気付いたらVTUBERを強要されていたおっさんJC 〜お空に監禁されて仕方なく〜 (二三一〇)
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0 人物紹介など

 少し人間が多くなったので人物紹介なんかをまとめてみました。現状35話の段階なので増える度に追加していくつもりです。

後半はネタバレが多いので、ご注意下さい。


人物紹介

 

二次創作なので一応準拠する所はしていこうと思っていたのですが、すっかり逸脱してますので一緒に書いていきます。先頭に■マークがあるのが原作のキャラクターです。

 

 

殿田莉姫(レキ)

 

オリ主の少女形態。日本人形のような姿に碧眼。背も小さくややロリ体型。中身が暦のせいで、口がやや悪い。一人称は『僕』ないし『俺』。

当初は戸惑うも、最近は慣れたせいか普通に中学生として女子校に通うようにまでなった。

その容姿と言動から周りの目を惹き付けやすいのが、本人には自覚なし。周りから見たら気さくで人懐っこい感じの美少女にしか見えないからね。フラウレーティア世界の魔法、唱術への適性がずば抜けて高く、アカペラの歌で全世界にヒールをかけることも可能。

 

 

殿田暦

 

オリ主の本来の形。『お空の部屋』以外ではこの姿になれないので、自宅かすぱしーば本社内でしかポップしないレアキャラ。

わりと整った顔だが、あまり頓着しないせいか一般的な女性には空気のように扱われるも、一部の女性は密かに狙っている模様。

異常なまでの体術を取得しているため、上司からは海外への便利なコマとして使われていた。

自分は鈍感ではないと思ってはいるが、ヘタレなので踏み出せずにそろそろ四十を迎える歳に。

 

姫乃古詠未

 

バーチャルミャーチューバーとしてのオリ主の姿。頭に花冠を被ったお姫様のような格好をしているが、設定は『異世界からの帰還者JC』となっている。蒼が少しのった銀髪で、腰の辺りまである超ロング。瞳は莉姫と同じく深い青。

中の人のせいで時折悪い言葉を発して『おしおき』されている。表情はとても豊かで追従もラグが殆どない。これはすぱしーばの先進技術の賜物となっているが、実は魔法によって強化されているため。

 

アイリス

 

空を飛べるお花。その姿はスミレに似ている。

魔法のある世界『フラウレーティア』で博士と呼ばれる存在。暦のエナジー喪失による消失現象を止めようと尽力している。

『合体』する事で暦は莉姫となり、その姿でVtuberしてチャンネル登録数百万を稼げと言う。これは人々からのエナジーを得るためと説明している。言動から女性だと思われている。

 

 

■黒猫燦(黒音今宵)

 

暦の推しのVtuber。中の人は黒音今宵。頓狂な言動と行動からあるてま二期生のトップを走るコミュ障陰キャぼっちどすけべ猫耳娘。超のつく美少女であり、特に胸が大きい。本人も自慢しているが、リスナーは誰も信じようとはしない。

今宵は極度に内向的、消極的。学校でもほとんど自分から発言はしない。また、怖がりでもあり、雷の音も苦手だし夜道も苦手。幼い頃から母子家庭のため、母の千影が大好き。その母に近寄る暦を敵視したため『こよみ』という名前が嫌いになる。

 

 

■夏波結(暁湊)

 

黒猫が大好きなVtuberで中の人は暁湊。困ってる人を見捨てられない光属性持ちであり、苦労性。キャラは今どきのJKっぽいけど、黒猫に対しての母性が強すぎて『ゆいまま』と呼ばれる事が多い。本人に癖はほとんどなく、優等生かつ良識的な言動が目立つ。そのため、燦との関わりがない頃は登録者数が低迷していた。

こちらの湊は大学生という設定。

暦いわく『天使ちゃん』

 

 

フェティダ

 

姫乃古詠未の所属する『すぱしーば』の代表取締役兼古詠未のマネージャー。ゆるふわ金髪の美人さんであり、年はおそらく20代前半。淑やかな言葉遣いだが、慌てるとかなりぽんこつになる模様。アイリスの事を『お姉様』と呼ぶ。『フラウレーティア』においては王家の娘であるらしい。

 

 

 

プリムラ

 

莉姫のお世話係として来た双子の姉。セミロングの淡い金髪を片方だけお団子にしている。料理の腕は一人暮らし歴の長い暦をして唸らせるほど。また絵心もあるようで、すぱしーば入りした立花アスカのアバターも彼女が手を加えてリファインしている。

感情の発露があまり大きくないが、無いわけではない。

 

ダマスケナ

 

莉姫のお世話係として来た双子の妹。プリムラとは逆の左側にお団子で纏めている。髪の色はピンク。掃除が得意と言うが、それよりも演算能力や魔術式の構築に才能があるが、料理はからきし。

言動や行動が幼いため、プリムラと双子には見えない。

 

■十六夜桜花

 

あるてまのVtuber。やや粘着質な女の子好き。アバターも本人もボーイッシュな女性であり、女性ファンからの人気は高いが同業者からはあまり好かれていない。黒猫燦にまとわりつき、次に古詠未にもまとわりつく。初配信時に姉妹の契りを交わし、古詠未から『ねー様』と呼ばれるようになる。ゲームに対する姿勢はやり込みをするガチ勢であり配信が長時間になるのもしばしば。

中の人イメージは『支○令』。

 

■リース=エル=リスリット(神代姫穣)

 

あるてまのVtuber。中の人は神代(かみしろ)姫穣(しじょう)。エルフの騎士という設定だが、金の力で解決しようとするあたり本人は隠すつもりはない模様。神代家は旧家であり政財界にも影響力を持っている。原作と違い湊とは同世代ではなく、従姉妹関係。

幼い頃に暦と出会っていて、今でもほのかな恋心を抱いているが、周囲にはバレないように何でもない風を装っている。

 

■戸羽乙葉

 

あるてまのVtuber。アバターの容姿は細身の男性。髪も若干長めで優しげな表情の高校三年生。中の人は、ごく普通の青年。料理や裁縫、編み物などが得意。ナチュラルに人を抉る言動をするが、基本的には優しいお兄さん。

 

■我王神太刀

 

あるてまのVtuber。アバターは金髪を逆立て厨ニファッションで固めた青年。中の人はやや背の低い大学生。厨ニ的な言動のため危ない奴と思われがちだが、常識的で生真面目な性格。あるてま全員の配信をチェックしている。

こちらでは本当に魔術師の才能を持っている。我流で魔法を発動させるなどとんでもない逸材。

 

■来宮きりん

 

あるてまのVtuber。アバターは今どきのJKだが、中身は普通に大人の女性。常識的、模範的で一期生の中心的人物。

こっちではやや砕けた所も垣間見える。お酒が飲めなくて愚痴るとか、自分は清楚とか言っちゃうが、ファンは温かい目で見守ってくれる。麻雀の腕はややいい方らしい。

 

■神夜姫咲夜

 

あるてまのVtuber。狐耳狐しっぽのアバターで妖狐設定。名前は月の姫から貰ったらしい。中身は妖艶な女性であり、そのせいでセンシティブ枠だが実際はかなり母性的。一人称は『妾』。

麻雀が上手いとの設定になり色々と解説してくれるが、作者の技量のせいで表現出来てなくてゴメンなさい。かなりの酒豪で、好きなのは日本酒や焼酎。

 

■世良祭

 

あるてまのVtuber。監禁に近い形で閉じ込められていた経緯を感じさせない、ふんわりしたトークと美声の持ち主。中の人はモデルばりの美形らしい。黒猫さんの気になる先輩でお泊りまで経験する。

基本的にあまり喋らないため埋没しがち。歌がモチーフの話なのに絡む機会が少ない。本当に申し訳ない。お酒に弱いわけではないが、キルシュはそのまま飲んだらダメだと思います。

 

■シャネルカ=ラビリット

 

あるてまのVtuber。兎耳の女の子で、神夜姫、黒猫とのユニット『フラップイヤー』を結成する元気爆発暴走系少女。中身は欧米風女子で胸が無いのを気にしている模様。

こちらでは豪運の持ち主になっていて麻雀大会でも初心者ながら優勝している。胸が無いのを煽られるとガチで怒るなど、なんにも考えてないわけではない。

 

■立花アスカ(葉桜六花)

 

個人Vtuber。黒猫のファンであり、公私ともに仲良く付き合っている友人以上の関係。中の人は葉桜六花。亜麻色の髪が特徴的な清楚、可憐を地で行くアイドルの王道的なスタイル。歌も上手いし、絵もかける万能選手。

本作では『すぱしーば』にスカウトされて参入している。業界の知識の足りないすぱしーばや古詠未に先達として指導し、その代わりにバックアップを受けるようになる。

今宵と対立する企業に入る事を悩みつつも、対等に戦えると考えて飛び込む意外と強かな面を持つ。

 

■終理永歌

 

あるてまのVtuber。観測者として世界の見続けるという設定のミステリアスな女性。中の人はやはりミステリアスな女性。

こちらでは、今のところ絡みはない。今後に期待。

と思っていたら、『観測者』に憑依される。でも、基本的には気弱なお姉さん。

 

■朱音アルマ

 

あるてまのVtuber。龍の角と尾を持つアバターだが、正確な人種は不明。おそらくドレイク。中の人は大人の女性でパティシエとして働きながらVtuberとして活動している。大のゲーム好きで配信の殆どが何らかのゲーム。姉御肌であるが、女性らしさも兼ね備えている。

本作では麻雀回でもそのゲーム好きの腕を揮っている。

 

■ヴェンデット=ハルキオン

 

あるてまのVtuber。ハルキオン王国の王子であり、配信を通じて移民を募る事を画策している。資金繰りが難しいため食事は半額セールの弁当。ファンも同じように半額弁当を食べるようになるため、周囲からは『ベントー教』とも呼ばれている。アバターは端正な顔立ちの西洋人で、スラリとしながらもしっかりと筋肉もある良いバランスの体型。

中の人は外人らしいが、原作にも本編にも未登場。麻雀回ではたくましい筋肉美に喜んでいた。

最終イベントではラオウのような体型になるもヤラれキャラなのは変わらずでした。

 

 

■相葉京介

 

あるてまのVtuber。特殊部隊出身で任務のためにVtuberをしていたという設定。ラノベ主人公のような容姿とあるが具体的に誰とかは不明。

 

こちらでは、特殊部隊というよりは非合法な任務を行うフリーランスの傭兵。類稀な身体能力、煙玉や特製ペイント弾を駆使する所からコードネームは『ニンジャボーイ』。

古詠未強奪には成功するも、その後処分されそうになる。アイリスの唱術により過去の記憶を改竄されて、以降はフリーターとして生きることに。

中肉中背、精悍な顔立ちで女性人気も高いが、気さくで飾らない性格のためか男からも人気はある。ヲタ知識に関してはやや古めであるが、これは幼少の頃くらいしかそういうものに触れてなかったため。Vtuberになって最近のものに触れるようになったが、基本的には一般人の感性。

 

じいや(ジーヤ)

 

神代姫穣お付きの人。外国人のような容姿だが戸籍上は日本人。姫穣とは幼少時からの付き合いである。(当時はまだ成人していない)姫穣はじいやと呼ぶ。彼女の身の安全を守る立場にあり、立場としては専任警備主任。なのでメイドのような事はあまりしないが、できなくはない。そろそろ独り身もキツくなってきた年齢でもあるが、愛するお嬢様より先に結婚など出来ないため少しだけ悩んでいる。

暦の事は不倶戴天の敵というより邪魔な虫程度に感じている。

 

 

鹿取杏樹

 

山百合女子学園中等部、一年二組在席。ショートボブですらりとした長身の女子で、部活動は陸上とSOE同好会の掛け持ち。医者の家系で理数寄り。幼い頃からエルゼと付き合っているためヲタ知識はそれなりにあるが、家族には隠している(家族にはバレてる)。真面目で親切、面倒見もよくクラス委員の仕事までしている。

 

エルゼ=リースエッタ

 

山百合女子学園中等部、一年一組在席。背中の中ほどまでのロングで、いつもはポニーテールでまとめている。金髪碧眼で名前からして外国人。資産家の娘のようで行動は奔放にして拙速。面白い事を突き詰める質だが、陽キャのように振る舞うため一見するとヲタクには見えない。本人は表で動くのはイヤなインドア派だが幼馴染の杏樹のせいで強制的に表に連れ出されている。そして、その代わりに杏樹もヲタクにつき合わせられている。

S(世界を)O(面白くする)E(エルゼ)の同好会の発起人であり、中学生の枠に囚われない斬新な発想に周囲を混乱に陥れる。

 

戌絵琴子

 

山百合女子学園中等部、一年二組在席。教会に携わる父の勧めで山百合に入ったが、本人は日本古来の神道や仏教に興味を持つ。大の読書家で日がな一日本を読むのが苦痛でない。読むものは特に選ばないのでラノベも読むが、タブレットが苦手なのでweb小説は疎遠。また、悪戯好きな面もあり、エルゼや杏樹があたふたする顔を見て喜ぶ愉悦部でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観測者(仮名)

 

終理永歌の姿をしているけど、実際は意識体であり身体は存在しない。彼女に憑依した段階で姿を真似る事が出来ている。

その行動原理は興味本位。ただ観測する面倒なライバーならまだ良かったが、色々と手を突っ込んでくる傍迷惑な存在。後半に出てきた理由は、ただ単に前フリ出来なかった無能者です(自虐)

 

 

莉姫(れき)

 

電脳世界に保管されたただのボディにいつの間にか宿った魂によって動き出した電子世界産の人間。現代の科学では人間にしか判別出来ない。

その性格は暦やアイリスと比べると楽天的で短絡的。Vtuber古詠未=莉姫として認知されていた事に加え、黒猫リスペクトの気持ちからそういった性格になったと思われる。

暦とアイリス、その他の家族も大好きと言ってはばからない、オープンな陽キャである。

 

 

 

 

 



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01 第一回配信……?

 ハーメルンでは初めてで、VTUBERも初心者です。どうぞよろしくお願いします。

【美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!】の二次創作になりますが、そちらに対してはリスペクト、という形で関わらせていくつもりです。




「あ〜、こんにちはー……」

 

 スピーカーから流れる声はとても愛らしい声だ。

 なのにその声色はえらくローテンションであり……あからさまにやりたくない空気を感じさせた。

 

 その声に反応するようにチャットの画面には次々と書き込みがなされる。

 

 こんにちわー

 初回挨拶からテンション低すぎて草

 あれっ? もしかしてやりたくない?

 こんなのを楽しみに待ってたのか、ワイw

 

 画面に映る少女は、たしかにやりたくなさそうに眉をひそめ、顔も俯いている。

 

 見た目が可愛いのは当たり前。

 彼女は仮想の存在、バーチャルミャーチューバーなのである。

 

「いや、やりたくないに決まってるよ。だって、監禁されて出られないんだよ? 配信しろって言われても納得なんて出来るわけないわ」

 

 え……監禁?

 事案発生て、マ?

 すぱしーばの闇は深い……

 やっぱ、あるてま戻るわ

 

 危険なワードにリスナーの側も若干引いたようだ。

 

「え、ひゃうっ? チョッ、イタ、いたいって!」

 

 おお?

 いきなりセンシティブ!

 ちょw なにしてんの

 

 画面の少女が何やら身悶えする。

 チャットの勢いが速くなる。

 

「ごめん、ゴメンナサイ! やめて下さい!」

 

 監禁されて、おしおきとか……ゴクリ

 あれっ? レーティング大丈夫、これ?

 なお、映像は変わりません(笑)

 ……公式設定とは一体w

 

 画面の中で苦痛に悶える少女の公式設定は、こんな感じだ。

 

 

 

「姫乃(ヒメノ)古詠未(コヨミ)。明るく好奇心旺盛な中学生風女子。(中学生とは言ってない)好きなものはカラオケ。(歌が上手いとは言ってない)ゲームはテレビゲームよりはボードゲーム派。(得意とは言ってない)子供の頃に異世界の国に行ったと公言するやや夢見がちな少女。『本人のコメント:竜とか妖精とか本当に見たの。みんなは信じてくれるよね!』」

 

 

 

 ややエキセントリックながら、そこに監禁やらおしおきやらの単語は一つとしてない。

 

「うう……ふう。アイリス、少しは手加減しろよ。うわぅっ! あ、わ、分かった! 言わないから、やめてやめて!」

 

 ……言葉の荒い少女が調きょ……ゲフンゲフン

 何をされてるのか、すげぇ気になる<●><●>

 いや、本当にコレ大丈夫? 通報した方がいいの?

 さすがにガチ犯罪とは思いたくないなぁ

 もっと捗る音声クレメンス

 

 興味を引く者、心配する者のコメントがずらずらと並ぶ。

 

「あ、通報とかはマジ勘弁。これ以上痛めつけられたら堪らないよ」

 

 ようやく痛みが収まったようで、画面の少女はそう言ってくる。

 とても嫌そうな表情を作り、さらに言葉を続ける。

 

「あらためまして、新人ミャーチューバー、古詠未ッス。暇人たちよ、こんにちわー」

 

 態度悪っ

 設定ミリしらかよ

 ダメな奴じゃねえ?

 可愛い声で適当な挨拶。俺には刺さったw

 

「あ? もっと丁寧に喋れ? そんな無茶な……敬語なんて会社の面接の時に使ったきりだよ」

 

 はい、アウトーッ

 中学生風女子。(中学生とは言ってない)

 もう、社会人なんだね……

 これが社会の闇か……

 

「あうっ! だ、だから、やめれって……うあっ!」

 

 またおしおきされてる……

 運営が近くでやってるのか。電流かな?

 これ、芸人枠じゃないか?

 捗るから、モットヤレ

 

 どうにも何かを話す度におしおきされていて一向に進んでいない。

 チャットもそれに気付いたか、進行はよとのコメントが増える。

 

「あ、はい。えーと、第一回ということで、マロを食べろとの指示が来てます。えーと、マロ? ああ、マシュマロ作ってあるんだ」

 

 つぶやいたーもあるけど……この感じだと作ったのは運営か

 プロフも公開情報と同じだし、そうだろうな

 事前準備全部されて、逃げようなくて草

 監禁されてて逃げられない(物理)

 

「いや、上手いこと言わないでよ。コホン。あ〜、それでは」

 

 

 はじめまして。

 古詠未さんは異世界からの帰還者らしいですが、どんなところに行っていたのですか?

 苦労話などありましたら教えて下さい。 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

 

「あー……俺はさあ、あいてっ! バッカいきなりなんだって……ええ? じゃあ、僕は……」

 

 俺って言ったら怒られたらしい

 正直ボクっ子は萎えるんだが……

 わい、どっちも嗜むので問題ナシ

 ↑上級者がいるぞ

 

「僕がいたのは、みんなと同じ世界だよ? むしろ今のほうが異世界だよ……なんでこんな所に閉じ込められてんだよ……」

 

 某アニメの司令官のように手を組んで、うなだれる少女。その目には光がない。

 

 レ○プ目キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 イイナ……エエナ

 言ってる内容は怖いけどな

 

「いい機会だから言っておくけど、僕はこんな事やりたくはないんだよ。おかしいな……どうしてこうなった」

 

 あれ、マジに事案発生なの?

 詳しく知らないから何とも出来ん。話してカモン

 

 リスナーの方も、落胆する彼女に少し気になり始めたようだ。彼女はぽつぽつと話を始める。

 

 

 

「僕は普通の会社員だったんだよ。まあ、統合とか株式化とかで苦労はしたけどさ」

 

 もしかしてわりと上級?

 それだけで判断できるワケない

 まだ話してるからw

 少女が、会社員……?

 

「仕事を終えて一杯ひっかけて……黒猫さんの配信見ながら寛いでたの」

 

 余所のライバー見てて草

 しれっと飲んでてw

 つか、すぱしーばってこの子以外おらんw

 そやったなぁ……立ち上げメンバーなのになぁ(嘆息)

 黒猫、良いよな

 毎度楽しみだわ、あの炎上芸w

 最近てぇてぇが増えて嬉しい

 ゆいまま以外にもコラボ増えたし……成長したな(後方腕組み勢)

 

 チャットはあるてまの二期生、黒猫燦の話が出てからはそちらの話題にシフトしている。

 本来は適度なところでやめるのがマナーではあるが、配信主がこれではやめようもない。

 

「……かわいいよねぇ、僕も最初から見てたけどさ。なんというか、頑張れって応援したくなるんだよ」

 

 分かり過ぎる

 古参勢か。やらかし具合はひどかったけどな

 

「僕もあまり人付き合いは得意じゃなくてさ。言ってる事がいちいち刺さってさぁ」

 

 それも分かる

 アレは明確に拗らせすぎだが

 

「先輩とか、友人とかと接していく事で成長していく姿が……なんともまぶしくてさ。だから応援してたんだよねー」

 

 落差は激しいほど面白いものな

 最初→ゴミクズ。今→二期生トップだもんな

 ゴミクズ扱いイクナイ

 

「ゴミクズとかやめなよ? 強い言葉を遣うと弱く見えるよ?」

 

 唐突に藍染w

 立派にこちら側だな

 他所で言うことではない(断言)

 スマソ 暫くROMるわ

 

「別に怒ってるわけじゃないよ? ただ、好きな人の事を考えて欲しかっただけだから」

 

 そう言って力なく微笑む古詠未。

 

 お、おう(照)

 笑うと可愛いなぁ

 ふむ、続けて

 ズキューンw

 

 たしかに少女の微笑む姿はなかなかに魅力的だったようで、好意的なコメントが増えていく。

 彼女はそれはあまり気にしたようでなく、言葉を続けようとする。だが、妨害する輩がいたようだ。

 

「黒猫愛を語ってる場合じゃない? ひぎっ? 分かったから、おしおきはやめれ!

 

 ダメ出しされて草

 隣に運営の誰か居るのかな?

 さっきアイリスとか言ってたけど……なに、てぇてぇ?

 

「そんな生易しいモンじゃないよ。鬼だよ、魔王だよ。……あいてっ!

 

 撃たずば撃たれまいに

 唐突に交戦してて草

 鳴く前に撃たれてるんだよなぁ……

 

 どうやら隣に誰かいるのは確定なようだ。

 仕方なく、話を再開する古詠未。

 

「配信見てたらいつものように寝落ちしそうになってたから……落ちる前にスパチャ投げてさ。んでベッドに横になったんだ。んで、目が覚めたらここにいたってわけ」

 

 スパチャ勢乙。時々いきなり投げる奴いるけど、そんな理由か

 ゲーム配信だと拾えない事多いよな

 

「とは言っても、最初は気付かなかったんだ。買い物しようと表に出ようとしたら、玄関の先が無くてさ」

 

 は?

 ドッキリ企画かな?

 今どきそんなレベルのドッキリ、やらないわ

 

「うち、マンションだから廊下の筈なのに、何故か何もなくて、周り見たら大空だったわけさ。何か悪い物食ったかなって不思議に思ったけど、昨日の夕飯カロリーメイドだし」

 

 夕飯に……シリアルバーとは一体

 なみだがでてきた……

 お嬢ちゃん、苦労してるんだね

 みんな飯の方ばかり気にしてて草

 

「いや、いつもはちゃんと作るよ? 食うよ? でも夜半過ぎだし、まーいっかーってなるだろ?」

 

 それで済むのは女子だけじゃいw

 太るし身体にも良くないと知っていてもやめられんw

 

「まあ、いいか。で、そんな訳で途方に暮れてたらスマホに着信があってさ。知らない番号だし普段なら出ないけど……こんな状況だとか出ざるを得ないじゃん?」

 

 同意を求められても理解不能

 そんな状況になってみたいわw

 知らん番号出るのって勇気いるよなぁ

 

「そしたら、なんか出てきたんだよ。画面が光って、気づいたらそこから鉢植えが出てきたんだよっ」

 

 うん、意味分からんw

 出てくるのは美少女が定番だろっ しっかりしろ!

 親方っ 空から女の子がぁ!

 定番を外してくる、使えない

 そもそもなんで鉢植え?

 

 色々と文句が出てくるが、反論の余地は無さそうだ。意味が分からないのはこちらも同じだ。

 

「スマホから出てくるだけでも驚きなのに、そいつは喋ってきたんだ。『私と契約してバーチャルミャーチューバーになってよ』って!」

 

 Q○えかよ(笑)

 あれは怪生物だけど喋りそうだが……花は喋らんよなぁ……

 お花と話す美少女……あると思いますw

 

「正直言って、勘弁してほしいんだけど……アイリスの言う事聞かないと戻れないとか言われたら選択肢無いじゃん? あ、その鉢植えの花の名前ね、アイリスって」

 

 アイリス……植物界被子植物単子葉類キジカクシ目アヤメ科アヤメ属

 解説ニキ乙。だから何だと言う話だがw

 

「そんな訳で苦労話は現在進行形。どこに行ってたかの話だけど……僕のいる部屋はそのままなんだ。何にも変わらずにね。でも、外は高度何メートルかも分からない大空なんで……空としか言えないなぁ」

 

 (アイリス)と紡ぐ、空の物語w

 誰がうまいこと言えと言った草

 真面目なのか不真面目なのか、よく分からん子やなぁ

 言ってる内容は荒唐無稽だけど嘘言ってるようにも聞こえん……演技派?

 この界隈、ある程度キャラ作るのは当たり前だからな。異世界行くとかとかワリと普通だろ

 悪魔とか犬とか前世大福とか……まあ何でもありだもんw

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一回ということもあって、この後しばらくしてから配信は終了した。

 

 

 それを見届けて、俺はようやく息をつく事が出来た。

 

 

 横から声がかけられる。

 この部屋には、俺以外の人はいない。

 話しかけてきたのは、俺の横に鎮座している鉢植えだ。

 

 

『お疲れさま、こよみさん』

 

 

 青から白へと綺麗なグラデーションをしたアヤメのような花である。

 くねくねと動く鉢植えの花に向かって、俺は毒づいた。

 

 

『お疲れさまじゃないよ……何だってこんな事させられたんだよ。まるでネカマじゃないか』

 

 

 

 こいつは物理的に喋っている。

 念波とか心の中にとかではなく、空気を振動させて話していた。

 口もないのにどうやって発声しているのか、甚だ疑問である。

 

『あら、私が付いてる時は正真正銘女の子よ? 胸触って確認したのも知ってるんだから♪』

「ばっ……それはほら、いちおう確認しておかないとなぁ」

 

 俺はドギマギとしながら言い訳のような事を言う。

 いや、言い訳なのは自覚しているけど。

 

 いや、本当に。

 どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

 

 

 ──慣れ親しんだ部屋の中に突如現れた変な花。

 その部屋は大空にポツンと浮いたような状態にあって、外界との接点は殆ど無い。

 

『バーチャルミャーチューバーになって、チャンネル登録百万人を突破すること。これが達成出来たら、あなたを外界に戻す事が出来るの』

「なんでだよ……」

『あなたの身体を形造るには、多くの人の心の力が必要なの。今の私の力では、ここに匿っておくくらいしか出来ないから……』

 

 

 なぜ、こんな事態になったのか。

 なぜ、この花がそんな事を望むのか。

 いろいろな疑問がある。

 

 

 一つだけ分かっている事は。

 

 

 俺の人生は、とっくに別の方向へ加速しているという事だけだ。

 

 




 特殊タグとか使いこなす煉瓦ママしゅごい……

追記。
 頑張って特殊タグ使ってみたよ。


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02 インターミッション その1


 いわゆる導入です。


「ははは……」

『いきなり笑うなんて失礼じゃないですかね? 殿田暦さん』

「いや、笑ってるんじゃないよ。声が震えてるんだよ、驚いて」

 

 玄関開けたら、即大空。

 見知らぬ電話に出たら、光って鉢植えの花がポンッと出てきたのだ。

 

 これは驚くに決まっている。

 いや、むしろよくこの程度で済んでいるな。

 普通なら卒倒してもおかしくない筈だ。

 あまりな異常体験は、正常な感覚を狂わ

すのかもしれない。

 

 俺は周りをあらためて見回す。

 部屋は間違いなく、俺の部屋だ。

 

 住み始めてもう五年目になる築二十年のマンションの一室。

 一人で住むには若干広いが年の離れた妹が時々押しかけるので普段は使わない部屋も含めた三LDK。

 割と高い家賃だが、趣味に使う金はあまり無いのでこれでもなんとかやっていけていたのだ。

 

 その一室が、お空に浮かんでいるらしい。

 よく見るとベランダからも空が見えていたが、いつもの都会の光景ではなかった。

 

 見渡す限りの空という、壮大な風景に圧倒される。

 それでは足元はと見てみると……吸い込まれるほどの青しかない。よく見ると雲海がかなり下にあるので相当に高い場所なのかもしれない。

 

 そのわりには空気の薄さとか寒さは感じない。息苦しさもなければ体の不調も特に感じない。

 

「ここは……いったい」

『ここは空と海の狭間の世界です』

「え? バイス○ン・ウェル?」

『それは陸と海の境目の世界です』

 

 俺のボケを普通に拾うその花は、なんと喋っていた。

 綺麗なあやめのような花が、頭を揺らすように軽く揺れている。

 細長い葉が、腕のように折れ曲がりやれやれと言わんがばかりに広げられる。

 外国人並みのジェスチャーを器用にこなすその花は、俺に向かい言葉を続ける。

 

『あなたは今、ここから出る事ができません』

「はあっ?」

『あなたの身体はとてもとてもエネルギーが足りない状態にあります。そのため、こちらに避難させました』

 

 エネルギーが足りない?

 そんなバカな。

 言っては悪いが、俺はこれでも自炊派であり、三度の食事を欠かしたことはほとんど無い。

 まあ、人並みに忙しい繁忙期は多少疎かになるが、それでもエネルギー不足になるような事はない筈だ。

 

 だが、その花は葉っぱをチッチっと指を振るように動かして否定してくる。

 

『カロリー云々ではなく、あなたの生きる活力が足りないのです!』

 

 ビシッと、葉っぱを突きつける。

 顔があったら、ドヤ顔してそうな雰囲気だ。

 

「生きる……活力?」

『生き甲斐と言えば分かりやすいですかね? 無為な生活に心をすり減らしていないですか?』

「いや、特に……」

 

 自覚はないが、そうなのだろうか?

 入社三年目に新規プロジェクトを任されて、それ以降は大きな訳ではないがコツコツと重ねてきた実績に、張りとは云わなくても生き甲斐は感じていたと思っていたが。

 

「あ、そう言えば! いま何時だ? えあっ? もう十二時って……」

 

 無断欠勤なんてしたことなかったのに。

 愕然とした。

 

 よく見るとアンテナが全滅しているし、wifiも途絶している。

 ここが本当に空中であるのなら、回線などは入るわけも無い。スマホに電話やRAINの着信もないのは当たり前な話だ。

 

「おいっ、ここって完全に孤立してるのか?」

 

 慌てて花に怒鳴り散らすが、彼か彼女か分からないそいつはしれっと答えてくる。

 

『ライフラインはありますし、電話回線もインターネット回線も入りますよ? いま、繋げますね』

 

 そう言えば電灯は点いているので、電気はきているようだ。どうやってきてるのかは甚だ疑問だけど。

 

 ともかく電波が回復すると、一斉にメールやRAINの着信が来る。電話も何件かあったが留守電を聞いてる暇はない。

 

「なんだこりゃあ……」

 

 

 同僚Á『突然の出向とか何やらかした?』

 同僚B『戻るのはいつになりますか、せんぱい』

 同僚C『すぱしーば本社ってロシアか? これ、栄転なのかな……』

 同僚D『テーブル片す暇あるなら引き継ぎ資料、纏めておけよ。まあ、ポイント稼げるからいいけどさ』

 上司E『私も聞いてない話なんだが、君、上の方に知り合いとかいるのか?』

 更に上の上司K『ヘッドハントにも仁義があると思うんだが、君が望んだのならそれもいい。励みなさい』

 

 

 ガクガクと身体が震えるのが分かる。

 たぶん顔も真っ白だろう。

 

「どういう事だっ、これは?」

『あなたは海外にあるSIの新規部門に引き抜かれたという設定です。まあ、実際そうなんですけどね』

「はあっ? 設定だと?」

 

 脳天気な声に、苛立つ。

 話を聞くところ、『СПАСИБО』という情報処理専門の会社が新規にwebコンテンツを中心とした部門、『すぱしーば』を立ち上げたという話だが……

 

「何それ、架空の会社(ペーパーカンパニー)じゃねえの?」

『いちおう、きちんと登記簿には載っていますよ? 魔法でちょちょいと作りましたから♪』

「おま……魔法て、そんな便利使いできるのかよ……」

 

 ……適当すぎる。

 会社ってそんな簡単に作れるものか?

 というか、こいつ花だろ?

 魔法なんて使える花って、何なんだろう?

 

『いやん、じっと見つめられたら、恥ずかしいですよぅ〜///』

 

 睨んでいたら、そんな事言ってくねくねと踊りだした。

 フラワーロック、懐かしいなぁ……

 新しいのもあったけど、昔の方が好きだったな。

 

「いや、そうじゃない。いいか、クールになれ」

『その言い回しがフラグなのは自覚してますか?』

 

 花にツッコまれるとは思わなかった。

 だが、たしかにフラグではある。

 気を取り直し、花に向かって俺は問いかける。

 

「俺をこんな所に閉じ込めて、どうする気だ? 金か? 言っておくが実家の権利は俺には無いし、保険金だって大して多くはないぞ?」

『お金なんて要りませんよ? 魔法を使えば簡単に稼げるものを、私が必要とすると思いますか?』

 

 ドヤァ……

 

 そんな表情が透けて見えるほどに清々しく言い切る。

 たしかにこの花の言う通り、金はこいつには必要無いのだろう。

 花なら必要なのは……

 

「まさか、俺から吸い取る気かっ?」

『そ、そんな事しませんよぉっ! 人を淫乱ビッチみたいに言わないで下さいっ』

 

 植物なら根を張って養分を吸い取るのかと思ったら、どうも違う事を連想したらしい。

 植物系モンスターだと思ったのに。

 

『ドライアドと同列に見られるなんて屈辱ですぅ! この高貴なわたくしを何だと思っているのですか?』

「え、だって花だろ?」

『あっ……あう、そうですね。そうでした』

 

 なんだかいきなり怒ったかと思えば意気消沈した。

 感情が乱高下するのは、空腹だからなのか?

 考えてて気づいたが、俺も腹が減っていた。

 

 

 会社のことも気になるが、とりあえず昼飯にしよう。

 

 台所に向かい、冷蔵庫を開ける。作りおきのタッパーをごろごろと取り出し、仕掛けてある炊飯器を開ける。

 

「本当に電気、来てるんだな」

『水だって出ますよ? お風呂も普通に入れます。お湯、張っておきますか?』

「いや、昼から入るのはやめておく……てゆうか、お前、動いてるな?」

 

 台所に来たのに声が聞こえるから、何かと思えば。

 

 この鉢植え、浮かんでやがる。

 

『今どきの植物は飛べるくらい出来ますよぅ♪』

「そんな植物あったら怖いわ」

 

 米もあるし作りおきの叉焼もある。

 卵が無いけど葱もあるから焼き飯にしておこう。

 

 野菜室のネギを細かく刻み、これも細かく刻んだ叉焼に適当に混ぜる。少ししおれ気味のレタスをたっぷりちぎり、一口大にしておく。がらスープの素をふり、砂糖一つまみ、塩一匙。熱したフライパンに油をひき、どんぶり一杯のご飯を投入。他の食材も次々にいれて炒めていけば……

 

 あっという間に自家製焼き飯の出来上がり。

 レタスが入っているから、少しは野菜不足にも貢献できる。

 

 出来上がった焼き飯を持ってリビングに戻ると、花もふよふよ付いてくる。

 

『なかなか手際が良いですねぇ♪』

「一人暮らしが長いからな。弁当ばかりじゃ身体を壊すから」

 

 お陰さまで肥満体型にならずにいる。少し腹が出てきた気もするが、傍目には気づかれてはいないと思う。

 

 冷蔵庫から出した麦茶をコップに注ぎ、レンゲを手に取る。

 

「いただきます」

 

 一口含むと、叉焼の香ばしい香りと焼いたご飯の香りが口の中に広がる。面倒だと乗っけるだけの叉焼ご飯とかにするけど、やはり火を入れると格別だ。

 

『たりー……』

 

 そんな声が聞こえる。

 

 よく見ると、テーブルに葉っぱを手のようにおいてこちらを見上げている花。

 

 その花弁から、なんか垂れている。蜜かな?

 

「食いたいの? てか、食えるの?」

『ぜ、ぜひ。一口くださいな♪』

 

 すると花は食べると言ってきた。

 どうやって食べるの?

 レンゲですくって、焼き飯を花の前に差し出すと……少し花がふるふる震えている。

 

「なんだ、やっぱり食えないのか」

『いえっ! そうではなく、頂きます!』

 

 そう大きな声で言うと、ぱくりと花弁を開いてレンゲに覆い被さった。

 

 そこ、口なんだ。

 

 もっきゅもっきゅ……そんな動きをして、嚥下する音とともに茎の中を何かが通った。

 

『ちょっ……美味しいじゃないですかー! 凄い、びっくりですよおっ』

「そ、そらどうも……もっといる?」

『はいっ!』

 

 勢いよく頷くので、立ち上がり食器棚へいく。小さめの皿と同じサイズのスプーンを持って戻り、寄り分ける。

 

『ふんふふーん♪』

「き、器用に食うのな……」

 

 葉っぱを手のように使ってスプーンを握り、花弁の口に焼き飯をひょいひょい運ぶ姿は、ちょっとホラーだった。

 

 

 

 腹が満たされてようやく人心地がついたところで、花に向かって聞いてみた。

 

「結局、お前は何なんだ? 俺をこんな所に監禁して、何が望みなんだ?」

『おや、そう言えば言ってませんでしたね』

 

 そう言うと花がテーブルの上に乗って花の部分をくりんと下に向ける。

 まるでお辞儀のようだが、まさにその通りらしい。

 

『はじめまして、殿田(とのだ)(こよみ)さん。わたくし、アイリスと申します』

「はあ……アイリスね」

 

 たしか、あやめはアイリスって名前だった気がする。

 この鉢植えの花がアイリスと名乗るのはある意味正しい。

 

『私があなたに望む事はただ一つです。命でもお金でもありません』

「ほう。では、なんだ?」

 

 

 

 

(わたくし)と契約して、バーチャルミャーチューバーになってよ!』

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

「はあぁぁ……?」

 

 

 言っている事が全く理解できなかったのは、言うまでもなかった。





 アイリスのイメージは、プリヤのステッキみたいに思って下さい(笑)


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03 インターミッション その2

 インターミッション、思った以上に長くなってしまって申し訳ありません。


 怒涛の第一回目の配信のすぐあと。

 

 第二回目の配信が、すでに告知されていた。

 

 勝手に。

 

 

 

 ……とりあえず、花弁をつまんで両側に引っ張る。

 

いひゃい、いひゃい〜! ひゃめれふらさいょ〜

 

 アイリスが泣き叫ぶので一先ず矛を収める。

 どう見ても植物なのだが、多彩に動くし物も食べれば飲んだりもする。

 あれ? 植物って光合成とかでエネルギー作るんじゃなかったけ?

 

もーう、珠の花弁が散ったらどうするんですか?

「一枚くらいなくても問題ないと思うよ?」

くあーっ! 辛辣ですねぇ、こよみさんたらっ

「お前のやり口の方がよほど辛辣だと思うけどな」

 

 なにせつぶやいたーでの告知された時間はこれから四時間後。十八時前後だ。

 

 しかもお題は決まっていない。

 

「おああ……どうしたらいいのやら……」

先ほどと同じようにマシュマロ読んで答えれば良いんじゃないですか? ほとんど読んでませんでしたから、まだまだストックはありますよ?

 

 なるほど。たしかにマシュマロの件数はかなりある。今でも少しずつ増えてるようで有り難いやらなんやらだ。

 

 しかし、同じ企画を二回続けるというのは悪手(あくしゅ)だと思う。

 

「アイリス、姫乃モードだ」

ほえっ? まだ配信には時間がありますよ?

「姫乃のスペックを知っておきたい」

あ、なるほど。分かりました。では

 

 そう言うと、アイリスがふよふよと浮かび上がり俺の頭の辺りまで近付いてくる。

 

では、イキます! 姫乃ちゃん、かもーん!

「いや、そのかけ声いらないだろっ!」

 

 その声と同時に鉢植えの花が光り輝き、俺の視界を眩しく照らす。

 

 それと同時に、俺の身体も変化しているような感じがする。眩しすぎて見えないけど、たぶん魔法少女のようになっているんじゃないかと推察できる。

 

 

 そして。

 

 

傾国の美女と呼ばれ、壊した国は数知れず!

 マジカルアイリス、只今参上ー!

勝手に変な口上、人の頭の中で垂れ流してんじゃねーっ!

 

 アイリスに向けた怒号は、先ほどまでの俺の声ではなく。

 

 とても細く、透き通った声だった。

 

 こんな声で汚い言葉を言うのは、たぶん冒瀆だとは思うのだけど……そこは気にしても仕方ない。このクソ花(アイリス)が悪い。

 

 

 光はとっくに収まっていて、俺はあらためて自分の手を見る。

 

 

 

 小さな、女の子の手。

 去年の年末に押しかけてきた妹の手も、こんなくらい華奢だった。

 

 手を握り、開く。

 間違いなく、俺の感覚だ。

 

 姿見の鏡を見ると、そこにはダボッとしたスエットに身を包んだ少女がいる。

 

 俺の身長は百七十三だった。

 部屋との対比から、おそらく身長は百四十そこそこ。

 

 少し青が混じった夜空のような髪は背中の中ほどまで伸びていて、前髪はいわゆるぱっつん。

 その左のこめかみの辺りに、白と青のグラデーションが綺麗なあやめの花が揺れている。

 

 瞳は透き通るような青で、やや垂れ目気味。

 丸顔なせいか余計に童顔に見えてしまう。

 

 この服ではよく分からないが、胸も……少しはあるようだ。

 じっくり触るなんて、怖くて出来ない。

 またアイリスに茶化されるし……なんだか妹に悪さしてる気がして、単純に喜べない。

 

 

ふう……相変わらず、可愛いですね、こよみちゃん♪

うっさい、黙れ

あ、反抗的な子にはおしおきしちゃうぞ?

わっ、バカ、やめ……あうっ!

 

 その瞬間に、身体の奥を電流が駆け抜けたような痛みが走る。

 

 痛み自体は大したものではない。

 だが、避ける事も出来ずに受けるしかないし、体力は消耗させられる。

 そして何より、慣れてくると少し気持ちいい所があるのが……困る。

 

やめろっての、この……

お、直接攻撃は困ります。無理に外すとお互い困った事になりますよーぅ!

 

 くっついている花を掴んで取ろうとすると、アイリスが慌ててそう言った。

 

な、なんかヤバいのか?

元の身体に戻れなくなるだけですケドね!

ちょおヤベェェェ話じゃないかー!!

 

 え?

 凄いヤバいじゃないかよ!

 

合意の上に解除するなら問題ありません。強引な事すると、取り返しつきませんよ?

 

 アイリスが諭すように言うので、しぶしぶ手を離す。

 

 おのれっ、ディケイドォッ!!

 

 ちなみに、合体している状態ではアイリスの声は表には出てこない。

 聞こえるのは俺だけだと思う。

 先ほどの配信でも、アイリスがあーだこーだ言ってるのを拾うリスナーが居なかったのがその証拠だ。

 

ご理解が早くて助かります。お互い協力して、さっさと目標を達成しましょう!

とは言っても、チャンネル登録数百万て……かなり無謀だと思うがなぁ……

 

 現状、Vtuberとカテゴライズされる者で百万の登録者数を誇るのは僅か一人である。

 俺の好むVtuberはその中でも新進気鋭であり、その中でさえ二十万ほどだ。

 

 彼らを追い抜くほどの登録数を稼がないといけないのだ。

 

 とてもではないが、無理だ。

 

たしかに難しいとは思いますけど、登録者数は他の人とも共有出来ます。リスナーの取り合いという構図にはなりません

そりゃ楽観的すぎる。他のVtuberに叱られるぞ?

まあ、そうですね。でも、やらなきゃ出られないんですよ?

そこなんだよなぁ……

 

 前途が多難すぎて、あまりに遠すぎる。

 俺は、もう一つの懸案事項を聞いてみる。

 

それで、期限はいつまでだ?

コチラの空間の維持は三年ほどが限界なようです。ですから、それまでとなりますね

 

 

 期限は三年……。これを長いと見るか短いと見るかは非常に難しい。

 なにせVtuber界隈が活性化してきたのはここ一年。発祥してからだいたい三年くらいの新しいコンテンツである。

 

 そして、急激に成長したものというのは得てして簡単に廃れてしまうものだ。

 

 そこに自分の命がかかっているとなれば、否応なく考えさせられる。

 

ちなみに期限になっても死ぬわけじゃありませんよ?

えっ? そうなの?

 

 期限とかいうから、死ぬのかと思っていた。

 

じゃあ、どうなるんだ?

元の身体でなくなるだけです♪ 古詠未ちゃんとして生きていく事になりますねー♪

 

 

 

 

 ────え?

 

 

 

美少女としてやり直せるなんて、失敗しても別に困らないんじゃないですか?

いやいや、いや、バカ! このおバカっ! 流石に植物だなっ

 

 それはつまり、殿田暦がこの世から居なくなってしまうとの同義だ。

 俺の中身が残っても、俺の身体が無くなったら……俺は死んだようなものなのだ。

 

そうなったらどうなるんだ?

さあ? その時にならないと分からないと思いますが……魔法によって強制的に動かした事象に対しての反発があると思うので、おそらくいいことはないと思います

アバウトかつ凶悪な発言、ありがとうございまーす!

 

 えー、あー。

 

 困ったぞ。

 対処法が何も思いつかない。

 1つだけあるのは、達成不可能とも思える登録者数百万だ。

 

と、ともかくだ。登録者数を増やす算段を考えていこう

ようやくヤル気になってくれましたね!

その発音はやめろ、良くない響きを感じる!

おお? 厨二方向へシフトですか? 悪くはありませんが、さっきの配信からキャラ変わってしまいますし

いや、そうじゃなくてね?

 

 

 

 厨二キャラと言えば、あるてま二期生の我王神太刀くんだ。

 

 独自の世界観を作り出して、それを揺るがずに周りを巻き込む事でキャラを確立させている。

 

 だが、反面それは強いアクであり、取っ付き悪さにもなる。我王の凄いところは、その取っ付き悪さをカバーする細かい気遣いだ。

 

 同期や先輩の放送は全て閲覧し、DisroadやRINE、つぶやいたーなども常にチェックしているという。

 

 そうする事で拾うべき話題、スルーすべき案件を見切り、自分の放送に有効に活用している。

 

 惜しむらくは、未だにコラボの数が圧倒的に少ない事だ。

 場を仕切る能力はそこそこありそうなので、大きな企画の時に力を発揮するかもしれない。

 

 だが、厨ニキャラというのは存外多い。

 まあ、我王くんの考察はとりあえず後にしよう。

 

 この古詠未というキャラクターに合うかというと無理な気がするからだ。

 

 俺はアイリスに声をかける。

 

おい、アイリス

〜〜♪

 

 アイリスは少しご機嫌な様子で鼻歌なんか奏でていた。

 花なので花歌、かな? いやそもそも鼻がないな。

 それはともかく。

 アイリスのそれはなかなかに上手い。

 花の世界では、歌が上手なのかもしれない。

 ……言っていて、よく分からないな。

 

おい、アイリスってば

ふえっ? な、なんですか? 暦さん

 

 ようやく気づいたので本題に移る。

 

そもそもこの公式設定ってなんだ? お前が考えたのか?

どうせキャラ崩壊するならと思い、適当に作っておきました!

やっぱり適当か……まあ、確かにキャラ崩壊したから結果オーライだけどな

 

 実のところ、Vtuberにとって公式設定はあまり意味が無い。

 

 清楚なお姫様志望が口汚く罵ったり、JKの委員長が大人のお店の話とかしたりするのだから。

 

 公式設定とはあくまで最初にこうであって欲しいと企業側の出した枠組みであり、方向性がどうであれリスナーの興味に突き刺さるのなら、そんなものはどうでもいいのだ。

 

 むしろギャップが大きくなれば、その分面白くなる。

 

 清楚で綺麗なお姉さんがショタ趣味全開でガッつくとか、小悪魔設定の子が悪いことしてビビる様とか。

 

 公式設定との落差を利用した注目の集め方も意外と大事なのだ。

 

 そういう意味で言えば、この『異世界に行った事のある少しエキセントリックな少女』という設定もそこまで悪いとは思わない。

 

しかし、落差を用いて興味を引くのは悪目立ちでもある。やり過ぎるとヘイトにしかならないから注意は必要だ

な、なんだか思った以上に真剣に考えてますね? 暦さん

 

 アイリスの戸惑う声が響く。

 乗りかかった船とはいえ、やるからには半端はしたくない。おまけに自分がかかっているのなら真剣に方策を練ろうと思うだろう。

 

つまり、今回は正攻法。まともなやり方で行こうと思う

異議なしっ! です

 

 アイリスも乗り気だ。

 これならいい感じにいけるかもしれない。

 

Vtuberの基本的な活動はだいたい雑談、ゲーム実況、歌ってみたとかがメインだ。その他、細々としたものはあるけど思いつくのはこれくらいで、もう雑談はやったから……残りはゲーム実況か、歌って……みた、となる……

んん? なんか暦さん、テンション下がってません?

 

 アイリスのツッコミは、正しい。

 俺はこの二つのコンテンツに問題があることが分かったからだ。

 

……ゲーム実況は、無理だ。PS4(プレイスタンド4)、妹に貸してたんだ……

えっ? あ、でも、ゲームならPCでもできますよね?

PCでゲームやるのはちょっと……

何件かDMLgamesから購入しているのは知ってますよ? ほら、ここに

あ、こらっ

 

 気を抜くと勝手に動かすことも出来るみたいだな。あっという間にPCを操作する。さくさくと保存した所からゲームがロードする。

 

……あひゃ?

 

 頭の中のアイリスが、なんだか変な声をあげた。

 まあ、面食らうのも無理はない。

 アニメ顔の美女とのくんずほぐれつなシーンが目の前に現れたのだから。

 そういや、ここでセーブしてたのか(^_^;)

 

言っただろ? こんなゲームを実況なんてしたらあっという間に配信停止だよ

 

 いわゆるコンシューマよりのゲームをPCでやることは無く、もっぱらそういった方面のゲームしかしてない。しかも、最近は立ち上げもしなかったので途中で放置したままなのも忘れてた。

 

 だから、ゲーム実況は無理なのだ。

 そう言おうと思っていたら、アイリスが突然奇声を上げた。

 

 

な、なな、なーっ! うわーっ!

え、おい、どうしたって、

 ギャーッ!!!

 

 

 頭に響く絶叫と、身体を貫く痛みに、俺は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ううう……面目次第もございません

 

「反省してるなら、あんなのはもうやめてくれ……」

 

 

 脱衣所からアイリスの声が聞こえる。

 

 俺はシャワーで汚れた身体が清め、ゆっくりと湯船に浸かっていた。

 当然のように女の子ではなく、暦、つまり男に戻っている。

 

 さっきのアイリスの絶叫のせいで起こった被害は甚大だった。

 気絶自体は大して長くはなかった。

 頭の中でアイリスが喚いていたので、十分もせずに覚醒できた。

 

 だが、あまりの激痛とほのかな快感に、気を失いながら失禁してしまっていたようなのだ。

 

 女の子の身体が快感に敏感だという話しは聞いていたが、あれは……かなりヤバい。うっかりと癖になりそうなので、極力思い出さない様に湯船に浸かり込む。

 

 美少女ならば粗相など許容出来ると声を大にする輩もいるだろうが、俺はそれに賛同できない。

 

 しかも、姿は変わっても自分のものだ。

 服を着替えて床を掃除して、身体も洗わなければ気持ちが悪くて仕方がない。

 

 そうして風呂からあがると、すでに配信一時間前。

 

 

 

 

 もう何もできる時間は無かった。

 

これはもう、ムリですかねぇ……

 

 アイリスの呟きが聞こえてくる。

 

 そもそも、配信第一回目の夕方に二回目とか、ダブルヘッダーなんて最近の野球でもやらない。

 

 しかし、リスナーとは浮草のようなもので興味を覚えたものに次々と移り行く。

 連続で更新する事でアピールしようとしたのは、あながち間違ってはいないと俺も思う。

 

 だから。

 

「お前が協力するなら、何とかなるかもな」

……え?

 

 気落ちしているアイリスに、なぜか励ますように声をかけた。

 

 まだ、一時間ある。

 何とか……なるかなぁ?

 

 




 ……おもらしを書く事になるとは思いませんでした。


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04 第二回目の配信

少し長めです。


「アイリス、さっきの鼻歌なんだが。アレを歌う事は出来るか?」

 

 風呂からあがって、とりあえず替えのスエットに身を包んだ俺は、鉢植えの花に向かってそう聞いた。

 シュールな絵面なのは委細承知。

 

 しかし、インパクトにおいてあの歌以外には有り得ないと俺は確信している。

 

『花のままでは無理ですね。会話程度なら出来ますけど』

「だろうな。どう聞いても、ボイチェンかけたおっさん声だもんな」

『むっかっ! 失礼な人ですねぇー』

 

 ぷんぷんと葉っぱを振り乱して怒るが、自覚はあるのか本気で怒っているわけではないようだ。

 

「さっき頭の中で歌っていた歌は、お前の世界のものだろう? 言葉が全然分からなかったが、綺麗な旋律で淀みもなかった。お前の地声は、あっちなんだな」

『……ふ、ふふん。気付いてしまいましたか! でも、私は声が出せないんです……合体していると制御するのは暦さんになってしまうので』

 

 それが問題なのだが、さっきのPCの件からも絶対に無理というわけでは無いと思う。

 俺が意識を外してぼうっとしている時なら、アイリスが身体を動かす事も不可能じゃない。

 

「一度、試してみよう」

『それは構いませんが、歌があっても配信の間を保たせるには不足ではないですか?』

 

 アイリスが尤もな事を言う。

 花のくせになかなか賢い。

 

「大丈夫、メインの題材には考えがある。歌はあくまで補助だ。練習も禄にしていないからな」

 

 アイリスは葉っぱを花弁の下に擦り付けるように動かす。顎を擦るような仕草だな。

 そして、こちらを向いて答えた。

 

『ふむぅ……分かりましたわ、暦。合体しましょう!

「……お姉さまとか、言わねぇからな」

 

 なぜにお前が知っているのかと、野暮な事は聞かなかった。

 

 

 

 

 バンクシーンが終わり、先ほどと同じようにスエット姿の女の子になる。少し小さめのをわざと着ていたので、さっきよりはマシな感じだ。

 

 これならちょっと大きめのを着てるだけに見えるだろう。

 

『こよみさん、服ってスウェットしか無いんですか?』

「部屋着として便利だろ?」

『男の人らしいですねぇ』

「ほっとけ。じゃあ、俺はなるべく考えないようにするから、あの歌を歌ってみてくれ」

『分かりました。……では』

 

 そっと、編集アプリのRECタブを押す。

 

 これ以降は、特に何も考えずにアイリスに委ねようと思ったのだけど……そんな必要はなかった。

 

 聴いたことのない向こうの世界の歌。

 言葉はフィンランドとかロシア辺りに近い気がする。

 

 淡々としたリズムで奏でられるそれは、たぶん土着の民謡なのだろう。

 

 ただ、この喉を通して奏でられると、それは牧歌的な雰囲気を打ち消してしまう。

 

 それは例えればヒュムノスを歌い上げるレー○ァテイルのようだ。……知っている人しか分からない喩えたが、こう言わざるを得ない。

 

 幼さを感じさせつつもどこか芯のあるその歌声は、楽しげに、軽やかに。

 

 俺は、その詩が終わるまで動くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『ど、どうでしたか?』

「……ちゃんと録れてるよ。専門じゃないけど、このまま使っても問題はないと思う」

 

 不安げなアイリスのの声に、そう答える。

 

『そういうこと、聞いてるのではないのですが……』

「何か言ったか?」

『いえ、別にっ』

 

 俺は録音した曲を編集アプリを立ち上げる。

 たしか部屋録の場合、声以外の共鳴音なんかも入るらしい。でも素人なのでよく分からないし、先ほどの音源を聞く限りそこまで不快な要素は無いと思う。それに、用途は曲を聞かせる訳じゃないし。

 

 曲の終わりと入りの部分の波形が似た辺りでミックスしてみる。聞いてみて違和感は……まあ大丈夫かな? 同じように入りのところもミックスして、ループで再生してみた。

 うん、なんとかうまく出来た。

 

 後はwebカメラの微調整。うまく顔が入らないようにして固定。

 

『? デスクで配信するんじゃないんですか?』

「今回はそれがメインだからね」

 

 色々と用意をしていると、配信開始の時間になる。

 

 ……さて、うまくいくかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第二回目、内容は未定だよ』 

 

 

 ぱちぱちぱちぱち

 最近、二回行動は流行りなの?

 黒猫の初回もそうだったな

 さっそく切り抜かれてたアレな草

 切り抜きといや、こよみんも上がってたなw

 『監禁』とか『センシティブ』とかだもん

 まあ、需要はあったね

 

 開始前からチャットには何人もいるようだ。

 

 ……げ。

 もう三十人とかいる。

 ウィークデイの十八時なんて、家に帰る奴はまだ少ないだろうに……本当に暇人ばかりなんだろうか?

 

 チャンネル登録者数は、千二百一人。

 あんな動画を見て、登録してくれた人がそんなにいるとは思わなかった。

 

 そう思うと、やはり気が引き締まる。

 

 さあ、いくぞ。

 

「こんばんわー」

 

 お、来た。

 こんばんわー。

 声はすれど、画像は変わらず。

 アレ? ミスか?

 おーい、こよみん、絵が出てないよ?

 

「あ、ちょっと待って。こっちで……よし」

 

 PCの前からバタバタと戻ってくる。

 

 ん?

 なに、まな板?

 お、お料理配信かな?

 

 台所のテーブルに置いたスマホから、配信の状況を見る。ちゃんと映っているようだ。

 画面が分割されて、左上に古詠未のアバター、右下に先ほどのまな板の映像が現れた。

 チャット欄が一番右だ。

 

「今日、二度目の配信があるって聞いてなくてさ。だから、急遽作った間に合わせ企画なんだ」

 

 本人が聞いてないとか、どーいう?

 ああ、アレだ。運営の無茶振りw

 マジか……すぱしーば、マジにヤバいな

 文句は言ったほうがいいよ、ホントに

 

『あれぇ〜? 私が悪い事になってます、コレ?』

「文句は言ってるよ? 聞いてくれてないけど」

『ムカッ』

ひゃうっ! い、いきなりは、やめれって!」

 

 おっと、1おしおき♪

 今日の運営は沸点低いなw

 ありがてぇ、ありがてえ……

 しかし料理か。ネタとしては弱めだなぁ

 

 まあ、そうかもしれない。

 ほとんどのVtuberの料理配信は雑談プラス料理中の写真とかの内容になる。

 だけど、このこっちには普通のVtuberにはない特性がある。

 

『というわけで。始めていきますか』

 

 まな板の前に、俺は出た。

 手には食材と包丁、少し下向き過ぎなのでwebカメラを微調整する。 

 

 ちょっ!!!

 顔出しでは、ないけどw

 Vtuberとしてはズルいなぁ……

 てか、割烹着って何? ダサダサなんですがw

 

「おいっ、婆ちゃんの割烹着バカにすんなよ?」

『私もそう思いますよ? なんでエプロンじゃないんですか? しかも、暦さんのだからダボダボだし……』

 

 まあ、その辺は俺も気にはなったが。

 婆ちゃんに文句など言えるわけもない。

 

 いや、いいんじゃない?

 悪かった。これは需要ありそう

 最近見ないよな、割烹着

 小学校の給食当番とかくらいかな?

 うん、よく似合ってるよ(にっこり)

 ソウダネ、ヨクニアッテルヨ……

 

 チャットでは概ね好評? みたいだ。

 サイズが違いすぎたので、腕まくりしてバンドで留めてみた。身頃は長くて膝くらいまであるけど、この際は関係ない。

 

「えーと、今日は誰でもかんたん、カレーを作ります」

 

 ごろごろと食材を並べる。

 じゃがいも小玉二個、人参小さめのが二本、玉葱も小玉のが三つ。

 冷凍庫にしまってあった鶏肉は百五十グラム。

 そして、取り出しましたるはカレーのルーだ。

 

「今日は時間もないしルーで作ります。手軽だし大ハズレもしにくいし」

 

 俺はB&Sの中辛が好き

 ワイ、シャワの辛口w

 ↑かなりの強者でワロタ

 バーモンドの辛口一択だろ

 甘いのか辛いのか、はっきりしろっ草

 

「僕はバウスの『ごくまろ』の中辛にパチさんのカレーフレークを混ぜるのが好きなんだ」

 

 パチのフレーク……こないだ業務スーパーで見たわ。

 おれもちょい足しに使ってる。店での評判もいいよ

 知らないな、ググって見た……意外と高評価w

 今度、ポチる

 オイオイ、料理メン意外と多くて草

 

「ちょっと、離れるね」

 

 PCに向かい、操作をする。

 戻ってくるとチャットが少し賑わっていた。

 

 髪、凄い長かった!

 黒髪だよな、今どき染めてないの珍しいな

 あれは絶対、美少女。間違いない

 美少女判定ニキ乙

 けど料理するときは纏めて欲しかったな。衛生的に。

 せやね。まあ、俺ら食べられんからw

 美少女のうなじハアハア(;´Д`)

 落ち着いて、お父さん

 誰が父さんじゃ?

 唐突な寸劇に草

 

「あ……ごめん。そうだな、気付かなかった」

 

 野郎のままだとあまり気にならんけど、この長さだと確かに危ないよな。

 次からは気をつけよう。

 

 ん……BGMかけたの?

 

「うん、うまく出来たからね」

 

 これ、アカペラ? 普通に上手いんだけど

 音ちっさいからよく分からんが。

 鼻歌っぽいのに、普通に歌に聞こえるな

 なお、何を言ってるのかは謎w

 

「アイリスの国の歌だって。もっと上手くなったら普通に配信すると思うけど」

 

 覚えられるかというと、何とかなるとは思う。ただ、伴奏もないし。いつになるやら。

 

 ……癒やされる……

 もう、寝てもいいよね

 zzz……

 寝てるやんw

 

「さて。まずはやさい……」

 

 料理を再開しよう。

 人参のヘタと先を落として、皮を剥く。

 何度もやってるので特に問題もない。

 

 アレ? 手慣れてる

 見た目中学生っぽいのに、手つきが危なげないな

 ウチの嫁より上手いw

 それはリコール案件ですか?

 

「奥さんもその内さくさく出来るって。見守ってあげてよ?」

 

 続いてじゃが芋も皮を剥いていく。

 

 あ、うん(//∇//)

 余裕の上から目線だがやむなし

 チャット見ながら喋って包丁とか危ないぞ?

 あんま拾わなくても平気やでw

 

「ああ、気をつけるよ。次は玉葱だから」

 

 玉葱の厄介なところはやはりあの匂いだ。

 うん、普段より顔が近いから余計にクルな。

 

『あれぇ、勝手に目から汗が……』

「アイリスもキツイ?」

『いえ? 感覚の共有が出来るとは思わなかったので、少し驚いただけです♪』

「もうちょいで終わるから、我慢な」

 

 やはりアイリス氏は横にいる模様

 アイリスって名前だと女性だよな?

 そうじゃない? 彼女も気にしてるみたいだし

 やはり、てぇてぇなのかな?

 予告なくおしおきしてくる奴とか……あれ?

 実は古詠未ちゃん、ドMかもキャー

 

「んなわけあるか。シバクぞ?あうっ!……うん、そんな訳はないよ?」

 

 アイリス氏、意外に細かい

 うん、もっとやって草

 アリガテェ……アリガテェ

 やっぱ、電流っぽいね

 ビクビクしてるこよみん、エエなw

 

「……こ、こういう時にスルーすればいいのか。うん、覚えた」

『こよみさん、時々口が悪くなりますもんね。私だってやりたくてやってる訳じゃ無いんですよ?』

 

 甚だ怪しいが、確かにチャットの動きも加速しているし、同時接続も増えている。

 甘んじて受けるしかないが、暴言を控えるように心掛けていこう。

 

「さて、下拵えは終わり。鶏肉は先に切っておいたから鍋に入れていこうかな?」

 

 webカメラを2号機にチェンジ。

 ここからはコンロの上から実況だ。

 

 厚手の鍋にオイルをちょい多めに。

 ここでガーリックスライスを適量入れる。

 最初に炒めるのは玉葱。

 本格的にやる時は刻んだ大量の玉ねぎをよーく炒める。けど、今回はそこまではしない。

 

 お、にんにく多いな。平気?

 うちは生のを使うよ。いちおう喫茶店なので(笑)

 マスター乙。場所教えてくれたら食いに行く

 

「生にんにくはいっぱい作るときしか買わないなぁ。小分けにしても臭いが残るんで(笑)」

 

 わかりみ

 冷蔵庫の臭い、気になるよね〜

 脱臭剤、仕事しろw

 一段に2個ずつ入れてるわ、ウチ

 

「みんな苦労してるんだ。良かったー、うちだけじゃないんだ。あ、と。塩を入れるの忘れてた」

 

 これをしないと玉ねぎ、固いままになる事が多くてね。一つまみほどでも入れると違うのだ。

 

「次に人参、じゃが芋、と。鍋からいい匂いがしてきたら、水を投入……鶏肉はここで入れる」

 

 あ、炒めてある

 少しだけ炒めてる所も好感度高め

 もも肉? 結構大きめだね

 

「部位はあんまり拘ってないよ? 胸でもももでも、安ければ使うよ?」

 

 ただ、なるべく大きな部位で買う事にはしてる。作りおきには便利なんだ。

 

「さて、後はしばらく煮込むから……サラダでも作るかな?」

 

 手早く使った包丁やまな板を洗っていく。

 いちおう、食中毒とか怖いし。

 

「そういえば、ここって病気とかになったらどうなるん? アイリス」

『私が治しちゃいますよ♪』

「はは……頼もしいことでw」

 

 ん……? 今の行間を読め、解説ニキ

 『私が気合で治します』とか(笑)

 それ、なんも解決出来ない奴や

 マジな話、医師にかかれない場所に監禁てヤヴァいなぁ

 いや、監禁だけでヤバいですがな草

 

 本当に、そうだよなぁ。

 早く目標達成したいなぁ。

 野菜室からレタスの残りを出す。

 萎れた所はお昼に使ったから芯に近い辺りはまあまあ。千切って、洗って、細かく千切る。

 他にも野菜はあるけど、まあこれでいいや。

 

 安心して見られるのはありがたいが……

 少し面白みは無いかもね

 エエんじゃない?

 安らぎの音楽と安心の料理動画でワイ満足w

 

 アクを少しだけ取って、弱火でコトコト。

 野菜に火が入ったら火を止めてからルーを投入。ごくまろの半分とパチのカレーフレークを大さじ2杯ほどを入れてから、もう一度加熱。

 

「はい。古詠未のカレーの出来上がり」

 

 大きめの皿にごはんをよそって、たらーりとルーを注ぐ。俺はわりと水気多目にするけど、今日は定量で作ったから多少もったりとしてる。

 

 テーブルのwebカメラに戻して、カレーの皿を置いて、サラダに麦茶を注いだグラスを添える。

 

 うまそう(*´﹃`*)

 炎ふつうの料理なのに、何故こんなにも胸を打つのか炎

 ↑炎上するな

 うん、今日はカレーにしよう!!!

 ちな俺近所のCoCo弐

 ちなホンディ待機中

 マジか、何番目? 俺も俺も

 最後尾。古書店に入る手前w

 あ、お前か!

 よう、同志wヽ(`▽´)/ヽ(´ー`)ノ

 ……お前ら、別のところでヤれよ草

 

「盛り上がってる所もあるみたいだね♪ よかったよかった。じゃあ、頂きます」

『あ、あの! 私のも残しておいてくださいよ?』

「ん? アイリスも食べたい? どーしよっかなー♪」

 

 あ、ばか……

 意外と学習しないね(笑)

 

いっ! いったあっ!

 

 




 音楽編集とかニワカなんで聞き流して下さい。
ウチも今日はカレーにしよう(笑)


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05 配信終了のひととき

前回のラストから続いてます。
また、途中で時間経過や視点が変わります。


いっ! いったあっ!

 

 ガタンッ、ドタンッ 

 

 不意に来た痛みに、思わず跳ね上がり椅子ごと後ろに倒れてしまった。

 

『わ、だ、だいじょぶですか?』

「お、おまえ……沸点低すぎだろ?」

『あう……スミマセン……』

「ちょっとさあ……安易にやるなよなぁ……」

 

 椅子を直し、立ち上がる。

 あーあ、スプーンを跳ね飛ばしてカレーが散乱してしまった。また片付けないと。

 

『こ、こよみさん! カメラ、平気ですか?』

「あっ!」

 

 テーブル上のwebカメラを確認すると、放り出したスプーンの直撃を受けたらしくあさっての方向を向いて倒れていた。

 

「ほ……幸運? にも倒れてたよ。危なかった」

 

 ところが。米粒のついたスマホの画面にはチャットが凄い勢いで加速している。

 

 見た!

 見えたっ!

 見逃したっ

 くっ、カレーが来なければ!

 お前と話してなければっ

 なんやと、工藤?

 ホンディ組は、カレー食べて帰ってくれw

 ちな、どんな感じだった?

 なんか、お嬢っぽかった!

 おかっぱ黒髪ロングをお嬢と思い込むのはどうか?

 おかっぱって、最近聞かねえなぁ……

 バルス、帰って(笑)

 

 アレ?

 なんかヤバ気な会話をしてないかな?

 慌ててwebカメラのスイッチを切り、PCの前に行く。

 俺の慌てた顔に連動して、画面の中の古詠未も目を><(こんなふう)にして、ワタワタと慌てていた。

 

『あー……と。……見ましたか?』

 

 恐る恐る、聞いてみた。

 

 ちらっとだけどね

 ブレてたし、一瞬だけど切りぬこうと思えば出来るかも?

 キボンヌ

 キボンヌ

 クレクレ厨ウザッw

 

 うああ……

 俺はガクリと項垂れる。

 顔出しは、Vtuberとしては一番ダメだろう。

 

「と、とりあえず今日の配信はこれまで。またね」

 

『今日の配信は終了しました』の文字が流れ、チャットはお別れの挨拶で埋められる。

 

 おつかえー

 お疲れさま

 カレー美味しそうだった。これから作るw

 切り抜きの報告とかつぶやいたーにするよー

 怒られてもやめないで(真剣)

 おつかれです。

 そういや、ファンネームとか決めてないねw

 まともに雑談してないもんね草

 

 ずっと見てるわけにもいかないので、とりあえずPCのモニターを落とす。

 

「ふぁ〜」

『あ、あの。こよみさん?』

「……あのさ、顔バレとかはどうなんの? なんかペナルティとかあるわけ?」

 

 未だに解除してないので、頭の中のアイリスに聞く。もし、顔バレがダメなら早々に俺はVtuberとしての活動は終わりとなってしまう。

 

『いえ? 特に何も無いですよ?』

 

「はぁ〜〜〜、よかった」

 

 俺は心の底から安堵の声をあげて机に突っ伏した。

 

『お疲れのようですね。じゃあ、戻りますか?』

「ん」

 

 ピカッと輝き、俺は元の姿に戻る。

 

 アイリスも机の上でゆらゆらと揺れていた。

 

 この花に聞いておかなければならない事があったので聞くことにする。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「顔出しオーケーなら、なんでVtuberなんだ? 普通の配信者でも良いだろうに」

 

 その問いに、あっけらかんと答えるアイリス。

 

話題性ですよ、もちろん

「は……?」

例えば、合体しないで暦さんが配信者(ミャーチューバー)として活動したとして。どれだけ集客できます?

 

 いきなりリアルな話に変わったので面食らったが、冷静に考えることはできる。

 

「まあ、百万なんて一生かかっても無理だな」

デスよねー

 

 はっきり言われると怒りたくもなるが、それは当たり前な事だ。

 

 自己分析から言うと、俺はややコミュ障寄りなのであまり弁舌は立つ方ではない。

 また、カリスマ性の様なものも無いので人から注目される事も少ない。

 

 目立つ事が大前提の仕事なんて、無理なのだ。

 裏方がせいぜいな人間であり、人気者になどなれるはずもない。

 

やけに自分を過小評価していますね?

「四十近くになれば現実は嫌でも理解するよ。魔法の世界のお花には理解できないかもしれんがな」

……そうかもしれませんね

 

 アイリスが少し気落ちしたような声で呟く。

 沈黙が暫く続いた。

 

話を戻しますが、あなたがここに閉じ込められた理由はあなたの生きる活力、エナジーの不足です

「その……エナジーってなんなんだ?」

この世界の人には理解しづらい所が多いでしょうが、有り体に言えば心の力です

 

 ゑ……なんだか理解出来ない単語が出てきた。いや、言わんとする所は分かるが、理解しようとすると難しい。

 

普通の人はそこまで深刻な事にはならないのですが、あなたは特別な人でして。心の力の再生が上手く出来ないのです

「そ、そうなのか?」

 

 そう言われると、人としてダメな人間だと自覚がある故に納得してしまう。

 

正確には作り出す事が上手く出来てない。が、正しいですね。他の方から心の力、エナジーの供給を受けて、自らの中で作り出す。その工程に慣れる必要があるのです

 

 んん? どういう事だ?

 今の俺は自力で動けない。だから何らかの補助的な物が必要で、それか心の力、エナジーというもの、でいいのか?

 

現世において心の力は徐々に流出し、人は自らの内面よりエナジーを作り出して維持しています。普通の人は足りなくなっても病気になったりするだけですが……

 

 器用に顔を俯かせるように花弁を下に向ける。芸が細かい。

 

「……俺は、違うのか?」

あなたは消えてしまうのです。現世から、いつの間にか

 

 かなり衝撃的な話なのに、あまり現実感がない。

 この光景自体、現実感がないけどさ。

 

「……どうして、そうなるんだ?」

それは私にも解りかねます。世界の真理は誰にも分かりません。あなたが特殊というか、特別なのか。ただ、エナジーの枯渇によって存在が消えてしまう事象は私の世界でも観測されていました。それ故に、私は対処法を知っています

「そ、それは一体何なんだ?」

 

 花がこちらを向いて。

 

私と合体する事なのですよ♪

 

 ポカッ

 

 ……ドヤ顔をしているような気がしたので、殴ってやった。

 

 後悔はしていない。

 

 

ひっどーい? いきなり殴るなんて、DVですよ、DV!

「やかましい! ここがDV訴えられる場所かどうか考えてから物言えや?」

うわぅっ! 今度は恫喝ですか? きゃー、こわーい(笑)

「ホントに花びら、むしってやろうかな……」

 

 くねくねと動きながら、くだらない事を垂れ流すアイリス。

 だが、不意に動きを止めてまともな事を言った。

 

私と合体している状態のこよみさんは、心の力の流出を抑える事が出来ます。僅かずつは流れますが、そのままでいるよりは遥かにマシです

 

 ……ふむ。

 そういう利点があったのか。

 可愛いのが好きだから、変身させたとかいう理由じゃなくて良かった。

 

まあ、外見は私の趣味なんですけどね?

「少し感心したと思ったら、すぐに落とすとかやめてくんない? ツッコむのも面倒になってきたよ……」

 

 げんなりしていると、アイリスがまたマジメモードで話を始めた。

 

この閉ざされた世界も同じです。ここにいる限り、あなたはエナジーの損耗により悩まされる事はありません。ただ、心の力を生み出す事のできないあなたにはただの延命措置にしか過ぎません

「だから、他の人から心の力、エナジーを貰えと。そのためにVtuberになれと言う事なのか……」

 

 こくりと頷く、花。

 シリアスな場面のはずなのに、何故か締まらないなぁ……

 

「一つ、いいか?」

なんでしょう?

 

 もう一つ、気になる事がある。

 これはある意味一番大事な事だ。

 

「お前が俺を助ける理由は、なんだ?」

……

「今の話を聞く限り、俺が消えてもお前には何も害はない。勝手にやってきて、勝手に俺を助けるその理由は、なんだ?」

 

 アイリスは、花びらをゆらゆらと動かしている。

 表情が分かるわけもない。花だからな。

 でも、その仕草に見覚えがあった。

 遠い昔に見たような、気がする。

 

私があなたを助ける理由は、実験です

「実験?」

私の世界でも報告があったと言ったでしょう? 対処法は出来たけど、治癒させる方法は確立していないのが現状です

「そうなのか?」

はい。魔力の豊富な世界なので、エナジーの流出を抑える閉鎖空間を構築するのに制限時間は無いのです。コチラと違って

「ああ、なるほど。こっちは時間制限アリだもんな」

 

 魔法とか魔力とかエナジーとか。

 もう訳が分からない。

 でも、意外と冷静に対応できている自分に驚く。思った以上に危機対処能力が高いのかもしれないな。

 

こちらでのデータが取れれば私にとって大収穫なのです。私が無償でこんな事していないとご理解頂けましたか?

「ああ、そこは理解した。ちゃんと目的がある方が信頼できるってもんだ」

 

 アイリスはアイリスの都合でこちらを助けるのだから、こちらが負い目を感じる必要はない。

 それが分かっただけでも、収穫だ。

 

 

さて、私もお腹が空きました。お夕飯にしましょう♪

「ああ、そうだな。俺も一口しか食ってないし。そういや、片付けないと」

えー、後でいいじゃないですか?

「カレーの色は落ちないんだよっ」

 

 巻き散らかしたカレーやご飯やらを片付ける間、アイリスはまだかまだかとねだり続けた。

 

 ……この腹ペコ花め。

 

 

 

 

 

 夕飯を食べて、ごろごろとする。

 何故か東京圏のテレビも入るので、暇を潰すのは問題はない。

 ビールの缶を開けて飲んでいると、アイリスが興味深げに覗き込んでくるので、半分分けてやった。

 

あ、あふ……こるぇ……あるこるでしたか?

「言わなかったか?」

聞いてまへん、よぉ……

 

 あっという間に寝落ちするアイリス。

 これから黙らせるのには、これを使おう。

 

 つぶやいたーの方もチェックしてみる。

 すぱしーば名義のアカウントとは別に個人のアカウントもあるので、そちらをチェックする。

 趣味というか、献立表というか。

 作った料理の写真をアップしているだけなんだが、そこそこ見てる奴らがいてくれるので続いているわけだ。

 

 鍋のカレーを写して投稿しようとして止める。

 

「……古詠未の内容と被るかな?」

 

 何処にでもある鍋だから大丈夫だとは思うけど……やはり今日はやめておくか。

 代わりにすぱしーばのアカウントから投稿しよう。

 

「おう……なんだこれ」

 

 いつの間にかフォロワーが三千を超えてる。

 リプライなんかもある。本来のアカウントではほとんどされたことなかったなぁ。

 

「……んん?」

 

 一つのつぶやきからのリンクを辿る。

 

「……やっぱり、見えてたか」

 

 そこには、ボヤけてはいたけど椅子から転げ落ちる所を撮られたこよみの姿があった。

 

『……姿は趣味で作ったと言っていた。よくある素性を知られた魔法少女的な罰則はなさそうだよな』

 

 その画像の少女を眺める。

 鏡を見た時にも思ったが、何処かで会ったような気がするのだ。

 

 どこにでもいそうな、とは言わないが。

 髪に飾られたアヤメの花くらいしか目を引かないその姿が……なんだかとても懐かしく思えていた。

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

ボクは運命を感じたんだよっ!

おまーの運命なんか知らないにゃっ!

つれないなぁー、黒猫さんたら。ボクのこの感動を分けてあげたいと思ったのにっ

そういうのは自分の配信でやれや、十六夜桜花ーっ

 

 

 その画像を巡って、黒猫の配信に凸するライバーがいたとかいう。

 

 関係ないし、迷惑行為でしかないと思う(笑)

 

 

 




以上、説明回でした。

それと十六夜桜花さんのファンの方、申し訳ありません。

次回は暦以外の視点からのお届けになります。


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06 夏の終わりが結ぶ縁

 今回はあの方々の視点でお送りします。
決して浮気はしませんから。たぶん。
ヒント:サブタイトルに隠れてます(笑)


ふむ……姫乃古詠未ちゃん……か

 

 大学の講義の合間に見たつぶやいたーに、トレンド二十位ほどに出ていた名前。

 

 いちおう、知ってはいる。

 運営の方から『接触は今はしないように』と厳命されたからだ。

 

どういう事なんでしょうね?

 

 そう言いながら、私の前の席に座り込む女性がいる。上品そうな顔に好奇の瞳を輝かせている。

 

 大学のカフェとしてはかなり小洒落ているこの店には、講義待ちや課題の作成に利用する学生も多い。

 

 白磁の器にスプーンの音が微かに響いた。

 

 

さあ? 運営の方針が変わったんじゃないの?

 

 私が答えるとふふっと微笑む。

 あの子が子猫なら、この人は大人の猫。

 それも血統書付きの。

 

個人とのコラボも制限無かったのに、いきなりですもの。他の企業勢との制限も今のところ無いのに、おかしくありません?

私たちが詮索する事じゃないでしょう? そんなに気になるの? この子が

 

 私のスマホの画面には、顔出しの画像として一人の女の子の写真が貼ってあった。

 

 慌てた様子の、おそらく中学生ほどの年代に見える少女。ボヤけてはいるが、目鼻立ちは整っていそう。たぶん、かなり可愛い。

 

 ただ、今宵とは方向が違う。

 

 あの子は誰が見ても美少女と頷けるほど、完成されている。大人になれば千影さんの様な美人になるのは間違いない。

 

 だけど、この古詠未の中の少女はそうではない。

 

 どこにでもいそうなのに。

 なんとなく目を惹き付ける。

 そんな感じの子なのだ。

 

 昨日、あの子の配信に割り込んできた十六夜さんが熱弁を振るうのも頷ける。

 ……まあ、あの人の感性は少し危ない方向に寄り過ぎだけど。

 

 だけど、見た目だけでこの人が気にするとは、私には思えなかった。

 

 どこに出しても隅に置けない、勝手に目立ってしまうこのお嬢様は……人を見かけで判断はしない。

 

じいやがね、少し調べてくれたのよ

じいやさんが?

 

 少し調べた段階で、この『すぱしーば』という企業は不可思議な存在だと分かったそうだ。

 

所在地には会社もあるし、社員もいたらしいわ。殆どが外国人らしいけど、外資ならまあ有り得るかもしれないけど

 

 ふふふっと、楽しげに笑う。

 上品な笑い方が出来ていいなぁ。

 

同一社屋の別企業の人に聞いたところ、突然と出来たらしいのよ

会社が突然出来るわけないでしょ?

正確には、前日は違う会社がそこにあったらしいの。次の日に出社したら、そのフロアが『すぱしーば』に変わっていたのよ

 

 俄には、信じ難い話である。

 無論、前の会社というのが転居して後に入るという事は、普通に有り得るのだが。

 

どう? 少しは興味を引けたかしら?

うん……でも、それだけよ? 私たちが詮索するのはダメだって話でしょ?

 

 あるてまからの指示により、すぱしーばやそこのVtuberには関わってはいけないことになった。

 理由は聞かされてはいない。

 

十六夜さんが運営からお叱りを受けたって、今宵から聞いたわ

 

 巻き添えで釘を刺されたとボヤいていたのが可愛かったが……運営側はそれほど警戒しているのだろう。

 

企業として警戒するのは当然としても、あの子そのものはどうなのかしら?

 

 彼女は楽しそうに話を続ける。私としては、あまり続けたくはない話題なのに。

 

……見たところ黒音さんと同じくらいか、もっと下ね。配信時間も今のところ20時以降はやってないし

公式設定では中学生風女子? ってなってたものね

あら? なんだかんだとご存知じゃない

そりゃあ同業者はチェックするでしょ?

 

 意地悪そうな笑みを浮かべる彼女に、口を尖らせて抗議する。我ながら子供っぽい仕草だが、なかなかに直せない。

 

じゃあ配信は見た?

残念ながら。お昼と夕方なんて、休講でもないと追えないわ

私はじいやにキャプらせてたから見たわよ?

……見れるの?

時間、あるならね

 

 彼女はスマホを取り出してこちらに寄越す。

 彼女が個人で使う物ではなく、閲覧などに使うために使用している大型のもの、いわゆるファブレットという物だ。

 

 ブルートゥースイヤフォンを出して、起動。

 タイトルを選んで再生する。彼女はというと、自分のスマホをいじり始めた。

 

 

 無言の時間がしばらく続くが、特に気にはしていない。

 

 

……ふう

どうだった?

 

 彼女は好奇の瞳でこちらを眺めている。

 彼女の琴線がどこかは分からないけど、私なりの感想を答える。

 

変な子ね。古詠未ちゃん、だっけ? 初めはやる気がないのを無理やりVtuberやらされてるのかと思った

おしおきとかされてるしね(笑)

人目を引きやすい『監禁』とか『おしおき』とか。意図的に使って興味を引くのかと思ってたら、なんか違うし。あれ、本当の事なんじゃないの?

 

 私には、嘘には聞こえなかった。

 もし、あれが演技だとしたら子役とかしていた俳優であるはずだ。

 

本当だとしたら、生の配信なんだから助けを求めればいいはずよね? でも、そんな訴えは無かったわね

空に浮かんだ部屋に閉じ込められてるとか、社会人だったとか、お花が現れてマ○マギ展開とか。荒唐無稽な嘘を平然と吐くんだから、演技のはず。でも……

 

 何故か、本当のことを言っているような気がする。

 

私も同意見よ。あの子は演技でなくて、本心から話している。そう思えましたわ

 

 相変わらず、自信満々にそう断言する。

 根拠を聞くと、彼女はあっさりと言った。

 

勘、ですわ!

……ああ、そうだったね

 

 直感的な判断をする事が多いのを忘れていた。

 決して愚鈍な訳ではなく、むしろ私よりも頭は良いのだけど。

 その判断基準は、だいたい勘なのだ。

 

 脳筋なお嬢様は、冷たくなったコーヒーを優雅に飲んでから呟く。

 

そもそもこの子は、発声と言うものが出来てないわ

……そういえば、そうね

 

 まるで普通の人の会話みたいな話し方。

 

 

 いちおう、私達も配信する側の人間なので、ある程度のレクチャーは受けている。

 機器の操作方法から話し方まで。

 ざっくりとではあるけど、研修を受けているのだ。

 

 演技だとすれば何らかのレクチャーを受けている筈であり、その中には発声も入るはずだ。

 

 彼女の声は抑揚がかなり少ない。

 どこか絵空事な感じがするのはそのせいだ。

 アクセント、イントネーションが与える影響はかなり大きい。

 訥々と話すよりも感情を込めやすく、大げさで芝居がかった話し方をする人はこの業界には多いのだ。

 

色々とちぐはぐな感じがするわ……とても、興味深い

マネージャーに叱られても知らないわよ?

私がそんな事で躊躇するとでも?

 

 そういえば、そうだった。

 この勢いでVtuberになって、巻き込まれたのをすっかり忘れてた。

 

 やれやれとため息をついて見ていたスマホを返そうとすると、「明日まで貸すわ」といい笑顔で言われた。

 

年下の子に好かれやすいあなたなら、何か攻略法が分かるかもしれないから。何か気付いたら教えて

なに十六夜さんみたいな事言ってるの。宗旨替えでもしたの?

それもいいわね。目の前でいちゃついてたら、妬いてくれるかしら?

 

 冗談とも本気とも取れるような事を言って、彼女は去っていった。

 颯爽と歩く姿も決まっていて、少し羨ましくもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然のようだが、大学への通学には車は使わないで電車とバスを利用している。

 

 九月に入って半月ほど。

 朝夕はそこそこ気温も低くなってきたけど、日中はまだまだ陽射しが強く夏の名残が消えてはいなかった。

 

 早めに帰宅するのは、夜の配信に備えて色々と準備をするためだ。とはいっても、配信自体の準備はほとんどない。

 

 課題を終わらせたり、家事を済ませたりといった雑事に費やされる時間が必要なのだ。

 

 実家で暮らしていた高校の頃は、自分の事だけに専念出来ていた。一人暮らしが不便だと感じてしまうのは、仕方がないのだろう。

 

 帰り道の途中にある児童公園を横断する。

 ここを通るとかなり短縮出来るのだけど、夜は街灯が少なすぎるので昼間だけのルートだったりする。

 

 子供達が遊んでいたり、犬の散歩をするご婦人などがいるので、閑静な住宅街でもそこそこに人気はあった。

 

ん?

 

 ベンチに座る少女の後ろ姿が見えた。

 木陰でもないのに、帽子も被らずにいる。

 

……?

 

 女の子というのは、たいてい直接陽射しに当たる事は避けるものだ。

 だから、その子の在り方はとても奇異に見えた。

 

 私は少し遠回りをして、その子の横に回り込む。幸いな事に彼女はこちらに気付かない。

 よく考えると今のわたし、怪しいよね(苦笑)

 

 注視してみると、よくよく妙な子だった。

 

 背中近くまである長い髪に、大きな花の髪飾り。というか、あれは生花だろう。

 

 花を差すという飾り方は、あまり一般的ではない。

 

 見栄えはいいけど、花というのはなかなか思う様に収まってくれない。一日もすれば萎れてしまうから効率も良くないので、よほどでないと生花を指すことはしないのだ。

 スチール撮影での小道具として使ったりする場合くらいだろう。

 

 そんなお洒落をしているにも関わらず、恰好は灰色のスウェットのが上下だ。

 

 女の子が着るのはおかしいとは言わないけど、それなら髪飾りは付けない。

 生花を差すなんて真似はせず、ヘアピンがいいところだ。運動をするのにそんな髪飾りを付ける理由がない。

 

ん……?

 

 炎天下なので汗をだらだらとかいていて、さらに言えば何か思い悩んでいる様に口を固く結んでいた。

 

 頭に差したあやめの花が風に揺れると、彼女は独り言を呟いた。

 

俺にはムリだよ……

 

……ん?

 

 その声に聞き覚えがあった。

 そして、よく見たら見覚えもあった。

 

すぱしーばのVtuberの中の人!?

 

 先ほどまで動画を見ていたのだから、見覚えがあるのは当たり前だ。自宅周辺で接近するとは思わなかった。なんて、偶然だろうか。

 

 と、そこではたと気が付いた。

『あるてま』から接触しないようにと言われているのだ。

 

 そそくさと退散しようとする。

 

 ……だけど。

 なんだか、気になる。

 

 もう一度見ると、真剣な眼差しで独り言を繰り返している。

 せめて木陰にあるベンチでやればいいのに。

 こめかみから伝う汗の滴が、きらりと輝くように見える。

 

 あんなに汗をかいてたら……ああ、もうっ!

 

 

ねえ、そこのあなた

……え?

 

 

 気が付いたら、声を掛けていた。

 

 仕方がないのだ。

 昔からこういう性分なのだから。

 

座るなら、あっちのベンチの方が涼しいわよ? ほら、汗だくじゃない

あ、……はあ……

 

 ベンチに座った少女が見上げる。

 キョトンとした様子から、なんで声を掛けてきたのか理解出来ないようだ。

 

そのままだと熱中症になっちゃうわ。ね、こっちに来て

 

 要領を得ていないみたいなので、腕をそっと掴んで促す。同性でもこういうお節介は嫌がる子は多いのだけど、彼女は特に嫌がる素振りも見せずに従ってくれた。

 

 木陰になったベンチに腰を降ろさせ、汗を拭くように言う。

 すると、彼女は服の袖で額を拭い始めた。

 

ちょっ……あなた、何してるの?

え……あせ、拭いてるんだけど

そんな袖で拭うなんて。ハンカチは? タオルとか持ってないの?

……わ、忘れてきた

 

 照れ笑いをしながら、そう答えられた。

 

忘れるなんて。女の子なんだからちゃんと身支度はしておくものよ?

 

 呆れながら、私はバッグから予備のハンカチを取り出す。何が起こるか分からないから何枚かは持っているのだ。

 

はい、これ

え、? わ、悪いですよ。見ず知らずの人に

いいから使いなさい

は、はい……

 

 怒ったふりをして睨むと、もそもそと汗を拭い始める。

 少し落ち着いたのか、顔色は良くなっている。

 でも、用心はしたほうがいいかな?

 

ここで待ってなさい。お水、買ってくるから

え? そんな、悪い……

いいから、待ってること

……はい

 

 近くの自販機で、冷水のペットボトルを二本購入。急いで戻ると、彼女はちんまりと座って待っていた。

 

はい、どうぞ

お、お金。払うぞ

お姉さん、バイトしてるからこれくらい平気よ。いいから、飲みなさい

う……はい

 

 躊躇していたので強目に言うと、渋々キャップを開けて飲み始める。断ってはいたけど、やはり喉は乾いていたようで、こくこくと飲み続ける。

 

ん、ん、ん……ぷはぁ

 

 ドキ……

 

 ただ水を飲んでいただけなのに、なんかイケない事を連想させる声だ。落ち着ける為に自分も水を飲む。

 

ありがとう、助かりました

 

 膝に手を置いて礼を言う彼女。

 でも、イメージがそこはかとなく違う。

 可憐な外見なのに、なんだか仕草が体育会系のようだ。

 

考え込むのもいいけど、時と場所は考えなさい。熱中症って怖いんだからね

はぁ……そうスね。気をつけます

 

 まあ、これくらいのお節介は会社側も許してくれるだろう。

 

それじゃあ、お姉さん行くね。日が落ちる前に帰りなさいよ? シャワーでちゃんと汗流してね

 

 席を立ってそう言った。

 さっさと帰って準備しないと。

 

……?

 

 ──ところが。

 彼女は真剣な眼差しでこちらを見つめていた。

 そして、初対面の人間にこう(のたま)った。

 

お、お姉さん。お……僕に、服を見立ててくれませんか?

 

 

 

……はい?

 

 我ながら、間抜けな声だったと思う。

 

 




 あるてま勢をあまり絡めないと言ったのはどの口だァーッ! という感じにお叱りを受けそうです。
意志薄弱な私を許して下され……


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07 お着替え大作戦!

 前回の少し前から始まります。
今回は暦視点からになります。



『今日はお買い物に行きましょう♪』

 

 翌日、朝のトーストを食べながらアイリスが唐突に発言をした。

 

「あー、と。俺はここに閉じ込められているんだよな? エナジーとやらが流出しないように」

『そうですよ?』

「それじゃあ、出掛けちゃダメだろう?」

 

 外に出たら、俺のエナジーが無くなってしまうのではないの?

 

『それでは死んでしまいます。食糧とかはどうするのですか?』

「……まあ、確かにいずれは無くなるな」

『水や電気や電波は届きますが、食べ物は届きません。通販を頼んでも、宅配ボックスまでは取りに行かないといけません』

「うん、至極もっともな意見だ」

『人はずっと引き篭もってはいられないのです。それではヒキニートになってしまいますよ、ぷーくすくす(笑)

「なんで、いま、笑われたんスかねぇ……」

 

 非常識な奴に正論言われると、なんでこんなにもムカつくのか。

 

『いひゃい、いひゃいれふよぉっ』

 

 とりあえず花弁を引っ張って溜飲を下げる。

 インスタントのコーヒーを啜りながら話を再開を促すと、アイリスはあまり気にしないように話し始める。

 

『私と合体したままなら、エナジーの流出は極力抑えられます。ぶっちゃけ、ずっとそのままでいるならこの世界に隔離する必要もないのですが』

「あー、それは。勘弁してつかぁさい。俺が耐えられない」

 

 女のコの身体になるのもそうだけど、アイリスがずっと頭の中で話してくるとかうんざりしてきそうだ。

 

『さもありなん。ともかく、買い出し程度なら問題は無いのです』

 

 えっへんと胸を反らすような仕草をするアイリス。……その茎のほっそい所が胸なのかな?

 

『と、いう訳で今日はお買い物です』

「まあ、買い物自体はいいけど」

 

 洗濯はもう済んでいるので、これからやる事は何もない。

 幸いにして手元にはそこそこ纏まった金があるので暫くは問題は無いと思うが……収入が無いのは厳しいな。

 

「ときに、俺ってすぱしーば所属扱いなんだろ? 給料って出るの?」

『もちろん出ますよ? 基本これこれで、収益化や販売とかが進めばもっと増えます』

 

 俺の知らない所で決まった就労条件は大した金額ではないのだが、家賃、共益費、光熱費、社会保険料等は全部すぱしーば持ちになっているらしい。何、その甘やかしプランは。

 

『すぱしーば自体、暦さんをバックアップするために作った会社なので。ただし、離職出来ませんのであしからず(笑)』

「ホワイトかブラック、判断迷うな、おい」

 

 実際にはありえないのだが、コイツは常識の埒外の存在だ。何があっても不思議ではない。

 

『すぱしーばは私の部下が運営してます。挨拶をしたいと言っていたので、そのうち伺うつもりです』

「お前の部下か……やっぱりお花なのか?」

『ご想像にお任せします♪ では、行きましょうか』

 

 アイリスがそう言うので、着替えに隣の部屋に行って、カーテンを閉める。

 

 手早く下着を着替え、少し小さめのスウェットに着替えた。これも新しく何着か買った方がいいかもな。

 

『では、合体(パーイルフォーメーション)!』

「やめんかっ」

 

 適当な掛け声とともに光に包まれ、俺はまた女の子になってしまった。

 

 

 

「あー、そうかぁ」

『どうかしましたか?』

「靴も、買わないとだな」

 

 中学生程度の体格なんだから、靴が合うはずもない。仕方ないのでクロッグタイプのサンダルにする。

 

 玄関に来ると、アイリスが何か頭の中で呟いている。たぶん、呪文なんだろう。

 

『さ、現世に戻しましたよ』

「おう」

 

 玄関の扉を開けると、久しぶりに眺めるマンションの廊下だ。

 

「う……」

『廊下を見て涙ぐむ人は、こよみさんくらいでしょうね』

 

 もう二度と眺める事が出来ないと思っていた風景を見れたのだ。泣いて何が悪い。

 

 鍵をかけて、エレベータで一階へ。

 宅配ボックスを確認すると、幾つかの荷物と郵送物が数枚あった。

 

「これさ、書留とか来た時、詰まないか?」

『そうですねぇ』

「他人事のように流すなよ、ちきしょうめ」

 

 とりあえず荷物はそのままで出かける事にする。ビールの箱とか持って歩けないし。

 

 

 

「あっつ……」

 

 快適な部屋から出てみると、圧倒的な季節感が押し寄せる。まだ九月半ばなので、多少和らいだとはいえまだまだ暑い。

 

『それじゃあ、こよみさん。お洋服を買いに行きましょう!』

「えっ?」

 

 頭の中で話すアイリスに思わず返事をしてしまい、前を行くご婦人にジロリと睨まれた。

 とりあえず口に手を当てて愛想笑いをして誤魔化す。

 

『こよみさん、スウェットしか無いし。女のコなんだから下着もきちんと着けないと』

「そんな、無茶な……」

 

 家にスウェットしかないのは謝るけど、女物の服とか下着なんてあるわけ無いだろ。キレていい筈なのに、あまりに大きすぎる課題の前に萎縮してしまった。

 

「おま、お前……俺に女物の服を買えと云うのか?」

「私は買えませんから。分離しても、お花ですしw 」

 

 がっでむ……

 

 女みたいな言動が多くて、えっちな絵とかに過剰反応するからメスだと思ってたんだが……大前提として、お花なんだよな。

 

 今の姿なら、確かに違和感はないだろう。

 妹の買い物に付き合わされて、下着売り場で恥ずかしい思いをする事もおそらくはない。

 

 だが、どれをどう選べば良いのかがさっぱり分からん(笑)

 

 部屋着がスウェットなのも、服飾のセンスがあまり良くないせいでもある。

 

 

 

『お兄ちゃん、休みの日にもスーツって何なの?』

『コーディネートのセンスが壊滅的とお前に言われたせいだよ』

『なにそれ、ウケるーw』

 

 

 

 今年JKになった妹の、心無い一言がどれだけ俺を傷つけたのか。それは、俺にしか分かるまい。

 

 それに。

 女物の下着となると、裸にならなければならない。

 いや、語弊があるか。

 少なくともこの身体の、センシティブな部分を見なくてはならない。

 

 それはなんとなく気が引ける。

 見てはいけないものを見てしまう気がするのだ。

 

 トボトボと近くの公園に歩いて行き、ベンチに座る。

 

『どうしよう……』

 

 その呟きを聴くものは、誰もいなかった。

 

 

 

 

 ベンチに腰を下ろしてはや三十分。

 

『こよみさん、いい加減に覚悟決めましょうよ〜』

「うるさいだまれ」

『お店に行って、適当に見繕って下さいって言うだけですよ? あとは店員さんのおもちゃになるだけですって』

「それが嫌だって言ってるんだろ?」

『じゃあ、ご自分で選びなさいよぅ』

「それが出来たら、悩まないわっ」

 

 こんな言い争いをしていたら、小さなお子さんを連れた奥さんが慌てて離れていった。

 周りから見ると、独り言にしか聞こえない。

 アブない奴だと思われても仕方ないな。

 

 陽射しが徐々にキツくなってくる。

 汗がだらだら流れるが、ここを動くとろくな事にならない様な気がして動けなかった。

 余りの重圧(プレッシャー)に、まるでベンチに縫い付けられたようになっていた。

 

 

 そんな時に、声をかけてきた人がいた。

 

 綺麗な女性だ。

 まだ若く、おそらくは大学生のような彼女は見ず知らずの俺を気遣ってきた。

 

 腕を引いて日陰になったベンチへ移動させて、ハンカチまで貸して、水も買ってきてくれた。

 

 あれよあれよと世話を焼いてくれるその姿は、まさに天使であった。

 

 だから、つい。

 頼んだら助けてくれそうな、この人に助けを求めたのだ。

 

「お、お姉さん。お……僕に、服を見立ててくれませんか?」

 

 

 

 しばし呆けたような顔をしたが、俺の様子を見て溜息をつく。くしくしとサイドテールの髪をいじり、俺の恰好を採点するように眺めた。

 

「……素材の良さが全く活かされてない。これは由々しき問題よね、たしかに」

 

 諦めたように呟くその言葉に、俺は微かな希望を感じた。

 

「じゃあ……」

「お姉さん、あんまり時間ないからコーディネートはワンセットだけ。それでいいなら」

「それでいいッス。助かります」

 

 

 ようやく助けてくれそうな人が見つかった。

 お人好しなお姉さんに感謝しかない。

 

 

「な、な、なんで男物なのっ?」

 

 駅前のショッピングモールのティーンズ向けの専門店で、その人は声を荒げて驚いていた。

 適当に見繕ってくれた服を合わせるため、試着室に入る。イマイチ自信が無いのでお姉さんにも同席してもらった。渋々ながら付き合ってくれるこの人は、やっぱり天使だと思う。

 

 そして、スウェットを脱いだ俺の肌着を見て叫んだのがさっきの声だ。

 

 まあ、サイズも合ってないので袖は下がるし、下なんかスウェットの紐で上から結んでないと落ちてしまうのだ。

 

「え……コレしか無いので……」

「……育児放棄? 男物って事は母親、お母さんはいないのね? 本当にヤバい案件じゃないの、コレ……」

 

 ああ! お姉さんが勝手に問題を大きくしてる。

 そんなんじゃないねん! ホントにコレしか無いんだって。

 

「お、親父は悪くないよ? 金だって渡してくれたし、買って来いって」

 

 急いでポケットの長財布からカードを取り出す。

 現金もあるけど万札一枚なので足りないかもしれないので。デビットカードなら問題なく使えるだろう。

 

「本当に、親御さんに虐められてるとかじゃないのね?」

「違うって」

 

 俺の手のカードを見て、彼女が呟く。

 

「KOYOMI TONODA……ふぅん」

「ともかく、変な誤解しないでくれよ?」

 

 カードをしまいつつ、お姉さんに釘を刺す。

 いちおう納得はいったようだ。

 

「ともかくそれじゃあ、肌着類も買わないとダメね。もう、仕方ないなぁ……」

 

 腕時計を見ているので時間があまり無いらしい。

 

「あ、あの……急ぐのならコレだけでいいんで」

「ここまで付き合って帰れる訳ないでしょ。とりあえず、それは持って。こっち、いらっしゃい」

 

 断ろうと思ったら、ぐいぐいと引っ張られてしまった。その勢いのまま、肌着まで見繕ってくれた。

 

 

 

「うん、良いわね」

「か、可愛すぎやしませんかね?」

「女の子が可愛くて何が問題なの?」

「……うう」

 

 お姉さんコーディネート一番目。

 ダボッとしたTシャツとミニ丈の二段フリルのキュロットスカート。帽子にパナマ帽とかオシャレだ。お姉さんはミニスカート推しだったけど、そこは固辞した。

 

「若い子は活動的じゃなきゃね」

「その発言て、いいの?」

「う、うん。私は若い、まだ。うん」

 

 お姉さんコーディネート二番目。

 一番目とあったら二番目もあるんだよなぁ……

 ともかく、次はぞろりとした長さのワンピースとホワッとした帽子、キャスケットって言うのかな? なんだかゆるふわな感じだ。

 

「森ガールも似合うわね」

「ほう……長いから安心だね」

「綺麗な脚なのに勿体ないかな?」

「いや、見せないよ。出来ればズボンで!」

 

 という俺の意向を組んでの三番目。

 黒のTシャツにハーフのカーゴパンツ。足元もサイズを変えたクロッグで、帽子はなんか横文字の書かれたキャップ。

 これでいーじゃん!

 

「うーん、悪くないけど、可愛くない」

「いや、可愛さは二の次でいいの! 着やすさ、重要、超重要」

「まあ、似合うけど……」

 

 本当にしぶしぶオーケーを出すお姉さん。

 どれだけ可愛いの追究するのよ……哲学者?

 

 アンダーや靴、帽子も含めて全部買ったらなんとびっくり十二万。少し乾いた笑いが出そうだったけど、親の金という体を崩さぬために笑顔でお支払い。くう……殺せぇ……

 

 

「うん、初めはどうなるかと思ったけど。久々の着せ替え人形は面白かったわ♪」

「さいですか……こっちもありがたかったです、はい」

 

 ややテンションが下がったけど、とりあえず動きやすい恰好になれたので良しとしよう。なんだかんだでお姉さんもノリノリで、ワンセットと言いつつ三セットも選んでくれたし。

 

 ちなみに今は一番目の格好だ。

 着ていきますと言ったら、店員さんが驚いていたが……まあ、それはそうか。

 何から何までお店で着替えて帰るなんて、男でもやらんものな。

 

「せっかくなので、ご飯でも? お礼に御馳走するよ」

 

 これだけ色々としてくれたのだから、お礼くらいはしないとな。だけど彼女は急ぐ用があるらしく、またの機会にということになった。

 

「それに、お父さんのお金なんだから。見ず知らずのお姉さんに奢るなんてダメだよ。割り勘ね」

 

 恩人なんだから別にいいのに。後日会うために連絡先を交換しようと聞くと、あっさりOKしてくれた。天使ちゃん、警戒心ゆるくない? と思ったけど、いまさらか。

 

「RINEでいい?」

「え、あ、はい。どうぞ」

 

 QRコードを出して、交換する。

 

「こよみちゃん、ね」

「はい。え、と」

 

 天使なお姉さんの名前はみなとさん。

 プロフィールなので本名とは限らないが、その方が気が楽でもある。

 

「日が暮れるのも早くなったから、なるべく早く帰りなさい」

「わ、分かった」

「ん、それじゃあね」

 

 モールで彼女と別れると、しばらく黙っていたアイリスが声をかけてきた。

 

『助かりましたね、こよみさん』

「ああ、本当に。天使みたいだったよ」

 

 そう言えば。

 

「お前、ヘアピンにもなれたのか」

『お花のままだと帽子の邪魔になりますからね』

 

 いっそ消えてくれたらいいのに、とかは言わない。少女のまま戻れなくなったら、困るのはこっちだからな。

 

『うへへ、そのお洋服、お似合いですよぉ』

「おま……変態ちっくに言うなよ、キモい」

『それ言われると、意外と効きますね……』

 

 なら、今後は止めてもらいたい。

 足元がスースーする感覚は慣れてないけど、案外心地良かった。日が落ちて暑さが和らいだせいかもしれない。

 

 

 

 

 

『こんゆいー♪ いやー、今日も暑かったね。まだまだ残暑厳しい折、いかがお過ごしですか? 夏波結でーす』

 

『あれ? 別のライバーさんの見てますね』

「ああ、黒猫とコラボ雑談らしい」

 

『こんばんにゃー、あるてまのリーサルウェポン。黒猫燦ですにゃ』

『燦は今日はどうだった? ちゃんと勉強してた?』

『…………当然、にゃ』

『なに、その間は? まさか学校行ってないとか言わないわよね?』

『ちゃ、ちゃんと行ってるよ? ……早引きしたけど』

『え? 大丈夫? 体調崩したんじゃないの?』

『へ、平気だよー。ゲームし過ぎで寝不足だっただけだし!』

『……へえ。少し問い詰めたいんだけど、いいかしら?』

『にゃ、にゃあァァ〜!!!』

 

 コメント欄では『ああ、またか』『ゆいまま怖い』『手がかかる子は可愛い』など書かれている。

 あるてまの2期生の中でも人気の二人は、もはや仮想家族を超えた繋がりがあるように見えて微笑ましい。

 

『あれ? この声……』

「ん? どうかしたか」

 

 PCの前で葉っぱで腕組みのような形をするアイリス。

 本当に器用に動くよなぁ。

 

『聞き覚えありません?』

「え?」

 

『今日は知り合いの子とお洋服を見てきたんだ。レクチャーしてくれって頼まれてね』

『えっ!? だ、だれ……?』

『えっとねぇー、燦の知らない子♪』

『う……うぅ、ままが、NTRれたー!』

『ちょ……人聞き悪いし、言い方っ!!』

 

 ……この、怒った時の口調……もしかして。

 

『ゆい=みなと、なんでしょうねぇ。世界って意外と狭いですね?』

 

 あっさりと言うアイリス。

 俺はしばらく、開いた口が塞がらなかった。

 

 




 黒猫さんに寝取られ性癖は、ない筈ですよね?


