死神幻想奇譚 (16)
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単語説明 ※閲覧注意

最初に

オリジナルの設定や自己解釈が多く存在しています。
タグにも描きましたとおり、オリジナル設定が苦手な人はブラウザバックをお勧めします。

※本小説の文と椛に上下関係はありません。友達です。




単語(ブレイブルー)

 

ドライブ

 

その人間の魂の強さに呼応して発現する特殊な能力。

人だけでなく、妖怪や獣にも発現する事もある。

 

 

魔法

 

一部の類稀なる才を持つ人間だけが扱える、世界の理から外れた業。銃や爆弾は黒き獣には通じなかった。それは、こういった兵器は世の理に則った武器であり、黒き獣を傷付けられるのは理から外れた攻撃だけだったからである。

 

術式

 

魔法を使えるのは一部の人間だけである。その魔法を、一般人でも扱える様にしたもの。とはいえ術式を使うにも適正があり、全く適正のない者は術式を使えない。さらに、術式の効果は魔法よりも低い。

 

 

魔道書

 

ブレイブルーの世界の人間が術式を行使する為に必要な道具。魔道書とは言うものの、形状が本である必要はない。

 

 

 

世界の各地に点在している魔素の凝縮体。その先は『境界』へと通じており、その先では誰も存在を保つ事が出来ない。『剣を精錬』するのに必要だった。

 

蒼の魔道書(ブレイブルー)

 

ラグナが持つ、最強の魔道書。上記の『形状』で言えば、ラグナの右腕全体として機能している。これを起動する事で周囲の生命力を、それまでよりもずっと強く取り込もうとする。これに抗う術は無い。

 

 

碧の魔導書(ブレイブルー)

 

蒼の魔道書と対を成す魔導書。ラグナの蒼の魔道書が彼の腕という形を取るならば、碧の魔導書はそのままハザマ自身という事になる。このふたつの魔導書は『窯』の役割も果たせる。

 

黒き獣

 

日本に生まれ落ち、破壊の限りを尽くした『悪夢』。六英雄と呼ばれる六人の勇者達によって打ち砕かれた。そして黒き獣の特徴である『魔素の塊』という点を使って蒼の魔道書ともうひとつ、ブレイブルーと対を成す碧の魔道書が作り出された。

 

 

単語(東方Project)

 

スペルカードルール

 

人と妖怪が、引いては各種族の者達が殺し合うことのない様に、かつての賢者の一人が提案した決まり。

後述するスペルカードと呼ばれる特殊な物を使って攻守に別れる。攻撃側は相手を規定数撃破する、防衛側は相手のスペルカードを出し尽くさせたら勝利となる。この際に射出される弾幕に致死性は無い。

ただし、あまりにも速度の速い弾や大型の弾は質量兵器として機能する可能性もあり、危険。

 

 

スペルカード

 

スペルカードルールに則って戦う者が使う技。

その形はカードだったり言葉だったりと様々な形を持つ。

実は本気を出していないからこのスペルカードというルールが成り立つのであって、力を込めて放ったスペルは岩肌を穿つ威力さえ持つ。

 

 

人里

 

幻想郷で唯一の『人が暮らす街』であり、同時に大規模な都市としても賑わっている。昔の様相を呈した町並みであるが、その規模はまさに都会と呼ぶに相応しい。また、幾らかの『区』に別れており、商業区や居住区の様に生活する場所や商いをする場所もある。

 

 

紅魔館

 

人里に隣接する巨大な湖の更に奥、濃霧に囲まれた先を抜けると、そこは巨大な赤い舘の前である。巨大とは言うものの、その規模は人里最大の大きさを誇る公民館に一歩劣る程度である。だが、侮るなかれ。中は仰天する程に広い。何でも、メイドが空間を操っているだそう。

 

 

妖怪の山

 

統率の効かない野良妖怪が住む危険な山。だが、一合目、六合目、そして山頂に住む者達は基本的に人間に友好的である。それぞれ河童、天狗、そして神様である。妖怪の山はその二柱の神格を信仰する事でその平和が成り立っている。参拝客を襲わないよう、道に出てくる野良妖怪は排除する事も。そういった事は大抵、神から哨戒の任を任されている白狼天狗のお役である。

 

 

冥界

 

死者の魂が最初に辿り着く世界。地獄への道と直接通じており、そこから死者たちを見送る人がいるという。一つぽつんと大きな御屋敷があり、そこは大抵白玉楼と呼ばれている。なぜ大抵と言うのかというと、そこの人とその従者が、ここは白玉楼だと言うのだが、他の人間にとってはなんだろうと冥界である事に変わりないからなのである。

 

 

地底

 

地上を追われた妖怪や、数は少ないが同じような境遇の人間、そして妖怪の山の支配階級を捨てた鬼達が集う街。元々は地獄の一部だったのだが、そこを放棄したため、現在は地底に建つ地霊殿の主、古明地さとりがペットに管理させている。ハザマが訪れた時には丁度年に数度の祭りの時期だったようで、大層な賑わいを見せていた。

 

 

 

 

キャラクター紹介

 

ラグナ

 

通称『死神』として知られる男。

ブレイブルー世界では『ラグナ』という名を知るのは上位階級の一部の衛士だけであり、一般の衛士は『死神』との名しか知らされていない。

赤いジャケットに巨大なベルト、黒い襖に白い髪、そして何より緑と赤のオッドアイが目立つ無愛想な面。反面、性格の方と言えば『なんだかんだ』助けてくれる、『なんだかんだ』気にかけてくれる、といった事から、なんだかんだ先生と呼ばれる事もある。

ドライブ名は『ソウルイーター』。

右腕が黒き獣に置き換えられた時に発現したドライブ。敵の生命力を吸い、己のものにするという能力。

幻想郷ver.では、ドライブ能力に加え、術式の扱いもこなす。他人に教える事も出来るが、要領は悪い。

弾幕を使えないので、基本的には接近しての戦いになるが、敵を攻撃する時は、こちらに殺意を持って襲いかかってこない間は手加減する。

 

 

ハザマ

 

『世界虚空情報統制機構、諜報部所属の大尉』。

かつてハザマは『器』として存在しており、器を媒体として動いていた『テルミ』という男と共に行動していた。後に六英雄のハクメン、獣兵衛、トリニティ=グラスフィールらにハザマと分断され、()()()()()()()()()()()にてテルミを謎の方法で殺害、取り込む事で自身の存在を確立させ、その更なる力を得た後に自ら窯に落ちて境界に飲まれていった。

上下は黒いスーツで固めており、緑の頭髪を同じ黒い帽子で押さえている。性格は残忍だが、気に入った相手は最後まで利用し尽くすか普通に仲良くするなど、その行動に一貫性が無い。大抵はひとつの目的の元に行動するのだが、外堀を埋めていく様な立ち回りを見せるためにそう捉えられるのだ。

ドライブは『フォースイーター』。

ハザマがテルミと一体化したためにウロボロスと同じように扱える様になったドライブ。敵の活力を喰らい、自身の糧にする能力。ラグナのソウルイーターとは違い、生きる力でなくあくまで動く為の体力を奪う。

幻想郷ver.では、ハザマの元ドライブ『ウロボロス』にフォースイーターの効力が付与されており、テルミの技も全てを扱える。ただ、大蛇斬頭烈封餓だけはどうにも扱えない。また、オーバードライブ中のみステップからダッシュに変更される。

 

 

 

博麗霊夢

 

『楽園の素敵な巫女』。

神通力を使った強力な封印術を得意とする。彼女の他にも巫女は存在するのだが、まだ登場していない。

赤と白、黄色を使った巫女服を着込んでおり、特徴といえば何より『腋』が出ている事だろうか。お祓い棒を持ちはするが、使っている姿はなかなか見られない。

お金関係に目が眩むことはあるが、それでも裕福な部類に入る。ほんの少しだが信者もいる。

ドライブ名は『封印法術(マインドシーリング)』。

歴代の博麗の巫女達が発現させたドライブであり、封印術に加え魔素によって、精神的強化も行える。

 

 

霧雨魔理沙

 

『普通の魔法使い』。

ミニ八卦炉という魔法道具を媒体に、あらゆる強力無比な光の魔法を使いこなす人間。射命丸文に最速の座を奪われるまでは魔理沙が幻想郷最速だった。

黒いドレスに白いエプロンを着、箒にまたがって飛ぶ、まさに魔法使いのような格好をしている。八卦炉は知り合いの半妖に作ってもらったものだが、お返しは『ツケ』として数年の間返していない。

ドライブ名は『ステラ・スプレデンス』。

光の魔法を使う魔理沙が発現させたドライブであり、様々な光魔法を使えるほか、使う度に消耗する体力を軽減することができる。

 

 

上白沢慧音

 

『知識と歴史の半獣』。

幻想郷の人里にラグナが辿り着いた時、彼が世話になった女性。彼女はワーハクタクという半獣なのだが、その姿は本編では未だ登場していない。

青と白の交じった髪に青い服を着て、赤いリボンを着けている。何がとは言わないが、ラグナ曰く『デケェ』。

ドライブ名は『エクステンドアッシュ』。

伝説の妖怪『白沢』としての力を引き出すドライブであり、満月の夜に限り容姿もハクタクに変化する。頭突きの威力は必見。また、魔素を使って強力な弾幕を張ることも出来、その影響を『歴史』に変えられる。

 

 

アリス=マーガトロイド

 

『七色の人形遣い』。

ラグナが森にいた時に世話になった女性。人間ではなく『魔法使い』という人とは離れた種族。

金髪に赤いカチューシャ、青いワンピースと赤く大きなリボンをベルト代わりにした服装をしている。

ドライブ名は『サンクトゥス』。

彼女が生まれながらに人形を扱える為に発現した。七つの人形達を繰る事が出来、それぞれが別の力を持つ。

 

 

藤原妹紅

 

『蓬莱の人の形』。

ラグナが迷いの竹林に迷い込んだ時に世話になった少女。人ながら、半分人間でなくなってしまった不死人。

白いワイシャツに赤いもんぺ、それらを覆うような無数の札という奇抜なファッションである。

ドライブ名は『過剰焦熱(オーバーヒート)』。

彼女が千年以上の時を生きて発現させたドライブで、魔素を使って魔法に酷似した炎の技を繰り出せる。また、肉体に備わった痛みのリミットを切り、炎を自身に纏うことで周囲を関係なく焼き尽くす。

 

 

レミリア・スカーレット

 

『永遠に幼き紅い月』。

二度目の紅霧異変の際にラグナ達が入った館の主。吸血鬼という種族であり、強大な力を持っている。

紫の髪に赤い双眸、白の生地に赤いラインの沿った服を着ている。背中からは羽根が生えている。

ドライブ名は『スカーレットデスティニー』。

吸血鬼として永くを生きたレミリアが発現させたドライブであり、運命を知る事が出来るほか、吸血鬼として人の姿を大きく上回った格闘能力を獲得する。

 

 

フランドール・スカーレット

 

『悪魔の妹』。

二度目の紅霧異変の犯人であり、同時に『アークエネミー『雷轟・無兆鈴』』の三人目の所有者。

背中から生えた七色に輝く水晶の羽と、赤を基調とした服装、金髪のサイドテールが特徴。

ドライブ名は『デストラクション』。

フランが生まれながらに持ち、故に地下に幽閉されていた原因ともなるドライブ能力。対象の目を掴み、破壊するドライブ。また、魔力の行使によって分身や剣など、様々な物体を生み出す事も可能だが、全て自壊する。

 

 

十六夜咲夜

 

『完全で瀟洒な従者』。

レミリアの従者であり、時間を止めるという部分的ながら世界に干渉することも可能な力を持つ。

銀髪に、一般的なメイド服が特徴。足にはナイフを仕込んでおり、侵入者や敵対者にすぐさま攻撃が行える。

ドライブ名は『マニピュレーター』。

咲夜がかつて吸血鬼ハンターとして活動していた時に発現したドライブ。時を止める、または時の流れを局地的に遅くしたり早めたりして時間を操る事が出来る。

 

 

紅美鈴

 

『華人小娘』。

紅魔館の門番であり、その反応速度、腕力、頭の回転の速さ、どれをとっても格闘家として一流の妖怪。なのだが、門番としては役に立たない。何故なら趣味はなんと昼寝なのである。

赤い髪と『龍』と刻されたベレー帽に、緑の生地の中華服を来ている。己の身だけが唯一にして最強の武器。

ドライブ名は『一意専心(フォースレイン)』。

美鈴が紅魔館の一員となる前、一人の戦士として戦っていた時に発現したドライブ。気を操り、自身の能力に差異をもたらしたり、戦場の気を操る事で敵味方の気運を操る事が出来る。

 

 

パチュリー・ノーレッジ

 

『動かない大図書館』。

紅魔大図書館の主にしてレミリアの友。五つの属性の魔術全てを操る。本編未登場(裏・二話開始時)。

全体的に紫色の格好をしており、ナイトキャップの様な帽子に装着されている月の形をした金の飾りが特徴。

ドライブを持たない。代わりに五属性の魔術全てを使う事が出来、魔法使いとしても最も高位に属する魔導師と言える。一応扱えるが、光と闇の魔術の扱いは魔理沙とアリスに劣る。

 

 

魂魄妖夢

 

『幽人の庭師』。

冥界にある屋敷『白玉楼』に住む西行寺幽々子に使える庭師兼、剣士兼、世話係兼、幽々子の剣術師範。

緑色の服装に丈の長いスカート、白い髪に黒いカチューシャを着け、腰に二振りの妖刀『白楼剣』『楼観剣』を提げ、背中にアークエネミー『斬魔・鳴神』を所持している。

ドライブ名は『幽魂(ユウコン)』。

もう一人の分身を作り出し、お互い干渉しないまま相手を斬る事が可能なドライブ。彼女が半人半霊という種族だからこそ発現したドライブ。

(イメージとしてはバラバラに攻撃できるタオカカ)

 

 

射命丸文

 

『伝統の幻想ブン屋』。

妖怪の山の天狗にして『文々。新聞』の出版者。幻想郷最速の名は伊達ではない。全力を出したがらない性格。椛の事は好意的に捉えてはいるが、少し苦手な部分もある。

白と黄色を使った半袖シャツに黒色のスカート、一本下駄を履き、紅葉の団扇を持った良くも悪くもイメージ通りの天狗の格好をしている。

ドライブ名は『風神(フウジン)』。

文が天狗として使える能力のなかで最も優れるドライブ能力。風を巻き起こし、自分や相手に影響を与えるドライブ。

 

 

犬走椛

 

『下っ端哨戒天狗』。

妖怪の山の天狗として哨戒の任務を務める天狗。剣術に精通しており、その実力は高位の妖怪である鴉天狗と引けを取らない程の実力を持っている。

白い山伏の服装に赤いスカート、大振りの片手剣に胴体を覆い隠せる様な大きさの盾を持っている。

ドライブ名は『千里眼』。

戦闘に使えるドライブでは無いものの、索敵能力には目を見張るものがある。元々天狗の持つ能力のひとつだったが、椛の千里眼は山に住む天狗の中でも最も優れているらしい。

 

 

姫海棠はたて

 

『今どきの念写記者』。

妖怪の山の天狗にして『文々。新聞』を出版する文のライバル。彼女が出版する新聞は『花果子念報』。

半袖のブラウスと、紫と黒のスカートが特徴的。黄色の携帯電話......所謂ガラケーの形をした電話を持っているが、これに通話の機能はなく、あくまで念写用の道具である。

ドライブ名は『ソートグラフィ』。

はたてが並み居る天狗たちの中で一番優れている能力。聞いた事のあるワードから関連性のある事象を映像化させる。一人では不可能だが、他の天狗達の力を借りて、小規模ながら事象干渉を引き起こす事ができるらしい。

 

 

鞍馬

 

『刀術師範』。

妖怪の山の天狗だが、元は別の場所に住んでいた。鞍馬は、二千年近くの時代を生きる長寿の天狗。剣士としても大成した彼女は、妖怪の山に住み着くまで、よく人間と切った貼ったの真剣勝負を楽しんでいたという。しかし、殺す事はせず、自身の使う技をひとつ教えて消えるという。

紺色と赤色を織り交ぜた侍大将の陣羽織を着込み、同じく紺色の長髪を根元から白と黒のリボンで留めている。

ドライブ名は『斬鬼』。

彼女の得意技である居合斬りを突き詰めた時に発現したドライブ。間合いに入った相手を斬りつけるが、ただの居合ではない。鞍馬が二千年間の修行を積んで身につけた、音速をも超える斬撃である。ドライブ名の由来は、このドライブが発現した時の戦いで鬼の双角の一本を切り落とした事から。

 

 

星熊勇儀

 

『語られる怪力乱神』。

地底の奥深くの旧地獄街に住む、一角の鬼。単純な怪力だけで鬼たちを纏めあげた、ある意味生粋のリーダー。

白地のシャツに青生地と赤いラインのスカート、下駄を履いて、常に酒を呷っている。

ドライブ名は『テラー』。

敵に明確な弱点を刻み、そこを攻撃する事でより強力な一撃を生み出す能力。彼女の怪力に相応しいドライブ。

 

 

古明地さとり

 

『怨霊も恐れ怯む少女』。

地底の奥、旧地獄街を抜けた先の開けた土地に建つ巨大な館『地霊殿』の主。閻魔から地獄跡地の管理を任されている為か目元に隈が絶えず、気疲れも多い。

ピンク色寄りの紫のボブの髪型に、ハートが着いた黒いカチューシャを着けている。水色のゆったりしたシャツに薄桃色のスカートを着ている。場所は様々だが、大抵は胸元に三つ目の瞳が漂っている。

ドライブ名は『想起』。

相手の心を読み取り、部分的に相手の苦手とする物を模倣する能力。さとり自身は戦闘は専門外である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラッドエッジ

 

幻想郷の『 』であり、同時に『 』でもある人間。

その外見は白髪に赤いジャケット、黒色のトレーナーと右腕に固く巻き付けられた二重ものベルトが特徴。

戦った者の証言によると、武器は自らの拳から作り出す、黒い瘴気で象られた大剣。神出鬼没でも知られる。

 

 



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ラグナ=ザ=ブラッドエッジ編
第一話 死神と幻想入り


最初に違和感を感じたのは澄んだ空気を吸った時だ。次に感じたのは右腕と右目の自由が効かなくなった時。三回目は、ここは日本だと知った時。

 

「ハア!?ここが日本だ!?」

「で、ですからそう言っているじゃないですか!」

 

赤いジャケットに巨大な刃物の様なもの、そして何よりも目立つ、日本人にとっては珍しい白髪。それも若い男の。

男は、自分が日本にいる事が全く信じられない様だった。

だがここは日本である。胸倉を掴まれた男の言う通り。

 

「.....信じらんねー。本当に日本なのか、ここ」

「だからここは日本です!...ああもう!俺には仕事があるんだよ!もういいだろ!?」

 

男に向かって怒鳴った彼は走っていってしまった。一方、白髪の男は未だに信じきっていないようだ。

 

「おかしいだろ、ここが日本だとしたら.....

魔素も感じねえ。そもそも人が住める環境じゃねえ」

 

魔素。それは、ここでは白髪の男だけが知っている言葉。

少なくとも日本人はおろか世界中の人間を集めたとして、そんな言葉に心当たりがある筈もない。現実では。

 

ここがどこか知らない白髪の彼は歩き始める。少なくとも、彼の知る日本では無かったのだろう。

街を散策していた時に、開いている店を見つけた。そこは飲食店のようで、今が昼時という事も相まって客足もそこそこに営業している様子だった。

 

「聞きたい事があるんだが」

 

急に入ってきた珍しい見た目の男に、店内の客達は驚く。食事を続けるものもいたが、殆どは支払いを終わらせて帰っていったようだったが、彼には関係ない。

 

「どうしました?」

 

店を営んでいる老夫婦が彼に微笑みつつ訊ねる。

 

「俺は外国からやってきたんだが、この金は使えるか?」

そういって男は、赤ジャケットのポケットの中から小銭や紙幣を取り出した。それは一見すると日本円のようにも見えるが、彼らに馴染み深い偉人達の肖像は無く、代わりに『P$(プラチナダラー)』と印刷された紙幣をカウンターに置いた。

 

「あら、こりゃまた珍しい。私は見た事がないですねぇ」

 

老婆が答え、なんだなんだと厨房から姿を見せた爺も同じように頷く。それを聞いて男は頭を掻きむしる。

 

「マジかよ...腹減ってるってのによ.......」

 

そう言っている時も白髪の男の腹の音は鳴り止まない。見かねた老夫婦は助け舟を出した。

 

「一杯だけだけど、タダでご馳走しますよ」

「本当か、バアさん!助かったぜ!」

 

男は口角を上げ、笑う。長く生きてきた老夫婦には、それが子供の作る笑顔のように見えた。

 

「ご注文は?」

「天玉うどん、一つ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶはーっ!腹一杯だ!」

「それは良かった、美味しそうに食べてくれてありがとう」

 

心地よい食いっぷりを見せつけた男は、しかし申し訳なさそうに老夫婦にこう告げた。

 

「バアさん、さすがにタダ飯は不味いだろ?なんか手伝える事があったら俺に言ってくれよ。飯の礼はするぜ」

「いいのよ、それぐらい。また来てくれると嬉しいけどね」

 

言葉に甘えて老夫婦に感謝を告げた後、また来る事を約束して店を後にした。一度店を出たあと、道行く人々の奇異の視線に晒される男は、その視線を嫌い路地裏に隠れた。

 

「しかし、どうしたもんか.....こういう変なのはだいたいウサギの奴が関わってる筈なんだが、今回に限って出てきやがらねぇ」

 

独り言をブツブツ言っていると、白髪の男はあるものに気がついた。路地裏の更に奥。まだ手の入っていないだろう森林。自然に体が動く。腹が満たされた事で割と行動的になっているのか、好奇心の誘うままに歩を進める。

 

その森を囲うようにフェンスが設置されており、そこには『立ち入り禁止』の文字がインプットされていた。

しかし譲らない。男は腰に提げた剣を持ち、振り上げる。

 

「フンッ!」

 

力任せの一撃は、フェンスなどいとも容易く粉々にする。遮るものが無くなったことで、彼の歩みを止める事が出来るものはひとりとしていなくなってしまった。

それは、都会の中に佇む自然とて同じ事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようこそ『全てを受け入れる楽園』へ。

死神の耳にそう声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

散々に歩き回った。よく考えてもみれば、森に入る理由などひとつもありはしなかった。自分の意味不明な行動を呪いつつも、元来た場所を戻る事にした。

 

「っかしーな...」

 

自慢じゃないが森の中で生活していた事もあり、自然への造詣は深い。多少迷う事もあるが、そこは経験でカバー出来る。例えば特徴的な木々や生えている草の種類の並び、果てには踏み抜いた枝でさえ、道を辿る為に参考にできる程には山マスターである。

 

そんな彼が道に迷っている。どういう事か。

無論行く時と帰る時で風景が違って見える事も完全に考慮した結果、ここは元来た道ではないと判断できた。

 

「ここ、元の場所じゃねー。一体どこだ...?」

 

そう思慮していると、不意に草の揺れる音が聞こえた。

咄嗟に振り向くがそこには何もいない。例え自然の動物だったとしても不意打ちされると危険だ。

警戒を強めつつもその付近に近づく。万が一、危険な存在だった場合はその相手を排除する為だ。

 

「?.....何もいねぇ.......とでも言うと思ったかよ!」

 

咄嗟に左腕で腰の大剣を握り、高く跳躍して振り上げる。木々の間に隠れた何者かに攻撃が命中し、血を浴びる。

 

ボトリ。落ちてきたのは見たことの無い生き物だった。いや、正確には見た事があるが、これほど()()()ムカデを彼は全くもって見た事がなかった。

 

「.....っげえ、気持ちわりーぜ.....ったく気色悪ぃ」

 

死ぬ程巨大な蟲を見て気分が悪くなった『死神』は悪態をついて森の中を歩いていった。

 

 

 

 

暫く歩くと、ふと違和感が取り払われた事に気がついた。

 

「お...おぉ?右目が見えるぞ!腕も動く.....なんでだ...?」

 

先程まで振るうことも出来なかった右腕に自由が戻った。右目も見えるようになった事で完全復活を果たした。

 

「...っかし、このまま森を歩いててもな.....ん?」

 

視界の奥に映るのは森の中にひっそりと佇む館。一見不気味に見える館だが、人が住んでいる様に見える。

 

「.....チッ、おっかねぇな、マジで」

 

おっかなびっくりで館を訪れた男。ドアをノックする。

はーい、という声によって人が住んでいる事が証明され、男は内心で安心し、ため息をついた。

しばらくするとドアが開き、中から若い女性が、彼の知らない名前を言いながら話しかけてきた。

 

「魔理沙、意外と早かったの...ね.......え?」

「あ?」

 

金髪の女性は目の前の男を見た途端顔を引き攣らせる。

 

「え.....えっと、どなたですか」

「いや、俺はここを通りがかったモンだ。

すまねえが、ここがどこだか教えて欲しいんだけどよ」

 

女性は無言でしばらく俯き、何かを思慮している様子だ。さすがに黙られると居心地も悪くなってしまう。

話す事を考えているだけかもしれないし、話しかけて___

 

「...上海ッ!」

 

女性は後ろへ飛び退き、人差し指を動かしている。

まるで糸を繰るかのような動きは一瞬で、次に男が感じ取ったのは明確な殺意。それも後ろからである。

 

「...どわっ!?クソッ、危ねぇな!.........人形!?」

 

攻撃してきた主は小さな人形『上海』だった。人形は男のすぐ真横を薙ぎ払い、距離を離して翻った。

 

「まさかテメェも『咎追い』の一人か!?」

「咎追い!?私はそんな者じゃあないわ!」

 

そうするとなると彼女が彼を狙う道理はないのだが...そういえば、相手は青を基調とした服に身を包んでいる。金髪と青い服は、とある少女を彷彿とさせた。

ある一つの考えが脳裏をよぎり、そのままを口に出す。

 

「だったらよ、テメェは図書館の衛士か?」

「と、図書館?衛士?そんな役職は知らないけど...」

 

違う。なら敵として戦う意味は無い。

 

「だったら人形に攻撃するのを止める様に言ってくれ。

俺も危害を加えるつもりはねーからよ」

「.....わかったわ。『上海』戻って」

 

そう彼女の口から発せられた後、人形は彼女の家に入っていった。人形使いには二人ほと心当たりがあるが、知る限りあれ程小型の人形ではなかった。

 

「ごめんなさい、そんな格好見ないから、妖怪だと...」

「...で、教えてくれねーか?」

「...え?何を教えればいいのかしら」

「だから、さっき言った『ここは何処か』って質問だよ」

 

「あ、ああ。ここはね、『幻想郷(全てを受け入れる楽園)』よ」

 

「『幻想郷(げんそうきょう)』.....」

 

聞いた事も無い。そんな階層都市は無いし、最下層の村々にそのような名前がついていた事も記憶に無い。だったら、本当に、ここに関して彼が解ることはないだろう。

 

「なら、その『幻想郷』について教えてもらえねーか?

俺は...まあ、旅人って奴でよ。勝手がわからねぇ」

 

「旅人......ええ、いいわ。入ってきて」

 

旅人という単語に反応したように見えたが、家の中に入る様に勧めてから、彼女も家に入っていった。

 

「んじゃ、お邪魔すんぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

席に着くと、女性は飲み物を運んできた。中は紅茶のようで、甘い匂いが部屋を満たす。

 

「ありがとよ」

 

そう言って、喉の渇きを潤すように紅茶を飲む。

『ウサギ』に言われた事を思い出して口を遠ざけ、紅茶の匂いを嗅ぐ。甘い匂いが鼻腔をくすぐり、そのまま飲む。

 

「紅茶に関しては余り造詣が深いわけではないのだけど、楽しめてくれているようで良かったわ」

「おう、美味かったぜ。それじゃ、そろそろ教えてくれ」

 

そう頼むと、彼女は幻想郷について教えてくれた。

 

「ここはさっきも言った通り『幻想郷』。貴方、自分の事を旅人って言っていたわよね?驚くのも無理は無いかもしれないけれど、ここには『妖怪』が住むの。妖怪は、人よりもずっと強い生き物。見かけても近寄っちゃダメよ。中には友好的な妖怪もいるけれどね」

 

「へえ...妖怪ねぇ.......」

 

妖怪。そんな存在がいるなど、と考えるかもしれないが、彼はその存在を否定出来ずにいた。喋る猫と知り合いなのだから無理もない。

と考えていると、彼女は不機嫌そうに訊ねた。

 

「で、そろそろ自己紹介してくれてもいいんじゃない?」

 

そう、名前を聞いているのである。そう言われて初めて気がついた。そういえば、名乗っていなかったな、と。

 

「俺はラグナだ」

 

「『アリス=マーガトロイド』よ。よろしく」

 

彼.....もとい、ラグナ=ザ=ブラッドエッジはアリスと名乗る女性を見てこう訊ねた。

 

「あんた、人形遣いなんだよな?

『クローバー』って名を知ってたりするか?」

 

「クローバー?いいえ、知らないわね...」

 

いよいよもって関係ない事を確認できたラグナは、あまり長く居るのも悪いと考えた。

 

「世話んなって悪ぃんだけどよ、俺そろそろ行くわ」

 

それを聞いたアリスは身を見開く。驚いていた。

 

「行く...って、ここは魔法の森よ?人間が歩くには危険すぎるわ。私が麓まで案内するわ、ついて来て」

「あ、ああ...わかったよ」

 

どれだけ危険なのか想像がつかないが、ラグナにとって大抵の敵は問題なく処理できる自信があるのだが...

そう言って家を出るアリス。それについて行くラグナ。

 

「これからどこに行くんだ?」

「今から人が住む場所に行くわ。降りてしばらくは平原が続くのだけれど、道を進んでいくと町があるの。

名前も無いし、『人里』と呼んでいるのだけどね」

 

町か...そう考えるラグナ。

彼は『世界虚空情報統制機構』、略して『統制機構』に反逆する『SS級最重要反逆者』である。

『町』にはそういった輩の支部があるのであまり寄りたくないのだが、親切心で案内してくれている様子も相まって、気を遣ってしまって言い出せずにいた。

 

暫くすると森を抜ける。そこには広大に広がる大地と、その丁度中央、窪んだ地の中央部に位置する町が目に入る。

 

「あれが『町』か?」

「そ。もういいわね?人を待たせているかも知れないし」

「おう!ありがとな、アリス」

「じゃあ、縁があればまたね」

 

一見すると階層都市のどこかには到底見えない。ラグナは現在地の謎を解くため歩き始めた。

 

 

 

 

 

 





次回予告

『町』へと向かうラグナ。
住む場所も持たない、貨幣も持たない彼が、
『町』でどう活動するのか。


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第二話 死神の軽い運動

あらすじ

ラグナがいた場所は、彼の知らない『日本』だった。
途中、好奇心に釣られて立ち入り禁止の看板が貼られたフェンスを切り開いて森の中に侵入したラグナだったが、森の中で迷ってしまった。
しかし、幸運な事に森の中で一軒の家を見つける。
そこは『アリス=マーガトロイド』という女性の家で、
彼女から、ラグナが迷い込んだ場所は『幻想郷』という
外界から隔絶された地であることを知る。



「...........濃いな」

 

濃い、とラグナが口走ったのは、恐らく魔素の事だろう。魔素というのはあまりにも濃すぎてしまうと、近くの人間を魔素中毒に陥らせ、最悪死亡させるという。

ラグナのいる幻想郷も、『あの世界』の地上程ではなかったが、充分に濃い。人が生活するのに問題や支障をきたすレベルかもしれなかった。

そんな事を考えていると、平地の向こうに活気づいた街並みが見えてきた。あれが人里なのだろう。

「もうすぐ『人里』に着くな.....ッ、うおッ!?」

 

人里の前で目の前に現れたのは『妖怪』だ。大きい狼の妖怪は牙を向いて襲いかかってくる。

 

「こいつが妖怪...ケッ、あのジジイみてえな外見しやがって。オラ来いよ、相手してやんぜ!!」

 

大剣を握り、ラグナは大狼に向かって挑発する。それに乗せられた狼はラグナに再度牙を向いた。

 

「ガントレット...!」

 

狼の牙と交錯する様に蹴りを繰り出す。獣の牙の如き足が狼の攻撃を相殺し、狼は目の前の獲物の動きが人間離れしている事に驚く。ラグナは続いて二撃目を放つ。

 

「ハーデス!」

 

飛び蹴りに次ぐ飛び蹴り。一撃目は相殺されたが、二撃目を出す事でダメージを与えられた。血で象られた牙が狼の胴を強く打ちつけ、妖怪は大きく吹き飛んだ。

狼が起き上がった時、そこにはラグナの姿は無かった。咄嗟に周囲を見渡すがやはり居ない。そう思っていると、不意に真上から声が聞こえた。跳躍していたのである。

 

「ベリアルエッジ!」

 

剣に体重を乗せて急降下する。その一撃は狼の胴を切り開き、致命傷を与える。この時点で既に瀕死だったが、ラグナは気にも止めずに続けた。

 

「まだ終わりじゃねえぞ...オラァ!」

 

狼の首根っこを掴み、上に投げ飛ばしつつアッパーで追撃する。更に高く吹き飛んだところを、トドメを刺すために飛び上がった。

 

「ブラッドサイズ!」

 

ラグナの、鎌に変形した大剣を強く振り抜いた一撃で狼は地面に叩きつけられて動かなくなった。完全に死んだ事を確認して人里へ歩き始める。道中、同じような狼が襲おうとしてきたが、剣から微かに臭う同胞の血の匂いを感じ取り、敵わない相手だと思ったのか、退散していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構活気付いてんな...」

 

人里の中を覗いた第一印象はそれである。

里とは言うものの、非常に大きな規模の、まさに『町』と呼ぶに相応しい様相だった。

人里は広く、人の往来も多い。何より目につくのは、階層都市カグツチでよく見られた木造の建造物が家のほとんどを占めていた事である。

 

「階層都市じゃねえけど、人は多いんだな」

 

里に足を踏み入れるが、違和感を感じる。誰かに見られている、もとい監視されているような具合である。

一度路地裏に入り込み、術式を展開する。

 

「『迷彩』」

 

かつて行使した術式『迷彩』を展開し、姿を隠す。

術者の生命力を感じる事が出来ないようになる術式で、これを使えば通常の人間が術者の気配を悟る事は無くなる。

 

「ここは飯屋...ここは織物屋...ここは大工.....」

 

自作の地図を作り、詳細が判明した建物を片っ端から書き込んでいく。外周りは殆ど見終えたものの統制機構支部は未だ見つかってはいなかった。

 

「チッ...見つかんねえな.....おっと」

「ん?なんだ?.....気のせいか」

 

人と当たりそうになるが間一髪で避ける。支部が見つからないので外周りには無いと判断し、人混みが激しくなるが中心部へ入っていく事にした。

 

「ここは学校...ここは本屋.....っと、危ねぇ」

 

人を上手く躱しつつ怪しい建物等を探していくが、一向に見つからない。結局今日は収穫無しのまま終わりを告げることとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『解除』.....どうすっかな」

 

夜になって街道には火によって昏い明かりが灯り、暗き町は灯火によって照らされる。人も少なくなってきていた。

 

一日中歩き回っていた代償と言うべきか、今に至るまで無一文のラグナの腹はひたすらに鳴り続けていた。

 

「しゃあねえ、やっちまうか.....」

 

無銭飲食。それはラグナが幾度か犯した犯罪行為である。

食い逃げ。それは金がないラグナが使う最終手段である。

 

「いや、でもな.....ここ、図書館の奴らはいなさそうだし、

あんまりやるべきじゃねえかもしれねえな...」

「そこの珍しい服装のお兄さん、大丈夫か?」

「.....ん、誰だ?」

 

後ろから声をかけられ、振り返った先にいたのは青と白の髪が目立つ、長身長髪の女性である。180cmを優に超えるラグナと見比べると少しばかり見劣りするが、それでも通りがかった人間と比べると幾らか大きい。しかし、男であるラグナにとって更に目を引かれる部位があった。

どことは言わないが。

 

「.....デケェ」

 

もう一度言う、どことは言わないが。

 

「で、デカい...?.....あ、身長の事か、よく言われるよ。

で、珍しい格好のお兄さん、なにか困り事かな?」

 

「おう。腹が減ってるから飯を食おうと思ったんだが、

あいにく持ち合わせがなくてよ。そんで食い逃.....

い、いやいやいや、里の外で狩りをしようかとな」

 

村の人間に食い逃げの計画を聞かせるなどバカのする事。ここは別の理由で取り繕うが吉と見た。

 

「おいおい、もう夜だよ?妖怪が活発になって危険だから君さえ良ければ寺小屋へ来ないか?嫌ならいいが、私から君に何か作ってやる事も出来ると思うぞ?」

「マジか!?ありがとよ、姉ちゃん!」

「よし!そうと決まれば、早速ついておいで」

 

タダ飯と知って歓喜の表情を露わにするラグナ。それを連れて行く青と白の髪の女性。

二度も無料で食事を摂れる幸運をラグナは噛み締めた。

 

 

 

 

 

時刻は午後11時を過ぎた所だった。

人の居なくなった寺小屋の奥、女性が住む場所にラグナは案内されていて、そこで食事を待ち望んでいた。

空腹を紛らわせる為に辺りを見渡す。

掛け軸や箪笥(たんす)の他、ぜんまい仕掛けのとても大きな時計が壁に立て掛けられているのが目に映った。

食堂から美味しそうな匂いが漂ってくる。魚を焼く時の、香ばしい香りがラグナの鼻をくすぐった。

 

しばらくすると障子が開き、そこには醤油で味付けされた魚の開きと味噌汁、白米をよそった器を載せた盆を持った彼女が自信満々といった具合の表情で食事を運んできた。

 

「おおっ!これは美味そうだな!」

「ああ!おかわりはまだある。幾らでも食べてくれ!」

「へへっ、ありがとうな!いただきまーす!」

 

魚の肉を箸で掴み、白米と共に口に運ぶ。醤油によって魚に程よくついた味が舌を突く。

 

「ん〜、うめぇ!」

「そうかそうか!そう言ってくれて私も嬉しいぞ!」

 

箸が進む。おかずと共に食べる白米も、濃い味をほどよく中和していて、舌に馴染みやすい味へと変換される。

味噌汁の塩っぽさが食欲を更に加速させた。

「美味かったぜ、姉ちゃん。ごちそうさま」

 

ラグナの空腹具合が良くなった事で質問を問いかけたり、逆に返したりする余裕が生まれた。

 

「さて、赤い服のお兄さん。なんという名だい?」

「俺はラグナだ。そういやあんたから名前を聞いてないな」

「おっと、そうだったな。私は上白沢慧音(かみしらさわ けいね)。みんなからは慧音って呼ばれているよ。慧音と呼んでくれ」

 

「ケイネ=カミシラサワか...わかったぜ、ケイネ」

 

ケイネは自己紹介が終わったあと、しばらくは最近起こった出来事などについて話していたが、突然に顔を顰めてラグナに一つ質問した。

 

「さてと、まず君が『外の世界から来た』人間である事は既に調べがついているのだけれど、どうやって来た?」

 

 

 

 

 

 

 

「どうやって来た?」

 

私は目の前の『ラグナ』に問いかける。見た事が無い服装で、明らかにここの人間ではない。ズボンは一見黒い袴の様にも見える。が、それを置いても彼の着る赤いジャケットと腰に提げた大剣は異様だった。

 

「『外の世界』?...よく知らねえが、俺は森を歩いてここに来たぜ。途中で会った奴.....えっと、確かアリスだったっけ。そいつに聞けば一発でわかると思うぜ」

 

アリスと言うと時折人里で人形芝居の公演をしてくれる『アリス=マーガトロイド』だろう。

彼女は『結界』と隣接している『魔法の森』の最奥に住んでいるそうだから彼を連れてくることも容易い。

そして、彼が今言った言葉。

 

────外の世界?...よく知らねえが───

 

 

彼にとってここが奇妙な場所に見えないという事なのか、慧音には推察する事が難しかった。

彼にとってこういった『元の世界』より隔離された場所は特に気にならない、という事なのだろうか?

答えはわからないが、彼が向かうべき場所は決まった。

 

「ラグナ、今日はここで泊まっていくといい。明日からは君に向かってもらいたい場所があるのでな」

「おう、わかったぜ」

 

別室、客用の寝室に案内し、布団を敷く。そこにラグナを連れて来てここで寝るよう伝えた。

 

「では、おやすみ」

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『返.....せ........!』

『じゃあなー、ラグナくーん。ヒャハハハハハッ!』

 

『ッ.......テルミッ..........くっ.......』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........はっ!.......はあ.....くそっ...またあの夢か.....」

「.....(うな)されているからなんだと思って来てみたが...

ラグナ、大丈夫なのか?」

 

悪夢に魘されていたラグナは目を覚ました。目の前に昨日話した慧音がおり、彼女は魘されていた青年を心配したのだろう。彼の隣で座っていた。

 

「...何でもねぇよ」

「.....深くは聞かないでおこう。それよりも本題だ」

「本題...あ、昨日言っていた奴か」

 

向かってもらう場所がある、という話を思い出してラグナは慧音に訊ねた。

 

「君が『結界』を抜けられた理由を巫女に聞きに行く」

「あんたが言う巫女ってのが、俺が結界を抜けちまった、その理由を知っているってんだな?」

「そうだ。名は博麗霊夢。結界守を務める神社の巫女だ」

「レイム=ハクレイ?」

 

伝えられた名前を反芻する。レイムという女の名を忘れないようにする為だ。

 

「よっし、んじゃあ俺はそろそろ行くわ」

「ああ....って待て待て、里から神社までは妖怪がいる。

ラグナ、人間だけでは危険すぎるんだよ」

「あ?いや、いいよ。俺一人でどうにでもなるっての」

 

ラグナが慧音の忠告を流す。

 

「いや、そういう訳にもいかんだろう。私もついて行く」

「はぁ.....勝手にしろ。俺は一人でも行くけどな」

 

ラグナと慧音は寺小屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人里では、妖怪が人間を襲ってしまわないように、とある決まり...ルールが決められていた。

それは、『妖怪は人里に立ち入らない事』である。人里の中にいる人間を襲わないよう妖怪達の賢者が決め、それを当時の人間と妖怪に言って聞かせていたらしい。

こうして大妖怪の圧力と人間との条約によって、人里の中の人間は襲えないようになったのだ。

 

しかし、そんな安全とも言える人里から二人、美味そうな男女が出てきたら人を喰らう妖怪はどう思うだろうか?

