ナイチンゲールは支えたい (織部よよ)
しおりを挟む

#0 綻び

団体の最初期メンバー、鉱石病ではない外部要因による記憶喪失、身に持つ能力を振るおうと強制される環境(この作品では共通点)。

ドクターとリズって実は意外と共通点があるのでは、という気付きから生まれた物語。



基本ほのぼの、時々シリアス。どうぞリズとドクターの行く末をご覧あれ。


*******  第■資料

 

 

 

理性を削る生活にはもう慣れた。毎朝4時に起きて、それまでの睡眠で回復させた理性を消費するべく作戦立案を行い、理性が切れたら倒れて、また起きて仕事をする繰り返しの生活。

 

自分にしか出来ないことかと言われたら、実はそうでもない。戦術立案に秀でているオペレーターたちも何人かいる。だがそれとは別に、信頼を寄せてくれているオペレーターたちが思いの外いるのだ。

 

今でこそケルシーが鉱石病の研究をある程度担ってくれているが、それも本来は私のやるべきこと。

 

チェルノボーグで目覚めたときには既に記憶はなく、私の中にはただ「鉱石病をなんとしても治さねば」というかすかな使命感だけが残っていた。それからすぐに戦闘指揮能力を発揮したせいか、今現在では作戦遂行にも精を出している。

 

 

 

 

理性を削る。

 

理性回復剤を少しだけかじる。湿布のような味がするし頭痛も起こるが気にしない。

 

それでも足りないときは源石を飲み込む。どうせ鉱石病が治らなければロドスの皆と道連れになるのだから、そのときは私の責任だ。みんなと一緒に心中でもしよう。

 

それでも倒れない。最近は、こんなところで倒れてやるわけにはいかない、とも思えてきた。前の私のせいでケルシーから疎まれようが、レユニオンから命を狙われようが自分が不治の病に罹ろうがなりふり構ってはいられない。

 

 

 

 

 

 

私は仮令自分がどうなろうと、今日という今日を生き延び、そして皆を生かさなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

…私がドクターにお会いしてから、もう2か月も経ちます。

 

マスクとフードを常に身に着けており、初めはとても不気味な人だと思ったのですが…ふたを開けてみると意外に陽気な方で、お話していくうちに悪い人ではないと思うようになりました。

 

鉱石病や天災の研究家で、その知識や鉱石病に対する真摯さには少し驚かされます……更に戦闘指揮の能力にも秀でており、戦場でも普段の明るさが損なわれることはありません。その姿に何故かひどい違和感を覚えてしまうことは度々ありますが…。

 

 

私を秘書に任命した理由は未だにわかりません…私のような重症患者を任命する理由がありませんから……ドクターは「まあ、ちょっとした事情があるのさ」とおっしゃっていましたが、私の知ることではないのでしょう。

 

助手になる前のひと月…すなわち、ロドスに来てからの初めのひと月でのドクターの印象は、そのような感じでした…ああ、この人なら、他のたくさんのオペレーターたちに慕われているのも不思議ではないと。

 

 

 

 

ですがその印象は、その後のひと月で全く別のものへと変わりました…。

 

 

 

 

…まず驚いたのは、ドクターと一緒に仕事をする執務室ではあの方はほとんど口を開かないこと。

 

普段オペレーターたちと楽しそうに話している姿は見る影もなく…ただ黙々と、何かにとり憑かれたかのように書類を整理しているのです……そのマスクの下の顔はわからないので、初めてお会いしたときより不気味に感じます…。

 

そして、一番驚いたのは…一日に数度、意識を失って倒れるのにも関わらず、目を覚ましたときには何でもないように……そのときだけ、一瞬「いつもの」陽気な口調になることです…。

 

 

聞くところによると、ただ単に一時的に理性を回復している、とのことですが……正直、異常の一言で終わるものではないでしょう…。

 

そんなドクターは、今日も変わらずに淡々と書類の整理をしていますが……何がそこまでドクターを駆り立てるのか…少し、気になります。何故だか、あの方が倒れるたびに私の心が__既に壊れて閉じ込められているはずの心が__鈍く痛むのです…。

 

 

「…ドクター、少しお聞きしたいことがあるのですが…」

 

「……なんだい、ナイチンゲール」

 

 

…ドクターは動かしている手を止ないまま応じてくれましたが、その声音はひどく平坦で、まるで感情らしい感情が感じられません…。

 

 

「…ドクターが日に数度倒れるのは理性を削るからだとお聞きしていますが…」

 

「ああ、そうだね。毎日毎日倒れては起きて倒れては起きての繰り返しだ。だが今のところ作戦などに大きな影響はない。もっとも、心ばかりにこの身を気遣っているだけだから、源石を摂取すれば倒れずに済むが」

 

「……源石を摂取、ですか…?そのようなことをすれば、貴方も鉱石病に罹ってしまうのでは…」

 

「だろうな。だが、既に1度や2度では済まされない量の純正源石を服用しているが、現時点では体に何か影響が出ているわけではない。現時点ではな。もし罹ったとしても、ただ他の皆と同じ容態になるだけだ。むしろ研究面を見ればメリットとも言えるだろう…それが、どうかしたか?」

 

 

…どうかしたか、で済まされるものではないでしょう……何故、どうして貴方は…

 

 

「…何故、そこまで平気でいられるのですか……何がそこまで貴方を動かすのですか……私には、それがわからないのです…わからないのに、貴方が倒れるたび私は胸が苦しくなる………どうしてでしょうか…?」

 

「…只の使命感と、僅かな反骨精神だけさ。君が気にするほどのものではない」

 

「……そんな言い方をなさらないでください…どうしても、教えていただきたいのです……白紙の心がどうして痛むのか…それも含めて……」

 

 

…どこか、放っておけない雰囲気を感じるのです…。まだ顔を合わせてから2か月だというのに……まるで、写し身を見ているような…。

 

 

「……はぁ、わかった。そこまでナイチンゲールが食い下がるのも珍しいし、その原因不明の胸の痛みも気になるからな」

 

 

…そう言ってドクターは、独り言のようにぽつり、ぽつりと話し始めました。

 

 

 

 

 

「私も記憶喪失だという話は、前にしたろう。チェルノボーグで集中治療を受けていて、それが奇跡的に成功した代償とも言うべきか。目覚めたばかりの私には、それはもうびっくりするくらい何もなかった。その中で唯一残っていたのは、『鉱石病をあらゆる手を使ってでも治さねば』という、ほんのわずかな使命感だったよ」

 

「その後レユニオンの包囲網を抜けるために、すぐに戦闘指揮を執ってね。手術から復帰したばかりの人間にはひどく酷だったなと、今では思うよ。その後、ロドスに逃げ帰ってからいろいろなオペレーターたちとひとまず話をしたよ。聞くに、今の私は以前とはだいぶ変わったらしい」

 

「それでも私の戦闘指揮能力や、鉱石病に対する知識なんかは健在らしくてね。それが唯一の救いとも言うべきだろう。もし記憶喪失になって、そんなものまで失ってしまっていたら、私はここにいる意味も、この使命感の投資先もないから」

 

「…まあ、最近は生活にも慣れてきたり、他の外部からのオペレーターたちともそれなりにうまくやるようになって、悪くないと思い始めてきた。それと同時に鉱石病に対するやるせなさや反骨精神も養われてきたのさ」

 

「こんなところで諦めてやるわけにはいかない、私はまだ動けると。誰から疎まれようが、誰から命を狙われようが、さっき言った通り鉱石病に罹ろうが………私は決して死ぬわけにはいかない。この力が必要ならばいくらでも身を粉にしなければならない。倒れるくらい何ともないというわけだ」

 

 

…ドクターの声は既に疲れ切っています。少なくとも、私にはそう聞こえるのです……。

 

それに、先ほど感じた「写し身」かもしれないという予感……あれはやはり間違いではなかったようです…。

 

 

 

……ドクターは、私と同じなのです。一見自らの意志で尽力しているように見えますが、それはドクターと周りがそう思い込んでいるだけでしょう……私のように枷をはめられ、自由に動くことを許されず、身に持つ力を捧ぐように求められているのです、きっと……しかも、ロドスにいる人たちが無意識に期待しているのですから、ドクターも周りの人も気付かないのです…。

 

……ああ、今ならわかります。私の胸が痛む理由が…そしてある思いが、空っぽな私の中にあることにようやく気が付きました…。

 

その思いは…私に杖を握らせ、そしてドクターの方へと歩かせます…。

 

 

「どうした、ナイチンゲー……っ?」

「…ドクター……」

 

そして私は、座っているドクターの頭を胸にそっと抱き入れました…マスクをしていようが、お構いなしに……。

 

同時に、私の目からは抑えられない涙が溢れ出てきますが……仕方ありません。

 

 

「私は…貴方を癒して差し上げたい、支えて差し上げたいと思っています…貴方の今の環境が、私と同じに思えてならないのです……ですが、私に出来ることなど、そう多くはありません…」

 

「……これは、気が付いたら勝手に体が動いていました…こうすることが正しいのだと…なんとなくですが…」

 

「……ですから、可能な限り貴方のお傍にいさせてください…貴方が自らに呪いをかけるというのなら、私はせめて少しでもその苦しみを和らげたい____

 

 

____もう誰にも知られずに、独りで抱え込まなくともよいのです……」

 

 

 

…私はドクターにそう告げて、更にこの方の頭を強く抱きしめます……かつて、同じような境遇にいた私がいるから大丈夫だと…。

 

 

「…もしかして、泣いているのか?」

 

「…お許しください。今は、止まらないのです……私は壊れているはずなのに…」

 

「………ナイチンゲール、これは君が泣くほどのことではない。私が果たすべき責務なのだから。それに君に迷惑はかけられない、秘書にしたのも君の症状の緩和の糸口になるかもしれないと思ったからで……」

 

「……それでも、構いません。これも、私がしたいと思っただけですから……それとも、ご迷惑でしょうか…?」

 

「……参ったな。実のところ、このまま微睡んでしまうくらいには、安心しているらしい。済まない……ナイチンゲール…」

 

 

………もう少し、このままでいさせてくれないか。

 

 

 

 

…その機械的とさえ感じる声には、少し涙が混じっているように聞こえます……きっと、無意識にも気付いてくれる人を欲していたのではないでしょうか……。

 

 

「…良かった」

 

 

…そのまましばらく、私たちは鼻をすする音を執務室に響かせていました。

 

 

 

 

 

***********

 

 

 

 

 

…もし、何か困りごとが起きたり、お疲れになったときは…遠慮なくお申し付けください。また今日のように…私に出来ることを尽くさせていただきます……。

 

 

 

……ですからどうか、貴方がいずれその役目を終える時が来るまで……貴方の傍にいさせてください。

 

 

…ドクター。

 




放置ボイス「……貴方も自由な鳥になる夢を見ていますか?」って完全にそういうことだと思うんですよね。

だってドクター、記憶喪失で右も左もわからないままロドスとかいう方舟で仕事しかやってないし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#1 Not poison, not medicine.

書く時間がなかなか取れません。ぴえん。


ナイチンゲール…もとい、リズに衝撃的な告白をされてから数日が経った。ちなみに告白と言うのは語弊ではない。

 

あの後彼女から、

 

 

「……ドクター。私のことは、どうかリズとお呼びください…このロドスにいる、一人のオペレーターとしてではなく…ただの『私』として、貴方のお傍におりたいのです……」

 

 

と言われたので、あれから彼女のことは本名で呼んでいる。ああ言われたものの…正直、自分でもよくわかっていない。無論、彼女の突然の凶行__実際、少し前まで今にも消えてしまいそうだった人から発せられた言葉とは思えない__が、だ。

 

私は、自分が枷にはめられている不自由な存在とはあまり思えないのだ。使命感こそ前の私のものではあるが、周りのオペレーターたちからの期待はそう気持ちの悪いものではないし。

 

それでも確かに、彼女に…その、頭を抱かれたのは心地が良かった。思い返せば、目が覚めてからずっと張りつめていてしっかり腰を据えた休憩も取らなかったような気がするが……。

 

 

まあ、そういうわけで、数日前から「理性が完全に切れるまで業務をして意識を強制的に落とす」休憩ではなく、「理性が切れて倒れる寸前で業務を一旦置いて、他に何か理性回復に効きそうなものをする」休憩に切り替えることにした。ちなみにそれをリズに伝えると心なしか嬉しそうにしていた。

 

「……我武者羅に仕事をして勝手に倒れるのは、休憩とは到底呼べませんが…」とはリズの言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3:00 p.m. 晴天

 

 

「…ドクター、そろそろご休憩なさる時間でしょう……。実は今日、グムさんから手製のケーキを頂いているのです…」

 

「…もうそんな時間か」

 

 

リズの言葉につられて壁の時計を見ると、既に短針が3を差していた。12時手前から始めたので、実に3時間近く業務をこなしていたことになる。いつもは時計など見る暇もなく意識が途切れるので、案外時計を見たのは久しぶりかもしれない…。

 

作業している手を止めて、リズの座るソファへと動くことにする。

 

 

「自分でもいつかは把握できていないのにリズはすごいな…。というか、グムから?わざわざリズに渡すなんて珍しいな」

 

「…そのことですが、詳しくは手紙に書いたそうです。読まれてはどうでしょう…」

 

 

そう言うとリズは、いつの間にか机の上に置いた箱からひとつの便箋のようなものを取り出しこちらに渡してきた。ふむ。グムらしく、かわいらしくあしらわれている。

 

 

「ありがとうリズ。どれどれ…」

 

 

中には一枚のルーズリーフが折りたたまれて入っていた。それをぴらりと開く。

 

 

 

『ドクターへ

  グムたちがロドスに来て、ドクターたちがグムたちに居場所をくれたの、すごい嬉しかった!それに普段の生活も良くしてもらって、ズィマーお姉ちゃんもグムも本当はとっても助かってるんだ!だから、お姉ちゃんの分までグムが何かお礼をしようと思って、アズリウスさんと一緒にケーキを作ったの!最近ドクターはとっても忙しそうで、みんなも忙しいから今はこんなことしか出来ないけど……いつかズィマーお姉ちゃんや他の人にも作っておっきいパーティーを開きたいの!だからこれ食べて頑張って!ナイチンゲールさんも一緒に!

                                    ГУМ』

 

 

「………」

 

「…ドクター、如何なさいましたか……?」

 

「…あ、ああ、いや。グムは本当にいい子だなと思って」

 

 

…いかん、どうも私はリズとの一件以降涙腺が緩くなっているらしい。垣間見えたグムの気遣いが心に沁みる…いや、待てよ。前はそうは感じなかったはずだが。

 

ちらりと、何故かすぐ隣にまで寄ってきている女性を見やる……そうか。そういうことか。

 

 

「……ありがとう、リズ」

 

「…どうかなさいましたか、ドクター?」

 

「いや、なんでもないよ。それよりお茶の準備をしてこようか」

 

 

そう言って立ち上がり、そそくさと執務室に併設されている給湯室に向かう。

 

 

 

 

 

「……ドクター、貴方が思うよりも貴方に感謝し、同時に心配している方は多いのですよ…」

 

 

 

 

***********

 

 

 

 

「ほれ、リズ。熱いから気を付けて」

 

「…ありがとうございます…すみません、本来なら…私のすべきことなのに……」

 

「いや、リズは杖を持たないとまともに歩けないだろう。流石に杖を持ったまま紅茶を用意するのは危ないから、大丈夫さ」

 

 

元々それも込み込みでリズを秘書にしたのだからそこに関してはむしろ私が積極的にやるべきことだと思っている。ただでさえ、「同じ記憶喪失同士話せば何か改善するかもしれない」という根拠もないようなしょうもない理由だのに…。

 

 

「リズが私のことを心配してくれているように、私もリズのことは一応心配しているのさ。これでもね」

 

「…ドクターには、本当にお世話になっていますね…」

 

「はは、持ちつ持たれつというやつだな。さあ、グムのケーキ、いただこうか」

 

 

箱を開けてケーキを取り出す。私たち二人とも、オーソドックスなイチゴのショートケーキだった。ルビーを彷彿とさせるイチゴに、まるで真新しいゲレンデのように白いクリーム。まるでそこいらの店にでも売っていそうなくらいだ。

 

 

「あっ美味しそう……」

 

「…こんなに色鮮やかなものは……初めてです…」

 

 

意図せず、2人そろって感嘆の言葉をこぼす。これにはさすがのリズも驚いていて、わずかに目が見開かれている。相当珍しい…というか、初めて見た気がする。

 

 

「…いただきます」

 

「いただきます」

 

 

揃っていただきますをした。早速食してみる………っ!?

 

 

「こ、これは………何故だろう、今の疲れ切った理性と体にものすごく効いている…?控えめでコクのある甘さとイチゴの程よい酸味がとても相性のいい……?」

 

 

ぶっちゃけ、想像よりはるかに美味しい。いや、いつも食堂を手伝ってもらっているグムと料理の腕は非常にいいアズリウスが協力して作ったというのだ、まずいわけがないのだが。

 

ちらりと横目でリズを見てみる。彼女もまたこの不思議な美味に感動しているようで、(彼女は気づいていないだろうが)食べるペースが私より早い。その様子はまるで小動物が餌を食べているシーンのようで、彼女の持ち前の童顔と相まってとても可愛らしい。

 

と、不意にリズが手を止めてこちらを向いた。

 

 

「…どうかしましたか、ドクター……先ほどから、熱心にこちらを見て…」

 

「へ…………あっ」

 

 

気付けばちらりどころではなくガッツリと見てしまっていたようだ。途端に申し訳ない感情が沸き出てくる。しまったな、あまりの可愛さにやられていたのかもしれない。

 

 

「あ、ああ。済まない、夢中で食べるリズが愛らしくてつい見とれてしまったようだ」

 

「……愛らしい…私が……?」

 

 

……おや?私は今何を………

 

 

 

『夢中で食べるリズが愛らしくてつい見とれてしまったようだ』

 

 

 

…………

………

……

 

あっ。

 

 

「あー……その、今のは、口が滑ったというか」

 

 

そこで一旦言葉を切って、改めてリズの方を見やる。きょとんとしているのもまた…うむ。

 

長く綺麗な、ゆるいウェーブのブロンド。怜悧だけどどこか神秘さを孕んだ瞳に整った鼻筋。その他も含めて、ぱっと見で考えるならば間違いなく庇護欲を抱かせる、天使にも等しい外見。可愛い。

 

だが……そこではない。私はそこだけに愛らしさ見出したわけではない。

 

 

「…あの日、君に頭を抱かれたときに、思わずそう感じてしまってな。まさかあんなことをされるなど、全くの予想外だったもので」

 

「………貴方さえ宜しければ、また…いつでもして差し上げますが……」

 

「…そうだな、うん。また頼んでしまうかもしれないがそのときは頼む」

 

 

ちょっとあれは抗えないので、流石に日ごろからというわけにはいかないが。あれを高頻度でやられてしまうと私は確実に堕落し依存して、弱くなってしまうだろう。

 

 

「…ドクター、愛らしい、で思い出したのですが…」

 

 

あのときの抱擁の魔力を思い出していると、不意にリズが言葉を発する。愛らしいに対してはスルーか。

 

 

「なんだい?」

 

「…はい、ドクター……私は、貴方のことを…より深く、知りたいと思っているのです…」

 

「…ふむ。何が聞きたいんだ?と言っても、私も記憶喪失だから答えられることは少ないが」

 

 

ぶっちゃけ自分の誕生日とか身長なんかも覚えていない。ましてや過去に何やってたかなど思い出せるはずもない。ただ周りの反応を見るに、相当やばかったらしいが想像は到底つくものではない。

 

が、それはリズも知っていることだろう。では何か。

 

 

「…はい。ひとえに…普段、ドクターが私以外のオペレーターたちと…どんな話をして、笑っていらっしゃるのか……とても、気になっていて……」

 

「……どんな話、か」

 

 

うーむ……そうだな。何かあっただろうか。

 

 

 

 

 

 

************

 

 

 

 

 

 

「…それで、リーフとプロヴァンスが店から出ると、またまたその奇妙な動物がいたらしい」

 

「…ええ、と。フェリーンの特徴を持っている…四足歩行の、かわいらしい動物……ですか」

 

「そう。で、あんまり一日に数回も見かけるものだから、とうとう二人も気になり出して、毎度のごとくその生物が逃げるのを、そのときばかりは後から追っかけていったんだとさ」

 

 

他のオペレーターとの話、ということで、とりあえずこの前フロストリーフから聞いた話をリズに聞かせている。なんでもプロヴァンスとショッピングに行ったときの話だとか。

 

 

「しばらくその生物を追っかけてったら、やがてそいつはプロヴァンスの背丈ほどもある塀に軽々と登って、まるでお前たちには興味がないと言わんばかりに顔をそらしたんだと」

 

「…なんだか、面白いですね……それで、お二方は如何なさったのですか……?」

 

「ああ。リーフがなんとかそいつに触れようと手を伸ばしたら、なんとそれまでの飄々とした態度から一変、リーフの腕を思いっきり噛んだらしい」

 

「……それは、さぞ予想外だったことでしょう……」

 

「はは、リーフも憤慨していたよ。『なんなんだあの生物は!あんなかわいい見た目をして随分と噛みついてくる……今度見かけたら絶対捕まえてやろう!』ってね。一応軽傷で済んだみたいだから良かったが」

 

「…私も、少し見てみたいかもしれませんね……」

 

 

そう言うリズの口元は、わずかに緩んでいた。よし、ちゃんと面白いと思ってもらえたみたいだな。

 

リズがロドスの一員となってから、はやふた月ほど。治療は絶好調とは言わないが少しずつ少しずつ快方には向かっていて、最近にもなるとたまに笑顔も見られるようになったらしい。らしい、というのは実際に見たことはないからだ。今見たが。

 

 

「外に行けば見られるかもしれないが……まあ、今度リーフにカメラでも持たせるか」

 

「……今の私では…外出は難しい、ですね……」

 

「…だろうな。だが、それでも……」

 

………いつか、リズには外に出ていろんなものに触れてほしい、とは思う。そしておそらくそれも私のやるべきことだろうとも思っている。

 

 

「………いや、まあ、いつかね。それより、まだ話はいくつかあるぞ。チェンが実は下戸だった話とか、クオーラの野球についての戦術理論が非常に興味深い内容っだった話とか、フランカによるリスカムのやらかしエピソードとか____」

 

「……ドクター」

 

 

他に面白い話を思い出して列挙していると、ふとリズに遮られる。同時に自分の足に違和感を覚えて下を見やる。あれ、リズの手が左腿に…。

 

どうしたものかと顔を上げると、リズが心なしか申し訳なさそうにこちらを見ていた。

 

 

「どうしたんだリズ……あっ、もしかして面白くなかったか…?」

 

「…いえ、実はドクターにひとつ…謝らなければならないことがあるのです……確かに、貴方のことをお聞きしたかったのですが……本当は、貴方に休んでいただくために…」

 

「…いや、普通にケーキとか食べているだけでも休息としては十分成り立つのでは?」

 

 

甘いものは疲れによく聞くというし、ましてやこのケーキは何故だか理性回復にとても有効なような気がするし…ティータイム的な休憩時間としてはこれ以上ないくらい理想的だと思うが。

 

 

「…シャイニングさんに、精神疲労の回復に効果のあることを教えてもらったのですが……楽しい話をするだけでもそれなりに効き目がある、とおっしゃっていたので……ケーキと合わせれば、と…」

 

 

……驚いた。無論、リズが平時に他人のために行動したことにである。同時に暖かいものが心に湧き出るのを感じる。

 

さぞかしシャイニングも驚いたことだろう。今度その辺りのことも話してみようか…。

 

 

「…ありがとう、本当に。私の、私なんかのために……正直、泣きそう」

 

「…………」

 

 

素直な感謝の意を述べると、リズは口を閉じてじっとこちらを見ていた。何か言いたげで、しかしどう告げようか迷っているような視線を送られているような……なんとなくだが。

 

 

「どうかしたか、リズ。もの言いたげな視線だが…」

 

「…え、と。その……今抱いている感覚が、うまく言い表せなくて……」

 

「…ふむ?」

 

「…その、先のドクターの言葉を聞いて…何と言えばいいのでしょうか……私の胸の辺りが、少し暖かくて…自然と、貴方に触れたくなるのですが……何故でしょう…?」 

 

「……うーん、妙だな。今初めてか?」

 

「…はい。先日、ドクターを抱き寄せて差し上げたときとは、少し違う感覚なので……ですが、先日のように苦しいわけではないので…おそらく支障はないかと……」

 

「ふむ、それなら大丈夫だと思うが…念のためケルシーや他の医療オペレーターたちに見てもらった方がいいかもしれんな」

 

 

あまり聞いたことのない症状だが…実は症状ではなく別のものが原因で症状ですらない、なんてオチもあるからとりあえず経過観察だな。こと医療知識においてはケルシーの方がはるかに精通しているからいっそ直接彼女に聞くのもありかもしれない。

 

 

「まあ、とりあえずは様子を見ることにしようか。まだ話のストックはそれなりにあるんだ、ゆっくりしていこう。久しぶりにね」

 

「…そうですね…私も、もっといろいろな話が聞きたいと思っています…」

 

 

その日は業務もそこそこに、今までオペレーターたちから聞いた話をリズに話した。途中から執務室に来た他のオペレーターも交え、それなりに盛り上がった。

 

 

 

 

 

 

…久しぶりに執務室で笑った気がするな。

 

 

 

 

 

 

************

 

 

 

 

 

 

「…というわけで、あの暖かみは何だったのだろう、と…シャイニングさん、何かご存じでしょうか……?」

 

「……ちょっと、これは予想外です…」

 




まだ気づかないんですよね。これからです。

このドクターは記憶喪失なのでそういう気持ちの感覚を覚えていません。というかたぶん前の人格ででも知リすらしていないと思います。


意外と毒にも薬にもならない話って大事なんですよ。


感想評価等、是非。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*******  追加資料

二話投稿です。これから忙しくなるので、気長に待っててください。
いえ、1月に1投稿とかになるわけではありませんが。




ところで、挨拶含めリズのボイスの中にはドクターと呼ばれるのがいくつかあるんですけど、あの吐息交じりの声めちゃくちゃゾクッと来ますよね。


センシティブな話してごめんなさい。急に言いたくなったんです。


 

 

 

最近、ドクターの調子が前より良くなっているような気がします。

 

もちろん、あの人はいつもマスクとフードを被っているので、判断材料は声や業務内容などになります。端的に言うと、前より書類が少しだけわかりやすくなった気がするのです。前は淡々と簡潔に書かれていましたので。

 

声も、たまにしか聴きませんが、なんというか。少しだけ憑き物が落ちたような…正確に把握できるわけではありませんが、とにかくそんな感じです。

 

何があったのでしょうか。

 

 

 

 

 

ドクターは多彩な方面に秀でた人です。日夜の研究でも、オペレーターたちの戦闘指揮でもとても良い戦果を挙げています。

 

加えて記憶喪失になったことによって人が変わり、誰にでもフランクに話しかけたりいろんな方々といろんなことをしたりしています。チェルノボーグ事変以降、所属しているオペレーターたちから不満の声を聴いたことは一度もありません。理想の上司だという声すら聴きます。

 

正直…この点に限っては、記憶喪失に感謝したいくらいです。以前と変わらず私にも良く接してくれますし。

 

 

ただ、私自身最近ドクターの様子を見に行けていないんです……。何分ロドスの代表としてやっていますから、それなりにお互い忙しい立場にいるわけです。ちょっと不安です。

 

 

 

__そんなに気になるなら、無理にでも時間を作って盟友に直接聞けばよいではないか、アーミヤ。盟友の心配をするなら立場的にもなんらおかしくはないだろう。

 

 

 

 

し、シルバーアッシュさん…いつから?

 

 

いつでも良いだろう?それより、近頃盟友が目に見えて好調な話だったか。

 

 

そうなんです。シルバーアッシュさんは何か知っていることはありますか?

 

 

…ふむ、実を言えば盟友については私もあまり知らないのだ。私としたことがな。

 

 

シルバーアッシュさんでもですか?…そうなると、やはりドクターに直接聞くしかないのでしょうか……。

 

 

それが最善案だろう。しかしアーミヤ、盟友については知らないと言ったが、秘書であるナイチンゲールについては少し違和感を覚えている。

 

 

____ナイチンゲールさん、ですか?私はあまり見かけないのですが…どのような違和感を?

 

 

3日ほど前に、偶然食堂で彼女が盟友と隣同士の…そうだ。隣同士の席で共に食事をしているところを見たのだが、前に廊下で見かけたときよりもわずかに両者の物理的な距離が近かったのだ。それも、ナイチンゲールの方が詰めているように見えたのだよ。もちろん食堂の席という関係上、立ち話をするより近しくなるのは当たり前だ。それに、そも私が知らないだけで食堂では前からそういう距離感だったのかもしれない可能性は、否定できないがな。

 

 

なっ……!それは本当ですか!?私から見る限りナイチンゲールさんはそんなことを出来るような精神状態ではなかったはずですが!

 

 

___あくまで可能性の話だ。私からしてもまだ盟友とナイチンゲールには何かあると踏んでいる。もし盟友から何か有力な情報を引き出せたなら疾く私に知らせるがいい。私の方でも情報を集めておく。

 

 

__わかりました、シルバーアッシュさん。お互いに健闘を。

 

 

 

 

 

 

 

……ドクターのパフォーマンスが上がることは、そのままロドスの未来に直結します。

 

今の時期はロドス全体が忙しく、ドクターの元に訪れる時間すら碌に取れませんが、なるべく早めに聞きに行きたいものですね。

 

何がきっかけになっているのかが判明すれば、私も何かお手伝いすることが出来るかもしれないのですから。

 

 

 




かつて一番傍にいた、ロドスの中では最も古い仲のはずなのに、なまじロドス代表という肩書に責任と使命を持っているためにそちらの立場としての思考をせずにはいられない彼女。一番板挟みになりやすい。

逆に秘書である彼女はもともと何もなかった、要は似た者同士。何もなく、同じような立場を経験している彼女だからこそ彼の綻びに気が付けた。根底の原動力がひどく単純で純粋なため、彼女の思うままに行動することが出来る。





より彼に深く影響を及ぼすのはどちらか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2 茶会と協力



時間がないのでざっくりとしたラフだけ。本編未収録のあーんするシーン。1話分の執筆より時間かからないのってびっくりです。
いや文書くのに冗談抜きで時間かかるだけですが。



タグに微ハーレムを追加しました。読めばわかります。怒らないでください。

ところで、皆さま。危機契約が始まりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
私は期間中に跡地・等級10以上を目標にしようと思います。


8:00 p.m. 曇天

 

 

 

 

今日も今日とてリズと一緒に業務をこなしていた。日に数度しっかり休憩を取る生活スタイルにもだんだんと慣れてきて、それに合わせて業務の要領も少しづつ良くなってきている…と信じたい。

 

業務の終わりが見えてきたので、軽く伸びをする。

 

 

「…ん……しょっと。ふぅ、もうそろそろ今日の分は終わりそうだな。リズ、そっちはどうだ?」

 

「…こちらも、後10分ほどで終わると思います……」

 

「そうか。ならそれが終わったら、お茶でも淹れようか。あと少し頑張ろう」

 

 

今日も随分と手伝ってもらったし、気合を入れねば。

 

そうやって目の前の書類を片付けた後のことを考えていると、不意に執務室のドアがノックされる音が聞こえた。業務報告だろうか。

 

 

「…はい、どうぞ…ドクターはこちらに」

 

 

基本的に執務室に来るオペレーターの応対はリズにやってもらっている。そう彼女が声をかけると、少し控えめにドアが開かれた。

 

 

「ごきげんよう、ドクター、ナイチンゲールさん。狙撃オペレーター・アズリウスが加工所での業務報告に来ましたわ」

 

 

うちのオペレーターの中では割かし古参の、アズリウスである。

 

 

「こんばんはアズリウス、いつも加工所では助かっているよ。もうすぐで今日の業務が終わるから、少しだけ座って待っていてくれ」

 

 

目の前に終わりかけのものがあるとついついそちらを済ませてから別の事をしたくなる性分なので、少しだけアズリウスには待ってもらうことになるが、まあ許してもらいたい。

 

その旨をアズリウスに伝えると、彼女のその綺麗な碧の瞳がこれでもかというくらいに見開かれていた。

 

 

「ど、ドクター。今日は如何なさったのですか?」

 

「ん?どうもこうもいつも通りだと思うが…」

 

 

今日も倒れずに済んだし、なんならリズのおかげで以前よりもしっかりと休むことが出来ていて、正直な話助かっている。

 

 

「い、いえ。そうではなく……以前より明らかに声の調子がよろしいように聞こえるのですが…」

 

 

…あー。確かに執務室にアズリウスが来るのはそれなりに久しぶりだからな。リズとの件もそう言えば言ってなかったか。

 

 

「…アズリウスさん…後でドクターがお茶を淹れてくださるそうなので…そのときに、お話しいたしましょう…」

 

「ナイチンゲールさん?」

 

 

どう伝えようかと少し逡巡しているとリズがうまい具合にフォローしてくれた。

 

と同時に目の前の書類を終える。思ったよりもはるかに早く終わったな。アズリウスが来て気持ちが逸ったからなのか、軽い会話をしている間にも手が動いていたのだろう。

 

渡りに船だ、せっかくなので乗らせてもらうとするか。

 

 

「ああ、そうしようか。アズリウス、作業が早めに片付いたからその報告書をくれ。すぐに受理して茶を準備しよう」

 

 

 

 

 

***********

 

 

 

 

 

「さて、どこから話そうか。と言っても私も未だに全てを受け入れられたわけではないが…」

 

「……私から、お話いたしましょうか…」

 

 

執務室の隅にある休憩スペース(机を挟んでの対面ソファがある)にアズリウスとリズを座らせる。リズは食堂の時と同じように隣に座った。当然のように座るな君は。

 

 

「…ナイチンゲールさんからですの?わたくしはてっきりドクターからお話されるものかと…」

 

「…どうやら、リズの方が私のことをよく理解してくれているらしくてな…」

 

「…理解している……そう、ですね。そのように表現できますね……」

 

 

リズが心なしか神妙な顔をしていた。いや、むしろ以外にどういう捉え方だったのかが気になるが、始まってすらない話をこじらせるのはあまり宜しくないので特に訊ねることはしない。

 

 

「…それでは、あの日のことをかいつまんでお話いたしましょう」

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

「……なるほど、そのようなことがあったのですね…ドクター、今まで気づかずに申し訳ありませんわ…」

 

「いやいいさ、別に。さっき言った通り、私も未だにそこまで実感がないんだ。むしろリズが気づけたのが偶然とも言うべきか」

 

 

とりあえず一通り、アズリウスに事の仔細を話した。私が思った以上に使命感に囚われすぎていたことや、リズが私のことをなるべく近くで支えると決めたことなど。

 

それを聞いたアズリウスの反応は、まあ予想通りと言った感じ。特に彼女は私のことをある程度気遣っていてくれたらしく、話を聞いた彼女の目には薄く涙が溢れている。

 

 

「…むしろ、謝りたいのはこちらの方だ、アズリウス。今までの気遣いをどうやら無碍にしてしまっていたみたいで」

 

「…いえ、結果的にこうして憑き物の落ちたような元気なお姿を見られたのですから、それだけでわたくしは嬉しいですわ。同時にナイチンゲールさんにも感謝しないといけませんわね…本当に、ありがとうございますわ」

 

「…いえ、私はただ…気が付いたら体が動いていただけです……ですが、それでよかったと思っていますよ……ですから、顔を上げてください…」

 

 

相変わらずリズは無表情だったが、その声音は少し前とは違ってわずかに優しさが含まれているように聞こえた。

 

他人事のようだが、あの一件からリズは人間味を増したように思える。私がきっかけと言えばそうなのだが、いかんせん字面とは違って非常にマイナスな原因でこうなっているのだから、少しだけ申し訳ない。

 

だがリズにとっては間違いなくいい影響ではないだろうか。あの彼女が他人に気遣い動いている。それだけで彼女を秘書にしていてよかったと思ってしまう私がいるのもまた事実。

 

だからこそ私は、彼女に本懐を果たさせた方がいいのだろう。その方が私にとっても彼女にとっても決して悪いことではないと、なんとなく理解していた。

 

 

「…まあ、そういうわけであれからリズとはなるべく一緒に行動するようにしているんだ」

 

「…そういえば、ナイチンゲールさんの呼び方が変わっていますわね。それもその影響なのですか?」

 

「……はい。私がドクターに、本名で呼んでいただくよう頼んだのです……この人に対しては、オペレーターの一人としてではなく、何もない『私』としてお傍にいたいと……」

 

 

そう言ってリズは私の服の裾を掴んでくる。そういえば最近リズとの接触が増えたな。まあ嫌いではないので特に咎めたりはしていないが。

 

 

「…なるほど、そういうことでしたら、わたくしのことも他の呼称にしていただけないでしょうか。お二人のサポートをするにあたっての、心意気と言いますか」

 

「…アズリウス、君はそこまでしなくてもいいんだぞ?」

 

「いえ、これはわたくしがお二人にそうして差し上げたいのです。今の話を聞いて強くそう思いましたわ」

 

 

アズリウスの目には覚悟が見える。ずっと気遣っていてくれていたらしいから、やはり自分に出来ることをするのだろう。

 

……ふむ、そういうことならお願いしたいが、別の呼び方か……。

 

 

「…では、無難に“アズさん”で、どうでしょう……」

 

 

どうしようか悩み始める前に、リズが提案する。“アズさん”、いや私の場合は“アズ”になるのかね。

 

 

「いいじゃないか。ではこれからは“アズ”と呼ぶことにしようかな。どうだ?」

 

「アズ……とても素敵ですわ。是非お呼びくださいまし」

 

「決定だ。改めてよろしくな、アズ」

 

「…よろしくお願いいたします、アズさん……私のことも、是非“リズ”とお呼びください……」

 

「わかりましたわ、リズさん」

 

「はは、こうしてみると二人が姉妹みたいだな。二人とも丁寧な口調だし」

 

 

なんてゆるやかな会話を楽しもうとして、私達三人のカップのお茶がなくなっていることに気が付いた。

 

 

「二人とも、お茶がなくなっているな。おかわりはいるか?」

 

「……そうですわね、わたくしはいただこうかしら。リズさんは如何なさいますか」

 

「…私も、いただいて宜しいですか…せっかくなので、アズさんともう少しお話がしたいです……」

 

「……いいじゃないか。そういうことなら、茶だけでなく気合もいれて来よう」

 

 

そう言って一旦ソファから立ち上がってそこに置いてたトレーにカップを乗せようとしたとき、扉がノックされる音が聞こえた。二回目である。誰だろうか。時間的にもう皆は仕事を終えているだろうから、あるとすれば遊びに来たくらいか?

 

 

「…はい、どうぞ」

 

「こんばんはドクター、暇だったから遊びに……って、アズリウスさん?なんで…というか、お茶してたの?」

 

リズに促され入ってきた人物は、アズがいることに驚きを隠せなかったようで動揺しているように見える。まあ、確かに彼女がこんな時間までここにいるのは珍しいしな。

 

 

 

 

 

 

「遊びに来たのか?タイミングが良かったな、今ちょうど茶のおかわりを作ってこようと立ち上がったところなんだ。君も飲むだろう?プラチナ」

 

「飲むよ。当たり前だよね。ここで何を話していたのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とか。聞きたいことが今生まれたわけだし」

 

 

 

 

 

 

さて、さっきのシーンの焼き直しと行こうか。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「なるほどね~、ドクターの声ってなんでここでだとあんなに感情が籠ってないんだろうと思ってたけど、そういうことだったんだ。ドクターのことに気づいてあげられなかったのは悔しいけど…」

 

 

例の話を一通り聞いたプラチナの反応は、アズほどではないもののだいたい似たような反応をしていた。彼女はひどく気まぐれで普段から他人のことを気にかけるような性格ではないが、一応私のことはそれなりに思うところがあったらしい。私は私で、ここに来て少なくとも二人が“心から”私のことを心配してくれていることが発覚して現在困惑中なわけだが。

 

 

「なるほどね~……そっか、そういうことなら私も二人のサポートをしようかな。私としても、ドクターには万全でいてほしいし、そもそも……」

 

「……そもそも?」

 

「……いや、なんでもない。とにかく、私も個人的にドクターのことは心配してたから」

 

「……あ、ああ。ありがとう」

 

 

プルルルル……

 

 

「おや?電話がなっているようだな、少し待っていてくれ」

 

 

デスクに向かい受話器を取る。

 

 

「もしもし」

 

『もしもしドクター、フロストリーフだ。突然で悪いが少し検診してほしいオペレーターがいる。気になることが起きたのでな』

 

「リーフ?何があったんだ?」

 

『…………ああ。ポプカルが、昨日の戦術演習の周回のとき以降軽い頭痛が起きているらしく、1日経ってもひかないから不安だと。ケルシー先生は今は忙しいらしいくダメだったからドクターに連絡させてもらった。今大丈夫だったか?』

 

「いや、タイミング的には割と厳しいが、そういう事情なら仕方ない。すぐに向かおう。場所は…ポプカルがいるとなると3階の宿舎か?」

 

『そうだ、邪魔してしまったようですまないが助かるよ。彼女にもすぐにドクターが来ると伝えておこう』

 

「了解」

 

 

受話器をかける。そうか、ポプカルの症状は一応安定しているから戦術演習ごときで突然悪化する、なんてことはなさそうだが念のため検査した方が良いだろう。リズやアズ、プラチナともう少し談笑したかったが仕方ない。

 

 

「ドクター、何かあったの?」

 

「ああ、どうやらオペレーターの一人が軽い不調になっているらしい。私は今から宿舎に行って診てくるから、この機会に3人は交流を深めておくといい。もしお開きになったら、一応リズは私が帰ってくるまでここに残っていてくれ。食器等は放置でいい。では少し行ってくるよ」

 

 

まあ、大したことがなければいいな。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「ドクターはああ言ってたけど、皆帰ってくるまで残るつもりでしょ?私としては、ナイチンゲールさんに聞きたいことがあるんだけど」

 

 

ドクターが去ったこの執務室には、女性オペレーターが3人。騎士殺しのアサシンであるプラチナ、毒使いの暗殺者であるアズリウス、そして鳥籠の天使であり現秘書のナイチンゲール。

 

この3人はいずれも現段階でドクターの異常性を把握している数少ないオペレーターである。アズリウス、プラチナ共にドクターに対して人並み以上の気遣いをしており、自分に出来ることはないかと日々頭を悩ませていた。そんな二人を差し置いて、異常な精神性の持ち主であり身体にいくつもの障害を抱えていた(と二人は認識している)ナイチンゲールがいつの間にかドクターに変革をもたらしているという事実に、彼女らは少なからず疑問を抱いていた。

 

アズリウスとプラチナはよく作戦で同じになることが多く、同じ狙撃オペレーターでもあるためよく会話をすることがあった。その流れでお互いがドクターの身を案じていることもなんとなく把握はしていたのである。

 

さて、ではその疑問とは一体何か、それは一人のオペレーターのプライド____

 

 

「……さて、ナイチンゲールさん、いやリズさんか。貴方は、ドクターのことをどう思っているの?」

 

 

____つまり、ドクターへの気遣いがプラチナと同じ理由(乙女心から)なのかということである。アズリウスはともかく、プラチナはドクターに対して明確に“そういう感情”を抱いている。そんな彼女からすればナイチンゲールはライバルになり得るかもしれない、と危惧を抱くのも仕方ない。

 

 

「……私、ですか?私は、ただ……」

 

 

 

 

一つだけプラチナに落ち度があるとするなら、それは彼女がナイチンゲールの異常性をまだよく理解していなかったことだろうか。

 

彼女が思うより、鳥籠の天使には人間味に溢れた複雑さがあるわけではない。

 

 

 

 

「……ただ、あの方を独りにさせたくないだけです……今現在あの方は、私と同じ境遇にいて…心が、使命感と自己犠牲に囚われている、と言いましたが……きっとそれは、そのまま止まることはないでしょう……ですから、私は…ドクターのお傍で、終わりが来るまで…」

 

「………そっか」

 

 

プラチナ、アズリウス、その他秘書に任命されたことのあるオペレーターたちも、かつてドクターに「どうしてそこまで働くのか」と聞いたことがある。当然その時もドクターにはぐらかされたのだが、皆してそこで引き下がってしまった。ここで踏み込むべきではないと。

 

ただしナイチンゲールは別だった。その精神はひどく破滅的かつ純粋で、故に自分の思うように行動することとなった。そのドクターに対しての、ある種の裏表のなさが彼の心を繋ぎ止めかけている。

 

が、ナイチンゲールは自分の環境と状況をよく理解している。この身も心も使い物にならない自分では、せいぜい傍にいるのが精いっぱいだと。

 

だから、彼女の次の言葉はプラチナとアズリウスを大きく困惑させることとなる。

 

 

「……そこで、貴方がたにも協力していただきたいのです……一緒に、ドクターを支えていただけないでしょうか…?」

 

「……うん?いやだから…」

 

「わたくしたちは、元より貴方がたお二人のことはサポートするつもりですが……」

 

「…いえ、私達ではなく、ドクター一人に注力していただきたいのです……私はこの通り、自由に動けるわけではありません…私一人では、些か力不足かと思われます……ですから、私が出来る範囲、以外のところで…貴方がたにお力添えを願いたいのです………」

 

 

ナイチンゲールの言葉は、プラチナとアズリウスに彼女の本質を理解させるには十分だった。

 

 

「…わかった。そういうことなら、私も本気を出すよ。カジミエーシュ無冑盟所属のアサシンと、乙女のプライドにかけて、ドクターを支える」

 

「わたくしも微力ながらそうさせていただきますわ。わたくしに触れてくださって、些細な夢を叶える機会まで与えてくださったんですもの。そのお礼として精いっぱい頑張りますわ」

 

「え、アズさんって触ってもいいんだ。今まで勝手にダメそうと思っててごめんね。それならこれからは遠慮なくからかおうかな」

 

「ふふ、お手柔らかにお願いしますわ」

 

「…私も、アズさんに触ってもよろしいでしょうか……その、首の鱗が、とても綺麗ですから……」

 

「構いませんわ、リズさん」

 

 

 

 

そうして、険悪になるかと思われたドクター不在のお茶会は予想外の形に収まることとなった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

結果から言うと、ポプカルの病状は進行していなかった。どうも最近訓練に精を出しているそうで、その疲れが回ってきたのだろう、という話に落ち着いた。リーフも「それなら良かった。全く、ちゃんと休むべきときは休むものだぞ」と安心したようだ。今となってはその言葉が軽く私にも刺さったわけだが。

 

リーフに「ドクター、いつもより幾分か調子が良いようだが何かあったのか?」と聞かれたので、かいつまんで伝えておいた。まあ私の把握している情報をざっくりとまとめただけだが。

 

その話を聞いた彼女はとりあえずは納得してくれたみたいだ。この調子で行くと執務室でオペレーターと話すたびに聞かれそうだが…わざわざ全員に一斉に伝えるほどのことではないだろうから都度話すつもりでいるが。

 

 

「さて、もうすぐ執務室に帰り着くが、おそらく狙撃勢は帰ってるだろうな」

 

 

そんなことを考えているうちに執務室が見えてきた。灯りはついているから少なくともリズが残ってくれているのは確定だ。

 

どうやって労おうかと頭を巡らせていると、一人しかいないであろうその部屋から話し声が聞こえた。それも複数。

 

おや?これはつまり…

 

扉を開ける前に、少しだけ聞き耳を立ててみる。

 

 

 

 

 

 

『へぇ、アズさんって料理が得意なんだ。じゃあ食の方面は担当できそうだね』

 

『そうですわね。頑張りますわ』

 

『私はあんまり得意じゃないから助かるね、リズさんは?』

 

『…記憶がないので、過去にどうだったかはわかりませんが…今のこの体では、少し難しいですね……ですので、アズさんにはこれからお世話になるかもしれません……』

 

『わたくしの部屋はこのフロアですので、作りに来ましょうか。せっかくならお二人もいかがですか?リズさんは現在の秘書ですから、この隣だと思いますが…プラチナさんは如何でしょう?』

 

『実は私、秘書用の部屋の3つとなりなんだよね。ドクターのとこに遊びに行きたくてちょっといろいろ手を回したんだ。それより、私もいいの?』

 

『もちろんですわ。これもドクターのためになるでしょうし。あ、でもドクターからお許しを頂けるかどうか…』

 

『まあ、ドクターなら大丈夫でしょ~』

 

 

 

 

…なんだか、この短時間で3人とも仲良くなっていないか?何があったんだ?

 

まあでも、リズが他のオペレーターたちと仲良くしているのはとても嬉しい。せっかくだし、私も話に混ぜてもらうとするか。

 

私は嬉しさと温かさで少しだけ軽くなった心のままに、未だに花が咲いている執務室へと勢いよく入っていった。

 




ごめんなさい。何故かこうなりました。反省はしていません。

メインはやっぱりリズなのでそこは悪しからず。

良ければ感想評価等、是非。




ところで全然関係ない話なんですが、局所的に流行っている机の上アズ&机の下フィリオとかいう脳破壊シチュ、ネタとわかっていてもめっちゃ好きなんですよね。本編には全く関係ないですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#3 団欒と相談

危機契約、廃墟10以上とほざいていたら12まで行けてしまいました。皆様はいかがお過ごしでしょうか。


今のこのシリーズだけで手いっぱいなので、アズフィリとか他のアークナイツオリ主ものとかのプロットもあるのですが、しばらくはこちらだけに集中したいと思います。忙しいですし。









リズに起こされたいだけの人生だった。


7:00 a.m.  晴天

 

 

 

目が覚めた。

 

体を起こすと、まだ見慣れない部屋の様相が目に入る。布団くらいしか置いていない、6畳ほどの殺風景な部屋。

 

まだぼんやりする視界と頭をしゃっきりさせようと一つ、伸びをする。ふとこの部屋のすぐ右にある給湯室から、料理のする音が聞こえた。

 

 

「…ああ……そういえば、今日からアズがご飯を作りに来るようになったんだっけか…けったいなこともあるものだな」

 

 

まるで通い妻だ。

 

なんて、私には到底似合わないような感想を抱いていると、不意に仮眠室の扉がノックされる音が。誰。

 

 

「…起きている」

 

「…入ってもよろしいでしょうか……」

 

 

ぼんやりとアズかと思ったが、寝起きでもわかる。この声はリズの方だ。おまえだったのか。

 

そうしてやや控えめにドアが開かれる。

 

 

「…おはようございます、ドクター…起こしに来たのですが、先にご自分で起床なさっていたのですね……」

 

「…ああ、さっき起きたがまだ眠いな……今は何時だ?」

 

「…7時ですが…」

 

 

7時か。

 

ロドスで仕事し始めてから、実はまとまった睡眠時間をほとんど取ったことがない。業務して倒れて起きてを延々と繰り返していたから、だいたい4時間ごとに1回3時間くらい寝る周期を繰り返して生活していた。それでも毎日4時には必ず目が覚めるので、日によって倒れる合計時間はまちまちであったが、それをリズの忠言を受けてまとまった睡眠時間を取るようにしたのだ。

 

結果体調も頭も以前より格段に整っているので、リズには本当に頭が上がらない。

 

 

「…今、アズさんが朝食を作っています……後10分ほどで仕上がると仰っていたので、そろそろ着替え等をされた方がいいかと…」

 

「…わかった、急ぐ……っふ」

 

 

未だにこの生活スタイルに慣れていないので起き抜けは頭が回らない。大きくあくびをかますと同時に緩慢な動作で布団から立ち上がった。

 

 

「……先にリズは戻っていてくれ、すぐ行く…」

 

「…あの、まだ脳が覚醒していないように見えますが……大丈夫でしょうか…?」

 

「…たぶん、大丈夫さ」

 

 

久しく忘れていた感覚だが、嫌いではない。さっさと…いや、俊敏には出来ないだろうが着替えて朝餉を食べに行くか。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

起き抜けで凝り固まった体をなんとか動かしながら仮眠室を出ると、ふわりと朝餉のいい香りが漂ってきた。匂いを感じ取ると途端に腹が減った感覚を覚える。

 

あー……なるほど、これが健康な生活を送っている証拠か…。

 

 

「おはようございますわ、ドクター。丁度今配膳が整ったところですの。お座りになって」

 

「…おはよう、アズ。配膳までやってもらってすまないな……ふあ」

 

「これくらい、何てことないですわ、ドクターのためですもの。それに配膳に関してはリズさんも手伝ってくれましたし。それより、ひどく眠そうですわね?」

 

「…生活リズムをガラッと変えたから、まだ慣れなくてな……まあ、そのうち慣れるだろう…」

 

 

言いながら、まだ緩慢なペースでソファに座る。眠気が取れていないためソファの沈み込みがとても心地よい。このまま寝てしまいそうだ…。

 

 

「ふふっ、本当に眠そうですわね。コーヒーを淹れましたから、お飲みになってください」

 

「…何から何まですまない…」

 

 

……堕落する。間違いなくアズとリズは私を人としてダメにしようとしてきている。もちろん本人たちにそんな他意はないだろうけど。

 

そんなごく普通の幸せが似合うような立場ではないのでどうにもむず痒いものを感じるが、これも二人が私の事を考えてのことだと思うと、感謝や幸福よりも先に申し訳なさを覚えてしまうのは性分だろうか。

 

とりあえずコーヒーをひとくち。苦味はやや抑えめ、砂糖とミルクが少し多めに入っている。私好みだ。

 

 

「皆、おはよう……あ、もう朝ごはん出来てる。頂いていい?」

 

「おはようございますわ、プラチナさん。丁度ドクターも起きたところですの」

 

 

そんなこんなしているとプラチナが入ってきた。いつもの服ではなく動きやすいスポーツウェアを着ているので、トレーニングでもしてきたのだろう。実際汗もかいているし、首にタオルをかけているし。

 

 

「おはようプラチナ。朝から精が出るな」

 

「まあ、無冑盟のころからの習慣と言うかね~。ドクターは今起きたところなんだっけ」

 

「ああ。まだ慣れないが…」

 

「……私が起こしに来る予定なので、そのうち慣れるかと……」

 

「え、いいなー。私もしてみたい」

 

「…でしたら、いっそのことドクターと同じ床に入ることは…」

 

「こらこら、流石にそれはまずいだ___え?」

 

「うん?」

 

「……どうかしましたか…?」

 

「いや……いつの間に隣に来たんだ?リズ」

 

 

いないと思ってた人物の声がごく自然に会話中に聞こえてきたものだから気づけずにいたが、いつの間にか隣にリズが座っていた。距離が近い。後身長差的に自然と向こうはこちらに対して上目遣いになるので愛らしさが三割増しである。

 

 

「……『本当に眠そうですわね』のところから、ずっと隣にいましたが…」

 

「…だいぶ最初の方からだな…」

 

「私は最初から見えてたけどね。遅くなったけど、おはようリズさん」

 

「…おはようございます、プラチナさん…プラチナさんも、一緒にいただきましょう…」

 

「うん、そうするよ。ありがとうアズさん」

 

 

そう言ってプラチナは私の斜め向かい、アズの隣に腰を下ろした。これで全員なのだろうか。

 

 

「それじゃあ、早速召し上がってくださいな」

 

 

 

『いただきます』

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「お、このサラダ瑞々しくておいしいな」

 

「…パンもしっかりと焼かれていて、おいしいですね……」

 

「これベーコンエッグ?やっぱりすごいねアズさんは」

 

「ふふ、これも皆さんのために作りましたから」

 

「朝早かっただろう。本当にありがとうな」

 

「いえ、わたくしにしてみればいつも通りの時間に起きただけですので、大丈夫ですわ」

 

「私も料理とか覚えた方がいいのかなー」

 

「もしその気ならわたくしが教えて差し上げましょう。そうだ、いつかグムさんなども誘って、お料理教室なんてものも開くといいかもしれませんわね」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

 

和気藹々と朝餉の団らんを楽しむ私たち。

 

リズ、プラチナ、アズ、そして私。いずれも多少の差はあれど、おおよそこのような団らんをまともに経験したことが少ない、或いは記憶がない者たちばかりだろう。そんな私たちがこうして同じものを食べ楽しく会話をしているこの光景は、荒廃しているこの世界の中でかすかに、けれど確かに尊く思えてくる。願わくば、この先も___

 

 

「……こんな朝食の時間を過ごすことが出来るなんて……想像もつきませんでした…」

 

 

ぽつりと、リズが漏らす。

 

ああ、私も同じ気持ちだ。数か月前まではこんなこと微塵も想像していなかったのに。

 

そしてそれはあとの二人も同じだ。

 

 

「…わたくしも同じことを思っていましたわ。まさか『毒物』であるわたくしが、このような……」

 

「私もだよ。無冑盟時代の仲間とは違って、こんなに平和で暖かい会話は……本当に、久しぶりだね…」

 

「…私もだ、リズ」

 

 

ほら、この通りだ。

 

 

「わたくしたち、案外似ているかもしれませんわね?」

 

「…そうだな。そうかもしれないな」

 

 

そうして初めての団らんは恙なく和やかに、ゆるりと終わった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

10:00 a.m. 晴天

 

 

朝餉を緩やかに終えて、本日の業務を少し終えた後、私はケルシーのいる研究室に訪れていた。もちろん、リズについてだ。

 

 

「ケルシー、今少し良いか」

 

「…なんだ、今は忙しいんだが」

 

「リズ、もといオペレーター・ナイチンゲールに関して相談がある。私ではあまり見当がつかなかったからケルシーに意見を聞きたい」

 

「…ほう?」

 

 

ケルシーが作業の手を止めてこちらに振り向く。やはり医療トップとしてそこは無視できないだろう。

 

 

「お前のことは信用はしていないが、まあそうやって素直に頼みごとをするなら聞こう。それで、ナイチンゲールがどうした?」

 

「ああ、本人は大したことはなさそうだと言っていたが、一度胸に軽く違和感を感じたらしいんだ」

 

「違和感だと?もう少し詳しく」

 

「ああ。どうやら常時よりも少しだけ熱を持ったんだと。その前には一度胸が苦しくなったらしいが、その時も特段痛みなどが伴ったわけではないらしい。私は医療知識には疎いから詳しくはわからないが」

 

 

そも、違和感が生じたのもその二度だけと聞いている。つまるところ私には皆目見当がつかないということだ。

 

 

「…ふむ、もう少し詳しく。具体的にどのあたりとか言っていたか?」

 

「いや、そこまでは聞いていない。リズもそれ以上も以下もないような言いようだったから大丈夫だとは思うが、念のため本人にも聞いておいてほしい」

 

「…わかった。彼女はかなりの重症患者だ、些細なことでもデータを取っておくほうが良いだろう、現段階では私も見当つかないがとりあえず報告感謝する。後は私に任せるといい」

 

 

そう言ってケルシーは再びコンソールをたたき始めた。

 

よし、いくら嫌われていてもこの件はちゃんと了承してくれたな。私の聞き取り不足のせいでケルシーも詳細まではわからないらしいが、まあ彼女に任せれば大丈夫だろう。

 

用も済んだので仕事に戻るとするか。

 

 

「…ところで、どうしてお前はナイチンゲールのことを名前で呼んでいるんだ。あのお前が…」

 

「まあ、ちょっとな。さて、私はそろそろ自分の仕事に戻るさ。リズのことをよろしく頼む」

 

 

ぼろが出る前にさっさと帰ろう。何故だかあまり彼女には話したくはない。

 

そそくさと研究室から出ることにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あいつに何があったのかは知らないが、あいつも変わったものだな」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

…ドクター含めた4人で朝食を食べた後、私はシャイニングさんを探していました…。

 

…どうやら、シャイニングさんは一般宿舎の方にいるそうです…幸い執務室と同じ階だそうで、丁度いいですね……。

 

 

「…失礼します…こちらに、シャイニングさんはおられますか…?」

 

「おや、リズではありませんか。貴方が私のところに来るなんて珍しいですね。何か御用で?」

 

「…実は、以前話した違和感についてなのですが…」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「なるほど…今日の朝食のときにも、また以前のような違和感を感じたのですね」

 

 

…今朝、ドクターやアズさん、プラチナさんと一緒に朝ごはんを食べさせていただいた時に…いつかと同じ、不思議な胸の暖かみを感じました。

 

…その旨を、シャイニングさんにお伝えすると、彼女は神妙そうな顔をして何度かうなずいています。何か、分かったのでしょうか……。

 

 

「…あの、何か分かったのでしょうか……」

 

「ええ、まあ。ですが原因等は…いえ、見当はつくのですが…」

 

 

…歯切れが悪いですね……?何か、不都合なことがあったのでしょうか…。今の私には、あまり原因が思い当たらないのですが…。

 

 

「…何か、問題でも……?」

 

「いえ、大丈夫ですよ。病魔がなんらかの影響を及ぼした、ということはないはずです。ですが、私がどうこうできる問題ではなさそうで…」

 

 

…そこで一旦言葉を止め、シャイニングさんは居住まいを正しました…どうか、したのでしょうか。

 

 

「リズ、おひとつ聞きたいことがあります…前に窺われたときから疑問に思っていたのですが」

 

 

 

 

「貴方は、ドクターのことをどう思っているのですか」

 

 

 

 

……最近、よく聞かれるようになった質問ですね…私の感情に、何の意味があるのでしょう。ですが、他でもないシャイニングさんに聞かれたのなら…お答えしないわけにはいけませんね…。

 

 

「…誰に、なんと言われようと。私の気持ちは、変わりません……私の使命は、ただ一つです…」

 

 

…そう、壊れた私にドクターが芽生えさせた、生きる理由。

 

 

「…ドクターを。私と同じ、籠の中の鳥であるドクターを……最後まで、お傍でお支えしたいのです…今の私に、壊れた私に唯一出来ることですから…」

 

「………それは、一体どういうことですか…?ドクターが、貴方と同じ…?」

 

「…はい。ドクターはおそらく…私と同じ、周りの人間にその能力を行使させることだけを必要とされている……」

 

 

…私があの日見たもの、感じたものを全てお話ししましょう。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「……そうですか、ドクターが…」

 

 

……私の話を聞いたシャイニングさんの反応は、アズさんやプラチナさんと似たようなものでした…シャイニングさんはそもそも、ドクターがそういう状況であったことすら…あまり把握していなかったようですが。

 

 

「…となると、リズは当分ドクターと行動を共にする予定ですか?」

 

「…それが、私に出来る数少ないことですから」

 

「…そうですか。これでようやく繋がりました。リズ、その胸の暖かみは、決して貴方にとって害為すものではないでしょう。むしろ大切にすべきものですよ」

 

 

…見れば、シャイニングさんの顔が…いつの間にか柔和なものに変わっています。

 

…大切にすべきもの、ですか。私には…よくわかりませんが。

 

 

「…私は、ロドスに来て良かったと…最近は思うようになりました…本当にありがとうございます、シャイニングさん…」

 

「リズ…」

 

「…相談に乗っていただき、ありがとうございました…それでは、私はこれで…」

 

「…はい。また」

 

 

…ひとまず、シャイニングさんからは「大切にしろ」と言われたので…そうしてみることにしましょう。

 

…少しだけ、この体が軽くなったような気がします。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

ナイチンゲールが宿舎を後にしたのを見送ったシャイニングは、飲みかけのコーヒーをあおり独り言ちていた。

 

 

「リズ…貴方は、ここ最近で随分変わりましたね。聞いた限りでは、悪い方向ではなさそうですし…」

 

 

彼女はナイチンゲールをロドスに連れてきた張本人。ある意味で保護者代わりとも言える彼女からしてみれば、最近のナイチンゲールの様子は微笑ましく嬉しいものである。

 

それにしても、だ。

 

 

「ドクターが、まさかそんな状況だっただなんて…しかし、噂で聞くところによればドクターは時折源石そのものを摂取してでも日々激務に取り組んでいるとか。それを聞いた時はまさかと思いましたが、どうやら事実である可能性が出てきましたね…」

 

「1人の医者として、それは見過ごせるものではありませんね。今度ドクターに探りを入れてみましょうか」

 

 

窓の外、はるか遠くを見やるシャイニング。彼女の目には、ナイチンゲールに対する慈愛とドクターに対する心配の色が浮かんでいた。

 




自分の仕事に忠実な人同士の会話なのでケルシー先生はたぶんリズのあれが症状ではないとは気づかないでしょうねえ。

シャイニングさんはきっといい仕事をしてくれるはず。





ちなみに評価をくれるだけで私のテンションが3割増しになります。是非。


追記
評価バーが赤になりましたん。これも皆さんのお陰ですね。わーい。目指せ評価平均9.50代(圧倒的☆10評価乞食ムーヴ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4 OF-LPA1 ひと夏の始まり

6月20日「お、赤評価バーになっている…UA数がもうすぐ1500か、伸びが早いな…」

6月22日「UA2800…2800?本当に?赤評価バーってすごい……」

6月26日(投稿日)「さて書き上げたし投稿しよう。お、UA4000超えてるじゃん……ん?4000???(思考停止)しかもアークナイツSSで評価平均トップ??」





と、いうわけで……赤評価バー(→現在評価平均1位(←!?))&3…4,000UA記念(←!?!?)。そう、番外編です。正直自分の妄想の垂れ流しをずるずる書いているだけなのでここまで伸びるとは思っていなかった。

さてその番外編は何か。タイトルからわかる通り、(実はこのシリーズを思い浮かんだ辺りからいつか書きたかった)「青く燃ゆる心(オブフェス編)」ですね。


ところで皆さん今一度リズの信頼200のボイス聞いてください。聞き直したらそれまでのボイスよりかすかにドクターへの信頼や気持ちが乗せられているようにしか聞こえなくてあまりの尊さに頭を壁にぶつけてましたやっぱリズは天使だわほら皆さん早くいかなる手段を以てしても聞いt



「……観光都市シエスタ?」

 

「ああ。ここのところずっと忙しかったからな。私はあまり興味はないが、この際だ。休暇でも取るといい。お前に致命的な不調が生まれてはロドスにも少なからず影響があるからな」

 

 

ある日ケルシーに呼び出されたと思ったら、突然そんなことを提案された。

 

