転生したら人間だった件 (叶月桂)
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お別れですね。

 付き合って5年だけど、恋人が大好きだった。

 末っ子気質な私を甘やかしながらも、悪い事をしたらちゃんと叱ってくれる。優しくて、ちょっと意地悪だけどそんな所も魅力的で素敵な人。

 きっとこれから先何十年、私はこの人と生きて行くんだろうと思っていた。二人がおじいさんとおばあさんになっても、仲良く手を繋いで歩んで行くんだと、信じて疑わなかった。

ーーーだからこそ、こんな終わりが許せない。

 

 車のクラクションや甲高い女性の悲鳴と様々な人間の絶叫。

 耳障りな雑音をバックにぼんやりしていると、不意に靴擦れの音と共に影が落ちた。

 

「なに、してるの…?」

 

 ひどく震えた、動揺した声が聞こえる。

 声の主を見ようと首を動かしたが、その景色は変わる事がなく、仕方なく視線だけを動かして彼を見上げる。

 

(良かった…無事だったんだ…。)

 

 咄嗟に突き飛ばしたからだろうか、掌の擦り傷が痛そうだけれど彼はちゃんと無事だった。

 愛する人の無事な姿に安堵し、体から力が抜ける。本当に良かった。

 

(安心したら、今度は自分が痛くなってきたかも…。)

 

 身体中痛くて泣いて叫んで身悶えのたうち回りたいのに、体はぴくりとも動かない。

 痛みを殺す術もなく只黙って耐える事しか出来ないのは辛い。

 

(やっぱり痛いのは嫌いだなぁ…。)

 

《確認しました。痛覚無効獲得・・・成功しました。》

 

 血が足りないのか、頭が割れる程に痛く幻聴が聞こえる。更に追い打ちを掛けるように吐き気が襲ってくる。

 

(頭痛と吐き気は本当に辛いから止めて欲しいんだけどなぁ…。)

 

《確認しました。状態異常無効獲得・・・成功しました。》

 

「大丈夫だ、もうすぐ救急車が来る!大丈夫、大丈夫だからな!」

 

 やたらと主張してくる幻聴に疑問を持ちつつも、頭上に響く大好きな人の声に安心する。

 大丈夫、そんなに大きな声を出さなくてもちゃんと聞こえてるよ。あんまり大きい声出したら、貴方の声が枯れてしまう。

 そう言いたいのに、喉から溢れるのはヒューヒューとしたか細い呼吸と生暖かい真っ赤な血ばかり。

 

(大丈夫だよ、そんなに叫ばなくても…。貴方の声ならどんなに遠くても聞こえるから…。)

 

《確認しました。超聴覚獲得・・・成功しました。》

 

 泣きそうな彼を見ていると、自分まで泣きそうになってしまう。

 慰める為に頬を撫でようと手を伸ばしたけれど、そもそも腕の感覚がなく上がっているかすら分からない。

 

(どうせ死ぬなら、ちゃんと温もりを感じたいんだけどなぁ…。)

 

《確認しました。超触覚獲得・・・成功しました。》

 

 触れる事が出来ないならば、せめて彼の顔をずっと見ていたいのに、段々と視界が霞み瞼が重くなって来る。

 

《確認しました。超視覚獲得・・・成功しました。》

 

 彼の匂いも自分の血に掻き消されて全くしなくなっていた。彼から香る爽やかな海のような香水の匂いが好きだったのに。

 

《確認しました。超嗅覚獲得・・・成功しました。》

 

 どうせもう、自分が助からない事は解っている。

 だからこそ願うのはこれから生きていく彼の幸福。

 どうか、私を忘れて生きて欲しい。ちゃんと愛する人を作って、今度こそ絶対に、その人と最期まで幸せな人生を歩んで欲しい。

 その為なら、私は何だって出来るんだ。

 

《確認しました。ユニークスキル『願望者』獲得・・・成功しました。ーーー続けて、ユニークスキル『献身者』獲得・・・成功しました。》

 

(ねぇ、あのね、ずっと大好きだよ。貴方を、愛してるからね。)

 

《確認しました。ユニークスキル『深愛者』獲得・・・成功しました。》

 

 

 意識が途切れる寸前、唯一の心残りが頭を過ぎる。ーーー嗚呼、彼を残して、一人で死にたくなかったな。

 

 

《確認しました。ユニークスキル『不老者』獲得・・・成功しました。》



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不審者ですね。

《人格形成に関わる一部の記憶と感情を消去します。消去開始。ーーー成功しました。》

 

《基本人格ーーー“選択中…”、容姿ーーー“ランダム…”、能力ーーー“只今確認中…”ーーー確認が終了しました。『基本人格“中立・善”、容姿“女性”、能力“××××”』ーーー今から存在を構成します。》

 

 

 

 

 

 

「ーーー…っ……」

 

 頭が割れる程に痛い。その酷い頭痛で微睡んでいた意識が強制的に覚醒させられる。

 頭を抱え少しでも揺らさない様に気を使いながらゆっくり体を起こすが、どうせならばとそのまま緩慢な動作で立ち上がる。頭痛で起こされるなんて最悪な目覚め方だ。 

 

「てか、此処どこよ?」

 