 

 

「.....へっ、また懲りずに来やがったか」

「...うん?おい、どうしたんだラグナ?懲りずに...って?」

 

草むらに潜伏していたのは昨日相手にした狼の群れ。三匹しかいないが、普通の人間には驚異である。

 

普通の人間にとっては、だったが。彼らにとって残念な事にラグナは普通ではない。

 

「テメェらもっかい相手してやっから纏めてかかってこい」

「こいつらは...千疋狼(せんびきおおかみ)か!ラグナ、やはり私が...」

 

慧音はラグナに警告するが時すでに遅し。

 

「カーネージ.....!」

 

剣を握り、素早い動きで狼のうち最も近い個体に近付く。逆手に持った大剣を叩きつけ、その反動で狼は空に浮く。

そしてラグナは身を捩り、剣を両手で持ち、振り上げた。

 

「シザー!!」

 

蒼の魔道書(ブレイブルー)が、ドライブを使う事でどんな危険を呼ぶか考えたくはないので、二度目の剣による攻撃の際にラグナのドライブ『ソウルイーター』を使ってはいない。

 

狼は急接近したラグナの強力な技『カーネージシザー』に対応する事が出来ず、たった一瞬で一匹は(むくろ)となった。

続けてラグナは別の狼に迫る。走りながら剣を変形させ、鎌にすると、大きく飛び上がり刃を叩きつけた。ラグナの得意な攻撃である。

 

「ブラッドサイズ!」

 

回転しつつ勢いに任せて縦に振り回すこの攻撃は、しかし単発の一撃だとしても威力は充分である。鎌を『文字通り』叩きつけられた狼は真っ二つに割れた。いくら妖怪とて二つに裂ければその命もたかが知れる。

 

「『こっ...小癪な!人間風情が調子に乗りおって!』」

 

残る三匹目の狼は激昴し、捨て身の噛みつきを仕掛ける。が、ラグナには当たらなかった。術式を使って身を守り、攻撃が終わった所を掴む。

 

「痛てぇぞ...!」

 

首根っこを掴み、そこに剣の先端を勢いよく突き刺す。そして前に投げつけた後、追撃の為に飛び上がった。

 

「ガントレットハーデス!」

一発目の蹴りを腹に当てて怯ませ、二発目で体を回して、非常に威力の高い回し蹴りを頭部に炸裂させた。

これを受けて狼は立っていることも出来ず、地に倒れた。

 

「これが、俺の力だ...」

「凄まじい...ラグナは本当に人間なのか?」

「お前!.....人間だ、俺は!.......多分

 

その人とは思えない程に高い身体能力に、慧音はただ驚いていたが、ラグナを一人では行かせられない理由がある。彼自身もきっと忘れているだろう。

 

「わかったか?俺について来なくてもいいって」

「いいや、私は君に道を教えていないだろう?」

「.......あ」

「やっと気づいた。ほら案内するから、ついて来なさい」

 

そう、彼に道を教えていないのだ。万が一迷って森に入ってしまうと更に危ない。魔法の森は人の身には毒となる魔力が漂っているのだ。

 

「わーったよ、ついて行くよ...」

 

ようやく観念したのか、ラグナは慧音の後ろを歩く。やがて山の麓に差し掛かった時、社へ向かう為の幾重にも連なる階段が二人を出迎えた。

 

「こんな所にあんのかよ...面倒くせえな.....」

「文句を言うな。歩いて行ける場所なんだ、この土地でもある程度まともな立地だと思ってくれ」

 

数百にも及ぶ階段は、二人の体力を地道に削っていく。山の頂点も目前まで差し迫ってくる頃には二人とも額から汗が滴っている程度には疲れていた。

 

「はあ、はあ.....マジで面倒くせぇな...ったく.......」

「はあ.....そう言うな...今後の為にも必要な事だ.....」

 

悪態をつくラグナとそれを諭す慧音。山頂に着いた頃に慧音はラグナと別れる事にした。

 

「よし、ここが頂点だ。お疲れラグナ」

「おう、マジで疲れたぜ...案内ありがとな」

「それじゃあ、私は帰るよ。あと一刻もしないうちに、

私の寺小屋で授業が始まってしまうからな」

「わかった、じゃあなケイネ。助かったぜ」

 

慧音は先程登ってきた階段を降りていく。去り際に手を振ったので振り返していると、ラグナの後ろから声をかけられる。声質からして少女だとわかる。

振り返ると、赤を基調とした巫女服で身を包んだ少女が、ラグナを奇異の目で見つめていた。

 

「.....アンタが『ハクレイの巫女』か?」

「いかにも、私がこの博麗神社の巫女、霊夢よ。

外の世の人。どうしてここに居るのか知りたいのよね?」

「ああ」

 

巫女は口角を上げ、ラグナを見つめる。その目は珍しい外界の人間に興味を持っているようにも見えた。

 

「ついてきて。お茶を出すわ」

 

そう言うと霊夢は境内から裏手に回り、本殿の中に入っていった。今の所ラグナにとっては順調にことが進んでいると言えるだろう。それも彼女次第であるが。

 

 





次回予告

霊夢の元に辿り着いたラグナ。
次回は彼がここに迷い込んだ理由が
明らかになるのだろうか。


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第三話 死神と紅白巫女

あらすじ

愛用の大剣『荒正』を振るい、妖狼を退けたラグナは
人里で食い逃げを敢行しようとしたところ、女性に
声をかけられる。彼女の名は上白沢慧音。

慧音との質問の受け答えで博麗の巫女に会う必要がある
事がわかったラグナと慧音は、翌日早朝に人里を発つ。
道中千疋狼と呼ばれる妖狼を相手に軽々と勝利し、
博麗の巫女に会いに行く為に数百の階段を登る。

そこで出会った少女こそが『博麗霊夢』、巫女だった。




「はい、お茶。緑茶しかないけどいいわよね?」

「おう。飲みもんが飲めるだけありがてえよ」

 

巫女の差し出した茶に口をつける。

淹れられたばかりの茶はまだ非常に熱く、火傷によって唇を容赦なく傷つける。熱くはあるが、飲めぬ訳では無い。

一度に飲み干し、ご馳走様と伝える。

 

「茶、ご馳走さん。さてと、本題に入るとするか。まずは結界について知りてーんだけどよ」

「ええ。その前にひとつ、前提があるわ」

「前提?」

 

霊夢は『前提』なる存在を教える。

 

「前提として、結界は基本的に人間には通れない。

正確には生死問わず意志を持っている者はダメなのよね」

「なるほどな...じゃあ、俺が通り抜けられたのは特例か?」

 

「そういう事。生命が『博麗大結界』を抜けられるのは

意思がない、すなわち死んでいる時か、何者かの干渉、

つまり、誰かさんの能力によって穴が空いた時だけよ」

 

ラグナは『ライフリンク』によって死亡しない為、

一つ目の線はまず有り得ない。二つ目の線の方が可能性としては有り得る話だ。

 

「それじゃあよ、その誰かさんに心当たりはあんのか?」

「あるにはあるけど.....こういうのを故意で行った時は

必ず私の方に連絡が行くのよね。何かしらの方法で」

 

話を纏めると、ラグナが結界を通り抜けた理由は、

何者かによる干渉の線が一番濃厚だが、霊夢本人は

その心当たりのある人物は違うと言っている。

つまり第三者、それも、霊夢もまったく知り得ない誰かが

結界に干渉を引き起こし、何らかの方法でラグナを結界の内部に叩き込んだ事になる。

 

「まあ、ここら辺は俺が調べていくとして、気になる事は他にもあるんだけどよ、質問してもいいか?」

「ええ、いいわ。答えられる範囲でなら教えてあげる」

「『魔素』について心当たりはあるか?」

「魔素.....いいえ、知らないわね」

 

魔素を知らないと彼女が答えた事で、ラグナの抱える謎はより一層深みを増してしまう結果となった。

だが、まだ他にも聞きたいことはある。

 

「ここには『術式』を使えるやつはいんのか?」

「『術式』.....妖術の事かしら?それとも陰陽術?」

「いや、いい。多分別モンだ」

 

術式の存在も知らないという事は、多分ここは術式が存在しない世界という事になるのだろうか。しかし謎は多い。

 

ここが2000年だとしよう。

2000年には黒き獣は居ない。つまり、獣に対抗する為に開発された術式すらも存在しない事になる。更に言えば、獣が死んだ事で魔素は世界中に大量にばら撒かれる事となるのだが、それも黒き獣が存在していないことで魔素の存在自体少ない事になる。人里の時といい、少ない魔素で充分な性能の術式が使える理由がわからない。

 

仮説を組み立てていると、霊夢が話しかけてきた。

 

「ねえ...あなた、ラグナ=ザ=ブラッドエッジでしょう?

アリスから聞いたわ。森の瘴気が効かないそうじゃない」

「アリス...ああ、あの人形師か。瘴気って?」

「魔法の森はね、地中の死骸とか、そういったものから

魔力が吸われて出来た草葉が多く群生してるのよ。

普通の生物がその魔力に長く当てられると、正気を失って

死んでしまったり、妖怪化してしまったりするの」

 

ラグナにはそれが効かなかった、と伝えられたのだ。

ラグナの持つ蒼の魔道書、そしてソウルイーターは、像を殺す猛毒さえ無効化し、吸収してしまう程に強力なのだ。おそらくそういった部分も関わっているのだろう。

 

更に蒼の魔道書によって致命傷さえ、ものの数分で

完治してしまう程の生命力を有しているのだ。

そういった瘴気を無効化するのもある意味頷ける。

 

ふと、遠くから声が聞こえた。

その声もまた少女の発するものに思える。

 

「おーい!霊夢ー!ラグナっての、居るかー!?」

「俺、そんな名前知られてんのか?」

「みたいよ、ラグナさん?」

 

その声は次第に大きくなっていき、最終的に真上から聞こえたと思ったら、屋根からスタイリッシュに降りてきた。

黒いベストとスカートに白いエプロン、最も目立つ白黒の魔女の三角帽子の影から覗くウェーブのかかった金髪は、その少女のトレードマークとも言えるだろう。

 

「よっ、『ラグナ=ザ=ブラッドエッジ』

私は『普通の魔法使い』霧雨魔理沙だぜ」

「マリサ=キリサメ...普通ね.....魔女ってんで、俺としちゃ超嫌味な奴を想像してたぜ。悪ぃな」

「失敬なことを言う奴だな。私は嫌味ったらしくないぜ。少なくともまともな性格だとは思ってる」

「泥棒がまともな性格とは笑わせるわね」

「今言うなそれを!」

 

ラグナは彼女等二人の様子を見、知人の誰かに空目する。もちろんここにはいない存在なのでありえないが。

しかし、魔女と言うならもしかすれば疑問を解消してくれるか、そこに辿り着くヒントを持っているかも知れない。

 

「マリサだっけ?お前『魔素』って知ってるか?」

「.........!!」

「当たりくせえな。話聞かせてくれ」

「あら、魔理沙知ってたの?」

 

しかし、知っていると思われる魔理沙本人は、だんまりを決め込んでしまった。話してくれる様子ではない。

何故話さないのかわからないまま、事態は膠着する。

 

「おい、マリサ...なんで黙る?」

「悪いけど、言えないぜ」

 

魔理沙は帽子の唾を握り、深く被り直す。顔には影が差して目は見えなくなった。目を合わせたくないからこうしているのだと簡単に想像がつく。なぜ言えないのか、その理由は全くもって想像がつかないが、話さないなら.....

 

「お前が黙り続けるってんなら.....」

「一応聞くが.....どうするんだぜ?」

「力づくでもテメェの口から吐かせる!」

「やってみたらいいぜ」

 

ドスの効いたラグナと魔理沙の声が鈍くぶつかりあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

The Wheel of Fate is Turning...

 

REBEL 1 ...

 

Action!

 

 

 

 

 

 

「無駄だぜ」

 

魔理沙は開幕と同時にベストから小さな箱を取りだし、

ラグナに向かってかざす。それが危険な物だと瞬時に

判断したラグナはしゃがみ、防御術式で攻撃を防ぐ。

 

「.....チッ!なんて馬鹿力してやがる、あの術式!」

「考え事をしてる暇はあるのか?」

「...クッ!」

 

今度は真上から三発のレーザーが降り注ぐ。一発目をバックステップで回避すると、残った二発の追尾は魔理沙の前に駆け出す事で回避した。

別の魔法を唱えるまでの時間稼ぎとして魔法を行使する魔理沙だが、牽制と足止めの為に放った攻撃中に反撃に転じてくるとは思っていなかったのだろう。

 

「隙だらけだ!」

「なにっ!?」

 

焦った魔理沙にラグナは勢いづいた蹴りを放つ。

 

「ガントレットハーデス!」

「がっ!」

 

闇の瘴気を纏ったラグナの足蹴りは魔理沙を吹き飛ばす。

だが、魔理沙は吹き飛ばされてすぐに受身を取り、

次なる魔法を展開するために弾幕を形成した。

一つ一つが高濃度の魔力の塊であり、触れた所から

徐々に焼けていくような感覚と重い痛みが走る。

 

「クッ.....近づけねぇ...!」

「喰らえッ!『スターダストレヴァリエ』ッ!」

「なっ...!?」

 

弾幕の中から無数の『星屑』が放たれた。

『星屑』を見る限り中央に向かうにつれて色が薄く、

そして明るくなっていく。あの中心に当たる事だけは不味いと直感したラグナは、せめて被弾を回避しようと横に避けるも、右手が巻き込まれてしまった。

 

「グアアアッ!」

「どうだ、私の必殺技は?!」

 

魔法の成果を確認すべく魔理沙が巻き込まれた右の腕を見ると、手首から上が完全に消滅しており、残った右腕部が千切れた手を形成せんとばかりに新しく手を象っていく。

その様子は、人間とは思えない悍ましさを孕んでいた。

 

「チッ.....厄介だな、あの能力(魔法)」

 

互いを見合わせて次の対策を練り始める。

ラグナが最も苦手とするのが遠距離からの連続射撃で、

魔理沙が最も苦手とするのが近距離での連続攻撃なのだ。

 

「(使っていい気はしねえんだがな.....)」

「(師匠から禁止されてたけど.....)」

 

「ここで片をつける!『ブラッドカインイデア』!」

「ここでゲームオーバーだぜ!『恋符』!」

 

両者走り出し、互いの必殺技(ディストーション・ドライブ)をぶつける為に

互いに接近する。魔理沙に至っては、敵がどこにいようが射程距離に入っているのだが、最高火力を出す為に近づく必要性があったのだ。確実に仕留める為だろう。

 

「くたばりやがれッ!『カーネージ.....』」

「こっちのセリフだぜ!」

 

互いに攻撃の構えに移るラグナと魔理沙。

ラグナの剣は魔理沙に命中したが、魔法を行使するための魔法障壁によって初段の一撃は防がれた。

ラグナの本命の二撃目が、魔理沙の必殺の一撃が、

両者を捉え、攻撃に移る。

 

「貰ったッ!『マスタースパーク』!」

 

魔理沙のマスタースパークが一瞬早かった。

極めて太いレーザーはラグナの全身を焼き尽くす。

 

「(勝ったッ!.......なっ!?)」

 

しかし、ラグナは絶命してはいなかった。

マスタースパークに当たっても攻撃に移れた理由は、彼が魔理沙と同じように『術式障壁』を解放していたからだ。

 

「『シザー』!!」

「うああああああっ!」

 

大剣による直接的なダメージはないが、ソウルイーターの闇の瘴気は魔理沙の肉体の一部から人の生きる力を吸い、それは、魔理沙がダウンするのに充分な威力だった。

 

「かはっ.........今回は、私の負けだぜ.......」

「さて、色々と話してもらうぜ、マリサ」

 

 

 

 

 

 

Distortion Finish

 

RAGNA Win

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、んじゃ、聞かせてもらおうか」

「はあ.......特別だぜ」

 

渋々。本当に渋々という具合に魔理沙は答えた。

 

「魔法の森には長年重なってきた妖怪同士のいざこざがあったんだぜ。そこで死んだ妖怪は土に還るんだけど、その時残った妖力....つまり魔力は昇華しないんだぜ」

 

「妖力ってのが昇華しないのがなんだってんだ?」

 

「それを今から話すんだぜ、少し静かに聞けって。んで、残った魔力はそのままでは使えないんだぜ、なぜなら人間が扱うには濃過ぎたからだったんだぜ。それを薄めるのが魔法の森の土。つまり、森の土はいわゆる『ろ紙』の役割を果たしてたんだぜ。それでもかなり毒だけど」

 

「そして地上に出てきた魔力は『魔力では無い別物』へと昇華する。それを私は『魔素』と呼んでいるんだぜ。

まだ師匠にも言ってないし秘密な、これ」

 

「そんな事が.....」

「なるほどな...んじゃあ、それが、俺が『術式』を

この場所でも充分な性能を持って使える理由か」

 

「そういう事だぜ。術式が何かは知らんが」

「じゃあ、とりあえず解決だな。力づくで喋らせちまって悪い。この事はきっちり秘密にしとく。それで許せよ」

 

「.....一回だけだぜ」

 

では疑問も解消されたことだし、人里へ帰ろう。

そう言ってラグナは階段を降りていく。

彼について行ったのは魔理沙だった。

 

「待て」

「あ?なんだよ一体」

 

魔理沙がラグナを呼び止めた。一瞬躊躇した様に見えた。

そして少し経って、意を決したかのように言い放った。

 

「私に『術式』を教えてくれ、ラグナ!」

「は.....はあ!?」

 

「頼むよラグナ!私はもっと強くなって師匠を見返して、ついでにお前をぶっ飛ばしたいんだぜ!」

「おい!後半のは余計じゃねーか!」

 

頭を掻きむしりながらツッコミを入れるラグナ。

食い下がる魔理沙とラグナのコンビは、

霊夢の目には微笑ましく映った。

 

「......まあ、いいぜ。ケイネんとこ行くからよ、

マリサ、お前が良けりゃ来るか?」

「.......!!やった!行く!行くぜ!」

 

何度も飛び跳ねて狂喜乱舞する魔理沙の元気さ加減には

さすがのラグナも呆れ返るしか無かったといっておく。

 

 

 

 




術式について

魔素と科学の両方が備わった事で魔法への適正のない者が魔法の片鱗を行使することができるようになる。
今までで上がったものはほんの一部であり、あらゆる事に術式を使えると思われる。
外の灯りやドアのロック、天候すら術式で操れる。


次回予告

魔理沙を打ち倒し、何故彼女が魔素の存在を
教えようとしなかったのか知ったラグナは、
魔理沙に術式を教えようとする。


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第四話 ラグナ困難騒動

あらすじ

結界について巫女と話していたラグナは、
話の腰を折るかの如くやってきた白黒の少女
『霧雨魔理沙』にも質問を投げかけた。

魔素の事を話そうとしない魔理沙はラグナと激突。
互いの必殺技が炸裂するも、ラグナが機転を効かせて
魔理沙は敗北し、魔素について吐かされる。
そして、術式の存在を知った魔理沙は、
ラグナに弟子入りする事としたのだ。




「うーん、つまり術式ってのは魔法が使えない人間の為に開発された、科学的な魔法の総称ってことなのか?」

「まあ、ここら辺は俺もよく知らんが、だいたいそんな感じだったと思うぞ」

「思うってラグナ、随分と適当だぜ」

「仕方ねーだろ?俺だって師匠から感覚で扱えって言われて、何をどうすればいいかわかんなかったんだしよ」

 

慧音の寺子屋の一番奥、来客用の部屋で、ラグナと魔理沙の二人は術式の習得に励んでいた。主に魔理沙が。

 

「術式を使う為には適正がいるんだよ。俺はこいつのお陰で、元々適正がなかったのに術式を使える」

「じゃあ、私に適正があるかわかんないのか?」

「いいや、イシャナの魔法使いが昔検査を代表して行っていたらしいし、もしかするとお前でもわかるかもしれん」

 

そう伝えると魔理沙は目を輝かせる。

術式は魔素を糧に扱うものだから、あまり濃度の濃い場所で扱うと自身がキャパシティに耐えられない事もあるが、そんな心配事は彼女にとって壁にもならないようだ。

 

「それじゃあその方法を教えてくれ!師匠No.2!」

「誰がNo.2だコラァ!.......これだ」

 

怒鳴りつつもポケットから謎の機械の断片を取り出す。

それは元々一つの塊の様なのだが、どこかで割れたのか

円形の物体が真っ二つに割れたような様相になっている。

 

「これがなんだぜ?」

「これが検査器具の一部だそうだ。原理は知らんが、使用者の適正に応じて光る具合が変わるらしい」

「何色ならいいんだぜ?」

「明るい色ほど良いらしいぞ」

 

そう言うと、魔理沙は袖を捲り欠片を握りしめる。

そして自分の持つ魔力を注ぎ込む。もとい体内の魔素を。

 

「ふっ.....うぐ....」

 

そして、欠片は眩いほどの青で染まった。

まさしくその光は、適正のある絶対的な証拠だった。

 

「おお、良かったな魔理沙。使えそうだってよ」

「ほ、本当か?やったせ.....ふう...」

 

息も絶え絶えだった魔理沙だが結果を聞いたからだろう、疲れと喜びで半々といった具合だった。

 

「でもその様子じゃあ術式の修行はキツそうだな」

「.....いいや、大丈夫だぜ。続けてくれ、ラグナ」

「.....無理すんなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあさ、ラグナが得意な『迷彩』は、他人から自分の姿を認識できないようにする術式って事か?」

「おう、そういう事だ。お前の魔法から身を守ったのも『防御』っつー術式の効果って訳だ。」

 

術式について教えていると、魔理沙は口を紡いでラグナの話に傾聴していた。完全に術式の機能をマスターするつもりなのだろう。時折紙にメモしたりする事で術式をモノにしようとしているのがわかる。

 

「.....よし、理論はだいたい分かった。わかったけどさ」

「どうした?何かわかんねー事でもあったのか?」

「いやさ.........この理論を実行に移して、しかも『術式』の構造まで組み立てた人はスゲーって思ってさ。普通なら思い浮かばないぜ。魔素と科学を両立させられるなんて考える奴、いても私ぐらいのもんだぜ」

 

「ふーん...俺はそんな凄いことはわかんねえけどよ」

 

ラグナがそれを聞いて顔をしかめる。

魔理沙の過剰な自信は、どこか別の人物を彷彿とさせる。

 

「よし魔理沙。これが一番重要なんだが」

「ん?.......まさか『術式は女の子には使えない』とか言うんじゃないな?」

「そういう訳じゃねえよ。術式を使う為には『理論』だけじゃ使えない。言わばそれを行使するアイテム.....

魔道書(マジックアイテム)』が必要だ」

「魔道書ね...箒に付呪するだけじゃダメか?」

「いや、それなら充分だろ。『媒体』が要るだけだしな」

 

術式は通常『媒体』つまり魔道書を介して発動される。

それは術者によって違う事がある。

ある者は持ち歩く本、ある者は決して離さない武器...

このように、人によって媒体となる魔道書は違うのだ。

 

「じゃ、今から付呪するから待ってて」

「おう」

 

そう言うと魔理沙は自前の長い箒に力を込める。

魔理沙の身体が淡く発光し、その光は箒に注がれる。

しばらく後、更に光を注ぐ為なのか魔法陣が彼女の周囲を囲み、箒は更に光を増していく。

 

「...っはあ、はぁ、はぁ.......お、終わりだぜ.....」

 

そう告げて魔理沙は倒れる。

その顔に生気は感じられず、魔素のみならず生命力すら

注いでしまったのではないかとも感じられた。

 

「おいおい...この様子じゃ本格的な会得は明日からだな」

「悔しいけど.....そうしてくれると助かるぜ.....」

 

魔理沙が布団に倒れ込んだ後、ラグナは慧音に世話を頼み

(押し付ける、とも言う)自らは町を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

(『地図』も埋めていきたいんだよな)

 

ラグナが取り出したのは、昨日人里の調査に使った紙。

二枚あり、一枚は白紙、もう一枚は人里の内部の

構造が大雑把に描かれていた。一応読み取れる程度には。

 

「よし、書き込むか」

 

そう言うとラグナはペンを取り出し、紙に書入れる。

人里、そして博麗神社と魔法の森の位置を。

 

「あれは...林か?.....行ってみるか....」

 

林。別名迷いの竹林と呼ばれている事を彼は知らない。

よってその危険を知らぬまま足を踏み入れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「だあああっ!また迷っちまったよ、クソ!なんなんだ!

獣道の癖に変な曲がり方したり!落とし穴があったり!」

 

案の定、悪戦苦闘を繰り広げていたラグナ。

どう見ても侵入者を惑わす罠が張り巡らされている。

更に言うと恐らく児戯で作られただろう落とし穴に

引っかかってしまったラグナのイライラは有頂天だった。

 

「チッ!あぁあうざってええええッ!」

「おい、うるさいぞ」

「ああ!?」

 

後ろから声をかけられたラグナが振り向くと、

そこに居たのは赤いもんぺと白いシャツを着、

そこら中に札を貼っている奇妙なファッションの、

年齢に不相応な落ち着きを見せる少女だった。

 

「チッ.....なんだよ、ガキ。俺は今イライラしてんだ」

「道に迷ってる奴がいるって兎達から知らせがあってな。

そのままじゃ林を傷つけてしまいそうだったらしいし、

私がお前を道案内しに来た」

「.....ウサギ?おい、あいつがここにいんのか!?」

「......?ああ、そうだけど?」

「よし、俺をそいつん所に案内しろすぐに」

 

少女は疑問を浮かべながらもラグナを『兎』の元へ

案内すべく歩きだし、ラグナもそれについて行った。

 

 

 

 

「さっきは悪かったよ。ムカついててな」

「いや、いいんだ。ああいう扱いは慣れてるしね」

 

白髪の少女はにへらと笑ってみせた。

やはり見た目の割に落ち着きすぎている。

そう感じたラグナは、彼女に一つ質問を問いかけた。

 

「.....お前、数えて何歳だ?どう見ても15とかの見た目で

そんなに落ち着いた口調ってのはおかしいだろ」

「勘が鋭いな、お兄さん。ま、正解だとだけ言っとくよ」

 

彼女は質問にも動じず、淡々と答えた。

少女が話す言葉としては似合わなさ過ぎる。

彼女が女だと声だけでわかるのはこの声音だけである。

口調だけならまるで男のようにも感じ取れる。

 

「さて、そろそろ着くよ」

「なんだ.....家?」

 

見えてきたのは家。それも、竹林であるにもかかわらず

オーク材をふんだんに使った木造の家である。

 

「そう、あれが私の家な。兎連れてくるから待ってな」

 

そう言うと少女はラグナを置いて、家の中に入っていく。

そのうち話し声がしたかと思うと少女は一匹の兎を連れて

家から出てきた。

 

「ウサギ...って、こいつが?」

「そうだ。兎。こいつ以外に兎がいるか?」

「.......いや、よくよく考えればわかる事だったわ」

 

そもそもラグナが奇怪な出来事に巻き込まれているのだ、

からかう為だけに顔を出すような奴が出てこない時点で

ここには干渉出来ないのだと考えるべきだった。

そもそも、彼女をウサギと呼ぶのはラグナだけである。

 

「まあ、うん.....帰るわ」

「あ、それなら送るぞ」

「あー...おう、頼むわ」

 

知人に会えると思ったラグナは出鼻を挫かれた。

すっかり意気消沈し、その返事もどこか上の空だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰る頃には日も暮れ、鴉が人の時間の終わりを告げる。

竹林にて迷ったのがだいたい午後4時頃である。

そこから少女.....『藤原妹紅(モコウ=フジワラ)』に送ってもらったのが

8時前後。実に4時間近く竹林をさまよっていたのだ。

 

「あーめんどくせぇ.....なんでただの林を抜けんのに

3時間も4時間も掛けなきゃなんねーんだよ...チッ」

 

林を抜けたラグナは30分の道のりを歩いていた。

人里にいるだろう魔理沙の所へ見舞いに行く為だ。

整備されていただろう獣道には草が生い茂っている。

通る人間が少なくなってしまったのだから仕方がない。

微妙に歩きにくい地面にもイライラしていた。

 

 

 

そんな彼を尾ける一人の影。

 

「.....で、テメェはなんなんだ?」

「.......」

 

道を歩いている間、正確には林から出たタイミングで、

ラグナはこの妙な気配を感じていた。

更にこれは人里に入る時にも感じた事があった。

 

「チッ.......『迷彩』」

 

術式によって自分の気配全てを消失させる。それは姿形も例外なく消し去ってしまうのだ。これで追っ手はラグナを見つける事が難しくなった。

 

「あ、消えちゃいました!どこに行ったんですかね...」

「ここだよ、羽ヤロー」

 

『羽ヤロー』の背中に剣を押し当てる。

 

「術式解除.......ったくよ、面倒事は持って帰れ」

「矢張り、噂通りですね.....私は貴方に興味があるのです。『ラグナ=ザ=ブラッドエッジ』さん?」

「.......どこで知りやがった?答えなきゃテメェを刺す」

 

緊張した空気が両名の間に流れる。

 

「落ち着いて、ラグナさん。私は鴉天狗の『射命丸文(アヤ=シャメイマル)』と申します。以後、お見知り置きを」

「どこで知ったか言え。次はねえぞ」

 

刃を押し当てる力を強める。

 

「おお、怖い怖い...ってね。いやなに、私はこう見えても新聞記者でして。魔理沙さんの追跡中に貴方を見つけたのですよ」

 

これは嘘だ。ラグナにはわかった。

 

「人里で俺を観測ていたのもテメェか」

 

そこまで言及すると、射命丸文は笑う。

誤魔化すことを諦めたのか、次々と話し始めた。

 

「ネタ探ししている時にですね、森から出てくる人間.......

つまり貴方の事なんですがね。貴方を見つけまして」

「見た事の無い服装をしていたので、ネタにちょうど良いと思いましたね、ええ。まさに僥倖でしたよ」

「やっぱテメェか.....俺と敵対する気はねえんだな?」

「ええ、滅相もございません」

 

それだけ聞いてラグナは剣を仕舞った。

敵対する意思がないとのことなので、ここで殴り合う

意味はないのだと考えたからだ。

 

「おや、そんな事して.....良いんですか?」

「...なっ.......ッ!?.....後ろだと.....!」

 

剣を仕舞った途端に射命丸を見失ったラグナは、

辺りを見渡す前に真後ろから声をかけられて戦慄した。

 

「あっはははははは!......冗談ですよ、冗談!あー面白い。

今後もしかしたら『取材』に伺うかもしれません。

その時は、是非ともよろしくお願いしますよ?」

 

金色の瞳が目立つその目は、どこだか『蛇』に似ていた。

幾度も対峙した因縁の緑髪の男とは似ても似つかないが、

その雰囲気は、どことなくそっくりにも思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケイネ、戻ったぞ」

「おお、ラグナ。魔理沙がお前に話があるそうだ。

時間があるのなら彼女を訊ねてやってくれ」

「おう」

 

その晩、何故か寺子屋に泊まることにした魔理沙は、

ラグナとの術式談議に花を咲かせていたという。

当のラグナ本人は至極面倒そうにしていたが。

 

 

 

 





次回予告

バテた魔理沙を置いて里を出たラグナは、
帰ってくるまでに散々な目にあった。
翌日、窓からは紅い霧が顔を覗かせていた。


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第五話 死神と紅霧再来 上

あらすじ

魔理沙に術式を教えていたラグナ。
魔理沙が魔素の使いすぎでバテてしまった為、
外に出て自作の地図を埋めようとしていた。

途中、迷いの竹林で道を失ってしまうが、
白髪の少女『藤原妹紅』の助けで脱出する。
そして、出会った妖怪『射命丸文』の姿を見て
以前から敵対していた統制機構の『蛇』を
思い出すラグナであった。




その日は、お世辞にも気持ちの良い朝とは言えなかった。

人里を包むのは赤く染まった空...いや、『霧』だった。

その霧は異常なまでに濃く、窓の外を覗いてたとしても、隣の家はおろか煌々と照る太陽すらその姿を現さない。

 

「.....嫌な霧だな」

「おはよう、ラグナ.....ふわぁ...」

「おう、魔理沙。珍しいな、赤い霧なんてよ」

「赤い霧...そりゃ確かに珍し.....なんだって!?」

 

一瞬聞き逃しそうになった魔理沙だが、その言葉を聞き

文字通り血相を変えた。

 

「こりゃ不味い..........ラグナ!ここで待っとけよ!私は霊夢に話をつけてくるぜ!」

「待て!俺に何か出来ることはあるか?」

「馬鹿言うな!普通の人間にこの霧は毒だ!出るなよ!」

 

それだけ言って魔理沙は箒にまたがって飛んで行った。

異常な速さで霧の中を突き進む少女の影は、

心做しか光り輝いているようにも見えた。

一方ラグナの方は、と言えば。彼の性格は短く表すと、

なんだかんだ他人を放っておけないというものだった。

 

「悪ぃが、俺は生憎普通の人間じゃないんでな」

 

勢いよく寝室の戸を開けると、目の前には彼がいつも世話になっている女性、上白沢慧音がいた。

彼女はとても驚いた表情をしていた。今まさに持っていた書簡を落としそうになっていた程だった。

 

「きゃっ...ラ、ラグナ!?どこへ行くんだ!」

「決まってるだろ、悪い野郎をぶっ飛ばすんだよ」

「悪い奴って.......っておい!行くなってば.....ああもう.....」

 

慧音が止める前にはラグナは走って行ってしまう。

ラグナを止めようとした慧音も、呆れるしか無かった。

 

「仕方ない.....住民の避難勧告なら今の私でも....」

 

慧音もラグナと同じように寺子屋を出て、ラグナの走っていった道とは逆の方向に向かい、人々に注意を促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラグナはこういう時絶対に連れて行きたくない知人を思い浮かべていた。彼女はラグナにとって恩人であるが、共に外出はしたくない。彼女を見つけるだけで疲れるからだ。

そう、『彼女』は極度の方向音痴なのである。

単純な構造の街で、道は真っ直ぐと言い聞かせても。

挙句の果てには地図を持たせても隣の国へ行くほどに。

彼女に地図は、紙切れでしか無いのである。

それが、今はいない。大変喜ばしい事である。

だって彼女の捜索に時間を費やす必要が無いのだから、

余計な手間をかけずに目的地に向かえる、という理由だ。

 

だが、ラグナは神社に向かえず悪戦苦闘していた。

赤い霧が物理的にも『精神的』にも邪魔をする為だ。

特異なドライブを持つとはいえ、『普通の人間』である

ラグナが霧に迷うのは仕方がない事だった。

 

「クソッ.........この霧の中では幾ら進んでも戻ってるのか?

マジで、このままじゃ神社にも行けやしねえじゃねえか...」

 

戻っているという事は無いのだが、先程も伝えた通り

この赤い濃霧は、人間にとって精神的な毒にもなりうる。

 

「.......まさか、魔理沙が言っていた『普通の人間に』って...

毒って『精神に攻撃』してくるのか.....だから戻っている

ように見えてしまっているという事なのか?」

 

考えるが、そんな毒は人生で一度も見た事が無い為、

霧が持っている毒素の効果はわからず終いだった。

 

「だけど何もしないって言う訳にはいかねぇしよ.....ん?」

 

行先に詰まっていると、少し頭の上を通る一筋の箒星。

その後ろをついて行く空を飛ぶ影には見覚えはないが、

箒星の方に関しては一目見てすぐに正体がわかった。

 

「おお、あれは.....マリサじゃねえか!ラッキーだったぜ.....

あいつを追っていきゃあその内辿り着くだろ」

 

箒星について行く様にラグナも駆け出す。

そのダッシュは速かった。瞬発力もあり、その速さを

維持するスタミナも有り余っている。

何より、幼少期からラグナは走り込んでいるのだから、

彼にとって走る事が得意でも何ら不都合はない。

むしろ好都合。走っていて良かったと思うラグナだった。

 

「...つーか速え!あいつ空挺術士より速いんじゃねえか?」

 

空を飛ぶ術士より速いというのは相当な評価だった。

流石のラグナも追い縋るのがやっとと言ったところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い霧を突き進む霊夢と魔理沙。

術式によって互いの視界を確保しているが、それでも

数メートル先が見えなくなるこの霧は大した魔法である。

 

「それにしても、レミリアがまた異変を起こすなんて.....」

「.....今は急ごう。フランの事も心配だしな」

 

時は数十分前まで遡る。神社の境内に辿り着いた魔理沙は

霊夢と『紅霧再来』について話し合っていた。

 

「どうしてレミリアは紅霧を再発させたのかしら.....」

「さあな。言えるのは、レミリアがお前の約束を破って

新たに野望に燃えている.....って事だけだぜ」

「そうね.....もう終わった事にしていたけど、レミリアが

健在なんだから、また霧を発動させるのも可能なはず...」

 

二年前に紅霧異変を解決した時、レミリアは

あの霧を発現させるのに大量の妖力を開放した。

それはコンデンサー的役割を持つ魔封陣に貯蓄しており、

キーとなる呪文を唱える事で妖力が開放されるものだ。

レミリアが魔法を発現させると同時に妖力を開放し、

それによってレミリアの魔力と妖力が合わさった

文字通り紅い毒霧が幻想郷中に飛散したのだ。

 

ただ、魔封陣は霊夢自身の手で破壊したのだが.....

そこだけが、今彼女にとっての疑問点だった。

 

「でも、その条件で発生させられる霧は小規模.....

こんな広範囲に広がるなんて有り得ない........」

「考え込んでるとこ悪いけど、そろそろ行こうぜ。

里の人達が手遅れになる前にさ」

「..............そうね。行きましょ」

 

魔理沙と霊夢の二人は一気に飛び上がり、空を駆けた。

高速で空を飛ぶ彼女達の面持ちは、どこか暗かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは.....マリサじゃねえか!ラッキーだったぜ.....!」

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ.....あいつら、何処に向かってんだ?」

 

霧の中を走り続けるラグナだが、霧に惑わされるような

ヘマはまだしていない。彼女達を見失っていないからだ。

 

「はっ.....はっ..........あ?なんだ、あれ」

 

ふと前を見た時、何かが視界に入ってきた。

それは人影で、幼い少女の様な背格好だった。

小さい子がこんな外で遊んでいるなんて危険だ。

そう思ったラグナは彼女に話しかける事に決めた。

見失ってしまうのは仕方ないが、それはそれ、だ。

助けられるなら、他人でも見捨てはしない。

 

 

「おい、ガキ!そこは危ねぇぞ!俺が里へ送ってやる!

声は.....聞こえるよな!?こっちに来い!」

 

「はあ!?あたいは最強だし!危なくなんかない!」

 

聞こえた声は元気な娘のそれだが、奇妙な点が一つある。霧の中であるにも関わらず声が透き通っている事だ。

この紅い霧は、どうやら振動を緩和するようで、

それによって声が遠くまで届かない事がわかっている。

そして、もう一つおかしな事がわかった。

少女に近づくに連れて寒気がする事だ。

 

恐怖による身震いなどではなかった。

正真正銘寒さによるものだ。事実、衣服の上から冷たさが覆い被さるように襲ってきている。

 

「クッ.....一体なんなんだ...!」

「そこのお前!あたいの氷漬けコレクションになれ!」

「.....は、はあ!?」

 

そう言うと霧は晴れた。

 

 

いや、晴れたのではない。実際には霧が凍結した事で

周囲の視界が一気にクリアになったのだ。

ラグナの目の前にいるのは青いワンピースを着た少女。

目を引いたのは、背中から出ている氷で出来た羽だ。

 

「まさか......テメェも妖怪か!?」

「ハズレー!あたいは最強の妖精『チルノ』だ!」

 

チルノと名乗った少女の妖精が両腕を振り上げる。

それをラグナにかざした途端、冷気が襲ってきた。

 

「おわっ!つ、冷てぇ!テメェ、ざけんな!」

「へっへーん!怖いだろ、恐ろしいだろ、人間!

あたいは氷の妖精!最強の妖精なんだぞ!」

 

善意で行った行動が裏目に出た。

それだけなら良いが、助けようとした相手に、

あまつさえ攻撃されてしまった事で、ラグナは怒る。

彼女は、死神の逆鱗に触れてしまったのだ。

 

「ナメてんじゃねぇぞ!このクソガキが!」

「うっ.....に、人間があたいに勝てるのか!?」

 

チルノはラグナに見栄を張る。事実ただの人間には

氷の妖精なんてとても手に負えないだろう。

だが、彼は違った。何がだろうか?そう.....

 

「生憎俺は『半分人間辞めてる』んでなぁ!」

 

ラグナが雄叫び、全力で走り出す。

チルノの表情が余裕さを失い、代わりにラグナへの畏怖が彼女の顔面に張り付いているのが見てとれる。

 

「.....!わ、うわ、うわあ!なんだこいつ!」

「甘ぇよ!『ヘルズファング』!」

 

チルノが弾幕や氷の壁を作りラグナを止めようとするが、それをスイスイと避けられる事で更に恐怖したチルノは

抗戦を止めてうずくまった。それが幸いして、

ラグナの拳は当たらなかった。

 

「ご、ごめんなさい!あたいが最強だと思ってたけど赤いおじさんの方が強いってわかったからもう許して!」

 

妖精、という事は、見た目に反して数十年を生きているのかもしれないが、見た目としては完全に幼子である。

小さい子どもをいじめている気分を体験したラグナは、

非常にいたたまれない感覚に陥った。

 

「.....チッ.......マジでよ、お前に時間取られてんだわ。

この霧について調べてんだけど何か知ってっか?」

 

「...うん.....赤い霧は吸血鬼が出してる。でも違うよ。

あたいにはわかるんだ、これは吸血鬼の力じゃないって」

「チッ.......んじゃ、そのコウモリ野郎の所まで連れてけ」

 

吸血鬼の単語を聞いてしかめ面を見せたラグナだが、

すぐに向き直り、吸血鬼の元へ案内してもらう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!レミリア!咲夜!どういう事なの!?」

「全くだぜ。こんな事今まであったか?」

 

霊夢と魔理沙は、レミリアと咲夜の二人と面と向かって

話し合い(という名の言論戦)を敢行していた。

 

「ですから、お嬢様が仰られました通りです。

『赤い霧は何度も出せない』これが理由です」

「事実、私の魔力は殆ど二年前に消えたからね」

 

「だが...ありえないぜ。お前以外であの霧を出す奴?

そんなやつ、この幻想郷にいるわけないぜ」

「ええ.....だから私達も妖精メイドを使って、

事態の究明に当たらせているのよ。わかったかしら?」

 

「ケリが着かないわね.....結局のところ、この事態に

関与してはいないという事なのね....」

 

四人が話し合いをしていると、霊夢の後ろのドアが

勢いよく開かれた。咲夜がレミリアの前に立つ。

 

「おい、吸血鬼!ここにいんのか!」

「ラグナ!」「ラ、ラグナ!?」

 

紅白の二人組は予期せぬラグナの登場に困惑し、

咲夜は警戒態勢を崩さず、レミリアはほくそ笑んでいた。

 

「貴方がラグナ=ザ=ブラッドエッジね?

私の力で貴方の存在は観測ているわ」

「観測た、だと?随分と悠長に構えてんな、テメェ。

お前の霧のせいで里がやべえんだよ。とっとと止めろ」

 

ラグナが挑発的な言動を取ると、咲夜が動き出した。

当のレミリア本人は笑みを崩さないが。

 

「貴様...お嬢様を愚弄するとは...死にたいか」

「はっ、時間へ干渉するのか、お前の力は。

悪ぃけど、その手の奴とは戦い慣れて.......あ?」

 

ラグナに得体の知れぬ違和感が襲いかかる。

結局拭うことの出来なかった違和感を置いて話は進む。

 

「はぁ.....咲夜、その辺りにしておきなさい」

「.......はい」

 

レミリアに止められて、咲夜は渋々引き下がり、

彼女の隣に移動していった。

 

 

 

 

 

 

「んで、結論から言うとこの霧はお前のじゃねえと。

でも、どうして霧が湧いていんのか説明できるか?」

「今の私には難しいわね。なにせこの霧に、私達は

一切合切干渉していないのだから」

 

そう言っていると、ラグナが来たようにドアが開かれる。

現れたメイドがレミリアの元へ小走りで向かう。

 

「レミリア様、咲夜様!パチュリー様とメイド達の

魔法障壁内への避難および施錠、完了しました!」

 

メイドの中でも高い階級の妖精がレミリアに報告した。

咲夜は彼女に避難するように伝え、レミリアは咲夜に

「貴女も逃げておきなさい」と指示を出したが、

咲夜はそれを拒否し、レミリアの傍を離れなかった。

 

「んじゃあこの霧はどう止まるんだよ」

「.....ラグナ、耳貸してくれ」

 

魔理沙が耳打ちするためにラグナを呼ぶ。

それに誘われてラグナも魔理沙の近くに着いた。

そして、驚くべき事を話し始めた.....

 





次回予告

魔理沙と共に調査する事になったラグナ。
彼らは原因を発見するのだが、その場所とは。


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第五話 死神と紅霧再来 下

前回のあらすじ

朝起きたラグナと魔理沙は異常に気づいた。
赤い霧の異変、所謂紅霧異変は既に霊夢と魔理沙、
彼女たち二人の手によって解決された筈だった。
再発した原因を調べるため、二人は紅魔館へ向かう。

ラグナは途中氷の妖精チルノと出会い、案内させ、
紅魔館へ到着する。そこにいたのは館の主、レミリア。
霊夢、魔理沙と合流したラグナは事の顛末を聞き、
関係が無い事を知る。その後、魔理沙の提案を聞いて、
ラグナは彼女とふたりで解決に乗り出す。


「.....ごにょごにょ.....」

「お前.....いつの間にそんな事.......」

「な?私と、ラグナにしか出来ない事だぜ?」

 

彼女が提示してきた案は確かに彼らにしか出来ない。

それは、この場所この時では、というだけであるが.....

魔理沙は、なんとラグナが寝ている間に八卦炉と呼ばれる彼女のマジックアイテムに術式を施していたのだ。

『検知』の術式は、魔素の濃い場所を特定する事が出来、

それの他にも幾つかの術式を施しているという。

 

「んじゃ、私たちに任せるんだぜ」

「っつー訳だ。レイムは帰ってて良いぜ」

 

そう言われて巫女が引き下がる道理は無い。

霊夢は魔理沙とラグナに食ってかかった。

 

「ち、ちょっと!私にも原因を調べる役目があるわ!」

「お前は協力を拒否した奴は片っ端から潰してくだろ。

.........私もだけど.............とにかく、私らだけで充分だぜ」

「ま、レイム。今回ばかりはマリサの言う通りだぜ。

お前に術式が使えるかもわかんねぇしよ」

 

数日前にラグナと魔理沙の決闘で目にした謎の技術。

『術式』を使う術を霊夢は知らなかった。

 

「むぐぅ.......わかった、今回は大人しく身を引くわ。

でも、もし貴方達が危なかったらすぐに教えて。

私が巫女の威信にかけて必ず助けるから」

 

頼もしい霊夢の言葉に、魔理沙は少し喜んだ。

自分が喜んだと思った彼女は俯きがちに言った。

 

「.....まぁ、わかったよ。もしもの時は頼むぜ霊夢」

「じゃあ、私達は魔理沙とラグナの二人に任せる。

霊夢は私と咲夜と一緒に待機。これでいいかしら?」

「おう、えーっと.......レミリア。問題ねえ」

「あら、覚えてくれたのかしら?」

「チッ.........やっぱ苦手だわ、吸血鬼って」

 

レミリアはほくそ笑んでいた。

運命を観測て、ラグナの何かを知ったから。

 

「他に吸血鬼を見た事があるような口ぶりね?

そういう事は言わない方がいいわよ?『死神』さん?」

「...............っ!?テメェ、どこでそれを.......!?」

 

「はいはーい、行こうぜラグナ!異変が私達を待ってる!」

 

「おい、待てって!まだ聞きてぇ事があんだけど!?

痛てぇ!襟を掴むな!引き摺んな!痛ててて!話を聞けええぇぇぇ...