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08 マシュマロ食べるのがお仕事です

 ようやくマトモな雑談回です。



「こんよみー。九月十☓日、夕方18時30分です。今日の配信、始めます。姫乃古詠未です」

 

 はじまたー

 こんよみー

 挨拶、『こんよみー』に決まったんだね

 つぶやいたーで告知してたぞ

 今日は滑り出しイイね!

 

「僕だって少しは学習するよ? いつもいつもダメ出しされてたらキリがないからね」

 

 いつまでもおしおきされていたらたまらないし、見に来てくれるリスナーの人たちにも申し訳ない。

 敬語だって営業のときは使えていた。

 ようは気持ちの切り替えだ。

 

 これは仕事として割り切る。

 

 目標は心の力、エナジーが貯まるチャンネル登録者数百万。

 

 無理は承知だが、そうしなければ俺はこの世から消えてしまうか、アイリスと離れられずに少女として生きねばならなくなるのだ。

 

 四の五の言っていても、登録者数は増えない。増えるように努力すべきだし、やらねばならない。

 

 ──男には、死ぬと分かっていても戦わねばならない時があるのだ。(見た目女の子が言ってますw)

 

「今日はマシュマロの質問に答えていきます。ですので、どんどん送ってくだせぇ」

 

 おう、なんか普通にお話ししてる

 なんかいい事あった?

 そだね。声が弾んでる

 ダウナーのがよかった

 

「あ……少し、はしゃぎ過ぎたかな? すみません。なにぶん慣れてないので、テンションの上げ下げがよく分からないんだ」

 

 気にせんでエエよ

 ワイ、ダウナーでもアッパーでもすし

 好みは人それぞれやからね

 なんか、スマソ

 

「いい事あった? って聞いてくれたけど、実はあったんだ。見ず知らずの人が困ってた所で助けてくれてね。世知辛い世の中だけど、捨てたモンじゃないなぁって思えたんだ」

 

 良い人だったんだね

 世知辛いって、こよみん何歳?

 昭和のおっさんが乗り移ったようだw

 

「まあ、おっさんだからね……」

「あっ、ぐっ!? いてっ!」

 

 アイリス✓入りましたーw

 女の子がおっさんとか草

 さすがにそれはひくわぁ……

 中身おっさんとか黒猫みたいやぞ?

 

「ぐぐ……き、気を取り直して」

 

 アイリスめ、時々チェック入れてきやがる。

 いちおう、今の身体は女の子。

 そのあたりの切り替えがうまく出来るようになれば、あいつも何もしないだろうけど……いつになるやら。

 

「始めの挨拶に関しては勝手に決めちゃいました。まあ、捻りようも無さそうだし、ね。で、その他の配信タグやファンネームなんかを決めていこうかな、なんて考えております」

 

 マシュマロから投稿されたものを幾つかピックアップして、みんなの意見を聞いた上で決めてみた。

 

 

「──そんなわけで、配信タグは『#こよみのにっき』、ファンアートタグは『#こよみのえにっき』、センシティブはいちおう『#こよみないで』となりました。まあ、僕自身はあんまり気にしないけど、アイリスがうるさくてね。あいてっ!

 

 アイリスチェック入りまーすw

 こよみん、えちぃのおっけーかぁ……

 これは捗りますねぇ

 中学生風とはいったいナンゾ

 どスケベ中学生……イイですね(照)

 

「俺がスケベとかそういうのじゃないからな! いってぇっ!!

 

 学習してないw

 良い声で鳴いてくれるのぉ

 

「くく〜……きっつ。そ、それでファンネームは『こよとも』にしたよ。『こよみの交換日記仲間』も良かったけど、長いってw」

 

 古詠未(暦)に引っ掛けて日々の事を投稿してもらおうと考えたので、悪いアイデアではないと思うけど……いかんせん、長い。

 それに、学生時代に交換日記したこと無いし。

 

 うむ、こよともか。無難w

 オッス、こよとも。オレ今家だぜ

 オッス、俺はホンディ仲間と飲んでるぜ

 お前らもう付き合えよ!

 

「へえ〜♪ ホンディさん、僕も行った事あるけど美味しいよね。疑問なんだけど、あのお芋は先に食べちゃってもいいの?」

 

 結構疑問だったけど、同僚は気にせずにパクパク食っていたなぁ。俺は何だかカレーと食べるものかと思って待ってたけど。

 しばらくするとその件のコメントが出てきた。

 

 特に決まりはないって

 昔の名残らしいよ。カレーにじゃが芋入ってないからって意味もあるらしい。

 好きなように食べてエエんやで

 てか、こよみん行ったのかw

 

「雰囲気が良いんだよねー。確か二号店もあるんだよね。混んでる時にそっちにも行ったよ?」

 

 もしかして:食べるの好き?

 いっぱい食べる子、すし

 これは体重計とにらめっこですかねぇ草

 

「……い、今は大丈夫。うん、ぺたんこだ、うん」

 

 合体している状態はとてもスリムな女子である。

 中年の少しだらしなくなりつつある腹とは違う。

 

 リアルに確認してそう……

 おい、それはw

 チラチラ下見てるの、そうとしか見えなくなったw

 ただいま確認中

 

「いや、見てないし!」

 

 追従性が高過ぎて少しの視線移動とかも分かっちゃうのはどうかと思う。動きも滑らかすぎるし。

 

 にしても、人を弄るのが好きな連中が多いな。

 話が盛り上がるのはいいんだけど、やり過ぎるとおしおき食らうから適当な所で話題を変えよう。

 

「じゃあ、まだ時間もあるのでマシュマロ消化に行くッス」

 

 

 

 古詠未さん、今晩は。まずは初配信二連投、お疲れ様でした。

 Vtuberとしての活動はまだまだこれからだと思いますが、どういった形の配信をしていくのか、ビジョンのようなものはありますか?

 私はよく企画を出すときに『君のはビジョンが見えないんだよ』とつっかえされる事が多過ぎて困っています。 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「うーん。業態によって変わるからなんとも言えないんだけど、基本的な所をきちんと押さえておかないとビジョン見えないって言われちゃうよね。まず『問題』と『目標』を正しく認識出来ているか。よく、自分のやり方、アプローチを全面に出す人が多いけど、アプローチはそこに至る為の手順に過ぎないんだ。元の問題点がどこにあるのか、行くべき正解の目標はどこなのかを明示しないと聞く側には伝わらないよ。だから、まず問題点を洗い出してみる。自分なりの考えでもいいけど、同僚や上司なんかに聞いてみるのもいい。視点が変わると見方も変わるし、問題の本質も分かりやすくなるかもしれない。まずはこの辺を中心に考えてみるのはどうかな?」

 

 ちょw

 長い長い長いw

 こ、これが最近の中学生かぁ……

 社畜中学生かな?

 本題はそっちじゃないぞ、こよみんw

 あ、勉強になります

 可愛い声で訥々と教えてくれる幼女パイセン乙

 あれぇ、コレやっちゃった奴じゃねえ?

 

「いっ、いった?! いたぁいってば、やめ、やめてぇ! いゃあっ、ちょ……マジ、ごめんなさい……ヤメテ、ヤメテ……」

 

 ……うん、続けて

 なんか最後の方、ヤバ気な感じするなw

 アイリスさん、マジパネェ……

 キャラ絵が、すごいエロくて草

 アヘ顔ダブルピース待ったなし

 ハァハァいってる吐息も素晴らしい

 ここ、変態紳士ばっかりやん

 ↑オマエモナー

 

「……く。ち、違う? あ、そういうこと? 紛らわしい事書くなよぉ……」

 

 普通の子は、そっちは拾わないw

 むしろ何故すらすらと答えたのか

 企画書の書き方とか中学生で習ったっけ?

 意識高すぎて草

 

「やれる事をやっていく、くらいしか決めてないなぁ……色々とやらないとダメなんだろうけどね。とりあえずおしおきをあまり喰らわないように、を目標にしておこう」

 

 やだ

 やだやだ

 おしおきされて

 幼児化するリスナーw

 

「では、次のマロいくッス」

 

 

  こよみん、こんにちはー♪ 初配信で仰ってましたが、やりたくないのにバーチャルミャーチューバーをやる事になったのはなんでですか? あと、お空のお部屋とかもよく分からないので教えてくれると助かります。

これからも頑張って下さいね♪

 

港町のクルマ好き 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「はい、港町のクルマ好きさんありがとうございます。マシュマロって匿名なのに名乗っていいの? まあ、いっか」

 

 この質問は来るのではないかと思っていた。

 最初の配信の時は色々とやらかしたが、少しばかりは訂正しておかないといけない。

 

「まずは配信する側としての過ちを謝罪しないとダメだよね。やりたくないなんて言って、申し訳ありませんでした」

 

 ペコリ。

 俺の動作に合わせて、アバターの古詠未もペコリとお辞儀をする。

 

「配信を始めるに当たって、色々と説明が不足してて……ヤケになってたのは認める。心構えも出来てないのにいきなり配信者(バーチャルミャーチューバー)になれとか言われたら誰でも駄々はこねると思う。でも、見てくれる人に誠実にだったかと問われるとそうではなかった。それはそれとして受け止めていくのが大人としての在り方だと思う。そんなわけで、ごめんなさい、でした」

 

 真面目だね

 マジメすぎ

 それをネタに盛り上がってたから気にせんでええよ?

 ワイよりちゃんとしてるw

 

「もうやりたくないなんて言いません。これからも色々あるかと思いますが、こよともの皆さんも長い目で応援して下さい」

 

 ぱちぱちぱち

 あれ? 最終回かなw

 確かにそんな流れだ

 

「それと、お空の部屋に監禁されてるって話だけど、ちゃんと出られたッス。条件付きだけど。だから安心してくだせぇ♪」

 

 条件付き……あっ

 お前の頭の中の幻想を、いまぶち壊す(笑)

 いきなりトンガリ頭ニキ乙

 

「心境の変化があったのも実はこれが大きいんだ。閉じ込められたまま配信とか、もうどんな罰ゲームかよっていうw 自由に動ける訳じゃないけど、少し気が楽になったのは確かだなぁ」

 

 自由に出歩けないってのは監禁じゃないの?

 監視付きって意味か

 てことは……お嬢様か?

 リスリット様かよw

 

「お嬢様なわけないだろ? 監視してるのはアイリスだよ。もう面倒くさいんだ、コイツ。いってぇっ!

 

 はい、フラグ回収

 安定だな、アイリス罵倒からのおしおきw

 こよみんチョロい草

 

「そ、それでは次のマロにいこう」

 

 

 

  こよみさん、こんよみー♪

 事故で顔出ししちゃったけど、運営側から何か言われませんでしたか? 調べてみましたが意外に情報が出なくて驚きました。

絶対前世があると思ってたんですが…… 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「いや、調べるなよ。そゆこと報告いらんし? 運営からはなんか言ってるの、アイリス? 特にない? だそうです、はい」

 

 前世ありだと分かりやすそうなんだよな

 何気にキャラ濃いからね、こよみんw

 似たような人はいるんだけど、特定し切れなかった。

 おまいらにもムリとか、すぱしーば恐るべし

 

「いや、だから前世とか知らんし。あえて言うなら社会人? 社畜? わりと稼いでたと思うけど結婚はしてなかったな。そろそろいい人見つけて身を固めろって上司や親に言われてたよ」

 

 ああ、それ別の前世や草

 前世系かよ、帰りますw

 野郎から転生して、少女になってVtuber……アリだな

 ヤケにリアルに記憶をお持ちですねェ……

 

 それは仕方ない。だってついこの間までそうだったし、言ってしまえば今でもそうだ。

 まあ、お花と合体して女の子になるとか誰も信じないし。さすがにそれを言いふらすほど俺も考えなしじゃない。

 

「んでは、次でラストかな?」

 

 

  古詠未さん、こんよみー

 僕とコラボしないかい? すぱしーばのマネージャーさんとはお話ししたけど、本人がいいならって言ってたので…… 

 

マシュマロ

❏〟

 

「……て、これガチな話? こういうのはマロじゃなくてDisRoadとか使うんじゃないの? てか、ID送ってきてるし! え、教えちゃうの? 見ず知らずに?」

 

 マシュマロでコラボ申請で草

 一人称僕でこのフットワークの軽さ……思い当たる人がおりますな

 あ、おまいら空気嫁よw

 

「と、とりあえずこれは保留! 進捗はつぶやいたーで報告! では、今日はこの辺で締めるッス。それじゃあ、ばいアリー!」

 

 ばいアリー

 ばいアリー?

 たぶん、Diaryにバイバイをかけたと思う

 あ、なーる

 

 

 

 

 配信の終了を確認して、ホッと一息。

 置いてあったペットボトルの水を飲んでから、画面に目を移す。

 

 

「さて……どうしたもんかな?」

『何か問題でも?』

「んん……運営の方は許可出したって言ってたけど、本当かどうか確認が先だろうな」

 

 少しばかり強烈なキャラだし、初コラボなら下手は打ちたくない。いきなり連絡をせずに、まずは周りに確認をしてみよう。

 

 

 




 次回へのフリですが……誰なんだろうなぁ草


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09 すぱしーばへ出社する


 説明回ですね。少し長めです。


 都内某所にあるオフィスビル。

 その前に立つ俺は、にわかに緊張していた。

 

「おい、ここで間違いないのか?」

『すぱしーばのロゴが……ほら、あるでしょう?』

 

 確かにある。十八階建てのビルの中層階に『すぱしーば』とひらがなで書かれたパネルが鎮座しているので間違いはない。

 

「本当にぶち上げてたんだなぁ……」

 

 中に入り、受付のお姉さんに取り次いでもらう。ロビーのふかふか過ぎるソファーに座って待っていると、声をかけられた。

 

 

「殿田暦さまですか? 初めまして、フェティダと申します」

「あ……はい。こちらこそ、初めまして」

 

 ジャケットの内ポケットの名刺入れを出そうとして、ジャケットを着てない事を思い出す。慌ててスカートのポケットから取り出して交換する。

 

「凛々しいですね」

「褒められるとは思いませんでした。ただの老けたおっさんですよ?」

 

 くすりと笑う彼女は、欧風な美女だ。髪は金髪でボブヘア、理知的な容姿でありオフィススーツもしっかり着こなしている。

 まあ、こんな娘がおっさんの写真付きの名刺を渡すとか、笑うのは間違いないな。

 

「こちら、社員証となります。正式な物はこれから作るのでとりあえずゲスト用です。当然ご存知でしょうが、来社する際は提示が必要になります。紛失されたらすぐにご連絡下さいね」

 

 この辺は会社づとめの常識。ループを首にかけて、フェティダ氏の後に続く。

 

 

 エレベータで目的階に着くと、俺はしばし言葉を失った。

 

 まるでフォンタジー世界の王宮のような造りに圧倒されたのだ。壁は上品な白亜と、精緻な彫刻によって整えられている。床には赤く毛の長い絨毯が敷かれていて、正面に置かれた台に鎮座する花瓶には大量の花が活けられている。

 

「おお……」

「向こうの控えの間をイメージして造らせました。こちらへどうぞ」

 

 フェティダ氏に導かれて部屋の奥へ向かう。扉じゃなくてカーテンというのがなんともお洒落だが、セキュリティ的にはどうなのかな?

 

 

 

「「こよみ様。すぱしーばへようこそっ」」

 

 おう?

 何やら大合唱で迎えられた。

 なんだかすごい人数が並んでいた。

 百人近くいないか?

 しかも一斉に拍手ときた。度肝抜かれる。

 

「あ、あの? なに、これ?」

「こよみ様のご出社を、すぱしーば一同で出迎えました。これにあるは貴方の覇道を推進させるために尽力してゆくスタッフ達であります」

 

 ズラリと並ぶ、スーツ姿の社員たち。よく見ると黒髪の人間は一人もいない。それどころか、この世界には有り得ない髪の色をした人もいる。なんだよ真っ青な髪って。

 しかもどいつも美人か、美男子、美丈夫といった言葉が当てはまるような奴らだ。

 正直言えば、コイツらがデビューした方が稼げると思う。

 

「はい、では皆さん業務に戻って下さい」

 

 パンパンとフェティダ氏が手を叩くと、彼らは蜘蛛の子を散らすように居なくなった。正確には各々のデスクに付いたり、別の部屋に行ったりしているのだが。

 

「あの……フェティダさんはひょっとして」

「すぱしーばの代表取締役を務めさせて頂いております。こちらへどうぞ」

 

 俺は少し狭い部屋に誘導された。

 中には二人の女性スタッフがいる。

 リクルートスーツが初々しい感じがするのは、二人の顔立ちがまだ幼いからだ。ぱっと見、まだ高校生くらいにしか見えない。

 

「あとは宜しくね、プリムラ、ダマスケナ」

「「はい、お任せ下さい。フェティダ様」」

「では、後ほど」

 

 フェティダ氏は会釈をして立ち去った。

 

 と、二人から声がかけられる。

 

「では、お召し物をお預かりします」

「は?」

 

 二人がいきなり俺の服に手をかけて脱がそうとする。

 

「え、あ、ちょっと待てぇっ!」

 

 俺が手を振り解くと、二人はビックリしたような表情でこちらを見ている。驚くのはこっちだよ。

 

「なに、なに? ここは美人局でもやってるのか? 金なら無いぞ!」

『そうじゃないわよ、こよみさん! 服、脱がないと分離した時に破けちゃうでしょ?』

 

 はあ? 何故そうなるのか。

 

「だって、ここで分離したら不味くない? 俺、消えちまうんじゃないの?」

『ここも結界の張られているエリアだから平気ですよぅ。そんなわけで、抵抗しないで下さいね♪』

 

 あ、はぁ……それを早く言ってくれよ。

 その言葉を合図にしたように、女性二人が躙りよってきた。

 

「じ、自分で脱ぐから。出てってくれないか?」

「お手伝い、いらない?」

「……? でしたら、こちらにお召替え下さい。ダマスケナ、いきましょう」

「はい、お姉さま」

 

 俺に男物の一式を手渡し、しずしずと退出するお二人。てか、姉妹だったんね。

 

 外国人らしく、プリムラは淡い金髪、ダマスケナはピンクに近い髪の色をしていて二人とも片方のお団子(シニヨン)で纏めている。

 プリムラは右、ダマスケナは左に纏めていた。

 

 姉妹と言うより双子の方が正しいかもしれないな。

 

 

 

 そんな次第なので、服を脱いでゆく。

 

 なんで素直に応じているかというと、実は先ほどアイリスが言ったのは実際にあったからだ。

 

 天使ちゃんこと、みなとさんに選んでもらった一番目のコーディネートが不用意な分離によって犠牲になっていたのだ。

 

 伸縮性の高いパンツだけは残ったけど、キュロットスカートもTシャツも、ブラも一切合切千切れ飛んだのである。

 

 HKのような状態になっているのを、アイリスがのたうち回りながらスマホの写真を撮っていた。

 当然、後で消去したが。

 誰得な写真じゃないか。

 

 そんなわけで、今日の服装は二番目の森ガール風だったのだが……まさか家以外で脱ぐ事になろうとは。

 

 ぞろっとしたワンピースを脱いで、肌着のみになった姿が鏡に映る。

 

『……綺麗ですよ、こよみさん』

「お前な……この姿は、お前の趣味なんだろ? 俺を褒めてどうする?」

『……そうでしたね。でも、いいじゃないですか〜』

 

 確かに、一瞬目を奪われた。

 

 ほっそりとした肩から緩やかな双丘、細すぎておれんばかりの腰になだらかながらきちんと主張するお尻のライン。さらさらと流れる黒髪は、何もしてないのに艷やかだ。

 

 思春期入りたて特有の危うい可憐さと美しさの絶妙なバランスに、僅かながらに興奮を覚える。というか、この説明、めっさオッサンくさいなぁ……

 

『いちいち視線を逸らして脱ぐの、面倒くさくありません?』

「言いたい事は分かるのだが、それだけは勘弁してくだせぇ……」

 

 下着姿でこの状態なのだ。

 この上、一糸纏わぬ姿など見ようものなら、今日の夢に出てきそうで怖い。もちろん性的な意味の。

 

「なぁ。魔法なんだから服とかいっぺんに変身できないのか?」

『この術を構築する時には思い至りませんでしたし、余分に魔力を消費しますよ。具体的には登録者数がさらに二十万ほど』

「……仕方ねえなぁ……」

 

 目を瞑って、最後の一枚を脱ぐ。

 それを図っていたアイリスが分離する。

 

『おっと、失礼(〃∇〃)』

 

 くるりと背を向ける宙に浮かんだお花……シュールだ。

 渡された服を着ていくと、誂えたかのようにピッタリだった。俺のスーツよりも格段高そうで、お値段を聞くのがわりと怖い。

 

「宜しいでしょうか?」

『どうぞ、おいでませプリムラちゃん、ダマスケナちゃん♪』

 

 部屋の外から二人の声がかけられ、アイリスが応じる。

 

「「……!」」

 

 ん? なんかヤバかった? なんで固まってるのこの子達。

 アイリスがふわーっと浮かんで葉っぱで目の前をさっさと動かすと、ようやく気がついたようだ。

 

「「し、失礼しました」」

 

 いや、別に気にはしてないけど。とりあえず脱いだ服を纏めて持ってきていたトートバッグに入れておく。帰りにはこれに着替えねばならないからな。

 

「では、参りましょう。こよみ様」

「フェティダ様がお待ちです」

 

 お、おう。

 なんかさっきからナチュラルに様付で呼ばれてるけど、なにこれ。

 意味の分からなさが天元突破してるのだが、ここはアウェイなのでドナドナされるに任せる。

 

 

 

「まあ、よくお似合いでございます」

「あ、ああ。ありがとう?」

 

 応接室にはフェティダ氏がいた。テーブルに置かれたティーポットからは良い香りがする。なんだか別世界に来てしまったかのようだ。

 ふと、窓の外を見て家と同じ異空間にいるんだと気が付いた。……別世界ではあるのか。

 

「お久しぶりです、アイリス様」

『畏まらないで。それに私は博士ですよ?』

「そうでしたね、失礼しました」

 

 そんな会話をしている一人と、お花。

 俺は気になったので聞いてみた。

 

「アイリスと同郷の方……ですか?」

「はい、そうですわ」

 

 ほんわりと微笑む美女に思わず頬が赤らむのを抑えられない。

 

「アイリスと同じような容姿かと思いまして」

「ああ、そうでしたね。今の私どもは擬態している状態なので」

『合体している状態、と言えば分かるわよね?』

「なるほど」

 

 つまり皆さんもやっぱりお花なんですね……少しがっかりしたのは内緒だ。

 

「今日はご足労頂きありがとうございました、暦様。今回のプロジェクトに関わるスタッフ一同の士気を上げるために必要でしたので」

「……イマイチ、よく分かりませんが?」

 

 率直に言うと、こんな事に割く人数多すぎな気がするし。彼女は言葉を続ける。

 

「アイリス博士の研究をサポートするのが私達の任務です。その対象たる暦様を知らずにいては、私どもも十全とサポートは出来ないと考えた次第です」

「……なるほど。確かによく知らない相手と仕事をするのは厄介ですからね。お考えは分かりました」

 

 実際、コミュニケーションの取れない相手との仕事はかなり難易度が高くなる。接待などを行うのも、そうした意味合いがあるからやるのだ。ただ単に酒を飲む為の席じゃない。あれだってちゃんと仕事の側面はあるのだ。

 

「付きましては、今後の方針を打ち合わせしたいと思います」

『あー、そう言えば。こよみさん、あの件は聞かなくていいんですか?』

「ん? ああ、そうだな」

「どうかなさいましたか?」

「いえ、実は……」

 

 昨日の配信でコラボの申請があったと伝えると、彼女はメモを見ながら確認した。

 

「ええ、ありました。あるてま所属のVtuber様からの申請ですね。こちらでは特に制限はしていないので暦様にご連絡していただければ、とお話しましたが」

「その場合はすぱしーば側で一旦止めておいて、こちらにDisRoadで伝えて下さい。マシュマロ経由とか読まれなければ分からないし、危うく画面に出しそうになったし……先方にも迷惑をかけてしまいます」

「そ、そうでしたね。分かりました、そのような手順を取りましょう」

「連絡の齟齬は後々大事にも成りかねません。常識が違うかもしれませんが、覚えていってください」

 

 こんな会社を作って運営しているのだから、この程度の事は理解しているだろう。世界が違っても、人間やることはあまり変わらない筈だ。

 ……あ、お花だっけ。コイツラ……。

 色々常識が無いのも仕方ないか。

 

「今回はこちらで連絡します。日程は後日報せますので」

「分かりました。アイリス様、よろしいですね?」

『うん、問題ないよ〜』

 

 まあ、コラボ内容とかは相手と相談という事になるけど……正直言うと初手にあの人というのは些か抵抗があるなぁ。

 

 話してみて分かったのだけど、意外と気のおけない会話が好きなのかしれない。なら、こちらも堅苦しくないようにした方がいいかもな。

 

「それでは、こちらからの今後の方針についてお話があります。暦様にはこれよりしばらくの間、レッスンを受けて頂くことになります」

「レッスン……レッスン?」

 

 むむ、アレか?

 ダンスとかボイトレとか基礎トレーニングとか。

 最近あまりジムに通えなかったから、少し体力が落ちてるかもしれないんだよな。いい機会かもしれない。

 

「それは、毎日ッスか?」

「そうですね。フィジカルなものと座学その他の講座を交互に、日曜日は休養日に当てます。時間は午前に二時間、午後二時間といった具合で考えています」

 

 ふむ……時間の短い学校の様なものか。

 ちょうど仕事が無い状況なのだ。昼の日中に家でゴロゴロするのもたまにはいいけど、ルーティンワークがないと暇を持て余す。

 

 と、ここで大事な事を思い出した。

 

「あの、俺、出向って事でロシアに行ったらしいですが、マジですか?」

 

 それについてフェティダさんは丁寧に謝罪してきた。

 

「勝手な真似をして申し訳ありませんでした。事態が緊急を要した為、工作員にやらせました。現在、向こうの本社ではその工作員が暦さんとして従事しておりますが、問題が解決した折には速やかに撤収させる手筈になっております」

「……そんな、簡単に出来るものなんスかね?」

「人事や役員などの心理は掌握済みです。もちろん魔法によってです」

「あ、はあ……なるほど」

 

 便利だなぁ、魔法。

 それ使えばチャンネル登録者数百万なんて簡単に集められそうなんだけど。

 まあ、数が多すぎるのかもな。

 

「それでは、現場復帰に問題はないと見ておK?」

「おそらくは……ですが、情勢によって変わってしまうかもしれないので確約は出来ません。こちらも全ての事態を想定してはおりませんので。ですが、不便のないように便宜は図らせて頂く所存です」

「ほぼ事後報告だけど、選択の余地が無いのなら仕方ないッスね。そのまま消えるのを何とかしてくれるっていうのに、これ以上望むのはバチが当たるってモンでしょ」

 

 そう語ると、フェティダ氏は不安げに問うてきた。

 

「あの……私が言うのもなんですが、お信じになるのでしょうか?」

 

 ああ。そこが気になったのか。

 俺は出された紅茶に口をつけてから答える。

 

「騙すつもりなら、もっと狡猾なやり方があるっスよね。魔法、ですか? そんな便利なものがあるなら俺に疑問の余地も無いようにするだろうし、態々(わざわざ)説明する必要がない」

 

 フェティダ氏やアイリスの事を全面的に信じたわけではないが、少なくとも誠意は感じた。

 ならばそれに応えるくらいはしないとこちらも格好がつかない。

 ただそれだけの事だ。

 

「ここまでの事をする訳だから、信頼してもいいかな、と考えた訳ッスよ」

「ありがとうございます、暦様。その信頼に応えられますよう、誠心誠意お仕え致します」

「いや、そんな畏まらんでも。主君じゃあるまいし(笑)」

 

 そう言うと、彼女は困ったような表情をした。ん? なんで?

 

『そんな事より、あの事伝えた方がいいんじゃないの、フェティダ?』

「そ、そうでしたね。二人とも、おいでなさい」

「「はい、フェティダ様」」

 

 

 彼女の声に、応接室へ入ってきたのは先ほどの二人だ。俺たちの前に立ち、すっと会釈をする。

 

「プリムラと、ダマスケナです。身の周りのお世話をさせますので、何なりとご命令なさって下さい」

 

 その言葉に二人は胸に手を当ててお辞儀をする。

 

「プリムラと申します。旦那様」

「ダマスケナと申します。今後とも宜しくです」

「あ、はい……どうも。え、なに? なんで?」

 

 彼女の言った言葉が、文字通りの意味だった事を知るのは、もう少し後だった。

 

 

 





 新キャラのモデルはラ○とレ○です……隠れてないな、コレ(笑)


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10 帰宅から打ち合わせ……出来なかった

 女の子が好き過ぎるあの人が後半に出ます。
原作無視とは言えませんが、曲解してるなとの自覚はあります(笑)


「え? ウチに来るの?」

「「はい、旦那様」」

 

 すぱしーばでの会合を終えて帰宅する時に、あの姉妹がついて来るのが見えた。

 何か用なのかと聞いたら、そう答えられたのだ。わけわかめ。

 

「いや、ウチ狭いぞ? 女の子二人も入ると」

「狭くても平気です」

「お姉さまと一緒ならどこでも。お泊りの用意も万全ですよ?」

 

「はっ?」

 

 え、なに。コイツらウチに泊まるつもりなの?

 

「いやいやいやいや、ちょっ、ちょっと待てよぉ? そういう訳にはイカンでしょ。男の部屋に来るなんてそんなのダメ、だめです、お父さん許しません!」

『こよみさん、少し落ち着いてください。周りの人が変な目で見てますよー?』

 

 はっ

 すぱしーばから出る時に、俺はまたアイリスと合体している。

 

 つまり、今の俺はおっさんではなく可憐な少女だ。少なくとも見た目は。

 つまり今のやり取りは、女の子が三人で会話しているという図式になる。

 

 こほんと小さく咳払いをして、二人の腕の掴んでビルの谷間の路地へと向かう。路地といっても雑居ビルの立ち並ぶ街じゃないのでそれなりに幅はあるけど人通りは少ない。

 

「旦那様、少し痛い」

「こんな所でナニするんですかー?」

「ナニもせんわっ」

 

 二人を解放したのは都会の真ん中にポツンとあった児童公園だ。ここなら多少大きな声で話しても迷惑にはならないだろう。

 

「んで……なんでお泊りなの?」

「身の周りのお世話を仰せつかりました」

「会社でのレッスンとかの時じゃないの、それ?」

「常にお側に侍りますよ、旦那様♪」

「ホントに文字通り身の回りの世話なのか……」

 

 がくりと項垂れる、俺。

 

「いらん、帰れ」

「「え……?」」

 

 その茫然とした表情はやめろよぉっ!

 なんか俺が悪い事してる気になっちゃうだろ?

 

「いや、一人暮らし長いから要らん。むしろ邪魔」

「「がーん……」」

 

 たぶん、今がーんという文字が頭に落ちてるんだろうな。

 

『さすがに同居ではないでしょ? 計画だと隣室を押さえたからそこから通うって話だけど』

「そうなのか?」

 

 俺が聞くと彼女達は子首を傾げる。

 ……あ、アイリスの声は俺しか聞こえないんだっけ。仕方ないのでそのように問いかけると、淡い金髪の少女、プリムラが答えてくる。

 

「フェティダ様からそのように伺っております。速やかに転居手続きを致しませんと、暦様のお宅に厄介になる羽目になるやもしれません」

 

 抑揚のない声で語るが、感情が無いわけではないようだ。そこへ薄いピンクの髪の少女が割って入る。

 

「私はそれでもいいよー? 寝る時もお側におりますので♪ きゃはっ」

 

 こちらは妹のダマスケナ。会社にいた時は猫を被っていたらしく、楽しげに口元を綻ばしている。

 

「……帰れって言ったらどうなる?」

 

 試しに聞いてみる。

 

「家具その他の生活必需品は既に引越し業者の手に委ねてあります。元の仮住まいも引き払っておりますので、いわゆる一つの路頭に迷うという状態かと」

 

 用意周到なコイツらの事だから、退路を潰してくるとは思っていた。要領の良さそうなダマスケナは手を顎のそばで握ってうるうると涙ぐんでいたりする。これ、勝てないだろ。

 

「分かった……。引っ越すのがお隣なら、俺がとやかく言うのは筋違いだからなぁ」

「うわーい、こよみさまぁ、だぁーい好きっ!」

「うわーい」

 

 抱きついてくる二人だが、コイツらの方が背が高いのでうっとおしい。うわっ、柔らかっ? ちょ、おっさんになんてことしてんの。

 

「お、落ち着けお前らっ 離せ、胸を押し付けるなっ」

「きゃーん、こよみちゃんも可愛いー♪」

「いいこ、いいこ」

 

「おお? 姉ちゃんたち、仲いいねぇ」

 

 不意にかけられた、おっさんの声。もちろん、俺じゃないよ?

 見ると、年の頃三十代後半、まさに俺と同年代っぽい野郎が三人いた。

 尤も、年が近いくらいしか俺と被る要素は無い。

 

「どうだい、俺らと飲まない?」

「そんなナリなら大人だろ? あ、そっちの子は無理かぁ」

「みんな可愛いねぇ〜、おじさん奢っちゃうゾ?」

 

 すでに二、三杯は引っ掛けているであろう三人組は、見るからにろくでもない質の人種に見えた。うへぇ、みっともない連中だなぁと少し引くと、プリムラが彼らとの間に立ち塞がった。

 

「旦那様が怖がっております。疾く立ち去りなさい、下郎共」

 

 キッパリと言い切る。

 一瞬、何を言われたか理解出来なかった連中だが、下郎呼ばわりされた事に気付くと腹を立てた。

 

「な、生意気な口ききやがって」

「こりゃあ、詫び入れてもらわんとなぁ」

「お前らも連帯責任だ、朝まで返さねえぞコラ」

 

 口々に罵る連中。

 ふと、俺にしがみつくダマスケナが震えているのに気が付いた。

 よく見ればプリムラだって震えている。それなのに俺を庇って前に出たのだ。

 

 そんなこと、頼んでないのに。

 

「……あー、しょうがないなぁ」

「だ、だんなさま?」

 

 しがみつくダマスケナの手を解き、プリムラの前へと歩み出る。

 

「お、なんだ嬢ちゃん?」

「お前がお酌してくれんのか。子供の出る幕じゃねえよ」

「何なら別のマクを破ってやってもイイぜぇ?」

「うわ、アニキ、鬼畜ロリコンー」

「ぎゃはははっ」

 

 何だかいいテンションになってるな、酒以外になんかキメてないだろうな?

 

「俺らは帰るとこだから邪魔しないでくれ」

 

 そう言うと、目の前までつかつかと歩いていく。見上げると、少し首が痛い。身長差は三十センチ以上か、体重は倍近くあるかもな。

 

「おーっと、通せんぼ♪」

 

 男の手が俺の肩に触れたので、俺は奴の顔を見てにっこりと笑う。

 

「触ったね?」

「へ? ひ、ひぎぃぃ?」

 

 触った右手の手首を下から押さえ、捻る。掌の指がばらけたところで小指を左手で握り、上へ引く。痛みに身体が捩れたら右足の膝を踏むように蹴り、膝を突かせる。この間に右手を捻りあげて後ろ手にしてから手首を極める。

 

「ぐぎぎっ?」

「下手に動くと後遺症残るかもしれんからおとなしくしとけな」

 

 大の大人に子供の体格でも、やり様によっては無力化出来る。平和な日本なればこその対処だけどね。外国だといきなりズドンとかもあるから、あんまりナメた真似は出来ない。

 

「な、何だこのガキ……」

「お、おい、アニキを離せ」

「いやー、離したらまた襲いかかって来るかもだしー」

 

 ぐいっと捻る力を加えると、男の脂汗が一段と多くなる。手首ってかなり痛いからね。

 

「いだいだだ……は、離しやがれ」

「わー、こわーい」

 

 全く思ってもいない事を言ってさらに少し力を込める。男が悲鳴に近い声を上げるので、そろそろやめておこう。これ以上はいけない。手を離して距離を取る。 

 

「アニキっ」

「大丈夫かい?」

「いででで……」

 

 やり合うつもりはないらしく、アニキとやらの介抱をする二人。まあ、好都合だ。このままバックレよう。

 

「さ、逃げるよ?」

「「は、はい」」

 

 児童公園から足早に立ち去る俺たち。

 やはり追いかけてはこないけど、なるべくここからは離れた方がいい。急いで地下鉄に乗り込むと、我が家を目指した。

 

 電車に乗ったところで一息つけたので、二人に声をかけた。

 

「プリムラ、平気だったか?」

「も、問題ありません」

「私も平気だよー」

 

 思った以上にヘタれていないのは良かった。

 威圧されるだけでも引きずる奴は多いので、上出来と言える。

 

「旦那様、スゴイね。さすが」

「お守り出来ずに……すみません」

 

 ダマスケナはあっけらかんとしているけど、プリムラの方は少ししょんぼりしていた。よく見ると性格がかなり違うようだ。

 

「お前たちは護衛じゃなくて身の周りの世話に来たんだろ? あんま気にすんなって」

 

 プリムラの頭に手を置いて撫でてやる。

 今は俺の方が小さいので違和感あるけど、プリムラは少し笑ってくれた。

 頬を染めるその様は深窓のお嬢さんのようだ。

 

「お姉さまばっかりズルいっ 私もわたしもー」

「はいはい」

 

 対抗するようにダマスケナがぐりぐりと頭を押し付けてくる。まるで『オレを撫でろっ、撫でるんだ』と迫る小型犬のようである。ぐじぐじ撫で回すと髪が乱れるのもお構いなしで喜んでいる。

 

 電車の中でやる事ではないな。

 そう思いながらも、震えていた彼女達を労う必要を感じたので、そのまま撫で続ける。周りの奇異な目に気付く余裕はなかった。

 

『んー、かわいいですね〜♪』

「……そうだな」

 

 そう答えるのは、嫌ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ると隣の綿貫さんちが居なくなってて、電力会社やガス会社の封筒がぶら下がっていた。どうやら本当にここに引っ越してくるらしい。

 

 中には何も無いので、さすがにここに寝かせる訳にはいかないなと、こちらの部屋に入れることにした。

 

「俺は部屋いるから邪魔はするなよ?」

「はい、お料理はお任せを」

「ダマスケナは、お掃除するよ?」

「うるさいからダメだ。お前はちょっと買い物行ってきてくれ」

 

 長財布を渡して適当に何か飲み物やお菓子を頼む。あ、そういや。

 

「お前たちって、幾つなの?」

「「二十歳です」」

 

 何故かハモって答えられた。

 

「んじゃ、アルコールとかも買っていいぞ」

『んにゃ? こよみさんってば、また私を寝かすつもりですか?』

「飲まなきゃいいんだろ?」

『ま、まあその通りですが』

 

「了解でーす♪ ふんふふーん♫」

 

 プリムラを台所、ダマスケナを買い物に出す事で静かな空間を作り出した俺は、おもむろにPCを起動させる。

 

 あの女と話さなければならないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はこの時、まだ甘く見ていたのだろう。

 

おはよう、古詠未ちゃん

「……あ、おはようございます? 姫乃古詠未です」

アレ、テンション低いね。ボクはこんなに昂ぶっているのに!

 

 いきなり声、大きい。

 というか、DisRordだとしても名乗るのが礼儀ではないのかな?

 

「あの、十六夜桜花さんで間違いありませんか?」

はじめましてだなぁ。古詠未ちゃん

「は、はあ……」

ボクは十六夜桜花。キミの存在に心奪われた女さ!!!

 

 うおお。意味分かんねぇ……。

 コイツなに言ってんの? バカなの?

 てかそれ○ラハムさんじゃねぇか!

 

「あのですね、今回のコラボの……」

こちらの申し出を受けて頂きありがとう。すぱしーばさんは妙な所だから近づくなと運営が言うけど、話してみれば全然普通に会話が出来るし。あるてまはなんであんな風に言うのか、理解に苦しむよ

「はあ、それは……え? 今、なんと?」

 

 何か聞き捨てならない言葉があった気がするのだが。

 

あるてまが理解出来ないと言ったのだけど?

「いや、その前……近づくなとか聞こえましたが」

『 ? 運営がキミに接触するなと言っていてね。個人VですらOKなのにオカシイよね?

「それでは、運営に許可は取れたのですね?」

ううん? キミとのコラボ許可が取れてからゴリ押ししようかなという作戦でね

「ひえ……」

 

 コイツ、やべぇ(笑)

 無断の行動に、既成事実から事後承諾させようとしてやがる。横紙破りを平然とするその行動力は凄いが、社会人としては問題行動だぞ?

 

「それはどうかと思います、桜花さん」

え?

「まず、運営に一報入れてからこちらに連絡なさるのが筋ではないかと」

アレ? ひょっとしてかなりマジメちゃんかな? イイねそういうのも

「僕の事はともかく。こちらもあるてま様の方に連絡しますので、正式に許可を取った上でもう一度ご連絡致します」

ええ〜? もう告知しちゃったのに

「はあっ? ええっと、どんな内容で?」

とりま雑談で。興が乗ったらゲームとかお歌とか混ぜてもいいかな、と♫

 

 ……じ、自由にやり過ぎな気がする。

 これがあるてまだと知ってはいたが、ならば何故ウチとの接触を禁じるのか……まあ、理解出来るけど。

 

 それはさておき。

 雑談はともかくとしても、ゲームとか歌とかを一緒にぶち込むのは初のコラボ相手とでは荷が勝ち過ぎませんかね?

 

「そ、それで予定は」

今日の二十一時からだね

 ……

 

「一度、切りますね」

あ、ちょっ……

 

 プツン

 

 あー、間違いなくやべぇ。

 勢いだけで行動するタイプだ。

 

 正直、振り回されるのは勘弁なのだけど。

 初コラボでブッチとかやるのはさすがにマズイしなぁ。

 

 黒猫さんがわりとぞんざいな扱いしてる理由が分かったわ。マジメに付き合うと振り回される。総じてあるてまのVtuberはその傾向が強いんだけど……そんな相手に警戒されるとか。

 

 

 とりあえず、あるてまに連絡しよ……

 

 

 




 十六夜桜花が愛が強すぎ。
 そしてよく見ると。こよみさん、みんなに振り回されてますねw
 


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11 十六夜桜花と打ち合わせ

 十六夜桜花のキャラってかなり濃いなぁ。


「では、問題はありませんか?」

『はい。こちらこそ、お騒がせしまして申し訳ありません』

 

 すぱしーばのフェティダさんに電話を入れてもらい、それ後こっちからも電話を入れるとそんな対応になった。話せば分かるというものだ。

 

『それにしても姫乃さんは本当にしっかりしてますね。ウチのライバー達にも見習わせたいくらいですよ……』

「心中お察しします」

 

 桜花のマネージャーの人は俺をやたらと誉めるが、そんなにヒドイのかな? ヒドイか(事実確認)

 まあ、あれだけ個性的な面子を集めたのだから仕方ないと思う。自業自得というか、身から出た錆というか。

 

「でも、宜しかったのですか? こちらとは接触しない方針だと伺いましたが……」

『お、耳が早いですね。社長に確認をしましたが、オーケー出ましたので』

 

 フェティダさん、何かしたかな?

 お得意の魔法とかやったんだろうなぁ……

 ま、大事にならなきゃいいや(笑)

 

「では、取り急ぎ打ち合わせしますので、これで」

『はい、失礼致します』

 

 通話を閉じて、PCに戻る。

 桜花からはテキストで何度も連絡が入っていた。

 

「お待たせしました。許可が取れましたので再開しましょう」

……ボクを待たせるなんて、罪な人だ。それもキミの美しさのなせる業なのかもしれないね

「はい、そういうのいらんのでチャッチャとしましょう。もう時間があまり無いですよ?」

 

 時刻は十九時。予定時間の二時間前だ。

 ホントのところ言うと、さすがに行き当たりバッタリ過ぎだと思う。でも、十六夜桜花には中止する気はなさそうだ。初のコラボでこちらから折れるなんてしたら、非難されるに違いない。

 

「僕は先ほどのゲームとか歌とかはやめて雑談オンリーに絞った方がいいと思います。如何です?」

ボクとの愛を語らってくれるのかい? それなら吝かでないね♪

 

 さすがにちょっとイライラしてきたので注意する事にした。

 

「あの、真面目にやって頂けませんか?」

……ボクは真面目にやっているんだけど。興奮し過ぎて浮かれているのは自覚しているよ

「まだ一度も会った事もない人に愛してるだなんて言う人、真面目とは思えませんが」

じゃあ、オフコラボにしようか?

「……そういう事ではないって」

 

 どうも、苦手だ。

 そもそも、俺は若い女と話したのは仕事くらいだ。

 感性に差があり過ぎる。

 

 俺は誰かに愛を囁いた事はない。

 こういうリップサービスのような言い方で口説くような事も当然ない。

 

「黒猫燦にもそうやって言い寄ってますが、宜しいのですか?」

 

 少しイジワルな質問をしてみる。

 男なら二股とか言われてしまう所だが、果たして彼女は予想外な返答をしてきた。

 

やましい事はしてないからね。少なくとも今は

「ほう……して、その理由は?」

可愛い子に声をかけるのは礼儀だろう?

「お前は、イタリア人か!」

お、いいツッコミ♪

「は……いってっ

あはは、アイリスちゃん。打ち合わせでも聞いてるの? 声、聞かせて貰えないかな?

「ぐぐ……そ、それは出来ないので」

ちぇ、ざんねん

 

 まさか打ち合わせでおしおきされるとは思わなかった。

 

けど、かわいい子が好きなのは本当でね。元々中高一貫の女子校出身だっていうのもあるんだけど、男の子との恋愛よりも女の子との語らいの方が多かったのさ

「はあ……」

大人になるとどうしても女子だけの空間って作りづらいんだよね

 

 ……言わんとする事は分かる。

 

 女子大とかなら別だけど、女子しかいない会社とかバイト先とかは意外と少ない。

 無いわけではないけど、職種とか他の条件と合わせるとかなり少なくなるんじゃないかな?

 

黒猫さんも好きだけど、しつこくしたら嫌われちゃったから

「だから僕に宗旨替えですか? 節操ないですよ」

ボクにとって可愛い子は日光のようなものさ。いなければ枯れてしまう。だから、黒猫さんでも古詠未ちゃんでも構わないんだよ

 

 最低な事を平然と言い切った。

 けど、何かを求めるひたむきな姿勢に少し胸を打つものがあった。

 

 俺が消えないためにVtuberをやり始めたのと同じ様に、彼女は自分のためにこの世界に入った。ちょっと不純な動機だけど、動機は動機だ。本人以外が口出ししていい訳がない。

 

 俺は、彼女と向き合う事に決めた。

 これからは本気の打ち合わせだ。

 

ボクの方で古詠未ちゃんに対しての質問なんかも募集していてね。それに答えていく感じで進めたいんだ。話題のVtuber、姫乃古詠未にインタビューって感じで

「それはいいですけど、答えられない質問には答えませんよ?」

いちおうこっちも考えてマシュマロ選ぶつもりだけどね。まあ無理強いは出来ないかな

 

 しばらく通話をしてから、回線を切る。

 すでに残り時間は一時間を切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 台所のテーブルには旨そうな料理が並んでいる。

 プリムラ、料理上手いんだな。

 しかし、今から食べるわけにはいかない。

 

「悪いけど、これから配信なんだ。後で頂くから先に食べてなさい」

それなら、お待ちします

「えっ?」

 

 ダマスケナが信じられないという感じで(プリムラ)を見る。その憐れみを誘う視線を受けて彼女は。

 

……お待ちします

……はい、お姉さま……

 

 ……プリムラ強え。

 

 でも、待ってるとかなり遅くなるかもしれない。

 配信の終了時刻というのはかなり曖昧で、人によっても内容によっても違う。

 仕方ないので突き放す。

 

「先に食べないなら自分達の部屋に行ってくれ」

旦那様、いじわる……

 

 プリムラがジト目でこちらを見るが、こっちも譲れない。待たれてると思うと気が気ではないのだ。

 

 もう一つ理由をくっつけよう。

 指をくわえて見ているダマスケナを指差しながら言う。

 

「ダマスケナが騒がないように出来るのか?」

 

 プリムラは当たり前のようにぽつりと呟いた。

 

眠らせる……物理的に

ひぃっ! お姉さま、ひどいっ

 

 やっぱり、プリムラ強え。

 埒が明かないので、強引に食べさせる事にする。

 

「「あ〜ん♪」」

「なんでこんな事してんだよ……」

こよみさん、パパみたいですね〜

 

 一口食べさせてくれたら、食べますと言われたので仕方なくやってやった。それとアイリス、今は合体してるからパパではないぞ。

 

 ようやく食べ始めてくれたのでいそいそと台所から出る事にする。プリムラの頑固さは意外に難敵だな。

 

 台所との襖を閉じて、PCの前に座る。

 

「さて、いくぞ」

ガッテン承知の助!

「おまえ、いらない知識貯め込んでるなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今夜も月が綺麗だね……今日は月よりも綺麗な女の子をゲストとしてお迎えしているので、月は二番目かな?

「いや、月のほうがきれいでしょ? お世辞も過ぎると嫌味になると覚えておいて下さいね、桜花ねー様?」

ねー様! ああ、学校にも何人か義妹(スール)がいるけど。君に呼ばれるのは格別だなっ!

義妹(スール)って何人も作れるんだっけ? それより、僕の紹介がまだだよ、ねー様」

あっと、これは失念していたよ。告知していたから観桜客(はなみきゃく)のみんなはご存知だよね?

「それでも紹介、これ大事」

ああ、そうだね。では、今日のゲストは今をときめくVtuber、姫乃古詠未ちゃんでーす♪

「どうも、初めまして。姫乃古詠未です」

 

 あなたの方が月よりも綺麗ですよ

 月が綺麗(曇天)

 明日雨だっけ

 おつー、

 ずっと待ってた

 これは期待

 パチパチパチパチ

 8888

 古詠未ちゃん、ねー様とかっ

 ワイも呼ばれたいw

 ねー様(←おっさん)

 がんがれー

 

 

古詠未ちゃんへの質問を募集していたので、それを使ってインタビューしていきたいと思ってる。キミのヒミツ、丸裸にしてあ・げ・る

「お、おう……おかまいなく」

 

 やべぇ、鳥肌立ったw

 アバターの古詠未も目を><(バッテン)にして肩を抱いて震えている。なかなかに芸が細かい。

 

 そんな古詠未に桜花のアバターが手を伸ばして、頬を撫でる様に触ってくる。本当に触っているわけではないのに、頬を撫でられた感じがしてびっくりした。

 

「わひょっ!」

おっと、失礼。可愛い声を出してくれるね♪

「勝手に触らないで下さい」

くすくす♪

 

 うむ、てぇてぇ

 意外といい感じ

 こよみん、もっと拒否ると思ってた

 あれっ? もしかして桜花様、姉扱いされるの初めてかぁ

 

 ねー様呼びは、桜花からの要望だ。

 目下あるてまは三期生の募集がされているけど、現行の人達は大体年上ないし同世代なので十六夜桜花の事を姉として呼んでくれる人がいないと言っていた。

 

 ならば、今回のコラボに限り俺がねー様と呼ぼうと言ったら、物凄く喜んでくれた。

 

 喜び過ぎて逆に引くわ。

 

 中身おっさんのねー様呼びなんだが、コメ欄は『ねー様』で埋まっていく。正直に言うと恥ずかしいのだけど。

 

それじゃあさっそく、質問にいってみようか、古詠未ちゃん

「ねー様、尺が足りないので次の回になりますよ」

メタい事、言うねぇ?

 

 




 何かをする理由はそれぞれ違う。
 そう言いたかったのに、なんでかただの女のコ好きになってしまう桜花さんでした。


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12 義妹の契り

 十六夜桜花とのマシュマロ雑談本編です。
 決してマリ○てではありません(笑)


「それでは最初の質問にいこうか」

 

 

  今夜も月が綺麗ですね〜。

 桜花様がすぱしーばの姫乃古詠未ちゃんとコラボすると聞いて、質問があります。

 あまりコラボをなさらない桜花様が古詠未ちゃんに声をかけた経緯が気になりました。差し支えなければ教えて下さい。 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「ねー様、コラボあまりしてないんですか?」

「そ、そんな事はないよ? こないだ咲夜お姉さまとしたし、その前はハルキオン殿下としたし……最初は戸羽乙葉だったかな?」

 

 ……なんというか、彼女のストライクに入る人達からはキレイに避けられてる気がする。

 突っ込んじゃダメかな、ダメだよね。

 

 きりんさん、祭さん、リース様、永歌ちゃんと連続で撃墜でしたよね

 さりげにシャネルカに断わられていたの、気にしてましたなぁw

 にわちゃん、気付いてすらいなかったッスよ

 

「キミたち、少しお口が軽いようだねぇ……。ほぼ全員に断られている我王よりは成功率高いんだよ?」

「この間、戸羽君と黒猫さんとでコラボしてましたね、我王くん」

「古詠未ちゃんも見てたの?」

「いちおう私も黒猫古参(くろねこさん)を名乗ってますので」

 

 男に混じってコラボなんて男嫌いを標榜している黒猫ができるのかと心配してたけど、それは杞憂だった。

 

 開けてみれば普通に会話も成立していたし。

 成長の跡が見えて嬉しく思ったものだ。

 

「古詠未ちゃんは、男の人との会話は平気?」

「全然、イケますよ? 中身おっさんを自称してますし、いったぁっ!

 

 アイリス、チェーック!

 こよみん、またも学習せず草

 わりと迂闊だよねw

 わざとやってる?

 

「わざとなんて、やるか! ボケェッ、いてこましたろ、うひゃあっ?

「こ、古詠未ちゃん? 大丈夫かい?」

 

ふひゃ、はふ、ひゃはは、やめろアイリス、くすぐるのはズルいひゃはあはは

「これは……イイね↑ スゴく滾ってくるよっ」

 

 桜花様、よろこびすぎぃっ!

 おしおきの中にくすぐりを混ぜてくるとは。やるな、ブ○イト(某大佐感)

 おっとロリコン大佐がいるぞっ?

 捗るわぁー

 これはセンシティブw

 

 くっそ、アイリスめ。まさか痛みだけじゃなくてくすぐりまで出来るなんて……。アバターの古詠未が顔を赤らめながら悶えるように震えているのは、とてもヤヴァい。

 

ちなみに味覚とか嗅覚とかもイジれますよ?

「いや、止めてねっ!」

「大丈夫かい? ああオフコラボなら良かったのに……」

「へ、平気ですよ。ねー様。ちょっと、びっくりしただけですので、コホン」

「本当? 家を教えてくれたらすぐに行くよ! 配信放り出しても行くよっ!!」

 

 桜花様、落ち着いて(笑)

 主が配信放りだそうとしてて草

 笑い声、可愛かった

 どの辺やられたの? 足の裏? 脇腹?

 JCの脇の下の話と聞いて(ガタッ)

 アイリス、代われ

 アイリス、代わって(切実)

 

 やべぇ、くすぐられるのスゴくキツイ。

 

 変な声が出るけど、自分の声だと思うと余計に変な気になる。

 痛みにはある程度耐えられるようになったけど、まだまだおしおきの方法があるんだなぁ……少し絶望。

 

「ねー様、落ち着いて。とりあえず質問に戻りましょう」

「そ、そうだね。じゃあ次の質問にいくよ?」

 

 

  こんつき、桜花様。

 古詠未とやらに警告します。

 桜花様に色目をつかわないで下さい   

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「……ゴメンね。時々こういう子もいるんだ。悪気があってじゃないと思うから気にしないで」

「色目なんて使ってないし、気にもしてないので」

「あ、そう?」

「コラボはお仕事なので。いちいち文句を言っても自身の評価が下がるだけだと思います。安心して下さいね、匿名の方?」

「は、はは……」

 

 歯牙にもかけてないw

 仕事って言い切られて桜花様凹んでるぞっ

 義妹(スール)なら、フォローしてあげてェ

 

「はいはい、ねー様。切り替えていきましょう。次のマロは私が読みますね」

 

 

 

  今夜も月がry。

念願の古詠未ちゃんとのコラボ、おめでとうございます。

 桜花様に質問です。

古詠未ちゃんの第一印象と、話してみてからの印象は変わりましたか? 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「だそうです。どうですか、ねー様?」

「そうだね。とても変わったかな?」

「へぇ、そうなんですか」

 

 十六夜桜花のリアクションはほぼ変わってないから、そうとは思わなかった。

 

「初めは、それも清楚で華奢で。お姫様みたいなか弱い子だと思ってたよ。見た目はそんな感じじゃない?」

「はあ……」

 

 姫乃古詠未のキービジュアルは、異国のお姫様そのものだ。青みがかった銀髪に、花で彩られたティアラ。丸顔でタレ目なのは合体している時に似てるけど。

 

 そんな訳で十六夜桜花がそう思うのは当たり前だ。

 

「話してみたら、随分としっかりしてて。私よりよほど大人びていて驚いたよ」

「そんな事はありませんよ」

 

 これは謙遜でもなく真実だ。

 俺より大人でしっかりした人なんていくらでもいる。そういう人達に囲まれているとそうなってしまうだけだ。

 

「だけど、(いびつ)にも見えた。子供はやはりリリカルな方が正しい気がするよ」

 

 そう言って、アバターの髪を撫でる仕草をする桜花。実際に触られてるような気がして、なんだかむず痒い気持ちだ。

 

 エモいですねぇー

 これは、てぇてぇ

 満更でもない感じのこよみんに草

 あれ? チョロい?

 

「だからせめて、この場だけでも義姉として頼って欲しいな、と思うんだ」

「義姉を名乗るなら、もっとしっかりして下さい、ねー様。大体コラボの申請をマシュマロに送るとか、運営側に報告してないとか、内容も決めてないとか。ついさっきまで打ち合わせしてたの忘れてませんよね?」

 

 ジト目の古詠未に、桜花は困ったような顔でたじろぐ。

 

「あ、ああ。うん、そうだね。ゴメンよ」

「ねー様は適当な謝罪をよくしますけど、それが相手にどういう印象を与えているか御存知ですか? 僕が思うに、黒猫さんや他の人たちが距離をおいてしまうのもねー様本人に問題があるような気がしますけど!」

「ひえっ……義妹(スール)が怖い……」

 

 逆鱗に触れてたか

 これは桜花様、悪いわ

 テキトーすぎて草

 ガツガツしてるもんね、桜花様

 むしろそれが十六夜流よw

 怒られてやんのw 黒猫 燦

 

「……でも、それがねー様の持ち味でもあるので。矯正する必要はないです」

「……古詠未、ちゃん?」

「どんなに間違っても、へこたれない姿勢は良いと思います。とても真似は出来ません。僕なら凹んで二、三日は引きずります」

 

 実際に仕事でミスった時は、やはり引きずりまくった。彼女のメンタルの強さはかなりの強みだと感じる。

 

「だから、めげずに何度でもアタックして下さい」

「古詠未ちゃん……」

 

 あれっ? 黒猫いるぞ

 ニャ? 黒猫 燦

 こぉらっ 黙って見てるんじゃなかったの? 夏波 結

 ゆいままもいたっ

 二人して敵情視察かな?

 授業参観のほうが正しいかもw

 断るの面倒なんだけど リース=エル=リスリット

 そうですね 終理 永歌

 お歌、歌うならいいよ? 世良 祭

 近づいちゃいけません、祭ちゃんw 来宮 きりん

 うわっ、なんかいっぱいいるぅ!

 あるてま勢、潜んでたのか

 

 なんだかコメントの速度がえらく速くなったと思ったら、あるてまのVtuberのみんなが見ているらしい。

 敵情視察というコメントがあったけど、まさにその通りだろうな。

 

「ご覧のご同輩の皆様方。こんな不甲斐ないねー様ですが、どうか邪険になさらずにしてあげて下さい。この人、女の子と話してないと死んじゃうような人らしいのです。人助けと思って、コラボをお受けして下さい」

「こ、古詠未ちゃんっ?」

 

 慌てる桜花を放っておいて、画面に向かい頭を下げる。

 

 桜花の性癖はともかく、願う事は女の子との会話だ。その程度のことで嫌われているのなら、誤解は解いてあげたい。

 

 うーん……そう言われても 夏波 結

 結、騙されちゃダメだ。十六夜桜花(アイツ)、さり気なくボディタッチしてくるからっ 黒猫 燦

 え

 これはギルティ?

 ギルティ

 カラオケのときにお胸触ったのですー! シャネルカ・ラビリット

 無いものを触る、だと……? 我王 神太刀

 なんだなんだ、祭りか? 相葉 京介

 ソイヤッ 箱庭 にわ

 祭りは、わたし 世良 祭

 また、増えたっ

 ほぼ全員いないか?

 みんなして見に来てて草

 期せずしてオールスター的

 あるてま勢が注目し過ぎw

 我王、タヒれ シャネルカ・ラビリット

 

 コメントが更に荒ぶっているけど、今はそれどころじゃない。

 

「……ねー様?」

「は、はい……」

 

 横にいる桜花のアバターは、涙目になって汗を流していた。少し、可愛いなと思ったが、ここは心を鬼にしないといけない。

 

「僕には、会話をする事が大事と言っていたんですが……まさか肉体関係もお求めとは思いませんでした」

「あうっ、その、それはゆくゆくはそういう関係にもなりたいかな、なんて思ったりはして、ないけど、その」

 

 あーあ、有罪確定

 下心のない者など居らんよなぁ? 輝夜姫 咲夜

 半額弁当が二つ残っているなら、それも手を出すのが王の務めよな ヴェンデット・ハルキオン

 ハルキオンに栄光あれっ

 ハルキオンに栄光あれっ

 ハルキオン民まで居た草

 近寄らんでヨカッタ…… 朱音 アルマ

 なんですか、この修羅場は……? 戸羽 乙葉

 ついに乙葉くんまでっ

 ほんとに全員集合かよw

 

「安易に接触はしないと約束してくれないと、ねー様呼びは止めます」

「えっ」

「ちょうど皆さんご覧になってます。ここで宣言なさって下さい。それとも呼び捨ての方が宜しいですか?」

 

 あれだけ喜んでくれたのだ。

 これを代償にするなら、誓ってくれるはず。

 

「う、ぐぅ……分かったよ。むやみに接触はしない。これでいい?」

「もう一つ。断られたらしつこく食い下がらないというのも足して下さい。少々粘着質過ぎますよ、ねー様は」

 

 ぐう正論で草

 これは致し方なし

 今までよく事案にならなかったねw

 この義妹(スール)強いにゃあ…… 黒猫 燦

 妹力が53万だと……! 我王 神太刀

 そんな妹、イヤだなぁ 相葉 京介

 古詠未ちゃん、コラボしよ? リース=エル=リスリット

 さらっと誘わないでよ(呆) 夏波 結

 

「わ、分かったよ。今のボクにはねー様と呼ばれなくなる方が辛いからね。妹の頼みは聞いてあげるのが姉の努めさっ」

「それでこそ、ねー様です♪」

 

 画面左の方に手を動かす。

 アバター同士の手を重ねるようにすると、ほのかに手のうちに暖かさが伝わった気がした。

 

「こ、古詠未ちゃん……なんか、手があったかいんだけど……?」

「ねー様がそう感じたのなら嬉しいです。離れていても、伝わるんですね」

「古詠未……」

 

 ほろり、と。

 桜花の瞳から涙が落ちる。

 こんな演出が出来るとは、スゴイな。

 さすがはあるてまだ。

 

 エンダー♫

 キマシタワー

 神回?

 いや、茶番だろ?

 いやいや、第一部完だな。

 ねえ、あんなエフェクトあった? 来宮 きりん

 ん……よく分かんない 世良 祭

 

「さあ、これでボクはずっとキミのねー様だよ」

「この回だけですけど」

「それなら、さっきの約束もこの回の間だけになるね。ボクとしては願ったりだ♪」

「え、ええっ?

 

 ああ、コレは桜花様の理屈の方が正しそうだね

 あるてまの女性ライバーの盾となったのだ……キラリ

 こよみ、がんばって 終理 永歌

 すかさず退路を断つ永歌w

 ええ仕事しよるな……

 本当に草

 

 なんだか、不穏な空気だけど。

 あるてま女子ライバーのためには俺がやるしかないのかっ

 

「……僕が卒業するまで、ねー様は姉となってくれますか?」

「ああ、誓おう。マリア様がみてる前で宣言してもいい」

「分かりました、桜花ねー様。不束かですが、以後ご指導よろしくお願いいたします」

 

 手を前に組んで、祈るようにする。

 

 カラーン、カラーン……

 

 どこからか鐘の音が聞こえてくる。

 

 こんな音源仕込んでるのか。

 

 うんうん、イイね! こういう桜花ちゃんなら大歓迎だよっ 来宮 きりん

 マリ○て、好きなんだ、きりんさんw

 ワイ、白薔薇派

 俺はやっぱ赤薔薇だなっ

 黄薔薇がネタ枠とか誰が言った!

 ワロタ、ワロタ

 

「そうだっ! オフコラボで礼拝に行こう!」

「……懲りてませんね、ねー様……」

 

 

 

 

 

 

 

 そんなごちゃごちゃとした雰囲気が続いたあと、二十三時ちょっと前に配信は終わった。

 

 部屋の結界はすでに戻っているのでアイリスと分離して、久しぶりの男の体に戻る。

 

 

「あー……疲れた」

お、お疲れさまでした。桜花さんて、パワフルですねぇー

「いや、なんであんなに盛り上がってたのか、よく分かんないんだけど」

本当に分かりませんか?

 

 そう聞かれたけど、答えはしなかった。

 だってなぁ……恥ずかしいだろ?

 

 

──そういうのをどんどん覚えていって下さいね?

 

 

 アイリスがしんみりと言う。

 お花の状態だから、シリアス感は何もない。

 

 台所に行くと、二人の姉妹は仲良く寝コケていた。

 仕方ないので俺のベッドに運んでやって、俺はソファーへとダイブする。

 

 メシは明日、だな……おやすみ。

 色々とあった日がようやく終わった時、俺は深い眠りについていた。

 

 




 おめでとー♪


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13 この目立ち過ぎる子達に平穏を!

 今回は途中で視点が変わります。
 少々分かりづらいかもしれません。


「おはようございます、旦那様」

「朝だよー、起きて下さいませっ、だんな様ー」

 

 ついぞ聞かない少女の声で目を覚ます。実家にいた頃は母が起こされる事もあったが、それと同列に並べるのは可哀想だろう。

 

「んー……いま、なんじ?」

「10時になります。さすがに起こすべきかと思いまして」

 

 プリムラがそう答える。普段着にエプロンといった姿がよく似合っている。二十歳と言っていたけど童顔なので高校生くらいにしか見えない。

 

「だんな様、朝ご飯はダマスケナが作ったんだ! 食べて食べてっ」

 

 こちらは俺の割烹着を拝借したダマスケナだが、行動やら言動が幼いせいか高校生すら疑わしく見える。

 台所のテーブルにはすでに用意が出来ていた。俺の分しかないが、先に食べてくれていたのは助かる。

 

 昨日の夕飯の肉野菜炒めと、ほうれん草の和え物と、味噌汁と……ほとんどプリムラが作ったのを並べただけで卵焼きがちょこんと申し訳程度に乗っかっているだけだ。

 一品作っただけで自分が用意したと言い切るダマスケナは、イイ性格をしていると思う。

 

「卵焼き、作ったのか? なんでこんなサイズなん?」

「ちょっと失敗しちゃって。形崩れちゃったから」

 

 照れ隠しに笑っているが、正直褒められない。油が足りないのか火を通りすぎて焦げが残っている。これでマシな所を渡したのなら、他の所は可食不能になっていたのだろう。

 

「お前らはもう食べたのか」

「はい、荷物が届きますので。アイリス様にもお願いして僭越ながら合体して頂いております。勝手をしてしまい、申し訳ありません」

 

 プリムラの謝罪で気付いたけど、俺はいつの間にか合体していた。

 

「おい、アイリス。合体って俺の許可なくても出来るのか?」

『出来ますよ? 言いませんでしたっけ?』

 

 ……聞いてないよ。先に言えよ。

 

「まあ、いい。トイレ行くから戻せ」

 

 寝てたので溜まっているのだ。

 体が小さいせいか、女ゆえかは知らないがもう我慢できそうにない。

 

『無理ですよ?』

「は?」

『空と海の間の世界への結界は、切り替える度に二時間ほど感覚を空けないとダメなんです。このまま解除すると暦さん、消えちゃいますよ?』

「……ま、マジか。くっ」

 

 話す間にも、すでにトイレには駆け込んでいる。

 だが……果たして、そんな。いいのか?

 でも、二時間我慢など到底無理な感じだ。スウェットの下を下げた所で躊躇う。

 

『我慢は毒ですよ? 経験上、感覚に大した差異はありませんので気にする事は無いですよ?』

「……う、くぅ……」

 

 

 ──

 ───

 

 

 また一つ、やってはイケないことをしてしまった、気がした。

 

『もう慣れてもいいも思うんですが、無理ですか?』

「お花の感覚と違って、人間はデリケートでナイーブなの」

『……排尿プレイとか言ったら萌えます?』

「お前は少し恥じらいを持てっ!」

 

 手を洗いながら、アホな脳内のお花に返事をする。

 それはともかくウチのトイレ、ウォシュレット装備で良かった、うん。

 

 トイレから出ると、二人が玄関から出ていくところが見える。表から人の声がするので引っ越し業者が来たのだろう。

 

 

 手伝おうかと思ったが、今のこの身は中学生女子、いや発育がいい小学生にも負ける程度でしかない。体力勝負の引っ越し作業には役に立たないだろう。

 それも織り込み済みらしく、女性スタッフなどもいるようだし、手を出す必要はなさそうだ。

 

「そんじゃ、食べてますか」

『プリムラのご飯は美味しかったわ』

 

 それはつまり、この卵焼きはマズいと言ってるのかな?

 ……うん、努力が必要だな、かなり。

 それと違ってプリムラの作った料理はどれも及第点を超えてくる。この味噌汁とか、何これという感じだ。自分でもここまでの味噌汁は作れた事がないので、素直に感心した。これなら毎日でも食べられる。

 

 少し重めの朝食に舌鼓を打っているとアイリスが声をかけてきた。

 

『フェティダから、今日はレッスンは無いから二人の面倒をお願いしますって』

「ま、しゃあないか」

 

 見るからに外国人の二人が日本の街で買い物とか不便すぎる。でも、生活雑貨とかならなんとでもなるけど、女の子特有の物とかはさっぱりだ。

 

 どうしたものか。

 

 

 

 

 

 

 

『おはよう。連絡がないから、忘れたのかと思った』

 

「すみません。他意は無いです」

 

『う、そ。まだ一週間も経ってないでしょ?』

 

「そうですね。折り入って頼みたい事がありまして」

 

『今日?』

 

「いきなりで申し訳ないとは思います。ですがお姉さん以外に頼れる方が思いつかなくて」

 

『……話し言葉は砕けてるのに、チャットだと丁寧なんだね』

 

「あ……すみません(・・;」

 

『んーと、君って人見知りとかする? 私、今日友達と会う予定で、その子と一緒ならありがたいんだけど。当然、女の子だよ?』

 

「た、多分大丈夫です。こちらも二名ほど連れがおりまして。どちらも女性ですのでご安心を」

 

『カタイなぁー、ギャップがあって面白いけど』

 

「この間のお礼も含めて、食事をしたいと思います。苦手な物とかありますか?」

 

『んーん、特には。でも、二の三で五人か。こっちの指定した場所でもいい?』

 

「それは構いませんが、出来れば近場の方がありがたいです」

 

『おっけ。待ち合わせは十四時に、駅前ね』

 

「お手間を取らせて申し訳ありません」

 

『カタイって。お仕事の連絡みたいだよ?』

 

「は……そうだね。ごめんなさい」

 

『ま、いいか。それじゃ、後で。今日は二番目で来てね?』

 

「ん、分かり、分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの子から連絡があってからすぐに彼女に電話をすると、彼女は即答で了承した。喰い気味の返事に、少し引いたけど。

 

『黒猫だけでなく古詠未にまで手を出してたなんて、相変わらず年下キラーママですわね』

「キラーでもママでもないわ。ただ単にほっとけなかっただけなんだから。それより絶対その言葉、配信で使わないでよね」

 

 リスナーのみんなには見ててくれて嬉しいし、感謝もしてる。でも、困る事も多い。

 まだ恋愛も結婚もしてないのにママとか言われても、戸惑うばかりである。

 別に嫌とかではない、けど。それとこれとは違う話なのだ。

 

「それで、予約はおっけ?」

『ええ、今じいやに連絡させてますわ。庶民派の枠内での当日予約はなかなか難しいですが。いざとなればお金でなんとかなるっ!』

「キャラのセリフを言うのはヤメテ。最近混ざりすぎよ?」

『意外とストレス解消にいいのよ。思った事が言えるっていい環境よね』

「あんまり言い過ぎると周りに迷惑かかるからね」

『はいはい。心配性なママねぇ』

「ママじゃないし!」

 

 

 

 ともあれ、食事の算段は整った。

 後は、着ていく服だけど……今日はなににしようか、少し迷う。

 

 今宵と会うときはなるべく露出少なめにしてるけど、あの子ならどうかな? シャイな感じだからフェミニン系とかが良いかも。

 

 あれこれ悩むと時間なんてあっという間だ。いつものように彼女が車でやって来ると駅前までもあっという間だ。時間ギリギリまで悩めるなんてとても贅沢な話である。

 

 

「じいやさん、ありがとうございました」

 

 白い外車の助手席に座る女性に、私はそう声をかける。妙齢の外国人であり、少なくとも私が彼女と知り合った時からいた近侍の人だ。

 ちなみにジーヤというのが本来の発音だが、彼女の呼び名が移ってしまっているので直せないでいる。ジーヤさん自身は全く気にしてない様子である。柔らかく微笑み、私に返事をする。

 

「いえ、大した事はありません。お嬢様、ご帰宅の際はご一報下さいね」

「子供ではありませんですわよ?」

「子供はいつもそう言いますので。湊様も宜しくお願いします」

 

 彼女にとっては、いつまでもお嬢様らしい。

 車が走り出すと、彼女はつまらなそうにため息をする。

 

 そのお嬢様は、今日は桃色のノースリーブワンピースに薄手のロングジレといった装いだ。惜しげもなく肩を出して、日焼け対策は完璧なのだろう。

 

 対して私はライトブルーのトップスにミントのワイドパンツ。七分丈のブラウスに緩く巻いたスカーフをあしらっている。ゆったりとしたワイドパンツはシルエットで見ればスカートなので、意外といい感じに纏まったと思う。

 

「どうせその辺で監視してるのだから態々言わなくてもいいでしょうに」

「まあまあ。じいやさんも心配なんでしょ?」

 

 

 じいやさん達の調べによると。

 不明な点が多過ぎるためにすぱしーばとの接触は止めるべきだと言われたようで、それをまだ怒っているようなのだ。

 

 その隙を桜花に掠め取られた事が腹に据えかねたとか。少々自信過剰と言われても反論できない。

 先に手を出せば手に入るわけではないと思う。あくまで仮の『お姉さま』なわけだし。

 

 それにあの子は誰の所有物でもない。

 

 私なんかが言わなくても分かっているかもしれないから、敢えては言わない。プライドの高い彼女に過ぎた干渉は良い結果にならないし、それが彼女らしいとも思えるから。

 

 待ち合わせの場所までは少し歩く。

 外車で横付けとか引かせてしまうだろうし。

 

「そういえば、つぶやいたーのトレンド。見た?」

「え? 今日は見てないな」

(くだん)のあの子がランクインしてたわ。昨日の2位か3位かしら」

「うそ……あの配信だけで?」

「そちらはどうも後付ですわね」

 

 チャッチャッと、スマホを動かしこちらに見せてくる。そこに上がっていたのは。

 

「……これ」

「そうね。例の切り抜きよりも鮮明で、動画で声まで入ってる」

 

 電車の中らしいが、少し年上の外国人の子達とじゃれ合う姿がそこには映されていた。

 自然と顔が綻ぶような、他愛のないその動画の再生数はなんと十万に届きそうな勢いだった。

 

 こよみそのものも目を惹くのだけど。

 周りの二人は双子のようで、その顔立ちもかなり可愛かったりする。

 これはバズるのは仕方ないなぁとぼんやり考えていたら、何かがはまる音がした。

 

「……二人?」

「ちょっ……どうなさったの? 湊さん」

 

 いきなり走り出したのは悪いけど、場所は知ってるだろう。それより今の状況はマズい。

 

 

 

 

 

 

「……なんか、こっち見てるの多いな」

「だんな様が可愛いからだよっ?」

「だんな様はやめい……」

「では、お嬢様」

「むず痒いよ、それ。名前でいいだろ」

「では、こよみ様で」

「んー、それもどうかなと、思うけどな」

 

 駅前の指定の場所は、前衛芸術のモニュメントのある広場である。

 『世界の平和を願う』などと御大層な表題が付いてるけど、地元の人間の呼び名は専ら『鳩の像』『ハトの前』だ。

 待ち合わせに便利なので、休日にはカップルや若人達が(たむろ)する事の多い場所である。

 

 この年になってここで待ち合わせとかと思ったが、今の見た目なら浮く事はないだろう。

 

 プリムラとダマスケナを連れて20分前には着いていたのだが、それからしばらくして広場は人だかりになっていた。やっぱり午後になると人が多いな。

 

 気のせいかもしれないけど、こちらを見ているような素振りの人間も多い。自意識過剰かな?

 

 そこへ、走ってくるお姉さんが見えた。

 ? なんで走ってるん?

 俺は手を振って声をかける。

 

「お姉さーん♪」

 

 

 

 

 

 

 ザワッ

 

 あの子の声が高らかに響き渡る。

 雑踏の中なのに憎らしいほど良く通る。

 注目を集めるには十分すぎるけど、もう躊躇はしてられない。急いで彼女の腕を取り、周りの二人にも声をかける。

 

「走って! 逃げるわよ!」

「へ?」

「かけっこ?」

「了承しました」

 

 周りの二人は理解が早く、私達についてくる。

 分かってないのはこの子だけだ。

 

「お、お姉さん? な、なに?」

「周りにバレてるわよっ」

 

 

『おい、間違いないぞ?』

『姫乃古詠未の中の人か』

『あの動画の子だよね?』

『うわぁ、かわいいなぁ〜』

 

 

 来た方に戻ると姫穣さんが走ってくるのが見える。

 

「どうなさったの、て、こよみちゃんではないですか?」

「呑気な事言ってないで走って! 巻き添え食らうわよ?」

「へ?」

 

 後ろからちらほらと追っかけてくる人達が見える。

 逃げれば追うものだと人は言うけど、こういう状況だと開き直るのも難しい。

 とりあえず一般の人が雪崩れ込まないエリアに逃げ込む必要がありそうだった。

 

 

 駅前のモールは諦めて、神代家の出資するホテルに駆け込む事でようやく人心地がついた。

 まだ暑い時期なので、みんな汗だくだ。

 

 支配人に一言二言でスイートルームを押さえるとか、いつもの非常識ぶりなので驚きはしない。どちらかというと呆れるばかりだ。

 

 それにこういう状況だと、素直にありがたい。

 

 さすがに高級ホテルに押し寄せる事は出来ずにいるようで、彼らも三々五々といった感じに解散していく。

 そもそも突発的な事なのでそこまで執着する人も少ないのだろう。しばらくしたら出られると思う。

 

 

「あなたねぇ……自分が注目されている自覚無いの?」

 

 落ち着いた所でこよみに問いかける。彼女はとても驚いていたようだ。

 

「そ、そんなこと言われても、さ。たかがVtuberだろ?」

「……姫穣さん、さっきの見せてあげて」

「いいですけど。なんだか気安いですわね、あなた方」

 

 不満げながら先ほどの動画を起動して一時停止。それを差し出すとこよみは遠慮がちに受け取る。

 そして、あの子は絶句した。

 

「な……」

「わたくし達でございますね」

「わー、本当に映ってるー♪」

 

 撮られていた、という事も気づいてなかったのだろう。自分の容姿がどれだけ人を惹きつけるのか、理解出来てないらしい。

 

 どういう事情かは知らないけど。

 今日のテーマははっきりした。

 

 この目立ち過ぎる子達を、なんとかしないといけない。

 

 

 




 苦労人の湊お姉さん(笑)
 黒猫以外にも振り回されてますね。
 再生数を修正しました。流石に一日やそこらで百万は無いかな、と。


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14 女が四人いると賑やかすぎる(一人はおっさん)

 少し遅れてしまいました。
 個人的な要件ですが、ちょっと遅れがちになるかもしれません。


「あらためて挨拶するわね。私は暁湊。あるてまの二期生、夏波結の中の人、というやつね。こっちは……」

「神代姫穣ですわ。リース=エル=リスリットでもあります。はじめまして、姫乃古詠未さんの中の方、ですわね?」

 

 天使なお姉さんが結って事は知っていたけど、もう一人の人がリースだとは知らなかった。

 ……え? 神代?

 

「え、と。失礼ですが、あの神代ですか?」

「あら。お若いのに御存知?」

「ええ、まあ。仕事の関係で……、父の」

 

 咄嗟に『父の』と付けたのは、さすがにマズイと思ったからだ。

 何度も言うけど、今の俺の姿は中学生くらいにしか見えない女子だ。政財界にどっぷり浸かりこんでる旧家の事なんて、知り得るわけはないからな。

 

「わたくしの事は知っているのに、あなたは名乗らないのは少し不公平ね? お名前、聞かせて欲しいわ」

「姫穣、相手は子供よ?」

 

 湊さんが嗜めるように言うが、姫穣はこちらの値踏みするように眺めている。

 ……しゃあないなぁ。

 

「殿田レキと言います。すぱしーば所属のVtuber、姫乃古詠未の中の人です。先輩とは知らず挨拶が遅れまして、大変失礼しました」

 

 

 正面を向いてお辞儀をする。営業の時のように、角度は45度。下げた頭は10秒静止。

 戻した時に湊さんは驚いていたけど、姫穣はなんだか楽しそうな顔をしていた。

 

 

 レキと名乗ったのは、元の(こよみ)古詠未(こよみ)と同一の読みの名前だと問題になると思ったからだ。

 

 音読みにしたこのあだ名は、ガキの頃に呼ばれていたものである。

 

「……レキちゃんか。漢字はどう書くの?」

「あ、と……茉莉花(ジャスミン)の莉に、姫、です」

莉姫(れき)、ね」

 

 

 苦し紛れに付けたにしては、まあマシかもしれない。思い付いた理由だが、これは俺がジャスミン茶好きだからだ。

 暑い時期なので最近は飲まないけど、そろそろ温かいお茶もいい時期だ。

 

「こよみ様はレキ様?」

「ダマスケナ。旦那さま方の会話に割り込んではいけません」

「でも、お姉さま?」

「この子達は?」

 

 

 おっといけない。この姉妹のことを忘れてた。慌てて紹介するけど、少々改変せねばならないからな。

 

「金髪の方がプリムラ、ピンク髪の方がダマスケナ。親父が海外に行くんで付けてくれたお世話係の姉妹です」

 

 紹介されるとぴしりとして、お辞儀をする。こういう所はよく躾けられてるんだなぁ。

 

「え……お世話係? ひょっとして姫穣と同じ?」

「あら、わたくしは専属だけで五人いますけど?」

 

 驚く湊さんに対して、神代姫穣の反応は若干ズレていた。相変わらず妙にプライドが高いようである。

 

 子供の頃に会ったと言っても分からないだろうな。その頃、俺まだ男だし。

 

「海外赴任で子供残して行くから、知人の娘さんに面倒見てくれと頼んだそうです」

 

 スラスラと嘘を垂れ流す自分にちょっと怖くなる。オレ、子持ちになってるぞ? しかもその子供は俺自身だったりする。わけわかめ。

 

「プリムラと申します。旦那さまより仰せつかりました。今後とも宜しくお願いいたします。神代姫穣さま、暁湊さま」

「ダマスケナですっ。ヨロシクねっ」

 

 二人はそれぞれに挨拶をする。

 その様子に二人とも笑顔で迎えてくれるが、ダマスケナは少し丁寧に言おうな。

 

「でも、この子達も子供じゃない?」

「ダマスケナ、大人だよっ?」

「こちらをご覧下さい」

 

 姫穣さんにプリムラが手提げから出した免許証を見せる。お、免許あるんだ。

 

「姫乃=ロサ=プリムラ。二十歳……本当に?」

「私もあるよっ」

「……本物ですわね。公安委員会の印字もあるし」

 

 ……魔法でやりたい放題だなぁ。

 それよりも姫乃という名字が気になる。

 その名は古詠未の姓なので、関係者だと丸わかりなんだが。あと、ハーフ扱いも無理があるかと。

 

 

 

 

 

 それから、お近づきの印にお互いのスマホで写真を撮り合う。なんで? これが果たして女子の文化なのかは俺にはよくわからない。

 

「前も思ったけど、綺麗な髪よね」

「そ、そうッスか?」

 

 湊さんがさらりと髪を撫でるように触る。

 誉められるのがむず痒いけど、湊さんだと素直に受け止められる。

 

「悔しいですけど、髪質は負けですわね」

 

 スルリ、スルリと手櫛で髪をいじる姫穣さん。湊さんとの違いは何なのか、よく分かんないけど……なんだか背筋にぞわぞわしてきた!

 

「あ、あの? あんまり触らないでくれ、下さいっ」

「もっと砕けて下さいましたら、止めますわ」

「え? やめろって言えばいいの?」

 

 姫穣、変わってるな?

 

「姫穣はそういう世界の人だから。友人には壁を作って欲しくないんだって」

「そういう事ですの」

 

 パチンとウインクをして、彼女は手を離してくれた。

 

 昔会ったのはたしか中学に入るかどうかの頃であり、その時は物静かなお嬢様として振る舞っていた気がする。

 随分変わったなぁと感慨深く思ったけど、それは俺もだったね。……はぁ。

 

 

 

 

 

 自己紹介の後に、少し歓談をしているとドアをノックする音が聞こえる。

 

『お嬢様、じいやです』

「合言葉は?」

『そんなもの決めてないです』

「いいわ、入って」

 

 ……ええ。それ合言葉なの?

 金持ちのお嬢の考えることはよく分からん。

 見ると、湊さんも苦笑している。

 

「まるでスパイ映画ね?」

「そうッスね……」

 

 ドアからずらずらっと何人かの人が入ってくる。その人たちは手には大きな箱を抱えていた。

 

「ご希望の品です」

「三人分ね?」

「はい。黒のロングが二つにショート一つです。髪質までは選べませんでした」

「まあ、いきなりですものね。仕方ありませんわ」

 

 箱から取り出されたのは、人の頭の模型だ。

 

「かつら?」

「ウィッグと言いなさい」

「あはは……。まあ、似たような物だけどね」

 

 手提げ鞄からブラシを取り出すと俺の髪を梳き始める湊さん。……うん、やっぱり気持ちいい。何でだろう?

 

「似てるようで違うのね」

「なにが、スか?」

「あ、と。ううん、何でもない」

 

 聞いてはいけない事だったようなので、そのまま黙る。すると、彼女は自分から打ち明けた。

 

「燦の中の人も、黒髪ロングなの。それで違うんだな、と思ったの」

 

 ……黒猫燦にもこうしているのか。

 少し、羨ましいなと思った。

 

 丁寧に梳いた後に、髪をピンで留めていく。

 さらにストッキングみたいな網を被せてきた。

 

 背中の真ん中辺りまである髪が、きっちり畳まれてしまった。そこに軽くウェーブのあたったウィッグを乗せるとあら不思議。

 

「おおお……」

 

 今までの前髪ぱっつんの姫カットより自然な感じで、中学生くらいの女の子がよくしているような髪型に見える。

 

「うーん」

「これはこれで目立つ気がするわ」

 

 ところがお二人はあまりお気に召さなかったようだ。なんでも、普通に可愛くなっただけだとか。やはり無難にキャスケットを被る事になった。

 

 いつの間にか、プリムラとダマスケナもウィッグを付けていた。

 

 プリムラはセミロングの内巻きボブヘアで、ダマスケナはロングのポニーテールだ。

 ただ、瞳が青だし肌も白いので変装だとバレる可能性が高いと思う。

 

「このウィッグは進呈しますわ」

「いえ、すぱしーば本社の方へ回して下さい。経費で落とせる類の物はそうするべきッス」

 

 こう答えたら、湊さんと姫穣がとても驚いていた。いや、必要な物品を計上するのは当たり前でしょ?

 

「あなた、本当に中学生ですの?」

「心は社会人を自負しております」

 

 二人が笑ったのは言うまでもなかった。

 

 解せないけど、まあいいか。

 

 

 

 

 

 結局、食事はホテルで取ることになった。

 こちらも経費で落とすために領収書を切ってもらい、ブリーフケースにまとめる。

 

「別に宜しいですのに」

「割り勘、て言った筈だよね?」

 

 大人な二人が文句を言うけど、同じくらい大人の筈のダマスケナは美味しい食事にゴキゲンだ。

 

「旨かったわ〜♪ お姉さまの料理にはかなわないけど」

「大変美味でした。それと、ダマスケナは黙るように」

「……はい、お姉さま」

 

 テンションアゲアゲだった彼女を一言で沈黙させた。プリムラはやはり強い。頬に朱がさしているので、誉められてからの照れ隠しみたいだ。

 

「それでは移動しましょう」

 

 

 

 

 

 今日の目的はこれからだったりする。

 まあ、アドバイザーが二人に増えてるのだから、不安はない。じいやさん達が乗ってきたワゴンに乗って移動すると、やって来たのはなんと渋谷。

 

「えええ、大丈夫ッスか?」

「普通にしてれば平気よ。人も多いし」

 

 湊さんはそう言うけど、姫穣はサングラスに幅の広い帽子なんか付けてカモフラージュしてる。

 

「あの子は有名人だから」

 

 たしかに。子供の頃の可愛さはなりを潜め、すっかり大人の女性の美しさに変わっている。

 

「湊さんは、何もしないで平気なんスか?」

「私は有名人じゃないし」

 

 笑ってそう言う湊さん。

 そういえば、と。

 少し大きめのポーチから出したのはメガネケースだ。元々俺は眼鏡使用者である。

 

「……ぐわぁぁ」

『合体状態の視力はたぶん2.0くらいですから、その眼鏡かけるのは無茶だと思いますよ?』

 

 言われるまで気付かなかった俺も悪いけど、先に言ってほしかった。アイリスはこういう機転が効かないよなぁ。

 仕方ないので鼻に引っ掛けるようにかける。どのみち大きいからズリ下がるし。

 

 視界が歪むのでなるべく下を見ないようにすると、二人がこちらを見ながら何か言っていた。

 

「あざとさが出たから、古詠未とは分からなくなったわ……」

「そうですわね。これはあざとい」

 

 狙ってないもん、これは不可抗力やねん。

 そう言いたかったけど、頭が痛くてそれどころではなかった。

 

 はやく、度無しのメガネ、買おう。

 

 そんなこんなで、俺たちは渋谷1050に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 女の買い物は、総じて長い。

 買うつもりのないウィンドウショッピングだとそれは当たり前のようになる。

 だが、本当に必要な場合はそんな事は言っていられない。湊さんはもちろん、姫穣さんやじいやさんまで動員してのプリムラ、ダマスケナのコーディネートが始まる。

 

 適当に合うのを手当たり次第に合わせていくのかと思ったら、何故か決まったサイズの服しか選んでいない事に気がついた。

 

「もしかして、二人のサイズとか把握してるッスか?」

「ええ、さっきの写真でね」

 

 姫穣さんが見せてくれたスマホの中には、プリムラの写真とそこから測定された各種数値だ。

 

 こういったアプリはあるけど、体のラインの出る服でないと正確には出なかったはずだ。たしか姿勢とかも一定にしないといけなかったと思うが、これは何気なく撮られたもので腰のラインなんかほぼ見えてない。なのに数値が出ている。

 

「え……マジ? 何よこのアプリ」

 

 湊さんも知らなかったようだ。

 

「『HLインテグリティ』の計測型AIを応用して作成した試作アプリですわ。服の形状から内部のサイズまで予測してくれますの」

 

 言いつつ、彼女は湊さんの写真を呼び出してアプリに読ませる。

 

「あら、また少し成長したようですわね」

 

「身長161cm、体重52kg、B88、W61、H84……アンダー70のD「ちょっと!」」

 

 慌ててスマホを奪い取る湊さん。

 ジト目、猫口でフフンと笑う姫穣とは対照的だ。

 

 

 『HLインテグリティ』

 それは懐かしい我が古巣である。

 

 ……そういや、馬場山がそんなAI作ったとか言ってたのを思い出した。

 服の素材やたるみだけじゃなくて人体の構造を統計から類推して服の上から見えないウエストまで弾き出すとか豪語してたっけ。

 

 まさかのウチの会社が絡んでいたとか、勘弁してくだせぇ……。

 

「ここここれ、まだ配信してないわよね?」

「まだベータ版なので、一部のテスターだけですわ。それもごく僅かで私以外は全国で五人程ですわね。それに、試用期限で使えなくなりますのでご安心を」

「……安心したわ。ほんと、怖いもの作ったわね……」

 

 何気ない写真でサイズ公開とか、シャレにならんものな……湊さんじゃなくても怖い。

 

 でも、湊さん、Dか。

 意外とあるなとは思ってたけど。

 そんな邪な考えが透けたのか、彼女は顔を赤らめる。

 

「……へ、変なトコ見せちゃったわね」

「自分の体を見られるのは、やっぱり恥ずかしいッスよね」

「う、うん……」

「ちなみに。莉姫(レキ)さんの写真も撮ってますけどw」

 

 

 ──え。

 マジ?

 いつの間にか姫穣の手に戻っていたスマホが、有無を言わせる間もなく計算を終える。

 

 そして、その無慈悲なアプリによって女の子形態(莉姫)のサイズが暴かれたのである。

 

「身長141cm、体重37kg、B68、W54、H70……アンダー60のAA……」

 

 ……淡々と読み上げる姫穣。

 彼女に悪気が無いのは分かっている。

 だから、こう思うことにした。

 

『馬場山っ、お前を殺す!』

『わっ、ビックリしたっ。こよみさんアブない発言しないでくださいよ〜』

 

 

 人は簡単に殺意を抱くのだな、と。

 この年になって初めて知った。

 

 

 

 

 こうして、悪魔のアプリと援軍のおかげで二人の服がどんどん決まった。

 なぜか俺の分も、かなり増えてたけど。

 

 

「うん、似合う似合う♪」

「そうッスかね……?」

 

 姿見の前にいる少女は、普通に可愛かった。

 装いとしてはもう冬物が出始めていた。

 厚手のトップスに膝丈のフレアスカート、靴下はオーバーニーソで靴は茶色のローファー。

 肩にかけているオーガンジーのストールとかお洒落過ぎる。おっさんにはこういう発想は無いんだよなぁ……

 

 だけど、中身が男でおっさんだとしても。

 見た目にはなんにも関係ないらしい。

 

 湊さんが肩越しに笑って、というので笑ってみる。主に背中に立って肩に手を置く湊さんに対して。

 

 

「うん、可愛い♪」

『可愛いですよぉ』

 

 だまれ、アイリス。

 そう言いたかったけど、言えなかった。

 

 

 満面の笑みを浮かべる少女は、確かに見惚れる程に可愛かったのだから。

 

 

 



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15 詠唱は簡単には止められない

 配信回です。気が付くとまだ雑談と料理しかしていない(笑)


「十八時半を回りました。皆さん、こんよみー、姫乃古詠未です」

 

 こんよみー

 こんよみ、おいちゃん疲れたよ……

 まだ暑いもんな

 古詠未ちゃん、元気だね

 

「それはもう。先日業界の先輩方と食事に行きまして、たっぷり美味しいご飯を食べましたからね♪」

 

 裏山w

 マジか、ねー様と食事会なん?

 聞いてない 十六夜桜花

 いたわ、ねー様(笑)

 桜花様もよう見るな

 

「あ、ねー様。おはようございます。もう課題は終わりましたか? ご自分の配信前に終わらせてくださいね」

 

 はい…… 十六夜桜花

 すでに上下関係が構築されていたw

 まあ、桜花さまゲーム配信メインだからね。絶対テッペン超えるだろ

 

「ねー様の配信も楽しみにしてます」

 

 凸してもいいんだよ 十六夜桜花

 凸しろと強要するねー様すこ

 デレデレやんけw

 

「黙って見てます。リスナーさん置いてきぼりにするだろうし。さて、それでは始めますね」

 

 

 この時間帯は、一般的なリスナーである二十代から三十代までの人たちの帰宅時間帯である。にも関わらず視聴してくれる人たちは少ないけど増えてはきている。

 

 チャンネル登録数はあれから増えに増えて、今では一万人を突破した。

 嬉しいやら恥ずかしいやら。

 

「今日はまたしてもコラボ雑談です。告知してなかったのは、急に決まったからなので。ごめんなさい」

 

 それも聞いてない 十六夜桜花

 主張するなー、ねー様

 いちいちリアクションしてて草

 義妹に虫が寄り付かないように警戒してるんだね

 愛が重い

 

「今日のお相手はこちらのお二人」

「オトばんわ、戸羽乙葉です」

「紅蓮の炎に(いだ)かれろっ! 漆黒の闇より来たりし暗黒を纏いし者、我王神太刀推参っ」

 

 パチンッ

 

「あれっ? ノイズ入った……ちょっと待って、今設定を確認するよ」

「慌てないでいいよ?」

「賓客として遇しておるのだから、否も応もない」

 

 ……配線は問題ないし、アプリも正常に動いてるし。なんだろ? 帯域とかだと手が出ないし、今は安定してるからまあいいか。

 

 ねー様の盗○器とかだったりw

 家を知らないから出来ないんだょぉっ 十六夜桜花

 知ってたらやるのかと聞いたら即答しそう

 桜花さま、少し落着こうね ヨシヨシ

 浮気現場を押さえるため……?

 桜花さん……? 夏波結

 ゆいままきたっ

 保護者ですね、早く連れて行ってw

 

「結さん、こんばんは。先日はお世話になりました」

 

 うん、こんばんわ。 夏波結

 お、先日?

 さっきの話かな?

 あるてま勢とよく絡むね

 まあ、黒音古参やし

 でも、黒猫とは絡まない……ムリか

 コミュ障拗らせた陰猫やからね

 NTRされたって黒猫騒いでたけど

 こよみんだったか草

 

「いや、寝取ってないし! 風聞! 風評被害! あいって

 

 なぜか、おしおきされた(笑)

 アイリス的には良くない言葉なのかな?

 どうでもいい、もっとやれw

 だ、大丈夫? 夏波結

 ああ……イイ声だね 十六夜桜花

 二人の反応が対照的で草

 ねー様、心配してやれよぉっ

 これはママの勝ちですね、はい

 

「おい、なんだこの茶番……我、帰っていいか?」

「まぁまぁ。古詠未さん、そろそろ進行しませんか?」

「あ、はい。ごめんなさい」

 

 おしおき受けたのに、謝るなんて理不尽だなぁ。

 

「全くだぞ、異世界よりの帰還者よ。世界を渡る者として同類と考えてはおるが、不敬がすぎれば我は帰るのみだ」

「あ、ハイ。さーせん♪」

「我の扱い、軽くない?」

 

 こよみんもよー見とる

 我王くん、少し嬉しそうだもんね

 漆黒の闇より出でし魔王……プ

 

「ええい、進行! 早くせんか!」

 

 照れ隠しのために少し上ずった声で我王くんが言う。思わず口元がニヤけてしまうのは、女の子との絡みに慣れてない所がまだまだ残っているからだ。

 あるてまのみんなはイジりたいと常々思っているらしいけど、キャラが立ちすぎていて合わせるのが難しいそうだ。

 

 それでもコラボの回数は増えていってる。その一助になればとの思いもある。今回の突発コラボもその一環ではある。

 

 まあ、実際はあるてまの男性ミャーチューバーと会話をしてみたいと湊さんと姫穣に頼んだ結果だ。メンツとしては喜ばしい二人である。

 この二人と話す事に意味があるとすれば、それは俺の癒やしである。

 

 いや、正直言うとかなりしんどいのだ。

 

 年頃の娘さんとわいわいやりながらの毎日。

 今までの環境と差があり過ぎる。

 ほんの少し前まで日がな一日PCの画面か、営業のおっさん共との仕事という名の舌戦をしていた人間には辛すぎる。

 

 端的に換言すると、『野郎と気のおけない会話がしたい』……端的じゃないな、コレ。

 

 当然のように二人には俺の事は女の子にしか見えてないので無理だとは思うが、男女分け隔てのない戸羽に我が道を行く我王なら対して問題にはならない気がする。

 

「配信中もマシュマロ受け付けてますので、戸羽さんや我王くんに質問がある方もどしどし送ってくだせぇ」

「待ってますよー」

「ふん、まあ答えてやらんでもないからな」

「では、最初のマシュマロはこちら」

 

 

 こんよみです。

古詠未ちゃん、桜花様の義妹(スール)になっちゃいましたね。私は桜花様との今後の関係が気になります。信頼できる姉妹関係で済むのか、それともイクとこまで行ってしまうのか。気になって夜も八時間しか眠れません。

古詠未ちゃんはどう考えていますか? 

 

マシュマロ

❏〟

 

「いったいっ!」

「大丈夫ですか?」

「こやつは配信当初から何度も食らっておるからな。大したことはあるまい」

「……あ、ありがとうございます。見ててくれたんですね」

「お、おう……まあ、気になる存在ではあったからな!」

「ふふふ、我王くんも若いですねぇ」

「乙葉ぁっ、我を軽んずるかっ」

「いえいえ、暴虐さにおいては追随を許さぬ漆黒の王にそんな事は」

「……ふん、ならば許そう」

 

 やはり我王くんはVtuberとしては真面目だ。この姿勢は見習わないと。

 

「けど、この質問は僕たちには答えづらいですね」

「そうだな。おい、古詠未。その辺はどうなのだ?」

「え、いや特には。まだ会った事も無いのにイクとこまでとか無いですよ?」

 

 がーん…… 十六夜桜花

 ショック受けてる桜花様カワイソス

 そっか、まだオフコラボ無いんだよね

 それならこよみんの貞操も安心w

 

「ねー様? そんなつもりだったんですか?」

 

 いやいや、そんな邪な考えは……無い、よ? 十六夜桜花

 はっきり答えない草

 そこは断言せんとなぁ

 

「まあ、古詠未さんは可愛いですからね」

「そうだな、それは認めよう」

「ありがとうござ……あれ? ねー様?」

 

 なんかDisRoadの会話チャットに着信があった。いわゆる凸という状態かな?

 

『戸羽、我王! 古詠未に変な真似するなよっ? もしもプツンッ……』

「あ、はい。なんか混線してたみたいですね?」

 

 桜花ねー様をミュートして、と。

 さすがに何度も来られると面倒だし。

 

「お、おい。いいのか義妹として」

「ねー様は少しアレなので、このくらいでちょうどいいかと」

「愛のカタチは人それぞれ。いいのですよ」

 

 あっさり切りおった(笑)

 全部喋らせてあげてよぉw

 うえーん 十六夜桜花

 ねー様、もう少し落着こうね

 なんだかゲストがもう一人いるみたいだねw

 

 うむ。だが、せっかくの男祭りを邪魔させるわけにはいかん。ここは毅然としてねー様を排除しよう。

 

「では、気を取り直して次のマロ。これは配信してから来たホヤホヤですね」

 

 

 

 こんよみ、おとばんわ、紅蓮のry

皆さんは普段はどうしていますか?昼間の行動なんかはどうなさっているのでしょうか。ちなみに僕は学生なので学校と部活がメインです。 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「僕は三年なので受験勉強漬けです」

「いや、そんなリアルな話とか……」

「我王くん、キャラ変わってますよ?」

「ちょ、ちょっと取り乱しただけである!」

「学部はどこを狙ってますか?」

「僕は人の観察が好きなので文化人類学を志望しています」

「ふ、ふーん……」

「乙葉さんはよくVtuberなんてやる気になりましたね? 受験、お忙しいでしょうに」

「忙しいから、ですよ。息抜きも出来ないのは辛いので。趣味の料理や裁縫の話とか出来ればいいかな、的な感じでした」

「なるほど〜。世知辛いッスね〜」

「おかげさまで、今は楽しい毎日です」

 

 日がな一日勉強漬けの毎日という、かつての自分が通った道を思い出す。なんだか監禁されてVtuberを始めさせられた自分と被る気がした。

 

「乙葉さんは料理がご趣味だとか。今度、そちらの配信にお邪魔しても宜しいですか?」

「それはもちろん。アーカイブで見ましたけどなかなかな包丁捌きでしたね」

「あ、ありがとうございますっ」

 

 お、こよみん声が上ずった

 優しいお兄さんに当てられちゃったかぁーw

 ……とば。てめえ…… 十六夜桜花

 キャラ崩壊待ったなしw

 声なくてよかったね、ねー様

 すごい低い声出してそう。逆に聞きたい

 

 誉められて嬉しいのは当たり前なんだが。

 しかし外野はそこに何かあると考えるようだ。

 まあ、その方が面白いんだろうね。

 

「では、我王くんはどうですか?」

「今生では我も学生の身分でな。毎日下らぬ勉強に明け暮れておるわ」

「得意な科目とかありますか?」

「強いて言えば現代文か。我は自らの古き言葉を覚えておるからな。今生での言葉を学ぶのは面白い」

「そういえば、即興詠唱が得意と伺ってます」

「うむ。聞きたいか? しょうがないなぁ!」

「僕はちょっとお茶を飲んできますね」

 

 さらっと退席したぞ、乙葉w

 同期故に対処は心得ているな

 そのフリはしちゃダメだ、こよみん

 

 とはいえ、コラボに呼んだのに相手が気持ちよく帰って頂かないとホストとしては失格だ。

 ここは彼の詠唱を聞かねばならない。

 

 それに、俺だって男である。

 厨ニの心は理解できるが、それを公言するのは世間体があって難しい。全力全開でかましてくれる(おとこ)がいるなら、黙ってみているくらいなんてことはない。

 

 

「夜より深き闇の果てに燃える地獄の業火よ。我が求めに応じて今世に顕現せよ。我の名は漆黒の闇の王にして、地獄よりの帰還者なり。我の命により生きとし生けるもの全てを灰燼に帰し、魂すらも砕き、存在すらも残さぬよう燃やし尽くせ……」

 

「おおっ」

 

 恥ずかしげもなく高らかに唱えるその声に、俺のテンションが上がっていた。

 

 古詠未ちゃん、喜んでる?

 意外だ……

 いや、心はおっさんと言っていたし

 ちなおっさんだが、厨ニはムリ

 学生時代の自分を見るようでツライ

 あれ? ノイズ?

