紫苑の叛逆者Re;birth 赤の女神 (ローハイン)
しおりを挟む

1話




 昔々書いてた小説のリメイクです
 そろそろ原作にレッドハートやブルーハート出てきそうな気もしますが、気にせずに進めます

 (むしろ未だに出てこないのが謎)


 女神様が、負けた。その凶報を聞いた時、俺は耳を疑った。間違いであってほしかった。

 だから思わず情報を持ってきた密偵の胸倉を掴み、聞き直したが答えは変わらない。

 

 事の起こりは数年前。犯罪組織なるものが突如台頭し、ゲイムギョウ界は甚大なダメージを受けた。

 それを解決するために女神様たちが四国合同でギョウカイ墓場へと赴いたのだが……。

 

 あっけなく敗北したという。

 密偵の話ではたった一人の敵に負けた、と。

 

「なんてことだ……」

 

 俺は拳でテーブルを殴った。

 負けた? あの人が? ウソだ。ありえない。そんなはずは無い。

 

「ですが、事実なんです! 僕はこの目で見たんです! あんな恐ろしいものは……今まで見たことがありません」

 

 密偵は青ざめた表情で叫ぶ。唇も紫色で、血の気は無い。ただの偵察任務なのに彼はひどく憔悴していた。

 

「キャプテン! 大変です!!」

 

 扉が開き、別の密偵が駆け込んできた。肩で息を切らし、その場にへたり込んだ。

 

「今度はどうした!?」

「シェアが……急速に損失しております!! 四国すべて一斉に!!」

「くそ!」

 

 俺はパソコンを立ち上げ、ソフトを起動させる。そして目の前にある現実に、思考が停止した。

瞬く間に減っていく各国のシェア数値。これほどまでの急激な変化は今まで見たことが無い。

 

「終わるぞ……この世界が!」

 

 ギリッと歯を食いしばり、俺は使い古された剣を掴んだ。

 

「第一班は俺と共に活性化する魔物たちを討伐だ! 第二班は現状の把握と混乱の鎮圧を勤めろ! 第三班は教会の諜報部と連携し、情報収集に徹せよ!」

 

 俺の号令に数多くの仲間たちが応えた。

 

 *

 

 そうして世界は衰退した。

 

 月日の流れは、速い。俺はすっかり数を減らした仲間たちを見て痛感する。

 

 あれから三年。

 

 何もかもが急変した。四国のシェアは低迷し、市場は暴落。マジェコンの普及によって劣化コピーが溢れ、人々のモラルは地に落ち、魔物たちはこぞって凶暴になって国や街を襲う。

 

 教会と手を組んで必死に食い止めようとしたが、状況は悪化の一途を辿った。やがて俺たちの中でも裏切り者や脱退者が後を絶たず、反抗同盟(レジスタンス)は事実上、分解した。

 

 だが、このまま終わるつもりは無い。今日イストワール様が少ないシェアを用いてシェアクリスタルを作り、ある二人に託した。

 

 一か八かの女神奪還作戦を行うらしい。話し合いの結果、俺たちもそれに乗じ、ギョウカイ墓場に総攻撃をかけることが決定した。

 何の力も無い俺たちでは犯罪組織には敵わない。だが、この命を賭ければ女神様たちを助けることはできるはずだ。

 

「今一度、この世界に光を。反逆の剣に……勝利あれ」

 

 俺たちは杯を掲げ、吊るされた剣が描かれた紋章を見上げた。

 

 *

 

 端的に言えば奪還作戦は一応、成功したことになる。女神候補生であるネプギア様は無事、救出されて墓守から逃れることができた。

 

「戦車を前に出せ!! 前衛は砲撃しつつ遅滞戦術で下がらせろ!!」

 

 ネプギア様を逃した怒りなのか、または目くらましを食らったことによる怒りなのか、あるいは両方か。

 暴虐の墓守ジャッジ・ザ・ハードは己の武器で当たるものすべてを砕いていた。

 

「ぬぅあああああああああああ!! 貴様らぁ!! 俺の渇きを癒せぇえええええええええ!!」

 

