ガンダムビルドダイバーズ 青い髪のアリス (秋草)
しおりを挟む

序 その名前は

 窓の外は、暗い、暗い闇の世界。

 一面の星々は遥か彼方で、まとわりつく闇を払ってはくれない。

 自分の吐息がいやに大きく耳に響く。システム音声や計器の音だってあるのに、それらはぼんやりと遠い。

 冷たい汗が体温を奪う。緊張で指先が震える。

 じっと、ただじっとしていれば、こんな時間は終わってくれるのではないか、と淡く期待して。

 

 綺羅と。闇が瞬いた。

 

「ッ!」

 それは戦闘の光だ。飛来するビームの光条。

 見つかった?思わず操縦桿を倒して、瞬間後悔する。あんな外れたモノが当たるはずがない、きっと脅しだったんだ。

 だが自分は動いてしまった。見つかった。今度は正確な狙いで数射、直撃コースのビームが迫り、通り抜ける。通り抜けていく。

 ーー自分は避けていない。避けるような操作なんてできない。だがそれでも、『この機体は避けている』。

 増速し、スラスターの向きを変えないまま、四肢の動きで機体を捻る。最小限の動きで光条を避ける。相対距離が縮まり、敵を示すアイコンが大きくなって、

『LockOn』

「ぅてっ?!」

 窓の表示に言われるままに操縦桿の引き金を引く。引き金を攻撃の意思と受け取ったのだろう。『機体が攻撃を開始する』。

 背部ビームキャノン2門、腰部ビームキャノン2門を進行方向に向け、タイミングをずらした偏差射撃。敵も足を止めてくれるわけはなく、反撃をしつつビームを避ける。きっと良い動きなのだろう。加速を殺さない動きで雨垂れのようなビームを避ける。

 ーー良い動きだから、予測を越えることはない。

 『4門のビームキャノンで追い立て』、相手が逃げる先に置くように『両手持ちのライフルで狙撃』。計算され尽くした戦術の型に嵌まった敵は、高出力のビームスマートガンに射抜かれ、爆散する。

 

「はっ…はっ…」

 

 目まぐるしく変わる状況に、心が、息が乱れる。

 自分はただ操縦桿を倒し、一度引き金を引いただけなのに。

 何が起きているかを理解するのがやっとだが、それでも『彼女』は戦ってくれている。未熟な自分の代わりに、自分と、この大切な機体を守ってくれている。

 …まだ、まだ終わりじゃない。始まったばかり。

 こんなところで、蹲ってはいられないんだ。

「…ありがとう、『ALICE <アリス>』。もうしばらく、私に付き合ってね」

 『自分と同じ名前の彼女』に声をかけて、決意と共に。

 強く、操縦桿を押し込んだ。

 

 月の裏側、暗黒の宙域を、闇を引き裂いて駆ける一筋の流れ星。

 青を基調としたトリコロール。大型のスラスターを背負い、長大なビームスマートガンを手に、彼方へ、彼方へ駆けていく。

 型式番号MSAー0011 『S<スペリオル>ガンダム』は。

 少女、『青い髪のアリス』と共に。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1-1 知らない世界、知る世界

 

 

「≪それでは、ガンプラバトル・ネクサスオンラインの世界へようこそ!あなたに楽しいひとときがあらんこと!グッドラック!≫」

 

 

 システムボイスに背中を押されるように、亜里珠はーーいや、ここでは『アリス』だーー1歩踏み出した。

「うわ、すごい人…」

 思わず感嘆の声が漏れる。ロビーと銘打たれたそのエリアは、種々様々な人で溢れていた。

 人種も、髪の色も、服装も、リアルではあり得ないごった煮感。よく知らないが、ガンダムってロボットが主役じゃなかったっけとアリスは首を傾げた。

 …まぁ私も現実ではあり得ない格好ではあるけど、と、視界の隅に揺れる自分の髪先を指で弄る。好きな色にできるというので青色に染めた髪は、それだけで異世界感がする。

 

「ねーこのアイテム取りに行こうよ」

「ふむ、ここはこのスキルの方が」

「フォース募集しまーす!SEED使い歓迎!」

「俺はティターンズだぞ!」

「ぐぁーー限定キット売り切れた!」

「第088MS小隊は新規メンバーを募集する!」

「俺⭐︎が⭐︎ガンダム⭐︎だ⭐︎!」

 

「…頭痛い」

 この喧騒は、アリスにとっては目眩を覚えるレベルだ。自慢じゃないが騒がしいのは苦手な方だった。

 それが不特定多数の人混みとなれば尚更で。踏み出した一歩なんて早々に引っ込めて、今からでも帰ろうかとさえ思う。

「ダメだ、ダメダメ」

 首を横に振って、アリスはその考えを振り払う。

 決めたのだ。決めたからここにいる。不慣れで、知らないことばかりで、怖いことだらけだけど、アリスはーー藍川亜里珠は自ら決めてここに来た。

 たとえ帰るにしたって何かを得てからでなければ、その決意の割りに合わないんだ。

 

「…とは言うものの、まずどこに行けば」

「おねーさん、お困りですか?」

 突然かけられた言葉にびくりとする。視界の外からひょいと顔を覗かせたのは、アリスより小柄な少年だった。

 中学生…いや、小学生だろうか。ひらひらとしたケープを纏い、薄茶色の後ろ髪をおさげにまとめた姿。屈託のない笑みを浮かべて、上目遣いでアリスの顔を伺う様は、まるで妖精のようだ。

「おねーさん?」

「あ、いえ、その…」

 可愛い、なんて思った事が知れたら、少年に失礼だろうか。思わずアリスは口籠ってしまうが、少年は気にした様子もなく、うーんと少し考えて、人差し指を立てる。

「ズバリ!おねーさんGBN初心者でしょ!」

「あ、うん。良く分かったね?」

「わかるよ!ボクはそーいう人たちを助けたくてココにいるんだもの。ボクはエイト!おねーさんは?」

 少年はアリスの手をとって、ブンブンと握手する。そのわざとらしいまでの元気な様子に、アリスも思わず笑顔になる。

「私はアリス。…キミ、すごいね」

 見ず知らずの誰かのために、笑顔を振りまいて話しかける。そんな事はアリスには到底できない話で。自分より年下の男の子がとても眩しい。

「う、んと、おねーさんちょっと素直すぎない?」

 人付き合いは得意じゃない。年下の少年がちょっと呆れて見せるのさえ、アリスには、自分よりもずっと愛想のある仕草に見えた。

 

ーーー

 

「…とまぁこんな感じで、カウンターでミッションを受けて、出撃。すっごい単純に言ってしまえばその繰り返しなんだ」

「ふむふむ」

 エイトの言葉にうなずき返すアリス。…本当に理解できているかは、まぁ別として。

 エイトに連れられて、アリスはロビーの使い方を教えてもらっていた。本当に基本的なことだけざっくりとというのは、エイトが自分に合わせたからなのか、エイトの年相応の落ち着きのなさからなのかは、わからないけれど。

 少年に連れられた年上の少女、という構図が目立つ様子もないようだった。ロビーに溢れかえる人の組み合わせは様々で、大人たちの中に混じる子供も、その逆もあり。アリスはその光景の珍しさに視線が泳いでしまうのを自覚していた。

「アリスおねーさん、ほんっとにゲーム慣れしてないんだねぇ」

「うん。ゲームって、暇つぶしのパズルとか、クラスメイトと一緒にやったクレーンゲームとか、それくらいしか触ってこなかったから」

 ーー実は『ガンダム』のことも『ガンプラ』のことも全然知らない、なんて言ったら嫌われるだろうか。

 『ガンプラバトル・ネクサスオンライン』は、文字通り『ガンプラ』イコール『ガンダム作品のプラモデル』を戦わせる事が基本となったゲームだ。

 ガンプラを持たない人間もログインはできるが、コンテンツとしてはやはり『ガンプラ』が中心になる。

 その点で言えば、アリスは論外も甚だしい。

 ガンプラを作ったことがないばかりか、ガンダムのこともほとんど知らないのだ。

 一度「ツノと両目と口があったらガンダムなんじゃないの」と発言して、『あの人』を苦笑いさせた事がある。

 その経験から言えば、目の前の少年に事情を告げても、好印象はもたれないだろう。

「そういえば、おねーさんのガンプラは自分で作ったの?」

 ちょうどそんなことを考えていたところだったので、エイトの言葉にドキリとした。

「…ううん。預かり物、かな」

「ふーん、じゃあGBN経験者が用意したのかな。招待キャンペーンとかあったし…むしろ都合いいや」

 何か一人納得した様子のエイトは、向き直ってアリスに提案する。

「習うより慣れろ、っていうよね。とにかくフィールドに出てみようよ!大丈夫、ちゃんとエスコートするからさ!」

 右も左もわからないアリスからすれば、今やエイトの言葉が全てだ。言われるままにうなずく。

「よし、じゃあまず設定を…そう、それからカウンターでメニューを開いて…」

 