 

 そこで俺は気が付いた。

 webカメラの前に小さな火の玉が出来ていたのだ。音声にもパチパチとノイズが乗っている。

 

『こよみさん、マズいですっ! 配信を切って下さい!』

「えっ? いきなり終われって……」

『このままじゃ発動します! 被害が出ますよ?』

「えー、とちょっと早いですが今日はこの辺でお別れです! ばいありー!!」

 

 ばいありー

 我王君まだ喋ってるけどw

 ぶった切りこそ、我王のあしらい方よ

 黒猫にも切られてたよな……

 我王カワイソス

 こよみん、おつかれー♪

 ばいありー

 

 

 

 

 

 

 タブを閉じて、配信を止める。

 すると、目の前に出来ていた火の玉もかき消えるように無くなり、ノイズは当然のように静まった。

 

 

「……なんなの、コレ」

『通信にのせている魔力に、彼の術式が干渉したようですね。攻撃呪文を遠隔で発動とか、並の術者じゃないですよ』

「えっ?」

 

 何だかアイリスが変な事を言っている。

 

 それはつまり。

 

『我王神太刀は天才的な術者です。本人に自覚は無いようですが』

 

 

 ……良かったね。我王くん。

 

 君はれっきとした魔術師だったよ。

 

 

 

 

「おいっ、また途中で切られたぞ!」

「ある意味、君へのお約束なのかもしれませんね」

「信じてたのにっ!」

「無理でしょうねえ」

「ぬうぅ……」

 

 あの後こんな会話をしていたらしい。

 ほんと、ゴメンね(__)

 

 




 話してる最中に配信が切られるのがお約束になりつつある我王君でした。……ひでぇw


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16 鳴かなきゃ和了れない麻雀大会 その1

 配信回ですが、少し唐突。

 タイトル変更の件ですが、一応『そのままでいい』が多いようなのでそのままにします。
 ただ、タグの『監禁』というワードは外しておきます。
 お騒がせして、申し訳ありませんでした
 m(_ _)m


 では、本編へどうぞー♪



「第一回。鳴かないと上がれない麻雀大会っ はっじまるよー♪」

 

 

 来宮きりんさんの号令に、配信中のみんなが思い思いに声を上げて盛り上げる。

 あるてまのイベント、『鳴かないと上がれない麻雀大会』

 なのにオレが混じって声を上げているのは多少の理由がある。

 

 

 

 元々一期生二期生合わせて十五人。四人ずつの卓を囲むにはひとり足りない。本来、そこに個人Vの立花アスカが参加する事になっていた。

 

 俺は単純にリスナーとして楽しみにしていたのだが、ここで問題が勃発。

 

「箱庭にわが逃げた?」

マネージャーをまいて姿を消したらしいの

「それは、大変ッスね……一卓三麻?」

まあ、それでもいいけど……桜花さんがね。是非ともあなたを招待しようって

「ねーさま……」

 

 

 みんなに迷惑をかけてはいけないとあれほど言ったのに。

 

アスカちゃんもいるから、ゲスト一人で浮く事も無いし。良かったら、参加してみない?

「一応、運営に聞いてみます。折り返しかけますんで」

うん、ゴメンね

「結さんが謝ることじゃないッスよ。それじゃまた」

 

 RINEを切り、そのままフェティダへとかける。実は取締役なのに、俺のマネージャーも兼任しているらしい。

 そんなミラクルな会社、こっちには無いってツッコんだら『お手間を減らすのが最大の職務です』と返された。

 ……なんだか、すぱしーばの連中は俺を国王とか殿上人とかと勘違いしてやしないか?

 

 まあ、いまはどうでもいい。

 

もしもし、莉姫(レキ)様。どうかなさいましたか?

「ああ、フェティダ。実は……」

 

 かいつまんで話すと、彼女はすぐに許可をくれた。今まで彼女がこちらの行動を掣肘する事はないので心配はしてなかったけど、やはりあっさり。

 

 この間適当に名乗った莉姫(レキ)という名前を教えたら、合体中はそう呼びましょうと決められた。

 

 たしかに分けた方が分かりやすいけどさ。

 

「一応、そっちから運営に連絡は入れておいて」

承知しました

 

 

 さて。結さんに連絡したら、準備しないと。

 開催は早めの十九時だけど、かなり遅くなりそうだ。

 

「プリムラ。悪いんだけど、おむすび作ってくれ。二つ……いや、三つくらい」

「具は何になさいますか?」

「任せるよー」

「では、梅と鮭、後は照り焼きチキンなどにしますが」

「お、異色おむすびだな?」

「今晩のおかずが照り焼きチキンなので。莉姫(レキ)さまの分は冷蔵庫にしまっておきます」

「いつも悪い」

「これが務めです」

 

 ぺこりとお辞儀をして台所に戻るプリムラ。

 俺は部屋の中に転がっているものを足でつつく。

 

「にゃっ? レキさま、お行儀わるーい」

「野郎の部屋でごろ寝しながら携帯ゲーム(スナッチ)してる奴にゃあ言われたくないなぁ」

 

 ダマスケナは料理はダメだが、それ以外の家事は得意らしい。だけど、ココには掃除機、洗濯機があり、裁縫もミシンとかあるので彼女の腕の振るう場がかなり少なかったりする。

 

 そんな理由から姉よりもやや自由に振る舞う事が多いのだけど、最近はかなり緩くなっている気がする。

 今もミニのスカートなのに床に寝転がってたりするので目のやり場に困るのだが……実は俺も慣れてきたらしく。あんまり気にしなくなってきている。

 

 とはいえ行儀が悪いのに違いはないので、引っ張り上げて立たせる。俺の方が小さいから、力づくは無理なんだけど。

 

「もう、レキさまお姉さまみたい」

「プリムラはもっと叱ると思うけどな」

「……はい、そうですね」

 

 あ、目が死んだ。

 俺の注意ですんで良かったな。

 

「ともかく、今日は長丁場になるから部屋に戻ってくれ」

「閉鎖するの?」

「配信だからそのままだよ。でも、邪魔したらプリムラに言いつける」

「む……はぁい」

 

 携帯ゲームを持ってそのまま退出するダマスケナを見送ってからPCの設定を確認していく。

 

『──慣れってこわいなぁ』

 

 操作をしながらつくづく思う。

 ちょっと前まで年頃の女の子を部屋に入れるなんて、妹くらいしかいなかったし。それだって泊まりに来る時が精々だ。年に一回くらいのイベントだし、家族なので妙な感情なんて抱く訳もない。

 

 そんな枯れた生活をしていた俺が、二人の美女、いや美少女の方が正しいな。そんな二人がすぐ側で生活しているという環境に、ひと月も経たずに慣れ始めているのだ。

 

 女の子(レキ)として接している事が多いので間違いは起こらないけど、一つ間違えば責任問題になりかねない。彼女達は仕事で来ているだけで、俺に惚れてる訳ではない。

 信頼を失くすような事だけは起こさないようにしないと。

 

 改めて、肝に銘じておこう。

 

……やっぱりもう少し浅くした方がいいかも

「お前もそう思うかー。レキの声ってよく通るからコンプレッサーかけ過ぎるとやかましくなっちゃうんだよな。かけなきゃ歯擦音がうるさいし」

あー、うん。今度音響系のスタッフに聞いてみたら?

「そっか。すぱしーばに聞けば良かったのか」

やれやれ……

 

 まあ今からは無理だろうから、今日は弱目にかけて誤魔化そう。大きな声でわめかなければ、そこまでひどくはならないと思う。

 

 そんなこんなで、大会が始まった。

 

 

 

 

予選、Aブロックはあるてま勢だけ。世良祭、我王神太刀、リース=エル=リスリット、シャネルカ=ラビリットの四人です。解説の神夜姫咲夜さん、どうでしょう?

そうじゃな。ま、シャネルカはムリじゃろ。今日ようやく和了る事が出来たようじゃからな

え……?

 

 マジか……

『鳴かないと和了れない』ってルールなんだけど。たしか大会ルールで和了っちゃうとチョンボ扱い。満貫払いになる。

 

『出たら鳴かなきゃいけない』ルールの場合、鳴けない状況なら和了れるのだ。ダマでもいいし、立直をかけるのだって出来る。もちろんそんな上手くはいかない。

 

 オレが見た配信では、阿鼻叫喚の様相を呈していた。上手いやつほど沼にハマるようにすら見えた。

 

「その点、手作りが上手い奴にはなんら問題ないんだけど。素人さんには重いと思うよ」

こよみさん。ないすじょーく♪

 

……そんなつもりなかったんだけど

 

 人を寒いおっさんのように言うのはどうなのか。こっちはぴちぴちのJCだぞ。見た目だけだけど(笑)

 

 

 それはともかく。

 この一戦目は要観察だ。

 どんな感じになるのか、すごい気になる。

 参考資料は大事だからな。

 

 さて、どうなりますやら。

 

 

 

 

 東家 我王神太刀

 南家 世良祭

 西家 リース=エル=リスリット

 北家 シャネルカ=ラビリット

 

 ちなみに時間の関係で東風戦。

 

 

 

東一局

 

配牌では祭ちゃんが良さそうですね。対子(トイツ)三つでその内ドラが二枚。シャネルカも現時点で風牌暗刻は有り難い!

我王は、国士でもやれと言わんばかりじゃなあ。リースは、平和(ピンフ)狙いなら悪くないのう。まあ、双方ともにこのルールじゃと無理だがな

 

自摸っ 和了ですのーっ』

ブッブー。シャネルカ、チョンボ

な、なんでですのー?

 

 調子よく聴牌して引いてきたシャネルカ。

 自摸、東、ドラ一の三翻だ。

 普通なら問題ないが、今回のルールでは残念ながらチョンボ扱いになってしまう。

 自分の点数がポコポコ減っていくのをシャネルカが眺めている。

 

? ?

 

シャネルカ選手、なぜチョンボだったのか首を傾げてます

きちんと説明したつもりじゃったんだがなぁ

我王君が何とか説明して、ようやく分かったようです

 

なるほど! 泣かないといけなかったんですね?

あ、ああ(……ちゃんと伝わった、よな?)

 

 我王神太刀       29000

 世良祭         27000

 リース=エル=リスリット 27000

 シャネルカ=ラビリット 17000

 

 

 

東二局

 

うえーん、うえーん。ツモですぅー

ブッブー。シャネルカ、チョンボ

な、なんでぇっ? ちゃんと泣いたのにっ

 

「ああ……なんつー、古典的な」

 

 字が違うとか、声色だけで判断出来ないもんな。

 

ぷ、ちょっ……ま、しゃねるか……

えー……珍しいことに。神夜姫様がガチ笑いです。レア映像だよね?

 

……シャネルカ、どんまい

Thank you,祭さん! まだまだコレからですっ

 

 我王神太刀       31000

 世良祭         31000

 リース=エル=リスリット 29000

 シャネルカ=ラビリット 9000

 

 

 

東三局

 

 ここに来て皆、手が止まったように見えた。

 リースが気合を入れていたものの振るわず、親が流された。なんもせんでも四千点増えてるけど、我王と世良はそれより多い。

 聴牌は世良のみだったので暫定トップは彼女になった、

 

 東三局が流れて、場棒が一つ付く。

 シャネルカは飛ぶ可能性もあったが、オーラスの親番まで首を繋いだ。

 上位三人の点数は僅差だ。

 何がどうなるのかは、まだ分からない。

 

 我王神太刀       30000

 世良祭         33000

 リース=エル=リスリット 28000

 シャネルカ=ラビリット 8000

 

 

東四局一本場(オーラス)

 

ポン

 

リース選手、東をポン!

 

ポン。闇には相応しくないが

 

その捨て牌の白を我王選手がポン!

どちらも特急券じゃな。このルール、後付けはアリなので前の七萬を鳴いておけば良かろうに

 

 手を進めると言う意味ではその方が正しいし、これは鳴かないと和了れないルールだ。

 我王くんはわりと臨機応変が苦手なのかもしれない。

 

四索、チーです!

 

……? 二三四の索子、ですが。これはどういう……

くく。大方、鳴けば和了れると思って鳴いてみたのじゃろう

 

 

 神夜姫さんの笑うのも分かる。一萬の暗刻と五六七の索子、後は筒子の一二、七八。

 

 役が無いのだ。

 

 索子に染めるのは難しい。

 筒子のどこかがくっつく方が早いかもしれないし、上手く伸びても今度は一萬暗刻が邪魔になる。タンヤオも同様だし、チャンタはこの形で鳴いたせいでムリ。一気通貫も望めないし、三色もあり得なさそうだ。

 

 この一萬暗刻を始末すれば行けるかもしれないけど、それでも運の要素が強い。さらにこの一萬はドラだったりする。迂闊な処理は出来ない。

 

 そのまま巡目は進む。

 シャネルカは二筒を引いて一索切り。

 形は整って六九筒待ちだが、役は未だない。

 ところが次の自摸でラスの一萬を引いた。

 

? カンですっ

うえっ?

ちょ……

うお、それドラ……

 

 

 槓ドラに関してはゲームの性質上、即めくる仕様だ。出た牌はなんと九萬! そして、彼女の手には。

 

和了ました! ん、で。なんて読むんです、これ

嶺上開花(リンシャンカイホウ)、だと……?

ふえ?

雀鬼?……

 

 役が無くても和了れる事はある。

 その一つがコレなのだが……マジか。

 

 嶺上開花 一翻

 ドラ   八翻

 一本場

 

 倍満   二万四千三百点

 

 

 

 最終的な順位はこうなった。

 

 四位 リース=エル=リスリット 19900 

 三位 我王神太刀       21900

 二位 世良祭         24900

 一位 シャネルカ=ラビリット 32300

 

 

なんじゃ、こりゃあ? はっはっはっぁ

え〜と……シャネルカ無双、なAブロックでした

 

いえっえーいっ! 神夜姫さん、見てましたぁ? わたし勝ちましたよー!

……山頂の花を摘み取るとは

楽しかった

こ、このワタシがっ、四位……? (ガクッ)

 

 

 

 うわあ……、

 鬼のようなツキしてんなぁ、シャネルカ。

 姫穣が愕然としてるけど、最終的には二万点を切ってあるとはいえ、可哀相かもな。

 

 ちょっと遊んでいこうかなんて気分、吹き飛んだよ……能力者麻雀とか、やったことないんスけど。

 

 逆に少し喜んでいるオレもいたりするけど。

 

「へへ……もっと強い奴、いるのかな?」

『昏い笑いかた、意外とイイですねぇ』

 

 




 当方、麻雀牌を久しく触っておらず詳しい打ち方とか一家言あるような人間でもありません。
よって、雰囲気を楽しんで頂ければ良いかな、というスタンスです。

追記

 チョンボの計算間違いをしていました。
 すみませんでした。


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17 鳴かなきゃ和了れない麻雀大会 その2

 予選全部やるの少しキツくなってきたかも(笑)
でもあれこれ考えるのも楽しかったりします。


 実況解説席から来宮きりんがログアウトして、結さんがインした。

 

きりんさんはBグループなので実況はわたし、夏波結に代わります。神夜姫さん、よろしくお願いします

咲夜姉様、と呼んでも良いと言っておるのに

わ、わたしは義妹(スール)とか、興味ありませんので

ん? そういえば、(くだり)(わらべ)も参加しておったのう。桜花がキャンキャン煩かったが……妾はあんな関係は望まぬから安心せい

あ、あの。すみません、早合点して

妾は強引に奪うのも好きなのでな♡

 

 そう言うと、結のアバターに手を伸ばしてその頬を撫であげるように動かす。

 

きゃ、なに?

ほほう。桜花の言うとおりじゃな?

 

 そう言って神夜姫咲夜は、こちらを見つめる。カメラを見ているだけの筈だが、妙に圧力を感じた。

 

えっと、どういう……

なに。めいんが多すぎて困っただけじゃ

……?

 

 

 あの神夜姫とかいうおばさん。

 かなり打つ感じだな。

 願わくばシャネルカみたいな能力者っぽい事しない正統派でいて欲しい。

 

やっぱり浸潤させ過ぎたかな?

 

 アイリスがブツブツ言ってるけど無視して画面に集中する。

 

 

 

 予選Bグループは、一人目のゲストがいる。個人ミャーチューバーの立花アスカだ。他は来宮きりん、終理永歌。

 そして俺の最推し、黒猫燦。

 

ア、アスカちゃんと麻雀。なんで、戦わなきゃイケナイの……

私は大丈夫だよ! 胸を借りますねっ!

ど、どうぞっ!! 好きなように、イジって、いいんだよ?

もうっ、燦ちゃん! そんなこと言ったらダメだよー

 

 二人の世界を構築して、きりんと永歌は固まっている。コメント欄では『いい加減にしろ』とか『無い胸は弄れない』とかガンガン加速している。

 

 あらためて黒猫のこの吸引力は凄い、と思う。周りの空気というか、興味というか。そういったものを集めてしまうのだ。

 

 これで陰キャぼっちとか、悪い冗談だ。

 コミュ障なのが災いして、周囲の目というのが見えていないのだと思う。

 えてして、自分の事を一番知らないのは自分だったりするのだ。

 

はぁ……

いや、なんでお前ため息つくの?

いいえ、別に

 

 よく分からん。なんか気ぃ悪くする事言ったかな? ま、いいか。とりあえずコッチに集中。

 

Bグループ

 

 東家 来宮きりん

 南家 立花アスカ

 西家 黒猫燦

 北家 終理永歌

 

 

東一局

 

さて、神夜姫様? 注目はどの選手でしょうか

順当に考えればきりんかの。妾は何度か打っておるゆえ、基礎は高い。他の者とは打ったことが無いのでな

なるほど

どのように打つかはこの場で分かるのでな。寸評はそれからにしよう

分かりました。出親のきりん選手、配牌はそれほど悪くないように見えます

 

 きりんとアスカの手はたしかにいいが、どちらも門前の方が高くなる手だ。意識の切り分け

が出来ているかどうかが鍵かも。残り二人の陰キャ組は、なるほどバラバラで形が悪い。時間が掛かりそうな感じ。

 

二筒、チーします

 

きりん選手、上家の永歌選手の捨て牌をチー。タンヤオ狙いですね

流れが速いと見たのじゃろう。喰いタンありの鳴き麻雀では鉄板じゃ

おっと間の三索を引いてテンパイしたアスカ選手! 引きがイイです

 

きた、立直(リーチ)

あ、ダメだアスカちゃん!

え?

 

おーっと、立花アスカリーチ! あれ? これ立直かかるんですか?

暗槓(アンカン)の時にかけられるからの。和了らなければチョンボにはならんから和了り放棄なら流局まで粘って聴牌で済むかもしれんぞ?

……生殺しですね。

そういうルールだ。致し方あるまいのう

 

そ、そんなあ……

おい、運営! こんなのやり直しだろ?

黒猫選手、闘牌中の私語は謹んで下さい

な、……ゆいまで敵なのかよ……

 

アスカちゃんのミスでしょ? それより私語!

 

ぴいっ?

いいよ、燦ちゃん。わたし平気だから!

アスカちゃん……ええ子や

 

 なにこの三文芝居。

 結さん、微妙な表情で固まってるじゃん。

 同世代といちゃいちゃするより、結さん大事にしろよと最近は思うようになってきた。

 

嫉妬……ですか?

え? 俺が? 誰に?

黒猫さんに、こよみさんがですよ。結さん

(ないがし)ろにしてる黒猫さんの事、気に入らないんでしょ?』

そんなわけ無いだろ。親を大事にしろってだけだよ

あの二人は仮想親子なんだから、あるわけないでしょ、そんな感情

 

 困りかねた者に手を差し伸べる結に、それに縋った燦。たとえ血が繋がらなくても、そこに思慕の情はあったはずだ。

 だがアイリスは納得しないようだ。

 

もし、そうだとして。親子と恋人は違うわ。恋する相手がいたら、父や母は二の次になるものよ?

それはそうかも、だけど

 

 

 ふと。そんな姿が頭に浮かんだ。

 

 結が寂しそうに見つめる先にアスカと燦が仲良く話している、そんな風景。

 

 だけど、次第にそれは違う姿に変わる。

 

 燦が見知らぬ少年に。アスカがアバターの姫乃古詠未のように。そして、結の姿も変わる。

 

 それは……

 

 

 『あー、出ちゃった〜!

 ブッブー。立花、チョンボ

 『満貫まで伸びないし、有り難いけど複雑な気分

 

 気がつけば、来宮きりんがアスカに放銃していた。キャンセルって出るのに律儀にチョンボにしちゃうアスカ。せめて親でも流したいと考えたのかもしれないけど。

 

 『あの手からタンヤオ、ドラ一、赤五(あかウー)一の三翻まで育ててたのだから、その気持ちは分かるのう

 『さくさく引っ張ってきましたね

 『自分で上がると連荘も付く。アスカにしてやられたな

 『和了放棄をしなかった理由がソレですか

 『強気に考えればじゃが……天然かもしれんな。いずれにせよ、可愛いだけが売りではなさそうだの

 

 ちなみに闘牌中は自身のリスナーとすら接触できなくなっている。いつもの配信とは一線を画した難易度と言える。

 アスカは大きく減らしたが、次は親番。挽回に期待したい。

 

 来宮きりん  33000

 立花アスカ  17000

 黒猫燦    25000

 終理永歌   25000

 

 

東二局

 

 『ふむ。アスカは本当に配牌が良いな。門前でやりたいだろうの

 『順当にタンピンの一向聴ですからね

 『鳴くとピンフは成立しないし、ドラも赤五も無いのでは一翻じゃ。それでも親なら行くべきじゃがな

 

 『それ、ポン

 

 『下家の黒猫選手、八筒をポン。こちらもタンヤオ狙いですかね

 『ふむ、終理め。いつの間にか西の対子があるな。混一色狙いが崩れてもリカバリー出来そうだの

 

 元来染め手は悟られやすいが、狙えるならやるべきだ。自家風を鳴ければ一翻上がるし。

 

 『萬子の染め手ですね。上家の黒猫選手が萬子、ダブつくと出そうなので、注意が必要ですよ

 『対してきりんは、あまり振るわないの。けち、ついたからか?

 『幺九牌を集めてるというと、チャンタですね?

 『他がタンヤオで染めてくるなら出てくる牌は端の方じゃからな。貪欲に混老頭まで伸びればよしじゃ。周りを良く見ておるの

 『あ、黒猫選手、アスカ選手のアタリ牌を捨てました

 

 『うーん

 

 『まあ、和了りませんよね

 『チョンボじゃからな。しかし今の逡巡は良くないの

 『それは……あ、なるほど

 『親がすでに良型で聴牌している事がバレた可能性がある。特にきりんは見逃す筈が無い

 『と言う事は?

 『そこまでは解説したくないのうw

 

 親は連荘出来るけど、子は連荘出来ない。子は基本的に親を流す事を考えるものだ。ましてきりんさんは現在トップで親は無い。低い点数でさっさと終わらせたいだろう。

 

 『きりん先輩、ポンです

 『一萬チー

 

 『おっと黒猫選手、八索ポン。その捨て牌の一萬を永歌選手が鳴く

 『他に上がらせてキックする気じゃな

 

 案の定、切り替えてる間に黒猫がタンヤオドラ一で上がり、二翻1000、500。

 きりんの笑顔が清々しくて怖い。

 

 『ご、ゴメンね。アスカちゃんの親流しちゃって……

 『大丈夫だよ? 勝負なんだし。燦ちゃんガンバッテ!

 

 アスカの笑顔には黒い物が見えないのでこちらは素のようだ。天使って意外といるな。 

 

 来宮きりん  32500

 立花アスカ  16000

 黒猫燦    27000

 終理永歌   24500

 

 

東三局

 

 『配牌は相変わらず調子の良いアスカ選手。早々に清一色まで狙えそうなくらい真っ赤ですね

 『積極的に鳴いて行くべきじゃの

 『きりん選手には東の対子があり、永歌選手は中と白が二枚ずつ、発も一枚ある。これは大三元狙いか?

 

 苦笑する神夜姫さんの気持ちはよく分かる。

 この局面は良くて小三元、下手すれば中か白の絡んだ混一色だろう。

 それにしても、アスカもそうだがこの終理永歌というのも引きがいい。配牌時はなんてことないのにいつの間にか手が揃っている。

 

 『にゃああ……

 『黒猫選手、微妙な手牌ですね

 『幺九牌ばかりならチャンタを目指せようが索子の真ん中辺りも固まっておる。タンヤオとチャンタは真逆だから、見誤ると痛い目を見るの

 

 どちらも取れないなら、索子の面子を大事にしたいだろう。チャンタは発展性が些か狭い。

 

 『東ポンだよっ

 

 『場風牌を鳴いたきりん選手。一向聴です

 『は、速い……通常の三倍だと?

 『赤い彗星のきりん……プ

 

 『私語は謹んで下さいっ

 

 結局、きりんが東のみで上がり1000点で500、300のゴミ手。徹底してるな。

 

 来宮きりん  33500

 立花アスカ  15700

 黒猫燦    26500

 終理永歌   24200

 

 

東四局

 

 

 『早くもオーラス。現在トップはきりん選手だが、ドベのアスカ選手との差は18000点近くあります

 『満貫直撃でも逆転はムリ。そして、この大会ルールだと跳満なんてなかなか出るもんじゃないしの

 『Aグループ、あっさり倍満出てましたけどね

 『あれはバグ兎のせいじゃ。マンガみたいじゃったものな

 『そうなると残る黒猫選手と終理選手は如何ですか?

 『どちらも満貫ツモで逆転は可能じゃ。しかし終理が有利かの?

 

 親ゆえに、軽い手を繋げる手もある。対して黒猫は満貫手をツモるか、きりんから三十符三翻以上を直撃するか。難易度は格段に違う。

 

 鳴くというのは手牌の幅は狭めていくが、面子を揃えるという意味では有効だ。麻雀は四面子対子一つを揃えるゲームだから、一つ揃えば後三つで済む。二つなら残り面子二つで構わなくなる。

 

 『チーにゃ。ふひひ、アスカちゃんの萬子……

 『燦ちゃん、言い方ぁっ(〃∇〃)

 

 『私語は、謹んで、ね

 『切り抜き班、ちゃんと仕事せぇよ?

 

 セクハラはともかく、萬子の九を鳴いた黒猫。狙いは純チャン三色同順辺りか。ドラ周辺の順子があるから引いてくれば満貫手まで伸びる。攻めていくな、この猫。

 

 『きりんさん、西ポンです

 

 『混一色かの。まあ手元の白が重なれば拘らなくても良くなる。いい鳴きじゃな

 

 『五萬、チー

 

 『きりん選手、四六を倒して八筒切り

 

 中盤に差し掛かり、アスカが喜色を取り戻す。

 

 『! 九筒、カンですっ

 

 『アスカ選手、ツモった九筒でアンカン!

 

 『キテます。立直!

 

 『ほほう、やりおるな。このルールで立直。しかもメン混ドラ一の満貫手。裏が乗れば跳満までいくのぅ

 

 『そんなぁ……

 

 『九筒の目が消えて純チャン三色同順は無理よの。これは間に合わんな

 

 黒猫の目を潰しつつ一気呵成の大博打。

 アスカが輝いている瞬間だ。

 

 だが、それでもこの点差は埋められない。

 裏が三つ以上乗ればツモ和了でようやく逆転可能だけど……有り得そうだから怖いな。

 また裏が一つも乗らないと、きりんさんに直撃しても逆転はない。

 

 『ツモ。混一色、白、ドラ一……

 

 『親の終理選手、四十符三翻で7700、2600オールで上がりました!

 

 『あーっ!

 

 来宮きりんの声が響く。

 

 来宮きりん  30900

 立花アスカ  13100

 黒猫燦    23900

 終理永歌   31900

 

 『予選Bグループは終理永歌選手に決まりましたーっ

 『大コケもせず、きちんと和了る。模範的な打ち方じゃったの

 

 『やっぱり親番で連荘出来なかったのがイタイ……

 『ご、ゴメンなさいっ

 『勝負は時の運。仕方ないニャ

 『黒猫ちゃん、よく言えるね〜。九筒潰された時のこと、忘れた?

 『あうう……

 『そ、それでも。アスカちゃんが大好きにゃ!

 『燦ちゃん……(*´ェ`*)ポッ

 『アマーいっ!

 

 『以上、Bグループ予選をお届けしましたっ!

 

 『ぶい……

 

 

 ヤケクソ気味の結さんの声の側でVサインを出す終理永歌が、少し楽しげに微笑んでいた。

 

わりと厄介なタイプだな

そうですか? 地味というか目立たない感じですけど

だからだよ。アイツが聴牌するまで、他の奴はほとんど警戒してなかったんだ

そんな、事が?

要所要所で気付いてるけど、意識が外れる時があるんだ

 

 要注意だな、終理永歌。

 だが、数瞬で彼女の事を忘れて愕然とする事になったのは、あとの話である。

 




 何度も計算したりしてます。ミスがあったら指摘してクレメンス(笑)
黒猫さんはラックが低いイメージ(ひどい)


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18 鳴かなきゃ和了れない麻雀大会 その3

 長めです。ご注意下さい。


 実況席に来宮きりんが戻ってくる。

 

残念じゃったのう

永歌ちゃん、読みづら過ぎだよぅ

お疲れ様です、きりんさん

二人とも頑張ってね〜

 

 と言って二人を送り出すきりんさん。そこに通話が入ってきた。

 

どうしました? きりん先輩

コッチ、おいで♪

 

 ……ええ? 何言ってんの、この人。

 

解説がいないの。キミ、テーブルゲーム好きなんでしょ?

あんな適当な公式設定、拾わないで下さい

それに、気になるでしょ?

……なにが、ですか?

ねー様と結ちゃんの対局だよ? 気にならないの?

 

 前々から思っていたけど、この人は人の関係に対してストレート過ぎる。付き合っちゃえとか平気で言っちゃうし、頭が軽い女子みたいだぞ? 麻雀打ってる時みたくクレバーになって欲しい。

 

い、いいんですか? 部外者が解説なんて……

うちの認識から言うと、キミはもう仲間だよ? 友達の友達は皆、友達ってね

……僕はツッコんだらダメな設定なんですけど、あんまり言わないほうが……

あっ! そうだね、失敬しっけい♪ で、どう?

 

 おちゃらけた態度から一転して真面目に聞いてくる。こういう聞き方はずるいと思った。

 

わかりましたよ……

ありがと、さんきゅー♪

 

 

 

 『予選Cグループの対局がそろそろ始まります。実況は戻って参りました来宮きりんです。そして、解説には、な、ナントびっくりゲストの姫乃古詠未ちゃんをお呼びしております!

 『あ、あー……初めまして。姫乃古詠未と言います

 『古詠未ちゃんは麻雀、得意ですか?

 『ま、まあ……好きではあります

 『あんまり固くならないでね。思った通りに言ってくれればいいからねー

 

 押しも強いけど、こういった後輩への気配りが出来るのが彼女の強みだ。

 

 『さて、Cグループのメンツはこんな感じです。一期生二期生二人ずつだけど、古詠未ちゃん的にはどう思う?

 「あ、と。桜花ねー様には頑張って欲しいですね。気合入れて配信してましたし

 『私も見てたよ〜。古詠未ちゃんに怒られて、しょげる桜花ちゃん。良かったよぅ♪

 「そ、そうですか?

 

 あれ? この人、少しSっ気あるのかな?

 若干の身の危険を感じたけど。

 

 『桜花ちゃんもゲーム好きだけど、ウチのアルマもなかなか強いんだ

 「では、きりん先輩はアルマ先輩が勝つと考えているんですか?

 『いやー、神夜姫さんでしょ、たぶん

 

 やっぱりね。

 そういう所は冷静なんだ。

 

 『気になると言えば、結ちゃんかな?

 「え、マジですか?

 『この中に放り込まれて可哀想だなって

 「あー……それは、そうですね

 

 桜花ねー様はことゲームに関してはガチ勢なので、打ち筋は安定していて強い。それに良いところを見せたいからって自身の配信で何度も練習をするほどだ。このルールの定石はすでに把握している筈。

 

 朱音アルマ先輩もゲームに対する姿勢は真摯であり、おそらくは並ではないかと思われる。こちらはわざわざ対策を見せてくるような真似をしてないのでさらに厄介か。

 

 さらに、神夜姫咲夜もいる。解説で広げていたその知識は経験に裏打ちされた確かなモノだと、俺は感じた。たぶん雀力なるモノが数値されるなら彼女が、一番高いと予想できる。

 

 そんな中、結さんが善戦できるとはとても思えない。

 ゲームをあまりやらないタイプな事もあってほぼ初心者なのではなかろうか。

 

 「健闘を祈ります

 『……本当に子供らしくない。お姉さんは、悲しいっ!

 「えっ?

 

 え、なに言ってんの、この人?

 そう言うと古詠未のアバターを引き寄せてしまう。うお、なんだこれ? あったかくていい匂いがするっ?

 

 『気を遣ったり、様子なんて見なくていいの。子供はのびのび育つのが一番なんだから♪

 『ちょちょちょ、離して下さい! 困りますっ

 『あー、本当にへんな感じがするぅ。画面越しの筈なのに、古詠未ちゃんがそばにいるみたい〜

 『離せっ

 『あうんっ!

 

 無理やり手を顔面に置いて引き離す。

 きりんのアバターが向こうでぷるぷる震えてるけど、知ったことではない。

 

 『悪ふざけするなら帰ります!

 『あーん、ゴメンね。可愛くて、つい

 (*ノω・*)テヘ』

 『まったく……

 

 そんなこんなで、Cグループの対局が始まった。

 

 

 

 

東家 十六夜桜花

南家 神夜姫咲夜

西家 夏波結

北家 朱音アルマ

 

 

東一局

 

 『起家(チーチャ)は十六夜桜花ちゃん。古詠未ちゃんのおねーさまです

 『その説明だと本当の姉妹のように聞こえますっ ねー様はあくまで義兄弟のようなモノです。例えれば、桃園の誓いのような!

 『いきなり男臭い例えに、さすがのきりんさんもドン引きでーす

 『で、でも。そんなものです、よね?

 『それはともかく、みんなの手牌の状態を軽く解説、お願いします

 

 この……先輩だけあってやりづらい事!

 でも、来宮きりんという人は周囲への気配りとVtuberという仕事に対して真摯に向き合う人な筈だ。仕事を振るという事に異論は無いので答えていくとしよう。

 

 『一番速そうなのは桜花選手で中張牌で既に二面子が出来てます。次に手の速そうなのは夏波結選手ですね。東と南の対子があるので特急券が使えます。朱音アルマ選手は萬子の染め手が近そうですが、東と南が一枚ずつあるのが少し気になります。神夜姫咲夜選手は、手が遅くなりそうな雰囲気です。チャンタを目指しつつ流動的な対応を迫られそうですね

 

 よし、こんなものかな?

 なんだかきりんさんがこっちを見て笑ってるけど……なんか間違いました?

 

 『いや、全然。ていうか、マトモな解説になるとは思わなかった

 『……なんだか、スミマセン

 『いやいや、落ち込まないで? 別にボケろって言ったわけじゃないから

 

 ココロはおっさんだと公言してる筈なのに。

 そこに、アイリスの声が聞こえてきた。

 

こよみさん、黒猫さんも時々そんな事言ってますけど。あの子、おっさんだと思いますか?

 

 ……え? そんなわけ無いだろ。

 あんなかわいい声しておっさんとか両声類とかってレベルじゃないぞ?

 

そういう事ですよ。ほんと、自分の事は分からないんですね

 

 ……解せないけど、言いたい事は分かった。

 俺が悩んでいる最中も、対局は続いている。

 

 『チーじゃな

 

 『神夜姫選手、萬子の二を鳴いて一と三を倒します

 『チャンタへ舵を切ったようですね。もう少し様子を見るかと思いましたが

 

 『んと、ポンです

 

 『アルマ選手の東を結選手がポン

 

 『チーだ

 

 『今度はアルマ選手が結選手の三萬を鳴いて三四五と晒します

 『流れが速くなってきましたね

 

 『ふふ、ポンだね

 

 『アルマ選手の八索を桜花選手がポン! これで桜花選手、四七、六筒の三面待ちです

 

 『ツモ。タンヤオ、赤五にドラの六筒で三十符三翻、2000オール

 

 

十六夜桜花   ドラ {⑥}

{三四五234⑤⑤赤⑤⑥} {横888} ツモ{④}

 

 

 わりと本気で感心してしまう速さだ。

 

 十六夜桜花 31000

 神夜姫咲夜 23000

 夏波結   23000

 朱音アルマ 23000

 

 

 『へえ。やるもんだ

 『姉という立場になったからね。先輩だとて、弱い姿は見せられないよ

 

 また、臆面もなく語り始めた。

 頭の回転も速く、声もきれいだし、女の子に人気なのもよく分かるのだけど……少々鬱陶しいのが玉にキズなのである。自己陶酔に入りやすいので面白いのだけど、こういう場でそう言うのはやめて頂きたいと切に願う。

 

 『あの(わらべ)がよほどお気に入りとみえるの

 『愛してると言ってもいいね!

 

 コメントに絶叫と悲鳴と、古詠未タヒれの文字が羅列していく。……なに言ってんの、あの人?

 

相変わらず、ストレートな人よね〜♪

 

 アイリスにとっては他人事だろうけど、当事者としては居た堪れなさ過ぎる。穴があったら入りたい。

 入りたいが、解説から離れるわけにはいかないので空気になったかのように気配を消す。

 しかし、実況の女がそれを許さない。

 

 『愛されてるねっ

 『いや、そういうのいいから

 

 『妾も童の姉になりたくなった。桜花よ、妾の義妹となれ

 『なっ……?

 『義妹(スール)を可愛がるためじゃよ

 『最低な発言を堂々としてくれるな、神夜姫

 『面白そうだな、あたしも混ぜろ。結、お前もだ

 『ええっ? そんな急に……

 『何人来ようが鎧袖一触。今の私は、阿修羅すら凌駕する存在さっ!

 

 いや、どこのグラ○ムさんだよ。

 

 『おーっと、ここで妙な展開になってきたー!

 『……

 

 『トップはこの中の好きな相手を義妹に出来るってのはどうだい? もちろん、拒否も出来る。トップなら古詠未ちゃんは守れるって寸法だ

 『望むところさ。僕たちの絆の強さ、思い知るがいい

 

 ……あーあ。ノリだけで返事しちゃったよ、ねー様。

 

 『いや、それでは面白くないのう。桜花がドベなら皆の義妹になるのはどうじゃ?

 『……エゲツない事考えるね、神夜姫

 『くふふ♪ (まこと)の絆であればこの程度、造作もないじゃろ?

 『いいさ、やってやるよ

 

 ……たぶん、十六夜桜花は事の本質を理解していないと思う。

 最初の条件は『トップを取る』、次に出された条件は『ドベにならない』だ。後者の方が容易に見えるかもしれないが、それは誤りである。

 

 明確に狙い撃ちが可能なのだ。牌を絞るとかそういう嫌がらせ程度から直撃狙いまで、桜花ねー様が的として存在している。桜花ねー様を潰すために結託する事すらあり得る。

 

 もっとも。それと予選突破はまた違う話だし、俺やねー様を義妹にする事を優先するとは思えない。なんだかんだと面白い話に乗っては見たけど、実際は勝負優先なんて話だろうと思っている。

 

 『なんだか燃える展開になってきたね? こよみん的にはどうなの?

 『呼び方云々なんで大したことでは。それよりねー様の煽り耐性の無さが今後の課題ですね

 『義妹ちゃんは徹底的にクールでしたっ 対局は東一局一本場に移ってます

 

 

 

東一局一本場

 

 

 

 まあ、先程のように打つならそうそうは負けないだろう。俺は安易にそう思っていたのだが……一期生の壁は厚いと知ることになる。

 

 『ポン

 

 『アルマ選手、白をポン

 『タンヤオも目指せそうなのに、一鳴き。焦る局面でも無いのに?

 『フフ、まあ見てなさい

 

 まるで解説者のように語るきりん先輩だが、俺は疑問だ。白は役牌だから便利だが、タンヤオより利便性は低い。しかも現状老頭牌が一枚もないし、ドラは六筒。たしかに筒子絡みは少ないけど、手を確定するのは早すぎる。

 

 『チーです

 

 『夏波選手、筒子の七を鳴いて六七八と晒す

 『タンヤオドラ一赤五一、手が伸びれば三色同順もありそうですが

 

 『チーだな

 

 『鳴いて索子の一二三……

 

 白がある以上、なんでもいいのだけど。……なんだか気になる。

 

 『! カンじゃ

 

 『おっと、神夜姫選手、萬子の九を引いてアンカン。ドラが増えて、え、中? てことは……

 『アルマ選手の手が大化けしましたね。白ドラ三で満貫確定。しかも

 

 今のカンがキモのカンチャンに入った。これで神夜姫は役無しだが、聴牌。当然……

 

 『立直、じゃよ

 『神夜姫選手、立直! みんなこの大会のルール覚えてる? 鳴かないと和了れないのにすでに二回目の立直がかかりました!

 『そもそもカンがかかり過ぎです。めったに出ないんですよ?

 『ゲームの性質上、刻子が出来やすいんですがこれは凄い!

 『まあ、立直ドラ一ですが。符は六十と高いですけど、今のところ3900点です

 

 裏ドラ期待? 神夜姫がそんな下手打つような真似をするとは思えない。親への牽制目的にしてはリスクが高い。

 

 『……

 

 『一発を警戒して、現物牌を切る桜花選手

 『この辺りは通りそうに見えますからね。ツモが別の塔子に繋がったので手は落ちてません

 

 冷静に打てている。さすがねー様。練習の成果は出ているね!

 ところがその二萬をアルマが鳴いた。

 

 『こっちも見てなよ?

 『くっ……

 

 対子の二萬を倒して、白の横に繋げる。一見染め手に見えるけど、なんでも和了れる満貫手。しかももう聴牌だ。萬子を警戒してるとこの六九筒はなかなかに難敵だ。

 ちなみに神夜姫の待ちは三六九筒。河に示すような牌はほぼ視えない。

 

 ちなみに結さんはこの状況についていけてないらしい。というか手牌の確認中だ。一索と九筒がダブついている……やべえな。ダブロンされるかも。

 

 『チーだ

 

 『アルマ選手の捨て牌を鳴いた桜花選手。だけど、切れるのはどれも危険牌!

 『なんで鳴くの? 索子の下の方に共通安牌があるし、ここはオリでしょ?

 『えっ? こよみんはここでオリちゃうんですか?

 『満貫確定にドラ増えた立直なんて突っ張る意味ないッス。あうっ!

 『おっと、生で見るのは初めてのアイリスチェック! 可愛い悲鳴が堪りませんねぇ!

 

 ここんところ女言葉に慣れてきたから油断してた。ていうか、これくらい許してくれよ。

 

これやらないと、私が忘れられちゃうので!

 

 いや、そんなこと……ないよな?

 

 『ロンじゃ

 『くっ……

 

 『悩んだ末、三筒を切り出した桜花選手、神夜姫選手の魔の手に捕まったぁ!

 『裏ドラが一つ乗って7700の8000。まあ、ダブロンよりはマシですか

 

 

神夜姫咲夜   ドラ {⑥白} 裏ドラ {⑦1}

{四四789④⑤⑥⑦⑧} {裏九九裏} ロン {③}

 

 

 なかなかに見応えのある対局になっている。

 たかがVtuberの余興だと思ってナメていた。

 

 桜花の親番が終わり、次は東二局。

 神夜姫の親である。

 

 『お似合いと書き込んだ者は月の牢獄に放り込むゆえ

 『すでに書き込んだひとー、早く謝ってよねー(笑)

 

 俺もそう思ったが、口には出さないし顔色も変えない。厄介な親である事に変わりはない。

 

 

 十六夜桜花 23000

 神夜姫咲夜 31000

 夏波結   23000

 朱音アルマ 23000

 

 




 Cグループは真面目に麻雀する感じですかね?


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19 鳴かなきゃ和了れない麻雀大会 その4

 試験的に牌変換ツールを導入してみました。


東二局

 

 

 十六夜桜花 23000

 神夜姫咲夜 31000

 夏波結   23000

 朱音アルマ 23000

 

 

 『ポンじゃ

 

 『神夜姫選手、東をポン!

 『ダブ東で二翻。他家は苦しいですね

 

 『ポ、ポンです!

 『ありゃ、ドラ鳴かせちまったか

 

 『夏波選手、アルマ選手の八筒をポン。これで結選手はドラ三確定!

 

 結さんはこの時九筒を切ってたけど、後から二枚引いてきて涙目だった。麻雀あるある。でも手牌に対子が多いから対々和狙いも出来る。

 

 『その三筒、チーだ

 

 『筒子の二三四を晒して、十六夜桜花が聴牌

 『タンヤオ形に見せての筒子の混一色です

 

 結さんの八筒明刻、河の九筒二枚と筒子の上の方への警戒が薄くなっている所に六九筒待ち。タンヤオなら九筒は無いと振り込むケースは意外とある。混一色ドラ一自風牌の四翻と満貫級である。

 

 『ツモ。ダブ東、1000オールじゃ

 

 『神夜姫選手、一萬をツモった!

 『親なら安くても和了るのは当たり前です。連荘は親の特権ですから

 

 十六夜桜花 22000

 神夜姫咲夜 34000

 夏波結   22000

 朱音アルマ 22000

 

 

東二局一本場

 

 『その北、ポン

 

 『オタ風の北を一鳴きしました神夜姫選手

 『後付ありですからね。対子の東がありますので先に固めたのでしょう

 

 『やれやれ、暴風が始まったか? 西、ポンだ

 『飛ばされるなよ?

 

 『アルマ選手、自風の西をポン

 『普通の麻雀なら無理には鳴かないですよね。このルール本当に点が伸びない仕様ですね

 

 自風は攻防に便利な牌だ。自分以外には使えない事が多いので安牌として切りやすい。

 アルマ選手の手は順子多めの平和形。もっと伸びる手なのにこのルールでは勿体ないな。

 

 『おっと、神夜姫選手。東を引いてきました! なんてヒキでしょう!

 『……連続でダブ東とか、あり得ない

 『ちっちっちっ。こよみん、そこは『なかなかの偶然ですね』と言わなきゃ

 『な、なかなかの偶然ですね?

 『はいっ! ありがとうございます!

 『……ええ?

 

 

 後から知ったが、原○和と並べた切り抜き動画が上げられていたそうだ。タイトルは『同じセリフでの格差社会(笑)』だそうだ。

 俺はその日、黒い焔が燃え上がるのを自覚した。

 

 

 『当たらなければどうと言うことはない!

 

 『十六夜選手、某赤い人の名台詞を言いながら現物の三筒を切る。セコい!

 『あのですね、河から判断するのは難しいので致し方ないかと

 『おっと、ゴメンねこよみん。ねー様を悪く言ったつもりはないんだよ〜?

 『べ、別にねー様を擁護した訳じゃないんですけど!

 『ツンデレテンプレありがとうございます!

 『だから、さっきからなに言ってるんですか? きりんさん!?

 

 

 これも後ほど切り抜かれてたりする。

 つまり彼女は、切り抜きやすい状況を作り出していたのだ。

 

 これがプロのVtuberというものか。

 来宮きりんに本当の意味の戦慄を覚えた瞬間だった。

 

 それはともかく。

 この局はこれで終わる。

 朱音アルマがそれで和了るからだ。

 

 

 『ロン!

 『なっ……

 『注意力散漫だぞ? 敵は他にも居るんだ

 

 『おっと、アルマ選手の和了役ですが、見慣れないものがありますね?

 『花龍(ファロン)ですね。ローカル役で、三色通貫とも言います

 

 

 

朱音アルマ   ドラ {7}

{①②四赤五六789⑤⑤} {西横西西} ロン {③}

 

 

 三色通貫は一気通貫を三種の数牌で繋げる役で二翻、食い下がり一翻。花龍、西、ドラ一、赤五一。7700の一本場で8000となる。

 

 

 

 『よく知ってるね? なるほど、解説に招かれたのも頷ける

 『コヤツ、この役が好きでの。卓を囲むと必ずやるのじゃよ

 『牌が寄ってくるんだから仕方ないだろ?

 

 牌が寄ってくるときたか。

 朱音アルマも、尋常ならざる奴かもしれない。ていうか、三色通貫あるとは思わなかった。後でローカル役も確認しておこう。

 

 十六夜桜花 14000

 神夜姫咲夜 34000

 夏波結   22000

 朱音アルマ 30000

 

 

東三局

 

 『東三局、親は夏波選手になります。この濃いメンツ相手にどこまで善戦できるのか? そして、十六夜選手はドベを回避出来るのかっ?

 『最下位にならない、というのは端的に言えば最下位を別の人にすれば良いわけです。つまり、三位の夏波選手をまくればいいわけです

 

 実況席の声を聞いて、元気づくねー様。ちなみに原因の二人はニヤニヤしてやがる。

 

 『夏波結。あなたに恨みは無いがここは狙わせてもらう

 『お、お手柔らかにね?

 

 十六夜桜花に答えたあと、こちらの視線に気付いて愛想笑いをしてくる結さん。その瞳に良からぬ考えをしているのが透けて見えた。

 

 

 そんな事はさせるわけにはいかない。

 

 俺は会場にマイクを繋げて語りかける。

 

 

 『ねー様、いいですか?

 『! こ、古詠未っ!? すまないっ 不甲斐ない姉を許してくれ!

 『許しません!

 『そ、そんな……

 『体裁を繕うとか、弱者を狙うとか。違うでしょう! あなたはいつも、勝つ事を考えていたはずだ

 

 周りの雑音が消えていく。

 おれと、十六夜桜花。そしてその成り行きを見守る人しか、感じない。

 

 だから、恥ずかしげもなく言い切る。

 

 『自力で、勝つんです。あなたにはそれが出来る! 僕のねー様なんだから

 

 こんな恥ずかしいことは……言いたくなかったのだけど。

 

 『ふふ……、まさか義妹に諭されるとは。こんなに嬉しいことはないっ!

 

 ふあっはっはっは、と高笑いをする桜花ねー様……少し頭おかしくなったんじゃないかと心配になったりしたけど、どうやらそこまではいかなかったらしい。一頻り笑うと不敵な笑みを浮かべて、彼女は宣う。

 

 『そういう事だ。この(いくさ)、私が勝つ

 『ふむ……口の端では容易(たやす)いのう

 『行動で示してみな

 

 睨み合う三人だが、桜花ねー様が視線をそらし結さんに向き直る。そして、頭を下げた。

 

 『みっともない真似をする所だった。済まなかった、夏波結

 『……ううん。そんな事、ないよ? 私も……

 『え?

 『体裁とか、考えてたし。うん、良くないよね。私も頑張るから、ちゃんと勝とうね! 桜花さん

 『あ、ああ。望むところだ

 

 結さんに自爆チョンボをさせまいと、ねー様に発破をかけたわけだけど……。なんだか、結さんにもかかったようだ。

 それまで冴えない表情の多かった結さんだけど、いつものように笑ってこちらを見てくれる。

 

 

 神夜姫とアルマは、少しは楽しめるかと笑みを浮かべている。こちらは余裕ありそう。

 

 

 『さあ、話も纏まった所で試合再開です!

 

 『ポン!

 『三筒をポン? この巡目で?

 『ふむぅ?

 

 『夏波選手、皆に首を傾げられつつ三筒を鳴いた

 『僕も、ですけどね

 

 親の三巡目、タンヤオや染め手に見えると思う。ただし、それは誤りだ。一筒の対子と北の対子がある。さらに言えば二筒はすでに暗刻だ。

 

 

夏波結   ドラ {6}

{①①②②②④68北北} {③③横③} ツモ {7}

 

 『四筒を切り出しますが、これ役無しじゃないですか?

 『一筒で三連刻というのがあります。しかし索子落としで混一色や清一色に行った方が伸びるので……あまりいい鳴きとは言えません

 

 普通の麻雀なら鳴かないし、このルールでも勿体ない。しかし、どうもそうではなかった。

 

 『ロン。三連刻、ドラ一。5800です

 『……? お主、なぜ三筒を鳴いた?

 『揃ってるのが見えたから、つい

 『ふむう……?

 

夏波結   ドラ {6}

{①①②②②678北北} {③③横③} ロン {①}

 

 結さんが素人らしい返答をする。

 神夜姫も早い巡目とタンヤオならとふんでの一筒切りだ。彼女にとっては交通事故のようなものかもしれない。

 

 しかし、三連刻を狙ったかのような手作りは謎だ。鳴くにしても普通は索子は落として染める。又は他の役牌が来るまで待つ。

 鳴かなきゃ和了れないルールゆえの特殊性なのかもしれないけど……

 

 

 十六夜桜花 14000

 神夜姫咲夜 28200

 夏波結   27800

 朱音アルマ 30000

 

 

 

東三局一本場

 

 

 『夏波選手の三連刻が決まり、一本場

 『親は順当にタンヤオでいいでしょう。赤五筒があるので悪くはないです

 『対して神夜姫選手、アルマ選手の所は萬子多めですかね? 十六夜選手は自風の西の対子以外はあまり良くはなさそうですが

 『それでも戦うのが麻雀です

 『至極ごもっともw

 

 結さんは字牌を一つも引いてこない。引きがいいな。

 

 『ポン

 

 『夏波選手、アルマ選手の八索をポン

 

 『ポンだ

 

 『今度は十六夜選手、九索をポン!

 『自風を後に付けるつもりですね。しかし点差を考えるとこれだけではなんとも不安です

 

 それでも、進む姿勢は悪くない。ドラの白を二枚引き込んで自風、ドラ二の形まで持っていった。

 

 『神夜姫選手とアルマ選手、お互い四萬と六萬を二枚ずつ抱え込んでます

 『シャボ待ちでお互いの当り牌を握り込んでるとは。周りの二人もいい迷惑です

 

 『西、ポンだ

 

 『ここで十六夜選手、念願の自風をポン

 『萬子の赤五を切った? ねー様、強気!

 『ふぬぅ……チーか

 『神夜姫選手、聴牌を崩して、鳴いた! 萬子の四五六を晒して、一萬を切る

 『あれっ? 全員テンパイしてる

 

 

 

十六夜桜花  ドラ {白}

{八九①②③白白} {西横西西} {9横99}

 

神夜姫咲夜

{二三四六②③④567} {横赤五四六}

 

夏波結

{23344③④赤⑤⑧⑧} {88横8}

 

朱音アルマ

{二二二四四六六⑥⑦⑧} {横345}

 

 神夜姫とアルマは待ちが悪い上にお互い握っていると考えているらしい。こうなると俄然有利なのは二五索待ちの結さん。だが、ここで彼女がツモったのは七萬。

 

 『ロン! 自風牌、チャンタ、ドラ二。7700の8000

 『あちゃあ〜。ダメだったか

 

 『夏波選手、七萬を無雑作に振ったー

 『親なら突っ張るでしょうね、仕方ないです

 

 

十六夜桜花  ドラ {白}

{八九①②③白白} {西横西西} {9横99} ロン {七}

 

 

 十六夜桜花 22000

 神夜姫咲夜 28200

 夏波結   19800

 朱音アルマ 30000

 

 

東四局

 

 

 『さてCグループもオーラス。

 『予想以上に接戦でびっくりです

 

 『このままトップを行かせてもらう

 『やらせるものかね? 妾の本気、見せてやろうぞ

 『今まで本気じゃなかったとか、負け惜しみにしか聞こえんぞ?

 『ふふ、楽しみにしておれ

 『あはは……

 

 『結ちゃんだけ浮いてますね!

 『頑張って下さい

 

 いや本当に。

 そして対局が始まるとすぐに異変が現れる。

 

 『ふむ

 

 『手牌に中暗刻のあるアルマ選手、東を切る

 『役牌のみで一向聴。親ですし

 

 『ポンっ

 

 『おっと、夏波選手東をポン!

 『タンヤオの方が伸びそうですが、ルール的には正しいですね

 

 『ポンじゃな

 

 『今度は神夜姫選手。アルマ選手の一索をポンっ

 『九索、一萬の対子に自風の暗刻……チャンタか

 

 『カンッ

 

 『十六夜選手、神夜姫選手の南をカン!

 『自風ですけど……ナニコレ、展開速い……

 

 そしてここまで河に一牌も無い(笑)

 ちなみにドラは三筒と六索になっている。

 

 『忙しないのう

 

 『神夜姫選手、六索切り

 

 『! チーです

 

 『夏波選手、赤五七を倒して二筒切り

 『大胆な捨て牌に即座に対応しました

 

 『いいな、ソレ。チー

 

 『今度はアルマ選手が一三筒を倒して九筒を切る

 『本当に呼び寄せてる感じですね、アルマ選手

 

 怒涛の展開だが、アルマはすでに張っている。

 

朱音アルマ   ドラ {③} {6}

{四五六7899中中中} {横②①③}

 

 残念だが今回は花龍(ファロン)は難しいか。神夜姫が九索の対子を落とせばあり得るけど。

 

 僅かな気配を察知したか、それまでの鳴き合戦が嘘のように止まった。

 そして、呆気なく終わることになる。

 

 『カンじゃ

 

 『神夜姫選手、ツモの一索を加カン!

 

 

 ここで、まさかの横槍が入る。

 鋭き穂先が、月の姫を抉った。

 

 

 『ロンです!

 『な……?

 『

 『槍カン、だと

 

 

 

夏波結   ドラ {③} {6}

{六七八23③③} {東横東東} {横6赤57} ロン {1}

 

 

 『夏波選手の槍カン、場風、ドラ三、赤五一の六翻! 跳満直撃ー!

 『うお……(チャン)カンなんて、珍し……

 

 『すげえ。あたしも初めて見たよ

 『な、なんということじゃ……わらわは初戦敗退とか……

 『まあ……ドベにはならずに済んだが

 

 三者三様の反応だが、コメント欄はえらい勢いで加速している。『すごい、ゆいまま!』、『かっけえ、しびれるぅ』、『このまま雀プロかな?』などなど。

 

 見ていた参加者も驚きは隠せないようだ。

 

 『ゆ、結っ 凄いっ! 鬼強だ、にゃ!

 『ありがとう。燦の分まで、頑張るからねっ

 

 黒猫と嬉しそうに会話する結さん。

 

 微笑ましい光景に、頬が緩む。

 

 『こら。なに、浸ってるの〜、まだ仕事は終わってないのよ?

 『あ、すみません

 

 素直に謝ると、きりんさんは頷いて言葉を続ける。

 

 『さて、予選Cグループのトップ通過は夏波結さんに決まりましたー。夏波選手、何かコメントお願いします!

 

 『あ、はい……頑張ったから、キミも頑張ってね

 

 その視線は、実況席へと向けられていた。

 それは、つまり。

 

 『……ああ。僕もすぐに、そっちへ行くから! 待っててね、結さん

 『……うん♪

 

 俺の言葉に、彼女は笑顔だけで応えてくれた。

 

 

 

 『あ〜あ、負けた負けた

 『有り得ぬ……こんな

 『加カンとかしないで振ってれば満貫止まりだったのに

 『ふぐ……アルマがイジメる……

 『助かったのだが……釈然としないな

 『負けたんだから、そりゃそうさ。

 『そうか……ボクは、負けたんだな……

 

 『あんたたち、早くはけなさい。シッシッ

 

 

 

 

 

 十六夜桜花 22000

 神夜姫咲夜 16200

 夏波結   31800

 朱音アルマ 30000

 

 

 Cグループ トップ 夏波結

 

 




 ローカル役がいくつか出てます。
 世間一般では通用しないのも多いので、卓を囲むときはきちんと確認してね!
 なお、この対戦で使っている麻雀ゲームは、かわいいアバターのいないオリジナルです(笑)


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20 鳴かなきゃ和了れない麻雀大会 その5

 男のなかに、女がひっとりー♪
 だからなんだと言われると困りますw



 予選Dグループ。

 本戦に進む最後の一人を決める最終戦であり、俺はここに入っている。

 

『やっと、はじまる……』

 

 俺は、自分の動悸を自覚する。

 先ほどの結さんの戦いに当てられたせいも多分にはあると思う。

 

 だが、今日のこのメンツにこそ、真の意味があった。

 

 それは……

 

 

 『予選Dグループ、ここは荒野か墓地か、はたまた古戦場か。野郎ばかりのパラダイス、とでも言いましょうか

 『やれやれ、言いたい放題だなぁ

 『それも仕方ないですね。残り物ですし

 『それこそ余の信条。半額弁当のようではないか!

 

 ぼやく男たちの言葉が、耳を擽る。ああ、仮初とはいえ久しぶりの感覚だ。

 

 『そんな中に蕾をつけた小さな花。明らかにそぐわない環境にも必死に耐え、大輪の華を咲かせるか! 今回のゲストのもう一人、世界企業の送る今のところたった一人のバーチャルミャーチューバー、姫乃古詠未ちゃん!

 

 『あ、はい。どうもよろしくお願いします

 『はい、ご丁寧にどうも

 『うむ、大儀である!

 『先日はありがとうございました。教えて頂いたレシピ、とても良かったです♪

 『それはなにより。こちらも高評価でしたよ? お酒のツマミ良いって神夜姫様が喜んでました

 『……なあ、盛大にフッてたきりんが、固まってるぞ?

 

 『……く、く……好きにしていいとは言ったけどさ。馴染み過ぎじゃない? 男三人よ?

 『下手に萎縮されるよりええじゃろ?

 『ぬう。それでは、対局を開始します!

 

予選Dグループ

 

東家 戸羽乙葉

南家 ヴェンデッド=ハルキオン

西家 相葉 京介

北家 姫乃古詠未

 

 

 きりん先輩は男三人と言ってはいたけど。

 実は全員男だったりするんだよなぁ〜

 

 

東一局

 

 

 『起家(チーチャ)はあるてま一の料理通。ナンパな優男かと思ったらただの乙男子(オトメン)だった戸羽乙葉です

 『紹介に悪意を感じますねぇ。僕何か悪いことしましたか?

 『いえ、特には。強いて言えばこよみんと既に個人的な交流をしていたという事くらいでしょうか?

 『存外気に入っておるようじゃのう

 

 戸羽さんとはあの放送のあと、DisRordで何度か通話をしていたりする。優男と言うけど、きちんと年頃の男らしい発言もあるのできりん先輩の思い込みではないかな、と思う。

 

 闘牌中は実況席の会話やコメントは一切見られない。お互いのアバターと、麻雀ゲームの画面だけだ。そんなわけで、打ちながらの私語はそこまで規制されてはいない。

 結さんが黒猫に注意をしていたのは、たぶんいちゃついてたからだ。

 

 『でも、男ばかりでやりづらくはないですか?

 『? むしろ望むところだよ?

 『虚勢ではなさそう……マジか

 『嫌いではないぞ、良ければ臣下に取り立てよう

 『それはご勘弁くだせぇ、その二索ポン

 

 一索二枚河に流れて使い道薄めの辺り。鳴いてもいいかな。こっちが伸びたら失敗ということで。

 

 『くっ……

 『そんな所を食って、よいのか?

 『むしろここ食いたいんスよ、殿下♪あうっ!

 『お、おいっ! どうした、敵か!

 『落ち着いて下さい、京介。これはアイリスチェック。お口が悪くなった時に発動するお仕置き、らしいですよ

 『大丈夫です……死にはしないので

 『ふぅむ。淑女(レディ)に育てるためか。教育係付きとは、さてはお主。やんごとない身分というやつか? 余のように

 『それは買い被りというものですよ、殿下。公式設定は異世界からの帰還者なので

 

 話している間も普通に進行しているのだが、特に問題もない。おっさん共と麻雀する時は、大概くだらない話をしながらやるんだし。

 

 『空に浮かぶ部屋に閉じ込められている、と聞いたが?

 『よくご存知ですね?

 『空の城に閉じ込められた姫。其方の容姿はそう言われても納得できると思うたのだよ

 『……部屋からは少しずつ出られるようになったし、配信自体も強要はされてません。一番大事な事ですが

 

 ハルキオン殿下を睨みつけ、きっぱりと言う。

 

 『僕はお姫さまなんかじゃありません。あと、ロン

 『えっ?

 『……

 『おやおや……

 

姫乃古詠未   ドラ {八}

{三四五3678⑥⑦⑧} {横222} ロン{3}

 

 『古詠未選手、ハルキオン選手からロン。タンヤオのみで1000点

 『いい性格しとるの、あの(わらべ)

 『三索単騎って所ですよね

 『ふむ。確か、鳴く前の童の手牌はこんな感じではなかったかな?

 

 {2234678}

 

 

 

 『二索を鳴いて捨てたのは四索だ。そのあと一巡おいてツモった六索ではなく手から落とした

 『見た目カンチャンを待てずに捨てた形ですね

 『しかし、片側をポンしたとしてこの嵌塔子(カンターツ)を落とすかの? 五索はこの時まだ河にはない。ならば残して索子で固めていく手もあったと思う

 『では、この四、六索落としは引っ掛けのために切った、と?

 『偶然かもしれん。だが、ポンの側ということ、六索の表スジ、索子の下の方はかなり薄いという三つの要素から、殿下が軽く見ていたのは疑いなかろう

 

 闘牌が終わると自動で繋がるらしく、実況席の会話がこちらにも流れてくる。

 てか、そんな解説しっかりするなよ、神夜姫のおばさん! 卓の連中が怖いもの見るような目で見てくるんですけどっ!

 

 『……おっかね……

 『小さくても女は女、ということですね

 『余を手玉に取るとは、()い奴よのう。興が乗ってきたぞ

 『偶然です、んなわけないッスよあいてっ!

 

 そう言っても、誰も信じてはくれなかった。

 ちょっとしたイタズラ心だったのに……。

 

 

 

戸羽乙葉        25000

ヴェンデッド=ハルキオン 24000

相葉 京介       25000

姫乃古詠未       26000

 

 

 

東二局

 

 

 『フリ込み王子、ヴェンデッドの親番です。ドラは四索

 『ぷ……おい、きりん。お主大丈夫か、そのネタ

 『きりんパパから聞いたので平気ですよ? さて、配牌の感じは如何ですか? 神夜姫様

 『うーむ。みな字牌がやたらと少ないの

 『乙葉に東が一枚、京介に白と北が一枚ずつ、だけですね』

 『と言う事は山にそれだけ眠っているということになる。鳴き麻雀的にはあまりありがたくない展開かの』

 『鳴きづらい、ですよね

 『まあ、それでもやりようはいくらでもある

 

 さてと。字牌が一枚もない。数牌も萬筒索満遍なく、しかも飛び対子まであったりする。タンヤオかな? 鳴き麻雀だと七対子は出来ないし。

 

 『それ、ポン

 

 京介が殿下から七萬をポン。一索切り。

 ツモ三索か。三三八九筒……どれだ? ……こっちか?

 

 『古詠未選手、八筒切り

 『対子場と考えたかの?

 『トイツバ?

 『対子や暗刻のように同じ牌が固まりやすくなっておる流れの事じゃ。他の者も対子が多かろ?

 『確かにそうですね

 『門前が使えるなら七対子を狙いつつ対々和、三暗刻などに移行するのがセオリーじゃが、鳴かねば和了れぬとあれば鳴くしかない。自然、対々和とその複合役を狙いに行くことになる

 

 『ポンですね

 『それ、ポンだ

 

 『おっと、次々にポンが入ります

 『乙葉は萬子の染め手を残しつつ、殿下はタンヤオ狙い。ま、親じゃし高め狙いで手を遅くする理由は無いの

 

 

 

姫乃古詠未

{一二33555688③③⑨} ツモ{4}

 

 間の四索、ドラだよな……どうなるか。とりあえず二萬を切るか。乙葉の萬子が育つ前に。その乙葉から三筒が切られる。

 

 『! 三筒ポン

 

 『古詠未選手、三筒を鳴いて八索切り

 『タンヤオか。なぜ九筒から切らぬ?

 

 『その八索、ポン

 

 『相葉選手、八索ポン。七索を落とします

 

 『七索、チー

 

 『その牌を古詠未選手が鳴きます。切ったのは一萬

 『チーです

 『ふむ

 

 これで乙葉が二鳴き。

{横一二三} {六六横六}

 

 殿下は一鳴きのみ。

{横②②②}

 

 京介も二鳴き。

{横七七七} {8横88} 

 

 ちなみに俺も二鳴き。

{③③横③} {7横68}

 

 

 『ポンだ

 

 『相葉選手、八筒をポン

 『ガンガンいくのぅ

 

 京介が三鳴きでほぼ張ったか?

 殿下は動きなしが不気味だけど、乙葉はまだ張ってなさそうに見えるが……。そしてここで生牌(ションパイ)の白を引いてきた。

 

 『古詠未選手ここで九筒を切った

 『ここで白は切れぬからな

 

 『チーだ

 『ぬう

 

 『相葉選手、五六を倒して殿下の四索を鳴いた!

 『対々和からタンヤオに威力が落ちたかと思えるが、ドラの四索があるから変わらんの

 『相葉選手、白切り。裸単騎です

 

 『ポンである

 

 『殿下、白を鳴いた。親ゆえのツッパリですが、些か無理か?

 『それでもいくじゃろ

 

 

 京介はやはり白を持っていたが、対々和ならともかくタンヤオに白は使えない。殿下は四索を切り、乙葉は東を切り出す。生牌なのに切ってくるのはつまり暗刻落としかもしれない。

 

 

京介

{横4赤56} {⑧横⑧⑧} {横七七七} {8横88}

 

 ここでツモ四索。安牌となった白を切る。

 

姫乃古詠未

{3344555} {③③横③} {7横68} 

 

 『古詠未選手、ここで聴牌。二三四五索、タンヤオドラ二……ですか?

 『四五索は切れておるので二三四索じゃ。待ちとしてはかなり厳しかろう

 

 薄い待ちだな〜。しかし、これ以上はオリるしかない……無理かな?

 

 『ぬう……こうか?

 『殿下、ロンでございます♪

 『ぬがーっ! お主は三索で余から当たる事に何か執着しておるのかーっ!

 

 

 

姫乃古詠未   ドラ {4}

{3344555} {③③横③} {7横68} ロン{3}

 

 

 『殿下が三索で振り込みました。タンヤオドラ二、三十符三翻 3900です

 『ハルキオンの坊やは知識はあるからの。逆にハマりやすいのかもしれんな

 

 

 ベントー王子はちゃんと勉強している人なんだね。それは悪いことしたかなぁ……。

 それはともかく、俺は京介の手牌が気になった。

 

 『京介さん、裸は何だったんですか?

 『えっ……?

 『……ぬぬ……

 

 ん? なんだか、京介とベントー王子が固まった。

 乙葉はくすくすと笑っているけど、何なんだ? 意味が分からない。

 

 『ま、聞きました神夜姫様。こよみんは京介の裸が気になるようでしてよ?

 『まあ、童とはいえ女子(おなご)よ。(おのこ)の裸体は気になろう

 

 『ブッ! そんなわけあるかーっ!いってぇっ!!

 

 

 

 ……待ちの話だと知っていたのに悪ノリした実況と解説。地獄に落ちろ……

 

 

 

戸羽乙葉        25000

ヴェンデッド=ハルキオン 20100

相葉 京介       25000

姫乃古詠未       29900

 

 




 こよみん、浮かれ過ぎ(笑)


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21 予選Dグループは……

 ころころと視点が変わります。
※で区切っている所から変わりますのでご注意下さい。


 『京介氏の配信はご覧になったことありますか?

 『アクションゲーム中心ですね。この間から『ゲンコツ7th』をやってたかな?

 『その配信に殿下が乱入したんですよ

 

 まあ、あるかもしれないな。リスナーも突発イベは大好きだし。

 

 『それがですね。よりによってヤールギュレシスタイルで

 『! そ、それは……

 『京介氏も悪ノリして、ヤールギュレシに変更して、それから打撃禁止の投げ合戦が延々と続きましてね

 

 やべえ、凄く見たいっ。

 アレだろ? オイルレスリングのだろ?

 確かそういうモードがあったはず。男のキャラしか使えないけど、上半身裸でテカテカに脂ぎった状態になるんだ。

 

 『そ、それ! アーカイブ、ありますか?

 『あ、ああ……まだ消してはいないんだが

 『消すなど勿体ないぞ? あんな対戦滅多に出来んではないか

 『そうですよ! 俺も見ます! ぜってえ、後で見ますよ! いったあっ!?

 

 前回の裸云々の話は、こんな内容だったらしい。絶対見よう。うん。

 

 ちなみにアバターの古詠未も鼻息荒く顔を赤らめている。アレ?

 

 『ちょ、ま……ひゃあ、やめ、やめ 

アイリス、やめぇふひゃはは、ふわ、はは

 『こ、今度はどうした?

 『くすぐられておるのかな?

 『これもアイリス氏のお仕置きだそうで。古詠未さん、実はかなりやんちゃですねぇ

 

 『東三局始まれって? 待って。こんな美味しい絵撮らないでどうするの!

 『でぃれくたーのような発言じゃな。まあ、若い女子の嬌声は、妾も好きでのう♪ もっと、やれ

 

 ……古詠未が目をバッテンにしながら悶え苦しむさまが三分ほど放置された。おかげでこっちを見る男性陣の表情が少し微妙になってしまった。一頻りおしおきしてくれたアイリスが当然のように言ってくる。

 

えっちなのはいけないと、思います

 

 お前がそうさせてるんだと言っても、理解はしないだろうなぁ。

 

 『あの、まあ、すまない

 『京介が謝る理由はなかろう。勝手に見たがり、勝手に仕置されただけだ

 『殿下の言うとおりです、お気になさらず……

 

 そう言う京介氏のアバターも少し顔が赤らんでいるが、他の二人は変わらない。純情なのは京介氏だけだな。

 

 ちなみに。

 この一連の会話が切り抜かれて、さらにかわいい絵で紙芝居的に作られた通称『Petit≒あるてま』が投稿されていたそうだ。

 

 『こうやって擬人化すると分かり易いでしょ? 古詠未がどれだけおかしな事言ってたか

 「……面目次第もございません……これ、完全に痴女だは……」

 

 こんな会話が後ほど行われた。

 それはともかく、東三局が始まった。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

莉姫さま……お年頃?

ところで、お姉さま。なんでこの方たちは脱がないのですか?

 

 二人は暦の家のもう一つの部屋、客間にて観戦していた。隣の家に戻る事も出来るのだけど、出来る限り側にいたいという気持ちからここが二人の居場所になっていたりする。

 

 プリムラは妹が妙なことを言ったので怪訝そうに聞いてみる。

 

脱ぐ? どういう事ですか?

麻雀て負けたら脱ぐらしいですよ? ほら

 

 そう言って見せてくるのは、動画サイトに上がっていた脱衣麻雀の動画だった。なるほど、負ける度に女の子が脱いでいる絵が出てきていた。

 

いかがわしい遊戯、なのですか? この麻雀というのは

よく分からないけど、不具合かもしれないよ? ちょっと確認してみるね

 

 そう言うとラップトップパソコンを立ち上げ、手慣れた操作でゲームを立ち上げる。

 

『Ⅱ∑⇄《ⅩⅧ✓〜$々→@$%→』

 

 よく分からない単語を呟くと画面が光り、ダイアログやウィンドウが次々と開いていく。

 この世界に広く浸潤した魔力は、彼女たちフラウレイティア世界人にとって最適な環境を創り出す。

 電脳世界に浸潤した魔力は、物理的に解除の困難なサーバーのプロテクトなど簡単に突破してしまうのだ。

 

 ダマスケナがダイブしているのは『コーストスター』という会社が使用しているサーバーであり、それはまさに彼女たちの旦那様がプレイしているゲームに他ならない。

 

あー、やっぱり無いね

元々の仕様に無いのでしょう

割り込ませるのは無理かな?

改竄する気ですか? 後で問題になります。この配信サーバーの方に干渉すれば魔力でオーバーレイする事が可能ですよ?

なるほど。お姉さま頭いい♪

こよみ様……いえ、莉姫様が男性の裸体をお望みならば、叶えて差し上げるのが側妻(そばめ)の務め。この大会に限ってなら後に残らないでしょう

じゃあ、やっちゃうよっ!

 

 

 裏でこんな事態が進行しているとは露知らず。対局は続いていた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

東三局二本場

 

 『親の相葉京介選手、ダブ東でテンパイ!

 『先制した童は三面待ちなのに引けないのう

 

 『ぬう……張ったよね。参ったな、崩す?

 『弱気だな、小娘

 『三巡目辺りからツモ切りしてるんだから、それは弱気になりますよね

 

 殿下の煽りより乙葉の発言が気になる。こっちの切り方まで見てるとか。それとたぶん、彼も張ってるよな。

 

 見た目安牌はほとんどない。老頭牌もダブ東相手には確約はない。けど……

 

 『えい

 『ここは通すだろう

 

 『ど真ん中無スジをバシバシ叩きます、こよみんと殿下♪

 『仕方なかろう。下手に端に寄ると

 

 『ツモ。ダブ東、ドラ一。2200オール

 

 『役牌が絡むと最悪どこも危険地帯になり得る。九萬とか要らんだろ、ふつう

 

 

相葉京介   ドラ{一}

{一二三七八33④⑤⑥} {東東横東} ツモ{九}

 

 

 はあ。ツモられた。さっきは流局だけど、今回は痛いな。でも、まだ射程圏内。なんとか京介の親を流さないと。

 

 

戸羽乙葉        21300

ヴェンデッド=ハルキオン 19400

相葉 京介       33100

姫乃古詠未       26200

 

 

 『あれ……? なんでしょう

 『見慣れないダイアログだな

 『? 何か出たのか?

 

 確かに出てる。

 

 “上1”、“上2”、“下1”、“下2”

 “選んで下さい”

 

 と書かれている。……? なんだこれ。

 

 『どうかしましたか? 次の局に移りませんけど。どうしよ、運営に聞いてみる?

 

 『古詠未さんの所も出てますか?

 『はあ。僕はこのゲーム初見なんでよく分からないですが

 『俺の所には、無いな

 『どういうこと、でしょう?

 『なんだか分からんが、選べと言うなら俺は王子だからな。当然“上1”を選ぶ!

 

 『ちょっと運営に聞くから待てって言ったのにバカ王子!

 

 『では“上2”ですか

 『え? バラける必要あるのかな? じゃあ“下2”で

 

 『お前ら勝手に進めんな!

 『きゃら崩壊じゃぞ、きりん。それより何か起こっておるな?

 

 メインの会場は麻雀ゲームなのだけど、ゲーム画面ではないあるてまサーバー側には参加しているVtuberが表示されている。皆も3Dで立ち絵があって、なかなかに華々しい。

 ゲストの立花アスカと俺、姫乃古詠未は未だ3Dの立ち絵は無いので2D絵だ。

 

 現在対局しているメンバーの所が光り始めると、さすがに騒然となる。こんな話は聞いてないのだが、それは彼らも同じようだ。

 

 『ヴェンデッド=ハルキオン選手の光が収まりましたが……なんじゃこりゃあ?

 『だからきゃらが……ほうこれは

 

 『え?

 『はあ……

 『……?

 

 俺たちが頭をひねる最中、殿下は高らかに笑いはじめた。

 

 『はーっはっはっ! 見たか、余の鍛えあげられし肉体を! これぞ、ハルキオンに再興をなす輝きよ! 余を崇め、そしてひれ伏すが良い!

 

 そこには。

 なぜか黒のTシャツ一枚で逞しい身体を惜しげもなく見せつける殿下の御姿があった。

 上はそうなのに、下はいつもの白いスラックスだ。まるで上のジャケットとシャツを脱いだようである。

 

 『おーっと、これは何ということでしょう! なんと殿下がキャストオフ! コメントはハルキオン民の高揚と歓喜に溢れかえっております!

 『ふむふむ、眼福眼福♪

 

 次に乙葉の所が収まった。

 

 ちなみに戸羽乙葉の立ち絵は、いわゆる普通に格好の良い男子だ。黒のジャケット、タイの巻かないシャツにこれも黒のスキニーパンツ。

 きりんが優男と言うのは、どう見てもチャラい感じがするからなのだ。

 

 その彼が、なぜかシャツを着ていない。黒のジャケットの中は、上半身裸だった。

 

 『あれあれ? 僕のキャラと違うんですが、いいんですか、これ?

 

 『……これは、これで、アリですよね

 『ふむ、せくしーじゃのう♪

 

 『やるな、乙葉

 『いえ、張りあおうとかいうつもりはないんで……

 

 ……不覚にも、少しときめく自分が嫌になった。しかし、こういうセクシャルなアピールは新鮮だなぁ。

 

 そして、俺の所も光が収まる。

 特に変化は、なかった。

 ただ、顔がなんだか赤くなってるし。

 

 『あいって、いたっ な、なんだアイリス? いきなり……

 

 『な、な、なんて事してくれたんですかーっ!!!

 

 え、なに言ってるの?

 

 『いきなりアイリスチェックを受けた古詠未選手。どういう事でしょう?

 『……あー、そういう……ふむ

 『な、なにか分かったんですか? 神夜姫様?

 『まあ、その。あの立ち絵の側に落ちているもの、あれが原因じゃよ

 『側に……ああ、なんか白い三角形の物が有りますね。なんか左右にリボンが付いててかわいい……てこれ、ぱんつじゃん!

 

もう、ばか、しんじらんない! 乙女のぱんつ、剥ぎ取るなんて、しんじゃえっ!

 

 この絶叫を聞いている間も、ずっとお仕置きをされていた。

 

 どんな拷問だ、これは……

 さすがに、意識が……とおの……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 くすん、くすん

 

 ──誰かが泣いている。

 

 

 男の子のようだ。

 

 黒いのに光の加減で蒼を含んだ輝きを放つ、夜空のような髪の少年。はにかんだ笑顔が素敵な、わたしが厄介になっているところの息子さんだ。

 

 

 ──どうしたの?

 

 

 私は聞いてみた。

 

 彼は、戦うのが怖いと言った。

 

 ──どうして、怖いの?

 

 わたしが聞くと、彼は驚いたようにこちらを見た。彼が問いかけてきた。キミは怖くないの?と。

 

 ──あんまり怖くはない。

 

 謙遜でもなんでもなく、わたしはそういうたちだった。幼い頃から戦う事を強いられたせいか、感覚が麻痺している。そう、父に言われてことがあった。

 

 ぼくはこわい。

 ひともまものも、こわい。

 

 そんなことをふるえながら、つぶやく。

 わたしには分からない感覚だと、理解できた。

 だから、わたしは彼にこう言った。

 

 ──なら、代わってあげるよ。

 

 えっ……?

 

 

 驚く彼に、わたしは来訪の証を見せる。

 

 

 ──わたしの望みを叶えてくれるんでしょ?

 

 だ、だめだよ。

 それはキミが自分の為に使うものだ。

 

 彼はそう言って止めてくる。

 でも、わたしのこころは決まっていた。

 

 

 

 ──わたしは君を助けたいんだ。

 ──この世界に来て、最初にあった君を。

 

 

 ──助けたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、葉っぱが額を擦っていた。

 

「……意外とザラザラする……」

……失礼ですねぇ。玉の葉っぱになんてこと言うんですか

 

 玉の葉っぱって、なんだ?

 

 アイリスが分離している以上、ここはお空の部屋だろう。プリムラやダマスケナの気配もないし。

 

ゴメンなさい、こよみさん。まさか気絶するほどだったとは思わなくて

 

 花を萎れさせて、アイリスがつぶやく。

 そんな仕草を、どこかで見たような気がした。

 

 まあ、それはどうでもいい。

 

「大会は……棄権、かな?」

プリムラに連絡させたわ。急遽、三人で打つとか言ってたけど

「そうか……惜しいとは思ったけど、まあ別にいいか」

 

 これは本心だったりする。

 結さんと決勝で戦いたいなぁとか、思いはしたけどそこまで拘っていなかったみたいだ。

 

ごめんなさい。わたし、嫌な女だよね……

 

 萎れた花から、雫が垂れる。

 ……鼻水ならぬ花水かな? くだらない考えを頭を振って追い出すと、俺は身体を起こす。

 

「一つ、聞いていいか?」

 

 俺の言葉に、逡巡しながらも頷くアイリス。

 

「アバターの姫乃古詠未は、もしかしてお前か?」

 

 

……どうして、そう思ったの?

「そりゃあ、その……ぱんつ取られて取り乱したから、さ。ただのアバターだったら、あそこまで慌てないだろ?」

 

 俺の質問に、こくりと花が頷く。

 やっぱり、シュールな絵面だ。

 

なんで、電脳空間に干渉できたのかは分からないけど……よりによって、ぱ、ぱんつだけ取られるとか(//∇//)

「まあ、そりゃ恥ずかしいわな」

 

 長いとはいえスカート姿でいきなりぱんつが無くなるとか……自分の身に置き換えたら、途轍もない恐怖しかない。

 

「済まなかった。俺のせいとは言い切れないけど、選んだのがマズかった」

いや、その……まあ、ある意味一番、安全ではあったのだけど、ね

「え? ……ああ、そうか」

 

 よく考えれば分かることだが、あの選択で上でも下でも1を選ぶとどうなるか。

 上ならブラのみとか、下ならぱんつのみとかあり得たわけだ。見た目で言えば、こっちの方がアウトだよな。

 

 

「まあ、この話はとりあえず置いておこう。アイリス。聞きたい事がもう一つ出来たんだが、答えてくれるか?」

 

 努めて感情を出さずに、坦々と聞いてみた。

 そうしないと、彼女は答えてくれないと思ったから。

 

うん……なあに?

「ちゃんと戻れるのか?」

……うん。戻れる

「本当だな? 嘘じゃないだろうな」

本当だよ。何のために電脳空間に残したと思ってるの? 生命維持が必要ない空間だからなんだよ? ある意味、世界で一番安全な場所なんだから

 

 アイリスはよどみなく答える。

 俺はモノのついでのように聞いてみた。

 

「そこまでする事なのか?」

……え?

「自分の身体を切り離して、お花になってまで。なんで、俺を助けようとする?」

 

 前にも思った疑問である。

 アイリスがこれほどの代償を払い、異世界の人間である俺を助ける理由。

 

「お前は前に言ったな。エナジーの消失により消えるモノを助けたいと。だが、それはお前自身の身体を切り離してまで行わなきゃいけない事なのか?」

 

 変な夢を見たせいか、俺らしくない言動だ。

 内容なんてまったく憶えていないのに。

 俺はアイリスを持ち上げ、抱きしめた。

 

こよみさん……

「女の子が……四十間近のおっさんの為に危険なことをする必要は、ない」

 

 鉢植ごと抱きしめていると、花びらがふるふると震えて、頬に寄り添ってくる。

 葉っぱが優しげに俺の首に回される。

 

……んもう。どうしちゃったんですか? おしおきのし過ぎでおかしくなっちゃいました?

 

 たしかに、おかしいのかもしれない。

 見た目は鉢植えだ。花に向かって愛を語らうような真似は、狂気の沙汰としか言えない。

 

 

 

 

 

 ──でも。

 

 

 

 

──催眠深度三。前後三時間の記憶を改竄

「!」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

……あれ? 俺、寝ちゃってたのか?

眠くなったせいで棄権しちゃったの、忘れたんですか?

いや、まったく覚えがない

皆さんにはおしおきされ過ぎて気絶したという事になってますので

うわ〜、子供の身体のせいで眠気に勝てないとは……くっそ、恥ずかしい!

 

 

 

 

 こよみさんには、まだ気取られてはいけない。

 

 どれほど甘く、果てしなく浸りたくなる蜜の泉であろうとも。

 

 わたしには享受する資格などありはしないのだから。

 

 




 鉢植えを抱く姿を想像する(笑)


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22 新たなメンバー

 今回、ちょっと長めです。



 大会中に寝落ちとか、普通ならバッシングものだが子供という事もあって特に炎上はしなかった。あるてまの大会ということもあり、ゲストがどうなろうと関係はないだろうし。

 

 ちなみに大会の優勝者は驚異のバグウサギ、シャネルカ=ラビリットだった。

 必ずドラが手牌にあるとか、字牌が揃ってるとか。鳴き麻雀で勝てとか無茶が過ぎる。終始点数をリードして、半荘が終わる前に相葉京介がハコを被って終了した。

 

勝ちましたよ! フラップイヤーのめんもくやくじょですっ!

お主に麻雀教えたの、失敗だったかのう……

 

 神夜姫昨夜の呟きが憐れを誘ったのは言うまでもない。ちなみに、後でアーカイブで確認したけどなかなかにひどい有様だった。

 フリテンしてるのに和了れなくて『どうしてですかー?』と卓で騒いだり、両面待ちで聴牌してる所を一面子崩して愚形のペンチャン待ちに変えてツモったり。

 最後に振り込んだ京介氏なんか、捨て牌からは完全に染め手に見えない清一色、一気通貫、ドラ三の倍満喰らったりしていた。

 

ひどい対局だったね……

豪運とド素人が絡むと手がつけられんのう……

 

 実況と解説の二人の簡単な総括が、すべてを表していた。

 

 ある意味、俺が寝落ちしたのは危険回避の為だったのかもしれないな。

 

 そう、納得出来るくらい、ひどい内容だった。

 見てる分には楽しかったけどね。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

大丈夫? 寝落ちって聞いたけど、おしおきのせいじゃないの?

 

僕もよく覚えてないんですけど。身体に異常もないし、平気ですよ

 

 

 翌朝、RINEで結さんが連絡してきた。

 とても心配してくれたのだけど、頭痛とか無いし体調は悪くないのでそう答えた。

 

 

それより、決勝に行けなくてすみませんでした

私も負けちゃったし。今度、神夜姫さんが麻雀の配信やるらしいの。キミも呼ぶって言ってたからその時に、ね

それは楽しみです。どうせならちゃんとした形でやりたいですからね

 

 

 

 出先での通話らしいので、そんな会話だけで終わった。

 

 

……あのさ。寝起きいきなりで通話があったから助かったけど、できればやめて欲しい、かな? なんて思ったりするんだよね

莉姫(レキ)になってる事も気付かないで通話に出ちゃうこよみさんに、言う資格があると思います?

 

 ……アイリスの言う事は、たぶん正しい。

 結さん=みなとさんの通話に、脊髄反射で出てしまったのは自分だ。

 

 もし、おっさんの暦状態だったとしたら。

 レキにかけたと思ったら、知りもしないおっさんが出た時のみなとさんの心中を察すると、アイリスには感謝しかない。

 

ありがとうございました。アイリス様の先見の明にこの私、感服致しました

うむうむ。よきにはからえ♪

 

 ベッドの上でそんなやりとりをしていたら、ドアがノックされた。

 

宜しいでしょうか、レキさま、アイリス様

 

 いつものように感情の変化の乏しいプリムラが俺たちを客間へと連れてくる。そこには見事な土下座で迎えたダマスケナがいた。

 

お命ばかりはお助けを〜

……命乞いとは穏やかじゃないね

 

 なんの小芝居なのか。

 理由を聞いてみたら、意味が分かった。

 

 

 

 

ほほう……するとダマスケナ。アンタがあれをやったっていうのね?

は、はい……

 

 アイリスが分離していた方が楽なので分離してもらった。結界は昨日から張ってなかったようなので、無事お空の部屋になっている。朝の所用も男で済ませられてラッキーだし、一度張ったらある程度は戻せないので午前中は男のままでいられるわけだ。

 

 俺の内心とは別にアイリスは何故かお冠だ。なんか怒るような事でもあったか?

 

不用意にこちらの通信網にアクセスしてはいけないと言った筈ですよね? どんな影響を与えるか分からないから、何人かで検証してからじゃないと許可を出さないとフェティダからも言われてたでしょ?

……はい

なんで、あんな事をしたの?

旦那さまに、喜んで欲しくて……

 

 ダマスケナがちらりとこちらを見てくるが、矛先がこちらに向くのは勘弁くだせぇ。

 

「お、おれは知らんぞ? ダマスケナに要望とか指示とかしてないからな」

とりあえず何をしたかはフェティダに報告して。おそらくだけど保守の方から叱られるからそのつもりで

 

 そう言われると涙目になるダマスケナ。救いを求めるように俺を見るけど、俺からするとなんで叱られているのかが分からない。

 

アイリス様。わたくしは知りながら止めませんでした。どうか同罪として罰して下さい

お姉さま……

 

 プリムラに尊敬の眼差しを向けるダマスケナ。アイリスが怪訝そうに見る(花だからよく分からんけど、そんな感じに見えた)とため息をつく。

 

プリムラ? どちらか一人でも構わないと私が言っていた事は分かるわね?

存じております

場合によったら、二人とも送還かもしれないのよ?

わたしは姉ですので。妹に罪を被せて一人栄誉に預かることは出来ません

……そう。なら、二人で行きなさい

 

 そう言うと、アイリスは話が終わったとばかりに部屋から出ていく。項垂れるダマスケナの肩に手をかけるプリムラ。

 

「お、おい」

 

 居たたまれない空気に、アイリスを追いかける俺。ふよふよと浮く鉢植えに声をかけると、アイリスはくるりとこちらを向いた。

 

……なんでついてくるんですか?

「いや、なんか知らんが怒り過ぎじゃないのかと思ってな」

サーバーに手を加えて、あるてまに迷惑をかけた。重大な犯罪行為ですよ? まあ、この世界の捜査機関には絶対立件出来ませんが、だからといって罪がない訳じゃないわ

 

 詳しくは知らないが、どうやらあるてまのサーバーに侵入したダマスケナがあるてまのVtuberたちのデータを改竄したようだ。

 魔力の概念なんて無いだろうから、アイリスの言うとおりネット犯罪として立件は出来ないだろう。

 

私はこれからフェティダと話しますので。こよみさんは二人の側にでも居てやってください

 

 そう言うと、速度を上げて俺の部屋に入り、カチャリと鍵をかけた。……葉っぱの手なのに器用にやるなあ。

 

 仕方ないので戻ろうと思ったけど。

 妙齢の女の子を慰めるなんて……無理だな。

 そう考えて、台所に行った。

 スマホでつぶやいたーのチェックをすると、まあフォロワーさん達からのリプライが貯まりまくってた。

 おしおきされ過ぎて気絶したと思われてるらしいので、きちんと寝落ちだと説明しておいた。『ぱんつ、平気だった?』とのコメントが多数あったけど意味がよく分からない。とりあえず、『のーぷろぶれむ』と打って誤魔化す。

 なんだか途中からの記憶が曖昧だ。かなり眠かったのかもしれない。

 

 すると、台所にダマスケナがやってきた。

 

……旦那さま

「ん……ダマスケナか。なんか飲むか?」

 

 憔悴しているようなので、落ち着かせる為に俺のとっておきを出すとするか。棚の奥にしまった缶から小さな塊を一つ取り出し、ティーポットに入れる。熱湯を注ぐとしゅるしゅると花開いていくように茶葉が広がっていく。

 

ふわ……

茉莉花茶(ジャスミンティー)だ」

綺麗ですね……

「見た目だけじゃないぞ? 味も効能もいいんだぜ」

 

 茶碗に注いで出してやる。ジャスミンの香りが広まり、得も言われぬ癒やしの空間となる。

 

おいしいです……

「それはなにより」

 

 受け答えはするけど、立ち入るつもりは無い。元々、女子と平気で話せる人間じゃないし、今はおっさんだ。なんとなく照れくさいのだ。

 

旦那さまは、叱らないんですか?

「何をしたかは知らないから、怒りようがない。でもアイリスがあれだけ怒ってるんだから、俺まで怒るのは良くないだろう?」

 

 これは例えとしてだが。

 もし俺が父、アイリスが母だとして。当然、あの二人は子供なわけだ。

 二人が叱られるような事をしたとする。

 母親が強く叱った後に父親まで叱ってくるというのは、子供としてはかなり辛いのではなかろうか。

 そんな理由だ。

 

旦那さま……そんな

「ん? なにか言った?」

い、いえ!

 

 ダマスケナの顔色がまた少し悪くなった。仕方ないな。ちょっと早いけど買い置きのカステラを切って出そうか。文化堂のカステラは今でもお菓子のホームラン王だぜ? あ、そりゃ別の商品か。

 

 立ち上がり、冷蔵庫に入れたカステラを取り出すと、背中になにか温かい感触があった。

 

……

「あの、ダマスケナ、さん?」

 

 いつの間にか背中に寄り添うように身体を預けているダマスケナに、俺は身体が強ばるのを感じた。

 殺気とか攻撃衝動とかならいくらでも感じ取れる自信はあるけど、こういうのは対処出来ない。

 しかも小さく嗚咽を漏らして泣いているようだ。

 

私のせいで……

「? 何を言ってるんだ?」

ダマスケナ?

「うおっ!?」

 

 こちらもいつの間にか来ていたのか。

 台所の扉の側から伺うようにプリムラが声をかけてきていた。

 

「ああ、いや……これはダマスケナが勝手にな?」

 

 なんだか言い訳がましく聞こえるが、気分としては浮気現場を見られた男のそれだ。

 だが、プリムラはそんな事はせずにダマスケナに近寄り俺からそっと引き離すように促した。

 

お情けを頂戴するのは罪を償ってからです

はい……

 

 そこにアイリスが戻ってくる。

 

二人とも。午後からすぱしーばへ行って。フェティダからの指示があるからそれに従うこと。こよみさんも同行してね

「あれ? 今日はレッスン休みじゃなかったっけ?」

別件らしいわ。会ってほしい人がいるらしいの

 

 ふむ……。まあ、用は特にないし。仕方ないか。

 

 

 

 

 午後になってアイリスと合体して、莉姫となった俺はプリムラとダマスケナを連れてすぱしーばへと赴いた。

 

おはようございます、莉姫さま

おはよう、フェティダ。二人を連れてきたよ

 

 フェティダが頷くと、黒いスーツの男二人が寄ってきた。……わりとやる方だな。

 

あなた達は保守部門で聞き取りがあります。莉姫さまはこちらへ

あの

なんでしょう?

今日のご飯には帰れるように頼むよ。少し作り過ぎちゃうから

 

 そう言うと、理解してくれたのか笑ってくれた。黒服の男たちに連れられて双子の姉妹が部屋から退出する。

 

では、莉姫さま。お客人との面接がございます

め、めんせつ?

 

 なんと懐かしい言葉が出てきた。というか、俺どこかに飛ばされるのか?

 慌ててる俺にフェティダがくすりと笑って補足してきた。

 

面接する側の方ですわ

 

 ……余計に意味が分からなくなったんだが。

 

 

 

 

 豪華な調度品の並ぶ応接間に連れられてきた。普通、面接というのはこう……味も素っ気もない部屋でパイプ椅子と簡易テーブルで行われるものだと思うのだが。

 その対象たる人物もそう感じていたらしく、入室するといきなりで立ち上がって直立不動の姿勢となった。

 

は、葉桜(はざくら)六花(りっか)と申します! 本日は、お日柄もよく……

ああ、楽にしてて、葉桜さん。こちらからお招きしたのだから

は、はあ……、あ

 

 その少女と、視線があった。

 亜麻色の髪が特徴的できれいというより可愛いという印象の少女。それでもおそらく大人なので、こちらよりは背が高く少し見上げるような感じになる。

 

ひ……

姫乃古詠未ちゃんの、中の人!?

はあ。まあ、そうだけど……アナタは?

 

 こっちは色々と身バレしてるのでこういう事も意外とあったりする。変装用のメガネや帽子、マスクなんかも多用しないと街中を歩けない時もあったりするのだ。

 

莉姫さま、こちらは葉桜六花さん。個人Vtuberの立花アスカを演じておられます

 

 立花アスカ。

 昨日の大会に参加していたもう一人のゲストか。

 確か黒猫燦が推している個人Vtuberだったはずだ。

 

立花アスカの、中の人です

 

 ぺこりとお辞儀してくる礼儀正しいお嬢さん。居住まいもきちんとしている。

 しかしその人と、なぜここで会うのかが分からない。フェティダの方を見ると彼女は微笑みながらこう答えてきた。

 

実は葉桜さまをスカウト致したいと考えております

 

 フェティダがやんわりと、でもはっきり声にしてそう言った。それはつまり、彼女の中ではほぼ決定事項と見なしていると言うことだ。

 にも関わらず、俺をこの場に呼び出した事が解せない。その奇妙な感じは、おそらく六花にも伝わっている筈だ。

 

フェティダさん、僕に態々言わなくてもいいのに。相変わらずだね

そうでしたね。ゴメンなさい

 

 こと、すぱしーばの連中はフェティダをはじめに俺を最上位の存在に置こうとするフシがある。今はこんなナリだし、元はと言ってもただのおっさんだ。会社の取締役がほいほい頭を下げるのはおかしいだろう。

 

 もっとも、こんな事はフェティダだって知っている筈だ。だから、それとなく六花に悟らせようとしているのだろう。

 すぱしーばが最優先にしているのが誰なのか。

 まあ、このナリならばそう思わせる事も出来るだろう。

 

 

昨日はあんまりお話できなくてすみませんでした。姫乃古詠未の中の人をしてます、殿田莉姫(レキ)といいます

 

 葉桜六花にきちんとお辞儀をすると、向こうも「ご、ご丁寧にどうも」と頭を下げる。

 

でもフェティダさん。なんでいきなりスカウトなん?

そうです。私もそれが聞きたかったんです。なんで私なんですか?

 

 この疑問は六花も思っていた事らしい。

 それをやんわりと抑えて席へ座ることを促すフェティダ。俺もその隣に座るとフェティダがニコリと笑う。

 ……そっちの席には座らないからね。

 

私どもは個人バーチャルミャーチューバーとして活動なされてきたあなたの事を高く評価しております

 

 え。

 そう呟く声が聞こえた。

 

企業勢、私どもを含めて五社。個人勢は正確な数も捕捉できないほどの中で、抜きん出た存在と言えます

そ、それは……黒猫さんとのコラボがあったからで……

 

 確かに、黒猫燦との一件が無かったらここまでは注目される事は無かったと言われている。かく言う俺も知らなかったし。

 

 それでも高い歌唱力と全て自分で用意しなければならない個人Vtuberとしては総合力は高いと言える。

 

私どもは姫乃古詠未を売り出してはおりますが、なにぶん日本の文化に疎いです。そこであなた。立花アスカさんにご教示戴きたいと考えたのです

それはつまり……

単なるチューターをさせるつもりは当然ありません。当社がバックアップをしていく企業勢としての活動も続けていただきたく思います

 

 なるほど。

 フェティダの考えは凄く理解できる。

 

 個人勢ゆえに芽が出ていなかったアスカをすぱしーばでバックアップする代わりに、そのノウハウを得る。これはwin-winと言えると思う。

 契約期間や給与なんかの対応次第で、アスカはもっと活動に力を入れる事が出来るようになる。

 

けど、フェティダさん。アスカちゃんはあるてまの黒猫さんと仲いいんだよ? 仲違いさせる事に、ならない?

 

 この言葉に、六花の顔が強張る。

 ゆりゆりしい二人の会話は、結さんとは違った趣きで楽しかったりはする。俺としては思うところが無いではないけど、それとこれとは話は別。

 彼女自身が、黒猫とは違う陣営に与する事を良しとするか。

 

……そう思っていたらここにはいらっしゃらないわよね?

 

 フェティダの視線は六花に向いている。

 そして彼女も、強い視線で迎えうつ。

 

古詠未ちゃん……いえ、莉姫ちゃんだっけ。燦ちゃんとは仲良しだけど……同じVtuberでもあるの。同じ舞台に立ちたいと思った事なんて、何度もあったわ

 

 個人勢ということで、どうしても求心力は低い。黒猫のおかげで有名になれたと後ろ指をさされた事もあったようだし。

 

かわいいだけじゃないんだね、やっぱり

燦ちゃんには感謝はしてる。大好き。でも、負けたくもない。だから

 

 フェティダに視線を戻し、はっきり答える。

 凛とした戦士が、そこにはいた。

 

 

 

 

 

 

ところで、なんで今日呼び出したの?

うわー、髪すべすべ

 

 

 話が落ち着いたと見るや、六花は俺の側によって色々と眺めたり話を聞いてきたりしている。ちょっ……少しうっとおしいんですけど。

 早く帰りたいのでそう聞くと、フェティダが後ろから紙袋を出してきた。

 

……服?

あっ、それ。山百合の

 

 中から出てきたのはアイボリーカラーのワンピース。襟元はセーラータイプでわりと長めだ。季節的にはもう秋口なので長袖である。

 

莉姫ちゃんには、中学生になってもらいま〜す♪

 

 

 

 フェティダが今まで出したこともないような声で、あり得ない事を言った。

 

 

 ゑ…………マジで?

 

 




「そんな話が来てるんだけど、どうしよう燦ちゃん!」
「すぱしーばの古詠未は、結をNTRしようとする悪者だ。内側から威力偵察してほしいにゃ!」
「分かった! 頑張るよ!」

 こんなおバカな会話をしてたらいいなあ、なんて思いました。


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23 ねー様とお出かけ

 ねー様とのふれあい&ちょっと配信。
 私のイメージから言うと、支○令が少し大人になったみたいな感じです。


 私立山百合女子学園。

 東京西部にあるミッション系の中高一貫校であり、蒼玉院大学とは系属校という位置付けになっている。

 ちなみにねー様の出身校の白百合女学園というのはここが元ネタであるようで、彼女自身、ここのOGだという話だ。

 

 俺の住んでいる街からは電車で五分、バスで十五分前後ということもあり、意外と交通の便は悪くなかったりする。むしろすぱしーばに行く方が遠いのだ。

 

戸籍も学歴も編入試験も魔法ででっち上げ……ダマスケナの事を責めるのは間違ってないか?

あれは勝手にあとの事も考えずにやったから怒られたのよ? こっちは万全の準備をして周囲に影響が出ないようにやってるの

俺からしたら、余計な事だと思うよ。なんで四十近くになって中学生やらなきゃアカンのか……

古詠未ーっ

お待ちかねですよ、ねー様が♪

 

 学園の前で手を振る、スタイリッシュな女性が一人。初めて会うのだが、声のトーンで誰だかはすぐに分かる。

 

ねー様。人前では古詠未と呼ぶのはダメと言ったっしょ?

ああ。このプライベートの口の悪い感じ。間違いなく古詠未だ。本当に可愛いね、それによく似合ってるよ

 

 ベリーショートな髪を茶色に染めて、着ている服は少々派手なスーツ。線の細い男性に見えるような中性的な美人さんである。

 

だから、莉姫(レキ)と言ったでしょう、本名は

ふふ。ごめんごめん

本当に仲がよろしいのですね。ふふふ

 

 俺の後ろからやってくる人物に、ねー様が気付いて姿勢を直す。

 

これは失礼しました。私は十六夜桜花の……

ねー様、でいらっしいますね? 私はフェティダと申します

……そうですね。私達はあまり深入りしない方がいい

 

 なんだか火花が散っているように見えるのだけど、気のせいか?

 そもそも桜花ねー様がここにいるのは、俺が口を滑らせたせいなんだが。母校を案内したいと強硬に進言してくるので、仕方なくお願いしたという顛末なのだ。

 

ねー様。大学とか平気なん? 単位落とすとかダメだよ?

今日の講義は、大丈夫なんだ。あの教授、スケベだから女には甘いんだよ

……まさか

おおっと、子供のキミが心配する事なんかはないから安心してくれ。あくまでレポートで済む話さ

 

 ほっ……。

 意外と本気で心配してしまった。

 

あらあら、頬を膨らませるなんて。よっぽど好きなのね、莉姫は

そ、そんなんじゃないっ

照れるキミも、カワイイよ

あー、もう! 違うってーの!

 

 フェティダがころころと笑っている。

 今日の彼女はフォーマルな装いというより若奥様のような雰囲気だ。ラベンダー色のアンサンブルに少し高めのブラウンのヒール。すれ違うおっさんや男が、誰しも振り返る有様だった。

 

 ていうか、頬をぷくっと膨らませて怒るなんて、どこのヒロインだよ。そんなこと、してないと思うけどな。

 言動は……照れ隠しのテンプレっぽいな。やべぇ、気付いてなかった。

 

さて。敷地外とはいえ、こうも近い所で部外者が騒ぐのはよくないね。中に入ろうか

お世話になります

なに。大事な義妹(スール)の為なら、進んでさせてもらうよ

 

 パチン、とウインクを決める桜花ねー様。

 思わずドキッとしてしまうのは、俺が男だからなのか? それとも女の子もこうなるのだろうか?

 

 

 

 

 山百合女子学園中等部は、高等部と同じ敷地内にあるらしい。仲の良い子達は、昼休みや放課後に行き来をするそうだ。

 校舎自体はやや古めかしい印象だ。

 

ボクの入る少し前に改築されてね

改築……これで?