観光都市シエスタ。今の環境では珍しく移動都市ではない都市であり、活火山が近くにあって毎夏には「オブシディアンフェスティバル」と呼ばれる都市全体を以てミュージックフェスティバルを催す都市。ビーチと海(実際には巨大な湖らしいが)もあり、毎年たくさんの人が訪れる有名な観光地だと。

 

 

そんなシエスタが例年通りフェスを開催するらしく、それに合わせて観光してこいというのがケルシーからの提案(というよりほぼ命令)だった。

 

 

「いいじゃないか。オペレーターたちにもいい羽休めになるだろうし。ありがとう、ケルシー」

 

「待って!私も行きたい!」

 

「大人しくしておけブレイズ。まだ怪我の治療が済んでいないのだから」

 

 

うちの前衛オペレーター・ブレイズが傷だらけの体を無理やり起こして抗議してくるが、彼女の怪我はそれなりに深い。ブレイズには申し訳ないが、やめておいた方がいいだろう。

 

 

「まあ、ブレイズはまた別日にどこか連れて行ってやるさ。だから今は体を治すことに専念してくれ」

 

「む…ドクターまで。でもまあ仕方ないか…」

 

 

そんなこんなで、今年の夏はシエスタで思いっきり観光と羽休めをすることとなった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「…シエスタ……観光都市、ですか」

 

「お祭りやるんだ?楽しそうだね」

 

「そこに、ケルシー先生から暇のために行くように言われて、私たちにも話を?」

 

「ああ、是非皆にも一緒に来てほしいと思ってな」

 

 

ケルシー呼び出しから帰った後、リズ、プラチナ、アズに先のケルシーの話を聞かせた。流石に一人(アーミヤも来るらしいが)で行くのは気が引けるし、私だけではまともに楽しめるか怪しい。アーミヤが他のオペレーターにも声をかけるだろうが、私も私で普段からお世話になっている3人は誘っておきたいと思っていた。

 

特にリズはまともに外出が出来ていないから、この機会に少しでも外の世界に触れてほしいというのもある。プラチナとアズがいればちゃんとサポートしてくれるだろうし。

 

 

「どうだろうか。私一人ではどうにも不安でな」

 

 

そうやってお願いをすると、意外にも真っ先に反応したのはリズだった。

 

 

「……私は、少し行ってみたいかもしれません…今までは、気にも留めませんでしたが…今は、ドクターがいらっしゃいますから…」

 

「……リズ」

 

「私も行きたい。お祭りに興味があるっていうのもあるけど、やっぱりドクターが行くなら行かないわけには、ね」

 

「わたくしもご一緒させてくださいまし。ドクターに加えてリズさんとプラチナさんも同行するのなら是非とも、ですわ」

 

「プラチナ、アズ」

 

 

目の前にいる3人は、皆大なり小なり目に期待を孕んでいる。あのリズでさえだ。どうやら私の不安は杞憂だったらしい。理由も理由で、3人にそれなりに好かれていることに気が付き少し、貌が緩んでいるのを自覚した。

 

 

「…ありがとう、皆」

 

「それで、そのオブシディアンフェスティバル?のパンフレットとかあるの?やっぱり今から回るところはある程度考えておきたいよね」

 

「……事前に、訪れる場所を決めるのですか…?」

 

 

あ、そうか。リズは確かに記憶上ではこう言ったイベントごとは初めてだろうな。いやかく言う私も寸分違わず同じ境遇ではあるか。

 

 

「ああ、シエスタはフェスティバル中はかなりの人が集まるらしい。もちろん店とかも相応に多いだろうが、メインのミュージックフェスなんかもあるしある程度プランは組み立てておいた方が当日もぐだぐだしないで済むだろう。4人で行動することになるだろうしな」

 

「そうだね。やっぱりお祭りとなると全力で楽しみたいしそれがいいかな~」

 

「そうですわ、わたくしが皆さんの衣服をお選び致しましょう。こう見えてもわたくし、コーディネートは得意ですの。リズさんもうんと可愛くして差し上げますわ」

 

 

何それ見たい。おっと煩悩が。

 

 

「いいじゃないか。せっかくのフェスだ、いつもの服では観光だというのに気も詰まるものだ」

 

 

そう言うと、この場にいる私以外の人物が一斉にこちらに視線を向けてきた。何でしょう。

 

 

「…どうした?何かおかしなことを言っただろうか」

 

「いや……おかしいも何も、ブーメラン刺さりすぎだよドクター」

 

「……いつもドクターは、ロドスの制服ですから…ドクターも、たまにはただの『貴方』でいるのは、如何でしょう……?」

 

 

…ふむ、言われてみれば確かに、いつもロドスの制服のフードを被りマスクをしている。理由は私でも良く分からないが、何故だか普段から着用してしまうのだ。

 

だが…自らただの一個人であることを願ったリズにそう言われてしまっては頷くしかないじゃないか。よろしい。なれば私も、今回だけは。

 

 

「…たまには、私もドクターという立場を忘れて体を休めるのもいいかもしれないな。特に、リズにそう提言されては断る道理もない。当日は思い切って装いを変えていこう」

 

「…ドクター……」

 

 

思い切って宣言をすると、リズの顔が少し…いやそれなりに綻んだ。純粋な綻び具合(綻び具合とは)で言うならば過去最高かもしれない。それほど嬉しかったのだろう。見れば他の2人も似たような顔をしているし。

 

 

「期待してるからね、ドクター」

 

「記憶喪失なのだからあまり良く分からないことばかりだがな…まあ、頑張ってはみるさ」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「…ごきげんよう……近頃は、あまりこうしてお話する機会も減りましたね……」

 

 

「…何か、嬉しいことがあったのか、ですか…?いつもより声音が弾んでいる……?」

 

 

「…そうですね…今度、ドクターやプラチナさん、アズさんと共に、シエスタという都市へ訪れるのです……ケルシー先生が、休暇にと…」

 

 

「…そこで、ドクターが『ドクターという立場を忘れて体を休める』と、仰いました……その一言が、私にとっては喜ばずにはいられないものなのです……」

 

 

「…あの方は、ずっと『ドクター』として周りに接していましたから…私と同じように、ただの一人として過ごすと、決めてくださったことは……本当に…」

 

 

「…私が、変わった…?前よりもずっと感情に富んでいる……?」

 

 

「…それはきっと、私がドクターのお傍にいると決めたから、でしょう…初めは、お傍にいて支えて差し上げたいと思っていましたが……最近は、ドクターといると胸に暖かみが差すことが増えました…シャイニングさんは、大切にしろと仰っていましたが…」

 

 

「…そうですか。貴方も、大切にすべきと仰るのですね…しかし、この暖かみが何なのか、貴方はご存じでしょうか……?」

 

 

「…自分で気付くもの、ですか…?そうじゃないと意味がない…?」

 

 

「……よく、わかりませんが…貴方がそう仰るのなら…」

 

 

「…はい。では、このあたりで……」

 

 

 

 

 

 

「……おやすみなさい、小鳥さん…」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

某日  10:00 a.m. 快晴

 

 

 

 

「…ずっと執務室に引きこもっていた身からすれば、この日差しと熱気と活気は慣れないものだな……」

 

「ドクター?どうかしたんですか?」

 

「ああ。フードとマスクを取るとどうにも落ち着かなくてな。だがまあせっかくの祭りなんだ、それ相応の装いをした方が、シエスタにもここにいる人たちにも失礼がないってものだ」

 

 

シエスタに来た私たちロドス一行は皆まとまって宿を取ったのだが、宿についた瞬間着替える暇もなくアーミヤに(半ば強引に)連れられて街中に来ていた。ここに来る前にロドスのパーカーとマスクだけでも外してきたが、それでもいろんな意味でアツいのはご愛敬というやつだろう。

 

 

「確かに珍しいですね、ドクターがマスクを外すなんて。日焼けするだとかで日差しが苦手だったはずでは?」

 

「…ま、ちょっとした気分転換さ。日焼けは日焼け止めを塗ればある程度は抑えられるが、今日くらいは相応の格好をして楽しんだ方が、その場の雰囲気を台無しにしてしまわないで済むからな」

 

 

まあ、リズたちとは午後から一緒に回ると取り決めているし、それまでに戻ればいいだろう。熱気にあてられたのか、自分でもわかるくらいにテンションが高い。これが人の活気の力か。

 

というよりアーミヤもロドス制服のままなんだな。

 

 

「…それじゃあ、一緒に見て回りましょう、ドクター」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「…ドクター」

 

 

そうしてシエスタのストリートを回っている最中、不意にアーミヤから声をかけられた。

 

 

「どうしたアーミヤ」

 

「…最近、ドクターは変わりましたね」

 

 

…まあ、確かにリズやプラチナ、アズなんかのおかげでそこそこ良い感じに日々が回るようになってきたな。

 

 

「そうらしい。前よりずっと体も心も軽い」

 

「…何か、あったのですね……?」

 

 

アーミヤの顔は、この楽しい雰囲気にはそぐわない暗い表情を浮かべている。何かこちら側に問題でもあったのかと思ったが、思い返しても心当たりがない。その旨でも言った方がいいか。

 

 

「ああ、あったよ。以前よりも肩の力を抜いただけだが…そんなに暗い顔をする必要はないさ」

 

「…っ!そ、それはやっぱりもしかしなくてもナ「あれ、アーミヤちゃん、に……どちら様?」…!?」

 

 

アーミヤにいろいろ聞かれていると、聞き覚えのある声に話しかけられる。見ると、うちの補助オペレーターでペンギン急便のメンバーであるアイドル、ソラが困惑した表情で立っていた。この場に見合う夏の装いである。

 

 

「ソラ?こんなところで会うなんてな」

 

「まさかその声、ドクター!?いつものフードとマスクはどうしたの!?」

 

 

あー…やっぱりそういう反応になるか。わかってたとはいえ中々新鮮だ。

 

 

「また後で着替えるんだが……まあ、せっかくフェスを楽しむんだ、今くらいは私も羽目を外してみようと思ってな。その方がこの場にもこの活気にも合うってものだろう?」

 

「なるほど。ドクター、分かってるね!フェスに来ている客の人たちも皆熱に浮かされてるから、きっとそれくらいがこのフェスを楽しむにはベストだよ!というか、アーミヤちゃんはロドスの制服なんだね…?」

 

「…ソラさんおはようございます!!貴方がジャズのストリートにいるのは珍しいですね!もっと今時のポップな音楽のところにいるのかと!」

 

「アーミヤちゃん、怒ってる?」

 

「怒ってません!!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

いや明らかに怒っているだろう、というツッコミはよしておいた。ソラでさえそれ以上深く聞くのをやめておくレベル。しかしまあ、私も何故こんなに目くじらを立てているのか分からないが。

 

 

「それで、私がここにいる理由だよね?そんなの決まってるよ!音楽に関してはどんなジャンルだろうと専門家なんだけど……実は、私の泊ってるホテルの近くで昨夜ライブがあって中々寝付けなくて。結局賑やかなままだから今日はここで休むしかないんだ」

 

「まあ、活気がある証拠だな」

 

「あはは、仕方ないよね。フェスだけじゃなくて海も結構な注目の的だし」

 

 

 

その後もソラと二、三言交わして彼女とは別れる。すると街全体に響くアナウンスが流れてきたので、二人して聞くことにした。

 

中身を要約すると、「シエスタは火山のおかげで観光都市として発展し、しかも火山から取れる黒曜石のおかげで鉱石病の感染率も低いから存分に楽しんでね」ということだった。その胡乱な内容の放送に、アーミヤと揃って首を傾げる。

 

 

「アーミヤ。今の放送だが、少し疑問点があったな」

 

「ええ。黒曜石が鉱石病を防ぐなんて話は聞いたことがありません。それにあのクローニンという天災トランスポーターの話し方は、本当に気持ちの悪いものでした…」

 

 

何かきな臭いものを感じるな。一応警戒はしておくか。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

その後も、火山の調査にやってきたスカイフレアとしっぽ…もといプロヴァンスとばったり出会ったりした。スカイフレアの興味にプロヴァンスの仕事と2人とも目的が合致しており、スカイフレアに至っては「研究することが休暇」だと言っていた。彼女の熱心さには本当に驚かされる。今度アーツ学について話し合おうか。

 

彼女たちとも別れ、更に歩いてビーチの方へ向かうことにする。

 

 

「それで、アーミヤ。さっきはなんて言おうとしていたんだ?」

 

「…!そ、そうです!ですから、ドクターの最近の変化は、ナイ……あ。あれはグムさんでしょうか?」

 

「ん?あ……本当だな」

 

 

アーミヤが視線を向けた方を見やると、またしてもうちのオペレーターであるグムが水着を来てアイスクリーム系の屋台を営んでいた。まだ高校生なのに店を出す、その気概に驚かされる。

 

グムと言えば、少し前に彼女からケーキを貰ったことがあった。あのときは今よりもずっと私がやつれていたときであり、そんなときに食べたケーキは彼女の爛漫さとやさしさが如実に表れていてとても心に沁みた記憶がある。そういえばあれから忙しい日々が続いてまだお礼を言えていないな。この機会にでも言おうか。

 

 

「グムさん!」

 

「あれ、アーミヤちゃんに…もしかしてドクターなの!?おはよう!」

 

「おはよう。御存じ皆のドクターだ」

 

「おはようございます。こんなところで露店ですか?」

 

「そう!ビーチの辺りのグルメエリアは、観光客もお店を出せるようになってるんだ。主催者の粋な計らいだね。こんなチャンスは滅多にないし、これはもうウルサス特製アイススイーツを披露するしかないと思って!」

 

 

そう言う彼女は、朝から元気そうに店を切り盛りしているが、結構賑わっているようで、少し疲れているように見える。どうやら人手が足りていないらしい。ふーむ………あ。

 

 

「…そうだアーミヤ。グムの店を手伝ってみたらどうだ?」

 

「ドクター。ナイスアイディア!確かにアーミヤちゃんが手伝ってくれたら今よりも手が回って、なんとかお客さんを捌けそうだよ!」

 

「え、ええ!?私ですか!?で、でも私はドクターと……」

 

 

ふむ……アーミヤは戸惑っているようだが、しかしグムが見るからに忙しそうにしているのもまた事実。出来ることならケーキのお礼も兼ねて手伝ってあげたいが、平々凡々な私なんかよりもアーミヤのような可愛らしい子が手伝った方が人も来るというものだ。なれば私が後押ししようか。

 

 

「いいじゃないか。中々出来ない体験だろう」

 

「うんうん!それにアーミヤちゃんみたいな可愛い子に店を任せた方がお客さんもいっぱい来るよ!」

 

「か、可愛いだなんて、そんな……で、でもそこまで言うなら仕方ありませんね…わかりました、お手伝いします」

 

 

どうやら彼女も褒められてやる気になったようだ。

 

その後アーミヤは機械の使い方を教えられたり服を着替えさせられたりで店に留まることとなり、結果的に彼女とここで別れる形になった。

 

 

「それじゃあグム、アーミヤをよろしく。アーミヤも頑張って」

 

「まっかせて!絶対二人で捌ききって見せるよ!ドクターも楽しんでね!」

 

「ああ、それじゃ……あ、待ってくれ、グム!」

 

 

そうして別れを告げ、グムたちが厨房に戻ろうとして__ある重要なことを伝え忘れていることに気が付き、慌ててグムを呼び止める。

 

 

 

 

 

「先日もらったケーキ、涙が出るほど美味しかった。ありがとう…それじゃあ二人とも、また」

 

「…どういたしまして!またねドクター!」

 

 

 

 

既に疲弊の色が浮かんでいた彼女は、それでも満面の笑みをもって私の礼を受け取ってくれた。

 

…本当に、ありがとう。

 

 

 

 

 

「……ドクターにナイチンゲールさんとのことを聞くタイミングを逃してしまいました!!アーミヤ一生の不覚……え?あ、はい。ここを回して氷を削ると…ふむふむ、だいたい把握しました…いいでしょう、CEOの底力を見せてあげますよ!!」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

思いがけず1人になってしまったので、もうしばらくビーチに留まろうと思いそこいらの店のテラス席に座っていると、1人の見知らぬ美女が相席してきたではないか。

 

あまり女性をじろじろ見るのはいただけない気がするが、目立つ格好なためについ目が引かれる。ほとんど水着ではというくらいの布面積の上下の服に、一見すると雨合羽のように透けている羽織りもの。ここまでは、まあフェスのことを考慮するとそこまでおかしいわけではない。

 

異質なのは、その背に背負っている矢のケースと、手に持っているコンパウンド式のボウガン。明らかに物々しい雰囲気を漂わせていて一目で只者ではないと判別できるだろう。

 

そんなどこからどう見てもやる気満々な格好の女性と席を共にしているため、気まずくて会話しようという気力が湧かないでいた。

 

 

「こちらウィスキーでございます。ごゆっくり」

 

 

どうしたものかと悩んでいると、いつの間にかウェイターがウィスキーをグラス2つ分持ってきていた。おそらく無料のものだろう、特に何か言うわけではなく届いた酒を一口煽る。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

それでもまだ私たちの間には沈黙が流れ続けている。正直もう席を立ちたいが、もったいない酒の楽しみ方をするわけにもいかず、未だに腰は上がらないでいた。

 

 

「貴方の服、白衣ですか?観光客としては少々変わっていますね…?」

 

 

話しかけられた。

 

 

「…実は、着替える暇もなく連れに引っ張られてね。まあ、その連れも別の用で別れたが」

 

「それにしても、その白衣は暑いのではありませんか?」

 

「まあ、日焼け止めを塗るまでの辛抱だ。日差しが苦手だから丁度いい」

 

「それなのに、わざわざここに?本当に変わった人ですね」

 

「……」

 

「…そうえいば、私も大概な格好でしたね。すみません、そのウィスキーは奢らせていただきましょう」

 

 

…このウィスキーは無料で飲めるものじゃなかったのか…。一応ある程度金は持ってきているから払えないということはないのだが、ここは素直に奢られておこう。その方が向こうの気も済むだろうし。

 

 

「それじゃあ、遠慮なく」

 

「…ところで、この新興都市はお好きですか?私は愛しているのです、あどけないながらも元気よく育つ姿を」

 

「地元の人か?」

 

「いえ、出身は別ですが、私にとっては第二の故郷のようなものです。此処を守るのなら私の全てを賭けますよ。そういうものでしょう?」

 

「__リーダー。クローニン先生があなたを探しています」

 

 

やり手であろうフェリーンの女性と他愛もない話をしていると、黒服を着た褐色の男性がこちらに__正確には彼女の方に__来ていた。リーダーという呼び方や彼の服装から察するに、この女性はボディーガードや護衛のような団体の指揮官なのだろう。

 

 

「…分かりました」

 

 

そう男性に告げると、彼女は立ち上がり机にお金を置いた。奢りの話はナシではないらしい。

 

 

「それでは、私はまだ仕事があるのでお先に失礼します、見知らぬ人。貴方がこの町を好きになれるよう祈っています」

 

 

そうして彼女は足早に去っていく。

 

……それにしても、不思議な人だったな。もちろん雰囲気だけでなく格好も含めて、だが。

 

 

 

しばらく1人で残ったウィスキーを飲んでいると、不意にポケットの通信機が震えているのを感じた。誰からの連絡だ?

 

 

「もしもしドクター、聞こえてる!?」

 

「プロヴァンスじゃないか。一体どうした?」

 

「その前に、周りに人はいないよね?ちょっと大事な話だから!」

 

「ああ、1人で寂しくテラスにいるから大丈夫だが。妙に焦っているが本当にどうした?」

 

「この話は……下手すればこの都市の存亡に関わってくるかもしれないんだ……」

 

 

………神様は、私を中々休ませてはくれないらしい。どうやらこの夏はひと悶着ありそうだな。

 




6/26 「青く燃ゆる心」編、開幕。サイトのシナリオ翻訳とつべのストーリー動画を併用して参考にしているのでたまに名前がごっちゃになることがありますがご了承ください。こちらも気をつけます。



活動報告を書き始めました。活動報告(≒日常ツイートのようなもの)です。思いついたことをそのときに書くので活動報告(進捗の報告なども含む)です。リズが愛らしい話だったり原作との解離性だったり本当にいろんなことを思いつくままに書いているので良ければそっちも見てやってください。ゆるりと感想も待ってます。特に最新の活動報告は見て(切実)。

感想等ばしばし送ってきてくださいね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#5 OF-LPA2 驚天動地

ちなみに今更なんですが、弊ロドスではリズは「杖を持った時だけ日常生活を送れるだけの範囲で体を動かせる」というようにしています。リズのボイス「杖を握ると思うがままに力を振るえる」から。









単オペメインのSSにしろ複数オペ登場のSSにしろ、全然リズを見かけませんね。
個人的には、トップクラスにドクターと境遇が近しいオペレーターだと思っているのですが…(;'ω')


プロヴァンスから連絡を受けた後、私はすぐに宿に戻ることにした。その帰路を辿る最中にリズたち3人に連絡を入れ一緒に巡ることが出来なさそうだと伝えると、彼女らは一様にがっかりしていた。とんでもなく心が痛んだが事情を説明して納得してもらったが何らかのお詫びはした方がいいだろう。

 

それから宿に立ち返りプロヴァンスらと合流すると、セイロンというこの地出身の源石学者が彼女らと一緒にいることがわかった。どうやら彼女らが調査に入った火山の麓で原生生物に襲われているのを助けたのがきっかけらしい。

 

そこでセイロンから告げられた衝撃の予測。それは、このシエスタの火山が噴火の兆候を見せているということだった。

 

 

「火山が、噴火だと?」

 

「特徴のある刺激臭、異常な高温、凶暴化したオリジムシ……そも、火山の辺りで感染生物がいるってこと自体火山がおかしい証拠だ。そんなことになれば源石採掘業者がそれこそ山のように押し寄せてくるよ」

 

 

プロヴァンスはいつになく真剣な口調で現状を述べる。天災トランスポーターとしての知識と経験が豊富な彼女がそういう雰囲気を醸すだけで、どれだけ深刻な事態なのかが伝わってくる。

 

 

「この火山の正確な状態を知っている者は殆どおりません。普段は行政と関連機構が管理しておりますの」

 

 

セイロンが言うには、原生生物を凶暴化させてしまった環境要因の現在と過去を比較すれば、何が起こっているのかがわかるかもしれないという。そしてそのために専門家の力を借りたい、ということだった。

 

彼女は運がいい。ロドス・アイランドには火山学に造詣の深いオペレーターもいる。その代表的な火山学者に協力を仰ぐことにしよう。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「…最後に、同位元素との比較と複数のサンプルの最終分析から、皆さんの予測は概ね正しいと言えるでしょう。確かに、火山が活性化している頻度は異常な増加傾向にあります。今すぐとは言わないまでも、全く楽観視は出来ません。この様子だと、おおよそ2~4週間後には臨界点を迎え火山は噴火するでしょう。可能であれば今すぐに市民を避難させた方がよろしいかと…」

 

 

弊ロドス最強術師オペレーターの、エイヤフィヤトラである。若くして研究員となった彼女だ、火山学者としては右に出る者はいない。セイロンとプロヴァンスが得た情報を元に遠隔で分析をしてもらったところ、思った以上に逼迫している状況だということがわかった。

 

 

「…さすがエイヤちゃんだね…ドクターは話わかった?」

 

「…まあ、結論はだいたい。要するに、何らかの変化が原因で火山が異常に活性化し、近いうちに噴火するということだろう?」

 

「流石ドクター!僕はさっぱりだったよ……あの二人がとても熱心に聞いているから、分からないのは僕だけかなって…」

 

 

 

流石エフィ、という感想しか出てこなかったのは口には出さないでおく。

 

彼女はこちらに来れないことを本気で悔いていた。現地調査をすれば詳しい原因がわかるらしい。一瞬だけ、何故自分がエフィのような優秀な研究者に先輩と仰がれているのかわからなくなった。

 

 

それから私たちは、この解析結果と裏付けの証拠をシティホールに持っていくことにした。市長であるセイロンの父親が現在3か月ほどの出張に出ており、現在の市政は彼の秘書であるクローニンに一任されているらしい。

 

クローニンと言えば、午前中に街中をめぐっている時に聞こえた放送にいた天災トランスポーターだったはずだ。彼が天災トランスポーターである以上火山の異常に気が付かないはずがないが、セイロンによれば何故か観測機には何の異常も検知されていないらしい。そのせいで市民は火山が近いうちに噴火するなど把握できるはずがないという。完全に緊急事態である。

 

アーミヤに一応伝えておくか迷った。スカイフレアは「大事にはならないだろうし大丈夫」と言われたが、クローニンのきな臭さを考えるとどう考えても一筋縄ではいかないだろうことが予測される。更に午前中に出逢った例のフェリーンの女性。おそらくクローニンの私兵か護衛のリーダーだろう。ひょっとしたらドンパチする可能性も考慮し、急遽アズについて来てもらうよう頼んだ。彼女は神経毒で多数を行動不能に出来るため無力化の有効な手段となる。

 

アズは「そういうことならわかりましたわ」と快諾してくれた。リズとプラチナには待機してもらうことに。プラチナは専売特許だからかすごく行きたそうにしていたが、リズのこともありしぶしぶ納得させた。今度追加でお詫びしようと思う。

 

 

 

 

 

そんなわけで、一通りの資料を集めて午後2時にシティホールへと向かったのだが。

 

 

「火山に関しては、全くご心配はございません。どこからそのような荒唐無稽な情報を仕入れたのかわかりかねますが」

 

「……貴方こそ、何を根拠にそのような冗談をおっしゃっているのですか?」

 

 

火山噴火の可能性による市民の避難指示を申し立てると、クローニンはまるでそれが冗談だと言わんばかりの回答をしてきた。それに対しセイロンは必死に食い下がる。

 

 

「火山活動が開始した兆候は、既にいくつか見つかっていますわ。今この瞬間にも噴火する可能性はゼロではありませんの」

 

「例えば?」

 

「オリジムシの凶暴化や異常な高温、特徴的な異臭などですわ。これらは全て有効な証拠になり得ますの。ここまで言っても信じないのであれば、ここにある資料をご覧なさい。詳細な分析過程と結果がまとめられていますわ」

 

「…それは、オリジムシから聞いたのですか?それとも気温や臭気が教えてくれたのですか?残念ながら、それらの根拠のない数字に火山との関連性を全く見いだせないのですが」

 

 

…はぁ?何を言っているんだこの男は。よりによって超優秀な火山学者であるエフィが40分の間にわたって説明してくれた分析だぞ?そんじょそこらの一般火山学者の分析よりもはるかに正確なものだろうに。

 

 

「私が知っているのは、私と市長が共同で作り上げた火山観測装置は何も検知していない、ということだけです」

 

 

あまりに人の話を聞かない態度に、さしもの私たちも苛立ちが募ってくる。あの温厚なプロヴァンスでさえも額に青筋を浮かべているではないか……目の前にいるこいつは、本当に天災トランスポーターなのか?

 

 

「貴方、ここに記されている事実が読み取れませんの?」

 

「こんなものも分からないとは、お前は本当に天災トランスポーターか?はっきり言って今のお前は、自分の半端な知識と観察眼を妄信しているだけの無能にしか見えないが」

 

 

おっと、あんまりに苛々してつい本音が出てしまった。

 

 

「…そこの貴方は一体誰です?随分と無礼なもの言いですが」

 

「ドクターを始めとする彼女たちは専門機関の研究員で、火山学者の方もいますわ。その中の、若くして研究員となった天才的な方に今回の分析を頼みましたの」

 

 

言外に「お前より優秀なやつが出した結論だ」と言っているようなものだ。ちょっと鼻が高い。

 

だがそれを聞いてもなおこの男の反応は変わることはない。それどころか__

 

 

「…なるほど、分かりました。怪しい観光客がセイロン様を誑かしているのですね?」

 

「…一体何をおっしゃっていますの?」

 

 

__ほうら、こうやってあることないことを自己解釈して勝手に勘違いしてくる始末。これにはセイロンも理解が出来ないといった顔だ。それはそうだろう、普通の研究者であればまず無視しないであろうこの分析結果を無視しているのだから。

 

はっきり言って、ここまで話が通じないのはもはや子供を相手にしている錯覚を覚える。いや、相手にすらならない。

 

 

「お嬢様は留学していらっしゃったので知り得ていないかもしれませんが、たまによくあるのですよ。こうやってあることないことを持ち出してこのシエスタを破滅させようとしてくる輩が」

 

「その例にもれず、ドクターたちもそうだと?有り得ませんわ!もしそうだとしたらわたくしが信じるはずがありませんし、分析されたのもその筋では名が知れている方です、今回ばかりは事情が異なりますわ!」

 

「私からすれば、このドクターとかいう人もそう見えてしまうのですがねえ。この都市をかすめ取るためならやり方を問わないような」

 

 

…かっちーん。

 

 

「はっ、言ってくれるな。どうやら火山学者としてだけでなく人としても随分と盲目みたいだ。その眼鏡の奥は私欲まみれなんじゃないか?もしそうだとしたらそっちの方がよほど問題だろうが」

 

「…言ってくれますね。そんなに押し通すつもりなら、私が直々に罰を与えましょう。全員出て来なさい」

 

 

クローニンがそうほざくと、どこからともなく黒い服を着たやつらがわらわらと出てくる。やはり待機していたか。あの女性はいないようだが。この人数差では少々不利だろうし、迂闊に傷を負わせることも出来ない。

 

が、こっちは既に有効打を持ってきている。

 

 

「奴らを拘束しろ」

 

「今だ、アズ!こいつらを行動不能にしろ!」

 

 

クローニンが配下に指示したのと全く同じタイミングで、こちらもこの状況において最も信頼できる暗殺者を差し向ける。ずっと私の背に隠れていたアズだ。彼女は驚異的な速さと手数でこの場にいる黒服全員に麻酔銃を打ち込み、そのことごとくが膝から崩れ落ちていく。流石だ、ダブルショットを特化3にした甲斐がある。

 

 

「____ポイズン、キス」

 

 

見える敵を全員落とした後、彼女は口に人差し指をあてがいそうつぶやいた。かっこよすぎか。

 

だが見惚れている場合ではない、これでしっかりと時間は稼げるだろう。よし。

 

 

「今のうちに一旦逃げるぞ!ここで相対するのはまずい!」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「ドクター、こっちへ!ビーチの方へ逃げますわよ!ビーチなら観光客に紛れて見つかりにくいはずですわ!」

 

 

シティホールから脱出した後も、私たちは逃げ続けていた。案の定とも言うべきか黒服はあれで総勢だったわけではないらしく、すぐに別のグループを差し向けてきた。鬱陶しいことこの上ない。

 

しばらくビーチへの道を人混みに紛れ走っていると、目の前に見覚えのあるフェリーンの女性と、その後ろに黒服が10人ほど立ちふさがっているのが見えた。同じく彼女を視界に入れたセイロンが立ち止まる。

 

 

「やぁ、見知らぬ女性。また逢ったな」

 

「シュヴァルツ!良かった!貴方がいればどうにかなりますわ!クローニンは一体どうしてしまったの?……ドクター、この方がわたくしがさっきお話しした_「いや、彼女はおそらく私たちを捕らえに来た。そうだろう?シュヴァルツさん?」_え?」

 

「…お嬢様、旦那様が街にいないときは、クローニン様の言うことに従ってください。この人たちは彼に任せましょう。貴方に手を上げたくはありません」

 

「……シュヴァルツ?」

 

 

セイロンの表情、先ほどの喜色がそぎ落とされている。余程シュヴァルツの発言が理解できなかったのだろう。それに気付いているのかいないのか、シュヴァルツは更に無慈悲な言葉を重ねる。

 

 

「総員、行動開始。全員捕らえろ。お嬢様には傷をつけるな」

 

「…ちっ、面倒だな。もういっちょ逃げるぞ!」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

更にビーチに向けて駆けていく。未だに向こうに追いつかれてはいないが、統率の取れた動きにじわじわ追いつめられていた。

 

 

「逃がさない…!」

 

「チィッ!ボウガンまで!」

 

 

ついに得物にまで手をかけるシュヴァルツ。彼女から放たれる矢に逃げるルートを制限され、その斉射から逃げることは__

 

 

「ふんっ」

 

「なにっ?」

 

 

瞬間、こちらに放たれた矢がことごとく切り落とされた。目の前には私よりもはるかに高い身長を持つ、達人の風格を漂わせる白髪のリーベリ…

 

 

「将軍!?」

 

「ドクター、ここは私に任せて先に行け」

 

 

現ロドスの前衛オペレーター、ヘラグ…どうやら、私たちに助太刀してくれるらしい。この機会を逃すわけにはいかない!

 

 

「セイロン、今のうちにさらに逃げるぞ!」

 

 

突然の闖入者に困惑しているセイロンの手を取り、その場を離れた。

 

 

 

 

 

「はぁっ……わたくし…もう、走れませんわ……!」

 

「……ああ、だいぶと…はぁっ…走ったからな……」

 

 

更に走って、ようやくビーチへとたどり着く。ここまでずっと走りっぱなしだったせいで誰もかれもが疲労困憊状態だ。

 

だが、無慈悲にも黒服は追いかけてくる。向こうの方が体力はあるだろう、あっという間に追いつかれてしまった。

 

 

「セイロン様、こちらに」

 

「…はぁっ、嫌です…わ!」

 

「セイロン様を無傷で捕らえろ!ドクターとかいうやつは好きにしていい」

 

 

…万事休すか。結構頑張った方だと思うが。

 

なんて半ば諦めていると、不意に聞き覚えのある声が。

 

 

「あぁん!?誰がドクターを好きにしていいって!?」

 

 

同時に何人かの黒服の衣服から火の手が上がる。この口調でこんなことを出来るのは一人しかいない。ソラからビーチで楽しんでいると聞いていたが、どうやらグッドタイミングだったらしい。

 

 

「おいドクター。まーた面白そうなことやってんじゃねえか。オレサマを呼ばないなんて連れねーな」

 

「…イフリータ!助かった!」

 

「へへ、退屈してたんだ、今ならサービスしてやるぜ?」

 

 

因みに、彼女のいうサービスとはウェルダンのことである。今この場では頼もしいが、こちらが何もしていない以上下手に傷を負わせるわけにはいかない。つまり。

 

 

「いや、イフリータ!サービスしたら面倒なことになるからやめてくれ」

 

「ああん?じゃあどうすればいいんだよ」

 

「…あいつら、すごく暑そうな格好してるだろ?全員涼しくしてやれ!怪我させなければどうやってもいい!」

 

 

ここで指パッチン。するとイフリータは私のジョークに気が付いたようで、嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

 

「ははっ、やっぱ最高だぜドクター!おもしれえじゃねえか!」

 

 

…そうして、ノリノリのイフリータに服(とついでに一部は髪まで)を爆炎された黒服たちはあえなく撤退していった。セイロンは先ほどからイフリータの操るアーツ式火炎放射器に釘付けである。研究者気質。

 

 

「源石を動力にしているのにも関わらずこの火力……貴方は素晴らしい術師ですのね」

 

「おお、姉ちゃん見る目あるな。オレサマはすげーんだぜ」

 

 

なんだかんだで放火を思う存分楽しんだイフリータはこれでもかというくらいにテンプレなドヤ顔を披露していた。

 

 

「わたくしはセイロンと言いますわ。先ほどはわたくしたちを助けてくださりありがとうございますわ」

 

 

セイロンのお嬢様然としたまっすぐな謝辞に、普段から自信過剰になりやすいイフリータはちょっと困惑している。こういうタイプは初めてからな。

 

 

「お、おいドクター。こういうのって『レイギタダシイ』って言うんだよな?オレサマはどうすりゃいいんだ?」

 

「まあ、こういう時はこっちも同じようにお辞儀すればいいさ」

 

 

イフリータが目上へと対応しようとしていることに喜びを感じざるを得ない。本当に成長したものだ。私は嬉しいよ。

 

 

「あ、いっけね。オレサマは肉を焼いてる途中だったんだ!じゃあな、ドクター、セイロン、アズリウス!バーベキューを食いたくなったらいつでもオレサマのところに来な!」

 

 

そう言って、イフリータは急ぎ足で元いたところへと戻っていった。

 

 

「…わたくしたちも、急ぎ戻りましょう」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「…ドクター…!ご無事でしたか…?」

 

「ドクター、追われたって聞いたけど…大丈夫だった?」

 

「ちょ…急だな……」

 

 

宿に戻ってまず、残っていた2人から熱烈なハグを貰った。どうやら先に戻っていたプロヴァンスらから事情を聴いて心配してくれていたらしいことが、二人の濡れ気味な目から窺える。よく待ってくれたものだと思う。

 

ただ想像したよりもはるかに不安だったのか、健脚なプラチナはおろかリズにまで抱き着かれてしまった。ご丁寧に手にいつもの杖を持って、だ。それは予想できなかった。というか、将軍とかに見られているのでちょっと恥ずかしい。

 

 

「ああ、確かに市長代理の配下の軍団に襲われたが、急に現れた将軍とビーチでバーベキューをしていたイフリータに助けられたから無事だ。心配かけてすまない」

 

 

2人に謝りながら離れてもらうことにする。将軍とセイロンが変に生暖かい微笑みを浮かべているのは見なかったことにしたい。アズはアズでちょっとこちらに混ざりたそうな目を向けているし。なんだこの時間。

 

ちょっと変な空気になってきたので無理やり会話を始めることにしよう。

 

 

「あの後無事に帰ってきてくれたんだな、将軍。あのときは本当に助かった」

 

「何、どうということはない。そこのお嬢さんも、無事で何より」

 

「え、ええ。あの時はありがとうございますわ。それで、貴方方は一体…」

 

 

ああ、そういえばあの時は切羽詰まっていてまともな紹介が出来なかったな。

 

 

「私はヘラグ。ロドスのオペレーターとして、今はドクターの元に身を寄せている」

 

「私はプラチナ。同じくロドスに所属している」

 

「…私は、リズと申します…現在は、ドクターの秘書としてさまざまなことをサポートしています…」

 

「わたくしはアズリウスと言いますわ。右に同じく、ロドスのオペレーターとして活動していますの」

 

 

1人1人自己紹介をしていく。セイロンを除けばこの場にいる全員がロドスの者だというのだから、彼女はうちの人員の豊富さに驚いているようだ。

 

 

「わたくしはセイロンと申します。そうだ、ヘラグおじ様。先ほどのお礼にお茶を淹れてきますわ。皆さんの分も」

 

 

そう言って彼女は部屋から出ていった。お茶を淹れるのがどうやら好きらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

 

 

「将軍、何かあのシュヴァルツについてわかったことはあるか?正直、いち個人の護衛のリーダーとしてはあり得ない戦闘能力を持っていたが」

 

「………それが、心当たりがあってな。これは、昔の話だが」

 

 

将軍はしばし考え込むような素振りを見せた後、厳かに口を開いた。

 

 

 

 

そこから語られたのは、かつてクルビアのとある一家を抹殺しただとか、異族を迫害していた山賊を1人残らず潰したという伝説を持つ殺し屋の話。どうやらそれが先のシュヴァルツなのではないかと将軍は踏んでいるらしい、身体的特徴や得物が一致するそうだ。そこまでいけばほぼ確定と見ても問題ないだろう。

 

しかしセイロンに聞かれていなくてある意味良かったな。彼女はこの話を知らなかった可能性が高いが…

 

 

「市長は知っていた可能性が出てくるな」

 

「その市長とやらが、シュヴァルツ殿のことを殺し屋だとわかって雇っていてもなんら不思議ではない」

 

 

 

 

 

ガチャン!!

 

 

 

 

 

____明らかに人がいることを示す、カップの破砕音。

 

____この状況において、もっとも耳に入れない方がいいだろう人物。

 

 

 

 

 

「セイロン…」

 

「セイロン殿、隠れて聞き耳を立てずともよいだろう」

 

「わ、わたくし、は……」

 

 

 

 

__ややあって、扉が開かれる。当の本人は、ばつの悪さと驚きが混在しているような複雑な表情を浮かべて軽く呆けているように見えた。

 




熱烈なハグのシーン、頭を撫でぽする展開も考えていましたがちょっと時期尚早な気がして断念しました。時期尚早。



あと2話くらいでイベント本編終わりそうですね。さくっと本編を終わらせてエクストラステージに突入したい侍。


(特に)感想等いつでもばしばし送ってきてくださいな。感想が来ると私のモチベーションが37%上がります。☆10評価が来ると更に上乗せで25%乗算されます。急な乗算制。

是非( *´艸`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6 OF-LPA3 Siesta Concerto

感想に対して返信の文量が多いし前書きも多い(自戒)。「ぼかぁ語りたがりでね」ってやつです。これでピンと来た人は良いセンスをしている。

それはさておき、今年の夏イベが楽しみですね。正直な話リズの水着コーデとかめちゃくちゃ楽しみにしてるんですが(それより先にプラチナとアズにコーデをくれと思いながら)。

あと、そろそろ不満が出そうだなと思って皆が待っているシーンを強引ですが少し入れました。これでドクリズ成分を補給してくれたまえ~…( *´艸`)




アンケート、予想通りって感じですね。請われたからには頑張るしかない(*’▽’)
まあそこそこ期待してもらってていいですよ(フラグ)。



 

 

「ヘラグおじ様、その殺し屋がいつから活動し、いつ頃消えたのかわかりますか?」

 

 

セイロンの声は未だに震えが止まっていない。あまりの衝撃の事実だったろう、それも仕方ないのかもしれない。

 

 

「彼女のうわさは、私が退役する前に既に聞いていた。消えたのは、おおよそ1年前だ。例の一家の事件と共にな」

 

「…シュヴァルツは、6年前までヴィクトリアでわたくしの世話をしてくれていましたが、ある日突然お父様の命令だとかでいなくなってしまって…それからは、毎年クリスマスにわたくしを迎えに来てくれるだけでしたわ。ですが、ですが先ほどの彼女はきっとたまたま機嫌が悪かっただけ……!そんな、殺し屋だなんてこと、あるわけ……」

 

「無論、私も邪推するつもりはない。だがそういうこともあり得るという話だ。それにシュヴァルツ殿に限って言えば、私はあの独特の傷跡を忘れるわけがない。部隊は間違いなく雪深くに葬られただろう……」

 

「……わたくし、少し時間をいただきたいと思いますわ」

 

 

そう言って、彼女は入ってきた扉から再び姿を消した。その後ろ姿が風前の灯火のように思えて、どうにか出来ないかという思いが湧き上がってくる。

 

 

「ドクター、貴殿の出番だ……今の彼女には、きっと理解者が必要だろう」

 

 

そんな私の背中を押すような、将軍の一声。見れば、リズやプラチナ、アズも一様に私を見ている。

 

これは、私のやるべきことだと。

 

 

「…彼女を追ってくるさ」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

セイロンはビーチで1人立ち尽くしていた。彼女に追いついた後、彼女はいろいろな話をしてくれた。昔のシエスタの話、父親や母親の話…過去にやりとりしたシュヴァルツとの会話など。彼女はヴィクトリアに留学していた間にもシエスタが変わっていることに感慨を抱いている。きっと全てが今の彼女を作っているのだろう。

 

聞けば、シュヴァルツは鉱石病感染者になってから過度な接触を避けるように言ってきたらしい。セイロンが源石について研究する道を選んだのは、それが原因だと。

 

ゆるりとビーチを歩きながら、彼女は私に問いかける。

 

 

「わたくしが手に入れたと思ったものは、全て嘘だったのでしょうか…?」

 

「…今日の午前、私がちょうどツレと別れたときに偶然シュヴァルツと席を共にしたのだが、そのときに彼女は『シエスタは第二の故郷のようなものだから、シエスタを守るためならなんでもする』と言っていた。だからきっと、彼女も何も思わないわけではないだろうよ。もしかしたら彼女も彼女で何か苦しいものを胸中に抱えているのかもしれない」

 

「…わたくしにすら言えないような苦しみがあるというのでしょうか?それに、いくらそうであろうと過去に犯した悪事が消え去ることはありませんわ……ドクター、わたくしは諦めるべきなのでしょうか?」

 

 

…正直、私ごときに答えられるような問いではない、と思う。しかし、その気持ちはわかる。その努力を垣間見ることが出来る。なれば、それはきっと。

 

 

「大丈夫、セイロンは立派な源石学者だ。君のやってきたことは徒労でもなんでもない。それは、同じ学者として保証する」

 

 

自信を持って告げる。すると彼女の浮かない顔がようやく元に戻ってきた。やはり彼女は落ち込むよりも凛としていた方がいい。

 

 

「…わたくしはやっぱり、この都市を守ります。クローニンを黙らせるだけの証拠を集め続けますわ。もし彼らが市民の安全を放棄して危機に陥らせるのなら、わたくしが全力で阻止いたしましょう。わたくしは、自分が正しいと信じています。なればたとえ1人になろうと、最後まで戦い抜きますわ!」

 

「いい啖呵の切り方だ。どうやら心の整理はついたようだな」

 

「ヘラグおじ様!」

 

「将軍、いつの間に」

 

「おじ様、ドクター。今からわたくしの言うことに、お力添えをお願いしてよろしいでしょうか?」

 

 

急にセイロンがそのようなことを申し出てきた。私も将軍も、あの3人もセイロンのやろうとしていることは間違っているとは思わない。だから喜んで協力させてもらうのだが。

 

セイロンから語られた作戦。それは「市内全域に届く放送局を乗っ取り市民へ現状説明と避難勧告を行う」というものだった。あまりに大胆な作戦だと面食らったが、どうやらクローニンの部下たちはメインのフェスが始まるタイミングで忙殺されるらしい、そこをつくのでたぶん大丈夫だという。その間に私たちは市長室を襲撃しクローニンのあくどいやり方の証拠をかき集める、ということだ。

 

おそらくセイロンは放送することが目的ではなく、本当はそれを見越して迎え撃ってくる最愛の従者と話をつけるつもりなのだろう。

 

 

 

こっちの突撃部隊(仮)をどうしようかと考えたとき、突撃力あるいは制圧力があるのが望ましい。向こうが何かしてくる前にこちらで動きを抑え、可能ならばその場に拘束することが出来れば安心して不正をあぶりだせる。それを踏まえるとアズやリズは不適当なので、急遽連絡してヴィグナに協力を仰ぐことにした。行動が早い先鋒オペレーターの中でも特に攻撃力に秀でた彼女であれば十分だろう。

 

彼女は最初はフェスの方を楽しみたいと不満を漏らしていたが、シエスタが危ないということを伝えると快く引き受けてくれた。そこに先の直談判でもイイ動きを見せてくれたアズを加えれば、ほぼ確実にこの作戦は上手くいくだろうな。

 

 

 

 

 

大一番の準備をするために一度宿に戻ることにし、さくっと身支度を整える。セイロンが紅茶のカップを落としてしまったこともあり、改めて飲んで一息つこうということになった。

 

 

「皆様、お待たせ致しましたわ。ヴィクトリアから取り寄せた一級品の茶葉ですの」

 

「ありがとう、セイロン。何かお茶請けがあればよかったんだが…まあいいか」

 

 

どのみちお茶請けまで食べて本格的にゆっくりくつろいでいる場合ではないんだし。じゃあなんで紅茶飲むのという話だが、まあ、これから一仕事あるんだ。これくらいいいだろう。

 

 

 

お茶をひとくち。

 

普段執務室(正確には給湯室だが)で作るインスタントのお茶とは似ても似つかぬ深い味わい。少し口に入れただけなのに、腹の底からじんわりと温まってくる。あれ、これやっぱり今飲むべきではないのでは……。いやしかし確かに午前からいろいろ起こって疲労は溜まっているわけで……ふぅ。

 

 

セイロンと将軍、プラチナとアズがそれぞれ談笑しているのを横目に見ながら自分の中の堕落と戦っていると、不意に隣からふわっといい匂いがするのを検知した。ことあるごとに隣にやってくる、そろそろ慣れ始めた人物のものだ。

 

……もちろん、最低限の配慮として、今まで一応意識しないようにはしてきたが。

 

 

しかしまあ、改めてこうやって近くに来られて感じるリズ特有の甘やかな匂いは、ひどく安心するな……」

 

「…私の匂い、ですか……?自分ではあまりわからないのですが…」

 

 

 

 

………??

 

…………!?

 

 

 

 

「り、リズ…もしかして口に出ていたか……!?」

 

 

出来る限り声のボリュームを落として、隣に来ていたリズに聞かざるを得なかった。

 

周りの様子を見る限り特に訝しげな視線などは向けられていないので、おそらく独り言よりもさらに小さい程度の声量だったのだろうが…それにしても、思考が外に漏れ出てしまうとは。というよりも本人に聞かれているのが恥ずかしいやら申し訳ないやらでパニックである…!

 

 

「…他人と自分で、遺伝子的に遠ければ遠いほど相手の体臭がいい香りに感じるそうだ…まあ、つまりはそういうことなのでは?」

 

 

いくら割と有名で科学的に立証されている事実と言えど、この場においてはあまり意味を為さない。苦しい弁明だった。

 

 

「……私は、ドクターの匂いは好きですよ…貴方と同じで、とても安らぎますから……」

 

「…そうか。なら、まあ、もっと近くに寄ってくれても構わない」

 

 

取って付けたような弁明をホームランで打ち返された感覚だ。

 

言うや否や、30㎝程度空いていた間隔を半分くらいまで詰められた。それに比例してミルクめいた匂いもより強く感じるようになり、惹かれて少しだけリズの方に体を預けたくなる。

 

その欲望に従ってソファの背もたれに背を投げ出し、頭をほんのちょっとだけ彼女のいる右の方に動かした。人間誰しもパーソナルスペースを持っていると言うが、不思議とリズがこれほど近くにいても不快だとか離れてほしいだとかは感じない。それはリズも同じなのだろうか。

 

 

「…ドクター、寝てはいけませんよ……?」

 

「…ああ、わかっている。少しだけさ…」

 

 

そうして私たちはしばらくの間、さながら冬の厳しい寒さ耐える動物の親子のように2人で身を寄せ合っていた。

 

…ちらりと盗み見たリズの表情は、滅多に見られないようなとても慈愛に満ちたものだった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「…ヘラグおじ様。ドクターとリズさんは、いわゆる“そういう関係”ですの?」

 

「いや、そういう話はロドスの中でも聞いたことがない。私がロドスに身を寄せた当時から既にドクターはナイチンゲール殿を秘書に任命していたようだが、そのとき初めて2人を見たときは今よりもずっと互いが離れていた。邪推をするわけではないが、何かあったのだろう」

 

「なるほど、関係としてはわたくしとシュヴァルツのそれに近いですわね……それにしては、あの身を寄せ合っている様子を見る限りでは非常に良好な関係ではありそうですが」

 

「ドクターは普段ロドスの制服を着用しているが、そこに金属製のマスクとフードまで被っていてな。めったにドクターの顔を目にすることはないのだが、こうして見ればひどく穏やかな顔つきだと見える」

 

「なんだか微笑ましいですわね。互いが互いに体を預け合っているなんて、余程深い繋がりがあるのでしょう」

 

「…ふむ、私には知る由もないが、そうであればきっとドクターにとっては良いことだろう」

 

「…そう言えば、なぜ“ナイチンゲール殿”なんですの?彼女は自ら“リズ”と名乗っておりましたが」

 

「そういえば、彼女は確か本名が“リズ”で、“ナイチンゲール”はコードネームだったというのを又聞きしたことがある。恐らくそういうことなのだろうよ。ロドスでは基本的に皆コードネームを名乗っているから、彼女のようなオペレーターはほとんど見かけないがね」

 

「…なるほど……」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「ヴィグナ、アズ。手順はしっかり頭に入っているか」

 

「大丈夫よ。宅配便だと言ってすんなり入れるならそのまま、断られるならドアをぶち破る。彼らが逃げる場合は可能な限り拘束。それだけの話よね?あたしの大好きな黒曜石祭が潰れるような真似はさせないんだから!」

 

「問題ありませんわ。初手の突撃はヴィグナさんにお任せして、わたくしは妨害を中心に、ですわよね」

 

 

作戦決行日時。ヴィグナとアズを共にシティホールに忍び込み最終確認をする。完全にセイロン側とは別行動になってしまうが、レユニオンを相手取るときに何度も経験しているので大して不安などはない。何より彼女なら大丈夫だろうという漠然とした信頼もある。

 

さあ、行こうか。

 

 

「作戦開始」

 

「すみませーん!お荷物をお届けに参りましたー!」

 

 

よし、第一声は完璧。ここから向こうがどう出てくるか…。

 

 

『…いや、うちじゃない。間違えたんじゃないのか?』

 

「しかし、宛先にはここの住所が書かれているのですがー!」

 

『知らないと言っているだろう!』

 

 

…穏便に入るのは無理そうだな。それならば次のフェーズに行くしかない。

 

 

「ヴィグナ、第2フェーズだ。思いっきり音を立ててインパクトを与えてやれ」

 

「望むところ……よっ!」

 

 

バコン!!!

 

 

「……蹴り飛ばすのか…」

 

「こういう時は確かいいフレーズがあるのよね?ええと……“開けろ!宅配だ!”」

 

 

私としてはバーン!と音を立てながら勢いよく開ける、くらいを想定していたのだが、よりにもよって彼女は自慢の力で蝶番ごと蹴り倒したのだ。流石にこれにはびっくり。

 

当然中にいたクローニンと何人かの黒服は困惑。しかも黒服のやつらは心なしか腰が引けているようだが…?

 

 

「ロドスの連中が何の用ですか?」

 

「ま、一言で言うなら家宅捜索ね。言っとくけど攻撃してくるなら容赦はしないわ、あたしこう見えても強いから!」

 

「ちっ…こいつらを止めろ!」

 

 

クローニンが焦ったように配下に命令を下すが、ヴィグナが片っ端からダウンさせてついでにアズが神経毒を打ち込むものだから誰一人として命令を遂行できていない悲惨な状況になっている。

 

 

「む、無理です、相手はサルカズですよ!止められるわけありません!」

 

「くそ、この穀潰し共め!」

 

 

あっちで何やらもめ事が起きているようだがそんなの気にしてられない。部屋の中のタンスを中心にくまなく探し回る……と。目当てのものっぽい冊子を見つけて中身を見る__ビンゴだ。

 

 

「ドクター、まだ見つからないのー?ライブに間に合わなかったら一生後悔しちゃうじゃない」

 

「安心してくれ、今見つかった__狙い通り、帳簿と債券だ」

 

「あ、やっぱり?叩けば埃って出てくるものね。メテオリーテ姉さんが言ってた通り、時には暴力も必要みたいね!」

 

 

目的のものを探し出したので後はこれを然るべきところに持っていくだけなのだが、クローニンの方を見れば、既に窓から脱走しようと試みている最中だった。ここでアズに完全に抑えてもらってもいいのだが…。

 

 

「アズ、ここは敢えてあいつらを逃がしてやれ。どうせ先には彼がいるんだし」

 

 

さあ、ここで何もかも終わらせようか。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

その後の顛末を話そうと思う。

 

結果から言えば、クローニンの悪事を暴き火山も鎮静化させることに成功した。あの後ミュージックフェスの会場まで逃げ込んだ似非天災トランスポーターは、自身の配下を全て抑えられたのはおろかシュヴァルツにまで裏切られてしまっていた(実際はシュヴァルツが市長の命令によりスパイを行っていただけなので、裏切りも糞もないのだが)。

 

セイロンとシュヴァルツは互いに誤解をしていてすれ違っていただけらしい。無事に仲直り出来ていたようでとても安心した。

 

クローニンがまだ自分の罪を認めないでいるときに突然現れたのは、なんと出張に行っていたはずの市長__セイロンの父親だった。どうやらクローニンの悪事に薄々気づいていたらしく、確証を得るためにわざと嘘をついて観察していたそう。まあ、火山での黒曜石の採掘を禁止したはずなのに未だに流通しているだとか、あんまりにもずさんすぎるからな。

 

 

 

 

ところがどっこい、クローニンの糞野郎はそれ自体が目的ではなかった。彼奴は火山がもうそろ噴火するを当然知っていたのだが、その噴火によって半壊するシエスタを建て直そうとして__るわけがなく、噴火に乗じて市長の政策が回ったこのシエスタが壊滅するのを見ながら悠々と逃げることを画策していたのだ!

 

しかも厄介なのは、噴火がすぐそこまで迫っていたこと。その証拠に噴火の予兆の地震が起きたりして、先に観客を避難させなければならないという、一転して逼迫した状況になってしまったのだが、そのタイミングでエフィからの通信が入った。

 

彼女とプロヴァンス、スカイフレアらの協力により、今回に限っては火山の噴火を止められるかもしれないことが判明する。どうやら原因は、火山周辺に生息していたオリジムシ(スカイフレアによれば、通常のオリジムシというよりかはカザンオリジムシなどと呼称すべき変異種らしいが)の食料である黒曜石が、市長が禁止してからも採掘され続けてきたために減少したために彼らは火山を彷徨わざるを得なかったそうだ。結果火山内部の活動が活性化されたということがわかったことで、学者コンビとセイロンはその火山の中にいる「ポンペイ」と呼ばれるヌシの鎮圧に向かい、成功。かくして噴火をも阻止したのだが__。

 

 

 

 

 

「ドクター、今回ばかりは私も言わせてもらいます……軽傷とはいえ、皆さんを負傷させてしまった件、引率していたドクターにも当然責任があります!グムさんが怪我の処置をしてくれましたが、海に入れば多少なりとも滲みるはずです……」

 

 

…今現在、帰ってきてからアーミヤに結構説教されてしまっている。

 

いやまあ、流石にシエスタには介入しすぎたと反省している。通常、特定の都市にロドスとして協力するのは協定を結んでからじゃないといけない。それを今回は無視して過剰に介入してしまったので代表はおかんむりであった。

 

 

「いいですか!はしゃぐのはいいですけど、今回みたいにイチ推しのグループが違うからと言っていざこざを起こさないで下さいね!」

 

 

ん?

 

 

「いや、私たちは…」

 

 

と言いかけたところで、アーミヤがものすごい目力でこちらを見ていることに気が付いた。ああ、体裁的に黙っていろということか。それは理解できたのでその目はやめてほしい。めっちゃ怖い。

 

 

「とにかく、この件はここまでです!わかりましたね!」

 

「…了解」

 

 

ようやく肩の荷が下りた気分だ。ここまでの激動を今日一日で経験したのだから当然か。

 

普段あまり動かないものだから、もしずっと動きっぱなしで終わらせていたら今頃ぶっ倒れていたのではないだろうか。そういう意味では最後の作戦の前に一息ついたのは正解だったと言える……またしてもリズに世話になったな、お礼をしなければ。

 

 

「さて、私は一旦宿に戻るよ。アーミヤはこのまま他のオペレーターたちと遊んでいてくれ」

 

 

シャイニングやアンセルなど今回こっちに関わらずに済んだオペレーターたちがビーチで遊んでいるのを尻目に宿に立ち返ることにした。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

自販機で缶コーヒーを買いロビーでゆるりと腰を下ろす。今の時間は…午後3時を過ぎたあたりか。この分だと、今日中に3人と一緒に回るよりも明日も存分に使って1人1人と回る時間を作った方が良さそうだ。主に私の体力的に。

 

なんてここからのスケジュールに頭を悩ませていると。

 

 

 

 

「ドクター」

 

「…ドクター」

 

「プラチナ、リズ」

 

 

私の交友関係の中でも飛びぬけて親しい、今回の作戦では待機してもらっていた2人が立っていた。そのまま彼女たちは私の両隣に腰を下ろす。

 

 

「あれ、アズさんは?」

 

「ああ、ビーチに帰ってきてから、そのままグムから店のアイスを作ろうと誘われて今はそっちにいる。本人も体力的にまだまだ大丈夫だと言っていたからせっかくだと思ってな」

 

「なるほどね~。それよりドクター、今日は大変だったね。お疲れ様」

 

「…問題が片付いたようで、何よりですね…」

 

「ありがとう、2人とも。しかし、済まないな。せっかくの午後が潰れてしまう形になって。私の体力があれば今日の夕方から明日の夕方まで、4人揃って回れたのだが」

 

「そうなの?なら今日は部屋にいようか?」

 

「いや、大丈夫だ。4人で回るとなると自信はないが、1人ずつならたぶん大丈夫のはず。今日の夕方から夜、明日の午前中、午後で分けてはくれないか?」

 

「……奇遇ですね?実は私たちの間でも、1人ずつドクターと回ろうという話が挙がっていたのです……」

 

「そうだな、流石にそれでは揃っての思い出が作れな………うん?」

 

 

個人的に非常に申し訳なかったので、今日はてっきり部屋で過ごす羽目になってしまうと思ったのだが、2人の口からは私の提案に沿うような言葉が聞こえてきた。あまりにびっくりしてノリツッコミばりの反応である。

 

 

「そんな話が出ていたのか?一体いつ…」

 

「今朝、ドクターがアーミヤに無理やり連れていかれた後にね。ドクターの体力のなさは知ってるし、好都合だよ」

 

 

プラチナが立ち上がり、私の正面にやってくる。そして右手をこちらに突き出してきた。

 

 

「だから、今から私についてきて。一緒にオブフェスを楽しもう」

 

「…順番はもう決めてあるのか?」

 

「そ。私が最初で、アズさん、リズさんと順にデート。これは話し合って決めたから安心していいよ。大丈夫、何十軒も寄る予定はないし、ドクターの体調は配慮するよ」

 

 

 

 

__私は、私たちは、他でもないドクターと一緒にこの街を観光したいんだ。

 

 

…そう吐露するプラチナの目には様々な感情が宿っているように見えた。その詳細は良く分からないが、とにかく非常に心待ちにしていたということなのだろう。なら、私も精いっぱいエスコートさせてもらおう。その期待に応えるためにも。

 

 

今日だけでそれなりに酷使した足腰は、いつでも動けるぜと言わんばかりに元に戻っている。その腰を上げて、私はプラチナの手を取った。

 

 

 

 

 

ちなみに待機中は2人で会話に花を咲かせたり他のオペレーターも交えて中で遊んでいたらしい。リズがだんだんといろんな人との交流を持つようになってきていることに、どうしようもない喜びを感じた。

 




ちなみにブレイズPUは10連だけ引きました__来たるべきリズPUのためのカウンターを増やすために。でも銀灰が出てきました。お呼びでない。
ちなみに次の恒常PUはリズではないかと踏んでいます。そうなれば私の10万は消える(フラグ)。



追記

アンソロ読みました。リズお前天然かよ愛らしいなぁこれはもう愛でるしかないですn(昇天)


活動報告ではたまにリズへの愛が溢れているので是非お読みください_(:3 」∠)_


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#7 OF-LPA-EX1 尾行

 ほ ら リ ズ P U 来 た 。





☆楽しい楽しいデートのお時間__!