「ーーーおい、お前!」

 

 乱暴な呼びかけは、少し離れたところにいた黒い軍服の男からだ。目つきが鋭く、金髪を刈り上げたいかにも軍人風の人物。

 肩を怒らせて、人混みを割るようにカウンターに向かってくる男に、アリスは立ち竦んだ。

「おねーさん!メニューから出撃を押して!早く!」

 エイトの言葉にはっとして、アリスは宙に浮いたボードに教わったばかりの操作を打ち込んだ。

 

「待て!そいつはーー」

 

 視界が暗転し、男の怒声が途切れる。

 明るく広いロビーの風景はあっという間に書き換わり、一転。

 アリスはほっと一息ついて、今いる場所を確認する。

 ぼんやりと光を放つ、何かの表示。手元には2本のスティック。あぁ、説明書で見たような気がする。ここはガンプラの操縦席、なのだろうか。

 そして前面を広く切り取った窓からは。

 

 ーー月と、地球が見えた。

 

「きれい…」

 CGだ。作られた映像だ。そう理性がささやくも、感情から生まれた言葉は自然と口に出た。

 あるいは『あの人』はこれを自分に見せたかったのだろうかと安易に考えたくなる、それほどの衝撃だった。

「アリスおねーさん」

「エイト君?どこ?」

「すぐ近くにいるよ。おねーさんあんまりガンダム詳しくなさそうだったし、時間もないしで出撃演出スキップしちゃったけど、ごめんね」

 窓に小さく表示が生まれ、エイトの顔が表示される。アリスには良く分からない何かを謝っているが、その割に悪びれた表情はしていなかった。

「すごいね、エイト君。これがGBNなんだ…」

「うん、まぁ喜んでくれたなら何よりかな」

 感動をくれた礼を、と思っていたアリスは、エイトの声音の低さに戸惑った。

 何かが、おかしい。

 …これは覚えのある違和感だ。どこか冷めた、取り繕う相手がいなくなったときの、空気。

 期待が、裏切られる時の気配。

 思い出す。人付き合いが息苦しくなった、あの時のーー

 

『別にアイツなんか友達じゃないし』

 

「…エイト君。あの男の人、なんで怒っていたのかな」

「さぁね」

 吐き気を飲み込んで、絞り出すようにアリスは言葉を紡ぐ。それへの返事は、実にそっけなかった。

「ま、ボクのやりたいことに気が付いたんじゃないかな」

 アリスは顔を上げる。

 正面の窓には月と地球。

 そして幾つも浮かび上がってくる、人型の影。

 通話に混ざる、嘲笑めいた吐息。

 影がーーガンプラ達が武器を構える。

 その中の一つ、『8』と表示された青いガンプラが、手に持つ剣に光を宿した。

 

「ねぇおねーさん。ここまで案内したお礼にさ」

「そのガンダム、ボクにちょうだい」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1-2 舞う人形、踊らぬ心

 

 良い出来のガンプラだと、エイトは内心、視線の先のガンプラを素直に称賛していた。その感想は先刻、アリスのデータを盗み見た時から変わっていない。

 通称『S≪スペリオル≫ガンダム』。

 模型誌のフォトストーリーが出典のそのガンダムは、そのスタイリッシュなデザインとスタイルの良さから人気があるものの、これまで映像化に恵まれなかった事もあり、知名度はアニメ主役機達には1段劣る。

 その原型機の売りであるメカニカルな造形や細部の作り込みにもしっかり手が入っていて、完成度の高いガンプラだった。

 だからこそ、その不自然さが目立つ。アリスの所作は、このGBNの世界、いやそもそもゲームやガンプラに疎遠である事をたやすく感じさせていた。

 となれば、あのガンプラはおそらく誰かから贈られたものだろうとエイトは考えた。

 実際に、操作をレクチャーするフリをして確認したアリスのダイバーランクは最低のF。一方で登録ガンプラは事前に大量のポイントで成長させてある。

 

 カモだ。エイトは口の端を吊り上げる。

 

 ちょっと脅かして、ガンプラデータを譲ってくれるなら最良。そうでなくても、フリーバトルに放り込んで撃破すれば、ダイバーとガンプラの総計から計算される獲得ポイントはかなりの物になる。

 そして、ここはエイトが見つけた狩場だ。

 

 サバイバルバトルモード。ルールC。

 一定時間、レベル無制限の混戦バトルを行うこのモードは、本来参加者全員が敵同士となり、乱戦を行うソロ参加専用のモードだ。

 だが実は抜け道がある。同じフォースに所属せず、マッチング条件さえ合えば、狙って同じフィールドに参加するやり方がある。

 つまり、何も知らないソロ参加者を、裏で繋がった集団で襲える。

 そして撃破情報が飛び交う乱戦モードのため、誰が撃破したかというログが表示されない。運営に訴えようにも、初心者が告発するには情報が足りない。偽名や捨てガンプラを使っていれば尚更だ。

 エイトと仲間達は、このフィールドに初心者という獲物を誘い込んで、『狩り』をしているのだ。

 

「おねーさんのそのガンプラ、初心者には勿体ないよ。ボクにくれるなら怖いことはしない。…まぁくれなくても、撃破すれば誰かさんがそのガンプラに注ぎ込んだポイント分大儲けになるから、ボクらはそれでいいんだけどね」

「げき…は…?エイトくんは、このガンプラを壊すの?」

 囲まれているアリスがこぼした言葉に、エイトは呆れた。ホントに何も知らない人だ。GBNでガンプラが壊される事なんてない。一世代前のGPデュエルじゃあるまいし。

 まぁでもせっかく怯えている様子なら、ここは乗っかっておこうかな、とエイトは嗤う。

「うん、今からみんなでバラバラにしてあげるよ。それが嫌だったらさ…」

 

「ダセェな、餓鬼」

 

 通信への突如の割込み。そして間を開けず飛来した一筋の光が、エイトの仲間の一人を爆散させる!

「乱入?!どうやって?!」

 エイトは状況をすぐに理解する。サバイバルの乱入参加プレイヤーが2名。誰かが、エイト達の狩り場に入り込んだのだ。

 どこのバカだ、とエイトは敵を探す。たった二人。対するエイトの仲間は11人。戦力比で見たら到底勝ち目などないというのに。

「どこのバカだか知らないけど、邪魔をするなら一緒に狩るよ!」

「できるかよ、不穏分子風情が」

 レーダーにヒット。エイト達の包囲の外側を、異常なスピードでかき乱す2機のガンプラ。そのうちの、通信を入れてきているダイバーの機体を、エイトは捉えた。

 

 それはMA≪モビルアーマー≫形態で宇宙を裂く。原型機よりも直線的に加工され、虫型と本来評される姿は猛禽類を思わせるデザインにアレンジされている。

 エイトは、その原型機を知っている。

 型式番号RX -110『ガブスレイ』。

 その所属は、治安維持組織ーー

 

「ティターンズ!!さっきの黒服か!」

「『リ・ガ・スレイ』、これより治安維持活動を開始する!」

 

ーーー

 

 「鳥だ…」

 エイトに脅され、状況に流されるままだった。そんな自分を、誰かが助けに来てくれたというのは、アリスにもかろうじて理解できていた。

 彼女を囲んでいたガンプラ達を、その速度で撹乱しているそのガンプラは、鳥の姿をしているように見えた。飛び回りながらビームを放ち、そして急速に敵機に近づくと、

「変形を、した?!」

「あ、それ良い。良いリアクションだよ嬢ちゃん」

 人型に変形をした鳥のMA、『リガスレイ』は、両手で光の剣、ビームサーベルを振り抜いて一機を撃墜。アリスのほうをちらとだけ見るとまた変形して、数で勝る相手に囲まれないように飛び退る。

 遠くでは、3機のガンプラを相手に大立ち回りを繰り広げている、騎士のように見えるガンプラもいる。

 

「2機が撃墜で、他の連中も釘付け…なんだよこれ…」

 

 暗い感情の篭った声に、アリスはエイトの機体を見る。乱戦の中、エイトの機体だけが巻き込まれないように立ち回り、そして…アリスを見ていた。

 右手に持ったビームライフルを無造作にアリスに向けて、発砲。

 アリスがビームの光にすくんだ直後、操縦席が激しく揺れ、あちこちの表示が赤く染まり、計器が悲鳴を上げる。

 撃たれた…撃たれた!

