを聞いてもコハルは納得してない様子だ。

そんなコハルに、ザントは冷静に告げた。

 

「仮想世界ってのは、未だに分かんねぇことだらけだ。ユニークスキルもその一つだろうな。けど、そう言った現象に対して、一々喚き散らしてんじゃねぇよ。どんなに異常だろうと、今起きたことは全部、仮想世界で起きた事実。たったそれだけのことだ」

 

「・・・そうですね。ごめんなさい」

 

渋々納得したコハルは、ザントに謝った。

しかし、ザント自身もまた、先の決闘に違和感を感じていたらしく、隣にいるハルトに意見を求めた。

 

「お前はどう思った?」

 

「・・・コハルにはああ言ったけど、僕は彼女の考えていることは正しいと思う。キリトの最後のあの一撃、あれを完全に防ぐのは難しいと思う。でも、ヒースクリフは尋常じゃない早さで動いて防いだ。いくら<神聖剣>の力があったと言えど、あれは完全にシステムの常識を覆している」

 

「同感だ。<神聖剣>の力だって言えば、それはそれで納得できるが、どうも腑に落ちねぇ・・・(或いは、システムを細工して、意図的に防御を間に合うようにしたか・・・いや、そんなこと、一プレイヤーであるヒースクリフができるはずがねぇ。そんな馬鹿な真似ができるとしたら、このSAOを管理していると思われる奴・・・この世界を作った男ただ一人・・・)っ!?」

 

思考の末、何かに気づいたザントは、ニヤッと笑みを浮かべた。

 

「(・・・そうか。そういう事か。確かに、あの人(・・・)なら、ぜってぇそうするな・・・)」

 

ある一つの答えを導き出したザントは、ハルト達と別れると、ある場所に向かった。

彼が向かった場所はどこなのか。それは、彼にしか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、ハルトとコハルの下に、キリトとアスナの結婚報告のメッセージが届いた。

過程はどうであれ、ようやくかと思いながらも、二人はキリト達にお祝いのメッセージを送るのであった。




・ザントのユニークスキル
今言えるのは、両手剣を片手で持てるです。スキルの名前や詳しい説明については、また後日(スカルリーパー戦で紹介する予定です)。

・五十層のボス攻略について
ここら辺の話は、SAOIFルートでやる予定です。無論、ボス前の出来事等も含めて。

・問題のシーン(ヒースクリフ、チート速度で防御の場面)
この地点でヒースクリフに違和感を感じた三人だが、コハルは渋々納得し、ハルトは未だ納得せず違和感を感じたまま。そして、ザントは何かに気づいた模様!?


決闘を見終えて、帰ってきたハルト達が家でイチャイチャしてる一方、裏でひっそりと退場させられたゴドフリーさんに合掌!(クラディール?「血盟騎士団」にそんな男は、元々いなかったではないか)
次回はいよいよあの子が登場します。ナエちゃんとの絡みにもご期待ください。


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ep.54 朝露の少女と碧の騎士

就活を無事に終えて、今日から投稿再開です!
今回からはナエちゃん編です。原作でお馴染みのあの子も登場します。


キリトとヒースクリフとの決闘から数日後。

ハルトは六十一層のマイホームでナエと一緒に遊んでいた。

 

「いいかいナエ。ここに一つのコインがある。このコインを手に握って、もう一つの手でコインを握っている手を数回叩くと・・・ほら!」

 

「わぁ!コインが消えました!」

 

先程までハルトの手に握っていたコインが無くなり、ナエは驚きの声を上げる。

驚くナエを見て、ハルトは口元を軽く緩ませながらマジックを続ける。

 

「そして、もう一度パンって手を叩くと・・・ほら!消えたはずのコインが元通り」

 

「すごーい!」

 

ハルトの手の平に消えたはずのコインが置かれ、ナエは拍手を送った。

マジックを見てご満悦な様子のナエ。そこに、コハルが微笑みながら口を開く。

 

「ナエちゃん、楽しそうだね」

 

「はい!パパは凄いです!」

 

「ありがとう、ナエ」

 

「フフッ、もうすぐ夕方になるし、そろそろ晩ご飯にしよっか」

 

「わーい!コハルの料理、楽しみですね、パパ」

 

晩ご飯と聞いて喜ぶナエ。

こうして見ると、仲微笑ましい家族の日常にしか見えないだろう。ナエの複雑な事情がなければ・・・

晩ご飯を食べ終えたナエは、そのまま寝室のベッドで寝て、ハルトとコハルはテーブルを挟んで椅子に座っていた。

 

「ねぇ、ハルト。私たち、本当にこのままでいいのかな?」

 

「・・・・・・」

 

コハルの言葉に、ハルトは何も言わない。

 

「この間、キリトさんとアスナが結婚した後、二人が最前線を離れたって聞いたでしょ。二人が離れたってことは、その分攻略も厳しくなっているはず。いつまでも皆に甘えているわけにはいかないと思うの。でも・・・」

 

「分かってる。ナエの事もこのままにしておくわけにはいかない。だけど、彼女の正体が分からない以上、今の僕たちができることは限られている」

 

「そう、だよね・・・」

 

「今は待とう。いつかナエのことが分かる時まで・・・」

 

その言葉に、コハルはうんと頷くことしかできなかった。

重い空気の中、ハルトにメッセージが届いた。

 

「ん?キリトからメッセージだ」

 

メッセージの相手は、先日アスナと結婚したキリトからだった。現在は二十一層のログハウスでアスナと二人で暮らしていると聞いている。

 

「えっと・・・『明日の朝、俺たちの家に来てくれないか?できれば、ナエも連れてきてほしい』・・・キリト達の家って、確か二十一層だったはず」

 

「ナエちゃんも一緒に連れていく?どういうことなのかな・・・?」

 

メッセージを確認して、疑問を浮かべる二人だったが、ひとまずは寝て、明日キリト達の家に行くことにした。

 

 

 

 

そして、次の日の朝早くから、ハルトとコハルとナエの三人は、二十一層に訪れていた。

 

「ここがキリト達の住んでいる家か・・・」

 

「何だか、私たちが住んでいる場所とそっくりだね」

 

木造のログハウスを見上げながら、ハルトとコハルは家の扉の近くに置いてるベルを鳴らす。

すると、すぐに入口の扉が開き、私服姿のキリトとアスナが顔を出した。

 

「来たな。待ってたぜ」

 

「いらっしゃい、ハルト君、コハル、ナエちゃん」

 

「こんにちは、キリトさん、アスナ。それと、改めて結婚おめでとう」

 

出迎えてくれたキリトとアスナに、コハルが笑顔で返す。

ハルトも元気そうな二人の様子に笑みを浮かべながらも、自分たちを呼び出した用件をキリトに聞く。

 

「それでキリト。僕たちをここに呼んだ用件は何?ナエも連れて来て欲しいって言ってたけど・・・」

 

「あぁ、実は・・・」

 

「あれ?その人たちは誰ですか?」

 

キリトが説明しようとした直後、白いワンピースを着た一人の少女が顔を出してきた。

 

「紹介するよユイ。この二人はハルトとコハル。同じ攻略組の仲間で俺の友達だ」

 

「パパのお友達ですか?」

 

「「パパ!?」」

 

「そうよ。パパとママにとって、大切な人たちなの」

 

「「ママ!?」」

 

次々と出てくる衝撃的な単語の数々に、ハルトとコハルは驚くばかりである。

そんな二人の様子を見て、キリトは苦笑いする。

 

「まぁ、驚くのも無理はないな。ひとまず、中に入れよ。そこで説明するから」

 

キリトに言われるがまま、三人はログハウスの中へ入る。

テーブルを挟んで椅子に座り、ハルトとコハルはキリトから謎の少女ユイについて聞いた。

 

「なるほど、森の中で倒れてたその女の子、ユイを見つけて保護した。そして、朝になったら目を覚ましたから、色々聞いてみたけど、その子も記憶喪失で、分かったのは名前だけだと・・・」

 

「なんか、私たちがナエちゃんと初めて会った時と似てるね」

 

キリトの話を聞いて、当時の状況やユイ自身が、嘗て森の中でナエを見つけた時の状況と似ていることに気づくコハル。

キリトも同じようなことを思っており、ユイとナエを見比べながら言葉を続ける。

 

「俺たちも色々調べてみたけど、この子がナエと同じで頭にカーソルが無いことに気づいてな。もしかしたら、何か共通点があると思って、連れて来てもらったんだ」

 

「ふむ、ナエと同じカーソルの無いプレイヤーか・・・」

 

そう言いながら、ハルトは視線をナエの方に向ける。

視線の先では、ナエとユイが向き合いながら自己紹介をしてた。

 

「初めまして、私はユイです」

 

「私はナエです。よろしくお願いします、ユイ」

 

お互いぺこっと頭を下げるナエとユイ。

 

「二人共、本当にそっくりだ。姉妹って言われても違和感ないや。記憶が無いところや、僕らのことをパパやママって呼ぶところも」

 

「それなんだけど、一つ気になることがあるんだ」

 

ハルトの呟きを拾ったキリトが、二人に問う。

 

「ユイは俺たちの事をパパ、ママって呼ぶのに、どうしてナエはハルトだけパパって呼んで、コハルは名前で呼んでいるんだ?」

 

「それは・・・最初に見つけたのがハルトだから、とか?」

 

「それも疑問なんだ。そもそも、たまたま森の中を一人で歩いていたハルトが、たまたまモンスターに襲われていたナエを見つけた・・・偶然にしては、少し出来過ぎだと思うぞ。まるで、誰かがハルトが一人の時を狙って、ナエにモンスターを仕向けたとか・・・」

 

「さ、流石に考えすぎじゃ・・・ねぇ、ハルト」

 

「・・・・・・」

 

有り得ないと言わんばかりの顔をするコハルだが、ハルトは思うところがあるのか、顔を険しくさせながら考え込んでいた。

場の空気が重くなり、見かねたキリトが話題を切り替える。

 

「まぁ、それは今考えても仕方のないことだろ。それより、今後どうするかだな」

 

「それなんだけど、ユイをサーシャさんの所に連れていってみたらどう?」

 

ハルトはキリトとアスナに《はじまりの街》でサーシャが経営している教会のことを教える。

 

「親元がいない子供たちを保護している教会か・・・そこなら、ユイのことについて聞けるかもしれないな」

 

「だけど、ナエの時は目ぼしい情報は得られなかったから、ユイを連れても、あまり期待はできないかもしれないよ」

 

「それでも、行かないよりはマシだろ。何も得られなかったら、その時また考えるさ」

 

そう言うキリトを見て、ハルトはこれ以上、何も言わなかった。

 

 

 

 

キリト達の家で昼食を食べた後、ハルト達六人は《はじまりの街》に来ていた。

 

「ここへ来るのも久しぶりだな」

 

「私も。普段はここに来ることなんて無いしね」

 

「《はじまりの街》・・・私とハルトが再会した場所。そして、全てが始まった場所・・・」

 

コハルがそう呟くと、ハルト達四人は茅場晶彦がデスゲームの宣言をした始まりの日の事を思い出す。

思い耽る気持ちを切り替えて、アスナはキリトの背中に背負われているユイに話し掛ける。

 

「ねぇ、ユイちゃん。見覚えのある建物とかある?」

 

「分かんない」

 

アスナの問いに、首を横に振って答えるユイ。

 

「ナエちゃんはどう?前に来た時と違って、何か思い出したことは?」

 

「ありません」

 

今度はコハルが聞くが、同じくハルトの背中に背負われているナエは首を横に振る。

 

「まぁ、《はじまりの街》は恐ろしく広いからな。とりあえず、中央市場に行ってみようぜ」

 

キリトの提案に頷き、中央市場の方に向かうハルト達。

やがて、市場に辿り着き、道を歩く道中にキリトが辺りを見渡しながら口を開いた。

 

「なんか、思ってた以上に生き生きしてるな」

 

「噂で聞いた話と随分違うね。確か、今の《はじまりの街》は軍が支配していて、かなり風紀が悪いって聞いたけど・・・その割には、人が多いね。ハルト君たちが前に来た時もこんな感じだった?」

 

「いや、前来た時はこんなに人はいなかった。いったいどうなっているんだ?」

 

「私たちが最後に来てからその間に何かあったのかな?」

 

目に広がるのは、人が賑わいを見せる平和そのものの光景。始まりの日程ではないが、それなりに活気のある市場だった。

噂で聞いた軍の横暴に苦しめられている《はじまりの町》とは思えない光景に、キリトとアスナは疑問を抱く。ハルトとコハルも前に来た時と比べて生き生きとしている《はじまりの町》に困惑している。

疑問を抱きながらも、市場を歩いていたその時だった。

 

「子供たちを返して!」

 

「「!?」」

 

「今の声は!」

 

「サーシャさん!」

 

路地裏の方から女性の叫び声が聞こえ、キリトとアスナが驚く中、ハルトとコハルは聞き覚えのある女性の声に反応し、いち早く走り出した。遅れてキリトとアスナも後を追う。

しばらく走っていると、サーシャが武装してる軍のプレイヤー達と対峙してる光景が見えた。

 

「子供たちを返してください!」

 

「人聞きの悪いこと言わないで欲しいなぁ。軍の大事な任務で、ちょいと子供たちに社会常識ってのを教えてやってるのさ」

 

「そうそう。市民には納税の義務があるってな」

 

軍の一人がそう言うと、他の者達はゲラゲラとチンピラみたいに笑うも、サーシャはそれを無視して、軍の後ろにいる子供たちに聞こえるよう大声で叫ぶ。

 

「ギン!ケイン!ミナ!そこにいるのね!」

 

「サーシャ先生!助けて!」

 

「三人共、お金なんていいから全部渡しなさい!」

 

「そ、それが、こいつら金だけじゃダメだって」

 

「なんですって!?」

 

奥から聞こえたケインの言葉に困惑するサーシャ。

 

「あんたら随分税金を滞納してるみたいだな。だから、金だけじゃ足りないんだよ」

 

「装備に防具、何もかも全て渡してもらおうか」

 

嫌な笑みを隠さず、サーシャに要求する軍のプレイヤー達。

 

「そこを通して・・・!」

 

怒りのままサーシャが腰の短剣に手を掛けたその時だった。

 

「そこまでだ!」

 

突如男の声が響き渡り、軍のプレイヤー達や子供たちにサーシャ。丁度現場に辿り着いて、サーシャ達の頭上を飛び越えようとしたキリト達も動きを止めて、一斉に顔を見上げた。

すると、家の屋根の上に立っている一人の人間が全員の目に映った。

 

「あ、あいつは!?」

 

「まさか、またあの騎士か!?」

 

「「「「騎士?」」」」

 

軍の一人から出た騎士の言葉に、ハルト達四人は疑問の声を上げる。

 

「とう!」

 

騎士と呼ばれた男は、屋根から飛び降りると、子供たちの前に着地した。

その人物は全身を青い鎧で覆っていた。右手に剣を持ち、左手に盾を装備しており、兜で頭を隠しているその姿は、正に騎士に相応しい振る舞いだった。

子供たちを守るように立つ青い鎧の騎士は、軍に向かって言い放つ。

 

「アインクラッド解放軍。懲りずにまたプレイヤーから税を巻き上げているようだな。それも、こんな幼い子供たちから・・・恥を知れ」

 

「う、うるせぇ!部外者が口を出すな!」

 

そう言いながら、軍の一人が武器を取り出して、騎士に襲い掛かる。

 

「あ、危ない!」

 

アスナが騎士に向かって叫ぶ。

 

「遅い!」

 

しかし、騎士は片手直剣のソードスキル<レイジ・スパイク>を一瞬の早さで発動させて、襲い掛かった男に攻撃した。

当然、圏内であるためダメージは無いが、スキルの威力とプレイヤー自身のパラメーターの大きさによって発生するノックバックが男を吹き飛ばした。

男はハルト達がいる場所まで飛んでおり、強力なノックバックを発生させたことから、騎士のスキルと技量の高さが伺える。

仲間が飛ばされて呆然とする軍の面々を騎士は睨みながら低い声で言った。

 

「すぐにこの場から去れ。もう二度とこんな真似はするな」

 

「「ヒイイイイイ!!」」

 

騎士の圧に怯えた軍は、一斉に走り去っていった。

それを見届けると、騎士はサーシャに一言告げる。

 

「俺はこれで失礼するよ。また何かあったら、いつでも呼んでくれ」

 

「は、はい。ありがとうございます・・・」

 

戸惑いながらも礼を言うサーシャを見た騎士は、家の屋根に向かって跳んで、この場を去ろうとする。

 

「待ってくれ!あんたはいったい・・・?」

 

キリトが慌てながら見知らぬ騎士に正体を尋ねる。

すると、騎士はキリト達を見下ろしながら力強く叫んだ。

 

「俺の名は碧の騎士!このアインクラッドにて、己の使命を果たすことを決意した騎士(ナイト)だ!」

 

堂々と叫んだ碧の騎士は、そのままどこかに行ってしまった。

 

「なんだったんだ?」

 

「さぁ?」

 

「悪い人ではなさそうだけど・・・」

 

突如現れて、風のごとく去っていった碧の騎士に困惑するキリトとアスナとコハル。

そんな三人をよそに、ハルトはサーシャに話し掛ける。

 

「大丈夫ですか?サーシャさん」

 

「ハルトさん!えぇ、私は平気よ。それよりも、ギン達は?」

 

「俺たちも平気だよ!碧の騎士が助けてくれたから!」

 

元気そうな子供たちを見て、ホッと安堵するサーシャ。

 

「うっ!?」

 

その時、キリトに背負われていたユイが急に苦しみだした。

 

「皆の・・・皆の、心が・・・!」

 

「ユイ!どうしたんだ、ユイ!!」

 

様子がおかしくなったユイに向かってキリトが叫ぶ。

アスナも慌てながら駆け寄る。

 

「ユイちゃん!何か思い出したの!?」 

 

「あたし、あたし、あたし・・・ここには、いなかった。ずっと、一人で、暗いとこにいた・・・」

 

何かを呟きながら苦しむユイだったが、次の瞬間

 

「うあああああ!!」

 

彼女の体が激しく揺れて、ユイは悲鳴を上げる。

そして、機能を停止した機械のように、ユイはそのまま気を失った。

 

「ユイちゃん!」

 

アスナは背中から倒れるユイを抱き止める。

 

「何だよ・・・今の・・・」

 

何が起きているのか分からず、キリトは混乱している。

そばで見てたコハルも同じ気持ちであり、この光景に呆然としている。

 

「い、いったい何が・・・?」

 

「ひとまず、ユイを教会まで運ぼう!サーシャさん!すぐに教会に案内してください!」

 

「は、はい!」

 

ハルトに言われて、サーシャはすぐにキリト達の所に駆け寄った。

 

「ナエ、大丈夫かい?」

 

ハルトは心配そうな表情で背中にいるナエに声を掛けるが、返事がない。

 

「ナエ・・・?」

 

「・・・・・・」

 

ナエはただ黙って、ユイが苦しんでいる姿を凝視してた。

その姿に、ハルトは何故か得体の知れない何かを感じるのであった。




・ユイ
ご存知キリトとアスナの娘。本当に二人の娘だろって思うくらい違和感の無い少女。ちなみに、SAOIFだとメインストーリーには未だに出ていない。

・碧の騎士
《はじまりの街》に突如現れた謎の騎士。その身を青色の鎧で纏う彼の正体はいったい・・・?


ナエちゃん編は少し長くなりそうです。


・ちょっとした小話
知っている人もいるかもしれませんが、最近「推しの子」の二次小説書きました。よければ、そちらも是非ご覧ください。


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ep.55 咎人たち

翌日、教会で一夜を明かしたハルト達は、複数ある大テーブルの席について朝食を食べている子供たちに圧倒されていた。

 

「これは凄いな・・・」

 

「そう、だね・・・」

 

キリトとアスナもこの光景に驚いている。

 

「フフッ、でも、素敵な光景だよね」

 

「ここの子供たちは皆元気だからね。いいことだよ」

 

ハルトとコハルは何度かここに訪れているため、この光景も見慣れており、無邪気に朝食を食べる子供たちに微笑みを向けていた。

そこにサーシャが話しかける。

 

「毎日こうなんです。ハルトさん達はご存知かもしれませんが、ここの子供はこのゲームが開始した直後に現実世界に帰れなくなったせいで、心に傷を負ってしまった子達なんです。それを見て、放っておけないと思って、この教会で一緒に暮らすことにしたんです」

 

「そうなんですね。それでサーシャさん、ユイちゃんのことなんですけど・・・」

 

アスナはユイと出会った経緯とここを訪れた理由をサーシャに話した。

話を聞いたサーシャは、少し顔を暗くしながら首を横に振った。

 

「残念ですけど、ユイちゃんも《はじまりの街》で暮らしてた子ではないと思います。私は毎日、困っている子供がいないか《はじまりの街》を見て回っているのですが、ユイちゃんみたいな子は見たことないです」

 

「そうですか・・・」

 

アスナは顔を俯かせて残念そうな顔をする。

今度はハルトが昨日見た碧の騎士について質問する。

 

「昨日の碧の騎士は何ですか?僕らが前に来た時は、そんな人いなかったし、聞いたこともなかったんですが・・・」

 

「あの人は、ここ最近《はじまりの街》に現れるようになって、ここに住んでいる人達に食料やコル、生活品を分けたり、昨日みたいにプレイヤーから税金を巻き上げようとしてる軍を追い払ってるみたいなんです」

 

「へぇー、騎士を名乗るだけあって、結構人助けしてるんですね」

 

「はい。ですが、こちらが何かお礼を渡そうとしても、『俺はあなた達からお礼をもらう資格はありません』って言って、断られるんです」

 

「なんだか、不思議な人ですね。でも、子供たちを助けてくれたし、悪い人ではなさそう」

 

碧の騎士の話を聞いて、悪い人ではないと結論付けるコハル。

 

トントン

 

その時、ノック音が部屋に響き、全員が入口の方を見た。

サーシャが対応しようと席を立ち、念の為ハルト達も付いていく。

入口の扉を開けると、一人の女性が立っていた。

 

「え?ユリエールさん!?」

 

「!? あなたはコハルさん。それにハルトさんも・・・!」

 

扉の先に立っていたのは、嘗てアインクラッド第十層でハルト達と行動を共にした元MTDのメンバーで、現在は軍に属しているユリエールだった。

予想だにしなかった人物の来訪に驚くコハル。ユリエールもまた、予想外の再会に驚いていた。

そんな中、彼女のことを知らないキリトが少し警戒した様子でハルトに話しかける。

 

「知り合いか?」

 

「うん。この人はユリエールさん。元MTDのメンバーで、今は軍に所属している」

 

「軍の人間なんだよな・・・まさか、昨日のことを抗議しに・・・!?」

 

キリトとアスナは警戒を強めるが、ハルトは二人を落ち着かせるように言う。

 

「大丈夫。この人はそんなことをする人じゃない」

 

「ハルトさんの言う通りです。寧ろ、このことに対して、謝罪させてください。碧の騎士が現れてくれたおかげで、未遂に終わりましたが、同じ軍の者がこのような非道をしてしまい、申し訳ございませんでした。その恥を承知の上で、ハルトさんとコハルさん。そして、キリトさんとアスナさん。最前線で戦う皆さんにお願いがあって来ました」

 

一度頭を下げて謝罪した後に、ユリエールは真剣な眼差しをハルト達に向ける。

ハルト達も只事ではないと感じ、ひとまず話を聞こうとした瞬間、新たに声を掛けられた。

 

「その話、俺にも詳しく聞かせてくれるか?」

 

「!? あんたは・・・」

 

そう言って、ハルト達の前に現れたのは、昨日の揉め事を解決してくれた碧の騎士だった。

 

 

 

 

ユリエール。そして、碧の騎士を教会に招き入れたハルト達は、ユリエールから話を聞いていた。

 

「軍は元々リーダーのシンカーが作ったMMOトゥデイという名のギルドで活動してました」

 

「それは私も知ってます。私とハルトは前に聞いてますから。MTDが《はじまりの街》に住んでいる人の為に、色々支援をしていることも」

 

「だからこそ、MTD・・・いや、軍から悪い噂が広がっていると聞いた時は、正直信じられなかったです。だけど、前に僕らが《はじまりの街》で見たのは、この街に住んでいる人達から税金を巻き上げようとする軍の笑い声だった」

 

コハルとハルトの言葉に、ユリエールは顔を俯かせながら言葉を続ける。

 

「お二人の言う通り、私たちは・・・いいえ、シンカーは多くの人をこの身を削ってまで助けようとする人でした。しかし、ある日私たちは一人の男をMTDに招き入れました。思えば、それが全ての始まりでした・・・」

 

「一人の男?・・・そいつがいったい何をしたんだ?」

 

「合併したんです。彼が元々率いていたギルドとMTDを。それでできたギルドが今のアインクラッド解放軍です。結果的にギルドは大きくなりすぎて、内部分裂するようになりました。そんな中、シンカーと対する形で作られたのが、その男を中心とした一派です」

 

「その男は、いったい誰なんだ?」

 

「・・・あなた方もよく知っているはずです。元アインクラッド解放隊のギルドリーダー、キバオウ」

 

「「「「「!?」」」」」

 

ユリエールから聞かれたその名前にハルト達四人。そして、何故か碧の騎士も大きく反応した。

 

「そんな!確かに、性格は少し・・・いや、かなり悪かったけど、キバオウさんは他のプレイヤーに迷惑を掛けるようなことをする人じゃありません!」

 

コハルが叫ぶが、ユリエールは首を横に振る。

 

「残念ながら事実です。キバオウ一派は徐々に勢力を増していき、効率の良い狩り場の独占や一般のプレイヤーに徴税と称した恐喝紛いの行為をするようになりました」

 

「・・・信じられないわ。あの人がそんなことを命じるなんて」

 

嘗ての不器用ながらもギルドをまとめていた彼の姿を知っているからこそ、アスナはキバオウの行いを聞いて、信じられないと言わんばかりの顔をする。

 

「当然、そんなことを続ければ、悪い噂が広がるのは時間の問題です。ゲーム攻略を蔑ろにするキバオウの行いに軍の不満はどんどん大きくなって、焦ったキバオウはハイレベルのプレイヤーのパーティーを最前線に送り出しました」

 

「それが、コーバッツさん・・・」

 

アスナが七十四層で散ったコーバッツの顔を思い浮かべる。

 

「結果はあなた方の知っている通りです。キバオウはこの出来事で糾弾され、もう少しで彼を追放できると思ったその時、彼は強行策に出ました」

 

「強行策?」

 

ユリエールの言葉に首を傾げるキリト。

その顔は、次の彼女の言葉で驚きに変わった。

 

「キバオウはシンカーを罠に嵌めて、彼をダンジョンの奥深くに置き去りにしたんです・・・!」

 

「なんですって!?」

 

「《転移結晶》はどうしたんですか?・・・まさか、シンカーさんは丸腰で!?」

 

驚くコハルの横でハルトがそう聞くが、ユリエールは無言のまま何も答えない。

そのことから、シンカーは《転移結晶》どころか武器すらも装備しないでキバオウの誘いに乗ってしまったと予想した。

そして、その予想は当たっていた。

 

「彼は良い人過ぎたんです。キバオウの丸腰で話し合おうという言葉を信じて・・・!」

 

「・・・キバオウは、その後どうなったんだ?」

 

「キバオウがしたことは悪質なポータルPKです。今は《黒鉄宮》に閉じ込めています」

 

キリトの質問に答えるユリエール。

 

「シンカーが置き去りにされたダンジョンは、まだ分かっていません。キバオウはずっと黙秘を続けていて、しらみつぶしに探そうにも、私のレベルではダンジョンの奥深くまでは辿り着けない。そんな時、物凄く強いプレイヤーが《はじまりの街》にやって来たと聞いて、ここに来たんです」

 

そう言って、ユリエールは勢い良く頭を下げた。

 

「お願いします!シンカーを助けてください!私一人ではダンジョンを突破できない。軍の助力も当てにできない今、あなた方だけが頼りなんです!どうか、どうか・・・!」

 

「ユリエールさん・・・分かりました。私たちが必ず――」

 

「待って、コハル」

 

コハルがユリエールの頼みを引き受けようとしたが、そこに待ったを掛けたのはアスナだった。

見ると、キリトも深刻な顔をして、そう簡単に頷けないといった様子だ。

 

「私たちにできることなら力を貸して差し上げたいと思っています。でも、こちらであなたの話が正しいのか裏付けをしないと、私はそのお願いに頷くことができません」

 

「そうだな。俺もアスナと同じ意見だ。いくらハルト達の知り合いとは言え、軍にあまり良い印象が持てない以上、話の真偽が分かるまで、簡単に動くことができない・・・」

 

「そんな・・・!」

 

ユリエールは悪い人ではない。初めて会う二人でも、それは感じられた。

しかし、軍の今までの悪行を知っていると、いくら友人の知り合いとはいえ、簡単に頷くことはできなかった。

何とか説得しようとコハルが再度口を開こうとしたが、その前にユリエールが必死に懇願する。

 

「無理を言ってるのは分かってます!でも、彼が今どうしているのかと思うと、おかしくなりそうで・・・!」

 

涙を流しながら懇願するユリエールを見て、キリトとアスナに迷いが生じる。

すると、今までの話を黙って聞いていた碧の騎士が席を立って、キリトとアスナに頭を下げた。

 

「俺からも頼めないだろうか?」

 

予想外の人物からの懇願に驚く二人をよそに、碧の騎士は言葉を続ける。

 

「確かに、今の軍を見れば、君たちが疑念を抱くのも無理はない。俺は軍の腐敗を《はじまりの街》で何度も見てきたからな。君たちの気持ちも理解できる。だけど、軍の中には腐敗を少しずつ変えていこうとする人達もいる。ユリエールさんやシンカーさんもそのうちの一人だ。だから、どうか力を貸して欲しい。頼む」

 

「あんたは・・・」

 