 

レミリアを問いただそうとしたラグナだったが、

成果を確認したがっていた魔理沙に引き摺られて、

その姿も声も、聞こえなくなっていった。

 

「あら、引き摺られていっちゃったわね、ラグナ」

「それではお嬢様。そろそろお時間です」

「え?もうそんな時間なのね」

 

そう言うと咲夜は消えた。

時間を極限まで遅くして部屋を出て行った為だ。

彼女の能力を知っている霊夢とレミリアは驚かない。

 

「で、私はどうするのかしら?まさかじっとしていろ、とでも言うんじゃないでしょうね、レミリア?」

 

「昨晩、新鮮な茶葉が入ったのよね、飲む?」

「..................緑茶?紅茶?」

「無論、紅茶よ」

「飲む」

 

その後、優雅なお茶会が開かれた事をラグナは知らない。

それはラグナを引き摺っていった魔理沙も同様である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーもう...首痛えわマジで........」

「んじゃんじゃ、やろうぜ、ラグナ!」

「はいはい............『術式展開』!」

「『術式展開!弐!』」

 

ラグナは聞き覚えのない術式展開の文言に疑問を覚えた。

 

「『弐』ってなんだ?」

「八卦炉に五つの術式を組み込んでるんだぜ。

使いたいのに応じて番号を口に出すだけで良い」

「ほーん.......便利なもんだな」

「そうだな...これで魔法も撃てるんだから、最高だぜ」

 

そう言いながらかざした八卦炉が光り輝いた。

それは次第に輝きを増し、青い光球が辺りを漂う。

ラグナも良くお世話になった術式だ。

『検知』は使役者の周囲に展開されて、魔素の濃さを

検知するのだ。魔素の過剰摂取は危険な為、地上では

ラグナはこれを頼り、安全なルートを歩いていた。

 

ただ、今回の用途は逆だ。

魔素の濃い方を調べに行く事で原因が掴める算段だ。

 

「こんな使い方するとは思わなかったな........」

「え?私はてっきりこうするものだと思ってたぜ」

 

魔理沙にはラグナの元いた場所がどんな世界なのか

教えてはいない。外に変に失望されても困るからだ。

 

「ま、いいか。とっととやろうぜ」

「おう」

 

館を歩き回る。

時折検知が反応を見せることがあったが、

大抵は僅かな力ばかりが残ったマジックアイテムだった。

 

「お、これは.....なんか強い反応だぜ」

「この先だな。気をつけろよ」

 

検知の指し示す先は地下。重々しい扉の先には

階段が深くまで続いており、先は暗くてとても見えない。

魔理沙がラグナの方に振り向くと、怖いのか震えている。

 

「........行くか?」

「お、お、お、おう.............」

 

情けない第二の師に呆れ返るも、気を取り直す。

ラグナの腕を掴み、半ば連れて行くような形で

階段の奥へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼さの目立つ吸血鬼は、新しい玩具を手に入れた。

鈴が装着されていて、ハートの形をした可愛らしい杖だ。

二年ほど前に姉が起こした異変以降、外出許可を得たり

古道具屋で手に入ったものの遊び方を模索していたりと、あの日以降彼女にとって暇な時は無かった。

 

でも館の裏庭に出た時に『これ』が埋まっているのには

流石に495年の時を生きた彼女も驚いた。

前日も裏庭でお茶を飲んでいたが、この杖は無かった。

面白がって持って帰ったが、誰にも咎められなかった。

 

 

じゃあ、私のものにしても、構わないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強い魔素を感じるな...」

「でも、ここ...............」

 

検知の術式を収束させた後、魔理沙が言い淀む。

ラグナはこの先がどうなっているのか知らない。

 

「おいマリサ。おら、とっとと行くぞ」

「いや、待ってくれラグナ。私が行く」

 

ラグナを押しのけて重々しい両扉を開く。

ギ、ギ、ギ、と鉄と床が擦れる不快な音が耳を突く。

その先に広がっている光景は、少女の子供部屋だった。

桃色や黄色などのカラフルな絨毯に、大量のクマの人形。そして床に散らばるボードゲームや積み木などの玩具。

 

その中でも異様に目を引くのは、部屋の真ん中で佇む、

長い何かを持った金髪の少女。

 

背中からは色とりどりな水晶の翼が生えていて、

彼女が持つものは、ラグナの知り合いが持っていた物だ。

 

事象兵器(アークエネミー)《雷轟・無兆鈴》』だった。

 

 

 

 

「っ...!?テメェ、なんで《ソレ》を持ってやがる!」

「ラ、ラグナ!行くな!........ああ、もう!」

 

ラグナが彼女の元へ向かう。それを止められないと思い、

魔理沙もまた彼女を『諭す』為に向かった。

 

 

 

 

 

 

「おじさん誰?フランの遊び相手になってくれるの?」

「遊び相手だと?俺はテメェがどうして《ソレ》を持っていやがるのか聞きてぇだけだ!」

「これは私が裏庭で見つけたの!誰にも渡さないわ...」

 

裏庭で無兆鈴を見つけたなんてありえない。

事象兵器の殆どはラグナの知る人物等が保有しており、

それがフランと名乗る少女の手にある訳は無かった。

 

「裏庭だと..........テメェ...嘘をつ.......!?」

「(ラグナ!お前、死にたいのか?少し黙ってくれ)」

「.....あ、魔理沙!」

 

少女は魔理沙の姿が目に入った途端、目を輝かせる。

幼い少女が走る様は、これが吸血鬼でなければラグナでも可愛らしいものだと思えるものだった。

 

「よっ、フラン。元気してたか?」

「もちろんだよ!フランはずーっと元気だったよ!」

「よーしよーし、良い子、だぜ」

 

まるで子が母親に甘えるかのように抱きつく。

魔理沙は頭を撫でつつ、質問を投げかけていく。

 

「なあ、フラン。その杖は庭で拾ったのか?」

「そうだよ。お茶を飲んでたらこれが庭に落ちてたの」

 

フランは眩しい笑顔と言葉を持って魔理沙に答えた。

彼女にうんうんと頷きつつ魔理沙はラグナに耳打ちする。

 

「(フランはな、絶対に嘘はつかないんだよ)」

 

それを聞いて、ラグナは様々な質問を投げかけたくなる。

具体的には3つだ。

 

「えーっと.....フラン、だったか。

無兆鈴の元の持ち主は一体誰なのか、知ってるか?」

「無兆鈴?いいや、フランは落ちてたのを拾ったから」

 

つまり彼女は『プラチナ=ザ=トリニティ』を知らない。

白金の錬金術師は六英雄の一人。

幾ら歴史に疎くてもその名位は知っている筈だが...

 

「じゃあよ、『アークエネミー』は聞いた事あるか?」

「えーっと........無いかな」

 

という事は、無兆鈴がどんな代物かわかってもいない、

そういうことになるのだろう。ラグナには不思議な話だ。

 

「んじゃ、最後だ。この霧はお前の仕業か?」

「.....................」

「チッ、だんまりかよ」

「おいラグナ、もうそこまでに...........?」

 

答えない、という事が彼女が犯人だと確信させる。

魔理沙が言い過ぎたラグナを止めようとした。

しかし、時は既に遅かった。

フランは嗚咽を漏らしながらもこう言った。

 

「フランっ........お姉様の、役に...立ちたくて..........!

でも、私........上手く魔法を使えなかった......から......!」

 

「その果てがこの事件、か。おい、この霧消せるか?」

「.......................だ」

「..........あ?」

 

フランが小さい声で何かを呟く。

それは子供が駄々をこねる様な可愛らしいものではない。

彼女から溢れる力強い感情がこの場を支配する。

 

そしてその感情は、恐ろしい事に無兆鈴と共鳴した。

アークエネミーは彼女を新たな主として認めたのだ。

 

「........やだ、いやだ!お姉様の役に立ちたい!

力を貸して!『《無兆鈴》』、お願い!」

「なっ.....!?離れろ、マリサ!...うがっ!」

 

魔理沙を突き飛ばしたラグナは、フランの無兆鈴が放った赤い霧に紛れて飛んで来た弾に当たってしまう。

威力は低いが、ラグナを怯ませるには充分だ。

 

「........キャハハハッ!赤いおじさん、私と遊ぼうよ!」

「...チッ!後悔すんじゃねぇぞ!」

 

双方が臨戦態勢に入った。

魔理沙は止められない事を悟ってラグナの側に着いた。

 

「魔理沙も遊ぶ?やったぁ!沢山遊ぼうね!」

「くっ...ラグナ!恨むぜ!」

「仕方ねぇだろ!無兆鈴はガキにはやべえシロモンだ!」

 

フランは両手を広げて飛翔する。左手にはプラチナの杖、

《無兆鈴》が握られており、その力で3人のいる地下室はまるで内部が膨張でもしたかのように広い空間となった。

 

「...........凄え」

「当たり前だろ。あれがアークエネミーって奴なんだよ。やべえのは、その力はただの一欠片って事だ」

「はぁ!?一体どんな力を携えてんだぜ!?」

 

無兆鈴が発する力によって拡張された部屋で、

フランは両の手から自分の力を分けた分身を造る。

 

「遊ぼう?『フォーオブアカインド』!」

「なっ........なんだ!4人に増えやがったぞ!」

「アレがフランのスペルだぜ...!いや、この感じ........

多分だけど、あの杖のせいで魔素の流れがなだらかだ。

ただの分身じゃない、均等に力を分けてる...........!?」

「とにかくやるぞ!負けたら霧が晴れねぇ!」

 

魔理沙とラグナは左右に別れ、それぞれ二体の分身を

相手取る事とした。人は倍の数には勝てないと言うが、

二人とも経緯はともかく、折り紙付きの実力者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぜ!恋符『ノンディレクショナルレーザー』!」

「「甘いよ、魔理沙!」」

 

渾身の力を込めた魔法は、しかし躱されてしまう。

避けた二人のフランは別々のスペルを唱える。

彼女にとって、これは遊び程度という認識なのだろう。

 

「禁忌『クランベリートラップ』!」

「禁忌『レーヴァテイン』!」

「...........嘘だろ」

 

二年前の紅霧異変の時に戦った時とは比べ物にならない。

より高密度で避けにくい弾幕を放ってくる。それも二つ。

魔理沙は今、史上最大級の化け物と対峙していた。

 

左のフランの手から剣が召喚され、それを振るう。

右のフランから魔理沙を囲むように弾幕が形成される。

 

「まだだ......ボムはある。これは『賭け』だけど......!」

 

破壊の象徴が迫り来る。魔理沙を潰す為に。

フランにそんな気は無くとも、常人には当たれば死だ。

 

「符の一二三(ひふみ)『術式展開』!『三つ』だ!三つぶつける! 

................これは、私の最終手段一歩手前だぜ」

 

「......凄い!凄いよ魔理沙!もっと遊べるんだね!」

 

「久々に私の全力だぜ、フラン!火力はパワーだぜ!

『スターダストレヴァリエ』!『アステロイドベルト』!

『マスタースパーク』!文字通り三つだ!喰らえ!」

 

飛び上がり、八卦炉を掲げる。術式展開の言葉と共に

八卦炉は光り、魔理沙はそれをフランに向ける。

 

刹那の時を輝かしい光が支配する。

 

「...........なっ!」

 

一筋のレーザーがフランを消し飛ばし、

レーヴァテインすら光の弾幕の前に消えていった。

もう片方のフランには当たらない。

 

「く...そ......も、もう...動かない...ぜ...........」

 

一度に出せる全てのスペルを出し切った魔理沙は、

しかし、一度に大量の魔力を使用した為に損耗が激しく

動くことすらままならなくなってしまった。

そんな魔理沙の隣にフランが近づく。

 

「フ......フラン...?私にトドメを刺さないのか?」

「......何を言ってるのよ、魔理沙。貴女を殺しちゃったら

また遊べなくなっちゃうでしょう?」

 

そう言うとフランは微笑む。

二年前は一度トドメを刺そうとしていた事もあって、

この反応は魔理沙にとって意外であった。

同時に嬉しくもある。精神的に成長しているのだから。

 

「んじゃ、回復したら私はラグナを助けに行く。

それまで一緒に居ような?」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デッドスパイク!」

「うふふっ!当たらないよー!」

「クッ!ちょろちょろ動き回りやがって!」

 

一方ラグナは、フランとの戦闘で疲弊していた。

魔理沙の受けそうになった攻撃をラグナは直撃しているという事もあって、まだ動けるが致命的な傷を負っていた。

 

「キリがねぇ......ヘルズファング!」

 

拳を突き出して突進するも、それすら躱される。

 

「じゃあ......もっと楽しもうよ!『レーヴァテイン』!」

「またそれか...........え!?」

 

フランが抜いたのは弾幕を形作るスペルカードでは無い。

先程のものとは根本から全く違うものだった。

彼女が右手を天に掲げると、その手に霧が集まっていく。

 

「顕現して、『レーヴァテイン』!」

 

霧は形を成していき、それは歪な形状の剣を象った。

霧が赤い所為もあって、その見た目はさながら血の剣だ。

 

「もっと......遊ぼうよ!赤いおじさん!」

「俺はおじさんじゃねえ!......そっちがその気ならよ、

しかたねえから俺も本気で相手してやんぜ!」

 

そうラグナが言うと、地面が揺れ始める。

ラグナの抑えている右手から赤黒い瘴気が溢れ出る。

フランが様子見していると、ラグナは喋りだした。

 

「見せてやるよ、蒼の力を........」

「蒼の、力......?なんだぜ、それ......?」

 

魔理沙が聞きなれない単語に首を傾げる。

霧がラグナの右腕に吸い込まれていく。

そして、霧が消えて、ラグナの傷は癒えていった。

 

「『第666拘束機関解放......』」

「な、なんだ!ラグナは何をしようとしてるんだ!?」

 

魔理沙が異常な魔素の流れに驚く。

ラグナはそのまま続けた。

 

「『次元干渉虚数方陣展開...........』」

「キャハハッ!おじさん、もっと強くなるのね!」

 

「『イデア機関接続...........』」

「これは...........フラン、ここから離れるぜ!」

「なんで?フランもっと見てたい!」

「駄目だ!下手したらあの瘴気に巻き込まれるぜ!」

 

魔理沙は分身でない本物のフランの手を引いて

広大な地下室の隅に走っていった。

 

「『蒼の魔道書(ブレイブルー)、起動!』」

 

ラグナの周囲を黒い瘴気が包み込んだ。

剣が紅く明滅し、両拳は固く握られている。

 

「行くぞオラァ!」

「あはっ!凄い力だね!」

 

ラグナが拳を突き出して突進する。

フランはそれを受け止めるが、ラグナの勢いに押される。

正確には、フランの生命力を大きく削り取っている為、

フランがラグナの攻撃に抵抗しにくくなっているのだが、

元が桁外れの身体能力を持つ吸血鬼だからなのか、

それに気付く素振りは全く見せない。

 

「『レーヴァテイン』!」

「『カーネージシザー』!」

 

互いの剣がぶつかり合う。

フランの振るう赤い魔剣と、ラグナ愛用の大剣荒正。

魔力で象られたフランの剣は、しかしただの金属......

セラミック製の、何の変哲もない剣を壊せなかった。

 

「もっと!遊ぼうよ!」

「悪ぃが終わりだ!『シードオブタルタロス』!」

 

剣を振り抜く。フランは刃に当たって怯んだ。

床に叩きつけられた剣は赤みを増し、それは滲んで

瘴気としてフランの身体を蝕んでいく。

 

「良い!でも、まだダメ!もっと楽しもうよ!」

「ならお望み通り潰してやるよ!フラン!」

 

瘴気に包まれながらもラグナに切りかかるフラン。

ラグナは剣戟を二度三度といなしていく。

反撃とばかりに四回剣を振るラグナだったが、

それもフランに剣で弾かれてしまう。

 

「ナイトメアエッジ!」

「えっと、こうだったかな?『ガントレットハーデス』!」

「グオォッ......くっ!」

 

フランを上から叩くために飛び上がった途端、

ラグナの技を模倣したフランの蹴りが炸裂した。

もろに受けたラグナは堪らず空中で受身をとって離れる。

術式を展開し、空中で無理やり方向を捻じ曲げた。

 

「すっごいね!じゃあ、こんな感じ?」

「チッ......バケモンじみてやがる......『ブラックザガム』!」

「『ナイトメアエッジ』!『デッドスパイク』!」

 

ラグナの鎌を使った連続攻撃は、フランが彼の技を真似た攻撃で何度も相殺されてしまう。

幾度となく続く剣戟に集中していた事もあって、

ラグナはもう一人の分身の接近を察知できなかった。

 

「私の事、忘れてない?『クランベリー......!』」

「......!?しまっ......!」「トラッ...........!?」

「『スターダストレヴァリエ』!」

 

二人目のフランの刺突は、しかし魔法によって防がれた。

光のシャワーがフランを包み、身動きを取らせない。

 

「待たせたな、だぜ、ラグナ!」

「......マリサ!?助かったぜ!」

 

これで2対2に持ち込めた。

二人のフランは相変わらず狂気の笑みを浮かべていた。

対するラグナは次の一撃で決める気満々であり、

魔理沙も絞りカスが如き量の体力を振り絞っている。

二人とも、次の攻撃は全力だろう。

 

「マリサ、右をやれ。俺は左だ」

「良いぜ」

「行くぞ!うぉぉぉぉぉぉあああッ!」

「『術式展開、(拘束)(魔砲)』!」

 

魔理沙が八卦炉の術式のうち、二つを展開する。

ラグナは両方の注意を引きつつ左側のフランを叩く。

 

「カーネージ......!」

「......っ!」

 

フランが守りの体勢に入る。が、一向に攻撃が来ない。

二段目をキャンセルし、次に繋げていたのだから当然か。

 

「『ブラックオンスロート』......!」

「なっ......!?」

 

ゆったりとした振り上げ斬りだったが、それがかえって

フランの判断を鈍らせた。反射に物を言わせるフランの

弱点は急激なスピードの変化である。

ラグナとの戦いはハイスピードだったからだろう。

その一撃をいなそうとした剣の腹は空を切り、

ラグナの剣はフランに命中した。

 

「『ブラックザガム』!」

「がっ!があっ!ぐはっ!」

 

先程も放った連撃だが、今度は弾かれることなく、

数多の刃はフランに吸い込まれていく。

 

「『ナイトメアレイジ』!」

 

そして、シードオブタルタロスとは比べ物にならない程の

超高濃度の瘴気の塊がフランを包み込んだ。

そしてラグナの体は黒く染まり、黒い肉体の中で

真紅の瞳と瘴気で包まれた右手が紅く輝いた。

そして......

 

「......『ディストラクション』!」

 

渾身の突きが炸裂して、フランの胴を貫く。

フランの分身は消え、後には消耗したラグナが残った。

 

「ラグナ!私とも戦ってよ!」

「うるせぇ......テメェの相手は俺じゃねぇ」

「こっちだぜ.....」

 

フランが振り向いた時、魔理沙は八卦炉を構えていた。

射撃態勢に入ったのだと理解して逃げようとするフランはしかし動くことすら出来なかった。

フランを囲むのは白い魔方陣の、拘束術式である。

 

「まさかあの時!」

「魔砲ともう一つ、拘束術式も使わせてもらった」

 

先程展開した術式は四番と六番。

六番は魔理沙のスペルカードだが、四番には拘束術式が

合図ひとつで展開・解除を行えるように設定されている。

魔理沙の術式に、フランはまんまと嵌められたのだ。

 

「魔砲『ファイナルスパーク』!」

 

魔砲の名が関するとおりの火力を携えたレーザーが

文字通りフランの分身を焼き尽くした。

超高濃度の魔力を収束させて放つ魔砲によって、地下室の隅から隅まで全てを消し炭にしかけた。

 

「前のよりすげえな......」

 

前に魔理沙が見せた魔法......『マスタースパーク(ディストーション・ドライブ)』は

見た目こそ遜色ないものの、規模や火力が今回まみえた『ファイナルスパーク(アストラル・ヒート)』と比べて小さかった。

しかし、それでも圧倒的な火力を誇る魔理沙の主力だ。

マスタースパークが魔理沙の主砲ならば、魔砲は正しく

彼女の『切り札』となりうる力を持っている。

 

魔理沙は自身の内包する魔力を使い切った。

とうとう動く事も出来なくなり、床に倒れ伏した。

 

「も、もう駄目......動けないぜ...........」

「無茶しやがる......ほら、立てよ」

「...........立てない...」

「チッ......しゃあねえ、おぶってってやるよ」

 

「で、あと問題なのはフランの方なんだが......」

 

そう言いつつちらりと吸血鬼の少女を見やる。

フランは立ったまま俯いている。

冷静に考えて、事の重大さを理解したのだろう。

 

「仕方ねぇ。少し話だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、フラン。その杖はお前にしか扱えなくなった。

お前は、すげぇ力と、それの責任を負ったんだ」

 

「うん......」

 

「だから、霧みたいな危なっかしいモン、軽々と出すな。

それでテメェの身近なヤツが怪我したらどう思う?」

 

「......やだ」

 

「だろ?その杖は持っててもいい。でもな、これは約束しろ。

絶対に危ねぇ事には使わねぇ事。約束できるか?」

 

「うん......する。絶対、危ない事はしない」

 

「......ふー。んじゃ、霧を消してくれ」

 

ラグナがそう言うと、フランは僅かに力を入れる。

無兆鈴に霧が吸い込まれていった。

その様子を眺めながら、魔理沙はラグナに言った。

 

「これにて終幕ってやつだな」

「おう......どっと疲れたぜ......」

 

フランの持つ無兆鈴が霧を全て吸ったのを確認して、

ラグナは踵を返して、レミリアに報告しに行こうとする。

魔理沙もそれに続くが、二人は歩を進める事が出来なかった。

 

「......フラン?どうしたんだぜ」

「...........また」

 

「......ん?」

「遊びに来てくれる、よね?」

 

「まあ、いいぜ」「わかったよ」

 

そう言って二人は地下室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労様。魔理沙はともかく、ラグナ。

貴方が無事だとは思わなかったわね」

 

「へっ。この程度、朝飯前だっての」

 

ラグナと魔理沙はレミリアに事の顛末を報告していた。

レミリアはフランを退けたラグナに関心を持っている。

 

「とにかく、俺はもう帰る。疲れたしな」

「私も帰るぜ。パチュリーによろしく言っといてくれ」

「ええ、二人とも、気をつけてね」

 

そう言って二人はレミリアの部屋を出ていった。しばらく経って窓を覗くと、二人が歩いているのが目につく。

 

「......それじゃ、私も帰るわ」

「あら、霊夢。貴方も帰ってしまうの?」

 

「まー......今回は私の立つ瀬もなかったから。じゃあね」

 

そう言って霊夢もレミリアの部屋を出る。

手を振るレミリアに、目を合わせずに振り返した。

 

 

 

 

 

霊夢は帰り道に考えていた。

茶の礼はいつか返すとして、二つ気になることがある。

この異変はフランが独断で起こした事。

そして、件の杖をフランに預けっぱなしであることだ。

 

前者は話によって姉レミリアの役に立ちたかった、という事で理由付けできたが、問題は後者の方である。

言わば暴君に軍隊を持たせるようなものだ。

そんな危ない真似はしない彼だと思っていたのだが。

 

「ラグナ......貴方、何を考えているの?」

 

その霊夢の言葉は、誰もいない空間に消えていった。

 

 

 




雷轟・無兆鈴

ライゴウ・ムチョウリン

物質を顕現させられる。以上!(ラグナの解説より)
BLAZBLUEではプラチナ=ザ=トリニティが持っていた
11個ある事象兵器アークエネミーの内の一つ。
暗黒大戦時に造られた物で、元の所有者はトリニティ。
白金の錬金術師、トリニティ=グラスフィールである。

何故プラチナの手を離れフランの所有物となったか、
何故フランを所有者として認めたのかはわからない。
無兆鈴に取り付けられた鈴は、今も鳴り続けている。


『レーヴァテイン』

フランが繰り出す、赤い瘴気で象られた曲剣。フランのドライブ攻撃が遠距離攻撃から近距離攻撃に切り替わる。ディストーションとしての『レーヴァテイン』は、相手を四回斬りつけた後に瘴気によるダメージに見舞われる、というもの。本編では出ること無く終わった。


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Gag Story ラグナの災難

あらすじ

先週幻想郷にやってきてから体の調子が悪かったラグナだったが、ついに倒れてしまった。
気がつくと、ラグナは呆然と立ち尽くしていたのだが......




 

「さあ、どいてどいて!」

 

人だかりを捌きつつもラグナの元へ駆け寄ってきたのは

緑の服と赤いおさげ髪の少女だ。

 

「どわっ!?...あ、あんた誰だ?」

「あたいは火焔猫燐。お燐って呼んでね」

「へぇ。で、なんの用事だよ?」

 

そうラグナが尋ねると、少し笑いながら答えた。

 

「君の死体の回収だよ!」

「.....................え」

「あれ?聞こえなかったのかな...........?

もう一度言うよー!君の、死体の、回しゅ...........」

「だああああああ!聞こえてる!聞こえてるから!

そう何度も言わなくても聞こえてます!」

 

急に死んだとか言われても納得できない。

 

「なんで死んでんだよ!俺は生きてんぞ!」

「いや、足元見なよ」

 

そこに転がっていたのは、安らかに眠るラグナ。

無論なんで死んだのか理解は出来ていない。

 

「...........え。え?」

「いやね、流石のあたいも一体何が起こって君が

死んだのかまでは知らないんだよね」

「つまり......今の俺って......」

「あたいから言わせてもらうと最高品質の死体。

君からするとオバ.....................」

 

「い、嫌だああああああああああああああ!!!」

「うわっ!君、自分の死体だよ!?置いてっちゃうの!?」

 

しかし、ラグナはお燐の言葉に耳を貸さず走り去った。

後には哀れなラグナ=ザ=ブラッドエッジの亡骸だけが残された。

 

「あーあー、まったくもう。もったいないって、こんな逸品」

 

そう言うと、愛用の火車にラグナを丁寧に寝かせ込み、

そのまま持ち去っていってしまった。

その後、ラグナの遺体が何処に消えたかは誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは悪い夢だ......これは悪い夢だ......」

「あ、あの。ラグナさん?......大丈夫ですか?」

「う、うわぁぁあ!......だ、誰だ!?」

 

そう聞くと、オリエントタウンでよく見る服*1を着た彼女は自分の事をこう名乗った。

 

「あぁ、そういえば初対面でしたね。

私は紅美鈴。ここの門番をさせていただいています」

「メイリン......あ、そういやここ、紅魔館か」

 

美鈴の後ろには巨大な門。更に後ろには巨大な館。湖のほとりにそびえ立つ、景観を崩しそうな赤い洋館だ。

霊夢曰く『幻想郷にとって、異質』であるそうな。

 

「...........なあ、メイリン」

「なんです、ラグナさん?」

「...........俺の事、どう見えてる?」

「................あ、言われてみれば、透けてますね。少し」

 

頭を抱えるラグナの事など気にも留める様子は無く、

代わりにその様子を面白がって眺めている美鈴。

 

「ウフフッ......面白い方ですね、ラグナさん」

「面白くねぇし!なんも面白くねぇし!一大事だよ!」

 

天然ボケとでも言うべきボケにキレッキレのツッコミを見せるラグナ。何故彼がここまで恐怖しているのか。それは後で嫌という程わかるだろう。ところでラグナには霊夢を訊ねる用事があるのだ。

何故かって?それは彼にしかわからない。

 

「とにかく、俺はレイムの所に行くから、お前とはここでお別れだな」

「あ、待ってください、ラグナさん!私も貴方に追従するよう仰せつかっているんです。私も行きます」

「え?いや、いいんだけどよ。誰に行けって?」

「やー、それがですね。ラグナさんには絶対に言うなって

レミリア様に言われてるんですよね」

「いや、言っちゃってんじゃねえか」

「.....................あ」

 

聞かなかったことにしよう。うん、そうしよう。

 

「......じゃあ、着いてくるか?」

「......あ、はい!行きます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、あー......マジでこの階段きっついな」

「よっ!ほっ!ラグナさん!遅いですよ!」

「無茶言うな!こちとら人間なんですけど!」

 

妖怪である美鈴は体力も人と比べればまるで無尽蔵、

その運動神経も滅茶苦茶に抜群なのだ。

それに比べてラグナは人。いくら強くても人は人。

妖怪に体力で勝てる訳が無いのです。

 

「ほらほら!もう少しでお社に着きますよ!」

「......おう。行くから待ってろー......はぁ、はぁ......」

 

 

 

 

 

 

 

 

最上段を登りきった時にはバテバテだった。

死神も、こうなってしまっては形無しである。

 

「あー......つかれた...........マジで......」

 

あれ。おかしいですね。

ラグナ君は疲れるはずは無いのですが。だってオバ......

 

「言うな!絶対に言うな!......って、あれ?」

 

あれれ。彼は誰に話しかけているのでしょうか。

少しばかり滑稽ですね。虚無に話しかけていますね。

 

「.......な、なんか声が聞こえんだよな......おい、レイム!

お前巫女だろ!?除霊とか出来ねぇのか!」

 

「じ、除霊ですか!?ラグナさんが!?

...........プッ......ブフッ!」

「笑うな!」

 

「あーもう!うるさいわね他人の家の境内で!」

「レイム!助けてくれ!なんか声が聞こえんだよ!」

 

必死に掛け合うラグナだが、霊夢は聞く耳を持たない。

それどころか、更に厄介な提案を出してきた。

 

「ラグナ、貴方『白玉楼』に行ってきたら?」

「え?どこだって?」

 

「白玉楼ですか。確かにそこならラグナさんに

お誂え向きですね。霊夢さんもなかなかやりますね」

「でしょう?......ラグナならもうすぐ逝けると思うわ」

「な、なんか漢字が違う気がするんだが......」

 

そう言っていると、ラグナの周りを光が包んだ。

そしてラグナの体は宙に浮き、雲を突き抜けていく。

 

「うわ、お、おい!なんだコレええええ!」

「「行ってらっしゃいー」」

「まて!説明しろ!説明しあああぁぁぁぁあああぁぁぁぁ......」

 

説明される間もなくラグナは天へ昇っていった。

 

 

 

 

 

「......という訳ですか」

「まあ、薄々感づいてはいたのだろうけどね、彼も。

大方、死んだ事を認めたくなかったんでしょ」

 

霊夢と美鈴が会話していた。中身はラグナに関する物で、

彼がどうしてあんなに叫んでいたかを議論していた。

 

「......おーい

 

他愛ない話を繰り広げていると、階段から声が聞こえる。

誰かを呼んでいたようだ。この場合は霊夢の事だろう。

その声は次第に大きくなっていった。

 

「ん?」「あら、誰かしら」

「おーい、博麗の巫女さーん」

 

姿を現したのは緑の服と赤いおさげ髪の少女......

先程ラグナと会った火車、火焔猫燐である。

 

「......あら?さとり子飼いの猫じゃない」

「猫ではなく火車!......じゃなくて、ラグナ見なかった?」

「どうしてラグナを...........あっ」

「どうしたんです、霊夢さ................あっ」

 

お燐が引いてきた火車の中には状態の良い死体が......

まあ、今回でいえばラグナの死体が横たわっていた。

 

「その様子だと、さとりに返してくるよう言われたのね」

「そうなんだよぉ......ストックが多すぎるってね......

...........でー。肝心のラグナは何処にいるんだい?」

 

そう言うと、霊夢も美鈴も一様に上を指差す。

天に伸びるその指が指し示す事はただ一つ。

 

「......逝っちゃったのかい」

「めっちゃいやいやだったけどね」

「すんごい絶叫でしたもんね」

「惜っしー。あたいも見てみたかったなぁ」

 

人が死んだとは思えない物言いに、慣れとは怖いものだねと『彼女』は感じたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって白玉楼。

ラグナは魂となって冥界へと辿り着いた。

 

「...........」

「................あ、あの」

「......誰だ」

 

ラグナに話しかけたのは黒いカチューシャの似合う少女。

二振りの刀と()()()()()()()()()を携えた剣士だった。

彼女の後ろには何か白いものが漂っているようにも見えるが、ラグナにはそれが見えていない。という事にしておこう。

 

「えーっと。幽霊ですよね?」

「......おう、もういいよそれで。そうだよ。で、なんだよ」

 

大人気なく不貞腐れている彼に困惑しつつも話を続ける。

 

「来たんですか?まだ大丈夫そうなのに」

「いや、そう言われても俺死んでるらしいし......」

「いや......だって、霊体ですけど、死霊ではないですよね。

生霊みたいですし、まだ戻れそうですけど」

 

「......え。え!それマジか!?」

「いや、時々いるんですよ。肉体から幽体が離脱する人。

今回のあなたの件もそれかなーって」

 

ラグナの目に炎が灯る。生きる事を諦めない。

そう固く決意した目だった。

 

「よっし、そうと決まれば早速帰ろう!で、どうやって帰ったらいいんだ?」

 

「はい、取り敢えず私では無理です。なので、私の主、

つまり冥界の管理者である幽々子様に掛け合います」

「そのユユコってのに話を通せば出られるんだな?」

「そうです。ただ───」

「よし!待ってろよ地上!俺は生き返ってやるからな!」

 

そう気合いを入れて、ラグナは走っていってしまった。

少女はそれに気が付かない。

 

「───ただ、幽々子様は、その...大食らいなんです。

今もお腹を空かせていますから、料理を......って、あれ?」

 

妖夢が辺りを見渡すも、既にラグナの姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──あら、幽々子の所へ言っちゃった。

 

「あれ、紫?何してるの、こんなとこで?」

 

──あ、霊夢。いやあ、ちょっとね。

 

「ならちょうどいいわ。紫もお茶、飲んでく?」

 

──それなら御一緒させていただこうかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひえええええ......!」

「ねーえ、ご飯まだぁ?」

「い、今作ってんだよ!少し待てぇぇ!」

 

厨房から、妖夢とは別の声が聞こえたのはわかったが、この際誰が飯を作ってくれるかはどうでもいい。

何故ならば幽々子は腹を空かせているからだ。

この空腹を満たしてくれるなら誰でもいいのである。

 

「オラ!天玉うどん五杯、いっちょあがり!」

「あらー、とても美味しそうねぇ。いただきまぁす」

 

そう言うと幽々子は箸を掴み、物凄い勢いでうどんを貪り始めた。その破竹の如き勢いに、ラグナは終始圧倒されていた。

一杯、二杯、三杯と椀を空にしていき、五杯目を食い終わるのに三分とかからなかった。今回使ったお椀は、一杯でさえラグナが満腹になってしまう程の大容量だったというのに、当の幽々子本人はおかわりを求め始めた。

 

「美味しい〜!こんなに美味しいならもっと作ってもらおうかしら、妖夢♪...........あら?貴方、どなたかしら?」

 

料理を作ったのが妖夢では無いと、訊ねた時点で見てわからなかったのか、とラグナは言いたくなったが、今はそれより生き返る事を優先したいので堪えた。

 

「ようやく気付いたかよ......俺を地上に戻してくれ」

「......あら、貴方、まだ死霊ではないのね。ええ、わかったわ。地上に降ろしてあげる」

 

幽々子が指をラグナに向けると、急に意識が朦朧とする。ラグナの意識が曖昧になってきた時、幽々子がラグナの隣に屈んで語りかけてきた。

 

「今度来た時、またご飯作ってね?」

「......二度と、来たくねぇよ..........ガクッ」

 

そしてラグナの意識は落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に目覚めた時、ラグナを見下ろしていたのはお燐だった。

「ラグナ、気が付いたかい?」と言われて、ラグナは上体を起こした。広い草はらのうえで眠っていたような気もする。

 

「俺は......生きてるのか?」

「......あぁ......それがね......」

 

ラグナが聞くと、お燐はその勝気な性格に反して珍しくどもった。ラグナが不安になる中、お燐がその重たい口を開く。

 

「いやあ......もう帰ってこないかと思って、ラグナの死体を剥製にしちゃったんだよね」

「......は?」

「だから、剥製に─」

 

「ふざけんなああああああああぁぁぁ!!!」

 

そう叫びながらラグナの霊魂は天に登っていった。

霊夢が後に白玉楼を訊ねた時、そこには妖夢と一緒に、忙しそうに食事を準備するラグナの姿があった。

 

 

~完~

 

 

 

 

 

「ふざけんなッ!...........はっ!......夢か......」

「どんな夢を見ていたの?」

 

ラグナの後ろから妖夢が話しかけた。

 

*1
いわゆるチャイナドレスの事





夢オチではありません。
ラグナ、南無。


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第六話 死神と「友人」 上

前回のあらすじ

紅霧異変を再発させたのは、館の主レミリアの妹
『フランドール・スカーレット』という吸血鬼だった。
彼女が手にしていた杖の力で、霧を顕現させたと知り、
ラグナと魔理沙は彼女の『遊び』に応ずる。

辛勝を掴んだラグナは、フランを信じて杖を預け
紅霧異変はフランの敗北によって終幕へと至った。
レミリアへ報告する二人をよそに思案する霊夢。
彼女の懸念には誰も答えなかった。



久々に外に赴くと、五日前はあんな霧が里を覆っていたのにも関わらず凄まじい人々の熱気がラグナを襲った。

あんな危ない事があったにもかかわらずこうして賑わっているところを見るに、彼らも存外図太いのだろう。

魔理沙は魔法の森の自宅へ帰っていった。独自の術式が完成しそうかもしれないとの事で、集中したいそうだ。

紅魔館の連中も、風の噂で聞く限り特に何かをしている訳ではなさそうだった。

はっきり言おう、ラグナは今、ものすごく暇である。

 

「......こんな暇になることなんて無かったな」

「あやや、そうなんですねぇ」

 

声をかけられて振り向くと、そこに居たのは文だった。

黒い翼こそ無かったものの、琥珀色の瞳を忘れはしない。

ラグナがじろりと一瞥すると文は「おお、こわいこわい」等とのたまっている。そんな事は無いのだろうが。

ラグナは詮索されるのは好きでは無いので、それに直結出来る文の事は苦手である。

 

「テメェ......アヤか」

「おっと......やだなぁラグナさん。そんな怖い顔しないでくださいよ。私だって怖いものはあるんです」

「ヘラヘラ笑ってる顔で言う事かよ、それ」

「あやや......痛いとこ、突かれちゃいましたね」

 

そう言って文はニタリと笑った。目を閉じて口角を上げるその笑い方は、やはり『蛇』を彷彿とさせた。

あの男とこの女は似ても似つかないという評価だったが。

こう相対してみれば雰囲気が、というか。中々似ている。

 

「で、テメェ何しに来た?」

「あれれ、この前言いませんでしたっけ?取材の件」

 

『今後もしかしたら取材に伺うかもしれません。

その時は、是非ともよろしくお願いしますよ?』

 

文の言葉を聞いて、ラグナはその発言を思い出した。

前会った時、確かにそんな事を言っていた気がする。

いや、言っていた。取材に来ますよ、と。

 

「あぁ、あん時な......で、俺に何を聞きてぇんだ?」

「お、積極的じゃないですか!記者冥利に尽きます。......では、そうですね......二度目の紅霧異変の『主役』である、ラグナ=ザ=ブラッドエッジさんにお訊ねしたいことが...」

「帰る」

「いやいやいや!そんな事言わないでくださいよぉ!

私、まだ聞きたいこといーっぱいあるんですから!」

「んじゃあ、なんでテメェがその事知ってるか。それを答えたら俺も一つ答えてやるよ」

 

先ず紅霧異変にラグナが関わっていたと知るのは当事者達だけである。勿論、それを誰かに言いふらす理由もない。

だのに、このブン屋は知っていた。何かしらの方法で誰かから聞いたのだろうか、それとも館に侵入したのか。

文は悩んでいる様だった。正直に言って文に何かを話すつもりなど毛頭なかったのだが、ここまで話を聞きたかったのかと思うと少しぐらいはら会話してやってもいいのでは、と思う。

それに、妖怪がどんな生活をしているか、興味が無い訳ではなかった。ラグナも知りたい事はある。つまり、これを利用してどんどん情報を引き出そうという魂胆である。

 

「仕方がないですね......私、こう見えても高位の天狗。

『鴉天狗』という妖怪様なんですよね」

「......それが、どうしてお前が知らない筈の事を知る事ができる理由になるんだ?」

「話は最後まで聞くものですよ。......で、なんで私がラグナさんの活躍を知っているか、それは()()のおかげです」

 

そう言うと文は団扇(うちわ)を取り出す。一見すると、その様相は紅葉を模した、ただの団扇に見える。だが『コレ』という言葉から察するに団扇に秘密があるのは明らかだった。

 

「私は神通力を使えるんですよ。神隠しって知ってます?」

「『神隠し』...........『神に隠された』かのように消えるって魔法か。俺は使えねぇが......」

 

魔法とは厳密には違うという。神通力という妖力や魔素と似て非なる力を使い、行使するものだそうだ。

と、魔理沙が言っていたのを覚えている。ここまで聞けば簡単な話だ。その『神隠し』を使って、俺を取材.....という名目で監視していたのだろう。

 

「なるほどな.......」

「お分かりいただけましたか。では、私も質問を......

ラグナさん、宜しいですか?」

「いいぞ」

 

アヤとラグナの間に僅かな時間が流れる。

緊張した空気が場を支配し、一瞬ながら会話を途絶えさせた。すぐに文が質問を開始した。

 

「ラグナさん。ぶっちゃけどこから来ました?」

「どこから......『外の世界』の森から、だそうだ」

「いいや、そんなのじゃありません。もっと根本的な......そうですね。私の勘による推察なんですが、恐らくラグナさんは別の世界から来たのではないでしょうか?」

 

ラグナは一瞬だが文が何を言っているのかわからなかった。外の世界から来たと言っているのに、彼女は別の世界から来たのではと勝手に言う。勿論、ラグナは外の世界から来た、という認識しかしていない為、文の言う別世界の存在は知らない。

 

「その......なんでそう思う?」

「天狗の勘ってやつですよ」

「...........悪ぃんだが、俺はそれとは別の認識はできてねぇよ。少なくとも、俺が来たのは『日本』に居た時だ」

「日本................うーん、考え過ぎでしたかね」

 

そう言うと文は手を顎にあてがって何やら考える。しばらくぶつくさ独り言を呟いていたが、そのうち気になる事が無くなったのか、特に興味も無さげにラグナに話しかけた。

 

「まあ、良い事を聞かせていただきましたよ。そちらの番ですよ、ラグナさん。何か私に質問あります?」

「......妖怪ってのが普段どう暮らしてんのか知りてぇ」

「フフ......奇特な方ですねぇ。そんな事を知りたいと」

 

単なる好奇心だけで聞いているのではない。

最近、里の人間は妖怪からの被害に悩まされている。

時々、巫女が里にフラっと降りてきて皆退治していくのだが、それも間に合わない規模の害を被った事もある。

『敵を知り己を知れば百戦危うからず』という言葉も教わったし、それを文字通り実行に移すのだ。

勿論、妖怪の生活の真似をしながら過ごす事も考えてある。

こう見えてもラグナは山マスター。

自然にも対応出来る人間なのである。

 

「んじゃ、来ます?」

「................え?」

「神風『神隠しの御業』」

 

文がそう言いながら団扇をラグナに向かって二度振る。

そうすると紅の突風がラグナの間に吹き荒れ、瞬く間にその姿は見えなくなってしまった。

「よし、じゃあ私も行きますかね」と、文が言う。

彼女が団扇をもう二度振ると、その突風は強く吹き荒び、文を包み込む。彼女はその姿を眩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドンッ!と、大きな音を立てて地面......床に叩きつけられた。

 

「......痛ってぇ......アヤ、もう少し別の方法はねぇのか」

「そこの男、控えおろう。ここは天魔様の御前なるぞ」

「...あぁ?天魔......だって?」

 

大きな部屋の中心にラグナはいた。話しかけてきたのは、恐らく守衛のような役割を務める天狗だろう。その奥で、華奢な体つきながらも強さを感じさせる天狗が、座布団に座ってパイプをふかしていた。その頭からは一本、雄々しささえ感じさせる程の角がそびえていた。

 

「お前も天狗か...俺はアヤに連れて来られたんだけどよ」

「ええい、控えろと言っているのが聞こえんのか!」

 

ラグナが話しかけると、守衛がその言葉遣いに怒った。

天魔の前に出てラグナに槍の穂先を向ける天狗。

武器を向けられてはさすがに黙ってはいられないだろう。

ラグナも荒正の柄を握り、天狗に目を向ける。

 

「貴様!何のつもりだ!」

「そっちこそ何のつもりだよ。俺はここに連れて来られたって言ってるだろうが。いい加減話を聞きやがれ、バカが」

「馬鹿だと......貴様、我が槍の錆となりたいようだな...」

 

天狗とラグナの視線がぶつかり合う。火花を散らすかの様に視線だけで敵を威圧せんとばかりに。

荒正を握る拳の力が強くなる。槍は依然こちらを指す。

いよいよぶつかるのでは、という時、天魔が声を上げた。

 

「これこれ二人とも止めんか。そこの赤いお主、すまんの。鞍馬、何故お前に槍を持たせたのか忘れてはおるまいな」

「は、決して」

「儂の為にやっているのはわかる。だが、話ぐらいは聞けるだろう?さ、お客人よ、文に呼ばれたと申したな?」

 

そう言うと、鞍馬と呼ばれた天狗を腕で押し退け、彼が本来いた場所に戻させる。そしてラグナに向き直り、話を続けた。

鞍馬も大天狗に言われては反論のしようも無い。

言われるがまま、本来の立ち位置に戻った。

 

「話のわかる天狗で助かったぜ。そう、俺はアヤに団扇で扇がれてここまで連れて来られたんだよ」

「ほうほう、文になあ......あの娘の相手はさぞかし疲れるだろう。少し休んでは如何かな。茶をお出ししよう。鞍馬」

「は、只今」

 

そう言うと鞍馬は団扇を取り出し、自らを扇ぐ。

文の時に見たものとは少し違う、深緑の突風が吹き、

鞍馬の姿も消えてしまった。

 

「......邪魔者もいなくなったか。文に連れられ、という事はお前さんが『ラグナ』という男じゃな?」

「そこまで有名人かよ、俺」

「うむ。ひっきりなしに文がお前の話をするからな。あの娘が他人に夢中になるのは珍しいのでな」

 

そう言うと外から何かが羽ばたく音が聞こえる。

数度のノックの後、扉を開けたのは話をすればなんとやら。

ラグナを神隠した張本人、文その人だった。

 

「おや、ラグナさん。私も随分と上達しましたね」

 

そう言って文は天魔の佇む部屋に入っていく。

幾ら文が遠慮がない奴だからって、ここまで遠慮なしに

振舞っても良いものなのだろうか?