「エイト君?!」

「この狩場はもうダメだ。だからアリス、アンタのガンプラだけさっさと撃破してポイントにするよ。貰えるもの貰って早く逃げなきゃ」

 エイトのガンプラはライフルを撃ちながらアリスに向かってくる。まともな操作の知識なんてないアリスは手元の操縦桿を訳もわからず操作するが、そんなもので避けられるはずもなく、次々に衝撃がおそってくる。

 

   ≪戦闘レベル ターゲット確認≫

 

「壊される?!」

 ーーダメだ。ダメだダメだ!壊されちゃ、ダメだ!このガンプラは大事なものなんだ!このガンプラと、GBNだけが、あの人とのーー

 

   ≪優先命令 自己保存モード≫

 

 ーー思いとは裏腹に、思うように動かない。例え≪スペリオル≫なんて名前を持っていても、パイロットが操縦方法を知らなければ、何もできるはずもなくーー

 

   ≪予測運用スキル 0.8%≫

 

 無駄だとわかっていても、アリスは操縦桿をがむしゃらに動かした。

泣き出してしまいたい。蹲ってしまいたい。

泣いてたまるか、蹲ってたまるか

 

   ≪発展型論理・非論理認識起動≫

 

 エイトのガンプラは、左手に構えた剣で早々にとどめを刺すつもりなのだろう。まともに身動きできないアリスのガンダムに迫りーー

 

   ≪アナタハ ワタシ≫

 

 アリスは、誰かに呼ばれたような気がした。

 

 

 

ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE

 

ーー瞬間、アリスのガンダムは既に半壊しているとは思えない動きで、振り下ろされた刀身が届くよりも早く抜刀ーー膝の装甲から右手で抜き放ったビームサーベルが、襲いかかるエイトのガンプラの両腕を切断ーー続けざまに左手で逆手に抜いた剣は両足を切断し、間髪入れずに両の剣で胴体を十字に切り裂いたーー

 

ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1-3 熱いプライド、冷めたまなざし

「俺はティターンズだぞ!」

 

 JJ≪ジェイジェイ≫は思わず声を荒げた。ロビーを行き交う人の視線が彼に集まる。良くない癖が出てしまった。周りにいらない不安を与えてしまう。

 溜息を挟んで、クールダウン。クールだクール。今の自分は冷徹なエリート軍人だ。

「コホン。誇り高い我らティターンズが、そのような愚行に協力などするものか。この件は上に報告させてもらう」

「…あぁそうかい。お前はこっち側だと思ったんだがな。見込み違いだったよ」

 JJに密談を持ちかけた男は、肩を竦める。JJの演技≪ロールプレイ≫に付き合うつもりは毛頭ないようだ。悪態をつきながら離れていく。

「ティターンズなんて嫌われ者の悪役だろうが。コスプレまでして物好きめ…」

 言うだけ言ってフィールドを移動した男。全世界1億3千万のジェリドファンに殴られろと呪いを吐きながら、JJは男のいた方を睨みつける。

 運営に通報するか?いや、連中はゲームルールの穴を見つけただけで、不正ツール使用をしているわけじゃない。次回のアップデートでルールに修正は入るにせよ、今起こっている事を止めようがない。

「初心者狩りとか、ダッセェな」

 

 なんで自分が誘われたかは大体見当がついた。悪名高いティターンズのロールプレイの一環で、『マギーさん』に喧嘩を売っているからだろう。反運営側だと思われているのかもしれない。

 …裏で自分がどれだけあの人に平謝りしているか、笑ってノッてくれているあの人にどれだけ感謝しているか、知らないのだろう。

「連中、マギーさんがELダイバー絡みで忙しくしてるからって、調子に乗りやがって」

 世界ランク23位のトッププレイヤー『マギー』は、良くこのロビーで初心者のサポートをしたり、初心者狩りに勤しむ連中にキツイお仕置きをしたりしていた。

 彼の存在は、マナー違反者に対する強力な抑止力だったのだ。

 その不在は、大きい。

 壁にもたれて腕を組む。どれだけ威圧の目線を飛ばしても、自分ではただの怖い人だ。ティターンズは敵役、そんなことは良く自覚している。

 それでも、自分はティターンズが好きだ。

 理想に、平和な地球圏に燃えたエリート達。少なくとも陰謀を知らぬ一兵卒は、そうだったとJJは思っているから。

 

「貴公」

「ふぁい?!」

 

 急に声をかけられて変な声を上げてしまった。見れば、こちらに鋭い視線を向ける男装の女貴族。ガンダムW、OZ系の格好かとJJは察した。

 彼女はこちらを睨みながら詰問する。

「貴公はあの、無辜の民草を糧にせんとする不埒な者達の仲間か」

「めっちゃ気合入ったロールプレイだなお前…んん、生憎だが自分は不穏分子などとは手を組まない。誘われはしたが」

「では彼女とあの少年は?」

 言われてカウンターに目を向ける。

 青い髪にワンピースの少女は、高校生くらいだろうか。初期から選択できるアバター衣装に加え、操作に不慣れな感じが伝わる。間違いなく初心者だ。

 問題は小学生くらいの少年の方。おさげ髪でニコニコと笑って見せているあの少年は、さっき声をかけてきた男の仲間ーーリーダー格だったはずだ。

 その少年は何やら少女に話しかけ、ウィンドウを操作させていた。JJだってGBNをやり込んでいる。見ていればどんな操作か察しがつく。あのメニュー画面は確か…

 

「ーーーおい、お前!」

 

 制限解除、フリーファイト、サバイバルモード申請…聞いていた手口がまさに今目の前で行われようとしている。

 JJは慌てて駆け寄ろうとするが、少女は少年に促され、

 

「待て!そいつはーー」

 

 ーー静止は間に合わなかった。

 気がつけばJJが目をつけていた常習犯達も10名ほどロビーから消えている。

 ーーどうする?

 幸いさっきの男から『会場』へのアクセスは聞いている。だが相手は自分と同じくらいのランクで、それも多勢だ。止められるか?

 冷静な自分が戦力比を計算して、無理だと判断する。撃墜され、無駄に連中にポイントを稼がせて終わりだろう。だが、だがーー

「貴公は、彼らの行先がわかるようだな」

「はい?」

 ウィンドウを開いたまま悩み固まっているJJに、女貴族は淡々と聞いた。その手は自らのウィンドウを操作し、なんでもないことのように戦いの準備をすすめている。

「いやわかるにはわかるが、勝ち目は?」

 実はトップランカーだったりするのか、とJJは確認する。マギーさんのような実力者なら、あるいは、と。

「多勢に無勢。難しいだろう」

 女貴族が返してきたのは期待を裏切る言葉。提示してきたダイバー情報では、JJとそう変わらないランクだとわかる。

 だが、と彼女は言葉を続けた。

 

「だがレディ一人を救出するのに躊躇ったとあらば、トレーズ閣下に顔向けできないだろう」

「…ホントにキマッてるなお前」

 

 

ーーー

 

 

「『リ・ガ・スレイ』、これより治安維持活動を開始する!」

 

 高らかに名乗りを上げて、JJはMA形態の高速で敵陣の真ん中を突っ切っていく。気分は一周回って、最高にハイだ。

 運営の介入か?ガード?公式が摘発に乗り出した?

 そんな風に混乱する相手を撹乱し、分断し、ばらけさせる。

 ハッタリもいいところだ。だが、JJの思うティターンズならこれで正しい。地球圏の治安維持のために設立された、選りすぐりの精鋭部隊。それがティターンズだ。発言に何も間違いなんてない。

 分断した敵に攻撃を仕掛ける。ランクが近いこともあってそうそう落とせはしないが、牽制にはなる。

 不意打ちの一撃で『Zガンダム』を落とせたのは幸運だった。連中の中で唯一、JJのリガスレイに追いつけそうなガンプラだったから。

 

 JJの『リガスレイ』はガブスレイをベースにした改造機だ。鋭角的なデザインに変更しつつ、大型化した肩やスカートアーマーに、ギャプランやバイアランのパーツを流用し、スラスターを増設している。

 その多数のスラスターが一方向に揃うMA形態の加速力は、ちょっとした自慢だ。…反面、一部のスラスターが装甲に収まらず、正面以外に被弾を許されない状態ではあるが。

 

 JJはターゲットを一機に絞らず、ちょっかいをかけては次の敵へ向かう行動を繰り返した。自分を追わせて、時間を稼ぐ。時間が経てばタイムアップも見えてくるし、ーー迂闊な隙を見せる敵も出てくる。

「変形を、した?!」

 急接近からの変形、奇襲で一機仕留めたJJに、少女からかかる声。多分無意識だったろうそれは、原作セリフにとても近くて嬉しくなる。

 思わずロールプレイが抜けた言葉をかけてしまったが、まぁ仕方ないだろう。

 