 反抗同盟(レジスタンス)の残る総力を結集して戦いに望んだつもりだ。勝てなくとも多少の戦果は挙げられると思っていた。

 

 しかしそれは大きな間違いであると認識させられる。目の前で戦車がいともたやすく吹き飛び、大破した。武器を構えて突撃する一隊が胴を切り飛ばされて、血の海に沈む。遠距離からの砲撃も魔法もまるで通用しない。

 これも犯罪組織のシェアが高まっている証拠なのだろう。

 

「そういやネプギア様の必殺技も効いてなかったなこいつ……」

 

 俺は剣を握り、好転しない状況に歯噛みする。

 

「後方支援! 魔法詠唱始め!!」

 

 俺が合図を出すと仲間たちが復唱し、墓守の後ろに控えているメンバーにまで伝わる。

 

「魔法詠唱始め! 放てェ!!」

 

 次々と魔法陣が展開し、炎や稲妻が宙を奔り、墓守に直撃した。

 

「効かぬ!! 効かぬわああああああああああああ!!」

 

 爆煙が風に吹き散らされると、何事も無かったかのように奴は姿を見せる。粗雑に見える動きだが、その穂先は正確無比に仲間たちを血煙に変えた。

 

「目標健在!! 効果なし!!」

 

 クソッタレ……やはり、ダメなのか……。

 残された手段は……。

 

 俺は鞘から剣を抜き放った。傷だらけだが、それでも刀身はギョウカイ墓場の薄明かりを浴びて微かに光る。

 

「総員、攻撃陣形に移れ!! 生きて帰れると思うな!! 我らが死地はここにあり!!」

 

 このまま戦っていても勝ち目はない。ならば最期の攻勢に入り、墓守を突破して女神様たちが捕らわれている場所まで、誰か一人でもたどり着かせる。

 これも話し合いで決めたことだ。

 

「皆、覚悟はできています」

 

 仲間たちも各々の武器を構え、鬼気迫る顔つきで墓守を睨んだ。

 

「全軍、突撃――ッ!!」

 

 俺たちは雄叫びを上げて墓守へと突っ込んでいった。

 

 *

 

 心臓が激しく脈打つ。鼓動に合わせて流れ出る血は、泥と汗に混じって滴った。

 だからといって俺は立ち止まるわけには行かない。

 

「虫けらがぁあああああああ!! ちょこまかと飛び回りやがってぇ!!」

 

 力任せに打ち込まれた武器はたやすく地面に突き刺さり、岩がささくれのように突き立った。

 俺はその武器の上に乗り、そのまま墓守の腕に飛び移った。

 

「ぬぅ!? この俺様の体に引っ付くなぁあああああああ!!」

 

 墓守は武器を持っていないほうの腕で殴りつけてくる。すかさず俺は足元に魔法陣を描き、瞬間的に下半身のパワーを解放した。

 両足の筋肉が悲鳴を上げ、骨がきしむ。魔力でがっちりと固めた身体でも負担は大きい。せめてもの幸いは肉離れや骨折の恐れはないことか。

 

「うぉぉォオオオオオ!!」

 

 今度は殴ってきたほうの腕に飛び乗り、俺は一気に墓守の肩まで走りぬけた。

 そして奴の装甲の突起を足がかりに更に高く、跳躍する。

 

「食らえぇえええええええ!! 極剣・響!!」

 

 気合と共に振り抜かれた剣から紅い衝撃波が放たれる。上空から叩きつけられた一撃に墓守はよろめいたが、やはり決定的なダメージにはならなかった。

 

「チッ、これも通じねえのか……」

 

 着地した俺は剣を正眼に構えて、腰を落とす。

 

「キャプテン……ここは僕らで墓守をひきつけます。その間に女神様を助けてください」

「お前、何を――」

 

 振り返るが、密偵を見て言葉が途切れる。真赤に染まったその腹部を。

 

「この怪我では長くは持ちません。早くしてください。僕らの作戦は生き残るためではありません。女神様を救うことです。ここで僕らの意思が潰えても、女神様さえいれば受け継がれます」