 周囲をぐるりと見渡しても目印になりそうな物は見当たらず、空を覆い尽くす木々と視界を塞ぐ草花しかない。

 現実逃避も兼ねて視線を逸らし、自分の体を見てみる。しかし私の体は綺麗なものだ。あの悲惨な事故で負った怪我は一つも無く、あの死にそうな苦痛も消えていた。自分の体なのに何となく言い様のない違和感はあるが、今は怪我がない事を良しとしよう。しかし私は何で事故に遭ったのだろう?何かを助けたかった様な気がするんだけど…。ーーーまあ、考えても仕方ないか。思い出せない物は無理に思い出さない方が良い、きっと今は忘れた方が身の為なんだろう。

 

 

 暫くするとやっと頭痛も消えて、考え事をする余裕が出てきた。

 怪我が無い事や周りの景色等を踏まえ、一つの仮説を立てる。

 どうやら私はあの事故で死んでしまい、異世界へと“転生”した。多分だけどこの世界には魔法とかがあるファンタジーな世界だと思う。だって、私の周りを幾つかの光る球が飛んでいるから。こいつは私が目を覚ました時から側に居て、私の周りをふわふわと漂っていた。くるくると飛んでいる光の球は意思があるらしく、色とりどりに光ってファンシーな雰囲気を醸し出している。

 

「んなベタな…もうちょっと捻った設定持って来いって…。」

 

 ぼやきながらこれからどうしようか考えていると、水色の光の球も寄って来て私の周りをふよふよと飛んでいる。しばらくすると桃色の球と一緒に遊び出した。え?何こいつらめっちゃ可愛い。

 

 あまりの可愛らしさについつい指先でつつくと、驚いた様に飛び上がり指を警戒する二色の球。え?何こいつらめっちゃ可愛い。

 

「怖くないよ~?一緒に遊ぼ~?」

 

 指先をちょいちょいと曲げて話し掛けると、私の顔と手を交互にさ迷い、迷った末に指ではなく私の頬に遠慮がちに触れてくる。少し擽ったいけど、遠慮がちな仕草が可愛い。

 楽しく戯れ癒されてから、先伸ばしにしていた『これからどうしようか』を考える。

 

「誰か助けてくれないかな~…」

「あら、こんな所に人間が居るなんて珍しいわね?」

 

 これからが思い付かず他力本願になっている所に聞こえる声、普通に食い付くよね!

 ガバッと勢いよく振り返り、声の主を見る。

 

「こんにちは、可愛いお嬢さん?」

 

 赤く燃える様に鮮やかな長い髪、宝石の様に輝くエメラルドの瞳が印象的な絶世の美女が居た。美女って声も綺麗なんですね…。



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急展開ですね。

 美女(名前はプレシアさんと言うらしい。)に事情を説明し、『目が覚めたら此処に居た事』、『自分の名前も思い出せない事』等様々な事を混乱しながらも伝えた。

 プレシアさんは纏まりがなく要領を得ない私の話を疑う事なく穏やかに微笑み頷きながら聞いてくれた。

 

「じゃあ、貴方は名前も何もない転生者って事かしら?」

「多分、ですけど…。」

「そうよねぇ、お家も無いのは困るわね~」

「えーと、野宿…ですかね…。」

「女の子が一人で森の中に居る何て危険だわ!」

「森…やっぱり森の中なんだー…。」

「そうよ、どうせなら私の家にいらっしゃいな!」

「………え?」

 

 プレシアさんの言葉に思わず目を見開き彼女をガン見してしまう。確かにプレシアさんは穏やかで優しいし美人だしだ。出会って数分だけど私の彼女への好感度はマックスに近い。

 でも、私が嘘を吐いているとは思わないのだろうか?出会って数分の女をそんな簡単に信じても良いのだろうか?

 

「そんな簡単に信じても良いんですか?嘘を吐いてるかもしれないですよ?」

「あら、嘘を吐いているの?」

「否、吐いてないですけど…。」

「じゃあ大丈夫よ、私は貴方を信じるわ。」

「プレシアさん……。あの、本当に有り難う御座います。」

「良いのよ。今日から宜しくね、“イオン”ちゃん。」

「イオン…?」

「そう、今日から貴方の名前は“イオン・サージュ”よ。」

 

 何か自分には似合わない位に可愛い名前を付けて貰った気がする。

 名前を付けて貰えたのは凄く嬉しいけど、どことなくプレシアさんの顔色が悪くなったような…。

 プレシアさんの変化が少し気掛かりに感じ、じっと見つめていると私の視線に気付いたのか苦笑しながら『名付けは魔力を消費する』と教えてくれた。

 

「イオンちゃんは私の魔力の3分の2を持って行ったの、だから少し疲れただけよ。」

「す、すみません…。」

「大丈夫よ。私は人よりちょっとだけ長生きだから、直ぐに回復するわ。」

「そうなんですか…良かった…。」

 

 私の所為で具合が悪いままだったとしたら、すごーく申し訳なくてやっぱり野宿を選ぶ所だった。

 

「イオンちゃん、お家に帰ったら貴方のスキルとか色々見せてくれる?」

「スキル…?何かよく分からないけど、分かりました。」

 

 どうやら此方に転生した人は、稀に『スキル』を得るらしい。

 私にも『スキル』があるらしく、それを鑑定し使い易い様に組み直してくれるらしい。

 

「イオンちゃんのスキルはどんな物かしらね~?」

「分からないけど、役に立つのがあれば良いな。」

 

 

 

 

 斯くして、私は異世界で師匠とお家を手に入れたのだった。



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