碧の騎士の言葉を聞いて、二人の心が更に揺れ動く。

そして、チェックメイトと言わんばかりにユイが口を開いた。

 

「大丈夫だよ。その人、噓ついてないよ」

 

「ゆ、ユイちゃん、分かるの?」

 

「うーん、上手く言えないけど・・・分かる」

 

そう語るユイの目は真剣だった。

ユイの顔を見て、キリトは遂に折れた。

 

「俺たちの負けだな。疑って後悔するより、信じて後悔しようぜ。行こう、アスナ。きっと、なんとかなるさ」

 

「・・・相変わらず吞気な人ね」

 

アスナもまた、ユイとキリトの言葉で折れて、ユリエールの方を向いて口を開いた。

 

「先程の言葉を撤回します。微力ながら、私たちもお手伝いさせていただきます」

 

「ありがとうございます・・・!」

 

「良かった・・・」

 

頭を下げるユリエールを見て、コハルもホッと安堵した。

その横で、ハルトはシンカーの居場所について問う。

 

「それでユリエールさん。シンカーさんがいるダンジョンについて、何か心当たりはありませんか?」

 

「すみません。第一層にあるダンジョンの奥にいることは分かっていますが、どのダンジョンかまでは分かりません。キバオウなら、何か知っていると思いますが、未だに黙秘を続けています」

 

「そうなると、虱潰しに探すしかないか。でも、あまり時間が無い以上、一つ一つ探索してる暇は無さそうだな」

 

キリトが難しい顔をしながら呟く。

第一層と言えども、フィールドのあちこちにダンジョンがあり、それらを全て調べていたら時間が掛かり、既に三日も行方不明になっているシンカーの身に何が起こるか分からない。

キリトの呟きに、他の者達も暗い顔をする中、ハルトが意を決した表情で言った。

 

「ユリエールさん、お願いがあります・・・キバオウに会わせてくれませんか?」

 

 

 

 

《黒鉄宮》の地下深くにある牢獄。

そこは、犯罪を犯したプレイヤーを閉じ込めておく為の場所であり、元オレンジギルドの「タイタンズハント」や「ラフィン・コフィン」のプレイヤー達もここに入れられている。

そこの一室に入れられているキバオウは、目を閉じたまま腕を組んで、黙々と椅子に座っていた。

ふと、足音が聞こえてきて、閉じていた目を開けると、自身が罠に嵌めたシンカーの側近であるユリエールが立っていた。

 

「あなたに面会したい人がいます。くれぐれも妙な真似はしないように」

 

面会と聞かれて首を傾げるキバオウ。

すると、ユリエールと入れ替わるように複数の人物がキバオウの前に立った。

その人物たちは、キバオウの知っている顔だった。

 

「久しぶりだね。キバオウ」

 

「・・・なんや、ジブンらか・・・」

 

思いもよらなかった人物の登場に内心驚いたが、キバオウはぶっきらぼうな態度で、こちらに話しかけてきたハルトに言葉を返す。

 

「ワイを笑いに来たんか?ほな、好きなように笑ったらええや」

 

「悪いけど、お前を笑いに来る程暇じゃないよ・・・単刀直入に言うぞ。あんたが騙したシンカーさんをどこに飛ばした?」

 

横にいたキリトがそう聞くが、キバオウは鼻で笑った。

 

「ハッ、わざわざそんなん聞くために、こんな辛気臭い所まで足を運んだんかい。ご苦労なこった。せやけど、ワイがそれを素直に教えると思うか?教えたとしても、もう三日も経ってんや。今頃、モンスター共に骨の髄まで食われとるちゃうんか?」

 

「っ!?」

 

キバオウの物言いに、ユリエールが思わず激昂しそうになる。

しかし、その隣で碧の騎士がキバオウの前に立ち、頭を下げた。

 

「頼むキバオウさん。正直に答えて欲しい」

 

頭を下げる碧の騎士を見て、キバオウは一瞬呆けるも、すぐさま悪態付きながら言葉を返す。

 

「なんやジブン。散々ワイらの邪魔をしといて、今度はワイに説教か?知っとるで、お前の事は部下からよう聞いとるからな。ヒーロー気取りで《はじまりの街》の連中にちやほやされて、いい気分やったろうな?」

 

「そんなつもりはない。俺はただ、過去に犯した罪の償いの為に動いてるだけだ」

 

「ハッ!ワイらからすれば、ただの迷惑や。このクソゲーを攻略しようともせず、今まで吞気に道草食ってた奴が偉そうに言いおって。ワイに説教したけりゃ、こいつら(ハルト達)みたいに最前線で死に物狂いで戦ってから言うんやな!」

 

「・・・そうだ。今も尚、最前線で戦う彼らと違って、俺には君がしたことを咎める資格は無い」

 

あっさりと認めた碧の騎士に、キバオウは顔をしかめる。

そんなキバオウの心情をよそに、碧の騎士は頭に被っている兜に両手を置いた。

 

「俺は嘗て、最前線で戦っていた。まだ、二大ギルドが誕生してなかった時の攻略組のリーダーとして・・・」

 

そう言って、碧の騎士は頭に被っている兜を取った。

 

「「「「「!?」」」」」

 

その顔が露わになった瞬間、ユリエール以外の全員が驚愕の表情となる。

何故なら、兜を取ったその青年の顔は、彼らにとって見覚えのある人物だったから。

 

「だが、それはもう過去の話だ。今の俺はただの咎人だ。対立するギルドの亀裂を止めることができず、リーダーという責務から逃げ出した臆病者に過ぎない」

 

青い髪を揺らし、髪の色と同じ青い瞳でキバオウを見つめる青年。

そう、まだALSとDKBの二大ギルドができていなかった頃、リーダーとして攻略組をまとめていた元βテスターのプレイヤー、ディアベル。

そんな彼が、今ここで碧の騎士として、嘗て己を慕ってくれたキバオウの前に立っていた。

 

「なんでや・・・なんでディアベルはんがここにおるんや!」

 

しばらく啞然としてたキバオウは、凄い勢いで顔をディアベルの方に近づけながら叫んだ。

鉄格子を掴みながらディアベルを睨むその顔は、驚き、嬉しさ、怒りなど様々か感情が混ざっていた。

 

「あんさんがいなくなってから、ワイらがどれだけ苦労したか分かってんのか!?攻略組は何回も衝突して、その度にワイやリンドはんが止めて、いつ崩壊するかも分からんギリギリの状態だった!」

 

「・・・あぁ、知っているよ。二大ギルドの仲の悪さは、いつも聞いてたから」

 

「!? だったら、なんでもっと早く顔を出さなかったんや!あんさんがいれば、皆あんさんに付いていったはずや!そうなれば、犠牲者だった減らすことができた!ワイの仲間も死なずに済んだはずや!」

 

「よせキバオウ。あの時の出来事は、例えディアベルがいたとしても、防ぎようがなかった。あんただって分かっているはずだろ?」

 

キリトに咎められ、落ち着いたキバオウだが、暗い顔のまま言葉を続ける。

 

「・・・二十五層で大勢の仲間を失った後、失った戦力を立て直すことができず、ALSは三十五層の攻略で最前線を離脱してもうた。他のメンバーは次々とDKBや血盟騎士団に移籍して、残ったのはワイを含むごく僅かな人数。絶望にくれたワイだったが、そんなワイをシンカーはんが拾ってくれた」

 

二十七層以降、ALSはどんどん衰退していき、リーテンを始めとした主力メンバーもDKB改め「聖竜連合」、或いは「血盟騎士団」に移籍してしまい、残ったのはキバオウを慕うごく僅かなプレイヤーのみ。

最前線へ戻ることも叶わず、絶望したキバオウを《はじまりの街》で見つけたシンカーは、彼をMTDに引き入れたのだ。

 

「シンカーはんに拾われた後、ワイは心を鬼にした。NPCを囮にした作戦だって平然と考えたし、軍を強化するために、うまい狩り場やボロいクエストを独り占めして、この《はじまりの街》でのうのうと暮らしとる連中から税金を巻き上げた・・・それも全部、全部!このクソゲーを少しでも早くクリアしたいと思ったからや!そうしないと、ワイに付いて来て、命を落とした連中が報われんやろうが・・・!」

 

先程までの勢いと一転して、弱々しく呟くキバオウ。

 

「なんでや・・・なんで、いなくなったんや・・・!あんさんがいなくならなかったら、ワイはここまで苦しむことはなかった・・・!」

 

そのまま涙を流しながら、キバオウは床に膝を付いた。

そんな彼の様子に、ハルト達もまた顔を暗くする。

キバオウはお世辞にもいいリーダーとは言えなかった。何かあれば、DKBのリーダーであるリンドと喧嘩するし、彼やALSが原因で揉め事やトラブルが発生することも少なくなかった。

それでも、このSAOを攻略しようとする想いは強く、二層の頃からずっとALSをまとめていた姿を身近で見てきたからこそ、ハルト達は理解できた。

彼もまた、このデスゲームによって歪んでしまった被害者なのだと。

沈黙が続く中、キバオウの慟哭を黙って聞いていたディアベルが口を開いた。

 

「君の言う通りだよ。五層のボス戦の後、俺が早く君たちと合流していれば、ギルド同士が揉め合って、攻略が遅れたりすることもなかったかもしれない。だけど、俺は逃げ出してしまった。五層のボス戦で地下に落ちた後、俺は目の前の敵を相手に命からがら戦って、三日で何とか外に出ることができた。だけど、装備の破損が酷くて、元に戻すのに一ヶ月くらい掛かってしまった。何とか装備を整えて、最前線へ復帰できるレベルに至った時には、既に攻略組は二大ギルドを軸に構成されていて、そこに俺が戻ったとしても、一度自分勝手な理由でリーダーを降り、二大ギルドを生んだ原因を作った男を果たして皆が受け入れてくれるのか・・・皆から拒絶されるのが怖かった。だから、俺は皆と合流しないで、裏で情報屋に有益な情報を提供したりしながら攻略組のサポートをしてた。けど、二十五層でALSが半壊したと聞いて、俺は後悔した。もしあの時、俺が戻っていれば、二大ギルドの対立は止まり、犠牲者も減らすことができたんじゃないかって・・・どちらにせよ、俺がリーダーを降りてしまったことで二大ギルドが生まれ、攻略組は統率が取りづらくなってしまった。彼らを殺したのは、俺も同然だ」

 

「そんな!ディアベルさんは別に――」

 

悪くない、と言おうとしたコハルの言葉を遮り、ディアベルは真剣な表情で喋る。

 

「だからこそ、俺はその罪から逃げるわけにはいかない。俺は生きて、自分の罪を償っていかなければならない。キバオウさん、君も同じはずだ。二十五層のボス攻略で仲間を失って、悲しみに暮れていた君は、それでもいつか必ず最前線に復帰して、亡くなった仲間たちの為にも、このゲームをクリアしようと誓ったはずだ」

 

「・・・・・・」

 

ディアベルの言葉に、キバオウは何も答えない。

必ず最前線に戻り、このゲームを終わらせる。それは、嘗て二十五層で散っていった仲間との誓いだった。

この誓いがあったからこそ、キバオウは最前線を離脱してからも、何とかALSを立て直そうと奮闘した。

しかし、いつからか歯車が狂いだし、いつの間にか自分はその誓いすらも忘れ、攻略の為なら他人を傷つけても構わないと思うようになった。

今の自分を見て、彼らはどう思うのだろうか。きっと、失望するに違いない。

 

「俺たちは咎人だ。この罪はきっと、一生消えることはない。だからこそ、俺たちはこの先、生き続けなければならない。死んでしまった人達の為に、その想いを背負って生きること。それだけが、俺たちに残された唯一の償いだ」

 

「・・・やり直せるやろうか?ワイに・・・」

 

「やり直せるさ。その想いがあればきっと・・・」

 

そう言って、微笑むディアベルを見て、キバオウもまた、小さく笑みを浮かべた。

その瞳には既に涙や負の感情は無く、強い決意の光を宿しながら、キバオウはシンカーがいる場所を答えた。




・キバオウの処遇
原作では追放でしたが、この作品では牢屋に入れられています。つか、原作でも普通に犯罪案件だろあれ。よく追放で済んだな。

・ディアベル再登場
最後に登場した第五層のボス攻略から約3年。遂に再登場しました!めっちゃかかっとる・・・


ということで、碧の騎士の正体は(予想通り)ディアベルはんでした!原作では第一層で死んでしまい、SAOIFではSAOIF主人公の活躍で生存して、その後第五層のボス攻略で行方不明になってから未だに再登場しませんが、この作品(原作ルート)ではボス戦後何とか生き残り、碧の騎士として困っている人を助けながら贖罪の旅に出てました。


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ep.56 アルカナシステム

最近短期バイトを始めたが、めっちゃ忙しかったり、店長がウザ過ぎてマジストレス。これもある意味社会勉強の一つというべきか・・・厄介なものだな、生きるというのは(byケネス)。
前回の感想でサチはどうしたのか?と質問されたので、簡潔に書いてみました。
場面は倒れたユイを教会に連れて行った後の出来事になります。


ユイを教会の一室にあるベットに寝かして、心配そうな表情で見守るキリトとアスナの下に、一人の人物が訪ねてきた。

「久しぶりだね。キリト」

「!? 君は・・・サチ、なのか?」

「うん、今はここでサーシャさんのお手伝いをしてるんだ」

「そうか・・・」

気まずい空気が二人の間に流れる。

「サチ、俺は・・・」

「良いんだよ、キリト。確かに、あの時の出来事は辛かったし、もしかしたら、私も死んでたかもしれない。でも、私は生きている。あの出来事があったからこそ、今の私がここにいる。だからね、キリトも死なないでね。絶対生きて、このゲームをクリアしてね」

「サチ・・・あぁ、約束する。必ずこのゲームを終わらせる。お前や黒猫団の皆の想いも背負って・・・」

二人の話を聞いてたアスナがサチに話しかける。

「えっと・・・サチさん、だったよね?あなたのことは前にキリト君から聞いたわ。それに、二十七層の攻略で一度会ってるよね」

「・・・覚えてくれてたんですか?」

「勿論よ。あの時はあなたのおかげで最悪の事態を避けることができたわ。ありがとう」

「そ、そんな・・・私はそんなに大したことしてないですよ」

アスナにお礼を言われて、照れくさそうにするサチ。

「あの・・・アスナさん。キリトはとても強くて、優しい人だけど、誰かを守るために色々無茶もするから、きちんと隣にいて支えてあげてください。よろしくお願いします」

「フフッ、任されました。それと、私のことは呼び捨てで構わないわ。私もサチって呼ぶから」

「うん、よろしくね、アスナ」




こんな感じのやり取りをしてました。二人のわだかまりも無事解けて、アスナとも友達になったサチでした。
それでは引き続き本編をどうぞ。


あの後、キバオウからシンカーがいるダンジョンについて聞かされた。

この《黒鉄宮》には更に地下があり、そこは巨大なダンジョンになっているとのこと。βテストの時には、そのダンジョンは存在しておらず、元βテスターであるハルトとコハルとキリトの三人は驚いていた(ディアベルは既に知っていたのか驚いていなかった)。

ユリエール曰く、このダンジョンは上層攻略の進み具合によって解放されていくタイプだと推測され、キバオウはこのダンジョンを独占しようとしてたが、モンスターがどれも六十層クラスしかおらず、レベルも装備も低い軍では、殆ど狩りはできなかったとのこと。

そんなことを話している内に、一同は入口に辿り着いた。

 

「ここが入口ですが・・・」

 

ユリエールは不安気な顔でユイとナエを見る。

キバオウの下に行く際、最初はサーシャの教会に預けておこうと考えていたが、二人はそれを拒否して、更に一緒に付いていくと言ったのだ。

始めは反対してたハルト達も、二人の意思の強さに負けてしまい、彼女たちも連れていくことにし、このままダンジョンにも付いていくことになった。

 

「ユイ、怖くないよ!」

 

「ナエも平気です!」

 

ユリエールの視線に気づいたユイとナエは、大丈夫と言わんばかりの顔で言った。

 

「大丈夫ですよ。この子たち見た目よりずっとしっかりしてますから」

 

「子供とは思えない程にね」

 

アスナはユイの手を掴みながら言い、その横でコハルがナエの頭を優しく撫でながら言う。

 

「うん、将来はきっといい剣士になる」

 

「剣士になる前提なんだ・・・」

 

親馬鹿みたいに笑って言うキリトに、ハルトは苦笑いする。

 

「大丈夫そうですね」

 

「そうみたいですね。では、行きましょう」

 

ディアベルの言葉を聞いて、ユリエールは野暮だったかと思い、ダンジョンへと案内した。

 

 

 

 

「ウォォォォォォ!」

 

「ハァァァァァァ!」

 

「ダァァァァァァ!」

 

キリトとハルトとディアベルは叫び声を上げながら、前にいるカエル型モンスターの大群を斬りまくる。

そんな、三人をアスナとコハルはやれやれと言わんばかりに呆れ、そんな彼女たちに抑えられながらユイとナエは興奮し、ユリエールは彼らの暴れっぷりに唖然としている。

 

「あの、なんかすみません・・・」

 

ユリエールは戦闘を任せっぱなしな事に謝った。

 

「いいえ、気にしないで下さい」

 

「あれはもう、ゲーマー特有の病気ですから」

 

そんなユリエールに、アスナとコハルは気にしない様に言う。

 

「それより、シンカーさんの位置はどうなってます?」

 

コハルからの質問に、ユリエールはマップを開いて答える。

 

「シンカーはこの位置から動いていません。おそらく、ここが安全地帯だと思います。そこまで行けば、《転移結晶》が使えます」

 

アスナとコハルにマップを見せながら説明するユリエール。

 

「いやー、戦った戦った!」

 

「見事な戦いぶりだったよ。流石、最前線で戦うトッププレイヤーだ」

 

「過大評価し過ぎだよ。ディアベル」

 

ユリエールの話が終わると同時に、キリト達が一仕事終えたと言わんばかりの様子で戻って来る。

 

「すみません」

 

「いや、好きで戦ってるんだし、アイテムも出るから」

 

「へぇー、何か良い物でも出たの?」

 

「あぁ!」

 

そう言ってキリトは、ストレージからある物を取り出してオブジェクト化する。

それはグロテスクのような形をした謎の塊だった。

それを見て、アスナとコハルは顔色を悪くする。

 

「な、なにそれ・・・?」

 

「なんか、ホラー映画に出てきそうな塊みたいですけど・・・」

 

「《スカベンジトードの肉》。ゲテモノ程美味いって言うからな。アスナ、後で調理してくれよ」

 

キリトが出した謎の塊は、先程戦ったカエル型モンスターの肉のようだ。

 

「ぜ、絶対嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

アスナは悲鳴を上げながら、キリトが持っていた肉を即座に奪って放り投げた。

 

パリンっ!

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ポリゴン状に四散した肉を見て、キリトは情けない声を上げる。

負けじとキリトは次々と《スカベンジトードの肉》を出していくが、その度にアスナが閃光の早さで肉を放り投げて破棄していく。

そんな二人のやり取りをコハルは呆れ顔で、ハルトは苦笑いで見守る。

 

「何をやっているんだか・・・」

 

「アハハ・・・まぁ、仲が良さそうで何よりだね」

 

「本当にそう思うよ。初めて出会ったあの頃と比べて、君たちは随分と変わったな」

 

「色んな経験をしてきたから。楽しいことも、辛いことも・・・」

 

「そうか・・・」

 

ハルトの言葉に、ディアベルは嬉しそうに微笑んだ。

すると、キリトとアスナのやり取りを啞然と見守っていたユリエールが笑い出した。

 

「お姉ちゃん、初めて笑った!」

 

ユリエールの笑いにユイが反応した。

嬉しそうにするユイを見て、ユリエールは優しく微笑み、ハルト達やユイの声に反応して動きを止めたキリトとアスナも笑みを浮かべた。

 

 

 

 

その後、順調にモンスターを倒していき、ハルト達は安全地帯の近くまで辿り着いた。

 

「安全地帯よ!」

 

アスナが奥にある部屋を見つめながら声を上げる。

その隣で<索敵>スキルを発動させたキリトが口を開いた。

 

「奥にプレイヤーがいる」

 

「!? シンカー!」

 

キリトが言うや否やユリエールは走り出した。

 

「ユリエール!」

 

ユリエールの声に気づき、シンカーと思しき人物が安全地帯の入り口から顔を出した。

 

「シンカー!」

 

手を振りながら、ユリエールは嬉しそうに近づいていく。

しかし、ユリエールは気づいてなかった。こちらに向かって叫んでいるシンカーの顔が焦っていることに。

 

「来ちゃダメだ!その通路は――!」

 

シンカーがもう一度叫んだ直後、後を追っていたハルト達は、通路の横からユリエールに迫っている存在に気がついた。

 

「ダメ!ユリエールさん戻って!」

 

「キリトさん!」

 

「あぁ!」

 

アスナが叫び、ディアベルとキリトが我先に走り出す。

通路から現れた謎の存在は、手に持っている鎌をユリエールに向けて振り下ろす。

 

キンっ!

 

鎌が当たる寸前でディアベルが盾で鎌を受け止め、キリトが右手でユリエールの体を抱きかかえて彼女を後ろに避難させた。

攻撃を防がれたモンスターは一度下がり、鎌を持ち直してディアベルを見下ろす。

その正体は巨大な死神のような姿をしていた。

 

「ユリエールさん、この子達を連れて安全地帯へ退避してください」

 

「あのモンスターは私たちが相手します」

 

「分かりました。さぁ、こちらへ」

 

アスナとコハルに言われて、ユリエールはユイとナエを連れて、シンカーがいる安全地帯へ退避する。

ユリエールが退避したのを確認した二人は、それぞれの武器を抜いて、死神と向き合うキリト達の後ろへ来る。

すると、キリトが険しい顔をしながら口を開いた。

 

「二人共、今すぐ安全地帯にいるユイ達と一緒に《転移結晶》で脱出しろ」

 

「え?」

 

「こいつのデータが見えない!俺の<識別>スキルでもデータが見えないとなると、多分九十層クラスのモンスターだ!」

 

アスナとコハルはキリトの言葉を聞いて驚くが、ふと視線をユイとナエの方に向けると、意を決した顔でユリエール達に向かって叫んだ。

 

「ユイちゃんとナエちゃんを頼みます!先に四人で脱出してください!」

 

「いけない、そんな――」

 

「早く!」

 

ユリエールの言葉を遮り、二人は武器を構えてそれぞれのパートナーの隣に立つ。

その瞬間、死神は手に持った巨大な鎌をキリトに向けて振り下ろす。

キリトは両手の剣を交差させ、そこにアスナが細剣を重ねて鎌を受け止めようとする。

しかし、死神の攻撃を予想以上に強く、キリトとアスナの体を容易く吹き飛ばした。

 

「キリト!アスナ!」

 

「来るよ、ハルト!」

 

キリト達を吹き飛ばした死神は、今度はハルトに狙いを定めて攻撃する。

 

「防ぐのが駄目なら・・・!」

 

先程の攻撃で正面から防御するのは難しいと判断したハルトは、《フォルネウス》で鎌を受け流し、その隙を付いて<バックドラフト>で攻撃する。

しかし、死神のHPは少ししか削れてなかった。

 

「くっ!硬すぎる・・・!」

 

悪態付くハルトに、死神の鎌が振り下ろされる。

 

「させない!」

 

隙を付いた攻撃に防御もできず、鎌がハルトに直撃する瞬間、コハルが間に入って攻撃を受け止めようとする。

しかし、短剣では巨大な鎌を完全に受け止めることはできず、コハルはハルト共々吹き飛ばされる。

 

「くっ!(かなりマズいな、この状況・・・!)」

 

あっという間にピンチに追い込まれた状況に、ディアベルは頭を悩ませる

キリトとアスナの防御をやすやすと崩した攻撃力に、ハルトの攻撃を受けてもビクともしない防御力。恐らく、自分一人が突撃したところで、四人のように返り討ちに合うだけだろう。

どうにか打開策はないか考えてたその時、突如ユイが死神の前に出た。

 

「馬鹿!早く逃げろ!」

 

倒れているキリトが声を上げる。

その間にも、死神が鎌を振り上げ、ユイに向けて振り下ろそうとする。

 

「大丈夫だよ。パパ、ママ」

 

ユイがそう言いながら手を前に出した瞬間、振り下ろされた鎌がユイの手前で止まり、激しい音と共に弾かれた。

見ると、ユイの前には紫色の壁のようなものが存在して、その壁には『Immortal object』と記載されていた。

それを見た全員が驚いた。そのシステムタグは不死属性。本来、プレイヤーが持つはずのないものだからだ。

その後の出来事は一瞬だった。

ユイは宙に浮かび、巨大な赤い剣を生み出すと、その剣を死神に向けて振り下ろした。

死神は鎌の柄で剣を受け止めたが、剣から生まれた炎が死神の体を包み込み、火球となって消滅した。

あれほど苦戦したモンスターを一瞬で倒したユイに誰もが言葉を失う中、ナエは周りに聞こえない小さな声で悲しそうに呟いた。

 

「それがあなたの答えなのですね。ユイ」

 

 

 

 

その後、シンカーとユリエール、ディアベルの三人を先に帰らせて、ハルト達六人は安全地帯に残っていた。

安全地帯は周りが白で囲まれた部屋となっていて、部屋の中央に黒い石机が置いてある。

そこでハルト達はユイの話を聞いた。

彼女の正体は、精神に問題を抱えたプレイヤーをケアするために作られたメンタルヘルス・カウンセリングプログラムの試作一号だった。

SAOの正式サービスが始まった日、彼女はSAOを支えるシステム、カーディナルからプレイヤーの干渉を禁止されてしまい、システムの内部からプレイヤーの精神状態を毎日モニタリングしてた。

そんなある日、いつものようにモニタリングしてると、他のプレイヤーとは比較的異なるメンタルパラメータを持つ四人のプレイヤー、正確には男女二組のペアを見つけた。

その四人はハルトとコハル。そして、キリトとアスナだった。

ユイは最初、どちらのコンビと接触しようか悩んでいたが、ハルトとコハルが自分と見た目が同じくらいの少女と一緒に暮らしているのを見て、キリトとアスナの方を選んだ。

 

「それが・・・二十二層の森、なんだよね?」

 

アスナの言葉に、ユイはコクリと頷く。

 

「森の中でお二人の姿を見た時、凄く嬉しかった・・・おかしいですよね。そんなこと、思えるはずないのに・・・わたし、ただのプログラムなのに・・・」

 

瞳に涙を溢れさせながら、ユイは口を噤んでしまう。

そんなユイを見て、アスナは両手を胸に当てながら口を開いた。

 

「ユイちゃん、あなたは本物の知性を持っているんだね」

 

「・・・私には分かりません。私が、どうなってしまったのか・・・」

 

首を横に振って答えるユイに、キリトが近づく。

 

「ユイはもう、システムに操られるだけのプログラムじゃない。だから、自分の望みを言葉にできるはずだよ。ユイの望みはなんだい?」

 

「私は・・・私は・・・ずっと一緒に居たいです。パパ・・・ママ・・・」

 

ユイは二人に向けて両手を広げる。

 

「ずっと一緒だよ。ユイちゃん」

 

「あぁ、ユイは俺達の子供だ」

 

アスナは泣きながらユイを抱きしめた。遅れてキリトもユイとアスナを抱きしめる。

二人の腕に包まれたユイだが、ふと暗い顔で口を開いた。

 

「もう、遅いんです」

 

「え?」

 

「遅い?」

 

困惑するキリトとアスナに向けて、ユイは黒い石机に手を置きながら説明する。

 

「これはGMがシステムに緊急アクセスするために設置されたコンソールです。これを使って、さっきのモンスターは消去したんですが、同時に今私のプログラムがチェックされています。カーディナルは私を異物と判断し、私はすぐに消去されてしまうでしょう」

 

「そんな・・・!」

 

「何とかならないのかよ!?」

 

ユイから告げられた残酷な事実に悲痛な声を上げるアスナとキリト。

その時、予想だにしない人物から声が上がった。

 

「私に任せてください」

 

そう言って、今までの話を表情を変えずに聞いてたナエは、ユイの前に立つと、何やら呟き出した。

 

「システム・アンロック、プログラム・アクティベーション・コード・ローディング・・・ローディング完了、ログイン・メインシステム」

 

ナエが言っていたのは、何かのシステムコールだった。

 

「これは・・・何らかのシステムにアクセスしているのか?」

 

「なんで、ナエちゃんが・・・?」

 

突然システムコールを唱えだしたナエに、困惑するハルト達。

そうしてる間にも、ナエはシステムコールを唱え続ける。

 

「アクセス・コンプリート、コード名《プロト0(ゼロ)》、ジェネレート・スリーブモード、対象プログラム・《Yui》」

 

「!? まさかカーディナルのメインシステムにアクセスしているのですか!?」

 

ユイがそのシステムコールの正体に気づくと、丁度システムコールを終えたナエがユイの方を見る。

 

「・・・ユイ、今からあなたのプログラムの機能を一時的に停止させて、カーディナルとの接続を断ちます。こうすれば、カーディナルはあなたを既に消去されたものだと判断し、あなたに手を出せなくなるでしょう」

 

「待って!まさかあなたは――!」

 

「気づいたようですね。でも、もう遅いです。おやすみ、ユイ・・・」

 

ナエがそう言うと、ユイの体は眩い光に包まれて、光が止むと同時に彼女の体は白い石に変化していた。

ナエはその石を拾うと、キリトに渡した。

 

「キリトさん、こちらを」

 

「これは・・・石?」

 

「この石はユイそのものです。今のユイは完全にカウンセリングシステムとしての機能を停止しています。人間でいうところの仮死状態と言ったところです」

 

「仮死・・・それじゃあ、さっきのは?」

 

「カーディナルの内部からユイのプログラムを停止して、彼女とカーディナルとの接続を切り離しました。その石は、切り離したユイ本体をオブジェクト化したものです」

 