 

 俺は、血がにじむほどに唇をかみ締めて、墓守の後ろを見やる。

 女神様たちはあそこにいる。もう少しなんだ。あともう少し……。

 

「たとえ死しても……次へと届ける」

 

 それが我らの道。

 正しいのかは、分からない。

 誰もが納得したとしても、この選択が最良だったのか……恐らく、答えは出せない。

 

「どうか女神様を救ってください。そうすれば僕たちもあなたの中で生き続けます」

 

 密偵は俺の顔を見てにっこりと笑う。

 

「一足先に、神界に行ってきます」

 

 そうして彼らは走り出した。

行け。迷う暇はない。己の役目を、果たせ。

 

「みんな!! キャプテンを援護しろ!! 墓守の攻撃を一撃たりとも届かせるな!!」

 

 墓守が幾度と無く攻撃を繰り返すが、その度に仲間たちが俺の盾となって散っていく。

 飛び散った熱き血潮が、俺の黒いコートを染め上げる。その心を刻みつけるように。

 

「うぉああああああああああ!!」

 

 折れそうになる心を雄叫びで叱咤させ、墓守の真下をすり抜ける。

 打ち下ろされた武器の一撃を、密偵が両手の剣で受け止めた。

 

「行ってください!! どうか、どうか、もう一度この世界に――」

「邪魔だぁああ!! 雑魚がぁああああ!!」

 

 密偵の言葉は途中で途切れる。

 墓守の武器が彼の双剣を砕き、密偵は鮮血をしぶいて吹き飛ばされた。

 

「――ッッ!!」

 

 俺は振り切りるように前を向いて走った。

 この責務から逃れるように。目を逸らすように。こんなのが、正しいわけがない。分かってる。でも、こうするしかないんだ。許してくれ……許してくれ……。

がむしゃらに走って、走って、足がもつれそうになって。

 

「女神、様……」

 

 ようやくたどり着いた先にあるのは……悍ましく、奇怪な触手のようなものが絡み合って出来た巨大な塊だった。女神様たちはその中に埋め込まれるようにして囚われ、項垂れている。意識は無いのか、あっても酷く曖昧な状態なのだろう。

 いずれにしても良くない状況だ。早々に破らなければ……。

 

「極剣・心――」

 

 俺は懐から事前に作っておいたシェアクリスタルを取り出す。そしてそれを砕き、シェアを剣へと流し込んだ。

 何でこんなマネができるのかは知らない。以前、シェアクリスタルの製作過程を見よう見まねでやったら、できてしまった。

 

 それ以来、俺という人間には相応しくない立場を担うようになってしまった。

 ……俺はリーダーなんて向いてないんだよ。

 

「掻っ捌け!!」

 

 渾身の力で振り抜く。

 ワイヤーが歪み、切れ目が走るが拘束は解けていない。

 

「くっ……ならば、もう一度!」

 

 再度、シェアを集中させて切りかかる。

 するとネプテューヌ様を捕らえていたワイヤーがついに切れて、彼女の体がずり落ちてきた。

 

「やった……」

 

 俺は受け止めて、その無事を確認する。大丈夫……生きている。早く残りの三人も助けなければ。

垂れてきた泥まみれの汗を拭って、俺は三度目の攻撃を放とうとしたが。

 

「小僧ォオオオオオオオ!! 何をしてやがるぅううううううう!!」

 

 墓守が怒号を発して迫ってきていた。

 

「莫迦な、もう来たのか……ふざげやがって!」

 

 俺は毒づいてネプテューヌ様と残る三人の女神を見比べる。今の俺の力では墓守には敵わない。そして仲間たちの犠牲を無駄にするわけにも行かない。

 できることは――一つ。

 

「――……っ」

 

 俺は懐から閃光手榴弾を墓守に投げつけ、ネプテューヌ様を抱えて全力でギョウカイ墓場から脱出をする。

 

「ぬぅ!?」

 

 眩い閃熱に墓守の巨体が傾ぐ。俺はすかさず脇を駆け抜けようとしたが――。

 