というわけでプラチナのデザイン案が出来ました(思ったより低迷したけど。一番デザインがシンプルになったこともあり悔しいものが残りまくり。普段線画とか残さないし…)。今話はプラチナメインなのでリズは2話先まで待っていてほしい。


【挿絵表示】


描くたびに成長するは都市伝説。
(ブレスレットの色が赤になってますが本当は黒曜石の黒です。普通に間違えました)


ところでずっと悩んでいた時系列なのですが「レユニオンはまだ完全に撲滅してはいないけど幹部等が落ちて一通り落ち着いた頃合い」とします。深く考えだすとごっちゃになるので許してヒヤシンス。





少し体を休めた後、一度シャワーを浴びて着替えてから待ち合わせをする予定にしている、街のある店の前にやってきた。宿から一緒に行けばいいのではとプラチナに提案してみたが、「こういうのは敢えて待ち合わせをするのがいいんだ」と言われたのでその通りにしている。

 

一応、持ち物は財布だけにしてある。というよりもそれ以外いらないだろう。こういった場では着の身着のままで行く方が雰囲気に合うというものだろうと私は思っている。

 

 

「だーれだ」

 

 

ここからどこを回ろうかと頭の中でいろいろ考えようとしたとき、不意に視界が暗くなった。両目にはやわらかいものがあてがわれていて、背中からはよく聞きなれた気だるげな声。

 

間違いないな。

 

 

「こんな可愛い悪戯をするのはプラチナしかいない」

 

「かわっ……そ、そうなんだ。それより、待たせちゃったかな」

 

 

私の思わぬ反撃が見事効いたようで、彼女にしては珍しく顔を赤くしている。これもフェスの熱気にあてられてしまったしまった、ということにしておこう。

 

「いや、それほどでもないさ。それより、その服に合ってるな。普段の戦闘服と違ってこれは結構カジュアルとかわいさを両立させた感じなのか」

 

「お、目ざといね。この日のために選んだんだ」

 

肩出しのフリルのトップにカジュアルめなショートパンツ、小さめのキャスケットと普段の洗練されたスタイリッシュな装いは見る影もなく、そこにはただ私と出かけるのを心待ちにしている一人の女性がいるだけだった。あまり見たことのない雰囲気だからか少し緊張する。

 

 

今の時刻はおおよそ午後4時。日はまだ落ちていない。いや、落ちたところでこの街は不夜城よろしく輝き続けるだろうが、明日もあることを考えると流石に夜通しは厳しいだろうから。

 

しかしそれだけだ。今日中ならいくらでも楽しめる。特にプラチナには待機してもらったお詫びとかもあるから、今日は夜まで遊ぼうか。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「ここからどこに行くつもり?私は、どこでもいいけど…」

 

「そうだな…とりあえず、いろいろ見て回る中で気になるところがあれば、って感じでいいんじゃないか。私たちはシエスタは初めてなわけだから………ところで、プラチナ」

 

「どうしたの?」

 

 

「なんで腕を組みに来てるんだ?」

 

 

そう。この白金、何故か自然と私の腕を自分のそれと絡めているのである。あんまりにも自然にやってきたからしばらく気が付かなかった。当の本人はなんてことないようにすまし顔をしているし。

 

私の素朴な疑問に対し、これまた彼女も素朴に答える。

 

 

「だって、ずっと前からこうしてみたかったし。今日は羽目を外してもいいんだ、これくらい問題ないでしょ?」

 

「…はは、確かにな。せっかくのオフで、しかもこんなに楽しい場所だ。普段しないことをしてみるのも悪くないだろう」

 

「でしょ……あ、あそこの店、パンフレットで見た。ここらだとシエスタでしか見ないアイス屋さんで、結構美味しいらしいんだ。行ってみない?」

 

 

そう言ってプラチナが指したのは、10mほど向こうにある「ブルーセイル」という店だった。その更に奥にも2,3軒見えるが、そのどれもが割かし人でいっぱいなところを見るにどうやらこのブルーセイルはメジャーなスポットなのだろう。まあ、確かに行かない理由はないな。

 

 

「もちろんだ。店の中に入ろうか」

 

 

腕を組んだまま店の扉を開ける。それに気づいた何人かの客がこちらを見やってきて少し恥ずかしいが気にせずにレジの列へと並ぶ。

 

外にも溢れていた客の様相からなんとなくわかってはいたが、やはり店内はもう席はいっぱいか。この時間帯にいっぱいなのもどうかと思うが。

 

もっといかにもな感じのシエスタ風インテリアの店内かと思っていたが、意外にも革張りの椅子や席だったり金属調のファンだったりと街の雰囲気とは一味違うものを感じる。面白いな。

 

中の雰囲気にびっくりしていると、プラチナが腕をくいっと引っ張って先導してくれた。列に並ぶと、レジの手前にショーケースよろしく様々な味のアイスの…大元?みたいなものがずらっと並べられていた。どうやらここでほしい味を事前に選んでおくみたいだ。

 

それにしても…まあ、本当に多種多様な味が揃っているな。

 

 

「なんだか、アイスにしては珍しいようなのもあるね。このアオイモ味とかいうの、見た目で食欲減退させてくるし中々ロックだね」

 

「それにカボチャやイチジクと言った単体では割かしメジャーなものも、アイスに搭載された瞬間少し不気味さが出てくるな…いや、カボチャはともかく」

 

 

それから少しの間、列が動いている最中もこの味はあの味はといろいろ会話を交わし、結果的に私たちが選んだのは…

 

 

「お、このシエスタミルクティー味は美味しいな」

 

「私の選んだバニラクッキーも美味しい。これは当たりを引いたかな」

 

 

…まあ、無難と言われればそうなのだが。

 

それでも明らかにチョイスするのに勇気がいりそうなゲテモノを選んでくじ引きをするよりかはこっちの方がどうなっても楽しめると思って、敢えてミルクティーを選んだ。そう、敢えて。決して怖気づいたわけではない。

 

だがまあプラチナもそういう考えで動いたのか、バニラクッキーというこれまた無難な…かつ、割とメジャーな部類の味をピックしていた。ちなみに私はバニラクッキーのアイスはとっても好きである。ミルクティーと迷ったのだが、かすかに残っていたフロンティア精神により後者に決まったのだ。

 

いやしかしやっぱりバニラクッキーも気になるな…せっかくならちょっと申し出てみようか。

 

 

「プラチナ。そちらの味もかなり気になるから、少し頂いてもいいか」

 

「何言ってるの、元よりドクターとシェアしたくて選んだんだ。ドクター、最後までこの2つで迷ってたし。ほら、取ってっていいよ、私もちょっともらうけど」

 

「あ、ああ。それじゃあありがたく頂戴するよ」

 

 

やさしいせかい__

 

 

ここまで彼女たちと接してきて一つ思ったのだが、プラチナ(とここにはいないアズ)は私のことをよく見ている、気がする。それはリズのように本質的な部分を感じ取っているわけではないが、私のこぼす言葉やとる行動についての言が多いことから何となく察せられる。もちろん、リズが全く見ていないというわけではないだろうが。

 

そうやって自分のことを気にかけてくれている人がいるというのは随分と恵まれているな、というように最近は思えてきた。同時に、仕事ばかりに囚われていてはきっと今頃壊れていただろうということも。

 

 

「……ははっ。不思議なものだ」

 

「ドクター、今何か言った?」

 

「いや、何も」

 

 

ちなみに、バニラクッキー味は今まで食べた中でダントツに美味しかった。ミルクティー味を上回ったのである。もちろんミルクティーも十分に堪能できたが。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「『矢を当てて景品をゲットしよう!』か…」

 

 

2人でアイスを堪能した後もしばらく歩き回ったりたまに店の中に入ったりしていると、とある建物の中の一画で射的めいたことを催しているスペースを見つけた。どうやら弓矢を引いて的に当てることで、当たった場所に応じて景品がもらえるシステムらしい。

 

なるほど、丁度真ん中に命中するとペアのブレスレットか。どうやらここ産の黒曜石がふんだんに使われているらしい。まあ中心なんて普通の観光客では厳しいだろうから妥当と言ったところかね。

 

 

「……よし。私が詰ませることにするよ」

 

「あ、やっぱりそうなるか。まあ頑張れ……って、うわぁ……」

 

 

隣の白金さん、目が作戦遂行時のそれである。プラチナは普段の緩さが作戦時ではなりを潜め、まさに騎士殺しのアサシンに相応しい雰囲気を醸し出す。どうやら“ガチ”らしい、さしずめ弓使いとして譲れないプライドがあると言ったところか。

 

 

「お姉さん、1回分」

 

「はーい!じゃあルールを説明します!ここにある5本の矢をこちらの弓で順番に放ってください!矢が当たった場所に応じて景品をプレゼント!是非とも頑張ってくださいね!」

 

「ありがとう。それじゃあ早速」

 

 

瞬間、一瞬で緊張感が場を包む。今この時、まぎれもなく目の前にカジミエーシュ無冑盟の騎士殺しが顕現していた。あまりの洗練された雰囲気に受付の女性もプラチナから目を離せないでいる。

 

そして、彼女の愛用しているコンパウンドボウとは大きさも構造も違うリカーブボウを構え、矢を番える。

 

その姿は正しくスナイパー。

 

 

 

「これで、チェックメイトだ」

 

 

 

一瞬の溜めの後、彼女は淀みない動作で右手を放した。一流の射手から飛ばされた必殺の一矢は、まっすぐに的へと突き進み___

 

 

「…1発で当てるのか……」

 

「えぇ…このお姉さん、何者…??」

 

 

__寸分違わず、中心に突き立っていた。

 

 

 

 

パチ、パチ……

 

どこからか響く拍手。やがてそれは店の中全体に波及し、気づけば。

 

 

「うおおおおおおおおお!!!すげえええええええええ!!!」

 

「あの姉ちゃん達人かよ!おおおおおおおおお!!!」

 

「キャアアアアアアアアアアアア!!ステキ!!!!!」

 

 

店にいた観光客全員が、プラチナに対して大喝采を送っていた。

 

 

「よし、十分楽しませてもらったよ…あれ?なんか皆拍手しているけど、何かあった?」

 

「いや…どこぞの見知らぬ観光客の美女が1発で中心に的中させたんだ。そりゃあ拍手の1つや2つ、送りたくもなるだろうよ」

 

「ああ、そういうこと。まあ、訓練で散々やったし、私にとってはある意味慣れたものだったよ。流石にリカーブで当てられるかは心配だったけど……ん?今美女って…」

 

 

プラチナが言い終わる前に、件の客たちが一斉にこっちにつめ寄ってきた。なんだなんだ。

 

 

「クランタの姉ちゃん、奢ってやるからこっちで飲もうや!あんさんのその弓術素敵やったで~!!ほら、そこな彼氏さんも!」

 

「カレカノ揃って顔がいいなんて羨ましいわ!ささ、朝まで飲み明かしましょう!!」

 

「お、おう、おう。プラチナ、どうする?」

 

「…ん~、まあいいんじゃない?知らない人と刹那の快楽を共有するっていうのも新天地の醍醐味だし。でもあと数時間で宿に戻るからそんなに長くはいられないけどね」

 

「確かに。じゃあせっかくだし飲むか」

 

 

__そんなわけで、街巡りをするはずだった私たちは急遽その場に居合わせた人たちと酒を交わすことになった。

 

 

 

 

 

「あ、あの~…景品のブレスレットを……」

 

 

忘れてた。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

時は少し遡り、プラチナとドクターがアイスクリーム屋で並んでいた頃。

 

2人を建物の外から見つめている4対の目があった。

 

 

「…ドクターとプラチナさん、随分と仲良さそうに会話していますね…何を話しているのでしょう…」

 

「ここはアイスクリームの専門店なのだろう?ならば、味を選出しているのが道理だと思うが」

 

「ふふっ、あんなに肩ひじの張っていないドクターは初めて見たわぁ」

 

「……確かに、前に聞いた通り今はある程度大丈夫そうですが……プラチナさんですか…」

 

 

…一応説明しておくと、上から順にアーミヤ、シルバーアッシュ、グラベル、シャイニングである。

 

 

ドクターたちがシエスタの滅亡を阻止した騒動の後(ついさっきの話)、大半のオペレーターはビーチで遊んだりしていたのだが、宿にふらっと戻っていったドクターをここにいる4人は地味に心配していた。疲れているドクターに無理に絡みに行くのもどうかと思った4人はしばらくしてからドクターの元へ向かおうとしたのだが、その帰り道に偶然、そう偶然ドクターとプラチナが待ち合わせしている場面を目撃してしまっていたのである!アーミヤとシルバーアッシュは猜疑心から、グラベルとシャイニングは純粋な好奇心から2人を追うことにしたのだ。

 

後者2人はいいのだが、問題は前者2人である。詳しくは『******* 追加資料』をご覧いただきたい。

 

 

「…確かに、プラチナさんは以前からドクターに対しては他のオペレーターを相手するときよりも砕けた態度を取っていましたし、ドクターを心配するような声もときどき聞こえていました。誘ったとすればプラチナさんからでしょう。ですがそうなると…」

 

「ナイチンゲールはどうなるのか、という話になるな。気まぐれだとロドスの中で有名な彼女のことだ、一挙手一投足が思いつきである可能性もある……これは、何としても見極めなければならない」

 

「…この2人、ちょっと怖く思えるのはアタシだけかしら~…」

 

 

いや、ごもっともである。何せこの2人、ドクターに対して(グラベルとは違うベクトルで)並々ならぬ執着を見せているのだから。アーミヤに至ってはアーツを使用していないのにも関わらず全身から黒いオーラが発せられているかのよう…。

 

 

「…これは、彼女のことは今言うべきではありませんね……本人から語られるのがいいでしょう」

 

 

そんな3人を尻目に、シャイニングは他に聞こえないほどの声量でこぼす。この言葉がCEOと当主に聞かれていたら間違いなく彼女は質問攻めに合っていただろうから、全くもって正解だ。

 

 

「あ、お二人がアイス片手に店から出てきますよ。席が埋まっていたのでしょうか」

 

「ふむ、ならばもう少し距離を離そう。盟友はともかく、プラチナの方はよく“視える”奴だからな」

 

 

4人のストーキング(語弊あり)はまだまだ続く。ちなみに彼らは店に入ることはしない。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「今度は…何のお店でしょうか?」

 

「見たところ、中はいろいろあるようね……あら?彼女、的当てゲームの方に向かったみたい。ここからだとよく視えるわぁ」

 

「プラチナさんは弓術に秀でていますから、面目躍如と言ったところでしょうか…」

 

 

そうして彼女が矢を番え、見事的の中心を射抜く。瞬間、中から大きな歓声が聞こえ、途端に見える人の数が増えた。どうやらあまりの腕前にその場にいた客が皆スタンディングオベーションをしたようだ。

 

 

「…やっぱり、プラチナさんはロドスの狙撃オペレーターの中でもトップクラスの技術ですね。しっかりと実戦に裏打ちされたものを感じました」

 

「彼女の強みは、視界・射程の広さと戦場機動を組み合わせた長距離狙撃だからな。狙撃に求められる役割を考慮すれば、彼女は現在のロドスでは最も優れた狙撃手だと言えるだろう…多少通常業務の態度などに問題があるらしいが」

 

「まあ、それは明らかに足を引っ張っているほどのものではありませんし、ケルシー先生には従っているらしいので大丈夫そうですよ…あ、いつの間にかたくさんの人に囲まれてますね。どうやらここに居座るようです。このまま帰るまで動かないのでしょうか…」

 

 

 

 

 

「あら?アーミヤさんにシルバーアッシュさん、それにグラベルさんやシャイニングさんまで。ごきげんよう。こんなところで一体何をしていらっしゃるので?」

 

「…ごきげんよう。貴方方4人、あまり見ない組み合わせですね…シャイニングさんまで…」

 

 

 

 

 

そんな時、彼ら4人にとっては聞きなれた声が2つ、後から。尾行が見つかったリスク以上に、彼ら(主にアーミヤとシルバーアッシュ)にとって天啓とも呼べる2人組がこちらを見て驚いていた。

 

1人は、ピンクの髪を2つにまとめている、アヌーラの女性。もう1人は絹糸かと見紛うほどのプラチナブロンドを持つサルカズの__車いすに座っている女性。前者が車椅子を押している。

 

 

その声にびっくりして耳がピーン!とそそり立ってから、アーミヤはぐるりと勢いよく振り返る。その顔面には、当然驚愕の色がありありと浮かんでいた。

 

 

「な、ななな、ナイチンゲールさんに、アズリウスさん!?どうしてここに!?」

 

「どうして、と言われましても…わたくしたちも観光を楽しんでいただけですわ」

 

「…せっかく、異国の地に来たのですから…見て回るのも悪い選択肢ではないと思って…」

 

「……な、ナイチンゲール、さん?今何と…???」

 

 

あの“鳥籠の天使”が?

かつてプロファイルで「未だに檻の中に囚われたまま」だと書き記し、今でもそうだと信じて疑っていない彼女が??

 

 

アーミヤは、目の前のプラチナブロンドの女性が何を言っているのか、理解が及んでいなかった。自分の知っている人とはあまりにもかけ離れた発言だからだ。彼女の脳内では先ほどとは別の驚愕が蠢いているが、同時に真実味を帯びてくる仮説に対する震えも産声を上げていた。

 

 

「…ドクターが、そうおっしゃっていました。ですから、アズさんに協力を仰いだのです」

 

「わたくしたち、今日はもう暇でしたので。明日もありますし今日は2人で、ということにしたのですわ」

 

「………」

 

「………」

 

開いた口が塞がらない、とはこのことか。シルバーアッシュは驚いているアーミヤを一瞥してそんな場違いな感想を抱いたのち、今がチャンスとばかりに前々から気になっていたことを訊ねる。

 

 

「そう言えばナイチンゲール。最近盟友との間で何かあったのか?」

 

「…?どうして、そのようなことを…?」

 

「ああ、どうやらアーミヤは貴殿の事を心配しているらしい」

 

「し、シルバーアッシュさんっ!?」

 

 

アーミヤはひどく狼狽えた様子で彼の名前を呼ぶ。それはそうだ、彼女が心配しているのはドクターで、目の前の鳥籠の天使に対しては心配というより疑念を抱いているのだから。とっさにもっともらしい嘘をついたシルバーアッシュの手腕、ある意味で優秀である。

 

そんな一瞬親切心から来ているように聞こえる言葉に、ナイチンゲールは少し逡巡したのち何でもないかのように返答する。

 

 

「…何もありませんよ。強いて申し上げるとすれば、日々しっかりと秘書として…ドクターのことを、お支えしているだけですが…何か、おかしいところでもありましたか…?」

 

「そ、そうですか…それならば良かったです」

 

 

……確かに、ナイチンゲールの言葉には一切嘘が含まれていないので言い方としてはそれで全くもって勘違いされることはない。その発言の純粋さは、流石のアーミヤもするっと信じ込んでしまうほどだった。

 

ちなみにこれは余談だが、この場においてシャイニングは本人から事情を聴いているし、グラベルはドクターの近衛なのである程度のことは知っている。ただ当の2人は後の2人の剣幕を危惧して発言していないだけで。

 

 

「ふむ…そう言えば、グラベルは盟友の近衛だったな。何か変わったことは起きたか?」

 

「えっ、んー…特になかったわよ?最近は調子がいいみたいだけど、それくらいかしら」

 

「……そうか。それならば良いのだが」

 

 

 

そうして、尾行側にとっても観光側にとっても思いがけないエンカウントは果たされた。それから、この日はそのまま互いに別れそれぞれのやることを全うすることになる。

 

 

 

 

 

そう、この日は。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

9:00 p.m. 満天

 

 

 

 

 

「今日はありがとう、体力もなんとかもったし、とても楽しかったよ」

 

「こちらこそ、時間の厳しい中私と遊んでくれてありがとうね」

 

 

結局、あれから件の店でいろんな人と言葉を交わした。プラチナの弓の正確さについて褒めちぎる人もいれば私たちの馴れ初めを聞いてきたりと随分と質問攻めに遭ったな…。まあ、馴れ初めに関してはプラチナがそういう関係ではないと明言してくれたため何とかなったが。彼女が私のことを「ドクター」と呼ぶために医療関係の従事者であることは割れてしまったが、流石に製薬会社の備えている武装集団のリーダーとそのメンバー、なんて馬鹿正直に言えるわけがないし危なかった。

 

プラチナは生まれ持ったビジュアルとその誰にでも公平に(自分らしくありのままに)振る舞う性格で、男女問わずから終始もみくちゃにされていたこともあり、下手したら私より疲れているかもしれない。酒はあまり飲まないように出来たのが幸いだ。

 

 

「これからプラチナも部屋に戻るだろう?アズとリズに明日はよろしくと伝えておいてくれ」

 

「わかった。この黒曜石のブレスレット、大切にするから。それじゃあおやすみ、ドクター」

 

「ああ、おやすみ」

 

 

ロビーで別れる。彼女らの部屋と私の部屋は階が違うのだ。

 

そのまま彼女は階段を、私は奥の廊下へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「…ああ、よく帰ったな盟友」

 

 

同室であるシルバーアッシュがお迎えしてくれた。その本人は何やら難しい顔をしているが。

 

手を洗い、何か飲むものを用意しながらどうしたのかと聞いてみることにしよう。

 

 

「何か悩み事があるのか?随分と浮かない顔をしているが」

 

「ふむ…まあ、一応盟友にも聞いておくか」

 

「何を聞……っ!?」

 

 

部屋の空気が数段下がったのだと錯覚したのは、きっと気のせいではないだろう。

シルバーアッシュはまるでこちらの心を暴き出すような怜悧な目でこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

「盟友よ、ナイチンゲールと何があった?」

 

 

 




ニアールさんまで水着を着ちゃいましたね。脱いだらすごいタイプの人だったし髪ほどいたらウェーブかかってたしで的確にこちらの性癖を抜いてくる。多分頭の上に差してたやつが盾なのでしょう(名推理)。

この調子だとリズの水着は来年になりそうですね。まあそこは我らがすけいどさんに期待しちゃいましょう。すけいど先生は偉大。私は親しみを込めてすかでさんと読んでいる。親しみを込めて。









そろそろアンソロ読んでリズの可愛さに気が付いた新規が探し当ててきそうだな…(ゲス顔)


追記

リズピック、活動報告で報告します。何連かは決めてませんが生活費削る勢いで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#8 OF-LPA-EX2 真実

リズ潜在凸狙いで120連した結果1枚も引けませんでした。それだけならよかったもののそのあとの単発でアンジェを引いたので完全に心が折れました。しばらくガチャは最低保証だけにします。

というわけで今回はあずあず。実は挿絵は余力の関係で全力の4割くらいでしか描けていないのでいつか1回全力つぎ込んでみたい。ごめんなさい最近本当に時間がないんですわ…。


【挿絵表示】





文章力の著しい低下…。



「盟友よ、ナイチンゲールと何があった?」

 

 

……とうとう聞いてきたか。

 

リズとのことを話すにあたって1番躊躇を覚えているのは、目の前の男とアーミヤだ。正直な話シルバーアッシュは私に対してどういうスタンスで接してくるのかが未だにわかっていないし、アーミヤは時たまどす黒いオーラを向けてくる…気がするからだ。

 

だから今まで意図的に事情を明かさないように気を付けていたが、大方クーリエやマッターホルンあたりに調査させたのだろう、もう割れてしまったということか。

 

 

「はぁ……わかった。もう知っているんだろう、最近になって私の調子が明らかに良くなっていることを。あれはナイチンゲール、もといリズのおかげだ」

 

「具体的に何があったのだ。この私を差し置いて盟友の不調を改善するなど、到底彼女に実行できるとは思えないからな」

 

「…私も、それに関しては全面的に同意するが。そこも含めて、今から少し話を聞いてくれ」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

それから数十分かけてリズとの間に起きたことを話した。私の状況、使命感、それからプラチナとアズ含め私を普段から支えてくれるようになったこと、だいたいかいつまんで。

 

それを聞いたシルバーアッシュは、意外にも何か言ってくることはしなかった。正直いろいろ仔細を聞かれると思っていたばかりに、追及が止んだのはちょっと怖い。だがまあ嘘はついていないし大丈夫か。

 

 

今日は結構疲労が溜まっているので、すぐに風呂に入って寝ようか…明日もある以上ぐっすりと睡眠は取らないと、明日は2人に迷惑をかけてしまう。

 

シルバーアッシュとのあれ以上の会話もそこそこに、早めにベッドに入る。明日はどこに行こうかと軽く目安をつけながら、徐々に意識が落ちていった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

8:00 a.m. 晴天

 

 

翌朝。

 

昨日プラチナと待ち合わせをした場所で、今日も同じようにアズを待っていた。

 

実は朝餉のときに既にアズと同席になり、そのときに待ち合わせ場所を取り決めたのだ。2人の姿が見えなかったのでどうしたんだと聞いてみると、今日の午前いっぱいはアズの時間だから敢えてアズとは時間をずらしたんだと。何もそこまで徹底しなくてもいいのにとは思ったが。

 

 

 

「お待たせしましたわ、ドクター」

 

「…おお……」

 

 

 

特有のアルトボイスが聞こえて横を見やると、普段のかわいらしい感じの印象がなりを潜め、よりカジュアルな装いに身を包んだアズが立っていた。戦闘服でも着用しているオーバーオールの形式を反映させつつ、半そでのシャツと麦わら帽子で夏らしさをぐっと引き上げている。風になびく帽子と桃色の髪が雰囲気を押し上げているのだろう。

 

 

「いつもと随分と雰囲気が違うな、だがこちらもかなり似合っていると思う」

 

「ありがとうございますわ。そう言っていただけると、わたくしも気合を入れた甲斐があるというものですわ……では、早速行きましょうか。時間は有限ですのよ?」

 

 

そう言って彼女はふわりと笑い、私の手を引っ張る。敵に見せるような挑発的なものでも、ロドスで見る礼儀正しいものでもなく、目の前にある未知のものを純粋に楽しもうとする無垢な微笑み。

 

 

「あ、ああ。行こう」

 

 

 

__2人目、アズとの街巡りが始まる。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

基本的には昨日と同じようにぶらぶらと回り、気になった店に入るシステムで巡ることにする。このシエスタ、毎年たくさんの観光客が訪れることを想定して様々な店があり、数も結構多いのだ。

 

 

「あら…?ここは、石鹸屋さんでしょうか。『Siesta Soap』という店の名前ですが…」

 

「どうやらそうらしいな。石鹸というのもあまり聞かない、珍しい専門店だが入ってみるか」

 

 

名前でそっち系の店かと邪推したことは口に出さず、2人で入店する。中はフローラルな香りが漂っており、こうやって入り口から見えるだけでもたくさんの種類がありそうだ。

 

 

「とりあえず、順に見て回ろうか。お土産としての候補探しも兼ねて」

 

「それが良いですわ。ロドスのオペレーター全員がシエスタに来ているわけではありませんものね」

 

 

割かしメジャーな部類である花の香りがするものやそれの派生でアロマを利用したもの、他にもさまざまな種類が見受けられるが、しばらくするとこの店一番のおすすめ石鹸なるものを見つけた。

 

どうやらシエスタ特産の黒曜石を模して造られたもので、炭を用いてそれっぽく見せているらしい。割にはとても本物らしく見えるので製品としての完成度の高さが窺える。

 

 

「この黒曜石せっけん、えらい綺麗だな。まるで本物みたいだ」

 

「確かに……これにしましょうか。これならインテリアとしてもどこかしらに活用できそうですし素敵ですわ」

 

 

即決である。まあこんなものを見てしまったなら買わない選択肢はないだろう。ざっくりした計算をしておおよそ十数個ほど買っておいた。心配ない、金ならあるわ状態だからな。

 

実はあの騒動の後市長から謝礼をいただいたのだ。せっかくなので一部をロドス一行としての観光費用に使わせてもらい、残りを持って帰ってロドスの費用に充てたいと思っている。うちにはまだまだ成長途中のオペレーターがいっぱいいるから、資金繰りが大変なのだ。

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

 

やけに元気のいい店員の声を受けながら店を出る。当然といえば当然なのだが、涼しいところから抜けてまた外に出ると一気に熱気がムワッと来るな…。おもわず顔をしかめてしまう。聞くところによると今日の最低気温の時点で既に27度ほどだったらしい。ロドスで住んでいると季節の感覚がなくなってしまうので耐性がないのである。

 

 

「本当に暑いな、シエスタは。この暑さこそ観光客がヒートアップする一助となっているのかもしれないが」

 

「メインのミュージックフェスの会場は空調が効いているでしょうし、今日みたいな天候では水辺に入るのも気持ちよさそうですわね。どこでも楽しめるのがシエスタの強みでしょうか」

 

「それにしても熱中症でぶっ倒れる人が多発しそうではある」

 

 

改めてシエスタの特異性についてあれこれ会話していると、ふととある店が目に入った。なにやらTシャツだけを取り扱っているところらしい。

 

 

「ここに入ってみないか?」

 

「服屋さん…でしょうか?その割にはTシャツしか見受けられませんわね…」

 

「それ専門の店らしい。こういうのも面白いだろう?」

 

「確かに。わたくしのセンスが問われるようなところですわね……」

 

 

先ほどのスッキリした店内だった石鹸屋とは打って変わって、こちらはいろんなTシャツ(流石にTシャツしか売っていないということはなかったが大半がそれだった)などがそこかしこに飾られていて路地裏の雑貨屋のような印象を受けた。逆にそれがインディー感を醸し出していて個人的にはとても好きなタイプの店である。仮眠室といいここといい、自分は案外狭いところに惹かれる性質なのかもしれない。

 

 

「これはシエスタの紋章のシャツか、普通にイイ感じではないか」

 

「こちらの『シエスタいいとこ 一度はおいで』という如何にも観光客向けのものも面白いですわよ。ご丁寧に達筆ですし」

 

「おお…こういう文字が入っているTシャツもあるのか…奥が深いな」

 

 

Tシャツをメインに取り扱っているだけのことはあり、さまざまなものが売られている。私が挙げたシエスタの紋章のものはまだしも、文字単体が柄になっているのはあまり…というよりも、1度も見たことがない。ロドスでは基本的に皆仕事服だからな。仕事服のわりにとんでもないデザインをしているものはたまにあるが。

 

その後は普通に品定めをしつつ歩き回り、私もアズも買うものを買って外に出ようとすると。

 

 

「ドクター…それに、アズリウスさん?」

 

「お二人の組み合わせは珍しいですね。こんなところで揃って…ドクターもやり手ですね?」

 

 

「ん?」

 

 

リズたちなど、いつもいる3人ほどではないもののよく聞き慣れた声が横から聞こえた。見やると、そこにはシエスタに来たオペレーターの中でも1番ガラッと印象が変わったサルカズの女性と、よく性別が間違われるコータスの男性が。

 

 

「シャイニングに、アンセル?珍しいのはこっちの台詞なんだが…」

 

「ごきげんよう。わたくしたちは、まあデートのようなものですわ。それはそちらも同じではなくて?」

 

 

同じ医療オペレーターである彼女らだが、私の知る限りでは二人きりで行動するシーンはロドスでは一度も見たことがない。そも私が執務室から外に出る頻度が低いのでなんとも言えないが。

 

ただアズの反応を見る限り、その推測があながち間違いではないことが窺える。アズは定期的に医療チームの研究に参加しているのでたいがいのメンバーとは面識があるのだ。それにしてもシャイニングがえらい複雑そうな視線を向けてきているがどうかしたのだろうか。

 

 

「…男女が共に外出をすることをそう呼称するのであれば、確かにデートですが……実際は、アンセルさんに私がついていっているのですよ」

 

「へぇ、そうだったのか。カーディか?それともメランサか?アンセルも隅に置けないなあ、このこの」

 

「ちょっ、からかわないでくださいよ…予備隊A4の皆にお土産をあげようと思っているだけです。ほかの皆は来られていないので。それで私一人では自信がないのでシャイニングさんにアドバイスをもらおうと思ったんですよ」

 

 

なるほど、そういうことだったのか。確かにうちの医療チームの中で今シエスタに来られているオペレーターは少ないし、その中で誰に相談するのが一番“丸い”かと言われたらシャイニングになるのは必然か。これは私が言っていいことではないだろうが、リズはそういうことに対して疎いし。

 

 

「それにしたって、アンセルがこんな時間に外にいるのも珍しいが。種族特性で夜の方がいろいろ捗ると言っていたような覚えがあるが」

 

「ええ、それはそうなのですが、生憎と昨日は忘れてしまっていて。昼はニガテでまだ朝のうちに行く方がいいかと思って、失礼を承知で来てもらっているわけです」

 

「そっか。お疲れ様。で、本命はどっちなんだ?」

 

「ドクター!」

 

 

さて、そろそろアンセルをからかうのも止めておこう。これ以上は流石に可哀想だし、他人の関係に私ごときが突っ込んではいけないってものさ。

 

 

「そうだ、私とアズも手伝おう。アズは服飾に関してのセンスは素晴らしいからな」

 

 

まあ、キューピッド役であれば喜んで引き受ける、どころか率先してやりに行くレベルだが。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「アズリウスさん…これは一体?確かドクターは、リズと強固な関係を築いていると聞きましたが……その本人は何処へ?」

 

「今日はプラチナさんと一緒に宿の周りを散策しているはずですわ。それより、どこでそれを聞きましたの?」

 

「少し前、彼女本人からです。察するに、このことを知っているオペレーターは少ないようですね」

 

「そうですわね、大々的にに触れて回ることでもありませんから。それに当人たちがそうしていない以上、わたくしたちも無闇に言わない方がよろしいですのよ」

 

「ええ、そこに関しては大丈夫ですが…」

 

「?何か問題でもありまして?」

 

「…アーミヤさんとシルバーアッシュさんが、ドクターの最近の快調に著しく疑問を抱いているみたいで。昨日ご覧になったでしょう、アーミヤさんの動揺を」

 

「…なるほど、あの様子では、確実に何かに感付いていますわね…そういえば、宿の部屋割りでドクターはシルバーアッシュさんと同じだったような……」

 

「………」

 

「………」

 

「…もしかすると、もう割れていると思った方がいいかもしれませんよ」

 

「あり得ますわ。ドクターのことですから、ポロっと話してしまっている可能性もなくはありませんし。注意が必要ですわね…」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「やっぱりナイチンゲールさんがドクターに影響を及ぼしていたんですね…シルバーアッシュさん、ありがとうございます」

 

 

だいたい同時刻。今日も今日とてドクターを尾行しようとしていたアーミヤ、シルバーアッシュ、グラベルは、昨日彼がドクターから聞いた真相の一部始終を話していた。

 

CEOの反応は、意外にも落ち着いたものだった。

 

 

「なんだ、アーミヤ。思ったよりも憤慨しないのだな」

 

「…ええ、昨日といい、前々からうすうす気付いてはいましたから。ただナイチンゲールさんが前にお話ししたときよりもはるかに人間らしくなっているのには、流石に天地がひっくり返るかと思いました__いえ、今もひっくり返ったままですが」

 

「彼女、いつの間にあんなにかわいらしくなったのかしらね?今の話を聞く限りだと、ドクターが何かしたわけではなさそうだけれど……」

 

 

3人は鳥籠の天使へと疑問を巡らせる。

 

下半身の不自由な医療オペレーター。記憶その他の身体機能も一部喪失しているロドス屈指の重症患者。戦場に立つのも危ういはずなのに卓越した能力を持つ者。ほとんどの人から畏怖の眼差しを向けられている心のわからない女性。これらすべてロドス内でのナイチンゲールの評価であり、誇張なしに彼女という人物を表した言葉の数々だ。

 

そんな彼女が秘書になったくらいでドクターに対して献身的になるなど__ましてや他のオペレーターも頼るなど__やはり、アーミヤら3人には未だに全く想像がつかないでいた。

 

……ちなみに、現在もドクターを尾行している最中である。

 

 

「なんにせよ、ナイチンゲールにも詳しい事情を聴かねばならぬようだな」

 

「昨日の情報だけでは何もわからないわよね。私もちょっと気になるし…」

 

「私はロドスのリーダーとしてオペレーターたちを把握しておく必要がありますからね」

 

 

 

そのときシルバーアッシュがアーミヤの方をちらりと一瞥したことに、彼女は気が付かなかった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ時間ですわね。お土産類はわたくしが持って帰りますから、ドクターは例の場所で待っていればいいと思いますわ」

 

「ああ、わざわざありがとう」

 

 

シャイニングとアンセルのお土産選びに(半ば行きずりで)付き合って別れた後もしばらく街を見て回ったが、そこで目安の時間である12時手前になってしまった。今日はここでアズとの時間が終わり、トリであるリズと巡る時間がやってくる。

 

他の2人には少し申し訳ないが、個人的にはリズとこそシエスタの空気を楽しみたいと思っている。

 

彼女は記憶喪失を患ってからまともに外出できるような精神状態ではなかったが、最近はそれもある程度改善されてきたように思える。それは私やプラチナらへの態度からも明らかだ。

 

そんな彼女に、そろそろ外の人間の活気を見てほしい、肌で感じてほしいと思っていたのだから、この観光はまさに棚から牡丹餅だったのだ。楽しみじゃないわけがない。

 

 

「それにしても、本当にそんな安めのアクセサリーで良かったのか?もう少し質の高いものでもいけたが…」

 

「大丈夫ですわ、思い出に物の値段は関係ありませんから。それにドクターから頂けるものであればどんなものでもうれしいものですのよ」

 

「そうか…それなら、まあいいのだが」

 

 

せっかくシエスタに来たのだから、記念にと思いアズにイヤリングを買ったのだ。純度の低い黒曜石を用いたもので値段もあまり張らないものだったから少し不安だったが、どうやら十分に喜んでくれている。

 

 

「それじゃあ、また後で」

 

「ええ、また後で、ですわ」

 

 

そう言って、彼女は宿へと歩みを進めていく。対する私は、前の2人と待ち合わせた場所と同じ場所で本命を待つ。外はかなり暑いが日陰に入っているので肌が文字通り焼けるほどではない。どっちかというとリズの方が心配でさえある。

 

しばらく待っていると、さまざまな匂いが混在しているこの場所でかすかに覚えのある香りを感知した。字面だけ見ればかなり気持ち悪いのは自覚しているが事実なのだから仕方がない。

 

 

 

 

「お待たせ、ドクター」

 

「…お待たせしました」

 

 

 

 

____まだ今日は始まったばかりだ。

 




ちょっと巻き気味。何故なら早く本編に戻りたいから。いや結構忙しくてなかなか時間が取れないだけなんです信じて。

次でオブフェス編は終了です。早くサルカズの話書きたい…。

ちなみにリクエストは感想欄ではダメらしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#9 OF-LPA-EX3 斜陽

ラスト。メインヒロインのターン。


【挿絵表示】


最近よくよく見れば、リズの髪の色(光陰どちらも)がより正確に好きな感じであることを知ってテンション上がってます。プラチナブロンドフェチズムは伊達じゃない。






描いてて思いますが、リズのおぱーいは控えめ一択で盛るような人たちは情状酌量の余地なしだと思ってます。コーデの控えめさを見ていただければわかることですから当たり前なんですよね・・・(‘ω’)



「待たせたな、リズ。ここからは君との時間だ」

 

「…いえ、私と同じくらい、アズさんとプラチナさんも逢瀬を楽しみにしていたそうですから…私がどうこう言えるものでは、ありません…」

 

「それでもだ。プラチナ、ここまでリズを連れてきてくれてありがとう」

 

「そんなの、礼を言われるまでもないよ。それじゃ、後は2人で楽しんでね」

 

 

そう言うとプラチナは早速来た道を戻っていった。それを2人で見届けた後、改めてリズの方へと向き合う。

 

 

「……なんだか、気合入っているな……」

 

 

リズの今日の服装を一言で表すなら「清楚さと開放感の両立」だろうか。

 

彼女もアズと同じように普段の戦闘服のデザインを一部採用している感じではあるのだが、それがよりによってベアトップ__つまり肩の出ているような半そでのサマーワンピースだったのだ。しかも服の構造上鎖骨あたりもかなり大胆に開かれている。

 

よくよく思い返してみれば普段の戦闘服も白い肩がまぶしかったような気がする(し、なんならその綺麗な両脚さえ見えている)が、こちらの私服でぐっと深窓の令嬢を彷彿とさせる雰囲気を醸し出してきたのは良い意味で予想外だった……不謹慎だが、車椅子に乗っていることで更にそのオーラを際立たせているだろう。

 

リズに対して常々感じていた不安定さや内向性は見る影もなかった。ばっちりだな。

 

 

「…ドクターはここに来る前、『せっかくの見知らぬ土地だから、外に出てみるのも悪くないだろう』とおっしゃっていましたが……私も、それに倣おうと思って、アズさんに衣服の選出をお願いをしたのです……」

 

「なるほど。うん…非常によく似合っている。いつにも増して綺麗だ」

 

 

嘘偽りない本音を伝える。つい無意識に普段言わないようなことまで言ってしまったような気もするが祭りで浮ついているせいにしておきたい。

 

さて、そんな誉め言葉をリズはどう受け取るかなと思って様子を窺うと。

 

 

「…………」

 

 

…目を少しだけ見開いて固まっていた。おそらくミスしたなこれ。

 

 

「あー……その、なんだ。今のは気にしないでくれ。それじゃあ、行こうか。車椅子押すぞ」

 

 

誤魔化すように(というより実際誤魔化しとして)未だに固まっているリズの後ろに回り、何故か木で出来ている車椅子を押そうと持ち手を掴む。いや、確かに現代の科学技術の水準に合わせた無機質なものより、こちらの方が雰囲気的には合うのだが、こんなものどこにあったのだろうか。

 

 

すぐ前にいる人の表情も心情もわからないまま、2日目の午後が幕開けてしまった。

 

…最初の目的地に着くまでには再起動してほしい。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

“綺麗”。

 

美しいさま、汚れのないさま……という単語だったような、覚えがあります。

 

 

…記憶喪失になってから、私は特に、自分については考えたことがありませんでした。小鳥さんとお話をしていれば、それで良かったですし…戦場でも、特に困ることはなかったので……それが、ドクターとあのようなことがあってからこの方と会話することが増え…アズさん、プラチナさんとも関わるようになり……以前と比べて、私は随分と変わったように思えます…。

 

…最近は、少しづつ檻に入っているとは感じなくなりました…目の前に、私よりも雁字搦めな人がいたから、というのもありますが…。

 

 

…先ほど、ドクターから言われた「綺麗」というフレーズ…おそらくこの方の本心なのでしょう…それをなんとなく理解しているからこそ、私の頭の中でそのフレーズが…ぐるぐると、回っているのです。

 

何故でしょう……ひどく、心が落ち着きません。

 

 

「…ドクター」

 

「んぉっ、ど、どうした」

 

「…先ほど、ドクターから“綺麗”だと言われてから…心臓の動悸が収まりません……どうしてでしょうか…?」

 

「……あー…すまない、私にもあまり見当がつかない…それより、もう復帰したか?」

 

「…え……あ」

 

 

…ここでようやく、とっくに待ち合わせ場所から離れて街を巡っていることに気が付きました…随分と、呆けていたようです…。

 

 

「…すみません、ご心配をおかけしました…」

 

「いや、いいさ。それより、見てごらん」

 

「…これは………」

 

 

…ドクターに促されて周りをよく見れば、そこには…私の思うよりも、遥かにたくさんの人がいました。テラスで席に座り、飲み物を片手に談笑している男女…別のテラスでは、ギターを弾いているらしい2人組の男性…他にもさまざまな種族の人たちが、分け隔てなく思い思いにこの地を楽しんでいるように見えます……。

 

 

「どうだ、これが人の活気というものだ。悪くないだろう?」

 

「…はい……これが、外の世界…」

 

 

…今まで全く見向きもしなかった世界が、とても鮮烈に見えます……私が、檻から出ようとしているのか、それとも__ドクターが、私を連れ出そうとしているのか…。

 

…今度はそれがわからなくなって、もう一度ドクターの方に振り返りました…ですが、その顔を見るたびに「綺麗だ」と言われたことが脳裏をよぎり、すぐに動悸が増して…何故か、顔を見られなくなってしまいます。

 

 

「…リズ、どうかしたか?さっきから周りの景色と私の顔を交互に見やって…」

 

「…い、いえ…ドクターの顔を見ると何故だか落ち着かなくて……」

 

「ふむ……それはちょっとよく分からないが、それなら存分にシエスタの景色を見ているといいよ。最初の目的地まで私が連れて行くから」

 

「…最初の目的地、ですか…?それは一体…」

 

「ああ、とりあえず昼餉を食べようと思ってるが、普通に何処かで食べるんではなく食べ歩きをしようと思っていてな。昨日からいくつか目を付けていた店があるんだ」

 

「…ええ、それで構いません…」

 

 

…ひとまず、今は無視してしまうことにしましょう…ドクターと接していると、どうにも、原因不明の軽い不調が続きます……。

 

そのまま、私はドクターの目指す場所と連れられて行きました…。

 

 

 

 

 

………不調に伴って顔が熱を帯びていることにも、気が付かないままで。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

目を付けていた店の中で、待ち合わせ場所から一番近い、おおよそ徒歩5分程度のところにある「ケバブ」なるものを売りにしている異国料理屋(ほぼ屋台だが)に来ていた。ケバブというものはここで初めて見たが、激烈に空腹を刺激するようなキレのある匂いから恐らくゲテモノの類ではないだろうと判断し、採用。

 

問題はリズがこういう感じの、ジャンク系を食べられるかどうかだったのだが。

 

 

 

 

 

「…こういったものは、初めて食しますが…とても、食欲をそそられるような味ですね……ロドスの食堂にも、似たような料理があるでしょうか…?」

 

 

彼女の浅葱色の目は、先ほどまでの驚愕とはまた別の感情を映し出し、わずかに見開かれている。ケバブを食べる両手は止まる様子を見せていない。口周りにも微妙にソースが付着している__この通り、大変気に入ったようだ。

 

 

「どうだろうか。メニューにはないかもしれないが、マッターホルン辺りに頼めば作ってくれるかもしれないな。ロドスに帰ったら早速掛け合ってみよう__しかし、あまり頻繁に食べるものではないな、これは」

 

 

確かに味の点からすれば文句なしで美味しいのだが、いかんせんこの分だとあまり健康に良さそうな成分ではなさそうだ。この場にアズがいればより詳しい視点の意見がもらえただろうが、生憎と私たちは料理に関してはぺーぺーなのである。

 

しかしやはり、このままリズがジャンクフードに入れ込むような事態は避けた方がいいと感じている。釘を刺しておく必要があるな。

 

 

「おそらくこの手の料理は健康に悪い。リズはこうやって普通に動けてはいるが、それでもロドスの中で格段に体が弱い部類に入るのは事実。先ほども言った通り、あまり高頻度で食べるものではないだろう」

 

「…そうですね、確かに少し塩辛さが多いような気もします…」

 

 

…ある意味、ケバブに最初に連れてきたのは奇跡だったかもしれない。思わぬリズの可能性を見てしまった。それにリズには言っていないが、別にジャンクフードを抑えておきたい理由がある。とても個人的な理由だからあまりおおっぴらに言えないが。

 

 

「…ドクター?」

 

 

改めて、彼女の方を見やる。華奢という言葉がロドスで一番似合うのではないかというくらいに細くしなやかな女性。

 

言えるわけがない、「その華奢さがリズにはとても似合うから不測の事態であまり変わってほしくない」とは。ひどく独善的な話だ。

 

 

「いや、なんでもないよ。食べ切ったら二軒目に行こうか。その前に口周りを拭かないと」

 

 

とりあえずポッケからティッシュを取り出すか…。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

二軒目。

 

シエスタで獲れる魚をふんだんに使用した海鮮丼が、屋台として軽い感じで売られている店にたどり着いた。価格もそんなに高くはない…と思う。

 

 

「リズ、悪いが少し待っていてくれ。少しだけ列に並ばなければいけないから」

 

「…わかりました」

 

 

屋台から少し離れたところまで車椅子を押していき、待機してもらうことにする。流石にな。

 

待たせるのも悪いが、それ以上に万が一ナンパに合うと面倒なので早めに戻りたいが。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「ねぇ、そこの姉ちゃん。今暇?俺らと一緒に遊ばない?」

 

「…どちら様でしょうか…?」

 

「俺ら3人ともシエスタ人なんだ。君、見たところ観光客でしょ?俺らが楽しいところいっぱい教えてあげるからさ?」

 

「…すみません。私はドクターと一緒に来ているので……」

 

「じゃあ、そのドクター?も一緒でいいからさ」

 

「この女、車椅子とは思えないくらいしっかりしてんな。当たりを引いたか?」

 

「…いや、ダメだ!彼女は諦めようぜ!」

 

「はぁ!?なんでだよ、こんな上玉なのに」

 

「バカ言えッ!よく見ろ女の顔を!知らないのか!!」

 

「……どうかしたのか?随分と可愛い面してるが」

 

「あぁ、クソっ!とにかく他を当たった方がいいんだ!事情は後で説明するからさっさと離れるぞ!!」

 

「なんなんだよ本当に___!」

 

 

 

「……何だったのでしょう……?」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「お待たせ、リズ。待ってる間、何かあったか?」

 

 

プラスチック製のどんぶりを2人分持って戻る。ものを買う時だけ目を離してしまっていたが、それ以外では特に何もなかったようなので確認程度だが。

 

しかし私の予想は外れていたことを知る。

 

 

「…3人組の男性が話しかけてきましたが…特に、何かされてはいません……それどころか、少し避けているような印象さえ抱きましたが…」

 

「…ほう?」

 

 

どうやらいろんな意味で失礼な奴らがいるらしい。これはカチコミ案件。

 

が、そんなことをしてしまうとリズとの時間がなくなってしまうので当然何もしないが。

 

 

「リズを避ける理由…いまいち見当がつかないな。もしかしたら記憶喪失前のリズを見たことのある人なのかもしれないが、個人的には考えたくない可能性だな」

 

「…例え、そうであったとしても…今は、ドクターのお傍にいることだけが私の生きる理由ですから…関係ありませんよ……」

 

「…そうだな。それに、今はこのシエスタを楽しもうじゃないか」

 

 

事実リズには何も被害が及んでいないようだし、わざわざ今熟考する必要もないだろう。それにこういうちょっとしたことでいちいち思考を巡らせるのも無駄だ。

 

 

「ほれ、海鮮丼だ。一緒に食べよう」

 

「…ありがとうございます…」

 

 

新鮮さが重要なためか、ロドス内ではあまり見かけない魚介類。こういう機会なので食べておきたいと思っただけだが…美味いな。

 

慣れないが確かに舌鼓を打ってしまうようなイイものを食べながら、これからのことを考えよう。もう食べ物はいったん置いておくべきだろう。まだ気になっているところはいくつかあるんだ。余計なナンパなど頭の片隅に放って置けばいいのだ。

 

 

 

だが、リズをナンパした野郎どもが彼女を避けた本当の理由、それを後で身をもって知ることとなる。

 

私ごときにはどうしようもない理由を。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

ひとまず屋台系の店に二軒寄って現地の料理を堪能した後も数軒、小物系や現地系の店舗をいくつか回り、良い時間になった頃合いでお土産屋にやってきた。流石にアズと寄ったせっけんだけではお土産としては不足しているだろうと思い、何かちょうどよさそうなものを見つけられればいいだろう。

 

一番大きいところではないが、販売品の性質上他よりもやはり人が多い。車椅子で移動をするのもなかなかに厳しいな。

 

 

「定番を攻めるのであれば、だいたいお菓子とか食べられるものを買うべきか…どうだろうか。例えばこのクッキーとか」

 

「…それなら、確かに丸いでしょうが……こちらの、黒曜石モチーフの入浴剤なども良さそうかと…」

 

「あー…なるほど。効能的にも効くだろうし悪くない選択だな。であればいっそのこといろんなものを取りそろえた方がいいかもしれないな…?別のスペースにも行くか」

 

 

通路を挟んでもう少し奥に進む。他の客に迷惑のかからないように比較的ゆっくりと移動しているが、誰かが物を選んでいたりでどうしても通れないところが出てきてしまうので、そのときは一声かけるのだが。

 

言っているとちょうど通過しようと思ったところに一人のフェリーンの男性がいた。こちらには気が付かない様子。

 

 

「すみません、通していただけますか」

 

「あ、ああ、すまない____な?」

 

 

急激に言葉が尻すぼみになる彼。何か私たちの顔に見覚えでもあるのかと思ったが、どうやらリズの顔を見て固まっているらしい。やるか?やるべきか?

 

…しかし次に男性が発した言葉は、今度こそ私の予想を完全に裏切ることになる_それも、マイナスの方向で。

 

 

 

 

「…な、なんでサルカズなんかがここにいるんだよ…ッ!!」

 

「……?」

 

「は…?」

 

 

 

 

一瞬言葉の内容が理解出来なかったが、やがてすぐに腑に落ちる。

 

ああ、そうか。ナンパ野郎どもがリズを避けた理由は、これか。

 

教官や他のオペレーターから聞いたことがある。サルカズ族…リズやシャイニング、エンカクらは何かしらの同族同士の内紛に参加していたこと__そこに、私がいたらしいということも、含めて。

 

目の前の彼の顔には、怯えと怒りが浮かんでいるように見える。そしてその負の感情は、そのままリズへと向かうこととなる。それは、困る。

 

 

「お前らのせいで、俺は…俺た「待ってくれッ!!!」…!?」

 

 

たまらず言葉を遮る。当の本人はどう対応していいかわからないといった顔だが、ここはもう仕方がない。この場で何かしらが起こるよりマシだ。

 

 

「なんだよお前はッ!!サルカズなんかと付き合いやがって!!!!」

 

「良いから話を聞いてくれ……彼女は、リズは記憶喪失なんだ。私と同じでね。だから責めないでやってくれ。サルカズが昔に何を起こしたのかは具体的には知らないが、今ではただの病人…被害者なんだ」

 

「…記憶、喪失…?」

 

「…はい、ドクターのおっしゃる通りです。私は…自分の名前以外、何も覚えていません。ドクターとは、こうなった後に知り合いました…ですから、すみません。種族について聞かれても…私は、何もお答えできないでしょう……」

 

「…………くそッ」

 

 

彼の体に見受けられるフェリーン族特有の耳としっぽ。どう見てもサルカズ族ではない。ということは、彼は何らかの理由でカズデルに住んでいた__いや、住まざるを得なかったのだろう。それできっと内紛で被害を被ってしまったのだろう。他人とはいえ少し申し訳ない。

 

彼は、どうすることも出来ない感情を必死に抑え込んでいるように見えた。

 

 

「…彼女は記憶喪失だけじゃない。君も、一目で分かるだろう?」

 

「…ああ、取り乱してすまなかった。だがこの怒りを忘れることはない。この恐怖は拭えるものではない……俺はもう行く。迷惑かけたな」

 

 

その捨て台詞のようなものを最後にして、彼は何処かへと行ってしまった。彼の怒号につられてこちらを見ていた野次馬たちがパラパラと元通りになっていくが、その中に確かにリズへ、彼と同種の視線を向けている人らがいることに気が付いていた。

 

 

「…リズ、ここを出ようか。それが他の客のためだ」

 

「…それが良さそうですね」

 

 

お土産は他のオペレーターの誰かに買ってもらうように、後で通信機で連絡するか。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「リズ。ビーチに行く前に、あと一か所だけ私用で寄らせてほしいところがあるのだがいいか?」

 

 

今日は夕方からビーチの一角を貸し切りにしてもらって、こちらに来ているオペレーター全員でバーベキューをしようという話になっていた。もう時間に近いため今からビーチに向かってちょうどくらいなのだが、ふと思い立ち急遽寄り道をしようと思ったのだ。

 

 

「…私は構いませんが、バーベキューまでに間に合うでしょうか……」

 

「まあ、なるべく急ぐよ。幸い目的の店はほど近いから」

 

 

会話が途切れる。しかし不思議と気まずさは感じない。そこかしこから聞こえる人々のビート。遠い会場で沸き立っている歓声。そんな喧騒が鳴りやまないこの街で、2人だけが静かで、シエスタに溶け込んでいく。この時間がひどく心地が良くて、自分とリズの体が混ざって、輪郭がぼやけて……。

 

思わずすべてをあるがままに受け入れようという悟りの境地に入ろうとしたところで、遠くに見えていた目当ての看板がすぐそこまで来ていたことに気が付いた。

 

 

「…ここは、アクセサリーショップ…ですか?」

 

「そうだ。いろんなお礼を兼ねて、さっきここを思い出したから。じゃあ、少しだけここで待っていてくれ」

 

 

 

 

 

店内をいろいろ見回っているが、なかなかピンと来るものが見つからない。ペンダント、ネックレス、ピアス…前2人のようなものを思い出しながら探すが、難航している。

 

すると見かねたのか、店員の一人が声をかけてきてくれた。

 

 

「彼女さんへの贈り物ですか?」

 

「ああ、まあ。そんなところだ」

 

 

実際はそうではなく単に身近な女性へと日ごろのお礼をするだけなのだが、こうやって勘違いしてもらった方がそれっぽいものをおすすめしてくれそうだと思い敢えて濁して答えた。

 

 

「彼女さんはどんな人なんですか?」

 

「…そうだな、一言でいえば“天使”だろうか。肌も髪も白くて本当にかわいらしいのだが…生憎と、自力で歩くことができなくて」

 

「…何か、まずいことを聞いちゃいましたね」

 

「いや、幸い私は専門分野というか。私が必ず治したいと思っているからそうでもないさ」

 

「お医者さんなんですか?すごいですね!……あ、これなんかどうでしょうか!」

 

「厳密にいえば医者ではないんだが……と。これか」

 

 

そうして女性の店員は一つの指輪を手に取り見せてくれた。

 

 

「こちらにはめ込まれている宝石は『健康』『明るい未来』などの石言葉を持っているので彼女さんにピッタリだと思いますよ」

 

 

宝石以外の部分もスタイリッシュなデザインをしていて、個人的にポイントが高い。石言葉もリズによく合うし、いいなこれ。

 

 

「いいね、じゃあこれを買ってしまおう」

 

「お買い上げありがとうございまーす!」

 

 

 

 

 

「リズ、待たせたな」

 

「…この人が、彼女さん?想像した50倍はかわいいし綺麗なんですけど……」

 

 

一応日陰に車椅子を寄せたが、それでも外は十分に暑い。リズを外で待たせてしまったことに深く詫びつつ、先ほど購入したアクセサリーを彼女に手渡した。

 

 

「これを。改めて、日頃のお礼として受けて取ってほしい」

 

「…ありがとうございます…開けてみても、よろしいでしょうか…?」

 

「ああ」

 

 

自分の言葉に従ってリズが小袋を開ける。中から取り出されたのは青い宝石をあしらった直線的なデザインのシルバーリング__にネックレス用としてチェーンを通したものだ。普段身に着けないような代物を見て、リズは少なからず驚いているように見える。

 

 

「着けてみてくれ」

 

「…ドクターが着けていただけませんか?」

 

「…お、おう」

 

 

ノータイムで返された。

 

とはいえ私自身手伝うのはやぶさかではないため、リングネックレスを受け取ってリズの後ろに回る。同時にその白金色の絹糸をかき上げると、感染者とは思えないくらいに白くなめらかなうなじがこんにちはした。

 

 

「………」

 

 

何故だろう。きめ細かなそれに、自分でも信じられないくらいに目を奪われる。いかんいかん。無心だ無心。

 

なんとかネックレスをかけてやり、改めて正面から彼女を見やると。

 

 

「おお……いいな」

 

「あら……あらあらあら……すごく似合ってる…」

 

 

私と件の店員、両名感嘆の息を漏らさずにはいられなかった。店員の言う通り非常によく似合っているし、買ってよかったと感じざるを得ない。

 

 

「…どうでしょうか」

 

「控えめに言ってずっとつけt……ああ、買ってよかったと5回連続で感じているよ」

 

「…そうですか、ありがとうございます…」

 

「…あれ、彼女さん、あまり喜んでいませんね…?」

 

「…いや、そうでもないな、これは」

 

 

彼女は感情の起伏に乏しい。傍から見たらそう感じても仕方ないだろうが、私にはなんとなくわかる。声にわずかに喜色が滲んでいたし、こちらに向けている視線が平時よりも温かみのあるものになっているので、結構喜んでくれているみたいだ。

 

 

「はえ~。やっぱり彼氏さんはわかるものなんですね」

 

「実は、恋人ではないんだ。職場の上司と部下というか、彼女は私の秘書でな。日頃からいろいろと世話になっているから、これを機に何か贈ろうと思っていたんだ」

 

「そうだったんですね…それにしても、今まで見てきた人の中でぶっちぎりに顔がいいですね、彼女」

 

「はは、まあ職場が職場なだけに私の知る限りではあまり気にしていない人が多いがな」

 

 

ふと気になって時間を確認するために腕時計を見ると、既にバーベキュー開始予定の17時半を十数分ほどオーバーして……まずい、過ぎてるじゃないか!

 

 

「リズ、すまん!予定の時間に遅れてしまっている。急ごう」

 

「…あ、はい。そうしましょう…」

 

「店員さんも、良い買い物をさせてもらったよ。ありがとう。それじゃ」

 

 

相手側の反応もそこそこに、車椅子をビーチの方へ押していく。おそらくほとんどのオペレーターが既に集まっているはずなので、まず間違いなく目立ってしまうが私の落ち度だし仕方がない。

 

リズに事前に時間の方を言及されていたので、申し訳ないことこの上なかった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

ある意味初めてかもしれない、たくさんのオペレーターたちとの食事。ロドスで生活しているとどうしても食生活が乱れる…というか最低限になりがちなのであまり食堂などには顔を出せずにいたので、こうして皆を見ているといろいろと気が付くものがある。

 

自分としてはしっかりとコミュニケーションを取っていた気になっていたが、どうやら使命感に囚われすぎてオペレーターたちの観察や把握を怠っていたらしい。そのことを深く恥じる。

 

 

「おい、その肉はオレサマのものだ!」

 

「駄目よ~イフリータちゃん。ちゃんとお野菜も食べないと」

 

「シュヴァルツ、これは直接野菜を取ってもいいのかしら?」

 

「私がお取りいたしましょう、セイロン様」

 

 

…その他、さまざまなオペレーターたちが皆して談笑している。一時的といえど戦いを忘れて、普段と違う装いを身に着けて。

 

この光景は、ここ最近で私が朝に見ているものと同質のものであるだろう。私はこれを守りたい。この普通でありふれた景色がいつまでも続くように、()()()()()()()()()()()()()()

 

そして____

 

 

「…リズ」

 

「…ドクター、こちらにいましたか」

 

 

水平線の斜陽を見ながら文字通り黄昏ていると、やはり隣に来るオペレーター。何の運命か、今では大切な秘書と感じるようにまでなった鳥籠の天使。

 

 

「リズ……君のことは、私が救う。君だけじゃない、全ての患者を救いたい、皆がいつでも笑っていられるように」

 

「……はい」

 

「だが、私一人ではどうにもまだ暴走してしまうきらいがあるみたいだ。だからこれからも秘書として、私を支えてほしい」

 

 

しっかりと彼女の目を見る。そこには無理な命令だと感じている不快な感情も従来のような無機質な感情も微塵も感じられない。

 

 

「…ドクターをお支えすることが、今の私の生きる理由です。ですから…これからも、宜しくお願い致します、ドクター…」

 

 

海風に揺られた彼女の長髪が煌めく。

 

それは私と彼女の誓いを表すような、鮮やかな金色だった。

 

 

 




10000近い文字数にタグ通りのちょっとシリアス。これはメインに相応しい物量。

ようやっとオブフェス編、終わりです。次からやっと本編に戻れる…。

リズは絶対髪の毛ふわっふわにするべきだし肌は綺麗でいるべき。異論は認めない。ロドスでゆったりとした生活を送ってほしいだけの人生___。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#10 エクセプショナル・サルカズ

タイトルでわかる通り、アンソロの派生の話です。リズが秘書になったことでどう分岐していくのか…ということに重点を置いていきましょう。




……OF-LPA-EXの3パートの挿絵、投稿する数週間前にラフが出来上がったのを加筆・修正せずにそのまま投稿してしまったので挿絵内の文と本文とで齟齬が生じてましたが、本文の方が正しいです。ややこしくてすみません。




…ちなみになんですが、ボイスの信頼タッチで「ドクターが明確にスキンシップをしている」ことと「リズが突然のことに驚いているような声を上げている(ように聞こえる)」ことが判明しました。信頼200以外のボイスであまり見られない感情の揺らぎを見られる信頼タッチはめっちゃ稀有なので今一度聞いてみてください。幻聴だと言われたらそれまでですが(;‘ω’)



 

「…………」

 

 

平和だ。

 

緊急の出撃はここ最近で1度も起きていない。たまにレユニオンの残党が発見されるが、うちの戦力ではメフィストらなどと対峙した時のように特段苦戦することもない。

 

今日も今日とて書類整理くらいしかやることがないだろう。とは言ってもその書類がかなり多いわけだが。

 

 

Piririri……

 

若干手持無沙汰な時間を噛みしめていると、唐突に備え付けの電話が鳴ったので出ることにする。これは外線の方だ。

 

 

「はい、もしもし。ロドス・アイランドですが……」

 

『もしもし、××大学医療研究機関の○○だ。“ドクター”というお方に話があるのだが変わっていただけないだろうか』

 

「ああ、○○か。私がドクターだが、いったい何の要件だ?まさか、例の件が受理されたとでも?」

 

 

もしそうであれば寝耳に水どころの話ではない。一気にいろいろな目処が立つ。

 

 

『そのまさかだよ、ドクター君。こちらでも未だに研究しきれていない部分もあるが、それまで後少しでなるべく成果を出してから提供するつもりだ。君のような権威の頼みともあれば、僕も多少の無茶は押し通すものさ』

 

「ありがとう、私は記憶喪失だというのに」

 

『持ちつ持たれつ、というやつだよ。僕は君への借りをいつか返したいと思っていたんだ』

 

「本当にありがとう。それじゃあ、仔細は後日詰めるということで」

 

『お互いに頑張ろう、ドクター君』

 

 

通話を切る。

 

相手はかつての私とそれなりの関係を築いていた(深い意味はない)とある大学医療機関の研究者で、私はかつてお世話になっていた…らしい。

 

それにしても、まさかこれほど早く受理の連絡が来るとは思っていなかった。早くて半年くらいはかかると思っていたのに、これは本当に行幸過ぎる!