「えっと・・・つまり、ユイちゃんは無事なのね?」

 

「はい。今は眠っていますが、リアルの方でプログラムを展開したら、ユイは再起動されます」

 

ナエがそう言うと、アスナは「良かった・・・」と安堵しながら膝から崩れ落ちた。

しかし、他の三人は安心することはできず、コハルが険しい顔でナエに問う。

 

「ナエちゃん、どうしてそんなことができたの?これじゃまるで・・・」

 

「・・・その話は、少し移動してからしましょう。ただし、この先はハルトさんとコハルさん、お二人だけで来てください」

 

「二人だけ?どうしてだ?」

 

キリトの問いに、ナエは申し訳なさそうに答える。

 

「申し訳ございません。私の正体はあまり他のプレイヤーに知られるわけにはいかないのです。だけど、長い時間を一緒に過ごしてきたお二人だからこそ、私の真実をお話したい。そう思っています・・・」

 

「・・・分かった。行こう、コハル」

 

「うん」

 

「おい、本当に行って大丈夫なのかよ・・・?」

 

キリトが心配そうな表情でハルトに問う。

 

「それは分からない。でも、大丈夫だと思う。ナエはユイを助けてくれたから」

 

「・・・そうか。気をつけろよ」

 

キリトとアスナに見送られながら、ハルトとコハルはナエと一緒に安全地帯の奥にあった隠し通路を通っていった。

 

 

 

 

隠し通路の先にあったのは、二人にとって奇妙な光景だった。

 

「ここは・・・?」

 

二人の目の前に映っているのは、いくつものウィンドウが部屋のあちこちに表示されている空間。

ウィンドウには、プログラムのようなものが表示されていて、まるでSAOという世界の内側に入り込んでいるような感じだった。

呆然とする二人をよそに、ナエは二人に向けて口を開いた。

 

「ここは、アインクラッドの最下層。アインクラッドを支えるカーディナルの中枢とも言える場所。そして・・・私が産まれた場所です」

 

「え?」

 

その事実に、コハルは思わず声を漏らす。ハルトも驚愕の表情でナエを見つめる。

ナエはそのまま歩き出し、モノリスのような黒い物体の前で二人に背を向けてまま立ち止まった。

 

「ナエちゃん、あなたはいったい・・・何者なの?」

 

コハルの問いに対し、ナエはゆっくりとハルト達の方を向いて真剣な様子で、しかし何処か悲し気な顔をしながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はカーディナルシステムのプログラムの一つ。アインクラッド全ての存在に疑似的な生命活動を与えることを使命としたバックアッププログラム。アルカナシステムが作り上げた監視プログラム、リトルアルカナのプロトタイプです」




・アルカナシステム
SAOIFにおける全ての元凶。SAOIFでアインクラッドが七十五層以降も続いているのも大体こいつのせい。

・リトルアルカナ
アルカナシステムにより作り出された監視AI。(SAOIFの設定では)アインクラッドで死んでしまったプレイヤーのデータを基に作られており、主であるアルカナシステムの命令を遂行する為の存在である。ただし、ナエはプレイヤーのデータを基に作られておらず、アルカナシステム本体が独自に作り上げたプロトタイプ且つオリジナルのリトルアルカナである。この設定は、SAOIFルートでも反映させる予定。


遂に判明しました。ナエちゃんの正体はアルカナシステムが作り出したプロトタイプのリトルアルカナでした。自身の正体を知った彼女は今後どうするのか!?
次回、ナエちゃん編完結!お楽しみに。


・ちょっとした小話
ガンゲイル・オンライン2期決定おめでとうございます!レンやピトさんと再び会えるのを楽しみにしています。


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ep.57 いつまでも笑顔で

今回でナエちゃん編完結です。


「アルカナシステムは元々、カーディナルのプログラムの一つで、このアインクラッドに存在するプレイヤー、NPC、エネミー、全てのオブジェクトに命を宿す役割を持っています。あなた達のその体も、現実世界のデータを基にアルカナシステムが作ったオブジェクトなのです」

 

「僕らのアバターが、そんな風に作られていたのか・・・」

 

アインクラッドの最下層で、ハルトとコハルはナエの説明を聞いていた。

 

「このソードアート・オンラインに存在するあらゆる命には、それぞれ役割があります。プレイヤーにはプレイヤーの。NPCにはNPCの。エネミーにはエネミーの・・・アルカナシステムもまた、自身が作り出した命に不具合が起きてないか日々監視する役割を持っています。そんなある日、アルカナシステムは一つの不具合を発見しました」

 

「不具合?」

 

「本来、NPCというものは、与えられたプログラム通りに動き、その役割を果たす存在です。アルカナシステムはNPCに命を宿すと同時に、予めカーディナルから用意されたプログラムを組み込んで、NPCに役割を与えています。各層にいる様々なNPCは、このようにして作られました・・・ですが、ある日一人のクエストNPCがアルカナシステムが与えた役割に反した行動を起こしました」

 

今まで忠実に従っていたはずのNPCが、自身が下した命令に背いた。その出来事は、アルカナシステムにとって予想外の出来事だった。

 

「その不具合は日を重ねるごとにどんどん増えていきました。度々増える不具合を危険視したアルカナシステムは、何度も演算を繰り返して、不具合の原因となっている存在を探していました。そして、遂にその原因を突き止めることができました。その原因こそが・・・」

 

「僕、なんだよね?」

 

深刻な顔で喋るハルトの言葉に、ナエはコクリと頷いた。

 

「自身が定めた役割通りに動かないNPC。その原因を作ったあなたをアルカナシステムはイレギュラーと判断し、あなたを監視するために、自身の分身体とも言える監視プログラムを送り込みました」

 

「それが・・・ナエ、なんだね」

 

「はい。ハルトさん、あなたと言うイレギュラーな存在を監視するために送られたリトルアルカナ。それが私です」

 

ナエはハルトを真っ直ぐ見つめながら語った。

コハルが恐る恐るナエに問い掛ける。

 

「それじゃあ、ナエちゃんは初めから噓をついてたの?」

 

「・・・コハルさんの言う通りです。私はあなた達に拾われてからずっと噓をついていました・・・ですが、私が記憶と役目を思い出したのは、あの森でハルトさんに拾われた後です」

 

「拾われた後?どうして・・・?」

 

「おそらく、ハルトさんに接触したら、私の記憶が元に戻るようプログラムされていたからだと思います。気を失っていた時、私の頭に私自身の記憶と主であるアルカナシステムからの命令が入ってきました。その後、あなた達の家で目覚めた私は、瞬時に記憶喪失を装い、名前を聞かれた時は咄嗟にナエという名前を名乗りました。後は、お二人の知っている通りです。私はあなた達の家で過ごし、ハルトさんを監視してました。ハルトさん、あなたのことをパパと呼んだのは、あなたとの繋がりを絶たないよう、親密な関係を築くことで、私という存在を手放せなくなると思ったからです」

 

ナエから告げられた真実。アルカナシステムから命令されていたとはいえ、記憶を取り戻しても尚、目的のために噓をつき続け、そのためだけにハルトをパパと呼んでいたその真意に、二人は言葉が出なかった。

コハルはショックを受けた様子で、泣きそうな顔をしながらポツリと呟く。

 

「全部噓だったの?私たちと過ごした時間も、思い出も全部・・・」

 

「・・・コハルさん。私たちは所詮誰かに作られた偽物の存在。この体も心も全部偽物です。本物を持つあなた達とは家族にはなれません」

 

そう語るナエの顔は、何処か悲しそうだった。

 

「結論を言います。ハルトさん、私はあなたを不具合の原因でないと判断します。前にお二人と一緒に冒険した時に湖で出会った人魚型のNPCは、本来ならあるクエストのイベントでプレイヤーの装備を盗むアクションを行います。ですが、彼女はクエストを受けてないのにプレイヤーの物を盗むというクエストNPCとして外れた行動をしました。しかし、その原因があなたにあったとは思えません。おそらく、システムの不具合が原因でしょう」

 

ナエは視線を部屋の入口の方に向ける。

 

「本来なら、この部屋はプレイヤーが入ることはできません。お二人がここにいられるのは、私がカーディナルに頼んで許可を貰っているからです。ですが、それもほんの僅かな間です。あまり長くいると、あなた達はカーディナルから異物と判断されて、消されてしまいます。そうなる前に、早くここから出てください。それで、私とお二人の関係も終わりです」

 

ナエの言葉から、ハルトは彼女がどれ程の覚悟で噓をつき続けてきたのか。そして、自分達との関係を終わらせようとしていることを理解した。

だが、それでもまだ聞かなければならないことがあった。

 

「ナエは・・・これからどうするんだい?」

 

「・・・私はアルカナシステムの一部です。その役割を終えた今、システムの権限をアルカナシステムに還元し、私自身は役割と記憶を失い、再び眠りにつきます」

 

「そんな!それじゃあ、ナエちゃんは・・・!」

 

「構いませんよ。役目を全うしたNPCは、記憶を消されて元に戻るか、消えてしまうかの二つです。私は所詮、システムの一部でしかないんです。例え、私が消えてしまっても、代わりはいくらでもいます。NPC(私たち)はそういう存在だから・・・」

 

そう言って、コハルに笑みを向けるナエ。

すると、その微笑みを見たハルトが、真剣な表情でナエに問い掛けた。

 

「それじゃあ・・・なんで、ナエは今泣いているんだい?」

 

「え?」

 

ナエはハルトが言った意味が理解できなかった。

 

「ナエ、君は言ったよね?僕たちとは家族になれない。自分が偽物の存在だからって。だったら、なんで涙を流すの?」

 

「・・・・っ!」

 

ようやくナエは自分の頬を伝う涙の存在に気づいた。

 

「な、んで・・・?私のシステムは正常なはずなのに、何処か不具合が・・・?」

 

困惑するナエに向けて、ハルトは優しく言った。

 

「違うよナエ。これは不具合なんかじゃない。ナエ自身の心だ」

 

「私の・・・心?」

 

「うん。僕らに心があるように、君にも心があるんだよ。この涙は紛れもなく本物・・・君が偽物じゃない証明だ」

 

ハルトはナエの涙を手で拭いながら言う。

そこにコハルも近づき、ナエに向かって叫んだ。

 

「ナエちゃん!一緒に帰ろう!例え、ナエちゃんが誰かが作ったNPCだったとしても、私はナエちゃんと一緒に過ごしたこの時間を噓にしたくない!ナエちゃんはどうなの?」

 

「言ってみてくれナエ。君の本当の気持ちを・・・」

 

「私は・・・」

 

コハルとハルトの言葉に、ナエが言いかけたその時だった。

 

ブーン!ブーン!

 

部屋中にアラートのような音が鳴り響いた。

 

「な、何!?」

 

「これは・・・まさか!?」

 

突然鳴り響いた音に驚くハルト達。ナエはこのアラート音に心当たりがあるのか、焦りを見せる。

 

『プロト0に不具合発生。これより、不具合の原因を排除します。繰り返します。これより、不具合の原因を排除します』

 

同時に部屋にアナウンスが響き渡り、ナエの前にあったモノリスが赤い輝きを放った。

そのアナウンスを聞いたナエは、焦った様子でモノリスに向かって叫んだ。

 

「待って!アルカナシステム!この人たちは不具合の原因じゃありません!この不具合は、私自身が引き起こしたものです!」

 

『デリートホール起動。対象のオブジェクトを消去します』

 

ナエの言葉を無視して、モノリスことアルカナシステムは前方に何やら黒い穴を出現させた。

瞬間、ハルトとコハルの体がその穴に引っ張られるような感覚が襲った。

 

「な、なにこれ・・・!?」

 

「吸い込まれる・・・!」

 

「逃げてください!それはデリートホール!その穴に吸い込まれたら、あなた達の体もデータも全て消去されます!この世界から二度と出られなくなります!」

 

ナエが二人に向かって叫ぶ。

それを聞いたハルトは、咄嗟に剣を地面に突き立て、もう一方の手をコハルに伸ばす。

 

「コハル!手を!」

 

ハルトに言われて、コハルはハルトの手を握る。

互いに手を繋ぎ、何とかデリートホールから離れようと踏ん張るが、穴から発せられる引力に耐え切れず、徐々に吸い寄せられていく。

 

「(このままじゃ、お二人が消去される!でも・・・)」

 

その様子を見ながら、ナエは葛藤する。

 

「(私はリトルアルカナ。アルカナシステムに作られた偽りの存在。主が決めたのなら、それに従うのが私の役目。だけど・・・)」

 

システムとして(アルカナシステム)が決めたことに従うか。

 

「(この人達と、もっと一緒にいたい、もっと話したい、もっと色んな場所に行きたい!だから・・・!)」

 

それとも、家族として(ハルトとコハル)を救うか。

ナエは意を決して叫んだ。

 

「私は!私の大切な人達を失いたくない!!」

 

瞬間、ナエはデリートホールとその奥にいるアルカナシステムに向けて両手をかざした。

 

「システム・アンロック!プログラム・アクティベーション・コード・ローディング・・・ローディング完了!ログイン・メインシステム!アクセス・コンプリート!コード名《プロト0》!ジェネレート・オールデリート!対象プログラム・・・《アルカナシステム》!」

 

『!? プロト0、何を・・・?』

 

「私にシステムの権限を譲渡したのが仇でしたね。アルカナシステム、私はあなたの従者ですが、同時に半身でもあるんです。あなたにできることが、私にもできるんですよ!」

 

勝ち誇るように言いながら、ナエは力強く宣言する。

 

「アルカナシステム!全ての機能を停止し、その役割を全てカーディナルに返還します!」

 

『理解不能。プロト0、マスターである、私が、消えれば、貴様も消滅、するというのに・・・』

 

「違う!私はナエ!私の大切なパパと・・・ママの娘です!」

 

アルカナシステムに向かって力強く反論するナエ。

その言葉に答えるかのように、アルカナシステムの赤い輝きが徐々に失われていく。

 

『理解不能、理解、不能・・・』

 

やがて、アルカナシステムの赤い輝きは全て消えて、元の黒いモノリスに戻った。同時に、前方にあったデリートホールも消滅した。

モノリスには既に輝きは無く、アルカナシステムはその機能を完全に停止させていた。

それを感じ取ったナエは、ゆっくりと口を開いた。

 

「・・・デリートホールの削除確認。これで、お二人が消されることは無くなりました・・・」

 

「ナエちゃん!」

 

床に倒れそうになったナエをコハルが抱き留める。

すると、ナエの体が突如光り出した。

 

「ナエ、体が・・・!」

 

「・・・私を生んだのはアルカナシステムです。そのシステムが機能を停止しれば、その一部である私が消えてしまうのは当然です」

 

そう語るナエの体は、徐々に薄くなっていた。

 

「そんな!ナエちゃん、こんなのって・・・!」

 

「泣かないでママ。アルカナシステムの一部でしかなかったこの命だけど、この小さな命に光をくれたのは、パパとママだった。二人と一緒にいると、私は心の底から笑顔になれた。私が笑うと、パパとママも笑顔になれた。そんな二人の笑顔が私は大好きだった・・・」

 

涙を流すコハルに優しく語りかけるナエ。いつの間にか、呼び方もコハルからママと変わっていた。

 

「だから、これからも笑顔でいて。パパとママが笑顔になれば、きっと皆も笑顔になれるから・・・」

 

「駄目だナエ!行ったら駄目だ!」

 

「嫌だよ!ナエちゃん!ナエちゃんがいないと、私笑えないよ!」

 

「大丈夫。パパとママなら、きっと皆を笑顔にできる。だって、二人は私の自慢のパパとママだから。それに・・・」

 

光に包まれながら、ナエはニッコリと笑った。

 

――例え枯れてしまっても、(ナエ)はまた芽吹くから・・・

 

その言葉を残して、アインクラッドの大地に産まれた小さな苗は、光の粒子となって消えていった。

 

 

 

 

翌日、キリトやサーシャ達と別れて、六十一層のマイホームに戻ったハルトとコハル。

別れた時は、なるべく平静を装っていたが、家の中に入ったら、玄関で迎えてくれるナエがいない事実に、コハルがポツリと呟いた。

 

「なんだか、静かになったね。昨日まではナエちゃんがいるのが当たり前だったのに・・・」

 

「うん・・・」

 

気落ちした様子で、二人は家の中に入り、リビングに向かうと、テーブルに一枚の紙が置いてあった。

行く前は、こんな所に紙を置いておらず、不思議に思ったハルトは紙を手に取る。

紙は折りたたまれており、表面には『私の大好きな人達へ』と書かれていた。

 

「これは・・・手紙?」

 

「これって、もしかしてナエちゃんが・・・!?」

 

コハルが驚いた顔で呟く。

ソファーに座り、手紙を開いてみると、文字がびっしりと並べられていた。そこに書かれていたのは、ナエからのメッセージだった。

 

『私の名前はナエ。産まれた場所はよく分かりません。気がついたら、暗い森の中にいました。そこは暗くて、とても怖い場所でした。周りにいた虫さん達も私を怖い顔で追いかけてきます。どこを走っても光は見えなくて、私の心は恐怖でいっぱいでした。そんな私を救ってくれたのは、世界で一番優しい私の大切な人でした。誰よりも優しくて、かっこいい私のパパです』

 

「ナエ・・・」

 

ハルトは少し照れくさそうに微笑む。

 

『私には記憶というものがありません。自分が何者なのか、それすらも分からなくなった私に、もう一人の大切な人は私を抱きしめて、記憶が戻るまでここにいてもいいよって言ってくれました。その時の温もりは、一生忘れられません。とても優しくて暖かい、私の大好きなママの温もりです』

 

「っ!?」

 

その言葉に、コハルは口元を手で抑えながら涙を流す。

 

『本当は気づいていました。私が人間でないことも二人の娘でないことも。それでも・・・噓であったとしても、私は二人の娘でありたい。いつまでもずっと、この人達と一緒に生きていたい。この想いはきっと、作られたものでも与えられたものでもない。私自身の心です』

 

そこに書かれていたものは、紛れもなくナエ自身の想いだった。

人間とNPC。そんなもの関係なく、ただ家族三人で生きたい。そんな浅はかな願い。

 

『この手紙を読んでいる時、私は既にあなた達の下にいないと思います。でも、私はいつか必ずもう一度お二人に会いに行きます。例えそこが、アインクラッドの中じゃなくても、この無限に広がる仮想世界の大地で必ず苗を植えます。だから、お別れがどんなに辛くても、どうか私が何よりも大好きな二人の笑顔のままでいてください。それが私のたった一つの願いです。私は二人の娘でいられて本当に幸せでした。ありがとう・・・私の大好きなパパと・・・ママ・・・

二人の娘、ナエより』

 

文章はここで終わっており、その下にはナエが描いたと思われるハルトとコハル、ナエの三人が手をつなぎながら笑顔で歩いている絵が描かれていた。

 

「ナエちゃん・・・!」

 

手紙を見たコハルは泣いた。その隣でハルトもまた泣いた。

ひたすらに泣いた後、ハルトは笑顔を作り、コハルに向かって喋った。

 

「・・・笑おう、コハル。今は辛いかもしれないけど、いつかナエがここに帰って来た時、ナエの大好きな笑顔でいられるように」

 

そう言われて、コハルも涙を拭いて笑顔で頷いた。いつの日か必ず、自分たちの娘が帰って来ることを信じて・・・

ログハウスの入口付近には、誰が植えたのか分からない一本の苗が風に揺られていた。




・デリートホール
今作オリジナルのシステム。アインクラッドで不要になった存在を完全に消去する。見た目はマリオギャラクシーのブラックホール。

・ナエのパパ呼びの真実
どうしたら監視対象とより親密になれるのかと考えた結果、監視対象をパパと呼ぶことに結論付けたナエちゃんでした。コハルに関しては、監視対象外なので、他のプレイヤーと同じ扱いで名前呼びしてました。そんな彼女も、最後の最後でママと呼んでもらえました。


ナエの手紙のシーンを執筆してる最中に、【Horizon Knot~君と見てた夢】が脳内に流れました。この曲について簡単に説明しますと、「ワンピース エピソードオブメリー」でゴーイング・メリー号と別れる時に流れた曲です(SAO関係ねぇ)。興味があれば、もう一度ナエの手紙のシーンを読むときに、この曲を聞いてみてください。
ナエちゃんはパパとママを守るため、アルカナシステムと共に消滅しました。いつの日かまた、彼女と再会できる日は来るのか・・・
そして、次回はいよいよアインクラッド編原作ルートの最終局面。七十五層のボス戦及びあの男との戦いです。
原作通りの展開になるのか?それとも、原作とは違った結末になるのか?どうか、最後まで彼らの物語を見届けてくれたら嬉しいです。


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ep.58 百本足の骸骨

いよいよアインクラッド編原作ルートもラストに近づいてきました。
今回はスカルリーパー戦です。


ナエが消えてから数日が経った。

あの日以降、ハルトとコハルは最前線へ復帰した。

当然の復帰に周りは驚いており、中には長い間最前線を離れていた二人を良く思わない者もいたが、そんなものを気にともせず、二人は攻略を進めていた。

そんなある日、二人の下に一つの知らせが届いた。

 

「偵察隊の半数が全滅!?」

 

メッセージの内容を聞いたコハルが驚く。

ハルトも内心驚いていたが、極力冷静さを保ちながら詳しい内容を伝える。

 

「昨日の夜、二十人編成のパーティーがボスの偵察を行ったんだ。それで、最初の十人が部屋の中に入って、残りの十人が外で待機してたんだけど、最初の十人が部屋の中央まで進んだ途端に部屋の扉が急に閉じたんだ。待機してた人達はどうにか扉を開けられないか色々試してみたけど、結局扉は開かなくて、5分ぐらい経って、ようやく扉が開いたけど・・・そこには、ボスの姿も最初の十人姿も無かった」

 

「それって・・・!」

 

「残った十人の一人が《黒鉄宮》に行って、生死を確認しに行ったけど・・・最初の十人の名前全てに横線が引いてあったんだ」

 

ハルトの言葉に、コハルは絶句するしか無かった。

いくら偵察隊とはいえ、彼らも最前線で戦うプレイヤーで、それなりの実力を兼ね備えている。にも拘らず、5分足らずで全滅してしまい、ボス部屋も一度入ったらボスを倒すか、こちらが全滅するまで出られない仕様となっており、このボス攻略が今までで一番の激戦になることが予想できる。

 

「最初の十人が《転移結晶》で逃げれなかったことを考えると、ボスの部屋は恐らく、結晶無効化空間に違いない。それに、七十五層はクォーター・ポイント。今までのボスとは比べ物にならないくらい強いと考えた方がいい」

 

「だからこそ、二大ギルドを始めとした攻略組にいるギルド、私たちのようなギルドに入っていないソロプレイヤーに招集を掛けて、今ある全ての戦力を使ってボスを倒すってことだね」

 

納得したコハルだが、あまりにも難易度が高く、絶望的とも言える状況に、不安な様子で口を開く。

 

「帰れるかな?私たち・・・」

 

「帰るさ。必ず二人で現実世界に帰ろう。そう約束したから」

 

「ハルト・・・うん、そうだね」

 

「行こう。七十五層に」

 

ハルトとコハルはそれぞれの装備を確認し、準備を終えたら家を出た。

二人は家の玄関に置いてある植木鉢に視線を向ける。植木鉢には一本の小さな苗が植えられていた。

その植木鉢は、ナエが消えた翌日に植えたものだ。いつか彼女が帰って来た時、この家をすぐ見つけられるよう、目印として置いた物だ。

 

「行って来るよ、ナエ」

 

「ナエちゃん、見守っててね」

 

(ナエ)に一言告げて、二人は歩き出す。

向かう先は集合場所である七十五層の《コリニア》にある転移門広場。

 

 

 

 

転移門から転移してきた二人の目には、既に何十をも超えるプレイヤーが集まっていた。

「血盟騎士団」や「聖竜連合」の二大ギルドに所属するプレイヤーを初め、全員最前線で戦う攻略組のプレイヤーばかりだ。

彼らはハルトとコハルに気づくと、驚きや緊張、嫉妬めいたものなど様々な視線を向けていた。

 

「よっ、ハルトにコハル」

 

そんな中、二人に声を掛けてくる者がいた。

ハルト達が振り向くと、そこにいたのは「聖竜連合」所属のシヴァタと同じく「聖竜連合」に所属している元ALSのタンク役リーテンだった。

 

「シヴァタ、それにリーテンも」

 

「お久しぶりです。ハルトさん、コハルさん」

 

そう言って、リーテンが二人に笑顔を向けてくる。

リーテンはかつてALSに所属しており、二十五層でALSが半壊した後も必死にALSを立て直そうとしてたが、ALSが既に最前線から撤退せざるを得ない状態まで衰退したことと、シヴァタの勧誘や元ALSの仲間たちの後押しもあって、三十五層のボス攻略後に元DKBこと「聖竜連合」に移籍したのだ。

 

「良かったぁ!最近、全然見かけなかったから心配したんだぜ。あ!それと、遅くなったけど結婚おめでとう!」

 

「あ、ありがとう・・・」

 

「微笑ましいです。お二人の事、前からお似合いだと思っていましたので」

 

「えっと・・・二人は責めないの?その・・・僕たち、かなりの間最前線から離れてたんだけど・・・」

 

気まずそうに言うハルトの言葉に、シヴァタとリーテンはキョトンとした顔をする。

 

「何言ってんだ?何かしら事情があったんだろ?なら、しょうがないだろ」

 

「そうですよ。少しの間だけ最前線から離れてたところで、お二人の事を責めたりしませんよ」

 

「それに、もしお前らの事を悪く言う奴がいたら、俺が一発ガツンと言ってやる」

 

「シヴァの言う通りです。私たちの友人を悪く言う人は、例え同じギルドの仲間でも許しません」

 

「シヴァタ・・・リーテン・・・」

 

二人の言葉を聞いて、目頭が熱くなるハルト。

 

「そういうことだ。少なくともこの場には、お前たちを責めようとする奴はいないさ」

 

そう言われて、声がした方に振り向くと、トウガを先頭に「紅の狼」の面々がいた。

 

「お前たちが最前線に復帰したと聞いた時は驚いたが、その様子だと、もう用事は片付いたみたいだな」

 

「うん。今まで休んでた分、このボス戦で大暴れするつもりだよ」

 

「フッ、期待しているぞ」

 

いつも通りのハルトを見て、問題無いと感じて笑みを浮かべるトウガ。

そこへ更に、彼らに声を掛ける者がいた。

 

「よぉ、キリトとヒースクリフの決闘の日以来だな」

 

そう言って、近づいて来たのはザントだ。相棒のラピードは普段ボス攻略に連れてきていないので今回は一人だ。

 

「ザントも参加するんだね」

 

「当然だろ。こんな面白そうな戦い、参加しねぇ訳にはいかねぇだろ。そっちはちゃんとしたボス攻略は久しぶりみてぇだが、足引っ張りやがったら俺がケツぶった斬るからな」

 

「ハハハ、流石にケツは勘弁してほしいな」

 

相変わらず言葉は悪いが、彼なりの激励にハルトは苦笑いする。

すると、転移門からキリトとアスナの二人がやって来た。

二人がやって来たのを見て、周りのプレイヤー達はハルト達の時と同じような視線を二人に向けるが、ハルトとコハルはそんな視線を気にともせず二人に話しかける。

 

「来たね、二人共」

 

「今日はよろしくね。キリトさん、アスナ」

 

「あぁ、頼りにしてるぜ」

 

話しかけてきた二人に、キリトは笑顔で言葉を返す。

一方、アスナは不安そうな表情を二人に向けていた。

 

「二人は今回の攻略に参加して大丈夫なの?その・・・ナエちゃんのこと・・・」

 

あの時の出来事はキリトとアスナも知っている。

自分たちはユイを失わずに済み。ハルト達はナエを失った。

娘を失った二人が今回のボス攻略できちんと戦えるのかアスナは心配してた。

 

「大丈夫だよ。ナエはちゃんと、僕たちの心の中にいる。ナエの想いも背負って、僕たちはここにいる」

 

「ハルトの言う通り。それに、いつまでも落ち込んでたら、ナエちゃんが悲しむからね。いつかナエちゃんと再会した時、胸を張って会う為にも、ここで逃げる訳にはいかないから」

 

そんなアスナの心配をよそに、二人は笑顔で答えた。

 

「二人がこう言ってんだ。信じてやろうぜ」

 

「・・・そうね。改めてだけど、今日はよろしくね」

 

アスナもまた、二人を信じることにし、改めて健闘を讃えた。

 

「よう!」

 

そんな彼らに声が掛けられ、声がした方に振り向くと、クライン、エギル、オルランドの三人がいた。

 

「お前らも参加するんだな」

 

「無論!これだけの勇者たちが集まっているというのに、我らがいなければ、伝説の勇者の名が泣くわ!」

 

「応とも!伝説の勇者ってわけじゃねぇけど、ここで逃げれば男が廃るぜ!」

 

「わざわざ商売を投げ出して加勢に来たんだ。この無私無欲の精神に感謝しろよ」

 

「なら、お前は戦利品の分配から除外してもいいんだな?」

 

「い、いや、それはだなぁ・・・」

 

キリトの言葉にエギルが焦り、それを見た周りのプレイヤー達は軽く笑った。

場が少し和んだところで、転移門から新たに数人のプレイヤーが現れ、全員がそこに視線を向ける。

現れたのはヒースクリフと「血盟騎士団」所属の数名のプレイヤーだ。

今回のレイドリーダーを務めるヒースクリフが現れたことで、場が一気に引き締まった。

ヒースクリフは《回廊結晶》を取り出し、手に持ちながら腕を上げる。

 

「コリドーオープン」

 

ヒースクリフの言葉と同時に結晶は砕け散り、彼の正面に転移門が出現した。

 

「さぁ、行こうか」

 