そう思うだろうね。実は外観をなるべく変えないようにしたらしいんだ。当時の理事会の人は、かなり拘りのある人達だったそうでね

 

 歴史ある学び舎を、なるべく残したい。

 そういう思いが強かったらしい。

 理事会だけでなく保護者やOG達も賛同して、木造の外観を保ちつつ耐震強度を兼ね備えた鉄筋コンクリートの校舎に生まれ変わったのだそうだ。

 

へえ……すごいな

 

 確かに、この風景に鉄筋の無粋な建築物はそぐわない気がする。東京なのに、なんだか穏やかな空気の流れる世界。こういう所には、木造の建物の方が似合うと思う。

 

こっちだ

 

 勝手知ったるを地でいくように、ねー様が建物の中に入っていく。今日び学校などでは警備の人がいたりするのだけど、ここではほとんど見かけない。

 

おはようございます

 

 大胆に扉を開けるねー様。そこは職員室らしく、そんなに多くはないけど大人しかいなかった。

 

「あら、お久しぶりね」

先生、ご無沙汰してます

 

 ねー様に声をかけてきたのは、少し年配の女性だ。細身だけど、姿勢がしっかりしている。おそらく何らかの武道の経験者、か。

 

フェティダさん、こちら中等部の教頭先生、武庫島さんです

 

 フェティダに紹介しようとするねー様の頭に軽くチョップが入る。当然やったのはその年配の女性だ。

 

「去年から校長を拝命しているわよ?」

ありゃ。それは、おめでとうございます

「ようこそいらっしゃいました。中等部校長の武庫島です。こちらが、お子様ですね?」

はい。殿田莉姫さんです

 

 ぺこりとお辞儀をする。こういう人は礼儀にはうるさいはず。けど、それを守っていれば特に問題もない筈だ。

 

 

 

 促されて、校長室へと移動する。当然のようにねー様もついて来る。まあ、いいか。

 

「それで……フェティダさんですか? 莉姫さんのお母様ではないのですね?」

はひぇ? いえ、そんな。滅相もない……

 

 いつもにこにこ沈着冷静なフェティダが慌てるとは、なかなかにレアケース。

 

こほん。私は長期出張した殿田さんの代わりに、莉姫さんの後見人という立場になります。代理人として不適格ではないと考えますが

「いえ、その辺りは書類等で確認が取れております。立ち入ったお話ですが、父親がご不在で母親もおられずとなると、莉姫さんにご負担がかかりはしていないか、と思いまして」

はあ……

「親が側にいるというだけで、子供は安心するものです」

えと……つまり

「殿田さんとそういうご関係なら、きちんとしておいた方がよいかと」

わ、わたしは、こ、こよみさまと……そんな関係では、ございませーん

 

 うん。今のフェティダ、すごくかわいいな。

 

こよみ……?

親父の名前。カレンダーの暦っていう字を書くの

なるほど……

 

 そう聞いたねー様が、ジト目でこちらを見てくる。……なに?

 

莉姫はファザコンだったんだな、とね

はあぁー?

 

 あ、けど。冷静に考えるとそう見えるな。

 む、むーん……まあ、いいか。本人だし。

 

なんだか楽しそうね

 

 他人事のようなアイリスの呟きが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 その日は簡単な説明だけで終わり、明日から通う事になった。なってしまった。おかげでレッスンの時間は減るけど……まあ中学生の勉強ならなんとかなるかな?

 

では、古詠未。これからカラオケに行こうではないか

えー、やだ。疲れたから帰る

それはダメですよー

な、なんで?

 

 そう聞くと。二人はスマホを見せてくる。そこには。

 

突発コラボ。こよみんとカラオケいっくよーん♪……

 

 アイリスが、読み上げてくれた。

 そんなの、聞いてない。

 

 

 

 

 都内にどこでもあるカラオケ店の一つ。最寄りではなく、途中にあるそこの店に顔がきくというので利用させてもらった。

 

なにせバイトで入ってるからね

 

 ここはたまにヘルプに入るらしい。だから顔見知りなのか。彼女が同世代の女性や男性に人気なのも頷けた。

 

 まず、顔を合わせてのコミュニケーションでは全く外さない。頭の回転が早いのか慣れてるのか。

 中性的な容貌ということもあって男でも気さくに応じ、女性には頼られるという。

 

 直接的な対人関係ではほぼ問題が見つからない。これでなんでVtuberなんてやってるのだろうか? 配信が始まったので聞いてみることにした。

 

なんでVtuberを初めたのか、だって?

 

 フェティダが色々と準備をしてくれるので、俺はすでに席に座ってアイスコーヒーを啜っている。こども、らく。

 

そうだね……ボクは相手を見ないで話すのが少し苦手でね

 

 桜花様、マ?

 あれだけごりごり押してるのに……だからかな?

 こよみん、制服かわいいよ、ハアハア

 

 ん? なんか変なコメントあるな。

 

ちょっ……にゃ、おま……やめろぉっ

だいじょーぶ。お顔は隠してるよ。せっかくの制服姿なのにアピールしなきゃ勿体ないよ

 

 確かに配信中の映像では隠れている。でも、なんだか余計に恥ずかしい感じだ。フェティダに助けを求めると、彼女は自分の私物らしき一眼を構えてこっちのスチル写真を撮っていた。

 ……天は我を見放したか……

 

 うお、これ、山百合の中等部じゃね?

 おまわりさん、こいつですw

 通報しました(笑)

 な、なぜだっ?! 私は何もしていない!

 ひと目で分かる段階でギルティだなぁ

 初等部は白で、中等部がアイボリー、高等部が黒だっけ?

 ほらあ、こいつも知ってるだろ?

 当方ネキなので無問題(モウマンタイ)

 

あはは。ちなみに夏服はどれもアイボリーになるよ?

 

 さすが現役。レア情報トンクス

 道理で中学生には見えない子がいたわけか

 おまわりさん、こいつですw

 だから、なんでぇ?

 

古詠未。くるっと回って。ゆっくりでいいから

 

 ええ……フェティダの方を見ると、なんだか動画モードに切り替えてるらしい。この後見人、アテにならねぇー(笑)

 

えと……こうですか?

 

 こういうの、スカートが広がってたしかに可愛く見えるんだよな。俺だってわりとそういうのは見てたし。くるりと回ると、思った以上に広がって驚いた。

 

わ、わっ

ああ、やっぱり。対策はしてないみたいだね?

 

 慌てて手で抑えていると、ねー様がそう言って何かをスカートの内側に付けていく。

 

安全ピン?

私たち先代から続く知恵ってやつさ。錘があると捲れづらくなる。古詠未は知らないと思ってね。見た目と違ってお転婆そうだから必要かなと思ったわけさ

 

 おそらく、自分の使っていたであろう白い安全ピンを手早く付けてくれる。さっきと同じようにすると、たしかに上がり方が大人しくなった。

 

ねー様、すごい!

裏地に留めてるから表からは分からないよ。クリーニングに出す時は外してね

今までで一番そんけーしました!

……それは、どうも

 

 こういう知識は俺には無いので、素直に感動だ。なるほどね。

 

 こよみんの素足、ハアハア

 うん、かわいい

 Vtuberなのに実写とか……カワイイカライイカ

 娘とかいるといいよなー

 うちの子、こんな可愛くないけどなw

 ねー様がねー様しててテェテェ

 妹が出来ると姉らしくなる。ウチもそうだった。

 環境が人をつくるんやね……

 てか、こんな妹おったらワイも真人間なれるわw

 あれ? 意外と家庭持ち多い?

 ソ、ソンナコトナイヨ

 独り者に喧嘩売る姿勢、嫌いじゃないぜイラッ

 

コメントも盛り上がってきたようだし。古詠未。お先にどうぞ

 

 ええ……仕方ないな。

 

 こうなればあれしかないか。

 俺もアニメ見てハマって既刊を一気に買った思い出の曲。

 端末からぽちぽちと入力し、一覧から選ぶ。

 

へえ……

 

 少し嬉しそうな声がする。ねー様の年だとリアルに見てたかちょっと疑問だけど、知っているならありがたい。

 

朝もやのなか 続く白い道……

 

 ピアノのソロ……これはもしや

 お? pastel pure?

 マジか、ナツいわ……

 ヤバい、懐かしすぎる……

 えー、その恰好でマリみてとか卑怯だろ……

 てか……こよみん、うまくなってね?

 ブレないでよく出てるな、すげぇ

 癒やされる……トケテユク……

 おい、浄化されてるぞ、お前w

 

鳥のさえずり あいさつ、かわしながら……

 

 かなりキツイけど、ちゃんと出せてる。

 さすがッス、アリプロ様。めっちゃコントロールムズい(笑)

 それでも何とか歌いきると、フェティダとねー様が拍手をしてくれた。

 

良い歌声でした、古詠未さん

ああ、憎らしい演出してくれるじゃないか

ねー様なら分かると思って

ボクの母さんがファンだったからね。子供の頃から見てたし、DVDだって何度も見たよ

 

 嬉しそうに語るねー様。うろ覚えだったので少し練習してたけど、うまく歌えたのは良かった。まさかこんなお披露目になるとは思わなかったけど。

 

良かったですよ、こよみさん。立派な唱者になれますよ

 

 アイリスも嬉しそうに笑っている。唱者って言葉は初めて聞くけど。

 

そんなこよみさんに、プレゼントです。フェティダ、お願いね

 

 え?

 

 さっきまで俺の実写だったのだけど、いつものアバターへと切り替わった。

 フェティダが操作しているのだけど、そこにいつもの姫乃古詠未はいなかった。

 

 ちょ……

 こよみん、お着替えした!

 新衣装、これか!

 ちょっ、マジですごい似合うなぁ↗

 花冠じゃなくて髪飾りになったんだね

 両おさげ、かわいい♪

 メガネも似合うなぁー

 

 その装いはまさに今の俺と同じだ。

 蒼を少しだけ溶かし込んだ銀の髪をリボンで両おさげにして、変装用のメガネをちょこんとのっけている。髪飾りも同じあやめの花を型どったピンであり、頭には来た時に被っていたベレー帽もある。本当にそのままだ。

 

アイリスママのお仕事、早いでしょ? にしても、マジ似合うわねー♪

 

ええっ、アイリスがママだったの?

そうですよ、古詠未さん。ちなみにマネージャーは私、フェティダですからね

 

 アイリスがママ!

 絵師だったのかっ おしおき専門だと思ってた!

 俺も(^o^)丿

 おれもおれも(^o^)丿

 ていうか今のフェティダって人誰?

 マネージャー言うてたやんw

 ていうか、どーなってんの?

 現場の桜花様ー?

 

はい、現場からの中継ですw 某カラオケ店からお送りしてますが、現状はアイリス氏はおりません。ですが、マネージャーのフェティダさんはいらっしゃいますよ? とても綺麗な人で……あ、絵はダメだそうです。残念だねw

 

 なぁーっ!

 天は我を見放したか……!

 アイリスママいないのかー……残念

 

さて、じゃあそろそろ次に行こうか。ボクはキミの歌声をもっと聞きたい

つ、次はねー様の番ですぅ!

 

 

 それからどれくらい歌ったかは、よく覚えてない。

 でも、こういうのもたまにはいいな。

 そう思えたのは、収穫だったかもしれない。

 

 




 マリ○てアニメ。もう2004年なんだって。
……ちょっとガクブルします
((((;゚Д゚))))アワアワ


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24 先輩であり後輩でもあるVtuberとのコラボ

 途中で回想シーンが入ります。
 ※から※までは時間軸が違います。


十八時半を回りました。皆さん、こんよみー♪ 姫乃古詠未です。今日は告知通りにゲストの方とのコラボ企画です。それでは、早速お呼びしましょう。立花アスカさん、でーす!

わーい、お邪魔しますっ、古詠未ちゃーん♪ 立花アスカですっ 皆さん、こんばんはー

 

 今日の配信は、業界の先輩ではあるが企業としては後輩にあたるちょっと珍しいバーチャルミャーチューバー、立花アスカ。

 

 先日、フェティダのスカウトに応じてスカウトされて、すぱしーば第二のVtuberとなったアスカを先輩として招いた形である。まあ、要するにお披露目というわけだ。

 

 この発表に際しあるてま側、特に黒猫燦がノリノリで応援に駆けつけて盛り上げていた。

 当然のように保護者の夏波結とかフラップイヤーのメンバーも駆けつけ、彼女のチャンネル登録数は大幅に増えたらしい。

 しかも、あるてまのほとんどのVtuberがコメントを残してくれたようだ。

 あるてま、あったけぇなぁ……

 

 そんな華々しい移籍直後の配信であったりする。

 俺も先輩であり後輩である彼女を迎えるに当たり、若干緊張していたりする。

 

アスカさん、配信見ましたよー。みなさんに祝っていただいてとても嬉しそうでしたね

古詠未ちゃん、凸してくれるかと待ってたのに〜

あう。スミマセン、ちょっと手が離せなくて……実はリアルタイムに見れてなかったんですよ。ゴメンなさい

ううん、別に気にしてないよ? アレかな? 学校の課題とか? 配信見たよ〜♪ 制服姿、可愛かったよぅ〜

あ、ありがとうございます

 

 あれ? すごくテンション高くない? ちょっとついていけるか、心配になってきたぞ?

 

 こんよみー

 こんばんは~

 アスカちゃん、カワイイー

 少しデザイン変わった?

 アイリスママが頑張ったのかな?

 アスカのイメージが変わらないようにリファインされてる……これはすごい(゚д゚)

 

そうなのー、アイリスさんじゃないけど、すぱしーばの絵師さんが手直ししてくれてね〜♪ 2D絵もすごいぬるぬる動くのぉ〜、ほらほら♪

 

 そう言って手を振ると、滑らかに関節を動かし手を開いたり閉じたりしている。正直いうとlive2Dの限界を軽く超えてる感じだ。

 

アスカさんのママは、プリムラさんという人です。私関連の動画を見た方は、たぶんご存知かと思います

双子の娘だよね? どっちなのかな?

金髪の方ですね

ふぁっ? どど、どちら様?

せっかくなので呼びました

そそそ、そんな簡単に?

ご紹介預かりました、プリムラと申します。こよみ様の身の回りを世話をしつつママなどと呼ばれるようになりました

身の回りのお世話をしてて、ママって……それってもう、お母さんじゃない?

 

 アスカちゃん、落ち着いて(笑)

 アイリスがママで、プリムラさんもママ……

 ここがママの楽園か……

 ママ多いなw

 てことはもう一人もママなのかな?

 

はいはい♪ 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン♪ ダマスケナだよー

ダマスケナ、呼んでない。引っ込んで

こよみん、辛辣ぅ〜

こよみさま、とお呼びなさい。ダマスケナ

あうあう……お、お二人とも古詠未ちゃんの所にいるんですね? いいなあ、オフコラボ! 私もそっちに行きたーい!

そ、それはまた、いずれ。ともかく紹介は終わったから、二人は下がって

かしこまりました。では皆様、ごきげんよう

ばいなりー

 

 金髪がプリムラ、ピンクがダマスケナ……

 よし、憶えた。

 二人ともまだ子供みたいだったな

 メイドさん、なのかな?

 こよみん、メイドさん二人を囲んでるのか……ゴクリ

 

メイドじゃなくて家政婦さんが正しいかな? 通いだし。あと二人とも成人してるからね

ええ……羨ましい

? プリムラは料理も得意でね〜。ご飯が楽しみだったりします♪

うう〜、やっぱり、そっち行きたい〜

 

 あんな若くて美人の家政婦さん、いいなぁ

 あれ? プリムラさんはいいとして、もう一人のダマスケナさんは……何をしてるの?

 

ダマスケナは……主にゲーム、かな? スナッチをやり続けてプリムラに怒られるくらいだよ(クスクス)

あー、バラさないでよー

うーん、ダマちゃんがんばれー

 

 さらっとバラすこよみん(笑)

 アスカちゃんのいきなりダマちゃん呼びw

 プリムラママとの格差がありすぎて草

 

 

 アスカと会ったあの日。

 二人は普通に戻ってきた。

 

 フェティダに釘を刺したのが功を奏したか、それとも大した問題に発展せずに済んだのか。

 真相は分からないけど、俺としてはどうでもいい。せっかく二人との生活も慣れてきたのに。別の人間が来るとか、面倒な事にしかならない。

 

 ただ、二人ともそれまでの生活と違ってやる事が増えた。

 

 今の話の通り、プリムラはアスカのママとしての活動をするようになった。それはいいのだけど、ダマスケナはより面倒な立場になってしまったらしい。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「技術提携担当?」

……そうです〜

あるてま側にもたらした技術……正確には魔力による仮想データの自動構築と自律編集。この辺りを現存の技術になるべく落とし込んだノウハウを供出するという役目ね

 

 アイリスが言った言葉の半分も理解できなかった。ごめん、詳しく。夕飯の食卓でするにはやや場違いな話題ながら、アイリスは説明してくれた。

 

既存のデータから内部のデータを自動的に構築して、それを過不足なく既存データに繋がるように自律的に編集する機能の事。あるてまのサーバーに対してダマスケナがやった事を簡単に説明するとこんな感じになるの

 

 当然、そんな説明で分かるわけもなく、かいつまんで説明してもらった。

 

 あるてま内部にある全Vtuberの2Dないし3Dのデータ。これを元に立体データから洋服、肌着などを自動的に構築して、破綻しないようにそのデータにしてしまう。

 普通、3Dのデータというのは内部はスカスカだ。外面にテクスチャを貼って服を着た人のように見せたりするけど、その内側は何もない。それは人間の身体の中も同じだ。

 

 ところが、ダマスケナはそれに実体を与えた。もちろん電脳空間なので実体とは言えない。だが、それにより服という概念を纏いやすくなったらしい。

 

服を着せるために実体を作ったというのが正しいでしょうか? ともかく、脱衣をするために身体を実体化する事が先決だったのです!

「……何がお前を、そこまで熱くさせたの?」

それは当然、

ダマスケナ?

……そ、それはとりあえず、置いておくとして。私は膨大なデータを集める必要がありました。とあるアプリデータの素体となった人工知能を拝借して、そこから最適な形になる肉体データを再構成。そうすることで、現存の服や肌着などを合わせられるようにしました

 

 なんか普通にぬかしているけど、やってる事はとんでもない。しかも、するっと人工知能を拝借とか言いやがった。犯罪じゃねえか、やっぱり。

 

魔力頼みで適当にやった事を、辻褄が合うように先方に提供するのが、彼女の贖罪よ?

「……無理じゃね?」

 

 そもそも魔力を使って成した事を、魔力を使わないで出来るわけがない。ところがアイリスには可能という話だ。

 

この世界のインターネット環境には、すでに魔力が浸潤しているわ

「えっ?」

 

 そんな事は……聞いていない。

 しかし思い当たるフシはあったりする。

 

「我王君のアレは……そういう事だったのか」

そう。インターネット環境に浸潤した魔力が彼によって魔術を形成し、魔法を発動させかけた

「……なんでそんな危険な事をした?」

 

 俺はなるべく声を荒らげないように詰問する。アイリスは顔を背けるように花を動かし会話を続けた。

 

本来、危険はなかった。あんな術者がこの世界にいるなんてあり得なかったから

「そもそもこの世界に魔力なんて無いんだろ? だから使える人間なんて居ないと思い込んだ。違うか?」

……違わないわ

「博士なんて呼ばせるわりに、希望的観測が多いな」

居ないと証明なんて出来ないもの。どんな事にもイレギュラーはあるわ

 

 不貞腐れたように言うアイリス。

 たしかに彼女の言うとおりなのかもしれない。

 

話がそれたわね。ダマスケナがやったのは、私達でもめったに出来ないこと。そっち方面に才能があったのね。本来なら何人もの唱者と算術師とでやらなきゃいけない事をたった一人で、あの短時間に仕上げたんだから

フェティダ様に褒められました。天才だーって

 

 喜ぶダマスケナは、この間の時とはうって変わっていた。プリムラもそんな妹を誇らしげに見つめている。

 

そんなわけで、彼女はこれから『えすいー?』として活動するらしいの。魔力を極力使用しないで構築したシステムを完成させるためにね

 

 アイリスがそう締め括る。

 俺はダマスケナに向いて、頭に手を乗せる。

 

だんな様……

「やり方は良くなかったかもしれないけど、お前のやるべき事が出来たのは良い事だ。頑張れよ」

……はいっ。ちゃんと責任を取りますっ

 

 ダマスケナがにっこり微笑む。

 大輪のバラのような笑顔に俺は嬉しくなり、優しく頭を撫でてやった。

 

だ、だから。だんな様も責任とってください……

「ん? なんだって?」

いえっ、なんでもないですぅ!

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

さて、それじゃあ。アスカさんのご要望なんですけど

はい。わたし、あの歌が聴きたいんです。カレーを作ってた時に流してたBGMのアレ

あ、あー……あれかぁ

 

 あれ? たしか、打ち合わせでは別の曲にしてくれるって言ってなかった?

 そう思ってたら、アスカのアバターがペロッと舌を出していた。

 ちくしょー、だまされたぁ!

 

実は、マネージャーさんから楽譜と歌詞を頂いたんです。古詠未ちゃんに歌って欲しいと思って、わたし一生懸命練習したんですよ

 

 あ、あー。

 そんなことしてたの? この短い間に。

 でもさぁ、おれまだあの歌、覚えてないんだよね。

 

 お、あの歌の正式版聞けるのか?

 歌声、きれいだったよな

 まー、アスカちゃんだし。お歌になるよね

 いっちゃえー

 ●REC ポチッ

 はよはよw

 

 リスナーは無責任に煽ってくる。

 アスカも配信の向こうで音を調節しているし。

 も、もう。知らないからな?

 

歌詞は私が言うから、続けていけば大丈夫。あんまり感情はのせないでね?

 

 アイリスがそう言ってくれる。

 大丈夫、感情込めて歌うなんて、懐かしアニメの歌くらいしかやらないから。

 

じゃあ、始めるよ

 

 軽やかにアスカの弾くピアノの音が響き渡り、あの旋律を奏で始める。

 

 すぅー……はぁー

 深呼吸をして、アイリスの言葉を待つ。

 

 

とぅーは、るぅ~とらぁぇ、しぇすてぃ……

♪ とぅーは、るぅ~とらぁぇ、しぇすてぃ、ふぁれくぇ、らふぁ……

 

 

 相変わらず、どこの言葉だか分からない。

 彼らの世界、フラウレーティアの言語なんだろうな。

 アイリスも、あの時より分かりやすく滑舌よく歌ってくれているので、なんとか追える。

 

 歌い始めると、不思議と唄えているようだ。

 アイリスの補助も無しに歌詞が出る事もたまにある。アレ? 意外と俺って才能あったりするのかな? なんて勘違いもしてしまうが。

 

 一番が終わり区切りに入ると、アスカのピアノのソロだ。特段難しいそうに弾いていないけど、アスカってやっぱり凄いなぁ。

 

 と、そこに弦楽器の音が混じってくる。

 なんだ、と思ったらダマスケナとプリムラだった。

 

アスカさん、ウチの二人のサポートらしいです

ええっ、嬉しい♪ ここ少し長めだから助かるぅー

 

 ダマスケナが抱えているのはハープのような楽器だ。もっとも扱い方はハープというよりはギターのようで、忙しなく弦を弾いたり、留めたりしている。

 

 プリムラの方は、ヴァイオリンのようだ。これは見た目からも差異が分かりづらいけど、やはり若干の違いはあるようだ。弦を弾くのに弓を使うのも同じ。だけど、音は少し違うかな。

 

 集音マイクもいつの間にか設置してるし、二人の技術はたぶん問題ない。むしろ問題は俺だったりする。

 

ちゃんと歌えてるから大丈夫。感情だけは抑えて。独唱と違って楽器が増えてて、発動しやすくなってるから

 

 なんか、不穏なワードが出てきた。

 おまえ、まさかこれ、魔法が発動したりしないよな?

 

並の唱者ならこれでも魔術は起動しないわ。でも、あなたは少し規格外だから。感情だけは抑えて

な、なかなかにハードだなぁ

 

 アイリスのヤツ、否定しなかった。

 つまり感情がこもると発動すると認めたわけだ。一体どうなるのか気が気でないので、二番の入りに少し失敗した。

 

 おおう……

 なんだか、すごくきれいな旋律……

 軽く浄化されそうだな……

 あ、その気持ち分かる

 ケルトっぽいけど、少し違う気もするし

 そもそも言語はなんだ?

 発音からすると、ロシアっぽい

 いや、ロシアじゃない。こんな言葉ないよ

 ……ヒュムノス語みたいなものか?

 

 正解に辿り着いてるコメントもある。

 たぶん、この言葉は魔術を起動させる鍵になっている。感情がのるとダメとか、ゲッ○ーじゃあるまいし。

 

 なるべく平静に、心穏やかに言われるままに言葉を紡ぐ。盛り上がりそうな楽曲に合わせているのに、感情込めるなとか難儀なこと言うよなぁ……

 

 

♪ とぅ、れーてぃあ、つぇ、ふーらぁーぅ、あー……

 

 

 最後の発音が掠れてしまったけど、なんとか終わった。アスカ、プリムラ、ダマスケナの演奏も終盤にかかり、最後はピアノのソロで終わる。

 

 ……終わった

 もう終わっちゃった……

 てか、これ八分もあったのかw

 あんまり長く感じなかったけど

 なんとなくスッキリした感じだ

 こころが洗われたみたいだお

 じゃあ、オマエ消えてんじゃんw

 ひとをアンデッドみたいにいうな草

 8888ー♪

 ぱちぱちぱちぱち〜

 

 

ありがとうございました! いやーびっくりしたぁ、まさか他の楽器が入ってくるなんて

プリムラとダマスケナが、ね

ありがとう、プリムラママ。ダマスケナさんもありがとうございました

お安いご用です

それじゃあ、アスカちん、待ったねー♪

 

 元気に二人が退出する。

 

アスカさん、ありがとうございました

ううん、古詠未ちゃんこそ、ありがとうね。すっごく元気をもらった気分! もう一曲行っちゃおうっかー!

ええ……

 

 それはマジに勘弁くだせえ。

 

やっぱり、少し効果が出ちゃったみたいねw

 

 ええ? どういうこと?

 

この曲は“豊穣の恵みを喜ぶ歌”。人に元気を与える効果のある、ごく初歩の唱術よ

 

 ……俺は、疲れてるんだけど?

 

唱者は使う人間だから、疲れるの。奏者はそれほど消耗はしないんだ。

 

 

 なんか、身体が軽くなった気がする……

 そういや、肩こりが無くなったな

 おいおい、ワイ腰の痛みひいたんだが

 疲れ目がマシになったのは気のせいか?

 んなわけあるかよw

 まあ、気のせいだろう

 

 

 ま、まあ。そうだよな。

 そんな効果が出るわけない。

 そう思っておこう。

 

じゃあ、次っ! 何にしよっか、古詠未ちゃん!

 

 ……アスカのテンションだけはあがりまくってるなぁ……

 

 なに? つまり、アスカの体力回復させちゃったわけ?

 

 

新生アスカの溢れる想いっ! みんなに届けー!

 

 いや、その溢れてるの、俺の体力なんだけど……

 

 

イクよー、古詠未ちゃんっ

ふぁ、はいっ!

 

 業界の先輩であるアスカに逆らうわけにもいかない。というかこのテンションを下げるのは一リスナーとしてあってはならない。

 

 俺は疲れた体を鞭打って、マイクを握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、このあと三曲くらい歌わされた。

 

 ……お歌、疲れたよ……がくり。

 




 移籍直後のアスカでした。
本来自分でイラスト等を用意しているアスカですが、プリムラはそれをブラッシュアップして配信に使える形にするのがお仕事です。どちらかというと、ママはやはりアスカ本人ということになってます。


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25 姫騎士となる前のころ

 今回はエルフの姫騎士、リース=エル=リスリットの中の人の視点となっています。※は過去話となってますのでご注意下さい。


殿田莉姫(レキ)……

 

 報告書を眺めていると、じいやが説明してきた。ここは都内某所のマンション。

 

すぱしーばはガードが硬すぎて難しかったのですが、学校関係に提出された書類から分かりました。現住所は中野区東〇〇、✕丁目、桜レジデンス……

 

 じいやが淡々と読み上げる。学校の書類と言っていたから、内部の人間に協力させたのだろう。

 

 足のつくようなマネはしていないだろうが、こういう事に妥協をしない姿勢は如何なものかと常々思ってはいる。ただ、持ってくる情報は間違いがないのでやめるようには言っていない。

 

 しょせん、私も神代の人間なのだ。

 

父は殿田暦、母はおりません。年齢から推測するに、海外での私生児、ないし養子の可能性があります

瞳が青いものね……ちょっと待って。名前、なんて言ったの?

 

 聞き覚えのある名前を聞いた気がした。

 彼女はあらためて、『殿田暦』と答えた。

 

殿田……あの方の、子でしたの

 

 殿田 暦。

 懐かしい名前である。

 じいやも知っている筈なのに、なぜか頭を捻っていた。

 

ご存知なのですか? お嬢様

あなたも知ってるでしょ。ほら、私を助けてくれた、あいつよ。

 

 私がそう言うと、ああ、と思い当たったらしい。

 

ああ。殿田なんて名前だったのですね。私どもは『怪しい奴』としか呼んでなかったので覚えてませんでした

 

 彼女がさも当然のように答えている。

 私は頭が痛くなり、額を押さえた。

 そう言えばそんなふうに言われて困っていたのを思い出した。

 

 

 あれは何年前だったか。

 机の奥にしまっておいた古い携帯電話を取り出してみる。

 

 

 少し無骨なデザインのそれは、彼の残した物だった。

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 神代の本邸の防犯設備の改修が行われた時に大勢の人がやって来た。

 背広の人、ツナギ姿の人、色んな人達だ。

 

 その中にいた、ごく平凡なひと。

 それが殿田暦だった。

 

 たぶん、それなりに整ってはいるのだろう。

 しかし彼は殊更自分を飾り立てようとは思わないようだった。没個性的な人で、普通なら取り立てて覚える筈もない人だと思う。

 

 

 当時、私はたしか中学に入ったばかりだったと思う。お父さんやお祖父様の言いつけを守り、愛想笑いも言われた時にしか出来ない、可愛げのない子供だった。

 

 工事が始まり、じいやには勝手に表を彷徨かないようにと注意された。本邸ゆえに警備は多いけど、かなりの人数が出入りするのでチェックが煩雑になると言っていた。

 

 母屋の三階の廊下から、下を行き交う人達を見る。いつも私の周りにいる人たちと違うので、興味を引いたのだと思う。飽きもせず、ずっと眺めていると不意に気配を感じた。

 

……?

 

 廊下の先に人がいた。作業員らしい恰好の人で、キョロキョロと辺りを見回している。私に気付くと、彼は「ご家族の方でしたか」と声をかけ、近づいてきた。

 

はい。どうかなさいましたか?

「いや、迷ってしまいましてね。第三配電室へ行く筈だったのだけど……」

 

 ? 配電室なんか、私は知らない。

 じいやなら知っているはずだから、彼女の所に連れて行こうと言うと、彼は喜んでくれた。

 

「御子柴さん、ここに配電室はありませんよ?」

「!?」

 

 不意にかけられた声に、私と彼は驚く。

 私とツナギの彼の後ろに、スーツ姿の男性が立っていたからだ。

 

「くっ!」

きゃっ?

 

 ツナギの人が私の手を取る。そのまま腕を極めようとしたらしいけど、呻いたあと、動かなくなった。

 

「ご家族の誘導は私達の仕事じゃありません」

 

 スーツの男性は、少し大柄のツナギの男の肩に手を置いていた。ただそれだけで、彼は身動き出来なくなっていた。苦しそうに睨むのみで、言葉も出せない。

 彼はツナギの人の社員証を見て、首を傾げる。

 

「あなた、御子柴さんじゃないですね。ツジウラさんも管理をしっかりしてくれないと困るよなぁ」

 

 そうぼやくと、ツナギの男が私の腕を離し、肩においた彼の手を取りにいく。ツナギの男は何らかの格闘技をやっているようで、同時に左肘を入れようとしていた。

 

 組伏せられるスーツの人の姿が見えた気がした。

 

 だが、実際はツナギの男の方が組伏せられていた。

 

「うぐっ……」

「なんとも……解せないね」

 

 そこに、じいやと警備の人が駆け上がってきた。廊下に組伏せられた時に出た音を聞きつけたのだろう。

 

な……お嬢様、ご無事ですか!

 

 私は言葉は出せず、こくりと頷くだけだった。警備の人が近づくと、スーツの人は両手を上げて立ち上がる。警備にとっては彼も狼藉者なので警棒で威嚇している。

 私は、じいやに彼は助けてくれた人だと伝えた。

 

……お嬢様に怪我がなくて助かった。だが、ここは立入禁止の筈だ

「申し訳ありません。ですが、彼がするすると上がっていくのを見えたので。施工会社の職員が間違えたかと思ったのです」

 

 頭をかいてそう答えている。

 あまりにも普通なので、余計に妙に思えた。

 それはじいやも感じたようだ。

 

殿田、現場責任者が席を外すな

「はい、すみませんでした」

 

 工事全体の指揮をする女性に頭を下げている。

 どうやら彼は彼女の部下らしい。足早に立ち去る彼を見送っていると、じいやとその女性が話し始めた。

 彼女は連行されるツナギの男に視線を向けていた。

 

部下が勝手な行動をして申し訳ない

全くです。もっとも、それでお嬢様の身が守れたのだからこちらとしてはありがたいやら情けないやら

 

 じいやが警備の連中を睨んでそう呟く。

 本来、そうした暴漢を寄せつけない為にいるのが警備だ。それが仕事をしなかった事が腹立たしいようだ。

 

あれは仕事は人並みにしか出来ないが、荒事には滅法強くてね

……サラリーマン、ですよね?

三年前ほど前に、日本に戻ってきたんですよ。ベイルートから

 

 くすりと笑うその美人の女性に、じいやの目が見開かれた。じいやがそこまで驚くのはめったにない。私は彼女に聞いてみた。

 

その頃は、たしかレバノン侵攻があった筈です。そんな時期に日本のビジネスマンが渡航しているわけがない

会社からの連絡がつく前に情勢が悪化して、これは死んだなと思ってたらひょっこり帰って来たんですよ

 

 にわかに信じ難い話である。

 その女性は、きれいに整った顔に微笑みをたたえて呟く。

 

……もちろん、冗談ですよ

部長もお人が悪いですね

 

 二人が、合わせたように笑う。

 この部長、と呼ばれる女性はじいやより年上だろう。しかし、ちょっと見られないほどの美形だ。どこかのモデルなんだろうかと思うほどに整っている。

 そんな人が部長などという役職についているのだから、さっきの人の事もおかしいなんて言えない。

 

さあ、姫穣さま。お部屋にお戻り下さい

重ねて、申し訳ありませんでした。後ほど正式に謝罪に参ります

 

 二人は思い出したように私に声をかけてきた。

 謝罪は不要と、答えておく。

 じいやにも、父さんやお祖父様に報告の必要はないと伝える。

 

 害は何も無いのに、謝罪とかされても困るし。

 それはたぶん、あの人にとって面倒にしかならない。

 

 助けてくれた恩人に報いる気持ちくらい、私にだってあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 作業は数日に及ぶため、翌日も朝から多くの人間が出入りしている。私は昨日と同じように廊下の窓から、その光景を見ていた。

 ふと、スーツの彼が見えた。昨日のツナギの人と同じ服装の人たちの一団と談笑しながらこちらに来る。

 

 ちらり。

 こちらを見て、頭を下げるあの人。

 それを見て同じようにヘルメットを外して、彼らも頭を下げる。

 

 覚えていてくれた。

 なんだか、すごく嬉しくなった。

 今日は上司の部長さんはいないようで、彼の指示のもと作業が開始された。

 

 じいやが側に居ない事を確認して、下に降りる。勝手口のサンダルを引っ掛けてドアを開ける前に、はたと気付いて身嗜みを整える。

 

 前髪、ちゃんと梳かした。

 お顔、うん、すべすべ。

 服は……まあ、普段着だけどおかしくはない。

 

 よし。

 

 勝手口を開けて、あの人の側に歩いていく。

 駆け出したい気持ちを抑えて、ゆっくりと。

 

「おはようございます、お嬢様。お騒がせして申し訳ない」

おはよう。構いませんよ? お仕事なんでしょうから

 

 ニコリと笑う。

 そうですか、と少しだけ笑うと手元の紙の束に目を落とす。あれこれと思案し、ボールペンで何かを書き記したりし始めた。

 

 ……あれ? わたし、ひょっとしてスルーされてる? 学校では一番の美少女と呼ばれている、このわたしが?

 

あ、あの……

「はい、なんでしょう?」

 

 声をかけて注意を引く。彼がこちらを向いた。

 

昨日は助けていただいて助かりました。会社の方には咎めないように釘は刺しておきましたので

「そうでしたか。ご配慮、感謝いたします」

 

 彼はそう言ってきた。やはり気にはなっていたのか、安堵した様子が見える。

 そこにツナギの人が二人やって来た。

 

「殿田さん、ちいと仕様が違うよ」

「マジすか。やっぱ、3系統ッスか?」

「いや、2系統だけどサブがそれぞれあるみたいだ。どうしたけぇかね?」

「あー、サブか……見てみよう」

「頼むよー」

 

 すると、会釈をしてそのままどこかに歩いて行ってしまった。

 

……

 

 ……なんでしょう。

 この、モヤモヤする感じ。

 ま、まあ。

 お仕事で来てるんだから、当然よね。

 ははっ、せいぜい頑張りなさいな、庶民。

 

 ……あまりに虚しいので、ため息をついて家に戻った。

 

 

 

 

 

 この頃、中学に入って間もないゴールデンウィークの最中である。学校は休みだし、課題も既に終えている。今やるべき事は何も無い。

 暇を持て余していた私に、彼は格好の獲物だったのだ。

 

 

……いましたね

 

 

 お昼の時間は作業も止まる。

 つまり、彼も今は仕事をしていないはず。

 このタイミングなら邪魔はされないと考えたのだ。

 

 そろりそろりと後ろから近づく。

 こちらには気付いていないのか、携帯をじっと見ている。よく見るとイヤフォンを付けているので、音楽でも聞いているのかと思っていた。

 

 しかし、そこには何やら違うものが映っていた。

 制服の女の子と男の子達が、何やら踊っていた。

 

……?

「今は休憩中なんだけどな、お嬢さん?」

えっ? ……気付いてらしたの?

 

 庭の石に腰を掛けていた彼がこちらを振り向く。

 その表情は先程とは違ってあまり優しそうには見えない。どこか煩わしいような感じがした。

 

ご、ごめんなさい。でも、お仕事中には声をかけづらくて……

 

 なぜか謝る私。こんな事はめったにないのだが、彼の休憩を邪魔したという事実がそうさせたのだろう。

 

「もうエンディングだから、ちょっと待って」

え、はあ……?

 

 エンディング? マンガのようなモノを見ていたようだけど……。とりあえず、ほんの少し待っていると、彼は携帯を閉じてイヤフォンを外した。

 

「あー、うん。控えめに神だな」

……え?

「マジで作画パない。しばらく一強だろ、京アニ」

は? あ、あの、何を言ってるのですか?

 

 何やら訳のわからない言葉を呟く彼に、私は困惑して問いかける。すると、彼は私を見て驚いたように言う。

 

「ああ、アニメの話だよ? お嬢様は見ないの?」

 

 知っていて当然という感じである。私は開いた口がふさがらなかった。

 

 この時まで、私は漫画やアニメなどは見たことがなかった。家庭教師やじいやが遠ざけていたのもあるけど、興味を惹かなかったというのが一番の要因だ。

 

 同学年の子たちも私がそういうのに興味を持っていないと知っていた。

 彼らも私の側にいる時には話題を変えていたのだろう。そうして仲間外れにされていても、特に感じる事はなかったのでスルーしていた。

 

 所詮、子供だましのものだろう。

 そう思っていたのだ。

 すると、彼は残念そうな顔をした。

 

「勿体ないな」

……え?

「あんたたぶん、見た事無いだろ? アニメも漫画も」

ええ……まあ

「かー、勿体ない。自由になる時間が有り余ってるのに使わないなんて勿体ない!」

 

 ……なにを言っているのか。

 でも、仕事中の彼よりも人間味があった。

 

「とりあえず、見てみるか?」

 

 そう言って彼は携帯電話を広げ、動画の再生を始める。座っていた所を少し動いてスペースを作ってくれたので、そこに座る。

 

 ……こんなに近くに異性の男性がいるなんて、初めてなんですが……

 

 彼は私の気持ちも知らずにイヤフォンを差し出してきた。そして、操作をして動画の再生を始めた。

 

 

 

 

 

「どうだ? 面白かったか?」

えっと……主役の子が、あまりに非常識なので驚きました

「まあ、そうだよな。正直、始まる前に帰れてほんと助かったわ」

……?

 

 私の知る物語とは大きく異なる内容だった。

 ともかく予想外の行動をする女の子に振り回される男子生徒という感じで、ボヤきながらも彼女に付き合う所に好感が持てた。

 

 物語の全容は全く分からないけど、面白い、と思ったのは間違いなかった。

 

こ、これの続きは?

「一応あるけど、休み時間がそろそろ終わる。俺は仕事せにゃならんからなぁ」

 

 そのぼやき方が、さっきの少年によく似ていた。

 たぶん真似ていたのだろう。

 本来は笑うところなのだが、この時の私は自分の事しか考えていなかった。

 

休み時間なんて構わないでしょう。続きを見せなさい

「そうもいかんのよ。悲しいかな勤め人なんでな」

……私がいいと言っているのよ。黙って従いなさい

 

 立ち上がり携帯をしまう彼に、私は強く命令した。

 しかし彼は反駁もせずに会釈して立ち去ろうとする。

 

待ちなさい! この姫穣が命令しているのよ?

 

 私の命令には従うのが当たり前だ。

 じいやも、使用人も、警備もそうなのだ。

 ところが彼はそれを意に介していない。

 

 ちっぽけなプライドを刺激された私は、彼の前に回り込み、立ち塞がる。怪訝そうに彼は私を見下ろし、面倒なように溜息をつく。

 

 その仕種に、心が苛立った。

 我儘な子供だと見られていると感じたからだ。

 

「……午後五時を回ったら、今日の仕事は終わりだ。そこまで待ってくんない?」

え……

 

 ──勘違いだった。

 

 彼は私を子供として諭す事はしなかった。

 父さんもお祖父様も、私の言う事に予定を変えたりしなかった。後で聞くと言って忘れた事などしょっちゅうだ。

 

五時になったら、迎えに行きます

「……残業にならん事を祈っててくれ」

 

 彼はそう言うと懐からガムを取り出し、口に入れながら立ち去った。

 

 その後、きちんと五時に仕事を終わらせたのだが、じいやに阻まれて彼と見る事は出来なかった。

 

「明日も来るから、貸しておくよ。電話が来ても出ないように」

え……でも、お仕事に使うんじゃないの?

「仕事用はあるから」

 そう答える彼に、じいやが追い立てるように言う。

 

用が済んだらさっさとお帰り下さい

「へいへい。んじゃあな、お嬢さん」

 

 そう言って、彼は帰っていった。

 手をひらひらさせていたので、私も手を振って別れの挨拶をした。

 

 やった後に気付いたけど、そんなふうにしたのは初めてだった。

 

 

 

 彼の携帯を取り上げようとするじいやに、私は断固拒否をした。泣き落としまで使うと、流石に手を引いてくれた。

 

 動画を見た後に、いけないとは思いつつもメール等を覗いてみた。

 

 そこには妹さん等の家族以外に連絡はなく。

 私は、なぜか嬉しくなった。

 その番号やメアドを自分の携帯に打ち込んで保存した。逆に、私の番号とメアドも勝手に入れておいた。驚くに違いないなと思いつつ。

 

 

 

 次の日。彼は来なかった。

 代わりに部長という人が来て、作業の指示とかしていたが。私にとってはそれはどうでもいい事だ。私はその部長とやらに、どうして彼が来ないのかと尋ねた。

 

別件で海外に行かねばならなくなったのです。申し訳ありません

 

 

 そんな……。

 私は愕然として……借りていた携帯を返す事も、忘れていた。

 

 工事が終われば部長とやらも寄り付かなくなり、連絡を取る事も出来なくなった。

 

 

 

 

 

 しばらくは生きていた回線も、二年ほどで契約が切れたようで繋がらなくなった。

 

 連絡をしたいとは思っていたけど、彼自身の仕事の番号は入っておらず。家族にメールや電話をするのも違うと思い、しなかった。

 

 

 

 

 そうして、彼のことは次第に記憶の奥に引っ込んでいってしまった。

 

 彼が教えてくれたアニメや漫画、ラノベ等のサブカルチャーが拍車をかけたのは言うまでもない。

 

 今の私がバーチャルミャーチューバー等をしているのも、そのおかげだ。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

彼は、今どこに居るのですか?

ロシア……サンクトペテルブルクですね。スヴャジインベストの系列会社のズドラーストヴィチェという会社にいるようです。これもすぱしーばからは得られなかった情報ですね……ちっ

 

 悔しそうに舌打ちするじいや。

 そんなに毛嫌いすることないのに。

 

まさか……行くとか申されませんよね?

あら? そう思った?

やけにご執心でしたからね……

 

 その言葉で、真相に気がついた。

 そうなのだろうな、とは思っていたけど。

 

それこそまさか、よ。わざわざそんな所に行かないわ

 

 そう答えると、じいやはあからさまに安心した様子になる。……どこまで子供扱いするのやら。

 

そう……彼の、娘か

 

 朴念仁のように見えて、やる事はやっていたのだろうけど。まさか子供を一人置いて海外赴任とか。

 私の予想を軽く超えてくるのは変わらなかった。

 

 

 

 とりあえずは、彼女との接触が必要だ。

 いつまでも他の者とのコラボを見せつけられるのも面白くはない。

 

 姫の騎士はこの私。リースであるべきだ。

 

 

 




 懐かしいですね、ハ○ヒ。久々に見ても、冒頭からぐいぐい引き込む力が強かったです。続きを見るのは、これを書き終わってからやで(笑)
 ちなみにロシアの会社名とかは適当です。こっちも『すぱしーば』なんて付けてるからね。


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26 学校というところ


 今回も配信ではないです。
 申し訳ない。学校の話になります。


……いってきます

行ってらっしゃいませ、莉姫様

いってきまーす

ダマスケナ、くれぐれも粗相のないように

分かってるよぅ、お姉さまの心配性

 

 朝早くに俺とダマスケナが家を出る。これがこれからの日課になるかと思うと、げんなりしてしまう。

 

駅まで一緒ですね!

おまえは朝から元気だねぃ……

 

 久しぶりに袖を通すスーツ姿に、少しウキウキしているようなダマスケナ。その様子にリアルな年齢差が実感出来てしまう。

 今の俺は山百合女子学園中等部の制服を着ている女子ではあるが、中身は四十近くのおっさんだ。内包するパワーでは圧倒的な敗北感を禁じ得ない。

 

 朝の電車はかなりの混雑だ。ダマスケナは反対方向なのでここでお別れ。手を振って別れる彼女は大げさだ。今生の別れじゃあるまいし。

 

 黄色い電車で五つほど、そこからバスに揺られる訳だが……通学時間のこのバスにはすでにかなりの学生の姿がある。一般の利用者がかなり肩身の狭い状況となっていた。

 

 ああ……あのおじさん、必死に手を上げて痴漢冤罪かけられないようにしてるな。

 その中に放り込まれた身としては、同情するしか出来ない。何せ、こっちも慣れない環境で耐えるのみだからなぁ……

 

 同じような制服を着ているけど、明らかに年齢が違う人もいる。たぶん、高等部の生徒なんだろう。よく見るとすでに冬服に着替えている人もいる。

 

……みんな大きいな

 

 同世代と思しき少女と比べても若干低い気がする。やっぱ、チビなんだなぁ……野郎の時でもそんなに高くはなかったけど、ここまでちっこいとは思わなかった。

 

 

 

 中学を卒業してから何年ぶりだろうか。

 少なくとも俺が通ったのは共学の公立校であり、施設という意味で言えば雲泥の差である。

 落書きの多い机、薄汚れた壁、効きの悪いエアコンに、夏は暑さに、冬は寒さに苦しめられたものだ。

 

 ところが、この学校は全然違う。

 改修されたばかりというのもあるのだろうけど、机や椅子などの備品は変わってはいないはずだ。だというのに、意図的に付けられた傷はほとんどなく、落書きなどは見当たらない。

 

 壁は当然新しく、塗装や接着剤の化学臭もほとんどしない。エアコンも最新式のようで、冷えすぎない。湿度が下がりすぎないようになっているようで、多感な少女達のお肌や髪にも配慮している。

 

 そしてもっと驚いたのは授業だ。

 殆どの授業がタブレット端末で行われていたのだ。国語や英語等の書き取りが必須な科目は普通だったけど、流石に如何なものかと思う。

 

 

殿田さん、使い方分かる?

 

 隣の席の子がそう聞いてきた。

 

いちおう説明は受けたし、今のところは

何か分からない所があったら聞いてね?

うん、ありがとう……えっと

わたし、鹿取杏樹

ありがとう、鹿取さん

うん

 

 気さくに声をかけてくれたので、返答にまごつかなくてすんだ。ショートボブでスッキリした顔立ちの鹿取さんは、この学校では珍しいお嬢様然としていないタイプだ。

 

 担任の先生もそれを見越して隣にしたのだろう。なんとはなしにこちらの様子を見ているので、おそらく面倒見のよい子なのだ。

 いくつかわからない所を聞くと、やはり気さくに応対してくれる。

 

 

 

 そんなわけで初めての授業はつつがなく終わった。

 隣の鹿取さんのおかげもあるけど、基本的には習った事なので見れば思い出せる。再確認て大事だなと、思う事も多かったけどね。概ね問題は無かった。

 

 

 

 その他はなにか無かったのか、だって?

 うん、何も。

 

 転校生がちやほやされたり、イジメられたり、そんなイベントは特に発生せずに終わった。

 鹿取さんも、必要な事以外は聞いても来ない。クラスの他の子は、ちらちら見てるけど……自分から声をかけるとかハードル高過ぎて無理ゲである。

 

 向こうから接触して来ないならありがたい。

 さっさと帰ることにしようと席を立つ。そこに隣の鹿取さんが声をかけてきた。

 

そう言えば、殿田さん。部活とかは決めたかな?

えっと……習い事があるので

 

 曖昧に笑ってそう答えると、「ああ、なるほど」と納得してくれた。こっちを知っているかはともかく、授業以上に余計な時間は取られたくない。これから帰る前にすぱしーばに寄ってレッスンなのだ。なので、習い事というのは嘘ではない。

 

では、むやみに勧誘するのはやめた方がいいな

 

 爽やかに笑って彼女は引き下がった。うん、引き際が良すぎてこっちが気になるな。ちなみになんの部活なん? と聞いたら変わった答えが返ってきた。

 

SOE同好会

…………最近はそんな部活もあるのか……

 

 現代社会の闇は深い。

 

 こんな頃から経済的なアプローチを部活で学んでいかねばならないとか……いや、どっちかと言うと経営側の観点なのか。管理側のトップダウンよりも現場に則したボトムアップの方が正しい事は多いからな。この頃からそういう事をしっかり学んでおくことで、将来経営に携わる人材を育成していくということか……。

 

……? な、なんだか難しい顔をしているね? まあ、常識的に考えても意味分からない名前だよね?

? System of Engagementの略だよね?

えっ?

 

 鹿取さんの驚く顔に、俺も固まる。

 ……あれ? 違ったっけ?

 

SoE……顧客のニーズ合わせた管理システムのこと。近年広まりつつある概念であり、浸透しつつあるとの話を聴いたことがある

 

 窓際に残っていた生徒が、そう呟いていた。

 黒い長い髪を三つ編みにして、今でも本から目を離さない。

 

私も最初はそう思ってたけど、違ったの。入ってみたら経済とか情報とかは全く扱ってなかったわ

……はあ

 

 入ってみたと言ってるから、この子も関係者か。それはそうと、君のほうもかなり変だよね? というツッコミは、あえてしなかった。

 

 というか、出来なかった。

 

 扉を勢いよく開ける音が響き、そこにいた少女が高らかに声を上げたからだ。

 

アンジュ! 転入生はかくほ出来た!?

あ、ああ。とりあえず話をしているところ……

ふああっ! マジすか、かわいいっ! さすこよ! good! excellent! Magnificent!

 

 なんでその順番に言ったの。

 最後の方で散弾銃で生徒殺しちゃう先生かよ。

 

 心の中のツッコミはさておき、入ってくるなり俺の肩を叩いたり、握手したりするハイテンションな外国人の女子生徒に、俺は声が出せなかった。

 

 あ、あの手が柔らかくていいですね。あの、あ、ハグとかマズいって! ああ、良い香りがするし、やわらけ〜! こんなん、ヤバいってばよ!

 

エルゼ、殿田さんが固まってるよ? その辺にしといた方がいいんじゃない?

あっ、ゴメンね! ちょっとテンション上がっちゃって。いやー、リアルこよみんとか、マジ天使♪ イイ香りにドキドキしちゃったよ♪

あ、えと、そちらもいい香り、でしたよ?

いや、もう。テレテレこよみん、すげーいい! ヤバい、もうヤバいわ。アンジュ、これ飼っていい? ちゃんとお世話するからー

飼えるわけないでしょ? バカなこと言ってないで、自己紹介しなさいっての。彼女、用があるらしいんだから

 

 呆れるように言う鹿取さんに、ようやく落ち着くその子は自己紹介をした。

 

わたし、エルゼ=リースエッタですっ! 日本のアニメ、漫画大好き! 今はVtuberも大好きっ! 姫乃古詠未ちゃんに会えて、わたし大興奮でっす!

 

 キラキラした目で、そうまくしたてる少女。

 ……超めんどくさそうな予感がしたよ。

 

 

 

 

 

 

世界を、面白くする、エルゼ=リースエッタの同好会というのが正式名称なんだけど。

 

 他のクラスからやって来たエルゼから逃げるように他の子達は教室から居なくなり……気付けば彼女達しか残ってなかった。

 

 あ、三つ編みの子もいた。

 話の輪に入ってこないのにこの距離に留まるとか、わりと正体が読めないけど。

 

そこの子は戌絵琴子。SOE同好会の最後の一人。エルゼに本読んでたってだけで拉致られたの

やり方はどうかと思ったけど、面白いから別にいい

 

 クールにそう呟く少女だが、少し耳が赤かったりする。あれか、ツンデレか? いや、クーデレの方か!

 

私達同好会は、日本の漫画、アニメ等を研究し、世界を大いに面白くするという大義名分の元に、遊ぶための部活よ!

 

 エルゼさんがフンスと鼻息荒く言うけど、自分で遊ぶためってバラしてるやん。やれやれといった鹿取さんが、横から説明してくれる。

 

この学校は古くからあるけど、こういった部活は実例がなくてね。エルゼが発起人になって創部したんだよ

 

 まあ、そうだよな。

 こんな古めかしい学校にはそぐわない感じがする。それにこの話の流れ。なんだか嫌な予感がする。

 

あの……まさか入ってくれ、とか言わないよね? 人数足りないから廃部になっちゃうとか……

さすが最年少Vtuber! お約束は理解しているね! でも、そういう事は無いから安心してねー

 

 エルゼの屈託のない笑みに安堵する。

 そして、彼女は続けて手を差し出してきた。

 

お友達に、なって下さい。ええと……

殿田莉姫(レキ)さんよ

ありがと、アンジュ♪ あらためて、お友達になって下さい

 

 俺の名前を知らずに友達になりたい。

 言葉の端々に古詠未の中の人だと知っていて声をかけてきたのは間違いないだろう。

 だからと言うわけではないが、俺の返答は決まっていた。

 

ごめんなさい(_ _;)

ア"ーッ! まさかの断られたぁー!

 

 すぐに頭を抱えてのたうち回るエルゼ。

 ああ、アイボリーの制服だから、ホコリが目立つよう……それにしてもアグレッシブな子だなぁ。

 そんな様子を見ている鹿取さんは、満足したのか彼女の肩を叩いて立つよう促す。

 

言っただろ? いきなり言っても無理だって。悪いね、殿田さん

いえ。あの、こちらこそすいません……

 

 ──罵倒されると思っていたのに。

 

 友達くらいなってくれてもいいのにと、そんな言葉をかけられると思っていた。

 しかし鹿取さんは、こちらの言い分を認めてくれた。単に、エルゼの奇行が見るに耐えなかった可能性は否定出来ないけど。

 

……もう顔見知りなんだから、それでいいでしょ?

「「「えっ?」」」

 

 もう一人の少女が、そう呟いた。

 言った瞬間に本に目を落とし、こちらを見ようともしないけど。

 その心遣いが、とてもありがたかった。

 

と、とりあえずは顔見知りから、で……お願いします

 

 

 へらり、と笑う俺に、エルゼは破顔して抱きついてきた。ちょっ、待って! ステイ! 鹿取さん、コイツ止めてっ!

 

こよみん、だーい好き!

だから、はなせぇっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんで友達にならなかったんですか?

え?

 

 帰りの電車に揺られる最中に、アイリスがそんなことを言ってきた。

 

学び舎での学友。イイじゃないですか。それともあの子達じゃイヤだったとか?

選り好みとかじゃねえよ

 

 実際のところ、いい子達だと思う。

 

 鹿取さんにはお世話になっていた。

 知らない環境に馴染む様に色々と心を砕いていたようで、すでに中学生とは思えない精神性だ。背も高かったし、高等部にいても違和感無さそうだ。

 

 エルゼは……行動は奇矯だし、ややオーバーなスキンシップをしてくる。まあ、外国人の場合はある事だし。漫画アニメが大好きで、その流れでVtuberに興味を持って、俺のことを気に入ったのだろう。

 自分の好きを訴えても、それを押し付けないというのはなかなか出来ない。

 

 戌絵琴子に関しては……正直、知り合いくらいの距離感がお互い楽な気がする。あの子、あんまりぐいぐい来られるの好きじゃないだろ? あ、でも……そういうのがいい人もいるしな。一概には言えないか。

 

 

部活するんなら、レッスンの時間くらい調整するわよ?

いや……それはダメだろ

なんで?

只でさえ時間が無いのに。歌も踊りも演奏も、まだまだ全然ダメだ。これ以上、レッスンの時間は減らせない

 

 悠長に遊んでいる場合ではない。

 三年の間にチャンネル登録数百万に到達しなければいけないのだ。

 学生として社会の流行に触れるのは有意義だとは思うけど、部活と称して遊びに興じる時間などはありはしない。

 

あの部活は、遊びだと?

そうとしか、思えない。そもそもVtuberとしての仕事が配信である以上、これ以上遊ぶ事に意味があるとは思えない

 

 配信は基本として遊ぶ事で視聴者にアプローチしていく。ゲームをしたり、雑談したり、歌を歌ったり。

 リスナーは日々の疲れを遊ぶVtuberを見て仮想体験し、ストレスを発散させる。そうして次の日の活力とするわけだ。つまり、基本としてVtuberは『遊ぶこと』を生業としている。

 

遊んでばかりはいられない。自己研鑽の時間が、無くなる

そんな、頭でっかちな……

でないと、消えるんだろ? なら、やるしかないじゃないか

 

 

 最近、緩んできた気がしてた。

 学校に放り込まれて緩い学生生活がまた出来ると喜んでいた所もある。

 でも、気付いてしまったのだ。

 

 この学校を卒業するころに、俺はいなくなる。

 

 そう考えた時に、余裕など無いと自覚した。

 学校にも来ない方がいいと考えた。

 最悪、最後の方は不登校になると思う。

 

 アイリスと合体したままでいればいいって?

 確かに、切羽つまればその選択をするかもしれない。

 しかし、それは俺にとっても、アイリスにとっても。最善の選択ではないだろう。

 

 エナジーの喪失による消失現象を食い止める事が出来ないとして。その権威であるアイリスを俺に拘束するなんてあってはならないと思う。

 

 よって。目標に達することが出来なければ、俺は消える事を選択する。これはまだ誰にも話してもいない決意だ。

 

 

あんまり焦らないで。登録数も伸びてるし、まだまだよ

 

 アイリスが宥めるように言う。

 珍しく優しいその声音を聞いても、俺の不安は拭えなかった。

 

 





 出てきた新キャラは……まあ、あまりツッコまないで下さい。あくまでイメージですので、キャラちゃうぞとかはナシでお願いします。m(_ _)m


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27 顔見知りの配信を見ていたらなんだか大事になっていた件

 今回は前回出てきた同級生、戌絵琴子の視点での配信回となります。




ふむ……時間か

 

 私は読みかけの本に栞を差し、勉強机に着く。小さめのノートパソコンだから見るのに少し辛いけど……スマホで見るよりは楽だ。

 

 『十八時半になりました。皆さん、こんよみー♪ 姫乃古詠未です

 

 配信が始まるとスマホにRINEのメッセージが届く。エルゼのようなので、無視。というかこのタイミングでメッセージ送るのなんてあいつ以外いない。

 しまいに電話が来た。

 なんやこいつ。

 まったく面倒な……仕方ないので電話に出る。

 

ちょっと、琴ちゃん! なんでメッセ見ないのよ?

会長権限で古詠未の配信見ろって言ったの、アナタでしょ?

あ、ちゃんと見てるんだ。良かったー、琴ちゃん本読んでると他見えなくなっちゃうからさぁー

 

 漫画アニメを語る時の自分の姿でも見るといい。そう言いたかったけど、面倒なのでじゃあね、言って切った。メッセージが何件か着てるけど、後で見ればいいだろう。まったく、面倒な……。

 

 『今日もゲストの方がいらっしゃってます。あるてま所属のVtuber、一期生の相葉京介さんと、二期生のリース=エル=リスリットさんです!

 『あ、どうも。こんあいば、相葉京介です

 『皆さん、はじまリット。リース=エル=リスリットです。今日はお会いできて嬉しいです、古詠未さん

 『告知では京介さんとのオフコラボだったのですが、急遽リースさんもお越し頂きました。初めまして♪

 

 

 

 

 今日の配信がオフコラボ、要するにリアルに対面しての配信という事は事前に知らされていた。そんな理由から六時限目には早退すると話していた。私は鹿取と殿田の学校での会話を思い出す。

 

え、でも。相葉京介って、男の人でしょ? 平気なの? オフコラボなんて

 

 意外と常識的な鹿取はそう言って心配していたけど、当の本人はあっけらかんとしたものだ。

 

? 他に大人もいるし、平気だよ?

そう。ならいいけど、殿田さんちっちゃくて可愛いから、心配だな……

おふ……ありがと

 

 鹿取の言葉に赤面している。恥ずかしがり屋なのかな? そういえば、エルゼに抱きつかれてワタワタしてたし。

 たしかにかわいかった、うん。

 

 周りにいる生徒も話を聞きに群がっている。そのうちの一人が彼女に聞く。

 

『けど、すごいね。男の人と会うのに物怖じしてないなんて。さすが、有名人♪』

そんなんじゃなくて。別に怖くなんてないよ? むしろ落ち着くもん

『え?』

あ、あの、ほら。私、親父と暮らしてたから、その、男の人に苦手意識とか無いんだよね

『……えっと、それはウチもだけど』

あ、うん。そうだった。普通は、そうだね

 

 彼女らの会話をなんとはなしに聴いている。

 決して盗み聞きではない。二つしか離れてない席の会話なんて聞こえるのが当たり前だ。

 他の生徒に聞かれて、彼女は答えに窮したようだ。

 

うち、お母さん居なくてさ。親父も今は海外だから、家政婦さんが通いで来るだけだし

 

 そんな答えに、今度はこちらが静まった。

 下手にズカズカと聞くからそういう目に合うのだ。だいたい、会話の流れから読めないものだろうか?

 

家政婦さんて、この間配信で聞いたあの人達だよね?

あ、うん。プリムラとダマスケナって言ってね。すっごい可愛い人たちなんだ

「あ、私も見た事あるー。あの双子の人たちだよね?」

 

 鹿取が話題をそらしたので、事なきを得たようだ。流石に外見はしっかり系だなぁ。本当はエルゼ大好きのぽんこつなのに。

 

 おっと、物思いに耽っていて聞き逃していた。

 ちゃんと見ないとな。

 

 

 

 

 『なんか、オフコラはいいけど。なんでスタジオなんですかね? しかも3Dキャラだし

 『私も実装初なんですが……

 『それはですね。すぱしーばの技術陣の成果をお見せしようかと思ったからです。どうよ! すぱしーばやるやんけっ! てな、感じであいったあっ!?

 『リアルおしおき……これはまた

 『ホントにアイリスさん居ないんだな……なに、遠隔で操作してんの?

 

 莉姫が痛みに呻く。あ、いや3Dキャラの古詠未が、だが。

 しかしいい声だな。そういう趣味のない私でも聞いていたくなる。コメントも早くなるので少し追うか。

 

 

 おしおきハアハア

 リアルに見れてるお二人が裏山w

 京介っ、代われ!(涙)

 なんか3Dキャラも少し手直しされてるな

 だよな。京介氏の顔もスッキリしてる

 バタ臭い言うの禁止なw

 リース様もおうつくしひ……

 まるで某エ○ゲから抜け出てきたようなデザインだが……

 まあ、姫騎士やからね( ゚д゚ )クワッ

 さすがくっころさん

 こよみんはなんかスポーティだね

 黒T、ライン入のハーフパンツにキャップか

 今までのイメージからは変えてきたね

 髪もセイバー風に纏めてるね

 ボーイッシュという奴か、これもええな

 

 アバターの話題が多い。

 この辺は全く興味が無いのでどうでもいい。

 というか、私はつい最近まで部活でも率先して活動しては来なかった。鹿取とエルゼが夏コミに参加すると息巻いていた時も、私は本を読んでいたのだ。

 

 なので、あるてまのVtuberと言われてもよく知らない。黒猫の事だけは知っているが、これもエルゼが口喧しく言ってくるから調べただけだ。

 

 『いたた……そんなわけで今日のオフコラはプレゼンみたいなモノですね?

 『社会人キャラ押してくるな。このちっこい子が言うと違和感が凄いんだが

 『京介さん、少し黙って

 『イエス、アイマム

 『ナチュラルに仕切られてますわよ?

 『小さくてもレディだからな

 『それは正しい判断です

 『はい、ではご覧頂きたい

 

 そう言うと、古詠未が被っているキャップを掴み、外した。

 ……?

 私には意味が分からなかったが、中の二人やコメントは違った。

 

 『え……古詠未さんの被ってる帽子が、外れた?

 『……マジか。被り直しても平気なのか?

 『はい。ほら、ちゃんと被ってますよ。しかも、向きを変えても破綻しません

 

 そう言って、彼女はキャップを野球のキャッチャーのように後ろ向きにする。中の二人が、驚くが彼女はさらに靴を脱いでぷらぷらと前に見せつける。

 

 『すぱしーば技術陣の結晶、RICinVRです。仮想世界に構築されたデータを実像のように展開します。いま、これによって仮想データの私は実像のように、帽子や靴等を装備する事が出来ます

 『いや、みんなには見えないけど……いま古詠未は靴を脱いで持ってるんだよ。これ、現実(リアル)とリンクしてるのか

 『京介氏のアーミーキャップもこれが施してあります。どうぞ、取ってみて下さい

 『なんで被ってろと言われたのか、ようやく分かったわ……お、ホントに外してる。てか、髪型崩れてるとかリアル過ぎるわ!

 『リース様の方は、残念ですが何も出来てません。事前に知っていたら可能だったとは思いますけど

 『いえ……というか、これ凄い技術ですね

 

 おおお……?

 すげぇっ

 帽子外してる所まで再現してる

 驚くのはそこじゃないぞ?

 ポリゴンが……実体化してるのか?

 正しくはないな、実体化したように演算出来ていると言うべきか

 CG齧った奴なら分かるけどとんでもないぞ

 どんな圧縮してんだよw

 見せかけるだけなら現行でもなんとか

 リアルに連動させて動かすとか無茶すぐる

 しかも回線とかに負荷がかかってないな

 膨大なデータ量になる筈なのにな

 

 そういうのに詳しい人間が湧いてきてコメントがやたらと専門的になっている。

 これ、すごい事なのか……

 

 『とまあ、今のところはこのくらいしか出来ませんが。おいおいあるてまのライバーの皆さんも出来ていくと思います。どうぞ、ご期待下さいね

 『へえ……すごいもんだ

 『と言うわけで京介氏。せっかくなんで型を見せて下さいよ

 『え? 俺、空手やってるって教えたっけ?

 『そ、それくらい把握してますよ。すぱしーばの情報網を甘く見ないで下さいっ

 『それ、言っていいことかな……まあ、構わんが

 

 どうやら相葉京介が空手の演舞? をするらしい。これだけ精巧なモデルなら、確かに見栄えはいいだろう。

 

 古詠未とリースは画面端に寄って、京介だけが画面中央に残る。正直、空手なんて見ても分からない。コメントの方に集中しよう。

 

 お、きれいな構え

 型がきれいって事はフルコンタクトじゃないかな?

 そうとは限らん。どこも型はやってるよ

 お、こよみんの目がしいたけに(笑)

 そんな表情まであるのかw

 逆にリース様の顔には縦線w

 感情表現に漫符を自動で付けるとか草

 

 しいたけ……?

 あ、なるほど

 たしかに、漫画のように表現されてる。感情の機微って意外と分かりづらいのだけど、これなら喜怒哀楽の表現もしやすいだろう。

 

 『凄いっ! 京介さん強いじゃないですか!

 『あ、ああ。まあ、ね。そんなに食いつくとは思わなかった

 『ワンツーからの裏拳、後ろ廻し蹴りのコンビネーションがすごい滑らかだった! でも、たぶんホントのコンボは右正拳だよね?

 『……! 正解だ。よく分かったな

 『派手な技を態々見せてくれたんだよね? やっぱり!

 

 京介氏に近付き、ワイワイと盛り上がる古詠未。その姿は教室でのおとなしい様子は感じられない。思った以上に活動的な子なのかもしれない。

 

 『あんまりはしゃがないの

 『ううー、僕もちょっとやってみたい! いいでしょ、フェティダー?

 『ほんの少しだけですよー』 

 『頑張れ

 『うん

 

 画面中央にいる京介が一歩下りつつそう激励し、古詠未がそれに答える。

 

 と、いきなり古詠未が飛び跳ねた。

 その足元を何かが通り過ぎ、古詠未は空中で反転して後ろに蹴りを放つ。

 だが、それが効果を出す事は無かった。

 

 蹴りを凌いだ京介の一撃が古詠未の意識を刈り取ったようで……彼はそのまま落とさない様に抱きかかえた。

 

 

 『なっ!

 『こよみ様!?

 

 スタジオにどよめきが広まるが、京介が何かを床に叩きつけると大きな音がして。

 二人のアバターは、そのまま動かなくなった。

 

……なに? 演出?

 

 こっちには事情がよく分からない。たぶんアバターが止まっているという事から、カメラに映らなくなったのだろう。喧騒の中で『配信、止めて』との声があり、そこで配信は終了した。

 

なに……どういうこと?

 

 言いようもない不安を感じていると、エルゼと鹿取から通話が入った。

 

What's happend? なになに、コレ! ドッキリ? それとも暴力事件?

あ、慌てようから事件みたい、だけど。そういう演出かもしれないし

私たちが慌てても仕方ないよ

それはそうかもだけどー(泣)

 

 目撃者ではあるが見ていたのはアバターの動きであり、実際はどうなっているのかすら分からない。それは他のリスナーも同様らしい。

 

 なんだなんだ?

 殴っただと? 京介、てめぇ……

 これは炎上案件だな

 てか、それどころじゃないよ。刑事事件だよ

 おいおい、あるてまマジか

 不祥事ってか、マズいよな

 婦女暴行になるの、これ?

 アバターの挙動から普通に傷害かと

 ただ、アバターの絵が証拠になるか?

 現場にすぱしーばの連中がいるからな。

 あるてま側の奴もいるだろ? 二人も出てたんだし

 リース様、無事ならいいけど

 いまそっちを心配してるお前すげえなw

 

 

 ……こんな事が起こるとは。

 あーだこーだと騒ぐ同級生の会話を聞きながら、現実感を欠いたままに流れるコメントを眺めていた。

 

 




 まさかのシリアス回。


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28 特殊部隊出身のVtuberの独白

 今回は相葉京介氏の視点となっております。


 後ろからの不意打ちのローを避けられた。

 軽くショックを受けるが、反転しての廻し蹴りは鋭いが体重も乗っていない。

 問題なく捌き、その隙に右手に握った無痛注射器を彼女の首の根本に当てる。

 

あれ……?

 

 力が抜けるのを確認もせずに、そのまま抱き留める。

 俺は標準体型の男でもそれなりの速さで走れる。ましてやこんな子供ならさした障害にもならない。

 

 すぐさま手製の煙玉を叩きつける。

 周囲が事を理解する時には、俺と彼女の姿は煙の中だ。

 

 ただ、これだけでは煙幕が足りないのでスモークグレネードを落とし拡散させる。本来マスクを付けるべきなのだが、さすがにそれはやってられない。速やかに撤退しないとすぱしーばの警備に囲まれる。

 

 あるてまでの収録にも使っていたスタジオなので退路は確認済み。

 彼女を小脇に抱えて出口まで走る。

 

「くっ」

 

 接近に気づいた黒服が飛びかかってくる。左手で投げた球が顔面に当たり勢いよく液体を撒き散らす。

 

「ぐわっ!?」

 

 刺激物を混ぜたペイント弾。顔に当たれば目に入らなくても粘膜を刺激して満足な行動は取れなくなる。その横をすり抜け、ドアを開けて走り抜ける。表に続く通路にも一人いた。そいつが何か叫ぶと、輝く紐のようなものがこちらに飛んでくる。

 

拘束弾?

 

 見たことのないタイプで、避けられそうにない。マズったな、と思ったらこっちに巻き付く前に勝手に消えた。向こうの方が驚いてるので、またしてもペイント弾を指で放つ。無力化して通過したら、玄関の自動ドアをブチ破るくらいの勢いで駆け抜ける。

 

「ピイィッ」

 

 音の方へ走り出す俺に、何人かの通行人が驚く。停めてある黒のハイゼットのドアが開くので、抱きかかえたまま飛び込む。運転手は乗ったのを確認すると急発進させた。

 

「へい、ニンジャボーイ。うまくいったようだな」

ああ、傷一つ付けちゃいないよ

 

 腕の中で眠る少女。その息は安定している。煙もあまり吸って無いようだ。

 

 ローで転ばせて首筋に無痛注射器を当てるつもりだったのだが、まさか避けて、反撃までするとは思わなかった。

 

 しかも、楽しげに笑っていた。

 俺の攻撃を、組み手と受け取ったのだろう。

 挨拶がてら廻し蹴りをかましてくるとは、とんだじゃじゃ馬だ。

 

 ……この見た目では、少し想像出来ないがな。暴れたせいか、髪が解けてしまっている。

 

「ニンジャボーイ、次は黒のハイエースだ」

了解

 

 薄暗い路地を抜ける時に一度止まり、俺は古詠未を抱えたまま停めてあるハイエースに近寄ると、それもドアを開けて迎える。

 

 これを都合三回行う。車はほぼ盗難車であり、それぞれ乗り捨てられる。

 

 最終的に乗るセダンの時には、彼女はすでに着替えさせられている。もちろん、京介の手ではなく女性スタッフによるものだ。

 出来なくはないが、相手の事を考えるとこれは断固として譲れなかった。

 

 当然、俺自身も着替えている。

 ジャケットはリバーシブルであり、アーミーキャップも市販の野球帽に替えてある。顔に関しては、まだ変えるわけにはいかないのでそのままだ。

 

 

 

「おつかれ、ニンジャボーイ。中でお待ちダ」

ああ

 

 

 セダンが入ったのは港湾地区。時刻はすでに二十時を回り、その辺りは静けさに包まれている。

 

 倉庫の一つに入る。中は車やら耕運機、重機の類がちらほらと置かれている。

 もちろん、これはダミーだ。

 

 事務所の区画に行くと警備の人間がいて、俺を確認すると中に通す。

 これを都合二回、面倒だとは思わないらしい。

 

 そうして、辿り着いた先に、一人の男が待っていた。

 名前はN。無論、本名ではないだろうが、それはこちらも同じだ。

 奴は勿体ぶったように声をかけてきた。

 

「眠り姫の登場か」

 

 俳優にはなれそうもないな。これならまだ俺の方が上手いと思う。

 倉庫街の一角を改装したここは、言うなれば小さな基地だ。そして奴はそこの責任者であり、依頼人でもある。

 雇い主には敬意を払わなきゃならないのだが、どうもこいつはそういう気になれない。

 

 

標的(ターゲット)が男だから引き受けたのに、なんで変更になった

 

 古詠未をソファに座らせてから、俺は奴に質問した。

 目の前の男は猟奇的な目つきで彼女を()めつけ、事もなげに言う。

 

「より、素晴らしい対象がこちらだったからだよ。ニンジャボーイ。あの男より、ね」

 

 対象を勝手に変更していながら、こいつは気にする事もないらしい。

 より高額の報酬を出されても、文句くらいは言いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある人間を観察し、決行が決まったら拘束して引き渡す。

 

 

 それが俺の受けた依頼だ。

 

 

 

 対象は大学生らしいが、Vtuberというのに興味を持っていて、その事を友人たちに吹聴していた。

 

 折しもAtoGという会社がその業界に参入しようと第一期生の募集をかけていた。

 

 同じ業界なら接点も多かろうと高を括っていたが、このVtuberという職はとにかく家から出ない連中が多いらしい。

 それでも、先輩という立ち位置なら接触もやりやすくなるはずだ。

 

 そう思い、あるてま一期生に応募をした。

 うまいこと合格し、相葉京介という第三の名を手に入れた。もちろん、応募した時の名前が第二の名であり、本来の名は雇い主すら知らない、はず。

 

 観察と言っても逐一する必要はないと言われた。

 

 何でも観測用の機材があるようで、それがある波形を得た瞬間の動向を確認せよ、との話だった。

 さらに言えばそのために別の人間も使っているので、俺の仕事はその時に速やかに拉致する為に近くに置いておくというものだ。

 

 つまり、当座はあくせく働く必要の無い身分だ。

 

 そんなわけで、せっかくなったVtuberを少し体験してみようと思った。

 

 

 ──やってみれば新鮮な体験だった。

 

 ただ格闘ゲームをして、FPSをして。

 そんな事に視聴者が色々とコメントを投げてくる。

 それを拾って受け答え、投げられたコメントに笑い、それを彼らがまた拾う。

 

 殺伐とした中で生きてきた自分が、こんな楽しく、気のおけない時間を得た事があっただろうか?

 

 たまの休息にも背中を気にしながら酒場を練り歩き、安いホテルで隣の奴の音を気にしながら寝る日々。

 

 そんな生活を続けていた俺には、安らかな生活だった。

 

 

 

 

 工作員の仕事がうまくいき、その男は二期生として入ってきた。

 

 我王神太刀という名を与えられた学生は、見るからに平凡そうな男である。

 奴が彼の何に興味を持ったのか。気にはなったが、別段何もするつもりは無かった。

 

 鼻面を突っ込みすぎた犬の末路は、だいたいろくな事にならない。

 

 俺は自分の才覚というものに自信はあったが、同時に限界も知っていた。憐れな学生がどうなろうと知ったことでは無い。自分の仕事をするだけだ。

 

 

 そう思っていた。

 

 

 だが、依頼内容が変更になり。

 俺は困惑した。

 

 

姫乃古詠未? おい、まだ子供じゃないか

「Nからの指示だ。俺は伝令だから事情は知らん。気になるなら自分で確認しろ」

 

 場末の酒場での顔を合わせないやりとり。

 映画などではよく見るが、実際はあまりない。

 どこから漏れるかも分からない場所で伝達など、普通はしないのだ。

 

 だが、ここは日本。

 監視カメラはそこかしこにあり、盗聴等は素人でも出来るようになっている。

 古典的な手法の方がアシが付きにくいのだ。

 

 連絡員は話が済むとさっさといなくなった。

 確認しろと言っても、直接通話の出来る番号は知らされてないし、メールも同じ。

 

 文句を言おうとも思ったが、やめた。

 

 大の大人の男なら良くて、小さな女の子はいけないという理屈はない。

 今まではかろうじてそういう仕事に出くわなかっただけだ。

 

 要は甘いという事だ。

 

 そう思って、仕事をやり遂げた。

 

 ただ、その対価にボーナスはあってもいいはずだ。

 

 そう告げて、彼女を略取させた理由を問い質した。

 

 

 

 

 

 

「ふむ……君は彼女の配信を見ていたかね? 立花アスカとのコラボの回だ」

 

 彼は眼鏡をくいっと直す。

 インテリがよくやる仕草だが、あってないな。

 

……ああ。見たよ

「あの聞いたことのない言葉の唄を聴いて、どうだった?」

 

 博識な様子の奴が聞いたことが無いという事はどういう事なのか?

 

 それはともかく。

 あの唄を聴いた時、俺は不思議な感覚を覚えた。

 

 身体の奥から疲労が抜けていく、安らぎの感覚。そう答えると、彼は然りと頷いた。

 

「私もそうだ。連日続く頭痛がさっぱり消えた。気のせいかと思ったが、配信を見ていた工作員が全員似たような事を言っていた」

 

 そんなバカな。

 さらに彼は言葉を続ける。

 

「本国の組織にもいちおう見ておくように伝えていた。日本のVtuberは人気だからな。日本語の分かる連中には命令として見るように伝達させた。結果はお察しだ。連中も同じ感覚を得た。疲れていた奴は回復した。しかも、傷の治癒までしたのまでいた」

ちょ、ちょっと待て。理解出来ない。どうしてそんな事になる? 論理的に説明できるのか?

「音楽を聴く事によるヒーリングは、いちおう解明されている。だが、それは個人差がある。どんな楽曲を聴いても、効果を出さない人間もいる。実際に人体の傷を癒やすとなれば言わずもがな。有り得ない」

 

 当たり前だ。

 そんな魔法のようなものが……この世にあるわけはない。

 

「この時に観測された波形は、広く全世界へ伝播していた。分かるかね? およそこれだけ広範囲に届くモノなど有りはしない。もっとも、本当にくまなく、というわけでは無かったがね。殆どが人口密集地だ」

有りはしないモノを観測とは、面白い冗談だ

「そこに気付くとは、なかなかに頭が回るじゃないか、ニンジャボーイ。それを説明するのは少し時間がかかるが、構わないかね?」

もうかなり長いだろ。構いやしない

「それは有り難い。私としても、この辺りの事は話しておきたくてね。何せ、箝口令が敷かれているので同僚や友人にも話せないんだ。誰かに話さないと落ち着かないんだよ」

 

 にこやかに笑って言う。

 俺には聞かせても問題ないらしい。

 そういうことか。

 

「まず、私の研究室に接触してきた奴から始まった。ラングレーの犬だとは思うが、そいつから未知のエネルギーに関しての情報がもたらされた」

 

 彼は陶酔するように語る。

 その未知のエネルギーというのは、どうやら目にも見えず、どうにもならないようなものらしい。

 

「彼のもたらした観測機器によって、ようやくそれがあると分かった。ただ、あると分かるだけで、それを抽出したり、扱ったりは出来なかった。これはなんだと聞くと、そいつは真剣な顔で言ったよ。『魔力の素(マナ)』だとね」

 

 Nが荒唐無稽な事を言ったような気がした。マナ、と言ったか? そんなものは有りはしない。フロギストンもエーテルも無いのと同様に、そんな物はファンタジーな世界だけのモノだ。

 

 しかし、奴は自信満々に言ってのけた。

 

「妄想の産物だと思ったな? お前は狂っている、狂人の戯言だと感じたな? その通り! 私も最初はそうだった! しかし、その疑念はとある人物によって晴らされた。これは君も知っている筈だ」

 

 この件で俺が最初に標的(ターゲット)とした人物。我王の事だろう。

 

「八月の七日、場所は東京ビッグサイト。日本のオタク共の祭典、通称夏コミ。西ホール企業スペースにてそれは観測された。それまで静かに凪いでいたマナがさざめきたち、次いで大きな爆発のような波動を観測した。君もそこにいた筈だが、目に見えるような被害は殆ど無かった。人が一人倒れただけだ。しかし、効果は確かにあったのだ」

 

 その日は、夏コミ一日目。

 ブースには我王神太刀も確かにいた。そして、彼が得意の即興詠唱とかいうものを披露した時に客の一人が倒れたという。その男性はすぐに意識を取り戻し、救護係の制止を押し切って帰ったらしい。

 

まさか、本当に彼の詠唱が魔法となったとでも言うのか? 厨二を拗らせただけの戯言が、実際に人に危害を加えたと、本気で信じているのか?

「私はそこまでロマンチストではないよ。だから、検証は必要だった」

そもそも、我王を監視しろと言ったのはお前だろう。確証もなしに俺にやらせていたのか

「我王に関しては、先の観測機材を提供者した者が教えたのだ。あれを見張れば、魔法が実在すると分かる、とな。充分とは呼べないが、結果は出た。だが、これではお話にならない」

 

 嘲笑するように奴が言う。

 言いたい事は分かる。

 長ったらしい呪文を朗々と唱えて人一人すぐに目覚める程度の昏倒にしか出来ない。

 それなら銃で撃ったほうがよほど簡単だ。

 

「計画は座礁したかに見えたが、そこにいきなり光明が現れた。我王の詠唱が、より強大に現れた。その少女、姫乃古詠未とのコラボ中に発生した波動は夏コミの時より数倍大きかった。配信中止となって、いきなり消えてしまったがね」

 

 我王と戸羽が呼ばれた時の配信か。

 確かに後半、おかしな点があった。音声がいきなりノイズまみれになったので、配信を止めたのかと思っていたが。

 

「そして、その後にあの唄だ。我王よりも遥かに広範に影響を与える、癒やしのうた。サンプルとしてどちらが優秀なのかは言うまでもない」

……なるほど。大体の経緯は分かったよ。ところでボーナス情報が有るんだが、聞くつもりはあるか?

「ほう? 今更自分の価値を高めようとの算段かな? 流石ニンジャ、狡っ辛いじゃないか」

 

 ……そこは『汚いなさすが忍者きたない』と言うべきだろうと考えてしまった自分も、短いながらにどっぷりと浸かり込んでいたようだ。

 

すぱしーばの警護の人間が妙な拘束弾を使ったのだが、あれもたぶん魔法だったのだろう。実際に使える人間は、古詠未だけではないと思う

 

 この言葉に、Nの奴はうんうんと頷いた。

 向こうもそれは知っていたようだ。

 

「大したボーナスにはならなかったね。それはこちらも確認したよ。すぱしーばの人間を追尾していた時に、ね」

あれを食らったのか?

「あれを避けたのだとしたら、君はまさしくニンジャだ。まともに食らって十分ほどは雁字搦めだったそうだ。切り離そうと思っても、光の帯は触れなかったそうだよ? 時間とともに消えたがね」

 

 やはり拘束系か。

 俺も避けられなかったのだが、何故か当たる瞬間にかき消えた。古詠未に当たると思って消したのだろうな。

 そんな事を考えている最中も、奴は話を続けていた。

 

「他の局員がその間に制圧したが、それでも消えなかったよ。解放しろと言っても何も言わない。全く、露助は頑固者が多くて困るよ」

ちょっと待て。すぱしーばの社員を、拘束しているのか?

「実際に魔法を使う連中を逃す訳は無いだろう。丁重にお迎えしたよ。くっくっく……」

 

 奴がいやらしい笑いを浮かべる。

 丁重に、なんて言葉通りのわけはない。

 

 そのとき。

 

 この深夜の事務所に、似つかわしくない声音が響く。大きいわけではない。むしろ呟くようでとても小さい。

 

 

……なんだって?

「なに?」

 

 眠っているはずの古詠未が、そう言った。

 まだ、薬は効いている筈だ。

 

何か悪巧みをしてるから、とりあえず話を全部聞くまで寝たフリしてようと思ったけど……すぱしーばの奴に手を出したとか聞いたら黙ってらんないよな

 

 ソファから身を起こした彼女は、不敵な笑みを浮かべた。

 

 例えるなら、花壇に咲く小さな薔薇。

 

 だが、その花は。

 手折られるのを待つようなものではないと感じられた。

 




 寝てる間に、ひらひらに着替えさせられてた件。

古詠未「ふぁっ?」


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29 こよみ無双

 ご都合展開が目白押しです。

 だが、それがいい。

 という方はそのまま宜しくお願いします。



よすんだ、古詠未。周りから狙われている

 

 部屋の影、壁の向こう、天井や床からも、監視されている。当然、壁抜き用の銃だろう。

 拉致してきた以上、俺を殺すために配置されてる訳じゃない。となると。

 

京介さん、ちょっと

 

 ちょいちょいと手で呼ぶ。彼はなんだか辛そうな面持ちでこちらを見下ろしていた。

 

済まない、こんな結果に……

謝罪はいいのでちょっとしゃがんで下さい

……ん、ああ

 

 別離の言葉でもかけると思ったのだろうか? 奴はニヤニヤとこちらを眺めている。両手を京介の首に回し少し瞳を潤ませると、京介もそう察したのだろう。目を閉じて俺の抱擁を避ける事はしなかった。

 

 男ってチョロくね?

 

お返し♪

え?

 

 回した腕の袖を持って、くいっ。袖車締めであっという間に京介が落ちた、物理的に(笑)

 変なワンピースに着替えさせられてたから楽だった。ゴトリと、京介が床に落ちるので、掴んで仰向けにしておく。まあ、気道確保しておけば大丈夫だろ、鍛えてるみたいだし。

 

「……? 今のは、魔法か?」

何でも魔法に見えてんのか? ただの技、技術だよ

 

 振り返り、そう言う。

 しかしやりにくいな、この服。お誕生日の子供かよ。ひらひらでフリルいっぱい、本当にお姫様扱いかっての。

 

「君のような子供が、スリーブチョーク? そんな事が……」

なんでもやりようだよ? それより先に聞きたい。すぱしーばの職員は生きてるのか?

 

 この顔だと凄んでも効果は全くないらしい。奴はニヤけ顔を歪ませて得意げに語る。

 

「ああ、もちろん。ただ、素直に話をしてくれなくてね。少々手荒に扱ってしまった」

連れてこい

「あ? はは、さすがはお姫様だな。人を顎で使うのが上手い。おい、連れてこい」

 

 そう言うと、影に潜んでた奴が二人、居なくなった。別にどうこうするつもりはないけど、職員が来るまでは自重するか。

 

「待ってる間に、少しいいかね?」

ご期待にそえるかどうかは分からないけど?

「ふむ……では、すぱしーばとはなんだね? ロシア潜入員からの報告では、ズドラーストヴィチェの一部が日本法人として独立とあったが」

……詳しい事はこっちも知らされてない。ほら、子供だし

 

 そう言ってやると、少し苛ついたようだ。けど、実際にすぱしーばという会社に関して俺の知る事はあまりにも少ない。

 むしろこっちが聞きたいくらいだ。

 

「君の本名は殿田莉姫(レキ)。日本人男性、殿田暦の娘とある。母の欄は空白。母上は誰かね? 亡くなったのか、存命中か、何人なのか?」

知らないー。自分、赤ん坊の頃の記憶とか憶えてんの?

 

 まあ、実際母親なんていない。あえて言えば実家の母だが、そんな事を教える必要はない。

 実家の話題は出来るだけしないようにしてるのだ。殺されるからね、親父に。

 

「では、父親だ。ズドラーストヴィチェに海外赴任とあるな。前職のHLインテグリティーでも海外赴任が多いようだが?」

便利使いされてただけだよ。あそこの専務、人遣いが荒いんだよって……親父が文句言ってたっけ

 

 アブな。つい、おっさんの愚痴言うとこだった。その辺は普通に情報が残ってるのか。やっぱり暦状態の話題は避けるべきかな?

 

「ふむ……では、質問を変えようか。君はなぜ魔法が使えるのかね?」

 

 ま、そうなるよな。

 

 でもさ、それは俺も知らんのだ。

 アイリス達の言うように歌ったらそうなっただけの話であって、俺が望んで使える類のモノじゃないんだよ。

 

使えるわよ?

 

 え? そうなの?

 脳内に響くアイリスは、この状況でも緊迫してないようだ。俺もそうだが、コイツもなかなかに強心臓……あ、無いのかな? お花だし。

 

失礼な。こよみさんを信じてるからよ?

 

 信頼に足る事はしてないと思うが、まあいいか。それで、どうやりゃいいの?

 

唱術は基本として広範囲に影響を及ぼすために唄という形を使うのだけど、ごく狭い範囲に効果を出すには単音節から数節の詠唱で事足りるわ

 

 そうなんだ。でも、その唄? を覚えていないし。

 

基本的な唱術は、使おうと思えば思い出せる筈よ? 治す、とか攻撃、とかのイメージから出てくるからそれをなぞれば使えるの

 

 意外と安易に使えるのか。

 この辺の事は教えるわけにはいかんな。

 

教えても使えないわよ。素質が無いし。こよみさんは特殊な処理が施してあるけど、本来は唄も覚える必要あるし

 

 そういやそうか。誰でも使えるんなら、奴もこんな事はしないよな。で、その当人は俺が長考に入っているのでイラついていた。

 

「答えられないのかね? それではお仲間に聞いてみようか」

 

 ドアからさっきいなくなった奴らが戻ってきた。そして、連れていた人間を投げ捨てる様に床へ置いた。

 

「……」

 

 見たところ、男性のようだ。プリムラやダマスケナだったらどうしようとか思ってたけど、そうでなくて一安心。

 

 あらためて見ると、なかなかにエゲツない尋問をしたようだ。ぱっと見で右手の爪が全部無いとか、頬が膨れてるのでしこたま殴られたか、歯でも抜かれたか。手足の骨は大丈夫そうだが鎖骨が折られているのか、腕の動きがかなり良くない。

 

 とりあえず炎症を抑える為の投薬くらいはしているみたいだが、役に立ってないのか熱に浮かされているようだ。

 

「こ、……こよみ、さま……」

 

 そんな彼がこっちを確認したのか、か細く声を出した。俺は近くに行くと、側に座り様子を窺う。

 

 あいにくと、名前を覚えている人ではない。あんな会社でも百人以上いるので全員は覚えてない。

 

「サンプルとして多少痛めつけておいたよ。さあ、その御業を以て、彼を助けてあげ給え」

 

 サディストである事を隠そうともしないコイツにムカッ腹が立つが、それは後回しだ。

 

「……いけ、ません……私などに……」

気にすんな

 

 にかっと笑ってやると、唄を歌い始める。

 

♪ るーぅてぁあ、とぅれふ、ぇえらとぅぅあー……

 

 酷い有様をすべて治す。そう思うと浮かび上がったのはかなり長めの歌詞だ。

 それを間違えないように歌う。アカペラなのでちゃんといけるのか自信はなかったが、そのイメージも一緒に伝わってくる。

 

 俗な言い方だが、カラオケのようなものだ。

 

ちょっとちょっとこよみさん。その術って最高レベルの奴なんだけど

 

 アイリスが焦ったように言う。

 きちんと治したいという思いから出てきたのがこれなのだから、俺は悪くない。

 

 一通り歌い終わると、体力がごっそり抜かれたような気分になった。まあ……運動には申し分ないけど。

 

 目を開けて見ると、倒れていた彼の身体はほぼ元通りになっていた。破れた服とか、付いた血糊とかはそのままだけどな。

 

「……おお、まさか、これほどとは……」

 

 奴が目を見開いて驚愕している。驚いているのは彼の方もだ。いや、まあ俺もだけどね。

 

「もうしわけ…ありません……」

君だけじゃない。プリムラやダマスケナがなっても同じようにするよ

 

 まあ、あの二人にやったらボコすけどな。

 あ、でも今からボコすけどね。

 

 ともかく彼が起きているのはマズいので寝かしておこう。頭側に回り、膝に抱くような形にして。

 

ちょっと眠っててな

 

 そう言うと、首に腕を回して頸動脈をクイッと押す。うっと呻いて、彼が落ちるので同じように気道を確保して寝かせた。

 

「そ、それも魔法、かね?」

あ? 節穴か。ただの関節技(サブミッション)だよ

「いや、君みたいな子供が……」

 

 このくだり、さっきもやったよね? 年取るとこういうのやるよなー。

 御託を並べてる所で悪いが、素早くダッシュして低い姿勢からの正拳を食らわす。

 ぐにょりといった嫌な感触に顔をしかめる。

 

「おごぉあ……!?」

 

 Nとか抜かす奴の金的を打ち抜いてやった。

 我ながらイヤな絵面だな。成人男性の股間に手を埋める中学生とか、字面だとなんか卑猥だし。

 

 奴が前のめりになって倒れる前に、近くの一人に足払い。姿勢が低くなった所に喉へ向けての掌底。

 喉仏の辺りに当たったからヤバいかもしれんが、今はもう一人を殲滅せんと。

 

「このっ」

つっ

 

 もう一人が前蹴りを放ってきた。やっぱ素人さんではない。けど、足らないな。姿勢を低くして避けつつ軸足の脛と足の甲との間に蹴りを打つ。

 

 この部分、大抵は防御が薄い。まあ、関節だからね。力が無いので粉砕とはいかず、痛めた程度か。

 男は上から掴みかかってこようとする。

 体重のある人間の押さえ込みはいつだって強い。

 

ほい

 

 なら、掴まれなければいい。

 軸足にタックルするように動き、体勢を崩す。前蹴りした足はまだ安定していないので、つんのめるように転ぶ。

 

 そのタイミングで、持っていた足の踵と足先を持って勢いよく曲げる。グギリッという音と共に足は正しい方向から九十度曲がった形になった。

 

「ぐわっ?」

はい♪

 

 男がダガーナイフを取ろうとしたので、その手を掴み小指を折る。この辺、躊躇うとこっちがヤバいので遠慮なくやる。

 

「ぐおっ……このっ!」

まだ戦意あるの? すごい♪

 

 わざと可愛く言ってみた。

 反対側なのでナイフは取れない。だから、上体を浮かせて上に乗ってる優位を無くそうとしている。ならば。

 

ぎゅー♡

 

 背後から抱きついてのチョークスリーパー。

 あっという間に静かになった。でも、少しそのままにしておく。気絶したフリとかする奴もいるからね。

 

相変わらず、エゲツない……

身体ちっこい分、動きやすいよな。筋力に頼らない制圧術、あると思います!

いや、無いでしょ?

 

 アイリスとの会話をする余裕は出たけど、配置されてる奴らはどうしよう。乱闘が起こってもこちらに来ない所を見ると、Nの奴からの直接指示なんだろうけど。アレが昏倒する声は聞いてるはずだし。まさか無差別に撃ってはこないだろうけど、こっちに突入してくる可能性はあるだろう。

 

それは、なんとなるかもよ?

 

 アイリスがそう言うと、周りから悲鳴が聴こえた。銃撃の音も多少はしたけど、すぐに静まる。……なに?

 

こよみさまーっ! 何処にいますか?

フェティダ? なんでこんな所に……

 

 すると、フェティダとその他、すぱしーばの連中が事務所になだれ込んできた。各々、手には何やら楽器のような物を持っているから、緊迫した場面なのになぜかほっこりする。

 

 まあ、彼らには武器なんだろうけどな。

 

 都合良すぎだろ? と思っていたら、アイリスが種明かしをしてくれた。

 

さっき治癒術を使ったでしょ? アレを観測してたと思うの。それにしても早かったけどね

 

 そういや、Nの奴がそんな事言ってたか。それをフェティダに伝えると、周りの奴が散らばって機材などを調べ始めた。当のフェティダは俺との会話を優先した。

 

ご無事でようございました……

んな、大袈裟な

 

 フェティダは涙交じりにそんな事を言うときつく抱きしめてきた。

 お、おう……意外と豊かな膨らみといい香り。女の人ってな、なんでこんないい匂いさせてるのかね? 体臭対策とか無粋な事は、ここではナシな。

 

アイリス様もご無事ですね?

頭ン中で元気だよ

 

 文句を言うアイリスを無視して、フェティダの話を聞く事にする。あ、当然、身体は離してもらうよ? こっちが落ち着かないもの。

 

しかし何者でしょう? 主要国家の首脳陣には大体根回ししてありますが……小国の諜報部でしょうか?

こっちの世界は民間企業が国の下請けすんだよ。荒事や非合法、表沙汰に出来ない仕事なんかをぶん投げるんだ。責任問題にならないように、しかも思う通りに動かそうとしてな

……少々甘かったようですね

今回の件は一部の諜報員の小遣い稼ぎみたいだったけどな。魔法の絡んだ先進技術だけでもすぱしーばは注目される筈だ。いずれ、大事になると思うぞ?

 

 他の社員たちは倒れている奴等を拘束したり、落としていた社員と京介の介抱をしている。別の奴が入ってきて、全て制圧したと報告していた。

 

 戻ってない工作員の追跡とかは任せてしまおう。差し当たっての問題だが、京介だ。

 

フェティダ。記憶の消去とか出来るか?

……出来なくはありませんが

相葉京介の記憶を操作してほしい。出来れば、昔の記憶も

 

 Vtuberをしていた時の楽しそうな声を、俺は何度も聞いている。短い付き合いだけどそれくらいは分かる。もしこの稼業を続けていたら……京介はいつか命を落とす事になる。

 

 それは、あまり好ましくない。

 気のおけない男性Vtuberなんて少ないんだから。

 

消すだけなら可能です。ですが、整合性を保ったままとなると私では……

 

 どうやらまともな人間としては生きられなくなるようだ。まあ、あいつらはそれでもいいけど……京介までそうなるのは、少し気がひける。

 

それなら私がやりましょう

え? アイリス、お前出来るの?

 

 いきなりアイリスが口を挟んできたので驚いたけど。でも、こいつも向こうの存在だから魔法は使えるんだ。

 

本当はあんまりやりたくないんだけど、ね

京介のためだ。我慢してくれ

あなたも嫌な目に合うんだけど?

は?

 

 まさかここで分離とか言わんよな。

 そう思っていたらフェティダがNの奴を含めて全員部屋から放り出した。当然、社員達も。

 

……?

 

 

 

 ──そして、準備が整った時に。

 俺は果てしなく後悔していた。

 

 

……なあ。やっぱやめねえ?

彼にアシを洗わせたいんでしょ? 私だって恥ずかしいんだから///

 

 上半身裸になった京介が横になっていて。

 俺はその上に馬乗りに乗っている。

 何故か、下着姿で。

 

余計な物が多いとそれだけ邪魔されるのよ。本当は裸の方がいいんだけど、さすがにそれは、私も……ヤダし

いや、まぁそうだが……仕方ない。ちゃっちゃとやろう

 

 ちなみにフェティダは、動画を撮ろうとしていたので追い出した。夜の倉庫の事務所に、男女二人が密室……キーワードだけでもすごくヤバいな。

 

額を合わせるように……そう

 

 アイリスの指示どおりに額を合わせる。

 京介の日本人のわりに彫りの深い顔が間近にあって、少し緊張する。今は少女の身体のせいか、やたらと気になる。

 

いいわ、同調がうまくいってる……そのまま頭を空っぽにしてて。私が唄うから

 

 京介の頭を抱えたまま、歌が奏でられる。

 そして、そのまま……意識は深く沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『この度は、大変ご迷惑をおかけしました

 『本当ですわよ。いきなり煙幕かまして逃げるとか。忍者ですの? それより、なんで古詠未を連れ去ったのかの弁明はどうなってますの!

 

 

 すぱしーば枠で緊急で配信された謝罪会見。

 あの事件からは三時間半後だから、すでに二十二時。

 じいやさんや警護の人共々、すぱしーばの人間に眠らされていた神代のお嬢様にも同席してもらっての配信になった。

 

 剣幕としてはかなりマジなのだが、言ってる事が現実味が無いのでいまいち姫穣も乗れてない感じだ。まあ、煙玉で身を隠すとかありえんもの。仕方ない。

 

 『古詠未が可愛すぎるのがよくない

 『ふあっ?

 『同意します。ですがそれでは答えになってませんわ! 動機ではなく、何をしていたのかを聞いてますのっ! 古詠未、あなたも何かおっしゃいな! ナニもされてませんよねっ?

 『リース様、発音おかしい! 僕はなんともないよ? 京介さんがドライブしたいって言うから

 『ド、ドライブ? あなた、古詠未を拉致ってドライブに行っていたの?

 『あの音が聴こえてしまったからね。世界の果てを駆け巡る、あの音が

 『ぶふっ! 懐かしいっ

 『なにを言ってますの、古詠未!?

 

 納得している訳はないのだけど、いちおうそういう事にしておいてもらうようにお願いをしておいた。後日、京介とのドライブの様子を配信で流すとの話にもなっている。当然、この配信が終わってから撮りに行くんだけど、ね。

 

 それにしても、ウ○ナ知ってるとか京介もなかなかやるな。

 

 京介、やべぇw

 あの音が、聞こえちゃったのかぁ……

 じゃあ、ちかたないネw

 おい、このネタ分かる連中多過ぎね?

 京介非難してた奴等が軒並み仕方ないとか(笑)

 いざ、逝かん! 世界の果てに(笑)

 

 なんだかコメントも流れも良くなったな。炎上騒ぎもこれでなんとかごまかせるかな?

 

 『と、ともかく。今度はわたくしがドライブに連れて行って差し上げますわ。そうだ、夏波さんもお呼びしましょうか?

 『えっ? ほんとう? 嬉しいよ、リース様!

 『少し引っかかりますが、まあいいでしょう

 『良かったな

 『うん! 京介さんも、今日は楽しかったよ♪ ありがとう

 

 

 

 

 勢いだけで謝罪配信を終わらせた。

 被害を受けた俺が何でもないという限り、噂とかはそのうち消えていくだろう。実際に何もされてないし。むしろしたのはこっちの方だ。

 

 神代姫穣にぺこぺこと謝る京介。その過去を勝手に改竄したのだ。俺の都合で。

 

 そんなわけで彼には負い目がある。姫穣に問い詰められるのを放ってはおけないので助けに行くか。

 

神代さん、京介兄ちゃんいじめちゃダメだよ?

こ、これはイジメではなくて。節度の話ですわ

いや、これは俺の落ち度だし。実際に神代さんにも迷惑をかけたみたいだし

 

 ちなみに殺しそうな視線を飛ばしてるのはじいやさんだったりする。あの人、殺意高えな……もっとも、姫穣の手前、何もしてこない。後で監視させた方がいいかフェティダと検討しよう。相変わらず姫穣大好き過ぎる人だ。

 

 姫穣本人は、本当に俺の事を心配していたらしい。随分丸くなったなぁと思ったけど、「あの人に申し訳ない」との声を聞いてなんとなく察した。

 

 ……気をつけないと殺されるのは殿田暦の方かも知れないな。くわばらくわばら。

 

 

 あるてまのマネージャーの方はフェティダ達に丸投げしてある。とりま、面白くしようとした意欲の暴走という形で落とす方向だ。

 

 ただ、この後、一週間の謹慎が京介には科せられるらしい。その程度で済めば御の字、かな。

 

古詠未……いや、莉姫か

莉姫でオナシャス。オフモードだし、こっちのが気楽なんで

 

 つい、そんな感じに返事をしてしまった。

 ヤバ、京介には猫被ってたっけ。

 

素はそんな感じなんだな

あー……はい。少し口悪くてすんません

別に気にはしない。いや、気のおけない仲間と見てくれて嬉しい、かな

 

 少し照れ臭そうに笑う。

 裏の稼業の事をすっぱり忘れた彼には、こういう笑顔の方が似合う。

 

さ、それより深夜のドライブ、行きますよ! とりま環状線から攻めて下さい

いや、実はな……オレ、車持ってなくてさ

……は?

 

 

 

 

 

 ──仕方ないので俺の車を使ってのドライブ撮影に相成ったとさ。小型商用バンだから、こういうのには向かないんだけど……まあ、しゃあない。

 

 このせいで、『相葉京介の愛車は平成1☓年モデルのハイ○ット』と喧伝されてしまった。

 

 スマヌ……スマヌ

 

 

 




 ハイ○ットに京介の切り貼りをしたコラ絵とか、学生服はだけたあの立ち絵に顔だけ貼ったコラとか、いっぱい作られそうですね(笑)


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30 秋の夜にはお酒が似合う

 飲酒は二十歳になってから。
 設定でもこれは守らないとね。
 ただし人以外は別とする(笑)


 「いらっしゃい、スナック来宮へ。ここは人生の迷い子が訪れる場所……て、なんでこんなに人がいるんですか?