「逃がすかァッ! 小汚いムシケラがァ!!」

 

 まるで見えてるかのような的確すぎる動作で奴は、長大なポールアックスを振るう。

 油断、してたと言えばそれまでだ。連中に常識が通用しないことは分かっているんだから。

 

「がっ、はァ!?」

 

 冴え渡る一撃が、胸を抉る。人外な膂力で繰り出された刺突は、容易く人体を残骸に変えるほどのパワーだ。

 肉が千切れ、骨は砕ける。ぶつ切りにされた神経は脳がショート寸前の激痛を絶え間なく送り付けた。

 

「ああ……クソ、最低だ」

 

 喉元に絡む血の塊を唾棄し、俺は突き刺さったままの武器の柄を握り締める。

 

「ヘェハハハハハ……逃がすと思うかぁ? 殺してやるぞ、小僧ぉおおおお」

 

 目元を抑えていたジャッジ・ザ・ハードがこちらを振り向く。嗜虐的な笑みを浮かべ、嫌らしくポールアックスをぐりぐりと回し、余計な痛みと損傷を与えてきた。

 

「死んでも……次へと届ける。それが、我らの誓い……」

 

 傷口が脈打つ心臓に合わせてズキズキと激痛を放つ。刺された胸は燃えるような痛覚を持っているのに、手足の感覚はどんどん鈍り、冷たくなっていく。

 ダメだ。まだだ。まだ、ダメだ。まだ、死ねない。今は、この一瞬だけは、ちょっとくらい耐えてみろ。今まで、何のために頑張ってきたんだよ? 何のために、あいつらは死んでいったんだよ?

 

 ――全ては、この時のためだろうが!!

 

 俺は鮮血塗れの手で奴の得物をより強く掴む。

 

「いい加減、諦めろ……お前らに勝ち目なぞないわぁ……!」

「それは、どうかな……?」

 

 俺は魔力を体内で練り上げる。多くは必要ない。使うのは……俺自身の命なのだから。

 ああ、道連れだ。勝てなくていい。次へと繋げる。

 

「ぬ……? 貴様ァ、まさかぁッ!?」

「今更気づいてもおせーよ、バーカ」

 

 思惑を察した墓守がポールアックスを抜こうとするが、刃の返しが肉や骨に引っかかり、俺も柄を強く掴んで離さない。

 調子こいて深く刺し過ぎたな、マヌケが。さあ、かっとべ――!!

 

「やめろ、やめろォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「第一等位魔法……【エンド・ディザスター】」

 

 眩い閃光が、全てを包み込んだ。

 

 

 

 







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

 強くなんてなかった。

 弱いままで、良かったんだ。

 

 

 

「顔を上げてください、レットさん」

「はい」

 

 思考の海に沈んでいた意識が戻る。俺は言われたとおりに顔を上げた。壇上に二人の女性がいた。

 一人は、本の上に載った妖精にも見える女性。プラネテューヌを古くから見守る人工の生命体イストワール様だ。

 そしてもう一人は……

 

「ん? どうしたの、ジッと見て。まさか私にホレちゃった?」

「ネプテューヌさん!」

「むー、分かってるよ。いーすん」

 

 ネプテューヌ様。この国、プラネテューヌの女神。世界を支える四柱の一柱。

 

「……お元気そうで、何よりです」

 

 俺は彼女に一礼する。疲労や憔悴の影はどこにもなく、健在な様子のネプテューヌ様に胸を撫で下ろした。ネプギア様も幸いご無事だったので、プラネテューヌの崩壊は避けられたと見ていいだろう。

 無論、予断は許されないし他の国は危険な状況のままだが。

 

「では、本題に入ります。今回、レットさんをお呼びしたのは、あなたに託したい任務があるからです」

 

 任務……その言葉を聞いてまた疑問が湧いてくる。

 あの日、俺は墓守の追撃を退け、ネプテューヌ様を奪還した。多くの犠牲の上で成し得たことに過ぎないのに、国では英雄的行動と讃えられ、俺はプラネテューヌの近衛兵団に招かれた。