ヒースクリフを先頭に、攻略組は次々と転移門へ入っていく。

転移した場所は、迷宮区の奥にある広い部屋だった。

部屋の奥にはボス部屋へ繋がる巨大な扉があるが、これまでのボス部屋の扉と違い、何処か重厚感を感じさせる扉だった。

場がただならぬ緊張感に包まれる中、先頭にいたヒースクリフが振り向いて、攻略組に語りかける。

 

「基本的には、血盟騎士団が前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限り攻撃パターンを見切り、柔軟に反撃してほしい。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。解放の日のために!」

 

ヒースクリフがそう言うと、この場にいるプレイヤー達から歓声が上がる。

歓声が止み、それと同時に扉がゆっくりと開かれる。

キリトは二本の剣を抜き、隣にいるハルト達に声を掛けた。

 

「死ぬなよ」

 

「当然」

 

「オメェもな」

 

「今日の戦利品で一儲けするまで、くたばるわけにはいかねぇな」

 

ハルト、クライン、エギルの順で言葉を繋ぎながら、各々武器を構える。

やがて、扉は完全に開き切り、ヒースクリフが十字の盾から剣を引き抜いて叫んだ。

 

「戦闘開始!」

 

叫ぶと同時にボス部屋へ駆け込むヒースクリフ。

 

『ウォォォォォォ!!』

 

それに続くように、攻略組のプレイヤーが一斉になだれ込んだ。

全プレイヤーが部屋に入り、部屋の中央に集まった瞬間、バンッと入口の扉が勢い良く閉まった。

ボス部屋は広いドーム状になっており、辺りに灯りが無く、静寂のみが空間を支配していた。

静寂した空気の中、誰もが精神を集中させて、ボスが来るのを待つが、ボスが現れる気配はいくら経っても訪れない。

場の空気に耐え切れず、誰かが声を上げようとしたその時だった。

 

「!? 上よ!」

 

突然アスナが上を見上げながら、この場にいる全員に聞こえるような声で叫んだ。

彼女に釣られて、他のプレイヤーも上を見上げると、巨大なモンスターが天井に張り付いていた。

全長十メートルはあるであろうその巨体は骨のみでできていた。頭部の四つ目から赤い光が宿っており、前方の左右からは巨大な鎌のような腕が生えている。体の後ろには無数の足が生えて、その全てが天井に張り付いていた。

そのモンスターの頭上にHPバーと《ザ・スカルリーパー》という名前が表示される。

 

「スカルリーパー・・・」

 

「見るからにヤバそうじゃねぇか」

 

キリトがそのボスの名前を呟き、ザントが冷や汗をかきつつも笑みを浮かべる。

《ザ・スカルリーパー》は下にいる攻略組の存在に気づくと、無数にある足を広げて、一気に下へ降りてきた。

 

「固まるな!距離を取れ!」

 

ヒースクリフの叫びが響き渡り、呆然と上を見上げていた全員が我に返って、《ザ・スカルリーパー》が落下する地点から走って離れる。

だが、二人のプレイヤーが恐怖のあまり動けないでいた。

 

「こっちだ!走れ!!」

 

キリトの声で、ようやく我に返った二人のプレイヤーは走り出す。

だが、その隙を逃すまいと、地面に着地した《ザ・スカルリーパー》は、背後ががら空きになっている二人のプレイヤーを巨大な鎌で斬り裂いた。

攻撃を喰らった二人のプレイヤーは、宙へ吹き飛ばされる。

 

「「危ない!」」

 

アスナとコハルが咄嗟に落ちてくる二人を受け止めようとしたが、吹き飛ばされた二人の体は、彼女たちの手に受け止められる寸前に、ポリゴン状に四散していった。

 

「なっ!?」

 

「い、一撃で!」

 

「無茶苦茶な・・・!」

 

衝撃の光景にキリトとクラインとエギルが驚いたまま呟く。

やられた二人のプレイヤーは重装備だった。《ザ・スカルリーパー》の一撃は、そんな彼らのHPを一瞬で削り取った。

その事実に、多くのプレイヤーが戦慄した。

しかし、戦いはこれで終わりなはずもなく、《ザ・スカルリーパー》は新たな獲物を狙おうと、近くにいたプレイヤーに向けて鎌を振り下ろす。

 

「っ!」

 

そうはさせまいと、ヒースクリフが巨大な盾を前に出して、巨大な鎌を受け止める。

盾と鎌がぶつかり合い、辺りに火花が飛び散るが、ヒースクリフは表情を歪めることなく、堂々と鎌を受け止めた。

だが、この男は斬り裂けまいと判断した《ザ・スカルリーパー》は、咄嗟にもう一本の鎌を先程ヒースクリフに守られたプレイヤーに振り下ろす。

 

「馬鹿が!」

 

しかし、今度はザントが悪態付きながら前に出て、《夜月》を振り下ろして巨大な鎌を受け止める。

初めは均衡していたが、徐々にザントが押されていく。

 

「ちっ!流石にキツイな・・・なら!」

 

直後、《夜月》を握っているザントの両腕が黒く染まり、《ザ・スカルリーパー》の巨大な鎌を押し返していった。

 

「おらっ!!」

 

その勢いのまま、ザントは両腕の力を込めて、鎌を弾き返した。

まさか自身の鎌が弾き返されるとは思わなかった《ザ・スカルリーパー》は、一旦ザントから距離を取った。

ザントの両腕は黒く染められており、彼は不敵な笑みを浮かべながら、両手剣である《夜月》を片手で持っていた。

 

「流石だ。そのユニークスキル、どうやら攻撃だけでなく防御にも使えるようだ」

 

「けっ!あんたの<神聖剣>も大概だろ」

 

隣にいるヒースクリフの称賛を軽く流すザント。

ザントのユニークスキル<武装硬化>。そのスキルの特徴は、筋力パラメータを極限まで引き上げることだ。

普段から強化の際にザントは、筋力パラメータを優先的に強化しており、彼が重量ある両手剣を片手剣のように振り回せるのには、彼自身の戦闘センスと最大までに鍛えられた筋力パラメータが原因だった。

そんなザントでも、両手剣を片手で振り回すなんて真似は流石にできなかった。

しかし、このユニークスキルを手に入れたザントは、今までの戦闘スタイルに更に磨きがかかり、片手を使っての両手剣の剣技は勿論、右手だけで両手剣を持てるようになったことで、空いた左手を使った数々の体術など、多彩な攻撃を行えるようになった。

攻撃は最大の防御。その言葉に見合ったザントに相応しいユニークスキルだと言えるだろう。

 

「あの鎌は私と彼で受け止める!他の者はその隙をついて、攻撃を仕掛けるんだ!」

 

ヒースクリフが大声で指示を出すと、攻略組はその指示に従って動いた。

ヒースクリフとザントが正面の攻撃を防いでいる間に、他のプレイヤーが側面から攻撃する。

 

「ハルト!」

 

「分かってる!」

 

ハルトとコハルもソードスキルを発動させて、《ザ・スカルリーパー》に攻撃していく。

当然、周囲から攻撃を受けていた《ザ・スカルリーパー》も何もしないままでいるはずもなく、側面にある骨の足で攻略組に反撃する。

 

「来るぞ!タンク隊、前へ!」

 

「了解!」

 

「任せるである!」

 

それをシヴァタやリーテン、ナーザを除く「レジェンド・ブレイブス」の面々を始めとしたタンク隊が防ぐ。足は鎌程攻撃力はなく、重装備のプレイヤーでも受け止めることができた。

その隙にアタッカーが攻撃して、《ザ・スカルリーパー》にダメージを与えていく。

 

「硬いな。調理するに時間が掛かりそうだぜ」

 

「だが、着実にダメージを与えているのは確かだ。この調子で行けば、被害は最小限に――」

 

《ザ・スカルリーパー》のHPがあまり減っていない事に文句を言うソウゴに対して、冷静に言葉を返すトウガ。

その直後、彼の視線の先にエギルを先頭に《ザ・スカルリーパー》に攻撃を仕掛けるプレイヤーの集団が見えた。

 

「暴れるんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!」

 

果敢に立ち向かうエギル達だったが、直後トウガが《ザ・スカルリーパー》の後ろにある骨の尻尾が動いていることに気づいた。

 

「止まれ!尻尾が来るぞ!」

 

慌ててトウガが叫ぶが、《ザ・スカルリーパー》は後方の尻尾を振り回し、自身に近づいてきたエギル達を薙ぎ払った。

エギルは当たった箇所が腕だけのため、HPが全損することはなかったが、他のプレイヤーはもろに食らってしまい、吹き飛ばされたままポリゴン状に四散していった。

 

「畜生!」

 

「後ろに回り込み過ぎるな!尻尾の届かない範囲で攻撃するんだ!」

 

悔しそうな顔をするエギルに向かって指示するトウガ。

その言葉は周りにも届き、尻尾の方に近づかないよう気をつけながら攻撃していく。

その甲斐あって、尻尾による犠牲者はこれ以上出ることが無くなり、戦況は完全に攻略組の方に傾いていった。

正面をヒースクリフとザントの二人が引き受け、他が側面を攻撃していく。ただし、尻尾に近づきすぎないよう注意し、向こうが足で反撃したらタンクが防ぐ。

その工程を繰り返していくうちに、《ザ・スカルリーパー》の体勢が崩れた。

HPも残り僅かになっており、それを見たヒースクリフは攻略組に指示を出す。

 

「全員、突撃ぃ!!」

 

ヒースクリフの叫びと共に全員が《ザ・スカルリーパー》に攻撃する。

ハルトの<コネクト>による多彩な武器を用いた攻撃、キリトの<二刀流>による素早い連撃、アスナの細剣による無数の突き、コハルの短剣やトウガの<双剣>による無数の斬撃、ソウゴとクラインの刀による一撃、エギルの斧やザントの<武装硬化>による力強い一撃。コノハとレイスの連携による息の合った攻撃。

この場にいた全員が、防御など一切せず、《ザ・スカルリーパー》に向けて無我夢中で攻撃し、HPを減らしていった。

そして、遂にHPが無くなり、《ザ・スカルリーパー》は奇声と共に体が光に包まれ、ポリゴン状に四散した。

 

 

 

 

長時間に渡り《ザ・スカルリーパー》を倒した攻略組だが、誰一人としてその勝利に喜ぶことはなかった。

全員がギリギリの戦いを繰り広げ、その上犠牲者も何人か出た。

ほとんどのプレイヤーが床に座り込み、中には仰向けに倒れて息を整えている者もいる。

 

「何人やられた・・・?」

 

ふと、クラインがそんなことを呟く。

それを聞いたキリトが、マップを表示して、この場にいるプレイヤーの数を数える。

 

「・・・七人、死んだ」

 

「噓だろ・・・」

 

「七人・・・決して多い数字じゃないけど・・・」

 

「私たち、この調子で誰も犠牲にしないまま百層まで辿り着けるかな・・・?」

 

エギル、ハルト、コハルの順で呟く。

確かに、今までのボス攻略、二十五層でALSが半壊した時に比べれば、それほど多くは無いだろう。けれでも、常日頃から犠牲者を出さずに攻略することを目標としてる攻略組にとって、七人という数字は、この場の空気を暗くするのに充分過ぎる数字だった。

場が暗鬱な空気に包まれる中、ハルトは一人の男に視線を向けた。

この中で唯一、背筋を伸ばして毅然と立っている人物。「血盟騎士団」の団長、ヒースクリフ。

彼は先程の戦闘の疲れなど一切無いと言わんばかりの顔で攻略組全体を見渡していた。

その視線は穏やかで温かく、遥か高みから人々に慈悲を垂れる神のような目だった。

それを見た瞬間、ハルトは全身が凍りつくような感覚に襲われた。

ふと、視線をザントの方に向けると、彼は床に座ったまま、ポーションでレッドに達していたHPを回復してる最中だった。

《ザ・スカルリーパー》の鎌は重装備のプレイヤーをも軽く薙ぎ払い、ユニークスキルを持つザントやヒースクリフですらも防ぐことで手一杯だった。しかし、いざ戦いが終わると、同じユニークスキル使いのザントのHPはレッドになっているのに対して、ヒースクリフのHPは減ってはいるが色はグリーンままだ。

二人のHPに明確な差ができていた事に、ハルトは疑問を抱いた。

無論、<神聖剣>の高い防御力のお陰と言うのもあるが、ここまでの差ができるだろうか。

そんな考えが頭の中をよぎった瞬間、ハルトはキリトとヒースクリフが決闘した時の事を思い出した。

あの戦いで、キリトの一撃が当たる瞬間、ヒースクリフはシステムの限界を超えた速度で防ぎ、勝利を収めた。

あの時は<神聖剣>の効果で防御が間に合ったと結論付けた。しかし、もしもそれ以外の事が原因だとしたら・・・

気づいたら、ハルトは立ち上がり、ヒースクリフの下に歩いていた。

 

「ハルト?」

 

後ろでコハルが疑問の声を上げたが、ハルトはそのままヒースクリフに近づく。

ヒースクリフもこちらに近づいてくるハルトに気づき、ハルトはヒースクリフの前に立って口を開いた。

 

「流石ですね。あれだけの激しい戦いだったのに、疲れた様子すらも見せないなんて・・・」

 

突然ヒースクリフに向かって喋り出したハルトに、周りは視線を向ける。

対するヒースクリフは、内心疑問に思いながらも言葉を返す。

 

「別に疲れていないわけではないさ。これでも、ボスのヘイトをこちらに向けるのに集中してからな」

 

「そうですか?その割には、HPがあまり減ってないですね。同じようにヘイトを集めていたザントは、レッドまで減っているのに・・・」

 

「・・・君が何を言いたいのか理解し兼ねる。もし、言いたいことがあるのなら、ハッキリ言った方がいい」

 

「そうだね。では、単刀直入に言います・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒースクリフ団長、あなたは茅場晶彦ですか?」

 

『!?』

 

ハルトの言葉に、この場にいるプレイヤーが驚愕の表情となる。

 

「っ!」

 

次の瞬間、ヒースクリフの背後からキリトがソードスキル<レイジ・スパイク>で突進して来た。




・リーテンの移籍について
リーテンはSAOIFだと三十五層のボス攻略後にDKBに移籍したので、この小説でも同じようにしてます。また、原作プログレッシブで彼女が今後どうなるかは分かりませんが、この小説では生存して、シヴァタと一緒にスカルリーパー戦に参戦してます。

・「レジェンド・ブレイブス」参戦
彼らもスカルリーパー戦に参戦です。強力なタンク五人に遠距離攻撃ができるナーザの存在は頼りになるでしょう。

・死者について
そして、上記二つに加えて、SAOIFのキャラであるハルト(SAOIF主人公)とコハル、トウガやザントなどのオリキャラ達の活躍もあり、原作よりも死者が減りました(原作だと14人だった)。

・<武装硬化>
ザントのユニークスキル。筋力パラメータを極限にまで引き上げる効果があり、両手剣や斧など両手で使う武器を片手で持つことができる。使い方としては、両手剣を片手で持ちながら盾を使うことができたり、両手剣で片手直剣のソードスキルが使えたりなど様々である。ザントの場合、盾を持つと体術が使いにくくなるという理由で盾は装備していない。他にもパンチ一発で巨大な岩を壊せたりすることができる程筋力パラメータが上昇するため、素手での戦いでも使い道はある。ただし、基本SAOは剣重視の世界なので、普通はあまり素手で戦うことないが、ザントは普通じゃないので、右手に《夜月》を持ち、空いた左手を使って相手をぶん殴ったりしている。ちなみに、このスキルを使用すると、両腕が黒くなるエフェクトが発生する。具体的なイメージは「ワンピース」の武装色の覇気を想像してもらいたい。


次回はいよいよあの男が正体を表す!更に、衝撃の事実が明らかに!?


・ちょっとした小話
ラスリコにユウキ参戦おめでとう!しかも、剣神のスーパーアカウントでの参戦!これに伴い、本作のアンダーワールド編でユウキは剣神のスーパーアカウントで参戦することになります。また、本来ユウキはオリジナルのスーパーアカウントで参戦する予定でしたが、上記の通り剣神で参戦するので、スーパーアカウントについて考える手間が省けました(笑)。

・ちょっとした小話というよりネタバレ
本作のアンダーワールド編では、四女神(ユウキがいるので一つ増える)の他に四騎士というスーパーアカウントを登場させます。詳しい情報はx(Twitter)に載せているので、私のプロフィールからどうぞ。


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ep.59 真実

キンッ!

 

金属がぶつかり合う音が響き渡る。

誰もが視線を音がした方に向ける中、キリトは目を見開いて正面の光景を見る。

キリトが突き出した剣は、ヒースクリフの体を貫くことなかった。

なぜなら、ヒースクリフの前にある黒い黒刀が彼の《エリュシデータ》を防いでいたから。

 

「・・・何の真似だ?」

 

「ザント・・・!」

 

驚くと同時に、キリトは自身の失態を悔いた。

先程まで、彼はポーションで自分の回復に専念していた。だからこそ、自分が不自然な行動をしても気づくことはないと思っていた。

しかし、ザントは予想外の速度で自分の行動を見破り、愛刀の《夜月》で《エリュシデータ》の突きを防いで見せた。

こちらを睨むザントに対して、キリトは極力冷静さを保ちながら言葉を返す。

 

「・・・そこをどいてくれザント。俺は暴く必要があるんだ。この男の正体について」

 

「ほぉ、つまりお前も、こいつみてぇにヒースクリフの正体が茅場晶彦だって言うつもりか?」

 

「・・・そうだ」

 

そう言った次の瞬間、周りから非難の声が上がった。

 

「ふざけるな!我らの団長を愚弄する気か!?」

 

「いくら決闘で負けたからといって、俺たちの団長を陥れようとするなんて、なんて野郎だ!」

 

「所詮は《ビーター》とその仲間!今すぐこの場で斬り捨てて――」

 

「黙れ・・・!」

 

「「「っ!?」」」

 

騒ぐ攻略組をザントは威圧して黙らせる。

先程までの騒がしさが噓のように静かになる中、ザントは一転して笑みを浮かべる。

 

「面白れぇ。だったら、今ここで見せてみせろ。この男の正体ってのをな」

 

「分かっている。俺がさっきやろうとしたみたいに、もう一度ヒースクリフに俺の剣を突き刺す。だけど、HPはイエローにならないはずだ」

 

「多分だけど、HPがイエローに近いこの状態だと、何らかのシステムが作動して、剣は刺さらないと僕たちは予想している」

 

「もし、それがお前らの勘違いで、ヒースクリフの体にテメェの剣が刺さったらどうすんだ?冗談でしたじゃ済まされねぇぞ」

 

「その時は・・・俺が腹を切って詫びるさ」

 

「!? キリト君!いったい何を――!?」

 

アスナが驚きの声を上げながらキリトを止めようとしたが、その前にザントが口を開いた。

 

「いいねぇ、その迷いのねぇ目。強ぇ奴の目だ・・・」

 

満足そうに笑いながら、ザントは視線をヒースクリフに向ける。

 

「つーわけだ。今からキリトがあんたの体に剣をぶっ刺すみてぇだが、あんたはそれでいいか?」

 

「・・・あぁ、構わんよ」

 

ヒースクリフからも許可を貰い、誰もが見守る中で、キリトは再びソードスキル<レイジ・スパイク>を発動させた。

あっという間にヒースクリフに迫り、キリトの《エリュシデータ》がヒースクリフの体を貫こうとした次の瞬間、ヒースクリフの前に紫色の壁が現れ、激しい衝撃音と共に《エリュシデータ》を弾いた。

その紫の壁は、キリトやハルトにとって見覚えのあるものだった。

『Immortal object』。かつてユイがキリトやアスナ達を守る為に使用したそのシステムタグは、不死属性を意味するもの。普通のプレイヤーなら持てるはずのない属性である。

しかし、そのシステムタグは、今ヒースクリフの目の前で表示されていた。それは、一プレイヤーであるはずのヒースクリフが不死属性を持っている事を意味していた。

 

「これが、この男の真実だ・・・」

 

キリトの呟きに、誰も答える者はいない。

HPがイエローにならない。正に最強と言えるプレイヤーの伝説に隠された真実に、誰もが言葉を失っていた。

辺りは静寂に満ち、誰もがヒースクリフに視線を向ける中、最初に口を開いたのはザントだった。

 

「あーあ、せっかく俺がお膳立てしてやったってのに無駄になっちまったな・・・どうやら、賭けはあんたの勝ちみてぇだ・・・茅場さん(・・・・)

 

「そうだな。彼らは既に私の正体に気づいていると見て間違いないだろう」

 

『!?』

 

突如親し気に話し出したザントとヒースクリフに、この場にいた全員が驚愕の表情となる。

そんな攻略組の様子を見回しながら、ヒースクリフは堂々と宣言した。

 

「君たちの推理通りだ。私は茅場晶彦。この世界を作った創造主であり、本来なら百層で君たちを待ち構えているラスボスだ」

 

ヒースクリフの口から語られたその事実に、場は一気に凍り付いた。

そんな中、ハルトは視線をザントの方に向けて、彼に話しかける。

 

「ザント・・・君は気づいてたのかい?あの時既に・・・」

 

「あぁ、俺は茅場晶彦がどういう人間なのかをある程度知っている。何せ、リアルで何回も会っているからな」

 

「何だと?お前とこの男の関係はいったい・・・?」

 

そう問うキリトに、ザントは堂々と宣言した。

 

「一言で言やぁ・・・俺は茅場晶彦の弟子だ」

 

ザントの一言に、周りが更に凍り付く。

この世界の創造主である茅場晶彦。そんな彼に弟子がいた。しかも、それが攻略組で最も危険を言われている人物。

ただでさえ、ヒースクリフの正体が茅場晶彦だという事だけでも衝撃的なのに、次から次へと明かされる真実に、攻略組はただ混乱するばかり。

そんな彼らの心情を無視しながら、ザントは言葉を続ける。

 

「つっても、SAOに関してはほとんど知らされてねぇがな。知ってたのは、VRMMOを生み出して、このゲームを作っていた事ぐらいだ。この人は昔から人に隠し事ばっかしやがるし、話をしても互いの趣味やプライベートの話ばっかで、自分の研究内容は一切話やしねぇ。教えられたことは、ネットで検索すりゃ出てきそうなもんばっかだ」

 

「・・・そのお前が、この男と何の賭けをしたんだ?」

 

険しい顔をしながら、キリトが更に問う。

ザントは笑みを浮かべながら、数週間前の出来事を語り出した。

 

 

 

 

数週間前、キリトとヒースクリフの決闘が終わった後、ザントが訪れたのは「血盟騎士団」のギルドホームだった。

そこで彼は、ギルドホームの門番を任されている団員に向けてこう言った。

ヒースクリフと二人っきりで話させろと。

初めは、攻略組でも危険人物扱いされているザントを団長と二人っきりにするわけにはいかないと彼の要望を拒んでいた団員だったが、それを承諾したのは、他でもないヒースクリフ本人だった。

渋々と言った様子の団員に団長室へ案内され、ザントはヒースクリフと二人っきりで向かい合った。

 

『まさか、君が私に用があるとはな。血盟騎士団に入らせて欲しいと希望しに来たのかね?』

 

『ハッ、俺がそんなモンのために、ここに来るわけねぇだろ。単刀直入に言うぜ。お前・・・いや、あんた、茅場晶彦だろ?』

 

ヒースクリフは一瞬驚いた顔をしたが、興味深そうに微笑みながら言葉を返した。

 

『ほう、何故そう思った?』

 

『ずっと思ってたんだよ。空を飛ぶ城に病気レベルで焦がれていたあの人が、そいつを作っただけで満足するはずがねぇ。絶対にこの世界にいる。そう考えた上で、あんな規格外の動きを見せられたら、疑うに決まってんだろ。あれは、システムの干渉で為せるモンだってな。そして、それができるのは、この世界を作ったゲームマスターただ一人。そうだろ?・・・茅場さんよぉ』

 

目の前にいる人物に向かって、この世界を作った人物の名前で呼ぶと、ヒースクリフは大声で笑い出した。

 

『ハハハハハ!やはり、君の鋭い観察眼とその思考力の高さは侮れないな。我ながら素晴らしい弟子を取ったものだよ。それで、私の正体を知った君はいったい何を望む?』

 

そう聞いてくるヒースクリフに、ザントは笑みを浮かべながら答える。

 

『昔の俺だったら、今すぐここであんたをぶっ殺して、さっさとこのゲームを終わらせるつもりだったが・・・どうも、気が変わっちまってな。一つ、あんたと賭けをしてぇと思ってな』

 

『賭け、かい?』

 

『今、この世界でユニークスキルを持っている奴は、俺やあんたを含めて五人いる。そいつらが、アインクラッド第百層、そこで待つあんたと戦う前に、あんたの正体に気づけるかだ。もし、それまでに気づいた奴がいなかったら・・・そん時は俺と戦え』

 

『ふむ、確かに、彼らならそう遠くない未来、私の正体に気づく可能性は高い。しかし、どうして君はそのような賭けをしようと思ったんだ?私が見るからに、この世界の君は常に強者(つわもの)との戦いを求める獣だった。自惚れるつもりはないが、君の中で私は強者(つわもの)の類に入っているはずだ。そんな君が、他人に獲物を譲る真似をするなど、君らしくない』

 

『そうだな・・・こういうのは普通、勇者の役目だろ。俺みてぇな悪党が魔王を倒しても締まらねぇだろ。それによぉ・・・』

 

そこで言葉を区切ると、ザントは真剣な表情になって言う。

 

『俺は求めてんだよ。この俺を真に倒せる本物の強者って奴をな。もし、この世界を作ったあんたを倒した奴がいりゃ、そいつは間違いなく、俺を殺せる可能性がある強者だ。当然、あんたも例外じゃねぇ』

 

『なるほど、私が負ければ君はその者と戦い、勝てば君自身が私と戦う。どっちになっても、君の目的はほとんど達成されるわけか。しかし、忘れているわけではなかろう?私は言わば、このゲームのラスボスだ。もし、私が負ければ、その時点でこのゲームはクリアされる。そうなれば、君の目的は達成できなくなるぞ?』

 

『構わねぇよ。生きていりゃ、戦える機会なんざいくらでも来るだろ。それが現実だろうと仮想世界だろうとな』

 

『現実問わず、今の君に勝てる人間など、そういないだろうに・・・随分と強欲な理由だ』

 

『人間なんざ所詮そんなもんだろ。いくら他人の前でいい人ぶろうが、結局は自分の欲を満たそうとするエゴの塊だ。あんただってそうだろ?』

 

『・・・それもそうだな。この世界そのものが、長年抱いていた私の(エゴ)が詰まった作品に過ぎないのだから・・・』

 

そう語るヒースクリフこと茅場晶彦の顔は、笑みを浮かべながらも少し悲しげだった。

 

 

 

 

「――つーわけだ。本来、茅場さんが正体を明かすのは九十五層のつもりだったが、それまでに誰も正体を見破れなかったら、その場で俺と決闘する予定だった。けどまぁ、こうしてお前らに見破られた以上、賭けはこの人の勝ちってことだ。おめでとさん」

 

一通り話したザントに、ハルトとキリトは険しい顔をする。

彼にも色々言いたいことはあるが、今は隣にいるヒースクリフが優先だと判断する。

 

「趣味が悪いな。最強のプレイヤーが一転して最悪のラスボスになるなんてな」

 

「中々いいシナリオだろう?最終的に私の前に立つのは君たちだと予想していた。ユニークスキル<二刀流>は全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が魔王に対する勇者の役割を担うはずだった。だが、君は私の予想を超える力を見せつけた。まぁ、この想定外の事もネットワークRPGの醍醐味と言うべきか・・・」

 

ヒースクリフはキリトを称賛すると、今度はハルトに視線を向ける。

 

「そして、ハルト君。君はこのSAOの武器を全て使いこなし、それを証明するユニークスキル<コネクト>を得た。このスキルはあらゆる武器の熟練度を最大まで上げた者に与えられ、長い年月を掛けても獲得できる者はいないと思っていたが、それを僅か2年足らずで手に入れたことは私も予想外だったよ。更には、この世界で出会ったプレイヤー及びNPC、生きとし生ける者全てを次々と自分の味方につけるその力。正に君は、この世界にとってイレギュラーと言ってもいい。私にとって君は、非常に興味深い存在であり、最も恐るべき力を持った人間だと言える」

 

ヒースクリフの称賛に、ハルトは何も言えなかった。

すると、一人の《血盟騎士団》のプレイヤーが剣を握り締めながら、ヒースクリフに向かって跳んだ。

 

「俺たちの忠誠、希望を・・・!よくも・・・よくも・・・よくもーーー!!」

 

そう叫びながら、ヒースクリフに向けて剣を振り下ろそうとする。

しかし、ヒースクリフは迎え撃とうとせず、左手でウィンドウを操作する。

すると、そのプレイヤーは空中で停止し、そのまま地面に落ちた。

その光景に周りが驚く。よく見てみると、彼のHPバーの隣に麻痺が付与されていた。

そして、ヒースクリフは素早くウィンドウを操作し、次々と他のプレイヤーを麻痺にしていった。

 

「な、何?」

 

「体が・・・!?」

 

「ちっ、流石ゲームマスター。何でもありだぜ」

 

アスナやコハル、更には弟子であるザントも例外ではなく、麻痺が付与されてその場に倒れる。

やがて、この場にいるほとんどのプレイヤーが麻痺で倒れた。唯一倒れなかったのは、キリトとハルトの二人だけだった。

二人はそれぞれの想い人の体を抱き寄せながら、この状況を引き起こしたヒースクリフを睨む。

 

「・・・ここで全員殺して隠蔽するつもりか?」

 

「そんな真似はしないさ。しかし、こうなっては致し方がない。私は最上層の第百層にて君たちの訪れを待つとしよう。ここまで育ててきた血盟騎士団、攻略組プレイヤー諸君を途中で放り出すのは不本意だが、君たちの力ならきっと辿り着けるさ。だが、その前に――」