 「ママさん若いねー

 「そりゃJKですからね。そうじゃなくて。ここは迷える子羊や仔猫のための相談窓口ですよ? 普通にお酒呑まれても困りますってw

 

 今日の来宮きりんさんの配信は、『スナック来宮で呑むぞ』となっていた。オンライン呑み会というのはあるてまではなかったのだが、今回初めて開催という事になったのだ。

 

 あるてまは意外と成人枠が少ない。相葉京介の謹慎明けを待ったのも、実はそのためだったりするらしい。

 

 ちなみにきりんさんはJK設定のため飲めないので辛いと愚痴をこぼしていたそうだ。

 

 

 「ともかく、自己紹介して下さい

 「あー、また会ったなぁ客人〜。朱音アルマだ

 「こんあいば。飲み会なので電車で来たよ。相葉京介です

 「今宵も全く無礼講よな、神夜姫咲夜じゃ

 「はじまりはじまり……世良祭です。ふふ♪

 「……祭ちゃん、ひょっとして飲んでる?

 「うふふ……わたしは年齢不詳……だからお酒飲んでも平気

 「くあ〜、誰よJK設定のスナックのママなんかにしたの! わたしかっ!

 「セルフ突っ込み速えな。飲んじまえばいいじゃないかよ

 「いえ、わたしはJK! わたしは清楚枠! 模範となるべき存在なのです! うぐぐ……

 「我らと違って人とは面倒じゃからなぁ

 

 きりんさんがすごく悔しそうに言っている。みんな飲んでるからやっぱり飲みたいのだろう。

 

 期せずして一期生だけになっているが、二期生にも声はかけたらしい。だが、設定上ダメな人、元々ダメな人が多いのだ。さらに都合のつかない人もいたのでこんな感じになったそうだ。

 

 今回は三期生は全員自主的に辞退だそうだ。園崎さんとかアドミラルさんとか気になるのがいるけど、まあ仕方ないか。

 

 「当店はアルコールの類は扱ってませんので、皆さん持ち込みでお願いしてます。ちなみにおつまみも自分で用意してね♡

 「この店、よく潰れねぇよな?

 「風俗店じゃないからいいんです! さ、各々飲んでるお酒とおつまみを言っていってね

 

 そういや、昔行った酒場で持ち込みでいいか? って聞いたら「一杯飲ませたらいいぜ」って答えたマスターがいたな。それもまあ、いい思い出だ。

 

 持ち込みOKの良心的な店スナック来宮

 良心的というか経営放棄w

 場代だけ払うシステムなのかな?

 いや、ママに貢物として一杯ずつ献上するんだよ。

 

 「( ゚д゚)ハッ! ひらめいた!

 「いや、アカンだろJK

 「うーうー……私、農○100%りんごジュース、おつまみは柿ピー

 「ほんとにジュースかの? 横に焼酎とか置いとらんか?

 「置いてませんよっ ストッパー役なんですから

 

 全員潰れて配信が終わらないという事を防ぐためなのか。きりんさん、ご愁傷さま。

 

 と言って実は……

 実は……

 じ・つ・は・〜

 キリンサンハ オサケナンカ ノマナイヨ

 

 「そうそう。オサケナンカ ノマナイヨ

 「なんでカタコトやねん。草生える

 「イジるのはこの辺にしておくかの。妾は純米大吟醸、鳳凰○田の五割磨き。つまみはいかくんに缶詰の焼き鳥じゃな

 「完全におっさんスタイルだな。私は最初は一番搾りの中瓶。これ終わったらベルモットビアンコに行く予定。おつまみは、生ハムに6Pチーズ

 「……えっと、アルマから頂いたきるしゅゔぁっさー……あと、チーズのクラッカーと……コンビニのコロッケ

 「はぁっ? おま、それ、お菓子造り用って言ったよな? 40度くらい有るんだぞ?

 「……美味しいよ? コテン

 

 祭さん、可愛いけど……大丈夫だろうか? すでに呂律が回ってない気もする。

 

 「俺はオールド○ーのスーペリア。頂き物でこの機会に開けようと思って

 「おう、スーペリアか。渋いトコいくなと思ったら贈り物か。良い趣味してる

 

 アルマさん、褒めてくれてありがとう。

 それは俺からの贈り物だったりする。この身体になるようになってから飲酒はなるべく控えている。目に届くところにあると迂闊に飲みそうなので二、三本京介にあげたのだ。

 もちろん、この会合の話を聞いてからね。

 

 「京介さん、出来ましたよ

 「ああ、いまツマミが出来た……これなんだ? すげぇ美味そうな匂いするぞ

 「牛フィレ肉のコンフィですね。こっちのは家で揚げてきたそら豆のさつま揚げです

 「え、なに京介くんトコ誰かいるの?

 「あ、はい。適当でいいと言ったら送り付けてきましてね

 「どうも、二期生の戸羽乙葉です

 「およ? じゃあ、いま二人はオフコラ中?

 「そうなります。乙葉の方では配信してるようですよ

 「……聴いただけでも旨そうじゃな? これ、京介。絵を出してたもれ

 「あー、はい。こんなもんで

 「ガチでレストランで出てくるのじゃん! あー、美味しそう♪

 「料理人付きとは、やるなぁ

 「……なんだが、急に侘しくなってきたのう……

 「おいしそう……

 「祭ちゃん、平気? ちょっと飲むペース早くない?

 「だいじょぶ、だいじょぶ……ふふっ

 

 おお、旨そうだね。

 ちなみに戸羽くんを送り付けたのは俺だったりする。良いところのお肉を包んで渡したら、ホクホク顔で行ってくれた。

 

 京介は一人暮らしだし、まあ野郎なら問題ないだろ。本来は俺がお邪魔したかったけど……プリムラに怒られたから自重した。

 

素晴らしい出来ですね

戸羽くんは本当に飲み込み早いなぁ。プリムラのレシピであっという間に自分のものにしちゃうもんな

 

 モニターを覗き込んできたプリムラにそう答える。今日は俺は配信が無いので、プリムラとダマスケナも配信を見ながら食後の団欒をしていた。

 

だんな様のも美味しいよ?

 

 そら豆のさつま揚げを食べながら缶を傾けながらダマスケナが褒めてくれた。……旨そうに飲むなぁ。……ドライはあんま好きじゃないんだけど、爽快感はあるんだよなぁ……

 ちなみにコンフィのレシピはプリムラだけど、そら豆のさつま揚げは俺のだ。すりおろし生姜をちょっと加えてるので、風味が良い。こっちでも作って食べてるけど評判は良いみたいだ。

 

 

シンプルで奥深い味わいです

 

 プリムラは、頬を染めながら飲んでいる。ちなみに彼女は横浜○ール醸造所のペールエール。冷蔵庫から出してちょっと置いた物を開けるという拘りの飲み方をしてる。繊細なプリムラらしい。

 

俺も一口飲みたい……

この国の法ではいけません。そちらで我慢して下さいませ

……むぅ

 

 コップの中のジンジャーエールは、プリムラのお手製だ。わりと面倒なんだよね、これ。

 市販品のモノより甘くないし、きちんと生姜の辛味もあるので俺はこれが大好きである。

 

 でも、出来ればモスコミュールとかシャンデーガフで飲みたい。

 寝る前に飲もう。うん。

 

子供の身体だと影響出やすいからねぇ……まあ、今日は分離するからいいんじゃない? 私も飲みたいし

 

 アイリスの許可も出たし、お楽しみは寝る前にとっておこう。さて、配信に専念しようか。

 

 コメントを見ると飲み会モードの大人共が書き込んでたり、スパチャ投げたり。かなりカオスな様相だね。

 

 乙葉くん、マジ嫁に来ない?

 これ自分で作れるのか……

 くそう……今生が学生でなければ 我王 神太刀 ✓

 あ、我王さん、オッスオッスw

 いつでも見てるな我王

 つか京介んトコに集りゃいいのに

 乙葉くん居るんだしな

 呼ばれてもいないのにいけるか 我王 神太刀 ✓

 ま、そやね

 そんな陽キャのわけはないw

 

 こっそり見ていた我王くんがイジられてる。

 まあ、その気持ちも分かるよな。

 お前、なんで来たの? とかマジ顔で言われたら立ち直れんもの。

 

 おい、なんかきりんさんがログアウトしたぞ?

 祭ちゃんのリアルママに連絡したんだと思われ

 あー、祭ちゃん、動かないねぇw

 配信三十分でリタイア草

 いやキルシュヴァッサー強えから

 祭先輩、大丈夫? 黒猫 燦 ✓

 お、黒猫はっけん!

 猫ちゃん、飲み会とか興味あるん?

 こっちはお泊まり会なんで 黒猫 燦 ✓

 マジで!?

 そっちも配信して!

 さ、参加メンバーは?

 私とゆいママ、それにお母さん。なので、配信はナシ(ΦωΦ) 黒猫 燦 ✓

 うわああぁあ〜、見てぇ〜www

 

 黒猫さんとこはお泊まり会か……イイね。

 俺もおっさんなので、そういうキャッキャウフフなイベントは興味ある。まあ、多分に幻想なのは理解してるけど……その言葉の(パワー)は強い。

 

 それはそれとして。

 俺もキルシュは飲んだことないけど、かなり強いと聞いてる。祭さん、大丈夫だろうか?

 

 「あらあら……それじゃまたね」

 「すいません、おば様……ふう。これで一安心

 「お疲れ。早くも出番とはね

 「誰かさんが強いお酒渡すからでしょ?

 「お菓子造り用だって言ったんだよ? アレそのまま飲むとか思わないよ

 

 どうやらただ眠ったらしい。一安心。

 彼女がログアウトして、残るは三人。

 いや、デスゲームじゃないか。

 

 きりんさんが居ない間に、会話には戸羽くんが参入していた。

 

 「実はこのお肉、古詠未さんの差し入れでしてね

 「そうだったのか

 「ろくな物食べてないって言ってたの、気にしてましたよ? 台所とかはきれいだったけどゴミはちゃんと捨てましょうね

 「お前、お袋か?

 「古詠未さんからチェックシート貰ってるので

 「お袋はあっちだったか……

 

 いや、おかんではないよ?

 気分的には一人暮らしの息子を思う父親のそれかな?

 

 いやだって、さあ。すぱしーばの連中に聞いたらどう考えても安アパートなんだもん。バイトも表向きの仕事だから適当に選んだっぽいのだし。

 

 裏稼業の収入無くなったら、たぶんヤバいと思うんだよ。

 

 せめて身体くらいは労って欲しいじゃん?

 

 こよみん……まさか

 これがバブみというものか

 こよママてぇてぇ

 中学生に養われる……なんかミナギッテキタ

 

 違ぇよ、そんなんじゃねえよっ!

 あ、そんな事言うとそれっぽく聞こえるな。

 

 「作ってきたのは冷蔵庫に入ってますので。何日かは大丈夫でしょう

 「毎日コンビニ弁当だとゴミばかりでるからなぁ。助かる

 「今回はギブアンドテイクなので気にしないで下さい

 

 戸羽くんへのギブは、お肉の残りで作ったしぐれ煮。久々に自分で作ったけど、ご飯によく合う味に仕上がった。

 

 こっちを京介に渡しても良かったんだけど、戸羽くん自体が『コンフィ作ってみたかった』という話を聞いていたのでどっちでもいいかな、と。

 

 「なんかー、和やかッスね。男子組

 「我らもオフコラにすべきじゃったの。あの童も呼んでの

 「あー、いいね。今度企画してみるか

 「うーん、通るかな? 設定的にアタシがいるのもスレスレな気がするんだけど(笑)

 「設定言うたらアカンやろ? ふふっ

 「こよみん、見てるかな? おーい、どうかな?

 

 む、こっちに話題が振られている……これはコメント送るべきか? いや、でも、この雰囲気を壊すのもなぁ……

 

 お食事会なら、いいですよ? 姫乃 古詠未

 いた(笑)

 こよみんもよう見とるw

 しっかり見てて草

 古詠未ちゃん、何飲んでるの? ストゼロ?

 手作りジンジャーエールッスw 姫乃 古詠未

 プリムラに怒られるってw 姫乃 古詠未

 

 ストゼロとか言うなって、笑うだろ(笑)

 あの人の配信もすげえ面白いよなー。

 

 「やっぱ見てた(笑)

 「まあ、落としどころはその辺よな。後は日程じゃが……ま、追々決めるかの

 「配信中に予定決めるとか斬新すぎるな

 「古詠未、ありがとうな

 「もぐもぐ……このしぐれ煮も美味しいですね。京介さんにあげるのやめようかな?

 「それは差し入れじゃないのか?

 「これは僕の報酬なので。味見で持ってきただけですw

 「ぬう……そっちも美味そうなのに

 「妾から見たらお主らの所業こそ拷問じゃよ……ああ、嫁が欲しいのう

 「婿じゃなくて草

 「アルマ、ツッコミがコメントみたいだよー? かなり回ってきてるのかな?

 「まだ、半分くらいだし……まだイケる

 「妾もまだまだじゃ。この程度で脱落するほどやわではないぞよ?

 

 愉しげな会話が続き、コメントやスパチャも流れていく。

 ダマスケナの笑い声に、プリムラの穏やかな微笑み。アイリスも花唄を歌うほどにご機嫌だ。

 

 たまにはこんな日があっても、いいよね?

 

 




 飲み会の配信は実は野郎の方が好きです。
 オンライン飲み会とかやってみたいけど、揃えてる人意外と少ないよね……


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31 猫は夜行性だって知ってた? 当然親猫がね

 視点が途中で変わります。
 最初は黒猫、※からは結視点となります。


楽しそうだな……

 

 きりんさんの配信を見ながらに呟く。その声が後ろで晩酌をしている二人に聞こえたようだ。

 

お前にはまだ早い

あと、もうちょっと経てば飲めるようになるから。がまんがまん

 

 お母さんと湊がそう慰めてくれる。

 勘違いして欲しくはないのだけど、別にお酒を飲みたいわけではない。

 

 もう、かなり前の事で……そろそろ夢で見た事のような感覚になっているけど。

 私の前世は男だった。

 

 あまり恵まれた人生でなかったと思うけど、クリスマスの夜にサンタに祈ったら美少女に転生していた。不思議なこともあるものだ。

 

 その頃の僅かに残った記憶から、お酒に関してはいい思い出がなかった。たいていはへべれけになって酔いつぶれ、他人と諍いをしたりしていた。陰キャがイキって当たり散らす、無様な姿しか覚えていない。

 

 だから、飲酒自体はむしろしたくないと思っている。もちろん、身体も変わってるし、心だってすでにほとんど女の子だ。飲んでもああなるとは思えない。

 

 でも、もし。ああなったら?

 

 お母さんや湊や、六花ちゃんや祭先輩に幻滅されるだろう。それが怖い。

 だから、お酒は飲みたくない。

 

 それでも、こういうのを見るのは楽しい。お祭り騒ぎを傍観しているのが自分にはお似合いだと、再確認できてしまう。

 

 そういえば祭先輩、大丈夫かな?

 きりんさんがお母さんに連絡して、放送でも親フラしてたし。大丈夫だとは思うけど。

 ふにゃふにゃの祭先輩、可愛かったなぁ……

 

むっ!?

 

 そんな私の良い気分をぶち壊す奴が現れた。

 きりんさんの呼びかけに対して、コメントを書き込んだアイツ。

 

 『お食事会ならいいですよ?』

 

 その、模範解答のようなありきたりな受け答えが妙に鼻についたのだ。

 

 

 

 

 

 他の企業勢のうちの一つ、すぱしーば。

 その尖兵として送り込まれてきた姫乃古詠未。

 監禁されて仕方なくVtuberになったと言いつつ自由奔放に動き回り、いつの間にやらあるてまのみんなとかなり親しく付き合っている。

 

 口が悪いのでおしおきされるのが芸風なんだけど、それ自体はとても良いと思う。

 確かに可愛いし、えっちだ。くすぐられてる時の声なんてずっと聞いていたいくらい。

 

 ……こほん。

 

 ともかく、私はアイツが気に入らない。『こよみ』って名前が嫌いだからっていうのもあるんだけど、ちゃんと別に理由はあるのだ。

 

 どうもアイツは、私のデビュー当時から視聴してくれていた古参らしいのだ。言葉の端々からも「ああ、見ていてくれたんだな」って分かるからね。

 

 でもね。

 それならさ。

 

 私に直接言ってくれてもいいんじゃないの?

 

 私がコミュ障だから、迷惑かもしれないと思って遠慮しているのかも?

 

 それならコメントで送ってくれてもいいんだよ?

 結経由でDisRordのIDは知ってるからね。だいたいあるてまのメンバーはほとんど登録してるんだし。送れないわけないんだよ!

 

 私のことを推しと公言しているらしいけど。

 コメント一つ寄越してくれない人の言葉なんて、嬉しくもなんともない。

 

 

 推しなら私をもっともてはやせよっ!

 もっとちやほやしてもいいと思うんだよっ!

 

 

 結や他のあるてまの人たちとは気軽にコミュニケーションしてるのに、なんで一声もかけないんだよ?

 

 いや、挨拶くらいはしたけどさ。

 でも、それっきり何もナシ。

 

 あれか? こっちから声をかけてほしいのか? こっちは筋金入りのコミュ障の陰キャだぞ? そんな事できるわけないじゃんっ!

 

 

 

 

 

うーうー唸ってどうしたの?

あ、うん……なんでもない

 

 モニターに向かって頭の中で文句を言ってたら、口から出てたらしい。湊がテーブルからこっちに来て、後ろからモニターを覗く。そして、アイツの文字を見つけた。

 

やっぱり古詠未ちゃん見てたんだ

あ……

 

 その時の顔を、覚えている。

 

 ざよいとの対面のとき。

 

 ちゃんと顔を合わせて、きちんと誤解を解いて、お互いに謝りあったあとに見せた、安心したような、優しい顔。

 

祭さん、リタイアしてたんだ

うん……ちょっと前に先輩のお母さんが親フラしてきて終わらせてたよ。きりん先輩が連絡したみたい

へぇー、京介先輩のとこに戸羽くん行ってるんだ。男の子二人で楽しそうね

そうだ、ね

 

 その二人が一緒にいるのも、アイツの差し金だ。なんだか見ていると無性に腹が立ってきた。

 ウインドウを閉じて椅子から立つと、ベッドに転がる。いきなりな行動に湊が驚いているけど、今はちょっと余裕がない。

 

眠くなってきちゃった

そう? ちゃんと布団掛けてね。もう夜は冷えるんだから

うん……ありがと

 

 リビングとを隔てる扉を静かに閉めて、湊がいなくなる。気まぐれな私の行動に腹も立てずに、彼女は忠告までしてくれた。

 

 本当は楽しいお泊り会だったのに……配信なんて見なきゃよかった。

 でも、こんな気分じゃ絶対当たり散らしてしまうだろう。

 

 湊は優しいから。

 自分のせいで私が気分を害したと思うだろう。

 

 そんな思いはさせたくない。

 

 くだらない事を考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画面に向かって唸るのは、よくやる癖だぞ? その後高確率で不貞寝するのもな

 

 フォローしてくれているのか、席に戻った私に千影さんがそう言った。それはたぶん、いつも通りなのかもしれないけど、理由はおそらく私にある。迂闊に彼女の名を言ってしまったからだ。

 

ちょっと、彼女にとって面白くない人がいて……

ほう。君のところはみんな和気藹々とした雰囲気だと言っていたようだが……?

他企業のVtuberでして。個人的に知り合っていて、何度か世話もしたんですけど……それが面白くないようで

 

 そう言うと、ちろりとこちらを見てくる千影さん。イタズラ好きそうな瞳がこちらを覗く。

 

人んちに来て娘とお泊りしてるのに他の女の子の話が出たら、そりゃあ面白くなかろ?

うえっ? そそ、そういうのでは……

しかし、あの子が嫉妬するとは湊もやるな。以前は私くらいしか居なかったのだが

 

 ニヤニヤと笑う千影さん。今宵の遺伝子の大元であるためか、一児の母とは思えないほど綺麗である。この人と街を歩いていたら、私よりも彼女に声をかける男性のほうが多いと思う。

 

その子はアレか? あれより可愛いのか?

見た目は、そこまでじゃないんですけど……なんだか危なっかしくて

私が言うのもなんだが、あれも相当危なっかしい。それ以上とはなかなか厄介だな

 

 千影さんが同情するように言いながら酒を傾ける。蕎麦焼酎をロックで飲んでいるからか、少し酔いの回った顔はほんのり桜色。思わず見蕩れてしまいそうになるので、目を逸らしながら言葉を続ける。

 

初めてあった時はVtuberだって知らなくて。公園でポツンと座っていたんです

 

 それから、初めてあった時の(くだり)を話して聞かせた。私と同じように男物の下着を着ていた所で食いついてきた。

 

おい、穏やかじゃないな? それって虐待じゃないか?

本人は父親と良好だと言ってましたし、特に怯えた様子もなかったし。後から知ったんですが、父親は海外に単身赴任したそうで

母親は?

居ないそうです

なんでそんな状況で単身赴任とかするんだ? そいつはバカだ……と言うか人でなしだな

 

 相当憤慨しているのか、語気が荒い。それを私に当たられても困るなぁ。

 

ただ、家政婦さんを二人付けていったそうで……生活に不便は無いそうです

そういう問題じゃないだろ。そんな話を受ける方もおかしいが、振る方もどうかしてるな! 私ならそんな奴に渡航なんてさせない

まあまあ……事情が有るようですし

 

 宥める様に言うと、少し落ち着いたようでグラスを一口嘗める。そしてこちらを睨むように言った。

 

なんて言うのだ? その子は

 

 公になってる名前ならいいだろう。私が答えると彼女は頬に手を当てて考え込む。

 

姫乃古詠未……どこかで聴いたような

つぶやいたーでも時々トレンドに乗りますし。ほら

 

 私がスマホのアプリを起動させると彼女に示す。そこには電車の中で戯れる少女達の動画や、この間炎上した相葉京介とのコラボのまとめなどが並んでいる。

 

ほう……確かに可愛いな。まあうちの子には敵わんが

Vtuberとしては珍しいんですが、顔出しも多いんですよね。すぱしーばはあまり気にしてないようで

……すぱしーば? なんだ?

古詠未ちゃんの所属する企業です。日本法人らしいですよ

ああ、あのすぱしーばか

ご存知でしたか

ああ。降って湧いたような話だが、革新的な技術を有しているとか。その辺りの話は耳にタコだ

 

 すぱしーばの名は、あの配信からそちらの業界では一番の注目株らしい。彼女の会社もたしかそっち方面なので、話題にはなっているそうだ。

 

そうか……配信がどうとか馬場山が言っていたけど、そういう事だったのか

あの動画は見てないんですか?

私は娘の配信すらろくに見てないんだ。しかし、そういう事なら後で見ておくか。それで、古詠未といったか。本当に問題は無いのか?

少なくとも表面的には問題なさそうですよ? お金もお父さんから渡されてるみたいですし

 

 すると、千影さんが声を荒げる。

 

おいっ、今宵より小さいじゃないか

 

 十六夜桜花とのツーショット写真を見た時に、彼女が怒り始めた。他の写真だと対比が分かりづらかったようだけど、たしかにこれは小さく見える。

 

そ、そうですね。中学生ですから……それでもちっちゃいとは思いますけど

高校生にもなってない子供を放ったらかしとか……ブッ殺すぞ

ひぃっ?

 

 な、なんだか千影さんの殺意が高まってる?

 というか、私に言われてもぉっ?

 

本名は? まさか姫乃では無いだろう

あ、えっと、殿田莉姫(レキ)ちゃんです。お父さんの方は知りません……あ、いやカードに書いてあったかな? とのだ こよみ、でした

 

 そう答えると。

 それまで怒り狂っていた千影さんから殺意の波動が消えた……消えた? 正確には違うらしいがその時の私はそう思えた。

 

ほう……そういうことか。あいつに娘がいたとは、知らなかった。よくもまあ、(たばか)っていたものだ

 

 方向が定まっただけだ。

 殺意の向かう方向が決まったので、周囲にまき散らさないようになっただけだった。

 

 すると、自分のスマホを取り出すと、ぱぱっと操作して通話アプリを動かす。しばらくすると、チッと舌打ち。

 

SIM外してんな。まあ予測済みだ

 

 さらに素早く操作してメッセを送っている。すると、着信が次々と入ってくる。それを確認するとまたしても、チッ。

 

誰も知らんか。てか部長や課長が知らんとかどういう事だ? 赴任先は……サンクトペテルブルク? 直行便ねぇじゃないか

あ、あの……ど、どういう事、なんでしょうか?

 

 いきなりな事でよく分からないけど、千影さんが何をしているのか理解できない。すると、彼女はこちらに目も合わせずにさらりと言った。

 

殿田暦。その子の親は、私の元部下だよ

 

 ……あー。

 せ、世間て、狭いね……

 

 

 

 

 

 

 

 

お、終わり、ですか?

ああ、済まない。助かったよ

 

 メモやノートに書き散らかした文字の羅列。

 三分の一くらいは、彼女の物だが残りは私が書いたものだ。スマホから集められた情報を書き集めていたのを見かねて手伝っていたら、時刻はすでに深夜二時。そろそろチラシの裏でも使わなきゃいけないかと思っていた所でようやく終わった。

 

 かつての部署の部下に一声かけたら、いろんな所から情報が集まってきたのでそれを纏めていたのだ。まあ、すごいもので、自社の他部署はもちろん、他社や他業種の人間からも連絡があった。これが彼女の力だと思うと、この若さで専務とかも頷けるかな。

 

 まあ、殆どは古詠未の情報であり、父親の方はあまり芳しくなかった。

 

辞令は人事から正式な書類だったか。ただ内示だけで理由も不明瞭……まあ、アイツならどこに行っても死にはせんがな

ズドラーストヴィチェって会社ですが、部署とか明示されてませんね

こちらに知らせていないだけだろう……あそこは一回行ったから、その時に気に入られたのかもな

 

 殿田暦氏の現在の住所はおろか、連絡手段も無い。

 人事でも無いので会社経由での話も聞けない。

 元の携帯もメールもRINEも、一度だけ既読が付いたきり音沙汰が無い。

 

直接の連絡手段が何一つないとか、徹底してるな

莉姫ちゃん、どうやって連絡してるのかな?

そうだな、その方が早いな

 

 言うが早いか、彼女は電話をかける。

 ちなみに今は午前二時。一般的には就寝している時刻だが、彼女は躊躇いがない。

 

あの、どこへ?

元の家さ。変わってなければ娘もそこにいるだろ? そちらに聞けば分かる

 

 私はそこまで介入するつもりがなかったので聞かなかったのだけど、千影さんは躊躇わない。

 元の部下という知り合いだからなのか、義憤によるものかはさておき。

 この行動力は凄いと思う。

 でも今、深夜だからねって言おうと思ったけど……止めても止めないだろうと考えて放置した。

 

 数コール後に電話が取られ、電話口から声がする。

 

「……はい」

 

 聞いたことのない、男性の声。

 だが、彼女は楽しそうに顔を綻ばせた。

 例えて言えば、釣りで大物がかかったような。

 

おはよう、殿田。里帰りしてるとは思わなかった

「……え、えっ? せん……む?」

……むぁ、ふぅ……

……ふふ

「あ、いやこれはお花で、そのあの……」

ああ、娘さんが居るんだって?

「ぶふっ!」

独り者だと思っていたら隅に置けないなぁ。年齢からすると私の元にいた頃からじゃないか。一言も無かったなんて、冷たいじゃないかね

「あ、あの……それはもうしわけ、ないと……」

そこも含めてじっくり話がしたいなぁ。明日にでもそちらに伺うよ。やさは変わってないようだし

「あ、明日はその。仕事が有りまして……」

ああ、そうだな。いきなりというのもなんだ。連絡手段は知れたのだし、それは追々で構わんか。追い詰め過ぎると獲物は逃げてしまうからな

 

 ……言葉で追い込んでいくそのやり方に、私は恐怖を感じると共に尊敬の念を抱く。

 

 そして、少し同情してしまった。

 

 たとえあの子を放ったらかしていたような人だとしても。休みにわざわざ帰ってくるだけ子煩悩なのだと分かったから。

 

……ん〜、だぁれ〜?

「ばか、黙れ……」

娘がいる家に女を連れ込むとか、随分と女たらしになったものだな? その辺もきちんと説明してもらいたいものだ

「は……はは……」

 

 

 ……前言、撤回。

 やっぱ最低だ、この父親。

 

 

 

 

 

 

 こうして、睡眠時間を盛大に削ったお泊り会は終わったのだった。

 

 




 思わず冷や汗の出る展開。寝起きでドッキリってレベルじゃねえぞ(笑)


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32 夜討ち朝駆けは戦の定石

 戦国物ゲームの配信ではありません。ご注意下さい。
今回はアイリス視点から始まり、※以降は、黒猫さんの母、千影さんの視点となります。


「おい、ヤバい、起きろ、寝ぼけンな、さっさと目ぇ覚ませ、合体しろ、ほら早く、そうしないと俺が、死ぬ」

くぁ……こよみさんが死ぬわけないじゃないですか

 

 アイツらと戦って生還してきた人が、簡単に死ぬわけはない。もっとも、記憶からは消してあるので本人に自覚はないだろうけど。

 

「いいからとっとと合体しろっ。ここから出る、そうしないと俺の心が殺される」

だから、なんだって……

「ああ……奴が、クロネが、来てしまう……だからナンバーディスプレイにしておけばよかったのに……そもそも家電繋いで置かなければ良かったんだよな。殆ど携帯で事足りるし、契約変えたから知り合いからの連絡なんてこないと思ってた。うかつだった、本当にバカだ、オレはなんて、アホだったんだ……」

うっは……ウザ……

 

 ヲタク特有の早口でまくしたてる泣き言にうんざりした私は、仕方なく唱術を使うことにする。

 

催眠深度一。鎮静化

 

「う……なんだ? 専務から電話があって、それで、いや、マズい、だめだ、のんびりしてたらいけない、アイリス、さっさと合体を……」

? どんだけ恐怖の対象なの? アンタそんなに弱くなかったでしょ? あ、そっか。最適化が進んでるから、精神面も普通に近くなって……

 

 本来の彼……いや彼女なら、恐怖などは感じない。だけど、それに戻すのは私の本意ではない。

 

 あくまで、普通の人としての生を全うさせる。

 

 それこそが史上の命題であり、私の出来る唯一の罪滅ぼしだ。

 

「だから、合体して、お願いします、アイリス様、このままだと俺の聖域が、心の拠り所が侵されるぅ……」

うわっ、キモッ!

「うっ……ぐぅ……」

 

 

 人が真面目な話をしている時にこの人は……。面倒だから一度眠らせた。

 夜中だというのに、忙しないなぁ。せっかく久々に別々に寝られるというのにこの人は。

 

 ん……これは良くないな。

 私のこの感情も、本来のものじゃない。

 これに流されるのは、ダメだ。

 

……あふ。もう、眠いんだからぁ

 

 そう言って、彼の側で寝る時の定位置へ戻る。枕元に落ち着くと、ゆっくり眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数時間後、プリムラからの念話によって起こされた。物理的な距離が近い場合、位相空間にも届くこの唱術は便利だ。彼女達がここに居るのも、すぱしーばとの連絡員としての役割もあるのだ。

 

アイリス様、アイリス様、お目覚めになって下さい

……ふぁ……うん、あれ? プリムラぁ?

至急、現実界にお戻り下さい。ご来客がこよみ様のお宅の扉を叩いておりまして、些か近所迷惑でございます

ああ……そんな話、してたっけ……ちょっと待って

 

 眠っている暦さんを起こさないように、頭のそばに回る。額に口づける感じに触れて、合体。見た目はお花だけど、やっている私にはそのままの感じなのでやはり気恥ずかしい。

 

 私は彼に『合体』と言って教えたが、実のところこれは少し違う。

 

 正確には電脳空間に保管している女の子の身体と入れ替えている。心はそのままに、身体を入れ替える。私はその橋渡しをしているに過ぎない。

 入れ替わり、莉姫となったこよみさんの中に私は残る。実際は髪飾りや花という形だけど。

 これもシステム的に仕方がない仕様だ。私が電脳空間に残ったら、こよみさんとの繋がりが切れてしまう。だから、髪飾りも絶対に外さないようにと注意しているのだ。

 

よっと

 

 こよみさんが寝ていたり、意識のない状態だと私はその身体を動かせる。起きて、歯を磨いて、トイレを済ませて。流石に朝ごはんを食べてる余裕はないかな?

 寝間着からわりと小洒落た部屋着に着替える。

 最近は一人で服を買うのも慣れてきたようだ。もっとも、店員の着せ替え人形宜しくで買うようになってるので、次の課題は服のセンス、かな?

 

ほいっ

 

 外を見れば、青空が一気に曇天に変わり驚く人もいるだろう。『お空の結界』は、繋げるのも封鎖するのもわりと簡単にできる。

 ただ、空間が安定しなくなるので二、三時間の余裕が無いと再度戻す事が出来ない。

 これは技術とかではクリア出来ないものだ。

 

繋げたわ

ありがとうございます。準備が整ったようですので

構わんのだな、では開けるぞ

 

 ガチャリ

 

 玄関扉から見えたのは、彼の記憶の中にある女性だ。

 

……朝早くから申し訳ない。お父上はご在宅か?

 

 凛とした声に、怒気はない。むしろこちらを見て少し安堵しているようにも見える。

 

……まだ、起きないみたいですね

 

 ならば、仕方ない。

 このアイリスが、お相手しようじゃないかね!

 

あの……どちら様でしょう? いきなり他所様の家の玄関を開けるなんて、穏やかじゃないですよ?

 

 にっこり。

 満面の笑みを浮かべて、そう言ってやった。

 

君の父親の元上司なんだが……そうだな、確かに無礼だった。名乗りもせずにドアを開けて申し訳ない。すまなかった

こよみさんの……いや、親父の元上司? それは知りませんでした。親父は早朝出掛けてしまったようで……今日はそのまま向こうに戻ると言ってました

 

 彼女は丁寧にお辞儀をして黒音千影と名乗った。

 私もぺこりと頭を下げながら、そう答える。たぶん彼は会いたくないだろうから。

 向こうもそれは分かっていたようで、やれやれといった風情で諦めているようだ。

 

 玄関先での問答もアレなので中に入れると、プリムラとダマスケナもこちらに入ってきた。

 

家政婦の方が隣に住んでいるとは思わなかった。しかもどちらもお若いな

親父が付けてくれたのです

 

 プリムラとダマスケナを紹介して、二人には仕事をしてもらう。プリムラにはお茶をいれてもらい、ダマスケナには他の部屋の掃除だ。仕事をしてる所を見せるのも大事だからね。

 

 お迎えするのは当然のようにダイニングテーブル。居間は掃除中だし、客間にはプリムラとダマスケナの私物が置いてある。寝室は言わずもがなだ。

 

 彼女はちらり、ちろり、と視線を巡らせている。たぶん色んなチェックを入れているのだろう。プリムラの淹れてくれたお茶が出されて、私はそれを勧める。

 

緑茶は切らせていまして

 

 私は先に口を付ける。熱いお湯で淹れた紅茶を、わざわざ冷ましてくれている。こういう気配りはプリムラならではだ。

 

ああ、頂こう

 

 やはりと言うべきか、砂糖のポットには手を出さない。私は一杯だけ入れている。甘いの、おいしいよね♪

 

それで、ご用件はなんでしょうか?

うむ。大した話ではない。君の件で聞きたいことがあってね

 

 わたし? ああいや、莉姫の事か。

 

 あらましを聞いてみると、要するに莉姫の事を心配しての訪問ということらしい。

 

 

……という事だ

なるほど。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。しかし、誓って申しますが親父から虐待を受けたり、放置されたりはしておりません

放って海外に行った事は何とも思ってないと?

仕事ですし、不自由なく手配してくれたので不満はありません

 

 そう答えると、じっとこちらを眺めてくる。

 この視線は確かに苦手かも。こよみさんが嫌がるのも分かるなぁ……。

 

湊から聞いたが、男物の下着を着ていた事があったらしいな

ぶっ……あ、はい

あれは虐待に当たる行為だ。女子に男子の下着を強要するというのは、まあ稀だと思うが。それに関して、思うところは無かったのか?

それは、その……こっちとの常識の差と申しますか……

 

 そう答えると、彼女は顎に手を当てて考え込む。

 

国内の子では無いのだな?

え……はい、まあ

忠告しといた筈だがな。やはり厄介ごとに巻き込まれてるじゃないか

 

 あれ? なんだか勝手に納得してるな?

 さてはこよみさん、海外でも余計な人助けしてたのかな? あんな人だから女の人がほいほい引っ掛かってもおかしくはないし。

 

大体事情は察した。後は奴から聞くとしよう。それで莉姫くん、と言ったな。なにか困った事は無いか? アレは大体の問題はクリアするだろうが、基本的には気の回らない駄目な男だ。女性としての視点に欠けるからな

 

 詰問口調から、親身な言葉に変わる。ともかく、莉姫の事はこれでいいらしい。

 では、ひとこと言おうか。

 

僭越ながら。親父の事を悪く言う方がいるので、その人を遠ざけて欲しいです

 

 じっと見つめてそう言うと、理解してくれたようだ。

 ため息を一つついて、こちらに謝罪してくる。

 

すまなかった。悪しざまな言い方になっていたな

 

 ご理解頂けて恐縮ですと、頭を下げる。

 

私にとっては大切な人なので、悪くは言われたくありません

うん、そうだな。その辺りを失念するとは、私もまだまだだ。しかし、本当に無いかね? 私はかつてとはいえ彼の上司だ。彼が至らない所は理解しているし、力にもなれると思う

 

 ……なんだか、こよみさんのイメージと若干異なる印象だなぁ。普通にいい人っぽい。まあ、小さな女の子相手とおっさんとじゃ違うのは当たり前かもしれないけど。

 

私も子供を一人残して仕事にかまけていた口でな。だからと言うのはなんだが、そうした事が気になるんだ

 

 ……やっぱりいい人じゃないですか。

 それでも、この人を近づける訳にはいかない。こよみさんが萎縮するし、関係の深い人が近くにいると影響が出てしまう。

 

私の後見人はすぱしーばの代表取締役が引き受けてくれています。私生活の方も二人がいれば特に不自由もありません。学校も通い始めましたし、Vtuberとしての活動もあります。今は充実した生活で……親父には感謝しかありません

 

 私の中の素直な気持ちを打ち明ける。

 こよみさんには、感謝しかない。

 言葉などでは伝えきれないくらい、たくさん。

 

 それは莉姫としてのものではないけど。

 彼への気持ちであるのに、変わりはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やれやれ。

 

 アイツが逃げるのは分かっていたから別にいいが、この娘。思った以上にしたたかだ。

 

 湊の言っていた人物像とはまるで違う。

 危なっかしいところなんて微塵もない。

 立ち振る舞いは毅然として、ブレない。

 アイツに対しての絶対的な信頼を持っていて、守ろうとまでする。

 

 見た目からは、アイツの娘といってもさほど疑念は抱かない。

 

 少し青の混じる黒い髪は背中辺りまでの長さがあり、首元の辺りでシュシュで纏めてお下げにしている。

 その色は紛れもなく奴の髪色と同じだ。

 

 肌の色や顔立ちは日本人にしか見えないが、瞳の色だけが違う。吸い込まれそうなくらいの深い蒼の瞳は、他国の人間の血が混じっている証左だ。

 

 元々海外に行かせる事が多かったのだが、それは彼の知識や仕事の能力故ではない。

 

 彼は荒事や揉め事をいとも簡単に対処する。

 およそどんな所に送っても、彼なら問題なく生還するからだ。仕事自体は及第点だが、これほど便利な存在もいない。

 

 

 

 海外の仕事に同行する事があった。

 その折に街なかで発砲事件が発生した。

 バーで食事をしていた時だ。

 

 窓から見えたのは拳銃を構えた男であり、女に対して恫喝していた。痴情のもつれか、単なる強盗か。そんな事はどうでも良かった。

 

 もちろん私は身を隠した。自分の身は自分で守れ。それが普通だ。

 

 だが、彼はいきなり灰皿を取って投げつけた。窓ガラスを割って飛んだそれは、男の拳銃を弾き飛ばした。

 何が起こったか分からない男に、割れた窓ガラスから飛び出した彼が組み付き、軽々と地面に投げて組伏せた。男の手は手首から反対を向いていて、投げられた衝撃で気を失っていた。

 

 そうして素早くこちらに戻ってくると、私に頭を下げた。

 

「窓ガラスの弁償代、貸してくれませんか?」

 

 思わず、そんなのは奴らに請求しろと言って彼の手を取って逃げ出した。面倒事にしかならないのは明白だったからだ。

 

 

 

 

 彼はだいたい、そんな事をしてしまう(たち)らしい。

 正義感とかではなく、なんとなく。

 

 それから私は、彼に同行する事はやめた。

 命がいくつあっても足りない。

 そんな所に送り込んで言う事ではないが、私とて娘のいる身だ。危険な真似は出来なかった。

 

 アイツの事を男として見た時期は確かにあったが、この一件以降はすっぱり諦めた。それに今宵もアイツとは反りが合わないようだったし。

 

 おそらくだが、そんな感じであの子は出来たのだろう。アイツも見た目はそんなに悪くはないから、そういう間柄になる女もいたはずだ。

 

 だが、彼女だけが日本に来ている事から事情は推察できる。おそらく鬼籍に入っているに違いない。

 

 海外で生活していたわりに日本語が堪能な所から、頭も人並み以上であろう。アイツも語学は出来るから遺伝なのかもしれない。

 

 見たところ、本当に手助けが必要には見えない。二人の家政婦もちゃんと仕事をしているし、あのすぱしーばが後ろ盾だ。

 

 アイツに感謝しているのは本当のようだ。

 はじめは詐欺かと疑ったが、およそ引っ掛けるというのは子供には難しいだろう。アイツが騙して連れてきたと言った方がまだ説得力がある。

 しかし、それも有り得ない。アイツは女に対してひどく甘い。騙される事はあっても騙すなど想像出来ない。

 

 それに。

 莉姫の信頼は揺らいでいない。

 アイツは親という絶対の信頼を勝ち得ている。

 

 むしろ、余計な口を挟む私を敵と認識している。

 まるで威嚇しているようだ。

 

 

 

 ……一つ、疑念が湧いてしまった。

 下衆の勘繰りとしか言えないのだが、聞いてみる必要がある。

 

 

つかぬ事を聞くが……莉姫さん。昨夜はよく眠れましたか?

? はい、久しぶりに一緒に(枕元で)眠れました♪

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 

 少し放心しながら、私はアイツの家を後にした。

 

 

 

 前言を撤回しよう。

 この子は、マズい。

 

 アイツを父として見ていない。

 

 私は、監視の目を強化する事に決めた。

 

 




「ク、クロネが……」
「こよみさんが寝てる間に、私が追い返しましたよっ♪」
「……お、怒ってなかったか? 変なこと言ってないだろうな?」
「ちゃんと莉姫として受け答えしたよ? 最後は私達の父娘の絆に、感動して言葉もなかったんだから!」
「お前に娘って言われると少しモヤっとするけど……まあ、助かったよ」

 人は、信じたいことしか信じない。
 確証バイアスという言葉を失念している暦であった(笑)


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33 ぺったんぺたんた、もじぺったん……ディスられてる気がしてきました(怒)

 配信回となります。
 ネガティブなネタ、注意。黒猫さん大好きな方は読まない方がいいと思います……アンチヘイトではないつもりです。



十八時半を回りました。皆さん、こんよみー。姫乃古詠未です。今日は僕の枠では初めてのゲーム配信になります。お相手はあるてまの誇るJKにしてママとしての地位を確立した偉人、夏波結さんですっ!

ちょっ、やめてって言ったでしょお?

 

 ぽかぽかぽか、と殴る湊さんを(ー﹏ー)とにんまり眺める。やべぇ、すごい幸せです♪

 

 こんよみー

 こよみん、こんよみー

 のっけから楽園で草

 JKとJCのコラボとか……てぇてぇしかない

 ゆいまま、照れまくってるw

 あー、イイナ

 こよみんも満更でなさそうw

 つか、ニヤけてるやん

 じゃれ合い過剰供給草

 

今日はわざわざ家まで来てくれてありがとうございます。みんな、僕の目の前に(なま)ゆいが居るんだよ? え、いいの? コレ? 僕、黒猫さんに○されたりしない?

ご丁寧にどうもー。燦はそんな事しないから、安心してね?

 

 自宅に呼んでのオフコラボも初めてだけど、湊さんとのオフコラも実は初めてだ。にわかに緊張するけど、ここはきちんともてなさないとね。

 

 最近オフコラ続いてるな

 こよみんもかなり慣れてきたもんな

 じー  十六夜 桜花

 お、ねー様来てるっ

 こよみんが取られないか心配なんだねw

 じー  リース=エル=リスリット

 リース様もいるな……なんで?

 知らんのか? ゆいままとはガチだぞ?

 あー、うん。なんかわかりみ

 え? ガチな百合?

 ゆい×リースか、リース×ゆいか……

 どっちでもイインダヨー

 

ねー様、余計なコメントは無しでお願いしますね。結さんに噛みついたら……分かるよね ニッコリ

 

 桜花からのコメントは、『分かってるよ』とのこと。まあ、後で配信にお邪魔すればいいだろ。

 

リースとはただの友達だって。そこっ、ニヤニヤしない!

 

 あー、すみません。

 でも、ニヤついちゃうでしょ、こんなの聞いたら。まあ、リアルの二人に会ってるからそれは無いって理解してるけどね。

 

 二人は幼馴染とか姉妹とか。

 そんな感じに見える。

 

リース様には先日の配信で大変迷惑をおかけしました

本当、ビックリした。いきなり終わって、その後謝罪配信だもんね。ケガとかない?

あ、はい。それはもう何度も言ってるように大丈夫です

でも、相葉先輩があんな事するとは思わなかったなぁ

夜のドライブ、楽しかったですよ?

それは納得♪ いいよね、ドライブって

 

 あんまり突っ込むとマズい気がしたので、ハンドサインを送る。

 すぱしーばはやたらと細かいので、指で形を作ったり手を動かしたりしても楽々追従してくる。なので、画面の外でやらねばならない。

『次の話題』とのサインに『おっけ』のサインで答える結さん。

 

それはそうと……ここ、古詠未ちゃんの部屋だよね?

正確に言うと僕のじゃないです。元々親父の部屋で、それを借りてます。配信用の機材はこっちにしかないから

へえー。男性の部屋の割には片付いてますね。そこかしこにフィギュアが見えるけど……あ、もじくんがいる!

うっふふー♪ 拾ってくれてありがと、結さん。そんな訳で今日のゲームは『もじ○ったんアンコール』ですっ!

え、あの、ちょっ、これ一回みんなに見てもらってもいい? すごく良く出来てるの

たしか、ワンフェスで買ったものだったと思うけど……はい

 

 ちっちゃいけど良く出来てるなぁ

 あ、こよみんちょっと映ってるよ?

 炎イチャイチャし過ぎ炎

 こーいう小物もいいんだよね

 ボトルキャップシリーズみたいなもんか

 おてて、ハアハア

 

 実写用のカメラを止めて、もじくんを棚に戻す。この辺りも比較的きれいなのはダマスケナのお仕事だったりする。自分の仕事もあるのに朝の掃除は欠かさないので、男の一人暮らしの割に綺麗なのだ。

 

よく見ると……カプセルトイみたいだけど違うのね

ガレキとか大きいのは管理が難しいし、プラモは作る暇がないし。結果、小物集めが専らになっちゃいました

わー、ボー○ンダ?

いえ、SDしたバル○ァルクですね

ポケ○ンみたいで可愛い〜。本物だとすごい怖いのに

 

 子供のように喜ぶ湊さんにほっこり。古詠未のアバターも目が海苔になってて草である。眺めるのは後でやってもらうとして、配信に戻ろう。

 

それじゃ、やっていきますか?

あ、うん。ゴメンね。んと、対戦でいいんだよね

僕は結さんのソロプレイを見てても困りませんw

私が困るよーw

 

 子供みたいにはしゃぐ結に少し感動w

 こういうの、好きなんだね

 ゆい可愛い

 あー、けどプレイを眺めるスタイルもあるよな

 ゆいままのソロプレイ……ひらめいた!

 それを見るこよみん……さらにひらめきが!

 紳士多すぎて草

 

 コメントは見ない……意識しちゃうし。あ、湊さんも少し顔が赤いな。

 

あー、はは……始めましょう

そ、そうね

 

 お、コントローラー握ってるのも見えるのか

 ゲストの結の方も持ってますね……どういう仕様?

 すぱしーばのチャンネルだからだろ?

 あー、例のRICとかいう?

 よく見るとゆいままも表情豊かだし

 あ、二人の上になんかテレテレが出てるw

 漫符表現まであるのか

 なんで照れてるんですかね?

 コメ見ちゃったんか?

 あー、見ちゃったくさいなw

 ういういしくて草

 見てらんない砂吐くわw

 なんかウゼェの湧いてるな

 ほっとけw

 

 とりあえず雑音は無視。

 まずはオーソドックスなステージ。三十マス埋めた方の勝ちで、スクエアは8×8。回転ギミック無しだ。真ん中四つに文字が埋まっているだけで、ほぼ空白だ。

 

 最初のことばは『い』『こ』下に『よ』『ち』……下は使いづらいな。しばらくは上側メインかな?

 先行は俺なので『い』の横に『か』を入れる。『かいこ』だ。

 

ぐふっ……

ん? どうしたの?

いや、何でもないッス

 

 なんで『蚕』じゃなくて『解雇』が出てくるだ? 社会人キャラ気取ってるせいかな? 『貝』も入って二文字獲得。

 湊さんは下の段『ち』に『り』を付けて『地理』。うん? 見逃したのかな? 『こ』の右に『う』を置いて『邂逅』。

 

頂きます♪

おふ?

 

 さっき置いた『う』の後に『ふ』を置いて『甲府』。俺の文字が『かい』だけになって、四文字から二文字になってしまった。

 

やるな

まだまだ

 

 序盤はこんな感じだよな

 解雇で吹き出したこよみん(笑)

 ブレないな、社会人中学生設定w

 企業Vtuberだからこの言葉は効く

 やめちゃえよ、こよみ

 ほんとウザいな

 コイツ対処した方が良くないか?

 

 ダマスケナがメモ用紙を見せてくる。『荒らしコメント削除します』と書いてあるのでOKと合図。

 

『こ』を入れて『暦』。古詠未ちゃんの名前、いただき!

あう、なんか嬉しいなぁ……どっかで結びとか夏とか入れられないかな?

 

 あえて明るく会話をする。湊さんも経験があるようで表情は苦虫を噛んだみたいになってる。

 

 どうしてもネガティブな事を書き込む人は出てくるのだ。登録数が増えてくればその分、多くなる。

 

 しばらく言葉を埋め続ける。

 

 

『い』を入れて、『ライダー』。イスカンダルおじ様カッコいいよね

僕はメデューサ派ですね

燦もメデューサがいいって言ってたなぁ

 

 言った後にしまった、という表情に変わる湊さん。? よく分からないけど、黒猫さんならそう言うだろう。少しからかってみようかな?

 

おっきい娘、好きですもんね。彼女

な、なんでジト目で言うの?

同病相憐れむってのですよ

 

 黒猫燦も胸はかなり乏しいアバターだ。ばいんばいんと、本人は嘯いているけど。

 湊さんは会っているのだから知っているのだろうけど、まさかここでその話題は出せない。

 

 基本的に中の人の素性は、NGだ。

 本人がバラすとか事故なら仕方ないけど、意図して詮索してはいけない。

 

 ばいんばいんが口癖だからな、あの猫w

 けど実際そうだったりして

 いや、あの声は貧乳声(笑)

 ひでぇ……理解出来るから困るなw

 わかりみ

 ばいんばいんやぞ? 黒猫 燦

 いたぁ、黒猫w

 ゆいままが心配で見に来たんやな

 

燦……よかったぁ……

 

 なんだか知らないけど、湊さんが安堵の息を吐く。

 

 ? ともかく私は、ばいんばいん。アンタとは違う 黒猫 燦

 

 お、ムキになってる。

 まあここは大人な俺が引いてやろう。

 胸の大きい小さいなんて……些細な話だ。

 

こんばんは、黒猫さん。姫乃古詠未です

 

 ……こんばんは  黒猫 燦

 

 うむ、コメント越しの会話って難しい。

 そこで湊さんがDisRoadでの通話を促してくれた。俺が言っても頷かないだろうけど、彼女の言葉には従うようで、呼び出しがしばらく鳴った後に繋がった。

 

こ、こんばんにゃ。黒猫燦です……

 

 コメントでのイキり具合から格段におとなしくなっている。人見知りでコミュ障を自負するだけあって、これは仕方ないだろう。

 こっちも女の子との会話はあまり慣れてないけど、こちらがお呼びしたのだから放置は出来ない。

 

あ、どうも。姫乃古詠未です。直接お話するのは、たぶん初めてだと思います。夜分、突然ですいませんでした

……そ、それはいいけど。そろそろパスしちゃう

え? あっ、僕の番か

 

 残り十秒。それまで黒猫との会話で浮かれている俺には、余裕がなかった。あれこれ探してると声がかけられた。

 

『めん』の前に『か』!

! あ、『仮面ライダー』か!

 

 よく見ると確かに繋がってる。湊さんの四マスを奪えるチャンス! さすが黒猫、ヲタ知識は伊達じゃない。

 

あれっ?

 

 ところが、『仮面』となっただけだった。……入ってなかったか。

 

仮面ライダー? そんなアニメあったかな?

アニメでなくて特撮ですよ……たしか

 

 そう答えたけど、どこかボンヤリとしたイメージしか出てこない。……? デジャヴュというやつか?

 

ひょっとして……転生者?

 

 黒猫さんが可愛い声で、そう聞いてくる。

 設定の話だろうな、俺は答える。

 

転生じゃなくて、異世界転移経験者、です。そういう設定なんで

設定の話じゃないっ。本当に……違うの?

……?

 

 ヤケに真に迫った反応だ。湊さんもパズルを考えながら怪訝そうにこちらを見てくる。

 

燦、なんの話?

……なんでもない

 

 仮面ライダーってなんぞ?

 凸してきて匂わせ会話草

 いつもの黒猫妄想企画か

 仮面ライダーガオウって言うとなんか作品名みたい(笑)

 唐突に我王ネタにされて草

 語呂いいな 我王 神太刀

 我王くんチッス

 やはり見ていた我王w

 あ、黒猫の絵出てきた(ΦωΦ)

 ぽんこつかわいい

 

 黒猫さんのアバターを貼って、と。これでコラボとしての形は出来た。向こうがカメラを同期させてないので止め絵のままだ。

 

 湊さんが『め』の上に『さ』を付けて『鮫』。こっちの番なので考えてると湊さんが声をかける。

 

今日は何してたの?

リングエクササイズクエストやってたけど……疲れた

おつかれ。今度、一緒にやる?

! も、もう少し、したら……。ちょっと情けないから……

 

 うん。いつものノリのいい会話じゃないけど、これはコレで。あれか、アウェーだからかな? 気が付くとアバターの古詠未がまたまったりした顔になっていた

 ホッコリ(ー﹏ー)

 

 借りてきた猫のようで草

 元から猫だろw

 ん? これは次回のゆいくろはREQかな?

 これは楽しみ♪

 黒猫の汚え声か……うむ

 

きたなくねぇよ? もう、ムラムラするような声で、お母さんがいる時出来ないんだから!

……自慢する所じゃないでしょ……

僕はやった事無いんだけど、そんなにキツイんですか?

キツイなんてもんじゃないよ? さっきまで賢者タイムだったんだから!

あ、そうなんですか

こらっ、スルーすんなっ 意味分かってんだろ?

知ってますけど、ツッコミません。『り』を入れて『理科』

ふふ♪ 『い』で『理解』

うわ、ズルいっ JKズルい。『ど』で『理解度』!

君も随分だと思うけどな。『う』を繋げて『街道』

お前ら、楽しげに無視すんなっ

 

 下ネタスルーとかある意味残酷w

 黒猫、ようやく調子出てきたな(腕組み)

 お前いつも腕組んでんな……

 黒猫は近づき過ぎず愛でるのが通よ

 ちょっとキモいw、でもわかるww

 

 いつの間にか、黒猫さんも調子が出てきたようで。俺と湊さんのプレイ中にツッコミやら雑談やら出来るようになっていた。

 

 今まで話す機会がなかった黒猫燦。

 

 陰キャコミュ障でスケベなヲタクである彼女に、どう接したらいいのか考えあぐねていた。

 

 たぶん、俺一人だったら……いつまでも会話が成立しなかったと思う。

 俺の立ち位置はリスナーが書いたコメントのように、後方で腕組みしながら眺めるだけだった。

 

 いきなり同じ舞台で話せというのも無理な話だ。

 

 それに黒猫燦に拒絶されたら……たぶん凹むだろうし。

 

 たぶん湊さんが居なかったら。こんなふうに話せなかったと思う。俺も、黒猫も。

 

 

と、とりあえず今日のところは帰る。みんな、ばいにゃー

ありがとうございました

ま、またいずれ。にゃ

 

 そう言って、通話を切る。

 二人して顔を見合わせ、ふっと笑みが出た。

 

黒猫さんと話す事ができました。ありがとうございます、結さん

良かったね、古詠未ちゃん

 

 

 

 ちなみに。

 ゲームの方は、途中で時間切れでゲームオーバー。俺の負けであった。

 

 もう一回やるかと聞かれたけど、それよりも黒猫の話をしたかったのでやめておいた。

 

 それ以後、黒猫さんのコメントは一回も出てこなかった。湊さん曰く「配信切ってすぐ寝ちゃう事が多い」とのこと。

 

 なんとなく分かるな、その心理。

 後処理とかもう面倒だもん。一眠りしてからやってもいいかと思うよ。

 

 

それでは今日の配信はここまでになります。視聴してくれたみんな、本当にありがとうございました。宜しければ、チャンネル登録、高評価等もお願いします

そう言えば、こよみにゃ……古詠未ちゃんはまだ収益化とか無いの?

噛んでまさかのこよみにゃん、ありがとうございます! みんな、夏波結の声で、こよみにゃんと呼んでもらったぜっ? 

あいっって

あ、そういえば今日初のおしおきだね? ところでアイリスさんはどちらに?

! きょ、今日はプリムラかダマスケナにまかせてると思う

そっかー、アイリスさんにお会い出来ると思ってたのに。ざんねん

 

 しゃべるお花とか卒倒しかねないもんね。

 それに俺と分離しないとアイリス自身は話せない。つまり莉姫と一緒にアイリスと話すのは不可能なのだ。

 

今日は無事クリア出来ると思ってたのに。むう……」 

私のせいでもあるし。ゴメンね

 

 そう言って湊さんが頭を撫でてくれた。

 最初会った時から変わらない、優しいお姉さんだなぁ。

 

 ゆいこよてぇてぇ……

 ゆいままの母性が半端ねぇw

 こよみん、嬉しそうだな

 ここは切り抜き確定

 オナシャス

 オナシャス×2

 

 

 ちなみに収益化の話はとりあえず保留にしてもらっている。未成年でも保護者とかいれば可能なんだけど、設定では中学生だし。応援してくれる人には申し訳ないけど、このへんは自重してます。

 代わりにメンバーシップ登録の人にはグッズとかボイス販売で還元していきたいな、と思っている。フェティダからはその方向で計画は進行中とのこと。続報は次の配信にと伝えて、最後に二人で締めの言葉を言う。

 

それでは、結さんお願いします

じゃあ、みんな。次の時間まで

 

ばいありー

ばいありー

 

 

 

 

 

 

お邪魔しました

では、行ってまいります

二人とも気をつけて。本当は僕が行きたいところなんだけど……

子供に送ってもらうなんて、そっちのが危ないわ。じゃあ、行きましょ

畏まりました、暁様

もう、そういうのはやめて。湊でいいって……

 

 

 配信が終わったあとに夕飯をご馳走して、湊さんは帰っていった。

 こういう時に野郎の姿で彷徨けないのがもどかしい。

 

 

 玄関から戻る途中でダマスケナに呼び止められた。

 

だんな様。先程のコメントの件ですが

 

 彼女がまとめてきた書類を流し見する。予想どうりか。

 

この件は忘れろ

よろしいのですか?

誰でもあることだよ。目くじら立てる必要はない

 

 する筈がないとは言い切れない。

 俺だってムカつく相手とレスバした事くらいある。

 

 話し合う事で相互理解が深まれば無くなると思いたいけど、そううまくいくなら苦労はない。

 

 それに。

 DisRoadのテキストに送られていた『ゴメン』の文字で謝罪は済んでいる。

 送り主は黒猫燦。配信終了後に送られていたのだから、おそらく最後まで見ててくれたのだろう。

 

 

 だから、書類はごみ箱に捨てた。

 

 




 怒りに任せて書き込む事って多いと思うのです。
 でも、それが本心かというとそうではなくて。
 そう受け取ってほしいと思います。


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34 会社の中で、お話ばかり

 序盤はアイリス視点、※からは暦視点になります。


関係筋に情報を送って、こちらの拠点を撤収させるように促しました

こっちがなんでも出来る訳じゃないからね。ゴミ処理は各自責任をもって

 

 こよみさんのレッスンが終わったあとに、フェティダと話すために分離した。彼にはすぱしーば内での自由行動を与えている。

 

 娯楽施設はあまりないけど、食堂や売店などは開放されているので時間を潰すことはできるはず。たまには私と離れていた方がいい。

 彼にとっては安らぎになるだろうから。

 

当該の首脳部は『魅了済』ですが、上部機関だけでも相当な人数のため対処出来ていません。こよみ様の仰るように勝手な暴走等は起こりうると考えます

対策は考えている?

こちらの警察庁の方と相談したところ、彼らの権力機構(ちから)は使えないようで。代替案として『民間軍事会社』を試してみては、と

国の重要な施策の為に民間人を利用する……ところ変わればという事かしら

私達が民間人を利用するのは非常事態にやむを得ない場合、ですものね……もっとも、こちらでは他に理由があるようですが

まあ、お金でしょうね

 

 

 資源(リソース)は人の世では大事なものだ。それを動かす貨幣は当然、誰でも重要視する。経済を手中に収める事は力を手にする事にも繋がる。フラウレーティアであってもそれは変わらない事実だ。

 

 年の離れた妹の言葉に、私は頷くしかなかった。しかし、世間話を興じている暇はないので話を変える。

 

……押収した機材に関しては、何か分かった?

ええと、魔力とその発動した魔法に感応するタイプでした。機能が限定的なのは、地球上全てを観測するためのトレードオフだと推測されます。軍事衛星などを使う必要があったので、現時点では限定範囲でしか使用出来ません

提供した人物の捜索は?

名前はヴェルター=シュミット。現地の調査員からの報告では、西洋人、流暢な話しぶりに地元の人間だと思われていたようです。ですが、接触後に出国。USAからの消息は不明

向こうで接触して捕らえられたか、消されたか……そんな間抜けなわけはないか

 

 いずれにせよ、その人物は魔力を持つ世界の人間に他ならない。この世界の人は魔力の扱い方をほとんど知らないと思っていい。

 

ダマスケナの私見ですが、魔法の発動形態の違う世界の可能性があるとの事です。こちらでの一般的な魔法のイメージに近い、発動体などを用いたもの……もしくはそれに近いのではないかと

理由は?

私達の奏具での魔法に反応しなかったこと、ですね

どういうこと?

 

 

 説明によると。

 反応したのは口頭での唱術に対してのみらしい。

 

 私達の世界では唱術は奏具を使って音を鳴らしつつ唄う。音の振動と魔力との共鳴により、より低い魔力適正の者でも容易に扱えるようになる。

 

 本来、口頭での唱術は高等術式なのだ……ダジャレじゃないからね。

 

 こちらの世界の魔法のイメージは、先程のダマスケナの推論にあったように発動体を通して魔力を魔法に転じさせるやり方だ。概念だけはあるという事は、かつては扱う者がいたのか?

 

 プロセスの差によって、口頭での発動によってのみ反応するように作られているのではないか、とのことだ。

 

 フラウレーティアの人間には理解しづらいのだが、魔力の扱い方が通り一片でない可能性はある。私達の知識は、万能でも全能でもない。あくまで扱い方の一つを知っているだけということか。

 

私達以外の異世界人が……いる可能性がある

彼がそうだと断じる事は出来ませんが……高いかと。ヴェルター氏のいたウィーン郊外には空間の歪みも観測されています。もっとも、今では痕跡が残っているだけですが……

その、ヴェルター某のご両親は?

記憶改竄の後が見られましたが、普通の現地人だそうです。隣人に扮して監視を付けてありますが、期待は出来ないかと

 

 用心深い……か。もしくは現地の協力者としか見てないのか。今の足取りが追えないとなるとそこが接点かもしれないけど。

 

そのヴェルター某の顔写真とか入手出来た?

はい、こちらがそうです。幼少期がこちらで、現在はこちらになります

 

 見たところ、普通の西洋人にしか見えない。

 日本の防諜組織を頼る事は出来ないが、干渉もしてこないとのこと。

 

魔力関係の事なら、こちらに接触してくる可能性が高いわ。一応、警戒してね

畏まりました

魔力の浸潤は予定通り?

転送ロスが若干見られますが、概ね順調です

こよみさんの方も順調よ。これできちんと元通りに出来る……“アカシアの木”へのアクセスで存在自体も元通りになる

そうですね……

 

 私の喜ぶ声に、フェティダは物憂げに答える。

 

 元々、彼女はこの作戦に肯定的ではなかった。それは仕方がないとは思うけど。

 

 しかし、莉姫の側にいると私の考えは正しかったと確信できる。彼女はもっと楽しさを享受していくべきだ。

 

 あの姿を仮初(かりそめ)にしてはいけない。あれこそ本来の姿なのだから。

 

精霊珠があればもっと簡単だったのに……

あれは精霊様が下賜下さるものです。それにフラウレーティア人には扱えない決まりです

 

 来訪した異世界人にのみ下賜される、願いを叶える奇跡の結晶。

 

 あんなもののせいで、こよみは……

 でも、そのおかげで私たちが救われたのも事実なのだ。

 

 その借りをきちんと返す。

 そのためにこれだけ大掛かりな事をしているのだ。

 

向こうとの連絡は出来てる?

はい。やや魔力濃度が薄くなっていますが、許容範囲との事です。こちらからのフィードバックで向こうは文明度が飛躍的に上がっているそうで……持ち帰った物品や資材などの研究も急ピッチで進められています

あまりいいことばかりではないけど……魔法にばかり頼ってもいられないものね

 

 こちらと接触することで、フラウレーティアでも魔力に頼らない科学知識という概念が生まれた。

 

 こよみさんの事が解決したら、大々的に地球との交流も視野に入れている。その際にこちらの文明度が低すぎるというのは宜しくない。

 

関係諸国との折衝で、お父様はクタクタだという話です。早く子を成してくれとの催促を受けてます

それは二人に任せてるでしょ? もっとも、奥手過ぎるせいか色気が無いせいか、そんな雰囲気にはなってないけど。あなたの方が適任かもしれないわよ?

わ、わ、わたしは……そんな

 

 慌てふためく姿がとても可愛く、抱きしめたくなる。この姿では様にならないからやらないけど。

 

……お姉様を差し置いて、そんな事は出来ません

私にはもう無理だと、言ったでしょ?

ですが……

私にはその資格は無いし、子を成せるとは思えない

 

 もう何度も話し合った事だ。

 私に引け目を感じる事はない。

 

 精霊珠の力を受け入れた私は、ほぼ准精霊といっていい存在となった。魔力適正は高くなったが歳は取らない。人とは呼べない存在だ。

 

 その証拠に、魂と体を切り分けて移し替えるなんて事も出来てしまった。これが人のはずはない。

 

私のことはどうでもいいわ。その気になったらいつでも言いなさい。本社(ここ)なら結界もあるし

そ、そんなつもりはありません

 

 奥手なのは私たち兄妹の特徴なのかもしれない。私と同じ彼に、子が成せるかどうかも分からないのだが……出来なくても繋がりは残る。

 

さて、と。それじゃそろそろ帰るかしら。こよみさんは何処にいるか、分かる?

ええと……定時報告によると、食堂ですね。ソルダムと話しているようです

ソルダム……こよみさんが助けたあいつか

 

 例の組織に囚われた際に大怪我を負っていたのだが、こよみさんの遡行治癒で完全に治った保守部門の人間だ。

 

有り得ないわよね。あれは時間経過によって難易度が変わるから手当たり次第に使う術じゃないのに……

話によると二日ほど前に捕らえられたらしいので……私では治しきれません

 

 普通の治癒の唱術と違い、その怪我を負う前の状態に戻すために難易度は格段に変わってくる。ちなみに通常の治癒術でもあれくらいは治る。あんな高等術式を使う必要はなかったのだ。

 

おかげで優秀な部下を失わずに済みました。ソルダムや他の者の忠誠心も高まり、お父様などは本当に欲しいと熱望するほどで

気持ちは分かるけど、それはだめ

……そうですね

 

 勇者が国王などになるべきではない。

 それはあの人も分かっていたし、私もそう思う。理由は違うけど。

 

何かあったら連絡してね

はい、アイリス様

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近の流行り? やっぱりリ○ロかな。二期も始まったし、ゲームも出たし」

 

 食堂にいた男と話している。

 彼はあの時に助けた男で名前をソルダムと名乗った。すもも好きなのかな? そんなわけで、なんとなく情報交換のような形になっている。

 職場というのはわりとこういうのが必要だったりする。俺も得意ではないがこの道ウン年の社畜である。なんとはなしの会話を繋げていた。

 

「ははあ……調べてみましょう。さすがお詳しいですね」

「ヲタ知識をひけらかしてて褒められるなんて、珍しい経験だよ」

「私どもはほとんど何も知らないので……有り難いです」

「保守の人ってそういうのは見ないのか?」

「仕事が忙しいので、なかなか……」

 

 警備とかに関わる人間は確かに自由になる時間は少ないかもな。

 

「今じゃスマホとかでも簡単に見られる。俺の若い頃なんてそんな物無かったから大変だったよ」

 

 彼ら全員がヲタ集団ではない。

 これが分かっただけでも収穫だ。

 

 まあ、当たり前と言われれば確かにそうだ。こちらの世界でも『なんだ漫画か』と一瞥する人もいるし、生活に必要なものかと言われたら必要不可欠ではない。

 

「休日とかはどうしてるんだ?」

「そうですね……掃除とか洗濯とか。あとは酒ですかね」

「どこでもやる事は変わらんな」

「全くです」

 

 そう考えて、ふと気になる事を聞いてみた。

 

「家ではやっぱり本来の姿なのかい?」

「え……? どういう事、ですか?」

「いや、仮の姿でいるの大変だろ? 俺なんかようやく慣れてきたけど……やっぱり元の姿の方が落ち着くからな」

「はあ……?」

 

 なんだか、ソルダムが把握しきれていない様子だ。

 

「あれ? フラウレーティアの人って、お花なんじゃないの?」

 

 俺の疑問に、彼は暫し呆然とし……そして頷いた。

 

「そうですね。私どももこの姿では寛げませんからね」

「だよな。やっぱり、家では楽な姿でいたいよなぁ」

 

 ははは、と笑って彼は腕時計を眺め、時間だと言って立ち去った。今度機会があれば飲もうと誘うとイイですねと答えるなど、なかなかに順応性も高い。

 

 

 

 まだアイリスの会話が終わらないようなので売店に向かう。ここはコンビニのような品揃えをしているので来る度にチェックしている。

 

 

 

 店内に入るとロシア語が聞こえてくる。

 彼らが対外的にはロシア人という肩書になっているのだが、これは彼らの世界と繋げた場所がロシアにあるから、らしい。彼らの先遣隊は現地人と交流し、ロシア語を覚えたのだとか。

 その先遣隊とやらは十年前には来ていたというのだから恐れ入る。

 

 声はレジカウンターから聞こえてくる。

 

「Здесь будет бесплатный подарок, но какой из них вы бы хотели?」

あ……えっと……

 

 店員に問われてまごまごする女の子を発見。ロシア語が分からないようだ。

 

「Я не знаю, какой подарок подарить, поэтому покажите, пожалуйста.」

「я получил」

 

 横から店員に言うと、彼はラバーストラップが三つほど付いた板を出してきた。お菓子を買った時に付いてくる景品だ。

 

あ、これ。黒猫さん、下さい!

 

 少女が指を指すと店員は理解したらしく、包装紙に包まれたラバストを彼女に渡す。

 俺は店員に話しかける。ここにいる連中は全員すぱしーばなので、問題はない。

 

「(こっちの言葉を早く覚えた方がいいぞ)」

「(お手間をかけさせてすいません、こよみ様)」

「(大したことじゃないよ……俺も買お)」

「(黒猫さんは今ので終わりっす)」

「(……残りは?)」

「(シャネルカと神夜姫ッス)」

「(……両方もらおう)」

 

 これ、フラップイヤーのデビュー曲のタイアップ企画か。ポケットに入れられるサイズのチョコレート菓子の袋が六個ほど買った……後でプリムラとダマスケナにあげよ。

 

 会計を済ませて廊下に出る。自動ドアの音はいつものミュージック。ついふぁみふぁみと歌いたくなるなぁ。

 

あ、あの。どうもありがとうございました

「え?」

 

 さっきの少女が待っていた。

 

 ……出来ればスルーしてほしかった。

 この状態で彼女と会うのは初めてだから。

 

すぱしーばの中で、日本の方に会うのはあまりないので……ご迷惑でしたか?

「ああ……いや、別に」

 

 彼女の言うとおり、日本人はほぼいない。そんな中にいる彼女は当然関係者である。

 膝丈のフレアスカートに少し長めの茶色のジレ、桃色のカーディガンを着ている。いつものようにガーリーな服装の少女はぺこりとお辞儀をした。

 

はじめまして。私、葉桜六花といいます。殿田さん……と言うと、ひょっとして……?

 

 いつものようにおはよー、とは言えないよなぁ。俺の社員証を目ざとくチェックしていたのだろう。

 

 仕方がないので挨拶するとしよう。

 架空の娘とはいえ、その同僚だからな。

 

「娘がお世話になってます。父の殿田暦といいます」

やっぱり♪ 外国に行ってるって聞いてたんですけど、帰ってたのですね?

「ええ、まあ」

莉姫ちゃんとは会いましたか? 今日もレッスンに来ている筈ですけど……

 

 すごく嬉しそうに喜んでくれている。

 ええ子やなぁ……

 

「もう会いました」

そうですか。あの……不躾ですが、海外赴任というのはいつまでなんですか?

「今のところ、なんとも言えない状況でして。年内は無理でしょうね」

 

 チャンネル登録数が百万超えればすぐにでも戻ってくるけど、年内は絶対ムリだし……場合によったら永遠に戻ってこれなくなる。実際はここにいるのだけどね。

 

 そんなわけで、当たり障りのない嘘をつく。

 

そうなんですか……莉姫ちゃんのことを考えると、ちょっと心配で

「心配……?」

お話してると、時々寂しそうな表情をするので……やっぱりお父さんが恋しいのかなって

 

 ……それはないな。

 

 なんか考えてる時の事じゃないだろうか?

 配信の内容とか、今日の晩飯とか。他のVtuberの配信を見る順番とかも悩むし。

 

「ははっ」

な、なんで笑うんですか?

 

 思わず笑ってしまったが、それに顔を赤くして反論してくる六花。意外と物怖じしない子なのだ。

 

「ああ、失礼。あいつがそんなしおらしいたまかと思いましてね。どうせゲームやアニメ三昧で喜んでるんじゃないですかね?」

 

 俺自身の感想だから間違ってない。

 そう言うと、彼女は少し頷く。やはり概ねそうは思っていたのだろう。

 

いつも嬉しそうにしてるので、時折そうした顔をすると……とても気になるんです。私は年上だけど、なんにも出来なくて……だから、少しでも長く、一緒にいてあげて欲しいんです

 

 なるほど。そう見えてしまうというのは気付かなかった。立場や環境によって見方は様々。彼女はとても親身に考えてくれているらしい。

 

「分かりました。なるべくそう心掛けます」

ありがとうございます。それに……すみませんでした。差し出口をたたいてしまって

 

 ぺこりとお辞儀をする葉桜さん。良く出来たお嬢さんだと思ってはいたが、とてもしっかりしている。黒猫はもう少し見習った方がいい。

 

……でも、今宵ちゃんから聞かされていた感じと随分違うので驚きました。とっても優しそうで

「いえ、優しそうだなんて……ははは……は?」

 

 いま、なんて言ったのだろうか?

 今宵、と言わなかったか?

 

あれ? 今宵ちゃん、知りませんか? 彼女が知り合いだって言ってましたから、てっきり……

 

 い、いや。

 知っている。

 黒音専務の娘、今宵は知っている。

 問題なのは、なぜここで、今宵が俺の話を六花にしたのか、だ。

 

 すると、六花は先程のラバストを顔の前に出してちょこちょこと動かした。まるで人形劇のように。

 

ふはは♪ まだ気付かないかにゃ?

「…………ま、さ、か」

はい♪ そのまさかですよっ 黒猫燦の中の人は、今宵ちゃんなのです!

 

 …………六花のモノマネは、とてもよく似ていたと思った。

 

 



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35 親は綺麗で娘は可愛い。なんだ、最強か?

 配信回ではありません。


 駅前にて人を待つ。

 

 この行動自体は特に奇異なものでもないし、現在の俺の容姿からすれば「学校帰りに友達と会うのかな?」程度に思われるだろう。

 この制服はこの辺りではやはり目立つのだが、一度帰るわけには行かなかったので致し方ない。

 

 時刻は四時少し過ぎ、帰途につく学生や会社員もいるし、買い物帰りの主婦や一杯引っ掛けた爺さまなども垣間見える。このくらいになるともう夕暮れを感じさせるので、風は少し肌寒い。学校指定のコートを着るほどではなくても、カーディガンくらいは欲しくなる気温であった。

 

ちょっと早かったか

16時だから遅れてるくらいでしょ。向こうも遅れてるだけじゃない?

まあ……ガバ言うほどではないか

 

 独り言にアイリスが答えてくれる。周りには聞こえないので迂闊に返事をすると怪しまれる……と思っていたのだが、最近はそうでもない。

 Bluetoothイヤホンの普及からハンズフリーでの通話が一般的になっていたのだ。文明の進歩は恐ろしいね。

 

まっ……た?

 

 後ろから声をかけられた。

 振り向くと、そこには可憐な美少女がいた。

 息が少し荒いのは走ってきたからだろうか。

 艷やかな黒髪、抜けるような白い肌。やや吊り目気味だけど、その困り顔からは威圧的な感情は読み取れない。

 

 かつて会った頃から変わる事なく……可愛いその少女は、小首を傾げて尋ねてくる。

 

あの……莉姫ちゃん、だよね? アイツの、子供の

……あ、ああ。はい、一応そうなってます、はい

 

 しどろもどろ。

 見とれてしまって俺は、柄にもなくそう返答した。いや、今の姿なら別に怪しまれないとは思うけど。咳払いを一つして、改めて挨拶をする。

 

殿田莉姫(レキ)です

あ……く、黒音、今宵です

 

 消え入りそうな声音で答えてくれた。

 コミュ障というのは本当らしい。

 

 俺が会った時はそんなふうには見えなかったのだが、それが小学校にあがるかどうかくらいの頃だと思い出した。

 

 なから十年近くも前のことだ。それだけの年月があれば人の性質は変わってしまう。

 

 正確に言えば再会ではない。巡り合わせから会うことになった同業者、かつ親が知り合いの子供同士という事になっている。少なくとも莉姫としては。

 

 もじもじと手をいじる今宵に、なんとなく昔の姿が重なる。こういう所は変わらないな。

 

どこか入りましょうか。喫茶店とかファミレスとか……

ん……、外食は、苦手で……あんまり

 

 あー……

 そうッスね。コミュ障の陰キャぼっちとかそういう所は行かなそうだもんね。さて……困ったぞ? 流石にずっと立ち話とか無理でしょ?

 それにコッチをチラチラ見てるガキ共がいるのも厄介だ。

 俺一人ならあしらうのも簡単だけど、今宵と一緒だと無理ゲーだ。後で俺(暦)が殺される(千影に)

 

 あれこれ考えていると彼女がおずおずと話してきた。

 

か、カラオケ店なら、いい

 

 ? どういうこと?

 たしかに入ってしまえば個室だから人目にはつかないけど……黒猫って歌あんまり好きじゃないよな? まあ、入ったからには歌えというわけでもないけどさ。

 

 他に代案もないので彼女の行きつけのお店に行く。どこにでもあるカラオケ店に入ると、そこに意外な顔がいた。

 

いらっしゃいませー……て、古詠未? それにまあ、君もか

サラッと名前出さんでよ、ねー様

そっちも仕返ししてるじゃんw

 

 俺がねー様と呼ぶのは十六夜桜花だと知っている人もいるかもしれない。黒猫と呼ばないだけの節度はあったのでこの程度で済ませるけど。

 

……本当に、仲いいんだ。びっくり

初めは引いたよ。こんなのありえねーって

おい、素が出てるぞ? 身バレしてるんだから少しは気ぃ使え

 

 スマホで会員情報を確認して、ルームを確認。時間は……一時間? 二時間で? 大丈夫? 初めて会った人とそんなに長くいて平気?

 

わ、私も少しずつ、成長してるから……話もあるし

そうですか。じゃあ、二時間で

はいよ。後で配信見るからね

これ、仕事じゃないからね。ただの、お話だよ?

ふうん……ま、いいけどね

……

 

 二人なのにちょっと広めの部屋にしてくれたねー様に少し感謝。でも、休憩中の乱入とかは断固拒否する姿勢です。今宵のためにもね。

 

 とりあえず何か飲むか。今宵に聞くとなんでもと控えめに言うので、折角だからジャスミン茶を淹れてきた。ティーパックがあったから仕方ないね(笑)

 

あ……これ、ウチでも飲んでる

それは良かった。コーヒーとか苦手そうなイメージだったからこれにしたけど、苦手な人もいるからね〜

 

 そういえばジャスミン茶にハマる原因は専務……あの頃は部長……いや課長の頃か? なんにしても千影女史だ。家で飲んでいるのは必然かもな。

 

 二人で言葉も交わさずにずず……と茶を飲む。なんか気まずいなと思ったら、コンコンとノックの音がした。

 

ご注文の品でーす

え? あの

頼んでないよ?

 

 俺たちの声を聞こうともしないでトントンとテーブルに皿を置いていくねー様。

 

義妹の友達が同僚と交流してるんだから、せめてもの援護射撃さ

 

 パチリ、とウインクする彼女は、なるほど確かに女の子にモテるというのも頷ける。俺はこういう所が下手だったからな〜。

 

あとは邪魔しないから。本当だよ?

ウザ、はよ仕事戻れ

へいへい。じゃーね、今宵ちゃん

 

 闖入者が置いていったのは、なんとも可愛らしいケーキが二つ。フルーツ一杯のショートケーキと、しっとりがっつりショコラトルテ。

 彼女は少し見比べてショコラトルテに手を伸ばそうとするが、こちらを見て手を止めた。なんで?

 

さ、先に選んで?

僕はどっちでもいいから、お好きなのどうぞ?

でも……

よかったら両方いってもいいよ?

ふえっ? そんな……むり

 

 うーん。優柔不断な所もあるのか……よし、ならこうするのはどうかな?

 

取皿もらって、半分ずつにしよう

え、ええ?

 

 言うが早いか、室内の電話を取る。

 

おーい、ねー様

(ガチャ)あのさ。ボク以外にも店員いるの忘れてない?

ごめん、取皿二つ貰える?

ワガママなお姫様だなぁ。りょーかい

 

 会話を済ませると、すぐにねー様が皿を届けてくれた。意図は理解してたらしく、パパっと切り分け、ナイフは回収していく親切設計だった。

 

ざよいって……気の回る人だったんだね

可愛い女の子見ると張り切り過ぎちゃうだけッスよ?

 

 当てはまるのが自分とは言ってない。黒猫さんにいいカッコしたいからだと思う。

 まあ、その辺りのバランスが取れてきたのは認める。ガツガツしてた頃は正直怖いと思ったし。

 

 食べてみるとなかなかにおいしい。

 男としては甘いものも意外と嗜む方だったけど、年齢的に辛くなっていた事もあり控えていたのだけど……この身体の時はなんなく入ってしまう。女子の身体ってスゴイと感心するレベルである。

 別腹ってちゃんとあるんだね……

 

 今宵もはむはむと食べては顔を綻ばせている。チョコレート大好きと言ってたけど、フルーツの方も普通に食べてて一安心。

 寒い所から温かいお茶にケーキとか、極楽かよって感じだ。

 

はっ……和んでる場合じゃなかった

僕はいいッスけど? 時間もありますし、一曲いきます?

遊びに来た訳じゃないの。気になること、聞かなきゃ

 

 食べかけのケーキ皿を置いて、今宵がこちらを見る。

 居住まいを正してじっと見ると……なんだか目を泳がせ始めた。あ、そうか。コミュ障の人に目を合わせるのは色々とダメか。難儀だなぁー。

 

 目線を少し下に向けると……今度はたわわな果実に目が行くし。何これ、拷問? 仕方なく、正対しながら目をそらすという社会人にあるまじき態度で応対することに。態度悪いな、オレ。

 

殿田さんの子供、なんだよね?

はい。一応、親父の血はひいてます。半分は、そのあれですけど

うん……聞いてる。お母さんから

 

 そのあたりは共有してるのね、話が早い。面倒だから設定とか考えてないけど、そのうち決めておかないといけないかもなぁ。

 すると、意を決したように今宵が口を開く。

 

わたしは、あの人が嫌いだった

 

 うん、知ってた(小並感)

 専務の家で顔合わせの時に会った今宵は、あからさまに警戒していた。ちびのくせに体いっぱいに嫌悪感を詰め込んで、千影さんを困らせていたような気がする。

 

 こっちも大人なんだから気にするなよ、と言われても仕方がないと思いつつも……その年に見合わない口ぶりに腹が立ったものだ。

 

あー……デリカシー無いッスからね、親父

 

 自分の事をデリカシーが無いと卑下する。なかなかに自虐的だ。

 

そうじゃ、ないの。ただの、やきもち……だったのかな? たぶん

 

 俯きながら、そう答える今宵。憂いを湛えた美少女とかヤバいな。

 鬼も十八、番茶も出花とは言うが、この位の年頃はどんな娘でも可愛く見えるものだ。

 それも千影さんの娘である。

 

 可愛くないわけがない(断言)

 

 今は同性だし、自分の子供のような年の子にそういう感情を抱くのは良くないと思いつつ……それに抗うのはかなりシンドイなぁ。

 

お母さんを取らないで。そう言いたかったのに、色々と困らせて……結局追い返しちゃって

あ、あー……そうなんスか

 

 適当に相槌を打つけど……やっぱりそう思ってたのね。

 俺としてはそんな考えは微塵もなかったけど。 あの人がわざわざ休みを作って愛娘と会わせようとしてたから乗っただけの話である。

 しかし、ませた子供だったんすねぇ……

 

だ、だから……その。あなたの事も、嫌いだった

はあ……

 

 古詠未が黒猫推しという事は、配信中にも何度も言ってはいた。だけど、それは別に彼女に好きになってほしいという意味ではない。

 

 俺が推したいだけであり、そこには彼女の意思は関係ない。もちろん迷惑だからやめろと言われれば仕方ないけど……気持ちまでは変えられない。

 

迷惑でしたか?

め、迷惑とかじゃなくって……その、どう応えていいか、分からなくて

 

 人の好意に慣れてない。

 端的に言えばそういうことだ。

 だが、これは俺にも心当たりがある。

 デリカシーが無いと後輩の馬場山にも言われた。当然、千影さんにも。

 このあたり、俺もコミュ障っぽいと思えるのだ。最近は女の子視点で行動する事も多くなって、多少はマシになったけど。

 

この間の配信のときも……湊、取られちゃうって思って……荒らしコメやっちゃったし

それは、気にしてないのでいいッス

でもっ……

優しいですからね、湊さん。誰にでも優しさ振りまいちゃうから、気になったんですよね?

 

 そう答えると、なんだか萎むように身体を縮こませる今宵。なんだか膨らんでた尻尾が萎む姿が幻視できる。

 

僕にもそうでした。あの人との出会いって、聞いてます?

え? いや、知らないけど……?

 

 そこは教えてないのね。オーケー、では少し話してあげよう。

 

 ゆいままは、誰にでも天使だということをね。

 

 

 

 

 

 俺と湊さんとの出会いを話しおわった。

 今宵の方も少しは緊張がほぐれたのか、こちらと話しながらゆっくりケーキをつまんでいる。ちなみに、俺のショコラトルテの残りは進呈した。

 帰ってからご飯が食べられないと、プリムラが悲しむからね。

 

でもアイツらしい。女の子に男物とかw

いや、お恥ずかしい限りで

ちゃんと言わないとダメだよ? 男って言われないと気付かないから

……あ、そうッスね

 

 耳の痛い話である。

 

 そんな話をしていたら、結構時間が経っていたようだ。あと、二十分くらいで時間になる。

 

もうこんな時間ッスね

莉姫ちゃん、帰りとか大丈夫?

え? 平気ッスよ?

 

 暴漢とか出てもなんも怖くないし。

 だが、彼女はしきりに感心していた。

 

スゴい……わたし夜道とかムリだし

あ……送っていきましょうか?

わ、悪いよ。それに中学生に守ってもらうのは……さすがに恥ずかしい

 

 まあ、世間体考えたらそうかもしれんけど……ぶっちゃけ彼女を夜道に放り込んだら、なんだかヤバい事になりそうで怖い。

 ここは強引にくっついて行く事にしよう。

 

あ、ちょっと待って。家に少し遅れるって連絡するから

私も、お母さんに連絡しとこう

 

 あ、そうか。専務だから帰宅時間はかなり安定してたんだっけ。つまりすでに帰宅しているのか……行きたくなくなって来たな。

 

お母さんが、寄っていけって

 

 あー……それがやだったんだよなぁー……

 やっぱり用事あるから帰る事にしようかな?

 

えっ……

 

 あああ……あからさまに落胆していらっしゃいますねぇ。あれ? そんなに仲良くなかったと思うんだけどな。

 

 千影さんはアイリスの話だと、莉姫に対しては敵対的というより同情的だとか。そうだよな?

 

……ぐー

 

 ……寝てらっしゃるとは思いませんでした。

 しゃーなし。諦めよう。

 

 

 

 

 

ありがとうございましたー

 

 ねー様が営業スマイルで送り出してくれた。

 ちなみにケーキはお代に入ってたよ。この姉貴、スパチャで稼いでるんだから義妹に奢るくらいなんでもないだろっ

 まあ、美味しかったからいいけどさ。

 

 ブーッ

 スマホに着信。メッセージだ。

 

本当は送りたいけど、まだ終わらなくて

 

 まあ、お仕事ほっぽりだすのは良くない。『今度は奢ってね(はあと)』と入力して送信。ねー様の誠意に期待するっ!

 

 

 

 

 

 すでに時刻は十八時半。いつもなら配信の時間であるが、今日はおやすみである。

 

 辺りはすっかり暗くなっているが、まだ人通りは多い。帰りを急ぐサラリーマンや、それを呼び込む居酒屋の店員。これから集まって騒ぐパーティーピーポーなどなど。雑多な人間の暮らしがまざまざと見せつけられている。

 

ん……

 

 その勢いに圧倒されたのか、今宵が一歩後退る。さっきの口ぶりから、夜にコンビニに行く事すら無いようだ。

 

 しゃあないなぁ。

 今の俺は、女子中学生。特に怪しくはないはず。

 

あ……

いやなら、やめるけど

ううん、大丈夫。ありがと

 

 今宵のちいさな手を、さらに小さい手でつなぐ。

 女の子同士でもたまにやってるところを見たりするけど、あれって普通なの? 自分的にはかなり恥ずかしい行動な気がするんだけど。ねえ、男子的には恥ずかしいよね? しかも俺、おっさんだしw

 

 傍から見れば、姉妹のように見えるかもしれない。実際、声掛けしてきた警察官もそう思ったようで、「寄り道しないで早く帰りなさい」とありがたい忠告をいただいた。

 

もう、平気だよ?

あ、ありがとう……物怖じ、しないんだね?

 

 よく分からないな。怖がる所なんて何も無いんだけど……ああ、でも普通の女の子だと怖いものなのか。あいにく中身が違うんでその辺は理解出来ない。

 

 今宵の指示に従って歩くこと十分そこそこ。今も変わらぬマンションの前まで辿り着く。

 

 さて、帰ろうか。

 と思ったら、見知った人影が玄関前にいた。

 

ママ♪

お帰り。少し遅いから心配したぞ? ありがとう、莉姫ちゃん

 

 にっこり微笑む今宵のママ、こと、黒音専務。

 

 大魔王からは逃げられない、のか。トホホ

 

 



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36 小さくてかわいい妹キャラとか、最高かよ(笑)

 前回のシーンの黒猫バージョンですね。


 謝らなければならない。

 

 というか、湊に告げ口しない様に口止めしないといけない。当然、私に殺害とか脅迫とかはできるわけないので、謝って許してもらうしかないのだ。

 

 

 

荒らしの後に燦のコメントが来て、安心した

 

 

 

 湊は私がアカウントの切り替えが出来ないと思いこんでいるみたいだけど、舞い上がってなければそれぐらいよゆーなのだ。

 

 まあ……配信が終わる頃にはなんだか悪い気がして、『ゴメン』とメッセージは送ったけど。

 

 あの子は年のわりに頭が回りそうなので、その言葉だけでも理解してくれそうな気もした。

 でも、湊に告げ口しないとは限らない。私みたく、ぽろっと口を滑らせる事もあるんだ。

 

 会って、きちんと釘を刺しておきたい。

 

 そんなわけで、ママに話を聞いてみた。最近交流があったという話は聞いていたけど、あの子の事はまともに聞いてなかった気がする。

 

 戦いに勝つには敵を知る。わたし、なんて頭いいんだろうか? 天才じゃない?

 

 ママは少し躊躇いながら話してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──少し、考え過ぎだったかも、しれない。

 

 というか、疑心暗鬼というか……先入観というか。

 

 私のことを(燦のことだよ?)を推しと言って憚らないあの子は、ママから見てもしっかりした子のようだ。お父さんの海外赴任を中学生でありながら受け入れてしまうなんて、私にはムリだ。

 

 日本語を普通に話しているけど(少し口が悪くておしおきされてばかり)、どうやら海外の国で産まれた……所謂ハーフというやつらしい。日本人にしては、あの青い瞳はおかしいとは思ったけど、それならなっとく。

 

 ママも全部知ってる訳じゃないみたいで、それでも『同業者なら、仲良くしてあげてほしい』と私に言ってくるくらいには認めている感じだ。

 

 正直言っちゃうと、なんかくやしい。

 

 私より年下でちっちゃいのに、ママに気に入られている。アイツの娘という付加価値がそうさせているのだろう。

 

 私は、意を決して聞いてみた。

 

再婚とか……考えてる? その、アイツと

 

 私だって、もう高校生。

 ママがそう考えているなら、後押ししてもいいかなとも思えるようになっている。

 

 子供の頃は、取られまいと必死に抵抗したけど……わかるでしょ? 知らないおっさんにママが取られるとか、イヤじゃん!

 

 私自身は前世おっさんで、そういうもんだと理解はできる。でも、感情はそうじゃなかった。身体の持つ感情に、引っ張られた感覚はこの頃自覚した。

 

 思うに、人に対して距離を取るようになったのも、この事件がきっかけのような気もする。

 

 人の考えがわからない。

 様子を見るために距離をおこう。

 私の大切なものを奪うやつかもしれない。

 用心のためにもっと離れよう。

 

 そうしているうちに、私は人との距離が分からなくなった……のかもしれない。こじつけの様な気もするけど、アイツのせいと思っておけば気持ちが落ち着いたのでそう思いこんだ。うん、アイツが悪い。

 

 たぶん、その先入観から……こよみという名に嫌悪感を抱くようになったのだと、思う。

 

 

そんなつもりはない。私にはお前がいるから……

 

 

 ママはそう言うけど。たぶんそれは嘘だ。今でも未練があるに違いない。

 でなければ、その子供のことをこんなに気にするはずがない。

 

 

湊に聞いていたのとは些か違っていた。お前には言っておいた方がいいかもしれないから教えておくが……

 

 

 え。

 

 ホントに?

 

 ママから聞いた言葉に、俄然私は興味を引いた。

 

 だって……娘なのに、アイツの事が好きみたいって……どどど、同衾までしてるって……ちゅーがくせいなのに……?

 

 はっきり言いましょう。

 

 私は性根がおっさんなので、こういう話は大好きである!

 

 前のめりになって聞く姿に、ママがドン引きしているけどかまやしない。私は彼女の事を、より知りたくなった。

 

 ただ、ママもそんなに多くの事は知らないようだった。それはまあ、そうだろう。今までいるかどうかも分からない子供の事なんて分かるわけもない。

 

 なら、自分で調べるしかない。

 

 私にしては、たぶん激レアな行動と言えたけど……それでもこの衝動は抑え難い。

 私はDisRoad越しに連絡をとった。

 

余人を交えず、貴殿と二人きりにて話し合いたく候

(笑)。早めに行かないとダメですか?

 

 やはりこのノリについてくるか。

 本当にやられるとあの子が補導されちゃうので、十六時に駅前とだけ書いて、送信。

 

 この頃には、謝らなきゃという重圧を感じることは無かった。

 

 アイツだと……たぶん気後れしただろう。

 ただ、その娘だと話は変わってくる。

 

可愛かった……もんね

 

 日本人形のような外見、髪は黒だけど光の加減で青っぽく見える艷やかなロングヘア。あどけない丸めの顔に、やや垂れ目気味のくりくりとした青い瞳。見た目だけでどストライクだった。

 

 背が小さいことを悩んでいた自分よりさらに背が低い事も好印象だ。これは向こうが年下だという事もある。ただ、経験上中学生くらいからぐんぐんと伸びる子はあんまりいない。自分もそうだったのだ。もちろん運動部に属していたりすると違うのだろうけど……おそらく、体型は変わらないだろう。

 

 それと、ほぼ凹凸のなさそうな胸。

 これもいい。

 

 Vtuberとして胸の無いのを揶揄されてキレる事はある。だが、勘違いしないで欲しい。

 

 無い胸が嫌いとは言っていないっ!

 

 あえて二度言おう。

 

 貧乳がキライなんて、一言も言ってはいないっ!

 

 胸が無い事を気にして恥ずかしがったり、負け惜しみを言ったり、平静を装おうとしてキョドったり、ジト目で睨んできたり、落ち込んだり……そういったシチュは、前世から大好物なのだ。

 

 自分がそう扱われるのは嫌だけど、見る分にはいい。わたしは自己中なのである。うん。

 

 あの子もその辺は気にしているのか、自分の体型の話が振られるとキョどるフシがある。その辺でマウントとって優越感に浸るなど……愉悦としか言えない。グフフ

 

 

 

 そんなわけでわたしはすっかり楽しみにしていたのだ。放課後に居残りしていたのもそんな理由。

 普通の人は外で待てばいいじゃん、と言うかもしれない。でも、私にはムリだ。一人でス○バでコーヒータイムを洒落こみつつ待ち時間を過ごすなんてムリムリ。

 

 だから学校で時間を潰す。教室は基本的に放課後に来る人はあんまりいない(いないとは言ってない)。これは私がよくやる作戦なのである。

 

「黒音さん、まだ帰らないの?」

にゃっ? あ、うん……

 

 いないとは言ってない(二度目)

 

 たまにこうしてニアミスする事もある。ただ、この人で助かった。

 

 何度か会ってるし、何度か強引なお誘いを受けた時に助けてくれたのだ。しかも、自分からその恩を着せたりしないナイスガイ(注、女の子です)

 

 名前も聞いたはずだけど、基本ぼっちの私は人の顔を覚えるのが苦手なのでまだ記憶するに至っていない。そろそろ覚えられると思うけど。

 

「学園祭、大変だったっしょ。あいつら悪ノリするから。黒音さんも、イヤならちゃんと言ったほうがいいよ? なんなら私から言うし」

ふえっ? だ、だいじょうぶ、だよ? 楽しかったし

 

 私が嫌だと言ったから注意したとか、後で私に矛先向くじゃん。そんな事言わんでええから。

 

 

 

 そんな他愛もない話をしてたら、予定していた時間に遅れてしまった。あの人のせいだ……むぐぐ。

 焦って走っても、歩くのとそんなに変わらない。でも、やっぱり遅れるのは失礼だし。そんな感じで駅前に来ると……あの子がいた。

 

 

まあ、ガバ言うほどではないか

 

 ガバ? M1911のこと?(←アリアで知った)

 ともかく誰かと電話してるみたいだ。声をかけようとするも、やはりうまくは出ない。

 

まっ……た?

 

 あの子が振り向く。

 山百合の制服のスカートがひらりと舞い、二つに纏めた長い髪も同じように揺れる。

 振り向いたあの子は、なんだかぼうっとしていた。……なに?

 私が再度聞くと、しどろもどろといった感じで答えてきた。

 

……あ、ああ。はい、一応そうなってます、はい

 

 配信の時に聞くような整った声じゃない。

 たぶんこれが普段の声なんだろう。子供らしい少し低音の残る、でも基本は高めの声色……ヤバいな、この声もいい。

 

殿田莉姫(レキ)です

 

 咳払いをしてからキリッとした表情になって挨拶をしてくる。こっちも返すけど、うまくいかない。くそう、コミュ障の身が恨めしい。

 

 立ち話もなんだからとあの子が言うけど、外食系の店はあんまり得意じゃない。湊かママがいないと私にはムリ。

 なので考えておいた場所を提示した。

 

 祭先輩と行ったカラオケなら、何度も入った事もある。それに……やっぱりいた。ざよいがこっちを見て驚いている。

 

いらっしゃいませー……て、古詠未? それにまあ、君もか

 

 む。それに、だと。あの子の方が優先順位が高くなったということですか、そうですか。ふーん……まあいいや。

 

サラッと名前出さんでよ、ねー様

そっちも仕返ししてるじゃんw

 

 人前でライバー名を出すのはNG。ざよいさん、分かってる?

 それはそうと、自然に『ねー様』とか言っちゃうんだ……へえー。

 

 あの過度なアプローチのため、私はコイツが苦手なのだ。だが、あの子は全く気にせずに親しげに話している。私もアーカイブで見たけど、執拗なアプローチにめげてたにも関わらずこの関係でいられるというのは……にわかに信じ難い。

 

……本当に、仲いいんだ。びっくり

 

 そう呟いたけど、二人は気にした様子もなくやり取りしている。

 

 ……なんだ。

 コミュ障なんて、嘘じゃん。

 

 時間を聞いてきたので二時間と答えると大丈夫? と心配された。

 

わ、私も少しずつ、成長してるから……話もあるし

 

 全く成長してないのに、対抗心からそう答えた……一時間でよかったかも、とは言えない。

 

 ざよいの押さえた部屋は、いつものお部屋である。まあ、慣れてる所の方がありがたいので定位置に座る。何か飲む? と聞いてくるので『なんでも』と答える。

 

 わたしの推しを公言するなら、私の好きな飲み物くらい分かるだらぁ?(←クズい)

 

 そんな感じでマウント取ろうとしたら、普通にお茶いれてきたよ! 違うだろ? マク○ナルド好きな人間なんだから、コ○ラやろが!

 

 世界一売れてるから一番美味しいんじゃ、そんなこともわからんのか 素人が!(←Q.E.D.)

 

 ……と、イキろうと思ってたんだけど……ママの好きなジャスミン茶じゃねえの。

 ……私も嫌いじゃないんだよね……

 

それは良かった。コーヒーとか苦手そうなイメージだったからこれにしたけど、苦手な人もいるからね〜

 

 爽やかに笑いやがって……ち、許してやらァっ(クソ雑魚感)

 

 二人して茶を飲んでいると、ざよいが頼みもしないケーキを持ってきた。さては、賄賂か? お主も悪よのぅ。

 

 どうも私に対しての賄賂ではなく、あの子への援護らしい。ま、いいけど。あと、自然にウインクとかやめてね、キモい。

 

 どうでもいいけど、この二人本当の姉妹じゃないのってくらい仲いいな。軽口の応酬とか私なんかしたことない。……羨ましくなんかないから。

 

 ケーキは二種類。チョコレートケーキに手を伸ばそうとしたけど、年下に先に選ばせた方がいいよね。聞いたら、両方いってもいいとか言うし。一人で二つも食えるかって。体裁悪いやろっ!

 

 そしたら、ざよい召喚して半分ずつにしやがった。……ま、まあ。そっちも気にはなってたけどね。

 

ざよいって……気の回る人だったんだね

可愛い女の子見ると張り切り過ぎちゃうだけッスよ?

 

 可愛いとか、とーぜんだし。

 まあ……本当のところはこの子のためだろうなとは分かってる。

 和んでいる場合でもないので話を始める事にする。時間はあまり無いんだ。

 

 話そうと意気込むと、あの子はこちらをじっと見てくる。……うう、やめろ……人に見られるのは慣れてないんだ……

 私の思いが通じたのか、視線を外してくれた。なんだか顔が赤い気がするけど、少し暖房がキツイのかも。

 

 父親と関係を確認してから、まず切り出した。

 

わたしは、あの人が嫌いだった

 

 親を嫌いと言われて、納得する子供はあんまりいないと思う。私なんて絶対しないし。でも、この子は「あー……」と呟いてから肯定するような事を言ってきた。

 

デリカシー無いッスからね、親父

 

 父親と母親との差もあるのかもしれない。

 しょうがねえよなって、思う所も理解は出来るからね。ほら、前世男だし。

 

 でも、ここはそれを追求するところじゃない。私の罪をさらけ出すところなんだ。

 

 彼女の父親に対しての気持ち。

 

 うまく伝えられたか、自信はなかったけど……あの子は理解してくれたみたいだ。

 

 小学校に入る前くらいに会った彼に対して強く反発したこと。

 ママを取られたくない一心でやったということ。

 

 そんな気持ちとごちゃまぜにして、あなたを嫌っていたということ。

 

 

迷惑でしたか?

め、迷惑とかじゃなくって……その、どう応えていいか、分からなくて

 

 目をそらしながら、彼女が聞いてくる。答えた私の言葉は、半分正解で半分は間違いだった。

 

 

 

 

 あの子の動画が流れていたのは、二回目の配信後らしい。はじめは『可愛い子の慌てふためく神動画!』と思って眺めていた。

 

 私は彼女の名前は知らなかった。

 

 彼女の名前を知ったのは、リスナーの書き込みからである。私を『推し』ている、別企業のVtuber。

 名前は『姫乃古詠未』……こよみ。

 

 このときはまだ、ささくれのようなものだった。

 

 だけど、その後で湊に接触していたことを知り……段々と歪んでいったのだ。

 

 気がついたら、配信に荒らしコメ書き込むようになっていた。別のパソコンで、別のアカウントでログインして。

 

 まるで懺悔をするような気持ちだった。

 なのに。

 

それは、気にしてないのでいいッス

 

 あっさり許しやがった。

 湊といちゃいちゃしてたのを腹を立ててたように言っちゃうし。そんなんじゃないわいっ (そうだけど)

 

 

 それから、彼女は湊と会った時の話を始めた。

 

 困り果てていた自分を見かねて助け舟を出した湊の事を聞いて、私はちょっと感動してしまった。

 

 いかに可愛い子だからって、そんなふうに手を貸せる人はそうはいない。やっぱりゆいままは天使だったんだっ!(素直)

 

 話してる最中に、こっちにショコラトルテの乗った皿を押してくるので聞いてみたら、「ご飯が食べられなくなると家政婦が悲しむ」とか言ってた。それじゃ仕方ないねっ♪

 

 話してみて分かったけど、コイツ自身はすごく良い子なんじゃないかって、思えてきた。(←だまされやすい)

 

 悪しざまな言い方にも反論はしないし、かわいいし、お父さん嫌いって言っても反発しないし、湊の良さを理解してるし、ケーキもくれるし。

 

 話すことは苦手だけど……そうすることでわかる事もある。

 はにかむように笑うこの子を見ていると、やっぱり来てよかったと思えた。

 

 

 

 

 

 本当にあっという間の時間が過ぎて、辺りはすっかり夜になっていた。さっきママに連絡をしたら、彼女にも来てもらえと連絡があったのでそうしてもらう事にした。

 

 ……こ、怖くなんてないからね?