 

 

「ドクター…?何か、嬉しい事でも…?」

 

「ああ。と言ってもまだ先の話になりそうなモノだがな」

 

 

これで当面の目処は立った。これからのことを考えると早めに結果が出るといいが……まあ、そこは私の方でも粉骨砕身しないといけないな。

 

 

 

 

 

ここ最近の平和に加えて、喜ばずにはいられないことが2つほど出来た。

 

1つは先ほどの会話にも表れていたが、リズが会話のときにテンポが遅れないようになったこと。今までは人に何かを言われても少し間が空いてから言葉を発することが多く、どこか浮世離れした印象を受けていたのだが、それがなくなり普通のペースで会話をするようになっている。これは彼女自身がこちら側に寄ってきていることに他ならないだろう。

 

そしてもう1つ、それよりも大きなことが_____

 

 

「そうだ、リズ。例の書類は揃えてくれたか?」

 

「はい…最近になってオペレーターになった人たちの資料、ですね…こちらです」

 

 

そう言って彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

歩いてくる。

 

 

そう。

 

つまり、リズは杖を持たずに歩くことが可能になったのだ。もちろん、限定的な範囲でだが。

 

これがどれ程大きな意味を持つか。どれだけの価値があるのか。

 

彼女がロドスに来てからすぐにオリジニウムの毒素を抜いたのはいいものの、それだけでは当然歩くことなどほぼ出来なかった。それからずっとリハビリを定期的に行い、ようやく少しの距離であれば杖なしでも歩けるようにはなったのだ。執務室から彼女のよく行く場所(隣の秘書用の部屋、宿舎などか)には歩いて行けるように。

 

 

もう一度言おう、限定的な範囲であれば、彼女は歩けるようになったのだ。

 

非常にうれしい。ただし、完全に治すには細胞単位でどうにかするしかなく、歯がゆいものだ。今のロドスではそれが出来る余裕がないから、それだけが悩ましい…しかし、まあ。

 

 

「……はは」

 

「?ドクター…?」

 

「…ああ、いや。最近、嬉しいことが続いて顔が緩まずにはいられないんだ……資料ありがとう」

 

 

先日のシエスタでまだまだオペレーターへの歩み寄りが足りないと自覚した私。そこでまず比較的最近にロドスに加入した物たちから知ろうと思い、こうして時間のあるときにそれぞれのプロファイルを見ようと思った次第である。

 

1人1人の資料を見ていくと、とあるオペレーターのものに少し気になる記述があった。正確には、正規の記述に付与された別途の資料に、だが。

 

 

「『サルカズ族はお互いに反目し合うものだ』という風潮、常識をあまり気にしていない同族のオペレーターが数いる中で、彼女は典型的にその常識を持ち合わせており、作戦における連携の強化のため個別の改善の必要がある…か」

 

「メテオリーテさん…ですか。私と同じ、サルカズの……」

 

「ああ。傭兵としての活動が長く、その前はファイヤーウォッチ小隊というところに所属していたらしい。サルカズにしては異質なオペレーターらしいが……この通り、同郷の人に対して少し穿った視点にを持っているみたいなんだ。だからどうにかそれをなくす…とは言わないまでも、軽減出来たらとは思うんだが」

 

 

だが、こういう社会的な問題は解決が難しい。世間が作り上げた偏見ほど厄介で大きいものなんてそうそうないからだ。幸い、うちにいるサルカズはリズを筆頭になんともない人らが多い。ハイビスカス姉妹は言わずもがな、ワルファリンやミッドナイトもサルカズだがいい奴らだ。それにシャイニングも優しい……まあ、リズとかエンカクとかは例外としてもだ。

 

 

「うーん…………あっ」

 

 

そうか。メテオリーテはきっと今までの経験からサルカズに対しての偏見__この場合はむしろ偏見というより常識か__が染みついてしまっている。しかしロドスでは通用しない。それならうちにいる他のサルカズともっと仲良くなってもらって、払拭すればいいのか。

 

だが、それを表立って伝えてしまうときっと身構えてしまう。それなら__

 

 

「良いことを思いついた。リズ、君に協力をお願いしたい」

 

「私に出来ることであれば、お手伝いいたしますが……いったいどのような?」

 

「ああ、それはな…」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

ロドス・アイランドには、サルカズが多すぎる。

 

私がここに加入してから、一番目下で気になっていることだ。

 

私は自分でも普通のサルカズ人とは違うと自覚していたし、だからこそ社会に蔓延するさまざまな私たちへの差別もある程度理解も納得も出来ている。だけど、それとこれとは違うでしょう…。

 

 

「止血鉗子!」

 

「繁栄か……あるいは滅亡か…」

 

「お前が相手か?それともお前か?」

 

 

皆が皆、ロドスでの生活をそういうものだとして受け入れ、他のサルカズともなんら不和を起こすことはなくある程度仲良くなっているように見えた…エンカクさんは、ちょっとわからないけど。

 

長年こびりついた常識は、環境が変わったからといってそう簡単に改変するものではない。それは私が誰よりも知っている。頭ではわかっていても、どうしても脳が追い付かないんだ。

 

 

だからこそアーミヤから告げられた指令は、私にとっては福音とも地獄行きの宣告とも取れるような意外なものだった。

 

 

「ええっ!?私たち5人が同じ宿舎に!?」

 

「はい。ドクター直々の提案で、皆さんの仲がより強固なものになればということで」

 

「で、でも皆サルカズだし…」

 

「ドクター直々の、ご命令ですよ?」

 

「う゛っ……」

 

 

そう言われては、私は逆らうことが出来ない。しぶしぶ受け入れるしかなくなる。

 

 

「それじゃあ、頑張ってくださいね!」

 

「ちょっと待って!置いてかないで__」

 

「宿舎は5人が規定ですから!」

 

 

必死の懇願もむなしく、笑顔で修羅場に放置されてしまう羽目に。

 

…とりあえずソファに座ろう。

 

 

「あの……大丈夫、ですか…?何やら、大変そうな表情ですが…」

 

「え……」

 

 

ソファに座った直後に後ろからおもむろに声をかけてきた(というより心配してくれた?)のは、ロドスの中でも非常に優秀な医療オペレーターだと聞いているナイチンゲールさん。ドクターの現秘書で、入職したときにも軽く会話をしている……といっても、私の方は少し避け気味になっていたけれど。

 

というより、ドクターの秘書なら何か知っているのでは。

 

 

「ねぇ、ナイチンゲールさん。今回のこの指令の意図とか、ドクターから何か聞いてないかしら?」

 

 

淡い期待を込めて尋ねてみたものの。

 

 

「…すみません、私も急に言われたので……」

 

 

私の運がないのか、彼女は少し逡巡した後申し訳なさそうに答えた。そんな顔をしないでほしい。というより、戦場でのナイチンゲールさんと目の前にいる彼女、印象が違って見えるのは気のせいかしら?

 

 

「でもまあ、私はなんとなくわかりますよ、この状況とドクターの意図」

 

 

横の一人用ソファから会話に参加してきたのは、ええと。

 

 

「確か、ヴィグナさんだったかしら。それで、意図がわかるって?」

 

「はい。あたしは別にそんなつもりはなかったんですけど、皆さん単独行動が大好きな方たちでしょう?サルカズということもあるでしょうし」

 

「…そうね、下手すれば毎回この状況になる。それだけは避けたいわ」

 

「ということは…何か、共同で成果を出せば良いのでしょうか……」

 

「それが妥当でしょうね」

 

 

…あれ?ナイチンゲールさんにヴィグナさん、思ったより協力的?

 

この部屋には現在、5人のサルカズがいる。私、ヴィグナさん、ナイチンゲールさん、そして彼女と同じ医療オペレーターのシャイニングさんに一番の問題児__イフリータだ。これでもイフリータは最近は少しずつ改善されてきているらしいけれど。

 

そんなちぐはぐな私たちが宿舎で出来る共同作業……明確に結果を残せるようなことは出来るかしら。

 

シャイニングさんは奥の方で椅子に座って本を読んでいるし、イフリータはソファに寝転がってすごく面倒くさそうな顔をしている。やりづらいことこの上ない。

 

何かあるかしら…。

 

 

「そういえば……キッチンがありますね…何か、協力して作れないでしょうか」

 

 

ふと、ナイチンゲールさんがそんなことを口にした。彼女の視線の方向を見やると、確かにそこには広めのキッチンが。

 

なるほど……料理ね。

 

この空間において出来ることは少ない。それに加えてドクターに目に見える形での共同成果を示せるという点では、料理は最適解だわ。

 

 

「ナイスよ、ナイチンゲールさん!それがいいわ!」

 

「でも私たちだけじゃダメですよね」

 

 

ヴィグナさんの言う通り、この作戦において5人全員が参加することがほぼ必須。だけどイフリータやシャイニングさんに、果たして協力してもらえるかしら。もし本当にロドスのサルカズが、私の聞いていた通り反目することがないのなら好感触を示すだろうけど……目の前のイフリータは、結構嫌そうな顔をしている。しかし彼女も別にそういう常識を持っていないことは、なんとなくわかっているの。

 

 

「イフリータさん……どうでしょうか…」

 

「……オレサマは手伝わねえ。けど、どうしてもっていうときが来たら仕方なく力を貸してやる。仕方なくだからな!?」

 

 

やはりというべきか、イフリータは協力的ではない。さて、どうやって交渉しようかしら__

 

 

「…わかりました」

 

「__えぇっ、今のでいいの!?」

 

 

ナイチンゲールさんのまさかの対応。なぜ?

 

 

「はい…彼女は、自分の力をよく理解していますから」

 

「その割には、あなたに飛び火が行きそうになったわよね…?」

 

 

少し前の作戦で、暴れていたイフリータの火がナイチンゲールさんに向かったのは記憶に新しい(ナイチンゲールさんは自前のアーツで無傷だったけど)。

 

まあ、イフリータのことは一旦置いておこう。残りはシャイニングさんだわ。

 

 

「私はお手伝いしますよ」

 

「へ…って、うわぁ!いつの間に後ろに!」

 

 

腰を上げて彼女の元へ向かおうとするよりも先に、既に最後の1人がすぐ近くまで歩み寄っていた。あんまりにも突然なんだから、驚くのも仕方ない。割にその隣にいるナイチンゲールさんは、シャイニングさんの協力が当然かのように眉1つも動いていなかったように見える。そういえばこの2人はロドスに来る前から同じ団体に属していたらしい、というのを今思い出した。

 

 

「これでひとまず作れそうですね。あんまり本格的なものは厳しそうなので、何か軽いお菓子のようなものでも作りましょうか!」

 

「そうね……冷蔵庫にあるものだと、クッキーとか作れそうよ。それでいいかしら?」

 

「私は、構いませんよ…ですが、私は少々足が不自由なのでご迷惑をおかけするかもしれません……」

 

「私も別に、大丈夫ですよ」

 

「安心してください、ナイチンゲールさん。こういうのは持ちつ持たれつですから!」

 

 

 

…今まで接してきた同郷の人たちとは違って、皆礼儀正しいし協力的だ。ここでは、私も認識を改めた方がいいのかしら。

 

そういう考えが脳裏をよぎっていくのを感じて、戸惑わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「リズ、材料を混ぜるのはいいですが顔についていますよ…」

 

「……私は、気にしません」

 

「動かないでください。今拭きますから」

 

「…手は、止めませんよ…」

 

 

 

 

「クッキーの型紙を作りましょう!」

 

「ヴィグナさんは経験があるのかしら?」

 

「いえ。実家にはちゃんと複数の種類があったので、型紙から作るのは初めてです。ですが何事もチャレンジ精神。やらなきゃ進めないんです!」

 

「作れればいいのだから、そんなに難しい形じゃなくても良さそうね。普通に丸とか」

 

「私はこれにかこつけて、ドクターへの日頃の感謝に作る予定なんですがメテオリーテさんはどうします?」

 

「あー…いや、私はヴィグナさんのお手伝いをするわ」

 

 

 

 

「ぐぬぬぬ…………」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

順調に進んでいたクッキーづくり。けれどいよいよ焼く工程の準備に入ろうかというときに、ある重大な問題があることに気が付いてしまった。

 

 

「あれ……オーブンが起動しない?」

 

「え、ここまで来てですか?」

 

 

…そう、どうやらオーブンが故障しているみたいなのである。一番大事な工程と言っても過言ではないのに。

 

 

「…メテオリーテさん。オーブン抜きで、クッキーを焼いたことは…」

 

「流石にないわよ……」

 

 

ヴィグナさんも手詰まりといった様子。

 

どうする?何か別のものを今から作り直す?いやでも皆の努力を無駄にするわけにはいかないし…かと言ってこのまま生で提出するわけにもいかないし…火を起こすにしても火加減とかかなり難しいだろうし……。

 

 

「クックック…どうやらオレサマの手助けが必要なようだなァ!!」

 

「い、イフリータ!?ちょ、ちょっと待って!」

 

 

確かに彼女は火を操っているけど、それとこれとはまた別の問題じゃない!第一彼女のアーツコントロールはあんまり信用できないし…!

 

 

「あンだよ、火が足りねンだろ?大丈夫だ、オレサマのいつも使ってる火炎放射器もあるからな!」

 

「い、いつの間に……でも、一歩間違えたらこの宿舎が火の海に__」

 

「イフリータさん…くれぐれも、焦げさせないように……」

 

「__ナイチンゲールさん!?」

 

 

この場では確かに、確かに最適解に近いけれども!味方がいない!?ナイチンゲールさんって結構天然なのかしら…!

 

 

「よっしゃぁ!このイフリータ様がBBQと同じように焼いてやるぜ!!」

 

「やっぱり直火じゃ危ないって_____」

 

 

 

 

 

__結論。部屋がそれなりに大惨事になった。だから直火じゃダメだとあれほど……。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「それで出来上がったのが、この焼きすぎたクッキーですか…何はともあれ、念のためにナイチンゲールさんの杖を持ってきて正解でしたね」

 

「申し訳ないです…」

 

 

その後すぐにアーミヤが駆けつけてきたので、部屋の状況含め私たちの共同作業の結果を提示した……直火焼きでそれなりに黒い部分が見えているクッキーを。

 

イフリータのアーツの加減が予想以上に上手だったことにはびっくりしたけど、それでもオーブンで焼くのとは勝手も適正も違う。案の定の結果ではあった。

 

これでアーミヤやドクターは認めてくれるかしら?

 

 

「それで、ドクターのために作ったこのクッキー、どうでしょうか…」

 

 

ヴィグナさんがひときわ申し訳なさそうに尋ねる。この共同作業において彼女が最も気合を入れていた(し作業の進行をまとめていた)ために、誰よりも悔しさやらを感じているのだろう。そういうところは非常に好ましいと思う。

 

さて、アーミヤの反応は。

 

 

「…確かに、今回の配置から目的を推察し、実行に移したことは結果はともかく成果は確実に出ていますね。本当にお疲れ様でした」

 

「……!」

 

 

よし、よし、よし。

 

自分は終始事務的に作業に取り掛かっていたと思っていたが、いざこうして「頑張った」と言われてそれなりに嬉しいと感じている自分もいることに驚かずにはいられなかった。見れば、イフリータはともかくシャイニングさんやナイチンゲールさんも心なしか嬉しそうにしている…ように見える。

 

 

 

 

 

サルカズは反目し合うもの……そうやって教えられてきたし、そう感じるのが当たり前だと思っていたけれど。

 

ここでは、その考えは捨てた方がいいかもしれない。少なくとも、今回で協力し合った4人は他のサルカズとは違う。これなら、仲良くなれそうだわ。

 

 

もう戸惑いは生まれなかった。

 

 

 

 

「ですが、流石にドクターにこれは届けられませんね……」

 

「んぐっ。やっぱりですか…」

 

 

ヴィグナさんがクッキーの入ったトレーを机に置く。

まあ、流石にこんな不出来で不格好で完成品とも言えないものを渡すのはドクターに申し訳ない。

 

 

「ヴィグナさん、今回は皆頑張ったと思うわ。だからまた別の機会に改めて作りましょう?」

 

「そうですね…あーあ、オーブンが故障していなけりゃなぁ__」

 

 

 

 

「そう気を落とさないでもいいさ。君たちはよく頑張ってくれたさ…それに、かすかに良い香りはしているじゃないか」

 

 

 

 

突然、この場にはいないはずの人の声が聞こえた。私がロドスに加入してから一番初めに聞いた、男性の声。

 

 

「「ど、ドクター!?」」

 

「ドクター…いらしていたのですね」

 

 

あんまりにも青天の霹靂すぎてヴィグナさんと揃って驚愕の声を上げてしまった。私たちとは対照的に、ナイチンゲールさんはさほど驚いていない。びっくり耐性が高いのか単に感情の振れ幅が小さいだけなのか。彼女であれば後者な気もするけど。

 

 

「や、リズ。どうだい……と聞こうと思ったが、この部屋の惨状や出来上がったものを見れば分かる。紆余曲折もありながら、全員が自分に出来ることをしたのだろう……イフリータ」

 

 

…ドクターがそんな気軽にオペレーターの本名を呼んでいいものなの?

 

 

「…なんだよ、ドクター。オレサマはちゃんと手加減したぜ。オレサマは悪いこともしてねえよ」

 

「ああ、クッキーの焼き加減を見ればわかるさ。自分の力と役割を理解し、それを拙いながらも適切に扱い全うする。随分とイフリータも成長したものだ」

 

 

そうやってドクターは彼女の頭をふわりと撫でる。彼女は少しくすぐったそうな、それでいて肩透かしを食らったような表情でなすがままになっていた。なんだ、随分とかわいらしい一面もあるのね。

 

ひとしきり撫で終えた後、次にドクターはナイチンゲールさんの側へと寄っていった。

 

 

「この分だと上手く流れを作れたみたいだな。お疲れ様、リズ。少々無理を言っただろう」

 

「いえ、そんなことはありません……少し、示唆しただけですから…」

 

「それならよかった。リズは何をやったんだ?」

 

「私は、生地作りの方を…普段やらないことだったので、新しい経験でした…」

 

「リズ、ハンドミキサーで混ぜているときに生地があちこちにひっついていましたが、随分と熱中していましたね。私が拭っている間も手を止めずに黙々と」

 

「はは、それは少し見たかったな。クッキー、もらっても?」

 

「恐らく、宜しいのではないでしょうか。もともと誰に宛てて作ったものではないですし。しかし少々火が通りすぎたような気もしていますが…」

 

「何、これくらいであればまだ食べられるであろう。1ついただこうか」

 

「それでは……はい、どうぞ。まだ熱がありますが」

 

「ありがとう、あむ………なんだ、美味しいじゃないか。もちろん焦げた部分が多いのはそうだが、中の方はしっかりと味がある。全く食べられないわけではなさそうだぞ」

 

「そうなんですか……あむっ………」

 

「どうですか、リズ?」

 

「……見た目にしては、美味しいですよ。シャイニングさんも、いかがでしょうか…」

 

「それにしても、本当にみんなよくやったと思う。リズがいなければもっと大惨事になっていた可能性が否めないが…」

 

「……これが、“仕掛け人”というものなのですね……心得ました…」

 

 

 

 

 

……………………

 

 

いろいろちょっと待って。

 

ちょっと待ってほしい。

 

 

「…ねえ、ナイチンゲールさん。もしかして知ってた?」

 

 

今の彼女とドクターの会話で判明した事実を確認するべく彼女に聞いてみると、少し申し訳なさそうな雰囲気で彼女は口を開いた。

 

 

「すみません…ドクターから、皆が共同作業を進められるように誘導しろ、と………嘘をついてしまい、申し訳ございません…」

 

「い、いやそれはいいのよ?今考えるとドクターなりの気遣いなんだろうし、それは別にいいの」

 

 

実際そこまで怒ったり気にしているわけではない。結果として一定の成果は出せた…と言える。そこまでは別にいい。

 

けれど。

 

 

「それじゃあ、もう一つ…ナイチンゲールさんとドクターの関係って、何?」

 

「……何って、リズは私の秘書だが。それ以上もそれ以下でもないだろう?」

 

 

いやそれはない。

 

 

と一言で切り捨てる衝動を必死にこらえたのは正解だと思う。

 

普通の秘書であれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…!あんまりにも2人とも手馴れているような感じだったのに、ただの仕事関係で終わるはずがないのに!

 

更によくよく見てみると、ナイチンゲールさんの雰囲気が先ほどまでとはまた違ったものになっていることに気が付いた。戦場でのそれとも、私たちといたときのそれとも違う。これは__

 

__心を、開いている?

 

違う、もっとそれより質の高い……まるで、ドクターに寄り添おうとしているような。

 

 

……いやいやいや、まさかね。だってさっき否定してたじゃない。

 

それにドクターだって、サルカズの私を雇おうとするくらい変わり種…いや、それ以外にもたくさんサルカズがいるから変わり種なんてものじゃないけれど…入職のときの会話でも、それ以外のときでも人の好さそうな、それでいてしっかりと自分の目指すところを見据えている人だという印象を受けた。もちろん、ドクターは戦闘指揮官だったりロドスの上の方だったりで、私たちにはわからない苦悩があるのかもしれない。

 

それならナイチンゲールさんがそういう態度になるのもおかしくはない。ない、けれど…。

 

 

「…?どうした、メテオリーテ」

 

「いえ、なんでもないわ」

 

 

今はとにかく、今回の作業がうまくいったことを喜びましょう。私も、もう少しここにいる他のサルカズとも話してみようかしら。

 

 

 

 

 

 

 

………後日、ロドスの中でのナイチンゲールさんの話を聞いて、やっぱり彼女とドクターとの関係の謎が深まることとなる。

 




ようやっと書けました。メテオリーテに意図せずして違和感を打ち込んでいくドクリズまじドクリズ。

え、CEOはどうしたって?

そりゃあもちろん「あーん」を見て卒倒案件ですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#11 Amnesia

記憶喪失組(リズ、ドクター、クオーラ、スペクター)の絡み。一応さらいましたが他に誰かいたらすんませんまだうちにはいないということで。
記憶喪失組、見事に全員Skadeさんなんだな……という発見。自分が誰だかわからないというのは結構普通の人なら怖いはずなんですよね。記憶喪失という病自体明確な治療法がないので、下手したら一生ものなわけですし。

そんな中で多数の命を預からざるを得ないドクターの重圧と、内にあるプレッシャーはどうなんでしょう。それに他の記憶喪失のオペレーターは?








 

 

 

 

「リズ。茶が入ったから、少し手を止めて休憩にしよう」

 

「了解しました」

 

 

なんてことない日常の一幕。連日の戦火がひと段落し、比較的平和な日々が続いている。

 

つい最近、購買部で味のいい茶葉を定期購入するようになった。前まではそこいらで売っているような安っぽいものでも十分だと思っていたが、ここ2~3ヶ月でいろいろあって余裕が出来たために少し凝ってみようと思ったのだ。

 

購買部の人間にはセイロンから聞きかじった有名な茶葉のブランドをいくつか教え、取引してもらうように頼んでいる。まあ一応クロージャにも話は通してあるし大丈夫だろう。

 

 

「今日は砂糖を少し多めに入れようか……頭が疲れている」

 

「大丈夫ですか…?数十分でも、横になられた方がよいのでは……」

 

「ああ、いや。そこまでひどくはない、理性剤の偏頭痛よりはるかに軽いからな」

 

 

理性剤は無闇に服用すればひどい頭痛に苛まれるが、前まではそうまでしても理性を保っておかなければいけない状況が日常だったからな……。本当に、落ち着いたものだ。とはいえ最大の課題がまだ解決していないために安心も立ち止まることも出来ないのだが。

 

 

未だにオペレーターたちとは交流の時間を増やせていない。ただ前に比べると時間を作りやすくなったので、先日のメテオリーテのようなとは言わずとももっといろんな企画をしていきたいが…。

 

 

 

 

 

「こーんにちはー!ドクター、いる?」

 

「…おや?」

 

 

突如開かれる扉。ロドスでは珍しい、溌溂とした声。

 

発せられた方へと顔を向けると、そこにはいつでも元気な野球少女、クオーラがいた。

 

 

「こっちだ」

 

「あ、ドクター!それに、ええと…天使さん!こんにちは!」

 

「…ナイチンゲールですよ、クオーラさん。ごきげんよう」

 

 

彼女は今日も変わらずのテンションだ。野球の話になると特に熱が入る彼女だが、平常時もまるで自分の身の上を気にしていないように振る舞う。そんなひたむきで明るい振る舞いに、いつの間にか元気づけられたというオペレーターも多い。

 

 

「長いのであれば、そうですね……是非、“リズ”とお呼びください…」

 

「わかったよ、リズさん!」

 

「それで、クオーラは何の用だ?」

 

「うん。なんとなく、ドクターのところに行きたくなっちゃって。忙しかったかな」

 

 

そう言って彼女はこちらに駆けよって、私とリズの座っているソファの体面に腰を下ろす。

 

 

「まさか、今からちょうどお茶して休憩しようとしていたんだ。君の分も急ぎ作ってくるよ」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「そう言えばクオーラ。最近のロドスでの生活はどうだ?」

 

 

お茶を飲みながら談笑する中で、定期健診にも似たような質問を聞いてみる。彼女は特に、クルビアでいつの間にかロドスの甲板にいたような屈指の経歴不明のオペレーターなのだ。

 

 

「うん、楽しいよ!ロドスはボクを受け入れてくれたし、ドクターも優しいし!それに最近は__」

 

 

そう語りだした彼女は、ロドスの中では飛びぬけた天真爛漫さを変わらず発揮している。鉱石病に感染していると知りながら自分の好きなことに打ち込むその姿勢は、今の私にはないものを感じる。

 

 

「__それで、今度皆で野球をすることになったんだ!」

 

「…そうか、良かったな」

 

「……ドクター、もしかしてボクの話つまんなかった?」

 

「どうしてだ?クオーラが楽しそうでこっちも楽しかったさ」

 

「わっ…えへへ」

 

 

そう言いながら彼女の頭を撫でてやると、とても気持ちよさそうに目を細める。思えば、クオーラは私が目覚めてからすぐにオペレーターとして迎えた。その硬さには何度も助けられたものだ。最近はめっきり出番を減らしてしまっていたが、その実績を鑑みて次の昇進をさせるのも考えておこう。

 

 

「…ドクター。ボク、本当にロドスに入って良かった。自分が誰かも忘れちゃったけど、皆優しくて。それにドクターもボクと同じなんでしょ?」

 

 

同じ、というのは恐らく記憶喪失のことを言っているのだろう。鉱石病患者を中心として広く受け入れているが、その中でも記憶障害を患うほどの重症患者はそうそういない。きっとクオーラもどこかで心細かったのかもしれない。まあ、戦闘指揮のトップが記憶喪失なのはどうにも不安定さを拭えないが。

 

 

「ああ、そうだ。私も自分が誰だったかなんて知らないし、今は気にもしていない。でもなクオーラ、記憶喪失は私たちだけではないんだ」

 

「え?そうなの?」

 

「ああ___そうだろう、リズ」

 

「え?」

 

 

先ほどからずっと口を閉じて聞き役に徹していた彼女に話を振る。飲んでいたカップを受け皿に置いて少し、姿勢を整えた。

 

 

「はい。私も、自分の名前以外のものを忘れてしまっています…」

 

「……そうだったんだ!お揃いだねリズさん!」

 

 

そう言うが早いか、クオーラはソファから立ち上がりリズの隣…私の二つ右に座った。そのままリズの手を勢いよく握る。意外な接点だ。

 

 

「あの、クオーラさん…勢いが…」

 

「あっ、ごめんね!つい嬉しくて…」

 

 

にへへと笑うクオーラ。彼女の純粋な精神性に、リズも悪い印象を抱いているわけではないらしい。手をぶんぶんと振られてびっくりはしているが、その顔は特に不快そうには見えない。

 

 

「リズさんってちょっと怖い人かもしれないと思ってたけど、全然そんなことないんだね!ボク安心しちゃった!」

 

「?…ドクター。私は、怖いのでしょうか…?」

 

 

リズが訊ねてくる。声音は特に変わりないままだが。

 

 

「……」

 

 

実を言うと、恐怖とは言わないものの非常に難しい立ち位置にいる。

 

オペレーター・ナイチンゲールのプロファイルには、口に出すのも憚られるような経歴を負っていることが示唆されており、多数のオペレーターに畏怖と尊敬の念を向けられていることが記されている。更に彼女を象徴すると言ってもいい鳥籠のアーツ。あれは彼女のこれまでの人生を表したものだと言ってもよく、ひとたび戦場に出現すれば誰の目も引き付けてしまう__もちろん、マイナスの方向で。

 

しかし最近は彼女の笑顔が増えてきているような気がする。少なくとも、私の前ではあまり負の表情を見せてはいない。それは確かだから、たぶん大丈夫だと思うが……私は、未だにリズの中身を理解できているわけではない。

 

だから……ときたまプロファイルを見ては、悔しさがあふれて涙が止まらなくなるのだ。

 

 

「…最近は、雰囲気も柔らかくなってきていると思う。私は元より、今のリズを怖いと思うオペレーターは少ないだろう」

 

 

歯ぎしりしそうな衝動を抑え、所感を口に出す。

 

実際、ここ数ヶ月でリズへの見方が大幅に変わった。一番の理由はあの日の出来事であることには変わりないのだが、それからお茶を飲み交わしたり一緒に街を巡ったりしていくうちに、随分と……いや、今はいい。

 

 

「そうですか……」

 

 

 

 

 

 

「ごきげんよう、皆様方」

 

「…?」

 

 

またしても開かれる執務室の扉から、修道服をまとった銀髪の美女が入ってくる。

 

 

「…どうした、スペクター。珍しいな」

 

「ウフ……ふと、貴方から悦びを与えていただきたく参りました…」

 

 

そう言いながら彼女はごく当たり前のように私の隣に座る。どうしてこうも自然に隣に来るオペレーターが多いのだろうか。

 

 

スペクターはレユニオンとの戦闘を行う上でなくてはならないオペレーターであり、比較的古参の部類に入る。本人の戦闘力はもちろんのこと、ここぞというときの生存力は他のオペレーターの追随を許さない。シルバーアッシュを初めとする「ダメージを受けない」立ち回りではなく「死なない(≒強制撤退まで無理やり耐える)」立ち回りをするために、圧倒的な戦闘力を有する敵の攻撃にも真っ向から対抗出来る唯一のオペレーターだ。そのせいで毎回ひどい怪我を負わせてしまい非常に申し訳ないのだが、彼女の体質なのか傷の治りが異常に早いため数十秒後には全快になっている。スカジといい、エーギル出身は物理強度が原理不明なんだよな…。

 

実はスペクターが小隊に加入してから彼女を編成から外したことは一度もない。それくらい彼女の力は私の好みによく合っている。

 

記憶障害その他を含め明らかに発狂しているのは本当に無力感に苛まれるが……それでも、大事にはしているつもりではある。

 

 

「悦びを与えるって言っても何をすればいいんだ?現状、出撃せざるを得ないような状況でもないが」

 

「それはですね…」

 

 

素直にそう口にするが早いか、スペクターは自身の手をこちらの腿に乗せてきた………うん?

 

 

「…どうした?」

 

「ウフフ…貴方の手で直々に、私に悦楽をいただけないでしょうか…それとも、私には出過ぎた申し出でしょうか……?」

 

「…いや、そんなことはないが……何をすればいいんだろうか」

 

 

あまり思いつかない。直々に、と言われても目立つものは体裁的にもまずいだろうし、とはいえ目立たないものでとなると…うーん…。

 

何の気なしに、いつの間にか対面に座りなおしているクオーラの方へ視線を向ける…あ。

 

 

「…あまり好かないかもしれないが、頭を撫でてやるのはどうだ?」

 

 

思ったことがそのまま口からこぼれ出てしまい一瞬遅れて「まずったか」という後悔の念が沸き上がってきたが、より這いずってくるスペクターの手からそうではないということを察した。

 

 

「ええ……ええ、それで構いません。是非、私に寵愛を……」

 

「寵愛は大げさだろう、ラップランドじゃあるまいし」

 

「そんなことはありません……私が魂の救済を始めてから、貴方は一度もお止めなさったことはありませんから……」

 

 

しっかりとスペクターも認知はしているらしい。

 

 

「…わかった。それじゃあ、頭の部分だけ脱いでくれ」

 

 

スペクターが被り物を丁寧な手つきで外す。途端に露わになる、妖しい煌めきを放つ銀糸。リズの髪がかなり綺麗で思わず見惚れてしまうほどなのだが、こちらもまた負けず劣らず美しい。

 

 

「…綺麗な銀髪だ」

 

「お褒めいただき、光栄ですわ……さあ、いくらでも傷物にしてくださっても構いません…」

 

「バカ言え、出来るわけないだろう。うちには必要不可欠なんだから」

 

 

なるべく穢してしまわぬように、そっと彼女の頭に手を置く。それからひと房ひと房をかき分けて、梳くように優しく撫でる。ゆっくりと、ゆっくりと。

 

 

「ウフ……ドクターの手は心地よいですね…」

 

「そりゃよかった」

 

 

大きいひと房の三つ編みで束ねられている銀糸は、驚くほどしっとりまとまっている。これが黒髪であれば文字通りの濡れ羽色、とでも言えたのだろうが、銀髪の場合はどう表現すればいいのか私は知らない。

 

自分の髪では到底あり得ないような新感覚の手触りに、こちらもつい夢中になってしまっていた。

 

 

「ウフ…ウフフフ……」

 

「………」

 

 

…スペクターの頭を撫で始めてから微妙にリズがこちらを見やってくる。何かを言うような雰囲気ではないが、何か言いたげな絶妙な視線。

 

 

「…リズ、どうかしたか?先ほどからこちらを見ているが」

 

「…いえ……」

 

 

彼女にしては珍しく、生返事を寄越してそのままお茶を飲んだ。何か文句でもあったのだろうか。

 

そろそろこの手も止めようか。あまり女性の髪に触れ続けるというのも悪い気がするし。

 

 

「スペクター、そろそろ放すぞ」

 

 

撫でている右手をもとの位置に戻そうとすると、そっと彼女の両手が上から置かれて動かせなくなる。見れば、スペクターがわずかに名残惜しそうな、懇願するような眼を見せていた。

 

え。

 

 

「もう少しだけ、宜しいでしょうか……」

 

「あ、ああ…私は、別に構わないが」

 

「…………」

 

 

…何故だろう、今日に限ってリズの視線にとんでもなく敏感になっている気がする。こんなわかりやすい視線を向けるような女性だったか。

 

とは言え今はスペクターをしっかりと労り悦ばせることに集中しよう。不謹慎だが彼女の髪は私の中のナニカをくすぐってくる絶妙な手触りだ…。

 

 

しばらく白銀の世界(語弊あり)を楽しんでいると、不意にスペクターの頭が手から離れた。ようやっと満足してくれたらしい。

 

 

「ドクター……これからも、度々申し出ても宜しいでしょうか…?」

 

「まあ、これくらいならいつでも構わないさ。そうだ、スペクターもお茶いるか?」

 

「そう仰るのなら、ありがたく頂戴いたします……」

 

「待っててくれ。すぐに作ってくる」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「スペクターさんの髪って、ドクターも言ってたけどすっごく綺麗だよね!まるで宝石みたい!」

 

「ウフ…ありがとうございます。これもあの御方が私にくださったもの…」

 

「あのおかた?ドクターのこと?」

 

「違いますわ……あの御方はあの御方…それ以上でも、以下でもありません……」

 

「??よく分からない…」

 

「私もあまり把握できていないので大丈夫ですよ、クオーラさん……」

 

「そうなの?うーん…」

 

「ウフフ…ナイチンゲールさんは、随分とドクターに信頼を寄せているご様子ですね…」

 

「…そう、なのでしょうか?確かにドクターをお支えすることが、今の私の生きる理由ですが……」

 

「あら、あらあら。そんなに大胆なことをおっしゃるなんて……面白いですわ。それはそうと、先ほどはひどく嫉妬なさっていましたわね……?」

 

「嫉妬……とは?」

 

「……ウフ、ウフフフフフ。本当に面白い方ですわ、ナイチンゲールさん……もしかして記憶に瑕疵が…?」

 

「はい。私もクオーラさんも、何も覚えていなくて……」

 

「偶然ですわね……実は私も、あの御方の声が聞こえること以外何も存在していないのです……ウフ」

 

「ほんと?じゃあスペクターさんもお揃いだね!やったぁ!」

 

「そうみたいですね…」

 

「ウフ…ウフフフフ………」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「すまない、お湯を沸かしなおす必要があったから時間が……って」

 

 

給湯室から戻ってくると、何があったのかスペクターがクオーラを膝枕していた。リズはその隣で2人を見ながらお茶を飲んでいる。

 

うん………?

 

 

「ドクター…お戻りになられたのですね…」

 

「あ、ああ。それよりも……何だこの状況」

 

「スペクターさんがボクたちと同じだってわかって、つい嬉しくなっちゃって!」

 

 

スペクターの膝枕を受けている当の本人は快活そうにしゃべる。その様子は普段と変わりない。

 

机にお茶を置いて差し出した後、膝枕をしている側の近くへと寄っていき耳打ちをした。

 

 

「深淵に誘ったりしないでくれよな…」

 

「ウフフ……私がそのようなことをするのは、ドクターだけで御座います……」

 

「それならいいが……いや良くはないな?」

 

 

しかしまあ、スペクターがそう言うのなら恐らく大丈夫だろう。

 

自分の座っていたところに戻ろうとして、よくよく考えてクオーラがその場所にいることに気が付いた。わずかばかり肩を落としそうになったが、まあ彼女は楽しそうにしているしあの笑顔を見ると怒る気もまるで沸かない。

 

 

「リズ、隣良いか」

 

「……はい。お好きなように」

 

 

いつもと若干対応と態度が違う気がするのは気のせいか。

 

お茶を飲むふりをしながらリズの方をよく見てみる。心なしか落ち着かないような表情をしていて、こちらに手を伸ばそうか迷っており、ときたま頭に手を当てては少しぼーっとする……あ、なるほど。

 

 

「もしかしてリズも撫でてほしいのか?」

 

「っ」

 

 

ほんの一瞬だけだが、華奢な体がピクッと跳ねた。正解だと判断し、カップを持つ手を放した流れでリズの頭へと伸ばす。

 

 

「…少し、待ってください…今、頭を出しますので」

 

 

すんでのところで待ったがかかる。いつも被っているナースキャップのようなものを外し、改めて体ごとこちらに向き合った。

 

 

「…それじゃあ」

 

「……はい」

 

 

先ほどスペクターを相手した時よりも遥かに慎重に、頭に触れる。壊れ物を扱うかのような手つきで、存在を確かめるように撫でていく。

 

 

「リズは…とてもふわふわした手触りだな。綿毛を触っているようだ…」

 

 

スペクターのしっとりとしたそれとは違う、本物の絹糸を手に取るような感触。比較してしまうのは失礼な気もするが、それくらい真逆なのだ。

 

リズは特に髪を結うことはしておらず、ウェーブのかかっている長髪を伸ばしたままにしている。激しい動きをするわけでもないので戦闘自体に支障はないだろうが、それでも規格外の長さを見ると手入れなどが大変ではないだろうかと若干心配する。

 

それにしても、本当に手触りがいい……いつまでもこうしていたいくらいだ。

 

 

「ドクター……いかがでしょうか」

 

「素晴らしい。無限に触っていられる」

 

「…そう、でしょうか」

 

 

疑問の言葉を口にしながらも微妙に距離を詰めてくるリズ。個人的にはさらに近くなって撫でやすい距離になった。

 

それと同時に彼女特有の香りが漂ってきて、私の方もどこか酔っているような感覚に陥っていきそうだ。

 

しばらくお互いに無言のままで撫で続ける。

 

リズの顔はよく見るような無機質な表情ではなく、どこか安らいだような感情が顕れているように見えた。

 

 

「うおっ」

 

「ドクター……」

 

 

そしてそのまま更に距離を詰め、頭を傾けてくる……やっぱり珍しいな、こんな妙にかわいらしい、甘えてくるような態度は。はて、私は何かをしてしまったのだろうか。それとも何か嫌なことがあったのか。後者であれば…やはり、かすかに無力感を覚えてしまう。

 

その無力感を上回るように鼻腔が彼女の匂いに支配され、ついついこちらも体を預けてしまいたくなる…否、既にこちらからも距離を詰めてしまっていた。

 

 

結局、いつかのシエスタの時のようにほとんどゼロ距離で憩いの時間を過ごしていた。

 

 

「ドクター、ボクも撫でてほしいな!」

 

「ウフ…あなた方を見ていると、もう一度私も寵愛を受けたい気持ちが湧いてきました……」

 

「…もう少し後で2人とも撫でてやるから、もう少し待ってくれ……」

 

 

 

 

 

 

……冗談抜きでリズを撫でることに夢中になって__結局1時間後にようやく2人を撫でるのに移行したのは、また別の話。

 

 





・リズ(よく編成で同じになるけどスペクターが発狂しているのを知らない)
・クオーラ(同上)
・ドクター(発狂しているのは知っているけど対処を間違えなければ大丈夫だと思っている)



この3人だからこそスペクターに対しても普通に接することが出来る……気がする。ゴリゴリに強めの妄想だけど。

スペクターとアズはしっとり系統、リズとプラチナはふわふわ系統。クオーラは中間あたり。間違いないね。








来週から新しくアイドルマスターのSSを投稿します。それにあたって隔回での投稿になるので、こちらも更新頻度が落ちますがご了承ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#12 天使2人との映画

プラチナ水着コーデお゛め゛て゛と゛う゛っ゛!!!(魂の叫び)


スカジ水着コーデケ゛ッ゛コ゛ン゛し゛て゛く゛れ゛ッ゛!!!!(即死)



浮気じゃないです。単純に他のオペレーターよりかは愛を送っているだけです(プラチナは最古参&最初の昇進2、スカジはお迎えして2日で昇進2)。



<小話>

前々回のサルカズの話でリズとドクターの距離感に自然とシャイニングが混ざっていたのを、ドクターとメテオリーテは気付いていない。




「また映画のお誘いか」

 

「そ。今度はよくあるラブロマンスだけど、評判がいいらしいからさ。一緒に見ようかなーって。今日は流石に仕事もないっしょ?」

 

 

おおよそ17時くらいだろうか。ほんの数週間前にうちに加入した狙撃オペレーターのアンブリエルが、唐突に執務室に来てそんなことを言い出した。

 

まあ、確かに仕事自体はひと段落している。映画か……何度か話には聞いていたしお誘いももらっていたが、今まで仕事が立て込んでいたりで結局未だに見たことがない。いいタイミングだな。

 

 

「大丈夫、今日は今から暇なんだ。いつも忙しくてすまなかったね」

 

「いーっていーって。ドクターが頑張ってくれてんだから、あたしたちだって楽できてるわけだしさ。ナイチンゲールさんも一緒に見るー?」

 

 

アンブリエルは流れるように私の秘書も誘う。彼女は控えめな性格ではあるが決してコミュニケーション能力が低いわけではないのだ。

 

今でもたまに募集をかけては人材をロドスに引き入れたりしているが、そういう新規のオペレーターたちは全員例外なく私とその秘書__リズと入職時に会話を交わしている。つまり、新規勢はだいたい顔見知りなのだ。普通に会話もすることがある。

 

良きかなよきかな。

 

 

「映画……とは、一体どのようなものなのでしょうか…?」

 

 

まあ、当の本人はそういうエンタメにはいささか疎すぎるが。

 

 

「え、ナイチンゲールさん、もしかして映画見たことない?まっさかー」

 

「いや、リズは私と同じで記憶喪失だから本当に知らないぞ…そもそも生前にも知っていたか怪しいくらいだし」

 

「生前って…大げさだなー。まあざっくり言うと、数時間で一つのストーリーを鑑賞するテレビ番組の延長線って感じ?しっかり話は練られてるものが多いから、だいたいは退屈しないで見れるんだよねー」

 

「はぁ……」

 

 

いまいち理解できないといった顔をしているリズ。そう言えば執務室のテレビとか使ったことなかったな。それじゃあ仕方ないのかもしれない。というか、リズがテレビ番組を見るという姿がまるで想像できないのは私だけだろうか。

 

 

「まあ、一種の娯楽と思えばいいさ。ラブロマンスだと…そこまで激しくはないか」

 

「そだね、今回のは『一国の姫様と異国の旅人のラブロマンス』がウリらしーよ」

 

 

いわゆる「駆け落ち」というやつかな。身分の高いものが、愛する人と共に地位を捨ててまで一緒に過ごすという、ドラマティックな展開が特徴的らしい。

 

 

「どうだ、リズ。見るだけ見てみないか?」

 

「……わかりました。アンブリエルさんのご厚意、お受けしましょう」

 

 

数秒、逡巡するような時間が流れた後、そっと同意の言葉をこぼした。そのままソファから立ち上がり、テレビの前に移動する。併せて私もデスクの席を立った。

 

 

「そうと決まれば、早速お茶を入れてこよう。今日はディンブラにでもしようか__」

 

 

 

 

 

__かくして、本物の天使と鳥籠の天使、それからしがない博士による映画鑑賞会が幕を開けることとなった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

映画はまず、件の姫がいる国の説明から入っていく。今の時代に明確に国と明言されているのも珍しいが、実際巨大都市というよりも自然あふれる田舎の小さい王国で移動都市ではないらしい。農業が盛んで市民は比較的平和に過ごせている中、現国王の一人娘__つまり姫さまはかなりのおてんばで、ちょくちょく城を抜け出しては国内のさまざまなところに繰り出していた。

 

そんな彼女はある山道で足を滑らせ谷に落ちそうになる。それを助けたのが、たまたまそこを歩いていた異国の旅人だったのだ。

 

 

「ストーリー展開自体は割とオーソドックスだけど、それを撮影技術で何倍も面白く見せている」とはアンブリエルの言。よく番組や映画を見ている彼女の言うことだ、本当にそうなのだろう。

 

 

そこからは割かし大人しめの…姫と旅人の逢瀬がたびたび行われるようになり、心の交流がしばらく描かれている。しかし、2人の仲が深まっていくにつれて次第に互いに悩んでしまうようになる。姫は「自分は政略結婚が目の前に迫っているから旅人と結ばれることはない」という葛藤、旅人は「不安定な生活では好きな人を幸せにできない」という悩みを。

 

 

 

 

 

姫は何回目かの逢瀬を交わした日の夜、自室のバルコニーに出る。田舎特有の丸く綺麗な月を見上げながら、ずっと前から存在している自分の中の葛藤や恋情をどうすることも出来ずにいた。

 

 

『あぁ…神よ。わたくしは何故このようなことになってしまったのでしょうか…?』

 

 

必死に感情を抑えて声を出しているように見えるが、その両目から流れる大粒の涙が逆に彼女の気持ちの大きさを暗喩している。

 

結婚相手とのお見合いが1週間後にある。お見合いは形式的なもので、実際はすぐに式を挙げるだろう。その前日に、彼女は旅人に思いを告げて別れることを決めたのだった。

 

 

『旅人さま……』

 

 

バルコニーから自室に戻る直前に、月を見つめながらそっと呟く姫。ただ人を呼んだだけなのにその一言にさまざまな感情や思いが詰め込まれていた。

 

 

後から聞いた話だが、そのときの私は血が出るんじゃないかという勢いで両手を握りしめていたそう。

 

 

だがその裏で、王室の権威を失墜させようと水面下で活動している一つのグループが息をひそめていた。既に寂れた村のうちの1つ、その中のある納屋を拠点にし、日々王室が薄汚いことをしている証拠や他の証拠を集めている。かく言うその寂れた村も本当は人為的に潰されたうちの1つらしい。

 

 

そこから始まる王室への反乱。あくどい事業を突き付けられてものらりくらりとかわしていく直属の行政だが、あまりのしつこさにその反乱に対して軍を持ち出して鎮圧させようとしてしまう。

 

王国のやってきたことを、つゆほども知らなかった姫。現国王である父に話を聞きに行くも突っぱねられる彼女。それに対しひどく激昂する様子を見た国王は彼女を自室に軟禁してしまう。

 

自分ではどうにもならない事態に、姫はとうとう己の無力さを嘆く。政略結婚どころではない。これからどうなるだろう、とただじっとしていると、不意に例の旅人の顔が頭に思い浮かんだ。こんなときに誰のことを、と思いすぐに忘れようとするも、なかなか脳裏から離れてくれない。

 

 

『どうして、こんなときに……旅人さま…』

 

『呼んだかい?』

 

『………え?』

 

 

そんなとき何たる偶然か、はたまた神の導きか。

 

心に映っていた思い人が、目の前に現れたのだ!

 

 

『そんな!どうして、旅人さまが…』

 

『ダメじゃないか、窓の鍵は閉めないと。私のような大バカ者が攫いに来てしまうから』

 

『攫、う…?』

 

 

そうして旅人は語る。今起こっている大規模な反乱は自分が協力したのだと。いままでの旅路で得た財産のほぼすべてを報酬に組織をけしかけたのだと。

 

そうまでして、姫に会いたかったのだと。旅人は彼女が政略結婚することをとある市民から聞いて知っていたらしい。

 

このままでは正規の方法で彼女と結ばれることはできない。どうにかして共にいることが出来ないかと旅人は考えた。

 

 

『そういうわけで、この混乱に乗じてお姫様を連れ出してしまえばいいと思ったのさ。ちなみに誘拐だから拒否権はない。ついてきてくれるかい?』

 

『……ふふっ、わたくしに拒否権はないのに“ついてきてくれるか”なんて、発言が矛盾していますよ?』

 

『ありゃ、しまったな。どうにもまだ覚悟が足りないらしい。それで、貴方は攫われるが抵抗しないのかい?』

 

『…そうですね、わたくしは悪い旅人様に無理やり攫われてしまうのです。そうしてどこか遠いところでずっと共にいるのでしょう。いっそ、それでもいいかもしれません』

 

『今ならまだ間に合うが?』

 

『…もう、攫う側がそうへっぴり腰ではどうするのですか。わたくしは既に決めていますのに』

 

『……はは、それもそうだ。それじゃあ、姫』

 

 

 

 

『この手を取って。その瞬間から、貴方は姫じゃない』

 

『……はい、喜んで』

 

 

 

 

旅人が差し出した右手を、姫はしっかりと握る。そしてそのまま、2人はどちらからともなく近づいていき____ゆっくりと、口づけを交わしたのだった。

 

 

 

 

 

『そう言えば、お互いにまだ名前も知らないままだったな』

 

『あら、そうだったかしら?それではこちらから。私の名前は______』

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「…………ぐすっ」

 

「……………」

 

「…やっぱ駆け落ちものっていいねー…って、ドクターとナイチンゲールさん、泣いてんの?」

 

 

映画が終わるころには、私の涙腺はとうに崩壊していた。私だけじゃなく、リズも決して少なくない涙を流してしまっているのはひどく驚いたものだが。

 

止まらない涙を拭くためにハンカチを取り出した。

 

 

「なーんか意外だね。2人ともこんなになるなんて」

 

「…自分でも驚いているよ、ぐすっ。案外はまれるジャンルなのか……個人的には、リズが泣いていることの方が信じられないがな…」

 

「……とても、面白いものだったと思います…ですが、何故だか涙が止まらないのです…」

 

 

そう言いながらリズは未だに目元を布で拭っている。どうやら相当らしい。何か心に訴えかけるようなものを感じ取ったのだろうか…。

 

時間を見ると既に19時30分を回っている。映画としては標準的な長さだったようだ。見ているときは夢中になっていたが、流石に空腹感を覚えるな……。

 

 

「リズ、アンブリエル。今から食堂で夕餉を食べようと思うが、君たちも一緒に来るか?」

 

「私は、ご一緒させて頂きます…」

 

「あー、あたしはもうちょっと後で食べるからいいや。この後20時からリアタイしてるのがあるし」

 

「そうか。ならリズ、ほら」

 

 

先に席を立ち、リズに手を差し伸べる。彼女はそれに捕まり、ゆっくりと立ち上がった。もう手馴れた行為のうちの一つ。

 

多少の距離なら歩けるようになったとは言えどまだまだ厳しいところはあるので、ともに行動するときはなるべくこうして補助をしている……もちろん、本質的には私の自己満足の類ではあるが。

 

執務室から食堂までは、エレベーターなども使うために実際の距離ほど遠くはない。おそらく補助があれば、彼女でもちゃんと歩いていけるだろう。

 

 

「それじゃあ、いったん執務室は閉めるからアンブリエルも移動してくれ」

 

「りょーかい」

 

 

執務室の明かりを消して施錠し、アンブリエルとは反対方向のために扉の前で別れる。

 

 

 

 

 

「あれで普段通りに収まっている辺り、ドクターもナイチンゲールさんも不思議だよねー…」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

私には、感情がありません…いえ、ない“はず”でした。

 

私の意思には意味がなく、私の感情には中身がなく……ただ、戦場以外の時間では小鳥さんとお話をするだけの毎日。

 

 

ドクターのお傍に、と決めてからは、プラチナさんやアズさん、それに他の人とも関わるようになりましたが……未だに、そうであると感じています。唯一の例外は、あの日に“何故か”涙があふれてしまったことくらいでしょうか…。

 

それなのに……それなのに、どうして先ほども涙を流してしまったのでしょう。

 

 

 

件の“映画”、というものは…確かに、とても面白いものでした。一国の王女としがない旅人の、恋路の話……私は、「恋」がどういうものなのか全くわかりませんが…互いのことを、思い合っているのが見えました。

 

 

しかし最後の、旅人が王女を誘拐する場面で…ほんの一瞬だけ、()()()()()()()()()()()()()()のです…そんなこと、あるはずがないのに…。

 

ドクターはきっと、私を連れ出そうとすることはありませんが…それでも、私はドクターの隣にい続けるでしょう。

 

 

たとえ、いつか必要とされなくなるときが来ようと……それだけが、今の私の生きる理由ですから……。

 

 

「どうかしたか、リズ。手に力が入っているが」

 

「え……」

 

 

隣で私の歩行を援助してもらっているドクターに、ふと声をかけられます……言われてから、確かに自分の手が強張っていることを把握しました。

 

 

「あ…」

 

「先程の映画のカタルシスがまだ残っているのか?それとも嫌なことでもあったか?」

 

「いえ…」

 

 

…少し、聞いてみましょうか…。

 

 

「…ドクターは、まだ私を必要としていますか……?」

 

「……“まだ”って何だ“まだ”って…リズにしか出来ないことがあるんだ、いてくれないと困るさ」

 

 

そう言って、ドクターも私の手を少しだけ握りしめます……私のそれより大きく、ごつごつとしたもの。傍目に見てひどく不健康さが目立つのに、何故か安らぐような手。

 

 

それを知覚した瞬間、わずかに…私の足が、軽くなったような気がしました。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

良い時間帯のためか、食堂にはそれなりの人気がある。少々音が立ちすぎる入り口の扉を開けて中に入った瞬間、中にいたほぼ全員がこちらの方を向いた。多数の視線を向けられてかなり気が滅入ってしまうが、せっかくリズと一緒にやって来たので帰ることはしない。

 

未だ多くの視線に晒されながら人数分空いている席を探し、リズと共にゆっくりと向かう。

 

 

「ごきげんようドクター、リズ。今からお食事ですか?」

 

「ごきげんよう、シャイニング。先ほどまであるオペレーターに誘われて、映画を見ていてな」

 

 

私たちに最初に声をかけてきたのは、リズと同郷かつ同僚のシャイニング。例外揃いのうちのサルカズの、例に漏れず心優しい性格の医療オペレーターだ。曲者ぞろいの医療チームの中ではかなりまともな方である。

 

 

「ごきげんよう、シャイニングさん……シャイニングさんは、もうお食べになられたのですか?」

 

「はい、私は既に。それにしても、あなた方が一緒に食堂にいらっしゃるのは本当に珍しいですね」

 

「ここ最近はアズが作ってくれていたからな。その当の彼女が、今日はプラチナと共に狙撃小隊の遠征作戦でいないからここにいるわけだ」

 

「…ドクター、まともな食事を摂取していたのですね…!これで心配事が一つ消えました…リズから“原石と理性剤をかじってまで仕事をしていて頻繁に倒れる”と聞いていたものですから、本当に気がかりでしたよ…」

 

「………うん?」

 

 

ちょっと待ってほしい。今の言葉、そのままそっくり解釈するなら「リズが前の私の状況をシャイニングに話していた」ってことだよな?

 

じゃあ、シャイニングはもしかしたら私たちのことを知っているのでは。

 

 

「………あー」

 

 

そう言えば前にサルカズだけで宿舎に放り込んだときに、仕事がひと段落着いて様子を見に行ったときのことだ、現地に来てからまず真っ先にリズに声をかけたのだが、そう言えば私たちの会話にただ一人だけしれっと混じっていたような気がする。

 

正直な話、リズがシャイニングに対して話す可能性は低くはないと考えていた。かく言う私もシルバーアッシュに押し切られて結局概要を話してしまったが…。

 

 

「…なあ、シャイニング。私たちのこと、既に知っていたりするのか?」

 

「…ええ、まあ。リズから聞いています」

 

 

耳打ちでやり取りをする。

 

そうか…既に知っているか。ならまあ、遠慮はいらないかね。ここは公共の場だからどうするとかはないけれど。

 

そのとき、空いていない方の手がわずかばかり引っ張られるのを感知した。

 

 

「ドクター…あの、そろそろ足が……」

 

「む、それはまずい。ここに座ろうか」

 

 

すぐさまリズをシャイニングの近くに座らせる……確かに彼女は歩けるようにはなった。だが、実はまだまだ厳しいものがあったりする。

 

執務室から食堂まで、普通に歩くとおおよそ8分ほどかかるのだが、リズの場合はそれだけで20分以上かかってしまう。誰かが補助している状態で、だ。それは単純に足の神経がほとんど存在せず、動かすのもかなりきついものがあるから。

 

ゆえに足を動かしている最中はじわじわと感覚がなくなっていくらしい、というのをこの前本人から聞いた。

 

 

「リズ、くれぐれも無理はしないように。それでは私は失礼します…ドクター」

 

「ああ」

 

「…さようなら、シャイニングさん」

 

 

彼女を見送っていると、未だにこちらを見るオペレーターが多数いることに気が付いた。そちらの方を見やると、揃いにそろって顔をそむける。はて。

 

 

「まあ、いいか。それよりもカウンターで注文して来よう……と思ったが、前に来たのがかなり前だからあまりメニューを覚えていない。リズはどうだ?」

 

 

それに最後に食堂にやって来たとき…おおよそ2か月ほど前は、私たちはコーヒーくらいしか摂取しなかったのだ。ただでさえ利用頻度が低いので私はほとんど知らない。

 

 

「はい。以前は、時折シャイニングさんやニアールさんと利用していましたから、頻度そのものはドクターよりも高いと思われますが……体が不自由ですから、ずっとお2人に任せっきりでしたので…」

 

「ふむ……では、そのときに食べたもので何か美味しかったものはあるか?」

 

「え、と……私が覚えているのは、ウルサス特製のスープなどでしょうか…それに、パンを浸して食べるのですが」

 

「へぇ、それは結構気になるな。それにしよう、リズも同じもので構わないか?」

 

「はい…」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

すぐに料理を受け取り、リズのいるテーブルへと戻る。ちなみに食堂でバイトをしているグムには、明らかな驚愕と物珍しいものを見たような視線を向けられていた。私はツチノコか。確かにめったに来ないけれども。

 

件のウルサス製のスープは初めて見たのだが、一言で表すなら「赤い」だった。いや、本当に赤い。悪魔の血で作った呪術的なそれなのかと一瞬怖気づいたが、意外にも食べてみると美味しい。流石はグムの作る郷土料理といったところか。

 

 

そうしてリズと2人で黙々と食べていると、またしても食堂の扉が開かれる音が聞こえた。

 

 

「はぁ…流石に疲れたね、今日の遠征は。まさか帰る途中に強襲に合うなんて」

 

「そうですわね…少々油断しすぎていたのかもしれませんわ。今回は運よく殲滅出来ましたが……あら?あちらにいらっしゃるのは…」

 

「…あ、ドクター……と、リズさん?」

 

 

プラチナとアズだった。どうやらたった今遠征から帰って来たらしい。向こうがこちらのことを認識したのを確認して手をひらひらと振る。

 

すると彼女らは疲れを感じさせないような早歩き…いや小走りでこちらにやって来た。

 

 

「おかえりプラチナ、アズ。遠征お疲れ様」

 

「ただいまドクター、リズさん。本当に疲れたよ……それにしても、2人が揃ってここにいるなんて珍しいね」

 

「ただいまですわ、お2人とも。本当、珍しいですわね。申し訳ございません、今日はわたくしが不在でしたので…」

 

 

軽い会話を交わしながら、彼女らは私たちの隣に座る。私の側にはプラチナが、リズの側にはアズが。

 

 

「それもあるんだが、今日は先ほどまで映画を見ていたんだ。アンブリエルに誘われてな」

 

「え、良いな~。私も一緒に見たかったよ…それ、ウルサスのスープ?」

 

「あぁ、リズにおすすめされて食べてみているんだが、見た目のおどろおどろしさに比べてとても美味しい。びっくりしているよ」

 

「最近は食堂に来る余裕すらなかったみたいだしね。私もそれにしようかな…アズさんはどうする?」

 

「せっかくなので、わたくしも同じものを食べることにしますわ」

 

 

……リズがいるだけでも私にとっては心地よいが、やはりプラチナとアズの2人がいるとそこに賑やかさが増して楽しくなる。

 

 

 

 

意図せずして始まったリズ、プラチナ、アズとの食堂での団欒は、その日を〆る時間としてはこれ以上ないくらいに穏やかで快い時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(駆け落ちは)しません。何かの記念では書くかもしれない。1万記念では書かないけど。


うちのリズがどんどん重くなっていく……でもまあプロファイルで生きる価値の証明云々はしっかりと記載されているのでそれほど攻めた感情ではないかな?とも思います。同じくらいドクターの持ってるモノも重いのでノーカン!ノーカン!(自重なし)

ちなみに接点はないとか言いましたが、新規オペレーターは入職時にドクリズに会っているので顔見知りなんですよね。

実は弊ロドスにはシャイニングとイフリータはいません。なぜ描写したかというと、プロファイルに他のオペレーターと来たと明確に記載されているからです。なので一応いる想定で。












…シャイニング、なんでボイスでニアールのことだけしか言及してないん?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『 mungis mulaM』を読む前に

2話投稿。

この話…話?は次話の『mungis mulaM』を読む前に必ずお読みください。



いや必ずってわけじゃないけど読んでおいた方が次話でのエモさが倍増しします。断言します。



いや流石に断言はできないかもしれません。ですが次話を更に楽しめる一助にはなると思います。


 

 

 

 

 

 

 

 

<基礎情報>

 

 

【コードネーム】ナイチンゲール

 

【性別】女

 

【陣営】ロドス・アイランド

 

【戦闘経験】一年

 

【出身地】カズデル(と思われる)

 

【誕生日】5月4日

 

【種族】サルカズ

 

【身長】164cm

 

【鉱石病感染状況】

 

体表に源石結晶の分布を確認。メディカルチェックの結果、感染者に認定。

 

 

<能力測定>

 

【物理強度】欠落

 

【戦場機動】欠落→普通

 

【生理的耐性】欠落

 

【戦術立案】普通→標準

 

【戦闘技術】普通

 

【アーツ適正】卓越

 

 

 

 

<個人履歴>

 

サルカズであり、ロドスのオペレーター。ロドスに加入する前の経歴は一切不明。

約1年前にドクターがカズデルで発見し、ロドスに運び込んだ。

現在はケルシーの医療チームに加入しながら、ドクターの指揮する戦闘で戦場救護・支援を行う。

 

 

<健康診断>

 

造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。

循環器系源石顆粒検査の結果においても、同じく鉱石病の兆候が認められる。

以上の結果から、鉱石病感染者と判定。

 

【源石融合率】9%

 

明かな感染症状あり。

 

【血液中源石密度】0.29u/L

 

基準値を上回っているが、進行は中期にありコントロールすることで比較的安定している。

 

 

彼女は鉱石病だけではない、他にもさまざまな疾患を抱えている。外部薬剤と思われる影響で、記憶障害や身体障害を患っている。

彼女の不幸なところは、彼女自身は豊富な生体知識を持ち他人の怪我や病状は簡単に言い当てることが出来るのに、自分の体については一切わからないことだ。

現在はロドスでの治療によりいくらか克服している。ドクターがここに連れてこなかったら、今よりはるかにひどい病状進行になっていただろう。

医者の自脈効き目なしと言うが、これより不公平なことがこの世にあるだろうか。

 

__医療オペレーターY・P

 

 

 

<第一資料>

 

彼女はアーツによる治療に非常に長けているが、大多数の医療オペレーターとは異なり、現代の医療技術や原理は理解しておらず、筆記試験の成績も良いとは言えない。しかし人体構造とその運用方法には精通しており、彼女の使用する医療アーツは極めて高等なものとなっている。アーツの観察、研究を行う術師オペレーターでさえそれを掌握することはできないほどである。

また、彼女は医療アーツ以外に、非常に奇妙で珍しいアーツも得意としている。それは、彼女を中心として不可視の領域を形成し、その領域に向けて放たれる敵のアーツを弱体化したり、跡形もなく消し去ってしまうというものである。アーツに詳しくないオペレーターたちは、畏敬の念からその強大で神秘的な力を「聖域」と呼んでいる。

ケルシー医師は、彼女の医療アーツと「聖域」は実は同じ系統のアーツなのではないかと推測しているが、まだその信憑性は定かではない。

 

 

 

<第二資料>

 

ロドスにおいて、ナイチンゲールは元々非常に目立つオペレーターだった……いや、今でも他の職員から一目置かれている。

1年前、来たばかりのナイチンゲールを全面的に検査すると、医療オペレーターが揃いにそろってため息をこぼすような結果が判明した。身体機能喪失、記憶喪失、etc、etc…。

その非常な現実に、連れてきた張本人であるドクターは少なからずショックを受けていた。カズデルで唯一発見した生存者であるナイチンゲールが、そのような複数の性質の異なる病魔に浸食されていたなんて…と。

しかし彼女はそれを聞いても、やはり眉1つも動かさずにいた。

 

 

 

<第三資料>

 

症状が多少なりとも快方に向かい始めると、ナイチンゲールはドクターと共に行動をしたいと申し出た。この申し出にはロドスの職員は当然、ドクターやケルシーですら鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

これについては医療チームで小さくない議論が交わされ、ついにはケルシー医師が他の医療オペレーターたちの強い反対を押し切ってこれを認めさせた。

ナイチンゲールは当初、生理的制限やその他さまざまな原因により戦場での自身を守り抜くことすら難しいとされていたが、その卓越したアーツによって戦況を覆すほどの実力を見せた。彼女自身が、戦場で活躍することで自身の生きる価値を証明しようとしていたのだ。

これにはそれまで彼女を多少なりとも心配していたオペレーター全員が、彼女に畏怖と尊敬のまなざしを向けるようになった。

今ではドクターの秘書としても活動するようになり、”あの”ドクターから役職解雇の言が出ていないところを見ると、それなりに上手くやっているようである。

それを見て、少なくとも私は…喜びを感じずにはいられない。

 

 

………それにしても、最近ナイチンゲールの雰囲気が変わったような気がするのは気のせいだろうか?

 

 

 

<第四資料>

 

 

 

ナイチンゲールが感情を取り戻し(あるいは新たに享受し)、大切に思う人たちを支えようと決意したのは、ひとえにその人たちが手を尽くしたからに他ならない。

 

その決意は初めこそ大いに効力を発揮したが、彼女はやがてとんでもないものを目にしていくようになる。それは蔦か手錠か、はたまた頑丈な檻か。

 

ナイチンゲールは素直で純粋だ。そんなことはどうでもいい、と言わんばかりに彼女は悲壮で一縷の意志さえ持つようになる。

 

 

___だが、そんな彼女の生まれたての感情を嘲笑うかのように最悪の事件が起きる__

 

 

 

ああ、あんなことが起こらなければ、きっとナイチンゲールは自分の本懐を早々に遂げられていただろうに。

 

 

 

 

<昇進記録>

 

 

彼女の身に着けていた服には、ひと振りの剣に二匹の蛇が絡みついたような奇妙なマークが記されているが、それが何を意味するのかは未だに分かっていない。「FOLLOWERS(使徒)」と書かれているが何のことかは調査中。

 

本人も覚えがないようだ。

 

 

<ボイス>

 

 

【秘書に任命】 

 

ドクター…何か困りごとがあれば、何でもお申し付けください。

 

 

【会話1】

 

私は…オリジニウムの毒素を吸入したせいで、下半身と記憶に障害が出ていましたが…ケルシー先生やドクターのおかげで、今では歩けるようにまでなりました。それも……覚えてはいらっしゃらないのでしょうね。

 

 

【会話2】

 

ブレイズさんは、Aceさんなどと違って…まだ私に遠慮をしているように見えます…どうしてでしょう。

 

 

【会話3】

 

私には、目的を一にする人がいた気がしますが……よく覚えていません。ドクターやアーミヤさんの方が、大事ですから…。

 

 

【信頼度上昇後会話1】

 

……不謹慎ですが、ドクターが記憶喪失になって、少し喜んでいる自分がいます……今度は、同じ境遇である私が支える番だと、言われているようで。

 

 

【信頼度上昇後会話2】

 

アーミヤさんとドクターは、家族のようなものだと思っています…あの日私をあの場所から連れ出してくれた、お2人だけは…。ですから、その恩返しをしたいと思っているのですが…。

 

 

【信頼度上昇後会話3】

 

私は……自分の記憶が戻らなくてもいいと思っています。ですが、もしドクターが望むのなら……私が何故このようになったのか。何故このようにならなくてはいけなかったのか……貴方と、探していきたいです…。

 

 

【昇進後会話1】

 

この杖を握れば、思うがままに怪我を治療できるのです……ですが、この杖をいつから所持していたのか、どうしてそのようなことが出来るのかは、覚えていません…。

 

 

【昇進後会話2】

 

カズデルで何があったのか……私は、いつの日かそれを知らなければならないのでしょうか…。

 

 

【放置】

 

……こうして、貴方の隣で寝られていた頃が、随分と懐かしいように感じます……ドクター…。

 

 

【入職時会話】

 

私は、リズと申します……他でもない、貴方のパートナーです、ドクター。貴方が記憶喪失になろうとも…私が、貴方のことを覚えていますから…。

 

 

【作戦記録を見る】

 

ドクターの指揮する作戦は、よく勉強になりますね…。

 

 

【昇進1】

 

…私が、このような待遇を受けてもよいのでしょうか…。

 

 

【昇進2】

 

きっとドクターは、また近いうちに檻に囚われてしまいます……ですがその時は、最期まで共にいましょう……。この手を取ってください………あの日交わした約束と誓いを、もう一度……。

 

 

【編成】

 

ここが集合地点ですね?

