BloodBorne -dreamdust- (宇佐木時麻)
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悪夢の始まり/BeginsNightmare

 逢魔が時。

 日は地平線に沈み微かな夕焼けが辺りを照らす中、男はくたびれた革コートと旅行鞄を引きずるように重い足取りで歩いていた。

 その瞳には生気が宿っておらず、まるで生きる屍のようだ。歩みを進める足は重く、今にも消えてしまいそうな様子だった。

 

「……これで最後の望みも絶たれたか」

 

 生気と共に吐き出したような疲れ切った声にはもはや、絶望に染まっていた。男は急に立ち止まると、男の手から鞄が零れ落ちるのと同時に男は何度も咳き込み出し、やがて手で口を抑えながら膝を地面に付き身体を丸めながら咳の波が去るのをただ待ち続けた。

 数分が経過し、ようやく咳の波が去ったことを荒々しい呼吸を繰り返しながら確認し、口元を抑えていた手を外す。

 その掌に目を落とせば、そこに広がるはどす黒い吐血。色は鮮度を失い、肉片の一部が吐血に混ざっている。どう見ても健康な血には見えない。

 まるで死人のようだ、と男は自らが吐き出した血を我ながら汚らしいと自虐的な渇いた笑みを浮かべたのだった。

 

 男が正体不明の不治の病に罹ったのは今から三年前。初めは症状も軽くすぐに治ると楽観視していたが、数日、数週間、数ヵ月経過しても一向に治る気配を見せないどころか症状が時間が経つにつれて酷くなるばかりだった。

 このままでは駄目だと気付いてからは都会の有名な医者の元へ向かった。幸い金には家系から無頓着だったらしく有り余る程残っていたので惜しまず使った。

 しかし、結果は何処も駄目だった。原因不明の不治の病。過去の資料を調べても男と同じ病は見つからず、国境を超え世界各地の有名な医者の情報を探しては向かったが、誰一人その病を治療する事は出来なかった。

 そして今日訪れたこの街の医者こそが、治せる可能性を持った最後の医者だった。

 病は待ってはくれない。病の症状は既に末期に突入しており、死が近づいてきているのが男自身理解していた。

 金で治るのならば全財産を使い込んでも構わなかった。生涯借金を背負い続ける事になろうとも治せるのならば喜んで捧げる覚悟があった。

 だが現実は何処までも残酷だ。男は病に対抗する覚悟はあっても、病を治す手段が無くなってしまった。

 絶望が身体を呑み込む。男は呆然と夕焼けの空を見上げると、ふとある建物が見えた。

 

「……教会か」

 

 男は無気力な身体に微かな力を込めると、千鳥足のようにゆらゆらと揺れながら教会の扉の前に立つと、扉を開けた。

 中には灯りは灯っておらず、窓から差し込む夕日だけが光源である。小さい教会らしく幾つかの長椅子がシンメトリーに並んでおり、右奥には懺悔室らしき小型の部屋が一つ。奥にはこの教会の神らしき石像が置かれていたが、灯りの弱さのせいで薄暗く詳細は分からなかった。

 閉め忘れていたのか、或いは何か用事があったのか、男が入ってきても誰も現れず無人だった。

 男は引きずるような重い足で一番近い長椅子の縁に座り込むと、大きく仰け反った。焦点の定まらない目でしばらく天井を見上げると、零れたのは壊れた笑みだった。

 

「……ハハッ、結局最後は神頼みか」

 

 そんな事、いつもやっている。

 眠るのが怖い。朝目覚めなかったらと思うと不安で震えていた。食事を満足に取ることもできず、五感が鈍っていくにも拘らず内側から蝕むような激痛だけは消えるどころか増幅する一方だ。

 治らなかったらどうしようと何度も考えた。その不安を払拭するために自ら行動を起こしておいた。何かしている間だけは、死の恐怖を忘れることが出来たからだ。

 

 ――ならば、今は?