 一人で帰る事だって出来るんだから(夜はムリ)

 

 そんなふうに尻込みしてたら、左手に暖かい感触。

 

あ……

いやなら、やめるけど

ううん、大丈夫。ありがと

 

 彼女が、手をつないでくれていた。

 私よりちっちゃい手で。

 私が怖がりだという事を知っているから。

 

 ウハーッ! かわいいなァーッ!!

 こんな妹ほしいなーっ

 ざよいなんかにゃ勿体ないよ、私の義妹(スール)にならないっ?(←少女混乱中)

 

 内面では浮かれまくっていても、それを表に出さないのがわたしクオリティ。オーケー?

 穏やかに安心したように笑うと、彼女もにへらっと笑ってくれた。

 

 

もう……満足

 

 感謝っ……! 圧倒的感謝っ……!(←言わずもがな)

 

 

 途中、警官が呼び掛けてきたけど。

 

お姉ちゃんと帰るところですっ

 

 はっきり答えて追い返した(彼女の主観です)

 私ならキョどるの間違いナシなのに、堂々と『お姉ちゃん』と言ってくれた……

 

 さっき満足と言ったけど、アレはナシ。

 こう言うべきだろう。

 

 

 

私に……天使が舞い降りた

 

 

 

 いや、自分よりおっきい私を身を呈して守ってくれるとか、どう考えても天使でしょ? あ? 落ち着け? 馬鹿な、私は冷静だっ(←坊やかよ)

 

 

 

 そんなこんなで帰宅したら、ママが下で待っていた。そのまま車で送るらしいので、私もついて行った。

 

 

 後部座席の彼女は、借りてきた猫のようにちんまりしている。ママの前だと萎縮しているのかもしれない。……まあ、怖いからねっ!

 

 

 

「「ありがとうございました」」

気を付けて下さいね

 

 

 意外と大きめのマンションの下で、家政婦の双子と一緒に見送ってくれた。小さい手をブンブンと振る姿が微笑ましい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 送り届けたあと、帰宅する最中にママに聞いてみた。

 

 

ママ。ホントに再婚する気はないの?

無いわよ。なんでそんなこと聞くの?

んにゃー……べつに

ふうん……

 

 なんとなく悟られているような気がする……すると、ママは呟くように言う。

 

あの子とは、もう会わない方がいいわ

 

…………え?

 

 いきなり冷水ぶっかけられる感じに、驚く私。

 続けた言葉はもっと辛辣だった。

 

『姫乃古詠未』との接触も控えて。あるてまの方にも連絡は入れるけど、それまではあの子と接触しないで

 

 何を言っているのか、分からない。

 

 え? だって……気にかけてほしいって、同業者なら仲良くしてやってって、言ったじゃない?

 

思った以上にヤバいことになってるの。たぶんこの車も盗聴されてるし

ママ、何言ってるの? そんな映画みたいなこと……

 

 確かにすぱしーばが先進的な技術を有しているという話は出ていたけど……そんなまさか。

 

ともかく。お願い

 

 あまりにも真面目すぎるママの横顔に。

 私は、それ以上何も言えなかった。

 

 




 ウチの黒猫さんはかなりネタ好き。
 異論は認めます(当たり前)

 あと、黒猫の人物像もかなり変わっちゃってるかと思います。色々とご指摘あれば、感想の方へ宜しくお願いしますm(_ _)m


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37 よくある展開だけど、ここだけは遠慮したかった

 「あ。やられた……

 「粘ると思ってたら終わる時はあっさりだな

 「もっと投擲使うべき。囲まれる前に潰さんと

 「お前らが先にやられてなければいい話だろ。特に我王、ゆき使ってんならちゃんと避けろ

 「殿下が突出し過ぎるから守りづらいんだよ

 「しかし、アタッカー単騎じゃ難しいか。キャラ変えてみよう

 

 

 今日はまったり他のVtuberさん達の配信を眺めている。正確には自分の配信はついさっき終わったところで、そのままPCの前に座っているのだ。

 

 眺めているのはねー様こと十六夜桜花のチャンネルであり、コラボ配信のため三人のゲストが招かれている。

 

ねー様、三人とコラボとか……成長したなぁ

そうなのですか?

 

 おにぎりを持ってきたプリムラが聞いてくる。彼女はダマスケナよりは見ないので知らないのか。

 

それまでコラボ一人が普通だったのに、いきなり三人とか。キャパ超えてフリーズしたりはしないだろうけど……感慨深いねえ

 

 思わず腕組み勢になっちゃうけど、これは快挙なのである。常ながらに『粘着質』『ガチの百合』など言われ続けた彼女に付き合ってくれる人が増えるなんて……感動巨編とも言える。

 

なるべく早くお召し上がり下さい。九時を超えての食事は体に良くないらしいので

へーい。いただきます

 

 手を合わせてから、おにぎりを頬張る。鮭といくらの入った豪華版のおにぎりだ。程よい力加減で作られたそれは、口に入れるとほろほろとほどけ、具材とまぶした塩と、米の甘みが渾然一体となって味わえる。

 

うーん……やっぱ、日本人だなぁー

 

 おっさん臭いこと言うけど、今ここには身内しかいないので問題はない。

 

配信中ならおしおきするところよ?

固いこと言うない

 

 アイリスが小言のように言う。

 一応彼女もラインは決めてあるようで、配信中以外の言動には寛容なのだ。

 いつもいつも女の子らしい喋り方なんてしてたら、そのうち女の子みたいになっちまう。

 そいつは少し勘弁して下せぇってな。

 

このゲーム、学校でエルゼとか言う子がやってたアレよね?

ああ。あっちはストーリーモードだけど、こっちはCo-opモードだな。イベントごとのチェックポイントを通過してゴールに着くまでの得点を競うんだ

 

 倒した『かれら』の数、コンボ、タイムによって算出されたスコアはオンライン上で代表アカウントの名前で登録される。

 世界には色んなTPSがあったりするが、その中でも今一番注目されているタイトルである。

 

 その名も『がっこうぐらし-オルタナティブ-』。前作がバージョンアップを繰り返す中で得られたデータを最大限に利用する事で様々なキャラクターを使用することが可能になった。

 

 デフォルトでは『くるみ』『ゆうり』『みき』『ゆき』の四人しか使えないが、ストーリーモードをクリアする事でその他のプレイアブルキャラが開放されていく。

元々は生存していない『めぐみ』や『たかえ』の他、前作でのその他のキャラ作成からランダムに出てきたキャラクターもほぼ出てくるようになった。

 もちろん派生ストーリーなども存在しているのでストーリーモードだけでも面白いのだが、Co-opもアツい。

 代表アカウント以外が開放したキャラも使えるので、自分の所にいないキャラを使えるのだ。これはお試しのようなもので、気に入ったら出てくるまでキャラメイクを繰り返すか、面倒なら有償石を購入してのスカウトで入手出来る。

 そんな面倒な事はしないと言うならデフォルトキャラを使うまでだが、これがなかなかに厳しい。元々の設定が普通の高校生なのでどれも似たようなスペックであり、近接戦に関してはくるみが抜けている、となっている。

 

魔法を使える子はいないの?

流石にいないな……と言いたいところだが似た感じのやつはいる。イマジナリー化すると攻撃は喰らわなくなるし、設置物や石ころなんかを投げてぶつけるとか出来る。死んでるけどね

こわっ!

死んだめぐねぇを生きてるみたいに見てたゆき視点みたいなもんだ。成長もできないし身体能力とかスペックも全部均一で正直キャラ絵が違うだけなんだけど

意味なくない?

イマジナリー化しても得るものはない。でも、原作が好きな人はテイストとして受け入れてる。あとストーリーモードもめぐねぇ以外無いし

 

 めぐねぇのイマジナリーストーリーに泣いたファンは多かろう。かく言う俺もその一人だ。

 

 

 「あーはいはい。もっぺん行こうか

 「是非もなし。余を怒らせるとどうなるか思い知らせてくれる

 「我も構わぬぞ。まだ……あと二時間くらいは

 「意外と早寝だな。お前のことだからゲームで徹夜とか普通だと思ったのに

 「課題が……いや、所用があってな

 「課題言っちゃってるじゃん。まあ、いいや。んじゃ一時までね

 

 

 ねー様がそう言ってキャラを選び始める。さっき使っていた『くるみ』が、スコップを振る勇ましい姿が映し出される。RTA界隈ではゴリラの通称で親しまれているが生半可な男キャラより高い筋力はその証か。不動のアタッカーであるが正気度も体力も標準なので回復役は必須。

 

 次に決定したのはベントー王子ことハルキオン殿下。キャラは『ゆうり』。原作では後方での活動が多いし、ここでもヒーラーとなっている。ただ本人の正気度が低いから自ら戦うのは最後の手段とも言える。基本は他の応急処置と食事で体力と正気度を援護するスタイルだ。煌めく包丁が怖いなぁ……

 

 我王のキャラは『ゆき』。近接戦に弱いが飛び道具のトイガンと長モップでの牽制が得意。体が小さいせいで通常攻撃のつかみかかりが半分の確率でスカるという防御の強さもある。ただ、自身でかれらを仕留めるのはかなり難しい。実質タンクの位置にいるけど回避盾なので集団戦は苦手だが正気度はデフォでは一番高い。イマジナリーめぐねぇ見てるのに謎であるが、それを乗り越えたゆえの強さか。

 

 朱音アルマの選んだのは『たかえ』。先ほどは『みき』を使っていたのだが、前衛という事で変更したのだろう。体力、正気度は標準ながら『ゆき』とのコンビネーションがあり、単騎で戦えない彼女のサポート役にもなる。

 シャウトによる挑発行動なども出来るので別働隊として動かすと戦力の分散が図れるという側面もある。攻撃手段はモップから金属バットなどの近接から牽制のピックなど。弱点は特に見えないバランス型。原作で助けられたらもう少し楽になってただろうにと思わざるを得ない。

 

 

 

原作キャラ準拠は見てる方には有り難いけど、オリジナルキャラの方が強いんだよな

 

 前作までは、主役は原作にいないキャラだった。ランダムで作成されたキャラであり、世界の破滅から学園生活部を手助けして生き抜くのである。ストーリーの骨子は取得スキルや生まれから大体決まっているのだが、その中でも秀逸だったキャラが実装されているのだ。

 

『しずく』とか暗闇でも行動出来るし、『もえか』とかくるみ以上のゴリラだし。感染してるけど

それって大丈夫なの?

関係の強いキャラがいると抑止効果を出してくれる。いきなり発症してガブリっていうのは序盤では起こりづらくて、ステージクリア時に抑制効果のある薬も入手出来る

けど、治るわけじゃないんでしょ?

まあ、都合よく治るわけはないよ。原作ではくるみも感染してるけど治るまでには紆余曲折あってね

 

 このゲームは基本的に序盤の私立巡ヶ丘学院からの卒業までしかサポートしていない。つまり、ゲーム中では『治る』ということはないのである。

 

なんだか可哀想な話ね

ゲームだし、創作だからな?

分かってるわよ。でも、希望が無いって状況で生きるのって辛いから……

まあ、そうだな。辛い現実に見舞われても明るく生きる事を選んで、最後まで諦めないという強さを見せてくれる。初見で騙された諸兄も多いけど、それだけに留まらない名作だと思うよ

少し興味が出てきたわね

 

 アイリスが乗り気になったので、別画面でゲームを起動する。購入してから立ち上げて、オープニングを見ただけなのでちょうどいい。

 

 

 

 配信の方は学校三階での戦闘をしている。

 本来は全員屋上まで逃げるとステージクリアだが、ある程度戦って数を減らしておく必要がある。

 あと、スキル取得のために経験値を稼ぐ意味もある。

 後の成長のために正気度が下がり過ぎないように戦っておくのである。

 

 実際は、普通の生活をしていた高校生女子がモップとかスコップとかですぐ戦い始めるとかありえんのだろうが……まあ、ゲームなので(今更感)

 

 「我王、合わせなっ

 「おうっ! 双擊棍(ツインロード)落錘打(ドロップダウン)

 「勝手に変な名前付けんなっ

 

 お、ゆき(我王)とたかえ(アルマ)のコンビ技が炸裂した。パチン、というノイズが出るがすぱしーば側からは対処済みらしいので魔法の暴発とかはしない。

 画面の中ではかれらに対して足と胸元に同時にモップを叩き込み、倒れた所に二人が頭を踏み付けて叩き潰すというアクションをしている。

 

 たかえはともかく、ゆきのこの戦いぶりは少しアレな気もするが……まあ、ゲームだし戦えないと面白くないものな。

 

 あと、デフォルトの装備以外にも廊下にある物なども大概使えたりする。消火器は殴ってよし、噴霧して撹乱してよしの重要アイテムだし、ロッカーの中には箒やモップ、バケツなんかもある。牽制しか出来ない誰かの靴とか、落ちると音がするキーホルダーなんかも陽動には使えたりするのだ。

 

 

 「余の(るーちゃん)を返すがよいっ!

 「あ、こら。りーさんで前行くなって言ってるだろっ!

 「オラオラオラオラッ

 「やだこのりーさん、男前ェ……

 

 ベントー王子がゆうりのフェイタルアタックを使ってる……いや、怖えよ……かれらがズタズタになって倒れる所で笑うとか、りーさんマジやばい。血塗れの包丁とか夢に出るよ。

 

 フェイタルアタックは高威力だけどリスクも大きい。

 正気度が下がるし、体力も少し削れる。さらに隙きが大きいので包囲されてる時にやるとマズい事もある。

 特にりーさんの『こっちこないでよ』は、一体に与えるダメージは極大だが周りへの巻き込みは殆ど無い。

 りーさん(ベントー王子)の周りに迫るかれらをくるみ(ねー様)が薙ぎ払う。

 

あれっ? なんかおかしくない?

ん?

 

 アイリスが言うのでゲーム画面の方を覗く。なんだか真っ白の画面になっている。画面上をクリックしてもうんともすんとも言わないので、起動に失敗したみたいだ。たまにあるんだよなぁー。

タスクから閉じるものの、タブも操作出来ない。こりゃあ、PC再起動とかしなきゃならんかな? そう思っていたら、画面が明るくなり始めた。

 

なんだ、これ? モニターの光量いじるバグとかあるん?

な、なんだか違うような気がする! 魔力反応が高過ぎるわ!

ああ? なんだそりゃっ?

 

 明るかった画面がフラッシュグレネードのように瞬く。俺は正視できずに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、帰ったら一緒に遊ばない?」

「ごめん、今日は塾なんだー」

「えー、ざんねーん」

 

は?

 

 目の前でそう会話する女の子たち。見た感じ小学生のようだが、問題はそこじゃない。

 俺は自分の部屋でPCの前にいたはずだ。

 

 周りを見回すと、やはり同じような世代の男の子や女の子がわちゃわちゃと騒いでいる。どうも教室のようであり、俺はそこの席の一つに座っていた。

 

……瞬間移動とか?

よしんばそうだとしても、昼間になった理由はどうするの?

 

 なるほど、たしかに。

 いつもより明瞭なアイリスの声が横から飛んでくる。

 そちらを見るとよく知る顔が立っていた。

 

お、お前……アイリスか? なんでその恰好なん?

 

 俺の隣には、少し幼い感じのアバターの古詠未が座っていた。しかし、そこから出てくるセリフはまさしくアイリスである。

 

……あー、私のことより自分の方を心配したほうがいいかも

え? てか分離してる? 俺、おっさん化してんの?

それならまだ分かるんだけど……ねえ

「んー? なに、こよみちゃん?」 

 

 アイリスが近くの橙色の髪の女の子に声をかけた。手鏡を借りたようで、それをこちらに向けると知らない幼女が映し出された。こちらを見てポカンとしている。

 

は……? え、なに。誰これ

名前は『若狭瑠莉』って書いてあるわね

はあっ?

 

 胸元の名札を指差す古詠未の姿をしたアイリス。

 そこには確かに四年三組、若狭瑠莉と書いてあった。ちなみにアイリスの名札は姫乃古詠未と書かれていた。服装は山百合初等部の制服で、花冠は付けておらずスミレの髪飾りである。

 

 対して俺の恰好は、どこにでもいるような小学生女子である。顔立ちは莉姫ではなくてもっと幼く、人懐っこそうな感じだ。手をにぎにぎしてみると、自分の身体だと分かるんだけど……また別の身体かー。

 

 

 

それにしても……なんだこの状況は?

この恰好から推測するに、電脳空間っぽいけど

 

 古詠未(混乱するのでこれで統一する)がそう答えた。となると……ここはまさか。

 

 教室の掲示板に貼られている告知の紙に書かれている署名がそれを表していた。

 

 

『公立鞣河(なめかわ)小学校』

 

 

 あの惨劇が始まる、ほんの少し前。

 その渦中に放り込まれたと、ようやく理解した。

 

 




 ゲームの世界へご招待となりましたが、どうなりますやら。なお、原作がっこうぐらしにおいては悠里の妹の名前は『るーちゃん』としか呼ばれてません。


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38 小学校から高校へ強制進学……できるのか?

 途中で視点が変わります。

 水色クッション兄貴の許可が頂けたので名前が出せるようになりました! 感謝でございます\(^o^)/

 WARNING!!

 がっこうぐらしのゲームの中のため
 瑠莉(こよみ)
 古詠未(アイリス)
 と中身が変わっています。


 本格的なパンデミックが発生した時期はやや夕暮れ時。巡ヶ丘学院が夏服だった所や、教室にかかる冷房から夏場と推測できる。

 つまり夕暮れ時まではまだ時間がある。現時刻は午後三時四十分。ここから巡ヶ丘学院までの距離は……どれくらいだ? 勝手に情報が入るわけでないのか、そのあたりの知識は全くない。クソゲーかよ?

 

るー。難しい顔して、どした?

 

 こてんと首を傾げる橙色の髪の少女がそう聞いてきた。モブなら情報を与える役目があるはず。聞いてみよう。

 

巡ヶ丘学院までの近道とか分かる?

おー、しってるぞ? こっからだと三十分くらいじゃね? なんだ、りーねぇの所に行くのか? なら、アタシも行くぞー♪

 

 おう?

 なんだこの子、りーさんの知り合いか?

 名札を見ると『千寿万里花』と書いてあった。

 ひょっとして、プレイ可能キャラなのか?

 

 てか、それなら俺が操作(この言い方しか思いつかない)するのはこの子の方だと思うんだが……まあ、考えても仕方ない。

 先導してくれるなら話は早い。

 

おう、まかせとけー

 

 すでに帰り支度をしている状況なようだが、目の前のランドセルから筆箱を取り出しシャープペンシルや鉛筆を取り出し、ポケットに入れる。

 携帯は折りたたみ型だけど、これもスカートのポケットへ。

 お金は……八二十円か。これもスカート……もう入らないな。ランドセルにしまうとラグが怖いから巾着に入れてランドセルに括りつける。

 防犯ブザーも確認。

 

よし、行こう!

 

 緊迫した表情の俺(るーちゃんなので違和感ありまくり)に、万里花は疑問も抱かずにおーっと拳を上げる。

 対して古詠未(アイリスな)の方は、なんだかジト目である。

 

あのさ、説明とかないの?

説明すると長いの

 

 ため息混じりに彼女もランドセルを背負うと、後ろの棚から少し大きいかばんを持つ。

 

私のものらしいのよ。装備品てヤツみたい

こよみのばいおりん、すごかったな

ありがと。転校初日の挨拶に持ってきて良かったわ

また、聞かせてな♪

うん、いいわよ

 

 ははあ、そういう設定ね。だから向こうの制服なのね。

 ともかく、早く移動しよう。

 

 玄関で靴を履き替える。念のために上履きも持っていきたいが、袋もないし大量の荷物は速度が落ちる。代わりに傘立てに残っている誰かの傘を拝借。二本を持っていく。

 

うん? 『誰でもかさ』をもってくの? あめ、ふってないけど?

 

 たまに忘れてくる子供に向けて貸し出してる傘か。なら、ちょうどいい。

 どうせこのあと誰も利用しなくなるし。

 

 俺の考えを理解したか、古詠未は要らないと首を振ったので万里花に渡す。楽しそうに振ってるけど、それが最後の武器かもしれんから大事にしてくれ。

 

 校舎を出ると、まだパンデミックは発生して無いようで校庭には遊ぶ子供とかクラブ活動をしてる子供とかの姿が見られる。

 

 だが、歩きながら携帯でニュースサイトなどを見てみると各地で様々な異常行動が見られる事が分かる。

 アニメでめぐねぇが見てたニュースとかもあるし、そのうちこの辺りにも来るだろう。

 

るー、あるきすまほはダメだって先生言ってたぞ?

ごめん、まりー。でも確認したいことがあって

ま、わたしもよくやるけどなっ こっちだぞ

 

 万里花が路地に入っていく。

 普通の通りは人が多いので、かれらとの遭遇率が高くなるかもしれない。これはポイント高い。

 

それはいいけど、こんな所を通るのはさすがに良くないんじゃないの?

こよみはおじょーさまだなぁっ そんなんじゃうちらと付き合っていけねーぜぇ?

んじゃあ、私もパスで

がーんっ! るーがひどいよ、こよみー

 

 泣きつく万里花を適当にあやす古詠未(アイリス)だが、言われても仕方ないだろ。なんで人様の庭とか通るんだよ。誰も居ないからいいってもんじゃないと思うんだが。

 

 俺にも覚えはあるけど、もっと小さい頃だったと思うよ? この子、年齢のわりに幼いのか……天真爛漫と言おうか。

 

 するすると人んちの庭を通り、塀を登り、ドブ川に掛かった狭い橋を一人ずつ通る。

 

 すると。

 どこからか、ドカンッという爆発音がした。

 

ちょっ、もうしっかりしてよ

ゴメン、驚いちゃった

 

 危うく橋から落ちるところを古詠未が手を伸ばして助けてくれた。小さいながらに力が強くて驚くけど、ひょっとして古詠未という身体は他の子より強いのかもしれない。

 

 少し気になったので、万里花と引っ張りっこをしてみよう。爆発音も気になるけど、遠いのでまあ関係はないだろう。

 

おー、いいぞ? るーなんかに負けないからな?

なんなの? いきなり……

 

 万里花の手を握って、ぎゅーっと引っ張る。向こうも負けじと引っ張るが、わずかに耐えただけで万里花に力負けして抱きついてしまった。

 

ふははー、はぐはぐ♪

ひゃあっ もー、まりーったら

 

 こんなに小さくても女の子は女の子なのか。

 ほのかに香る甘い香りがする。

 あわてて離れると、古詠未がこちらをジト目で眺めていた。

 

おあついことで

ち、違うの。これはちからがどのくらいかはかるためで……

るーが勝てるわけないだろー? クラス一のひんじゃくぼでーなんだから

 

 万里花の言う事は、たぶん筋力的な意味だ。

 体型とかの意味ではない……はず。

 

 しかし、万里花にあっさり負けたところを見るにこの瑠莉という身体は、はっきり言ってこのゲームには向いてない。気がつくと息も少し上がってるし、あれだけで手はぷるぷる震えている。

 

 かれらとの物理的な『おはなしあい』には、かなり不利な感じである。うまく対処していかないと。

 

そろそろ行かない? あの爆発音も気になるし

そうだった。急いでりーねぇのとこ行かないと

 

 あの音は、たぶん車か何かがぶつかって爆発した音だ。あの事件の最初の方でもこうした事故が多発していた。つまり、この辺りにも。

 

「ひゃっ、なんだ!?」

アー……

「う……わ、よせ、やめっ……ギャーッ

「な、なんだ、おい?」

「か……噛みついて? 血が、あんなに……」

「きゃ、キャーッ ひと殺しぃーっ!」

 

 路地の向こうからそんな声が聞こえてくる。

 こそこそと通り抜けるが、さすがの万里花も緊張の色を隠せてない。

 

ね、ねぇ。なにがおこってるの?

ぼうどうが起こってるって、ニュースで言ってたの。だから、りーねぇのところに行かないと

えー? それじゃあ、うちに帰った方がよくない?

りーねぇが心配だから

 

 メタ知識というわけではないけど、こうしたパニック時に個人の家というのは役に立たない事の方が多い。生活のインフラがほぼ外界に頼っているし、籠城にも向いてないケースが多い。

 

 自給自足できる環境が得られないのだ。

 相手は兵糧攻めの効かないゾンビどもである。勝てるわけはない。

 

 でも、万里花の言う事も正しい。

 子供は親の事が気になるものだし、彼女にとって悠里はあくまで友達の姉だ。

 天秤に掛ければどちらに傾くかは歴然である。

 

まりー、ここまでありがとう。もう、帰ってだいじょぶだよ?

えっ? りーねぇのところまで付き合うよ

ごりょうしんは、心配でしょ?

 

 うん、言葉が拙くてすまぬ。

 舌ったらずやねん、瑠莉(るーちゃん)

 しかし、万里花は意に介した様子もなく(かぶり)を振る。

 

とーちゃんかーちゃんは、つえーからでーじょーぶだよっ るーとりーねぇの方が心配だから、ついてくっ

まりー……

押し問答してても仕方ないわ。行きましょ?

 

 古詠未がそう促す。

 彼女の言う通りである。

 一刻を争う状況であり、悩むべきではない。

 

 それにここは仮想の世界だ。

 まりーの両親は本当はいない。

 そう思い込み、先を急ぐ事にする。

 

 高台にあるマンションの横を歩いている時に、家の中からガラスを突き破って人が転がり出てきた。

 手摺にぶつかり、乗り越えようとしたが、それは叶わなかった。後ろから掴みかかる影があったからだ。

 

「ひゃっ! やめてっお母さんっ! いやぁア"ぁっ」

 

 あまりに突然に起こった出来事に、万里花の動きが止まる。

 カタカタとそちらを見上げると。

 

 そこには、苦悶の表情を浮かべるおばさんと、その首に齧り付き血を滴らせる老婆という光景があった。

 

……ふぎっ

だめっ

 

 瞳に涙を浮かべる万里花の口を、(すんで)のところで塞ぐ。

 噛み付かれたおばさんがこちらを見ると、何か理解したように少しだけ笑い。

 噛み付く老婆の頭を掴んで一緒に後ろに倒れ込んだ。

 

「は、やく……にげっ」

 

 そう言葉を発するおばさんは、老婆にのしかかられていた。血飛沫が辺りに飛び散り、コンクリートのベランダを濡らしていく。

 

いこう……

 

 できる限り小さい声で指示を出す。

 こくんと頷くと、涙を溢しながらも先導する万里花。

 先程までの朗らかな表情は影も形もない。

 

 それも仕方がない。

 

 銃弾の飛び交う最中より酷い。

 戦場を逃げ惑う時よりもキツイと感じたのは、初めてだった。

 

古詠未、へいき?

……うん、まあ、なんとか。こんな状況だと理解してなきゃ、気が狂いそうだけど

だよねぇ……

 

 アイリスは別の世界の人なので、同じメンタリティーではないのか多少はマシな様子だ。

 でも、それでも血の気が引いてるように見える。

 そうしていると、本当に異世界のお姫様のように見えた。

 

 

 歩きどおしだったので少しだけ休むことにした。

 さっきのマンションの隣にあった小さな公園のベンチに三人で座る。

 いつもなら子供が遊んでいる時刻だろうが、投げ捨てられたおもちゃや自転車が、彼らの不在を示している。

 

 外れにあった自動販売機で水を三本買い、一人ずつ配る。

 

 本来ならコンビニとかで食料も買いたいけど、今のこの状況で人の多い辺りに出るのは危険すぎる。

 

 憔悴している万里花は、さっきまでの勢いもなくなっていた。

 

まりー、心配なら帰っていいんだよ? 私はほら、古詠未もいるし

お家の人も心配してるかも、ね?

 

 私たちの声に、万里花はぽつりと涙を零す。

 

きょう……としんの方に、行くからかえるのおそいって……だから、まだ。いえにはだれもいないの

 

 声を抑えて、つぶやくような告白に胸が締め付けられる。

 都心ということは、つまり人が大勢いる中だ。距離も離れているし、無事に帰ってくるとは思えない。

 

 幼い彼女にそこまで理解出来ているかは分からないが、不安に押し潰されそうなのは理解出来る。

 瑠莉についてきたのも、家に帰っても誰もいない時間が長くなるからというだけの事だったのだ。

 

それじゃあ、今日はうちに来てご飯食べていきなよ。りーねぇもそうしろって言うから。ね?

 

 そう言って、万里花の肩を抱き寄せる。

 そんなことできるわけないと知ってはいるけど。

 少しでも彼女を元気付けてあげたいと思った。

 

 堪えきれなくなった彼女が、こちらに抱きついて声を殺して泣いた。俺は、黙って見守る事しかできない。

 

とーちゃん……かーちゃん……

……

 

 日はかなり傾いてきている。

 

 喧騒は遠くで聞こえるが、ここだけは何故か静かだ。

 

……来たわ

 

 古詠未が静かにそう言った。

 ヨタヨタと歩く、小さな人影が公園に入ってくるのが見えた。

 

 手に持った傘が、細かくふるえていたような気がした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ?

 こよみん、配信切り忘れ?

 いや、さっきいきなり始まったw

 マジか。二発目とか物足りなかったん?

 でも、誰も居ないんだよなー

 

 しかし、PCの前には人はいない。

 忽然と主が消えた事を報告するためにプリムラは慌てて自らの姉に電話をかけていた。

 だから、そのPCに映り込んだものは視認してはいなかった。配信中ならダマスケナがモデレータとして監視していただろうが、彼女も仕事と主の配信に付き合っていたため自室で寝てしまっていたのも運が悪かったと言える。

 

 なんか切り替わったな……がぐオル?

 がぐオル配信すんのか

 いや、告知ないし、アバター居ないし

 乗っ取り、とか?

 あのセキュリティガチガチのすぱしーばだぞ? ムリムリのムリゲーw

 経験者は語る草

 俺はやっとらんわ。○chの書き込みで書いてあったんだよ

 

 すぱしーばの管理サーバーは、凄腕のハッカーでも抜けられないと噂されている。事実、未だかつてその内部に侵入したという話は虚言しかない。

 

 お、起動したか……ストーリーで、えっ?

 るーちゃんっ!

 マジ、おお、るーちゃんだっ

 え、あったの? るーちゃんルート?

 キャラ選択に、こよみん居るやん(笑)

 あえー? こ、これどういうことだってばよ?

 

 それからゲームが開始する。

 配信中ならVtuberが色々とトークをしながら進めるのが普通だが、そういうものは一切無い。まるで配信をしているのを気付かないでゲームを始めたような感じに、コメント欄は加速する。

 

 こよみん、繋がったままゲーム始めちゃったよw

 マイクがミュートなのが幸いだな

 つか、報告したれや

 あー、〇〇さんがつぶやいたーに書き込んだらしい。

 火に油を注ぐ草

 これは祭りかな?

 スパチャ出来たらスパチャタイム突入なのにw

 なになに、祭り会場はここか?

 いえー、見てるーぅ?

 報告見て来てみれば、なんだこれ? 相葉 京介

 あれー? 古詠未ちゃん、切り忘れなの? 立花 アスカ✓

 おおう、アスカちゃん降臨!

 なんなのこのバカ騒ぎ……? 夏波 結

 わっしょいっ 箱庭 にわ

 ゆいまま来てたw

 にわちゃんもいたっ

 よしっ、ガチャ回すわ。今なら出そう!

 流れきてるぜっ

 人の居ない所に来る自由人w

 ねぼすけのフォローおつでしたw

 ……ダブリ一枚に総スカン

 どんまい(いい笑顔)

 明日はいいはずさっ

 

 コメント欄は統制の取れない掲示板と化していく。管理する人間の不在なのだから仕方ないだろう。

 その喧騒が収まったのは、ゲームが始まってからであった。

 

 




 いちおう、高校で合流できた段階でこの話は終わりになる予定です。あくまで「Vtuber」なので。
 ちなみにこういう時、がっこうぐらしタグを使うのはダメですよね?


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39 夕暮れに花が散る

 視点がころころと変わります。


 場面は放課後の教室。

 教室の中で談笑する子どもたちの中に瑠莉と、古詠未の姿がある。そこに橙色の髪の女の子が近づき、瑠莉に手鏡を貸していた。

 

 瑠莉(るり)って字が違うよね?

 瑠璃が正解だね

 るーちゃんだから別にいいよ

 にしても、るーちゃんかわいい♪

 どことなくこよみんの中の人に似てるな

 おかっぱロングな。でもりーさんみたく髪まとめてるよね

 しかも両側。これがグーマちゃんと被った理由か 

 わかりみ。クマの耳みたいだね

 鏡見てるおしゃれさん

 うわー、千寿万里花ちゃんいるぅーw

 なんか無駄にクオリティ高いな

 本編より細かくね?

 

 カメラは三人の少女に近づく。

 今まで聞こえなかった会話も聞こえてきた。

 

るー。むずかしい顔して、どした?

りーねぇ……巡ヶ丘学院に寄ろうかなって思って。ここからだとどれくらいかかるかな?

こうこう? こっからだと歩いて三十分くらいじゃね? なんだー、りーねぇの所に行くのか? なら、アタシも行くぞー♪

なら、私も行くわ。一人じゃ帰り方もわからないし

ゴメンね、こよみちゃん

いいわよー。この街に慣れるにはいい機会だもん

 

 古詠未は転校生なのね

 こんな時に転校とか不幸すぎるw

 どこでも起こってるからカンケーなくね?

 むしろ豪運かも

 巡ヶ丘学院があるからな

 けどこのタイミングだと着く前にガブられね?

 ここに居ても同じだし

 

 

よみはおとなりさんなんだよな。いーなー

いや、よみって略し方やめてくんない?

なんでぇー?

なんか太りやすくなりそうなの

? 意味わかんない

そういう漫画が昔あったの!

 

 こよみん、若狭さんちのお隣なのね

 るーちゃんとの接点あるだろうからね

 ここでもヲタかよ、こよみんw

 性根からヲタクやぞ

 三子の魂ってやつか……

 あずま○が大王、知ってる?

 しって……いや、知らんな(すっとぼけ)

 年がバレるか

 いやいや、親の本やで? ホンマやで

 てか、るーちゃんなんで筆箱開けてんの?

 ポッケに入れたな

 まさか準備してる?

 んなアホな。とは言い切れんか

 昇降口で傘二本持ったな

 これから起こること理解してそうで草

 こよみん、傘断っとるな

 ヴァイオリンケースあるしな

 これ初期装備っぽいし

 中の絶対壊れるわw

 

 校庭から通学路へ。しかし、先導する万里花がすぐ側の路地へと入る。

 

 おいおい、裏道歩き始めたぞ?

 ああ、でも確かに間違っちゃいないかな?

 ガキの頃、こんなトコ通ったな

 俺も。近所のじーさんとか怒ってたw

 ワイはそんなガキ共に菓子をやったぞ?(自語)

 じーさま乙

 じーさんいてワロタ

 懐かれて何度も来てくれたぞ?(隙自語)

 唐突にイイ話やめろよ

 ほっこりしたw

 

 ドブ川を渡るときに爆発が響き、驚く瑠莉が橋から落ちそうになる。QTEが発生して、咄嗟に古詠未が手を伸ばして助ける事に成功する。

 

 あ、爆発した

 そろそろ来てるな

 うん、QTE成功

 これイベントだったのか

 るーちゃん、なんかまりーと力比べ始めた

 あっさり負けたw

 るーちゃん、最低筋力だもんな、たぶん

 はぐはぐ♪

 こんなハグされてぇ

 百合の間に挟まると……死ぬぜ?

 こよみんジト目草

 こよみんなら挟まってもいいか

 なにそれ天国かよw

 

 次は塀の上を歩く。

 コントローラーを左右に動かし、難なく移動する古詠未。前を行く万里花と瑠莉も、そろそろと動いている。

 

 あー、女の子がそんな塀とか歩いちゃいけませんw

 カメラアングルが絶妙すぎて笑う

 見えるか見えないかのギリギリ狙ってるねw

 みえ、みえ……ないっ!

 

 マンションの横を抜ける時のアクシデントのシーン。コメントの流れがにわかに早くなる。

 

 うわ……凄いな、質感

 本編より作り込んでて草

 いや、リアルだな〜

 三人とも顔引きつってるじゃん

 ようじょの泣き顔、ハアハア

 おまわりさんコイツですw

 正直な話、こうなると警察とか役立たんもんなぁ

 るーちゃん、ナイスプレイ!

 おう、ちゃんと逃げられたな

 見てるほうがヒヤヒヤするよ

 

 公園で休む三人。

 そこに子供の『かれら』がやってきた。

 すると、瑠莉が立ち上がり傘を持って相対する。

 

るー、だめだよ!

じゃあ、どうするのっ?

逃げるわよっ

 

 持ち物を持って反対側に行こうとする三人だが、そちらからは二人の大人の『かれら』が来る。虚ろな目に、血に汚れた恰好。どう見ても正常な様子ではない。

 

あ、

ひぐっ?

まりー、その学校の方向はどっち? 今までみたいな道で行けるの?

あ、あっちだよっ でも、こっからはおっきい通りしかなくて

 

 大人たちが来たほうを指差す万里花。そこへ走ってくる別の大人がいた。

 

「シュ!」

 

 そして、あっという間に大人の『かれら』を叩き伏せる。的確に首の辺りに突きこまれた凶器で引き倒し、頭を蹴り飛ばす。まるでサッカーボールのように頭が転がる様子を目の当たりにして、幼子たちは声を引きつらせる。

 

「君たち、平気かい?」

「「ひぐっ……」」

もう少し配慮しなさいよ。こっちは子供なのよ?

「ああ、ゴメン。それよりこの先の巡ヶ丘学院に避難したまえ。あそこなら避難所としては申し分ない」

 

 ……だれ?

 たぶん『お兄さん』じゃね?

 顔が少し違くない?

 ランダムメイクのキャラだし、たぶん

 使ってるのピッケルだからそうだろ

 なんにしても天の助け

 

「案内したいのも山々だが、そういうわけにもいかなくてね。早くなさい」

 

 彼はそう言うと、行きがけの駄賃のように子供の『かれら』も蹴り飛ばしていく。

 呆然とする彼女たちだが、すぐに行くべき場所へと移動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦うかと思ったが、身体がすくんだ。

 

 今まで一度も経験したことが無かった。

 やらなければやられるという危機感に苛まれていたのに、身体が動かなかった。

 

 少しずつ躙りよる子供の『かれら』に二人の大人の『かれら』。涙がこぼれそうになっているが、目を逸らすことも出来ない。

 

『こんなに、こわいことなんだ』

 

 今まで感じたことの無かった『恐怖心』というもの。

 そして、それは抱き合うようにしている万里花や古詠未も同じだ。

 

 突然現れた大人が、二人の大人の『かれら』をなぎ倒す。その光景も、なから呆然と眺めていた。

 

「君たち平気かい?」

 

 なんでもないように言うその男は、当たり前のように『かれら』を殺した。その精神性に恐怖を感じ声がひきつるが、古詠未は気丈にも男に食ってかかった。

 

もう少し配慮しなさいよ。こっちは子供なのよ?

 

 全然済まないように見えない謝罪をして、彼は後ろに近づいていた子供の『かれら』も倒して行ってしまった。

 

 ガクガクと震える俺と万里花を焚きつけるように古詠未が言う。

 

さあ、行くわよ。避難所ならまともな大人もいるかもしれないし

 

 差し出した手を握る。

 

 思えば、古詠未として手を握ることはあったけど。

 

 ()()()()手を繋ぐというのは、はじめてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 大通りをとてとて走る。

 その有様は凄惨というしかない。

 

 あちこちにぶつかったりした車が止まり、そのために立ち往生する車。そこに逃げ惑う人々と『かれら』が右往左往する。飛び込んできたバイクに飛ばされる『かれら』。転倒した人間に覆い被さる『かれら』に鉄パイプのような物を振り下ろし、その横合いから別の『かれら』が組み付いて腕の肉をかみちぎり。そうしてまた『かれら』が増えていく。

 

 絶叫と悲鳴と、怒号と悲嘆と。

 

 それらがまた、『かれら』を呼び寄せる。幼子が泣き叫び、その母親もろとも『かれら』に飲み込まれる。

 

 車に飛び込んで逃げようとする人に、乗せてくれと哀願するサラリーマン。だが、彼を跳ね飛ばして車が発進する。その先の道は、もう通れないのに。

 

やっぱり、音によって来るんだ

そうみたいね

 

 確認のために呟いた言葉に、後ろを走る古詠未が答える。

 

こっちでいいんだよね?

う、うん

 

 万里花が言葉少なく答える。

 と、ふらりと来た『かれら』が立ち塞がる。

 

 こころを強く持って、握りこんだ傘を振る。

 狙いは足元。

 非力な少女でも、上手く狙えれば転倒ぐらいさせられる。目論見は成功して、それが前のめりに倒れる横を散開して避ける。

 

るー、すごっ!

まりー、声出しちゃメッ

よい、しょっ

 

 万里花の声に俯いていた『かれら』が顔を上げるが、古詠未が狙いすましたようにヴァイオリンケースで殴り飛ばす。そいつは首が変な方向に曲がったまま、倒れ伏す。

 

よみもやるなっ

あー、ケース汚れちゃった

むだばなししない。いくよっ

 

 倒れただけの『かれら』が起き上がる前に離れる。周りの喧騒も相まって、意外とこちらに向かってくるのは少なかった。

 

つぎはあたしも

 

 傘を持つ手を握りしめ、万里花がやる気を見せている。でも、出来れば倒さない方が良いのだ。トドメとか刺すと間違いなく正気度が下がるだろう。先ほどからの恐怖心とかもこれが関わっているに違いない。

 

無理に戦わなくていいのよ?

いのちをだいじに、ね

そ、そう?

 

 実のところ、接触するだけでも感染のリスクがある。傷や粘膜に相手の体液とか入るのも危険だ。

 

 だから、逃げる。

 

 小さな体躯を最大限に使って、なんとか学校まで辿り着くが……そこはそこで何も変わらない地獄なのだ。

 

 でも、学園生活部の面々と接触したければならない。巡ヶ丘学園の屋上に辿り着くか、日没を迎えるか。それがストーリー第一章目のクリア条件だ。

 

 校庭のあちこちで流血の惨事が行われているが、対処出来ないので無視する。広いだけあって距離を取ればなんてことはない。

 

はあっ、はあっ、はあっ

 

 この瑠莉の体力のなさ以外は。

 息が切れて、立ち止まってしまう。

 

るー! はやくぅ!

 

 万里花が涙目になって慌ててるけど、走り通しの瑠莉にはキツい。この経験もご無沙汰だ。走って息を切らすなんて、おっさん時代でもなかったのだが。

 

仕方ないわね

 

 少し上気しただけの古詠未が、ヴァイオリンをケースから取り出す。

 

玄関の辺りまで行って。あいつら引き寄せとくわ

よみっ?

瑠莉を頼むわ

 

 そう言うと、彼女は走り出す。

 先程までよりも早く。

 

あぅ、ちーとくさい、ですぅ……

 

 他者からみた古詠未のとんでもスペックに、俺は息も絶え絶えにそう呟いた。

 校門の近くの木まで行くと、おもむろにヴァイオリンを奏で始める古詠未。不思議なことに、アンプもスピーカーも無しに響く音色がこちらまで届く。

 

 つまり。

 

 こちらに寄ってきていた『かれら』が、吸い寄せられるかのように彼女の方へと集まっていく。よたよたと歩く俺に肩を貸す万里花が素直に驚いている。

 

よみ、すげー!

むちゃ、しないでよぉ……

 

 玄関から出てくる『かれら』もいる。

 こちらを見ずに、一心に進むはハーメルンに呼び寄せられる鼠のようだ。

 

 十分に集めたと判断したのか古詠未が演奏を止める。当然のように足元には恐ろしい量の『かれら』が居るわけだが、彼女はヴァイオリンを仕舞うと塀に向かってジャンプした。

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

よいしょっ!

 

 危なげなく狭い塀に着地する。

 音に寄せられた『かれら』は学校の中にも外にもいる。落ちたらやられるのは間違いない。

 

この程度は造作もないけど

 

 ゲームの中とはいえ、精霊の力を受け入れた準精霊である自分にはなんてことはない。自分だけならばすぐにでもこの世界から離脱する事すら可能なのだ。

 

 それをしないのは、電脳空間に引きずり込まれた暦(莉姫)の事があるからだ。

 

すぐにでも出たいけど、難しいかな?

 

 アイリスが古詠未のアバターに入るのは、これは当たり前だ。もともと自身の身体であり、電脳空間に借り置きしているのだから。

 配信の際にリンクを繋いで莉姫の動きに合わせるのも、その高い追従性もそうした事があったなのだ。

 

 莉姫の身体も、おっさん形態の時は電脳空間に保管される。自動的に保管場所に移るので、問題はないかと思うけど、一抹の不安は残る。

 現実で莉姫となっている時のおっさんの身体、つまり暦の身体も同じところに保管されている。電脳空間なので質量云々は大した問題ではない。

 

 むしろ問題は今の暦の存在が、現実に全て無いという事だ。この状態が長く続くと、“アカシアの木”の観測から外れて消失してしまう。

 

 文字通りに存在が抹消されるのだ。

 

 暦の身体はどちらも現実にはあらず、心はなぜか別のキャラクターに入り込んでいる。話し方とかが違い過ぎるけど、こよみさんに間違いはない。ゲームの知識とか私の事をアイリスと分かっているのがその証拠だ。

 

 現実への繋がりが消失しているという事は、そちらの世界が()()()()()という事であり。

 それは取りも直さず、こよみがかつてそうなったのと同じとなってしまう。

 

 年単位の事でなければ問題は無いだろうが、早く戻るに越した事はない。

 

ダマスケナと繋がってたらなぁ

 

 年の離れた妹は、この手の天才だ。自分がこの世界に来て五年を掛けて構築したものをあっさり数ヶ月で追い抜いた。魔力と電脳空間の扱いで言えば、彼女以上の使い手は居ないだろう。

 

わたし(アイリス)が古詠未の中にいるのなら、何らかの交信はある筈だし。それまでこよみさんに危害を加わらないようにしないと

 

 たかがゲームとは侮れない。

 ここは魔力の浸潤した本来の意味での仮想現実だ。受けた傷が精神にダメージを与える可能性は否定できない。

 

アイリス様っ 聞こえますか?

ダマスケナ? 良かった

 

 願っていた人物からの通信。塀の上に立ったまま、彼女は耳を傾ける。

 

現状すぱしーば鯖に不正行為でのアクセスはありません

ハッカーとかの仕業じゃないのね?

はい。依然として防壁は機能してます。さらにアイリス様がその姿と言う事は、そのゲームの鯖で実行されてはいません。コピーされた物をすぱしーば鯖で展開したため、発生したイレギュラーと推測されます

 

 このアバターはすぱしーばで管理されている。それと暦さんのPCもすぱしーばに直接アクセス出来る。がぐオルが暦さんのPC経由ですぱしーば鯖にインストールされたということなのだろうか?

 

ゲームが進行中のため、サルベージ作業は出来ません。オートセーブって、厄介だなぁっ

屋上に行けば章が終わるってこよみが言ってたわ。とりあえず私とこよみが着いたら後はお願い

えっ? だんな様が、居るのですか? だって、ストレージ内に……あれ? だんな様と、莉姫様もいる?

こよみの心、というか魂が瑠莉ってこの中にいるのっ そっちでは観測出来てないのね?

ぱ、パラメータではNPCのままです。隣の万里花、では無いんですね?

万里花が、どうかしたの?

そちらはプレイヤー選択可能キャラなので

 

 なるほど。言われてみれば他のクラスメイトより古詠未に興味を持ったり瑠莉の姉と接点があったりと主要キャラのように見える。

 

ともかく、サルベージの準備よろしく

ご武運を!

 

 通信を切ると校舎の前に居る二人の方を見る。接近してくる『かれら』に、万里花が傘を振り回して近づけまいとしていた。

 

さっせる、もんかぁっ!

 

 塀の上を全力疾走する古詠未。

『かれら』の少なくなった所に降りると、校舎へ向けて猛ダッシュをする。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

このっ、くんな! あっちいけっ

 

 傘を振り回す万里花。『かれら』は動きが遅く、回避などは考えない。だから振り回している傘に当たりはする。しかしながら、その程度で動きを止めることはない。

 

 もっと正確に当てなければ。

 たとえ傘でも、力がなくても、倒しようはあるのだ。

 

えいっ

 

 持ち手を替えて、柄の方で『かれら』の足を引っ掛ける。思い切り引くと、そのまま脚をすくわれて仰向けに倒れ込んだ。倒すだけならこの方がやりやすいかもしれない。

 

 運が良かったのか、その『かれら』は頭を勢いよくぶつけたようで動かなくなる。

 

 これで少し時間が稼げた。

 万里花の方に向くと同じように手を伸ばし、傘の柄で転ばせる。

 

おおっ、るーすげぇっ!

倒れただけだから。すぐ起き上がってくるよっ

 

 倒れた間を走り抜ける。

 と、その手が動いた。

 

ひゃっ!

るーっ!?

 

 足を掴まれ、盛大にコケた。傘が手から離れてしまい手元には武器がない。

 

 じわり。

 

 恐怖が、躙りよってくる。

 

ひうっ……

 

 今までの人生の中で。

 一番、無力を感じた。

 もっと力が欲しい。

 怖くない、怖がらない、心が欲しい。

 

だぁあーっ!

 

 迫りくる死が、地に縫い止められた。

 

ふぇ……

るーに、てをだすなぁーっ!!

 

 目を見開いて、歯を食いしばり。

 恐ろしい蛮行に手を染める少女が、いた。

 上からのしかかり、体重をかけて首の根本に深々と傘を突き刺す。それは違わず『かれら』の共通する弱点を貫いていた。

 

 瑠莉が倒れたとわかるとすぐに戻ってきて、万里花は傘の鋭い方で上から突き刺したのだ。

 体重の軽い子供でも、一点に乗せればそれなりの威力になる。やりようによっては子供でも『かれら』と戦うことは出来るということが証明されたわけだ。

 

 なのに、こころは晴れはしない。

 

 友人の有様を見れば、喜べるはずもないのだ。

 

 天真爛漫で、いつもおひさまのように笑っていた万里花の顔に浮かぶのは……凶相といって間違いないものだった。

 

 人だった『かれら』を殺す。

 その恐ろしさが、彼女を苦しめているに違いないのだ。

 

 そのせいで。

 周りの注意がそれたせいで。

 万里花の影から迫る『かれら』に気付けなかった。

 

あぐっ!

ひっ!

 

 

 

 万里花の肩に。

 

『かれら』の牙が突き立てられていた。

 

 

 




 数の暴力と恐怖心の克服が鍵だと思いますが……簡単にできたら苦労はないよねェ……


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40 てんこうっ!

 やはり、視点が変わります。
 がっこうぐらし編はこれで終わります。
 毎度のことながら、誤字報告ありがとうございます。


 ものすごい痛みが、肩のあたりに広がった。

 振り向くと、そこには女の人が噛み付いていた。

 

ひぐ……だぁれ?

ぐああ……

 

 けもののような唸り声を出しながら、あたしの肩の肉に齧りつく。その目はにごって、こちらを見てないのに。

 

 あたしは、みうごきできなくなった。

 

 やめて、と手をどけようとするけど。

 大人の力にかなうはずもない。

 

あ、あ……

 

 やけるようないたみ。でも、つめたい水をかけられたみたいに身体はさむい。

 

 るーは、ぶじみたいだけど。

 すごくおどろいていた。

 

ないちゃ、だめだよ……

 

 はやくにげて。

 ことばをいおうとするけど、いたみのせいかうまく言えない。

 

 るーが、ちゃんとにげるまで。

 くいとめないと。

 

 あたしはそいつのかみをつかんで、おもいっきり下にひっぱった。いっしょにたおれちゃったけど、それでいい。

 

 あたしのほうにむいてるあいだは、るーにはむかないから。

 

ちゃんと、にげてね……

 

 さっきのおばさんが、やったように。

 るーがにげるまでくい止めるんだ。

 いたいけど。くるしいけど。

 たぶん、もうたすからないから。

 

 だから、るーだけでもいきてて。

 

 押さえつけられて、大きな口があたしをまるのみするように近づいてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐしゃ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつまでたっても、おわりのいたみがこない。うっすらと目を開けると。

 

 

るー……ぅ?

 

 

 あたしのだいじな、ともだちが。

 

 こぶしをまっすぐにつきだしているのが、みえた。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 あー、まりーちゃんがぁっ!

 こよみん間に合わないな、これ

 るーちゃん連れてかないとクリア出来んの?

 出来るけど評価ガタ落ちやし、りーさんが……

 あ、うん。理解した

 生死不明の方が耐えられるんだよな

 目の前で脂肪は一番ダメ

 まりーはどうなの?

 NPCだとマイナスにはならない。加点対象なだけ。

 

 古詠未は接近する『かれら』に対して、素手で立ち回っている。その技は素人目にもかなりの熟達者の動きだ。

 

 しかし、距離が離れすぎたせいか、立ち止まっていた時間が長すぎたせいか。万里花を助けるには間に合いそうもない。

 

ああ、もうっ じゃまぁっ!

 

 勢い任せのラウンドキックが『かれら』の頭に当たり、その個体は動きを止める。十分に集めた筈なのに学校内に残っていた『かれら』が玄関付近に固まっていたせいで、ぽろぽろと現れてくる。

 

 ゲームのくせに、細かすぎっ

 

 

※ ※ ※

 

 

 回し蹴り一撃?

 ぅゎょぅι゛ょっょぃ

 すげ、くるみ以上のゴリラだなw

 チートやね

 他の動画にも出てこないし、タイアップの番宣なのかな?

 すぱしーばならやりかねない草

 そいや京介パイセンの話だと黒帯くらいらしいぞ、こよみん

 マジか、リアルゴリラだなw

 まりー、ガブられるぅー

 あ、るーちゃん立った、え?

 るーちゃんっ???

 

 

 立ち上がった瑠莉は、拳をそのまま殴りつける。当ったのは『かれら』の口の上。

 

 非力な子供の打突など、『かれら』に効くはずはない。

 なのにその『かれら』は、ゆっくりと横に倒れ込んだ。

 

 『かれら』のHPゼロ? 一撃なん?

 るーちゃん、なんか持ってね?

 んー? あ、ボールペン? 中指と薬指の間に挟んでるな

 げ……

 エグいつかいかた知ってるねぇ、るーちゃんw

 でも、これ。本当に威力あるの?

 割り箸刺して○んだ事件あったろ? あれと同じ。消しゴムに当てて握りこんで、そのまま殴ればおk

 突然の暗殺講義、乙

 

 瑠莉は持っていたボールペンを近くの『かれら』に投げつける。無雑作に投げたそれは違わず眼に直撃し、深々と突き刺さり……そのまま倒れ込む。

 

 万里花の使っていた傘を手に取り、近づく『かれら』に例によって足払いをかける。しかし、その動きは先程の躊躇いがちなものではなかった。

 

 スパンと小気味良い音を立てて『かれら』

が舞うように倒れ込む。そこに上からの一撃。

 万里花のように体重をのせて、延髄を断ち切るように傘をえぐり込む。

 

 その瞳に、光は無かった。

 

 レイ○目キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 これは、“覚醒イベ”発動か?

 三体あっさり撃破なら間違いないだろ?

 かくじつに急所狙っててこわいw

 こ、これがりーさんの妹か……

 なんか、わかりみ草

 若狭家なんなんだよ……暗殺者の血統かよ……

 

 そこにようやく古詠未が辿り着く。

 だが、近づく古詠未に瑠莉は……静かに傘を向ける。万里花を守るように。

 

 

※ ※ ※

 

 

ちょ……冗談カマしてる場合じゃねぇだろ

 

 口からつく言葉は、こよみさんのような荒い言葉。そんなことは気にしている場合じゃない。

 

 見たところ、正気を失っているみたいだけど……こよみさんの自我が出てきてる訳じゃなさそう。無意識に身に付けた闘争の技を反射的に繰り出しているように見える。

 

 だとすれば、正気に戻せるか?

 

瑠莉っ! 私だよっ? 分からないのっ?

 

こ、よみ……ちゃん?

 

 よかったっ 声かけで戻らない時は、物理的にお話しないとダメかもしれなかったので。

 

 手に持った傘を取り落とすと、万里花に縋りつく瑠莉。

 

まりー、まりーっ しっかりして

あ……るー……? よかっ……ぐぅっ!

血が、ああ、こんなに……

応急処置したいけど、こんな所で悠長なことは……

 

 そこへ、声がかけられた。

 

チビども、平気かっ?

わ、大変っ!

怪我してるの?

るーちゃんっ!

 

 スコップを担いたツインテールと、猫耳帽子の女の子。それに制服ではない大人の女性。

 先ほど説明を受けた学園生活部の面々だ。チョーカーを付けた少女は居ないけど、くるみ、ゆき、ゆうり、そして先生のめぐみ。

 

 脇目も振らずに瑠莉に抱きつく少女。

 

りーねぇ……りーねぇっ うえ、うええ……

ん、大丈夫よ。だいじょぶ? よくここまで来れたわね

 

 瑠莉の姉、悠里だろう。そのまま大きくなったらこんな感じの子になるのではないかという、可愛らしい人である。

 おっと。ほっこりしてる場合じゃない!

 

皆さん、屋上まで避難しましょう

ん? ああ、そうだなっ

 

 周りにはまだ『かれら』がいる。校庭におびき寄せたのはかなりの人数であり、動きが遅いと言ってもじっとしてたら飲み込まれてしまう。

 

あなたのバイオリンスゴイねっ 校内のほとんど居なくなってた!

ありがとうございます?

おかげで降りてこられたけど、よいしょっ

 

 大人の先生が、万里花を担いでくれた。

 傷口はハンカチで結んではあるけど、血がジクジクと滲んでいて痛々しい。

 

 荒れた感じではあるが、校内に残っている『かれら』はすでに動かない躯であり、多くは階段から落ちて頭を強打したものと、鋭利な刃物でばっさりやられたようなものだ。

 

 階段を駆け上がり、屋上に入ると扉を閉めた。そこで頭の中に声が響いた。

 

 

 

サルベージっ開始ですっ!

 

 

 

 ここに来た時のような光が、周りを覆い尽くす。

 

 

 

 こうして、ゲームの中という奇妙な旅が終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイリス様、起きてくださいまし

 

 お花の身体が揺すられる。この声はプリムラか。もう朝なのか……

 

少々問題が発生しまして。その……ご裁可を仰ぎたく……

え……なぁに。ああ、ゲームの中から帰還したんだっけ……それで、なにが……

 

 目を覚ますと視界がクリアになる。

 

どうかしたの? サルベージは成功したんでしょ?

成功は、成功なのですが……その

 

 言葉を濁すプリムラ。その視線の先には。

 

…………あ”ぁ?

 

 

「うぐが……」

すぅー、すぅー……

くかー、くふふ……

 

 

 すっぱだかで眠る暦さんと……二人の幼女が、やはり裸でその上にすり寄っていた。

 

 瑠莉が顔を胸板に擦り寄せ、万里花は暦の顔にコアラのように抱きついている。

 

な、なん……? なんですと……?

このお嬢様がたはいったい……?

 

 電脳空間から出てくるとは。

 さすがの私も、この事態は予測出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、気絶している暦さんと合体して莉姫になっておく。

『お空の結界』が張ってないのに分離している事を悟らせるわけにはいかない。

 

 その間にダマスケナが状況を見て、調査をする。そして、莉姫の身体と同じく実体を持った存在だと判明した。

 

そんなアホな……

 

 こよみさんがまだ起きないので、莉姫として会話している。ちなみに二人には莉姫用に買いためたスウェットを着せている。何着も要らないだろうと思っていたのだけど、こんな時に役に立つとは思わなかった。

 

この莉姫の身体を作るのに、私がどれだけ苦労したと思ってるのよ……

RICモジュールが実体の構築を容易にしたためかと。あれは3Dモデルに仮想の実体を与えるものですが、データ自体の補完は可能です

 

 あれがそういうものだというのは知っている。だが、それはあくまで電脳空間という位相空間内での話だ。現実には肉の身体を構成するにはもっと別の術的方策が無いと……

 

莉姫様の唱術式は電脳空間内にもあります。そこにアイリス様とだんな様という高い魔力収束率を持つ方が二人もいた。魔力が過剰に流入してお二人が実体化した……そう説明が出来ます

んな、アホな……

 

 そうは言ったが、そのくらいしか思い当たらない。

 

あと、AtoG管理領域からのアクセスが観測されました。自体の推移の前後に

……被害は?

防壁で弾かれてますが、いくつかは潜入したようです。こちらの保守のカウンターで対処したようで、対処済みと報告が上がっています。実害は今のところ出ていません

アクセスした人間は分かる?

今のところは不明です。

そう。保守は総点検。スパイウェア蒔かれてたとか洒落にならないわ。悪いけどダマスケナ。あとでダイブして電脳空間の方からもチェックお願い

あう……畏まりました

フェティダに通達して今回の件が片付くまで仕事は延期にしてもらうわ。先方がしらを切るなら協力もしなくていいもの

 

 あるてま、ないしAtoGの関与が無いなら、その証拠をあげてほしいところだ。刑事的な訴訟も辞さないとなれば、少しは内偵にも力が入るだろう。先方のサーバーからのアクセス履歴、アカウント、などの提示くらいはしてもらいたい。こちらの調査で大体は把握できるが、裏取りも必要だろう。

 

 

 そんなことをしていると、どうやらこよみさんが起き出したようだ。あとの事は莉姫経由で知らせると教えて、身体の優先度をこよみさんに渡す。

 

 

 

 

 

 

……あれ。ああ、そうか……

おはようございます、こよみさん。気分はいかがです?

……あんま、よくない

それは仕方ないでしょうね。ゲームの中なんて、普通は入れませんし

 

 

 そう明るく答えたのだが。

 いつものような軽口は返ってこなくて……膝を抱えて俯いてしまった。

 

あ、あのー……こよみさん?

 

 どうした事だろうか?

 この人が落ち込むなんて……あまり見た事がない。

 

……こわいって、すごく……こわいな

……まあ、怖いんですからね

そうだよな……これが恐怖なんだよなぁ。今まで感じなかったけど、なんで分からなかったんだろう……

 

 肩を震わせて膝に顔を埋める。その様子は、恐怖に打ちひしがれる少女そのものだ。

 

 ある意味、私にとっては喜ばしい誤算だった。

 

 私と会った頃の彼女は、壊れていた。

 怖い、恐怖というものを何も感じない、そんな人間だった。

 心の情動全てが壊れていたわけではなく、恐れるという感情だけがぽっかり抜け落ちていた。

 

 何回にも及ぶ記憶改竄によってもそれは治らずにいた。唯一の例外はヲタクグッズなどを捨てられる事に対しての恐怖だけだった。

 

 そんなこの人が、世間一般的な恐怖を感じていたのだ。偶然の産物に私は感謝した。

 

 

 

 

 

 

アイリス様。だんな様にもご説明した方が宜しいかと

 

 プリムラが遠慮がちに言う。それを聞いたこよみさんが「どうかしたの?」と問いかける。私は彼に、見たほうが早いと言って客間に行けと促す。

 

 そこで眠りにつく二人の少女を見て、それまでの彼女とは雰囲気が変わった。恐怖を感じて青褪めた顔はにわかに熱を帯び、呆然とした瞳は光を取り戻す。

 

 しかし、表情自体は変わらない。

 それは夢うつつに浸る乙女のようであった。

 

 

……びでおがーる? あいとま? それともありしぜーしょん?

……テンション上がって何よりだわ

 

 

 訳のわからない単語を言いながら静かに混乱するこよみさんに、私はざっと説明をした。

 少女たちはまだ眠っているのでダイニングまで戻ってダマスケナからも説明を受ける。

 

 

 そして、彼女は一言呟いた。

 

そんなファンタジーな事、起こすなよ……

好き好んでやったわけじゃないわよ

 

 これは予測不能な事故である。

 ダマスケナのサルベージの網に引っ掛かって、余計な魚が2匹も捕れたような状況なのだ。

 

それで……あの子らは、ちゃんと人間に、なっちまったのか?

推定年齢十歳の日本人女子と考えて間違いありません。精密検査は出来てませんが、外傷もなく、血圧や脈拍も正常値。おそらく健康体と言えます

 

 ダマスケナの発言に考え込む莉姫。

 そして、本題に切り込む。

 

あの子達を戻せるのか?

……起きてないから分かりませんが、おそらく不可能かと思われます

根拠は?

あの子達はサルベージされた段階で唱術

式によって肉体を生成されています。すでに人間として出来てしまっているのです。元からあるデータはただの雛形で、あの子達は別個の存在になっているはずです」

 

 仮に肉体を捨てて心だけをゲーム世界に戻しても、ゲームの中の人格とは違う。そういうことらしい。バグとして修正されてしまうだけだと彼女は結論づけた。

 

 

……なんてこった。PCがキャベツ畑だなんて聞いてねえよ

こっちにもそういう言い回しってあるのね

ちなみに向こうだとどう言うんだ?

何処の泉から拾ってきたの?って言うわ

意味分かんないなぁ

 

 くだらない事を話していたら、プリムラかダイニングにやってきた。

 

 

お子様たちが、お目覚めです

 

 そう言われると、なんだか嬉しくなる。

 私にも少しはそういう感情が残っていたのか。こよみさんが席を立って客間に向かうと、二人の少女はお互いを見て笑い合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポカポカするお布団の中で、目が覚めた。

 自分の部屋とは違う、知らないところ。このお布団も、違う。でも、隣に寝ていた女の子は私も知っている子だ。きょろきょろと見回すと、部屋の中も全然違う。

 

 着ているのも、いつものパジャマじゃない。

 無地の灰色の、お父さんの部屋着のようなの。少しおっきいけど、そのへんは別に気にならない。

 

まりー、起きて。このねぼすけさん、もう七時だよー、がっこう遅れちゃうよ

んー、あと、ごふん……

いつもそんな事言って。全然守れてないじゃない

 

 私がお泊りした時も、彼女がお泊りに来た時も。万里花が時間通りに起きたためしはない。

 起こすのは大変だけど、この子と一緒にいるのはとても面白い。

 

 ついさっきまで見ていたこわい夢の事も忘れて、彼女の頬をぺちぺちと叩く。

うわー、やめてー」と言うけどやめたりはしない。起きるまで叩いたりつついたり。

 

 そして、いきなりガバッと起きたと思うと、私のことを抱きしめてきた。

 

るー、ぶじだったんだな!

 

 その言葉に、疑問を抱くけど。

 いつものように元気な友人に、わたしは笑いをこらえられなかった。

 

 話を聞くと、どうやら私たちは同じ夢を見ていたみたいである。おかしな事もあるものだ。

 

そんでー、ココどこ?

わかんない……

 

 不安ではあるけど、不思議と怖くはない。

 あんな夢を見ていたせいもありそうだけど……ここはこわい事をする人がいる感じがしない。

 

 自分たちがお揃いの寝間着に着替えさせて、一緒に暖かなお布団で寝かせてくれていた事からも分かる。

 

 襖の向こうに誰かが来た。

 私が万里花の手を握ると、彼女も握り返してくれた。

 

 がらりと襖が開くと、そこには女の子が立っていた。

 私たちより少しだけ大人っぽいその子は、大きな声で元気よくこう言った。

 

 

 

おはようございまーすっ!

 

 

 




 ゲーム世界の話は終わるけど、来ちゃった二人の話はまだ続きます。
 やりすぎた感が強いッスけど、突き進むよっ!?


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41 あたたかい家

 今回は、前半は黒猫(今宵)視点、後半は結(湊)視点となっています。


本当にいいのね?

う……いまさら引き返すなんて、したくない

千影さんから、距離をとれって言われたばかりでしょ……

 

 げんなり……とまでは言わないけど、呆れているのは透けて見える。湊は付き合いがいいし、ここにも来たことがある。付き添いとしてはもってこいだ。

 

 あの邂逅を果たした日の帰りに、殿田莉姫には近づかないように言われた。

 それまでは自分の方から接触したがっていた素振りだったのに、だ。

 情勢が変わったと言っていたけど、そんな事はどうでもいい。大人の話なんて、私たちにはカンケーないねっ(きょうへいっぽく)

 

 そんなわけで彼女の家にやってきた私と湊である。湊の家もすぐ近くらしいので、今日は湊のうちにお泊りという体で出てきたのだ。

 

本気でお泊り配信やる気なの?

告知はしたしっ 『お泊り第二弾! 今回は、注目のあの人の家に凸するどーっ!!』

リスナーさん達は私だと思い込んでたみたいだけど……まあ、不可だったらそのつもりだし

 

 そうっ!

 今回の企画の趣旨は、『莉姫ちゃんちに泊まろうっ(湊と一緒に)』なのだっ! ちなみに凸なので了承とかは取ってない。失敗したら急遽『結ちゃんちに泊まろうっ!』に変更する。

 

 これぞ、隙を見せない二段構えっ!!

 戦国でも戦えちゃう優秀猫ちゃんなのであるっ!

 

積極的になったのはいいことだけど……やれやれ

 

 ちなみに湊は失敗すると考えているらしい。まあ、私もそう思う。普通いきなり来て『泊めて♪』なんて言っても、ムリムリカタツムリだ。

 

 だったらなんで、と思うかもしれない。

 これは意地と……欲のためだ。

 

 ママに言われたからってすぐに手のひらクルーっなんてやってたら、いつまでたっても独り立ちなんてできない。もちろんすぐになんて考えてはいないけど、私もその先にある未来に対して多少は考えている。

 

 大学とかに行くなら、やっぱり一人暮らしとかしてみたい。ママの側でぬくぬくするのもいいんだけど、それではママの自由になる時間が取れないのだ。

 

 私が足枷になって第二の人生を踏み出せないというのは、やはりイヤなのだ。

 

 だからといって、諸手を挙げてアイツを迎えるかというとそれは即答しかねる。そもそもアイツとはほとんど話したことないし、わだかまりが完全に消えたわけじゃないのだ。

 

 それでも、そうした可能性はないわけじゃないと思っている。ママはまだ気にしてるだろうし、私とも趣味は合う(ヲタクなので) 意外と理解を示してくれそうな気もするのだ。

 

 いささか言ってることが勝手な気もするけど、気にすることはない。子供は勝手な事をするもんなんだ!(真理)

 

 

 意地の方はそんな感じだけど、欲の方はというと。ただ単に莉姫と仲良くできたらなぁー、という欲望丸出しである。湊を連れてきたのも、警戒心を解くためと、私のストッパーのためである。

 

 ──深夜の部屋。

 同性とはいえ、年の近い少女たち。

 何も起こらないはずもなく……なんてことになったら、止められるとは思えない(←ホント素直)

 

 なにせホラッ、湊と二人っきりの時に止められなかったじゃん。前例があるならその通りになっちゃうもん。私の欲望がMAXになったら湊なら止めてくれるはず!

 

 そんなわけで、湊さん、ピンポンヨロシクッ!(メカドック)

 

……言い出しっぺの法則って知ってる?

人様にはチキンなのです。オナシャス、湊さまっ

 

 まったく……と言いながらもインターフォンを押してくれる。サーセン!

 

はい、どちら様でしょうか?

プリムラさんですか? 暁湊です

これは、湊さま。私はダマスケナですよー。お姉さまはだ……莉姫さまのお宅におりますので。どうぞお上がり下さい〜

 

 双子ゆえか声だけだとどっちか分からん(笑) 湊も苦笑しながらオートロックの扉を抜け、エレベーターに乗る。

 

あの二人って、隣に住んでるんだっけ?

そうらしいわね。あそこなら二人居ても暮らせるとは思うけど、配慮してるんじゃないかな?

配慮?

中学生くらいって難しい年頃でしょ? 近すぎても遠すぎても

 

 そういうものなのかな?

 自分の中坊の頃を思い返すと、まあ思い当たるフシもある。というか、私の場合ぼっち拗らせまくったのがその頃だ。

 なるほど、難しい年頃だな(←素直過ぎ)

 

 マンションの廊下を端まで来ると、その前のドアが開いて可愛らしい外人の女の子が現れた。電車の中での動画に出ていた女の子だ。

 

いらっしゃいませ。お姉さまも莉姫様もいらっしゃいます

お邪魔します

 

 ダマスケナという人がこちらにもお辞儀をするので、私も慌てて頭を下げる。幼い感じがするけど、私よりも年上だ。傍若無人と呼ばれて久しいこの私だが(←当人談)、礼儀は欠かせないよね。

 

 ダマスケナさんがドアを開けると、唐突に声がかけられた。

 

おーっ、だますけなー♪

ま、万里花ちゃん? なんて格好ですか!

ダマスケナ? まりーを捕まえろっ

 

 廊下にいたのは年の頃十歳くらいの女の子であった。なんて恰好の意味は、風呂上がりの何も着てない状態、いわゆるすっぽんぽんだからだ。そこに、廊下のドアが開いて彼女が現れた。

 

……

……

か、かしこまりっ、ました(ガシッ)

うわ、はなせー。しゃんぷー目にしみるからやーっ

 

 ダマスケナが幼女を捕まえる。

 だが、私たちはそれどころではなかった。

 

ちゃんと目ぇ瞑ってたら終わっちゃうんだからがまんしろっ さんきゅー、ダマスケナ。助かったよ

 

 頭にタオルを巻き付けて、白い裸体が廊下のドアから出てきていた。湯気がまとわりつき、身体もほのかに赤みがかっている。細い腰や薄い胸板も見えているのだけど、巧妙に湯気が肝心な部分を隠し続けていた。

 リアルに湯気バリアーを体感できるとは思わなかった。

 

あ、あのう、莉姫さま

ん? どした?

お、お客様が……

え?

 

 ダマスケナに言われて漸く気が付いたらしい。

 こちらを見る彼女が普通に挨拶をしてきた。

 

あれ? 湊さんに、今宵ちゃん? どしたん?

あの、あう、実はその……

 

 キョトンとしている莉姫とは逆に、申し訳なさやら恥ずかしさやらでテンパる湊。わりと面白い構図だ。

 私は手を前で合わせて合掌し、拝む。

 

ラッキースケベってあるんだね、知ってた

 

 なむなむ。

 私の様子と言葉から、何かを感じ取った莉姫。

 そして自分の今の姿に気が付く。

 

くぁwせdrftgyふじこlp!?

 

 奇妙な叫び声をあげて、幼女を抱えて風呂場へと戻る。いつもクールな彼女にしては珍しい慌てぶりに、来てよかったと神様に感謝した。

 眼福眼福♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありません

いえ、その、こちらもいきなりお邪魔して申し訳なく……

あなたが確認もしないでご案内するからこうなるのです。今日のご飯は抜きですね

しょんな〜、お風呂入ってるなんて気付きませんよー

まりーが勝手に飛び出しちゃったわけだし……事故なんだから、あんま責めるなプリムラさんや

莉姫様がそう仰るなら……

 

 あれからすったもんだがあって、三十分後。全員がリビングに集まっていた。私たちはソファーに座っていたが、莉姫とプリムラ、ダマスケナ、それに二人の幼女は敷かれたラグの上に正座をしている。

 

 万里花という子は落ち着きが無さそうにきょろきょろしているが、瑠莉という子の方はおとなしい。

 

あの、それで……この子達は?

親戚の子供たちです。しばらく預かる事になってまして

 

 莉姫が少し緊張した面持ちで答える。その言葉を聞いて大人しい子の方が頭を下げた。

 

若狭瑠莉です。はじめまして

 

 なかなかに利発そうな子である。幼いながらも将来は男を狂わせそうな美貌を感じさせる。

 

あたしは、せんじゅまりか。まりーって呼んでかまわねーぞ?

 

 対してこっちは良く言えば天真爛漫、悪くいうとおバカな感じの子だ。物怖じしない好奇に満ちた目でこっちを見ている。どちらかというと苦手なタイプだが、こちらもとても可愛いので困る。

 美幼女に囲まれる美少女、その脇を固める美女とか、顔面偏差値インフレ起こし過ぎてて辛い。なんか空気まで美少女オーラに満ちてる気がする。すーはーすーはー……

 

 そんなトリップをしてる間に湊が挨拶を終えてこちらを眺めていた。

 

今宵?

はうっ……、黒音、今宵……す

二人は俺の仕事の同業者だ。失礼のないように

はい」「はーい

 

 どうやらバッドタイミングだったようで、お泊りは難しそうだ。湊もそれは承知しているようで、自分の家に私が泊まりに来るから、そのついでに寄ってみたと告げていた。

 

お二人ならいつでも歓迎ッスよ♪ 夕飯まだでしたら食っていきますか?

そんな、悪いですよ

プリムラ、ご飯足りる?

少々おかずが足りないかと

おっしゃ。んじゃあ、俺がなんか作るよ

 

 そういうと手慣れた様子でエプロンを付けて台所に立つ莉姫。プリムラさんは、よそったおかず(唐揚げとかフライ)を皿に並べ直し始めた。

 

豚の生姜焼き、食べれるよね?

 

 冷凍庫からお肉を取り出しつつ彼女が聞いてくる。

 お肉ならドンと来い!超常現象、って感じで頷くとレンジで解凍を始める。その間に少ないであろうキャベツの千切りを軽やかなリズムで作り上げていく。

 

本当に料理出来るんだね

……やらせじゃなかったんだ

 

 そう呟いた声をプリムラさんが聞いていたみたいで、こちらに聞こえるように言ってきた。

 

お嬢様は殿方の好きな料理が得意ですよ

 

 逆に繊細な料理はあまりやらないらしい。そこから私はなんとなく推測できた。

 

……アイツのために作ってたのか

 

 海外に行く前はこの家政婦はいなかったらしい。

 つまり、奴の食事を作っていたのは彼女にほかならない。

 

 やべえ。

 甲斐甲斐しく尽くす女の子とか、めっさストライクやん。ワイの好感度をどこまで上げれば気が済むんだこの子は(勝手な妄想乙)

 

 その様子を見ていた瑠莉が、ちょこちょこ動いてお皿やらお箸やらを用意を手伝う。

 

 ちなみに万里花の方は、手元の携帯ゲーム機(スナッチ)を弄っている。お、『丸尾カート8DX』だ。私が見てると「やる?」と聞いてきた。

 

 おう、やらいでか。

 私は鞄から自分のスナッチを出してローカルで繋げると対戦を始めた。

 

 加速のいいヘイボーで突き抜けるように飛び出す。ほら、恥ずかしがりやだしさ、顔出したくないじゃん。

 対して万里花はやや重めのライだ。あっという間に距離が広がる。勝ったなこれは、ガハハ(フラグ立て乙)

 

おー、なかなかうまいなー、こよい♪ でも

 

 おわっ、いきなりイカスミきたっ!

 ふっふっふっ、しかしこちらも丸カは伊達にやってない。これくらいで……あれ、なんか抜かれたな? ちょ、待てよぉッ(キムタク感)

 

 アカこうらを投げると、トリプルアカこうらで防がれる。サンダー使ったらうまいことスターで無効化しやがった。あっという間にゴールされてしまった。

 

まだまだだなぁ、よい♪

あ”、接待プレイなんだが?

まけおしみとか、ぷーくすくす♪

やったろうじゃねぇかあ、このガキ。それとその頭一文字抜いた渾名はやめろっ、ブーメランされてる気分だ

きれやすいとしごろだなぁー、にゅうさんきんとってるかぁー?

コイツ、死なす(笑)

 

 ちなみに湊が残念な子供を見るような目で私を見てきたけど、それは無視する。

 

 この今宵! 戦いにおいて情をかけることは一切せんぞぉあっ!(周りは見えてない)

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

ごめんね、なんかむきになっちゃって

 

 私はプリムラさんの代わりに調理の手伝いをしていた。その位置をさらりとゆずる、良く出来た家政婦さん。私の家にも姫穣(いとこ)の家にも、ここまで敏い人は居なかった気がする。

 

万里花の遊び相手をしてくれて助かります。遊びたい盛りなんで、ちょっと疲れるくらいでw

はい、莉姫。おさら

さんきゅー、瑠莉も遊んでていーんだぞ?

んーん。お料理、見たいの

そっか。次からはやってみるか?

いいの?

りーさんの妹なら素質はあるだろうし。出来て困る事はねーからな

やった♪

 

 トングで千切りを分けながら、そんな姉妹のようなやり取りを眺める。親戚と言ってはいたけど、そのあり方は私と姫穣のような関係ではなくて、もっと近いようだ。

 本当の姉妹のようであり、莉姫はその年に見合わずに良い姉であるらしい。

 

瑠莉ちゃん、おいくつなの?

 

 莉姫に聞いたのだけど、その側にいた瑠莉か十歳と答えた。大人しそうに見えて、意外と人見知りとかはしないみたいだ。

 

あっちも同い年ッス。ほら、熱いから気ぃつけろ?

りょーかーい

 

 皿に盛った豚肉の生姜焼きが、香ばしい匂いを放つ。このくらいの子供にはたまらないだろう。

 かく言う私も、その匂いに抗うのは難しい。

 お泊り配信の際に料理をしようとしてはいたのだけど、何やかやで準備できず。コンビニかお弁当屋さんの弁当で凌ごうと思ってたのだから。

 

 ダイニングは広いのだけど、流石にテーブルには全員座れない。なのでプリムラさんとダマスケナさんは居間の方で食べる事になった。

 

おいしい♪

プリムラは揚げ物も上手いんだよなー

 

 満面の笑みを浮かべて魚のフライを口に含む彼女。作った本人は向こうで妹さんと何か話している。目の前では小さな少女たちがうまーうまー、と言いながら食べている。万里花は元気よく、瑠莉は淑やかに。

 

 隣を見ると、最初警戒していたのが嘘なようにガツガツと食べる今宵がいた。唐揚げよりも生姜焼きがお気に入りなようだ。だけど、野菜の方に手が出てないのは頂けない。

 

今宵、ちゃんと野菜も食べなさい

んが? た、食べてるよぅ

ほんのちょっとじゃない。瑠莉ちゃんもちゃんと食べてるんだから、食べなさい

ま、まりーは全然食べてないじゃん!

まりーをひきあいに出すとは、よいはズルいやつだな?

二人ともちゃんと食べろよー。年取ると身体壊すぞー

 

 二人の言い争いに介入する気も無いような注意をする莉姫。まるで事なかれ主義のお父さんの様である。

 

くす

え、どうかしたっスか?

ううん、なんでも

 

 大丈夫と信じたからこそ彼女の父は海外に行ったのだろう。彼女にはそれだけの愛が注がれていたに違いなく、その結果として彼女はお父さんのような振る舞いしているわけだ。子供は親に似るというのは間違ってない。

 

 話題としては悪くないと思い、聞いてみる。

 

お父さん、ちゃんと連絡きてる?

あ、はい。まあ……

 

 なんとなく言いづらそうな感じだけど、そこに今宵が割り込んできた。

 

こないだ来てたらしいよ? 六花ちゃんから聞いた

そうなんだ。ご挨拶したかったのにな

は、はは。来てもすぐ帰っちゃうんですよね……

 

 少し慌てているようで視線が泳いでいた。そこを今宵が目を光らせた。

 

そういや、アイツと一緒に寝てるんだって?

えっ?

 

 そんな話は初耳だ。

 あ、でも子供の頃から一緒だとあり得るのかな? いきなりな爆弾発言に驚くが、彼女の方は冷静に返す。

 

え……んなわけないよ?

だってママ……お母さんから聞いたもん。電話で話した時に近くから声がしたって。寝てた時にかけたんだから、近いって事は一緒に寝てたって事だよね?

こ、今宵? 食事時の話じゃないでしょ?

 

 雲行きが怪しくなってきたので止める事にする。子供がいる前でする話じゃない。少し考えるような仕草のあと、莉姫がぽつりと呟く。

 

あ、あのとき……そっか、アイリスか

 

 ん?

 アイリス? アイリスというと配信中にお仕置きをするという人だよね?

 なんでその人が、彼女のお父さんと?

 私の疑問をよそに万里花が会話に入ってきた。

 

おー、れきとならいっしょに寝てるぞー

ま、まりー!?

私も、だよ? 泣いてたら、一緒にねてくれたの

 

 すぐ隣の莉姫の服の袖をきゅっ、と掴む瑠莉。その自然な仕草に、莉姫の視線も穏やかなものになる。

 

 なんとも温かいやりとりに、少しだけ羨ましく思う。

 母と一緒に眠ったのはいつぶりだったか。その安心感はなにものにも替えがたいものだった。

 

 

 

 

 

 

 ご飯を食べてすぐお暇する事にした私たちだが、配信をしようとしても何だか落ち着かなかった。

 

 空気に当てられたというか。

 配信でいつものような会話が出来そうになかったのだ。

 そう今宵に伝えると、彼女も別にいいよと答えてくれた。彼女的には莉姫の家に泊まれなかった段階で構わなかったのだろう。

 

 

『体調がすぐれないので、今日は中止にします』とつぶやいたーに書き込み、マネージャーに連絡する。

 その間にお風呂に入っていた今宵だけど、その様子はそのまま借りてきた猫のようだった。

 

 

 

あの子たち。もう寝たかな?

十一時じゃもう寝てるわよ。だいたい莉姫ちゃんだってまだ中学生なんだから。夜更しはしないわよ

そうだね

 

 布団の中で、そんな話をする。

 あのアットホームな家を訪問したせいか、いつものがっつくような素振りも見えない。

 

 さらりと髪を撫でると擽ったそうに顔を埋める。やっぱり猫ちゃんそのものだ。

 

ああいう家に、生まれたかったな……妹がいて、お姉ちゃんとして頑張って。お母さんもいて

それでお父さんは海外赴任でいないのね?

そのほうが楽だし♪

言えてるね

 

 あり得るべくもない妄想を垂れ流す。

 それでも語るときは気持ちいいものなのだ。

 

 名家の傍流に生まれ、堅苦しい育ち方をした私。

 生まれついて片親で寂しい幼少期を過ごしたこの子。

 

 聞く限りはあの子だっていい育ち方はしていない。むしろ私たちより波乱に満ちたような感じもする。

 

 だとすれば。

 

 その答えはやはり、その父親にあるのではないか。今まではあまり気にしていなかったけど。

 

 従姉妹が気にしていた理由が少し、理解できた。

 

 

 いつの間にか眠りについた黒い子猫の髪を撫でる。今宵の体温が私を慰めてくれているようだった。

 

 

 




 なお、その頃の莉姫宅
「く、苦しい……」
「にがさねーぞ……ぐぅ……」
「……すぅ、……すぅ」

 莉姫の頭にしがみつく万里花に苦しむ莉姫。お構いなしに抱きつく瑠莉。天国のように見えて辛い状況だったりする(笑)


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42 あたらしいせいかつ

 瑠莉視点になっております。


 夜中にふと、目を覚ます。

 抱きついて眠るのは昔からそうしてきたからで、それが誰であれ抱き枕のようにしてしまうだけ。

 

 この人もその一人である。

 頭にしがみつくまりーに苦しそうな声をあげるけど、やめさせるわけでもなく眠り続けている女の子。

 

 私の姉、悠里よりも年の若いこの人が、今の私の親の代わりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは……どこですか?

ここは私の家。若狭おじさんから君を預かったんだ

 

 

 若狭とは私の名字。つまり、この子は私のしんせきなんだろうか……そういえばいたような気がする。あんまり会わないけどお正月に見た覚えがあった。

 

 私はすこし落ち着いた。

 たしか、おじさんはこよみさん。

 お父さんよりは少し若いひとだ。

 

りーさんのこと、思い出してた?

そうだ。りーねぇは、どこですか?

りーさんとおじさん、おばさんはもう外国に行っちゃったよ。今頃は飛行機の上かな?

そうだっ……け?

 

 そういえば、そうだった。

 姉の悠里は両親と一緒に外国に行くと言う話だった。

 私も行きたいとグズりまくったんだけど、私にはとても危ないと言って親戚のおうち、つまりここに預けられたのだ。

 

 何があぶないのかよく分からないけど、両親や姉が悲しむのは見たくはない。イヤイヤながらに分かったと言ったあと、与えられた部屋に戻って泣き続けた。泣き疲れた末に眠ってしまったのだと気付いて、少し恥ずかしくなった。

 

 月に一度は姉が連絡してくれる。

 その約束を支えになんとか頑張って生きるんだ。

 姉の歳は十七歳だから、あと七年たったら両親の側に来ても構わないと言われた。

 

 なら、がんばるしかない。

 

私の名前は莉姫(れき)。殿田莉姫だ

 

 理想の姉よりも少しこどものその人は、そう名乗った。とてもかわいいひとだ。さらさらの長い髪は一本に纏めて前に流している。りーねぇも時々やっている。

 

 そんな彼女の目を見ておどろいた。

 外国の人のように青いのだ。

 日本語がすごくじょうずなので気付かなかった。

 

 おどろく私のそばで、くかーというマヌケなねいきが聞こえた。見てみると、私の一番の友だち。万里花が大口をあけて寝ていたのだ。

 

 幸せそうなねすがたに、すこしイラついたのはナイショ。

 

ところで、なんでまりーも居るんですか?

実は千寿さんの所も同じ国に行くらしいんだ。だからウチで預かる事にしたんだ

 

 そうなんだ。

 まりーのおうちが何をしていたのかは知らないけど、うちと同じようなお仕事とは思わなかった。

 

二人一緒なら、寂しくはないでしょ?

 

 たしかにそのとおりだ。

 よく分からない所に住むのはやっぱり怖い。

 でも、まりーが一緒ならたぶん大丈夫。

 彼女とは親友なのだから。

 

 なので、お寝坊なまりーを起こす事にする。

 ぺちぺちと叩くと「んあー?」と言いながら起きてきた。

 

るーはらんぼうだなぁ。りーねぇみたくやさしくおこしてよ

りーねぇだって私には厳しいんだよ?

そうなんか? りーねぇ、ねこかぶりかぁ

……ねこさんかぶるの? かわいそう

あー、ほんもののねこじゃなくって……おい、れきー。どういうことなんだ?

 

 まりーはぜんぜん気にしないように莉姫さんに話しかけている。人見知りしないとは思ってたけど、こういうところはすごいと思う。

 

 そんなふうに聞かれた彼女は、にこにこしながら答えてくる。

 

“猫を被る”っていうのは、本当の自分を隠すときのことわざだよ

かくす?

ことわざ?

そ。なお、私も猫を被っています♪

えー、そうなの? 猫さんどこ?

 

 自分で本物じゃないって言ってたのに。

 まりーは彼女の周りを調べ始める。

 莉姫さんがコホン、と言ってから私たちの寝ていたベッドにごろんと横になった。

 

あー、もー。女の子っぽい言葉ってホント疲れる。もーや、やってらんねー。俺ももっと寝てたいよー、ぐだぐだしたーい、勉強めんどーい

 

 さっきまでのおすましお姉さんから一変して……とてもだらしないお姉さんになってしまった。まりーはというと「おー、オレもオレも」と一緒になって横になっている。

 

も、もー。朝なんだからしゃんとしなくちゃだめーっ! れきもまりーも起きてー

 

 いつもの習慣というのは、カンタンには抜けない。朝の九時を過ぎてお布団の中にいるなんて、風邪でお休みしたときくらいだ。お休みの日でも、そのくらいには起きてお布団を畳んでしまうのだから。

 

 そんな怒っている私を放って、莉姫はよいしょっと起き上がる。

 

あははーっ♪ 以上、実演“猫を被る”でした

 

 ニッコリ笑ってまりーも立たせている。

 よく分からないけど、最初のときよりもずっとやさしく感じた。

 

さ。朝飯にしよう。プリムラの料理は旨いぞぉ

 

 

 

 

 

 プリムラというのが家政婦さんなのはそのすぐ後に分かった。外国の人が家政婦さんだとか、ここのお家はとてもお金持ちなのかもしれない。

 

 出された朝のご飯は、ご飯にお味噌汁、卵焼き、お魚、納豆、お漬物に海苔など。ほとんどうちと変わらない。

 

 まりーはうめーうめーと食べてるけど。

 あんまり食欲は無かった。

 プリムラさんも莉姫も、無理強いはしてこない。

 なんだか悪いことをしているみたいな気分だ。

 

食べたくないなら別にいいよ。一回食べなくても人は平気だから

 

 突き放されたような言い方が気になったけど。

 でも、何も言い返せなかった。

 

 りーねぇだったら、そんなこと言わない。

 そう思っても言えなかった。

 

 

 

 

 

 お昼までの時間にやることは特にない。

 莉姫は、御用があると言って出掛けてしまった。

 

 そんなわけで、まりーにくっついて家の中の探検に出発した。

 

 このお家は部屋が四つある。今の私たちがいる居間、さっき寝ていた客間、莉姫と今はいないお父さんの使っている部屋、それとダイニング。他にはトイレと、お風呂場もある。

 

 どこもうちと比べて広くて、とても驚いた。お風呂場なんて浴槽もすごく広くて、私たちが全員で入っても問題ないくらいだ。

 よく考えてみるとさっきのお部屋も広いし、居間に置いてあるテレビだってすごく大きい。

 

 家の中を探検していると、もう一人の家政婦さんと会った。

 

おはよー。ダマスケナっていうんだ

だ、だますけなさん……?

じゃあ、だまちゃんだなー

あらー、ありがとう♪ あだ名で呼ばれるなんて光栄だわー

 

 朗らかな感じがプリムラさんと違う。

 ちなみにまりーはプリムラさんの事をぷりちゃんと呼んで睨まれていた。それからあとは「ぷりむらさん」と敬語で呼んでいる。

 

 プリムラさん、怒ってないと思うんだけど、まりーには怖く感じたんだろう。

 

 お掃除の最中だったので居間に行っていてね、と言われたので居間でテレビを見ている。

 番組はあんまり変わらない気がする。

 そう言うと、まりーが当たり前だと答えた。

 

とうきょうなんだから変わらないよ。今日はにちようびだから……あー、おめんどらいばーおわっちゃってる……

日曜日だったの……

 

 昨日は月曜だったような気がするんだけど……気のせいなのかな?

 大人になると時間が早くなるっていうから、私も大人なのだろうか? それならみんなに付いて行きたかったな……そんなことを考えてしまう。

 

まりーは、お父さんやお母さんから離れても平気なの?

んー? へーきじゃないぞ。さびしいし、会いたいよ

 

 よかった。

 万里花もそうだったんだ。

 

 自分だけがそう思っている弱虫なのかと。

 

理由があったから置いていった。ここは安全で安心できるところだから。だから、あたしはとーちゃんとかーちゃんの言ったことを信じて待つんだ。なんて言ってたかは忘れちゃったけどな。ははは♪

 

 あっけらかんと答えているまりーが羨ましい。

 わたしもそうは思っている。

 

 でも、何かがひっかかる。

 

 なんで安全とか、安心とか言うのか。

 なぜ、わたしやまりーを連れて行ってくれなかったのか。

 そんなに危ないところなら、行かなければいいのではないか、と。

 

 まだ子供だから、うまく答えが見つけられないけど。戻ってくるまでには分かるようになりたい。

 

 

 

 

 帰ってきた莉姫は、プリムラとは違う人と一緒にいた。とっても美人なお姉さんはフェティダという名前だ。

 

あらあら、本当に可愛らしい♪

 

 私が挨拶をすると嬉しそうに笑い、しゃがんで抱き寄せてくれた。

 

 いい香りがする。

 

 でも……なにかちがう。

 お母さんでもなく、りーねぇとも違う。お父さんのゴツゴツした腕とは全然違った。

 優しくてきれいだけど、なにかがちがう。

 やっぱり、家族が一番いいな。

 

 

 

 

よっし。んじゃあ、お昼ごはん作るどー♪

あの……宜しいのですか? 本当に

ああ。夕食は頼むから

 

 なんと。

 莉姫は、自分でお料理をするらしい。

 私たちよりは年上だけど、それでもプリムラさんやフェティダさんに比べれば子供のはずだ。

 

 でも、すぐにそれは間違いだとわかった。

 玉葱をみじん切りにしたり、人参の皮を剥いたり。すいすいと包丁を使っていた。あれなら危ないからとは言われないだろう。

 

 まりーは他の人たちとゲームをして遊んでいたけど、私は莉姫の側でずっと見ていた。

 

遊んでていーんだぞ?

んーん

 

 挽き肉と玉葱とピーマンのみじん切りを混ぜ込んでいるのを見ながらそう答える。

 

 ゲームもいいけど、私にとってはお料理のほうがよっぽど面白い。りーねぇのやっていたように、いつかはなりたいなぁ……

 

 人参や玉葱は皮を剥いていたのに、じゃが芋だけはちょっと小さめのたわしでゴシゴシと洗い始めた。

 

 

たわしでお芋洗うの?

一緒に蒸すと美味しいんだよ

皮も一緒に?

皮がついてると美味しさが抜けづらいんだ。これにバターと醤油だけでも旨いぜ

へえー

 

 お芋を蒸し始めてから、彼女は玉葱の皮とか人参の皮なんかを洗い始めた。捨てちゃうのになんで洗うんだろう? すると、冷蔵庫から同じような野菜のクズを出してきて、お鍋に入れてしまった。水を入れて火をかける。

 

なんで、捨てるところを煮るの?

ん? ああ、これ? これは野菜のお出汁だよ

やさいの……おだし?

 

 お出汁は知ってる。おみそ汁とかに入れる粉末のだ。

 

お味噌汁でもいいけど、お鍋とかスープでも美味しくなるんだ

 

 そう言いながら、今度はさきほど混ぜてたのを小分けにしてパシンパシンと手の平に打ちつけてる。ハンバーグを美味しく作るコツだとりーねぇも教えてくれた。

 

お、意外とうまいな

 

 私とまりーの分を作ってみる? と聞かれたのでうんと答えた。手を洗って小さなエプロンを付けて、言われたとおりに手の平に投げて、その繰り返し。なんだかちゃんとお手伝い出来ている気持ちになって少しうれしい♪

 

なんでこうするのかは知ってる?

中からこわれちゃうのをふせぐため、ってりーねぇは言ってた

さすがりーさん。しっかりしてる

 

 りーねぇの事をほめてるみたい。

 私がほめられたみたいで、なんかへんな気分。

 くすぐったくて、なんだか恥ずかしいに似てる。

 

 ハンバーグを焼き始めた所でお鍋の蓋を開ける莉姫。火を止めたのに開けなかったのはなんでだろう? 菜箸で器用にお皿に取り分けていく。

 

 蒸したお芋はとってもいいかおり。今まで食べてきたお芋より美味しそうに見える……うれしいのに少しだけ悲しく感じた。

 

 一緒に食べる家族が居たのなら、もっとよかったのに。

 

ちょっと食べてみ?

 

 莉姫が小皿に小さなのを取り分けてくれた。

 冷蔵庫からバターの入ったタッパーを出してさっさと一口大に切り分け、お芋の切り込みに差し込む。じわじわと溶けていくバターの上から、ちょろちょろっとお醤油を垂らす。

 

はい。味見

 

 お箸を持って切り込みに沿って差し込む。ホロリと割れて、そこからも美味しそうな香りが出てくる。ひとつまみつまんで、口に入れる。

 

 あつい。でも、やけどするほどじゃない。

 最初に取り分けていたから冷めるのも早かったんじゃないかな? お鍋から出した時から私に味見させるつもりだったのかもしれない。

 

……おいしい……

朝食べてなかったからお腹空いてたろ? すぐ出来るから。あと

 

 莉姫がそう言ってしゃがんできた。

 目を合わせると、その瞳がよく見える。

 とってもきれいな青色の目は、見慣れてないのに怖くない。

 

まりーにはナイショだ

 

 ぱちりとウインクしてのひとこと。

 

うん。ないしょ

 

 まりーはちゃんとご飯食べてたし、わたしはこれくらいいいよね。大事な友達に心の中であやまる。

 

 

 

 

 しばらくして出来たハンバーグは、とてもおいしかった。私とまりーのハンバーグは私が作ったやつだ。付け合せのお芋と人参もおいしかった。

 

 まりーは相変わらず野菜に手をつけなかったけど、私がもらうよと言って食べるのを見てたら、「わたしもたべるっ」と言い出した。フェティダさんやプリムラさんが笑いながら分けてくれた(ハンバーグも分けてもらっていた。ちゃっかりしてる)。

 

 

 

 

 莉姫が自分の分のハンバーグを分けて、私のお皿にのせてくれる。

 

おてつだいのお礼♪

ありがとう

ん♪

 

 

 

 

 家族とは一緒に居られないけど。

 この人たちとなら平気かもしれない。

 とおい空の下にいるりーねぇと両親に、「わたしはげんきです!」と言いたかった。

 

 

 




 幼女言葉難しいッス。どこまで漢字でどこからひらがなにしたらいいのかすごく判断に迷うです。
二人は一応記憶の改竄をされてますが、本人の名前と両親や姉との記憶は消しませんでした。そのあたりは次のネタになりますので。


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43 あるてまの観測者

 ただ見るだけの人……ならいいんだけど。
 観測者というと大抵、口は出すわ手は出すわ。
 そんな厄介な存在との邂逅です。


そんじゃ、またなー

いってきます

 

 一人は元気よく、一人は楽しげに別れの挨拶をする。俺も手を振って二人の手を取るフェティダに「宜しくね」と、声をかけた。

 

はい、畏まりました。と、と、まりーちゃん? 引っぱっちゃだめー

ほらほら、はやくいこー

ふふ♪

 

 万里花に手を引かれるように、フェティダ達が離れていく。

 今日はチビたちの転校手続きのためにフェティダが来てくれた。人数のためタクシーを使っての通学になったけど、朝のこの辺りはなかなかに交通量が多いので時間がかかった。お陰様でこっちは遅刻間際なので別れたところで走る羽目になった。

 

はっ、はっ……

 

 学校指定のカーディガンを着ているため、寒くはない。むしろ今は少し暑いくらいである。季節はすでに初冬のようで、街路を彩る木々は模様替えを済ませている。もう暫くすると葉っぱはきれいに無くなって、寒々しくなるな。

 

 別れたのは初等部の辺りなので少し距離が離れているのだ。山百合女子学園初等部は幼稚舎と併設されていて、高等部と中等部のある辺りとは駅を挟んで反対側になる。

 

 すでに通学時間帯ほぼアウトなので、同じ格好の子どもたちは見当たらない。あの学校はお嬢様校なので遅刻ギリギリに滑り込むような不心得者はほとんどいないのだ。

 

 通学路を走っていると、前に変わった服装の女性が立っていることに気が付いた。

 

「……」

 

 通り過ぎざまに声をかけられた。

 反転して振り返ると、そいつはゆっくりこちらに向き直り、見つめていた。

 

いま、なんつった?

……少女のフリをする子……そう言ったけど?

 

 ワカメのような前髪の隙間から見つめている瞳は、俺のように青い。そいつは淡々とそう呟いてから、通学路の側にあるベンチを見た。

 

……わたしは終理永歌……時の狭間から俯瞰する世界の観測者……異なる世界から来た少女との語らいを求めたい

 

 そいつはあるてまのVtuberを名乗ってきた。

 無視をして学校に行きたいのも山々だが、どうにも気になる。

 

今んとこ無遅刻なんだけどなぁ

 

 そう呟くと、女性は首を傾げてくる。

 

……イヤならいいけど?

待っててくれると助かるな。出来れば学校終わってからで……いや、いいや

 

 よく考えたら学校終わっても暇はない。

 二人の面倒があるし。

 それなら遅刻しても今にするべきだろう。

 

それで、なんの用だい? 終理永歌?

 

 そう答えると彼女は薄く笑った。

 人の感情というものがかなり欠落した笑い方だった。

 

 

 

 

 

 

 

……?

 

 自動販売機で買ったおしるこの缶を、彼女はしげしげと見つめている。あけ方が分からないのか? 自分の方を開けて見せると、それを真似て開けていた。少し笑っているのが印象的だ。

 

まるで初めて缶を開けたみたいな感じだな

 

 ぐびりと傾けながら言うと、彼女もそれに倣う。口に入ったおしるこが熱かったようで、口を離して目を白黒させていた。

 

あつい……これが熱い

 

 変な人だな。

 最初の印象からそう思ってはいたけれど、今の様子から決定した。こいつは人間ではない。

 

なんで終理永歌の姿なん?

……今のわたしは、彼女に依っているから

依っている?

 

 言っていることがイマイチ理解しづらい。

 この姿は間違いなくアバターの終理永歌そのものだ。中の人は知らんが、その人では断じてないと思う。

 

わたしは世界を観測するもの……だから彼女の在り方に寄り添い、依り付いた。彼女の概念が今のわたしを創り上げていると考えてくれて構わない

……今度は世界の観測者か。情報統合思念体の有機インターフェースってところ?

 

 ますますハ○ヒっぽくなってきたなと思ったが、彼女は首を傾げている。違うのか。

 

……君に接触した理由は、あまりに不可解な存在だから

言葉通りに受け取ると、あんたが言うなって感じだがね?

 

 鏡を見て言ってくれ。

 甘いおしるこが口の中を温める。

 

疑似空間へ取り込んだところ、あっさりと脱出。その際に空間を実体化させて当該空間の人間を転移させた。不可解かつ興味深い存在として接触を試みたところだ

なんの話か、さっぱ分からん。も少しかみ砕いてプリーズ

……がぐオルというゲームの件、といえば分かるかな?

 

 俺は咄嗟に警戒態勢に入った。

 目下一番の懸念材料だからな。

 あの事件の関係者なら是が非でも情報がほしい。

 彼女はこちらを見ると攻撃は止めるように言った。

 

直接的な攻撃はやめた方がいい。この身は華奢なので君の力には耐えられまい。そして私自身はなんの痛痒も感じない。さらに君は情報を得られない。双方に得るべきものは何もない

 

 あの体は操られているだけで、今喋っているのは別というところか。物理的な手段しか持ち合わせない身としては、手を上げるしかなさそうだ。こちらを攻撃する様子もないし、話を聞くだけにしておこう。

 

 ポケットに左手を戻し、右手の缶を傾ける。

 粒が残るから少し回さないといかんのよね。

 

ほんで? あれはなんだったん? 嫌がらせにしちゃあタチ悪かった気がするけど?

 

 軽く睨んでやると、コイツも缶を回している。けど、あんまり飲んでないのに回してるから汁粉こぼれてるんだが? 危なく制服に付きそうだったので急いで離れた。

 

あぶなっ 回してんのは粒が下に溜まって飲めなくなるからだよ! 半分も飲んでない内から回すなっ!

……作法なのかと思った。先に説明して欲しい

 

 スカートについてないか確認してからにらみつける。わりと殺気を込めたのだけど、顔色は変わっていない……いや、身体が震えてるな。

 

身体の持ち主が耐えられないので威圧は止めてほしい

人様に迷惑掛けたんだから少しくらい苦労したらどうだ?

その件については謝罪する。だからまず話を聞いてほしい

 

 ……まあ、こうしていても意味ないしな。

 少し席を離して座っておしるこを飲む……あ、下に残った。

 

そも、あれは実験だった

じっけん?

然り。電脳空間に君を引き込み、身体を奪うという計画に賛同し、私が行った実験だ

さらっと最低なこと言ってやがるな……

 

 やっぱなぐりてぇ……

 

私がしたのは電脳空間への引き込みだけだ。電脳空間内で魂と肉体のリンクを解除して己の魂をその肉体に容れる。通常空間で行うよりも容易に魂の入れ替えが出来ると彼は考えたらしい

 

 彼と言ったな……計画したのは男か? 人外の類でなければ性別はあってもおかしくはないけど……

 

しかし、彼は知らなかった。君の中にもう一つの魂があるということをね

……そこまで知ってるのか

聞こえているかい? アイリス

聞こえてるわよ、ばけもの

……なんと言ってるかね?

そこは分かんねぇのか……

 

 いまいちシリアスになりきれないなぁ……伝えてやると彼女は頷いた。

 

然り然り。わたしは人ではないからばけものに相違ない。しかし、君とて同じだろう?

 

 薄く笑う瞳がこちらを伺う。

 その目に光るのは好奇の視線だ。

 研究対象を見て心をときめかせる、研究者のようだ。

 

一人の身体に二つの魂など、凡俗の徒には分かるまい。そも成功などするわけもないのだ。故に君らに危害が加わる事は無いと確信していたので計画に加担したわけだ

最低なことを楽しそうに言うんじゃねぇよ

 

 ──こいつはロクな奴じゃない。

 

 計画した奴の事をバカだと罵っている。

 マトモな人間ならそんな事に関わる筈もないのだ。

 なのにコイツはその計画とやらに乗った。

 その行動の真意は、おそらく興味だろう。

 何が起こるか分からない。それを見たいだけだったのかもしれない。

 

面白い……そうだな。それが正しかろう。わたしは面白さを求めて君たちを電脳空間へと落とした。そしてそれは期待通りだった

 

 髪の隙間から見えていた瞳に光が宿るのが分かった。

 表情も顔色も言葉も変わらないのに、目だけは爛々と輝きに満ちている。

 

疑似空間に実体化した世界が構築され、君たちや他の者からも観測された。あのゲームの元になった漫画や他のゲームなどの情報を取り込みまくり、君たちの魔力と演算と、術式によって形造られた小宇宙だ。その場にいた者は自らを仮想の者と思わずに、実際に血や肉を帯び、その命の、魂すらも与えられた。それは正に、創造主のなせる業だよ。限定的とはいえ、ね

 

 長文を一気にまくし立てる終理永歌。

 熱く言うわけでもないのに、その熱量はかなり強い。

 

私の眼に間違いは無かった。あの世界を観る事が出来ただけでも僥倖だ。わたしはね、とても感謝しているのだよ。人ではないとしても、神ならざるものが世界を構築するという偉業を成し遂げたということに

ちょっ……近い!