 

 

【隊長に任命】

 

ドクターのご指示であれば、何でも従いましょう。

 

 

【出発】

 

今回も頑張りましょう。

 

 

【行動開始】

 

戦場は、命を奪い合う場所…。

 

 

【選択1】

 

ドクター。

 

 

【選択2】

 

ご命令を。

 

 

【配置1】

 

ここは…戦場……。

 

 

【配置2】

 

命を奪うようなことをいたしません。

 

 

【作戦中1】

 

この力、どうか受け止めてください。

 

 

【作戦中2】

 

飛べ。

 

 

【作戦中3】

 

怪我はさせません。

 

 

【作戦中4】

 

私がお守りします。

 

 

【☆4行動終了】

 

どんな戦いでも、私はドクターのために生き延びましょう……それこそが、私の存在証明…。

 

 

【☆3行動終了】

 

今回も、無事に皆さんのお役に立てたようです。

 

 

【☆2行動終了】

 

彼らは、運命の鳥籠から逃れるかもしれません…。

 

 

【行動失敗】

 

皆さん、退避を……。

 

 

【施設】

 

ロドスも、かなり前の姿を取り戻しつつありますね…。

 

 

【選択】

 

…ドクター。

 

 

【信頼タッチ】

 

……貴方の手は、変わらずに心地よいのですね……。

 

 

【タイトル】

 

アークナイツ。

 

 

【挨拶】

 

ごきげんよう、ドクター。

 

 




端々から読み取れる違和感や疑問点は、全部次に持って行ってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mungis mulaM 31#

ドクターの真名バレ注意

独自設定強め注意

桁違いの長文注意


これは間に合わなくて供養という形になったリズとアーミヤ


【挿絵表示】




なんか前のドクターが王様みたいになりました。


ついでにリズレベル90、S3特化3完遂しました。こらそこ潜在限凸まで諭吉叩けとか言わないで






 

 

__約1年前 カズデルにて

 

 

 

フードを目深に被った白衣の男と簡素な服を着たコータスの少女が、世紀末のような街を歩いていた。それなりの身長差があり、2人の服装からある程度関係を邪推されそうである。ただし現在、彼らを不釣り合いだと揶揄うものも、怪しいからと警察に通告するものもこの街にはいない。代わりに大量の、動かざる血の山が散らばっているだけである。

 

至る所から血生臭さを感じてしまう、まさに地獄絵図と言っても差し支えない状況。カズデルは大規模な内紛によって生命がすっかり枯れた地域となってしまった。

 

 

「”ドクター”、やはり生存者は見つかりませんね…」

 

「想定内だ。こんな大戦火の中で生き残れるやつはそういない。それは例え強い種であるサルカズ共でも変わらないだろう…あそこに倒壊していない建物がある。入るぞ」

 

「はい…」

 

 

”ドクター”と呼ばれた男は、とある製薬会社に勤めるしがない研究者である__というのは表向きの紹介であり、実態は研究者兼、製薬会社を装った武装集団の指揮官である。故にこういう場所には慣れているのだ。

 

やや傍若無人なドクターの振る舞いに傍らの少女は逆らわない。彼女もまた会社に所属しており、目的を一にしてここへ訪れているのだから。

 

 

それから2人は半壊すら免れている建物に無断で侵入し、生命の気配を探る。

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター、これは地下室への扉でしょうか?」

 

「…そうみたいだな。もしかしたら中に人がいるかもしれない…!」

 

 

ある本棚の裏に隠されていた扉。その前に2人が立つ。

 

生者を探すためならば躊躇などしていられない。男と少女が慎重にその扉を開けると、予想通りと言うべきか地下へ続く階段が暗闇へと続いていた。

 

光を発生するアーツユニットを起動させ、2人は小走りで降りていく。

 

 

やがて階段を下りきると、また別の扉があることに気が付いた。そこも何故か鍵が壊れていたため、ドクターが先導しそっと押し開く。

 

 

 

 

「…誰ですか……?」

 

 

 

 

最低限の明かりだけが壁にかかっている、薄暗い部屋。そこにいたのは、最高級の絹糸を思わせるプラチナブロンドにブルートルマリンのような碧眼を持った、1人のサルカズの女性だった。

 

ただしその髪はひどく乱雑で、その眼はまるで何も見えていないかのように空虚。まるで中身のない、白紙のような。

 

 

「せいぞん、しゃ………………あ、ドクター!?」

 

 

そう少女がぽつりと呟く。それを聞き届けるよりも早く、男が目の前の女性に駆け寄る____まるで、久しく顔を見なかった恋人と偶然再会したときのように。

 

 

そして、その勢いのまま女性を思いきり抱きしめた。

 

 

「……貴方は、一体誰なのですか…」

 

「…私はクラヴィスという者だ…生存者がいて、本当に良かった……ッ!!」

 

 

さまざまな感情で顔を歪ませているだろう男。

 

彼の目からは、この場ではあまりにも異質で、それでいてひどく優しさを感じさえする涙がとめどなく流れていた。それに対し、女性の方は眉1つすら動かさずにいる。

 

 

「…鉱石病患者か。それなら尚更都合がいい、お前を私たちのところに連れていって治療させる」

 

「……治療…ですか?」

 

「ああ。私の会社はロドス・アイランドと言って、普段は製薬会社として活動しているが、鉱石病の研究なども行っていてな。その一環で、症状をある程度コントロールする技術が確立しているんだ」

 

「…それは……」

 

「見たところそれなりに症状が進行しているが、まだ手遅れじゃない。だから頼む、私と一緒についてきてくれ…ッ」

 

 

まだ涙のひかない顔のまま、男は目の前の患者に向かって手を差し出す。それを見たサルカズの女性は、全く感情が見受けられない無機質な瞳で男をしばらく凝視した後、ひどく緩慢な動作で伸ばされたものを掴んだ。

 

 

「……わかりました…貴方に付き従います…ですが、私は今歩けないので…」

 

「…そういうことなら、私が背負う。アーミヤ、行きと同じように周辺の警戒を頼む。これ以上いるかわからない生存者を探すより、目の前の救える命を救う方が先だ」

 

「了解です、ドクター」

 

 

 

 

 

ここまでの一連の出来事が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が覚えている最も古い記憶である。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

____無限の暗闇。

 

気が付けば、そんな途方もない場所にいた。いや、正確にはいるかどうかすらもわからない。

 

 

ここはどこだろうか。

 

 

それよりも…私は一体誰なのだろう。

 

 

そんなとりとめのない、しかし大事なものを問うているような感覚で過ごしていると、不意にどこからか、かすかに音が聞こえてきた。

 

 

違う…これは人の声だ。必死に叫んでいるように聞こえる。

 

やがてその声は大きくはっきりと聞こえてくるようになり…。

 

 

「……ドクター……ドクター…!」

 

「ぅ………ぁ……」

 

「…ドクター……私の手を…手を強く握ってください…」

 

 

不意に視界に入る、強烈な白光。顔も腕も口も、何もかもが自由に動かせない。

 

しかしその中で目だけははっきりとその機能を取り戻していく。白光を遮る、何者かの影。長く伸ばされている白金色の髪に、碧眼を携えた端正な顔立ち。ただしその顔は、驚愕と歓喜に彩られているように見える。

 

言われるままに、力の入らない手で女性に握られている方を握り返す。

 

 

「ぁ………」

 

「…ドクターの覚醒を確認しました……手術は成功です」

 

「ぐ………」

 

 

握り返したところで、意識は再び闇へと沈んでいった。

 

あれは………誰だったのだろうか。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

天から巨大な拳が振り下ろされたのかと思うくらい大きな打撃音。

 

 

「…………」

 

「……目が覚めましたか…成功です、ナイチンゲールさん!ドクターが覚醒しました!」

 

「…ドクター」

 

 

暗闇に再び沈む、その直前に見た女性。じわじわと冴えてゆく体。先ほどよりもはっきりと開けた視界に、彼女の顔を捉える………だが、やはり見覚えはない。

 

その女性が、あろうことかベッドから身を起こした私にすり寄ってきている…ここは、どこだ。そして…

 

 

「貴方は……誰だ?」

 

「………」

 

 

誰ともわからぬような人に距離を詰められても、知らない人なのだからまず疑問で頭がいっぱいになる。

 

しかし、その言葉はあまり宜しいものではなかったようだ。()()()()()女性の顔が苦いものと化す。

 

 

「……私は、リズ…貴方を、救うために来ました」

 

 

リズ……リズ。初めて聞く名前だが、不思議と呼び慣れているように感じる。私の知り合いなのか…?いや、そもそもだ。

 

 

「私は誰なんだ…?」

 

「貴方は……私のパートナーであり、私たちの仲間です」

 

 

独り言めいた疑問にも、リズという女性は答えてくれる。パートナー、仲間………全く何も覚えていないが、ひとまずこの場では信用しよう。

 

 

「__Dr. クラヴィス。私の、一番大切な……ドクター、覚えていらっしゃらないのですね…」

 

 

それが……私の名前か。だが、こちらはひどく体になじまない…まだ「ドクター」という方が、私のことを差しているように思われる。

 

目の前のリズという女性、そして先ほどから傍らにいたもう一人の女性。どちらも思い出せない。そして何より、未だに全面的に信用出来ているわけではない。

 

 

「…私は、何も覚えていない……空っぽだ」

 

「…現段階で、私たちのことを信じろとは言いません……ですが、貴方こそ私の最も大切な人………少しだけ、時間をくれませんか…」

 

 

そう吐露する彼女の目には、ひどく感情が揺れていた。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

その後、命からがら「ロドス・アイランド」なる場所に帰ってきた私たち。間もなく私はPRTS、人事管理、基地建設……といろいろと叩き込まれた。正直一回ですべてを把握するのが難しいので、これらはおいおい覚えていくとしよう。

 

今現在、ロドスはそこそこ深刻な人材不足に陥っているらしく、ひとまず募集をかけようということになった。

 

話がとんとん拍子に進んでしまっているが、今は「そうしないといけないのだな」と半ば諦めつつ受け入れている。

 

 

「合言葉は『ペンギン帝国万歳』、アンタが今回の雇い主?あたしのことはエクシアって呼んでね。あの無愛想なオオカミとは違って、声をかけてくれればいつでも遊んであげるよ!」

 

「名前はテキサス。仕事は車両の運転と物資の輸送、そして要人の警護だ。任務に関する指示はできるだけシンプルに頼む」

 

 

10人募集した中で特に気になるオペレーターがいる。

 

まずはペンギン急便という会社に所属するトランスポーターであるエクシアとテキサス。この二人は最序盤の戦線を構築するのにおいて良いペアを組むことができ、更に同僚のために連携も一定以上に取れる……と思う。

 

 

「カジミエーシュ無胄盟のアサシン、契約により参上。コードネーム?うーん……じゃあプラチナにしよう。よろしくね」

 

 

次に、カジミエーシュという国からやって来た弓使いの暗殺者であるプラチナ。彼女の経歴そのものはすべて自己申告のため怪しいとされているが、素人目に見ても戦闘にたけているとわかる。あと恰好がなかなか際どい。

 

 

「皆、私たちのために協力してくれてありがとう。私は「ドクター」という者だ。戦闘指揮は基本的に私が行う。これからよろしく頼む」

 

「私は、コードネーム・ナイチンゲールと申します……主に戦場救護と支援を担っています……現在はドクターの秘書も務めているので、何かご用事があれば私に…」

 

 

そして、目下の最大疑問点。それが、今私の隣にいるリズ(頑なに名前を呼ばせようとする)だ。他のロドスの人から聞いたが、どうやら初対面ではないどころか前の私の秘書を長らく務めてくれていたらしい。だから私が目覚めた直後にあんなことを言っていたのか。

 

 

「よろしくねリーダー、ナイチンゲールさん!せっかくこうして一堂に会したんだし、パーティーでもしようよ!」

 

「…すまないエクシア、今のロドスでは余裕がない。少し後になるが、ささやかなものであれば出来そうだが」

 

「ロドスは現在、複数の機能がまだ復活していません……それらが元に戻り、十全な環境になれば、可能だと思われます…」

 

「じゃあ、準備はこっちでするからさ!パーティーは人生の娯楽なんだよ!」

 

「……うちは物を運ぶところだ、それくらいは用意してやれる」

 

「……そうか。なら是非お願いしたい。どうせこれから長い付き合いになるんだからな」

 

 

………いつの間にか、顔合わせパーティーを開催する運びとなってしまった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「それでは皆さん。これからの明るい未来と皆さんの健闘を願って__乾杯!」

 

『乾杯!!』

 

 

あれから私の指揮するチームに入っているオペレーターたちを集め、その日の夜に無事こうして交流会のようなものを開催するに至った。ペンギン急便の人らの準備の早さ…驚異的だったな……。

 

とは言え、何か緊急の強襲作戦でも発生しない限りこの時間は皆の心の慰安にもなるだろう。改めて提案をしてくれたエクシアには感謝をしなければ。

 

 

「ドクター、楽しんでいますか?」

 

「…アーミヤ」

 

 

私の隣までやって来たのは、ロドスの公的代表であるアーミヤという少女。初めてこの子を知ったときは「こんな小さい子がロドスのトップとか、大丈夫だろうか…」と、この組織を疑ったりもしたが、ふたを開けてみれば代表らしくしっかりとしたものを持っていることを知った。

 

どうやら私は、アーミヤとは浅からぬ関係にあったらしい。そのことを聞いたときに、前の私は2人を相手取るようなクソ野郎だったのかと自己嫌悪をしてしまったが、どうやら2人ともそうではないらしい。アーミヤとはそれなりに長い年月を過ごしてきて、リズとはこの1年でベストパートナーとさえ言えるくらいの関係になっていたとか。

 

 

「…今日隣にいる人が、明日もいるとは限らない。そんな不安を抱えた中で、それでも積極的に絆を育むのはとても大切なことだと思うよ」

 

「……そうですね。私はロドスの代表として、皆を生かし、導きたいと思っています。ですが立場上、全てのことに気を回すことは出来ません……ですから、ドクター。オペレーターたちには、リズさんと共に前向きに接していただきたいのです」

 

「分かっている。彼らを理解することで、私も作戦の遂行をよりスムーズにできるのだから」

 

 

私は、感染者の未来を取り戻すために動くロドス、そこで明確な役割を与えられるために目覚めたのかもしれない。

 

 

「ドクター、アーミヤさん……こちらにおられたのですね」

 

「あ、リズさん!」

 

「……リズ」

 

 

私が生まれ落ちて、最初から側にいた人。

 

この短い間でも、私のことをかなり気にかけてくれていることがわかった。コミュニケーションがとりづらいわけでもなく、何も分からない私に適切なアドバイスをくれる。何より美しい。

 

こんな人が私のパートナーだったなんて、一周回って現実感がまるでない。

 

 

「ドクター、楽しめているでしょうか…?」

 

「…まあ楽しいとは感じている。こうも賑やかな時間は全く嫌いではないことは確かだ」

 

「そうですか……それは、良かったです…」

 

 

…リズという人物は、信用してもいいような気がする。

 

彼女と接しているときに度々感じている、胸の奥の暖かみは…決して、不快なものじゃない。むしろ…今の私には、とても大事なもののように思える。

 

悪くない感覚だった。

 

 

 

 

 

「ドクター、何かお飲みになりますか…?」

 

「…ああ、そうだな。紅茶を頼む」

 

 

パーティーが終わり、片付けもした後。

 

私とリズは執務室に戻り、ゆっくりと夜の休息を取ろうということになった。

 

 

それからしばらくして、併設されている給湯室から2人分のカップを運んでくるリズ。ひどく手馴れた動作に見えたので、おそらくそれなりに前からの、彼女の仕事だったのだろう。

 

そのまま部屋のソファに合わせて移動し、腰を下ろす。

 

 

「リズ、ありがとう」

 

 

言いながら紅茶を飲む。深くコクのある味に、砂糖の甘みが程よく解けて混じり合っている……すこし甘すぎるような気もするが、かなり私の好みの味だ。

 

 

「…とても美味しい。特に甘さの加減がばっちりだ」

 

「…そうですか…」

 

 

そう呟くリズの顔は、何故かうれし泣きのような様相だった。

 

………しかし、これから私はどうなるのだろう。このまま記憶が戻らないまま、周りに前の私とのギャップを感じさせたままなのだろうか。レユニオンとやらを本当に鎮圧出来るのか、人員は増えるのか____鉱石病というものは、治るのか。

 

無数に湧いて出てくる不安が私の体を覆っていく。カップを持つ手は震え、視界はチカチカと閃き、このまま溶けてなくなりそうな錯覚を覚える。

 

 

このまま倒れてしまうのではないかと思ったとき__ふと、隣に人の気配を感じた。この場においては該当人物は一人しかいない。

 

 

「ドクター……」

 

 

明滅して滲んでいる視界に、リズを捉えた。彼女はひどく心配そうな表情を浮かべている。

 

それと同時にふわりと漂ってくる、ミルクめいた甘やかな匂い。彼女から発せられていることは想像に難くなく、加速度的に意識してしまう。

 

しかしそれとは逆にその甘やかさは私の体に深く入り込み、先ほどまで不安に囚われて形を失いつつあった体を再構成していく____視界も元に戻り、手の震えもなくなっていく。

 

気が付けば、先ほどまで感じていた嫌な感覚は一切消え失せていた。

 

 

「…ドクターは、私がお支え致します。ですから、安心してください…()()()、私がお傍にいますから……」

 

 

小さく呟かれた言葉は…ひどく決意じみたものを孕んでいた。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「…アーミヤさん、いらっしゃいますか?」

 

 

ドクターの秘書であるナイチンゲールが、ある部屋の前に立っていた。それは、ロドスのCEOとして日夜尽力しているアーミヤの部屋。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

発せられる声と同時に、その部屋の扉が開かれる。アーミヤがナイチンゲールを迎え入れたのだ。そのまま2人は中央にある炬燵のような机に腰を下ろす。

 

 

「…………」

 

「…………リズさん。私は、ちゃんとやれているでしょうか」

 

 

しばらく互いに無言のままでいたが、不意にアーミヤが口を開いた。ただしその語気はひどく弱弱しく、普段の振る舞いからは到底考えられないようなものである。

 

 

「…私たちは、ずっと前から感染者の問題を解決しようと頑張ってきました。当然、成果が出ないわけではありませんでしたが、つい最近ではレユニオンの問題も発生してきて…更に、ドクターは…記憶を失っていて……」

 

「ドクターが生きていたのは、本当に喜ばしいことです……ですが、本当にこのままドクターに、以前のように戦闘指揮を任せてしまってもいいのでしょうか…」

 

「いくらリズさんがいるとはいえ……とても、危険なことなのではないかと…思わずにはいられません……っ」

 

 

そう吐露するアーミヤの目からは、既に涙があふれている。

 

彼女がここまで感情をあらわにするのはとても珍しい。普段から組織のトップとして動いているのだから、私情を出すこと自体がそもそも許されないとすら認識していることもある。そんな彼女でも、この状況では涙を流すことを避けられなかった。そんな“家族”の姿を、ナイチンゲールはひどく痛ましい表情で見つめている。

 

 

 

 

ナイチンゲールがロドスに来た当初は、彼女は今の様子からは想像できないくらい無感情で無機質なオペレーター(患者)だった。

 

 

その碧眼は虚空を見つめ、その唇は動くことはなく……まるで自我すらも喪失しているような状態。かすかに存在していたのは、彼女をあの暗い部屋から連れ出したドクターとアーミヤ2人への__興味。当時は、感謝の念すら生まれなかった。

 

そんな人とすら言えなかったであろう彼女に、2人__特にドクターの方__はひたすらに寄り添った。あの地でただ1人見つけ出した人がこんな状態だなんて、そんな理不尽があってたまるか……と。

 

 

手を尽くし、時間を費やし、心を通わせ……ナイチンゲールは、徐々に人間性を取り戻していった。笑うようになり、冗談を言うようになり、喧嘩するようになり………そうして、彼女の中で次第にドクターとアーミヤに対する感謝の念が沸き上がり、自分が受けた恩を2人に返そうと思うようになっていったのだ。

 

 

彼女の記憶の原点は、暗い部屋からドクターとアーミヤに連れ出されたこと(でドクターに抱きしめられたこと)

 

なれば、それと同じことをしようとするのは彼女にとっては単純な行為以上の意味合いがあるということだ。

 

 

「…!リズさん……」

 

「アーミヤさん……大丈夫です…」

 

 

ナイチンゲールは2人目の家族を優しく抱擁する。その碧眼は慈愛に満ちており、その唇はかすかに震えている。

 

 

「私は…他でもないドクターとアーミヤさんに救われました。ですから、今度は私があなた方をお救いする番です……必ず、ドクターのことは私がお守りいたします。アーミヤさんは、アーミヤさんにしか出来ないことを……」

 

「…リズ、さん……すみません、今は…」

 

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「ドクター……そろそろ、オペレーターの昇進をご検討なさっては如何でしょうか…」

 

「…昇進、ふむ」

 

 

ある日、リズからそんなことを提言された。

 

“昇進”。オペレーターたちのこれまでの功績を認め、階級を1段階引き上げる…らしい。それに伴って彼らの能力も大きく向上するらしく、昇進を果たすということはそれだけで大きな価値があるということだそうだ。

 

さて、作戦を遂行していくにあたって、確かにこれまでよく登用していたオペレーターたちには何度も助けられた。リズの言うことも一理ある。

 

 

「1回目の昇進であれば、左程手間はかからないと思います……どうされますか?」

 

「そうだな……思い切って、今メインで動いてもらっている12人と、要所で活躍してくれている他数人は順次昇進させようと思う」

 

「その12人というと…フロストリーフさん、ヘイズさん、テキサスさん、エクシアさん、グムさん、クオーラさん、ススーロさん、メランサさん、テンニンカさん、プラチナさん、アーミヤさん…そして、私ですね……」

 

「ああ。それに加えてショウ、ラヴァなども含め、おおよそ16人くらいになる。しばらくはそのための作戦を繰り返し行うだろう。その作戦も大部分はPRTSに任せられそうだから、少しゆっくりするかね……ここ最近はずっと理性剤を摂取していて頭痛がひどい」

 

 

なんなんだあの薬剤。一説によると「危険指定」と言われている芥子を配合しているらしいが、真偽のほどは定かではない。摂取すると頭痛が起きる代わりに思考が冴えるので忙しい時には多少無理をしてでも用いるのだが、いかんせんその副作用が重なると何も考えられなくなってくる。

 

 

「…パフューマーさんから、ドクター宛てに体の不調に効く香りの花を入れた茶葉をもらっています。まずはこちらでフレーバーティーをお飲みになってください…」

 

「ああ……ありがとう…」

 

 

そういってリズはいつものように給湯室へと向かっていく。

 

彼女、昔は歩けなかったらしい。今の様子では到底そうは思えないが、どうやら前の私やケルシーらが尽力してようやく人並みにまで機能が回復したのだとか。さらに言えば、昔は今よりも遥かに感情の起伏に乏しかったらしく、それもまるで想像がつかない。

 

 

「ふぅ……」

 

 

不安が消えたわけではない。これから私が頑張るしかないのだ。

 

自分の手が、随分と生気のないように見えた。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

また後日、無事に12人の昇進が承諾されたので最初の4人____すなわち、エクシアとテキサスとプラチナ…それからリズを昇進させる運びとなった。どうしてSoCを使うだけでお金や素材がかかるんだという嘆きに答をくれる人はいなかったが。

 

 

「エクシアとテキサスは序盤の戦線構築、プラチナは火力のある固定砲台、リズはその治療・支援能力にそれぞれ大いに助けられた。今回はその功績を考慮し、まずは4人を昇進させる運びとなった。力を貸してくれてありがとう、そしてこれからもよろしく頼む」

 

「ごひいきにしてくれて、ありがと~!」

 

「十分な報酬だ」

 

「プラチナのキラーランクだけじゃ足りないなんて、面白いことを言うね、アンタ」

 

 

三者三様。しかしなんとなく、私に対して猜疑心や不信感は抱いてないだろうとは感じている。良かった。

 

しかしリズだけはちょっと他と違う反応だ。少し申し訳なさそうにしている。

 

 

「リズ?どうかしたか?」

 

「……改めて、私がこんな待遇を受けていいのかと思ったのです……私ではなくとも、パフューマーさんなども十分昇進に相応しいオペレーターだと思いますが…」

 

 

……ふむ、確かに彼女の治療も素晴らしい。今でこそ爆発的な回復能力を発揮するススーロが代替しているが、ほんのちょっと前まではパフューマーも一線で活躍してもらっていた。しかし……まあ、な。

 

 

「…あまり上に立つ者としてはよろしくないのだろうが、リズは是非とも早々に昇進させたいと、個人的な感情があってだな……」

 

 

エクシアら3人は固まって会話に花を咲かせている。そこから1歩離れつつ、隣にいるリズに小声で耳打ちした。こと彼女の香りが目の前に迫ってきて、一瞬だけクラっとしかけたのは内密にしておく。

 

小さくて綺麗な耳から顔をそっと離し彼女の様子を窺う。秘書として怒られてしまうだろ

うか。あり得そう。

 

だが、そんな予想とは逆に。

 

 

「…………その、ありがとう、ございます……」

 

 

比較的落ち着いた表情でいることが多いリズ。そんな彼女の顔には赤みが差し、それと同時にわずかに視線を逸らされてしまった。それも左右に揺れている。

 

…………

………

……

 

 

「…かわいいな」

 

「え………」

 

「い、いやなんでもない。忘れてくれ」

 

 

何を浮ついた感情を抱いてしまっている…!今の私にはそういうことを気に掛ける余裕もなければ、きっと資格もないのだ。

 

そんなものはレユニオンの猟犬にでも食わせておけばいい。今は__必要ないから。

 

 

「さぁ、3人とも。今日も疲れているだろう、各々の部屋に戻るなり食堂に行くなりして体を休めるといい」

 

「リーダー、そろそろロドスも余裕が出てきたっしょ?今から昇進記念のパーティーでも開かない?小規模でもいいからさ!」

 

「ふむ、良い考えだ。しかし実は他にも今回昇進させる予定のオペレーターが十数人ほどいるんだ。彼女らの昇進がすべて完了してからではどうだ?」

 

「そういうことなら了解☆そいじゃおやすみ、リーダー!」

 

「おやすみ、ドクター」

 

「じゃあね、ドクター、リズさん」

 

「ああ、おやすみ」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「………ふぅ」

 

 

ロドス内に存在している施設の1つ、大浴場。

 

駐在するオペレーターにはそれぞれ個室が与えられており、そこにはシャワー室も存在しているが浴槽は生憎とない。

 

体をしっかりと温めたいと考えるオペレーターたちの要望に応えたもの。それが、この男女別の大浴場なのだ。

 

今現在その場所を利用しているのは、元鳥籠の天使であるナイチンゲール。

 

 

「……クラヴィスさん…」

 

 

最愛の家族の名前を無意識にぽつりと呟いてしまう__それも、役職ではなく名前で。それほど彼女の中では「ドクターの記憶喪失」が重く響いている…。

 

 

実はドクター救出作戦の前に、手術成功の副次効果の話があがっていた。そのうち一番起きる可能性が高いものが、記憶障害と言われていたのだ。

 

ナイチンゲールは現代医療がわからぬ。彼女は生体知識と運用方法こそ他の医療オペレーターの追随を許さないが、それ以外のことはまるっきり。過去の兵士が戦場で直接患部をどうこうして処置をしていたのを、卓越したアーツ技術でやってのけているようなものだ。

 

それゆえ手術の副次効果についてあまりイメージがつかなかったのかもしれない。当人にしてみれば、ひどい後悔が押し寄せてくるくらいだが。

 

湯舟に張られたお湯の暖かさとは反対に、彼女の心の底にはずっと冷たいものが燻っていた。

 

 

 

 

 

『なぜ私がお前を助けたか、だって?そんなこと決まっているだろう、お前が鉱石病患者だったからだ。私は、必ず鉱石病を治す方法を探さなければならない…!』

 

『どうだ、最近の調子は…と言っても、お前の体は随分とボロボロのようだが。本当に、なぜお前のような者がそんなに傷を負わねばならんのだ……』

 

『お前は随分と生気のない面をしているな、それではせっかくの端正な顔立ちが台無しだろう……何?私がそんなことを言うのは珍しいだって?たわけ、事実を口にしただけだ。何の問題もありゃしない!』

 

『私の秘書を務めたい?体の調子が改善されてきたから?たわけ、あまり無理はするでない!せっかく治療がうまくいっているというのにまた悪化したら困る……何か役に立ちたい?ふむ……ならばまずはこの書類勢を仕分けしてもらおうか。これなら座ってでも出来るだろう?』

 

『……お前が自分の足で立てるようになって、本当に良かった…!そうだ、私のしてきたことに間違いはない…!これからはより多くの仕事を任せるからな、覚悟しておけ』

 

『……はぁ、お前も物好きだな。普通、私のような人格は好まれないものだろう。まだアーミヤの方が万倍、人に好かれる性質をしている……私が悪い人ではない、優しい人と知っている?抜かしておけ__たとえ悪になろうが、私のやることは変わらないのだからな』

 

『……私は一部のロドス職員からは“暴君”などと呼ばれている。実際自分でもかなりやりたいようにやらせてもらっている自覚はあるさ。しかし、本当はそうではないのだ。本当の私は、もっと穏やかで、気の小さい……なに、ただの昔話だ』

 

『………認めよう、ああ認めるとも!私は、お前をそれなりに好いている!…ただ、それはお前もだろう?ならば今ここで互いに誓おうじゃないか__この身命、互いに預けると!ゆめ忘れることは許さない。わかったな?』

 

『__お前の髪は、とても綺麗だ。ふわふわと絹糸のようで、それでいて1本1本がしっかりとまとまっている。実に撫で甲斐のあるプラチナブロンドだ……拾った日から時間が経って、随分と様変わりしたな____ああ、ああ。とても綺麗だ、リズ』

 

 

 

ドクターと今まで交わしたやり取りを思い出す。そのどれもが崩壊していた自我を繋ぎとめ、形作ってくれたもの__掛け値なしに、一番大切な思い出。

 

 

「おっふろー!……って、ナイチンゲールさん?」

 

「……エクシアさん?それにテキサスさんも」

 

「珍しいな、ナイチンゲールを見かけるのは」

 

 

そのとき、浴場の扉を開ける音とともに勢いよく入ってきたのはペンギン急便の2人。

 

過去の追憶を中断し、意識を2人に向けるナイチンゲール。

 

 

「…今日は、こちらで体を暖めようと思ったので。いつもは私の部屋でシャワーを浴びているのですが…」

 

「確かに、そういう日もあるよねー。あたしたちも今日は特別って感じ?」

 

「…改めて、昇進おめでとうございます。お2人とも…」

 

「ありがとー!でもま、あたしたちの実力はこんなものじゃないからね。ね、テキサス!」

 

「ああ。今は敵がぬるくて楽だからな」

 

「…ペンギン急便は、優秀な人たちばかりなのでしょうね…」

 

「人数は少ないけどね。ボスも面白いし、特にモ……いや、彼女はいいや。いつ帰ってくるかわからないし」

 

「…?」

 

「気にするな、こちらの話だ」

 

 

エクシアとテキサスは体を洗いながら。ナイチンゲールは湯に身を沈ませながら。あまりロドス内で話すことのない2人と1人は世間話を交わす。単に同じ場所で会った、それだけならば2人もあまり積極的に会話しようともしなかったのかもしれない。だが__

 

 

「ね、そう言えばナイチンゲールさんってリーダーの秘書だけどさ、なんかとっても仲良いよね?」

 

「ああ…確かに言われてみれば。私にしては珍しく、ずっと気になっていたんだ。どうなんだ、ナイチンゲール?」

 

 

外部からの協力の元ロドスの小隊に加入したオペレーターたちは、軒並みナイチンゲールのドクターへの態度に好奇心を煽られていたのである。当然、本人への興味もそれなりにあるだろうが。

 

しかしこのナイチンゲールというオペレーター、その素直さが輝く。

 

 

「私は今からおよそ1年前に、ドクターとアーミヤさんに拾われました…」

 

「…拾われた、だと?」

 

 

エクシアはおろか、テキサスすら困惑する。この鳥籠、遠慮も配慮も知らないと言わんばかりに語る口を閉じない。

 

 

「はい。カズデルで起きた内紛で、私が監禁されていた暗い部屋から連れ出していただいたのです…当時の私は、まるで感情らしい感情がありませんでしたが…」

 

「……監、禁?」

 

2人の表情が急激に冷えていく。

 

普段の陽気さが完全になりを潜め、エクシアは悲痛な面持ちをしてしまっていた。ナイチンゲールは語る口調こそいつもと変わらないのに、その内容はどう考えてもそれで通してよいものではない。

 

それでも彼女は止めない。まるですっぱりと過去のものだと割り切るように、まるで()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「私は、記憶喪失を初めとする様々な外的要因の疾患を抱えているそうです。昔は立てすらしなかったのですよ…?」

 

「へ、へぇ…じゃあさ、リーダーのことはどう思ってるの?」

 

 

その言葉を聞くと同時に一転、ナイチンゲールの表情がふっと柔らかいものに変わる。先ほどまでの話とは違い、今度こそ雰囲気まで緩く優しいものへと移ろいだ。

 

 

「……私は、ドクターとアーミヤさんを“家族”だと認識しています。この1年、様々なことを支えていただき、協力し、乗り越えて…あの日私を見つけ出してくれた2人には、多大な恩をいただきました。ですから、今度は私がお返しする番なのです……」

 

「…………」

 

「…随分とドクターに似合うと思っていたら、そういうことだったのか。少し、羨ましいな」

 

「羨ましい……ですか?」

 

 

一足先に全身を洗い終えたテキサスが浴槽に入りながらそうこぼす。

 

 

「ああ……私も感情の起伏に乏しい方だから、よくわかる。とは言え、昔の貴方を実際に見たわけではないが」

 

「でもテキサスだって、今の方がいいよ。私のおかげ、ってね☆」

 

 

同様に体を洗い終えたらしいエクシアも続けて浴槽に浸かる。ナイチンゲールの目から見ても、この2人には単なる同僚以上の絆が育まれているように見えていた。

 

 

「…そう言えば、ケルシー先生を始めとする医療チームの方々に、容態の記録として映像を撮られていたような気がします。明日にでも聞いてみては如何でしょう?」

 

「え、それ見られてもいいやつなの?」

 

「はい。もう随分と、昔のことですから……少し、恥ずかしいですが」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

エクシアとテキサスから、ケルシーのところに行こうと誘われた。なんでも、昔のリズが患者の記録用にと映像として残っているらしい。私も確かにそれは気になるのでついていくことにする。

 

案の定、ケルシーには難色を示されたが、「昔の君を思い出す…とまでは言わずとも、きっかけになればいい」と最終的に許可をもらうことが出来た。そこにアーミヤがやって来たのだが、なんと彼女も映像を部屋に保存してあるらしい。「ホームビデオ」と言っていたが、その名状はどうかと思う。

 

そして結局、アーミヤ、エクシア、テキサス、リズの4人と一緒にいくつかのビデオを見る運びとなったのだった。

 

 

「うーん…先にケルシー先生の方を見ましょうか。リズさん、本当にいいんですか?」

 

「はい。今の私にとっては、文字通り記録同然のものですから…」

 

 

リズが率先して再生機にビデオを差しこむ。しばらくして画面が切り替わりそこに映ったのは、少しの検査機器が置かれた殺風景な部屋とその中心に座るリズの姿だった___ただし、その顔は今とはまるで違い完全な無表情。

 

もう度肝を抜かれていた。

 

 

 

 

 

『……ケルシー先生。これは、何をしているのでしょうか…』

 

『これは記録用の映像を撮っている。君のような例はあまり見かけないからな、残せるものは残しておくべきなんだ…さて、それじゃあいくつか質問させてもらう。まず、名前は?』

 

『……リズ。それが、私の名前です…』

 

『記憶喪失という診断が出ているが、自分の名前以外で覚えていることは?』

 

『……すみません、覚えていません』

 

『自分の体の容態についてはどこまで把握している?』

 

『……オリジニウムの毒素を吸入したせいで、記憶と下半身の神経に障害が出ているということは聞きました』

 

『OK。では次のフェーズに移る。ドクターのことはどう認識している?』

 

『……不思議な人。なぜ私をあそこから連れ出したのか、どうして私のような患者に構うのか…理解できません…』

 

『…それについては、彼に直接聞くといい。それでは、アーミヤについてはどうだ?』

 

『……同様です』

 

『…ふむ、わかった。では最終フェーズだ。君は、どうしたい?』

 

『……別に、どうも…私には、会話してくれる小鳥さんがいますから…それ以外は、左程重要ではありません』

 

『……わかった。これで終了だ、ありがとう』

 

 

 

 

 

『……………』

 

 

………信じられない。

 

画面に見えるリズと今隣にいるリズが、全く同一人物に見えない。確かに容姿や背格好は同じはずなのに、画面に見える方は…まるで、生ける亡霊のように空虚だった。

 

 

ペンギン急便勢も、私と同じように口を開け目を見開いている。いつもクールなテキサスでさえ、だ。アーミヤもひどく暗い表情を浮かべているが、唯一当の本人だけは何食わぬ顔で視聴している。どうやら再生前に放った言葉は虚勢ではなかったらしい。

 

 

「…それでは、次にアーミヤさんの持ってきた方を再生しましょう」

 

 

手際よくテープを入れ替え、同様に再生ボタンを押す。今度はアーミヤの部屋に、私とリズが映っていた。あれ、アーミヤは?と思ったがどうやら撮影側らしい。

 

部屋の中央には炬燵と呼ばれる布団付きの机が鎮座しており、その上にはケーキやチキンなど普段に比べて豪勢な料理が並んでいる。

 

 

 

 

 

『アーミヤ、ちゃんと私とリズは映っているか?』

 

『ばっちりです!』

 

『宜しい。今日はリズがうちに来てから丁度半年の日だ、祝わずにはいられない!』

 

『この料理は誰が作ったのですか?』

 

『全て食堂の者に頼み込んだ。追加でボーナスを支払うと言ったら「いえいえ、ドクターの頼みとあらば何でもご入用ですから!」と言って断られたがな』

 

『クラヴィスさん…それは少し、過小評価が過ぎますよ…何でも龍門幣で済ませようとしないでください』

 

『喧しいぞリズ。それだけこれに命を懸けていたのだから取れる手段は取るべきだろう』

 

『…あんまりやり過ぎるとケルシー先生に減給されますよ、ドクター』

 

『む……それは困る。まあいい、アーミヤも早く来い』

 

『今行きますよ、ドクター』

 

『…よし。それじゃあ改めて__リズがうちに来てから半年、当初はあんなに生気がなかったのに、今ではこんなに感情豊かでかわいらしくなった。本当に喜ばしいことだ。これからも私たちと共に歩んでほしい、リズに明るい未来が齎されることを願って___乾杯!』

 

『乾杯!』

 

『乾杯…』

 

『さあ食え、飲め!今日ほどめでたい日はないからな!』

 

『リズさん、これすごく美味しそうですよ!取りましょうか?』

 

『はい、ありがとうございます……クラヴィスさん、これはどういった料理なのでしょう?』

 

『ああ、これはクルビアで獲れる鳥を使ったソース煮込みだ。いつもは健康上の理由からあまりこういったものは食わないが、まあ今日くらいはいいだろう。味は保証するさ』

 

『ドクター、こちらのサラダも皿にお取り分けしますよ』

 

『ああ、助かる。だがアーミヤもどんどん食べてくれ』

 

 

 

そのまま食事は恙なく続いていく。

 

 

 

『クラヴィスさん……本当に、ありがとうございます。私は重症患者だというのに、こんなに良くしてもらって…』

 

『たわけ。当時こそ私も患者として接していたが、今は違う…もうすっかりロドスの一員だな、お前は』

 

『………ふふっ』

 

『…リズさんが、笑った…!?』

 

『…ありがとうございます。私に感情を教えていただいて』

 

『うむ。やはりお前ほどの顔であれば、笑えばいっそう愛らしいな。今後とも機会を増やしていくといいさ』

 

『……なんだか、家族みたいですね、私たち』

 

『家族とな、アーミヤ?』

 

『はい…こういう何でもない光景が、とても大切に思えるのです』

 

『ふむ、ふむ……いいな。私ももう随分とロドスで暮らしている身だ、新しい家族というのは悪くない。それに、お前たちのことは少なからず大事に思っている』

 

『はい…私も、クラヴィスさんとアーミヤさんのことは大切です…』

 

『私もお2人と同じ気持ちですよ……それなら、今回しているビデオには「ホームビデオ」と記しておきましょう。これからもたくさん撮りましょうね!』

 

 

_______

 

 

「…ぷっ、くくく…あっははははは!何あのリーダー、すっごいテンション高いじゃん!あははは!」

 

「あんまり笑わないでくれ、エクシア…私自身でもとても驚いているというのに」

 

 

先に見た記録用の映像とは違い、本当に「ホームビデオ」と呼ぶに等しい光景が映されていた。

 

誰だあれ。いや本当に誰なんだ。今の私とは到底似ても似つかぬ。振る舞いが完全に傲岸不遜の王そのものではないか。

 

……しかし、画面の中の前の私はとても自信に満ち溢れていて…正直、私もあんなふうになりたいと願ってしまう。

 

それは果たして叶うのだろうか。私の記憶はちゃんと戻ってくれるのだろうか。

 

 

 

 

 

皆が和気あいあいとした空気を醸し出している中、1人ずっとぐるぐると考え込んでいた。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

利害が一致していても、目指す理想が少しでもずれてしまえば容易に敵対する可能性が生まれてしまう。

 

 

スカルシュレッダー……正確には、その姉であるらしいミーシャとそういう結末を辿ってしまったのは、死病とそれに伴う差別意識が蔓延するこの世界の無情さを嫌でもわからされてしまう事件だった。

 

 

アーミヤがそっとスカルシュレッダー(ミーシャ)の…否、だったものの側へと歩いていく。そのふらふらとした足取りを見ていると、私もただただ無力感に苛まれてしまう。

 

彼女がその血濡れたマスクを手に取ると、そのすぐ近くにいた龍門近衛局特別督察隊の隊長であるチェンが彼女と話をしに声をかけた。

 

私は終始、ただ傍目から見ていただけ。

 

 

「……ドクター」

 

「…リズ。私の、私たちのやっていることは、本当に正しいのだろうか。たった1人の感染者の少女すら納得させられない、あまつさえ見限られるような形で敵対されるなんて…」

 

「…………私は、ドクターを信じています。私を救ってくださった貴方なら、きっと他の人も救えるだろう、と。正しいかどうかは…答えが、ないのかもしれません。ですから、私たちは日々進むしかないのです…その旅路は、きっと……」

 

 

__ロドスには、強い意志と力を持った人が大勢いる。私には寄り添ってくれる人がいる。

 

それを十全に理解しながらも、私の心に巣食った焦りと猜疑心は消えることはなかった。

 

 

 

 

 

記憶喪失であることが、本当に悔やまれる。

 

きっと映像に見た「前の私」なら、そんなこと知るかと言わんばかりに真っすぐと己の道を突き進むだろうに。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

そろそろ2段階目の昇進を考えるときが来たかもしれない。

 

そう感じたのは、フロストノヴァ要するスノーデビル小隊があまりにも強敵過ぎたことが原因だった。あいつら強すぎる。火力的にも。

 

 

そう考えたときに真っ先に候補に挙がるのは、味方全体にアーツ耐性を付与することの出来るリズ。現状彼女にしか出来ない技術だ。しかし…寒冷地帯に放り込んでしまうような形になっており彼女の体にも負担がかかりそうで、これ以上動いてもらうのを躊躇ってしまっている。

 

そのことを彼女に話すと、前のように遠慮をするわけでもなく、逆に決意じみた視線をぶつけてきた。

 

 

「ドクター…これからも戦いは、更に過酷なものとなるでしょう……」

 

「ああ、わかっている」

 

 

どちらからともなく歩み寄る。理由はわからない。

 

 

「………かつて、ドクターと共にある一つの誓いを立てました。約束、とも言い換えられますが…それが何か、想像はつきますか…?」

 

 

なんとなく、想像は出来る。

 

 

「…互いの命を預け合う、とかか?」

 

「……はい、正解です。実は…ドクター自身が、徐々に使命感と義務感、それから周りの期待に雁字搦めにされ…檻に囚われていたのは、どこかでお聞きしましたか…?」

 

「…は?」

 

 

知らない。

 

まさか、あの()が。そんなことがあり得ていいのか?だって、あんなに己が思うままに振る舞っていたのに…?

 

 

「少し前に、ホームビデオを皆さんで視聴したでしょう……そのときはまだ兆候も見えなかったのですが、その後から少しづつ消えない焦りを抱いていくようになったのです…」

 

「………!」

 

 

…今の自分が、まさにその状態だ。ピタリと一致する。

 

 

「それからドクターは…徐々に合理性を突き詰めていくようになりました。多少の犠牲を無視し、使えるものを使いつぶし…常に理想の結果だけを追い求めて………そして、壊れかけたのです…」

 

「……壊れ、かけた…?壊れたのではなく…?」

 

「………私が寄り添おうとしたのです。正気を取り戻して頂けるのなら、この体を差し出しても構わないと。ですが、それは()()()()()()()()…」

 

「……まさか」

 

 

まさか、そのタイミングで。

 

 

「…はい。そうなる前に、ドクターは深刻な怪我を負い、手術せざるを得なくなったのです…手術は無事成功し、ドクターは息を吹き返しました。ですが、その代わりに……」

 

「…記憶を失っていた、か」

 

 

そういう…ことだったのか。

 

私の目覚めるより以前の話。私の知らない話。どれもこの身にしてみれば現実感がないものだが…リズの顔を見ればわかる。紛れもなく、彼女の眼前で起きたことなのだと。

 

 

「…実は、少し前から焦りを抱いていた。スカルシュレッダーと対峙したときに、少し話したと思うが」

 

「…はい、薄々感じていました」

 

「……今の私は、前の私とは違う。臆病者だし、要領も悪いし、小心者だ…それでも、たとえそうだったとしても、リズは私に寄り添ってくれるのか…?」

 

「…いいえ。貴方は私の知っているクラヴィスさん本人です…」

 

「…違う、違うんだ…」

 

 

違う、ちがう、チガウ!!

 

 

「私は……私はッ…………あんな風には振る舞えない…私は、彼じゃないんだ…!」

 

 

 

 

 

 

もう、限界だった。もうこの目から流れる涙を抑えることは出来ない。

目の前にいる彼女だってわかっているはずだ。私と彼は似ても似つかぬ存在であると。彼女の愛した“ドクター”は私ではないと。

 

 

 

「ドクター……」

 

 

 

だが、それでも。

 

“彼”を愛していたはずの女性は、こちらに寄ってきて__私を、優しく抱擁した。

 

 

「…何故だ!?どうして“私”にそこまでする!?どうして、“私”は…“私”は画面にいた彼ではないと「そんなことはありません…!」……!?」

 

 

かつてないほどの声量で遮られた。彼女がそんなに大きい声を出すのは、初めて聞く。

 

リズは私を抱きしめたまま見上げてくる。私と同じように顔をくしゃくしゃに歪ませ、その眼が感情の洪水であふれていた。

 

 

「前の貴方も、今の記憶を失った貴方も。どちらも私の大切なドクターです……」

 

「…そんな、ことは…」

 

「……覚えていらっしゃいますか、オペレーター初加入のパーティーがあった夜に、貴方に紅茶を振る舞って差し上げたのを。あの時の紅茶は…お湯の温度から砂糖の量まで、全て前の貴方が好んで飲んでいたものなのですよ………」

 

「……!」

 

「……それに、確かにあの映像の通り、前の貴方はやや傍若無人さが目立っていました…しかし、一度だけ『自分は気が小さく穏やかな性格だ』と…自分のことを言い表したことがあるのです…」

 

「……そ、れは……」

 

「…ですから、貴方は貴方。私の大切な家族である、クラヴィスさんです……それ以外に、あり得はしません…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………私、は。私は…このままで、いい、のか…?こんな、みっともない“私”でも、いいのか……?」

 

 

 

「…はい。私は、それでも貴方の側にいます。どんな風になろうと、私は____」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「…すまない。ひどく取り乱してしまった……恥ずかしすぎて穴に埋まりたい…」

 

「…構いません…私も、似たような心境ですから……」

 

 

大の大人がするべきでない痴態を晒してしまった…だが同時に、今ので決心が付いた。

 

 

「リズ。君を昇進させる。君の持つ力、全て私に貸してほしい」

 

 

改めて、正面から彼女と向き合う。散々に涙を流した後なので空気は締まらないが、これでいい。

 

彼女も居住まいを整えて私の方を向いた。

 

 

「……きっとドクターは、また近いうちに檻に囚われてしまいます……ですがその時は、今度こそ最期まで共にいましょう…」

 

「…この手を取ってください……あの日交わした約束と誓いを、もう一度……」

 

 

差し出された右手をしっかりと握る。ずっと寄り添ってくれた大切な人を、もう放してしまわぬように。

 

 

「私の命、君に預けよう。君の命は、私が預かる…いや、必ず繋いで見せるから」

 

「…はい…改めて、よろしくお願いいたします、ドクター」

 

 

そう言ってリズは、今までで一番の笑顔を見せてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

それから程なくして、エクシアとテキサス、プラチナも昇進させることにした。今では新しいオペレーターもどんどん増えてきたが、やはり最初からずっと力を貸してくれていたオペレーターたちには、こちらから感謝の意を込めて最初に2回目の昇進をさせたかったのだ。

 

 

「2度目の昇進?いいね、そーゆーのあたし大好きだよ!」

 

「…ドクターの信頼には、感謝の念が足りなくなるな」

 

「それだけ私の本気が見たいってこと?わかってるじゃない、可愛いドクターさん?」

 

 

うむ。彼女たちとも随分と信頼関係を築けてきている気がする。一人だけ平時とテンションとかしゃべり方とか違うオペレーターがいる気がするが、そこもまた彼女のいいところでもある。なんだかんだで頻繁に外出に誘われるし。

 

すると、ふとエクシアが私たちの方を見ていることに気が付いた。

 

 

「どうしたエクシア?」

 

「……んー、なんかリーダーの纏う空気が変わったかなって」

 

「ふむ…まあ確かにそうかもしれない。よく気が付いたな」

 

「ははっ、バレバレだよリーダー……うん、本当にいい表情をしてるよ。私のお願いも聞いてくれたしね」

 

 

そう言ってエクシアは私たちの前までやって来て、セーフティのかかった守護銃を胸の前に掲げながら両手を添える。普段のおちゃらけた様子はどこかへ消え去り、何かを重んじるような__祈るような目を向けていた。

 

ここで初めて、彼女が例に漏れず敬虔なラテラーノ人であることを理解する。

 

 

「リーダー…いや、義人よ。そして、それに付き従う片翼よ。この銃に誓って、貴方たちを最後の審判までお守りします」

 

「……ありがとう、エクシア。これからもよろしく頼む」

 

 

私の言葉を聞き届けた彼女の雰囲気がすぐに切り替わる。瞬間、いつもの陽気でノリの良いエクシアへと戻っていた。

 

 

「……さあ、今日は久しぶりに記念のパーティーだ!今日はパーっと行くよ!テキサス!」

 

「ああ。ソラとクロワッサンに連絡して準備をしに来てもらおう」

 

「私も手伝うよ、エクシアさん」

 

「おおっ、プラチナさん助かる!あ、リーダーとリズさんは主賓だから何もしなくていいよ!」

 

「いやいやいや、主賓は君たちだろう。私が準備を進めるさ」

 

「私も、当然お手伝いするつもりですが…」

 

「いーのいーの!私特製のアップルパイも用意したいし!」

 

「この前オーブンが爆発してから微妙に信用できなくなったけどね、ふふ」

 

「プラチナさんシャラップ!あんなミスはHK416が暴発するくらい珍しいんだから!」

 

 

 

 

 

ああ、賑やか。とても賑やかだ。

 

この光景は、間違いなく私たちが一丸となって作り上げた。それには当然私も含まれている。

 

 

「ドクター、私たちも準備に加わりましょう…」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

リズが入れば、私はしっかりと前に進める。

 

エクシアらが入れば、私たちは立ちはだかる障害を破っていける。

 

 

沸き上がる未来への希望を、しっかりと手に取って_________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

「おはようございます、ドクター…」

 

「今のは……夢?」

 

「夢…ですか?」

 

「……はは、そうだ。とても素敵な夢を見ていたよ」

 

 

ここは現実。さっきまで見ていた夢のように、リズが多少なりとも救われた世界ではない。しかし、たとえ夢の中でもあんな風に感情豊かになったリズを見られたのはとても嬉しいことだった。

 

そうだ、この世界でもきっと出来るはずだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いつか本当にこうなる日が来たら…それは、きっと夢以上に素晴らしい現実になるだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




<よくわかる独自設定強めの時系列>


内紛の起きる直前(おおよそ1月前程度)に「使徒」設立→1年とちょっと前、カズデルで内紛が起きる→リズ監禁(ここで現在と同じ状態にさせられる)→数か月後、内紛が終わる→ドクターとアーミヤが生存者探索→リズ発見、連れ出す→ロドスで治療を受け、ドクターの秘書を務め始める→ドクター負傷→チェルノボーグ事変

なのでリズはシャイニングとニアールのことを覚えていない。





はい、というわけでUA10000件記念は「ドクターの目が覚めたときからリズがいた世界線の話」でした。この世界ではリズとアーミヤは家族同然なので仲がいいという。

ドクターらがカズデルから連れ出しロドスで治療を受けるこの1年で、リズは本来の第四資料のような状況から完全に脱しており、明確に人格を作り上げている。
足だけは完全に治ったため走ることも可能。ゆえにリズはチェルノボーグのドクター救出作戦に参加していた。

なのでもし本当にこうなっていたらプレイし始めた最初に☆5術師と☆6術医療が加入することになる。どえらいな…。



というかリズがめっちゃ有能秘書ムーヴしてる。実際は1年(正確には秘書として動き始めた7ヶ月くらい)前から少しづつドクターの業務を見てきたため。



ま、夢オチなんですがね。並行世界の電波を受信したということで、ひとつ。














実はこれ、サブ垢を作って実際にリセマラした結果のオペレーターなんですよね。最初に0-7まで進めて通常のガチャを引く→リズを引け次第更に石を集めまくってスタダガチャを引く→エクテキプラチナ入手という流れ。


で、そのときにかかったリセマラ回数がたったの2回。しかも、アンジェリズPUの時で。120連でリズが出なかったのは何だったのかという。これのせいでニェンも空振ったんですねきっと。

メイン垢と違って始めたてでエイヤがいないのでアーミヤが単術火力というね。なんでアーミヤとリズは同じくらいの育成度になってます。






正直に言おう。書いててちょくちょく泣いてた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#14 The Name of this “ ”




さて、(事実上の)第2章開幕です。起承転結の承と転の間くらいのイメージ。何が第2章かって?それは読んでくださいな。

活動報告に結構重要な気付きを投稿しました。どれくらいかと言えば、牛丼を食べるときの紅ショウガと七味くらい。つまりめっちゃ大事。



ニアールさんがとうとうロドスにお越しになられたのでプロファイルを流し読みしてたら、シャイニングさんがリズのことを名前で呼んでいるという地味にでかい事実が発覚しました。

初めて知りました。

なんでこれまでの話も全部変えておきますね。すまねえシャイニング。




ドクターは最近、よく他のオペレーターに誘われることが多くなりました。ただの外出から酒盛りのお誘いまで…。

 

 

ここ数週間で、レユニオンの強襲に対する緊急の出撃は起きていません。書類の仕事も、かつて忙殺されていた時期に比べれば随分と量が少なくなったように思います…。

 

ドクターは日中でもマスクをしないことが多くなりました……もともと、夜に体を休めるときには「息が詰まるから」と外していらっしゃったのですが、それも落ち着いたようです。

 

それで、あの方の精神的な安寧を他の方々が読み取ったのか、執務室には様々な方が訪れるようになったのです…。

 

 

 

それは、非常に喜ばしいことだと思います。ですが……何故でしょう。それに伴って、私の感情に不自然なものが紛れているような気がするのです。

 

何故でしょうか…私の感情には、意味もないものですのに。

 

 

「ん……リズ、何かあったか?元気がないように見えるが」

 

 

今日は業務が少なく、同じソファで私のことを気にかけてくださるドクター……その表情に偽りはなく、その声音に他意はなく…貴方の向けられる感情に、何一つ不快なものはありませんのに……。

 

 

「…いえ、何もございませんよ」

 

 

何故私は、これをドクターにお伝えすることを躊躇っているのでしょうか。

 

何も言わないでいると、ドクターは私の隣まで席を移し、ゆっくりと腰を下ろします。そうして、いつも私の頭を優しく撫で始めるのです。

 

スペクターさんとクオーラさんがこちらに訪れた日から、ドクターは時折こうして私を慰撫してくださるようになりました…。

 

 

「大丈夫さ……きっと、大丈夫……」

 

「…ドクター……」

 

 

私に良くしてくださるとき、必ずドクターは“大丈夫”という言葉を口にします…それは、傍から見れば私に向けられたものに聞こえますが……私には、あの方が自身に言い聞かせているようにしか聞こえないのです。それを見るたびに、何かしてあげられることはないかと考えてしまうのです。

 

 

それで…こうしていただくほど、ドクターのお傍を離れたくはないと思ってしまいます…私には過ぎた望みなのだと、思わずにはいられません。

 

 

 

 

 

「おっはよう、ドクター!ナイチンゲールさんも!」

 

「ん?ああ、マゼランか。おはよう」

 

 

様々に思いを巡らせていると、補助オペレーターであるマゼランさんが執務室に入ってきました。

 

彼女はライン生命に所属し、そこで実地調査員をなされているそうです。あまり想像はつきませんが…私とは違って、自分の足でさまざまな劣悪な環境を踏査していくのでしょう。

 

ひと月ほど前にロドスと協力を結び、現在はここを拠点にして活動しているそうです。

 

 

「ねぇドクター、今度カジミエーシュ北方の森に行こうよ!緑が綺麗で空気も美味しいんだよ!ナイチンゲールさんも、何か動けるようなサポーターがあればいいんだけど……」

 

「うーむ…お誘いはとてもありがたいんだが、それは何日コースになりそうだ?」

 

「そうだなぁ、短くて1週間って感じ?やっぱり広いし、十全に楽しみたいからね!」

 

「そうか……それなら、今はまだ厳しそうだ。()()()()()がひと段落ついて本格的に休暇を取れるようになれば行けるかもしれない。すまん」

 

「そっかぁ…残念だけど、ドクターも大変だもんね!仕方ないよ!」

 

「それに、リズを置いて行きたくはないからな…」

 

「確かにね…うん、じゃあまたいつかね!」

 

 

「………」

 

 

何故か、口から言葉は紡がれませんでした。

 

私の身を案じてくださったことに明確な喜びを覚えましたが……同時に、私のことなど気にせずにもっと自由に動いてほしいという感情が、かすかに沸き上がってしまいます…。

 

加えて、それを自由に提案出来るマゼランさんが…少しだけ羨ましいとも思ってしまうのです。そのことも、ドクターには言えないまま…。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

マゼランさんが執務室から姿を消して、再び2人きりになります。

 

 

「リズ、今日はここで仕事を終わりにしてしまおう。まだ残ってはいるが、まあ今日くらいは大目に体を休めても問題ないだろう」

 

「……しかし、それでは明日に響くのでは……」

 

 

そう言うと、途端にドクターは顔を背けました。

 

 

「……ドクター」

 

「……大丈夫、なんとかなる。いいんだ、思えば一度も長時間の休憩を取ってないんだから…」

 

「……そう仰るのであれば、私も構いませんが…」

 

 

大丈夫でしょうか。そう思いつつ、私も書類整理の手を止めます…ドクターは、ふらふらとした足取りで給湯室へ向かいました………本当に、大丈夫でしょうか。

 

 

「ハロー、リーダーにナイチンゲールさん!」

 

「エクシアさん…ごきげんよう」

 

 

ちょうどドクターが席を外したタイミングで、狙撃オペレーターの1人であるエクシアさんが執務室へと入ってきました…。

 

彼女は「ペンギン急便」という物を運ぶ会社に所属しているそうで…ロドスの中では、かなり明るい方だと認識しています。そう言えば、あまりここには留まらないことで有名なモスティマさんも、同じ所属だったような気がします。

 

 

「今日はどのようなご用件でしょうか…?」

 

「リーダーにうちでやるパーティのお誘いに来たんだ!ところでそのリーダーは?」

 

「今、給湯室で淹れていらっしゃるので、もう少しお待ちください…」

 

 

エクシアさんをソファに座るよう促します…特に何か不平を漏らすこともなく、私の正面に座りました。私は…あまり、陽気な方とは話が出来ませんが。

 

すると…目の前の能天使さんは、おもむろに口を開き出しました。

 

 

「ねぇ、ナイチンゲールさんってさ、リーダーと結構仲良いよね?なにかきっかけとかあったの?」

 

「……何故、そのようなことを聞くのですか?」

 

 

理由は……漠然と推察出来ますが。

 

 

「いやほら、リーダーって最近すっごく調子良さそうに見えるからさ。ナイチンゲールさんが何かしたのかなーって☆」

 

「……そうですね。確かに、以前よりもずっと生気に溢れています。本当に、喜ばしいことです……私は、ただ秘書としてお傍にいただけですよ…」

 

「ほんとかな~…ロドスの中でも噂になってるんだよ?リーダーとナイチンゲールさんの距離が目に見えて近くなったって」

 

 

……そう、なのでしょうか。

 

初めに思い当たったのは、ごく最近になってからドクターに頭を撫でられるようになったこと。次に、私の歩行補助をしてくださっていること。

 

 

「…確かに、ドクターとは随分と物理的に距離が近くなったように思えますが…」

 

「あー……そうじゃなくて、えっと実際の距離じゃないというか…」

 

 

何故か、エクシアさんの反応は芳しくありません。何か齟齬が生じてしまったのでしょうか。

 

現状、私は十分すぎるほどにドクターに良くしていただいています。ですから、今のままでも何も無いのですが…。

 

 

「おや、エクシアじゃないか。どうしたんだ?」

 

「あ、リーダー!」

 

 

その時、ちょうど給湯室からドクターが帰ってきました。その両手には、いつものように2人分のカップを乗せたトレーを持っています。

 

 

「リーダー、今度ペンギン急便でパーティーやるんだけどさ、リーダーも来ない?」

 

「…それ、私が行っても大丈夫か?内輪のものだろう?」

 

「んー、まあ大丈夫でしょ!リーダーもなんだかんだで信頼されてるしさ!」

 

「へぇ……いいね。君という友人が行くのなら、私もついていこうか」

 

「む……そこまで言われてしまうなら、多少は…」

 

「ほら、モスティマもそう言ってるし、行こうよ!今日の18時からだよ……って、え?」

 

「うん?」

 

「どうしたんだい?2人とも」

 

『…………モスティ(マ)?!』

 

 

いつの間にか、エクシアさんとドクターの会話にふらっとモスティマさんが混ざっていました……一体いつロドスへと帰って来たのか、私には見当が付きませんが。

 

突然姿を見せたモスティマさんに対して、エクシアさんはひどく狼狽しています…何か因縁があると聞いていますが……。

 

 

「いつ帰って来たんだ?」

 

「ついさっきだよ。ここに帰ってきたら、まずは君のところに行こうと決めてるからね」

 

「モスティマ、そ、それよりうちのパーティーに来るって話なんだけど」

 

「ん?ああ、そうだね。せっかくドクターもいるし、久しぶりに顔を出すくらいはいいんじゃないかな」

 

 

……これほど困惑した表情を浮かべているエクシアさんは、初めて見ました…それに対し、モスティマさんは薄く笑みを浮かべたまま。ドクターは、綺麗に間に挟まっています…大丈夫でしょうか。

 

 

「急すぎるよ、モスティマ…」

 

「エクシアだって事前の断りなく当日にドクターを誘ったんだから、お互いさまさ。それで、ドクターはどうするのかな」

 

 

…お2人の言葉に、悩ましい表情を浮かべるドクター。時折私の方をちらちらと見ています…。

 

 

「………」

 

 

“良いのです、ドクター……私のことなど、貴方が気にする必要は何処にもありません”

 

そうお伝えしようとするも、この口は何故か言うことを聞いてくれません……どうしてですか。

 

しばらく逡巡するような素振りを見せた後……ドクターは、ひどく申し訳のなさそうな表情を浮かべてこちらを見やりました。

 

 

「……すまない、リズ。これだけ熱心に誘われたら、行かずにはいられない。今晩は他のオペレーターに補助を頼んでくれ。なんだったらそこの仮眠室で寝てくれても構わないから」

 

 

 

「………は、い。構いません…楽しんで、来てください……」

 

 

……()()()()()()()()か細い声が出ました。

 

ドクターに行ってほしくないという感情…ドクターに行ってほしいという感情…エクシアさんとモスティマさんを、少しだけ羨ましいと思ってしまう感情____先ほどのマゼランさんの時と同様の…わずかばかりの感情が、私の喉と声を絞ったのです。

 

 

「それじゃ、仕事は大丈夫だよね?今から準備しよう!」

 

「やはり突然すぎるような気もするが、了解した。モスティは大丈夫なのか?」

 

「うん、私はこのままで大丈夫さ。それよりも、ナイチンゲールは行かなくてもいいの?」

 

「ナイチンゲールさんも来る?多分大丈夫だと思うけど」

 

 

モスティマさんは、私にも訪ねてきます。お誘いそのものは、とてもありがたいですが……私がいては、きっと急便の方々も気を遣われてしまうでしょう…断ることにします。

 

 

「……いいえ。私こそ、部外者ですから…それに、あまり動けないので」

 

 

すると、ソファに座っている私の前までモスティマさんが歩いてきました……彼女はそのまま私を見下ろし、見透かすような視線を向けてきました。

 

 

 

「君の本心はどこにあるのかな、白き悪魔さん」

 

 

 

「_____」

 

「ふふ、ちょっとロドスにいない間に随分と面白いことになってるね。これだからここは飽きないんだ」

 

 

…モスティマさんは、すぐにドクターの元へと戻っていきました。私は……しばらく、茫然としたまま。

 

一通り話を付けたドクターは、一旦お2人と別れ執務室の扉を閉めました…。

 

 

「……リズ」

 

「ドクター……っ?」

 

 

突然、ドクターに両手を握られてしまいます。私のそれとは違う、大きくてごつごつとした手。

 

ドクターは、とてもこちらの身を案じるような、不安そうな眼を見せています…。

 

 

「…どうされましたか?」

 

「リズ…先ほどから気になっていたが、何をそんなに気に病んでいるんだ?私には話せないことか…?」

 

 

……そんな目をなさらないでください…。これはきっと、私の身勝手な感情なのです。身勝手だから、貴方にご迷惑をおかけするわけには…いかないのです。

 

 

「いいえ……私は、何もございませんよ」

 

「……それなら、いいのだが」

 

「………」

 

 

ドクター……貴方に嘘をついてしまったことを、お許しください。

 

結局、吐き出せない違和感を抱えたまま…ドクターはエクシアさんらと共に出発していきました。

 

 

 

 

 

私にも、分からないのです。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

『……………』

 

「私は……どうしてしまったのでしょうか」

 

 

私の感情のはずなのに、自分ではどうすることも出来ません。

 

通信機でアズさんとプラチナさんに連絡し、話だけでも聞いていただくことにしました…。私の良く知るお2人は一通り聞いてくださった後、どちらも似たような……困ったような表情を浮かべました。

 

 

「うーん……そうだなあ、私もあんまり詳しいわけじゃないけど…それは多分正常で、でもずっと付き合っていかなきゃならないものだと思うよ」

 

「こればっかりは、折り合いをつけていくしかないと思いますわ。でも、良い傾向だと私は思います」

 

「はぁ……あまり、要領を掴めないのですが…現段階ではどうすることも出来ない、ということですか……?」

 

「…残念ながらね~」

 

「先程プラチナさんもおっしゃったように、それ自体はごく普通のことですから」

 

 

……如何いたしましょうか。この違和感は、今すぐに拭えるものではないと言われましたが。

 

そのとき、似たような感情を以前に抱いた日のこと____クオーラさんとスペクターさんが来られた日のことを、ふと思い出しました。

 

 

『それはそうと、先ほどはひどく嫉妬なさっていましたわね……?』

 

 

あの日、ドクターに撫でられているスペクターさんを見て…自分も、そうされたいと思ってしまった自分がいたことを。その感情と、先の時間に抱いた感情が同様の物であることを__それを、スペクターさんに「嫉妬」だと言われたことを。

 

たった今、思い出したのです。

 

 

「……プラチナさん、アズさん。この感情は“嫉妬”と呼ぶのでしょうか……?」

 

 

問いかけると、一瞬だけお2人が目を見開きました。何か、まずかったでしょうか。

 

 

「…どこでそれを知ったの?」

 

「え、と…以前、スペクターさんが来られた時に……そう言われました…」

 

「……そっかぁ~…いや、今のうちに知覚したのならまだ良いのかな……うん、まあ大丈夫だよね、アズさん」

 

「ええ、そうですわね」

 

 

プラチナさんが、おもむろに私の手を取ります。続いてアズさんも。何故か、この成長を見守る母親のような視線を向けられていますが…。

 

 

「嫉妬の感情には慣れないかもしれないけど、きっとそのうち慣れて折り合いを付けられるようになるかもしれない。だから安心していいよ、リズさん」

 

「思い切って、勇気を出してドクターに相談してみるのも悪くないですわ。きっとあの方なら真剣に考えてくださるでしょうし…わたくしたちも、いつでも相談に乗りますから」

 

 

……私は、随分と仲間に恵まれたように感じます。確かに、シャイニングさんやニアールさんもとても良いお人なのですが…その方たちと同じくらい、このお2人のことを好ましく思っている自分がいるのです。

 

 

「……ありがとう、ございます」

 

 

プラチナさんとアズさんの言葉を、信じてみようと思います。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「ただいま……はぁ、全くエクシアもモスティも飲ませるんだから…」

 

「…おかえりなさいませ、ドクター…」

 

 

23時ごろ。ようやくドクターがお帰りになりました。傍目から見てもとても良い疲労を得てきたようです……。

 

扉が空いた瞬間、私は本に栞を挟み顔を挙げました。

 

 

「おや?まだ寝ていなかったのか、リズ」

 

「はい……ドクターがお帰りになるのをお待ちしていましたから」

 

「はは、ありがとう。だがここに居ずとも、早々に睡眠をとっていても良かったんだぞ?」

 

 

そう言ってドクターは、すぐに私の方へと来てくださいます。やはり……それが、私には嬉しくれしく思えてしまいます…。

 

 

「……ドクターのお顔が見たかったのです。駄目…でしたか?」

 

「……まさか、嬉しいよ。そう言ってくれる人がいるというのは、とても喜ばしいことだから…その恰好だと、まだ体も清めていないのだろう?今から一緒に向かおうか」

 

「………はい。行きましょう」

 

 

 

 

 

ドクターは多くの人に好かれていて、多くの誘いを受けます……当然、私には止める権力も権利も、道理もありません…。

 

 

ですが、こうして1日の終わりに共にいられることが……私にとって、とても喜ばしいことなのです。これは、ドクターが秘書を変更しない限りは……私が得られる、大切な時間です。

 

今は………それで十分すぎるほど恵まれていると、言えるでしょう。

 

 

用意の出来たらしいドクターが、こちらに寄って手を差し伸べてくださいます。私はそれを、今一度……しっかりと、掴み直しました。

 

 

 

 

 




リズは ”しっと”を おぼえた!