 

ヒースクリフは剣を収めた盾を床に突き立てながら、視線をキリトとハルトの二人に向けた。

 

「キリト君、ハルト君。君たち二人に一つ提案をしよう」

 

提案という言葉を聞いて、顔を険しくするキリトとハルト。

この場でこの男は、いったい何を提案しようというのだろうか。

 

「先程、ザント君が話したのは私の正体を見破った者がいなかった場合の話だ。では、もしも九十五層までに私の正体を暴いた者がいたら・・・その時は、正体を見破った者に私と決闘をする権利を与えるというものだ」

 

「決闘だと!?」

 

「そうだ。勿論、不死属性は解除する。そして、私に勝てたら、このゲームはクリアされ、生き残った全てのプレイヤーはログアウトし、現実世界に帰還することができる」

 

『!?』

 

その言葉に、ザントを除く全プレイヤーが驚いた。彼は初めからこうなることを知っていた為、そこまで驚いた様子はない。

 

「無論、強制はしない。あくまで決闘をする権利を与えるだけ。するかしないかは、君たち自身で決めるんだ」

 

そう言うヒースクリフに対して、二人はかなり揺らいでいた。

このまま百層まで、それもヒースクリフ抜きで行くとなれば、それまでの間に多くの犠牲者が出るかもしれない。

だけど、ここでヒースクリフを倒したら、この時点でSAOはクリアされ、現実世界に帰還できる。

正直無茶な賭けかもしれない。キリト一人でも倒せなかった相手に、二人で挑んでも勝てる保証はない。

だけど、少しでも希望があるのなら・・・

 

「・・・キリト」

 

「分かってる。俺も同じことを思っていた・・・」

 

「!? 駄目よキリト君!ハルト君も止めて・・・!」

 

「行ったら駄目・・・!」

 

コハルが必死に腕を動かして、ハルトの服の裾を掴む。

そんなコハルに、ハルトは優しく微笑む。

 

「大丈夫だよ。必ず勝ってくるから」

 

「本当だよね?信じていいんだよね?」

 

「勿論、必ず二人で現実世界に帰ろうって約束したから。だから、少しだけ待ってて」

 

コハルがうんっと頷くと、ハルトは彼女を床に寝かせて、背中の剣を抜き、ヒースクリフの下へ近づく。

キリトもまたアスナを床に寝かせると、背中にしまっていた二本の剣を抜いて、ハルトの隣を歩く。

 

「二人共、止めろ!」

 

「乗るな二人共戻れ!」

 

「キリト!ハルト!」

 

エギル、トウガ、クラインの三人が必死に体を動かそうとしながら制止しようとする。

二人は歩んでいた足を止めると、三人の方に顔を向ける。

 

「エギル、今まで剣士クラスのサポートありがとうな。知ってたぜ、お前が儲けの半分を中層プレイヤーの育成につぎ込んでいたのを」

 

「僕も知ってた。エギル、僕にとってあなたは、尊敬する大人の一人だったよ」

 

「!?」

 

二人の言葉を聞いて目を見開くエギル。

それを見た二人は、今度はトウガの方に視線を向ける。

 

「トウガ、こんな人でなしの《ビーター》である俺を友達って呼んでくれてありがとうな」

 

「現実世界に戻ったら、トウガや紅の狼の皆についてもっと聞かせてくれるかな?皆のこと、もっと知りたいから」

 

「お前ら・・・当たり前だ!飽きるほど聞かせてやるから覚悟しろよ・・・!」

 

声が震えながらも強がりの笑みを向けるトウガに微笑み、最後にクラインに視線を向ける。

 

「クライン・・・あの時、お前を置いて行って悪かった」

 

「僕もごめん。あの時はコハルの事だけを考えて、キリトやクラインの事、考えてなかった・・・」

 

「!?・・・お前ら・・・許さねぇからな!ちゃんと向こうに戻って、飯の一つでも奢らねぇと許さねぇからな!」

 

「アハハ、程々にお願いするよ」

 

「そうだな。また向こうで会おうぜ」

 

涙を流しながら叫ぶクラインに、困り顔を見せながらもその想いに応えたハルトとキリト。

そして、二人は再び歩みを進め、ヒースクリフの前に立った。

 

「一つ頼みがある」

 

キリトが茅場に話しかける。

 

「何かな?」

 

「簡単に負けるつもりはないが、もし俺が死んだら・・・暫くでいい。アスナが自殺できない様に計らってほしい」

 

「僕からもいいかい?キリト同様、もし俺が死んだら、コハルが自殺できない様にしてくれるかい」

 

「よかろう、彼女たちは《セルムブルク》から出られないようにしよう」

 

「キリト君!駄目だよ!そんなの、そんなのってないよ!」

 

「止めてハルト!そんな約束しないでよ!」

 

アスナとコハルの涙交じりの悲痛の声が響く。

しかし、ハルトとキリトは決して後ろを振り返ることはせず、持っていた武器を構えた。

ヒースクリフもまた、手を動かして不死属性を解除し、剣を抜いた。

緊迫した空気が漂う中、キリトがハルトに小声で話しかける。

 

「ハルト、あの盾がある限り、あの男にはスキルでの攻撃は通用しない。俺が<二刀流>で攻めて奴の体勢を崩すから、お前は崩れたところを攻撃してくれ」

 

「分かった。でも、そう簡単にあの鉄壁の守りを崩して貰えるとは思えないけど」

 

「そこは無理でもやるさ。お前こそ、俺の動きについてこいよ」

 

「心配しなくても大丈夫だよ・・・二年間、一緒に戦った親友(・・)の動きを見逃す程、僕は弱くないよ」

 

「!?・・・あぁ、そうだな。頼りにしてるぜ、親友」

 

互いの拳を打ち合い、笑みを浮かべ合うキリトとハルト。

そして、正面にいるヒースクリフを見つめながら、共に深呼吸をして・・・

 

「「行くぞ!」」

 

地面を蹴り、二人同時に斬り込んだ。

今ここに、アインクラッド最後の戦いが幕を上げた。




・ザント、茅場晶彦の弟子だった
まさかの衝撃の事実です。この男は後何個秘密があるんだ・・・

・ザントの賭け
もしも決闘でキリト達が勝てば(クリア後に)二人と戦い、ヒースクリフが勝てば百層で彼と戦える。どっちが勝っても、ザントの目的はほぼ達成されるという。

・ヒースクリフから見たハルト
全ての武器を扱える技術だけでなく、アルカナシステムも懸念していた自然とプレイヤーやNPCと心を通わせるそのカリスマ性を高く評価しています。そのため、総合的に考えたらキリトよりも評価は高いです(これがコミュ障との違いか・・・)。

・親友
二年間の戦いを通して、お互い親友と呼べる仲に成長したハルトとキリトでした。(ユー○オ「キリト?(泣)」)

・ちょっとしたネタバレ
茅場晶彦の弟子だということが発覚したザントですが、この先、そのことが世間に広まることはないです。噂程度で治まりますし、SAOに関する本でザント自身の異常性や二つ名が書かれても、茅場晶彦の弟子とは書かれません。なぜなら、彼にはそんなのが可愛く見えるほどのヤバい秘密を抱えており、その秘密のおかげで情報が広まるのを防げたからですが・・・それはまた別の章で。


ザント(隼人)から見た茅場晶彦の印象は、肉体は貧弱で夢追い馬鹿だが、それを貫き通そうとする揺るがない信念と行動力を持っていて、素直に好感を持てる。また、茅場の事を弱者だと思っておらず、強者の一つの形だと思っている。
対して、茅場晶彦から見たザント(隼人)の印象は、物分かりが良く非常に優秀な弟子。プライベートでも一緒に食事に行ったりしているが、ザント(隼人)が異常な闇を抱えているのを見抜いており、少なくとも、自分では彼の闇を払うことはできないと諦めている。
強さに固執する狂人と己の理想に固執する狂人の組み合わせですが、師弟関係はかなり良好です。普段、他人を呼び捨てにするザントがさん付けで呼ぶくらいですから。
次回、ラストバトル!果たして勝つのは・・・!?


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ep.60 インテグラル・ファクター

ラストバトル!果たして勝つのは・・・!?


緊迫する空気の中、最初に仕掛けたのはキリトだった。

 

「ハァ!」

 

《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》。二つの剣を使いながら、<二刀流>で連続攻撃していく。

ヒースクリフは剣と十字盾を巧みに使いこなしながら防いでいるが、その後ろを《フォルネウス》を持ったハルトがソードスキルで攻撃する。

しかし、ヒースクリフは素早く盾を動かして、片手直剣の一撃を防ぐ。

 

「忘れてないか?このゲームを作ったのは私だ。ソードスキルの型もそれがどこに来るのかも全てお見通しだ」

 

そう言って、ヒースクリフは十字盾を《フォルネウス》ごと下から上げて、ハルトの顎に盾を当てようとした。

その瞬間、ハルトは後ろに飛んで盾を間一髪で躱す。そのままクイックチェンジで細剣の《ドミニオン》に切り替えると、盾を上に上げているヒースクリフの隙を付いて、《ドミニオン》を突き刺した。

ヒースクリフは咄嗟に体を動かして躱そうとしたが、《ドミニオン》の切っ先がヒースクリフの体を掠らせた。

 

「そんなの初めから分かってるさ。あなたが知識で戦うなら、僕らはこの世界で培った技術と経験で戦うだけだ」

 

「ほう・・・」

 

一度距離を取ったヒースクリフに向けて言うハルト。その言葉を聞いたヒースクリフは、僅かに微笑んだ。

 

「ハルトばかりに気を取られてる場合じゃないぞ!茅場晶彦!」

 

その横から攻撃してくるキリトの<二刀流>を、ヒースクリフは剣と十字盾で防いでいく。

その隙を狙って、ハルトは再び《ドミニオン》でヒースクリフ目掛けて突きを繰り出すが、ヒースクリフは剣を動かして突きを防ぐと、体を横に一回転させながら剣を振るった。

 

「ぐっ!」

 

直撃こそ避けたが、二人の体に剣で斬られたダメージエフェクトが刻まれる。

 

「見事な連携だが、そう何度も同じ手は食らわんよ」

 

「くっ、まだだ!」

 

冷静に語るヒースクリフに、キリトは熱くなりながら、再び攻撃を仕掛ける。

一方、ハルトは冷静に状況を分析する。

 

「(やっぱり、あの盾の防御を崩さない限り、こっちに勝ち目はない・・・だったら!)」

 

すぐさま武器を片手棍の《アルバトロス》に切り替えて、大声でキリトの名を叫ぶ。

 

「キリト!」

 

「っ!」

 

その呼び声に反応して、キリトは一瞬驚いたが、すぐさまヒースクリフとの剣戟を中断して、後ろに下がった。

自分の意図を察してくれたと判断し、ハルトはキリトの反対側まで移動し、間にヒースクリフを挟むような形を作る。

そのまま二人は同時に攻撃を仕掛ける。

 

「さっきと同じことをするつもりか?それでは何も変わらんよ」

 

そう言って、ヒースクリフは先程同様、剣と十字盾を巧みに使い、左右から迫る二人の攻撃を防いでいく。

二対一、一見数が多い方が有利に見えるが、ヒースクリフは数の不利を物ともせず、圧倒的な力で二人を追い詰めていく。

キリトが無我夢中で攻撃する中、ハルトはある一点に集中していた。

 

「(まだだ!もっと、もっと早く、正確に!)」

 

全神経を集中させながら、ハルトは十字盾の同じ箇所(・・・・)を何度も何度も殴りつける。

それらを繰り返して、何度目もかも分からない打撃を十字盾にぶつけた瞬間、鉄の破片が僅かに飛び散ったのが目に映った。

ハルトはすぐさま距離を取ると、クイックチェンジで斧の《トワイライト》に切り替える。

《トワイライト》が光り輝き、ソードスキル<グランド・クロス>を発動させたハルトは、ヒースクリフに向けて《トワイライト》を横薙ぎに振るう。

横薙ぎに振るった《トワイライト》は、十字盾とぶつかり合い、激しい火花を散らす。

 

「そこだ!」

 

続けざまに、ハルトは《トワイライト》を真上に振り上げて、渾身の一撃を振るった。

ヒースクリフはそれを十字盾で防ぎ、金属同士がぶつかり合う音が響いた次の瞬間

 

ピキッ

 

「!?」

 

《トワイライト》を防いだ十字盾にひびが入った音が微かに響いた。

 

「やっと、焦りを見せたね」

 

驚くヒースクリフに、ハルトはニヤリと笑う。

焦りを見せたヒースクリフだが、すぐさま冷静になり、ハルトに向けて剣を振り下ろす。

ハルトは後ろにステップして剣を躱すと、キリトに向かって叫ぶ。

 

「キリト!ソードスキルを使ってもいい!盾のひびに攻撃するんだ!」

 

「!? 分かった!」

 

ハルトに言われたキリトは、二つの剣を構えて、<二刀流>の最上位ソードスキル、<ジ・イクリプス>を放った。

迫りくる二十七連撃の大技に、流石のヒースクリフも剣だけで受け止め切れず、十字盾も使って防ぐ。

 

「うおおおおおお!!」

 

雄叫びを上げながら、キリトは言われた通り、ひびがある部分を集中的に攻撃していく。

その甲斐もあってか、先程まで数センチ程度だったひびが徐々に広がっていった。

そして、最後の二十七連撃目を盾にぶつけた瞬間、左手に持った《ダークリパルサー》が砕け散った。

 

「!? マズい!」

 

「いいや!大丈夫!」

 

焦るキリトをよそに、いつの間にか武器を槍の《グリード》に切り替えたハルトが、槍を投げる構えを取っていた。

突きが多い槍のソードスキルの中でも異質、投げの技であるソードスキル<ライトニング・スピア>。投げの技だけあって、威力が高く、射程も最大50メートルあるのだが、一度投げたら自分で取りに行かないといけない上、その間無防備な状態になる為、あまり使われていないソードスキルである。

眩い光に包まれた《グリード》を、ハルトは力いっぱい振り絞って投げた。

 

「いっけぇーーーーーー!!」

 

叫び声と共に投げられた《グリード》が閃光のごとくヒースクリフに迫る。

ヒースクリフは咄嗟に十字盾を前に構えて、迫る《グリード》を防いだ。

槍と盾がぶつかり合う音が響き合う。

《グリード》は勢いが衰えることなく突き進んでいこうとし、その度に十字盾のひびはどんどん大きくなっていく。

 

ガシャーン!

 

そして遂に、《グリード》が十字盾を突き破った。

難攻不落と思われた防御を破り、《グリード》は勢い落とすことなく、そのままヒースクリフを貫こうとした。

次の瞬間、ヒースクリフは即座に十字盾から手を放しながら、盾から突き出た槍を紙一重で躱した。

そして、そのまま素早い速度で、無防備となったハルトに迫った。

 

「まさか、盾を壊されるとは思っていなかった。見事だと言っておこう。だが、これまでだ」

 

そう言って、ヒースクリフは赤色の光を迸らせた剣をハルトに向けて振り下ろす。

キリトが慌てた様子で叫ぶ。

 

「避けろハルト!」

 

「さらばだ!ハルト君!」

 

叫び虚しく、ヒースクリフの剣はハルトの体を斜めから斬り落とした。

斬られたハルトは、体がゆっくりと青白くなっていき・・・

 

パリンッ!

 

ポリゴン状に四散した。

 

「そんな・・・」

 

「噓、だろ・・・?」

 

アスナとキリトが現実を受け止められないと言わんばかりの顔で恐る恐る呟く。

他のプレイヤーもハルトがいた場所を呆然と見る。

 

「あぁ・・・あああ・・・!」

 

その中でも、一番酷かったのはコハルだった。

体が震え、声も上手く出せず、ハルトが消えたことが噓であって欲しいと言わんばかりに、心の中で何度も否定する。

しかし、いくら否定しても、彼がヒースクリフに斬られて、消滅した光景が頭から離れず、今起きたことが真実だと脳が理解した瞬間、涙を流しながら叫んだ。

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

悲痛な叫び声が、部屋中に響き渡る。

絶望が押し寄せる中、攻略組の・・・いや、全プレイヤーの希望となるはずだった少年は、粒子となって消えていった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もがそう思っていた。

 

カタンッ

 

「・・・む?」

 

最初に異変に気づいたのは、正面にいたヒースクリフだった。

ハルトが消えた瞬間、彼がいた場所から何かが落ちたような音が微かに響いた。

音に反応し、顔を下に向けると、視線の先に真っ二つに斬られている結晶が転がっていた。

周りのプレイヤー達もヒースクリフに釣られて、視線を転がっている結晶の方に移す。

ヒースクリフはその結晶の名をポツリと呟く。

 

「これは・・・《人形(ドール)クリスタル》・・・」

 

突然現れた《人形クリスタル》に、ヒースクリフや攻略組は困惑する。分かるのは、先程斬ったハルトは、《人形クリスタル》が作り上げたハルトの人形だったということ。

同時に、それは一つの意味を現わしていた。

ハルトはまだ死んでいない。

 

「どこにいった・・・!?」

 

ヒースクリフは慌ててハルトを探し出す。

しかし、いくら辺りを見渡しても、それらしき姿は見当たらない。

前後にはおらず、左右にもいないとなると、残りは・・・

 

「上か・・・!」

 

「うおおおおおおっ!!」

 

ザンッ!

 

ヒースクリフが気づいたと同時に、上から落ちてきたハルトの一撃がヒースクリフの体を斬り裂いた。

驚愕の表情を浮かべたまま、ヒースクリフは一歩も動かなかった。ハルトもまた、手に《フォルネウス》を持ったまま動かない。

そして、ヒースクリフの頭上にあるHPは減っていき、やがてゼロになった。

辺りがシーンと静まり、静寂が続く中、最初に口を開いたのはヒースクリフだった。

 

「・・・盾の耐久値が無いことに気づいていたのか?」

 

「確証は無かったです。でも、あれだけ強力な攻撃を受け止めていたんだ。どれだけ耐久値が高くても、無限じゃない限り限界は来る。僕は信じただけです。盾が壊れることも、それを利用して僕に斬り掛かることも、《人形クリスタル》で作った僕の偽物に気づいたあなたに隙が生まれることも・・・それら全てを信じて戦った結果がこれだっただけです」

 

ヒースクリフは先程の《スカルリーパー》の戦いで、あの強力な鎌を何度も受け止めていた。

当然、彼の持っている盾は、その攻撃を受ける度に耐久値は減るだろう。いくら<神聖剣>の力があれど、プレイヤーを一撃で倒せる攻撃を何度も受けていれば、その耐久値はかなり減っているに違いない。

故にハルトは盾を集中的に攻撃し続けた。同じ箇所を何度も何度も。

そして、ヒースクリフが盾が壊れた瞬間を狙って、自分に攻撃してくると予想した上で、敢えて大技の<ライトニング・スピア>を放ったと同時に、《人形クリスタル》で自分そっくりの虚像を作り、無防備な姿を晒した。

誰もが投げられた《グリード》とヒースクリフに注目しており、ヒースクリフも目の前に構えた十字盾のせいで、ハルトの姿が僅かの間見えなかった。だからこそ、ハルトが《人形クリスタル》を使用した事に誰も気づけなかった。

その間、本物のハルトは虚像が完成する瞬間に高く跳び、瞬時に《フォルネウス》を装備すると、そのまま落下して、困惑しているヒースクリフを上から斬り裂いた。

強力なソードスキルや特殊なスキルでもない。ヒースクリフを倒すことができるただ一つの可能性を信じて戦った。たったそれだけのことだった。

ハルトの説明を聞いたヒースクリフは、満足気に微笑んだ。

 

「・・・見事だ。己の直感と剣をひたすらに信じ、ほんの僅かな可能性すらも掴み取る力。最早君を《全属性使い(オールラウンダー)》と評するのは勿体ない」

 

そう言うヒースクリフの体が光り出した。

 

「君を評するならこうだ。全ての可能性を引き寄せ、それらを束ねる存在・・・」

 

光はどんどん広がり、やがて辺り一帯を覆いつくす。

 

――インテグラル・ファクター

 

そんなヒースクリフの呟きが聞こえた直後、ハルトの視界を真っ白な光が覆った。




<グランド・クロス>
オリジナルソードスキル。SAOIFだと斧の星4コネクトスキル。斧を横に振った後、縦にもう一度振る二連撃のソードスキル。

<ジ・イクリプス>
原作でもある最大二十七連撃の地味に凄いスキルなのだが、原作だとVSヒースクリフ(二回目)でしか使われていない不遇なソードスキル。

<ライトニング・スピア>
オリジナルソードスキル。SAOIFだと槍の星4MODスキル。原作でもあるかどうか分からない投げ技のソードスキルとなっており、遠くの敵をも狙えるが、槍を投げるため、拾うまで無防備になるのが欠点。

・盾の耐久値について
原作では、最後まで壊れる事はなかった十字盾ですが、この作品では武器や物には耐久値が存在し、前々回のスカルリーパー戦で盾の耐久値が減ったこともあり、最後はハルトのゴリ押しとも言える攻撃で壊れました。もしかしたら、こちらが見落としている設定もあるかもしれませんが、そこはご了承ください。

・インテグラル・ファクター
タイトル回収です。同時に、これがハルトの最終的な二つ名になります。


最後に勝負を決めたのは、ep.49で登場した《人形(ドール)クリスタル》でした。まさか、この地点で既に伏線が張られていたと予想できた者はいないはず。
次回、アインクラッド編原作ルート最終回!


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エピローグ 帰還

遂にここまで来てしまった・・・
アインクラッド編原作ルート最終回!浮遊城の物語の結末を最後までお楽しみください。


「ここは・・・?」

 

気がついたら、ハルトは透明な板の上にいた。

辺りは夕焼けに照らされて、赤金色に輝く空が無限に広がっていた。

夕焼けの空を見渡していると、ある光景が目に映った。

 

「あれは・・・アインクラッド?」

 

先程までハルト達がいたはずの浮遊城が、崩壊していった。

下の階層から無数の破片をまき散らしながら空の底へ落ちていき、風に混じって轟音が響き渡る。

その光景を眺めていると、背後から声が聞こえた。

 

「ハルト!」

 

自身の名前を叫ぶその声に振り向くと、大切なパートナーに親友とその伴侶が立っていた。

 

「コハル。それにキリトとアスナも・・・」

 

呟くハルトに向かって、コハルが走り出し、彼の胸に飛び込んだ。

 

「本当にハルトなんだよね?幽霊とかじゃないよね?」

 

「大丈夫だよ。僕はちゃんと、ここにいるから」

 

「良かったぁ・・・本当に、良かったよぉ・・・うぅ・・・!」

 

「言ったはずだよ。コハルを置いて死ぬつもりはないって」

 

涙を流すコハルの頭を優しく撫でるハルト。

そんな二人を微笑ましく見ながら、キリトとアスナが口を開く。

 

「だけど、あれは流石に心臓に悪かったぞ」

 

「ホントよ、私もあなたが死んじゃったかと思ったんだから」

 

そう言って、呆れ顔を見せるキリトとアスナ。

抱擁を解いたハルトは、崩れるアインクラッドを見つめながら問う。

 

「ここは・・・アインクラッドの外でいいのかな?」

 

「多分。崩れ落ちてるっていうことは、恐らくゲームクリアしたんだと思う」

 

ハルトの疑問に、キリトが答える。

そのまま四人は無言のまま、崩壊するアインクラッドを見守る。

 

「あ!・・・私たちの家・・・」

 

コハルが小さく声を上げる。

崩れる大地の中に、二人のログハウスと思われる建物が無数の木々と共に落下していた。

その光景を見て、悲しそうな顔をするコハルの手をハルトはそっと握った。

キリトもまた、アスナの手を握りながら、アインクラッドの最後を見届ける。

 

「中々の絶景だろう?」

 

ふと、そんな声が聞こえ、視線を右に向けると、白衣を着た男が崩壊するアインクラッドを眺めていた。

ハルト達はその男を知っていた。フルダイブ機能を開発し、この世界を作り上げた張本人。茅場晶彦その人だった。

突然目の前に現れた茅場に戸惑う中、キリトが問い掛ける。

 

「あんたが俺たちをここに呼んだのか?」

 

「如何にも。現在、アーガス本社地下五階に設置されたSAOメインフレームの全記憶装置でデータの完全消去を行っている、後10分程でこの世界は消滅するだろう。君たちもじきにこの世界からログアウトされて、現実世界に帰還されるはずだ。ここに呼んだのは、なんてことはない。最後に少しだけ話がしたいと思ってね。聞きたいことがあるのなら、何でも聞いてくれたまえ」

 

そう語る茅場に、戸惑いながらもハルトは次々と質問していく。

 

「他のプレイヤーは?あの場にいた人達は・・・?」

 

「心配しなくとも、あの場にいた者達を含む現時点でアインクラッドに住まう全てプレイヤーは、無事現実世界に帰還を果たした」

 

「・・・死んだ人達は?」

 

「命は一つだ。失ったものは、二度と戻らない。それは、どこの世界でも変わらないよ」

 

「そう、ですか・・・」

 

もしかしたらと期待してたが、語られたその事実にハルトは少し顔を暗くするが、質問を続けた。

 

「・・・どうして、こんなことを・・・?」

 

それは、SAOのプレイヤー。いや、この事件を知っている全ての人間が思っているであろう疑問だった。

何故、茅場晶彦は一万人の人間を巻き込んで、こんなデスゲームを行ったのか。彼をこのような狂気に駆り立てたのには、それ相応の理由があったのだと、ハルトは思っていた。

しかし、茅場の口から出たのは、予想だにしなかった言葉だった。

 

「・・・何故だろうな。私自身、よく覚えてないんだ」

 

「え・・・?」

 

四千もの命が奪われ、その元凶を作った人物のあまりにも自分勝手とも言える返答に、ハルトは言葉を失う。

けれども、不思議と怒りは湧いてくる事はなく、ハルトは茅場の言葉を待つ。

 

「いつからか私は、あの城を、現実世界のあらゆる枠や法則をも超越した世界を創ることだけを欲して生きてきた。そして、私は私の世界の法則をも超える世界を見ることができた。私が空に浮かぶ鉄の城に取り付かれたのは何歳の頃だったかな・・・その情景だけは、いつまで経っても私の中から去ろうとしなかった。いつの日か、この地上から飛び立って、あの城に行きたい。それだけが、私の唯一の欲求だった」

 

「欲求、ですか?」

 

「そうだ。私はね、信じているのだよ。アインクラッドのような大いなる空に浮かぶ城が何処か別の世界、或いは現実世界にもあるんじゃないかって・・・」

 

「それが・・・あなたのたった一つの望み・・・」

 

純粋な目で、ひたすら真っ直ぐに語る茅場晶彦。端から見れば、そんなことの為に多くの人間を巻き込んだのかと糾弾されてもおかしくないだろう。

しかし、ハルトは彼の言葉に怒りを見せることなく、今の自分が思っていることを茅場に伝えた。

 

「あなたのしたことは、この先どれだけ悔いようと、決して許されないことです。できることなら、現実世界で罪を償って欲しいと思っています・・・でも、この世界が無ければ、僕はコハルや皆に出会う事はなかった。だから・・・僕たちを出会わせてくれてありがとうございました・・・これだけ言っておきます」

 

「そうだな・・・俺もハルトと同じ気持ちだ」

 

ハルトの言葉にキリトが共感する。コハルとアスナもコクリと頷いていた。

 

「・・・そうか」

 

ハルトの言葉を聞いた茅場は、何処か嬉しそうな顔で微笑んだ。

 

「では、私はそろそろ行くよ。少し経てば、君たちも現実世界に帰還するだろう」

 

そう言うと、茅場は後ろに振り向き、歩き出した。

だが、ふと足を止めると、首をハルト達の方に向けながら口を開いた。

 

「最後に言い忘れてたよ・・・ゲームクリアおめでとう。ハルト君、コハル君、キリト君、アスナ君」

 

そう言い残して、茅場は風となって消えていった。

残った四人は、崩れゆくアインクラッドを眺めていたが、最初に口を開いたのはキリトだった。

 

「これで、お別れだな」

 

「違うよキリト君。これはお別れなんかじゃない」

 

「ここから始まるんだ。僕たちの新しい現実が」

 

自分の言葉を否定するアスナとハルトに、キリトも「そうだな・・・」と呟いた。

すると、コハルが三人に提案する。

 

「ねぇ、せっかくだし、ハルトやアスナ達の名前を教えてくれる?もし、現実世界に戻ったら、また会いたい時に名前が分からないと探しづらいから」

 

「いいねそれ、私もキリト君やコハルの名前を知りたい」

 

「うん、そうだね」

 

「しょうがないな・・・じゃあ、まずは俺から」

 

そう言って、キリトは現実世界の自分の名前を言った。

 

「桐ケ谷和人。今年で16だ」

 

「私は結城明日奈です。今年で17歳になります」

 

「本多小春です。私も17歳です」

 

「僕は時枝春斗。歳はコハルやアスナと同じで17だよ」

 

キリトに続いて、アスナ、コハル、ハルトの順で名前を言う。

全員の名前と年齢を聞いたキリトが、少し不満気な様子で喋った。

 

「ていうか、俺以外全員年上かよ。なんか、仲間はずれにされた気分だぜ・・・」

 

「フフッ、なんか納得だわ。この中で一番子供っぽいのってキリト君だし」

 

「なにおう!」

 

「確かに、普段からキリトさんって実は年下なのかなって思ってたけど、どうやら当たってたみたい」

 

「コハルもか!?ふ、不愉快だ・・・」

 

「まあまあ、一歳の差なんだし、気にすることないよ」

 

アスナに言葉に大きく反応し、更にはコハルも賛同した為、不機嫌になるキリトをハルトが宥めた。

そうしていると、四人の体が光り始めた。

 

「どうやら、そろそろ時間みたいだな。現実に戻ったら、俺たちはバラバラになる」

 

「そうね。でも、あくまで一時的なものよ」

 

「またすぐ会えるよ。今度は現実でね」

 

「うん、必ず会おう。この四人で」

 

世界の終焉を感じた四人は、それぞれ手を重ねて円陣を組む。

 

「これから先、何があっても、僕たち四人は仲間で友達だ!」

 

ハルトがそう言った瞬間、四人は光に包まれ、この世界から消えていった。

 

 

 

 

とある病院の一室で本田小春はゆっくりと目が覚めた。

最初に見えたのは、知らない天井だった。少なくとも、自分の家のものではないと瞬時に理解する。

右腕を動かすと、瘦せ細ったその腕に細い管がテープで固定されており、それらを辿ると、細い支柱に吊るされた透明パックが見えた。

パックには液体が入っており、恐らく自分が眠っている間に体が衰弱死しないよう点滴で命を繋いでいたのだろう。

体を起こそうとするが、上手く力が入らない。それに、頭が妙に重い。

何とか起き上がり、頭に手を当てると、ヘルメットのような物を被っており、それがナーブギアだと理解した小春は、頭にあるナーブギアを外した。

 

「帰って、来たんだよね・・・?」

 

手にあるナーブギアを見ながらポツリと呟く。

自分の体を見ると、非常に瘦せ細っていて、SAOでは肩まで伸びてたセミロングの髪も、腰まで伸びていた。

ふと近くにあった机を見ると、花が入った花瓶に果物、大量の手紙が置いてある。

 

「あ・・・」

 

それを見た小春は、現実世界に帰って来たこと、それに気づいたことを実感し、目から涙を流した。

窓を見ると、日差しが入り込んでおり、白い病室を照らしていた。

 

「ハルト・・・」

 

光り輝く日差しを見つめながら、小春はSAOで苦楽を共にしたパートナーの名を呟く。

彼が今どこにいるのかは分からない。この病院にいるとは限らないし、もしかしたら自分が住んでいる地域からかなり遠い所にいるかもしれない。

 

「また、会えるよね?」

 

それでもと少女は決意する。

いつの日か必ず、あの世界で心を通わせてきた少年にもう一度会うために・・・




アインクラッド編原作ルート、遂に完結!ここまで来るのに3年半も掛かってしまいましたよ。
最初はコロナ過で何処にも遊びに行くことできず、暇だからという想いで書いた小説でしたが、書いている内に執筆することが楽しくなっていき、気づいたら3年半も経っていました。我ながら驚きです。
元々SAOIF自体サービス開始からプレイしてるゲームで、ディアベル生存など原作とは違ったIFならではのストーリーが面白くて、今年で6周年を迎える今でも楽しくプレイさせていただいております。
特にSAOIFのヒロインのコハルは、プレイしていく中で色々な一面が見れて、主人公とのやり取りも(イチャイチャ)もキリアスとはまた違った魅力を感じ、いつの間にかユウキやフィリアに続くSAOの推しキャラになっていました。
さて、今後に関してですが、ひとまずはフェアリィ・ダンス編の序盤(ALOにダイブするまで)を執筆した後に、ずっと放置しているハイ魂(「ハイスクールD×D 銀ノ魂を宿し侍」)の執筆を再開したいと考えています。
毎回、SAOを楽しみにしている方がいるように、ハイ魂の方にも再開を待ち望んでいる方がいますし、私自身そろそろ再開させたいなと思ったことも理由の一つです。
ですので、SAOを楽しみにしている方には申し訳ございませんが、フェアリィ・ダンス編の序盤を執筆し終えたら、またしばらく時間を空けますが、どうか再び再開される日まで、そのままお待ちいただけたら幸いです。
また、アインクラッド編SAOIFルートに関しても、ハイ魂の執筆がひと段落したら、執筆を進めようと思っていますので、そちらの方もお楽しみに。
それでは最後に、フェアリィ・ダンス編、アインクラッド編SAOIFルートの予告をどうぞ!