「女貴族、そっちはどうだ?」

「苦戦中だが保たせよう。あとちゃんとダイバーネームで呼びなさい」

 

 共にサバイバルモードに突入した女貴族ーーグリンダは、『トールギス』のカスタム機、登録名『トールギス・ルーク』を使い、同時に複数の敵と戦っている。分厚い装甲と手に持った大盾を用いて、正面から撃ち合う質実剛健なスタイルだ。

 JJとグリンダは二人がかりで、十人を相手取る。奇襲による混乱で今でこそ有利に見えるが、こちらの実力と手の内が露見するのにさほど時間はかからないだろう。

 そしてーー自体は最悪の方向へ。

「あのガキ!」

 JJは悪態をつく。あれだけ周囲ので混乱や被害を起こしたというのに、リーダー格の少年は仲間なんて気にしていない。獲物の少女に襲い掛かろうとしている。

 少年の機体は『Gのレコンギスタ』の機体『モンテーロ』。まともに身動きできない少女のSガンダムをビームライフルで弱らせ、とどめはその特徴的な武器であるビームジャベリンで刺すつもりのようだ。

 位置が悪い。JJは複数の敵を引き連れて射線をかわすので手一杯だ。グリンダのトールギスが立ち回っている場所は、JJよりさらに遠い。

 助けの手は、間に合わず、届かない。

「くそ、イケてると思ったんだが」

 やはり、気持ちだけでは正しいことなんてできやしない。そんな事は重々承知していたし、その自戒も込めてこの軍服を着ていたのに。

 ーーロビーに戻ったらどう声をかけようか。過去自分がマギーさんにしてもらったようにできるだろうか。俺、顔と目つきが怖いっていつも言われてるからなぁーー

 

「えっ」

 

 …JJが聞き取ったのは予想していた少女の悲鳴ではなく、少年の、何が起こったかわからない、という声だった。

 モンテーロ、撃破判定。

「今、何が起きた?」

 無闇に足を止めたゲイツをフェダーインライフルで狙撃し撃破したJJは、少女のSガンダムを振り返る。

 その場の皆が、予想外の事態に視線を少女に、Sガンダムに向ける。満身創痍のその姿はしかしそれでも健在であることを示し、両手に抜いたビームサーベルからは、明確な殺意がーー

「!」

 JJはとっさにリガスレイを可変させ距離を取った。

 

 その一瞬で、3機が撃破判定。

 

 背部ビームキャノンでガンダムヴァサーゴを。

 腰部ビームキャノンでザクⅢを。

 ビームサーベルでベルガギロスを。

 Sガンダムは、『全く同じタイミングで、同時に』撃破して見せた。

「グリンダ!ギブアップだ、急げ!」

「何?!」

 JJはグリンダに呼びかけ、急いでメニューを操作する。声をかけられたグリンダも同様にギブアップを選んだようだ。

 

 その間に。

 残っていた敵が爆散した。

 

 JJは反芻し、黙考する。

 初心者だったのは間違いない。ガンプラは誰かから貰ったもののようだが、だからと言って今のような高度な動きができるはずがない。

「いや、できるとすれば」

 戦闘フィールドが解除され、撃破を免れたJJとグリンダは通常のフィールドに移動する。どうやら初期エリアの草原が選択されたようだ。機体はゆっくりと地上へと降りて行く。

 

 赤く眼を輝かせた、Sガンダムと共に。

 

「こいつは、A.L.I.C.E.≪アリス≫だ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1-4 絡む視線、解ける言葉

 

 「GBNって、そんなに面白いの?」

 リビングのソファで寝っ転がったままの亜里珠がそんなことを聞いたのは、別にGBNに興味があるからではなかった。単に一番身近にいる人が何を考えているのか、少しだけ聞きたかった。

「あ、GBNに興味が出てきた?!やる?やろうよ!楽しいよ!」

「やらない」

「そう…」

 一言切り捨てればガックリと肩を落とすものの、『彼』は気を取り直したのか、手元でガンプラを作りながら言葉を続ける。

「楽しいよ。元々ガンダムもガンプラも好きだったけどさ、それを抜きにしてもね」

 彼は口元を綻ばせながら、亜里珠にはよくわからない飾りをガンプラに付けては外し、ヤスリで削ったり、なにかを塗ったりしながら試行錯誤する。楽しい、という感情が分かりやすく伝わってきていた。

「ディメンジョンはとても広いんだ。僕は知らない景色を求めて、遙か遠くまで冒険をするのが好きだな」

 地の果て、空の果て、宇宙の果て。

 アップデートは常に繰り返されて、世界は広がり続けていく。そんな世界を誰よりも早く、愛機と仲間と共に探検する開拓者達。

 それが僕達なんだと彼は笑う。

「…いい大人が冒険とか探検とか、子供みたい」

「大人になっても少年の心は不滅なの!」

 亜里珠の嘆息混じりの呆れにも、めげる様子はなく。

 優しい眼差しで亜里珠を見る。

 それはとても…居心地が悪く。

「あっちの友人達もいいヤツばかりさ。…亜里珠もすぐに友達に」

「知らない」

 

 言葉を置き去りに亜里珠は自室にこもった。  

 逃げだした。惨めな気持ちに、耐えきれず。

 ーー今でこそ思う。

 あの時に、ちゃんと話を聞いていれば。

 あの時に、もっと一緒にいれば。

 きっとこんなに後悔することはなかった。

 

 …あの人は、自分を見て何を思っただろう。

 たった一人の、家族だった兄<ひと>は。

 

ーーー

 

 思い描いた世界は、思っていたような楽園ではなく。

 外と変わらない、人間の世界だ。

 少し夢を見ていたんだとアリスは思う。

 あの人が楽しげに語るから、勘違いをしたのだ。

「…」

「…」

「…」

 目の前には、怖い顔をした黒服の男と、鋭い目をした男装の麗人。その視線が、アリスには強い圧力<プレッシャー>を持っているように感じられた。

 

 先の騒ぎの後、一組の男女に「少し話したい」と言われてロビーに戻ったアリス。

 …流石に言われるままではない。操作の仕方と意味は男の方が操作ガイドの出し方を説明し、その上で一緒に来るか判断するようにと促された。

 多分自分はこの二人に助けられたんだろうと思うし、一人でいてまたエイトに見つかるのも怖かった。そう思い二人についてきたものの、その判断を早速後悔している自分がいる。

 ロビーから少し離れたカフェテラス。そのテーブルが、異様な緊張感に包まれている。

「…あの」

「あの」

 意を決して出した言葉は、男の言葉と正面衝突した。再び訪れようとする沈黙を、男は咳払いで追い払った。

「あの、さっきの出来事は、実に不運だった。嬢ちゃんに不快な思いをさせた事を、いちユーザーとして謝りたい」

 …男の切り出した言葉は謝罪だった。

「っつーかホント、こんなことがあったら気分晴れないよな。止めきれなくて申し訳ない。アイツらはまた見かけ次第潰す。なんとしてでも叩き潰す」

 男は獰猛な笑みを浮かべる。その凄惨さに、アリスは身を縮めた。

「…貴公、顔、顔」

「え、あ、す、すまん!いや、好みのアバターを作ったらすっげぇカッコ良くできたんだが、傍目には怖い顔してるらしく」

 貴族のような格好の女性に促され、男が頭を下げる。口元に貼り付けた笑みはアリスを嘲笑うかのようで、これまた悪辣な印象を抱かせる。

 …変な人、とアリスは率直な感想を抱いた。

 

 黒服の男はJ.J.<ジェイジェイ>と名乗り、女貴族はグリンダと名乗った。

 二人はアリスに、今自分が巻き込まれたのがどんな出来事だったのかを説明する。

 曰く、初心者狩りと言われる行為の標的にされたこと。

 曰く、エイトはそのリーダー格だったということ。

 曰く、仮に負けても現実のガンプラが壊れたりはしなかったこと。

「良かった…」

「まぁポイントが減ったりとかはするけれどな。GBNは現実のガンプラがぶっ壊れる類のゲームじゃないぜ」

 曰く、アリスのガンプラには大量のポイントが使用されていること。

 曰く、先程の戦いで勝利したのはアリスであること。

「…私、ですか?」

「やっぱり自覚ねぇか…」

 うぅむ、と唸るJ.J.。

「嬢ちゃんは、嬢ちゃんのガンプラについてどれくらい知っている?」

 アリスは口籠もる。エイトとのやりとりを思い出して、自分の無知を晒してしまっていいものか、悩む。この人達は、本当に善意で自分の前にいるのか。

 人は、表面ではなんとでも繕える。ここは現実と変わらないと思い知ったばかりだ。

 ーーそんな恐怖に足がすくみ。

 ーーそんな自分の考え方に吐き気がした。

 「レディ?気分が優れないなら語らずとも構いません。貴女からすれば私達が不審なのは当然です」

 グリンダがアリスの様子を気遣い、J.J.を振り仰ぐ。続きを話せ、とうながしているようだ。

「おう。じゃあ勝手に説明するが、嬢ちゃんのガンプラはS<スペリオル>ガンダム。コイツには劇中であるシステムが積まれている。」

 