これで冒頭に言った「第二章」の意味が分かっていただけたでしょうか。もしそうであれば幸いですね。




いつかギャグも書きたいとは思っていますが…いかんせん、本編が割と真面目なのでやるならUAキリ番で全振りにしたいですね。真顔で冗談を言うリズを書きたい。




追記

ごめんな、毎回前書きとあとがきが多くて…もし万が一続編を書くなんてことが起きたらそのときはちゃんと気を付けるから…(;・Ω・)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#14.5 オペレーターたちの所感

今までちらほらとした感じに書いてきましたが、ほんの一部の人しか取り上げてなかったですね。

ということで今回は「いろんなオペレーターから見たドクター」の話です。イベント「青く燃ゆる心」において意外とオペレーター同士の交流もなくはない印象を受けたので、せっかくならここいらでそういう第三者視点の話も入れておこうかなと。


ちなみに、無事リズをレベルマ全スキル特化3出来ました。出来た記念にフレ募集でもしてみようかなと思います。→36498124






今回はかなり難産でしたね……。人がたくさん登場するので大変でした。



 

 

「そこまで!今日の訓練は終わりだ。お疲れ様、フェン」

 

「はぁっ…はぁっ……ありがとうございました、グレース教官!」

 

 

おおよそ17時くらいだろうか。

 

私はいつものように訓練をこなし、グレース教官に師事していた。今日はドーベルマン教官は用事があってロドスを離れているため、彼に代わりに担当してもらっていたんだ。

 

ロドスでの訓練は本当に厳しい。だけどその分しっかり質の高いものを受けられていると感じているし、教官の皆さんによれば、私もA1の皆も着実に成長しているみたい……実感はないけれど。

 

 

「ちょっと見ない間に随分と成長したな、フェン。びっくりしたよ」

 

「そんな…もったいないお言葉です。これもドーベルマン教官のおかげですよ」

 

「これは俺もいつか抜かれるかもしれん。お前たちの成長は本当に目ざましいな……今日はもう帰って夕飯でも食べるといい」

 

「いつか越えられるように頑張ります。ありがとうございました!」

 

 

グレース教官に別れを告げて訓練場を出る。

 

訓練場から共用の食堂までの15分ほどの道のりを、いつもより疲労で重くない足取りで歩いていく。今日のご飯は何にしようか……。

 

 

「あっ、フェン隊長」

 

「ビーグルじゃないですか。どうしたんです?」

 

 

同じ行動予備隊A1のメンバーであるペッローのオペレーター、ビーグルと偶然通路で出くわした。何故か今日はA1の皆は予定がバラバラで、訓練の時間もずれているので何をしていたのかは知らないけど……ビーグルならまあ大人しかっただろう。クルースとかよりもよっぽど真面目だし。

 

 

「さっきまで本を読んでて……夢中になっちゃったから、お腹が空いちゃって」

 

「私も丁度食堂へ向かおうと思ってたんですよ。それで、どんな本なんです?」

 

「ミステリーなんですけど、ちょっと普通のミステリーとは一風変わっていて__」

 

 

私たちA1は、それなりに仲が良いと思う。サボり魔が2人くらいいるけど、皆良い人ばかりだし。

 

そのまま話をしながらゆったりとしたペースで歩いていき、20分ほど後に食堂に着いた。いつもに比べて人の数が少ないように見える……あれ、あのグループは。

 

 

「クルースとハイビスとラヴァがいますね」

 

「あっ、本当ですね。お~い、皆さーん!」

 

「ん~?その声はビーグルちゃんかな~?」

 

 

ビーグルが皆の方へ呼びかけると真っ先に反応したのはクルース。ついでラヴァとハイビスもこちらに気付いたようだ。

 

 

「皆さん、こんばんは。揃って食事ですか?」

 

「そうだよ~。やっぱり自然と集まっちゃうよね~」

 

「さっき偶然会ったばかりなんだ。だからまだ何も頼んでいない」

 

 

そうだったのか。それはある意味タイミングが良かったと言える。結局一度集ってしまえばそれなりに盛り上がるので、食事をしながらでいいだろう。

 

 

「では、先に夕ご飯を持って来ましょうか」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

思い思いのものを食して、それなりに場が盛り上がってきた頃。

 

 

「そういえば~……最近、ドクターの様子が変わったよね~?」

 

 

ふと、クルースがそんなことを言い出した。突拍子もない発言と話題に、A1の皆が__もちろん、私も含めて__首をかしげる。

 

 

「…そうか?前とあんまり変わらないように見えるが…」

 

「やっぱり、クルースちゃんもわかりますか!実は私も前々からドクターの体調の変化に気づいていたんですよ!」

 

 

…なるほど、ラヴァはともかく、細かいところまで気が付くハイビスはクルースの言うことに心当たりがあるようだ。いや、別にラヴァが悪いとか、そういうことじゃないけど。

 

とはいえ私もドクターの変化についてはあまり心当たりがない。

 

 

「そうなのですか?ハイビス」

 

「はい!数か月前から薄々気が付いてはいましたが、確信を持ったのはおよそひと月ほど前ですね!以前に比べて声音や肌の色が健康になってきているんです!」

 

「……そんなの、分かるものなのか?」

 

「もちろんだよラヴァちゃん!普段からよく見ていれば、医療チームの皆さんでなくても気付く人は気付く……それくらい、明らかに改善されているのです!」

 

「それほどですか…?」

 

 

なんだかいまいち理解しづらい話だ。たまにドクターは私たちの訓練を見に来てくださっているが、いかんせん、普段からあの金属製のマスクにフードを被っていて素顔が分からない人だ。

 

それだけではありません、とハイビスが続ける。

 

 

「皆さんご存じ、現在のドクターの秘書をなさっているナイチンゲールさんも、最近かなり印象が変わりました」

 

「……それなら、私も気付いています。明らかに以前と違うように思えますね」

 

「それ、私も思ってました。雰囲気が変わりましたよね…」

 

 

そう。

 

ドクターのことに関しては、確かに観察不足だったと言える。あの人の素顔があまりにもわかりにくいというのも相まって、少なくとも私たちのような新米には分からなかった。

 

 

けれど、その秘書であるナイチンゲールさんに関しては、私たちを始めとして多くのオペレーターたちが気になっている…ように見える。私には。

 

当然、ハイビスも気付いているということだ。

 

 

「はい。以前までは…少し、近寄りがたい雰囲気だったんです。医療チームで一緒に仕事をさせていただいているときも、シャイニングさん以外の人と話すことはあまりなかったんですけど………最近は、まるで別人みたいにいろんな人と関わっているように私には見えているんです」

 

 

普段の押しが強いハイビスがなりを潜めている。私の知る限り、こんなローテンションなハイビスは数回しか見たことがないのだから、どれほど珍しいか。

 

ただ、その目には彼女の生来の他人を慮る優しさが、いつにも増してありありと見えていた。

 

でも、ハイビスの口ぶりからして、今の2つの話題に関連性があるようにしか聞こえない…。

 

 

「……要するに、ナイチンゲールとドクターの間で何かがあったって、そう言いたいんだろ」

 

「何か……って、なんでしょう?」

 

 

どうやら、ラヴァとビーグルも同じような推論が出たみたい。

 

 

「そりゃあ~1つしかないでしょ~」

 

「1つ?クルース、それは何なのですか?」

 

 

随分ともったいぶった言い方をするクルース。ハイビスはハイビスで苦笑いしているし…。

 

 

「そ、れ、は~男女の関係ってことだよ~~」

 

 

未だに見当のついていない私たちに、クルースがとんでもない発言をしてきた。

 

え、っと…男女の関係って言うと……恋人とか、そう言ったものだろうか。

 

 

「だ、男女の関係ってことは、いわゆる、その…」

 

「…バカげた話だ。よりにもよってドクターと、()()ナイチンゲールが?」

 

 

いつも持ち歩いている杖状のアーツユニットを片手で弄ぶラヴァは、どうにも懐疑的だ。うーん……正直なところ、私も「ドクターとナイチンゲールさんが恋仲にある」ということをスッと信じることは出来ないかもしれない。

 

もちろん、ロドスの中で全く色恋沙汰が起こっていない…というわけではない。共用の掲示板にはサベージさんにお誘いを断られた男性職員の愚痴が書き込まれているらしいし、演習作戦で最近一緒の編成になるイグゼキュターさんに関する黄色い声もよく耳に入る。

 

けれど…ラヴァの言ったように、どう視点を変えても()()ナイチンゲールさんがそういったことに興味を持つとは考えにくいのだ。

 

 

 

 

 

ナイチンゲールさんは、ロドスの中でも特に謎めいていることで知られている。医療オペレーターとしての能力は、何も知らない素人から見ても相当高い技術を持っているとわかるが、何分あまりにも無感情なことで有名だ。職員の皆さんは一様に彼女に畏敬と畏怖を抱いている、というのを噂に聞いた記憶がある。

 

 

彼女が体を満足に動かせない人であることもまた周知の事実だ。特に最近、通路などで彼女を見かけるときは、必ずと言っていいほどドクターが歩行補助を手伝っていらっしゃる。

 

…確かに、それを鑑みるのであればドクターとナイチンゲールさんの仲が良いというのも信ぴょう性が増すみたいだ。

 

 

「…最近のご様子を見る限りでは、あのお2人は仲がよろしいと思いますが…邪推するほどでしょうか?特にナイチンゲールさんは、秘書に任命されてからもうそれなりに経ちますし」

 

「あっ…確かに。ロドスにナイチンゲールさんが来てから、すぐに任命されてましたよね」

 

「もう数か月前の話か…まあ、そりゃそんだけありゃ多少は絆されるか。良くも悪くもドクターは素直な物言いをする奴だからな」

 

 

……それじゃあ、やはりドクターとナイチンゲールさんはそういうことになっているのだろうか。

 

だんだんとA1の皆の中で「ドクターとナイチンゲールさん恋仲説」が固まりつつある空気の中、ふといつかの日にアンセルさんに聞いた話を思い出した。それを言ってみよう。

 

 

「……そう言えば、少し前にアンセルさんから『A4の皆に買うお土産を店で選んでいたら、ドクターとアズリウスさんに遭遇した』という話を聞きました」

 

「アズリウスさん……って、確か狙撃のピンクの髪の人でしたっけ。あまり良く知らないんですけど…同じ小隊に属しているクルースさんは、アズリウスさんのことを何か知っていますか?」

 

「え~っとね~…簡単に言うと優しい人だよ~」

 

「……それだけか?」

 

「ん~と。後は~毒を使うかな~。私たちが苦手な重装甲の敵もどんどん溶かしていって~」

 

「アズリウスさんは医療チームにもたびたび貢献してくださっているんです!毒の知識に関しては彼女の右に出るものはいませんよ!」

 

「へぇ……そのアズリウスさんは、ドクターにどういった接し方をしているかわかりますか?ハイビス」

 

「それが……アズリウスさんは医療チームと協力こそしますが、それ以外のプライベートではあまり話をしないんです。ですから、私にもあまり…」

 

「…なんだか、ドクター共々謎に満ちていますね。もちろん、プライベートを詮索するのも良くないとは心得ていますが」

 

「…ま、クルースの言うようにアタシたちの指揮官が調子いいってんなら文句はねーな」

 

「ラヴァちゃんもなんだかんだでドクターのことを心配してるんですね!」

 

「う、うっさい!」

 

 

結局、その日にはそれらしい結論は出ず。話題は他のものへと移っていって、2時間ほど経ってからお開きになった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

「遅い」

 

 

今日も今日とて剣の訓練をする。

 

今まで鍛え上げた強さを弱らせないように、精神面も兼ねて鍛錬を積む。それが俺のポリシーであり、日課だ。

 

相手になってくれている同じA6のメンバーのスポットは、俺よりもはるかに強い。まったく訓練のし甲斐がある、頼れる仲間だ。

 

 

「…今日はここまでにしよう」

 

「ふぅ…分かったよ。付き合ってくれてありがとう、スポット」

 

「気にするな。漫画を読む時間さえ確保してくれればいい。それより、前よりも更に動きが鋭くなっているな」

 

「そう見えるかい?それは嬉しいね」

 

 

感想戦を行いながら訓練場を出る。もう20時と良い時間だ、彼には申し訳ないが食事に誘ってみようか。

 

 

「どうだい、スポット。俺と一緒に食堂にでも行かないかい?奢るよ」

 

「……そうだな、漫画を読もうと思っていたが、存外に腹が空いている。いいだろう」

 

「おや?珍しいじゃないか」

 

 

いつもは何より漫画を読もうとするスタンスで、お腹が減っていても自炊をするような生活らしいのに。

 

まあ、人それぞれに事情はある。ここはあまり深く聞かないというのも、円満な人間関係を築くにあたって大事なことさ。

 

そうして食堂への道を、談笑も交えてゆるりと歩いていると、よく見慣れた後ろ姿を前に見かけた。

 

 

「カタパルトさんじゃないか」

 

「おっ、その声はミッドナイトだね。それにスポットまで」

 

「お前も食堂か?」

 

「そのとーり。今日の日替わりメニューが私の大好きなやつでねー。“も”ってことは、言わずもがな君たちもそうなんだね」

 

 

そのまま流れるようにしてカタパルトさんが俺たちに加わり、少し賑やかになる。適度に彼女の様子を見ながら話をするのは手馴れたことだが、話の内容は自然と溢れてくる。ホスト時代にはなかったことだ。いいね。

 

 

 

 

 

丁度の時間帯ということもあってか、今日も食堂にはそれなりに人がいる。おっと、今日はマッターホルンさんがいるみたいだ。

 

彼は料理への造詣が深く、その知識と経験はロドスでもトップクラス。彼の作るのはどれも絶品ばかりだ。俺も度々食しては舌鼓を打つばかり。

 

 

「それなりに混んでいるね…ああ、あそこが空いている。先に行っててくれ、俺は水を取ってくるさ」

 

「おっ、気が利くねミッドナイト。それじゃあ、お言葉に甘えちゃおう」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「ここに来てからずっと難しい顔をしているけど、何か悩み事かい?スポット」

 

 

宴もたけなわに差し掛かろうかというところで、俺はさっきから気になっていたことを彼に訊ねた。言葉数もいつにも増して少なかったから、漫画を読む時間を減らしてしまって後悔しているのかな。

 

 

「…いや。ここに来てから気になることを思い出したんだ」

 

「気になること?食堂でかい?」

 

「ああ。ドクターと…その秘書についてだ」

 

 

……おっと。これはまた随分と意外な話題が出たね。

 

 

「ナイチンゲールさんだろう?彼女は随分とミステリアスは女性だと思っているが」

 

「そういや、彼女に関してはそれ以外のことをあんまり知らないなぁ。そんなに見かけないからかね?」

 

「俺は足があまり良くないとも聞いているよ。そのせいで行動に制限がかかってしまうというのは、あるかもしれないね。それで、その彼女とドクターがどうしたんだい?時折食堂で見かけはするが、傍から見ている限りでは仲が良さそうだけど」

 

 

とは言うものの、実はあの2人を見かける頻度はそう高くない。ナイチンゲールさんは先にも言った通りだし、ドクターも日々仕事に追われていてなかなか執務室から姿を見せないことで有名だからだ。

 

ナイチンゲールさんを“敢えて”一言で表すのであれば、「人間離れした美しさ」だと言える。実際にはそれだけで済ませられるものではないが。しかし同時に、生気のなさもひしひしと感じられてしまう随分と何かありそうな女性だ。

 

 

しかし、だ。

 

 

「ああ。俺が言いたいのはそこだ____あの秘書、ドクターとの距離が近くなっていないか?」

 

「…それは、君がナイチンゲールさんに嫉妬しているという話ではないだろう?」

 

「当たり前だ。もうお前らも察しが付いているだろうし、もっと言うならロドスにいるオペレーターのほとんどが大なり小なり感じていると思うが……少し前までは、外で見かけることはあったものの必ずナイチンゲールはドクターの少し後ろに立っていた。顔も感情をそぎ落としたように無表情だったし、正直いるかいないか分からなかったほどだ」

 

「…それが、今や普通の人みたいに見えるんだもんねえ。そりゃ何かあったんだなあって、あたしは邪推しちゃうよお」

 

 

そうこぼす2人の目は対照的だ。かたや純粋な疑問から、かたや旺盛な好奇心から。

 

かくいう俺も多少気になっていた。

 

 

「そうだな…女性の雰囲気が変わるのにはいくつか理由があるけど、やっぱりその最たる原因の1つには“恋”が挙げられるね。プラスとマイナス、どっちに変わっていてもそれは間違いないよ。そういう観点ではナイチンゲールさんは()()()()()()なんだろうけど…俺は、ちょっと違うんじゃないかと睨んでいる」

 

「どういうことだ?」

 

「これはメテオリーテさんから聞いた話なんだけど…以前宿舎の同じ部屋にサルカズ族が5人集められたことがあって、彼女はそこで共同ミッションをこなしたらしい。もちろんナイチンゲールさんも加わっていてね。終わってからドクターが様子を見に来たそうなんだが、そのときに違和感を感じたらしいんだ」

 

「違和感?」

 

「ああ。なんでも『ナイチンゲールさんがドクターに寄り添おうとしているように見えた』んだそうだ」

 

 

サルカズ同士のよしみで酒でも交わそうということになったときに、メテオリーテさんがぽつりとこぼした言葉。そこに宿る感情こそ特段強いものではなかったが、やけに猜疑心が強く表れていたような気がする。

 

 

「…そんなことがあるのかい?ミッドナイト」

 

「…にわかには信じがたい話だが」

 

 

案の定2人も驚いたみたいだ。あの普段から寡黙なスポットでさえ、珍しく目を見開いている。

 

 

「俺も最初は驚いたよ。けれどその話を聞いてから2人を見かけたらよく観察することにしてね。そしたらナイチンゲールさんだけじゃない、ドクターも彼女のことをよく支えようとしていたのさ………だから俺はこう推論した。『何かしらの事情や問題がドクターに発生した結果、深いレベルでの相互補助をしているんじゃないか』ってね」

 

「何かしらの事情って言われても…何かミッドナイトは知っているのかい?」

 

「いいや、流石にそこまでは知らないさ。けれど俺たちは日々ドクターの働きで支えられている。当然、ストレスや疲労も溜まっていくだろう?他人を支えようとするのは難しいことなのさ。それをしようとするなら、ナイチンゲールさんの変化にもある程度説明が付く」

 

 

そのとき、奥の入り口の方から扉の開く音が聞こえた。一旦話を切って振り返ってみると、ちょうど話題の当人たちがいるじゃないか!

 

 

歩行補助もしているのか、ナイチンゲールさんの手を取りながら歩いてくるドクター。確かにこれでは一見すれば恋仲のように見えるが、彼らの間にはそう言った浮ついた感情は見えない。経験則でわかる、あれはそういう仲ではないだろう。

 

 

そのまま適当に空いている席に座ると、ドクターはいくつか彼女とやり取りをした後1人だけ立ってカウンターへと向かっていった。どうやら彼女の分の料理も取ってくるみたいだ。

 

 

「ああ、噂をすればお出ましか」

 

「丁度いいじゃないかい。このままするりと観察させてもらおう~」

 

 

やはりそうなるか。だけど、せっかくのタイミングだ。

 

ほどなくして料理を受け取り席へと戻るドクター。途中で水を確保しつつ戻ると、何故かはわからないが、なんとなくナイチンゲールさんの顔が綻んだように見えた。この俺の目をもってしてもとても分かりづらかったが、ドクターは大丈夫かな。

 

 

 

 

 

 

その後もつつがなく食事は進んでいったが、特にドクターとナイチンゲールさんが特別なアクションを起こしたわけではなかった。なんてことない、日常の一幕。少し前まではあまり見られなかった光景。

 

いいね、ドクターに何があったかは知らないけど、いつも大変であろう上司が気を休めている姿を見ると俺も嬉しくなってくるよ。今度2人に一杯奢りたいくらいだ。

 

2人が食事を終えて、すぐに食堂から出ていく。

 

 

「__というわけで、あの2人に恋仲のような浮ついた雰囲気がなかったのは、見てもらえたかな」

 

「そうみたいだねぇ。ま、あたしにはなんだか恋人というより夫婦に見えたけどね」

 

 

夫婦……夫婦か。確かにそれでも当てはまるかもしれないが、やはりまだちょっと違う気がする。

 

 

「今日は存外に面白い話が出来たよ。俺が奢るからもっと頼んでもいいよ、2人とも」

 

「そうか。それならお言葉に甘えよう」

 

「お、気前がいいねえミッドナイト」

 

 

追加で料理を頼みに席を立つ2人。俺もそれに続いて立ち上がった。

 

 

 

 

 

後日、今度こそはっきりとナイチンゲールさんの表情が変わるのを見たのはまた別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 




オペレーターたちって言っておきながら予備隊の面々の会話になっていました。動かすのがたやすいっていうのもありますが。



ミッドナイトがいい人すぎるんですわ。



たぶんリズの表情の変化って、ドクターには結構しっかり判別出来てるけど他のオペレーターは全然分からない気がするんですよね。ミッドナイトもちらっと言ってましたが、女性との接し方が上手い彼でさえかろうじて見えるかどうかというレベルだと思います(強めの妄想)。



すみませんサブ垢のフレンドが全然いないので募集していいっすか…

31#での世界線と同一なので…是非… →02394383


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#15 少女体

爆誕。



【挿絵表示】



ちなみに言うタイミングがなかったので今言いますが、ドクターの真名「クラヴィス」はラテン語で「鍵」を意味しています。(リズ)に対しての(クラヴィス)

今回はドクターが暴走気味です。


UAが20000件を超えました。いつもいつもありがとうございます。評価平均1位を独走して「刺さる人に刺さる」の極致を進む所存。



 

 

8:00 a.m. 晴天

 

 

 

 

 

「………」

 

()()()()……いかがいたしましょう…」

 

「…本当に、どうしようか」

 

 

今この執務室には、私の他に一人の()()がいる。

 

足まで届く緩くウェーブのかかった金髪に、ブルートルマリンを彷彿とさせる綺麗な碧眼。種族が色濃く表れている頭の一対の角も、今日は幾分か小ぶりである。

 

見慣れているはずの端正な顔は、いつもよりも一回りも二回りも幼い。雰囲気も相まって、どこかの名家の一人娘のような印象を受ける。

 

 

「…からだが、ちぢんでしまいましたが…」

 

 

少女の名はリズ。コードネーム・ナイチンゲール。

 

私が信頼している秘書が、どういうわけか小さくなってしまったのである。

 

 

 

 

 

とりあえず、心当たりを思い出すことをほっぽって膝に乗せてみたい衝動をこらえるので必死だった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

昨日は、特になんてことない一日を送っていた。

 

リズはよくやってくれているし、たまにやってくるプラチナやアズを始めとする他のオペレーターたちとの歓談も楽しい。以前に比べて随分と環境は良くなったと、殊最近そう感じる。

 

そうやってつつがなく時間を送っていると、何とも珍しいオペレーターが執務室にやって来たのだ。

 

 

『ドクター、ナイチンゲール、いるか?』

 

『…ワルファリンさん?如何なさいました?』

 

『ワルファリンか、珍しいな。君がここに来るのは』

 

『ああ、ちとそなたらに渡したいものがあってな。まずはドクターに、ほれ』

 

『これは……錠剤?』

 

『血液への有効成分を含んだ栄養剤だな。いつか渡そうと思っていたんだが、知っての通り妾たち医療チームは日々忙しい。なかなか良いタイミングが見つからず、今になってようやく渡せる状態になったというわけだ。ただでさえそなたの血は特殊なのだから、質を高く保つことには気を配らねばならない。毎食後に服用することだな』

 

『なるほど、そういうことならありがたくもらうことにするさ』

 

『ナイチンゲールには、体に優しい成分が入っている栄養剤だ。主に循環器系の調子を整える効果がある。気休め程度だが、一日一回、寝る前に飲んでおくといい』

 

『はぁ……ありがとうございます』

 

『そなたらは決して普通の人間とは言えない。ゆえ、妾たちもサポートをする必要がある。そなたらの心配をする者が一定数いることを心に留めておくことだ。それでは、妾はもう行く』

 

『ああ、本当にありがとう』

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「………リズ。昨日の就寝前、ワルファリンからもらった栄養剤を服用したか?」

 

「……あ…」

 

 

昨日あったことをざっと思い出してみた結果、心当たりがワルファリンしかなかった。

 

とあるオペレーターの原因不明の物理強度を探るべく200人分の睡眠薬を用意したり、最近加入した龍門の闇医者とセットで「怪医」と呼ばれていたりと何かと問題行動が目立つワルファリン。もう少し注意して服用するように言えばよかったか…。

 

 

「ナイチンゲール!どこか体に異常は起きてないか!?」

 

 

すると大きい音を立てて開かれる扉。走って来たのか、ワルファリン(当の本人)

が血相を変えて執務室に駆けこんできた。

 

 

「やあワルファリン。これは一体どういうことか、説明してもらえるか?」

 

「ああ…妾の手違いが原因だ。昨日ナイチンゲールに渡した栄養剤があるだろう?それが“体が幼体になる薬”とラベルを変えてしまっていたようだ。今朝……つまり、ついさっき気が付いた」

 

「……なんてもの持ってるんだ…体に悪影響はないんだろうな?」

 

「ああ、副作用はなるべく発生しないように調整してあったから大丈夫なんだが、それを飲んでしまうと、24時間は元には戻らない。今日一日中は小さいままで過ごしてもらわねばならないだろうな」

 

 

調整したって…ワルファリンが作ったのか。それはそれで凄いことなんだが、やっぱりその効果はいろいろおかしいと思う。

 

とは言え体に害がないのならまずは一安心と言ったところか。見る限り、どうやらワルファリンもわざとリズに渡したわけではなさそうだし。

 

リズもリズで、ワルファリンの話を一通り聞いても特に驚いたりショックを受けていたりということはなさそうだ。いつもより5割増しで可愛い。

 

 

「ナイチンゲール、今日一日はその姿で過ごしてくれ。この件に関して()完全に妾に非がある。もし一刻も早く戻りたいというのなら今からすぐに中和剤を作るが」

 

「…いえ、それはかまいません……きょうは、このすがたですごそうとおもいます」

 

「そうか。そういうことなら妾はケルシーにバレないようにしておくから、なるべくここからは出ないようにな。それでは失礼する」

 

 

ひどく焦った様子で執務室を出ていくワルファリン。それはそうだ、ただでさえ度重なる問題行動で減給されているうえに、リズという重症患者に対して“実害”が出ているのだ。これがバレたらいよいよ無給になってしまうのは想像に難くない。心の中でひっそりと祈っておく。

 

 

さて。

 

 

「リズ、今日はどうする?」

 

「とくにからだがうごかない、というわけではないので……いつものようにしょるいをかたづけましょう」

 

 

……なんだろう。幼児体型になったせいか、しゃべり方が舌足らずになっている。かわいい。

 

 

「なあ、リズ……」

 

「…どうかしましたか?」

 

「……ちょっと、こっちに来てくれ」

 

 

悪いが我慢できない。リズも許してくれるはずだ。

 

 

 

 

 

「いかがしましたか…?」

 

「私の膝の上に乗ってみないか?」

 

「………ひざ、ですか?」

 

 

後悔はなかった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「すまん、リズ……小さくなった君を見ていると、無性にこうしたくなってしまって…」

 

「……いえ、その…ふかいではないのですが…」

 

「本当にすまない…」

 

 

我慢できず、小さくなったリズを膝の上に座らせてひたすらに頭を撫でるという凶行。なまじ拒絶されていないだけに、先ほどから心苦しさが胸中に立ち込めている。

 

私は別に幼児性愛だとかそういうわけではない。ロドスのオペレーターの中には、アーミヤやクオーラを代表する小柄な子も少なくないのだが、彼女らに対してこのようなことをしたいとは思ったことはないのだ。

 

それがどうだろう、幼児体型ともとれるような体になったリズを視界にいれてからというものの、このように「愛でる」という衝動を制御することが難しくなっていた。これにはリズも私も驚愕ものである。

 

 

……とはいえ。

 

正直な話をすれば、今現在私は3つの攻撃によって半ば生き地獄を食らっていた。

 

1つ目は、これまでに何度も感じる機会のあった彼女特有のミルクめいた香り。少女化したことによってその匂いがより幼いというか、純度が上がって私の鼻腔を占有しているような気がする。

 

2つ目は、髪。これも過去に__というよりもごく最近の話だが__何度か撫でさせてもらっている。最上級の絹糸を彷彿とさせる艶やかでふわりとした、非常に長い部類に入る金髪。手入れなどはとても大変そうだが一体どうしているのだろうかと、とても気になる部分はあるのだが、それはプライバシーに関わりそうなのであまり積極的に聞こうとは思わない。

 

そして3つ目が、リズの現在の状態(やけに愛い姿)だ。

 

 

「…どうして、こうも君を愛でたくなるのだろう……」

 

「……わたしにも、けんとうがつきません……」

 

 

本当にすまない、リズ。手が止まらないんだ。

 

本格的にそろそろ仕事をしないといけないのだが、なんらかのアーツが働いているかのようにリズを撫でる手が自動で動いてしまう。このままでいると、執務室に入ってきたオペレーターにいろいろあらぬ誤解を与えてしまいそうだ…。

 

 

「ドクター、いる……___!?」

 

「あ」

 

 

あ。

 

懸念したそばから執務室に訪問してきてしまったのはプラチナ。入ってくるなり、私とリズのとんでもない姿を見て硬直している。

 

 

「や、やぁ…プラチナ……」

 

「……ごきげんよう、ぷらちなさん」

 

「……ドクター、ちょっとお話しようか。一体何がどうなればリズさんとの子供が生まれたのかな??」

 

「ち、違うんだプラチナ!!この少女はリズなんだって!」

 

「……え、そうなの?」

 

「…はい」

 

「ほら、リズもこう言ってるし、とりあえずその弓だけはしまってくれないか…?」

 

「……わかった。詳しく教えてね」

 

 

プラチナがもう後数センチ右手を引いて放せば、私は寸分たがわず眉間を撃ち抜かれていただろう。

 

とはいえ彼女も私たちには理解がある側のオペレーター。とりあえず冷静になってくれたらしい。まだ顔には猜疑心がありありと浮かんでいるが。

 

ひとまず彼女をソファに座らせる。もちろん私はワークデスクの椅子から動かないままだ。もうここで死んでもいい。

 

 

「さて……まあ、端的に言うとワルファリンからもらった栄養剤のせいで体が縮んだそうな」

 

「……それ、大丈夫なの?ワルファリンさんって結構いろいろ問題発言とか行動とかが多いって聞くけど」

 

「彼女が言うには、副作用は発生しないように調整したらしい。仮にもロドスの古株で実力はあるから大丈夫だとは思うんだが」

 

「そう。それならいいけど………会話するときくらい、リズさんを撫でる手を止めない?リズさん縮こ「すまないがそれは出来ない」……食い気味だね…」

 

「すまない。私も止めたいとは思っている…だが、何らかのアーツがかかっているのか、全く手が言うことを聞いてくれないのだ」

 

「……私もちょっと撫でてみていい?リズさん」

 

「え……その、かまいませんが……」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「わ、凄くふわふわしてる…キューティクルも整ってるし、私よりもボリュームがあるのに不思議だね……」

 

「だろう?私も時折撫でさせてもらっているが、そのたびに私の理性が大幅に回復されるようだよ。それが少女化したことで更に強化されて、本当に天国を見るような心地だ……」

 

 

……とても、不思議な感覚です。

 

プラチナさんの手は、弓を握る人のものとは思えないほど柔らかく…まさに手櫛と言えるほどと言えるでしょう…。心地の良い手つきです。

 

 

それに比べて、ドクターの手は……平時よりもはるかに心地が良いのです……私の肉体が、少女のそれになってしまっているからでしょうか。

 

ドクターの少し角ばっていて、それでいて大きく広い手は、私の頭をすっぽりと覆うほどで……ずっと慰撫されていると、どこかに飛び立ってしまいそうな…。

 

 

「………」

 

「あれ………リズさん、顔赤くなってない?」

 

「見たい……見た……愛いな…」

 

「…ドクターの顔が、今まで見たことないくらいのにやけ顔だ……」

 

 

お2人の会話も、左から右へと通り過ぎるだけ。

 

私は成す術なく、お2人の思うままに撫でられ続けました…。

 

 

 

 

 

…はっきりと自分の顔が熱くなるのを知覚しました。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

ただひたすらにプラチナと私でリズを愛でる時間を過ごしていると、突然、部屋に聞き慣れた効果音が響き渡った。ロドスで支給されている通信機だ。しかし私のものではない。

 

 

「私か…めんどくさいな……こちらプラチナ。一体何が……え、また?最近多くない?……はいはい、わかった。30分後だね……はぁ」

 

「こんなときに誰からだ?」

 

「ケルシー先生に召集をかけられた。行きたくないけど、ロドスに留まる以上は仕事はやらないといけないから行ってくるよ」

 

「そうか……ないとは思うが、もしどこかに出撃することになったら必ず無事に戻って来てくれ」

 

「もちろん。こんなところでくたばってはいられないから。それじゃあね、ドクター。リズさんも頑張って」

 

 

言うが早いか、プラチナは急ぎ足で執務室を出ていった。ケルシーの直属チームに所属しているらしいが、詳しいことはあまり聞いたことがない。どういうわけかケルシーにはあまり気安く接することが出来ないのだ。

 

まあ、それはいいとして。

 

 

「……すまん、リズ。やっと手が放せそうだ」

 

 

そう言って自由に動かせるようになった手をリズの頭から退かせた……のだが。どういうわけか、私の膝の上から彼女の小さな肢体が離れることはなかった。

 

 

「…リズ?」

 

「………どくたー…」

 

 

離れることはなかったどころか、そのまま体ごと私に体重をかけてきたではないか!

 

基本的に撫でているときにしか__つまり手という一部分でしか__触れることが出来ない髪の質感や感触が、リズが体をこちらに傾けてくることによって私の顔や首に非常に近づいてくる。幼体化したことによって上昇したであろう体温の高ささえほんの十数センチの距離で感じることの出来る状況……。

 

普段の彼女を鑑みれば、ここまで直接的に近距離に迫るのは相当珍しいということだけが汲み取れる。

 

 

「リズ…大丈夫か、リズ」

 

「………ど、どくたー……?」

 

 

トントンと肩を軽く叩いたり何度も呼びかけたりしていると、ようやく反応してくれた。しかし、今の自分の状況についてはよく分かっていないらしい。

 

 

「いや…リズがこんな直接的に体を預けてくるなんて珍しいから、どうしたものかと思って」

 

「……?」

 

 

一通り自分の身の回りを確認するリズ。そこでようやく、自分が今結構な状況にあることを理解したらしく、しなだれかかっていた体を(彼女にしては)機敏な動作で先ほどのように正した。

 

 

「…降ろすよ」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 

……流石においたが過ぎただろうか。リズに不快な思いをさせてしまっただろうなぁ……。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

どうしてでしょう。

 

どうして、あのように体を預けたくなってしまったのでしょう……。

 

 

体が小さくなってしまって、ドクターの膝に乗せられると…体の大きさの差が非常に大きくなってしまいます。その結果、ドクターの広い体躯が、人肌が。とても心地の良いものに感じられてしまって……いつの間にか、自分でも気が付かないうちに身を委ねてしまったのです……。

 

ドクターにもご心配をかけさせてしまったみたいです。本当に、この体になってから……自分の知らない安らぎばかり感じてしまいます。

 

 

「リズ、今から茶を淹れるが、君も飲むかい?」

 

「…おねがいします」

 

 

今の時刻は朝の9時。少なくとも後半日は、この状態です……これなら、ワルファリンさんに中和剤を作ってもらうように頼んだ方が賢明だったかもしれません……。

 

 

 

 

 

……全く未知の感情で、今日は正常に頭が働きそうにありません。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

それからしばらく時間が経って、お昼に差し掛かった頃。

 

流石にこの姿のリズを衆目に晒すのはいろいろ混乱を招くだろうと思って食堂からこちらまで料理を運んでもらおうか…と考えたときに、またしても執務室のドアが開かれた。

 

 

「ドクター、いるかしら」

 

「……ス、スカジ」

 

「ごきげんよう、すかじさん」

 

「………その子供、もしかしてナイチンゲールかしら……?随分と変な姿になっているようだけれど」

 

 

気付かれた。

 

たった今リズの正体を見抜いたのは、2月ほど前にロドスと契約を結んだ前衛オペレーターのスカジ。ここに来るまでは賞金稼ぎとして各地を転々としていたそうだが、それ以前の経歴は不明。

 

彼女を一言で表すなら「シンプルイズベスト」。そのしなやかな肢体からは想像もつかないほどの膂力を発揮し、やれ山を切り崩しただのやれ大地を割っただのといろいろと噂が絶えない。

 

だが彼女のその純粋な力には、私は何度も助けられた。敵地への単騎の強襲が得意な彼女を生かし、幾度も強敵の撃破に貢献してくれた。今ではうちの主戦力であり、例え他の誰もが忌避しようと私は彼女のことを信じ続けると決めている。

 

 

「ああ、全くもってその通りだ。どうやらワルファリンからもらった栄養剤が実は『幼体になる薬』だったみたいでな」

 

「ああ……彼女、以前にも私の体のことで何か申し出てきたような気がするけど、あんまり興味がないわね」

 

 

そう語りながらソファに座っているリズの方へと近づくスカジ。心なしか、彼女の目にはわずかな好奇心が表れているような見えるが?

 

 

「……ふぅん、こんなことが出来るのね」

 

「あの…すかじさん……いかがなさいましたか?」

 

「…いや、なんでもないわ。ドクターと…貴方。2人は私が守るしかないと、再確認しただけよ」

 

「?ああ、それはとてもありがたいが…」

 

「……わたしは、みなさんをおまもりするちからがありますので、だいじょうぶだとおもいますが……」

 

 

スカジは、いつにも増して覚悟を決めた顔をしていた。

 

 

「貴方たちには、戦う力がない。守るだけの力では、いつか必ず綻びが生まれる……ドクター、今のロドスに__いや、貴方たちに私の力は必要かしら?」

 

「……何を言っているんだ、スカジ。君の力は幾度となく私たちに勝利をもたらしてきた。ロドスの皆は君のことをよく思っていないかもしれないが、私はむしろ君が味方で良かったとすら思っている。当然、私にとってはなくてはならない大切なオペレーターだ」

 

「……そう」

 

 

何か良くない回答をしてしまったのか、いつにも増して歯切れの悪い返答をする彼女。どこか不安要素がある表情をしているし…。

 

 

「何か問題があったか?」

 

「……嫌な予感がするのよ。近いうちに、貴方の身に何か大きな災害が降りかかるような」

 

「……さいがい、ですか?」

 

 

ここでリズも会話に参戦してくるが、どうにも話がつかめないといった口調だ。かく言う私も、いきなりそんなことを言われても…とは思っているんだが。

 

 

「ええ。もちろん私の勘違いかもしれない。けれど、理屈という理屈を越えて、嫌な予感が私の首筋を刺してくるのよ。私はそれをどうすることも出来ず、ただそのひりつく首筋を気にしながら日々を過ごすだけ。いつ現実に起こるかもわからないまま……本当にただの勘違いだといいのだけれど、一応気を配っておいて」

 

 

性格上、彼女は冗談という物を知らなければ妄言を吐くこともしない。痛切に訴えかけてくる目つきはとても真剣で。その声音には、憂いの他に心配の色が見て取れた。彼女がこんな状態になっているということは、余程なのだろう。

 

 

「わかった。そこまで言うのなら、念頭に置いておく。伝えてくれてありがとう」

 

「……わたしも、じゅうぶんにけいかいしておきます」

 

「……勿論、私も気を付けるわ。今日言いたかったのはそれだけよ」

 

 

その言葉を最後に、スカジはここを出て帰っていった。

 

戯言と言い切れない予感に対する不安が、しばらく部屋に漂っていた。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

とは言え、今すぐどうこうすべきというのが明確に思いつくわけでもなく。

 

 

午後も私たちは、書類整理を筆頭にいつもの日常を送っていた。リズが少女体なので完全にいつもの、というわけではないのだが。

 

結局その日の夜も食堂からわざわざ食事を運んでもらい、なんとか人目に付くことだけは防ぎ切った。夕餉の後はまったり茶を飲みつつ執務室のテレビで番組を見たりして、比較的穏やかな時間を過ごしていた。

 

 

そのときである。

 

 

「あ……ど、どくたー……」

 

「どうした、リ…!?」

 

 

突如として、リズの体が膨張し始めたのだ。

 

みるみるうちに少女体から元の体躯へと戻っていく。私よりも三回りほど小さくなった手も、すっぽりと手のひらで覆えるほどだった頭も、体を預けていた小さな背中も。

 

 

「……戻りました」

 

 

全てが戻り、十数秒という短い時間で、すっかり見慣れた秘書の姿が視界に映っていた。

 

 

「…良かった、体が戻って!」

 

「…ワルファリンさんからは1日と聞いていましたが、案外早かったですね…」

 

 

……うむ。少女化したのも大変よろしかったが、やはり私は見慣れた姿の方がいいな。これこそまさにリズだ、という感覚。別に名残惜しいとかはあまり思わない……思わない。

 

リズは自分の体の調子を確認すると、どういうわけか私の方に体を寄せてきた。またか?

 

 

「あの……ドクター。今一度、私の頭を撫でていただけないでしょうか」

 

「……なんだ、そんなことか。いくらでもしてやるさ」

 

 

 

 

 

その後30分くらい存分にリズを撫でまわした。途中で入ってきたプラチナやスペクターに見られてちょっと場が張り詰めたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター………ドクター……!」

 

 

 

____聞こえる。

 

 

 

「しっかりしろ盟友…!」

 

 

 

____音が、聞こえる。

 

 

 

「……私が、お守りするはずでしたのに………」

 

 

 

____ありふれたの日常の、崩壊する音が。

 

 

 

 

 

 

 




21日の22時から執筆配信+サブ垢でフレ(自前)のエイヤを借りての龍門市街攻略配信します(唐突)。

基本緩いスタンスですのでお暇であれば是非来てください。


1年前に作って数回配信したきりのチャンネル


https://www.youtube.com/channel/UC0XzD_qAx-UjsxuYfap7Lpw


あ、ちなみに危機契約は無事初週18達成しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#16 Fatum Irrisorie

Q.ドクターはオペレーターの皆から「ドクター」とは呼ばれますが、大概は名前では絶対呼ばれません。何故でしょう。


A.「指揮官としてのドクター」を皆“無意識に”期待していて、なおかつドクター自身があまり名前を明かさないことで、「ドクター」という呼び方そのものが彼を指し示す単語になってしまっているから。







 

 

 

 

ある日、いつものように執務室で業務をこなし、良い時間になったところでお茶を作りに席を立つ。

 

 

最近はシュヴァルツに美味しいお茶の淹れ方を少しづつ教わっているので、以前より少しずつ美味しく飲めるようになってきたんじゃないかと思う。実際リズとか他のオペレーターにもなかなか好評みたいだし。

 

それにしても、最近はめっきり出撃とかが少なくなったな。もちろんなくなったわけではない。感染者を巡る戦火はレユニオンだけにとどまらず至る所で起きているし、それを鎮圧するために指揮を執ることはある。

 

けれどそれもそこまで高頻度ではなくなったため、些か代わり映えのしない日々を送っていると言えるだろう。まあ、個人的にはリズや他のオペレーターたちがいるだけで楽しいので、あまり差支えはないが。

 

 

そうこう考えているうちに湯が沸き上がったので慎重に手順を思い出しながら淹れていく。なかなか気を遣わないといけない作業なので、初めてこうすると聞いたときはそれなりに驚嘆した。

 

先ほどグムからもらったスイーツを冷蔵庫に入れてあるので、それも併せて執務室のテーブルへと運ぶ。

 

 

「リズ、茶が入った」

 

「はい……ありがとうございます」

 

 

リズが秘書になってからもう4か月ほど経つ。流石にそんなにも長く秘書を務めていれば業務にも慣れるようで、それも相まってすっかり書類整理などの作業をする姿が様になっていた。今から思い返せば、結構な重症患者には厳しいものだったなと、今更反省する。

 

しかし、過ぎたことはもうどうしようもない。結果的に今のリズは前とは見違えるくらいに変化したため、これでも良かったかなと感じているところもある。

 

 

「……このマドレーヌ、というものはとても食べやすくて美味しいですね」

 

 

現に、今もこうして甘味に舌鼓を打っているのだから。

 

 

 

 

 

そのまましばらくリズと緩やかで心穏やかな時間を過ごしていると、これまたいつものように執務室の扉が開かれる。

 

 

「おはよードクター!ナイチンゲールさん!」

 

「おはようアンジェリーナ」

 

「ごきげんよう、アンジェリーナさん」

 

 

入って来たのは、ついこの間までただの学生として過ごしていたオペレータであるアンジェリーナ。比較的ロドスの中では新顔であるが、その持ち前の気さくさと愛嬌ですっかり他の人たちと仲良くなっている快活な少女だ。

 

彼女の扱うアーツは重力操作という非常に珍しいタイプのもので、それを生かして故郷であるシラクーザでトランスポーターとして方々に飛び回っていた。彼女がアーツで悪さをしないような心優しい性格で良かったと思う。

 

そんなアンジェリーナは、年齢相応に甘いものが好きらしい。

 

 

「丁度良かった。今ちょうど軽いティータイムを取っているんだ。アンジェリーナも飲むか?コーヒーではないが」

 

「え、そうなの!?それじゃあ、せっかくなら貰っちゃおうかな!ありがとうドクター!」

 

 

ここまでわずか十数秒。若者故の気安さというのだろうか、そんな感じの軽快なテンションでリズの向かいに座るアンジェリーナ。特に訪れる頻度の高いプラチナとアズは両名落ち着いた性格なので、こういった元気な子が来ると執務室の空気も変わるものだな。他にはクオーラ等が該当する。

 

 

そういうわけでアンジェリーナを交え、再度緩やかにお茶会が始まった。

 

 

まだロドスに来て日が浅い彼女から、故郷の話などを聞きつつもこちらでの生活の調子を聞き返していく。どうやら最近は同じ学生の身分で彼女よりも後(本当につい最近)ウタゲを案内しながら会話に花を咲かせたり、グムに料理を習ったりしているらしい。やはり年の近い方がいいというのもあるかもしれない。

 

 

「そう言えば、アンジェリーナというコードネームは自分の名前だったな。どうしてわざわざそんなことを?」

 

 

話題にひと段落ついたところで、ふとそんな疑問を投げかけた。

 

本名をコードネームにする、というのは一般的には珍しい。オペレーターという立場上の名前は誰もが必要だし、公私を分けるためにも大抵は偽名を使ったりすると思う。

 

そういう意味を込めて素朴に尋ねてみると、彼女は頭をぽりぽりと掻きながら照れくさそうに口を開いた。

 

 

「あたしの母親が極東出身でね。それで“安心院アンジェリーナ”っていうあんまりシラクーザっぽくない名前なんだけど、響きもなんだかへんてこりんだから、コードネームを何にしようって考えたときに下の名前だけ取ったんだ」

 

「へぇ……名前、気に入ってるんだな」

 

「もちろん!お母さんもお父さんも大好きだから、自分の名前には誇りを持ってるんだ!シラクーザでもいじめとかはなかったしね」

 

「それはよかった。慣れないロドスでの生活は大変だろうが、是非ここをもう1つの家だと思って過ごしてほしい」

 

「ありがとうドクター。あたしロドスに来てよかった!」

 

 

そう微笑む彼女の顔は、ひどく年相応のものだった。

 

そんな年端も行かない少女でも、自らの意思で戦うことを選ばざるを得ない世界。すべて鉱石病という未知の____文字通りの“天災”が蔓延っていることに、改めて無力感を感じてしまう。もちろん、全く成果が出ていないわけではないが。

 

 

「………如何しましたか?」

 

「……いや、なんでもないさ」

 

 

リズ。

 

重度の鉱石病に加え、さまざまな身体的精神的障害を負ってしまっている()()()()。とても非力で、自分で歩くことすらあまりままならないような、絶望的と言っても差し支えない()()()()()()

 

もし彼女の身に何か不都合が降りかかれば、私はきっとなんとしてもそれを打ち斃すだろう。それこそ、いかなる手段を使っても。

 

そうならないように、しっかりと()()()()()()()()___と、考えてしまっていた。

 

 

「こーんちはー!」

 

「こらカーディ!あまりみだりにドクターに押しかけちゃダメだ!」

 

「……おや?」

 

 

なんて()()()()()()()()()()()()変なことをつらつらと脳内で並べていると、ひときわ活発な少女の声とそれをたしなめる様な少年の声が聞こえた。

 

行動予備隊A4所属のカーディとスチュワードであった。

 

 

「どうした2人とも?珍しいじゃないか」

 

「あ、ドクター!単に遊びに来ただけだよ!」

 

 

この素直さと行動力はロドスの中でもひときわ目立つ。そこが彼女の良いところではあるのだが、いかんせん元気すぎて機械類を壊さないか心配どころではある。

 

それを防止するのも兼ねているのか、スチュワードはカーディのお世話係のような立ち位置に収まっていた。それだけじゃなく、A4の面々に対して非常に世話焼きな性格であるように見える。

 

 

「すみませんドクター……カーディがどうしてもと」

 

「いいさ。私もオペレーターたちと適度に交流を重ねたいと思っていたからな。とりあえず2人とも、茶を用意するから少し待っててくれ」

 

「そういうことでしたら、僕がお淹れしますよ」

 

「いや、スチュワードも座ってていい。最近は茶を美味しく作るのにハマっているんだ」

 

「そうだったんですね。そういうことでしたら仰せのままにしましょう。ほら、カーディも大人しく座るんだ」

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

「そう言えば、スチュワードも苗字をコードネームにしていたな」

 

「?ええ、確かにそうですが……急にどうしました?」

 

「いや何、先ほどまでそういった話題をアンジェリーナと話していてな」

 

 

数分もせず2人分の茶を用意し。なんとかカーディを大人しくさせた後。ふとそんなことを思い出し、彼に訊ねてみた。

 

 

「どうして君は“スチュワード”をそのまま持ってきたんだ?」

 

 

すると彼は少しの間逡巡するようなそぶりを見せ、やがて優しい声音で言葉を発した。

 

 

「ドクター、“スチュワード”という家名がどういう意味を為しているか知ってますか?」

 

「……いや、あまり想像がつかない」

 

「“スチュワード”とは代々位の高い家に仕える一族でして、僕も長らくある主人に仕えてきました。あの方には随分と良くしていただきましたが、ある日突然『お前はよくやってくれている。ここでどうだ、私の元から離れて社会経験を積むのも悪くないだろう』と仰いました。見限られた、というわけではなく、僕のことを買っての発言だったようです。それから僕はフリーターになり、さまざまなことをしてきました____つまるところ、僕はこの“スチュワード”という家名に誇りを持っているんです」

 

「……なるほどな」

 

 

アンジェリーナとはまた違った誇り。自らの使命を全うし、実績を立ててきたが故の高潔な感情だ。素直に素晴らしいと感じるが、同時に私には一生持ちえないようなものだろうな、とも如実に感じているのだ。

 

 

私は、あまり自分の名前を明かさないようにしている。

 

何故ならあまり必要ないと思っているから。「ロドスのドクター」として、業務や戦闘指揮をこなす上でオペレーターたちがコードネームを用いるように、私も「ドクター」として為すべきことを為さねばならぬという使命感があるから。

 

何処まで行ってもそれを求められるのだと思っているから。

 

 

「いいんじゃないか。自分の名前に誇りを持つことはとても____それこそ、誇りをもつべきものだと私は思う」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()、とは続けなかった。ここでオペレーターたちに言っても無駄なものだ。

 

 

「あたしもそう思うよ。オペレーターとしては日が浅いけど、スチュワードくんがすごく丁寧で世話焼きだってのはわかるし。なんだか皆のお母さんって感じ」

 

「お、お母さん?そう言われたのは初めてですよ、アンジェリーナさん……」

 

 

口では戸惑っているが、実際まんざらでもなさそうな顔をするスチュワード。まあ、普段からカーディを制御してると思えばそういう印象を抱くのも普通なのかもしれない。

 

 

「……名前……」

 

「…………」

 

 

リズがぽつりと呟く。どうやら隣に座っている私にしか聞こえていなかったようだが、彼女の言う名前とは、スチュワードやアンジェリーナのように誇りなどではなく、ただ唯一自分が覚えていることだ。

 

無論、彼女にとってどれだけの価値があるかは分からないが……少なくとも、何かしらの思うところはあるのだろう。

 

 

「あ、そういえばこの後A4の皆で訓練するのを思い出したよ!ドクター、僕たちはこのあたりで失礼します」

 

「え、そんなのあったっけ?スチュワードくん」

 

「君はもう少しスケジュールを覚えておくべきだ!ドクター、頂いた紅茶、とても美味しかったです。それでは」

 

「あっ、引っ張らないでよスチュワードくーん……!」

 

 

……行ってしまった。嵐のようなオペレーターだったな。

 

とは言え茶を美味しく飲んでもらえたのなら、多少の自信がつくというものだ。これからも精進しようか。

 

 

「ドクター、あたしも行くね。ウタゲちゃんと遊ぶんだ!」

 

「そうか、そういうことなら存分に楽しんできてくれ」

 

「うん、ありがと!それじゃ!」

 

 

次いでアンジェリーナも去っていく。こんな何もないところにいるよりも親しい人との交流を重ねた方が彼女にとってもいい時間になるだろうからね。

 

比較的明るい面子が立ち去って、執務室に再び静寂が訪れる。とは言ってもすっかり慣れ親しんだものではあるが。

 

 

「……ドクター」

 

「どうした?リズ」

 

 

飲み終わったカップや皿などを片付け仕事に戻ろうかというときに、ふとリズから呼びかけられる。その顔はやけに真剣みを帯びているが……。

 

 

「……私に、ドクターの名前を教えていただきたいのです」

 

「……それをしたところで、特に意味はないだろう」

 

「……いえ、ですが……」

 

 

彼女が食い下がるのは、珍しい。それは彼女の無機質な人格に由来するものなのだろうが……なんだ?随分と不安そうな顔をしている?

 

どうしてだ?

 

 

「私は、名乗る価値も意義も持ち合わせてはいないのさ」

 

「……ドクター…」

 

 

Pi_Pi_Pi_Pi___!

 

その時、デスクに置いてあった通信機からある意味聞き慣れた着信音が発せられた。これは通常時の連絡じゃない____強襲の作戦が発生したときのものだ。

 

 

「リズ!」

 

「……行きましょう」

 

 

執務室と作戦会議室はそれほど離れていない。リズの歩行補助を加味しても10分程度でたどり着けるだろう。通信機を手に取り、「すぐに向かう」と告げた。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「現在、龍門にてレユニオンの残党と思われる集団が街を荒らしています。本来なら近衛局の仕事のはずですが、彼らは別の場所に駆り出されているそうで、我らロドスに鎮圧してほしいとフミヅキさんから要請がありました」

 

 

作戦会議室。スクリーン上に映し出された地図をバックに、アーミヤは作戦概要を語りだす。

 

どうやら今回の敵はなかなか手練れが集まっているらしく、こちらも練度の高いオペレーターを投入する必要がある。数も多いため、火力の高いオペレーターを集めるのが手っ取り早いか。

 

 

「ドクター、今回の編成はどうします?」

 

「ふむ……そうだな、シルバーアッシュ、エクシア、スペクター、スカジ、クオーラ、プラチナ、アズリウス、ニアール、ファイヤーウォッチ、ラップランド、フィリオプシスと……過剰だとは思うが、ナイチンゲールも入れよう。今言った11人に召集をかけてくれ。準備が出来次第すぐに殲滅へと向かう」

 

「了解しました。ロドスのオペレーターに告ぐ____」

 

 

アーミヤが通信機ではなくロドス全体の放送機で呼びかける。それを尻目に、私は少なからず心の中で安堵していた。

 

あのまま名前を聞かれていては、きっと私はぽろっと溢してしまっていただろう。それこそ、コップに並々と注がれた水があふれ出てしまうように。しかし、きっとこの作戦が終わった後にリズは再度訊ねて来るだろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ささやかにそう決心した。

 

 

「お待たせリーダー!今日は誰を撃ち抜けばいいかな?」

 

「貴方の呼び声により参りました……」

 

 

エクシア、スペクターが到着する。

 

 

「潰し甲斐のある奴らが表れたと聞いたら、じっとしていられないよね……?」

 

「ドクター!来たよ!」

 

 

ラップランド、クオーラが入ってくる。それからファイヤーウォッチ、ワルファリンなどが続々と集まってきて。

 

 

「プラチナ、只今召集により参上した……って、リズさんもいるんだ」

 

「あら、わたくしたちが最後みたいですわね」

 

 

プラチナとアズがやって来て、編成が整った。

 

 

 

 

 

さあ行こう、私は全ての障害を打ち払わねばならない。

 

ロドスから出ていくとき、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

p.m. 15:00 龍門/曇天

 

 

街を襲撃しているのは、感染者は誰でも受け入れるが非感染者は徹底的に排除することを掲げた感染者のための組織であるレユニオン___その残党である。

 

 

「しっかし、俺たちも落ちぶれたもんだな。前はあんなに人がいたのに、それもこれも全部ロドス・アイランドにぶっ潰されちまった」

 

「どうせ今日も来るんだろう、その前に一人でも殺しておくか」

 

 

その中に、アーツを纏った剣を操る“術剣士”と呼ばれる男と遠距離から後方射撃をする“狙撃兵”と呼ばれる男がいた。

 

彼らはこの龍門において、戦闘能力のない一般市民を殺害することには物足りなさを感じていた。当然だ、いくら非感染者とはいえ、力の差が歴然なのだから。手ごたえのないものを潰すほど事務めいた作業はない。

 

レユニオンのメンバーにとって、ロドス・アイランドのオペレーターは悪夢に等しい。ひとたび敵対した瞬間、つい数瞬まで仲間だった奴が赤に塗れた肉塊に変わり果てるのだから。

 

だが、それでも彼らは自らの信念を貫かずにはいられなかった。ほんのかすかな社会への抵抗とも取れる。

 

彼らの間にはわずかな諦めムードが漂っていた。

 

 

「緊急連絡!ロドスの奴らが現れました!」

 

「何、もうか?」

 

「……術剣士、一応この迷彩だけ纏っておけ。少しでも長く生き延びられるにこしたことはない」

 

 

そう言って狙撃兵はレユニオンに出回っている迷彩スーツを術剣士に寄越す。どうせ姿を隠そうが隠さまいが彼我の戦力差は比べるまでもないのだが、と言外に含まれているような言い方。

 

それを存外丁寧に受け取り、ひっかぶる術剣士。

 

 

「……さて、いつ繰り出そうか___!?」

 

「……どうした?」

 

 

瞬間、それまでのどこか希望をなくしたような様子をしていた術剣士の中で憎悪が沸き立っているのを狙撃兵は感じた。もうここ最近はすっかりロドスへの敵愾心も低下気味だったというのに、一体どういうことか。

 

 

「____いる。俺の、復讐対象が………サルカズが___!」

 

 

そう呻く術剣士は、遠目である一点を凝視していた。

 

つられて狙撃兵が見やる。その先にいたのは、緩くウェーブのかかった長い金髪に正しく“碧眼”と呼ぶであろう青い目を持った1人のサルカズ。

 

今はもうほとんどいないレユニオンの超古参であればその圧倒的なヒーリングアーツで幾度となく辛酸をなめさせられた()()サルカズであると判別できるのだが、生憎とこの場にいる術剣士と狙撃兵が加入したころには彼女は姿を見せなくなっていたため、彼らはそれを知る由もない。

 

 

「……過去に何かされたのか?」

 

「……ああ、あいつらの手で、俺の生活は奪われた。だから、消すと決めたんだ。サルカズなんか、存在してはいけない」

 

「……そうか。なら協力しよう。あの金髪のサルカズを撃ち抜けばいいんだな」

 

「ああ。勿論俺の人生を狂わせた本人じゃないが、死んでもらう____」

 

「落ち着け。狙うなら奴らの気が緩んだときだ。それまでステルスで隠れているぞ」

 

 

術剣士は腰に佩いたアーツソードをガシャリと鳴らし、狙撃兵はギチリとボウガンの弦を引き絞り。

 

そのままロドスのオペレーターたちの死角へと音を立てずに移動していった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

作戦は、特に大きなミスもなく順調に進んでいった。

 

今回の編成は私がよく用いるものであり、オペレーターの中でもひとしお信頼を置いている者たちばかり。苦戦らしい苦戦もなく一人ひとり、または複数人まとめて切り捨て焼き払っていく。もう人の死体にも慣れた。

 

正直オペレーターの間では、否めない作業感に対するどこか緩い雰囲気が漂っていたと感じている。もちろん実際に戦場で気を緩めていたとかそういうわけではないが、何やら「また残党か」という空気があったのは確かだ。

 

 

だが____

 

 

「………おかしい」

 

 

おかしい。観測されていた敵の数と殺した数が合わない……多すぎる。

 

事前にはじき出された討伐予定人数は53人。それに対し、現時点で少なくとも70は屠っている気がする。明らかに、殲滅に時間がかかっている。何処だ?何処からだ?