 

 すぐ側まで近くにいて、覆い被さるようにこちらに熱い視線を送っていた。あまりの熱意にひいた瞬間があったのは確かだけど、ここまで気づかない間に踏み込まれた事は初めてだ。

 

 どうどうと押さえて距離を離す。

 

この身体の胸部に興味があるのかい? 中の者が慌てているので出来ればわたしがいなくなった後にしてもらえると助かる

おわっ! わ、わりぃ

 

 押さえた所はわりとボリューミーな部分だった。

 僅かに顔が赤らんだのは中の人のせいかもしれない。

 ゴメンなさい、中の人。

 触るつもりはなかったんやで。

 

世界の構築って言ってたけど、つまりあの世界は実在する世界になってしまった、ということなの?

 

 頭の中でアイリスが問うのでそう聞いてみる。

 

まさにその通り。血が流れる体を得て、意思を持ち、魂を宿すものが生きる世界だよ。もっとも、今は死者の方が多いかもしれないがね

 

 あの世界は『かれら』と化した死者が跋扈している。その事で揶揄するとは趣味が悪い。

 アイリスは認められないらしく否定的だ。

 

そんなことは不可能よ。創造主でもあるまいし、世界を構築なんて……私達に出来るはずもない

 

 そう伝えると、彼女は諭すように話し始める。

 

世界が世界として成り立つのはある一定数の承認によって決まる。創造主はその圧倒的な存在故にただ一人で構わぬだろう。だが、より小さき者達の承認によってもそれは可能なのだ。そこにあると観測し、その世界を認める承認が存在の力を上回れば、その世界は実際の形をもって成すことができる。世界とは、観測され、承認されて成り立つものなのだよ

 

 えええ……?

 そんな簡単にポンポンと世界って出来るもんなの?

 

多数の人間により共有された世界は、いくらでも存在する。世界を俯瞰する目を持たないから、理解できないだけだ

 

 そんな絵空事を真に受けると思ってるのかね?

 

その理屈はおかしいだろ?

どうしてだね?

世界を創る工程に観測が必要なのに、観測出来ない世界が出来上がるのは筋が通らない

 

 矛盾と言わざるを得ない。

 しかし彼女はさも当然と頷く。

 

人は眼だけでものを見ない。心の中にも見る眼はあるだろう

それは空想だろ?

 

 そうぶっちゃけると、彼女は薄く笑った。

 

ここの人間は非常に興味深い。他の世界の人間よりも遥かに高い意思の力を持つのに、その力を信じようとはしないのだからな

 

 彼女が手を広げると周りが暗転し、様々な光景を映す小さな窓が幾つも浮かび上がる。さながら黒歴史のようだが、実際にガ○ダムのようなロボット、ウルト○マンのような正義の味方、仮面ラ○ダーのようなヒーローが怪人を蹴り倒し、魔法少女がステージで歌い踊るような場面が映し出される。

 

未だ人の目に観測されない、未熟な世界。人の思いによってそれらは幾らでも作られる。多くは実体を持たずに消えてゆく定めで、人の意思で仮初の形を得ているが、それは意思が無くなれば消えてゆく。泡沫の夢のようにね。世界にとって忘却こそが破滅なのさ

 

 ちょっと、理解が追いつかなくなってきた。

 つまり何か? 俺らの見る漫画やアニメの分だけ、世界が生まれているというのか?

 

人の目に観測された世界は、空想だけの世界より長持ちする。イメージが確固たるものになるからね。それでも実体を持つには至らない。萌芽にはなってもいずれ枯れゆく定めと言える

 

 それは当たり前の話だ。

 見るものが多い世界が実在するようになるわけがない。神の奇跡が垂れ流されているようなものだ。

 アーメンハレルヤ、ピーナッツバターな事が、そうそう起こるはずもない。

 

私もそんな事は有り得ないと考えていた。創造主の作る世界以外は存在出来ない、とね。だが、実際に世界は出来上がった

その、証拠は? 俺たちはあの世界にいたけど、高精度のVRのようだとも感じた。感覚だけでは実証にはならない

 

 そう言うと、分かりきったことを聞くなとばかりに笑う。

 

ふふっ、あの二人の子供がその証さ。君たちの検査でも、普通の人間だった筈だ

 

 そう言われれば頷くほかはない。抱きしめる事のできる体を持った、本当の人間だったのだから。

 

存在出来たのは、生きている人間がほとんど存在していない世界ゆえなのかもしれない。それでも君たちという存在が無ければ、ただ消えゆくのみの世界に変わりはなかった

 

 そこがどうにも分からない。

 

アイリス、と言ったかな? 君の構築した“アカシアの木”へと到る方法が鍵だったようだよ?

……何だ、それ?

……あなたの現象を治すための方法よ

 

 アイリスの声が少し苛ついていたような気がした。

 まるで言われたくない事を言われたような。

 

こちらの世界では“アカシックレコード”と呼ばれるものだ。フラウレーティアは花や植物に例えるのが本当に好きなようだね

 

 アカシックレコード。

 すべての事象を書き記したとされるものであり、当然のように存在するわけのないものだ。

 

世界の理を書き記したものに干渉する術式。そんな大それた力を使って何をするつもりだったのかな?

 

 そう言って、またも薄ら笑いを浮かべる。

 

まあ、今の私にはどうでもいい事だ。あの世界がどう進んでいくのかの方が興味深いからね

 

 さてと、と言って彼女が立ち上がる。

 

少々長話をしてしまった。そろそろお暇しよう

 

 そう言うと、彼女の身体からふわりと何かが飛び立つ。

 

 

 

丁重に扱ってくれたまえ。私と波長の合う珍しい子なんだ

 

 

 ゆらり。

 慌てて崩れ落ちる終理永歌を抱きかかえる。

 意識は失っているようだ。

 同時に、周りはいつもの街の風景に戻っていた。

 

 

 

 

……狐につままれたみたい

まったくだ

 

 

 朝の住宅街は閑散としていて、今でも不思議なアイツがいるような。そんな雰囲気に包まれていた。

 

 

 終理永歌だった人をそのままにするわけにもいかず、フェティダに連絡してすぱしーばの人間に回収してもらった。この時期にベンチに放置とかありえないし。

 聞きたいこともあるからね。

 保護という名目の拉致なのは目を瞑っていただきたい。

 すぱしーばから来たのはソルダムと女性職員の二人なので、引き渡してから俺は学校へと走った。聞き込みは学校が終わってからでいいだろう。

 

 

 

 

 

 ──ちなみに。

 俺は見事に遅刻になって反省文を帰りまでに提出しなさいと言われた。解せぬ。

 

 




 原作での終理永歌さんは不思議系でありながら実はおちゃめな人っぽい……こちらでもそうなのですが、取り憑いた『終理永歌』は、ガチな世界の観測者で勿論人間ではない存在です。
 本人も言ってましたが、似たような設定を使っていたVtuberに引き寄せられてこの世界に辿り着き、そしてwktkしながら現状を見ているわけです。


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44 こことは違う世界へ

 終盤に向けて展開が早くなっております。


ひゃ、ひゃい。終理永歌の中の人をやらせて頂いてます、黒井繍子といいますぅ

 

 気絶している間にすぱしーば内に拉致監禁されていた彼女は、外国人に周りを囲まれて涙目になっていた(カワイソス)

 

 俺の顔を見るなりゴメンなさい、ごめんなさいと謝ってきた。その様は雛○沢症候群のようである。

 

姫乃古詠未の中の人の殿田莉姫だ。早速だけど、朝方の会話を覚えているか?

はい……

なら話が早い。あれはなんだ?

 

 他の連中がいると怯えるので下がらせる。

 一応威圧感を与えないように応接室を使い、落ち着けるためにお茶も淹れた。だが。

 

ぴいっ、毒ですか? それとも自白剤?

ただの紅茶ですよ

お部屋の中もなんだか良い香り……はっ、まさかコレは気持ちの良くなるお香なのではっ

どんだけチキンやねん

 

 山盛り唐揚げ定食が出来そうなほどの弱腰っぷり。腹芸出来そうなタイプじゃないなぁ……

 

 

ほら、未開封のペットボトルのお茶だよ

うう……ありがとうございます

 

 涙目になりながらペットボトルのお茶を飲む彼女を横目で見ながら、俺は纏められた資料を流し読みする。

 

 

 

 

 黒井繍子。

 年齢二十二歳。職業はVtuber以外は無い。つまり世間一般で言えば無職扱い。

 高校2年の妹と、両親とマンションで暮らしている……て、ここ今宵のマンションじゃん。知り合いなのかな?

 

 

 高校卒業後、アニメ声優を目指して専門学校に入り、卒業してから斜陽のプロダクションに在籍。今のところ活動らしい活動はなく、Vtuberとしての活動がメインになっている。というか、Vtuber活動のせいで何も出来てない可能性すらあるな。

 

 

 動画の総再生時間が尋常じゃない。

 日割りにすると一日平均六から七時間くらいアップしている。総時間でいえばあるてまの中でもぶっちぎりだ。

 

 内容は……まあ、ニュースや芸能の雑談がメインでなかなかに面白い内容だが、いかんせん地味だ。自身のキャラを観測者というだけあって、自ら何かをするという事はほとんど無い。

 ゲームもしないし、歌もあまり歌わない(下手なわけではない。実際にあるてまカラオケ大会ではちゃんと歌っていたのだ)

 

 

 数少ない趣味の裁縫も、配信でアピールすることがない。この衣装も手縫いらしいが、かなり手間暇をかけて作られた物だと思われる。

 

戸羽くんと被っちゃうし……

彼とは方向が違うって。自分でここまで縫える人なんてなかなかいないッスよ?

 

 戸羽君の趣味の裁縫というのは、どちらかというと補修、つまり擦り切れた所を繕う技術であり、彼女とは全く違う。料理できて繕いものが得意とか、戸羽くん、オカンですかね?

 

 対して永歌のそれは被服の製作に特化している。自慢していいものだと思うのだが、彼女はそれでも消極的だ。

 

いえいえいえ、そんな。私なんてゴミ虫が自分のことをアピールするなんて無理ですよ

 

 どうも極端に自信を持てないタイプなようだ。そういや雰囲気が『わた○ん』のみゃー姉に似てる気がする。

 

妹さんは大好きですか?

はい♪

 

 即答だった。うん、知ってた(小並感)

 

今宵ちゃんとお知り合いになれたって喜んでて……私と違って、あの子はやれるんです。これで灰色の高校生活から脱出できると思うと嬉しくて……

 

 妹さんの偉業を誉めて感涙に咽び泣くところ悪いけど、あの今宵が親しい友人になるとかSSR一発引きよりハードル高いぞ? それに一緒のマンションに居て、高校まで同じなのに今更お知り合いって……ヤバ、涙が出てきた。

 

と、取り敢えずこの話はやめましょう。本題に戻るけど、あんたに取り憑いたアレは何なんだ?

 

 うっすら涙目で聞いてみると、彼女は俯いてしまう。話したくないのかな? ちょっと待ってみると、ポツリと呟いた。

 

本人は意識体だと言ってました

 

 配信している最中にアレが取り憑いてきたらしい。それは始めてから一月ほど経ったあたりだそうだ。

 

外に出る勇気のない私の代わりに、表に出てくれて……私にとってはすごい恩人でした

 

 ずっと取り憑いているわけではなく、一日の間に二時間ほど、一度離れると一日は戻ってこないらしい。つまり今日はもう来ないわけか。

 

その……害になったことは無いの?

あの人も基本的に眺めるのが好きなので。私の嫌がる事をしたのは、あの時だけです。本当にごめんなさい……

 

 そしてまた謝罪する繍子。常に謝っているイメージだけど、こういう処世術の人もたしかにいるのだ。

 

詳しく聞いてもいいか?

はい……あの人が中にいる時にDisRordに連絡があって……身体を操ってPCに凄い速さで入力してました。知識が無いのでよく分かりませんでしたが、その内にモニターが光り始めて……気が付いたら、古詠未ちゃんが小学校にいる画面になって

 

 おそらくだけど、すぱしーばの(ダマスケナとか)唱術を使った術式、もしくは似たようなものなんだと思う。電脳空間に引きずり込むとか言ってたし。

 

不思議なことを言っていたわ。『古詠未が分かれたのは意外だ。アバターだと思っていたが、コレも実体……古詠未はモブの中か』……なんの事か分からなかったけど

 

 ふむ……古詠未と暦がごっちゃになってて分かりづらいよな。

 

ゲームを眺めていたら、DisRordから『接触を弾かれた。すぱしーばの防壁をなんとかしてくれ』と連絡あったけど、『それくらい自分で対処しろ』ってすごく投げやりで。『余をなんと心得るか?』って言われても『知ったことか』と取り合わなくて……いけないと思っても笑っちゃいました

 

 気まずそうに、それでも笑みを抑えられないように繍子が笑う。ほんわりした雰囲気の優しそうな笑い方に、少し癒やされる。アイツとは別人なんだとようやく実感した。

 

その、計画に関しては事前には聞いてなかった?

本当に知りませんでした。いつも一緒じゃないので、居ない時に別の所で彼と接触してたんじゃないかな……と思ってます

 

 たぶんそれで合ってると俺も思う。

 それでも一応は聞いてみる。

 

彼が俺を狙う理由……なにか聞いてる?

彼は言わないし、あの人も当然のように教えてはくれなかった。でも、なんとなく予想は出来た。彼はあなたの身体を求めているわ

 

 そう言ってから、顔を赤らめて「あ、その。性的な意味じゃなくってね?」と、フォローしてきた。いや、そんな意味にとってないから安心してよ。

 むしろ言われてから気付いたよ(〃∇〃)

 

話は変わるけど、魔力とか唱術とか、聞いたことある?

あの人が言ってたのは覚えてる。『魔力があっても受容量が足りなければ高度な術式は使えない。だからこそ、あの子の身体が欲しいのでしょう?』って。あなたは……魔法とか使えるの?

 

 その質問には答えられない。

 彼女の側に寄って優しく首に手を回す。

 

え……あの、わたし、そっちのケは……

協力ありがとうございました

 

 くい。

 頸動脈を圧迫して気絶させる。毎回使っているけど、面白いように落ちるな。

 

一連の記憶は消していいのね?

カタギの人には踏み込んで欲しくないからねぇ。再度侵入に対する対策は出来てるのか?

それもバッチリ。少し異物が入るけど、精神汚染対策にはなるわよ

 

 何でも術式を封じた物を肌下に入れるのだとか。インプラントか。

 気を失った彼女をすぱしーばの女性職員に任せて、俺は部屋を出る。フェティダに後の指示をしようとしたが、報告を先にされてしまった。

 

異変がありましたので報告を

? 緊急っぽいね

ヴェンデッド=ハルキオンが王国の樹立を宣言しました

はあっ?

 

 ……余とか言ってたから彼だとは思ってたけど。

 これは、予想外だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プリムラに二人の迎えを任せて、俺とダマスケナはすぱしーば本部にいた。万が一の事があるから二人には家のPCは触らせないように厳命しておく。

 

シャットダウンして、電源抜いておいて

 

 まりーは一度スリープから起動させてるので心配なのだ。

 

畏まりました。お夕飯は如何しますか?

流石に戻れない。夜は添い寝をしてやってくれ。まりーはともかく、瑠莉がむずがるから

承知しました

 

 とりま家の方はこれでいい。

 家からこっちに来たダマスケナから報告を受ける。

 

ハルキオンVR王国樹立を宣言したヴェンデッド=ハルキオンは自身の王国民、要するにシンパの内から望む者に王国への転入を大々的に受け付けるとの告知をしました

……なんともファンタジーな王国だなぁ。マイン○ラフトとかでやるならただの番組だろうけど

報告によれば、現実に人が消えたそうです。建国王ハルキオンもあるてまのマネージャーからの報告では自室から消え去っていたらしく、PCは閉じたままだったようです

 

 つまりモニターやPCが出入り口ではないということか。

 

その王国とやらの情報は入ってないのか?

今のところ内部をモニターは出来ていません。あるてま側からの協力で得たヴェンデッド=ハルキオンのアドレスから辿ってはいますが途中で途切れてしまいます

途切れる?

アイツが絡んでいるなら、その王国とやらは電脳空間でない可能性が高いわ

仮初の世界か……

 

 世界の観測者……終理永歌に憑いていたものが関わっているなら、そうしたものもありえるかもしれない。

 電脳空間でないなら電子的な観測は難しいだろう。それが可能なら、俺らは『あの子達の世界』を観測出来ているのだから。

 

ハルキオン(あいつ)が王国に引きずり込むのはどうやってるんだ? まさか一人ひとり勧誘して歩くわけじゃないだろう?

 

 そんなマメな国王様はイヤだな。

 

 ダマスケナの報告によると、ヴェンデッド=ハルキオンのメンバーシップ登録から先着順のようである。メールが届いてそれにOKと答えるとその場で引き込まれる……軽くホラーな展開だ。

 

あるてまの職員やVtuberにも被害は出ているようです

マジか……

世良祭さんからの報告では、オフコラボ中に来宮きりんが消えたとの報告が運営にありました。かなり狼狽えていたようで、マネージャーはかなり難儀をしたそうです

 

 きりんさんが……あの人、ヴェンデッドの登録とかしてたのか。社交性の高い人だから、仲間も登録とかも普通にしてそうだからね。

 しかもオフコラボ中とか、世良さん大丈夫かな? 普通の一般人だから耐性なさそうだしなぁ。

 

彼のメンバーシップ登録は同じVtuberでは相葉京介、戸羽乙葉、我王神太刀、黒猫燦の4名が登録していて、現状連絡の取れるのは我王神太刀だけでした。メールの詳細も彼の報告でして

うおぉいっ! いま、くろねこって言わなかったか?

はい。間違いなくあの方です。お母上からの連絡ですでに取り込まれたようです

……なんてこった……

 

 変な悪運に魅入られてるとは思ったけど、ここでも引っかかるとは思わなかった。ちなみに『連絡しろ』とか『お前のせいだろ?』とか言ってるらしい。

 今回は俺は無関係……とは言えないけど、加害者ではない。そう言ってやりたいけど、話が長くなりそうだしなぁ。

 

フェティダ様が黒音女史に電話で応対しております。だんな様と取り次いで欲しいと言われましたが……

いや、いま話しても長くなるだけだ。あるてま側からの対応に従って、落ち着いて欲しいと伝えてやってくれ。それより被害の規模は?

概算ですが、約三百人程度かと思われます。これはメンバーシップ登録のおよそ三分の一に相当します

 

 ハルキオン民はノリがいいけど、流石に全員引っかかるなんて訳もないか。そう考えるとあるてまのVtuberの比率は高いな。お前らノリ良すぎだ、特に燦。やれやれとしか言えないなぁ。

 

 

 

 Vtuberでただ一人残っていた我王君と話して事情を聞く事にした。

 DisRordで彼を呼び出し、通話をする。

 

いきなり殿下のG○ailからだし驚いたよ。なんかのイベントかと思ったけど、忙しくてさ。あ、学祭とか興味あったりする? ウチのサークル超科学研究部っていうんだけど

 

 キャラを作ってない彼はどこにでもいる青年だ。こういう気さくな喋り口も嫌いじゃないが、今は少し控えてほしい。

 

琴線に触れるワードではあるけど、それどころじゃないんスよ。そのメールを転送して頂けませんか?

あ、ああ。いいけど……

 

 我王君から届いたメールを開けると『ハルキオンVR王国への転入を致しますか?

 はい/いいえ』

と書かれていた。

 

あれ? メールが無くなってる?

 

 招待状のコピーは作らせないって事か。てことは、これに返信すればご招待頂けるのかな?

 

ヘッダに唱術を用いた魔術励起術式がありました。構文から次元間転送門が読み取れますので、ほぼ間違いないかと

 

 ビンゴ。

 これで切符は手に入った。

 

 

 

 我王君との通話を切り、アイリスと分離する。ダマスケナを交えて会話するのに不便だからだ。

 

 

 あとはお帰りの手段だけどどうするか。

 

解析しましたが……転送門の座標は高度な暗号化が施されています。すぐには特定できません

「かかる時間は?」

早くて一日。最悪、一週間ほどかと

「当てには出来ないか」

 

 どんな世界なのかもわからない所に、一週間もみんなを放り出してはおけない。

 

私がいるからそれは平気よ? 唱術には次元間を越える念話があるの。私くらいの力なら、座標を特定出来るわ

 

 当然のようにアイリスが言うが、俺はそれを止めた。

 

「いや、アイリスには残ってもらう」

えっ?

「電脳世界に行く時に俺と分離してたろ? 同じことが起こった時に、俺が動けなくなる可能性がある」

 

 実際、瑠莉の中から出来た行動なんて微々たるものだった。そもそも瑠莉のような身体があるとも限らない。その場合、幽霊のような存在になってしまう可能性もある。

 

 向こうに行くなら、俺は男のままで行くべきだ。

 

そんな……

「この姿でも唱術は使える。お前やダマスケナに合図をすれば、そこから座標は分かるだろ?」

……座標さえ分かれば、こちらから転送門を繋ぐ事は可能です

 

 ダマスケナが少し躊躇いがちに付け加える。

 

その際の留意事項ですが。転送門はずっと開けるわけじゃありません。開け始めてから最大で一時間、空間との距離が開くほど時間は短くなります。最悪十分ほどで消失する可能性もあります。あちら側に行った方々をなるべく近くに集めてからにして下さい

 

 とりあえず、失敗した時のことも聞いておこう。

 

「閉じた場合の再脱出は?」

フラウレーティアからの魔力供給を最大にしても二週間はかかります。現状、この騒動でかなり魔力が減らされてますので

「二週間か……ま、水さえあれば生きられるか」

 

 バックパックに水とカロリーメイドを目一杯詰めておこう。

 

……どうしても、いくの?

 

 アイリスが花を揺らして尋ねてくる。

 後ろ髪を引くような言い方に胸が痛むけど。

 

放置するのも寝覚めが悪い。それに子供みたいな連中だ。放ってはおけない

 

 

 幸いにしてすぱしーばの奴はいないけど、あるてまにだって関わった連中は多い。

 

 ──乙葉とはまた料理を作りたい。料理コラボの話は立ち消えのままだ。将来は主夫志望と言っていたが、まさかヒモに憧れているのか? そんな自堕落な奴には見えなかった。おそらく支えてあげたい誰かでもいるのだろう。

 

 ──京介だって、バイトづくめで生活が危なっかしい。こないだは乙葉に全部任せきりだったから、今度は二人で行くことにしよう。部屋の掃除に手間取ってたらしいからな。

 

 ──来宮きりんとは、まだ麻雀をしていない。ネットではなく実際に卓を囲みたいなと思う。神夜姫やアルマと……永歌は本人と取り憑いてたのとどっちだったのだろうか? 本人だったのならかなり手強い筈。アツイ戦いになるだろう。

 

 

 

 ──そして、黒猫……いや、今宵か。

 

「あいつは怖がりの泣き虫だから……助けないと」

自分だって、震えてるのに?

 

 アイリスに言われて、はじめて気づいた。

 僅かに脚が震えていたのだ。

 

「これが怖いってことか。瑠莉の中でも感じたけど、おっさんの姿でも怖いものは怖いらしいな」

そんなの当たり前でしょ……あなたの心はどっちも同じなんだから

 

 呆れているようなアイリス。

 たしかに中身は変わらないからな。

 

ハルキオンがどんな世界を造ったのかは分からないけど……そんな状態で行くのは危険だわ

 

 アイリスが弱気なことを言うとは珍しい。

 よほど心配なようで、少しむず痒い。

 

 今までは恐怖というものを実感する事がほとんど無かったのだけど、これは悪いことばかりでないような気がする。

 

 生きている感じが強くなった気がするのだ。

 

「現状、俺が行くのがベストだろう。お前にはサポートの方が合ってるし……待っててほしい」

さっきはわからないって言ったけど……ハルキオンが人間なら人間の生活に則した世界になっているはず。だから空気が無いとか水だらけとか初見殺しのような世界にはなってないと思うわ

 

 諦めたような口振りなので、花弁を少し撫でてやる。くすぐったそうな動きが妙に愛らしく見えた。

 

「必ず戻るよ。異世界は慣れてるからな」

えっ……

「フェティダ、準備は出来てるな? ダマスケナはアイリスをサポートしてくれよ」

こちらに。バックパックに水を8リットルと携行食糧を十日分用意しました

お任せ下さい。だんな様もお気を付けて

 

 

 スマホから転送されたメールを開いて、『はい』を押す。すると、周りを光が取り囲み……気が付くと俺は街の中にいた。

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「んだっあらあっ!!」

「てめえ、汚えぞ!」

「騙される方がわりいのさっ! ひゃーっハッハッハ! ホゲぇッ!?」

「……精算するまでは、お前のものじゃない」

 

 

 夜の街はそこかしこで暴動のような怒号が響いていた。主にスーパーマーケットというところで起こってはいるが、コンビニや弁当屋などでも似たような小競り合いをしている。

 

「一体全体、何なんだ? なんでみんな戦ってるんだ?」

 

 一見すると東京の何処にでもある街のようだが……どうやらここは異世界に違いないらしい。とりあえず情報を集めてみよう。

 

 

 




 ヴェンデッド=ハルキオンの世界へようこそ!
 ちなみに『ベ○・トー』世界ではないので、氷結の……とか、湖の……とかは出てきませんよ(拙い予防線)


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45 力至上主義の世界

 熱で臥せっておりました。てか今でも37度キープとか悪い冗談ッス。
 とりあえずコロナではないらしいけど、別の菌の感染症だとか(笑)


 うらぶれた街の片隅で屯する学生服の男子や女子。その様子は戦いに破れた敗残兵のようでもあるが、受けている傷は主に格闘によるもので実際には打撲がいいところだ。

 ただ、落ち込み方は半端ない。

 

「アイツ、強すぎだろ」

「あるてま実業高校の空手のエースって言ってたけど」

「厄介なやつが来たよなぁ……」

 

 シリアルバーを口に含みながらそう話す連中。若いんだからもっといいもん食えばいいのにと思いつつも、情報収集のために話しかける。手土産は俺のカロリーメイドだ。

 

「ああ? なんだよおっさん」

「いや、しこたまやられたなと思ってな。見舞い代わりにコレでもどうだい?」

「おお♪ 助かるぜっ」

「アタシ、メープルがいい」

 

 ガサゴソとビニール袋から取り出していく。こんなんで喜ぶとか、ひょっとして食糧事情の悪い世界なのか?

 

「なんでこんな有様だってか?」

「そりゃあ半額弁当争奪戦(バトル)のせいさ」

「バトル? 賭け試合みたいなものか?」

「一品物を賭けたそういうのもあるって話だけど、俺たちゃしがない一般学生さ。狼どもの巣窟になんて行っても何にも得られやしないよ」

「日々の生活の為にやってるだけよ」

 

 

 それから彼らに話を聞いて纏めてみると、どうやらろくでもない世界だと確信した。

 

 親が子供を扶養するのは義務教育まで。その段階から子供は独り立ちさせられて各々一人で暮らす事になるらしい。

 親が金を支援するのだが、それも上限額は決まっている。親元から離れる子供は一人で暮らす事を余儀なくされ、地代や学費は親が出せても光熱費や生活費はその分からやり繰りしないといけないという。

 

「民主主義国家から王政復古とは、なんともなあ……」

 

 ベースとなっているのは現代日本に間違いはない。彼らと別れてから、コンビニで新聞と週刊誌を購入して調べてみた。通貨が普通に使えたのに些か適当な感じがするが、余計な手間が掛からない分有り難いと思おう。

 

「これが騒動の種か」

 

 コンビニの弁当の棚の前に空になったワゴンがあり、そこには『50%off』とポップが貼られている。当然、ワゴンの中は空だ。

 だからといって別に弁当が無いわけではない。棚にはきちんと弁当は並んでいる。

 

『半額弁当の購入を争って戦い合うとか、マトモじゃない』

 

 どうもこの状況は新たに国家元首となったヴェンデッドのテコ入れで行われたものらしい。コンビニの店員さんも苦笑いしながら言った事を思い出す。

 

「廃棄前の弁当を半額で並べるのは分かるけど、その数は制限されている。それを超えた分はやはり廃棄さ。衛生的にも問題はあるのは分かるけど、私的に供与すると厳罰なんて……こんなの社会の弱体化の抑制に繋がると本気で思ってるのかな?」

 

 店員のおっちゃんがわざわざ見せてくれたのはICカードリーダーだ。

 

「半額弁当を買うとポイントが貯まる。それが一定の水準になると、将来に様々な特典がついてくるって話だ。就職ではキャリアアップ、進学には加点だそうだ」

 

 ちなみに店ごとに争うやり方は違うらしい。

 このコンビニは『じゃんけん』という比較的平和な方法を指定していて、集まった十何人かの中で残った三人だけが半額弁当を購入出来るのだとか。

 

「でも、この方法ってのにも問題があってね。一番ポイントが高いのはやっぱりステゴロ。じゃんけんの二十倍なんだから、そういう店にみんな行っちゃうんだよね」

 

 他のスーパーなどで起こっていた乱闘事件はそれだったのだ。為政者が暴力奨励とか頭おかしい。

 

 ちなみに飲食店の場合、その日の限定メニューを賭けて戦うそうだ。控えめに言って世紀末な世界観である。

 

 気になった事があったので聞いてみる事にした。

 

「おやっさん、アイツの頭の上にあるのはなんだい?」

 

 表で話す連中の一人に頭の上にパイロンを逆さまにしたようなマークが浮いている。だが、おっちゃんはそれが見えないようだ。

 

「頭に? なんも浮かんでないぞ?」

「……そっか。邪魔したね」

 

 俺には見える。そして、俺の頭にもそれは浮かんでいる。おっちゃんには無いし、さっきの学生や他の奴にもそれは無いのに、たった一人だけそのアイコンが浮かんでいるのがいる。

 

 つまり、これは転入者の印だ。

 

 他の人たちは世界が創造されたときに出来上がった、いわばNPCのような存在なのだろう。

 とは言っても見た目は人間に変わりはない。

 外の世界の者からしたらデータとか空想とかの存在なのだろうけど、この世界の中ではちゃんと血や肉を得た人間なのだ。

 

 あくまで推論だけど。

 それを確かめる為に、俺は集めた情報から一人の転生者に会いに向かった。

 

 

 

 

 時刻は夜の二十二時。良い子はおねんねの時間だが、この世界では中学生までの話らしい。

 夜の高校には普通に学生がウロウロしている。夜間学部があるわけでもなく、なんでこんなに学生がいるのかと思えば、炊き出しをしているからだ。

 

 この強者全盛の時代に奇矯な真似をする者なんてそんなに多くはない。

 

一人一杯ずつですよ

貰ったらさっさと散れ。邪魔だ

 

 厳つい体躯を窮屈そうな学ランに収めた長身の男が未練がましい連中に恫喝し、やや細身の学生が笑顔で炊き出しをよそっている。その二人に、懐かしい面影を見た。

 

「相葉京介に戸羽乙葉か」

 

 二人の頭には間違いなくアイコンがある。そう言った俺の方をにらみつける京介と怪訝そうな乙葉。

 

アンタ、何モンだ?

京介、やめなよ……ここに来てから暴力的だよ?

 

 京介が暴力的になったのなら、ならざるを得なかったからに違いない。

 見ての通り乙葉は荒事には向かないし。

 

「政府の人間じゃないから安心しろ。ただの酔狂な親父だよ」

 

 そう答えると、京介が前に出てきた。挑発するつもりはなかったんだけどな。

 

ここでの事を広める訳にはいかん

 

 これだけ大人数に振る舞ってるんだから、いずれバレるとは思うけどな。

 そんな正論を言うまもなく、京介が飛びかかってきた。

 

セェイ!!

「よっ」

 

 飛び蹴り一閃。彼の体重と勢いの乗った右脚を避ける。着地と同時に反転して裏拳。そして、ジャブ三連からの正拳。手加減とかナシの真剣(マジ)なので、受けるのもなかなかに大変だ。

 動きを止めるつもりで右手の親指を取り、左へと捻る。するとこいつ、合わせて自分も回転しやがった。その隙に脚蹴りを放ち、俺の手を外している。思わず一言言ってしまった。

 

「やるじゃない?」

でりゃあっ!

 

 怒ったような裂帛の気合の連撃。そして

 

なにっ!

「連撃後の回し蹴りはフェイク。本命は裏拳……だよな?」

 

 裏拳を左の手で固め、右の二の腕で逆から抑え込む。態勢を崩された京介は耐えようとするが、左足で足払いをかました。下手に耐えられると折れちゃうからね。ここは倒れてくださいな。

 

あうっ

京介ェ!?

「お、おい。あの京介さんをあっさりと……」

「なにもんだ、あのおっさん……?」

 

 地面をダブルタップしているので立ち上がりつつ離す。すかさず距離をとってから、手の具合を確かめる京介。離した瞬間に打ち下ろしでも警戒したのだろう。記憶は消しても身体に染み付いた技は忘れていないらしい。

 

 

子供扱いとは……ヤキが回ったかな

「いや、年齢的には子供で間違いなけどさ」

 

 たしかコイツらもう少し上の設定年齢だと思ってたんだけど、四〜五歳下な感じに見える。学ランが似合っているからだ。てことは俺も五歳若い? 三十後半が前半になっても対して変わらんか。

 

きょーすけたちをいじめんなーっ!

 

 おっと。

 棒切れを持った中学生くらいの女の子が殴りかかってきたので、さっと避ける。

 

あうっ

 

 ズベシッ、 と倒れるその子。短いスカートの中のぱんつが丸見えである。慌てて起き上がって隠すけど、特に感慨は無いのであしからず。ちなみに柄は黒猫。……あれ?

 

「おまえ……燦か?」

知らん奴に呼び捨てにされるとはこの黒猫燦、舐められたものよな!

いや、そりゃあ舐められますよね。コケてるし(クスッ)

笑うな、乙葉アぁっ!

 

 俺が会った事のあるのは小学校に入る前だが、今とその中間辺りのその少女はたしかに面影が似ていた。ややツリ目気味な黒い瞳、艷やかな癖のある長い髪、ろくに表で遊んでなさそうな生っ白い肌の色。

 

「……ライダーは昭和が正義だ」

! 平成に決まってんだろ、頭トーフかよ!

 

 俺の言葉に条件反射のように答える燦。

 本人もビックリしているようで、少し固まっていた。

 理解が追いついて。

 その瞳に涙が滲む。

 

まさか……暦?

「こんなトコで再会とは、奇遇だな」

 

 こちらに駆けて来るので手を広げて待ってやる。こんな状況だとやっぱり可愛くなるもんだね。

 

隙アリーッ!

「あぐっ?」

 

 全速力で勢いつけたパンチを、ガンジー以外が放つとは……。それでも筋力よわよわな今宵のパンチなんて大したダメージじゃない。

 

おせえよ、ばかやろー。現実で来いよ、てめー

「……口が悪くなってませんかね? 今宵さん?」

 

 涙に塗れて悪態をつく黒猫の顔がニヤけていたのは、照れ隠しだと思いたい。

 

 ……そうでないと、本当にキビシイんで……

 

 

 




 今回は短めで。
 体力的にキツイんよ……


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46 巻き込まれた人たちと、その元凶

 途中から視点が変わります。


 あるてま実業高校では京介が番を張っているらしい。乙葉とは腐れ縁で炊き出しを手伝う為にバトルに参加していたのだという。

 

勝者は別に買わなくてもいいんですよ。レジを通す時に別の物と交換もできるのです

 

 乙葉の説明によると、バトル勝者が得るポイントとはお金としても使えるらしい。しかもかなりの高額だ。自ら料理なんてしない奴がほとんどの為知られていないが、一回あたり金額にすると約五万相当になるらしい。

 普通は貯めておくのだけど、この世界に未練のないあるてま勢には効率の良い食材の購入に当ててしまっていたのだ。

 

誰か救助が来ると思ってたんですが、まさか莉姫さんのお父さんが来られるとは思いませんでした

「あ、あー。娘が世話になってるようで」

 

 こんなことを言う日が来るとは思わなかったなぁ。しかもその娘、俺の別の姿だし。

 

すぱしーばは今回の事に関わってる、という事ですか?

「直接ではない。ヴェンデッドに利用されたってところだと思ってくれ。俺は君たち転入に乗った人たちをサルベージするためにここに来たんだ。その意味を理解してほしい」

……分かりました。莉姫の父である貴方を、信用します

 

 京介の緊張がようやく解けたので、こちらも飯に預かる事にする。具沢山の豚汁とご飯という、若い男子には堪らないメニューだ。

 

 ちなみにここは学校のとある部屋である。

 その名も『家庭科準備室』であり、簡単な台所と冷蔵庫、貯蔵庫等も備えていた。

 

わたしは乙葉の妹って設定になってた。撤回を要求する!

そのおかげで食いっぱぐれてない事に感謝の意は有りますか?

うう……ありがと

ご理解頂けて光栄です

「君たちは、この世界に染まってないように見えるが……他の転入者も同様なのか?」

半々……いや3分の2は染まりきれてないな。そういった連中はここに来てメシにありついてる

 

 話によると。

 この世界のモブ、NPC達はそんなに強い相手ではないらしい。なので転入者なら一対一だと勝てるのだ。京介レベルになると十人いても無双出来るそうだ。

 

 にしても。乙葉の妹とはな。

 一人きりじゃ寂しくて動けないと思っていたら、そんな救済措置をされていたとは。アイツも無理だと思ったんだろうな。

 

向こうではどうなってますか?

「いきなり失踪した奴等が三百人近くいる……だけどあるてまが関わっているとは考えられてはいないようだ」

 

 当たり前な話だが。

 同時期に三百人もの人間を行方不明にする事など、国家レベルの力でもないと不可能だ。

 あの政府には魔法や魔術といったもので立件は出来ないので、政府関係者は様子見、という所だろう。

 スケープゴートにされるのはどちらかというとすぱしーばの方かもしれないが、これは今言っても不安を煽るだけだ。

 

マ、いや、お母さん平気だった?

 

 食いつくように聞いてくるけど、近くに寄り過ぎて離れながら距離を測る今宵、すごい可愛い。ヤバいな、本当に美少女じゃないか(今更感)

 

「すげえ心配してたらしい。直接話してはいない」

ど、どうして?

「まず手が出てくるから」

「「ぷ」」

あ、あ~。それはたしかに……

 

 娘からのご理解、頂けました。

 ひいては待遇の改善を要求するものですと、千影(お母さん)に言うべきか。

 

僕は上京組だし、京介は天涯孤独だから親御さんの事は気にしなくていいんだよね?

ああ。こっちの世界の仮初の両親には会ってすらいないし

それはそうだよ。だってどう見ても、そんなにキャパシティ大きそうじゃないもの、この世界

 

 

 

 東京の中野区と新宿区辺りを切り取ったような土地。それがこの歪な世界の正体だ。世界の端に行くことは禁忌としてNPCには行えない。

 おそらく端は時空の狭間であり、落ちたら最後二度と戻れないだろう。

 

なぜ、こんな中途半端な世界を造ったのか。アイツは完璧主義だから……正直、納得できない

叩き台のようなものなら分かりますが……転入者を連れ込むのは時期尚早な気もしましたね

……ん

 

 いつの間にか俺に寄っかかって寝ている燦に自分の上着を掛けてやる乙葉。きちんとお兄ちゃんしてるじゃないか。

 

ここに来て二日ですが、この子が僕にここまで気を許したことは無かったですよ? 僕としては怒っていいと思いますがね

「……俺もここまで懐かれるとか思わなかったしw」

 

 ジト目で追求する乙葉が少し怖い。

 転入者ゆえの設定が影響しているからだろう。

 

寝る時には必ず内鍵のかかる部屋を希望してたしな

ほんとう、手のかかる子猫だよ

「……ありがとう。燦……今宵を守ってくれて」

 

 素直に感謝を述べると、二人は少し黙った。やはり照れ臭いのか、言葉少なにこう返してきた。

 

いいんですよ。設定上、妹だし

親友の妹なら、守らなきゃな

 

 うん。

 いい子達じゃないか。

 

 なら、ちゃんと帰してやらんとなぁ。

 

 

「転入者は転入者を視覚できるのは分かった。集めるのも、まあ炊き出ししてれば余裕かもしれないが……」

 

 時間がかかり過ぎるかもしれない。

 なにせ事態が急変してからすぐに来たのにも関わらず、ここでは2日も経っていた。時間の流れが違う世界間に繋げられる転送門とは一体どこまで保つものなのか。

 

 一度連絡を入れる必要があるな。

 立ち上がろうとすると、くん、と裾を引っ張られる。燦が控えめに掴んでいたらしい。

 

「寝床に連れて行った方がいいな」

僕は非力なので。暦さん、お願いします

こっちです

 

 えええ……まあ、いいけどさ。

 横抱きにして抱えると、あの頃よりは少し大きくなった程度の身体であり……胸だけは今のような存在感を感じさせる成長をしていた。

 

「く……」

なんか悔しそうですね?

「気のせいだ」

 

 男の俺が胸の大きい女の子に嫉妬するとか有り得んだろ。最近、莉姫の身体でいた事が多かったせいか引きづられている気がする。

 成人男子おっさんとしては、欲情するのが正しいはずなのに……なんでこうなったのか。

 まあ、燦に手を出さないというのはありがたいがね。

 

莉姫さんはまだ子供ですから。比べるのは酷ってもんですよ

「あ、ハイ……」

 

 なんかへんな勘違いをフォローする乙葉。

 娘の成長に嫉妬してた訳でもないんだけど……まあ、いいか。親バカくらいになった方がらしいかもな。

 

 彼の案内で用務員室に送り届けて、寝かしつける。

 流石に服は脱がせられないのでそのまま布団に放り込んだ。燦なら制服のシワとか気にはしないだろう。

 ……恨まれるとは、思います(確信)

 

 

「時に。お前ら家は無いのか?」

有りますけど、襲撃されてゴミだらけっすよ

人間相手だからか、やり方も色々、陰湿さも際立つよねぇ

 

 なるほどね。

 まあ、学校に寝泊まりして文句を言うNPCは居ないらしいし。根城にするにはもってこいだな。

 

「そうだ。あるてまの転入者があと一人いるんだ」

来宮さん、ですよね

「知ってたか。今どこにいるか、分かるか?」

きりんが居るのは、あそこだ

 

 京介が指差す先には、二本の高い塔のようなビルがある。

 

ヴェンデッドが宣言していたよ。『伴侶として来宮きりんを迎える』とね

 

 

 

 

 あー……

 やる事が増えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

ね、もういいでしょ? 異世界を作って自分が王様になって。もう楽しんだでしょ?

 

 そう言う私の言葉に、彼は耳を貸さない。

 

 それは、生殺与奪の権利を持つのが自分だと分かっているからだ。

 彼が目を離さない都庁の展望フロアからは、今でも煌々と街が輝きを照らしている。

 

 ある一帯までは。

 

 これが如何に奇妙なことであるのかは、現実の世界を知る私達には理解出来るけど。

 彼の取り巻きの人達は何も疑問に感じていないし、それは彼も同様だった

 

フン。余はこの世界を本当の世界へとランクアップさせねばならん。この王国が確固たる力を勝ち得るまで、止まることなどないのだよ

 

 こちらを振り向きもせずに語るヴェンデッド。本来はやや貧弱そうな体型の外国人の彼は、今は世紀末救世主伝説に出てくるような拳法家のように逞しくなっている。

 

なんで……こんなこと

前にも言ったろう? ハルキオンの復活の為だ。我が国は亡くなってしまったからなぁ。父や、母や、兄や、妹や、同胞、朋輩達のためにも。この悲願は達成せねばならんっ!

 

 それは、Vtuberとしての設定のはずだ。

 妄想を現実と取り違えて、ありもしないこんなVR空間に私達を閉じ込めるなんて正気の沙汰じゃない。

 

 そう考えた私の心を見透かしたように、彼は笑う。

 

そうだな。安穏とした暮らしをしていたお前たちには分かるまい。だが、そうも言ってはいられなくなる。我らの世界“ハルキオン”を滅ぼした“代わるもの(オルター)”達がやってくるのだからな

 

 また、訳のわからない事を言い始めた。

 彼の言葉はいつもこうなる。

 

 独善的で他者を理解せず、分かりやすい説明もせずに謎掛けのようなポエムをつらつらと垂れ流す。

 

 これでは誰も付いてこないし、浮いてしまう。あるてまの一期生をまとめる者としては、断じて認められないから……茶化しながら、煽てながら。

 

 彼のこれは個性だと。

 演出しているだけなんだと。

 

ねえ……もしかして。貴方の“設定”って、“本当”なの?

余は嘘や冗談と言った覚えはない。真摯に聞いていたお前は信じていた、と思っていたのだが……どうも違ったようだな

 

 国を失った亡国の王子。

 Vtuberとして財を集めて臣を取り戻し、ゆくゆくは国を再興する。

 

 こんな話を真に受ける人間、居るはずがない。

 

いずれにせよ、どうする事もできん。奴らが来るまで、面白くもない眺望を肴に女王のような生活を愉しんでおけばいい

 

 部屋にはテーブルに乗り切らないほどの料理や酒が、ところ狭しと置かれている。

 

こんなに要らないでしょう?

残った分は下げ渡すだけだ。王族の暮らしとは贅を尽くすもの。正しく高貴な者が食いたいもの、飲みたいものを我慢するなぞ、余の理と反する

……あんたね

 

 ツカツカと近寄り平手打ちをしようとした。

 でも、その手は簡単に捻られて、そのままねじあげられた。力もそうだけど、格闘に心得がある人に敵う筈もない。

 

くぅ……

気が強いことだ。七海のそういうところ、好きなのだがな

くっ……いまのアンタは最低よ。自分のために多くの人を巻き込んで、こんな独りよがりの世界で王様ごっこ? そんなんじゃなかったでしょっ! ウォルター!

……変わらねば、成せぬ事もあるのだ

「むぐ……どこの人も言うよな、そういうの」

「「!?」」

 

 咄嗟に私を背中に隠し、声の方を向くウォルター。テーブルの影に、男が一人いた。

 口に七面鳥(ターキー)の脚の骨を加えたまま、こちらをちろりと流し見ている。

 

「料理の質は悪くないが、下げ渡し前提なら質は下げた方がいいなぁ。食材が幾らあっても持たないぜ?」

下郎、どこから入った?

 

 立ち上がりながらそう言う男に、(ウォルター)が誰何する。その男は、ついと顎を扉へと向ける。

 僅かに空いた扉の外には、屈強な衛兵が倒れていた。

 

「真っ向勝負はそれなりにやるけど、気配感知とかが甘い。殺しちゃいないが、暫くは起きれないぜ」

京介……じゃないな。このIDは我王?

 

 この世界のモデレーターである彼には偽装は通じない、はず。しかし、どうも困惑している。

 

「彼の切符を借りただけだよ」

なんだ、と?

「俺の名前は殿田暦。古詠未の中の人、莉姫の親、って事になってる」

 

 立ち上がると背は成人男性としても高い方ではない。

 中肉中背で、顔は凡庸……というのは少し可哀想か。

 無精髭のせいでいい印象はないけど、人並み以上には整っていて……確かにどこか莉姫との繋がりを感じる所がある。

 それが青みがかった黒髪だと気付くのは、かなりあとの話なのだけど。

 

「本来、子供の喧嘩には親は出ないってのが不文律なんだが……ま、色々とイジったらしいからちょうどいいか」

 

 口に加えた骨が、一瞬で消え。

 パアンッ、と破裂音が響く。

 

きさま……人間か?

「いちおうな。身体自体はイジっちゃいないんでね」

 

 ヴェンデッドの逞しい鉄板のような掌に、その骨が叩きつけられて粉々になっていたのだ。

 直後来る強風に煽られると、ヴェンデッドの右手が支えてくれた。

 

 突如現れた莉姫の親という男性。

 この歪んだ世界を止める救世主なのか。

 

 この時の私は、何も分からなかった。

 

 




 今回も短め。インフルやコロナで無いにしても、今回は色々と辛いンゴ……ンゴ可愛いッスね(唐突なV語)


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47 観測者の思惑

 ヴェンデッド戦は、簡単に終わります(冒頭からネタバレw)


莉姫の父だと? バカなッ、有り得ん! 古詠未ではなく、莉姫でもなくっ! 親がノコノコと現れたのかっ?

 

 怒り心頭といった風情のヴェンデッド殿下。

 いつものスカしたオレ様貴族言葉もなく、ただの暴言を吐き散らしております……そんなに古詠未とか莉姫に会いたかったのかよ、このロリコン(言われなき中傷)

 

 来宮きりんを回収するために潜入してみれば、なんだか修羅場っぽい感じだし。

 

 にしても、ヴェンデッド殿下変わりすぎだろ。なんかラオウみたいになってる(笑)

 あと、なんか気になること言ってたな。代わるもの(アルター)とか? スクラ○ドのアルター……じゃねぇよな。あれは物質変換……みたいなモンだったし……ちがう。別のところで聞いた言葉だ。

 

ちょこまかと、逃げるなっ!

「悪い、ちょっと考え事してて」

なめるなァーッ!!

 

 お、お? 連撃が速くなった。だけど、速いだけでフェイントは雑だな。見せの攻撃にもちゃんと力乗せないと、あれ?

 

くらえっ 咆哮(ルギートゥス)

「おわっ!?」

 

 フェイントの拳からなんか飛んできた! 格闘マンガか? とっさに腕をクロスさせ、身体の奥から魔力を開放。ぶつかったのは圧縮された空気のようだが、そのわりには重く、動きを停められた。

 

「ぐうっ……」

そこだっ

 

 低い姿勢からの足刀が膝を狙って放たれ、既のところで打点をそら……せなかった。左の膝の上辺りにマトモに当たり、ミシミシと骨が軋む。

 

手応えあり! ハッ

 

 隙と見た奴が飛び込む。左のフックでレバー狙い。マトモに食らうな。仕方ない……ってそんなわけあるかっ!

 

(にのぅ)!」

 

 頭の中に閃いた唱術を唄う。桜色の花弁が奴の拳の前に現れ、その勢いを止めてくれた。

 その隙に距離を置くが、左膝上がかなりキテいた。

 

魔術士(マギ)だとっ?

「……そっか。お前のそれも、魔法なんだって忘れてたよ。なら、こっちも使わんとな」

 

 頭の中にかかる霧が晴れるような感覚。

 唱術を使いながら戦う事を、俺は覚えている。アイツらと戦った時も、そうしていた筈だ。

 

暫時牢獄(らぇ、かぇけー)

 

 右手を振り、タクトを動かすようにイメージ。本来は何小節か必要なプロセスを、魔力で強引にカットして起動。ヴェンデッドの周囲に茨の生け垣を展開する。

 

こんな弱々しい結界など、ぐうっ!?

「見た目通りの訳ないだろ?」

 

 ヴェンデッドの拳が生け垣にぶつかると、茨が一本引きちぎられる。しかしその分の棘が奴の拳に刺さり、血を流させる。魔力で防御を張っていても、この棘は抜けてくるのだ。

 

 大して長くは保たないだろうが、今のうちに出来るだけの強化(バフ)をかける。

 

「♪れぃ、るーゆるぅー、てぃた、ふぁぞさふぁお……」

 

な、なに……あの人の周りに、花びらが……

 

 傷の一時的鎮痛。身体の強化、一段、二段、三段。対魔力防御穿孔術、一段、二段。対物理防御穿孔術、一段、二段。攻撃属性変化と攻性強化はやめておこう。元の体は人間だ。

 アイツらじゃない。

 

このっ、小馬鹿にしおって!

 

 あらかた終わったから暫時牢獄を解く……あーあ、拳が傷だらけじゃんか。そういうキズって、治しづらいんだぜ?

 

ウォルター!?

「動かんで下さいな」

 

 来宮きりんがかけ寄ろうとするので、蔓の戒め(うーみす、てれぇも)でその場に縛り付ける。

 

こ、これは?

「近寄ると危ない。その場に居て下さいな」

七海にぃ、近づくなぁーっ

 

 こちらに殴りかかるヴェンデッド。恋は盲目ってのは、どの世界でも同じなんだな。

 その顔面に向けて被せるように拳を放つ。

 

 

 

 

ば……か、な?

 

 物理と魔法の防御を穿つ術式と、奴の体格を受け止めるだけの身体強化。あとは痛みでブレないようにしておけば、こんなものである。

 

 ヴェンデッドの頬にめり込んだ拳は、正しく彼の本体に届き……その意識を失わせるのに十分な威力を発揮した。

 

 倒れ伏すヴェンデッドに魔術の解除をかけると、大きな体躯は消え失せ、元のウォルター=スミスへと戻っていった。

 

 

 

やれやれ。あっさり倒しおって

 

 俺の背後に現れたそいつが呟いた。殺意もなく攻撃してくる輩もいるけど、こいつに限ってはそれはないだろう。ゆっくりと振り向くと、前髪に隠れた眦が弧を描いているのが分かった。

 

代わるもの(アルター)に比べたら、大したことない。そんなの分かっていたのに、なんで焚き付けた? 観測者」

 

 白いドレスに、ウェーブした黒髪。前髪はその青い瞳を半分ほどに隠しながらも、ゆらゆらと揺らめいている。姿は終理永歌そのものだが、その存在は全く違う。呼びようが思い付かなかったから観測者と言ったが。

 

興味本位、と言いたいが理由はあった。この世界自体に意味は無いが、これを成す理由はあったのだ

 

 そう言いながら捕縛された来宮のところへ歩いていく。いつの間にか気絶していた彼女を優しく抱きかかえ、近くのソファーへ寝かせる。

 

主な理由はお主らすぱしーばにこそある

「俺らが悪いってのか?」

悪いとは言わんが……やり方が少々こそばゆくてな

 

 こそばゆい? 意味が分からないな。

 

まあ、それはさておき。暦、お主がここにアイリスを連れてこなかったのは、どうしてなのだ?

 

 少し楽しげに聞いてくる。すぐにドンパチやるつもりがないのか。まあ、回復時間を稼ぐつもりで少し付き合ってやる。

 

「莉姫の状態だと、別の空間に入った時に分離する、と考えたからだ」

ふむ……なぜそう考えた?

「そりゃ、瑠莉の中に飛ばされたからさ。アイリスって楔が無いと、莉姫の体を維持出来ない。別の空間に入ると、アイリスは古詠未の身体の方が繋がりが強いから、そっちに移ってしまう。結果として俺の魂だけが宙ぶらりんになる。そう解釈した」

 

 アイリスが介在すると、俺の身体が不安定になる。そう結論付けたのだが、何か間違っていたのか?

 

いや、何ら間違っていない。君は君の身体である事が一番自然なんだ。むしろ莉姫という在り方の方が異質なんだよ

 

 そんなのは、言われなくても分かっている。おっさんが少女の姿でいる方が、おかしいのだ。

 

その通りだ。“アカシアの木”にもそう記述がされている。“殿田暦は男性だ”とね。私が観測してきたんだから間違いない。時に、君よ。君はアイリスの言う事が“おかしい”という風に感じたことは無かったかな?

「存在自体がおかしいからな」

茶化して言ってはいるが、それは思考停止だ

 

 言いたい放題だな、こんにゃろ。まあ、確かに異世界の変な花の事だから、おかしいのは当たり前、みたいな感じで扱ってきたけど……

 

誤解の無いように言っておくが、私はアイリスの事が嫌いなわけではない。むしろ、好ましいとも思える。世界の(ことわり)を捻じ曲げてまで自分の想いを成し遂げようとする心意気。実に好ましい

 

 アイリスの事を“おかしい”と言ったり“好ましい”と言ったり。こいつは何なんだ?

 

話は戻るけど。この世界を作らせたのは、もちろん意味はない。この事態を収束させる事こそ、企図していたことなのだからね

「ア”ア”?」

 

 やべえ、言ってる意味が分からない。

 

三百人近くの人間を元の世界に転送し、その記録自体を改竄する。世界に浸潤させた魔力の無駄遣いこそが私の目論んだ筋書きさ

 

 すぱしーばの連中がせっせこ貯め込んだ魔力を使う事が目的だとか。控えめに言ってもやな性格だと思う。

 

「質悪いな、お前」

誉められたと、思っておくよ

 

 悪びれずにキメ顔で言い切る様は、確かにヴェンデッドとは格が違った。どう考えてもコイツがラスボスみたいに見える。

 

ちなみに私のことを嫌がらせが趣味な悪質な存在だと思ったね? それは甚だ心外だ。善良とは言わないけど、悪と断ぜられるのは待って欲しい

「そんじゃ、意味があるとでも言うのか?」

あるとも、当然。先ほどの可哀想な亡国の王子が言っていたではないかね。代わるもの(アルター)に滅ぼされた、と

 

 ……確かにそんな言葉を言っていた。

 

代わるもの(アルター)は、魔力の満ちる地に寄ってくる性質がある。彼の世界も、その国も、そのため滅ぼされたのさ

「そうなのか……え? つまり、フラウレーティアもやられる可能性があるってことか!?」

あそこに限っては、今のところは無いだろう。首領クラスの亡骸が横たわる地は、彼らも近寄ってはならない危険な土地だと判断する

「そ、そうなのか……」

 

 すぱしーばの連中の故郷が滅ぼされると聞いて動揺した。そこにやや呆れたような声音が追い打ちをする。

 

まだ忘れているのかい? アイリス君の支配下から外したのだから、そろそろ思い出してもいいと思うがね

「え……?」

フラウレーティアを襲った代わるもの(アルター)達を殲滅したのは君なんだよ? 殿田暦くん

 

 

 

 

 そう言うと、周囲はいきなり暗くなる。

 まるで映画館のように、正面の空間に映像が現れた。

 

 生っ白いつるりとした奇妙な生き物が、得も言われぬ断末魔をあげて地に伏す。

 その前にはスーパーサ○ヤ人のように全身を光らせている子供がいた。

 持っている剣を高く掲げ、力を送るとどんどん大きくなっていく。身の丈の数倍の大きな大剣は輝きを増し、その共鳴音は耳を覆わんばかりだ。

 

「光になぁれえぇぇぇーっ!!」

 

 少年の振り下ろした剣とも言えない大きさのものは、その大きな化け物にぶつかり、その内部から光を漏らし始め……閃光と共に砕け散った。細かい光の粒子が一斉に撒き散らされ、幻想的な風景に見える。

 

代わるもの(アルター)の骸はごくごく小さいレベルに分解され、あの世界を覆っている。代わるもの(アルター)にとって、あそこは関わってはいけない場所だと本能的に察知するのさ

「はあ……」

 

 説明を聞いてはいるが、きちんと記憶出来たかは疑問だった。何故なら、俺はその映像に釘付けだったからだ。

 倒した少年である俺ではない。

 

 駆け寄り、抱きついて歓喜の涙に顔を綻ばせる少女に……目を奪われていた。

 

 

 

 

 

 

こよみさんっ、こよみさんっ、こよみさぁんっ!

わ、アイリス……ちょ、な、なんで泣いてんの?

しんぱい、したからに……決まってだろっ

 

 銀色の髪を振り乱し、少女は言葉荒くそう少年に怒鳴る。そこに怒りはなく……単純に身を案じてのものだ。

 

き、きみはほんとうに、とんでもない子だよ……

この身体じゃなかったら、無理だったけど、ね

……! ご、ごめんね。僕の身体を使わせたりして……ちゃんと、戻すからね

 

 少女の言葉が、心に響く。

 

ちゃんと、戻すからね。いつか、必ず

 

 

 

 

 気が付くと、映像は消えていた。

 周りは先ほどと変わらず、散乱した部屋の中にはヴェンデッドと来宮きりんの姿もある。

 そして、正面の観測者は……あいも変わらず薄ら笑いを浮かべていた。

 

 

代わるもの(アルター)を倒すためには魔力と物理的な力の融合が必須だ。本来、それはアイリスの仕事だった

 

「……ああ。そうだ」

 

だが、アイリスには力が……いや、そもそもの勇気が足らなかった。王家の中でも類稀な魔力と力を持ちながらも、戦うこと自体を忌避していた

 

「アイリスは、優しいからな」

 

そんな時に偶然、異なる世界の間に落ちてきたのが君だった

 

 

 俺の目の前に、一人の少女が現れた。

 これもアイツの幻影なのだろう。

 だが、その姿に俺は激しく動揺する。

 

 光沢のある滑らかな銀の髪。

 腰の長さまであるそれは、首元辺りで結ばれて二本のおさげにしている。

 

 前髪はすっぱり切り落としたようなぱっつんで、瞳は黒。ややタレ目がちで幼くも見える。

 

 公立の中学生のようなセーラー服に身を包んでいるが、背丈からすると小学生と間違われかねない。

 

殿田暦ちゃん、と呼んだほうが正しいかな?

 

 その姿を見て、思い出した。

 ……本当の自分というものを。

 

 

 




 おっさん。本当に女だった(笑)


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48 回想経由現実世界行き

 序盤は暦の回想となります。
 


 ──気が付くと、そこは木々に囲まれた所だった。

 

 自宅の裏山のような、手も入れられてない鬱蒼とした森ではなく……人の手で十全と整えられた庭園。そういうのが妥当な場所だった。

 

 木々は瑞々しく、花は咲き乱れる。それに寄った蝶や虫も多いが、それ自体は特に言うべきことではない。自然であればそれが当たり前なのだ。

 

 くすんくすん、と。

 人の泣く声が聞こえた。

 

 庭園の影に隠れるように、声を殺して泣くのは少年のようだ。

 この頃の私は『男だから女々しく泣くな』とかは考えてはいない。何をするにも唯々諾々。父の修練にも全く異論はなく、女であることに特に何も感じていなかった。

 

君は、だれ?

ふわ、? き、きみ、だれ……いや本当に誰?

 

 誰何する彼の方こそ狼狽えていた。

 アイリス=フロスティリスという少年は、この頃からすでに弱虫だった。

 

 

 

 

 

 

 

異世界……ここは、地球ではない、ということ?

ここはフラウレーティア。地球という言葉も今初めて聞いた。ゼノンフロース……本当にいたんだ

 

 アイリス少年曰く、ここは違う世界であるらしい。

 空気は美味しいし、草花が多いし。

 確かに日本らしからぬ所だとは思ったけど。

 

 あと、ゼノンフロースという言葉は、私は初耳だ。

 

私は、暦。殿田暦だ。そんな変な名前では呼ばないで

あ、この。これは名前ではなくて……わ、分かった。こよみ、さんでいいのかな?

それで、暦さんはどうしてこの世界に?

……それは、私にも分からないなぁー

 

 

 いつものように山奥の実家から通学のために山を降りている最中、見たこともない霧におおわれ、彷徨いこんだ。分かっているのはそれだけだ。

 

 話している間に、彼は泣いていた事を忘れたようだ。

 うんうん。泣くのはあまりよくはないからね。

 

 しばし彼と話していて分かったこと。

 彼はフロスティリスという王家の王太子、つまり王子様だという。

 

 そしてここはその王宮の庭園、なんだそうな。

 

 つまり何が起こるかというと……

 

「アイリス様、お離れ下さいっ」

「己、狼藉者め。王子を人質にする気かっ」

 

 たちまち数十人の兵士たちに囲まれる状況になってしまったのである。

 

 まあ、離れろと言われれば離れるよ。

 彼から離れるため歩くと、ぐいっと掴まれた。

 

こよみさんっ、ダメだ

ええ……

 

 君がそう言うのはだめでしょ。

 ほら、兵士の人が少し困ってるじゃない。

 だけど、彼は気にもせずに彼らに言いつける。

 

彼女は“外なる花(ゼノンフロース)”だ。精霊との盟約を忘れた訳ではあるまいな?

 

 その言葉を聞くと。

 正面にいた偉そうな兵士が私を見る。

 そして、すぐさま片膝をついて頭を下げてきた。倣うように全ての兵士が同じように礼を尽す。

 

ええ……なんなの、これ?

国王陛下に謁見を求める。ケルシー、先触れを行え

「はっ!」

 

 さっきの隊長さんらしき人が立ち上がり、全力で駆けていく。周囲の兵士も立ち上がって、ばらばらと持ち場へと戻っていくらしい。

 代わりにわらわらと女官が現れて、わたしの手を引いて連れて行こうとする。

 

ちょ、なに、え?

国王陛下との謁見だ。少し身嗜みを整えてね

「さあさあ、どうぞ」

「こんな可愛らしい子がゼノンフロースだなんて」

「腕によりをかけますわー」

 

 え、え、ええ〜?

 

 

 

 

 怒涛の謁見が終わって、与えられた私室で寛ぐ。

 

 髪は艶々だわ、良い香りだわ、お化粧とか……中学生女子としては干物のような生活をしていた私にとって、有り得ない程に着飾る事になった。

 

 山の中でほぼサバイバルな生き方をしていた人間であるわたしはお洒落というのは殆ど縁のないものであり……不覚にも少し嬉しかったりもした。

 また、内心喜ぶ私自身にも少しばかり驚いた。

 

 人らしい感情など無いと思っていたのだから当然だ。しかし、私も木の股から産まれたものではないという事らしい。

 

 謁見というからには王様との拝謁がメインである。堅苦しいのは慣れてないから嫌だな、と思っていたのだけど……思っていたよりあっさり終わった。

 

「精霊の盟約に従い、汝……こよみに精霊珠を授ける」

あ……と。なんです、それ

「あー……細かい説明は、そうだな。アイリスに聞いてくれ。俺もいきなりなんで、古典とか思い出せんw」

 

 ええ……国王様がそれでいいのか、とツッコみたかったけど。空気を読んでやめた。

 

 玉座の前まで呼ばれて、国王というおじさんから小さな玉を恭しく受け取る。

 

「精霊よ、ご照覧あれ。我らは古の盟約に従い、貴方の分け御霊をこの異世界の少女に託した。大いなる災厄に先立ち、この事が我が国、我が世界に幸福をもたらさんことを切に願うものである」

 

 国王の宣誓に、謁見の間にいる全ての人たちが平伏する。心なしか、手の中にある玉が、小さく光ったように見えた。

 

 

 

 

 

 次の日に、同じ庭園で彼と話すことになった。呼び出されて行ってみると、そこには戦装束のアイリスが待っていた。

 

 その恰好も気にはなったけど、とりあえず貰った精霊珠の事を聞いてみる。

 

──要するに神話のようなもの?

そんなところかな。精霊様は『異世界から人に自分の魂を分けた“精霊珠”を与えよ』と仰られ、その管理を王家に一任された。何百年も前のことだから、生き証人はいるわけもないし……伝承で残るばかりだけどね

 

 この精霊珠というものは、願いを叶える力があるという。

 

本当に願いが叶うなら、私なんかに渡してはいけないんじゃないの?

精霊珠は僕らには使えないんだ

 

 なんでも使った事があるらしい、あの国王。

 うんともすんとも言わないので床に叩きつけたら跳ね返って額に怪我をしたとか言っていた。

 

はあ……でもそれじゃ、私にも使えないかもしれないじゃない?

そうかもしれないね。でも、それは僕らにもどうにも出来ない。そもそも精霊様の物だし

ふうん……

 

 そうは言われても……願いなんて特にないんだよね。試しに、アイリスに『願いはある?』と聞いてみた。

 

僕は……強くなりたい

強くなるの?

 

 そんなにいい事じゃないと思うけどな。

 でも、アイリスは王子様だし。私とは考え方も違うのだろう。

 だけど、彼はそのまま絞り出すように話し始めた。彼が強くならなければならない理由を。

 

代わるもの(アルター)? 何それ

世界を終焉に導く化け物……とでもいうのかな?

 

 話によると。

 その化け物と戦わなければいけないらしい。

 

兵隊に任せればいいんじゃないの?

魔力のない攻撃は通らない。そして魔力だけだと直ぐに傷が治ってしまう……そんな厄介な奴なのさ

 

 この世界には魔法があるらしいのだけど、その魔法だけだとすぐに傷が塞がってしまうらしいのだ。

 

 その代わるもの(アルター)の集団がこちらに向かってきている、という情報があるのだとか。

 

最初に帝国が潰され、隣国もやられ……残るはこのフロスティリスだけ

 

 化け物というだけあって、滅ぼされた土地は人は一人も残っていないらしい。すべて、奴らに食い殺されたのだという。

 

君も……その戦いに出るんだね?

 

 彼は返事をしなかった。

 光の当たり方によって蒼くも見える黒髪が揺れ、こちらを向く。

 

君には、元の世界に帰ってもらう。この場所なら、元の世界にも繋がるだろう

 

 その言葉に理解する。

 と、同時に否定した。

 

私が代わってあげる

え……?

私はだいたい、怖くないから。君よりずっと戦えるよ

 

 怖いと思った事は殆ど無い。父の修行でさえ、そう感じた事は数えるほどだ。それに。

 

 そんな思いをして得た技も、あの世界では意味がない。ひり付く命のやり取りの場は、あそこにはほとんどないのだから。

 

君には、無理だよ。魔法が使えないんだから

ん……そうか。なら、私があなたになればいい

 

 この手にあるのは、願いを叶えるもの。

 彼の望みと自分の願望、同時に叶えるうってつけのものだ。

 

 ならば願おう。

 

だめだっ そんな事をしたら君は……!

戦うには、男の子のほうがやりやすそうだし

 

 精霊珠へと願いを込める。

 それは違わず、願いを叶えた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えええ……」

これがダイジェスト版だね。未編集だとちょっと長くなるし

 

 目の前で、自分の記憶の奥に封印されていた事を詳らかに映像として映される……なんて拷問だろうか。黒歴史そのものといってもいい。

 

「ガキの頃の俺を殴ってやりたい! 少しは後先考えろっ!」

結果としてはこれは最善だった。代わるもの(アルター)の首領は討ちとられ、人的被害は他の国よりも軽微だった。フラウレーティア世界の盟主として君臨する事にも寄与したわけで、フロスティリス王家としては君を英雄視してもおかしくはない

 

 そうかもしれんが……実際にそのせいで迷惑を被ったのもいるわけだ。アイリスという少年は少女になってしまったわけで。

 

「あ……あ~、ひょっとして。莉姫としてVtuber活動させ始めたのって、もしかして……」

その辺りは本人に聞いたほうがいいと思うけど? なあ、アイリス?

 

 観測者がそう言うと、空間に歪みが出来てそこからアイリスが飛び出してくる。いつものお花の姿ではなく、古詠未スタイルだ。

 

何しやがんのよ、このババアッ

いいところで邪魔が入ってほしくなかっただけさ。君に任せているといつまでも本当のことを言いそうにないからね

よけーな、お世話っ!

 

 

 ……なんかやり合ってるけど、すげえムカつく。

 

「オ”イ」

こ、こよみさん? あの、これは……

「……本当のことを話せ(ギロリ)」

……はい

 

 

 

 

 

 

 

 ──彼女から告げられた話は、おおよそ間違ってはいなかった。

 

 全ては俺を女の子の姿に戻すための計画だった、らしい。

 

精霊珠に願ったのは、私とあなたの身体の入れ替えだったのだけど……お互いにお互いの特性をも写し合ってしまったの。私はあなたの格闘などの技術や向こうの知識を。あなたは私の魔力受容体としての特性を。おかげで代わるもの(アルター)討伐には成功したけど……私があなたの女の子としての将来を奪った事に代わりはないわ

 

 

 事が終わって、俺が元の世界に帰ったあと。

 彼……いや彼女は色々と考えたらしい。

 

 こっちには魔力がないから、そもそも唱術の起動が出来ない。

 ならば空間を通じて魔力を送ればいい。

 

 “アカシアの木”に書き込むには、ある程度の第三者が必要になるらしい。これは世界の観測と似た要素らしく、他者の認識がないとその世界では存在出来ない。

 ならば、Vtuberとして活動して、ごく狭い範囲でも認知する人間を増やせばいい。

 

 こんなかんじで計画を進めていたのだそうだ。

 

 当然のように、俺がエナジー不足で消失するとかいう話も真っ赤な嘘らしい。だと思ってたけどね!

 

 

「お前……なんで莉姫なんて身体を作って俺にすげ替えようとしてたの? お前の身体と入れ替えれば済む話じゃないか」

 

 おっさんがイヤとかそういう訳ではないだろう。……いや、ずっと女の子の身体だと嫌がるかもしれないな(邪推)

 

それは……ダメなの。精霊珠の影響を強く受けて、私の身体はもう人間とは呼べなくなってるのよ

「え……?」

あなたはちゃんと成長して、おじさんになっちゃったけど……私はあの時から見た目は全然変わっていないの。半分、精霊みたいな状態なのよ

 

 言われてみれば、古詠未の姿は十四、五くらいの少女である。人間だとすれば、加齢はあって然るべきものだ。

 

あの時のあなたの身体を出来る限り再現して、世間に暦=莉姫と認識させ、“アカシアの木”にその事実を書き込む。そうする事で、あなたは莉姫そのものとなれるのよ。きちんと年を取って、成長する女の子に、ね

 

 そう、諭すように言うアイリス。

 たしかにそれは、本来の筋道なのかもしれない。

 

 だけど

 

「じゃあ……なんでお前はそんなに寂しそうなんだよ」

え……

 

 泣いていることにすら気が付かないアイリス。それでも彼女は気丈に微笑む。

 

君が……あなたが。元に戻るのなら、私は何でもする。それが、私の国を救ってくれた、あなたに対して出来る恩返しだから

 

 ……ああ。分かっちゃいない。

 コイツはなんにも分かっちゃいない。

 俺は彼女に一歩ずつ近づいていく。

 

「……それはただの自己満足だ。お前がしたいようにしているだけだ」

!……そ、そうかも、しれないけど……

 

 すぐ間近で、反論をしようとするアイリス。

背丈の関係で上目遣いになってしまって、かなり凶悪な攻撃力を放つ。

 

「俺の気持ちは、何も分かっちゃいない……」

……ぁ……

 

 その小さな身体を、抱きしめる。

 元は自分の身体? 知ったことか。

 おっさんとして生きて何年経ってると思ってんだ。

 

「お前が好きだったからだ」

 

……ぁ、うん……そ、そう、なんだ……

 

 抜けるような白い頬だから、赤く染まるとりんごのようになる。その上を雫が伝い、抱きしめた俺の服にシミをつける。

 

 その蒼い瞳から溢れる真珠のような涙を指で拭うと、触れれば壊れそうな綺麗な顎をついっと持ち上げ……唇を重ねた。

 

……ん……

 

 一瞬だけ驚いたようだったけど、すぐに腕を絡めて自ら求めてくるアイリス。

 子供のような拙いキスだけど、それは仕方がない。あの時から、俺たちの時は止まったままだったのだから。

 

 

 

 

……そろそろいいかね? 集めた魔力が足らなくなっても知らんぞ?

 

 

 俺たちの行為を見ながら、いちおう待っていた観測者が遠慮がちに声をかけてくる。

 今までの薄ら笑いと違って、心底呆れたような表情に思わず吹き出してしまう。

 

「おまえ、意外と人間臭いな」

人間観察が趣味なのでね。ちなみに恋人たちの睦言というのは見ていて一番つまらない

「そりゃあ、観察とは言わない。出歯亀ってんだ。それに、やっかむなら相手(パートナー)探せよ」

 

 そう言ってやると、わずかに鼻白んだようだ。

 細やかな復讐に溜飲を下げる事ができた。

 

わ、私のことはどうでもいいだろ? それよりアイリス嬢。向こうとの転送門を繋げ。転入者達はマークしてある

 

 ややふてくされたような口ぶりで言うと、観測者の手元に光る帯が出てくる。それが倒れているヴェンデッドと来宮きりんに繫がる。

 

これを離すなよ、暦

 

 その光る帯の片方を俺に渡す。その先はこの世界に来てしまった人達に繋がっている。ここにはいない、今宵や京介、乙葉とも繋がっている筈だ。

 

 離すわけにはいかない。

 

 その間に、アイリスがダマスケナに連絡をして、転送門を開ける準備をしている。

 その最中に、観測者が俺に近寄り耳打ちしてくる。

 

ヴェンデッドがしでかした事を帳消しにするには“アカシアの木”へアクセスして、その事実を上書きする必要がある。アイリス君を信じてはいるが、躊躇するなら君が行い給え。彼女の半身とも言える君になら、術式も執り行える筈だ

 

「ゴツンッ あいたぁっ!?

 

 ムカつく事を言うから思わず頭突きをしてしまった。後悔はしていない。

 涙目でこちらを見る観測者は、いつもの超然とした様子は微塵もない、ただの女性のようにみえる。

 

「一番大事な女を疑うような真似させんじゃねえよ」

ええ……きみ、キャラブレすぎてない?

「これが本当の俺なんだよ!」

 

 噛み付くように言う。自分でもこっぱずかしい事を言ったと思うが、仕方ない。そう感じてしまったのだから。

 特段、気にもしてないようなので、痛いと言ったのもただのテンプレなんだろう。

 

 

準備オッケーよ。始めるわ

「こっちもいいぜ」

 

 アイリスの声に、そう答える。

 

 その瞬間に天井から凄い光量の光が落ちてきて。

 

 気が付けば、俺たちは元の世界に、戻っていた。

 

 




 風呂敷のたたみ方、ざつぅ!(自虐)


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49 解き放たれた、おひめさま

 これにて本編は完結します。
 ご都合展開待ったなし(笑)


 戻ってからすぐに“アカシアの木”へとアクセスする術式を起動させた。

 少し逡巡してたけど、アイリスは従ってくれた。

 

この魔力量だと一回が限度か……

 

 アイリスの呟く声は、未だ未練を引き摺っているように聞こえた。なので。

 

ひゃう?

「俺は女の子なんかにはなりたくない」

 

 後ろから抱き竦めると、彼女は小さく声を上げて驚く。その様があまりにも可愛くて、ついいじめたくなってしまう。

 

「それとも……ゆりゆりな方がお望み?」

う……わ、私も……男のほうがいい……

「声が、ちいさい」

もう……バカ(///)

 

 いちゃいちゃしてても始まらない。

 アイリスの唄が響き始めると、すぱしーばの会議室だったはずの場所は霧が立ちこめ……いつの間にか、大きな木の前に俺たちは立っていた。

 

「本当に、木なんだな……」

世界と世界を繋ぐ木だと言い伝えがあるわ。私も当然、見るのは初めてだけど

 

 よくある世界樹とかいうバカでっかい木とかでもなく。やや大ぶりだなと言う感じの木だ。

 その木の根本に、両手を広げていっぱいくらいの幅の石版が立て掛けてある。アイリスが近寄るとその表面が輝いた。

 

『汎用情報統合端末、アカシャver9.7596……

 ID:A73545B5968F125

 

 管理機能の一覧

・世界概念、基礎構造の確認、変更

・内包する世界の生命体の確認、変更

・世界構造の破棄』

 

 まるでPCの管理画面のようにメニューがでてる。二番目を選んで次の項目から『魂魄内包生命体の確認、変更』を選ぶと『便宜上、世界内での国、組織に分類されて保管されてあります。個人を特定するには個人名、真名、管理IDを入力して下さい(注意)個人名は同一のものが多数存在する場合があります』と書かれてあり、検索ボックスの他に地球儀のような絵が出てきた。

 

「ヴェンデッド=ハルキオンて入れればいいのかな?」

仮の名前でも出てくるはず……あった

 

 完全一致は三件……他にもいるのか(笑)

 その中から経歴や年齢等から類推出来る奴を特定した。

 

『個人名:ヴェンデッド=ハルキオン,ウォルター=スミス,ヴェルター=シュミット,ヴェンデッド=クラン=リリウム』

 

 最後の名前は、おそらく亡国の王子だった頃の名前。どう修正しようかと悩むアイリスに俺は提案した。

 

「最後の名前、消したらいいんじゃね? あと、出自とか経歴も無かったことにして」

え? ……ちょっと乱暴じゃない?

 

 俺もそうは思うけど、今回の件はそもそも彼が魔法の使える存在だった事に起因している。

 

「魔法の使えない奴なら、自分の世界を作ろうなんて考えなかっただろ? それにトラウマの過去なら、無いほうがいい」

それも、そうね。事件そのものが起きなかったようにすれば、世界の修正が働いて行方不明も無かったことになる

 

 手早く修正を施して、画面を閉じる。木が僅かに発光して、細かな粒子がその葉から湧き立ってゆく。

 

……時間切れね

「本当に短いなぁ。俺らの事も見られれば良かったのに」

本当に未練は無かったのよね?

 

 アイリスが心配するように声をかけてくる。

 頭にぽんと手をおいて、ぐりぐりと撫で回してやる。

 

「俺はもうおっさんそのものだからいーんだよ。お前のことが気掛かりだっただけだ」

……わたし?

 

 小首を傾げるアイリス。

 

「お前、人間じゃないって言ってたろ? これならかなり無茶な事も出来るんじゃないか? 人間に戻すとか、さ」

 

 この言葉に、はっと息を呑むアイリス。

 ……少しは自分のことも考えろよ、このおひとよし。

 

私は、別にいいの。どうせ、側には居られないんだし

「……向こうに戻るつもりなのか?」

 

 フラウレーティアに戻る。アイリスがそう考えるのも頷ける。元々の世界はそっちなのだし、やることが無くなれば帰るのも不思議はない。

 

 だけどな。

 

……

 

 俺の両手が、アイリスを包み込む。

 

「お前が帰りたいなら、俺も付き合う」

だ、ダメだよ……わたしは、人じゃない。あなたとは、釣り合わないよ

 

 弱気なことを言ってくれる。

 俺のために世界を変えようとまでした女とはおもえない。

 だから、力を込めて抱きしめる。

 もう決して、手放さないために。

 

「お前以外は、要らない。アニメや漫画が無くても、まあ、平気だ。今の職場は出向のせいで居ないようなもんだし、向こう(ロシア)に行ってる工作員さんに引き継いでもらうさ」

こ、ども……できないかも、しれないよ?

「万理花や瑠莉がいる。あの子達が来るかは微妙だけど、その時はプリムラやダマスケナに頼むとするか」

でも……

「俺といるのが、そんなにイヤか?」

 

 真面目なトーンでそう言うと、いやいやと首を振る。

 

そんなわけないっ! うれしい……すごくうれしいよ……ホントに、私で……いいの?

「……お前だからだよ」

 

 アイリスの綺麗な蒼の瞳が潤む。

 いい雰囲気なので、そのままキスしようとすると。

 

人というのはところ構わず発情するというのは本当だなぁ

 

「「!」」

 

 元の会議室に戻った俺たちを、やや呆れた顔の観測者が待ち構えていた。いつもの薄ら笑いを湛えて。

 

ふわわ……

……ごくり

 

 いつの間にか、フェティダとダマスケナまでいた。

 フェティダは顔を赤らめて、ダマスケナは生唾飲み込んでこちらを凝視している。ナニコノシュウチプレイ

 

 

いや、きちんと改変してくれた事のお礼にね

 

 上位存在だと気付いたフェティダとダマスケナはそのまま退出したのだけど、観測者は椅子に腰掛けるとペットボトルのお茶を飲み始めて歓談を始めた。

 

ヴェンデッドはただの外国人になり、過去も設定だけの存在となった。よって、あの事件自体も無くなり、一時的に行方不明になっていた人間も居なくなった。ここでの現実は、何もないただの一日になったわけだ

「俺たちは覚えているけどな」

それも自然に忘れるよ。泡沫の夢のようにね

「それならいいけどな」

 

 見れば、彼女の顔もうっすらと険のない笑みに変わっている。これが正しかったのかは分からないけど、すべて丸く収めるのは無理なのだ。

 

彼の過去を改変した事を気に病んでいるのかい?

「……図星つくじゃねえか」

自分も記憶を弄られてたのに?

「それは……まあ、でも、アイリスは良かれと思ってやっていたんだろうし」

ならば、それと同じだよ。そんな過去を持たなければあんな真似はしようとしなかった。相手を慮る心があるのなら、その罪は幾分マシになると思うけどな

「まあ……言っても詮無い事だとは思うけどな」

そうそう。なるようにしかならないんだ。全てをうまく取り持つなんて、創造主にだって無理なんだ。人の身であるなら当然なのさ

 

 そうしていつもの薄ら笑いを浮かべる。

 まあ、個人的にはみんなが無事で本当に良かった。

 事件が無かったことになってるなら、千影女史にぶん殴られる事もないわけで、ほっと一息だ。

 

子供といえば……万理花と瑠莉だっけ? ここに来る前にあの子供たちの世界に行ってみたけど。ゾンビに対抗する薬が作られてたよ?

「えっ? マジで?」

原作知識を持った連中が多かったのかもしれないけど、発生から三ヶ月で収束したわけだ。あと数年もすれば、あの子達を戻しても問題ないと思う。両親の安否までは確認してないけど、瑠莉の姉の悠里はちゃんと生存してるし

「ヨッッシ!」

 

 思わず、出たコロンビアのポーズ。

 りーさんさえ生きてれば、瑠莉だけでも戻してやれる。二人の親も両親も生きてりゃいいなとは思うけど……これは少々難しいかも。

 

よかった……勝手に作った世界だから、どうなるかと思ってたけど……

空想を現実に作り変えるのは並大抵の事ではない。人の可能性は創造主の枠すら超えることもあると証明されたわけだ。後で座標を教えるから、行ってみるといい

 

 アイリスの方を見ると、やれやれといった表情でこちらを見てくる。

 

今は魔力が少なすぎて無理よ? あと数年は待ってもらわないと

「あー、そっかー」

……通信を繋ぐくらいは出来るかもしれないわ。ダマスケナに後で相談してみる

 

 それでも、あの子達には嬉しい報せに違いない。

 

ときに。君らは結婚するのかい?

「「ブッ!?」」

 

 いきなり、ぶっこんできたな、おい。

 二人してむせこんでいると飄々と言葉を続ける。

 

それなら、莉姫を続ける事は難しいだろうね

あ……

 

 言われて気づいたけど、それは大した問題じゃない。

 

「海外に戻った、とでもしておけばいい。母親は不明のままなんだし」

でも……瑠莉や万理花にそう説明するの?

「む……」

それに。入れ替わりに私と貴方が入ってくるのは、いかにも不自然だわ。まるで莉姫を追い出したみたいだもの

「それは……たしかに」

しくしくしく……親父とママに追い出されるんスか……

ひどい話だね。白雪姫コンプレックスってやつなのかも。アイリス嬢も心に傷を負っていたのかもしれないな

「そこっ、うるさいぞ! 茶化してんじゃ……あ”あ”っ?」

 

 観測者と話す誰かに文句を言ったのだが、そこにはありえない人間がいた。

 

 

 

 艷やかな黒髪は時折蒼く輝き。

 

 ちいさい身体に丸みを帯びた顔は愛らしく。

 

 瞳も青く、僅かに潤んで見えるのは、泣いているからか。

 

 アイボリーの制服に身を包み、髪は緩く三つ編みにして変装用の黒縁メガネをかけている。

 

 ごく自然に、媚びる仕草をしている少女が。

 観測者と話していた。

 

 

 

「……え?」

……ええ

 

……あれ? ちょっとヤバくないッスか? 親父とママ、固まっちまったデスよ?

君みたいな可愛い子を放りだそうとしてたのに、心配してやるのかい? 君たちは親子揃ってお人好しだね

なっはっは♪ 可愛いなんて、とーぜんッスよ! なんたって、親父と、ママの子供なんスからねっ!

うはー、ウゼェーw

 

 なんか、終理永歌と莉姫が目の前で雑談コラボしてるような光景だな……

 

「って、おいっ! お前なんで居るのっ?」

あ、親父ー、どもども、はろはろー、ひゃっはろー♪

君とは別キャラみたいだね……いや、こんな感じなのかな?

「ど、ど、ど、どういうこったー?」

な、なんで莉姫が動いてるの?

 

 

 こちらを見てウインクしてくるのは、間違いなく莉姫だ。何せ毎日鏡で見ていたのだから、間違いようもない。

 

 こういう事態を引き起こしそうな奴はコイツだけだ。

 観測者を眺めると、彼女は肩をすくめた。

 

私はなんにもしていない。これは君らが引き起こした奇跡だよ

世界がピンチなのにぐーすか寝てるわけにもいかないよねっ! そう思ったら、なんか実体化しちゃったの

 

 てへぺろっ(*ノω・*)

 

 そんな感じで宣う莉姫に、言いようもなく脱力する俺。アイリスもなんだか微妙な表情……。

 

 なあ、これは直さなきゃいけない案件じゃねえの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんよみー♪、十八時半になりました。姫乃古詠未でっす! 今日はみんなどう過ごしていましたか? 僕は意外と波乱の日だったんスよ。詳しい事は後でお話しする事にしますけど。それでは、しばしの間お付き合い下さい!

 

 俺のPCの前で喋る莉姫を眺めて、本当に実体化しちゃったんだな、とぼんやり考える。

 俺が合体する事はもう無いし、この放送をすることももう無くなる。

 

 そんなふうに考えると、ほんの少しばかり寂しく思ったりもする。

 

 こんよみーw

 今日はテンション高めだね

 こよみんこんよみ

 ウッキウキだね、なんか良いことあった?

 

 リスナーのコメントがつらつらと増えていく。チャンネル登録者数もいつの間にか五万人を突破している。

 大半はすぱしーばの技術提携関連で増えたのだけど、それでもこれだけ応援してくれる人がいてくれる事に心から感謝したい。

 

良いこと? フフーン、実は現在進行形なんだっ! 今日はウチの親父が授業参観してくれてるんだよー♪

 

 親フラじゃなくて親待機w

 こんな親しみ込めた親父って聞かないなぁ

 ウチなんか完全にウザい人扱いなんだが……裏山

 

ほらほら、親父。いつもみたくご挨拶!

「ええ……どうも。父親のこよみと申します」

 

 莉姫のマイクに寄って声を出す。

 いつもみたくと言われても、おっさん状態で配信なんかしたことないから勝手が分かんねえよw

 

 おう、おっさん声w

 意外と渋い感じでいいな

 お父さんと同じ名前にしたんだ……愛を感じるねい

 

 おおう……地声で話すのってすごい怖え。

 恐怖が分かるようになったせいかも知れないけど、よくこんな事してたな、俺。

 

愛してるに決まってんじゃんっ 僕の親父だよ? 抱かれてもいいってばよ!

「バカ、おまえ、それは」

ったあぁいっ!?

 

 危ない発言すんなと注意しようと思ったら、絶叫をあげてもんどり打って倒れる莉姫。

 とっさに抱きかかえたから、頭とかはぶつけてないと思うけど、頭の痛みのせいか涙目だ。

 それと、脚広げんな。ぱんつ見えてるから。

 

(はした)ない発言を許した覚えはないですよ、莉姫

ママっ!? なんでおしおき?

 

 アイリスが腕組みしながら、こちらを睨んでいた。

 てか、ホントになんでおしおき出来んの?

 

その髪飾りに仕掛けといたのよ

うそー? 帰国のプレゼントに何仕込んでんのママ! 鬼畜、このアイリスっ!

ママを呼び捨てとか行儀が悪いわよ?

きゃいんっ! 

 

 いいぞもっとやれw

 久々のおしおきハアハア

 つか、アイリスってママだったのか、リアルな。

 絵師でもあり、母でもあるか。

 アイリスさんも声若いなー

 

あら、嬉しいコメント、ありがと♪

ちなみに。古詠未の姿とママってほぼ同じだよ

 

 は?(困惑)

 マジでっ!?

 え……つまりロリ?

 いやいや、こんなママとかいないやろ(汗)

 しょーこが無いしなぁ(チラ)

 

む? 信じてないな? これでどない!?

わっ、こらっ!

 

 そう言ってwebカメラをアイリスに向ける莉姫。

 慌てて顔を隠すアイリスだけど、その顔は確実に撮られてしまっていた。

 

 うそっ、かわええっ

 銀髪のロリ少女キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 うせやろ……中学生やん!

 なんか、莉姫ちゃんとあんま変わらないなw

 こんな子に手を出すとかこよパパロリコン?

 

「いや、ロリコンではない。嫁も娘も可愛いけどなっ!」

 

 隙自語乙w

 パパさらっと発言せんでよ、娘の放送ダゾ?

 おしおき、ママだからやってたんだw

 ガチ躾でワロタwww

 この家族羨ましすぎる……

 パパ代わって(切望)

 ちょおっとっ! なんて放送してんのっ 夏波 結

 家族生配信と聞いて 相葉 京介

 お久しぶりですわね 暦さん リース=エル=リスリット

 お父さん、お母さん、義妹さんを下さい 十六夜 桜花

 ここぞとばかりにあるてま勢来たっ!

 お前ら待機し過ぎ(笑)

 こういうノリ、あるてまだなぁ……

 

 コメントが加速し過ぎてよく分からなくなってるw

 羽目外しすぎだろ、大丈夫かこの娘は……。

 そんなふうに思っていたら、Disroadに通話チャットが入る。

 

お、これは……はいはい莉姫ッスよー、あ、いや、古詠未ですよー

あー、と。テンション上げすぎだろ、名前間違うなよ、あと身バレしすぎだし、気ぃつけなよ、マジで

黒猫さんに常識人ぶられると、なんかもにょりますw

なんだと、ゴラァッ! 年上ナメんなよ?

ふへへ、サーセンw というわけで凸はあるてまのリーサルウェポン、黒猫燦ちゃんでございまー

あ、お、おう。おじゃま、します……

 

 

 黒猫が凸!?

 マジで成長したな、黒猫草

 紹介されて素に戻る黒猫カワイイ

 先輩ヅラしてて草

 マトモな事も言えるんやねw

 

 黒猫……今宵がまさか自分から凸掛けてくるとは思わなかった。

 

……パパさんに言いたい事があるんだけど、いいかな?

放送中で、いいんですか?

ん……構わない。他の人には分かんないだろうし

そですか。ほい

 

 そう言って、ヘッドセットを渡してくる莉姫。

 口元がによによしてて、ウザ可愛い……俺も相当ダメだなぁ。

 

 ヘッドセットを付けて、咳払いから発声を慣らして。

 

「はい。代わりました。初めまして、黒猫燦さん」

黒猫でいい。一つだけ言いたかったの。仮面ラ○ダーは平成がさいつよだから

「……至高は昭和だよ」

5○5が一番。昭和は古臭くてみすぼらしい

「昔の特撮はあんなもんなんだよ。ファ○ズは勧善懲悪のヒーローものとは呼べない」

古臭いのはアンタの考え方。そんな視点でしか作品を見れないのはかえって哀れ。広い視野で先入観なく楽しむべき

「くっ……え、偉そうに」

 

 やべえ、正論過ぎる。ぐう正論てやつか。

 

 また黒猫が空想作品語ってるw

 こよパパ、なんでこの話についていけるのか……

 てか、どこかでやってたのか? 仮○ライダーって

 外国とか?

 昭和とか平成とか言わんだろ、外国じゃw

 通じてる所が只者でない……パパ何者?

 黒猫と同じやべー奴って事じゃね?

 なるほど(納得)

 なるほど(禿同)

 

「まあ……そうだな。そう思う事にするよ」

ん……いずれ、会って話したい。もっと色々と話したい

「あー……娘同伴でいいか?」

 

 いま、アイリスがとんでもない顔で怒ってるんです……少しこわい。

 

それじゃ、また。莉姫ちゃん、配信頑張ってね♡

黒猫さん、ありがとうございましたーっ!

うるさっ!

「くっ……」

 

 耳元で叫ぶなっ

 鼓膜の替えなんてねーんだからっ

 

 ……鼓膜の予備があって良かった

 俺は切らしてたから、痛え

 今日はこよみん、テンションたけぇなあー

 いつものクールさはどこいったw

 初登場の頃と比べると落差が酷くて草

 

 あー……あの頃は、本当にやりたくなかったからなぁ。

 そんな俺の感慨を他所に、ヘッドセットを被り直して語りかける莉姫。その顔は嬉しさと楽しさでいっぱいで……キラキラと輝いて見えた。

 

生まれてこれた事が嬉しくって、この先の人生もすっごく、楽しみ! だから、昔の事なんてもう忘れちゃったよ! これから僕は、先の事だけ考えて、前を進んで行くんだから

 

 その姿に、自分の若かりし頃の姿を重ねてしまう。女としての華々しい時代というのは経験できはしなかったけど……自分の娘がそれを感じてくれるなら、親としては喜ばしいことこの上ない。

 

では、ここでゲストをご紹介しましょうっ! 一人でママ、パパをやる傍ら、作詞作曲、演奏なども手掛ける恐るべきなんでも屋! わがすぱしーばのワンマンアーミーとの異名を持つ可憐なバーチャルミャーチューバー! 立花アスカちゃん、でーすっ!!

うええ? ちょ、古詠未ちゃん。そんなハードル上げないでぇっ!

 

 画面の向こうでは、立花アスカがわたわたと慌てふためいている。莉姫(おれ)の元気のない姿を見て心を痛めていた優しい少女であり、よきアドバイザーである。

 

アスカちゃんがいるって事は? とーぜん、今日は『お歌配信』です! 今日は時間いっぱいまで歌うから、みんなもちゃーんと聞いていてね♪ 途中に他のゲストも呼んじゃうから、アーカイブで後から見ようなんて勿体ないことしないでねー。

 

 俺は歌だけの配信はして来なかった。

 レパートリーが少ないし、懐メロカテゴリーしか歌えないしな。

 

では、一曲目はこちらっ……せーの♪

 

「「♪君にもたぶん泣きたい日があるでしょう〜♪」」

 

 アカペラから入る、その懐かしい曲。

 深夜ラジオからデビューした、当時新人だった二人の声優の、初のシングル。

 

 思い切り懐メロに属するこの曲を一発目にするとか、さすが俺の娘というべきか。

 

「「♪信じるものに、試される日があるー♪」」

 

 軽やかな電子オルガンがメロディを奏で、もう一人のパートをアスカが歌う。

 

 やや高く伸びがあるアスカと、低音域が残る子供声の莉姫との相性はとてもいい。

 

「「♪モウデキナイと、立ちすくんだ心にー♪」」

 

 横を見ると、瞳を潤ませるアイリスがいた。

 自分のお腹を痛めて産んだわけではないが、紛れもない彼女の娘。

 その姿には、感慨もひとしおだろう。

 

「「♪ゲンキダシテと、言う もう一人の私〜♪」」

 

 ダイニングからはプリムラ、ダマスケナが見ていた。その二人に抱かれて、声を出さないように、我慢しながら見守るのは万理花と瑠莉。

 

 もう一人の俺が歌う『もう一人の私』。

 

 ただ、眩しく。

 その姿を見て、歌声に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──蛇足?

 

いやあ、いい配信だったね

一曲目で止めていたら、素晴らしかったと思います……?

 

 とあるマンションの一室で。

 同じ姿をした女性が語り合う。

 どちらも黒を基調にしたドレス姿で、前髪が瞳を隠していて、全く同じ人物にしか見えない。

 

親戚のお子さんが入るのは、まあいいですけど……親御さんが歌うのは止めたほうが良かったと思いますよ?

家族カラオケの配信場面だったもんねぇ♪ いや、愉快だったよ

ま、まあ……面白かったですけどね

 

 子供たちのアンパ○マンとかド○えもんとかは、微笑ましかったけど。

 母親のアイリスさんの天城越えとか……うまかったけどね。

 

あのパパの懐メロはほんとスゴかったね。鋼○ジーグとかメカン○ーロボとか。演奏してる立花くんの顔が目に浮かぶよw

ある意味、彼女が一番株を上げましたよね……

 

 ひとしきり笑ったあと。

 彼女はふっと立ち上がる。

 

では、もう行くよ

私は別に気にしませんから……ずっといても、かまいませんよ?

変わった子ばかりだね。やはりこの世界は面白い。でも、他にも観測してる所がいっぱいあるし、そういうわけにもいかないんだ

そうですか……また気が向いたら、いつでも来てくださいね?

君には迷惑しかかけてなかったけど、楽しかったよ。これは偽らざる真実さ

 

 そう言って、一人の女性の姿がかき消える。

 後には、涙を堪えるもう一人の女性しか残されていない。

 

お元気で……

 

 その存在に名前はなく、知り得る存在はただ『観測者』としか呼ばなかったという。

 

 

 




 途中グダグダしながらもようやく書き上げる事が出来ました。これも読んで下さって、感想をくれた皆様があったればこそかと感じます。

 どうもありがとうございました
 m(_ _)m ペコリ


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50 後話 その後の配信

 今回地の文少なめで書いてみました。
 莉姫が勝手に動く配信だとエラい事になるんだね……


十八時半になりました。みなさん、こんよみー♪ 姫乃古詠未でーす

みなさん、こんばんわ。すぱしーば所属の立花アスカです

月一企画の今日は、アスカちゃんとの雑談コラボ『あすこよーい♪』でございますー!

放送中もマシュマロ募集してますので、ゲストの方や私達への質問やふつおた、なんてことないトークのネタをどんどんお送り下さいませっ

アンチや下ネタ、炎上案件もお待ちしてまーす♪

古詠未ちゃん、それは募集しちゃダメだよ?

募集しなくても来るもんねー、みんな暇だよなぁ? そんなの書くよりレポートとか企画書とか稟議書とか書いた方がためになるよ?

レポートは分かるけど、あとの書類って何?(半泣き)

さぁ、今日も行ってみよー!

 

 

 はじまたー♪

 こんよみ

 こんよみー♪

 今日も今日とてハイテンションw

 企画書はともかく稟議書はガチw

 中学生社会人キャラとか誰得なのかと(笑)

 職場にこんな後輩いたら可愛がるw

 ワカル

 わかりみ

 アスカちゃんはもう少し後になったら分かるかもね

 

さてさて、今回で三回目になります『あすこよーい』。このコーナーは毎回ゲストをお呼びして色々とインタビューという名の雑談をしていくコーナーでっす!

一回目はあるてま一期生の来宮きりんさんにお越し頂きました。見ていない方は後でアーカイブをチェックしてみて下さい。きりんさんの意外な一面が見られるかもしれませんよ?

二回目のゲストは、やはりあるてま一期生の相葉京介さんでした。個人的には超、超イチオシのライバーさんです!

そ、そーですね……あんまり言いすぎてコッチにも向こうにも火種巻きまくりましたけど……あのね、古詠未ちゃん。男性ライバーさんとの距離はちゃんと測らないとダメだから

えー? パパとママみたいなこと言わないでよー(ブーブー) アスカちゃんだってカッコいいって言ってたじゃん!

だからやめてって言ってるでしょおー?

 

 双方にアンチを送り込むスタイルw

 天然で言っちゃうからタチが悪い

 顔良し声良しの見た目ラノベ主人公だからな

 女性ファン多いんだよな……女の嫉妬は怖えぞw

 あっちもこよみん推しが炎上させたらしい……人は争わないといけないのか(哲学)

 

そんな訳で三回目のゲストですが。ようやくこの方をお呼びできました!

あるてまの誇る最終兵器猫。黒猫燦ちゃんでーす♪

こんばんにゃーっ! おまーら、前フリ長いってのっ! もっと早く呼べよぉ、すっごい退屈だったんだぞぉ、おうっ!

アッハイ サーセン(笑)

誠意っ! 誠意を示せっ この社畜ぶった小娘がっ! 人様んとこにアンチ送りつけてんじゃないぞ? せめてそういうのは我王にやってやれよぉ

我王さんは解釈違いなんでw

だよねっ! アンチすら沸かないってスゴイよなぁ!

 

 悲報、我王くんに何故か飛び火w

 黒猫ェ……同期に対してよぉ…… 我王 神太刀✓

 我王くんチースッ(^o^)丿

 最近低評価が少なくなって毒が消えてきた我王くんオッス

 むしろ中二容認派に介護されてる説

 

牙の抜けた中二キャラとか存在理由あるの? にゃ?

それっ、私のキャラ! 侵害イクナイ!!

でもそんなお兄ちゃんも大好きだよ、と黒猫さんが言ってましたー(笑)

捏造っ! コイツどんどんタチ悪くなってきたぞっ? おい、親父っ、どんな教育シテンジャイッ!

だって、炎上させるにはどんどん薪を置いてかないとっ

私と我王をまとめて炎上させんなやっ!

だって……我王お兄ちゃんって、炎上してるときの方がカッコよくない?

分かるっ! スゴい分かるわっ……なんだろう、この説得力

これが社会人パワーッスよ?

なるほど! 丸め込んで騙すワケかっ! 大人はきたねぇなぁっ! おまえ、私の年下だけどなっ!

サーセン!(ノ´∀`*)

……こ、この二人は相変わらず、止まらないですね〜。マ、マロにいきたいんだけど?

「「どんとこいっ!」」

 

 ハイテンション過ぎてアスカちゃんひいてる草

 つか仲いいなw

 燃えてる方がカッコいいってマジ? 我王 神太刀✓

 真に受けるな我王w

 それは罠だ我王ww

 でも、逆境に立ち向かう姿は胸を打つよな……

 とりあえず、百合の間に挟まれば炎上するよニッコリ

 ちょっと、夏波さんとリースさんの配信に凸してみるわ 我王 神太刀✓

 

おい、コラ我王! ゆいさんに迷惑かけんなやっ!

そうだぞ、コラ! ゆいままはわたしンだかんな!?

は? ゆいさん独り占めとか何言ってんの、このメス猫?

あ? ゆいままは天地開闢の頃からわたしだけのモンだぞ?

こないだ、ご飯一緒に食べたもんっ!

私なんて、お風呂一緒に入ったぞっ!?

うぐっ……そ、その。ちょっとくわしく……

ゆいは着やせするんだよな〜。おっぱいもおっきいし、肌ももちもちしてるし♡

わ、わ、それ以上は、ダメ! 燦ちゃん、BANされちゃう〜!

 

 なに口走ってんのっ! 夏波 結✓

 ゆいまま!

 やっぱり居たぁっ!

 

ゆいさん、おはようございまーす♪

ちゃんと見ててよ? 私だってせーちょーしてんだから?

もう、二人とも。ゆいさん好きなのは分かるけど……放っておかないでよ

! アスカちゃんも大好きだよ?

わたしもわたしもっ!

くす♪ ありがとう、二人とも。それじゃあ、マシュマロ読むよー?

 

 

 こよみん、アスカちゃん、こんばんわー♪

 三回目と言うことで次のゲストはあの子ネコちゃんかなー? なんて決め打ちで質問します! 黒猫さんの好きな所と直してほしいなーって所を教えて下さいっ! また、おんなじ質問を黒猫さんにもオナシャス! 

 

マシュマロ

❏〟

 

すごいっ よくわかったッスねぇ♪

三回目だから燦とか安直すぎw

そっかなぁー? ま、黒猫さんとは色々ありますしね

実はこの企画上がったときに最初のゲストは燦ちゃんだったんだよね?

そんときは試験中でムリだったデス……きりんさんには申し訳ありませんでした(ペコリ)

ま、あの方が良かったとは思いますけどぉ? 黒猫さん、新企画とか弱そうだしw きりん先輩なら問題ないですモン

おまー、ホント言いづらいことずけずけと……豆腐メンタルなのは認めるけどさあっ!

 

 試験中は流石にムリめ

 リアルママ厳しいんだっけ?

 黒猫、そういや進学なのかな?

 進学言うてたぞ?

 隙あらば攻めるこよみん草

 この子最近やたらと噛み付くよね……ま、実害ナシだけどw

 ホントの事だもんな、豆腐メンタル(笑)

 

きりんさんはやっぱり受け答えもスムーズでしたし、このスタジオでもリラックスしてましたもんね♪

やっぱ格が違ったよね!

あーはいはい。きりんさんがスゲえのは私だって分かってるよ。あの対応力は真似できないよね

あれー? 嫉妬しちゃった?

そういうわけじゃないけど、まだまだかなわないなーって思ったし

真面目マンですか。キャラの解釈間違えてますよ? 黒猫さんは、はわはわギャーギャーいうのでいいんですっ!

おまえ、ホント失礼だなぁー

 

 黒猫ジト目サンクス!