 人手不足なのは承知している。しかし俺のような野良で生きてきた傭兵のような人間に、このような場所は似つかない。

 

 断る選択肢もあった。だがイストワール様直々の頼みとなっては、無下には出来ない。俺のどこにスカウトする価値を見たのかは知らないが、課せられた仕事はこなそう。それが最低限の礼儀だと言い聞かせる。

 

「ネプギアさんたちがゲイムキャラの協力を得るために旅をしているのは、知ってますね?」

「……はい」

 

 女神候補生であるネプギア様は、コンパ様とアイエフ様と共にゲイムキャラの協力を仰ぐため、旅に出ている。

 既にプラネテューヌのゲイムキャラと接触し、力を分けてもらったらしい。彼らは世界が危機に瀕した時、力を貸してくれるありがたい存在のようだ。詳しくは知らないが。

 

「そこでレットさんはネプテューヌさんと協力し、各地のシェアの回復をしていただきたいのです」

「え……?」

 

 俺が? 女神様、と? この、ただの傭兵上がりの人間が、国の最高指導者と?

 

「どうして、私にそんな……」

「あなたの強さを見込んで、です」

 

 そんな……俺は、強くない。強くなんか無い。

 だって俺は何人も仲間を……。

 

「あなただからこそ、お願いしたいのです。あなたは何よりもこの国――いえこの世界を守ろうとしてくれましたから」

 

 喉元まで迫った弱音を強引に飲み込む。やるしかないんだ……やるしか……。

 

「――分かりました。必ずや、その任務、成功させます」

 

 俺は胸に手を当て、姿勢を正した。

 

 

 

 謁見を終え、教会内にあてがわれた自室に戻る。後ろ手にドアを閉め、そのままズルズルとへたり込んだ。

 重くのしかかる重圧。正直、逃げ出したい。いつからこんな臆病になったんだろう。仲間を死なせたからなのか、自分が死に損なったからなのか。

 

 ――鏡に映る自分は、もう自分じゃない。

 

 

 

 あの日、俺は墓守と共に吹き飛んだ。吹き飛んだ、ハズだった。

 死んだと思った。死んだはずだった。

 

 なのに生きている。今もこうして。

 

「何の冗談なんだろうな……」

 

 無音の部屋に独白が沁み込む。

 

 俺は頭から垂れる燃えるような赤毛を掬い取り、見つめる。慣れ親しんだ薄汚い黒の短髪は面影すらなく。

 愛用のコートはサイズが合わなくてブカブカだ。イストワール様に見繕ってもらった近衛兵の服も俺の矮躯で着れる特注品。

 

 胸はまな板のように平坦なのは変わらないけど、もう俺は男じゃない。

 あの日、あの時、全てが変わってしまった。

 

 

 

「……ここは、どこだ?」

 

 気がつくと俺は、無限に広がる青空と流れる雲だけの世界にいた。足元にたまった水に空が反射して、幻想的な風景を作り出している。

 聞こえるのは風がそよぐ音だけだ。

 

 俺は確か、墓守に自爆を仕掛けて諸共吹き飛んだハズじゃ……。

 

「ここが、神界……?」

 

 戦い散った戦士たちが行きつく最後の安息地。初代女神様が神の力を授かったとされる伝説の都。それが神界。

 

「そう思うだろ? 違うんだな、これが」

 

 俺はいきなり声をかけられ、咄嗟に振り返る。既に利き手は愛剣の柄頭に触れていた。

 

「わりぃ、驚かすつもりは無かったんだ」

 

 目の前にいたのは、一人の男……いや、少年と言った方が良いくらい年若い。

 

「お前は……何者だ?」

 

 只者じゃないことは見れば分かる。底知れぬパワー……こんなバケモノ、初めて見る。あの墓守すら霞むレベルだ。戦えば認識する暇もなく狩られるだろう。

 

「俺は遠い次元の、ずっと向こう側の世界の住人。交わるはずの無かった、虚ろなる世界」

 

 駄目だ……俺は男の言葉が理解できない。自分を異世界人とでも言いたいのか?