 

「……はぁ、はぁ、はぁっ、はぁッ……!」

 

 恐怖で息が荒くなり、震えが止まらず歯がカチカチと不協和音を鳴らす。

 何も出来ない。もはや調べ尽した情報が否応なしにも自分の限界を伝えてくる。後出来ることなど奇跡を信じて祈り続ける事くらいだろう。

 それは即ち、逃げる事も出来ずに死の恐怖にさらされ続けるということ。何一つ好転する事無くただ死への処刑台を昇り続けるに等しい。

 恐怖に身体が力み、組んでいた指が先ほど吐血した血なのか内出血したのか、或いは夕焼けのせいなのか死人のように見える。よく見れば肉の一部が腐っているのではないかという想像が恐怖のせいで止まらない。

 恐怖に抗うべく目を閉じて組んだ手の平を太ももの間に置くと、身体を丸めてただじっと恐怖が過ぎ去るのを待つ。

 震えは収まるどころか膨れ上がるばかり。歯が鳴り、動悸は激しさを増し、全てが限界に到達して感情が爆発した。

 

「死にたくない……!」

 

 ここまで本気で思った事があっただろうかと思う程の真摯な神への祈り。それは伽藍堂な教会に響き渡り、

 

 

 

「何やらお悩みのご様子ですね」

 

 

 

 祈りは、届いた。

 

「……ッ!? だ、誰だ!?」

 

 突然の声に男は慌てて立ち上がった。声が聞こえた方を見れば、懺悔室の扉前。そこの扉が開いた隣に神父服を着た男性が佇んでいた。

 突然の人の気配、そして物音一つせず現れた存在に身体が強張る。

 

「失礼、驚かすつもりは無かったのです。あまりこの教会を利用する者はいないのでつい気分が高揚してしまったようで」

 

 苦笑するような神父の雰囲気がするが顔が暗闇でよく見えないため分からない。夕日が先ほどより更に沈んでしまったためか明かりは更に弱まり、そこに居るのが神父服を着た黒い肌の男性という曖昧な情報しか得られなかった。

 

「もしよれけば、告白されていかれては? 貴方の抱えている悩み全てを解決できるとは言いませんが、少しは気持ちが晴れるかもしれませんよ」

「あ、あぁ……」

 

 懺悔室へ促す神父の言葉に、曖昧に頷きながら歩みを進める。

 懺悔室など一度も利用した事は無かったが、死への恐怖と、何より心の奥底まで染み込むような安らぎを感じる神父の声に、気づけば男は懺悔室に入り全てを告白していた。

 不治の病の事、もはや治る見込みがない事、死への恐怖、自暴自棄になって神頼みしていた事。普段ならば心の奥底に隠していただろう弱さを一切隠すことなく男は神父に話していた。

 

「……ふぅ。あの、話を聞いてくれてありがとうございました。少しだけ気分が良くなりました。あっ、あとすいません、別に神様の事を侮辱したかった訳じゃ――」

「えぇ、分かっています。神に祈るのは決意を確かめるため。奇跡を待つのではなく自ら病を治そうとした貴方の意志を私は尊重しますよ」

 

 小さな扉越しに相槌を打ってくれる神父の言葉に、男は自分の全てを見通されているような奇妙な感覚に陥りながら、しかし奇妙な安心感を得ていた。

 

「しかし、不治の病ですか……申し訳ありません、私では貴方の悩みを解決するのは難しいようです。身勝手に懺悔室(ここ)に呼んでおきながら話を聞く事しか出来ない事をお許し下さい」

「いえ、話を聞いてくれただけでも十分嬉しかったです。正直最近は嫌な事ばかり考えてしまって気が滅入っていたので、だいぶ楽になりました。本当にありがとうございます」

「お礼を言われるような事はしていませんよ、私は話を聞いただけですから。……ふむ――」

 

 神父はそう告げると何やら悩むような気配が小さな扉越しに伝わって来る。

 まるで、何かを告げるのを悩んでいるような。

 

「あの、神父さん……?」

「……貴方、今後の予定はありますか?」

「え? い、いえ。尋ねる予定だった医者には全て訪ねたので、とりあえず落ち着いてから今後の事を考えるつもりでしたけど……?」

「そうですか。……もし今後予定が入り次第すぐそちらを優先して下さい。しかしもし次すべき事が見つからないというのでしたら、一つ情報があります」

 