と、ラグナが考えていると、大天狗が文を窘める。

 

「これ、文。客人の前だというのに......」

「良いじゃないですか、義母上。それに、貴女の客ではなく、私の客ですよ。私が呼んだんですから」

 

それだけ言うと「行きましょう」とだけ言ってラグナの腕を掴み、そのまま連れ出されてしまった。

天魔は戻ってきた鞍馬の茶を受け取り、啜っていた。

鞍馬はラグナが消えた事で、淹れた茶の処理に困ったが、自分自身で飲めばいいという事で無理やり完結させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人暮らしするには少し豪華すぎる程の一軒家。

囲炉裏を囲んで文はラグナを見ていた。ラグナの方は、こういった古い様式の家を知らないので、興味のままに見回していた。彼にとって珍しい物もある。

 

「妖怪ってのはこんな良い家に住んでんのか......」

「一部の高尚な大妖怪だけですよ。人間から言わせれば位の高い妖の類が......まあ、私達天狗とか、鬼だとか、まあ人の姿の妖とかですかね?......まあそんな類がこういう良い家に住むんですが、それ程に有名な妖は、人前には滅多に顔を出さないんですよね。人目につかない場所でこうして生活している所為ですかね」

 

そう言うと文は、先程持っていた団扇とは違う、

恐らくお飾りであろう扇子を取り出し、口元を隠す。その目付きから笑っている事がわかった。

 

「実は、この家に他人を呼ぶのは四人目なんですよね」

「四人目......俺の他には誰が?」

「皆、私の友達です。椛にはたてに鞍馬。気の置けない友は彼等くらいなものですから。義母上は別ですが」

 

ラグナは鞍馬以外の二人はまだ知らない。

会っても居ないだろう。天狗の住む領域に急に飛ばされたのであって、わざわざラグナが自分で出向いた訳では無いのだから。彼等の名を挙げる文は少し楽しそうだった。ラグナにはそれが寂しい感情に見えたがそれは一瞬で、すぐにラグナの話題に移った。

 

「本題です。ラグナさん、私と『友達』になってください」

「おう、そうだな。...........別に、なってもいいぜ」

 

ラグナは一瞬考えたが、わざわざ自分から友達になりたいと言われて断る理由はどこにもない。文はラグナが自分を友達だと認めたのが嬉しいのか、常に貼り付けていた笑顔が、今だけは本物の笑みのように見えた。

 

「良かったです。......じゃあ、私の友達もご紹介しなくちゃいけませんね。あ、友達というのは椛とはたての事です」

「さっき言ってた奴だな。すぐに会えそうなのか?」

「今日は椛の任務も無い筈ですし、はたても今日はおやすみです。二人で遊んでると思いますよ」

 

仲が良いと言うだけあって、やはり互いに予定を教えあっているのだろうか。件の友人達が今何しているかの推測を言い並べた後に、文はラグナについて来るよう促した。

 

 

 

 

 

道の途中。文は翼を畳み込み、ラグナと歩調を合わせている。正確にはラグナが文について行く形である。

 

「集落として成り立ってんのは里だけだと思ってたよ」

「心外ですね。天狗だってこうして家や仕事、家族だって持っているのですよ。それは私も例外ではありません」

 

そう言うと文もラグナも辺りを見渡した。

大小様々な民家が所狭しと並ぶそこは、木々に囲まれていることからも山の中で成り立つ土地だとわかる。良く整備されている道を歩くと、土の感触だけではない、内側に石が詰められているのだと感じた。途中、幾人もの天狗とすれ違うが、人間である筈の......更に言えば部外者である筈のラグナに対して、奇異の目を向ける事もない。

 

「俺は天狗じゃねえけど、特に変な目で見られたりしないんだな。俺が見てきた所は結構排他的だったりしたけどな......」

「勿論、私達がそんなことするはずありません。古来より天狗と人間は深い関わりを持っているんです」

 

そう言うと文はピタリと足を止める。それに気付いたラグナも足を止め、文を見やる。文は少し小さめの家を見据え、ラグナに向き直り、こう続けた。

 

「さ、着きましたよラグナさん。私の友達を紹介します」

 

それにラグナも頷き、文に続いて家に入っていく。

その時に文が浮かべた表情は、心からの笑みだった。

 

 




妖怪の山

名の通り、数多の妖怪が住み着く山。
危険な場所でもあるため、人は滅多に近付かない。

麓には狼や猪の妖が住処としており、獰猛な性格も相まって人にとっては非常に危険な場所となる。
また、とても澄んだ水質の川が流れており、この付近には河童が住んでいるという。河童は人に対してある程度友好的な為、その付近では害はない。
河童は日本三大妖怪の一つとして数えられる。

中腹には日本三大妖怪の一角、天狗が暮らしている。
風を繰り、大きな力を持つ妖怪であり、また技術においても人より遥かに秀でているという。
かの源義経に剣の術を教えた鞍馬も天狗の一人である。
また、天狗には種族が存在しており、また階級のようなものも種族に応じて存在するのだが、妖怪の山では関係ないのだろうか、あらゆる種族が仲良く接しあっている。

山頂には博麗神社と対を成す守矢神社が立っている。
人々からの信仰も厚く、博麗神社よりも裕福だとされる。
守矢神社と妖怪の山の約定によって、参拝客が襲われる事は無い。おいたをすれば必ずしっぺ返しが来るからだ。
近くには規模は小さいが、比較的大きな池もあり、そこで育つ魚は霊夢曰く『絶品』との事だ。
また、山頂近くにはかつて鬼が住んでいたそうだが、姿を眩ませた今はどこにいるかは一部の者しか知らないそう。

今回の物語で登場した文、鞍馬、天魔の三人は天狗、つまり中腹に居を構えている。



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第六話 死神と「友人」 下

前回のあらすじ

紅霧異変を解決してから五日。
何事も無かったかのように過ごす里の人々を
ラグナがただ眺めていた時だった。
鴉天狗の文がラグナを訊ねてきたのだ。

彼女に言われるまま天狗の住む里に移動し、
天狗の長と会話を済ませた。
文に友達になって欲しいと言われ、快諾するラグナ。
彼が連れていかれる先にいるのは。



家に入るやすぐさま二階から足音が聞こえてくる。

どたどたと騒がしい足音を地階に響かせながら二人ぐらいが階段から降りてくるのを予感していた。

「ほらほら、来ましたよ」と、文が言った傍から階段の奥から顔を覗かせる天狗が二人。彼女たちが文の友人......

『モミジ』と『ハタテ』だろうか。

文の事を見た白い方の天狗は目を輝かせたが、もう片方......ツインテールと黒めの衣服を纏った方はラグナを見て顰め面になってしまった。ラグナの強面が彼女を怖がらせたのか、白い天狗の少女より前に出ようとはしなかった。

 

「文さん!待ってました!この一週間はめっきり来てくれないし、大丈夫かなってはたてと話してたんですよ?」

「あはは、心配性ですねぇ椛は。心配しなくとも、私は皆さんの事を忘れてしまったりしませんよ」

 

そう文が椛に言って聞かせると、椛は目に見えて喜んだ。

尾を振るその姿は犬の擬人化と言われても疑われないかもしれないが、彼女は一応、白狼天狗という立派な天狗だ。

...........一応。

 

「文?後ろにいる人は誰?」

「あぁ、彼はラグナさん。私の友達ですよ」

「友達......文の......?......つまり、私の友達でもある......?」

 

ツインテールの天狗が独り言を呟いた。しばらく固まっていたが、急に動きだしたかと思うと、機敏な動きでラグナの両腕を掴み、握手した。ラグナにとっては余りのスピードに脳の処理能力が追いついていなかった。

 

「これからよろしく!私の名前は姫海棠はたて!」

「...........はっ!....あ、ああ。おう、よろしく。俺はラグナだ」

「ラグナ!よろしくね!」

「痛っ......痛てぇ!いだ、いでで!も、もげる!」

 

そうはたてが言うとがっしりホールドされた両手を上下にブンブン振り回される。勢いが強すぎて腕がもげそうになった所で文がはたてを止めた。

 

「こらこら、はたて。ラグナさんが痛がってますよ」

 

文がラグナの表情を指さす。片腕がもう片腕を抱き、その姿はまるで己を抱いている様だった。肝心のラグナの表情は苦悶に満ち溢れていた。とても痛かったのだろう。

 

「あ......ご、ごめんね」

「おう......いいよ。もっとやべぇ奴を知ってるしな」

 

ラグナが目を瞑る。そこに映るは青い軍服を来た彼。

出会い頭にラグナを殺そうとしてくる彼の姿が脳裏に映し出される。ここに居なくてよかったと思うが、反面彼が今どうしているか気にもなっている。が、今はそれを考える時では無い。今は知識を蓄え、今の環境にどれだけ役立てるかを考える時だ。そのためには交友関係も広げねばならない。依然の世界と違って、ここにはラグナの過去を知る者はいない。若干、不安要素がありはするが。

 

「さて、ラグナさん。紹介します。白狼天狗......ああ、白い狼の天狗が椛。もう片方の鴉天狗が、はたて。本当は鞍馬もいると思ってたんですけどね」

「鞍馬なら今も天魔様の警護じゃないかな?」

「あの娘、いつでも天魔様が大切だからね」

 

鞍馬の不在を疑問に思った文に、椛とはたてが、文のその疑問を打ち消す答えを放った。文もそれに納得したようで「ああ、確かにそれもそうですね」と言った。

 

「まあ、紹介も済んだことですし、何をしましょうか」

 

そう文が言うと、これまたはたてが猛スピードで手を挙げ、自分の意見を並べ立てる。

 

「はい!質問タイムにしよ!私達ラグナの事知らないし!」

 

「なるほど、確かにそれは名案ですね」と文が言う。椛もそれに同意見のようで、二回ほど頷いた。ラグナもそれに対して別に言いたくない事がある訳でもなかったので、とりあえずラグナへの質問コーナーという事で場は固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、あと三回だけ質問しましょう」

「三回かあ。椛、くだらない事聞かないでね!」

「ははは......はたてこそ変な質問しないでね?」

 

「まあ、回数も別に決めないでいいんだけどな」

 

至極単純な質問を浴びせかけられたラグナだが、問題なくスラスラと答えていた。七回、合計で質問され、残るはあと三回と言ったところだった。

ちなみに、それまでの質問の内容というと、好きな物だとか、今の年齢だとか、趣味だとか、そんな他愛のないものだった。

 

「じゃあ文から順番ね!」「次は椛でもいい?」「いいよ」

 

どうやらそれぞれが一回ずつ質問する方向で固まったようだ。ラグナは(きた)るべき質問に身構えた。最初は文だ。

 

「では、そうですね...........貴方は強い。元の世界での二つ名が知りたいです。答えてもらっても大丈夫ですか?」

 

その質問に対して何か考えるそぶりを見せていたラグナだったが、問題ないと判断したのだろう、質問に答えた。

 

「...........ま、いいか。昔は死神って呼ばれてた」

「死神......!ゾクゾクする響きですね......!」

 

椛が身を震わせる。ラグナは気付いていなかったが、よく見ればその腰には剣が、背中には盾が背負われていた。

ゾクゾクする、とは彼女が天狗という妖怪である前に、剣士という生粋の戦士たる事の証拠だ。

 

「言っとくが、俺は強えぞ」

「上等!剣を打ち合うのが楽しみです......!」

「あーあー、ラグナさん。彼女の闘争本能を刺激しないでくださいよ。この子、こう見えても強いんですから」

 

どうやら、こちらを攻撃してこないように釘を刺したのは逆効果であったようだ。椛が尻尾を左に右に振るのを見て「ああ、言い方を間違えた」と、ラグナは心の中で思った。

 

「次の質問いい?」

 

次にそういったのは、はたてだった。助けに船と言わんばかりに同調し、「よしハタテ。お前の番だぜ」と言う。

はたてもその言葉に質問で答えた。

 

「ラグナ、その()()は何があったの?」

 

誰も聞かなかったことだ、直感で察していたのだろう。

その質問に驚いていたラグナを見て、はたては続けた。

 

「無理に答えなくてもいいよ」

「いや、話したくない事じゃねえからいい。でも聞きてえかどうかはお前らに任せるぜ」

 

そう言うと、全員がラグナに視線を合わせる。

どうやら聞くという覚悟を決めたようだ。

 

「昔、俺は四人で暮らしててよ。まあ、弟、妹、んで義母?引き取り先?まあ俺たち兄妹は孤児だったんだよ」

「孤児、ですか。昔は国同士の戦争も多かったですし、そういった類の不幸も不思議ではありませんね」

 

ラグナの話に文が返す。

 

「ま、そんなこんなで結構楽しかったんだけどよ......まあ、それも長くなかったんだよ」

 

更にラグナは続ける。全員が固唾を飲んで口を一文字に結び、ラグナの話に傾聴している。

 

「教会を襲った奴が居てな....そいつがシスターを..................

.........俺の腕もその時にやられた」

「......あれ?でもラグナの腕はここにあるよね?」

 

そう言ってはたてがラグナの右腕を軽く叩く。ぽふっ、という軽やかな音がラグナの右腕から鳴った。

 

「おう。こいつは、見た目は俺の腕だけど中身は俺のじゃねぇ。ずっと昔に人類を襲った『黒き獣』が、これだ」

 

そう言ってラグナがジャケットを脱ぎ、顕になった右腕を突き出す。幾重ものベルトで厳重に封がされ、手袋のせいもあってか右腕の肌が見えることは無い。

インナーの隙間から見える肌は、肩から下が真っ黒に染まっている。それがラグナ本人の腕でない事を直感した。

 

「これが...........」

「文、お前なら蒼の魔道書の存在は知ってる筈だと思うが蒼の魔道書(ブレイブルー)の正体は黒き獣のことだ」

「........あの時言っていた『蒼の魔道書』を起動するとは、これを活性化させる事を言っていたのですか」

 

そう言うと文は改めてラグナの右腕をまじまじと見つめる。

ラグナにとって、これは力であり、呪縛でもあった。

あの日を忘れられないのはこの右腕のせいでもあるし、

ラグナ(かつての記憶)が忘れる事を恐れているからでもある。

 

「俺を生きながらえさせる物でもある。黒き獣には強い力が備わっててな。それは人だけじゃねえ、木とか草とか、とにかく生きてる全部から命を少しずつ吸ってる」

「そういう事ですか......貴方に近付く度に妖力がほんの少しだけとはいえ吸われていると感じるのはそのためですか」

 

そう文が言い放つと、椛とはたても己の体の......恐らく自分にしかわからないのだろうが、妖力を調べている。

調べ終わった途端に目を見開き、驚いた様子で「無い」と、はたてが言った。それより少し後に椛も「私も少し減っています」と言う。

 

「まあ、俺の右腕の秘密ってのはそういう事だ」

「うーん................でも、これしか吸われないというなら、毎日毎日、それも一年中ベッタリ密着しているぐらいではその吸う力だけで天狗は殺せませんね」

 

そう言うと文が羽根を広げ強く羽ばたいた。

「ほら、まだこんなに元気ですよ」と言いながら続ける。

はたても同じく羽ばたくが、勢いは文と比べて遜色ない。椛も別段体が重いといったことは無い様子だ。

 

「そうですね!これが人なら、まだわからないですけど」

「ラグナさん、良かったですね。友達、続けられますよ」

 

そう言い文が椛、はたてを抱き寄せ、ラグナの裾も掴み、引き寄せた。四人で抱き合う形になった所で、玄関の戸が開いたのか、女性の声が聞こえる。

 

「椛殿〜。文様は来ておられるか?」

「鞍馬さん?上がっていいですよー。文さんも来てます」

「おお、そうだったか。ではお邪魔する」

 

そう言うと玄関の戸を閉めて一人の天狗が居間に来る。

鞍馬、という名前からもラグナの察し通りだった。

 

「テメェ......さっきの奴じゃねえか」

「......貴様、あの赤い奴!何故文様と抱擁を......ど、どけ!」

 

そう言うと、鞍馬は文とラグナを引き剥がしにかかるが、影から現れた手に阻まれて引き寄せられる。

 

「なっ!?」

「ダメですよ、鞍馬。彼はもう私の友達なんですから」

「と、友達!?...........そういう事ならば」

 

文のその言葉を聞いた鞍馬は、渋々ラグナの手を離した。ラグナもその言葉で鞍馬への敵対心を解いたのだろうか、鞍馬への視線も優しくなっていった。

 

「鞍馬、テメェも文の友達なのか?」

「私と文様はその様な浅ましい関係ではない。ですよね?」

「そ。私たちはラグナも含めて親友です」

 

『ラグナも含めて』。

鞍馬がその一言に少し頬を膨らませたのをラグナは見逃さない。途端に不機嫌になっていきそうな雰囲気を察知し、鞍馬のフォローへと回った。

依然と比べて随分と気が利く様になったと自負している。

 

「ま........まあ、俺は今日友達になったばかりだったしさ。一番は前から友達だったお前ら三人だろうぜ」

 

と、ラグナが気の利かせた言葉を投げかけると、鞍馬の表情が明らかに勝ち誇った顔になる。

 

「ふっ、まあそうであろうな。私は文様の親友だからな!えっと、そこのラグナとやらに負けなどせんよ」

 

(めんどくせぇ......)とラグナが考えていると文から天の一言とでも言うべき言葉が舞い降りた。

 

「まあまあ、鞍馬。親友なら仲良くすべきですよ」

「むっ......文様がそう仰られるなら......よ、よろしく」

 

そう鞍馬が言うと、手を差し伸べてくる。

握手する事でとりあえず友達だということにしたいのか。その手を見て、鞍馬の目を見てみる。視線を合わせようとしない。恥ずかしがっているのは目に見えた。

仕方ないので、ラグナも一枚噛む事にした。

 

「...........まあ、こちらこそ」

「おめでと、鞍馬!」

 

 

 

 

 

晴れて天狗達の親友となったラグナだが、肝心な事を知らされていない。すなわち、妖怪達の暮らしである。

 

「それなら良い場所がありますよ。私の家から三件先に、とある家があってですね、今は無人です。どうです?そこに住んでみては?歓迎しますよ、ラグナさん」

 

と、文に誘われたのでその提案を快諾した。

曰く、そこの天狗は十余年も前に何かしらの原因で死んでしまい、今は誰も住んでいないそうだ。

では、今後はその家で過ごす事にしよう。

そう決めてラグナはそこに案内するよう頼んだ。これからしばらくはその家を掃除する時間となるようだ。

向こうでは縁がなかった友達という言葉の響きが少しばかり歯がゆかったものの、ラグナはすこし微笑んでいた。

 

 

 




主要な天狗の紹介と一部過去説明

射命丸文
天狗だけでなく人ともよく付き合う天狗。
自費で新聞を書き、それを出版しているらしい。尚、文快く思わないのは、別の新聞を発行する、言わばライバル。商売敵のような存在。
義母上と呼ぶように、天魔とは強い縁で結ばれている。
源義経に剣を教えたという鞍馬大天狗を真っ向勝負で打ち破った事からも剣の実力は間違いなく上の上と言える。
文の恐ろしい所は、どんななまくらだろうと扱いこなし、文字通り妖刀を握るかの様な切れ味を見せる事だ。


姫海棠はたて
文の商売敵でありながら文の事を敵視しない天狗。
種族として文と同じ鴉天狗であり、その衣服は紫を基調とした珍しい色のシャツを来ているようで、その意匠は文の物ともある程度だが似ている。
風を操る能力を持つ文と比べると、どうもその力に劣る。だが、妖力の扱い方は文よりも今日に扱える。その為か、天狗の知人の中でも一目置かれる存在である。仲良し四人の中では唯一剣を使えないのだが、本人はそれを気にする様子は無い。
実は文より写真写りが良いのが自慢。
河童達とよくつるんでいる。


犬走椛
天狗達の中では飛べないものの、剣術に長ける天狗。
文の事を友達と呼びながらも慕っている。その見た目からもわかる通り、白狼天狗と呼ばれる種族である。
天狗社会では最も位の低い天狗だと言われているが、妖怪の山に住む天狗達には階級などはなく、ある意味で実力社会であるこの地を気に入っている。
腰に提げた刀は本来の日本刀の形ではなく、西洋から伝わったファルシオンを元に天狗の鍛冶が特別に鍛えた業物。切れ味と重さから繰り出される彼女の剣術は非常に実戦的である。妖怪が鍛えた剣は決して刃こぼれしないという伝説を信じるならば、彼女の持つ剣は間違いなく最強の刀、最上大業物の一つとして数えられるだろう。
また、彼女の剣術は盾も使うものであり、その点からも彼女が西洋の剣を学んでいる事がわかる。


鞍馬
とても尊大な態度と口振りを見せる天狗。
かつては剣術に長けた伝説の天狗として名を馳せたが、全力を出してなお文に敗れた為、彼女を好敵手と認め、剣を極める為に文と幾度となく戦ったそう。
後に剣を捨て、当時の妖怪の山に住み着いた。
天魔に絶対的な忠誠を誓っており、敵対する者は誰だろうと決して容赦しない。常に槍を持たされているが、得意ではない上に扱いが雑。
主が真の危機を迎えたと感じた時は腰に提げた刀を抜く。
この刀は世に知られぬ霊刀・楔一文字という名であり、かつて剣に全てを捧げた鞍馬が絶対に離さない業物。


天魔
妖怪の山の中、天狗の集落を治め、天狗たちを統べる。
かつて第六天魔王を自称していたが、年老いた事で退屈になってしまい、名を捨て、天狗として改めて第二の生を過ごすべく、現在の妖怪の山に移住した。
天狗という種族ではあるが、それ以前に天魔は一角の鬼でもある。その為、天狗でありながら鬼の力と酒への強さを持っている。一度鬼と天狗の飲み比べ大会が実施された時は、鬼達全てを抜いて天魔が一位となった事もある。
あまり使わないが、弓術と剣術に精通している。
かつて人間の剣豪と対峙し、三日三晩の激戦の末に敗れ、その時持っていた業物の刀をその人間に託したことは酒の席で何度も聞かされてうんざりしている天狗も多い。



次回予告

場所は変わって冥界。
西行寺幽々子の従者、魂魄妖夢が、
瞑想中に脳に浮かんだ像とは。



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Another Story 八雲紫の危惧

とある場所に、彼女は居た。
そこにはちゃぶ台と煎餅がある。

彼女は誰かを待っていたようで、その『誰か』が彼女に近付いたのと同時に、誰かに向き直る。

『彼の名は.....ラグナ=ザ=ブラッドエッジ』



「...........ラグナ=ザ=ブラッドエッジ、ですか?」

「ええ。彼が来てしまった」

 

マヨヒガの奥のさらに奥、狐の式と賢者が館の中の草葉の上で、神妙な顔つきで見合っていた。賢者の口から出た名を反芻する狐の式。それに続くように『来てしまった』と。

 

「ですが、幻想郷は全てを受け入れる。その筈です」

「ええ。全てを受け入れるのは事実よ。...........ただ、受け入れたそれがここにとって良いものとは限らない。それは決して愚かではない貴女ならわかる筈よ」

 

受け入れたものは例えどのようなものであれ、受け入れられる。それは概念でさえ例外ではない。賢者が危惧しているのはその『ラグナ』とやらが入ってきた際に同時に入ってきた概念だろう。

概念とは厄介な代物である。それが、まるで当たり前であったかのように機能し、それまでの当たり前は、新たな概念の前に死ぬのである。

 

「......悪い方向に傾くと。では、彼をどうするのです?」

「いえ───彼には独自に動いてもらうわ」

「なぜです?下手を打てば幻想郷の概念は乱れる。そうなってしまえば『忘れられた楽園』は壊れてしまう」

 

それに......と、続けようとした妖狐を、賢者は止めた。そして何故『彼』が独自に動かねばならないのかを説明した。

 

「彼が元の世界ではどのような存在であったか。それを推し量る事は難しい。例え私の力でも、ね」

 

彼女の力でも、そう聞いた妖狐は黙ってしまった。彼女の従者である妖狐は、彼女のその能力が如何に凄まじい物かよくわかっているからだ。そんな彼女の力でもどうしようもないなら、その従者である妖狐にだってどうにも出来ない。

 

「それに、彼が握っている気がするのよ」

「...........何を、ですか?」

「『何もかも』よ。彼の存在はこの幻想郷にとって『キー』であり、また同時に『錠』でもある」

「鍵にして錠?......訳がわかりません...........」

「まだ知る時ではないわ。彼の選択次第で未来は変わる」

 

そう言うと賢者は扇を開き、自身を扇ぐ。

そのまま口元を隠し、しかしその目つきは笑っていた。

 

「......ラグナ=ザ=ブラッドエッジ。どうするのかしらね?」

 

一言呟いた後、賢者は隙間を作り、そこに入っていった。その隙間は閉じてしまい、そこには深緑が見えるのみであった。これに続いて妖狐も身を翻し、高く跳躍し、次の仕事を終わらせに行った。後には月夜に輝く緑の草葉が、風に揺られているだけだった。

 



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第七話 白い剣士の児戯

前回のあらすじ

ラグナは妖怪の山で四人の天狗と知り合った。
犬走椛、姫海棠はたて、鞍馬、射命丸文の四人。
天狗達の生活が気になるラグナは、文の紹介で
住む場所を用意してもらい、そこで暮らすことに。


「────白面」

 

目を瞑り、坐禅を組み、主の世話と庭の手入れの合間を縫って行なっている修行中、見えたものを声に出す。

 

白面。それは素顔さえ見せぬ甲冑。

唯の甲冑である筈なのに、正と負二つの面が見える。

それを見た魂魄妖夢は無意識にその名を口にした。

 

「場所は───広い。海?いや、境界?ここは──」

 

なぜ、そのヴィジョンが見えたのかはよくわからない。

ひとつ言えるのは、妖夢があれに誘われており、それは決して悪いものでは無い、ということだけだ。

 

「───私ではない?いや、()()を持つ私と──でも......」

 

これ、というのは祖父から譲り受けた長物である。

半人半霊である妖夢は現世と常世の()()が曖昧だった。

だからこそ、それを見たのかもしれないし、感じたのだろう。

 

『妖夢ぅ?もうそろそろお昼の時間よ〜?』

 

が、それも彼女の主......『西行寺幽々子』の声で途切れた。

その一言で我に帰った妖夢は、坐禅をやめて立ち上がった。今日は剣の修行の日ではないので、別に汗もかいてはいない。見えたものも、次の夕食の準備ですっかり忘れてしまった。

さて、今日の夕食はどんなメニューにしようかな───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました、幽々子様」

 

襖の向こうから、私の従者が声をかけてくる。

「入っていいわよ」と返すと、妖夢は片手で襖を開けた。もう片方の手には私好みの料理が所狭しと並んでいる。

重いだろうに、手が震えていても、顔に出そうとしない。

 

「はい。ありがとう、妖夢」

「幽々子様の身の回りのお世話は私の務めですから」

 

「当然です」と、妖夢は胸を張っている。

今日のメニューは私の大好物である秋刀魚の開きだった。味噌汁や白米、鶏唐揚げもある。まさに天国だ。

「いただきます」と手を合わせ、開きに醤油をかけ、箸で掴んで口に運んだ。妖夢の絶妙な焼き加減が素晴らしい食感を生み出している。たまらず白ご飯を口に掻き込む。やはり魚は白飯と一緒に食べるに限る。

唐揚げも忘れてはいない。熱々に揚がった唐揚げを米と一緒に頬張る。サクサクとした感触と程よく効いたコショウ、そして数滴垂らされたレモンの果汁が合わさり、私の舌を包んでくれる。

無論、一通り食べ終えたら締めに味噌汁を一口飲む。今回は妖夢が意向を凝らしたのだろう。普段入っている具ではなく、アサリや昆布のような海鮮物を使った、塩味の効いた味噌汁だった。

そしてまた秋刀魚に箸を伸ばした。

 

 

 

 

 

「うーん!美味しいわねぇ!」

 

そう言いながら私の主は凄まじい速度で食していく。

通常より多めに作ったのだが、この量程度なら問題ない、むしろちょうど良いとの評価が下った。

今後はこの量を目安に食事を用意する事にしよう。

 

「ああ、美味しかった......ご馳走様、妖夢」

 

そう言うと幽々子様は箸を置いた。手を合わせてご馳走様と言うと、ふよふよと浮いて仕事に向かっていった。

 

「...........では、食器をお下げ致します」

 

誰もいない居間で食器を重ね、台所に持っていく。

食器達を水に浸したところで、頭痛に襲われた。

 

「......っ!?何、この感覚......!?」

 

ただの頭痛ではない。いや、寧ろ頭痛はおまけだった。知識が脳に入り込んでくる感覚。知らなかったものを一度に知らされた感覚。脳が知り得ない事を理解する感覚。

あまりにも鋭い痛みに、その場に踞る。

 

 

 

 

 

『......ここは?』

 

気がつくと辺り一面が真っ白な空間にいた。ここがどこだかはわからない。目の前には何かを封じているのだろうか。巨大なら門が聳えていた。

その奥からは何かを感じた。それが何かはわからないのだが、形容するならば巨大な力のように感じる。

その力はまさに、あの時欲しかった力に似ていた。子供の時、祖父との剣術の修行を積んでいた時だ。絶対的なまでの祖父の強さに、私は力を渇望したのだ。

 

『......感じる。この先にきっとあるんだ......強い力が......単純な力でなく...........まるで、まるで──』

 

『────意志の力......か』

 

『......っ!?...........誰だ?』

 

私が振り向いた先には、白い甲冑があった。背を向けており、その背中には数尺に及ぶ巨大な鞘が背負われていた。しかし、その鞘が守るべき刃はどこにも無く、鞘だけがその背にあった。

甲冑は尚もこちらに振り返る事をせず、ただただじっと、佇んでいた。その独特な空気感は近寄り難い雰囲気を醸しており、私はそれ以上寄ることを無意識に止めた。

 

『魂魄の。貴様が剣に望む物は何だ』

『私が剣に望む物......』

『まだ、難しいか、小娘よ.....フッ!』

 

俯いて思考を働かせている私だったが、不意に危険な感覚を覚えて、咄嗟に飛翔し、後ろに着地する。私が目にしたのは、何も持たずに『空間』を切り裂いた白い甲冑だった。

 

『......私もそれなりにやりますよ』

『戯言を』

 

短い言葉を交わして、腰に提げた二振りの剣を抜く。

白楼剣と楼観剣という、祖父から賜った二振りの妖刀である。腰を低く落とし、双剣を上下に構え、前で交差させる。祖父の剣から盗んだ型である。

 

『来ないんですか』

『......フフ、中々如何して、解っている』

 

互いに間合いを詰めず、ひたすら待ち続ける。甲冑も、それを崩すつもりは無いようで、互いの目線だけが激しくぶつかり合っていた。......いや、私からすれば、それはプレッシャーとなり得た。

一点の曇りもなくこちらを見つめ続ける甲冑に気圧され、僅かに身じろいだ瞬間だった。

黒い閃光が残影と成って甲冑は目の前から消えた。咄嗟に振り返って剣を振り抜く事で何とか攻撃を防いだ。この一瞬、たった一瞬の隙を見抜いて後ろに回り込まれた。

 

(こいつ......強すぎる)

 

更に続く剣戟に、私の体力はどんどん疲弊していった。上から振りかぶる一撃を見抜いて右に守りを置けば、それを見抜かれて左を打たれる。それを身を捻って避けようとすれば、それすら見抜いたかのように蹴り上げてくる。

それに当たって、空中に投げ出されれば、甲冑は飛翔し、更に目に見えぬ剣で斬りかかってくる。それを剣で防ごうとするも、当然のように『無』は『有』である私の二太刀をすり抜け、さも当然であるかの如く、左の肩を切り裂かれる。

 

(...........有り得ない......!)

 

打ち抜き、などという次元ではなかった。

守りを貫通するなどという話ではない。無である筈の剣が自在に空間を出入りしているかのように守りを抜けてこちらを攻撃してくる。一度も相手した事の無い剣術に、即座に対策を練らない訳には行かなかった。

 

『如何した、幼き剣士よ』

 

(あれを攻略するには......隙を突くしかない。守りを貫通し、私だけを的確に攻撃してくる『自由自在の剣』は、振りさえしなきゃ怖くはない。だから隙さえ突ければ...........)

 

そして、私はその浅慮さに気付いた。その浅ましさに。

相手は格上の剣士。......なんて言葉で収まるレベルじゃない。下手をすれば私の祖父さえも超える『怪物』だ。

 

『フッ...........漸く解ったか。貴様では我には勝てぬ』

『...........反則過ぎる』

 

そういうと、圧倒的な実力差に、私はへたりこんだ。剣士が膝を着くのは負けた時だけ。そう祖父に教えられてきた私が膝を着かされたのは、後にも先にも祖父とこいつだけだ。間違いなく、あの時戦った祖父とは比べ物にならない強さだった。

 

『...........何者、なんですか』

『我は「ハクメン」。ひと振りの剣にして全ての悪を滅する者也。』

 

名を聞いても心当たりはない。勿論、ここまで強い剣士と出会ったなら絶対に憶えているからである。

 

『......ハクメン、ですか......?』

『其れに貴様の持つ剣。貴様ならば容易く扱いこなせるだろう。その三振りの刃で、己が役目を果たすが善い』

『......役......目......』

 

役目がどんなものなのか、私にはわからない。ハクメンに「役目とは一体なんなのか」を聞くも返事はない。

不審に思い、ハクメンの居た場所を見ると、最初に甲冑を見た時と同じ様に立ち、佇んでいる。

 

『...........?』

 

近付いても反応は無い。

それは、まるで最初から甲冑を着ていた者なんていなかったかのように、ただ静かに動かなかった。

『...........なっ!?』

 

好奇心に釣られて触れてみた途端、自身の身体と甲冑が白く光り輝く。唐突な事に反応出来ず、ただ自分の肉体を見つめるほかなかった。それと同時に、先程流れ込んできた記憶の正体が解った。

 

この白面の記憶だ。彼の記憶が我の記憶として流れ込んで来た、と云う事なのだろう。否、同化と云う方が正しいだろうか。兎に角、之は私がこの甲冑を受け継いだ、という事なんだろう。ハッキリとした事は言えないけど、ハクメンと私の記憶が混同している事は間違いない。

 

『......口調が......?もしかして、記憶が混ざって?』

 

真偽の程はわからない。ただ一つ言える事は、この鎧はその気になれば文字通り『世界をも滅する』事も可能なのだろう。勿論、そんな事をする気は無いが、記憶がそうさせてもくれない、と言った方が良いかもしれない。

 

 

 

ふと、自分の腕を見た。黒い手袋の上に重ねられた白い腕甲が私を包んでいる。これが......スサノオ(ハクメン)の体か。

 

気が付けば周囲は見知った場所だった。白玉楼の台所。私の職場兼住所に、私は居た。時間にして、一刻も経っていないという所か。私が見た時、このスサノオは私よりも一尺程大きかった様な気もするが、私の肉体に上手く大きさが合わせられているのか、違和感はない。

 

大丈夫かと思いつつ、皿を洗い始めた。どうやら水を完全に弾くのか、手が濡れる感触はしない。冷たさも感じない。着る物としても最上級のものらしい。

やっておきたい事を全部終わらせて、私一人しかいない従者達の部屋に向かう。途中、幾らかの人魂とすれ違ったが、誰も私が魂魄妖夢だとは気付いていない様子だった。

 

 

 

 

 

布団に寝転ぶと、装甲同士が擦れ合う音がした。

背中に手を伸ばし、二つの長い物を手に持つ。ひとつは赤く、切れ込みの入った長大な鞘。もうひとつは祖父、魂魄妖忌から渡された長い布に巻かれたもの。

『中を見るのは、自分がその時だと思った時だけ』という祖父からの言葉によって、未だ布を解いたことは無かったが、それも今日までである。

 

「...........これが、この鞘に収まるべき、刃?」

 

布の中から出てきたのはやはり長い刀。見たところ、刃を潰されているようにも見えるが、振ればおそらく斬れる。勘から来るものだが、絶対的な自信があった。

 

「......『斬魔・鳴神』」

 

納刀する。

そして、最後の記憶の霞が晴れた。

白と黒がぶつかり合う記憶。恐らくだが、これがハクメンの最後の記憶なのだろう。同時にひとつ、無意識に刷り込まれたかのように、私は一言発した。

 

 

 

『黒き者を、滅する...........』

 

その声は誰に届くでもなかったが、ただ私の心にだけ深く残り、決して消えることは無かった。

 

 

 




スサノオユニットは妖夢の手に渡り、アークエネミー『斬魔・鳴神』も彼女が継承した。
それで彼女がどうするかはわからないが、記憶を継いだというのであれば、未だ存在する黒き者を殺す為に動く事になるかも知れないだろう。


次回予告

スサノオユニットを継承した妖夢。
また場所が変わって妖怪の山。
ラグナは何かを決心するが......?


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第八話 死神の心機一転

前回のあらすじ

所変わって魂魄妖夢と西行寺幽々子の住む屋敷。
数多の魂が漂うそこで妖夢は異質なヴィジョンを見た。
それは白を基調とした全身を覆う程の重甲冑だった。

幽々子に呼ばれ、食事の時間となった妖夢だったが、
台所で頭の痛みに襲われ、そのまま気絶してしまう。
見知らぬ場所で出会ったのは「ハクメン」だった。
妖夢は、記憶と共にスサノオユニットを継承した。




妖怪の山で暮らし始めてからもう三日が経つ。

慧音や魔理沙、霊夢に顔を合わせていない為か、大丈夫だとわかってはいるがどうにも心配になってしまう。

ラグナは人だが、天狗に馴染んでいた。時折化かされる事もあるが、大抵は退屈嫌いの天狗の仕業である為、特段気にする事もない。

この二日間は連続して天狗の酒盛りに付き合わされたので、今日起きたラグナを出迎えたのは強烈な吐き気だ。

 

「うっぷ...........き、気持ち悪......」

 

口に手を当てて喉元をさする。

多少だが吐き気を抑える為に井戸から水を組んだ。コップ一杯分の水を煽るとそれまでラグナを襲っていた吐き気は途端に大人しくなり、気分も楽になった。

 

「あー......マジで酒は無理なんだって、俺...........」

 

誰に届くでもない毒を吐きながら自室の布団で横になる。

これでは何も食べられないなと思いながら瞼を閉じた。気持ち悪さも幾分と引き、体調もだいぶ良くなった所で、あれが所謂『二日酔い』の状態だった事を知ったが、それはまだ後のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして目を覚ました後に窓の外を覗いてみれば、天気は快晴。太陽の昇り具合を見てもまだ昼前といったところだろう。最初に起きたのがだいたい五時ぐらい、早朝なので、更に五時間は寝た事になる。恐らく文達は既に活動できていると思うが、人と天狗では酔いへの強さが違う。

そもそも酒を飲んだ事が無いのだから、ラグナのこれも仕方ない。

 

「くあぁ......はぁ、結構寝ちまった......いや、最近は寝る暇もなかったし、もしかしたら無理したツケが回ってきちまったのかも知んねぇな...........」

 

事実、彼は近頃ずっと忙しさに見舞われていて、眠っても浅い睡眠しか出来ず、疲れも取れていなかった。

ある意味仕方ないとも言える。

 

「しっかし平和なもんだよなぁ......妖怪の山っつうし、もっと物騒でおっかねえ場所を想像してたのによ」

 

この三日間、何か無いかなと山中を彷徨いていたのだが、どうやら野良妖怪達はラグナが天狗の客人だと知っているのだろう。不意に遭遇しても、手を出すどころか逃げ出す始末である。

「体がなまる」という理由をつけて、一度下山する事を決意する。以前の件もあって竹林には近付かないように、幻想郷中を何日かかけて回ろうかと考えたのだ。

 

「んじゃ、アヤ達に言ってこなきゃな」

 

そう呟いて腰を上げる。布団を畳んで家を出る。

人里と比べればその数は少ないものの天狗達の行き交いも多く、文の家に向かう為に三歩ほど歩いただけで、

 

「あら、ラグナくん。寝てたの?」

「あー、おう。今まで気持ち悪くてな」

 

と、この三日間で見知った仲になった天狗と一言二言交わす程である。やはり、外来人であるラグナの存在が好奇心に触れるのか、今でも

 

「おうラグナ。どうだ?今夜も一杯引っ掛けねえか?」

「いーや、遠慮しとくわ。今も少し気持ち悪ぃ」

 

と、このように声をかけられるのである。

ラグナとしては生活に馴染み込んでいけるから、この調子で話しかけられるのはありがたい。限度はあるが。

 

 

 

 

結局、たった六軒ほど隣の文の家に着くまでに四回は話しかけられた。というか、天狗とすれ違った回数が四回なので、全ての天狗に声をかけられていると言っても過言ではない。

 

「はぁ......どっと疲れるわ......おぉい、文?居るか?」

「はーい。いますよー」

 

間の伸びた声で返事する文。しばらく待っていると玄関の戸が開き、中から文が顔を出した。

新聞を執筆していたのだろうか、耳にペンが乗っている。

 

「今日はどんな用事?」

「おう、一日か二日ぐらいかけて幻想郷をぐるっと観光しようかなって思ってよ。とりあえず言いに来た」

「ああ、なるほど」

 

そう言って文は何度か頷く。そしてしばらく考えたあとに、「別にいいんじゃないですかね」と随分と適当そうに返した。それでいいのか、とも考えたが、わざわざ森を出る度に他の天狗に挨拶していくのを考えて、面倒になった。

 

「じゃ、行ってくる」

 

「どうぞ〜」と言って文は玄関から顔を引っ込めて、代わりにヒラヒラと手を振った。そして戸が閉まるのを見て、ラグナも家に戻る。ジャケットと剣を取りに帰らなければいけないからだ。

文の家を離れて十秒程度で別の通りがかった天狗が話しかけてくる。一見してラグナだとわからなかったようで、疑問の声を上げたが、直ぐにラグナだと理解したようで、続けて話した。

 

「お?よう、ラグナ。どっか行くのか?」

「おう。ちょっくら外を見て回ろうかと思ってな」

「そうか。んじゃ、他の奴にも伝えとくな」

 

そう言って、頼んでもいない事を他の皆に知らせるべく飛翔する天狗。彼等の耳の早さは、ここに住んで三日目のラグナをして内緒話を一人の天狗にした所次の日の朝に別の天狗がそれを知ったのを聞いて、「ハア!?もう知られてんの!?」と、思わず叫ぶレベルである。これなら皆に知らせる事をしなくても勝手に伝わってくれるだろうと自分を納得させる。

 

家に戻ってすぐ、自分の寝室の戸を開ける。そこにはいつも自分が着ている赤いジャケットが、無造作に脱ぎ捨てられていた。剣は危ないのでしっかり立てかけている。ウェポンラックというのだろうか。武具を立てかける為の棚を、日曜大工好きの天狗が作ってくれたお陰で楽に保管できている。

ジャケットに手を伸ばし、掴んで裾を通す。ベルトと金具のずっしりとした重さがないと、なんというか落ち着かないのだ。

続いて剣を手に持ち、試しに剣を持ち上げて、振り下ろす。その重厚感が今のラグナにはしっくりきた。奪われた時以外片時も離すことのなかった剣は、もはや生きていく上で相棒と呼ぶにふさわしい。

 

「よっし......行くか」

 

寝室の戸を閉め、靴を履く。しっかりとした素材で造られ、金属で要所要所を補強してある、長旅向きのよいブーツである。パチン、とベルトを締めて固定する。玄関を出ると、一人の天狗がラグナが出てくるのを待っていたようだった。そこに立っていたのは椛である。

 

「おお、椛じゃねえか。どうしたんだ?」

「ラグナさん。私と真剣勝負してください!」

 

何を突拍子もない事を、と考えていたのが見通されたのか、ラグナにさらに詰め寄ってきて、更に語気を強めて、今度はさらにハッキリと言い放った。

 

「決闘です!ラグナさん!」

「急!急すぎ!わけを聞かせろ、わけを!」

 

そうラグナが言うと、椛は鼻息を荒くしながら「だってラグナさん、いなくなっちゃうんですよね?だったら一度戦ってみたい」と言い出す始末だった。半ば呆れたように項垂れると、観念したと受け取られたのか手首を掴まれて引っ張られた。「痛てぇ!」その声は今の椛には聞こえていなかった。

 

 

 

広場に連れてこられた。観客もそこそこに、天狗達が見た事のないラグナと椛の勝負を楽しみにしていた。

 

「さぁ、ラグナさん!いざ尋常に、勝負!」

「あのな.......はぁ、面倒くせぇ。一瞬で終わらす」

 

そう言うと椛は盾を左手に、剣を抜いた。ラグナも同じ様に剣を振り抜いて、その切っ先を椛に向ける。

 

「オラ、来いよ」

 

 

 

「やあっ!」

「オラァ!」

 

椛は剣を突き出し、突進する。それに対してラグナは拳に瘴気を纏わせ、同じく突進する。

 

「ヘルズファング!」

「効きません......はっ!」

 

盾を構えて拳を防いだ椛は、続け様に盾を振る。盾でラグナを殴ると、彼は派手に吹き飛んだ。ダメージは大した事がなかったのか、着地寸前に受身をとって、もう一度駆け寄ってきた。

 

「ガントレットハーデス......何っ!?」

「レイビーズ......」

 

ラグナの瘴気を含んだ蹴りを、盾と剣で文字通り鷲掴みにする。そのままラグナを地面に叩きつけてから、剣を二度同じ方向に振り抜く。

 

「バイト!」

「ぐおおっ......!」

 

堪らずラグナが守りの姿勢に入ると、それを好機とみた椛は更に攻勢を強めた。短期に決着を着けようとしているのがわかる。だからこそ、ラグナのその渾身の一撃に反応できなかった。

 

「甘ぇよ!インフェルノディバイダー!」

「ぐあっ!?」

 

インフェルノディバイダー。ラグナが必殺技の中でも切り札とする一撃。これをもろに受けて、ラグナの一閃で宙に浮かされる。次に見たのはラグナの拳だ。

 

「吹き飛べ!」

 

そのまま腹に重たい一撃を受けて、更に殴り飛ばされる。きりもみのように回転しながら地面に激突する。

起き上がって口の中に溜まった血を吐き出す。なんだなんだと集まり始めた観客の事を気にかける余裕は無い。椛は血を吐き出した後にニヤけた。

 

「これです......これでこそ、決闘です!」

「...........やられて笑ってんの、少し気味悪ぃぞ」

 

予想以上に喜ぶ椛を見て少し引くラグナ。そんな彼を意に介さず剣を握りしめ、駆け出す。

「まだやんのかよ!」と、ラグナが驚いたような声を上げたが、椛は気にせずに二度三度と剣を振るう。ラグナもそれに荒正を振り当てる事で応じるが、椛の勢いに若干押され気味だった。

 

「はっ!ふっ!はぁっ!」

「ふんっ!おらっ!」

 

椛の剣筋に、同じく剣や足蹴で応えるラグナ。ラチが明かないと思ったのだろう、二人は同時に距離を離し、互いに構えなおす。

 

「やりますね、ラグナさん!楽しいですよ!」

「おお、そうかよ。出来ればもう終わらせてえんだが」

「じゃあ、口惜しいですが次で終わらせましょう!」

 

とてもさっきまで剣戟を繰り広げていたとは思えない軽やかさで椛が言い切った。ラグナも、呆れ返りつつも椛に手加減をする必要は無いと解釈した。きっと、今椛は互いを高める楽しみを味わっているのだろう。

 

 

かつてラグナは()()()()()()の咎追いに会った事がある。

普通の咎追いならば『貴様が死神か!大人しく俺に殺されろォ!』......という感じの、所謂ヒャッハー的な咎追いが普段から相手だったのだが、その咎追いだけは違った。

ラグナが剣を構え、臨戦態勢に入るまで、不意打ちどころか自分も武器を抜かなかったのだ。

結局、その咎追いはラグナが予想外の苦戦の末になんとか撃破し、咎追いながら紳士的な立ち振る舞いの男を殺す事を躊躇って、重傷で済ませた、という事があった。

きっと、椛も彼と同じように映ったのだろう。

 

「......来い!」

 

ラグナの一言で、椛が盾を捨てた。剣を両手で持って低く構えて走り出した。剣を地面に突き立てながら走り来るその姿は、戦う事を至高とする様な気さえした。

 

「行きます!」

「オラァッ!『ブラックザガム』!」

 

椛の切り上げに、鎌に変形させた荒正の一撃で答える。飛び上がった椛はそのまま勢いに任せて、体重を乗せてラグナに斬りかかる。それにラグナは振り上げた鎌で応じ、三撃目を当てる為に大振りに鎌を振るが避けられる。四撃目で更に振りかぶった所を椛の更なる猛撃で打ち止められ、そのまま椛の一撃がラグナの腹を掻っ切ろうとする。

しかし、その横振りは五回目の鎌による攻撃で防がれる。一進一退の攻防が椛の感情を更に高揚させた。

 

「ここ!」

「甘ぇよッ!喰らえ!」

 

力を込めた椛の突きを、鎌による渾身の一振で打ち払う。そのまま勢いに任せて回転しながら鎌を剣に変形させ、横薙ぎに振り払う。しかし、後ろに飛ぶ事で回避される。

あまりに凄まじい戦いの結末を想像できなくて、戦いを見守る天狗達は呼吸を忘れていた。

ラグナと椛は互いに仕切り直すかのように半歩下がった。その隙を見逃さない二人は、互いに技を出す。

 

「『カーネージシザー』......」

「はっ!」

 

ラグナが斬りかかってくるのを、椛が回転斬りの勢いで相殺する。剣を両手に握りしめたラグナを見て、大きな一撃が来ると思った椛は、次は自分の技だと言わんばかりに構える。

 

「『エクスペリーズカナン』!」

 

自身の剣技にスペルと同じ名を付けたこの技は、敵の攻撃に合わせて手痛いカウンターを食らわせる当身の攻撃だ。

ここがチャンスと捉えて反撃の構えを取るのだが、一向に攻撃が来ない。それに気が付いて『エクスペリーズカナン』の構えを解いて離れようとするが、判断が遅かった。いや、もしかすると技を出した時点で椛の負けは確定していたのかも知れない。

 

「『ディストラクション』!」

「────ッ!?」

 

せめて衝撃を和らげる為に剣で守りを堅める......が、強大無比な突きの前に、為す術なく吹き飛ばされて、そのまま降参する事となった。負けはしたが、久しぶりの全力の戦いを味わえて、椛の表情はとても満足そうだった。

 

 

 

「わ、わりぃ......力込めすぎちまった......立てるか?」

「はい......立てます......っと」

 

剣を鞘に仕舞いながら立ち上がり、投げ捨てた盾を拾いに戻る。ラグナの前に再び立ち、握手する。

観客達はあまりの激しい戦いを、固唾を飲んで見守っていたが、二人が互いの手を握りあった所で、まるで止まっていた呼吸を思い出したかのように歓声を上げた。

 

「おおおおおおっ!!」「椛、ナイスファイト!」

「すげぇじゃねえか、ラグナ!」「すげえ勝負だったぞ!」

「椛もラグナも強ぇえ!!」「二人とも、凄かったよ!」

 

全員がラグナと椛に駆け寄り歓声を浴びせる。その勢いは津波のようにも感じた。暫くの間全員からもみくちゃに。結局、解放されたのは数十分が経った後だった。

 

 

 

 

 

 

「随分と派手にやりましたね、二人とも」

「あ、文!」「おう、アヤ......」

 

二人が疲れたまま空気をむさぼっていた所に話しかけてきたのは文だった。とてつもない呆れ顔である。

 

「椛、戦うならせめてもう少し人目のつかない所で......」

「ご、ごめん...........ラグナがいなくなるって聞いて、チャンスは今しかない!......って思ったから......」

 

「...........ん?ラグナさんがいなくなるって?」

「うん。だって、さっきラグナさんが山からいなくなるって他の子から聞いたから......」

「...........あー、誤解してますね......かなり......」

 

つまりはこういう事だ。

ラグナが何日か使って幻想郷を旅するという当初の言葉が、紆余曲折を経て『ラグナが山を下っていなくなる』と伝わったという事だ。

伝言ゲームと言えば例えとしてはわかりやすいかもしれない。最初は旅するという目的だけで、山を完全に去る事はしないはずだったが、山を去るという事にすり替わってしまっていたのだ。

 

「......そーいう事だったんですか...........」

「わりい、椛。俺の言い方が良くなかったみてえだ......」

「いえ、私が勘違いしたのが悪かったです......まあ、良かったです。それならまた戦えますもんね!」

「うん。俺としては遠慮してぇんだけど」

 

そんなラグナの言葉を意に介さずに、椛の目はキラキラと輝いている。うーん、人の話を聞かないよな、とラグナが考えていると、文が椛の後に話しかけてくる。

 

「そろそろ行ってはどうです?日も暮れてきていますよ」

 

そう言われて頭上を見上げると、太陽の位置が正午の時と比べてかなり傾いてきていた。

あまり出発を遅らせて降りるまでに日が暮れては堪らない。そろそろ行く事にしようと、ラグナも歩く。

 

「おお、そうだそうだ。んじゃあ今度こそ行くわ」

「はーい!ラグナさん、またやりましょうね!」

「道中気を付けてくださいねー」

「おーう」

 

途中、一度振り返った。

彼女達はラグナが見えなくなるまで見送っていた。

その光景を見て、人の温もりを感じるラグナだった。

 

 




『レイビーズバイト』
椛の強判定掴み技。盾でぶん殴って、剣と盾で挟んで地面に叩きつけてから回転して二度斬払うディストーション。守りが意味を成さない為、椛の主力必殺技として活躍。

『エクスペリーズカナン』
虚空陣・悪滅くらい発生が早い当身ディストーション。当たったら剣が交差するように二回敵を斬りつけて、最後に強い突きを繰り出す。追い詰められた時しか使わない。

『カーネージシザーディストラクション』
カーネージシザーをキャンセルしてAHの最終段を繰り出す。一発五千くらい行くんじゃないかな(適当)。
本技の元ネタは某動画から。


次回予告

妖怪の山を出る事にしたラグナ。
手始めに改めて魔法の森を調べる為に、
森の中へと立ち入ることにするのだが......?