 

湧きつぶしをしているものの、想定していない数の敵にこちらの空気もだんだんと張り詰めたものになっていった。だが単に物量が増えただけでは大してやることは変わらない。敵を殲滅するまで戦い続けるだけだ。

 

 

「シルバーアッシュ、前方の敵を殲滅しろ」

 

 

冷酷に通信機で呟いた。

 

 

 

 

 

「……よし、なんとか全滅させたみたいだな」

 

 

それから、ものの15分ほどで敵は綺麗さっぱりいなくなった。それもこれも大体シルバーアッシュとファイヤーウォッチのおかげだが。

 

さて、敵も掃討し終えてロドスへと帰ろう……と、戦場に背中をむけようとしたとき。

 

 

「_______」

 

 

一瞬殺されたかと錯覚するくらいの嫌な予感が背筋を駆け抜けた。

 

まずい……まずい。まずい、まずい!

 

理屈はわからないが、確かにそのとき()()()()()()()という確信があった。だめだ、それだけは阻止しなければ__

 

リズは気付いていない。もう戦闘が終わったと認識し聖域も展開を解いている。このままではだめだ、どうする、どうする、どうする!

 

コンマゼロ何秒で思考を加速させはじき出したのは、「彼女を押しのける」ことだった。

 

 

「____リズ!!」

 

 

わたしが、まもらねば_____

 

 

その思いが、すぐ近くにいた彼女へと私を届かせるブースターとなったのか。それとも天に恵まれたか。

 

 

「___があああぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

彼女に肉薄したかと思った瞬間、背中に熱く鋭い激痛が発生し、同時に頭に強い衝撃を覚える。視界はぼやけ、思考もままならなくなる。暗闇の深海に精神が呑まれていく。

 

 

り、ず……

 

 

意識を手放す直前に、彼女のひどく呆けた顔を見た。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「______ドク、ター……?」

 

 

やけに焦ったような声を聞いたナイチンゲールが振り返って見たのは、背中から夥しい量の血を流して倒れこむドクターの姿だった。

 

一瞬、ナイチンゲールの思考が停止する。

 

 

「チッ、庇われたか……だがまあいい、敵の指揮官を潰せたのは大きい__だが、お前も道連れだ!!」

 

 

今のいままで迷彩スーツで姿を隠していた術剣士が忌々しそうに、それでも喜色を滲ませて叫んだ。そしてその勢いのままに、茫然と突っ立っているナイチンゲールにアーツソードを振り下ろす。

 

 

「おらああァァァァァァ____?!」

 

「ドクター……ドクター……?」

 

 

しかしその一閃は、復讐の対象である白き悪魔には届かなかった。ナイチンゲールが聖域を発動させたのである。

 

だが発動させたはずの彼女は、とり憑かれたように目の前で倒れている男の名を繰り返し口にする。目には光はなく、男の前に崩れ落ちてその双眸を朧げに向けている。術剣士のことなどまるでいないかのように。

 

どう見ても意識して展開したアーツではないことは明らかだった。

 

 

「な、なんなんだよ……なんで剣が届かねえんだ……目の前に、やっと殺せる相手がいるのに……!!」

 

 

術剣士は諦めない。理屈も原理も不明なまま自分の刃が届かないという不条理な現実を目の当たりにしても、なおその憎悪の炎を煌々と灯し続けていた。

 

 

あくまでナイチンゲールの聖域展開は無意識のものであり、無理やり突破しようとすれば出来るもの。実際このまま邪魔が入らずに術剣士がナイチンゲールと対峙し続ければ、彼の心より出づる復讐の牙は確かに白き悪魔に噛みつき引き裂くことが出来たであろう。

 

 

「_____深淵に還りなさい……!!」

 

 

それはあくまで、このまま邪魔が入らなければの話。

 

 

「がッ……!?だれ、だ……」

 

「……邪魔者の排除、完了いたしました……」

 

 

突然文字通り沸いて降ってきた銀髪の美女のその呟きが、術剣士の聞いた最期の言葉になった。

 

スペクター。深淵よりの使者。手に血濡れた回転ノコギリを持ち、いつもの戦闘服である聖職者の恰好の代わりに何故か外出用の私服を着ている彼女。そのボロボロに切り裂かれた衣服を見れば、彼女がこの戦闘においてもかなりの無茶を通したことがわかる。

 

そんなスペクターは、彼女にしては非常に珍しく口元が笑っていなかった。ただ倒れ伏している男に対する心配と憐憫が、その悲しげな赤眼から見て取れる。

 

 

「……ナイチンゲールさん、すぐにドクターを連れて帰りましょう……」

 

「………スペクター……さん………?」

 

 

ここでようやく、ナイチンゲールの意識が戻ったのだった。あくまで、意識だけだったが。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「くそっ、術剣士がやられた!ならせめて俺だけでも____」

 

「____瞬きせずに、自分の死を見つめなさい__」

 

 

スペクターが術剣士を切り刻んだ同時刻。物陰から様子を窺っていた狙撃兵が銀髪の美女に狙いを切り替えようとしたところで、本来なら聞こえるはずのない別の美女の声が響く。狙撃兵が何か言葉を発する前に、彼の胴と足は綺麗に切り分けられた。

 

 

「……こんなところに伏兵がいたなんて、とんだ失態だわ」

 

 

狙撃兵をたった一回の斬撃で屠ったのは、深海の狩人であるスカジ。同じ陣営であるスペクターとは違い、その戦闘服には傷1つすらついていない。

 

 

「……嫌な予感が、最悪の形で当たってしまったわ……!」

 

 

彼女は自分の不甲斐なさを嘆いていた。

 

つい先日に「首がひりつく」と伝えたスカジは、今日の戦闘でも戦地に出たときにはかなり気を配っていた。珍しく。そして何も異常はないと判断した。判断してしまった。

 

しかし、狙撃兵と術剣士はステルスを纏っていたのだ。唯一その隠ぺいを見破れるシルバーアッシュは最前線に出ていてこちらまでは見えていなかったし、ステルス看破するための近接オペレーターは近くにはいなかったのだから。そもそも彼らが死角に潜んでいたことさえ、ロドスのオペレーターは指揮官含めて誰も気が付かなかったのだから……。

 

 

「……とにかく、ドクターの元へ行かないと……!」

 

 

数瞬前まで眼前にいた敵のことなどもう忘れて、彼女はひたすらに自分の指揮官の安寧と延命を願い近くへ駆け寄った。

 

 

 

 

 

ほんの一瞬の出来事であったが、編成に加わっていたオペレーターには当然瞬く間に知られる。

 

 

「リーダー……リーダー!」

 

「しっかりしろ、盟友……!」

 

「ドクター……!」

 

「……フィリオプシスの感情の乱れを検知」

 

 

 

 

 

そのとき、誰もが同じ現実を捉えただろう。

 

 

 

 

 

 

ドクターが瀕死の重傷を負った、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナイチンゲールは、ロドスに帰るまで一回も動かなかった。

 

まるで魂すら抜けてしまったように。

 

 

 




”皮肉な運命”


後書きは活動報告にて。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#17 自覚

 

6:00 p.m. ロドス/晴天

 

 

 

 

 

『…………』

 

多種多様な人間が集まるロドスアイランド。彼らの交流が行われる最たる場所である公共食堂は、現在かつてないほどの重苦しい空気が漂っていた。

 

 

原因はただ一つ。彼らの指揮官であるドクターが、瀕死の重傷を負ってしまったこと。

 

 

件の作戦の後すぐにロドスへと運ばれたドクターは、現在ケルシーを筆頭とする多数の医療オペレーターによって集中治療を施されている。ロドスの医療技術は有数で、そこに集うオペレーターたちも当然高い技量を持っているので大丈夫だろう、という認識は共通のものであっても、なお誰も口を開けないでいた。

 

 

どれくらい時間が経ったのか。食堂に一人の少女が足を踏み入れる。我らがCEO、ロドスの公的代表であるアーミヤだ。彼女は食堂に集っているオペレーター__いない者もいるが、ドクターの指揮下にいる大体の人数である120強__を一人ひとり見まわし、たっぷり時間を置いてから先に結果を告げた。

 

 

「_____手術は成功です。ドクターは一命を取り留めました」

 

『………はぁ……』

 

 

ほぼ全員が、安堵のため息をこぼした。通夜のような雰囲気が一気に弛緩する。

 

 

「ひとまず安心したよ、アーミヤさん。もちろん、俺は信じていたけどね」

 

「おっと、その良い方はずるいよミッドナイト。あたしだって信じてたさ」

 

「……鉱石病すらコントロールすることが出来るロドスの技術だ、ただ斬られただけの傷で死なせるほどやわな所ではないだろう?」

 

「そうね、ケルシー先生だっているわけだし」

 

「オーキッドお姉さん……ドクター、元気になれる?」

 

「ええ、きっとね」

 

 

A6のメンバーが口を開いたのを皮切りに、食堂の至る所で幾分明るめな会話の火が灯るようになった。それを見たアーミヤも、いくらか緊張の取れた顔をする。

 

 

「……良かった」

 

 

そしてすぐにまた顔を曇らせた。

 

確かに一命を取り留めた、とは言った。事実なのだから。しかし()()()()()()()があることは、この空気の中で到底言えるような胆力をアーミヤは持っていなかったのだ。

 

しかもその懸念材料とは、医療チームですらどうも出来ないような天運によるもの。今は下手に落胆させない方がいいだろうと、アーミヤは口をつぐんだままでいることを密やかに決めた。

 

 

「皆さん、ドクターの意識が戻る期間は2週間とされています。それまでは全ての作戦がPRTSによって代行指揮されますので留意してください。それに伴い業務も一部滞ってしまいますが、その期間は低空飛行で行きます。ドクターのお見舞いにも行ってあげてくださいね」

 

 

仕方のないことだ。

 

今までドクターの担ってきた業務はとても多い。それこそドクターが源石を摂取しないといけなかったり、錯乱してオリジムシや砂虫を食べようとしたりするくらいには。その業務の進行が明らかに遅くなってしまうということは、ロドスの全体的な基地運営も滞るということだ。最も、もはやオペレーターにとってなくてはならない存在となったドクターの回復が最優先事項なのだが。

 

 

「……ねえ、アーミヤ」

 

 

とここで、不意にアーミヤに質問を投げかけようとするオペレーターがいた。

 

 

「どうかしましたか、メテオリーテさん」

 

「さっきからナ……秘書さんの姿が見えないけど、彼女はどこにいるの?」

 

「ナイチンゲールさんも医療チームに所属しているんだ、一緒にドクターの治療に携わっていたんじゃないか?」

 

 

そのときメテオリーテの発言に答えたミッドナイトは、彼女の疑問を少々的外れだと感じただろう。

 

 

「………」

 

「え、と……アーミヤ?」

 

 

しかしその素朴な質問にアーミヤは答えにくそうに、あるいは()()()()()()()()()顔を背けた。その様子にさしものミッドナイトも違和感を抱く。ややあって、重々しく彼女は口を開いた。

 

 

「……ナイチンゲールさんは、ドクターの治療には参加していません。それどころか、どこにいらっしゃるか私もあまり分かっていません」

 

『………?』

 

 

アーミヤの口から告げられたのは、この場にいるオペレーターたちに様々な憶測を抱かせるには十分な内容だった。

 

 

「それってさ、部屋に籠ってるってこと?」

 

「ハハッ、もしそうだとしたら随分と意外だね。あのナイチンゲールさんがそんなことをするなんて、ちょっとボクには想像が付かないや!」

 

「……彼女のことは、シャイニングさんや他の方に任せましょう。皆さんは特段気にする必要はありません」

 

 

エクシア、ラップランド両名の発言に半ば突き放すような形で諫める(とも取れる回答をする)アーミヤ。やはり、その顔は曇ったまま。

 

 

「皆さん、それぞれ持ち場や宿舎に戻って良いですよ」

 

 

表情と真逆の、いつも通りの声音でアーミヤはオペレーターの解散を促した。

 

誰もそれ以上追及することはなかった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「……アーミヤよ、何故皆の前であのような嘘を吐いたのだ?」

 

「……私、ドクターが斬られたと聞いた時に、あの人の無事と同時に____いえ、それよりも先にロドスのこれからの業務進行の遅れをどうするかを考えてしまったんです……代表としては確かに正しいかもしれません。ですが、1人の人間としては失格もいいところですね……」

 

「………ナイチンゲールの居場所は知っているのだろう?」

 

「はい。ですが、今は彼女に近づくべきではないのは本当です」

 

「……そうか。それで、貴様はどうするのだ」

 

「……どうする、とは?」

 

「このままナイチンゲールに対して負けを認めるのか、ということだ。貴様がどう思おうが、盟友の感情を聞かねば話にならないだろう」

 

「……」

 

「本当に大切なものが何なのか、よく考えるといい。貴様はまだ幼子にも等しいのだから」

 

「……ご忠告、痛み入ります」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

9:00 p.m.

 

 

 

 

 

私たちの尽力により、無事にドクターの命を繋ぐことが出来たのは、ひとえにロドスの高い技術水準のおかげでしょう。ケルシー先生らと共同で診たところ、()()()()確実に後遺症も残らないという結論に至りました。

 

 

 

 

 

……ただ、そう。ドクターは胴体に大きく袈裟掛けの傷を負っただけはなく、頭にも大きな衝撃が加えられていました。その結果、脳震盪も発生していることが診断されたのです。

 

脳震盪は外傷による一時的な記憶喪失が伴うことが多い症状ですが、大抵は傷を負った直後に現れる症状です。ドクターの意識が覚醒するとされている2週間後であれば通常は記憶障害も起こりえないとは思いますが……物事に絶対はありませんから。

 

 

「J.Aさん、シャイニングさん、一応ドクターの病室へと向かってくれませんか?治療したばかりですが、経過観察ということで」

 

「……わかりました、アンセルさん」

 

「了解です」

 

 

アンセルさんからの命を受け、ドクターのいらっしゃる病室へと向かうこととなりました。同じ医療チームに属しているJ.Aさんと一緒に廊下を歩いていきます。

 

 

「それにしても、ドクターの命を繋ぐことが出来て本当に良かったです……」

 

「……そうですね。ケルシー先生やワルファリン医師の技量は本当に素晴らしい」

 

 

今回の治療にあたって最も力添えになったのは、間違いなくこのお2人でしょう。我々医療チームの中でも飛びぬけて実力の高い両名がいなければ、もっと難航していたはずですから。普段から奇怪な噂の絶えないワルファリン医師もれっきとしたロドスの古株、ということでしょう。

 

 

「着きましたね。開けますよ」

 

「……ありがとうございます」

 

 

治療室から病室はほど近いもので、比較的ゆっくりと歩いても5分ほどで簡単にたどり着けます。つい先ほどグムさんから頂いた軽食を落とさないように、隣の彼女に扉を開けていただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「_____」

 

「___ひっ」

 

 

病室に入った瞬間に感じたのは、膨大なアーツの気配。

 

同時に、私の心の内側から、思わず両の目から涙が零れそうなほどの強烈なナニカがあふれ出てしまいそうになりました____。

 

 

 

 

 

部屋の中央にある、ドクターが眠っていらっしゃるベッド。

 

そこには、本来あるはずのないもの……大きな、大きな天蓋と思しきものが聳え立っていたのです。余計な装飾が全くない、ただ骨組みと半透明の布が被さっているだけのもの。

 

 

_____いえ、違います。これは、天蓋なんて華美なものではありません。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()。ここから濃密なアーツの気配が放たれているのです。そんなことが出来るのは、ロドスの中でもたった1人だけ。

 

 

「……………リズ」

 

 

部屋の中央にあるベッド、眠っているドクター。

 

その傍らに、簡素なパイプ椅子に座って虚ろな目でドクターを凝視し続けているのは、他でもない彼の秘書にして私の仲間。私の遠くからの呼びかけにも、今は答える素振りも見せません………ただ、彼の動かない右手を握ったままで。

 

 

……彼女の空虚な様子からは読み取れませんが、この大きな大きな鳥籠()が何よりも物語っています。

 

不安。

 

寂寥。

 

恐怖。

 

後悔。

 

自責。

 

____ありとあらゆる負の感情、紛れもない彼女の感情の具現化が、私たちを狂わせようとしていたのです。

 

 

「あっ……ああっ……ハァ…ハァ……っあああ……!!」

 

 

隣を見やれば、J.Aさんは既に過呼吸気味で発狂寸前でした。膝もがくがくと震えていて、瞳孔も開ききって……この負の感情は、普通の人では到底耐えうるものではないでしょう………こんなの、悲しいです。

 

私は彼女を早急に病室から追いやり、扉を閉めました。そして改めて彼女の方へ体を向けます。

 

 

「……リズ、リズ」

 

「…………シャイニング、さん……?」

 

「……ようやくこちらに気が付きましたね、リズ」

 

 

そう言いながら、手に持っていた軽食をトレーごとベッドの近くに置いてあるテーブルに置きました。グムさん謹製のサンドイッチです。

 

 

「まだ何も食べていないでしょう。こちらを」

 

「………ありがとう、ございます……」

 

 

サンドイッチを手に取ったリズは、そのまま最小限の動作で食べ始めました。目にわずかに光が戻ったような気がしますが……未だに部屋を支配する悪感情は消えないままです____相変わらず、気を抜けば鳥籠から溢れるそれに当てられて()()()()()()()()()()()()()

 

 

この「ドクターに縋りそうになる」感情こそがリズの本心、本質だと気が付くのは、そう難しいことではありませんでした。

 

………状況が状況でなければ、リズに確固たる感情が芽生えたのはとても喜ばしいことなのですが。

 

 

「……リズ。ドクターは必ず快復します。私を含めて、医療チームが総力を挙げて治療したのですから」

 

「………心得ています」

 

 

と一旦言葉を切った後、リズはサンドイッチをトレーに置き直し、自身の近くにあった天蓋()のうちの一本を撫でるように手を添えました。昔のような、死んだ目で。

 

 

 

 

 

 

 

「……ですが____私が、お守りすると決めたはずなのです……私は、これ以上ドクターが傷つき身を削る様を見たくはないのです……それなのに、()()()肉体まで……ですから、この檻にいれば、きっと……きっと、ドクターは、無事でいられるはずだと………」

 

「…………」

 

 

リズの目から流れる一筋の涙。

 

……そういうことだったのですね。貴方は、そう。そんなにもドクターのことを……いえ、これはそのような低俗なものではないでしょう。以前からおおよそ分かってはいましたが、こうして直に感情を発露する様子を見てしっかりと確信を持てます。

 

 

「リズ。私から多くは言いません。ですが、ドクターが必ず戻ってくることは断言できます……あの方は、たくさんの人に支えられています。その最たる支えはきっと、他でもないリズであるはずです……ですから、このような鳥籠がなくとも、きっと大丈夫ですよ……ええ、私が保証いたします……」

 

 

鳥籠に添えられた手に自分のそれを重ねて、しっかりと言い聞かせます。

 

 

「………シャイニングさん……」

 

 

少しの間をおいて、アーツの気配がきれいさっぱり消えていく感覚がしました。見れば、既にベッドを囲っていた天蓋はなくなっています。私の中に沸き上がる悪感情も、もうありません………これで、大丈夫でしょう。

 

 

「……ドクターの容体は安定していますね……これなら予定より早く意識が戻りそうです……リズも、体には気を付けてください」

 

「……行ってしまわれるのですか……?」

 

「……アンセルさんに報告をしないといけませんので……リズは、まだここに居るつもりですか……?」

 

「………はい」

 

「……そうですか。では、主に食堂に勤務しているオペレーターを中心に、ここに何か持ってくるようにお願いしておきますね……それでは、また」

 

 

 

 

 

それだけ言って、私は病室を出ました。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

ドクターへのお見舞いは、比較的すぐに解禁された。とは言えまだドクターの目は覚めないらしく、様子を見に行くくらいしかやれないのだけどね。

 

俺は誰を連れるわけでもなく1人で目当ての病室へと向かう。丁度宿舎からほど近い場所にあるみたいだ。

 

 

「失礼……っと、先客がいたんだね」

 

「………?」

 

 

気軽に病室の扉を開けて入ると、俺よりも先に見舞いに来ている女性がいた。ある意味当然とも言うべきか、そこには彼の秘書を務めているナイチンゲールさんが。

 

 

「こんにちは、ナイチンゲールさん。貴方も見舞いかな」

 

「……ごきげんよう、ミッドナイトさん。私は……ずっと、ここにいます……」

 

「……それは、ドクターの治療が終わってここに寝かされてからずっと、ということかな?」

 

 

こくん、と少しだけ首を縦に振り首肯の意を見せたナイチンゲールさん。それから少し話を聞いたところ、どうやら文字通り2()()()()()()()()()()()()()()()()。食事はアズリウスさんやグムさんなど数名が持ってきていて、就寝はドクターのベッドの隣にあるもう一つのそれで。トイレはこの部屋にあるし、確かにここにずっと居座るのが可能な環境だったそうだ。

 

正直、とても驚いた。そんなことをするような人だとは全く聞いたことがなかったから。

 

 

「……随分とドクターのことを気にかけてくれていたんだね。俺も嬉しくなってくるよ」

 

「……いえ、大したことはしていません」

 

 

例えばここで、普通の表情や声音(言うなれば自分を謙遜しているような表情や、遠慮がちな声音と言ったところ)をしていたのなら、俺も重ねて言葉を続けた___いや、続けられていたのかもしれない。

 

けれど、目の前に座っているナイチンゲールさん、表情はまるで人の死体を目撃した時のように暗く、美しいソプラノボイスも今にも消え入りそうなほどか細いものだった。

 

女性がそんな様子だとどうしても見過ごすことが出来ないのがホストというものだ。

 

 

「何かあったのかい、ナイチンゲールさん____良ければこのミッドナイトに話していただけませんか」

 

「………貴方に、ですか?」

 

「同じサルカズのよしみ、とでも思っていただければ。何か力になれるかもしれません」

 

 

一旦女性を相手にしてしまえば、職業病とも呼ぶべきかしっかりと敬語モードになる。何か飲み物があれば良かったんだけど、生憎と今から自販機に何か買いに行くのは少しばかり間が悪い気がしてね。

 

 

迷っているのかしばらく逡巡する素振りを見せるナイチンゲールさん。

 

 

「……ドクターから、ミッドナイトさんは他人の相談事を聞くのがお上手だと聞いています。ですので、どうかお力を貸してください」

 

 

少し時間を空けて、彼女はおもむろに口を開いたのだった。

 

 

 

 

 

「……私は、元々ドクターに対していかなる感情も抱きませんでした……重要なのは小鳥さんとするお話だけで、昇進にも全く喜びの感情が沸かないままでした」

 

「秘書に任命されてからしばらく経ったある日……ドクターに致命的な問題があることを知りました。それは……“ドクターが様々なものに囚われている”……丁度、私のような状況になっていたことです」

 

「……他にも、ドクターは自身の記憶を失っています。まさに、私と同じような境遇だったのです……そのとき、確かに存在しなかったはずの私の心がひどく痛みました」

 

「それから、私はドクターのお傍にいることにしました。この心の痛みが何なのか、それを知るためにも……」

 

「……プラチナさんやアズさんを始めとして、多くの人と関わるようになりました……シエスタに赴き、お茶を飲み交わし、映画という物を鑑賞して……少しづつ、ドクターのお傍にいることを大切に感じるようになったのです」

 

「……その過程で、私が嫉妬という感情を持っていた、という客観的事実をスペクターさんに指摘されました。私は、未だにそれがどのようなものであるかはあまり知り得ませんが……それでも、ドクターと過ごす夜はとても心地の良いものでした」

 

「……ええ、そこまでは……そこまでは、良かったのです。いつかの日、私はドクターをお守りすると決めました。私には、その力がありますから……ですが、それが叶うことはありませんでした」

 

「…………ドクターは、私の目の前で斬られました……あの方を、お守りすることが出来なかったのです」

 

 

「……もし…もし、ドクターがこのまま目覚めなかったらと思うと、不安で仕方がありません…ドクターがお傍にいないことで、これ程近くに居たいと思ったことはありません…意識が覚醒してから、言った通りに出来なかったことを責められ、見限られてしまうのではないかと思うと、体が震えて仕方がありません…力を持ちながら、それを他でもないドクターに振るえなかったと思うと、後悔を抱かずにはいられません____ドクターをお守りすることが出来なかった事実を認識すると、私に……杖を握ることは出来ません………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………1つ、聞いてもいいかい」

 

 

元ホストとしてではなく、ドクターを尊敬し敬愛する人の1人として、聞かずにはいられなかった。

 

 

「貴方は、ドクターのことをどう思っているのかな」

 

「………ドクターは」

 

 

綺麗な群青の目を細める彼女。その様子はまるで、ずっとなくしていた大切なものを見つけたときのような____

 

 

「………ドクターは、私に人としての生を与えていただいた、とても大切な人です……私は、あの人のお傍に…可能な限り、置いていただきたいと思っています」

 

 

………ああ、眩しいなあ。職業上多くの人を相手にする俺と違って、ただ1人のために向けている感情は。

 

 

「……それなら、そのままの感情をドクターに伝えてみるといいですよ。自分の気持ちは言葉にしないと伝わりませんから。意識が戻り次第、ハグでもしながら思い切っていけばいいと思います」

 

「……ハグ、ですか……ご意見、ありがとうございます」

 

 

あ、ちょっとした冗談のつもりだったのに、もしかして真に受けてしまったのかな。思ったよりも純粋な人みたいだ。この数十分で、ナイチンゲールさんへの印象がころころ変わっている__今は、ただ想い人を持つ童女のようで、今までで一番()()()()見えた。

 

 

「お役に立てたかな」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

「それは良かった……そうだ、今度ドクターと貴方に一杯奢らせてくれないかな。貴方たちは、とても美しい。ドクターにもそう言っておいてくれ」

 

「……分かりました」

 

「それじゃあ、俺は行くよ。また近いうちに」

 

「……さようなら、ミッドナイトさん」

 

 

俺は十分に役目を果たした。じゃあ、後は当人同士の問題だ。

 

ナイチンゲールさん、ドクター。あなた方の未来が明るいものであらんことを。

 

 

そんなことを思いながら、病室を後にした。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

____ここは、何処だ?

 

 

気が付けば、家具や装飾物が何もない真っ白な部屋に立っていた。いや、何も無いというのは間違いだ。部屋の中央には、これまた真っ白な椅子が1つだけ存在している。でも、そこに堂々と腰を下ろす気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

なぜ、私はあのときリズを庇おうと無茶を通したのだろうか。私には知りえない。

 

そもそもあれからどうなったのか。リズは無傷でいられたのか。ちゃんと私を斬った奴は殲滅出来たのか。何もかもがわからない。

 

 

なぜ?

 

 

『随分と頭を悩ませているようだな』

 

「____!」

 

 

いつの間にか、部屋の突き当りに大きな鏡が現れていた。私の体よりも大きく広いそれの中心に、こちらを見る1人の男____紛れもなく、私だ。だというのにその鏡に映った私が、あろうことか話しかけてきている。

 

どういうことだ?

 

 

『はっ。全くどういう状況か分かってない、という面だな。我ながら情けない』

 

「……貴方は、誰だ?」

 

『……()()、か。随分似合わぬ…いや、逆に似合うか?まあいい。私が誰かという疑問には、純然たる事実を以て答えよう____私は、お前だ。正確には、お前という男の残留意識とでも呼ぶべきか』

 

 

そんな馬鹿な、と一蹴してしまうことは出来なかった。彼奴の言うことは正しいと直感で分かってしまったから。

 

恐らく……というより十中八九、ここは私の意識の中だ。こんな場所は見たことがないし、肉体があれば残っていたであろう斬られた感触が、全く感じられない____待て、じゃあ此奴はもしかして____

 

 

『そんな無意味な憶測は必要ない。お前には聞かねばならぬことがある』

 

「………なんだ」

 

 

 

 

 

『お前は“ドクター”か?』

 

 

 

 

 

…………は?

 

 

「何を……言っているんだ?()()じゃないか。紛れもなく、私はドクターだ」

 

『………はぁ。呆れた。まだ分からないのか。もっと良く考えろ。お前が本当にドクター足り得るのか』

 

「な……何なんだ、それは………っておい、どこに行く!」

 

 

意味深な言葉を憮然と告げたと思ったら、鏡の向こうの私は瞬きする間に姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

一面の白を見せる鏡には、誰も映っていなかった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

私はドクター。そのはずだ。

 

この間チェルノボーグで目を覚まし、そのとき最初にアーミヤに出会った。

 

それから本当にいろんなことがあった。スカルシュレッダー、フロストノヴァ、メフィストやファウストと戦い、信念を貫き、そして敵を打ち破っていった。今でもあの手に汗握る激戦はしっかりと目に焼き付いている____フロストノヴァの、ひどく軽くなった手の暖かさも、当然覚えている。

 

 

そして、それより少し前にリズ____秘書とよく交流するようになった。最初こそ「白紙のようなオペレーターだ」と思っていたが、徐々に彼女は人間性を養っていったように思える。最近では随分変わり、()()()()()大切であるとまで感じている。

 

 

___でも、そうだ。その過程で、私は何度も何度もこの世界の不条理さや理不尽さを目の当たりにし、そのたびに考え、悩み、どうにか手立てはないかと道を探し続けていた。何も覚えていなかった私にとって、唯一の原動力となり得た「わずかな使命感や義務感」。それは()という人物に意味を与え、価値を生み、()を「ドクター」足り得るものとして存在していた。

 

そうだ!()は、「    ()」は「ドクター」でいることで初めて存在している。そう思って、思わないといけなくてずっと____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、どうして()は「ドクター」なんだ?

 

なぜ()が、()こそが「ドクター」でなければいけないんだ?

 

 

 

 

 

この使命感や義務感は、前の私のものだ。前の私が持ち合わせていたものだ。

 

そして、先ほどまで鏡の向こうに居た彼奴___前の私は、控えめに言って()とはかなり雰囲気が違っていた。ほとんど別人のようなものだ。ただ持つ意志が引き継がれていたからと言って、人格が違ってもそれは()のものだと言えるのか?本当に自分の意志でドクターとしての業務や指揮を行ってきたのか?

 

 

()がどうしてドクターとしていなければいけないのか。そんな、ひどく単純で最初に感じるべきだった問題を認識すると、様々な別の疑問の答えが浮かんできた。

 

 

そうだ、()がドクターである必要性はどこにもない。そして……()がドクター足り得るのか、それも不明瞭になってくる。

 

 

ここで思い返すのは、やはり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……今の状態で冷静に考えれば、すぐにわかることだった。あの時、私が()()()()()()()()()であるならば、優秀な指揮官(ドクター)であるならば無為に走ったり庇ったりしなくとも良かった。リズ(秘書)の能力を信頼し、信用し、あのままでも全く問題はなかったはずだ。彼女のアーツはいかなる傷をも治し、あらゆるアーツを消し去ってしまえるのだから。

 

それに、よりによってあのタイミングで今までと違った「一撃でこちらを瀕死・殺害する」攻撃を持つ敵など現れるはずがない。こちらの練度も考慮すれば、リズの命が狩られる可能性は限りなく0に近かかったはず。それを直感が勘違いし、こちらが無用な傷を負ってしまった___きっと今頃は、少なくないオペレーターたちに心配をかけているだろう。

 

 

……今の状況こそが「()はドクターとは言えない」ことを証明している、という結論に至るのは必然だった。

 

 

 

 

 

では、どうして?

 

どうして、私はドクターとしての役目(自分の存在意義)を放棄してまで__()()()()()への信頼をも振り切って、彼女を庇ったんだ?

 

 

 

 

 

『……そこにたどり着いたのなら上々だ。ようやっと気が付いたか、間抜け』

 

 

また、いつの間にか彼奴が立っていた。今度は壁に背中を預け腕を組んだ状態で。

 

 

「……あ、ああ。私は……ドクターではなかった。自分の行動に矛盾が存在していたことに、たった今気が付いた……だが……」

 

『そうだ____まあ、つまるところお前はあの場所で覚醒してから、ロドスアイランドではずっと「ドクター」として振る舞ってしかいなかった……逆に言えば、ただの一度も「   」としての意思を持たないままだった、ということだ。ある1人との関わりを除いてな』

 

「………」

 

 

 

 

 

____そうか。ああ、そういうことか。

 

てっきり大切な()()かと思ったら、そうではなかったんだな。

 

 

『……自覚したのなら、それでいい。後は自分の中で整理を付けることだな』

 

「……迷惑をかけたな、前の私」

 

『はっ、それも自覚しているのなら世話ない。今のお前は____いや、なんでもないさ。さあ、そこの扉から出ると良い。お前にここは必要ない』

 

「………貴方はどうするんだ?」

 

『もうしばらくはここに居るさ』

 

「……そうか。それじゃあ、またいつか会えるといいな」

 

『もうその必要もないだろうがな』

 

 

 

 

 

真っ白な部屋から出る直前、彼奴のマスクの奥に見える双眸は確かに笑っていたような気がした。

 

……さあ、行こうか。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「…………ん」

 

 

重い瞼を開くと、まずは良く見慣れた意匠の天井が目に入る。それから、自身の右手が何か柔らかいものに包まれている……いや、これは握られている?ことに気が付いた。

 

とりあえず体を起こそう。起こせるか?

 

 

「…………よ、っと…」

 

 

長い期間眠っていたのか、自分のものであるはずの体が思うように動かない。体を持ち上げるのにも力がいるし、口からは聞き慣れない掠れた声が発せられた。

 

握られている(であろう)右手の方へ顔を向けると。

 

 

「………」

 

「………すぅ……すぅ……」

 

 

規則正しい寝息を立てて、リズが椅子に座ったまま眠っていた。私の右手を、わざわざその小さく滑らかな両手で包み込みながら。

 

部屋の蛍光灯は点いているが、窓の外の暗闇を見るに随分と夜も更けているようだ。ベッドのすぐ横にあるテーブルに置かれた時計は23時を指していた。

 

 

「………寝顔、随分と…かわいらしいのだな……」

 

 

意識がなく力が緩んでいるため、自身の右手をなるべく起こさずに引き抜くのは容易だった。そのまま何とか頑張って彼女の頭まで持っていき、その艶やかな白金色の絹糸をサラリと撫でていく。自身の手つきが、これまでと違うような気がした。

 

 

「ん………んぅ……一体、誰が……」

 

「……おはよう、リズ……」

 

「____っ」

 

 

どうやら彼女を起こしてしまったようだ。起き抜けで頭の回らないまま目をこすり、こちらを見やってくる____?

 

 

「……ドクター…ドクター……!」

 

「うぉっ……」

 

 

………と思ったら、彼女にしてはとても機敏な動作で抱き着かれた。非力ゆえそこまで痛くはないが、その力の入りようから彼女の感情が容易に推し量れる。

 

 

「……すまない、リズ……心配…かけたな……」

 

「……どうして、どうして貴方が謝るのですか……それは、こちらの台詞ですのに……」

 

「……あのとき…君の力を、信用せずに……飛び込んでしまったのは……私の、落ち度だから……」

 

「……それは、違います。私が、私がお守り出来なかった所為です……」

 

 

 

リズは泣いていた。ああ、やっぱり相当に心配をかけてしまっていたんだな……ひどく申し訳ない。

 

呼吸するにもなかなか疲れるものがあるが、言葉を重ねる。彼女に言わなければいけないことが……伝えなければならないことがあるから。

 

慰めるように髪を撫でる。

 

 

「……この話は……お互いに謝罪し続けることに、なるから…止めよう……それより、あれから何日経ったんだ……?」

 

「……10日ほどです。ケルシー先生の見立てでは、2週間ほどで目覚めるはずだったそうですが、少し早めになりましたね……」

 

「……そうか、10日か……意外と、そんなに経って…いないんだな……」

 

 

良かった。これで月単位や年単位で寝込んでいたら、誰にも顔向け出来なかっただろう。

 

 

「……結局、あれから…どうなったんだ……?ちゃんと、敵は斃せたか……?」

 

「……スペクターさんが、しっかりと」

 

「……そう、か……彼女には、後で…お礼をしないとな……」

 

「………私も行きますよ……それにしても、ドクターがお目覚めになって…本当に良かったです……」

 

 

椅子を寄せ、更に甘えるように体を預けてくるリズ。今までにも何回かされたことはあるが、今となっては感覚が違う……いつまでも慣れることのない彼女特有のミルクめいた甘やかな匂いと相まって、とても心地の良い、胸の奥がじんわりと暖まるような多幸感が、胸の内に湧いてくる。

 

ああ……紛れもない。

 

 

私だ。私がいる。

 

 

そう感じさせてくれる目の前の存在が、心に染みこんでいく。その心地よさのまま、先ほどよりも動くようになった両手で彼女を抱きしめ返した。

 

 

 

 

 

「……()()()()()

 

「……?」

 

「クラヴィス。私の……私自身の、名前だ……おおよそ、誰にも言ったことがない……」

 

 

言葉を切り、タイミングを整える。深呼吸をひとつする。

 

 

彼女の顔が、こんなにも近い。改めてじっくりと見ると、やはりとても整った顔立ちをしていることがわかる。宝石のような青い瞳、少しあどけなさが残る鼻筋。瑞々しい桃色の唇。

 

綺麗だ。

 

一旦顔を外し、闇を彩る窓に視線を向けると、私の顔が___なんだかやつれていて、それでいてどこか晴れやかな顔が()()()()()()()()()()

 

 

やがて、徐に口を開く。

 

 

「……私はずっと、“ドクター”として振る舞ってきた……チェルノボーグで目覚めてから…ずっと……自分の空の心にぽつんと存在していた、使命感や義務感だけが……私の、原動力だった……」

 

 

1つ1つ、噛みしめるように。途切れ途切れになろうと言葉を紡いでいく。

 

 

「……君のことは……大切だと思っていた…思うようになった……けれど、あくまで秘書として……そう、認識していた…はずだったんだ……しかし、違った……」

 

 

視線をリズに戻す。未だに困惑している様子だ。

 

 

「……違ったんだ……私は…秘書としてじゃない……1人の他人として、リズのことを……他の誰より、大事に思っていたんだ……自分に問いかけて、ようやく気が付いた……」

 

 

瞬間、確かに彼女の目が見開かれたのを認知した。

 

 

「それまで、ドクターとして…求められるままに生きていた……だから、自分の名前など…意味がないと思っていた……けれど、それは…君が変えてくれたんだ……“クラヴィス”として…個人として、君は私を作ってくれていた……それが…とても、嬉しくて仕方がない……私だけの、感情だから……」

 

「……ドクター……それは、私も同じです……」

 

 

私の言葉に続けるリズ。

 

 

「……ドクターは、私に人の生を与えてくださいました……記憶も人格も失った私を、もう一度まっとうな人間にしてくださったのは、他でもない貴方なのです。私は……私は、そんな貴方のことを、強く……」

 

「……ありがとう……そうだったな…君も、同じだ……私たちは、似た者同士らしい……」

 

「……そうですね。私は、一番初めのあの日から薄々分かってはいましたが……」

 

「……ああ、そういえば…そんな話をしていたな……もう、随分と昔のように感じる……」

 

 

1つ1つの記憶……私にとってもリズにとっても、新鮮で真新しい記憶が思い起こされる。今の状況が、運命の導きのように思えた。

 

 

 

 

 

「……リズ、名前を……私の真名を、呼んでくれ……」

 

「………クラヴィスさん……」

 

 

 

 

 

ああ____なんと心地の良い響きだろうか。何度でも呼んでほしいと思ってしまう。

 

 

「……もう一度、呼んでくれるか…?」

 

「……クラヴィスさん……」

 

「……もう一度」

 

「……クラヴィスさん……いつでも、お呼びいたしますよ……」

 

「…………やっぱり…2人きりの時だけに、してくれないか……少し、恥ずかしい……」

 

「……貴方から、お願いなさったのに、ですか……?」

 

「……慣れて、いなくて………」

 

「……ふふっ」

 

「………はは」

 

 

____いつの間にか、私もリズも笑っていた。名前を呼ぶという当たり前の行為が、やけにくすぐったくて。いや、リズにとっては、私の名前を呼ぶのはこれで初めてか。

 

 

「……とりあえず…ナースコールで、ケルシーを呼ぼうか……あまり、他の人には見られたくないから……少し、離れてくれるか……?」

 

「……心得ていますが…もう少し、このままで宜しいですか…?」

 

「………奇遇だな…自分で言っておきながら、私も少し…名残惜しい……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

「………!……っ、はい……」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

ナースコールでケルシーを呼んだまでは良かったが、どこから聞きつけたのかそのあとすぐに、プラチナやアズを初めとした数十名が一斉に病室に押し寄せたのは少々驚いた。皆、私の覚醒した姿を見て分かりやすいほどに安堵していたな。思ったより多くのオペレーターに心配をかけてしまっていたらしい。

 

とりあえず初弾で訪れたオペレーターたちに無事を告げ、また後日ということで数十分喋ってから帰ってもらった……ケルシーは、「お前が無事ならそれでいい。私はともかく、ロドスには必要だからだ」と言っていたが、それほど刺々しい口調ではなかったように思う。

 

 

 

 

 

そして現在。特別に許可をもらって、ロドスの甲板に出ていた。もちろんリズと一緒に。

 

 

「……暦と移動場所のせいか、もう外は肌寒いな」

 

「そうですね……」

 

「……リズ、これを羽織るといい」

 

 

肩にロドスの制服をかけてやる。そんな両肩と足を丸出しにした服では寒いだろうから。案の定、リズは受け取ってすぐに着込むように制服の前を閉めた。

 

もう自分の声は戻っている。

 

 

「……リズ、空を見てごらん。星々の輝きが眩しい」

 

「……本当ですね……とても、綺麗です」

 

 

甲板に座り込みながら2人して見上げる。私の隣には、すっかり彼女が馴染んでしまったな。

 

しばらく即席の天体観測を楽しんだ後、私はふと言葉を紡いだ。

 

 

「……私たちは……同じ時間を過ごし、同じ空間を共にした、生まれたばかりの双子のような存在だ」

 

「ド…クラヴィスさん……?」

 

「だが、私たちはつい先ほど誕生したばかり。まだ何も知りやしない、幼子も同然なんだ」

 

 

横にいるリズに改めて向き直し、その顔を捉える。

 

 

「だから……リズ。この先、様々なことを共に学ぼう。これからも、たくさんの物事を、共に経験してくれるか……?」

 

「………はい、喜んで。貴方と共に、歩み続けましょう……」

 

 

そっと重なる手。今度はしっかりと握られていることを噛みしめながら、2人同時に顔を空に向け直す。

 

 

星屑が散りばめられた一面の闇の中で、ひと際明るい2つの星が寄り添い合うように輝いていた。

 

 

 

 

 

 




14545字。まるで最終回みたいだ……。





いちゃつくように見せかけて、実は自己が希薄な2人が相互人格形成をする話だった、ということでした。

寄り道がなければ後2話で完結です。まだ回収していない伏線がありますから。





………鳥籠はまた別の伏線です(小声)。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#18 変革



クフフ……ハァーッハッハッハ!!

交換リズが来たぞ!!!!これでようやく1凸目に出来る!!!!皆の衆、喜べ!!!!


これを投稿するころはまだ起きてはいませんが、起き次第ちょっと何十連か引いてみようと思います。ウィディエリへ貯めたいけど…。



すごく今更ですが、うちのドクター、クラヴィスの外見は「ダウナー系黒髪やや長髪イケメン」です。ダウナー系+顔の良さでリズとの並びを意識していく……。リズとの退廃的な雰囲気を想定した時に一番映えるなって。


アークナイツの作家さんたちと交流会みたいなやつ、やってみたいですね……皆がどういう思いで書いているのかめっちゃ気になる。

というわけでラスト2話です。今の今まで黙っていましたが私はあんまり医療関係のことは詳しくありません。







 

 

 

 

 

 

「……ドクター、失礼します」

 

『ああ、入っておいで』

 

 

コンコンコンコン、とビジネスマナーに則って4回ほど執務室のドアを叩くと、いつも通り……いえ、()()()()()()比較的明るい声が中から聞こえてきました。その声を受けて、中くらいの早さで扉を開けると。

 

 

「やあ、アーミヤ。今日はどんな要件かな」

 

「ごきげんよう、アーミヤさん」

 

 

この部屋の主であり、わた……()()()の大切な指揮官であるDr.クラヴィスと、その秘書であるナイチンゲールさんがそれぞれ()()()出迎えてくださいました。

 

 

「おはようございますドクター、ナイチンゲールさん。仕事は順調ですか?」

 

「ふむ……まあ、見ての通りだ」

 

 

見ての通り、という言葉通りにドクターのデスクを拝見すると、3つの書類の山が確認されました。一番高く積まれている山の書類は空白。ドクターが現在処理している書類は書きかけで、その隣にある左程高くない山には文字や判子が……って。

 

 

「ドクター、あまり進んでいないご様子ですね?」

 

「………ふむ。すまん、正直少し疲れた」

 

「あ ま り 進 ん で い な い ご 様 子 で す ね ?」

 

「………いや、まあ、その」

 

 

何ですかこれ、何ですかこれ!以前同じくらいの書類の処理を見かけたときは今よりも進捗は良かったじゃないですか!最近は比較的落ち着いてそれほど面倒なものは押し付け……回していませんのに!

 

当のドクターは少しだけバツの悪そうな顔をしていますが、記憶の片隅にある「……すまん、今日中に終わらせる」という、死んでなお仕事を終わらせようという気持ちのある顔ではありません。当然、今となってはそんな顔をさせていたことをひどく後悔しているわけですが……それにしたってちょっと堕落しすぎなのでは!?

 

ナイチンゲールさんは先ほどからこちらのやり取りを見ては、微笑ましいような表情を浮かべて別途書類の整理をしていらっしゃいます。真面目にしている分は何も言いませんが、他人事と決め込む(そういう)のはやめてほしいです。

 

 

「アーミヤ……15分だけ時間をくれ」

 

「駄目です」

 

「頼む、15分あれば必ず業務を終わらせるだけの気力をひねり出して見せる。この通り」

 

 

……以前は、こんな風に私に頼み込むようなこともありませんでしたし。

 

ドクターが生死の淵から快復してはや5日ほど。何が振り切れ(てしまっ)たのか、ドクターは非常に喜怒哀楽が豊かになったように思えます。そりゃもう、豊か過ぎてほとんど別人のように見えるくらいですね、ええ。

 

とはいえドクターが仕事に精を出してくれるようになるのであれば、私としてもそちらを推奨します。そういうものです。

 

 

「はぁ……分かりました。15分だけですからね」

 

「本当か!助かるよアーミヤ……さて、リズ」

 

「……またですか?ドクター」

 

「すまない。だがこれさえあれば、私はいかなる疲労も溶かすことが出来るんだ……」

 

「ええ、承知しています……いつでもどうぞ」

 

 

……え?何ですかこのやりとり?どうしてドクターが15分の休息をとる際に、ナイチンゲールさんとそんな会話しているんですか?え?

 

私が意味不明の会話に困惑している最中にも、ドクターは会話をしながらデスクの席を立ち、ふらふらとした足取りでナイチンゲールさんの座っているソファへと歩いていき、座り……。

 

 

「……ああ……やはり、とても心地が良いな……今すぐにでも寝てしまいそうだ」

 

「クラヴィスさん……ちゃんと15分で離れるのですよ……」

 

「……ああ、分かっているとも……そう、私は君がいるから生きていけるのさ……」

 

「………な、なな、なななななな」

 

 

もはや、理解も思考も視界も追い付きません……何をやっているんですか?何をやっているんですか?(2回目)

 

 

「……何をやっているんですか?(3回目)」

 

「ん……ああ、見ての通りだ。リズに協力してもらって理性を回復している」

 

 

理性を回復って何ですか?

 

 

「私の見立てでは、理性を数値化した場合リズの腿に頭を乗せたときに1分毎に理性が10ほど回復していき、おおよそ13~15分で私の理性は全開になるという推論が出ている。何回も実際に試してみて検証したから正確性は高いだろう」

 

 

自分の理性を数値化するって何ですか?

 

 

「……まあ、流石にこう何度もリズの手を煩わせてしまうのはそろそろ気が引けてきたところだ……何か別の、理性剤ともリズとも違う代用案を考えた方がいいな」

 

「貴方が倒れるくらいであれば……私はいつでも貴方をお支えしますから……」

 

「……そういう言葉は非常にありがたいが、やはり君の進行もやや緩やかになってしまうだろう……あ、少し待ってくれ、慰撫は効く……寝てしまう……」

 

 

 

 

 

………拝啓、ケルシー先生。

 

私たちのドクターは、いい意味でも悪い意味でも変わりました。具体的には素直になったというか、はっちゃけた方向で。その結果、何故かドクターとナイチンゲールさんが無意識にいちゃついている光景を目にしています。

 

どうしてナイチンゲールさんは何も言わずにドクターの頭を撫でているのでしょう。どうしてそんなに優しくしているのでしょう。どうしてドクターは当然のようにナイチンゲールさんに膝枕されているのでしょう。どうして彼女は慣れた感じでドクターを名前呼びしているのでしょう。

 

 

____誰か、助けてください……。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

私が目覚め、新たに生まれ直してから数日。私はどうやら、心に溜まっていたものが流れたような、はたまた自分に付けられていた枷のようなものがなくなった感覚を覚えていたみたいだ。

 

昨日のリズへの協力然り、他にもいろいろ口からするりと出てくるようになったり。私にしてみれば最近はとても心が穏やかで何も憂うことはないのだが、どうやら周りはそうではないらしい。まあ、あまり気にならないが。

 

 

そうそう、あれからというものの、何故かオペレーターの皆がやけに気を遣ってくるようになった。私の傷の原因としては完全に自業自得なので気に病む必要はない、と各人に都度伝えてはいるのだが、何故だか未だに過剰に優しさが感じられる。私が信頼されていたことの証なのだろうか、と一瞬喜びの感情が沸いたが………よく考えてほしい。

 

前までの私は、ドクターとして為すべきことに則って皆と接していた。それはつまり、相手の気分を害さないように、最低限明るめな雰囲気を作って接していたことに等しい。けれど、今の私はもうしない……というより、恐らく出来ないだろう。代わりに私らしく、思うように接していく。

 

つまるところ、私個人としてはまたゼロから信頼関係を築き直すという感覚でオペレーターたちと交流を重ねようと思った次第である。

 

 

「……というわけで、今日はこうして君たちと優雅に茶会を催しているというわけだ。どうだい、私の渾身の紅茶は」

 

「……わたくしたちが不在の間に、そんなことが起こっていたんですわね……わたくしとしたことが、何もできずに申し訳ないわね。わたくしはそれなりにこのお茶は好きですわ」

 

「ですが、こうしてドクターが無事でいらっしゃることに安堵しましょう、セイロン様……そうですね、もう少し湯に入れるタイミングを変えればより美味しくなると思います。少し前に比べれば、かなりご成長されたかと」

 

 

そんなこんなで、まずはシュヴァルツ&セイロンのシエスタ組へと殴り込み(という名の茶会勧誘)をした。リズがケルシーのところへ定期健診に行ってしまいどことなく暇だったから。

 

 

彼女らは丁度シエスタ(昔とは違う場所に出来た新しい方だ)に赴きいろいろと仕事をしていたらしい、もちろん源石学者として。それで2週間ほどロドスから離れていたため、私のことについて先ほどまで軽く説明していた。

 

 

「……確かに、以前とは少し雰囲気が異なりますわね」

 

「『紅茶の淹れ方を教えてくれ』と尋ねられた頃から抱いた違和感は、それだったのですね」

 

「……まあ、シュヴァルツの言いたいことはわかるさ。今から思い返せば、兆候はもうあったのかもしれない。そういうことだから、これから改めてよろしく頼む」

 

「当然ですわ。ドクターには鉱石病について、まだまだわたくしに協力していただけないと困りますもの。ああ、今となってはドクターも目的は一致しているでしょう?」

 

「はは、確かにそうかもしれないな」

 

「ドクターもセイロン様も、現在とても気概に満ち溢れているように見えます。なれば私は、お2人を邪魔する者を近づけさせないようにするだけです……こちらこそ、改めてよろしくお願いいたします、ドクター」

 

「……シュヴァルツ、ありがとう。セイロンも」

 

 

とそこで、ふと時間が気になり手持ちの時計で確認する。するともうそろそろ午後からの予定の時間が差し迫っていた。昼餉を食べるのも加味しての時間だが、移動時間なんかも考えると今がベストタイミングだろう。

 

 

「すまない、私はそろそろ行かなければならないようだ。次こういった茶会を開くまでに、より美味しいものを淹れられるようになるべく頑張っておくよ。それじゃあ」

 

「ドクター、お体には気を付けてくださいね」

 

「また今度研究に手伝ってくださいな」

 

 

2人とも軽く手を振って見送ってくれた。

 

 

…………さて。今日の進捗次第で、私の先の動きが大きく変わるだろう。それほど重要な予定だ、気合を入れていこうさ。

 

 

 

 

 

「ケルシー、入るぞ」

 

 

食堂に行く前に、ケルシーの入る研究室兼メイン医療ルームへと足を運ぶ。今日も相変わらず彼女は患者の治療を中心に様々な業務をこなしていた。こう言ったロドスの根幹を為すような取り組みをずっと見えないところでしてくれていたと思うと、本当に彼女には感謝しきれない。今日のことだってそう。

 

 

「ああ……お前か」

 

「今から昼餉を取ってから会談へと向かう。何か先方に聞いておくことはあるか?」

 

「……いや、今はない。もし何か後であれば都度私が直接聞く。お前は安心して向かえばいい」

 

「そうか、それは済まなかった。それだけだ………今回の件、本当に君たちには頭が挙がらない」

 

 

これは私個人だけが動いてどうにかなるものじゃない。ケルシーやワルファリンを初めとする優秀な医療チームの面々の力を全面的に借りて、頭を下げてようやく実現するものだ。

 

だから私は、何も心配することなく先方と会えばいい。どうせ今の私は足手まといだ、後は彼女らに任せればいいだろう。

 

 

「それじゃあ、また」

 

「………ああ」

 

 

用も済んだので早々に部屋から立ち去る。

 

 

 

 

 

すぐそこまで見えている光明に、私の足取りは自然と軽くなっていった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「………」

 

 

ぺらり、とただページをめくる音だけが部屋に響きます。

 

今日は、午後からドクターが某医療機関と会議があるそうで、私も暇を言い渡されました。本当は、私も秘書として同行したかったのですが……生憎、それなりに遠いようで。私に負担はかけられないということで、代わりにススーロさんを引き連れていったそうです。

 

 

「………」

 

 

……仕方のないことだとは、わかっています。

 

ですが、ドクターのお傍にいられないことに寂寥を感じてしまうことも、また仕方のないこと……そう思いながら、イースチナさんから借り受けた本__小説を、読ませていただいているのです。

 

 

「………これは……」

 

 

その時、小説のある場面で少し気になる箇所がありました。登場人物の女性の方の思考のシーンのことです。

 

『彼の名前を口にする度に、胸が熱くなってもっと呼びたくなってしまう。彼の姿を見るたびにどうしてか涙が出て、近くにいたくなってしまう。彼の一番側に私がいたい………ああ、そうか。私は___』

 

『__彼に、恋をしている。』

 

 

「………」

 

 

……少なからず、私は驚愕しました。ここに表現されている女性の感情と、私がドクター……クラヴィスさんに抱く感情の大部分が似通っていたからです。

 

と、いうことは……私は。

 

 

「__ドクターに、恋情を抱いているのでしょうか……?」

 

 

……恋情と言えば、少し前にアンブリエルさんとドクターと観賞させていただいた「映画」というものにも、同じような感情が描かれていた記憶があります。

 

ですが……その時に見た恋慕と、この小説に記載されている恋慕は、少し違うような気もしています……うまく言い表すことはできませんが。

 

 

「……イースチナさんにお伺いしてみましょう」

 

 

ドクターが仰ったように、私たちはまだ知らないことばかりですから。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「え……感情の違いがわからない、と?」

 

「はい。同じ呼び方をするはずなのに……どうしてでしょう?」

 

 

幸い、私に本の感想を聞こうとイースチナさんの方から私の__秘書用の部屋へと足を運んでいただきました。

 

 

「ふむ………そうですね、映画の方を見ていないので詳しいことは言えませんが……この物語のヒロインである少女が片思いで一方的な感情なのに対し、そちらの旅人と姫様は互いに合意の上で添い遂げると決めた……言わば互いが互いを大事にしたいという状態が暗黙なわけです。つまり利己的な感情か、利他的な感情かという違いではないでしょうか……すみません、私も恋はしたことはないもので」

 

「………なるほど、そのような違いが……」

 

「前者を“恋”と称するのなら、後者は恐らく“愛”と呼ばれるものでしょう。この二つの感情は似て非なるものだと、どこかで読みました」

 

 

……やはり、イースチナさんは聡明で見識のある方です。例え現実から得た知識でなくとも、1つ1つが彼女を作り上げているように思えます……。

 

彼女の言葉は、今の私ならおおよそ理解し得るものでした。「他人に感情を置くかどうか」の違い……。

 

私の感情は、恐らく後者でしょう。

 

 

「……それにしても、ナイチンゲールさんってそのような話題に興味がないと思っていました。意外です」

 

「……そう、でしょうか。いえ、確かに、そうかもしれませんね……」

 

「何かドクターと進展したんですか?」

 

「……進展が何を指して言っているかはわかりませんが……私たちは新しく生まれ直した、とドクターが仰っていました」

 

「……ふむ。見ようによっては私の推測はあながち間違いではありませんね。やはり私では少々力不足かと思われますので、もっと年配の方に訊ねてみるといいと思います」

 

「……そのように致しましょう。お答えしていただき、ありがとうございました」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「恋情と愛情の違い、か」

 

「はい。歴戦の戦士であるへラグさんであれば、より深い見地をいただけると思いました」

 

 

あの後、お時間のあるイースチナさんに歩行の補助を手伝っていただいたり、通信機を駆使してウルサスの元将軍とお聞きしているへラグさんにお伺いすることにしました。

 

 

「そうだな………私のかつての同僚の中には愛に生き伴侶と結ばれた者も少なからずいた。だが彼らは結局、魅力のある異性を我が物にしようとしているだけで、その後のことは何も考えていない奴がほとんどだった………つまるところ、そのように「他人に自分の欲望を押し付ける」ことは愛とは呼ばない。それは欲情という、最も醜いものよ」

 

「………では、貴方が思う“愛”とは、一体どのようなものなのでしょう」

 

「私は、愛とは「自分よりも相手のことを重んじ、互いに節度と親愛を持つような心の安らぐ感情」だと考えている。生憎、私はそのような相手はいなかったがね」

 

「節度……親愛……」

 

 

……やはり、私の感情は愛に近しいものかもしれません。

 

私は、ドクターを自分のものにしようなどとは一度も考えたことはありません……それは、私がどうこう言えるような立場ではありませんから。それに、ドクターには永久に苦しく辛い思いをしていただきたくはありません。

 

今度こそ、私がお守りすると……密やかに決めたのですから。

 

 

節度は……どうかは分かりませんが、特段失礼な態度を取っている、ということはないと思われます。親愛は……言わずもがなですが。

 

心の安らぐ……というのは、今までにも幾度となく経験しています。私の……私という個人のを作る最たる感情だと思われます。

 

ということは……。

 

 

「……私の抱く感情が、分かったような気がします」

 

「……お役に立てたようで何よりだ、ナイチンゲール殿………しかし、そうか。貴殿とドクターは、そうはならなかったのだな」

 

「……何がでしょうか?」

 

 

ふ、っと薄く笑みを浮かべるへラグさんの瞳は、柔和な優しさを携えていました。まるで子供の成長を見守る親のような目です。

 

 

「何、老人の些末な祈りだ……貴殿とドクターには、自由に生きてほしいと思ってな。ここに居る限り、それは可能だろうから」

 

「……自由に、ですか」

 

「そうだ。いつか、貴殿が如何なる場所へも自由に羽ばたけることを願っている」

 

「……よく理解し得ませんが、ありがとうございます」

 

 

とは言え、私の感情がどのようなものかはおおよそ把握することが出来ました……やはり、ロドスには様々な人が駐在されているのですね。

 

 

「そういえば、貴殿の感情は既にドクターに伝えてあるのか?」

 

「いえ……まだ、はっきりとは」

 

「………ふむ、そうか。それなら、時を見計らって『           』と伝えてやればいい。何、老人のささやかな親切心とでも思ってくれたまえ」

 

「……言葉にすることに、何か意味があるのでしょうか」

 

「そうさな……言葉にする、というのは最も自分の感情を明確に相手に伝えられる効果的な手段だ。ドクターもきっと驚くであろう」

 

「………それならば、そのように致しましょう」

 

 

………ドクターの指揮するオペレーターの方々は、お優しい方ばかりだと感じます。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「……では、本人の意志を確認し次第追って連絡する。今日はこんなところか」

 

「そのようだな。いや何、こちらとしても実績を作れるのはメリットだからね」

 

「私としてもまさに棚から牡丹餅、とでも言うべきものだった。正直、数か月後が待ちきれないほどだ………本当に、ありがとう」

 

「よしてくれ、君には多大な恩があるんだ。今回臨床試験の最終段階としてただで渡すのも、その一環なんだよ」

 

「それでもだ。今の私は()()とは別人だというのに」

 

「……僕には、そうは見えないがねえ。君も彼も、自分の目指すところにとても熱心だ」

 

「そりゃ大概の夢追い人はそうなるだろう」

 

「いいや、かつて僕が君……いや彼に見たその目の輝きは、今も衰えていないんだと思って安心したさ………ところで今回の件、もしかして()()がいるのかい?」

 

「まさか。それと同じくらい大事な人はいるが、そういうのではないさ」

 

「はははは、少し下世話な質問だったかね」

 

「全くだ。さて、私はこれで帰ることにするよ。いい返事を期待していてくれ。最も、返事をするのは私ではないがね」

 

「ああ。それじゃあまた近日にね、クラヴィス君」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「………」

 

 

夜。

 

手に本を持ってページをめくる動作をしながらも、私は別の思案に耽っていました。それは当然、ドクターにいつ『例の言葉』をお伝えするかということです。

 

 

へラグさんは「時を見計らって」と仰っていました。それはつまり、これをお伝えする適切な時間があるということでしょうか。

 

……ドクターも私も、何も無い時間____落ち着いた時間が宜しいでしょうか……。

 

ですが、日々業務をこなしているドクターにあまり気負いのない時間というのは存在していません。出来ることなら、その日の作業がない状態で……ドクターのお心が最も安らいでいる時間が宜しいでしょうか。

 

 

「………一日の終わり、ちょうど現在のような時間帯でしょうか」

 

 

新しく拝借した本の内容も頭に入らず、ただそのようなことのみを考えてしまっています……。

 

 

「……リズ、いるか」

 

「………!はい、こちらに」

 

 

その時、私室の扉が数回叩かれる音が聞こえました。そして扉の向こうからは、よく聞き慣れた落ち着きのある声。私の知る限り、このように私に呼びかける人はただ1人しかおりません。

 

 

「ただいま、リズ」

 

「お帰りなさいませ……クラヴィスさん」

 

 

………やはり、私の心はクラヴィスさんと共にあるのでしょう。クラヴィスさんのお顔を拝見するだけで、このように心が軽くなるのですから。

 

貴方のお傍にいると、私の開かれた鳥籠に貴方が入ってくるようで。

 

 

「クラヴィスさん……私は、貴方のことを……っ」

 

「リズ!」

 

「……クラヴィスさん?」

 

 

思わず口をついて出そうになった言葉を飲み込むが早いか、クラヴィスさんはそれなりの勢いで私の両手をつかみ上げました。

 

 

 

 

 

「リズ、君の足が治るんだ!君はもう一度、自分の足で歩くことも走ることも出来るようになるかもしれない!」

 

「………え?」

 

 

 

 

____そうして、私に大きな変革をもたらす福音を告げたのです。

 

 

 

 

 