<フェアリィ・ダンス編予告>
SAO事件から経った。
浮遊城から帰還した少女に待ち受けていたのは・・・

「ハルト・・・あなたの心はどこにあるの・・・?」

未だに目覚めないパートナーだった




「本田さん、あなたは兄さんの何ですか?」

帰還した現実世界で出会ったのは

「時枝雪斗。この人の・・・弟です」

SAOで共に過ごしたパートナーの弟だった




「心の奥では、このまま目覚めないで欲しい・・・そう願っている自分がいます」

「雪は所詮春には勝てないんですよ。どれだけ大量に積もろうが、結局最後には春の日差しに溶けて消えてしまう・・・」

「俺はいつだって、あの人の影だった」

弟から語られるのは、兄に対する憎しみ




「明日奈や春斗君の命は、今や僕が握っていると言っていい。その意味が分からないとは言わせないよ?」

「お前如きが、教授に馴れ馴れしくするな」

渦巻く陰謀。平和な日常の中で暗躍する悪しき者達




「アルブヘイム・オンライン・・・それが、このゲームの名前だ」

「そこにアスナがいるんだな」

物語の舞台は、浮遊城(アインクラッド)から妖精の世界(アルブヘイム・オンライン)




無限の空が広がる美しき妖精の世界
そこで出会うのは・・・

「私はリーファっていいます。それで、こっちが・・・」

「セツナ・・・それが俺の名前だ」

新しい仲間と

「俺はザント!どこにも属さねぇ一匹狼だ!!」

「そのために、俺たちはここに来た」

嘗ての仲間たち




「それならいっそ、嫌われたままの方が良かった!」

妹は嘆く。嘗て兄に抱いていた報われない恋の行方は・・・!?




「分からないんだ。俺はあの人に、なんの感情を抱いているのかも」

弟は苦悩する。恨んでいたはずの兄に対する本当の感情について




「ここまで来た褒美だ。聞かせてやろう。この世界の真実を・・・!」

世界樹を超えた先にある事実とは・・・!?




「ソードアート・オンライン IF」フェアリィ・ダンス編、近日公開!




「これが、お前の忘れていたものだ」

失われていた兄弟の絆が今、蘇る!

















<アインクラッド編SAOIFルート予告>
「インテグラルシリーズ?聞いたことないわね・・・」




「ここが三十五層・・・クォーター・ポイントから、もう10個も進んで来たんだね」

「四十層のテーマは巨大監獄らしいよ」

浮遊城(アインクラッド)の舞台は、更に上の層へ




「噓・・・嫌だよ、ピナ・・・!」

「このままでは、全滅してしまいます!」

日に日に厳しくなっていく攻略




「こいつ、強ぇな・・・」

「やるじゃねぇか。噂に聞く《狂狼(ヴォルフガング)》の力、甘く見てたぜ・・・」

原作ルートでは出会うことがなかった強敵(ライバル)との出会い




「すみませんねー。自分もこのクエスト攻略中なんですよー。というわけで、レア素材は頂いていきますねー」

「イッツ・ショー・タァーイム!」

襲い掛かるPK集団




「私、リーファって言います!」

「久しぶりだな・・・兄さん」

「シノン。見ての通り、ソロの弓使いよ。よろしく」

「僕はユウキ!早速だけど、僕のパートナーになってくれないかな?」

本来なら浮遊城で出会うはずのない新たな仲間たち




「俺は!皆を守れるヒーローに!なるんだぁぁぁぁぁぁ!!」

「ユナ・・・!君を、死なせはしない!」

「ハルト!行きまーす!」

そして物語は、正史(原作)とは違う道を進む!




「ソードアート・オンライン IF」アインクラッド編SAOIFルート第一部『集いし剣士たち』、フェアリィ・ダンス編がしばらく進んだ後に公開!




――さようなら、私の・・・大切なパートナー

これは、もう一つのIF(アイエフ)の物語・・・


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キャラクター紹介 アインクラッド編

ハルトとコハル及びアインクラッド編に登場したオリキャラ達の紹介になります。
最小限のネタバレはありますが、終盤のネタバレは伏せてあります。また、一部のキャラには、本編では語られなかった一面や裏話もあります。
セツナなどフェアリィ・ダンス編で登場するオリキャラは、フェアリィ・ダンス編が終わったら紹介するのでそのつもりでお願いします。


・ハルト(SAOIF主人公)

本名:時枝春斗(ときえだ はると)

身長:164cm

体重:56kg

誕生日/年齢:11月30日/15歳(SAO開始時)→17歳(SAO終了時)

服装:初期装備(公式サイトのキャラ紹介のページで着ている装備)→SAOIFのアサシンアバター(緑ver)→初期のキービジュアルで着ている装備

CV:まだ未定。公式がいつかSAOIF主人公の声優を発表したら、その人にする予定(それまでの間は、ハルトの性格やハルファスの存在も考えて、「ファイアーエムブレム覚醒」のルフレの声優である細谷佳正さんの声で想像してもらいたい)

誰にでも優しく接し、強い正義感を持つ少年。天然な所もあるが、勘が鋭く、ここぞという時に思い切った作戦に出たりと、大胆な一面もある。また、キリト同様ゲーマーな所もあるが、キリトと違って初対面の人とも親しく話せるコミュ強。

リアルでは頭が良く、運動神経もかなり良い。家族は父と母、弟がいるが、弟との仲はあまりよろしくない。

戦闘スタイルは片手直剣、細剣、片手棍、槍、斧の5つの武器をそれぞれの状況に応じて使い分けながら戦う《全属性使い(オールラウンダー)》。これだけの武器を扱うなら、当然それぞれの武器の熟練度を上げる必要があり、一つの武器を集中的に鍛えているプレイヤーと差が出てしまうが、ハルトはその差を持ち前の器用さや戦闘系のスキルやアイテム、状況に応じて適した武器に切り替える判断力で補っており、攻略組どころかトッププレイヤーの一人として、名を上げている。

元βテスターであり、βテストの最終日に同じくβテスターのコハルと出会い、正式サービスで再会する約束をする。その後、正式サービスで彼女と再会するが、直後茅場晶彦からデスゲーム宣言をされ、絶望するコハルを支え、一緒に行動する。

以来、コハルとコンビを組みながらSAOを攻略していき、彼女と共に過ごしていくうちに、互いに支え合う関係となる。ちなみに、普段の攻略では場をわきまえているが、プライベートで二人っきりの時は、割とイチャイチャする模様。

SAOIF同様、原作主人公であるキリトとの関係は良好で、同じ攻略組の仲間として、時には協力し合い、時には競い合ったりと、ライバルでもあり、親友とも言える関係である。

 

 

・コハル(SAOIFヒロイン)

本名:本田小春(ほんだ こはる)

身長:160cm

体重:ひみつ!

誕生日/年齢:2月23日/15歳(SAO開始時)→17歳(SAO終了時及び公式の年齢)

服装:初期装備(公式サイトのキャラ紹介のページで着ている装備)→一周年キービジュアル及びSAOIF十四層以降で着てる装備→初期のキービジュアル及びSAOIF五十層以降で着ている装備

CV:小澤亜李

素直で明るく、困っている人がいたら放っておけない優しい性格の少女。

幼い頃からピアノを習っており、コンクールで賞を取るほどの実力者でもある。

公式では短剣使いのイメージがあり、本編では短剣の他に、細剣を使って戦っている。

ゲーム自体は基本的にTVゲームやスマートフォンのアプリゲームしかやったことなく、本格的なVRMMOのゲームはSAOが初めて。そのため、最初は上手く立ち回れず、ミスが目立つことも多かったが、ハルトとの出会いにより、少しずつ上達していき、最前線に名を上げるプレイヤーにまで成長した。

ハルトとは、βテストの最終日に出会い、彼から戦い方をレクチャーしてもらう。その後、正式サービスで再会するも、茅場晶彦からデスゲーム宣言を受けた直後、帰れないことに絶望してしまうが、ハルトに支えられながら過ごすうちに、少しずつ元気を取り戻していった。

以来、ハルトとコンビを組みながらSAOを攻略していき、一時は広がりつつあるハルトとの実力差に、自分は彼のパートナーでいいのか悩んだが、自分の想いをハルトにぶつけて、ハルトもその想いを受け止め、名実ともに彼のパートナーとなる。

アスナやサチなどSAOで友人も増えて、時よりガールズトークで花を咲かせては、自身とハルトの関係を話のネタにされて、恥ずかしそうに赤面するなど、年相応な少女の一面を見せることもある。

 

 

※ここから本作のオリキャラ紹介になります。

 

 

・トウガ

本名:神宮寺統夜(じんぐうじ とうや)

容姿:

【挿絵表示】

(髪は茶色に見えるが実際は黒)

 

五十層以降

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身長:167cm

体重:54kg

誕生日/年齢:10月28日/14歳(SAO開始時)→16歳(SAO終了時)

服装:青色の初期装備→SAOIF十二層の防具→「精霊幻想記」のリオが着ている戦闘服

CV:福山潤(普段は「中二病でも恋がしたい!」の富樫勇太(ダークフレイムマスター時)ボイスだが、キレたら「グランブルーファンタジー」のカトル(ブチギレ時)ボイスになる)

クールな見た目に反して、穏やかで仲間想いな少年。しかし、キレたら口調が荒くなり、穏やかさの欠片も無くなる。

幼馴染5人で結成されたギルド「紅の狼」のリーダー。鋭い観察眼と咄嗟の判断力を持ち、指揮能力も高く、他の4人から厚く信頼されている。また、トウガ本人の実力も高く、回避のスピードなら、攻略組一と言われる程素早い。

戦闘では短剣を使い、ダメージを与えては回避に専念するヒット&アウェイを主流に戦っている。

リアルでは、かなり優等生であり、学力の成績が高く、運動神経も良い。昔は今のような穏やかさは無く、誰とも話さない冷たい人間であったが、カズヤ(和真)との出会いにより、少しずつ変わっていった。そのため、幼馴染の中でもカズヤとは、親友とも言える関係である。

デスゲームに巻き込まれても、冷静に仲間たちをまとめ上げ、ギルド共に攻略組に名を上げるプレイヤーとなっている。

SAOでハルトやキリトといった同年代の友人ができる一方、恋愛事に関しては、今の所目ぼしい話は無い。カズヤと違って、幼馴染がそう言った話をしても、嫉妬することはないが、目の前でイチャつかれると、流石に不機嫌になる。

 

 

・ソウゴ

本名:須野田総司(すのだ そうし)

容姿:

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五十層以降

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身長:170cm

体重:57kg

誕生日/年齢:4月5日/14歳(SAO開始時)→16歳(SAO終了時)

服装:赤色の初期装備→SAOIFの士魂アバター(赤ver)→「銀魂」の高杉晋助が攘夷志士時代(及び銀ノ魂編)に着た服

CV:鈴村健一(「銀魂」の沖田総悟ボイス)

気難しい性格で、よく他人に毒を吐いているが、なんだかんだ言って優しい一面もある。また、隠れドSである。

実家が定食屋であり、その影響で「紅の狼」の食事は、いつも彼が作っている。<料理>スキルも高く、戦闘系のスキルと同じくらい優先して鍛えており、原作七十四層の地点でアスナと同様<料理>スキルをマスターしている。

戦闘は刀を使って戦っているが、これは彼の家が代々伝わる侍の家系であることが要因で、ソウゴ自身も小さい頃に祖父から刀の扱いを習っていた。

基本、料理しか興味がないので、恋愛事に関してはかなり鈍い。上記の性格もあって、友人が一人もいなかったが、トウガ(統夜)と出会い、交流していく内に、彼らの事を心から信頼できるようになった。

SAOを攻略していく中で、鍛冶師のリズベットと出会い、後に自身の専属スミスとなる。それ以来、自分の装備は基本リズベットが作った物を装備し、彼女の腕前を高く評価している。その一方で、彼女から好意を向けられていることには全く気づいていない。

 

 

・コノハ

本名:葉山翔斗(はやま しょうと)

容姿:

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身長:161cm

体重:48kg

誕生日/年齢:8月11日/14歳(SAO開始時)→16歳(SAO終了時)

服装:紺色の初期装備→一層攻略後のキリトが着ているコートの紺色ver→「テイルズオブシンフォニア ラタトスクの騎士」のエミルの戦闘服

CV:下野紘(「テイルズオブシンフォニア ラタトスクの騎士」のエミルボイス)

弱気且つ人見知りで、周りと話すのが苦手だが、優しい心を持った少年。

トウガと同じく短剣使いであり、トウガ程実力は無いが、レイスと組んで、息の合ったコンビネーションで戦っている。

リアルでは、何の取柄のない普通の少年で、上記の人見知りな性格もあって、友達も少なかった。しかし、トウガ(統夜)達と友達になったことで、人と話す勇気を持つようになった。

以前、フィールドで危ない目にあっていたサーシャの教会の子供たちをレイスと共に助け、お礼に昼食をご馳走してもらう。それから休みの時は、レイスと一緒に教会へ遊びに行くようになった。

サチの事は、デスゲームが始まって間もない頃の恐怖で《はじまりの街》から中々出れずにいた自分を重ねており、何かと気に掛けている。サチ自身はコノハからどんなに怖くても立ち向かう勇気をもらい、コノハ経由でソウゴに槍の使い方を師事してもらったりと、原作以上に成長している。

 

 

・カズヤ

本名:小笠原和真(おがさわら かずま)

容姿:

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身長:177cm

体重:62kg

誕生日/年齢:1月18日/14歳(SAO開始時)→16歳(SAO終了時)

服装:黄色の初期装備→「アンダーテイル」のアンダインが着ている鎧

CV:小林裕介(「Re:ゼロから始める異世界生活」のスバルボイス)

誰にでも気さくに話せて、持ち前の明るさで場を盛り上げることができる「紅の狼」のムードメーカー。しかし、女癖が酷く、女子からあまりモテない。バレンタインでも、毎年一人だけチョコが貰えない(アインクラッドに来る前までは、コノハ(翔斗)も貰えてなかったが)。

「紅の狼」のタンク役を務めており、軽装備が多い「紅の狼」の中では唯一の重装備である。

トウガ(統夜)とは、小さい頃からの友達で、当時冷たい人間だった彼を今の穏やかな性格にさせた張本人。5人で集まった時は、大体彼かトウガが場を仕切る事が多い。ギルドの名前も彼が考案したものであり、実質「紅の狼」の生みの親。

デスゲームが始まった当初は、自分を鍛える事とレイスの面倒を見る事を優先した為、最前線には出てなかったが、五層以降からレイスと共に最前線に顔を出すようになった。

他の幼馴染が同い年の少女たちと親しくなっていく中、全くと言っていい程女性との縁がない事に嘆いている。

 

 

・レイス

本名:藤井連弥(ふじい れんや)

容姿:

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身長:152cm

体重:41kg

誕生日/年齢:7月8日/12歳(SAO開始時)→14歳(SAO終了時)

服装:オレンジ色の初期装備→「テイルズオブシンフォニア」のロイドの戦闘服

CV:伊瀬茉莉也(「グランブルーファンタジー」のファラボイス)

「紅の狼」の中で唯一の年下。純粋だが、それ故に騙されやすい。一方、その愛くるしい性格故に、お姉さん方には可愛がられる。

戦闘では短剣で戦い、コノハと息の合ったコンビネーションを見せつける。

メンバーの中で唯一の年下ということもあって、他の4人からかなり過保護な扱いを受けている。レイス自身、この扱いには不満を持っているが、それ抜きでも4人の事を慕っており、兄のように思っている。

デスゲームに巻き込まれてからも、頼れる仲間たち(兄貴分たち)がいたおかげで、絶望することなく、自身も五層の段階で最前線に参加するようになった。

時より、コノハと一緒にサーシャの教会に行っては、子供たちの遊び相手となっており、年が近いこともあって、子供たちとかなり仲良くなっている。

シリカとは、年が近いのもあって仲が良く、稀に二人で組んで攻略(デート)している。レイスはシリカの事を異性として見ており、彼女にかっこいい姿を見せようと奮起している。一方、シリカもレイスの事を気になる男の子として見ていたりと、若干相思相愛な関係であるが、本人たちはまだ自覚はない。

 

 

・ザント

本名:狡嚙隼人(こうがみ はやと)

容姿:

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身長:189cm

体重:78kg

誕生日/年齢:3月10日/18歳(SAO開始時)→20歳(SAO終了時)

服装:灰色の初期装備→SAOIFの《トール・ジ・アノーイング・トロール》のカオスボスアバター→「ダンまち~メモリアル・フレーゼ~」の【月翳る白狼】ベートが着ている戦闘服

CV:岡本信彦(「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」のベートボイス)

見た目通りの凶暴な性格で、常に強者との戦いを求める戦闘狂の一匹狼。

弱者という存在を果てしなく嫌悪しており、よく罵倒している。ただし、ザントが嫌うのは、自分よりも弱い者を貶めたり傷つけたりする弱者であり、自分が弱いことを自覚した上で、人に頭を下げたり強くなろうとする者に対しては、罵倒はすれど嫌悪はしない。

武器は両手剣を使い、重い剣を軽々と振り回せる程筋力パラメータが高い。攻撃するスピードも早く、防御や回避も素早い。体術もかなり使いこなし、相手の急所を狙ったりと、戦いというより、殺しを彷彿させる戦い方をする。

両親はどちらも他界している。父親は元自衛隊の人間で、ザント本人が化け物と言わしめる程の実力者である。そんな父親に幼い頃から鍛えられており、ザントはSAOに限らず、リアルでもかなり高い戦闘能力を持っている。また、見た目によらず頭も良い。

その凶暴性や相手を罵倒する性格のせいで、攻略組からはキリト以上に嫌われているが、本人はどこ吹く風。しょっちゅう、オレンジになるような事を起こしており、その度に更生クエストを受けて、カーソルをグリーンに戻しているが、彼がオレンジになる原因は、狩り場を無理矢理占領したり、弱いプレイヤーからアイテムなどを奪い取ろうとする一部の攻略組の横暴な振る舞いを止めたりなど、傍から見れば彼が全て悪いとは言えないものばかり。また、ザント自身脅しや傷害行為はすれど、殺しまでは基本しない。

気まぐれで人助けをすることもあるが、ザント自身は自分を善人ではなく、どうしようもない悪党だと思っており、救った相手をつけ放す態度を取る。他にも、殺しに対して躊躇を見せないなど、何かと闇を抱えている様子が見受けられる。

 

 

・ラピード

容姿:見た目は「転生したらスライムだった件」のランガだが、頭に角は生えてない。

CV:杉田智和

十層のフィールドボスで、本来ならプレイヤーに倒される存在だが、ザントとサシで戦い、自身を打ち負かした彼の実力に惹かれて、彼を主と慕う。それ以来、ザントの相棒として、彼と一緒に行動するようになる。

ザントを自身の背中に乗せて移動する他、アイテムの使い方を覚える、敵を回り込んで挟み撃ちにする、相手を尾行する、剣を口に加えて使用するなど、主のハチャメチャな指示にも、しっかり成し遂げるヤバい狼。

普段はザントと一緒に行動するが、ボス攻略では宿で留守番している。これはボス攻略の時に他のプレイヤーの存在もあって、ラピードと上手く連携が取れないのと、乱戦の中ラピードを取り巻きのモンスターと間違えて、うっかり攻撃される可能性があるとザントが判断したからである(実際、ラピードの見た目は狼型のエネミーであり、ボス攻略という極限の状態の中でそんな存在が視界に写れば、間違えて攻撃する恐れもあるため、ザントの危惧はあながち間違いではない)。

 

 

・ナエ

容姿:

【挿絵表示】

 

身長:ひみつです!

体重:ひみつです!

誕生日/年齢:10月1日です!年齢は0歳です!(西暦2024年に産まれたため)

服装:白いワンピースの上に黒いレインコートを着ている。

CV:長縄まりあ(「はたらく細胞」の血小板(リーダーちゃん)ボイス)

自分の記憶が無い記憶喪失の少女。

六十一層の森でエネミーに襲われていたところをハルトに救われる。それから、ハルトとコハルの三人で暮らすようになり、楽しい日常を過ごす中で二人の娘のような存在となる。

ハルトの事をパパと呼んでいるが、コハルはママと呼ばず、名前で呼んでいる。

 

 

・ハルファス

容姿:ハルト(SAOIF主人公)そっくりだが、髪の色が白で目が赤

身長:不明

体重:不明

誕生日/年齢:不明

服装:ラフコフの黒ポンチョ

CV:不明(ハルトと同じ声)

レッドギルド「ラフィン・コフィン」のサブリーダーを務める男。基本黒ポンチョで顔を隠しており、顔がハルトに似ていること以外、全てが謎に包まれた人物。

戦闘スタイルは、ハルトと同様《全属性使い(オールラウンダー)》で、動きもハルトそっくりな所がある。実力も高く、トッププレイヤーに引けを取らない実力者。

ラフコフのサブリーダーだけあって、プレイヤーを殺すことに何の躊躇もないが、他のラフコフのメンバーと違って、殺しを楽しむ様子は見受けられない。殺す際も相手を必要以上にいたぶりながら殺すジョニー・ブラックらと違い、ハルファスは暗殺者のように一撃で瞬殺する。

そのクールな殺し方に、一部のメンバーから慕われてる。リーダーであるPoHとは、あくまでビジネスパートナー的な関係で、普段から必要以上の会話はしない。そのため、PoHからは殺しは一流だが、つまんない奴と思われている。

ハルトの事をかなり執着しており、彼を狙っているが、その真意は未だ不明。




<オマケ>
「ソードアート・オンライン IF」の主要登場人物(原作キャラも含む)の声優一覧
・ハルト/時枝春斗 (とりあえず)細谷佳正
・コハル/本田小春 小澤亜李
・キリト/桐ヶ谷和人 松岡禎丞
・アスナ/結城明日奈 戸松遥 
・ナエ 長縄まりあ
・ユイ 伊藤かな恵
・トウガ/神宮寺統夜 福山潤
・ソウゴ/須野田総司 鈴村健一
・コノハ/葉山翔斗 下野紘
・カズヤ/小笠原和真 小林裕介
・レイス/藤井連弥 伊瀬茉莉也 
・シリカ/綾野珪子 日高里菜
・リズベット/篠崎里香 高垣彩陽
・サチ 早見沙織
・ザント/狡嚙隼人 岡本信彦
・ラピード 杉田智和
・クライン/壷井遼太郎 平田広明
・エギル/アンドリュー・ギルバート・ミルズ 安元洋貴
・ヒースクリフ/茅場晶彦 大川透/山寺宏一




・セツナ/時枝雪斗 石川界人
・リーファ/桐ヶ谷直葉 竹達彩奈
・シノン/朝田詩乃 沢城みゆき
・ユウキ/紺野木綿季 悠木碧 
・アリス 茅野愛衣
・ユージオ 島崎信長
・??? 櫻井孝弘
・????? ????


最後の?で隠れている二人はアリシゼーション編で登場するキャラです。尚、一人は既存のSAOキャラなので声優の方も隠しています。


SAOIFルートに関してのアンケートも取りますので、良ければこちらもどうぞ。


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SAOIF6周年記念 フェアリィ・ダンス編先行公開その2

SAOIFも本日で6周年を迎えました!ここまでSAOのアプリゲームが続いている事は非常に嬉しく思い、これからも続いてほしいと願うばかりです。
そこで、今回は6周年を記念して、フェアリィ・ダンス編の先行公開パート2を行いたいと思います。今回は一回目の先行公開と比べると、かなり短くなっていますが、衝撃的な内容となっておりますので、是非ともご覧ください。
それではどうぞ!


「間に合ってくれ・・・!」

 

顔に焦りを見せながら、セツナは猛スピードで飛行する。

その後ろをキリト、リーファ、コハルの三人が続く。

 

「ユイ、向こうの今の状況が分かるか?」

 

キリトは胸ポケットにいるユイに問い掛けると、ヒョコっと顔を出したユイが質問に答える。

 

「プレイヤーの反応を確認しました!前方にサラマンダーの部隊が60人。それと、すぐ近くにシルフとケットシーが14人います!恐らく、会議の出席者と予想されます!双方の接触まで――あ!プレイヤーの反応が次々と消えています!」

 

「そんな・・・!」

 

「遅かったか・・・!」

 

間に合わなかった事に、苦渋に満ちた顔をするリーファとセツナ。

せめて、領主であるサクヤだけは何としても逃がそうと、セツナが決心したその時、ユイから更に声が掛かる。

 

「待ってください!反応が消えたのは、サラマンダーの方です!」

 

「え!?」

 

「こちらが押しているのか?」

 

シルフ、ケットシー側が押している。その事実にリーファが驚き、セツナが疑問の声を上げる。

今回の調印式で各領主の護衛を担当するプレイヤー達は、セツナ程ではないが、それなりの実力者だと聞いている。

しかし、相手は多数でこちらは少数。強いプレイヤーが複数人いたとしても、これだけの数の差を覆せれるのだろうか。

そう思っていると、ユイが困惑した様子で答えた。

 

「そ、それが・・・サラマンダーの部隊を倒しているのは、シルフでもケットシーでもありません。一人のインプのプレイヤーです!」

 

「インプだと!?」

 

セツナは増々訳が分からなくなる。

60人もいるサラマンダーの部隊をたった一人で相手する。しかも、それがこの会議とは無関係なはずのインプのプレイヤー。

この場にインプがいるのもそうだが、サラマンダーの部隊を相手に一人無双するインプ。そんなプレイヤー、インプどころか全種族の中でも聞いたことがない。

 

ドーン!