 

「……分かりやすく言ってくれ」

「今は分からなくていいよ。お前が知りたいと願うなら、やがて知ることになる」

 

 それよりも、と男は続ける。

 

「お前にはやるべきことがあるだろ」

 

 やること? 

 これ以上、何をすればいい。

 

「お前一人、野良犬のように死んでお終い。そんなんでいいのか?」

「………」

 

 女神様は一人だけでも救えた。墓守も大きなダメージを負っただろう。教会の人たちも俺の自爆の光を見て、墓場に来るはずだ。ネプテューヌ様は彼らに任せればいい。やる事は全部終わった。これでいい。後腐れなく死ねる。

 

「本当に?」

「……何が、言いたいんだ」

「さあな。ただ、お前のツラが死を満足して受け入れた奴には見ねぇんだよ。ゴタゴタ言ってねぇで、さっさと出戻ってこい。動けるうちに動け。お前の、信念の赴くままに」

「……っ、な、待て!」

 

 青空の世界が、突然崩れ始める。激しく揺れ、立つことすら出来ないのに少年は微動だにしない。

 

「テメェの仲間は、テメェに夢を託したんだ。死んでも叶えろ。女神を、護れ」

「お前に、何が――」

「分かるさ。俺は夢を護れなかった」

 

 少年の顔に浮かぶのは、微かな影。何を護り、喪ったのかは分からないが、きっとそれは途方もなく大きなものだったのだろう。

 

「待ってくれ!! お前の、名前は……!」

 

 崩壊していく中で、俺は遠ざかる男に呼びかける。

 

「俺か? 俺の名前は――」

 

 

 

 ――レッドハート。だけど今日からお前が、レッドハートだ。ま、せいぜいがんばれよ。

 

 そこで俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 レッドハート。彼は確かにそう言った。赤。赤色。赤の女神。この世界には存在しない赤色。

 そして今日から俺がレッドハートだ、とも。俺が女神に? 何の冗談だ、バカバカしいと一笑に伏せたらどんなに楽だっただろう。

 

 けど、鏡に映る俺が現実を突きつけてくる。

 

 ツインテールに結ばれた真紅の髪。同じく赤く透き通った双眸。背丈は縮み、ネプテューヌ様と同じくらい。黒いコートと無骨な装備をつけただけの色気の欠片もない服装。

 それが今の俺。俺は死に損ない、女神になって蘇った。端的に言うとそうなる。

 

 イストワール様にも全て話し、綿密な検査まで徹底的にやった。革新する紫の大地の科学力が示した答えは一つ――俺は女神だと。

 ありえないことばかりで混乱してくる。第一、国もシェアもないのに何で生きているんだ? 女神は国を創り、その民たちの信仰で力を高め生きている。逆に失えば存在すら危うくなるのだ。

 

 当然、俺のシェアはゼロ。国もないし、民もいない。実際、女神が持つ権能の一つである変身は出来なかった。

 でも生きてる。ワケわかんないよな。頭ン中グチャグチャなのに整理する余裕すらない。そもそもあの男は何者なんだ? 男なのに何で女神の力を……。

 

 止めよう、どうせ考えても無駄だ。……とにかく、与えられた仕事だけはこなさなくては。

 ミスは許されない。

 

 

 

 






前作は肝心のTS要素入るのが遅すぎたので今回は早めました。大きなリメイク個所の一つです。

あと前のレットは色々とエロ的な被害受けたり、総受けだったりと弄りすぎたので、今回はシリアス感強めてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

「……ではまず、簡単なクエストからやりましょうか」

 

 翌日。俺たちは早速、プラネテューヌのギルドに足を運び、依頼を確認する。シェアを回復される一番の方法は人々の頼みごとを聞くことだ。地味だが、着実な手段だろう。

 

「えー? どうせなら、Sランク選んで一気に回復させようよ」

「……私が死にます。ネプテューヌ様だってまだ本調子ではないでしょう」

「うーん、確かに体が凝ってるかも……あんな体勢じゃ疲れるよね!」

「………」

 