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第九話 死神異変 上

前回のあらすじ

ふた晩連続の酒盛りを乗り越えたラグナ。
幻想郷中を見て回りたいと思い立ち、
文にそのことを伝えるが、誤って解釈された
椛と決闘を強いられてしまった。
椛との決闘を制し、ラグナは妖怪の山を下りていった。


「なんか、久しぶりに開けた場所に出たよな......」

 

そう言うのは山を降りたラグナだ。それもそのはず、ここ三日間はずっと妖怪の山にこもりきりだったのだから。背を伸ばすと、ひんやりとした空気が肺を洗い流していくように感じた。

季節が秋から冬に移ろいつつあると感じる。

 

「......あー...........よし、まずは平原を回っていこう」

 

背伸びしたあと、しばらく思案してからやはり当初の目的通り幻想郷を観光......もとい『地図埋め』を行なう事にした。やはり暮らしていく上で地理への理解は欠かせないと判断しての事である。

 

「そしたら......まずはあの森か。まだ細かく調べられてねぇしな......確かアリスの家もあそこにあった筈だし......」

 

そう言ってラグナが目指した先は魔法の森だ。普通の人が近付くのは危ないという件の森の瘴気は、しかしラグナには意味を成さない為、最初に調べるには問題ないと判断したのだ。

そうして歩き始めるラグナ。獣道をまっすぐ進んでいく彼の背をじっと見つめる双眸があった事に、ついぞラグナは気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

森の中に入るのはこれで二度目である。

二度目は今。最初は幻想郷を囲む『博麗大結界』を、何かの手違いですり抜けてしまった時だ。

鬱蒼と茂る木々を避け、草や小枝を切り倒しながら歩く。ここまで来ると獣道は愚か、道と呼べるものさえ見当たらないレベルである。

 

暫くの間歩いていると、少しばかり開けた空間に出た。木がここだけ生えなかった様な、そういう感覚である。広場の中央には木漏れ日が差し込んでいる。

森の中では太陽に当たる事が無いので、少しそこで休む事に決めたラグナは、陽の当たる場所に座り込んだ。剣を地面に突き刺し、身軽になる。

 

「ふー......空気はあれだけど、寝心地はいいな」

 

日光の温もりを受けて、ごろんと草葉の上に寝転ぶ。子供の時はこうやって、兄妹で遊び疲れたあとは川の字になって三人でよく寝たものだ。

 

「...........ジン、サヤ、シスター......」

 

居る筈の無い三人を呼ぶ。彼等の姿を思い出したから、つい口を突いて出てきてしまったのだろうか......自分でもらしくないな、と思ってしまう。思い出や感傷に浸るのは彼の性分に合っていない。

それでも、思い出というのは彼の心に強く根付いたものである。それを忘れる事なんてできなかった。

 

「................ッ!?......誰だ!」

 

ガサリと草と草が擦れ合う音が聞こえ、直ぐに飛び起きて剣を引き抜き、握りしめる。音のした方は茂みや木々によって暗がりになってしまっており、その先にいるだろう相手の位置はわからない。だが、ラグナがそこに近付く前に向こうから声が聞こえてきた。「待って」と。

 

「久しぶり、かしら。ラグナ。十日ぶりね」

「その声......アリスか?」

 

そう訊ねると、木に隠れた彼女はゆっくりと姿を現した。太陽に晒され、その正体が顕になる。

 

「......やっぱアリスか。どうした?」

「あなた、どうしてここに...........いえ、今は良いわ。とにかくあなたをこれから探しに行こうと思っていたのよ。ここで見つかったのは運が良かった。さ、来て」

「俺に用?一体なんの──」

 

ラグナの言葉はアリスに腕を引かれる事で止めさせられてしまう。「お、おい!急になんだよ!」と、ラグナが語気を強めて言い放つも、それを意に介さない反応に只事ではないと悟ったラグナは、それ以上口を開く事はなかった。

 

アリスがラグナの手を引いて向かう先は、ラグナには見覚えのなかった場所だった。木と木の間をすり抜けて行った先には、アリスの家ではない、別の家だった。

その家にはとても大きな看板がかけられており、寂れていて、なんとか『○○魔法店』という文字だけが読み取れた。

 

 

 

 

 

 

「連れて来たわ!さあ、ラグナ。早く!」

「待てって!だから俺に何をして欲しいのか説明しろ!」

 

ドアを勢いよく開き中に入った所で、アリスに何かを強要される。連れて来たという事から相手はアリスじゃないのはわかるが、ここが誰の家なのか知らない。

 

「まず、相手が誰か言え」

「......!......そうね。失念してたわ...........ラグナ、あなたに魔理沙を診てほしいの。頼めるわよね」

「魔理沙?それに診る......って、悪ぃけど俺は医者じゃねえぞ。病気だったら医者に───」

「違うわ。病気なんかじゃない。私も生きてきて長いけど、こんな病は────」

 

そう言うと、アリスが家の奥にあるドアを開ける。すると、まず目に入ったのは本が散乱した部屋。続いて机。その隣に立てかけられた箒。そして、大きなベッド。その上には魔理沙が寝ていた。カーテンを閉め切っている為に暗く、その表情は伺えなかったものの、その苦しそうな息遣いがラグナに届く。

 

「魔理沙!しっかりして!」

「マリサ、大丈夫か!?」

 

二人が近寄って声をかけても反応は無い。代わりに喉を痛めそうな程の大きい咳が二回。

 

「本格的にヤバそうだな......けど、俺には何もわかんねえぞ」

「いいえ、きっかけはあなたよ、ラグナ。魔理沙が『あなたに術式を習った』と言ってから体調が悪化したの。三日前は大丈夫そうだったけど、逆に言えば三日でこの状態になったわ。だから、あなたにしかわからないのよ」

 

そう言うとアリスは魔理沙に更に近付いて、優しく頬を撫でた。その様子を見て、魔理沙はアリスにとって大切な人なのだろう、そう感じた。同時に、何としても助けてやりたいとも。

 

「......俺に術式を教わってから、なんだな?」

 

「ええ」とアリスが頷く。

 

術式を習ってから、ということは少なくとも術式に関する事ではあるんだろうが......まさか相手の体調を崩す様なのでも創ろうとしてしくじった、とかじゃないよな......?...........いや、もしかすると偶然重なっただけで術式とは関係ない所で起こった......という事なのか?

 

「......どう?わかりそう?」

「...........まだわかんねぇ。少し待ってくれ」

 

ラグナがうんうん唸っていると、不意に聞いた事のある声が聞こえた。その声はとても弱々しかった。

 

「アリス...ラグナ.......来てくれたのか......?」

「魔理沙!?」「マリサ!」

 

魔理沙が二人を呼ぶ。予想外の魔理沙の覚醒に二人が驚いているが、魔理沙は気に留めずに続けた。

 

「森は......やばい...........ラグナは......良くても................他の奴は......やばい......」

 

そう言うと、魔理沙はまた昏倒してしまった。俺が良くて、魔理沙が駄目だと...........?

魔理沙が言ったことがわからないでいると、アリスがさっきよりも上擦った声でラグナに話しかけてくる。アリスの、それは懇願にも聞こえた。

 

「お願い、ラグナが......あなたしかわからないのよ......」

「とりあえず横にはさせとこう......理由がわかんねぇ以上、下手に動かしたりしたら却ってやべぇ」

 

森がやばい......か。つまり他の地域ならそこまで問題ない、という事だ。魔理沙の言っていたことは、森にラグナがいる事は問題ないが、ラグナと共通する何かを持っている他の人物は拙い、という事になる。

 

「...........森がやばいって、なんの事か解るか?」

「......森で拙いと言えば、人間にとって濃すぎる魔力ね。でも、魔理沙は魔力に対して強い耐性を持ってるわ」

 

そんな魔理沙が駄目で、俺が大丈夫なのは、俺に蒼の魔道書があるからなのか。

 

「...........駄目だ、わからねぇ。俺と魔理沙に共通している事?...........一体なんの...........!?」

「ラグナ?」

 

アリスの問いかけを手で制し、必死に考えを巡らせる。

どうして俺が大丈夫なのか。それはこの蒼の魔道書があるから、と結論付けるとする。となると、魔理沙には蒼の魔道書が無いから、この危険な状態に陥っている、という事になる。蒼の魔道書が魔素を無効化するんじゃなく、ラグナ自身のキャパシティを増幅させる、というのは知っている。つまり魔理沙は魔素を扱えるキャパを超えたから...........魔素?

 

「...........魔素だ!」

「え?ま、魔......え?」

 

アリスが困惑しているが、そんな事はどうでもいい。

一刻も早く魔理沙を外へ連れ出さなきゃいけない。場合によっては死ぬかもしれない事を伝えると、アリスも切羽詰まったようにラグナを手伝おうとした。しかし、ラグナが魔理沙を外へ連れ出そうとするのを見て、アリスが叫んだ。

 

「ちょっと!安静にしておくんじゃ──」

「それは駄目だ!これはどう見ても『()()()()』だ!」

「中毒!?」

 

そういって魔理沙を両腕で抱き、玄関を飛び出す。

 

「おい、アリス!森の一番近ぇ出口は!?」

「着いてきて!」

 

アリスが宙に浮くと、外に飛んで行った。ラグナもアリスの後を追って駆け出した。途中、アリスが心配して後ろを振り返ってくれるのがありがたかった。

 

「魔理沙、もう少しだから死ぬんじゃねえぞ...........!」

 

ラグナのこの走りは、今までで一番全力かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ......はぁっ......ッ!」

「魔理沙!ラグナ!」

 

森を出てしばらく走った所で体力が限界を迎えてしまい、魔理沙を優しく地面に降ろすと、ラグナも地面に倒れた。

それを見てアリスも文字通り飛んでくる。

 

「魔素中毒なら......多分これで問題ねぇ......はず......」

「......さっきから言ってる『魔素』っていうのは?」

 

ラグナが魔素に着いて掻い摘んで説明すると、アリスは納得したかのように何度か頷いたあと、自身の仮説を並び立てていった。

 

「恐らくだけど、その術式を使う為に、普段から魔素?に強い魔理沙さえ普段より大量の魔素の循環に耐えられなかったという事かも知れないわね」

「術式か......教えない方が良かったのかもな......」

「さあ?確かに魔理沙にとっては易々と使っていいものじゃなかったかも知れないけど、それだけ。生活で役に立つ事は魔理沙から沢山聞かされているもの。......ラグナ、あなたがどれだけ凄い人か、とかもね」

 

「........魔理沙────」

「......ん、んうぅ......」

「魔理沙!目を覚ましたのね!」

 

アリスが上体を起こした魔理沙に抱きつく。

 

「ぐえっ!く、苦しいぜ......アリス...........!」

 

「ご、ごめん」と、アリスが抱擁を解いたが、直ぐにまた抱きついた。しかし、今度はとても優しいものだった。

 

「...........良かった。あなたが無事で」

「心配かけたぜ、アリス、ラグナ」

「いいえ、いいのよ」

「とにかく無事そうでよかったぜ」

 

魔理沙が笑う姿を見て、緊張の糸がほどけたのか、アリスもラグナも眉間のしわが薄くなって、笑顔になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええー!魔素の事喋ったのか!?」

「し、仕方ねえだろ!納得させるには正直に話すしかなかったんだよ!」

「だからって秘密を離すのはあんまりだぜ!」

「だからアリスにはひみつにするよう言っておいたって!」

 

起き上がって速攻で口論を展開していく二人を見て、思わずアリスは笑ってしまった。

 

「師無くば弟子無し、とはよく言ったものね」

 

或いは、子は親に似るとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩、全員で念の為アリスの家に一度泊まることにした一同だが、全員が寝静まった後もラグナだけは眠れず、今日の事について悩んでいた。

 

「(俺の基準で術式を教えるべきじゃなかったのか?)」

「(魔理沙に魔素の危険性を教えてやるべきだった)」

 

「......悪ぃ、魔理沙...........」

 

ラグナの後悔と独白は、深い眠りについた彼女達の耳に届く事はなかった。

 

 




『魔素中毒』

いわゆる魔素の使いすぎ。あまり魔素を使いすぎたり、逆に高濃度の魔素が多い場所に居続けると、魔素に体が耐えられなくなってしまう。そうなると死亡したり、下手を打つと魔獣と呼ばれる生物になる可能性もある。


『キャパシティ』

文字通り、魔素関連の物を扱う上での上限。個人差があるが、キャパシティを大きく超えると上記の魔素中毒に近い症状が現れたり、最悪同じように死亡する。



次回予告

目の覚めたラグナは、森を抜けて
別の場所へ行こうとする。
それを見たアリスが教えた場所とは。


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第九話 死神異変 中

前回のあらすじ

妖怪の山を下ったラグナは『地図』を埋めるため、
まずは魔法の森へと歩を進める。
そこで出会ったアリスに連れられて、
ラグナは一軒の家に入った。

そこは魔理沙の家で、家主は苦しそうにしていた。
原因が魔素だとわかったラグナは魔理沙を
魔法の森から連れ出すことで彼女を助け、
そのままアリス、魔理沙、ラグナの三人で
一晩を明かすこととなった。



ラグナが起きたのは、腹部に激痛が走ったからである。急な痛みに薄ら涙を浮かべながら頭を起こすと、直ぐに原因は理解出来た。魔理沙がラグナの腹を踏んづけたのである。

 

「い''っ」

 

ラグナの掠れ声が二人に届き、そのままラグナは二度目の眠りに着くことになってしまった。

 

 

次にラグナが目を覚ましたのは、魔理沙とアリスが寝ていたベッドの上である。

 

「痛ってー......あれ、二人ともどうしたんだよ?」

「うん......ラグナ、さっきはごめんだぜ」

 

そう言うと、ラグナは何が何だかわからない、という顔をしながら首を傾げた。しばらくして、昨日魔理沙を助けた事を言っているのだと解釈して魔理沙に笑いかけた。

 

「いいよ、そんぐらい。無事でよかったし」

「......?......あー、うん(もしかして覚えてないのかな)」

 

そう返すと、ラグナはまた目を閉じる。(ラグナは覚えていないが)彼が痛い思いをしたという事から、二人はラグナをベッドから降ろせずにいた。罪悪感が彼女らを押し留めるのである。そのままアリスは紅茶を淹れに台所へ向かい、魔理沙ももうすぐ帰ろうと、リビングの机の上に帽子を置いた。

 

暫くヨコになっていたが、ふとした拍子にラグナは勢いよく身体を起こした。そしてそのままベッドを抜けると、剣とジャケットがある事を確認して家を出た。後ろにはアリスと魔理沙が見送ろうとしていた。

 

「行くのか?」

「さっき、()()だったしもう少しゆっくりしていても......」

 

魔理沙とアリスが聞くと、ラグナが答えた。

 

「まあ、俺は元々幻想郷を回るっていう目的があったからな。森に関してはもう問題ないし。次はどこにいこうか悩んでるところだしな」

「それなら、命蓮寺はどう?人里からも近いし」

「命蓮寺?」

 

アリス曰く、人妖問わず幅広い宗教を志しているとの事で、ラグナも快く受け入れてくれるのでは、という事だった。確かに、と納得する。早速その命蓮寺に向かおうと歩き始める。が、それをアリスに止められてしまう。

 

「なんだよ?」

「まだ道覚えられてないでしょう。はい、これ」

 

手渡されたのは小さな人形。白いフリルの着いた青い服に、金色の髪。何より目を引くのは右手に握る騎兵槍。とても、可愛らしい人形に持たせるものでは無いと思うが、ここは幻想郷。ラグナにとっては別の世界。彼の常識は通用しないのである。

 

「あー......なんで人形なんだ?」

「ちょっと、()()なんて無愛想な呼び方は止めて。この子は仏蘭西。可愛いでしょう?」

 

確かに可愛いのは可愛い。だがそれは問題ではない。どうして道を覚えていない相手に人形を渡すのか、教えて貰っていない。

 

「ああ、それはね。この子には迷ってきた人の護衛を命令してるの。その人が住んでいる場所に着いたと認識したら、その人の元を離れて私の所に戻ってくるの」

 

なるほど、それは確かに

 

「へー......便利だな、にんぎ......仏蘭西って」

「ええ、とっても」

「いいなー。私も使い魔の行使を視野に入れようかな......」

 

魔理沙が言うに、人形も使い魔の一種なのだという。アリスが自ら操る為、使い魔というよりは文字通り、操り人形という方が正しいのだが。命令を受けると、暫くそれに則って行動するというのは、やはり魔法使いにとって魅力的に映るらしい。魔理沙は毎度のように、アリスの人形を羨ましがっているようだ。

 

「まあ、魔理沙は魔法の習得をサボっているだけでしょ?」

「げ、バレたぜ......」

 

アリスは魔理沙を正論で受け流しつつ、ラグナに向き直った。そして青い仏蘭西人形を手渡す。

 

「はい、どうぞ」

「サンキュー」

 

人形を受け取ると、ラグナは人形を掌で立たせ、道の案内を人形に頼む。そうすると、仏蘭西は動き出し、空に浮いた。そのまま出る道を進み、振り返ってラグナに手招きする。

 

「んじゃあ俺は行くわ。マリサ、体には気をつけろよ」

「わかってるって。じゃあな」

「それじゃ。またね、ラグナ」

 

手を振る二人を後目にラグナは仏蘭西人形をに連れられて森を歩いてゆき、アリスの家を後にした。

 

 

「......さてと、ラグナも行っちゃったな」

「魔理沙はこれからどうするの?」

 

アリスの問いに少し首をひねって少し考えてから、「私は人里で術式の研究を続けるぜ」と言った。アリスは少し寂しそうな表情を見せたが直ぐに微笑み、「そっか」と、それを肯定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わってラグナへ。もうじき森を抜けられるといった所である。彼女の人形の便利さに関心しつつも、周囲への注意は怠らない。最初に森へ来た時、百足のような敵に一度襲われそうになっているからだ。ラグナは虫が嫌いではない。だがそれ以上に好きじゃない。()()を目にした時、虫を使う気持ち悪い見た目の奴を思い出した。

 

「アラクネに会わなきゃ、価値観も変わってたかもな」

「...........?」

「ん?...........ああ。こっちの話だ」

 

そういうと、振り返っていた仏蘭西人形も納得したのか、幾分と近くなってきた森の出口に向かって進む。ラグナは草をかき分けつつ仏蘭西人形について行く。

 

森を出て深呼吸をする。あの森では味わえないような、新鮮な空気がラグナの肺を満たしていく。

 

「じゃ、アリスに礼を言っといてくれ」

「...........わかった」

 

そう言い残し、仏蘭西は再び森の中へ消えていった。話せたことに驚きを隠せないのだが。頷いたり、首を傾げたり、ジェスチャーばかりだったので話せないと思っていたが、どうやら別に話す意味は無いと解釈されていたようだ。

 

「................いや、それはそれで傷付くわ」

 

最近多くなってきた独り言を言いつつ、整備されていない獣道を通って人里へ向かう。命蓮寺は人里の近くだと言うし、里を拠点にすればよいのだから。

 

ふとラグナは、風が冷たいなと感じた。

今は秋。もうすぐ冬に差し掛かる時期である。成程空気が冷たい理由はそれかと納得する。

頬を撫でていくひんやりとした風に少し身震いする。

こういう時は暖かい場所でココアなんかを飲むと素晴らしい心地良さが生まれると知っている。

 

「しかし寒ぃ......」

 

身を震わせる。元々寒暖差の少ない地域で育ったラグナには、この寒さは少し応える。

スノータウンで雪を見た事はあったが、自然にできる寒さではない為に、そこまで寒いという程ではなかった。寒さに押されて人里に入りたくなってしまうが、そこを気合いでなんとかカバーする。当初の目的である『命蓮寺』を見失う訳にもいかないからだ。

人里付近を見渡すと─────

 

「人里近くだったっけ...........あ、アレか?」

 

───思ったよりも早く見つかった。

石畳や灯篭が多く並ぶその姿からも、あの寺こそが命蓮寺で間違いないだろう。ラグナは早く寒さを和らげたいがために、命蓮寺の近くまで走り寄った。

門は大きく開かれており、聞いた通り誰をも受け入れる様な様子が見られる。非常に大きな庭園に一人の少女が居り、近くの木々から零れる紅葉を放棄で払っている。何か歌っているようで、遠目でも機嫌が良い事が伺える。

近寄って、ここが命蓮寺か訊ねようとする。

 

「おい、そこのちっこいの。ここが命蓮寺って所で間違いないよな?」

「え?ここは確かに命蓮寺ですけど......誰ですか?」

 

やはり命蓮寺で間違いないようだ。

 

「おう、それが知りたかったんだよ。サンキュー」

「どういたしましてー...........って違う違う!ちょっと待ってください!聞きたいことがあるんですけど!」

「......なんだよ」

「あのですね、お名前をお聞きしたいんです」

「あぁ................ラグナ」

「ラグナさんですね!私は幽谷響子です!」

 

そう響子が自己紹介すると同時に耳を震わせる。そして本殿の方に顔を向けた後再度ラグナに向き直った。そして「呼ばれました!待っててください!」と言って本殿の方に猛スピードで駆けていった。

 

「......いや、待たねえけどさ」

 

独り言を呟いて、ラグナも響子の走っていった本殿に入ることにした。そこなら寺の住職がいるだろうというアイデア故の行動である。

 

「......あら?」

「......ん?」

 

ふと、後ろから声がしたので振り返るが、そこには誰もいなかった。はて、空耳かと自分を納得させて、もう一度本堂に向かった。声の正体に、ラグナは気付く由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦...........」

「舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色...........」

 

本堂に足を踏み入れれば、右の部屋から左の部屋から経を唱える声が聞こえる。少し襖が開いている部屋を覗いてみれば、人とはかけ離れた容姿の妖怪が、人間に混じって座禅を組み、他の人達と共に瞑想している。別の部屋を覗いてみれば、そこでは人間と妖怪が楽しそうに談笑していた。

 

「(妖怪ってのは人を襲うもんかとばかり思ってたが......)」

 

ここではアリスから聞いた通り、人とあやかしが同じ教えの元に集い、同じ釜の飯を食い、共存しているのだ。

ラグナは自分がいた世界に比べて良い所だと思えたし、経を唱える坊主達の声が、どことなくラグナにとって安心する音色に聞こえた。*1

廊下の中程で立ち尽くしていると、ふと後ろから声をかけられた。「お兄さん、大丈夫?」と言われてラグナははっと我に返って後ろを振り向く。

そこに居たのは水色の髪に紺色の僧衣を着た僧侶だった。彼女がラグナに話しかけたのだろう。

 

「お兄さん、新しい入信者の人?」

「いいや違ぇ。......まあ、ちょっとした観光だな」

 

観光だとラグナが言うと、「へぇ、珍しい人もいたものね」と僧侶が言った。そして、彼女は自身を『雲居一輪』と名乗って、ラグナを本堂の奥へ案内した。

 

 

 

 

 

 

 

二人がたどり着いたのは、他の部屋で比べて比較的小さめの部屋だった。薄暗い蝋燭の炎が中に居る人物を照らしているのが障子越しに見えた。

 

「聖、少しいい?」

 

隣の一輪が『聖』という人物の名を口に出す。しばらくして「どうぞ」という若々しい女性の声が聞こえた。

それを聞いて一輪が障子を開くと、そこには紫と金色という、物珍しいグラデーションの女性が鎮座していた。彼女以外に人は確認出来ないことからも、彼女が『聖』で間違いないだろう。

 

「どうしました、一輪?...........あら、そちらの方は?」

「この人は......あ、名前聞いてないわね」

「ラグナだ」

 

ラグナが名乗ると、一輪が「ラグナ......?」と言う。少し疑問が残ったが、それを追求する前に聖もラグナと同じように彼に自身を名乗った。

 

「この命蓮寺の尼の、『聖白蓮』と申します」

「おう、よろしくな」

 

ラグナが頷いた。聖が微笑んで「少し外していただけますか」と言うと、一輪は少し狼狽するも、わかったと言って部屋を後にした。足跡が離れていき、完全に聞こえなくなったのを確認して、聖はラグナに話しかけた。

 

「貴方が『噂の』ラグナさんでしたか」

「......?なんだよ、噂って」

 

そういうと聖は一枚の紙を取り出す。和紙に描かれたそれは似ていないが、特徴的な頭髪の様相からもこの人物がラグナである事がわかった。だが、それ以上に目を引いたのは紙の上部に書かれた『指名手配 生死問ワズ』と言う文言である。

 

「................は?」

「.....................まあ、そういう事、ですね」

 

何故かはわからない。この三日間はずっと妖怪の山に居たし、最後の一日はアリスの家で過ごしたしで、彼が『指名手配』される理由がわからなかった。そもそも、この幻想郷に来てからは一切犯罪行為をしていない。本当に頭がショートでもするのではないかという程考えてみたが、指名手配される事はおろかその心当たりさえ記憶に無い。

しかし、そこに書かれている事が真実を物語っている。

彼は、指名手配されたのだ。

 

「えーっと...........何で?」

「さあ......貴方が何か悪い事をしたという事しか...........」

「してねえし!」

 

ラグナが謎めいた自身の罪を全力で否定すると、聖は少し微笑んでから手配書を仕舞って席を外した。かと思うと、奥の部屋からお盆を持って戻ってきた。盆の上には二杯の茶と急須、二人分の茶菓子が載せられている。

 

「...........俺を捕まえねえのか?」

「捕まえるなんて事はしません。私はラグナさん、貴方のもうひとつの噂も聞き及んでいますから」

 

そう言って、聖は更に別の紙を取り出す。その紙は新聞であり、大見出しにはこう書かれていた。

 

『お手柄!ラグナ、人里の安全確保に貢献』

 

その見出しを見て、何処が書いた新聞だと新聞社名を見てみると、そこには社の名前ではなく個人名が写っていた。

 

『文々。新聞 射命丸文』

 

「アヤ......!」

「命蓮寺には、少ないですが情報好きの妖怪もいまして。そんな方々がこうして新聞を持ってきてくださるのです。皆はどうやらこの新聞を笑っているようですが...」

 

聖がそう言って新聞をしまうと、お茶を啜り、その後に団子をひとつ口に入れる。噛んで、茶と一緒に飲み込んだ後、聖は更に続けた。

 

「そういう事ですので、私は貴方を捕まえたりしません」

「いいのか?」

「はい。少なくとも私が見る限り、貴方が悪い事をする人には見えませんでしたから。人相はともかく」

 

最後の一言は余計だが、それでもありがたかった。彼女の寺の殆どの人は彼が悪人だと信じて疑わない様だったが、彼女は数少ない味方であると自らの口から伝えてくれた。

それだけで少し安心する。幻想郷は言わば彼にとって多少の不安はあるが、安息の地である事に違いないのだから。

 

「...........じゃあ、俺はもう行った方がいいな」

「もう少しゆっくりしていってもいいのですよ?」

「......................そんなこと言って、あんた俺を匿ってるって知られたら他の奴らから変に疑われちまうだろ」

 

そう言うとラグナは立ち上がり、聖の部屋を出る。

他の部屋の人に気取られないようにすり足で廊下を進んでいくラグナを見て、聖は少しばかり笑ってしまった。

 

「やはり、噂通り優しい心の持ち主ですね」

 

聖が微笑んでいると、奥の部屋から少女が姿を見せた。

 

「あいつ指名手配犯でしょ?ほっといて良かったの?」

「ぬえ................ええ。彼は『良い人』だったから」

「ふぅん......聖が言うならそうなんだろうけど」

 

ラグナの姿が見えなくなるまでぬえと聖の二人は彼の背中を見守っていた。やがてラグナが見えなくなると、ぬえも部屋を移って居なくなり、聖も元々行なっていた作業を再開した。

 

 

 

 

*1
ラグナのいた世界には『統制機構』という組織が存在しており、その組織の衛士の一人が獣人を「下等生物」と罵っているのを聞いてラグナが憤慨し、その衛士を殴って吹き飛ばしたところ、それを目撃した別の衛士に増援部隊を呼ばれ、結果一個小隊を潰した事がある。ラグナにとって獣人はかつての生活で深い関わりを持っていた為に、我慢が効かなかったのだ。




『命蓮寺』

人里近くにある巨大で荘厳な雰囲気を醸す寺。
人間や妖怪が多く集う。但し本尊の毘沙門天代理である寅丸星の本質が、富の側面が強いため、それにあやかろうとする邪な心を持つ人々を日々諭しており、妖怪達も力ある者を受け入れる事はせず、あくまで立場の弱い者たちを保護しているに留めている。



次回予告

何故か手配されている事を知ったラグナ。
命蓮寺を出て、人里へと向かう。
そこで目にしたものとは。


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第九話 死神異変 下

前回のあらすじ

幻想郷中を歩いて回ると決めたラグナ。
しかし、途中アリスに助けを求められ、向かった先は
魔理沙の住む家だった。アリスと共に魔理沙を救い、
アリスから仏蘭西人形を受け取り、森を後にする。

次に向かう場所を『命蓮寺』に定めたラグナは
何故か聖白蓮に、人里から指名手配されていると知る。
「貴方を捕まえる事はしない」と聖に伝えられ、
安心したラグナはそのまま命蓮寺を去った。



「...........まさか、指名手配されてるとはな」

 

命蓮寺を出たラグナは一人呟いた。

無論、今まで幻想郷の中で悪事を働いたなんて事は無い。何せ覚えがないのだから。しかも手配書の人相なのだが、これが滅茶苦茶に似ていない。具体的に例を挙げるとするならば、フランシスコ・ザビエルの人物画の様なものである。

 

「ぜってー俺の顔見た事ねぇ奴が描いたろ......しかもアレ、使われてる紙とかは違ったっぽいけど、描いてある俺の顔、どう見てもあれと全く一緒だし......」

 

命蓮寺を出て暫く歩いているが、極力人里には近付かない様にしなければならない。もしかしたら慧音の様に人里に住む者は全て《アレ》を信じ込んでいるかもしれない。それはそれで嫌なのだが......。

しかし、世話になった慧音の事も心配であるし、駄目そうだったならばその場から逃げ出せば良いのだから、様子を見に行くぐらいなら何ら問題ない。筈だ。

 

「しゃーねえ。行くか...........『迷彩』」

 

姿を隠し、人里に向かう。

人里から外に出てくる様な人間は居ないのだろう。ラグナが里の中に入る直前まで、誰とすれ違う事もなかった。

 

 

 

 

 

人里に着いて直ぐに『迷彩』の術式を重ねがけした。重ねても重複効果の様なものはないのだが、何かの拍子で解除されていたらまずいので念には念を入れて。

そして大きな門をくぐり、人里に入る。そこにはいつも通り()()変わらない人里の姿があった。ただ一つ違う点は、人々が多少なりピリピリしている事と、所々にある掲示板に『この顔に注意』という走り書きと一緒に、例の似ていないラグナの指名手配書が貼られていた。

 

「マジでかよ...........オラッ!」

 

憤り、呆れから怒りに感情がシフトしていくのを感じつつ、勢いのままに手配書を引きちぎった。近くを通って尚且つ不幸にもそれを見た人間が急な現象に驚いて逃げていったが、俺にはそんなこと関係ないとばかりに里中の掲示板を周り、貼られていた下手くそな絵を全部破壊していった。

主に心労的な意味で疲れた後、手配書がない事を確認してラグナは歩き始めた。もちろん、慧音の安否を確認する為に、寺子屋へである。もしも慧音があのような虚偽の情報に騙されているのであれば、彼女が恩人であるラグナにとって、全くもってたまったものではない。

 

さて、時間はそろそろ昼頃を過ぎる、という所だろうか。寺子屋に着いたラグナは聞き耳を立てる。どうやら中では子供達を集めて授業をしている様で簡単な、それこそ計算が好きではないラグナでもほいほいと解けるような至極簡単な問題に苦戦する声も聞こえてくる。

 

「この様子だと中に入るのはマズいか?」

 

そう思って寺子屋を去ろうとするが、慧音の声が聞こえて思わず立ち止まった。それも、ただの声では無い。ラグナの名を口にしていたのが聞こえたからだ。

 

「先生、どうしてラグナを庇うのー?」

「悪いヤツじゃないと思うんだよな、ラグナは。なんというか、手配書の人相は凄い悪いけど、それもイメージだよ」

 

それを聞いて、少し留まろうかとラグナは考えた。

慧音ならば影響を受けていないのではと思ったのである。彼女なら或いはラグナの無実を証明してくれるか?

やがて時間は経ち、ラグナが門の下で待っていると、気がつけば日は暮れかけ、子供達も殆どがラグナの前を通り過ぎようとしていた。

 

「けーね先生が言ってたの、どう思う?」

「あたしはけーね先生と同じー」

「俺はあのラグナってやつ、悪い奴とは思わねぇな」

「うーん、僕は危ないと思うかなあ」

 

彼らは思い思いの言葉を連ねながら帰路に着いた。まさか話題の中心人物が聞いているとは思わなかったろう。

寺子屋に残った子供がいなくなった事を確認して、ラグナは寺子屋の中に入っていった。

 

「好き勝手言いやがって......」

 

その声が彼らに届く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

中では全く物音がしない。

いや、正確には聞こえてはいるが、どの部屋から聞こえているかがわからない。横に長いこの寺子屋には教室が四つあり、慧音が子供たちの問題等を整理する管理室と来客の為の客室、そして慧音の自室の計七部屋が寺子屋の中身となっている。

 

とりあえず一つずつ調べていくしかない。

まずは手前の管理室を開く。音を立てずに開くが、誰もいないのでもう一度静かに閉めて管理室から離れた。

続いて客室。ここからは物音がしないので絶対に違うだろう。次に教室を調べようとした途端、後ろからドタドタと大きな足音がした。振り返ってみればそこにいたのは先程帰った子供の一人だった。

 

「やべぇ!忘れちまった!」

 

そう言ってラグナの調べようとしていた教室に近付いてくる。ラグナとぶつかりそうになって思わず横に逸れると、床が軋む音が鳴ってしまうが、幸運にもこと男児にばれるような事は無かった。

彼が障子を開いたそこには教卓で書類の整理を行なっていた慧音が、急な来訪者を前に驚いた顔を見せたが、それがすぐに教え子の一人だとわかって表情を崩し、彼に質問した。

 

「どうした、綾月」

「あ、先生!実は教室に忘れ物しちまったんだよ!」

 

そう言って少年が慧音に伝えると、慧音は納得したように笑ってから彼の前に一つの物を差し出した。

 

「ほら、これだろう?」

「ああこれだ!先生サンキュー!」

 

そう言って少年は忘れ物を手に走っていった。

「廊下は走るな!」という慧音の注意で足音は静かなものになった。彼がいなくなった時を見計らい、ラグナは術式を解除し、障子を開いて慧音の前に姿を見せた。

 

「よう、ケイネ」

「こらこら、先生と呼びなさ...........ッ!?ラグナか!?」

「三日ぶりだな。聞きてえ事がある。今いいか?」

「私も聞きたいことがあったんだ。私の部屋に来てくれ」

 

そう言って慧音は書類に穴を開け、紐で固定してからラグナを自分の部屋に案内した。実は寺子屋に居た五日間で部屋に入った事は無かったので、これが初めてである。

 

「まずは先に言ってくれ。俺に聞きてぇ事って?」

 

そう言うと、慧音は間髪入れずに聞いてきた。

 

「見たかもしれんがラグナ、君は指名手配されている。....................一体何をやらかしたんだ?」

「ああ................やっぱそうなるよなぁ......俺が聞きたい事もそれが原因だよ。俺は何もしてねぇぞ」

 

そう言って二人は首を傾げて考える。ラグナは何もしていないのだから、無罪を主張するのも当然である。

慧音も、共に生活していて且つ赤い霧の異変の解決にも貢献したという事からラグナが指名手配される事はないと思っていた。実は、人里で指名手配犯が現れるのは非常に珍しいケースである。犯人の姿が目撃されていて、尚且つ殺人の事件である時だけなのだ。

 

「尚更俺ちげぇよ。人殺してねーし」

「殺したといえばあの狼ぐらいのものだしなぁ......」

 

うんうん唸っても答えは見つからず、結局日は完全に暮れてしまったので、ラグナはもう一度だけ、慧音の寺子屋に一晩世話になる事にした。次の日になれば児童たちがやってくる。そうなったら寺子屋から見つからずに離れるのが難しくなってしまうので、翌日の早朝に里を発つ事に決めた。

 

「まあ、とりあえず座ってくれ」

「おう」

 

そう言って座布団の上に座り込む。

 

「今回不明な事はとても多い。どうして指名手配まで至ったか私の方で調査したが、出処もわからなかったよ」

「んじゃあ信憑性が無ぇと。余計わかりにくいな......わざわざ俺を狙ったって事なのか?余計にたちが悪ぃな」

 

一瞬、静寂が場を支配する。向き合ったまま何か考え事をしていたのだろうが、双方共にまとまる事がなかったのだろうか、特に口に出すでもなく、ただ話さずにいた。そんな時間が数分続いた後、慧音が声を上げた。

 

 

「......どうするんだ?」

「そうだな...........里には今後寄らねぇと思う」

 

そう言うと、慧音は納得したように「そうか」と頷いたが、その表情はどことなく悲しそうに見えた。それは、自分が一度でも世話した相手が二度と会わないと言っているようにも受け取れる事であるし、その反応も至極当然である。

 

「...........次は、どこへ?」

「決めてねぇ。幻想郷中を回ってみたいとは言ったけど、特に行きたい場所がある訳じゃねぇからな」

「......そうか。まあ明日の朝までゆっくりしていくといい。それに、行く場所が決まってないならどこかに身を隠すのも悪くない選択だろうしな」

 

そう慧音に言われて、ラグナは笑った。

 

「ありがとよ」

「いいんだ。一度とはいえ、世話を焼いた相手だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、目を覚ましたラグナは結局どこに向かうかを考えつかなかった。寝室に慧音の姿は無いので、恐らく児童たちの授業を行なっているのだろう。様子が気になるし、少しばかり見ていこうかと考えた。

 

「『迷彩』...........よし、問題ねぇ」

 

慧音の部屋の扉をゆっくり開けて、教室へと向かう。奥から二つ目の教室から慧音の声と子供の声が聞こえる。その教室で間違いないとわかって、二番目の教室に、出来るだけ足音を立てることのないように近付く。

 

「...........おー、結構普通そうじゃねえか」

 

その授業風景は、やはりと言うべきか、子供らしく授業の最中でも隣合う友人と話していたり、少しうつらうつらとしていたりと、言い表すなら想像通りだった。

ラグナは学校に通った事が無かった。なぜかと聞かれれば、出自故にとしか説明できない。

中では慧音の問題に児童が答えを挙げていた。

 

「さて、これ答えられる奴はいるか?」

「はい!答えは160です!」

「正解だ。じゃあ、次の問題だ」

 

そう言って別の子を指名し、答えさせている。ラグナも経験しえたかもしれない風景に、少し感傷に浸ってしまう。やがて授業が終わったのだろう。慧音が終わりの合図を出すと、子供たちは散り散りに教室を去っていく。

 

教室に一人残された慧音の前で迷彩術式を解く。

 

「........あ、ラグナか。どうした?」

「楽しそうだったな」

「ああ。子供達と触れ合っていると楽しいよ」

 

そう言って慧音が笑うと、それに釣られてラグナも笑い出す。ひとしきり笑った後、慧音がラグナに聞いた。

 

「どこか行くアテはあるか?」

「いいや、無えな」

 

それなら、と慧音はラグナに一枚の紙を手渡す。それは、なんと人里で扱われる紙幣だった。

 

「...........ん?これ......金じゃねぇか。いいのか?」

「ああ。鈴奈庵に行って、慧音に頼まれたと言って団子をひとつ買ってきてくれ」

「...........あ、おつかいね。仕方ねぇな」

「嫌な顔をするなよ。きっと役に立つから」

 

そう言って慧音は札を一枚ラグナに手渡し、団子を買うように頼んだ。どう見てもおつかいだが、役に立つという。それなら仕方ないと、ラグナは寺子屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

店に入った瞬間、鈴の音がする。

入店した事を気付かせる為の措置かも知れない。奥の机でのんびりしていた少女が、客が来たと気付いて声を上げ、店の入口を覗く。

 

「いらっしゃいま...........あれ?」

 

しかし、そこにある筈の来客の姿は無い。

 

「あれ?いると思ったんだけどな......」

「『解除』...........おい、後ろだ」

 

そう伝えると、少女は後ろを振り向き、目の前に壁が出来ている事に気が付く。見上げると、そこには目があって、髪があって、口があって。顔がそこにあった。

 

圧倒的な身長差を前に少しすくんでしまう。

30センチ強もの身長差があるのだ、それも仕方ない事である。少女が驚く様は小動物のようにも捉えられる。

 

「えーっと......ケイネから団子を頼まれてんだけど...........ここ、どう見ても本屋だよな。団子あんのか?」

「...........はっ......あ、だ、団子......?」

 

暫く少女が団子という単語を聞いて、わかりやすく疑問の表情を浮かべるが、直ぐに意味が伝わったのか、納得したのか、少女はラグナの向き合った。

 

「──ああっ!......もしかしてラグナさん、ですか?」

「おう。その様子だと、俺の指名手配に疑問を持ってんのはケイネだけじゃねえって感じか」

「はい。私も『文々。新聞』を購読していて。それを見た人はみんな疑問を持ってると思いますよ」

 

そう言って「はい、これをどうぞ」と言って一枚の紙を開く少女。そこには恐らく幻想郷全域の地図があった。

 

「これは......」

「言っておきますが一部しかないので渡せません。何か紙とかはありますか?写してくれると助かります」

「ああ、なら俺が途中までの地図を持ってる」

 

そう言ってラグナが書いた地図と幻想郷の地図を合わせる。自分でも驚く程に正確だったので少しびっくりするがすぐに地図の写し作業に移る。

 

「ラグナさんはどうして指名手配されて......いや、わかってはいるんですよ。でも、あんな事する人だと思えなくて」

「あんな事って、なんだ?」

 

そう言うと、少女はぽつりぽつりと話し始めた。

その内容は有り得ないものだった。確かにラグナが過去やってきた事ばかりであったが、外と幻想郷は通じていない筈。ならば唯一の接点であるラグナが漏らさなければそれが幻想郷に伝わる事はないはずだというのに。

 

 

 

「統制機構支部三つを破壊、衛士二千人あまりを殺害、食い逃げ、無銭飲食...........ラグナさん、貴方一体......?」

 

絶句する。ラグナにとって話す筈のない過去。彼女は何故その悪事を全て知っているのだろうか?