 神父がそう言うと懺悔室の小さな窓が開き、そこから手紙が差し出される。

 男は疑問を抱きながら手紙を受け取ると、中を開く。中に入っていたのは何処かの地図だった。

 

「あの、これは……?」

「噂話程度ですが、遥か東の人里離れた山間に古都ヤーナムと呼ばれる街があるそうです」

「古都、ヤーナム……ですか?」

 

 その名前に、言葉以上の不気味な何かが宿っているようで、男は唾を呑み込む。

 

「えぇ、何でもこの街は古い医療の街であり、この街しかない治療方法が存在するとか。眉唾物な噂ですが、そこに何人も貴方と同じ不治の病に罹った人々が訪れたそうです。ですが、病が治って戻って来た者を知りません。怪しげなのですが、私が知っている情報などこれしかなく申し訳ありません」

 

 向こう側で謝罪する神父の様子を感じ取りながら、男はもう一度地図を見る。

 話を聞くに、確かに怪しさしか感じない。誰一人戻って来なかった所など、普段ならば浅い噂話としか捉えなかっただろう。

 しかし希望を何もかも失った男にとってそれは、暗闇に唯一奔る導きの光だった。

 

「神父さん、ありがとうございます。これから次の目標が無かったので本当に助かりました。もうここまで来たらオカルトでも何でも調べて見ますよ」

「……そうですか。そう言って頂けるとこちらとしても嬉しい限りです。ですが、あまり無茶をしてはいけませんよ?」

「はい、分かってますよ」

 

 男の返事に神父はほっと吐くように息を漏らしたのが聞こえた。

 男は神父に感謝して、次の目的地に向かう為の準備をするために懺悔室の扉に手を付き、

 

「ああ、それと一つ。ヤーナムに着いたなら、」

 

 まるで世間話でもするような優しい声音で。

 

 

 

「青ざめた血を求めよ」

 

 

 

 何処までも染み込むような、例え自分が何者だったのか全て忘れてしまってもそれだけは覚えているような、魂に刻み込まれたような声で。

 男は夢心地のまま懺悔室の扉を開け、ふと気になった事を尋ねた。

 

「あの、最後に一ついいですか? 神父さんのお名前は?」

「私の名前ですか? この教会に務めるただの一神父ですよ。まあ皆様からは、」

 

 懺悔室の扉越しに、神父は薄く笑った。

 

「――ナイ神父と呼ばれています。それでは、貴方に神の御加護があらんことを」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 男の行動は早かった。身支度を済ませると必要最低限の荷物と杖を持って移動を開始した。

 身体を末期の病に侵されている男にとって時間と距離は最大の敵だ。健康者が1時間で登れる坂道も、弱り切った男の身体では半日掛かってしまう。幾ら文明の利器を利用しようとも辺境の地であれば必然的に移動する手段は自らの足となる。

 男は老人と大差ない速度で何度も休憩を挟みながら、それでも諦める事なく目的地へと目指し続けた。

 太陽が日没と日出を繰り返すこと六十回程。時間に変換すれば1ヵ月に等しい時間が経過した頃。

 男は地図に書かれた場所と現在地を照らし合わせて、

 

「ここが、ヤーナム」

 

 ――瓦礫と化した無人の廃街を眺めながら、呟いた。

 

 周囲を見渡しても人が住む痕跡が見られない。数年単位ではなく、少なくとも数百年単位で人が居なくなった事を風化した建物が告げていた。

 

「当然の話か。神父さんも噂話と話していたからな」

 

 ヤーナムを訪れる前に最後にヤーナムの場所を尋ねた集落でも、人が住んでいるという話を聞かなかった。

 騙された、というのはお門違いだろう。こんな法螺話を信じる馬鹿が悪い。もし他人事ならばその人物に酒を奢ってやってもいい程の大馬鹿だ。

 だが男は不思議と後悔はしていなかった。限りある生命と時間を無駄に浪費したにも拘らず、心は穏やかだった。まるでここに来るのが運命だったような、何者かに導かれたような奇妙な錯覚に陥っていた。