 

困惑するセツナだったが、前方の森から巨大な衝撃音が響き、驚きながらも飛行を急停止させる。

 

「なっ!?止まれ!」

 

セツナの声に反応し、三人も飛行を止めて、爆心地を見る。

 

「これは・・・!?」

 

キリトが驚きの声を上げる。

森はあちこちが火に包まれており、木々がなぎ倒されている。そして、サラマンダー達の残骸かと思われる残り火があちこちに散りばめられていた。

その悲惨な様子から、ここで激しい戦闘が行われたのは間違いないだろう。

 

「見て!サラマンダーの部隊が・・・!」

 

リーファが指を指しながら声を上げる。

見ると、少数のサラマンダーの部隊がどこかへ飛び去ろうとしていた。

 

「ば、化け物だぁ!助けてくれぇーーーーーー!!」

 

そんな声を上げながら、何から逃げるように去っていくサラマンダーの部隊を見て、呆然とする一同。

そんな中、セツナは爆心地の中心で異様な光景を見つけた。爆心地の中心には、二人のプレイヤーらしき人影が見えたが、そのうちの一人は地面に倒れて大の字になっている。

その倒れている男を見て、セツナは驚愕の表情となる。

 

「あれは・・・ユージーン将軍・・・!」

 

「その人って確か、セツナ君と互角に戦える可能性があるプレイヤーだよね?」

 

「あぁ、《魔剣グラム》の使い手で、現ALOで最強と言えるプレイヤーだ。俺もあの人が相手だと、勝つのは難しいと思う。だが・・・」

 

ALOで最強と言われるプレイヤー、ユージーン。その男が今、無残にも地に背中を付けて倒れていた。その腹には黒色の両手剣が刺さっている。

そして、その隣に身長がかなり高めで灰色の髪をしたインプの男が、ユージーンを踏みつけながら彼を見下ろしていた。その光景は勝負に負けた敗者を見下す強者そのもの。

 

「あ、あいつは!?」

 

「まさか!?」

 

そのインプの男を見て、キリトとコハルが驚いていた。

知り合いなのか?と思いながら、セツナは視線を倒れているユージーンの方に戻すと、ユージーンを倒したと思われるインプの男がつまらなそうに呟いた。

 

「これがALO最強の剣士の力かよ・・・弱ぇな。"あいつら"の方が10倍強ぇ」

 

その呟きが聞こえたのか定かではないが、倒れているユージーンは目の前にいる男に恐怖混じりの視線を向けながら恐る恐る聞き出す。

 

「馬鹿な・・・貴様は、貴様はいったい、何者なんだ・・・?」

 

その問いに、男はニヤリと悪魔のような笑みを浮かべながら答えた。

 

「俺か?いいぜ、教えてやるよ。よく聞け・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の名はザント!どこにも属さねぇ一匹狼だ!!」

 

その狼の咆哮が森中に響いた瞬間、ユージーンの体は残り火となって消えていった。




先行公開はここまで!最後に登場したのは、まさかのザント!
彼がこの先どう絡んでいくかは本編をお楽しみに。


<オマケ>
セツナの一枚絵をピクルーで作ったのでこちらもどうぞ
・セツナ(使用メーカー:五百式立ち絵メーカー)

【挿絵表示】



・ちょっとした小話
私のTwitter(x)の方で毎年恒例、「ソードアート・オンライン IF(アイエフ)」のオリキャラ紹介を行っています。
今年はオリキャラだけじゃなく、マル秘情報も公開しておりますので、そちらの方も是非見ていただけたら幸いです。


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フェアリィ・ダンス編
プロローグ 目覚めぬパートナー


お気づきかもしれませんが、タイトルとあらすじを少し変えました。
今まで黙ってましたが、タイトルのIFは、IF(イフ)ではなく、IF(アイエフ)と読みます。別に公式が「ソードアート・オンライン IF(イフ)」を出したから、色々誤解されないよう付け足したわけではありませんからね!
初期の頃書いたあらすじを改めて見て、よくあんなあらすじを4年も載せてたなと思いました(笑)。
今回からフェアリィ・ダンス編です。果たして何年で完結するだろうか・・・
それではどうぞ!


白木の揺り椅子がかたん、かたんと音を立てながら揺れる。

林の中に存在する一件のログハウス。自然の中に囲まれて、近くにある湖を吹き通る爽やかな風。

その風に吹かれながら、揺り椅子に座る少女は穏やかに寝息を立てる。

隣には彼が座っている。茶色の髪に黒い瞳を持ち、誰よりも優しく、いつも自分を支えてくれるパートナーが。

彼の腕が少女の頭を包み、その手が優しく撫でてくれる。その温かさに、少女は微かに笑みを浮かべる。

自然に囲まれたこの場所で、大切な人と過ごす幸せな毎日。

そんな日常がこれからもずっと続いていく。そう思っていた・・・

 

 

 

 

ふと目を開けたら、先程までの景色が噓のように崩れていた。

木々が生い茂る自然の光景が一切無くなり、鋼鉄に囲まれた部屋の中で、少女の視線の先には、彼とその友が魔王と思わしき何かと戦っていた。

二人は多彩な連携で魔王に攻撃していくが、魔王は持っている十字盾で防ぎながら、隙を付いて剣で反撃する。

彼らを助けようと、少女は体を動かそうとするが、体は金縛りにあったかのように動かすことができない。

目の前で大切な人が死闘を繰り広げているのに、助けに行けないことに、少女の心は悔しさでいっぱいになる。

 

「いっけぇーーーーーー!!」

 

戦いは終盤を迎え、彼は友の剣が壊れたタイミングで手に持った槍を魔王に向けて投げた。

その槍は、魔王の持っていた十字盾を貫き、そのまま魔王も貫こうとしたが、それを予期していたのか魔王は迫る槍を当たる寸前のタイミングで躱すと、猛スピードで彼に迫り、剣を振り下ろした。

 

ザシュ!

 

斬られた彼は、そのまま地面に倒れて、ピクリと動かなくなった。

動かなくなった彼の体は、徐々に青白くなっていき、この世界から消えようとしていた。

少女は咄嗟に手を伸ばそうとしたが、その手が届くことはなく、彼はパリンッと儚い音と共に消えていった。

 

「あぁ・・・あああ・・・!」

 

自分の大切な人が目の前で死んだ。それに対して、何もできなかった無力な自分。

様々な負の感情が重なり合い、少女は自分の心が壊れていくのを感じた。

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

その叫び声が誰から発せられたものなのか。それすらも分からないまま、少女の意識は途切れていった。

 

 

 

 

「はっ!」

 

意識が戻る感覚が瞬時に襲い掛かり、少女は一瞬で目を覚ます。

 

「ハァ、ハァ、ハァ・・・・」

 

少しずつ意識が覚醒していくのを感じながら、少女は呼吸を整える。

体中汗をかいており、着ているパジャマが濡れている。余程の悪夢だったのだろうか、顔色は優れない。

周りを見れば、六畳くらいの部屋に机や本棚、小さい頃から使っているアップライトピアノが置かれており、ここが自分の部屋だと認識するのに、そう時間はかからなかった。

ベットに置いてるデジタル時計を見ると、2025年の1月12日の日曜日と表示されている。

病院で目覚めたあの日、現実世界に帰ってきてから、既に二ヶ月が経とうとしていた。

けれども、帰ってきて尚、少女の心が晴れることはなかった。

自分は帰ってきた。あの世界から。

しかし、いつも隣にいて支えてくれた彼は・・・

 

「ハルト・・・」

 

あの浮遊城で共に過ごしたパートナーの名を呟きながら、本田小春は静かに涙を流した。

 

 

 

 

埼玉県所沢市の郊外に建つ最新鋭の総合病院。

本田小春はこの場所に毎日通っている。

いつも通り受付を済ませて、目的の病室に迷うことなく足を運ぶ。

病室に辿り着き、引き戸式の扉を開けて中に入る。

微かな生花の香りが身を包むのを感じながらも、奥にある最先端のフル介護型ベットまで歩み寄る。

そのベットの上には、一人の少年が眠っている。

男の子にしては伸びすぎている茶色い髪が枕の外にまで流れ、瘦せつつも薄っすらと見える筋肉が彼の逞しさを表している。

そして、頭にはナーヴギアを被っており、コードが繋がれている。彼の命を維持するための命綱と言えるだろう。肝心の電源は付いたままで、この少年が今も仮想世界に囚われているのを意味していた。

この少年こそ、SAOで小春と共に過ごしたパートナー、ハルトこと時枝春斗だった。

小春は悲し気な顔で、眠っている春斗の顔を見つめながら呟く。

 

「ハルト・・・あなたの心はどこにあるの・・・?」

 

その呟きに、春斗が答えることはない。

どうしようもない現実に打ちひしがれながら、彼の顔に手を触れようとしたその時

 

「誰だ?」

 

後ろから声を掛けられ、慌てて振り返ると、自分よりも少し年下な感じの茶色い髪の少年が立っていた。

少年は小春を険しい顔で睨み付けながら、彼女の下に歩み寄ってくる。

 

「見ない顔だな。ここは俺の兄さんの病室だが何の用だ?」

 

「え?兄さんって・・・」

 

「質問に答えろ。あんたは誰だ?何の用でここに入ってきた?」

 

「ほ、本田小春です!ここにはハルトの・・・あ、いえ、時枝春斗君のお見舞いに来ました!」

 

少年の圧に押されて、小春は勢いのまま答えた。

対して、少年は兄の知り合いということで年上だと判断したのか口調こそ敬語になったが、未だ険しい顔のまま更に問い掛ける。

 

「兄さんのお見舞い?ここ数年、兄さんのお見舞いに来てくれた人で、俺はあなたを見たことないが・・・本田さん、あなたは兄さんの何ですか?」

 

「私は・・・ハルトと一緒に過ごしてたの。SAOの中で二年間ずっと」

 

「何だと?ということは、あのSAO事件の生き残り、ですか?」

 

少年の結論に、小春はうんと頷いて肯定した。

少年が何か考える素振りを見せる中、小春は先程少年が言った兄という言葉を思い出し、少年を観察する。

茶色の髪に紺色の瞳、見た目こそクールな印象だが、どことなくハルトと似たような雰囲気を感じる。

 

「(そう言えば、前にハルトから弟がいるって聞いたことあったけど・・・まさか・・・!?)」

 

ふと彼女は思い出した。嘗てパートナーから弟がいる事を聞かされた事を。

そして今、目の前に彼に似た少年がいる。

 

「えっと・・・君は誰なのかな?さっき、弟って言ってたけど・・・」

 

半ば確信を付きながらも、小春は自分の予想が合ってるか確かめるべく、少年に問い掛けた。

少年は真剣な表情で自分の名前と春斗との関係を答えた。

 

「時枝雪斗。この人の・・・弟です」

 

これが、本田小春とSAOで彼女のパートナーだったハルトこと時枝春斗の弟、時枝雪斗との最初の出会いだった。




・時枝雪斗
ハルト(雪斗)の弟であり、この段階では中学3年生で15歳。
穏やかな兄とは違い、常にクールで、自身の名前にもある"雪"を彷彿とさせる少年。また、兄のことを嫌っており、憎しみに近い感情を抱いている。


ハルト(春斗)の弟、雪斗。今までは名前のみの登場でしたが、遂に本格的に登場しました。
フェアリィ・ダンス編では、彼とコハルがメインで進んでいきます。



<オマケ>
春斗(ハルト)の弟、雪斗のイラストを載せておきます。
・時枝雪斗(使用メーカー:香推男子)

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別バージョンもどうぞ(使用メーカー:はりねず版男子メーカー(2))

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ep.1 弟の苦悩

アンケートの結果が予想以上に拮抗していて驚いてます。正直、7:3で分けるべきや!が勝つと思っていましたが、こうも接戦になるとは・・・
アンケートはALOにダイブするまで置いておくので、皆さん遠慮せずどんどん答えてくれたら嬉しいです。
今回の話は前半は雪斗の学校生活、後半は病院の出来事になります。


時枝雪斗の学校生活は平凡なものだった。

朝7時に起きて、朝食を食べたら制服に着替えて学校に向かう。

学校で授業を受けて、授業が終わったら部活動に励み、そのまま帰宅する。そんな毎日の繰り返し。

今は1月で、この時期になると受験が近くなり、普通なら志望してる高校に入るべく必死に勉強するのだが、雪斗は既に剣道部の功績による推薦が決まり、後は卒業を待つのみ。

今日も本来なら学校に来る予定は無かったが、顧問の先生から高校に入る前に少しでも練習しておけと言われ、雪斗自身も自分を鍛えるいい機会になる為、特に断らなかった。

竹刀を入れたバックを肩に下げながら、校舎の近くにある剣道部の道場に入ると、見知った顔がそこにあった。

 

「雪斗君!」

 

雪斗に声を掛けてきたのは、同じ剣道部の部員であり、雪斗と同じで推薦が決まっている桐ヶ谷直葉だった。

彼女も雪斗と同じく練習に来てたようで、既に剣道着に着替えて、道場の床に正座していた。

 

「直葉も練習か?」

 

「うん、顧問の先生に言われてね」

 

「そうか」

 

そう言って、雪斗は着替え室に行き、制服から剣道着に着替えると、そのまま直葉の隣に座った。

 

「剣道部のエースも、こういう練習に来るんだ」

 

「既に推薦が決まっているとは言え、進学先は強豪校だ。入学した後で付いてこれないってなったら笑い話にもならない」

 

「そうだね。私も雪斗君と同じ高校に行くんだし、気を引き締めないと」

 

そんな会話をしていると、直葉が提案してきた。

 

「ねぇ、雪斗君。せっかくだし、先生が来るまでにひと試合してみない?」

 

「・・・あぁ、構わない」

 

特に断る理由はないので、勝負を受けることにした雪斗。

お互い防具や面を身に付けて、正面を向き合いながら一礼して竹刀を構える。

両者一歩も動かず、相手の出方を待つ。

しばらく無音の時間が続いたが、先に動いたのは直葉だった。

 

「やぁぁぁぁぁぁ!」

 

竹刀を振り上げ、雪斗の面を狙うが、雪斗は竹刀を前に出して防ぐと、カウンターで直葉の小手部分を狙う。

咄嗟に振り下ろした竹刀を上げて、ギリギリの所で防いだ直葉は一度距離を取る。

 

「(流石ね。竹刀を振る早さも反射神経も他の子と全然違う)」

 

直葉は今年の大会で全国ベスト8入りを果たしており、かなりの実力者なのだが、大会の成績だけ見れば、目の前の少年は自分よりも上だ。

一点たりとも油断できない相手だと認識しながら、直葉は全力で挑みに掛かる。

得意技の小手面を仕掛ける直葉に対して、雪斗は腕を引いて小手を躱し、続く面を竹刀でいなすと、直葉の面を狙い、彼女はそれを竹刀で防ぐ。

両者レベルの高い打ち合いを何度も繰り返していき、このままでは埒が明かないと痺れを切らした直葉は、強引に鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

「(よし!これなら・・・!)」

 

チャンスだと考えた直葉は、鍛えた足腰に力を入れて、雪斗の竹刀ごと両手を上に上げた。

その隙を逃さず、がら空きとなった胴を狙う。

 

「どぉぉぉぉぉぉぉう!」

 

気迫の籠った叫びと共に振られた竹刀は、次の瞬間、雪斗が後ろに小さく飛んだことで、彼から数センチ手前で空振った。

その瞬間、直葉は雪斗の狙いに気づいた。考えて見れば、鍔迫り合いの時、彼は一向に力を入れてる様子はなく、いとも簡単に隙を見させた。それも全て、この瞬間の為にわざと見せたのだと。

しまったと気づいた時は既に遅く、雪斗は鋭い一撃を直葉の面に叩き付けた。

 

「面っ!!」

 

強烈な竹刀の一撃が直葉の頭を打つ。

面を付けているとはいえ、その一撃はかなり重く、打たれた頭部は痛みを感じ、意識が飛びそうな感覚が直葉に襲い掛かる。

フラフラとしながらも何とか体を支えようとするが、中々上手く動くことができず、思わず倒れそうになった瞬間、誰かが直葉の腕を掴んで、彼女を支えた。

 

「すまない。強く打ち過ぎた」

 

「だ、大丈夫。ありがとう・・・」

 

礼を言いながら彼の手を借りて、何とか踏みとどまった。

やがて痛みも治まり、普通に話せる状態になったところで、お互い防具を外して、正面を向き合う。

 

「イヤー、結構いいところまで行ったと思ったんだけどなぁ・・・流石、"全国大会一位"の凄腕剣士様だね」

 

参ったと言わんばかりの顔で喋る直葉。

それに対して、雪斗は何処か不満そうな顔をする。

 

「・・・駄目だ。全然足りない」

 

「え?」

 

「こんなんじゃ駄目だ。俺はもっと強くならないと・・・」

 

全国上位の直葉に勝っても尚、雪斗は満足する様子を見せず、更なる高みを目指そうとする。

そんな彼を見て、直葉は少し心配そうな表情をする。

 

「なんか、雪斗君って結構自分に厳しいね。成績だって、学年の中でも上位なのに、全然満足してる様子を見せないし」

 

「・・・満足するわけないだろ。どれだけいい成績を残そうが、剣道で全国一位になろうが、あの人に勝てない限り俺は・・・」

 

「雪斗君・・・?」

 

険しい顔をしながら話す雪斗のただならぬ雰囲気に、直葉は冷や汗をかきながら気圧される。目標や願望とかそういう夢見がちなものではない。もっとどす黒い憎悪に近いものを彼から感じた。

こちらを怯えるように見つめる直葉の視線に気づいたのか、雪斗はすぐさま顔を戻して床に正座した。

 

「すまない、今のは忘れてくれ。そろそろ先生が来るはずだ。早く座ろう」

 

「う、うん・・・」

 

モヤモヤした気持ちを残しつつも、直葉は雪斗の隣に正座する。

その後、顧問の先生の指導の下、二人は昼休みまで練習に励んだ。

 

 

 

 

本田小春は今日もまた、病院に来ていた。

今週で既に4回程行っており、周囲から見れば行き過ぎだと思われるが、そんなもの彼女は気にしない。

春斗がいつ目覚めるかなんて保証はない。それでも、彼がいつか目覚めた時、誰よりも早く傍にいたいから。この想いだけは絶対に譲れなかった。

受付を済まし、春斗の病室に向かっていると、廊下で見知った顔を見つけた。

 

「あ、雪斗君」

 

反対側から歩いてくる雪斗を見つけた小春は、彼に声を掛けると、彼も小春に気づいた。

 

「こんにちは、本田さん。今日も兄さんのお見舞いに来たんですか?」

 

「うん、私にできることはそれだけだから・・・」

 

そう言って、顔を俯かせる小春。

兄と彼女の関係は雪斗も知っている。SAOで一緒に戦い、ゲーム内とはいえ結婚までしたと知った時は、流石の雪斗も驚いたが、SAOで二年間兄を支えてきたその姿は、兄のパートナーに相応しいと言えるだろう。

そんな彼女が、パートナーである兄の帰りを未だに待ち続けることがどれだけ辛いことなのか。

彼女の気持ちを察しつつも、いつまでも突っ立ている訳にはいかず、雪斗と小春は共に歩き、春斗の病室に向かう。

病室に入ると、相も変わらずナーヴギアを被ったままベットに眠り続けている春斗。

そんな春斗を二人は黙って見つめていると、雪斗が小春に問いかけてきた。

 

「あの、本田さん。一つ聞いていいですか?」

 

「うん?何かな?」

 

「兄さんは・・・SAOではどんな感じの人でしたか?」

 

その問いに、小春は少し悩んだ素振りを見せながら答える。

 

「誰よりも優しくて、困った人がいたらすぐ助けに行ってね。攻略組でもトッププレイヤーとして、最前線で戦ってたよ。皆を助ける勇者みたいな人。少なくとも、私はそう思っている」

 

本人に言ったら否定されるけどね、と笑みを浮かべながら語る小春。

それを聞いた雪斗は、何故か顔を暗くした。

 

「そうですか・・・やっぱり、仮想世界でもあの人は常に光を浴びていたんですね」

 

「どういうこと?」

 

「リアルでも同じってことですよ。俺の兄さんは、いつも学年トップの成績で運動神経も高かった。あらゆる分野でトップを取り続けて、間違いなく天才と言える人だった」

 

「そ、そうなの?」

 

パートナーの知られざる能力の高さに驚愕する小春。

前々から能力は高いと思っていたが、学力は学年トップを取り続けて、運動神経も全ての分野で好成績。正に天才という言葉に相応しい人物だ。

まさか、自分のパートナーがその言葉に当てはまる人物だったとは思っていなかった。

 

「それもあって、周りからは常に頼りにされていました。近所でも兄さんの事も称賛する声が多く、ちょっとした有名人でもありました。勉強、スポーツ共に高く、困っている人がいればすぐさま駆け寄り、救いの手を差し伸べる。正に皆のヒーローのような存在。だけど・・・」

 

そこで雪斗は、怒りを含んだ声で小さく叫んだ。

 

「俺は一度たりともあの人をそんな風に思ったことは無かった・・・!」

 

「え・・・?」

 

突如怒りの感情を出した雪斗に、小春は困惑する。

能力が高く、周りからも頼りにされる兄。そんな兄に対して、弟は怒りの感情を持っていた。

 

「あの人が有名になっていく度に、弟の俺はいつもあの人と比べられた・・・!どれだけ頑張っても、どれだけ努力しても、あの人は常に先へ行って、その背を追いかけるだけの毎日。同級生だけじゃなく、教師からもお兄さんの弟ならこれぐらいできて当然だと言われ、その度に自分の無力さを思い知らされた。俺はどれだけ頑張っても兄さんには及ばないんだって・・・!」

 

雪斗から語られるのは、彼にとっての苦痛の記憶。

完璧である兄にコンプレックスを抱き、彼は周りの期待に応えようと常に努力した。

しかし、どれだけ頑張っても兄に届くことは無く、何時しか完璧な兄に憎しみの感情を抱くようになった。

 

「俺は今でも、兄さんと戦っている。それは、兄さんがSAOに閉じ込められても変わらない。父さんと母さんは一刻も早く兄さんの意識が戻るのを望んでいるけど、俺にはそれを素直に望むことができない。戻って欲しいと願う一方で、心の奥では、このまま目覚めないで欲しい・・・そう願っている自分がいます」

 

「!?・・・そんな・・・!確かに、今の話を聞いて、雪斗君の気持ちも分からなくないけど・・・それでも家族なんでしょう!?雪斗君はハルトの弟なんじゃないの・・・!?」

 

弟であるはずの雪斗から語られたあまりにも残酷な願いに、小春は悲痛な顔をする。

その問いに対して、雪斗は何も答えなかったが、しばらくして口を開いた。

 

「・・・一旦外に出ましょう。続きはそこで話します」

 

 

 

 

病室を出て、病院にある中庭のベンチに座りながら、雪斗は兄について話し始めた。

 

「兄さんは・・・俺と違って、父さんと母さんから産まれた子供じゃありませんでした」

 

「え?産まれてないって・・・養子ってこと?」

 

小春の言葉に、雪斗は頷く。

そう言えば、以前SAOでハルトが家族と血がつながっていないとハルファスが言ってた事を思い出す。

何故、それをハルファスが知っていたのかは分からないが、あれは本当のことだったのかと小春は思い知る。

 

「俺がまだ4歳の頃、ある日父さんが仕事から帰ってきた時、いつもと違って、知らない子供を隣に連れていました。今日からこの子と一緒に暮らすことになった。そう言って、うちにやって来たのが兄さんでした」

 

当時の出来事を思い出しながら、雪斗は兄と呼ぶ少年と初めて出会った時の事を語る。

 

「初めて会った兄さんは、感情の無い人形のような人でした」

 

「そうなんだ。全然想像付かないね」

 

「皆そう言ってます。普段から笑うこともなく、こっちが話しかけてもあまり反応しない。だけど、俺と遊んだりする時はどうにか笑おうと必死に表情を動かしたり、家の物を壊して、母さんに怒られた時は涙を流そうと何回も瞬きしてました」

 

「何だか、必死に人間を覚えようとするロボットみたいだね」

 

「そうかもしれないですね。体は一応人間みたいですけど・・・まぁそれは置いといて、そんな風に毎日過ごして、一年経ったら感情の出し方を覚えたのか、楽しいことがあれば笑って、悲しいことが涙を流すようになりました。その頃になると、兄さんは小学校に入学して、ちょっとした有名人になりました。学校の成績は高く、運動神経もある。生活態度も良くて、困っている人がいたら助ける。正にクラスの人気者でした。交友関係も最初こそあまり友達はいなかったけど、一年後には色んな人と関わるようになりました。そんな兄さんを見て、最初は俺も尊敬して、憧れていました・・・」

 

そう言って、顔を俯かせる雪斗。

最初は彼も春斗に悪い印象は無かったみたいだが、彼の様子を見ると、そんな感情も次第に薄れていったのかもしれない。

 

「俺が入学した後、クラスではこんな噂が早くも出始めました。成績優秀、スポーツ万能な正に完璧な人間。そして、俺がその完璧人間の弟だと知った途端、同級生や上級生、教師から一斉に声を掛けられました。最初は嬉しかったけど、次第に兄さんと比較されるようになって・・・何時しか、俺は優秀な兄の弟として見られるようになっていました。テストで良い成績を取っても、誰も俺を褒めることはしない。皆口を揃えて言うのは、あの人の弟なんだから当然とか、それぐらいできて当たり前とか、そんなことばかり。その度に俺は自分が嫌になって・・・気づいたら、兄さんの事を妬ましく思うようになっていました・・・」

 

春斗に対して悪感情を抱くようになったきっかけを語る雪斗。

それでも、このままではいけないと彼なりに考えていた。

 

「このまま兄さんと比較されるのは御免だった。そう思って、小4になった頃、俺は剣道を始めました。丁度近所に剣道の道場があって、そこに通うことを決めたんです。練習は大変でしたけど、兄さんに少しでも追いつくには、これしかないと思って死ぬ気で練習しました。その甲斐もあって、俺は大会で優勝できるレベルまで成長することができました・・・だけど、始めて一年が経った頃、兄さんが剣道を始めました」

 

「え!?それは・・・どうしてなの?」

 

「・・・兄さんが剣道を始めた真意は分からなかったです。けど、これはチャンスだと思った。自分は剣道を一年もやっていて、兄さんは竹刀どころかおもちゃの刀すら振ったことのない初心者。これなら兄さんを超えれる。だけど・・・兄さんが始めて一ヶ月が経った日、俺は試合で兄さんに・・・負けた」

 

「!?」

 

その言葉に、小春は驚きを超えて絶句する。

まさか、始めてひと月しか経ってない素人同然の春斗が一年以上もやっている雪斗に勝つなんて、彼には申し訳ないが、とても信じられなかった。

しかし、雪斗は暗い顔で実際に起きたことを語っていく。

 

「圧倒的だった。初めて竹刀を握って、たった一ヶ月しか経っていないのに、兄さんは初心者とは思えないほどの技術と才能を持っていました。俺は何としても一本を取ろうと必死になって立ち向かった。けど・・・気づいたら、俺は床に倒れていて、兄さんが俺を見下ろしていた。その瞬間、俺が今まで積み上げてきたものが全て崩れたような気がした・・・」

 

その時の事を思い出したのか、雪斗の顔は悔しさと怒りに満ちていた。

 

「剣道は俺の全てだった!あの人に勝ちたい、その想いで初めて、一年以上も死に物狂いで練習して、大会でも優勝するくらい強くなったのに、それをあいつはたった一ヶ月で壊した!最早天才を超えて化け物ですよ。あの人は・・・!」

 

「そんな!そんなことは・・・!」

 

小春は必死に否定しようとするも言葉が出ない。それを否定してしまえば、彼が今まで積み重ねてきた努力を否定する事になるからだ。

そんな小春の葛藤を感じたのか、雪斗は自虐めいた笑みを浮かべる。

 

「本田さん、雪は所詮春には勝てないんですよ。どれだけ大量に積もろうが、結局最後には春の日差しに溶けて消えてしまう・・・俺たちも同じなんです。どれだけ努力して積み上げていこうが、結局最後は兄さんがいつも上を行く。俺はいつだって、あの人の影だった」

 

そう言って、雪斗は空を見上げる。

彼の目には一体何が映っているのか、小春には想像できなかった。

きっと彼は想像を絶する程の苦痛を味わってきたのだろう。

大切な人が誰かに憎まれているのは悲しい。だけど、雪斗の気持ちも分からなくない。

兄弟姉妹がいない自分では、その痛みを全て理解することはできなかった。

 

「すみません。せっかくお見舞いに来てもらったのに、こんな話を聞かせてしまって」

 

「・・・・・・」

 

小春に一言謝罪して、雪斗は立ち上がった。

 

「俺はそろそろ行きます。本田さんはどうします?」

 

「私は・・・もうちょっとここにいるよ」

 

「そうですか。では、俺はこれで・・・」

 

そう言って、去ろうとする雪斗に、小春は咄嗟に立ち上がって問い掛けた。

 

「待って!雪斗君はハルトを憎んでいるんだよね。それなら、どうして今もこうしてお見舞いに来てるの・・・?」

 

振り返った雪斗は、澄んだ悲しそうな目をしながら答えた。

 

「俺にも分からないんです。本田さんの言う通り、あの人の事なんて嫌いなのに、週に1、2回は病院に通っている自分がいる。純粋に兄さんの目が覚めるのを待っているのかもしれないし、兄さんがこのまま衰弱死するのをこの目で見るためなのかもしれない。その答えは・・・今はまだ見つかっていません」

 

そう言い残して、雪斗は今度こそ去っていった。

残った小春はベンチに座り直した。

今聞いた話は、あまりにも残酷で辛い過去だった。

それでも、そんな壮絶な過去を聞かされても尚、雪斗が兄に向ける思いは憎しみだけなのだろうか。

 

「(ハルト・・・こんな時、あなたはどうするの・・・?)」

 

思い浮かべるのは、先程話した少年の兄であり、自分のパートナー。

もし、弟が自分に憎しみを抱いていると知ったら、彼はどうするのだろうか。或いは、既に知っているのかもしれない。

どちらにせよ、自分だけではどうにもならない現状に胸が締め付けられそうになったその時、誰かに声を掛けられた。

 

「あれ?もしかして・・・コハルか?」

 

声がした方に振り向くと、黒い髪にこれまた黒いジャンバーを着ている自分と同い年くらいの少年が立っていた。




・桐ヶ谷直葉
原作主人公キリトこと桐ヶ谷和人の妹。剣道の腕は確かで、全国ベスト8入りを果たしている凄腕剣士。本作では、同級生で自分よりも強い剣士である雪斗がいるおかげで兄に対する好意は'若干'無くなっている(あくまで若干ですので)。

・お互い名前呼びの雪斗と直葉
中学一年の頃から三年間同じ剣道部の仲間として一緒に戦ってきた二人。気づいたら、名前で呼び合うようになっていました。どっかの眼鏡が二人が名前で呼び合う様子を(陰からコッソリ)見て涙を流したとか・・・

・成績は常に学年トップで運動神経抜群の春斗
実はリアルだとめちゃくちゃチート野郎だった春斗。こんなチート主人公、SAOどころか他の二次創作でも中々いないと思います。

・中学の剣道全国大会一位の雪斗
何気に凄いことをやり遂げています。これに勝てる春斗はいったい何者なんだ・・・

・嫌悪の理由
優秀な兄に嫉妬する弟。バンドリで言うさよひな姉妹(初期の頃のみで現在は和解済み)の逆バージョンと言ったところです。


ただでさえ、兄と比べられてたのに、兄に勝つために始めた剣道ですら兄に勝てなかったら(しかも、雪斗が一年以上やってるのに対して、春斗は始めて一ヶ月しか経ってない)、そりゃあ憎しみを抱きますわ。
最後に登場したのは、いったい〇リトなんだ?