 

「それ、どこで知った?」

「...........わかりません。そういう記憶が流れてきたとしか」

「.....クソッ!一体なんなんだ!」

 

そう言うと、書き終えた地図をポケットに突っ込む。

やる事は恐らく果たしたので鈴奈庵を出ようとすると、少女がラグナを引き留める。

 

「あ、あの!」

「なんだ?俺はすぐにでも里を出てぇんだけど」

「その......お金を......」

 

そう言われて暫く思考が固まったが、すぐに慧音から出された金を渡して欲しいと言っていることに気が付く。

 

「......あ、あぁ。ほらよ」

「あ、ありがとうございます!」

「行っていいか?」

「はい。引き留めてしまってすみません」

 

その謝罪にラグナは言葉で返さずに手を振って答える。

外から『術式展開』という彼の声が聞こえたが、彼女......本居小鈴にはもうどうでもよかった。疲れたのだ。

 

「はぁー......緊張したぁ...........」

 

ラグナが過去犯してきた犯罪の数々を小鈴は何故か知っている為、自分も危険な目に遭わされるのではと心配して気を張っていたのだが、杞憂だったようだ。

 

やがて店を静けさが支配すると、二人目の来客が現れた。

 

「やあ、小鈴。ラグナはどうだった?」

「慧音さん......そうですね。怖い人ですけど、悪い事をする様な印象は無かったですね」

「やっぱり小鈴もそう思うよな......どういう事なんだ......?」

 

二人を疑問が取り囲むも、その疑問が晴らされる事はなく、頭をほぐす為にも二人で団子屋に行く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人里から出ていったラグナは地図を見ていた。どこに行こうかという考えが纏まらず、とにかく歩いている。

大した相談もなく人里を出ていってしまったラグナは、とりあえずここに行こうと決める。

 

「『間欠泉地下センター』ね.....」

魔法の森と妖怪の山に挟まれたこの施設は、どうやら近くに間欠泉で出来た温泉があるらしい。

通う者は少ないものの、マニアの間で秘湯とされている。

 

「次はここだな。ついでにアヤに礼も言うか」

 

地図を開いて位置を確認して歩き出した。

 

 

 

 




『人里』

(何故か)遂にラグナの罪を知ってしまった里。
これによってラグナは重犯罪者であると認識し、ラグナはかの住人達に追われる身となってしまった。
里の人間がラグナ自体を認識している訳では無いが、『ラグナ』という男は危ないと認識している。影響を受けていないとわかっているのは、今の段階では上白沢慧音ただ一人。


次回予告

次回より、遂にハザマが登場します。
時は遡ってラグナが妖怪の山に居た時の三日間。
果たして彼はこの新しき地でどう動くのか。


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ハザマ編
裏・第一話 光と碧の激突


ラグナが妖怪の山に滞在していた三日間。
蛇が神社にて目覚めた。
ラグナと出自を同じくして、黒衣を纏うこの蛇は、
かの『幻想郷』を前にどう立ち振る舞うのか。




彼が目覚めたのは寒さに震えたからだった。

今いる場所は境界の筈。それも、境界に堕ちたのなら原子までも分解されて存在を維持する事さえ出来ないというのに。それは意思ですら例外ではない。

だのに、彼は今こうして目覚めている。生きている。痛みを感じず、自身の知識欲に振り回されて、境界に堕ちて尚、である。

 

上体を起こせば、最初に体の痛みに襲われた。

 

「痛た......ここの痛みは変わらないんですねぇ......」

 

そう言って胸の辺りを押さえる。そこには常人なら既に死んでいるであろう傷が、彼の胸を抉っていた。

空は青く、時折白い雲が空を漂っている。周囲は木々に囲まれてはいるものの、そこまで密度が高い訳でもなく、多少なり人の通った跡の残る獣道がずっと奥の階段に続いていくのが見える。

とりあえず獣道に沿って進んでいくと、先程見えた階段に到着する。階段への入り口を大きく囲うように鳥居が建てられており、そこに掲げられた神社の名は『博麗神社』と描かれている。

 

「はぁ......面倒ですし、一気に行っちゃいますか」

 

そう言うと男は右腕を大きく開き、こう唱える。

 

「『ウロボロス』」

 

突如、男の広げた腕の下の何も無い空間から、緑と黒が混ざりあったような、おどろおどろしい色合いの鎖が飛び出す。その鎖は高く飛んで行き、一定の距離でピタリと止まる。

次の瞬間、男の身体は宙にふわりと浮き上がり、急に加速して、階段を物凄い速さで飛ばしていく。

 

「あ〜、こういう時は楽でいいですねぇ......っと!」

 

飛翔を幾度か繰り返すと、途端に開けた場所に出る。そこには神社の本堂があって、井戸があって、倉庫がある。以前にいた場所では全くと言っていい程廃れ、見なくなった神社がそこにあった。

 

「おぉ〜......これが神社ですか。珍しい物もあるんですね」

「何が珍しい物よ。あなた、どこの人間?」

 

不意に声が聞こえて、男は唖然とする。

この私に気取られずに背後を取るだなんて、面白い人もいるものですね、と。仮にも彼は諜報部という、隠密行動や情報収集に長けたエキスパートの部隊の衛士。姿の見えない敵の相手も心得ている筈が、油断していたとはいえ呆気なく後ろを取られるとは。

 

「私は、世界虚空情報統制機構諜報部所属のハザマです」

「せ、せか......?えっと、ハザマね?」

「ええ。ハザマで覚えてくださいね?」

 

そう言ってハザマはニコリと微笑む。

その薄ら寒い笑みに、赤い服の巫女はまるで蛇に睨まれた蛙の様に背筋の凍る思いを、内に留めた。

 

「......私は博麗霊夢。この神社の巫女よ」

「霊夢さん、ですね?今後ともよろしくお願いします」

 

ハザマは笑みを崩さないまま、手を差し出す。この男は握手を求めているのだと知って、霊夢も手を伸ばした。

ガシッと双方が互いの手を握る。ハザマは満面の気味悪い笑みで、霊夢は心底嫌そうに。

 

すっと手を離し、ハザマが言った。

 

「いやぁ、どうしたらいいですかね、私。何せこの場所を知らなくて。どうすればいいかわからないのですよね」

「それなら森を抜けて、人里まで歩いていくといいわ」

 

そう言うと、霊夢は神社の中に入っていってしまった。

 

「あのー!案内、してくれないんですかぁ?」

「面倒!」

 

そう声を張り上げて、障子をピシャリと締め切ってしまった。「あらら。私はここでも嫌われるんですね」と、別に苦とも思っていないような笑みを浮かべながら、階段を下りていった。

 

 

 

「998...999...1000...1001!いやぁ、一段多いですねぇ......こういうのは千ピッタリだからいいんじゃないですかぁ......よりにもよって一段だけとは、うーん......実にむしゃくしゃしますねぇ」

 

帰る時は普通に歩いて帰るハザマ。少し天邪鬼なところがあるのか、誰にも理解し難い言動を取ることも別に珍しい事ではない。少なくともそれを聞かれる

様な相手は存在しない訳で、つまりはなんだろうと言いたい放題な訳である。

 

「しかし......たとえ私が境界の中で無事だったのだとしても、それなら誰かが私を引き上げてないとおかしい。もし好奇心で私を引き上げた誰かがいるのなら......」

 

そう言ってハザマは少し立ち止まる。足を止めて、肩を震わせている。泣いているのではない。まるで全てが面白いと言わんばかりに、喉元に手を当てて、笑っている。

 

「くっくっくっくっ...........いやはや、全く奇特な方も居たものだ。私をサルベージするとは」

 

ひとしきり笑った後、ハザマはふと笑うのを辞め、目の前に広がる森を見据えた。これから進む事になる森だ。

普通の人間なら危険なこの森も、ハザマの前には大した脅威にもならない。

 

「......それに、この感じ。ゾクゾクしますねぇ......まるでこの私が、玩具を与えられた子供の様だ」

 

そう言うと、ハザマは内に秘められたドライブを感じ取る。それは、ウロボロスではない、別のものだ。

敵から魂を奪い取るドライブ。かつてハザマを器として使役した男のドライブ能力だったもの。

 

「『フォースイーター』......こんなに気味の良いものとは」

 

この、ウロボロスとフォースイーター、二つのドライブが揃った状態なら、どんな相手も敵ではないのだろう。そうでなくとも、ハザマは隠せるだけの実力を持っている。ただ、力を行使するのが嫌で、自身で手を下す以外は大抵人を焚き付けたり部下を使ったりするだけで。

しかし、身に覚えはないものの、かつての目的であった『テルミを吸収し、自己を確立する』という当初の目的は中途半端ながら達成出来ているらしく、テルミの意思、というよりかは破壊衝動の様なものがハザマの心の中を渦巻いている。

 

「あぁ......早く誰かを苛めたくてたまりません......こういう時にラグナ君が居れば、おちょくって差し上げ......!?」

 

ハザマが何かを感じ取り、後ろにステップする。

刹那、ハザマの居た場所を一筋のレーザーが焼き払う。草が焦げ、大地を穿つ威力を持つそれは、ハザマの持つ古い記憶によると、魔法で間違いなかった。

 

「おお、素晴らしい。忌々しい魔法使いはまだ存在していたんですね。一体どんな方ですか?」

 

そう言うと、空からふわりと降りてきたのは、白黒のいかにも魔法使いですと言わんばかりの格好の少女。

 

「あんた、誰だぜ?ここらで見ない顔だが」

「ああ、これは失敬。私、諜報部のハザマです」

 

名を名乗るが、聞き覚えはない様で(というより、私はこの少女に名乗ったことはありませんが)頭を傾げたあとに「そっか。で、どこの誰?」と聞いてくる。

 

「そうですねぇ......ハザマ、と覚えてくれます?」

「ほーん、ハザマね......で、ここに何の用だぜ?...........ここは魔法の森。お前みたいな人間が来る場所ではないぜ」

「『魔法』ですか...........フフ、愉快な響きですね、ああ、実に不愉快だ。なんなら殺して差し上げましょうか?」

 

そう言ってハザマはくっくっと喉を震わせて、蛇のような表情で笑う。少女は得体の知れない不気味さに少し怯むが、すぐにハザマに警告を行なった。

 

「森から出ていけ。二度目はないぜ」

「おや、仏の顔も三度までと、よく言いません?」

「じゃあ、さよならだ」

 

さよならだと彼女が言うと、小さい箱の様なものを取り出し、ハザマに向ける。途端、ハザマはそれを危険なものだと感じ取り、即座に説得を試みる。

 

「やだなぁ。私、戦闘は専門外なんですよ?」

「嘘こけ。私のレーザーを避けたあの身のこなし。私が相当な間抜けじゃない限り、あれを見逃す筈ないぜ」

「ん〜......じゃ、死んでください?」

 

少女は小さな星を大量に射撃する。、ハザマはウロボロスを上空に飛ばし、自分も浮かぶ。少女は箒を振るう。そのまま少女の弾幕とハザマの蛇を纏った蹴りがぶつかりあった。

 

「『ブレイジングスター』!」

「蛇翼崩天刃!」

「アステロイドベルト!」

「おっと危ない!」

 

魔理沙が、ハザマの蹴りを止めた瞬間、発生速度も弾速も凄まじい弾幕を展開し、ハザマを襲う。

それをウロボロスを使った移動で避けると、今度はそのウロボロスを基点にハザマは魔理沙の近くに移動し、通りがかった隙にナイフで切り付ける。それを魔理沙は防いだ。それはハザマの様に術式を扱う人間にとって馴染み深い『防御術式』だった。

 

「あら?魔法使い......でしたよね?」

「関係ないぜ、そんな事!」

「おっとと!」

 

そう言うと彼女は術式を組み込んだ箒で叩いてきた。

一見するとただの箒にしか見えないそれは、しかし術式を組み込んである事で術式兵器の様に、人や魔獣に対して高い効果を発揮する。それは、術式適正が高い彼女だからこそ為せる荒業である。

 

「おお怖い怖い」

「ハザマ、お前どっかの天狗みたいな事言ってるぜ」

「天狗?」

 

自分の知らない言葉を前に知識欲が膨らんでいく。

この場所には自分の知らない事が沢山ある。あの巫女といい、この少女といい、天狗といい。

知りたい。知らない事を知りたい。痛みを知りたい。

彼の、器として生きた生涯で、あの時だけが唯一やりたかった事を実現できそうだった。それだけ彼の知識欲というのは彼自身の行動力に強く影響するのだ。

 

「天狗なんてものがいるなら、是非とも会ってみたい!だから、そこをどいてください!」

「ッ!」

「蛇刹牙昇脚!」

 

ハザマが高く蹴りあげる。その蹴りは低空を飛ぶ少女にクリーンヒットして、彼女を強く飛ばした。

 

「蛇咬!」

 

そのままウロボロスで掴み、地面に引き摺り下ろす。

地面を転げ回るのを見て、大きなダメージを与えた事を確信する。しかし、まだ終わらせるつもりもない。

 

「寝てちゃ駄目ですよ!『蛟竜烈華斬』!」

 

彼女の倒れていた所に術式を展開し、彼女を掴む。そしてウロボロスを直撃させ、蛇咬の時のように引き摺り、自身の前に無理やり連れてくる。

そして、両手に握り締めたナイフで、人とは思えないほどのスピードで全身を切り裂く。そして──

 

「アッハハハッ!......死ねェ!」

「うごぉッ!」

 

両手に纏わせたフォースイーターが彼女の腹を突く。

激痛に顔を歪ませて吹き飛び、着地した先の木にぶつかって彼女の周囲に砂煙が舞う。

 

「ン〜......素晴らしいパワーですね」

 

自分の手にした恐るべき力を再確認し、自分でも怖くなる程の圧倒的な力に、恍惚の笑みを浮かべる。

倒したかどうかを確認すべく砂塵の中に足を踏み入れる。

そして気が付いた。

 

「ああ、なるほど。気象をも操作できる魔法ですか」

「ブレイジングスター!」

 

霧の中から一筋の流れ星がハザマを襲う。凄まじい速度の星は、しかしハザマの動体視力を持ってすれば容易く躱せてしまう。星は彼方へと消えていった。

しかし、それこそが彼女の狙いだった。

 

「........何っ!?」

「シュート・ザ・ムーン!」

 

星の残光から突き抜けて現れた的確な一撃は、回避直後のハザマを正確に狙い撃った。だが、当たらない。

ウロボロスをその場に固定し、そこを基点として一度上空に飛び上がる事で攻撃を避けたのだ。

 

「...........なーんてね。当たると思いました?」

「チッ......仕留めきれなかったか......!」

 

そんなやり取りをしている間に煙はすっかり晴れ、倒れた木々達の中央に二人は居た。

 

「なんだ、もう終わりですか?」

「ならお望み通り終わらせてやるぜ」

 

「「術式展開!」」

 

二人の声が重なり合い、ハザマの周囲を緑のリングが不規則に回り、魔理沙の左右には白い光弾が浮遊していた。

彼らが一瞬ながら本気の実力の片鱗を見せたのだ。

 

「『ヨルムンガンド』........!」

「『ステラ・デストラクション』!」

 

二人が同時に力を解放する。ハザマの禍々しい気配に、少女は心当たりがあったのだろう。ポツリと呟いた。

 

「この感じ........ラグナに似てる?」

 

少女の独白はハザマには聞こえなかったが、彼にとってはどうでもよかった。今はただ、目の前の彼女を退けるのが第一であるからだ。『ヨルムンガンド』によってハザマが一時的に力を解放して、その肉体である碧の魔導書を活性化させる。すると、みるみるとハザマの立っている付近の草花が枯れていき、風に吹かれて消滅していく。ハザマは暗く嗤っていた。

ハザマの影ある笑みに対抗するのは、オーバードライブの効果で白いオーラを全身に纏い、眩かった金の髪が金色を保ちつつも更に薄く輝いた純白に近くなった、誰も見た事のない少女の姿だった。

 

「この感覚......なかなか楽しめそうですね」

「安心しろ。楽しむ間も無いまま終わるぜ」

 

少女がふわりと宙に浮く。ハザマが狙いを定めてウロボロスを打ち込むと、それをガードする。

ハザマが消え、彼女の背後に瞬間移動する。手に持ったバタフライナイフを三回、六回と右に左に振っていく。その全てが防がれて、しかし焦ること無く最後の一撃を彼女にぶつける。

 

「蛇冥迅!」

 

だが、やはり防がれる。手をかざして防御陣を展開していた為に無傷だった少女が、今度は畳み掛けてくる。

 

「ノンディレクショナルレーザー!」

 

かざしていた防御陣が消え、術式がハザマの目の前に現れる。危険を感じて身を捻り、ようやくそれを回避するのだが、次の一撃でハザマは直撃を受けてしまった。

 

「『光に喰われろ』!」

 

少女が右手を伸ばしてハザマの胸ぐらを掴む。そうすると、彼女の全身から白い光が湧き出て、その殆どがハザマを包み込む。彼は気持ちの悪い感覚に包まれ、直後に耐え難い苦痛に全身を蝕まれた。

そして手を離されると同時に爆発し、綺麗な光の残滓と共に吹き飛ぶ。ハザマはゆっくりと身体を起こした。

 

「なんだ......やるじゃないですか」

 

瞬間、少女は光となって消え、直後に目の前に現れた。

その手には先程の箱が握られており、その先はハザマに向いている。トドメを刺すつもりだと馬鹿でもわかる。

 

「なーんて......ざっくり!」

 

不意にハザマが足で少女の右足を蹴る。仕込まれたナイフが足の肉を斬りつけ、怯んだ隙を突いて素早く起き上がり、交差するように両腕を左右の手に持ったナイフで斬りあげた。

 

「ッ!?......あぐぁ......!」

「最後の最後で()()しました?.......いけませんね。ダメじゃないですか、油断なんてしたら。蛇は、狡猾なんです」

 

くっくっと喉を鳴らして笑うハザマ。その手には血塗られたナイフが握られており、視線の先には腕と片足を血に濡らした少女が横たわっている。しばらく動くことが出来ないであろう少女のその視線は、ずっとハザマだけを見据えており、殺意に満ちている。

 

「うんうん、その素晴らしい殺意!素敵ですよ?」

「ッ................どうするんだぜ?」

 

少女がハザマに聞く。

 

「...........貴女、お名前は?」

「................?......魔理沙だ」

 

魔理沙がそう答える。

 

「なるほど......私、まだ危険だということを知られたくないんですよね、魔理沙さん。ですから......」

 

ハザマがニヤリと笑う。

殺されるのだろうかと魔理沙が背筋の凍る思いをするが、ナイフを向けられるような事はされなかった。

代わりに腕から出てきた蛇が、魔理沙の胴を貫通する。

 

「『マインドイーター』。殺しはしませんが、記憶は食べさせていただきますよ、魔理沙さん」

 

「あ...........う................」

 

どさりと、力無く倒れた魔理沙。

怪我はどうにでもなるとして、記憶だけはウロボロスを使わないといけないのが少しばかり面倒である。

 

「それじゃ、目的の人里へ向かうとしましょうかね」

 

そう言ってハザマは歩き出した。森を歩いていると、途中ひとつの家が見えたが、そんなものに気をかけるつもりはない。とっとと目的地に辿り着いて、今の状況を詳しく知りたいのだから。

ふと、ハザマはあることに気がついた。

 

「あ......魔理沙さんがどうして私を襲ったのか聞くのを忘れました...........ま、どうせ嫌な気配がしたとか、そんな感じのくだらない勘なんでしょうけれど」

 

 

 

 

蛇は境界より目覚め、幻想郷に混沌を呼ぶ。

そして二つの蒼がぶつかる事を、二人はまだ知らない。

 

 

 

 

 




『ステラ・デストラクション』

魔理沙のオーバードライブ。
身体能力の強化、ドライブ攻撃の強化の他、自身の左右に自動で追尾する光球を呼び、魔理沙が攻撃する際に左右の光球も魔理沙と同じように威力の低い弾を飛ばす。


『ユウキ=テルミ』

エンブリオ内でハザマと分離され、別の次元でハザマと融合を果たしたは良いものの、肉体であるハザマに精神の主導権を乗っ取られ、真の意味でテルミがハザマとなってしまった。ドライブ『フォースイーター』はウロボロスと同様ハザマの手に渡っている。


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裏・第二話 影に生きる男


魔理沙が酷い目に逢います。推しの方は注意。

ハザマが魔理沙を打ち倒し、記憶を喰らってから
わずかに六時間ほどが経過した頃。
広大な森を抜けたハザマは、人里を見つける。



あれが人里だと、すぐにわかった。

階層都市程の大きさでは無いものの、それなりの規模の街であるから、活動拠点には事欠かないだろう。

あと20分も歩けば着こうという時、一人の古風な出で立ちをした女性に出会った。陣笠から覗く髪色は紫。歩きやすくする為か、寒さに対抗する為か。足の脛辺りまでベルトの着いたブーツのようなもので固定されており、一切の露出が無い。背には小瓶やら何やらが入っているのか、ガチャガチャと鳴らす荷物入れ、と。まるで古い時代の行商の様な姿だ。

 

「あのー。失礼かもしれませんが、見ない格好ですね。もしかして外の方ですか?」

 

と、女性から声をかけられる。「外かどうかは知りませんが、貴女は?」と答えると、彼女も納得したように頷く。

 

「私は薬の行商をやっています、鈴仙といいます。外、というのはですね、今私たちがいるのは『幻想郷』という他の世界とは隔絶された場所なんです」

 

なるほど。

 

「へぇ......幻想郷、ですか...........あ、そういえば鈴仙さんでしたっけ?よろしくお願いします。私は諜報部のハザマです。階級は......いや、いいでしょう」

「......???...........じゃあハザマさん。もしかして、これから人里へ向かわれる所だったんですか?」

 

詮索が好きな方だ、と思いつつも、それを出すことはなくあくまで協力的に自分の向かう場所を話した。

 

「そうですね、今は里の方へ向かおうかと思っています」

「そうでしたか。この先の香霖堂には立ち寄りました?」

 

そう言うと、ハザマが通って来た道を真っ直ぐ指さす。そのずっと奥、ハザマが出てきた場所よりも更に奥、森のすぐ近くにひとつ、家が建っているのが見える。

 

「うーん...........あ、もしかしてあの木造のです?」

「あ、そうですそうです!」

 

遠目から見てもあまり大きいとは言えなさそうなあの家は、鈴仙曰く商店であり、お得意先でもあるという。

商店。それなら、ハザマも「寄ったことはありませんが、欲しいものがあるかもしれませんね」と舌なめずりする。彼は器であるが、人間として一通りの機能は備えており、同時にその代償を定期的に支払わなければいけない。早い話が、食事と睡眠を取りたいのである。

 

「鈴仙さんもその『香霖堂』に向かうんです?」

「そうですよ。これから必要な薬とかを幾つかお渡ししに行く所だったので。一緒に来ます?」

「いい案ですね〜!是非ともご一緒させてください、ね!」

 

ハザマは鈴仙の案に乗って、共に香霖堂を目指す。来た道を戻るのは別に苦ではないし、話し相手がいるのも退屈でなくて実に良い。話しながら歩いていれば、退屈さなんて感じないし、目的地にだってすぐに着く。

 

「ところで先程、薬っておっしゃいました?」

「そうですよー。風邪薬や胃薬とかですね。私の主人は薬師ですから。これもおつかいみたいな物ですね」

「へぇ〜......儲かってます?」

「あはは...........まあ〜、ぼちぼちってところですよ」

 

そう言って鈴仙は露骨に顔を逸らす。今日の売上は芳しくなかったのだろうか、あまり良い返答ではなかった。正直に答えてくれるので弄りがいがあって面白い。

そうこうしている内に先程見えた一軒家に着いた。遠目では丈の長い草で見えなかったが、店先には『香霖堂』という看板が立てかけられており、所々が古くなっている事から年季のある店なのだという事がわかる。

 

「霖之助さーん。いますかー?」

 

しばらくすると店の奥からドタドタと大きな足音が近付いてくる。その足音の主は扉を開け、待っていたと言わんばかりに彼女を店に上げた。

 

「わっ!?ちょ、ちょっと、どうしたんです!?」

「魔理沙が凄い怪我なんだ!痛み止めと塗り薬をくれ!」

「......え?魔理沙さんが!?あの魔理沙さんがですか!?」

「ああ、そうだ!とびきり効く奴で頼む!」

「わ、わかりました!」

 

そういったやり取りをした後、霖之助という男と鈴仙が焦って店の奥に走っていく。あの娘もしぶとく生き残った事を確認できたところでハザマは魔理沙の様子を見る為、自身も店の中に入っていった。

 

 

 

店の奥からは呻き声が聞き取れ、それを遮るように二人の声が聞こえる。気絶しているのか、魔理沙に向かって名前を呼んだりしているようだ。

 

「魔理沙さんってどなた......うわぁ!これはひどい怪我だ!」

「!?......君は客か?悪いが今それどころでは無いんだ」

「わかっています。私は鈴仙さんの連れでして。魔理沙さんという方が心配で来てしまったんですよ」

 

我ながら嘘が上手い、と内心でほくそ笑む。無論、心配そうに口端を歪めるなど、ポーカーフェイスも忘れる事はしない。これでも元諜報部所属の衛士なのだから。

 

「そうか......君、医学に心得はあるか?」

「うーん、多少ですがありますよ」

「本当か!?」

 

多少というのも嘘で、ひとつしか知らないのだが。ハザマが知っているのは、『回復術式』というもので、傷の再生の代償に、しばらく酷い苦しみに襲われるという、常人にとっては後遺症だけで死ぬ可能性のある、非常に危険な代物である。これは既に改良され、イカルガ内戦の時に比べて後遺症が殆ど無くなっているものもあるのだが、あえてそれを教えない。初期型の術式を使う事に決めた。

 

「ただ......怪我は治っても、しばらく痛い思いをするんですよねぇ...........それでも、いいんですか?」

「...........頼む。彼女を喪う訳にはいかないんだ」

「......わかりました。では、離れて」

 

そう言うとハザマの後ろに二人が下がる。この場にいるのは魔理沙とハザマだけだが、万が一彼女が目を覚ましたところでハザマが彼女に傷を負わせた張本人であるという事はバレない。記憶を文字通り喰らったからだ。

 

「...........はぁっ!」

 

わざとらしく手をかざして声を上げる。魔理沙の周りを術式が取り囲み、傷をみるみると癒していく。

しかし、完治一歩手前という所で、後遺症が発動する。

 

「う......グ......アァァァッ!?」

「魔理沙!」

「魔理沙さん!?」

 

二人が慌てて駆け寄ろうとするのを止めた。

 

「行かないでください!これは彼女が一人で耐えねばなりません!」

「どうしてだ!?」

「この回復力を引き出した後、その痛みに耐えねば、それを忘れようと更に依存してしまうのです」

「無限に続くという事か?」

「はい。効果は絶大なのですが、中毒に似た症状さえ引き起こす事もあります。......魔理沙さんが耐えねば、ね」

 

半分。半分は本当の事である。別に寄り添う相手が居てはいけないという訳は無い。ただ、それらしい理由をつけてあの実験を続けたかったのだ。境界に落ちる直前まで、あの吸血鬼に行なっていた、あの痛みを与える実験。

笑いそうになるのを堪える。常人ならば耐える事も出来ない苦痛に、目の前の少女は耐えている。

素晴らしい光景だった。

 

「がっ......ぁぁぁあああ''あ''あ''ッ!!!」

「すまない、魔理沙...........耐えてくれ...........!」

「魔理沙さん......!」

 

人ながらまるで獣のような雄叫びを上げる魔理沙を見て、内に秘め外には漏らさず、ハザマは愉悦に浸っていた。

ああ、彼女はこんなにも鋭く内を突く様な痛みに耐えられるのか。彼等が彼女に何もしてあげられない罪悪感を考えると、思わず笑みをこぼしそうになってしまう。

 

「ぐあ......あぁ...........ぁぁぁ...........」

 

やがて痛みが収まったのだろう。魔理沙は力無く項垂れ、半ば覚醒した意識を手放そうとしていた。

 

「おい、おい!魔理沙!しっかりしろ!」

「魔理沙さん!呼吸出来ますか!?」

 

鈴仙の呼び掛けを聞いて魔理沙の口から空気の出入りする音が聞こえた。あの痛みを前に正気を失わずに済むとは、彼女もなかなかに人外だと感じざるを得ない。

 

「魔理沙さん。起きなさい」

「...........ッ!?お、お前!......は...........誰だぜ......?」

「私はハザマ。貴女を回復させた者です」

 

そう言って帽子を取り、一礼する。魔理沙もそれに釣られて布団から身体を起こしたまま礼を返す。

 

「は〜......くそ痛かったけど、助かったぜ、ハザマ」

「いえいえ!これも私がすすんでやった事ですから」

 

そう両手をわざとらしくいやいやと振りながら言う。やがて完全に痛みが引いたのか魔理沙が起き上がる。

それを見て仰天した鈴仙は、ハザマに耳打ちした。

 

「(どうしてあんな痛みを受けてすぐ立ってられるんですか?正直言って凄い再生力でしたけど......)」

 

それに対して、ハザマはこう返した。

 

「(彼女が元より痛みに強いから、ですかね)」

 

と、わざとらしく肩を竦めて彼女の問いに応ずると、霖之助がハザマの方に向き直り、頭を下げた。

 

「ありがとう。君は魔理沙の命の恩人だ。何か僕に出来ることがあるなら、言ってくれ。出来るだけの事はしよう」

 

なんとこの男は、彼女を傷付けた実の犯人に頭を下げているのだ。しかも「命を救った」ですって?ハザマは心の中で彼らを嘲笑った。記憶ひとつないだけで、これほど整合性が取れなくなるとは、と。

だが、せっかく用意される報酬を受け取らない訳にもいかないだろう。せっかくだ。アレを頂こう。

 

「では、卵と鍋、火を貸してくださいます?」

 

 

 

 

 

 

 

「ンン〜!...........くは〜!やっぱりゆで卵は完熟でなくちゃいけませんよねぇ!半熟なんて卵の無駄ですよ!」

「しかし、君は無欲だな。金だとかを要求すると思ったら、君の欲しいものが卵とは思わなかったよ」

「何を仰るんです!私にとって完熟ゆで卵は至高の一品!お金も大切ですが、ゆで卵の方がもっと大切ですよ!」

 

そう言ってハザマは二つ目のゆで卵を丸呑みする。ゴクリと卵が喉を通っていくのが目に見える。詰まらないのだろうかと鈴仙に心配されたが、昔からこう食べていたと言うと納得したのか呆れたのか、黙ってしまった。

 

「それで、魔理沙さんはこれからどうするのですか?」

「私は......私に怪我させた犯人をとっ捕まえるぜ」

「なるほど良い案だ。その犯人はどうするんです?」

「さあ。とにかくボッコボコだぜ」

 

そういうと魔理沙は袖を捲り、華奢な腕が顕になる。

隠されていた部位にはなんと光によって輝く腕があった。手袋をしていたので何かを隠しているかと思ったが、見たところあの『死神』の様な蒼の力を感じる事は無い。

でも、これは───

 

「,........あなたにそっくりですね。ラグナ君」

 

その声は誰にも届かないほどに小さな声量で、ハザマが何を言ったか聞き取れた者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は香霖堂の前。ハザマ、鈴仙が外に立っており、霖之助と魔理沙は店の傍で二人を見送ろうとしていた。

 

「ハザマ。もう行くのかい?」

「ええ。私も忙しくないわけではありませんから」

 

「残念だ」と、霖之助が言う。魔理沙がそれに対して「まあまあ、聞けることなんざこれから聞けるって」とフォローするが、霖之助はこの機会を逃したくなかった様で、惜しいという表情を浮かべていた。

鈴仙も今までより深く笠を被って、もう帰るようだ。

 

「じゃあ、私は行きます。ハザマさん、途中までは同じ道ですし、一緒に行きませんか?」

「んー、そうですね。ご一緒させていただきましょう」

 

「んじゃ、二人ともまたなー」

「ハザマ、鈴仙、さようなら」

「では、またお会いしましょうね〜」

 

そう言ってハザマは手をひらひらと振って別れた。鈴仙も、普段からお得意様である霖之助に頭を下げる。

 

 

 

 

 

やがて彼らの、姿も店も見えなくなった頃に鈴仙が口を開いた。

 

「......それにしてもハザマさん、凄いんですね」

「あはは......いえいえ、大人として当然ですよ」

 

鈴仙の世辞に適当な言葉を返す。

 

「ふうん......大人として、そんな『嗜好』が当然ですか。中々良い趣味をお持ちのようですね」

 

そう言うと歩きながら鈴仙はちらりとハザマを見遣る。帽子の影からでもその琥珀色の瞳が鈍く輝いているのがハッキリと見えた。それを蛇の目にも錯覚する程に。

 

「.............あらら、バレちゃってましたか」

「あれだけドス黒い気を発してたら、そりゃあね」

 

互いが互いの瞳を見つめ合う。鈴仙はハザマの琥珀のような目を、ハザマは鈴仙の真紅に輝く双眸を。

しかし、ぶつけ合うのは視線と言葉だけで、それも長く続く事はなかった。互いに笑って、同時に視線を外す。

 

「全く、勘の鋭い人ですね。貴方、諜報に向いてますよ」

「いやいや、あれだけ隠せてなかったら私程度でもすぐに見抜けちゃいますよ?」

「あら、手厳しい。ま、私のこれはそんな低俗なものではありません。旺盛な知識欲って奴ですよ」

 

そう言いながら歩いていると、途中で分かれ道に差し掛かった。正面には広大な竹林、右手には広い平原にひとつ、巨大な町が見える。ハザマの目的地だ。

 

「では、私はこれで」

「あ、ハザマさんは人里に行きたかったんでしたっけ」

「ええ。それではまた」

 

ハザマが手をひらひらと振って鈴仙と別れる。

ハザマの黒衣が夕暮れに照らされて煌々と輝く。ズボンのポケットに両腕を深々と突っ込んだその歩き方は、しかし油断も隙も感じさせないものだった。

彼が歩き続けて、姿が見えなくなるのを皮切りに、鈴仙は胸に溜まった空気を全て吐き出した。

 

「はぁ...........凄いプレッシャー。念の為、師匠に報告かな」

 

あの男から受ける威圧感は尋常ではなかった。まるで蛇が兎を狙っているかのような、殺気溢れる感覚。

まるで月にいた頃の様な居心地の悪さを思い出させる。

 

「とにかく、あいつの動きには注意しないと........」

 

もう一度笠を深く被り直し、足早に歩く。今は少しでも早くあの嫌な気のする男から離れたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、本当に鋭い人だ。好奇心は『兎』をも殺すと教えてあげないといけないかもしれませんねえ......」

 

里に向かう道の途中でハザマは顔を顰める。

あまり自分の手が届かない所で隠れて何かをされると、流石のハザマでも手足が出せないからだ。

 

「それにしても、もう夜ですか?」

 

天を見上げると、階層都市からは絶対に見られなかった天然の星が自己を主張している。そんな空を見つめながらこの後の身振りをどうするか考えていた。街に入ったらとにかく宿を見つけたい。その後は大抵どうにかなるだろうから、最優先は宿に決まった。

 

そうと決まれば、早く辿り着かなければいけませんね。

ハザマがそう考えながら歩いていく。人里の哨戒がハザマに気が付いて、『人間』である彼を保護するまでそんなに時間はかからなかった。

 

 




『再生術式』

傷を癒すが、痛みや苦しみなどの重い代償をも齎す。
一度使用すると、その痛みを消す為に中毒になるという。


現在の時刻
ラグナが妖怪の山に住んでから一日目、23時程。


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裏・第三話 山と地底 上

ハザマが人里に到着すると、一人の娘がハザマを迎える。
どうやら彼女は民宿の女将のようで、彼女が来た理由は、
ハザマを迎える施設には彼女の民宿が適任だと
里のみんなが判断したためだという。







ハザマが連れられてきたのは、人里でも唯一にして最大規模の民宿である。民宿とは名ばかりで大規模な宿泊施設が整っている。また、地下二階まで存在しており、そこには妖怪も出入りしているらしい。何でも、民宿を建てた最初の経営者が人と妖のハーフなのだとか。今でも秘密裏に『里の人間を襲わない』という約定のもと、妖怪の出入りがあるという。

 

「いやー、素晴らしい大きさの宿泊施設だ。この大きさなら一個中隊ぐらいわけないですねえ」

「い、いっこ......?と、とにかく気に入って頂けたようで何よりです。どうぞ、ごゆるりと」

 

ハザマの心無い賞賛に、女将が答え、そのままハザマの泊まる部屋を後にする。

 

「...............行きましたか。やれやれ、善人の皮を被るのも存外疲れるものだと思っていたんですが......」

 

そう言って鏡の前に立つ。ネクタイを解き、黒いスーツを脱ぐ。そして胸の中央を指で啄く。しかし指に当たるはずの胸部は存在せず、胸にぽっかりと大きな穴が空いているようだ。

 

「痛みを知るだけで、『やるべき事(彼の手足として動く事)』が『やりたい事(知識欲を満たす事)』に変わってからはそうとも思わなくなりました」

 

そしてハザマは今日......正確には既に12時を回った後なので昨日の事を思い出し、口角を上げる。喉を鳴らして、ハザマは満面に愉悦の笑みをこぼした。

 

「魔理沙さんのあの右腕......ラグナ君を意識したのか、それとも幻想郷という『他の世界から隔絶された地』における『ラグナ君』という立ち位置にいるのか......」

 

ハザマの疑問は晴れること無く、そのまま布団に潜り込んで目を閉じた。そこにはたった一日で起こった出来事が走馬灯の様に思い出される。急にここで目覚めた事、魔理沙との戦い、そして彼女を使った実験。

それらを思い出し、しかしそれ以上を考える事なく、ハザマの意識は深い眠りに着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、目覚めた時にハザマを迎えたのはおかずの味付けが濃い朝食、そして三つのゆで卵だった。白飯に軽い味付けの焼肉と、朝食べるにはほんの少しばかり重たい料理を平らげ、ハザマは楽しみのゆで卵に手を付ける。しかし、違和感を感じたハザマはゆで卵を置いて、料理人を呼んだ。

 

「もしかして、このゆで卵............すみません〜?この料理を用意してくださったのは何方ですか〜?」

 

そう大きめの声で部屋の外に話しかけると、タッタッと、軽快な足音の後に襖が開かれて、若女将が顔を見せた。

 

「私でございます」

「料理、ありがとうございます。ところでこのゆで卵...........完熟です?半熟です?」

()()、完熟でございます」

「素晴らしい!」

 

そう言ってハザマはひとつふたつと卵を頬張る。一つ目は噛んでから飲み込み、二つ目はそのまま飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ〜......本当に最高に美味いですねぇ」

「そうですか?」

「ええ!食べても飽きないこの美味しさ、最高です!」

 

そう言うとハザマは帽子を取り、軽く頭を下げる。

ハザマの話す相手は、里の中央辺りでハザマを迎えた件の若女将である。ハザマが嬉しがっているのは宿を見つけた事でも、可愛らしい女性を見つけた事でもない。無論、彼の好物『ゆで卵』である。

先日に香霖堂で見せた通り、ハザマはゆで卵が大の好物なのだ。見つければ食べずにはいられない程だ。具体的には趣味のシルバーアクセサリー集めよりも優先される。

 

「ご満足していただけたようでなによりです」

「ええ本当に。最高です」

 

そう言って七つめになるゆで卵を口いっぱいに頬張り、噛まずに喉を通す。その様相に女将は微笑ましいと言わんばかりにハザマを見守っているのだが、彼はそんな事を気にも留めず、ゴクリと卵を飲み込む。

卵の消費は増えていき、十二個目を飲み込んで終わるまで女将はハザマの食いっぷりを見守っていた。

やがて食べ終わったとわかって女将はハザマに聞いた。

 

「ハザマ様、少し宜しいでしょうか?」

「どうしました?」

「ハザマ様にお会いしたいという方がいるのですが...」

 

そう言うと女将は窓をガラリと開けた。ハザマがそこから見た所に居たのは、先日に短時間ながら共に行動していたあの兎耳の女性、鈴仙だった。

 

「おや、鈴仙さんじゃないですか」

「あ、お知り合いでしたか」

「まあ先日ですが、ちょこっとね」

 

女将に卵の礼を言って、スーツを着て玄関に出る。硝子張りの戸を開けると、鈴仙が待ち侘びたと言わんばかりにハザマに駆け寄ってきた。

 

「ああよかった。ハザマさん、ここにいたんですね」

「これはこれは鈴仙さん。どんなご要件です?」

「『どんなご要件です』じゃないですよ!昨日帰ったあと、貴方の事を師匠に報告したんですよ。そしたら私に『ハザマを監視しろ』なんて師匠の柄じゃないこと言うもんですから、私が駆り出される目にあったんですよ!?」

 

そう言って鈴仙は頬を膨らませてハザマに怒る。愚痴を一通り言い終わったところで彼女は落ち着きを取り戻し、ハザマにこう伝えた。

 

「とにかく、これからは私も同行します」

「................は?」

「......ッ!...........と、とにかく!私は貴方のお目付け役という事です!わかったら面倒な事しないでください!」

「......はぁ。はいはいわかりましたよ」

 

ハザマが威圧をかけるが意味はあまりなく、結局ハザマの同行者として鈴仙がハザマに『勝手に』ついて行く事になってしまった。ハザマとしてはどちらも嫌ではあるが、勝手にあることないこと言いふらされるよりかは手元に置いておいた方がわかりやすくて良いと判断した。

 

「じゃあ、どこか次に行く場所あります?」

「次、ですか?」

「はい。出来れば私が驚くような、奇抜な場所が良いですね。......あ!そういえば天狗という種族がいると聞きました。案内して貰えます?」

 

そう言うと、鈴仙はものすごく嫌な顔をして

 

「天狗ですか?山は嫌いなんですけど......」

 

と言い放った。あら、そうですか。では仕方がありませんね。仕方が無いので私一人で行きまし───

 

「あー!もう!わかりました!案内します!」

「素直でよろしい。では行きましょう」

 

同行する者がいるというのは枷になるが、からかう相手にもなりうる。良い玩具を手に入れたと思う事にしよう。ハザマは人里を抜け、鈴仙もそれについて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、妖怪の山というのはどちらです?」

「あっちです......はぁ..........」

 

鈴仙が溜め息がてら指を指した方向には高く聳える高山。あそこに天狗という未知の生物がいるのだと考えると歩脚も早くなるというものだ。早く早くと言わんばかりに歩を早める。鈴仙に合わせていたら日が暮れるのでは無いかと思える程、彼女の足並みは遅かった。

 

「ほら、鈴仙さん?歩かないと日が暮れてしまいますよ!」

「し、師匠...........恨みます......!」

 

独り言を呟いた後に、吹っ切れたように頭を横に何度も振った後、ハザマについて行く形で鈴仙も歩き出した。

 

暫く歩くと、山の全貌が明らかになった。

よく見ると一直線に木が無い場所がある。目を凝らすと、そこには石畳の階段があり、頂点に神社がある。あの神社は『博麗神社』ではない別のものだろう。

 

「ほぉ......随分と大きい山ですね。で、天狗はどこに?」

「あの辺りですよ。中腹あたりに住むそうです」

「『そう』って......随分と適当なんですねぇ」

「いや、私だって訪ねるのは初めてです」

 

そんな会話を交わしたあと、ハザマも鈴仙も『かの山』を見据える。妖が住まうその地に何が隠れているのか、好奇心の赴くままにハザマは歩き始めた。

それを見る『眼』があるのを漠然と感じながら。

 

 

 

「───で、もう一度問う。貴様らは何者だ」

 

「ですから、世界虚空情報統制機構諜報部のハザマです」

「えっ......え、鈴仙・優曇華院・イナバ......です」

 

「せか?......こく......?......ああもう!だから!貴様ら適当な事言ってると斬り伏せてやるぞ!」

 

「私もですか!?」

「あっはっは!面白い方ですねぇ、貴方」

「いや、ハザマさん!笑い事じゃないですよ!」

 

鈴仙は早くもこの男の監視に嫌気がさしてきた。何故ならこの男、巡回兵と思われる白狼天狗に名を問われた際、やたらと覚えにくい組織名も兼ねて言うのだ。お陰でからかわれていると思った天狗が今にも......あ!抜いた!