 

「また振り出しか。さて、次はどうしたものか」

 

 次の目的を失った男は考える素振りを見せるが、突如抗え切れない睡魔が押し寄せて来た。

 恐らく目的地に到達して緊張の糸が切れた事と今までの疲労が同時に表面上に現れたのだろう。男はとりあえず後の事は目覚めた後に後回しする事にして、傍の瓦礫の山へもたれ掛かった。

 

「少し、少しだけ休もう。そしてその後は――」

 

 何か目的があったはずだ。忘れない、忘れられるはずのない事。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『青ざめた血を求めよ』

 

 

 

 ()()は、自分の声だったのか。誰かの声だったのか。

 男はその真実に気づくことなく眠りへと誘われた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 土地には”力”が宿る。

 神聖な場所には神を連想させる荘厳さが。怨嗟が溢れる場所には果てる事なき呪詛が。

 ならば、現実と夢の境界が曖昧な土地が存在するならば。夢を見た者を「夢見る人」として異界に招き易い土地が存在するならば。

 

 幻夢境(ドリームランド)にこそ――古都ヤーナムは実在する。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ……夢を見ている。

 男はそう感じたのは、余りにも現実感を感じなかったからだ。焦点は合わず、身体にいつも以上に力が入らず、思考が廻らない。

 病室らしき見知らぬ天井に気にも留めない。思い出さなければならない。自分の名前よりも、過去の記憶よりも、何より思い出さなければならない事。

 何もかも朧げな中、声に出てきた言葉は男自身理解できない謎の言葉。

 

『青ざめた血を求めよ』

 

 男がその言葉の意味も分からぬまま、声が聞こえた。

 

「ほう……”青ざめた血”ねえ……」

 

 暗い病室で横たわる男のすぐ傍。ランプの灯りが後光として差しているためはっきりとその姿を見る事が出来ず、片目を包帯で隠した老人という情報しか男の頭に入って来ない。

 一見すれば何処にでもいるただの老人だ。しかし一瞬、男の発した言葉に反応した次瞬。老人の声音に荘厳な気配を感じたのは錯覚か。

 

「確かに、君は正しく、そして幸運だ。まさにヤーナムの血の医療、その秘密だけが……君を導くだろう」

 

 老人は車椅子を揺らしながらゆっくりと近付いて来る。

 

「だが、よそ者に語るべき法もない。だから君、まずは我ら、ヤーナムの血を受け入れたまえよ……」

 

 男は老人の話す内容が理解できない。

 ただ、何をすべきかは理解していた。

 

「さあ、誓約書を……」

 

 男は探している。

 その何かを見つけなければならない。

 例え、その結果が何を齎すのか分からずとも。

 

 老人から差し出された契約書を男はほとんど考える事も出来ぬままただ書かれていた内容と男自身の情報を照らし合わせるように書き込んだ。

 

「よろしい。これで誓約は完子だ。それでは、輸血をはじめようか……なあに、なにも心配することはない」

 

 横たわる男の腕に付けられた管に血が流れていく。何故かこの老人を連想させる輸血液を。

 何もかもが曖昧に成っていく世界で、再び閉ざされていく視界に映る老人を見ながら、男は思う。

 

「何があっても……悪い夢のようなものさね……」

 

 ――ここは現実なのか、夢の中なのか。

 

 閉ざされていく暗闇の中で、その問いに答えてくれる者はいなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 男は夢を見る。

 血の沼から浮かび上がって来た獣が、まるで抱擁するかのように掌の爪を差し出して来た様子を。

 突如獣は燃え上がり、灰色の塵になるまで燃やし尽くされる光景を。

 静寂が包んだ後、まるで身体から這い出たように視界を覆い尽くす無数のクジラ肌の小人達の姿を。

 そして――

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 光という輝きが差し込まない暗闇の中。そこに光源など在るはずが無いのにも関わらず、まるで天井から照明でも垂れ下がっているようにある一部の空間だけを照らされていた。

 そこにあるのは一台の机。机上にはテーブルゲームのように赤の駒が部分ごとに分かれている。駒達の下には名前が書かれており、『ビルゲンワース』『聖歌隊』『メンシス学派』『医療教会』『カインハースト』などと様々な刻まれていた。