「ソイツの名前は『A.L.I.C.E.<アリス>』って言うんだ」

 

ーーー

 

 『A.L.I.C.E.』

 それはSガンダムが登場する『ガンダム・センチネル』劇中において開発された、人工知能の名称だ。モビルスーツの完全自律稼働を目指したシステム。

 人間の持つ時に不合理な思考を学習し、半ば人格を獲得し得るに至った、機械仕掛けの少女。

 偶然か、必然か。亜里珠と同じ名を持つ存在。

 

ーーー

 

 J.J.の説明はアリスのガンプラ『Sガンダム』の舞台背景まで説明するものだったが、しっかりと噛み砕かれており、何も知らないアリスにもかろうじて理解できた。

「勝手に動くガンダム、ということですか?でもそれって、お話の中の設定じゃ…」

「まぁそうなんだが、GBNってゲームは懐が深い。サイコミュ、明鏡止水、SEED発現、とにかく設定上のありとあらゆる能力を再現できるように、いろんなスキルやシステムがある。ポイントで取得したり、ガンプラの完成度を上げたりすれば、劇中の再現は結構イケるのさ」

 その中でも、ALICEに関しては比較的理解しやすい部類だと、J.J.は語る。操作初心者向けの簡易操作モードやオートバトルのシステムもあるし、そもそもNPD<ノンプレイヤーダイバー>はシステムに操作されて勝手に動いている。それらを発展させ、自分の機体でできるようなシステムを組むというのも出来なくはなさそうだと言う。

 そして現実に、アリスのSガンダムは高い完成度を持ち、大量のポイントが消費されている。

 ALICEの再現。先程の戦いぶりを見れば、想像に難くない。

「そういう意味では、正直に言って今の嬢ちゃんがその機体に乗り続けるのはオススメしないんだよなぁ」

 ひとしきり説明した上で、J.J.はそう締めくくった。

「…どうして、ですか?」

「まず単純に、悪目立ちする。初心者が一人でそんなポイントを持っていたら、さっきみたいな連中に目をつけられる。ALICEがどこまで戦えるか分からないが、勝ったら勝ったで妙な因縁つけられそうだ、うぅむ」

 腕を組んで唸るJ.J.と、顔色を悪くするアリス。グリンダが無言でJ.J.を睨みつけ、「いや、嬢ちゃんは悪くない!これに関しちゃ一切悪くない!」とJ.J.は慌ててフォローするが、グリンダは見てられないという様子でアリスの手を取る。

「可憐な婦女子を狙う不埒な輩など、この私が切り払いましょう。恐れる必要などありません」

「は、はぁ…?」

「オタク、俺と嬢ちゃんとで対応違いすぎない?…まぁいいや、オススメしない理由の本命はもう一つのほうなんだが、嬢ちゃんのGBNの楽しみを損なうかもしれないって点だ」

 ガンプラバトル・ネクサスオンラインの楽しみ方は多岐にわたる。だがやはり『ガンプラバトル』のために作られたシステムだということは間違いない。

 自らのガンプラを作り出し、腕を磨き、強くなっていく。その「過程こそを楽しむもの」という点は大多数のオンラインゲームと変わらない。

 だが、与えられたガンプラ、そして勝手に勝利をしてしまうALICEは、果たしてその成長の楽しみをアリスに与えてくれるのかどうか。

「それに、機械任せじゃ勝つにしたってどこかで頭打ちが来る。そう考えるとどうしてもな…」

 言わんとしていることは、アリスにも理解できた。J.J.はアリスを心配して言ってくれているのだろう。顔は怖いが。

「…でも」

 でも、とアリスは言いかけ、口ごもり。

 

 ーー言うのか。言っていいものか。

 ーーGBNは夢の世界では無く、信頼は裏切られる。

 ーー実際そんな目を見たばかりだ。

 ーー信じて、結果落胆することが怖いなら。

 

 ーー…でも。

 でも、と思う自分がいる。

 それでも、一歩、踏み出す勇気を持たなければ。

 何も変わらない。

 兄を置き去りにしたあの日と何も。

 

 「…それでも、この子と一緒にGBNに挑まなきゃいけないんです」

 

 アリスは顔を上げて、二人をまっすぐに見つめた。

 ここから、この一歩から始める勇気を。

 

 「だから私に、この世界のことをもっと教えてくれませんか」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1-5 掴め律動、放て衝動

 

 夜明け前の薄明を、アリスはーーアリスのSガンダムは進む。行く手には霧が立ち込めていて、視界はぼんやりと白い。

 その霧の向こうからは時折、轟々とした排気音が近付き、遠のく。かと思えば音も無くゆらりと影が見え、しかしよく見ればただの岩壁で。

 ーー怖い。

 そう思う自分がいるのを認めた上で、それでも立ち止まってはダメだと叱咤する。

「『大事なのは、自分とガンプラを知ること』…『自分とガンプラを信じること』…」

 いくつかのミッションの中で教わったことを口にして、繰り返して、自分に言い聞かせる。上手くやる必要もなければ、出来なくて嘆く必要もない。まずは、立ち止まらないこと。

「それが、大事…ッ?!」

 落ち着こうとする心臓を蹴飛ばすように、電子音が鳴り響く。

 ー『動体センサー検知』『アリスに警告』『不明機をロックオン』ー

「ーーまだダメ。『敵』か『味方』かわかるまでは、ダメ。」

 正面の視界の他に、アリスの前にはいくつかのウィンドウが見えている。周囲状況を表示するレーダーマップは、ごく近距離を除き『UNKNOWN<不明>』の表示。さらにもうひとつ、刻々とメッセージを表示し続けるのは、時折確認するよう言われたログウィンドウ。

 ー『トリガーセーフティ』『FCS待機維持』ー

 ロックオンの表示は続いているが、操縦桿のトリガーを引かないアリスの意志を汲み取ったかのように、警告は大人しくなる。アリスの音声を拾っているのか、心拍や視線のデータを取っているのか、あるいは他の何かか。

 ーーこの子は、とても賢いな。

 素朴にそう思う。

 少しだけ怖さがやわらぐような、だけども緊張感は保ったまま、霧の向こうの動きに集中する。センサーが検知した影は右へ、左へと位置を変え、一瞬動きを止めたかと思えば、急激に速度を上げる。

 霧の向こうに見えた一つ目。

 ホバー移動で白霧を切り裂いた黒い機体と、振り上げられた白熱した直刀!

「ッ!」

 アリスは咄嗟に操縦桿を後ろに倒し、トリガーを引いた。

 ALICEはそれに応え、バーニアを吹かせてバックステップ、敵機ーードム・トローペンのヒートサーベルをかわして、頭部のバルカンを斉射。ドムが怯んで腕を盾にした隙に、続け様に放った背中のビームキャノンがその胴体を捉えて撃破する。

 アリスが息をつく間も無く、センサーが新たな影を捉えて警告する!

「次っ!」

 視界に入ったのは、頭の無い機体。だがそのシルエットには見覚えがある。ザクーー敵だ!

 今度のアリスの判断は素早く、引かれたトリガーがALICEに発砲を許可し、構えたビームスマートガンが正確に白いザクを撃ちぬいた。

 爆散。

 

≪コウ・ウラキ『キィーーースッ?!』≫

≪護衛対象が破壊されました。ミッション『終わりなき追撃』に失敗しました≫

 

「………あれ?」

 

ーーー

 

 バンバンと机を叩きながら爆笑するJ.J.を前に、アリスは少しだけ腹を立てた。…少しだけ、少しだけだ。

「いや、ごめ、でもあまりに鮮やかすぎてツボ、グフフフゲフッ!」

「笑いすぎだ、貴公」

 …少しだけだったのだが、グリンダの鉄拳に吹っ飛ばされる姿を見て、なんだかむしろ申し訳なくなる。

「慣れないうちの任務には、失敗はつきものだ。どんなものであれ笑うべきでは無い」

「いやオタク過保護だろそれは!俺としては面白い場面があったら盛大に笑った方が互いに楽しいあだだだだ!ギブ、ギブギブ!」

 冷たい眼差しのグリンダに抗議したJ.J.だったが、流れるように派生した締め技で腕を極められギブアップする。

 仲が良いなぁ、と、アリスはなんだか呑気な感想を抱いた。

 