 

「おお、怖いですねぇ。落ち着いてください。ほら深呼吸......吸って、吐いて...また吸って、また吐いて......ね?」

「い、いい加減にしろ!もう怒った!もう斬る!」

「あああ!ハザマさん!」

 

ついに怒らせてしまった。天狗が剣を抜き、ハザマにその切っ先を向けた。その鋭い刀は妖怪が鍛えたもので、斬りつけたものは容易く切断される。見るだけでもそう直感できる程の鋭さを持っている。そんなものを突きつけられてもなお、ハザマは平然として鈴仙に向き直る。

 

「こら、貴様!どこを向いて──え」

「えっ................え?一体何が──」

 

天狗がどさりと倒れる。剣が地面に突き刺さり、彼はピクリとも動かなくなった。暫くして天狗が起き上がるが、先程までハザマと行なっていたやり取りを忘れた様で、不用意に近付かないようにと警告してきた。

 

「じゃ、行きましょうか、鈴仙さん?」

「え?ハ、ハザマさん!?今何を──」

 

答えてもくれないままハザマはまた歩いた。しかし、それは先程までの急ぎ足ではなく、まるでこれから見るものに興味を失ったかのような歩みであった。

 

「ハザマさん、さっき何をしたんですか?」

「私の『能力』ですよ」

 

そう言うと、ハザマはこれ以上話したくないという様子で鈴仙から顔を背けて山道を歩いた。鈴仙も、他人の知られたくない物を詮索する趣味はないので、それ以上は聞かなかった。

 

そして、暫く歩いていると急にハザマが口を開いた。

 

「うーん......帰りましょうか、鈴仙さん」

「...........え?」

 

鈴仙は頭の中が真っ白になった。

さっき天狗を倒したのだというのに、彼の住む場所を見つけたくは無いのかと訪ねると「そうですねえ。もう興味が失せました」と、笑って言い返してきた。

 

「はあ........そうですか」

 

流石に身内の無茶に振り回される事に慣れている鈴仙も、ため息をついてしまう程に呆れてしまったようだ。彼はこれほどに身勝手なのかと感じたのだから、その反応も至極当然だろう。

 

「...........で、ですね。次の場所はありませんか?」

「えぇ..........じゃあ、地下はどうです?」

 

地下というと、統制機構に所属していたハザマにとっては因縁深い場所である。統制機構支部の地下には『窯』があり、最後はラグナ達と戦い、自ら窯に身を投げたのだから。

 

「そこはどのような場所です?」

「えーっと...........確か間欠泉のあれこれを調節する施設があった筈です。それくらいしかわかりません」

「ふぅん......間欠泉ですか────よし、行きましょう」

「あー...........はいはい、わかりました」

 

そんな会話を交わした二人が地底に向かい、到着した頃には、太陽は橙色に輝き、落ちかけていた。

 

(まったく───仲間の危機を察知して速やかに幻覚を見せるとは。天狗というのも中々にやるじゃないですか)

 

ハザマだけが天狗達に化かされていたのに気が付いていた。鈴仙に向き直って、天狗がこちらに魔法か何かをかけてきていたか聞いてみるが、全く気付いていなかったらしい。残念な事に、彼女は腕こそ確かなものだが、危機察知能力は少し弱いようだ。

少し考え事をしていると、鈴仙が話しかけてきた。

 

「暗いですね」

「それに深い。鈴仙さんには降りられなさそうですね」

「そんな事ありませんよ」

 

そう言うと鈴仙は力を込める様な姿をとる。一瞬、鈴仙の身体が光ったかと思うと、彼女は身体の周りに淡い光を纏い、空中に浮いた。ハザマもこれには驚いたと言わんばかりに口を開けていた。

 

「どうです?流石に驚いたでしょう?」

「いやぁ、鈴仙さん...........常に飛べばいいのに。歩いてたら疲れません?」

「飛んでる方が疲れるんです!」

 

鈴仙は、ハザマを驚かせるのを諦めた。もうこの男には何を言ってもおちょくられて返される。そう悟った。

 

「まあ、私はこれがありますので───ウロボロス!」

 

『ウロボロス』。そうハザマが口にすると、ハザマの前の空間から突如縁を緑色で覆った黒い鎖が下に飛び出していった。鈴仙は「ああ、これがさっきの『ハザマの能力』だったんだ」と察し、何も言及しなかった。

 

「じゃあ、行きましょう?鈴仙さん」

「はあ......わかりましたよ」

 

鈴仙はうっかり妖力を切らしてしまう事のないように注意しながら降りていき、ハザマは空中にウロボロスを固定しながら下っていった。冷静に、一度固定し、もうひとつを固定したら先に固定した方を離す。戦闘中は咄嗟に使うのは一本だけであるから無理だが、こうして外敵の脅威も無く集中して作業できる環境なら何本出そうが問題ない。そうやって暫く降りると、ハザマと鈴仙の目に横穴が映る。一度休もう、という鈴仙の提案に乗って、ハザマ達は横穴に足を踏み入れた。

 

中は思ったよりも広く、そこかしこに道が続いている。全てを網羅するには膨大な時間がかかるだろうと思い、ここの探索は諦める事にした。

 

「しかし、随分と広い場所ですね」

「また変な気を起こさないでください」

「さすがに行きませんよ。この広さは私でも骨が折れます。もう少し狭かったら歩き回るんですがね」

「やめてください......ただでさえ面倒なのに」

 

ハザマが休憩中の鈴仙をからかって遊んでいると、洞窟の影から声が聞こえる。その声は女性の声で、洞窟の中によく響いた。そしてその声がハザマたちに語りかけてきている事も理解出来た。

 

「おやおや、地底に客人とは、珍しいじゃないか。それも『妖怪のコンビ』とはね。あの日以来かな?」

「あのー、私と妖怪を一緒くたにしないでくださいます?心外ですねぇ、私はれっきとした人間です」

 

鈴仙がハザマにジト目で睨みつけるが、ハザマは鈴仙の事を全く気にかけない為、その視線にも気付かない。

 

「おや、そうだったのかい?怪しい気配が二つしたから、てっきり危ないコンビかと思ってさ」

「あの、私とこんな腹黒男と同じ存在として扱われるのはやめて欲しいんだけど...........」

 

対する女性の声も、鈴仙をいじってもいい相手だと判断して彼女をからかってくる。鈴仙はこの時点で頭痛と目の前の出来事の処理、そして師匠への愚痴で頭がいっぱいである。

 

「まあ、いいわ。あんた達『地底』に行くつもりなのね?良いわよ、下は。今は丁度祭りが開かれててね」

「へぇー、お祭り?」

「そう、お祭り。滅茶苦茶盛大な奴ね。地底のみんなが集まるのよ。私もこれから行くところなのだけれど、来る?」

 

そう言うと洞窟の奥、陰の中からひとつの影が姿を現した。その姿は女性だった。あるひとつの点を除けば、だが。金の長髪を結ったその顔は常に微笑んでおり、下半身にあるべき人の足は無く、代わりに蜘蛛の胴体と八つの足が彼女を支えていた。

 

「あたしは黒谷ヤマメ。この縦穴を住処にしててね。もう一人いるんだが......まあ、多分行ったあとだろうし、あたし達も行こうか」

「ええ、行きましょうか」

 

ヤマメとハザマが勝手に決めて勝手に向かっていってしまった。彼らを追うために、鈴仙ももう一度穴へと飛び込んだ。飛翔している最中、鈴仙はふと思った。

 

(──私、要らないんじゃ?)

 

それを口に出したら負けだと考えて、何も思うこと無く無心で地底の底へと飛んでいった。

 

 

 




地底

間欠泉地下センター。東方地霊殿の舞台でもある。


ウロボロスで空を飛ぶ

ハザマが一度に複数本出せるのはAHでも証明済み。
その為、集中して出せるなら何本でも打ち出す事が可能。
また、ウロボロスは空中に『噛みつき』、固定できる。
つまりどこにでも突き刺さるアンカーの様に扱える。


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裏・第三話 地底 中

地底に降り立った三人が目にしたのは、暗いながらも行灯や店先に着けられた提灯の灯りが、光の届かない地底を眩く照らし、ひとつの道や路地に出店が広く展開している様相だった。

 

「おお〜!思ったより大規模ですね!」

「ええ。これなら私の好きな物もあるでしょうねえ」

 

ハザマが舌なめずりする。鈴仙がその様子を見て『間違いなく蛇だ』と感じたのは心の内にしまう事にした。

 

「じゃ、あたしはこれで。次に会ったらよろしくね」

 

そう言ってヤマメは人混みの中に消えていった。

 

「じゃあ、私達も向かいましょうか」

「え?向かうって、お祭り会場にはもう着いてますよ?」

 

そう疑問を口に出すと、ハザマはやれやれといった表情を隠そうともせず、鈴仙に指摘する。

 

「流石に気が付いてますよね、あの濃い魔素濃度に。あれに気が付いてないようなら私、貴女のこと置いていきますよ?流石に気付いてて欲しいんですが」

 

そう言われて意識を集中すると確かに感じる。地底の奥、ここよりさらに一層下に、非常に凝縮された妖力を。だが話に聞く限りは、この下は地底の主『古明地さとり』が統制する地獄跡地への入口があるという話だが。

 

「えー?行くんですか?」

「少なくともクソみたいな馬鹿騒ぎよりは余程楽しい物が見れますよ。貴女は違うかもしれませんが」

「なにそれ...........まあ、貴方の監視が私の役目ですし。ついて行きますよ。凄い嫌ですけど」

 

そう言って二人は人混みの中に足を踏み入れていく。鈴仙は、どしどしと遠慮なく人の海の中を突き進んでいくハザマを追いかけるのに精一杯だった。

「待ってください!」と鈴仙が叫ぶと、何故か後ろから「置いていきますよー!」と声が聞こえたりと、どうして後ろにいるのかと突っ込んだりと、とにかく忙しかったのは確かである。

 

「鈴仙さん、止まりなさい」

「はぁ、はぁ...........え?なんですか?」

 

そう言うとハザマは鈴仙に幾らかの銭を手渡す。

 

「え?なんです、これ?遊んでていいって事ですか?」

「貴女に居られてても面倒ですし、後で合流しましょう。その間は好きにしてて良いですよ」

「やった!...........でもハザマさん、お金持ってたんですね」

「私はこれでも諜報部所属で、手先が器用なんです」

「ああ、なるほど」

 

スったな。それも沢山。

しかし、鈴仙にとってはどうせサボったってわかりはしないお目付け役を、お金を貰ってまでサボれと言われているのだからこの際どうでも良い。この好機を無駄にする訳にもいかないし当然だ、とばかりにルンルン気分で屋台を巡っていった鈴仙を見届けて、ハザマも独自に動き出した。

 

「さて、私も私で、少しお買い物を...........もし、そこの方。ゆで卵を売る屋台はありませんか?勿論完熟です...........ええ......ふむ、なるほど...........ほぉ、そんな場所に!助かります。では、私はこれで...........」

 

屋台の案内を任されている妖怪に少し道を訪ねた後、ハザマは鈴仙と逆方向に歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンン〜!デリーシャース!間欠泉で茹でたという卵、やはり普通のゆで卵とは違いますねぇ〜!癖になりそうなこの味わい!たまりませんねぇ〜」

「お兄さん、美味そうに食うね!ほら、サービス!」

「おおっ!いやぁ、ありがたいですぅ。こんなに沢山食べる機会は滅多に無いものですからねぇ」

「おう、そうかそうか!」

 

気前の良い屋台の店主にゆでたまごをサービスしてもらって上機嫌のハザマ。やがて満腹に近い状態になると、そろそろ行く場所があると言って店を後にした。

 

「(さて......地獄跡地に向かう為には、一度地霊殿の中を通る必要があるんでしたね)」

 

人混みの中を、まるでスイスイと泳ぐ様に誰にもぶつからずにすり抜けていく。帽子が落ちていかない様に右手で支え、左手はズボンのポケットに突っ込んで歩く。いつでも()()出来るようにする為だ。

 

左手にナイフを持つ。常に携帯し、かつ愛用しているバタフライナイフである。普段は畳んで刃をしまってあるのだが、今回は人ごみの中というストレスの溜まる環境にいるので、少しでも人を遠ざける為の処置である...........筈だったのだが。

 

「おい、お前さん。そんなもの振り回しちゃあ危ないじゃないか。なあ?」

 

急に話しかけられる。が、ハザマにとって後ろから話しかけられたので声の主はわからない。聞いたところ勝気な女性の口調であるが、顔は見えない。

 

「あの......どなたです?...........ま、あなたが誰だろうと、私の癖をとやかく言わないで頂けませんか?ウザいので」

 

変に構われても鬱陶しく思うだけなので、適当にあしらおうとしたが、その態度がかえって彼女のプライドに火を灯す原因になったようだ。その女性はハザマの肩を掴み、力ずくでハザマを振り向かせた。

そのハザマの目は薄らと開かれ、彼の肩に手を置いた彼女を睨みつける。その琥珀の瞳は彼女を見据えた。

 

「ほう......お前さん、人間の癖にあたしに喧嘩を売ろうってのかい?」

「あなたがどんな間抜けだろうが、私の邪魔をするなら一度その間抜け面を拝むのも良いかと思いまして」

「................くっ、あっははははっ!いいねぇ!人間の分際で、鬼に喧嘩を売る。その心意気や良し!」

「......何を馬鹿なことを言ってるんです?」

 

その女性は勝手に一人で納得して、うんうんと首を振る。そしてハザマの目を見て自己紹介した。

 

「あたしは星熊勇儀。旧地獄街を仕切るものさ」

「はぁ......その鬼さんが一体私の何を気に入ったんです?」

「お前さんのその気概よ!鬼と言やあ、人にとって恐怖の権化、絶対的強者!それに喧嘩を売るあんた!うずうずしてしょうがないんだよ、あたしは!」

「................ええっと、それはつまりどういう──」

「──こういう事!」

 

話の途中で急に勇儀が拳を振るう。ハザマがそれを後ろに飛んで避けると、勇儀はまた笑った。

 

「あはは!いいねいいね!あんた、普通の人間よりずっと強そうだ!胸が高鳴るってやつだ!」

「あのですね、あまり馬鹿な真似しないで頂けます?......あまりにもウザすぎて、いくらここが人前だろうと...........殺しちゃうかもしれませんよ」

「面白い。やってみな!」

 

そう言って勇儀はもう一度殴りかかってくる。

 

「フッ!単調なんですよ!」

 

それを避けつつ、投擲用のナイフを勇儀のいる場所に突き立てる。しかし、それは見切られたのか避けられてしまう。続けてウロボロスで牽制を仕掛けつつ一気に距離を詰める。充分に距離が縮まった所で身体を回転させ、勢いをつけてかかと落としを放つ。

 

「飛鎌突!」

「甘い!」

 

しかし、ハザマが足に纏わせたフォースイーターを勇儀は拳ひとつで相殺した。そのあまりにも化け物じみたフィジカルに少し悪寒がするも、戦闘を継続する。

 

「蛇刃牙!」

「拳一閃!」

 

ハザマの腕から打ち出された勢いのある深緑色の瘴気を、勇儀はまたも拳から放った()だけで打ち払う。

あまりの戦闘能力の高さに、いつも飄々としているハザマもドン引きだった。あまりにも規格外過ぎるのだから。

 

「テメ......貴女、本気でウゼ......ウザいですよ?」

「そうかそうか!もっと実力を出してみな!」

「チッ...........後悔したって遅いですよ!」

 

そう言ってハザマは帽子と上着を脱ぎ、観客の一人に預けた。というよりかは放り投げて、それをたまたま居た鈴仙がキャッチした。ハザマのあまりの変貌ぶりに言葉も出なかったのか、ハザマに言葉を投げかける事はなかった。その容姿は垂れていた髪が総じて逆立ち、オーラが滲み出てまるで身体に黄色いコートを纏っているようにも見える。

 

「大江山嵐!」

「蛇境滅閃牙!」

 

拳に()を纏わせた突進に、かつて身体の主が使った技をぶつける。上手く相殺出来たようで、周囲にバチバチと青い火花が散って、観客を寄せ付けなかった。いや、寄ろうとすれば確実に死ぬだろう。

 

「......やるじゃない。スペルを使えない人間が、生身で鬼と渡り合う。天狗共が見たら笑われちまうね」

「今でも充分過ぎる程笑えますよ?その間抜け面で!」

「................いいね。一度本気を出してみたかったんだ」

 

そう言うと、勇儀は腰を低く落とし、呻く。

 

「...........はぁぁぁぁぁあああ................ッ!」

 

勇儀がそんな事をすると、なんと大地が揺れ始め、勇儀の近くの地面が少しずつひび割れていく。その光景は見た事があった。かつて見えたあの『狂犬』に瓜二つの気配。そして力が解放されていく、あの感覚。

 

「は.......!?」

「『暴虐呪・段其の五(エンチャント・ドラグノフ『Lv5』)』解除......!」

「ちょ、ちょっと!マジで頭おかしいですよ!?」

 

彼女の近くの空気が揺れる。そらは揶揄ではない。彼女の周りを漂う気体が、彼女自身の圧力に耐えきれず、その身を歪ませているのだ。赤いオーラ、力を連想させるその気配に、ハザマは身震いした。

 

「せいぜい楽しませてくれよ、人間!」

 

勇儀の周囲にあるむき出しの岩壁が、勇儀の気だけで粉砕する。立っている場所、足をつけている場所に至っては常に流動しているのではないかと思うほどに常に凹んでいた。

 

「『怪力乱神・改』!」

 

勇儀が目に見えない程の速度を持った三連正拳突きを放つ。軸をずらす事で何とかそれを回避する。

 

「っと!危ねぇじゃねえか、テメェ!」

「どうした?もっと本気を出せよ!」

 

「(アレを相手すんのは面倒だ......暴虐呪Lv3のアズラエルですら馬鹿にならねぇほどクソ強えってのに......)」

 

「黙ってると、こっちから行くぞ?」

「黙りなさい!蛇翼崩天刃!」

「おっ!今のは良い蹴りだ!」

 

ハザマ渾身の蹴りを少しジャンプしてからの飛び蹴りで、いとも容易く相殺するのを見て、やはり化け物かと確信に至った。

 

「なんでそんな強いんですか......まるでアズラエルだ」

「アズラエル?そんな奴は知らないが......強いのか?」

「いや、いいです。言うだけ時間の無駄ですよ」

 

そう言うと腕を交差させる。ハザマが口を開くと、先程暴虐呪を解除した勇儀の時のように地面が揺れ始める。その言葉遣いは怒りを孕んでいた。

 

「見せてあげますよ。蒼の力を!」

「蒼?なんだいそりゃあ?」

「...........第666拘束機関解放」

「ほう?もっと強いのとやれるって事かい?」

 

ハザマの言い放つ文言、その一字一句に彼の肉体に詰まっていた力がどんどん解放されていくのがわかる。

 

「次元干渉虚数方陣展開!」

 

その言葉がどんな意味を持つのかは勇儀にはよくわからない。だが、昔は争う事ばかり考えていた彼女だからこそわかる。今、この男は私の様に強くなっているのだ、と。

 

「コード『S・O・L(ソウル・オブ・ランゲージ)』!」

 

ハザマがそう唱えると、周囲の雰囲気ががらりと一変した。辺りは暗く包まれ、人々の喧騒も今は鳴りを潜めている。ハザマの周囲を魔方陣のようなものが取り囲み、ハザマが纏っていた黄色いオーラは完全に視覚化され、フードの着いたコートとなってハザマの身体に着用された。

 

「碧の魔道書..........起動!」

 

その言葉と同時にハザマの周りが碧く輝き、辺りの生きるもの......近くでいえば霊魂たちが、文字通り魂を吸われているのが目に入る。それと同時にハザマが口を開く。先程までの丁寧語は鳴りを潜め、荒々しい言葉遣いが彼の口を突いて出る。

 

「行くぞ雑魚が」

「来な、黄色く、強き者よ!あたしを楽しませろ!」

 

ハザマがナイフを持って姿勢を低くして走る。地面にナイフを擦り付け、火花を散らしながら勇儀に駆けていく姿は、間違いなく目の前の敵を殺すという絶対的な意思だけを感じた。

 

「オラッ!オラァッ!」

「効かないねぇ!」

 

勢いに任せて三回ナイフを振り下ろすが、全て防がれる。次は早い突きが来ると見越して、ハザマは飛び上がる。

読みは当たり、ハザマの居た場所を拳が吹き飛ばす。

 

「蛇境滅閃牙!」

 

そこにすかさず突進をぶち込む。ウロボロスによって獣の爪の様に残像が見えるその一撃が勇儀に入り、少し怯む。

 

「まだこんなもんじゃねぇぞ!豪牙双天刃!」

「ぐ!」

 

怯んだ隙を見て更に二度、宙を切るように勇儀を蹴り飛ばす。蛇翼崩天刃と対になる蹴り技、豪牙双天刃は確実に勇儀のスタミナを削りつつある。

 

「くっ......『大江山嵐』!」

「無駄ァ!」

 

勇儀のやたらめったらな、それでいて爆発的な威力の乱舞を正面から受ける......前にフードを抑え、勇儀の真後ろに移動する。瞬間的に見えるその移動は、ウロボロスを使う事で可能としている。そのままナイフで切りつけ、瞬間、四肢にしまい込んだ四本のナイフを器用に使い、勇儀を攻撃する。

 

「痛てぇだろォ!?」

「うおおおおおっ!?」

 

彼女を的確に切り裂いていく。血が吹き出し、肉が抉れる。トドメの蹴りを──

 

「くっ!」

「甘ぇなァ!『蛇翼崩天刃』!」

 

───キャンセルし、下から顎にかけて強烈な蹴りを放つ。蛇翼崩天刃は見事に勇儀の顎を捉え、吹き飛ばしていく。ガードを見越しての蹴りの威力は高いものではないが、それでも暴虐呪全開の勇儀を軽々と吹き飛ばす威力はある。

 

「退屈しのぎにもなんねぇなあ...........『蛇麟煉翔牙』!」

 

落ちてきた勇儀をウロボロスで掴み、そのまま固定して飛び上がる。勇儀に急突進し、フォースイーターを纏う蹴りを炸裂させる。二度、三度、四度と、強力な蹴りを喰らわせ、最後の一撃で地面に急降下する。それは木の上にいた蛇が地上の被捕食者を狙い、平らげるような力強さを持って勇儀を吹き飛ばす。

 

「『蛇咬・蛟竜烈華斬』!」

 

そのまま一度距離を離し、落ちてきた勇儀をまたウロボロスで噛みつかせる。そのまま地面へ叩きつけて、次の技をぶつける。

先程のようにナイフで切り付け続け、極めつけに足を払い、転んだ勇儀の頭を踏みつける。何度も何度も何度も、何十何百と。

 

「『大蛇武錬殲』......死ね死ね死ね死ねやぁぁぁッ!」

 

同じ足だけで踏みつけられるスピードを超えたストンプは、しかし異常な力をもって、勇儀の頭を砕かんとする。

 

「生きてますかー?ヒャハハハハッ!」

 

頭部から血を吹き出した事を確認して更に二度蹴り、勝ちを確信して煽り、笑った。しかし、勝ち誇って出た笑いは、驚愕の声に、笑みを湛えた表情は唖然とした表情に打って変わった。なぜなら、足をむんずと掴まれたからだ。

 

「あ?...........あ、ああ!?て、テメェ!なんで生きてやがる!?」

 

勝利を確信したハザマだったが、一転して素っ頓狂な声を上げる。その原因は、とっくに死んでいる筈のダメージを受けてなお、頭から血を流す程度で済んでおり未だ生きているこの化け物の存在にある。

 

「.....................あたしは鬼だ。それ以上でもそれ以下でも。ましてや、人間に負ける軟弱者では───」

 

「やっ、やべぇ!『皇蛇懺牢』...........ッ!?」

 

ハザマがウロボロスの胴体部分、鎖を手に持って防御の姿勢を構えようとする。が、間一髪間に合わなかった。

 

「────無いッ!!!」

「───へぶっ!?」

 

 

曰く、それは音速を超えた拳にして、鬼の頂点を得た。何故ならば、鉄を砕き岩盤をも割り、山を裂き大地をも歪ませる程の一撃を彼女......誇り高き鬼、星熊勇儀は隠し持っていたからである。その一撃は全てを穿ち、全てを壊し、全てを支配するという。

 

ハザマも多分に漏れず、彼女に敗れた。

 

 

 

 



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裏・第三話 地底 下

「う、うぅ...........ここは一体、どこですか...........」

「あっ!目覚めました!?すみません!勇儀さーん!」

 

意識の朦朧とする中、鈴仙の声が聞こえた。そのまま勇儀という者を呼びに行くが、何をしたかよく覚えていない。何かをやったというのは薄らと覚えているのだが。

ハザマが目を開けて最初に視界に捉えたのは木目の目立つ天井。頭を起こすと、胸にハザマ愛用の帽子が置かれており、それを手に取って被る。

 

「うーわ、ズボンがボロボロ......やっちゃいましたか......」

「よう、蛇男」

 

ズボンが破けているのを見て顔を顰めていると、不意に向こう側から声がした。聞き覚えがあった。

 

「...うげっ!そ、その声は...........」

 

襖が勢いよく開かれ、奥から『鬼女』が姿を見せた。

その立ち振る舞いに思わず身構えてしまい、それを鼻で笑われる。そのまま鬼女......星熊勇儀は畳の上に座り込み、持っていた巨大なさかずきに酒を注ぎ、一口で飲み込む。何ですか?と、おっかないという振りをしながら尋ねるが、別に余裕を見せつける類の脅し等ではない、普通の酒盛りだった。

 

「で、何しに来ました?私、戦闘は専門外ですけど」

「「あんた(貴方)が言うな」」

「これは手厳しい」

 

ハザマが苦虫を噛み潰したような表情を見せ、それを目にした鈴仙と勇儀は笑った。

 

「いやあ、あんたも中々面白いやつだな。是非ともその『身体』の造りを聞いてみたいもんだよ」

「あんまり聞かない方が良い事もあるものですよ」

「ハザマ、って言うんだろう?あんた。私はここら一帯を仕切るモンでさ、ほら、『地獄の街にさかずき有り』って聞いた事ないかい?飲み屋じゃあ有名な話なんだけど」

「はて、私お酒は嗜みませんから。わかりませんね」

 

「ちぇっ」と勇儀が舌打ちする。ただ、名を知られていない事が悔しいといった様子ではなく、おちゃらけるようにひょいっと口に出す感じだった。そこに先程までの強者さは微塵も感じられない。きっと、普段からリミッターを課しているのだろう。

 

「あー。私、そろそろ行きたい場所があるんですけれど」

「それ、私もついて行きますけど、いいですか?」

「なんでです?あまり付きまとわれたくないんですが」

「さっきみたいにやらかすでしょう、貴方!」

「あっはっは!信用ないねぇ、ハザマ」

「はは......笑えませんね」

 

ハザマと鈴仙のやり取りを見て豪快に笑う勇儀。そして酒を注ぎ、また一口でさかずきの中全てを飲み干す。そしてハザマに向き直って真剣な面持ちで訊ねた。

 

「さて、ハザマ。お前、地霊殿に用があるのか?少なくとも、それ以外の理由でここに来た人間を知らんのよ」

「まあ、そんな所です」

 

そう返事すると勇儀は少し顰めた表情を見せた。

 

「あそこのお嬢さんは少し厄介でなぁ......さとりって言うんだが、これが中々恐ろしい奴でさ」

「へぇ。どんな風に恐ろしいんです?」

「あれはな、人の心を読むのよ。それも、目に見えない程離れててもな。近くの妖怪らはあれを怖がって近付かんでさ、見たら一目でわかるだろうよ」

 

そう言って勇儀は更に酒を呷る。ぶはあ、と一息着いた所で、話を締め括ろうと続きを話し始めた。

 

「ま、そんなこんなでさとりは怖がられてんのよ。地霊殿に用があるってんなら確実に会うだろうけど、会っても怖がってやんなよ。あれもあれで、なんだかんだ寂しがり屋なのさ」

「はあ。まあ善処しますよ......っと」

「あれ?ハザマさん、行くんですか?」

 

布団を捲って起き上がり、外への襖に手をかけたのを見て、鈴仙がハザマに訊ねる。ついて来る気なのだろうし、適当にあしらう事にした。

 

「いいや、祭りの観光ですよ。どうせ一緒に行く事になりますし、何よりゆで卵が食べたいので」

「そうですか?じゃあ、待ってますね」

「はーい!では、また」

「おう、じゃあなハザマ」

 

そう言って引き戸を開き、勇儀の居た場所を後にする。

やれやれ、簡単に騙せちゃいましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、どちらに行きましょうかと独り言ちる。

前方には地下を流れる川のようなものが見える。恐らく地下水だろう。川を境目に、祭りの行われている場所とそうでない場所があり、極端に明かりの少なくなる向こう側は、きっと居住区なのだろう。対するこちら側は、住む家というよりかは店だったり集い場だったりと、商業区の様な印象を受けた。

 

「あ、勇儀さんに地霊殿の場所を聞くのを忘れました......まあ、いいでしょう。変に兎に怪しまれるよりはマシです」

 

そう言ってハザマは歩き出した。その向かう先は祭り会場。地霊殿の場所を誰かに訊ねるのと同時に、ゆで卵をもっと食べたい為である。

 

「しっかし、本当に人だかりの多い事。ごちゃごちゃしていて、見るだけでも煩いですねぇ」

 

辺りは人、人、人。とにかく人が多い。いや、妖怪と言うべきだろう。たくさんの人だかりがハザマの周りを行き交っている。半ばその勢いに押されながらも先程ゆで卵を購入した出店に辿り着いた。

 

「すみません、まだ売ってます?」

「おお、さっきの兄ちゃん!まだまだあるぜ!なにせ、ゆで卵よりも焼き鳥なんかを買ってく奴が多くてなぁ。在庫が有り余っちまってんだよ!また買ってってくれや!」

「おー!こんなに沢山!ここは天国でしょうか!?」

 

そう言ってまた金を取り出し、店主に渡す。十個分になる金額を渡したはずが、なんと五つも多く手渡された。サービスだと店主が笑うので、ハザマはそれにあやかって三つ四つと平らげていく。

 

やがて完食した所で、ハザマは店主に訊ねた。

 

「ちょっといいですか?『地霊殿』へ向かおうと思っているんですけどぉ、道を知ってたりします?」

「地霊殿!?やめとけやめとけ、あそこの主人は人付き合いがめっぽう悪ぃんだよ。名前は知らんが、なんでも心を読むとか。悪い事は言わん、会うのはやめた方が──」

「いいですから、そういうの。心配してくれるのは嬉しいですが、どうでもいいので。何せ私の身体ですから」

「そうか.............なら、この通りを真っ直ぐ行った先に大きな庭園があるんだよ。伸びた蔦に遮られて見えにくいが、その先に道があるらしい。その奥が地霊殿なんだとよ。気を付けな、兄ちゃん」

「なるほど、ご協力ありがとうございます。まあ、心を読む程度の方に私をどうこうする力があるなら是非とも拝見してみたいものです。では、また──」

「おう。またな、兄ちゃん」

 

卵の立ち食いと少しの会話が行われていた間に随分と人混みが無くなってきた様に見える。大通りは依然として大勢の人々で賑わっているが、そこを一本外れた所はもうまばらにしか歩いている客を見かけなかった。きっと、人の多い大通りを避けて目的地へ向かいたい者たちだろう。ハザマもその一人であることに違いはない。

 

暫く歩き続けていると、店から出た煙も晴れていき、その先には鬱蒼と蔦の茂る巨大庭園がハザマを待っていた。

 

「なるほど。近くに来ればより大きく見える。子供だましの様な物ですが、こんな危なっかしい蔦を()()()()()()()程の施設ではあるようですね」

 

そう言って背後から迫り来る何者かを察知し、ハザマはそれを慣れた手つきで切り裂いた。振り向いてみればそれは一本の巨大な、刺々しい蔦だった。蔦は庭園からハザマの背後まで伸びていたようで、成功はしなかったものの不意打ちの形になっていた。

 

「ま、こんな雑草ごとき、大した事もありませんね」

 

ハザマが迫り来る蔦達をどんどんと切り裂きながらのんびり歩いていく。前、上、左右に後ろと襲いかかる方向に不自由はしない筈だが、やはり全て見切られている。やがて蔦達の()が、無意味だと判断したのだろう。蔦は襲ってくる事も無くなった。

 

「あー、やっと終わりましたか?面倒な相手でしたねぇ。こんな相手し甲斐のない蔦なんかを相手取るのは疲れていた所ですから、こいつらも諦めたって所でしょうね」

「ええ、聡い子達です。私の自慢の子ですよ」

「......!?」

「はい。地霊殿の主の、『古明地さとり』です。ああいえ、わかっています。ええ、わかっていますとも。ハザマさん、こちらへどうぞ。地霊殿へ案内しますよ」

 

あまりにも一方的すぎる会話は、もはや会話とも呼べなかった。言おうと思った事の答えをすぐに言われて、次の事を考えればすぐに次の答えが彼女の口からするりと出てくる。

 

「あ──」

「相手しにくい、ですか。まあ、仕方ありませんよ。私だって能力に歯止めがかからないのですし」

「それ───」

「確かに不便です。でも、それを上回る強みを持っているんですよ。対人戦においても非常に優位に立てますし、何より私という存在に誇りを持っているものでして。無論、この能力にしてもです」

「...........考えを読むというのは──」

「──あんまり楽しくはないですね。これのせいで昔から敵対関係を生み出してしまう事が多かったので」

 

ハザマが内面で、少し私にも話させてください。とイメージした甲斐あってか少し被せ気味ではあるものの、言葉を発する機会を得た。

 

「それで......館はどこでしょう?」

「こちらです。少し歩きますよ」

 

彼女について行く。庭園の蔦達がさとりとハザマの歩く場所を避け、地面は立派な赤レンガの敷き詰められた道路となった。怪しい色の花弁を咲かせた花々が蔦に絡まってアーチ状になっており、ここを手入れしている人物は庭師としての造詣が深いのだろうなと考える。

 

「私の自慢のペット達がここを手入れしているのですよ。手先の器用な、可愛い子達です」

「ペットですか......話せるんですか?」

「二人は。それ以外は私が心を読む事でコミュニケーションを図っています。皆良い子ですよ。会ってはどうですか?ここには様々な子達が住んでいますし、貴方の好みも見つかると踏んでいま──ああ。そういうのに興味が無いんですか。それもいいでしょう」

「変わらず、一方的ですね」

「それが私の能力なものですから」

 

そう会話していると、大きな庭園を抜け、いよいよ館の全貌が明らかとなった。三階建ての地霊殿には、大きなステンドグラスの窓が縦に二つ、横にずらりと並んでおり、それぞれが地底特有の薄ら暗い光源と合わさり、怪しくも奇麗な光を発していた。

 

「あれが私の今の家ですね。さ、行きましょうか」

「随分と大きいですね。明かりも綺麗だ」

「ふふ、お世辞ですか。ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

さとりは突如現れた考えの読めない男に困惑していた。いや、心や考えている事は読めるのだが、それはあくまでも表面的なものだけ。例えば、口に出した事と反対の言葉を考えていればそれを読む事はできる。しかし、心の奥深くに根ざしたもの、例えば彼の『目的』などがそれに該当し、決まってそういうのは漠然としか読めないのだ。

 

ハザマという男は知りたがっている。

何を知りたいかはわからない。ただ、普通の人間とは思えない程の知識への執念を感じていた。

 

「ハザマさん。今日は地霊殿にどのような用があったのですか?私で良ければ応対してやれますが」

 

───そうですね、この方に案内を頼むのも良いでしょうか。旧地獄跡地へ案内して欲しいものです。

 

「そうですね。では───」

「許可できませんね、そこはダメです。地獄跡地へ通す事は出来ません。立ち入りを禁止していますから」

 

───ええ、ちょっと冗談じゃありませんよ。

 

「はい、冗談ではありません。あそこは地獄の方々から私が直に管理を任されている場所なのです。無闇矢鱈に人を侵入させる訳にもいかないのですよ察してください」

 

───仕方ない、ここは引き下がるとしますか。

 

「ご理解頂けて嬉しいです。地底には管理者以外通さないようにとのお達しでしたので。お詫びに何か見たいものがあるならば、それを見せてやる事もできるかもしれません」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それを見せてやる事もできるかもしれません」

 

それを聞いてハザマはほくそ笑む。彼の考えている事を読み取って、さとりは面白いやら面倒やら、踏ん切りのつかない様な表情を見せた。

 

「貴方も随分と酔狂な方ですね。そこまでして私と───いえ、私の力を()()()()()()のですか。面白い」

「どうも。私にも知りたい事の一つや二つあります」

 

そう言ってナイフを一本取り出す。最早やり慣れたナイフアクションを見せ、ハザマの考えている事を見せてさとりに今やりたい事を知覚させた。

 

「じゃあ、しましょうか。広い場所がいいですか?狭い方がいいですか?場所は選んでもらってもいいですよ」

「ふむ、では広い方でお願いします。その方が気兼ねなく遊べますので」

 

そう言うとさとりはハザマに手をかざす。そうするとハザマの視界は一瞬だけ暗転し、目を開けるとそこは自分の見知った光景───統制機構支部の戦闘訓練施設だった。

 

「おや、ここは.......見た事が無いものがいっぱいです」

「あらぁ、随分と懐かしい場所に出ましたね」

 

扉や訓練器具の配置、窓の位置に至るまで全てが記憶通りだった。かつて古い体から新しい体になる時に、少しばかり肉体を慣らす為に戦闘訓練を行なっていた記憶がある。

 

「これは貴方の記憶を模倣したものです」

「いやはや素晴らしい。こんな事も出来ちゃうんですねぇ」

「では、私は少し離れています。どうぞ思うがまま、戦ってください。しっかり見ていますから」

「え?じゃあ私、誰と戦うんです?」

 

ハザマの疑問に答えないまま、さとりは両手をハザマに向けて『言葉』を発した。

 

「想起『テリブルスーブニール』」

 

「なっ......これはッ!?」

『よう、ハザマちゃんよぉ』

 

さとりの言葉の後、ハザマはえもいえぬ不快感に見舞われる。視界が傾き、揺らぎ、珍しく吐き気を催す。同時に聞こえてきた声には聞き覚えが......なんてレベルじゃない。殆ど一緒に活動していた時の『器の中身』である。

 

「テ......テルミさん?......どうしてこんな所に?」

『さあなぁ。この感じ......具現化とかって訳じゃ無さそうだぜ?......まあ、なんだろうと俺様ぁ戦ってぶっ壊せりゃなんだっていいんだよ。だって今、むしゃくしゃしてっからよォ!』

 

「それが、貴方のトラウマですね」

「勘弁してくださいぃ!あの時のテルミさん、むちゃくちゃ強かったんですからぁ!!」

『さっきからごちゃごちゃ抜かしてんじゃねェ!行くぞハザマちゃんよぉぉお!!』

 

青い塗料で塗られた木の床の上で、双蛇は刃を打ち鳴らし、激しくぶつかりあった。激戦、死闘。そんな言葉で片付けられるほど甘いものでは無い、見るものを畏怖させる程の力のぶつかり合いである。

 

「蛇刃牙『蛇刃牙!』!」

 

ハザマとテルミのフォースイーターが激しい瘴気を吹き出して互いを攻撃し、打ち消し合う。続けてテルミが三度、ナイフを両手に持って切りつけ、ハザマもナイフを両手に、その場で三回とも相殺した。

 

「相変わらずお強い!」

『ったり前だろうがっ!』

 

蹴りと蹴りがぶつかり、互いの足にダメージを与える。そのまますぐに飛び退き、ウロボロスを打つ。

 

『おっと危ねぇ』

「今のを防ぎますか!?」

 

しかし、鎖の先端はテルミのナイフで叩き落とされてしまった。そのまま地面に解けるように消え、それを見計らってテルミが走り寄ってくる。あの突進を食らうのは拙いと考え、ウロボロスをテルミの上に打ち込み逃げようとする。が、それは悪手だった。それをも見越して、テルミは高く蹴りあげた。

 

『豪牙双天刃!』

「あわわわわ!?」

 

テルミの蹴りが炸裂し、ハザマは彼の放つ二振りの瘴気に当てられてしまった。そのまま吹き飛び、床に激突した所で受け身を取って、最小限の被害に留めることが出来た。それでも彼の好戦的な行動は変わらず、テルミはハザマの方に向かってくる。

 

「ちょっと待ってくださいよぉ!」

『待つかよボケが!もっと戦えや、ハザマちゃん!』

「くっ!これはいけません!」

 

テルミのナイフ連撃に堪らず高く跳躍し、ウロボロスを駆使して逃げる。

 

「うろちょろ逃げてんなよハザマちゃんよ!俺様を楽しませてくれや、おい!」

「貴方を楽しませられるのはラグナ君くらいなものでしょうに、私にそんな無茶ぶりしないでくださいよ!」

 

「あ、ハザマさん」

 

テルミと一進二退くらいの分の悪い戦いを強いられていた時、さとりから声がかかった。「なんです!?」聞けば、どうやら何か言いたいことがあったらしいが、テルミと戦っているハザマにとってはそれどころではない。

 

「今お話どころじゃないんですよ!後にして──」

「なら消しますよ───ほら」

「────あら?」

 

ハザマがテルミからの攻撃を防ごうと身構えた時には、既にテルミの姿は無かった。文字通り消えていたのだ。さとりの見せるものだったのだから、ある意味当然の事象だろう。

 

「ふうー........あれが、私のトラウマですか?」

「そうなんじゃないんですか?私の力は相手の表層心理しか読み取れない、つまり心を読む事しか出来ません。でも、私の取っておき......言わば必殺技ってやつを使えば、間接的にではありますが、深層心理を......平たく言えば、相手の心の奥底に棲む嫌な事だったりを呼び起こす事ができるんです。少し使い勝手は悪いのですが、これを使って客人を揶揄うこともしますね。何より人の驚く姿を見るのは妖怪の本分ではありませんか。最近、地上には私の妹が良く遊びに行ってるんですが───」

「ちょ、ちょっとー?話が逸れてますがー......あれが私のトラウマだと言うのでしたら、ラグナ君はどうなるんでしょう?彼、最後に戦ったテルミさんより強かったんですけど......」

 

ハザマは帽子を取って、指で回しながら続けた。

 

「ああ、ラグナ君というのは私の......」

「まあラグナさんとの間に何があったかは読めていますので。私がハザマさんを呼び止めたのは、そのラグナさんに関してです」

「はあ......一体何を───」

 

 

 

「彼、幻想郷に......()()()()()()()()に来ていますよ」

 

「......ッ!?」

 

 

その時、私の時間はまるで止まったかのように錯覚しました。なにせ、あの時テルミさんの力を手に入れて神に等しい存在となった私を潰し、窯に身を投ずるまで追い詰めた筈のラグナ君が、ここに居るというのだから。

 

 

 

 

 

 

ハザマ編 第一部 終演。

 

 





次回は再びラグナに視点を合わせます。
なお、この時ラグナは幻想郷に来てから九日目。丁度妖怪の山で他の天狗たちの酒盛りに付き合わされていた。

ラグナ=ザ=ブラッドエッジ編 第二部 お楽しみに。


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ラグナ=ザ=ブラッドエッジ編 第二幕
第十話 妖怪の山の乱戦


慧音の元を立っていったラグナは、まず妖怪の山に足を運ぶ事に決めた。ラグナの(こちらでの)危険性の低さを、言い換えれば人への貢献度を如実に表してくれた射命丸文に礼を言う為だ。

 

「......また歩くのか、この道...........ああー、面倒くせぇ。でも......地底に向かう道も妖怪の山の麓にあるって言うしよ、結局は行くしかねえんだよな」

 

厳密には地底に向かう穴は二つあるのだが、ラグナは二つ目の入り方を知らない上、そもそも位置もわかっていないから実質一つしか入口が無いのと同じだ。それに、何より恩人に礼を言わない訳にも───

 

「変だよな......。こっちに来る前はわざわざ礼を言いに行こうなんて考えてたか?......まあいいか」

 

───とにかく、ラグナは地底に向かうついでに文に礼を言うために歩き始めた。

 

歩いてから五分ほどすると、遠くを歩きながらラグナを見張る様な視線を感じるようになった。既に人里からは離れているから、妖怪の類だろう。

 

「出て来いよ。そんな遠くで見てちゃ俺の事なんざ殺せもしねぇぞ。ま、そうでなくとも殺されてやる気はねぇが」

 

 

 

それからというものの、道中は平穏とは言い難かった。出会い頭に襲いかかって来る妖によって、度々足を止めさせられてしまうからだ。普通に歩いていけば一時間かからないような道だというのに、妖怪達に襲われるせいで既に二時間半もの時が経過していた。

 

以前襲われた時は、人里に向かおうとした時に一匹、人里を出て神社に向かう時に三匹相手に取った位だったのに、たったこの二時間で既に十二匹を切り捨てていた。

 

「まだ来んのか!?」

『我らが同胞の敵ぞ!かかれっ!』

『狼共に遅れを取るな!我らも続くぞ!』

「チッ!死にたがりかなんだか知らねーが、来るならもっと束になってこいよ!いちいち戦わねーといけなくて面倒くせぇんだよ、このタコ!!」

 

ラグナが叫びながらも迫る狼や怪鳥を相手する。

狼をデッドスパイクで牽制しつつ、高く跳んで巨大鳥を切り付ける。ソウルイーターによる攻撃を二回、剣による斬撃を二回食らわせたところで、狼を巻き込むように鳥を剣先に突き刺して体重を乗せ急降下する。

 