 その駒を並べていたのは、黒い肌の神父。神父は何かを確認するように本を読んでいると、コトンと何かが倒れる音がした。

 

「おや?」

 

 神父が顔を上げ机上を見渡すと、一つの駒が倒れていた。神父が手に取るとその駒は他のとは違い、赤色だけではなく黒色と2種類の色に分かれて染まっていた。

 神父は口元に笑みを浮かべると、そっと元々置いてあった場所である『ヨセフカ診療所』と書かれた所に駒を置き、机の対立側の暗闇へ声を掛ける。

 

「ようこそお越し下さいました、此度の舞台へ」

「――笑止。貴様の企みを見過ごすはずなかろう」

 

 暗闇へと投げ掛けたはずの声に対し、返事を返す声がした。気づけば神父と同じように見えない光源に照らされた隻眼の老人が車椅子に腰掛けながら神父の正面に佇んでいた。

 老人の身体は細く皺が深く刻まれおり一見すると脆弱に感じるだろう。しかし残った瞳と声音にはその弱さを感じさせない程の重く荘厳な力強さを感じさせた。

 空気が重くなるほどの威圧感を放つ老人に対し、神父は飄々と何も感じさせない空虚な笑みを浮かべながら手に持つ本を机に乗せ、両腕を広げ首を横に振った。

 

「企みとは失敬ですね。あれ程分かり易いメッセージを付けたではありませんか」

「――此度は何を企んでいる、”混沌”」

 

 瞬間、笑みを浮かべた神父の影が歪んだ。

 ある時は血に塗れた女王の影となり、ある時は四つん這いとなった触手の集合体の影、ある時は半人半機の怪人の影と。神父の影はまるで形を持たないように次々と姿形を変え、やがて全て幻だったように神父の影となった。

 

()()

 

 千の”無貌”は嗤う。

 老人の傲慢さを罵るように、嘗て妨害された出来事を憎悪するように。

 

「この舞台もそろそろ幕を下ろすべきです。ならば最後くらい、新しい風と共に盛大に燃え上がらせるべきでしょう」

 

 そう例えば、と神父は広げていた両手を机の上で組み直して、

 

「眠っている者達が目覚めるような盛大な舞台を。そうは思いませんか、"大帝"?」

「――させると思うか」

 

 刹那、老人の嚇怒に反応するように金、赤紫、紫の光が燦爛と煌めいた。

 老人の影はその輝きに共鳴するように姿を変える。髪と髭を靡かせながら貝殻の形をした戦車を操る老人の影が浮かび上がり、やがて幻のように車椅子に腰掛ける老人の影となった。

 老人の逆鱗を踏み躙るような所業を無貌の笑みを浮かべながら神父は告げる。

 老人にとってすれば決して許せるはずのない使命の否定。神父からすれば忌々しい使命の妨害。故に二人(二柱)は似ていても、協力する事があったとしても、絶対に相反するしかない。

 

 赤と黒の駒は、既に彼らの運命の中に在らず。

 両者の願いを叶える鍵は、既に彼らの手元から離れた。

 

 

 

「青ざめた血を求めよ――眠りを解くために」

「青ざめた血を求めよ――狩りを全うするために」

 

 

 

 月の魔物(ナイアルラトホテップ)は嗤う。

 青ざめた血(泣く上位者の赤子)を手にし、上位者たちの眠り(封印)を解くために。

 

 姿なきオドン(ノーデンス)は睨み付ける。

 青ざめた血(月の魔物)を見つけ、全ての狩りを全うするために。

 

 次瞬、二人(二柱)の姿が舞台での(姿)に変わると、けたたましい嘲笑の声と共に荘厳な雷鳴が木霊した。

 気づけば二人の姿は無く、無人の椅子と車椅子だけが彼らが居た痕跡として残っている。

 揺れる光源と共に、賽は投げられた。

 そして――

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ああ、狩人様を見つけたのですね」

 

 永い夜が、獣狩りの夜が幕を開けた。




皆もブラボ考察しよう!


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