 犯罪組織の狙いは女神亡き世界……人々に劣情を抱かせ、シェアを奪うためにあのような状態で放置したんだろう。事実、画像は幾度となくネットに出回ったがそこは俺たちが全て食い止めている。

 我々のサイバー戦は教会にも引けを取らない。

 

「依頼はこれで良いでしょう。スライヌ討伐です。なまった身体を動かす運動にもなるかと」

「オッケー!」

 

 *

 

 やって来たのはプラネテューヌ郊外にある、バーチャフォレストと名づけられた草原地帯だ。

 緑の草が風にそよぎ、木々のざわめきに混じって鳥の鳴き声が聞こえてくる。一見すればピクニックにぴったりな場所だろう。

 しかし周辺をうろつくのは魔物ばかりたちだ。シェアの低下によって年々、その数を増やしてきている。

 

「依頼内容はとにかくスライヌの数を減らしてくれ、とのことです。片っ端から倒しましょう」

 

 俺は双剣を抜き放ち、構える。愛剣はもう寿命な上に、墓守との戦闘で無理をさせ過ぎた。戦闘中に折れる可能性が出てきたので、今は自室に保管している。

 代わりに選んだのがこの双剣。プラネテューヌ製の最新鋭歩兵双剣だ。絶対に刃こぼれしない光子の刃を持ち、鋼を用いた普通の剣よりもかなり軽い。デメリットは定期的なメンテナンスを要することだが、そこは問題ないだろう。機械いじりは嫌いじゃない。

 

「倒しても経験値少ないよねぇ。この手の魔物ってさ」

「まあ、見るからに序盤の敵って感じですしね」

 

 目の前にいるスライヌの群れを見て、俺たちが好き勝手な感想を述べていると、連中は機嫌を損ねたらしい。一斉に向かってきた。

 

「ヌラァッ!!」

 

 ゼリー状の体をブルンブルン、と揺らしながら俺に突っ込んでくる。

 

「流石に、余裕かな」

 

 俺は体を僅かにずらし、体当たりをよける。目標を見失ったスライヌは川に飛び込み、水飛沫を上げる。

 

「さっさと終わらせよう」

 

 背中から剣を抜き放つ。ぶおん、と音を立てて光り輝く蛍光色の刃が柄から伸長した。

まずは正面の一体に切りかかる。続けてその勢いに乗せて二体目と三体目も切り払う。手ごたえはゼリーみたいなもんだ。軽く振るうだけで簡単に打ち倒せた。

 

「ヌララッ!?」

 

 早くも仲間を四体も失ったことに驚いたのか、残るスライヌたちが動きを止めた。

 

「ほらほら~! よそ見してていいのかなぁ?」

 

 俺の背後から刀を構えたネプテューヌ様が飛び出す。俺に気を取られていたスライヌたちは対応できず、刀でぶった切られていく。

 

「お見事です」

 

 ブランクを感じさせない軽快な動き。あっという間にスライヌたちは蹴散らされていった。

 

「ヌ、ヌララァッ!!」

 

 愚直な魔物でも劣勢を悟ったのか。

 突如、スライヌたちが一箇所に集まりだした。体が互いに結合し、混ざっていく。

 

「……巨大化か」

 

 合体を終えたそれを見て、俺は呟く。弱い魔物は群れを作るだけではなく、互いに結合することで巨大な一つの生き物になるという。これも生存本能が導いた進化だろう。

 

「ヌラァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 巨大化したスライヌが吼える。

 それだけでびりびりと空気が震えた。

 

「ねぇねぇ、レット! これ初級クエストだよね!?」

「大きくなっただけです。十分処理可能範囲かと」

 

 魔物の巨大化など茶飯事だ。大きくなろうとスライヌはスライヌ。所詮は初心冒険者の練習相手。今更、依頼内容に書くほどの事でもない。

 

「ヌゥウウウウウラアアアアアアアアアア!!」

 

 凄まじい質量を伴った勢いでスライヌが迫る。弾むたびに地響きが起こるほどの迫力だ。

 