 出撃前のガンプラの調整を行うガレージ。

 20メートルを越えるSガンダムの足元で。どこからか取り出したホワイトボードの前に、アリス達三人は集まっていた。

「とりあえずわかったことをまとめるぞ」

 先程失敗したミッションを踏まえて、J.J.がそう切り出した。

 SガンダムーーALICEは基本的に、ダイバーであるアリスの意図を尊重している。状況とアリスの状態を認識し、アリスの『したいこと』を高度に判断している。その上で、機体の動作を制御しているようだった。

 アリスの操作は拙い。本来ならバーニアの操作や武装の選択を自分で行わなければ、先程のような戦闘はできない。

 だがALICEはその拙い操作からアリスの意図を汲み取り、『回避』『攻撃』の動作を自身で組み立てて、実行しているということだ。

「多分『勝手に動く』レベルで動き出すのは、機体や嬢ちゃんが危ない時に限るんだろう。嬢ちゃんが命令すれば、また別だろうが」

「あくまでレディを助けるために状況を判断していると。モビルドールなどよりはるかに柔軟だな」

 J.J.の説明に、グリンダは感心した様子でうなずく。

「力の差や苦境に抗おうとする、そんな意志を持つ人間を助けるマシーンならば、閣下の美学にも反することも無い」

 ーー彼女の言うことは時々よくわからない。

 ただ、自分や自分のガンプラに悪い印象を抱いているわけでは無いということは伝わり、アリスは少しほっとした。

「あれ?でもそんなに賢いのにさっきはどうしてダメだったんですか?」

「情報の不足。俺はあえてミッションの詳細を嬢ちゃんに知らせなかったんだが、結果コイツは、誰が敵で味方かの判断材料が足りなかった」

 視界の効かないステージ、制限されたセンサーでは、状況から敵味方を判断するにしてもあまりに情報が足りない。ミッション詳細をアリスが確認するなりすればALICEにも伝わったかもしれないが、それも無い。

 そしてアリスへの脅威を最優先に取り除こうとするALICEが、アリスから攻撃の指示を受ければどうなるか。

「不穏分子と疑わしきは罰せ、と判断したということだアイタァッ!今なんで俺殴られたの?!」

「レディを謀ったからだ貴公」

「理不尽?!」

 シブくカッコつけようとしたJ.J.、至極当然といった顔でそのJ.J.をどつき倒すグリンダ。

 …なんだろう、遠慮やら距離感やらを悩んでいる自分がバカらしくなってくるような、この気持ち。この人達で本当に大丈夫なんだろうかと、アリスは別の意味で不安を感じ始める。

「とにかく貴公、もうデータ採りは大丈夫なんだな!ミッションに参加しても良いんだな?!」

「あぁ、うん、はい、事前に見ておきたいところはまぁ」

「レディ、次の挑戦は私がエスコートいたします。レディのような可憐な少女を愛で…オホン、お守りする事こそが、私の最大級の誉れならば」

 アリスの前に跪いたグリンダの、きらびやかな笑み。エレガントな所作と、言動のミスマッチ。注がれる、並々ならぬ熱い視線。

 勢いに押されつつアリスは思う。

 

 …うん、やっぱりダメなのではこの人。

 

ーーー

 

『ブリーフィングを開始する。今回の作戦は奪われたガンダム試作2号機を追うアルビオン隊の支援だ。地形が複雑かつ、濃い霧と残留ミノフスキー粒子でレーダーの効果は期待できない。不意の遭遇戦や同士討ちに注意しろ。

 本作戦はアリスのSガンダム…あとで名前考えたほうがいいな…こいつの慣熟を兼ねている。直衛にはグリンダのトールギスルークを配置。俺のリガスレイは上空から支援する。各自互いのデータを良く読み込んでおくように。

 敵は核弾頭を盗み出したテロリストだ、遠慮することはない。治安維持部隊ティターンズが甘くないってことを宇宙人どもに見せつけてやれ!』

「え、エイリアンとかでるんですか?」

「私はOZスペシャルズの所属なのだが」

『締まらねぇなぁ、もう…』

 

ーーー

 

 2度目の霧中。スタートエリアから飛び出し降下したアリスの隣に、バーニアを吹かせて降りてきたグリンダのトールギスルークが、ゆっくりと重々しく着地した。

 重たい鎧を着込んだ、騎士のようなガンプラだとアリスは思った。元となったトールギスというガンプラの画像を見せてもらったが、それよりも一回り大きく感じる。

 特徴的なのは半身を覆う巨大な盾と、頭部のフィン状の兜飾りだろうか。白地に施された金糸と赤い紋章が、兵器というより芸術品を思わせる。

「見たとおり、私の機体は頑丈です。前衛は私が努めますゆえ、レディは後ろからついてきてください。敵を牽制しますので、撃てそうだと思えば自由に引き金を引いて構いません」

「でも、それだとグリンダさんに当たるかも…」

「柔な鍛え方はしておりません。それと、私の事はどうぞグリンダとお呼び捨てを」

 機体に騎士の一礼をさせ、グリンダは前へ進む。見た目に反しその動きは滑らかだ。揺るがない所作が、自信を感じさせる。

 アリスも操縦桿を倒してその後を追う。倒し具合は「大体このくらい」というアバウトな感覚によるものだが、ALICEのアシストで正確にトールギスルークに追従していく。

『こち…J.J.……況はど……?』

 少し離れた空を飛んでいるはずのJ.J.からの通信は、ミノフスキー粒子の影響で途切れがちだ。

「通信感度が良くないが、問題ない」

『問題あり…気がす……前…に機影…注意を…』

 やや呆れた様子のJ.J.の声が緊張する。上空からの視点で何か動く影を見つけたのだ。

 敵か、味方か。音は聞こえるが状況はわからない。アリスは先程と同じ繰り返しをしないよう、慎重に…

「了解。突貫する」

「え」

『え』

 宣言と同時にグリンダは盾を構えてフルブースト、霧の中へと突っ込んでいく!

 慌てて追いかけるアリス。この複雑な地形で危なくないのかと思ったが、なんのことはない。トールギスルークはちょっとした障害物など推力と防御力で粉砕しながら進んでいた。

 当然、派手な動きは霧向こうのまだ見えぬ影にも察知される。複数の方向からマシンガンの発砲音。だが…

「そのような攻撃で、トールギスが止まるものか!」

 銃弾は盾の表面で弾かれる。重量と速度が生み出すパワーは、弾着の衝撃など物ともしない。むしろ発砲の方向へ狙いを定めたと言わんばかりに突撃し、

「ふむ、敵だな!」

 確認と同時にそのまま盾で体当たり、シールドバッシュをかけ、真っ向からぶち当たった敵ーードムはバラバラに四散した。

「敵味方を視認するまではドーバーガンは使えないが…このレベルの火力が相手でしたら、基本的にこの戦法でいきましょう、レディ」

 逆噴射でスピードを落としたグリンダが振り返る。彼女が突き進んだ直線には、道ができていた。

「すごい…」

『あー、あんまり真似しないほうがいいなアレ』

 その後もグリンダはそれらしき影や音に向かって突撃し、霧向こうの正体を強引に明らかにしていった。

 流石にシールドバッシュのみでは撃破に至らなかったり、うまく避けてみせた敵もいたが、後衛として追従するアリスがトリガーを引き、Sガンダムの攻撃で撃破していく。ALICEの選択は適切で、グリンダを誤射するような事はなかった。

 途中、頭を失った白いザクーーさきほどアリスがうっかり撃墜してしまった護衛対象がドムに襲われる場面もあったが、上空から降り立ったJ.J.が危なげなく食い止め、鮮やかに敵機を撃破した。

「結構相性良さそうだな」

「はい?」

「俺たちの機体の話さ」

 通信が乱れない程度の距離にリガスレイを浮かせつつ、先行したグリンダと、アリスを見るJ.J.。

「グリンダが盾役、俺が中陣の遊撃担当。嬢ちゃんのSガンダムは後衛から正確な狙撃ができる」

「…はい、『この子』は賢いです」

 アリスの言葉に、J.J.は含むものを感じる。   

 J.J.が懸念していたのはまさしくこれだ。自分で操作している感覚から離れれば離れるほど、GBNの体験は色褪せるだろう。機械が自分よりもはるかに上手く戦ってみせるなら、自分がいる意味なんてないと、ゲームを嫌いにならないか。

 アリスにGBNを楽しんでもらうにはどうすれば良いか。J.J.のただでさえ凶悪な顔が、思案でさらに歪む。

 

≪コウ・ウラキ「うわぁぁぁ!」≫

 

 ーー気がつけばミッションは進行し、ミッションの元となったストーリーが目の前で展開される。若き青年コウ・ウラキの乗るガンダム試作1号機と、歴戦の強者アナベル・ガトーの操るガンダム試作2号機の一騎打ち。…追い詰められたコウが一矢報いるが実力の差は歴然で、ガトーの逃走を許してしまうシーンだ。

 原作を知っているJ.J.も、ミッションのクリア条件に関わらないと知ったグリンダも、そのシーンを見守っている。

 

≪アナベル・ガトー「トドメだッ!」≫

≪コウ・ウラキ「誰がっ!」≫

 

 ビームサーベルを振り上げる試作2号機。反撃の目を探すコウ。決められた展開が訪れる。 

 ーーその前に。J.J.と、さらに前のグリンダの横を猛スピードで駆け抜ける機体があった。

「やぁぁぁっ!」

 

≪アナベル・ガトー「なにっ?!」≫

 

 割って入ったSガンダムはビームサーベルを抜刀し、試作2号機のサーベルを受け止める。そのサーベルを払い除け、

「前へ!」

 さらに一歩踏み込み、2号機を押し除ける!