短め。コスト17リズを見れると思うとそれだけで顔がにやけます。


次話は25日(日)の0時に投稿する予定です。日付が変わって日曜日になる瞬間です。最終話なので、さながらつべのプレミア公開ばりに待機してくださると嬉しいです。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#LAST 比翼の小鳥



かつて彼らは比翼の鳥……すなわち一眼一翼、相互補助をしないと宙に上がることすらままならない存在だった。

しかし、今は違う。それぞれもう片方の眼と翼が出来た、もう何の制限もなく飛べる存在になった。


____故に彼らは、己の翼で自由に大空を羽ばたいていく。

自らの意志で、互いに寄り添って。





最終話。どうぞ最後までお見守りくださいませ。







 

 

 

 

 

「リズ、君の足が治るんだ!君はもう一度、自分の足で歩くことも走ることも出来るようになるかもしれない!」

 

「………え?」

 

 

 

 

 

19時。

 

会議先から帰ってきて、ケルシーへの報告もおざなりに真っ先にリズのところへと向かった。幸い彼女は現在割り当てられている秘書用の部屋にいたので、丁寧に室内へと足を踏み入れる。

 

彼女の姿を視界に入れた瞬間、高揚に任せて先に高確率で訪れる未来(希望的観測)のことを彼女に伝えてしまっていた。

 

 

「……そ、れは……一体……」

 

「あっ、ああ……すまない。少々はしゃぎすぎてしまった」

 

 

前触れなく彼女の手を握りしめてしまっていたことに数瞬遅れて気が付き、慌てて手を放す。それに伴って私の弾んだ心も一旦冷静さを取り戻したようで、1つ深呼吸を挟んで改めて彼女に向きあう。

 

 

「……さて。どこから話そうか……そうだリズ。もし君の足だけがほぼ完治してまた自由に動かせるようになる方法があるなら、君はどうする?」

 

「……そのようなことが、あり得るのですか?」

 

「ああ。前の私の知り合いに細胞をメインに研究している医療機関の研究員がいてだな。そこが開発し以前から研究を重ねていたとある細胞が、君の足を治すのに一役買ってくれるかもしれないんだ______その名も、多様変化型適応性万能幹細胞。我々は単に『万能細胞』と略しているが」

 

「……それは、どのような?」

 

 

リズの返しを受けて、カバンから今日の会議の資料をまとめた書類を取り出し机に置く。

 

 

「ずばり、体の任意の部分の細胞の中にこの細胞を導入・培養することで、その部分の細胞と全く同じ細胞に変化し増殖していく。再生医療への画期的かつ極めて有効な手段だと言われていて、リズのその足にも適用できるかもしれないということで臨床を兼ねて譲り受けることになったんだ。今回は足の神経細胞に混入させることで再生させる手立てとなっている」

 

 

先ほどからリズは固まったままだ。唇が震えている。

 

 

「………私は、また歩けるようになるのですか?」

 

「万能細胞の働きについては、神経系への効力含め一定の結果が出ている。全く不可能じゃない」

 

「……貴方の隣で、どこまでも羽ばたけるのですか?」

 

「すぐにとはいかないだろうが、十分にあり得るだろう」

 

 

そう言うとリズは一瞬顔を伏せ、考えるような動作をする。あまり時間を置かずに顔を上げると、その目には決意が漲っていた。

 

 

「その話、お受けいたします」

 

「……ありがとう、君ならそう言ってくれると思っていた。さっそく先方に承諾の意を伝えよう」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「え、リズさんの足が治るの?」

 

「その可能性が高い、ということだそうです」

 

「もし本当にそうなれば、今よりも遥かにいろいろな所に行けますわね。手術はいつ頃になりますの?」

 

「ええと……最短で1週間後だな。まあうちにとっても重要なオペレーターだ、それなりに優先される事項なのだろう」

 

 

あの後、とりあえずお茶を淹れようという話になり執務室へ向かうと、ちょうどそのタイミングでプラチナとアズに出くわした。そんなこんなで計4人分のカップに淹れ、茶菓子も用意し、リズの足のことについて軽く説明したのだ。

 

まあ、最短でということなので実際いつになるかはわからないが。

 

 

「……んでも、リハビリとかあるんでしょ?すぐにってわけには行かないよね」

 

「そうだな、まあそこは仕方ない。リズが十全に走れるようになるまでと考えたら数か月程度我慢はしてやるさ」

 

 

初めに向こうに____××大学医療研究機関に連絡してからはや数ヶ月。やっと私の目標が叶うんだ、もう少しくらい待ってやる。

 

 

「どのみち私たちにはやることがない。後はケルシーら医療チームに任せるしかないさ」

 

「そうですわね……わたくしも毒素の除去こそ一助となりましたが、細胞については専門外ですから」

 

「私は元よりだね。その分、無事に治ったらうんと祝わなきゃ」

 

「そうだな。それはもう盛大にやろう」

 

 

近い将来の楽しいことを考えつつちらりとリズを見やる。しかし当の本人は、顔に色濃く疑問を表していた。

 

 

「どうした、リズ?何か心配事でも?」

 

 

しれっと私の手を不安そうに握ってくるリズに訊ねてみる。

 

 

「……私の体は、多くの病魔に侵されていると聞きます。このまま他のものも快復すればいいのに……と、過ぎた望みを抱いてしまうのです。貴方のお傍に、長くはいられないと思うと……不安で……」

 

「……確かに、現状のままでは難しいかもしれない。しかし、ここに集うのは世界的に見てもトップクラスの実力を持つケルシーやワルファリンを筆頭とする、様々な医学に精通したものたちだ。きっと……きっと、君は死ぬことなく生きながらえる。私はそう信じている」

 

 

重ねられた右手の上から更に己の手を重ね、安心させるようにゆったりと撫でる。随分と不健康そうな手が彼女の白くしなやかな手の上で往復しているのを見て、恐らく絵面的には逆の方が良かったのではないかという邪念が一瞬頭をよぎった。

 

少しばかりした後、手を放しついでに頭も撫でる。

 

 

「……私も同じだ。君がいなくなるのはとても寂しい。生きる価値すら喪失してしまいそうなんだ……この手が、髪が、君の存在が私を繋ぎとめてくれるのだから」

 

「……クラヴィスさん……」

 

 

自然と近くなっていく私たちの距離。いつかのように、あるいはいつものように並んで寄り添う。すっかり、これが私たちにとってのリラクゼーションのような行為になっていた。

 

 

「……ちょっと、いちゃつくのはいいけど私たちの目の前でされると流石に……」

 

「ふふ、仲が宜しいのはこちらも嬉しくなりますわね」

 

「………ん?どうかしたか、2人とも」

 

「いーや、なんでも」

 

 

……まあ、仲が良いかと言われたら自信をもってそうだと言えるが。別に変なことはしてないと思う。リズも不思議そうにきょとんとしているし。

 

 

「……無自覚って怖いね」

 

「まあ、何のことを言っているかはいまいち理解出来ていないが……ここからリズは忙しくなるぞ」

 

「心得ています……ですが、それを乗り越えればきっと開けた景色が見えるはずですから。精進しましょう……」

 

 

うむ、そうでなくてはな。とりあえず今日のところはもう夜も遅いし、茶会もそこそこに休んでしまおうか。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「____以上だ。何か質問のある者はいるか?…………いないようだな。それではこれでカンファレンスは終わりだ。各位当日まで備えるように」

 

 

終了の言葉を告げ、会議室から足早に去る。

 

今回のナイチンゲールの手術の主治医は私が務めることとなった。難易度が比較的高いものであるため適任だと自分でも思うが、私の心中は複雑な感情が渦巻いていた。

 

 

____よりによって、()()からあんなことを頼んでくるとはな。

 

 

正直な話、最初にクラヴィスから「ナイチンゲールの足を治してほしい」と進言されたときは9割がた無視しようと思っていた。彼奴からの言葉だし、ナイチンゲールの足に関しても特段憂慮する必要はないと判断していたからだ。

 

しかし彼奴は具体的な手段を提示し、万能細胞の提供先も取り付け、後は本人の意思確認だけというところまで持ってきて私に要求を突き付けた。まるで記憶喪失とは思えないような整然とした内容……算段が付くのなら無視しないわけにはいかない。

 

そうして精査した結果、十分に成功する可能性があると判断し医療チームで担当することを告げたんだ。

 

 

 

 

 

_____彼奴は変わった。

 

チェルノボーグで目覚めてからは、ほとんど死人のような雰囲気で激務をこなしていたと聞く。数度会話してもまるで感情らしい感情など感じられなかったことから、確定的だろう。

 

ナイチンゲールが秘書として任命されたときは何かの冗談かと思ったな。過程は違えど同じ記憶喪失、何か思うところでもあったのだろうかとかすかに思ったくらい………だが、そこからだった。そこから彼奴は変わっていったように思える。

 

 

今や彼奴は、以前とは見違えるほど人間味に溢れている。私の言葉を信用しなかった前の彼奴とも違う、別に確固たる人格を作り上げたのだろうか。

 

確固たる人格と言えば、ナイチンゲールの変化にも私はただ驚嘆するしかない。鉱石病の他にも目を覆いたくなるほどの疾患を抱えている彼女は、当初は自我すらも喪失していた。受け答えこそ最低限するが、はっきり言えばただそれだけ。人形と言った方が適切ですらあったかもしれない。

 

 

____それが、どうだ。

 

 

定期健診を重ねるにつれ、彼女は明らかに変革していった。感情が豊かになっていった。人間味が増した____“人”になっていった。

 

クラヴィスがそれに関わっていると聞いた時は、流石に目から源石が零れ落ちたかと思うくらいに衝撃を受けたものだ。彼奴が、よりによって彼奴が。

 

それから彼女と対話をするときにはなるべく注視するように心がけて接したが、非常に重い病に侵されていても、鉱石病が未だに治らなくても。まともに歩行すらできずとも……ナイチンゲールの感情が偽物のものとは、どうしても思えなかった。

 

 

「……彼奴も、そしてナイチンゲールも。変わったのだな。似た者同士、というやつか……」

 

 

長い生、何が起こるか分からないものだ。

 

そうこう思いにふけっているうちにとある部屋へとたどり着く。中に入ると、ちょうど今考えていた人物が私を待っていた。

 

 

「……ケルシー先生」

 

「待たせたな、ナイチンゲール……それでは今から、先ほどのカンファレンスの内容を伝える。何か分からないことがあればその場で質問するといい」

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__以上だ」

 

「ありがとうございました、ケルシー先生………申し訳ありません、私の治療に手を貸していただいて」

 

 

ナイチンゲールがあまり浮かない表情を浮かべている。少し前までの彼女なら、そんな些細なことにには何も反応を示さなかっただろうに。こうして直に会話するのは初めてではないが、いつまで経っても慣れる気がしない……私にしては、珍しく。

 

 

「別に君が気にすることじゃない。1人の医者として、患者の容態が回復するのは喜ばしいことだ」

 

「……それでも、です。私は知識と力を持ちながら、それを自分に生かすことの出来ない状態なのですから」

 

「……礼ならクラヴィス(彼奴)に言ってやれ。私はただ医者としての責務を全うするだけだ」

 

 

ただ純然たる自分の心持を言っただけなのに、ナイチンゲールは何故か口元に笑みを浮かべていた。何か可笑しかったか。

 

 

「どうかしたか」

 

「……いえ。ドクターにこの先どうお礼を尽くして差し上げようかと、場違いな考えが頭をよぎっただけです」

 

「……そうか」

 

 

__少しくらいは、信じてやってもいいのかもしれない。ナイチンゲールをここまで見違えさせた彼奴を。自身も大きく変革した彼奴を。

 

 

「……今回は、細胞を混入させてきちんと増殖するまでが手術だ。成功率はそれほど低くはないが、100%ではない。頑張ることだ」

 

 

そんな馬鹿らしい感情が一瞬湧き出たが、すぐに頭の中のごみ箱に投げ捨てた。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

あれからというものの、一気にロドスは(主に医療チームが)慌ただしくなった。メンバー総出で準備をしているらしい。私の時とほぼ同じ面子だというのだから、本当に彼らには頭が挙がらない……それに対して、私とリズはそれをただ執務室で度々知りながらゆったりと(前よりも控えめになった激務をこなしつつ)過ごしているだけ。当事者と言えど、その前に患者であるリズも特段何か準備に加わるということもなく、ただ運命の日を待ち続けていた。

 

 

 

 

 

そして、1日前。

 

 

 

 

 

「……いよいよ明日だな」

 

「そうですね………未だに、現実感がありません」

 

「誰しもそういうものだろう」

 

 

すっかり私にとってもリズにとっても定位置となった執務室のソファ。いつもの通りに座り、ゆるやかな空気を過ごしていた。当然、会話のトピックは明日の手術のこと。

 

リズの運命すら変える大きな大きな日がすぐ目の前に迫ってきているのにこんなに普段と変わらぬ日常を過ごしているのは、一周回って正常なんじゃないかと思えてきたほどだ。

 

 

「……クラヴィスさん。もし……もし、明日の手術が……細胞の増殖がうまくいかなくて、私の足がなくなっても……お傍に置いていただけますか?」

 

 

おもむろに、そう呟くリズ。

 

………そんな今にも鳥籠に閉じこもってしまいそうな眼はやめてくれ、と言葉にする代わりに、そっと彼女の細い腰に手を回し抱擁した。

 

それだけで私の感情が伝わったのか、力を抜いてこちらにしなだれかかってくる。

 

 

「……こういうことだ。君が羽ばたけなくなっても、私が君を連れ出そう……私たちに今できることは、ただ信じることだけ……」

 

「………そう、ですね」

 

 

私のそれとはまったく異なる、小さく細い腕が私の背中におずおずと回される。必然的に密着具合も増す。リズの体温と甘やかな匂いが直に感じられて、私の心に薄々貯まっていた不安も溶かされていくようだった……人肌の温もりは、ひどく落ち着くものだな。

 

 

「……あと数時間くらいこのままで……」

 

「それは……少しばかり多いと思われます……ですが、もうしばらくこうしていたいです……」

 

 

不安が読み取れる声音で更に体重をかけてくるリズを胸で迎え抱き入れる。そっと手入れされた髪を撫でようと後頭部に手を回す。リズが気持ちよさそうに息を吐いた。

 

 

………やはり、そうだ。

 

確かに私は他人としてリズのことをとても大事にしているし、彼女と過ごす時間は好きだ。それと同じくらい、プラチナやアズも加わった4人での時間も大事。

 

だが、プラチナやアズに向ける感情とリズに向ける感情は性質が異なるものであることが最近分かってきた。具体的に言えば、前者がオペレーターの枠を超えて大切に感じているのに対し後者はその上、アーツをあまり使わせたくないだとか、他の部分の心配や不安もまとわりついてくるような。

 

 

 

 

 

………リズに向ける感情は、どう考えてもいち他人に向ける感情の量を超えている気がする。これはつまり……そういうことなのだろうなあ…。

 

「……」

 

 

サラリ、とふわふわの金髪を一撫で。

 

 

よし、言おう。

 

 

即決だった。

 

 

勿論、互いに互いの存在というのは共通認識だろう。だが敢えてそれを感情にし、言葉にすることが大事なのだろう。そう意識した途端に、思わず口から無意識に言ってしまいそうな感覚に陥る。さながらふるいにかけた砂糖のように。

 

しかし、今ではない。恐らくリズの足の手術が成功し……てから先、リハビリが済んで完全に1人で歩けるようになったときかな。いろいろと予定を済ませて、落ち着いたところで。それがベストだろう。

 

 

だから……必ず、治ってくれよな。

 

 

普段はあまり信用していない天運に、この時ばかりは祈った。しばらく二人きりの時間を過ごし、来たるべき明日を待ちながら。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「____それでは、これよりナイチンゲールのオペを開始する。オペ自体はそれほど難しいものではないが、のちの細胞の増殖に適した形で成功させることを心に留めておけ」

 

『はい!』

 

「……」

 

「……怖いだろう、ナイチンゲール。局部麻酔だが」

 

「………少しばかり。ですが、皆さんの技量を信じていますから」

 

「……ありがたいことを言ってくれる____それでは始める。メス」

 

「はい」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

病室までの道のりをひたすら駆けていく。

 

「手術が終わった」という連絡をもらって、その時に手を付けていた仕事を即座に放置し、気が付けば自然と足が急げ急げと私に訴えかけていた。

 

ない体力もひねり出しつつ、目的の部屋まで一目散に走る。

 

 

「____リズ!」

 

「……ドクター」

 

「もう少し静かに扉を開けてくださいね、ドクター」

 

 

ガラガラとけたたましい音を立てて病室に滑り込むと、病衣を着てベッドに安静にしているリズと傍らでカルテらしきものを持って立っているアンセルの姿が視界に入った。

 

 

「はぁ……はぁ…ああ、すまん……そうだ、手術はどうなった?!」

 

「落ち着いてください。ちゃんと何事もなく完遂しました」

 

「……はあぁぁ~……良かった……おえっ……」

 

 

安心してしまったせいか、とうとう体力が切れてその場にへたり込んでしまった。息も絶え絶え、横っ腹が痛くてしばらく立ち上がれそうにない。

 

 

「……だ、大丈夫ですか、ドクター?」

 

「はぁ……ふぅ……全速力で走って来ただけだ、すぐに回復するさ」

 

 

ズリズリとへたり込んだまま頑張って移動し、リズの近くへと寄る。

 

 

「……良かった。無事に手術が終わって。調子はどうだ、リズ」

 

「はい、特段違和感などはありません……それほど、急がなくとも宜しかったのですよ?」

 

「バカ言え、今日のことは私たち共通の懸念だったろう。業務中は居ても立っても居られなかったさ」

 

「……私がいなくとも、しっかりお仕事はしてくださいね」

 

 

ド正論だった。

 

とは言え、これで第一段階クリア。細胞の増殖期間がおおよそ数ヶ月と言われているので、その数ヶ月のうちの最初の1週間で増えるかどうか、それが勝負の分かれ目になる。

 

 

「……アンセル、正直な話、どうだ?」

 

「オールクリア、後遺症も特にないとでしょう。ケルシー先生の見立てでは細胞増殖も特段問題ないという推論が出ています……安心してください、ドクター」

 

「……そうか。ケルシーの言葉なら信用できる……ああ、待ち遠しいな」

 

「………私も、同感です」

 

 

ここ最近でだいぶと握り慣れた色白の手をそっと包む。もう不安に塗れてはいないことを示すようにしっかりとした手つきで握る。リズがそれにつられてこちらに微笑み返した。

 

物事に絶対はない。それは分かっている。だから、きっと彼女が青い空へと自由に羽ばたけるように、その軽やかな足で無限の大地を駆けられるように。

 

彼女が必死にリハビリをこなすように、私も自分に出来ることを精いっぱい頑張ろうと思った。

 

 

そのとき、後ろの方でガラガラと控えめな音が聞こえた。誰だ?

 

 

「……ドクター?」

 

「…………ア、アーミヤ……」

 

「今は私が秘書を務めさせていただいていますよね?ドクターのサボりを諫めるのも私のやるべきことですから」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、あと5分」

 

「____問答無用です♪」

 

「あっ、ちょっ、リズ、アンセル助けて____」

 

 

 

 

 

執務室へと強制送還された。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

あれから一週間が経つと、無事に増殖し、神経細胞が再生しているのが確認されたそうだ。ケルシーほどの医者の見立てだ、外れることはまずないだろうと思っていたため、意外にもニュートラルにその事実を聞き入れたような気がする。

 

そして予想外の出来事が1つ。どうやら件の万能細胞の増殖が、これまで観測されたデータよりも遥かに速いスピードで行われているらしいのだ。勿論今までモルモット等の小動物でしか実験されていなかったためヒトの場合は違う結果が出る可能性はあったのだが、向こうに報告したところ『例えヒトであっても増殖速度は大差ないという予測が出ていた』らしい。

 

考えられるのは、リズの体と万能細胞の親和性。もしくはサルカズ族と細胞の親和性。おそらくこのどちらかなんだが、正直割とどうでもいい。増殖速度の急上昇がリズの体にデメリットを引き起こさなければ。

 

それもあり、本来なら増殖だけで数ヶ月かかるところを、たった2週間ちょっとの期間で完了してしまうという見立てが出た。

 

 

「リズの足が本当に動くのか、心配になって来たな……」

 

「……ドクター、何も恐れることはありませんよ。細胞は問題なく足に根付き、組織と神経系を形成していっていますから」

 

「……シャイニング」

 

 

自販機横にあるベンチで缶コーヒーを飲みながら独り言ちていると、隣からシャイニングに声をかけられた。突然だったために一瞬心臓が跳ねたが、彼女特有の落ち着いた低音によりさほど驚かずに済んだ。

 

 

「そうだと……いいけどな。いかんせん私は神経学が専門とは言え、細胞に関してはさっぱりだ……飲み物はいるか?奢ろう」

 

「……ロドスの医療技術の高さは、貴方の方がよくお知りでしょう?……お気遣いありがとうございます。では紅茶を」

 

「了解」

 

 

静けさが辺りを支配している中、ピッ、と自販機のボタンを押す音だけが木霊する。無機質な鋼板の壁に反射して思いのほか響いた。

 

 

「……ドクターは、現在仕事中のはずでは?」

 

「今日はアーミヤが外に出ているんだ。だから仕事の終わる時間くらいは自分で決められる。今秘書をしてもらっているスカジにも、もう部屋で休んでもらうように言ったさ」

 

「……やはり、アーミヤさんは厳しいのですね」

 

「はは、本人には言ってやるなよ。あれでも常に私たちのことを考えて発言しているのだから。本当に頭が挙がらない」

 

「……それも、そうですね……ドクター」

 

 

会話が切れてしまったと思って右に顔を向けると同時に、シャイニングに空いている右手を握られる。視線を上にあげれば、何やら泣きそうな彼女の顔が目の前に迫っていた。

 

 

「なんだい」

 

「…………リズの人格を繋いでいただいて、本当にありがとうございました。いくら同じ仲間でも、同様の症状を経験していない私では、理解に限度がありましたから……」

 

「……それは、ただの偶然さ。たまたま記憶喪失だったり、たまたま仕事に追われてドクターとしての責務を果たそうとばかりしていたり。全ては私の天運が悪かったからに過ぎない」

 

「……それでも、です。少し前までは、彼女の()()()()笑顔が見られるなんてつゆほども思っていませんでしたから……」

 

 

それは、最初期の私も薄々感じていた。ドクターとして生きていたとき、「ただ同じ記憶喪失だから何か話の手がかりになるかもしれない」という極めて打算的な考えでリズを秘書にした直後のとき……多少会話を交わしただけでも、「ひどく空虚なオペレーターだ」という感想を抱いたのはよく覚えている。

 

 

「……言ったろう、偶然さ。とは言え、今は私も切にそう感じている。ああ、リズの感情が豊かになったことを考えたら……そうだな、涙が出そうになる」

 

「……ドクターも、随分と人間らしくなりましたね?」

 

「言わないでくれ。少し恥ずかしい……」

 

「……ふふっ、可愛いですね」

 

「よせやい」

 

 

夕日も地の下に隠れ暗闇で空を塗りたくりつつある時間帯。温もりの薄い蛍光灯が冷たく照らすベンチで、存外にゆるりとした会話が広げられていた。

 

 

「こちらこそ、お礼を言わなきゃいけないな……シャイニング、ありがとう。リズをここに連れてきてくれて」

 

「……ここに来たのは、道中で偶然ロドスという組織を知ったからです。貴方と同じですから、礼を言われるようなことはありません……」

 

「それでも、だ。リズと出会っていなければ、私は未だ“ドクター”という立場に縛られていただろうから……って、似たような会話さっきも交わさなかったか?」

 

「……あら、そうでしょうか?」

 

「はは、これは一杯食わされたな……もう少し、話さないか?」

 

「……構いませんよ。私も今は、誰かと関わっていたい気分ですから」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

コンコン。

 

 

「リズ、入って良いか」

 

『……構いませんよ、クラヴィスさん』

 

 

それからまた1週間経って、リズの足の神経細胞の再生が完了したという連絡を受けた。実際にどういったものか、というのは私も知らないので少し楽しみにしていたものだ。

 

許可を受けて病室に入る。今度はもちろん丁寧に。

 

久しぶりに見た彼女は、前よりも少し元気そうな様子でベッドから体を起こしていた。

 

 

「……1週間ぶりだな」

 

「……お仕事が立て込んでいたのですか?」

 

「というよりほぼアーミヤのせいだな。流石にあの剣幕からは逃れられんよ」

 

 

他愛もない日常会話。本当に久しぶりにリズと会ったので、先ほどから胸の高揚を抑えきれていない。このままだらだらと会話に花を咲かせていたかったが、それよりも気になることがあるよな。

 

 

「………それで、どうだ?」

 

 

ふっ、とリズの顔が柔らかいものに変わる。

 

 

「……クラヴィスさん……今、私には足があるのです。とうの昔に失くしたはずの、自らの両脚が……ちゃんと、私に付いてあるのです。見てください……」

 

 

そう言って掛布団をめくり、病衣すらはだけさせて、鉱石すら分布していない細く白い足をこちらに見せつけてくる。筋肉量がひどく心もとないように見えるが、そんなことは重要じゃない。

 

 

私に見せつける際に、左右の足を組み替えたり膝を曲げたり、五指を開いたりして自由を示すリズ。

 

その動きは、健常者のそれと何も変わらないスムーズなものだった。

 

 

「______」

 

 

____瞬間、胸から様々な感情があふれ出す。さながら並々に張られたコップに、蛇口から水を注ぐときのように。

 

 

「……本当に、治ったのだな」

 

「………ええ」

 

「……これで、君はまた歩けるようになるのだな……っ」

 

「……ええ…そうなのです……」

 

「……これが、君の本当の足なのだな……っ!」

 

 

腿からふくらはぎにかけて、自身の手でそっと撫でつける。きめ細やかな肌の手触りをしっかり感じ取っていく。触れ合っていく。

 

そこに通っている血管にまで到達させるように、じっくりと確かめていく。枷のなくなった、紛れもない彼女自身の下肢を。

 

 

「……クラヴィスさん、少しばかりくすぐったいです……」

 

「……ああ、ああ……そんな感覚も感じられるようになったんだな……本当に、本当に……」

 

「……泣いていらっしゃるのですね」

 

 

気が付けば、私の目からは抑えられなくなった感情が形になって零れ落ちていた。拭おうと思えば拭えるのに、何故か止めることをせず流れ落ちるままに任せている____仕方がない。この涙は、私の感情の象徴にも等しいのだから。

 

ボロボロと零れる液体で視界が霞む。

 

 

「……っ……っ!」

 

 

この腿も、膝も、ふくらはぎも、足の指も。今の今まで事実上存在しなかったものが、今はある。ひどく単純で、それでも眼前に確かに見えている現実。

 

声にならない歓喜の叫びが、確かに轟いていた。

 

 

「……クラヴィスさん、私のときより涙を流されていますよ……」

 

「……っぐ、すまない。いざこうして目の前で見せられると、様々な激情が溢れてしまって……」

 

「……今なら、貴方の涙の意味が分かります。私のために、泣いてくださるなんて……私は、恵まれていますね……拭かないと、皆に知られてしまいます」

 

「……指で私の目元を拭うと汚れるだろう」

 

「これは貴方の感情ですから……汚いなんてこと、あるはずがありません……」

 

「……いいさ、別に。後で自分で拭いておくよ」

 

 

 

 

 

 

「ナイチンゲールさん、大人しくしてm………」

 

「………」

 

「……ススーロさん」

 

 

「____な、ななな何をしてるのおおぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、病室でふしだらなことはダメだからね!わかった!?」

 

「……はい」

 

 

突如として室内に入ってきたススーロ。どうやら彼女は今日の定期健診係に任命されていたらしく、リズの足の細胞組成が完了した様子を見に来ていたらしい。一旦医療ルームにチェックシートを取りに帰っていたのだとか。

 

それだけなら良かったのだが、彼女が戻って来た時に運悪く私がリズの素足に触れているシーンを目撃してしまったために、今現在誤解の元に叱られていたのである……正座で。いかがわしい目でリズを見たこともない身からすれば濡れ衣もいいところなのだが、それを伝える勇気はない。

 

 

「すまなかった。リズの足が動くようになったと聞いて、思わず感情が溢れてしまった」

 

 

とりあえず先ほど話したことと全く同じ内容を伝えて場を凌ごうとする。どう考えても容疑者の苦しい言い訳にしか聞こえなかった。

 

 

「はぁ……気持ちは分からなくもないけど、女性の体にみだりに触れるのは、いくら秘書だからと言っても良くないからね?一歩間違えたらセクハラだよ?」

 

「心得ている」

 

 

いけてそうでダメだった。しっかりと釘を刺されてしまった。いや、私も私で本当に無意識じみた行動だったから流石にもうしないとは思うが。

 

私の奇行の被害者(語弊あり)を見やっても、本人はきょとんとしているだけである。

 

 

「よし。それにしても、まだ連絡がそっちに行ってから十数分だっけ?ふふ、早すぎるよドクター」

 

「ずっとこの日を夢に見ていたんだ。気持ちが逸らずしてどうする」

 

「……そこかしこで『ドクターが変わった』って聞いてたけど、本当だったんだね。うん、私的にはこっちの方が好きだよ」

 

「ありがとう、自分でもそう思う。っと、そうだ、明日……いや今日からでもリハビリだろう?どれくらいかかりそうだ?」

 

 

通常の歩行リハビリテーション、例えば脳卒中などの患者の場合は、平均して4週間ほどで歩行可能になるという研究の結果が出ている。当然病状も違うのでそうはいかないが、出来れば早めがいい……。

 

 

「ナイチンゲールさんは前々から受けていたから、歩くこと自体ならそんなにかからないと思うよ。もちろん、完全に筋肉量を取り戻すために向こうしばらくは通院しないといけないけどね………うーん、そうだね。早くて2週間ってところかな?いまの段階でどれくらい歩けるかにも依るけど」

 

「……早いな?」

 

「あくまで現段階での予測にしかすぎないから、これから実際にリハビリを行って様子を見る予定だよ」

 

「そうか……2週間か。これは心の準備が間に合わないかもしれないな」

 

「大げさじゃない?」

 

「そんなことはない」

 

「はぁ……それじゃあ、この後13時からリハビリに入るからそれまで談笑なりなんなりしてていいよ。ナイチンゲールさんも大丈夫ですか?」

 

「構いません」

 

 

 

 

 

その後しばらく、ススーロも迎え入れ3人で会話に花を咲かせた。彼女にあれこれ聞かれたのは意外だったが、特にやましいこともないのですらすら答えると「あ~……私、邪魔だったかな……」と苦笑いを浮かべていた。まあ特段そういうのを気にする性質じゃないから、その後も普通に居てもらったが。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「ご機嫌よう」

 

「……ん、偶然だね。どうしたの?」

 

「いえ、何だか背中に哀愁が漂っていたように見えたので。何かありました?」

 

「……んー、何か寂しいなって」

 

「……寂しい、ですか?」

 

「ほら、ドクターが目を覚ましてからもう何週間も経ったけどさ、リズさんとドクターの関係性が一個上のものになったじゃん」

 

「……確かに、そうですわね……そう言えば、貴方はドクターに好意を寄せていたのでしょう?」

 

「まあね、最初は「一緒に旅しながらゆっくりと過ごせたらな」とは思ってた……けどさ、環境が変わったじゃん」

 

「そうですわね。リズさんとお話しするようになり、朝の食卓を4人で囲むようになり……とても、平和で楽しいものですわ」

 

「そ。最初はドクターの近くに居られるからと思って参加してたけど、いつの間にかすっかりリズさんとも仲良くなってさ……」

 

「……実はわたくしも、ドクターに懸想していましたの」

 

「……まあ、何となく分かってたよ。そうでもなければわざわざご飯なんか作りに来ないだろうしね」

 

「あら、確かにそうですわね……ですが今となっては、ドクターとリズさんを見守るのが嬉しくて仕方がありませんの。不思議ですわよね?」

 

「私はまだ付け入る隙はあると思ってるよ。私のプライドを折って愛人にしてくれたって構わないとさえ思う___やっぱり、ドクターの近くに居たいことには変わりないなぁ」

 

「ふふっ……諦めが悪いのですわね、プラチナさんも」

 

「生来だね……ふぅ……とは言え、これからも緩やかに過ごせたらそれが一番だよ、アズさん」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

2週間という時間は存外に早く流れるもので。

 

 

日々快復に努めていると、意外にもすぐに自立歩行の許可が下りました____すなわち、私の退院する日がとうとう訪れたのです。

 

 

「……お疲れ様です、リズ」

 

「ありがとうございます、シャイニングさん……本当に、このまま執務室へ向かっても良いのですか?」

 

「……ええ、構いません。ですがくれぐれもお気をつけてくださいね。まだ完治したわけではありませんから」

 

 

普段着用している戦闘服に身を通しながら、この2週間ですっかり馴染んだ両脚を軽く動かします。シャイニングさんはこう仰っていますが、個人的な感覚では今すぐにでも走り出せそうなほど……。

 

下肢の感覚の軽さを抜きにしても、今現在において私の心はかつてないほど逸っていました。

 

 

「……準備が出来たようですね」

 

「ええ、万全です」

 

「………リズ」

 

 

荷物を整えてもう出発しようかというタイミングで、シャイニングさんは私の右手を取り、しばらく目を閉じた後そっと呟きました。

 

 

「ドクターに、よろしくとお伝えください」

 

「……はい、勿論です……それでは、行ってきます」

 

「……ええ、お気を付けて」

 

 

大事な仲間に見送られて、私は病室を後にしました。

 

大切な人に、今の私の姿を見ていただきたくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちはリズさん!どこに行くの?」

 

「……クオーラさん」

 

 

執務室へ向かう道をゆっくりと歩いていると、前方からクオーラさんが歩いてきました。その手には細長い棒と小さい球が。

 

 

「これから……野球ですか?」

 

「うん、広場でやるんだ!リズさんもどう?」

 

「……申し訳ございません、これからドクターにお会いするので……」

 

「それなら仕方ないね!それじゃ!」

 

 

……あっという間に私の来た道へ消えていきました。相変わらず元気なお人です。

 

少しだけ、その元気を分けていただいたような気がしますね……足が軽くなったような気もします。

 

 

「……体力がないことが、悔やまれます……」

 

 

一歩一歩目的地に近づくたび、少しづつ自分の足を動かすたびに、私の心が更に高揚していくのが分かりました。

 

……体力も筋力も、私はまだ取り戻せていません。それなのに、私のこの2本の足だけが速く早くとその歩みを進めようとしているのです。徐々に歩行の速度も高まっていっているのです。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

____このまま歩行が加速すれば、目的地にたどり着くころには私は息切れを起こしているでしょう……ですが、それでも。

 

 

 

 

 

早く、クラヴィスさんにお会いしたいのです。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

そわそわ。

 

 

「……」

 

「………ねえ、ドクター。少しは落ち着いたらどう?」

 

 

そわそわ。

 

 

「……」

 

「良いではありませんか、プラチナさん。ドクターのお気持ちはよくわかりますもの」

 

 

そわそわ。

 

 

「……」

 

「………テンジン」

 

「ピィッ!」

 

「痛ぁッ!?」

 

 

たった今シルバーアッシュのペットであるテンジンに強撃をかまされたのは、他でもないドクター。今ではすっかりマスクを着用しなくなり、その不健康そうな顔や出で立ちは誰から見ても浮足立っていることが窺えるだろう。そんな彼は、先ほどからしきりに執務室内を右往左往している………では何故、今日に限ってこんなにも落ち着いていられていないのか。

 

答えは簡単。今日が、他でもないナイチンゲールの退院日であるからだ。

 

 

「ドクター、いくらナイチンゲールさんのことが心配だからって、そこかしこを歩き回らないでくださいね」

 

「こっ、こここれが大人しく座っていられるか!?リ、リズがここまで自力で歩いて来るというのに……」

 

「はぁ……そんなに心配ならリハビリもちょくちょく見に行けば良かったのにね。まあ、当日までのお楽しみって感覚は分からなくもないけど」

 

 

そう。

 

このドクター、2週間にわたって行われていたナイチンゲールの歩行リハビリテーションを一切見ないようにしていたのである。会うのはプログラムが終了した夜だけ。プラチナが言ったように、退院日である今日までナイチンゲールの歩く姿を取っておきたかったのだと。

 

「ナイチンゲールがこちらに来る」という連絡をもらったのはほんの2,3分前。通信機を切った直後からこの様である。

 

 

「ここと病室まではおよそ徒歩10分。距離にして1㎞ほど。今までの彼女であれば到底歩ききれるようなものではありませんが」

 

「……そうこうしているうちにも、ほうら……刻一刻と迫ってきているぞ……プラチナ、大丈夫だよな?私の顔は変な感じになっていないよな?」

 

「大丈夫だから、安心してリズさんを迎えてあげてね」

 

「それならいいが……おう……おおう………」

 

 

この様である。

 

 

連絡を受けてから5分が経った。ドクターは早すぎるのか遅すぎるのか分からない時間の過ぎように、とうに混乱を迎えている。

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

やがて、誰も口を開かなくなる。チッ、チッと秒針の進む音だけが執務室に響き渡り、それが却って彼の焦燥を駆り立てていた。あまりの緊張と不安で動きを止めたドクターを、アーミヤ、プラチナ、アズリウス、シルバーアッシュ(+天井裏のグラベル)は静かに見守っている。

 

もう後数分か、という意識が部屋にいる人物全員に広まった………丁度その時だった。

 

 

 

 

 

ガラガラガラッ!

 

 

「ッ!?」

 

「____はぁっ……はぁっ……っふ………」

 

 

唐突にけたたましい音を立てて執務室に転がり込んだのは、今一番ドクターが待ち望んでいた人物。彼女は激しく肩で息をしながら、開けた扉に手をつき必死に呼吸を整えていた。

 

 

「……ぁ」

 

 

 

そのとき、ドクターの気だるげな双眸が大きく見開かれる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、本当に誰にも見えることの出来なかった事実(到達点)が、彼の心の緊張と不安をいとも容易く塗りつぶし驚愕と歓喜に染め上げたのである。

 

 

「あ………あ……」

 

「はっ……はあっ…………っ」

 

 

自然と近くなる2人の距離。止めるものも遮るものも、何も誰もいない。

 

 

 

 

 

「____リズッ!!」

 

「____クラヴィスさん……っ!」

 

 

 

 

 

周りに誰がいたかも忘れて、ドクターとナイチンゲールはどちらからともなく抱擁を交わしていた。

 

 

「走って来たのか……そんなに急がずとも良かったのに……!」

 

「……違います、はぁっ……クラヴィスさんに、一刻も早くお会いしたくて……」

 

「動かせるようになったばかりなのだから……無理はしなくとも」

 

「……それでもっ……貴方に、私が羽ばたく様を見ていただきたかったのです……っ」

 

「……ああ、ああ……しっかりと見たよ…万感の思いだ……」

 

 

 

完全に蚊帳の外な他のオペレーターも、大なり小なり微笑ましい様子で2人を見ていた。

 

 

「……ああ、そうだ、リズ」

 

 

ここでドクターがナイチンゲールとしっかり抱き合ったままひとつ、居住まいを正す。

 

その目つきは真剣そのもの。何か大事なことを言わんとしていることは、この場にいる誰にもきっちり伝わっているだろう。

 

少しばかり時間を取って、覚悟を決めたようにドクターが口を開いた。

 

 

 

 

 

「……リズ、聞いてくれ……私は、君のこ「……申し訳ございません、クラヴィスさんっ」え……って、んむっ!?」

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

「えっ」

 

「あら」

 

「……ふっ」

 

「ピィッ!」

 

 

それを紫電一閃と切り捨て割り込んだナイチンゲール。

 

 

「んっ…んむぅ……ちゅっ、ちゅるっ……んふぅっ……」

 

「んっ!?んんっ!?!?」

 

 

接吻をかましたのである。

 

ドクターの頬に両手を添え、舌を絡め、唇に啄み、口内をいじらしくも激しく求めるその様子は、されている当事者含め見るものすべてに大打撃を与えていた。あまりの予想外の出来事に、誰もが口を開けたままで棒立ちになっている。

 

 

「____ん、ぷはぁっ……」

 

「はっ……はぁっ……な、ななな何を……」

 

 

たっぷり数十秒、ようやく2人の距離はゼロから回復した。ただし余韻として、口の間に粘性の銀に煌めく一筋の橋が掛けられている。

 

衝撃的なスキンシップをした張本人は今まで見たことのないくらいに顔を赤に染め、しかしドクターの方をしっかりと見据えている。接吻の印象と彼女自身のギャップに、ドクターもナイチンゲールから全く目を離せないでいた。きっと彼自身、己の顔が燃え上がっていることを自覚しているだろう。

 

 

「……突然のこと、申し訳ございません。ですが、どうしても抑えられなくて……私から、言わせてください……」

 

「あ、ああ。別に、構わな、い……」

 

 

混乱、動悸、その他諸々の激情がない交ぜになったドクターは、声を絞り出すだけで精一杯だ。

 

 

 

 

 

そんな彼の様子に、ナイチンゲールは熱に浮かされた__あるいは、見惚れているような表情を浮かべて。

 

 

「……クラヴィスさん」

 

 

自分だけを見つめているドクターに純真無垢な感情を乗せた、()()()顔を見せて。

 

 

「私は」

 

 

そうして、彼と溶け合うように言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方を、愛しています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







「貴方を愛しています」

この一言を言ってもらうまでおおよそ20万字。これにて「ナイチンゲールは支えたい」完結です。










……さて。ここからは少し長めの後書きです。もうしばらくお付き合いくださいな。


まず、ここまでご愛読くださった読者の方々にはとても感謝しております。

この作品、終わりは決めていたものの、途中でどうなっていくかは完全に彼らの動くままになっていました。途中からの怒涛の伏線回収(という名のつじつま合わせとも言える)という無茶ぶりもしつつ、最終的にうまいところにまとまったのかな、とは思います。今読み返すと本当に#1とか文章ヘッタクソですね……書き直したいところですがそれはしません。彼らの歩んだ道はこれで良かったのです。#0の「綻び」から最終話の「綻びた顔」まで、なんとか繋げた気がしますね。



誰にも知られていませんが、実はこの作品には前身がありました。1話(#0とナンバリングしていた)を投稿してすぐに消したのでもうタイトルも覚えていません(確か『人格破綻者のドクターが~』とかそんな長ったらしいの)が、大体同じ内容でしたね。ですが余りにもお粗末な文章だったので全消しして、「ナイチンゲールは支えたい」として新しく投稿し直したのです。それがあまつさえ完結まで続くとは思っていませんでした。本当に感謝。

そう言えば評価乞食したなぁ……とあとがきを書いている途中で思い出しました。今となってはいい思い出です。本当にそこだけはすみませんでした(‘ω’)




「ナイチンゲールは支えたい」を書くにあたって一番難しかったのは、もちろんリズの内心描写でした。キャラ崩壊を起こさないように気を付けつつ感情の芽生えをどう表現していくか結構悩みましたね……閃夜なんて知らない。博夜しか知らない。

ちなみにこれは小ネタですが、最後の接吻はリズは「接吻」だと分かっていません。とにかく何故かドクターの唇に自分のそれを重ねたくなって思わずやっちゃった、という感じです。え、割には結構ねちっこかった?まあそういうこともあるでしょう……あるでしょう!




これでこの作品の執筆は終わりますが、彼らの物語はまだまだ続きます。どうかカタルシスに包まれて、良い夢を_____





____と、言いたかったのですが。





…………まあ、ね。

……まあ、まあ。





スゥ……ハァ……(深呼吸する音)










これで終わらせるわけねえよなあ!?

私の答えはこれや!ドロー、追加攻撃!(某決闘者感)


https://syosetu.org/novel/239630/


題して「鳥籠と博士は無知である」!2人が性欲ゼロ性知識ゼロの状態からえっちなことを覚えていく話だ!発禁だから見るのは自己責任でな!





はーい、というわけで新作もとい続編です。

R-18です。すまんえっちな目で見るの我慢できんかった(おっぴろげの足とか肩とか見ながら)。


ポイントと致しましては、まず初手にノーマルな開発(意味深)から入ることでしょうか。やっぱり、すんなりと結合できるイメージがなくてですね……。後は鉱石病の影響という名目で心ばかりのご都合主義を組み込みました。許せ。

ついでにタグにもあるように「生理的耐性:欠落」を若干ネタにします。そうです、さんざんっぱらスレッドとかで言われてきたアレです。そのための対抗馬として開発をメインに仕立てた感はあります。


私はこの2人の物語を終わらせたくありません。当たり前です。誰よりもリズの未来を願っていると言っても過言ではありませんから。なので1話当たりの文字数を減らすことにします。終わり方は既に決めていますが、(余程何かない限り)まず完結はしません。ゆるゆるといろんなプレイを書きます。

そして当方、えっちな小説の書くのは初めてなので、こちらもまたアレコレ勉強しながらの執筆になります。創作者としての好奇心が尽きないぜ。頑張ります。


もう少し続く彼らの歩み、どうかご覧になってくださいな。





____それでは、また“この先”でお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編
緑色の原風景①



滴水村に複数人で遊びに行くお話
時系列は適当です。たぶん2人はまだやってないと思います






 

 

 

「やっほーキャロル!遊びに来たよ!」

 

「あっ、いらっしゃいグラニ!……そちらの方々が、ロドスの?」

 

「そう、あたしの仲間と上司だよ!」

 

 

 

 

 

某日。

 

「キャロルからまた来てほしいという手紙が来たから、ドクターも良かったら来ない?是非キャロルに紹介したくて!」というグラニの申し出を受け、私たちはカジミエーシュの田舎にある滴水村という場所に来ていた。

 

ここはかつてグラニやスカジが悪い賞金稼ぎどもと一悶着あった場所らしく、その時に仲良くなった村長のキャロルという少女にグラニがお呼ばれしたのを、私たちが付いていく形になったのである。

 

……最初は私一人で行こうかと考えていたのだが____

 

 

「へぇ、カジミエーシュにこんな村があったなんて知らなかった。良い所だね」

 

「そうですわね。日常的にロドスの中で生活していると、このような雄大な自然にはあまり触れられませんから、とても新鮮ですわ」

 

「うわーすごーい!こんなに広い場所、ボク初めてだよ!」

 

「ウフフフ、あまり遠くへ行かないよう気を付けてくださいね、クオーラさん……」

 

「……まさか、私がまたここに来るなんて思ってなかったわ……」

 

 

……何故か、プラチナ、アズ、クオーラ、スペクター、スカジも付いてきてしまったのである。

 

前者三名はまだいいのだが、普段から厳重に接触が管理されているスペクターやここで人々に恐怖を植え付けてしまったらしいスカジが来ているのは如何なことか。大丈夫か……?

 

だがスペクターはともかく、スカジはグラニが直々に指名してここに連れてきたのだ。そうそう問題は起こらないだろう。

 

_____けれど、私にとってはそれもさほど重要じゃない。何故なら、私がここに来た理由はたった一つだけだから。

 

 

「…………」

 

「どうだい、狭いロドス(鳥籠)を抜けて、本物の大地に立った感想は」

 

「……心が、軽いです。このまま何処までも羽ばたいていけそうな……このような感覚は、紛れもなく貴方のお陰です」

 

「……一面に広がる緑を前にすると、心地が良いだろう?その足で、是非方々に歩き回ってみるといいよ………リズ」

 

 

そう。

 

私がこの地を踏んだのは、たった一つの理由。

 

私の秘書にして対の存在であるリズに、この自然を、原風景を体感してほしかったから。

 

 

「………当然、貴方も付いてきてくださいますね?」

 

「もちろんさ」

 

 

それを前にして、傍目にもわかるくらいリズの気分は高揚している。仕方がない、今までの生活では全く考えもしなかったのだから。

 

 

「あの、初めまして。私はこの村の村長を務めているキャロルと申します……」

 

「あ、ああ。すまない、私はドク……クラヴィスという。グラニの上司で、周りからはドクターと呼ばれている。それでこっちから__」

 

「リズ、と申します。ドクターの秘書を務めています」

 

「カジミエーシュ騎士殺しのプラチナって言うんだ。短い間だけどよろしくね」

 

「アズリウスと申します。申し訳ございませんわ、勝手に付いてきてしまって」

 

「ボク、クオーラ!よろしくね!」

 

「スペクター。どうぞ、よしなに」

 

「……スカジよ。また会ったわね……」

 

 

……いや、改めて見ても、流石にこの人数で押しかけるのはまずいだろう。それに因縁付きの人まで連れて。

 

 

「……な、なんであの人がここに……!?グラニ、一体どういうことなの!?」

 

 

……スカジ、この幼気な少女にまで畏怖を抱かせていたのか……オペレーターとしてはある意味誇らしいのだが、この場に居合わせるべきではなかったんだろうなということが容易に想像できるほど、キャロルの様子は分かりやすかった。

 

 

「落ち着いてキャロル。今日は皆目的もないから何もしないはずだよ。それにドクターがいるからね!」

 

「え?」

 

 

え?何にも聞いていないが。

 

 

「一応スカジにとってもドクターは上司だから、命令されればあんまり無茶は出来ないはずだよ。ね、ドクター!」

 

「……いや、今はプライベートで来ているから、あまり上司とか部下とかは気にしないで行く方向だったんだが……まあ、何があったかは知らないが、スカジも今日は休暇だ。あまり暴れないようにな」

 

「……元よりここで戦いが起きるなんて思ってもいないけど……当り前よ。この剣も、ドクターを守るために持ってきたのだから」

 

「ね!」

 

「………分かった。そういうことなら、私も拒みはしない。ようこそ、滴水村へ」

 

 

……ふー、何とか治まったようだ。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

その後私たちは、キャロルの家にお邪魔していた。グラニの知り合いということもあってか、概ね好意的に歓迎されている。概ね。

 

 

「えと……プラチナさんは、カジミエーシュの、ナイトキラー?って言うんですか?」

 

「そ。平たく言えば、腐った騎士どもを叩きのめすための組織だね。今はドク……ロドスにいるから元っていう形になるけど」

 

「……そうですか。騎士の方を……」

 

「もしかしたら、ここ担当の奴らも殺っちゃったかもしれないなあ。なんかごめんね」

 

「……いえ。そのおかげで私たちは比較的平穏に過ごせていますから」

 

 

向こうではカジミエーシュに縁のあるプラチナがキャロルや他の大人と会話して。

 

 

「はは、クオーラちゃんは元気だねえ。うちの孫を思い出すよ。ほれ、これもお食べ」

 

「わぁーいありがとう!スペクターさんもどう?」

 

「あら、くださるのですか……それでは、お言葉に甘えて」

 

「クオーラさん、顔に食べかすが付いていらっしゃいますわ。ほら」

 

 

また別の向こうでは、クオーラとスペクター(なるべく大人しくしているように厳命している)とアズが村人たちに手厚くもてなされ。

 

 

「ねえねえ、2人ってもしかして恋人同士なの?」

 

「どうしてそう思ったんだい?」

 

「だって他の人たちよりも距離近いし!2人ともすごく楽しそうだもん!」

 

「……そうですね……一般的に“恋人”と呼ばれるような関係では、あると思われます」

 

「うわ~!オトナだ~~!かっこいい!」

 

 

……そしてこちらでは、私とリズが数少ない子供たちに質問攻めに遭っていた。主に、そっちの関係で。

 

それほど意識しているわけではないけれど、やはり傍から見ればわかるものなのだろうか。そう思ってチラリと隣にいるリズを見やると、偶然彼女と目が合った。どうやら彼女もこちらの方を向いていたらしい。

 

 

「……はは」

 

「ふふっ」

 

 

そんな何気ないことが何故か少し面白くて、顔を見合わせては互いに微笑みが零れていた。

 

 

「……これが、“じゅくねんふうふ”……?」

 

「それは、さすがにないとおもうよ……」

 

「……ま、私たちは切っても切れない関係なのさ。それより……スカジ。君もこっちに来たらどうだい?」

 

 

私たちから少し離れて独りでいるスカジに声をかける。彼女は渋々と言った様子で席を離れ、こちらに寄ってきた。

 

 

「せっかくここに来たのだから、一緒に話そう。ほうら、彼女が私の大切な仲間のスカジだ」

 

「覚えなくてもいいわよ」

 

「すげーきれーなねーちゃんだな……そうだ、これ食べてみろよ!」

 

「………何かしら、これ」

 

「コイツが作ったクッキー。めちゃくちゃ美味いんだぜ!」

 

「……それはいいすぎ」

 

 

少年の誉め言葉に対し、少女は強く言いながらも満更でもなさそうな顔をしている。仲が良いのだろう。微笑ましいな。

 

 

「……どうしましょう、ドクター」

 

 

突然眼前に差し出されたバスケットに、スカジはどうすればいいか分からず困惑している。純真無垢な子供の申し出には、流石のスカジも無下には出来ないか。

 

 

「邪気がないんだ、受け取ってやったらどうだ」

 

「……分かったわ、それじゃあ、一枚だけ」

 

 

おもむろに手を伸ばし、そっとクッキー群の中から一枚をつまみ上げるスカジ。そしてそのままゆっくりと口に運んでいく。

 

さくっ、という軽い音を立てて食べている。

 

 

「……美味しいわね」

 

 

そうして零れたのは、素直な感想だった。

 

 

「へへーん、そうだろ!こいつのお菓子は世界一うまいからな!」

 

「なんできみがうれしそうなの……でも、おいしいっていってもらえてよかった。まだたくさんあるからだいじょうぶ。たくさんたべてね」

 

「……え、ええ。そうさせていただくわ」

 

「こいびとのひとたちのぶんも、もってくるね」

 

 

そう言って少年と少女は追加のクッキーを取るべく席を外していった。隣では、スカジがスローペースで、けれど黙々と一枚ずつ口に入れている。

 

 

「どうだ」

 

「……そうね。恐れられないというのは、不思議な感覚だわ。貴方で慣れたつもりだったけど」

 

「はは。戦いさえしなければ、君は普通の女性となんら変わりないのさ」

 

 

そう。例え災害のような力を持っていたとしても、普通にしていればただのオペレーター。私にとっては大事なオペレーターの1人だ。

 

 

「まあ、それがなくても私は君のことを信じ続けるが」

 

「……はぁ。貴方も頑固ね……でも、そうね。悪くないわ。少なくとも、貴方の剣になろうと思うくらいには」

 

 

そう呟くスカジは、口角がわずかに上がっていた。うむ、やはり誰であっても笑うのが一番だ。

 

 

「……クラヴィスさん」

 

 

そうしていると、ふと左腕の袖がくいっと引っ張られるのを感じた。その方向を見れば、少しだけ不満げな顔をしたリズが。

 

 

「……そうしてむくれているのも、随分と可愛らしいのだな」

 

「……そのような誉め言葉は、少々ずるいと思います……」

 

 

頬をうっすらと朱に染め、視線を逸らすリズ。そんな彼女の様子が愛おしくて、自然と体が動いてしまう。

 

意識する間もなく、気が付けば彼女の頭に私の手が乗せられていた。

 

 

「……大丈夫。私が一番信頼しているのは、他でもない君だ。それはずっと変わらない」

 

「………はぅ……心得て、います……」

 

 

そのままゆったりと、金に塗れたふわふわの絹糸を撫でていく。もう既にいつもの行為となっているものだ。だいぶ手馴れてきたのか、どうやって撫でれば彼女の気が安らぎそうかがなんとなく分かっている。

 

時間にすれば短いが、すっかりリズの機嫌は直ったようだった。

 

 

 

 

_____後から聞いたのだが、そのとき同じ空間にいた人間の8割が、こちらを見ていたらしい。

 

普通に恥ずかしい。

 

 

 

 





秘書拡大機能、良いですね。

わざわざ昇進絵の方にして最大まで拡大しました。全身を見つつ足も見る欲張りな位置へ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

緑色の原風景②




_人人人人人人_
>リズはエルフ耳 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄




 

 

 

 

 

その後しばらくキャロルの家で緩く楽しんだ後。

 

 

「それでは、私たちはそこらを歩いてくるよ」

 

「行ってらっしゃい、ドクター、ナイチンゲールさん、プラチナさん、アズリウスさん!暗くなる前には帰ってくるように!」

 

「分かっているよ、グラニ。じゃあ、行ってきます」

 

『行ってきます』

 

 

いつもの4人で滴水村の自然を散策しよう、という話になった。今日の私の本題でもある。

 

軽く身支度を整え、屋内から外へ踏み出さんと玄関のドアを開ければ、すぐさま目新しい自然が視界一面に広がる。緑、緑、また緑と、ロドスにいては滅多に目にする機会のない色ばかりだ。

 

 

「改めて見れば……とても、心が澄むようです……」

 

「あそこに山があれど、私たちが来た方向には地平線がある。本物の、生きている地平線がな………この光景を目にしていると、私たちの存在が矮小に思えてすら来る」

 

「私もこんなにだだっ広い自然は初めてだ。騎士殺しをやってたころは、専ら森の中で動き回ってばかりだったし」

 

「わたくしも、あまり木々に縁がなかったので……これほどの雄大なものは初めてですわ」

 

「……それじゃあ、せっかくリズも自由に歩けるようになっているし、いろいろこの村を回ってみるか」

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「わ、この水車……音といい動きといい、すごい迫力だね」

 

「あまり近づくと濡れるぞー」

 

「大丈夫、気を付けてるから」

 

まず私たちが見つけたのは、そこいらの家々に設置されている水車。川などの水流のエネルギーを動力に変換するもので、見たところ電力的なものが存在しないこの滴水村では貴重な動力源になっているようだ。

 

木組みで出来ている歯車のような印象を受けるが、文字通りこの村の重要な歯車の1つなのだろう。

 

 

「……それにしても、本当に凄いな……ロドスでは見たことがない」

 

「ロドスの中枢に行けばもっとスケールの大きいものはあるでしょうが、これは人々の生活に根付いているが故の存在感がありますわね」

 

「……何だか、このまま見ていられそうな気がします」

 

「………リズの言わんとすることは、何となく理解できる気がするな」

 

 

よくよく観察すれば、水車に絡めとられる(?)水は一回ずつ微妙に異なった様子を見せている。水流の音も相まって、なんとも言えない絶妙な気分になるな。

 

 

「……いいな、これ」

 

「……ほら、もっと方々に散策するんでしょ。行こう、ドクター、リズさん」

 

 

水車の前でリズと立ちっぱなしになっていると、別の水車にいたプラチナとアズリウスに注意されてしまった。

 

 

「あ、ああ。そうだな……リズ、そろそろ行こう」

 

「……はい、行きましょう」

 

 

 

 

 

______

___

_

 

 

 

 

 

「………ここが、水源とも呼べる川か。さっきのは用水路のように引っ張って来ていたんだな」

 

「水が澄んでいて綺麗ですわ。時期が時期であれば、ここに素足で入ったりして遊べましたわね」

 

「いいな……そう言えば、バグパイプがロドスに農園のような畑のようなものがある、という旨の言葉を言っていたような……」

 

「え、そうなの?」

 

「私も詳しくは分からない………そう考えると、私はまだまだロドスについて何も知らないな。今度、ロドス内も散策してみよう」

 

「……そのときは、私も連れていってくださいますか?」

 

「当たり前だ」

 

 

川沿いに歩きつつ、今後やることが1つ増えていく。

自分の予定が増えるのは楽しいことだ。「何気ない生活」というものを出来ることが、この上なく。

 

そしてそれをリズと遂行出来ることが、どうにもむず痒い。

 

 

「……けど、ちゃんと護衛は付けないとな。グラベルとシラユキに控えていてもらうか」

 

「それが良いよ。こと取り回しや隠密行動に関しては彼女たちが抜きんでているから……ドクターとリズさんの2人だけで回ってもらうためにも、私やアズさんは見えていない方が良いと思う」

 

「……そうだなあ………全く、どうして私なんかを狙うものがいるんだろうな」

 

 

ウォッチ、リーテ、その他多くのオペレーターたちは、口をそろえて「ドクターは危険に晒されている、狙われている」と言う。

 

ロドス・アイランドは様々な人材を受け入れているが、当然その中には昔の私を知っている者もいる。相当に悪名を響かせていたらしい私は、恨みを買うものも多かったそうだ。

 

だから私の命を狙う奴らがいてもおかしくはない……のだが、今の私にしてみれば勘弁してほしい。私は普通に緩やかに過ごしたい。

 

 

「はぁ………まあ、それがこの体に宿った私の宿命として受け入れるしかないな」

 

「……どのようなことがあろうと、私が、お守りします」

 

 

ぎゅっと握っている手の力を込めて、リズがそう言ってくる。決して力強いとは言えないが、そこに宿る意思の強さは、しっかりと流れ込んできた。

 

 

「………ありがとう、本当に。けど、スカジの言っていた通り私たちに武力はないなぁ」

 

「そこは、私たちの専門だから」

 

「わたくしたちがドクターに襲い掛かる脅威を殲滅して差し上げますわ」

 

 

私の隣にプラチナが、リズの隣にアズが並び歩いて頼もしい発言をしてくる。

 

そう……そうだ、私は一人じゃない。少なからず私に与する人たちがいる。今は、それでいい。

 

 

「……頼りにしているよ、2人とも」

 

 

 

 

 

______

___

_

 

 

 

 

 

「おや、此処は向こう岸に渡れるのか。せっかくなら渡ってみよう………ほら、リズ」

 

 

そのまましばらく歩き進めていると、飛び石を見つけた。清流の中に点在しているそれらは、一見雰囲気を損なうように見えてその実非常にマッチしている。これが情緒か。

 

ただ大きさとしてはそれほどではない。私が乗ってみたところ、2人同時にギリギリ乗れなさそうなくらいか。

 

 

「_____そのまま、こっちに飛んでみて」

 

 

手は繋いだまま。飛び石に渡った私は、自由な小鳥を身許に誘う。

 

 

「……はい。今、行きます」

 

 

ふわり、と緩く跳躍して、彼女は私の胸元へと飛び込んできた。バランスを崩しそうになるが、繋いだ手を引っ張って調整してやる。

 

 

「よ……っと。無事に移れたな」

 

「……初めて、ジャンプというものをしてみましたが………不思議な感覚ですね」

 

「ああ、そうか、そうだな……君の足が、十全に機能を取り戻している証拠だ………」

 

「……改めて、本当に……私の足を治してくださって、感謝が尽きません」

 

「……いいんだ、私がしたかったことだから」

 

 

 

ちょうどひと月ほど前、私はリズをもう一度十全に歩けるようにするべく奔走した。とは言っても、たまたま()が神経学を専門としていて、たまたま()の知り合いが万能細胞を取り扱っていて、運よく試験的に譲ってもらえただけ。

 

偶然の積み重ねによる奇跡で、リズはもう一度自由に羽ばたくことが出来るようになった。

 

 

「……本当に、1つでも欠けていればどうにも出来なかったかもしれない………よし、このまま対岸まで行ってみよう。プラチナもアズも来てみるといい」

 

 

そう2人に呼びかけたものの、2人ともその場から動く気配は感じられない。何か問題でも起きたか?

 

 

「ううん、ドクターとリズさんの2人でそっちに行きなよ。私たちはこっちでいい」

 

「せっかくの休暇なのですから、お2人だけのお時間も必要でしょう?」

 

「……ああ、成程な。そういうことならそうしよう。気遣い感謝するよ……リズ、行こうか」

 

 

彼女の手をもう一度握り返して、飛び石を渡っていった。

 

足取りは、軽い。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「……やっぱり、お似合いだね」

 

「今考えれば、あのお2人は似た者同士……本当に、見ていて微笑ましいわ……」

 

「………やっぱり、側室かなぁ。何だかアレを見ていると完成形のように思えてくる」

 

「あら、諦めるのかしら?」

 

「まさか……ただ、ドクターとどういう関係になろうが、私はドクターの側に付くつもりだよ……それこそ、ケルシー先生から離れる覚悟くらいはね」

 

「………そう言えば、プラチナさんはどうしてドクターに懸想するようになったのかしら?」

 

「……んー、そうだね。元々カジミエーシュが嫌になったってのもあるけど、まあ……流れ、かな。結局のところはね。アズさんは?」

 

「………わたくしは、言わずもがなよ。“毒物”として忌み嫌われ、誰も触れることもなかったわたくしに、あの方は触れてくださった……それどころか、わたくしにささやかな夢をかなえる機会さえくださったの。こんなの、落ちない方がおかしいわ」

 

「……ドクターも、大概人たらしだよね。あのカランドの人といい、リズさんといい、他にもたくさん」

 

「それがあるからこそ、ドクターらしいとも呼べるわね」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「……おや?」

 

「あれは………」

 

 

リズとそのまま2人きりで川沿いを歩いていると、遠くに十何人の人影がこちらに歩いてくるのを見つけた。

 

 

「……滴水村の人間……と呼ぶには、なんだかシルエットがいかついような気もするが、私の視力では詳細は分からない」

 

「……たぶん、賞金稼ぎの奴らだね。カジミエーシュでよく見た覚えがある」

 

 

……たしか滴水村は、スカジが暴れまくったおかげで伝説が残って賞金稼ぎたちは立ち寄らなくなったって聞いたんだが。知ってて来たのか、それとも単に知らないで来たのか。おそらく後者のような気もするが。

 

 

「……あいつら、弱そうだね。殺っとく?」

 

「………そうだなぁ……プラチナは弓を持ってきてはないだろう?アズは?」

 

「貴方をお守りするための“毒”は、何時でもここに」

 

 

そう言って腰のポシェットから小型ボウガンを取り出すアズ。よし、それなら都合がいい。

 

 

「このまま歩いていって、とりあえず話を聞こう。滴水村に被害が及ぶようであれば無力化するのもやむなしだが」

 

「了解しましたわ。今回の休暇を邪魔されては困りますものね」

 

 

緑一面の大地の中で、唐突な疑似殲滅作戦が展開されることが決定した。

 

 

 

 

 

 

 








敬語を使わないアズリウス概念はボイスで確認できています。プラチナとはなんだかんだで「狙撃小隊のツートップ」「ドクリズ見守り隊」など接する機会が多かった上に2人の関係性の変化に伴ってアズは敬語取ってそう(強めの妄想)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。