 あー、こここよみんトコだからスパチャできねーんだよなァ……

 そんな二人をみてにっこりアスカちゃん……女神かよw

 広い心がないとここには入れないよなぁ……

 

そうそう。ここの黒猫さんの入りとかおもろかったよ♪ 『……あ、あの、ここで、いいんですか?(チラリ)あーもうっ! カワイイなぁー♪ ウチによゆーあったらこのネコちゃん飼うのになぁー

お、おま……それはその……

あり? なんでガチに照れてんの? はっ、さてはパパを狙ってんな? パパは私のだからやんないぞっ!

はぁっ? あんなおっさん、いらんしっ!

おっと聞き捨てならねぇなー? ウチのパパは世界一だぞ、コラァッ

いったぁあっ!?

 

 アイリスちぇーっくっ!

 ママちゃんと見てて草

 穿ってみると娘に嫉妬するアイリスママみたいw

 それ、イイねっ!

 ウ=ス異本捗るわ……

 実はこよみん本よりアイリス本の方が多いらしいw

 ま、まあ……アイリスママ合法だし(笑)

 こよみん未成年であの体型だからなぁ

 一部マニアには人気w

 

うう……効いたぁ……

本題に戻ろっか。わたしは燦ちゃんから元気をもらってるから、そういう所が好き、かな? 直してほしい所は、うんと……えっちなところ

そうッスね……時々私のこともエロい目で見てるときあるんで

はあっ? いや、そんなこと無いだろ? アスカちゃんには時々色々してもらってるけど

燦ちゃんっ! ダメぇ……

アッ ハイ

 

 悲報。エロ猫はどこでもエロ猫(笑)

 中学生にエロい目とかw

 アスカちゃんに何してもらってるんスかねぇ……

 

こないだ部屋に行った日がすごく暑くて。シャワー浴びてきなよ? っていうからお借りしたんだけどさ。髪留め外すの忘れて脱衣所戻ったら制服持って見てたんだよねw

バッ……おまえそれは言わないって約束だろっ?

いやだって、顔赤らめてさ……ぱんつとかならまだ分かるけど、なに? 制服フェチ?

燦ちゃん……

違うっ、ほらワンピースの制服なんて、あんまり見ないからさ? どーなってんのかなって……

それなら普通に見せてって言えばいいのに、なんで脱いだ後のを見てるわけ? あとハァハァ言ってたのでもうアカンでしょ?

くうっ……

燦ちゃん……これは弁護出来ないわ……

 

 ガチなヤツだったwww

 ここ切り抜きだろうなw

 アスカちゃんの目からハイライト消えたぞ?

 これは……修羅場かな?

 

黒猫さんに直してほしいのは、ほんとスケベなとこ。その前のお風呂の時も、洗い方がやらしいしw

 

 ガタンッ

 バンッ

 

は、はひ? アスカ……ちゃん?

私以外は湊さんだけだと思ってたのに……莉姫ちゃんとも……?

ちょ、ちょアスカちゃん、それ名前はマズいってっ!

あー、わたしは別に構わないけど〜?

! ご、ごめんなさいっ……つい……

 

 続報。アスカ、ゆいまま以外にこよみんともお風呂入る黒猫。さらに別の人も?

 いや、本名なんじゃね?

 誰とは言わんけど言ってるようなモンw

 いや、別の人かもしれん(すっとぼけ)

 

そんなとこも含めて大好き♡

お、おう……

……

 

 お、こよみんマジモード

 照れる黒猫いいね……

 ガワはかわいいんだよなぁ……

 可愛くてドすけべ。最強かよw

 

 

話すのツライんだろーなぁ、とか分かるんだよね。リアルで会うとさ。でも、逃げないでちゃんと向かいあってくれるの。怖くても逃げ出さないってすごく大切なコトだから……そんな強いおねーちゃんだから、大好きだよ♪

そうね……私と会ってくれた時も、震えてたもの。あんな人が多いところにわざわざ来てくれて……ついでだったとしても、すごいことだよね

アスカちゃん……

 

 なんだかイイ雰囲気

 ちょっと前まで修羅場だったのに草

 展開早くてついてけないわ(笑)

 

 

はいっ 黒猫さんのポイントも稼いだよ?

おまえさぁ……ま、いいか

クスッ じゃあここで一曲お聞き下さいね。先月発売の『あるてまっとかばーそんぐvol.1』より、黒猫燦で『冷たい部屋、一人』。

 

♪〜

 

 

 ……雰囲気がよく出てていいよな、これ

 イベント予約券目当てで五枚ポチったw

 声とマッチしてるし

 俺は神夜姫様の『月のしずく』かな

 ワイはシャネルカの『ようこそジャパリパークへ』かなっ

 まんまやもんなw

 

〜♪

 

わー、ぱちぱちぱちぱち♪ 黒猫さんの本気スゴかったッス!

あ、ありがと……ちょっと照れるなコレ

何度も練習したもんね。良かったよ〜

ありがとう、アスカちゃん

ときに黒猫さんは他の曲では何が好き?

私は朱音アルマさんの『dis-』が好き。あの人発音いいよね

祭さん推しだから『secret base 〜君がくれたもの〜』かと思った

良いんだよっ、スゴく。でも、よく聞くからさ。カバー多いじゃん

分かるわー。ちなみにアスカちゃんは?

リース様の『輪舞-revolution』がステキでした。カッコよくて、凛々しくて……

おっと……意外におねーさま系の好きですよ

そーいうおまいは誰なんだ? どーせざよいの『アンインストール』だろ?

そっちも良かったんスけど、イチオシは戸羽乙葉さんの『いくつもの愛をかさねて』ですかね!

あー……アレは卑怯だわぁ……

とてもいい歌でしたよね。元ネタは、知らないんですけど

なんと? アスカちゃんVガン知らないの?

これは……週末の予定、決まったかな?

え、え?

てなわけで。土曜の配信はアスカちゃんを招待して視聴会にけっていーっ!

いえーいっ!

……アンタ呼ぶとは言ってないけど?(ニチャァ)

え? ここでハシゴ外すのひどくないっ? ちょっとまって、おねーさまぁっ!

クフッ! ……ま、まあいいかな。お母さんも隙あらば連れて来いって言ってるし

それはそれで怖いッスけどねw

で、では。マキ入ったので次のコーナーに行きまーす♪

 

 

 賑やかな配信は、それから二時間続いたという。




 ごくたまに書ければいいな、と思ってます。
 次はいつになるかなぁ(笑)


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51 裏話 山百合女子学園中等部で起こった昼の事件

 時系列は本編でのがっこうぐらしの回が始まる前となっております。まだ莉姫の中身が暦なので、口調の変化とか性格は多少異なります。あしからず。


『さて、山百合女子学園中等部放送部によるお昼休みのオビ番組、『ヤマ中』の時間になりました。お相手は放送部員の良心、糀町花代がお送りします』

 

 弁当箱を開けていると、正面上部にある大型テレビにいつもの人がにこやかに話し始めた。

 一般的な校内放送は音声のみの放送なのだが、お昼だけはケーブルテレビのような番組が流れるのだ。

 こんなお嬢様学校でも時代の流れというのはやってくるものだ。なから呆れながらも、テレビがついていれば見てしまうのは人の(サガ)。ゾンビになってもアイドルになりたい人たちとは違うけど。それはサガ違いか。

 

 山百合には大小合わせて三十近くの部活があるそうで、月1でそんな部活の紹介をするというのがある。

 

『ところでみんなはアニメとかゲームとか好きかな? 私はそんなに出来ないんだー、よよよ。そんなわけで、今日ご紹介するクラブはこちら!』

SOE同好会でーすっ!

ブプッぅ?

「わっ? 莉姫さんっ?」

ご、ごめんなさい!

 

 前の席の子にご飯粒を吹き付けてしまうとは、なんたる失態。謝りながら付いたものを拭き取る。

 

手伝うよ

鹿取さん?

エルゼのせいだもん。ちょっと責任感じるし

 

 隣の鹿取も手伝ってくれるらしい。同じ部活仲間なので気が引けたみたいだ。

 ゴメンねと謝ると、気にしてないからと笑ってくれた。この学校の子は天使ばかりか。

 いや、一人は小悪魔かな?

 視線をテレビに戻すとその小悪魔であるエルゼが楽しげに話していた。

 

『代表のエルゼさん、この同好会はどんな活動をなさっているのですか?』

私達SOE同好会は、日本のサブカルチャーを心より楽しみ、その有用性を世界に配信する事を最終的な目標と掲げています!

『えっと、平たく言うと?』

漫画、アニメなどを見たり、ゲームなどで遊びます!

『なんとびっくり! 遊ぶためのクラブなのですか?』

そうですっ!

『なんと清々しい態度っ わたくし、少し感動しております!』

今日は部員の戌絵琴子ちゃんのオススメのゲームをするために準備してきました!

 

せっかくだから一緒に食べないかな? いやならいいけど

ううん、そんなことないよ? ありがとう鹿取さん♪

 

 お誘いを受けたので机をくっつけて向かい合わせになって昼飯を再開する。

 彼女も弁当だが、なかなかに美味そうだ。

 冷凍物が少ないので聞いてみると、なんと手作りらしい。頑張り屋さんだなぁ、エルゼと違って(笑)

 

卵焼きなんてキレイに出来てるよ。ダマスケナより上手〜

そ、それはほめすぎだよ、莉姫さん。本職の人にかなうわけないもの

 

 ところがダマスケナは相変わらず下手なんだよなぁ……中学生の鹿取が出来るのになんで出来ないのか。

 

 お互いの卵焼きを交換して食べてみる。うん、甘めの卵焼き♪ クール系な鹿取さんだけど実は甘いものが大好きである。ちなみにこっちも少し甘めになっている。

 昔は塩気が強い方の方が好みだったのだけど、やっぱり女の子の身体というのは甘味を求めてしまうらしい……ヤレヤレ

 

ふんわり感がスゴイよね。さすが本職

プリムラに言っておくよ

 

 最近、俺以外の人の感想を聞くと嬉しそうにするんだよな。分かりづらいけど。

 

今日の放送の事は教えてくれなくて。大丈夫かなぁ?

あれ? 戌絵は一緒なんだろ?

だから、心配なんだよなぁ……

 

 本ばかり読んでる真面目そうな子なので、しっかり手綱を握ってくれそうだけど?

 そう言ったらため息を吐かれた。

 

あの子は基本的にはそうなんだけど……悪戯が好きなんだよ

いたずら……

ちょ……なんで顔赤らめてるのっ? そっちじゃない! 普通の驚かせる悪戯よ

 

 まさか中学生ですでに硝子の○園とか? 愕然としてしまったが、勘違いらしい。

 彼女が声を落として耳打ちしてくる。

 

エルゼって単純でしょ? 簡単に引っ掛かるから味をしめたみたいで、何回もやってるのよ。あの子も人がいいから謝るとすぐ許しちゃうし……ほんと、困っちゃうわ

はあ……

 

 コミニュケーションの手段とも言えなくないけどね。それにしても、校則では化粧は禁止となっていてもやはり年頃の女の子は色々と気を使うものらしい。ほんのわずかに香るシトラス系に、少しドキリとした。

 

長いことバージョンアップを重ねて、ようやく新バージョンが発売されたロングヒット作。その名も『がっこうぐらし -alternative-』!

では、いきますよーっ! Let's go, look at me!

 

「ぶふうっ!!」

「きゃあっ?」

 

 盛大に米粒を吹きまくるマシンと化してしまった。謝りながら米を取っていくと、彼女は頬についた米粒を取って口へ運ぶ。

 

あ……

ゴメンね、エルゼのせいで……

いや、その。そうなんだけど

 

 うむ。この子は少し天然系?

 クラスメイトとはいえあんまり知らん奴の吐き出したもの口に入れるとか、女の子として良くない。エルゼとの付き合いが長いせいか、そういうことを自然にやっちゃう人なのかもしれない。

 

 まあ、実際エルゼのせいというのは間違ってない。ほっこりしてる場合じゃないし。

 

そ、それより止めないと!

え? 放送のこと?

 

 こてんと首を傾げる鹿取。ち、かわいいな。

 

えーとopはカットしますね?

 

 エルゼがxボタンを押してさっさと始めてしまう。ヤベッ……

 

ああー……

『おいっ、何やってんだっ! うわっ!』

『きゃああっ!?』

『ぐわ……は、はなれろ、え、びす、ざ……』

『な、なにしてんだっ、おまえーっ!』

 

「……うぷ……」

「な、なんですの……」

「ひいっ……」

 

 教室のモニターに映される、惨劇。

 本編では描かれなかった校庭での一部始終を再現したそれは、某有名ゾンビゲームに劣らないクオリティであった。

 

 俺も見たが、気持ち悪くなった。

 

 内戦の最中を逃げ惑った時に倒れていた民兵の亡き骸はいくつも見た。

 中からハミ出てたり、片方が無かったり。身体だけしか無いというのも転がっていた。

 そういうのを再現してしまったのである。

 

「ふう……」

「あああ……」

「ええ?……」

 

 そういうものを見てきた俺でさえそうなのだ。耐性のないお嬢様たちにはキツかろう。

 

ひ、ひいっ!

お、鹿取さん?

 

 と、思って眺めていたら鹿取が抱きついてきた。うおお、俺より上背あるから、む……胸が……当たる。

 

『えー? なんスか、この状況は?』

今のは飛ばせないンですよねー。でも、こっから本編、ストーリーモードに入りますよ? キャラはデフォで四人いて……

『あ、え? 切るの? マジで? ああもう、みなさんごめんなさい! 今日の放送はここまででーす! またねーっ!』

え、コレから始まるのに〜!

 

 そんなやり取りをぶった切るように、画面が暗転した。

 

 教室を見ると、三割くらいが放心していた。

 残り三割は目を瞑ったり、耳を塞いだり。いわゆる逃避行動を取っている。

 

 んで、残りはというと。

 こちらを見ていた。

 

あ、あの鹿取、さん?

うう……こ、こわいよぉ

ほ、ほら! もう、映ってないよ? 怖くないよぉ?

いやぁ……はなしゃないでぇ……

 

 莉姫より背も高く、ボーイッシュでカッコいい女の子が……縋りついて泣いていたからだ。

 

ふえぇ……

あ、ほーら♪ よしよし こわくなーい、こわくなーい

 

 グズつきそうだったから、赤ん坊をあやすように言ってみる。中身おっさんで、母性の欠片も無さそうな少女体型だけど、効果はあったようだ。

 

もう、平気? だいじょうぶだから。ねっ?

ぅ……うん

じゃ、じゃあ。離してくれるかな?

ぇ……

あー、いいよ♪ 落ち着くまで幾らでも♪

 

 

 

 けっきょく。

 

 六時限目が終わっても、抱きついたままの鹿取だった。

 クラスメイトや担当教諭が可哀想にとそのままでの授業を認めたため、彼女にがっちりホールドされながら午後の授業を受けることになった。

 

莉姫ちゃん……ありがと

あ、うん。いいよ、うん

 

 まるで幼児退行したみたいなので引き離すわけにもいかない。

 くっついたまま安心している鹿取は……ただの可愛い女の子だった。

 

 

「予想外だったけど……これは面白い……」

 

 聞こえてんぞ、戌絵。

 こいつとエルゼは、鹿取と同じくらいの恐怖を感じた方がいい。

 

 クラスメイトの生暖かい視線に見守られて、鹿取が安らかなのが唯一の救いだった。

 

 




 戌絵が仕掛けて、エルゼが実行し、鹿取が被害を受ける。SOE同好会はだいたいこんな感じ。
 (鹿取、辞めたほうがイイんじゃね?)


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52 さみしがり屋の子猫さん - 前編

 アンケートの結果ではなくこの話はしておかねばならない、と思い書きました。


いらっしゃい。ようこそー、今宵ちゃーん♪

お、おじゃま、します……

 

 年の瀬の迫った頃に、莉姫が今宵を連れてきた。

 その日はアイリスと瑠莉、万理花がプリムラ、ダマスケナと共にお出掛けしていて、家には俺以外誰もいないという日だった。

 

『……今日は久々にのんびりできると思っていたのに』

 

 一連の騒動が解決したため、俺は莉姫として配信する必要はなくなり。

 年明けにはロシアに行く事になっているが、今のところやる事は特にない。

 

 完全に無職のおっさんと化していた。

 

 だからといって、家にいて暇なわけはない。

 莉姫は莉姫で学校があるし、アイリスは国に帰るフェティダの代わりにすぱしーばの代表になったので家にいる事は殆ど無い。

 

 家政婦が二人もいるじゃないかというが、ダマスケナはほぼその業務が出来てないので、プリムラのみだ。

 

 そんなわけで、俺はこのところ主夫として奮闘していたのである。そのため、慣れない疲労がたまっていて疲れていたのだ。

 

 

「お前さ。カラオケ行くって言ってなかったか?」

 

 今宵をダイニングテーブルに座らせて、手伝えとキッチンに引っ張りこんで莉姫に問いただす。

 

えー、と。今日は他に人いないよって言ったら、家に来たいって言い出して、ね? 二人っきりで話がしたいって

「……お前が言い出したんじゃないのか?」

いや、そんなワケないじゃんw 今宵ちゃん、基本人が苦手だし

「それなら来る理由ないだろ」

……本気で言ってる?

 

 口元をω(によによ)させて、こちらを見上げてくる莉姫。くっそ……我が娘、可愛すぎる。

 

そんなワケで私は部屋でゲームしてるから

「お、おいっ! 流石に放置はやめてくれ」

 

 情けない話だが、こんな年の差のある女の子と二人っきりとかヤバすぎる。

 

あっちがお望みなんだから、付き合ってあげなよ。ふーん、それとも。本気でヤバいのかな?

「そんなワケあるかっ!」

きゃー♪

 

 怒鳴り散らすと自分の部屋へと逃げ込む莉姫。まったくと鼻を鳴らすと、一部始終を見ていた今宵がくすくすと笑っていた。

 

「あー……みっともないところを見せてすまないです」

ぁぅ……、そ、そんなこと、ない、です……

 

 まさに借りてきた猫のような様子の今宵は、何度か見た印象とはかなり違う。

 

 配信のときは、かなり突飛な感じでスケベだった。いつもの変わらぬ、黒猫燦だ。

 

 莉姫として会った時は、引っ込み思案な少女だった。年頃になってますます可愛く、美しくなった彼女は、千影女史の若かりし頃に勝るとも劣らない美貌をこれでもかと魅せつけてくる。

 

 それでも、内面は千影女史とはかなり違う。

 

 あの人は戦う事を厭わず、迫りくる敵は蹴散らすか懐柔するか。そうして今まで今宵を守りながら生きてきた。

 

 それに比べ、人と関わる事が苦手として陰キャを拗らせコミュ障に陥った今宵。

 ハッキリ言えばダメな人間なのであるが、だからといって存在意義が無いかというとそんな筈はない。

 

 コミュ障ながらに必死に克服しようとVtuberを志し、その地歩を固めた今宵には唯一無二の価値があり……それに打たれたのが、何を隠そう自分だったりするわけだ。

 

 つまり、いま。俺は推しと対面させられているのだ。緊張しないわけはないっ!(ドンッ)

 

 まあ、今の彼女ほどには緊張してないとは思うけどね。

 今でも、細かく震えているのが分かる。

 それなのに、逃げようとはしない。

 何がそこまで彼女を駆り立てるのか、俺には全く分からないんだが……。

 

「と、とりあえず。何か、飲みますか?」

……茉莉花茶(ジャスミンティー)で、お願いします

「あ、はい」

 

 振り返り台所に向かうとき、後ろから声をかけられた。小さな声で。

 

「け、敬語は、やめて。ふつうに話して、ください」

 

 ガラスのティーポットに電子ケトルからお湯を注ぐ。中にはいつもの工芸茶が入れてあるので、ゆっくり花開くところを見せるように彼女の前に置いた。

 

「わぁ……」

「お茶受けは何がいい? チーズケーキとおはぎがあるけど」

 

 どちらも手製である。無職だとやる事が無いんで、ついついこうした物を作っては娘や嫁に喜ばれたり、怒られたりしている。なんでやねん。

 

え、チーズケーキと、おはぎ? ど、どっちに、しよっかな……

「何なら、両方にする?」

いいのっ……ですか?

「俺に敬語使うなって言って、自分は敬語とかズルくないですか? 黒猫さん♪」

にゃっ……わ、わかった……よ

「うん。じゃあ、両方出すか」

やった♪

 

 小さくガッツポーズする今宵。ちょっと正視できないくらい可愛くてヤバいな。あれっ? 俺こんな美少女と二人っきりの部屋にいるっておかしくない?

 

 精神がグラついてるので振り向いて冷蔵庫からおはぎの入ったタッパーを出して皿に置いて電子レンジでちょいと温める。

 

 その間にチーズケーキも取り出しておく。こちらはレアチーズなのでそのままだ。今日は土台はスポンジじゃなくてクッキー生地を使ったタルト風だ。

 

 お茶がそろそろ良さそうなので、カップにケトルからお湯を注いで温める。業務用のカップウォーマー欲しいんだけど、アレ高いんだよなぁ……。

 

 湯で温めたカップに茉莉花茶を注ぎ、皿と一緒に並べる。

 

「さあ、召し上がれ」

い、いただきますっ

 

 気の弱い女の子でも、こういう時だけは元気になるものだ。

 

 さてと、ウチのお姫様にも持っていくかね。

 

 部屋の前に行って、トントンとノック。「あー……入っていいよ」と声がするのでドアを開ける。

 

 莉姫は椅子に座ってPCでゲームをしていたようだ。こっちを恨めしそうに見てるので聞いてみると。

 

もっとテキトーな感じで来れないかな? 他人行儀じゃんか

「年頃の娘を慮っていたのだがねぇ」

着替え最中に飛び込んできて、『きゃー、オヤジのえっち、ヘンタイッ!』って言いたかったのに

「そういうテンプレはいらんから……」

 

 ある意味、コイツは俺よりもオッサン臭いところがある。それを様式美のように求めていたりするのだから、こちらとしては対処に困るのだ。

 

……まあ、いいや。あんがと。愛してるよ、親父♪

「はいはい」

 

 テーブルに置いて、部屋を出る。そこに、莉姫がボソリと呟いた。

 

ちゃんと話、聞いてあげてね

 

 りょーかい。

 態々そのために表で遊ぶのをやめたんだろうからな。

 

 

 

 

ほんと、手作りなんだ……あむ……おいひぃ♪

「ありがとさん」

 

 はむはむと食べるところは、猫じゃなくてハムスターのようだ。ほほを一杯に膨らませて食べてる様子は、実に微笑ましい……あ、ダジャレじゃないからな(汗)

 

 かわいい女の子が食べてるのを見るのは、とても良い。それは莉姫や瑠莉、万理花のような子供でも、アイリスやプリムラ、ダマスケナのような大人でも同じだ。

 

 こんな動画があったらずっと見ててもいい。

 そう考えていたら、今宵がジトッとした目でこちらを睨んでいた。

 

見てられると……恥ずかしい

「はうっ……す、スマン」

 

 顔を背けると、今度は頬を膨らます。

 

こっち見てないと……寂しい

「むずかしい要望ですねぇっ」

くすっ……うそ(ペロッ)

 

 うおお……小さく舌を出してはにかむ天使がここにいる。ヤベェ、とにかくやべえ。

 

わたし……いつも、うそつき。ほんと、イヤになる

 

 訥々と語る今宵に、感情の動きは見られない。

 違うか。不安な気持ちを抑え込むような……そんなふうに見える。

 

本当の私を知られたくないから、ウソを重ねる。ウソがバレるのが怖いから、話したくなくなる。わたしのコミュ障はそうやって出来ていったものだから

「そりゃあ、誰だってウソ位つくだろ? 一度もウソ言わない人間なんて、たぶんろくな事になってないと思うぞ?」

 

 嘘も方便、知らぬが仏とも言うが、虚偽や既知でない事で回る事も多い。全てを知った叡智の存在に、人はなれないのだ。

 

私のウソは……わたし、自身、だから

 

 はっきりと言う今宵だが、意味がよく分からない。私自身がウソ? どういう意味だ? おっちゃん、若い娘の感性にはついていけないんだよなぁー。

 

 こちらを見据えてくる今宵。顔は少し紅潮していて、瞳も少し潤んでいる。表情は危ういが、その発した言葉とはつながらなかった。

 

 

おとこ、だったの

 

「え……? おとこのこ?」

 

 あまりの爆弾発言。え、こんな美少女が男の娘だったとか? そういや、付いてるのを確認したことはなかったけど。

 ファンタジーな存在だと思ってたら身近にいたとか。ああ、自分を取り巻く状況から鑑みるに、ファンタジーなんて幾らでも転がってるもんだろうからね。ははっ()

 

 いや、そうじゃなくて。アレ?

 なんか今宵、怒ってる?

 ツリ目が鋭角になり、口元からは八重歯が牙のように光った。椅子から立ち上がりすごい剣幕で怒り始める。

 

男の娘とかじゃないからっ! 死ねっ!

「あ、はいっ! すみませんでしたぁー!」

こ、これは本物。ほら、ばいんばいん?

「あ、はいっ! そうッスね! でも、野郎の前でそういう事はしない方がいいと思いますっ! サーッ!」

 

 両手で大きな胸をわさわさ揺するのは反則である。本人もはしたないと気付いたか、顔を真っ赤にして俯く。それにしても顔立ちが千影さんに似てきたせいか、彼女にアピールされてるみたいですごく気マズい。

 

 ──しばし大声を出した後の静寂というのは、格別に静かに感じるものだ。

 

揉まないの?

「揉むかっ! 阿呆ゥっ!」

 

 いいタイミングで部屋から顔を出す莉姫に怒鳴る。キャー、と言いながら部屋に戻るけど……外からつっかえでもかましとくか?

 

……揉まないの?

「いや、揉まないし……」

 

 そんな残念そうな顔しないの、勘違いしちゃうでしょ。おじさん、まだ死にたくないからね(真顔)

 

 けど、そんな今宵は乾いた笑いを浮かべて独りごちる。

 

わたしは、何度も揉んだよ?

「いや、そういう赤裸々な告白は困るんだが」

 

 何これ、性の相談なの?

 それ、オレじゃなくて母親とか湊さんにすべき案件じゃねえの?

 

自分の身体だけど、自分じゃないから……そんな感覚だったから。本当の自分の身体じゃないと思ってたから、なのかな?

 

 胸を押さえて、そう呟く今宵。何やら本当にお悩みのようにも聞こえてくる。でもなぁ……オレ女の子だった頃にそういうの無かったからなぁ……。

 

今は完全に美少女なのっ! でも、前世はただのおっさんだったの

 

 そう語る今宵の姿は、まるでそのまま消えてしまうような危うさを漂わせていた。

 

「……あ、前世の記憶があるんだ」

ちょっ……かるいっ! なにそれ!

「前の記憶があっても、今宵は今宵だろ?」

 

 姿形が変わることに比べたら、へーきへーき。大したことじゃないよ。そういう事を言っちゃう俺も大概だなぁ……

 

……へ、そんにゃ……あぅぅ……

「あー、その泣くなっ ああーと……」

 

 ぽろぽろと涙を溢して泣く今宵。困り果てているとドアを開けてこっちを見る莉姫と目が合う。

 

『な、なんとかしてくれっ!』

検討を祈りますっ ∠(`・ω・´)

 

 アイコンタクトでそんなことを言って、ドアを閉めた莉姫。……あのやろう……明日はおやつ抜きだ。

 

 仕方がない。

 覚悟を決めて立ち上がると、今宵の側まで回り……震える肩に手を置く。と。

 

……ぅ

 

 ぽすん、と。

 胸板に頭を預けてくる、今宵。

 

 男の娘なんて、あるわけない。

 こんなに可愛くて、良い匂いを放ち、柔らかい存在が男の娘なんて、あるわけがない。

 

 さめざめと泣き続ける今宵は、この(くだり)を後で思い出してどう思うだろうか。

 

 悔やまなければいいなあ。

 悲しまれると、辛いかな。

 喜ばれると、それはそれで嫌だなぁ。

 ただ、安らぎを得てくれていたなら……それが一番だな。

 

 




 直接対決はしておかないと、な。
 まあ、この感じだと今宵の判定勝ちのような気がしますね(笑)


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53 さみしがり屋の子猫さん - 中編

 前後編のつもりが三部構成になってしまった……スマヌ
 今回は今宵視点となっております。

 毎度のことながら、誤字報告ありがとうございます。
 ちゃんと見てるつもりでもやらかすので……。


 悲しいときは泣いたほうが良いと、どこかで聞いたことがある。嬉しい時も泣いたほうが良いという。私のことだから、どちらもどこかのアニメからのものだろう。

 

 そのどちらとも言えるし、言えない感情に流されて大泣きしてしまったのだが……結果としてはまずまずと言えた。

 

「……落ち着いたか」

 

 背中をさすり、あやすようにしていた彼がそう言った。気が付けば胸を借りて泣いていたのだから世話はない。前世がおとこだとカミングアウトして、それをあっさり受け入れられて。

 

 たぶん、安心してしまったのだろう。

 

 自分は生きていていいのだと。

 黒音今宵として居ていいと、許された気がしたのだ。

 

 そして、自然に男の胸を借りるなどという事をしていたと気付いても……特に違和感を感じなかった。前世が男だとしても、私はすでに女だったのだと理解できた。

 

 痩せてる感じの胸板が意外と逞しいとか、首筋の辺りのラインがきれいとか。

 この男特有の匂いも……別に嫌いではない。煙草やお酒の匂いがしない、まともな中年。

 それは自分の前世とは全く違うイメージであり……きっと顔も知らない今宵の父親の姿に近いのだろう。

 

 た、たぶん。

 ファザコンなんだろうなっ、わたし。

 黙っているのもアレなので適当に言葉を言う。

 

あ、ありがとう……

「どういたしまして」

 

 私の言葉に、彼は穏やかに答えてくる。

 

 とくん……

 

 あ……えっと……。

 ま、まずい。なんだか、へんな感じがするっ

 

 遠慮がちに離れると、彼は自然に腕を離してくれる。ぅ……も少し、ていこうしてもいいんじゃないのかな? 有り難いけど嬉しくはない……なんなの、これ。

 

「その……スマン。デリカシーとか無いらしくてさ。今宵にとっては凄く大きな問題だったろうに、軽く言っちまって」

 

 そんな謝罪に少し溜飲が下がる。

 確かに軽く言われたのもショックではあったし。

 

 しかし言われて気付くこともある。

 そんな拘る所だったのかな、と今更ながらに考えてしまう。もっと早めに誰か、お母さんとかに話しておけば良かったかな、とか。

 

ちゃんと泣けたね、今宵ちゃん

 

 そう言ってきたのは莉姫だ。部屋から出てきて私の側まで来てくれた。ちっちゃいのに気が利くナイスガイ……あ、女の子かw

 隣の椅子に座って肩も貸してくれるし、手も握っててくれる。あー……やわっこい♪

 

やらしーことしてないよね?

「するわけないだろ、殺されるわ」

う、うん。ちょっと胸元借りたけど……

 

 ジト目で父を威嚇する莉姫に、私はそう答える。彼女は大げさにフンッと息をついて「どーだか」と言い放つ。

 

男ってのは女の子に触れると『いい匂いだなー』とか『柔らかいなー』とか、そんな事しか考えないんだから

「「うっ」」

 

 莉姫の言葉に、ギクリとする。

 わ、わたしもそんな事しか考えてなかった気がするぅ……。あ、でも彼も図星のようだったから、おあいこかな?(喜)

 

親父さぁ、こんなに可愛い娘が抱きついてもあんな顔しなかったのに、今宵ちゃんだともうメロメロなんだもん。少し嫉妬しちゃう(プンスカ)

 

 あ、そうなんだ?

 ふふーん♪ やっぱり私は美少女なんだねっ? そう思ったら、少し余裕が出てきたかも。

 

「当たり前だろっ 娘に欲情するバカいるか」

まーそうだよねー。元々自分の身体だもんね。欲情なんかしないよねー

「わ、バカ」

 

 ん? なんか変な単語が聞こえた気がした。

 

親父さ、今宵ちゃんにだけカミングアウトさせるの?

「い、言う必要ないだろ」

親父が言わなきゃ、僕が言うよ?

「うぐっ」

 

 力関係がもうバレバレだ。お父さんは娘には勝てない。これ、真理(哲学)

 諦めたように彼が椅子に座って頭をかく。手を繋いだ莉姫が促すので私もそれに倣うと長い「あー」というセリフから話が始まった。

 

 

「実は……俺は女だったんだ」

 

 

 

 は……?

 

 

 なんか隠してる事を告白するみたいな流れだったのに、なんで分かりやすいウソ言うの?

 思わず怒鳴りつけようとしたら、私の手を握って止める莉姫。黙って聞いてろってこと?

 でも、それは違った。彼女は目を三白眼にして父親へと毒舌を放った。

 

親父さ。説明下手過ぎっ

「グホォッ!」

いきなり核心から入るとかなに? プレゼンとかと勘違いしてる?

「……いや、そんなことは……」

 

 愛娘からの一撃で困憊している彼。どうしよ、ちょっと面白いw

 すると、莉姫が椅子から立ち上がって彼の側に行き、後ろからハグをする。

 

「お、おい。何だ」

プレゼンなんでしょ? なら、スライドとか見せたほうが早いよね?

 

 そう言うと、彼の頬にキスをする莉姫。

 おおっ、生のキスを見るのはなんか久しぶりな気がするっ!

 と思ったらなんだか二人が光り始めた。えっ、なにこれ? 特撮? それとも……

 

 

 光が収まると、暦さんは居なくなっていた。

 代わりに莉姫が座っているが、なんだかおかしい。髪の色は銀色になってるし、瞳は青ではなく黒になっている。付けていた髪飾りはそのままだけど、緩く二本に結んだお下げではなくて普通にストレートになっていた。さらに、着ているものも違っている。

 さっきまでの彼女はふわふわのタートルネックセーターと膝上のフレアスカートにピンクのニーハイだった。

 

 なのに、目の前のわたわたしている莉姫は暦さんの着ていたようなスウェットだ。しかも、サイズが全然合ってない……肩が落ちてるのが可愛いな♪

 

ちょ、な、なんじゃこりゃ?

にゃっははー! おどろいた?

 

 驚く莉姫に、ボイスチェンジャーをかけたような莉姫の声が答えている。よく分からないけど……二人が合体してるの?

 

ママがこの髪飾りを改造してくれてね。せっかくだから若い頃の親父の身体を再現して合体出来るようにしたんだー

なにしてんの? アイリスぅっ!

それよりホラ。今宵ちゃんにせつめーしないとっ!

 

 その言葉に、銀の髪の莉姫はこちらを向いた。その眼差しには、見覚えがあった。

 

ど、どうも……女のコだった、暦です……

……あ、はあ……

 

 ……なんとなく理解はした。

 あのとき会ったのは、この子だったと。

 今更ながらに気付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 一息ついて、出た言葉は「リアル魔法少女とかないわぁー……」だった。

 

デスヨネー……

ボクトケイヤクシテ マホウショウジョニナッテヨ!!

声真似ウマッ てか、どこから声出してんの?

今の僕は髪飾りが本体だよ。ちなみに外すと元に戻る仕様です

スッ

ちょい待ちっ!

 

 暦が戸惑いもせずに外そうとするのでバッと手を掴んで止める。

 

と、止めるな。後生だからっ

わ、私はこのほうが喋りやすいの

ええ……?

 

 ちょっと引かれてしまったが、おっさんと可愛い女の子ではハードルが違い過ぎる。

 

にしても……日本人なんだよね?

うん。もっとも、普通ではなかったけど

 

 話によると。

 山の中で暮らす忍者のような一族の子供だったそうだ。一応義務教育とかは受けてたけど、通学に一時間かけて山を降りるとかあまり常識的ではない感じだ。

 

 んで、ある日の通学の時に異世界に召喚され、そこでアイリスと出逢って……そのアイリス少年と入れ替わってしまったという事らしい。

 

 うん、どこかのヘタクソなラノベみたい(笑)

 

そこから戻ってきたら、山の中の家は廃墟になってて。山を降りた所を警察に保護されて、実家に戻ったら普通の家で驚いたんだ

 

 悪鬼羅刹のような父親は普通の剣道家になっていたし、家族もまともな人間ばかり。さらに暦少年は普通に受け入れられていたそうだ。

 

それって……

たぶん、君の転生と似たようなものだと思う。俺は元いた世界から別の世界へと帰還していたんだ

 

 それは果たして帰還と云うのか?

 その辺りを聞こうと思ったら。

 

あっツゥッ

おお、生おしおきっ♪

 

 少女の暦は莉姫とあまり変わらないので、声も当然似ている。痛みに顔を赤める彼女には、莉姫には無い艶っぽさがあってなかなかにえっちだっ!(だめだ、コイツ。早くなんとかしないと)

 

な、なんで? なんでおしおきできんの?

ふ、ふふん。僕がやってるに決まってるじゃないスか! とーぜん、僕も痛いッスけどね!

痛えならやるな、バカッ!

親父のかわいエッチな姿が見られるならこのくらいっ

きゃいんっ!

……ええ

 

 莉姫の自爆テロは凄まじく、目の前にはグッタリとして虚ろな目をする暦ちゃんがいた……やべぇ、事後にしか見えない(笑)

 実は見えないように動画撮っているのだ。後でゆっくり拝見しよう。うん。

 

 

 

 

おま……すこし、てかげんせぇや……

こ、こうかいは……していない……

 

 

 

 

 うん。よく分からないけど、莉姫の男らしさには脱帽だね。自分も痛いのにここまでやるとか……じゅるり。

 

 その後シャワーを浴びにいった(事情は察する)ので、少し手持ち無沙汰になってしまった。

 

 そんなタイミングでRINEに着信。湊からで『楽しんでる?』とあった。『いま、莉姫の自宅』と返すと『帰り、送っていこうか?』と返してくれる。まま好き♪

 

 とりま通話をかけてみる。

 

いま、平気?

電車は降りたからね。ご家族に迷惑かけてない?

今日はアイリスさんとか出掛けてて、莉姫と暦ちゃんだけだよ

暦ちゃんて……人様のお父さんをちゃんはないでしょw

 

 あ、そうか。

 自然に言っちゃったけど、周りから見たら暦ってお父さんなんだよな。今の状態からは予想もつかないや。

 

莉姫ちゃんもいるだろうから大丈夫だと思うけど、もし何かあったら連絡してね

 

 湊がまた心配性を出してくる。男の状態でもあんなにガチガチに緊張してた奴が手を出してくるわけ無いって。オマケに今は女の子だし。

 

 ……あ、ひらめいた。

 

 

ね、どうせならこっち来れないかな?

ええ? ご迷惑じゃないかしら?

たぶん、そんな事は言わないよ? 莉姫のお父さん、すごいいい人だしw

あれだけ毛嫌いしてたのに……まあ、いいわ。すぐに着くから

 

 

 

 くふふ……。

 いたずらって楽しいよね?

 

 




 今宵さんは自身も妙な体験をしているため、暦の事情には理解があります。普通は「はっ? 何ふざけてんの?」と怒る所ですよw


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54 さみしがり屋の子猫さん - 後編

 タイトル詐欺です(笑)
 なんか書いてたら今宵ちゃんあんまり喋ってなかったよ……正直すまんかったm(__)m


 ……ふう。

 湯を張った浴槽に身を委ねて、ようやく人心地がついた。

 

んもー、爺臭いなぁ。その格好で言うことじゃないでしょう?

おまーなぁ……誰のせいだと思っとんの?

かわいい莉姫ちゃんのせいでーす♪

うわ、うぜぇー

 

 浴室に響く声はボイスチェンジャー風の莉姫の声と、今は昔のかつての暦ちゃんの声。中身おっさんとは思えない、年若い女子の声だ。

 

ママが頑張って構築した身体はどう?

こんなの作る為に残業してたんじゃないだろうな?

 

 アイリスがすぱしーばの代表取締役になるので、その関係で深夜帰りや泊まり込みが続いていたのだと思っていた。だが、どうもこちらの方に注力していたようにも思える。

 

封じていた記憶の断片から身体のデータを補整していたけど、作成自体はそんなにかかってないらしいよ? ダマスケナのおかげだって言ってた

それならいいけどさ……ブクブク

 

 浴槽に顔をうずめて泡を作る。子供みたいなことしてるけど、今の姿なら相応じゃないかな? お肌ぴちぴちだし、長めの髪も艶やかで銀の光沢を帯びている。昔々の山の中でドラム缶風呂に入っていた時の感覚そのままである。

 

つうか、あいつまだ諦めてなかったのかよ

ママにとっては贖罪だからね

俺と結婚してるのに?

それとコレとは別なんでしょ? わたし、ママじゃないから分かんないしw

さいで

 

 手を動かして、お湯をすくう。しばらくおっさん状態だったので違和感はあるものの、莉姫の時と変わらない感じだ。

 

親父、ちょっと力抜いてて

おーう……

 

 言われるまでもない。

 客人(今宵)が来てるにも関わらず風呂に入ってるのもおかしいが、全身の痛みと粗相の始末をせねば落ち着かない。今はゆったり湯船に身を沈めるのみ……ブクブク。

 

 と、左手が勝手に動いて髪に刺してある髪飾りを抜き取った。

 

あ?

ふははっ 隙あり〜っ!

 

 ポンッと光を帯びながら俺の前に飛び出て来たのは先ほどと同じ格好の莉姫だ。浴槽に突っ込みそうになって慌てて避けたけど、お前そのニーソもう濡れてるからな(笑)

 

お前は漏らしてないのか?

痛覚はあるけど漏らす身体は無いからね♪ お陰様で

くっそ……やられ損じゃねえかよ、オレ

わぷっ!?

 

 得意げな莉姫に掌で水鉄砲をかましてやる。

 

く……まあ、親父の可愛い姿に免じて許してやろう

お前、いい性格してんね。それと俺のどこが可愛いだって? おっさんからかうんじゃないよ?

 

 分離した以上俺は昔の姿じゃない……あれ?

 なんか、手がそのままな気がするけど?

 

いやー、やっぱカワイイよなぁ。黒髪もいいんだけど、銀の髪とか憧れるよ♪

……おゐ、分離したのに……なんで?

 

 外したら、戻るって言ってなかったっけ?

 愛しの愛娘は、にっこりと満面の笑みを浮かべてこう言った。

 

ママの娘の僕が、本当のこと言うわけ無いでしょ?

 

 ああ……そう言えば、そうだったな。

 はは……

 

嘘ですむかっ! ボケェッ!

きゃーっ♪

 

 湯船から飛び起き捕まえようとするも、するりと躱す莉姫。おのれ、我が娘だけあってすばしっこいっ!

 浴室から逃げ出すのを追って俺も飛び出す。どうせ家にいるのは今宵だけだ。ドスケベなあいつは喜びこそすれ悲鳴を上げたりはしないっ!

 

たすけてっ

ふえっ!?

ちっ!

 

 廊下にいた人影の影に隠れる莉姫に舌打ちする。おのれ、猪口才なっ!

 

え? れきちゃん、がふたり?

たすけてゆいママっ! ニセモノに襲われるぅ♪

うおおお……

 

 ん? 後ろから今宵の声?

 んじゃあ、あっちの人ってだれだって……

 

湊さんじゃんっ!

 

え、あの、どういうことか、分かんないけど……服は着たほうがいいよ?

 

 あ”……

 

%@¥£⇄*ー々<=?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ”ー……しにたい。

 湊さんに二回も裸体を晒すとか……まぢふざけんなよ。

 

 素っ裸のままでいるわけにもいかないので、莉姫の服を借りる事にする。

 

さぁさぁ、親父♪ どれでもいいよ?

なんで喜んでんの、お前?

 

 外面が変わっていても親父に自分の下着やら服やら貸すのに喜んでるっておかしくね?

 

 しかもこいつ。いつの間にかすげえ数増やしてて草である。

 

ふむぅ……かわいくない。似合ってるけど

お前、自分とほぼ変わんないこと忘れてないか?

そういやそうだった。ぼく、カッコいい♪

 

 ハーフパンツにタートルネックのセーターという無難なチョイスだが、サイズもピッタリ。

 ちなみにインナーも借りてはいるんだけど、こいつ色気づきやがってフリルいっぱいのかわいいやつばっかりにしてやがった。

 

中坊のウチからこんなん履いてんなよっ

かわいい方がいいに決まってんでしょ?

十年早いっ!

うわー、親父が横暴だーっ!

 

 そんな会話をしたのも少し面白かったけど……やっぱ、恥ずかしいわ。無地のパンツとストレッチブラという無難な選択をしておいた。

 

 昔の記憶が戻ったせいもあってか、そんなに抵抗は無いのだけど……おっさんとしては複雑である。はあ……

 

 

 

 ゴチン、ゴチン

 

うぐぅ……いたい

な、んでわたしまで……ぐす

ま、まあまあ。落ち着いて、ね? 女の子同士なんだし、ね

ふんっ

 

 いたずらをした二人へのお仕置きをする。

 とりあえず事の発端の莉姫と、勝手に湊さん呼びつけた今宵にはげんこつを落としておいた。莉姫はともかく今宵は一般人なので軽めにしたはずだけど、すっごく泣いてるので少し罪悪感。でも、これは躾だから(キリッ)

 

粗末なものをお見せして申し訳ありませんでした

いえいえ、けっこうなものでした。若いっていいわね

 

 ぺこりぺこりと、二人で頭を下げる。少し間抜けだが、親しき仲にも礼儀あり、だ。

 

それで……莉姫ちゃんの、妹さん、かな?

えっ?

腹違いの妹なんだー♪

おまっ……!

 

 口元をによによさせる莉姫をにらみつける。こういう時は言ったもの勝ちなんだろうが、くそ……。

 

い、妹の……花梨(かりん)と言います

花梨ちゃん、ね。よろしく

 

 にっこり笑顔の湊さん。まったく疑問は抱いてないみたいだ。その後ろでニヤニヤ笑う悪魔二人(莉姫と今宵)。お前ら、覚えてろ。

 

 ちなみに名乗った花梨という名前は、アイリスと間で出来た子につけようと思っていた名前だ。ロシア語の暦(カリンダーリ)と植物がらみの名前ということで考えていたんだけど……まさかまた偽名として使うことになろうとは。

 

 まあ、落としどころとしては悪くはない。

 俺としても湊さんに『実はおっさんでした、テヘッ♪』なんてカミングアウトするのはイヤだ。悩み事を打ち明けた今宵に教えるのは仕方ないとしても、彼女にまで教えるのは流石に勘弁願いたい。

 

 その湊さんだけど、なんだか腕組みをして頭をひねっている……どうしましたん?

 

もしかして……最初に会った莉姫ちゃんて、あなた?

えっ?

雰囲気が似てるの。こう……丁寧かと思ったら荒っぽくて。あんまり女の子らしくない所とかも、ね

 

 うおお……さすがゆいママ。よく見てらっしゃる。しかしそれを肯定するわけにはいかない。

 

ただ似てるだけ、ですよ? ほら、姉妹ですから

あの頃は右も左も分からなかったからねー。親父の肌着とかいい思い出ッス

 

 話を合わせてくれた莉姫だけど、湊さんは何かに気付いた。

 

! そう言えば、花梨ちゃんはきちんと着けてる?

ふぇっ?

 

 じろじろと眺める湊さんの視線。

 うう……なんか恥ずい。

 

ちゃんと見繕ってるから安心してよ。さすがに僕と同じ思いさせるわけにはいかないもん

そう……なら、良かった

 

 しかし。気遣いの鬼である湊さんはまだ何か気になるようである。

 

どうしたの?

いえね。少しは見直したんだけど……やっぱり一言申し上げたいのよね、お父様に

 

 びくっ!

 何やら剣呑な様子でつぶやく湊さんの瞳から、ハイライトが消えている……

 

莉姫ちゃん以外に子供作ってたとか、不誠実でしょう? そもそもアイリスさんの扱いにも問題あるし!

 

 あ……これは、しばらくおっさんに戻るのはやめたほうがよさそうだな(悟り)

 

あ、あの。みーちゃん。ここで言うのはちょっと……

そうね。ごめんなさい、二人とも。子供に罪は無いものね

 

 おお……今宵が成長している。空気を読んでおっさんへのヘイトを防ぐとか、メイン盾来たよ! これで勝つるっ!(フラグ乙)

 

それで……花梨ちゃんは一時的な来日なの? それとも一緒に住むのかな?

い、いちおう年明けにはロシアに行きます

そうなんだ。てっきり住むのかと思ってた

親父にくっついて行くんだって

 

 にひひ、と笑いつつ答える莉姫だが、湊は少し渋い顔をする。

 

……差し出がましい事だけど、正直に言わせてもらえれば私は反対だわ

「「えっ?」」

 

 俺と莉姫の声が重なる。

 

お父様に付いて根無し草な生活をするより、居を構えていた方がいいと思う。きちんと学校に行って、それなりの知識を蓄えて、今できる事をやるべきよ

み、みーちゃん?

ご家庭の事に口を出すのは良くないと思うけど。子供を自分の都合で振り回すのは看過できないわ

 

 み、湊さんが義憤に駆られている……。

 いや、フツーにええ子やと思うけど……責められてる我が身としたらかなり居た堪れない。

 今宵はアワアワしてるし、莉姫はというと感心している。いや、お前のせいだからな。

 

莉姫ちゃん。今日はご両親は遅いの?

あ、はい。親父はさっき急用で出たんで今日は戻らないし……ママももう少し後かな?

 

 そう聞くと、湊さんは立ち上がってハンドバッグを肩にかけた。あれ、もう帰るの?

 

分かったわ。この件は日を改めてにしましょ。今宵、帰るわよ

ええ? もう?

莉姫ちゃんは今日の配信があるんだし、遅くなったら迷惑よ。それじゃあ、またね。花梨ちゃん、莉姫ちゃんも

 

 あれよあれよと言う間に、帰ってしまった二人。

 

 残されたのは未だに女の子形態の俺と、我が娘だけ。

 

さーてと。配信準備でもしてくるかな

お、おい。おれ、このままなのかよっ!

僕も知らないのよー。ママが知ってる筈だから帰ってきたら聞いたらいいじゃん

おまえ、本当に無責任だよな……

 

 こんな子に育てた覚えはない。

 そう言いたかったけど、そもそも育ててなかったわ(自爆)

 

 

 

 

 

 

 自分の仕事を思い出して作業にかかる事しばし。玄関の鍵が開いて、「ただいまー」とアイリスに子どもたちの声が響いた。ちなみに莉姫は配信の時間なのでお出迎えは出来なかった。

 

おー、莉姫がふりょーだー♪

……ふわぁ、きれい

お、ついに乙女に返り咲く気になったわね?

 

 すっかり我が家の一員となった万理花と瑠莉は莉姫だと思っていた。さらに愛する妻の追い打ちだ。

 かつて女の子だった事は思い出しても、本質的にはおっさんのつもりなのだ。このギャップは容易には埋まらない。そんなわけでアイリスには一言だけ文句を言う。

 

お前が余計なことしてたせいでこっちは酷い目にあったんだぞ?

私は本懐を遂げるために努力してただけよ?

 

 パチリとウインクしていい笑顔をされたら何も言えない。アイリスにとっては返したい贖罪なのだし。

 

 ところが続く爆弾が投下されるとは思わなかった。

 

それと、千影さんから電話があってね。花梨ちゃんはきちんと学校に通わせるようにって

「ファッ!?」

 

 み、湊さん。行動が早すぎるっ!

 

あ、いやだって、さ

ちなみに戸籍が無いとか理由にはならないわよ?

うぐ

 

 莉姫や万理花、瑠莉などの戸籍やアイリスやすぱしーばの連中などの在留カードやらなんやらも唱術でクリアしてしまっている。データとして間違っていなければ存在する人間に出来てしまうのが恐ろしい。

 

 そこでアイリスがこちらを振り向いて覗き込んでくる。仕事に行くようになって髪型もツインテールからゆるふわに纏めているので少しだけ大人びて見えるのだ。

 

それに。莉姫も実は気にしてるのよ?

……え?

 

 あいつにそんな素振りは見えなかったけど。

 

 話によると。

 莉姫は自分が実体を持ってしまった事で、俺が女の子としての活動が出来なくなった、と感じたようなのだ。

 

いや、それは……違うだろ?

私もそう言ったわよ? でもねー。あの子もそういうトコは気になっちゃうみたいなのよ

 

 この時まで、俺は莉姫が楽しい事だけを追求する少々おバカな子だと思っていたのだけど……どうも実際はそうでもないらしい。

 

あなたの居た場所に自分が横入りした感じがとっても気になるんだって。だからその身体を作るのにも協力してたし、導入も自分からやるって言ってたの。誰に似たのか、ね

 

 くすりと笑うアイリス。

 まったく誰に似たのやら。

 

……はあ。ともかく元に戻す方法を教えてくれ。莉姫の服借りたままだと何だか落ち着かない

父親と服を共有するなんて、普通の親子じゃ出来ないもんね♪

 

 そう言いながら渡してきたのは小さな髪飾り。濃いピンクの花梨の花がモチーフになっていた。

 

 髪飾りを付けた状態なら任意で代われるらしい。しかも、おっさん状態、女の子状態共に服を着用したままいけるそうで、着実な進歩に笑うしかない。

 

 着替えるために部屋に入るアイリスが振り向いて聞いてくる。

 

どうしてもダメなら千影さんには私から言うわ。自分の子供じゃない花梨となんて暮らせないって

……お前に嫌な役押し付けたくはないよ

 

 子供のわがままに振り回されるのは、なんとなくお父さんらしいじゃないか。そう思い込もう。俺の言葉に、彼女はフフッと笑う。相変わらず、可愛い(絶対正義)

 

 さて。

 

 それじゃあ、逃げ道塞いでおくか。

 俺は配信中の莉姫の部屋の前に行く。

 

 

 

おーい、姉貴ー、親父がメシだってー♪

ふえっ? ちょ、いまはいしんちゅ……

入るよー……、なにしとん?

 

 ヘッドセットを付けた莉姫が慌てふためいてこちらを見る。モニターのコメント欄には『誰?』『女の子の声だー』『あねき? 妹さんかな?』などのコメントが次々と書き込まれている。

 

んも、な……

あー、コレが配信画面なんだね? もしかして本番中かな? おーい、もしもし。聞こえるー?

 

 莉姫のマイクに寄って声をかける。

 コメントはさらに加速し、名前を聞いてくるリスナーもいる。親フラなどと呼ばれているけど、他のVtuberでもこうした事は起こったりするのだ。なので、俺は。

 

あ、どうも。妹ッス。初めまして

 

 近くで見ていた莉姫が、少しだけ涙を滲ませて嬉しそうに笑う。

 

もー、配信するんだから来ちゃダメって言ったっしょー? あー、この子は腹違いの妹なんだー♪ みんなヨロシクね(ニッコリ)

わりぃ。見た事なかったから分かんなかった

 

 詫びて部屋から出る。ドアの向こうでは、『妹いるのって知らなくってさー(笑)』とか『私にそっくりなんよ。もー、超美少女でね♪』とか『あ”? 自画自賛だと?』とか、色々と喋りまくっている。

 

 この調子なら莉姫の妹として認知はされるだろう。わざわざ自分を追い込むとか、意味分かんないがね。

 

……本当。思った以上に親バカなのねw

 

 着替えが終わったアイリスに廊下でそう言われた。

 

 そうかもしれないな。

 娘が妙に気を遣ったりするよりははるかにマシだと思うがね。少なくとも、間違ったとは思いたくない。

 

 むしろ、自分を誉めたい気分だったので、アイリスが頭を撫でてくれたのが素直に嬉しかった。……おっさん状態じゃなくて良かった(笑)

 

 

 

 

 追記。

 

 やっぱり間違えてた。

 いつの間にかVtuberにデビュー予定とか嘘八百並べやがった、あんちくしょう!

 

 

名前どーする? ガワは古詠未と色違いかな? それじゃあ2Pカラーになっちゃうよね。いっそ男の子にしちゃう?

 

 妻よ……嬉々としてデビューさせないでくれ。でも、なんだか止められそうもないかなぁ……

 

 はぁ……(笑)

 

 

 



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55 後話 コラボと案件と麻雀卓

 アンケートの方はそろそろ打ち切ります。この先はゆるゆると進むかと思いますので、ご了承下さいませ。


おこんばんわ。今宵もよう来られたの。神夜姫咲夜じゃ。今日は告知通り麻雀なのじゃ

 

 今日もお綺麗ですよ、神夜姫さま ¥3000

 おこんですー

 随分枠が早いッスねw

 

時間をずらしたのはゲストのせいじゃな。いかな妾でもろうきに咎められたくはないからのう

……お狐なのに遵法意識高いッスね。あっ、イタッ

お上に逆らうと面倒故な。それと紹介前に喋りなや

あ、サーセン

今のせんしてぃぶぼいすで分かったろうが、今日のゲスト、一人目はすぱしーばの姫乃古詠未じゃ

こんよみー♪ 今日のご飯は中華じゃなくて洋食でした、姫乃古詠未でっす!

なにゆえ晩の献立を言いおるのか?

麻雀といえば雀荘とかでしょ? ああいうトコって出前大体中華屋さんじゃない?

いや、今どき大抵のものは頼めると思うがのう。さらっと雀荘あるあるかや?

そういうキャラ設定なので(*´ω`*)

ウザw では、次のゲストかもん

 

 ウザキャラの神夜姫様がさじ投げた(笑)

 相変わらずイミフな社会人押しw

 こよみん居るから時間早いのか、納得

 

皆さん、こんゆいー。あるてま二期生、夏波結です。今日はお招きありがとうございます

くるしゅうないぞ? 童のようにゆるくて構わんのでな

えーと、咲夜様ーハイボール頼んでイイっすかー?

雀荘じゃないと言うておろうが。しかも未成年で飲むなっ

冗談でもダメよ、古詠未ちゃん!

ふぇっ? あ、ハイ……イッタあっ!

 

 おしおきされて草

 流れるように身を切っていくこよみん(笑)

 打ちながら酒飲むと負けるよなw

 

最後は迷ったのじゃが……暇そうだったコイツにしたw

フハハハッ! 紅蓮の炎に抱かれろっ あるてま二期生、我王神太刀である!

うるさっ!

初手高笑いはやめいと言ったろーがっ!

うるさ

す、すんませんっ! ついっ!

 

 素で謝る我王草

 テンション上がったら笑うんだよな、コイツ

 音量絞ってて助かった……

 

ちなみに今回はすたじおを借りての配信でいわゆるおふこら、というものになっておる。何故かと言うと今回は実際の牌を使っての麻雀になるからじゃ

あの、本当にこれで3Dが動いてるんですか?

妾も疑問じゃったのだがの。すぱしーばのシステムとやらは特別らしい

全身タイツにベルトだらけなのが普通だからな。まさか普段着のままでヘッドセットだけとか思わなかった

我王はしかも3Dはまだ配信されてなかったはずじゃのにな

そうなんスよ! まだ十万いってないのにいきなりッスよ? しかもマネージャーから言われたの3日前ッスから

驚いたのは分かるが口調は戻せよ、我王

 

 突然我王が3Dのガワでびっくりしたw

 こないだ新衣装が出たばっかだからな

 改造学ランぽい感じで中二全開……イイネ!!

 しかし、卓に座ってるメンツが濃いなw

 狐耳の巫女さんに、闇の魔王、異世界風の少女に、ギャル系JK……うん、よく分かんない

 

我王くん、格好いいよ

我王お兄ちゃん、イカスぜっ!

ふ、ふふん。まあ、我が本気を出せばこんなものよ

まあ、バラしてしまえばこの企画、すぱしーばの案件じゃからな。我王のそれもすぱしーばから提供されたものじゃ

そ、そうなんだ

弊社の解析技術の粋を極めたモーションを御覧あれ〜。関係各社の方はすぱしーば広報までお問い合わせ下さいっ! なお、AtoG様の方ではすでに契約が決まってますので、順次このシステムが利用されていくかと思います

お主、本当に営業みたいなことしておるのぅ……ま、それはそれとしてそろそろ始めるかの

 

 実は案件だったとかw

 けど精度凄えな。卓を指で叩いてる仕草とかも分かる

 お、こよみんがドリンク飲んでる……ジョッキとかまさかな(笑)

 

あ、これは薄ーい炭酸麦茶ですよーw ハイボールじゃありませんよー

本当に麦茶ですから安心して下さいね

あー、ゆいさんバラさないでよぅ!

妾でさえあるこーるは入れておらんのだから、童に飲ませるわけ無かろ

我と夏波殿はコーヒー、神夜姫様は緑茶ですな

説明おつ。それ、出親は妾かの?

 

 全自動卓持ち込んでて草

 さすがに手積みは無いよなw

 

東南戦、喰いタンナシ、後付ナシ、ウマはワンスリー、25000持ち、30000返しじゃ。とりま二回出来ればいいかなと思うておる。あと、対局中はコメントは見れんのでそのつもりでの

うぃーす。あー、麻雀牌触るのって初めてー♪ なんか意外と重いね?

そうかの? 自動卓じゃから標準だと思うが

ネット世代であろう。我もサークルで手積みをした時はそうだったよ

 

 ナシナシとか珍しいw

 つか我王、サークル入ってんの?

 闇の魔王がいるサークル……なろう小説かな?

 牌持つのはじめての子が麻雀打つってある意味すげえw

 おう……なめらかな挙動。普通に3Dキャラが牌を持ってるのがこええw

 技術の進歩ってすげーなぁ

 

ねー、咲夜ねー様

くっ……なんじゃな、童よ

なんか顔赤くない? 平気?

い、いきなりねー様呼ばわりされれば驚くじゃろ!

 

 あ、照れ顔になってる神夜姫さまw

 こよみんのふいうちっ こうかはばつぐんだ

 前に義妹にするとかあったしね

 

ねー様の代わりに我王お兄ちゃんなのは分かるけど、結さんは決まってたんだよね? なんで?

代わりとか言うな、小娘よ

メーンゴw

なあ、我魔王ぞ? 扱い軽くない?

それはまあ理由があってな。結よ、話してもよいかの?

私から話します。実は麻雀は初めてじゃないんです

 

 ねー様、単位足らんとかワロス

 その辺暴露しちゃうとか切羽詰まってて草

 こよみんの配信に出てこないのもそれかw

 こよみんから禁止されてるしあるてまも配信自粛中とかなってるしw

 ゆいママ、やっぱり経験者だったか

 あの打ち方は慣れてたよね

 

公式のプロフから逸脱するかと思って……本当にすみませんでした

えー? 高校生だって麻雀するよね? ○ってマンガだってそうだし

ありゃあ麻雀が普通に競技として成立してる世界の話だし。現実とは違うだろ?

バーチャルなんだし、そんなの気にする事ないよ。そもそも我王お兄ちゃんだって、魔王キャラ忘れてるし(笑)

お、おう……それを引き合いに出されると辛いな

妾もそう思うぞ。ばーちゃるゆえ、人の理とは違うのだから、アレコレ悩むのは詮無きこと。あるがままにふるまえば良いのじゃ

 

 さす年の功。これは同意

 あ、お前ヤバいぞ?

 これはブロックされちゃうなぁ……

 正直、JKが麻雀打つのは全然アリw

 それならこよみんが一番問題なんだよなぁ

 現役中坊……これは捗るw

 

テンパイ即リー!

ぐあ……はえーよホセw

ふはは、兵は拙速を尊ぶだぞ、お兄ちゃん!

孫子じゃな。その言葉には『多少マズイ作戦でも早く』という意味もある。受けが狭いのでは無いか? ほれ{5}

……うぐ

 

 おう、ど真ん中通してきたぞ咲夜様w

 リーチドラ一でカン{二}だからな、確かに狭い

 

ツモ。ツモ、発で2600です

 

{一二三七七七八九88発発発} {8}

 

手変わり前にツモってしまったか。少々勿体ない気もするが、間違ってはおらぬ

古詠未ちゃんがリーチかけなければ伸ばしたかもしれないけど

駆け引きもあるからのう。コレが終盤辺りで凹んでおれば染め手にするじゃろうし

古詠未(小娘)の待ちはなんだったのだ?

さー、次にいこー

 

 さっさと次局にいく配信者の鑑(笑)

 ウッキウキでカンチャン待ちだったから恥ずかしかったんだろw

 次は我王親か

 

先制はともかくリーのみで愚形とかは流石にせんやろ()

アーカイブで確認も出来るしね♡

あ”ー、この人たち、しつこーいっ!

 

 www

 これは草

 大会のとき解説してたわりに雑なリーチだからな。喰いつくだろ、こんなんw

 

して童よ。すぱしーばの二期生とやらはどうなっておるのかえ? パシン

我も気になるぞ? シルエットは女の子ばっかりに見えたけどな パシン

私、アスカちゃんが二期生だと思ってたよ パシン

アスカちゃんはこっちからお願いして来てくれたから特別枠なんスよ。 パシン んで、実は今回一人だけ先にお披露目することになってんですよ〜

マジかっ? え、ここに呼んでるの?

DT魔王よ、落ち着け

バッ……童貞ちゃうわっ!

じゃあ、ちょっとだけ対局を止めて、と。あそこのモニターに映るんで。おっけーでーす

 

 お、切り替わったって……おおっ!

 すげぇ、美少女っ!、てかこれ中の人じゃない?

 す、すぱしーばは顔出し容認派だから(笑)

 外国の娘だね。古詠未んみたいなプラチナブロンドとか初めて見た

 それはともかく、顔近くない?

 

ちょっ……花梨ちゃんじゃないっ!

デビューするって言ったじゃんw

 

あー、そんなんでリーチかよ

 

なあ……これひょっとしてインカメラで撮ってる?

せーかいっ! ちなみに映像とコメントは五分ほどディレイさせてるからバレてないよ?

それは……五分後にはバレる、ということじゃが。よいのか?

そこまで含めてのお披露目なんだ♪ 多少ボコボコにされるのはしゃーなしッス

姉妹げんかでボコボコとか出るとは思わなかった……

我王お兄ちゃんの幻想をブチ壊してゴメンねm(__)m でも本当に怒った時は性別とか関係ないから

そんな覚悟でドッキリ仕掛けんなよ……あと幻想とか無いから、うん

 

 花梨て、古詠未の中の人の妹だっけ?

 前回の配信で言ってたね。声、確かに同じだわ

 声判別ネキ乙

 腹違いゆうてたけど、双子みたいにそっくりやな。髪と瞳の色が違ってるし髪も短いけど。

 事態についていけなくて我王のキャラがブレブレでござるw

 もうすっかり普通の人やん(笑)

 にしても、可愛いな。お口わるわるだけどw

 

古詠未ちゃんは後でお説教!

ええっ? なんで?

悪いと思っておらんとは……

わ、我もさすがに素顔を配信に載せるとかはせんぞっ

あー、そういうのは今更だし、ね。僕と見た目変わんないから目立つし、その内身バレするからさ

いずれバレるから公開していいって話じゃないでしょ?

まーね。でも、本人も覚悟してくれたんだ。一緒に生きてくれるって

……古詠未ちゃん?

一蓮托生、共に火の中、水の中! 僕に付き合うなら、これくらい訳ないでしょ?

 

 いや、フツーにあかんやろw

 自分身バレしてるから妹も身バレさせるとかイミフ草

 なんかイイこと言った風なドヤ顔ウゼェw

 これは大草原不可避

 あ、気付いたみたい

 

……あ?

「「「「あ……」」」」

 

 

 

 

 

 その後。

 麻雀配信コラボは、格闘技コラボに形を変えてしまったそうだ。

 怒り狂った妹の猛攻を凌げなかった古詠未を救ったのは夏波結だったそうで。罰として古詠未は次の配信では二時間延々トレーニングという虚無配信をさせられた、とか。

 

はい、では最後のご挨拶。姉貴、どーぞ

……けふ。もう、しましぇん……ゆるして……

終わりの挨拶っつったろー?

ま、また見てねー……ガクッ

 

 




 符の計算を間違えてました……アカンな(笑)


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56 後話 父と娘と

 夏波結視点となっております。(ゆいママコラボじゃありません)


こんばんは。十七時半になりました。昔はこの時間にガンダムの再放送がやっていたそうッスね。あの作品が本放送時に低迷していたとは今では信じられませんが、世の中には信じられない事って起こるものなんですよね……まさにいま、俺が信じられない状況なんスから。はぁ……

 

 こんばんわー

 どこかで聞いた事あるローテンションな声w

 こら、挨拶しなさいっ! ヽ(`Д´)ノプンプン 姫乃 古詠未 ✓

 お、その姉が来た草

 ちゃんと見張ってるからね 姫乃 古詠未 ✓

 私も見てるよー、頑張ってね 立花 アスカ ✓

 

 花梨ちゃんの配信が始まった。

 十七時半という時間は姉の莉姫ちゃんの一時間前。古詠未のイトコという設定である彼女のアバター、『崎守奏(さきもりかなで)』は一歳年下の男の子、という設定である。

 姉と同じ声なのに、少し低くするだけでこんなにもカッコ可愛い少年の声になるのだから……正直恐ろしい。

 

 とりあえず、コメントを送ろう。

 

 頑張って、奏くん(ง •̀ω•́)ง✧ 夏波 結 ✓

 

……みなさん、ありがとうございます。こんな温かい言葉を送られると、少し嬉しくなりますね。あと、姉貴は黙ってて。あるてまの夏波結さんも、ありがとうございます

 

 あの頃の莉姫ちゃんとも違う、落ち着いた丁寧な語り口。やはり花梨ちゃんは彼女とは違うのだ。顔立ちや声が似てるだけで初期の古詠未が彼女だったなどと邪推するのは、やはり間違っていたのだろう。

 

色々と話していて挨拶が遅れてしまいました。すぱしーば二期生の新人バーチャルミャーチューバー、崎守奏と言います。一期生の姫乃古詠未のイトコです。今後とも宜しくお願いします(ペコリ)

 

 ご丁寧にどうも

 見た目に反して礼儀正しい

 こよみんとやり合ってた時と比べて落ち着き過ぎ(笑)

 

 莉姫という奔放な姉がいるせいか、この子はとてもしっかりしている印象がある。家庭という小さな環境においても役割分担というものが出来てくるので、彼女はそういう役割になっているのであろう。

 

 今のところ歪んでいる所は見えないけど、家庭環境はあまり宜しくない。若すぎる母とその娘とは血が繋がっておらず、肝心の父は仕事にかまけてろくに家に帰ってない。莉姫にはアイリスという母がいるからまだマシだけど、花梨にはその父しかいないのだ。そのろくでもない父しか。

 

 …………

 

 思わず、マウスを持つ手に力が入る。

 暦というあの父親は、なぜ莉姫や花梨の側にいてやらないのか。千影さんが会いに行った時も彼はおらず、花梨とアイリスさんと話す事になったらしい。

 

 莉姫が古詠未として活動するようになった経緯は分からないけど、海外に住む父親にその姿を見せる事が目的であったように思えるのは穿ち過ぎだろうか?

 はじめの頃は不安そうな表情の多かった莉姫も最近では元気過ぎるくらいである。これもアイリスという母親の存在無しには語れないだろう。あのくらいの子供は、やはり笑顔でいてほしいものだ。

 

ほんでは、届いていたマシュマロから良さげなのをチョイスして、タイトルやらファンネームなんかを決めていきたいと思います

 

 進行が平坦。もっと緩急つけて喋れ 姫乃 古詠未 ✓

 先輩ヅラしてて草

 ま、たしかにまったりトークだねw

 

アレと話してると実際疲れる。俺はもっとのんべんだらりとした生活を送りたいのだ

 

 ふふんとドヤ顔で言う奏くん。ふにゃふにゃした顔が可愛らしいw 気持ちは分かるけど、年若い子の言う事でもない気もする。古詠未もそう思ったのか、コメントで抗議してきた。

 

 こぉらっ! だらけないのっ お仕事中だよっ! 姫乃 古詠未 ✓

 こ、こよみんが珍しくマトモな事を!

 明日は雪かな?

 

あー、はいはい。とりま設定の確認しとこうか。“崎守奏、十四歳。おとこのこ”……なんで平仮名なん? “古詠未のイトコでなし崩しに連れ込まれた”……はは、ここはそのままだね。だいたいこんな感じだったよ。“姉に振り回されている事が多い苦労人”……アイリスは俺に手綱を取らせようと考えてるフシがあるけど、それはごめんこうむりたい。さっきも言ったけど俺はダラダラしたいのだ(フンス)

 

 設定を言いつつ自身のコメントを返していく。手慣れた感じに話してるし、言葉の端々からも発声には問題なさそう。古詠未ちゃんの初配信の時より落ち着いた感じで気負いはなさそうだ。

 

 社長を呼び捨てとかつおいw

 奏なら仕方ない アイリス ✓

 おるやんけっ!

 こよみんにはコメント一つ流さなかったのに

 ま、ママっ? 姫乃 古詠未 ✓

 私の息子をヨロシクね♡ アイリス ✓

 はいっ!

 イエッサー∠(`・ω・´)

 そこは“マム”だ、バカ者ッ!

 いえす、あいまむッく(`・ω・´)

 訓練されすぎて草

 

あ、まだ職場だよね? 夕飯はクラムチャウダーにしてみたよ。ホンビノス無かったから蛤で代用しちゃったけど

 

 うん。たのしみ♪ アイリス ✓

 うまかった(味見担当) 姫乃 古詠未 ✓

 コメント欄で会話するなw

 人んちの団欒見せつけられて草

 これはなごやか家族w

 独り身にはつらい流れ

 わかりみ

 でもほっこりしてる顔はいいね

 (ー﹏ー)←こんな顔されたら笑うわw

 

 垣間見えた会話から、アイリスさんと奏(花梨)との関係は良好な様子。それにしても、クラムチャウダーか……私が本格的に調理を始めたのは高校の二年くらい。それと比べると明らかに早い。それだけ早熟にならざるを得なかった背景があるのは間違いない。

 

“好きな食べ物は寿司”……これは本当ッス。ロシアでもお寿司はフツーに食べられるし、美味しいお店もいっぱい。親父も好きなんだ。“嫌いな食べ物、特になし”……だいたい食べられるからね。だけどシュールストレミング、てめーはダメだ

 

 お寿司……ワイもすし

 回転する方しか行けない……

 立ち食いで二、三つまむのがマイブーム(死語)

 親父……もしかして

 おい、やめろw ヤツの話はするな

 アイリスとこよみんの関係者ならアイツしか居ねえよなw

 アイツはどこまで俺らを煽るのか……

 生物兵器(?)は食べられないよ?

 

親父、相変わらず嫌われてるね。まあ、そりゃあそうか。一見すると女の子に囲まれてるみたいなモンだからね

 

 キナ臭くなるコメントにやや呆れ口調で答える奏。『おとこのこ』という立場からこう言わざるをえないようだ。

 

 莉姫と花梨の父親である殿田暦氏は、すぱしーばでは誰よりも知名度がある。古詠未の配信で顔出ししてしまったのもあるが、あれだけ可愛い娘たちと若くて可愛らしい妻のアイリスに囲まれているのだ。世のリスナー達にとっては穏やかにはなれない筈だ。

 

 匿名掲示板のアンチスレは実質、彼の個人スレとなっているらしいし、彼の個人的なつぶやいたーアカウントは炎上から消失してしまっている。個人だけに留まらず、すぱしーば、彼の元いた会社であるHLインテグリティにも非難の声が届いているそうだ。

 

 その問題が波及したかどうかは分からないが、出向先から契約を解除されて元の会社には辞表が出されているというつぶやきが拡散された。稼いでいる妻や娘に寄生するためと噂されているが当人からのコメントは無い。

 

 しかしながら、私の方に入ってきた情報からするとゲスの勘繰りとしか言いようがない。

 

 彼は海外でVtuber界隈の起業をするために独立することになったという話なのだ。花梨はそれに付いて行こうとしていた、というわけらしい。

 

 やっかみ半分の意見はともかく、個人的には彼は好ましくない。それは仕事にかまける姿勢が私の父にそっくりであるからだ。神代の娘を嫁を迎えたせいか、仕事詰めの彼が家に帰ることなど滅多になく、私も母も世間一般の家族の団らんなどは一度も無かった。

 

 

 

 ──ああ。

 

 だからなのか。

 

 暦氏はそうであるにも関わらず、娘や妻に慕われている。私と違って……彼女達は暦氏を信頼し、愛している。

 

 翻って、私が父に対する感情はお世辞にも良い印象ではないものばかり。父を慕うという事も、どこか絵空事だ。

 

 彼を好ましく思わないのは、ただの羨望であり。

 莉姫や花梨が心配だと思うのも、重ね合わせた自分のことだ。

 

嫌われるのはイヤだろうけど、全員から好かれるのもムリな話だし。本人もそう思ってるんじゃないかな、と思うよ?

 

 花梨の言葉を奏として話す。莉姫のように好き好きと公言しないけど、その声音は優しく。嫌いな人間の事を話すような感じではない。

 

男なんだから強く生きろ、としか言えないよね。……セクハラ発言だな、訂正しないと。まあ、強く生きろ、だな

 

 なでくん、オトコマエw

 アンチのミンナ、聞いてるー?

 この程度じゃ曲がらないという信頼、スゲェ

 

 強く生きろ、か。

 ずっと年下の子に言われてしまった。

 

 

『(ガチャ)もー、なにマジトークしちゃってんの?

おまっ……配信中には邪魔しないって約束だろ?

初配信なんだからもっとドカーンってやらかさんと! リシェやアンヘルにも抜かれちゃうよ?

別にアイツらと競争するつもりないし。ダラダラと配信したいだけの人生なんスよー ( 一﹏一)

 

 莉姫ちゃんが乱入してきた……一緒に住んでるのなら当たり前だろうけど、配信ではやってはいけない事のハズ。けど、どうやらこの二人はこのやり取りもお約束のようにしてしまっている。従来のVtuberには無いアプローチなので少し面白い。

 

 お姉ーちゃんキチャーw

 慌ててアバター起動するなでくん有能

 さらっと後輩の宣伝もするパイセン草

 だらけたいのは本心らしい……なでくんパネェ

 

 一緒にデビューする二期生は三人。リーシェ、アンヘル、大神露樹で全員女の子。皆成人してるアバターだけど、中の人は莉姫と同じ学校の生徒らしい。すぱしーばは若年層かつ女子で固める方針なのかもしれない。

 

そっちがその気ならっ! エイッ

ふひゃっ?

 

 お、おしおきかっ!?

 つか、奏くんもおしおき枠なのかっ!

 おとこのこの矯声……イイネッ

 エッ、女の子じゃん?

 お前、なでくんの中の人は女のコだぞ?

 し、知らんかった……トウロクシヨ

 

 リスナーの大半は男性だろうから、こういうのはとても良く効くのだけど……あの二人の『おしおき』というものがどういうものなのか、分からない(ここは社外秘なんだそうだ) くすぐられてるようであり、それは楽しそうではあるんだけど、ね。

 

 さて、そろそろ出ようかな。

 

 

 

 

 

 

テメェ、倍返しだぁっ!

あひぃっ!?こ、この……姉より強い弟などおらぬわっ!

あうっ!?誰が姉だっ、このアバズレッ

きゃうんっ! やべ、きもちいじゃなくてっ! この童貞っ!

おふっ!ど、どど、童貞ちゃうわっ!

あひいっ?

 

 ああ……また不毛な争いが……

 かれこれ十分くらいヤッてるね

 俺ら的には嬉しいけど、どうなのこれ?

 そのうちBANされるかもなw

 

いーかげんにしなさいっ! あなた達っ!

ゆ、ゆいさんっ?

なんでここに?

アイリスさんから合鍵預かってるのっ! 配信中にケンカするようなら止めてって頼まれてるのよ

『『な、なんだってー!?』』

 

 ナ、ナンダッテー!?

 他企業のVtuberにストッパー頼むとかいいの?

 あるてまと結本人に許可は取ったわよ アイリス ✓

 彼女には逆らえないからね、あの子達は♪ アイリス ✓

 

ええ……そりゃそうだけど

ママ、ズルいっ! 汚いっ!

ほらっ古詠未ちゃん、部屋に戻るわよ。奏くんは配信の続きね。まだ時間あるんでしょ?

あ、は、はい

うえーん

 

 バタンッ

 

えー……と、とりあえず今起こったことを話すぜっ? あるてまの夏波結さんが突然部屋に入ってきて古詠未連れてってくれたっ!

 

 まあ、そうだなww

 ゆい、なにしてんのォ? にゃ 黒猫 燦 ✓

 取ってつけた語尾やめろ黒猫w

 あの黒猫がゆいママにツッコむとは……ホロリ

 成長したな、黒猫草

 ↑なんか薬草みたいで草

 黒猫に手がかからなくなったと思ったらw

 ああ、古詠未&奏の育児になるとは……

 ゆいママバブみてぇてぇ……

 

そ、そうは思うけど……なんか肯定するのはすごく照れ臭いな。なんにしても、配信中にケンカとか社会人失格だね。はんせい。さて、時間もまだあるし募集していたマロを少し消化しようかな?……

 

 

 

 はじめまして、奏くん。

 ボクの事もねー様と呼んで構わないんだよ?

 今度コラボしないかい?

 

 

 十六夜桜花 

マシュマロ

❏〟

 

 

……あの、初っ端からネタぶっこむのやめてくれませんかね、ざよいぃっ!

 

 草

 募集初めてすぐ投稿したのかな、桜花サマw

 ランダムだと思いたい。これは草

 ねー様、ブレねえなぁ(笑)

 ざよいェ…… 黒猫 燦 ✓

 呼んだ? 十六夜 桜花 ✓

 やっぱり居たぁw

 

前向きに検討しますので三ヶ月ほどお待ち下さい。あと、マシュマロ経由のお誘いはマジで勘弁して下さいね

 

 スゲなくあしらわれてるw

 ねー様ほんと変わんないな

 つか奏くんおとこのこだけどエエの?

 可愛ければ構わないんだよ♡ 十六夜 桜花 ✓

 悲報。ねー様、節操無しだったw

 ガチ百合かと思ったらショタもおーけーとか……あると思います

 フウ……

 

えーっと。オチも付いたし、そろそろ終わりとさせて頂きます。出来ましたらチャンネル登録、高評価などなど下さいませ。やる気無くても漲ってくるかもしれませんよ(ニコッ)。この後、本来なら姫乃古詠未センパイの時間ですが、二期生のデビュー配信が続きます。詳しい事は概要欄にも記載して有りますので、ご確認下さい

 

 おう、もう終わりか

 二期生……次はアンヘルか

 ドイツ語で『天使』だっけ?

 アバターもそんな感じらしい

 

アンヘルさんとはわりと気が合うんですよ。もう一人のリーシェって子の守護天使って事になってるけど、まあ振り回される事が多くて……親近感が湧いてくるんだよなぁ

 

 こよみんに振り回されてるもんねw

 そういう意味か

 つまりそのリーシェとやらも問題児なわけねw

 

それでは、ご視聴ありがとうございました。次回の配信でも、会えたらイイね。お相手は崎守奏でした

 

 

 

 

 

 

 

ふう……

 

 リビングで莉姫とスマホで配信を眺めていたのだけど、彼女は大きくため息をついた。

 

どうだった?

なんとか無難に終わりましたけど……正直どうかな?

花梨ちゃん、ちゃんと喋れていたよ? 莉姫ちゃんのおかげでインパクトもあったし

ぜんぶゆいママに取られちゃったけどね

そ、それは……

 

 そう言われるとちょっと申し訳なく思う。

 彼女もそれは承知の上らしく、テヘッと笑った。天真爛漫な笑顔がとてもかわいい。

 

湊さんが来てくれたから自然な形で退場出来たし。今日はありがとうございました

こちらこそ。花梨ちゃんの手助けが出来てよかった

 

 今宵にも助けられてばかりの私が、人の手助けが出来るようになるとは思わなかった。その機会を与えてくれた事に感謝したい。……箱内の後輩には出来てないけど、まあそれはそれとして。

 

 

 

あー、終わったーぁ (´Д`)ハァ…

 

 部屋のドアが開いて、疲れたような花梨がやってくる。おつかれーと莉姫が麦茶を渡すとさんきゅーと答えて一気に飲み干す。まさにツーカーなやり取りに思わずくすりと笑いが溢れる。

 

お疲れ様、花梨ちゃん

お手間かけさせて、スイマセンでした

 

 丁寧に頭を下げる仕草は、やはりどことなく男の子っぽい。莉姫にもそういう所があった事を思い出す。

 

 父親のそういう姿を見て育ったから。

 そう考えると二人が似てるのも分かる。

 

 

お父さんとは、仲いい?

え?……ま、まあ。いい、とは思いますよ?

そう。なら、よかった

 

 

 

 

 後で電話をかけてみようかな。

 そんな気持ちになったのは、もう何年ぶりだろうか。

 

 夕食にお呼ばれしたのでその日は結局かけられなかったけど、次の日にかけてみたら。

 

 

『もしもし?』

……いま、平気?

『娘の電話を拒む親がいるか』

……そっか

 

 ごく普通に話すことが出来ていた。

 

わたしね、最近楽しいんだ

 

 

 

 




 最初は自宅で見ていて、騒動が起こったら古詠未(莉姫)の家まで行く湊さん(ゆいママ)。この話では家が近いという設定なのでw(ご都合とも言う)


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57 TPSゲームでコラボしたら

 今回は莉姫視点となっています。


 今日は親父(花梨)のコラボ配信の日。相手はあるてまの十六夜桜花ねー様とハルキオン殿下とあとは僕。記念すべき初コラボと言う事だ。親父は莉姫の頃にコラボなんて何回もしてるからその辺は心配していない。今日は『がぐオル』をやるのでゲーム自体もやった事はある筈である。

 

あれ以降起動させてないんだけどな

そうなん? まー、大丈夫っしょ

 

 ちなみに僕はプリムラ達の部屋から配信予定。モデレーターはいつものようにダマスケナ他のすぱしーばに丸投げだ。『がぐオル』こと『がっこうぐらし-alternative-』もインストール済みで別赤での育成もバッチリ。さて、そろそろかな?

 

今宵も余の宴席へようこそ。ヴェンデッド=ハルキオンである。余がホストとして迎えるのは異国の者達よ。良い余興を見せてくれるに違いない美姫と従者に万雷の声にて迎えるがよいっ!

 

 ハルキオン万歳っ!

 ハルキオンに栄光あれっ!

 ハルキオン万歳!

 ハルキオンに栄光あれっ!

 相変わらず熱量スゲーw

 ここはマジで異界(笑)

 ハルキオンにエイコウアレー

 

 コメントがズラズラと書き込まれ、確かに万雷の拍手のようにも見える。過去を改変されたとはいえそのカリスマは変わらないようで、リスナーはほぼ信者というレベルである。まあ、悪ノリが多数だとは思うけど。

 

あー、ご紹介に預かりましたすぱしーば所属バーチャルミャーチューバー、姫乃古詠未です。今宵はお招きに預かりまして、誠にありがとうございます、ハルキオン殿下

おう、まさか従者殿が先に応えるとは思わなんだ。だが赦すぞ、余は寛大だからなw

ちょ、おまw 美姫ゆうたら僕の方やろ?

然り然り。性別的に言えば其方は乙女だったな。赦されよw

誠意がねえーっ!

 

 草

 これは草

 こよみん、従者扱いw

 

では改めて。可憐なる美姫よ、お声を拝聴したく存じます

あー……ムズがゆ。すぱしーば所属、新人バーチャルミャーチューバー、崎守奏と申します。此の度はお招き下さいましてありがとうございます

うむうむ。物憂げな語り口もまた一興。して最後は我が箱きってのゲーマーだ

今宵も月が綺麗だね。あるてま所属、十六夜桜花だ。久しぶりだね、古詠未♪

え”? 昨日コラボしたじゃん?

ああー、そうだっけ? 十時間以上会わないと淋しくてねw

あー、はいはい。ねー様もボケが進行してる様子ですね

 

 ねー様のボケにツッコむ僕。こういう会話自体は結構好きなのでちゃんと乗っかってあげるのだ。

 

奏くんも初めまして。コラボのお誘いしたのはボクの方が先なのに……ツレないなぁ

マシュマロ経由でのお誘いはお断りします。殿下のように正規の手続きでお願いします

それも然り。型紙破りもたまには良いが、いつもそうであればそれは無頼の輩よ。品性とは斯くあるべきだよ

言ってくれるじゃないか。奏を見て“ショタキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!”とかつぶやいたの、見てるからね?

身分貴き者にはそれなりの流儀がある。衆道もみだりに子をなさぬ為のやり方よ

アンタ、ガチにそっち系だったの?

あの、そういう会話は、やめて、下さいませんか? (〃﹏〃)

 

 おお、親父が顔を赤らめている。やべえ、本人の顔見てみたい。花梨が照れてる所とか凄え可愛いと思うんだけど。まあ、アバターの奏くんもなかなかにカワイイけどね!

 

 ああー、殿下の趣味が白日の元にw

 後日のファンアートが楽しみだな……

 ティンときた(笑)

 ハル✕かなかな?

 ショタに振り回される殿下も見てみたいw

 ……期待してます 終理 永歌 ✓

 “薄い”世界の観測者、キタッw

 

 コメントの方でも絶賛されてるね。僕の趣味から言えば、親父✕ハルなんだけどw あ、でも逆カプでも良さそうじゃのう、グヘヘ

 でも、中の人狙いだったら許さん。花梨は大切な存在なのだ。どこの馬の骨とも分からん奴にくれてやる訳にはいかん!(父親並感)

 あと、永歌さんとは良い酒が飲めそうかな。今度オススメの作家さんとか聞いてみたい(-ω☆)キラリ

 

では始めていこうか。キャラの変更とかはあるかな?

ボクは“くるみ”のままで変更なし。すぱしーば組はどうだい?

僕も“ゆき”のままだよ。カナは?

申告通り“めぐねえ”です。ちょっと久々なんで忘れてるかもしんないッスけどw

ふむ。では、余も“ゆうり”のままでよいか

 

 ここでぽつりとカナ(奏の略称ね)が発言。

 

ダウンロードにすごい時間かかりました。メジャーアプデやってなかったみたい

? ……古詠未、こないだやってなかった?

僕は新調したのでやってたから。カナのは古いのだからそのままだったみたいッスね

親父の使ってたのなんで

 

 例の事件の時に起こったバグは既に改修されている。アレはハルキオン殿下の事件とは直接関わりが無かったようで皆の記憶にも残っていた。

 

古詠未がゲーム世界入りとか面白かったがな

データの混入とか有り得ないよね。結局どうなったんだっけ?

原因不明のままッス。天才的ハッカーさんの仕業じゃないかと言われるけどどうッスかね?

 

 実際は『本物の世界の観測者』がやった訳だから、人に分かるわけもない。この改修諸々の費用はほぼすぱしーばが持ったので、ゲーム会社の方は大した被害は受けてない。それより宣伝効果の方が高くて笑いが止まらないらしい。まあ、うちとしても迷惑かけたわけだから別に構わんけど、菓子折り持って来るくらいしてもエエと思うんだけどなぁ?(ちな古詠未アバターは標準搭載されたらしい)

 

古詠未は自分のアバター使ってもいいんだよ?

ダイマはしたくないんでw

んじゃあ、奏くんは?

……わざとやられますがイイですか?

リョナるのはヤメテーッ!

 

 www

 これは草

 『ほらほら、やられちゃうよーん』とかw

 いかん、俺で隠さないとw

 BANされちゃう?

 

さて、そろそろ始めるとしよう。ステージは“リバーシティートロン”。要救助者と物資を確保して戻るというミッションになる。装備は選んであるな?

 

 各キャラには得意な武器、付けられる装備などがある。僕の使う“ゆき”は比較的軽い武器しか持てない。今回はメインは相手を怯ませる『トイガン』サブに『ナイフ』を持っている。付ける装備も軽いものだけなので『水のペットボトル500ml』『シリアルバー』『防犯ブザー✕2』となっている。

 

 “ゆき”の良い所は索敵能力だ。暗いところでも不意打ちされる確率が下がるし、体が小さいので回避アクションも成功しやすい。ただ体力が少ないので打撃は期待出来ないのでデバフ特化という感じだ。

 

 スタートはエントランスホールで、ちらほらと“かれら”が居るので軽くトイガンで狙い撃つ。ポンポンとソフトボールのような球が“かれら”に当たり、そいつがこちらに向かってくる。

 

てぇいっ!

 

 そこをねー様の“くるみ”のスコップが一閃。囲まれない様に一人ずつ引き寄せるのが“ゆき”のお仕事である。

 

毎度思うのだが……この武器(トイガン)絶対軽くないよな

球、無限ですもんねw

 

 これないと“ゆき”やる事なさ過ぎだからねw

 実銃は“ゆき”は使えないんだっけ?

 一番軽いデリンジャーなら

 装弾数2発やもんね……

 ハンドガン(小)すら持てない……

 ゆきはエイムは安定するよね

 デリンジャーでリロード最大まで改造して無双する世界ランカーさんも居るぐらいだしw

 何気に高スペなんだよなぁ、ゆき

 

 コメントでもあるように“ゆき”は中々に奥が深いキャラだ。このようにキャラは各々特徴があって、それぞれ長所・短所がある。

 

 “くるみ”は近接戦、体力は最強だけど射撃は下手で散弾銃くらいしか使えない(でも片手で使うのだからさすが非公式ゴリラ)。移動速度も最速で接近戦リロードも早い。これは近接武器を振ると減っていき時間で回復するのだけど、くるみはスコップという大型武器でもナイフ並みに早い。

 

 “ゆうり”は小型武器しか使えないけど近接、射撃ともにそこそここなす。体力回復を出来る『食事』などのスキルがあり、ヒーラーとして欠かせない。移動速度標準、体力標準だけど、弱点が無い訳ではない。驚いたり怖がったりして行動不能になる事も多いので、プレイヤーが上手く対処しないと簡単にヤラれてしまう。

 

 “めぐねえ”は大型武器までこなすけど適正はゆうりより低い。具体的に言うと射撃エイムがくるみ並。体力回復は出来ないが精神面のサポート『スキンシップ』がある。混乱したり憔悴したキャラを回復出来る。ちなみにこの効果はゆきも持ってたりする。精神面の弱いゆうりには欠かせないのである。

 

 武器や装備は基本として持っているものは少なく、マップ内に落ちている物をゲットしていくのが基本プレイである。課金した武器や装備は持っていられるけど、このゲームの武器は壊れるのだ。銃器だと弾も無くなるのでピックアップは大事な作業だ。

 倒した“かれら”もアイテムをドロップしたりするし、マップの特定の位置に置いていたりもする。

 

来たっ! ローグ三人、一人は二階テラス、残りは西ホール連絡通路から

“ゆき”が居ると楽でよいな

一階はボクと奏でやる。古詠未は殿下と二階のローグへ射撃で対処。二階には上がらないようにね

あいあいさー

殿下と呼ばれるのも慣れてきたなぁ

 

 “ゆき”って絶対レーダー持ちだよねw

 何処かのファンアートにレーダードーム担いでるゆきちゃんの絵があって笑った

 殿下の“ゆうり”、ニンジャエッジモデルじゃん♪ 金かけてんねェ

 ハンドガン(小)では一番バランスいいし、何よりりーさんには似合ってるw

 

制服女子に拳銃とはやや狙いすぎと思うが、ゲームだしな。古詠未よ、威嚇射撃せよ

死に晒せ、ド畜生がァ!

 

 怖いセリフだけど玉はポンポンと飛んでます(笑)

 誘い出されたローグにゆうりのヘッドショット。やだ、殿下上手いじゃんw

 

奏っ! どうした?

 

 その声に奏の“めぐねえ”を見る。何故かその場から動いていない。あのままだと二対一で近接戦闘になり、如何に“くるみ”と言えども無傷では済まない。仕方ないので位置を変えて通路の出口付近にトイガンを発射。怯んだローグにねー様の“くるみ”が殴りかかり一撃で首を落とす。うわー、グローいw

 

ひいっ

 

 ん? なんだ、今の声。僕の声みたいだけど、僕は出してないし。

 

いやーッ!

『『『!』』』

 

 うるさっ

 鼓膜の予備無いなったw

 こよみん、じゃないよね? なでくん?

 家族がいるんだからやめてくれよぉ……

 スピーカーで出してるおまいが悪いw

 

 え? どゆこと?

 花梨というか親父ってこういうのは平気なはずじゃ……あ、恐怖心、戻ってたんだっけ? 

 

やぁ……こないで……

な、な? かなでくん!?

え……そんな怖い? このゲーム

 

 声の感じからしてガチっぽい。

 てか親父のくせに艶っぽい声出すなぁ……ちょっとドキッとしたぜ(笑)

 

呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!

まりーっ! おっきな声出しちゃだめっ

 

 お、向こうの部屋の万理花と瑠莉の声。これはワンチャンあり?

 

まりーっ、カナのゲームの続きをやってくれ! 瑠莉はカナを落ち着かせて

お、古詠未が画面の中にいるぞー? どっかで見た感じだなー?

古詠未ちゃんの言うとおりにしよ? かなでちゃん、かな? だいじょうぶだよ、こわくない、こわくない

うう……るー、るーぅ……

 

 あらら、完全に幼児退行してる……ジカで見たいんだけど配信中だし、無理めかな?

 

え、なにどうしたの? 平気なの?

怖がってるみたいッス。親戚の子供がいるんで大丈夫だとは思いますけど、一旦止めます?

 

 ねー様に事情を説明して具申。そこにヴェンデッド殿下が横入りしてくる。

 

めぐねえ、動いてるぞ? 続行できるのではないか?

へ? や、どーだろ? 実戦ならイケるかもだけどこのゲームやった事ないんでない?

こよみー、ヘーキだぞー? 近付いてR2と○でいーんだろ?

 

 近接武器ならそれでだいたいおっけーだけど。武器変更とかムリじゃね? でも、殿下は大丈夫と判断したらしい。

 

では、新兵(レクルート)よ! “かれら”を殲滅せよ。キャベツ野郎と罵るあの脳無し共の頭をかち割ってやれッ!

おー? やぼぉーるっ!

 

 ノリのいい万理花はそのままやるつもりらしい……なんでヤボォールって返事したのかはともかく、動きは問題なさそう。瑠莉に奏の付けていたヘッドセットを万理花にかけるように指示しておく。

 

 途中で交代するライバーとか初めてだ(笑)

 配信に乱入されるライバーも滅多にはいないしなw

 すぱしーばでは、よくある(マジで)

 ホントだからなんも言えねぇ草

 つか代わったのってどっちの子?

 “まりー”の方じゃね? 例の家族カラオケ配信の時に居たショートの娘だよ

 たった一回しか出てないのに覚えてる……コワイ

 非公式wikiにも載ってるから草

 こよみんの配信中にも時々声入るよね。

 『ごはんだぞー、食べちゃうぞー』って言ってる、アレなw

 

 うげ。意外と万理花が認知されてる……ま、顔出ししてるし、カワイイしな(←親バカ)

 

まりー、カナは平気?

んー? かりんはおちついたぞ。るーに甘えてる

 

 あ、花梨て言っちゃったw

 瑠莉はちゃんと“かなで”って言えたのに。

 僕のこと“古詠未”って言うのは、多分アバターが出てるからかな?

 

問題ないなら続行しようか。あー、それにしても勿体ない

何がですか、ねー様?

オフコラなら取り乱した奏くんの介抱が出来たのになぁ

ねー様の、うわきものー

 

 

 

 

 

 

 ちなみにステージは無事にクリア。万理花はどんどん上手くなっていって武器交換や部位破壊からの体術なども効果的に出せるようになった。ゲーム上手いなとは思ってたけど、やっぱ子供は覚えるの早いね。

 

 配信終わったあとに花梨の所に行ったら瑠莉にしがみついて寝ていた。瑠莉が添い寝してくれたらしい。

 

むー、私も一緒に寝たい

今日はそっとしてあげてね。私とじゃイヤ?

そんな事ねーですよ? 莉姫ならだいかんげーだ♪

 

 実を言うと僕はそんなに歓迎出来ない……この子、寝相が悪いのだ。なんで顔にしがみついてよく分からんのよ()

 

 ちなみに。

 瑠莉に添い寝してもらっていた花梨の写真をつぶやいたーに上げたら、スゴいバズりました(笑)

 やっぱ美幼女✕美少女は最強だな。

 




 花梨(おっさん暦)は、ゲーム世界で瑠莉の中に無力な存在として入った経緯があり、そのために恐怖心を取り戻しています。その感覚に近くなったため取り乱したんですね(雑な言い訳)


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58 後話 奔放娘とニート娘とのコラボ

 今回は暦(女の子形態)での配信になっています。表記では『奏』『なでくん』などとなっていますのでご注意下さい。


今日お招きのゲストはこの方々!

あ。えと。あるてま所属バーチャルミャーチューバー、終理永歌です

おはよー……

 

 おっと、眠たげな声はともかくもう一人の方が自己紹介していない。本当に稀なことなので是非ともご紹介しておかないと!

 

あの、にわセンパイ。自己紹介してないですよ?

あ? ああ……そっか。自分のトコだと勘違いしてた

 

 あるてま随一の自由人、箱庭にわさん。自分の箱のイベントすら平気でブッちぎり、他のライバーとのコラボもわりと簡単に逃げ出す無軌道ぶりは広く知られている。

 

 にわちゃん、キチャー♪

 コラボ最初から居るの珍しw

 だいたい遅刻、来ない事もざらだからね

 コメントで『ゴメン、ちょっと移動中』とか書き込んだのは草

 

 コメント欄でもあるように、彼女はとても神出鬼没。あるてまスタッフも追いきれてないので既に匙を投げられてるという噂だ。

 自身の配信では遅刻は無いもののそのスタイルも無軌道。最短十分から最長二時間くらいのその配信はいつもゲリラ的に始まる。おそらくマネージャーとかへの報告も適当にしてる。それでもあるてま内では屈指のチャンネル登録数を誇るのだ。

 

今日はどちらにいらっしゃいますか?

ペテルゴフって所みたい。綺麗な宮殿が雪化粧しててすごい幻想的だねー

 

 うげ。夏の宮殿とかサンクトペテルブルクかよ。冬のこの時期に行くとか正気か? だいたい氷点下だぞ、その辺り。

 

す、すごい寒そうですねー アハハ

まだ日が出てるからマシなんだけど、日が落ちたら本当に動けないくらい寒いよ〜?

ひええ……わ、私にはぜったいムリですぅ

 

 あ、永歌さんがキャラ崩壊して素が出てる。もっとも、コレは大した問題じゃない。不思議系お姉さんというキャラは既に崩壊してちらほらと残念系お姉さんという周知がなされているのだ。むしろそうなってからの方が伸びが良くなっていたりするので本人としては不本意なようだけど。

 

しかしま、なんでそんな所に?

旅するんならその土地のこと知りたいじゃない? 上辺の観光はもうやり飽きたからその土地の事とか知りたくてね〜

 

 そういや夏の暑い盛りにキリマンジャロとか行ってたな、この人。でも思ったより暑くなくてがっかりしてた事思い出した。八月くらいだとあの辺一番過ごしやすい時期だもんね。

 

にしても、表で配信するのはやめましょうよ

着の身着のまま気の向くまま。コレ、座右の銘だよ?

 

 基本スマホでの配信をしている彼女のスタイルはまさに無軌道かつ縦横無尽。配信可能な国から写真やビデオを使った観光案内のような配信は箱の中の民には堪らないものとなっている。旅の様子を流す配信者というのは一定の人気があり、それをVtuberとして行う箱庭にわは彼らのカリスマなのである。

 

へっくち。ちょっと寒ぅ。かなり厚着してきたのに

ちゃんと目出し帽とか着けてます? 靴下二枚履いてますか?

よみちゃんと違って随分世話焼きだね〜、なでくんは

その辺の寒さ舐めてると指先コロリとか普通にあるんですからね?

 

 日本で言えば網走やらの辺りに近い気温になる。時々現地人がTシャツ一枚で歩いてたりするけど、絶対に真似しちゃいかん。アレは鍛えぬいたプロだから出来るんだからね。

 

 なんとおそロシア(笑)

 オイミャコンに比べたらまだ温かいなw

 バルト海だもん。そりゃ寒いよなぁ……

 冬場Tシャツニキはどこでも居るな草

 

今回の衣装みたくもっこもこだからへーきだよ

絵師(ママ)渾身の作らしいですよね。可愛いと思います

ありがと、えーかちゃん。そういう君も新衣装いいじゃないか。神秘的ですごくいいよ

ちょ、ちょっと恥ずかしいですけどね。なんか女神様っぱくて

そんなことないですよ。綺麗です、永歌さん

あ、ありがとうございます。奏くん

 

 にわさんの新衣装は越冬隊のようなボアたっぷりのコート姿。分厚いブーツはともかくだけどなぜか絶対領域だけはあるという……本当にこの恰好だと膝がやられるな(笑) 自由奔放な彼女らしさがよく出ている。

 対して永歌の新衣装はゾロっとしたローブなのは変わらないけど色が全く正反対。白と青のグラデーションのローブで幾何学的なマークが緑のラインで刻まれていて、頭にはさらに透明なブーケまである。これは確かに女神様だなぁ。

 

 にわちゃん新衣装カワイイ!

 永歌様もステキー♪

 ところで奏くんも新衣装だね? 学ランイイネッ

 メガネショタ(;´Д`)ハァハァ 姫乃 古詠未 ✓

 こよみん……

 お前同年代だからショタじゃねえだろ? しっかりしろっ!

 ええ…… 黒猫 燦 ✓

 黒猫がドン引きとか草生えるw

 これはハーブ生えますわねぇ リース=エル=リスリット ✓

 

莉姫(アイツ)の性癖までは責任取れないなぁ……

 

 どうしてこうなった、と言うしかない。ある意味血を分けた娘よりも濃い絆だと思っていたのだが、そんな子がショタに走るとか悪夢である。いちおう奏を演じている時は『花梨』という女の子形態なのだから、対応にものすごく困るのだ。……いや、おっさん状態でも困るけどねw

 

たしかに眼鏡ショタいいですねぇ……

よく分かんないけど、いいですねぇ♪

ノリで同意しない方がいいですよ

私だって意味は知ってるよ? なでくんにxxしたいって事でしょ?

おわっとぉっ!

 

 しっかり言いおった(笑)

 にわちゃんパないッスw

 奏君真っ赤なのに二人はいい笑顔w

 これはひどい草

 

 女の子ばっかりという(てい)なので照れがない。にわさんは元から自由奔放なので変わらないかもしれないけど、いちおう中学生男子という扱いのアバターなのでその辺も考慮してくれませんかね? 無理か。

 

ありがたや、ありがたや……

なにいってんですか? 永歌さん?

いや、ショタやBLが認知されていってるから

腐れ過ぎですよね?

 

 正直、いかがなものかと思います。

 

なでくんのファンアート、いっぱい投稿してたもんね〜 『尾張栄華』ちゃん♪

にわセンパイ、なんでその名前をっ!?

 

 にわさんの目がジト目になってて笑う。対して永歌さんはグルグルになってたりする。『尾張栄華』というのは同人作家さんの名前だ。いわゆる『腐女子』向けのジャンルで活動している中堅に入るかどうかという感じなのだとか。

 ちなみにこの情報元は莉姫だったりする。アイツはもう戻れないかもしれない(笑)

 

ぬふふ♪ こう見えても先生の本は毎回買ってますからね〜

ふっ、ふひっ?

 

 濃すぎる乙女たちだのう……w

 奏くんが引いてるのがわかりみ

 ファンアートがだいたいBL向けなのはそーいう……

 あ、なるほど。理解した。特定した。

 はえーよw

 後でまとめるw

 

まとめないでぇー

 

 永歌さんのややか細い悲鳴が聴こえる。これで少しはファンアート投稿も収まるかな? 多いときは日に五枚も投稿してきてビックリしたからね。まあ、ほぼニートだろうから無理はしてないだろうけど。程々にしておいてほしい。

 

あ、そうだ。実はもう一人、ゲストがいるんだー

えっ?

 

 事前の打ち合わせではそんな話は無かったけど。こっちの動揺も知らずに話を続けるにわさん。

 

ほら。知らない仲でもないんでしょ?

「あ……や、やっぱり話さなきゃダメかい?」

 

 どこかで聞いたことのある男性の声がした。なんだ、向こうでオフコラしてるならこっちには分からない筈だよね。

 

え……この方……?

ほーら。せっかくの機会なんだし。ちゃんと話しなよ

「わ、分かってるよ。あー……か、奏くんだよね?」

 

 その声と同時ににわさんの配信の方では動画が貼られた。そこに映っていたのは。

 

うそ……?

 

 おっさん状態の『俺』が、こちらに話しかけていたのだ。

 

 




 久しぶりに書いてみました。オリジナル様はコミカライズのお話があるそうで、とても楽しみでございます♪


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