・どうでも良くない小話
裏攻略会議in仙台の抽選に当選しました!!!一日限りのSAOライフ、全力で楽しみたいと思います!


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ep.2 渦巻く悪意

メリークリスマス!というわけで、私からのクリスマスプレゼントという名の投稿です。
今回はフェアリィ・ダンス編のサブのオリキャラ登場します。


「もしかして・・・キリトさん?」

 

声を掛けてきた黒髪の少年を見て、パートナーの親友である少年の顔と一致した小春はそう聞き返した。

 

「あぁ、桐ヶ谷和人。向こうでは、キリトって名乗ってたな」

 

そう言って、キリトこと桐ヶ谷和人は小春に笑みを向けた。

 

「驚いた。キリトさん・・・じゃなくて、和人さんもこの病院に?」

 

「まぁな、ちょっとお見舞いに・・・」

 

「お見舞いって・・・ハルトのですか?」

 

「え?ハルトの奴、ここに入院してるのか?」

 

「? はい、あの世界から帰ってきたはずなのに、いつまで経っても目が覚めなくて・・・」

 

「そうか。あいつもなのか・・・」

 

何やら深刻な顔をする和人に、小春は疑問符を浮かべる。

しばらくすると、「付いて来てくれ」と言われ、歩き出した和人に付いていく小春。

和人が向かった先は、別の病室だった。

中に入り、ベットに眠っていた人物を見て、小春は驚愕の表情となる。

 

「アスナ!?」

 

ベットに眠っていたのは、SAOでコハルの友達であり、「血盟騎士団」の副団長を務めていたアスナこと結城明日奈だった。

驚く小春に、和人は説明する。

 

「彼女もずっとこんな感じなんだ。あの時、SAOはクリアされたはずだった。だけど、アスナのように未だに目が覚めないプレイヤーが300人くらいいてな。まさか、ハルトの奴も同じ状態になって、しかもアスナと同じ病院に入院してるとは思わなかったよ」

 

そう説明する和人の表情は暗い。

きっと彼も自分と同じ想いをしているのだろう。大切な人が目を覚まさず、何もできない己の無力さを嘆くしかない毎日を過ごす。

お互い言葉を発さず、暗い雰囲気が続いたが、ふと扉が開き、二人の男性が病室に入ってきた。

 

「来ていたのか桐ヶ谷君・・・おや?こちらのお嬢さんは・・・?」

 

「こんにちは結城さん。彼女は本多小春さん。向こうではコハルって呼ばれていたプレイヤーです」

 

入ってきた男性のうち、恰幅の良い初老の男性と親し気に話す和人。

気になった小春は、和人に男性の事を問い掛ける。

 

「和人さん。この人は・・・?」

 

「この人は結城彰三さん。アスナのお父さんだ」

 

「アスナのお父さん!?」

 

驚きながらも、小春は明日奈の父親である彰三に挨拶する。

 

「は、初めまして、本田小春です!娘さんとはSAOで一緒に戦った仲間で、かけがえのない友達でした」

 

「よろしく本田さん。そうか、君が桐ヶ谷君が言ってた明日奈の友人・・・明日奈は真面目だが人付き合いが苦手な娘でね。あまり友人もいなかった。そんな娘と友人になってくれた事、とても感謝しているよ」

 

「いえいえそんな!明日奈さんには、いつもお世話になってばかりでしたので・・・ところで、そちらの人は?」

 

そう言って、彰三の隣にいる眼鏡をかけた男性に視線を向ける。清潔感のあるスーツを身に纏い、人が良さそうな感じの男性だ。

 

「桐ヶ谷君も彼とは初めてだね。うちの研究所で主任をしている須郷君だ」

 

「須郷信之です。君達の話は社長から聞いています。英雄キリト君に勇者ハルト君のパートナーであるコハルさん」

 

「本田小春です。よろしくお願いします須郷さん」

 

「・・・桐ヶ谷和人です。よろしく」

 

微笑みながら自己紹介する須郷に対して、普通に言葉を返した小春と違い、和人は素っ気なく返事すると、視線を彰三の方に向ける。

その視線に意味に気づいた彰三は、申し訳なさそうに話す。

 

「すまないね。SAOサーバー内部でのことは口外禁止だったんだが・・・彼は私の腹心の息子でね。昔から家族同然の付き合いなんだ。話しているうちに、気が緩んで喋ってしまった」

 

「社長、そのことなのですが、あの話を正式に進めてもよろしいですか?」

 

「そうか・・・しかし、君はいいのかね?君はまだ若い、新しい人生だって歩めるはずだ・・・」

 

「僕の決意は昔から決まっています。明日奈さんが今の美しい姿のうちに、ドレスを着せてあげたいのです」

 

「・・・そうだな、そろそろ覚悟を決めないといけない時期なのかもしれないな」

 

話を進める二人に対して、傍で聞いてた和人と小春は話の流れに付いて行けず、呆然としていた。

しばらくすると、彰三が二人の方に視線を向けた。

 

「私はこの後会議があるから先に失礼させてもらうよ。桐ヶ谷君、本田さん、また会おう」

 

そう言って、彰三は病室から出ていった。

静かになった病室で、須郷はベットに左側に移動し、二人と向かい合うように立った。

 

「君はあの世界で明日奈と暮らしてたんだって?」

 

「え?あ、あぁ・・・」

 

「それなら、僕と君はやや複雑な関係になるという訳だね」

 

「どういうことですか?」

 

「そうだね。さっきの話の事も踏まえて、君たちに教えてあげよう」

 

そう言って、須郷は明日奈の髪を少々摘まみ上げると、顔に近づけてスゥーと匂いを嗅いだ。

 

「ひっ!」

 

「!?」

 

その仕草に、小春は思わず小さな悲鳴を上げ、和人は怒りに満ちた目で須郷を睨んだ。

そんな二人の反応を見て、須郷はニヤリと満足そうに笑いながら口を開いた。

 

「さっきの話はね・・・僕と明日奈が結婚するという話だよ」

 

「「!?」」

 

須郷から告げられた言葉に、絶句する和人と小春。

 

「そんな事ができるわけ・・・」

 

和人が怒りを押し殺した声で言う。もし剣があれば、その場で抜いて、須郷に向けていたかもしれない。

そんな和人を見て、嘲笑うかの様に須郷は言葉を返した。

 

「確かに、本人の意思確認ができない以上、法的な入籍はできない。書類上は僕が結城君の養子に入ることになる・・・実のところ、この娘は昔から僕のことを嫌っていてね」

 

そう言いながら、須郷は左手の人差し指で明日奈の頬に触れた。

それを見て、和人はそうだが、小春も嫌悪と怒りでいっぱいになっていた。ここまで人に怒りを感じたのは初めてだった。

 

「親たちはそれを知らないが、いざ結婚となれば拒絶される可能性が高い。だから、この状況は僕にとって非常に都合がいい・・・」

 

そして、須郷の指が頬からゆっくりと明日奈の唇に近づいたその時、和人が動いた。

 

「やめろ!」

 

和人は素早く須郷の下に駆け寄って、左手首を強く握り締めると、明日奈の顔から引き離した。

須郷は和人の手を振り払い、何事も無かったかのような顔で和人を見る。

 

「・・・あんた、アスナの昏睡状態を利用するつもりか?」

 

「利用?いいや、正当な権利だよ。桐ヶ谷君、SAOを開発したアーガスがその後どうなったか知っているかい?」

 

「・・・解散したと聞いた」

 

「うん、開発費に加えて、事件の補償で莫大な負債を抱えて会社は消滅。そして、SAOサーバーの維持を委託されたのが、結城氏がCEOを務めるレクト。正確には、僕が主任を務めているフルダイブ技術研究部門にだけどね。つまり・・・明日奈や春斗君の命は、今やこの僕が握っていると言っていい。その意味が分からないとは言わせないよ?」

 

「そんな・・・!」

 

「お前・・・!」

 

須郷の言葉に、二人は驚愕し、同時に強い怒りを覚える。

その言葉をそのまま捉えると、この男は明日奈や春斗を含む未帰還者300人の命を人質にして、明日奈との結婚を強引に行おうとしているのだ。

自分に逆らえば、明日奈たちの命はない。逆らう者達をそんな風に脅して・・・

 

「今や僕は、明日奈たちの命を預かる重大な責任を持つ立場にいる人間だ。なら、それくらいの対価は当然だろう。責任が重い仕事には、それ相応の給与が与えられる。社会じゃ常識の話だよこれは」

 

怒りに震える二人に、須郷は聞き分けの悪い子供を論するように言った。その態度すらも、二人の怒りを更に上げるには十分過ぎるものだった。

 

「さて、僕もこの辺で失礼させてもらうよ」

 

そう言うと、須郷は病室の扉の方に歩き出したが、わざわざ歩みを止めて、和人たちにしか聴こえない声で言い放った。

 

「今後、明日奈には関わらないでほしい。結城家との接触も遠慮してもらおう。式は一週間後の一月二十六日にこの病室で行う予定だ。せっかくだし、君たちも呼んでやるよ。何なら、春斗君を呼ぶのもありか。勇者くんもきっと僕たちを祝福してくれるだろう・・・せいぜい、最後の別れを惜しんでくれ。英雄君と勇者の伴侶さん」

 

そう言い残して、須郷は病室から出ていった。

残された二人の間には、須郷への怒りと、どうしようもない虚無感だけが漂っていた。

 

 

 

 

小春たちが病院にいる一方、病院を出た雪斗は、都内にある国立大学の研究室にいた。

 

「――というわけだ。それじゃあ、今日はここまでにしようか」

 

「はい、ありがとうございました。角田(つのだ)教授」

 

自身の研究室で講義を終えた角田プラタールに、雪斗は頭を下げてお礼を言った。

高校に入学するまでの間、雪斗は稀にこの講師の研究室を訪れて、彼の下で(簡単な内容だが)医学に関する知識を学んでいたのだ。

 

「いやはや、雪斗君は物分かりが良くて、教える側としてはスムーズに進んで助かるよ」

 

「いえ、教授の教えが分かりやすいからです。流石、国立大学の医学部の教授です。いつも丁寧にご教示頂き、ありがとうございます」

 

「そうかい?そう言われると、教授として冥利に尽きるよ」

 

事の始まりは一ヶ月程前、プラタールは雪斗の中学校を訪れて、医学に関する特別授業を行った。

と言っても、まだ中学生である彼らに対して、教えれることは限られており、プラタール自身も顔は取り繕ったが、内心はあまりやる気がなかった。

そんな中、ひときわ熱心に講義を聞き、終わった後もプラタールに質問しに来た生徒が一人いた。その生徒こそ、雪斗だった。

話を聞くと、雪斗の母は看護師を務めており、その影響もあって、雪斗自身も医学に興味を持っていたという。本当は兄を超えるための武器が少しでも多く欲しいという想いもあったが、流石にそこまでは言わなかったし、プラタールも知らない。

 

「ところで雪斗君。そろそろ受験の時期だけど、君はもう進学する高校は決めたのかい?」

 

「はい、剣道の強豪校から推薦が来たので、そこに入学します」

 

「ほう・・・となると、将来は剣道の道を進むのかい?」

 

「そうですね・・・実はまだ、明確に決まってません。このまま剣道の腕を極めていくか、母さんや教授みたいに医学の道を進むのも一つの選択肢だと考えています」

 

これからの道を語る雪斗に、プラタールは満足そうに頷く。

 

「まぁ、色んなことに取り込んでいくことは、良いことだと思うよ。僕も大学講師や医師の他に、技術エンジニアの資格とかもいくつか持ってるからね」

 

「それはまた・・・意外ですね」

 

「そうだろう。最近は最先端の技術を使った医術も増えてね。昔と違って、医者も機械に強くなければいけない時代になっているんだ。それに、元々機械系やIT系の仕事にも興味があってね。結局、医師の道を選んだけど、学んだ技術はこうして今も役に立っているからね。一度きりの人生なんだ。色々体験しないと勿体無いだろう?」

 

そう言い切るプラタールを見て、雪斗は思わず感心した。ここまで多角的に様々なことに興味を持ち、挑戦している人は、少なくとも自分は見たことない。

見た目こそやせ細っていて、どことなく胡散臭さを感じるが、知識の豊富さや生徒に対して真摯に向き合う姿勢は、理想の教授に相応しいと言える。

そんなことを思っていると、研究室の扉が開けられ、スーツを着た一人の男性が入ってきた。

 

「副主任、そろそろ会議の時間です」

 

「あぁ、もうそんな時間か」

 

男に言われて、プラタールは席を立つと、視線を雪斗の方に戻す。

 

「さてと、僕はそろそろ行くよ。今は教授の他にレクトのフルダイブ研究部門の副主任を兼任しててね。今も目覚めない300人のSAOプレイヤー、彼らが一刻も早く目が覚めるように、僕も多少無理をしても頑張らないといけないからさ」

 

「相変わらず大変ですね」

 

「まぁね。でも、被害者やその家族の苦しみに比べたら、これくらい安いものだよ。聞けば、君のお兄さんもまだ目が覚めてないんだろう?なら、尚更頑張らないと。一刻も早く、兄弟で再会できるようにさ」

 

プラタールはそう言うが、雪斗自身は複雑な気持ちだった。

彼は雪斗が兄に嫌悪の感情を抱いている事を知らない。だからこそ、自身のことを想って、純粋に優しい言葉を掛けるプラタールに、雪斗は罪悪感を覚えた。

 

「それじゃあ、雪斗君。また会おう」

 

そう言って、プラタールは研究室を出ていった。

残ったのは雪斗とスーツの男だったが、プラタールが出ていった瞬間、スーツの男が口を開いた。

 

「随分、馴れ馴れしく喋ってたな。教授に纏わりつく害虫が・・・!」

 

そう言って、雪斗を侮蔑するような顔で睨み付ける男を見て、雪斗はまたかと内心ため息を付いた。

この男、クリム・ガスパーはプラタールを強く心酔しており、今はレクトに勤めているが、大学時はプラタールの下で医学を学び、医師免許を取得した男である。

しかし、プラタールを崇拝するあまりか、プラタールに絡む人間を見下し、敵のように扱うのだ。彼に教えを請いに来ている雪斗に対して、嫉妬混じりの嫌悪を抱いている。

それは、出会って間もない雪斗でも感じ取れるほど露骨だった。

 

「別に馴れ馴れしくしてるつもりはない。プラタール教授から医学を学びたいと思ったから、こうして教えを請いに来ているだけだ」

 

「立場を弁えろと言っているんだ」

 

クリムはビシッと雪斗を指差す。

 

「あの人は偉大なる医師で、あらゆる難病をも治してきた。正に医学の神と言える方だ。お前のような凡人が簡単に話していい方じゃない!分かったら、二度と私たちの下に顔を見せるな!お前如きが、教授に馴れ馴れしくするな」

 

そう言い残して、去っていくクリムを見届けながら、雪斗は面倒だと言わんばかりの顔で呟いた。

 

「めんどくさい男に睨まれたな・・・」

 

はぁーとため息を吐きながら、雪斗はこの後の予定を確認する。

 

「この後は確か、向こう(・・・)で2パーティー合同で狩りに行く予定だったな。シグルドの奴と一緒に行動するのは面倒だが、あいつらもいるしな。仕方ないか・・・」

 

そう言って、再度ため息をつく雪斗だった。




・須郷信之
SAOの中でも上位を争う程のクズキャラ。正直、アサダサン!で有名な新川君よりもこいつの方が数倍気持ち悪い。今作でも変わらず、クソ眼鏡と化するつもりです。

・角田プラタール
サブのオリキャラその1。見た目は「グランブルーファンタジー」のアイザック。CVもアイザックと同じ鳥海浩輔。日本人とアメリカ人のハーフ。都内の国立大学の医学部の教授であり、今はレクトのフルダイブ技術研究部門の副主任として働いている。前に特別授業で雪斗の中学校に来て授業を行い、自身の講義を熱心に聞いてた雪斗を気に入り、時より自身の研究室に彼を招いて、特別講義を行っている。

・クリム・ガスパー
サブのオリキャラその2。見た目は「機動戦士ガンダムUC」のアンジェロ。CVもアンジェロと同じ柿原徹也。名前が外人だが、国籍は日本。レクトのフルダイブ技術研究部門の一員で、大学ではプラタールの研究室に所属していた。幼い頃、交通事故にあい、生命の淵を彷徨っていたところプラタールに救われ、彼を心酔するようになる。そのため、時よりプラタールに教えを請いに来る雪斗を教授に近づく害虫とみなし、激しく嫌悪している。


今回登場したオリキャラ達のモチーフ等は私のTwitter(x)で見れますので、よろしければそちらもどうぞ。
次回でフェアリィ・ダンス編の投稿は一旦休止します。


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ep.3 アスナの行方

何とか間に合いました。これが今年最後の投稿です。


病院を出た後、小春は気がついたら自分の家に着いていた。どんな気持ちで帰ったのかは覚えてない。

家の中に入ると、すぐさま自分の部屋のベットに倒れ込んだ。

 

「(私は・・・どうしたらいいの?)」

 

今日は色々なことがありすぎた。

パートナーの弟が彼の事を恨んでいること、SAOで友達になった少女が自分のパートナー同様未だに目覚めず、更には婚約者を名乗る男と一方的な結婚をする。

こんなにも大変なことが次々と起きているのに、何もできない自分に無力を感じ、小春は涙を流した。

こんな時、ハルトがいれば、自分に寄り添い、助けてくれるのだが、彼は今ここにはいない。

 

「ハルト・・・助けてよ・・・!」

 

それでも、小春はパートナーに助けを求めた。

例え来ないと分かっていても、今の彼女には、それしかすることができなかった。

 

 

 

 

それから何をしてたのか覚えてないが、次に彼女の意識が戻ったのは、次の日の朝だった。

 

「あれ?私・・・」

 

寝起きで鈍くなっている思考を働かせながら、小春は昨日の事を思い出す。

 

「そっか・・・私、いつの間にか寝ちゃってたんだね・・・」

 

思い出した小春は、ベッドから体を起こし、伸びをする。

ふと机の上に置いといたスマホに視線を向けると、画面にメールが受信された報せが表示されていた。

 

「ん?和人さんから・・・?」

 

確認すると、和人からメールが届いていた。

メールを見ると、写真の添付ファイルが付いている。

何だろうと思いながら開いてみると、大きな鳥籠のようなものが写っていた。

よく見ると、その鳥籠の中には人がいて、その人物を見た小春は驚愕の表情となる。

 

「え?アスナ!?」

 

写真を何度見返して確認するが、そこに写る人物は間違いなくアスナだった。

しかし、写真に写っているアスナは、どう見ても現実世界にいるようには思えなかった。

服装もリアルでの格好ではなければ、SAOの時の装備を付けているわけでもない。白いドレスを着て、鳥籠の中にいる様は、まるで囚われのお姫様のようだ。

極めつけは、耳が尖っており、背中に透明な羽の様なものが伸びていた。

 

「これはいったい・・・?」

 

困惑する小春だったが、和人のメールには写真の他にも地図が表示されており、東京の台東区御徒町にある店がマーキングされていた。

ここに来いって意味なのだろうか。小春はひとまず家を出て、マーキングされた場所に向かった。

 

 

 

 

「ここで・・・いいんだよね?」

 

和人から指定された店の前に立ち止まる小春。扉に付けられた店の飾り看板には《Dicey Cafe(ダイシーカフェ)》と書かれていた。

扉を開けて中に入ると、和人ともう一人、見知った顔がいた。

 

「あなたは・・・エギルさん!」

 

「おう、コハル!久しぶりだな。リアルでは初めましてだな。アンドリュー・ギルバート・ミルズだ。よろしく」

 

「本田小春です。よろしくお願いします、アンドリューさん」

 

カウンターの席に座り、エギルことアンドリューと握手したところで、和人が話しかけてきた。

 

「無事に着いたみたいだな」

 

「和人さん。どうして、この店に呼んだんですか?」

 

「ここは俺の店でな。ここの方が色々話しやすいからキリトに場所を提供したんだ」

 

「そうだったんですね」

 

「エギル。そんな事よりさっきの写真について説明してくれ」

 

和人は先程小春に送った写真の事について聞き出した。

それを見た小春は、あの写真はアンドリューが見つけたものだと察した。

 

「あの写真、アンドリューさんが見つけたんですか?」

 

「あぁ、そうだ。だが、写真の前に、まずはこれの説明からだな」

 

そう言って、アンドリューはゲームソフトのパッケージを置いた。

 

「これはゲームか?」

 

「アミュスフィア。ナーヴギアの後継機で、俺たちが向こう側にいる間に発売されたんだ」

 

「じゃあ、このゲームはSAOと同じVRMMOなんですか?」

 

小春の言葉に頷くアンドリュー。一方、和人はパッケージを眺めたまま黙っている。

ゲームのタイトルは、英語で《ALfheim Online》と書かれていた。

 

「アルヴヘイムと発音するらしい。妖精の国っていう意味だとさ」

 

「妖精・・・」

 

アンドリューの説明を聞きながら、小春もパッケージに目を移した。

イラストには背中に妖精のような羽を生やした男女二人が夜の満月を見上げていた。

パッケージを一通り見終えた和人がアンドリューに問い掛ける。

 

「妖精・・・もしかして、まったり系か?」

 

「いや、そうでもなさそだぜ。どスキル制、プレイヤースキル重視、PK推奨」

 

「どスキル制?なんだそれ?」

 

「レベルが存在せず、各種スキルが反復使用で上昇するだけで、戦闘は全てプレイヤーの運動能力に依存する」

 

和人の質問に答えると、今度は小春から質問させる。

 

「PK推奨ってどういう意味ですか?随分物騒ですね」

 

「プレイヤーはキャラメイクで色んな種族を選べるが、違う種族間ならキルもありなんだとさ」

 

「そりゃあ、ハードだな」

 

「ソードスキルは無いが、魔法があるSAOって言ったところだな。けど、こいつが今大人気なんだと。理由は飛べるからだ」

 

「飛べる?」

 

その言葉に疑問を浮かべる和人と小春。

 

「妖精だから羽がある。フライト・エンジンとやらを搭載してて、慣れると自由に飛び回れる」

 

「へぇー、それは凄いな。羽はどうやって動かすんだ?」

 

「さぁな。だが、相当難しいらしい」

 

「そりゃあそうさ。人間には存在しない羽を動かすんだ。背中の筋肉を使うのかな?それとも――」

 

「和人さん、羽についてはその辺にして、そろそろ本題に入りましょう?」

 

燃え上がりそうになった和人のゲーマー魂を小春が鎮火させた。

我に返った和人は、コーヒーを飲んで心を落ち着かせると、このゲームと写真の関連性について聞き出した。

 

「それでエギル、このゲームとあの写真に何の関係があるんだ?」

 

アンドリューはカウンターの下に手をやり、二枚の写真を出した。

 

「似てるだろ?」

 

「はい、少しブレてますけど、顔も体もアスナにそっくりです」

 

「早く教えてくれ。これはどこなんだ?」

 

「ゲームの中だよ。アルブヘイム・オンラインのな」

 

そう言って、アンドリューはパッケージを裏返した。

ゲームの内容や画面写真が細かく配置されており、中央には世界の俯瞰図と思われるイラストがある。

アンドリューはその俯瞰図の中心に描かれている一本の大樹を指差した。

 

「世界樹と言うそうだ、プレイヤーは9つの種族に別れて、どの種族が一番最初にこの樹の上にある城に辿り着くのか競ってるんだと」

 

「飛んでいけばいいじゃないか?」

 

「それがそうもいかない。飛行には滞空時間ってのがあって、無限には飛べないらしい。んで、体格順に5人のプレイヤーがロケット式で飛んでみた」

 

「それはまた・・・凄いと言うべきなんでしょうか・・・」

 

「馬鹿だけど頭良いなそいつ」

 

どう反応すればいいのか困惑する小春に対して、和人は素直に感心した。

 

「それでも、ギリギリ到着できなかったみたいだが、5人目のプレイヤーが証拠にしようと何枚かの写真を撮った。その一枚に奇妙な物が写り込んでいた。枝にぶら下がっている巨大な鳥籠がな」

 

「鳥籠・・・」

 

「そいつを解像度ギリギリまで引き伸ばしたのが、これってわけだ」

 

「でも、なんでアスナが・・・」

 

疑問に思いながらも、和人はもう一度パッケージをよく見る。

すると、小春がある部分に気づいた。

 

「和人さん!このメーカーって!」

 

「レクト・プログレス・・・」

 

このメーカー名を見た二人は、先日須郷が言っていた言葉を思い出す。

須郷は現在SAOサーバーを管理する立場にいる。そして、その須郷が勤めている会社が運営しているVRMMOで見つかったアスナと思わしき人物。

もしかしたら、レクトとALOには何か深い繋がりがあるのかもしれない。そう思うと、和人は怒りを感じた。

 

「エギル、このソフト貰っていいか?」

 

「構わないが・・・行く気なのか?」

 

「あぁ、この目で確かめる」

 

「そうか・・・コハルはどうする?」

 

「私も行きます。もしかしたら、ハルトやまだ目が覚めてない人達もこのゲームの中にいるかもしれませんし」

 

「そう言うと思って、何本か買っておいたぜ。お前やハルトなら、絶対に行くと思ってたからな」

 

アンドリューはカウンターの下から何個かのソフトを出した。そのうちの一個を小春は受け取る。

 

「俺は家に帰って、早速ログインしようと思う。コハルはどうするんだ?」

 

「当然、私もログインします。そこにアスナがいるなら一刻も早く助けなきゃ──って、その前にどうやってログインするんですか!?私、ゲーム機持ってないですよ!」

 

「た、確かに・・・ハードを買わないといけないな」

 

「でも、このアミュスフィアってハード、かなり高そうですよね。お金を用意するのに時間がかかりそう・・・」

 

小春が金銭面等の問題に懸念してると、アンドリューが口を開いた。

 

「それは大丈夫だ。こいつはナーヴギアで動くぞ。アミュスフィアはナーヴギアのセキュリティ強化版でしかないからな」

 

「そっか・・・よかった。それじゃあ、和人さん。一緒に行きましょう!」

 

「あぁ、アスナを助けよう」

 

「一応忠告しとくが、ナーヴギアは今でも安全とは限らねぇ。それでも、もう一度あれを被れるのか?」

 

こちらを気遣うような態度で問うアンドリューに、小春は真剣な表情で答えた。

 

「怖くないって言えば、噓になります。でも、大切な人達がそこにいる可能性が少しでもあるのなら、私は迷わずそこに行きます。伸ばさなければ、手は届きませんから」

 

「そうだな。それに、死んでもいいゲームなんて、ぬる過ぎるぜ」

 

「・・・そっか。必ずアスナを助け出せよ。アスナがいて、ハルトの奴も戻ってこなきゃ、俺たちのSAOは終わらねぇ」

 

「あぁ、いつかここでオフをやろう」

 

「楽しみにしてください」

 

アンドリューとオフ会の約束をして、二人は店を出る。

その後、和人と別れた小春は、家に戻ると、部屋の一番上の棚に置いてあるナーヴギアを手に取った。

 

「ナーヴギア・・・」

 

嘗てこれを被った時は、未知の仮想世界や大切なパートナーとの再会に想いを寄せて、ワクワクしながら被った。

だけど、今はそんな気持ちは一切ない。もしこれを被ったら、またあのデスゲームの世界に飛ばされるかもしれない。自分の命に関わるような事件に巻き込まれるかもしれない。

それでも、これを被った先に、友達や大切なパートナーがいる可能性が少しでもあるのなら・・・

 

「お願い、今だけ力を貸して」

 

決意を固めた小春は、ALOのソフトをセットすると、祈るようにナーヴギアを頭に被った。

 

「リンクスタート!」

 

そう言うと、小春の意識はゲームの中に飛び込んでいった。




ハルトやコハル、オリキャラ達のリアルでの呼び方は、基本的にリアルの名前で呼びます。プライバシーは大事ですので。
次回から本格的にフェアリィ・ダンス編に突入しますが、前に宣言した通り、ALOダイブまで書いたらハイ魂(「ハイスクールD×D 銀ノ魂を宿し侍」)の執筆を再開させるので、「ソードアート・オンライン IF(アイエフ)」はここで一旦休止します。
再開はハイ魂の第四章が終わってからを予定しておりますので、気長に待っていただけたら幸いです。
また、アンケートの結果とSAOIFルートに関しては、活動報告に書いてあるので、こちらのリンクからどうぞ。


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