「『ベリアルエッジ』!」

『ぎゃああッ!?』

 

狼が一匹巻き添えを食い、そのまま鳥と共に動かなくなった。しかし、それに怯むことなく妖怪達はラグナに向かってくる。剣を振り回して遠ざけるが、他の個体がやってきてラグナを徐々に囲もうとしている。

 

「やべ!」

 

ラグナは大軍に対して一度に薙ぎ払えるような広い範囲の攻撃能力を持っていない。そのせいで倒しても倒しても湧いて出てくる狼と怪鳥の群れに少しずつ押されそうになっていた。

 

「オラァ!喰らえっ!」

 

蹴りに続けて繰り出す剣撃で新たに二匹を撃破するが、敵が減らないどころかより一層その数を増している様な印象さえ受ける。実戦慣れしていない統制機構の半端な衛士と違い、こいつらは術式を使わないとはいえ軽やかなフットワークに綿密に編まれた陣形、そして何よりもそのチームワークが遺憾無く発揮され、それがラグナを苦しめている。

 

「クッソ!キリがねぇ!」

 

そう思ったのも束の間、度重なる攻撃にすっかり体力と集中力を奪われていたラグナは背後から迫る狼に気付かず、振り向いた時には既に目の前まで迫ってきていた。そのまま剣を握っていた左手に噛みつかれてしまう。

牙が食い込み、鋭い痛みが走る。

 

「痛ってぇ!この野郎......『障壁解放』!」

 

右手に力を込め、貯めた魔素を瞬時に放出する。魔素は小規模の衝撃波となって狼を吹き飛ばす。

 

「クッ...........やべぇ、マジで疲れんな......」

『今だ!畳み掛けよ!』

「クソが!少しぐらい休ませろよ!」

 

続いて四匹の狼と二羽の怪鳥が飛びかかってくる。

 

「『カーネージシザー』!」

 

一度目の切り付けで一匹の狼を、二度目の瘴気波で更に二匹を吹き飛ばす。が、残った一匹の狼と二羽の鳥には攻撃が届かず隙を晒してしまった。慌てて剣を構え直そうとするが一瞬遅かった。

 

「グアアッ!?」

 

右足と左腕に噛み付かれ、激痛に喘ぎ大剣を落としてしまった。更に畳み掛けるように狼たちが押し寄せるのを見て少し強硬手段に出るしかないと踏み、丁度良く集まった魔素を全力で解放してその動きを活性化させる。

 

「『イデア機関接続』!」

『チィッ!厄介な!』

 

ラグナから放たれる黒い気配を感じ取って狼も鳥も少し後ずさりする。その機を逃さなかったラグナは高く跳び上がって、なんと空中で向きを変え、群れから少し距離を離した。そのまま近付いてくる鳥を、牙のような蹴りで薙ぐ。その内地面に降り立ったラグナは、咄嗟に抵抗手段を思いつき、実践した。ぶっつけ本番だったが仕方がなかった。

 

「テメェら......闇に『呑まれろ』ッ!」

 

そう言うと、ラグナは黒き獣が眠る右手に力を込める。瞬間、狼達のいた地面が隆起し途方もない量の黒く濁った瘴気が、ラグナを中心に辺りの狼を呑み込んでいく。それは高く飛んでいた怪鳥達も例外ではなかった。

 

「グッ......オラァァァアアアッ!」

 

『凄まじい威力だ!散れ!逃げろぉ!』

『ま、巻き込まれ──!?』

『力が......力が吸われる!助けてくれ!』

 

妖達にとってここは阿鼻叫喚の地獄となった。逃げ惑い、そのまま瘴気の海に呑まれる者もいれば、その強さに唖然としたまま波に攫われる者もいた。ラグナはラグナで、今まで使った事の無い様な思いつきの技をここまで酷使している為に体力の限界も近かった。

 

やがて力を使い果たし、地面に膝を着くと、偶然生き残った者や瘴気の海の範囲から逃れられたモノが一斉にラグナに牙を向いた。しかし、ラグナには抵抗するだけの力が残っておらず、迫り来る狼達をただただ睨みつける事しか出来なかった。その内辿り着いた一匹がラグナの頭を噛み砕こうと飛びかかり、その牙はラグナを捉えた。そしてそのままラグナに牙が届───

 

 

───かなかった。

 

『ぐえぇッ!?』

「ざんねーん、さようならー」

 

少女の声でそう聞こえた時には何故か吹き飛んでいた筈の狼は、地面に激突する前にまばらに切り付けられ、痛々しい切創が身体中に残っているのが見えた。その不可思議な力に恐れをなしたのか、これ以上の損害は認められなかったのか、狼は撤退し、比較的被害の少なかった怪鳥も狼を見て姿をくらました。

 

「だ......誰だ?」

「私だよー」

 

そう言って目の前の空間が歪み、一人の少女の輪郭が顕になっていく。銀色の長髪を風にたなびかせて目深に被った長鍔の帽子を指で押すと、その整った顔立ちがはっきりと見えた。

 

「お、お前は......?」

「私はこいし。あなたの嫌いな妖怪よ」

 

そう言ってくるりとその場で回って自分の近くを漂う球体をラグナに見せつける。ボールか何かだと思っていたそれは、よく見れば閉じた瞳だった。瞳から繋がる管がドクンと脈動していた事から、それは作り物ではなくて目の前の少女の身体の一部なのだとわかる。

 

「嫌いなのは襲ってくる奴だけだ。助かったぜコイシ」

「いーのいーの。私が貴方を気に入って助けたんだから」

 

そう言うとこいしはラグナの手を引く。向かう先が妖怪の山だと知っていたのか、その方向は間違いなくラグナの進んでいた道の先だった。

 

「........お前、着いてくんのか?」

「当たり前でしょ?私のお気に入り、つまり()()()なんだから」

「ハァ!?」

「え?」

「え?じゃねぇよ!何勝手にペット認定しちゃってんの!?むしろこっちが『え?』なんですけど!?」

「もー、ペットなのにうるさくしちゃ駄目でしょ?」

 

頭を抱える。面倒な奴に助けられてしまった。少なくともラグナにとってあの『レイチェル』よりも面倒そうだと感じていた。あのドS吸血鬼でさえ()()だとかそのレベルだったのに、この少女からはなんとペットと認定されてしまった。

 

「わーったよ。俺は妖怪の山に行く。お前は着いて来なくていいから。いいか?絶対着いて来んなよ」

「えー?やだー着いてくー!決めた!何がなんでもあなたを私のペットにしてあげるわ!」

「それをやめろって言ってんだよ!はぁ...........ハハ」

 

ひとしきり怒鳴ったあとため息をついて、ふと笑ってしまった。こいしが怪訝な表情を見せてラグナに問う。「なんで笑ってるの?」聞かれたラグナは暫く頭を回したあと、こう答えた。

 

「昔な、お前みたいにわがままでうるせぇ奴が居たんだよ。そいつと話してんのを思い出してな」

 

あの時を懐かしく感じてしまった、とは言えなかった。理由なんてわかりきっている。口には出せないが恥ずかしいからだった。「へんなの」と言われるがそんなの知った事ではない。こっちにはプライドというものがある。

 

「まあいっか。あなたの行く先が私と被ってただけだし、私もあなたに着いてくよ。........そういえば名前」

「あ、ああ。確かに名乗ってなかったな。俺はラグナだ」

「ふーん、よろしくね、ラグナ」

 

その言葉に同じく「よろしく」と返してまた歩き始めた。こいしは目の前をスキップしていたり歩くラグナの周りをうろちょろしていたりと落ち着きが無かったが、その内飽きたのか普通にラグナの斜め後ろを歩いていた。

 

 

 

 

歩いて三十分程経った頃には妖怪の山のほぼ全貌が見渡せる距離まで近付いていた。山がほぼ眼前まで迫った所で、ラグナ達はその異変に気が付いた。

 

「......金属が打ち合う音...........!?」

「多分剣と剣のぶつかる音...........ラグナ、助けに行く?」

「当たり前だ!急ぐぞ!」

 

走り出すと、こいしもそれに続いて低空を飛び、ラグナに追従する。森の入口辺りに着いた所でその異変の一端が顕になった。

 

「ふん!はっ!」

「甘い!そこだ!」

 

なんと天狗達が山に住み着いていた他の妖怪と斬り合いをしていた。天狗達は鋭く研がれた刀を用いて対手と剣戟を重ね、対する他の妖怪は数に物を言わせた物量で一匹の天狗を押し込もうとしていた。その妖怪達は殆どが先程ラグナが戦っていた様な狼姿に加え、幾らかの隊に分かれた狼妖怪を指揮する人の様な姿の狼もいる。

 

狼達がそれぞれ固まって行動し効率的な戦い方をする中、対する天狗達はというと、各所で孤立してしまっている為に特段強力な技を持たない者は防戦一方で、どうにも反撃できる様子ではなかった。

 

「皆奮戦せよ!天狗の威信にかけて我らの山を守れ!」

「くそ!お前達、何故我らに牙を向く!?」

 

天狗たちの悲痛な叫びが、最早戦場と化した妖怪の山にこだました。妖怪達はそれに耳を貸さず、ひたすら攻撃に攻撃を重ねている。一人が押され始めたのを皮切りに、どんどんと狼達は天狗の防衛線を崩し、山腹へと突撃していく。

 

「いかん!射命丸殿!」

 

それに気が付いた天狗が文の名を叫ぶと、他の場所から一人の天狗が飛翔し、山奥へと突進していた狼の眼前に降り立ち、その瞳を敵に向ける。その瞳を形容するなら、普段温厚に振る舞っていた彼女からは想像出来ない程の憤怒、という言葉が似合っていた。

 

「私は普段怒らないんですよ。滅多に怒るような事が無いのですよね。だから...........本気で怒るのは、今日だけですよ」

 

その鬼のように鋭い視線を向けられて、思わず狼はたじろぎ、後ずさりするが、それも一瞬。続々と文に牙を剥く妖狼を前に、憤怒の表情を顕に、右手に刀と左手に団扇を構え、静かに呟いた。

 

「塞符『天孫降臨』」

 

 

 

 

 

 

 

ラグナが他の天狗に助太刀するため、大剣を構えて腰を低く落とし、目にも留まらぬ俊足で人狼に近付き、剣を叩きつける。そして勢いのままに瘴気を載せて一閃、人狼を吹き飛ばした。

 

「おい、大丈夫か!?」

「ラ、ラグナ殿か?何故ここに......いや、今は聞くまい。頼む!山の中腹に向かってくれい!天魔様の御身を御守りしたく剣を取ったが、この数を抑えるので精一杯なのだ!」

「おっし、任せろ!」

 

その言葉に同意したラグナは山を駆け上っていく。天狗はラグナの後ろに何か気配を感じ取ったが、迫る狼達に気を取られ、気配の察知は出来なかった。そのうち狼や人狼を斬り伏せた少数の天狗が他の仲間の元に向かうが、更に狼が増える事に気が付いて、戦いは暫く終わりそうにないと悟った。

 

 

 

 

 

 

「くそっ、テメェらなんでそんな数いやがる!」

『ふん!貴様らを殺し、山を我らの物とする為だ!』

「チッ、ふざけんな!この馬鹿が!」

 

余りに身勝手で傲慢。私利私欲の為に他人の命を危険に晒す狼を、ラグナは許せなかった。そしてラグナはその牙を存分に見せつける。大軍に怯むことなく斬りかかったラグナを狼達は迎え撃つが、多勢に無勢という言葉なんて関係ないとばかりに猛攻を重ねるラグナに、狼達は苦戦を強いられていた。運良く背後をとった筈の者も、何故か見えない者に斬られて斃れる。数多の物量が、たった一人の死神に質だけで抑えられていた。

 

「ねぇラグナ。戦うのって、楽しいの?」

「俺は面倒くせぇと思ってる!......クソが、邪魔だこの馬鹿狼が!どけ!『インフェルノディバイダー』!」

「おー!凄い飛び上がり!あなた本当は妖怪なの?」

「違ぇよ!......チッ、まだ来るぞ!」

 

ラグナとこいしは、やがて狼の屍体の群れに埋もれていった。

 

 

 

 

ラグナよりも少し奥、天狗の村の中程で天狗が六人、対する百匹近い狼妖怪ににじり寄られていた。その天狗達の中にはラグナと一度は斬り合った犬走椛と、天狗随一の練達の剣客である鞍馬がいた。

 

「椛殿。この戦況如何なものと捉えるか」

「丁度狼百匹斬りがしたかったんですよね、とでも言っておきます。数が面倒ですね......」

 

迫り来る狼達に、椛の同僚である白狼天狗や、剣が得意では無い天狗は一歩二歩後ずさりしてしまうが、鞍馬と椛が堂々と剣を握って対勢を見つめているのを見て、自分達もと剣を握り直し、彼女達の横に並んだ。

天狗達の守る道の後ろには巨大な社が静かに佇み、それは天魔の住む、天狗にとって最優先に守らねばならない場所だった。狼達の最終目標は天魔の社の制圧だと悟って、何人もの天狗が狼の征伐に向かった中、剣術の達人である鞍馬を始めとした天魔の近辺警護や山の見回りを主任務とする六人が集まったのだった。

 

「貴様ら!今一度問う!我等が天魔様にその牙を剥くという愚行、わけを話さば斬り捨てる!」

『黙れェ!お前ら天狗が山を牛耳る時代は終わった!我々妖狼があの方の力を経て山の神を捩じ伏せ、この山の主と成るのだ!幾度でも言おう!天狗は我らの未来に必要無い!』

 

狼達を指揮する人狼が声高に主張すると、鞍馬の問いをかき消す様な勢いで同意の雄叫びが戦場に響き渡る。その様子を見て鞍馬は顔を顰め狼を罵った。

 

「この愚者共め!数で我らを押そうなど笑止!天狗と狼では天と地ほどの差があるのだ!皆、かかれ!」

「「「うおおおおおおっ!」」」

 

鞍馬の啖呵を切ったその言葉に圧されて狼が激昴する所に、他の天狗が斬り掛かる。鞍馬もその相棒を構えて向き直り、黒い翼をばさりと広げて飛翔し、狼の群れに突っ込んだ。

 

 

 

 

「『レイビーズファング』!」

 

椛の新たな剣技が狼に炸裂する。ラグナの必殺技『ヘルズファング』にインスピレーションを得た技を遺憾無く発揮する。盾を眼前に構えて突撃し、手応えのあった敵を滅多斬りの憂き目に会わせる。その目にも留まらない程の速度の連撃は椛を囲っていた狼達にも無差別に向かっていく。剣戟が質量を持って衝撃波となり、狼を斬り付けるのである。その衝撃波が消えるまで、射線の上にいた狼は鋭く切りつけられていた。

 

「『紫電・残光』ッ!」

 

それに乗じて鞍馬も自身の技を披露する。紫電の名が冠する様に、五連続の剣筋がまるで紫色に光り輝き、目の前の五匹の敵を確実に真っ二つに斬り裂いた。そして残光の名の示す通りに紫電は一層輝きを増し、光に飲まれた他の群れを一瞬で斬り裂いた。光は消え、たった一瞬で九匹もの狼が倒れる。

 

他の天狗達も強い技を持たないものの大多数の妖狼を前に大立ち回りを見せる。その動きは人間で言えば間違いなく達人と呼ばれるそれであるが、鞍馬や椛の様な剣技のエキスパートに言わせれば、まだ天狗としては不十分なのだという。

しかし、その剣は間違いなく狼達の群を裂いていき、また天狗達にも確実な成長をもたらしていた。

 

「甘いですよ!ここッ!」

『ぐおおおおっ!』

 

「散れ、愚狼め!最早ここに貴様らの居場所は無い!」

『黙れこの糞鴉共が!妖狼の意地、とくと見よ!』

 

天狗達の気迫に、人狼らはその根性と意地で無理矢理食らいつく。各地がどのような戦況かわかっていない以上、これより増援は期待出来ないのは互いに同じだった。但し、狼側は天狗を倒す事に成功した群れが続々と天魔の社の前に集まっている為、倒しても倒しても数が減る事はなく。

 

「鞍馬さん!無事ですか!?」

「椛殿!いやはや、雑魚の相手にも飽き飽きしている所だ!」

 

飛びかかってくる狼を軽くいなしながら会話を進めていく二人。話しながらでも全く隙の見当たらない二人に、他の天狗も戦意を向上させていく。そうこうしている内に鞍馬と椛以外の四人の天狗は負傷し、互いを守る形で陣を組み、後退する。狼との戦線に残されたのは椛たちだけだった。

 

「鞍馬様!椛殿!すみません!我々は一度後退します!」

「良い!死ぬなよ!」

 

下がっていく天狗達を後目に、二人はどんと構えて動かない。その二人を見て好機と捉えた妖怪の群れは続々と襲いかかっていった。次から次へと斬り殺されていく妖狼達の返り血を浴びながら、二人は長らく忘れていた戦乱の味を思い出すのだった。

 

 

 




『塞符『天孫降臨』』

元は風神録文の難易度ハードで見られるスペルカード。団扇を仰いで出来上がった風神の風を刀に込めて一太刀、横に薙ぐディストーション。イメージとしてはハクメンのAH悪滅の初段だけバージョン。


『レイビーズファング』

ラグナのヘルズファングの様な突進の後、ヒットした敵に、斬撃を猛スピードで浴びせるディストーション。オーバードライブ中は斬撃に衝撃波が追加されて一から二回の多段ヒットが見込める。


『紫電・残光』

何気に初戦闘の鞍馬のディストーション。目の前を五回斬った後、残った光が斬撃となって敵を襲う。オーバードライブ中は残光が眩く光り、範囲とダメージが増す。上に範囲が広いので対空向き。



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第十一話 一難去ってまた一難

前回のあらすじ

人里を出た後、大量に現れた妖狼の群れに襲われたラグナ。
狼の大群の前に危機が迫ったが、何処からか着いて来ていた妖怪少女『古明地こいし』に命を救われる。
ラグナはこいしと共に妖怪の山を目指す。

到着した時、妖怪の山は天狗と妖狼の二勢力との争いで敵味方入り交じっての大混戦の様相を呈していた。
世話になった恩もあって天狗に手を貸し、狼を斬りながらこいしと共に天狗達の首魁『天魔』の元へ向かう。
一方、天魔の社がある『天狗街中央広場』では、数多の妖狼に対し天狗はたった六人で応戦していた。


ラグナとこいしが狼達を屠り終えた頃には、妖怪の山の山道は数え切れない程の妖狼の躯と血液に覆われていた。天狗達にも少なからず犠牲者が出たのだろう、最初に戦っていた天狗の数と生き残った数は一致しなかった。

生き残った天狗の一人がラグナの元に駆け寄ってくる。

 

「ラグナさん!来てくださったんですね!」

「一体どういうことなんだ、これ。妖怪の山の主勢力は天狗であって、あいつら狼じゃねぇ筈だろ?」

「それが...話せば長くなるのですが、よろしいですか?」

 

その言葉にコクリとラグナが頷くと、天狗は一呼吸置いて話し始めた。彼女の日常から始まって、非日常へ移っていったその経緯を。

 

「最初は山の巡回任務中でした。狼さんが見えたので、いつものように挨拶したんですよ。普段は返してくれる者もいたのですが、今日は一匹も返してくれなかったんです。この時点で疑うべきでした...........。そのまま帰投して、他の同僚と交代したんです。暫く友達と将棋を打っていたら外から声が聞こえて、慌てて飛び出してみれば、そこら一面血と狼とで溢れていたんです。私達も応戦していたんですが、あの状況は多勢に無勢と言うべきでした。私たち一人一人は千疋狼に負けるはず無いんですが、今日はどうにも調子が悪かったんです。一人また一人と倒れていって...........。気付けば私だけしか居なくて敵も味方も皆死んでいたので、今私達がいる広場で別の隊と合流して、戦っていました。そこからはラグナさんが来たので何とかなりました。本当にありがとうございます」

 

所々で止めつつも全てを話し終えた白狼天狗の彼女は、ふぅと息を吐いた。それは顔見知りがいて安心した様な面持ちだとラグナは見た。

 

「そうか...........アヤ達は無事なのか?ハタテは?あいつは確か戦えねぇはずだったと思うんだけどよ」

「文様は......わかりませんが、あの方なら狼程度に後れを取ることはないでしょう。はたてさんの様な非戦闘員は天魔様のおられる御社で守りを固めていたはずです。案内は必要ですか?」

「いや、いい。お前は他の天狗を助けてやれ」

 

そう言うと、その白狼天狗はコクリと頷いてラグナに背を向けて走り出した。その手に握られた刀には多量の血がべっとりとこびりついており、先程まで彼女がいた戦場が凄惨であった事が伺えた。

山の上からはまだ鬨の声が上がっているのが聞こえる。

 

「コイシ、いるか?」

「はーい」

「うおっ......お前はあの天狗について行ってくれねえか?俺は仲間を助けに行く」

「えー?」

「我儘言うんじゃねえ。お前だから頼めるんだ。いいな?」

「......わかった。大切なペットのお願いだからね!」

 

そう言ってこいしはふわりと宙に浮き、木々の奥に消えていった白狼天狗を追っていった。

 

「さってと...........俺も行くか」

 

ラグナも息を深く吐いて少しの間肩の力を抜いていたが、やがて血塗れの山道を見据えて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、数多の狼を前に一歩も退かない壮絶な戦いが椛と鞍馬が立ち戦う戦場を支配していた。軽口を叩いていた二人も数を前にして話す余裕が潰え、無言で敵を見据えて剣を振るっている。

やがて痺れを切らしたかのように鞍馬が叫んだ。

 

「椛殿!無事か!?」

「こっちは大丈夫!そちらは!?」

「変わらん!」

 

時折、相方の無事を確認してからすぐに戦闘に集中し直す。鞍馬の少し離れた場所で、椛が盾と剣を器用に使って相手を確実に葬っていく。既に二人とも殺した数は百を超えそうな所だった。

 

『クッ!この数で囲っておるというのに!化け物め......』

「甘いわ!私が鬼と相対した時はこの様なぬるさではなかったぞ!数にものを言わせる時点で貴様らの負けだ!」

『減らず口を!誰ぞ、その生意気な鴉を討ち取れ!』

 

焦っているのか、鞍馬の軽い煽り口にも誘われて、椛の方に向かう敵が少なくなった。その隙を突いて椛が力の限り暴れれば、そちらに注意が向いた妖狼を今度は鞍馬が斬り捨てていく。極まった実力と互いを守ろうとする意志によって、この二対多は成り立っていた。

 

互いが刃と牙をかち合わせていた時、突然空が暗くなり、辺りが怪しい光に蝕まれる。それを肌で感じとった両名は立ち止まり、その光の現れた場所を見やる。

 

『お......おお......!あの方が参られた!お前達、この戦い勝て───ガッ!?』

『ごちゃごちゃうるせぇっての、クソ犬』

 

光の影から現れたその体は瞬く間に指揮を取っていた人狼を暗い色の刃で刺し殺す。その光景を見た椛と鞍馬、そして配下の妖狼は戸惑った。

 

「なんだ、あのドス黒い気配は......っ!?」

「鞍馬さん!私達では手に負えません!引きましょう!」

 

狼が呆気に取られているうちに踵を返して全力で飛び、走る蔵馬と椛。それに気が付く事なく、妖狼達は急に司令塔が失われた事による混乱で自身がどう動くべきかわからず、やがて一匹の妖狼の叫びでバラバラに逃げていった。

 

『おいおい、何処に逃げようとしてんだ鴉共?俺様を見ろ......そして恐怖しろ!』

 

そう言いながら、あの体は手から何か深緑色の鎖とも縄とも形容しがたい物を伸ばして妖狼達を裂き、切り刻んでいく。その様子を後ろ目に見た二人はその様子に無限の悍ましさを感じ、その残虐さに恐れを抱いた。

 

 

 

 

そして、気配は一層濃くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんだ、ありゃ......まるで()()()みてぇな嫌な感じがしやがる......アヤ、無事でいろよ......!」

 

呟きながら全力で山道を駆け上っていくラグナ。その額には大粒の汗が垂れていて、走ってから既に数十分は経っていただろう事が伺えた。

ラグナが道順通りに進んでいると、ふと地響きがなる。見れば、正面から何かが雪崩てきていた。身構えてよく見えるのを待てば、それらは波のように迫り来る妖狼の群れだった。

 

「チッ、まだ戦い足りねぇってのか!?」

 

そう言って剣を構えて腰を落とし、臨戦の構えを整えた。来る、と思って剣を振ろうとするが、こちらに襲いかかろうとしないのか脇目も振らずにラグナの脇を通り過ぎていく。呆気に取られていた時、狼の一匹が他の群れに叫び呼びかけたのか、その声がラグナの耳にも届いた。

 

『お前達も逃げろ!武疾須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)様が来る!』

「武疾スサノオ...........まさか!」

 

聞いたことのある呼び名にラグナの顔が青ざめていく。そして青は怒りの赤へと代わっていく。忘れもしない、あの時の記憶が呼び起こされる。ラグナから一度全てを奪った男の顔が脳裏をよぎった。

 

「................クソッ....!」

 

ラグナはもう一度剣を仕舞って全力で走り続けた。

 

 

 

 

 

 

場面は変わって、天狗街中央広場。

あまりにも場違いすぎる程の強力無比な力を持つ()()を前に退いた鞍馬、椛の代わりに戦線に出てきたのは、なんと彼女達が守る筈の天狗達の首魁『天魔』だった。天魔の後方から、彼女を呼び止める声が聞こえてくる。

 

「天魔様!危険です、おやめ下さい!」

「私も共に行かせてください!天魔様!」

 

そんな彼女に当てられた声を、腕を挙げて止める。

 

「安心しなさいな。儂だって力は衰えても天狗の神さ。あんな破壊者にだって抵抗くらいは出来よう」

『おお?ザコの中にもちょっとは良さそうな奴がいんじゃねえか。よう、元気そうだな、クソガラス』

「久しいな『武神(タケガミ)』。お前が一番強かったあの時に比べりゃあ随分と矮小でちっぽけな『形』になってしまったなぁ。仲間として儂は情けなく思うよ」

『うるっせぇ。テメェも弱くなってんのは変わらねぇだろうが?あん時と同じ目に会わせてやろうかぁ?』

 

深緑色の気を身に纏う『武神』と天魔が睨み合う。

 

「鞍馬殿......あんなに怒る天魔様を見た事がありますか」

「..........あの方の凄まじい怒りを感じたのは初めてだ」

 

天魔の背からは、まるで空を覆うような錯覚を受けるほど巨大で荘厳な黒い羽根が伸びている。その羽根は風に吹かれて靡いており、時折落ちてくる葉を鋭く裂いた。

 

『おいおい、そんな怒ってんなよクソガラス。俺様とテメェでちょいと手を組もうって言ってんだよ』

「はっ。果たして組む手があるのか、お前さんに」

『うるせぇぞクソガラス、テメェは黙って俺の言う事を聞いてりゃいいんだよ』

「......まあ、昔の喧嘩仲間の好だ。話くらいは聞いてやる」

 

そう言うと天魔は羽根を収める。それと一緒に武神も周囲に散らばっていた黒い気配を抑える。

 

『で、ちょっとやって貰いてぇことがあんだよ』

「......なんだ?」

 

聞くと、武神はなんとも恐ろしい提案を天魔に話し始めた。

 

 

『まず俺様の器『須佐之男(スサノオ)』の回収。んで、次が一番大切だ。─────山の神を殺せ』

「やはりお前と我らは相容れん!『轟破風神』!」

『ま、最初から期待なんてしてねぇよ!『大蛇滅殺』!』

 

二人の技が激しくぶつかり合った。武神の一太刀から発する台風の如き無数の斬撃と、天魔の掌から敵を潰さんとばかりに吹き出される刃と化した風。あまりにも強力な攻撃と攻撃のぶつかり合いに、大地は激しく揺れ木々は吹き飛び、地面は抉れていく。

 

「衰えているというのは本当かな、この様子じゃあ......ッ!」

『俺様だって殺せりゃとっくにテメェを殺してるわ!』

 

二人が話している間、天魔に仕える天狗たちは固まったままだった。今までの天魔からは考えられない程の力と怒りを感じていると言うのに、あの『武神』とかいう奴はまったく引けを取らない......それどころか、少しずつ天魔を押している。その力に恐怖した天狗達の刀を持った腕は震え、抜き身の刃がカタカタと震えていた。

 

『テメェの可愛い可愛いザコ共の恐怖を、感じるぜぇ天魔ちゃんよォ!これだよ、この感じ!俺様を恐れ、崇めるこの感触!たまんねぇぜ......!』

 

そう言いながら武神が身を震わせるとその力強さはより一層大きくなり、既に天魔の力を持ってしても抑えられるか、という次元にまで到達してしまっていた。

 

「チッ......!お前達!奴を恐れるな!奴の力の源はお前達から感じる恐怖だ!お前達は強い!そう思い込め!」

 

しかし、その言葉に呼応したのは僅かに数名。他の天狗は皆、未知の存在に恐怖してしまっていた。

 

「(......くそ、奴の影響下じゃ恐れない方が無茶か!)」

 

少し考えて、天魔は武神から離れた。

 

『どうしたよ。俺様に『恐れ』をなしちまったのかぁ?』

「......クッ!」

 

天魔でさえ重たいプレッシャーに一瞬怯んでしまう。さてどうしたものかと悩んでいると広場の奥、麓から続く山道に赤い何かが見えた。腰の後ろには血に染った鋭い大剣が、走ってくるそれに揺られている。そしてそこまで認識してようやく赤い何かの正体がわかった。

 

「......ラグナ!?」

「『ヘルズファング』!」

『───おおっと、危ねぇな!』

 

出会い頭に全力の一撃をぶつけんとばかりに拳を突き出したラグナ。当たりはしなかったが、武神を天魔から引き離す事には成功した。そのまま武神を睨みつける。

 

「なんでてめぇがここにいやがる......テルミ!」

『テルミだと?はぁ、何言ってんの?俺様は武疾須佐之男!そんなヘンテコな名前じゃねえよなぁ!!』

「何言ってやがる!......てめぇは俺がもう一度殺す!」

 

そう言ってラグナは右腕をもう片方の腕で抑える。その瞬間から、ラグナの周りでは不吉な色合いの瘴気が辺りを漂い始める。天満はその謂れもない力に固唾を飲んだ。

 

「本気で行くぞ......『ブラッドカインイデア』!」

 

『おーおーおーおー、張り切っちゃって。何分持つかな?いや................ククッ......何『秒』か!ヒャハハッ!』

「チッ、いつもいつも気分が悪くなる話し方しやがる!」

 

「ラグナ!儂も微力ながら手を貸すぞ!」

 

ラグナに向かって手をかざす天魔。すると、天魔の僅かながらも強大な力が、ラグナの辺りを包み込んだのを感じる。妖力を使って障壁を作り上げたのだ。

 

「そう言って、無理すんじゃねぇぞ!」

「儂を誰だと思って───っぐうっ!」

 

彼を心配させまいと吐いた嘘は直ぐに露呈してしまう。そのまま申し訳なさげに天魔は前線から身を引いた。それと同じタイミングで何かが羽ばたく音が聞こえる。

 

「鴉羽......。まさか......文か!?」

「アヤ!?こっちに来てんのか!」

 

上を見上げると、太陽とちょうど重なるように黒い物体が飛んでいる。逆光で姿が上手く見えないが、その黒羽根が文であると直感させる。文は暫く空を飛んでいたが、数秒の内に急降下して、ラグナと天魔の前に着地した。

 

「待たせましたか、すみません。敵を斬るのに夢中で」

 

そう言われれば、文の右手に持つ刀には血がこびりついている。それも仕方ないのかもしれない。聞けば、今の今まで他の天狗を助けて回っていたというのだ。しかし、服には一点の汚れもない。彼女の素早い身のこなしが服に血が着かないように立ち回るという事を成させているのだ。

 

「テルミに近付くな!アイツは今、誰にも殺せねぇ!」

「......どういう事ですか?」

 

「あん時は幾つもの()()が重なってようやくアイツを殺せた。でも今はそれがねぇ。倒す事は出来ても()()()()んだ!」

 

「ッ......そんな馬鹿な事がありますか......!」

 

ラグナが、どうして武神を殺せないのかを説明する。それを聞いた天魔は疑問を抱いた。

 

(こやつ......()()()()ておる...........彼奴の神として持つ秘密を、なぜこやつは知っておるのだ?それに()()とはなんだ?如何様な奇跡があって武神を殺せたというのだ?)

 

もはや力を出し尽くして動けない天魔の思考に答えを教える者はいない。そこにいたのは、神と神に対する二人の英雄だった。ラグナが剣を握って突っ込む。それを武神は迎撃しようと深緑の鎖をラグナに撃ち込む。が、それを風で防いだのは文だった。文の持つ団扇で風を巻き起こし、天魔の妖力障壁と相まって鎖を寄せ付けなかった。

 

「テルミィィィィィィ!」

『チィッ!ザコがいきがってんじゃねえよ!』

 

ラグナが二度剣を叩きつけ、それを武神は鎖で容易くいなす。金属の打ち合う音とも違う、頭に重く響く悍ましさを感じる重音が聞こえるもの達の耳を劈く。

 

「テメェはもう一度俺が殺す!」

『ザコが、死ね!『断チ斬ル閃刃』!』

 

武神が低く腰を落とす。手を握るとそこから黒い剣のようなものが象られ、それを使い潰すかのような豪快さを持ってラグナに叩きつける。攻撃しようとしていたラグナはとっさの防御に間に合わず、振り下ろそうとしていた剣を盾代わりに使う事で何とか被害を最小限に留めた。しかし、それでもラグナへのダメージが大きく、吹き飛ばされて地面に叩きつけられた事もあって肺に空気が行かず、上手く息を吸えなかった。

 

「カハッ......!」

『ヒャハハハァッ!どうしたザコが!俺を殺すんじゃねぇのか!?ああ?...........身の程を弁えよ』

 

息も整わないまま唐突に変わった口調にラグナは驚いた。それは、確かにかつて神という存在に感じた恐怖を携えており、同時にテルミが器とするスサノオから感じる怒りさえ纏っていた。

 

『『討チ狂ウ鬼神ノ──』───っと危ねぇ!』

「ラグナさん!起きて!時間を稼ぐんですよ!」

 

武神の攻撃を文がその力で牽制する。武神とラグナの間に立ち、全力で風を巻き起こす。同時に炎も呼び出し、火と風で武神をそれ以上寄せ付けなかった。

 

「......クッ、ウグゥ......くそ、強え......」

 

ラグナが呻きながら起き上がり、悪態をつく。

 

「(......聞こえる、ラグナ?)」

「まさかハタテか!?無事だったのか!」

 

声が頭に響いた。聞いた事のある声の主は姫街道はたてだった。はたてはラグナに一つだけ、役割を伝える。

 

「(聞いて、時間が無いの。私達の『事象の具現化』の力を使ってアイツを封印する。時間稼ぎ、頼める?)」

「上等!俺がテルミを抑えとく!頼むぜ!」

 

そう言ってラグナはもう一度駆け出す。走りながら右手を掲げ、文言を唱え力を込める。そうすると手袋に着いていた装飾はその殻を開く。そこから大量の瘴気が溢れ出した。

 

「イデア機関接続!ブレイブルー起動!」

『チッ......少し面倒だな』

 

武神がラグナから距離を取り、腕をかざす。すると掌から鋭い針のような弾丸がラグナに飛んでいく。それを剣で弾き飛ばし、更に距離を詰める。武神に近付くと、微動だにしなかった筈の武神の表情が僅かに曇った。

 

『クソが!寄んじゃねぇ!』

「無駄だ!『カーネージシザー』!」

『ぐっ!───ぐおおあっ!?』

 

剣で叩きつけ、バウンドした敵を吹き飛ばす。長いことこの技を愛用してきた為に動きもとても洗練され、より一層その凶悪さを発揮する。名に殺戮と付く通りの力を見せつけ、武神の胴を鋭く斬りつける。

 

「どうした、立てよ。俺はザコなんじゃねぇのか?」

『調子乗ってんなよ!このザコがああああああああっ!!』

 

武神が凄まじいスピードの猛連撃を繰り出す。それに剣戟を載せて受け流す事でなんとか対応する。それでもその一撃は重く、ラグナは体幹を崩しそうになっていた。

 

 

 

「(避けてラグナ!)」

 

準備が終わったのか、はたての声がラグナの頭に響く。それを聞いてラグナは走って離れようとしたが、武神が目の前に迫って来ている。このままでは武神諸共封印されてしまう。

 

『テメェだけは俺が殺す!』

「離れやがれ、このクソ野郎ぉぉーッ!」

 

振りかぶって、剣を投げつけた。

刃は武神に深く突き刺さり、一瞬怯ませることに成功した。そのまま全力で走り去る。武神の呻き声と、ラグナに向けた怨嗟の声が後ろから聞こえてきた。

 

『ぐっ...........てめぇえええええええ!!!』

「させません!......くっ!」

「アヤ!」

 

それでも尚ラグナを殺そうと鎖を伸ばす。それを文が庇い、腕の肉を削がれてしまった。そのまま鎖を引きちぎり、風神の神力を持ってして武神を一つの場所に封じ込める。武神の周りが鋭い閃光に包まれたかと思うと、武神は瞬く間に姿を消した。──いや、消されたのだろう。その証明として穿たれた草地が行なわれた事象干渉の強力さを物語っていた

 

「(具現化......終わったよ)」

 

はたてのその声が聞こえると同時に、文もラグナもその場に座り込む。文が痛そうな呻きを上げたのを見て、ラグナは文の元に駆け寄った。

 

「...........おいアヤ!腕、大丈夫か!?」

「あややや......正直に言いますと凄く痛っ.....いてて......」

 

シャツは切り裂かれ、服の下の柔肉はぱっくりと割れている。鎖の攻撃力の高さが頷けた。風神の力である程度は護られている筈だというのにその守りすら容易く貫通する、その威力には恐れ入るしかなかった。

 

「知ってますか、ラグナさん。妖怪というのはね、外傷にとても強いんですよ。それこそ腕の一本、すぐに生えるでしょう。でもね、痛みというのは全く軽減されません。.......っつー..........今、凄く痛いんですよね......っ」

「わかった......今傷を治せるやつを連れてくる!おい!医者はいねぇのか!?」

 

大声で叫ぶと、社のなかったから数人の鴉天狗が顔をひょこりと出す。そして文の傷の深さを見たのか、ラグナの医者を求める声に一人が応じた。そのあと、すぐさま何名かの鴉天狗が術書を携えて社を飛び出す。

 

「ここに!おい、こっちだ!文殿が傷付いておられる!」

「応!」「文様!」「ご無事ですか!?」

 

飛び出した三人はすぐさまラグナの横に滑り込み、文の容態を確認する。そしてそれを見た天狗のひとりが「拙いぞ」と、口に出した。何がまずいのか聞いてみれば、妖怪というのは外傷に強いが、内からの痛みに弱いのだと言う。所謂、精神的な傷だったり、病だったりと。今回の文のケースでは傷口から入ってくる病が危険だという。

 

「だったら中に運ぶぞ!病気に罹ったらやべえんだろ?なんか平たいやつ持ってこい!乗っけて運ぶぞ!」

 

そのうち三人天狗のひとりが大きな板に布を何重にも巻き付けて即席の担架を作り、ラグナの元に駆け寄った。「旦那、これで運ぼう!」よし、と頑丈さを確かめて、その上に文を乗せる。幸いにも怪我は酷くなかったので治療自体は簡単だった。後は病に気を配るだけだ。

 

 

 

 

 

 

静かになった頃、ラグナは天魔の社の奥に呼ばれた。天魔が佇んでいた上座よりも奥の空間で、茶と団子の置かれた質素な机を囲んでラグナと天魔は向き合っていた。

 

「.............ラグナ。お前さんに二つ、訊ねたい事がある。『彼奴を一度殺した』と言うたな。奴の名は武疾須佐之男命。言ってしまえば、本来儂では相手にもならんはずの大神。...........それを殺す方法は?」

「言葉で説明すんのは難しいな......とにかく、あいつに悪くて俺にとって有利な状況が幾つもあったからとしか」

 

「では二つ目だ。あの神は元々儂らが封じたもの。なぜお主が知っておる?」

「それも良くわかんねぇ。俺が戦った時はアイツは自分で『テルミ』って名乗ってた。でも今のアイツはテルミじゃねぇって言ってやがった........どういう事なんだ?」

 

それを聞き終えた天魔は黙りこくってしまった。考え事をしているのだろうか、煙管をふかしたまま俯き、何やら唸っている。暫くすると天魔が話し出す前に社の扉が開かれ、左腕に包帯を纏った文が姿を現した。

 

「アヤ!もう腕は良いのか?」

「良い訳ないですよ......まだ痛みます。それより今話していたこと、私なら力になれるかも知れません」

「本当か、文?儂でも彼奴をどうすべきかわからぬのだ」

 

そう言うと文はニヤリとほくそ笑む。

 

「『神』という存在は何で成り立っているか、義母様はご存知ですよね?」

「うむ。神は元来『信仰』を経て神になる。崇める対象として大衆から祀られねば、信仰を失った神は廃れ、力を失う。だから山の神は信仰されなくなった『外』を捨ててこの幻想郷にやってきた」

「はい。ラグナさん、あの神が失った物、ありませんか?」

 

そう言ってラグナは過去の記憶を掘り起こす。うんうんと頭を回し、テルミが弱体化した理由を思い出した。

 

「...........そうだ。アイツはスサノオ......つまり人にとって英雄として祀られる存在になった。でもテルミは人の恐怖心を糧にする...........そうかっ!」

 

「そういう事でしょう。スサノオは信仰を失った後、人からの恐怖さえ失った。だからラグナさんに倒せた」

「なるほどな......じゃが、天狗街を壊したのは奴だ。天狗達も皆、神への恐れは打ち消せぬじゃろう」

 

「そこに私の()()()()が来るんですよ」

 

文はウインクして、天魔とラグナの元を後にした。

 

 





『轟破風神』

天魔の強力なディストーションドライブ。敵に掌を向けて、そこから無数の真空刃を作り出して撃ち続ける。
相手の多段ヒット技に対抗出来るのはこの技だけ。


『大蛇滅殺』

正式名称『狂王ノ咆哮大蛇滅殺』。刃を錬成し、相手をひたすら切り刻むスサノオのアストラルヒート。全部が命中した時の総ダメージ量はどのキャラクターをも凌駕し、圧倒的な破壊力を見せつける。


『武疾須佐之男命』
タケハヤスサノオノミコト。あくまで本人はテルミではないと言っていた。天魔曰く幻想郷に長らく封印されていた神。その姿はラグナにとって嫌な意味で縁深い、スサノオユニットを纏ったテルミの姿。肉体は存在していないのか、斬った感触は無いものの、剥き出しの精神体にはダメージは通っていた。


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Another story 賢者は何を思う

 

 

「紫様」

「ああ、来たのね藍」

 

月夜を眺める麗しい淑女の後ろで、狐の尾、それも一本や二本ではない、所謂伝説に伝わる妖『九尾』の姿を見せる紫の式神は静かに、一言だけ口を開いてから待機していた。

 

「ラグナ=ザ=ブラッドエッジは天魔の封じた武疾須佐之男命を、天狗達と協力して再度不完全ながら封印に至ったようです...........改めて我らが封印し直した方がよろしいかと」

 

「いいえ藍。前も言ったけれど、ラグナは鍵なの。現代では複雑な形の鍵が用いられているけれど、それは少しでも形を間違えれば決して錠とは合わなくなってしまうわ。貴女が今提案した事は、それに等しい行為なの。私たちは彼に干渉するべきではないのよ」

 

「ですが!再度須佐之男の封印が解かれれば、それは間違いなくこの幻想郷にとっての驚異になる!いえ、下手をすれば紫様!貴女様の身の危険すらあるのです!」

 

それに───と、続けようとした藍の口を、閉じた扇子の先を押し当てて黙らせる。その瞳は憂いを帯びた美しさを備えており、彼女の式である藍でさえときめいてしまいそうになる程のものである。

 

「あのね、藍。よく聞いて頂戴?」

「......はい。なんなりと」

 

「幻想郷は、『何者からも忘れられた全てを受け入れる』事はよく知っているわよね?残念だけれど、ラグナは私が境界を開いて連れてきたという訳では無いのよ。つまり、彼は同じく幻想郷のルールに縛られているの。ルール、覚えているかしら?」

 

「一、人は妖と均衡を保ち、接さぬ。二、妖は里には入らず、理性的で、人を食わぬ。三、これらを破るべからず................彼は、人なのですよね?」

 

「さあ?ラグナは確かに人間。でも、その身には人ならざる力と精神力を携えて、実際に人ではありえない事を幾度も行なっているようね」

「よう......って、覗いたのですか?あの者の意識の中を?」

 

そう聞くと、パシッと扇子を開き口元を覆って、クックッと紫は喉を鳴らして笑った。もう一つの手で物をつまむ様な仕草を見せてから「少しだけね」と笑ってみせた。

 

「まあ、少し程度であらば関わりを持たないのとほぼ変わらないでしょうね。でも、ご注意ください、紫様。下手な接触は御自身で言われたとおり、幻想郷のルールの二つを破ってしまう事にもなりかねません」

「わかっているわ。私達で定めたルールですものね」

 

そう言って、うふふと口元を隠して笑う紫。藍は、長く従者として彼女に仕えてきたが、笑う意図だけは絶対に掴めなかった。今回も例外は無かった。

 

「では、これで。引き続き、彼の監視を行います」

「行ってらっしゃーい」

 

藍は術を唱えた後、一瞬で元いた場所に転身したのだろう。紫が見ていない時に、パッと消えてしまった。八雲紫は、そんな事を気にも留めずに一人呟いた。

 

「人は、一回だけでも妖とかかわり合いになってしまえば、人と妖という、まみえるはずのない両者の『(忌むべき縁)』で繋がってしまうのよね。これからどう転ぶか、見定めさせて貰おうかしら?ラグナ=ザ=ブラッドエッジさん」

 

そう言うと、紫の頭上に隙間が出現する。その中の空間には無数の目がこちらを睨むような様相を見せ、不気味にも見える。その中に微笑みながら入り込んでいく紫。彼女が消え、隙間もぴったり閉じると、後のマヨヒガには誰も残らなかった。

 

 



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