「私が倒します。下がっててください」

 

 俺はネプテューヌ様の前に出る。この程度の敵、女神様の手を煩わせるまでもない。

 

「極剣――響」

 

 剣に纏わせた闘気を、気合と共に撃ち放つ。巨大な真紅の衝撃波が迸り、地面を抉りながらスライヌを一撃で真っ二つに引き裂く。

 ……やはり、女神になってから威力が向上してるな。明らかに人間だった時よりも強くなっている。

 

 この辺は都合がいい。ネプテューヌ様の足を引っ張る事だけは、何としてでも避けなくてはいけないのだから。

 

 ともあれこれで依頼は達成だ。

 俺はコートのポケットから携帯を取り出して、依頼達成の旨を報告しようとする。

 

「あ! これ私のストラップ!」

 

 ネプテューヌ様が俺の携帯に吊るされている、ネプテューヌ人形(女神化)つきのストラップを手に取る。

 

「ん? 待ち受けも私の画像だね」

「ええ、まあ。私もプラネテューヌの国民の端くれですから」

 

 自国の女神を信仰するのは自然なことだ。まあ、近衛兵団の同僚にはもっと度の過ぎた奴もいるが……。

 

「………」

「何ですか?」

 

 ネプテューヌ様が俺の顔を覗き込むようにしてくる。

 

「レットって、私のこと好きなの?」

「……信仰してるかという意味ですか? それなら無論の事です。私はあなたの敵を討つ刃となり、あなたを護る盾になります」

「いやぁ、そういう意味じゃないんだけど……ま、いいか。これでクエスト完了だね、お疲れっ!」

 

 *

 

 ネプテューヌ様と別れ、俺はその足で都市の郊外へ向かった。超高層ビル群から遠く離れ、家屋や街灯すら疎らになってきたころ、目的地にたどり着く。

 

 ……戦没者慰霊塔。この犯罪組織との戦争で、志半ばにして斃れた戦士たちが眠る墓場……とは言っても形だけだ。ほとんどは熾烈な戦いの中で死体すら消し飛び、骨も残らない。納めるものがない墓標だけが荒涼とした大地に並んでいる。

 

「……みんな」

 

 俺はその中の一つ。黒い慰霊碑の前に立つ。『反抗同盟(レジスタンス)戦没者慰霊碑』。

 そう、ここに仲間たちが眠っている。イストワール様が犠牲を偲んで建立してくれたんだ。

 

――『護国のため、散っていった勇士たちに安寧の眠りを』

 

 そう彫られた碑文の下にメンバーたちの名前が連なっている。俺はその名前、一人ひとりを指でなぞっていく。

 かつての温もりはなく、冷たい石の感触だけが指先に残った。

 

「ゴメン……」

 

 どうして生き残ってしまったんだろう。

 あの時、死んでいれば良かったのに。

 

 俺が生き残った理由は何なんだ?

 何で、あの男は俺に女神の力なんて……だったらもっと早く欲しかった。この力でみんなを守りたかった。

 

 でも現実は、どこまでも不条理だ。

 

 中途半端な力なんて欲しくなかった。

 弱いままで良かったんだ。

 強くなんて、ならなくて良かったんだ。

 

「ごめんなさい……」

 

 俺はただ慰霊碑に縋りついて、泣くことしかできなかった。

 

 

 







キャラ紹介


レット(レッドハート)



【挿絵表示】




小説のリメイクに合わせ、デザインも手直し。リメイク前ではこの段階で既に女神化状態、瞳に電源マークが浮かんでいたが今回はなし。女神化後の姿は別に用意してます。

見た目より内面の変更が一番大きかったキャラですね。前も多少の影はありましたが、今回はかなり濃厚です。
戦闘力も現時点で前作の中盤に匹敵してますが、メンタルは前作より遥かにクソザコになってるので一人の時はすぐに弱気になって泣き出します。豆腐やガラスより脆い。


お次はブルーハート。恐らく最も変更点の多いキャラ。キャラ自体変わってますからね







目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。