 

≪アナベル・ガトー「ぬぅっ!新手か!」≫

 

 不利と見たガトーは原作通りに跳躍し撤退。アリスは安堵の息を吐くと、その場に残されたコウに手を差し伸べた。

「大丈夫ですか?」

 

ーーー

 

 やがて霧は晴れ、いつの間にか上っていた太陽が、青い海と佇む試作1号機、その手の上で歯を食いしばって悔し涙を殺すコウを照らす。

 自らの未熟を、思い知った一人の青年を。

 それを見つめながら、アリスは口を開く。

「あの、J.J.さん」

「なんだい嬢ちゃん」

 険しい顔つきのJ.J.。

「私、この子頼りで、わからない事だらけで、きっとまだ役にも立てないですが」

 アリスはもう、この顔が自分の様子を窺っているものだと知っている。彼は、アリスがSガンダムにーーALICEに頼る弊害を心配している。

「大丈夫です。私はちゃんとここにいて、前に進みたいって思っています。だから、大丈夫です。そう、伝えたくて」

 アリスはそう言って、海に向かって歩いていく。J.J.はポカンとその姿を見送った。

「レディは貴公が思うより大人だよ。一人前のレディだ」

 隣にやってきたグリンダに指摘され、J.J.はガリガリと頭を掻いた。彼女をなにも判断できない子供だと勝手に決めつけた自分がいるのに、気がついた。

「…大人になりてぇな」

「貴公は子供だな」

「わぁってるよ。こんなナリでも中身はただのコーコーセー…とと危ない危ない」

 うかつに気を緩めていたJ.J.は背筋を伸ばす。背伸びではなく、自分の正直な気持ちを言葉にする。

「…なぁ、グリンダ。手伝ってやろうとか、そういう上から目線じゃなくてさ、あの子と一緒に遊んだら楽しそうだと思わないか?」

「私はレディに出会った時から、もう決めているぞ?」

「それはそれでちょっと怖いぞオタク」

 

 海辺を歩く、青い髪の少女。その傍らに佇む、少女を守る大きな守護者。

 一人と一機を見つめる男と女。鳥人と騎士。

 朝日が彼らを照らす。新しい、光。

 

「組むか、フォース」

「良いぞ、貴公」

 




リ・ガ・スレイ
ダイバー/ビルダー:J.J.
ベース:ガブスレイ、他ティターンズMS
兵装
:フェダーインライフル
:肩部メガ粒子砲x2
:ビームサーベルx4
:バルカン砲x2
:ワイヤーウィンチ『海ヘビ』
詳細
 J.J.の駆る高機動ガンプラ。ティターンズブルーとホワイトを基調とし、鋭角的なシルエットに整えられている。
 元より高機動可変機であるガブスレイをベースに、肩部、腰部のスラスターを大幅に増設する改造を行っている。MA形態では干渉しないよう原型機より腕を広げた可変を行い、そのシルエットは羽を広げた猛禽を思わせる。
 自身の機動で自壊しないようフレーム剛性もかなり強化してるが、装甲面積に難があり被弾に弱い。MA形態に至ってはまともな装甲厚は正面及び胴体部しか確保されておらず、側面、背後から攻撃を受けると非常に脆い。
 装備としては肩部メガ粒子砲の可動域確保と基部の強化、フェダーインライフルの銃身を強化し近接戦に対応できるようにした他、多目的ワイヤーウィンチを固定兵装として増設し、電撃を流すいわゆる『海ヘビ』として使用可能。先端の打突ユニットにはカッターやフックとしての機能もあり、機体の急旋回などにも活用可能。またMA時のライフルラックはMS時にも使用可能で、空いた両手&クロー形態の両足でビームサーベルを保持する4刀流を見せることもある。
 総じて、一撃離脱のヒット&アウェイを基軸に複数の詰め手も持つ、テクニカルな機体に仕上がっている。
(外観イメージ:TRシリーズ版ガブスレイ)


トールギスルーク
ダイバー/ビルダー:グリンダ
ベース:トールギス
兵装
:ドーバーガン
:ビームサーベルx2
:頭部ヒートフィン
:ガンダニュウム製タワーシールド
詳細
 グリンダが操る重装甲ガンプラ。カラーリングは白を基調に、赤色で装飾がされている。増設された装甲で原型機よりも「着膨れ」して見える。
 重装甲の機体を殺人的な加速で振り回すのがトールギスの特徴であるが、トールギスルークは装甲性能をさらに上乗せし、驚異的な防御力を誇る。結果、旋回性能が大きく下がり小回りが効かなくなっているが、操縦性はむしろ向上している。また、フルブースト時の直進性能は落ちた現状でも十分に早いレベルを保つ。
 特徴的な装備である大盾は、肩の装備マウントと左手によって保持され、時に右手も用いた両手持ちで運用される。中央部が衝角状に張り出しており、盾を正面に両手で構えた突撃は立ち塞がる者を粉砕する威力がある。
 グリンダの設定では、本機はトレーズのトールギスⅡが準備される際、トールギスの予備パーツが揃わなかった時のためにリーオーのラインを用いて製作されたパーツを用いているため、正確にはリーオーの先祖返りにあたるという。「グリンダ・ヴィレッジ特佐の意向でトレーズの盾となるべく調整されたが、最終決戦に駆けつける直前に機体共々ディメンジョンに飛ばされた」…という設定。
 敵の攻撃を正面から受け止め、ドーバーガンによる反撃を基本とした質実剛健な機体。まさに動く城塞とも呼ぶべきガンプラである。
(外観イメージ:LEDミラージュ(MH)風の頭部、各部装飾のトールギス)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1-6 雌伏の幕間、至福の開幕

 

 GBNからログアウトした亜里珠は、筐体に設置したガンプラとダイバーギアを取り外した。

 柔らかい布を敷き詰めたケースにガンプラを大切にしまい、ギアと一緒に鞄に収めて、ゲームルームを後にする。

 夕日の差し込むガンダムベースは休日ということもあり、未だ人の絶える様子はなく。家族連れや学生、老若男女様々な人間が出入りしているなかを歩いていく。それを横目に、亜里珠は受付カウンターでゲームルーム使用の料金を支払った。

「ありがとうございました」

「ありがとうございます。お疲れ様でした」

 受付カウンターの男性ーー眼鏡をかけた店員のお兄さんが、柔らかい笑顔で伝票を受け取り、亜里珠を労った。物腰の穏やかな人で、子供達にガンプラの作り方を教えていたりするのをよく見かける人だ。

 ふと思い立って、亜里珠は周りを確認する。カウンターの周りに他の客は少なく、今なら大丈夫かもしれない、と思い切って声をかけた。

「あの…すみません」

「はい?どうかしましたか?」

 小首を傾げる店員に、亜里珠は鞄からガンプラの入ったケースを取り出し、開けて見せる。

「この子が出てるお話って、どれですか?」

「これは…」

 亜里珠が取り出したガンプラを前にして、店員の目が変わる。掛け直した眼鏡が照明を反射してキラリと光った。

「スペリオルガンダム…マスターグレードベースかな。全体のシルエットはそのままだけど、だいぶ改造してあるね。ビームスマートガンと大腿部ビームキャノンは併用できないはずだけど…よく見てみてもいいかい?」

「アッハイ」

「腰の後ろに折り畳みアームを追加しているのか。この取り付きだとEXーS<イクスェス>にした時どうなるんだろう。そもそもコアブロックに干渉…」

「あの」

「いや、コアブロックシステム自体をオミットしているのか!これなら剛性もかなり上がる。可変は…なるほどあくまでEXーSパーツに換装してGクルーザーになることを見越しているんだ。Sガンダム形態での分離変形は完全に切り捨てて、最終的な完成度を意識しているんだな…」

「その」

「分離は戦術上面白い機能ではあるけど、それを捨ててでも得られるメリットってなんだ?Sガンダム、EXーSの共通点…そうか、設定上ALICEは分離していると機能しないんだ。常にALICEが働く事を優先した…」

「あの!」

 恐ろしく早口で分析する店員に一度は圧倒されたものの、亜里珠は彼にもう一度声をかける。ハッと我に帰った店員は、亜里珠に向き直る。眼鏡の奥に優しい光が戻っていた。

「ごめんね…かなりの完成度だったからつい。シャフリさんの事を笑えないな」

「いえ…私この子のこと全然知らなくて。ガンプラに詳しいんですね」

「上には上がいるけどね…」

 店員の謙遜には、実感と真実味がこもっていた。ガンプラって奥が深いんだなぁ、なんて呑気な事を考える亜里珠。

「その様子だとビルダーはキミじゃないんだね。でもとても大切にされていることがわかるよ。手入れの方法、教えようか?」

「あ、それはとても知りたいです。迷惑でなければ…」

 亜里珠の言葉に、彼は笑った。

「迷惑なんかじゃ無いさ。ガンプラを好きな子、好きになってくれそうな子のためならね。今日はフォースメンバーとの約束も無いし」

 

 結論から言って、亜里珠のガンプラが主役の映像作品は無い、と店員は教えてくれた。

 J.J.も似たような事を言っていた気がするので、亜里珠にもさほど落胆はない。…少し残念ではあるけれど。

「客演でチラッと出ていたり…趣味の人が作った自作ムービーとかはあるけれど。あとはゲーム作品なんかには時々出ているかな」

 手元でガンプラの部品を整備しながら、彼はいくつかの動画を見せてくれる。画面の中で、デフォルメされたSガンダムが動きまわっていた。

「ゲームは、GBNでいっぱいいっぱいです…」

「そんな感じだよねぇ」

 …ゲームにもガンダムにも不慣れであることは、言うまでもなく伝わっているようだった。

 ならばもういっその事、と気まずさをーかなりの努力の末にーかなぐり捨てて、亜里珠は店員に質問を続ける。

「あの、それじゃあ『コウ・ウラキ』って人が出ているものは、どれですか?」

「0083?いや、あるにはあるけど…」

「それを、教えてください。あと、彼のガンダムのガンプラも」

 ガンプラを一度は作ってみるべきだ、という気持ちがあった。Sガンダムをもうひとつ作ってみることも考えたけれど、それはなんだか憚られた。

 それに、GBNのミッション中に見かけた自分の未熟に歯軋りする青年が、亜里珠には印象深かった。彼にまつわるお話とガンプラが、自分から興味を持って触れる、『はじめて』に相応しいのではないかと、なんとなく感じていた。

「うーん、0083はガンダム初心者には…あぁでも興味を持ったものを否定するのは絶対にしたくないし…」

「大丈夫です。難しかったら、別のものを探してみます。ガンダムはたくさんあると、聞いていますから」

「…こういう『好き』も、あるか」

 亜里珠の言葉に店員はそこまで言うなら、と席を立ち、一つのガンプラの箱といくつかの工具を手に戻る。

「『ガンダム試作1号機 GP01フルバーニアン』。コウ・ウラキの特徴的なガンダムは僕が思うに2つあるけれど、もう一つの方はちょっと『大きい』からね。多分コレが良いと思う」

「じぃぴぃ?」

「ガンダム開発計画って意味なんだけど。設定ではガンダム開発計画には女性技師が多く携わっていたから、コレには花の名前が付いていてね。ニックネームは『ゼフィランサス』というんだ」

 作製に困ったらまた助けるよと彼は言い、亜里珠にガンプラを渡す。パッケージに描かれた、宇宙<ソラ>を駆けるガンダムの姿。

「ゼフィランサス…」

 記されたその名を指先でそっとなぞり、亜里珠はその名前を繰り返した。

 

ーーー

 

 宇宙を駆ける、抜刀したモンテーロ。

 振りかぶったジャベリンはしかし相手に届くことなく、より早く振り抜かれたビームサーベルによって腕ごと断ち切られた。

 動きがまるで変わったSガンダムはモンテーロを切り刻み行動不能にする。左のビームサーベルを逆手に構えた二刀流は、ガンダムSEED最強のMSとして名高い『フリーダム』を思わせる姿だ。

 モンテーロの爆散を見届けたSガンダムはその双眸で戦場を見据え、飛翔。全身の火器とビームサーベルによる同時攻撃で、立て続けに何機ものガンプラを撃破していく。

 ーー何度目かになるその記録映像を見返して、『エイト』は深く椅子にもたれかかった。

「…ALICE、か」

 自分が敗北した理由には、おおよそ見当がついた。機動の急激な変容、赤く輝くカメラアイ。一瞬だがノイズと共に画面に現れた文字は、ゲーム的な演出だろうか。

「初心者狩りが初見殺しに狩られるなんて、ホント笑えるよ」

 ーーわだかまりはそれほど無かった。狩場の崩壊を何故かエイトのせいと言ってきた有象無象の相手をするのはそれなりに楽しかったし、これくらいスリリングな方が遊びがいがある。

 ただ、自分が『彼女』にとって「他の有象無象」と一緒くたに扱われるのは嫌だと思っている。あんな連中と同じにされるのは我慢ならない。

 自分は、奴らとは違う。

 それを証明するためには。

「『ALICEに頼っても勝てない』、そう見せつければお姉さんも、僕を見くびらないでしょ」

 ALICEは決して無敵では無い。それまでに与えた損傷が回復したわけでも無いし、発動中も残った兵装を効率的に使っただけだ。反応速度と状況処理能力が飛び抜けて高い『だけ』。

 とはいえ強力なガンプラだ。予備機として育成中だった半端な機体では、拮抗するのは難しいだろう。

 エイトは棚に並べられたいくつかのガンプラに手を伸ばす。前に使ったノーマルのモンテーロではなく、エイトにとっての『とっておき』。その中でも、エイトのイメージするALICE対策に最も合致した1つ。

「…あとは」

 ガンプラの整備を進めながら、エイトはある宛先にメッセージを送る。

 エイトの調べでは、今アリスは二人のダイバーと行動を共にしている。当然、彼が勝負を持ち込んだところで邪魔が入るに決まってる。

 ならば。

 こちらも二人、用意すればいいだけのこと。

 幸いにしてアテがあり、それに伴う出費は、この『楽しみ』のためならば痛くも痒くも無い。

「待っててね、お姉さん」

 計画を練り、戦術を考え、準備を進める。その目は、新しいゲームを見つけ攻略を考える、至極ありきたりな、誰もが持ち得る『愉悦』に満ちていた。

 

ーーー

 

 深夜。

 オンラインゲームであるGBNは24時間稼働しているが、それでも人の減る時間帯というのは存在する。

 そんな時刻。人気の少ないロビーに。

 ーー1匹の白ウサギが姿を現した。

 服を着て、後ろ足2本で直立するウサギのアバター。動きを妨げない拳法着にカンフーシューズ。短い手足で器用に跳ね歩く小柄な姿。

 ダイバー名を『カンフーウサギ』という。

 …カンフーラビットでも、功夫兎でもなく『カンフーウサギ』だ。

 ウサギにとって、それは久々のログインだった。並ぶ沢山の未読メッセージ。それを特に感慨を抱くでもなく片付けていく。

 ーーウサギは、ここにはもう来ないつもりだった。ウサギにとっての憩いは既にGBNにはなく、楽しい遊び場だった思い出は、今は辛い記憶と結びついてしまう。

 そうして足が遠のいたまま長い時間が過ぎてしまった。アカウントも何もかも中途半端なまま放置してしまった。

 だからこれはウサギにとっての精算であり、禊ぎだ。ちゃんとアカウントを整理して、片付けと挨拶が済んだらGBNから去ろう。そう思って、今晩ここにやってきたのだ。

 

 ーーだが、そんなウサギの前足が。

 ーーある記録で立ち止まる。

 

 『招待フレンド【アリス】がログインしました』

 

 表情の読みにくいウサギの顔が、明らかに変わる。あわてた様子でログを漁り、ウィンドウをひっくり返すかのような勢いでその名前を探す。

 登録の扱いはあくまで『仮』。通常のフレンドと違ってその後のログイン、ログアウトの記録は通知されていない。それでも『カンフーウサギ』とウサギの『フォース』には、その縁を探る術があり。

 

 ーーしばらくして。

 ーーウサギは。

 

 

「お、珍しいアバター発見」

「アレはウサギかな。こんな時間なのに、どうしたんだろうね。一人でぴょんぴょん跳ね回って」

「さぁ?なんかイイコトでもあったんじゃねーの」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。